発火する宇宙

 

序、激突

 

立国第七宇宙艦隊は、2000隻に達する麾下の戦力をフル活用して、偵察を行っていた。帝国が宣戦布告してから、既に36時間が経過している。いつ敵が現れてもおかしくない状況で、兵士達は緊張の極みにあった。

国境の緩衝地帯に配備された第七艦隊は、機動力と情報収集を中心とした編成を行われており、旗艦である太陽級戦艦ブルーマウンテンでさえ例外ではない。帝国の侵入予想経路は幾つか想定されていたが、その全てに第七艦隊の戦力は配備されており、無数の機雷と情報収集小型無人衛星もばらまかれている。帝国の技術が如何に独自発達したものとはいえ、奇襲を受ける可能性は低い。事実、帝国は、奇襲などと言うまどろっこしい手には出なかった。

ブルーマウンテンの艦橋に、警告音が響き渡る。艦隊司令官であるコダマ中将の耳に、前線からの警告がひっきりなしに届く。コダマ中将の目が、驚愕に見開かれるのに、そう時間は掛からなかった。

「α戦線より、敵艦発見の報告です! 推定敵戦力、およそ30000!」

「β戦線からも、敵艦発見の報告! 推定敵戦力、およそ18000!」

「が、γ戦線からもです! 敵戦力、12000を超えております!」

「バカな! 帝国の保有宇宙戦力の殆どに匹敵する数だぞ!」

オペレーターが慌てて計測機器に張り付き、情報を分析に掛かる。そして程なく、メインモニターに無数の光点が映し出された。その圧倒的な数は、兵士達を怯えさせるのに充分だった。

「何という数だ!」

「すぐに機雷に自爆命令を出せ! 全部隊に撤退指示! 後方の味方と合流する! こんなところで無駄に戦力を損じてはならん!」

慌てて各艦が反転を開始、核融合機雷の爆発によって出来た炎の壁を背に、撤退する。無人衛星からの情報が途絶えたのは、その直後だった。全力で撤退するブルーマウンテンの艦橋で、分析結果が次々に報告される。

「どうやら敵艦隊は、何らかの形で隕石を牽引し、数を誤認させていた模様です」

「そうだろうな」

法国などの国境配備艦隊まで連れてきている訳がないから、60000隻などと言う戦力はあり得ない。しかし、そうなってくると、敵の意図が気になってくる。全力で撤退する第七艦隊の背後に、速くも炎の壁を突破した帝国の高速機動艦隊が見え始めていた。

「そのままバビロニア要塞に向けて撤退。 心配するな。 我が艦隊の足であれば、逃げられる」

歴戦の提督であるコダマの野太い声は、兵士達を安心させるには充分だった。

追撃してくる敵艦隊は4000余であったが、六時間ほどの追跡劇の後、追いつけずに一度後退した。敵の大艦隊来襲を確認した第七艦隊は、バビロニア要塞にて防御を整えていた味方と合流。およそ12000隻の戦力と、大出力の砲を多数装備したバビロニア要塞との連携で、敵の浸透を阻む体制を整えた。

緒戦は、まず立国がリードしたと言って良い。第七艦隊に損害を出さず、敵の戦力を過大とはいえ確認したからである。コダマ中将はそう思った。

ほどなく、圧倒的な敵の大艦隊が、バビロニア要塞を要するグランド星系に姿を現した。数は50000以上。残りの10000は何処に行ったのか、影も形もなかった。

 

膨大な数の避難民を乗せた立国第十四艦隊は、首都星に向け急いでいた。もともと補給、通信が主任務の艦隊である。戦闘能力は低く、それに対して物資の搬送能力は高い。今回は輸送船まで動員して、避難民を急ピッチで運ぶ任務に従事していた。

艦隊後方から警告。艦隊司令官のフラング中将が億劫そうに指揮シートで身じろぎする。部下が血相を変えて走り寄ってきた時も、彼は落ち着いていた。

「なんだ」

「後方に、膨大なエネルギー反応! 艦隊です!」

「何だと?」

すぐに全速力で撤退するように、更に周辺の味方艦隊に救援を要請するように指示を飛ばすと、フラングはオペレーターの側に歩み寄る。そして、驚愕に引きつり、動きを止めた。

「て、敵艦隊です! 数、およそ24000!」

「に、24000だと!」

明らかに計算が合わない。ついさっき、バビロニア要塞に50000に達する敵の大艦隊が来襲したという報告があったばかりだ。それと併せると74000に達し、帝国の保有戦力を大きく凌駕してしまう。

帝国にどこかの国が援軍を出している可能性も無いだろうし、そうなると何かしらの方法で、数をごまかしている可能性が高い。だが、接近してくる敵の戦力は、間違いなく24000だとあらゆる索敵計器が告げている。

全力で撤退する第十四艦隊だが、輸送船や補給部隊が多いために、足はどうしても遅い。そもそも、この宙域は味方の勢力圏のはずである。一体敵は、どうやって厳重に張られた警戒網を抜けてきたというのか。

そこで、ふと思い当たる。第七艦隊が敵の大戦力に追われて、バビロニア要塞に逃げ込んだという報告は、フラング中将も聞いている。その隙に、滑り込むようにして領内に入り込んできたのではないだろうか。そして、そもそもバビロニア要塞に来襲した敵は、その殆どが偽装戦力なのではないか。背筋に寒気が走る。

「敵、降伏勧告! 対艦ミサイル多数飛来!」

悲鳴に近い報告。後衛が必死にAMMを用いた弾幕を作っているが、味方の到着が間に合うとは思えない。腹をくくる必要がありそうだった。

「民間人を乗せた輸送艦と補給艦を先に行かせろ。 他の艦隊は、残らず防衛線を張り、敵戦力の浸透を阻む!」

敵来襲の報告を聞いた時に、既に覚悟は出来ていたことだ。青ざめた部下達。指揮シートに戻ると、傲然と背を伸ばし、フラングは叫ぶ。

「総力戦準備! 我ら立国軍人の誇り、帝国の鬼畜共に見せてやれ! 輸送艦と補給艦には、指一本触れさせるな!」

「こ、これは!」

「どうした!」

「輸送艦信濃川から警告! 内部にて、巨大な爆発発生! 死者多数! 軍用爆弾を使用したテロの模様!」

「同艦、動力炉を損傷! 速度、著しく落ちます!」

一瞬騒然とする艦内。フラングはすぐ叱責し、部下達を立て直す。

「タグボートをすぐに着けろ! 敵は待ってはくれないぞ!」

「また爆発です! 補給艦弘前、内部で爆発! 死者多数!」

悲鳴が交錯した。さらに、数隻の艦が内部で爆発を起こす。炸裂して、宇宙の塵となる艦さえもあった。

「おのれ!」

フラングが怒りの咆吼をあげた。民間人の被害が20000人以上に達していることを、すぐに部下が報告してくる。フラングは全艦に向けて、放送した。

「見ての通りだ! 帝国は民間人を虐殺する事に、何らためらいを覚えない! 我らの足を遅くするためだけに、20000人以上の民を平然と虐殺した! 奴らを許すな! 死しても、奴らののど笛を食い破れ!」

熱狂的な叫びが上がる。

「シールド艦は後方に下げ、輸送艦が襲われた時に最後の盾となれ! 全艦、短距離空間転移準備!」

「おおっ!」

兵士達が喚声を上げる。フラングのその言葉が、何を意味しているか分かったからである。対艦ミサイルとAMMのぶつかり合いが一巡したタイミングで、立国第十四艦隊は、その作戦を始めた。

およそ1300隻の艦が、シールド艦100隻を残し、一斉に短距離ワープしたのである。ワープ先は、帝国艦隊の鼻先である。そして唖然とする帝国艦隊に向けて、全火力を叩きつけたのだ。

通称ファランクス。地球時代の密集突撃戦法の名を借りたこの戦術は、破壊力が大きい反面、その被害の大きさが知られる。少なくとも少数部隊が大艦隊に向けて行う戦術ではなく、危険性が高いために好まれることもない。だが、敢えて此処でファランクスを行う事により、典型的な奇襲が成功したのだ。数で勝る帝国艦隊は確実に意表を突かれ、算を乱した。誰の目にも、それは明らかだった。

己の命を省みず、立国第十四艦隊は炎の固まりとなって突入した。駆逐艦が戦艦に体当たりし、共に爆散する。司令官までもが一種の集団ヒステリーに包まれた第十四艦隊は、あまりの苛烈な突撃に恐れさえ抱いた帝国軍艦を、手当たり次第に打ち崩していった。特に前衛の第九艦隊は支離滅裂に蹴散らされ、右往左往する内に火球になっていった。そして、立国艦隊も、兎に角数が多い帝国艦隊から降り注ぐ攻撃により、みるまに削り取られていった。

無事だった輸送艦が安全圏に逃れ、援軍が到着した時には、第十四艦隊の戦闘可能な艦艇1400隻のうち、無事だった艦は310隻になっていた。そのうち100隻は輸送艦に張り付いていたシールド艦であるから、ファランクス戦法に参加して無事だった艦は200隻程度しかいなかったのである。しかもその全てがエネルギーを使い果たし、武装もほぼ空になっていた。激戦の凄まじさが伺える。

第十四艦隊の戦力の内、712隻が撃沈され、その中には旗艦ブルックリンも含まれていた。司令官フラング中将は戦死。フラング中将は帝国第九艦隊の旗艦を発見、対空砲火を強引に突破。満身創痍のまま突進し、敵艦に激突。相打ちになったのである。損害率から見れば勝った側の帝国軍も、戦闘記録や破片などから、800隻前後を失っていることが明らかとなっていた。帝国の勝利だが、第九艦隊は司令官と二割近い戦力を失い、壊滅に近い。

立国はすぐさま帝国の民間人攻撃を全人類国家に報道。著しい非人道的行為として非難した。それに対し、帝国は立国が民間人を爆殺し、帝国に罪をなすりつけようとしたのだと非難した。だが、帝国の主張を聞く国など、何処にも存在しなかった。状況証拠からも、帝国の行動であると明らかに思えたからである。ただし、帝国の報道はあくまで国内の民に向けた宣伝工作であるため、全く意に介した様子がなかった。

立国軍の主力宇宙艦隊16000隻が、第十四艦隊の残兵を収容し、布陣したのに併せ、突出していた帝国軍機動部隊も一旦バビロニア要塞付近に後退。合流して、要塞攻略の構えを見せ始めた。

最初の戦闘で、早くも双方には致命的とも言える憎悪が芽生えていた。血みどろの戦闘が今後展開されるのは、ほぼ間違いない事態となっていた。

 

バビロニア要塞前面に布陣していた味方艦隊と合流したフリードリーヒ提督は、近年にないほどに不機嫌であった。部下達を睥睨すると、吠えるように叫ぶ。

「チャン大佐は何処へ行った!」

艦隊司令官達も顔を見合わせるばかりであった。ぎりぎりと歯を噛む。副官が、怯えたように一歩下がる。

フリードリーヒが使った作戦は、ごくシンプルな陽動作戦であった。6000隻の艦隊に、多数の偽装隕石を牽引させ、さぞ大軍であるかのように思わせる。帝国で最近開発された、特殊な独自光学迷彩技術を応用したものである。後退した敵第七艦隊の隙に乗じて、本隊約24000隻が敵領内に食い込み、一気に進撃。場合によっては、そのまま首都星を陥落させる。

作戦は、途中まで上手くいっていた。完璧であったと言っても良い。あの輸送艦隊と、途中出くわすまでは、である。

間隙とも言える敵勢力の空白地帯を最大速度でくぐり抜けてきたフリードリーヒには、痛い誤算であった。情報はチャンがもたらしたものであり、うさんくさいとは思いながらも従わざるを得なかった。その結果が、あの惨劇である。

情報を漏らさないためにも、捕縛に動くしかなかった。そしてあの悲劇。民間人を多数乗せていただろう輸送艦が爆発したのは、フリードリーヒの旗艦からも見えた。

腰を上げかけた時には、第九艦隊が全軍死兵と化した敵のファランクス戦法によって壊滅していた。その時、上手くやれば、敵の輸送部隊を捕縛することは出来た。事実、やる自信はあった。だが、フリードリーヒは敢えてその命令を出さず、後退を命じた。弔辞を出したいところだったが、帝国でそんな事をすれば、敵に通じていると勘ぐられて、死刑になるのが落ちだ。

何もかも、チャンが後ろで糸を引いているとしか思えない。あの忌まわしい航路を進撃させたのも、輸送艦が爆発したのも。爆発した輸送艦に乗っていただろう者達の事を考えると、胸が痛む。反面、無様な戦死を遂げた第九艦隊の司令官に対しては、これと言って何も感じなかった。

とにかく。敵国を一気に落とす作戦は失敗した。これからは出来るだけ短時間でバビロニア要塞を落とし、少しでも多くの星系を制圧するしかない。だが、上手くいくとはとても思えなかった。

立国宇宙艦隊は、あの忌まわしい事件で猛り狂い、一丸となっている。それに対して我が軍は。フリードリーヒは嘆息するしかなかった。味方の提督達は士気が低く、第九艦隊の兵士達の中には、戦況不利と見て逃走しようとする者までいたのだ。

「チャン大佐が現れたら、すぐ私の元に出頭するように伝えろ」

「はっ!」

「私は一旦自室に戻る。 バビロニア要塞攻略は、明日から取りかかるぞ」

靴音も高く、フリードリーヒは艦橋を後にした。怒りが沸き上がる。チャンがやったことにほぼ間違いはないだろうが、しかし帝国が裏にいることも明らかだ。こんな国は負けてしまえばいいのだと、密かに思い始めていた。

愛国心は確かにある。だが、今のこの国に対しては、愛想が尽きたというのが本音だ。武骨な武人であるが故に、フリードリーヒは憂国の思想も強い。幸い、今、自分の手には最大の戦力がある。

この時、フリードリーヒは、ある一つの覚悟をした。

 

1,延焼

 

戦争が始まっても、学校は開かれている。授業は行われる。前線では今も兵士が死んで行っているのに、後方では享楽的な番組さえも流されている。社会が巨大だという反面、どこかに歪みもある。

