光の暴力

 

序、焼き尽くす烈光

 

閃光が迸った。

あたしもすぐにそれを確認した。何しろ、ナーセリーの方から、柱のように光が立ち上っていたからである。

なるほど。

どうやらまた邪神のお出ましらしい。

しかもこの様子だと、虚を突くことが可能なはずだ。

すぐに仕掛けるべし。

邪神も蘇った直後は力が弱まっていることは分かりきっている。以前の場合では、蘇って数日は経過していた筈なのに、相当に弱体化していた。

ならば即時に仕掛けるべきだろう。

偵察に出ていたフリッツさんが戻ってくると、すぐにカフェに顔役が集まり、会議を行う。

当然、総力戦だ。

前の邪神との戦いで、かなり厳しい戦況にはなったものの、勝つことができた。

それが皆を好戦的にしている。

しかしながら、プラフタは、冷や水をその空気にぶっかけた。

「今回の相手は、前のとは桁が違います」

「プラフタ、何か知っているのであれば話を聞かせてください」

「恐らく反応から言って下位の邪神ではあるでしょう。 しかしあの強烈な光は、恐らく光のエレメンタルかと思われます」

「光のエレメンタルか。 詳しく頼む」

ヴァルガードさんの言葉に頷くと。

プラフタは説明を始める。

エレメンタルは基本的に複数が存在する下位の邪神で、その実力も「人間がどうにか出来る範囲内」に収まってくる相手だという。

勿論この「人間がどうにか出来る」のハードルが非常に高い事は想像に難くないが。

問題なのは、同じ「下位」でもピンキリの実力差があり。

光と闇のエレメンタルに関しては、他とは次元違いの実力があるそうだ。

「あの不完全状態の風のエレメンタルでさえ、あれだけの戦闘力を持っていたことを思いだしてください。 簡単に勝てる相手ではありません」

「交戦経験はあるのですか?」

「はい」

プラフタによると。

全盛期、倒した邪神は七柱。その内四柱は地水火風に対応したエレメンタルだったそうだが。

残り三柱の内一柱が。

光のエレメンタルだったそうである。

この光のエレメンタル、中位の邪神に匹敵する実力を持ち。

非常に厳しい戦いになったそうだ。

なお、中位の邪神は固有の名前を持つのが普通で。

戦闘力は基本的に、大きな街が優れた錬金術複数と連携した上で総力戦をしてやっと勝てるか勝てないか、という次元だそうだ。

つまり、光のエレメンタルは。

そういう次元の相手だと言う事である。

「現状の戦力では、不完全状態の光のエレメンタルが相手であっても、この街の全戦力を投入せねば勝つことは難しいでしょう。 しかも負ければこの街は焼き尽くされると判断した方が良いでしょうね」

「それほどか……」

ハイベルクさんが腕組み。

空気が一気に冷えた。

だが、此方も武装を強化して、邪神やドラゴンの襲来に備えていたのだ。

それに何より、恐らくナーセリーの跡地から出現したことから考えても。ほぼ間違いなく奴がナーセリー壊滅の主犯である。

完全に滅ぼしてしまえば。

ナーセリーを安全に復興できる。

作戦を聞く。

プラフタが戦った光のエレメンタルの情報について。

記憶を取り戻してくれていたのは良かった。

本当に有り難い。

それによると、光のエレメンタルは。

おぞましいまでの回復能力を持つというのだ。

「光のエレメンタルは、基本光を司ります。 光は何処にでも届き、何処でも失われることはありません。 遮ることは出来ますが、光そのものは恐らくこの世界における最速の存在でしょう。 故に光を司るエレメンタルは、圧倒的なまでの再構築能力を誇るのです」

「どうやって倒したの?」

「かなりの苦戦をしましたが、全火力を投射して滅ぼしました。 守りを考える余裕は無いと判断した方が良いでしょう」

あたしの言葉に。

プラフタは脳筋極まりない答えを返すが。

しかしながら、この世界に出現する邪神には物理攻撃が通用する。

それならば。

確かにプラフタの言う事は間違っていない。

前回戦った風のエレメンタルは、其処まで強力な再構築能力を備えていなかったが。それでも相当な実力者だったし。何よりタフネスが凄まじかった。

今回は厳しい戦いになる。

「前衛組の武器には既にハルモニウムによるコーティングを終えているから、攻撃は問題ないね。 問題は防具か……」

「鏡は使えないの?」

「鏡は無力です。 瞬時に溶かされます」

「試したのか……」

ヴァルガードさんがぼやく。

だが、光なら鏡で反射できるだろうと考えて、戦場に持ち込み。通用しなかったら、それはそれで衝撃を受ける。

先に試して駄目だったのなら、それは有り難い。

プラフタは恐らく。

錬金術で作った道具でガチガチに身を守り。

体が壊されきる前に、敵を滅ぼし尽くしたのだろう。

コアになるような部分を破壊さえすれば、光だろうが闇だろうが、何を司っていても邪神を滅ぼせるはずだ。

問題は先に聞いた話。

再構築能力。

コアも復元できるとなると。

破壊するためには、更に更に火力を上げていかなければならないだろう。それに、敵の火力も対策しなければならない。

相手が不完全状態の内に叩かないと勝機はなくなる。

さて、どうするべきか。

時間はあまりない。

ましてや、再構築能力が高いという事は、復活までそう時間も掛からない、という事だ。

とにかく、出来るだけの準備をする。

切り札として、前線で戦う面子には、完成品の生命の蜜を配る。

此奴なら。

上位次元からの防御不能攻撃にも、ある程度対応出来るはず。

大した量は用意できなかったが。

それでも、今回の戦いは一瞬で終わる。

これを使い切る前に倒せなければ。

こちらが殲滅されるだけだ。

ハロルさんは、先日完成したばかりのハンドキャノンに、プラティーンでコーティングし、弾芯をハルモニウムにした特別弾を五つ用意。此奴なら、生半可な防御では防げない筈。

