乱戦の中で

 

序、混迷の加速

 

ゆっくり宇宙空間を進むその存在は、偉容に満ちていた。

北部銀河連合宇宙艦隊旗艦、オルヴィアーゼ。実に300を超える撃沈数を誇る、同国を代表する戦艦である。その指揮シートに頬杖をついて、実につまらなそうに口にくわえた草の茎を揺らす小さな人影。連合宇宙艦隊の副司令官、アシハラ=ナナマ元帥だ。

ちんちくりんで子供っぽい容姿だが、既に40才を超えている。髪の色はグリーンで、顔の造作は十人並み。いつもしている眼鏡は伊達だともっぱらの噂である。

今のところ、艦隊は予定通りの航行をしている。周囲にはなっている偵察機や無人艦、衛星軍は定期的に情報を送ってきており、アシハラ元帥に仕事はない。ただ油断しないように部下に言い聞かせ、見張っているだけで良い。

戦況は良い。そう、不自然なほどに良い。

反撃を開始した立国宇宙艦隊と連合宇宙艦隊は、綿密に相互の情報交換をした後、大挙して帝国の占領地域に押し寄せた。瞬く間に帝国側の前衛を蹴散らし、制圧された地域を奪還。予想していた住民の反発は殆ど無かったが、降下部隊に属した人間は、その理由をすぐ知ることとなった。

イナゴに襲われたかのようだった。商店はどこも根こそぎ略奪に遭い、隠れるのを怠った女はいずれも暴行の餌食となっていた。無理に兵役に挑発された極貧生活の者達が、具体的にどのようなことをするかは、歴史を見るまでもなく分かりきっている。それなのに、平和な生活に慣れた立国の人間達は、それに気付くことが出来なかった。映像を見て、アシハラも気分が悪かった。以前法国の艦隊が蹂躙した惑星の映像を見たことがあるが、それに近い有様である。

とにかく、救援に来た立国の部隊は、何処でもほとんど無血の制圧を行うことが出来た。最辺境まで帝国軍艦隊を押し戻すことに成功した立国軍は、連合のアシハラ艦隊と合流、いまだ沈黙を守っていた帝国の主力艦隊と相対することとなった。後方には、医療部隊や工兵隊の要請を頼む余裕もあった。経済的な打撃は大きいが、長年富を蓄え続けた立国の底力は、この程度のものではない。

戦力は、立国軍宇宙艦隊約22000および連合アシハラ機動艦隊約20000に対し、帝国の宇宙艦隊は既に29000隻を割り込んでいる。だが、アシハラ=ナナマ元帥の表情は優れない。このままで、帝国が負けるとはとても思えないからだ。何かしらの下劣な作戦を用意していると考えるのが、今までの流れからすれば普通である。

布陣している立国軍艦隊は前衛に立ち、戦意も猛々しく、驀進していた。度重なる帝国の民間人への攻撃で、立国の軍人達は皆猛り狂っている。帝国の宇宙艦隊の実力は、何度かの戦いで既に知れている。技術力は確かに高いが、絶対的にかなわないほどではない。事実、壊滅した第十四艦隊は奇襲とはいえ、互角以上の戦いを見せていた。

こう言う時こそ、冷静にならなければ負ける。帝国軍はまだ秩序を失っていない。有能な司令官に率いられ、決戦の準備をして待ちかまえているのだ。

嫌な予感が消えないまま、時間ばかりが過ぎていく。もちろん様々な戦術を練ってはいるのだが、不安は消せない。こう言う時には、味方にいつも大きな被害が出る。

オペレーターが声を張り上げた。最近艦に着任した新人だ。元々地方局でアナウンサーをしていたらしく、美声が映える。

「アシハラ元帥!」

「なんだ」

「帝国軍宇宙艦隊を確認しました! 数、およそ29000!」

「隕石による数の攪乱技術は使っていないだろうな」

その可能性は低いと、技術士官が言う。この間帝国が使って見せた隕石の偽装技術は、既に立国の技術陣が解析したという。その技術を、既に連合側にも回して貰っており、それに基づいての解析だという。

立国の技術力には定評がある。地球時代にも、立国の民の元になった日本は技術国で知られていた。鵜呑みには出来ないが、しかし信頼も強い。それは横に置き、矢継ぎ早に指示を飛ばす。すぐに艦隊が臨戦態勢を整えていく。

モニターに、帝国軍の陣形が映し出される。典型的な立体方陣である。実に重厚で、生半可な攻撃では崩せそうもない。フリードリーヒの人格を伺わせる、堅固な敵陣。こういう男がたくさん上層部にいれば、帝国はまともになるだろうにと、アシハラ元帥は嘆息した。同じ事は連合にも言える。軍がアシハラの目から見てもまともになったのは、姉であるルパイドが司令長官に就任してからだ。性格も用兵も正反対の姉だが、後方にてどっしり構えてくれていると、信頼感が強い。

感傷はあくまで感傷。今は、敵を滅ぼす手段を全力で講じなければならない。敵将は間違っても無能ではなく、気を抜けば一瞬で敗退すると考えて良い。さて、どう攻めるか。突撃の構えを見せる立国艦隊。後詰めがいると思っての、強気な行動だろう。

ふと、気付く。立国軍に、妙な動きをする艦隊がある。最前衛の一個艦隊が、急速に前進しているのだ。気がはやった部隊かと思ったが、違う。敵前で、急速反転する。そして、孤を描きながら、高速で立国艦隊と連合艦隊の間に潜り込もうとしてくる。

誰もが唖然としている中、猛然とアシハラは立ち上がった。

「全艦砲門開け!」

「あ、あれは味方ですが!?」

「違う! 味方だった、だ! 警告射撃! 近づけさせるな!」

それは、事前にアシハラが幾つか想定していた事の一つであった。

帝国としては、侵攻を容易にするために、幾つか手を打ってくるとアシハラは考えていた。その一つが内部の切り崩しである。あの艦隊は、立国からも怪しいと思われて、最前線に配置されたのだろう。それを逆用した訳だ。なかなかにやる。孫子を輩出した国の民族が多いだけあり、諜報戦には長けている。

猛烈な警告放火に、多少不統一性を見せながらも突進してきた造反艦隊は、急停止する。其処で不意に降伏する旨を連絡してくる。予想通りだ。多分のらりくらりと交渉しながら、出来るだけ此方を混乱させようというつもりだろう。その間に、帝国艦隊は、立国艦隊に全面攻勢を仕掛けていた。万隻単位の総力戦である。凄まじい火力が応酬され、突き崩される立国艦隊の前衛が確認できた。

非常に不統一な動きを見せる造反艦隊の動きが鬱陶しい。まるで水面に散らかったアメンボのように蠢いて、此方を幻惑してくる。立国艦隊から、攻撃の依頼が来た。さて、どうしたものか。

実は、アシハラはこれが敵の手だとは考えていない。今までの入念な仕込みを加えたトリックの数々からして、まだ帝国は何か奥の手を隠している可能性が高い。この大規模な艦隊戦さえ、布石の一つではないかと思えてしまう。

あの艦隊の兵士達の殆どは、司令官の行動に右往左往しているだけである。攻撃するのは倫理的にもよろしくない。しかし放っておけば、後ろを突かれる可能性が高い。非常に不愉快な話だ。

「立国艦隊、押されています!」

「第七艦隊、造反艦隊の抑えにつけ。 余計なことをしようとしたら発砲して構わない」

「了解しました!」

現在立国で最年少の中将であるアータが、敬礼した。長身だが、弱冠とっぽいところがある女性将官で、昔の自分を思わせる。アシハラは麾下の四個艦隊を急速に紡錘陣形に再編すると、突撃を開始した。

 

猛然と突撃を開始した連合艦隊は、稲妻のような動きで前線に躍り出ると、火力の滝を帝国艦隊に浴びせかけてきた。その火力密度は凄まじく、たちまちシールド艦の防御壁に穴が空いていく。冷静にそれに対応しながら、フリードリーヒはぼやいた。

「あのような異常事態に直面したというのに、流石に対応が早いな。 アシハラ元帥、恐ろしい敵だ」

「立国艦隊も反撃を開始しています!」

「押し返せ! アシハラ艦隊に関しては、無理に逆らおうとするな! 勢いを出来るだけ流していくように伝えろ!」

前線から悲鳴に近い指示依頼が飛んできているが、務めて冷静に返答する。連合に対しては分厚く防御陣を敷き直して攻撃を受け止め、なおかつ後退して火力をいなす。立国に対しては稚拙な攻撃を跳ね返して、逆に押し込む。現在の戦況は五分と言うところだ。40000隻を超える敵を相手にしているにしては、良くやっているとも言える。

立国艦隊は獰猛なまでの突撃を行うアシハラ艦隊に勇気づけられて、実力以上の背伸びをして攻撃を繰り返してきている。だから、その一波ごとを粉砕することで、より効率の良い打撃を与えていく。その結果、面白いことが起こった。風車のように、戦場自体が回転し始めたのだ。参謀の一人が呻く。

「これは……」

「一種の消耗戦だな。 多数の敵を相手にしている割には良くやっているが、しかしこのままアシハラ元帥は黙っておるまい」

解説してやると同時に、オペレーターが絶叫する。一秒たりとも気を抜けないとはこの事だ。立国の艦隊も態勢を立て直し、物量にものを言わせた攻撃を開始し始めている。

「アシハラ艦隊、突撃を停止! 高速機動艦を出して、延翼運動を開始しています! こ、これは! 速すぎて、対応が間に合いません! 敵艦隊は、異常なまでに機動力を高めている編成のようです!」

「ここ、それとこの地点に火力を集中しろ! 急げ!」

セオリー通りの手には、相応しい対応策がある。延翼運動とは陣形を伸ばして包囲体勢をとることである。当然伸びた分だけ陣は薄くなるので、突き崩す好機が産まれる。だが、フリードリーヒは眼を見張った。火力を集中し始めた途端、猛烈な反撃に返り討ちにあって、味方の艦が次々爆散したのだ。

「太陽級戦艦、ペンドラゴン撃沈! 第十一艦隊、壊滅しつつあります!」

「第十艦隊から救援要請! クロスファイヤーポイントに立たされ、急速に戦線崩壊しつつあり! 第十艦隊旗艦ワイアーム、撃沈を確認しました!」

「なるほど、そう言うことか。 此方の攻勢予定地点を予測し、最精鋭を事前に投入していたのか。 一手先を読まれたな」

うろたえる味方艦隊を叱咤し、フリードリーヒは旗艦を前線に駆り出す。そして、猛烈な火力が応酬されているポイントに、自ら姿を見せたのである。連鎖する火球の中、傲然とフリードリーヒの旗艦太陽級戦艦ショクインは前進した。勇気づけられた部下達は、体勢を立て直していく。

激しい砲火がかわされ、多大な被害を出しつつも、フリードリーヒ麾下の最精鋭の投入により、帝国軍は潰走を免れる。また、延翼運動を行おうとしていた連合側の艦隊は分離して本隊と連動しながら機動を開始。帝国艦隊の側背に張り付き、情け容赦なく戦力を削り取り始めた。しかも、その艦隊の司令官は、フリードリーヒの部下の誰よりも用兵が巧みだった。崩壊は免れたが、敵は戦略的な優位を得て、それを更に生かしつつある。

指示を飛ばし、戦力を補充しながら、人材の質が違うなとフリードリーヒは自嘲する。自分と同程度の指揮能力を持つ艦隊司令官を、連合は何名も抱えているのだろう。勝ち続け、部下を育て続けたアシハラ元帥だから出来る、贅沢な用兵だった。

司令部麾下の精鋭を最大限に活用しつつ、フリードリーヒは立国側に打撃を与え、アシハラ艦隊の猛攻に必死に耐えた。だが、激しい攻撃の合間に、味方艦隊が気を抜いた一瞬である。フリードリーヒは気付く。荷電粒子砲艦の群れが、至近に砲列を並べている事に。

めまぐるしい用兵を繰り返しながら、恐らくアシハラ元帥は、この好機を狙っていたのである。必殺の砲列の至近に、フリードリーヒはおびき寄せられていたのだ。ひょっとすると、連合の提督達も、艦隊運用をしていてアシハラ元帥の狙いに気付かなかったかも知れない。それほどに鮮やかだった。

指揮シートを一打ちすると、熟練の提督は吠えた。

「全艦、立国艦隊に全速力で突入! 連合艦隊には構うな! 突入後は、敵に構わず一気に抜けろ!」

その命令は正しかった。しかし、味方の全てを救うものではなかった。艦隊は連合の猛攻に背を向け、立国艦隊に躍り掛かる。しかし、間に合わない。

一瞬をおいて、宇宙空間に膨大な光の固まりが出現した。

容赦なく放たれた荷電粒子砲の火線が、容赦なく帝国軍宇宙艦隊を、ゼロ距離射撃で打ち砕いたのである。炸裂する火球は連鎖し、悲鳴がとどろく。数発の直撃弾を受けたショクインの艦橋が揺れる。猛烈な突撃を受けた立国艦隊は陣形を必死に変えて逃れようとし、その隙間を生き残りが抜けていく。

フリードリーヒは見た。味方艦を盾にして逃げようとした、帝国軍第四艦隊の旗艦に、極太のエネルギービームが直撃、炸裂する様を。エネルギービームは、オルヴィアーゼから放たれたものであった。アシハラ元帥らしいと、フリードリーヒは思った。一見するとダウナー系のようだが、気性の激しさは用兵を見ていれば分かる。

決戦は、帝国艦隊の敗北に終わった。

帝国軍宇宙艦隊は3800隻余を失い、残存戦力はまだ補修途中のバビロニア要塞の周辺に展開。どうにか迎撃の態勢を整えた。しかし中破大破した艦は多く、無事な艦は15000隻程度しかいない。他は修理を急ぐことになる。一方で立国宇宙艦隊は約1800隻、連合宇宙艦隊は700隻程度を失っている。被害は大きいが、特に連合宇宙艦隊は見事な用兵で、損害を最小限に押さえ込んでいた。攻守は此処に、完全に逆転したのである。

帝国の損害の内痛かったのは。800隻ほど。それらは逃れられずに降伏、捕縛されたものばかりであった。秘匿されてきた数々の技術も、全部敵に落ちたと考えて構わない。帝国の唯一の強みが、これで消えて無くなった。

艦隊戦では、完全に上を行かれた。しかし、今後はどうなるのか。チャンをはじめとする勢力が下劣な策謀を練っているのは知っている。奴が立てた作戦の内容は知っているが、それもこの状況では上手くいくかどうか。

再編成を進める内に、敵も負傷者を後送し、次の艦隊決戦に備えて近隣にあるユーフラテス要塞に向かったのが確認できた。豊かな立国は、物資をどんどん補給することが出来る。それに対して、此方は。欠乏した物資が、本国から届くのか、心配である。

負傷者を後送し、損傷が激しい艦を帝国に送り返すと、当初の予想通り戦力は15000隻程度にまで落ち込んだ。また、アシハラ艦隊を攪乱した造反艦隊は、戦況の変化を見て降伏したようだ。部下達の顔には、疲労の色が濃い。わざわざ口に出すまでもない。侵攻作戦は失敗だ。そして、帝国はこの作戦の失敗により、瓦解に向かうことだろう。現時点でも被害は相当なもので、しかもこれからアシハラ艦隊に受ける追撃の厳しさを考えると、もはや再起は不可能だろうと思える。