学校から帰ってきた賢治は、ぼんやりとテレビを見ながら、そう思った。

毎朝の修練は欠かしていない。立花先輩には毎日振り回されているし、ルーフさんを一人にしないように交代で行ったり来たりしている。三年の二組に入ったシャルハさんが今一番面倒を見なくてはならない相手だが、学校ではかなりおとなしくしてくれているので、負担は小さい。

首都星には、帝国に面した辺境からの避難民を乗せた船が、続々と到着している。場所なら幾らでもあるため、今のところ大きな混乱は生じていない。地上以外にも、現在は宇宙ステーションでも海底でも地下都市でも、人類は活用を可能としている。ただし、避難民用の官給住宅については、難しい状況であるようだ。このため、主にロボットを対象とした土木系の仕事依頼が多数舞い込んできており、また小型のテラフォーミング用宇宙船まで動員されて、住居の建造が行われているようだ。というのは、賢治がクラスメート達から聞いた話である。

テレビを消すと、携帯端末をチェックする。気が抜けたという訳ではないのだが、何だか最近少しだるいのだ。風邪ではないようだが、どうもやる気が起きない。静名にバイタルサインはチェックして貰ったが、異常は出ていない。既存の病気に、共通する症状のものもないそうだ。

念のため、KVーα星とのステイで出た病状も確認してみたが、それとも一致しない。体から未知のウィルスも出ていない。そうなると、心因性のものであろう。

何でやる気が起こらないのか、いまいち分からない。特に不満はないし、周囲とも馴染んでいると思う。立花先輩とも上手くいっているし、ルーフさんは親切にしてくれる。軍の人たちも、監視はしているにしてもストレスを与えないように、上手くやってくれている。

やはり分からない。ここ数日、順調に進みすぎていて単にだらけているのかとも思ったが、それも違うような気がした。

動いていないとやはり気持ちが悪い。仕方がないので、勉強をすることにした。しかし、それも決定的な解決にはならない。机に向かって今日分のノルマをしっかりこなすと、だいぶ時間が余ってしまった。何もすることが無くなってしまう。明確な趣味がないと、こう言う時に辛い。寝てしまおうかと思ったが、まだ夜も浅い。今寝ると、翌日かなり困る事になるだろう。かといって、MMORPG等をやるには、時間が足りなさすぎる。

折角美術部にいるのだから、絵でも描こうかと思い立ち、キャンバスを出してくる。しかし、題材が浮かんでこない。賢治のレベルではまだ技術面で致命的に不足しているから、兎に角多く絵を描くことが大事だという事は分かっているのだが、まるで気が乗らないのである。

キャンバスとにらめっこしていても、何も変わらない。白いままだ。題材を幾つかかえてみたが、それも無駄だった。ドアをノックする音。静名である。部屋に入って貰う。静名はトレイに水の入ったコップを乗せていた。

「静名、どうしたの?」

「睡眠導入剤を購入してきました。 何かしらの病気であることを懸念するのであれば、無理にでも睡眠を取っておいた方が良いかと思いまして」

「うん、そうだよね。 有難う」

武骨と言うか不器用というか、静名なりの心遣いを感じで、賢治は礼を言う。周囲が如何に変だと言っても、賢治はロボットに対するこの姿勢を変える気は、今後も無かった。

キャンバスを仕舞うと、貰った薬を呷って、ベットに潜り込んだ。あまり薬に頼るのは良い傾向ではないと思う。だが、今回ばかりは仕方が無いとも思った。薬が効いてきて、うつらうつらとし始めた頃、携帯端末が鳴る。蛍先生からだった。回線をつなぐと、血相を変えた蛍先生の上半身が立体映像で作り出される。

「被名島君、まだ起きてる?」

「はい。 何でしょう」

「大変よ。 貴方のクラスのクワイツ君が、大けがして病院に運び込まれたの!」

思わず飛び起きる。蛍先生はすぐに病院を教えてくれた。明日は休日だが、行くのなら急ぐようにも、と。

既に外は夜だ。静名に言って、タクシーを回して貰う。クワイツは任務に参加していない一般人だから、レイ中佐に頼む訳には行かない。タクシー代も、自分の財布から出すしかない。

立花先輩に連絡を入れる。立花先輩は丁度パジャマに着替えたところだったらしく、眠そうに目を擦っていたが、賢治の説明を聞いて眠気も吹っ飛んだようだった。クワイツと先輩はあまり接点がないが、それでも賢治の悪友だと言うことは知っているはずである。やっぱり、義に厚い人なんだなと、賢治は思った。

「分かった。 すぐに行ってきなよ」

「ありがとうございます」

「ただ、分かってるね。 バビロニア要塞に帝国軍が殺到しているってニュースは、被名島も聞いてるだろ。 それに乗じて、どんな事件が起こるか分からない。 いざというときは、こっちを優先して貰うことになる。 こういう事はあまり言いたくないけれど、優先順位をつけて物事を考えなければならない立場に、被名島はいるんだ」

「分かって、います」

直球で立花先輩に言われると、流石に少し心苦しいものがある。いざというときは、ルーフさんを守るために、クワイツを見捨てなければならないのだ。もっとも、クワイツを賢治が救えるわけでもない。あくまで、極端なたとえの話だ。

仕方がないことでは、あるのかも知れない。

欠伸しながら立花先輩が回線を切る。見舞いに行こうかと思ったが、どうしようかとも思い直す。クワイツは悪友だが、病院に駆けつけるなどと言うことをしたら迷惑ではないかと思ってしまう。パジャマを着替えながら、賢治は不安に眉根を寄せた。

だが、思い直す。立花先輩は行ってこいと言ってくれた。それが、賢治の背中を後押しする。タクシーが来る。すぐに病院の場所を告げて、向かって貰った。護衛に、静名が付いてきてくれた。

タクシーの運転手はかなりの老齢で、多少危なっかしい手つきだったが、現在は様々な補助プログラムが事故を防ぐ。夜の街を、タクシーが走る。携帯端末から、蛍先生にもう一度連絡。狭いところなので、ボイスオンリーモードに切り替えて、通話する。

「今、クワイツの病院に向かっています」

「そう。 結構早いのね。 ひょっとしたら、明日行くつもりなのかと思っていたんだけれど」

「有難うございます。 それで、クワイツですけれど、どうして怪我したんですか? 先生は何か知りませんか?」

「それが、よく分からなくて。 怪我した理由を、本人も言わないみたいだから。 ただ、絶対安静とか、面会謝絶とか、そういう状態じゃないみたいよ。 意識もしっかりしているみたいだし、安心はして良いわ」

それを聞けば、言葉通り多少は安心できるが、しかし何だか嫌な予感がする。途中、お土産を買ってくれば良かったかと思ったが、いちいち止まるのも面倒だ。幸いなことに、現在お給金については心配しなくても良い状態である。タクシー代程度なら問題にもならない。しかしながら、時間は有限だ。あまりのんびりしている訳にはいかない。

小さな総合病院の前に止まった。直前、高速救急ヘリが病院の屋上に止まるのが見えた。眠そうに料金の精算を求めてくるタクシーの運転手に、カードを渡す。精算の手間が面倒くさい。タクシーを降りる。まだ面会終了時間までは、少しあった。小走りで付いてくる静名が言う。

「命の別状もないのなら、此処までする必要は無いのでは?」

「……クワイツは、今になって思うけれど、マスコット扱いされてた頃から、僕にも結構平等に接してくれていたんだ。 初めて出来た、同年代の、同性の友達だって言ってもいい。 何かあったんなら、力になりたいよ」

「そうですか」

小首を傾げる静名を後ろに、受付センターに。クワイツの学友だと知らせると、結構簡単に取り次いでくれた。病室を確認すると、静名がナビゲートしてくれる。意外に近い病室だった。

担架に乗せられた患者を、血相変えた看護師達が運んでいく。さっきヘリで搬送されてきた人だろうか。一瞬、担架の脇からはみ出している腕が見えたが、血で真っ赤に染まっていた。

「し、静名」

「落ち着いてください。 あの患者は、検索したところ下町の電気工事業者です。 爆発事故を起こして運び込まれた様子で、クワイツ様とは関係ありません」

「そ、そうか」

「病室は其処です」

もう、病室はすぐ其処にあった。薄暗い病院の廊下を、行き来する患者とすれ違う。不気味で、賢治は少し怖かった。

病室にはいると、四人部屋だった。一番奥のベットに、クワイツは寝かされていた。頭に包帯を巻いていたが、既に意識はあり、すぐに賢治に気付いた。

「お、被名島?」

「ああ、蛍先生から君が怪我したって聞いたから」

「そうか、なんか照れるな。 美人の見舞いだったらもっと良かったんだがよ」

側に寄るように、クワイツは笑顔で差し招いた。隣に賢治が座ると、そこで急に真面目な顔になる。

「前、お前にストーカーが付いてるって話、聞いたよな」

「うん」

「どうやらそいつらしい。 だけどなあ。 結構可愛い子でさ。 何であんな余裕のない表情だったのか、俺には良くわからん」

それで、原因が分からないとクワイツは言った訳だ。何となく、賢治は合点がいった。

クワイツは特定の交際相手さえいないが、交友関係は広く、義にも厚い。また、女子に対しては、今時珍しいフェミニスト的な思考も持ち合わせている。ストーカーが女子だと言うことや、クワイツ好みの「結構可愛い子」であると言うことは、賢治にも分かった。幾つか、確かめておきたいこともある。

「先生には言わないって約束するから、その子のことで、分かることを幾つか教えてくれないかな」

「そうだな、お前には知る権利があるよな。 マスコミが振りかざす特権的な意味じゃなくて、本当の意味で」

「……少し、それについては自信がないけど、ごめん」

「いいんだよ。 家族を除けば、お前が最初に見舞いに来てくれたんだし、分かることは全部話しておくよ」

気を利かせて、静名が遮音フィールドを展開してくれた。あまり面会時間は残っていないので、早めに話を済ませておく必要があるだろう。身を乗り出して、聞く体勢に入った賢治に、クワイツは敢えて声を潜めた。

「今日の夕方な、ナンパしようと思って、繁華街歩いてたんだ。 もっとも戦果はゼロだったけどな」

「戦争が起ころうとしてるってのに、肝が据わってるね」

「ははは、そうかもな。 五人目に袖にされて、少しした頃だったか。 赤いスカート穿いた後ろ姿を見かけてよ。 年も俺と同じくらいで、ちょっと見えた横顔が結構可愛かったから、声を掛けようと思って着いていったんだ。 そうしたら、すっと裏通りに入り込まれてさ」

嫌な予感がしたのだという。そして、好奇心で追いかけたのが、命取りとなった。

「裏通りを覗き込んだ途端に、脇からこう、手がすっと伸びてきてな。 後は相手の顔も見えなかった。 後ろからガツンって一発、後は殴る蹴るで、酷いもんだ。 俺もこんな性格だから、喧嘩をしたことがない訳じゃないんだが、あれは圧倒的だったな。 本当にでたらめに強かった。 手も足も出なかったし、肋骨が二本やられたよ」

「酷い、ね」

「いや、俺の方も節操なくこんなご時世にナンパなんかしてたから、自業自得って事もあるかって、諦めてた。 ただ、最後に気になることを言ってた」

「気になること?」

賢治が眉をひそめるのを確認してから、たっぷり思わせぶりにクワイツは言う。何だか自分が怪我したというのに、状況を楽しんでいる風でさえある。

「被名島まであとちょっとってさ。 その子が言ってな。 お前の名字珍しいから、すぐにぴんと来た。 例のストーカーの子だろうってさ」

「そうか。 ごめん。 やっぱり、僕が本腰を入れて調べなかったのがまずかったんだろうね」

「何言ってる。 お前のせいじゃねえよ。 ストーカーなんか、被害者が原因じゃないんだ。 やる方が全面的に悪いんだからよ。 それと、もう一つ。 ちょっと気になったことがあったんだ」

クワイツは敢えて言葉を切った。そして賢治が聞く態勢をきちんと取っていることを再度確認してから、話し始める。

「ぼっこぼこにされてる途中によ、ちょっとだけ見えたんだ、靴下が。 間近で。 そうしたら、あまり高級なブランドじゃなかった。 多分、学区内の子だぜ、あれ。 それも、裕福じゃないか、一人暮らしをしてるんだろうな」

「……なる、ほど」

それが分かればかなり範囲を絞り込める。もう少し話を聞いて、背格好も判断。立花先輩より少し背が高いくらいの、小柄な人物だ。

どうやら、特定できそうだ。明日、立花先輩に話して、いざというときに備えて貰う。後は自分で直接話して、決着を付ける。精神的に病んでるような相手の可能性も低くはない。会話が成立しないような相手であった場合は、立花先輩に対処を手伝って貰うしかない。

「被名島」

「何?」

「お前のことだから、これだけ条件が揃えば、もう明日にでも特定できるんだろ?」

「いや、もう分かった。 多分、あの人だ」

考えてみれば、色々と予兆はあったのだ。だが、今更悔いても仕方がないことである。ルーフさんに手を出させる訳にはいかないし、立花先輩の行動リソースを削ぐ訳にもいかない。

賢治が、決着を付けなければならなかった。

「にしても、世の中は分からないな。 本人のあずかり知らぬところで勝手に逆恨みするようなアホならともかく、あんな見かけ普通の子がストーキングだもんな」

「人間って、よく分からないよね」

「ああ。 この年でそんなことを考えるとは、思ってもいなかったけどな」

今度みんなでナンパにでも行くかと言われて、賢治は苦笑した。ルーフさんと接していると、人間をしっかり理解しなければならないと、何度も思わされる。

病院を出ると、もう夜だった。今頃になって薬が効いてきて、かなり眠い。

明日に備える意味でも、早めに休む必要がある。隣で護衛してくれている静名が、どうしてか妙に心強かった。

 

早朝、ランニングを終えると、賢治は立花先輩に連絡を取った。ストーカーが特定できたこと、自分が決着を付けることを告げると、立花先輩は納得してくれたようだった。注意するようにといわれはしたが、止められることも無かった。