しかも、ハロルさんは同じ重さに調整した鉛玉で、狙撃の練習を黙々とやっていた。

元々この人の狙撃は、ここぞという所で役に立ってくれる。

ならば。期待しても良いだろう。

あたしとともに戦うメンバーの武器は、全員分をハルモニウムでコーティング済み。

流石に上位次元からの防御を切り裂けるかというと微妙だが。

このハルモニウム、そもそも超稀少な成分を、更に変質して極限まで強度を上げているものである。

少なくとも敵の防御さえかわせば。

敵本体に打撃を与えることは可能だろう。

後は、幾つか準備をしていく。

あたしが取り出したのは。

試作品の誘導クラスター弾。

通称プニプニ弾である。

このプニプニ弾は、街周辺に懲りずに現れるプニプニを解体して作ったもので。

奴らの有するプニプニ玉を変質させ。

生命を与えつつ、内部にフラムを仕込み。

形状を整えつつ、魔法陣を込めたゼッテルで包んである。

浮遊の魔術と追跡の魔術が同時に発動するようになっており。

仕組みとしては、打ち上げると。

上空で数百に分裂。

それぞれが違う軌道を描きながら、敵に襲いかかり、着弾と同時に爆裂する。

火力もうに袋を数段上回る上。

子弾それぞれの火力がフラム並であるため。

敵が集団であれば一気に制圧が出来るし。

敵が単独であれば飽和攻撃が出来る。

爆弾は基本的に手投げしていたあたしだけれども。

そもそも、手投げだと事故が起きやすいという事に気付き。

多少コストは掛かっても良いので。

自動で敵に向かって行き。

そのまま爆裂する、誘導型爆弾を開発するべきだと思っていた。

これはまだ実戦には投入していないが。

それでも、プラフタにレシピは確認して貰ってあるし。使える事は試してある。

問題は高価なことで。

今回の戦いには持って行くには持っていくが。

それでも最初の一撃でドカン、とやるのが精一杯だ。

自警団メンバーには、プニプニ弾の着弾と同時に仕掛けて貰う。

前回同様、束ねた爆弾による飽和攻撃だ。

今回、敵は動く様子が見えない。

つまり、待ち伏せをすることは難しい、と見て良いだろう。

そうなってくると、敵の目的が見えないが。

或いはただ目覚めたばかりで、周囲の情報を収集しているだけなのかも知れない。まあそれはそれでどうでもいいが。

此方がやる事は一つ。

邪神は殺す。それだけだ。

準備を各自が整えるまで半日。

その間に作戦会議も済ませる。

今回も、避難訓練に沿って、非戦闘員はいざという時に逃げる準備をして貰うが。正直な話、そんな余裕があるかどうか。

ナーセリーが滅びたときも。

何が起きたのか分からなかった、という証言を得ている。

つまり、それだけとんでもない火力を有している相手、という事である。

戦力は、街にはホルストさんと、訓練がまだ途中の五名だけが残る。

戦況を見ながら、このメンバーだけで、退避の判断と誘導をする。

全自動荷車は、足弱の老人や子供の避難に活用するほか。

あるだけの旅人の靴も用いる。

東の街には、既に情報が行っている。

向こうでも、避難民の受け入れ準備および。

隣街への警告はしてくれているはずだ。

ミゲルさんは陣頭の猛将ではないものの。

こういうことは、そつなくこなしてくれる。

信頼しても構わないだろう。

戦いは、夕方から仕掛ける事にする。

相手が光のエレメンタルという事もある。

夜も星明かりがあるのだけれども。

それでも昼間に戦うよりはマシだろう。

都会だと、夜に星があまり見えない、と言うような場所もあるらしいのだが。

まあ、キルヘン=ベルではその辺りを気にしなくても大丈夫だ。

準備が終わったので、全員出る。

敵は分かり易すぎるほどの光の柱を発し続けており。

間近で監視に当たっているメンバーも、その凄まじさを逐一報告してくれてきていた。

あたしもナーセリー近くの丘に到着すると。

遠めがねで相手を覗く。

なるほど。

風のエレメンタル同様、何だかよく分からない服装をした人型だが。

まだ完全に復活していないのだろう。

やはり形が崩れている。

手も足も、彼方此方が虫食いのように欠けていて。

頭に至っては、半分がごっそり抉られているかのように存在しなかった。

ある意味非常に不気味な姿だが。

あれが完全体になられたら、被害が尋常では無くなるはずだ。

そういえば。

ナーセリーを滅ぼした後。

此奴は何処へ行ったのだろう。

そのままキルヘン=ベルに襲いかかっても良かったはず。

流石におばあちゃんも、此奴に勝てたとは思えない。

そうなると、やはり深淵の者が滅ぼしたのか。

分からないが、兎も角。

一度は滅ぼされているのだ。

だったら何度でも滅ぼしてやる。

それだけの事である。

展開完了。

ハンドサインが来る。

作戦の指揮は、フリッツさんに取って貰うとして。

あたしはまず、最初に第一撃を仕掛けるところからだ。

現在、九個にまで増やした拡張肉体。

前回の対邪神戦よりも、更に割り増しの火力を展開できる。

だが、前回の邪神より段違いに強い相手だ。

それでも足りないだろう。

せめて、上位次元からの干渉をぶち抜く事が出来れば。少しは状況はマシになるのだろうが。

敵は、此方に気付いていない。

というよりも、此方に興味も無い様子だ。

いずれにしても、これ以上待つ理由はないし。意味もない。

あたしもハンドサインを出す。

ぷにぷに弾は準備が完了した。

これは筒状になっていて。

地面に水平に置く。

そして、水平に置いた後、筒の正面に描かれている「目」が相手を確認。

その相手に対して、ぶっ放された誘導弾が、飛翔しながら飽和攻撃を仕掛ける仕組みである。

相手が多数の場合はその全てに可能な限り攻撃をする他。

筒そのものは再利用が出来る。

問題は敵味方の識別ができない事で。

何かしら動いている相手には、情け容赦なく、徹底的に殲滅を加えるため。

相手に先制攻撃を仕掛けるのには向いているが。

乱戦時に使用するのには適していない。

まあこの辺りは、強力な兵器ほど癖が強い、という事である。

フリッツさんが、ハンドサイン。

仕掛けろ、という意味だ。

あたしは頷くと、プニプニ弾を起動。

ドン、と大きな音がする。

この音が、実験中に街にも響いて。

結構苦情を貰った。

だが、多数の敵を瞬時に自動制圧する兵器だという事をホルストさんに話し。試作段階での使用状況を見せた結果、納得して貰った。

まあいずれにしても。

奇襲用の武器では無く。

真正面から相手をねじ伏せるための武器である。

いずれ対匪賊用に、街に配備する予定だったもので。

キルヘン=ベルと東の街が統合した暁には。

防御壁の要所に、数個が配備される事が決まっていた。

光のエレメンタルは動きを見せない。

打ち上げられた無数の蒼。

プニプニに似ているが。

それらは全て、内部に爆薬を搭載した自動追尾型の飛翔する殺意なのだ。

空中で百を超えるそれらが、一斉に火を噴き。

あらゆる方向から光のエレメンタルに迫る。

なおどれにも笑顔を描いているが。

それは笑顔が相手にプレッシャーを与えるからである。

元々笑顔は。

敵を殺すために作る物だったという説があり。

本当に戦闘が好きな者は。

戦闘時に笑顔を浮かべているケースが目立つ。

その辺の心理効果も考慮したデザインだ。

見る間に光のエレメンタルを包囲したプニプニ弾が、各々着弾。

爆発は互いの火力を増幅し合い。

一気に光のエレメンタルは爆風に包まれる。

さて、ダメージはどれほどか。

まあそれはいい。

即座にヴァルガードさん達が動く。

煙幕を利用して、束ねた爆弾類を、一斉に投擲。

息は完璧にあった。

爆裂する爆弾。

キノコ雲が立て続けに上がる。

ナーセリーの跡地は、これは更地になるな。あたしは、何処か他人事のように、そう思っていた。

 

1、人に仇なす光の邪神

 

爆風が晴れると同時に、第二派攻撃を開始。

魔術が得意な面々による、飽和攻撃である。

エリーゼさんが、最大火力の火炎術式を展開。

魔族の自警団員も、ヴァルガードさんを先頭に、各々の最大術式を叩き込む。

しかもこれらの術式は、あたしが配った錬金術の装備によって火力を最大強化しているのである。

普通の魔術とは段違いに火力が上がっている。

まずは灼熱が敵を舐め尽くし。

続けて降り注ぐ炎の固まりが辺りを容赦なく吹き飛ばす。

氷の槍が敵のいる場所を抉り。

稲妻が大地を蹂躙した。

すぐに全員が下がり、敵の射線上から退避。

この程度で倒せるとは。

前回、風のエレメンタルと戦った時点で、誰も思っていない。彼奴に至っては、あたしの全力砲撃を、そよ風のようにそらしたのだ。それより強いだろう奴が、こんな程度の攻撃でどうにかなる筈も無い。

続けて次だ。

煙が晴れてくると。

案の定、人型が見えてくる。

其処へ、ハロルさんが狙撃。

特大の弾丸が、人型を直撃。

発射音が凄まじく。

あたしも思わず首をすくめていた。

直撃も確認。

すぐにハロルさんには位置を移動して貰う。

爆弾の第二射、と思ったが。

光のエレメンタルが、此処で反撃に出た。

奴が穴だらけの左手を上空に向けると。

放たれた無数の光弾が、中空で曲がり。

此方に降り注いできたのである。

全員が、即座に散る。

そして、爆裂が連鎖した。

一発一発が、ある程度の誘導性能と、爆破をするのか。

しかも、右手を此方に向けてくる。

アレは恐らく、上位次元に干渉するタイプの攻撃だ。

あたしをピンポイントで狙って来るか。

やはり、奴は。

攻撃の最中に、此方をある程度見ていた、という事なのだろう。

コルちゃんがその瞬間。

相手の右手を蹴り挙げ。

更にフリッツさんが、首に剣を振るう。

コルちゃんの一撃は入ったが。

フリッツさんのは、光の壁にはじき返された。

なるほど。

爆裂が四方八方で連鎖する。これは完全に常時飽和攻撃が続くと見て良い。誰も足を止めてはいられない。

フリッツさんが、異常な動きで右手を向けてきた相手を見て、青ざめるが。

その右手を、今度はプラフタの放った魔術が弾いた。

敵は体を無茶苦茶にくねらせて、人体の構造を完全に無視しているが。

どうでもいいのだろう。

目を見開く。

モニカがとっさに全力で展開した防御壁が、瞬時にぶち抜かれる。

数人が吹っ飛ぶ中。

あたしは、光のエレメンタルの視界の外に出ていた。

だが、奴は、ジュリオさんとレオンさんが加わり、四人がかりで至近からの猛攻を浴びているにもかかわらず。此方を向いてくる。首が半回転して凄まじい有様だ。

目が光る。

拡張肉体を使って加速するが。

それでも間に合わない。

目から放たれた光線が、大地を抉りながら遙か向こうまで届き。そして爆裂。キノコ雲が上がる。

無茶苦茶だ。

本当に今、神と戦っているのだと。

再確認させられる。

どうにか余波だけを浴びるに止めたが。

それでも吹っ飛ばされ、地面に叩き付けられ。

奴の左手から常時放たれている広域制圧攻撃の余波も浴びて、また吹っ飛ばされた。

立ち上がる。

厄介な奴だ。

あたしは血の混じった唾を吐き捨てると。

拡張肉体と共に軽めの砲撃を数発横殴りに入れながら、走る。

前衛で戦っているメンバーは、生命の蜜完成版を浸したハンカチを口に含みながら戦ってくれているが。

もう長くは保つまい。

また、奴が目から光を放とうとした時。

隠れていたオスカーが仕掛け。

壁をぶち抜かれて吹っ飛ばされながらも、復帰したモニカと一緒に。敵の左手に左右から一撃を入れる。

ぐしゃぐしゃにへし折れた左手だが。

即時復活。

だが、その復活の瞬間に。

あらゆる攻撃をいなしまくっていた光のエレメンタルに、一瞬だけ隙が出来。レオンさんの槍が、モロに腹に突き刺さった。

レオンさんが槍を引き抜くと同時に、光のエレメンタルの首がぐるんと回り。レオンさんを見る。

目から光を放とうとするが。

此処からは連携を何処まで維持できるか、だ。

テスさんがいつの間にか気配無く奴の側に歩み寄り。首をへし折りつつ、また気配無く離れる。

CQCの秘技だ。

それでも再生されるが。

瞬時に、真後ろからジュリオさんが光のエレメンタルの頭を唐竹に割る。

再生しつつ、右手を振るってジュリオさんを吹っ飛ばす光のエレメンタルだが、回るようにして剣を振るったフリッツさんが、光のエレメンタルの両手をはじき飛ばす。

吹っ飛んだ手。

更に、エリーゼさんが、総力での火炎術式を展開。

魔族達がそれに呼応し。

魔術を数十倍に相互効果で増幅。

其処に文字通り炎の神が剣の如き火柱が立ち上る。

耳に高音が届く。

悲鳴か。

怒りの声か。

あたしは、聞いた。

おのれ、というつぶやきを。

多分他には聞こえていない。

つまり光のエレメンタルは、人間に声を聞かせる気が無い、ということだ。

火柱が収まると、其処に人影は無く。

上空に奴がいた。

体は全再生。

そして手に、巨大な槍を手にしている。その槍は、瞬く間に数十に分裂すると、地面に向け投擲されようとした。

だが、その時。

プラフタが仕掛ける。

真後ろから、拡張肉体の巨腕を振るって、奴の頭を叩き潰したのだ。

勿論即時再構築されるが、光の槍の術式が暴発したのか、その場で空間が歪む。プラフタを抱えて飛び退くフリッツさんの後ろで、大爆発。二人とも無事で済むとはとても思えない。

