時を刻め

 

序、精密なる歯車

 

父親は天才だった。

ハロルさんは、今までに何度かそうぼやいた。あたしの逆鱗に触れる話なのに。

あたしとは真逆の環境にいたこの人は。

だからこそか。

あたしとオスカーとモニカの三人組の兄貴分であり。

色々あって腐ってしまっている今でも。

結局、数少ない機械技術の職人として、頑張ってくれている。

そもそも小さな街で機械技術職人がいることそのものが稀少なのだ。だから如何にハロルさんが怠け者でも。

迫害はされないのが現状だ。

向かいにあるロジーさんのお店、つまり鍛冶屋は繁盛しているが。

同じ金属を扱う店でも、二人の得意分野は違う。

本当だったら、二人とも今なら繁盛できる筈なのだが。

それも上手く行っているとは思えなかった。

今日はコルちゃんに頼まれて、ハロルさんのお店を訪ねていた。

前にあたしが渡した、手先が器用になるマイスターミトンと。

高倍率のレンズを使って。

ようやく「インチキをして」父親に並んだと自虐的にぼやいていたハロルさんだけれども。

今日も険しい顔をして。

何か機械を弄っていた。

どうやら時計らしいが。

かなり高度なものらしい。

「ソフィーか。 どうした」

「難しい仕事ですか?」

「ああ」

村の顔役の老夫婦。キルヘン=ベル設立の頃からいる二人で。当時は商売を取り仕切っていた人達。

その奥さんの方が。持ち込んできた時計なのだ。

ハロルさんの父親が造ったらしい。

今、修理を頼まれているらしいのだが。

あまりにも難しくて、絶望しているという。

「どうやら技術がやっと並んだと思ったのは、錯覚だったらしい」

「そんなに凄いの?」

「桁外れだ。 やっかみも俺は持っていたが、本当に親父が天才だったとこれを見て思い知らされた」

口惜しそうな声は震えている。

そして、コルちゃんの方を見て。

ハロルさんは、あまり嬉しく無さそうに言った。

「支店に入らないかって話だよな」

「そうなのです。 もう、話は聞いているかと思うのです」

「より儲かる、か」

「それは保証するのです。 私はお金を廻す事には興味があるのですけれど、お金を蓄えることにはあまり興味が無いのです。 稼いだお金は使ってこそ意味があるし、お金が回ればみんな幸せになれるのです」

この辺り。

人間の商人とは考えが違うな、とあたしは思う。

経済を動かす事に意味を見いだすことは。

金を独占して。

自分で好き勝手をすることとは違う。

コルちゃんは大きな取引の度に口を押さえて喜んでいたが。

アレは恐らく、お金がたくさん手に入って嬉しい、というのではなくて。

お金を動かす事が出来る。

つまり、自分の存在を確認できる、という事が嬉しかったのだろう。

金を蓄えるためだけに商売をしたり。

弱者から搾り取るのは本末転倒だ。

そういう事をしていた商人も昔は多かったらしいが。

今ではすっかり姿を消したと聞いている。

深淵の者が消してしまったのだろう。

国家でさえ裏で操作している者達だ。

用心棒を雇おうが、悪徳商人程度ではとても太刀打ちできないだろう。

「とりあえず、今の俺には金よりもこの時計をどうにかするかが重要だ」

「……分かりました。 ソフィーさん、あの、お願い出来ないでしょうか」

「へえ?」

「ほう?」

あたしとハロルさんが、トーンとの違う返事をする。

あたしは面白がっているが。ハロルさんは露骨に不機嫌そうだ。

コルちゃんはあたしにはびびりつつも。

ハロルさんには冷静に応じる。

まあこの辺り、あたしが本当にヤバイ奴だと言う事を認識しているから、の違いなのだろう。

ハロルさんはなんだかんだで良い人だし。

「その時計を直せる手伝い、何とかならないですか、ソフィーさん。 もしも上手く行ったら、色々と値引きするのです」

「ふうん。 将来を見越しての先行投資?」

「そういう事なのです。 手元には必要なお金だけあればいい。 商会を大きくし、お金を回してみんなが生活できるようにするためには、それが大事なのです」

「ホムは何というか超俗的だな。 それでいながら商人の適正が一番高いってんだから俺にはよく分からん」

ハロルさんが頭を掻くと。

嘆息して、あたしを見た。

「技術だけならどうにかなるんだがな。 どうも故障箇所が特定出来ん」

「ハロルさんにもですか!?」

「時計ってのは、本当に難しい技術の結晶体なんだよ。 特にこういう時計はな、半分ロストテクノロジー化していやがる」

どんと、分厚い本を出してくるハロルさん。

時計の技術書だそうだ。

非常に複雑な数式が時計の構築には必要で。

それの理解と、職人芸が必須だという。

この職人芸が厄介で。

技術書を見ても、どうしても技が必要になってくる箇所があるそうだ。

「見てみろ」

促されて、時計の中を見る。

歯車が小さすぎて、認識出来ない。

魔術で少し空気を弄ってみるが。

空気の流れでも、違いがよく分からなかった。

「此処まで小さいと、レンズでどれだけ倍率を上げても駄目だ。 多分勘みたいなものが必要になる。 親父はそれを持っていた。 俺には無い。 ソフィー、勘を伸ばせる道具みたいなもの、作れないか」

「流石にそれは難しいですね」

「そうだよな。 だが、何かしらの方法で、兎に角異常を特定したい。 出来ない、だろうか」

「……やってみます」

この人は。

あたしとは少し違うが。

それでも家族によって苦しめられた。

あたしの場合は明確で身勝手な悪意によるものだったけれど。

この人の場合はその逆だ。

そして、この人の親は。

技術を伝えようとはしたらしい。

だがハロルさんは、受け継ぐことが出来なかった。

ハロルさん言う所の、「勘」が足りなかったのだろう。才覚とでも言うべきなのだろうか。

いずれにしても、劣等感に苦しめられ続けたハロルさんは。

ようやく今、それと立ち向かおうとしている。

あたしが造った道具類で、強引に才能が足りない部分を補完し。

何とか成功体験を積み重ね。

それで必死にここまで来た。

しかし、やはり才能の差によって。

門前払いされてしまう。

口惜しい事だろう。

才能の差か。

どうしてそんなものは生じてくるのか。

あたしにしても、他の人にしても。

そんなものがあれば、不幸が生じるのは当たり前だ。

創造神の胸ぐらを掴んで問いただすのは後だ。

とにかく、今は仕事に集中する。

時計の技術書を借りたので持ち帰ったが。

アトリエに戻り、開いて見ると。

思わず絶句する代物だった。

理論が凄まじいまでに難解なのだ。

高度な数学だけでは無い。

非常に緻密な計算が、あらゆる場面で必要とされてくる。

これを理解した上で、職人芸までもが必要とされてくるのだとすれば。確かに半分ロストテクノロジーになるのも頷ける。

機械技術者は大きな街にしかいない。

ハロルさん親子は例外で。

その理由も、何だか分かった気がした。

咳払いすると。

順番に作業を進めていく。

まずはざっと目を通して。

役に立ちそうな記述がないか調べる。

本職でさえ頭を抱えている案件だ。

簡単にいくはずがないのは承知の上。

プラフタにも意見を求める。

彼女はさっと本を見るが。

どうやら、斜め読みしながらも、しっかり頭に内容を叩き込んでいるらしい。

この辺り、才能云々よりも、頭の出来が違うのだろう。

とはいっても、プラフタは人間のどす黒い悪意にはあまりにも無防備だったという事実もある。

そういった才能の偏りは。

やはり今、高度な技術を用いている場に来ている状態では。

どうしても目についてしまう。

「昔から機械技術は非常に複雑ですが、これはまたとびきりですね」

「内容の理解は出来る?」

「出来ますが、この時計の修理には役立たないでしょう」

「どういうこと?」

プラフタが言うには。

トラブルシューティングの項目を見つけたらしいのだが。

基本的に時計が動かなくなる理由は幾つかあり。

動力が駄目になるか。

歯車が駄目になるか。

最初から計算が間違っているか。

このいずれかだという。

このうち、最初から計算が間違っている、は排除できる。

何しろこの時計、神聖魔術で管理されている教会の時計以上の精度で動いていたらしいから、である。

動力に関しても問題ないだろう。

これらの時計に使われている動力は、魔力の結晶体だが。

あたしが見たところ、魔力はまったく衰えていない。

しかもこれらの結晶体は、基本的に無尽蔵のマナを吸収して、半永久的に動く。出力が足りないのが問題だが。しかしながら時計程度を動かすには。しかもこんな掌に収まる程度の小さな時計の動力になるには。充分すぎる程のパワーを発揮する事が可能だ。

そうなってくると歯車だが。

此処のトラブルシューティングが問題だ。

まずは目視で歯車を確認し。

ずれたり、欠けたりしていないかを調べる。

それについてはよく分かったが。

問題はその確認方法が無いこと。

以前直したオルゴールとは歯車のサイズが違う。しかも、左右非対称だ。動力と噛んでいるらしく。

その複雑な構造は厄介極まりない。

歯車が欠けているかどうかさえ。

レンズで拡大しても分からない有様。

更に言うと、この複雑な構造。

ちょっとでも分解したら。

直せる自信が無い。

設計図も貰ってきているが。

このサイズの歯車を多数使うとなると。

一つでも無くしたら大惨事だ。

この時計、多分だが。

家一つ分くらいの価値があるだろう。

顔役の大事な私物とは言え。

ちょっと贅沢すぎる。

プラフタはなおもいう。

「実は時計は、機械技術者にとって「トラップ」と言われています」

「どうして?」

「他にも幾つか似たようなものはあるのですが、要するに実利がないのに奥が深すぎるため、はまってしまうと抜けられなくなるのです。 こういう半ロストテクノロジー化している時計などは特に顕著で、他の技術を無視して時計に一生を捧げてしまう技術者も珍しくないのだとか」