もともと、賢治の方でも、この件はずっと調べ続けていた。恐らく、同じ学校にストーカーがいることも、今までの様々な事象から分析は出来ていた。決定的な情報がなかったと言うこともあり、今までは調査が進展しなかったが、今度は違う。クワイツの証言で、人物を絞り込むことが出来た。

クワイツを傷つけたことは許せない。だが、クワイツが庇うと言うことは、一般的なストーカーとは違い、単なる精神異常者ではないという可能性もある。その辺りを直接会うことで、しっかり確かめたい。ただ、大半のストーカーは、個人の思いこみや逆恨みで犯行に及ぶことが殆どだ。期待や油断は禁物である。いざというときは、警察に突き出す必要があるだろう。

呼吸を整える。静名が護衛しようかと言ってくれたが、謝絶する。最悪の事態が来た時には、立花先輩に出て貰う必要がある。だが、それ以外は自分で何とかしたい。それに静名がいると、相手も警戒する可能性が高い。高性能の軍用ロボットは、ステータスが同じでも、人間が勝てる相手ではない。立花先輩でも、静名やフォルトナを素手で倒すのは難しいだろう。

ルーフさんから通話。心配そうにしていたので、笑顔を返す。それでちょっとだけ安心してくれたようであった。美人を心配させるのは、あまり望ましいことではない。さっさと決着を付けなければならなかった。

念のために護身用のスタンガンと閃光弾をポケットに入れる。いざというときのための護身用だから、本来はこんなところで使うべきではないのだが、仕方がない。もし怒られたら、後で謝るしかない。

学校に着いた。緊張する。学校のデータベースに接続し、本人が何食わぬ顔で登校してきていることを確認。

準備は、整った。

 

2,ささやかな闘争

 

別のクラスに行くのは初めてだし、まして女子を呼び出すなんて今までやった事もない。だから緊張した。その上、相手は精神を病んでいるかも知れない、危険な人物だ。心の病は治療法が確立されている現在とはいえ、潜在的なその恐ろしさについては、賢治も熟知している。

昼休みである。何気なく通りかかったふりをして、八組の中を確認。いた。名前は、ブロンズ=リー。

美人だとクワイツは言っていたが、実際には特に目立つことがない、物静かそうな女子だ。所属している部活も茶道部だとかで、あまり活動的な雰囲気ではない。だが、ただ者ではないことは分かっている。何しろ体育祭で、あの立花先輩と五分に戦った人物である。恐らく、だが。賢治を殺すつもりなら、十秒もかからず首をへし折ってみせるのではないだろうか。

空手部で鍛えて貰っているとはいえ、相手が悪すぎる。ライオンに対して話を付けるのに等しい状況である。腕力では絶対に勝ち目がない相手だ。こう言う時、強化ナノマシンの普及がちょっとだけ恨めしい。強化ナノマシンによって人類の能力、寿命、免疫は著しく強化された。男女の能力差も殆ど無くなった。だが、だからこそに、危険な人物を判別するのも難しい。

一旦教室の前を通り過ぎた後、立花先輩に連絡。ルーフさんとシャルハさんをそれぞれ孤立させる訳には行かないので、あまり長時間は掛けられない。シャルハさんに到っては、学校に来たばかりだ。今三年の協力者と苦労しながら折り合いを付けているという話で、色々と苦労が絶えないはず。賢治の周辺関係で、迷惑を掛けてしまってはいけない。だから、出来るだけ速攻で問題を片付ける。

立花先輩は、廊下の影に伏せた。そのまま、携帯端末に声だけ吹き込んでくる。ちらりと影だけが、一瞬見えた。

「よし、いざというときはすぐに割って入ってあげる」

「お願いします」

「分かってると思うけど、相手は異常者の可能性も低くない。 もし会話が成立しないと思ったら、すぐにあたしにバトンタッチね」

「分かってます」

通話を切る。立花先輩の心遣いは、本当にありがたい。しかし、賢治としては、どうにかして会話で決着を付けたいのだ。

相手は立花先輩でも、簡単に勝てるとは限らないレベルの使い手だ。立花先輩を怪我させるのは不快だし、いざというときはある程度自分で何とかしたい。レイ中佐に言われたことを思い出す。立花先輩の頭脳になることを考えろと。

だが、それだけでは嫌だ。

しっかり覚悟を決めて、八組に歩き始める。殺されるかも知れないと思うと、やはり緊張する。怖いことも確かだ。しかし今のままではいけないと、自分に言い聞かせて、歩く。放っておいたら、更に被害が出るかも知れない。やるしかないのだ。

教室から出てきた男子がいたので、ブロンズを呼んで貰った。ブロンズが小首を傾げながら出てきて、賢治を見て停止した。映像を見るかのような鮮やかさだった。後ろめたい様子は、ない。しかし、ふっと視線を逸らされた。

何かあることを確信する。教室の中の何人かが、こっちに注目しているようで、少し恥ずかしい。

「あの、ブロンズさん。 少しいいかな」

「何か用?」

小さな声で、しかもぶっきらぼうな返事だ。地味な子だが、顔の基本的な造作は良く整っている。間近で見ると、クワイツが美人さんだと言ったのも頷ける。地味なのは、雰囲気が暗いからだろう。

賢治は幾つか対応を想定していた。いきなり暴れ出すもの、しらを切り通されるもの。ぶっきらぼうに出られるというのも、想定の中にあった。

「此処じゃ話しにくいから、ちょっと場所を変えたいんだけれど、いい?」

「誤解されるような事はしたくないの」

「ブロンズさんだね。 僕をストーキングしてたの」

わざと周囲に聞こえないようにそう言うと、ブロンズの目に烈火が宿った。間違いない。ストーカーは、この子だ。

来て欲しいと言うと、ブロンズは着いてきた。立花先輩は、一定距離を置いて着いてきているはずだ。場合によっては、スタンガンを使う。閃光弾も手だ。だが、それらは最終手段。

屋上に出た。周囲に人があまりいない事に気付くと、賢治は振り返る。ブロンズは、まるで死んだ魚みたいな目をしていた。そして、賢治とは目を合わせてくれない。

「聞かせて欲しい。 どうして、クワイツを怪我させたのか。 他にも、怪我させた人がいるんじゃないのか」

「何を根拠に?」

「着いてきたことが根拠かな。 しらを切り通すのだったら、監視カメラに写ってた君の映像を、学校の黒板全部に出すつもりだったけど」

「へえ。 命がいらないみたいね」

すっとブロンズが目を細める。緊張する。もし相手が本気になったら、十秒もかからず殺される。間近に感じる、確実な死。それを分かった上で、賢治はこの方法を選んだ。だから、退かない。

「分からない。 僕なんかを、何でストーキングしたの?」

「顔が好みだったから」

「え?」

「側に置いておいて鑑賞しようと思っただけ。 別に、君の心理だとか、人格だとか、ましてや愛情なんてどうでもいい。 君って言う人形を手に入れて、手近に並べておこうと思っただけ」

怒りは、不思議と湧いてこなかった。それよりも、むしろ気の毒にさえ思えてくる。この人は、賢治よりも遙かに、社会と関わりを持っていないのではないだろうか。恐ろしいほどに、冷たい。

ストーキングは殆どの場合、執着から産まれる犯罪だ。歪んだ愛情や、逆恨み、それに嫉妬。いずれも、それは歪んだ執着の結果である。一種の精神異常と言っても良い。だが、この子は違う。それを賢治はしっかり感じ取った。

会話するのも、自らの生存に必要なため。人間と接するのも、同じ。自分を人間とは思っておらず、他人も同格の存在だとは見なしていない。今、この人は賢治を人形だと言った。恐らく、他人が自分を見ている視線も同じだと、そう考えているはずだ。

何がこの人を、外側に弾いてしまったのだろう。賢治と同じように、両親が問題だったのだろうか。それとも、生まれついての素質なのだろうか。

「クワイツは、貴方を美人だって言っていたよ」

「はん、見え透いた嘘をつかないで」

「本当だよ。 もっとも、クワイツは惚れっぽいみたいだから、他の女の子にもみんなそう言ってるのかも知れないけど。 まあ、僕も、結構綺麗な人だなと思うけど」

「私が? ばかばかしい。 そうやって、命をつなごうって思ってるのなら、大きな間違いよ。 知ってるんだから。 私が、存在するだけで、不快感を誘発する存在なんだってね。 だから、君にも期待しない。 側に置いておこうとだけ思っていたんだけれど、それももう難しいか」

ブロンズが、二歩歩み寄ってくる。ああ、そうか。この子は人間だと自分を思っていない。周囲も、人間だと思っていない。そう育ってしまったのだろう。本当の意味でコミュニケーションを取るのは、きっと無理だ。周囲が、そうしてしまったのだろう。

地味に見えたのは、必要なコミュニケーションしか、最初から取ろうと思っていなかったから。だから表情も他人に見せない。いや、そもそも存在しない。人形にされた女の子が、本能だけ人間として、今此処にいる。だから、完膚無きまでに、壊れている。

賢治は気の毒な人だなと思った。

「仕方がない。 記憶がなくなるまでぶん殴るしかないか」

ブロンズの口が、三日月の形につり上がった。

反応など、とても出来なかった。

縮地という技だと、後で聞いた。歩法を工夫することで、距離感を錯覚させ、瞬時に距離を詰めたように思わせる技術。

受け身を取る暇もなかった。ガードを上げる余裕もなかった。気付いた時には、唸りを上げて飛んでくるブロンズの足を、賢治は呆然と見ていた。

 

「被名島あっ!」

飛び出したキャムが、賢治を突き飛ばすのと、ブロンズの蹴りが炸裂するのは同時だった。ガードはかろうじて間に合ったが、とんでもなく重い蹴りだった。体格の差もあり、吹っ飛び、コンクリの床にたたきつけられる。受け身をして、転がりながら、状況を分析。

勢いよく突き飛ばしたため、賢治は床で伸びていた。歯を噛み、立ち上がる。今、ルーフさんとシャルハさんは、狙撃犯の人たちが監視護衛している。いざというときが、あるかも知れない。

だから、速攻で、勝負を決める。

屋上にいた他の生徒達が逃げていく。立ち上がったキャムは、ブロンズを見失ったことに気付く。今の歩法、縮地か。横っ飛びに、抉りあげるように飛んできた蹴りをかわす。僅かにかすった。それだけで、肌が割かれる。

やはり此奴、この間は本気を出していなかったな。キャムは歯を噛んだ。此方も、本気で行かざるをえないようだ。

「おや? 二年の立花先輩。 こんなところで何用ですか?」

「それはこっちの台詞だ。 あたしの有能な部下に、よくもまあ面白いことをしてくれたな」

「何の事やら。 蠅が飛んでいたので、落として上げただけですのに」

キャムは制服のボタンを幾つか外すと、革靴を脱ぎ捨てた。そのままファイティングポーズを取ると、左右に軽くステップを踏みながら、じりじりと距離を詰める。本気で潰すと決めたからには、邪魔なものは全て排除する必要がある。だから戦いにくい靴は脱ぎ捨てた。

キャムが本気でつぶし合うつもりになったのを、悟ったのだろう。ブロンズは低く態勢を落とすと、怪鳥のような雄叫びを上げながら、躍り掛かってきた。

拳が飛んでくる。右に弾きながら、顔面に肘を入れようとするが、残像が残るほどの速さで後ろに逃げられる。ぎゅっとコンクリの床を踏みしめると、後ろ回し蹴り。胴に直撃。ガードされる。だが、ガードの上から通る。ブロンズが顔をゆがめる。距離を取る。

再び、躍り掛かってくる。両手をつかみに来る。右は弾くが、左は弾き損ねる。直後、跳んだブロンズが、膝を腹に直撃させた。くの字に体を折り曲げかけるキャムは、膝を掴むと、そのまま地面に投げ倒す。背中からコンクリの床にたたきつけられたブロンズは、くぐもった声を上げた。

「らあっ!」

飛びつき様に、胸の中央に、拳を一撃。側頭部を掴まれ、床にたたきつけられる。だが頭を掴んだ腕を掴み返し、床を掴んで力づくで体を持ち上げ、逆にもう一度床にたたきつけてやる。腕を取って固めてやろうかと思ったが、すぐに立ち直り、肘を首筋に入れてくる。ガードしながら飛び離れる。

双方、立ち上がる。

頭から流れてきた血を手の甲で拭うと、振って落とす。奴も額から血を流していた。妙に腹が立つ奴だとは思っていたが。徐々に、苛立ちが殺意に変わってくる。正真正銘の殺気を放ちながら、キャムは吠える。

「貴様ぁ! やはり前の時は、手を抜いていたな!」

「先輩こそ」

「どっちにしても、許す気はない。 此処で潰す」

「それは此方のせり……」

縮地。唖然とするブロンズに、ジグザグに間を詰めたキャムは、無防備の顔を掴むと、飛び膝蹴りを叩き込んだ。

悲鳴も上がらない。更にとどめに、ぐらついた顎を蹴り上げる。

更に、一回転しての回し蹴り。側頭部に直撃。

背中から地面に叩きつけられたブロンズは、完全に白目をむいていた。肩で呼吸を整えていく。とんでもない相手だった。多分、キャムが戦ったことのある人間の中では、間違いなく最強の存在であっただろう。

「被名島、無事か?」

「い、いたた。 な、何とか」

「全く、イボイノシシの体当たり喰らったブチハイエナみたいな顔して。 ほら、ハンカチ使って」

「すみません、結局役に立たなくて」

手をさしのべて、被名島を立たせてやる。それにしても、何であんなに頭に来たのか、よく分からない。騒ぎを聞きつけたらしく、屋上に、先生達が来た。叱責しようとする体育の先生を、蛍先生が制止。保険の先生が、ブロンズを連れて行った。賢治に肩を貸して歩きながら、校長室に向かう。キャムはこれから説教を受けなければならない。

その途上、賢治が言った。

「ブロンズさん、可哀想な人でした」

「……そうかも、知れないね」

「あまり、憎まないであげてください」

それは難しいなと、キャムは思った。どうして難しいのかは、自分でもよく分からなかったのだが。

賢治は一応簡易検査を受けたが、命に別状無し。先生方に事情を説明してくれたのは嬉しかった。ブロンズはそのまま病院に搬送されて、入院という形になった。脳しんとうを起こしていたし、精神的な分析も必要になってくる。被名島がブロンズから聞いた話が本当だとすると、そうとうに質が悪い家庭内虐待を受けていた可能性がある。刑事事件になるかも知れない。昔と違い、現在では犯罪の原因になった人間も、重く裁かれるシステムが確立されている。