爆弾が連続して投擲されるが。

光のエレメンタルが、上位次元に干渉して盾を作り出す。

よし。

守勢に回ったな。

あたしは走る。

今までの時間、充分に活用させて貰う。

時間差をおいて投擲する爆弾。

光のエレメンタルが相手だ。

光を発しない爆弾の方が良いだろう。

此方を向いた光のエレメンタルの頭上で、時間差をつけてシュタルレヘルンが炸裂。瞬時に対応した光のエレメンタルだが。

その眼前にコルちゃんが出現。

残像を作って消える。

そして、炸裂したのは。

あたしがブレンドした猛毒。

この間水源で集めて来た毒草類をブレンドした、通称暗黒水だ。

これは毒を集めたものを、硝子瓶に入れており。敵にぶつけると、石の欠片やガラス片と共に爆発するようにした小型爆弾で。

爆弾の威力よりも、指向性を持たせた毒物が、殺傷力を充分に保った欠片と一緒に敵に突き刺さる。

光のエレメンタルの全身に猛毒がブッ掛かる。

人間だったら、そのまま骨が露出するほどの猛毒だが。

奴は流石に、瞬時に再生し、それでも怒りの目を逃げるコルちゃんに向ける。

その瞬間、光のエレメンタルの背中に突き刺さるレオンさんの槍。

レオンさんはそのまま槍を引き抜くと、宙返りをして離れ。

それと入れ替えに、ジュリオさんの裂帛の一撃が、光のエレメンタルを襲う。

更に上空には、跳躍したオスカー。

既に傷だらけだが。

回転しながら、脳天をたたき割りに掛かる。

ジュリオさんの一撃を防ぎつつ、オスカーを広域制圧攻撃で吹き飛ばす光のエレメンタル。

だが、その腹に大穴が。

ハロルさんの、二度目の狙撃だ。

完全に頭に血が上ったらしい光のエレメンタルが、無数の魔術が立て続けに着弾しているにもかかわらず、光の槍をまた放つ態勢に入る。

ダメージは毎度回復されているが。

しかしあたしはしっかり見ている。

ハルモニウムでつけられた傷は治りが遅い。

ならば。

光のエレメンタルが気付くと。

其処にはモニカがいた。

そして、剣を突き刺しつつ、飛び退く。いや違う。モニカを魔術で、ヴァルガードさんが吹き飛ばしたのだ。

空中での高速機動など出来ないモニカだ。

そうやって逃れるしか無かった。

突き刺さった剣を、引き抜こうとする光のエレメンタル。

気付いただろうか。

あたしが、死角である足の下に潜り込んでいることに。

そして、既に詠唱が完了し。

十倍の砲撃を、ゼロ距離からたたき込める状態だと言う事に。

絶叫する光のエレメンタル。

勿論立て直す暇など与えない。

同時に、光のエレメンタルに、オスカーが投げたスコップと。フリッツさんが放った斬撃。レオンさんの投げた槍。ハロルさんの狙撃。コルちゃんが投げつけた暗黒水。ジュリオさんの斬撃が、炸裂する。

全部同時に、である。

流石に刺さったままでは再生出来ないだろう。

そして、あたしは。

体勢を完全に崩して、上位次元の防壁を展開する余裕が無い光のエレメンタルに対して。

総力での砲撃を、躊躇無くぶっ放していた。

絶叫が、光の中に消えていく。

だが、それでも奴は再生を続けている。

再生に総力を回した、という事か。

まずい。

砲撃でも消しきれない。

だが。

それを見越していた者がいた。

砲撃が終わった瞬間。

プラフタが、奴のコアを、拡張肉体の豪腕で左右から叩き潰す。

そして再生する暇を与えずに。

全力で空中に打ち上げた。

「残りの爆弾を全て叩き込みなさい!」

もちろんだ。

光のエレメンタルが、悲鳴を上げているのが分かる。

やめろ。

おのれ人間共。

許さぬぞ。

そう喚いているのが分かる。

何を勝手な。

許さないのは此方の方だ。

まだ動ける自警団のメンバー達が、持ち込んだ爆弾を全部一斉に叩き付ける。爆裂。まだ少し足りない。

魔術師達と魔族達が、残った魔力を振り絞り、ありったけの魔術を叩き込む。

これでもか。

あたしはその時。

無理矢理栄養剤を飲み干し。

最後の砲撃の準備を終えていた。

額の血管が破れて血が出始める。体中が無茶苦茶になるが、関係無い。無理矢理全力をひねり出す。

これが。あたしの錬金術の集大成だ。

上空に向ける杖。

フルパワーの砲撃を二連続でやるのは初めてだが、奴はまだ消滅しきっていない。それならば、やるしかない。

額からの出血だけでは無い。全身が熱い。焼けるようだ。完全にオーバーヒートしている。

それだけ無茶苦茶な魔力の増幅をしているという事だ。

手足からも、血が噴き出しているのが分かった。

体が耐えられなくなってきているのである。

だがそれでも。

此処は踏ん張らなければならない。

拡張肉体が詠唱を加速させ。

そして、再生を開始しようとしたコアに向け。

二度目の砲撃を叩き込みに掛かる。

光のエレメンタルのコアは逃れようとしたが。

勿論照準補正つきだ。

更にプラフタが、手にした魔術書から相手を拘束する魔術を放ち、一瞬だけ再生を止める。

断末魔の絶叫が上がる中。

あたしは、情け容赦なく。

二度目のフルパワー砲撃で。

光のエレメンタルのコアを、消し飛ばしていた。

 

「敵、沈黙を確認!」

「勝利だ!」

わっと声が上がるが。

周囲は悲惨極まりない惨状だ。

最前線で戦っていた面子は、生命の蜜を口に含んでいたにもかかわらず。傷口が炭化していたり、ごっそり肉を抉られたりしている。普通の傷なら瞬時に直る程の回復薬だというのに、である。

薬を使っての治療を開始。

あたしも、意識が吹っ飛びそうだが。

それでも踏みとどまり。

駆け寄ってきた医療班に身を任せる。

凄い熱だと、誰かが叫んでいるのが聞こえた。まああんな無茶をやったのだ。当然と言えば当然だろう。

それからのことは記憶が曖昧だが。

とにかく、ハイベルクさんとヴァルガードさんが指揮を執って、街へ帰還。フリッツさんは前線での戦闘によるダメージが酷く、とてもそれどころではなかったようだ。

アトリエに運び込まれたらしい。

プラフタが治療をしてくれる。

薬は在庫を使い切った。

痛みがどっと襲ってきたが。

それは、まだあたしが戦闘モードを解いていなくて。

今頃になって、平常状態に戻ったからだろう。

全身が引きちぎられるような。

或いは無理矢理絞られるような痛みだが。

それでも苦痛の声は上げない。

あの光のエレメンタルと同じにはなりたくないという事だ。あたしは意地を張っていた。ばかばかしい意地だが。

痛み止めも使っているらしいのに。

酷く全身が痛い。

体を治す薬も使っているはずだが。

それでも痛みは消えない。

まあ無茶苦茶を続けたのだし、当然か。

いずれにしても。

プラフタの言葉は正しかった。

今まで戦った中でも、間違いなく最強の相手だった。

不完全状態でこれだと。

完全状態だと、どれほどの実力なのか。

想像するのも恐ろしい。

しかもそれを全盛期のプラフタは倒したのか。

まだまだ先は長いなと、自嘲してしまう。

しばしして。

いつの間にか痛みは引いていたが。

代わりに、ほぼ眠ることも出来ないでいたので。

プラフタが包帯を取り替えながら言う。

「眠りなさい、ソフィー」

「プラフタは?」

「私はもう何回か寝ています。 意識が朦朧としていて、私以外にも手当をしていた事に気付いていなかったのですね」

「……そっか」

じゃあ眠ろう。

そう思うと。

すとんと眠りに落ちていた。体は正直なものだ。

 

煙の中。

見える。

光のエレメンタルだ。

憎悪の表情を此方に向けている。

そしてこれは夢であって夢では無い。それもすぐに理解出来た。恐らくこれは、光のエレメンタルの残留思念が、あたしに何かを訴えようとしているのだ。

「人間よ」

「ソフィー=ノイエンミュラー」

「何だそれは」

「あたしの名前。 貴方は」

しばしして。

名前というものはない、と返答された。

光のエレメンタルは。怒りを此方に向けてはいるが、同時に興味も持っているようだった。

「何、負けたのがそんなに悔しい?」

「私は今までに四度、人間に滅ぼされている。 だが、お前の戦い方は他とはかなり違っていた」

「へえ?」

「お前は世界そのものへの怒りを抱いている。 私にそれをぶつけてきているのを感じたが、何故だ」

そんな事は。

分かりきっている。

「この世界が不平等でいい加減だからだよ。 創造神の頭を叩き割ってやりたいくらいにね」

「不平等な世界か。 では、世界が平等だったら、今より世界は良くなると思うか」

「少なくとも今よりは平等にして欲しいものだけれどね。 限られた一部の人間にしか使えない技術がどれだけこの世界を歪ませているか、分からない? 仮にも神様だっていうのに」

「本当にそれは事実か」

何を言うかこの唐変木が。

だが、光のエレメンタルはなおも語りかけてくる。

「私の力の一部をお前にやろう」

「はあ」

「既にお前の仲間達が回収しているはずだ。 目を覚ませば手に入れる事が出来るだろう」

「どういうつもり」

あたしとしては。

こんな奴と話すのも不愉快なのだが。

それでもどうしてだろう。

仮にも神だからか。

その言葉は、あたしの興味を惹く。

どうしても、言葉を聞こうという気にさせる。

「現在、「真実」を知る人間はこの世界にはいない。 我等が主たる創造の乙女パルミラは、理無くしてお前が言う「不平等」を作り出したのでは無い。 世界に配置されている意思無き端末では無く、創造の乙女の中核にお前は接触し。 直接対話によって世界の真実を知るべきだと私は判断した」

「どういう風の吹き回し?」

「お前の力が、明らかに他の錬金術師を凌駕しているからだ。 現時点でお前を凌ぐ錬金術師はまだまだいる。 だが、お前は潜在能力でそれらを遙かに凌いでいる。 恐らく二十代の半ばには、この世界の錬金術師の頂点に立つだろう。 それも、歴史上最強の錬金術師になる筈だ。 今のままでは、お前はその時、世界にとって最悪の災厄になる。 だが、お前が真実を知る事で、この世界に変革を起こせるかも知れない。 ……そうだな、この世界を後世の人間が「不思議の時代」と呼ぶ程にはな」

