転変飛翔

 

序、空間を超えて

 

ドラゴンと戦う。

それが現実味を帯びた今。ホルストさんに指定された条件をクリアしなければならない。キルヘン=ベルそのものを守るためにも、絶対に必要な事でもあるし。あたしとしても拠点を失う訳にはいかないのだ。

故に作る。

まず、プラフタから。

空間跳躍について話を聞く。

空間跳躍というのは、プラフタによると、案外簡単なのだという。理論と条件さえ限定すれば、だが。

「簡単に説明すると、行き先の空間が決まっている状態であれば、空間転送はさほど難しくありません」

「行き先……ようするに帰り道限定、という事?」

「そういう事になります」

プラフタの座学を、向かい合って受ける。

あたしはどうしても読むよりも、座学を受ける方が性に合う。これはどうしようもない性質なのだろう。

実際座学によって頭に入る知識量は。

本を読むより遙かに多い。

あたしは客観的に自分を見る事には優れている。

多分コレは。

自分に対して、異常に無頓着であることと、関係が深いのだろうが。

今はそれよりも、話をしっかり聞く事だ。

プラフタによると。

この世界は、常に動き続けていると言う。

星の動きを読む装置がある。

これは魔術などに関連している他、非常に微細な錬金術を行うときに、必要になるからだそうだが。

星を観察していると。

その動きから。

この世界が動き続けている事が、明らかなのだとか。

故に、その動きまで計算して。

出現先を固定する事により。

理論上は、空間転移を行う。

つまり、決まった場所に移動する事を。

空間を飛び越えて行う。という事だ。

「それって、一度行った場所に、ぽんと飛ぶ事は出来ないの?」

「そもそも、飛ぶ先を固定する事自体が相応に時間が掛かります。 つまり、このアトリエに移動する事は難しくありませんが、狙った場所に移動するのはあまり現実的ではありません」

