その緑は闇の底

 

序、激突

 

水源に向かう準備が整った。人員のコンディションと物資、護衛するべき橋を造る職人。いずれも万全である。

しかし、最悪のタイミングで情報が入る。

東の街からの急報である。

得体が知れない「何か人のようなもの」が出現。

周囲に轟風を吹き荒れさせ。

ゆっくりと西に向かっているというのだ。

出現地点は東の街の北。

決して遠くもない地点である。

魔族やヒト族の魔術師とも思えない。あのような奇怪な存在は見たことも無いと、複数の斥候から報告が上がっているという。姿を詳細に描いた絵も廻って来ているが、確かに人間のどの種族とも様々な点が違う。強いて言うならばヒト族が似ているが、それにしては放っている魔力が強烈すぎる上、肌の色髪の色などがおかしく、既存のものとしてはあり得ない配色だそうである。更に体が透けているのだとか。

つまり、それは。

邪神の可能性が高い。

あたしは連絡を受けると、ホルストさんにすぐに呼ばれた。

プラフタも一緒に、である。

プラフタは、話を聞き。情報を聞き終えると、頷いた。

「間違いなく邪神です」

「ついに来たか……」

ヴァルガードさんがぼやく。

誰もが知っている。

二大国でさえ手に負えない存在。

それが邪神だ。

今までにかなりの数が討伐されているが、その度に甚大な被害を出している。一部の邪神に至っては、「今は集落を襲わない」という理由で放置されている始末だ。つまり軍を向けてもかなわない、という事である。

手練れの錬金術師が束になって、やっと倒せるかどうかと言う存在。

それが邪神である。

プラフタは特徴を聞くと、それはエレメンタルだろうと言う。

魔術用語にも出てくる自然界の力の象徴だが。

実際には最下位の邪神としても知られている。

プラフタに話は聞いているが。

最下位の者でも中級のドラゴン並みの実力を持ち。

多くは問答無用で人間を襲う。

そして西に向かっているという事は。

何かしらの目的で移動している、という事である。

「この街とは進路がずれているが……」

「いや、進路を解析すると、恐らくアダレットの都市を直撃する。 それも人口一万三千の大型都市だ」

流石にアダレットの首都ともなると、最下級の邪神くらいなら撃退出来る軍備があるとは思うが。

その都市の一つとなると。

どうなるか分からない。

この世界では、人口万を超える都市はそう多くない。

もしも潰された場合。

人類が受ける打撃は計り知れないものとなる。

ホルストさんが立ち上がった。

「ソフィー」

「はい」

「申し訳ないのですが、水源は後回しです。 すぐに威力偵察を行って欲しいのですが、大丈夫ですか」

「分かりました。 やってみましょう」

最盛期には届かないにしても。

此方には、邪神との交戦経験があるプラフタがいる。

無策で戦うよりは遙かに良い。

それに、いずれにしても邪神とはいずれやり合わなければならなかったのだ。今回は良い機会である。

勝てないにしても、情報を得て。

そしてアダレットに連絡を入れる必要がある。

今回は、街を守る最低限の人数だけを残しての総力戦だ。

自警団も、一線級の人間は殆どが出る。

ホルストさんは万が一に備えて残るが。

ヴァルガードさんとハイベルクさんも出る事になった。

更に、倉庫に蓄えた爆弾類も全て持ち出す。

キルヘン=ベルはここしばらく多くの商人が訪れていたが、それはすぐに使者を出して停止させる。

更に、アダレット側にも緊急警報を飛ばす。

まだ遠い内に情報を得ておけば。

騎士団の最精鋭が出る準備を整えられるかも知れない。

親書はジュリオさんが書き。

アダレット側の都市へは、テスさんが護衛と一緒に出向く。

街に残る自警団員は十名ほど。

最悪の事態が起きた場合。

避難をするための誘導人員だ。

もしも相手の戦力が想定以上だった場合や。

ネームドが同時に仕掛けて来た場合に備え。

戦力はある程度残らなければならない。

ホルストさんも未だに一線級で戦える実力を有しているので。生半可な相手には遅れを取らないはずだ。

また、東の街にも厳戒態勢を取って貰う。

幸い相手の動きは鈍いという事だが。

それもいつ急変するか知れたものではない。

この世界において、邪神という存在は。

文字通り、理不尽が形になったもの。

歴戦の英雄や魔王と呼ばれる実力者が束になって掛かっても。

倒せないどころか。

下手をすると、瞬く間に蹂躙されてしまう。

そういう化け物の中の化け物なのだ。

「前線の指揮はフリッツ、任せますよ」

「ヤー。 キルヘン=ベルでは、避難の準備と、敗残兵の救護準備を整えておいて欲しい」

「了解しました。 此方も素人ばかりではありません。 どうにかしますよ」

「それと、街の住民が混乱しないようにしておいてくれ。 何、ソフィーと邪神を撃破したいにしえの錬金術師が揃っている。 簡単に負けはしないさ」

不敵に言うフリッツさんだが。

それは当然、いわゆるリップサービス。この人でさえ、無策で邪神で戦う事は自殺と同じなのだから。

すぐに出る。

フリッツさんはこの間の件をアダレットに報告して戻ってきたジュリオさんと先に出る。その後あたしは、荷車と戦闘の中核になるいつもの面子。ヴァルガードさんとハイベルクさんが率いる自警団と一緒に、街を出て北上。

ある程度の地点まで来たら、東に向かう。

地図上で、敵の移動進路を塞ぐように進むのだ。

こうなれば、もしも先に威力偵察に出た二人に何かあった場合でも、敵に遭遇できる可能性が高くなる。

キルヘン=ベルの自警団員は合計して現時点で四十三人。

その内三十人が此処に来ているが(残りはキルヘン=ベルの防衛およびテスさんと護衛)。

流石に今の時代。

荒事の経験無し。

街が焼け出された経験無し。

匪賊や猛獣を見た事さえ無い、などという平穏な生活をしてきた者はいない。

そういうわけで。

匪賊や猛獣どころか、ネームドが束になって襲って来るも同然の脅威である邪神と戦うと聞いて、すくみ上がってしまっている者もいた。

逆に、恐怖というものを知っているからだ。

これが全くのド素人であったら。

訓練通りにやったらどうにかなるとか。

自分は天才だから努力しなくてもどうにかなるとか。

そんな馬鹿な事を考えて。

意外に相手に痛打を与えられるかも知れない。

だが、本当の恐怖を知っている奴は違う。

人間が如何に脆弱かをそういう奴は知っている。

どんな天才だろうと、猛獣の一撃を食らえば頭が吹き飛ばされるし。

そうしたら死ぬ。

魔王と呼ばれるレベルの魔族や魔術師でも。

邪神が相手だと、手もなく捻られてしまう。

それが現実だと知っていれば。

とてもではないが、これからの戦いで、死者を出さずに済むとは思えないのだろう。

分かっている。

あたしも、死ぬかも知れない。

だが、それはそれで別に構わない。

この世界からおさらばできるなら。

それも別にいい。

だが、その前に。

この世界の創造神をぶちのめしたい。

悪霊になろうが関係無い。

この世界のルールを作った創造神を地獄に一緒に引きずり落としてやる。

例え死ぬとしてもだ。

一旦停止。

予定地点に到着したので、北上を止めるのだ。

点呼を取って、それから東に移動開始する。

少し行くと、南に以前激しい追撃戦を受けた谷が見える。あの時は大雨が降って大変だった。

少しだけ緑もあるが。

あの辺りは、まだキメラビーストが少数いて。

商人が通るときには、護衛が必須になる。

街を拡げる過程で、追い払ってしまわなければならないだろう。流石にある程度大人しくなると言っても。防護壁の内側にキメラビーストがいる事態はぞっとしないからである。

オスカーが手をかざす。

そして、目を細めていた。

あたしも雑音は聞こえるが。

オスカーはクリアに植物の声が聞こえているという話だから。何か有益な情報が得られるのかも知れない。

正直今回は。

周囲の被害を気にする余裕が無い。

出来れば荒野に生えている貴重な植物を傷つけたくは無いが。

はっきりいって、それどころでは無くなるかも知れない。

プラフタに聞いたのだが。

いにしえにいた、大邪神と呼ばれるような連中は。万の人間が住む都市を数刻で滅ぼし、国を幾つも焼け野原に変えていったという。

あたしもファルギオルという奴なら知っている。

雷神と呼ばれる高位の邪神で。

しかも人間を無意味に憎んで。

殺戮の限りを尽くしたという。

数百年前に何処かの錬金術師に封印されたという話だったが。

あれは誰だったか。

いずれにしても、「何処かの錬金術師」としか情報は知られていない時点で、正直薄ら暗い事情が分かってしまうが。

それは良い。

今は、いきなりの奇襲に警戒しながら、移動を続けるだけだ。

程なくして、狼煙が上がる。

どうやら、フリッツさんは、目的の相手を見つけた様子だ。

「警戒せよ!」

「ヤー!」

ヴァルガードさんが促し。

モニカが念のためと、魔術で壁を形成する。勿論気休めにもならないが、張っておいた方がマシだ。

狼煙の内容が、止まれ、だったので。

一旦足を止めて待つ。

しばしして、フリッツさんとジュリオさんが姿を見せる。

幸いにも、二人とも無事だ。

プラフタとあたしが呼ばれる。

そして、フリッツさんは。

恐ろしいほど上手に絵を描き始めた。その絵は、東の街から廻って来たものとそっくりだった。

「相手には明確に知性があるな。 このような羽衣のような服を着ていた。 肌は蒼黒く、髪の毛は黄土色。 いずれもあり得ない配色だ。 周囲には恐らく、無意識で詠唱さえせず使っているだろう魔術の風が渦巻いていた。 あれを攻防ともに活用してくると見て良さそうだ」