キャム自身は、校長先生に呼ばれて説教されるだけで済んだ。魔王としての悪名がまた高まることになったが、それは別にいい。しっかり被名島を守ることが出来なかった方に、より不快感がある。よく分からないのだが、不愉快で仕方がない。

分からないことだらけで、苛々する。

校長は部屋に入ってきたキャムを見ると、大きくため息をついた。二人っきりとなると、キャムが恐れて止まない学校の支配者は言う。

「キャムティール」

「はい」

「今回は貴方にばかり責任がある訳ではないと、私も考えています。 しかし、体面上は怒らなければなりません。 なぜだかは分かりますね」

「はい」

自分が校長の立場でも、怒るだろう。ストーカーから後輩を守るために戦ったとはいえ、過剰防衛気味だったのは事実だったのだから。

正直な話、手加減などしている余裕はなかった。最後に使って見せた縮地も、切り札の一つだったほどなのだ。油断すれば、意識を失ってコンクリの床に転がされていたのはキャムだったはずだ。しかし、殺すつもりで飛び膝蹴りを顔面に叩き込んだのは、やり過ぎだったような気も、今ではする。

「大事な任務もありますし、停学にはしません。 しかし、今回の件を、周囲に話すことは一切禁止します。 それと、美術部の活動はしばらく休止なさい」

「しかし、そうなると、ルーフさんとシャルハさんの護衛は」

「そちらは被名島君に任せなさい。 貴方の仕事を少しでも分散して、将来に備えるのが賢いやり方です」

言われてみれば、その通りだ。賢治にはそろそろもう少し任務を任せても良い頃である。今回もブロンズには手も足も出なかったとはいえ、キャムに連絡を取り、しっかりした対応をしていた。

もう少し信頼してもいい時期なのかも知れない。

「説教は以上です。 もう帰っても良いですよ」

「……失礼します」

校長室から出ると、ルーフさんとシャルハさんが待っていた。何だか、少しだけ、嬉しかった。

 

病室のベットで目を覚ましたブロンズは、負けたことに気付いて、外を見た。病室の窓には、脱走を防ぐためのシールドが張られているが、景色はきちんと見ることが出来る。秋の今は、美しい紅葉を楽しむことが出来た。

強かった。自分より強いことは本能的に悟ってはいたが、確かにかなわなかった。執着心が後押ししてくれるかと思ったのだが、そうも行かなかった。

今まで三人に軽傷を負わせている以上、ただでは済まないだろう。少年院は大げさにしても、停学くらいはしないとならないはずだ。顔を撫でる。飛び膝を鼻に喰らうことは避けたが、さぞ無様な格好で倒れていたのだろう。

失笑が漏れる。

腕力は、醜い姿の自分にとって、唯一誇るべきものだった。それで「両親」を撃退したし、欲しいものも手に入れられるようになった。それなのに、腕力で破れた。何もかも、無くなったような気がする。

殺風景な自室のことを思い出す。部屋に人形でも飾れば、少しは余裕が出来たのだろうかとも。ぼんやりしている内に、警察の人が来た。強面のおじさんが、護衛代わりの戦闘ロボット二機と一緒に、部屋に入ってくる。

「ブロンズ君だね」

「ええ」

「話を聞かせて貰おうか」

「ストーキングなら、本当です。 その過程で二人ぶん殴りました。 後、被名島賢治君も、さっきぶん殴りました」

目もあわせずに言うブロンズに、警察の人は面食らったようだった。慌ててメモを取り出す様子の警察の人に、なおも言った。

「提訴するならどうぞ。 逃げも隠れもしません」

「潔いのは良いことだが、どうしたのかね」

「もう、何もかもどうでも良くなっただけです」

「まだ若いのに、もったいないことを言うんじゃない」

あきれ果てた声に鼻を鳴らす。何がまだ若いだ。そう言うことは、顔の造作がある程度整っている人に対して言えばよいのだ。見られるだけで不快感を催す自分にそんなことを言って、何の意味がある。自分にとって、若さなど何の意味もないものだ。

ブロンズは毒づくと、後は何を聞かれても無視した。

 

立花・S・キャムティールがブロンズを打ち倒したという話は、すぐに幸広の元にも伝わっていた。

いい気味だと思う。その上、チャンスだとも思う。賢治は今病院に運ばれて検査を受けているし、ルーフとシャルハは明確な護衛が付いていないので、軍特務部隊の連中は、それにかかりっきりの筈だ。

動くなら今だ。それは分かっているのだが、どうしても気乗りしなかった。

接触した帝国の諜報員は、今幸広がかなり重度の監視を受けていることに、気付いているはずだ。連絡経路は頭に入れてあるが、使っても向こうが応じてくるかどうか。

特務部隊との激しい戦いで、戦力を消耗し続けている帝国の諜報部隊は、どんな情報でも必要としているはず。かなり高く売りつけることが出来るとは思う。しかし、だ。どうしてか、気乗りしない。即座に漏洩経路が自分だとばれるような気がしてならないのだ。レイ中佐は、無能な人物ではない。此方の手の内は、全て読まれていると判断して、行動するべきなのだろうか。自問自答する。

結論が出ないまま、時間ばかり過ぎていった。賢治が病院から戻ってきたと、級友から聞いた。親友だというポーズを取っている手前、出迎えには行かなければならない。そうしなければ、不自然に思われるからだ。

賢治は包帯をしていることも無く、元気そうだった。幸広を見つけると、手を振って近づいてくる。

「大丈夫でしたか? 災難でしたね」

「幸広こそ。 聞いたよ。 ブロンズさん、君にも不意打ちで暴力を振るってたらしいじゃないか」

「え? あ、ああ。 そうだね」

適当に誤魔化したが、背筋には戦慄が走っていた。何で、あの狂人に近いブロンズが、何もかもを喋っているのだ。この野郎、いったいどんな奇術をあのストーカーに使った。想像できない。

「ブロンズさんは?」

「病院で、おとなしくしているそうだよ。 何もかもどうでも良くなったって」

「そうか」

「少し喋ったんだけれど、何だか気の毒な人だった。 心を病んでるというよりも、周囲におかしくされたって感じのひとだった。 刑事告訴も出来るらしいけれど、僕はあまり気が乗らない」

本音だとしか思えない賢治の言葉に、幸広は恐怖さえ抱いていた。何なんだこの男は。理解できない。

適当に話を切り上げて、最後の授業に向かう。今日は国語で締めだ。授業自体は簡単きわまりないが、しかしもう集中する余力は残っていなかった。

もし、賢治がいない時に、帝国に連絡を取ろうとしていたら、どうなっていたのだろうか。それを考えると、やはり背筋に寒気が走る。一瞬後の破滅が待っていたとしか思えない。

学校を出る。監視用の戦闘ロボットが、迎えに来ていた。ショートパンツに半袖シャツの、特に目立たない格好だ。行き交う男子の半分くらいが、怪訝そうに振り返っている。幸広と同年代に思える、整った顔立ちのロボットは、ぺこりと一礼した。

「幸広様、帰り道、護衛させていただきます」

「あ、ああ」

そういえば、此奴はかなり高度な情報収集能力を有しているはずだ。此処か、もしくはこの近辺にずっと此奴が潜んでいたとして。もし下手に帝国の諜報員と連絡を取ろうとしていたら、即座にレイ中佐に通報されていただろう。

危ないところだった。蒼白になったままの幸広の少し後ろを歩きながら、この間賢治にリップルと名付けられた戦闘ロボットは言う。

「幸広様、バイタルサインに異常が見られます。 病院に向かいますか?」

「い、いや、事件で吃驚しただけだから」

「そうですか」

携帯端末が鳴ったので、幸広は心臓が止まるかと思った。おそるおそる開いてみると、警察からの呼び出しだった。ブロンズの件で、事情聴取をしたいのだという。すっと伸びてきたリップルの手が、震え上がっている幸広の肩を掴んだ。

「すぐに警察に向かいましょう、幸広様。 私も、聞きたいことがあります」

「な、なんだよそれ」

「なぜ、ブロンズ様による暴行を黙っていたのか。 もし幸広様が先に言ってくだされれば、もっと効率よく状況は進んでいたはずです。 聡明な幸広様がなぜ報告を怠ったのか、論理的な説明を頂きたいのです」

「ろ、論理的な説明か? そ、それはな」

逃げるのは無理だ。絶対に掴まる。身体能力は、同年代の男子より優れている自信があるが、最新鋭の軍用ロボットに勝てる訳がない。掴まったら、警察などと言う生ぬるいところではなく、レイ中佐に直接尋問されるだろう。それならまだ良い。下手をすると、あの拷問狂の噂がある、シャレッタ中佐に尋問されるかも知れない。

呼吸が荒くなってくる。絶体絶命とは、この事だった。

パトカーの近づいてくる気配。逃げたら逆効果だ。がちがちに固まった幸広は、すぐに横付けした無人パトカーに、押し込まれるようにして乗った。蒼白になる幸広に、今回は任意同行であること、事情を聞くだけであることなどの、基本事項が告げられる。側では、無表情のままリップルが座っている。無表情だが、服越しに見える胸のふくらみや、ボディラインが異様に艶めかしくて、それが今は逆に怖い。此奴はセクサロイドを兼任していることを、それで今更ながら思い出す。

「私にも、調査資料の提示をお願いいたします」

「認証。 軍特務護衛用ロボット”リップル”である事を確認。 承認しました。 資料提示、聴取への同行を許可します」

震え上がる幸広の隣で、リップルは淡々と言った。

もはや、逃げる場所は、何処にもなかった。

 

3,拡大する野火

 

バビロニア要塞は直径80キロほどある小惑星をくりぬいて作り上げたもので、立国辺境の重要拠点である。周辺に四つの星系を抱えるこの要塞は、星間核融合爆撃ミサイルを数百機保有しており、無視して進撃することはそのまま死を意味する。また、巨大な要塞砲を七十門備えており、防御能力も侮りがたいレベルである。その要塞を起点に、立国軍およそ16000隻が布陣。帝国軍とにらみ合っていた。他の立国軍部隊は、第十四艦隊の壊滅を反省点に置いて、領内全域を活用して、縦深防御陣を敷いている。

帝国軍艦隊は、現在具体的な数がまだよく分かっていない。帝国軍が使用している隕石の偽装技術がかなり高度なため、正確な数を割り出すのが極めて難しいのだ。それでも様々な技術を使って多角的に調査した結果、25000隻から35000隻の間ではないかと結論が出ている。もちろん、最小の数でも要塞周辺に布陣している立国軍を凌駕しており、安易に攻撃することは自殺行為である。

賢治の元にも、連日布陣中の帝国軍の情報が入ってきていた。レイ中佐の支持により、皆で立花先輩の家に集まる回数を増やすようにと言われている。学校にいる時も、出来るだけ皆で一緒に行動するようにとも指示されていて、少し息苦しかった。

美術部に来る人も減っていた。今まで幽霊部員だった連中は完全に来なくなったし、常連だった生徒も来なくなりつつある。もっとも、他の部活でも状況は似たようなものだという話であるから、藤原先生だけが苦労している訳ではない。不祥事を起こした茶道部は活動をしばし停止しているし、水泳部も休止がちになっている。第十四艦隊の壊滅によって多くの死者が出た事が知れ渡り、ようやく皆の頭が、現実に向き始めたらしい。賢治も家に帰る途中で、何度も葬式を見かけた。前線では、現在も散発的な戦闘が繰り返されているのである。

経済的にも、物資的にも、立国は帝国を遙かに凌駕している。守りきれば勝ちだ。とはいえ、そんなことも分からずに帝国が攻めてきているとも考えにくい。何か策があると考えるのが妥当なところであろう。

ざわついた教室。クワイツはまだ入院中で、復帰までもう少し時間が掛かる。悪友とはいえ、常に側にいた奴がいないと、こうも心細いとは思わなかった。授業の時も自分ではあまり考えないで、答えを聞くことが多かったクワイツだが、何だかんだ言って賢治も奴を頼りにしていたのだ。今更ながらに、それが分かる。

砂を噛むように味気ない授業が終わると、まっすぐ美術部へ向かう。途中、シャルハさんと合流した。シャルハさんも、当然のように美術部に所属した。彼を目当てに美術部に入った女子が何名かいたようだが、今では一人も残っていない。

「何だか、災難だったね」

「ええ。 でも、どうにか持ち直しました」

この会話は、既に三度目だ。シャルハさんが心配してくれているのがよく分かるから、賢治は苦笑して返す他無い。途中、ルーフさんの友達の樋村さんと合流。積極的に美術部に来てくれる貴重な人材だ。

「こんにちは」

「あ、こんにちは」

「ルーフさんは、今日は先に行っているそうですよ」

「そうなんですか」

同じクラスだという樋村さんの話は信用できる。そのまま道すがら、軽く雑談していく。何でも樋村さんはかなり引っ込み思案で友達も少ないそうで、ルーフさんに依存している度合いはとても強いのだそうだ。

美術部に着くと、既に立花先輩とルーフさんが、藤原先生と一緒に画材を整理していた。露骨に面倒くさそうな立花先輩に比べて、ルーフさんは兎に角楽しそうである。色々な画材に触れるのが面白いのだろう。数日前に木炭画をやったのだが、その時にパンを消しゴム代わりに使うと聞いて、実に面白いと言っていた。今回は版画を行うと言うことで、木の板を藤原先生が調達してくれている。その整理を行っていたらしい。

「被名島、彫刻刀が入ってるから、全員分配って」

「あ、はい」

「ごめんね、彫刻刀までは新品を揃えられなくて。 お古のだから、歯が欠けたりしているのもあるかも知れないから、念入りにチェックしてね。 さびてるのは、先に磨いでから使いましょう」

此方を見もせずに、藤原先生が言う。藤原先生は実に楽しそうに、てきぱき働いている。最初に見た頃が嘘のような元気さだ。美術室の隅には、花が花瓶に生けてある。何だったか、此処100年くらいの間に作り出された蘭の新種だ。花瓶はもちろん藤原先生が作ったらしい。ブルーを基調とした、首の部分がくっと締まったいいデザインの花瓶である。だが、要点は別にある。

