呪われし橋
序、水源
許可が出たので、水源に出向く。
ノーライフキングがいた山は、湖に変わってしまったけれど。現時点では、少しずつ魚が流入し、落ち着き始めている様子だ。根絶の力による悪影響は、文字通り山ごと消し飛んでしまった。
それでも、未知の地域の探索である。
大まかな地図はあるのだけれど。
ノーライフキングが現れてから、この辺りの調査はされていない。
地形がどう変わっていてもおかしくないのだ。
故に、まずは地図を確認しつつ。
場合によっては橋などを架けることを考えなければならない。
この辺りの川は、まだ其処まで流れが激しくは無いが。
それでも、荷車を押して渡るには少しばかり深すぎるのだ。
何より、川の中には、猛獣も多い。
何も考えずに足を踏み入れれば。
それは死につながる。
現時点では、調査を行い。
橋を架ける必要がある場所には橋を架ける。
そう判断するための行動である。
要するに威力偵察が近い。
川を避けながら北上。
やがて見えてきたのは。
川が複雑に入り組んでいる場所だった。
しかも川の周囲の土手が低い。
この辺りは、色々とまずいなと、あたしは判断した。
手をかざして様子を見るが。
やはり予想通りだ。
沼沢地帯と言う奴である。
要するに川の流れが安定しておらず。
ちょっとした大雨で川の流れが変わってしまう。
当然洪水の原因にもなる。
地図を見ると、立ち入り禁止の×が付けられているが、まあそれも当然だろう。しかも最悪な事に。
今少し雨が降り始めている。
「退避した方が良いな」
「そうしましょう」
フリッツさんが指示を出して、あたしも素直に従う。
空の様子を見る限り、かなり雲が分厚い。このまま行くと、更に雨は激しくなっていくだろう。
少し川から距離を取り、丘に上がって様子を見る。
川の方から、猛獣が。
かなり大型のキメラビーストがのしのしと歩いているのが見えた。
此方には興味が無いらしい。
そのまま、下流の方に消えていく。
凄い鳴き声がすると思ったら、大型のアードラだ。
旋回しながら、仲間に危険を伝えているのだろう。
やがて、水はけが悪い土地に、どっと水が流れ込み。
泥水が渦を巻きながら、その場を蹂躙し始めた。
この様子だと、また川の流れが変わるだろう。
しばらく様子を見ていたが、流石にかなり距離を取ったこともある。此処まで水は来ない。
川から見て、かなり高い位置にあることも幸いしているが。
いずれにしても、此処は通れないと判断して良さそうだ。
ともかく、である。
この辺りは地図がかなり古い。
確認しながら修正をしていく。
今の時点ではネームドには遭遇していないが。
それでも、いてもおかしくないだろう。
かなり大きめの陸魚が、川から出て、丸まっているのが見えた。
荒れ狂う川には。
あのような大きな生物でも、逆らえない。
下流に行くと、岸壁がしっかりしているので、氾濫は冗談のように収まるのだけれども。
この辺りは一度、何かしら手を入れないといけないかもしれない。
雨が止んできた。
しばらく様子を見てから、また移動を開始。
地図を見ながら場所を確認し。
方角をチェックして、周囲を確認する。
荒野だらけだが。
それでも時々ランドマークはある。
今見上げているのは、石塔だ。
昔この辺りにあった街の残骸である。何に潰されたのか分からないが、少なくとも数百人が住んでいて、相応に繁栄していた様子だ。
今は石塔だけが残っていて。
後は瓦礫だらけだ。
街があった、という事は。
昔は相応に水などの条件が良かったのかも知れない。
しかしながら、この街の防衛能力を上回る何かに襲われ、滅びたという事だ。
ドラゴンか邪神かネームドか。
いや、これだけ古いと、かなり大きな匪賊の集団かも知れない。
いずれにしても、調べて見ても、生きている人間は見当たらない。
骨さえない。
スカベンジャーにとっては、骨もごちそうだ。
全て食べてしまったのだろう。
此処から北上すると、山にぶつかる。其処から東に行くと水源だが。少し大きめの川があるので、迂回する必要がある。
山もはげ山だが、茶色いそれらに混じって、露骨に緑の山がある。
あれが水源である。
かなり遠くから目立っている程で。
周囲の茶色い地面とは、とにかく極端にかけ離れているため、異様さが際立っていた。
勿論緑は目にも優しいし。
緑化は世界の悲願でもあるのだが。
彼処だけ森になっているのを見ると、少し異常さが際立ってしまう。
本当に、貴重な素材があっても不思議では無い。
ともあれ、食糧は充分にあるし、何なら旅人の道しるべを使って補給しても良い。
兎に角北上して、一旦山に。其処から見下ろして、地図を確認した。
「川を迂回できそうな箇所が限られますね」
「街の側の川のように、橋が架かっている場所を通ってから、ぐっと迂回する方法も試してみてはどうかな」
「いや、川の支流が複雑で、やはり浅瀬を通った方が良いかと想います」
「ふむ、そうか」
フリッツさんは基本的に、自分の意見を無理強いすることは無い。
恐らくだが。
それが士気を著しく削ぐことを経験的に知っているのだろう。
山を幾つか迂回しながら、慎重に進む。
岩が増えてきた。
この辺りは、どうやら滅ぼされてしまった街も、開発に手を着けていなかったらしい。或いは、何か他に理由があるのかも知れない。
川に突き当たる。
それほど大きな川では無いけれど。
ただ流れは速く、かなり深い。
荷車を向こう側に運ぶのは厳しい。
あたしとプラフタで空輸する手もあるけれど、その場合強敵に追撃を受けたときが悲惨だ。荷物を全部放棄することを視野に入れないとならなくなる。
さてどうしたものか。
「もう少し上流に行ってみるか」
「……そうですね」
何しろ水源である。
どちらにしても、川の源流なのだから。
上手く行けば川を渡らずに行けるかも知れない。
だが、その予想は外れた。
二股に分かれた地点に出たのだ。
しかも水源から、かなりの数の川が流れ出ている事が確認できる。
これはどちらにしても。
橋を架けなければどうにもならないだろう。
一旦少し戻る。
川を確認していくが。
どうにも渡れそうな場所は無い。
水源から、不自然なくらい激しく水が流れ出ている、という事だ。こんな乾いた場所で。どうして。
雨はかなり降る地方ではあるけれど。
これはちょっと度を超している。
プラフタが手をかざして見ていたが。
地図に、幾つか支流を継ぎ足していた。
「この様子では、本当に彼処は人跡未踏の地と見た方が良さそうです。 下手をすると、知られていない邪神がいるかも知れません」
「偵察に行ってみる?」
「邪神の戦闘力は、エレメンタルと呼ばれる下位のものでも文字通り絶大です。 最低でも中級以上のドラゴンを凌ぐ実力があります」
「洒落にならないな」
オスカーがぼやく。
以前北の谷で倒したドラゴネアは最下位のドラゴンだと聞く。
それが最低でも中級のドラゴンとなると。
戦闘力については、正直考えたくない。
いずれにしても、下準備無しに戦って良い相手では無い。
無駄に死人を出す事は褒められた行為ではない。
ただでさえ人間の絶対数が足りなさすぎるのだ。
ましてや、此処には古代の錬金術師プラフタや。
歴戦の傭兵であるフリッツさん、未来有望な騎士であるジュリオさんと言った、得がたい人材もいる。
それらを無駄にすることは許されない。
そうなると、仕方が無い。
プラフタとあたしで手分けして、まずは上空に上がり、川の流れを確認する。そして、地図をチェックし、書き加える。
水源には近づかない。
もしもプラフタが言うように邪神がいるのなら。
遠距離砲撃を仕掛けてくる可能性がある。
猛獣であれば森を傷つけるようなことは避ける。
ネームドでも同じだ。
だが邪神となると。
そういったルールを守るかどうか、正直分からない。
交戦経験があるプラフタも、邪神についてはよく分からない事が多いと言っていたし。
そういう相手との突発的な交戦は、可能な限り避けるべきだ。
どうしても戦う事になった場合は、相手を事前に確認し、調査をした上で、あらゆる下準備をしなければならない。そうしなければ死者を容易に出すだろう。
しばし周囲を確認し。
戻ってきて、地図をすりあわせる。
水源からは最低でも四つの川が流れ出ている。
北側に向かっている川は湖に通じているし。
東側に向かっている川は、ラスティンの幾つかの大河と合流しているようだ。
西に向かっている川は。やがて北西方向へと転じていて。
問題は南側。
非常に複雑に分岐している。
これが問題になっている川である。
厄介な事に、それぞれの川が下流に行くに従って水量も増えているし。
何よりも問題なのは。
どの川も基本的に、真面目に橋を架けることを考えないと。水源に抜ける事は出来ない、という事だ。
ちなみに上空を調べているときに。
何かしらの攻撃を受けることはなかった。
邪神がいるかどうかは分からない。
ただ、目についたからと言って、いきなり仕掛けてくる訳では無さそうだ。
雨がまた降り出す。
一旦下流へ退避。少し小高い陸に上がって。やり過ごす。
キャンプを張って、川の流れが激しくなる様子を見つめながら、会議をする。
「一度戻るべきだね」
ジュリオさんの意見は至極全うである。
モニカもそれに賛成した。
オスカーに聞いてみたが。
川の周囲にどんな植物がどれくらい生えているかくらいしか興味が無いようで。
あまり参考になる話は聞けなかった。
