唸れ斬魔剣

 

序、襲来するなにものか

 

地球の秩序……いや人類の支配が失われてから、既に二十五年が経過した。

最初それが襲来したのは北米だった。理由については分かっていないが、北米の軍事力が当時最強……それも圧倒的最強であったのが理由であったのではないかといわれている。

それは明らかに知能を持っていて、そして攻撃は計画的だった。

ニューヨークやワシントンといった主要都市を集中的に襲ったそれは、姿もまちまちで、大きなものは体長五十五メートル。ちいさなものは体長二メートル程度。様々な種が観測され、現在までに40種が観測されている。

それらの全てが。

人間と、その家畜を徹底的に排斥した。

出現時の記録が残っているが、それらは突然虚空から現れた。そして瞬く間に人間を殺戮していった。

小型種ですら斃せなかった。一方的な殺戮が続いた。

ホワイトハウスは務めていた大統領もろとも陥落。それらが出現してから二時間ももたなかった。

北米の中枢を片っ端から荒らしたそれは、続けて先進国と言われる国々、軍事大国等を立て続けに襲った。

まずは、政治的機能を沈黙させ。

インフラを壊滅させる。

それが意図的に行われていたのは確実だった。

欧州の各国が機能停止するまで一週間。

中華もロシアも三日ももたなかった。

各地の国で軍が反撃を開始したが、最新鋭の戦車だろうがドローンだろうが戦闘機だろうが、それらには勝てなかった。

攻撃が通用しなかったのだ。

小型種は小さいが、それでも時速120キロ以上の速度で大地を疾走し、そのパワーは軽々とライオットシールドごと人間を切り裂いた。小型種は何種か存在していたが、それらの全てが人間を容易く殺す事ができた。

飛翔種は存在しているだけで航空機を無力化した。ドローンに至っては、飛翔種に近付いただけで爆散する有様だった。

人間が乗っている兵器も、アクティブリンクなどの近代軍に装備されている機能が悉く通じず。

何より開始数日で出現数数千万に達した小型種の前には、兵力だけだったら世界一とまで言われた中華ですらも、瞬く間に継戦力を失い果てる有様だった。

核兵器が発射されたのは、北米の軍が壊滅してから。

空母打撃群もステルス戦闘機も何の役にも立たず。

逃げ惑う人々は、片っ端からそれらに切り裂かれて殺された。

核兵器が飛び交う。

だが、大型種は核兵器の直撃すら耐え抜いた。

それどころか、核兵器を一度学習すると、後はそれが接近することすら許さない有様だった。

それらが現れて一年経った頃には、地球の人口は8億にまで減り。

各地で必死の交戦が繰り広げられるようになった。

ただ、不可解な事もあった。

それらは人間が減り抵抗力もなくなるのを見ると、数が明らかに減っているように思えたのだ。

特に大型種は開戦当初は八体が確認されていたのに、現在では一体だけが活動している状態だ。

彼方此方で絶望的な生活をしている人々の数は、現在5000万を切ったとも言われているが。

これは離島などで暮らしている人々や。

元々あまり人間が多く無かった地域など。

そういった場所にはそれらが侵攻して来なかったことが理由としては大きい。それがなかったら、とっくに人類は滅亡していたと言われている。

一応25年を持ち堪えたのには、人間の支配領域を守るべく、旧米軍の残党が中心となって、GDF(グローバルディフェンスフォース)が編成されたことが理由として存在している。

ただしこの組織は現在地球政府そのものとなっており、軍組織としてよりは政治的指導者となっている。

現時点では日本の神戸に本部があるが、これは他の大都市が生きていないためである。神戸が現在人間が生活する都市の中で最大なのだ。

それら……現在では「シャドウ」と言われているよく分からない存在は、現時点では人間への組織的攻撃を停止しているが、それもまたいつ始まるか分からない。特に人間が増えると襲ってくるという話もある。

また、シャドウは各地のインフラ的な要所を現在も押さえており、人間が接近すると子供だろうが女だろうが容赦なく殺戮する。

人間は五千万を支えるのがやっとであり。

様々なテクノロジーも、以降進歩が見込めない状態にあった。

そういった絶望的な状況で。

ある事が、発見されたのだった。

 

GDFの本部は、現在神戸の地下に作られている。これは神戸にシャドウが興味を示さないからである。

各地に分散した人間が息を潜めている中。

シャドウはインフラ維持で重要な地点を抑えてはいるが、神戸に進軍してくる様子は今の時点ではない。

人類は神戸をとりあえず世界首都とし。

その地下に司令部を作りあげた。

一応北米にもまだ人はいるが、もっとも激しいシャドウの攻撃を受けたこともあって、既に人口は二百万にまで減っており、都市を維持できている場所すら殆どない。シャドウより野生動物に襲われる人間の方が多い、とまで言われている状態だ。

地下といっても、そもそもシャドウが襲い来てから、人類文明が壊滅するまで極めて短期間だった事もある。

核兵器を乱射して更に人間の力を減らしたこともある。

それはあまりにも本部というのには情けない建物であり。

それでも、そこを中心にやっていくしかないのだった。

総司令の前で、説明をしているのは畑中直子。

現在、生き残っている数少ない学者である。

シャドウの研究をするべく「開戦」当初は相応の人間が動員された。あらゆる分野の学者がである。

だが、それらも今は殆ど生き残っていない。

戦後世代とでもいうべき畑中直子は、長身のしゅっとした美貌を持つ女ではあるが。

私生活はだらしなく。

妹にいつも文句を言われていた。

今も化粧がほぼ完璧であり、文句のつけようがない美貌を見せつけているが。学者としての頭脳も偏っており、更には趣味が色々変わっているため、近付いて来た男は離れるまで二時間もてばいいほうとか言われている。

今の時代ですら人間は容姿を重視する生物だが。

その容姿を完全にドブに捨てているのがこの畑中博士である。

ロングヘアをわざとらしくふわっとかき上げると、教壇で博士はパワーポイントで説明を開始する。これだけなら大変に絵になるのだが。

このパワーポイントもあまりにも独創的すぎる事もあって。

集められた「要人」達は、顔を引きつらせていたが。

「シャドウについて重要な弱点が発見されました」

「そ、そうかね……」

引きつった声も当然だろう。

重要な話だが。

パワーポイントに描かれているのは、なんというか。酒を飲んだ人間が、足の指で描いたような正体不明の絵である。これがなんなのかさえ分からない。其処に機械的に記されているテキストが、異様さを際立たせている。

「この図を見ていただくと分かりやすいのですが」

「……」

誰にも分からない。

だが、畑中博士は淡々と続ける。

「25年間のシャドウとの交戦データを確認していたところ、興味深いものを発見しました。 これらの図で分かりやすいように、シャドウにはどうやら傷を与えるための条件があるようなのです」

写真が出て来て、それでやっとほっとする要人達。

今まで邪神か何かに睨まれているような恐怖すら顔に浮かべていた者もいた。

「そ、それでその条件とは何かね」

「これらの写真は乱戦の際に撮られたものです。 小型ですら希、中型のシャドウは今まで斃せた例が殆ど存在しておらず、核兵器さえ大型には通用しませんでした、 しかし、乱戦の中、明らかに攻撃が着弾していない個体に傷がついています。 それもこれらは、ミサイルなどが直撃した跡ではありません」

「ふ、ふむ……」

「つ、続けてくれるかな?」

実際問題、ほとんどまともな科学者はもういない。

そもそもシャドウが現れる前、世界情勢は破綻寸前だった。北米にシャドウが現れて荒らしまくった際に、他の国は大喜びしたくらいなのだ。その直後、シャドウが世界中に現れて、その喜びも消し飛んだ……といいたいが。自分の国にシャドウが出ていない人間の中には、殺される人々を見て大笑いしている者達が多かったという。

特に異教徒を殺しても良いとかんがえているような民は、その傾向が強く。シャドウを神罰とまで呼んでいたようだが。

神罰とやらは、それらの者達も容赦なく殺戮して回ったため、今ではそういう寝言をほざくものはみんな地獄に落ちた。

問題はその過程で学者達が大勢殺された事で。

それは人間に殺されたものも、シャドウに殺されたものもいる。

いずれにしても、シャドウに殺されずに残っている学者は珍しい。特に戦後世代の学者はまともな教育を受けられていないので、畑中のような人材は貴重なのだ。

畑中は残されていた教材を用いてマサチューセッツ工科大学主席卒業相当と認定された頭脳の持ち主であり。

現在は世界の至宝とも言って良いのだが。

それはそれとして、誰もがそのプレゼンで青ざめているのも事実だった。

「戦闘の経緯を確認して見ましたが。 これですこれ。 実はシャドウは、戦闘時に味方のフレンドリファイアを受けていたのです! これこれ!」

「は、はあ」

「此方はシャドウの中の一種、サンダーフィッシュです」

サンダーフィッシュ。中型種のシャドウで、魚のような姿をしているが、水陸どころか空中まで自在に泳ぐ。全長は十七メートルから十八メートル。体が細長いため、見た目ほど大きくは無い。

泳ぐ速度は時速200キロに達し、水中でも速度は一切衰えない。

何故に雷の音が名前に取り入れられているかというと。

雷の音のような速度で泳いで来る魚、という意味からだ。

このサンダーフィッシュは体を刃にして相手を切り裂く。それが高出力のプラズマによるものである事、その温度が摂氏7000℃に達する事も分かっているのだが。このプラズマを高速で発射するため、多くの戦闘機やドローンがこれらに撃墜された。戦車もプラズマの前にはひとたまりもなく、近付かれると兵士は丸ごと焼き払われてしまう恐ろしい相手だった。

このサンダーフィッシュが、この写真が撮られた乱戦では数体いた。そして、他のシャドウが、これと物理的に接触したのである。

「これらの傷は、サンダーフィッシュによってつけられた事が映像記録から分析出来ています」

「しかし高熱は通じないと核の時に結論が出た筈だが」

「それがですね、分かった事がその先にあります。 良いですか、このサンダーフィッシュの動きを見せてください」

畑中が映像を切り替える。

それで、動きが見えるのだが。

傷をつけた中型種のシャドウが、サンダーフィッシュに「数秒」触れているのである。

「恐らくですが、核爆発の熱は最初の爆発時と、揺り戻しの時、それも来るとシャドウは理解していたはずです。 それで防壁を作る事が出来た。 しかし味方に数秒体を押しつけられることは想定外だった。 つまり、「防ぐ」を意識する前に攻撃する。 熱源を押し当てる。 この二つをクリアすれば、シャドウを倒す事が出来るかと思います」

「熱源を押し当てるって、アイロンでも当てるのかね」

「いい意見ですね国防長官。 で、す、が!」

畑中がヒートアップしてきた。

おかっぱの白衣の女性が入ってくる。

三池三月。

実は畑中より年上だが、助手だ。今はとにかく、年齢よりも能力が優先されるのである。

それが運んできて見せたのが、巨大な……何かだった。

「それは、剣かね」

「普通の剣ではありません。 これは20分の1モデルで、実際にはこの二十倍のサイズになります。 これは剣は剣でも、高出力プラズマを発生させ、それを刃に定着させるプラズマ剣です!」

