接触の刻

 

序、災厄の続き

 

血だらけの戦士が屋敷の入り口から出てくる。

其処は既に制圧済み。

中に抵抗する者はもういない。外にもだ。

無能。

それだけだったら許せただろう。

強欲。

別にそれくらいなら構わない。

問題は、自分の贅沢のために、税を上げはじめたこと。街中にホームレスが点々としている状況で。匪賊が街中に入り込み、暗躍し始めている状況で。更に税を搾り取り始めたその男を、生かしておく訳にはいかなかった。

勿論統治に関わる人間を皆殺しにするわけにはいかない。

故にハニトラ専門の人員がおびき出し。街の外れにある別荘へと連れ込み。

其処で雇っている匪賊や傭兵崩れの護衛もろとも、今処理したところである。

潰しても潰しても沸いてくる。

この手の腐敗官吏は、まるでゴキブリだ。

税金を私物化したり。我欲を政治に優先した場合死ぬ。

その噂は流しているし。

散々実例も示しているのに。

殆どの場合、最多数のヒト族が粛清対象になるが。たまに魔族や獣人族にも似たようなことをするものがいる。

ホムは例外で。

今までこの手の粛清対象になったことはない。

また、殺すだけではない。

アフターケアもしてある。

この街の領主には、新しくアダレットから真面目な役人が派遣されてくる。

そもそもアダレットも、人口一万を超える貴重な大都市が、背徳に汚染されていることを問題視していたらしく。

これを切っ掛けに改革が始まるだろう。

作戦の指揮を執った深淵の者の一人。魔族イフリータは。魔術を念入りに掛けて自分達の痕跡を消し。

更に生命反応も確認。

粛正対象に関しては、首を切りおとした後。

首と胴体別々に串刺しにしておく。

その前には、立て札を置いた。

「この者の罪以下の通り。 血税を懐に入れて我欲のために浪費する。 浪費のために困窮している民より血税を搾り取る。 匪賊と癒着する。 国家の機密情報を流出させる……」

立て札には、多数の罪が書き連ねられている。いずれも役人としては致命的なものばかりである。

勿論証拠も押さえてある。この別荘の中に、全て分かり易く揃えておいた。

更に、周囲は結界で封鎖。

余程の魔術師でも無い限り、気配にも気付かないだろう。目の前にあるものが、見えていない状態になっているのだ。

そして、このクズ領主が消えたことが騒ぎになり。

国から調査の役人が現れたタイミングで、この結界を解除する。

なおこのクズ領主の一族については、さぞや厳しい罰が下されるだろうが。

いずれにしても、手回しも全て完了済み。

深淵の者は、二大国の深部にまで手を回している。

今回の件も、既にアダレットの中枢の人間が、こういう粛正が起きる事を知っていて。騎士団と調査団が派遣されてきている。まだ街には到着していないが。

仕事が終わった者達を、空間への穴を開ける装置を使って、先に帰らせる。

そういえば、例のソフィーという錬金術師。十代半ばでもうこれを再現していたか。

頼もしい限りだ。確かに世界を変えられるかも知れない。

ふと気付くと。

険しい顔の女性が、此方に歩いて来るのが見えた。

ヒト族の錬金術師である。

この街はアダレットに属しているため、ラスティンを中心に所属している公認錬金術師がいることはある意味奇跡的ではある。公認錬金術師の中にも、アダレットに頼まれて出向く者はいるのだが。

その中の一人。アンネローゼ=アルセイ。

凄腕で知られ、ドラゴンやネームドを必死に撃退し続け。

でありながら、この無能領主に足を引っ張られ。

更に魑魅魍魎蠢く魔都と化しているこの街を、それでも守り続けた立派な人格者。

彼女は若干、というには気の毒なほど小柄で童顔だが。

それでもいつも背筋を伸ばしていて。

だが身繕いにまで手が回らないのか、膝まで届く黄金の髪は、手入れが足りていないのが一目で分かる。

いつも本気で錬金術に取り組み続け。

そして人々のために働いてきた。

それを誇りにしている人物だ。

深淵の者でも、何度かスカウトは掛けた。だが、その度に断られた。

戦う理由も無いのだが。

相手はこの結界の存在に気がついている。

嘆息すると、剣に手を掛ける直衛の数人を制止し。

イフリータは結界を出た。そして、最敬礼して相手に応じる。

「久しいな、アンネローゼ殿。 以前スカウトに行ってふられて以来か」

「イフリータ様。 また殺生に手を染めたのですね」

「また、か。 この街の状態を見てそのような事を良く言えるな。 貴殿は有能で尊敬できる錬金術師だが、視野が狭すぎる。 この街を良くするには、根本治療が必要だと言う事は分かっていた筈だが」

「根本治療が必要なことは同意します。 しかし貴方たちのやり方には同意できません!」

杖を向けてくる。恐らく勝ち目が無いとしても戦うつもりだ。

生真面目な人物である。

自分は死ねない。そう言って、錬金術でアンチエイジングをしているから、実際の年齢と見かけは一致していない。とはいっても、深淵の者幹部ほどの年齢でもない。正義感からアダレットに来たらしい事は調査がついているが。ラスティンで国家の重鎮をやれるような実力を持ちながら、どうして故国を離れたのかはまだ分かっていない。

何しろ彼女は草の根から偶然に錬金術を手に入れた人物だ。天才でも無い。

故にアンチエイジングを行い、ヒト族ならどうしても衰えてしまう年齢になっても若々しい判断力を保ち。

自分に出来る範囲で世界を良くしようとしている。

だが、それには限界がある。

この街の惨状が、それを良く証明しているではないか。

「レオンマイヤー家の当主と長男を昨日殺したのも貴方たちですね」

「あの家はいまや民にとって害でしか無いからな。 多くの弱者の生き血を啜る前に滅びて貰う。 それだけだ」

「貴方たちは、人の命を何だと思っているのですか!」

「人の命を何とも思わず、無意味な浪費のためだけに血税を絞り続けたのは奴らだ! あげく匪賊どもと結託し、弱者を更に踏みにじり続け、自分達だけは安全圏で嘲笑い続けていた! そのような輩に掛ける情けなどない!」

今回の作戦では。

ターゲットの用心棒になっていた魔族も殺している。

同族の恥さらしだとイフリータは考えていた。

殺すのに躊躇もしなかった。

躊躇する理由も無かった。

もはやイフリータは。

この腐りきった世界に対して、なんら容赦は出来なかった。

「戦うか? 貴殿ほどの錬金術師を死なせたくは無いが」

「……!」

「もしもやるというのなら、此方も容赦はせんぞ。 ただし貴殿が死ねば、この街を守る者はいなくなるがな。 街の外で牙を研いでいるネームドどもが街に乱入したら、民はどうにもならぬだろう」