コルちゃんは物資がどれだけ残っているかと、滞在がどれくらい可能かくらいしか話してくれない。
戦略は自分の担当では無いと思っているのだろう。
レオンさんは、この間から竜の鱗を使った防具を作る事ばかり考えているらしく。
戦闘時はきっちり働いてくれるものも。
それ以外の時は、ぼんやりしていることが多かった。
ハロルさんは、双眼鏡を持ってきて森を覗いていたらしいが。
案の定。
よく分からない動物が、山ほどいるという話で。
いずれにしても、無理矢理乗り込むのは無謀。
文字通りの自殺行為だと釘を刺されてしまった。
だが、これはハロルさんの言うとおりである。
ふむと、あたしは唸る。
さてどうしたものか。
「一度この辺りに旅人の道しるべを設置して、キャンプを維持。 石材を運び込み、更に全自動荷物積み降ろし装置も運び込んで、架橋するのはどうだろう」
「あまり賛成できないわ」
モニカが言うと。
プラフタもそれに同意した。
プラフタが言うには、邪神も獣と同じように縄張り意識を持っていることが多く。
縄張り内に長時間留まられると、苛立って仕掛けてくるケースがあるという。
真面目な神になると、単純に接触してきて、理性的に話が出来る場合もあるらしいのだけれども。
それはどちらかというと例外的なケースで。
基本的に神々は。
人間に対立する立場を取っているのが普通のようだ。
邪神というのもあながち蔑称ではなく。
基本的に人間に敵対するのが。
この世界の神々の基本。
理由はよく分かっていない。
会話が成立した神と話してみたことがあるらしいが。
それでもあまり詳しいことは聞き出せなかったそうだ。
「確かにもしも水源に邪神がいた場合、時間が掛かる架橋工事をしていたら、仕掛けてくる可能性も高いな。 だが、邪神がいると決まったわけでもない。 一度距離を取ってキャンプを造り、もう少し周辺の地図を確認してから架橋する位置を絞った方が良いのではないのかな」
「錬金術でぱぱっと架橋できないの?」
「無茶言わないでください」
さらっと言うレオンさんだが。
今のあたしでは無理だ。
そもそも、本などを読んで調べて見たが、架橋というのはかなり難しい技術で。丸太か何かを並べて無理矢理橋にするなら兎も角。
長期間使えるようにする橋を造るとなると。
それは一大工事になるという。
街の側などには、幾つか橋があるが。
そのいずれもが、様々な苦労話と切っても切り離せず。
作る度に死者が出る事も多い。
勿論これらのインフラ整備には錬金術師が絡む場合も多いのだけれども。それでも死者が出るような工事になることが多いのだ。
それも、資源が側にあり。
安全が確保されている状況で架橋しても、である。
こんな所でまともに橋なんて架けていたら。
どれだけの犠牲が出ても不思議では無い。
しかも犠牲を出したところで。
それによる見返りがあるか分からない。
更にもう一つ問題がある。
水源に入った後。
川がどうなっているか分からないのだ。
何しろ、上空から水源を確認したが、鬱蒼と茂っていて、空という空を木の葉が独占してしまっている。
いわゆる樹冠という奴で。
水源の中がどうなっているかはまったく分からない。
それなりの広さがある水源だが。
厄介な事に、入り口付近は霧がずっと掛かっているし。
奥の方はそれこそ訳が分からない背丈の木が伸びていて。
何が住んでいるか知れたものではない。
嘆息。
しばらく考えた後。
結論する。
「橋を造るべき川の長さを計測しておいて、事前に橋を造るしかないかな」
「それで此処に持ち込むのですね」
「うん」
プラフタも同じ結論らしい。
とはいっても、旅人の道しるべを通せるパーツとなると、大きさに限界がある。
現在異世界アトリエは石材をせっせと運び込んで絶賛拡大中だが(自警団が使う扉も設置しているので、現在三つの扉があり、相応の広さが必要なため)、それでも全然足りない。
橋の基礎材となってくると。
家そのものくらいの大きさになる事もあるのだ。
それも頑強さを重視するとなると。
細かく分解するわけにもいかないのである。
いずれにしても、今回は架橋と調査は諦め。
その下準備でおしまいだ。
手分けして、徹底的に調査をする。
測量も実施。
四日ほど掛けて、周辺の地図をある程度埋めておく。その過程で錬金術の素材も集めるが。
鉱物にしても植物にしても。
珍しいものは相応に多かったが。
此処までわざわざ足を運ぶほどのものでもなく。
思わず溜息が零れてしまった。
それに、測量はしたが。
来る途中までの事を考えると、それも何処まであてになるか。
一応地盤がしっかりしている地点を厳選して、橋のサイズについては考えたが。
それも一工夫が必要になるだろう。
作業が終わった後。
一旦撤収。
幸いにもと言うべきか。
水源から何かが仕掛けてくる事は、最後まで無かった。
1、森への路
まず最初に行ったのは、旅人の道しるべを作る事、である。同時に、異世界アトリエへの入り口用に、大きな搬入用のものも作った。
街の中に倉庫用の小屋があるのだけれど。
その小屋の壁面を丸ごと独占するほどのサイズである。
此処はホルストさんが管理していて、現時点では使っていないので、使わせて貰う事にした。
なお、コルちゃんの負担を考えて。
コアになる貴重な素材類の複製については、充分な時間をおく。
その間に此方としても、やっておくことが幾つかある。
爆弾や薬の開発、納品。
それに、最も重要なのは。
対ドラゴンの戦術確認である。
ドラゴンと戦闘した時の経験からして、最下位のドラゴンが相手でも、キルヘン=ベル程度の街だと、総力戦になる。
というか、専用の装備と準備をしていないと、冗談抜きに街を焼き払われてしまうことだろう。
前は此方が準備をしっかりして。
しかもドラゴンとの交戦経験があるプラフタがいた上。
先制攻撃でアドバンテージを常に確保できたから勝てたのであって。
あれと同じ展開に毎回なると思うほど、あたしは頭の出来がおめでたくはない。
まずは、爆弾の火力を上げる。
上空から奇襲を仕掛けて来た場合、撃墜する必要があるからだ。
それには氷系の爆弾が一番良いだろう。
というわけで、シュタルレヘルンを研究。
元々レヘルンを大型化し強力にしたこの爆弾は。
炸裂させると、小さな湖くらいは凍り付いてしまう。
当然ドラゴンも、直撃を喰らえば無事には済まないはず。
ただし悪用されると尋常では無い被害を確実に出す事になるので。
管理には最大の注意を払わないといけない。
街の周囲には見張り櫓を配備。
ハロルさんと相談して。
周囲を確認できるように、双眼鏡と、望遠鏡を配置する。
レンズはあたしで準備できるので。
後はハロルさんがどうにかしてくれる。
ハロルさんはたくさん双眼鏡と望遠鏡がいると聞くと、もの凄く面倒くさそうな顔をしたけれど。
結局は生活のためかとぼやいて。
作業に従事してくれた。
その間、並行して。
あたしは橋について考える。
エリーゼさんの所に行くと、橋の資料を集める。
これについては、幾つかの技術書があったし。
何よりも、インフラ整備において架橋は必須の技術だ。
今回作る橋に関しては。
基本的に植物性の材料は使わない。
保ちを良くするためである。
そうなってくると石材を使うしかないのだが。
石材を使った橋を幾つか見たが。
工法がいずれも難しい。
少なくとも、素人がポンポンと作れる代物じゃない。
レオンさんに言われた事を思い出して、頭を抱えてしまう。
何でも錬金術でポンポンとはいかない。
まあ、当たり前と言えば当たり前だ。
プラフタに相談もしてみるが。
彼女も極まっとうな架橋技術しか知らなかったし。
頼りすぎるのも問題だ。
幾つか、思いついた事があるので、試してみる。
まず基礎部分については、ごく普通に石材を使って作る。これについてはノウハウがあるし。
街の男衆にも、作り方を知っている者がいたので、手伝って貰う。
此処には錬金術は使わない。
問題は橋そのものだ。
まずインゴットを変質させ、薄く引き延ばす。
その後、インゴットが錆びないように、さび止めの薬を丁寧に塗り込む。
このインゴットを引き延ばした薄い鉄板。
本来なら幾ら凄まじい強度を持つようにしたところで、大きな荷車を乗せて運べるような代物ではない。
しかし、工夫は此処からだ。
グラビ石を潰して変質させ。
伸ばしてインゴットの裏面に塗り。
性質を変質させ。
重量を支えられるようにする。
正確に言うと、橋が常時下からの力を受けている状況にするのだ。
小さめの模型を作って見て。
これが案外有用である事は分かっているが。
問題は、橋のための伸ばしたインゴットがかなり大きくなること。
そこで、インゴットは分割し。
それらを、これまたグラビ石を組み込み、更に変質させて強度を極限まで強化した糸を使ってつなぎ合わせる。
この糸は、蜘蛛の糸を利用したもので。
元々頑強な蜘蛛の糸を束ねることにより。
相当な強度を持っている。
更にそれを錬金術で変質させることによって。
圧倒的な強度を実現した。
ただし、これらの試行錯誤の段階で、一月掛かった。
幾つかの作業を並行で進めながら。
どんどん時間が過ぎているのが分かる。
そうこうするうちに、ホルストさんが言っていたように。キルヘン=ベルの人口は、緩やかに。だが確実に増えていった。
街の防護壁が一度解体され。
街の東側。橋を渡った向こう側を囲うようにして防護壁を作りつつ。
