救われるべき闇との対峙

 

序、傲然たる男

 

これほどの数のフィールド探索者が集うのを見るのは、初めてだ。そう、世界最強の男であるMは思った。

以前、異星の邪神の手から解放した浮遊大陸アトランティス。オーストラリアに匹敵する面積を持つ此処に、今数百を超えるフィールド探索者が集まっている。Mもその一人だ。ついに、長く続いた異星の邪神との戦いが、終わるときが来る。

不安そうにしている者達も多い。

軍の関係者も、かなりの数が集まっていた。彼らを蚊帳の外にするわけにはいかないから、仕方が無い。

Mの隣には、世界最強の魔術師であるリンク。そして、その少し後ろには、最近ようやく貫禄がついてきた、Mの弟であるLがいる。

この三人だけで、世界の国の半分は焼き払えるのでは無いかと言う噂があると言うが、Mは肯定も否定もしない。

用意された宿舎に荷物を置くと、会議を行うという神殿に向かう。

辺りは整備されていない更地が延々と続いていて、その周囲には訳が分からない植物が密生している。

此処は元々、ヒトの領土では無かったのだ。

妙な好奇心を起こすと、怪我ではすまない。そんな危険が、周囲には満ちている。

「ようまいられましたな、M様」

「うむ」

話しかけてきたのは、半魚人の老人だ。

このアトランティスで、奉仕種族として酷使されていた者達の長老。今、Mが最も嫌っている存在の一人である、スペランカーの配下として動いている。スペランカー自身はそんなつもりではないだろうが、この老人は少なくともそう身を置いている。

異星の邪神が大嫌いなMとしては、此奴らもいずれ隙があれば皆殺しにしてやりたいほどだが。

今の時点で、それをやれば問題になる。Mも戦闘能力では無敵だが、一つだけ致命的な弱点があり、それをつかれるのは好ましくない。スペランカー自身にその弱点をつく気が無くとも、周囲はどうだろう。スペランカーの腹心である川背など、頭が切れるフィールド探索者はいる。そいつらが、何をするか分からない以上、Mも滅多な事は出来ないのである。

老人に案内されて、神殿へ。

途中、用意されていたジープに乗り、悪路を行く。他のフィールド探索者のうち、一流どころと呼ばれる者も、おいおいジープやバスで移動を開始しているようだ。

「既に作戦は決まっていると聞いたが」

「はい。 どうにか間に合いました。 間もなく、我々の造り主でもあるアザトース様との、直接対決がかないましょう」

その直接対決というのが、実際に武や覇を競う物では無いことは、Mも知っている。不快なことに、奴を殺すとフィールド探索者の特殊能力も全てが消え失せてしまう事が判明しているからだ。

あのスペランカーの言うことに従わなければならないだけでも不快なのに。

邪神共を殺さず、生かさなければならないとは。何たる事か。

今でもハラワタが煮えくりかえりそうだが、それでも。表面上は、Mは笑顔を保ち続けていた。

神殿に着く。

ギリシャ式の荘厳な神殿に、見えなくも無い。

白磁の神殿は丁寧に整備されており、汚れ一つ見当たらなかった。美しい柱は大理石か、それに近い素材で作られているようだ。

以前、此処に足を踏み入れたときには、もっと汚れていた。

スペランカーの意向で、綺麗にしたのだろう。

「此方でございます」

「うむ……」

老人に案内されるまま、先へ行く。以前は、此処でかなり緊張感のある政治的なやりとりをした。

今回は、最後の決戦を行うべく、歩調を合わせなければならない。

見ると、各国の大物政治家や、財界のボスクラス、元帥などの高位退役軍人も来ている様子だ。

文字通り世界の命運を賭けた戦いである。

彼らの中には、アトランティスの悪口を言い合っている者もいる。半魚人が、他の連中の案内に離れた隙を見て、そいつらの後ろから近づいた。

「何とも野深い場所でありますな。 発展の欠片も無い上に、粗野で下品だ」

「原住民共を全て追い払って、入植した方が経済的には有用でしょうに。 ここに住む小娘程度の頭では、理解できませぬかな」

「何、Mと対立していると聞いています。 いずれMと手を組んで、小娘もろとも全員を追い出してしまえば良いでしょう。 その際には、利権の分配は……」

「うぉほん」

Mが大げさに咳払いすると、くだらない話をしていた連中は弾かれたように此方を見た。

後ろで、にやにやとリンクが様子を見守っている。

「おお、これはMどの。 お久しぶりですな」

「悪巧みはかまわないが、私のいないところで勝手に進めないでいただきたい、ハーマイン元帥」

「これは失礼した。 いずれそれならば、席を改めて」

「私は今のところ、この大陸に手を出すつもりは無い。 面倒だから、もう一度明言しておこう。 この大陸に、手を出すつもりは無い」

わざと二回繰り返すと、その場にいた連中は鼻白んだ。

Mにしてみれば、このような連中は路傍の小石に等しい。中にはMの弱点を知っている者もいるだろうが、それでどうにかなるほどヤワな自分では無い。

スペランカーの事は大嫌いだが。

こういう連中は、もっと嫌いだ。

一応政治的なつきあいはしてきたが、それだけの関係である。一緒に侵略を進めるような人間だと思われたら、迷惑する。

それに、もしもアザトースをMが葬っていた場合。

此奴らが、Mだけではなく、家族も皆殺しにしていただろう事は、疑いの無い事実なのだ。

その場を後にすると、リンクがけたけたと笑った。

此奴は綺麗な顔をしているくせに、底意地が悪い所がある。

「何だ、Mさんも、男気があるじゃないですか。 普段は破壊神みたいなのに」

「殺すぞ、貴様」

「冗談ですってば」

リンクと本気でやり合ったら、アトランティスが焦土になる事を覚悟しなければならないだろう。

そうなると、色々面倒だ。

鼻を鳴らすと、戻ってきた半魚人に案内されるまま、応接室に。さて、ここからが、本番だ。

奇しくもというか或いは意図的なのか、以前案内された応接室と同じ部屋だ。周囲には仮設のプレハブも見受けられたから、まだましな部屋だと言えるだろう。それに、調度品は、前回よりずっと良くなっている。

アトランティスは儲かりはじめていると聞いていたが、この状態を見ると、それは嘘では無いのかも知れないと思えた。

巨体をソファに深く沈ませながら、Mは不機嫌そうな声を敢えて出した。

リンクがその側で、ポットから茶を淹れている。

「リンク、それで何かしらトラップの類はあるのか」

「いえ、非常に閑かなものですよ。 勿論立ち入り禁止の地区には色々仕掛けてあるようですけれど、この部屋にはありませんね」

「油断はするなよ」

「分かっています」

会議が始まるまで、三時間ほど。

さっきの立食パーティに混ざる気はしないし、此処で暇を潰すとするか。

それに、会議と行っても、作戦の説明。それに対する理解を求めるだけの事だろう。ニャルラトホテプをスペランカーが従えた今、奴は四元素神に等しい存在だとも言える。勿論、力があると言う話では無い。

ヨグ=ソトースとかいう巫山戯た邪神を使って、アザトースの所に赴くには、奴の力が必要、という事だ。

馬鹿にした話だが。

茶を飲み干す。意外にも良い茶で、味も香りも素晴らしい。淹れたタイミングに茶葉の選定まで、しっかりやっている。見ると、J国から取り寄せたものであるらしい。この辺り、本職の料理人である川背の手管か。

Mも悔しいが、スペランカーが他人の言うことを良く聞いて、受け入れるべきを受け入れていることは認める。川背はスペックが高いが、極めて気むずかしい女だ。あれを此処まで心酔させ、しっかりした仕事をさせている以上、カリスマとしてのスペランカーの手腕については、Mとしても認めざるを得ないところである。

「ふん……」

不快になって、Mは天井を見た。

会議が始まるまで、少し時間がある。ずっと黙っていた弟のLが、空気に耐えられなくなったか、口を開く。

「兄貴、今回で、邪神どもとの戦いは終わるのかな」

「何だ、怖いのか」

「怖いに決まってるだろう。 俺は兄貴みたいに強くないんでな」

そういうが、Lが以前の戦いで、一皮むけたことをMも知っている。以前はひたすらに情けない奴だったが、今は必要なときには勇気を奮える男になっている。

Lがこのようなことを言うと言うことは。

不肖の弟なりに、感じているのだろう。

今までに無い、大きな戦が始まるのだと。

「いずれにしても、お前が最強の敵とやりあうわけじゃない。 少しは落ち着いたらどうだ」

「落ち着いているさ。 俺が怖いのは、将来のことだよ」

「それなら余計に安心しろ。 アザトースを殺すわけじゃ無いんだろうよ、悔しいがな」

何をトチ狂ったか、スペランカーは邪神との共存を、などと考えている。アザトースについては、元の素性を割り出すことに成功。感情移入して、救い出すことを考えているようだ。

はっきりいって、甘い。

だが、それでも。この場で主導権を握っているのは、奴だ。

何より、未来から来た連中から、アザトースを殺すとどうなるかは聞いている。Mとしても、身に宿った最強の力を失うのは、本意では無い。

「本当に、上手く行くのかなあ」

「行くのか、じゃあない。 うまく行かせるんだよ」

「さすがはMさん」

リンクが、皮肉混じりに言う。

此奴は、身内だけの場合は、本音をさらけ出す。外面は良いだけに、此奴の本性を知っているMには、余計腹立たしい。

Mとしても、自分の感情を、現実に優先させることの愚かさはよく知っている。

今回の戦いに勝つことができれば、異星の邪神どもに決定的な打撃を与えることが可能だろう。

そして、今までのやり方では。

M自身の破滅を招く事も、分かっていた。

命を失うことなど怖くない。最初フィールド探索者になったときに、既にMは命を捨てる覚悟など済ませた。最初に戦いに赴いたフィールドは、薄暗い地下。配管が並ぶ中、まだチンピラだったライバルKの部下達と、いつとも知れぬ戦いを続けた。

戦場から帰ったMは、人相が変わってしまっていた。

それまでは、まだ笑顔に愛嬌があるとか、気のよさそうなおじさんだとか、そういう評価が出る容姿だったのだ。体型も筋肉質と言うよりもむしろ小太りで、子供達からも気の良いおじさんと呼ばれて好かれていた。

だが、その時を境に。

Mは鬼神のようだと、評されるようになった。勿論子供達も、寄って来ることはなくなった。

初めての戦いが、想像を絶する地獄であったが故に。Mはそれ以降、何も怖くなくなった。

むしろ戦いそのものに身を置くことが、普通になってしまった。

あらゆる能力を開発し、世界最強の魔人と呼ばれるようになった今も、あの時の戦いのことを思い出すと、慄然とする。

限られた能力。閉鎖的な空間。どこから襲ってくるか分からない難敵。

実力が充実してからの戦いでは、ああはならなかった。きっと、Mはあの時に、戦鬼になってしまったのだろう。

結局の所、今のMは、戦いにだけ生きる存在だ。

だが、抱えているアキレス腱の事を思うと、スペランカーにこれ以上高圧的には出られない。

Mはプライドと、己の抱える傷のことで、ずっと悩み続けてきた。

最強の戦鬼であるプライドは、Mを此処まで高め上げた。

しかし、抱えるすねがある事で、今の地位を得たことも事実なのだ。

世界最強という称号。

それは、決して不動のものではない。Mが長い間、努力を続けてきたからこそ、得られたもの。

故に知っている。

「なあ、リンク」

「はい?」

「私が呼ばれたという事は、激しい戦いになると言うことだな」

「間違いないでしょう。 情報を総合するに、相手は星系を丸ごと飲み込むほどの特大の邪神です」

そう言う意味では無いのだが。しかし、戦う機会があるのだとすれば。

其処には、Mのいる場所がある。

Mにとって、戦いは人生。居場所。そして、存在意義なのだ。

「ふん、まあいい。 先に、実戦でのフォーメーションを……」

「大変です!」

部屋に、慌ただしく飛び込んできた者がいる。

フィールド探索者としてはまだ若い存在だ。星形をしていて、回転しながらの体当たりを得意としている。

新入りである彼は、慌ただしく部屋に飛び込んでくると、息を必死に整えた。

「何事か」

「姫様がさらわれました! 犯人はあのK! 決戦の地で待つと、手紙を出してきています!」

思わず、Mは顔中に憎悪を湛えて、立ち上がっていた。

そうか、Kの奴。

このようなときにまで、立ちはだかるか。

奴とは何度戦ったか分からない。ついに、今回が最後の血戦となる可能性が高い。何故、このタイミングで邪神共に肩入れするような真似をしたのかは分からないが。いずれにしても、叩き潰す。

「スペランカーはどうしている」

「今、最後の戦いについて、調整しているようです」

「私もその調整とやらに参加させてもらおう」

部屋を出ると、周囲が流石にざわめいた。応接室に飛び込んだ新入りの血相を変えた様子からも、ただ事では無いと悟っていたからだろう。

周囲の制止など、ものともしない。

邪魔をする奴は、はじき飛ばすようにして、先に行く。

会議室の前にはスペランカーの腹心である川背が立ちはだかっていたが、Mは傲然と胸を反らした。

小柄な川背は、巨躯を相手に一歩も引かない。

「どくがいい。 スペランカーに用がある」

「今、作戦の最終調整中です」

「私もそれに参加してやろう。 邪魔をするならば……分かっているな」

「分かりません。 スペランカー先輩の邪魔をするなら、貴方がたとえ相手でも引きませんよ」

瞬時に、川背が戦闘態勢に入るのが分かった。

此奴も今や超一流の使い手。戦えば、そう簡単には勝てないだろうが。それでも、勝率は百%だ。それに、たとえ多少揉めたところで、Mは引く気が無かった。

視線が火花を散らしあう。

だが、それは。

部屋から、アーサーが出てきたことで終わった。

E国最強のフィールド探索者であるアーサーは、C社ナンバーツーのフィールド探索者であり、その実力もそうだが人望が厄介だ。人脈もスペランカーの次程度には広く、各国の要人ともつながりがある。爵位を持つ本物の騎士であるという事も、厄介さに拍車を掛けている。

戦場と同じくフルプレートアーマーを着込んでいるアーサーは、既に戦闘態勢に入っているが。

奴はMと、そのうしろにいるリンクとLを睥睨。咳払いした。

「いい加減になされよ。 見苦しい」

「騎士ィ。 貴様も邪魔をするならば、まとめて私が畳む事になるが?」

「決戦前に殺気立つでない。 桃姫の事であれば聞いている。 既に作戦については決まったから、部屋に入られよ。 貴殿にも悪いようにはせぬ」

「入るぞ」

「アーサーさん?」

川背が低い声で言うが、アーサーは問題ないと応じていた。

面白い話で、川背は心酔するスペランカー以外には、基本心は開いていない様子だ。笑顔も、スペランカーがいる時以外には見られないと聞いている。

別に同性愛者では無いと言うが、忠誠心が深すぎるのと。それまでの人生に、強い孤独を感じていたのが理由だろう。

まあ、Mにとっては、他者の戦う理由はあまり興味が無い。

忠誠心の源泉についても、だ。

Mは、自身の肉体だけを信頼している。それだけでいい。

部屋に入ると、スペランカーが魔法陣の中央に正座していた。かなり広い部屋で、多くの奉仕種族の半魚人達が、槍を持って立っている。骸骨の戦士や、ミイラ男など、他の奉仕種族の幹部もいる様子だ。

彼らはMに咎めるような視線を向けたが、スペランカーが目を開ける。

何だ。

以前より、更に落ち着きを増している気がする。

まるで、道場で精神集中している武道家のようだ。だが、スペランカー自体からは、武芸や戦技の類は感じられない。スペランカーは、相変わらずの、不死と特殊能力しか取り柄が無い、弱者の筈だ。

何故だろう。Mは、スペランカーが大嫌いなのに。今の此奴を見ていると、今までの憎悪が和らいでくる気がする。

これは、いわゆるカリスマか。

長年様々な土地で名士と交流してきたが、本物のカリスマを持つ相手はごく一握りだった。

今、Mは。

今まで見た中でも、最大級のカリスマを目撃しているのかも知れない。

スペランカーは相変わらず弱い。

だが此奴の戦闘力は兎も角、どうしてか。作戦について、任せても良いという気分になりつつあった。

「Mさん、其処に席があるから、座って。 これから、作戦の説明をします」

「……既に話は聞いていますね」

「うん。 大丈夫。 作戦については、既に細部まで決めてあるし、Mさんには、Kさんと直接戦って貰えるようにするから」

それならば、文句は無い。

嫌みのために使っている敬語も、自然に発しそうになった。不快感がせり上がってくるが、まずは着席だ。

川背が、スペランカーの側に立つ。

魔法陣は、いつの間にか光を失っていた。

「川背ちゃん、説明をお願い」

「はい、スペランカー先輩」

川背は、相変わらずスペランカーの隣にいると、機嫌が良さそうだ。

普段は冷厳なまでの現実主義を取る事が出来るのに。或いはこの娘、根本的な所で、心を子供から成長させることに失敗したのかも知れない。

「今回の作戦の骨子は、アザトースの拡散した精神を集中させ、一つの人格として再構成し、肥大化した肉体から解放して救出する事となります」

腕組みしたまま、話を聞く。

問題は、その後だ。

「現在、アザトースの体内には、八つの惑星が確認されています。 アザトース自体はガス状の体を持っていて、その密度自体は大変薄く、それぞれの惑星にも酸素と適切な重力がある事が分かっています。 気温も、活動には申し分ありません」

ただし、問題があると、川背は言う。

それらの惑星には、考えられないほど強大なガーディアンが存在しているという。

そして、ここからが、作戦の骨子だ。

「それぞれの惑星にて、事前に用意していた魔術を展開。 惑星が十字直列するタイミングを見計らい、魔術を発動。 アザトースの精神を一点に集め、解放します」

「それで、私の出番は?」

「それぞれの惑星には、四元素神級のガーディアンがいます。 彼らを、この場にいる戦士達で、抑える必要があります」

それだけではない。

どういう方法を使ってか、Kがこの八惑星に、部下と息子達を伴って赴いたのだという。いわゆるK配下の四天王、ノコノコ、メット、パックンフラワー、ゲッソーの、それぞれが超一流の使い手達が確認されてもいる。

此奴らは、Mと何度となくやり合ってきた戦士達だ。

その実力は折り紙付き。生半可なフィールド探索者では、束になっても片手で捻られるだろう。Kに加えて四人がかりであれば、Mとでさえ良い勝負が出来るほどの奴ら。

それに加えて、Kの息子達。

それぞれが戦場で経験を積み、能力を磨いてきた戦士達だ。

確か、Mが以前に調査したところでは、七名。男子六に女子が一。いずれもが、高い戦力を持ち、油断できる相手では無いという。

半魚人の長老が、なにやら石像を見せる。

それは、おぞましい、形容も出来ない姿をした存在と。その周囲で、様々な楽器を鳴らしながら、狂気の宴にふける姿。

なるほど、これがアザトースと、その取り巻き達か。

この取り巻きの一柱一柱が、それぞれの惑星にいるという事なのだろう。

Kが何を考えているのかは分からないが、これは決戦になる。

「惑星直列が発生するまで、およそ七日。 それぞれの惑星へは、戦力を幾つかに分けて、派遣します。 本来は兵力分散は愚の骨頂ですが、今回は調査も同時に行わなければならないため、無理を承知でやるしかありません。 四元素神級の相手を倒すには、それ相応の戦力が必要です。 M氏を中心とする戦力、スペランカー先輩を中心とする戦力、それにL氏を中心とする戦力と……」

ぬっと、会議室に姿を見せるのは。

Mも知る古豪。

全てを喰らう者の異名を誇るPだ。以前同盟を組んだから、その行動については、逐一把握している。

それにこの老人、年を経たとは言え、今でも充分な戦闘力を有している。並のフィールド探索者の比では無い。

「儂が残りの一チームを率いる。 これで、2セット。 惑星八つを制圧したら、その後魔術師部隊の降下を行う」

「今回は、軍にも支援任務で参戦してもらいます。 確保した惑星における魔術部隊の護衛、惑星降下時の支援など、様々な場面で救援が必要です」

「それで、この戦いに勝ったら、どうなるのだ」

不安そうに挙手したのは、国連軍の最高幹部の一人。

元帥の勲章を身につけている男で、Mも個人的な交友がある。もっとも、あまり高い評価はしていない。実戦指揮よりもデスクワークの方が得意で、典型的な後方官僚なのに、自分を専門家だと思っている寂しい人物だと思っている。

ただ、この男の不安は分からないでも無い。ただのフィールドでも、軍は役に立たないのだ。ましてや四元素神級の怪物がいる場所に乗り込んで、無事で済むとは思えない。だが、川背は、気弱な相手を一瞥した。

「アザトースの中枢精神を確保すれば、おそらくその肉体は致命打を受けて、冬眠に入るでしょう。 異星の邪神の活動は一気に低下し、フィールド探索者の能力はそのまま残るかと思います」

「な、ならば、世界大戦が起きたり、邪神に苦しめられることは無いのだな」

「零では、ないでしょう。 しかし、今までの状況よりも、遙かに改善されるはず。 命を賭けて、戦う価値は充分にあります」

命を賭けて、戦う価値か。

Mにとって、最初の戦場に投入されたとき。そのようなことを考えている余裕は、一切無かった。

使い捨ての駒。

それ以上でも、以下でも無かった。

この戦いは転機になる。出来れば最初にKの奴をぶっ潰しに行きたいところだが、そうも行かないだろう。

奴を叩き潰し、姫を救出するのは最後だ。

「分かった。 私は作戦に乗ってやる。 魔術部隊はリンク、お前が指揮を執るのだな」

「川背さん?」

「最初からその予定です」

やはり川背の声は不機嫌そうだった。

別にどうでもよい。今更買った恨みが一つや二つ増えたところで、どうとも思わないからである。

それから、具体的な作戦の内容に入った。

心が高揚することは無い。戦いは常に行うものであって、Mにとって人生そのものだからだ。

今更新しい戦いに出向くくらいで、どうこうは思わない。

更に言えば、今までに危機に直面したことなど、数え切れない。特にMが裏世界の大物になってからは、ヒットマンに襲われた回数も、覚えていないほどだ。姫を助け出すことは絶対条件だが、それくらいのことは、危機とは思わない。