「それはそれで不毛だね」

他にも、「永久機関」と呼ばれる、本来ではあり得ない、永久に動力を産み出す仕組みや。

埋蔵金と呼ばれる、誰かしらが隠した宝の伝説など。

人生を狂わせる「トラップ」は多数あるという。

それらは「夢」という言葉によって甘くコーティングされ。

人生を台無しにし。

そして気がついたときには手遅れになっている。

勿論夢を持つことは大事だし、掴む事によって新しい世界が開ける場合があるのも事実だろう。

だが、一部の「トラップ」は、あまりにも先鋭化しすぎたリスクが、多くの屍を築いてしまう。

人間の数が足りているのなら良いのだろう。

だがこの世界では、人間の数が決定的に足りていない。

人材がありとあらゆる分野で足りないのだ。

その状況で、技術者に、トラップにはまられてしまうと。

それは大きな損失になってしまう。

この時計は壊してしまうべきでは無いのか。

一瞬そう思ったが。

それは駄目だ。

ロストテクノロジーなのは、あくまで勘と職人芸に頼る部分が大きすぎるから。

技術が進歩すれば。

その問題も解決できる可能性が決して低くは無い。

それならば、解析するしかないか。

プラフタと話しながら、内容を確認。

時計が動かないのは事実だ。

これだけ精密な機器だと、振ったり叩いたりするのは最悪の対応手段だろう。

それならば、どうするか。

分解するのは少しばかりリスクが高い。

歯車を、以前のように型どりするにしても、何処が悪いのかを調べないと、そもそも修理が出来ない。

困り果てたあたしに。

プラフタは、二つの解決策を提案してきた。

「一つは、今までとは比べものにならない精度のレンズを造る事です」

「ふむ、なるほど」

「恐らく職人の勘で、視覚以外の情報も無意識的に取り込んで、修理や作成をしていた部分があるのでしょう。 それらを、技術的な部分で埋め合わせします」

「更に精度の高いレンズか……」

やり方は幾つか思いつく。

そして、あたしは思うのだ。

誰でも出来て。

誰でも作れる。

それこそが、本当の技術ではないのかと。

本来、機械は誰でも使えるものであって。

それは、作る段階においても。

同じであるべきなのではないのか。

機械は誰にでも使えるが。

作るのは一部の天才だけにしか出来ない。

それはまた、技術としていびつすぎる。

あたしが錬金術に前々から感じていた不満と同じだ。ハロルさんがあたし達悪ガキ三人組によくしてくれたのも。

同じ空気を何かしら感じ取っていたから、かも知れない。

「もう一つの解決策は」

「声を聞く事です」

「!」

確かにそれもそうか。

最近は、今までとは聞こえる声の精度がまるで違ってきている。

確かに更に技術を伸ばせば。

錬金術の才覚を開花させれば。

何処が悪いのだと、時計が教えてくれるかも知れない。

だがそれは。

今回の解決策からは外したい。

あたしが首を横に振ると。プラフタは、ならば最初の方法しか無いな、と現実的に言い。あたしもそれを認めた。

いずれにしてもだ。

一部の超人にしか出来ない技術によって支えられるというのは、非常にいびつだ。錬金術にしても機械にしても、である。

そういった超人は確かに得がたい。

だが、それでは駄目なのだ。

超人に頼り切りになっていた技術は。

超人がいなくなれば終わってしまう。

あたしだって、今の錬金術には文句を百も千も言いたい立場だ。同じ苦悩を、機械技術者に抱えさせる訳にはいかない。

ならば、レンズを一として。

誰でも、超人と同じ技術を発揮できるシステムを構築するしかないだろう。

まずはレンズからだ。

あたしは、順番に。

材料と。

レシピを構築し始めた。

 

1、才覚の海

 

一晩かけてレンズのレシピを書いたが。

簡単にはいかない。

いつも大がかりな道具を造る場合、一週間以上はレシピ構築に掛かるし。

その上でプラフタに駄目出しだって貰う。今回もそうだろうとは思っていた。

朝、霧が出ている中外に出て。

ストレッチをする。

気付いていたので、声を掛けた。

「いるんでしょう。 出てきたら?」

「流石だね」

「大した物よ」

二人の声。

アトミナとメクレットだ。

プラフタはまだ寝ているし、二人にも、護衛にも戦意が無い様子。

最近は街の入り口を一として、要所には魔族の自警団員が探知用の結界を展開しているのだが。

それもまるでオモチャのように突破した、と言う訳か。

それに加えて、顔役。

恐らくパメラさんが此奴らに内通している。

中に入るのは難しくも無かろう。

「邪神を倒したようだね。 君の年齢では異例としか言えないよ」

「あたし一人では到底無理だったよ」

「それはそうさ。 我々だって、邪神を倒す場合には、念入りに準備をして、徹底的に相手の土俵に乗らない」

それは恐らく。

例の不思議な絵画とやらを用いるか。

それとも、そもそも邪神と生身で戦わず、何かしらの手段で安全に相手を嬲るのか。

それとも両方かも知れない。

まあ、推察しても仕方が無いか。

「それで、何か用? プラフタならまだ寝ているけれど」

「ああ、プラフタに用は無いよ。 一つ確認したいことがあってね」

「何」

「君は、この世界を変えたいかい?」

それはもちろんだと即答。

この世界はいびつすぎる。

才能にだけ左右される錬金術。

世界に満ちた理不尽と荒野。

そして何よりも、あからさまに人間に敵意を向けている世界。

こんな状況は、変えなければならない。当たり前の話だ。

それを聞くと、二人はころころと笑い。

そして目を細めた。

「また会おう。 いずれ、きみたちは僕達の居城に辿り着くだろう」

「その時、プラフタと君の意見を聞きたい。 そして、その後どうするかは、その意見を聞いてから決めるよ」

「根絶の力は使わないと」

「あの力を使うかは、その時に決める。 あれは禁忌の中の禁忌だ。 ぼくも、使いたくて使った訳では無いのさ。 どうしても世界を変えなければならないと判断したから使った、それだけだ」

まあいい。

だがあれは本当に禁忌の中の禁忌。

ノーライフキングの猛威や。

吹き飛ばしてしまった北の谷の事を思い出しても。

それははっきり断言できる。

一度の罪とするには重すぎる。

いつの間にか二人は姿を消していた。

見た目はただの子供。

身体能力も高いようには思えない。

だが、それでも錬金術の道具で、武装を重ねているのだろう。

簡単に捕まるようなへまはしない、という事だ。

あたしは何事もなかったかのように体を動かして、鍛錬を終えると。

魔力を練り上げる。

もっと鍛えなければならない。

邪神戦で、それは散々思い知らされた。

あれとは比較にならない、国でも討伐できないのがまだ確認できているだけで三十柱を超えている。

それがこの世界の現実。

あたしが生きているうちに。

そいつらを皆殺しにするのが。

最低限やらなければならない事だろう。

あたしは身体能力も魔力も、まだ伸びしろがある。

これに錬金術の道具による強化を加えれば、いずれ邪神どもとも素手で渡り合える程になる筈だ。

しばしして、修行を切り上げる。

アトリエに戻ると、プラフタが起きだしていた。

二人が来たことには気付いていないらしい。

黙々と起きだすと、本を読み始める。

ぼんやりしているのか。

童話を読んでいるようだ。

まあ頭がはっきりしてない間は、奇行に走るのもまた仕方が無い。

しばし放置しておく。

あたしはその間に、黙々とレシピを考察するが。

はてどうするか。

精度の高いレンズを造るには、色々と難しい技術が必要になってくる。

ならば、レンズを重ねて倍率を上げてみるか。

今まで造ったレンズは、砂の一種を高熱で溶かして、それから取り出した成分を固めていた。

これに関しては、錬金術でなくても出来るのだが。

錬金術でやる場合は、中和剤を加えて材料を変質させ、更に品質を桁外れに向上させる。

深核から作り出した中和剤を用いて、更に品質が高いレンズを造る事は理論的には可能だが。

コストが見合わない。

深核の中和剤は現在でも貴重品で。使う場合は、コルちゃんに大きな負担を掛けることになる。

しばし考え込んだ後。

現状持っているレンズを複数取りだし。

重ねて見たが。

適当に重ねるだけでは駄目だ。

きちんと正確な距離を保たないと、大きく見る事は出来ない。

複数を重ねるとなると。

相当な精度でレンズを重ねなければならないだろう。

レンズを固定する台を作成。

これ自体は、別に台に木の棒を刺すだけで作れる。

レンズは固定するための金具があるので、それと組み合わせて。

更にねじで締められるようにすれば。

予想通りである。

固定は簡単だ。

更に、複数の棒を立て。

同じ仕組みを全ての棒に着ければ。

レンズを自在に上下させ。

任意の地点で、精密に固定できる。

ただし、手動作業では限界があるか。

ここで錬金術を用いる。

基本的な仕組みはこれでいい。

複数のレンズをこうやって組み込めば、後は手動で調整すれば良いはずだ。

問題は、それがとてつもなく面倒な事と。

精度の調整が大変だと言う事。

そこで、支えに使う木の棒そのものを中和剤に浸し。

レンズを固定する金具にも中和剤を用いる。

そして土台は二重にし。

魔法陣を仕込む。

これにより、魔術での自動調整が可能になる。

理論は出来た。

レシピを書いて、プラフタに二度修正を受けて。それで完成。

三日で形になったので。

まあ今回は良い方だろう。

後は実際に作業を行い。

調整をしながら様子見だ。

造るのは一日で出来た。これでも、ものの意思を操作する方法については、散々学んだのである。

レンズも、現時点で出来る、コストと見合った最高品質のものを三段重ねにした。

これで恐らく。

本職が見れば、何処がまずいのか分かるはずだ。

しばし実物を調整。

レンズを覗くと、見える見える。

埃などをピンセットで乗せて見てみると。

具体的にはどういう形をしていたのかが分かる。

毛だったり。

何かの皮膚片だったり。

小さな生き物の死骸だったり。

様々だ。

更にレンズそのものもあたしは変質させた。

これはレンズの精度を上げるため、だったのだが。レンズそれぞれが魔法陣の指示で共鳴しあってものの拡大を自動的に助けてくれる。倍率を上げるのも金具と木の棒が一緒にやってくれる。