指を鳴らす。

残しておいた獣人族の戦士達が、すっと姿を見せる。

彼らは昔、対錬金術師の暗殺訓練を受けていた一族の末裔だ。

まるごと深淵の者に取り込み。

今では汚れ仕事を一手に請け負っている。

昔は金で動くだけのクズの集まりだったが。

今では改革に改革を重ね。

あらゆる任務に己の命を賭け。

世界を変えるために死ぬ事を誇りにしている。

勿論無意味な殺生など絶対させない。

そしてアンネローゼも、この者達の存在は知っている筈だ。

錬金術師殺しの実績も。

優れた錬金術師は、破壊的な戦闘力を持ち、バランスブレイカーそのものである。

だから場合によっては殺さなければならなくなる。

アンネローゼは一人だ。

さっき殺した領主によって一人にさせられた。

護衛も傭兵もアンネローゼを守ろうとすると、あらゆる手段で妨害され。

彼女は一人で、孤独に街を守って戦い続けた。

今も。

そんな事をさせたクズの為に。

一人で戦おうというのか。

それは立派だ。

尊敬すらする。

だが、その結果、クズをつけあがらせたことは否定出来ない。だから、もしも戦うというのなら。

容赦はしない。

しばしにらみ合うが。

不意に、気配が割り込んでくる。

最初からいたかのように。

いつのまにか、その二つの気配は。

その場に現れていた。

「そこまでだ」

一人はシャドウロード。

まるで音も気配もなく。

アンネローゼの首を押さえ込み。

のど元に刃を突き立てていた。

ちなみに。

彼女らは同年代の人間である。

片方はアンチエイジングを使わなかった。それだけだ。

ただ、アンネローゼは年老いてからアンチエイジングで若返り。その結果、若い頃の長身を取り戻す事が出来なかったらしい。これは噂だから本当だかは知らない。

なお、魔術師と錬金術師という絶対に超えられない存在同士でありながらも。双方尊敬し合っている間柄でもある。

シャドウロードが手にしている刃が、ハルモニウム製で。しかも超がつくほどの毒が塗られていることは、アンネローゼも気付いたのだろう。

そのまま、身動きが取れなくなる。

普段だったら簡単に後ろなど取らせなかっただろうアンネローゼも。イフリータに集中している状態では、どうしても隙が出来たのだ。

もう一つの気配はアルファである。

此奴も此奴で。

戦闘はそれほど得意ではないが、くせ者だ。

いつの間にか、イフリータの前に立ち。

丁寧にアンネローゼに頭を下げていた。

「此処は穏便に解決するのです。 どちらも世界を憂いる存在。 殺し合っても意味がないことなのです」

「……お前達、下がれ」

音も無く、暗殺部隊が下がる。

シャドウロードも、アンネローゼから手を離し、距離を取った。

年老いても健脚なことだ。

錬金術の装備で身を固めているとは言え、十歩以上の距離は一瞬で飛び退いた。

「相変わらずお二人とも血の気が多いのです。 此処の交渉は私が担当しましょう」

「ふん、そうか。 頼むぞアルファ殿」

「私には貴方のような武力は無いのです、イフリータ殿。 適材適所という奴なのです」

イフリータが背を向けると、アンネローゼは、それ以上何も言わなかった。

アルファが冷静に話を始める。

今騎士団の鎮圧部隊が此方に向かっていること。

無意味な争いは、今路上で苦しんでいるホームレス達を一とした貧民を更に苦しめること。

急がないとくびきが外れた匪賊が街中で暴れ始める事。

下手をすると好機とみたネームドが乱入してくること。

それらを、淡々と、だが分かり易く説明していった。

腕組みしたままそれを聞くが。

相変わらず立て板に水だ。

深淵の者に多くの人間をスカウトしてきただけのことはある。

合理性と計算の怪物。

その一方で我欲は零に等しく。

子供さえ計算して作っている。

ヒト族がホムを怖がるのも無理は無いのかも知れない。

時々ホム達は、生物とは違う存在なのでは無いかと、疑ってしまうことがイフリータもある。

生殖もせずに子供を作り。

我欲も無く全て計算尽くで。極めて真面目。

ある意味怪物的だ。

アンネローゼは悔しそうに頭を垂れる。ホムの言葉を疑う事に意味がないことを理解しているのだろう。

「……」

「これより、我等の一部も協力するのです。 幸い街中にいる匪賊はまだ気付いていません。 処理を迅速に行うのです」

「人の命を……」

「貧しい民達から躊躇無く奪う鬼畜外道と、無能で残虐な領主によって貧民に叩き落とされた者達の命。 本当に平等だと貴方は思うのです?」

アルファが義手を見せる。

義眼も分かるように近づく。

匪賊によって家族を目の前で生きたまま解体されて喰われ。

自分も生きたまま解体されたアルファは。

ヒト族並みに怒りの感情だけは見せる。

そしてそれを忘れないように。

使いづらい義手と義眼を敢えて残している。

アンネローゼも、見せられたものを見て。

もうそれ以上、何も言えないようだった。

元々匪賊どもは此方で処理するつもりだったが。アンネローゼが協力してくれれば、更に早く済むだろう。

だが、アンネローゼは。

拳を固めたまま。

俯いた。

「分かりました。 貴方たちの言う事は理解しました」

「不満があるようなのです」

「私は見なかったことにします。 好きなようにしなさい。 私が街にとっての有害分子だと判断するのなら、私も殺すと良いでしょう」

「貴方はどう客観的に見ても立派な人なのです。 視野が狭いというのはイフリータ殿と同じ意見ですが。 それでも貴方は孤軍奮闘この街を守り続けたのです。 これから処理するクズ共とは違うのです。 そしてクズ共が法で裁かれない以上、誰かがやらなければならないのです。 本来は、法で裁かれるべきなのです」

その通りだ。

だが、人間は基本的に、法の穴を突くときにだけその頭を全力で使う。

そんな生物なのだ。

腐敗するのは当たり前。

それを排除するためにも。

誰かが手を汚さなければならない。

ましてや現在さえも無いこの世界だ。

手を血に染めなければ。

この世界には、明日さえも来ないのである。

イフリータが、創造神(端末らしいが)の言動を見て絶望した、あの時の頃のように。

あの頃の世界をまた再現するのは。

絶対に認めるわけにはいかない。

アルファが連れてきた部隊が、匪賊の排除に掛かる。

この街に入り込んでいる匪賊三十数名の命が、一晩で欠片も残さず消滅する。それだけである。

死体は全て領主の屋敷に放り込み。

それぞれに名前と。

犯してきた罪について、プレートを杭で死体にうち込んでおく。

後は、アンネローゼが目を光らせておけば、代わりの領主が来るまでの治安は守られるだろう。

次の領主に関しては、きちんと精査もしているし。

もしもこの街で腐敗するようなら。

また粛正するだけだ。

てきぱきと処置を始めるシャドウロードとアルファ。

アンネローゼは。涙を拭っているようだった。

どうして泣く。

貴方は立派な錬金術師として、この背徳の街と向き合ってきたはずだ。

どれだけ何もかもを押しつけられても。

それでも屈しなかったはずだ。

社会の癌を取り除いたら。

どうして無力感に泣く。

むしろ、どうして社会の癌を、自分の武力で取り除こうとしなかった。

ヒト族と魔族の違い、でもないだろう。

いずれにしても、イフリータには分からない。

翌々日にはアダレットの騎士団が到着。強行軍で来たのだろう。だが、疲れを見せず、そのまま動き始める。

流石だ。騎士団と言ってもピンキリと聞くが、精鋭は流石に出来る。

彼らは容赦なく、現場を検分し。領主の汚職に荷担していた役人達を逮捕し始める。

新しい領主はたたき上げの剛直な人物である。この街の腐敗は前から聞いていて、憤りを隠せていないようだった。

馬上で既に怒りの表情を隠していない新領主は。

必死に賄賂を差し出して懐柔しようとする愚かな役人達を一喝すると。

全員を牢に直行させた。

これでいい。

この世界の神は、因果応報というものを自分で行うつもりがない。

ならば我等がそれを実現しなければならない。

状態を見て満足したイフリータは、後はアルファとシャドウロード、その護衛に任せて引き上げることとする。

こうして世界から。

また一つ腐敗が消えた。

だが、アンネローゼのことは気に掛かる。

どうしてあれほどの人物が。

この世界そのものと戦おうとしないのか。

わかり合えないという事はつらいものだ。

それは、これだけ年を重ねても。毎年のように思い知らされる事実だった。

 

1、準備の時

 

魔界に深淵の者幹部が集まる。

定期報告の時期が来たからである。

今回は、キルヘン=ベルに常駐させているメンバーの一人。普段は滅多に定期報告に姿を見せないパメラが来ている。

それだけ重大なことがあった、という事だ。

イフリータが不安になったのは、まだアトミナとメクレットが来ていないことだが。

程なく二人も姿を現した。

普通は遅れることもないのだが。

何かあったのかも知れない。

魔王の膝元にいつものように二人が座ると。

会議が始まる。

「それでは、報告を開始してくれ」

「それでは私から」

パメラが挙手。

実は、パメラの素性はイフリータも良く知らない。

深淵の者の創設メンバーの一人で。

主である二人が、錬金術師プラフタと決別したあの時には、その場を外していたことだけしか分からない。

通称「幽霊」。

実際問題、肉体が無いのでは、と言われている不可思議な存在で。

外法を使わずリッチやそれに近い存在になった、規格外の者である、という噂もあるのだが。

その場合、聖歌を聞いても平然としているわ。

神聖魔術を自分で教えているわで。

文字通り規格外にも程がありすぎる。

善良だろうが何だろうが、ターンアンデットを受ければひとたまりも無いのが霊の特徴であり。

もしも本当に霊かそれに類する存在なのだとしたら。

彼女は桁外れ過ぎるのである。

「ソフィーちゃん達が光のエレメンタルを倒し、更にヴェルベティスの開発に成功しました。 それと同時に、全身の潜在能力を全て引き出す道具の開発にも成功したようです」

「成長速度が凄まじいな」

「まだ十代半ばと聞くが……」

幹部達が驚きの声を上げる。

今まで、深淵の者は、錬金術師を多く組織に取り込んできたし。

接触を持ってもいる。

有望そうな錬金術師には、慎重に接触して声を掛けてきたし。

何よりもこの世界を変えるには錬金術が必要不可欠だ。

それもあって、誰もが錬金術には強い興味を持っているし。

古参幹部は、錬金術師がどれくらい凄いのかを、話を聞けばすぐに理解する事が出来る程である。

「不完全状態とは言え光のエレメンタルを沈めるとはやるね。 それで、例の二体は?」

「まだ斥候が補足する位置までは到達していないようですよ」

「そうか。 いずれにしても、その実力にまで達しているなら、遅れを取る事はなさそうね。 もっとも、戦う意味もないけれど。 状況に応じて牽制しておきなさい」

アトミナが次、と言う。

イフリータが立ち上がると。

アダレットでの一件を報告する。

勿論報告には感情を入れない。

アンネローゼに勧誘を掛けたが、拒否されたことも報告するが。

アトミナはそうでしょうねと、一刀両断だった。

「アルファとシャドウロードによって綺麗に浄化作戦は完了しましたが、やはりあれほどの錬金術師が邪悪の跋扈を見逃していたことだけが解せません。 彼女にはこれからも深淵の者へのスカウトを続けようと考えております」

「無駄だと思うわよ」

「理由をお聞かせ願いたく」

「どんなに相手が鬼畜外道であっても、話が出来ると考える人間は一定数いるの。 アンネローゼはね、命を賭けてきれい事をするタイプで、モロにそれに当てはまるのよ」

勿論アンネローゼは、自分なりのやり方で、ずっと説得を続けていたはずだと、アトミナは言う。

それに対して、アルファが報告書を出してきた。

どうやらアダレットが首都に送ったものの写しであるらしい。

仕事が早い。

というか、アダレットの首脳部の奥深くまで、深淵の者の手が伸びている、というだけだが。

「アンネローゼ殿と粛正した領主は、何度も対談の場を設けて、税の負担軽減と、街の状態改善について話しあっていたようなのです。 領主はそもそもアンネローゼ殿の提案を理解せず、その腰巾着は鼻で笑うばかりであったようなのですが。 それでも根気よく説得と、街の整備についての案を出し続けていたとか」

「無駄な努力をするものだ……相手は荒野に住まう匪賊や獣以下の畜生ぞ」

「それでも人間、と考えていたのよ、あの子は。 尊敬には値するけれど、私達とは相容れない」

「……」

そうか。

何となく理解出来た。

相容れないのは、思想と言うよりも。

生き方なのだろう。

イフリータは愚直に、深淵の者で、武人として生きてきた。

邪神との戦いも経験したし、ドラゴンも討伐した。

社会に巣くう邪悪も、何度も容赦なく叩き潰してきた。

魔族として誇りある生き方をしてきたつもりだ。

だが、それでも、同族を殺してきたことには代わりは無い。

それについて、言い訳をするつもりもない。

アンネローゼは、その生き方そのものが違うと言う事なのだろう。悩ましい話だ。だが、諦めきれない。

いずれどうにかして。

深淵の者に協力して欲しいものだが。

次の報告に移る。

イフリータは席に戻り、今度はヒュペリオンが報告を開始した。

「ラスティンの首都近郊で、また村が一つ壊滅しました。 ドラゴンによるものです」

「またか。 活発化しているな」

「既に討伐隊は編成しております。 ティオグレン殿が率いる部隊で、被害を出さずに倒せるかと思いますが」

「俺も参加する」

イフリータが立ち上がると。アトミナとメクレットは許可してくれた。

どうももやもやが晴れない。

戦いに赴きたい。

次の報告。

アダレット王家についてだ。

アダレットの王家を監視に当たっている幹部が、報告をしてくれる。

「アダレットの現国王は、どうやら増税こそ諦めたものの、庭園趣味を更に加速させるつもりのようです。 何カ所かの部署から予算を削り、首都の庭園化を進めています」

「重臣達は?」

「既に現国王に関しては、増税と軍備の削減さえしないならと諦めている様子です。 暗愚ではありますが、有害ではありませんし、削減した予算に関しても目を瞑れる範囲だと考えているようです」

