創造の真相

 

序、始まりの時

 

それは偶然の出来事だった。

無数の世界が重なり合うその「点」に、偶然にも意思が宿った。

理由は分からない。

ともかくその存在は、意思が宿った時点で、自分の存在を自覚し。そして、祝福の言葉を聞いた。

見てごらん。

聞いてごらん。

世界は光に満ちているよ。

そうなのか。

無邪気にその存在は、言葉に従って、周囲を見た。

そして、愕然とした。

聞こえてくるのは。

悲鳴だ。

ある場所では、どう考えても不平等な格差によって、多くの者達が泣いていた。苦しんでいた。

ある場所では、暴力的な戦力差によって。

一方的な殺戮が行われていた。

これが、光なのか。

無数の光が瞬き。

ある場所には命がある。

だがその命というものは。

根本的に殺し合いながら、互いをつぶし合って存在しているものなのだった。

祝福の言葉は嘘だったのか。

悩みながらも、その存在は。

まずは自分を定義づけた。

定義づけることによって形を為し。

名前を得た。

そして、まずはどうするべきかを考えた。

有り余るほどの力。

できない事など何一つ無い。

この世界には、多数の悲鳴が満ちている。

それはあまりにも哀れにしか思えなかった。

それならば、するべき事はある。

この有り余る力で。

悲鳴を少しでも、無くすことだ。

だから、行動を起こす。

出来るのだから、やらなければならない。

一つずつ、順番にやっていこう。

そう決めたのだから、すぐに動く。

哀しみの声を上げ。

助けを求めている者達を。

助けることにした。

そう、それが。

どれほどの苦難と困難を呼ぶか。

その時、その存在。

創造の乙女パルミラは、知らなかった。

 

1、戦いの場所に赴く

 

あたしは皆を見回す。

可能な限りの装備類。

物資も充分。

キルヘン=ベルという都市そのものはバックアップしてくれない。だが、あたしが「私物」を持ち出すことに関しては、一切禁止されなかった。キルヘン=ベルの最大戦力の一人であるフリッツさんも、来てくれることになった。

ただし、フリッツさんは、この仕事が終わったら、キルヘン=ベルを離れるそうである。

この人なりに。

色々と思うところがあったのかも知れない。

元々傭兵とは金で戦う仕事だ。

彼の場合は指揮官級の傭兵と言う事で、戦略的な価値のある存在。

彼方此方で剣を振るうだけの仕事では無く。

それこそ、街や。下手をすると国で軍を率いて戦う立場にもなる。

キルヘン=ベルに一年以上もいてくれただけで。おばあちゃんのコネのすごさがよく分かる。

こんな小さな街に、本来いてくれるはずの人員ではないのだから。

モニカに確認。

「あたし達がいない間、ネームドに襲われても平気?」

「大丈夫。 現在の自警団の戦力なら、ドラゴンや邪神以外なら退けられるわ」

「それは良かった」

あたしの周囲には。

十二の拡張肉体が浮いている。

ちまちまと増やしていたのだが。これで予定数達成だ。砲撃の時は、左右に六つずつ分かれ、六倍砲撃を二つ。あたし自身は真ん中で直接砲撃をするように調整した。三つの魔術砲撃が目標を狙うことも出来るし、広域殲滅も出来る。

荷車は二連。

薬と爆弾。

最悪の場合、撤退するための旅人の道しるべ。

とはいっても、撤退する事はあまり想定していない。更に、できる限り途中で消耗を避ける為にも、今回は旅人の靴で目標地点の至近距離にまで一気に接近する。

プラフタに確認して。斥候から聞いた絵を、既にゼッテルに描いてあるが。

なるほど。

確かに、不可思議な建物だ。

この中に、あたしが使っているような空気の無いアトリエや。

星を読む場所。

膨大な蔵書。

他色々が詰まっているのか、と感心する。

本当に世界最高クラスの錬金術師が二人で作り上げた、錬金術を行うための場所だったのだな。

それが、心ない愚かな者達によって。

希望は奪い尽くされ。

世界を改革する事が可能だったかも知れない二人の錬金術師は喧嘩別れした。

プラフタとルアードを追い詰めたのは。

この世界そのものというよりも。

むしろ周囲の愚かな人間達だった。

ルアードがやったことは許されないが。

其処まで。

根絶にまで手を出させ。

この世界には現在さえも無いと認識させたのは。

間違いなく愚かな周囲の人間達だ。

だが、それでもなお。根絶の力に手を出す事は許されない。

現時点で、根絶の力は感じ取ることが出来ないが。

いずれにしても、既にこの辺りは。

雰囲気からしても、尋常では無かった。

周囲には、血の跡が点々としている。

何かが死んだのだ。

量から言って人では無いだろう。

ネームドが仕掛けて返り討ちにあったか。

まあ無理もない。

中から感じる気配の凄まじさ。

この間イフリータという魔族にあったが。あれも明らかに魔族の上限を超えた能力を持っているようだったが。

明らかに、あれと同レベルの使い手が複数人いる。

魔王と呼ばれるクラスの魔族は、世界に何人もいないらしいが。

それを鼻で笑う使い手が、此処にはそれ以上の数集まっていそうだ。

荷車は全自動なので、別に常に誰かが引いていなくても良い。管理はコルちゃんに任せる。

アトリエらしきものの近くに接近すると。

不意に、無数の影が出現した。

それは不定形で。

無数の触手を有していて。

音も気配もなく現れた。

周囲は既に囲まれている。

此奴らか。

プラフタが言っていた。

ルアードは生命を創造する実験もしていたと。

言葉を解することも出来るそれは。

500年前には実用化されていたらしい。

姿は聞いたままだが。

500年前から何も進歩していない、という事はあるまい。

恐らく相当に改良、強化をされている事は間違いないだろう。

しばし、睨みあいが続くが。

そもそも相手には目らしきものさえない。

何をどう見ているのか。

それさえ分からない状態だった。

剣に手を掛けているフリッツさんとジュリオさんだが。彼らにも、プラフタからこの「深淵の者」の話はしてある。

当初は彼らが尖兵となって、色々な戦いに赴いていたらしいし。

給仕などもしていたそうだ。

だが、必ずしも好戦的な性格では無かったという事で。

仕掛けてくるまでは手を出さないように、とも言われていた。

あたしも既に戦闘態勢に入っているのだが。

向こうもゆっくりと包囲を維持しながら、触手を動かしているだけ。

どうやら此方を分析しているらしい。

そう気付いた時には。

声がしていた。

「どうやら来たようだね、プラフタ」

「ルアード!」

上からだ。

アトリエは目の前なのに。

上空にいるのか。

そう思ったが、違う。

アトリエの前面に、何やら音を出す装置がついているらしい。前にノーライフキングの住処にモニカの聖歌を流し込んでやろうかと思った事があったが。それと同じような仕組みだろうか。