オスカーが指揮を執って緑化作業を実施していく。
アトリエから手をかざして見ているが。
川を渡って街道の北部は緑化し。
更に南側の少し離れた地点も緑化。
その間に住宅街と、畑を作る。
石材は幾らでも取ってこられるし。
全自動荷車と全自動荷物積み降ろし装置が活躍して、労働そのものの負担も著しく減っている。
問題は猛獣からの防護。
更に新しい住民の待遇だ。
人間が増えると、やはりもめ事も増える。
自警団は既に三十人を超える規模になっているが。
これを四十人に近々増員することを決めている。
魔族も何名か増えているので、彼らには優先的に自警団に入って貰う予定である。だが、その中の一人。
一番若い魔族のハルファスさんは、魔術を生かして街に貢献したいと言っているらしくて。
調整が難航しているようだ。
また、傭兵を雇うことも考えている様子だが。
それについても、フリッツさんが彼方此方に声を掛けて回っていても、都合がつく良い傭兵団が見つからないらしい。
この仕事は基本的に水物で。
場合によっては匪賊になるような連中が、荒くれとして傭兵をしているケースも珍しくない。
東の街では運良く質の良い傭兵が見つかったようだが。
此方ではそうもいかないのだ。
街が大きくなると言うのは。
問題も抱えることだ。
自警団では、対ドラゴンの対策として、あたしが作ったシュタルレヘルンを投擲する訓練をしている。
基本的に縄をつけ、回転したり振り回したりして投げつけて起爆するのだけれども。
同じくらいの大きさの球体を見繕って、練習につきあって此方に飛んでくるあたしやプラフタに命中させる、という訓練になる。
練習につきあうのも立派なお仕事。
更にあたし達は魔術で防壁も展開できるので、直撃しても「普通の球体」なら別に何でも無い。
そうやって実際に見てみると。
古参の自警団員はポンポン当ててくる。
これは空を飛ぶネームドや猛獣との交戦経験があるからだろう。
しかしながら、最近加わった自警団員は、十回に一度当たるかどうか。
一人弓が得意な子がいたが。
普通の弓矢なんて、それこそネームド以上の相手には、効くわけもない。矢に爆弾をくくりつけて飛ばすことも考えたが。
それをやって貰うと、まったく当たらなくなった。
悲しそうにしているその若い子に。
弓矢が得意なら、それを生かすように、モニカが諭していた。
時間が過ぎるのが早い。
アトリエに戻ると、栄養剤を飲み下して。
多少気力を回復する。
そして、ようやく準備が整った橋の素を、元々橋を造ろうと考えていたらしい、街の東側の一角に運ぶ。
あたしが拡張肉体六つと一緒に石材を持ち上げて、橋の向こう側に輸送。
かなり重いが。
拡張肉体六つならば、どうにかやれる。
これは近いうちに、拡張肉体をあと一つ二つ、増やした方が良いかも知れない。
続けて、例のインゴット板を組み立てる。
それぞれ四隅に穴が開けられていて。
硬質化させた糸で、しっかり結びつけた後。
錬金術で作った接着剤で、結び目ごと固定する。
この接着剤、名前は接着剤だが。
実際には柔らかく変質させた金属で。
糸の上から塗った後。
その場で変質させて、硬質化させる。
こうすることによって、結び目は文字通り鉄壁になる。
この板を二連につなげたものを、複数個並べることで、橋にする。
こんな薄いので大丈夫だろうかと、不安そうに技術者達は見ていたが。
板がもの凄く軽く、信じられないくらい扱いやすいのを見て。
俄然やる気が出たらしい。
まず橋を両側に渡し。
橋桁にそれぞれくさびを打ち込んで固定した後。さっきの金属接着剤で更に頑強に固める。
最初に石材を固定した後は。
橋そのものを結構手間暇掛けて作らなければならないが。
作ってしまえば、魔術で飛べる人間が運ぶだけ。
そして両端でくさびを打ち込んで固定すればできあがり。
普通橋の施工には何週間と掛かるのだけれども。
これならば、あたしが事前に作ってしまえば、施工そのものは三刻程度で出来てしまう。
後は強度だ。
まず、あたしが渡って見せる。
問題ない。
さび止めをした金属板を連ねたという、本来では考えられない代物にもかかわらず。
完璧と言って良いほどの安定感で。本当に糸で止めた金属板を連ねた構造なのか、自分でも疑いたくなってきた。
橋の真ん中で飛び跳ねてみせるが。
全然平気。
石材を基礎でしっかり固定しているので。
それさえひっくり返らなければまったく問題ない。
更に、少しずつ重いものを運んでみる。
まずは荷車。
大丈夫。まったく問題ない。
次に石材を乗せた荷車。
これも平気だ。
興味を持ったらしい魔族達にも渡って貰う。魔族はヒト族の倍の背丈を持ち、体重は八倍前後。
しかも彼らは空を飛べる。
少し橋を見て不安そうにしていた彼らも。
渡る内に、これは面白いと呟いて。
何度も行き来して、楽しそうにしていた。
最後だ。
ヴァルガードさんとシェムハザさんに立ち会って貰って、馬車を通す。
これが通れないようならば、橋としてはあまり意味がない。
緊張の一瞬だが。
まったく問題なく、馬車はすんなり通る事が出来た。
呼吸を整える。
さて、後は細かい所をチェック。
接着剤関連はまったく問題ない。
錆びないようにもしてあるし、ここまでガチガチの強度を持っているのだから、平気だろう。
グラビ石が剥がれる可能性についてもチェック。
此方も問題は無さそうだ。
橋の基礎。
これは本職がやっているから大丈夫。
がっちり固まっている。
それこそドラゴンが体当たりでもしたり、ブレスを浴びせたり、後は洪水が直撃でもしない限りは平気である。
とりあえずは一安心か。
その後は、お披露目会をする。
ホルストさんは話を聞いていたらしく、この「架橋セット」を見て、喜んでくれたが。
ヴァルガードさんには突っ込まれた。
「橋は問題ないが、橋の左右に手すりなり、落ちるのを防ぐ工夫がいるな。 それも足してくれないか」
「分かりました。 戦地での運用を考えていたので、其処までは頭が回りませんでした」
「いや、それも仕方が無いですよ、ソフィー。 街中に作る橋には、付属パーツが必要という風に考えましょう」
「すぐに着手します」
後は性能試験をしてみせる。
いずれも好評で。
魔族数人が乗って飛び跳ねても。
馬車を二台同時に通しても。
橋はびくともしなかった。
その後は、提案を幾つか受けて、その通りに対処して完了。
橋の上に砂利を撒いて、更にその上から薄く接着用金属で固める。これで、隙間も埋まる。手指を挟むような事故もなくなるだろう。
更に橋の左右に少し高めの手すりをつける。
この手すりもインゴットを加工したもので、ちょっとぶつけたくらいでは凹むこともない。
更にグラビ石も入れているので、重さも考えなくて良い。
完成した橋は。
錬金橋と名付けられて。
キルヘン=ベルの新しい名物となった。
此方としては有り難い限り。
というのも、性能実験が勝手に出来るからである。
街に新しく来た子供達が面白がって橋を渡ってくれている。しばらくの間、モニカが意図的に新米の自警団員をその近くで訓練していたが、事故に備えての事だろう。
また、あたしも連日夕方以降に自分でチェック。
橋の下側にも回って。
何か問題が起きていないか、徹底的に調べ上げた。
結論としては、問題は起きない。
プラフタにもチェックして貰ったが。
耐用年数は200年と、太鼓判を押して貰った。
200年保つ橋なら充分だろう。
それもノーメンテの場合であって。
この橋は作り方が確立しているので。壊れたとしても、すぐに再建が可能。素材に関しても、再利用は難しくない。
更にメンテをしっかりやっていけば。
1000年でも保たせられるだろう。
問題は、素材類が非常に手間が掛かること。
錬金術師がいないと施工が出来ない事、だ。
この二つを考慮すると、錬金術師がもっと世界に増えないといけないだろうという結論がすぐに出てくる。
いずれにしても。
この橋は有用だ。
早速準備を始める。
この間の地図を確認する限り、三つ分の素材を準備する必要があり。
更に、橋を造る時に、職人に地盤を確認して貰う必要がある。
現地に行って、本職に此処では作れないと言われてしまったら、話にならないからである。
錬金術が街にとってどれだけ有益かは、本職の人達にも分かって貰えている筈なので。
これに関しては、理解を得る事が出来るだろう。
問題はその後だ。
現地まで行って、旅人の道しるべを設置。
彼らを呼んで、現地見聞して貰う。
その間の護衛。
更に、橋を設置する場合の、素材の輸送である。
流石に全自動荷車では無理なので、異世界アトリエ経由で直接現地に運ぶことになるのだけれども。
この時、橋を予定地点に作れないとなると。
素材を多めに準備する必要がある。
幸い、橋についてあたしが研究している間に、コルちゃんが素材の複製を完了させてくれたので。
もう二つ、旅人の道しるべを作る。
一つはホルストさんが管理している倉庫の中に常時置き。異世界アトリエに大荷物を搬入するときに使う。
もう一つは大規模な荷物を輸送する必要がある場合に、街の外で使用する。
なお、今まで緊急時の帰還用に使っていたものは、自警団に譲渡した。いずれ東の街と安全圏がつながったときにでも、其処に設置するかも知れない。
コルちゃんは干物になりかけていたが。
流石に時間を掛けて作ったので。
致命傷にはならなかったのは幸いだ。
準備を全て完了するまで二週間。
そして、ホルストさんに許可を得て。