花を飾る余裕が、既に藤原先生にはあるという事だ。

戦争が間近に迫り、余裕を無くす人も多い中、藤原先生は大人としての役割を、しっかり果たしているとも言える。今も焦っていたり怖がっていたりすることはなく、部活動をリードして、生徒達の模範となっている。この人は、本当はこんなにも強かったのだと、何度も感心してしまう。

同時に、人の心の脆さにも、思いが行く。ブロンズさんの言葉は、賢治にもとても他人事とはいえないものであった。立花先輩と違い、賢治は怒る気にも、憎む気にもなれなかった。

どうして人間は、一歩間違うだけで、こうも違ってしまうのだろう。

ルーフさんもシャルハさんも、既にブロンズさんの起こした一件については把握している。やはり不思議で仕方がないようで、何度も賢治は質問された。不安定すぎる地球人の精神は、KVーα人には面白くて仕方がないらしい。そう思われるのも仕方がないことなのだなと、賢治も思う。

彫刻刀を配り終えると、立体映像で説明が開始される。持ち方、使い方、力の入れかた、そして種類。一通り終わると、藤原先生は手を叩いた。

「どの美術もそうだけれど、これは特に時間が掛かります。 焦らずに、一月掛かりで仕上げていきましょう」

「質問です」

「はい、ルーフさん」

「版画というものは、完成後に絵の具を落として、同じ絵を大量生産するために行うものだと聞きましたわ。 何枚くらいすることが出来ますの?」

残念ながらと、藤原先生は前置きする。

「この版画は、木版印刷は念頭に置きません。 一枚刷ったら、後は各人で保管することにしましょう」

「なるほど。 本格的な版画には、もっと高級な素材が必要になると言うことですわね」

「そう言うことです。 いや、今の美術部の予算では、これが限界ですから。 部員もあまり多くありませんし、あまり校長先生もいい顔はしてくれなくて」

てへへと、立花先生は可愛らしく笑った。ルーフさんはそれで黙ったが、代わりにシャルハさんが挙手する。こう言うところでは、妙に息が合った夫婦である。

「画題は、何でもいいんですか?」

「はい、何でも。 あ、縛りを付けましょう。 今回は、戦争を題材にしたものは無しとします」

賢治は一瞬だけ思考を止めると、頷いた。無意識のうちに、戦争のことを考えてしまっていた。このままだと、戦争を題材に版画を作っていたかも知れない。あまりそれは望ましいことではない。

ルーフさんとシャルハさんは、KVーα人の特色として、あまり戦争は好んでいない。この美術部を作ったのも、二人に楽しんで貰うため。賢治がそれを忘れてしまっては本末転倒だ。

「被名島君、ひょっとして戦争の絵を描こうと思ってた?」

「え? あ、はい。 無意識の内に」

隣に座った樋村さんがそう言ったので、賢治は素直に認めた。そのまま、皆板に下書きを始める。立花先輩も下書きを始めていて、賢治は腕組みして迷う。さて、何を描いたものか。

人物画を今までも何回か描いたことはあるが、気に入る出来になったことは一度もない。立花先輩を描いて半殺しにされかけたのは、二ヶ月前のことだ。ルーフさんも、賢治が描いた絵を見て、あまりいい顔をしなかった。人を美しく脚色して描くというのが、どうしても苦手なようなのだ。

何も、教室にある画材を描かなくても良い。携帯端末から、立体映像を順番に呼び出していく。暇がある時に、星間ネットで使えそうなものをピックアップしておいたので、それを使う。地球にまだ存在しているタージ・マハールの映像。なかなか良さそうだと思ったが、あまりにも難しい。とりあえず保留。次の映像。平等院鳳凰堂。実に美しいが、しかしタージ・マハール以上に難しい。

これも保留。続けて、幾つかの名山をピックアップしていく。地球にまだある富士山やエアーズロック、チョモランマにモンブラン。キラウェア火山。一つずつ見ていくが、どれもぴんと来ない。

隣の樋村さんをちらりと見ると、ルーフさんを書き始めていた。実に巧い。藤原先生が自分の次に巧いかも知れないとこの間言っていたが、お世辞でも何でもない。恐らくセンスを備えているのだろう。賢治ではとても真似できない。大胆に取られた構図と、縦横に走り回る線が、絵に命を吹き込んでいる。ルーフさんも進歩はしているが、樋村さんに比べると何枚も劣る。

負けてはいられないなと、賢治も気を引き締めた。尾瀬の風景が立体映像で出てくる。なかなかに良い。これにしようと賢治は思った。幸いにも、色彩が地味で、なおかつ美しい、版画には理想的な風景である。

放課後での部活動だから、時間は限られている。樋村さんはもう彫刻刀を板に走らせ始めているが、賢治には其処までの力はないから、下書きだけしようと決めた。

何度か視点を変えて、何を中心に置くか思案する。言うまでもなく、絵には主題が必要だ。風景画もそれは同じで、何を目立つように描くかで、全然印象が違うものになってくる。

立体映像を回したりひっくり返したりしている内に、一つの花が目に付いた。地味だが、複雑な花弁を持つ大きな花だ。はじめて見るものだが、これはなかなかに美しいと、賢治は思った。これにしようと決める。

鉛筆を板に走らせ始める。水彩画と同じく、鉛筆での線をミスすると取り返しが付かないので、緊張する。

現在でも、尾瀬は自然公園であり、念入りに環境が守られている。開拓時代の一時期には保護政策が軽んじられた時期もあったらしいが、現在では緻密な計画の元、徹底的に保護が行われているという。水面近くに張り巡らされた板の道が、実に風景にマッチしているのは、その辺りの努力が実った結果であろうか。

賢治の不器用な指先では、その美しさを再現しきれないのが辛い。四苦八苦しながら、線を書き加えていく。いつの間にか、藤原先生が側に来ていた。賢治が見上げると、藤原先生はにんまりと笑顔一つ。

「あら、すてきな絵。 尾瀬かしら?」

「はい。 星間ネットで見つけたものです」

「本物は私も見たことがないけれど、いい景色よね。 その手前の茂みをもう少し強調すると、もっと良くなるわ」

「有難うございます」

言われたとおりの茂みを強調すると、真ん中奧にある花が非常に目立つようになった。下手っぴの賢治の実力などたかが知れているが、それでも目だって良くなるのだから、流石に美術教師だと思う。

陽が落ちた頃、藤原先生は手を叩いた。今日はここまでと言う合図だ。今、何があるか分からないという理由で、部活動の自主的な規制が行われている。すっかり暗くなる前に皆を帰すようにと、先生も言われているらしい。

「はい、今日はここまで。 彫刻板は、此方で片付けておきます」

「お疲れ様でーす」

唱和すると、めいめい帰宅に掛かる。シャルハさんが、肩を回しながら言う。

「やれやれ、肩が凝るね」

「ははは、嘘ばっかり」

「雰囲気だよ」

立花先輩に、軽く笑ってシャルハさんが返す。考えてみれば、関節も背筋も無いのに、肩など凝る訳がない。ただ、群体が疲労しているのは事実だろうし、早く帰らないと擬態が崩れる。そうなると大変だ。

今日は樋村さんは用事があるとかで、途中で一人帰っていった。樋村さんがいなくなると、立花先輩が歩調を合わせてくる。

「ところで、ブロンズの時の傷は大丈夫?」

「あ、それは私も気になりますわ」

「大丈夫です。 大した傷はありませんでしたから」

むしろ、賢治はブロンズの事を気にしていた。元々生存環境に大きな問題を抱えていたようだし、一方的に断罪するのは可哀想な気がする。ある程度停学してから、高校に復帰して貰いたいものだと、半ば本気で考えていた。そして普通に接することが出来るようになればいいのだが、とも。ただ、立花先輩にはそんな事は言わない。烈火のごとく怒るのは目に見えていたからである。

レイ中佐から連絡。四人とも足を止めて、様子を見守る。立花先輩が携帯端末を開いて、回線をつなぐ。レイ中佐は全員揃っている事を確認すると、咳払いした。

「定時連絡ですが、大きな進展が一つありました」

「はい、何でしょうか」

「連合が正式に声明を出しました。 帝国の侵略を非難し、撤退の姿勢を見せない場合は、即座に介入に取りかかるそうです。 アシハラ元帥が自ら声明を出している事もあり、連合としては守らざるを得ないでしょう」

「帝国はそれも視野に入れていたと思います。 連合が介入を開始したとして、上手くいくでしょうか」

賢治の疑念に、レイ中佐は苦笑した。

「心配して、どうにか出来る策でもあるの?」

「いえ、その」

「ならば、我々に任せておきなさい。 意見がある場合は、何か現実的な策を一緒に添えるのが、大人の言動よ」

「すみません」

レイ中佐は素直に謝った賢治を、それ以上は怒らなかった。そのまま笑顔に戻ると、ルーフさんに向き直る。

「それで、ルーフさんには、後でKV-α星の政府から、広報があるそうです。 私は内容を知らされていませんが、協力体制を取れる場合は、早めに知らせてくだされば、検討しますので」

「有難うございます。 帰ったら、すぐに目を通しますわ」

「お願いします。 後は、立花さん。 ブロンズを巡る一覧の事態に対する報告書を見ましたけれど、少し対応が悪かったようですね。 反省しています」

「いえ、頭を上げてください」

頭を下げたレイ中佐に、立花先輩の方が恐縮してしまったのは、側から見てもちょっと面白かった。

後は二三確認だけして、回線が切れた。再び歩き出す皆の後ろについて、賢治は歩きながら思う。なぜこのタイミングでレイ中佐は連絡してきたのだろうか。確かに連絡は重要なものであったが、しかしわざわざ呼び止めて回線を開かせるほどのものだったとは思えないのだ。

何かあったのかも知れない。そう賢治は、漠然と感じた。

 

回線を切った。レイミティはベレー帽を脱いで髪の毛をかき回すと、飛び交っている膨大なメールを見て、うんざりした。

帝国が侵攻してきたと言うことは、勝機があると判断してのことだ。それは分かっていた。分かっていたのだが、バビロニア要塞が陥落した事が伝われば、不安にだってなる。連合のアシハラ艦隊は接近しているが、間に合うだろうか。

バビロニア要塞が陥落したのは、数時間前の事であるという。まだ具体的な状況は分かっていないが、どうやら内通者が出たらしい。立国の主力艦隊も抵抗しながら後退し、何とか秩序は保っているようだが、被害は決して小さくないそうだ。連合の艦隊が到着するまでは、どうにか縦深陣を保ったまま、今後はゲリラ的に抵抗していくしかない。

既に幾つかの星系が、帝国の手に事実上落ちたそうである。避難を拒否して残った住民は帝国軍を歓迎しているそうだが、果たして彼らの希望が叶えられるかどうか。辺境と言っても、帝国の平均よりも遙かに豊かなのだ。富を吸い上げられるだけ吸い上げられて、後はうち捨てられるのが目に見えている。

関係部署に連絡しながら、警備体制を強化する。バビロニア要塞が内部犯の手によって落ちたとなると、首都星でも騒ぎが起こる可能性がある。そもそも、帝国の諜報員がどうやって首都星に潜り込んだのかも、まだ謎に包まれているのだ。よほど組織的な隠蔽工作があったのか、相当な高官が帝国に通じているのか。ほぼ間違いなく、その両方であろう。あぶり出しはシャレッタに任せるしかないとしても、不安は尽きない。首都星が帝国に制圧されるという最悪の事態を想定する。その場合には、例え部隊が全滅したとしても、KVーα人を逃がすことを考えなければならない。しかし、現実問題として、あれもこれもこなすには手が足りない。

今首都星に来ているステイ家族達は、人類にとっての大事な客人だ。今はKVーα星人としか地球人類の交流相手はいない。しかし、今後人類が勢力を拡大していった時、それは過去の話となるはずだ。

地球人類は、今まで己の住む世界を、思うままに動かしてきた。だが今後もそれでは、地球人類を明らかに上回る存在が現れた時、知的交流など望めないのでは無かろうか。任務開始の前に、レイミティ達は大統領に呼び出されて、そのことを告げられた。だからこそに、自覚を持って欲しいとも。

帝国は、己の欲求のみで世界を食い荒らす、人類の本能そのままに成立している国家のように、レイミティには思える。そうなると、この戦いはとても象徴的なものとして、後世に語られるかも知れない。

他の特務部隊中隊長達と連絡を取り、いざというときの相互協力体制、それに避難経路について連絡し合う。そして、彼らが裏切った時の事を考えて、シノンに別の逃走経路を確保するように指示しておいた。一連の作業をこなすと、既に日付は回っている。肩を自分で揉みながら、既にグロッキーになって魂が抜けかけているフランソワの分までコーヒーを淹れる。

コーヒーカップから立ち上る香ばしい湯気が、まだ仕事を続けようという気を起こさせてくれる。泣きながらメールを処理し続けていたフランソワは、コーヒーカップを近づけるまで、気付きもしなかった。

「もう少しよ。 頑張りましょう」

「はい」

レイミティは自分のカップに砂糖とクリームをたっぷり入れると、口を付けた。甘い。しかし、甘すぎるくらいが、今は良かった。

 

4,激突

 

勝ったというのに、フリードリーヒの不機嫌は解消されなかった。またしても、下劣な作戦が実行され、それに乗っただけだったからだ。彼自身の指揮能力はあまり関係がない。誰が総指揮を執っても、同じだっただろう。

メインモニターに映されているのは、防衛ラインを後退させ、必死に再編成を行っている立国の艦隊の姿である。先の戦いで1200隻以上の損害を出したが、それでも防衛ラインを展開していた部隊と合流したことで、20000隻を超える戦力が健在である。此方はバビロニア要塞を奪取したとはいえ、まだ予断を許さない状況だと言える。

部下達が、降下作戦を実施させろと五月蠅い。もちろん略奪を行うためだ。フリードリーヒは敵軍がいまだ崩壊しておらず、反攻作戦に出てくる可能性が高いことを理由に、それを許可していない。軍用ロボット部隊を降下させて、秩序の維持に努めただけで、まだ人間は一人も占領惑星には降ろしていない。