「……」

黙り込む皆。

分かりきっている。

それで理論上殺せるかも知れないが。無理がありすぎる。

例えば人間が今展示されているプラズマ剣を使うとする。剣術の達人が使うとしても、小型シャドウを相手にして、一体を切ることは可能かも知れないが、シャドウはわんさか湧いてくる。そして組織戦を仕掛けて来る。

伝説に出てくるような剣豪でも、数体斃せれば良い方だろう。

ましてや数が限られている兵士に持たせたところで、シャドウを斃せるという理論上の話と。

奪われたままの要所を奪回できるという現実的な話には、乖離がありすぎる。

更には、である。

これの20倍の実物なんて、誰が使うのか。

光の巨人にでも持って貰うのか。

此処にいるのは、シャドウとの戦いで、部下も仲間も上司も死んでいった者達なのである。

だから、それが無理なのは分かりきっていた。

畑中は更に続ける。

「これをどう使うか、そもそも出来る訳がないと考えておいでですね」

「それは当たり前だ。 そんなでかい剣、どうやって振り回すというのかね」

「勿論考えてあります。 これを使うのです」

「な……?」

誰もが驚いた。

それはそうだろう。

この剣を使うのは、光の巨人でも巨大ロボットでもない。

あまりにもごく普通の物理的な現象だったのだから。

「この武器を、「斬魔剣」と名付けます」

「そ、そうかね……」

「まず最初の目標として、旧京都に巣くっている中型シャドウを対象にします。 これは大阪を射程圏内に捕らえており、関西全域が危険にさらされています。 これをもし倒せる事ができれば……!」

「分かった。 確かに話を聞く限り有効な可能性はある。 ただし、ただでさえ人間がリソースを使い切ってしまった時代だ。 君に貸し出せる戦力は、それを使えるように調整したごく一部の戦力しかないぞ」

それで充分だと、畑中は胸を張る。

それを見て、隣で三月が大きく嘆息するのだった。

 

プレゼンを終えて部屋を出る畑中が、るんるんの様子で歩いている。その隣を、とことこと歩く三池三月。

三池はギリギリシャドウが現れた時代の生まれだ。だから、シャドウに壊滅していく世界の中で、必死に親に守られて。

それで親を両方とも失ってしまった過去がある。

畑中の素性は、三池はよく知らない。

今GDFの戦闘部隊に妹がいることは知っている。その妹も色々と人間離れしていることもである。

今では色々あったこともあり、一応家にお邪魔して。その破滅的な生活を助けたりもしてはいるのだが。それはそれとして。畑中については知らない事も多いのだ。

「それで博士。 作戦には妹さんをつかうので?」

「当然よ。 あの子以外に斬魔剣なんか使いこなせないし」

「はあ……」

「別に人間の形をしたロボットが、超兵器を使う理由なんてありはしないからね。 スーパーロボットって言っても、それが別に人型である理由なんてない。 いっそのこと、百足型でもいいくらいなんだから」

さいですか。

三池は内心でぼやく。

この年下のルックスの強みを全部捨てている博士が天才なのは分かっている。ただ、あの分析は実は三池がやったのだ。

それも別に凄い事をした訳でもない。

シャドウが大暴れしているときは、世界中が大混乱していて。シャドウを分析する力すら残っていなかった。

GDFが設立されてからもしばらくは悲惨極まりない状態が続いて、とても人間は自力で滅びを免れること何て出来そうになかった。

皮肉な話だ。

シャドウが攻撃を緩めてくれなければ、この程度の事すら調べられなかっただろう。

実の所、三池はこの作戦には懐疑的だ。

シャドウは今の所大人しくしてくれている。

確かに奴らの領地に足を踏み入れれば容赦なく攻撃してくるが。ただ奴らは、人間とその家畜にしか害意を示さない。

奴らが支配した地域は自然が回復しているだけではなく、地球の環境まで回復している。

産業革命の時代以降、地球の大気にある二酸化炭素の濃度は倍以上にまで上昇した。

だがシャドウが現れてから、その二酸化炭素は減りに減り、今では産業革命の時代の前の水準にまで戻っている。

それ以外にも悪名高いリチウム採掘などで汚れきった土壌なども次々と浄化されているようだし。

他にも人間が穢すだけ穢して放置した自然環境は、シャドウによって回復が進んでいるそうだ。

中華や北米など、際限ない破壊に晒されていた地域は。

シャドウによって豊かな土地が戻りつつあるという。

日本への攻撃の際も、都市部などは破壊され尽くしたし。

利権が原因で作られ続けたメガソーラーなどは全て消し飛ばされたようだが。

各地の貴重な自然にシャドウは一切手をつけていない。

それどころか、獰猛そうな小型種が、貴重な自然がある地形を守っていたり。他の動物から明らかに愛情を寄せられている姿まで観測されている。

GDFは必死にシャドウへのプロパガンダを展開していて、それらの研究結果は絶対に公表しないのだが。

これらを見ている限り。

むしろ侵略者は人間なのではないかと感じてしまうのだ。

ただそれはそれとして、このままでは最低限のインフラまで維持できなくなるのもまた事実。

今シャドウが手を出してこないのは、理由はわからないが。

出来れば穏便に、共存したい。

それもまた、本音なのだった。

両親を殺された怒りは勿論ある。

三池の世代は、本当に苦しい生活を送ったのだ。

それへの恨みだってである。

だが、三池も分かっている。

それ以上に、シャドウが現れる前の地球人類は、やりたい放題を地球でやっていたことを。

科学者の一部には、シャドウはガイア理論に基づく地球の免疫ではないのかという説まで提唱するものがいるようだが。

そういった科学者は拘留されてしまっている。

迂闊な事は口に出来なかった。

「三池さん。 一言言っておくけれど。 シャドウと仮に融和策を採るにしても、それには力がいる。 少なくとも対抗できる力を手に入れない限り、どうにもならないだろうね」

「……まあそうでしょうね」

「許可は出たし、じゃあ可愛い妹が乗る「スーパーロボット」を仕上げますかね!」

「その楽天的な性格、羨ましいですよ」

溜息が出る。

こんな状態でも、状況を楽しんでいる。

その有様が、三池にとっても羨ましいのは間違いのない事実だった。

 

1、護星の戦士というけれど

 

畑中菜々美は朝の訓練を終えると、ライフルの手入れをする。支給されているライフルは、対シャドウ用……といえば聞こえはいいが。小型種に何度かダメージを与えた記録が残っているだけの非力な代物。

対物ライフルでさえ小型種に傷をつける程度の威力しかない。

それを知っている菜々美は、無駄じゃないかこんな事と思いながら、愛用の銃をせっせと手入れする。

これでも北米で使われていたアサルトライフルの系譜を辿り、最終的にGDFで完成されたM44ガーディアンと言われる銃。

歴史上最強のアサルトライフルではある。しかもショットガンや狙撃銃にもなる。

問題は歴史上最強ではあっても、シャドウには無力すぎること。

GDFの神戸支部……事実上人類最後の砦を守る兵士はわずか三万。それも神戸に合流するとシャドウの攻撃を誘発する可能性があるから、四つの師団に分けられて、それぞれ神戸から少し離れた場所に基地を構えている。

菜々美がいるのは元大阪。

今は完全に更地になり、森が出来はじめている大阪の側にある基地だ。

シャドウとの小競り合いで、今まで小型だけだが、八体の撃破記録を持っている菜々美は、若くして少佐の地位を貰っているが。これは末期戦だからである。末期戦では景気よく地位が振る舞われることが多く。

ましてや小型とはいえシャドウを八体も倒した(シャドウの数は最悪億を超えるとまで言われているが)菜々美が、景気よく佐官にまで昇進したのも、不思議ではないのかも知れない。

また姉が……畑中直子が、筋金入りの変人であり。

ルックス100点、言動0点とか言われている存在であることもあって。

奇人姉妹とか言われている事を菜々美は知っていて。

それもまた、毎日ストレスになるのだった。

銃の手入れが終わると、武装を一つずつチェックしていく。

今の時点で兵器弾薬の備蓄は充分。

三万の兵士が戦うぶんには、数百年はやっていける。

シャドウは軍物資の格納庫などを積極的に破壊する事はなかった。ただしステルス戦闘機は容赦なく破壊した。

これはステルスの技術が原因ではないかと言われているらしいが。

いずれにしてもシャドウの攻撃を避けるために、現在GDFで利用している偵察機などは、ステルス技術を全て撤廃している。

またアクティブリンクシステムなどもシャドウの攻撃を受けやすいため、今は戦車なども名人芸で動かしているのが普通だ。

菜々美は戦車もいける口だが。

戦車に乗ったって、シャドウは装甲を紙切れみたいに噛み裂いてくる。

それを思うと、今では鉄の棺桶に過ぎないMBTに乗れたってと、どうしても思ってしまうのだった。

全ての手入れを終えると、外に。

宿舎の外では、空気が澄みきっている。

昔に比べて、明らかに空気がうまいらしい。あまりおおっぴらには言えないが、それについては年配の兵士が時々口にしている。

まあ、それもそうだろう。

GDFはシャドウに対する「利敵行為」をとにかく嫌っているし。

シャドウの存在が何かしらの良い事につながった、とされるような言葉を口にすると、最悪営倉行きだ。

昔はシャドウを崇めるようなカルト団体もいたらしい。

それらはみんなシャドウに殺されてしまったが。そうでなければ、今でもシャドウを崇める連中はいたのかも知れない。

黙々と歩いて、それで手にしている通信装置がなる。

また無駄な会議でもやるのかと思って連絡に出ると、姉だった。

「ハーイ菜々美ちゃん! おはよう!」

発作的に切りたくなるが我慢。

とにかく苦虫を噛み潰しながら返事する。

「もう昼だが?」

「いいのいいの今起きた所だから。 出来るだけ急いで京都基地に向かってくれる?」

「また変な玩具つくったの?」

「変とは失礼な! 画期的な対シャドウ兵器よ! そ、れ、も! 菜々美ちゃんにあわせて作ったオーダーメイド!」

げんなりである。

姉が作ったそのオーダーメイド兵器で、今まで菜々美は六体のシャドウを撃破した。いずれも小型種ばかりだが、本来は戦車でも出さない限り斃せず、それも確定で倒せるかはかなり怪しい相手だった。そしてその新兵器は、今では量産されて配備されている。

小型種といっても色々おり、四つ足で狼に似ているブラックウルフ、蛇に似ているシルバースネークなど様々だが。これらはいずれも凄まじい速度で接近してきて、兵士達を食い殺す。