「風のエレメンタルですね」

「特定か」

「邪神の中でも、エレメンタルは同一種類が複数存在しています。 邪神の中では尖兵と言って良い存在なのでしょう」

他にも水を司る氷のエレメンタル、炎を司る火のエレメンタル、土を司る樹のエレメンタルなどがいるらしいが。

ただエレメンタルと言っても、光と闇のは完全に別格で。

此奴らに関しては、下級の邪神とはとても言えない高い実力を持っているそうだ。

プラフタが過去単独で倒したのは、下級の邪神だけで。

流石にそれ以上になってくると、単独で倒すのは厳しかったらしい。

他にも。

プラフタは面白い事をいう。

「この様子だと、目覚めて間が無いのだと思います」

「ふむ、聞かせてくれ」

「まずエレメンタルは、基本的に人間が近づくと攻撃してきますが、一箇所に定住することが多いです。 この個体は、近場にあるもっとも大きな街に向かっていると判断して良さそうです」

「なるほど。 それでアダレットの大都市に」

プラフタは頷く。

また、プラフタによると、敵の姿が薄く透けて見えるのもその証左だという。

エレメンタルは知能が一応あるらしいのだが。

己の姿を飾り立てる事が多いそうだ。

そういえば、この不思議な姿。

近隣では見かけない衣服だ。

何かしら、独特の美意識があるとみて良いだろう。

しかしながら、それでいながら体が透けていたり。

本能に引き寄せられている、というのも妙な話である。

「つまり、今が攻撃の好機とみるべきだと」

「そういう事です。 ただし、最低でもドラゴネア以上の実力はあるでしょう」

「弱っていてもドラゴン以上か」

「注意すべきは上位次元からの攻撃です。 基本的に魔術で防御できるものではないと考えてください」

それは、流石に厄介だ。

あたしも上位次元の概念はプラフタから聞いたが。

ドラゴンと邪神の実力に決定的な差を付けるのが、この上位次元への干渉能力、なのだという。

勿論力押しでそれを蹂躙する高位のドラゴンも存在するが。

それはあくまで例外。

もっとも、邪神も例外的に少ないので、ある意味バランスは取れているのか。

ともかく、戦うのは今だ。

今ならば、ひょっとすれば。

死者を出さずに葬る事が出来るかも知れない。

判断したら、後は早かった。

フリッツさんがハイベルクさんとヴァルガードさんに作戦を伝える。

その間に、プラフタとあたしで準備をする。

相手は上位次元に干渉できるとは言え、まだ力がろくに目覚めていない状態。勿論通常攻撃もきちんと効く。

準備をしながら、プラフタは言う。

「ファルギオルが倒されていたと書物で読んで驚きましたが、奴に代表される最高位邪神になると、上位次元からの攻撃を自由自在にします。 そうなってくると、もはやどれだけ背伸びしても人間ではかないません。 錬金術の装備で極限まで力を引き出すか、或いは世界を塗り替えるしか手がなくなります」

「世界を塗り替える?」

「此方も上位次元に干渉して、相手にとって不利な世界に切り替えるのです」

「ああ、なるほど」

例えば火が得意な奴なら、凍り付くような世界。

雷が得意な奴なら、雷が拡散してしまうような世界。

世界を塗り替える力に関しては、不思議な絵画と呼ばれるものがあるらしく。その技術も、既に完成しているらしいが。

ただ、これは非常に難しい錬金術のようで。

プラフタが調べた限り、ここ数百年で数人しか再現に成功していないそうだ。

あたしも出来るのかと聞いてはみたが。

この不思議な絵画。

錬金術師の才能とは別の才能が必要らしく。

出来るとは限らないと言われてしまった。

要するに、錬金術師の才能と。

不思議な絵画を作り出す才能が。

両方必要になるのだとか。

それはまた面倒な話だ。

例えば、格闘戦と料理は必要とされる才能が近しいと聞いた事があるが。

この件に関しては、かなり要求される才能が異なるらしく。

別に凄い錬金術師が不思議な絵画を描けるわけでもないし。

不思議な絵画が、芸術として優れている訳でも無いそうだ。

面倒で。

なおかつややこしい話だ。

「なら、あたしは力を単純に強くして殴り倒したいかな」

「ソフィーにはそれがあっているでしょう」

「だよねえ」

準備完了。

まもなく、敵の姿が見えるはずだ。

そして、予想通り。

敵は姿を見せた。

 

1、風の邪神

 