ただ、不快だ。

Kを殺す事は決めているが、それは是非今回成し遂げたい。

詳しい作戦の内容について、策定が行われる。スペランカーは川背とアーサー、それに若手のフィールド探索者達と、N社の精鋭何名かと出向く。Mはリンクだけを伴う。LはC社の精鋭部隊と共に。そしてPは、C社最強のフィールド探索者、最強のロボット戦士Rと一緒に、戦いに赴く。

これに国連軍の七個師団と二個艦隊が参加。主に無人支援機を中心に、ヨグ=ソトースの力を利用した大規模空間転送で、現地での作戦行動を支援する。

参加するフィールド探索者の数は二百七十。魔術師の数は六十。これは、史上最大規模の参加人数だ。

国連軍兵士は十三万を越える。これにバックアップの部隊を換算すると、およそ二十五万の人間が、この作戦に身を投じることになる。勿論予備の人員もあるから、実際には更に数が多い。

文字通りの総力戦。

「作戦開始はいつか」

「翌日には、国連軍の準備が整う。 それと同時に、作戦を開始する」

「まあいいだろう。 私はそれまで、寝ていることとする」

部屋を後にしたMは、一度壁に拳を叩き付けた。

手加減したから、小さめのクレーターが出来るだけですんだ。

よりにもよって、あのスペランカー主導の作戦で、拳を振るわなければならない。その怒りは、これくらいで勘弁してやる。後は、Kやその部下にでも、怒りをぶつければいい。

応接室に戻ると、Mは横になって、本当に眠ることにした。

戦いまで、後は力を温存するだけだ。

「起こしたら殺すぞ」

「はいはい、分かっていますよ」

リンクの減らず口を聞きながらも。既にMは、眠りの世界へと落ちていた。

 

1、決戦の秋

 

意外にも、よく眠ることが出来た。

昨日は徹夜になるかと思ったのだが、川背が入念にしておいてくれた準備のおかげで、殆どする事は無く。

徹夜するか不安だった川背も、徹夜をせず、早めに休んだようだった。今回は、戦闘に直接行かないスタッフに、背後を任せることとしたらしい。

スペランカーは目を覚ますと、コットンが眠っていることを確認して、出かける準備を始める。

装備などは、既に整えてある。どれだけ消耗するか分からないから、予備の備品についても充分に用意した。

国連軍は全面的な協力を約束してくれたが、これには裏がある。

ニャルラトホテプと一部の国連軍上層が結びついていたのは周知の事実だったのだが。この間の戦いで、スペランカーが下したニャルラトホテプ中枢から、その裏付けデータがぼろぼろと出てきたのである。

川背がこれを有効活用したのだ。

このデータを表に出さない代わりに、協力してもらう。それで、水に流す。

勿論反発はあった。

だが、もとより国連軍上層にも、ニャルラトホテプと結びついてフィールド探索者を排除しようという動きには、反対する勢力もあった。

暗闘で、幾らかの血が流れたという。

だが、結局の所、どうにか合意には成功した。

他の幾つかの勢力も、今回の作戦に関しては、利害が一致している。フィールド探索社としては、異星の邪神の被害には頭を抱えていたし、今後の仕事がなくなるわけではないのならと、殆どの大手が参加を表明してくれた。

勿論、全世界がまとまる、などという夢物語は実現しなかった。幾つかのフィールド探索社は、作戦への参加を拒否したし、静観を決め込んでいる勢力は多い。それでも、二十数万の兵力が展開することが出来る。

半魚人やミイラ男、それに骸骨の戦士達も、参戦を希望している。

しかし、奉仕種族である彼らは、邪神の影響を受けやすい。スペランカーと一緒に、少数の精鋭が出向くだけが限界だろう。残りの者達は、作戦のバックアップに廻ってもらう。それだけで充分なはずだ。

作戦の指揮は、現役を引退した何名かのフィールド探索者に行ってもらう事になる。

前線ではそれぞれの裁量が重要になるが、状況に応じて援軍などを投入しなければならない。

彼らは充分な能力を持つベテランだ。後方を安心して任せることが出来るだろう。

父の形見である、ブラスターを見つめる。

出来れば、これを使うのは、今回で最後にしたい。残った時間を考慮すると、使用は二回が限界だ。

八つある攻略地点を、二カ所ずつ潰すとして。それで、残る時間は殆ど無いだろう。

コットンが起きてきた。

半魚人の長老に任せて、出かけることにする。コットンは、スペランカーが必ず生きて帰ると信じているからか。

笑顔で送り出してくれた。

できれば、これも最後にしたい。

元々、まともな生まれでは無く、酷い虐待を受けて育って来たコットンだ。スペランカーとしては、出来るだけ一緒にいてあげたいのである。

だが、しばらくはそれも難しいだろう。

アザトースを救うことが出来たとして、その後も異星の邪神そのものが消滅するわけでは無い。

フィールド探索者としての仕事は、終わることがない。

家の外に出ると、川背が待っていた。

彼女も、コンディションを完璧に整えていた様子だ。これから、即座にでも、戦いに出ることが出来るだろう。

「先輩。 行きましょう」

「うん。 これが、決戦だね」

話しながら、急ぐ。

既に、アザトースの支配下にある星々へ行くゲートは、完成している。ニャルラトホテプを従え、その知識と力を解析したことで、本来意識も無ければ現象に近いヨグ=ソトースの力を使えるようになったのだ。

ただし、あまり長時間は使えないだろう。

そもそも、多数の軍勢を転移させるというのが、無理のある行為なのだ。倒した後、できるだけ急いで脱出もさせたい。

作戦司令部に着く。

とはいっても、神殿の前にある野原だ。其処には既に四つの転移魔法陣が用意されており、スタンバイされていた。

それぞれの部隊の中核となる、M、L、それにPも来ていた。スペランカーが一番最後である。

アーサーとジョーもいる。彼らには、スペランカーの前後を固めてもらう。今回は、他にも多くの戦士が来てくれていた。いつでも、作戦開始は可能だ。

Mは嫌みを言う気にもならないらしく、腕組みをして傲然と魔法陣を見つめている。

作戦の骨子は、こうだ。

まず主力部隊が突入して、周辺の安全を確保。

それから国連軍の部隊が投入され、周囲に簡易基地を建設する。このたびの作戦には、最新鋭の軍艦も投入可能なことが判明している。基地を作った後は、無人機などの機械を使い、可能な限りの速度で敵中枢に接近、これを制圧する。この際、国連軍は可能な限りのバックアップを行う。

偵察に関しては、ヨグ=ソトースへの干渉を行い、小規模の「扉」を複数箇所、それぞれの惑星に展開できる。これを利用すれば、短時間で移動や偵察が行える。ただし、あまり多くの扉を開けると、危険が生じる可能性が高い。最初に空ける場所は限定して、それ以降も増やさない方針で行く。

もしも敵に交戦意思が無ければ、降伏を促すとしているが。

難しいだろう。スペランカーでさえ、そう思う。

というよりも、アザトースの情報を見た後だと。その取り巻きが、もっとも酷い狂気に汚染された存在だと分かる。会話どころか、意思の疎通さえ出来ない可能性が高い。倒すしかない。

屈強なミイラ男の戦士達と、半魚人の戦士達、骸骨の戦士達も、既にスタンバイを終えている。

アトランティスの守護者として、邪神に作られた彼らは。今はもう、スペランカーの大事な家族だ。

少し奥には、非常に巨大な半魚人の戦士がいる。少し前に、ガーディアンとしてこのアトランティスの中枢にいるところを発見、保護した戦士である。

「α、β、γ、σ。 各班、突入開始!」

時間が来た。

スペランカーが、最初に魔法陣に踏み込む。

周囲の空間が一気に切り替わる。何万光年、いや下手をするともっとその何倍もある距離を移動したのだから、当然だ。

上下が入れ替わるような違和感。

着地は、どうにか出来た。空気などは問題ないことが、事前に確認できている。とりあえず、虚弱なスペランカーがこの時点で死ぬようなことが無ければ、後続が突入と事前に決められていた。

合図を出す。方法としては、転送魔法陣の向こう側に、照明弾を上げる。すぐに川背が続いて入ってきた。アーサー、ジョーと間髪入れず突入してくる。アーサーは即座に周囲に盾を展開して、簡易陣地を作った。ジョーは狙撃用のライフルを構え、油断無く辺りを見張っている。

見ると、周囲はどこまでも草原が広がっている。

地球にもありそうな、穏やかな光景だ。スペランカーが来たのは、この星系に存在する第一惑星。事前の無人偵察機では、温度や大気組成などは分かったのだが、光景までは分からなかった。

むしろ、美しい星だ。

ただし、異様なのは、空。

まるで、ぶちまけたような金色。この異常な光、見ているだけで、頭がおかしくなりそうだ。

太陽も見当たらない。或いは、恒星そのものが、アザトースに吸収されてしまっているのだろうか。いや、それではこの環境に説明がつかない。あまりにも、理不尽すぎる。

此処は、アザトースの体内なのだと、嫌でも思い知らされる。

「周辺、敵影無し」

「支援班突入! 簡易陣地構築開始!」

ジョーが冷静に指示を出し、護衛の戦力が突入を開始する。兵士達と一緒に、今回の支援の肝となる、巫女のサヤが魔法陣をくぐった。彼女の式神は、広域探索に非常に頼りになる。

他の場所にある大型魔法陣から、軍の部隊も突入を開始した。

すぐに、周辺探索のための基地が構築開始される。勿論、敵は迎撃をしてくるとみて良いだろう。

サヤは空を見て、口を押さえた。

「何ですか……あの空」

「出来るだけ見ないで。 すぐに式神を展開」

「わ、分かりました!」

川背が指示を出して、サヤがもたもたと動き出す。

武闘派では無いのだし、仕方が無いか。スペランカーは、今の時点ではする事が無い。乗り込んできた軍部隊が、偵察のための設備を持ち込み、基地を組み立てていくのを、見ているだけである。

ジョーが軍に指示を出しながら、てきぱきと戦闘の準備を始めていた。

アーサーが、叫ぶ。

「敵が来たぞ!」

空を覆うほどの数。

しかも、どれもこれもが、得体が知れない。生物とはとても思えない。どれもこれもが不定形で、どうやって空を飛んでいるのかさえも理解できない。

即座に対空兵器が起動する。

遅れて入ってきたフィールド探索者達も、空に対する攻撃を開始。アーサーもジョーも、それぞれの手段で、空への迎撃を開始した。

無数のロケット砲が咆哮し、大量の爆発による華が空に咲く。だが、やはり効果が薄い。他の部隊も、苦労しているはずだ。

間近まで、敵が降りてくる。

アーサーが、瞬く間に数体を斬り伏せた。大斧や剣を出現させ、次々に敵に投擲して叩き潰している。

それを、少し後ろからジョーが支援。スペランカーは走り回りながら、攻撃を受けそうな味方を庇ったり、割って入ったりして、被害の軽減に努め続けた。

かなり大きな奴に、振り子の要領で川背が蹴りを叩き込む。

地面に叩き付け、すぐに次へ。

まるで空を舞うように、遠心力と重力を味方に付け、川背は空中戦を展開している。その機動力は凄まじく、敵を寄せ付けていない。ルアー付きゴム紐という武器を、完全に己の一部にしている。

大物を片っ端から仕留めていく川背は、実に頼もしい。万を超えていた敵が、徐々に退きはじめる。

「解析を開始。 どこから来たのか、探れ。 敵の本拠には、最精鋭だけで攻撃を仕掛ける」

ジョーが淡々と敵を撃ち落としながら、情報士官に指示。

その情報士官の至近に、大型の怪物が降りてくる。悲鳴を上げる士官の眼前で、真上からの一撃が、怪物を文字通りぺしゃんこに叩き潰した。

怪物の上で身を起こしたのは、アリス。

以前スペランカーが共闘した、E国の最年少フィールド探索者だ。

「敵は此方に任せ、解析を進めるのですわ」

「は、はいっ!」

情報士官が、すぐに作業に戻る。嘆息すると、アリスは次の敵を叩き潰すべく、風船を片手に空に舞い上がった。

敵はまだ本腰を入れていない状態である事は、目に見えている。やはり軍で相手は無理か。

轟音と共に、爆発が巻き起こった。

ミイラ男達が、虚空に火球を放ち、迫っていた敵の群れを叩き落としたのだ。戦いは、周囲に任せて問題無さそうだ。

「陣地の構築を急げ。 対空砲火が薄い。 増援を手配しろ」

ジョーがてきぱきと指示をしている。無人機も、飛ばされはじめた。自動制御のものが中心で、まずは偵察をすることで、この星の事を把握する。

魔法陣を通って、偵察部隊の人が来た。

ジョーと話をしている。ジョーは頷くと、此方に来た。

「他の星も特徴的な構成のようだ。 Pが突入した星は一面が砂漠。 Lの担当は、一面が海。 そしてMが突入した星は、巨大な生物が闊歩しているとか」

「まだ、Kさんは姿を見せていないの?」

「今の時点では確認できていないようだな。 偵察機を出すことで、他の星についても調べてはいるようだが」

サヤが多数の式神を周囲に放って、偵察を続けている。偵察機も、何機かが戻ってきて、情報が集まりはじめた。

敵は散発的に攻撃をしてきているが、その都度の撃退に成功している。敵が本気にならない内に、手の内を見ておきたい。そう、ジョーは言った。

二時間ほどで、前線基地の構築が終了。

対空砲火のための充分な戦力も揃い、兵士達やフィールド探索者達が、交代で休憩に入る。今の時点で、可能な限り休まないと危ない。

地図ができはじめる。

偵察機は大まかな地形を確認。具体的な情報を持ってくるのは、式神達だ。

この星は決して大きくは無い。それでも、人間が歩いて調べるには広すぎる。ただでさえ、時間は限られているのだ。

敵が襲撃を仕掛けてくる間隔が開きはじめる。

総攻撃の準備を始めたのか、或いは何かしらの目的があるのか。ただ、敵の数が消耗してきた、というのなら有り難いのだけれど。そのようなことは無いだろう。

十時間ほど散発的な戦いが続いた後、地面に叩き落とした怪物の上から、川背が声を掛けてきた。

「先輩、此処は僕が支えます。 少し休んできてください」

「川背ちゃん、無理はしないで?」

「分かっています。 本番まで力は温存しますから」

川背はそう言って、返り血を手の甲で拭った。

自室に戻ると、言われるままに少し仮眠を取る。三時間ほど眠ったところで、サヤが来た。重要な情報が、見つかったらしかった。

会議室に出向く。プレハブで構築した会議室だが、それなりに立派だ。ジョーが整理された情報を元に地図を作っている。

それによると、この星には三つの大陸があり、今いる場所はどうやら一番大きいらしい。サヤが、地図上の赤い点を、指さしながら言う。

「土管が、彼方此方にあるみたいです」

「土管……?」

「これです」

偵察機が撮ってきた写真を見せる。

最初に休憩に入った一人であるアリスが、腕組みしながら言う。トレードマークである帽子と風船は、こんな時にも手放していない。

「ドカン? これは大型の排水管ですの?」

「普通なら、そういった用途で用いられるのですが……」

川背が来る。

外はアーサーだけに任せてきたという。それだけ、重要な情報だと言うことだ。外では戦闘音が響いているが、アーサーなら支えられるだろう。

サヤの説明によると、式神が調べたところ、どうも別フィールドにつながっているらしいのだ。

ジョーが、補足する。

「偵察機で既に星全体の偵察をざっとすませたが、地上にこの星を守護する邪神がいるとは考えにくい」

「つまり、地下に敵の拠点なりお城なりがある、のかな」

「そう見て良いだろう。 何故土管を移動ポイントとして用いているのかは分からないが……」

とにかく、片端からそれを調べていくしか無いだろう。

数百カ所はある土管だが、偵察機で調べ上げ、式神達やフィールド探索者で、手分けして探していくほか無い。

問題は多数存在している怪物達だ。式神達は実体が無いも同然だが、フィールド探索者はそうは行かない。

この拠点を失うわけにはいかないし、手練れを分けるのは危険と見て良いだろう。それに何より、Kと配下達が、どう動くか分からない。

「それにしても……」

川背が腕組みした。

彼女は、嫌な予感がすると言う。

「恒星からの距離から考えて、この星は灼熱地獄になっている筈です。 それをテラフォーミングしたのか。 或いは、アザトースの力で、こうしているのか。 だとすると、理由は何故なのか。 気になりますね」

「私、何となくわかるな……」

「先輩?」

「この星、一面が草原ばかりなんでしょう? 他の星も、海ばかりだったり、砂漠ばかりだったり。 それに、どうしてか、たくさんある土管。 きっとこの星は、アザトースの心の一部なんだよ」

アザトースは貧しい家庭に生まれ育った、心優しい娘だった。

遊び場所も限られていただろう。

お金のある子供のように、遊戯施設に行ったり、ゲームをしたりという事は殆ど出来なかったはず。

心の中にある、印象の深いものが。取り込んだ星々の中で、形を作っているのではあるまいか。

会議は一端解散する。

アリスは機動力を生かして、手近にある土管を全て探ってくると言い残すと、骸骨の戦士達と一緒にジープでその場を離れた。他にも数名の手練れが、半魚人の戦士達と一緒に、近場の土管を調査に向かう。

他の星での戦況も、逐一入ってきている。

Mは既に敵を駆逐。やはり、同じように林立している無数の土管を調べに走っている様子だ。

そろそろ、この星に来てから、丸一日が経過しようとしている。

敵首魁の影を、今だ掴むことは出来ていない。

 

辺りには、敵意の無い巨大生物だらけだ。大きな亀に蛇、兎に犬。いや、どれも微妙に違っている。

スペランカーの談話は、Mの元にも届いている。つまりこの動物どもは、アザトースが幼い頃飼っていたか、或いは友だった連中なのだろう。猫に近い生物もいるが、此方を襲うそぶりは見せない。普通だったら、肉食獣として、人間を襲うサイズにもかかわらず、である。

夢の世界。

いや、思い出の一部を、抽出して作り上げた世界、ということか。

厄介なのは、群れている怪物共も非常に大きいと言うことだが。

Mにとっては、雑魚でしか無い。ただ、支援のために来ている兵士達は、戦々恐々としている様子だが。

「Mさーん!」

リンクが手を振っている。

上空に出現した数百の敵を焼き払い終えたMは、面倒くさいと思いながら、地上に降りた。この程度の雑魚など、どれだけいても敵では無い。

リンクは、無数の使い魔を放って、周囲を探索している様子だった。此処にはリンクとMしか来ていないから、探索能力に関しては任せるほか無い。軍も、他の星に多めに回している。

簡易陣地は既に出来ているが、殆ど自衛用だ。

「見てください。 やはりこの星も、土管だらけですね。 どれもが、別の場所にそれぞれ通じている様子です」

「何か法則性は?」

「何とも。 総当たりで調べていくしかないですね」

舌打ち。

雑魚どもが、また姿を見せた。

どれもこれもが、生物とは思えない姿をしている。意思があるのかさえ怪しい。それなのに、此方に対しては、明確な敵意を向けて襲いかかってくるのだ。

黄金の空に、無数の得体が知れない怪物。

精神的な体調を崩す兵士が続出している様子だ。足手まといだが、此奴らがいないと、偵察機の操作や、情報の整理も出来ない。民間人を連れてくるわけにもいかないし、難しい所だ。

この星は、他の三チームが向かったものより、かなり大きい様子だ。星系の中程にある、本来はガス惑星だった筈の場所だという。

上空に飛び上がると、荒っぽくMは無数の火球を出現させ、敵に叩き付ける。近づかせさえしない。

片っ端から爆殺し、敵影が消えるのを確認してから、着地。

補給物資の所に出向くと、乱雑に乾燥キノコを引っ張り出し、喰う。これは、Mにとってアキレス腱である「姫」の故郷の特産品。いつもこれを食べる事によって、姫の力の供給を得る。

Mの力は圧倒的だが、その根源は他者にある。

逆に言うと、だからこそ、Mは此処まで強くなれたのかも知れない。

むしゃりむしゃりと、キノコを食べている内に、リンクにまた呼ばれた。

「どうした。 手短に言え」

「見てください。 これですが」

「む……?」

映像は、偵察機が撮ってきたものらしい。

どうやら、巨大な建造物。それも、まるで地面に沈み込むようになっている。建造物自体は球形に近く、かなり形が残っていた。

「人工衛星か何か?」

「いえ、おそらくは宇宙コロニーかと」

「コロニー、だと?」

「直径がおよそ七キロ。 南側の大陸に存在していました。 しかし、この大きさだと、固い地面にぶつかったりしたら、どんな素材であっても木っ端みじんになるのは避けられないのですが」

技術士官が、不可思議そうに眉をひそめる。

それに、埋まっているのも妙だ。いずれにしても、調べるほか無いだろう。

「私が行ってくる。 リンク、お前は此処の連中を護衛しろ。 手が足りなそうなら、控えを呼べ。 私が許す」

「分かりました。 座標は、此方です」

渡された座標までは、それこそ大陸を横断するほどの距離があるのだが。

生身で宇宙空間を航行できるMにとって、その程度の距離は何でも無い。空中に浮かび上がると、一気に最高速まで加速。空気さえはじき飛ばしながら、全速力で何かよく分からないものの所まで移動。それでも、元が木星クラスの惑星だ。一時間ほど、到着まで掛かった。

着地。

フィールド内という事もあり、此処ではもう通信も届かない。

目の前には、巨大な宇宙ステーションだかコロニーだかの残骸がある。確かに、直径七キロと言うだけあり、とんでも無く壮大なサイズだ。全体は球、いや円と言うべきだろうか。

リング状の物体が、半分地面に突き刺さるようにして、埋もれている。

中枢部分の球体は、Mが見たところ、完全に無事。

たしかに硬い地面にぶつかったら、大爆発を起こすか、良くても粉々の筈だ。近づいてみる。

そして、違和感が、確証に変わった。

明らかに、地面に激突した衝撃を受けていないのだ。これは、この星が、夢の、思い出の世界だから、なのだろうか。

地面に落ちたのでは無いのか。

中に入ると、生活空間らしきものが、まるまる残っていた。通路は傾いているし、物資は散乱しているが、それでも破壊の跡が無い。人間らしきものの残骸は無い。スペランカーの話によると、この星系の文明は、人間に極めて近しい生物が作っていたという事なのだが。