人間を殺した後は、他の小型種である「クリーナー」が来て、死体を装備ごと溶かしてしまう。

こうして遺体すら残らない。

既に5000万にまで減った人間だが、その遺体が殆ど残っていないのも、そうしてクリーナーに始末されたからだ。

それを人間の尊厳への挑戦ととるか。

効率的な人間の処理ととるのかは。

菜々美には何とも判断が難しい。

「とりあえずまたシャドウを殺せば良い訳ね。 今度はどんな玩具な訳」

「ふふふ、ひみつ☆」

「さいですか」

聞いているだけで疲れる。

見た目だけは最高と言われる姉は、中身が残念すぎることでまあ菜々美も呆れる程ではあるが。

しかし、別に菜々美と仲が悪い訳ではない。

悪党ではあるかも知れないが。

別に邪悪ではない。

だからどうでもいい。

ジープに乗る。

菜々美は佐官という事もあって、更には既に許可が出ていることもある。また、人間が減りに減った今、実の所治安は滅茶苦茶良くなっている。

一時期は混乱に乗じてマフィアだのが跋扈したらしいが、それらはみんなシャドウが駆除してしまった。

今や人類の歴史上一番安全な時代だなんて言われている程で。

ジープで移動している間も、特に何か言われるようなこともない。

時々思うのだ。

シャドウがこのまま攻めてこないのなら、戦わなくてもいいのではないかと。

英雄とも思えない考えだが。

別になりたくてなったわけではない。

無駄に焼けやすい肌も、野性的で男みたいと言われる容姿も。それで男よりも女にもてまくることも。

不満は色々あるが。

それでも、平和なことは嫌いじゃない。

シャドウに対する画期的な兵器か。

もしもこのままシャドウと共存出来るなら。

口に出してはいえないことだが。

どうしてもそう考えてしまうのだ。

ジープで移動を続ける。舗装道路はかなりやられているが、この辺りは出来るだけ出ないようにと達しがでているから。

神戸や基地周辺はしっかり舗装が生きている。

ジープは時々激しく揺れるが。

別に不愉快な程でもなかった。

基地に到着。ちなみに京都基地といいながら、実際にあるのは奈良県南部だ。京都は敵の勢力下にあり、大阪ですら危ないのである。菜々美のことは知られていて、ゲートはすぐに通してくれる。シャドウは人間に擬態とかそういったことをする必要もない存在で、その基地への侵入は警戒しなくてもいい。

むしろ人間の犯罪者の方が警戒する必要があるくらいだが。

それもここ数年は話すらきかない。

この基地は工場があって、其処では色々な兵器が作られている。人間側も必死なのではある。

半ば諦めている者も多い中。

それでも諦めずに、勝利を目指している者はいる。

菜々美はどうなのだろう。

ともかくIDカードで、工場内に入る。姉は細かく指示しながら、それを作りあげている最中だった。

また随分と不格好なものを作ったな。

ちょっとあきれた。

以前から、菜々美は戦闘力を買われて、新作兵器を用いてのシャドウ撃破にかり出されている。

それでシャドウを倒して見せたから英雄扱いされているわけだが。

これに乗るのか。

ちょっと顔が引きつるのが分かった。

いわゆるロボットアニメには、ロマンがある格好いい人型ロボットがたくさん出てくる。そういうのとは傾向が違う、無骨なデザインのいわゆるリアルロボットという奴もたくさんいる。

だが、これは。

それらとは違う。

車体になっているのは恐らくGDFのMBTである40式戦車か。整地走行速度80キロを安定して出し、その速度からの射撃で10キロ先の時速70キロで移動する相手に百発百中させる凄まじい射撃精度が強みだ。10式戦車の更に二世代後の戦車である。

装甲に関してもあのM1エイブラムスを上回る強力なもので、人間相手の戦争だったら最強だろう。

だが、シャドウ相手には、戦績が芳しくない。

前衛を張ろうにも、この40式の装甲を持ってしても、小型シャドウの攻撃を防ぐことすら厳しい。

中型以上が相手だと、薙ぎ払われてまとめて消し飛ぶだけ。

そういう悲しき戦車である。

ゆえに鉄の棺桶などと言われているが。

それも妥当だろうと菜々美は思っていた。

そして、それに接続されているばかでかい刃物は何だ。

姉が満面の笑みで来る。

「みてみてー! 菜々美ちゃんのために作ってるスーパーロボットよ!」

「これが?」

「これが!」

嬉しそうな姉。

死んだ目の作業員達。

特に助手の三池さんは、完全に帰らせてくれと顔に書いていた。気持ちは嫌になる程わかる。

「後幾つかのギミックがついたら、これも完成!」

「で、これで何と戦うと」

「京都にいるキャノンレオン」

「!」

ぞくりと来た。

キャノンレオンは中型シャドウで、その凄まじい射撃精度で多数の人間を殺して来た凶悪な種だ。

人間が軍隊で組織的に反撃していた頃、一個師団が此奴に返り討ちにされたという記録が残っている。それもこいつ一体にである。

それを、この不格好な40式と変なでかい刃物で倒せというのか。

流石に菜々美もこれは死を覚悟するが。

けらけらと姉は笑う。

「大丈夫大丈夫。 シャドウの性質と菜々美ちゃんの性能を計算する限り、勝率は88パーセント。 そしてこれで勝てば、もっと予算が出るから、このスーパーロボット「超世王セイバージャッジメント」ももっとバージョンアップ出来るわ」

「いや名前。 そのスーパーロボットそのまんまの名前と、この格好、何もかもがあってない!」

流石に泡をくって菜々美が言うが。

姉は細かい指示をいきなり出し始め、クレーンが動いて作業を進める。

断って良いだろうか。

いや、これは断って帰れる雰囲気では無い。

しかも姉の計算は当たるのだ。

だいたい9回に8回は勝てると。

なんだか聞いているとくらくらするが、それよりも泣きたくなってきた。

今までも変な武器を持たされてシャドウと戦わされ。なんとか生き残ってきたのだが。その度に姉は菜々美を大喜びでなで回して、周囲の遠い目を尻目にしていた。今度もこんな名前が明らかにおかしい兵器に乗せられて、寄りにもよってキャノンレオンとやりあわされるのか。

色々混乱する菜々美に、姉は更に言う。

「シミュレーターは組んであるから、早速乗って頂戴」

「シミュレーターって……」

「都度バージョンアップするからね!」

「……ハイ」

なんだか悲しくなってきた。

とりあえず、同情の視線を向けてきている三池に案内されて、そのままシミュレーターに向かう。

シミュレーターは卵形の筐体になっていて、その中で全ての感覚を再現できる。この程度の技術は、今の人類にはある。

シャドウが現れなければ、宇宙進出出来ていた。

そんな声もあるらしいが、それは果たしてどうだろう。

シャドウが現れる前、人類は狂ったように自分が住む地球を破壊し続けていた。それは自分の金さえあればいいというくだらない理由からだった。地球だけじゃない。人類の間でさえ致命的な依存性薬物を小金を稼ぐためにばらまきあったり、意味不明の理屈で文化や芸術を破壊し合ったりしていたようである。

そして今。シャドウがそういった連中を全て処理してしまった結果。

むしろやっと、技術が適切に進歩しているのではないかとすら思うのだ。

ともかくシートにつく。

このシートは40式ベースか。

人員が足りなくなってきたこともある。40式は基本的に一人操作の戦車だ。古くは三人から四人が乗るのが当たり前だったが、今の戦車は一人で動かせる。

操作については、かなり分かりやすい。

姉は変態兵器ばかり作るが、兵器の操作方法そのものはとても親切に作られている。

実際、菜々美が小型シャドウを倒せる事を証明した幾つかの兵器は、ダウングレードして戦線に配備されている。

小型シャドウとの戦闘は殆ど今では起きていないのも事実だが。

それでも年に何度か小競り合いはあり。

その度に戦果も挙げている。

そういう実績があるから。

姉が無法を許されているのだろう。

ともかくなんとか王せいばーなんとかを動かす事を考えて、操縦桿を握る。

姉の作る兵器は使いやすいが。

一つ欠点がある。

膨大なデータがモニタに出てくる。これだ。

あらゆる情報を一気に繰り出してくる。

これがあって、ほとんどのテスターが音を上げてしまうのだ。

畑中姉妹に依存するのはまずいのではないのか。

そういう声もGDF上層から上がっていたらしいが。

それも実績を前に黙らされ。

この膨大な情報についていける菜々美が重宝されているのも。まあ、素の頭の出来が良いからなのだろう。

あまり実感は無い。

そもそも菜々美と姉の両親は、極凡庸な人間だったと聞いている。シャドウに殺された普通の親子。

血統主義を掲げる人間には色々許しがたいのかも知れない。

まあ、それもまた、どうでもいいことだ。

黙々と操作をする。

なるほど、やり方は理解できた。

短時間で情報を取り込み、そして自分のものにする。それが菜々美の兵士としての強さである。

菜々美のフィジカルはせいぜい並みかそれよりちょっと上くらい。

女性兵士としては少し背が高いが、容姿が野性的すぎて男と勘違いされる事もあって。男はさっぱりよってこない。

前に聞いたのだが、気配が怖すぎるとか言われるらしい。

そんな事を言われてもしらん。

別に着飾りたいと思った事はないが、それでも色々思うところはある。

ともかく色々と、やれることを今はやるしかない。

キャノンレオンが被害を出しているのは事実。それにキャノンレオンは確か日本だけで十数体が確認されている筈。シャドウで一体しか同種族が確認されていないような奴は大型種くらいで、それ以外は基本的にどの種もたくさんいるのだ。

アウトレンジから必殺攻撃をしてくる此奴を斃せるようになれば、色々と行動の自由が確保できるのも事実。

そういう意味で、姉がつくったゲテモノ兵器を使いこなせるようになるのには大いに意義がある。

操作を確認。

理論通りに動くなら、なんとかやれそうである。

姉は自分の発明品によく分からない癖をつけることが多いのだが、その癖ごとこのシミュレーターは再現されている。

これを片手間に組んだのだろうから、姉の凄まじさはよく分かるし。

あのおぞましいパワポのプレゼンが許されているのも理解出来る。

だが、この斬魔剣とかいう名前負けも著しすぎる代物、どうにかならないのか。なんか人型の格好いいロボが振るいそうな武器なのに。

まずはシミュレーションを重ねる。

使い方もまたなんというか。

なんとか王なんとかいう凄く格好良い名前と裏腹の、泥臭いというかなんというか。ものすごく色々と言いたいことがある。

姉はネーミングセンスだけは中学二年生の男子なので、菜々美もとにかく恥ずかしい名前の装備を今まで散々操作させられてきたが。

ついにスーパーロボットの名前をつけられたもはやロボットですらない代物に乗せられてしまって。

スーパーロボット愛好家に睨まれそうである。

ともかくだ。

それも我慢して、練習をする。

菜々美でもこれは操作が難しい。

とにかくあらゆる意味で癖が強すぎるのである。

癖そのものは掴んだ。

だが、それでもかなり難しい。

まずは「斬魔剣」だとかを振り下ろす事からだ。それも、振り下ろすだけで一苦労である。

目標に命中させるのには、まずは実績を重ねなければならない。

実績さえ積めば、其処から分析して、姉が操作補助用のシステムをくみ上げる。機材の微調整は三池がやるのだろう。

そのためには、まずは当てる事。

シミュレーターでしばらく練習をして、動く相手に当てる練習を重ねる。

まったく、戦車砲が通じない相手だからと言って。こんな原始的な機構で、時速100キロを軽く超えて動き回る上に、精確に射撃してくる相手に精密に命中させなければならないのだ。