背筋にぞくりと来た。

本能が告げている。

戦うな。

逃げろ。

それは分かるが、此処は引くわけにはいかない。相手が、人間が普通手に負えない相手だとしても、だ。

近寄ってくるのは、女に見えた。

成熟した女だが、体はうっすら透けている。

口元を隠し。

露出の高い、神話に出てくる羽衣に似た不思議な服を着込んでいるが。

その服にしても、構造が不可思議で、どういう仕組みなのかよく分からない。人間が着る服とは、根本的に違うように思える。

恐怖を必死に押し殺している自警団員達を。

二手に分かれて。

ヴァルガードさんとハイベルクさんが統率している。

フリッツさんの作戦は簡単で。

それ故に間違えようがない。

ただし、あの風。

恐らく上位次元からの干渉が実体化しているもの。

あれによって攻撃を受けでもしたら。

魔術で展開している防御なんて、それこそ意味を成さない。

プラフタは教えてくれた。

例えば、絵にとても凄く強いキャラクターを描くとする。

そのキャラクターは、絵の世界では最強で。どんな奴でもそのキャラクターに逆らう事さえ出来ない。

しかしながら、我々は。

その絵をびりびりと破いてしまうことが出来る。

邪神が使う上位次元からの干渉とは。

そういう理不尽極まりない力、なのだと。

文字通り次元が違う存在なのだ。

だが、幾ら次元が違う力を使っていても。

邪神はこの世界の住人で。

体もこの世界にある。

その時点で。

勝ち目はある。

まして相手はまだ力を殆ど発揮できていない状態。

倒すなら、今しか無いのである。

「構え……」

フリッツさんが剣を天に向ける。

邪神は意に介せずという感じで、此方に進んできている。

こっちにはとっくの昔に気付いている筈だ。だが、それでも平然と進んできているという事は。

つまり、敵とさえ見なしていないと言う事だ。

剣を、フリッツさんが。

降り下ろした。

「ファイエル!」

わずかにずれながらも。

一斉に自警団員達が、レヘルンを放る。

邪神はよけさえせず。

それらは直撃。

起爆した。

瞬時に、巨大な氷山が出来る。文字通り丘のようなサイズだ。三十を超えるレヘルンが同時に炸裂したのである。

当たり前だが、

この時点で、通常のネームドなど、既に形も残っていないだろう。

だが、邪神は。

内側から、その氷山を、一瞬にして粉々に打ち砕いた。

あの冷気は、それこそ世界の冷気の限界に達するレベルの代物なのだが。まあ別に良い。想定の範囲内だ。

続けて、フラムが投擲される。

邪神は、鬱陶しいと思ったのだろうか。

周囲を吹き荒れさせている風を、不意に展開して、フラムを中空で防ごうとしたようだが。

それが命取りだ。

あたしが、そのタイミングで。

地面に仕掛けておいた、ドナークリスタルを起爆したからである。

しかも、風を使って、自分の周囲を上位次元から隔離していたことが徒になる。

モロに雷撃が、邪神、風のエレメンタルの全身を蹂躙。

それも情け容赦なく。

徹底的に。

逃げ場すらなくなった雷撃は乱反射しつつ、何度も邪神の全身を焼き尽くした。

そして、それ故に、上位次元への干渉が緩み。

風による防御が薄れる。

フラムが飛び込み。

一斉に起爆。

風のエレメンタルは、悲鳴さえ残さず爆発の中に消えた。

全員無言のまま、次の段階に移行。

こんな程度で倒せる相手だったら。

どこの街だって、邪神に滅ぼされていない。

大きな街には公認錬金術師や優れた腕の傭兵がいるだろうし。

普通に撃退が可能だろう。

だが、それがかなわないという事は。

下級の邪神でさえ。

途方もない実力を持っているから、である。

風が。

爆炎を吹き飛ばした。

無傷とは行かない。

全身に、おぞましい傷が出来ている風のエレメンタル。

人間の傷と違い。

傷口は真っ黒で。

まるで世界が其処だけ欠けているかのように錯覚させる、不可思議な傷だった。なるほど、こういう点でもこの世界のルールは通用しないという訳か。

手を向ける邪神。

ハイベルクさんが指示をすると、わっと自警団が逃げ始める。

その背中を撃とうとする邪神。その周囲には、無数の風の刃が、群れとなって姿を見せる。

どんな防御魔術も。

ドラゴンの鱗を使った防具さえ。

役には立たないだろう攻撃。

だが、邪神は振り向き様に、それを放った。

フリッツさんがレオンさんを抱えて、飛び退く。

地面が不自然なくらい抉れ、それは遙か遠くまで続く。文字通り、地面がかっぱりと削り取られるかのようだ。

邪神は音も無く、向きを変えていた。

今、詠唱さえしていなかったように思える。

風の攻撃を、詠唱さえせず。

こんな風に、大地を穿つことさえできるのか。

なるほど、手に負えないわけだ。

続けて、ヴァルガードさんの方に向き直ると、再び風を準備し。

今度はそのまま、全方位に、風の刃を放ってくる。

ヴァルガードさんには、最初から防ぐなと告げてある。

だから、さっと逃げ散る。

此方も近寄らない。

相手の傷は修復されていかない。

つまり、其処まで完全には復活していない、という事で。

好機だと知らせてくれているようなものだ。

「愚かな人間共よ。 如何に我が蘇ったばかりだとしても、そのような浅知恵で勝てるものか」

手を上空にかざす風のエレメンタル。

なるほど、上空に風の膜を作り。

それを地面に叩き付けて。

まとめて真っ平らに押し潰すつもりか。

それも上位次元からの攻撃だ。

防御魔術など、通用する筈も無いだろう。

その時。

邪神の体を、弾丸が貫く。

邪神が、流石に一瞬動きを止める。

まさか、たかが弾丸が。

自分を貫くとは思っていなかったのだろう。

プラフタにアドバイスを受けて造った、最高位金属プラティーンの弾丸だ。竜の鱗から抽出した成分を用いて作り上げたインゴット。それによってコーティングしたものである。

更に撃ちだした長身銃も、常識外れのサイズで。

持つ事はせず。

地面に固定して撃つ。

ハロルさんには、レンズ付きの銃で、このタイミングを狙って貰っていたのだ。

ただし、あまりに弾丸が大きい事。

銃の負担も大きいことから。

一発撃つと、次までが時間が掛かるし。

何より動き回る的には当てられない。

だから相手を怒らせて。

動きを止めて、大技を放つ隙を狙って貰ったのだ。

体に空いた大穴に、風のエレメンタルが呆然としている間に。

フリッツさんが、その真下に。

そして、舞うように斬り付け。

更にレオンさんが左から。

ジュリオさんが右から。

裂帛の気合いがこもった一撃を叩き込む。

初めて苦痛の悲鳴を上げた風のエレメンタルは、残像を作って移動。狙撃をしたハロルさんを狙って、躍りかかるが。

岩を吹っ飛ばしてハロルさんを殺そうと超高速移動した邪神は、誰もいないのを見てまた動きを止める。

ハロルさんは狙撃後。

即座に移動して、退避して貰っている。

当たり前だ。

「上位次元に干渉できても……頭は良くないね?」

あたしの声に。

邪神は唖然とする。

その側頭部に、オスカーのスコップがモロにめり込んだ。

これもプラティーンでコーティングしている特別製。普通だったら頭が砕けているか吹っ飛んでいるが。

風のエレメンタルの頭は拉げるだけで済む。

叫びを上げると、反撃に出ようとする風のエレメンタルだが。

その全身を、魔術が拘束。

ずっと詠唱を続けていたプラフタによるものだ。

更に、待っていたと言わんばかりに、モニカが頭上から降ってくる。プラフタが落としたのだ。

稲妻のように切りおとすモニカ。

邪神の左腕が吹っ飛ぶ。

更にコルちゃんが、拉げている頭にドロップキックを叩き込んだ後、ありったけのフラムを残し、残像を作って消える。

起爆。

邪神は周囲に滅茶苦茶に反撃しながら、それでも慌てて周囲を探す。

あたしの声が聞こえたのに。

あたしがいないからだ。

造ったばかりの拡張肉体で視界を確保しつつ、あたしは戦況を見ている。奴は完全に頭に血が上っているが、あたしへの警戒を解いていない。

奴の攻撃が擦るだけで致命傷になる。

攻撃の余波だけで吹っ飛ばされる。

モニカもオスカーもそれで今、地面に叩き付けられ。

コルちゃんを抱えて飛んだレオンさんも地面に。

隙を突いてフリッツさんが奴の腹を貫くが。

地面に降り下ろされた風の刃を見て、閉口して飛び退く。刃は、それこそ地底にまで届くような勢いで、地面を抉る。

さて、そろそろか。

ジュリオさんの一撃を防いだ邪神が、反撃で消し飛ばそうとするが。

血だらけのまま飛びかかったモニカが、剣を振るい上げる。

それを残像を作って避けた邪神だが。

またその体に穴が開く。

おのれ。

凄まじい怨念の声が上がり。

別の場所に移動して、また狙撃を成功させたハロルさんを探すが。

その瞬間、オスカーのスコップが、脇腹にめり込み、突き刺さっていた。

金切り声を上げながら、邪神がオスカーを吹っ飛ばす。

華奢な腕だが。

振るっただけで、オスカーが上空まで吹っ飛んだ。

慌ててプラフタがオスカーを受け止めるが。

その時には、邪神は。

上空に、残った右手を向けていた。

その全身の傷口は、真っ黒で。

血も流れていない。

風の力が凝縮される。

余程頭に来ているのか、詠唱までしている。あの様子だと、この空が丸ごと消し飛ぶかも知れない。

だが、これぞ。

待ちに待った好機だ。

バンと、大きな音がして。

扉が開く。

そう、扉が開いたのだ。

あたしは拡張肉体の八冊目。まだ造り途中で、視界共有の機能しか持たせられなかったそれを、ずっとプラフタの側に展開し、上空から戦況を見続けていた。

狙うのは、奴が決定的な隙を作る瞬間。

そしてあたしは魔術で掘った穴の底に旅人の道しるべを隠し。

その上に板をおいて土をかぶせ。

奴と接敵するまで、ずっと詠唱を続けていた。

既に七つの拡張肉体と、あたし自身による八倍の全力砲撃の準備は万端。

そして今、あたしの気配に気付いた邪神が。攻撃の矛先を向けようとした瞬間。

決定的な一撃が入る。

ジュリオさんが。

傷だらけながら、この間のナザルスさんの一件を解決した褒美として賜ったらしい。以前に他の邪神を倒した事もある剣で。

邪神の頭を唐竹に割ったのである。

二重に出来た隙。

だからできた事だ。

それでも邪神は動く。

頭が拉げていても動くのだから、当たり前か。

ジュリオさんは、怒りの声を浴び。それだけで派手に吹っ飛ばされたが。

好都合。

あたしは呟く。

死ねと。

地面を吹っ飛ばしつつ。

超極太の砲撃が、斜め下から抉り込むように、邪神に叩き付けられる。

邪神も流石だ。即応して、上位次元に干渉。

壁を造り、砲撃をそらす。

だが、本命はこっちじゃあない。

その瞬間、プラフタが。

ありったけのシュタルレヘルン。つまりレヘルンの上位爆弾。一つで湖一つを凍結させるそれを。

投擲し、その場を逃れていた。

あたしの全力砲撃を防ぎつつも、邪神は唐竹に割られた頭で降り注ぐ氷結爆弾の群れを見たが。

先に見た攻撃。

恐るるに足りないと判断したのだろう。

それが命取りだ。

プラフタは自分が宿っていた本で魔術を展開。

シュタルレヘルンの火力を極限まで凝縮、一点に収束させた。

それは、さながらにして。

神話の時代の戦い。

神が投擲した必殺必中の槍が。

巨大な怪物を貫くような光景。

最初、光が迸り。

続けて出来たのは、あまりにも巨大な氷の柱だった。

それはあまりにも高密度だったため。

山よりも高く天へ伸び。

そして邪神の体の大半を、木っ端みじんに消し飛ばしていた。

もはや体のわずかな部分しか残らない有様になっても。

邪神は浮き上がり、体を再構成に移ろうとする。

だが、其処に待っていたのは。

戻ってきた自警団の戦士達と。

フリッツさんと。

あたしと。

残りの皆だ。

後は原始的な攻撃あるのみである。

遠慮も容赦も必要ない。

邪神によってナーセリーが滅ぼされたのは周知の事実。此奴を生かしておけば、数千、数万の人命が奪われる。

圧倒的な数の暴力が、邪神に降り注ぐ。

悲鳴さえ上がらない。

それはそうだ。

頭の一部と。体のわずかな残骸しか残っていないのだから。

其処に情け容赦なく、攻撃の雨が降り注ぎ、残りも粉々にしていく。上空からプラフタは様子を見ながら。細かいかけらが逃れようとするのを、容赦なく魔術で打ち抜いた。

やがて、あたしがとどめを刺しに出る。

砲撃後。

吹っ飛んだ地面から出てきたあたしは。

もはや抵抗能力を無くした邪神の頭半分を掴むと。そのままみしみしと握り潰して行く。

前線で戦ってくれた皆は傷だらけ。

ほんの少しでも攻撃が擦っただけでもこのダメージだ。

直撃を受けたら即死だった。

流石は邪神である。

だが、その邪神の強い、いや強すぎる気配が禍して。

もはや周囲には此奴の残骸は残っていない事が明らかだった。

あたしも全力砲撃で魔力を使い果たしたが。

此奴を握りつぶすくらいは出来る。

邪神の残っている目に、恐怖が浮かぶ。

これはお笑いだ。

邪神も恐怖するのか。

面白い。

錬金術師として、今後記憶しておこう。邪神は恐怖する。面白い発見ではないか。

そのままあたしは。

容赦なく。

ナーセリーを滅ぼした可能性もある邪神を。

握りつぶしていた。

最後の瞬間、何かの木の実を握りつぶすような感触がして。

そして、後は粒子となって、邪神は消えていく。

気がつくと、地面には何かが落ちていた。

それは、木の葉のようにも見えたが。

黄金色をしていた。

 