動力系統に至っては、生きていた。

扉の何カ所かは、自動でスライドして、Mを通した。それで気付く。生物による腐食の跡が見当たらないのである。

邪神の気配も無い。やはり、いるとしたら、地下か。

幾つか、面白そうな資料を拾い集める。Mはその能力で、手にしたものを小型化することも出来る。

内部に怪物が巣くっているようなことも無い。探索は順調に進み、二時間ほどでメインのコンピュータルームらしきものに辿り着く事が出来た。

中枢部には、巨大な球体が存在した。部屋自体が、野球のドームほどもある。その中央にある球体が、間違いなくこのコロニーのマザーシステムだろう。

これは、技術士官に調べさせると面白いかも知れない。この星を制圧した後にでも、派遣させるといいだろう。時間は限られているが、人類にとって貴重な発見が出来る可能性は高い。

Mとしても、幾つかの勢力に恩を売ることが出来る。

「おい、言葉は分かるか」

話しかけてみる。

とはいっても、正直Mにはどれが端末かも分からない。広大な部屋の中で、Mのドスが利いた声が響き渡る。

「システムは死んでいると、判断して良いのだな?」

「klahf;sahdfoa;sdhaocdnfiuaf」

なにやら返答があるが、理解できない。

鼻を鳴らし、Mが部屋を出ようとした時。驚くべき事が起きた。

「脳波解析完了。 貴方の言葉で、話しかけています」

「ほう?」

「私はこの7772214コロニーのメインシステムです。 二億年ぶりの来訪者よ、一体何の御用ですか」

「この星にいる邪神を潰しに来た。 何か知っている事は無いか」

わずかな時間、待たされる。

そして、コンピュータらしき声は、応えた。

「貴方が言う邪神という存在は、おそらく星系そのものを飲み込んだ幸福提供システムアザトースの精神防衛システムかと思われますが、正解でしょうか」

「幸福提供システムだと?」

「はい。 世界に幸福を撒くために、人格を奪い、白痴にした特殊能力者の事です。 この世界で長年続いた戦争を終結させ、社会の発展を促し、人類に黄金の時代を到来させました。 そののち原因不明の暴走を引き起こし、人類がこの星系を放棄する引き金となりました」

知っている。だが、あまりにも胸くそが悪い。

そうか、アザトースはシステム呼ばわりされていたのか。人間でも、似たような事をして、罪悪感を消す事はままある。

どこの星でも、人間は等しくクズということだなと、Mは心中で嘲弄していた。どいつもこいつも、下劣極まりない。

進んだ文明の筈だったのに。それは楽園などでは無かったという事なのだ。

「で、その精神防衛システムは」

「この星の核に存在しています。 ただし、防衛システムの周囲には、暴走した自動護衛システムが多数存在し、肉薄は困難です」

「かまわん。 行き方は?」

Mの前に、地図が表示される。

どうやらMが、一番手の攻略者になりそうだ。ほくそ笑むと、Mは持ってきたメモ帳に地図を書き写す。

一つ気になったので、聞いてみる。

「もう一つ聞く。 この星系にいた人間共はどうなった」

「アザトースが暴走を開始したのち、ヨグ=ソトースを通じて、様々な世界に逃げ散りました。 のちにヨグ=ソトースがアザトースに吸収され、制御を失ったため、現在の状況は不明です。 この星には少数が残りましたが、環境の激変に巻き込まれ、長い年月は生きられませんでした」

「ひょっとして、私達の先祖ではあるまいな」

考え込むメインシステム。

やがて、結論が出たようだった。

「おそらくは違います。 彼らは貴方ほど強靱ではありませんでした。 何より生命情報に、一致のパターンが見られません。 増殖の核となる部分にも、大きな差があります」

「ふん、そうか」

ぶっ壊してやろうかと思ったが、自重する。

此奴の結論はおそらく正しい。この惑星の自転周期から考えて、二億年とは、地球の基準で言えば数十億年に匹敵するはずだ。そんな時代に人類の先祖がいるはずもない。おそらくは、定向進化による姿形の相似の結果であろう。

コロニーを出る。

後は、情報士官どもに持ち帰った情報を解析させ、此処にいるガーディアンを潰すのみ。魔術師どもがその後は勝手にやるだろう。Mの知ったことでは無い。

それにしても、皮肉なものだ。

地球の人間どもと、この愚かな星系のクズどもは、こうもそっくりだ。

ひょっとして、知的生命体とは、総じてアホでクズでは無いのか。そう考えると、Mはおかしくなって、飛行しながらくつくつと笑いが零れてしまった。途中、何度か怪物どもの群れに遭遇したが、いずれも鎧袖一触、木っ端みじんに打ち砕く。一瞥もせずに、そのまま飛び続ける。

基地に到着。

持ち帰ったデータを解析させながら、リンクに言う。

「この星の人間共は、地球人と同じく、愚劣極まりなかったのだろうな。 メインシステムとやらと話してみて、確認できた」

「どこの人間でも同じでしょうよ。 うちの星のだって、万物の霊長なんてほざいてるんだから、知れたものです」

「その通りだ。 何が万物の霊長か」

感情がこみ上げてきたので、二人で笑った。

ひとしきり笑った後は、戦闘態勢に入る。解析班が、どうやらガーディアンの居場所を、割り出したらしい。

そして、他の攻略チームにも、この事を伝えに行った。

全部で八つの星を制圧しなければならない。

足踏みしている無駄な時間は、ない。

 

土管の数は、発見できただけでおよそ六千。

その全てが、別の場所への転送機能を有していた。

総当たりで順番に探していく。時間が過ぎていく中、状況に応じてジョーが援軍を派遣したり、或いは撤退を指示したり。困難な事態が続く。

スペランカーは、装甲車の中で待機していた。

いざとなれば、これで出る事になる。アーサとスペランカー、川背とアリス。この四人で、ガーディアンに攻撃を仕掛ける。ジョーは基地で総指揮を執り、サヤは後方から支援を中心に。

どこの土管がガーディアンの元に通じているか判明したら、サヤは即座にLの所に向かう事になっている。

Lの所は、全面が海という特異な環境であり、探索に非常に手間取っているという。サヤの式神は、大きな活躍が期待出来る。勿論負担は大きくなってしまうが、頑張ってもらう他ない。

川背が、装甲車に入ってきた。

差し出されるのは、携行食だ。川背の料理が食べたいけれど。今は我慢するほか無い。

「やっぱり、まだ見つからないの?」

「見つかっているだけでおよそ六千。 偵察機の写真を解析すると、新しい土管が発見されることもありますから。 先輩は休んでいてください。 ガーディアンとの決戦では、活躍してもらいます」

川背は優しい笑みを浮かべると、装甲車を出て行った。

携行食を口に入れる。お世辞にも、美味しいものではない。川背は本人が凄腕の料理人だが、一方で粗食を全く嫌がらない。勿論スペランカーも、粗食を嫌うことは無いが、美味しいものを食べたいとは思う。

不意に、軍の人が、装甲車の中に呼びかけてきた。

「スペランカー様。 すぐに来てください」

言われるままに出ると、ヘリが準備されていた。どうやら、装甲車で行くには遠すぎる場所の様子だ。

しかも装甲ヘリ。やはり、重厚な準備をして、待ち構えているという事か。

川背がアーサーと一緒に、ジョーから説明を受けている。会話の節々には、不穏な語句が踊っていた。

「なるほど、数万はいると」

「しかも、続々と集結しつつある。 ブラフの可能性もあるが、他に敵が集結している地点は確認できない」

「まだ時間はあります。 迅速に叩いてみる方が良いでしょう」

「どうしたの?」

スペランカーが小首をかしげると、川背が分かり易く説明してくれた。

まだ確定では無いのだが、敵が集結している地点に、土管が数個確認できるという。敵の密度が高く、式神も近づけないそうだ。

他の地点での確認作業は、着実に続けられている。敵が集結する前に叩くか、それとも地道に調査を行うか。それを今、皆で話していたという。

「スペランカー先輩は、どう思いますか?」

「今、残り時間はどれくらい?」

「5日と少しですが」

「……まだ、時間はあるね」

しかし、四元素神に匹敵する相手と戦うとなると、スペランカーのブラスターが必要になるだろう。

時間のロスは、極力抑えたい。

それぞれに、順番に意見を聞いてみる。ジョーは攻撃をする派。川背もこれと同じだった。アーサーは中立と応える。

「中立?」

「我が輩としては、もう少し情報が欲しいところだな。 この星全体に怪物が分布していることを考えると、数万程度では何とも言えぬ。 もしもこれが陽動だった場合、大幅な時間をロスすることになる。 被害も少なからず出るだろう」

「私も、同意見ですわ」

アリスも、アーサーに同意する。

あと、探索できていない地域、それに見落としがありそうな場所は。ジョーに聞くと、首を横に振られた。

「そればかりはどうともいえんな。 ただ、はっきりしているのは。 敵の勢力を削り取れば、探索可能な地域を拡大できる、という事だ」

安全確保した地域では、それこそ無限に広がる草原の、草の根を分けて探索が行われている。

勿論作業効率も高い。

「ジョーさんが敵だったら、どうする?」

「俺だったら、もしも抑えられた地域にコアへの通路があるなら、全力で奪還する。 此方の戦力が未知数である以上、油断はしない」

他にも意見を聞いてみる。

かなりきわどいところだった。結局の所、半々に別れるという所のようだ。一時間ほど話をした後、結局結論は出ない。歴戦のフィールド探索者でも、意見が二手に分かれるほどなのである。

戦いが長引けば、当然犠牲も出る。

今だって、少しずつ犠牲は出ているのだ。できる限り少なく犠牲を抑えたいのは、当然のことである。

「主力で一撃離脱は、出来る?」

「可能だ。 ただし、失敗すれば、時間のロスは大きい」

「うん。 少し危険だけれど、やるしかないよ」

そう決めると、後は速い。

アーサーと川背は意見が違ったが、スペランカーが方針を示すことで、すぐに動き始めてくれた。

二人ともスペランカーを信頼してくれていると言うことが分かって、嬉しい。

装甲ヘリに、フィールド探索者達が乗り込む。兵器の類は、ほとんど残していく。此処から、全速力で移動して、四時間ほど先だ。その間に新しい情報が来れば、すぐに対応を変えることになる。

現地近くまで、誰も一言も発しない。

今までは敵の攻撃が散発的で、組織的でも無かった。此処からは違う。敵は完全に本気で迎撃してくるだろう。

敵が見えてくる。

ヘリが着地するのと同時に、ばらばらと、フィールド探索者達が展開する。驚くべき事が起きたのは、その直後だった。

地面が揺れる。

そして、無数の眷属を従える魔王のように。

地面を割って、何か訳が分からないものが出現したのである。

土をばらまきながら、それは空高く舞い上がっていく。全く最初は何だか分からなかったが、よく見るとそれが、空を飛ぶ機械なのだと理解できた。あまりにも巨大すぎて、最初はそうだとは思えなかった。

無数の機能するとは思えないプロペラが、上部で回転している。

そして、とても古典的な大砲が、全体についていた。

一斉に、怪物達が襲いかかってくる。

川背が無言で、ゴム紐を投擲し、機械に躍り込む。更に、アリスがその後に続いた。飛行機械の中に、邪神の気配は感じない。

殺到してきた敵に、アーサーが出現させた無数の剣や斧を叩き付ける。一緒に来ているフィールド探索者達も、遅れて攻撃に入った。

空に無数の光の花が咲く。

アーサーが鎧を金色にする。本気で戦う時の状態だ。剣を一閃すると、空中に凄まじい爆発が巻き起こった。

だが、対空砲火をくぐり抜けて、敵が躍り出る。

「サヤちゃん、調査を急いで!」

「はい!」

式神達が、阿鼻叫喚の戦場の中、必死に走り回って、一つずつ土管を調査していく。

飛行機械の中でも、死闘は続いている様子だ。時々爆発が巻き起こっているのが、下からでも見える。

アーサが、剣を地面に突き刺した。

噴き出す光の帯が、襲い来る怪物をまとめて薙ぎ払う。他のフィールド探索者達は、アーサーの支援に回り始めていた。スペランカーは走り回りながら、味方の盾になって、何度も怪物の爪に掛かり、触手で流れ、足に踏みつぶされる。

その度に、蘇生はするが。

何だろう。

怪物には、殆ど意思が感じられない。実際に戦って見てはっきりしたのだが、どうも妙な怪物達だ。

奉仕種族とも違う。

かといって、下級の邪神とも思えない。

生物兵器というにも、妙なのだ。

「スペランカーさん! 此方です!」

サヤが必死にばたばたと手を振っているのが分かった。

彼女の周囲には、無数の式神達が円陣を作り、怪物を食い止めている。丁度、大入道が、巨大な怪物とがっぷり四つに組み合っている所だ。大口を開けてかぶりつこうとしている怪物を、大入道が地面に押しつけ、その間に他の式神達が剣やら槍やらで突き刺し、解体作業に入っている。

サヤは以前、とても臆病だった。

しかし、今は目前の死闘にも臆していない。別の怪物が、飛来しながら、口から巨大な槍状の物体をせり出すのが見えた。

式神の一体が、飛びかかる。必死に組み付いて発射される槍の軌道をそらしたが、自身も振り払われ地面に叩き付けられ、バウンドした。

サヤの至近に、叩き付けられ、跳ねる。

だが、サヤは軽く顔を庇っただけ。信頼する式神達に、全てを任せているのだ。

「あの土管です! 奥に、とてつもなく巨大な、邪の気配があります!」

「分かった! みんな、時間を稼いで!」

「円陣を組め! スペランカー殿を支援する!」

アーサーが叫び、巨大な十字架を虚空に出現させる。怪物達が怯む中、アーサーは雄々しく十字を切った。

膨大な光が、怪物達を漂白する。

「父と子と聖霊の御名において、アーサーが命ず! 邪なるものどもよ、この地より滅びよ!」

圧倒的な魔力の奔流が、この地を照らす。

アーサーが、叫んだ。

「Amen!」

十字架から迸った圧力が、怪物達をまとめて薙ぎ払う。

相変わらず凄まじい火力。アーサーは本気だ。かがやく黄金の鎧は、彼が文字通りの勇者である事を見せつけている。黄金の鎧や、最強の剣を持っているから勇者なのでは無い。アーサーは、万を超える敵に対し、怯まず皆の前に立って戦っている。その行動こそが、アーサーが勇者たる所以だ。

此処は、アーサーに任せてしまって大丈夫だろう。スペランカーはサヤに頷くと、土管に若干緩慢に飛び込む。身体能力が極めて貧弱だから、あまりかっこうよくは飛び込めないのが悲しい。

何名かのフィールド探索者が、それに続いた。

 

アリスが跳躍し、床を踏み抜く。

巨大な飛行機械が、咆哮を上げながら軋んだ。彼女の能力は、飛行する相手を叩き落とすのに最適だ。

川背が手元にルアー付きゴム紐を引き寄せる。

敵の気配は、至近だった。

「アリスさん、後ろは任せます」

「お急ぎを。 この船、長くは保ちませんわ」

それはそうだろう。アリスが本気で壊しに掛かっているのだから。怪物の死体が周囲には点々としている。川背が今まで戦っていた相手の、成れの果てだ。

機体に生じた亀裂に、飛び込む。

途中でゴム紐を使って、落下速度を殺し、着地の衝撃を弱める。もっとも、この程度の高さなら、着地しても問題は無いが。

そいつは、そこにいた。

気配が強いから、いる事は分かっていた。左右には、怪物はいない。一人で待っていたのだ。

広い空間。

この機械の中で、一番戦う場所を取ることが出来る空間だから、待っていたのだろう。操縦室では無く、おそらくは格納庫だ。この喧噪の中、悠々と座っていたそいつは、顔を上げた。

「ほう、俺の相手はあんたかよ。 戦えて光栄だ、機動戦の名手、海腹川背」

「貴方は?」

「ラリーだ。 親父の末っ子だよ」

立ち上がったラリーは、かなりの長身だった。二メートル近いかも知れない。筋肉質の白色人種の男性で、おそらくは二十歳前、高校生くらいだろう。聞いたことが無い名前だが、Kはその家族構成も謎に包まれている。露出が多いいわゆる四天王と違って、秘蔵っ子として温存していたの可能性は低くない。

闇世界の顔役、Kの息子だというのだから、相当な実力者である事は間違いないだろう。手袋でも投げつけたい所だが、今は聞くことがある。

「何故、この状況下、このようなことを? 今回の作戦が、貴方たちに邪魔になるとは思えませんけれど」

「さてな。 親父に聞いてくれ」

「貴方は知らないと?」

「俺にとって、というよりも兄姉達にとって、親父は絶対なんだよ。 口答えが許される相手じゃないし、世間一般の親子関係というよりも、むしろ上司と部下に近い関係なんでな。 それぞれ母親も違うしな。 そもそも親父がいるなんて、十五まで知らなかったんだぜ……」

わずかな自嘲が、ラリーの顔に浮かぶ。

この者が、どうやってここに来たのか、怪物達を制御しているのかにも興味はあるが。しかし、今は倒すのが先か。

「いずれにしても、此処で少しでも長く足止めしろってお達しなんでな。 悪いが、沈んでもらうぜ!」

不意に、ラリーの体がふくれあがる。

見る間に、巨大なカミツキガメのような姿へ変わっていった。なるほど、変身するタイプの能力者か。

しかも、動きが速い。

天井近く、二十メートルくらいもジャンプすると、そのまま拳を叩き付けてくる。最初は、わざと大きな動きで拳をかわすが、見る間に距離を詰められた。

豪腕が、薙がれる。

腕の太さは、成人男性の腰ほどもある。まだ残っていた鉄骨のような部材が、一撃で拉げた。床に足を擦るようにして後方に移動する川背に向けて、ラリーが口を開く。

撃ち放たれた火球が、一瞬前まで川背がいた地点を抉り、壁に大穴を開けていた。

ごうごうと、風が外から吹き込んでくる。

機体が大きく揺動した。アリスが派手に暴れている証拠だ。この船は、そう遠くない未来に、落ちるだろう。

「本気を出せよ。 てか、出してくれるか。 俺も必死なんだ」

壁に掴まっていた川背は、床に降りる。

川背は、スペランカー先輩のように、誰にでも慈悲を掛けるほど優しくない。敵は容赦なく叩き潰すのが信条だ。

哀れだとは思う。

このラリーという男も、きっと父に認められようとして必死なのだろう。だが、動きは、見切らせてもらった。

ゴム紐を、少し前に投擲。

火球を再びラリーが放ってくるが、遅い。川背の残像を抉っただけだ。ゴム紐の伸縮を利用して、加速。跳ぶ。

ジグザグに跳ね、次々投擲される火球をことごとくかわしながら、ラリーとの距離を零に。ベアハッグしようと、振り下ろされた両腕も、川背の影を捉えるだけ。顔面に、飛び膝を叩き込む。

巨体とは言え、今の川背の速度による破壊力増強が加わると、無事では済まない。

顔面を押さえながら、ラリーが蹈鞴を踏む。その左足にルアーを引っかけ、跳躍。柱にゴム紐をしならせ絡ませながら、壁を蹴る。

滑車の原理で、一気にラリーの巨体を床にたたきつけた。

顔を抑えたラリーの腹に、天井から落ちつつの、全体重が乗った蹴りを叩き込む。しかもただ落ちたのでは無く、途中で床にルアーを投擲、ゴムの伸縮を利用して最大加速しての蹴りだ。

床に、クレーターが生じる。

ラリーが吐血した。

甲羅にひびが入る。

だが、ラリーは、それでも拳を振るってきた。

一瞬動きが止まった川背が、まるで紙細工のように吹っ飛ばされる。途中ルアーを投げ、ゴムの伸縮で威力を殺しつつ、壁に叩き付けられる。受け身をとり、威力を最大限まで殺すが、さすがはKの息子。たいしたパワーだ。

「くっそ、つええなっ! だが、勝つのは俺だ! 超一流のフィールド探索者の首を取れば、俺だってファミリーで出世できる! その首、もらうぞっ!」

火球を乱射してくるラリー。

だが、火球の精度が確実に落ちている。爆発。飛行船の壁に大穴が空き、機体に露骨な致命傷が入った。

外で、撃ち落とされる怪物が見えた。

川背はすり足のまま、ラリーとの間合いを詰めていく。

もう、動きは見きった。

パワーもスピードもあるし、強い。だが、負けない。

跳躍したラリーが、流星群のように、中空から火球を叩き込んでくる。床に次々穴が開き、爆炎が川背の体を焦がす。

だが、着地したラリーに、既に最大加速していた川背が突入。動きに癖があって、読むのは難しくなかった。ドロップキックを、さっき蹴りを叩き込んだ腹に、直撃させた。

巨体がたまらず吹っ飛ぶ。丁度、先にラリーが開けた大穴から、亀の怪物と化したKの息子は、落ちていった。

呼吸を整える。ダメージ自体は受けたが、スペランカー先輩の支援に出向く分には問題ない。見ると、ラリーは用意していたらしいパラシュートで、安全圏まで逃げていく様子だ。さすがはKの息子。抜け目が無い事だ。

「次も、負けませんよ」

言い捨てると、川背は、自身も機体の穴から、外へ身を躍らせた。

着地した時に、丁度飛行機械が、火を噴きながら視界の隅に墜落していくのが見えた。あの辺りは無人だし、元々誰も乗っていない。気にすることは、何一つ無かった。

 