不愉快な奴だ。

そのまま顔面に風穴を開けてやりたいくらいだが。

しかしこれは好機でもある。

分かったことがある。

不平等は、意図的に作り出されている。

それも創造神の手によって、だ。

それはつまり、創造神の真意を問いただす必要があることを意味もしている。

あたしは。この世界の理不尽を見てきた錬金術師ソフィー=ノイエンミュラーは。

創造神を今のままでは許せない。

此奴が言っている事にも一理ある。

もしもあたしが世界最強の存在になった時。

恐らくあたしは。

世界にとって最強最悪の存在になるだろう。

勿論、世界を滅ぼす可能性さえ出てくる。

その時、あたしは。

人間ではなく。

邪神をも超える、世界にとっての究極の災禍になっている筈だ。

それでは確かに本末転倒だ。

あたしは今でも、周囲に大事だと思う者がいる。

このまま突き進めば、あたしは世界を破壊する者になるのだというのであれば。

少なくとも、破壊の者になるだけの理由をきちんと得ておかなければならない。そうでなければ「納得がいかない」のだ。

「分かった。 良いだろう。 話に乗るよ」

「物わかりが早くて助かる。 そうそう、まだまだこの街には災禍が降りかかる。 覚悟は決めておけ」

「世界を裏側から支配している集団に目をつけられている時点で、いつ滅びても不思議じゃあない。 覚悟なんてとっくに出来ているよ」

「……そうか」

目が覚める。

嫌と言うほど、完璧に内容を覚えていた。

最初に便所に行って排泄を済ませる。

数日は寝ていたのだから、こればかりは仕方が無い。

傷の具合を確認。

内部から滅茶苦茶に傷ついていたようだが。

それでもどうにかある程度は回復したか。

寝台に潜り込むと、プラフタが丁度アトリエに来た。包帯だらけのモニカと一緒だ。そういえば、あたしも。

体はまだ包帯だらけか。

「ソフィー! 起きたの?」

「なんとか無事」

二人にはどう話そう。

今のは嘘とは思えない。いや、ほぼ間違いなく、嘘では無いと判断して良いだろう。

ならば、今は。

まだ話さなくても良いか。

「寝ていないと駄目よ」

「分かってる。 それよりも、彼奴何か落とさなかった? 風のエレメンタルの時のように」

「落としたわ」

モニカが視線をそらす。

さては、相当に厄いものを落としたのか。

咳払いをすると、プラフタが教えてくれる。

粘金の鋼糸と呼ばれる最高品質の糸だと。

ある種の蜘蛛が吐き出す糸で。その蜘蛛そのものが、実は生物では無いかも知れないと言われているという。

それくらい、圧倒的防御力を誇る糸なのだ。

加工はさほど難しくないが。

その代わり、堅い。

「蜘蛛の糸は、同じ太さであれば鋼鉄さえ凌ぐ強度を誇ります。 しかしこの粘金の鋼糸は、普通の蜘蛛糸とは次元が違う強度と、凄まじい魔力を秘めています」

「それって、やりようによっては」

「高位次元からの攻撃に対応出来るかも知れません。 私でも殆ど入手できなかった品です。 コルネリアに渡して増やして貰うと良いでしょう」

コルちゃんが真っ青になるのが容易に想像できるが。

まあいい。

ともあれ、今は休むときだ。

モニカが心配そうに此方を見ている。

理由を聞いてみると。

彼女はずばりというのだった。

「ソフィー、貴方何か隠し事をしているわね」

「なんでそう思う?」

「昔からそうだけれど、貴方は頭が良い反面、悪さを企むと思い切り雰囲気というか身に纏う魔力に出るのよ。 普段よりどす黒い魔力を感じるわ」

「そうか。 流石にモニカには隠せないね」

くつくつとあたしは笑う。

そして、別に害のある事じゃあないと断って。

もう今日は休む事にした。

 

2、至高の布

 

消耗した爆弾や物資を補給し。

異世界アトリエを拡張。

更に色々な道具類を開発しているうちに、コルちゃんが粘金の鋼糸の複製に成功した。案の定痩せこけていたが。

それでも、前のように、死にかけている訳では無いし、良しとするべきなのか。

あたしもリハビリは完了。

光のエレメンタルと同レベルに手強い相手と戦うのは正直つらいが。

仕方が無いとも言える。

そもそも、中位の邪神に匹敵する実力者だという話は聞いていたのだ。死者を出さずに勝てただけでも良しとするべきなのだろう。

それに、である。

今後は恐らく中位どころか上位の邪神との戦闘も視野に入れていかなければならない。

皆がいつまでも側にいる訳では無い。

その場その場で見繕える最強の面子で。

倒せるだけの戦闘力が必要になってくるだろう。

キルヘン=ベルを守るだけでは駄目だ。

この世界そのものを変えなければ。

何も変わらない。

世界は変わらないから、自分を変えろ。

そんな言葉を発する人もいるらしいが。

それはあまりにも無情だというものだろう。少なくともあたしは納得しない。

この世界が、ドラゴンと邪神によって蹂躙され。荒野にみちるネームドと猛獣が牙を剥き続ける限り。

あたしは殺戮の刃でそれらに応じ続ける。

それだけだ。

さて、粘金の鋼糸の糸を持ち帰る。かなりの分量増やしてくれたので、早速これを布にする。

まず糸にする所からだが。

これは危険な素材だ。

下手に触ると指が消し飛ぶ。

それくらい鋭いのである。

まずこの鋭さを緩和する所から始めなければならないだろう。

プラフタがレシピを見せてくれる。

そして、いつものように説明もしてくれた。

「この素材を布にするには、何段階かの行程を経る必要があります。 まず糸にしなければなりませんが、この危険すぎる糸はより合わせる過程で糸繰り機を粉みじんにしてしまうでしょう。 素人に扱える品ではないのです」

「ふむふむ」

「まずは第一に、この糸をコーティングする事から始めます」

なるほど。

まずは植物性の中和剤を作る。

前に採取したドンケルハイトもコルちゃんに無理を言って増やしてあるので、これを中和剤にする。

植物性の中和剤を作る理由は。

布にする際に必要だから、だそうである。

この中和剤を使って、複数種類の中間生成液を作る。これらは粘性が強い上に、固まりやすい。

粘金の鋼糸をすっとくぐらせることで。

そのまま、粘金の鋼糸をコーティングしてくれる。

ただし、そのタイミングが極めてシビアだ。

下手をすると錬金釜を傷つけかねないので。

慎重に少しずつ、ピンセットで摘んだ粘金の鋼糸を、中間生成液に通していく。

それを何回か重ねていくうちに。

名前にある金色がくすみ。

紫色へと変わっていった。

なるほど。

昔、教会では下品な紫を好む傾向があったらしいが。

これは何というか、とても深くて上品な紫だ。

触っても、危険性はかなり減っている。

というか、この中間生成液そのものが、弾力性のある良い素材の様子である。まあ素材としても、多くの種類の植物を、複雑な加工の末に調整している。

これくらいに仕上がらないと、作る側としてもやりがいが無い。

続けて、糸を繰る。

此処からは一旦職人達に任せて良いと言う。ただ、現時点では、熱を与えてはいけないため、ゆっくりと糸を繰るようにと注意する必要があるとも言われた。

糸繰りをする人はそれなりの人数がいる。

今回は最近越してきた獣人族の女性に任せた。

犬顔の彼女は獣人族らしく思考が単調だが、その分単純作業には向いている。白黒斑の毛皮を持つ彼女は、速く繰らないようにと注意をすると、頷いて作業をしてくれた。まあ、見ている限りは大丈夫だろう。

それ以上の速度で繰らないように、という注意と。熱を含むと、糸が凄まじい切れ味を出して、糸繰り機をバラバラにしてしまうという話をすると、驚いて此方を見返したが。

これは事実なので、伝えておく。

獣人族はヒト族より思考が単純で、その分愚直だ。

こうやって脅かしておけば。

馬鹿な事はしないし。

しっかり言ったことは守るだろう。

その後は、中間生成液を更に何種類か作る。

糸が仕上がるまで三日。

三日後、仕上がってきた糸を、今度は布に変えるのだが。

此処でまた作業が必要になる。

一度中間生成液でつけた弾力性を落とすのである。

話によると、この成分は糸そのものを加工するためだけにつけたのであって。布にする際には邪魔になってしまうとか。

中間生成液を慎重に温度調整し。

糸をくぐらせ。

残った液を廃棄する。

これらの廃棄液は非常に毒性が強いと言うことで、固めて異世界アトリエのゴミ捨て場に置く。

その内次元操作ができるようになったら、圧縮してしまうか。

或いは、もっと強力な薬液で強制的に無害化してしまうか。

どちらかの手段が採れるという。

今はこうやって、固めて廃棄するしか無い。

色々面倒だが、複雑な行程の果てに、紫色が更に濃くなった糸が出来る。弾性のあるコーティングは失ったが。

しかし力強い糸だ。

そして、表面に弾性は無くなったが。

手触りは悪くない。

触ってスパスパ行くほど危険ではない。

これを機織りに出して、布にする。

かなりの量の布が出来るのだが。其処からまだ作業がある。色々と大変だが、何しろ上位次元からの攻撃に耐え抜く素材である。

作るのが大変なのは、仕方が無い。

実際問題、地を割り空を砕く破壊力の邪神どもの攻撃を見た後だ。

どれだけ強力な防具を作っても。とてもではないが、守りきれる自信は無い。

レオンさんは、壊された防具を見て自信があったのにと、悔しそうにしていたが。

あれは相手が悪かったから。

今度は、そんな悪い相手でも対抗できる装備を作る。

ただそれだけである。

機織りに出した後、また中間生成液を作るが。

ここからが本番だ。

今までとは比較にならないほど高品質の素材を惜しみなく使って、大量の中間生成液を作っていく。

これらを更に混ぜ合わせながら、話を聞く。

まずこれらの素材は、中和剤を介して、上位次元に品質を近づけていくために使うのだという。

更に、布そのものに、魔術を練り込む。

本来魔術で出来る作業では無く。

錬金術による増幅を行って、魔術を糸の隅々にまで染みこませ。極限まで増幅させることにより。

魔術では超えられない領域まで、布を強化するという。

しかも、その状態から。

布に魔法陣などを仕込む事により。

更に強化が可能だという。

なるほど。

強化に強化を極限まで重ね。

次元の壁を越える、と言う訳か。

空気を魔術で操作しながら、丁寧に中間生成液を作っていく。

汗一つ埃一つ落とさない。

やがて、三種類の中間生成液に仕上がる。

60を超える行程をこなした後だ。

品質もプラフタのお墨付きである。

さて、此処からだ。

ドンケルハイトを使った中和剤を用いているほどの中間生成液だ。これで、最強の布を作り。

そして防具に生かせば。

邪神に対して、更に楽に戦う事が出来る。

布が仕上がってきた。

美しい紫色だ。

此処から更に複雑な処置をしていくことになるが。その価値はあると信じる。

まず、何度も蒸留して徹底的に不純物を排除した水で、徹底的に洗う。埃などの不純物を取り去るためだ。

その後、乾燥させ。

中間生成液に順番に通していく。

この時、魔法陣を描いて、その上で作業をしたり。

逆に、錬金釜をグツグツに煮込んで、その中に入れたりと。

複雑な作業が続く。

だが、内容自体は理解しているし。

作業も休み休みながら、丁寧にこなして行く。失敗は、現時点ではする気がしない。

呼吸を整え。

最後の作業に取りかかる。

布を乾燥させた後。

実験をするのだ。

外に干して、充分に乾いたのを確認後。

砲撃を浴びせてみる。

効果は。

想像以上だった。

 