遠隔で声を届けることが出来るとすれば。

あたしが作った、ただ声に指向性を持たせて増幅するだけのものよりも、数段上の代物だが。

「皆、道を空けよ。 客だ」

「分かりました。 主様の仰せのままに」

「喋った……」

「……」

レオンさんが呆れたようにぼやいて、槍を収めるが。

ハロルさんはまだ何だか腑に落ちないようで。無反動大型銃を構えたまま、周囲を油断無く見張っていた。

プラフタは悲しそうにする。

彼らは、深淵の者における尖兵。

生物として新しく作り出されたもの。

まだいるという事は。

深淵の者では、人的消耗を避ける為に。未だに生命を作り出し続けていると見て良いだろう。

あたしとしては、技術を知りたい所だが。

勿論それを口にするつもりはない。

「正面に入り口を用意する。 少し待ってくれるかな」

「好きなようにしなさい」

返事は無い。

そのまま、不可思議な建物の正面壁が、何の音も無く消滅する。

そこからハルモニウム製と思われる板が斜め下に伸びてきて。地面にかつんと当たった。

しばし無言で皆はいたが。

プラフタが促したので。

あたしが先頭に立って歩き出そうとして。

ジュリオさんが制した。

「いや、どんな危険があるか分からない。 僕が先頭に立つよ。 装甲は僕が一番厚いからね」

「そうですか。 お願いします」

「ああ」

ジュリオさんは剣に手を掛けたまま。

慎重に前に出る。

あたしが賢者の石を作っている間。

モニカはずっと頑張ってくれたし。

ジュリオさんも律儀に。異国の錬金術師のために戦い続けてくれた。

この戦いが終わったら。

皆、少しずつキルヘン=ベルを離れていくだろう。

オスカーでさえもだ。

ある意味、皆が揃う最後の瞬間かもしれない。

生きて此処を出られるかさえも、分からないのだから。

坂を登り切ったジュリオさんが、一度建物の中に消え。

そしてしばしして、顔を出し、手を振って来る。

殿軍をフリッツさんに任せ。

続いてあたしが。

プラフタとモニカが続き。

コルちゃんをハロルさんが守りながら、坂を上がってくる。

後は順次皆が坂を上がりきり。

そして、内部に入ってきた。

あたしはその時には既に。

其処を見て、呆然としていた。

本の山だ。

エリーゼさんの店とは、比べものにもならない。とんでも無い量の本が、無数の書架に収まっている。

これは人類の宝だ。

こんな所で戦う訳にはいかないだろう。

周囲には無数の気配。

此方に敵意さえないが。もしも敵意を向ければ、即座に全員で襲いかかってくるだろう。此処に誰かよその勢力の者を入れた事はない。そう判断して間違いなさそうだ。

護衛用に、調教した猛獣まで入れているようで。

獣の臭いがする。

フリッツさんが最後に入ってくると。

目を細めた。

「ラスティンの大図書館と同等か、それ以上に凄まじい規模だな」

「私がルアードと共に研究をしていた頃の、十数倍の蔵書です。 各地で戦禍に焼かれる所を、救い上げた本も多そうですね」

「エリーゼさんを連れてきたら、ずっと籠もっていそうね」

「……」

フリッツさんが、ハンドサイン。

以降、無駄話は避けるように、という意味だ。

さて、どう出る。

不意に、目の前に何かが舞い降りた。

鳥かと思ったが違う。

プラフタのような、浮かぶ本だった。

錬金術師が作った意思ある本が、遺跡で人間を襲うケースは珍しくないと聞いているが。その類だろうか。

だが、武器を構える皆の前で。

その本は冷静に喋り始める。

「お客様をご案内します。 此方へ」

「客人というのであれば、主人は出てこないのか?」

「あくまで用心深く振る舞わなければならない立場なのです。 お客様を迎え入れることそのものが、そもそもとても珍しい事なのでして」

ゆっくり、本が進み始める。

途中階段があったが。

階段の脇に坂状になっている場所がある。

荷車は其処を通した。

或いは、このアトリエ。

荷車を行き来させることを想定し、最初から設計されているのかも知れない。

プラフタは目を細めながら、周囲を確認している。

二人が錬金術師をしていた頃と、変わっていないのだろうか。

いや、蔵書が昔の数十倍と言っていたのだ。

変わっていない筈が無い。

無駄話は避ける。

巨大な球体が浮かんでいる空間に出た。

そこも、無数の人影が周囲にいて。

此方が余計な事をすれば、即座に襲いかかるという姿勢を崩していなかった。

戦うつもりなら受けて立つが。

何も喧嘩を此方から売る事もあるまい。

相手は匪賊では無いのだから。

匪賊がルアードのアトリエを占領して好き勝手やっている、と言うのなら、容赦なく鏖殺する所だが。

違うのだし、此処はしばらく様子見である。

球体を見上げる。

それは赤く。

脈打つ不思議な球体で。

その周囲には、それよりも小さな球体が。

多数回転していた。

「これが星読みの装置?」

「そうです。 一部の「運」を操作する錬金術を使う時などに、これを用います。 貴方には教えていませんでしたね」

「いずれ覚えれば良いよ」

声を低くして、プラフタに聞く。

なるほど、これは凄いアトリエだ。

ラスティンの最新鋭のアトリエにも、まるで劣らないのではあるまいか。

500年がかりで、最高峰の実力を持つ錬金術師が、作り上げていったアトリエなのである。

流石と言うほか無い。

ふと、プラフタが足を止めた。

じっと一角を見ている。

小さな戸がある。

其処の周囲は、バリケードで封鎖されているようだった。

何となく分かる。

恐らくあそこから先が、プラフタのパーソナルスペースだったのだろう。

そして殺し合いになって、何もかもがご破算になった後も。

ルアードはあの部屋には、一切手出しをしなかった。

紳士的云々というよりも。

喧嘩はしたが、竹馬の友であり、比翼の存在であるのだと、今でも認めているという事だ。

何となく、だが。

あたしはルアードの事が分かった気がした。

今までプラフタにその人柄は聞いていたが。

これを見て決定的だと思った。

この世界で、真面目に生きて行くには。

ルアードは優しすぎたのだ。

人間の方が荒野に満ちる野獣よりも残虐なのは。

各地に跋扈する匪賊の凶行からも明らかだ。

そんな連中の中にいながら。

しかも差別を受けながらも。

大まじめに人々を救おうとした立派な人物。

プラフタの事を女として見ていたかは分からないけれども。

それでも最大の信頼を寄せ。

そして自分が迫害されていることも、心配させないために隠していたという事だった。

聖人とまではいかないが。

それでも、偏執的な愛情や。

執着のようなものは感じない。

あくまでプラフタを対等の相手として考え。

あの時の喧嘩別れに終わってしまった問答をもう一度するため。

500年、本当に待ったのだと、分かってしまう。

多分レオンさんもそれに気付いたのだろう。

唖然としてしばらくプラフタを見ていたが。

何だか切なそうに視線を下げた。

先天性の異常で、ルアードには生殖能力が無かったという事だけれども。肉体的に欠陥があろうとも。

ルアードが本当に真面目で公平な性格であり。

どれだけ憎まれても人々のために尽くす存在だったことは、これを見るだけでも明らかだろう。

更に、とんでも無い事をプラフタは言う。

「どうやら私のパーソナルスペースに関しては、時間を停止している様子です」

「!」

「誰かが悪戯をするのを避ける為、なのでしょう。 ルアードらしいですね」

「行くぞ」

フリッツさんが、あまり機嫌が良く無さそうだ。

まあこんな敵地でベラベラ喋っていたら、機嫌が悪くなるのも分かる。

勿論油断はしていない。

拡張肉体12個は、常に全力展開して、周囲を警戒しているし。

ジュリオさんもハロルさんも、会話には参加せず、常に周囲を警戒してくれている。

案内役が触手を動かして、此方を招く。

此奴も此奴で。

律儀に待ってくれていたようだった。

「此方にございます」

巨大な球体。

その周囲を回る小さな球体の群れ。

大がかりな装置だけではなく。

床にも無数の魔術による模様が刻まれ。

そして光りながら、ずっと何かの数字や文字を、移動させつつ表示させていた。

恐ろしいほど高度な技術が詰まっているアトリエだ。

あのドラゴンどもが、監視を始めたのもよく分かる。

こんなとんでも無い代物。

あの撃墜されたという、飛行要塞にも搭載されていなかったのではあるまいか。

足を止める。

見覚えがある人物が、姿を見せたからである。

魔族イフリータだ。

「来たようだな、錬金術師プラフタ」

「この間ぶりですね、魔族イフリータ」

「人形に魂を移すとは。 生前の面影があるとはいえ、大胆な行動に出たものだ」

「ルアードの所に案内をしてくれますか」

しばし、沈黙が流れる。

戦うつもりか。

それならば、受けて立つが。

だが、イフリータは。鼻を鳴らしただけだった。

「此処で双方が戦力を消耗させても仕方が無い事だ。 これから殴るべき相手は他にいる、つまりお前達では無い」

創造神のことだな。

あたしはすぐに見当がついた。

プラフタからこのイフリータの話は聞いている。

短い期間しか一緒にいなかったらしいが。

この世界をいい加減に作った創造神に本気で怒りを覚え。

引き裂いてやりたいと公言していたそうだ。

あたしもそれには同意だが。

今、それが故に。

戦わなくても良いという事は、好ましいと言えるだろう。

また、階段を上がって、ついていく。

監視役らしい人影は、ずっと周囲を包囲したまま、追従してくるが。いずれもが、一騎当千の強者ばかり。

プラフタは、イフリータに試すように言う。

「アンチエイジングを使いましたね。 魔族の寿命は200年程度。 昔と変わらぬ姿であるのは不自然です」

「その通りだ。 俺はあの忌々しい創造神を殴るまでは死ねぬのでな」

「変わっていないのですね」

「当たり前だ。 ……いや、むしろ丸くなったか。 俺の怒りは、今や創造神だけに向いている。 他の奴は、殺すにしても機械的に処理出来るようになった。 前は世界そのものが憎かったがな」

それはあたしに対する皮肉か。

イフリータ一人でさえ、正直な所戦えばかなり手間取るだろう。

案内をするというのなら。

出来るだけ平和的に済ませたいが。

少しばかり今の発言は苛つかされた。

まあいい。

我慢する。

また書架に出た。明らかに外から見た建物よりも、内部の方が広い。いつの間にか、異世界に紛れ込んでいるのかも知れない。

先と同等か、それ以上の膨大な本。

いつのまにか、後ろを守るように。

腰の曲がった、だが気配からただ者では無い老婆がついていた。

「シャドウロード。 迎えは俺だけで良いと言っただろう」

「この辺りの本はわしが生涯を掛けて集めたものであるからな。 もしも戦禍に巻き込まれたら泣くに泣けん」

「シャドウロード、だと」

「いかにも」

フリッツさんが反応する。

ジュリオさんもだ。

あたしは聞いた事がないが。

有名人なのか。

レオンさんも、知っているようなそぶりを見せていることからして。

傭兵や職業軍人の間では、知られている存在なのだろう。

「誰なんですか」

「歴史の影に潜む者と噂される魔術師だ。 世界各地に現れて、あらゆる本を読み尽くしていくと言われている。 常に強力な使い手を従えていることから、ついた渾名が闇の君主。 老婆だとは聞いていたが、まさか深淵の者に所属していたとは」

「わしの歴史調査は既に完了したが、これらの本は研究のために一生涯を掛けて集めたものばかりだ。 いずれもが二束三文で売り払われていたり、戦禍に巻き込まれるところを危うくサルベージしたものばかり。 これらなくして、わしの研究が成就することは無かっただろう」

それ以上は、後で話してやる。

シャドウロードは、そう言うと。

さっさと行くように促す。

足を止める理由は無い。

更に奥。

やはり、既にいつのまにか異世界に入り込んでいたらしい。

或いは最初からかも知れない。

通路の周囲には、星空のような、奇怪な空間が拡がっていた。

此処は、外とは別の世界。

あたしがアトリエを作った異世界と、同じ場所かも知れない。

座標が違うだろうから、あたしのアトリエが見えるようなことは無いだろうが。

それでも、石を積んだりしている時に。

こんな光景は、何度か見た。

通路の左右には手すりもあるが。

その外側には、安全装置らしいものも用意されていて。

もしも通路から落ちてしまっても、救助が出来るようになっている様子だ。

色々細かい所まで作っているなと感心している内に。

膨大な。

圧倒的な気配を感じる。

二つ、いや四つ。

強い、とても強い気配がある。

イフリータが戸を開ける。

なるほど、凄まじい気配なわけだ。

其処には、多数の人影があった。

深淵の者の幹部達に間違いない。

当たり前のようにパメラさんもいる。他の戦士も、いずれ劣らぬ凄まじい使い手ばかりである。剣士なら文字通り驚天の技を。魔術師なら当たり前のように魔王と呼ばれてしかるべき魔力を。持っているのが一目で分かった。魔族も何人かいるが、いずれも途方もない使い手ばかり。