現地に出る。
旅人の靴があるから、現地まで到着するのに、それほど時間は掛からない。
それは幸いなのだけれども。
問題は、現地に到着した時点で。
また川の流れが微妙に変わっていた、という事だ。
厄介すぎる。
本職達を呼ぶ。
早速現地を見てもらうが。
彼らの全員が断言した。
「此処に橋を造るのは無理だ」
「やはりそうなりますか」
「ああ。 地盤が緩すぎる。 橋を造る事自体は簡単だが、すぐに流されちまうぞ」
「……そうですね。 護衛しますので、周囲の確認をお願いします」
この辺りは猛獣も結構出る。
特に川の近くは、陸魚が高確率で出現するので、油断すると一瞬で川の中に引きずり込まれる。
そして、そうなったら。
まず助かる事は無い。
如何に手練れでも、川の近くで油断すれば死ぬ。
それが、この世界だ。
念入りに警戒をしながら、川の上流から下流に至るまで、念入りに見て回る。
一箇所、本職達が興味を示した場所があった。
あたし達がキャンプを張った丘だ。
其処から森の側まで行く。
小高く盛り上がっている其処は。
草原になっていた。
ただし、距離は直線距離で百歩はあると見て良いだろう。
「やるとしたら、此処から彼処まで、だな」
「正気ですか!?」
「あんたならどうにかなるんじゃないのか? あの金属の橋だって、とても本来は支えられる長さじゃあないんだぞ」
「……」
一度皆の所に戻る。
これはホルストさんに許可を貰わないといけないだろう。
ただし、もしもこの橋が完成したら。
文字通り未踏の地である水源に。
荷車を運び込む事が出来る。
それによって、内部にいる可能性がある強大なネームドや、それ以上の存在に対しても、対抗できる可能性が上がるし。
何よりも、これだけ長大な距離の橋を作る事が出来れば。
今まで寸断されていたインフラを回復させられる。
実際問題、山間部の街などでは。
吊り橋などを使って、非常に不安定なインフラを維持しているケースが多いのだ。
勿論そんな場所は、ネームドなどに襲われたらひとたまりも無い。
そういった場所の理不尽な生活を。
少しでも改善出来る実績が作れる。
また、橋は悪用しようがない。
戦略物資として。
キルヘン=ベルから輸出したら、相応の富の流入を約束してくれるはずだ。
いずれにしても、この距離の橋を造るとなると、とてもではないが物資が足りない。すぐにとんぼ返りする。旅人の靴がある事が、こういうときは有り難い。貴重な時間を無駄にしなくても良くなるからだ。
顔役を集めての会議が行われる。
ホルストさんは、二つ返事で許可をくれる、と言う訳にはいかなかった。
「本職が警告をしているという事は、それに沿った方が良いでしょう。 ソフィー、何とかなりますか?」
「何とかして見せます」
「……プラフタ。 ソフィーの支援をお願いします。 これは是非とも事業として成功させたい」
「分かりました。 どうにかしましょう」
ヴァルガードさんが挙手。
そして、心苦しい様子で言われた。
「実は、それと並行でやって欲しい事がある」
「並行で、ですか」
「ああ。 実は南にある廃寺院で、妙な人影を見たと言う報告が来ていてな。 自警団の複数が目撃している。 いずれもが、魔族以上の体格を持つ巨大な人影だったと証言している」
魔族以上の体格。
巨人族だろうか。
見た事があるが、確かに凄まじい巨体だ。
間近で見れば、その圧迫感も凄まじいだろう。
しかし、魔族以上というのが気になる。
何とも中途半端な証言に思えるからだ。
人間はいずれも、似たような姿形をしている。
流石に獣人族の頂点に立つケンタウルス族は異形だが、魔族でさえ頭一つ、腕二つ、足二つというのがスタンダードだ。
ケンタウルス族は本当に巨人族と同じかそれ以上のレア種族だという話だし。
高い戦闘力とそれ以上に誇り高い性格から言っても、匪賊などになる事は無く。二大国で重宝されると聞いている。
ともあれ、人間の形で。
魔族以上巨人以下の体格で。
しかも変な人影。
少しばかり嫌な予感がする。
「いずれにしても、橋の資材の準備などで時間が掛かります。 その間に調査をすることにします」
「お願いしますよ、ソフィー」
「分かりました」
今回、コルちゃんには軽めの素材の複製を、余裕のある期間で頼む。
本人はかなり疲れが溜まっているようだが、こればかりは仕方が無い。或いは休養期間に当てて貰うのも良いだろう。
他のメンバーは皆来て貰う。
嫌な予感というのも。
邪神が現れるかも知れない、という話もあるし。
プラフタに聞いたところ、人型の邪神もいる、と言うことだからである。
それに、その割りには、目撃者が生きて帰ることがで来たことも気になる。
一体何だろう。
実のところ、南にある廃寺院には、悪い噂が幾つもある。
昔は匪賊が巣くっていたのだが、いつの間にか全滅していたこともあり。
偵察以外の仕事で、近づこうとする者は無い。
恐怖が実態以上に相手を大きく見せる事はあるが。
それは考えにくい。
偵察に出てそれを目撃した人間の一人は、この街でもベテランの戦士である。自警団でもいわゆる中堅で。モニカに次期団長を取られはしたものの、その気になれば何処の街でも食べていける実力の持ち主だ。
である以上、疑うのは楽観に近い思考の放棄だろう。
会議が終わった後、皆を集める。
道具類は、この間の探索で使っていないのが残っているので、問題は無い。
後は寺院だが。
街からそう遠くない。
これは解体してしまうのも手かも知れない。
そもそもどうして街からそう遠くない所に廃寺院があるのか、よく分かっていないのである。
内部調査も必要だろう。
何より、深淵の者が接触してきて、それっきりというのも気になるのだ。
何か。
とても嫌なことが起きている気がしてならない。
準備が整い次第、コルちゃんを残して出立する。
いずれにしても、ネームドが目撃されていないとは言え。
放置は出来ない案件だった。
2、朽ちた寺院の影に
寺院を確認。
周囲は草原が拡がっている。
比較的自然環境の条件が良い、という事だ。
そして恐らくだが。
昔の支配者層である人間が、それを見越して、敢えて此処に寺院を造ったのだろう。あまり褒められた行為では無い。
今はそうでもないが。
昔は孤児を売り飛ばして生計を立てる寺院や。
悪逆を率先して行う聖職者が多数いたという。
深淵の者が片っ端からこの手の輩を殺して行ったのだろう。
その結果。
いつしか、本当に天罰が下るという噂が流れ。
恐怖が悪党を萎縮させた。
手をかざして寺院を見るが。
明らかに豪華すぎる造りだ。
どれくらい年月が経っているかは分からないが。
それでも、形がしっかり残っているし。
或いは錬金術師の力を借りて、建物を作り上げたのかも知れない。
周囲を確認。
人が出入りしている形跡は無い。
雑な匪賊なんかになると、食い荒らした獣を捨てていたりするのだけれども、その様子も無い。
ただ、気配はある。
早速オスカーが、植物に話を聞いてくれていた。
「ソフィー」
「どうしたの?」
「此処、結構人が来るらしいぜ」
「へえ?」
オスカーの話にモニカは眉をひそめたが。
コレはいつものことだ。
話によると、此処には数人から十人程度の人間が、かなりの頻度で出入りしていると言うのである。
それも、いずれも非常に強そうな人ばかりで。
あからさまに匪賊とは違うそうだ。
匪賊については、植物たちも良く想っていないらしい。
この辺りに住み着いていた頃は。
傍若無人の限りを尽くされて、大変だったと植物は嘆いているそうだ。
その話を聞いて、フリッツさんがレオンさんをつれて、寺院を直接見に行く。ハロルさんは少し距離を取り、双眼鏡で確認を開始。
あたしも拡張肉体を飛ばして確認するが。
飛んでいった本達が確保している視界には、誰も映らないし。
気配も感じない。
フリッツさんが手招きしてきたので。
体勢を低くしたまま移動。
フリッツさんが視線で示した先を見ると。
玄関が綺麗すぎる。
しかも、あからさまに、強力な魔術で施錠されていた。
下手に触ると危ない。
そう判断したあたしは。
一旦離れるように指示。
全員で寺院から距離を取った。
旅の錬金術師とかの偏屈者が住んでいる可能性もあるし。
そういう場合は、カチコミを掛けると色々面倒だ。
あたしも変わり者は別に嫌いじゃあないし。
周囲と違うから殺すとか、そういう頭が沸いたことを口にするつもりもない。
別にここに住みたいのならそれはそれで勝手だろう。
問題は、危険な相手かどうか、だ。
「フリッツさん、気配は感じますか?」
「いや、どうも妙でな……」
「妙、とは」
「建物は手入れされているし、魔術で丁寧に施錠までしている。 だが、気配がどうも曖昧で、少なくとも素人のものではない」
「僕も感じている。 もし戦う事になったら、面倒な事になるはずだ」
「……慎重に調べましょう」
この二人が其処まで言う程だ。
何か住んでいるとしたら、油断は出来ないという事である。
更に寺院の周囲を調べていくと。
地下への通用門を発見。
此方は開いている。
そして、生活の痕跡がある。
残っている、ではない。
現在進行形で存在している、という事である。
うめき声が奥から聞こえた。
何処かしらの街から逃れてきて、此処に逃げ込んだ人間、という可能性も捨てきれないが。
その割りには証言が気になる。
魔族以上の体格。
そしてこの通用門。
あまり大きくなくて。
魔族が使用する事を加味するとギリギリ。