レオンさんの所に出向く。

最近色々あったせいか、機嫌が悪そうなレオンさんだったけれど。あたしが高貴な紫色の布を持ち込むと。

すぐにそれがただの布では無いと気付いたようだった。

「こ、これはまさかヴェルベティス!?」

「知っているんですかレオンさん」

「それは勿論よ!」

興奮した様子のレオンさんである。

まあこの人、服飾関係者だという話だし、知っていてもおかしくは無いか。

ヴェルベティス。

錬金術における最高峰の産物の一つ。その中でも、布という素材に限定すれば、これ以上のものはない。

図鑑で見た内容でもこれだけのべた褒め。

実物は、プラフタが上位次元からの攻撃を防ぐと発言した程の代物である。更にこのヴェルベティスには、布にする過程で、魔法陣を仕込んである。機織り職人は、面倒くさがりながらも、複雑なデザインを再現してくれた。

その結果、今側から見ても、わき上がるような凄まじい魔力が噴き上がっていた。

というか、明らかに周囲の空間に影響を与えているレベルである。

魔術が使える人間が、此方を二度見しているほどだ。

まあその後、あたしが持っているのを見て、ああそういう事かという表情で視線を戻していたが。

「これを使って、十人分程度の防具を強化出来ますか? 実戦向きに」

「つ、使って、良いの!? と、というより、触って、いい、の!?」

「勿論ですよ。 足りないようなら増やします」

「いえ、これだけで充分よ!」

完全に目の色を変えているレオンさん。

まあそれはそうか。

伝説の素材を触っているのである。しかも反物単位で。恍惚の表情で頬ずりしているほどだ。よだれを垂らさないか心配である。まあよだれなんぞでどうなるような素材でもないが。溶岩に放り込んでも余裕で耐えるだろうし。

後は任せるとして。あたしはあたしで、試してみたいものがある。

それで戻ろうと思ったのだが。

レオンさんに声を掛けられた。

「あ、待って、ソフィーちゃん」

「どうしました?」

「採寸させてくれる?」

「はあ、まあ良いですけれど」

あたしなんか採寸して何か面白いのだろうか。

レオンさんは手慣れた様子で、ぱっぱと採寸を済ませる。殆ど時間は掛からなかった。

とりあえず、これでこの街の主力級戦士の装備は、極限まで強化出来る。

後は、更に装備品を開発して。

それらによるブーストアップを掛ければ。

今までよりも、更に楽に戦える筈だ。

何しろあのヴェルベティス。

あたしが実験代わりに砲撃を浴びせたら、耐え抜いたのである。それも、焦げ目一つ突かなかった。

拡張肉体を使っていなかったとは言え。

それでも、能力をブーストアップさせる装飾品はフル装備していた。

それこそ弱めのネームドなら瞬殺出来る程度の火力は出したのだが。

それなのに、焦げ目一つつかなかった。

しかも、直撃したのに、揺らぎさえしなかったのである。要するに衝撃を通さなかったのだ。

これが何を意味するかは、言う間でも無い。

冗談抜きに、たかが布っ切れが物理を超越する防御力を展開した、という事である。

本来だったら、高級素材だろうが何だろうが、布きれは布きれ。魔術師が10年がかりで魔術を練り込もうが、あたしの砲撃をまともに食らえば焦げるし、溶岩に放り込めば焼ける。

だがアレは違う。

行けるかも知れない。

レオンさんが採寸していたのは何だか気になるが、それはそれで別に良い。

あたしは戻ると、新しく装備の作成に入る。

今まで能力にブーストを掛ける装備品は量産してきたが、更にランクが高いものを作ってみたくなったのだ。

この間、水源で回収してきた薬草に貴重なものが幾つかあったが。

その中の一つ。

五日ツル。

これを用いて、強力な装備品が作れそうだったのである。

残念ながらこの五日ツルは日持ちしない素材で、しかも環境が極めて安定した場所でないと育たないらしく。

おばあちゃんも何処かから入手してアトリエの側や森の中で育てようとしたが、上手く行かなかったらしい。

この辺りは、おばあちゃんが残したレシピに記載があった。育ててみようと四苦八苦する様子も書かれていたので。本当にいつまでも頑張り屋だったんだなと、感心するばかりである。

人間はいつまでも全盛期の能力を維持できない。

年を取ると、切れ者と呼ばれていた人間が、意固地で愚かになってしまう事が珍しくもない。

おばあちゃんは最後まで頑張り続けた。それだけでも凄いと言えるだろう。

ともかく、レシピを書く。

これも極限まで性能を引き出すなら、ドンケルハイトを素材に使った方が良いか。

後はハルモニウムも使うが、これは小さな欠片だけで充分だ。

黙々淡々とレシピを書く。

この装備品の主力となるのは、五日ツルから抽出するエキスである。このエキスには、本人の能力を引き出す効果がある。

そう。能力の引き出しである。

とは言っても、無いものは引き出せない。現時点である能力を、最大まで引っ張り出しつつ、体が壊れるのを防ぐ。

そういう道具を作ろうとあたしは考えていた。

一歩間違うと体が自壊してしまう危険な道具なので、作るのには精査が必要だ。

火事場の馬鹿力というのは有名な話だが。

それは一歩間違うと、体が壊れてしまうものなのである。

ともあれ精査を続ける。

プラフタにレシピを見せるが。

彼女は珍しくかなり悩んだ。

「これは面白いですが、現状の能力を上昇させるのでは無くて、元々の能力を引き出すという発想に転換した理由は?」

「増幅を続けれると、恐らく同じ種類のものだといずれ上限に到達すると思ってね」

「ふむ、面白い判断ですが……」

修正では無いがと珍しく前置きして。プラフタはアドバイスを幾つかくれた。

普通だと容赦なく此処を直せと言ってくるのだけれど、珍しい。これはつまり、プラフタからみて間違ってはいないけれど、こうした方が良いかも知れない、という意見だと言う事か。

初めての経験である。

面白いし、話を聞いてみるか。

ともかくアドバイスを取り入れながら、レシピを書く。

本来の能力を全部引き出しつつ、体が自壊しないようにする。

それだけではない。

五日ツルは、その名前の通り五日間しかもたないのだが。その間だけは凄まじい爆発的生命力を発揮する。その力の根源は陽光である。

日光に晒されている間は、圧倒的な力を引き出せるようにすれば、更に五日ツルの力を使いこなしたと言えるかも知れない。

どうせなら贅沢にやってみるのも手だ。

修正を掛けながら、あたしは幾つかの方法を模索してみるが。しかしながら、複雑になった分難易度が跳ね上がっている。

腕組みして考え込むが。

勿論簡単に正解など出てこない。

途中、モニカがお菓子を差し入れてくれた。

ついでに掃除を頼んで、モニカに近況を聞く。

どうやらかなり面倒な事になっているらしい。

「教会を増やそうかという話が出ていてね」

「ふうん?」

キルヘン=ベルは今後も広くなる。人口は年内に千人を超えると予想されているし、何より東の街との統合が果たされる頃には更にその数倍にまで跳ね上がっているだろう。

教会に足を運ぶ人間はそれなりにいる。

今はまだ、街の中がそれほど広くない。パメラさんがいる教会に足を運ぶのは難しくは無い。

だが、川を跨いで街道だった辺りまで街が拡がり始めていて。

その辺りに住んでいる人達が、今後利便性が悪いと言い出すかも知れない。

特に足腰が弱っている老人などは苦労する筈だ。

「神父さんは? 候補に誰かいるの?」

「……」

モニカは苦々しげに自分を指さす。

なるほど、そういう事か。

元々彼女は聖歌隊のリーダーも務めたがっていた。しかしながら、自警団の次期団長の仕事が確定している。

その上教会の管理までとなると。

とてもではないが、やっていられないだろう。

「新しく来た人に、神父をやれそうな人は?」

「昔は神父をやると色々と「美味しい思い」が出来るからとかで、神父になりたがる人は多かったらしいのだけれどね。 今は神父になって悪さをすると、あっという間に死ぬという噂があって、知識があってもやりたがらない人が多いらしいわ」

「ああ、なるほど」

深淵の者か。

それも意図的に噂を拡げている、という事だ。

だが、その方が良いだろう。

実際問題、子供を金づるや欲望のはけ口にしか見ないようなクソ坊主が神父をやるよりも。

覚悟を持って信仰にうち込む人間の方が、それに相応しいはず。

ただ、幾つか疑問もある。

「現時点では、東の街にも小さいけれど教会があった筈。 真ん中にもう一つ作るという事?」

「いえ、東の街と統合するタイミングを見計らって、重要拠点となる谷周辺に作るつもりらしいわ」

「そうなると早くても二から三年後?」

「たった三年よ」

モニカは自警団の次期団長だ。

ホルストさんと良く話をして、都市計画についても把握しているはず。

今、このキルヘン=ベルが問題なく拡充しているのは、ホルストさんら顔役がしっかりしているからで。

おばあちゃんの残した威光として、まだこの街を照らしてくれているとも言える。

いずれにしても、三年か。

もう一度ため息をつくモニカだが。

彼女はこのままだと、憂鬱な表情ばかり見せるようになるかも知れない。

元々生真面目な性格だ。

他人にも厳しいが、それ以上に自分に厳しい人間である。

彼女の聖歌が強烈な効果を持っているのも。恐らくその辺りが原因で。

それについてだけは。

神には見る目があるとあたしも認める。

愚痴を言ったモニカが掃除を終えて帰る。

あたしも愚痴を聞くくらいなら吝かでは無い。

普段はあたしが迷惑を掛ける側なのだ。

モニカのことは家族と思っているし。

一緒に何度も死線をくぐり抜けたのである。

これくらいはどうと言うことも無い。

さて、続きだ。

レシピを気合いを入れて仕上げる。

 