「ふむ……」

愚かな国王か。

アダレットの場合、次の世代が期待出来るから、重臣達は我慢している、という側面もあるのだろう。

国王の子供は正室との間の双子だけ。

この双子の姉が、まだ若いのに歴代アダレット王族の中でも屈指の切れ者と評判で。実際に非常に優秀である事は現在既に確認済みである。多分だが、深淵の者とのアクセスを騎士団に指示したのも彼女だろう。

神童も二十歳過ぎればただの人、等という言葉もあるが。

これに関しては、普通に二十歳を過ぎても能力を維持するだろうと、多くの人間を見てきた深淵の者の分析班も判断している。

一方双子の弟は、姉に全ての才能を吸い取られたようなボンクラだが。

次期国王になるのは姉だと既に暗黙の了解になっており。

更にこの弟には野心はなく。

此奴を担ぎ上げて国政を壟断しようというような輩は全て深淵の者で駆除済みなので。

当面アダレットに問題は起きない。

問題があるとすれば、復活が始まっている雷神ファルギオルだが。

此奴に関しても、その気になれば不思議な絵画を使って、今丁度アトミナとメクレットが膝元に座っている魔王をぶつければ良い。

前回とまったく同じ展開になるとは当然限らないが。

魔王は前回とは比較にならないほど強化している。

魔族や人間の魔術師の称号としての魔王ではなく、対神生物兵器としての魔王は。

改良に改良を重ね。

今や以前とは別物と言って良い。

不思議な絵画によって封じ込みさえすれば。

上位邪神であるファルギオルでさえ、それほど危険な相手にはならないだろう。

「国王については監視を続けてくれるかな」

「御意。 重臣達の制御が効かなくなるようなら、駆除の準備をします」

「そうして頂戴」

アトミナの言葉と共に、幹部が下がる。

今度はラスティンについてだ。

ラスティンの首都では、現在公認錬金術師試験の改訂が考えられているようだが。現時点で充分に難しい事もある。

無駄に難しくしても意味はないし、何よりこの世界には決定的に腕利きの錬金術師が足りていない。

公認錬金術師が、それぞれ千人規模の街に一人でもいれば。

ドラゴンやネームドによる被害は、三分の一以下に抑えられるという計算も出ている。

元々ラスティンは政治に関してはあまり有能では無く。

首都近郊のインフラすら寸断されている有様で。

何処に予算をつぎ込めば良いか。

どう人材を動かせば良いか。

理解出来ていない節がある。

「まあ即座に介入する必要はないだろうね。 それよりも、ラスティンにはドラゴンや邪神に対応する即応部隊の整備をするように圧力をかけ続けて」

「は。 今まで以上に圧力を強めます」

後幾つかの報告がなされ。

会議終了。

だが、今回の会議は、それでは終わらなかった。

二人が。

アトミナとメクレットが立ち上がる。

「それでは、今回皆に集まって貰った理由を説明しようと思うんだけれど、良いかな」

「仰せのままに」

「実はね、そろそろ一度戻ろうと思っていて」

「!」

視野を広げ。

視点を増やすため。

ルアードだったこの二人は。今までずっと二人でいた。

しかし袂を別った錬金術師プラフタが記憶を取り戻し。

その弟子ソフィーが邪神を倒せる程にまで成長し。

そして今、此処に五百年ぶりの問答が再開されようとしている時に。

二人のままでいる意味はない。

全員が頭を下げる中。

二人は魔法陣の真ん中に歩いて行く。

何人かの錬金術師が、拡張肉体と、様々な道具を使い、魔法陣を起動。

二人の姿が。

瞬時にかき消え。

そして、光が収まると。

其処には、一つの影があった。

体をフードで隠し。

全身から無数の触手を生やし。

顔をマスクで覆い。目元だけを露わにしている者。

愚かな連中から「醜悪のルアード」と呼ばれ、忌み嫌われながらも。世界をよくするために尽力し続け。

それでも理解されず、迫害され続け。

暗殺未遂まで起こされ。

なおも人を信じ続け、裏切られた者。

竹馬の友でさえ、その側を去った。

それから500年。

あの時に失った力はとうに回復している。

そして、これから。また竹馬の友と再会し。その後は、問答の続きをしなければならない。

ならば二人に別れていた時間は一度終了だ、と言う訳か。

重々しく。威厳のある声。

周囲に響き渡るそれは。

嗚呼。

盟主として仰いだ時のままだ。

「皆、これからはこの姿として活動する。 ずっとこのままでいるかは分からない。 だが今までの皆の苦労を私は忘れたつもりは無い。 世界のために皆は身を粉にして働き続けてくれた。 それに私は、500年で得た結論と共に、プラフタと向き合い。 その後方針を決めようと思う」

「恐れながら」

アルファが顔を上げる。

普段基本的に自分から話を始めない彼が珍しい。

主であるルアードは当然許す。

この方は、世界を裏側から動かし続けてきたが。

決して暴君では無い。

感情にまかせて雑な粛正をした事は無い。

念入りに常に調査を行い。その結果必要と判断した分だけ血を流し、世界を良い方向に変え続けて来た。

だから此処の幹部全員が。

全幅の忠誠を捧げているのだ。

「500年に達する苦闘の末に、既に結論は出ているかと思うのです。 この世界に未来はありません。 ならば未来を消費してでも、新しい世界を作るべきなのです」

「アルファ。 確かに400年を共に過ごした君の意見は即決で破棄するべきではないだろう。 しかしプラフタは私が知る限りこの世界の真理に最も近づいた錬金術師の一人でもある。 そして根絶の力は、やはり外法である事に違いは無いのだ。 ならば、もう一度話し合いをきちんとして、その末に全てを決めたい」

「主らしくもないのです。 これまでの500年を、たった一度の話し合いだけで、覆せるとは思えないのです」

「諌言は実に耳に痛い。 しかしながらアルファ。 この世界は不平等なのだ」

むと、アルファが口をつぐむ。

イフリータもそれは別っている。

この世界がどれほどいい加減で不平等かは。

此処にいる誰もが知っている。

プラフタの側にはソフィーがいる。

調べれば調べるほど規格外の実力者だ。

才覚で言えば、恐らく史上最高だろうと、分析の結果も出ている。この世界に誕生した、究極の錬金術師になる存在だとも。

ならば、そのソフィーと過ごしたプラフタの言葉ならば。

500年の時を経た今でも。

聞く価値があるのではあるまいか。

アルファは少し考えた後。

なおも食い下がる。

珍しい。

普段は黙々淡々と従う真面目な彼だ。

こうも主に諌言すると言う事は。

余程過去の事が、色々と据えかねているのだろう。

「主。 そもそも分からないのです。 この世界最高の素質を持つ人間の元に、どうして主が認める最高の錬金術師が、魂の宿った本という形で流れ着いたのか」

「実は、仮説は出ている」

「お聞かせ願いたいのです」

「実は、本に最初から魂が宿っていたのでは無い、と私は判断している」

皆が注目する中。

主は、魔術で無数のデータを空中に展開する。

それらの中には、膨大な数字に混じって。

あるデータが、推移していく様子が書かれていた。

その数字は。

一定のパターンを示す波。

それがずっと移動をし続けて。

やがてある場所に定着した。

キルヘン=ベルである。

「プラフタは恐らく、悟っていたのだろう。 実際問題として、この世界には未来がないことを。 ならば、未来が作れる人間を探して、ずっと魂のまま彷徨っていたのだ。 そして見つけた……」

「それがソフィー=ノイエンミュラーなのです?」

「そう判断して良いだろう」

「なるほど。 それならば、納得できるのです」

そんな分析も進めていたのか。

流石は主だ。

イフリータは、更に説明を受ける。

「ソフィーは今、アトリエに籠もって何かの作業を始めていると聞いている。 恐らくは賢者の石の作成だろう」

「賢者の石!」

「そうだ。 低品質のものは作成例があるが、高品質のものになると作成例がない。 もしもこの始原の錬金釜と、錬金術の奥義である賢者の石が合わされば……」

おおと、イフリータは思わず声を上げてしまった。

創造神を引きずり出すことが出来る。

奴を面罵できるかと思うだけで。

高揚に身が震えた。

アルファが代表して、不満を口にしてくれたので。他の誰も、もう文句を言うつもりは無い様子だった。

それでいい。

イフリータも、充分に満足した。

会議が終わる。

主に一礼すると、ドラゴン退治部隊に加わる。

ラスティンは優れた錬金術師を有しているが、どうしても即応体制にある機動部隊というのを編成するのが苦手らしく。公認錬金術師に街を任せてそれっきり、という事態が目立つ。

そうなってくると、公認錬金術師がいない街や。

公認錬金術師でも手に負えないドラゴンやネームド、更に邪神が出た場合は。

想像を絶する被害を出してしまう。

故に深淵の者が尻ぬぐいをしてきた。

今回もそれは同じだ。

現地で、ドラゴンに相対。

中位ドラゴンのゴルドネアである。

黄金に輝く鱗を持ち。

圧倒的な防御力で力押ししてくる強力なドラゴンだが。

しかしながら、此方は上位次元からの干渉を可能にしている。

瞬く間に上位次元からの干渉ネットでゴルドネアを押さえ込み。

そのまま情け容赦なく攻撃を叩き込み。

反撃さえ許さずミンチにする。

解体するのは専門の班に任せ。

イフリータは討伐部隊の残りを率いて、生き残りを探す。生き残った者は、近くの安全な街や、此処からだと近いラスティンの首都に送り届けるのだ。

だがドラゴンの火力に晒された村の場合。

ほぼ生き残りが出る事は無い。

村は悲惨な有様で。

殆ど消し炭になっていた。

ラスティン首都近郊は、複数のネームドが跋扈もしており。

街道にまで匪賊が出る。

此処に辿り着く過程だけで、公認錬金術師を目指している者が、何人も命を落とすほどであり。

一部では白骨街道とまで呼ばれているほどだ。

「生存反応無し」

「そうか。 黙祷」

「……」

皆で死者に黙祷を捧げた後。

解体したドラゴンの素材を回収し、帰投する。

誰にも見られてはいない。

恐らくラスティンのドラゴン討伐部隊はまだ編成に手間取っているか。

下手をすると、村が襲われ、壊滅した事さえ知らないのだろう。

理不尽な世界。

だが、それも間もなく終わる。

主があのルアードの姿に戻ったという事は。

500年の苦闘が報われるという事だ。

勿論、プラフタが自分の間違いを認めるとは思えない。

だが即決で否定もしないはずだし。

何より、これだけの年月を掛けて安定させた世界を否定する事は、誰にだって許されることでは無い。

仮に意見が対立したとしても。

必ずや主ならどうにかしてくれる。

そうイフリータは確信していた。

魔界へと戻る。

さあ、もうすぐだ。

もうすぐ、世界は。

変わる。

 