更に言うと、その天井を擦った形跡がある。
「これは、何かいるな」
「証言も本当のようですね」
「ああ。 以降はハンドサインで」
空気が張り詰めた。
皆が戦闘モードに入ったのだ。
通用門は開きっぱなし。
ジュリオさんを先頭に、内部を確認しながら入る。
気配からして、ネームドやもっと強大な存在では無い、とみて良いだろう。
ならば何だこの気配は。
人間のようでいて。
そうではない。
一角。
大きな穴が開いていて、異臭がした。
恐らく便所として使っているのだろう。
勿論、其処に潜んでいる可能性もある。
拡張肉体と一緒に、魔術を展開。周囲の気配をより鋭敏に探知出来るようにして、ゆっくり進む。
寺院の地下はかなり広い。
一つの部屋で、あまりよろしくないものをみつけた。
拷問器具類だ。
異端審問用の書物もある。
モニカが、露骨に不愉快そうな顔をした。
数百年の昔。教会が生臭坊主どもに支配されていた時代があった。
その頃には色々とごたごたがあり、その辺の歴史は今も彼方此方の書籍に残されている。
孤児を売り飛ばしたりするような、金の亡者の権化のような連中がいたと思えば。
坊主でありながら権力を握ろうとする輩もいた。
そういう連中には。
信仰の力を悪用して。
自分に邪魔な存在に言いがかりを付け。
殺して行くような奴もいた。
エリーゼさんの持っていた、寺院の裏側、という本で手に入れた知識だが。
まさか異端審問用の本などが見つかるとは思わなかった。
プラフタは捨てろとハンドサインを出してきたが。
解析はしておきたい。
荷車に放り込む。
後は、戻ってからよく読めばそれで良い。
地下は腐りかけた床と。
よどんだ空気。
更にたまに見かける霊。実力は大した事は無く、此方の魔力を見てさっさと逃げてしまう。
こんな所に住んでいて、とても正気を保てるとは思えないが。それでも何かはいるのだろう。
臭いもしてきた。
さっきの、トイレとして使っているものとは違うらしい臭いだ。
程なく、位置をフリッツさんが特定。
ハンドサインを出してきた。
頷くと、皆で展開。
それほど大きな部屋では無いが。
いる。
3、2、1。
GO。
突入。
腐っている扉を、小型の爆弾で吹っ飛ばし、中に踊り込む。
部屋の中には。
いや、隅の方に。
蹲るようにして、まるで闇そのものが固まったかのような異形がいた。
なるほど、大きさは魔族以上。しかし前に見た巨人族ほどでは無い。
全身は肥大化していて。
特に左手は、体と同じくらいまで巨大化している。
これでは動くのさえ一苦労だろう。
更に、全身の肌は赤く。
周囲には、鉈のような巨大な刃物が複数浮いていた。
ジュリオさんが叫ぶ。
「ナザルス先輩!?」
「……ジュリオか」
顔を上げたその存在は。
頭に角まで生えていた。
ヒト族だと聞いていたのだが。
これは魔族でも滅多に見られないほどの見事な角だ。
いずれにしても、敵意は無い。
剣を収めるジュリオさん。
恐らくこの人が。
例の、タチが悪い外法使いの魔術師を倒した時に呪われた存在なのだろう。
フリッツさんが、レオンさんを促して、周囲の警戒に当たる。
ジュリオさんの話は前にあたしを介してしたし。
敵意は無い、と判断したのだろう。
ナザルスという人は。
巨大化しすぎた腕を地面に重そうに押しつけたまま。
情け無さそうに、牙だらけになっている口を開いた。
「近づいてはならん。 この呪いは、見ての通り人体を徹底的にむしばむ。 俺を殺せば、恐らく次の誰かに感染するだろう」
「少し失礼します」
プラフタが前に出ると、拡張肉体を飛ばし。
更に自分が宿っていた本を媒介に魔術を展開。
調査を始める。
モニカも詠唱をして、何か異常が無いか調べているようだが。
結論を出したのは、プラフタの方が早かった。
「なるほど、これは……」
「何か分かったのかい」
「根絶の力ではありません。 外法の一つではありますが、何もかも法則をねじ曲げて、力にするものです」
「摂理を壊してしまう外法という事ね」
モニカも似たような結論を出したらしい。
プラフタは更に言う。
「これは捻転の外法と言って、錬金術に対抗しようと魔術師が考え出した物の中では、最悪の一つです。 この人が懸念しているように、全ての物事をねじ曲げて、更に感染もします。 基本的に産み出した人間に。 次は殺した人間に。 タチが悪い寄生生命体のようなものです」
「何とかならないのか、プラフタ」
「……この人の進展の様子からして、外法を取り除いても長生きは出来ませんが、それでも良いのなら」
「ナザルス先輩」
ジュリオさんが声まで青ざめて言うが。
即答される。
やってくれ、と。
「俺はあの鬼畜を倒した後、自分が露骨におかしくなっていくことに気付いた。 自裁するつもりだったが、どうしても勇気が出なかった。 その内、このけったくそ悪い鉈までついてきた。 あの魔術師のいた部屋にあったものだ。 魔術師が、この鉈に、主人を守るように魔術を掛けていたのだろうな」
反吐が出そうな顔をしようとしたらしいナザルス氏だが。
魔族が怒っているようにしか見えなかった。
なるほど、分かった。
恐らくその外法使いの力のイメージに、この人はどんどん近づいているのだろう。
死してなお他者を苦しめ続けるか。
ノーライフキングといい、リッチといい。
外法使いというのは、どうしてこうも救いがたい存在なのか。
「先輩、出来るだけ早く戻ります」
「頼む。 最近は意識が飛びそうになる事も多くなっている。 人間に近い姿だった頃は、食事も必要だったし、排泄もあったが。 今は何も食べずに、そのまま体が肥大していくのを見ているばかりだ。 このままだと俺も、あの外法野郎と同じように、見境無く人を襲うようになるだろう。 それだけはいやだ。 もしもこの外法を取り除けない場合は、俺を斬ってくれ」
「……分かりました」
すぐに寺院を出る。
入り口の封印は気になるが、いずれにしても一刻を争う事態だ。
もしもあの外法が、ナザルス氏をむしばみ尽くしたら。
下手をすると、キルヘン=ベルに乱入して来かねない。
その場合、地獄絵図の始まりだ。
誰かが殺してしまえば。
その時はまた外法が移る。
それが連鎖したら。
一気に周囲は地獄になる。
全速力でキルヘン=ベルまで戻ると。あたしはアトリエに。フリッツさんは、ホルストさんへの報告を頼んだ。他の皆はその場で解散。
レオンさんが何か言いたそうにしていたが。
今はそれどころでは無い。
アトリエに入ると。
プラフタに確認する。
「それで、捻転の外法を取り去る方法は?」
「理論としては比較的簡単です。 摂理を曲げてしまっているものを、排除すればいいのです」
「なるほど。 具体的には」
プラフタによると。
魔術によって出来る限界の技の一つ。
リッチのように、魔法陣に閉じこもって、気が遠くなるような時間を掛けて詠唱を行い、自身の中にもう一つの何かを造る。
その何かには意思があり。
周囲の全てを、自分にしようとする。
問題はその何かが、自分が周囲と違う事を認識していることで。
これが非常に厄介なのだという。
何しろ、主体的な「自分」を持っていないため。
術者のイメージが、最も凶暴なイメージとして具現化するから、である。
ああなるほど。
それでナザルスさんは、あんな姿にされてしまったのか。
不幸極まりないが。
今はそれを嘆いていても仕方が無い。すぐに作業に取りかかる。
要は、その「もう一つの何か」を排除すれば良いのだ。
排除の手段は難しくない。
相手は精神生命体。
それを破壊してしまえば良いのだ。
つまり、第一段階で位置を確認。
第二段階で固定。
第三段階で破壊。
以上である。
仕組みさえ分かれば。
レシピは作れる。
魂はよく分からないけれど。
精神生命体はそれとは別。
というか。
精神生命体でも、しっかり物理攻撃が通用する。魔術が掛かった剣だったら更に良く効く。
だから究極的には、居場所を特定したら刺すだけで良い。
まず順番に、相手の位置確認をする道具から。
方法としては、相手の体の中で、もっとも変化が激しい場所を探り当てれば良い。
心臓とかに潜り込んでいる可能性もあるが。
個人的には多分無いと思っている。
というのも、そんなところに寄生したら、宿主を速攻で死なせてしまう。
脳も同じだろう。
要するに、宿主の生命をダイレクトに破壊してしまう臓器類には宿っていない、と見て良いだろう。
生命力が最も異常にあふれ出ている場所を特定するために。
生命力を探知する道具を作成していく。
気配探知の魔術の精度を数十倍増しにすれば良い。
仕組みとしてはゼッテルに魔法陣を描き。
拡張肉体と同じような仕組みで、意思を与えれば良い。
続けて固定化だが。
この位置を特定する拡張肉体と連動させて。
相手にショックを与える。
まさかダイレクトアタックを受けるとは思っていないだろう相手は。
その場で動きを止める。
後は貫けば良い。
レシピを仕上げる。
プラフタに見せるが、まだ駄目出しを受ける。
頭を掻きながら。修正。
そろそろ一発クリアを出したいが。
中々上手く行かない。
新しい道具を造ると。
ほぼ必ず駄目出しが入る。
これはそろそろ、いい加減に何とかしたい。
ともあれ、レシピは夜中の少し前には出来た。道具類もそう難しいものを使うわけでは無い。
その場ですぐに造ってしまう。
仮眠を時々入れながら。
細かい作業をする。
魔法陣を描くというのは結構大変だし。