それでいいのだろうと、フリードリーヒは思った。チャンの作戦が成功しても、今更同行できるとは思えない。立国の艦隊が戦意をなくしたとしても、連合の艦隊だけで、帝国艦隊を撃滅するには充分な戦力を有しているからだ。そしてアシハラ元帥は、補給を済ませれば、すぐに帝国艦隊に壊滅的な打撃を与えるべく、自ら出撃してくるだろう。

チャンから通信が入った。珍しく慌てている。良い機会だ。今の激しい戦いを生き抜いた部下達に連絡を取る。

罠は、作り上げられた。

 

1,弱者なりの……。

 

最初、ドカンと爆発音がした。壁に叩きつけられて、意識が飛びかけた。音がした瞬間、ルーフさんを背中に庇ったような気がするが、よくは覚えていない。

それから、目を開けると、修羅場になっていた。

立花先輩は、賢治の眼前で、完全武装した兵士を四人打ち倒した。三人は蹴りで、一人は拳で。そして、代わりに、無力化弾を何発も喰らった。飛び出してきたシノン少佐もだ。戦いはすぐに終わった。立花先輩のハイキックを貰った、拳法の心得があるらしい敵兵は、白目をむきながら地面と接吻していた。辺りに転がっている兵隊達は、皆駆けつけた特務部隊の人たちが引きずっていった。何人か、特務部隊の人も死んだようだった。

目の前で、人が死んだ。賢治は膝の震えが止まらなかった。

呼吸を整える。レイ中佐に報告を済ませた後も、怖くて仕方がなかった。立花先輩が乗せられた救急車に一緒に乗り、手当を受ける。車内は完全に無振動で保たれているが、それが故に、己の震えはより強く実感してしまう。

首がもげかけた死体。

白目をむいて、地面に広がっている血だまりの上に転がっている。ボディアーマーが血で変色していて、噎せるような血の臭いが、辺りに広がっていた。

あのときとは、何もかもが違った。ブロンズさんは殺すつもりで賢治を襲ったかも知れないが、しかし死体になったわけでもないし、大量に血が流れたわけでもない。圧倒的なリアリティが、賢治を打ちのめしていた。体中に血と火薬の臭いがついているような気がする。立花先輩は直接怪我をしたというのに、気遣う余裕さえなかった。

学校はパニックになっていたようだが、無理もない話だ。

座っているだけで、震えを感じてしまう。まだ落ち着きが戻らない。そういえば、ルーフさんとシャルハさんは。二人とも無事だったが、何処に行った。手の怪我に包帯を巻いてくれている看護師に聞いてみるが、知らないと言われる。無理もない話だ。携帯端末を開いて、レイ中佐を呼び出す。かなり慌てていたから、声がうわずってしまった。

「レイ中佐、賢治です」

「何かあったの?」

「いえ、その。 ククルームルさんと、エルさんは、大丈夫かと思って」

「君、勘が良すぎるわ。 その勘は、隠さないと駄目よ」

レイ中佐は言う。二人が襲撃を受けたことを。そして、ククルームルさんがさらわれたと言うことを。

頭が真っ白になる。横から伸びてきた手が、賢治の携帯端末をひったくる。点滴のチューブが刺さったままの、立花先輩の手だ。指先には、乾いた血がこびりついている。血は、切りそろえて整えられている爪の間にまで入り込んでいた。

「レイ中佐、キャムティールです。 状況を教えてください」

「ちょっと、寝てなさい! 何してるの!」

「それどころじゃありません。 ルーフさんと、シャルハさんはどちらに?」

「軍の施設に収容している途中よ。 他のステイ一家も全員そう。 今は心配していないで、体を治すことだけ考えなさい」

立花先輩の舌打ちが聞こえた。

「なら、あたし達だけで助けに行きます」

「無力化弾を体に直接四発も受けてるのに、何言ってるの? ショック死していてもおかしくない状況なのよ。 どうして気絶していないのか、こっちが知りたい位なの! 今の状況で、体がまともに動くと思う? 後は、私達に任せなさい」

「そうはいいますけど、せめて、リカバリの機会くらいはください」

「貴方たちは一つもミスをしていないわ。 敵の方が、此方の情報をより多く掴んでいた、ただそれだけ。 それどころか、貴方がしっかり戦ったから、敵は一人も逃さず捕らえられたんでしょう? 此方は良いから、自分を心配しなさい! 回線、切ります!」

レイ中佐は非常に不機嫌そうに、回線を切った。あんなに不機嫌そうなレイ中佐は、はじめて見た。

なぜだろうか。他人が不機嫌そうにしている所を見たら、却って精神が落ち着いてきた。他人のふり見て我がふり直せという言葉があるが、それに近い効果かも知れない。レイ中佐は、珍しくパニック寸前の様子だった。それを見ると、自分が恥ずかしくなってしまう。少しだけ、落ち着いてきた。

「立花先輩、痛くありませんか?」

「痛いに決まってる。 ブラックマンバとキングコブラに同時に噛まれたくらい痛いんじゃないかな」

「どっちもコブラ科の蛇ですから、神経毒です。 あまり痛くはないと思いますよ。 ただ、流石に立花先輩でもそれじゃあ死んじゃうとは思いますけど」

「……言うようになってきたじゃないか」

「先輩に鍛えられましたから」

苦笑が漏れる。看護師が喋らないようにと、おっかない声で言った。立花先輩はもう一つだけと付け加えて、言う。呼吸が荒い。凄く痛々しい。あの兵士達に、賢治は今までになく純粋な憎悪を感じた。

「杏先輩と、連絡を取って。 いつでも動けるようにして貰って」

「はい。 もし敵が宇宙に出た時に、追えるようにですね」

立花先輩は頷くと、目を閉じた。がくりと脱力する。限界が来たのだろう。看護師が脈を取り、命に別状無いことを確認する。無力化弾は、基本的に強烈な痛みを与えることで、敵の動きを封じるものだ。もの凄くいたかっただろうにと、賢治は悲しくなった。そして痛みに耐えている先輩の横で、主体性のない恐怖に震え上がっていた自分の不甲斐なさが、情けなくなった。

どのような形であれ、眠っている先輩を至近で見るのは初めてだった。それで不意に赤面してしまう。慌ただしく携帯端末を操作して、杏さんに連絡を取る。レイ中佐と特務部隊のことだから、敵を易々と宇宙に出したりはしないだろうが、それでも手は打てるだけ打っておく必要がある。

杏さんは気怠げな人だったが、きちんと話せるだろうか。不安だったが、ボイスオンリーの回線先から伝わってきた声は、意外にも快活だった。

「おや? 君は確か、キャムの部下」

「え? は、はい。 被名島賢治です」

「その様子だと、何かあったな。 キャムに何を頼まれた?」

「実は、宇宙空間に出る手段が欲しいんです。 確実に必要になるかは分からないんですけれど。 宇宙に出ることが出来たら、此方で何とかします」

帰ってきたのは沈黙だった。熟考しているらしい。雰囲気が違うので驚いている賢治に、杏さんは言う。

「結構大変な状態みたいだね。 気にしなくて良い。 いざというときは、私も手を貸してやるよ」

「そんな、ただでさえ無茶を言っているのに」

「キャムの為だろ? 可愛い後輩のためなら、一肌でも二肌でも脱ぐさ」

回線が切られる。救急車が病院に着いたのは、それからまもなくだった。

 

無理がたたったのか、立花先輩はなかなか目を覚まさなかった。賢治は寝ることも出来ずに、携帯端末を弄って必死にニュースを見続けていた。レイ中佐がもたらしてくれるニュースに比べると精度はどうしても落ちるが、仕方がない。

ルーフさんから、時々連絡が来た。かなりショックらしく、地球人の形態を保てる時間が著しく減っているという。カニーネさんからも連絡が来た。いつもの憎まれ口ではなく、純粋にルーフさんを心配した内容だった。

クワイツが同じ病院のよしみと言うことで、時々見舞いに来てくれた。携帯端末からゲームを呼び出して遊んだりしたが、虚しいだけだった。向こうも賢治が苦しみ抜いていることを知ってか、一人にしてくれる時間が多かった。

立花先輩の頭脳になれ。以前レイ中佐に、そう言われたことを思い出す。だから、今の内にやれることは全てやっておかなければならない。倦怠感を必死に抑えながら、動ける時間は情報を集める。レイ中佐にも時々その成果をメールで送ったが、読んでくれているのかは分からなかった。

三日すると、退院できた。静名が病院まで迎えに来てくれた。立花先輩はまだ目覚めない。命には別状がないという事だが、こうまで昏睡が続くと不安になってくる。医師に聞いては見たが、原因は分からないと言うことだった。

尻尾を巻いて逃げる野良犬のように、自宅に帰る。静名は何も言わない。

こんなに一人でいる事が辛いとは、思わなかった。

悔しい。それ以上に苦しい。

体はもう大丈夫だ。入院した時に知らされたのだが、左の鼓膜は爆弾が炸裂した時に破れていた。それももう治っている。何か、しなければならなかった。

レイ中佐に回線をつないでみる。数回コール音がした後、レイ中佐は出てくれた。目の下に隈ができている。後ろの方には、机に突っ伏しているフランソワ大尉の姿があった。

「どうしたの?」

「はい。 あれから、何かあったかなと思いまして」

「仕事熱心なのは嬉しいけれど、見ての通り此方も限界が近いの。 とりあえず、まだククルームルさんは宇宙には出ていないわ。 前線でも、アシハラ元帥の艦隊が活躍して、敵に致命傷を与えたようよ。 ……この戦争は、此方の勝ちよ」

「そうとも、言い切れないと思います」

賢治は其処まで楽観的には慣れなかった。理由は幾つかある。

まず、KVーα星人の政府が、どう出てくるか分からないというのが一つ。折角此方を信頼してステイを申し出てくれたのに、地球人類同士のくだらない争いで国民が巻き込まれ、今死に瀕している。まさか帝国に味方するとは思えないが、彼らが大艦隊を動員して乱入してきたら、どんな状況になるか分からない。

彼らの技術は地球人類と五分だと言うが、未知の文明の兵器が、どのような破壊力を持つかは戦ってみないと分からないだろう。

地球人と違って非好戦的なのはずっとスキマ一家とつきあってきて知っているが、裏を返せば、必要とあれば彼らは幾らでも好戦的になることが出来るのではないか。

帝国の動きも不審だ。連合が介入してくるのが分かりきっているというのに、こんな無茶な侵攻計画を建てた理由が分からない。ただ狂信的な国家体制から、無茶な侵攻が誘発されたという可能性もあるが、それには賛同できない。狂信者などバカだと思っていると、足下を掬われる。地球時代でも、大国は狂信者が起こすテロに随分手を焼いてきたのではなかったか。

それらを説明すると、レイ中佐は帽子を取って髪をかき回した。綺麗な髪だ。だが、艶が失われかけているように見えた。

「確かにその通りかも知れないわね」

「はい。 今は一刻も早く、ククルームルさんの安全を確保しなければならないと思います」

「しかし、ね。 行く先に何か見当でもあるのなら別だけれど。 後を追おうにも、痕跡が殆ど見つからないのよ。 情けない話だけれど、諜報戦に関しては、帝国の方が一枚上のようだわ」

「それなんですけれど」

以前カニーネさんが遊びに来た時のことを離す。カニーネさんは数キロ先から、ルーフさんの存在を感じ取っていた。一種の電波探知らしいのだが、ひょっとすると利用できるかも知れない。

「……ふむ。 確かに、そういう能力があるという報告は受けているわ」

「強大な護衛戦力が必要だとは思います。 でも、試してみる価値はあります。 帝国がどれだけKVーα人の情報を得ているかは分かりませんが、具体的な電波遮断まで出来ているかといえば、可能性は低いと思います。 ただ、その時は僕と、立花先輩も加えてください。 仮にも僕たちは、ずっとルーフさん達と一緒に過ごしてきたんですから」

レイ中佐は、しばらく考え込んでいた。人差し指を噛んでいるようだ。後ろの方で、死人のように生気のない眼で、フランソワさんが此方を見る。何だか、死者に見つめられているようで、少し怖かった。

「分かったわ。 調整してみます。 ただ、キャムはまだ眠っているのではなかったかしら?」

「立花先輩なら、きっと起きてくれます」

「……そう、分かったわ」

回線が切られる。思わず椅子になついてしまった。

よくもまあ、これだけ大口を色々と叩けたものだと、自分に呆れてしまう。だが、立花先輩が起きてくれるだろうというのは、本気で言った。圧倒的な信頼感が、その言葉が出るのを可能にしてくれた。

さて、後は立花先輩が起きてくれれば、ルーフさんとシャルハさんと、それにエルさんも加えて、一緒に探しに出ることが出来る。

準備は整った。これで、立花先輩が起きてくれば、全て始めることが出来る。少しは役に立てただろうかと、賢治はぼんやり思った。

病み上がりで、レイ中佐をまともに相手にしたからか、酷く疲れた。気がつくと、ベットに寝かされていた。静名がやってくれたらしかった。毛布を掛けるのではなく、より直接的な方法だが、それでもよかった。

既に夜半を回っていた。明日の学校を休む手続きはしておいたと、静名がさっき家に帰ってきた時に言っていた。それなら、問題はない。

伸びをして眠気を払う。こんなところで時間を無駄には出来ない。賢治はコーヒーを淹れると、立花先輩が戻って来次第すぐに動けるように、準備を進めた。

 

目を覚ますと、其処は知らない場所だった。

キャムは手を伸ばして、近くにあるものを掴もうとした。シーツを掴んだだけであった。何もない。天井は遠く、そして辺りは妙に明るかった。

知らない場所だったが、規則的な天井のブロックや、光量を抑えられた照明には見覚えがあった。何度か来たことのある場所だ。口に出して、確認してみる。

「病院か」

声がかすれていて、咳き込んでしまった。体を起こす。右手に点滴の針が突き刺さったままだった。

少しずつ、思い出していく。

学校から皆で帰ろうとしたその時に、爆発が起こった。爆発と言っても、殺傷能力の低い気絶弾だった事は、音響炸裂だけだった事からも分かる。その後、四人ブチ倒した。無力化弾を、四発受けた。最初の奴を倒した直後にまとめて。まだまだ、修練が足りないなと思った。

そうだ、無力化弾を受けて。シノン少佐から逃げた最後の一匹を打ち倒して、それで倒れた。被名島に、杏先輩に連絡するように言い残して、その先を覚えていない。今、何日だ。倦怠感が酷い。首を回して辺りを見るが、カレンダーは無かった。そういえば、携帯端末も、白兵戦をしている時に壊れてしまったような気がした。

ナースコールを押すと、すぐに看護師が医者と一緒に飛んできた。色々と計測されるが、問題はないらしい。腹が減ってきたので夕食を取りたいと言ったが、持ってきてはくれなかった。ただ、幾つかの検査が終わった後、点滴は外してくれた。

被名島はちゃんと動いてくれているだろうかと、裸足にスリッパを借りて病院の廊下を歩きながら思った。妙にスースーすると思ったら、下着も着けていない。今更ながらに此処が病院だと思い出して、慌てて自室に戻って、着替えた。元来ていた服は血だらけ穴だらけだったので、フォルトナに服を持ってきて貰おうと、備え付けの端末から連絡。ついでに被名島にも連絡を淹れようと思ったが、流石に時間が時間である。メールを入れるだけにしておいた。