3、道楽と夢

 

プラフタにレシピを見せると、また考え込まれた。

「もう少し能力を下方修正するか、上限下限を設けるか……の措置が必要でしょう」

「おや、今度はさっきと少し違うね」

「これはソフィー、貴方の身体能力に合わせたものに仕上がっています。 普通の自警団員が使ったら、過剰回復で体が崩壊してしまいますよ」

「む……」

そうか。

ならば、どうにかして可変性を設けるか。

いっそ開き直って、あたし専用と、他の人用を作るか。

ええい、面倒だ。

その辺りの調整は、魔術を組んでそれに任せてしまおう。

もう一手間だが、仕方が無い。

さっさと手を入れて、レシピの修正を終える。

プラフタも、修正版には納得してくれた。

調合を開始。

五日ツルをまずすりつぶして、エキスを抽出。

これもまた、作成にドンケルハイトの中和剤を使おうと思ったのだが。素材としてドンケルハイトを使うので、避けた方が良いか。

中和剤としては、深核を用いる。

そしてハルモニウムを熱して更に中和剤で変質させ。

軽く形を整える。

ハルモニウムはほんの少しだけで良いので構わない。

これに魔法陣を組み込む。

発動する魔法は、このハルモニウムの鉢金と組み合わせるヒモである。

ヒモには普通の糸を用いるが。

このヒモに、五日ツルのエキスをしみこませ。

定着させた後、更に中和剤で変質させる。

そして、ハルモニウムに仕込む魔法陣は。

ドンケルハイトを贅沢に使ったゼッテルを用い。

その魔法陣から発動する魔術を、全て引き出すのである。

魔法陣の調整には手間取った。

何しろドンケルハイトである。最高位の植物素材である。

プラフタも、これはあまり多くを入手できなかったと言っていたもので。レア度で言うとヴェルベティスと大差ない。

組み合わせると、五日ツルのエキスをしみこませた糸に変化が起きる。

なんと形状が変化し。

花が咲き始めたのだ。

驚きだが、まあこれくらいは想定の範囲内だ。

魔術を一つずつ確認。

下手すると力を引き出しすぎて、体が内側から吹き飛びかねない装備品である。

今までの、力を増幅するものではなくて、引き出すものなので。

大変に危険な代物なのだ。

さて、被ってみるか。

そう思った矢先に。

ドアがノックされる。

ドアを開けると、満面の笑みで、レオンさんが立っていた。

 

あたしが渋い顔をしているのは、着せ替え人形にされているからである。何だかフリッツさんにとんでもない発言をされていたプラフタの気分が今更ながら分かる気がする。

まあそれくらいは良いだろう。

レオンさんが作ってきてくれたのだ。

最高の服を。

ヴェルベティスを大胆に用い。

それでいながら紫が下品にならないように、非常に注意深くデザインを調整してくれている。

黄金もそうだが。

高貴な色というのは、雑に使うと下品になってしまうのである。

分かり易いのが鎧などで。

金一色で固めたりすると、それは美しくなくむしろ下品。要所要所で金以外の色も入れないと、ただの下品アーマーと化してしまう。

錬金術師の正装は、どちらかというと実戦を想定した動きやすいものだが。

この新しい服は、おばあちゃん譲りの帽子にも合わせているらしい。

白を基調にして、所々に紫を出し。

体の要所を的確にヴェルベティスでガードしながら、その強烈なオーラで服全体も守るように仕上げている。

スカートタイプだが、足も守るように靴下も一式で作ってきてくれていて。

鏡の前に立つと、白が基本の新しい服に身を包んだ姿が見えた。

少しだけ表情もほころぶ。

「似合うわ! 良かった!」

「はあ、有難うございます」

「……ふふ、やっぱりあまり自分を着飾ることに興味が無いのねソフィーちゃん。 いつも同じデザインの服ばかり着ているし、そうだとは思っていたけれど」

それはそうだ。

あたしはあたしが大嫌いだからだ。

容姿なんぞどうでもいい。

モニカとこの辺り口論したことも何度かあるが。今でもこの考えは変わっていない。

レオンさんは、笑顔のまま。

この服をくれると言う。

まあ他の人達の装備も強化してくれるらしいので、これはこれで貰っておくとするか。実際に非常に強力な服だ。生半可な鎧なんか、これに比べたら紙屑も同然だろう。

レオンさんは咳払いすると。

自分の事を話してくれた。

 

プラフタが茶を出してくれる。

レオンさんは茶菓子を持ってきてくれた。

あたしはせっかくの新しい服だから、汚さないように気を付けながら、話を聞くが。まあ汚したところで性能は変わらないだろうし、何よりこの纏っているオーラ。汚れなんて水洗いだけで簡単に落ちるだろう。

レオンさんは大体予想はしていたが。

やはりアダレットの大都市出身のお嬢らしい。

資産家としては有名だったらしいが。

虚名だったと、レオンさんは顔に影を落とした。

「大都市と言っても、いつドラゴンや邪神に落とされるか分からない程度の場所よ。 金持ちや大商人が集まっている其処は、文字通り退廃の坩堝でね」

港に面しているその都市は。

膨大な魑魅魍魎が蠢く、ある意味荒野より危険な場所。

道ばたには明日をも知れない命で、物乞いをする者がいると思えば。

バカみたいに着飾った者達が、飾り立てた馬車で香水の匂いをまき散らしながら騒ぎ散らしている。

領主は典型的な無能な二代目。

公認錬金術師は街の状況をどうにかしようと真面目に頑張っていたが。

領主はその足を引っ張るばかりで。そればかりか富を独占することばかり考え。

真面目なホムが真面目に商売をするのを鬱陶しがり。

公認錬金術師と、いつも対立していたという。

「公認錬金術師が何度もドラゴンやネームドを撃退しているのにね。 その無能な領主の腰巾着が私の両親だったのよ」

レオンマイヤー家。

昔は武門としてならした家だったが。

今ではすっかり文弱に成り下がり。

その娘の一人であるレオンさん。本名、アメリア=レオンマイヤーは、何もかもに嫌気が差していたという。ちなみに妾腹だったそうだ。

馬鹿馬鹿しい舞踏会やら社交界の儀礼。何ら実利の無いお遊びの数々。

豊かになれば心にも余裕ができるなんて大嘘。

兄弟姉妹で財産を奪い合い。陰湿な嫌がらせを繰り返し。

背徳の宴を大喜びで繰り広げる。

そんな場所で、レオンさんは「服のデザインの才能がある」と言われて。

親が言うままデザインの勉強をした。

そして「目の肥えた」金持ちが喜ぶような、使えもしない服ばかりを作らされたという。

「服飾が好きだったのは事実よ。 やりがいを感じていたのもね。 でもね、私が作らされていたのは、外に着ていくことさえ出来ないような意味不明な代物ばかり。 デザインというのは行き着くところまで行ってしまうと、実用性から完全にかけ離れてしまうものなのよ。 そんなものを喜ぶ場所に、私は耐えられなくなった」

レオンさんは、大きく嘆息した。

そして、レオンマイヤー家出身のデザイナーであるという理由だけで。

レオンさんは「品評会」で優勝した。デザインが優れていたのでは無く、全て政治闘争の結果だった。自分のものより明らかに全てにおいて優れているデザインの服が、予選で落とされたのをレオンさんは見た。其処には出来レースしか存在しなかった。

その瞬間。何もかも馬鹿馬鹿しくなったという。

一応武術は身につけていたから生きていく自信はあった。その時は、だ。

生活に困らない程度のお金を持ち出すと、家族と縁を切った。

こんな馬鹿馬鹿しい場所にこれ以上いられるか。

それがレオンさんの本音だった。

兄弟姉妹は大勢いたし。

資産を奪い合う相手がいなくなる事に、そいつらはみんな大喜びした。

親でさえ、レオンに興味を失った。

そういう連中だったのだ。今でも、家を飛び出したことに関しては、後悔していないという。

街を飛びだしてみると。

其処は想像以上の地獄だった。

城壁と公認錬金術師に守られているだけだったのだと、実感できたという。

「美しいデザイン」など、其処では何の役にも立たなかった。

槍を振るって必死に生き延びながら、あらゆる技を磨いた。戦闘技術は「一流の教師」から習っていた筈だが、そんなものは使い物にもならなかった。武門によって知られるアダレットなのに、だ。だから基礎から全てをやり直した。

軟弱な胃は、最初から鍛え直さなければならなかった。

獣を捌くのを覚えるときに。

何度も吐き戻した。

今まで食べていた肉をどうやって得ていたのかから知らなければならなかった。

荒野しかない世界で、何度も傭兵仲間が死んでいくのも見た。

猛獣に喰われる人間も見た。どれだけの強者でも死ぬときはあっけなかった。ネームドの凄まじい脅威も思い知らされた。

油断すれば一瞬で命を落とす世界で。

それでも、レオンさんは。

この世界で、必死に、自分の意思で生きたいと願った。

戦闘に適正があったのだろう。運も勿論あったに違いない。

戦いを繰り返していく内に何とか生き延びていったが。

やがて。傭兵として、難民の護衛の仕事が飛び込んできた。

レオンさんは黙々とそれを受けた。

その頃には、匪賊退治で人も殺したし。

生きるための術はあらかた覚えていた。

この世の残酷さを思い知らされ。

如何に世界が理不尽かを叩き込まれていた筈だった。

だが、どうしてだろう。

ドラゴンに街を滅ぼされ、街を焼き出された難民達を見て。割に合わない仕事だとぼやく周囲の傭兵達を見て。

何かに火がついた気がした。

何のために荒野に出たのか。

あらゆる理不尽を叩き込まれて、全てに嫌気が差したからでは無いのか。

今、目の前で。

戦う力が無い者達が、理不尽に晒されている。

昔は知っていても、どうにも出来なかった弱者が。

今、世界そのものに蹂躙されようとしている。

そう悟った時。

レオンは、やさぐれきっていた心に、火が再び点るのを感じた。

「それからは、知っての通りよ。 街を経る度に減っていく難民と、それ以上のペースで減っていく護衛。 やがて私とシェムハザさんしか残らなかった。 東の街での話」

「そうだったんですね」

「私はね、意味のあるデザインがしたかったの。 キルヘン=ベルに来て、死んでいた心が溶けたかと思った。 多分、傭兵としての荒みきっていた私は、ノーライフキングの手下どもとの戦いで死んだのね」