2、太陽と月

 

以前、プラフタに言われた事がある。

錬金術を高精度で行うには。

非常に限定された環境を作る必要があると。

今、拡張している異世界アトリエの方に。

あたしはプラフタと相談しながら。

その環境を作り始めていた。

一角を拡大し。

魔術で空気の流れを制御。

そもそも、空気が無い状態で錬金術をするため。拡張肉体に魔術を展開させ、自分の周囲だけを空気で覆う。

釜に関しても、最高のものを使う。

今使っているものもこれはこれで最高だ。自分で作成に携わったし、癖もコツも知り尽くしている。

だが、今度のものは、理論的に最高のものを作る。

本当に最高の錬金術の道具を作る時だけに使う。

最強の釜を、今必要としているのだ。

苦闘の末に、手元には賢者の石を作るために必要な道具類が揃ってきている。

だから、それらを混ぜ合わせるのに相応しい、最高の錬金釜を、今。作らなければならないのである。

素材としてはハルモニウムを贅沢に用いる。

これは錆びないからだ。

ハルモニウムは事実上酸にも溶けないし、錆びる事も無い超金属だ。

金や白金もそうらしいのだが、此奴らは高価なだけで頑強さには大いに問題がある。それに対してハルモニウムはそれらの良い特性を持ちつつ、究極の頑強さと軟性を備えているのである。

ロジーさんの所に設計図を持ち込み。

それで以前作ったように。

最高の錬金釜を作ってもらう。

ロジーさんはその錬金釜の造りを見て目を剥いたが。

だが、職人冥利に尽きると、嬉々として製造に取りかかってくれた。

普段は、アトリエに置いてある錬金釜を使う。

これで充分だから、である。

しかしながら、賢者の石となると。

今持っている素材を、どれだけ気を付けて調合したとしても。

史上最高の品を作るのは無理だろう。

ならば、作れる環境を用意しなければならない。

それが最低限の準備というものだ。

当たって砕けろとは言うが。

それは経験が無いものに対して行う行為。

あたしは錬金術に慣れてきているし。

高位次元に干渉できる装備まで作った。

それならば、今後は。

決戦用の道具を作るため。

最高の環境と。

最高の錬金釜を用意する必要がある。

来るべき時が来た。

それだけだ。

あたしは今までホルストさんから貰った小遣いを惜しみなくつぎ込んで、異世界アトリエの拡張と、釜の準備を進める。

プラフタにアドバイスしながら、一般人立ち入り禁止の看板を掛け。

異世界アトリエの内部に、大きめの空間を作成。大きめと言っても十五歩四方ほどだが、文字通り何も無い空間のため、非常に大きく感じられる。

この空間そのものには、埃さえ存在が許されない。

空気さえ存在を許さないのだ。ある意味当たり前と言える。

道具類も全て専門のものを用意していき。

素材についても念入りに洗浄、コンディションを整え。異世界アトリエに移していく。

さて、後は。賢者の石の作成本番だが。まあこれら準備にまだ時間が掛かる。慌てることは無い。

部屋の調整を開始。

四隅に拡張肉体を作って配置し。

まず空気を全て抜いた。

更にプラフタと相談しながらレシピを造り。

壁面に完全固定の魔術を仕込んだゼッテルを貼り。その上から金属をコーティングする。これによって、この空間は真空かつ、空間そのものが固定される。

入るときには、自分を空気で包む魔術を展開し。

冷気などにも対策しなければならない。

つまり入っただけで、何も対策していなければ即死する。

其処まで気を遣った錬金術を行う部屋なのだ。

既に異世界アトリエは、ちょっとした屋敷ほどの広さになって来ているが。

この部屋に関しては、絶対に入らないようにと、顔役達にも周知しているし。

何より警備装置もしっかり付けた。

これらだけでかなり手間が掛かった。

何しろ今や、旅人の道しるべをいつ自警団が使うか分からない状態で。

この異世界アトリエも、「便利な通路」「便利な倉庫」以外の役割だけでなく。戦略拠点として意味を持ってきている。

きちんと事前に周知をしておかないと。

事故が起きかねないのだ。

部屋を準備した後。

空気を纏う魔術を展開して。

部屋に入ってみる。

確かに何というか、異様な雰囲気だ。音もない。プラフタによると、音は空気が無いと伝わらないらしい。

つまりそういう事だ。

部屋の中に設備を用意していく。

釜に熱を与える仕組み。

調合時に出たガスに指向性を持たせて吸い出し、外で固定する仕組み。

釜を洗浄する仕組み。

今まで色々な道具を作ってきたのだ。

これくらいは難しくも無い。

炉に関しても、今なら仕組みを完全に理解出来る。

よそで再現する事も可能だ。

プラフタが師匠になってからもう一年以上が経過したが。

その間にあたしは。

それだけの知識を身につけ。

技術も身につけた、という事である。

プラフタと相談しながら、部屋の調整を更に細かくやっていく内に、ハルモニウム製の釜が出来上がった。

そのまま納入して貰うが。

部屋に入れる前に、徹底的に蒸留を繰り返した、ほぼ完全に水だけになっている蒸留水で洗浄。

ロジーさんが、神経質過ぎないかと視線を送っていたが。

これからやる調合は、文字通り神の領域に踏み込むものなのだ。

釜を設置した後。

更に神経質に操作を実施。

簡単な調合から始めるが。

確かに凄い。

恐ろしく手間が掛かる反面。

とんでもない品質の道具類が出来る。

空気さえ存在が許されない空間で。

埃さえ入らない場所では。

此処まで凄いものが作れてしまうのか。それ以外には言葉もない。

プラフタは出来上がった山師の薬を試すあたしに教えてくれる。

「基本的に、何かに特化したものは、非常に神経質になります。 しかしその分性能は上がるのです」

「ただ、用途が限られるものしか作れないね」

生命の蜜ほどでは無いが。

プラフタが80点代をくれる山師の薬は。それこそ、指くらいなら切りおとしても即座にくっつく程の性能を見せた。

ただし、空気を排除する魔術を掛けた瓶に入れないと。

あっという間に痛んでしまう事も分かった。

これは使いどころが難しい。

本当に必要な時だけに。

使い切るつもりで使わないと駄目だ。

武装類も作って見るが。

ハルモニウムでコーティングしない限り、駄目になってしまうだろう事は明白すぎる。

プラフタの言う事も分かるが。

此処で作れるのは、本当に決戦兵器としての品だけだ。

嘆息すると。

一度部屋を出る。

釜は綺麗にしてある。

これは、賢者の石を作る時に。

使う事だけを想定するべきだろう。

或いは、どうしても、その一回だけ。

絶対の精度が必要になる道具を造る時だけ。

そうでもしないと、とてもではないが神経が持たない。あたしも幾つか簡単な調合をしただけで疲弊しきったのだ。

賢者の石は、作るのに一月は掛かると聞いている。

とてもではないが、此処に入り浸るのは、ぞっとしない。

しばらくは簡単な調合を流しながら。

慣れていくのが先だろう。

一度アトリエを出る。

時間の感覚が狂っていたので、ちょっと外を歩いて調整する。

キルヘン=ベルは今のところ静かだ。

プラティーンでコーティングしたグナーデリングを一つ作ったが、どうするか。一応性能は実験して試したが。誰に渡すか。

丁度通りかかったモニカ。

キルヘン=ベルから離れる可能性が無いモニカが適任か。渡しておく。

錆びる恐れは無い上に。

今までに無いほどの性能を引き出すことが出来た代物だ。

多分前に量産していた品の三倍くらいの倍率が掛かる。

モニカもグナーデリングを付け替えてみた瞬間、すっころびそうになったほどである。

それほど強烈に倍率が掛かるのだ。

しばらくまともに歩くことも出来ず。

何だか責めるような目で見られた。

「ソフィー、何これ……」

「あたしがしばらく籠もってたの知ってたでしょ? その籠もっている場所で作って見た、最高の決戦兵器グナーデリング」

「倍率が上がり過ぎよ!」

立ち上がろうとして、ばんと地面に手をついてしまい(勿論怒っての事では無い)、地面が激しく陥没する。

モニカ自身が一番驚いて。

更には周囲の子供が泣き始めた。

教会の近くである。

モニカは大慌てだが。

力の制御が上手に出来ない様子で、困り果てながら、ゆっくり、ゆっくり動こうとして、四苦八苦である。

パメラさんが、いつの間にか。あたしたちの側にいて。

何をしていると、笑顔のまま視線で威圧していた。

この人には逆らえない。

「すみません。 ちょっと作った道具の性能が良すぎて」

「だめよお、子供達が怖がっているでしょう?」

「ごめんなさい」

二人で平謝りする。

その後、モニカがもの凄く怒っているのは承知の上で、実験場に出向き。其処でしばらく訓練する。

モニカも死線を散々くぐってきた猛者だ。

三刻も訓練する頃には、あふれかえり過ぎる力をどうにか制御する事に成功。

だが、複雑な表情でグナーデリングを見ていた。

「今までの貰った装備品を全て身につけた状態だと、正直な所、人と呼ぶには無理がありすぎるわよ」

「あたし思うんだけれど」

「何?」

「錬金術って、何なんだろうね」

プラフタには、教会の側の地面の後始末を頼んでいるので。彼女は此処にいない。

ついでなので、この間の夢。

光のエレメンタルを滅した後、見た夢についても話しておく。

モニカは考え込む。

こんな時、あたしが嘘だの冗談だのを言うわけが無いと、知っているからだ。

悪ガキ三人組だった頃からのつきあいである。

その辺は理解してくれている。

血がつながっていようが。

必ずしも、理解者になる訳では無い。

そんな事はあたしが一番分かっている。

むしろ側にいて、一番よく見ていた人間が理解者になる。

モニカはそれだ。

しばしモニカは考え込んだ後。

眼鏡を慎重に直した。

「教会に仕える私がいうのも何だけれど、錬金術は奇蹟の力よ。 教会の思想とは相容れないかも知れないとずっと思っていたのだけれど。 ひょっとしたら、むしろ同じものなのかも知れない」