川背がサヤから聞いた土管に入り込むと、既に戦いは佳境に入っていた。

其処は、意外にも地底では無かった。

世界の裏側とでも言うべきなのか。

外と同じ草原なのだが、色が存在しない。

そして、そこにいるのは。

生物とはとても思えない存在。

地球にいた異星の邪神は、どいつもこいつも水中の生き物の特色を持っていた。だが、これは違う。

肉塊以外の何物でも無い。強いていうならば、海綿や海鞘が近いかも知れない。

全身から無数に伸びた触手からは、間断なく魔術の光が放たれ、スペランカー先輩と支援に廻っているフィールド探索者達を襲っている。

川背は迷わず突貫すると、魔術を今にも放とうとしている触手に、リュックサックをかぶせた。

異世界に転送する事で、切り取る川背の切り札だ。

着地と同時に、雨霰と自らに跳んでくる魔術の光。スペランカー先輩が、この機にと、敵へと間合いを詰めるが、しなった触手に叩き潰される。再生するが、即座にまた。ガーディアンの周囲に、真っ黒な霧が出現しはじめている事からして、相当な回数、既にスペランカー先輩は殺されているはずだ。

だが、他の異星の邪神と違い。

此奴には、怖れている様子が無い。完全な戦闘機械なのか。しかし、見るからに有機的なパーツで構成されているが。

魔術の光で、一人味方が吹っ飛ばされる。

爆発が連鎖し、今度は氷の槍が降り注いできた。更に無数の稲光が、地面にクレーターを穿つ。

川背の至近にも、着弾。

吹き飛ばされるが、すぐに受け身を取って跳ね起きる。

巨大な肉塊から、無数の小型ビットが射出される。それぞれがロケット噴射をしながら、此方に来る。

生体ミサイルか。

全てが、立ち上がろうとしているスペランカー先輩に直撃。どうやら、先輩が手強いと判断して、総力で潰しに来ているか。

先輩はそれでいいだろう。根比べは先輩の得意とするところだからだ。

だが、川背は不快だ。

ルアー付きゴム紐をふるって、再度斉射された生体ミサイルを薙ぎ払う。数発を叩き落とすが、残りは皆スペランカー先輩を直撃する。木っ端みじんになる先輩の小さな体。敵の巨体に、ドロップキックを叩き込み、わずかに揺らがせる。

フィールド探索者達が、総攻撃をし、ほんの一瞬だけ、敵の動きが止まるが。

数十の触手がしなると、その全ての尖端に、魔術の光が宿った。

そして、稲妻、炎、氷の矢と、次々に辺りに降り注ぐ。これでは、伝承に残るアジ・ダハーカのようだ。千の魔術を行使したとか言うゾロアスター教の魔竜。

立ち上がろうとしたスペランカー先輩を、触手が捉え、握りつぶす。再生の度に、何度も何度も。

出来るだけ感情は乱さないようにする。

しかし。

上空に躍り上がった川背が、斧を振り下ろすように、踵を叩き込む。触手の一本をへし折った。

だが、即時に再生される。

走り回りながら、他のフィールド探索者達も、それぞれの得意とする攻撃を続けているが、そろそろ限界か。

地面に着地すると、川背は。

雨霰と飛んでくる対空砲火をジグザグに走ってかわしながら、邪神の脇を通り過ぎつつ、リュックを一閃させた。

体を大きく抉られた邪神が、怒りの咆哮を上げる。そして、その攻撃の全てが、川背に集中してくる。

避けきれるものではない。

高々と、吹っ飛ばされるのが分かった。

だが、その時には。

ついに、至近にまで潜り込んだスペランカー先輩が。邪神に対して、ブラスターを向けていた。

「ごめんね」

そんな奴に。

謝る必要なんて。

いつも、悲しそうにブラスターの引き金を絞る先輩。その光景を見ていると、邪神がにくい。

きっと此奴に対しても、先輩は必死でコミュニケーションを試みたのだろう。それが報われなかったから、悲しそうな顔をしているのは。川背には一目瞭然だった。

迸る、相殺の光。

絶叫した邪神が、粉々に砕け、蒸発していった。

着地した川背は、呼吸を整える。予想以上に消耗が酷い。邪神へ近づいていって、気付く。

其処には、小さな何かが落ちていた。

拾い上げると、それが笛だと言うことが分かった。

楽器は、平和の象徴。

何処かでそのようなことを聞いたことがある。この邪神は、アザトースにとって、大事な宝物が、その姿を変えた存在だったのかも知れない。

先輩は意識を失ったままだ。

担ぎ上げると、他のフィールド探索者達を促し、外に出る。

まだ、戦いは始まったばかりである。

 

2、七人の子と四人の腹心

 

Kは傲然とふんぞり返り、その光景を見ていた。

既に、よっつの惑星が、敵の手に落ちている。派遣していたKの息子達も、それぞれ敗退していた。

全体が砂漠化していた惑星を任せていたモートンは、気が良い大食漢で、悲惨な生活をしてきたのに性格も歪んでいなかった。つまり、Kの組織の幹部を任せるには著しく向いていないことがはっきりしていた。それでも戦士として、古豪Pに勇敢に立ち向かったのだが。

他の息子達に共通している特殊能力、怪物化を用いてもPには歯が立たず、そればかりか危うく「喰われる」所だった。Pの特殊能力は、空間ごと相手を食い尽くす「食事」である。その餌食になった怪物は数知れない。モートンも、危うくその一人になる所だった。

必死にモートンは逃げ延びたが、旧文明の遺産である飛行船は叩き落とされ、潜んでいた邪神も間もなくPによって葬られた。Pだけだったら厳しかったかも知れないが、世界ナンバーツーであるフィールド探索者、C社最強のロボット戦士Rの実力は相当なもので、やはり抗い得なかった。

一面が水になっている惑星を任せていたウェンディは、弟二人よりはマシに戦った。だが相手がLだったこともあって、得意としていた反射式殺戮光円はまるで通用せず、怪物体も一撃で打ち砕かれてしまった。ウェンディ自身は元々孤児院で寂しく暮らしていたところを、Kが引き取った。Kが引き取った子供達の中では唯一娘で、そしてKに心も開いていなかった。

孤児院の子供達の生活を保障すること。

それが戦う条件だった。

言うまでも無く、影の組織にいるには向いていない。だが特殊能力持ちであり、Kの子に相応しい実力を持っていたから、スカウトしたのだ。

今回も、Lに対して臆さず、結局ゲッソーが救出するまで戦い抜こうとした。本人は落ち込んでいたが、約束通り孤児院の子供達には、支援を欠かさない予定である。裏世界の顔役であるからこそに、Kは約束を破らない。

ウェンディに預けていた古代の大型戦艦を潰されたのは痛かったが、ウェンディ自身の実力は充分に確認できたし、それでいい。

海中に潜んでいた邪神はかなり善戦したが、Lは相当に力を増しており、更に支援としてついていたN社の精鋭達の実力もあって、ついには矢折れ力尽き、敵に屈した。

そして、全てが巨大な惑星を任せていたイギーだが。

元々非常に痩せていたイギーは、若くしてスラム街でストリートギャングの顔役にまで上り詰めていた経歴の持ち主で、最初からKの組織に入ることを望んでいたほどだった。野心的なラリーと並んで、「向いている」性格である。スラムでも残虐性で怖れられていて、Kの組織を乗っ取ろうと考えている事が丸わかりだった。

それでいい。Kの子であれば、それくらいの方が、むしろ望ましい。

イギーは鋭利な頭脳で無数の罠を張り巡らせ、Mを周到に待ち伏せ、襲ったが。

しかし、暴力的な戦闘力の前には、なすすべが無かった。

あのMを相手に、奮戦はしたが。結局八つ裂きにされかけ、メットに救出されて逃げ延びた。

それでも悪ぶれなかったのは流石だろう。

また、巨大な惑星の地形を利用して、必死にMの追撃をかわし、時間を稼ぐのに成功もしている。

中々に見所がある子だ。

結局、巨大惑星の邪神もMに敗れ去ったが、時間は充分に稼ぐことが出来た。

ここからが、本番だ。

立ち上がったKの視界には、四人の腹心達が控えている。

超硬度防御能力を持つ能力者殺しメット。歴戦の経験とスピードを生かして戦うノコノコ。無数のオプションを用いた戦術を得意とする業師ゲッソー。そして、植物を扱う能力を有するパックンフラワー。

いずれもが偽名だ。

そして、歴代の部下達が襲名してきた二つ名でもある。

Kがいる此処は、文字通り暗黒の惑星。

アザトースの闇が凝縮した、通常では考えられない法則が支配する人外の地だ。Kは、今回このような場所に、ある目的で来ているが。出来れば長居はしたくない。まあ、それも仕方が無い。

「解析が終了するまで、Mを食い止めろ」

「分かりました」

この惑星に、間違いなくMは来る。

部下達を総動員すれば、時間を稼ぐことは出来る。解析を進めているDr、Wからは、間もなく決定的な核心が掴めるという報告も来ているし、楽な仕事だ。

奥に監禁している姫については、放置しておいて構わないだろう。

Kだって知っているのだ。

あれに手を出すことが、好ましくないことくらいは。

前線に配置してある無人監視装置からの通信が途絶した。

間違いなく、Mが来たとみて良いだろう。

他の三つの星は、子供達の中でも、精鋭と呼べる三名に任せてある。簡単には突破できないだろうし、時間稼ぎは成功したとみて良い。

この戦い。

Kの勝ちは、確定だった。

 

川背は額の汗を拭いながら、作戦会議に参加していた。

わずかな休憩時間を経て、すぐに次の作戦行動に入る。アーサーも川背も負傷していたが、ゆっくりしている暇は無い。

全部の攻略チームが、殆ど同時にそれぞれの担当部署から引き上げた。人員を再編して、再出撃するまで三時間。

スペランカー先輩は、まだ目を覚ましていない。

以前は、邪神に対してブラスターを用いると、一ヶ月以上寝込むこともあった。だが最近は、そのダメージがかなり緩和されてきている。

二日で目を覚ます。

そう、川背は判断していた。

残りの日数は五日弱。これならば、余裕だろう。

だが、魔術部隊の調査や、術式展開の時間もある。最低でも、一日以上は、余裕をもって当たらなければ危ない。

次の攻略対称となる四つの惑星は、また非常に特殊な環境である事が分かっていた。

一つは、空の惑星とでも言うべきか。

非常に切り立った針のような山が林立していて、殆どの地面が光の届かぬ谷底に存在している。

しかも非常に風が強いため、高空戦力が使い物にならない。

最初無人偵察機を送り込むが全く帰還せず、サヤが式神を送り込んで判明した事実だ。元々の環境は分からないが、非常に風が最初から強かったようで、切り立っている針金のような山々も、脆くて足場には使えない様子だ。

此処はLを中心に、空を飛べるフィールド探索者が中心となって攻略する事と決めた。近代兵器では役に立てなくても、空を飛ぶ能力を持つフィールド探索者には、こういう戦場は最適だ。

そして、未来から来たシーザーの申し出により、彼と同じ名を持つ戦闘機が動員されることとなった。

ただしこれは国連軍には内密に、である。

さらに言うと、未来の戦闘機でも無ければ、此処で作戦活動は不可能だと言う理由もあった。

もう一つの惑星は、全面が凍り付いており、文字通りの極寒地獄。

特殊な耐寒装備が必要になる上、氷の下には広大な海が広がっており、邪神はそこにいる可能性が高いと結論が出る。

此処にはPが挑むと宣言。それが正しいだろうと、スペランカーも思った。

事実上地形的な不利を問題にしないPが、同じように難所を得意とするフィールド探索者を引き連れて挑む事で、比較的容易に攻略が出来るはずだ。

もう一つが、土管のみがあまりにも多数林立する、一種退廃的な惑星だった。

用途が全く見えない土管が、縦横無尽に絡み合い、その全てに何かしらの仕掛けがしてあるらしいという、異常な世界である。

元は工業惑星だったのか、或いは。

スペランカー先輩は、何かを掴んでいるかも知れない。最後のブラスター斉射の時、やはり悲しそうな顔をしているからだ。

どうして、邪神が笛に変わったのか。

推察は出来るが、確信はまだ無い。

そういえば、Pが倒した邪神はトランペットに、Mが潰した相手はドラムに。そして、Lが殲滅した相手は、それぞれピアノに変わったという。勿論それに似た楽器、ということなのだが。

いずれにしても、此処は川背とアーサー、それにまだ眠っているが、スペランカーによる攻略が決まっている。

最後の一つ。

これは非常に特殊な環境である事が判明している。他の惑星が、アザトースの影響だろうか、空が金色に染まっているにも関わらず。此処だけは、完全なる暗黒に包まれているのである。

温度や大気組成は人間が生活できるほどに安定しているのだが。その異常すぎる闇の密度に関しては、説明が出来ない。

空を見ると金色なのに、それ以外の場所は漆黒に染まっているのだ。

此処に関しては、Mが当たると最初から明言していた。

Kがいるのなら、此処に間違いないというのである。もしもKがいるのなら、配下の四天王も此処とみてよいだろう。

そうなれば、Mに相当する戦力が揃っていることになる。

邪神もいるとなると、簡単に突破はできないだろう。Mが当たるのが、都合が良いかも知れない。

突入に際して、フィールド探索者の再編成と予備の投入も行われる。

アリスはLと一緒に、空の惑星に。シーザーは子供は嫌だとかぶーぶー文句をこねていたが、誰もが無視した。

Mと共に闇の惑星にいどむ面子の中には、対闇用の特殊能力持ちであるグリンとマロンが加わる。ペンギンの姿をしているこの夫婦は、かっては優れた退魔の能力を持っていたし、今も力は衰えていない。ただし、予備戦力として、だ。まずはMとリンクだけで様子を見る。

また、氷の星に関しては、イヌイット出身のポポとナナが参戦する。

この二人は、以前共闘したあと、何度も寒冷地のフィールドを攻略。今では、対寒冷地のエキスパートとなっている。

久しぶりに会ったのだが、随分雰囲気も落ち着いていた。

土管だらけの惑星にも、増援が来てくれることとなった。忍びの一族から、精鋭が何名か。探索が極めて困難である事を考慮しての事だ。

その中には、以前から何度か共闘しているじゃじゃ丸の顔もある。N社からも、精鋭が何名か、こっちに廻ってくれることとなった。

突入が、開始される。

「アーサーさん」

「何かな」

最初に飛び込んだアーサーに続いて、川背も。

着地して、すぐに飛び込んできたのは。赤さびに覆われた、無数の土管だった。中には元の色であるらしい緑のものも存在してはいるが、全体的に朽ち果てているものが目立つ。

今まで攻略した星々では、邪神を倒した後、生物兵器らしい怪物達は攻撃を停止。そのまま動きを止め、以降は無害な存在になった。

アーサーはそれまで耐え抜いた。味方を支援しながら大変だっただろうに、見事にやり抜いたのだ。

「Kの目的は、何だと思いますか?」

「時間稼ぎであろう。 しかし、どうも気になる。 奴がアザトースに与したところで、何か得があるとは思えぬのだ」

「何か、他に理由があるとか?」

ジョーが来る。

同時に、国連軍の部隊も。即座に展開と、基地の構築を開始する。

この星も、地球とあまり大きさは変わらないようだ。見ると、土管が組み合わさって、ビルのようになっている場所さえある。

スペランカーは、装甲車に乗って此方に来る。

まだ目を覚ましていないから、医療班も同行する。最後に、サヤが護衛されながら、入ってきた。

異常なほどに建ち並ぶ土管を見て、誰もが度肝を抜かれているようだ。

「何だ此処は。 邪神の排水処理場か?」

「空そのものが邪神なんだろ? それだけでかければ、そりゃあ汚水もたくさん出るだろうぜ」

兵士達が、声を震わせながら、敢えて軽口をたたき合っている。邪神の中で戦っているも同然の状態だ。無理もない。

川背は油断無く辺りを見て廻りながら、アーサーに続ける。

「Kは極端な現実主義者と聞いています。 地球が無くなってしまったら、Kにも好ましくないはず」

「そう、であるな」

まだ、敵は姿を見せない。

今のうちに、確認しておいた方が良いだろう。それに、邪神を見つけたら、先輩に任せることになる。

「僕には、どうも嫌な予感がします。 それに、以前聞いたところに寄ると、Kは筋金入りの邪神嫌いだったとか。 それなのに、どうして」

「我が輩も、それは妙だとは思っていた。 ニャルラトホテプと接近していたとは聞いているが、それにしてもおかしな事だ」

「出来るだけ急いで、戦いを終わらせましょう。 先輩の負担も、可能な限り減らしたいですから」

簡易基地の構築が終わる。

サヤが式神を四方八方に放ち、探査を始めた。忍の者達も、それぞれが少人数の部隊に分かれ、辺りの探索を開始する。

この星は、見かけよりも遙かに厄介だ。

まだ怪物は姿を見せないが、或いは。

「敵だ!」

兵士の一人が、悲鳴混じりの声を上げた。

見ると、辺りに林立する土管から、怪物達が現れ始めている。なるほど、草原の星とは違って、此処では敵の供給口というわけか。

土管の中には、直径が数メートルに達するものもある。

それらからは、相応の巨体を誇る怪物が、姿を見せる。見る間に、周囲は修羅場と化していった。

これは、戦いながら調査を進めていくしか無い。

それに、予備戦力を投入した方が良いだろう。先ほどの草原の星とは、敵の戦力が段違いだ。数も多いし、それぞれも強い。

襲いかかってきたヒルのような怪物を、アーサーが途中で撃ち落とす。土管を破壊するべきかと思ったのだが。

既に兵士達が、パニックになって銃を乱射している状態だ。

よく見ると、ロケットランチャーが直撃しても、土管にダメージが入っている様子が無い。一体どういう素材で出来ているのか。

「予備兵力を投入。 急げ」

ジョーが指揮車両の上でアサルトライフルをぶっ放しながら、周囲に指示を出している。

空にも、無数の敵が現れる。

他の星も、これは苦労しているかも知れない。最初の四つは、どこもとても手ぬるい警備だった、という事なのだろうか。

「敵の数、算定不能!」

「だめだ、防衛線を食い破られる! 弾幕が足りない!」

近代兵器をものともしない怪物達。どれもこれもが、とても生き物とは思えない姿をしているし、弾丸が食い込んでも効いているのかどうかさえよく分からない。それでもジョーのような例外は互角以上に戦っているが、限界がある。

アーサーが早くも鎧を黄金に変える。

最初から、総力戦態勢で行くほか無い。

川背も覚悟を決めると、ルアー付きゴム紐を地面に放り、加速。兵士に食いつこうとしていた怪物に、ドロップキックを叩き込んで、吹っ飛ばした。

そのまま、衝撃を生かして、直上に跳ぶ。

空中で、別の怪物にルアーを投擲。一気に縮め、腹に蹴りを叩き込むと、バランスを崩したそいつには目もくれず、次に。

狙うは対応が難しい大型だ。

味方からの誤射にも気をつけなければならないだろう。

みっつ、よっつ、いつつ。

無意識に数えながら、敵を叩き落とす。空を飛ぶ怪物は、川背に乗られたり掴まられたりすると暴れるが、すぐに他へ移る。

機動戦は川背の本領だ。

跳びながら、蹴りを叩き込み、踵を撃ち込み、次々落とす。

地面に叩き落とした奴は、兵士達に処理させる。対応できない相手は、フィールド探索者達の出番だ。

「みんな! やってやろうぜえっ!」

叫び、優れた技術の産物である光線銃を乱射しているのは、N社から此方に回されたSだ。宇宙空間でも戦える彼女は、恐るべき射撃の腕で、近寄る怪物を近づけない。

Sが続けざまに数度の射撃をして、大物が連続して落ちる。

わずかに、敵の勢いが鈍った。

其処へ、アーサーが全火力を叩き込む。川背は後ろに回り込もうとしたり、上空から爆撃を試みる奴を率先して落として、彼らの支援をする。

ロケット弾が飛来して、川背の上にいた奴が爆散する。

ジョーか。

川背はそのまま加速して、兵士を狙っていた一体を、背中から骨を蹴り折った。形は意味不明でも、骨はどうやらあるらしい。

着地と同時に、周囲の様子を確認。

アーサーの掃射を浴びて怯んだ敵が、下がりはじめる。追撃している余裕は無い。

「土管の調査を進め、不要なものは全て塞げ! 情報班は、解析を急げ!」

「ふう、しんどい」

アーサーが腰を下ろして、その場に蹲る。

鎧の色が、通常通りのいぶし銀にもどっていった。兵士達の被害も大きい。怪物のサイズがサイズなので、爪や牙をもらってしまうと、ひとたまりも無いのだ。

草原の星では、それでも被害は最小限に抑えたのだが。

すぐに予備兵力が投入される。

国連軍としても、十万を超える兵力を準備しているのである。この時のために、威信を賭けていると言っても良い。

重武装の兵士達が、すぐに警備を固めはじめる。

負傷者は、すぐに後送されていった。これでは、他の星の戦況も、良いとは言えないだろう。

ジョーが来た。

この状況下でも的確な指示を出し続け、被害を可能な限り減らしたジョーだが。やはり疲労しはじめている様子だ。

「アーサー、今のうちに食べておけ。 川背、お前もだ」

「うむ……」

自分は良いと言おうとしたが、ジョーは有無を言わさぬ雰囲気だったので、仕方が無い。休むことにする。

先輩の目が覚めてからが本番だ。それまでは、忍びの者達の調査と、サヤの式神による調査を待つしか無い。

幸い、無人偵察機はかなり星の奥までたどり着けているようで、着実に航空写真を撮って戻ってきている。

二時間ほど、敵の襲撃は無し。消耗が少ないSが見張りを指揮し、他は仮眠を取る事になった。

体に出来た幾つかの傷が、痛む。

あれだけの乱戦だったのだ。川背も、無事ではすまなかった。

 

川背が少し休んで、怪我の応急手当を済ませると、数時間が経過していた。会議室に出ると、ジョーが情報士官達と話をしている所だった。

どうやら、だいたいの状況が分かってきたらしい。

「草原の惑星と違い、この星にある土管は、殆どが地下からの敵の通り道になっている様子です。 地下には広大な空間が確認されていて、相当数の怪物が群れているのも、ソナーで判明しています。 踏み込むのは、非常に危険でしょう」

「なるほど、地上と地下の、二重構造という訳か」

「はい。 反面、地上には殆ど怪物がいません。 偵察機も、偵察部隊も、その場に留まらなければ敵に攻撃は受けませんでした」

川背が席に着くと、ジョーは此方に資料だけ渡してくれた。

ざっと目を通すが、この星で確認された土管の数はおよそ六百万。前回の千倍という、途方も無い数だ。しかも、海中にまで土管は張り巡らされていて、大陸同士を複雑につないでいるという。