その結果、副作用と言うべきか。

今までのレンズでは精々10倍程度の拡大が精一杯だったのが。

1500倍から10000倍程度まで拡大できるようになった。

その代わり装置も少し大型になったので。

考えた後、インゴットを加工して、コーティングすることにする。

さび止めもして完成。

これで完璧だ。

後は、本職に任せるのが良いだろう。

ホクホク顔で、あたしは完成品をハロルさんの所に持ち込む。

ハロルさんは、謎のメタリックな装置を見てぎょっとした様子だが。

しかしながら、装置の説明をすると。

少し困ったように眉をひそめた。

「これだと、覗きながらの作業が出来ないな。 大きすぎる」

「む……確かに」

「いや、発想は素晴らしいし、これはこれで使い路がある。 だが、もう少し拡大精度は下げても構わないから、小型化出来ないか」

「分かりました。 やってみましょう」

いずれにしても、これについては買い取ってくれるという。

失敗作なのに良いのかと聞くと。

ハロルさんは考え込んだ後、失敗作では無いと答えた。

「恐らくこれは時計では無いものを修理する時などに、大きな力を発揮できる筈だ。 失敗作などではないし、ノウハウを残しておけばきっと役に立つ。 そもそも俺は戦闘ではあくまで後方からの支援しかできないし、お前達をいつも前線に立たせて申し訳ないとも思っている。 愚痴くらいしか聞けない情けない兄貴分だ。 それでも、お前の未来に少しは投資くらいさせてくれ」

「そんな、愚痴を聞いてくれるだけでも」

「いいんだよ。 たまには格好くらいつけさせろ」

料金を押しつけられる。

まあ、いいか。

あたしとしても、事情を知った上で一人の人間として接してくれるハロルさんのような相手は大事だ。

それに、ハロルさんは才覚が足りないかも知れないが。

それで機械技術者としてやっていけないのは。機械技術そのものに、錬金術と同じ根本的な欠陥があるとしか言いようが無い。

ならば。

このお金は、未来のために。

受け取っておくべきだろう。

アトリエに戻る。

プラフタに事情を説明。

プラフタは、話を聞き終えると。素直にハロルさんを褒めた。

「立派な方ですね。 ですが、恐らくさぞや苦しかったことかと思います。 自分の力量が足りない事を認められる人間はあまり多くありません。 ましてやコンプレックスとつながっている場合は、相当に大変なはずです」

「あたしにとってはね。 親はおばあちゃん。 親代わりはパメラさん。 家族代わりはハロルさんと、モニカとオスカー。 それにプラフタなんだよ。 だから、何とかしてあげたい」

あたしはいかれている。

狂気に足首まで掴まれている。

それを知った上で。

支えてくれている人には、きちんと敬意を表したい。

プラフタも、あたしが狂っているのに、それを頭ごなしに修正しようとかはしなかったし。

苦しみながらも、あたしの狂気に常に向き合ってくれている。

家族と言っても良いだろう。

プラフタはしばらく無言でいたが。

やがてアドバイスをくれた。

あたしも大まかな設計図はもうできていたので、レシピはすぐに出来た。

まあ小型化は難しくないし。

精度も落として良いならなおさらだ。

ただ、インゴットの加工などが大変なので。

その辺りは、ロジーさんのお店に話を持ち込んで、やって貰った。

なおロジーさんのお店だが。

今、あたしがインゴットを持ち込んで、それによって高精度の武器が作れると言う事で、評判になっており。

キルヘン=ベルに来る商人が、在庫を確認さえしていくという。

故にか。あたしが仕事の話を持ち込むと。

優先的に作業をしてくれた。

ただ仕事を少しばかりしすぎているからか。

ロジーさんはちょっとばかり窶れているようにも見えたが。

いずれにしても、本職に任せるべき仕事は任せ。

あたしはレンズを造る。

調整を自動で行う仕組みは既にノウハウが確立済みなので、

翌日ロジーさんに金属コーティングが終わった棒を受け取ると。

組み立てを実施。

覗いてみると。

小さな歯車が、とても大きく見えた。

倍率は10000倍まではいかないが。それでも今までのレンズとは比較にもならない。大体3000倍までは行ける。

小型化したため、レンズを三連では無く二連にしたが。それでも、時計の歯車の状態チェックは充分に出来る。

ハロルさんの所に持ち込む。

頷くと、ハロルさんは早速、時計をそれでチェック。感嘆の声を上げた。

「親父はこんな世界を見ていたんだな」

「……」

悔しそうだが。

声には間違いなく感歎も含まれていた。

視覚だけではなしえない、「勘」の領域による職人芸。

誰もが出来る訳では無い技の数々。

それを技術で克服できるなら。

進歩と呼べるはずだ。

一人にしか出来ない技は、問題だ。再現が出来ないのなら、その一人が死んだ時点でロストテクノロジーになってしまう。

一人しか知っていない事も問題だ。

誰かに伝えなければ、その時点でこの世から消え去ってしまう。

だが、こうやって。「勘」によって生じる力量差を埋める技術が確立すれば。

錬金術だって、同じ事が出来れば。

世界は変わるのではないのか。

現在さえない世界。だから力尽くでも変えなければならない。

それは確かに正論だ。

この世界には、現時点では現在さえない。

ただ、綱渡りをしているだけで。

いつ滅びてもおかしくない。

始まってさえいないのだ。

だが、未来を奪うのはいけない。

それもまた事実だ。

根絶の力による災禍は、実際に目にした。あのような力を使うことは、絶対に許されてはならない。

まもなく、ハロルさんが、時計の不具合の位置を特定した。

そして、彼は言う。

この装置があれば。

直せると。

 

数日後。

ハロルさんが、あたしがアトリエで街に納入する物資をせっせと調合している所に来た。一段落するまで待ってから、声を掛けてくる。

その間に、プラフタが茶を出してくれた。

この茶も、あたしのブレンドだが。

そのままだと味が独特なので。

砂糖とか蜂蜜とかを欲しがる人も多かった。

いずれも高級品だが。

あたしのところには在庫がある。

故にそういう贅沢を言う訳だ。

なお蜂蜜は蜂の巣を丸ごと潰して絞って造る。砂糖は何種類かの果実から、抽出して造る。

砂糖の方は、最近出来るようになったのだが。

大量に造って納品してくれと、コルちゃんに言われている。

飛ぶように売れるそうである。

ハロルさんは、あたしのブレンド茶をそのまま飲みながら。

作業が終わったあたしがテーブルの向かいに座るまで、根気強く待ってくれた。

「ありがとう。 時計は直ったよ」

「良かった。 それで原因は何だったんですか?」

「埃が詰まっていたんだ。 それで歯車が回らなくなっていた。 それくらい繊細な歯車だったんだ。 埃を取り除いたら、冗談のように動くようになった。 親父だったら、即時に問題を特定していただろうな」

「でも、今同じ修理を行う事が出来た、筈です」

ハロルさんは苦笑いする。

そして、もう一度礼を言うと。

お金を渡してくれた。

思ったよりもかなり多い。

「実は後日談があってな。 親父も昔は、時計だけではなく色々な機械の修理に苦労していたらしい。 何度も失敗して、勘をある時突然身につけたそうだ。 それからは天才と呼ばれるようになったらしくてな」

「!」

「何でも業界用語では天啓とかいうらしい。 俺には恐らくそれは来ないだろう。 だが……天啓を貰った親父に並ぶことが出来たのも事実だ。 それに客は感謝してくれた」

ぺこりと頭を下げる。

兄貴分であるハロルさんは、近づきがたい雰囲気があるが。

それでもこんな風に頭を下げてくれたのは、本当に嬉しかった。

そして、最後に言われる。

「あの拡大する装置だが、多分小さい方なら商品として需要があるぞ。 ホルストさんに見せてみろ」

「分かりました。 今度また造ります」

「俺のように天啓がなくて困っている機械職人を救うはずだ。 誰にでも造れるように、レシピも整備してくれると嬉しい」

ハロルさんはアトリエを出ていく。

あたしはため息をつくと。

プラフタが茶を片付けるのを横目に言う。

「同じような事、錬金術で出来るようにしたいね」

「……始原の錬金釜という言葉について覚えていますか」

「ああ、あの二人組が口にした」

「そうです。 あれは私が生きていた頃に研究していたものです。 完成はしませんでしたが、錬金術を初歩的なものであれば、誰にでも使えるように、という考えの元でレシピを組んでいました」

二人に回収されたのは当然だろうと、プラフタは言う。

何しろ、二人はルアードと名乗った。

ならば、二人とプラフタはアトリエを共有していたのだ。

プラフタが何かしらの方法で隠しでもしない限り。

レシピを回収されるのは当然だとも言える。

「しかし、貴方も知っての通り、錬金術は才能が全ての学問です。 初歩だけでは、魔術と大差ない力しか出せません。 最終的に私は始原の錬金釜を、失敗作と判断したのです」