「というと?」

「錬金術と魔術は親和性が強すぎる。 神聖魔術も立派な魔術の一つで、錬金術で増幅することは可能でしょう?」

頷く。

その通りだ。

モニカは何度か言葉を選ぶように考え直しながら。

丁寧に、言葉を続ける。

敬虔な神の信者である彼女だ。

言葉一つも、丁寧に選んでいきたいのだろう。何しろ、世界のあり方についての話なのだ。

それについて、あたしと殺し合い寸前の喧嘩を何度もやったのだから。

「神としての力が、そのまま錬金術だとしたら……」

「可能性は低くないね。 実際問題、ドラゴンも邪神も、何らかの形で錬金術師が力を貸さないと、倒せる相手じゃ無い」

「そう。 でも、それならばどうして、錬金術は誰もが使える技術じゃ無いのかしらね」

「それが分からない。 光のエレメンタルが見せたあの夢を見る限り、明らかに創造神とやらは意図的に不平等を作り出しているからね。 あの夢は間違いなく記憶を整理するために見る夢では無くて、見せられたものだった。 それに……」

このままだと。

お前は世界に対する災厄になる。

最強最悪の存在になる。

そう光のエレメンタルは言った。

それは詰まるところ、あたしが邪神や、それ以上の力を持ち。

世界に影響力を持つ、究極のもの。

すなわち神と変わらぬ存在になる事を示唆しているのではあるまいか。

それについては構わない。この世界の理不尽さにはいい加減ハラワタが煮えくりかえっているし。

仕組みを根底からぶっ壊すのは吝かでは無い。

だが全てを壊し尽くしてしまったら。

キルヘン=ベルも無くなる。

モニカもオスカーも死ぬ。

それは嫌だ。

邪神どもを皆殺しにし。

創造神の場所にあたしが入れ替わって座ったとしても。

「何故この世界はこうなのか」を知らない限りは、同じ事を繰り返す可能性が決してゼロでは無い。

それでは意味がない。

あたしも、憎み抜いているものに、そのまま成り代わりたいと思うほど、頭が花畑ではないのだ。

「ねえモニカ。 そのグナーデリングは一品モノにしておくよ。 ここぞと言うときだけに使って」

「量産はしないのね」

「うん。 キルヘン=ベルの守護神はモニカだから。 それに、いざという時に、あたしを殺せる可能性がある人間が必要になる」

口をつぐんだモニカ。

あたしは。

血統上の父親。あのクズと同じ存在にだけはなりたくない。

「今の段階だと、別にあたしは世界最強でもなんでもない。 でも、もしも光のエレメンタルが言う事が本当だと、10年もしない内にあたしは多分手が付けられない存在になるかも知れない。 その時には、モニカ、よろしくね」

「あり得ない、と言っておくわ」

「あたしもね、錬金術を本格的に習う前にはあり得ないと思っていたものを、幾らでも見てきたからね」

「……」

オスカーにも、同じ話をしておこうと思う。

後、オスカーには、アンブロシアの花冠の究極版を渡しておくか。

もしあたしが、世界をそのまま滅ぼす破壊神になった場合は。

二人であたしを殺して欲しい。

如何に理性をなくし。

破壊の権化になったとしても。

あたしは二人だけは手に掛けないだろう。

それについては、自信がある。

つまり、その時にあたしを殺して世界を止められるのは、モニカとオスカーだけになるわけだ。

じっと黙っていたモニカだが。

やがて、頷いた。

彼女も分かっているのだろう。

今、あたしがどれだけ危険な力に手を掛けようとしていて。

その結果、何かを踏み外し掛けている、という事は。

あたしにとっては、この世界はどうしても気に入らないものだ。

深淵の者の誘いには乗る。

賢者の石を造り。

彼らと協力すれば、恐らく創造神へのアクセスは可能になる。

その時の、創造神の返答次第では、あたしは多分ブチ切れる。

そうなったら、あたしは恐らく、世界の災厄そのものと化すだろう。

ふと、思い出す。

プラフタの話を。

ルアードと決別した時の事を。

何だか今、モニカとした話は。何処かで其処と似通っているなと、苦笑してしまう。

だがあたしは、その話を聞いた以上、同じ失敗はしない。

人間という種族は、どれだけ失敗しても反省などしないが。

個としては反省することが出来る者もいる。

あたしは反省出来る存在でありたい。

ただ、それだけだ。

 

オスカーも呼んで、同様の話をした後。アンブロシアの花冠の究極版を渡す。悩んだ後、オスカーは言う。

「ソフィーは、この世界と言うよりも、この世界の仕組みそのものを憎んでいるだろ」

「そうだよ」

「ならきっと大丈夫だ。 もしも駄目だった場合は……おいらが望むようにしてやるよ」

「頼むよ」

話が早くて助かる。

少し疲れているので、そのままアトリエに戻る。

プラフタはアトリエに戻ってきていたが、石畳を直した後、軽くパメラさんと話してきたという。

その結果。

とんでも無い事を話されたそうだ。

「深淵の者だそうですよ、彼女。 それも幹部だそうです」

「やはりね」

「……そうですね」

深淵の者は、基本的に現在利害関係での対立が無い。

むしろプラフタには友好的なくらいだ。

幹部として重要な位置にいるパメラさんが、抑えに回っているのであれば。

血の気が多い下っ端が、仕掛けてくる事も無いだろう。

逆に、どうして「今」プラフタにわざわざそんな話をしたのかが気になるが。

まあそれは恐らく。

決着の時が近いから、なのだろう。

ルアードは深淵の者では、かなり慕われているようだ。

プラフタの話を聞くだけで陰鬱になる過去を持つルアードだが。しかしその実績も。今まで世界のためにしてきた事も、本物と言って良い。

部下達が絶対忠誠を誓うのも当然で。

都市国家が乱立していたこの世界に二大国という秩序をぶち上げ。

腐敗の原因を逐一取り除き。

二大国でもどうにもならないドラゴンや邪神を仕留めてきたという実績がある。

深淵の者の組織規模がどれほどかは分からないが。

多分二大国の中枢にも多数の幹部が入り込んでいる筈で。

それこそ、国家元首を消す事も難しくは無いだろう。

不意にアトリエのドアがノックされる。

気配からして、ジュリオさんか。

入って貰うと。

ジュリオさんは厳しい表情をしていた。

「二つ、良くない情報がある」

「お願いします」

「一つはアダレットの事だ。 アダレットの都市の一つ、人口一万を超える大都市の領主とその取り巻きがまとめて失脚した。 表向きは失脚となっているが、騎士団からの連絡によると、間違いなく深淵の者に消されたようだ。 この領主と取り巻きは、揃って無能で強欲で、最近は税を絞り上げて民を苦しめ、匪賊と癒着までしていたらしい」

まあそれならば、死んでも当然か。

ただ、殺されたという取り巻き。

レオンマイヤー家というのを聞いて、ああそうかとあたしはちょっと遠い目をした。

レオンさんの実家だ。

どうしようもない連中だという話だったが。

とうとう消されたのか。

因果応報は、本来モニカが言う神のやるべき事だと思うのだが。

そんな事に神は興味が無かったらしい。

また、本来は法が裁くべきだったのだろうが。

それさえ出来なかった。

それで、深淵の者が動いた。

彼らは己の手を血で染めることを厭わない。

だが、その結果。

圧政から救われた貧民もいるのだ。

世界の不始末による流血。だが、あたしが匪賊を殺すのになんら罪悪感を感じないように。

この世界は狂っている。

誰かがその狂気と向き合わなければならないだろう。

「この件で、僕は深淵の者との接触を急ぐようにと早馬を受けた。 もしも幹部級の人物に心当たりがあるのなら、紹介して貰えないだろうか」

「……もう少し待っていただけますか?」

「何か宛てが?」

「ええ」

それを聞いて、ジュリオさんは少し考え込んだが。

まあ気持ちは良く分かる。

頷くと、次の話題に移る。

「ドラゴンが姿を見せた。 それも二体同時だ」

「!」

「片方は月を思わせる青い姿。 もう片方は太陽を思わせる赤い姿。 いずれもキルヘン=ベル西の山に姿を見せ、じっと此方を見ているらしい。 進撃をいつ開始してもおかしくないそうだ」

「恐らく下位のドラゴンではありませんね。 中位以上のドラゴンでしょう」

プラフタの言葉が正しいとなると。

ヴェルベティス製の防具と。

それにアンブロシアの花冠の実戦投入のタイミングとしては最適だ。

それに、モニカとオスカーには最強の一点ものを渡してある。

二人だけで、一匹は相手にして貰えるだろう。

倒せるかは分からないが。

少なくとも、簡単にはやられないはずだ。

その間に、他のメンバーで、もう一匹を倒してしまえば良い。

「邪神は言葉が通じたが、ドラゴンは言葉が通じないのだろうか」

「不思議な話ですが、ドラゴンには知能が存在しません。 魔術を使うものはいますし、獣程度の行動はとりますが、上位のものでも人語を解したり、頭脳戦を使いこなす事はないのです」

「……」

それも考えて見れば不可解な話だ。

荒野に多数住まう猛獣の王。

そんな存在が、どうして獣以上の存在では無いのか。

これも或いは。

「意図的に」設計されている事なのか。

この世界を設計した奴は、一体何を考えている。

いずれにしても、対応はしなければならないだろう。

ドラゴンが人間に対して、攻撃を躊躇う事など無いのだから。

すぐにカフェに出向く。

戦いというものは。

刃を交える前に、既に始まっているものなのだ。

 

3、滅びの二尾

 