すぐにフォルトナは着替えを持ってきてくれた。靴下を穿いている内に、医者が来る。検査結果を見せてくれた。

良かったと、キャムは思った。この結果なら、すぐにでも退院出来る。医者は白い髭を撫でながら言う。

「君は体質的に、強化ナノマシンの性能を非常に高いレベルで引き出せるらしい。 それで、無力化弾に入っていた毒素をある程度自力で中和できたようだね」

「ええ、まあ」

「まだ無理はしない方が良い。 本当は一週間は入院して様子を見た方がいいのだが、どうするかね」

「すぐ退院します」

看護師が言っていた。毎日見舞いに来ていた青年がいたと。背が低く、女の子のような顔をしていたとか言っていたから、ほぼ間違いなく被名島だ。恋人かと聞かれたので、部下だと応えた。狐につままれたような顔をしていた。だから部下だと、もう一回付け加えた。

着替えを終えると、病院を出る。把握しなければならない事が、あまりにも多すぎる。病み上がりとはいえ、あまり休んでいる時間はないのが現状だった。

病院を出ると、外は真夜中だった。真夜中ではあるが、違和感がある。あまりにも、静かすぎるのだ。まるで数ヶ月前までとは、別の国のようである。車さえ、殆ど行き交っていないようだ。

憤りを感じる。この国が好きだ等と、思ったことは今まで一度もなかった。それなのに、この異常を眼にすると、不快感がこみ上げてくるのだから不思議だ。家に着く。スキマ一家が暮らしていた隣の家からは、気配が消えていた。銃撃戦の痕跡まであった。

ククルームルさんは無事だろうかと、キャムはもう一つ心配した。傷はあらかた治っているはずなのに。自分の無力が、痛かった。

家にはいる。空気が冷たい。一人の家がこんなに寂しかったかと、キャムは自問自答してしまう。予備の携帯端末を引っ張り出し、ベットに転がって起動する。そうすると、被名島からメールが来ていた。

自分を心配するメールから、現在の進捗状況まで、内容は様々である。準備を相当整えてくれていたことが、メールを見るだけで分かった。何だか、少し嬉しくなった。絶望の中にいたかと思ったのに。あの貧弱だった被名島が、いつの間にか随分成長していたではないか。

ベットの上で身を起こすと、栄養剤や強壮剤を出してきて、口に含む。乱暴に飲み干す。いつ出撃が可能になるか分からない。だから、声が掛かるまでに、体調を万全にしておかなければならない。ルーフさん達とも連絡を取りたい。何をするべきか、どんどん頭の中に浮かんでくる。

活力が、戻り始めていた。

 

2,追撃

 

レイ中佐から連絡が来たのは、立花先輩が退院して、二日後の事だった。立花先輩の不死身ぶりに呆れた様子のレイ中佐。不機嫌そうに頬杖をつく立花先輩。どちらも、賢治にはとても嬉しい光景だった。

此処は立花先輩の家である。学校帰りに、寄らせて貰ったのだ。家の中には、ルーフさんも来ている。一時的に帰して貰ったのだという。表情が硬いのは、焦燥が故に、擬態に影響が出ているからだろう。

「どうにか、上の許可が取れたわ。 これから、特務中隊はククルームルさんの探索に入ります」

レイ中佐が、幾つかの映像をアップロードしてくる。一つは、大気圏内航行用の、小型戦闘艦であった。地上制圧用に用いられる兵器で、ミニ戦艦とか呼ばれている型式である。通常は戦闘輸送ヘリとして活用する。全長は六十メートルほど。これなら、中に戦闘車両と、多脚型の戦闘ロボットを二機、更に特務中隊の人たち全員を収容できる。仮に帝国の諜報部隊が一個小隊を連れてきていても、対処を即座に出来るはずだ。戦闘艦自体も、かなり強力な武装を積んでいるはずである。ヘリの二機や三機、多少の対空砲火程度なら、自力撃退が可能だ。

更に、最新鋭の多脚型戦闘ロボット。賢治でさえ存在を知っている、有名な型式だ。その威圧的な風貌から、ダンゴムシと俗に呼ばれている。武装の幾つかが他にも表示され、軍の地上戦部隊も参加してくれる旨が

それらを興味なさげに見やると、ルーフさんはぼそぼそと言った。声にエコーが掛かってしまっている。

「ムルは、無事ですの?」

「今の時点では。 複数人さらわれた場合、一人が人体実験をされる可能性は非常に高かったのですが。 幸いエルさんの誘拐は阻止しました。 人体実験してしまっては、大事な人質がいなくなってしまいますし、おそらくは無事なはずです」

「僕も同意見です。 探せば、きっと助け出せるはずです」

ルーフさんは、そうと短く言った。いつもの快活さが無い。無理もない話である。賢治は子供がいないから、ルーフさんの気持ちは分からない。だが、誰か愛しい人が引き離されてしまったら、どんなに悲しいのだろうとも思う。

其処まで考えて、ふと思う。今までよく分からなかった愛情というものに、何でこんな風な考えを抱けるのだろう。疑念が湧くが、レイ中佐が話し始めたので、すぐ意識を切り替える。

「それと、内偵を進めていた部隊からの連絡の結果、帝国に対するスパイ行為を行っていた連中は、あらかた捕縛できているようです。 これ以上、妙な動きが味方から出る可能性は低いでしょう」

「ええと、すみません。 それらは、不審な動きによって察知できたんですよね」

「ええ、それが何か?」

「はい。 戦争が始まる前から潜伏していたスパイがいたらどうでしょうか。 かなり厄介な存在になるかも知れません。 油断はしない方がいいと思います」

ちょっとこざかしいかと思った。だが、しっかり伝えることの方が大事だと思った。だから、賢治は敢えて直球で言った。レイ中佐は、しっかり聞き入れてくれた。

「そうですね、油断だけはしないようにしましょう」

外でブレーキ音。どうやら、迎えが到着したらしい。

出てみると、まだ片腕に包帯を巻いているシノン少佐が、ワゴンの中から乗るように顎をしゃくった。

さあ、此処からだ。不安そうなルーフさんの背中を押す。立花先輩が最初に乗り込んで、ルーフさんの手を引いてワゴンに招き入れた。賢治も小さく頷くと、ワゴンに乗り込む。静名もフォルトナも乗ってきた。アレックスは襲撃で破壊されてしまったらしく、今は修理中と言うことで、この場にはいない。もう一体のメイドロボットは、エルさんとシャルハさんの世話をしているらしくて、やはりこの場には姿が見えない。

少し人数的に多いが、軍用の戦闘ロボットが二機も護衛に乗っていることを考えると、心強い。

ワゴンは加速して高速道路に乗ると、まっすぐ郊外に向かい始めた。ちょっと心配になったので、賢治は聞いてみる。

「いつもみたいに、目隠しはしなくてもいいんですか?」

「どのみち、お前達はもう関わりすぎている。 今更目隠しをしたところで、どうともならないだろう。 だから必要ない」

「そう、ですか」

「今回は俺達の力不足によって、随分迷惑を掛けた。 絶対にククルームルさんは助け出すから、安心して欲しい」

「……はい」

焦燥しきった様子で、ルーフさんが言った。痛々しい。今日は髪も結っていなくて、力なく肩に掛かっている黄金の髪は、レイ中佐同様艶を失っているようにも見えた。

交通量が妙に少ない高速道路を抜けると、完全に郊外に出た。立花先輩に肘で小突かれ、気付く。前後を軍の人たちらしい護衛が乗っている車が固めていた。ずっと前からそうだったのだろう。

軍基地に着いた。入り口が嫌に厳重で、カードの提示を求められた。確かに凄く厳重なハードウェアだが、造反者が中にいた場合、役に立つとは思えない。結局の所、文明はかなりの部分を人力に頼ってしまっている。

KVーα星ではどうなのだろうか。賢治は疑問を感じたが、今のルーフさんは、それを聞ける雰囲気ではなかった。

軍基地の中枢に行くと、さっき立体映像で表示されていたミニ戦艦が停泊していた。すでに戦車と多脚型戦闘ロボットは積んでいるらしい。それに、面白い人が、待っていた。

「わはははははは、遅かったなルーフ!」

「カニーネさん! 作戦に参加してくれるんですか?」

「一応、僕もいる」

高笑いするカニーネさんの後ろで、頭を掻いたのは、やはり焦燥した様子のシャルハさんだった。更にその後ろには、ヘンデルさんとグレーチェルさんもいる。戦力的には、充分か。

レイ中佐が、タラップの上に姿を見せる。風に髪をなびかせながら、少し大声で告げてくる。

「速く乗りなさい! 事は一刻を争うわ!」

「はい!」

乗り込む際、エルさんも来ているのだと、シャルハさんは告げてくれた。スキマ一家勢揃いである。後は、ククルームルさんを見つけるだけだ。

この面子なら、勝てるかも知れない。賢治はそう思った。

 

病み上がりの体を確認しながら、キャムは席に着いた。ソファ型の待機席が、兵士達の控え室の壁際左右に並んでいる。キャムと、賢治と、ヘンデルとグレーチェルと、スキマ一家を除くと、誰もが帯銃していて、空気がぴりぴりしている。一番奥の壁際は、着地と同時に開閉できる仕組みになっていて、兵士達はすぐに地上へ躍り出ることが出来る。

この辺りの仕組みは、地球時代の強襲揚陸艦やヘリから変わっていないのだと言う。結局、戦場では人間の力がものを言うのだ。今でも、昔も。

ミニ戦艦が浮き上がる。今回は低空で飛ばなければならないと言うこともある。なおかつ探知機能を生かすためにも、あまり速く飛ぶ訳にはいかない事情もある。だから、対空攻撃に対しては、厳重に警戒しなければならない。

このミニ戦艦は要人護衛用の特注品らしく、特に防御面が著しく強化されているという。考えてみれば、危険性の高い作戦であるし、当然のことだろう。スペックを見せて貰ったが、さすがは立国の最新鋭技術だ。小型のものなら、荷電粒子砲の直撃にも耐え抜きそうである。飛行中よりも、むしろ地上に降りてからの方を警戒すべきかも知れない。

興味津々な様子で、レイ中佐に絡んでいるのはカニーネさんだ。レイ中佐が手にしている大型のレーザーライフルに触っていたが、無遠慮に言い出す。

「ちょっと貸してみてくれるか?」

「安全装置を外さないようにしてください」

「分かってる」

まるで子供のように無邪気に、レーザーライフルを弄り出す。流石に銃口を除いたり、引き金は触らなかったが、見ていて冷や冷やさせられる。周囲の兵士達は、何処まで事情を知っているのか分からない。一度も見たことがない人も多いから、地上部隊からの援軍だろう。特務部隊の人たちは、苦笑しながら様子を見ていた。

やがてミニ戦艦が進み始める。それと同時に、スキマ一家も、カニーネさんも黙り込む。恐らく全力で探知を始めたのだろう。

さて、ここからが勝負だ。さっきレイ中佐に呼ばれて、ボディアーマーを渡されたが、こんなものが役に立つとは思えない。最後にものを言うのは、修羅場をくぐって鍛え上げていた自分の判断力だ。

「見つかりませんわ」

「いないな。 場所を変えてみてくれるか?」

口々にルーフさんとカニーネさんが言う。壁に設置されている端末から、レイ中佐が艦長に何か告げている。

「眠っていても、感知は出来るんですか?」

「無論だ。 その程度で感知できなくなるのなら、我々はもっと宇宙に出るのに苦労していただろう」

「ええと、ちょっとよく分からない理屈なんですけれど」

「我らは、向こうでは群体で行動する時間の方が多い。 だから、互いのシンクロに関しては、かなり高い水準で発達している。 今は本国から持ってきた幾つかの機材も使っているし、いつもより数倍探知範囲と精度を拡げることが出来る」

賢治の疑念に、カニーネさんが自信満々の様子で応える。機材を持ってきていると言うが、どこにあるのだろうか。疑念はすぐに氷解した。十中八九、体内だろう。地球人類に機密扱いの機器を見せることもないし、効果も上がるだろうし、一石二鳥と言う訳だ。地球人の感覚からいうと気色が悪いかも知れないが、KVーα人にしてみれば、手に握り込んでいるくらいの意識の筈だ。

とりあえず、可能性が高い場所を、片っ端から当たると言うことであった。大気圏内用とは言っても、一応宇宙空間にも出ることが出来る型式のミニ戦艦である。場合によっては大気圏外に出て、スイングバイを用いて加速し、目的地に行く。

蛇行しながら飛行しているミニ戦艦は、速度を上げたり落としたり、不安定であった。乗り物酔いを緩和する仕組みは完備されてはいるが、それでも何だか不安である。もし酔ったりしたら、戦場で力が発揮できないから、気をつけなければならない。念のため、昔から酔い止めとして人気がある銀丹という薬を口に入れておいた。ちょっと甘くて、不思議な味がした。

高度を上げ、山脈を超えていく。見る間に人家が小さくなっていった。この辺りは調べ終えたのだろうか。そう思いかけた時、カニーネさんが立ち上がった。

「止めろ!」

「すぐに止めて! 旋回して、高度を落としてください」

「了解。 すぐに高度を落とす」

「カニーネさん、見つけたの?」

カニーネさんは応えず、個室を貸して欲しいと言った。怪訝そうに眉をひそめる兵士達を尻目に、ルーフさんもシャルハさんも、それに遅れてエルさんも立ち上がった。賢治と一緒について行くと、カニーネさんは眼を細める。

「いいの?」

「一応、護衛のために」

「いや、そうじゃなくて。 君たち地球人から見ると、気味が悪いものを見ることになるかも知れないよ」

意味が理解できず、キャムは腕組みして小首を傾げてしまった。だがキャムより先に、賢治が言う。

「そう言うことですか」

「何が、どういう事?」

「要するに、人間の擬態を解除して、全力で探知に当たるって事ですよね。 群体にばらけるのか、或いは探知用の形態になるのかは分かりませんけど」

「そう言うことだ。 冴えてるな。 グレーチェル、お前と同じくらい切れるんじゃないのか?」

精一杯背伸びして、賢治の頭を撫でるカニーネさんを見て、吹き出しそうになったがこらえる。考えてみれば、ルーフさんもカニーネさんも、賢治はおろかキャムよりも遙かに年上だ。こういう行動が出るのも、無理はないのかも知れない。

グレーチェルはにこにこ笑っていたが、その眼の奧に不快感が宿るのを、キャムは見逃さなかった。今までの言動から見て、この娘はカニーネさんを崇拝している。尊敬の対象が、自分たち以外と仲良くしているのが面白くないのだろう。賢治は気付いていない。頭は良い奴だが、無意識に周囲に敵を作ることが多い奴だと、キャムは思った。グレーチェルも、おとなしそうに見えて、結構腹黒いのかも知れないと、あまり穏やかではない感想も抱く。

エルさんが個室にはいるのを見送る。一応護衛だと言って、レイ中佐が一緒に入っていった。キャムも入ろうかと思ったが、良いから外で待っていてとルーフさんに言われたので、その通りにする。一緒に着いてきていたグレーチェルとヘンデルも、部屋の外で待った。

戸が閉まると、衣擦れの音がした。同時に、ざわざわと小さな生き物が部屋中に広がる音も。

ミニ戦艦は、ゆっくり高度を落とし続けている。とりあえず、帝国軍だか、人類の曙だか知らないが、敵はまだ仕掛けてこない。仕掛けてきても、勝ち目はないと判断しているのか。或いは、やはり着地した所を狙って来るつもりか。

ざわざわと部屋の中からは気配がし続けていたが、やがて衣擦れの音が再びした。終わったんだなと、キャムは思った。

「うはははははは、いよいよですな! 我が輩の筋肉が生み出す、美しき破壊の竜巻をお目に掛けましょうぞ!」

「ヘンデル、頼りにしてるわよー」

「被名島もよろしく」

更にミニ戦艦の高度は落ちていく。ドアが開いて、青い顔のレイ中佐が出てきた。相当凄いものを見たのだろう。レイ中佐は咳払いをすると、順番に皆の顔を見回しながら言った。