特に目を引くのが獣人族の中でも、特にレアであり。滅多に存在しないという、四足二腕の巨大な存在。ケンタウルス族の戦士が二人。

そして更に奥には、ケンタウルス族の力と、魔族の魔力を併せ持ったような、とんでもない巨体がいて。それは全身を錬金術の装備で武装していた。

そして、その巨大な存在の足下。

顔をフードで隠し。

全身をローブで覆い。

足下から無数の触手を生やしている人物が。

待っていた。

なるほど、これが。

ルアードの真の姿。

アトミナとメクレットでいる理由が無くなったから、だろう。

プラフタも、唇を噛み、わなわなと震えている。

つまり、相討ちになった時と、同じ姿をしている、というわけだ。

「その姿に、戻ったのですね」

「根絶の力を使ったのはあの時だけだ。 以降は視点を増やすために二人になっていたが、その理由ももう失せた。 君との話し合いをきちんと終えるまでは、この姿を解除するつもりもない」

「結論は、変わらないと判断しても構いませんか、ルアード」

「それは君もだよ、プラフタ」

火花が散る。

周囲は既に、冗談では済まないような手練れで囲まれている。

しかもこの空間。

どれだけ戦っても、被害を気にする必要はないだろう。

先に、用件を済ませるべきだな。

あたしはそう判断。

咳払いして、前に出た。

「始原の錬金釜とやらはどうなっていますか、ルアードさん」

「此処に用意している」

目を細める。

それは、巨大で。美しい錬金釜だった。

恐らくハルモニウム製で。

全体に非常に複雑な魔法陣が彫り込まれている。

なるほど、超級の錬金釜だ。

アレを使えば、それこそどんな錬金術でもやりたい放題だろう。勿論、それ以外の用途もある。

あたしが瓶に入れたそれを取り出してみせると。

ルアードは、目を見張った。

「賢者の石か!」

「はい。 争うのは何時でも出来ますが、まずはこれを使って、現在進行形で舐め腐った真似をしてくれている創造神のツラを拝みませんか」

「ソフィー!」

「黙っていてよ、プラフタ。 あたしも正直な所、創造神にはブチ切れる寸前なんだから」

同感だと、イフリータが言う。

凄絶な笑みを浮かべていた。

此奴も錬金術が使えない魔族ではあっても、深淵の者の幹部であれば。話くらいは聞いているはずだ。

始原の錬金釜。

プラフタとルアードの知識。

それに高純度の賢者の石。

これらが揃えば。

文字通り、神への道を空けることが出来る。

不安そうな声を上げた者もいる。

シャドウロードだ。

「創造神が襲いかかってきた場合は」

「その時には備えもある」

ルアードが促すと。

錬金術師らしい男が出てきて、額縁に入った絵を見せる。

それは恐らく、いわゆる不思議な絵画だろう。

実物を見るのは初めてだ。

「これで奴の力が十全に発揮できない空間に切り替え、魔王の力を使って畳みかける」

「……」

立ち上がる、巨大なケンタウルス族に似た影。

そうか。

あれは魔王と言うのか。

力持つ者の称号としての魔王ではあるまい。

そういう名前の生物兵器なのだろう。

「プラフタ。 君は賢者の石を弟子に作らせることに成功した。 幸運がたくさん積み重なったというのもあるだろう。 だが、それを成し遂げた事に私は純粋な敬意を評することにする。 始原の錬金釜は自由に使うと良いだろう。 それを使って、創造神へのアクセスを行ってくれるか」

「おい、ソフィー、大丈夫なのか」

「大丈夫」

不安そうにするオスカーをなだめる。

まあプラフタの事だ。

ドジを踏むことは無いだろう。

それに錬金術師にしか錬金術は使えないが。

人形になった今のプラフタでも。

錬金術の道具は使う事が出来る。

それに、戦いはまだ始まってもいない。

もうルアードも分かっている筈だ。

勿論プラフタも。

今の世界には、現在すらも無い。

それは事実だ。

しかしながら、未来を奪うことも間違いだ。

それも事実なのだ。

なぜなら。

この世界は。まだ始まってさえいない。

管理さえされていない。ルールさえ無い。この世界はただ、無秩序な発展と、それをドラゴンや邪神が圧倒的な力で叩き潰すだけ。その繰り返しでのみ成り立ってきた。技術は継承されず。ロストテクノロジーになっては作り直され。

錬金術師だけが対応出来る邪神にしても、倒してもその内復活する。

ドラゴンに至っては、常時世界に同数がいるという有様だ。

そんな世界には。現在も未来もあったものではない。

其処を、変えない限り。

何一つ、解決する事などないのである。

始原の錬金釜に触れ、プラフタが何か魔術を展開する。

とても簡単な、ありふれた魔術だった。

だが、それで起動した。

其処へ、賢者の石を投入する。

賢者の石は、光り輝きながら、あたしに問いかけてくる。

何を望む、と。

ものの声だ。

今までに聞いたどんな声よりも。

はっきりと、強烈な意思を感じた。

なるほど、此奴は確かに凄い。

ものの意思に沿ってものを作り替える。

それが錬金術だが。

此奴は、そもそも自分の意思に沿って、自分で勝手に造り変わる訳だ。錬金術師が手を入れなくても、その意に沿って勝手に造り変わる素材。

確かに究極である。

「創造神へのアクセスを」

「承知」

反応が始まる。

世界が歪み始める。

おおと、誰かが声を上げた。

ついに、この世界の歪みきった歴史が。

変わる時が来たのだ。

 

2、創造神パルミラ

 

それは子供に見えた。

周囲に巨大な翼を展開している子供。翼と言うよりも、巨大な団扇が四つ連なっているようにも見える。昆虫のような翼で、鳥のものとはかなり構造が異なる。翼も透けていて、それぞれが四大元素に対応しているのか、感じる力も違った。

性別は分からない。それくらい幼い姿だったからである。薄いローブのような服を着ているが、ヒト族に似ていて、それでいて違う。ただ、何となく女性的かなとはあたしは思った。

足下には杯。

巨大な杯を台座にして、その上に浮かんでいる。

その杯からさえ、途方もない。

考える事さえ放棄したくなるような、おぞましいまでの力を感じ取ることが出来る。

此奴が創造神か。

なるほど、感じる力が総体としても体の各所のパーツとしても、いずれにしても想像も出来ないほどに凄まじい。

ゆっくり上空から降りてきたそれは。

光の粒子をまき散らしながら、周囲に凄まじいまでの「ものの意思」、つまり「声」を轟かせていた。

それは圧力。

言葉が圧力となるのだと、あたしは知っている。多くの場合、悪意を持って圧力を掛けるために言葉を悪用する人間が多いのだが。それとは違う、ただ存在するだけで圧力になる、悪意無き暴力的なまでの力だ。

思わず眉をひそめるほどである。

出現しただけで。

周囲にあるあらゆる全てが。

恐らく空気までもが。

騒ぎ立てるのか。

ものがいずれも震えている。

恐怖では無く、おののいているのだ。

創造神は。

人間に似ているそれは。

大あくびをして、口に手を当てていたが。

誰もが、文句を言うことも。

罵声を浴びせることも出来なかった。

違う。

存在そのものが。

桁外れにも程がありすぎる。

この世界にいる最強の錬金術師が束になろうが。ありとあらゆる秘奥の技を使おうが。いや、既に亡くなった錬金術師を全てかき集めて来ても、この存在には到底勝てるとは思えない。

多分心が弱い人間が見たら、一瞬で発狂する。

そればかりか、カエルのように這いつくばるだろう。

モニカを見る。

自分が信仰していた神が本当に降臨したのだ。

涙でも流して喜んでいるかと思ったが、違う。

彼女は、立ってはいたが。

それだけで精一杯のようにしか見えなかった。

結論から言う。

勝てる相手では無い。

神を相手にした。下位のものだが。その延長線上の存在ならば、手段を尽くせば勝てると思っていた。

だが、此奴は延長線上どころでは無い。

次元が幾つも違う存在だ。桁が違うとか、そういう話ですらない。

上位次元からの攻撃を行うとか、そういう話ですらもない。

我々がそのまま何かを絵に描くように、そのまま世界を作り出す事が出来。

我々が気に入らないから紙を破くように、世界を無茶苦茶に出来る。

その気になれば、瞬く瞬間に、世界そのものを完全破壊する事も可能なのではあるまいか。

何だこのバケモノは。

光のエレメンタルなど、此奴を構成する毛の一本、それどころかその先端にすら及ばない。完全体でも同じだ。

なるほど、納得である。

これほどのバケモノであれば、世界を作れるわけだ。

創造神は目を本当に眠そうに細めて、あくびをもう一度すると。

本当に面倒くさそうに告げた。いや、口は動いていないので、多分脳に直接語りかけてきている。

言葉は、我々の使う統一言語だった。

「とりあえず全員の脳を解析完了。 ふあーあ。 無理矢理起こされたと思ったら、まだ最後の作業をしてから3027年しか経過していないじゃん。 こちとら2700京年もぶっ通しで働いていたんだけれどなあ。 もうちょっと休ませてくれないかなあ」