無言で話を聞く。

勿論あたしはあの時レオンさんのために戦った訳では無い。

本当の意味で守らなければならない者達のために戦ったのだし。

何より気に入らない奴を叩き潰すためにも戦ったのだ。

だが、それがレオンさんの人生に光をもたらした。

実際あの時レオンさんの奮闘に救われた人は、今でも彼女に感謝している。

それが事実だというのなら。あたしはそれを受け入れる。

服は、役に立つ。レオンさんは、今までの礼だと言った。何より、ヴェルベティスほどの素材は、実家でも手に入れられなかったそうである。王室の人間が着るような服に使われる、国宝級の素材なのだそうだ。

「だから、提供してくれたソフィーちゃんには最高のお礼。 今後も、切り札として使って行って」

「分かりました。 有難うございます」

「後も、残さず使い切ってキルヘン=ベルのためにするわ。 やっと、生きてきた意味が出来たのかも知れない」

目元を拭うと。

レオンさんはもう一度、晴れ着になったあたしを見て。

そして、心底から嬉しそうに。

微笑んでいた。

 

数日後。

流石に仕事が早いというか。

様子を見に行くと。

フリッツさん。ジュリオさん。コルちゃん。ハロルさん。それにモニカもオスカーも。見かけた面子は、みんな鎧なり服なりに、あの美しい紫を仕込まれたようだった。それも、最高に良い場所に、である。

美しい色は。

手垢がつく場所に置いていても、その真価を発揮できない。

目立つ場所は裏地に。

そしてここぞという所で必要な場所に関しては色を出す。

そうすることで、レオンさんは。

デザインと実用性を両立させたのだ。

モニカも新しい自分の制服に満足しているようだ。元々軽めの装備で戦場に出る事が多いモニカだが。その装備の各所をヴェルベティスががっちり守っている。所々に非常に美しい紫色がアクセントとなって、モニカも満足しているようだった。

それと、自警団用に残りの生地も使ってくれたらしい。

これでドラゴンに襲われた場合も、対応が更に楽になる。

ヴェルベティスで作った防具を身に纏っていれば。

あの常識外れの火力を誇るブレスでも、即時陥落という事は無いはずで。

しかもこの強大な魔力。

相手にとっては非常に目立つ。

つまり盾役として、敵の攻撃を一手に引き受けられる。

モニカのような実力のある戦士が使えば、敵の注意を引きつつ、他の味方への被弾を減らせる。

それに、である。

皆、更に装備を軽装にしていた。

つまりその分余計に装備を持って行けるか、身を軽く出来る訳で。

「常識外の防御力を実現する布」の恩恵は。

攻撃面にも現れると言う事だ。

ただ、ヴェルベティスの量産は相応に時間が掛かるし、手間も掛かる。

あたしはあの光のエレメンタルが、夢の中で言ったことがとても気になる。

この不平等でいい加減な世界には理由がある。

それを知るべきだ。

彼奴はそう言った。

わざわざそんな事を言ったということは。

邪神には明確な意図があって。

あのように、人間を襲っているという事にもなるだろう。

ナーセリーも。

それが故に滅ぼされたという事になる。

ならば知らなければならない。

レオンさんの所に出向く。

早速新しい服を着ている事を、レオンさんは喜んでくれたが。

彼女自身も、自分の服にヴェルベティスを縫い込んでくれていた。

これで戦いは更に有利になるとみて良い。

光のエレメンタルは言った。

更なる災禍が襲うと。

それならば。これくらいの備えはしておかなければならないのである。

「どう、その服の着心地は」

「最高ですね。 ただこのヴェルベティス、量産には相当に手間も掛かりますし、更に増やすのは落ち着いてから、になります」

「その時はまた持ち込んでね。 作れる分だけ服を作るから」

「はい」

レオンさんも笑顔である。

そして、やはり成し遂げたからか。

満足そうに、自分の服について聞いて来た。

前からあたしはオシャレには興味が無い。

だからデザインは実用性しか見ていない。

レオンさんが着ている服は、以前は血の汚れが取り切れていない皮鎧だったり。此処で新調したドレスを意識した皮鎧だったりしたが。

今は、ドラゴンの鱗を使った鎧に。

スカートをあしらった布地をつけて。

足下も旅人の靴で固めている。

旅人の靴の速度と。

皮鎧に貼り付けたドラゴンの鱗。

それにヴェルベティスを要所に使う事で。

早さと機動力を両立し。

なおかつ美しく自分を立てる。

そういう目的なのだろう。

デザインの良し悪しについては、正直分からないが。

ただ、実用的ですねと答えておいた。

レオンさんは、満足げに頷くと、付け足した。

「でもそれだけじゃあないのよ。 実用の極限の先には美しさがあるの。 何だかやっと私は、これで本当のデザイナーになれた気がする」

「今までも服飾で随分街に貢献してきたし、レオンさんの服に文句を言う人なんていなかったじゃないですか」

「ふふ、それはね。 単に当たり障りが無いデザイン選んで、なおかつ好みをきちんと調査して、それに沿った服を作っていたからよ。 私のデザインなんて、服には本当は欠片も出ていなかったわ」

レオンさんは案外謙虚だ。

というか、嘘だらけのこの人の故郷の人間達の言葉でも。

デザインセンスがある、というのだけは本当だったのだろう。

「品評会」とやらでの欺瞞がレオンさんを怒らせたのも。

実際には、彼女はセンスに自信があって。

それ故に本当にデザインというものを愛していて。

自分よりも優れた服を作った人間を冒涜し。政治闘争の材料にした家族を見て、心底から頭に来たから。

なのではあるまいか。

それに、確か好みに合わせて、相応に「しゃれた」服もデザインしていた筈。

だがレオンさんの言葉からして。

それはデザイナーの個性が出るようなものではなく。

単純に基礎的知識を使っただけの。

本当に当たり障りの無い組み合わせだったのかも知れない。

「今後、レオンさんはどうするんですか?」

「この街に残るわよ。 ああ、コルネリアちゃんの商会には入るつもり。 私のブランドを新しく立ち上げて、それで売ろうと思っているわ。 金持ちが喜ぶような実用性皆無の服じゃ無くて、誰でも買えて、しかも実用性があって、それでいながら美を追究できるデザインの服をね」

「それは、楽しそうですね」

「ええ。 貴方のおかげ。 結局私、傭兵として槍を振るうよりは、この方が性にあっていると思う。 それにこのデザインを私がした事を故郷の家族が気付くことも無いだろうし、お金持ちだけを対象にした服なんて売るつもりも無いから、どうでもいいわ」

くつくつとレオンさんは笑った。

改めて見ると。

彼女の顔には、細かい無数の傷跡など、苦労がうかがえた。

普段は綺麗に整えているが。

今は本当に嬉しいからか、油断が少し出てしまっているのかも知れない。

勿論彼女は若くて美人だが。

それでも、こういう素の姿が見られるのは、とても嬉しいことでは無いのだろうか。

せっかくなので、たまには服でも買っていくか。

プラフタの分の服も、ヴェルベティスで強化してもらってはいるが。

着た切り雀では可哀想だろう。

人形の体で代謝がないとはいえ。

プラフタの魂は人間なのだ。

それに私とは違って、オシャレにも興味はあるだろう。

「プラフタ用の普段着をいただけますか? 何着か」

「ええ。 サイズは分かっているから、数日以内に作るわ」

「お願いします」

一礼すると、あたしはアトリエに戻る。

レオンさんは大丈夫だ。

この街に残ってくれるという事は、モニカと並ぶこの街の守護神として、当面活躍してくれるだろう。有事の際には、必ず力になってくれるに違いない。

それにしても、金持ちの実情か。

深淵の者の長。

ルアードと言ったか。

ルアードの言葉を思い出す限り、腐敗した役人や商人は、片っ端から粛正している様子だが。

それでもまだ残っているものなのだな。

もしもルアードが手を下して、現在を無理矢理造り続けていなければ。

今世界はどうなっていたのだろう。

二大国による安定などは存在せず。

まだ多数の都市国家がいがみ合い。

生臭坊主が政治に関与し。

腐敗官吏が匪賊と結託し。

匪賊は小さな村を荒らし回り。

錬金術師はそれらを鼻で笑いながら、平然と根絶の力に手を染めていたのではあるまいか。

それを防いだ現在でも。

まだまだ汚染は彼方此方に残っている。深淵の者は恐らく義憤に駆られてこの世界を変えている筈だ。だが、それでも現在さえ無いと断言するのは。こんな状況でも、摘んでも摘んでも出てくる邪悪に嫌気が差しているからではあるまいか。

何だか笑えてくる。

レオンさんは、満足そうにしている。

腐りきった家から離れられたのだ。今、本当の意味で。

あの人が、あたしにある程度の理解を、一定の距離を保ちながらも持っていたのは。

恐らくは、実家がそんなだったから、なのだろう。

なるほど。

陽気なあの人にも、そんな影があったか。

一歩間違えば、あたしと同じ。

全身を血に染めた、修羅の路を歩き続けることになる人だったのだろう。

失敗していたら、匪賊にまで落ちていたかも知れない。

だが、あの人は。

運良くこちら側に戻ってくる事が出来たのだ。

さて、戻るか。

例の錬金術の装備品。

あれを仕上げてしまわないといけない。

恐らく後数日もあれば完成させられる筈だ。

ヴェルベティスを纏い。

ハルモニウムを牙として。

更に自分の能力を極限まで引き出せるようになれば。

今までとは比較にならないほど簡単に。

ドラゴンとも邪神とも渡り合えるようになる筈。

その時こそ。

人類が反撃に転じるとき。

この街が如何なる災いに襲われようとも。

叩き潰し。

はねのけてみせる。

そう、それは圧倒的な。根絶の力などでは無い、外法では無い圧倒的な力によってだ。

あたしは、誰も見ていない所で。

凶暴な笑みを浮かべていた。

 

4、極限の花冠

 