それを何百倍にも増幅するのもまた大変だ。
最終的に出来たのは、いわゆるペンデュラムと呼ばれる道具。要するに振り子である。
糸で吊った三角錐の内部に畳んだゼッテルが入っていて。
異常な生命力がある地点を、ピンポイントで指す。対象はある程度指定可能で、小型のものだけを選択できる。
実際に使って見たが。
部屋の中でも、小さな虫などが入り込んでいる地点を、正確に指し示すことが出来た。
更に相手を拘束する魔術の実験も成功。
今回、ナザルスさんを苦しめているのは、早い話が全身を異常肥大化させる寄生生物なので。
それを殺すには、これは最適だ。
問題は、ナザルスさんは、その後長くは保たないと言うことで。
更に、人前にも姿を見せられないだろう、という事だ。
ただ、そのままだとあの人は文字通り人間では無くなる。
あの人は、人間のまま死にたいのだろう。
だから分かっている上で。
頼んできた。
もし自裁されていたら。
あの寄生生物が、どんな風に彷徨って。
誰に取り憑くかも分からない。
それを考えると、あの人の判断は正しかった、という事になる。
試験運用をして見て。
プラフタは頷く。
「これで良いでしょう」
「分かった。 じゃあ早速行こう」
「休んでからです」
「……分かった」
確かに、ナザルスさんは理性を保っているのも大変なように見えた。
戦闘になる可能性は充分すぎる程にある。
あたしは言われるまま栄養剤を飲むと。
寝台に潜り込む。
そういえば、食事も取っていなかったか。
苦笑いしながら。
あたしは早々に、眠りについていた。
3、終わりの選択
寺院に行く最中。
ナザルスさんの話を聞く。
皆、それについては、異論を口にしなかった。勿論周囲は警戒しながら、だが。今でも少なくなったとはいえ、この辺りにも猛獣は出るのだから。
「ナザルス先輩は、非常に真面目な騎士で、後輩達からは兎に角怖がられていたのだけれども。 しかしながら自分に誰よりも厳しく、どんなミスをした場合も必ず自己申告するような人だったよ」
「組織の中では生きづらかっただろうな」
「奥さんともあまり折り合いは良くなかったそうです。 ただ、誰よりも厳格に法を守るから、悪党からは本当に怖れられていました。 剣の腕も確かで、匪賊の集団を一人で全滅させたこともありました」
フリッツさんには、ジュリオさんも対応がとても丁寧になる。皆に話すときも比較的優しいしゃべり方をするが、流石に格上の経歴を持つ相手だと認めているからだろう。
そして今。何故こんな話をするのか。
決まっている。
ジュリオさんも分かっているのだろう。
これから、その人の願いを聞き。
全てを断つためだ。
だから今。
こうして話をしっかり聞いておく事で。
この場にいる人間全員に、ナザルスという人の事を、覚えて貰う。そういう意図があってのことである。
あたしにだってこれくらいの気配りは出来る。
ジュリオさんも、あの肥大化した異形を見た瞬間、分かったはずだ。
助からないと。
錬金術を使えば、或いはという希望もあったかも知れないが。
プラフタからして無理と即答するレベルである。
死者を蘇生させることには、膨大な労力が必要だし。
何よりも。
プラフタのような、極端な例外でないと無理。
壊れてしまったものは直せるかも知れない。
しかし変わってしまったものを。
最初の状態に直すのは、流石に難しい。
時間を巻き戻す事が出来ても。
恐らくは、あの異形を無理矢理元に戻したフィードバックで。ナザルスという人は結局死ぬだろう。
「ナザルス先輩は騎士団長からも一目置かれていて、僕に早くから目を掛けてくれていた人だ。 僕にあらゆる騎士団に伝わる技を教えてくれた。 僕が始めてネームドの討伐戦に参加したとき、ネームドの攻撃から僕を庇って大きな傷を受けても、何も恨み事は言わなかった。 お前の方が将来有望なんだから、気にする事は無いって、むしろ不器用に笑ってさえいたよ」
そうか。
本当に真面目で。
得がたい人材だったのだろう。
とにかく厳しい接し方をされたと、ジュリオさんは苦笑いするが。
それでも、やはり慕っていたのだろう。
時々無言になる。
それはそうだ。
恩人のあんな姿を見て。
心が動かないのなら、そいつは恐らく人間では無いだろう。
寺院が見えてきた。
フリッツさんが、少し待とうかと言うが。
ジュリオさんは首を横に振った。
そればかりか、あたしがペンデュラムの説明をすると言う。
「最後は僕がやる。 手は出さないで欲しい」
「分かっています」
「……すまない」
勿論、寄生体を殺した後、即死するわけでは無いだろう。
数年は生きられるかも知れない。
だが、人の世界に戻ることは不可能だ。
自裁さえ出来ない状態になった人を。
心の整理を付けて。
余生を送る条件を整える。
今できるのは。
それだけだ。
今回はコルちゃんも来ている。
ここのところ、無理矢理に錬金術を使っていた結果、「鍛えられた」らしく。昨日複製を頼んでいた分の仕事は終わり、比較的体力にも余裕があるという。次の遠征までには、体調も整えられそうだという事である。
頼もしい。
寺院の裏口に回る。
血だらけだ。
見ると、グスタフと呼ばれる大型のアードラの亜種が。
食い荒らされていた。
文字通り捕獲され。
その場で生きたまま喰われたのだろう。
なるほど、これは本人があんな懇願をするわけだ。
もう理性を保てなくなってきている、という事である。文字通りの怪物になる前に、自殺だけでも出来る状態になりたい。
それがあの人の救いか。
モニカが不意にジュリオさんに話しかける。
「あの人に信仰か何かはありますか」
「信仰? ……そうだね、アダレット騎士団は、全員主神教の信者だよ。 信仰は真面目にやっている人とそうで無い人がいたけれど、あの人は多分騎士団一真面目だったんじゃないのかな」
おかしな話だが。
騎士団長が一番不真面目らしく。
それについては、ジュリオさんも苦笑いしていた。
騎士団で、主神教を信仰するのは自由。
そう決めたのは、今の騎士団長らしい。
それも騎士団長は歴戦の巨人族らしく。
歴戦にもかかわらずかなり自由な思考をすると言うことで、歴代騎士団長の中でも特に変わり者として知られているそうだ。
実力主義者でもあり。
自分を凌ぐ剣術の使い手が現れたら、すぐにでも騎士団長を譲るとも公言しているそうで。
ただこれには、巨人族とはいえ相当な高齢なため。
早く後を継いでくれる人材に出てきて欲しいという願いもあるらしい。
話を聞き終える頃には。
あたし達で、グスタフの死骸を片付け終えていた。
「聖歌を歌います」
「頼む」
それだけで、会話は通じたし。
終わった。
フリッツさんが頷くと、古びた寺院の中に入り込む。
血の臭いが凄まじい。
前に来たときとはまるで別だ。前は食事も必要ないと言っていたのに。
これは恐らくだけれども、相当に精神的な状態に限界が来ているのは間違いないだろう。
また死骸だ。
それも大型の牛である。
このサイズのものになると、歴戦の戦士でも油断すると一撃で角に貫かれたりするのだけれども。
それを苦も無く捻り殺して、生きたまま食い散らかしている。
死骸をどけると、奥に。
昨日と同じ場所。
昨日以上に真っ赤に染まったその人は。
いた。
何となく、こうなった理由は分かった。
寄生体が、命の危険を感じたのだ。
だから少しでも力を上げようと、理性を暴走させ。近くにいる猛獣をナザルス氏に襲わせたのだろう。
騎士ナザルスだったものは。
昨日以上に体がふくれあがり。
そして、その目は赤く光っていた。
「ジュリオ……カ……」
「先輩。 今、その邪悪の権化を取り除きます」
「頼む……モウ……抑え……キ……れない」
頷かれた。
あたしは前に出ると、ペンデュラムを取り出す。
それはまっすぐに。
ナザルス氏の右腕を指し。
雷撃を発射。
貫通した。
悲鳴を上げるナザルス氏だが。
彼が動く前に、ジュリオさんが動く。
事前に告げてある。
精神生命体といえど、実際には霊と同じように物理攻撃が通用する。ましてや今ジュリオさんが使っているのは、強力な魔術が掛かった特別製の剣。アダレット騎士団でも上位の者に渡される業物の中の業物。
それならば、斬れる。
空中に浮かんでいた鉈が、一斉に襲いかかってくるが。
フリッツさんとレオンさんが前に出て、ジュリオさんに襲いかかった二本を瞬時に叩き落とし。
あたしとプラフタがもう二つを魔術で撃墜。
更にオスカーとコルちゃんが、床に突き刺さった鉈を押さえ込み。
それでもまだ動こうとした一本を。
ハロルさんが撃墜した。
モニカはもう詠唱を開始している。
ジュリオさんの剣が。
指定した箇所に潜り込む。
凄まじい絶叫を上げ。
ナザルス氏が、暴れ狂ったが。
しかしながら、それは恐らく、ナザルス氏では無く。のろわしい精神生命体が荒れ狂ったのだろう。
まもなく、その雄叫びは止み。
振り回されていたジュリオさんが壁に叩き付けられた時には。
ナザルス氏は、自らも壁に背中からぶつかっていた。
モニカが聖歌を始める。
あたしは創造神なんか大嫌いだし。
主神教なんか近づきたくもないが。
だが、ナザルス氏はあたしと違ってそれを信仰していた。
今はそれが大事なのだ。
誰よりも篤く主神を信じていたナザルス氏。
主神、というか創造神は、そんなナザルス氏に、何一つ報いなかった。
家庭はナザルス氏の厳しい性格もあって冷え切っていただろうし。
部下達だって怖れる事はあっても慕うことは希だっただろう。