たまったものじゃない。

それに、である。

この作戦には、生き残っているGDFの兵士達が相当数参加するらしい。

まあ小型種のシャドウを近づけないためなのだから、仕方がないが。そう言った兵士達に直衛は頼む事になる。

小型種ですら、昔は一体倒すのですら膨大な被害を出していた。

今は単にシャドウと交戦する事が減ったから被害が減っただけ。

もしも菜々美がキャノンレオンを倒し損ねたら。

その被害が更に激増するどころか。

再びシャドウが攻撃を再開して、神戸が潰されるかも知れない。

プレッシャーは重い。

黙々と操作を続けていると、だいぶ時間が経っていた。警告音が鳴ったのでシミュレーターからでる。

以前から集中しすぎて消耗する事が多く。

それで新兵の頃、何度か倒れた。

それもあって、菜々美はアラームをセットして訓練するようにしている。特に姉が作ったゲテモノ兵器のシミュレーションをする時にはなおさらだ。

シミュレーターから出ると、姉がにこにこに微笑んでいる。

笑顔だけなら生半可な芸能人だとかアイドルだとかよりもよっぽど綺麗なのだが。この姉が天才だがアホであることを知っている菜々美はげんなりした。

「どう、菜々美ちゃん。 当てられた?」

「今の所命中率は2%強かな。 止まっている相手にはだいたい当てられるようにはなってきた」

「素晴らしいわ! 私の計算だと、当てるだけで普通の兵士は無理だって思ってたからね!」

「いや止まった的にすら当てられない兵器を作るなよ」

思わず突っ込みをいれてしまうが。

ただ、菜々美からしても、理屈そのものは分からなくもない。

パワポで説明されたら多分正気を失いかねないからそれは御免被るのだが。

ともかく理論上は中型シャドウを殺す事が可能になるかも知れない。それだけで、随分大きい。

今はシャドウの機嫌次第でいつ人間が滅びてもおかしくない。

それを考えると。

シャドウを全滅させる、とまでいかなくても。

少なくともシャドウに対抗出来るようになるのは必須だ。

それに、五千万まで減った人類でも、資源は食う。

如何にテクノロジーがまだ残っているといっても、このままいくとそれすら維持できなくなる。

そうなればまたシャドウが攻撃を再開したとき。

もはや人間は対抗できないだろう。

その程度の事は菜々美だって理解出来る。

だから、シミュレーションには協力するしかない。それについては、協力する意欲だってある。

「今日はもう休んでね。 シミュレーターの結果を見て、調整をしておくからね!」

「分かった。 頼むよ姉ちゃん」

「任されたっ! さあ、ここからが本番よ! ウフフフフ、ハーッハッハッハッハッハッハ!」

いきなり高笑いを始める姉を見て、周囲の整備工達が呆然としている。

完全に悪の博士の高笑いだが、もうどうでもいい。

姉がこういう研究開発をするようになってから、整備では姉の色々アレなところは知られているだろうし。

今更驚く奴もいないだろう。

見ていてとても疲れるが。

それくらいでシャドウを斃せるのだったら、それくらいは我慢して貰わなければならない。

我慢するのは菜々美も同じだ。

シャドウを斃せるようになる。

それについては、菜々美だって意義はよく分かっているのだから。

疲れながら、兵舎に戻る。

そしてぼんやりしていると、上官である菱田中佐から連絡が入った。

軍用の携帯端末で連絡を受ける。

「新兵器の様子はどうかね」

「姉の仕事は早くて、今の時点で既にプロトタイプとして仕上がっています。 ただ、実用にこぎ着けるまではまだかかります。 今の時点では、小官でも当てるのは厳しいでしょうね」

「分かった。 そのまま訓練と調整を続けてくれ。 完成し次第、京都に陣取るキャノンレオンを討ち取る」

「イエッサ」

通信を切る。

溜息が出た。菱田はただ生き残っただけで中佐になった男で指揮能力は皆無に等しいが、ただし度量は大きく、姉や菜々美にフリーハンドで作戦を任せてくれる。それだけはありがたい。

今日は早めに寝る。

姉と一緒にいるととても疲れる。早めに疲れは取っておかなければならないのだ。

勝つためにも。

 

2、超世王動く

 

数日かけて、シミュレーターでの操作を続けて行く。

気楽なのは、こうしている間にもシャドウが人々を殺しまくっている、ということだけはないことだろうか。

シャドウが人間を大量殺戮していた時代は既に終わっていて。

昔人口密集地だった場所の殆どは既に更地だ。

人骨も殆ど残る事がなく、そういった場所は豊かな沃野に変わっている。更に言うと、砂漠なども緑化が進んでいるとか。

今は夏だが、人類の最盛期にはこの時期には40℃を超えることが当たり前にあったという。

高い湿度もあって、この国は世界一暑いとか言われていた事もあったらしく。

もう少しその最盛期が続いていたら、人類は自分達の所業もあって丸焼けになっていた可能性が高いのだそうだ。

それを考えると、シャドウの説。

人間を減らして、地球の環境を元に戻す。

そういう存在だという説があるのだが。

それもあながち嘘だとは思えない。

シャドウに襲われた原子炉は、影も形も残さずなくなり、核廃棄物なども殆ど消え去っているという。

海に垂れ流しにされていた欧州や中華やらの原子炉の核廃棄物も、今では海から消え去っているとか。

海にも当然シャドウはいて。

昔は最強と言われていた米軍の空母機動艦隊も滅茶苦茶に負けて叩き潰されてしまったのだが。

それらの艦船も、既に原型がないほど破壊されて。

更にはその残骸が海を汚染することもなかったそうだ。

各地でヒステリックに打ち込まれた核の汚染も、シャドウがいる地域ではなくなっているという。

人間とその家畜だけにシャドウが牙を剥くのは周知なのだが。

それを知っていても、色々と菜々美も考えさせられてしまう。

ともかく、今日もシミュレーターで訓練をする。

これしか取り柄がないとはいえ。また、姉が補正を組んでくれているとはいえ、まだ動いているキャノンレオンに対する「斬魔剣」の命中率は30%程度である。これではダメだ。

シミュレーターは良く出来ているが、キャノンレオンは高速で走りまわりながら精密極まりない射撃を叩き込んでくる。しかも、今まで確認されている速さにそれは過ぎず、中型種の本気はもっと凄まじいかも知れない。

中型種シャドウは撃破例がほぼ存在しておらず。

それが故に、データもどこまで正しいか分からないのだ。

それにシャドウは死体の確保も難しい。

小型種シャドウですら、生きたまま捕獲するのは不可能という結論が出ている程で。中型種なんて絶対に無理だ。

ともかくシミュレーターから出る。

姉は黙々とPCに向かっていて、三池にだけ話をして、宿舎に戻る。

げんなりしながら帰る。

宿舎に着くと、兵士達が噂していた。

「例の博士が、また訳が分からん兵器を作ってるらしいぜ」

「ああ、でも小型シャドウを斃せるようになったのは、例の博士のおかげだろ。 ただ、それもたまたま遭遇した少数の個体を、だけどよ」

「それはわかってるが……」

「まあ、畑中少佐の負担も大きそうだよな。 それで勝てるようになるといいんだけどよ」

兵士達の不満はもっともだ。

菜々美が姿を見せると、兵士達は敬礼する。

一応少佐だ。

ヒラの兵士から比べれば殿上人と言いたい所だが。実際にはシャドウとの戦いが末期だった頃には、生きているだけで佐官になる兵士は珍しくもなく、中年以上の生き残った兵士は、あらかた佐官以上の階級である。降格してモチベを下げる訳にもいかず、兵士に景気よく振る舞った階級による給金の上昇と。若い兵士が一切出世出来なくなった現状は、上層部には悩みの種であるらしい。

シャドウの撃破最高記録を持つ菜々美は例外的な存在で、だからこそ少佐なんて階級をヤケクソ気味に渡してきているのだろうが。

まあ、色々と複雑だ。

それも最高記録で八体である。

如何に戦況が悪いかはいうまでもないし。

菜々美だって、それが分かっているから、不満は口にせど逃げるつもりは無い。

風呂に入って寝る。

幸い悪夢に悩まされるようなこともない。

戦場でPTSDを患う兵士は多いが、菜々美は平気だった。今でも夢を見ると、お菓子がたくさんでてきて、それを満面の笑みで食べる事が多い。

お菓子は好きだし、今でも意外と食べられるのだが。

神戸がもしシャドウに踏みにじられたら、それもなくなるだろう。

ケーキバイキングでたんまりケーキを堪能する夢を見た後、起きだす。夢だと分かっていても楽しいので別にいい。

そのまま出勤する。

兵士に敬礼を受けるが、勿論敬礼は返す。

少佐だからと言って偉ぶるつもりはない。

別に偉いと思った事は一度もないからだ。

出勤すると、姉がPCに突っ伏して寝ていた。三池が早くから調整をしている。クレーンも動かして、24時間態勢だ。

「かなりの突貫工事ですね。 無理をしなくてもシャドウは動く気配もないのだし、良いのでは?」

「シャドウの機嫌がいいから今は良いけれど、そうも言っていられないわ。 いつシャドウが来るか知れたものではないのだし」

「もしもキャノンレオンが此処をピンポイントで潰す気になったら、ひとたまりもありませんよ」

「それはそうだけれどね。 ただ、直子博士が何かコツを掴んだらしくて、それの調整をしていたのよ」

出た、コツを掴む。

姉は時々それで、一気に兵器の性能を上げるが。

同時に兵器の癖も爆上がりする。

だからその言葉を聞くと、どうしても無意識に背筋が伸びる。

シミュレーターには、その反映は既にされているらしい。これは時間が惜しいな。アラームをセットすると、すぐにシミュレーターに入る。

すぐに操作を開始するが。

UIがまるごと入れ替わっていて、げんなりした。

一から覚え直しか。

だが、これをどうにかすれば、中型シャドウを斃せるようになる可能性が高い。それだけで、どれだけの成果か分からない程だ。

黙々とシミュレーションを開始。

UIは変わったが、操作そのものは難しく無い。

問題は、更に斬魔剣とやらの癖が……それも桁外れに強くなったことだ。また当たらなくなった。

だが、短時間でコツを掴んでいく。

命中。

今までよりも、ずっとスムーズかも知れない。

そのまま作業を続ける。

そして、アラームが鳴ったので、シミュレーターから出る。

姉がまたPCに向かっているが。

キーボードを叩く指が凄まじい速度で。残像を作っている程だ。キーボードを短時間で潰してしまうというのは知っていたが、間近でみると凄まじい。

三池が気付いて、此方に来る。

「どうでしたか」

「なんとか。 前よりも癖が更に強くなりましたが、それでも命中率は動いているキャノンレオン相手に45%まで上昇しました。 ただしあくまで、今まで確認されている最高速度で、しかも整地の状態です。 今キャノンレオンが潜んでいる縄張りの地形をシミュレーターに取り込んでください。 それとキャノンレオンの速度を、現状の倍まで上げられますか」