それに、帝国に協力的な住民達から、略奪を行おうという魂胆がそもそもフリードリーヒには許せない。やはり、この国は滅ぶべきなのではないかと、思ってしまう。

「フリードリーヒ提督」

「何かね」

指揮シートで顔を上げると、部下であるシャウテン中将が敬礼していた。痩躯で、眼鏡を掛けたこの男は、いまいち何を考えているのか読みにくい。誠実な仕事をする人物だが、信用しきれない部分があることを、敏感にフリードリーヒは見抜いていた。

「戦闘推移の報告書をお持ちしました」

「そうか」

種類と同時に、記録データの入ったメモリカードも着いている。現在では、基本となっている書類提出の形だ。

退出したシャウテンを見送ると、書類に目を通す。嫌な作業だが仕方がない。自分が指揮を執ったとはいえ、吐き気がする戦いの経過であったからだ。

作戦の大まかな経緯は、こうであった。

昨日AM7:00、作戦開始。艦隊に偽装していた隕石群を、ことごとくまだ住民が残っていた第七惑星に対して、加速して質量弾とし撃ち込んだのである。この住民達は、立国の経済格差に反発し、帝国の支配の方が良いと考えて残った者達であった。立国軍は常軌を逸する帝国軍の行動に唖然としたが、それでも住民を守るために全力で火力を展開。質量弾を叩き込んで、隕石群の軌道を変え始めた。

AM9:30。接近した帝国艦隊が、一斉に砲門を開いた。立国艦隊はシールド艦を前面に展開し、必死に猛攻に耐えつつ、隕石群の軌道を変えるべく質量弾の斉射を続けた。激しい攻防は10:50前後まで続き、その精神力はフリードリーヒを感嘆させた。

しかし、抵抗も其処までだった。

隕石群の軌道修正の主力となっていたバビロニア要塞が、突如として沈黙したのである。沈黙したのは数分であったが、大きな隙が出来るには充分であった。

混乱する立国艦隊に、フリードリーヒの指揮する主力が突進、シールド艦を蹴散らし中枢に食い込んだ。乱れ立つ立国軍は、後退にかかる。それでも一部の艦は隕石の軌道変更を行い、ついに全ての隕石を軌道からずらすことに成功した。その過程で立国軍は著しい被害を出し、組織的な抵抗が難しいと判断したのか、退却していったのである。最後の盾となって、激しい抵抗を続けたバビロニア要塞だったが、艦隊の援護がなければその実力も発揮は仕切れない。PM3:00、抵抗虚しく、要塞は陥落した。

兵士達は要塞に乱入すると、武器庫や食料庫で略奪を行い、女性兵士に暴行を加えた。フリードリーヒは直接旗艦を繰って乗り込むと、特に目に余る何人かをその場で捕らえ、即刻処刑した。自らの手で撃ち殺した兵士もいた。もちろん兵士達は反発したが、フリードリーヒの直接指揮下にある部隊はどれも士気が高く、組織的な造反行動は行われなかった。

何が起こるかは分かりきっていたというのに。フリードリーヒの気は重い。やはり後世に悪しき帝国の愚かな提督として、名を残すのだと思うと、身につまされてしまう。一旦要塞から出ると、再編成を開始したフリードリーヒであったが、これは仕事していなければ陰鬱な精神を制御できなかったからかも知れない。

要塞を一瞬無力化したのは、恐らく内通者か、それともチャンの電子戦による結果であろう。

隕石群を使っての下劣な作戦を指揮したのは、6000隻の別働隊を任せていたクラーク中将であった。中将は首相の指示によってこの作戦を実施したと開き直り、その指示書も見せたので、それ以上は何も追求できなかった。

しかし、どうだ。この下劣な作戦は。誇り高い武門の一員として、恥ずかしくは無いのだろうか。

そんな問いは無意味だ。恥ずかしくないから、作戦を実施したのだろう。

指揮シートに拳を叩きつけると、フリードリーヒは大きく嘆息した。所詮血塗られた道だと言うことは分かっている。だが、これでは、死んでいった兵士達に申し訳がない。特に責任感をもって帝国の大軍に抵抗し続けた立国の勇敢な兵士達に対しては、なんと言ってわびていいのか分からない。

「フリードリーヒ提督!」

部下が走り寄ってきた。血相を変えている。

「どうした」

「レーダーが、大規模な艦隊を捕らえました! 数、およそ20000! 艦形から見て、連合の主力宇宙艦隊です!」

「ついに現れたか」

連合はまだ利権関係で揉めていると聞いたが、そうなるとナナマ姉妹が無理矢理に事態を収束させたのか。どちらにしても、艦数から言って、あのアシハラ艦隊がお出ましである事に間違いはない。すぐに迎撃態勢を取るように指示したフリードリーヒは、続いての報告を聞いて眉を跳ね上げていた。一部の艦が、第七惑星に、略奪のため秩序もなく向かっているという。救いがたいクズ共だが、それでも司令官である以上、見捨てる訳にもいかない。

「総員、戦闘準備! 相手は宇宙最強のアシハラ艦隊だ! 引いたら即座に死ぬと思え!」

「敵艦隊、第七惑星に向かう艦に攻撃を開始しました! ミサイル、エネルギービーム、多数! とても耐えきれません!」

「全速力で急げ」

「……」

間に合わないのが分かりきっていても、此処は救援を出さなければならない。

それが司令官としての、最低限の責務であった。

 

北部銀河連合宇宙艦隊旗艦、オルヴィアーゼ。木星級と呼ばれる、最大である太陽級から一ランク落ちるサイズでありながら、同国において最強と讃えられる存在である。その圧倒的な戦歴が、最強の名を裏付けており、国家を超えたファンも多数存在する。常に最新鋭の装備が導入されるため、外観は年代によって別物のように異なっており、マニアの間では何世代目のオルヴィアーゼか判別するゲームが流行っているという。

その艦橋、指揮シートに不機嫌そうに腰掛ける女性がいる。彼女に向けて、敬礼する壮年の男性士官は、淡々と状況を説明した。

「無秩序に第七惑星に向かっていた敵艦隊、全滅しました」

「うむ」

不機嫌そうに資料を見ながら応えるのは、連合宇宙艦隊元帥、アシハラ=ナナマ。数年間の法国との決戦を勝ち抜き、現在宇宙最強の呼び名も高い用兵家である。

強化ナノマシンの実現により、人類の寿命は著しく伸び、老化速度も遅くなった。だが、それには個人差がある。40を過ぎているのに、子供のような背丈と顔立ちをしているアシハラ元帥は、常に口に不機嫌そうに草の茎を加え、眼鏡を神経質そうに直している。地球時代で言う二十代後半の肉体年齢を保っているとはいえ、その容姿のアンバランスさは、見た人間を皆驚かせる。

「敵艦隊、29000弱。 救援を諦め、此方に向けて、凹レンズ型の防御陣形を敷いています」

「敵旗艦と回線をつなげ」

「分かりました。 回線をつなぎます」

一糸乱れぬ紡錘陣形を敷き、攻撃準備を整える味方艦隊を横目に、アシハラ元帥は幾つかの情報に再度目を通す。帝国側の兵器性能は、想像していた以上の水準である。幾つかは一世代前のレベルのようだが、逆に幾つかに関しては連合の最新鋭型をも凌いでいるのではないかと思わされる。既に全艦にデータを転送し、対策戦術も伝達してあるが、完璧とは言い難い。

時間を稼ぐ必要がある。犠牲になった立国の宇宙艦隊の兵士達には悪いが、まだ戦端は開きたくない。勝てる準備を整えきってから、戦うべきである。アシハラの熟練した戦略眼は、そう告げていた。

敵艦隊は、以外にも通信に応じた。立体映像に映り込むのは、非常に威厳のある初老の男性である。如何にも古代のゲルマン民族の国家で、一軍を率い馬上にて剣を振りかざしていそうな容姿だ。アシハラと並ぶと、ほとんどお爺ちゃんと孫にしか見えないだろう。アシハラはピンク色の健康そのものな手で敬礼すると、低い声で言った。

「お初にお目に掛かる。 連合の宇宙艦隊副司令長官、アシハラ元帥だ」

「こちらこそ。 私は帝国軍宇宙艦隊大将、フリードリーヒです。 高名な元帥にお目にかかれて、光栄です」

「ご託はいい。 高名なフリードリーヒ提督の艦隊にしては、部下の躾がなっていないようだな。 それとも、軍人としての誇りよりも、下劣な本能を剥き出しにせざるを得ないような環境なのか?」

「お手厳しい。 だが、知っての通り、我が国は貧しい。 兵士の中には、無理に徴兵されて戦地に出てきている者もいる。 許せとは言わないが、仕方のない部分もあるのだと分かって欲しい」

苦渋をにじませたフリードリーヒの顔を見ると、それ以上の追求は出来なくなってしまう。真面目で責任感が強く、兵士達の事情も分かっているから、苦悩しているのだろう。もっとも兵士達は、フリードリーヒの苦悩などよりも、明日の生活や今の本能の方が大事なのだろうが。

「ならば軍の規模を縮小し、民間に経済的な恩恵を配ることを優先すると良い、と貴官に言ったところで筋が違うか」

「残念ながら」

「立国の民衆を踏みにじってでも、帝国を富ませようという考えにも、変化は無いのだな」

「誠に見苦しいながら、戦とはそういうものでございましょう」

そんなことはアシハラだって分かっている。

法国の宇宙艦隊を撃滅して、領土の三割ほどをむしり取った時。宣撫工作のために新領土を訪れたアシハラが見たのは、民衆からの痛烈なブーイングであった。税率は下がり、以前より遙かに平等な体勢が敷かれ始めていたというのに、である。

自国内での改革であれば、ぐっと楽であったのかも知れない。だが法国領の住民達は、なかなか心を許してはくれなかった。数年間の苦闘は、アシハラの精神を否応なしに痛めつけた。嫌な思い出として、今でも脳裏に残っている。

所詮戦は経済に密接的関係を持つものである。人命よりも経済的に優先すべきものが多いと判断された時、政務の一環として戦が発動される。それを隠すために正義だの大儀だののコーティングが為されるのは、人間の持つ最後の羞恥心が故であろう。だが、アシハラが今叩きつぶしたクズ共のような連中は、その薄っぺらい正義を容易に剥がす。正義を気取る連合だって、幾つかの国家を併呑して巨大化していく過程で、汚い手は幾らでも使ってきたのだ。

ただ、フリードリーヒのような高潔な将官であれば、少しは軍人としての誇りを持ち合わせているのではないかと思っていた。だがそれも無駄であった。或いは祖国愛の結果であろうか。

「ならば、砲火にて決着をつけるとするか。 地球人類が、今までずっとそうしてきたように」

「手加減は、いたしませぬぞ」

「無論だ」

回線を切ると、アシハラは指揮シートを一つ叩き、最大戦速での突撃を命じた。敵の戦力は29000弱。20000の此方よりも、四割強多い。その上、落としたばかりで著しく防御能力を減じているとはいえ、バビロニア要塞という戦略拠点まで手にしている。単独でまともに戦ってはじり貧になるばかりだが、アシハラにはそのつもりはない。

突撃に備え、密集隊形を取る帝国艦隊に対し、突撃していたアシハラ艦隊は、急に拡散し、四手に別れた。そして唖然と見送る帝国軍を尻目に、最大速度で立国艦隊の方へ去ったのである。

僅かな時間で行われた、アクロバティックな出来事に、帝国軍は反応することが出来なかった。大量の空間機雷をばらまいて追撃を封じると、アシハラ艦隊は立国領に去った。

 

「やられたな」

つぶやく。軍用帽を脱ぐと、フリードリーヒはそれで顔を扇いだ。

アシハラ元帥は猛将だと聞いていたが、目先の戦場にこだわらず、大局的な戦略を重視する頭脳をきちんと持っていたことになる。現在するべき事は、立国の艦隊と合流して、共同作戦を行う事である。

基本通りだが、初歩だからこそ。流石に、当代随一の名将である。敵より少ない戦力で勝ったことが幾度もある人物だが、それでも戦略上の要点を押さえてから勝ちに掛かるのは、将として最高級の力を持つ証拠だ。

同数の戦力で戦ったら、恐らくは勝てない。フリードリーヒはそう感じた。虚脱から立ち直った副官が言う。

「追いますか」

「よい、無駄だ。 それよりも、先の攻撃で撃墜された艦の生存者を救出するように」

「は。 すぐに取りかかります」

さて、これで状況は此方に不利になった。立国の宇宙艦隊は、展開しているものだけでも20000隻を超えていて、其処にアシハラ艦隊20000隻が加わるのだ。その上豊かな立国は、まだ大規模な増援を投入することが可能だろう。それに対し、殆ど総力戦体勢を敷いている此方は、これ以上の増援を期待できない。

根本的な経済力が違うのだ。立国は破れたとはいえ、補給物資は後方から幾らでも輸送することが出来る。連合も、アシハラ艦隊以外にも、充分な余力を残している。このまま戦って、消耗戦にでもなれば、結果は見えている。

さて、帝国上層部はどう出る。自分はあくまでただの戦争屋だから、判断は許されていない。あのような下劣極まる作戦を実行した以上、このまま占領地を維持するのも難しいだろうし、国内の経済的疲弊も限界に近い。

これで撤退を決意してくれれば良いのだが。そう思って、指揮シートに手を伸ばしかけたフリードリーヒは、思わず手を止めた。薄ら笑いを浮かべたチャンが、メインモニターに映り込んだからだ。

「何用かね」

「一進一退と言うところのようですね、フリードリーヒ提督」

「元々無理のある侵攻計画だ。 力による攻撃では、この程度が限界だろう」

「そんなことは分かっています。 アシハラ提督も噂に違わぬ指揮手腕で、立国艦隊との合流を成功させたようですし。 今後、艦隊戦を行っても、不利になるばかりでしょう」

それに、立国は、住民がいる惑星に隕石による質量弾数万発を叩き込もうとした帝国の行動を、大々的に放送することであろう。そうなれば、帝国に対して妄想に近い夢を持っている、立国内部の不満分子も目が覚めることは疑いない。