キルヘン=ベルに戻る。

大量の物資を消費し。

大勢のけが人を出したが。

それでも邪神の撃滅には成功した。

死者も出なかった。

だが、あの巨大な氷の槍は、キルヘン=ベルからも見えたらしい。

最初にレヘルンで攻撃し。その後シュタルレヘルンを使うという話は事前にしてあったが。

まさかあれほどの光景が現出するとは、思っていなかったと、ホルストさんは笑っていた。

更に、何度も地震のような揺れが来たので。

子供が泣き出したりして、大変だったとパメラさんに笑顔で言われて、思わず背筋に寒気が走った。

この人は結構怖い。

何だかんだで今でも頭が上がらない。

まあ、結局の所、この人があたしにとって母親代わりだったこともある。おばあちゃんっ子だったあたしにとって、この人はそういう不思議な立場でもある訳だ。

けが人の手当はスムーズに進む。

戦地でも応急処置はした。

そして此方で本格的な手当をする。

レオンさんが嘆息していた。

「この防具、自信あったのに」

彼女の嘆きも無理は無い。

あたしが造った最高ランクのインゴットと。更に特別に編み込んだ布を変質させて作り上げた強力な防具だ。

それなのに、文字通り紙のように切り裂かれている。

不完全状態の下位邪神でこれだ。

もしもこれ以上のランクの邪神が姿を見せたら。

文字通り手に負えない。

いずれにしても、今後はいつでもあたしが此処に戻れる態勢を作らなければならないだろう。

それと、地面に埋めた旅人の道しるべを掘り出すのが大変だったのも、あたしの疲労に拍車を掛けていた。

とりあえず、一通りの手当は済ませ、自警団員は解散。

だが顔役は。

此処から現状の把握が残っているのだ。

出来るだけ早めに終わらせたい所だ。

皆疲れ切っているのだから。

カフェに集まると、フリッツさんが戦闘の経緯を説明。

邪神の戦闘能力の凄まじさと。

その圧倒的なタフネス。

上位次元からの攻撃が如何に危険かを説明。

それを、戦闘に参戦したヴァルガードさんとハイベルクさんが、間違いないと証言した。

戦闘に参加しなかった、街の運営に参加している顔役も青ざめている。

邪神の話は聞いたことが誰でもあるが。

不完全状態の下位邪神でさえ。

其処までの実力だとは、誰も思っていなかったのだろう。

文字通りの「神」。

邪であっても。

その存在は、まさしくこの世界のルールに接触するものなのだ。

あたしは、あの場で拾ったあの謎の金色の葉っぱを油紙に包んで持ち帰ってきている。もうコンテナに収めたが。

しかしながら、アレには興味がある。

プラフタが見て、はっとしていたからだ。

間違いなく貴重な素材だろう。

ホルストさんに、不意に話題を振られる。

「ソフィー。 貴方の意見を聞かせてください。 邪神との戦闘は今後も行えますか?」

「準備があれば」

「即答ですか。 頼もしい」

「ただし、ドラゴン同様警戒が必要です。 基本的に他の街とも連携して、邪神と戦う態勢は整えていかないとならないでしょうね」

満足そうにホルストさんは頷く。

まあ、皆もこれで安心してくれるはずだ。

それにしてもあの邪神。

神の槍を思わせるあの一撃を食らって即死しなかった。

不完全状態の下位邪神でアレだ。

上位になってくると一体どれだけの戦闘力があるのか。まだあたしでは、実力が足りなさすぎる。

彼奴くらいなら、素手で殴り倒せるくらいまで実力を上げないと今後は厳しいだろう。

会議が終わったので、皆疲れ切った顔で家に戻る。自警団の留守組は、戦闘に出たメンバーが一度寝て起きて戻ってくるまで仕事継続だ。大変だと思うが、我慢して貰うしかない。

あくびをして寝台に潜り込む。

プラフタが、自分から話を振ってくる。

「あの黄金色の素材ですが」

「ああ、やっぱり知っているんだ」

「あれは非常に貴重な素材です。 後で負担は掛かってしまいますが、コルネリアに増やして貰うと良いでしょう」

続きは起きてからだと、プラフタには言われる。

いずれにしても、そのつもりだ。

それにしても、だ。

全力での砲撃を即応で完封される。

攻撃をまともに食らったら確実に即死。

色々考えさせられる戦闘だった。

対邪神用に何とか装備を調整できないだろうか。

上位次元からの攻撃を受けても対応出来るような装備はないのか。

そういえば。

中級以上のドラゴンと、下級の邪神は実力が大差ないと言っていた。実際問題、今回は不意打ちを仕掛けたこともあるけれど、飽和攻撃に近いやり方で押し潰すことが出来た。勿論念入りな作戦(しかし分かり易い)も事前に立てていたし、アクシデントもその場で克服したからできた事だが。

いつの間にか、眠りに落ちていたが。

目を覚ます。

外でストレッチをして。

杖の素振りをした後。

魔力を練る。

あたしの魔術師としての力量はもう相応に高い筈だが。どれだけ強化を掛けても、まだ不完全な下級邪神とつばぜり合いも出来ない。

ならばあたし自身も強くなり。

掛ける強化も倍率を上げていかなければならない。

どちらが欠けても。

今後更に強い敵と戦う事になった場合。

勝利を得るのは難しいだろう。

井戸水で顔を洗う。

キルヘン=ベルの方を見ると。

中断していた、東側の緑化作業と、防護壁の移動作業が再開されている。

朝の内だから五月蠅い作業はしていないし、子供も小遣い目当ての手伝いはしていないが。

その代わり、朝が早い老人が、全自動荷車の誘導などをしているようだった。

力がなくても。

スキルがなくても。

働く事が出来。

社会に貢献できる道具。

あたしが造った道具は。きちんと役に立ってくれている。

あくびをすると、アトリエに戻り。

金色の木の葉について、プラフタに聞こうと、あたしは思った。

いずれにしても、数日は街の態勢を立て直さなければならない。休息をしっかりとってからだが。

背伸びをする。

まだまだ、あたしは鍛え方が足りない。

 

2、神々の甘露

 

黄金樹の葉。

これはそう呼ばれる素材だと、プラフタは図鑑を出してきた。どうやらアトリエにある本は全て把握し。

そしてその内容についても。

何処にあるのかも。

もう完全に知り尽くしているようだった。

プラフタが出してきたのはかなり古い図鑑だ。

ページをめくると、確かにある。

更に言えば。

何となく、古い図鑑に載っている理由が分かった。

この素材。

本来この地域にあるものではない、ということだ。

図鑑を確認した所、此処からかなり東の地方。ラスティンの、ごく一部にある森林地帯などで見つかるか。

やはり強力な一部ネームド。それも植物系が持っている事があるか。

邪神が持っている事があると言う。

なるほど。

そうなると、今回は邪神が持っていたパターンか。

しかし、倒したら葉っぱになったようにも見えた。

それはどういうことなのか。

プラフタは咳払いする。

「実はこの素材については、自然のものとは考えられていません」

「グラビ石のような、超常の存在だと言う事?」

「恐らくは。 エレメンタルと呼ばれる下位の邪神を殺したときに、世界がその死を転換し、産み出したように私には見えました。 実際他の邪神を殺したときにも、似たような現象が起き、貴重な錬金術の素材を入手できた記憶があります」

「どういうことなんだろう」

作為的なものを感じる。

例えば、猛獣のネームドの毛皮などが、強力な武装にそのまま出来ると言うのなら、理にかなっている。

話も分かる。

だが、邪神の落としていった素材が。

強力な錬金術の素材になるというのは、少し腑に落ちない所がある。

いずれにしても、非常に強力な霊薬の素材になるという事なので。

コルちゃんの所に持ち込む。

朝一番。

コルちゃんは、忙しく売り物を並べていたが。

仕事をしているのは、コルちゃんでは無くて、数人のホムだった。

定住してきたホムが、雇われているのだ。どうやらホムは商人をしていない場合は、安全な街や発展している街を目指して移動する傾向があるらしく、ここしばらく魔族同様住人としてホムを見かける事が多くなっていた。恐らくコルちゃんも、家族捜しと並行して、同じ習性に従って動いていたのだろう。

前にコルちゃんがガンマ22さんを雇ったが。

あの後も増えるホムにコルちゃんが声を掛け。

此処で働かないかと促しているという。

コルネリア商会を、本格的に大きくするつもりになった、という事だ。

本人は素早く計算をしながら、在庫をチェックしていたが。

あたしが目の前に立つと。

びくりとして、此方を見上げた。

「コルちゃん、複製をお願いしたいんだけれど」

「はい、商品を見たいです」

「これ」

「……っ」

コルちゃんがそのまま卒倒しそうになるので、ひょいと襟首を掴んで転ぶのを止める。

まあ分かる。

竜の素材を見ても、真っ青になっていたのだ。

こんなものを見たら、この反応も不思議では無い。

「こ、こここ、これは……」

「本来この地方で取れる素材ではないそうだよ。 非常に強力な霊薬の素材になるらしいから、増やしてくれるかな」

「わ、わかりましたの、です。 ……一月ください」

「一月かあ……」

まあ今までも、強力な素材は複製に時間が掛かっていた。それだけ強力な品なのだと思えば、納得も出来る。

黄金の葉を渡した後は。

そのままカフェに。

準備は整った。

いよいよ水源に行きたい。

その話をするためだ。

カフェに入ると、少し柄が悪いのがいて。テスさんに絡んでいた。テスさんより頭一つ大きい男で、いかにも粗野で野蛮な雰囲気を全身から醸し出している。明らかに意図的な雰囲気作りだ。悪党に見せれば、相手は抵抗しない。そういう経験を持っているのだろう。今夜どうだとか、かなり強引な絡み方をしていた。途中まで苦笑いしていたテスさんだが。ホルストさんが頷くと。