「やってみます」

後は三池に頼む。

姉の腕は信用している。

だから、そのまま戻る。

また夢でケーキバイキングにでも行くか。菜々美はもしこんな世の中でなければ、ケーキをいつも頬張れていたのだろうか。

いや、この容姿だ。

周囲からは気味が悪い者でも見るような目でも向けられただろう。

宿舎に戻る。

レポートを出して、そのまますぐ寝る。

そろそろ、実戦だとみた。

姉はコツを掴むとあとは早いのだ。

今日の訓練の結果も、すぐに取り入れて、更に実用性を高めてくるだろう。

完成した時。

それをキャノンレオンに当てられるようにする必要がある。

何とか王とかいう兵器の名前はどうでもいいが。

ともかく今は、その兵器で確実にキャノンレオンを斃せるようにならなければならなかった。

 

そろそろ完成かな。

シミュレーターを出る。

二度、姉が短期間で大規模改修をした結果、癖は更に強くなったが、確実に当てられるようになった。

念の為、キャノンレオンの速度を時速450キロにまで上げて貰った。

シャドウに生物の常識なんて通用しない。

艦砲を喰らっても平気な顔をしている奴らである。

物理法則だって適応されるか怪しいのだ。

姉は既に工場にいない。

三池がずっと頑張っているが、最終調整を姉がしたら呼ばれるだろう。

基地に戻ると、連絡が入る。

菱田中佐だった。

「畑中博士から連絡が入った。 作戦が近々決行される。 今回も頼む。 中型を斃せたら、世界にとって大きな希望になる」

「はい」

「その時には君は中佐に昇進……いや大佐かな。 いずれにしてもこうやって私みたいな老兵が君に偉そうに指示を出すのも、これが最後になるかも知れないな」

「いえ、フリーハンドで任せてくれる菱田中佐には随分助けられました」

これは本音だ。

菱田中佐は両手が義手で、妻も子供も亡くしている。長年の無理がたたって、幾つも持病があり。

それもどれも不治の病だそうだ。

余り長くは無いと笑いながら言っているのを何度か見たことがある。

それは事実だろう。

いずれにしても、あまり良い気分はしない話だ。

菜々美の上の世代は、生き残っただけで佐官、場合によっては将官になっているものさえいるが。

それも、皆死ぬ思いをしてきている。

だから、不当な地位だなんて事は、間違ってもいえない。

最後の一人までシャドウとの戦いに動員されていた世代なのである。生き残っているだけでも、どれだけ凄い事か分からない。

連絡を切ると、兵士達が出動の準備をしているのを横目に見る。

40式……GDFの最新鋭戦車が、列を成している。大した規模ではないが、それでもこれらの戦車部隊は、キャノンレオンとの戦いで出てくるだろう小型を相手にするには必須だ。

なんとか王とそれに装備された斬魔剣だけでキャノンレオンを斃せるのだったら、苦労なんかない。

菜々美も軍人だ。

そんなことは、嫌でも分かっていた。

早めに寝ることにする。

早ければ明日、遅くても一週間以内に戦闘だろう。

中型種を相手に一か八かの勝負。

それも相手はキャノンレオンだ。姉は9割近い確率で勝てるとか言っていたが、それはどうだろうと思う。

どういう理屈でその確率をはじき出しているかさっぱり分からないし。

キャノンレオンの本当の性能は、全く未知数だからだ。

ともかく、今はできるだけ自分でも実践について対応を考えておく。あの斬魔剣が直撃すれば、斃せる。

それは恐らく、姉のことだから間違いは無いだろう。

今はともかく、それは前提として大丈夫だと考えて。

全てを天にゆだねるしかなかった。

 

調整が終わった。

工場からなんとか王が、キャリーに引かれて出てくる。それはあまりにも不格好な代物だった。

菜々美が乗る部分は、40式戦車の車体を利用した、砲塔が外されているだけのただの戦闘車両そのままである。砲塔の代わりに、メインとなるギミックがついている。

そして後方には、昔「レッカー車」と言われていた牽引用の車両が二両ついていて、バカみたいな巨大さを誇る斬魔剣が、それに堂々と乗っていた。

兵士達が唖然とする。

「例の博士がスーパーロボットとか言っていたのが、まさかあれか?」

「スーパーロボットっていうとあれだろ、人型で格好いい顔がついてて、それで空もびゅんびゅん飛ぶような。 あれじゃあまるで……」

「しっ! 実際あの博士が作りあげて配備した兵器で、小型種を斃せるようになったんだ。 大がかりではあるが、あれが中型種に効くと信じよう。 それに操作するのは、あの英雄菜々美少佐だ」

「そ、そうだな……」

菜々美は乗っていて顔から火が出そうだ。

英雄なんて虚名はどうでもいい。

ただ、兵士達の会話は、バリバリ拾われていて、滅茶苦茶聞こえている。

姉のもの凄く嬉しそうな声が、操縦席についている菜々美に、大音量で届く。ヘッドホンごしにだが。頭がクラクラする。

「菜々美ちゃーん! 超世王セイバージャッジメントの乗り心地はいかがかしらー?」

「もの凄く五月蠅い誰かさんの声さえなければ恥ずかしいくらいでなんとかなるかな」

「うふふ、ツンデレさんなんだから」

「その死語調べたけれど、明らかに意味が違うと思う」

顔から火が出そうだし。五月蠅くて頭がガンガンするし、泣きそうだ。

野性的な見た目の菜々美だが、見た目通りのスーパーソルジャーでもなんでもない。

兵士達は菜々美を映画に出てくる単騎で部隊を制圧するような特殊部隊の英雄兵士だと噂しているようだが、大間違いだ。

単に姉が作る狂った兵器を使えるだけの、フィジカルにしても並みの兵士よりちょっと上くらいの存在に過ぎない。

並みの兵士よりは強いかも知れないが。

間違ってもスーパーソルジャーなどではない。

「と、に、か、く! 斬魔剣はいつもの菜々美ちゃんがいつも通りにやれば絶対に当てられるから、頑張ってね! うふふ、帰ってきたらケーキを焼いてあげるわ」

「頼むから三池さんにやってもらって」

「え、そう?」

「そう!」

姉の料理は殺人兵器である。

三池さんは地味極まりない容姿だが、女子力は姉の一億倍くらいあって、料理も大変得意だ。

以前ケーキを振る舞って貰ったが、本当に美味しかった。

とにかく、姉の料理なんて大物退治の後に食ったりしたら、それこそその時点で二階級特進確定なので。

先に釘を刺しておかなければならなかった。

通信が入る。

まだ幼い声。

人手不足のGDFだが、それでも若手の人材発掘はしている。

まだ9歳だが、オペレーターとして抜群の才能を持つ俊英。

軌条梨々香の声だった。

何度か大規模戦闘時に、オペレーションの声を聞いたことがある。

鈴を鳴らすような声で、男性兵士よりも女性兵士に好かれているという話だが、顔を見たことはない。

司令部でも作戦指揮の要として使っているらしく。

基本的に誰も会ったことがない。

少なくとも、私の階級でも、あったという人間を見た事はなかった。

「畑中少佐、作戦のサポートを行います」

「頼む」

「まずこれから、第一師団が陽動で京都方面に展開。 遠距離からの光学探査で確認出来ている小型種シャドウを引きつけます。 数は30から40。 かなりの数ですが、現時点の第一師団の練度であれば対応は可能です」

「分かった」

昔だったら、それでも厳しかっただろうが。

菜々美が実用化に成功した「なんとか螺旋砲」とかいう一種の対物ライフルが実戦配備されていること。

同じく小型シャドウの攻撃ならある程度耐えられる「ひひいろなんとか盾」という装甲を戦車隊がつけていること。

これもあって、どうにかやり合える筈だ。

「小型種の被害が増えれば、かならずキャノンレオンが出てくるでしょう。 現在、三つの地点が出現地点として想定されています。 それらの地点に最速で接近できるように、まずは指定の地点に迅速に移動してください。 時計をあわせ、作戦の準備を開始してください」

「分かった。 3,2,1」

「はい、時計はあいました。 秒刻みの作戦となります。 ご武運を」

「……イエッサ」

さて、やるか。

UI等は全てシミュレーターと同じだ。この作戦が成功したら、この斬魔剣とやらは量産されて、各地で使われる事になるのだろう。

効くとは信じる。

だが、殺すまでいけるかどうか。

不安はある。

それに、もしもシャドウを刺激して。日本中に散っているシャドウが集まって来たら、神戸なんてとても守りきれない。それどころか、シャドウが今人間をまた見境なく襲いはじめたら。

シャドウに怯えながら各地で必死に生きている人々の命運は尽きる。

だが、このままでいれば、資源が尽きた人類はいずれ原始時代に戻る事になってしまうだろう。

その時シャドウに襲われたら、もう対抗する術なんかない。

呂布やら項羽やらだろうが。シャドウなんかに勝てる訳がない。

それくらい、絶望的な相手なのだ。

なんとか王が進む。

それを追い越していく40式戦車と、43式歩兵戦闘車。更にはジープとハンヴィー。兵士達の展開は早い。

それなりに訓練がされているからである。

40式には、過去に流行っていたデジタルアイドルのイラストが描かれているものも多い。

戦闘機などがそういうイラストを描かれていたことは結構あるらしく。その文化が残ったと言うことだ。

そもそもアイドルというのは、戦闘に出る騎士がお守り代わりにつけていたものだったらしく。

それがいつの間にか、大衆の偶像となる人気を集める女性歌手などに変わっていったらしい。

シャドウが出る前は、デジタルアイドルが全盛期だったらしく。

今戦車に描かれていたアイドルも、きっとそういうデジタルアイドルだろう。

誰でもいい。

兵士達を守ってくれよ。

そう菜々美は呟く。

そして、なんとか王を加速させ、作戦予定地点に向かった。

 

3、怪物対スーパーロボット

 

作戦開始。

その声が響くと同時に、射撃音が響いた。恐らく小型種の誘引作戦が開始されたのだろう。

菜々美もモニタを確認する。

戦闘状態に入っているのは、第一師団の右翼にいる第二連隊だ。それに第一、第五連隊が連携して戦闘を開始。

赤い点が接近して来る。

時速160キロも出ているそれは、四つ足動物とはとても思えない速度だったが。次々とロストしていった。

「ブラックウルフ撃破! 続けて撃破!」

「幸先は良いぞ!」

「更にブラックウルフ出現! 増えます!」

「確実に一体ずつ仕留めろ! 40式、壁を作れ!」

指揮が淡々とされている。

現在京都にはブラックウルフが多数いることが分かっている。ブラックウルフと言われていても、実際の狼と違って群れは作らない。それどころか、エサを採っているところすら確認されていない。