「それでも、差を埋めるために使えないかな」

「……錬金術の力は、神の力に匹敵すると言われていました」

神の力、か。

大げさとは言えまい。

急激に緑化が進んでいるキルヘン=ベル周辺。既にキルヘン=ベルは人口600を超えており、急ピッチで新市街地の工事も進んでいる。

今、全自動荷車と、全自動荷物積み降ろし装置の追加注文も来ていて。

畑に関しても、更に拡がり続けている。

元が荒野だったのだ。

森の一部には獣が住み着き始めているが。

荒野にいる危険な獣と違い。ある程度大人しくなっている。

勿論子供が手を出して噛まれないとか、そういう愛玩道具のようなおとなしさではないが。

専門の訓練を受けた人間達が総掛かりで処理をしなければならない、というような危険な猛獣では無く。森の管理者として、必要な武力を持つ動物としての獣だ。

森だけでは無い。

橋にしてもそうだ。

材料さえ揃えば、既存の不便なインフラを一瞬にしてひっくり返す錬金橋は。

今後何らかの方法で、普及させようと考えている。

これが普及すれば、山奥で孤立しているような村や。

厳しい地形で難儀しているような人々も。

ぐっと安全で楽な生活を出来るようになる。

今までの環境がおぞましいまでに厳しすぎたのだ。

こうやって、少しでも世界を変えることが出来れば。

現在を作っていく事が出来るのでは無いのか。

そうすれば未来を奪ってまで。

現在を変えなくても良くなるのではあるまいか。

だが、まだまだあまりにもあたしの力は小さすぎる。もっと出来る事は多いはずだ。

あたしは大まじめに、さっきの拡大装置を作り始める。ロジーさんにインゴットを渡して棒を増やして貰い。

材料を用意して組み立てる。

ホルストさんの所に完成品を持ち込むと。

確かにとても喜ばれた。

「これは素晴らしい。 確かにこれがあれば、今までどうしても難しかった作業も出来るようになりますね」

「修理はあたしの所に持ち込んでくれればすぐにやります」

「メンテナンスは大丈夫ですか」

「魔術で自動で行うようにしてあるので平気ですよ」

頷くホルストさん。

具体的にはレンズ回りの風の動きを調整して、埃がつかないようにしている。

他にも幾つか自動メンテナンス機能はついているのだが、説明はしなくても大丈夫だろう。何よりこれはレンズ回りに触らなくても大丈夫なのだ。汚れの最大要因が無い。

機械技術のある街と取引がある商人に売ると言う事で、早速ホルストさんがコルちゃんと話を始める。

納品要求数は5。

まあ、すぐに作れる数だ。

あたしは少しでも世界をよくするために。作業に取りかかるべく、アトリエに戻る事にした。

こういった、世界を変える作業を。

誰もが行う事が出来れば良いのだが。

アトリエに戻りながら、その方法を考える。

だが、すぐには。

良い考えは思いつかない。

 

2、伸びよ芽

 

少し多めの流入民が来た。

何でも匪賊に脅かされていた村の住民達が、元々過酷な生活に嫌気が差してしまい難民化。

揃って豊かだと噂のキルヘン=ベルを目指して移動し。

そして途中である程度の脱落者を出しながらも。

到着した、という事だ。

人数は五十人ほど。

東の街から伝令が来て。

ホルストさんがすぐに対応を開始。

あたしの所にも、テスさん経由で話が回ってきた。

別に構わない。

そもそも年内に千人を超えるだろうと推察されていた人口だ。

ほぼ予定通りの人口増加が続いていて。

それを想定して都市計画を継続している。

自警団でも、人員を増やす計画を立てているが。

流石に人員の一割を超えないように、考えながら増やしているため。

すぐに増員を掛けるつもりは無い様子だ。

ともかく、顔役であるあたしは、プラフタと一緒に適当な所で調合を切りあげ、カフェに行く。

嫌な予感がする。

数が多いとは言え。

あたしの所に声が掛かったと言う事は。

ほぼ間違いなく何かあると言う事だ。

深淵の者も活発に動いているし。

あたしにも接触を図ってくるくらいだ。

何かおかしな事が起きていてもおかしくは無いと言える。

カフェに出向くと。

顔役は皆渋い顔をしていた。

予想は的中した、という事だ。

ホルストさんは咳払い。

笑顔を保っているが。

周囲の顔役はそうではない。

特にヴァルガードさんは露骨に不機嫌そうだった。

「ソフィー、プラフタ、来ましたね。 すぐに席に着いてください」

「分かりました」

「それでは、全員揃ったので、会議を始めます」

ホルストさんは宣言すると。

伝令から受けた話と。旅人の靴で様子を見に行ってきた自警団員のベンさんとタレントさんの報告が発表される。

もう一度確認、という意味合いも強いのだろう。

話を聞いて、あたしはそうかとだけ思ったが。

露骨にプラフタは眉をひそめていた。

何でも此奴ら。

村を作って寄越せ、とか言っているらしいのである。

「何でも出来る錬金術師がいるから来た、村を作ってすぐに寄越せ、生活水準も以前と同等以上じゃないと納得しないし、村長は顔役に入れろ、だそうです」

「はあ?」

思わず声を上げる顔役さえいる。

ホルストさんも、苦笑い。

あたしも、ああこういうのも来るよなあ、とかしか思わない。

悲惨な境遇でこの過酷な世界を渡り歩いている者達は多い。

だが、普通キルヘン=ベルまで来なくても。

途中の街で収容されたり。

危険を冒して街道を通ろうとまで思わない。

それがわざわざここまで来ると言うことは。

此処がそれだけ今、めざましい発展をしていると、噂になっているから、という側面もあるのだろう。

それはそれで好ましい事だが。

ここ最近、明らかに良からぬ輩が増えている。

牢に入れなければならないような奴もいるし。

場合によっては東の街のミゲルさんに連絡して、国の役人に引き取りに来て貰っている程だ。

最悪の場合は処刑しなければならないが。

今の時点では、其処までの凶悪犯は出ていない。

ただ、今回は特別にタチが悪い連中の様子で。

対応を間違うと。

そう、プラフタのような目に会うかもしれない。

重苦しい声。

つまり、相当に頭に来ているらしい声を上げたのは、ヴァルガードさんである。

「受け入れを拒否しても良いのではないのか」

「そうも行きませんよ」

「ソフィー、理由を聞かせろ」

「恐らく受け入れを拒否したら、そのまま匪賊化すると思います」

あたしがずばり指摘すると。

皆が押し黙る。

正直此処まで面倒な連中を受け入れる事になるとは。

考えていなかったのだろう。

数人という単位でなら。

ゴロツキが入り込んでくる事は今までもあった。

それらについては、受け入れる度に目をつけて。

問題行動を起こしたら即時に拘束していた。

故に今までは問題は起きていなかった。

そもそも生活水準については、都会よりも良いものを用意しているという自負もある。

お金は生活している人間に行き渡っているし。

食べ物も美味しい。

インフラも整備されていて。

水も安全。

下水だって地下に通している。

猛獣の危険だって少ない。

ネームドも現時点では周囲にいない。

邪神さえ、つい最近退けたばかりだ。

これだけ安全な街はそうそうない。

だがそれがゆえに。

火に集まる蛾のように。

ろくでもない連中が集まってくる、という事だろう。

プラフタが挙手。

「私が行って見極めましょうか。 私も過去に、同じような者達によって、痛い目にあった経験があります」

「プラフタはキルヘン=ベルと同規模の街の顔役だった過去があるのでしたね。 いずれにしても、ミゲルにこれ以上そのような者達を押しつけておくわけにもいかないでしょうし、様子を見に行かなければ」

ホルストさんに、あたしも指名される。

フリッツさんも。

とりあえず武闘派と立場のある人間を揃え。

そして様子を見に行く。

それで会議は終わり。

すぐに準備をして、動く事になった。

ジュリオさんは流石に関係無いので、キルヘン=ベルに残って貰うが。

コルちゃんには来て貰う。

物資などの確認をして欲しいと、ミゲルさんから要請があったらしい。まあ五十人がいきなり居座ったのだ。

それは倉庫の中身が少し心配にもなるだろう。

本職に見てもらって。

状況を確認して欲しい、という心理はよく分かる。

コルちゃんは何人かホムを雇っているが。

皆ホムらしい生真面目な者ばかりで。

数字にも強い。

ホムちゃんがちょっとばかり席を外したくらいで。

問題が起きることは無いだろう。

今までも、そうだったように、である。

準備は一刻で終わったので。

すぐに東の街に。

そういえば、街道もかなり緑化が進み、防護壁も東に随分進んだ事もある。拡がっている安全圏。畑も森もかなり大きくなっていて、安心して様子を見ていられる。工事をしている人達も、負担が掛かっている様子は無い。

丁度今、元々ある街の方では、何種類かの野菜と木の実が収穫の時期に入っていて。

加工して保存食にしたり。

或いは日持ちしないものはその場ですぐに食べたりと。

豊かな生活が実施できている。

東の街も、畑が拡がったことで食糧にはまったく困っていない様子だし。

さて、迷惑者達がどう出るか、次第か。

旅人の靴も改良を進めているため。

移動速度は更に上がっている。

一日もかからず、東の街に到着。

襲撃を受けることもなかった。

東の街は、以前とは見違えるようだ。

家々はどれも綺麗になっているし。

ボロボロだった防護壁もしっかり作り直されている。

迎えに出てきたミゲルさんも、少しつやつやしているかも知れない。

いずれにしても、以前の悲壮感は感じない。

とても綺麗な街になった。

だからこそ目立つ。

その一角を勝手に占領している集団は、である。

あれが例の問題者達だろう。

「よく来てくれた。 ホルスト殿、ソフィー殿」

「様子はどうですか」

「毎日勝手な事ばかりを口にしている。 街の自警団との小競り合いもむしろ積極的に起こしている様子だ」

「どうしようもないですね」

あたしはかなり頭に来ていた。

東の街の復興には、あたしも力を貸している。

キルヘン=ベルと東の街は、持ちつ持たれつの関係である。西の街はもうアダレットに所属しているから、国が違うので、あまり関係は持てないが。此方は同じ国で、しかも非常に距離的にも近い。