現在、無人偵察用の小型ロボットを可能な限り撒き、更にサヤの式神をフル活動させて調査を実施しているが、何しろ数が多すぎる。年単位で調査しなければ、どうにもならない状態である。

「この星には五つの大陸が確認できましたが、いずれもが地上地下の二重構造になっていて、しかも地下でつながっている様子です。 普通に戦っていたので、まず時間に間に合いません。 どうにかして、敵の首魁がいる位置を突き止め、ピンポイントで攻撃を仕掛けなければならないでしょう」

「何か方法は」

「人間がここに来た痕跡を見つけられれば、それをたどることが可能でしょう」

川背が言うと、皆が着目した。

考えて見れば、Kがどうやって来たにしても、人間がいずれかの方法で此処にいるのである。つまり、人間がどこにいるのかを把握できれば、その近くに敵の首魁がいるとも判断できる。

しかも、今の時点で、この星では草原の星のように、異世界と表裏一体でもない様子だ。それならば、敵が何処かの地下にいる可能性は高い。

スペランカー先輩が、起きたら。彼方此方連れて行って、居場所を探り当てるのが、早いかも知れない。

ただ、それには。人間の痕跡を見つけるのが先だ。

他の星の状況も、入ってくる。

攻略済みの星では、既に魔術師達による準備が完了したそうだ。地球とは比べものにならないほど魔術が使いやすかったとかで、非常にはかどったという。

それは今の状況では、数少ない朗報かも知れない。

LもPも、それぞれの環境で大変に苦戦している様子だ。特にLは、人員が極めて少ないこと、更に過酷な環境もあって、四苦八苦を続けているという。Pはというと、分厚い氷の下にある海の調査に手間取っていて、今だ糸口も掴めない状態であるらしい。

人間の痕跡を、どうやって探すか。

それを協議している情報士官達を横目に、川背はスペランカー先輩の様子を見に行く。

まだ先輩は眠っていた。

そろそろ、起きてもらわないと、困るかも知れない。しかしあれだけ邪神の攻撃を受けた上に、不死の身であっても極めて負担が大きいブラスターを用いたのだ。無理はさせられない。

八方ふさがりを感じて、思わず川背は空を仰いだ。

残る時間は、四日と少し。

 

一面の、氷の平原。陽光では無い、金色の光を照り返して、どこでも鏡のように輝いている。

ナナは、故郷でも此処まで酷くは無いと思った。完全に世界が凍結している。確か、氷河期などに、全球凍結という状態があったと聞くが、それに近い。なのに、気温はさほど低くも無い。

アザラシの皮で作った防寒具を着ていなくても、充分に耐えきれるほどだ。

先ほどから、フードを被ったPがモーターボートで海面まで降りてきていて、、周囲にあれこれ指示を出している。砕氷船が何隻か周囲に浮かび、移動指揮所となっていたが。海中から敵はひっきりなしに攻撃を仕掛けてくるため、防衛が難儀だった。

ただ幸いにも、此処にいる敵は、魚雷や爆雷で充分撃退が出来る。

氷上に来た敵は、ナナが幼なじみのポポと一緒に、撃退して行けば良かった。ただ、船は苦手だから、主に氷上での戦闘を限定的に行っていたが。

またヘリが戻ってくる。

ひっきりなしに偵察機とヘリが行き交っているが、成果が出ているとは思えない。Pが苛立っているのが目に見えて分かるから、ナナはポポと一緒に、前線に出てきたのだ。とはいっても、多数の怪物が押し寄せてきていた先までとは違う。辺りには怪物の死体が点々としてはいても、危険は少ない。

ぽつんと立ち尽くしていると。ポポが、隣に立った。

「ナナ、これからどうするんだ」

「知らない。 Pさんに聞けば」

「戦っていて、何か解決するのか?」

ポポの方を見る。

誰よりも気心が知れたパートナーだが。喧嘩ばかりしている相手でもある。昔に比べて、関係性は変わったのだが。

喧嘩の内容が、昔とは違ってきている気がする。

「何か、名案はないの?」

「土管だらけの星に行ってる川背さんが、人間の痕跡を探す方向で戦略を切り替えたらしいんだが。 こっちはそれどころじゃないからな」

「……本当に、そうかな」

全面が水まみれだとすれば、探す方法はそれはそれであるのではないのか。

しかも調査の結果、氷の下の水は、それほど深くないというではないか。

「はあ、氷の下じゃ無くて、氷山の中にでも敵がいれば、俺たちで乗り込んでぶっ潰してやるんだがな」

「そうね。 ただ、そう上手くは……」

爆発音。しかも、かなり大きい。

二人揃って振り返ると、どうやらPがしびれを切らしたらしかった。彼方此方にバンカーバスターを叩き込み、ソナーの様子から敵を探ると息巻いている。確かにそれならば、一気に敵を割り出せるかも知れない。

手始めに、この近くの海域に、バンカーバスターを叩き込み、ソナーを使って反響を調査、敵の配置を割り出している様子だ。

ただし、このやり方では、敵の全軍が、一斉に反応するだろう。

押し寄せる敵の数は、数万か、数十万か。もっと多いかも知れない。バンカーバスターを撃ち込んだ場所から、敵の大軍勢が現れるのは確実。誰も、この暴挙を止めなかったのか。

案の定、周囲の怪物が、露骨に活発化している。

多数の水柱が上がっているのは、爆雷に直撃しているからだろう。フィールド探索者達も、海上で攻撃を開始しているが、船に敵がすがりつきはじめている。兵士が海に落ちたら、まず助からない。それほど寒くないと言っても、この温度では、瞬く間に凍死してしまう。

慌てて戻りながら、ナナは何故こうなったのか、焦る。

氷上を走るのは慣れているから、二人とも、クレバスに落ちるようなへまはしない。走りながら、クレバスから飛び出してくる金色の怪物に、破壊のハンマーを叩き付ける。存在を固定して、それを破壊する能力。ナナとポポが、等しく持っているものだ。

敵の数が多い。

船の損傷が激しい。攻撃がそれだけ苛烈だと言うことだ。大きな亀裂が、砕氷船の一つに走った。

Pが、旗艦の甲板に姿を見せる。

その巨大な口が、少し動いたかと思うと。

Pの上にいた怪物が、ごっそり体を抉られ、体液だか血だか分からないものを撒きながら、墜落していった。

「蹴散らせぃ!」

Pが傲然と叫ぶと、古豪と言われるフィールド探索者達が、攻撃に加わる。

普段は好々爺然とした人物だが、戦場に出ると人が変わる。古豪と呼ばれるだけあって、ベテラン達の戦闘力は凄まじい。見る間に、船にすがりついていた怪物や、兵士を掴んで喰おうとしていた化け物が、駆逐されていく。

逃げ腰になった敵を、ナナが横から張り倒す。

首が引きちぎれて、余波で大量の鮮血を浴びる。妙に熱い。

後ろに回った奴を、ポポが大上段からのハンマーで粉砕した。一撃が重かったから、流氷が大きくひび割れる。

また来た。右から来た奴を、横殴りに叩き潰し、更に走りながら、跳躍。反転して、後ろから迫っていた敵の顔面を打ち砕いた。

ようやく、敵は撃退できたのが、二時間後。

ナナが血を拭う。服が駄目になってしまったかも知れない。汚いとかそう言う問題では無く、訳が分からない生物兵器の血だ。洗い流さないと危ない。

船に上がって、シャワーを使わせてもらう。

二隻が中破、一隻が大破。旗艦は無事だったが、この調子で消耗していったら、すぐに援軍など枯渇してしまう。

手早くシャワーを浴びて、体を拭く。

やはり、あまり大きくならない体。元々の栄養状態が悪いのだから、仕方が無い。しかし都会育ちの子供達を見ると、自分よりずっと発育が良くて、羨ましいと感じてしまう。

予備の服を着込むと、外に出た。

ポポは返り血を浴びなかったし、そのまま外で監視を続けていた。ナナはポポを促して、Pの所に出向く。

Pはというと、既に二隻目の攻撃機を出発させようとして、空母の甲板に移っていた。

またバンカーバスターを叩き込んで、ソナーで敵を探ろうというのだろう。

無謀にもほどがある。

Pやベテランのフィールド探索者は生き残れるかも知れないが、他はみんな死んでしまう。

さっきの戦いだけでも、百五十人以上が死んだのだ。

空母が沈められでもしたら、被害は想像を絶するものとなる。

「どうしたのじゃ、子供達よ」

「作戦の変更をして欲しいと思いまして。 このままでは、被害が増えるばかりです」

「ほう……」

Pはフードを被っていて、いつもその巨大な口しか見えない。

だがその時、ナナは見た気がした。

フードの奥に光る、老人とはとても思えない、鋭く猛々しい光を湛えた目を。ひょっとしてこの目を隠すため、フードを被っているのか。

「ならば代案は? 現在、調査が行き詰まっていて、潜水艦を出動させることも難しい事は分かっておろう。 敵がいると思われる地点を片っ端からつついて、潰して行く以外の妙案があるのなら、申してみよ」

「それは」

「人間の痕跡など探していても、きりがないからのう。 ましてや時間はついに残り四日を切った。 前回の邪神との交戦で、丸一日かかったことを忘れたか。 此処の怪物の戦闘力からいって、前より強くてもおかしくは無いのだぞ?」

反論できない。

ポポがとなりで咳払いする。

「この方法なら、敵を見つけられるんですか?」

「これから二十七カ所で、バンカーバスターを投下する。 それにより、ほぼ確実に、敵の本体の居場所を突き止められるだろう」

二十七カ所。

意識が飛ぶかと思った。一カ所でさえ、これだけ被害を出したのだ。

本当に一切の遠慮呵責無く、味方を切り捨てるつもりか。

いや、何かがおかしい。

この人達は、何かを隠しているのでは無いのか。

ナナの疑念が膨らむが、今は引き下がるしか無い。ポポは何か気付いたようなので、聞いてみる。

「何か分かったの?」

「お前も気付いてるんだろ? あの爺さん、何か掴んだな。 それで、なりふり構わず動くつもりなんだろうよ」

「……たとえば、何かの利権とか?」

「かもしれねえな。 此処にいる一万人以上の兵隊と、三十人近いフィールド探索者の命をドブに捨ててまで、何の利権を守るつもりかはしらねえけど」

ポポの言葉には、怒りがにじんでいる。

以前戦士として一枚向けたポポだが、こういうときは子供のままだ。だが、ナナもそれは同じ。

まだ、二人とも、大人には遠い。

此処からは総力戦になる。

考えられないくらいの敵が、押し寄せてくるだろう。兵士達に構っている暇は、無くなるかも知れない。

地球の存亡を賭けたとき、とはいうけれど。

だからといって、これは何かがおかしい。そうナナは思うのだが。力が足りなくて、どうしようもない。

スペランカーが此処にいたら、何か手を打ってくれるのだろうか。

いや、それでは駄目だ。

自分で何か、対策を考えなくては。スペランカーだったらどうする。其処まではいい。その先は、自分で考える。

それが、大人のやり方だ。

しばらく必死に考える。そして、ふと、冴えたやり方が思い浮かぶ。これならば、或いは行けるかも知れない。

「ポポ、一つ案があるの」

「言ってみろよ」

話すと、ポポはなるほどと、頷いてくれた。

確かにそれならば、手としては有用だ。

すぐにポポに戻ってもらう。

さて、後は時間を稼がなければならない。すぐに、Pの所に戻る。攻撃機は、もう発進するところだった。

「一つ、案を思いつきました」

「申してみよ」

「釣りをします。 私とポポで、邪神によく聞こえる音を出します。 私達にだけしか、出来ません」

正確には、高位の邪神なら反応する音、だ。

ポポとナナは、人ならぬものを固定し、砕く事が出来る。場合によっては、空間さえも打ち砕ける。

その反応を、察知できる存在なら。

ポポが戻ってくる。

頭の上には、かってスペランカー達と共に下した邪神、アトラク=ナクアが乗っていた。掌大の蜘蛛にしか見えない彼女は、アザトースを徹底的に憎んでいたはずだ。利害は一致する。

彼女に、邪神レベルの相手なら反応しうる音を出せるか、聞いてみる。出来るという事だった。

この世界では、ほぼ間違いなく海の中にそれがいる。

つまり、海の中で、音を鳴らせば。

敵は、反応する。

バンカーバスターなど用いる必要は無い。まず音を出した後、録音したもの耐水レコーダーか何かでばらまけばいい。

それで、敵を一気に引きずり出せる。

「ふん、釣りか。 分かってると思うが、強めの雑魚も一斉に反応するよ」

「それでも、敵の全てが反応するよりマシです。 Pさん、これなら、敵の全軍を相手にするのでは無く、相手の居場所を特定できます。 邪神さえ叩いてしまえば、此処にいるKの息子など、論じるに値しないのでは?」

Pの半笑いのように開いている口が。

一瞬、見る間に憤怒の相に変わる。その凄まじさは、身震いするほどだった。

だが、すぐに半笑いに戻る。

やはり、そうか。何かの利権、或いは口に出来ない理由のためか。

この人も、長年フィールド探索者として活躍してきた古豪、文字通りのヒーローだ。その経歴は若いポポやナナとは比較にもならない。

悪に落ちたというのでは無く、きちんとした理由があっての行動だとは、ナナも思う。だが、今は。

それに優先すべきものがあるのではないか。

「此処で試した後は、他でもやってみましょう。 応用すれば、出来るはずです」

「ん……うむ……。 そうだな」

即座に、偵察機を派遣するよう、Pは指示。その偵察機に耐水レコーダーを乗せ、必要地点にばらまけば良い。

充分に現実的な作戦である。

兵士達が、ほっとするのが分かった。

作戦が始まる。今度こそ、しっかり決着を付けることが出来る。その筈だ。そして、安心する。

やはり古豪だ。

立派に、自分の目的を曲げて、適切な作戦を選んでくれた。勿論、理由は聞かないことにする。

「いい気の所悪いが、ここからが本番だ」

「うん、分かってるよ」

ポポに言われて気を引き締める。

前は危なっかしいばかりだったのに。随分頼もしくなったものだ。

 

未来の最新鋭機が、風をものともせず飛ぶ。

アリスは四苦八苦しながら、時にその中に戻って休憩し、ハッチから出撃し、戦い続けていた。

囂々と凄まじい風が吹き荒れる星である。

飛行を得意とするフィールド探索者が、同じように飛ぶことに特化したらしい怪物を相手に、延々と死闘を繰り広げていた。そんな中、敵を寄せ付けず、休憩所としても機能してくれるこの戦闘機は有り難い。

問題は、現有の偵察機では、風が強すぎてものの役に立たないことだ。

必然的に、この戦闘機を使って、偵察もこなすしか無い。つまり星中をこの戦闘機を中心とした編隊を組んで、飛び回らなければならない。

何度目の出撃から戻ったか、アリスも覚えていない。

機体の中に戻ると、栄養ドリンクが用意されていた。無言で手に取り、飲み干す。他にも何名かのフィールド探索者が休憩中で、外の様子を見ていた。

Lだけが、まるで敵を寄せ付けずに戦っているが。

皆はそれ相応に傷を受けている。

何しろ、支援戦力が存在しないのである。この戦闘機は、ビーム兵器などでかなり活躍してくれているが、それにも限界がある。

回復を終えたフィールド探索者の一人が、ハッチから再出撃していった。

ハッチを開けるときに、もの凄い風が一瞬だけ吹き込んでくるが。それも、すぐに収まる。本当にどういう仕組みなのか、知りたい所だ。

無言で栄養ドリンクを飲んでいると、シーザーが来た。操縦席と、この休憩が行える格納スペースは、つながっている。

現有の戦闘機に比べ、非常にずんぐりとした体型は。内部に大きなスペースを作る余裕を許している。

「いいのか、操縦席を離れて」

「今は敵も少ないしな。 AIに任せておけば、充分だ」

「そんなもんか」

軽口を叩きながら、また一人フィールド探索者が、外に出る。代わりに、一人が戻ってきた。

アリスの他には、むさいおじさんばかりである。

シーザーは筋金入りの女好きだが、子供には興味が無いようだし、アリスとしては不安視していない。また、シーザーは男性が相手なら誰とでも仲良くなることが出来るようで、他のフィールド探索者とは、かなり軽口をたたき合っている。

シーザーは休憩スペースのソファに座ると、自身も用意した物資の中から、栄養ドリンクを口にする。ずっと操縦席にいるのも、つかれるのだろう。

しばらく無言が続いたが、シーザーが不意に話しかけてきた。

「あんた、アリスって言ったよな。 戦いは、怖くねえのか」

「父から受け継いだ力に、それに誇り。 怖くなどありませんわ」

「そうかよ。 俺は初陣が22の時で、それでも随分怖かった記憶があるんだが。 たいしたもんだな」

初陣の早さは、きっと関係無いだろう。

シーザーのいた時代について話をちらほらスペランカーから聞かされたのだが、非常に悲惨な混乱時代を経た後は、それなりに平和になっているという。異星の邪神も既に消滅しているようだし、宇宙人の類もそう熱心に攻め寄せてくるわけでも無い。

それならば、むしろ当然の話だ。

アリスの生まれた環境は、違った。それだけ。

「そろそろ、撒いた偵察ビットが戻ってくるはずだ。 あと三日少しあるし、時間的には間に合いそうだな、と」

不意に、警告音が発せられる。

シーザーがすぐに操縦室に戻っていく。慌ただしい人だなとアリスは思いつつ、飲み干した栄養ドリンクのパックをダストシュートに放り込む。すぐには出撃しない。状況を確認してからだ。

AIが、説明の音声を発する。

「超大型の飛行型要塞と思われる建造物を発見。 これより撃墜に向かいます」

「距離は?」

「この星のほぼ反対側ですが、当機の能力であれば、二時間ほどで到着できます。 帰投をしてください。 間もなく、当機は加速し、敵との交戦地点に向かいます」

順番に、フィールド探索者が戦闘機の中に入ってくる。

入れそうも無い人員は、一度アトランティスに戻る。Lは外にいる。地力で、この最新鋭戦闘機に追いつけるからだ。化け物のような飛行能力だが、基礎的な力はあのMと同格だと考えると、不思議とは感じないのだから凄い。

最精鋭だけの、一撃離脱。

その中にアリスが含まれているのは、とても誇らしい。

かっては子供である事に、非常に強いコンプレックスを感じた。

両親から言われ続けたノブリスオブリージュと、現実の貴族のギャップに、苦しみ続けた事もあった。

しかし今、アリスは戦士として、自分の両の足で立てている。

以前、スペランカーと共闘したことが、切っ掛けになったのは、間違いの無いことだった。

戦闘機が、加速に入った。

加速は非常になめらかだが、一気に空気が張り詰めるのが分かった。問題は、その飛行型要塞の周囲に邪神がいるか、だが。

それはまず、戦ってからだ。

「敵、巡航ミサイル発射。 迎撃します」

音は殆ど此処まで届かない。

外で激しい迎撃戦を行っているのだろう。そろそろ、出撃するタイミングか。シーザーの声が聞こえた。

「まだだ。 今、対空砲火が激しすぎる。 もう少し敵を削るから、それまで待て!」

がつんと、揺れが来る。

これは、直撃弾を受けたか。

最悪の場合、撃墜される可能性もあるが。その場合にも備えて、脱出できる準備はしなければならない。

外の光景が見えないのがいやだが。

それでも、アリスは怖いとは感じなかった。

この戦闘機、どれだけ変態的な機動をしても、内部にいる人間には、殆ど伝わらない。それが強みとなっている。宇宙空間で、とんでもない速度で動き回るには、慣性の相殺が重要なのだろう。

「外の様子はどうなってる!」

別のフィールド探索者が叫んだ。かなりのベテランだが、流石にこの状況では、焦りを感じるのだろう。

アリスがたしなめるより先に、もっと年配のフィールド探索者が言う。

「子供でも落ち着いているのだ。 少しは閑かにしなさい」

「分かっている。 だがな、外の状況くらいは」

「画像だけなら、そちらに回せる。 少し待っていろ」

立体映像が、投影される。

巨大要塞の周囲から、無数の黒い球体が出ている。それは鎖につながれているように見えたが、実際には非常に機敏に動き、なおかつものによってはくびきから解き放たれてさえいるようだった。

ビーム兵器が発射され、一体を直撃する。

だが、平然と耐え抜いた黒い奴は、巨大な口を開けて、戦闘機にかぶりついてくる。口の中には恐ろしい牙がずらりと並んでいて、この戦闘機でも噛まれれば無事にはすみそうにない。間一髪で回避しつつ、ビーム兵器をお見舞い。しかし、直撃しても、せいぜい少し怯ませるくらいだ。

超巨大要塞からは、その間も無数の小型ミサイルや、迎撃砲火が雨霰と此方に飛んでくる。

Lが、火の玉のようになって、辺りを飛び回る。

流石にLの拳の前には、黒い謎の球体生物らしきものも、ひとたまりも無い。直撃を浴びれば、木っ端みじんだ。

だが、要塞の直衛戦力らしい黒い謎の球体は、次から次へと繰り出される。

Lが一端上空に出る。

シーザーが機種を返して、距離を取りに掛かった。勿論後方に退避しつつも、敵要塞や黒い球体には連続してビーム兵器を浴びせ続ける。

「全く、エイリアンの母艦より頑丈だぜ!」

その巨大要塞が。

Lが放った特大の火球を浴びて、冗談のように揺れた。

流石と言うほか無い。黒い球体生物も、かなりの数が消し飛んだ。ここぞとばかりに、シーザーが戦闘機から総力の攻撃を浴びせる。ありったけのミサイルを叩き込み、黒い球体生物を根こそぎ吹き飛ばした。ビーム兵器には強くとも、やはりミサイルは通用するのか。