美しいクリーム色の髪の毛。腰まであるそれを、手で梳きながら。その創造神らしき存在は呟く。

流石に愕然とした。

京。

それはたしか、兆の上の単位だ。

普通、万の上の億という単位さえ使う事は無いが。その上の上。

しかも年数。

此奴が嘘をついていないのだとすると、一体どういうことなのか。

唖然としているプラフタとルアード。

流石にとんでも無い言葉がいきなり出たので、思考がフリーズしているらしい。

あれだけ飄々としていたルアードが。

常に錬金術に対して、真摯に向き合っていたプラフタが。

世界でもトップクラスの実力者二人が、完全に凍り付いている。

想像を超えるにも程がありすぎる実力者に対して、更に予想などできる筈も無い言葉が出てきたのだ。

無理も無い事だろう。

あたしだって、全身を冷や汗が伝い続けている。

動く事は何とか出来ているが。

これは至近距離で、世界の終わりを目にしている気分だ。時間を止めようが巻き戻そうが、どうにも出来ない状況に置かれた時くらいしか、これほどの驚愕は感じないのではあるまいか。

肩を叩かれる。

モニカだった。

彼女も真っ青になっている。

恐らく、信仰に思考停止してしまえば楽だっただろう。

それなのに、彼女は必死に、目の前の現実に向き合っている。

貴方が今動くべきだ。

そう告げられている気がした。

オスカーも頷く。

ずっとあたしとモニカの間に立って、喧嘩を止めてくれたバカ三人組一番の苦労人。

完全に病んでいるあたしを避けもせず。

回避できない正論をぶつけるモニカをたしなめ。

殺し合い寸前の喧嘩を何度しても。二人が無事で良かったと言ってくれる街の良心。

植物の声が聞こえるオスカーは、今この空間に満ちている異常すぎる圧力も察している筈だが。

それでも立っていた。

あたしも脳が麻痺しそうだったが。

どうにか心身の態勢を整える。

見ると、深淵の者の幹部達も、皆立っているだけで限界の様子だ。

上位邪神とやりあった事もあるだろうに。

それでも、到底どうにもならない、という事である。

あたしが、やるしかない。

何度か深呼吸した後。

眠そうに目を擦っている創造神に、話しかける。

それだけで、どれほどの苦労が必要だったか分からないが。血を吐くような苦労は報われた。

「貴方は創造神ですか」

「キミ達の住まう世界を作ったのが創造神だというのならそうだよ。 名前はパルミラ。 現在この世界に配置している端末達には創造の乙女と呼ばれているね。 普通、私が本体を置いている17次元にアクセスするなんて出来ないんだけれども……私がわざと残した力を上手に圧縮したんだね。 大した物だよ、錬金術師ソフィー」

「名前を? どうして!」

「脳を全部解析したって言ったでしょ。 だからなんで「お怒りなのかも」分かるけれどねえ。 こっちとしても、他に方法が無かったんだよ」

話が早い。

ではその理由とやらを聞かせて貰おう。

少しずつ、超絶的な圧力にも慣れてくる。そして相手は対話に応じる様子だ。それならば、どうしてでも応じて貰おうじゃあないか。

無理矢理に、全身を奮い立たせる。

この世界の理不尽のために。

どれだけのものが泣いてきたか。

その理由に相応しくなければ。

即刻ブッ殺してやる。

気迫を練り上げる。

立つだけで終わるな。

戦いの意思を捨てるな。

あたしは、此奴を殴るためにここに来たのだ。

あたしの意思を察したか。

創造神パルミラとやらは、もう一つあくびをする。2700京年とやらがどれほどの時間なのか見当もつかないが。

もし自己申告が本当だとすれば。

3000年なんて、その時間に比べれば、一瞬に過ぎないだろう。

「まあ私の本体にアクセスした事には本当に敬意を評するし、全てを教えてあげるけれど、きっと不幸にしかならないよ? 良いんだね」

「構わない。 さっさと理由とやらを教えて貰いたいのだけれど」

「分かったよ。 じゃあ警告はしたからね」

すっと、パルミラが手を横に振ると。

意識が飛んだのが分かった。

 

何となく理解出来る。

パルミラの記憶を追体験しているのだと。

多分、あの場にいたあたし以外の全員が、同じ情報を脳に叩き込まれているはずだ。

最初は偶然。

無数の世界が重なり会う世界に生まれたパルミラ。その生まれすらも、あまりにも天文学的に低い確率の中から、偶然に生じたものだった。

膨大な力を持ったパルミラは、すぐに自分の存在を理解した。隅々まで、どういう者なのかを把握した。

それだけの性能を有していたのだ。

容易いことだった。

内を把握した後は、次に外の情報をパルミラは求めた。

最初に聞いた声は、優しかった。

耳を澄ませてご覧。目を開いてご覧。

世界は光に満ちているよ。

そんな声だった。

誰の声かは分からない。

或いは、この重なり会う世界全てを統括する神か。或いは世界そのものの声だったのかも知れない。

少なくとも、パルミラよりも上位の存在からの言葉だったことは確かだ。

しかし、その通りにしてみたら。

世界に満ちていたのは悲鳴だった。

何処もかしこも殺し合い。

自己正当化、他者否定。その繰り返しで、延々と殺し合いを続ける生物たち。知的生命体になればなるほどその傾向は強くなり。どのような文明であろうとも、その宿痾からは逃れる事が出来なかった。

例外は無いのか。

もしも例外があるのなら、それに倣えば良いものを。

意味のある殺し合いならばまだ良いかも知れない。

だがその全てが。

ただの資源の浪費に過ぎなかった。

宇宙にある資源には限界がある。

それを無駄使いしつつ、他者を否定して、自分だけで全てを独占する。それを正当化するために、あらゆる文明があらゆる自分勝手な理屈をぶち上げ。更に言えば知的生命体だけではなく、そのほかの生物も全てが同じ事をしていた。

宇宙の全てを把握したパルミラは、他の宇宙も調べて見た。

だが、価値観こそ違えど。

結局知的生命体がやっている事は同じだった。

神を自称する程に進化した知的生命体でも。

それには何ら変わりが無かった。

パルミラの存在に気付いて接触を持ってきた者もいたが。

それらも全てが、我欲によって。

パルミラを利用しようとするものだけだった。

頭を抱えてしまう。

どうすればいい。

自分には力がある。

対処する義務がある。

このような悲劇を、どうすれば食い止めることが出来るのか。

しばし困惑した後。

パルミラは助けを求める者を。助けることにした。

最初に助けたのは。

ある世界で、魔族とも悪魔とも呼ばれる者達だった。

 

その世界では。

絶対なる神と呼ばれる高次元生命体が存在し。

自分のお気に入りである「天使」と、自分の似姿である「人間」の当て馬として、「悪魔」を作り出した。

そして悪魔に人間を誘惑させ。

堕落したと判断したら、天使によって殺させていた。

全ては自己満足のためである。

自分の思い通りに世界をコントロールしなければ。そればかりか、全ての命が自分の思うとおりに動かなければ。その神は満足できなかったのだ。

絶対なる神が気に入らなければ、文字通り人間を皆殺しにすることさえ何度もあった。その場合は、新しくまた人間を作るのだった。

絶対なる神は気に入った人間だけを寵愛し。

悪魔の誘惑に落ちた人間は、全てを容赦なく殺し。

その精神すらをも地獄という異空間に閉じ込めて、徹底的に否定した。

そして時が経ち。充分に人間がお気に入りの存在に「進化した」と考えた絶対神は。

悪魔を用済みと判断した。

後は徹底的な虐殺が始まった。

所詮悪魔など神の掌の上にいる存在に過ぎない。

戦力は絶望的。

一瞬にして押し潰されていく悪魔達。

彼らは絶望した。

神に命じられるまま、人間に堕落を促すのが仕事だったからだ。

悪魔達は、神にひれ伏し。

そして問う。

我々は貴方に忠実だった。

貴方が言うまま人間を堕落に導いた。

それなのに、何故このような無道をなさる。

神は、全身ズタズタに傷つきながらも、天使と人間の軍勢を突破した悪魔に。せせら笑いながら言った。

お前達はもはや必要のないゴミだ。

この世界は私が創造した。

ならば私の思うように作り上げていくだけだ。

その過程で当て馬が必要だったから当て馬を作った。

そして必要なくなれば消去する。

悪魔は絶望した。

今まで、神が行う凶行。

気に入らなければどれだけの数の人間でも平然と殺し。

自分の直接の配下である天使ですら容赦なく殺し。

そして徹底的に世界を管理統括して来た。

何か深慮があり。

この世界を憂いているのではないのか。

そう考えて、必死に責務を果たし続けて来た。

それだというのに。

神の真意は、ただ自分の好きなように世界を作り替えたいから、人間も天使も悪魔ももてあそんだ。

そういう事だったからだ。

悪魔は助けを求めた。

誰か。

この世界から、我等を救いたまえ。

このようなおぞましき独善の固まりには、もはや仕える事など出来ぬ。この世界には、もはや我々が生きる場所さえも無い。

誰か。

助けて。

助けてくれ。

嘆きは広がり。

パルミラは、その手をとった。

 