山の麓に来た。

旅人の靴を使ったからあっという間だ。

この山は、周辺地図で×印を着けられている地域。つまり危険すぎるので立ち入り禁止にされている場所だ。

理由は一つ。

得体が知れない建物があるのだ。

まるで、上から落ちて潰れたような建物。

周囲には文字通りぺんぺん草も生えておらず。

獣さえ近寄らない。

匪賊の類が、金目のものを探して中に入ることが多いらしいが。一人も生きて戻ってくる事がない。

少し前から、時間が出来たら調べに行こうと思っていたのだが。

丁度良い機会だ。

ドラゴンどもを処理したら。

あの建物も調べておくとしよう。

だがドラゴンどもの様子がおかしい。

確かに青いのと赤いのがいるが。

手をかざしているプラフタが、妙だと言うのである。

「見た事がない種類のドラゴンです。 シルヴァリアでもゴルドネアでもない。 亜種とも違うようです」

「まさか上位のドラゴン?」

「いえ、それにしては感じる力が小さい。 上位のドラゴンになると、中位の邪神に匹敵する力を持つ個体がいますが、どちらも精々中位のドラゴン程度の力しか感じませんし、それも大した力では……」

つまり下位の邪神以下、という事か。

更に言うとおかしな点は他にもある。

二頭のドラゴンは、じっと何かを見つめ続けている。

その視線はキルヘン=ベルの方向に向いているが。

微妙にずれているようにも思える。

東の街か。

いや、コンパスと地図で調べて見るが違う。

ナーセリーか。

それも違う。

だとしたら、一体何だ。

「相手の体勢が整う前に奇襲を仕掛けたいけれどなあ」

「いや待て」

フリッツさんに止められる。

ドラゴンの戦闘力は、以前のドラゴネア戦で充分に見ている。

この人でも慎重になるのだ。

光のエレメンタルを下し。装備も著しく強化しているとは言え。ドラゴン二匹を同時に相手にするのは避けたい。

出来れば分断して各個撃破したい。

そうフリッツさんは言う。

妥当な判断だ。

だが、二匹はずっとくっついたまま。じっと同じ方向を見ている。

あれでは奇襲も何も無い。

攻撃を仕掛ければ、同時に襲いかかってくるだろう。

姿がとてもよく似ているが。

あれは双子か何かなのだろうか。

顔の形などがドラゴネアとかなり違うが。

その割りには、プラフタはそれほどの力は感じないと言うし、上級のドラゴンではないと言う。

では一体、あれは何だ。

いずれにしても、仕掛ける隙はなく。しばらく膠着状態が続く。

状況は。

妙な形で動いた。

人影が数名、現れたのである。

率いているのは明らかに他とは違う赤い魔族。背丈も老衰死する寸前の、巨人族には及ばないにしても魔族としては最大級のものだ。

他にはヒト族が数名。獣人族も同じ程度。

敵意はない様子だが。

錬金術の装備で身を固めていること。

更に尋常ならざる手練れが集まっていることなどからも。

此奴らがただ者では無い事は明らかだ。

「ほう。 もう出向いていたか。 或いはアダレットからの書状を運ぶ使者が目撃して、キルヘン=ベルに急を伝えたか」

「何者か」

「我が名はイフリータ。 深淵の者の幹部といえば分かるかな」

「!」

イフリータは少なくとも此方のことを知っている様子だ。

まあそれも不思議では無いか。

ルアードがあたしの顔を知っているのだ。

魔術で顔を再現したりとか。

映像を映し出すくらい、朝飯前だろう。

「あれは太陽の竜と月の竜。 他のドラゴンとは少し違う存在だ。 他のドラゴンは基本的に世界に同数が常に存在する災厄の権化だが、あれらは少々特殊な個体でな。 我等も500年前から動向を監視している。 人間を襲う可能性は無いので、もしも仕掛けるようなら止めるべくここに来た」

「ドラゴンを守るというのか」

「先も言ったが、ドラゴンは常に世界に同数が存在する。 あれらを殺せば即時に補充されるが、それが同じ月の竜と太陽の竜、つまり人を襲わない個体である保証は無い。 何度も実験しているが、同数が存在するだけであって、必ずしも同じ個体が即時復活する訳では無いのだ。 それならば無害なドラゴンを殺す理由は無かろう」

「ふむ、道理だな。 だがその言葉を信用しろと?」

イフリータが顎をしゃくると。

顔を隠しているヒト族の戦士が、ドラゴンの方に近づいていく。

月の竜と太陽の竜とやらは、その戦士には気付いたが。威嚇もせず、放置している。鬱陶しそうに唸り声を上げたが。しかしすぐ側まで寄っても、攻撃する様子は無い。

なるほど、これ以上も無い証拠か。

あたしも同じようにしてみる。

ヴェルベティスによる防御の自信があるからだが。

やはりドラゴンは、間近に近寄っても、攻撃はしてこなかった。五月蠅そうに唸りはしたが。

観察してみるが。

生きているドラゴンは、何だか不思議だ。

全身に凄まじい魔力を纏っていて。

他の猛獣、ネームドでさえ追従を許さない風格がある。

それなのに、どうして知能を持たない。

此奴らは、装置なのか。

だとしたら、何故これほど威厳のある姿をしているのだろう。

流石に攻撃すれば反撃してくるだろう。

皆の元に戻る。

無害だと言う事は確認できたが。

この後どうするかは、しっかり見ておかなければならない。

戻ると、イフリータに対し、ジュリオさんが話をしていた。

まあそれはそうだろう。

やっと使命を果たせるときが来たのだ。

「貴方は深淵の者の幹部なのか」

「幹部だ。 最古参のな」

「! では、話を聞いていただきたい」

「ほう」

最古参幹部。

なるほど、身につけている高品質の錬金術装備。それに纏っている凄まじい魔力からしても。

この赤い魔族が、ただ者では無い事は一目瞭然だが。

プラフタに視線を送るが、首を横に振る。

面識がないか、それともそれほど親しくは無かった、と言う所だろうか。

「書状を受け取って欲しい。 アダレット王家は、貴方方と直接話をしたいと言っている」

「これは王家の公式文書か。 何故に我等と話をしたいと」

「貴方方が潜在的に危険すぎるからだ。 貴方方が世界の安定のために動いている事や、法で裁けぬ悪を裁いていることは分かっている。 ドラゴンや邪神も多数倒してくれていることも調査が出来ている。 だが貴方たちはあまりにも大きな力持ちすぎていて、いざ暴走したときの被害が計り知れない。 我々と共同して、世界の安寧のために動いて貰えないだろうか。 アダレット王家から、ラスティンにも同じ提案を出来るように仲介もしよう」

「ほう。 殊勝な心がけだ。 だが、残念ながら対等な関係での交渉は恐らく出来ないだろう」

イフリータは別に驕っている様子も無い。

ただ、淡々と事実を返しているだけだ。

それを見て、プラフタはむしろ驚いているようだった。

耳打ちしてみる。

「知り合い?」

「少しだけ知っていますが、以前はそれこそ話さずとも分かるほどに火のような気性の激しい魔族でした。 それがこうも理性的になっている事に驚いています」

「そうか……」

だが、あたしには。

このイフリータという豪傑と呼んで良いだろう魔族が、とても穏やかで理性的だとは思えない。

噴火寸前の火山というか。

あたしの同類の臭いがする。

ジュリオさんは頭を下げてまで、王家の印が押された蜜蝋で封をされた書状を差し出すのだが。

イフリータは対応が少し冷ややかだ。

「分かった。 アダレットの正式な騎士であり、騎士団長にも目を掛けられている程の騎士に其処まで謙られては、此方としても受け取らざるを得ない。 ただし、確実に返事があるかは分からない、とだけ断っておく」

「有り難い。 我等としても、貴方方と事を構えたいとは思っていない」

「それは此方も同じ事だ。 そもそも我等の敵は、この世界の理不尽であって、アダレット王家でもラスティンでもない」

イフリータが手を上げると、深淵の者達は撤退に移る。

監視は何かしらの方法で続けるのだろう。

だが、この場にいる必要はない、という事だ。

彼らが殆ど一瞬で、疾風のように引き上げてしまうのを見届けると。

ジュリオさんは嘆息した。

「これで、ようやく役割を果たせたか」

「まだ返事を受け取っていないですよ」

「いや、アダレット王家が敵意を無い事を示す。 それが僕の役割なんだよ。 相手がどう出るかまでは見届けるが、それに対してどう判断するかは、アダレット首脳部の仕事なんだ」

「役割分担は出来ている、という事か」

フリッツさんが、会話終了のハンドサインを出す。

ドラゴン二体から見て、死角になる位置に移動。

深淵の者達の言葉を疑うつもりは無いが。

あのドラゴンたちの監視は、続けなければならないのだ。

しばし移動して。

山陰に移る。

この位置なら、ドラゴンがブレスをぶっ放しても直撃は避けられるし。

更にキルヘン=ベルも常時確認できる。

ただし周囲に獣が多いので。

排除しなければならなかったが。

この辺りはネームドの調査も進んでおらず。

かなり強いのも混じっていた。

今の戦力なら敵ではないけれど。

それでも油断だけはしない。

処理の間に、ドラゴンが仕掛けてくる可能性もある。

数体の獣を仕留めて。

処理を開始。

コルちゃんがモニカと処理をする間に。ジュリオさんとフリッツさんは、話を進めて行く。

あたしとプラフタは側で話を聞き。

レオンさんとハロルさんは、警戒を続けてくれた。

オスカーは、周囲の植物を調べている。

この辺りにも、一応植物は少しだけある。何か有益なものがあるかも知れないからである。妙な建物の周囲には何も生えていないが、少し離れれば多少の草もある。

「深淵の者とアダレットは本当に交渉を持つつもりなのか」

「はい。 それが一番正しい路だとは僕も思います」

「いや。 あのイフリータという魔族と同様、私も厳しいと思う」

「同感」

あたしも同意だ。

ジュリオさんには悪いが、もしもあたしが深淵の者の立場であったら。

恐らく、首を縦には振らないだろう。

「彼らは影だ。 世界に恐れを撒き、それによって世界の悪を駆逐してきた。 だがそれが故に彼らは日の当たる所に出てはいけない。 彼らは自分達の手が血に染まっていることも知っているし、それによってこの世界を裏側から縛っている。 もしも表に出てしまったら、ただの暴力集団になってしまう。 それも、二大国でさえなしえない、邪神を倒せる程の、だ」