対空砲火も相当な数が潰れ、今が好機と判断したのだろう。

エアロックが解放される。

「今だ、全員出てくれ! 総攻撃に移る!」

「応っ!」

全員が戦闘機から飛び出す。

如何にあのLといえど、あれだけの大威力攻撃を放った後だ。今後邪神との戦いがあることを考えると、皆での支援が必要不可欠だろう。

戦闘機から飛び出したアリスは、凄まじい気流に眉をひそめながらも、戦闘に参加。ジグザグに飛んで対空砲火を避けつつ、要塞に肉薄していく。

黒い球体生物の生き残りが、此方に飛んでくるのが見えた。明らかにアリスを狙っている。

上等である。

アリスの能力は、重力子操作。

帽子を被り、手に風船を持たなければならないという制限はあるが、もう片方の手と足は自在に使える。

最近は、加速も自由自在に出来るようになった。

大口を開けてかぶりついてきた黒い球体を至近で避けつつ、横っ面に蹴りを叩き込んでやる。

凄まじく重い手応え。

だが、効いた。

きゃんきゃんと、犬のような悲鳴を上げながら、黒い球体が落ちていく。強固な守さえ突破してしまえば、内部は案外脆いらしい。

要塞には、シーザーが戦闘機で、徹底的に攻撃を撃ち込み続けている。対空砲火は一秒ごとに減殺されていて、ついにアリスは肉薄。砲撃で脆くなっている外壁を強引に蹴り破って、内部に侵入した。

他のフィールド探索者達も、侵入に成功しているはずだと信じて、アリスは走る。

Lには対邪神の切り札となってもらわないとまずい。せめてこの要塞は、アリス達で落とす。

隔壁が降りる。だが、アリスの能力は、むしろ硬い物に対しては相性が良い。

あれだけ激しかった対空砲火だが。内部の防備は、むしろ甘いとさえ感じられる。

隔壁に全力でドロップキックを叩き込む。

相当数の倍率で重さを増したアリスの一撃が、隔壁を拉げ、吹き飛ばす。即座に走り抜ける後ろを、火焔放射が薙ぎ払った。また隔壁。今度は閉まる前に飛び込み、抜ける。銃座が前に出てくる。火を噴く銃座を、間一髪飛び越えると、踏みつぶした。

爆発の余波や、能力の連続使用で、少なからず消耗している。

隔壁をまた強引にやぶり、飛び込む。

不意に、空気が変わる。

とても広い空間に出たのだ。

よく分からないが、或いは倉庫か、格納庫だろうか。黒い球体状の怪物を格納していたらしいくぼみが、等間隔にたくさん並んでいる。何段にもなる格納棚は、殆ど空になっていた。空になっていない場所には黒い球体怪物がいたが、眠っているようで、此方には反応する様子が無い。

真ん中には、非常に体格のいい大男が立っていた。まだ若いが、相当な強面である。肉体も、ボディビルダーのように、非常に筋肉質だった。

どうやら、アリスが最初に到着した様子だ。ただし、別に突入部隊の中で、アリスが一番強かったわけでも無い。

運が悪かったのか、或いは良かったのか。

改めて相手を見る。

筋肉質と言うことは、必ずしも強いという事を意味しない。フィールド探索者の世界では、特にその傾向が顕著だ。

だが、目の前にいる相手は、明らかに修羅場をくぐった事のある雰囲気を、全身に纏っていた。

おそらくは、軍隊経験者だろう。

此奴が、Kの息子に間違いない。

「ほう。 俺の相手は、バルーンクラッシャーのアリスか」

「貴方は?」

「俺の名はロイ。 後は言わずとも分かるな」

それ以降、まったくロイは喋らなかった。

巨大な二足歩行の亀の怪物に変わるときも。戦いの最中も。一切喋ることは無かった。おそらく、口数が元来とても少ないのだろう。

ロイが、踏み出す。

同時に、要塞が揺れた。

アリス自身も、その揺れに拘束される。

これは、地震とは少し違う。要塞そのものが、揺らされていると見て良い。一種の特殊能力か。

もう一歩を踏み出す前に、虚空に飛び上がる。

ロイが首を此方に向け、火球を乱射してきた。しかも、その火球は、中空で爆発を繰り返す。

衝撃波は、空中をまんべんなく伝わってくる。

アリスは地面に自らを叩き付けるようにして下ろすと、次の揺れが来る前に、飛ぶ。地面すれすれの高度を維持しつつ、ロイに迫る。

いかなる巨体といえど、重力子操作の能力を持つアリスが全力で一撃を叩き込めば、ひとたまりも無い筈。

だがおそらく、敵は自身の弱点を熟知している。

それにアリスを見た瞬間、名前を当てた。つまり、此方についても、知っている可能性が高い。

不意に、目の前に、火の壁が出来た。

横っ飛びに回避。

だが、アリスの至近を、火球がかすめる。どうにか直撃を避けるが、すぐ後ろで爆発された。

衝撃波が、もろに全身を打ち据える。

壁に叩き付けられたアリスは、体が軋む音を聞いた。

「がっ!」

受け身はどうにか取ったが、骨の一二本は逝ったかも知れない。

ロイは勝ち誇ることも無く、淡々と追撃に出る。踏み出すと、地震を引き起こし、アリスを拘束に掛かってくる。

見ていると、地震と火球は、同時に出来ない様子だ。

だが、アリスは酷い痛みの中、更に揺れに拘束され、動けない。距離を保ったまま、殆どショットガンのように、ロイが火球を撃ち込んできた。

拡散する火球。

逃げ道は、無い。

爆発がアリスを包む。

だが。

爆炎が収まったとき、アリスは無事なまま立っていた。脇腹を押さえながら、呼吸を整えながら。

ロイは何も言わず、さらなる追撃の火球を放ってくる。

今の瞬間、アリスが床の鉄板に全力で重力子を叩き込んで、いわゆる畳返しの要領で巻き上げ、火球を防いだことに、ロイは気付いたのだろうか。いや、気付かなかったにしても、奴にとっては、倒せなかった。それだけが、重要だったのだろう。

ジグザグに飛びながら、アリスはロイとの距離を詰められない。

そればかりか、衝撃波で体を叩かれ、一秒ごとに消耗するばかりだ。地面に降りようものなら、拘束の地震攻撃が待っている。

相性が悪すぎる。

だが、アリスは既にこの時、勝機を見いだしていた。

不意に、高々と飛ぶ。

ロイは冷静に視線をアリスに向けたまま、動きを先読みするようにして、火球を連射してくる。

その火球の一つが、天井の構造物のライトらしき物体を、破壊して落とした。

ライトらしき物体に向けて、アリスが全力を叩き込む。

重力加速を浴びた物体は、ロイが次の火球を放つよりも遙かに早く、ロイの体を直撃し、吹っ飛ばしていた。

巨体といえど、ひとたまりも無かった。

怪物の姿が解除され、人間に戻ったロイは、血を吐き捨てると、逃げていく。脱出路があるのだろう。

アリスに、追撃する余裕は、とても無かった。

ダメージを確認。やはり肋骨が二本折れている。そればかりか、最後の一撃に、力を殆ど使い果たしてしまっていた。

脇腹を押さえながら、沈黙した飛行要塞を出る。

見ると、飛行要塞に無数についていた黒い球体生物が。飛行要塞から離れ、空中で集まりはじめていた。

そればかりか、地面や山などからも集まってくる。

そしてそれが巨大で黒い、目も鼻も無い、口だけの化け物と化したとき。アリスは、そいつこそがこの星の守護を司るガーディアンだと悟ったのである。戦闘機が、此方に来る。他のフィールド探索者達も、ばらばらと要塞からの脱出を開始していた。

Lが、火の玉そのものとなって、邪神に躍りかかっている。

「早く乗れ」

戦闘機のハッチが開く。

アリスは、残った力の全てを使って、戦闘機に向け、跳んだ。

 

Kの元に、ノコノコが来る。

飄々とした老人は、Kの最初期からの部下だ。まだKが若い頃から、様々な悪事を共に行ってきた仲である。他の部下達が歴戦による疲弊や戦死で何度も代替わりしているのに、ノコノコだけは違う。

ちなみに、現在のパックンフラワーは、ノコノコの孫娘である。先々代のパックンフラワーが、ノコノコの妻なのだ。飄々としたノコノコと違って、現在のパックンフラワーは、随分と性格に余裕が無いが。

「空の星、陥落しました。 ガーディアン、Lに破れ、消滅。 土管の星では、敵主力部隊が進撃を開始。 どうやら、ルドヴィッグ様の居場所を把握したようです」

「ルドヴィッグなど呼び捨てにして構わん。 跡継ぎと決まっていない以上、お前の方が地位は上だと言っているだろう」

「貴方の息子を、呼び捨てには出来ませんよ」

「ふん、そうか」

ノコノコはかなりの老齢だが、特殊な可変型能力を駆使して、様々な修羅場をくぐり抜けてきた。

Kにとっては、事実上一番の部下と言っても良い。

一番苦しかったときにも裏切らなかった、忠誠心が篤い男である。口には出さないが、Kが最も信頼している相手だ。

きっとKの組織が瓦解して、残りの部下が一人になったとしたら。それはきっとノコノコだろうとさえ、考えているほどである。

「氷の星は、そろそろ決着がつきそうか」

「一本釣りされたガーディアンが、Pと交戦を開始して十六時間になります。 既にレミー様の要塞は撃墜されており、ガーディアンは孤立無援であります故」

トリッキーな戦法を得意とするレミーは、今回Kが実戦投入した子供達の中では、一番の切れ者である。元々大学院を出て博士号まで取っていた男だが、その奇矯な性格が故に学閥に敵視され、不遇を託っているところをスカウトした。

Kの組織に入ってからレミーは頭角を現した。活躍はめざましく、今や科学陣の中でも頭一つ抜けた存在となっている。武人としてはまだまだだが、それでもKとしては、後継者候補か、もしくは将来の参謀に据えようと考えているほどだ。

今回も、邪神を発見された後、敵を後方から奇襲するという策を取ったのだが。

敵もPだけが邪神に向かい、他全てがまずレミーを撃破するという、大胆な策にて応じて来た。

集中攻撃を受けたレミーの移動要塞は撃沈。

レミー自身は残念ながら、戦う余裕も無かった様子だ。もっとも、レミー自身学者肌で戦いは苦手だから、機会があっても戦況は変えられなかっただろう。レミーは爆沈する要塞からどうにか脱出は出来たが、申し訳なさそうにしていた。

いずれにしても、時間稼ぎの要件は果たすことができた。戦略的な課題は果たすことが出来たのだし、Kとしては不満は無い。

後はルドヴィッグだ。

土管の星には、スペランカーが来ていると聞いている。そうなると、その両腕であるアーサーと海腹川背もいるだろう。

現在、Kの子供達の中で最強の武闘派であるルドヴィッグでも、流石に少々厳しい相手だ。

しかも、ルドヴィッグは自身の力への信仰から、真っ向からの勝負を好む傾向がある。このままだと、高確率で死ぬ。スペランカー自身とぶつかる事になったら最悪だ。下手をすると、向こうに寝返りかねない。

Kは今、Mの次にスペランカーを警戒している。

奴の周囲に集まっている人材の豊富さ、並大抵では無い。今後の事を考えると、直接の戦いは避けたい相手だ。

「Mが迫っている今、お前をやるわけにもいかんな……」

「恐縮です。 しかし、時間稼ぎは、もう果たせているのでは?」

「戦う前に撤退しろという命令を、あの跳ねっ返りが聞くと思うか? 多分最低でも、スペランカーの顔を見ないでは帰らんだろう」

「確かに」

どずんと、大きな揺れが来た。

どうやら、Mが近づいているらしい。

外には、この星のガーディアンの部下であり、そのものでもある存在が、多数ひしめいている。

だがそれでも、Mは止められないだろう。

「戦っていかれますか?」

「そうだな。 少し遊んでいくとするか。 ゲッソーとメットにも声を掛けろ。 Mの奴は今回も本気で俺を殺しに来るぞ」

「では、孫を連れて、すぐに戻ります」

Kは頷くと、城のテラスに出た。

真っ暗な、闇の星。

無数にひしめいているのは、木のような、不可思議な材質で出来た兵器達。戦車のように見えるものもいれば、戦艦のように見えるものもいる。戦闘機もヘリも、何でもいる。何も、それらには乗っていない。

一個師団どころか、数個軍団を形成するほどの兵力。

しかし、それら兵器の中には、何も乗っていないのだ。

兵器達は軋みながら、隊列を保ち、なにやら呟き続けている。兵器が、まるで生き物のように、喋っているのだ。

言葉は流石に理解できないが、脳にダイレクトに伝わる意思はある。それははっきりしている。

あの兵器達は。

戦いたくないと、言っているのだ。

Mが暴れ狂っているのが、遠くからも見える。

まくろき闇の星の中で、其処だけが篝火をたいたように明るいからだ。材質がよく分からない戦車や戦闘機を、まるでオモチャのように千切っては投げ叩いては壊し、Mは確実に此処に近づいてくる。

その戦闘力は、文字通り鬼神のごとし。

そして、Kは感じる。

暗闇星のガーディアンが、破壊されることを喜んでいる。

そもそも、あの四元素神並の戦闘力を持つはずのガーディアン達が、如何に最精鋭とも言えるフィールド探索者達が相手とは言え、どうしてこうも簡単に破れているのか。理由は、簡単。

彼らが、長い間、滅びを望んでいたからだ。

何より、何故Kが此処に呼ばれたのか。

それは、ニャルラトホテプと接触し、この世界へのゲートを作らせたとき。彼らが知ったからだ。

Kがいれば、世界最強の存在が、こぞって押し寄せてくると。

今、アザトース体内の星々を支配していたガーディアン達は、歓喜している。そして、歓喜のまま消滅して行っている。

ある意味、史上最大の拡大型自殺。

それに、Kは巻き込まれたのだ。

勿論見返りなしに、そのようなものにつきあうことは無い。Kがこの星に来た理由は。当然、巨大なビジネスのため。

宇宙史上最大の国家犯罪など、それこそKにはどうでもいい。人間など、存在するだけで、罪と邪悪をばらまく化け物だ。どこの星の人間もそれに大差は無いとKは考えている。だから、アザトースの真実を知ったときも、何とも思わなかった。

まずいやり方をしたな、そう考えただけである。

「おー。 相変わらず壮観だぜ」

「全くだ。 Mの野郎、豪快に戦いやがる」

となりにメットが来た。長身のメットは、白い歯をむき出しにして、Mの凶暴な戦闘ぶりを眺めやる。

けたけたと、隣に来たゲッソーが笑った。

非常に細いゲッソーは、ロケットブースターで今も宙に浮いている。後ろでは、不機嫌そうに、パックンフラワーが腕組みして柱に背中を預けていた。

ノコノコが来たことで、Kの配下四天王が揃った。

今、一瞬で千体以上の生きた兵器軍が、Mの拳に吹き飛ばされた。本当に奴は、化け物としかいいようがない。

だが、この星に来たことで。

Kは手に入れることが出来るのだ。

アザトースを作った星の連中が築き上げた、科学技術の一部を。

それはこれからの世界で、宇宙開発にも、兵器開発にも、何にも応用できるだろう。裏側から世界を抑えている財閥やパワーエリートどもなど、比較にもならぬ財力が、Kの懐に飛び込んでくる。

世界は、Kのものとなるのだ。

同盟者であるDr、Wが来た。

眉毛が特徴的な老科学者は、側に護衛らしい、非常に機嫌が悪そうな人型ロボットをつれていた。

「K、まずい事になった」

「どうした」

「アザトースが気付いたらしい。 抑えていたこの星のメインコンピュータのデータが、瞬時にクラッシュしおったわ」

「何……」

余裕が消し飛ぶのを、Kは感じた。

星系全体に広がっているアザトース、しかも常に夢を見ている状態の邪神にとって、その体内の一器官にさえ過ぎない惑星での戦いなど、気付くはずも無い。それが、Kの見立てだった。

だが、まさかこのような形で介入してくるとは。

そういえば、四元素神の内三柱が死んだことで、奴の眠りが冷め始めているとニャルラトホテプは言っていたか。

それに加えて、八つの惑星で繰り広げられた激戦が。アザトースの午睡を覚ましてしまったのだろう。

「どうもアザトースの奴は、この星に技術や知識を詰め込んだコンピュータがあったことも知らなかったし、そのこと自体も許せなかったらしいなあ。 一応、使えそうなデータは幾らか解析済みだが、まずいぞ。 あんなガーディアンどもとは比較にもならん戦闘タイプの邪神が来る可能性がある」

「K様。 これは、遊んでいる場合ではないかと」

ノコノコに直言される。

K自身も、ほぞをかむ思いだった。当然、爆薬庫の隣で遊んでいることくらいは自覚している。

それに、ニャルラトホテプから聞いてもいたのだ。

四元素神など、アザトースやヨグ=ソトースに比べてしまえば、雑魚も良いところだと。あのMでさえ、命を燃やし尽くして死中に活を得る、というほどの相手。戦う事に、利など一つも無い。

「引き上げようぜ、旦那。 まだ退路は確保できてるんだろ、Wの爺さん」

「ああ。 データはそちらから退避させたわい」

ゲッソーが、いつもの馬鹿笑いもなしに言う。

メットも、むっつりと、頷くばかりだった。

「わかった。 お前達は、先に引き上げろ」

「旦那は?」

「少し、Mと話してから戻る」

ノコノコが嘆息する。

見れば、真っ暗だった空に、少しずつ金色の光が差し込みつつある。

Wが言っていたことが、現実になろうとしている。ニャルラトホテプから得た幾つかの技術で、この星のガーディアンどもに襲われないようにはしていたのだが。その技術も、じき使えなくなるだろう。

そういえば、ルードヴィッグは、撤退をしただろうか。

もはや、それどころでは無いと知りつつも。Kは、今更ながらに、心配をしていた。

 

3、ガーディアン達の心

 

スペランカーがむくりと起きるのを見て、川背がほっとして顔をほころばせる。

少し長い夢を見ていた。

ガーディアンの邪神と戦いながら、スペランカーは何となくだが、彼らが死を望んでいる事に気付いたのだ。

そして倒したことで。

彼らの中にある、アザトースの願いに気付いた。

「川背ちゃん、此処は……?」

「攻略予定だった、第七の星。 土管だらけの惑星です。 今、ようやく、敵の飛行要塞のあぶり出しに成功したところですよ」

「……すぐに、決着を付けないと」

怪訝そうにする川背に手を貸してもらって、スペランカーはベットから起き上がった。

すぐに服を着替えて、外に。

今、会議が行われているという。案内してもらう。残りの日は三日弱。どうにか間に合いそうだと思う反面、嫌な予感がする。

外に出ると、空は金色のまま。まだ決着はついていないのだろう。

しかし、嫌な予感が、適中したのを、スペランカーは悟った。

「どうしましたか、先輩」

「うん。 後で話すよ」

一応、周囲の戦況は落ち着いている様子だ。アーサーが前線に出て、敵の侵攻をほぼ排除することに成功したという。

更に、空の惑星と、氷の惑星は、既に攻略が完了。

ただしどちらも被害が大きく、すぐに此方に回れる人員はあまり多くないという。闇の星では、まだ激戦が続いていて、其方と此処に、半々ずつ人員が回されるようだ。

会議が行われているプレハブに入る。

見ると、ジョーが忍びの者達と、話をしていた。複雑な土管の構造図が、ホワイトボードに張り出されている。

「つまり、この土管の殆どは、一種のカモフラージュに過ぎなかった、という事だな」

「間違いないだろうな。 我々が手を尽くして調べてみたが、殆どはそもそも地下にさえ通じておらず、敵を転送するだけの機械とかしている。 一部だけが地下に通じて、この世界の二重構造を構成している様子だ」

川背が咳払いをして、皆がスペランカーに気付いた。

スペランカーは続けて欲しいと言って、状況を知るべく、配られている資料に目を通す。

敵の移動要塞の位置が判明したという。

苦闘の末、皆の努力があって、ようやく割り出せたのだ。とはいっても、それには偶然の要素が大きかったとも言う。

そもそも八方ふさがりだった状況に、光明が差したのは、数時間前のこと。

展開していた忍びの一人が、情報を持ち帰ってきたのだ。

忍びと言っても、怪しい術を使う者達では無い。

理にかなった現在の技術と、元々鍛えている体、それに何より他のフィールド探索者達と同じ特殊能力を用いて、情報を集めるのだ。

彼らの一人が、対地中用の特殊ソナーを用いて、ついに地中に埋まっている特殊な大質量物体を発見したのである。

多角的な調査が行われた。

いつ怪物が現れてもおかしくない状況下、必死の調査が半日行われ、それが潜んでいる敵の要塞だとほぼ特定されるに至った。

問題はその周囲。

多数の土管が林立しているのだが。それらの全てから、敵が出現する可能性が高いというのだ。

氷の惑星に展開していた精鋭が此方に来てくれているが、それでも正面突破は厳しいと、ジョーは言う。

「地底全体に敵がひしめいているとすると、怪物の数は億に達する可能性もある。 それらが一斉に迎撃に出てくると、捌ききれまい」

「先にガーディアンを眠らせてみたいのだけれど、いい?」

不意に、スペランカーが発言したので、周囲は瞠目した。

咳払いすると、スペランカーは、周りを見回す。

「分かったの。 さっきの戦いで、この星だけじゃ無くて、全ての星にいるガーディアン達が、どういう存在なのか」

「アザトースの精神を守るための安全弁なのではないのか?」

「ううん、それは大前提として。 そもそもアザトースは、この星系で行われていた地獄のような戦争を終わらせるために、非人道的な人体実験の餌食にされたの」

闇の世界に生きてきただろうじゃじゃ丸も、流石に口をつぐんだ。

アザトースは、世界に時々現れる、特殊能力者だった。

その力は、自分の不幸と引き替えに、周囲を幸福にすること。

利権が複雑怪奇に絡み合い、もはや解決の糸口を見つけることもできない地獄の戦争を終わらせるためにも。

アザトースは、自身の全てを、世界のために捧げたのだ。

ガーディアン達は、何故楽器となったのか。

ブラスターで、草原の星のガーディアンを屠ったときに、その心がスペランカーにも流れ込んできた。

そして、先ほど川背から聞いて、確信が得られたのだ。

勿論単独では無理だった。体内にいるダゴンやニャルラトホテプにも話を聞いて、得られた結論である。

「アザトースは、きっと世界を、平和で包みたかったんだと思う」

「平和、だと」

「そうか、音楽……!」

川背が気付いてくれた。

やはり、この後輩は。スペランカーにとって、一番頼れる存在だ。

「うん。 この星でも、音楽は平和につながるって思想があったみたい。 兵器が無くなって、音楽が世界を満たせば。 きっと地獄のような拷問を受けながら、アザトースはそう考えていたんだろうね。 それが、無理なことで、なしえないって分かっていただろうに。 その「夢」が、今この星系を守るガーディアン達の、基礎構造になったんだよ」