これが食事をするなら毒餌などの手があるのだが。それも使えない。

とにかく戦況を見守るしかない。

激しい射撃音が続いている。

現在はドローンが使い物にならない。航空機でさえどうにもならないのだ。ドローンでは何も役に立てない。

ブラックウルフが、どんどん数を増している。事前の光学探知での数より明らかに多い。だが、此方も一個師団が出て来ている。少しずつさがりながら、ブラックウルフを削り取って行く。

「新しくブラックウルフ出現! 数、6!」

「既に100体を超えたぞ!」

「京都の隣接地区から来ているのかもしれん! さがりながらつるべ打ちを浴びせろ!」

「接近されたらひとたまりもないぞ! 焦らず仕留めろ!」

怒号が飛び交っている。

ブラックウルフに浴びせられる射撃だが、時々すっとすり抜けるようにしてブラックウルフが回避する。

名前の由来だ。

狙撃手が攻撃を外すことが多く。後で解析した結果、瞬間的に数倍の速度を出して、ライフルの弾を回避していることが分かった。

マッハ3のライフル弾を。

小型種ですらそれだ。

シャドウはとてもではないが、通常の兵器で対応できる相手ではない。姉の作り出した幾つかの兵器が実戦配備されても、なお厳しい。

ついに第四連隊が、ブラックウルフに接近を許す。

戦車にかぶりつくブラックウルフ。盾が見る間に赤く染まっていく。必死に兵士達が射撃を浴びせるが、後続がまだいる。乱戦になったら終わりだ。側面から、第五連隊が援護射撃を入れるが、振り払えない。

40式を放棄して、兵士が逃げ出す。

ブラックウルフが、40式を振り回して、ひっくり返していた。

兵士達が巻き込まれる。

助かるわけがない。

必死に射撃して、そのブラックウルフを倒すが。混乱する第四連隊に、更にブラックウルフが接近。

他の連隊が支援射撃をするが、とても追い払うのは無理だ。

乱戦が始まる。

兵士達が噛み裂かれる。接近されると、速度もパワーもどうにもならない。阿鼻叫喚の地獄絵図。

これが世界中でシャドウを相手にして、軍隊が味わって来たことだ。

「だ、ダメだ、撤退……!」

「キャノンレオン出現!」

菜々美はコンソールに飛びつく。

前線がブラックウルフに荒らされている状態だが、それは無視。予定されていた三地点の一つ。

ある山の頂上付近に、奴は姿を見せていた。

ブラックウルフより十倍以上も大きなその姿は、明らかに威圧的だ。

こいつは獅子の名とは裏腹に、顔は鋭角で、狼にも蛇にも似ていない。勿論獅子とも随分違う。

レオンの名をつけられているのは、その大きさだ。

全長も凄まじいが、四つ足型のシャドウとしては、中型種最大。

そして、全身を砲台にして、口からプラズマ砲を放つ。

このプラズマ砲の破壊力が凄まじく、今まで耐えられた兵器は存在しない。軍事基地の防壁ですら一発で砕かれた映像が残されている。シェルターを此奴のプラズマが貫通して、中に逃げ込んでいた人間が一発で皆殺しにされた事例もある。

更にこのプラズマ砲は徹甲弾と榴弾、更には対空を切り替える事ができ、EMPまで兼用する。

ついでにトマホーク巡航ミサイルの直撃に耐えたという記録もある。

元々中型以上のシャドウは凄まじい耐久を誇るが、撃破例が出なかったのがそういった常識外れの堅さが故だ。

キャノンレオンが動き出す。

速度は現時点で時速150q。

こちらも動く。

なんとか王の操作は、ばっちりできる。オペレーターが支援を入れてくれる。

「第九、第十三連隊は前進してください。 畑中少佐を支援し、遊撃に動いているブラックウルフの排除を」

「イエッサ!」

「つるべ打ちだ!」

火線が飛び交う中、急ぐ。

菜々美は舌なめずりすると、移動を続けるキャノンレオンをターゲッティング。今の時点で、想定外の動きはしていない。

あれは司令部を狙っている。

ブラックウルフは第四連隊を滅茶苦茶に蹂躙しつつ、これもまた他へ戦線を拡げようとしているが。

今は支援できない。

誰かにとって大事な人があの連隊にいて。

ずっと訓練してきた兵士達がいるが。

それでもだ。

足を止める。

そして、バンカーを叩き込んで、車体を固定。更には、パージ。斬魔剣を拘束するのに使っていたワイヤーを全て解放する。

ばつんと音がしてワイヤーが外れた。

よし。いくぞ。

菜々美は相手のロックを確認しつつ、素早く幾つかの装置を操作する。ブラックウルフ接近。その警告が飛んでくるが、それは味方に任せる。味方を信じる。

斬魔剣には、エネルギーが既に注入されきっている。いつでも行ける。

狙うのは、キャノンレオンが足を止めた瞬間。

そして、その瞬間が。

菜々美には見えていた。

キャノンレオンの射程範囲は、対空であれば神戸上空を余裕でカバーしてくる。しかもどういう視界性能をしているのか、それで確殺してくる。

鳥に偽装したドローンを確殺して来るくらい精度も高く、他にも何種か対空が出来るシャドウがいる事もあって、飛翔種の存在もあり、今まで人類は制空権を手放したも同然だった。

だが、如何にキャノンレオンであっても、地上で水平射撃となると、どうしても可能な距離が限られる。

地球は球体であり、10キロも離れるとどうしてもそれが如実に出てくる。

それが、狙い目だ。

足を止めるキャノンレオン。

想定通りだ。

全てのパワーを回すのは、モーターである。砲塔の代わりについているのは、ある意味モーターなのだ。

それも規模が桁違いな。

それが、一気に。

斬魔剣を引っ張っていた。

斬魔剣は途中にある支点を軸に、モーターに引っ張られたことで、上空に放り上げられる。

巨大な剣が、打ち上げられたように見えるが。

それは、ルアーフィッシングで、ルアーを投擲するのと同じだ。普段は横に寝かせている斬魔剣だが、投擲の瞬間、牽引車が跳ね上げる事で、打ち上げを加速する。そして更には、モーターが引っ張る事で、その速度を更に跳ね上げる。

そして、制御する。

加速加速加速。

斬魔剣そのものにもブースターがついていて、唸りを上げながらキャノンレオンへと襲いかかる。

異様な圧力と音に気付いたキャノンレオンが、プラズマを発射しようとしたのを止めて、振り返ろうとした時。

斬魔剣は、その背中から、キャノンレオンに直撃していた。

剣の刀身にあるプラズマが、キャノンレオンを焼き焦がす。とんでもない悲鳴が、辺りに響き渡った。

いや、それはプラズマが中型シャドウを焼き切る音なのか。

激しい火花が散る中、菜々美はコンソールを確認。

「キャノンレオンに着弾! 食い込んでいます!」

「ダメージは!」

「キャノンレオン、まだ動いています!」

「まずいな……」

キャノンレオンに直撃した斬魔剣は、確実に体に半ばまで食い込んだ。だが、それでもまだ動くか。

だが。

操作をし、ブースターを全開。

有線の兵器だ。こういうことは出来る。ブースターは微細に動作して、包丁が野菜を切るように前後。それで、一気にキャノンレオンの全身を切り裂いていく。

ブラックウルフがなんとか王に接近。かなり至近だ。菜々美はこのままでは動けない。これでも微細な操作を全力でやっている最中だ。

ガンと、何とか王にブラックウルフが突貫してくる。これは食いつかれたな。そのままひっくり返そうとしてきているのが分かった。

画面が揺れる。座席も。

それでも、斬る作業を続行。

神業とか言われるかも知れない。

だが、その割りには菜々美は全力で冷や汗を流している状況だ。体を壁や操縦桿にぶつけそうになる。

この勢いでぶつけたら、痣ではすまない。

それに、このままだと、なんとか王は装甲を喰い破られるか、ひっくり返される。そうなったら、恐らくキャノンレオンだって斃せないだろう。

それでも焦らない。

菜々美は冷や汗は流すが、それでもキャノンレオンを斃せればいいと考えている。そう割り切れる事だけが。

菜々美の強み。

そして、直後。

ブラックウルフが、吹き飛んでいた。

「此方第十七狙撃大隊! 新兵器に集っていたブラックウルフを排除完了!」

「支援感謝!」

そのまま激しくレバーを操作する。

斬魔剣についているブースターが激しく前後に巨大な刃を動かし、キャノンレオンを切り裂いていく。

そして、ある一閃で。

刃が激しく地面を熱し、爆発させていた。

キャノンレオンが消えていく。

わっと喚声が上がった。

「ちゅ、中型を倒した!」

「やったぞ!」

「ついにやったんだ!」

「あんなどうしようもなかった奴を! すげえ!」

勝利の歓声が上がる。

菜々美はそのまま操作を続行して、斬魔剣を回収する。有線である事もあり、ブースターの操作は難しくない。

掃除機のコンセントを吸い込むようにして、本体に吸い上げる。

ロボットアームのワイヤー巻き取り装置が、かなり怖い音を立てているが、ブラックウルフに噛みつかれて揺れていたのだ。

引き上げは問題無さそうだ。

機体のダメージを確認。

案の場かなりやられている。斬魔剣を動かす機構は無事だが、なんとか王の動力が相当なダメージを受けていて。移動するのはレッカーが必要になるだろう。いや、なんとか出来るか。

しかし無限軌道が一部剥がれてしまっている。

できればつけ直したいところだが。

ブラックウルフへの攻撃も続行されているが、まだかなりの混戦のようだ。最初に猛攻を受けた第四連隊は全滅判定を受けて後退。他の連隊が、接近するブラックウルフを必死に倒しているが、まだまだ来る。

どうも妙だ。

斬魔剣が戻って来て、後ろの機構と合体。

そのまま充電、燃料の補給に入る。

オペレーターが指示を出しているのを聞きながら、応急処置をしようとした、その瞬間だった。

激しく揺れて、思わず舌を噛みそうになった。

アラームが鳴る。

ダメージがかなり深刻だと言う事だ。

姉が作ったこの車体。並みの40式よりも装甲が増設されているはずだが。急いで計器を確認。

車体が傾いている。

そして、装甲の右半分が完全に終わっていた。

ブラックウルフに噛まれたのが左だったのだが、これはまずい。すぐに周囲の映像を確認。

そして、見た。

キャノンレオン。

さっき倒した奴ではない。

二匹目だ。

シャドウの生態はよく分かっていない。いずれにしても、兵士達がパニックを起こすのが分かった。

「二匹目の中型だ!」

「ど、どうするんだ!」

「第六連隊、壊滅! 支援こう!」

「今のは榴弾プラズマか! 引け、引けっ!」

大混乱を起こす第一師団。それはそうだろう。ブラックウルフが多くてまだ戦闘が続いている上に。

ターゲットを倒したと思ったら、もう一体が現れたのだから。

キャノンレオンは、なんとか王から見て三時方向。右側にいる。そして悠々と歩きながら、なんとか王を擦るようにして榴弾プラズマを放った。その余波で、なんとか王は擱座したというわけだ。