「どうやら、間違いなさそうだわ。 この近くにいるはずですって」

「レイ中佐、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。 ちょっと、刺激が強いものを見たから、ね」

「だから外で待っていろと言ったではないか。 ルーフ、どうした。 娘が側にいるって言うのに、しけた顔をして」

全員の視線が、ルーフさんに集中する。今回一番ショックを受けている彼女は、やはり精彩をあらゆる面で欠いていた。

「……本当に、無事でしょうか」

「そうでなければ、探知できないよ。 ほら、行こう。 それに、行く前に君は言っていたじゃないか。 どんな危険があるか分からないから、覚悟しておけって」

シャルハさんに優しく背中をさすられて、ルーフさんはやっと顔を上げてくれた。さあ、決戦だ。

ガコンと凄い音がしたのは、下部のハッチが開いたかららしい。まずは多脚型の戦闘ロボットと、戦車が投下される。続いて戦闘ロボットが降ろされる。ただし静名とフォルトナは、賢治達と一緒に、最後に降りる。

パラシュートで減速しながら、地面に降りていく二機の多脚型戦闘ロボット。バーニヤを吹かしながら、あくまで重量感たっぷりに降下していく戦車。この辺りは人家も少なく、戦闘は思いっきりやることが出来る。市街地に潜んでいたらどうしようとキャムは思っていたので、これで第一段階をクリアできたことになる。

だが、此方が思い切り戦えると言うことは、敵も同じと言うことだ。

閃光がひらめき、レーザーの直撃を受けた戦闘ロボットが揺れる。シールドで防いだようだが、かなり口径が大きいレーザーのようで、そう何十発も耐えられないだろう。うっそうと木が茂った森の中からの狙撃である。

「反撃許可を請う」

「許可する。 此方からも、支援攻撃を行う。 全歩兵、白兵戦準備!」

サイレン音が鳴り響く。戦いの時が来た。キャムはボディアーマーの感触を確認しながら言う。

「被名島は、出来るだけ遮蔽物に隠れながら着いてきて。 下手に前に出られると、守る自信はないよ」

「分かってます。 でも、出来るだけ前に出てサポートさせてください。 先輩だけ怪我をするのを、見ていられませんから」

「わはははは、先輩も出来るだけ後衛にいてください。 そこからでも、我が輩の美しき筋肉は見られますからな!」

「……分かってる。 頼りにしてるよ」

被名島とグレーチェルは、それぞれ言うことが正対称だった。何だか面白い。そうこうするうちに、激烈な放火が、地上とはかわされ始める。すぐに近隣の地上部隊にも声が掛かるだろう。後は出来るだけ速く、人質であるククルームルさんを救出するだけだ。

パラシュートで降りながら、地上に向けレールガンを連射している多脚型。地上で爆発。どうやら砲台なり敵の戦闘ロボットなりが被弾したらしい。そのまま容赦なく掃射に入る戦闘ロボット。激しい戦いの末に、着地に成功。続いて戦車も着地に成功した。人型の戦闘ロボットも、次々に地上に降下していく。

地上部分制圧の報告が入ると同時に、ミニ戦艦は着地の体勢に入った。さて、此処からだ。此処からは、激しい白兵戦が予想される。

拳を固めると、キャムは目を閉じ、一気に精神を集中。臨戦態勢に入った。

 

山奥の静かな森は、すでに地獄と化していた。

着地した瞬間は、かなり大きな音がした。水平射撃で浴びせられた大口径のレーザー砲が、シールドを直撃したらしい。地上班の班長が、銃の安全装置を解除しながら、短くだが力強く絶叫。

「突撃!」

ばらばらと兵士達が飛び出す。立花先輩がそれに続き、いつものへらへらした様子からかけ離れた巌のような顔になっているヘンデルが遅れじと走る。賢治は静名と一緒にその次。最後尾には、フォルトナと一緒にグレーチェルがついた。レイ中佐も外に飛び出している。

「情報面でのバックアップは任せてください」

「お願いします!」

イヤホンから飛び込んでくるフランソワさんの声に、短く答える。激しくかわされる銃火。辺りを戦闘ロボットが駆逐しているが、まだ敵戦力は滅びきっていない。立花先輩が、腰だめしてレーザーライフルを連射している敵兵に突貫、ジグザグに射撃をかわしながら間合いをゼロにして、顔面にドロップキックを叩き込む。ヘンデルが雄叫びを上げながら人型の戦闘ロボットを担ぎ上げ、放り投げる。二人とも凄い。こうしてはいられない。戦艦の影に隠れこみながら、フランソワさんが送ってくるデータの中から、必要な分を二人に伝えていく。

「立花先輩、左前! 数3! ヘンデルさん、右! 数2!」

「ヘンデル、多脚型が狙ってる! 敵の中に潜り込んで!」

「承知っ!」

すぐにグレーチェルさんのフォローが入った。なかなかのコンビネーションだ。凄いなと思いながら、賢治は分析を続ける。レイ中佐が、視界の隅で、対多脚型ロボット用のミサイルを撃ちはなっていた。ヤスデのような多脚型の迎撃バルカン砲の火線をかいくぐり、炸裂するミサイル。悲鳴を上げて吹っ飛ぶ敵。戦車の砲塔が咆吼し、とどめを差す。

戦況は終始有利だ。だが、油断は出来ない。立花先輩もヘンデルも眼前の敵を倒すことにいちいち集中していて、後ろや横が見えていない。下手をするとそのまま打ち抜かれる。だから、賢治は一秒でも気を抜けなかった。

後は、敵基地がどうなっているかだ。この森に分散してキャンプを張っているのか、或いは地下に大げさな基地が作られているのか。ロボットがこう多いことを考えると、間違いなく後者だろう。立花先輩を支援しながら、幾つかのウィンドウを立ち上げて、敵の出現地点を分析。やがて、結論が出た。

「立花先輩、ヘンデルさん! 敵の基地の場所が分かりました!」

「でかした! 場所だけいえ!」

「はい! 先輩のすぐ目の前の大木の根元です! まもなく、其処から戦闘ロボットが出てくるはずです!」

格闘戦を演じていた大柄な兵士の首筋にハイキックを叩き込んで黙らせると、立花先輩は汗を乱暴に手の甲で拭った。撃破される味方のロボットもまだいるが、もう抵抗は沈黙しつつある。だからこそに、光学迷彩で誤魔化し、奇襲しようとしていたロボットは、賢治に場所を見抜かれ、集中攻撃を浴びて瞬時に破壊された。ミニ戦艦の主砲が多脚型を打ち抜く、その破片の飛ぶ中に、立花先輩は勇敢に飛び込んでいった。雄叫びを上げながら、ヘンデルが格闘していた戦闘ロボットを地面に叩きつけ、続く。

賢治も続く。味方の戦闘ロボットが何機か、遅れてついてきた。

光学迷彩で誤魔化された穴の奧にはいると、其処はコンクリートが剥き出しの、武骨な通路だった。今更臆していても始まらない。

既に賢治の前では、激しい砲火がかわされていた。

 

カール博士は、蒼白になったまま、ソファに体を埋めていた。禁輸品の、違法養殖されたベンガルトラの皮を使った最高級品で、いつでも博士の心を奮い立たせてくれたソファだったのに。今日は、勇気を与えてはくれなかった。

若い頃は、勇敢だった。ネオナチの思想に燃え、周囲の愚民共を見下しながら、アーリヤ民族の発展と栄光を夢見ていた。自分が優性民族であると確信し、世界を革新する存在だと思っていた。ヒトラーの理想に共鳴し、アーリヤ人の力であれば、世界征服さえ可能だと思っていた。

アーリヤ人!偉大なる民族!世界でもっとも優れた存在!優生学の、希望となる存在!熱っぽくそれを語り続けた若い頃の力は、もう無くなっていた。

純血だとか、優れた血統だとか。そんなものは既にほとんど存在しないというのに、夢に疑念を持つこともなかった。若い日のエネルギーを全てつぎ込むことにより、国体やコンクールでも莫大な成果を上げた。地方とはいえ、まず一流と言ってよい大学を首席で卒業し、博士号も得た。

インテリテロリストと呼ばれたこともあった。その二つ名は虚名ではなく、まとまりの無くなっていたネオナチの幾つかの組織は、カール博士の名声によってまとめ上げられ、人類の曙を核としてまとまった。この組織が、これほど強大になったのは、カール博士の辣腕があってこそだったのだ。立国の発展に合わせるようにして、人類の曙は大きくなった。そしていつの間にか、国家から敵として認識される存在へと変じていた。

一代の傑物と言っても良い存在だと、カール博士は評価された。

だから、テロリスト達も、カール博士には敬意を払った。事実博士は優れた指揮手腕を発揮して立国の特務部隊と渡り合い続けてきた。行動力と勇気も図抜けていて、帝国と手を結ぶことが出来たのも、カール博士の力あっての事だった。

だが、今のカール博士は、臆病でひ弱な老人に過ぎなかった。何回かの敗北が、すっかり博士の精神を痛めつけていた。最近では疑心暗鬼も酷くなり、古くからの部下さえ疑うようになっていた。もう、残り少なくなっているというのに。

「敵戦車、着地! 排除できません!」

「帝国が貸与してきたロボットを全部出せ! 何としても、持ちこたえるんだ!」

的外れな指示を飛ばし続けている部下を、カール博士はぼんやりと見つめていた。複数の立体映像が、絶望的すぎる状況を伝えてきている。戦車の砲塔が火を噴き、迎撃に出したロボットが吹っ飛ぶ。立体映像カメラの幾つかが沈黙し、映像が消える。

今の時代でも、地上戦で戦車は脅威の存在だ。面を制圧することに関して、戦車の右に出る兵器はついに存在しなかった。フレキシブルの点で言えば戦闘ロボットの方が上回るが、単純な破壊力や防御力の点では、戦車には及ばない。

「第二ブロック、沈黙! 制圧された模様!」

「第三ブロックから救援要請! 指示をお願いします!」

「遠方に敵地上部隊! 戦車20、攻撃ヘリ6,戦闘ロボット30以上! 遠巻きに此方を包囲しています!」

部下達の声が、次第にヒステリックになっていった。かっては一緒になって狂騒しただろうに、今は何の気力も湧いてこない。

帝国に踊らされていたと気付いたのは、いつだっただろうか。結局若い頃に叩き込まれた思想というレールの上を走り、この年まで無為に生きてきてしまったと気付いたのは、いつの事だっただろうか。

つい数日前の事だったような気がしてならない。思考が拡散して、何もする気になれない。かかりつけの医師は、鬱病だと言っていた。薬も処方してくれた。それなのに、飲む気力さえ起こらなかった。

ついに、地下施設への入り口が発見された。悲鳴を上げながら、部下が逃げ出し始める。最後まで残っていたオペレーターも、転がるようにして逃げていった。バカな奴らだ。一人だって、逃げ切れはしないだろう。手元にあるスコッチの瓶を空けると、口に付けた。残りを丁度飲み干し終えたのは、何だか気分が良かった。

拳銃を続いて取り出す。自殺用のもので、苦痛を無くすため一撃で頭を吹き飛ばすことが出来る大型弾頭が詰まっている。拳銃を撫でている内に、人の気配。顔を上げると、帝国の諜報員だった。奴らの中でも一番高位の存在で、確かチャンとか言う名前だった。

「カール博士ともあろう方が、無様なものですな」

「もう儂は、疲れたのだ」

「ただ狂気のままに走り回り、燃え尽きて倒れる、ですか。 貴方ほどのテロリストも、その運命からは逃れられませんか」

「そう言うことだ。 そして貴殿も、儂と同じ未来を辿ることだろう」

無表情を保つチャンだが、細い眼の奧に嘲笑が宿ったことを、カール博士は見抜いた。この男は、若い頃のカール博士そっくりだ。自分は特別だと考え、思想と野心のために周囲を巻き込むことを何とも思っていない。どのような犠牲が出ようと、知ったことではないという顔をしている。

この男は、残虐さにおいてカールを凌いでいる。だから、より速く燃え尽きるかも知れない。スコッチを煽りながら、消えていく立体映像を見つめるカール博士に興味を無くしたか、チャンは部下に指示を飛ばし始める。捕らえた異星人を移送するつもりなのだろう。若い頃だったら、研究に血道を上げたかも知れない。しかし今では、その気力さえ湧いては来なかった。

「自裁するなら、お早めに。 もし捕縛されたら、ありとあらゆる拷問を受けるでしょうから」

「それでも構わん。 儂はそれだけの事をしてきたのだから」

「ふん、腑抜けが」

言い捨てると、チャンは部下達に守られながら、地下通路の方へ去る。眠らせ、捕縛用のビニールシートにくるんだ異星人の娘を、一人が肩に担いでいる。眠っているが、さていつまで無力化できるか。

足音が近づいてきた。指揮室のドアが、乱暴に跳ね開けられる。カール博士は拳銃をこめかみに当てるが、引き金に指をかけただけだった。

入ってきたのは、子供だった。高校生くらいの女の子だった。背は低く、だが眼には尋常ではない光がある。

「カール博士だな」

「そうだ。 君は誰かな」

「立花・S・キャムティール。 普通の学生」

部屋に続けて入ってこようとする筋肉質の大男と、優男を手で制止すると、立花という学生は大股に近づいてくる。ボディアーマーには何発か喰らっているようだが、気にせず此処まで来たと言うことだろう。大した勇敢さだ。こんな奴がもっといたら、人類の曙は戦い抜けたのかも知れない。

帝国に助力を求めた時点で、人類の曙の命運は尽きていたように、カール博士には思えていた。そして今。この国を将来牽引するだろう人員によって、滅びを迎えようとしている。

「ククルームルさんは何処に?」

「チャンが連れて行ったよ。 あちらだ」

「嘘はついていません」

遅れて指揮室に入ってきた戦闘ロボットが無機的に言った。立花という学生は、フォルトナという名を付けているらしいロボットにカール博士を捕らえるように言い残すと、躊躇無くその通路へと駆け出していった。二人がそれに続いた。

思えば。一番最初は、この国を憂いていたような気もする。七国の中で一番豊かだとか言いながら、結局は腐敗がはびこり、格差が消えないこの国を、変えなければならないと思っていた気もする。己でなければ、この国は変えられないとも。

結局、自分にこの国は変えられなかった。だが、あのような勇気を持つ人間が政権を握れば、この国は変わるかも知れない。

ロボットに拳銃を取り上げられ、無力化用の鎮静剤を注射される。腕を取られ、立ち上がらされる。そのまま連行された。

途中通路には、頭を打ち抜かれた部下が何人か転がっていた。叩きのめされて意識を失っている者もいた。この様子だと、生き残った者はいないだろう。この最終作戦のために、人類の曙は全戦力を投入していた。カール博士が育て上げたこの組織は、今日滅亡したのだ。

そのまま、護送車に入れられる。敗北感に掴まれた部下が、既に何人か放り込まれていた。カール博士は、負けたと思った。だが、不思議と良い気分だった。自分の罪は、死刑以外ではあがなえない。だがそれに関しても、恐怖は消えていた。

もう自分の役割は終わったのである。

幸い、家族もいない。継ぐような思想もない。今では、すぐ先にある死を、達観することが出来るようになっていた。

 