「すぐに、解析中のガーディアンの楽器を集めろ。 この事態を、一気に打開できるかも知れない」

ジョーが指示を出す。

いずれにしても、億を超える怪物の群れの中に飛び込むなど、無謀以外の何物でも無い。あのMだって、突破は厳しいだろう。

スペランカーは、悲しいと思う。

ただその能力だけが必要とされた、誰よりも心優しかった女の子が。

何もかもを、体も心も当然の権利も尊厳さえもあらゆる意味で陵辱されながら、それでも世界を呪わなかったのだ。皆の平和だけを願っていたのだ。

人類は、その聖者とも言える心に、一切応えなかった。

そればかりか、己の平和のためだけに、搾取のみを行おうとした。一人の犠牲で全体を救えるのならと、全体が考えてしまった。全体がその犠牲を喜び、得られた飽食に酔ったのだ。

結果が、この有様。

地球にアザトースがいたら、どうなっていただろう。

きっと結果は変わらなかっただろうと、スペランカーは思う。人にとって、あまりにもその心は美しすぎた。

だが、繰り返させない。

どれだけ人が愚かであっても。此処には、愚かでは無い人もいるのだ。世界の主流が愚かな人間であっても。世界の大半が論じるに値しない存在であったとしても。

今は、それを食い止められるのなら。

二時間ほどで、楽器が揃う。

今までガーディアン達を斃す事で、得られた楽器は六つ。その全てを使った音楽を、特殊なスピーカーをこの星中に投下して、流す。

楽器の解析と、音の出し方は分かっている。

楽器のスペシャリスト達も、世界中からかき集められた。

半日で、準備が整った。基地自体も、移動する。敵の移動要塞が隠れている、土管が林立している付近にである。

そして、演奏が始まった。

 

既に回収されていたこの文明の知識の中には、音楽も存在していた。

そこを重点的に解析して、平和を願う音楽を、ピックアップ。

楽譜を急いで書き起こして、演奏をはじめたのだ。

空をスペランカーは見上げる。

エキゾチックな曲だ。騒がしくないが、非常に心が安らぐのを感じる。世界有数のオペラ歌手が参加してくれた。彼女は、息子を内戦で亡くしたのだ。この危険すぎる場所にも、何ら臆すことなく、来てくれた。

そんな人もいる。知ってはいることだったけれど。スペランカーは、少し嬉しい。

歌が、始まった。

「この世に満ちる、戦禍の炎。 戦いつかれて、何も残らない。 世界を平和に、世界を平和に。 世界を、平和に」

兵士達が、捧げ筒の礼をした。

周囲に、変化が生じ始める。

「戦争で笑うのは、強い人達のみ。 弱い人達は、皆踏みにじられるだけ。 武器は守るためだけに使おう。 誰かのものを奪えば。 いずれ、その報いは、帰ってくる。 踏みにじられるのは、弱い人達だけ。 子供も、老人も、みんな火の中で、燃え尽きてしまう」

極端な反戦の歌だ。

スペランカーも、守るために戦う意味を知っている。

戦う際には、敵を叩き潰さなければならないことだって、分かっている。敵を、死なせたことだって、何度となくある。

だが、この星は。

ただ一人の聖者に何もかもを押しつけるという、最低最悪の解決を「合理的」だからという理由で選んでしまった。

そして、誰も、罪悪さえ感じなかったのだろう。

いや、それは違う。

なぜなら、ニャルラトホテプの動機の一つは。

歪みきるその前は。

だが、罪悪を感じる人はわずかにいても。おかしいと言える人はいなかった。きっと地球と同じく、「空気」という集団心理が、それを阻害していたのだろう。

皆が幸せなのに、何故それを奪おうとする。

そいつだけが不幸になっていれば、文明さえも著しい発達を見せるというのに。その「合理的」理屈が、大多数の心を満たしてしまっていたのだ。

周囲に林立する土管が、歪みはじめた。

気付いていた。

この土管は、全てが。ガーディアンの体の一部であるという事を。地面に、次々引っ込んでいく土管達。

反戦の歌は。何もかもを捧げて、陵辱され尽くしたアザトースの。心の奥底にあった、願いではなかったのか。

「歌が聞こえる」

「本当だ!」

空に、巨大な何かが出現しはじめていた。

間違いない。この星を支配するガーディアンだ。形状は、一種のダグパイプに近い。このガーディアンは、より極端で、完全に楽器そのものだった。

皆を制止して、スペランカーが歩み寄る。

ガーディアンも、近づいてきた。

兵士達の中には、思わず銃を向ける者もいたが、アーサーが一喝して止めさせる。今は、対話の時だ。戦う時ではない。

心の中に、直接ガーディアンが、語りかけてきた。スペランカーは目を閉じて、会話に集中する。

「主が、お前と、話したがっただろう。 全ては遅かったが」

心の中に、直接声が響く。

言葉は違うから、一種の思念をそのまま向けてきたのだろう。ただ、普通の人間には、刺激が強すぎるかも知れない。頭が割れそうに痛む。

それでも、スペランカーは、ゆっくり、丁寧に応じていった。

「私はスペランカー。 貴方は」

「主の心の守護者。 我の全ては、主の美しかった思い出を守るためだけにある」

やはり、そういう事だったのか。

スペランカーの予想通りだったことになる。

美しい草原。鮮やかな海。巨大な動物たちは、きっと動物園か何かか。まだ一緒にいた頃、父親とみた美しい空。きっと映像媒体で見ただろう、感動的な雪原。閑かな砂漠。この土管の群れは、きっと幼い頃、遊んだ場所の思い出だろうか。廃工場か何か、かもしれない。

しかし、闇の星は何だろう。

気付く。

兵器自体を、アザトースは憎んでいなかったのだろう。兵器が戦争に使われることそのものを、悲しんでいたのだ。

ガーディアン達は機械的に星を守っていたのではない。おそらく自主的に、無人となった星を、そのように改造していったのだ。

「もう戦う気はないよ。 これから、術式を展開して、アザトースさんの壊れてしまった心を、一カ所に集めて。 そして、彼女を救いたい。 手を、貸して欲しいの」

「私は、ただ主を守るだけの存在。 その行動を、邪魔する理由は無い」

「ごめんね。 貴方たちの事を、もっと理解して行動するべきだった。 貴方たちが反撃してきたのも当然だったんだね。 私達が、貴方たちの平和を、踏みにじってしまったんだね」

「不幸なすれ違いはよくあることだ。 それに、我らはもうつかれていた。 主が願ったただの音楽に戻り、休みたいと願っていた。 主も無理は知っていたのだ。 平和が満ちた世界は、主の夢だった。 夢の神のそのまた夢を守るだけが、我らの仕事だったのだから、果たされる今、もはや悔いはない。 今、貴殿のような存在に、心が通じただけでも、我は嬉しく思う」

ばちんと、音を立てて、ガーディアンは消えた。

死んだのか、或いは。

アザトースの中に、戻ったのかも知れない。

アザトースを救ったあとも、人類は反省などしないだろう。すぐに進歩するとは、とても思えない。

だが、今は。

今だけでも、愚行はしない。

「地下に潜んでいる飛行要塞は」

「機能停止した様子です。 あれは……」

情報士官が、ジョーに応える。

無数に開いた穴から、一人の男が這いだしてくる。相当な筋肉質で、見るからに強そうだ。

だが、彼も、話は聞いていたのだろう。

アーサーと川背が立ちふさがるが、男は天を仰ぐ。

既に彼の身を守る怪物達もいなければ、要塞もない。

「俺も、この状況で戦おうって思うほど、阿呆じゃねえよ。 別の場所で、いずれあんた達の力は見せてもらうぜ」

「貴方は?」

「Kの長子、ルドヴィッグ。 じゃあ、またな。 こんな形で負けるとは、流石に思わなかったぜ。 あんたのこと、覚えておくよ、スペランカー」

三十前後のその男は、どうやら相当な使い手であると同時に、頭も切れるようだった。それが、この場では嬉しい。

もう、この星で、無用な争いで血を流したくはなかった。

「Kさんは、どうしてこの星に?」

「ビジネスが目的だろうよ。 俺も親父のことはよく知らん。 というよりも、親父だって知ったのもつい最近なんでな」

鼻で笑うと、ルドヴィッグは去って行く。

或いは、スペランカーと話して、満足したのかも知れなかった。

ジョーが指示を出して、すぐにこの星でも、術式の準備が開始される。後は、最後の一つ。

Mが攻略を担当している、闇の星だけだった。

 

4、最後の戦いの形

 

いきなり動きを止めた兵器群を見て、Mは舌打ちした。

敵が戦意を無くしたのが目に見えている。

戦いが好きなMも、無抵抗な敵を嬲る趣味はない。そんなことをするのは、ただの阿呆だと思ってもいる。

体の大きさを元に戻して、着地。

敵は、文字通り崩れはじめている。何か理由があって、本音は死にたくともあらがっていたが、それも消えたという事なのだろう。

戦わない奴を潰す気は無い。そのまま辺りを睥睨して、歩き始めたMに、後ろからリンクが呼びかけてくる。

「Mさーん!」

「どうしたあ」

「スペランカーさんがやったみたいですよ! ガーディアンの無力化に、成功したそうです!」

そうだろうよと、Mは内心毒づく。この状況を見れば、いやでも分かるというものだ。

視線をそらしたのは、気付いたからだ。

Kが来る。

待ち構えていただろう城を放棄したのか。という事は、何かあったのだろう。

Kは巨大な亀のような戦闘形態を取ることが出来る。今回も、その姿を取っていた。此奴の子供達も同じ能力を持っていたが、おそらくこれは先天的なものではない。何かしらの手段で、手に入れた力と言うことだ。

着地したK。

Mは戦闘態勢を取りながらも、相手の出方を待つ。

Kの体格は、背丈だけで七メートルを超えている。全身の筋肉も巌のごとく盛り上がり、怪物体の時は亀に近いため、皮膚も緑色に変わる。

そして此奴は、フィールドの怪物を喰らうことで、更に力を増す。

今まで、交戦すること数も知れず。

その全てが、引き分けか勝ち。だが、Kの勢力は、たとえ力尽きたとしてもまた再生する。

何度倒してもよみがえる大魔王。

それが、Mのライバル、Kだ。

リンクは跳び下がり、距離を取って見守りはじめた。戦いに巻き込まれないようにするためだろう。

「姫は城の中に残してある」

「ほう……何故わざわざ拐ったのに、質として活用しない」

「お前を正面から倒すためのエサとして使った、と言いたいところだがな。 俺がいると言うだけでは、お前が来ない可能性があったから、拐った。 それだけだ」

「相変わらずくだらん事を。 それで、殺りあうか?」

Kは周囲を見回した。

既に、無数の兵器は、塵になり始めている。

「思い出すな。 俺が八つの国を瞬く間に陥落させ、その全てをお前が制圧し返したことがあったか」

「どれも発展途上国だったな。 あれは面白い戦いだったが」

「俺は、これからも戦いを続けるつもりだ。 なぜなら、人間は戦わなければ進歩しない生物だからだ」

あらゆる手を使い。

力を増し。

財力を蓄え。

やがて、世界の支配者になる。

それが、Kと、その一味、同盟者達の勢力の思想。

フィールド探索者の中でも、通常の人間との融和を拒否した者達や、利権や勢力の確保がしたい者達。

故に、表には出られない。

邪悪の限りを尽くす者もいる。彼らは人間の、欲望がそのまま形を為した組織。

「今回此処にお前が来たのも、ビジネスのためだろう?」

「その通り。 此処はどうみても、地球よりも文明が進んだ星だ。 俺が持ち帰った技術の幾らかは、それこそ金の卵を産むガチョウになってくれるだろうよ。 この狭い地球に囚われず、宇宙進出の要となるかもな」

「そうかそうか。 それで?」

「これで引き上げるさ」

いきなり拳をMが叩き込む。

瞬時に同格の大きさになっての行動だ。だが、KはMの拳を受け止めてみせる。

同時に、空から降り注ぐ無数のミサイル。ホーミング機能付き。Mが一喝すると、衝撃波で全て吹き飛ぶ。

足下に絡みついてくる緑の蔦。

上空から落ちてきた、巨大な鉄塊。

Mは鼻を鳴らすと、全身を瞬時に燃え上がらせた。木のように太かった蔦が丸焦げになる。更に上空に拳を叩き込んだ。

鉄塊が二つに割れ、左右に落ちた。

着地する、メットとゲッソー。パックンフラワーは遠隔地から植物を操作したのか、周囲には見えない。

背後から繰り出される、首筋を狙ったハイキック。Mは小指一本で受け止め、はじき返す。ノコノコか。今の完璧な奇襲、相変わらずだ。雑魚の蹴りなら、ガードさえ必要のない所だった。

ただし、M自身も、その場から一歩も動きはしなかったが。

この程度はただのじゃれあいである。

既にKはいない。

四天王どもも、それぞれ別方向に散っていった。Kが残ると言って、Mに奇襲を仕掛けるためにつきあったのだろう。

相も変わらず、仲の良い主従だ。

今、Mに傷を付けられる存在は、さほど多くない。フィールド探索者の上位連中や、Kとその部下達。それに、戦略兵器くらいだろう。

リンクが此方に来る。

「いやー、強敵でしたね」

「お前の力なら、彼奴らの一匹くらいはつぶせただろう。 何をただ見ていたか」

「だって、Mさん、邪魔したら怒るじゃないですかー」

「ああ、そういえばそうだな。 以前それで貴様をぶん殴ったことがあったか」

そうだったそうだった。繰り返して言いながら、Mは巨大化を解く。

恐竜のような笑みを浮かべると、Mはその場にどっかと腰掛ける。

ガーディアンが潰れた以上、後は最後の術式とやらを用いて、アザトースを潰すのみ。姫については、後でゆっくり探せば良い。Kは律儀なところがあって、人質は必ず丁重に扱ったし、制圧した国でも自分に従う相手には優しかった。むしろ、前の独裁者より、Kの方が良かったと、Mを責める民までいたほどだ。

今はとにかく、やる気が失せた。

どうせ、スペランカーがすぐにここに来ることだろう。そうしたら、姫を探すことを口実に、この場を離れれば良い。

ただ、Kがさっさと撤退した理由は気になる。

奴なら、ギリギリまで粘ってから戦う可能性の方が、高そうだからだ。

やはり、今のうちに、助けておくか。

「リンク、スペランカーが来たら、Kの一味は撤退したと告げておけ。 俺は姫を助けてくる」

「はいはい。 それよりも、何だか嫌な予感がしませんか?」

だから、姫を助けておくんだよ。

Mは内心で応えたが。決して、口にも顔にも、出すことは無かった。

 

兵力の再編成が終わり、再突入が開始された。

Mとリンクだけが大暴れしていた暗闇の惑星には、前線基地も何も作られていない。Mがいる位置は、幸いにもリンクが使い魔を使って知らせてくれていたから、その最寄りの地点にヨグ=ソトースのゲートを開く。

残り時間は、一日と少し。

既に、他の七つの星では、魔法陣の設置と整備が終わっている。後は、惑星直列現象の発生を待って、儀式を行うだけである。

暗闇の星でも、Kの撃退が終わったこと、ガーディアンの排除が済んでいることは分かっている。

だから、リンクが魔法陣くらいは作ってくれているかという、甘い希望もあったのだが。

突入開始と同時に、その希望は、打ち砕かれることとなった。

最初に突入したのはスペランカー。そして、おくれて川背とアーサー、それにLが入ってくる。

だが、スペランカーは、思わず空を仰いで、絶句していた。

黒い空の彼方此方が裂けるようにして、金色が覗いている。その金色の中には、明らかに眼球と思われるものが、多数浮かんでいるのである。

降り注いでいるのは、隕石。

いや、違う。

一つ一つが、全て特大の怪物だ。先ほどまで戦っていた怪物達とは、根本的にものが違うのが分かった。

きっとあれは、ガーディアンとは別物。

おそらくは、アザトースという巨体を守る、免疫細胞だろう。

「兄貴!」

Lが叫ぶ。

リンクの、此方を呼ぶ声。

最強と言われる魔法の剣を振るって、リンクは群がる金色の何か得体が知れない怪物達と戦っていた。

だが、世界最強の魔術師と言われるリンクでさえ、容易に叩くことが出来ないほどの怪物達なのだと、一目で分かる。

斬り付けた剣は、肉に埋まる。

傷は瞬時に再生し、触手だか腕だか分からないものが振り回され、魔術の防御ごとリンクをはじき飛ばす。

至近距離から特大威力の魔術を連発して叩き込み、やっと討ち滅ぼす。だが、既に周囲には、敵意と殺気をむき出しにした怪物の群れが、檻を作るように、強固な群れを作っていたのである。

「困っていた所なんですよ。 支援を頼みます!」

「これは、一体!」

「いやあ、何だかKが話をしに来たと思ったら、どばって沸いてきましてねえ」

次々に突入してくるフィールド探索者達。あらゆる武器と技を使い、敵を押しとどめようとする。

だがその数、巨体。それに何より、強さ。

川背がリュックをふるって触手を抉り、跳躍して重要臓器があるらしい場所に蹴りを叩き込む。

凄まじい速度で叩き込まれた蹴りだが、一度では埒があかない。

アーサーが既に鎧を黄金にし、無数の魔術を展開して、周囲を薙ぎ払っているが。強力なアーサーの魔術を浴びてもなお、怪物は確実に倒れるかは分からない。

「なんと。 こ奴ら一体一体が、異星の邪神に匹敵するというか!」

「数が多すぎる!」

スペランカーは、事態を理解した。

何か、アザトースの本能的な部分に危険を感じさせるか、或いは怒らせるような事があったのだろう。

着地した、巨体。

Mだ。

抱きかかえているのは、美しい女性。深窓の令嬢に見えた。

宝を下ろすように、あの巨体を誇る傲岸不遜なMが、優しく女性を下ろすのを見て、スペランカーは驚いた。

「悪いが、先に戻っていてくれ」

「はい。 無理をなさらないでください」

「私と貴方は一蓮托生だ。 無理をしたくとも出来はしない」

美しい女性が、地球に通じるヨグ=ソトースの穴に逃げ延びるのを見ると、Mは中空に躍り上がった。

回転しながら、四方八方に、殺戮の炎をまき散らしはじめる。

爆発が連鎖して巻き起こった。

流石に巨大怪物達も、これには怯む。

「リンクさん」

「はいはい、何ですか」

「儀式を始めて」

「ちょ、正気ですか!?」

正気も正気、大まじめだ。

スペランカーの目を見て、げんなりした様子でリンクは呻く。アーサーと川背が、スペランカーの様子に気づき、それぞれ敵を押しとどめるべく、更に大胆に攻勢を掛ける。勿論、敵も黙っていない。

Mの怒濤の対空砲火をくぐり抜けてきた者達を、各個撃破していくしかない状態。

敵の数は、無数。何しろ、星系を丸ごと飲み込んでいる邪神の体内免疫だ。億どころか、兆や京にさえ達するかも知れない。しかもそれぞれが、地球に飛来していた異星の邪神並の実力を有している。

「長くはもたん! いそげ!」

アーサーが剣を振るい、わずかな隙が出来た瞬間。

真上から、襲いかかってきた金色の巨体が、大口を開ける。流石のアーサーも、逃れるすべが無い。

だが、其処へ。

直撃したのは、隕石のような破壊力の、サッカーボールだった。冗談のように吹っ飛んだ怪物が、体勢を立て直す前に。アーサーの放った魔法の槍がその体を貫き、引き裂いていた。

まだ怪物はそれでももがいていたが、他のフィールド探索者達が、よってたかってとどめを刺す。

スペランカーの側に着地したのは、本多宗一郎。かってあるフィールドで共に戦った仲だ。既に全身傷だらけだが、それが故に、彼の能力を十全に引き出せる。

「以前の礼だ。 彼奴らは、俺がなんとしても食い止める」

「分かった、お願い!」

触手が、一本跳んできた。

味方の攻撃をくぐり抜けて、此処まで来たらしい。千切れた触手とは言え、その巨体は尋常では無い。電車の一両がそのまま跳んできたようなものだ。その上に、ふわりと乗った髭の男性。

触手はいきなり真下の地面に落ち、潰れた。

戦闘向きでは無いフィールド探索者のハリー。以前いろいろな経緯で、アトランティスにスペランカーが居場所を作った事がある。それからはもっぱら写真家としてアトランティスの収益に関与してくれたが、今回は予備戦力として待機してくれていた。

猪突してきた、黄金の怪物。

その前に立ちはだかった二匹のペンギンが、連携してスプレーを浴びせる。

悲鳴を上げながら、怪物が冗談のように溶けていく。

グリンとマロン。かっては人間だったフィールド探索者。二人の能力は、破邪。今はスプレーという形を取っているが。

少しずつ、持ち直しはじめる。

リンクがやれやれと、とがった耳が飛び出した髪を掻き回した。

「三十分です。 絶対に、此処まで敵を入れないでくださいよ」

儀式の準備が出来るまでに、それだけ掛かるという。

そこから、八つの惑星で、同時に儀式を行う必要がある。どういうわけか、此処以外の星に、怪物達は飛来していないという。最小限の人員だけを残して、他は全て此処に集中できるというわけだ。