「畑中少佐! 無事か!」

「無事ですが、なんとか王は擱座! 自力で動くのは厳しいと思われます」

「脱出しろ! この作戦は失敗だ!」

「……少しお待ちを」

脱出したところで、周囲はブラックウルフだらけ。それによりにもよって中型シャドウでもかなり手強いキャノンレオンが近付いて来ている。

あいつにプラズマを撃たせたら、今みたいに連隊単位の戦力が蒸発することになる。それを見過ごすわけにはいかない。

ぎりと、奥歯を噛んだ。

そして、データを確認。

なんとか王は動かせないが、斬魔剣は撃てる。ただ、最初の一体を倒した事を、キャノンレオンは見ていた筈だ。

シャドウは学習能力も高い事が知られている。

あっさり逃がしてくれるとはとても思えない。

一か八か、やるしかない。

「もう一体を倒します」

「正気かね!」

「正気です。 というか、この距離で、逃がしてくれるとは思えません。 それしか生き残る道はありません」

師団長が無茶だと叫ぶが、無茶でもやるしかない。

好機は一回だ。擱座しているが、前面装甲は何とか耐えられると判断した。そのまま無理矢理車両を動かす。擱座しているからどうしても動かせる範囲には限界があるが、それでもどうにか多少はキャノンレオンの方を向く。

キャノンレオンは二発目のプラズマを撃とうとしていたが、此方に気付く。そして、斬魔剣の発射台を立てた瞬間、プラズマを其方に叩き込んできていた。

それでいい。

前面装甲、それに車体前面のカメラがやられる。凄まじい揺れで、ひっくり返りそうになる。

がつんと頭を座席にぶつけて悶絶しそうになるが、しかし耐える。雑音の中、ブラックウルフと死闘を繰り広げている第一師団の兵士達の絶叫や悲鳴が聞こえる。数十体どころか、当初の予想の十倍は出て来ている。それはこうなるのもやむなしか。そもそも人間はシャドウ出現以降、シャドウに勝てた試しが無い。

相手の底力を理解できていないのは、仕方がないのかも知れない。

操作、そして操縦桿を引く。

ぐらついていたなんとか王が激しく地面に叩き付けられる。その動きを見て、致命傷を与えたと判断しただろうキャノンレオンだが。

その時。

その背中に、斬魔剣が、突き刺さっていた。

そう。発射台を立て、それが爆発した瞬間。斬魔剣はそれとは別に撃ちだしていたのである。

斬魔剣は別に単体で飛ばす事ができる。

発射台の仕組みは、ルアー釣りでルアーを飛ばす要領で高速で的に対して斬魔剣を飛ばすもの。

ワイヤーはロストしたが。

多少精度は下がるものの、別に遠隔での操作だってできるのだ。そもそもワイヤーは遠心力で破壊力を上げる機構。

なくても使えるのである。

この辺り、姉の抜かりなさが分かる。そして才覚も。生き残るには、それを全力で使うしかない。

前面装甲はかろうじて耐えたが、火花が散っている。この機体は限界だ。ブラックウルフ一体にでも接近されたら終わりである。勿論もう一発プラズマを喰らったら爆散どころか蒸発だろう。

さっきのも、斬魔剣を狙った一撃だったから助かったのであって、そうでなかったら消し飛んでいたのだ。

キャノンレオンに突き刺さった斬魔剣を激しく上下させる。

それによって、斬魔剣で、キャノンレオンを胴から頭に掛けて切り裂いてやる。さっきは横に真っ二つにしてやったが、今度は縦に裂いてやる。だが、問題も多い。さっきの爆発で斬魔剣自体にもダメージが出ていること。ブースターの制御が、ブースターのダメージ、こっちのコンソール、両方の問題で精度が落ちてきていること。

暴れるキャノンレオン。跳び上がって、何とか斬魔剣を引きはがそうとする。

させるか。必死に食い下がって、制御する。

熱。

火花がもろに顔にかかった。機体そのものが生きていること自体が不思議だ。それに良く制御装置が生きてくれている。歯を食いしばって、耐えてくれよと言いながら必死に作業を続ける。

一気に刃を押し込むと、キャノンレオンは横倒しになって、凄まじい悲鳴を上げる。いや、これは。

分かってきたが、中型のシャドウを切り裂くと、どうやら独特の音がするらしい。そもそも小型シャドウにしても何かを食べるところすら目撃されたことがないのに(兵士を食い殺すように口を使う事があるが、それは捕食では無い事がはっきりしている)、中型だって。普通の生物と同じに考えるのは無理がありすぎる。

それでもキャノンレオンは暴れ狂う。

気を抜くと、すぐに斬魔剣が抜ける。そして抜けたら、即座にプラズマを放ってきてもおかしくない。暴れ狂うキャノンレオンに、更に刃を食い込ませる。だが、それも厳しくなってきている。

通信。オペレーターからだ。

「機体ダメージ甚大! 爆発の恐れあり! 畑中少佐、脱出を!」

「今脱出したらキャノンレオンに逃げられる!」

「分かりました、デッドラインを分析します! それまでに決めてください!」

「分かった!」

もうかなり動きが悪くなってきているが。それはキャノンレオンも同じだ。キャノンレオンは必死に体を彼方此方に叩き付けて、斬魔剣を外そうとしている。だが、させてなるものか。

頭をフル回転させて、操作を続ける。

後六分で脱出のデッドラインだと言われる。

六分。充分だ。

そのまま更に切り込みを入れてやる。だが、ブースターの一つがアラームを入れてくる。ガス欠だ。

元々ダメージを受けていたし、ガスが漏れていたのだろう。

くそ。だが、それでも。

最後に残ったブースターの力を総動員して、一気に奴の体を断ち割っていた。

暴れ狂っていたキャノンレオンが、その場で消えていく。斬魔剣はすっぽ抜けるようにして飛ぶと、ブラックウルフを数匹串刺しにして、そのまま地面に突き刺さったようだった。

緊急脱出装置。上にある。

勿論ボタン押したら飛んで脱出出来るような便利なものじゃない。ハンドルを回して開けて、それで這う這う逃げ出すためのものだ。

ハンドルがヤバイ。熱い。

これ、外の装甲燃えていないか。だが、そのままだと蒸し焼きになる。既に冷房機能は死んでる。

そうなると、もたついていると蒸し焼きだ。

手袋の上から大やけどしそうだが、それでもハンドルを無理矢理捻り開ける。空いたハンドルから飛び出すと、既になんとか王は原形を留めていなかった。側に付けたのは、40式戦車の一両。

はしごを出してくる。

「畑中少佐!」

「助かった! て、左!」

飛び出してきた兵士が、左から襲いかかったブラックウルフを、即応して撃ち抜いていた。

まだ若々しい見た目の女性兵士だ。良い腕をしている。男と間違われるくらい野性的な容姿の菜々美と真逆の、花でも咲くような容姿である。それが迷彩服を着込んでいるので、ちょっと違和感が凄い。

とにかくはしごを使って、40式の方に移る。それで改めて何とか王の方を見るが、うえっと声が出ていた。凄まじい有様で、原型も残っていない。装甲はドロドロである。痛々しいまでの有様だった。

いずれにしても、これは良く生きていたなと、自分を褒めたくなる。それは脱出しろといわれる訳だ。

ブラックウルフが追いすがって来るが、それを狙撃部隊が撃ち抜く。数は減りつつあり、やっと戦場は収束しつつある。それでもまだ散発的な戦いが続いている。第一師団は大きな被害を出し、それでも持ち堪えているが。これは最終的な被害は、一割に達してしまうかも知れない。

味方陣地に戻る。

姉は元々キャノンレオンが一体、ブラックウルフ数十体を想定していた。だから、姉は責められない。

そもそも人間はシャドウに局地戦ですら勝ったことがない。個人レベルでの戦闘なら例はあるのだが、それですら少数なのだ。

だから、初めての勝利となると。

その被害が想像を超えて甚大なのは、仕方がないのかも知れない。

手当てを受ける。

火傷は思ったほど酷くはなかったが、それでも彼方此方体を打ち付けていた。周囲では救急車両が走り回っている。ブラックウルフによる波状攻撃は止みつつあり。数が減った故に、敵を近づけずになぎ倒すことが出来るようになりはじめていた。

「此方スカウト11! ブラックウルフ、増援確認出来ず!」

「そのまま各スカウト部隊は確認を続けろ!」

「はっ!」

「偵察機やドローンを使えるのなら、こんなことには……」

ぼやく師団長の声が聞こえる。

しかし、菜々美からしても敵の挙動は異常だ。そもそもとして、いきなりあり得ない数が湧いてきたように思うからだ。

周辺の地区から集まって来たにしても多すぎる。

特にキャノンレオンのような大物は、光学探知で発見できていないのはあまりにもおかしいのだ。

これは兎に角、姉の見解を待つしかないのか。

他の学者も頑張っているだろうし、それらの話を聞くしかないのかもしれない。

一時間ほど戦闘が続き、第一師団に仕掛けて来る敵はいなくなった。それでやっと撤退が始まる。

京都に部隊を進めるどころじゃない。

やはり無線を聞く限り、二個連隊が蹂躙され、他の連隊も被害を受けている。最終的な被害は千人を超えたようだった。

勝利は勝利だ。

中型二体を含む相当な規模のシャドウの群れを撃ち倒したのである。これは人類にとって画期的な勝利と言える。

だがそもそも敵は世界中に存在しており、京都にいる敵を倒したに過ぎない。それもまたいつ湧いてくるか。

シャドウの発生プロセスはよく分かっていない。

少なくとも生物と同じように交配して子供を作っている様子もなければ、細胞分裂みたいに増えている事もないらしい。

どこから現れているかさえよく分かっていないのだ。

本当にこれは勝利と言えるのだろうか。

先に重傷者を優先して、負傷者が運ばれて行く。

菜々美も最後の方に運ばれて行くが。

総司令部から通信が入っていた。

「畑中少佐、今回も大変見事だった。 それどころか中型に対する圧倒的戦果、君は人類の英雄だ」

「褒めてくださるのは有り難いですが、そう面と向かって言うと人間はダメになると思います」

「そうか、君は謙虚だな。 それで君は一階級昇進だ。 二階級でも良かったのだが」

「有難うございます」

まあ、お給金は増えるし、それでいいか。

ただ、周囲の阿鼻叫喚を思うと、喜んでばかりもいられなかった。

他の人類のコロニーでも軍部隊は保有しているようだが、神戸周辺にいる四個師団は、人類最後のまとまった機動戦力だ。そのうち一つが一割近い損害を受けたのである。補充は極めて難しい。