ミニ戦艦の指揮室で状況を見ていたルーフが顔を上げ、シャルハとカニーネと頷きあった。感じたのである。

「ムルが動き出しましたわ」

「味方が救出に成功したのですか?」

「いや、違いますわね。 意識を失ったままのようですし。 それにこれは、敵が搬送している感じです」

すぐに艦長が左右に指示を飛ばし始める。ミニ戦艦が浮き上がり、ムルの真上にゆっくり移動を続ける。既に敵の地上戦力はほぼ駆逐が済んでいるが、それでも時々シールドに攻撃が当たり、銃声が飛び交っていた。

移動はまだ続いている。しかも、直線的に、延々とだ。

「地下に長い脱出路が造られているようですわね」

「先回りして、脱出路を潰しましょう。 地下に潜行している部隊が、後は何とかしてくれるはずです」

「……! いや、ムルが一気に加速しました。 乗り物に乗っているようですわ」

かなり速い。時速数百キロに達しているだろう。この速度から考えると、小型のリニアモーターカーだろうか。地下通路に、脱出用の車を準備していたのだろう。用意が良いことだ。艦長が慌てて、火気管制官に吠える。

「すぐにバンカーバスターを準備!」

「まずいですわ。 どんどん地下深くに潜っていますわ!」

立体映像上の地図に、ルーフが指を走らせる。舌打ちしたカニーネが、おどおどしているエルを怒鳴りつける。

まもなく、気配は探知圏内から消えた。大きく嘆息するルーフの肩を、優しくシャルハが叩いた。

「大丈夫。 人質として価値があるから、ムルは殺されないって、レイ中佐も言っていたじゃないか」

「……そう、ですわね」

ルーフは激しい疲労を感じていた。

数が少ない分、KVーα人は、地球人に比べて家族に対する情愛が基本的に強い。特にルーフは、普段厳しい母親である分、子供を奪われた今はとても深い悲しみの中にいた。

「地下には、あいつらが潜っている。 仮に今逃げられたとしても、ヒントくらいは見つけてくるはずだ。 心配するな」

「分かって、いますわ」

カニーネが似合わない慰めの言葉をくれたが、憎まれ口を返す余裕もなかった。普段だったらもっと気が利いた事も出来たのに。悔しかった。

程なく、周辺の制圧は完了。人類の曙は壊滅的な打撃を受け、再起は不可能だという報告が来ている。帝国の諜報員達も同じく相当な損害を受けているはずで、此方ももうそう簡単には活動できないだろう。だが、ムルを救い出せなかった時点で、ルーフにとってはこの戦いは敗北と言っても良い。

艦長が、作戦自体は失敗したが、戦略は間違っていないことをすぐに報告していた。他のステイ家族にも依頼して、同様の作戦を首都星の彼方此方で実施するという。特に宇宙港の周辺では積極的な作戦を行うと言うことで、この星から敵を逃がす可能性は著しく減った。

艦長が、ルーフに頭を下げた。

「申し訳ありません。 わざわざご足労頂いたというのに。 地球人類同士の諍いに、あなた方を巻き込んでしまったこともありますし、本当にわびてもわびきれません」

「頭を上げてください。 元々、覚悟してのことでしたから」

地球人類は、滅亡を免れた途端に殺し合いを始めた。今では七国家が無意味な諍いを続けて資源を浪費している事は、周知の事実だった。他のステイ計画でも、何度か危ない場面があったとも聞いている。だから、ステイに向かう人員は、みんな死を覚悟して出てきている。地球人類の危険性は承知の上なのだ。

だが、それでも。ステイ先の人員であるキャムや賢治が良い人間だと言うこともあったからだろうか。いざ現実を目の当たりにすると、ショックも大きい。

通信があった。地下に遅れて入ったグレーチェルからだ。飛びついたカニーネに、おっとりした雰囲気の彼女は言う。

「カニーネさん、面白いものを地下で見つけました」

「ほう、何だ」

「監視カメラの映像です。 コンピューターにデータが残っていないかと思って調べていて、見つけました。 本命のデータはあらかた消されていましたけれど、こっちは四重のプロテクトの奧から拾い上げることができまして。 それに、面白い声が入り込んでいました。 メインモニタ室の映像だったみたいです」

「良し、分かった。 データを拾い上げたら、後は戦闘ロボットに処置は任せろ。 まさか自爆装置なんぞは無いとは思うが、危険は回避しろ」

カニーネが不思議なことを言った。ひょっとすると、娘をさらわれたルーフを見ていて、自分も危機感に目覚めたのかも知れない。だが、気持ちは分からないでもない。ルーフにとっても、今やキャムと賢治は、家族だ。

データが送られてくる。カニーネの護衛用戦闘ロボットが解析を開始。程なく、カニーネに耳打ち。カニーネは目をつぶると、人間には聞こえない周波数で話しかけてきた。

「面白い声が確かに入り込んでる」

「誰の声ですの?」

「アガスティア大将だ。 あの野郎、前から怪しいとは思ってはいたんだが」

軍の高官の名前を、カニーネが口にする。何度か、交流パーティで会ったことがある。紳士を装っていたが、何処かいけ好かない奴だとルーフは思っていた。勘が真実に直結してしまった事になる。

場合によっては、他の人間も反逆している可能性がある。大統領に直接回線をつないだ方がいいだろう。

「分かってる。 大統領を呼び出して貰うか」

「しかし、何というか。 資源があると、どうしようもない連中が群がるのは、地球人類の習性らしいですわね」

「資源があれば、有効活用すればいいものを。 よく分からない話だな。 少し前までは、そうしていたようだが」

「その分、芸術的な行動を犠牲にしていたようですし。 何だか、地球人類は、種族として分からないところが多い存在ですわね」

全くだと、カニーネは苦笑した。此処だけは、昔から意見があった。だが、地球人類の一部を家族だと思っている点でも、今では一致している。不思議な腐れ縁だった。カニーネは申し訳なさそうに指揮に戻った艦長を呼び戻すと、出来るだけ険しい表情を作って言う。

「艦長、大統領を直接回線に呼び出して欲しい」

「はあ、少し時間が掛かりますが、よろしいでしょうか」

「構わないが、直接回線だぞ。 かなり重要なことが分かったからな。 直接連絡をしないと、意味がない」

状況を察してか、艦長はさっと顔色を変え、すぐに手配に掛かった。

さて、ここからが本番だ。アガスティアは大将であり、相当な権力を持っていると推定できる。もし抵抗されると、かなりこの星が混乱する可能性が高い。それを突いて敵が逃走するかも知れない。作戦には慎重な行動が必要になるだろう。クーデターでも起こされた日には、目も当てられない惨事になりかねない。

ざっとカニーネの戦闘ロボットに調べて貰ったが、やはりアガスティアはかなりの権力保有者である。二つの艦隊の指揮権を持っており、そのうち一つは首都星の防衛艦隊である。今首都星には四つの艦隊が駐留しているが、そのうち一つが裏切れば、あまり面白くない事態が到来するだろう。流石に艦隊をまるまる掌握しているとは思えないが、それでも慎重に動いた方がよいはずだ。

大統領と回線がつながったのは、それから十分後。人払いをして貰ったのは、艦長も完全には信用しきれないからだ。

立体映像が映し出される。大統領はデスクワークの最中だったらしく、机の左右には書類が山積していた。眼には生気が無く、疲れ切っている。帝国の艦隊を撃退はしたらしいが、それでもまだまだ状況的に予断を許さないからだろう。

「何か重要な事が分かったとか」

「回線の安全性は確認できていますの?」

「余程のことのようですな。 安全度はSに設定されています。 重暗号化も施されているので、まず盗聴されるおそれはありませんよ」

「それを聞いて安心しましたわ。 早速ですけれど、アガスティア提督が、帝国への造反行為を行っていた証拠が挙がりました。 逮捕した方がよろしいかと思われます」

大統領が血相を変えて立ち上がった。アガスティアの地位や状況を考えれば、当然の反応である。下手に動くと、クーデターを誘発する恐れもある。何人かの部下を呼びつけている大統領の目は血走っていた。

「動きがあり次第、また連絡させていただきます」

「はい。 吉報をお待ちしておりますわ」

歪んだ営業スマイルを作ると、大統領は乱暴に回線を切った。状況はますます混迷の度合いを増している。完全に地球人の権力闘争に巻き込まれてしまったなと、ルーフは思った。

正直な話、アガスティアに悪意など感じない。、向こうが此方をどう思っていようが関係ない。と言うよりも、大半の事情を知る地球人は、此方をよかれと等思っていないだろう。ただ、さっさとムルを返してくれればそれで良いと思う。

地下に潜入していた部隊からの連絡。敵は通路を爆破して、退路を断ってから逃げたのだという。戦闘ロボット達が通路の復旧を行っているが、そちらからの追跡はほぼ絶望だということだ。そうなってくると、垂直シールド装置を用いて通路を確保するのは地上班に任せるとして、敵の退路を予想して追わなければならない。

キャムから通信が入る。怪我はしていないと聞いて、安心した。あれだけ最前線で暴れていたというのに、大したものだ。

「ルーフさん、ヘリで追いかけるから、其方は自由に動いて」

「分かりましたわ。 先ほどの情報、とても役に立ちました。 有難うございます、キャムティールさん」

「いや、あたしの力じゃない。 グレーチェルがあんなに電子戦に強いとは思わなかったよ。 それとも、カニーネさんが教えたの?」

「わはははは、そんな訳無いだろう。 私の部下は常に優秀で、しかも努力を欠かさないと言うだけだ」

苦笑しながら回線を切る。向こうはレイ中佐がいると言うこともあるし、気にしなくても大丈夫だろう。

さあ、追撃だ。事は一刻を争う。しかも、どうすればいいのか、じっくり考えなければならない。

「母さん」

「どうしましたの?」

顔を上げると、エルが真剣な表情を作っていた。表情だけではなく、発する思念電波が非常に真剣な事を伝えてくる。

「僕に、考えがある」

エルの説明を受けて、カニーネは難色を示した。シャルハもいい顔をしなかった。だが、ルーフは、それしかないと思った。

 

地下通路の一角。幾つか確保しておいた端末から情報を拾い上げていたチャンは、ほくそ笑んでいた。

上手くいったからだ。

今回の作戦の肝は、必要が無くなった時点で、アガスティアを切り捨てることにあった。本国も、立国サイドの裏切り者が権力を得ることなど望んで等いない。どのみち、奴は切り捨てられる運命にあった。

もちろん、アガスティアも黙ってはいないだろう。血みどろの戦闘が始まるはずである。其処を突いて、チャンは脱出する。このKVーα人を抱え、宇宙に出れば、逃げる手段など幾らでもある。後は事前に潜ませておいた、ステルス荷電粒子砲による狙撃で、最終作戦を実行すればいい。

全ては計画通りに進んでいる。フリードリーヒが死ななかったのは予想外だったが、それでも充分だ。帝国の勝ちはほぼ確定した。後はこの豊かな立国から搾取し尽くして、全人類国家を統一する準備を整えるだけだ。

そうなれば、チャンは史上最大の人類国家を、裏から操ることが出来る。

「良し、予想通りだ。 アガスティアが動き始めた。 艦隊戦がまもなく始まるぞ」

「おめでとうございます、チャン大佐」

「ふふん、お前達にもいずれもっと高い地位をくれてやろう。 私はすぐにでも将官となり、やがて世界を握る。 お前達は、いずれ軍の司令官でも、内閣の官僚でも、何でもやらせてやるぞ」

精神のたがが外れたチャンが笑う。そして、不可解な様子に、口をゆがめた。部下達が、反応しないのだ。

「どうした」

「チャン大佐」

部下の一人が、銃を向けてくる。事態が飲み込めないチャンは、蒼白になったまま壁になつく。

「な、なんだ、何をする!」

「今のお言葉、反逆罪だと判断します」

「ちょ、ちょっと待て! 今更何を言っている!」

この部下達とは、あらゆる汚い作戦を一緒に実行してきた。国内の反対派議員を一緒になって暗殺したこともある。つまり、同じ穴の狢なのだ。それなのに、なぜ今更チャンに銃を向けてくる。

「誰に買収された!」

「我々は元々、皇帝陛下の私兵です。 貴方の動きがおかしいことはずっと前から、陛下も知っていました。 貴方は鈴がついていることにも気付いていない、愚かな猫だったんですよ」

「そ、そんなバカな! あんな老いぼれが、そのようなこと、ある訳がない! 軍総司令官か!? 内閣総理大臣か!? 応えろ!」

返答は銃声。

チャンの意識は、弾けるように消えた。天才を自称していた男の、哀れな最期だった。

 

「小物が。 お前が天才だと? 笑わせるな」

チャンを撃った男がつぶやいた。そのまま、携帯端末から回線を開く。壁には、頭を熟れすぎたトマトのように潰されたチャンの死体がなついている。血の臭いは、男には慣れっこだった。

今の情報も、そもそもフェイクのものだったのだ。実際には今頃、アガスティアは為す術無く取り押さえられている事だろう。偽情報をもたらしたクライアントと、回線をつなぐ。すぐにつながる。

「此方マンバ。 小鳥は黒蛇の胃に入った」

「ご苦労様。 そのまま、作戦を遂行して頂戴」

「了解した」

男は、回線の先にいる相手の正体を知らない。だが、チャンと一緒に使い捨てにされるくらいなら、この相手に従った方がましだ。だから、従っている。十中八九利用されているだけだろうとも思うが、目前の死よりはまだましだ。

チャンが、元々帝国に目を付けられており、この作戦が終わり次第部下もろとも処分される予定だった事は、あまり知られていない。フリードリーヒでさえ知らないだろう。陰謀に明け暮れてきた帝国の上層部はバカではない。最初からチャンを泳がせておいて、必要なくなったら消すつもりだったのだ。その工作は巧妙で、誰も気付いてはいなかった。だが、彼は、運良く知ることが出来た。

幸い、チャンは己の果たしている作戦の巨大さに舞い上がってしまい、隙だらけになっていた。だから裏切るのは難しくなかった。特殊部隊として訓練を受け、感情を消されたとはいえ、死ぬのは嫌だ。だから裏切った。だから、撃ち殺した。

KVーα人を担ぎ上げる。部下の一人が頷くと、光学迷彩でチャンの姿に偽装する。そのまま、持ってきておいた液体火薬をチャンの死骸に掛ける。現在は2ccも掛ければ、人体を丸ごと焼却できるものが出来ている。それを10ccほど死骸にまぶした。

充分離れてから、死体に着火。爆発音と共に、頭部を無くしたチャンの死骸は、一分も掛からず炭になった。

帝国の特殊部隊は、そのまま場を離れる。後には焼却された死骸だけが残った。

 

3,悪しき謀略

 

KVーα人政府による、軍の派遣が決定されたことは、立国内ではあまり知られていない。知っているのは、立国政府上層部の、一握りの人間だけである。

そして彼らの動きが極めて速く、既に立国領に入り込んでいることも、もちろん知られていない。数は実に30000隻に達している。目的は無論、混乱に巻き込まれた自国民の救出である。非常に高度なステルス技術を駆使しているから、今のところ一般マスコミには全く気付かれてはいないが、それでも軍は対応に追われていた。

動きが速いと言っても、KVーα人艦隊は、立国辺縁部にとどまり、中枢へは進出しようとはしていない。これは立国政府の事を考慮しているのと、状況分析を行っているからである。

対応を任されているベイツは、作業に大わらわになっていた。KVーα人は予想以上に地球人類を学習していて、立国の情報だけではなく、帝国や連合の情報も総括的に要求してきている。各国の首脳部の性質や、利権関係、上層部の人員構成なども要求されているので、何処まで公開して良いのか悩みつつ作業を実施しており、大変に苦労していた。