色々な苦難を一緒に乗り越えてきた街だという事もあって。

ならず者が好き勝手にしているのを見れば、当然頭にも来る。

「ひょっとして、難民に偽装した匪賊という可能性は」

「いや、それはない。 此方でも確認したが、出所ははっきりしている」

そうか。

匪賊だったら躊躇無く皆殺しにしてしまうのだが。

そうもいくまい。

ミゲルさんの話によると、元々貧しく、荒れていた村だったらしいのだが。これが最悪な事に、匪賊に目をつけられた。

それもかなり大規模で、周辺の街が対応に苦慮する連中に、だ。

それで、いっそ潔いという程に、村を捨てて逃げ出し。

発展著しいと噂のキルヘン=ベルを目指して動き出した、というのが事のあらましらしい。

まあ大体ホルストさんに聞いた話と同じだ。

食い扶持を用意することは出来るが。

ただ見ていると。

あまりにも目に余る。

仕方が無い。

一旦此処で、ある程度話を付ける必要があるだろう。

フリッツさんとあたしとコルちゃんを伴って、ホルストさんが彼らの所に行く。

剣呑な目つきが此方に向けられ。

そして不快感がフリッツさんの目に浮き上がるのを、あたしは確かに見たが。今は黙って置く。

「なんだあてめえら」

「キルヘン=ベルの顔役ですよ」

「てめえら舐めてんのか!? こっちはなんでずっと足止めなんだよ! さっさと街に入れろやゴラア!」

巻き舌でまくし立てる。

そうだそうだと声が上がる。

なるほど、これは東の街で足止めする訳だ。

フリッツさんが剣を抜く。

文字通り、稲妻が閃くような速度だ。

瞬時に鼻先に剣を突きつけられた、大柄な男が黙り込む。

流石に荒事をやっているだけあり。

相手が本物の傭兵だと気付いたのだろう。

「ホルスト、断るべきだと思うが」

「そうですね。 この有様では、街に入れても害にしかなりそうにありませんね」

「斬るか?」

「……」

ホルストさんは何も言わない。

流石に青ざめ始めるゴロツキども。

フリッツさんに隙が無い事くらいは分かる実力がある、という事なのだろう。

というかこんな連中。

その気になれば、フリッツさんが出るまでも無い。

あたしがその場でミンチにしてやる所だが。

まあ、とりあえず出方を見るとしよう。

「まず貴方たちの顔役を出しなさい。 あまりにも身勝手な要求をしている事を理解出来ていないようですので、話をしっかりします」

「ちょ、長老……」

「どけ」

さっきまで騒いでいた連中を押しのけて。

粗野と野蛮を足して二で割らない大男が前に出てきた。ヒト族だが、それ故に暴力性と狡猾性を兼ね備えているのが見て取れる。獣人族が集団の長にならない事が多いのは、どうしてもヒト族に狡猾さで劣るからだ。

なるほど、大体読めてきた。

此奴ら、匪賊に片足を突っ込みかけていた連中なのだろう。

匪賊に追われたと言うよりも。

匪賊と抗争を続けていて。

それで敗れて村を離れた。

それが真相に違いなかった。

「なあ、あんたのところ、凄い錬金術師がいるらしいじゃねえか。 俺たちだって人間だし、良い生活はしたいんだよ。 受け入れてくれてもいいんじゃねえか?」

「それは態度次第です」

「ああん?」

「まずきちんと働いて貰います。 他の人達と同じように。 危険も担保して貰いますよ、当然の話ですが。 見ると腕自慢の人間も多いようですね。 自警団に入って、獣とも戦って貰います」

巫山戯るなと、喚こうとした相手側の顔役だが。

当然、フリッツさんの剣が、瞬時にのど元に向けられていた。

フリッツさんの表情は本気だ。

今までの言動からしても。

これは斬っても罪にならないだろう。

「それと、発展していて安全だというのは間違いですよ」

「何……」

「知らないようですね。 つい最近キルヘン=ベルは、ドラゴンと邪神の襲撃を立て続けに受けています」

まあ、これは半分は嘘だが。

別に完全に嘘というわけでは無い。

あたしがドラゴンと邪神を葬ったのは事実だ。

そして、今後も、

恐らく間違いなく、ドラゴンも邪神も新手が来る。

「見たところ荒事に自信があるようですね。 当然、今後キルヘン=ベルに来るのなら、最前線でドラゴンとも邪神とも、それにネームドとも戦って貰います」

「お、おい、長……!」

逃げ腰になる手下。

半分匪賊に足を突っ込んでいる連中だ。

こんな話を聞かされれば。

自分がどんな事をしていたか。

すぐに分かる事だろう。

そして、そもそもだ。

ドラゴンや邪神を退けられる街何てそう多くは無い。

それだけの軍事力があると言う事で。

乗っ取ることなど不可能。

それが理解出来たはずだ。

「さて、どうします。 街に来るならば、当然最前線で、ドラゴンとも邪神とも戦って貰う事になりますが」

「そ、それは……」

「ラスティンの首都ライゼンベルグを目指してはどうでしょう。 丁度此処にはラスティンの役人もいます。 貴方たちがやっていたことを、正確に紹介状に書いてくれることでしょう。 貴方たちが良民だというのなら、きっと何の問題も無く受け入れてくれると思いますが?」

真っ青になった大柄な男。

というか、まだ此奴気付いていないのか。

丁寧に喋っているホルストさんでさえ。

此奴らをまとめて畳むには充分な実力を持っていることを。

一人が妙な動きをしている。

鼻を鳴らすが、気付かないフリをしておいてやる。

後ろでやりとりを記録しているコルちゃんの背後から近づいているのだが。

程なく、そいつは。

コルちゃんに襲いかかり。

残像を掴んで、愕然とした。

直後、コルちゃんがそいつの横っ面に強烈な回し蹴りを叩き込む。

首が嫌な角度に曲がったそいつは。

吹っ飛んで、地面に叩き付けられ。

バウンドして、防護壁にぶつかり。

ずり落ちた。

コルちゃんも、ドラゴンや邪神と戦って来たのだ。

如何に戦闘力が低い傾向のあるホムでも。

この程度の相手に遅れは取らない。

多分コルちゃんを人質にして、言うことを聞かせるつもりだったのだろう。

「随分と非紳士的な行動なのです」

「……っ!」

「こういうことをするからには、覚悟は出来ているのでしょうね? ソフィー、私が合図をしたら、好きなようにして構いませんよ」

「はい」

あたしが前に出る。

ソフィーという名前を聞いて、明らかに此奴らは逃げ腰になる。

匪賊の間では有名だと聞いている。

キルヘン=ベルに近づいた匪賊は、一人も生きて帰れない。

鏖殺のソフィーと呼ばれる凄まじい残虐性を誇る錬金術師がいるからだ、と。

あたしがそれだと気付いたのだろう。ようやく。

そして既にあたしは戦闘モードだ。

体から放たれている魔力と殺気は。

匪賊なんぞ束になってもどうにもならないことを分からせるには充分なはずである。

悟っただろう。

キルヘン=ベルに来ても、好き勝手な事など出来ないと。

理解しただろう。

自分達は、ネームド以上に危険な相手の足下で、好き勝手な事をほざきまくり。相手を舐め腐っていたのだと。

「わ、分かった! ……ライゼンベルグに向かう事にする。 紹介状を書いてくれ」

「そうですか。 決断を間違わなかったようで良かったですね」

やりとりを見ていたミゲルさんが来て。

厳しい視線を向けられる中。

ゴロツキどもの長は。

土下座をした。

そしてミゲルさんは険しい顔のまま紹介状を書き。

手渡したのだった。

 

一人、コルちゃんを襲おうとした奴だけはその場で引き取る。投獄した後、反省が見られないようなら追放する。

五十人ほどがとぼとぼと東の街から出て行く。自警団が、監視のためについていった。彼らも以前ネームドとの戦いで共闘したりもしたのだ。ゴロツキ崩れに遅れを取ったりする事は無いだろう。

そういえば、あのゴロツキどもの中には、女性や子供、老人がほぼ見当たらなかった。

恐らくは、村を捨てるときに、殆どを一緒に捨ててきたのだろう。

匪賊と殆ど変わらない思考回路だ。

いっそのこと、村に戻ったらどうだろうと思ってしまったが。

それは敢えて口にしない。

連中が占拠していた辺りは、ゴミや汚物が散らばり、凄まじい有様だったが。

ミゲルさんは、今までに味わった災厄に比べれば何でもないと、むしろ穏やかな表情だった。

「ありがとう。 ホルスト殿、ソフィー殿、助かった」

「何、相手が分かり易い阿呆だったからですよ」

「それでも、この街だけでは対応出来なかっただろう」

コルちゃんが倉庫を見て、戻ってきた。

食糧の備蓄は充分だそうだ。

彼奴らがかなり食い荒らしたようだが。

それでもまだまだ余裕があるという。

確かに、東の街の畑は、黄金の稲穂が頭を垂れているだけではなく。他にも多くの野菜が実っている。

森にも美しい緑と、木の実が多数。

これならば、住民を養ってあまりある筈だ。

ミゲルさんの家に移って、軽く話をする。

「今のままキルヘン=ベルを拡大すれば、二年か三年の間には、この街と合併が出来るでしょう」

「そうなると人口二千を超える規模の街になるな」

「そういう事です。 人口万を超える事も、私が生きている間に達成出来るかも知れません」

「だが、あのような輩が来る頻度も増えるだろう。 私の責任も重くなるな」

ミゲルさんはあたしに向き直ると。

改めて礼を言う。

この街にも、まだまだあたしの物資は流れ込んでいる。

旅人の靴も。

マイスターミトンも。

グナーデリングも。

土地活性剤も。

それに各種の薬も。

ホルストさんは、この街との連携を何より大事に考えていて。

その結果、重要な戦略物資を多数譲渡しているのだ。

だから、この街はこの街で、西に街を拡大している。

森を拡げ、畑を増やし。

猛獣を駆除しながら。

なお、オスカーもそれで、時々此方に請われて足を運び。

緑化作業の指導をしている様子だった。

「ありがとう。 今後も世話になる」

「いえ。 此方も、今回はお世話になりました」

実際、ミゲルさんが足止めしていなければ。

彼奴らは無節操にキルヘン=ベルになだれ込んでいただろう。

まあ悪客害客はお断り。

それは当然の話だ。

誰も彼もを救える人はいるのかも知れないが。

少なくとも、邪悪な目的で侵入してくる輩を受け入れてやる理由は無い。

今日明日はこの街に止まる。

逆恨みをした連中が、襲撃を仕掛けてくるかも知れないから、である。

何、二日くらいなら。

キルヘン=ベルを留守にしても問題は無いだろう。

その間に、東の街の周囲を見て回る。

遠めがねを使って確認すると。

水源以外にも、面白そうな場所が幾つか見受けられた。

今後足を運ぶのも有りかも知れない。

貴重な素材は。

幾らあっても足りないのだ。

 