ジュリオさんのような例外はいたが。
或いはそれも見越して、騎士団長はジュリオさんに、ナザルス氏の捜索を命じたのかも知れない。
意外と粋な人物だ。
同僚にも上司にも家族にも好かれなかったかも知れないが。
有能な騎士で。
自分が犠牲になる事を厭わず。
不器用ではあっても、弱者を守るために命を掛ける事が出来。
その結果、呪いを身に引き受けることになった人だ。
騎士団長は、忸怩たる思いもあったのだろう。
ジュリオさんのような、最精鋭を派遣して、その行く末を見届けるべきだと判断したのも、其処からかも知れない。
聖歌が響き渡る。
あたしにとっては不愉快な代物だが。
ナザルス氏の動きが止まる。
勿論体が治ったりはしない。肥大化した異形のままだ。
だが、赤く濁った目からは。
涙が流れ始めていた。
「美しい……光が満ちている……」
「ナザルス先輩……」
ジュリオさんが立ち上がる。
だが、ナザルス氏は、ようやく自分のものにした理性を噛みしめるように、一言ずつ丁寧に言い聞かせた。
「これで、ようやく覚悟を決めることが出来そうだ。 ありがとう。 厳しすぎる接し方をして、すまなかったな。 だが俺は不器用でな。 他にやり方を知らなかった」
「知っています。 他の同僚達に見る目が無かっただけだと言うことも」
「そうか。 家族にもすまなかったと告げておいてくれるか」
「……分かりました」
剣を引き抜くジュリオさん。
異様に赤黒い血が噴き出して、床に溜まっていった。
アダレット式の最敬礼をするジュリオさん。
ナザルス氏は、頷くと。
後は少しだけ、時間が欲しいと言った。
「寺院を出よう。 何かあった場合は、僕が責任を取る」
「分かりました」
後何年かは生きられる筈だが。
しかし、寄生生物が入った事によるダメージは大きい。精神が常に平常を保てるわけではないだろう。
寺院を出る。
それから少しして。
内部で、何かをねじ切るような音がした。
ナザルス氏の遺体を運び出す。
本人はとても安らかな顔をしていた。
このまま生き続けるのは恥辱だと分かりきっていたのだろう。
だけれども、精神寄生体のせいで、自裁する事も出来なくなってしまっていた。
勿論、この後生き延びて。
化け物として、残りの余生を過ごすという手もあったかも知れない。
ジュリオさんには迷惑を掛けるが。
ナザルス氏の人生はあまりにも報われないものだった。
それくらいは、する権利があっただろう。
だが真面目なナザルス氏は、そうはしなかった。
そしてその真面目さは。
周囲の殆ど誰も理解せず。
ただ自分達にとって不愉快だからと言う理由で、遠ざけるに至っていた。
ナザルス氏の遺体はそのままキルヘン=ベルまで運ぶ。
これは何だと、流石にどよめきの声が上がったので。
ホルストさんに、あたしから経緯を説明する。
魔術の外法には、とんでも無い代物があるという事は知っていたのだろう。
ホルストさんから、顔役達に声を掛け。
あたしから改めて経緯を説明し直し。
そして、街で葬儀を行うことにした。
遺品は何も残っていなかった。
この巨体である。
膨れあがる過程で、何もかもが剥がれ落ちてしまったのだろう。
なお、生物として異常な状態になってしまったからか。
性別を理解出来るようなものさえなくなっていた。
葬儀はアダレット式で行うかと聞かれて、ジュリオさんは静かに頷く。
ホルストさんが音頭を取って。
葬儀が行われた。
あたしは静かにそれを見る。
あまり口にしても仕方が無いが。
これには政治的な意味もある。
アダレットから来て、異国で倒れた男。
その男は、自分の中に住み着いてしまった呪いを拡散させないために、一人で立てこもる事を選び。
精神がおかしくなるのにも必死に耐え。
そして最後は、人として死んで行った。
そんな立派な戦士を弔った。
アダレットに対しても、それで大きな恩義を売る事が出来る。
死体を保存して故国に返しても、意味がないだろう。途中で酷く痛んでしまう。
何よりも、既に今の状態で。
痛み始めていた。
無茶苦茶に体が壊された結果なのだろう。
アダレットでは火葬を採用している。
色々な理由から、死体は土葬する事が多いのだが。
少なくとも騎士に対しては、火葬することがメジャーなようだ。
あたしも教会は嫌だが。
参列する。
此処でジュリオさんとのコネをしっかり確保しておくことには、重要な意味があるからである。
プラフタは普通に目を拭っていたが。
そういう所が、タチの悪い集団につけ込まれた原因だったのだろうと、あたしは自分でも嫌になるくらい冷徹に状況を分析していた。
教会の側にある墓地に灰の大半を埋める。
ジュリオさんは、一度アダレットに戻り、経緯を報告した後、此方に戻ってくるらしい。旅人の靴を用いても二週間ほど掛かるそうだが。
どうせ此方も。
その間に、橋の材料を造らなければならない。
葬儀の喪主はジュリオさんにやってもらうが。
儀式的なことは、パメラさんが取り仕切った。
それにしても、パメラさん。
あからさまな人外である事は分かっていたが。
今になって思うと、聖歌を聞いてまったく平気な顔をしているし(プラフタもダメージを受けるので、指向性を持つモニカの聖歌の範囲からは逃れるし、教会で聞こえてくる聖歌からは身を守るための魔術障壁を張っている)、各地に対する知識も深い。
深淵の者の指導者が接触してきた今。
この人としっかり話をして。
調整をする必要があるだろう。
深淵の者と戦うつもりはないし。
今の時点では、そもそも理由がない。
かといって、相手の組織の全貌が見えない以上。
いきなり敵組織の跳ねっ返りに奇襲される可能性もある。
それらを避けるために。
橋渡しとしての調整役が必要だ。
そんな事を考えながら葬儀に参列し。
全て終わった後、埋葬まで見届ける。
墓石はそのまま立てるが。
その下には灰しか埋まっていない。
墓碑には、偉大だが不器用な騎士ナザルス、多くの民を呪いから守り、孤独の中で誇りを貫いた。誰もに愛された人では無かったが、その誇りと真面目な心は我々が知っている、と刻まれた。
ナザルス氏が見たら、少なくとも怒ることはないだろう。
安らかに眠ってくれることを祈るばかりだ。
一通り葬儀が終わり。
ジュリオさんが、アトリエに来る。
敬礼をされたので、少し驚いた。
「これで目的の一つは達成出来た。 ナザルス先輩の家族はきっと灰を喜ばないだろうが、それでも真実を伝えなければならない」
「もしも受け取りを拒否されたらどうするんですか?」
「その場合は、騎士団で引き取るよ。 少なくとも僕と騎士団長は、あの人がどれだけ偉大な騎士だったか、知っているからね」
あたしの冷酷な言葉にも。
ジュリオさんは怒る様子も無く。
静かに返した。
というよりもジュリオさんも。
あたしがこういう奴で。
しかし義理は通すし。
ナザルス氏を救ったのも、錬金術の力だと言う事を理解しているから。
感謝もしてくれているのだろう。
あたしとしては、それで構わない。
何でもかんでもベタベタするのが正解ではあるまい。
「深淵の者についても、この街で接触できるのはほぼ確定になった。 それも含めて、騎士団に報告してくる。 多分増援が回ってくることは無いと思うから、しばらくは僕一人で任務に当たる事になると思う」
「頼りにしています」
「ありがとう。 騎士として君の盾になることを誓うよ」
敬礼をかわす。
そして、ジュリオさんは、一度アダレットに戻った。
ふうとため息をつく。
教会で散々聖歌だの有り難い言葉だのを聞かされて。忍耐にも限界が近づいていた。顔には出さなかったが。
プラフタは眉をひそめる。
「ソフィー。 貴方はずっと不快感を押し殺していたのですね」
「分かっているんなら、わざわざ口に出さなくても良いんじゃない?」
「それはそうですが。 しかし、本当に貴方という人は」
「これくらい狂っていないと、錬金術の深奥には近づけないんじゃないのかな」
プラフタは絶句する。
あたしは狂っている。
そんな事はあたしが一番よく分かっている。
そしてまだあたしは未熟だ。
だから更に力を付けなければならない。
拡張肉体を更に増やす事にする。
大量のゼッテルと装丁のための表紙を用意し。
他の拡張肉体と同じ本をちまちまと作っていく。
内容は同時並行で同じになるように常にバージョンアップしているので。
新しく造るのは相応に大変だ。
本を一冊作るのと同じなのだから、当然とも言えるが。
同時並行で。
インゴットを加工する。
架橋のためである。
糸の作成は、街の方に丸投げ。
糸が仕上がったら、それを錬金術で変質させて、橋の素材にするのはあたしがやる。
いずれ橋が出来上がるときに。
あたしは素材だけを渡して。
加工そのものは街の人達がやる仕組みを作ってしまいたいが。
それもまだ先の話。
ノウハウが完璧に仕上がってからでも遅くは無い。
淡々と作業を進めながら。
プラフタに言う。
「ちなみに、今までに歴史上最高の錬金術師って、誰なんだろう」
「分かりません。 何しろ混乱が続いていましたから。 ラスティンとアダレットの保管している書物に全て目を通せば分かるのかも知れませんが」
「いやね、そんな錬金術師がいたのなら、その人の書架を漁れば、有益なレシピが見つかるかも知れないと思ってね」
「……」
それでも、本で読むよりも、プラフタに解説された方がまだ飲み込みが早い点は変わっていない。
あたしは本と相性が良くないので。