「それが故に交渉は不可能だと」

「いや、恐らくだけれども、国家との対等な交渉は無理、という事じゃ無いですか、フリッツさん」

「その通りだ」

あたしがフォローするとフリッツさんは頷く。

ジュリオさんは騎士だ。政治に通じる必要はない。

だが田舎で暮らしていると、嫌でも政治については通じなければいけなくなる。あたしの場合は、キルヘン=ベルの中核という事もある。何となく錬金術をやっていればいい、という立場でも無い。

幸いなことに、今いる場所では、政治と政治闘争は明確に区切られていて。あたしは其処を心配しなくても良い。

「簡単に言うと、彼らは義賊などといった曖昧な集団では無く、どちらかと言えば管理者に属する集団だ。 それも国家に対する第三者的な視点からの、だ。 本来は人間がそんな事をするのは傲慢の極みだが、彼らの場合はアンチエイジングも駆使して、500年以上も生きながら、最善策を選び続けているらしい。 それであるならば、限られた命の人間が作った国家の主導者とでは、文字通り立場が違ってくるだろう」

「それは分かっています。 実際彼らの活動で乱世がまとまり二大国が出来、ドラゴンや邪神の被害も以前とは比べものにならないほど減り、邪法外法に手を染める魔術師や錬金術師、汚職管理や腐敗坊主、それに悪徳商人も世界から排除されている。 しかし彼らも、如何にアンチエイジングを駆使しているとは言え人間です。 ならば、彼らが腐敗してしまったときの災禍は、想像を絶する!」

「恐らく腐敗が起きるとしたら、それは二大国と公式に癒着したとき、ではないのかなあとあたしは思いますが」

「君までそのような事を」

咳払いする。

あたしも、深淵の者と敵対するつもりは無いが。

肩を持つつもりもない。

実際問題、連中の首領は、一度やってはいけない事をしているのだ。

この世界に更なる荒廃をもたらすことは。

絶対に許されない。

こういった過酷な世界で、一番許されない事。

それは、「生きるために何をしても良い」という理屈で。あらゆる悪逆を肯定することだとあたしは考えている。

身に掛かる火の粉は払わなければならないだろう。

だが、「荒野で」「生きるために何をしても良い」から、「常習性のある薬物を販売して弱者を事実上殺戮しながら金銭を巻き上げる」といった行動や、「小集落を襲撃して人間の肉を喰らう」などを正当化するような事は絶対に許されない。

あたしが匪賊を消毒するのはそれが故。

勿論この原点には、あのクズへの恨みが関わっているが。

それでも今は。

この許されない事に対する怒りが、あたしを悪鬼に変えている。

故に、だ。

深淵の者の首領ルアードには、相応の償いはして貰うつもりだ。

だが、深淵の者そのものは有用だ。

この世界は実際問題。

これだけの脅威に満ちながら。

深淵の者が暗躍を開始するまでは。

二大国さえ存在せず。

匪賊さえ討伐できず。

邪悪が自由に跋扈する地獄そのものだったのだから。

それで文明が、文化が、技術が少しでも進歩したか。

それも違う。

あらゆる情報が、500年前より前と今で、何一つ文明など進歩していない事を証明している。

そんな程度の生物なのだ。

人間は。

「ジュリオさん。 もしも人間という「生物」、魔族、ヒト族、獣人族、ホムが、もうちょっとましな生き物だったら、この荒野を少しは良く出来ていた、と思いますよ。 錬金術師という存在がいなくてもね。 しかし現実はどうです。 時々現れる超級の錬金術師がバランスが壊れたものを作る以外、何一つ人間は進歩していない。 教会にしても、実態が変わったのはこの500年です。 それまでは、彼らは世界の富の大半を収奪し、孤児を売りさばき、酒池肉林の退廃の宴に浸り、政治に介入する、世界にとっての邪魔者でしか無かった」

「それは分かっている。 だが僕は、その上で敢えて言う。 例え人の枠組みを超えた存在が運営しているとは言え、それはあくまで形あるものだ。 いずれ何かしらの形で査察を入れなければ、それもおかしくなるだろう。 どれだけ高い志を持っていても、有能であっても、暴君になってしまう君主は存在するんだ」

「……平行線だな」

「一つ、提案を」

あたしが挙手する。

話を切り替えるべきだ。

あたしとフリッツさんは、思想が似ているようで似ていない。

ジュリオさんとは真逆。

これで話がまとまるわけがない。

そしてあたしも、自分の思想が世界の真理などとは思っていない。

あくまで客観的事実をあたしなりに分析しているだけだし。ジュリオさんの言う事にも一理あると考えている。

それならば。

「今、賢者の石を作成しています。 正確にはその下準備ですが」

「賢者の石とは?」

「錬金術の究極に位置する存在です。 あたしはこれを用いて、この世界を意図的に無茶苦茶にしている創造神にアクセスするつもりです」

「!」

そして、それは。

恐らくあたしだけでは無理だ。

深淵の者が今抑えている、始原の錬金釜。

プラフタがいうそれを用いる必要もある。

何も戦って奪うこともあるまい。

賢者の石を作成すれば。

これをエサにして、彼らをつり出せる。正確には、平等な利害関係を構築することが出来る。

そう説明すると。

ジュリオさんは、ふむと考え込む。

この人は清廉な騎士だが。

世の中が清廉なだけでは回らないことだって分かっている筈だ。

人だって散々斬っている。

世界に害なす匪賊は、常に駆除しなければならない。

騎士ならなおさらだ。

「賢者の石を、彼らが一方的に奪う可能性については」

「今のあたし達が、其処までヤワだと思いますか?」

「いや、そうは思わない。 先ほど彼らの精鋭と思われる部隊と相対したが、届かぬ程までとは感じなかった」

「それならば大丈夫ですよ。 交渉を行うにはある程度の力がいりますが、その力が我々には備わっています」

フリッツさんは頷く。

そしてパメラさんが深淵の者幹部である事が確定した今。

アクセスは何時でも可能だ。

むしろ、彼らがあたしを泳がせ続け、コンタクトもロクに取らず、監視に留まっていたのは。

この時を待っていたため、なのではあるまいか。

不意にプラフタが咳払いをする。

「交渉に関しては私が行いましょう」

「昔の同志だから?」

「それもあります。 しかし恐らくですが、ルアードが唯一捕らわれているものがあるとしたら、私との決別であると思いますので」

「決着を付けたいと」

プラフタは頷く。

まあ、それならば大丈夫だろう。

プラフタはどちらかと言えば政治家に向いていない。

むしろ研究者一筋というタイプで。

政治なんかに関われば不幸を巻き起こすタイプだ。

だが、それが故に。

誠実な交渉が出来る。

幸い、今此処には、海千山千のフリッツさんもいるし。あたしも現役の錬金術師として出られる。

ジュリオさんも。

異存はない様子だった。

ただ、ジュリオさんは言う。

「いずれにしても、何かしらの成果は上げたい。 歴代アダレット王家の人間の中には、深淵の者に恐怖するあまり、暴政に走ろうとして処分された者もいるんだ。 もしも過剰な恐怖が無ければ、そのような事は起きなかっただろう。 平等でなくとも、裏でつながるだけでもいい。 彼らとのアクセスは、直接持ちたいのがアダレットの意向だし、ラスティンもそれは同じだろう」

「気持ちは分からぬでも無い」

「おい、ちょっと!」

オスカーが慌てた声で割り込んでくる。

見ると、ドラゴン二匹が、天に向けて吠えている。

狼が遠吠えしているようだなと思ったが、殆ど本能的にあたしは戦闘態勢をとっていた。

仕掛けてくるようならブッ殺す。

だが、ドラゴンどもは、舞い上がると。

ゆっくりと、西の方へと消えていく。

キルヘン=ベルから離れていくのだ。

やがて、その姿は見えなくなった。

嘆息すると、額の汗を拭う。

勝てるという自信はあったが。

流石にドラゴン二体同時。

そこまで簡単な戦いにはならなかっただろう。

「行ったか」

「丁度良い。 其処の遺跡を探索して戻りましょう」

「……分かった」

何か、上から落ちてきたような遺跡。

錬金術の産物である事はほぼ間違いないとみて良いだろう。

この謎の遺跡の周辺は、立ち入り禁止区域になっていたが。それも今日で終わりだ。そして、もう一つ。

戻り次第、ドラゴンの視線が向いていた方を調べる。

何があるかを確認し。

そして場合によっては処理する。

あのイフリータという魔族の言葉が正しいのなら。

アレは珍しく、人間に害を為さないドラゴンだ。

そしてドラゴンを殺せば、また別のドラゴンが即時に沸く。同じ個体とは限らない、という話は聞いた事もあるし。

害を為さないドラゴンがいるのなら。

殺すのは悪手だろう。

正直色々納得いかないが。

世界に対する害は、少しでも小さい方が良いのである。

遺跡に入り込む。

完全に崩れるべき所は崩れてしまっている。

それよりも、なんだこれは。

彼方此方にグラビ石がはめ込まれていたらしい痕跡がある。グラビ石そのものは無いが、空に飛んで行ってしまったのだろう。

これは、宮殿か。

内部は華美な装飾の残骸に満ちている。

回収出来そうなものは回収。

相応に珍しいもの。

プラティーン製のツボや。

強力な錬金術製のニスでコーティングされた絵画などもある。

此処にあっても、いずれ風雨にさらされて消えていくだけだ。

或いは匪賊が持っていくかも知れない。

回収していく。

油断なく周囲を確認していくが。

プラフタが、手を横に。

これ以上進むな、と言うのである。

全員が止まる。

モニカも、眉をひそめると、魔術で壁を展開。

もの凄く嫌な気配は、あたしも感じた。

生物ではないな。

プラフタは、前に出ると、本を開きながら、魔術を発動する。本人が魔術を使えなくても、元々自分が宿っていた本を媒介に魔術を展開できるのは便利だ。ましてや今のプラフタの体は、錬金術の技術の粋が詰まっている。