二日後。

東の街の自警団員達が戻ってきた。

何でも、隣の町であの連中はそのまま拘束されたらしい。かなりの悪行を繰り返していたらしく、手配書が回っていたそうだ。

それに、ミゲルさんの書いた「紹介状」が決定打になった。

匪賊だったら問答無用で処刑だが。

流石に其処まではされず。

檻車が用意され。

それに詰め込まれて、ライゼンベルグに移送されるそうである。

なお、裁判はライゼンベルグで行うそうだ。

更に、だが。

やはり彼奴らが放棄した村には、老人や子供が取り残されており。

だが不思議と、匪賊は全滅。

周囲の猛獣もどうしてか怯えて村には近づかず。

救助部隊が、既に近くの街に引き取った、と言う話も聞かされたらしい。

何となく状況は見当がつくが。

あたしは何も言わない。

いずれにしても、これで全て綺麗に解決、と見て良いだろう。

それに、キルヘン=ベルに悪さをしようとして入り込む奴も、これでぐっと減るはずだ。

鏖殺のソフィーという名前がかなり知れ渡っているようだし。

今後は舐めた真似をする事は出来なくなる。

更に、ミゲルさんに言って。

もっと恐ろしい噂話を流して貰う事にする。

「この間、邪神を討伐した際に、とどめはあたしが刺しました。 頭を握りつぶして」

「ほう、それは凄い。 倒したのはソフィー殿だとは聞いていたが」

「これを噂にして流して貰えますか。 そうですね、神殺しのソフィーというのが良いでしょう」

「承知した。 素手で邪神を殺したとなれば、その噂が与える恐怖は絶対的なものになるだろう」

これでいい。

恐怖は人間に大きな影響を与える。

特に後ろ暗い事をしている連中には、である。

さて、話もコレで終わりだ。

戻る事にする。

プラフタはあらゆる人間に平等に接しようとした。

それで失敗した。

プラフタは優しかった。

あたしよりも間違いなく平等で。

だから駄目だったのだ。

荒野にはああいうのがいる。

ああいうのには、優しくすれば、つけあがるだけ。

誰も彼もを平等に救えるわけでは無い。

勿論何かしらの手段で救う事は出来るのかも知れないが。

いずれにしても、今は無理だ。

キルヘン=ベルに戻る。

まだまだ。

やらなければならないことは、山のように残っている。

 

3、蠢く法則

 

キルヘン=ベルに戻って数日後。

新しい錬金術の装備品について模索していると。再びアトリエを訪れる者がいた。また面倒な事態かと腰を上げるが。

予想とは少し違う方向で面倒な事が起きていた。

少なくとも荒事ではないので。

呼ばれるままに、ハロルさんの所に行くが。

いない。

そうなると、話の内容的にロジーさんの店か。

ロジーさんの店に行くと。

早速二人を見つけることができた。

「こんな常識外の銃を作って、扱えるとは思えない」

「それでもいいから作って欲しい」

「俺は実用品を作るのが仕事だ。 趣味の品に掛ける時間はない」

「これは実用品だ」

完全に平行線である。

ちなみにあたしを呼びに来たのは、自警団の一人。

この間まで東の街で働いていたティアナという子だ。

ちんまいので心配していたら、案の定十代前半。

剣の腕は天才的という事だが、流石に体が出来ていないので、まだ前線には出せないとモニカに聞いている。

何でもこうやって彼方此方の自警団で仕事をしながら、腕を磨いているらしい。

家庭のことは話そうとしない。

一度ノリで飛び出してきたとおどけて話していたそうだが。

とてもそれが本当だとは思えないと、モニカはぼやいていた。

なおティアナは、用事が済んだら剣の修行をしたいと、すぐに消えた。

というか、面倒事に巻き込まれたくなかったのだろう。

静かで、だが激しいやりとりをしている二人に。

あたしは咳払いする。

「どうしたんですか」

「ソフィー、聞いてくれ。 ハロルさんが、とても扱えそうも無い銃を作れと俺に強要するんだ」

「扱えると言っているだろう!」

基本的にダウナー系のハロルさんが、珍しく声を荒げている。

そういえばハロルさんの逆鱗ポイントは、自分に才覚が無い事、だった。

この人、自分に対して怒るのだ。

だから珍しい。

この人が、他人に。

しかも、実力を認めている相手に声を荒げるというのは。

どれと、設計図を見せてもらう。

それは、この間邪神戦でハロルさんが持ち出していたものよりも、更に大きな銃だった。前の奴は、確か自警団の備品だったのだが。

今回のはそれよりも長大で、口径も大きい。

何だこれ。

ドラゴンでも狩るのか。

これにプラティーン弾丸を詰め込めば。確かにドラゴンにも通じそうではあるが。しかし一発しか当てられないだろう。

狙撃でここぞのタイミングで、蜂の一刺し。

それ以外では使えそうにない。

更に、あたしの作った拡大レンズの仕組みを使ったのか。

スコープまでついている。

なるほど、超長距離からの確殺射撃。

ただ、それでも。

邪神やドラゴン相手には、確殺が行けるかは分からないだろう。

ロジーさんは、基本的に現実的な武器を作る。

オスカーのスコップにしても、殺傷力を最重要視しているし。

モニカの使う剣にしてもそう。

この人の作るものは。

皆実用品なのだ。

だからこそに、色々な意味で「確殺」「浪漫的」なこの銃は、あまり考えが合わないのだろう。

「そもそも、前の戦いでも、自警団の備品の長身銃でどうにかなったと聞いている。 貴方の腕ならば、それで良いのでは無いのか」

「今後更に敵が強くなるのが確実だから、より強力な武器を求めているんだ。 ただでさえ俺は前線で武力を振るえるほど体が強くない。 それならば、武器を強くする以外にないだろう」

「武器を強くするにしても、これは極端すぎる!」

「ならばどうすればいい!」

温厚なロジーさんもヒートアップしてくる。

普段優しい人ほど怒ると怖いと言うのは定説だが。

この人に関しても、例外では無いらしい。

オスカーもそうだが。

温厚な男性はため込む傾向が強く。

一度ブチ切れると、しばらく収まらない。

まあしばらく見ているかと思ったが。

やがて騒ぎを聞きつけたか。

レオンさんが来た。

なんでレオンさんが来たのだろうと思ったが。

彼女は、二人の間に入ると、迷惑だと言った。

「ちょっと二人とも声がヒートアップしすぎよ。 こっちの方まで喧嘩が聞こえてきているの。 お客さんが帰っちゃったじゃないの」

「それは、すまん」

「……悪かった」

二人はそっぽを向く。ハロルさんは、店を出て行った。

嘆息すると。

レオンさんは、もの凄い銃の設計図を見て、もう一度嘆息した。

顔に暗い影が宿るのを、あたしは確かに見た。

そういえばこの人。

故郷のことを殆ど話さない。

バランスの取れた優れた戦士で、キルヘン=ベルにも貢献してくれている。過去をあれこれ探るのも非礼だろう。そう思って黙っていたのだが。

この様子だと、珍しく割って入ったのにも理由があるのか。

「ちょっと設計を見せてくれる?」

「ああ、構わないが。 本職の俺が無理だと言っているのに口を挟むのか?」

「私も本職よ。 ただしデザインだけれどね」

「……」

むっと口をつぐむロジーさん。

ああなるほど。

事情は何となく分かった。

だが口は挟まない。

いずれにしても、あたしは今回の喧嘩の解決に関与していないどころか。喧嘩を引き起こす原因まで作った。

この後、何か手伝えることがあるなら手伝うが。

それ以外では、口を挟まない方が良いだろう。

「デザインとしては美しいけれど、確かに実用面では問題があるわね」

「デザインとして美しいか。 俺も金持ちに頼まれて、使いものにならない武器を散々作ってきたからな。 正直置物に資源を無駄使いするのは感心できない」

「私もよ」

「気があうじゃないか」

ロジーさんが苦笑いする。

ただ、とレオンさんが付け加えた。

「あくまでそれは我々の技術での話よ」

「!」

「ソフィーちゃん。 これを性能を落とさずに、小型化して現実的に使えるように、出来ないかしら?」

 