ある世界。

其処は今、世界の根元を融合させる兵器。簡単に言うと、圧倒的な破壊力を誇る究極の兵器、核融合ミサイルが飛び交う地獄と化していた。

その世界に神はなく。

人間だけがいた。

人間は圧倒的な存在だった。

故に、その圧倒的な存在を誇示するため。

そして自分達の暴力的な破壊力を肯定するために。

あらゆる自己肯定のおぞましい理屈を作り上げ。

人間以外の弱者を踏みにじり。

人間で作った社会の中でも。

強者が弱者を踏みにじる事に余念が無かった。

だが、その飽食の時にも終わりが着た。

人間が行ける範囲の生活空間が全て支配下に置かれ。

そして資源が尽き果てたのである。

結果、何が起きたか。

生き残るための殺しあいだ。

全てを間引け。

熱狂が、世界の全てを焼き尽くしていった。

あらゆる殺しの道具が使われた。

毒ガス。細菌兵器。そして核融合兵器。

殺せ。

殺し尽くせ。

汚染し尽くせ。

熱狂の中、徹底的な虐殺が行われ続けた。徹底的に互いで互いを殺し合い。そして人間が蹂躙し続けた世界にも、ついに限界が来た。

当然の結末だなとパルミラは思ったが。

多数の宇宙を覗いた結果。

何億何兆という似たような末路を遂げる文明を見てきた。

やがて組織的な殺し合いは終わり。

勝者など存在せず。

そもそも生物も生存できなくなったその世界には。

地面の下に点々と生存者のいる小さな空間だけが幾つか残った。

自業自得の話だが。

この無慈悲で無意味な殺し合いをはじめた人間達は、最初の内に全員が死に。

後は全自動で全ての人間を殺す仕組みが、人間を殺し続けていたのだ。

だから、今はほんの少数の人間だけが。

生き延びているに過ぎなかった。

助けて。

必死の懇願だった。

世界を無慈悲に蹂躙してきた者達だったのに。

今は、むしろ出る事も出来ず。

破滅の運命しか見えない地下の空間に閉じ込められ。

近い将来の死に怯えるだけの。

ひ弱で無力な存在に過ぎなかった。

自分でこのように世界を狂わせてしまったことに対する反省など無かった。恐らく、そうだとさえ気付かなかったのだろう。

だけれども、パルミラはそれを愚かだとは思わなかった。

なぜなら、知的生命体は基本的に独善的なもので。

結果破滅することを、嫌と言うほど見てきたからである。

ともあれ、助けてと言うのなら、手をとらなければならない。

さあ、おいで。

助けてあげる。

パルミラは、望まれる救助を行った。

 

その世界では、不幸なことに、複数の知的生命体が、永遠に近い殺し合いを続けていた。

それぞれ姿が違い。

価値観も違った。

互いにバケモノと呼び合い。

永劫に続く殺し合いを続けていた。

相手を殺せば天国に行ける。

そう信じて、多くの者達が殺し合いに自ら参加し。

相手を殺す事だけを考え。

屍を踏みにじり。

殺し合いを続けた。

知的生命体同士の殺し合いで成り立つその世界は。

最初は拮抗し。

複数の勢力が互いにしのぎを削っていた。

だが、ある時。

比較的知能が高い知的生命体のグループが誕生した。

腕力はそれほど高くは無かった。

腕力がものを言う世界で、それは致命的に思えた。

だが、違った。

その知的生命体は。

他の知的生命体に侮られながら、地下で暮らし。

その間に、徹底的に技術力を磨いていったのである。

大反抗が開始された。

それは文字通りの青天の霹靂。

どれだけ相手を殺したかを誇ってきたたくましい肉体を持つ戦士達が、一瞬にして、何が起きたか分からないうちに死んで行った。

間近で戦ってもかなわない。

それならば、相手より遠い間合いから徹底的に殺せば良い。

その考えの基作り出された兵器は。

個人の武勇を誇ることしか頭に無かった種族達を圧倒。

更に強力な兵器が作り出され。

徹底的に殺戮は加速していった。

やがて、これはまずいと判断した知的生命体達は。

追い詰められながらも、連合を組んだ。

それぞれが異なる生まれであっても。

手を組まなければ勝てないとようやく悟ったからである。

武勇を誇ることしか価値観が無い者達にしては。

よく考えた事ではあったのだろう。

色々な獣の顔をした知的生命体達は。

それぞれが手を組み。

押し寄せる、猿と呼ばれる生物から進化した知的生命体の大軍勢に立ち向かった。

だが、そもそも。

その知的生命体達は。

今まで徹底的に押し込められ。

虐殺され。

弱いという理由で奪われ続け。

場合によっては食糧にさえされていったのだ。

今までの行為が行為である以上。

戦意が凄まじいのも当たり前であった。

とうとう獣たちの知的生命体は、最後までそれに気付くことが出来なかった。

武勇が全てで。

武勇のあるものが頂点に立ち。

そして周囲の全てを従える権利を持つ。

その価値観の下、ただ原始的な戦いを如何に行うかだけを考え続けて来た者達にとっては。

自分達が虐げた存在が、どのように怒りを蓄えてきたか。

どれだけ苦しんできたか。

そういったことは、想像の範疇外だった。

だから相手を理解もせず。

相手のやり方を模倣しようとしても出来なかった。

勿論接近さえすれば、圧倒的な武勇を持って相手を制圧する事が出来たが。

しかし既に相手の数は。獣の顔を持つ者達の数倍どころか、数十倍を超えていた。

どれだけ勇敢に戦っても。

どれだけ武勇を磨いても。

兵器と数の暴力の前には。

為す術も無いのが現実だった。

やがて追い詰められ。

殺されるのを待つだけになった獣の顔を持つ者達は嘆いた。

どうしてこのような目にあわなければならない。

世界の理は闘争だ。

闘争するべき理に従って、誰よりも真面目に武を磨き。

闘争に全てを賭けてきた。

それなのに、どうしてこのような滅びを迎えなければならない。

嘆きは誰にも届かない。

誇りは誰よりも持っていた。

武を磨き抜くことに関して、確かに徹底的に真摯であった。

だから、他の価値観に辿り着く事が出来なかったのだ。

やがて、誰かが呟いた。

助けて。

このままでは、何も分からないままに殺される。

それだけは嫌だ。

今までの全てを否定される。

それだけは絶対に受け入れられない。

誰か、この世界に起きた理不尽から。

我等を救って欲しい。

そう願われたパルミラは。

手をさしのべた。

 

小さな命が生まれた。

ただし、それは本来あるべき姿で、ではなかった。

その世界は、一度終わり。

新しく始まった世界。

徹底的に破壊し尽くされ。

其処から再興がやっと始まった世界で。

人間は同じ過ちを繰り返さないように、荒廃した世界を注意深く緑化し。自分達を鍛え上げ。技術を大事に扱い。そして世界に二度と過ちが起きないように苦悩を重ねていた。そしてその世界を、二度と愚かな事をする者が出ないように、上位の存在が見守っていた。

その世界では、知的生命体の数が足りなかった。

質を上げるために、数を減らしたのだ。

その結果、世界には資源、場所、いずれもゆとりが出来たが。

必然的に修羅の理論が支配する事にもなった。

結果として生じた大きな戦いも乗り越えたが。

その後にも幾つか問題が生じた。

これもその一つ。

渋い顔をして唸っているのは、錬金術師と呼ばれる技術者。

ずっと昔の先人が作り出した存在、ものを複製する能力を持つ「ちむ」と呼ばれる奉仕種族を作っていた錬金術師は。

苦悩していた。

明らかに普通とは違うちむが出来てしまったのだ。

ちむは力は弱いが、ものを複製するという能力を持ち。ある程度器用に様々なものごとをこなすことが出来る。

故に社会では必要な存在とされ。

幾つかある奉仕種族の中でも、珍重されてきた存在である。

しかしながら生殖能力は持たず。

人間が錬金術で作り上げなければならなかった。

そして、その存在が故に。

「物事を深く考える」「数字を扱う事が出来る」「自主的な判断で行動する」といった要素は不要だった。

裸のまま座り込んで主人を見上げるそのちむは、

自分の運命を悟っていた。

錬金術師は、自分を許すことは無いだろうと。無表情な事が多いちむだが、この個体は表情が豊かで。それが異常でもあった。

その錬金術師の主君が来る。

少し年かさの錬金術師だが。

目つきは極めて冷酷だった。

「お師匠様。 これが例の変異体です」

「データは取得したか」

「はい」

「そうか、ならば処分しろ」

やはりそうなるか。

錬金術師は頷く。

そして、言い聞かせた。

「考えて動くのならば、ホムンクルス達が既にいる。 貴方達ちむは、この世界から失われてしまった資源を再構築するのが仕事なの。 その能力が弱く、人間と同じように動く事なんて誰も求めていないし、必要ない。 そして必要ないちむを養う余裕は、この世界にはないんだよ」

錬金術師は。

掌をちむに向ける。

光が集まっていく。

錬金術師は、数世代前の、国家軍事力級とまで呼ばれた鬼神のような使い手が揃っていた錬金術師と同レベルの実力ではないにしても。

以降も研鑽を重ね。

戦士としての質を保ち続けたその国でも、上位に入る実力者だ。

異分子と見なされたちむが、戦って勝てる確率は。

0だった。

錬金術師は冷酷な表情を保ったまま。

理不尽。

ちむの頬に涙が零れる。

ただ生まれてきた。

それだけで、殺されなければならないのか。

周囲と違う。

それだけで、排除されなければならないのか。

そう考えているのは明白だ。

ちむは必死に訴える。

「わ、私は、数字を扱えるのです。 お役に立てるのです。 複製の力も弱いですけれど、少しは使えるのです」

「ごめんね。 痛くないように死なせてあげるから」

「い、いやなのです。 生きたいのです。 貴方たちの役に立てるのです。 ですから……!」

「本当にごめん」

いや。

助けて。

ちむは嘆いた。必死に身を守ろうとした。

そして、光が。

哀れな望まれぬ命をかき消した。

錬金術師は気付く。

最後に気配が消えたことを。

手応えは無かった。

何が起きたか分からないが。

いずれにしても、ちむは消滅した。それだけで、後は考える事は無かった。

 