もう息切れしてしまっていると言っても良い。これ以上進むのは無理だ。仮に勝てたとしても、相当な損害を覚悟しなければならない。良くても共倒れ。それが今の状況なのである。

しかし、この結果は以前から分かりきっていたものだ。どんなに楽観的な人間でも、経済的に圧倒的に有利な上に、戦略上の優位を確保している立国に簡単に勝てるとは思わないだろう。

さて、帝国の上層部は、何を考えているのか。或いは、何も考えていないのか。

「チャン、貴官、何を考えている」

「さて、それはどういう意味でしょうか。 ただ分かるのは、これから私が提示する作戦を実行すれば、帝国は勝てると言うことです」

「……話を聞かせて貰おうか」

「資料をご覧ください」

立体映像で、資料が提示される。ざっと目を通しただけで、フリードリーヒは思わず目を見開いていた。

下劣な策は散々見てきた。己の手が綺麗だとほざく度胸はない。しかし、しかしだ。これはあまりにも、下劣すぎるのではないか。

「この策は、帝国のためになるまい」

「ほう?」

「このような策を用いて立国を落としたところで、民は従わぬだろう。 それに、このようなことをしたら」

「気色の悪い虫共がどれだけ死のうと知ったことではありませんよ。 それに、民など支配するものだと、昔から相場が決まっているではありませんか」

そうかと、フリードリーヒは応えた。チャンは気色の悪い笑みを浮かべながら、回線を切る。

この時フリードリーヒは、いかなる手を用いても、チャンを殺すことを決めた。帝国を、愛するが故に。そして、人類の未来がために。

 

5、終末の角笛

 

辺境星系が帝国に蹂躙されたというニュースは、すぐに広まった。クラスは前以上に騒然としており、賢治は居心地が悪かった。

連合の援軍が駆けつけ、すぐに攻勢に出るという情報も流れてはいるが、それ以上に辺境での様々な状況が、生徒達に不安を与えていたと言える。第十四艦隊の壊滅や、避難民への帝国の無差別攻撃、それに工作員が首都星で繰り返しているテロ攻撃が、皆の恐怖を煽っていた。

もちろん、恐怖に包まれているばかりではない。義勇兵の募集には、多くの民間人が応じ始めているし、訓練も始まっている。国家総力戦体勢に移行する準備も開始されているようで、場合によっては賢治も軍工場で働くことになるかも知れない。

しかし、である。居心地は悪いのだが、賢治自身は妙に心が沸き立つのを感じていた。ブロンズさんに襲撃される以前に感じていた倦怠感は薄れ始めている。活力も湧いてきているし、毎日が充実しているとも感じる。不謹慎な話であるが、それが事実であった。

授業が全て終わる。携帯端末をチェックすると、立花先輩のメールが入っていた。今日は林さんのお店で食べて帰ろうと言うことである。今日は美術部も休みだし、選択肢の一つであるかもしれない。だが危険があるのではないかと思ったのだが、考え直す。多分レイ中佐も同意の上なのだろう。しかも、最近下町の辺りは治安がやたらに良くなっているとも聞いている。前の食事会での一件の時、マフィアを根こそぎ特務部隊が掃除したというが、それが要因であろうか。

どっちにしても、賢治に拒否権はない。立花先輩にメールを返信すると、クワイツがいなくなって少し寂しい教室を後にする。合流地点は既に決めてある。丁度向かおうと歩いていたところに、後ろから声。

「お、今終わったところかい?」

「シャルハさん、お疲れ様です」

「お疲れ。 今日は中華料理だったっけ? 戦争で色々大変みたいなのに、大丈夫なのかな?」

「大丈夫だと判断しているから、レイ中佐も許可したんでしょう」

周りを見回して、誰もいないことを確認してから言う。学校の外に出ると、ワゴン車が一台止まっていた。シノン少佐が見えたので、一礼する。やっぱり護衛をかなり強化しているらしい。状況から言って、無理もない話である。

ルーフさんと立花先輩が、まもなく連れ立って出てきた。今日は一緒に樋村さんも連れている。なるほど、一般人を含めての、外部での外食訓練と言う訳だ。ルーフさんは経験が何度かあるが、シャルハさんは初めてになる。かなり難易度が高いはずで、賢治や立花先輩の的確なサポートが重要になってくる。

ルーフさんと楽しそうになにやら話している樋村さんを横目に、シャルハさんが言う。不安そうで、時々視線が泳いでいた。逆に言えば、ここまで人間の感情を再現できるようになってきているという事でもある。

「今日は事情を知らない部外者も会食に加わるのかい? 不安だなあ」

「いずれは経験しなければならないことです。 それに、樋村さんはルーフさんのお友達じゃないですか」

「確かにそうだけれど」

樋村さんはとても重要なポジションにある存在だと、賢治は考えている。ルーフさんがごく自然な地球人の擬態をこなすためには、日頃から綿密な交流関係を敷いている存在を、だましきるのが絶対条件だ。樋村さんには少し悪いが、だがKVーα人と地球人類の未来の為には、絶対に必要な関係である。

五人で連れ添って、下町へ歩く。途中、携帯端末からニュースを表示してみると、やはり戦争の話一色に塗りつぶされていた。帝国から爆弾による無差別攻撃を受けた輸送艦の生き残りが、インタビューに応じている。まだ頭に包帯を巻いていて、痛々しい。辛そうに目頭をハンカチで押さえていて、ショックの大きさが伺えた。

帝国はこの攻撃を、立国が政治宣伝の為にやったと言っているとか。これでは、立国との血みどろの総力戦になるだけである。一部の特殊な政治的思想の持ち主くらいしか、帝国の主張など聞く耳持たないだろう。それを考えると、やはり国内用の政治宣伝のための放送なのかも知れない。

道すがら、シャルハさんにすれ違う女性の視線が集中する。長身のシャルハさんは、意図的に整った顔立ちにしているから、まあこういう事も起こる。シャルハさんは涼しい顔で見向きもしていないので、賢治は肘で小突いた。

「シャルハさん、女の子が見てますよ。 笑い返して上げたらどうですか?」

「え? よく分からないけど、すれ違う女の子が、僕に求愛行動をしているって事?」

「いや、そこまで大げさなものではないですけれど。 完全に無視するのも失礼だと思いますし、社交辞令で笑顔くらい返した方が良いんじゃないのかなって思いましたから」

「ふうん、そんなものなのか」

それからは、シャルハさんはすれ違う女の子に、にこりと笑みを返すようになった。だがそれを見て、逆に変な誤解をされないか、賢治の方が不安になった。余計なことを言ったかなと思っている内に、下町に着く。灯りが減り始め、周囲の空気が変わり始める。治安が良くなっているとは言え、やはりまだ空気が悪い。樋村さんが不安そうにしているので、立花先輩が先頭になった。賢治も携帯端末から静名を呼ぶ。護衛を増やした方が良いかも知れないと思ったからだ。

立花先輩に、静名を呼んだことを耳打ちする。立花先輩はツインテールの髪を揺らしながら、頭を掻いた。

「あまり余計なことはしなくてもいいよ」

「すみません」

「いや、とりあえず戦力が増えることは好ましいし、このままいこう。 あたしもフォルトナを呼んでおくよ。 ただ、影から護衛をさせるつもりだけれど」

ルーフさんと談笑する樋村さんを見ながら、立花先輩は携帯端末を操作する。問題は、ククルームルさんとエルさんだ。二人の護衛戦力は大丈夫だろうか。そう言うと、立花先輩は此方を見もせずに応える。

「そっちはアルバートともう一人、最新鋭の戦闘ロボットが護衛に付いてるから、生半可な戦力じゃ突破は出来ないよ」

「そうですか。 そう、ですよね」

「ん? 何か不安要素があるの?」

「いえ、帝国が次に動くとしたらどうするかって、ここのところずっと考えていたんです」

心配など誰にでも出来る。具体的にどうすればいいか、賢治は最近考えるようにしている。以前レイ中佐に言われてから、心がけていることだ。

さて、現状を分析してみる。帝国としても、連合のアシハラ艦隊が加わった立国軍を、正面から打ち破れるとは思っていないはずだ。戦力的にも、立国・連合軍の方が遙かに大きいし、士気も高い。更に言えば、帝国は増援も期待できないだろう。それに対して、連合の軍はまだ余裕がある。公表されているデータを見る限り、連合の機動艦隊はまだ10000隻ほど本国に待機しているはずだ。下手をすると、別働隊が帝国本土を突く可能性があるのだ。帝国には、これ以上遠征軍に戦力を割く余裕はないだろう。そんなことは素人同然の賢治にさえ分かる。

そうなると、今度は立国軍の内部を崩しに掛かるか、大規模なテロを実施するか、或いは他の国に増援を頼むかだろうと、賢治は結論した。ただでさえ分が悪い帝国に手を貸す国家は、今のところ考えにくい。かといって、潜入している人員にも限りがあるだろうし、軍も総力で警戒している。末端やインフラを狙ったものならともかく、大規模なテロは難しいだろう。

そう賢治は結論した。

きちんとした形で結論が出ると、帝国の取る手も、自然と分析できてくる。

「そうなると、やっぱりルーフさん達KVーα人を狙うしかないと思うんです」

「なるほど、確かにそれは考えられるね」

「僕たちはさらわれても、国家に対して致命傷にはなりません。 でも、ルーフさん達は、下手な宣伝工作に使われでもしたら、大変なことになります。 それに、KVーα人の政府だって、どんな手に出てくるか分かりませんし」

「なるほど、分かった。 こっちからも、レイ中佐に増援を要求してみる。 この分だと、護衛戦力が足りないかも知れないものね」

携帯端末を弄って、すぐに立花先輩は連絡を始めた。これでいい。立花先輩は、あまりこういう事を考えなくてもいいと思う。立花先輩はただでさえ、普段から肉体労働をこなしてくれているのだ。頭脳面では、賢治が働けば良い。

帝国が面と向かって攻めてきたことで、今立国の軍は大増員を行っている。予備役だった兵や、補助戦力が次々に現場に復帰しているし、最新鋭の装備は根こそぎ投入されている。レイ中佐達にも、ある程度の増援があったはずだ。戦力をルーフさん達の護衛に回すことも、難しくはないはずである。

途中、静名が合流してきた。一般人を装って、ジーンズを穿いている。上はクリームブルーのシャツで、ボディラインが大胆に出ていた。二言三言話している内に、林さんの店に到着。すでに夕暮れ時である。店にはいると、がらんとしていて、少し寂しかった。林さんは自ら厨房から出てきて、向かえてくれた。いつものスマイルに、かげりがあるのは悲しいことだ。

「おや、皆さんおそろいで。 嬉しいね」

「林さん、人数分の軽めのコースお願い。 あまり時間無いから」

「了解よ。 今日は折角いいイカが入ったのに、お客がいなくて、もったいない事をする所だったよ」

鼻歌まじりで、林さんが厨房に消えていく。どうして客がいないのかは、賢治にも理解できる。唾棄すべき話だが、人間とはそういう生き物だ。

「みんな、こっちよ」

樋村さんはがらがらの店内の奧で、空いている場所を見つけて、率先して座る。立花先輩はしばしその席を見てから、皆を庇うように入り口側に座った。静名は壁側に立つ。店の外から爆弾などで攻撃を受けた場合に、盾になるつもりだろう。

既に外ではフォルトナが監視に当たっていると、連絡があった。さらにはシノン少佐達も外で護衛に当たってくれている筈で、戦力は申し分ない。そのはずだ。だというのに、何か、嫌な予感がする。

林さんが、最初の料理を持ってきた。前菜のサラダである。普通のドレッシングが掛かった美味しそうなサラダである。ドレッシングは少し脂っこかったが、それでも味付けはさっぱりしていて、とても胃に優しい。

すぐに次が運ばれてくる。とても満足したらしい樋村さんが、にこにこしながら皿が来るのを見ている。シャルハさんはサラダを不器用に口に運んでいたが、時々顎を動かすタイミングを間違っていたので、肘で軽く小突いて教える。ルーフさんは雑談する余裕さえあるので、賢治が口を出す意味はなかった。

「次は何かしら」

「香りから言って、どうやら炒飯のようですわ」

「ルーフさん、流石ね。 次はこの飯店自慢の炒飯よ」

林さんが嬉しそうに言う。確かに来たのは炒飯だ。イカがふんだんに入っていて、白い。切り身のサイズを見る限り、かなり大きなイカらしい。

「今日は市場で、いいヤリイカが入ったんだよ。 私がいうのも何だけど、美味しいから、残さず食べてね」

「林さん……」

「賢治さんが気にすること無いよ。 イカも美味しい内にみんなに出すことが出来たし、私は満足よ」

確かに林さんは地球時代で言う中国系で、帝国の主要構成民族と同じだが、関係ないではないか。腕の良い料理人で、創作料理がいつも変で、でもとても愉快で楽しい人だ。それなのに、歴とした差別を受けている。法では差別は許されていないが、それでもこういう形で、人々の心は闇を纏い、表に出てくるのだ。

差別が存在しないというKVーα人の文化が羨ましいと、賢治は思った。地球人とは根本的に違う文化で、色々驚かされることも多かった。だが、此処だけは確実に優れていると、賢治は思う。宇宙に出てきても、いまだにこんな簡単なことも克服できない地球人類とは、一体何なのだろうと、賢治は自嘲した。

ターンテーブルを回して、それぞれが小皿によそう。シャルハさんはまだ慣れていない様子だったが、ルーフさんはもうすっかり大丈夫だ。手際よく取り分けると、夫に指導さえしている。

イカの肉は軟らかく焼き上がっていて、とても美味しかった。油も少なく、とてもさっぱりして、良い食感である。炒飯に入っている焼き卵が、味を丁寧に調整していて、更に好感度を引き上げている。振られている胡椒も、良く味を引き出していた。さすがはプロの技だ。並みのロボットでは、まだこんなに美味しい炒飯は作れないだろう。ルーフさんもレンゲを動かしながら、満足げである。