後は容赦しなかった。

テスさんはCQCの達人である。

瞬時にアホを制圧すると。

カフェから放り出した。

白目を剥いているアホを、自警団員が引きずっていく。

まあ牢屋に入れて、様子見だろう。

ひょっとすると匪賊の手下かも知れないので。

何人かいる魔術師が、頭の中身を覗いて、それで問題が無ければ多少の罰を与えておしまいだ。

また繰り返すようなら、キルヘン=ベルから追放である。

あたしがカウンターに着くと。

ホルストさんは何事もなかったかのように応じてくる。

「どうしましたか、ソフィー」

「素材が揃いましたので、いよいよ水源に出たいと思います」

「そうですか。 水源では、貴重な素材の入手が期待出来るのでしたね」

「あくまで期待出来る、ですが」

頷くと。

ホルストさんは、すぐに顔役を招集してくれる。

そして、前にも許可は出ていたこと。

邪神は片付いたこともあって。

すぐに結論は出た。

「それではソフィー、架橋工事に関して、現地での護衛をお願いします。 それと戻ってきてからで良いので、この間消耗した爆弾などの補充をお願いします」

「分かりました」

これについても。

現地で素材の質を見てからの方が良いだろう。

優れた素材を手に入れたら。

より強力な爆弾の素材に変える事が出来るかも知れない。

会議が終わると、カフェで架橋工事の知識を持つ男衆を選抜してくれる。あたしは、いつものメンバーに声を掛けると。

荷車を引いて、水源に向かう。

さて、此処からだ。

今度こそ、架橋を成功させ。

水源に入りたい。

三度目なのである。

それに、あの邪神を退けた後だ。

良い事があってもいい筈だ。

まあ、あたしは神には何も期待していないので。

常に最悪の事態には備えているが。

準備が整うまで一日。

東の街に到着するまで一日。

其処から北上し。

川沿いに進む。

数日進むと、この間架橋を断念した場所に出た。

旅人の道しるべを設置。

職人達を喚び出す。

異世界アトリエを経由して工事現場に来た職人達は、手をかざして見ていたが。やがて、長大なロープを取り出した。

川の向こうに渡してくれ、というのである。

複数のロープを引っ張り、川の向こう側に杭を打って結びつけた後、緩まないようにしっかり引っ張って固定する。

これは、基礎の向きを確定させるためだ。

測定器具を使って基礎の向きを決めた後。

あらかじめ用意してある石材を使って。

坂状になっている橋の基礎を作り始める職人達。

最初に地面に基礎を打ち。

それに固定して、石材を組み合わせていく。

その間にあたしは、必要な道具類を、プラフタと協力して向こう岸に輸送して行くのだが。

これがとても重くて難儀した。

空輸をもっと楽に出来るようにするには、拡張肉体を増やすか。

それとも、空輸用の道具を作るか。

そうだ。

魔術師の中でも、昔の古い一派は、箒に乗って空を飛ぶというのをやっていたとか聞いている。

ある程度力がついてくると魔術師は空を舞う事ができるようにはなるが。

しかしながら、当然速度や持ち運べる重量は力量に左右される。

今、あたしは拡張肉体七つ(八つ目は今作成中)で、信じられないほどの強化倍率を掛けているが。

それでも荷物の輸送にはこれだけ苦労している。

多分、他の錬金術師も。

それは同じなのではあるまいか。

空輸に特化した道具を造るのは。

今後無駄にはならないだろう。

考えつつも、石材の輸送は完了。

その後は、職人を運ぶ。

護衛については、あたし達で行うが。流石に気を張る。

何が出てくるか、まったく分からないから、である。

その間、旅人の道しるべからは、どんどん橋の素材を運んでこさせる。

例のグラビ石を混ぜてさび止めし、強化加工をしたインゴットである。

糸で組み合わせる所までは、他の職人にやって貰う。

何しろ事実上重さが存在しないので。

運ぶ時に他の人間を怪我させたりしないように気を付けて貰う(角も丸くしてあるが)事を考慮すれば。

後は其処まで心配はしなくても良い。

大量の金属板が積み上がっていくのが遠くに見える。

これは、数日がかりの工事になるなと思いながら。

基礎が組み上がるのを横目に。

周囲を警戒。

時々、此方を舌なめずりして見ている猛獣がいる。

キメラビーストでは無い。

多分熊か何かの仲間だろう。

荒野にいる熊よりも遙かに大きいが、ただ剣呑な殺気は感じない。森では猛獣は大人しくなるというのは、こういう場所でも適応される法則のようだ。

ただし今作業している場所は荒野だ。

こっちに出てきたら、躊躇無く襲いかかってくるだろうし、油断は禁物である。

基礎を造っている職人達も、視線には気付いているが。

あたし達が、あの邪神を倒した事は知っている様子だ。

対岸の方も、フリッツさん達が守ってくれている。

まあ心配はしなくて良いだろう。

プラフタは川の方を見張って、陸魚の強襲に備えているが。

どうやら陸魚が嫌がる臭いか何かを撒く薬草か何かを持ってきているらしく、今の時点で襲撃は無い。

オスカーに聞いて集めたのだろうか。

プラフタも、時々外にふらっと出ていくが。

そういうときに、自分なりの準備をしている、という事だ。

基礎工事が終わる。

ロープを確認。

基礎の向きがばっちりである事を確認した後。

職人達は、握手を求めて来た。

「護衛が完璧で助かった。 仕事に集中できたよ」

「いえ、此方こそ。 この技術が確立すれば、山中に孤立した村や、崩壊したインフラを素早く立て直せます」

「そうだな。 期待しているよ」

職人達を空輸。

さて、此処からだ。

つなぎ合わせた金属板の端を、基礎にくさびで固定する。実質重さが存在しないので、それで空中に浮いた不思議な橋が出来てしまう。その端に、固定が終わった金属板を順番に持っていって、縄で結んで固定する。

百歩超の距離があるが。

それも確実に埋まっていく。

本来なら、アーチ状の構造にしたり。

吊ったりと。

橋の重さそのものを支えるために、色々な工夫をしなければならないのだが。

この橋では、その必要さえもないのだ。

ただ、川の中では、エサが落ちてこないだろうかと、陸魚が虎視眈々と狙っているのが分かる。

プラフタは川のすれすれを飛び回りながら。

時々拡張肉体の巨大なこぶしを叩き込み、陸魚を追い払っていた。

作業を急ぐ。

適当な所まで作業が進んだら。

あたしは持ち込んだ金属接着剤を使って、結び目を固定していく。柔らかい金属をその場で変質させるのは色々大変だが。

それでも、実際にこの規模の橋を、通常の工法で此処に造ろうとしたら。

百倍の工期が必要になり、多くの死者を出していただろう。

ロープからずれていないことを確認しながら、金属板をつなげていく。

もう少し。

ぼやきながら作業をし。

職人達を護衛しながら、金属板を運ぶ。

結びつける作業は、日中だけに行う。

夜になると猛獣が活動を活発化させるし。

何よりも、陸魚が凶暴化する。

夕方を過ぎたタイミングで、一度工事現場から離れ。職人達はキルヘン=ベルに旅人の道しるべで帰らせる。

あたし達はそのままキャンプ。

橋の状態がおかしくなっていないかを確認しつつ。

細かい作業については、ちまちまとあたし達だけでやった。

フリッツさんが来る。

職人達を帰してから、コルちゃんを連れて偵察に行っていたらしい。その結果、幾つか分かったそうだ。

「明らかにこの辺りの猛獣が凶暴化している。 以前より質が上がっているな」

「ふむ、どういうことでしょうか」

「わからんな。 私も傭兵を続けて三十年以上だが、それでも邪神との戦いはこの間が初めてだし、君の護衛をするようになってから今まで見たことも無い聞いた事も無いような敵と戦う事も増えてきた。 まさかドラゴンを倒せるとも思わなかったさ」

「……」

プラフタを見るが。

彼女は腕組みする。

「邪神を倒した影響はあるかも知れません。 あまり気にはしていませんでしたが、噂にはありました。 私が邪神を倒した場所で、猛獣が強くなるケースがあると」

「そうなると、邪神は死んだ後も牙を剥く、と言うわけか。 しかもその内復活するとなると、本当に迷惑極まりないな」

「恐らくですが、人間に敵意はあるとしても、この世界の自然を司っている存在なのである事に間違いは無いのでしょう。 復活しなくなったら、それはそれで困るのではないでしょうか」

「面倒すぎる」

ぼやいたのはレオンさんだ。

レオンさんは、不意にあたしの採寸を始める。

まあ別に良いけれど。

「何ですか?」

「せっかくだから、戦闘でも使える強力な新しい服が欲しくない? ソフィーちゃん」

「はあ、まあ」

あたしが使っている錬金術師の正装は、おばあちゃんが譲ってくれたものだ。

戦闘にも採取にも、邪魔になったことがない実用的なデザインで。

当然思い入れもある。

何回か成長に合わせて採寸を続けて。

何着かある服も、直しながら使っているのである。

今更新しいデザインというのも、何というか気が進まないが。

レオンさんの防具作りの腕前は確かだ。

任せてしまうのも、有りかも知れない。

ましてや、あの邪神の上位次元からの攻撃を間近で見た後だ。

どんな強力な防具でも欲しい。

それは素直な言葉である。

「それで、どうしてあたしに。 前線組の方が良さそうな気もしますけれど」

「ちょっと試してみたいことがあって」

「あたしを実験台にするつもりですか?」

「うん」

はっきり言う人だ。

呆れたが、まあ良いだろう。

あたしは錬金術師だが、前線で戦う事も多いから、手傷を受けることもその分多い。だからこそ、何かしらの実験的要素を含む強力な装備であったら、是非使って見たいというのはある。

レオンさんの事だ。

多分無茶はしないだろう。

かなり夜も更けてきたので。

キャンプの守りを三交代で決めて。

そのまま各自仮眠を取る。

予定される工期は三日。

その間、橋は。

何があっても守りきらなければならない。

 