まあ今回の件は、喧嘩の発生にあたしが関わっている。

いきなり話を振られたが。

まあ仕方が無い。

少し考えて見るとしよう。

まず銃の設計図を見るが。確かにコレは持ち運びも難しい。

対邪神戦で使った長身銃は、多分人間が扱える限界のサイズだ。重さ云々ではなく、これ以上のサイズだと取り回しが出来ないのである。

それこそ星を救う英雄やら、そも戦うためだけに産み出された戦士やらだったら使えるかも知れないが。

普通の人間であるハロルさんには無理だ。

ただし、あたしが全部やるのも問題だろう。

ハロルさんは職人だ。

あたしとしては、ハロルさんに手助け出来る道具を供与すると言う所で話を落ち着かせたい。

それにハロルさんにしても、である。

せっかく立ち直ろうとしている所で。

いきなり躓く事になっているのだ。

それも何とかしてあげたい。

実のところ、ハロルさんの時計屋が開店休業状態である事に関しては、ホルストさんも心を痛めていて。あたしも何度か相談はされた。

ただでさえレアな機械技術者を腐らせておくのはもったいないし。

比べる対象が別次元なだけで。

実際ハロルさんの技術が劣っている訳でも無い。

事実、ハロルさんはコルちゃんの持ち込んだ機械が、オルゴールである事を即時に特定したし。

歯車さえあればすぐに直しても見せた。

本当ならば、出来る人なのだ。

それが出来ないと思い込まされたのは、相手が悪すぎたから。

ならばどうすればいい。

しばし考え込んだ後。

あたしはハロルさんの店に出向く。

ハロルさんはふさぎ込んでいた。

「ソフィーか」

「どうしたんですか、らしくない。 今までは現実的な銃を持ち込んでいたじゃないですか」

「……邪神との戦いで痛感した。 あいつにあの程度のダメージしか与えられないようなら、今後街に襲い来る奴と戦う時に役に立てない」

「そういうことですか」

なるほど。

ひょっとしてハロルさん。

あたしが一段落したら、街を一度離れようと思っている事に、気付いているのだろうか。

勿論旅人の道しるべは持っていく。

数日に一度は、様子を見に戻るし。

何よりも、キルヘン=ベルからの急報も、すぐに届くようにする。

ただ、それでもだ。

ドラゴンや邪神が突如出現した場合。

即応体制を取れなければ、キルヘン=ベルは壊滅する。

今もあたしは色々な装備を開発して、自警団のために戦力強化をしているのだけれども。

それでも、まだドラゴンを追い返せるほどの決定的なものではない。

更に言うと、ジュリオさんやフリッツさんはいつまでもこの街にはいない。

ジュリオさんも一段落したら国に帰らなければならないし。

フリッツさんにも家庭がある。

傭兵と言う事は。

仕事が一段落したら、戻ると言うことだ。

勿論キルヘン=ベルに定住してくれれば言う事は無いのだけれども。

話によると、今奥さんがアダレットの首都にいるらしく。

娘さんは各地を傭兵として回っているそうで。

いずれある程度のまとまった財産を手に入れたら。

アダレットで人形劇をしながら、余生を送りたいと言う話をしていた。

傭兵はどのみち血塗られた仕事だ。

それならば、最後くらい。

家族とゆっくり過ごさせてあげたい。

コルちゃんにしても、家族捜しというやりたいことがあるわけで。多分コルネリア商会拡大の目処がついたら、この街を離れるだろう。

レオンさんは正直どうなるか分からないが。

ロジーさんも、昔から放浪癖があるらしく。

いつまで此処にいるか分からない。

更に問題はオスカーで。

世界中の植物と友達になりたい等と言っていたし。

いずれ街を出るつもりの可能性は高い。

そうなってくると、街の確実な戦力としてカウントできる人間は、モニカを第一とすると、テスさんやエリーゼさん、それにハロルさんくらいになってくる。おばあちゃんと旅した戦士であるハイベルクさんもヴァルガードさんも年齢が年齢だ。

テスさんはCQCの達人だが、相手が邪神やドラゴンでは厳しいだろうし。

エリーゼさんはあくまで魔術師。

錬金術の武装で地力を上げたとしても。

限界はある。

頭を掻くと。

あたしは、銃の設計図を見せてもらった。

ドラゴンや邪神が相手でも。

致命打を与えられる狙撃銃。

飛んでくるところを狙うか。隙さえ作れば。

それこそ一撃必殺の火力が期待出来る。

だがそれは本当に浪漫砲というべきものであって。

持ち運ぶものではない。

持ち運ぶ、か。

しばし考え込んだ後。

あたしは提案する。

「これ、威力だけそのままに、小型化できませんか?」

「小型化?」

「そうです」

「これでも相当に反動を殺すために小型化しているんだ。 これ以上小型化すると肩が抜ける」

即答されるが。

それくらいはリスクにならない。

「反動くらいあたしがどうにかしますよ」

「錬金術か」

「そうです。 設計はお任せします。 反動が現実的では無いのなら、此方でどうにかする工夫はしますし、それに……」

「他の奴にも使える現実的な武器にも応用できる、か」

頷く。

今の時代、色々な武器が前線に投入される。

魔術が当たり前のように使われる現在は、銃火器は絶対の存在ではないし。

弓矢もそらされる事が多い。

相手が人間でさえそうだ。

相手がネームドやドラゴン以上の相手になると、どうしても機械では分が悪い。

一度アトリエに戻る。

強力な射出に対して、反動を殺すにはどうしたら良いか。

グラビ石は。

一瞬考えたが。

多分駄目だろう。あれはあくまで、重力を殺すものであって。反動を殺すものではないのだ。

プラフタが茶を出してくれた。

「詰まっていますか?」

「あたしもこの街にずっといるつもりはないからね。 ハロルさんみたいに、この街でずっとやっていくつもりの人のための装備を少し考えておかないと」

「確かに、今は個の武勇がものをいう時代です。 錬金術と言う強力すぎる技術が、他をあまりにも圧倒しているが故に起きているともいえますが」

「そもそも、火力が足りないんだよ」

剣だってそう。

槍だって、他の武器だって。

魔術にしてもそうだ。

いずれもが、人間に敵対的な化け物達に対抗できるほどの戦闘力を発揮できない。ならば、せめて命中すれば一撃必殺となるものを作る事が出来れば。

少し腕組みして考える。

恐らくハロルさんは、持ち運べるレベルまで小型化はさせるが。

反動はとんでもないものを持ち込んでくる筈。

その反動を消すには、幾つか方法があるが。

まあ逆側に同じ射出をするのが現実的か。

しかしその場合。

逆側に強烈な衝撃が生じる事になる。

弾丸の数倍の重さの何かを同時に発射するという手もある。ただこの場合は、ただでさえ巨大な弾丸を射出するのに、それと同じものを詰め込むことになり。武装の重量がただごとではなくなる。

それならば。

ああ、そうか。

いい手があるじゃ無いか。

あたしは早速、グラビ石を取り出す。

重力を殺す事が出来るのなら。

コレを使って、面白い使い方ができる筈だ。

レシピを書く。

しばし集中してレシピを書いていたが。

やがてプラフタに見せると。

驚かれた。

「これは。 独創的な発想をしますね」

「どう? これ、ちょっと面白いと思うのだけれど」

「面白いですよ。 なるほど、この手がありましたか。 少し改良してみましょう」

「ん」

やっぱり手が入るか。

だがプラフタによるアドバイスとレシピの手直しは、本当に優れた改良につながる。あたしも文句をいうつもりはない。

プラフタの言う通り修正箇所を直して。

今回は修正一回で許可が出た。

後は、形状だが。

ハロルさんが、実物をあげてくるまで待つしかない。

その間は、別の作業をする。

せっかく入手したドンケルハイトや竜の素材。

これらを利用すれば。

賢者の石が作れるかも知れない、とプラフタは言っていた。

それならば。その準備をしておくべきだ。

賢者の石を作るには。

その前段階になる幾つかの中間生成物が必要になるらしいのだが。

それらでさえ、生半可な実力では手出しさえ出来ない代物であるらしい。

理論を習う。

簡単に言うと、世界に存在する要素。

つまり神の力を融合させることにより。

それら全ての力を引き出しつつ。

無の存在を作る。

それが賢者の石であると言う。

無であるが故に実体はなく。

それであるが故に何にでも化ける。

剣にも爆弾にも、装備品にもなる。

恐らくだが、上位次元への干渉も出来るとプラフタは言う。という事は、あの邪神どもの攻撃に対しても、対策できるかも知れない。

レシピを見るが。

これは難解だ。

生半可な調合で作れる代物では無い。

もしもコレを作ろうというのであれば。

一月くらいは、アトリエに引きこもる覚悟が必要になるだろう。

勿論モニカをはじめとして、周囲の人々にも協力を仰がなければならないし。

もしも街の周囲に邪魔が現れるようであれば。

先に排除しておかなければならない。

更に言うと。

まだあたしの腕では、たりないか。

調合の補助のために。

前にハロルさんに渡した、細かい作業を更に緻密にするための改造マイスターミトンや。更につい最近完成したばかりの拡大鏡。

これらも総動員したとしても。

まだ少し足りない気がする。

いずれにしても、レシピについては分かった。

それならば、中間生成物だけでも、こつこつと作っていかなければならない。

幸い素材は揃っている。

後は、行けるようになった場所を漁ってみて。

良さそうな素材類を更に吟味し。

人跡未踏だった場所にも足を運び。

ネームドを倒して、より品質が良い毛皮や深核を入手すれば。

数日、ばたばたしているうちに。

ハロルさんが来る。

設計図を見ると、持ち運びがかろうじて出来る銃になっていた。

ただし、非常に寸胴で。

口径が凄まじい。

なるほど、これは確かに、反動を完全に無視したものだ。更に口径が巨大な割りに銃身が短いので。

狙いを付けるのにも苦労するだろう。

「出来るか?」

「寸法、写させて貰いますね」

八つめの拡張肉体が、ついこの間書き上がったばかり。

此奴も利用して。

図面を一気に複写する。

その後、「反動はあたしがどうにかする」という条件で、これをロジーさんの所に持ち込んで欲しいと頼み。

あたしは早速。

調合を始めた。

簡単に説明すると、何も発射するときに、自分で反動を引き受ける必要はないのである。

用意するのはカバー状に銃身を覆う筒。

伸縮性の高い樹液を利用して。

これを変質させて、何度伸ばしても伸びきってしまわないようにする。

そしてここからが肝心だが。

この樹液で銃身を固定しつつ。

銃身そのものに取り付けるアタッチメントとして、グラビ石を練り込んだインゴットを変質させる。

このアタッチメントをレールとして使用し。

発射後、銃身が衝撃でスライドし、バックするようにする。

当然カバーからすっぽ抜けて後ろに銃身は飛び出すのだが。

樹液ですっ飛んでいくのを押さえ込まれ。

更にグラビ石で地面に叩き付けられるのを防ぐ。

加えて。

魔術で、空気のクッションを造る事により。

この衝撃による勢いを殺せる。

これだけではない。

銃を覆うカバーの方に、拡大鏡をつける事により。

より相手を正確に狙撃することが可能だ。

ただし、弾丸が飛んでいく方向などをサポートする必要があること。

発射時の音が凄まじい事になるのが目に見えているので。

それも緩和しなければならない。

この辺りは、筒の部分のインゴットを変質させ。

魔術で音を遮断すれば良い。

幾つかの複雑な処置をしている内に。

ハロルさんが戻ってきた。

そして、あたしが作り始めたものをみて、ぎょっとしていた。

「また随分とけったいなものを作っているな」

「これが完成すれば、手持ちで運べる大型銃が実用化出来ますよ」

「ハンドキャノンとでも言うべきものか。 昔は、固定式の大型砲が流行った事があったらしいが、ドラゴンにも邪神にも効果が薄く、反撃を受けるとひとたまりも無いため、廃れていったと聞いている。 これは手持ちで運べる大砲という事で、その欠点をカバーできる」