兵器については、各地で倉庫に埃を被っているものがある。それを引っ張り出せばまだどうにかなる。

ただ人員は無理だ。

クローン技術は既に実用化しているが、クローンは出来ても人間の急速栽培みたいなことは出来ない。

それはまた技術のレベルが一段階違うと姉は言っていた。

それである以上、兵士は育てるしかない。

完成型の兵士が生えてくるなんてことはありえないのだ。

昔のバカな企業経営者でもあるまいし、そんなことは流石に今の人類は考えていないと菜々美も思いたいが。

いずれにしても今回の損害は相当に痛かった筈。

しかも人材が足りない現状を考えると。

誰かが責任を取って辞任というわけにも行かないだろう。

病院に着く。

其処でニュースが流されていた。

第一師団の被害、一割を超える。これについてちゃんと報道しているのは偉い。一度マスコミは完全に解体されたと聞くが。それもあって健全化されたのだろう。

それでいて、中型二体と、数百の小型を倒したという報道もある。

病院が負傷者……それも重傷者で溢れている状況も報道されているから、それが苦い勝利だと言う事も伝わっている筈。

それでいいのだ。

とりあえず菜々美も手当てを受ける。

そして病院を出ると、珍しく神妙な顔の姉と、三池が来ていた。

姉は何も言わなかった。

ドがつくほどの変人の姉だが、今回の見通しが甘かったことは理解で来ているのだろう。

それにこれだけの被害が出たのだ。

これで総合的に見て大きな勝利で、この程度の損害は許容すべきだとかほざくようだったら、顔の形が変わるまで殴る所だが。

そういうことは姉もいわない。

姉の運転する車で戻りながら、言われる。

「ケーキバイキングとはいかないけれど、ホールケーキを用意しておいたわよ」

「そうか、それは助かる。 それくらいの贅沢は許されるよね」

「ええ。 勿論助手が焼いたから」

「はあ。 本当は畑中博士が焼くと言い張ったのを止めました」

それは助かる。

ともかくまずは家に戻る。

基本はずっと軍の宿舎にいるのだ。勝利した上、負傷もしたのだ。たまには家に戻るくらいはいいだろう。

途中で、なんとか王の話になる。

「斬魔剣が有効な事は証明されたのも事実。 とりあえず、今回の戦訓で得られた教訓を反映して、超世王セイバージャッジメントを修理改修しないとね」

「いや、あれもう修理なんて出来る状態じゃないよね?」

「何を言っているの。 スーパーロボットっていうのはね、人型でなくても、どれだけ破壊されても、雄々しく立ち上がってくるものなのよ!」

「いや、そもそも立ってないよあれ」

流石に呆れる。

そういえば、だ。

宇宙戦艦が何度も激しい戦いで傷つきながら、敵の星間国家を撃ち倒す傑作アニメが昔あったのだが。

日本ではその姿を称賛していたが。

海外のファンは、どうして新しいのを作らないのかと疑問を呈する人が多かったのだとか。

その考えの違いかも知れない。

これでいて姉は結構古風な日本人。

菜々美は割とリアリストよりなのかもしれなかった。

まあ、制御システムなどは割と最後まで生きていたようだし。全面改修をするにしても、ある程度は生かせるのかも知れない。

姉の技術力は変態的なので、あのなんとか王がいずれ歩いて斬魔剣とかを振るう日が来る可能性もある。

三池がケーキを出してきたので、ありがたくいただく。

ケーキも、流石にあの死ぬ思いをした後だ。普通こういうケーキは一つ二つピースを食べるとうんざりしてしまうものだが。

今日は幾らでも食べられそうだ。

黙々とケーキを食べていると、姉は先に上がると言って、家を出ていった。

これは上がるのでは無くて事後処理だな。

そう思ったが、何も言わずに見送る。

三池が残った。

「あれで畑中博士は、二体目のキャノンレオンが現れてから、相当に動揺なさっていたんです。 畑中少佐……いや中佐になられたんですね。 中佐が勝利したのを見て、こっそり涙を拭いておられましたよ」

「そうでしたか」

「だから、あまり塩対応はしてあげないでください。 私もそろそろ行きます。 どうやら本気で畑中博士は、あのスクラップからええと……セイバージャッジメントを復活させるようですので」

「大変ですね」

苦笑いすると、三池は行く。

一人家に残ると、ケーキは途端にまずくなった気がした。

人には皆で食べるのが好きな者と、一人で食べるのが好きな者がいる。

私は普段は後者なのだが。

今はどうしてか、不意に寂しくなった気がした。

 

4、次の戦いは意外とすぐ側に

 

40式戦車の派生型である回収車が、ほぼ完全破壊された超世王セイバージャッジメントを回収していく。

このまま回収して、それから工場で修理するのだ。

とはいっても装甲も何もかも全取っ替えである。

そもそもこんな状態からキャノンレオンに勝ったのがおかしすぎる程であり。後の時代がもしあったのなら。

プロパガンダを疑われるかも知れない。

作戦を指揮しているのは、第二師団の師団長である広瀬史路である。

まだシャドウと激しくやりあっていたころ立ち上げられた未熟なクローン兵士計画によって作りあげられたスーパーソルジャーといえば聞こえはいいが。実際に「優秀な人間」の遺伝子を掛け合わせたにもかかわらず、スーパーソルジャーどころか完成品はみんなボンクラだらけであり。

広瀬も同じだった。

今師団長なんて若くしてやっているのは、たまたま才能が後から開花したから。

それも両親になった人間にまったく関係無い才能だったので。

そもそもクローン云々は関係無かったのだと思われる。

まあその当時クローン出来たのは生殖細胞だけくらいだったので、結局は人工子宮から生まれた子供に過ぎず。

そういう意味でも、人間と大して変わらない。

ちなみに英雄となった畑中中佐より少しだけ年上であり。

容姿も別に普通だ。

優秀な人間は姿も美しいに決まっている。

そう考える人間の夢を悉く踏みにじっている存在だと言える。

だから化粧で誤魔化している。

ある程度の容姿に見えるように化粧するのに、毎日結構な手間が掛かっているのは、本当に面倒だった。

ただでさえ激務が多いのに。

回収作業を終えた後は、スカウトと特殊部隊を京都地区に出す。

ブラックウルフはどちらかというと小型シャドウの中では攻勢を担当するタイプで、拠点を防衛する小型がいてもおかしくない。

シルバースネークは今の時点で確認されていないが、それもいるかも知れない。

スカウトが、京都に侵入。

通信が入った。

「今の時点で敵影はありません。 ただし重要文化財含め、建物もインフラも根こそぎ更地にされてしまっています」

「そうか、分かった。 残念な話だが、シャドウの行動原理を考えると残当と言えるだろうな」

「その代わりといっては何ですが、非常に豊かな生態系が戻っているようです。 土壌なども確認しましたが、汚染は皆無です」

「……」

そのまま探索を進める。

人間が追い込まれてから十年以上、状況は動かなかった。僅かに生き残った人間が襲われることも……シャドウの支配地域に踏み込まない限りはなくなった。

今、状況が動いた。

それを怖がっている者も多い。

「此方スカウト19」

「何か確認されたか」

「いえ。 シャドウはやはり発見できません。 ただ、地蔵がそのまま残されているのを確認」

「地蔵か……」

今ではただの石と同じ。

シャドウも人工物と判断せず、破壊しなかったのかも知れない。

いずれにしても、スカウトに徹底的に調査させる。

そしてしばしして、安全と結論出来ていた。

続けて第二師団の本隊が京都に入る。周辺を確認して、それで安全を確保するのが目的だ。

消耗が激しい第一師団の事もある。

もしもシャドウの攻勢があった場合、すぐに引くようにと作戦指示も総司令部から受けている状況だ。

言われなくても史路もそのつもりである。

四個師団まで兵力を増強するのに、どれほど時間が掛かったか。

それを考えると、第一師団の被害だってあまり考えたくないほどなのだから。

司令部を設置して、更にスカウトを出す。

若狭の辺りまで行くと、もうシャドウがいるようだ。かなりの数のシルバースネークが確認されている。

勿論戦う意味はない。

そもそも京都近辺は、大軍を展開して戦うのには向いていない。

消耗戦にでもなったら、シャドウだけしか得しないのだ。

「今の時点で小型種ばかりですね……」

「光学探知では限界がある。 中型種が必ずいる筈だ。 キャノンレオンなみの奴でないといいのだが……」

「こ、此方スカウト29! 中型種を確認!」

「!」

すぐに映像が送られてくる。

スカウト29には即時撤退を指示。

そして、映像から、正体が即座に確認されていた。

「ランスタートルだ……!」

ランスタートル。

背中に巨大な槍のようなものを装着している亀に似たシャドウである。この槍が凄まじい代物で、貫通能力だけならキャノンレオンのプラズマ以上だろう。記録によると、東京にあった大型の地下シェルターを、この槍一発で貫通して全滅させたそうである。逃げ込んでいた当時の総理や各国の要人が文字通り蒸発させられたそうだ。

仕組みはよく分かっていないが、キャノンレオンと同じくプラズマということはなさそうである。

特殊な化学物質で爆発を引き起こしているらしく。

巨大な槍は毎回使い捨てのようだ。

こういう化学物質で大きな破壊を起こす生物は別に珍しく無い。

昆虫で言えば100℃を超える熱を出すミイデラゴミムシがいるし。

また強烈な臭気で相手を撃退するスカンクなどが有名だろうか。

ただ、流石に此処まで強烈なのは流石に自然にはいない。

しかもこの槍。

上空に打ち上げてから地面を狙ったり、水平射を行ったりする。

その上このランスタートルが厄介なのは、小型種多数を引き連れていて。それらを壁にして、後方から砲台として動く事だ。

前線に積極的に出てくるキャノンレオンと違って、此奴はあくまで支援型なのである。

そして小型種との連携が強力なぶん。

更に手強い相手だとも言えた。

「更に調査を進めろ。 定点カメラを設置。 とにかく無駄に命を散らすな。 交戦は避けろ」

「イエッサ!」

「……ランスタートルか」

キャノンレオン二体を斃せたのは大きな成果だった。

しかし、二体目が現れたのがどこからか分からない。

シャドウは数を減らしたという話があるが、もしもそれが間違いだったとしたら。シャドウはただ隠れているだけで、人間を見ているのだとすれば。

畑中中佐の手によって、キャノンレオンは斃されたが。

しかし、それですら、簡単にやれるようなものではなかった。

あの斬魔剣を量産出来るようになったとしても、簡単にはいかないだろう。人間が巻き返すのに、どれだけ時間が必要なのか。

それも良く分からない。

「此方スカウト14! 此方でもランスタートルを確認! こ、これは……」

「どうした」

「ランスタートルと同時にキャノンレオンの姿も確認しました!」

「……分かった。 充分だ。 一度定点カメラを設置してから、撤退する。 安全圏までさがるぞ」

憶病などと言われる言われは無い。

此処で無駄な戦力消費をすることは許されないのだ。

すぐに第二師団は撤退を開始。

シャドウは追撃をしてくるようなことはなかった。

軽く舌なめずりする。

冷や汗が背中を伝っていた。

キャノンレオンだけで一師団を潰すのに充分。

しかもランスタートル二体と、その直衛が加わるとなると。

各個撃破出来ればいいが、そう簡単にさせてくれるとはとても思えない。

戦いは厳しさを増すばかりだとしか、史路には思えなかった。

 

(続)