生半可な魔術師よりも。

遙かに凄い魔術を使いこなせるだろう。

しばしして。

プラフタは嘆息した。

「ソフィー、これを」

「どれどれ」

映像が出される。

それを見ると、どうやらこの遺跡の下に。

根絶の力を展開するために使われたらしい、外法の道具が埋まっているようだった。

これは、使い路が無い。

壊してしまうべきだろう。

頷くと、あたしは座標を特定。

砲撃をぶっ放す。

今は殆ど根絶の力を放っていないようだが。

昔此処に誰も立ち入れなかったのは。

根絶の力によるものが大きかったと、これでほぼ確定した。

威力は最小限。

地盤が緩んでいるのだ。

これ以上地盤をおかしくしても仕方が無い。

砲撃は地面を抉り。

根絶の外法に使われた何かを消し飛ばした。

それでいい。

これによって、時間は掛かるだろうが。

此処の周辺環境は再生を始めるはず。

とはいっても、荒野である事には代わりは無い。

いずれキルヘン=ベルが更に発展したら、本格的な緑化を行い。

この周辺を、整えていけば良い。

仕事は終わった。後は中に残っていた、使えそうなものだけ回収して出る。警戒はしていたが。結局内部に生物はいなかった。存在を歪められた生物の成れの果てのようなものはいたが。

それも既に干涸らびて死んでいた。

ふと、気付く。

この宮殿の構造。

もしかして。

「プラフタ、これって、何だか……」

「気がつきましたね。 これは恐らく、古代の要塞です。 突出した才能を持った錬金術師が、根絶の力を用いて空中に浮かんで移動する要塞を作り、それで悪逆の限りを尽くしたのでしょう」

「空を飛ぶ要塞だと」

「ええ。 そして見てください」

プラフタが案内してくれるので、其方へ。

巨大な穴が開けられている。

凄まじい火力で、一撃で要塞は致命傷を受けたようだった。

これは人間の手によるものではないな。

あたしはそう結論した。

「邪神によるものだね」

「ほぼ間違いなく。 調子に乗って各地で暴虐を繰り返している内に、邪神によって叩き落とされたのでしょう。 あの光のエレメンタルかもしれませんね。 今となっては、知る事さえ出来ませんが」

「待って、乗っていたのは錬金術師だけ?」

「……遺跡の中に、石灰状のものがたくさんあったかと思います」

レオンさんの不安そうな声に。

プラフタが務めて声を落とす。

あたしは正体に気付いていたから言わなかったが。

まあ世界には知らぬ方が良いことも多い。

「錬金術師は各地で略奪の限りを尽くし、奴隷や手下を多数要塞に乗せていたでしょう」

「まさか」

「そのまさかです。 撃墜されたとき彼らが無事だったはずもありません。 叩き落とされた後、根絶の力によって生命が立ち寄ることさえ出来ない環境が作られたのです。 その後巻き込まれた者達の遺体がどうなったか。 ああなったのです」

人間は。

根絶の力で。

彼処まで変わってしまう。

思わず口を押さえたレオンさん。

この間吹っ切れてからか。飄々とした部分よりも、人間らしさがずっと強く表に出てきている。

モニカは祈りの言葉を捧げ始める。

フリッツさんが黙祷と声を掛け。

そして、皆それに従った。

此処は墓所だ。

戻ったら、地図にそう記そう。

ハロルさんが、黙祷を終えた後、提案してくる。

「現実問題として、此処は悪用される可能性がある。 構造物は徹底的に破壊しておくべきではないのか」

「死者を鞭打つの?」

「そうではない。 根絶の力がもう発揮されなくなった現状、残しておけば恐らくは匪賊や何かが入り込む。 そうなれば、此処にある錬金術の道具の残骸や何かが、奴らの資金源になる」

レオンさんの抗議に、ハロルさんは冷静に応じる。

確かにその通りだ。

コルちゃんが挙手。

「安全を確保できたというのなら、もう此処は片付けと埋葬をしてしまうべきなのです」

「ふむ、そうだな」

此処からキルヘン=ベルなら、安全の確保は難しくないか。

旅人の道しるべを設置。

自警団のメンバーを何名か呼ぶ。

後は、石材などを全て崩し、キルヘン=ベルに輸送。話については、フリッツさんからホルストさんにして貰う。

石材はいずれにしても幾らでもいる。

石灰状のものには触らないように指示。

石材を崩す前に此方で集めて、葬るためだ。

それを見て、勘が良い人間は、それが何か、悟ったようだが。教える事は別にしなくても良いだろう。

三日ほど掛けて、此処に拠点を造り。

労働出来る人も呼んで、全自動荷車でピストン輸送を開始。

物資は全てキルヘン=ベルに移動させた。

ジュリオさんは先にキルヘン=ベルに戻った。深淵の者のアクセスがあるかも知れない、と考えたからだろう。

気持ちは分かるが。

ある筈も無い。

初日で地上に見えていた部分は片付け。

二日目で掘り返して残った構造物を回収し。

その過程で、複雑な形状をした、ぐしゃぐしゃになった機械を多数見た。錬金術だけでは無く、機械技術も使って、この元要塞は浮かんでいたらしい。

砲台らしいものも見えた。

これによって、多くの街や集落を、灰燼に変えたのだろうか。

今は魔力も失われ、使う事も出来ない、ただの拉げた金属片だが。

それらも掘り返した後。

パメラさんと神父を呼び。

事情を説明して、鎮魂をして貰う。

あたしはそれには興味は無いが。一応少し離れた所から様子を見守る。事情を聞いたパメラさんは、そうとだけ言ってまつげを伏せた。彼女は基本的にいつも笑顔だが。流石に葬式の時や、悲しい時にはこういう表情も見せる。

喜怒哀楽はきちんと備えているのだ。

鎮魂の儀が終わると。

石灰状の死体の残骸は、全て回収。

キルヘン=ベルの墓地に葬るという。

その中には根絶の力を使ったクズがいるのだが、とあたしは思ったが。

プラフタは首を横に振った。

「直接根絶の力を使うと、最も強く汚染されます。 もはや死体は残っていないでしょう」

「それもまた、ムシが良い話だね」

「或いは、ルアードのように、存在が根本的に変わってしまいます。 いずれにしても、他の人々と同じように亡骸は残っていないはずです」

見ている前で。

要塞の残骸は、間もなく残らず消えた。

後は、土を埋め戻すだけ。

あたしが砲撃で崖の一部を崩し。

土砂で大穴を埋め戻し。そして何人かの天候魔術を使える魔族が、雨を降らせ。その後乾燥させ。地ならしした。

もう、何も残っていない。

此処は、悲劇の歴史から解放された。

プラフタに促され、その場を後にする。

ひょっとしてあのドラゴン。

此処を監視するために時々来ていたのではないのか。

北の谷に、ドラゴンがずっと居座っていたように。

だとすると。

知能が無いドラゴンは。

一体誰が操っている。

邪神か。

それとも。創造神か。

いずれにしても、疑惑は膨らむばかりだ。創造神の顔を殴る前に。確かめておかなければならないことは、まだいくらでもある。そう考えて良さそうだった。

 

4、時の歯車

 

キルヘン=ベルに戻ると。回収した資材の仕分けが行われていた。

石材などはそのまま防護壁用に運ばれて行く。現在、キルヘン=ベルでは二箇所で新しく防護壁の新築が始まっており。石材は幾らあっても足りていない。

また、金属類はロジーさんの所に。

貴金属や美術品はコルちゃんの所に回す。

一旦其処で引き取ってから。

需要があったら再配布する形だ。

また、よく分からないものに関しては。あたしとプラフタで引き取る。これに関しては、不満を口にする者はいない。

錬金術の破壊力の凄まじさは、この街に住んでいれば誰だって知っている。

訳が分からない道具を触って。

大爆発でもされたらと。

誰もが思うのだ。

思うに、あたしのアトリエも。

絶妙な立地にある。

街中でも無い。

かといって街から離れすぎてもいない。

これは恐らく、おばあちゃんがホルストさんたちと話しあった上で。

遠すぎず近すぎず。

そんな場所を選んだのだろう。

壊れた部品や、拉げた機械を調べていく。

プラフタによると、これらはかなりの高度から落下したらしく。

殆ど直せるものは無いそうだ。

ただ。どんな機械だったかは説明がつくという。

これらは便所の残骸だと言われて、流石に絶句したが。

どうやら汚物をそのまま浄化する仕組みが動いていたらしく。

更に地上に落下してからは、浄化どころか根絶の力に晒された。

もはや汚物など欠片も残っていないし、汚くも無いから心配するな。そう言われる。

何だかずれているなあと思うが。

まあ昔からそうだし、今更驚かない。

これらは厨房の残骸だと言われたものを見る。

炉に近い仕組みを使っていたようで。

金属板の上に置くだけで、ものを熱する仕組みになっていた様子だ。熱量も、マナから自動で得ていて。薪などは必要なかったらしい。

「私も、遺跡などで見た事があります。 昔にも、相応の腕の錬金術師はいた、ということです。 問題は技術が継承されなかった、という事ですね」

「技術の継承か……」

ただそれは。

錬金術だけの問題では無い。

この世界を安定させないと。

もっともっとだ。

邪神やドラゴンに蹂躙される度に、技術が消失していく。

それでは駄目なのだ。

「プラフタ」

「はい」

「賢者の石を作るよ」

「準備も整いましたし、良いでしょう。 私も可能な限り手伝います」

さあ。

戦いの時間だ。

これより世界の理に喧嘩を売る。

そしてそれが終わった後、決まる。

あたしが破壊神になるか。

世界を良い方向で変えるか。

どうにも、あたしは破壊神になりそうな気がするが。それもまた仕方が無いような気もする。

だが、いずれにしても。

何かしらの正当な理由があるのなら、それを聞かなければなるまい。

匪賊ではあるまいし、この世界をまがりなりにも維持しているのだ。不愉快な話ではあるが。

匪賊のように、その場で問答無用の消毒をして相手というわけでもあるまい。

嫌いだが。

ならば、話をしっかり確認し。

その上で決める。

賢者の石の作成を開始する。

目標期限は一月。

恐らく、今までのどんな強敵との戦いよりも。

激しい戦いになる筈だ。

そして全てが終わったとき。

恐らくあたしは。

人と呼べる存在なのか、怪しくなっているだろう。

それもまた運命。

あたしは材料を揃えると。

伝説の錬金術調合を、開始していた。

 

(続)