二日目は何事もなく過ぎたが。

三日目で問題が発生した。

最後のインゴットが、サイズが合わないのだ。

しかもこのインゴット、非常に強力な素材である。

滅多な事では壊れない。

多分フリッツさんやジュリオさんが本気で切ろうとしても、剣にダメージが行くことだろう。

また石材には、くさびを打つ位置が決まっている。

困ったことに、この位置がほんの少しだけ、微妙にずれてしまっているのだ。

原因は聞かれなくても分かる。

途中での、インゴットの結び目だ。

これだけの数のインゴットを使うのである。

結び目によって生じる誤差を、どうしても計算しきれなかったのは仕方が無い。

「さてどうするね」

「……」

橋そのものは渡れる。

ただし、片側しか固定していない現状。

強い力が横から加わると、多分あまり良い事が起きない。

勿論強固に固定はしているが。

それでも、あまり考えたくは無い。

かといって、結び目は残りわずかである。上手く調整しても、この微妙な誤差を修正は出来ないだろう。

接着剤を使うのが少し早かったか。

腕組みしているあたし。

プラフタは何も言わない。

解決は、あたしだけにさせるつもりだろう。

まああたしとしても。

今回はプラフタに助けを求めないで、自力で解決したい。

「仕方が無い。 最後のインゴットを調整します」

「今から作って来るのかね」

「はい」

このインゴットは、腐るほど造ったのだ。

最後の一つをちょいちょいと調整するくらいは、それほど難しくない。

最後にくっつける筈だったインゴットを取り外すと。

旅人の道しるべを使って、キルヘン=ベルに戻る。

このインゴットはまた別の機会に使えば良いだろう。

コンテナに入れると。

予備の素材を出してきて。

採寸しながら、インゴットを調整する。

まあ三刻もあれば作る事が出来るはずだ。

しばらく無心にハンマーを振るう。

今回は何がまずかったのか。

少し考えて、ああと思い当たる。

恐らく、最後の分のインゴットは、最初からこうやって、調整する事を前提に造っておけば良かったのだ。

街に橋を架けたときは。

橋が短かったから、誤差などは殆ど無視出来たが。

今回は橋の規模が違う。

そして測量用の道具などは、この規模に対応出来るものが現在は存在しない。機械技術士に頼んでも、無理だろう。

修正したインゴットを作り上げ。

現地に持っていく。

まずい事に、既に日が落ち始めていた。

ラストスパートだ。

あと一日延びてしまうと。

それだけ事故が起きる確率が格段に上がる。

インゴットをセット。

丁度良い感触だ。

くさびを打ち込んで貰うのと並行して、結び目を造る。

そして残った結び目全てに、金属接着剤を流し込み、中和剤を使って変質させる。

これで、形だけでも、橋は完成した。

おおと、職人達が声を上げる。

橋の上をスキップして渡っても、小揺るぎさえしない。

後は、橋の両脇に手すりをつけ。

更に橋の下などをチェックする作業が残っているが。

それはあたし達でやる。

一度キルヘン=ベルに戻る。モニカにホルストさんへの報告は頼んで。あたしは職人達と握手した。

「有難うございました。 あの橋は、後進の錬金術師にとっても、希望の橋になるでしょう。 各地の孤立した街や村も、インフラを迅速に回復できる希望になる筈です」

「此方こそすげえもの見せてもらって、触らせて貰って感激だ。 ありがとうな」

これから酒でもどうかと聞かれたが、あたしはまだ飲める年では無い。

どういうわけか、厳格に酒を飲める年については決められていて。

破ると結構な仕置きが待っている。

それを告げると、また一つ驚かれた。

「酒を飲める年でもないのに、あんな凄い錬金術を使ってるのか」

「師匠が良いんですよ」

「そっか。 そうだよなあ」

職人達はプラフタとも握手して。

その後はわいわいと帰って行った。

さて、後は此方での仕事だ。

翌日からは、手すりをつけ。

インゴットの間の隙間を埋め。

床に砂利を撒いて、金属接着剤で固定。

これで完成だ。

傍目から見ると、どうして安定しているかさっぱり理解出来ない橋。しかしながら10000年の時に耐え。そして風が吹こうが波がぶつかろうがびくともしない。

メンテナンスを欠かさず、基礎さえ崩れなければ。

どれだけの年月にも耐え抜く。

そんな橋の完成である。

これで、水源に赴ける。

いよいよここからが本番だ。

 

3、植物の悪意

 

昔から。

オスカーの言葉を周囲は信じなかった。

植物の声が聞こえる。

オスカーはそう言い。

植物を何よりも大事にしていた。

モニカでさえ、オスカーの言葉を信じていなかったが。

あたしは信じていた。

あたし自身が、不愉快な雑音に苦しめられ続けていたし。何よりオスカーの言葉は当たるのだ。

現在、オスカーがキルヘン=ベル周辺の緑化作業の音頭を取っている事も。

多くの実績を上げていること。

そしてオスカーの言う通りやると、緑化作業が上手く行くこと。

これらが理由として大きい。

森に踏み込む。

これほど密度が高い森は初めてだ。

強烈な緑の臭い。

人間が作った森では、こうはいかない。

声も聞こえる。

雑音が非常に強烈だが。不愉快なタイプの雑音では無い。あたしの表情が厳しくなっているのに、モニカは気付いているのだろう。

暴発したらと、冷や冷やしているようだった。

オスカーは、幼児に戻ったかのように目を輝かせて周囲を見ているが。

不意に、こっちだと言って、指さした。

「何だか呼ばれてる!」

「行ってみるか」

フリッツさんも、オスカーのこの能力については、間近で何度も見ているから、だろう。

特に文句も言わずについていく。

途中、錬金術で使えそうな木の実や素材を見つけては、荷車に入れていくが。予想通り、品質は素晴らしいの一言だ。おばあちゃんも、こういう所から株ごと薬草を持ってきたのかも知れない。

鉱物の素材も結構ある。

人跡未踏の地だから、だろうか。

どうにもそうではない気がする。

さっきから、雑音の密度が異常すぎるのだ。

どうも此処は。

何かがおかしいとしか思えない。

オスカーには気を付けろと声を掛けたいのだけれども。

これほど多くの植物に囲まれるのは、初めてなのだろう。あれほど浮かれている竹馬の友を、引き留める気にはなれなかった。

森の中だから、だろう。

猛獣も比較的大人しい。

荒野だったら、問答無用で襲ってくるような猛獣も、向こうから距離を取って様子を窺う。

普通だったらこうはいかないのだが。

ただ。襲ってこない相手を襲うわけにもいかない。

まあ相手が匪賊だったら殺すが。

匪賊でもないのだし、殺す必要はない。

美しい木の実がある。

星形をしているが。

オスカーは首を横に振った。

「あ、それは猛毒だ。 食べたら死ぬぞ」

「そうなんだ」

「本当ですよ。 それはデッドスターと呼ばれる植物で、猛毒を生成するのに使います」

プラフタが即答。ふふんと胸を張るオスカー。

モニカが嘆息した。

「どうしてこうなのかしらねもう」

「あら、幼なじみの言う事を信じてあげないの?」

「そういうわけではないんですけれど」

レオンさんの言葉に、モニカが言葉を濁す。

あれ。

そういえば、だ。

モニカとは、教会の教えの事で、何度も派手に喧嘩をした。殺し合い寸前まで行ったことも何度かある。

だがモニカとオスカーが、植物の言葉の件で、本気で喧嘩をしているのを見た事はあったか。

ひょっとしてモニカの奴。

オスカーが周囲から孤立しないように、言動を控えるよう誘導していたのか。

そうか、モニカはそういう所がある。

何だか、色々と考え方が変わったが。

まあ良い。

兎に角今は、猛毒の素材ならそれはそれでいる。

猛毒の素材として使うと言うと。オスカーは、これとこれがいいと、指し示してくれた。

ただし種をまいてくれという条件付きで、である。

植物と交渉が出来ると言うのは利点だ。

実際、何が一番強い毒を持っているかという話なら、植物が一番よく分かっているだろうし。

すぐに採取する。

まだアトリエの側に空き地があるから、帰ってから植えるとしよう。

他の薬草同様、こういう貴重な素材をアトリエで採集できるのはとても嬉しい事である。

更に奥へ。

ふと、オスカーが。

何だか妙な植物に、無造作に手を伸ばそうとした。

あたしはそれに。

嫌な雑音を感じた。

そしてあたしよりも先に。

プラフタが手を伸ばして、オスカーの手を掴んだ。

「なんだよ?」

「これは毒草です」

「えっ!? はあっ!?」

オスカーが。

珍しく怒気を孕んだ声を上げる。

植物とは友達になれる。

それがオスカーの主張だ。

この様子だと、この毒草に、オスカーは呼ばれたのだろう。触って触って、と。

だが、あたしもこの毒草には、嫌な雑音を感じる。

「植物がおいらを騙すはずがないだろ!」

「ならば見ていてください」

プラフタが取り出したのは、道中で仕留めた獣の肉だ。

毒を見分ける方法は幾つかあるが。

即効性の場合、肉にある種の薬草から抽出した液を掛け。

それに毒を掛けると。

肉に変化が訪れる。

毒草にその肉を擦らせると。

見る間に真紫になっていった。

「なっ……!」

「これはサンポソウと言って、触ると三歩進む間に命を落とすという毒草の中の毒草ですよ。 触ってしまったら、流石にかなり危なかったでしょう」

「お、おいらを植物が騙すなんて……」

「……一度戻ろう」

オスカーを促して、水源を出る。

どうせ、高品質の素材は、充分すぎる程手に入った。

今回の戦果は充分。

薬草類も、今までも見た事がないほどみずみずしいものばかりだし。うっすら魔力を放っているものさえある。

魔力を持つ薬草の中には、あまりにも高品質だと魔力で光るものがあるのだと、初めて知った。魔力が見える人間なら兎も角、そうでない人間にもこれは光って見えるはずだ。これについても、サンポソウの事があったから、オスカーには確認したが。歯切れはとても悪かった。

鉱石類も、貴重なものばかり。

その辺の石のように。

高品質なインゴットや、爆弾の材料になる石がゴロゴロ転がっている。

ここに入れるようになった、という事が。

今後キルヘン=ベルの発展に、大きくつながる事は疑いない。

ただし今は。

植物のスペシャリストが、明らかに事故の原因になる状況を避ける必要がある。

旅人の道しるべを使って、回収した素材をコンテナに入れると。

キルヘン=ベルに帰ることにする。

オスカーは、この様子では数日は立ち直れない。

モニカも、今回ばかりは。オスカーに何も言う気は無いようだった。

 