こればかりはどうしようもない。
「あくまで噂ですが、私の時代から700年ほど前に。 空を飛ぶ要塞や、邪神を苦も無く倒せるほどの道具を使っていた錬金術師がいたという話です。 空を飛ぶ巨大建造物の技術については、今も秘匿されていてもおかしくありません」
「そんなもの、真っ先にドラゴンに撃墜されるんじゃないの」
「だから秘匿しているのです」
ああ、なるほど。
というか、もしもその残骸が見つかったのなら。
ドラゴンが潜んでいてもおかしくないか。
あと一つ気になる事がある。
あの寺院。
入り口がおかしな封鎖のされ方をしていた。
使っているのは、明らかにナザルス氏では無かっただろう。
あの人は通用口から地下に入り。
其処でじっとする事で、被害を抑えることに必死になっていたのだから。
だとすれば。
一体だれが。
ナザルス氏がいる事が分かっている状態で。
それでもなお平然と、あの寺院を使っていた。
腑に落ちない点は幾つかあるが。
兎に角、この時点で出来る事は全てやった。
後は、架橋を済ませて。
水源への探索を行う。
そのための準備を、今は黙々と進めるだけだ。
それからは会話も減る。
プラフタは先に休むと言って、眠った。
恐らく聖歌を防ぐための魔術も負担が大きかっただろうし。
精神的にも結構きつかったのだろう。
ナザルス氏か。
真面目な故に。
誰にも理解されなかった人。
家族でさえ、冷酷な相手だと勘違いし。
部下達からも、「コミュニケーション能力」だとかが理由で敬遠されていたのだろう。
だが、ジュリオさんと騎士団長という理解者はいた。
そして精神力だけで。
多くを不幸にしただろう恐怖の呪いを押さえ込み、被害を出させなかった。
確かに凄い人だったのだな。
そうあたしは、素直に認めることが出来ていた。
4、始動
アトミナとメクレットが魔王の膝元に座る。
深淵の者の幹部達が集まり。頭を垂れると。
会議が始まった。
まずは現状の報告から。
様々な地方で、深淵の者は活動を実施している。
ラスティン方面で。
少し前に小さな村を狙っていた匪賊の集団がいたのだが。
それを先制攻撃で滅ぼした。
匪賊の集団はかなり大きくなってきており。
そろそろ処理のタイミングだったこともある。
彼らはいきなり現れたおぞましいまでの手練れの前に、逃げ惑うことしか出来ず。戦闘にさえならず。ただの殺戮と化した。
勿論こちら側の被害は無し。
死体は徹底的に焼き払い。
地面に埋めて肥料とした。
その過程で、面白い事が分かってきた。
人生を掛けての研究を終えた後も、精力的に活動を続けているシャドウロードが報告をしてくれる。
「どうやらラスティンの役人の一人が、この匪賊に通じていた様子です。 商人を襲っているという報告がありましたが、裏側から情報を流し、分け前を貰っていた模様です」
「そうか。 速やかに消せ」
「御意」
シャドウロードはあらゆる地方を歩き回り、貪欲に書物を集め、歴史を解析してきた人物だ。
勿論優秀な護衛達がついていたからできた事だが。
研究の合間に魔術も学び。
その実力は相当に高い。
研究を終えて、結論を出した今は。
新しい研究をするよりは。
深淵の者にとって必要な事をしたいと。
魔術師としての腕を振るって、各地で汚れ仕事を含む色々な事をしてくれていた。
彼女は決して天才では無い。
歴史に疑問を抱き。
深淵の者と接触してからは。
この理不尽な世界と、自分なりに戦いたいと考えたものの一人だ。
故に尊敬できる人物である。
古参の幹部でさえ敬意を払っているのは、彼女が天才だからでは無い。優れた魔術師だからでもない。
己の人生を捧げて。
信念を貫き通したからである。
そういった人物に敬意を払える人間は多く無い。
社会の中では、むしろ信念は馬鹿にされるし。
真面目に生きる人間を馬鹿にして、怠け者の自分がえらいと考える愚か者が珍しくもない。
だが彼女は人生の大半である六十年を掛けて、誰もが解き明かせなかった歴史の深淵を暴き出した。
その真面目な人生は。
明らかに歴史に大きな影響を。
少なくとも不真面目に生きている浅はかな連中よりも大きな影響を。
確実に与えたのである。
少なくとも深淵の者幹部には。
彼女を馬鹿にする者はいない。
護衛としてイフリータがついていく。
アルファが、小首をかしげた。
「彼女は立派なのです。 しかしながら、どうしてアンチエイジングを受けないのでしょうか。 あれほどの偉人を失ってしまうのは惜しいのです」
「アルファ。 それは彼女が、人としての生を全うしたいから、だそうだよ」
「そうなのですか」
「人それぞれの信念よ」
アルファは復讐に生きる事を選んだからか。
その辺りはどうも噛み合わないらしい。
だが実際に立派と口にしているとおり、シャドウロードの生き方を尊敬している事に間違いは無い。
人はそれぞれ。
そういう事だ。
ただ、シャドウロードは今までに何度か大病をしていて。それらを錬金術で治癒させている。
人間としては限界近い長寿まで生き。
頭も衰えずに研究を続けられているのも、それが理由の一つだ。
アンチエイジングまで受ける気は無いとしても。
病気までもを、摂理による死として受け入れるつもりはないらしい。
この辺りも、人それぞれの考え方。
少なくとも、アトミナにとってもメクレットにとっても、面白い事ではある。
さて、会議は終わった。
魔界を出て、幾つかの空間転移を経て、寺院を出る。
更に其処から幾つもの空間転移を経て、目的地に。
今回の目的は。
姿を見せた邪神の確認だ。
どうやら、懸念が当たったらしい。
キルヘン=ベル近郊。
エレメンタルと呼ばれる下級の邪神が、実体化を始めている。
だが、実力的に見て。
ソフィーのエサにするには丁度良い。
以前、キルヘン=ベルの衛星都市として、細々とやっていたナーセリーを滅ぼしたのは此奴らの一柱。
しばらく復活する兆しはなかったが。
どうしてか復活したらしい。
これについても研究をしてはいるのだが。
邪神は復活する事以外、あまりよく分かっていないのだ。
恐らく世界の仕組みには関係しているとは思われるのだが。
それ以上の事は分からない。
それが現実である。
「今ならば簡単に仕留められますが」
護衛をしている戦士に聞かれるが。
首を横に振る。
これはソフィーにそれとなく情報を流してやれば良いだけだ。
現状の此奴の実力は、丁度ノーライフキングの少し上くらい。勿論放置しておけばパワーアップしていくだろうが。
それでもソフィーの成長速度からすれば、エサに最適である。
しかも、だ。
今ソフィーは、キルヘン=ベル北東の水源を目指しているらしい。
その過程で確実にこれとソフィーはぶつかる。
まあ、後はソフィーが死なないように監視だけすれば良い。
プラフタもついているし、まずそんなミスは起きないだろう。
ソフィーと一緒に行動している連中に死者が出るかも知れないレベルの相手だが。それでも、あのソフィーがその程度でこたえるとも思えない。
「監視だけはしておくように。 勿論刺激は不要」
「分かりました」
「頼むわよ」
一旦距離を取る。
後は、キルヘン=ベルを見に行く。
監視役であるテスは既にソフィーに正体を看破されてしまっているが。どうもソフィーは分かった上で泳がすつもり満々のようで。
テスは苦悩しているようだが。
此方も知った上で監視を続けさせている。
街の外で落ち合う。
テスは少し疲れているようだった。
元々多数の弟妹を養いながら、無茶な働き方をしているのである。
それでも金が足りなくて、深淵の者に入ったほどなのだ。
今も金を渡し。
手練れの錬金術師が造った栄養剤を渡して飲ませ。
体力を回復してから、話を聞く。
それによると。
ソフィーは寺院に住み着いていた例の怪物。ナザルスという元人間を、満足行く形であの世に送り届けたという。
まあ怪物と化していたが。
人間として死ねたのなら。
あれも本望だっただろう。
暴れ狂うので、部下達が何回か始末しようかと申し出てきたのだが。
放置していて正解だった。
「でも、ソフィーちゃん、お葬式の時にはずっと無表情で、少し怖かったです」
「あの子はこの世界を憎んでいるからね。 この世界を作った神を信仰する教会に対しては、良い印象を持っていないだろうさ」
「?」
「ああ、みていれば分かるわよ。 同類だって事はね」
テスを帰らせると。
魔界に戻る。
さて、此処からだ。
様子を見ながら、最後の計画を発動する。
ソフィーも勿論巻き込む。
その過程で戦いになるか、和解するかは別にどうでも良い。
興味があるのは、その後に、この世界には現在さえないのか、それとも未来はまだあるのか、結論がどう出るか、だ。
ソフィーはこの世界に奇跡的に現れた宿命の存在だ。
未来が欲しいと願えば未来を造り出せるかも知れない。
現在さえないと判断すれば現在を造り出せるかも知れない。
プラフタは既に気付いているだろう。
ソフィーの素質が、自分達以上だと言うことは。
育ちきれば、文字通り歴史上最強の錬金術師になる逸材である。それならば、育ちきって貰わなければならないのだ。
視線の先には。
大きな釜。
これが、今後の歴史を動かす鍵となる。
さて、ソフィーの動きを見ながら、計画を進めよう。
いずれにしても。
この世界の現状は。
変えなければならないのだ。
(続)
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