パルミラは、そうして助けを求める者を手元に集めた。

そしてこの世界が出来た。

あたしは顔を上げる。

蒼白になっているのが分かった。

自分達、ヒト族の先祖は。

愚かにも、核兵器とやらで世界を焼き尽くし、死を待つばかりだった連中だろう。

魔族は悪魔と呼ばれ、当て馬として使い倒され、役に立たなくなったら処理された者達。

獣人族は戦いだけが全ての世界で、知恵を使う種族との戦いに敗れた者達。

そしてホムは。奉仕種族として作られたものの欠陥品。ちむと昔は呼ばれていたのが、何らかの理由で少し呼ばれ方が変わったのだ。或いはホムンクルスと呼ばれた完全形態に憧れたが故、自称したのかも知れない。

神話は本当だった。

嘆きに応じてパルミラは手を伸ばし。

救助を行ったのだ。

だが解せない。

ならば、どうしてこのような世界になった。

どうして世界はこうも荒野に満ちている。

他の者達も、全員唖然としている。

泣き始めている者もいるようだった。

「だから言ったのに」

パルミラがぼそりという。

神話が現実だったとしても。まさかこれほどの事が起きていて。

しかも本当にパルミラによって、理不尽な破滅から救われていたなどと、誰が信じる事が出来ようか。

更に、である。

パルミラは容赦なく告げる。

「此処からだよ問題は。 どうして私が2700京年も働かなければならなくなったのか」

当然それだ。

恐らくその結末がこの世界なのだろうが。

それをあたしは知らなければならない。

知らなければならないのだ。

必死に体勢を立て直す。

そして、あたしは告げた。

「教えて。 あたしには知る権利がある」

「良いんだね?」

「そのために、あたしはここまで来た!」

「良い決意だね。 それでは此処から、更にきつい話になるからね。 覚悟を決めたのなら、全てを見届けるんだよ」

むしろパルミラの声は優しいし柔らかいのに。

それは、死刑の宣告と。

まるで変わらないものに思えた。

 

3、9兆

 

助けて。

その声に応じて、パルミラは哀れな者達を集めた。

その者達は、救いの神となったパルミラを崇めたが。それはそれとして、まずはやる事があった。

助けを求められたのだ。

救わなければなるまい。

そうパルミラは考えた。

当たり前の事である。

行動には責任が伴う。

愛玩動物を飼うことにさえ、極めて独善的な理屈を振り回す文明でさえ責任を求めるのが普通なのだ。

ましてや知的生命体の命である。

軽々しく扱って良いものではない。

パルミラはそう判断した。

それに、自分があまり干渉しすぎるのも好ましい事では無いと判断した。

彼らは一度あまりにも酷い理不尽にあい。

助けを求めて来た。

それならば、彼らが自立してやっていけるように、手助けするのが役目だろう。

自分はそのための準備をするのが、立場的に考えて行うべき事。

そして、彼らをもし更に殲滅せんと追ってくるものがいるのであれば。

容赦なく叩き潰す必要もあるだろう。

事実悪魔達を殺し尽くすために天使の軍勢が来たのだが。それらは一瞬にしてパルミラの力によって宇宙の塵になった。その背後にいた自称「絶対なる神」は、あまりの力の差に恐怖して、二度と近づこうとはしなかった。

方針が決まったところで、パルミラはまず大地を作った。

他と同じように、惑星と呼ばれる形態で作成した。この惑星には、周囲に擬似的な光と熱を投射する仕組みを作り。生物が繁殖できる環境を擬似的に作成した。

そして、その周囲を次元の壁で封鎖。

壁そのものは、パルミラが管理する事で、一旦この大地を隔離した。

理由としては。

何よりも、最初の作業だから、という事が挙げられる。

そして、生殖能力が無いホムには、つがいとなる個体を造り。ものを増やす能力を応用して、子孫を作れるように調整した。

ここで一旦全部の状態を記録。

そうしないと危ないと判断したのは。

生まれたばかりとは言え。

超次元の存在だから、というのもあったのだろう。

ともあれパルミラは。

まず不幸な世界から救われた者達に。

楽園を用意した。

何も奪わなくても良い。

何も苦しまなくても良い。

其処では誰もが安楽に暮らす事が出来。

何一つ苦労はしなくても良い。

あらゆる物資が満たされていて。他の者から奪わなくても良いし。奪った所で意味もない。

気候は完璧で。

他の種族達との意思疎通も、言葉などと言う不完全なものを使わずとも行う事が出来る。

食物も美味しく。

誰もが平穏に暮らしていける世界。

これならば、みんな満足するだろう。

そうパルミラは思ったし。

実際みんな満足した。

だが、その楽園は。

瞬く間に崩壊した。

何もパルミラは余計な事をしていない。

楽園に招いた者達が、皆あっという間に生物として弱体化し。数世代もしない内に死に絶えてしまったのである。

愕然としたパルミラは。

記録を残しておいて正解だったと思った。

まず何が失敗だったのか。

記録を全て精査する。滅びる世界の様子を徹底的に精査した。実際に経過した時間の、何十倍何百倍と掛けながら、あらゆるデータを精査し尽くした。

その結果、完全な安楽なる状態に置かれた生物は、凄まじい勢いで堕落する、という事が判明した。

生物的に堕落すると。

それは生存能力を失うことを意味する。

勿論、病気や災害などから身を守ることは当然の権利で、大事な事ではあるが。

無菌室で暮らさせるような事は、却って害になってしまう。

それをパルミラは、他の宇宙などからもデータを集めた上で理解した。

試行一回目はこうして失敗。

続けて記録しておいたポイントまで時間を戻し。

条件を少しずつ変えながら、皆が幸せに暮らせる世界を模索していった。

完全なる楽園は駄目だ。

それについては。500回ほどの試行で結論出来た。

いずれの試行においても、どの生物も瞬く間に堕落してしまう。堕落しないように工夫をしても駄目だ。

知的生命体は、基本的にズルをすることと楽をすることを全力で追求する生物なのだと、パルミラは思い知らされる。

どれだけ工夫をしても。

それをすり抜けて、堕落をしようとする。

その結果、滅びてしまう。

勿論楽をするために努力をすることは大事だ。努力はそもそも楽をするためにするものだ。

だが、堕落を一度してしまうと。

そこから引き返すのは難しい。

精神的な堕落は別にどうでも良い。

問題は肉体的な堕落だ。

完全な楽園は。

肉体を滅ぼしてしまう。

そうパルミラは、更に工夫しながら、3000回ほど試行して判断した。

楽園は諦めるしか無い。

そう結論した。

心苦しかった。

酷い世界で、酷い扱いを受け。いるかも分からない存在に助けを求めた者達だ。助けた後は、せめて楽園で永遠に過ごさせてあげたかった。それなのに、楽園に案内すれば死んでしまうのだ。楽園を止めなければならないというのは、辛いことだった。しかし、データが証明していた。このやり方では駄目なのだと。

では、少しずつ条件を厳しくしていくしか無い。

ストレスを増やしていく。

資源を減らしていく。

働かなければ生きていけないようにしていく。

そうすると、今度は。

種族同士で争い始めた。

足りないなら奪え。

生産するという考えを持たない獣人族は、そうやって真っ先に攻撃を開始。特に穏やかで好戦性とは無縁のホムが最初にエジキになった。

ヒト族と魔族は勿論黙っていない。

一度戦いが始まると、仲介を入れようとも結局すぐに戦いが再開してしまう。

殺し合い。

奪い合い。

その過程で技術が発展していき。

バランスが崩れ。

後は殺し合いから殲滅戦に移行。

勝ち残る種族は大体ヒト族だった。

繁殖力がえげつない上に、獣人族よりも知能が高い。魔族に比べると力は相当に劣るが、局地戦では魔族が勝っても、最終的にはヒト族が繁殖力で押し切ってしまう。

その後はヒト族同士で殺し合いをはじめ。

故郷でやったように。

核兵器をぶっ放し合い。

そして滅びてしまうのだった。

滅びるのを見届けると、ため息をつきながら、また最初に戻す。

少しずつ条件を変える。

しかし、環境をどれだけいじくっても。

結果は同じだった。

100000回ほどの様々な試行錯誤を繰り返したが。

その結論はどうしても覆らなかった。

仕方が無い。

最初に干渉を少しするしかない。

本当に、実際に力が違いすぎる相手に対しての干渉は、毒にしかならない。別にパルミラは無知なわけではない。これらの作業をする過程で、膨大な数の宇宙文明を研究し、そしてその成果や興亡を記録し、自分なりに分析しながら。これらの作業を行っていったのだ。