アトリエに戻ってからしばらくは、備蓄用の爆弾と薬剤の調合に努める。

邪神戦で消耗した分くらいは補給しないといけないし。

何よりも、キルヘン=ベルの発展に欠かせないからだ。

オスカーは流石にこたえたようで。

数日は黙々と緑化作業に従事していたが。

ミスが多くて、周囲から困惑の声が上がっていた。

ホルストさんに、カフェに爆弾の納品に行った時、苦言を呈された程である。

オスカーは植物関連に関しては、ほぼミスをしないことで有名で。

不思議な事は口にするが、非常にしっかりしている、と評判だったのだ。

それがミスをする。

いずれも致命的なものではなく。

心ここにあらずという状態でのものだったから。

怒りでは無く困惑の声が上がったのだ。

もっとも、今までのオスカーの緑化作業の実績と。

保水力と栄養が上がった土地の良さについては、実際に畑仕事をしている者達が一番よく分かっている。

故に、苦言ではあっても、彼奴を止めさせろとかそういう言葉では無く。

どうしたのか心配だ、という声が上がったのだ。

そこであたしは、水源で起きたことについて説明。

話半分だったオスカーの植物談義も。

緑化の劇的な成功の結果、今は公認の事実となっている。

それ故に、オスカーはあたしやモニカと並ぶ、期待の若手とみられている訳で。それが失敗続きともなれば心配もされる。

「植物に騙されたんですよ」

「オスカーが? 妙な話ですね」

「それも触ったら即死確定の毒草にです。 プラフタが気付いて止めたから良かったものの」

「……オスカーときちんと話してください。 オスカーの能力は、この街には必要不可欠なものです」

ホルストさんが、周囲を見てそうはっきり言ったので。

顔役達も納得していた。

まあカフェにいる人だけだが。

皆、散ってそれぞれ今の話をするだろう。

あたしもオスカーの所に行く。

八百屋は大繁盛していて。

今、コルちゃんが、話をしていた。

コルネリア商会に商売を任せて。

支店を営業する、と言う形にしないか、というのである。

数字に強い上に誠実なホムが経営を管理し。

更に利潤が上がる。

帳簿なども、派遣するホムの経理がつける。

生活も楽になる。

その話をすると。

オスカーのお母さんである名物女将は、コルちゃんの言葉に腕組みしていた。

「確かにあんたのお店は評判が良い。 でも、うちの売り物は……」

「オスカーさんと一緒にいるので分かっているのです。 商品選びなどには一切口出しはしないのです。 経済面でのアドバイザーだけをつけるのです」

「それで売り上げが上がって、生活も楽になるというのなら……」

此処もコルネリア商会に取り込むつもりらしい。

まあ熱心な事だ。

咳払いすると、あたしはコルちゃんを見る。

彼女は、びくりと一度身を震わせると。

契約書だけ渡して、後はこれをじっくり読んでくださいとだけ言って、戻っていった。

コルちゃんはオルゴールを直してから、あたしに完全に頭が上がらなくなっている。前から怖がっていたようだが、恩まで出来るとなおさらだろう。

あのオルゴール、本気で直すつもりだったら、公認錬金術師に多額の報酬を積むか、あるいは大都市の機械技術者に土下座をするか。どちらか二択しかなかった。それも、成功するかは分からなかっただろう。

それが直ったのだ。

真面目なホムの特性が、コルちゃんにはとても強い。

あたしに対しての恩義を無碍に出来るほど、コルちゃんは不真面目でも恩知らずでも無いという事である。

八百屋の女将は帰ったコルちゃんの背中を見ていたが。

咳払いする。

「どう思うね」

「ヒト族の商人なら信用は出来ないですが、コルちゃんなら大丈夫ですよ。 ただ悪さをするようなら、あたしがとっちめます」

「そうかい。 まああの子は大まじめに商売をして、皆にお金が行き渡るようにしてくれているからね。 うちも品質の良い商品を安心して提供だけ出来れば、それでいいと思っているし」

「その辺りは無欲ですね」

当然オスカーのお母さんである女将は、あたしが来た理由を知っている。

奥でいじけているオスカーを連れて来てくれる。

想像よりもオスカーはしょげていたが。

コレは確かに、仕事をミスするのも仕方が無い。

かといって、怒鳴りつけてやる気を出させるのも問題だし。

此処は丁寧に対処をしたい所だ。

あたしはオスカーとモニカと三人でいつも一緒にいた。

だから、扱いについては分かっているつもりだ。

「オスカー、あのサンポソウとどうしたい?」

「……ソフィー」

「どうしたい? 手伝うよ」

「そっか。 手伝ってくれるか……」

大きくため息をつくオスカー。

オスカーは、少しずつ言う。

「すまん。 実を言うとおいらも、騙されるのは初めてじゃあないんだ」

「! へえ」

「植物の中には、人間を恨んでいる奴もいる。 ヒト族や獣人族の匪賊なんかは森で悪行の限りを尽くす奴もいるからな。 そういう目にあった植物は、人間に見境無く仕返しをしようとしたりもする。 でも植物って基本的に正直なんだよ。 だからおいらは嘘を見抜けたし、諭す事も出来た。 それで、そんな植物とも、友達になりたいって、思っていたんだけれどな」

今回の相手は。

想像を絶するほど巧妙だったという。

「最初から悪意があるとしか思えなかった」

「まるで人間の詐欺師のような?」

「そうだ。 おいらも人間の中にはとんでもない外道がたくさんいることはよくよく分かってる。 理由はお前の逆鱗に触れると思うから口にしないけれど、とにかくそんな悪意のある植物がいるなんて信じたくなかった。 こんな荒野だらけの世界だ。 持ちつ持たれつでやっていかなきゃいけないんだ。 植物くらいは、心が通じると信じたいだろ」

「そうだね」

端から聞いていれば。

オスカーの発言は、狂人のそれにしか思えないだろう。

だが、実際にオスカーには聞こえている。

多分内心では、モニカもそれを認めているはずだ。

モニカの場合は、オスカーが周囲の女子に珍獣のように見られている現状が嫌で、毎回苦言を呈しているだけで。

実際には、オスカーの能力と。

その有益性を理解している筈。

何しろ、三人揃ってずっと一緒にやってきたのだから。

「何か理由があるのかも知れない」

「ふむ、そう来た」

「ああ。 ヒト族の詐欺師じゃあるまいし、人間を殆ど見た事さえ無い植物が、そこまで性格が擦れているとは思えないんだ。 しっかり話して、誤解があるならば解いておきたいんだ。 手伝ってくれるか」

「いいよ」

ただし、あたしの方でも準備がいる。

この間手に入れた、黄金樹の葉を用いて、ある道具を先に造っておく。

これは保険だ。

一度アトリエに戻ると。

プラフタが、既にレシピを用意してくれていた。

これはおばあちゃんが現役時代に使っていた、最高ランクのレシピ類だ。

そうか。

あたしはついに、これらを作れるようになったのか。

現役時代のおばあちゃんは、何処に出しても恥ずかしくない一流の錬金術師だったのである。

それに並ぶことが出来たか。

頷くと、あたしは調合を始める。

丁度コルちゃんが、試験的に少し増やしてくれた黄金樹の葉をすりつぶすが。

それだけで、凄まじい魔力が籠もった液体になる。

なるほど、コレは凄い。

これに深核から作り出した中和剤を混ぜ。

更に複数種類の薬草を。過熱して特定の栄養素だけを取りだし、更に変質させ。中和剤を入れて馴染ませながら混ぜていく。

その結果、最初はどす黒かったりどす青かったりした液体が。

混ぜる度に、徐々に色が薄まっていく。

非常に繊細な調合だ。

薬草類も、最高品質のものだけを使う。

使う場合も、丁寧に乳鉢ですりつぶし。

葉脈も取り去り。

レンズを使って確認して、不純物を取り去った後。

場合によっては濾紙を使って、必要な栄養素だけを抽出する。

何個か中間生成液を造った後。

魔法陣に乗せて、緻密なコントロールを行い。

調整をした後、遠心分離器に掛けて邪魔な要素を取り去る。

何度もこれらの作業を繰り返し。

最終的に、黄金に輝いている、すりつぶした黄金樹の葉を加えた。

文字通り、輝くような魔力が凝縮されている。

なるほど、これは神話に出てくる「ネクタル」などと同レベルの存在だろう。

神々が癒やしに使う液体。

文字通りの神薬だ。

鍋を慎重にゆっくり廻しながら。

丁寧に、丁寧に。

処理を続ける。

額の汗をプラフタが拭ってくれた。

おばあちゃんは現役時代。

コレを造っていたんだな。

そう思うと。

感慨も深い。

そして恐らく。

一緒に戦った人達も。この薬で、何度も窮地を救われたのだろう。

一流の錬金術師が造る、一流の薬。

だが、あたしは更に先に行くつもりだ。文字通り、超一流の域まで行かなければ、あたしにとっての到達点にはたどり着けない。

程なく。

色が消えた。

水では無いかと思える程の、純粋すぎる透明。

錬金釜の底が見える。

非常に透明度が高い湖が世界にはあるらしいが。

そんな水を見ている気分だ。

吸い込まれそうである。

だが、これで完成では無い。

これを一晩おき。

上澄みだけを取る。

一度の調合で作れるのは、精々数回分。

ただしこの効能は、あたしが今まで使っていた山師の薬の比では無い。

文字通り、瞬時に傷を消し去り。

体力を回復させ。

あらゆる病魔を消滅させる。

そんな薬だ。

魔術で空気の流れを遮断。

埃が入らないように処置すると。嘆息した。

プラフタが、92点という、初見の、しかも薬では聞いた事も無い点数をくれた。

「見事です、ソフィー。 私が口を出す箇所はありませんでしたよ」

「これは、生命の蜜、と呼ぶんだっけ」

「はい。 古くはネクタルと呼んでいたようですが、私の時代には既に生命の蜜と呼ばれていました」

「そっか」

ぼんやりと、透明な釜の中身を見る。

そういえば、レシピには。

まだ作れてはいないという前置きで。

更に高度な薬があると書かれていた。

ドンケルハイトと呼ばれる超ド級の薬草を用いた薬で。それは更に強烈な回復効果と、本人の力を極限まで増幅させる力があるという。

古き時代の名はエリキシル剤。

今の時代は、神秘の霊薬と呼ばれているそうだ。

いずれにしても、ひょっとしたら。

あの森の奥にあるのかも知れない。

ともかく、酷く疲れた。

今晩は休む事にする。

そして、ノウハウが確立出来た以上、この生命の蜜はいずれ量産体制に入る事が出来るだろう。

ホルストさんに納品すれば。

それが、更にこの街の発展を後押ししてくれることは、間違いなかった。

 