空が軋んでいるのが見えた。

暗闇がどんどん裂け、無数の目が空に浮かびはじめる。

モウヤメテ。

そんな声が聞こえた。

タタカワナイデ。

同じ声だ。

これは、アザトースの声か。

「ごめんね。 止めるわけには、いかないの」

スペランカーも、前に出る。

後ろは、任せてしまって大丈夫だろう。

戦闘向きでは無いフィールド探索者達まで頑張っている。それだけではない。

ジープに乗って来たジョーが、指揮を執り始める。兵士達が必死に防壁を造り、銃を並べて敵を乱射しはじめた。

「牽制だけで構わない! 敵の撃破は、本職に任せろ!」

そう言いつつ、ジョー自身は恐るべき手練れで、神に効くらしい特殊な弾丸を次々敵に撃ち込み、その勢いを減らしている。

Lが飛び上がった。

そして全身を燃え上がらせ、一つの火の玉となって、敵陣に突入していく。Lが掠っただけで、怪物達の巨体が爆散し、空に美しい一文字が描かれた。N社の精鋭部隊も、C社の精鋭部隊も、皆が一丸となって、怒濤となって押し寄せる敵を、ひたすら阻み続けた。

敵の触手に潰されそうになっている味方を見つけた。即座にスペランカーは飛び込む。

手を広げて立ちふさがったスペランカーを見て、一瞬の躊躇が怪物に生まれる。

「どうして、怒っているの? 聞かせて」

「お前達は、戦争をするために、古き知識を持ち出した」

それで、分かった。

Kの目的が。

そうか、そう言うことだったのか。邪神の領土にまで、貪欲に知識を求めて出向いたのか。世界を手にするための行動をしていたのか。

嗚呼。

やはり、人は。

躍り込んできた戦闘機が、無数のビーム兵器を乱射して、敵を撃ち抜きはじめる。あれはシーザーの戦闘機か。見ると、ビームは凄まじい連射をしているようだ。

地面に叩き落とされる怪物。

上にいるのはアリスだ。酷い怪我をしているようだが、闘志はみじんも衰えていない。

Mに向けて、数万か、或いは数十万かと思われる、とんでも無い数の火球が叩き込まれたのは、次の瞬間。

辺りを、爆発が蹂躙した。

だが、魔法陣の上に、サヤの式神達が多数展開して、衝撃波を防ぎ抜いていた。

M自身も、全身から煙を上げながら、なおも無事だ。

「面白いィ! この私の全力、どうやら気がねなしに振るう事ができそうだァ!」

もはや、怪物以上の怪物と化したMが、今まで以上の勢いで敵を薙ぎ払いはじめる。更に巨大化したMは、もはや意味も分からないほどの数の火球を常時周囲に出現させ、それを狙いも付けずに放っている。その全てが、飛来する怪物に、直撃している恐ろしさだった。

そのMに、怪物達も、今まで以上の怒濤の猛攻を続けた。

殺戮の宴は、加速する。

 

死骸の山が、出来ていく。

怪物は打ち払っても打ち払っても、なおも押し寄せてくる。Mは不屈の闘志と凄まじい戦闘力をふるって暴れ狂っているが、味方はどうしても徐々に押されはじめていた。

先ほどから、Pが参戦している。

老体はふわりふわりと浮きながら、時々バチンと鋭い音を立てて、口を閉じている。その度に、黄金の怪物の巨体が、冗談のように抉られるのだった。

確かに凄まじい。

おそらく防御を一切無視するタイプの能力なのだろう。

だが、それでも怪物の数が多すぎる。

スペランカーは走り回って、味方を守って、既に数え切れないほどの数、死んだ。

地面に押し潰され、触手で吹っ飛ばされ、焼かれ凍らされ雷を落とされ、引きちぎられて、すりつぶされて。

それでも、立ち上がる。

気付くと、川背がコートを掛けてくれた。既にスペランカーの服は、失われてしまっている。

川背を見ると、既に血だらけだ。

額からも血を流していたし、体中傷に覆われていた。

「ごめん。 もう少し、我慢して」

「僕は、まだ平気です。 それよりもM氏がもちますか?」

川背がMを視線で指す。

多分、その保つかという言葉の意味は。キレてアザトースを殺しに行かないか、という事ではないのか。

「きっと、平気」

「見てください。 あの空」

もはや、直視できぬほどの狂気がらんらんと降り注いできている、空。闇の帳は申し訳程度にしか残らず、降り注いでくるのは金色の悪意。

おそらく、精神が脆弱な文明の人間だったら。きっと、これを見ただけで、発狂して死んでしまうだろう。

「もう、アザトースの戦闘を司る部分は、この星の近くまで来ているのでは?」

「川背ちゃん、どういうこと?」

「決断をするときです。 もしも、あのヨグ=ソトースの門を通って、金色の怪物達が、なだれ込んできたら。 地球は一晩で壊滅します」

今ならまだ間に合うと、川背は言う。

だが、スペランカーは首を横に振る。

魔法陣が出来たと、リンクが叫ぶ。魔術師達が、儀式を始める。魔術師達にはアトラク=ナクアが指導をしているから、必ず上手く行くはずだ。

此処から、更に惑星直列が起きるまで。耐え抜かなければならない。

後どれくらいだっただろうか。思い出せずに苦労しながら、スペランカーはまた、戦場を走り始めた。

怪物達は、どれだけMに倒されても、次から次へ来る。

しかもそれぞれが、様々な魔術を使って襲いかかってくるのだ。味方の被害も、うなぎ登りのようだった。

儀式が、開始される。

魔法陣の中で、魔術師達が、一心に術式を組み始める。

魔法陣から、光が伸びる。全ての星で、おそらく同じ光景が、展開されているはずだ。伸びる光は八方向に、光の路を作っていく。

みんなが、しあわせになれれば、うれしい。

そんな声が聞こえた。

今度はかなりはっきりしている。或いは、良い傾向かも知れない。アザトースの拡散しきった意識が、集まりつつあるのだとすれば。

金色の怪物達は、ますます熱狂的な攻撃を仕掛けてきている。

遙か向こう。

山ほどもある怪物が、着地したのが見えた。

あんなのが来たら、もうどうしようもない。Mはかかりっきりになるだろうし、誰も支えきれなくなる。

万事休すか。

だが、その時。スペランカーの前に出たのは。川背だった。

「あまり長くは保ちません。 儀式とやらを、出来るだけ早く終わらせてください」

「川背ちゃん!」

「大丈夫。 僕は未来世界で、千メートルほどある巨大戦闘ロボットと正面からやりあいましたから。 あの程度の邪神なら、どうにかして見せます」

頭が良くないスペランカーにも、それが無理のある強がりだと言うことは分かっている。そもそもその話は、以前川背自身から聞いた。ジョーと、未来の戦士二人、それに軍隊と共闘して、やっと出来た話の筈ではないか。

邪神の力は、圧倒的だ。

さっきまでの、やる気が見えなかったガーディアン達とは違う。本気で殺しに来る四元素神以上の相手に、どれだけ保つのか。

だが、川背は行くと言う。

「信じています、先輩。 だから、命だって、賭けられます」

「……うん。 でも約束して。 絶対、捨て石になるなんて、思わないで」

「分かっています」

川背が、一直線に敵陣を突っ切る。

そして、山ほどもある邪神に向けて、躍りかかっていった。

他の味方を支援しながら、スペランカーは見る。

空に浮かんでいる無数の粒のような邪神。

あれが全部、山サイズなのか。

此処まで来られてしまったら、もう終わりだ。儀式の様子は。そろそろいけそうだが、惑星直列は、どうなっているのだろう。

アーサーが飛び出し、黄金に輝く宝剣を振るう。

空中にいた敵が根こそぎ薙ぎ払われ、爆散するが。これでアーサーも力を使い果たしてしまったか。鎧がいぶし銀に戻り、片膝をつく。

Mはまだまだ余裕がある様子だが、Lはそろそろばててきている。敵陣を蹂躙して廻る速度が、確実に落ちてきていた。

空を、一直線に横切る丸い影。

あれは確か、グルッピー。以前共闘した、バルン族の戦士だ。その後ろには、棘だらけの体をした、球体状の戦士達がたくさんいる。あれは、グルッピーが言っていた、ウニラ族の戦士達だろうか。

対立部族だと聞いていたが。この機に、来てくれたというのか。

思わぬ援軍。

更に、援軍はそれだけではない。

「何だ、アーサーさん。 もうへばってるの?」

おどけた声。見ると、子供のような姿をしたロボットだ。

C社最強の戦士、R。このタイミングに、ついに参戦か。たしかPと一緒にガーディアンと戦ったとき、かなり酷いダメージを受けたという話だが。急ピッチで直して、来てくれたか。

Rが腕を大砲に換え、空を連続して薙ぎ払う。

多数の敵が落ちてくるのが見えた。

気持ちを切り替える。

今こそ、スペランカーがやるときだ。

「ダゴンさん、ニャルラトホテプさん」

取り込んだ邪神達に呼びかける。

そして、空を見た。

金色の空が、変わりはじめている。儀式が、ついに効果を示し始めたらしい。

意識を、彼処に飛ばせるか。

聞いてみると、イエスと応えられた。

現在ニャルラトホテプのコアになっている人格は、この間打ち倒した主人格よりも、かなりスペランカーに忠実だ。

ダゴンはあれから、スペランカーの邪魔は基本的にしない。

「儀式の成功率は、五分五分という所だろう。 意識を飛ばして、戻ってこられる保証は無いが」

「それでも、やって」

「分かった。 いいだろう」

空に、光が伸びる。ついに儀式が完成して、空に向けて、精神を集約するための術式が放たれたのだ。

スペランカーは、その光と一緒に。

宇宙に、意識を踊らせていた。

 

5、孤独の末の救済

 

黄金の海の中を、スペランカーはひたすら突き進んだ。

気配が教えてくれる。

この中に、明らかな違和感がある。以前よりも、ずっと探しやすい気配。そして、今しか、救う好機は無い。

いた。

ワンピースのような服を着て、膝を抱えた女の子。地球人と、殆ど姿は変わらない。以前見たとおりの姿だ。

顔を上げた彼女は、スペランカーを見つめる。そして、小首をかしげた。

「貴方は誰?」

「私は、スペランカー。 貴方を、助けに来たよ」

「それは駄目」

明確な拒否。

理由は、スペランカーには分かっていた。

「貴方が不幸にならないと、皆が幸せにならないから、だね」

「そう。 私は不幸でなければならないの。 そうでなければ、家族も幸せには生きられないし、戦争も終わらない。 文明も、発展しない」

「もう、良いんだよ」

スペランカーが手をさしのべ、アザトースを立たせる。

そして、一緒に周囲を見た。

もはや戦争などない。

そもそも、アザトースに全てを押しつけて、自分たちの幸せを得ていた連中は、何処かにいってしまった。

彼女が言う家族だって、生きていたら。アザトースを見捨てて、何処かよそへ去って行っただろう

そのような存在の何が家族か。

スペランカーは、基本的に何かを否定しようとは思わない。だが、実の母親だけは違う。アザトースの家族は、あの女の同類だと、スペランカーは思っていた。

「私がしたことは、無駄だったの?」

何処か、惚けたように、アザトースが言う。

この人は、決して愚かではない。知った上で、全てを受け入れていたのだろう。そんな気高い心だったのに。

「ううん、貴方の努力は、最高の結果を生んだよ。 台無しにしたのは、周りの愚かな人達」

「そんな愚かな人達でも、私は幸せになって欲しかった」

スペランカーは、アザトースに全てを話していく。

何が起きたのか。

今、何が起きているのか。

全てを聞き終えると。アザトースは閑かにほほえんでいた。

「そう。 私が全ての元凶なのね」

「違うよ、アザトースさん」

「?」

「貴方の力は、私達の希望でもある。 特に私は……きっと貴方がいなければ、今まで生きることも出来なかった。 貴方を何かの元凶としてしまったのは、この星にいた愚かな人達。 貴方に、責任はないよ」

さあ、一緒に行こう。

こんな所に、いては駄目。

貴方の体はもう取り返しがつかないとしても。貴方の心だけでも、救い出したい。そう、スペランカーは告げた。

アザトースはじっとスペランカーを見つめる。

「人は、貴方の星でも変わらない?」

「残念だけれど」

「そう……」

悲しそうにほほえむアザトースの手を、スペランカーは引いた。

心が壊れることは無い。

アザトースは、全てを知った上で、受け入れてくれた。

素直に凄いと思う。

だからこそに、余計に救い出さなければならない。この星にいた人間達が造り出した、この金色の檻から。

アザトースという一つの人格は。スペランカーと共に、今、邪悪なる人体実験の結果である、金色の星系から、抜け出した。

 

地面にしたたか叩き付けられた川背は、呼吸を整えながら、立ち上がる。

敵の体を手酷く削ってやったが、どうも限界らしい。だが、充分な時間は稼いだ。空にはこの目の前にいる、どう考えても四元素神以上の力を持つだろう怪物が、それこそ何千何万という単位で飛んでいるが。

一番最初にここに来た、此奴が儀式を邪魔できず。

そして、スペランカー先輩の所まで、たどり着けなければ、それでいいのだ。

もう、体が動かない。

それに対して、相手は削られた体をその都度補修して、余裕の様子で立っている。だが、戦略的には、川背の勝ちだ。

先輩なら、必ずやってくれる。

そう信じた川背は。

報われた。

怪物が、不意に傅いたのである。

他の怪物達も、地面に降りると、一斉に傅いた。

スペランカーが、そこにいる。

手を引いているのは誰だろう。

白地のワンピースを着た、地味な、穏やかそうな女性。年齢も、おそらく二十歳には達していないだろう。決して綺麗では無いが、なんだろう。

先輩と同じ、強い包容力を持つ存在のように見えた。

彼女が、アザトースか。

肉体は、あるのか。スペランカーが手をつないでいるという事は、あるのだろう。ただし、人間だとは思えない。かといって、邪神でも無いだろう。

誰でも無い、生物でさえない、人によく似た何か。

それでも、スペランカーは受け入れるだろう。アトランティスという受け口もある。

やった。

誰かが、喚声を挙げた。

怪物達も、攻撃を既に止めている。アザトースが攻撃を止めるように指示したのだから、当然だ。

「邪神の活動停止!」

「俺たちの能力も消えていない!」

「勝ったぞ! 生き残ったんだ!」

勝ったわけじゃ無い。戦いが終わったから、生き延びたのだ。

だが、今は、放っておこう。

この戦場に参集したフィールド探索者達に、感謝しなければならない。怪物達は、皆金色の空に戻っていく。

川背はもう歩くのもやっとだったが。

それでも、戻ってきたスペランカーに、言わなければならなかった。

「お帰りなさい、先輩」

「ありがとう、川背ちゃん。 さあ、もう戦いは終わり。 みんなで、帰ろう」

アザトースは、これからどうするのだろう。

今回の戦いで、異星の邪神達を沈黙させた上、フィールド探索者の能力を保持することに成功したスペランカーが、アトランティスの顔役である事に、文句を言う者はいなくなるだろう。

だが、Kがアトランティスを狙っているという話もある。

これからも、川背や、皆が。スペランカーを支えていかなければならない。

支えていきたい。この人を。

そう、川背は、強く思った。

 

Mは完全に終わった戦いを見て、大きく嘆息していた。

ここに、Mしかいなかったら。

それでも、Mは勝っただろう。

戦いの最中に、己の能力を更にレベルアップし、邪神の群れを薙ぎ払い。そして宇宙空間に出て、邪神の親玉を叩き潰したに違いない。

それは、力による解決。

本来なら、星系レベルの巨体をもつ相手など、倒せるはずも無い。だが、Mにならできる。それが、暴虐なまでの力による、一番手早い方法。

Mは戦士だ。

だからこそ、思う。このような解決で、良かったのだろうかと。だが、良かったのだと、結論してしまう。

悔しいが。

今回は、スペランカーの勝ちだ。

誰もが喜ぶ中、舞い降りたM。N社から派遣された精鋭達が、喧噪の中いち早く抜け出て、Mの周囲に集まってきた。

「Mさん、勝利をよろこば……」

軽口を叩いたリンクに、拳骨をくれる。この戦いの勝利を、Mが喜んでいるとでも思っているのか。

喜んでいるに決まっている。

しかし、同時に悔しくてならないのだ。スペランカー式のやり方で無ければ、世界中にいるフィールド探索者が力を失い、全ては破滅の未来に向かっていただろう。

「今回は、彼奴に勝ちを譲ってやる」

「へえ、あんたが珍しいね」

「だが、次は私だ。 私こそが、フィールド探索者の最先頭に立つ。 私こそが……」

空間の穴を通って、アトランティスに出る。

兵士達に警護されていた姫が、駆け寄ってくるのが見えた。姫は、Mを見ると、悲しそうにした。

「M、悔しいことがあったのですね」

この姫は。

Mのことを、理解している。

だからかも知れない。Mがあまりにも強大すぎる力を得た時。安全弁としてこの女が、対比の存在となった。

頭が上がらないだけの相手であれば、Mも此処までこの女の側にいることも無かっただろう。何かしらの形で政治的に満足させ、個人としては接しなかった可能性もある。だが、結局Mは、この深窓の令嬢と、今も親しいと呼べる関係を構築し続けている。

他のフィールド探索者達は気を利かせて、先に行ってしまった。

「貴方は冷酷で、強くて。 でも、その誇りが、とても私には好ましいです」

「そうか」

姫は、どうやらMを好いてくれているらしい。

「でも、次からは、もう少し早く助けに来てくださいね」

そして、怒らせると、とても怖い女でもあった。

Mは頷くと、まあ良いかと、自身を納得させる。

勝負には負けた。

だが、戦いには勝ったのだ。Mの活躍が無ければ、スペランカーが勝つことも無かったことは、誰もが認めている。

今回は、それで納得しよう。

いや、納得しなさいと、姫に言われている気がした。

素直に受け入れる気になる自分の事を考えると。どうしてか、Mは、おかしくてならなかった。

そしてこうも思うのだ。

やはり、スペランカーの事は、大嫌いだと。

 

世界各地での、フィールドは残っていた。

異星の邪神そのものは多くが眠りについたが、邪神そのものが消えるわけでも無い。災厄の象徴としてのフィールドは、様々な理由で、残り続けていた。

この星は、以前とさほど変わらない。

何処かの国で、また紛争が起きる。

内戦が悲惨な結果を生み、多くの無辜の市民が邪悪な暴力に蹂躙される。フィールドによる災害は発生するし、それ以上の悲劇。この世界最悪のもの、人災によって、多くの弱者が泣く。

スペランカーは、アトランティスの草原で、風に吹かれながら、報告を聞いていた。

あの戦いの後、異星の技術の一部を持ち帰ったKが、勢力を伸ばしているという。噂によると、宇宙開発のための画期的技術を握っているとかで、国際指名手配班だというのに各国に引っ張りだこだそうだ。

あの戦いで、一番上手に立ち回ったのは、Kかも知れない。

報告をする半魚人の長老は、悔しそうに顔を歪めた。

Kはアトランティスを狙っている。

それは周知の事実。今後も、このアトランティスが、平穏無事な時代は、来ないだろう。

コットンが成長する頃には、彼女にも悲惨な戦いに巻き込まれる可能性が出てくる。

スペランカーを慕ってくれていることは嬉しい。だが、だからこそに。

コットンが、スペランカーのために命を投げ出す時が来ないか。それが、怖かった。

「Kは、この星の人間そのものですな。 邪悪で強かで、ある意味我らのかっての主よりもたちがわるい」

「人は……」

変わらないかも知れない。

アザトースはあれから、神殿の奥で閑かに隠棲している。彼女は邪神達の王であるがゆえに、もし殺しでもすれば何が起きるか分からない。かといって、優遇する事は、今までの邪神による事件の被害者達からどのような反発があるか分からない。

というわけで、スペランカーが当然のようにアトランティスで庇護することとなった。

彼女は、身体検査の結果、やはり人間では無いことがはっきりしていた。だが、心は、人間に近い存在として再構成を果たしている。

シーザー達未来から来た者達は、この間戻っていった。

戻りたくないといった者達も何名かいたので、彼らは永住することとなったが。シーザーも、この世界にまたひょっこりやってくるかも知れない。

川背が来た。

彼女は最近、アトランティスにまめに足を運んでくれるようになった。

とても美味しい料理は、誰にでも評判だ。

「先輩、何を見ていたんですか?」

「ううん、何も。 行こう、コットンがおなかをすかせている頃だから」

たまにアーサーも来てくれる。ようやく年の離れた婚約者と式を挙げたそうで、その分忙しくなったようだが。性格は相変わらずで、頼りになる盟友として、時々フィールドに一緒に出向く。

家に戻る最中、急いだ様子で、骸骨の戦士が来た。

どうやら、皆で食事は出来なさそうだ。

「アトランティス東北東の海上に、直径七十キロに達するフィールドが発生しました。 まず間違いなく重異形化フィールドで、拡大を続けています。 小さな島国が側にはあり、国家非常事態宣言が発令された模様です」

「分かった。 私が行くよ。 川背ちゃんも、来てくれる?」

「先輩が行くところなら、地獄の底まででも」

頷くと、増援の手配を頼む。川背は最近、そういった手配を引き受けてくれる。だいたいいつも非常に的確な増援を手配してくれるので、とても助かる。

きっと、楽な戦いには、ならないだろう。

世界は、何も変わらない。

異星の邪神が静かになっても、この星が平和になることは無かったし、人々が一つになることも無かった。

ただ、一つ決めている事がある。

私の大事な人達には。絶対に、好き勝手な事なんて、させない。

アザトースが、「同胞」に受けた仕打ちを見て、悟ったのだ。もちろん、今でもスペランカーは、可能な限り誰も否定したくないし、どんな考えでもまず聞いてみようと思っている。コミュニケーションが取れるのなら、粘り強く話していきたいとも。

だが、やはり。

強くあり、守るための覚悟も必要なのだ。

すぐに、出向くための飛行機が準備された。何名かの知り合いのフィールド探索者が、現場に急行してくれることにもなった。向こうでは、Mが待っているという。苦手な人だが、戦士としてはこの上も無く頼りになる。今回も、仲良くしなければならない。

空港に見送りに来てくれたコットンは、嫌な顔一つしなかった。

彼女は、嬉しい送りの言葉を、くれた。

「行ってらっしゃい、おかあさん」

スペランカーは、笑顔でそれに応える。

「行ってきます」

今日も。

世界は、悲劇と絶望に満ちている。

それでも。スペランカーは、この世界の現実と、向き合って生きていくつもりだった。

 

(完)