お披露目会に使う森の奥で。

プラフタとモニカに立ち会って貰いながら、新しく作った装備品を試す。

ちなみに装備品には。

アンブロシアの花冠と名付けた。

形状的には鉢金と、それを頭に着けるためのヒモなのだが。

このヒモの部分に、美しい赤い花が咲き誇っている。

この花が、非常に頑丈で。

まず散ることが無い。

というか魔術で徹底的にガードしているので。

生半可なブレスくらいでは散ることも無いだろう。

マイスターミトンを一とする、ブーストアップに使う装備品を全て外し。

更にレオンさんが作ってくれた戦闘衣ではなく、普段着に替えた後。

拡張肉体のサポートまで切って。

素の自分だけの状態にする。

モニカは見ていて不安そうだったが。

あたしは最初には、自分で実験をする。

どうしても専門職の手が必要なもの以外は。そうするのが筋だと、あたしは考えていた。そしてその筋は絶対に通す。

それがあたしなりのやり方だ。

アンブロシアの花冠だけを頭につける。

同時に。

全身の箍が外れるのが分かった。

呼吸を整えながら。

軽く踏み込んで、杖を振るう。

岩が木っ端みじんになる。

ハルモニウムで強化している杖とは言え。

この火力は、あたしの素の身体能力だけでは出せない。

体へのダメージは感じない。

日光がわき上がるような力になり。

そればかりか、体が壊れる限界ぎりぎりまで力を出しながら。

それによって掛かる無理が、瞬時に回復し続けているのも実感できた。

流石にドンケルハイトを用いる装備品だ。

これは本当に使える。

続いて砲撃。

杖を構え、詠唱をするが。

これについてはサポートもいらない。

普通に素の砲撃をするが。

魔力も大幅にブーストアップが掛かっている。

ターゲットにした、家よりも大きなクズ石材が、木っ端みじんになり。

無言でモニカが壁を展開。

飛んできた石材を防いだ。

爆炎が辺りを覆い尽くす。

壁を避けて左右に拡がった爆炎は。

森の手前まで届くほどだった。

此処は結構広い空間なのに。

拡張肉体を使って倍率を上げていない砲撃でこれだ。素晴らしい、としか言いようがない。

ただ、森を傷つけたら大変だったので、其処はひやっとしたが。

光のエレメンタルを焼き尽くした時同様、無茶苦茶に体中の力を絞り上げているのだ。壊れない程度に。

それでいながら、体のダメージは逐次回復してくれている。

これをつけつつ、生命の蜜を口に含み続ければ。

生半可な傷では死なないと断言しても良いだろう。

というか、休む場合は、後方に下がってじっとしているだけで、体力を一気に回復してくれる筈だ。

素晴らしい。実に素晴らしい。これぞまさに錬金術の力だ。

思わず、あたしは。

凄絶な笑みを浮かべていた。

これならば、光のエレメンタル相手に楽勝、とまでは行かないにしても。

少なくとも風のエレメンタルが相手なら。

多分自警団の総力を挙げなくても。

いつもの面子だけで倒せる。それも、総力戦ではなくとも、だ。

更に、である。

他の装備品もつけて見る。

他の装備品は、元の能力を倍増しにするタイプの強化を行うが。

アンブロシアの花冠は、元の能力を極限まで引き出す。

故にその効果はバッティングしない。

更に倍率が掛かる身体能力。

なるほど、全盛期プラフタが単独で邪神とやりあえる訳だ。

当然全盛期プラフタはあたし以上の腕の錬金術師だった訳で、更に効果が高い装備品で身を固めていただろう。

使っている爆弾ももっと火力があった筈。

魔術は使えなかったらしいが、そんなものは拡張肉体でどうにでもなる。

軽く動いてみる。

今まで以上に速く。

そして力強く動ける。

ただ、あまりにも速く動けすぎるので。

いきなり実戦投入するのは危険だ。

人間が出来る動きの限界を軽く超えてしまっている。

歴史に残るような戦士達でさえ。

素の身体能力で、此処までのものを発揮する事は出来ないだろうし。

彼らの絶技でさえ。

ヴェルベティスで固めた状態の錬金術防具を貫くことは出来なかっただろう。

満足だ。

その後は、普段着から戦闘衣に変えて。

それで実験もしてみる。

あたしに対して、モニカに斬り付けて貰うが。

弾くようにして剣撃は防がれた。

徐々に剣撃の威力を上げて貰う。

ハルモニウム製の刃だというのに。

そもそも通らない。

普通剣で斬られると、ざっくり行かなくても鈍器で殴られるのと同様のダメージが来るのだけれども。

ヴェルベティスはそれさえも吸収し。

溶かすように消してしまっているようだった。

徐々に本気になるモニカは、得意とする刺突も交えて攻撃してくるが。

あたしは棒立ちのままそれを防ぎきる。

呼吸を整えながら。

モニカは肩をすくめた。

「降参よ」

「爆弾も試してくれる?」

「ちょっと、本気?」

「それならば、私がやる」

不意に場に入り込んでくる声。

エリーゼさんだ。

光のエレメンタル戦でも、彼女は珍しく出てきてくれた。というか、普段は守りの要員として本屋に籠もっている彼女でさえ。出なければならないほどに危ない状態だったのだ。

熱を扱う魔術に関するスペシャリストであるエリーゼさんにも。

当然自警団から、あたしが作った装備類が支給されている。

彼女は肉弾戦こそ得意ではないが。

それはあくまで魔術に比べて、の話であって。

レオンさんが軽蔑していた、堕落しきっていた昔は武門の一族だった連中やら、それがやとった「一流の教師」やらよりは、遙かに強いだろう。

プラフタが頷く。

そういう事か。

声を掛けてきてくれたのだろう。

「では、お願いします」

「まずは弱火から」

詠唱しつつ、エリーゼさんは舞うようにして体を動かす。

詠唱の仕方は人それぞれ。あたしは殆ど動かずに、最低限の詠唱だけをするが。敢えて戦舞を取り入れることで、魔術の火力を上げる人もいる。というか、魔術は精神に影響を結構受けるので、本人が「かっこよさそう」とか思うやり方で魔術を使うと、火力が上がったりするものなのだ。あくまで「わずか」にだが。だがその「わずか」が、意外とバカにならなかったりもするのである。

ばちんとエリーゼさんが指を鳴らす。

本屋をしているからか、彼女は結構力強く指を鳴らした。

本は重いのだ。

あたしの体を、紅蓮の炎が包み込む。

だが、そよ風である。

炎が収まると。

焦げ目さえついていない、ヴェルベティスで守られた服と装備品の数々。勿論花冠の花も散っていない。

頷くと、エリーゼさんは、先の三倍ほど時間を掛けて、火力を上げた術式を展開する。

文字通り、炎の柱が。

一瞬で魔術で守られていない人間なら消し炭にしてしまう程の火力の炎が。

あたしを包む。

多少息苦しいかな。

そう思ったくらいだ。

勿論熱くなど無い。

肌が露出している部分もあるが。それはヴェルベティスに仕込んでいるものや、他の装備品の防御魔術が悉く防ぎきっている。

術式の展開が終了。

満足そうにエリーゼさんが頷く。

あたしの周囲は、溶岩がぐつぐつ言っていたが。

全然平気である。

というか、そもそもだ。

ドラゴンのブレスにしても邪神の使う攻撃にしても。

この程度の火力ではなかった。

つまりこれに耐えられないようでは。

上位次元からの攻撃を防ぐなんて、夢のまた夢と言う事である。

エリーゼさんが、聞いた事のない呪文を呟く。

これは、切り札を出すつもりか。

魔術師には切り札を持っている人が時々いるが、エリーゼさんも街の未来のために、自分のジョーカーを切ってくれるつもりになったのだろう。

詠唱もまったく聞いたことが無い。

ガードしようかなと思ったが、敢えてそのまま受ける事にする。

モニカが慌てて、全力で壁を展開。

プラフタもその影に退避する。

エリーゼさんは詠唱を終えると。

印を切った。

「焼き尽くせ」

その言葉は、むしろ静かだったのに。

その後の火力は、途方もない代物だった。

炎の鳥が、一直線に此方に突っ込んでくる。あたしはノーガードで受けたが、凄まじい圧力で押し返される。

流石にそのまま棒立ちで、微動だにせず、とはいかないか。

素の状態なら兎も角、エリーゼさんも散々能力を強化している状態なのである。

炎の鳥はあたしを包み込みながら、一気に実験場の隅まで押し出したが。

やがて、静かに消えていった。

エリーゼさんは、肩で息をつきながら、残心している。

ゆらゆらと、凄まじいカゲロウが視界を覆う中。

それが何処か遠くの出来事のように見えた。

あたしも呼吸を整える。

炎に包まれている間、息は出来なかった。

まあそれはそうだろう。

炎は防げても。

息が出来るかは別の問題だからである。

これは何かしらの工夫が必要かも知れない。

「エリーゼさん、ありがとうございました」

「いいえ。 これでキルヘン=ベルは鉄壁と化したと思うし、それを実感も出来た」

頷く。

勿論まだまだあたしの実力から考えて、更に上を目指せる。

光のエレメンタルと今の状態でやりあって、楽勝かと言われればそれは否だ。

しかしながら、これならば。

もはや下位のドラゴンであれば、真正面から殴り合っても勝てる。

不完全状態の光闇以外の下位邪神なら。

叩き潰す事も難しくない。

プラフタは本を借りる関係上、エリーゼさんに声を掛けやすかったのだろう。あたしは実験のお礼に、この間コルちゃんから譲り受けた歴史書をアトリエから持ってきて渡す。レシピの参考になるかと思って購入したのだが、もう読んだしいらない。逆にエリーゼさんには欲しいものだろう。

満足げに頷くと。エリーゼさんは本を持ち帰っていった。

さて、後は。

お披露目会か。

モニカと一緒にカフェに出向く。

このアンブロシアの花冠、主力となる人員分は用意できる。しかしこれは匪賊に流出でもしたら、大変な事になるとみて良い。

文字通りのバランスブレイカーだ。

これを装備しただけで、並の剣士が、それこそ伝説に出てくるような戦士並みの実力を得る事になる。

あたしとホルストさんで、徹底的に丁寧に管理していかなければならないだろう。

光のエレメンタルは言った。

いずれあたしは、真実を知らなければ世界にとっての災いになると。

だからこそ、あたしは己の運命と向き合い。

真実を知らなければならない。

それには貪欲なまでの渇望が必要だ。

力を得て。

それで敵をねじ伏せる。

どうせこの様子では、まだまだ災厄は訪れるだろう。

カフェで、お披露目会の話をして、顔役を集めて貰う。

その間、テスさんの淹れてくれたお茶を口にしながら。

あたしは、今後更に力を付けるにはどうするべきか。

黙々と考えていた。

 

(続)