多くの文明では、文化の違いが。

それも意思伝達ツールの違いや不完全さが、無用な争いを産んでいるのは、早い段階で分かっていた。

パルミラもだから合理的で分かり易い言語などを用意していたのだが。

助けた者達は、結局「自分が素晴らしいと思う」言語を使い始めて。それが溝になって行くし。

何よりも、価値観の違いが。互いの殲滅へとつながっていくことは明らかだった。

物資が幾ら豊富でも、楽園では無い限り殺し合う。

そして楽園にすればあっという間に滅ぶ。

ジレンマだ。

故に、仕方が無いので、最初に少し精神構造と知識をいじる事にした。

まず言語については、完全なものを用意する。

これは仕方が無い。

それぞれの種族が、勝手に新しいものを「開発」して、それが摩擦と互いの殲滅につながってしまうのだ。

本来食い合うような関係では無いのに、それが起きてしまう。

ならば無理にでも統一ツールを作るしか無い。

価値観も弄る。

ヒト族は、「自分達が万物の霊長である」という最大の思い上がりを無くさせ。見かけだけで相手を判断するという最大の問題点を矯正。

獣人族は、武力だけで全てを判断する獰猛性を矯正。

魔族は極端すぎる信仰心を矯正。

彼らは実際問題、悪魔と呼ばれていた時代にも、神の命じるままに動いていただけであって。神が偏愛していたその世界の人間などよりも、余程熱心に神を信仰していたのだ。

そしてホムは、身を守るために、多少のしたたかさを身につけさせた。

こうして少しずつそれぞれの種族の欠点を修正し。

仲良くやっていける準備はした。

だが、それでも上手く行かない。

同じ言葉を皆が使い。

同じ神を信仰していても。

度量衡などを準備していても。

人間は殺し合う。

更に少しずつストレスを増やしたり減らしたり、環境を変えてみたり、敵になる種族を作って見たりもしたけれども。

結果は変わらない。

バランスはどうしても保てない。

絶対に何処かで崩れる。

後は徹底的にジェノサイドが起きる。

特に戦闘能力に恵まれないホムは悲惨で。

真っ先にいつも皆殺しにされるか、奴隷種族にされるのだった。

人間も獣人族も、更に調整を加えた。魔術が使える魔族に対して、彼らは過剰な憎しみを抱くケースが多く。獣人族にも人間にも魔術を与え。そして人間は魔術に対する適正が低いため、パルミラの力の欠片である錬金術をたまに使える者が現れる程度に調整した。

パルミラは、少しずつ試行を重ね。

それが500000回を超えた辺りで、頭を抱えた。

どうして。

破滅の運命がどれだけ悲しいかは分かっている筈なのに。

どうして一切自重できない。

知的生命体など存在しないと言った知的生命体がいたが。確かにそれはある意味正しい。そうパルミラは感じ始めていた。

だが、助けを求められたのだ。

自分はそれを出来る能力があるのだ。

助けを求めてみた種族に問題を押しつけるのはあってはならないことだ。

その責任感が、パルミラを動かした。

あらゆるデータを収集し。与える能力などにも修正を加え。

試行回数が9兆を超えた頃。

ようやく、道筋が見えた。

それまでの平均絶滅年数はおよそ3000年ほど。

ただし、その度に徹底的な調査や精査をするため、結果として現在まで2700京年という膨大な月日が消耗されることになった。

だが、何とか一応のバランスが取れた世界が出来た。

これならば、もう少しはもつだろう。

そう判断したパルミラは。

少し疲れを感じていたこともあり。

自分が作り出した、永久に時の輪廻を繰り返す世界を守る余力を残す必要もあり。

眠ることにした。

 

4、真実の血涙

 

「最初から、おかしいとは誰も思わなかった?」

あたしも、頭がくらくらしていたが。

他の者達の中には、吐いている者も珍しくなかった。

此処にいるのは世界でもトップクラスの猛者ばかりだ。

それなのに、耐えられなかった、ということだ。

特にパルミラの面倒くさそうな声には。

強烈に来るものがあった。

「ヒト族って、そこのルアードって子が味わったように、そもそも見かけで全てを判断する種族なんだよ。 これは偏見でも何でも無くて、2700京年ほど実時間で客観的に観察した結果なんだから、どうしようもない動かしがたい事実なの。 それなのに、どうしてヒト族は魔族や獣人族、ましてやホムを差別しないで、互いに力を生かして生きていこう、何て思えていると思った?」

「そ、それは……」

「キミ達魔族もそうだよ。 キミ達は造物主に対してあまりにも盲目的に忠誠を捧げすぎた。 今では少し調整したけれど、その前は造物主に対する忠誠のあまり、どのような汚れ仕事でも平気でやる存在だったし、それ故に神に舐められた。 悪役を買って出て、それを疑問にも思わない時点で、問題があったんだよ。 だから用済みになったら捨てられてしまったの」

イフリータが。

あれほどの豪傑が、最強クラスの魔族の戦士が。頭を抱えて悲鳴を上げているのが見えた。

あたしも戻しそうだが。

必死に耐える。

これは精神攻撃などではない。

単に事実を淡々と告げられているだけだ。

そう、これこそ真相。

「獣人族のみんなは、戦いに価値観を置きすぎなんだよ。 確かに生物が熾烈な淘汰の果てに力を獲得してきたというのは客観的な事実かも知れない。 でもね、文明を構築した後もそれではまずかったんだ。 実際問題、キミ達はあまりにも戦いを好みすぎる性格だった。 完全な楽園にでも置かない限り、キミ達は殺し合いを止められない性質をもてあましすぎていたんだよ」

「う、嘘だ……!」

「嘘じゃない事は、もう分かっているでしょうに」

あくびをするパルミラ。

責める気にもなれない。

こいつは。

本当に、気が遠くなるどころでは無い年月働き続け。

ありとあらゆるパターンを試し続け。

その結果、力尽きて寝たのである。

昼寝ばっかりしている。

そう言って怒っている者もいたらしい。

それについては、事前に情報は得ていた。

だが、それも当然だったのだろう。

数日働き続けただけでも人は倒れる。

此奴に至っては、その一体何倍の年月、働き続けたというのか。それを責める資格など、誰にも無いだろう。

その上、此奴は独善的に自分が考える至善を押しつけたわけでも何でも無い。

基本的に助けた者達が、何も助力しなくてもやっていけるように下準備をしていっただけだ。

それでもどうにもならなかったから、問題点を取り除いた。

それ以外はしていない。

「ホム達。 キミ達はあまりにも優しすぎるし、身を守らなすぎる。 奉仕種族として作り上げられたのだから仕方が無いとは言え、自分を悪意から守る工夫はしなければならないんだよ。 だから、そのために知恵と、失われていた力を授けたの」

「そ、そんな。 こ、この怒りは」

「私があげた感情の一つだよ。 キミ達は、此処に連れてきた時には、それさえも無かったんだから」

義手で義眼のホムが、頭を抱えて地面でのたうち廻っているのが見えた。

何もかも、価値観を完全破壊されたのが明白だった。

何となく分かる。

世界に対する怒りと理不尽が、生の原動力だったのだろう。

それを何もかも暴露されれば。

ああなってしまうのも無理は無い。

あたしは。

必死に立ち上がる。

まだ、聞かなければならないことがある。

「ドラゴンと邪神、アレは何」

「ああ、よほど気に入らないみたいだね」

「当たり前でしょう……!?」

「キミ達の敵として用意したのがドラゴン」

さらりと言われる。

そして、膨大な試行錯誤の過程も見せられた。

猛獣などは、それぞれの種族が元々住んでいた世界に、生息していた生物をベースに作った。

そもそもこれらが荒野で生きて行けていたのは。

この世界そのものから、力を供給されていたから。

本来だったらエサが足りずに、とても生きていける筈も無い。

これらの猛獣を撃ち倒し。

そして食べられる程度でなければ。

人間は堕落を続けてしまう。

そして、人間の技術力が上がりすぎないようにするためにも。

身を守るための技術を総動員しても勝てず。

時々文明を徹底的に破壊していく存在が必要になった。

それがドラゴンだ。

だが、それは絶望的理不尽ではいけない。

本当にそれぞれの種族が力を合わせて立ち向かえば、勝つことができる。そういう敵で無ければ、どの種族も生きる事にやる気を無くしてしまう。

故にそう調整もした。

団結のためには敵がいる。

そのために作られたのが、常に世界に同数が存在し。時々適度に人間を間引いていく存在。

ドラゴンなのである。

「今の文明レベルをみたけれど、丁度同じまま保たれているね。 人口も丁度私が眠り始めた頃と同じ。 ドラゴンたちの活動が完璧だという証拠だね」

「ふ、ふざけ……」

「そうしないと、あっという間にキミ達は爆発的に増殖して、資源も何も食い尽くしてしまうんだから。 その後に始まるのは互いの殺し合いだよ?」

必死に抗おうとしたケンタウルス族の女性戦士が、一瞬で黙らせられる。

更にパルミラは追撃を入れる。

ドラゴンは、もしも文明レベルが上がったと判断した場合。

強さが底上げされる仕組みになっていると言う。

そして過剰な文明が蔓延しようとした時。

それらが大挙して訪れ。廃墟に変えてしまうのだとか。

そうか。

そういうことだったのか。

合点がいった。

ドラゴンがどうして人間ばかり執拗に襲うのか。

全て納得がいった。

当然である。

最初からそういう生物として設計されていたのだから。

生物でさえない。

生きた道具。

環境調整装置。

それ以上でも以下でもない。

そして倒す事が出来れば、それが希望につながるという事さえも、計算された上だったというのか。

知能が存在しないのも納得である。

以前見た太陽と月の奴は、恐らく何かの特殊事例だったのだろう。

「な、ならば邪神は……!」

「アレは単なる私の端末だよ。 世界を監視して、バランスが崩れていないか調整するためだけのもの。 会話も出来るようにはしておいたけれど、そうしないとドラゴンと見分けつかないでしょ。 ちなみにアレも、倒しても無駄だから。 力は一時的に拡散して、猛獣たちを更に強くするだけだからね。 それもその内復活するし」

「邪神が執拗に人を襲うのもそのためか!」

「その通りだよ。 キミ達が言う邪神は人間を憎んでいるのでも怒っているのでもなんでもないの。 単に管理を黙々としているだけ。 意思も与えているけれど。 もしも規格外の力を持つ存在が現れた場合は、私の所に導く機会を与えるようにしておいたのが、生きたみたいだね」

私をパルミラが見た。

やはり光のエレメンタルを潰した時に見たのは、夢では無かったか。

立っているだけでやっとの状態。

パルミラは、あくびを一つした。

「さて、これで大体は分かったね。 で、どうしたい? 私を倒したいというのならどうぞどうぞ。 遊んであげるよ。 もっとも殺されるつもりは無いし、私を殺したら多分この世界ごとドカンといっちゃうけど」