二日前、艦隊の指揮をしている人物から連絡があった。アシハラ元帥と連絡を取れるようにして欲しいと言うのである。確かに現状で立国内における最大戦力を有しているのは彼女だ。また、帝国との戦いにおけるキーパーソンも彼女である。的確な判断に、ベイツは苦笑する他無かった。

事件が起きたのは、その矢先のことである。その事件の事を聞いたベイツは、寿命が縮む思いを味わい、なおかつ帝国の諜報能力の侮りがたさを知ったのであった。

 

負傷者と損傷の大きい艦を後送し、再編成を終えた連合艦隊約18000は、増援を加えて再び20000隻に達した立国艦隊と合流すべく動き出す。艦隊運用に乱れはなく、士気も高い。最強の提督の配下として活躍し続けたという誇りが、一兵卒までをも勇士としているのだ。

艦隊行動の意味は言うまでもない。数を減らし再編成して防衛体制を取っている帝国艦隊との、決戦に向けての事である。

立国艦隊は、派遣されてきた増援三個艦隊と合流すべく、シーファ星系のアステロイドベルト帯に集結している。先の帝国との決戦では良いところがなかった艦隊も多いが、立国の軍人は元々真面目で仕事熱心だ。その上、実戦経験をこの間の激戦でしっかり積んだ。今回の会戦では、以前よりずっと良い動きをしてくれるだろうと、アシハラ元帥は考えていた。

既に地球連邦は帝国を非難する声明を発表。法国と一緒になって、帝国領に侵攻する計画を建てているという。上手くいくとは思えないが、火事場泥棒を止める気もない。地球連邦の旧式な艦隊には実戦の厳しさを知る良い機会だろうし、酷い目に遭うとしても自業自得だからだ。

それにしても、憂鬱である。副官を呼んで、草の茎を持ってこさせる。貧乏性のアシハラ元帥は、自宅でわざわざ草を栽培して、戦場に持ち込んでいる。だから持ってこさせる茎も、植木鉢ごとだ。めぼしい一本を引っこ抜いて、葉っぱを落とすと、口にくわえる。何とも言えない苦みが、意識をはっきりさせてくれる。

元々英雄でも無かったし、元帥でもなかった。軍人になったのも、ただ特性があったからで、戦争が好きな訳でもない。気は短いし、怖がり。性格的に合わない姉とは心が通じているとは言い難い。精神病さえ患っていた。今は完治しているが、夜には時々怖くて目が覚めることがある。子供のまま大人になってしまった、人間的にはとても完璧とは言い難いアシハラ元帥だが、今はたまたま、宇宙最強の用兵家としてこの戦に駆り出されている。

縁は不思議なものだ。

最近中学に進学した養子のバスターは、身長的なハンデを克服して、バスケットボール部のレギュラーになっている。血がつながっていないこの子に、アシハラが倒した敵将の忘れ形見であることを、いつか伝えなくてはならない。素直に育っているが、歪んだりしないか不安だ。

草の茎を上下に揺らしながら、帝国の次の手を考える。恐らくは、連合の艦隊をどうにかして排除しようと考えるだろうと、結論は出ている。事実、アシハラ艦隊さえいなければ、帝国はまだ立国に勝てる可能性があるのだ。

問題はその方法である。連合内部に政治的に働きかけるにしても、もう帝国には交渉に使えるカードがない。軍を引かせるにはあのルパイド元帥を納得させなければならない。文字通りの大人であるアシハラの姉は、生半可な交渉では心を動かさないだろう。恐喝や暗殺も意味がない。ルパイドの周辺は極めて厳重に警護されており、暗殺犯など、とてもではないが近づけはしない。

そうなると、此方か。あり得ない話ではない。今までも、旗艦オルヴィアーゼに何度か裏切り者が乗り込んできたことがある。アシハラがまだ元帥ではなかった頃の話だ。しかし今は違う。白兵戦能力はゼロに等しいアシハラを護衛するために、専属の班がついており、暗殺など仕掛ける隙はない。そうなると、艦レベルでの暗殺か。しかし、どうやって行う。護衛艦が分厚く周囲を固めている現状、そんな隙はない。

ならば、個人の暗殺ではなく、もっと強引な手ではないか。そう思考を進めた、その時だった。

「三時方向、仰角84度! 高エネルギー反応! 荷電粒子砲かと思われます!」

「シールド展開! 防げ!」

オルヴィアーゼの現艦長であるシュニート少将が叫ぶ。護衛艦が分厚く壁を作り、シールドを展開。更にその外側にシールド艦が集まって、分厚い防壁を作り上げた。

超光速観測技術がある現在、荷電粒子砲などのビーム兵器といえど、一撃必殺とは行かない。分厚く作られた壁が、荷電粒子砲を防ぎきる。二撃目、三撃目。妙に粗い攻撃だと思ったアシハラは、一瞬後に敵の目的に気付く。

「陽動だ! 本命は別から来るぞ!」

「俯角30度、四時方向! 高エネルギー反応! 荷電粒子砲、直撃、来ます!」

警告が遅すぎた。シールド艦も、護衛艦も、展開が間に合わない。先ほどまでの砲撃とは比較にならない火力で、一撃がオルヴィアーゼのシールドを直撃。数秒の後、シールドが貫通される。

艦橋が激しい衝撃に揺れた。すぐにシールド艦が第二撃を防ぐために再展開している筈だが、しかしやられた。此方に油断があったことは否定できないだろう。照明が戻る。思い切り衝撃で指揮シートに額をぶつけていたアシハラは、痛むおでこをさすりながら、眼鏡を直す。凄く痛い。身体能力が並み以下だと、こう言うところで苦労が絶えない。

「指揮系統確立システムがダウン! 復旧には時間が掛かります! ピンポイントでアンテナを狙撃された模様です! 副システムもやられていて、復旧は難しい状況です!」

オペレーターが悲鳴混じりの声を上げた。こういう場合は、球陣を組み、全方位からの攻撃に適宜反撃するようにマニュアルが整備されている。アシハラは舌打ちすると、叫ぶ。敵の狙いが読めたからだ。ひりひりするおでこを撫でながら、指示を飛ばす。

「恐らく、敵の狙いは同士討ちだ! シャトルを用意しろ! 乗艦を移す!」

「しかし、危険です!」

「この状況下だと、この艦にとどまる方が危険だ! 一番近い護衛艦は! オルヴィアーゼの指揮システムが復旧するまで、そちらに乗艦を変更だ!」

問題がもう一つある。一体全体、敵は何と此方を同士討ちさせようとしている。他に介入を測っている国があるとは報告を受けていない。地球連邦か、法国か。新盟や邦商に介入する軍事力など無いはず。そうなってくると。

「至近に高エネルギー反応! 艦隊の模様!」

「数は!」

「お、およそ30000! 完全に識別不能! 正体不明の艦隊です! 所属国家どころか、艦の型式さえも分かりません!」

モニターに投影される映像。それはあまりにも圧倒的だった。無数の光点が、明らかに射程距離範囲内で、整然と陣形を組んでいる。悲鳴に近い声が上がる。正体不明の、しかも30000隻もの艦が、至近に現れたのである。並みの神経では、とても耐えきれるものではない。パニックを起こしかけている者までいる。蒼白になっている周囲の中で、ただ一人、アシハラだけが冷静さを保っていた。

「シャトルの準備、急げ! 恐らくそれは、敵ではない!」

見たことがあるから、知っている。あれはKVーα星人の艦隊だ。一度砲火をかわしてしまったら、取り返しがつかないことになる。旗艦が沈黙している現在、他の艦はマニュアルに沿って動かざるを得ないのだ。

既に、球陣を組んだ麾下の艦隊は、反撃の準備を開始している。正体不明の艦隊も、応戦の準備をしているようだ。

間に合うか。アシハラは数年ぶりに、胃がちりちりと焼け付くような焦燥感を味わっていた。口の草の茎が、嫌に苦かった。

 

KV-α星の艦隊を指揮していたキドラモルフルシアーレ提督は、眼前で行われた出来事に、唖然としていた。固まっている思考体が、せっせと沈静化物質を分泌して、混乱を必死に抑えている。

アシハラ提督との連絡を取ってくれると立国政府が約束してくれたので、艦隊に接近していた最中のことである。不意に航路上に、数隻の荷電粒子砲艦が現れた。それだけならまだいい。無視して進もうとしたその瞬間、荷電粒子砲艦はアシハラ艦隊に向けて大出力の射撃を行ったのである。

警告を出す暇もなかった。旗艦を破損したアシハラ艦隊は、球形の防御陣形を組む。しかも、その直後。念入りに自艦隊に張っていたステルスが、不意に解除されてしまったのである。未知の技術によるもので、いまだ復旧は出来ていない。

KVーα星の宇宙艦は、基本的に無数の群体を動かして操作する。このため、一隻あたり10名程度の人員で操作が可能である。大型の戦艦でさえ、20名程度で運用が可能だ。艦橋も平べったく狭い空間で、無数の光点が点滅し、それを用いて情報を読み取る。地球人類の艦と比べると、遙かに小さな容積で、重武装が可能なのは、群体を最大活用するこの仕組みにある。キドラ提督は慌てて群体の幾つかを動かし、指示を飛ばす。

「急いでシールドを張れ!」

「しかし、もし攻撃を受けた場合、反撃しなければ大きな被害が出ます。 此方のシールドの技術は、向こうに劣っております」

「それでもだ! 攻撃の意思がないことを見せながら、突発的な攻撃に備えなければならん!」

緊張が高まる中、荷電粒子砲艦が、またしても我が物顔に砲撃を行おうと、エネルギーの充填を開始する。ひょっとすると無人艦かも知れない。この状況、基本的に何があっても生きては帰れないからだ。

パニックになりかけた、連合の艦隊が攻撃準備を開始する。この距離で撃ち合えば、本格的な艦隊戦に発展してしまう。荷電粒子砲艦を撃沈するのが一番適切な行動かとも思えるが、攻撃を行った瞬間に、連合の艦隊も対応を開始してくる可能性が高い。八方ふさがりのこの状況に、焦りばかりが高まってくる。

その時、場に割り込んできた者がいる。全く関係ない方向から、荷電粒子砲艦に対する砲撃。炸裂する荷電粒子砲艦。連続しての射撃が、容赦なく数隻の艦を屠り去っていた。両艦隊の間に割り込んでくる、木星級戦艦。攻撃の意思がないライトの点滅を見て、キドラ提督は嘆息した。

「あれは立国の木星級戦艦か? なぜこのような所に」

「分かりませんが、あれは艦形から見るに、首都防衛艦隊の一隻です」

「兎に角、まだ油断はするな。 防衛体制を整えたまま、全艦に後退させろ。 間合いの外に出るまで、ゆっくり後退して、後は距離を取る。 ステルスの復旧も急げ」

キドラの思念電波を受けて、すぐにKV-α人艦隊は後退を開始する。このレスポンスの速さも、強みの一つだ。

連合の艦隊も、状況を見守る体勢に移ったらしく、追撃の姿勢は見られない。護衛艦に旗艦から射出されたシャトルが移るのは、キドラの艦からも観測できていた。おそらくは、敵の指揮官が必死に統制を取ったのだろう。冷静で、しかも的確な判断だと、キドラは賞賛した。

木星級戦艦から、光通信が入る。立体映像が投影されて、現れた人物に、キドラは驚いた。地球人類に擬態しているが、間違いない。キドラがよく知る、あの人物であった。

「キドラ提督、お久しぶりです」

「貴方はカニーネ殿。 立国にステイに行っていると聞いていたが、どうしてこのようなところに」

「説明はまた後で。 兎に角、戦いを止めてくださって、感謝しております」

「い、いや、此方よりも連合側の冷静な対応に驚かされていますぞ」

カニーネは相変わらず猛々しい雰囲気で、地球人類で言う笑顔を浮かべている。元々気性の荒い人物だったが、今も代わりはないらしい。立体映像の後方に映っているのは、地球人類の提督達だ。皆、此方の艦橋の様子に度肝を抜かれているようだった。無理がない話かも知れない。ただ、立体映像で通信してくると言うことは、此方の事情は知っている連中だと判断して良いのだろう。

そして驚かされるのは、カニーネの後ろに着いている、地球人の若者二人だ。どちらもカニーネに全幅の信頼を寄せていることが一目で分かる。立国の首都星で獲得した部下がいると聞いているが、この二人なのだろう。

「首都星では混乱が続いていると聞いています。 ステイしている家族は、皆無事ですかな?」

「残念ながら。 帝国の諜報員と思われる勢力に、一人が拉致されて、今追跡している最中です。 そちらに立国側の要員が移るのは難しそうですから、誰か特使を一人寄こしてもらえませんか? 軽く打ち合わせをしてから、データディスクを渡したいと思いますので」

「分かりました。 以前立国首都星にステイしていた者が、分艦隊の提督をしていますから、彼女を送りましょう」

最悪、多くのKVーα人が命を落としている状況も想定していた。だから、被害が最小限で安心した。しかし、一人とはいえ、大事な同胞だ。救出に最大限の努力をしなければならない。

シャトルを準備する。連合の艦隊も、後退を開始していた。どうにか目前の破滅を逃れることが出来ると知り、キドラは嘆息する。不祥事が起こったのは事実であるが、これからステイ国家を変えるかどうかは別の問題。今は、一人でも犠牲を少なくして、この状況を打開するのが最優先事項である。

分艦隊の指揮系統を整え直すと、シャトルで一人を送る。そして、連合の艦隊から充分に離れたところで、防御用の球陣を整え直す。一息付けたとはいえ、油断するには、まだ早かった。

 

匿われていたKVーα人達を説得する役目は、ルーフが担うことになった。一足先に宇宙に出たカニーネと、ヘンデルとグレーチェルに別れを告げてから、事態は急展開を告げている。やっと地下から出てきたキャムは、首筋を手で扇ぎながら、ミニ戦艦の艦橋の一角の壁に背を預け、事態を見守っていた。

エルが行った作戦とは、シンプルなものである。

どのみち、敵は地下にずっと潜ってはいられないのである。だから、探知能力を持つKVーα人を、宇宙港全てに配置する。そして現在もっとも能力的にも人格的にも信頼できる、立国のアシハラ提督に、もし逃げられた時のために二次的な捕獲網を張って貰う。

シンプルで、古典的な人海戦術に近いものだが、効果は確実にあるとレイ中佐は言った。賢治を見ると、奴も頷いた。グレーチェルも賛意を示した。留守番をしているフランソワ大尉にも意見を求めたが、賛成だと言った。

所詮自分は戦闘屋だと、キャムは思っている。だから、反対の意思は示さなかった。特に嫌な予感もしないし、そもそも対抗意見もない。反対する場合は、有効な策を示すのが、大人の行動というものだ。まだ大人には少し年が足らないキャムだが、部下を統率する立場にいる以上、子供だとも言ってはいられない。だから、今は決定に従った。

ミニ戦艦が、軍の施設に着陸する。戦車も多脚型の戦闘ロボットもかなり損害が大きい。人間の盾になる形で、被害を受け続けたのだから、仕方がない。多脚型の一機に到っては、脚を二本も失っていた。