4、和解

 

オスカーを連れて、水源に出向く。

橋は不動の存在としてその場にあり、安心させてくれた。ただ、猛獣たちが物珍しそうに橋の上を行き来していて。

あたしたちの姿が見えると、最初は威嚇したが。

やがて勝ち目が無さそうだと判断して、逃げ去っていった。

別に戦っても良かったのだが。

肉が手に入るし。

だが、逃げてしまったものまで、追跡して殺す気は無い。

皆険しい顔をしているのは。

この間のサンポソウの件があること。

あれ以来、オスカーの調子が良くないことが原因だ。

触ると三歩歩く間に死ぬ。

そんな桁外れの毒草がある森である。

どんな危険があるか、知れたものではないのだから。

森に入ると。

やはり濃厚な緑の臭いがする。

頬を叩くオスカー。

やはり慎重にならざるを得ないのだろう。耳を澄ませて、周囲の声を良く聞いている。

ひょっとするとだが。

オスカーも、いつも友好的な植物の声ばかり聞いていたわけでは無いのかも知れない。

この間は、たまには人間を騙そうとする奴もいると言っていたが。

荒野での、人間と植物の関係は、必ずしも蜜月では無い。

例えばキルヘン=ベル近辺ならば、人間が世話することで発展した森があるから、植物が友好的になるのも分かる。

だが荒野や、こういう場所では、そうも行かないだろう。

実際には、人間に対する悪意の声や。

或いは敵意。

それらから、皆を遠ざけつつ。

有益な声だけを教えてくれていたのではあるまいか。

「ソフィー。 こっちだ」

迷わずオスカーが歩き出す。

フリッツさんが、少し心配そうに此方を見たが。

頷いたので。

ならば大丈夫だろうと、追い始めた。

程なく、サンポソウの所に到着。

オスカーはかがむと。

じっくり話を始める。

かなり長い時間が掛かったが。

あたしは辛抱強く待つ。周囲に対しての警戒も怠らない。七つの拡張肉体を飛ばして、常時全方位を警戒。

他の皆も、それぞれ違う方向を見て。

危険な獣がいる場合は、威嚇射撃などをして追い払った。

ほどなく、である。

オスカーが、腰を上げた。

「分かったぞ」

「どういうこと?」

「この奥には、入っちゃいけないんだそうだ。 俺たちの中の誰か一人でも死なせれば、全員は死なせずに済むだろうと思ったらしい」

「そうか」

フリッツさんがぼやく。

ドライな考え方だが。

そういうものなのだろう。

別にあたしは不快だとは思わない。

オスカーも、それで納得しているようなのだし、それで構わないのだろう。

更に話を軽くする。

オスカーによると、サンポソウの話では、この奥には二つのものがあるという。

一つは神秘の薬草。

薬草の王と呼ばれているらしい。

ドンケルハイトだなと、あたしは判断したが。ちょっとばかり早計かも知れない。まあ実際にものを見ないと確認は出来ないか。

もう一つは、超危険な猛毒の霧。

凶悪な植物がいて。

あらゆる獣を襲い。

養分にしているという。

森の厄介もので。

周囲の植物まで枯らしては自分だけで栄養を独占し。自然の摂理にまで反しているという。

なるほど、それは要するに。

ネームドと同じだ。

植物版のネームド。それも、毒に特化した、と言う訳だろう。

あたしは頷くと、全員に少しずつ、造ってきた生命の蜜を配る。とはいっても、液体ではない。しみこませた布だ。これを口に含んで、呼吸をできるだけする前にけりを付ける、という事である。

当然一瞬での勝負になる。

まだ予備はあるが。

それは、ネームドを殺した後。毒にやられた者が出た場合に使用する。

何、コルちゃんが黄金樹の葉は増やせる。

造ってきた分を使い切ってしまっても問題は無い。

それどころか、性能実験さえ出来る。

あたしは説明をして。

全員がそれに納得。

同時に、オスカーが指し示した。奥にある禍々しい巨木へと向かった。

戦いは一瞬だ。

巨木は、危険を感じたのだろう。

周囲に紫色の、一目で猛毒有害だと分かる霧をばらまきはじめる。

空気遮断の魔術を使うには、木が大きすぎる。時間を掛ければ出来るが、その時間がない。

全員突貫。

あたしの薬の効能を信じてくれているという事だ。

あたしは砲撃の準備に入る。

あの木だけを吹き飛ばすよう火力は抑えなければならないが、それでも火力収束は徹底的に行い、根からして木をこの世から消し去る。

ジュリオさんとフリッツさんが切り始めるが。

木の幹から、濃縮された凄まじい毒素が噴き出す。

モニカとレオンさんも一撃を浴びせ。

木が傾く。

オスカーが、非常に心苦しそうに、スコップで木の傷口に一撃をぶち込み。

ハロルさんが狙撃。

凄まじい悲鳴と。

毒々しい葉が舞う。

植物の幹に無数の目が出来る。

目の周囲に魔法陣が出現。

とっさにモニカが詠唱開始。壁を造って、襲いかかってきた無数の光弾を防ぎきる。まずいな。

あたしは呟くと。

プラフタと一緒に砲撃。

その場に、光の柱が立ち上った。

 

森から出る。

青ざめているモニカを背負って、オスカーが無言のまま最後に出てきた。

分かっていた。

あの壁を造る詠唱をした事で。モニカは毒を他の面子より吸い込んでしまった。

すぐにあたしが、残っていた生命の蜜を。

それも原液を口に注ぐ。

幸い、真っ青になっていたが、それを飲む事くらいはモニカにも出来た。オスカーもその次に毒を浴びていたので、余っていたあたしの分の布を渡して口に含むように言う。

少し躊躇した後。

オスカーは布を口に含んだ。

それにしても、だ。

凄い効能である。

神々の薬と言うだけはある。

周囲の空気どころか、鎧や肌に付着した毒まで浄化されているのが目に見えて分かる。これは、もっと強力な毒。例えば触れただけで普通は死ぬような毒に対する切り札にもなり得る。

モニカも、間もなく意識がしっかりしてきた。

「オスカー、ありがとう」

「いいや、おいらも悪かった。 本当だったら、もっと早く話すべきだった」

オスカーは、皆が聞いている所で、咳払いしてから説明を始めた。

そもそも、植物はみんなが人間に友好的な訳ではない。

声が聞こえるオスカーには態度が比較的柔らかくなるが、それでもやはり悪意を向けてくる場合はある。

その悪意は稚拙なものなので、見分けやすいが。

今回は非常に巧妙だったので、引っ掛かるところだった。

「おいらが世界中の植物と友達になりたいのは、そんな悪意があることを知っているからなんだよ。 今回も、少し自信を無くしていたけれど、人間と違って植物は良くも悪くも意思が単純だから。 だからきっと何とかなると信じるよ」

「僕にはよく分からないが、夢を諦めないというのは良いことだ」

ジュリオさんが真っ先にフォローした。

この人、今までオスカーの植物関連には殆ど無言を貫いていたので。

それに関しては少し驚いた。

認めたのだろう。

有益なのだと。

さて、ならば。

最後にもう一つ、やっておきたい。

森の厄介ものは死んだ。

奥に入った後、魔術で残った毒霧をゆっくりと丁寧に時間を掛けて詠唱した空気遮断の魔術で操作して、一箇所にまとめる。さっきとは違い、今度は時間がある上、放出源がないので可能だ。

その間に穴を掘り。そこに毒霧を埋めてしまう。

後は時間が浄化してくれるだろう。

サンポソウは教えてくれた。

奥にあるという神秘の薬草の場所を。

まだモニカは少し体調が悪そうだったが、オスカーが肩を貸すかと言うと、流石に首を横に振る。

「そういうの、却って失礼よ。 本当に苦しいときは自分から言うから」

「そっか、すまない」

「オスカー、貴方が嘘をついていないことと、何かを隠している事は分かっていたのだけれど、ようやく話してくれたわね。 それだけで、怪我をした甲斐はあったというものだわ」

「……」

水源の深奥。

水源のすぐ側。

わずかに光が差し込むその場所に。

神秘的なまでの赤い花が、数輪咲いていた。

分かる。

これこそが、ドンケルハイトだ。

プラフタが側で確認。

レンズで状態を見る。

「これは、素晴らしい品質ですね。 ドンケルハイトは一流の錬金術師でも滅多に取り扱えない品です。 この場所については、公表しない方が良いでしょう」

「ああ、それなら心配ないぜ。 サンポソウ達が、普段は森全体で魔術を展開して、此処にはたどり着けないようにしているらしいんだ。 あの厄介者を退治してくれたから、俺たちだけ特別だってよ」

「そう。 ならば貰うね」

痛まないように、貴重な花を、オスカーの指導を受けながら数株だけ貰う。

額の汗を拭った。

色々と冷や冷やさせられたが、水源にまで来た価値はあったと見て良い。

後は。

キルヘン=ベルでの変事に対応出来る戦力の整備と。

深淵の者達としっかり話を付けて。

この世界に対してどう向き合っていくかを。

そろそろ本気で考えなければならない。

貴重な素材が揃ってきている。

もっとあたしが腕を上げれば。

その時には。

伝説の存在。

賢者の石に、或いは手が届くかも知れなかった。

 

(続)