「しかも反動による使用者へのダメージもありません」

頷くハロルさん。

銃そのものが出来てくるのには、一週間ほどかかるだろう。

後は、出来てきた後。

このアタッチメントを組み合わせるだけだ。

 

銃を使う戦士は、今の時代あまり多く無い。

火力が小さいことが最大の原因で。

魔術を使うものが多い現状。

銃弾を至近で発射しても、致命傷にならないことが多い。

刃物に魔術を掛けると、威力はかなり大きくなるため。

それだったら、刃物を使う方が良い。

そう考える戦士が多いのだ。

ましてや銃は、火薬なども必要になってくるし、使うのに熟練が必要になってくる。勿論剣や槍も訓練が必要だが。

それならば、銃をわざわざ使うくらいなら、剣を使う。

そう考える戦士が増えるのも無理は無い事なのだ。

だから、お披露目会をする。

場所は、いつもお披露目会をする森の奥の空き地。

防護壁の内側に残っている、今も珍しい荒野である。

わざと荒野を残しているのは。

錬金術の道具をお披露目するための実験場として、である。

顔役はだいたい全員が来ている。

そしてハロルさんが顔を見せると。驚きの声が上がった。

何だアレは。

露骨にその声が聞こえてくる。

確かにハロルさんが手にしている武器は、あまりにも異様だ。巨大すぎるその銃身は、筒状のインゴットに覆われている。

あたしがまずハロルさんから受け取って。

説明をしてみせる。

「これは今まで実用的では無かった銃を実用的にするためのアタッチメントです。 それそのものがグラビ石を混ぜ込んだインゴットとなっており……」

軽く振り回せる。

まずあたしが振り回して見せ。

その軽快さをアピール。

ただし、あたしがそれをやって見せてもあまり意味がないかも知れない。

何しろあたしの今の腕力は、相当に高くなっているからだ。

其処で、何人か。あまり腕力が強くない人に出てきて貰う。

まだ銃身に弾丸と火薬は詰めていない。

暴発の危険は無い。

非常に寸胴のそれを、鈍器か何かと勘違いする者も出るかも知れない。大いに結構。武器の性質を勘違いしてくれれば、戦いもやりやすくなる。

何人かの力が弱い自警団員や、引退寸前の老自警団員などにも持って貰い。

軽いと、満足げな評判を貰う。

問題は此処からだ。

「武器そのものが軽くなるのは良いことですが、問題はこの口径の銃を撃った場合の反動です。 膨大な火薬が銃身の中で炸裂し、巨大な弾丸が撃ち出される以上、普通肩が抜けます。 其処でこのギミックを搭載しました」

ハロルさんは黙々と準備して。

構える。

目標は、壁際にある大きな石材。

ひびが入ってしまっていて、使い物にならなくなっているものだ。

実戦にこの巨大銃を用いる場合は、プラティーン製の弾丸を使うが。

実は、今プラフタにレシピを教えて貰った更に強力な金属、ハルモニウムを弾の芯に用いようと思っている。

このハルモニウム、ドラゴンの鱗から抽出したプラティーンの中に更に少量だけ含まれている超金属で。本当にわずかしか取れないが、此奴であれば或いは、邪神にもっと大きなダメージを与えられるかも知れない。

その代わりもの凄く高価になる。

皆の武器も近いうちにこのハルモニウムでコーティングする事を考えているのだが。

弾丸に使う場合は。

本当に限られた数しか使えないだろう。

いずれにしても、今は鉛玉を用いる。

ハロルさんは構える。

実は、此処で何度か試射をして。

拡大鏡の調整を済ませた後である。

故に、ハロルさんの構えに迷いは無かった。

発射。

音は想像以上に小さい。

そして、吹っ飛ぶ石材。

小さな家ほどもあるこんもりとした石材だったのだが。

木っ端みじんである。

おおと、声が上がる。

ホルストさんが、最初に拍手した。

「素晴らしい。 射程距離は」

「ドラゴンを視認した瞬間に直撃させられます」

「なるほど。 ただ量産は出来そうに無いな」

「いえ、少数だけ決戦兵器として作っておけば、ドラゴン戦での切り札になるでしょう」

ハロルさんが、反動で飛び出した銃身を再セット。

弾丸を装填するが。

時間は掛かる。

ただし、時間は掛かるが出来る。

つまり、五セットほどこの銃を用意しておいて。

事前に訓練をしておけば。

下級のドラゴンくらいだったら、街に近づく前に叩き落とすことが出来る。

殺す事は厳しいだろうが、弱ったところを接近して袋だたきにすれば、殺す事も可能なはずだ。

束ねた爆弾を、ロープを着けて投げつけるよりも。

これの方が武器として現実的だろう。

ただし人間に使うにはオーバーキル過ぎるし。

何よりも、一発使ったら完全に無防備になる。

要するに、大物食い専門の武器となるのだ。

「分かりました、採用しましょう。 自警団用に、五セットだけ作ってください」

ホルストさんも、石材が木っ端みじんになる威力は見たのだ。

これを、プラティーン製の弾丸にすれば。

その破壊力は想像を絶する。

前に、対邪神戦で、プラティーン弾丸は有効打を与える事が出来た。だが、それは最下位の、不完全状態の邪神だった。

これならば。

ハロルさんは満足げだ。

やっと今、この人は。

最悪の過去と、決別することが出来たのかも知れない。

 

4、時来たれり

 

そろそろ良い頃だろう。

プラフタはアトリエの外に出る。

真夜中。

普通だったら、誰もいない時間だ。

だが、ソフィーが眠っているのを確認してからプラフタが外に出ると。

其処には、二人がいた。

いや、二人になっている人物というべきか。

ルアードは。

静かに待っていた。

「プラフタだけを起こすのは苦労したよ」

「あの子、どんどん強くなっているものね。 気配だけなら簡単に察知される」

「何の用です」

場合によっては、戦う事も辞さないつもりだ。

周囲に護衛がいるとしても。

今のプラフタは、全盛期とはおよぶべくもないほど力を落としているが。

それでもただで負けてやるつもりはない。

ルアードの片割れ。

アトミナは静かに笑う。

女の子の姿をしていても、ルアードはルアード。

また、メクレットは物静かだ。

姿は昔のルアードには似ても似つかないが。

これは恐らく。

いや、そんな事をいうのは無意味だ。

「ソフィーが邪神を倒した事は確認済みだよ。 想像を絶する成長速度だね」

「ソフィーだけで倒したのではありません」

「分かっているわよそんな事」

「我々だって、毎度彼奴らには苦労しているんだからね」

会話の間に剣呑な殺気が混じる。

だが、それでも。

まだ激発には至らない。

「始原の錬金釜について、少し面白い情報がある」

「何ですかわざわざ」

「この世界そのものにアクセスする扉を開けるかも知れない」

「!」

この世界そのもの。

つまり創造神か。

各地に姿を見せる創造神については、プラフタも調べた。だが、何カ所かで姿が見かけられるという話がある。それも同時期に、である。

つまりそれは、創造神本人では無く。

端末の可能性が高い。

ルアードの発言からして。

その可能性は更に高くなったと言っても良いだろう。

「ただしそれには、高純度の賢者の石が必要だ」

「貴方の組織で作れば良いでしょう」

「いや、君と、ソフィーの手で作って欲しい。 僕達はあくまで君の言葉が正しいかを確認したいんだよ」

「やって見せなさいよ。 私達との全てを否定までしたんだから」

唇を噛む。

二人を。いや、ルアードを此処まで追い込んでしまったのはプラフタだ。

どうして人間の醜悪さをもっと早くに気づけなかった。

醜悪とルアードを蔑ずんでいた人間達の方が。

余程醜悪だったことに。どうしてもっと早く理解出来なかった。

もっと早くに固定観念を脱していれば。

あんな悲劇は避ける事が出来た。500年に渡る確執だってそれが原因だ。

悪いのは、プラフタなのだ。少なくともプラフタはそう考えている。

「勘違いしないで欲しいな。 僕達だってこの世界をより良くすることを考えている事に違いはないよ」

「それを疑ったことはありません」

「あら、奇遇ね」

「ただ、今の貴方たちのやり方は間違っています」

ルアードは気長に待った。

だが、それでも、最終的に。自分達が正しいと判断したら、躊躇無く根絶の力を使うだろう。

そしてそれによって、世界を強引に作り替えるだろう。

今まで彼らがやってきたのはその下準備。

創造神が何を考えているのかは分からないが。

アクセスした結果次第では。

ルアードは再び凶行に手を染める。それは疑いの余地が無かった。

「準備を整えて待っているよ」

「ああ、それともう一つ教えておこうかしら」

「……!」

邪神が。

それも、光のエレメンタルが。

近々、この地に姿を見せるという。

ぞくりと来た。

下位の邪神であるエレメンタルと言っても、光と闇のは他と実力が段違いだ。姿を見せると言う事は、当然不完全状態だろうが、それでもこの間の風のエレメンタルとは実力にしても次元が違う筈。

「他の邪神が瞬時に粉々になったからね。 世界に直接影響が出たのに等しい。 刺激されて復活が早まったんだろうね」

「準備をしておくことだ。 間に合わなくなる」

二人が消える。

恐らく、相当な手練れの手によって、一瞬で移動したのだろう。

光のエレメンタルか。

恐らくは、ナーセリーを滅ぼした邪神だ。

嘆息すると、プラフタはアトリエに戻る。

もはや、戦いは。

避けられそうに無い。

そんな悲観が、心を軋ませていた。

もはや体に肉はないというのに。

 

(続)