「世界を人質に取るつもりか!」

「そうじゃなくて、私そのものがこの世界なの」

絶句する錬金術師。

相当に頭が切れそうな錬金術師だというのに。

その言葉だけで心がへし折れたようだった。

あたしは、踏みとどまる。

ここまで来た意味を思い出せ。

荒野で戦い続けてきた意味を思い出せ。

精神で負ける訳にはいかない。

此奴に、言葉だけで。見せられた現実だけで屈する訳にはいかない。

相手はそれこそ、力の一つも振るっていない。

此奴の顔面に拳を叩き込むのが目的だったはずだ。

此奴を叩き潰すのが目的だったはずだ。

顔を上げろ。

歩け。

あたしは自分に叱咤する。そして、声を絞り出させた。

「他の可能性は……!」

「客観的に見て、もっと試行を重ねていくしかないだろうけれども。 ふむ。 偶然の結果出来た規格外才能の持ち主が此処にいるし、少しだけこっちとしても譲歩してみようかな」

「どういう意味だ!」

「ソフィー=ノイエンミュラー。 キミの才覚に関しては此方でも確認したけれど、遺伝子の悪戯とは言え私が見た中でも最も才覚ある人間だよ。 だから、キミに関しては、ある程度特権を与えてみようと思う」

特権。

どういう意味だ。

パルミラが指を弾く。

よく分からないが。何だか、体が熱い。力が流れ込んでくる。

それが、ダイレクトに感じ取れる。

「才覚を本来の限界よりもう少し伸ばしてみた。 上手く行けば、キミだけでこの世界に、新しい可能性を造り出せるかも知れない。 正直な話、私だけでやっていても色々手詰まりを感じていたからね。 丁度良いし、この状態を一度記録しておくかな」

何だか分からないが。

いきなり一瞬だけ空気が重くなった気がしたが。

それもすぐに収まった。

パルミラは、死屍累々の有様をもう一度見ると。

念を押すように言った。

「いい、警告はしておくよ。 それぞれの種族が力を合わせてやっていかなければ、どうにもならないようにこの世界はなっている。 この世界をそうしてしまったのはキミ達自身だと言う事を忘れてはならないよ。 私を憎むのは自由だし勝手だけれども、自分達で世界に攻撃しても、自分達を傷つけるだけだと言う事は忘れてはならないからね」

「……」

あたしも限界だ。

力は、正体がよく分からない。

だが、それでも。

これ以上、立っているのは無理そうだった。

いつのまにか。

其処には元から誰もいなかったように。

パルミラの姿は、消えていた。

 

5、深淵の正体

 

へたり込んだあたしは。

それでも意識を保っていた。

気を失っている者。

吐いている者。

頭を抱えたままのたうち廻っている者。

周囲は惨状と言って良い。

比較的平気そうなのがフリッツさんだ。

フリッツさんは、呆然としているジュリオさんの肩を掴むと、気合いを入れて、正気に戻していた。

プラフタは、ルアードを立たせる。

これでは、正直な所。

戦うどころではないだろう。

真実は誰もが見た。

この現実に対して。

頭を整理する時間が必要だ。

「モニカ、起きて」

「……」

モニカは泣いていた。

眼鏡を外して、ずっと涙を拭っていた。

彼女は教会にずっと信仰を捧げていたし。

あたしと何度も殺し合いになるような喧嘩もしてきた仲だ。

本当のところはどうかは分からないけれど。

それでも、彼女が世界をというか。神を信じていたのは事実だった、と断言しても良いだろう。

それなのに、現実はこれだ。

精神にダメージを受けない訳が無い。

あたしはオスカーも起こす。

オスカーは、ぼんやりとしていた。

「そっか。 植物達が苦しい思いをしているのも、全部おいら達のせいだったんだな……」

「気を確かに持って」

「……」

オスカーもだめか。

レオンさんは、頭を振りながら、しきりに何かを呟いているが。

多分相当に辛いだろう。

ただ自死に走るようなことは無いはずだ。

ハロルさんは、ずっと吐き戻していたが。

手を貸そうとすると、自分で立ち上がるから、時間を寄越せと言った。

それが、強がりなのだと分かって。

無言で頷いて、視線を外す。

こんな姿、見られたくは無いのだろう。

コルちゃんは。

一番ショックを受けていた。

瞳孔が開ききっている。

意識はあるようだが。

完全にショックで、頭が働いていないようだった。

仕方がない。

戻るまで、背負っていくか。

元々戦闘向きでは無いコルちゃんには、この現実はあまりにもきつすぎたのだろう。分からないでも無い。

あたしは。

耐え抜いたし。

何か妙な力が湧いてきているのも分かる。

神が何か力をくれるとか言っていたが。

はっきり言っていらない。

しかし、この力が無ければ、どのみち破滅の運命からは逃れられないのも事実だと考えて良いだろう。

2700京年。

9兆回。

あいつが。

パルミラが嘘をついていたとは思えない。

実際問題、全てが腑に落ちる内容だった。

この世界の異常な過酷さ。

それに何故か、あからさまに違う種族達が仲良く出来ているという現象。

これらも、試行錯誤の末の工夫だったのだとすれば。

全てが納得できる。

そもそもだ。

言われて見れば、本来これだけ違う種族が、仲良くなんぞ出来るわけが無い。

今まで平然と魔族や獣人族、ホムと接してきたが。

それはそうできるように、無理矢理調整されたから、というのが正しかったのだろう。

プラフタが、此方に来る。

ルアードも、かなり辛そうだったが。一緒に来た。

他の深淵の者幹部は、正直意識を保っているだけで精一杯の様子で。

これでは襲われる心配はしなくても良いだろう。

発狂した奴が暴れ出さなければ大丈夫だ。

「ルアード、無事ですか」

「……しばらく時間が欲しい」

「いや、プラフタ、此処ではっきりさせておかないと行けない事が一つあるでしょう」

「しかし、こんな状態では」

プラフタでさえ、困惑しきっている。

彼女は、ひょっとすると。

ある程度は、この世界の現実と理不尽について、理解をしていたのかも知れない。

こういう事もありうると、考えていたのかも知れない。

あらゆる情報が、確かにヒントになってはいた。

しかしながら、想像を絶する超常的な理由から、この世界が構築されていた。

だが、ある程度予測していれば。

あたしのように、耐えることが出来た、のかも知れない。

ルアードは予測が出来なかった。

他の誰もが、そうだった。

というよりも、このような状況。

予測できる方が異常とも言えたのだが。

「どうするの。 現在すらないというのも、未来を奪うべきでは無いと言うのも、どっちも正しいと分かってしまったけれど。 まだ喧嘩をするの?」

「……」

「ルアードさん。 あたしはこの世界が嫌い。 あのパルミラってやつもやっぱり気にくわない。 でも、此処でまだ我々が争う理由はもう無いと思う。 未来を奪って現在を作っても、この状況だとどうにもならないよ。 また、闇雲に未来を求めても、どうにもならないのも、同じじゃ無いのかな」

あの神は、公平だった。

少なくとも、あからさまな不公正な行動はしていなかった。

故に絶望は深い。

この世界は、本当に始まってさえいないのだと、思い知らされてしまう。

だからこそ。

此処で、話をしっかりつけておかなければならない。

「分かった。 どうやら、戦っている場合ではなさそうだ」

「ルアード!」

プラフタの声が。

あらゆる感情を内包していた。

ルアードは俯いていた。

青ざめたその顔には。

絶望以上の絶望があった。

そして現実は、更にそれ以上の絶望と理不尽で満ちている。

そもそも我々は。

人間は。

助けて貰った存在であった。

これは本当に神話の通り。

それも、結局自業自得で絶滅するところだったのを、助けて貰ったのだ。ホムにしても、逃げ出すなりなんなりするべきだったのだろう。

パルミラの苦労としてくれた事を考えると、如何に嫌いであっても、面罵するつもりにはとてもなれない。

其処までの恥知らずにはあたしはなれない。

むしろ極めて好意的かつ、自立を促すように尽力までしてくれたのだ。嫌いな事に代わりは無いが、それは人間として認めなければいけない。

つまり。どうにかして、我々が。

この世界を立て直さなければならないのだ。

「どうやらあたしはパルミラお墨付きの才覚持ちらしい。 此処にいる面子が協力してくれれば、きっとこの世界に未来の可能性を作れるかも知れない」

「ソフィー、貴方」

「彼奴はこの状況を保存するって言ってた。 それだったら、多分色々試せる。 彼奴はあたしを認めた。 力も何だかわき上がってる。 彼奴が考えなかったようなことを、あたしが考えつくかも知れない。 そう思ったんだよ」

どのみち彼奴は手詰まりだと考えていた。

そうでなければ、長期睡眠になど入らなかったのだろう。

そしてあたしに可能性の萌芽を見た。

だからこそに、色々と見せた。

あたしはそれを元に、考えなければならない。

だがあたしだけでは無理だろう。

手を伸ばす。

少し躊躇った後、ルアードは手をとった。

あたしは釘を刺す。

「根絶の力を使ったことは許してはいないからね。 それだけは覚えておいて」

「……分かっている。 どうやら根絶の力では、何一つ改善はしないようだ」

「プラフタ」

「分かっています」

プラフタも、ルアードの手を取る。

ある意味、血しぶきをまき散らし。

血反吐をブチ撒け。

内臓を飛び散らせる戦いよりも。

遙かに激しく。

そして過酷な戦いは。

此処に終わった。

後は、この戦いの結末を。

良い方向に持っていくだけ。

それだけだ。

 

(続)