ミニ戦艦も、外に出てみると何カ所かに直撃弾を受けていたことが分かった。地球時代のヘリだったら、確実に落とされていただろう。現在の技術が、如何に進んでいるか、これだけでもよく分かる。賢治が、被害が大きい多脚型を撫でながら、何か話しかけている。相変わらずロボットに過剰な感情移入をする奴である。何処か不快ではないのは、行動が真剣だからであろう。多脚型も、カメラアイを賢治に向けて、じっとしていた。基本的に多脚型の純戦闘ロボットに自律思考AIは搭載されていない。それなのに、賢治は態度を変えることがない。妙な男である。

ビルの中に入ると、冷房が効いていて、ひんやりしていた。そのまま休憩室に移る。KVーα人の皆には、別の部屋が用意されたのは、長時間の擬態で疲労している事を考慮して、だろう。多分レイ中佐の心遣いだなと、キャムは思った。長いソファに腰掛けてくつろごうと思ったが、そうも行かなくなる。以前何度か顔を合わせたことがある、太った軍医さんが駆けてきて、順番に健康診断をしていく。カニーネさんの部下二人を先に診るのは、これから最優先で動かなければならないからだろう。キャムも診て貰う。難しそうに眉をひそめたので、少し不安になった。

「何か、問題がありますか?」

「目前の問題ではないが、少し筋肉も骨も疲労が大きい。 小柄な体格なのに、酷使しすぎているからだ。 強化ナノマシンによる回復効果にも限界がある。 限界まで体を使うのは、出来るだけ避けるようにしなさい」

「……」

悲しい宣告だった。何も言い返すことが出来ない。キャムから力を取ったら、何も残らないというのに。軽くCTも取ったが、結果は変わらなかった。キャムは、戦士に向いていないのかも知れない。それしかまともに出来ることがないのに。

休憩室に移る。陰鬱な気分を隠して、出来るだけ明るく振る舞うが、無理をしている分疲労も大きかった。

「立花先輩」

「ん? 何?」

「アガスティア大将が、逮捕されたそうです。 ただ、麾下の艦隊はまだ完全に制圧が済んでいないので、危険すぎてKVーα人達を各地に派遣することは出来ないとか」

「狙うとしたら其処だな。 折角エルさんの計画が正しくても、発動する前に動かれちゃあ意味がない」

事前に杏先輩と連絡を取るように賢治に言っておいたが、保険になるかも知れない。今のところ、アガスティア麾下の艦隊が反抗はしていないようだが、軍基地レベルになるとどうなるか分からない。

そもそも、どうしてアガスティアは今まで造反行動を悟らせなかったのだろうか。綿密に仕込まれたトリックだったという可能性は、今のところ否定されているようだ。捕らえられたアガスティアの所からは、造反の証拠が幾つも出てきているという。しかし、それらをどうやって隠してきたかが、よく分からない。レイ中佐の友人も、調査に参加していた一人だが、小首を傾げているという。

まだ裏切り者はいるのではないだろうか。しかし、疑い出すときりがなくなるのも事実である。

「やっぱり、巧く逃げるために、アガスティア提督は切り捨てられたのではないでしょうか」

「……そうなのかな」

「ええ。 もっとも、グレーチェルさんがあんなに早く証拠を押さえたのは、帝国の諜報員からも予想外だったと思いますけれど」

「どうしてそう思う」

賢治は少し考え込んでいたが、それは元からあったものを整理しているためのようだった。

「どのみち、アガスティア提督の造反行動がばれていれば、首都星は混乱に落ちていたと思います。 その隙を突けば、帝国の諜報員達は、簡単に脱出できたはずです。 僕が思うに、グレーチェルさんが見つけた証拠は、彼らが仕掛けた一種のトラップだったのだと思います。 しかし、今の状況では、彼らも流石に準備が出来ていたとは思えません」

その証拠に、今のところ宇宙に上がった船は一つも確認できていないという。首都星そのものに戒厳令が敷かれ、宇宙港は全てが抑えられている。軍基地の幾つかはサボタージュしているが、それでも宇宙に人員を送ることは難しいだろう。

「そうなると、連中は手を変えてくるか」

「はい。 そう考えるのが自然だと思います。 具体的にどうするかですけれど」

咳払い。顔を上げると、レイ中佐だった。レイ中佐は地下突入戦に参加して、随分助けてくれた。銃の腕前は相当なもので、立花先輩を狙った兵隊を三回撃ち抜いて倒していた。制圧術もかなり技量が高く、暴れるテロリストを見る間に押さえ込んで、手錠を掛けて無力化していた。

だが、その高い技量も、疲労を緩和する役には立たないようで、さっきから口数が少なかった。

「興味深い議論だけれど、二人とも、今は休みなさい。 アガスティア提督が逮捕された混乱は、まだしばらく続くわ。 宇宙艦隊の方は問題がないようだから、帝国の諜報員も、すぐには動けないでしょう。 今は大人に任せて、休んでおきなさい」

「レイ中佐も、休んでください。 いつもより、動きが少し鈍かったようですし」

「分かってる。 私ももう少ししたら休むから」

それ以上反論することは許されないと思い、キャムは片手を上げて、賢治に休むように促した。それぞれ仮眠室に移る。

女性軍人用の仮眠室といえど、豪華とはとても言い難い。武骨なパイプが露出した多段ベットが並んでいて、整理券を渡されてその一つを使う。一応遮音機能がついていて、カーテンで衆目を遮ることも出来るが、ちょっと緊張した。ベットも少し硬くて、布団も柔らかいとはとても言えない。だが、それでも疲労が激しいからか、すぐに眠ることが出来た。

夢を見た。みんなでキャンプに行く夢だった。

不慣れかと思ったが、ルーフさんは非常に手際よくテントを張っていく。小川から汲んだ水を濾過器に掛けて、飯ごうでご飯を炊く。作る料理はやっぱりカレーだ。ぶきっちょに野菜を刻むククルームルさんの隣で、エルさんが太い腕をまくり上げて、食器を洗っている。賢治は釣りで、河の上に美しい鱗を持つニジマスを躍り上がらせていた。ルーフはたき火の火力を調整して、魚を焼く準備。

夜にはみんなでたき火を囲み、下手な歌を熱唱する。やっと上手に笑顔を作れるようになってきたエルさんとククルームルさん。途中、遊びに来たのはレイ中佐だ。カニーネさんも来て、後はしっちゃかめっちゃか。でも、とても楽しかった。

目が覚める。夢だと分かっていても、今のはとても嬉しかった。戦いは好きだ。キャムに、存在意義を感じさせてくれる。だが、こんな日もいいなと思う。一度、みんなでキャンプに行きたいなと、キャムはつぶやいていた。

今回の件で、ステイ計画が一時中断するのは目に見えている。ククルームルさんを救出出来たとしても、もうあまり長くルーフさんとは一緒にいられないだろう。カニーネさんはどうなのだろうか。部下二人は、地獄の底まででもカニーネさんに着いていくような気がする。

ベットに常備されている栄養剤を口に含むと、もうしばらく寝る。眠れる時に寝ておかないといけないのが、現状だ。ルーフさんやシャルハさんも、しっかり休んでいるのだろうか。自然に他人の心配が出来るようになっていることに、キャムは驚いていた。

 

疲れ切っている様子の立花先輩を送り出した後、賢治はレイ中佐に、自分の考えを話した。レイ中佐は頷いていて、手を打ってくれるとは言っていた。言ってくれてはいたが、さて、本当に上手くいくかどうか。

仮眠室は、かなり満員に近い状況だった。遮音システムがプライバシーを確保してくれているとはいえ、慣れない多段ベットには緊張する。セクサロイドを兼ねている戦闘ロボットをベットに連れ込んでいる兵士が何人かいるようで、賢治は少し赤面してしまった。ベットに常備されている栄養剤を含み、ベットに横になる。

立花先輩にナビゲートをずっとしていたから、疲れてはいる。だが、先輩のようにずっと銃を持った敵を相手に格闘戦をしていた訳でもないし、疲労はたかが知れているはずだ。そう考えると、休むことに罪悪感さえ感じる。

しばらく悩んだ後、睡眠導入剤を手にする。これもベットに用意されているものだ。セクサロイドを頼んでみようかとも思ったが、流石に止める。何というか、強い罪悪感を感じるのだ。静名やフォルトナに人格を感じているからだろうか。

ロボットは元々、人間の奴隷として作り出されたものだ。三原則と言われる、その全てを縛る基本的システムがそれをこれ以上もないほどに表している。どのように言葉で飾ろうと、ロボットは奴隷なのである。そして、堂々と差別できる奴隷の存在が、人類に余裕とある程度の平穏をもたらしたのだ。

どんなに感情を込めて接しても、所詮ロボットである。静名と接している時にはよくそれを感じる。だからといって、ロボットを差別するのは、どこかで嫌なのだ。そのどこか、いわゆる曖昧な部分を、賢治は大事にしたかった。

無理矢理寝て、数時間。目が覚める。起きると、すっかり思考がクリアになっていた。じっくり疲れを取ることが出来て、そして何も変わってはいない。思考はクリアになった。だが、根本的な焦燥感は消えていない。何も解決していないのだと思うと、憂鬱にさえなる。

休憩室に戻ると、立花先輩が新聞を拡げていた。賢治と視線が合うと、首を横に振る。ルーフさんが遅れて部屋に入ってくる。自分の肩を叩きながら、少しだるそうに言う。

「こう動きがないと、何だか却って疲れますわ」

「今は休もう。 それしかないよ」

「ええ……」

目を伏せるルーフさんが痛々しい。人間で言えば、胃が焼けてしまうほどに辛いだろうに。ましてや、KVーα人は家族の絆が地球人類よりもずっと強いと聞いている。それならば、いったいどれほど苦しいのか。

しかし、同情するだけなら誰にでも出来る。今するべきは、ククルームルさんを如何に救うか、考える事だ。これだけ鍛えても、せいぜい人並みにしかならない体力。身体能力では、賢治は何の役にも立たない。だから、せめて頭を使わなければならない。

コーヒーを静名が淹れてくれたので、砂糖をたっぷり入れて口にする。糖分を取って、出来るだけ脳の回転速度を上げなければならない。

先ほどは遮られてしまったが、ゆっくり寝た後、賢治には思い当たる可能性があった。この混乱も、ひょっとしたら大規模な陽動作戦なのではないだろうか。敵は宇宙に抜けようとしているのではなく、他の手段を執ろうとしていないだろうか。

星間ネットは、今かなり厳重な警戒が敷かれているはずで、下手な情報は外に流せないだろう。フィルタリングシステムは昔より遙かに進歩していて、こういう戦時下では、情報テロを防ぐために様々な手段が講じられているはずだ。そうなると、何かしらの手段で、情報を宇宙に打ち上げるのだろうか。いや、宇宙に何か持ち出すのは、やはり難しい。ネットも駄目、物理的な搬送も無理。そうなると。

レイ中佐が休憩室に入ってきた。携帯端末を開き、実務を開始する。かなり疲れているようで、声を掛けるのをためらわれたが、仕方がない。

「レイ中佐」

「何? どうしたの?」

「はい。 自分なりに、今回の件と、帝国の情報搬送策について考えてみたんです。 そうしたら、思い当たる節があって」

レイ中佐が手を止めて、此方を見上げてくる。立花先輩が新聞を閉じ、遅れて入ってきたシャルハさんに、静かにするように促した。

「何か、危険なことでも?」

「はい。 今我々が注目しているのは、物理的、或いはネットを使った情報の搬送ではないでしょうか。 それが全部陽動だったらどうでしょうか」

「他に、何か有効な情報転送作戦があるの?」

「はい。 光です」

「! そうか、光学通信ね」

モールス信号でも、暗号のパターンは何でも良い。

もともと宇宙に待機している艦が、地上を観測する。元から決めている地点で、光点を点滅させる。それを解読すればいいのだ。

ククルームルさん自身を連れて行こうとは、最初に考えるだろう。実際問題、アガスティア提督の逮捕に起因する混乱を突けば、それが成功する可能性もあった。しかし実際問題、提督は素早く逮捕されてしまい、妙な動きは出来なかったらしい。そうなると、次善の手段として、情報だけでも外に流そうとするはずである。ネットが封鎖されているとなると、古典的な手段を執るしかない。

そして、宇宙に古典的な方法で情報を転送するとなると、それくらいしか思いつかないのである。

「今まで、その可能性は検討しなかったのですか?」

「ええ。 厳重な警戒はしていたのだけれど、流石にその手は考えつかなかったかも知れないわ。 古典的な方法だし、備えはあるとは思うけれど」

この方法だと、衛星軌道上に停泊していた艦と、地上観測能力さえあれば、いつでも情報が持ち出せるのである。もちろん、情報量が大きなものは無理だが、時間を掛けさえすれば、画像データも再現できるかも知れない。

そして、まだ帝国の手に落ちているバビロニア要塞のような大出力情報媒体があれば、ネットの防御網を突破して、情報テロを行うことも出来るのである。

「ちょっと、今から宇宙艦隊に連絡するわね。 技術士官に確認しておかないと」

「画像データを光学通信で送るとなると、どれくらいの時間が必要になるかは、計算できますでしょうか?」

「その辺は、軍の技術者にやらせれば良いわ。 気にしなくても大丈夫よ」

すぐにレイ中佐が携帯端末から回線を開く。賢治の不安は収まらない。

この形式を用いれば、リレー方式で、あっという間に情報を伝達することが出来る。もちろんネットを用いた通信に比べれば蝸牛のような速度だが、それでも数時間もあればデータを完全な形で転送できるはずだ。

ただ、レイ中佐が言っていたとおり、極めてこれは古典的な方法である。立国艦隊が備えていなかったとは思えない。そうなってくると。何か、もう一段の仕掛けがあるのではなかろうか。

袖を引かれる。立花先輩が、眉根を寄せて賢治を見ていた。目つきが怖い。相当に余裕がない。

「今レイ中佐に言った以上の、良くない予感があるな? 聞かせろ」

「え? あ、はい」

賢治も、今の状況は不安だ。立花先輩も不安なのだろうかと思ったが、多分違う。立花先輩は、純粋に友達の子供のことを心配しているのだ。こんな時にも自分のことばかり考えている賢治とは違う。そのはずだ。そんな立花先輩が、賢治を少しでも信頼してくれているのは、とても光栄なことだと思わなければならない。だから、出来るだけ期待に応える。

「アガスティア大将が内応していたのは事実みたいですが、彼が全面的な協力を取り付けていた場合、データ類はとっくの昔に持ち出されているはずです。 艦を完全に掌握している場合などは、データを隠蔽するのは何でもないですから。 そして、帝国艦隊が追い詰められている今の状況、そのデータを使わない手はありません。 それなのに、敵は使っていない」

「言われてみれば、確かに妙だな」

「地球人類の権力闘争についてはよく分かりませんけれど、論理的な話ではありますわ」

ルーフさんに、続きを言うように促される。ルーフさんも真剣だ。もともと聡明な人だし、自分の子供の事になれば頭を切り換えて気合いが入るのだろう。

「ひょっとすると、ククルームルさんをさらった勢力には、何か目的があるんじゃないかと思うんです。 それは多分、皆が思っているとは違う」

「というと、帝国が立国に勝つって事じゃなくて、別のことを考えているとか?」

「そうです。 そもそももっと早くこの行動を起こして、帝国が要塞を占拠した辺りで情報テロを起こされていたら、立国は足並みが完全に乱れて、勝ち目が無くなっていたと思います。 アガスティア大将を抑えている状況なら、それも可能だったはず」

「なら、被名島は、敵が誰で、何の目的で動いていると思うんだ?」

首を横に振る。流石にそれは、まだ分からないからである。ルーフさんが大きく嘆息した。露骨に失望が見て取れるので、少し悔しい。

「僕が思うに、帝国の中に、自国の勝利だけではない、もっと複雑な目的を持った勢力がいる可能性を考慮すべきです。 そしてそれが正しいとなると、その勢力は、必ずしも帝国の純粋な戦力じゃないかも知れません」