「栄養価が高くて、とても食料として優秀ですわ」

「あら、ルーフさん、そんなことも分かるの?」

「ふふふ、樋村さんにも分かるようになりますわ」

「ルーフさん、ちょっとした訓練を受けていてね、それで分かるの」

涼しい顔で、立花先輩がフォロー。ルーフさんは自分のミスをしっかりリカバリし、賢治達がそれを更に補助する。シャルハさんはというと、イカを知らないと言い出したので、賢治が立体映像で呼び出した。イカは栄養価が高く、優秀な食材で、各国にて養殖されている。もちろんこの星でも人工海で養殖されており、今食べているのも、それである。だからといって味がおちるわけでもない。特に環境が合っていると言われる幾つかの惑星で養殖技術が確立されてからは、地球産のものに劣らない味に仕上がっているという。

「へえ、面白い形態の生物だね」

「地上に上がってこなかったのが不思議なくらい、完成度の高い生き物なんですよ。 基本的には肉食性で、二本の喰腕を伸ばして、獲物を捕まえます。 他にも擬態が得意で、色々な体色を再現できるんです」

「はい、次はメインディッシュよ。 まだ熱いうちに食べてね」

林さんが、ラーメンを持ってきた。今回は軽めの夕食と言うことで、これと後はデザートで最後だろう。ラーメンもかなり少なめで、炒飯を食べた後で、充分腹に入りそうだ。静名が袖を引っ張った。ラーメンに伸ばしかけていた手を停止させて、耳打ちを聞く。

「賢治様の危惧が当たりました。 カニーネ様が襲撃を受けたようです」

「! そ、それで?」

「ヘンデル様の奮戦もあって、どうにか撃退は出来たようです。 賢治様が指摘したことで、警備を強化していたことが良かったようですが、しかし此方にも被害が出ているようでして」

「どうする? 切り上げて帰る?」

立花先輩が足を踏んだので、賢治は思わず顔を上げた。幸せそうにラーメンを食べる樋村さんは気付いていないようだが、不安げにルーフさんもシャルハさんも此方を見ている。

「どちらにしても、すぐに動くのは良くない。 現状はそのまま、しっかり食べ終えて、普通に帰る」

「はい」

確かに、もし監視を受けていた場合、下手な動きを見せればすぐにでも攻撃されるだろう。何もないように見せながら、最大限の注意を払い続けなければならない。賢治が注意したところで何か出来るとは思えないが、立花先輩が何かに気付ければ結果は全く違うはずだ。ラーメンは美味しいのに、楽しむ余裕が無くなる。林さんに悪いなと、賢治は思った。

最後に、杏仁豆腐が出てくる。チェリーやパイナップルをはじめとして、何種類かのフルーツが入った、とても美味しそうな杏仁豆腐である。静名が栄養素を分析した結果、全く問題は無し。樋村さんはきゃあきゃあ喜んで、とても嬉しそうに口に運んでいた。確かにさっぱりした味で、しつこい甘みがない。賢治にもとても食べやすい、美味しい杏仁豆腐だった。つるんと喉を滑る食感が、また素晴らしい。

すぐに杏仁豆腐は無くなってしまった。携帯端末を弄っている立花先輩は、眉をひそめていた。

「どうしたんですか?」

「いや、今日もう一人来るはずだったんだけど、結局最後まで来なかったから」

「え? 立花さんの友達?」

「うん。 友達って言うか先輩だけれどね」

ぴんと来たので、そういえば、と思い出す。以前外部に信頼できる協力者を作って、レイ中佐達の負担を出来るだけ減らそうと言う話をした。藤原先生はその中でもしっかり稼働しているが、立花先輩がリストアップした何人かの中で、その人がまだだ。賢治はまだ顔を見たことがない。

「確か宇宙で仕事をしている人でしたよね」

「そうだよ。 確か今日か明日、軌道上のステーションから帰ってくるはずだったから、お祝いも兼ねようかなと思ったんだけど」

「ステーションで働いているって事は、デブリ拾いとか?」

樋村さんの言葉に悪意はない。最近よく喋るようになってきたこの人は、あまりコミュニケーションが得意ではない様子で、時々突拍子もないことを口にする。まあ、仕方がないこととは言える。立花先輩もそれを知っているからか、あまり怒るようなことはない。

「いや、それもしたことがあるって聞いたけれど、今は整備の方が主体みたい。 かなり腕が良いらしくて、今度出世するって聞いたよ。 たしか課長だったっけかな」

「いや、まだ主任。 次に課長」

不意に場に割り込んできた気怠そうな声に賢治が振り向くと、幽霊のように生気のない女の人が立っていた。つなぎを来ていて、髪はだらりと長く、腰の辺りまである。先端部には青いリボンが付けられているが、お洒落を感じる前に怖い。

「杏(あんず)先輩」

「久しぶり、キャム。 今帰ってきた。 遅れてごめん。 もう夕食終わっちゃったみたいだね」

淡々と言う杏という人は、殆ど視線も動かさず、にこりともしなかった。機械的な喋り方だが、不思議と冷たさは感じない。くるりと視線をルーフさんとシャルハさんと向けたが、ちょっと動きがロボットぽい。

「そちらの美人さん達が、噂の友達かい?」

「ええ」

立花先輩の様子から見ても、かなり頼れる人なのだろうなと、賢治は思った。互いに自己紹介をするルーフさんとシャルハさんと、杏先輩。

携帯端末を見て、賢治は時間が来たことを悟る。これ以上無駄話をしていると、レイ中佐達の負担が大きくなる。名残惜しいが、再会は別の場所でじっくり楽しんで貰うしかない。杏先輩は林さんとも友達らしく、なにやら親しげに(しかし表情は全く動かさず)話し込んでいた。罪悪感さえ覚えたが、賢治は立花先輩に軽く頷いた。立花先輩はとても寂しそうに、咳払いした。

「すみません。 そろそろ帰ります」

「そっか。 また食べに来てよ」

「はい。 時間が出来たら、是非」

楽しい会食が終わった。見ると、シャルハさんの右手の辺りが青く染まりかけていたので、慌てて肘で小突いた。すぐに直してくれたシャルハさんだが、かなり疲れている様子であった。無理もない。今日は体育もあったはずで、蓄積疲労は尋常ではないだろう。考えてみれば、地球人が無意識にやっている関節や視線の動きなども、全て意識してコントロールしているはずで、その労力は尋常ではない。

林さんの店を出ると、エアバイクが止まっていた。反重力を利用して、地面から五十センチほどの高さに浮かんで移動するこの乗り物は、免許の取得が難しいことで知られている。杏さんはかなりの俊英なんだろうなと、賢治は思った。エアバイクに跨る杏さんは、立花先輩に、しばらくはこの星にいると言っていた。

途轍もない災厄の中、僅かに加わった力。

何の邪気もなく、楽しそうにエアバイクを見ているルーフさんと、たしなめているシャルハさん。彼女らを何があっても守らなければならない。地球人類の、未来のためにも。改めて決意する賢治の意思は、強く固かった。

 

刻一刻と変化する状況。レイミティは苛立ちのあまり、指先で机の上をなぞり続けていた。

カゲ一家が襲撃されたことを皮切りに、次々とステイ家族が攻撃を受けていた。既に四ヵ所でテロが発生し、七人が死亡、十四人が重傷を負っている。今のところ、ステイ家族は守り切れているが、それもいつまで保つかは分からない。軍から派遣して貰った増援で周辺を固めながら、後手後手に回るのが精一杯だった。

シャレッタから連絡。回線をつなぐと、申し訳なさそうにレイミティの盟友は言った。顔には色濃く疲労が張り付いている。

「悪いな、苦労を掛ける」

「状況を説明してくれる?」

「ああ。 どうやら先週くらいに、帝国が新手を送り込んできたらしい。 どいつもこいつもかなり良い腕をしてる上に、かなりの数で、正直対処しきれない。 此方も増援を回して貰っているんだが、連中は高度なネットワークを既に組んでいるらしくてな。 手を焼いているのが現状だ」

「……やはり、かなりの大物が帝国に手を貸しているみたいね。 そちらの絞り込みは、出来そうなの?」

泣きながら膨大なメールを処理しているフランソワを横目に、レイミティは声を落とす。シャレッタは少し考え込むが、やがて決意したように顔を上げる。

「実は、もう五人まで絞り込んでる」

「状況が状況よ。 大統領に言って、全員拘束した方がいいわ」

「それが、難しい。 何しろその中の一人は、大統領の側近中の側近だ。 逮捕することは不可能じゃないが、そうなると前線が少なからず混乱することになる。 展開している艦隊の司令官も一人いる。 そっちについては、既に裏が取れていて、かなり黒に近いんだが……。 下手に逮捕に動くと、艦隊ごと造反に走る可能性もある。 他の三人は、すぐにでも逮捕できるんだが」

厄介な状況だった。レイミティは淹れておいたコーヒーを呷ると、腕組みする。事は中佐級の軍人にどうにか出来る状況ではない。大統領が陣頭指揮を執るくらいでないと、収集はつかないだろう。

「造反が予想される艦隊司令官は、部下も含めて最前線に送るしかないわね」

「というと?」

直接的に戦力を振るうことしか能がないシャレッタは小首を傾げる。別に悪いことではない。前線指揮官としては、とても優秀な奴だからだ。足りない分は、レイミティが補えばいい。

「後ろから撃たれるより、帝国に加わられる方がマシだからよ。 それに首都星から離せば、帝国のスパイを手引きも出来ないでしょう。 大統領の側近に関しては、アシハラ艦隊が展開を終えたタイミングで逮捕に踏み切るしかないわね」

「そうか、それならある程度の混乱をカバーできるな。 だが、連合に対する借りがまた大きくなってしまう」

「今はそれどころじゃないわ。 下手をすると、この国が無くなるわよ。 それと気をつけて欲しいのだけれど、今は誰が帝国と結んでいるか分からない。 だから大統領に、直接提言して。 誰も間に通しては駄目よ」

「分かってる。 絞り込めているとはいえ、本当に裏切っている奴が別にいたら、洒落にならないからな」

後気をつけるべきは、大統領に対する暗殺等だろうか。それと、被名島賢治の指摘通り、KV-α人に対するさらなる攻撃を警戒すべきだろうか。

「それと、レイ」

「何?」

「気をつけて欲しい。 あたしが入手した情報だと、帝国でも有名なエージェントが、首都星に潜入しているらしい。 まだ確報はないんだが、油断だけはするなよ」

「分かったわ。 兎に角、今は最大限の戦力を整備して……」

携帯端末がけたたましく鳴り響いた。緊急事態の時のみ、鳴らすようにしているアラームだ。回線を切り替えると、血相を変えた賢治の顔が映り込んだ。

「レイ中佐!」

「落ち着いて、状況を話して」

賢治は、頭から血を流していた。後ろでは、キャムにルーフが肩を貸している。キャムは血だらけで、後ろでは炎が燃えさかっているようにも見えた。

昨日、中華料理屋での会食をして、それから特にこれと言ったトラブルはなかったはずだ。シノンからも、異変の情報はなかった。今の時間帯は、学校にいるはず。まさか、学校が襲撃を受けたのか。なぜ、警報が来ていない。

「今、学校から帰ろうとしていた所です。 みんなで集まって、帰ろうとしたところで、ドカンって来て! 車が爆発したみたいです! それで、何人か銃を持った奴らが襲ってきて、立花先輩とシノン少佐と、あと何人かが戦って、撃退はしました! でもシノン少佐は撃たれて、立花先輩も!」

「すぐ、家の方も確認するわ」

「お願いします!」

ルーフはまだいい。シャルハもだ。だが、まだ擬態が下手なククルームルや、エルはまずい。さらわれた場合、良いように政治宣伝に利用されてしまうだろう。何が起こっているか分かっていない様子のフランソワを叱咤して、すぐに救援部隊を向かわせる。学校にも、それにスキマ一家の方にも。軍の特殊部隊を向かわせるしかない。警察では、あらゆる意味で力不足だからだ。

最悪である。ナンバー4である、ジョンソン中尉と連絡が取れない。ジョンソンはスキマ一家の方の警護を担当していた。そうなると、ルーフに対する派手な攻撃は、最初から陽動だったという訳か。机を拳で一打ち。

シノンから連絡が来た。撃たれたというが、何とか息はあった。冷静に、状況を説明してくれる。

「恐らく小型の無力化爆弾です。 しかし至近で炸裂したので、被害は甚大です。 二人死亡、一人重体。 重体ですが、何とか、助かるでしょう。 頭を打っていたので、賢治は精密検査が必要です。 学生に、他に被害は出ていません」

「ルーフさんと、シャルハさんは?」

「何とか無事です。 ただ、キャムティールが、無力化弾を何発か受けています。 それでも其処に転がっている連中を素手で打ち倒しましたが。 しかし、此方も精密検査しないと危険でしょう。 帝国製の無力化弾は、高濃度の有害物質を含んでいるとかいう話も聞いていますから」

襲撃者は一人も逃していないという。ジョンソンと連絡が取れないというと、シノンは無念そうに顔をゆがめていた。

やがて、続報があった。ジョンソンからだ。生きていたと聞いて、胸をなで下ろす。しかし、状況は想像以上に悪かった。

「すみません。 不覚を取りました」

「状況を説明して」

「はい。 奇襲を受け、ククルームルさんがさらわれました。 エルさんは、たまたま近くに来ていたカニーネさんが、ヘンデルとクレーチェルと一緒に加勢してくれて、救い出すことが出来ましたが」

最悪だ。ついに、KVーα人から被害を出してしまった。自分の所から出してしまったという事よりも、今後の人類の未来に、暗澹たる気分を味わってしまう。

「逃走手段は?」

「はい。 軍用ヘリを使っていました。 西に飛び去りましたので、軍基地を迂回していると思われます」

「すぐに追撃の手配を取ります。 貴方たちは、増援と合流して、警備を固めなさい」

敬礼すると、右腕をぶらぶらさせているジョンソンは回線を切った。

ついに、この時が来てしまった。レイミティは近くに駐屯している軍部隊と、さらには衛星軌道上の宇宙艦隊とも連絡を取り、危急を伝えた。事は一刻を争う。

これ以上敵に先手を渡してはいけない。レイミティは珍しく個人的な怒りを覚えると、大統領府に連絡した。

 

(続)