「被名島、その考え、もっと詰めておいてくれるか? あたしはちょっと杏先輩と連絡を取って、いざというときのために備えておくから」

「分かりました。 先輩、あまり無茶はしないでください」

「無茶なんか、していない」

先輩が不機嫌そうに応えたので、賢治は思わず首をすくめた。ルーフさんは天井を仰ぐ。落胆している彼女に、何かシャルハさんが慰めの言葉を掛けていた。地球人類の言葉ではないから聞き取れなかったが、それでも温かい雰囲気があった。今まで実感はなかったが、やはり二人は夫婦なのだなと、この時賢治は思った。

今はともかく、自分に出来ることをしなければならない。今まで考えたくはなかったが、レイ中佐やフランソワ大尉も疑っていかなければ行けないかも知れない。頭を真っ白にして、あらゆる可能性を想定しなければならない。考えろ。自分に言い聞かせて、賢治は全ての脳細胞をフルに活動させた。

ふと、思いつく。

そもそも、地球人類にとっての戦争とは何か。答えは幾つかある。生物的な権力闘争であったりもするが、もっとも模範的な回答はと言うと、一種の経済活動だ。この件の、裏で糸を引いている者がいるとしたら、それはこの戦争で、一番儲かる者なのではないか。基本的に、地球人類の社会では、金銭的価値が生命的価値に優先する。それが現実なのである。

そうなると、立国にも、帝国にも、該当者はいない気がする。連合もおそらくは該当しないはずだ。帝国から領土をむしり取るつもりかも知れないが、それで一気に収入が増加するという訳でもないだろう。

この戦争で、立国は傷つく。帝国もだ。連合も得ばかりはない。その状況で、一番得をする可能性があるのは。

経済国家として、立国に首位を奪われた、邦商ではないだろうか。また、大きなダメージを受けて再建中の法国も得をしそうである。地球連邦は、もし連合がこれ以上巨大化した場合、圧迫を受ける側になる。此方も、関与している可能性がある。一方、関与している可能性が低いのは新盟だ。無秩序に領土を拡げた結果、維持だけで精一杯になっているこの国に、立国にちょっかいを出す余裕などないだろう。地球連邦と権力面での癒着が大きく、問題になっているとは聞くが、それでも可能性は無いと言える。常に辺境の独立騒ぎに脅かされ、治安維持軍しか備えていないこの国に、リスクを冒してまで立国と事を構える能力はないはずだ。

証拠も無しに、話を進めるのは危険すぎる。ネット上で、様々なデータを洗ってみる。その中で、ぴんと来るものがあった。

邦商が極端に落ち目になるのと同時に、減ってきたものがある。それは、戦争である。

元々邦商は、各国に対する武器の輸出や技術提供を行い、資金力にものを言わせて勢力を確保してきた国家だ。だが、連合の強大化に伴って戦争が減り、勢力が安定すると同時に軍需景気も冷え込んできている。最終的には、戦争を巧く回避し続け、勢力を蓄えてきた立国に首位の座を奪われた。

もし、邦商が黒幕だと仮定すると。狙っているのは、立国と帝国の血みどろの争いであろう。豊かな立国ではなく、帝国に武器を売りつけ、代わりに資源を奪い取る算段ではないのだろうか。また、立国そのものを弱体化させることにより、再び人類の七国家の中で、経済的に頂点に立つことも出来る。

一石で何羽も鳥が落ちてくる策だ。理にかなう。ばれた場合のリスクは途轍もなく大きいが、金に五月蠅い連中が飛びつくだけの巨大な利益は確実に得られる。しかし、だ。確かに、理にはかなうのだが。それでも、まだ何か釈然としないものを、賢治は感じていた。

この戦争には、何本も、黒い陰謀の糸が絡みついているように思える。何か証拠があれば良いのだが。レイ中佐に、とりあえずこの辺りまでまとめて話しておいた方が良いかもしれない。

賢治でさえ思いつくのだから、大統領府の精鋭がこれくらい気付かない訳がない。それならば、彼らが思いつかない方向から、思考を詰めて置いた方が良いかも知れない。しかし、エリートが考えつかない方法とは、どういうものなのだろうか。ちょっと賢治には思いつかなかった。

立国は健全な国家だ。あくまで人類国家史上という観点からだが、まだまだ発展期で、充分以上に気力に満ち、人材も豊富である。こういう国家が、陰謀で衰退していくのは、何とか阻止したい。そして、ルーフさん達に、良い国で楽しむことが出来たと、思って貰いたい。

静名がコーヒーを持ってきてくれた。携帯端末に考えを箇条書きしながら、賢治は更に思考を進めていく。まだまだ、考えなければならない事は多かった。

 

4,槌

 

立国大統領が首都星を離れたのは、連合の機動艦隊と、KVーα星の艦隊が不幸なニアミスを起こしかけた、その直後のことである。大統領の専用艦が、直属親衛艦隊に守られながら、ワープを繰り返し、辺境に到達したのが三日後。この事態が発生したため、立国艦隊は部隊の整備を行い、連合艦隊も本国からの増援を加えながら、待機状態になっていた。

バビロニア要塞および、近辺の星系はいまだ帝国の支配地域になっており、住民の安否が気遣われている。残った人間の責任だと言う者もいるのだが、立国としてはそうも言ってはいられない。帝国側は必死に修理と整備を進めているのが確認されているが、今戦えば勝てるという試算も出ており、軍では計画の遅延に不満を述べ立てる者も少なくない。

高級な養殖鰐皮のシートに身を埋めながら、大統領はメインモニターを眺めている。立国宇宙艦隊の旗艦でもある太陽級戦艦モンブランの艦橋である。側には、緊張した表情で、艦長であるカッパー少将が佇立している。宇宙艦隊司令長官も同席を願い出てきたが、今回は拒否した。あまり高官が多くても肩が凝るからだ。

兎に角、今はアシハラ元帥と、KVーα星の艦隊を落ち着かせることが第一だった。アシハラ元帥は気むずかしい人物だと言われており、大統領も気が気ではなかった。もしこの状況で連合にへそを曲げられ、その上KVーα星人が敵にでもなろうものなら、立国は確実に滅ぶ。

再選を繰り返し、何年も大統領をしているが、今回がもっとも大きな危機だと言える。KVーα人の存在を知った時も驚いたし、何度か戦争にも直面した。だが、此処まで確実に滅びを感じるのは初めてだ。交渉のシミュレーションは、連れてきた文官達に何度もやらせたが、不安は消えなかった。

今回の件を乗り切ったら、辞めようとも、大統領は考えている。もう体力、気力的にも限界が近い。若い人間にも有能な者は大勢いるし、いつまでも老人の時代ではない。だが、今は兎に角、この難局を乗り切ることを考えなければならない。この国の未来は、大統領の老いた双肩に掛かっているのだから。

「そろそろ、目的の星系に到着します」

「うむ」

ニアミスが起こりかけたのは、クリーゼアート星系であった。既に住民は避難を完了させているのが、不幸中の幸いである。親衛艦隊には万全の警備を敷くように念を押させてから、合流地点へ。2000隻の艦に守られているとはいえ、不安は消えない。アガスティアの身柄を素早く抑えられたのは幸運だった。アレがなかったら、今頃もっと事態は困窮していただろう。

「至近に高エネルギー反応!」

部下の警告に、艦隊が素早く防御態勢を取る。メインモニターに映し出されたのは、2000隻に達する、見たこともない形状の艦であった。光通信で、敵意がないことが伝えられる。

以前見たものと形状が違うが、おそらくはKVーα星人の艦隊であろう。そう判断した大統領は、困惑する味方を、片手を上げて制する。

「あれは味方だ。 なんと言ってきているか、解析しろ」

「はい。 合流地点に案内する、との事です」

「迷惑を掛けてしまって、申し訳ない。 是非誘導をお願いしたい。 以上だ」

「はい。 すぐに伝えます」

通信士官が、光通信を返し始める。なぜ大統領が下手に出たのか、彼には理解できないのかも知れない。

ほどなく、連合の艦隊が見えてきた。本国からの増援も加えて、20000隻に勢力を回復させている。立国宇宙艦隊はこの宙域には殆どいないが、それでも少数の防衛部隊はきちんと整列して待っていた。

さて、ここからが勝負だ。大統領は秘書を兼ねている戦闘ロボットと一緒に洗面所に向かい、身だしなみを整える。香水を使う時もあるのだが、KVーα星人の軍司令官と会う可能性が高いため、それは避ける。笑顔が良いか、無表情が好まれるか。場合によって、様々な方法を使い分けて、相手に望む。アシハラ元帥は気が短いことで有名で、下手な事を言って機嫌を損ねる訳にもいかない。色々戦略を練っているうちに、時間が来た。とりあえず、見苦しくないように、身支度は調えた。

会合は、この艦で行うことになったらしい。会合の前に、戦闘ロボットから幾つかの重要情報が譲渡される。ニアミスの際のものが中にはあったが、洒落にならない。帝国がそのような艦を持っている事も驚きだが、それ以上にKVーα星人艦隊の動きを正確に掴んでいたとしか思えない事が、より大きな衝撃だった。

そうなると、この瞬間も危険である。荷電粒子砲艦の出力は要塞砲に匹敵し、当たり所が悪ければ戦艦でさえ一撃で沈黙する。警戒レベルを最大に設定するように部下達に言うと、大統領は貴賓室に向かった。立国宇宙艦隊の旗艦であるこのモンブランには、貴賓用にプールまで作られているのだ。普通の太陽級よりも二回り大きいのは、殆ど戦闘以外の目的である。だから、実戦の能力に関しては、防御能力を重視して製造されている。

護衛のSP達が、歩調を揃えて着いてくる。先に歩いているSP達の背中を見ながら歩調を合わせる大統領に、後ろから戦闘ロボットが追いついてきた。

「オルヴィアーゼが来ました。 ドッキングの許可を求めています」

「うむ」

「正体不明の艦隊からも一隻。 此方は、大統領のお知り合いという事なのですが」

大統領は、名前を見せられて驚いた。それは第五世代のステイ家族の一人。第五世代は人数が少なかったので、全員覚えている。名前があったのは、丁度大統領の従兄弟の家でステイを行った者だ。非常に礼儀正しい人物で、聡明であり、嫌な部分が殆ど無かった。異常な収集癖があったが、欠点はそれくらいで、悪感情を抱いたことはただの一度もない。従兄弟などは、地球人であれば結婚したいとまで言っていたほどだ。

そうか、出世したんだな。そう思うと、胸が熱くなる。KV-α星人に偏見はない。今回も、純粋に済まないことをしたと思っている。

「そちらは知人だ。 失礼がないように、貴賓室にお通ししろ」

「承りました」

感傷に浸っている暇はない。

オルヴィアーゼがドッキングする。艦内が一機に緊張した。貴賓室で、養殖鰐革のソファに腰掛けて、アシハラ元帥を待つ。一分が一時間に感じられるほど長い。やがて、SPを伴って、アシハラ元帥が来た。立ち上がると、その背丈の貧弱さがよく分かる。握手をするのに、腰を軽く曲げなければならなかった。

「よくおいでくださいましたな、元帥」

「そちらこそ、大統領。 今回はご足労頂いて、感謝の言葉もありません」

今回のメインは、アシハラ元帥とKVーα人との折衝である。それを仲立ちするために、大統領は此処にいる。いわば監視役も同然。厄介者でもある。それなのに、アシハラ元帥は不快そうではない。感情がもろに顔に出ると聞いているので、まず一安心である。ひょっとすると、態度にのみ興味を示すタイプかも知れない。精神的にはかなり幼いと、事前の情報で聞いている。そうなると、実力だけでのし上がったのだろう。苦労が絶えなかったに違いない。

軽く雑談をするが、予想は当たった。ファッションよりも食べ物に興味を示している所からして、恋愛経験も殆ど無いのだろう。子供のまま成熟してしまった人間だと言えるのかも知れない。そして、そういったいびつな育つ方をした人間の中から、時としてずば抜けた天才が出る。だから、決して侮蔑の対称には当たらない。

そうこうするうちに、もう一人が貴賓室に入ってきた。立ち上がって、挨拶する。姿は、全く変わっていなかった。背丈はアシハラ元帥と殆ど変わらないが、ブルーグリーンの肩まで掛かる髪には何とも言えない艶があり、肌は健康的に白く、濃い青の瞳には知性が感じられる。手足もすらりとしていて、低身長のハンデは殆ど感じない。色気すらも感じるほどだ。

手を伸ばしてくる。本当に擬態なのかと、疑いたくなるほどに、肌の質感は人間のものと変わらない。握手した。ひやりと、冷たい。

「お久しぶりです、大統領」

「お久しぶりですな、リルリーアさん。 相変わらず若くお美しい。 此方が連合の副司令官、アシハラ元帥です」

「よろしく」

二人の握手を見ると、ようやく一息付けた。

まだまだ予断は許さない。だが、どうにか破滅的な激発は、避けることが出来たようであった。

二人が様々な話し合いをするのを、横で見守る。アシハラ元帥は、KV-α星人の生態についてうすうすと知っているらしい。なぜ艦隊司令官が来なかったかという疑念を最初にぶつけていたが、地球人への擬態があまり上手でないと返答されると、それ以上何も言わなかった。結構臆病なのかも知れない。

二人の話には、特に危険な要素はなかった。KVーα星人としては、早く拉致されている仲間を救出し、状況を見極めるために、この軍を出してきたのだという。立国サイドでも、把握している行動理由だ。一方アシハラ元帥は、軍事活動の邪魔をしなければ何もしないとまで明言した。情報の交換については、アシハラ元帥がちらりと大統領を見たので、それで通じた。

後は、今後の関係が、問題になってくる。話が一段落したところで、切り出す。

「立国大統領としては、今後もKVーα星の方々に、軍事的な協力などは要求いたしません」

「それがよろしいかと思われます。 我々にとっては、軍事力の行使は最終手段であって、経済行動と一体化している地球人類の感覚とは少し違います」

「お恥ずかしい話です」

「今後も、良き関係を築いていきたいものですね」

笑顔を浮かべたリルリーアと再び握手。何とか、終わった。

老いた体に、どっと疲労が来た。二人をそれぞれの艦に送り届けるまでが、この戦だ。ドッキングを解除した二人の艦が離れていくのを見送ると、戦闘ロボットに浮いた汗を拭わせながら、言った。

「アシハラ元帥には、感謝しても仕切れぬな。 並みの指揮官であれば、今頃連合とKV-α星は、熾烈な戦闘状態に突入していてもおかしくなかった」

「もしそうなっていたら、我が国は」

「もう、首都星は落とされていたかもしれぬな。 単独では、やはりフリードリーヒ提督に対抗できる司令官は、まだ立国にはいない」

卑下しているのでもなく、それは単なる事実だった。前回の会戦での立国艦隊の醜態が、それを証明している。

さて、これからどうするか。ステルス技術を使って、網を張ることを、KVーα星の艦隊には許可している。帝国にとってはチェックメイトと言っても良い状況の筈だが、まだ撤兵する様子はない。

まだ何か手があるのではないか。警戒するのに越したことはない。最大限の警戒を保つように厳命したまま、大統領は首都星に引き上げることにした。

平和は、いまだ訪れない。

地球人類の営みは、他の種族まで巻き込みながら、いまだ痙攣を続けていた。

 

(続)