更に、と。

プラフタは言う。

いっそのこと、このアトリエの中の位相をずらしてしまうと。

更に難易度は下がるというのだ。

アトリエ内を城のように広くしたいと以前プラフタは言っていた。

その理由の一つが、これだという。

「内部空間を広くすれば、多くの設備を作る事が出来るのですが。 それと同時に、「入り口だけ」空間転移する場所を作れば良いという事にもなります」

「要するに、内部の空間を独自に切り取ることで、飛ぶ場所を「完全固定」する事が出来ると言うこと?」

「そういう事です。 アトリエの入り口だけ、空間が移動する事を計算すれば、後の場所は「戻ってくる」事のみを考慮すれば良くなります」

「なるほど……」

廊下にずらっと並んだ扉。

それらは全てアトリエに戻ってくるためのもの、という事。

何処にいようと、アトリエに逃げ込めるとなると。

戦闘における戦略も、戦術も。

いずれも非常に選択肢が豊富になる。

例えば、時限式の超強力爆弾を仕掛けて。

さっさとアトリエに逃げ込む、という策も取ることが可能になる。

如何にドラゴンでも、どうしようもないような爆弾を造り。

それだけ残して時間差起爆。

ドラゴンも周囲もまとめて木っ端みじん、と言う訳だ。

勿論被害が洒落にならなくなるから、あまり好ましい戦術では無いが。

手としてはある。

理解出来た。

早速、具体的な方法について確認する。

プラフタは頷くと、まずは空間への干渉についての基礎理論を教えてくれる。

簡単に説明すると、この世界は三次元空間と呼ばれるものであり。

それと時間が混ざり合っている。

この空間そのものに干渉するには。

上位次元からのアクセスがどうしても必要になるという。

上位次元になってくると、更に世界を構成する要素が増え。

その要素を操作する事で、下位次元を自在に操ることが出来るようになるのだとか。

細かい理論についても説明を聞く。

あたしがゼッテルにこんな感じかと、書いてみせると。

プラフタは頷いた。

「ソフィー。 貴方は人に話を聞くのと、自分で本を読むので、理解力に雲泥の差が生じますね。 それは不思議な事であるように思います」

「不思議な話なんだけれど、あたしが自分で書いた本の場合、どんなにぐっちゃに書いていても、後から読んでもすぐ理解出来るんだよねえ」

「……思考回路が非常に独特なのかも知れませんね」

「まあ別にそれはどうでもいいよ。 続けて」

授業をそのまま続ける。

途中モニカが来たので、少し中断。

そして、今後アトリエの中が広くなるかも知れない、という話はした。

前もその話は限定的ではあったがしていたので。

モニカは驚かなかった。

「それよりも、コルネリアさんが用事がある様子よ」

「何だろう。 戦略物資については納入している筈だけれど?」

壁にある依頼のボードをチェック。

全部終了している。

爆弾も薬も。

現時点で出来るものは、全て納入済みだ。

マイスターミトン、友愛のペルソナ、グナーデリング。それに全自動荷車や全自動荷物積み降ろし装置。旅人の靴。

これら戦略級の物資についても、要求量は全て納入している。

特に薬に関しては、最近は伝染病に対応したものも作ってくれと頼まれていて。それらも既に何種類か準備してある。

特定の内臓が壊れている場合に修復する薬などもだ。

実は、おばあちゃんのレシピを見ると。

アンチエイジングの薬についてもあるのだが。

これらは、その内手を出そうと考えている。

あたしにとっては、人間の寿命は短すぎる。

何も、人間という枠組みのまま生きる必要はないし。

出来る事があるのなら、更にやってみたい。

老いは判断力を鈍らせるし。

身体能力も衰えさせる。

それから逃げるためには。

錬金術でのアンチエイジングは必須だ。

いずれにしても、今の時点で、あたしがやるべき仕事は、無い筈なのだが。ともかく、コルちゃんには今後も世話になる。

話は聞いておいた方が良いだろう。

「後で顔を出すよ」

「そう。 それと、差し入れ。 この間のクッキーのお礼だって」

「ありがとう」

受け取ったのは、保存用の燻製肉だ。

現在三十名ほどいる自警団の内、半数はまだ訓練中だが。その訓練中のメンバーが、仕留めた野牛のものだという。

野牛は大きいものだと陸魚並のサイズになる事もあり。

ネームドになる事もあるそうだ。

肉が美味な分、戦闘力は非常に高く。

荒野で見かけた場合、必ず仕留める事が要求される。

一方で、この巨体。

どうやって維持しているのか、よく分かっていない。

基本的に植物を専門で食べる生物は大きくなりがちらしいのだが。この世界で、どうやって栄養を取っているのかは。プラフタの時代から、分からないらしい。

モニカにもその話を振ってみるが。

やはり分からないらしい。

まあそうだろう。

500年前にも賢者と呼ばれていた人間にも分からないのだから。

燻製を受け取った後。

座学を続ける。

食事を挟んで、基礎理論の講座を続けて。

三日ほどで。

どうにか理論は理解出来た。

プラフタが言う通り。

アトリエの入り口ドアを改装してしまった方が良いだろう。

一度アトリエを異空間化すれば、内部のカスタマイズは容易だという話であるからだ。

ひょっとするとだが。

最終的には、アトリエを同じ原理で、持ち運びできるようになるかも知れない。

ただ、今の時点では。

外に固定されたドアを。

どう変質させるか、が重要だろう。

理論を理解した後は。

レシピを作る。

まずはアトリエを、空間的に固定する。

問題は、その場合。

アトリエそのものが、異空間の中に浮かぶことになるため。

息をするための空気などが無くなる場合があるそうだ。

そのため、空気などは提供する仕組みを作らなければならないのだが。

ドアを開ければ、勝手に外とつながるとはいえ。

何かしらの工夫が必要になってくるだろう。

或いは、空気を取り入れるためだけに、一箇所実験的に空気の入れ換えを行う場所を作って見るのも有りかも知れない。

それと、だ。

現在、もっとも外と密接になる必要性のある場所がある。

炉の煙突である。

熱を操作する炉は、このアトリエの中枢部と言っても良く。

今後拡げるにしても何にしても。

これが外に対して解放されなければ、非常に危険な事態を起こすことはほぼ間違いないと判断して良いだろう。

そうなると、だ。

少なくとも三箇所。

アトリエをこの世界から切り離すとしても。

この世界とつながった場所を作る必要が生じてくる。

入り口。

空気の入れ換え場所。

それに放熱を行う場所、である。

実際問題、異空間がどうなっているか知れたものではないので。下手に異空間に放熱口をだしたりしたら。

逆に超がつくほどの冷気が流れ込み。

一瞬でアトリエ全てが凍結してしまうかも知れない。

ただ、いきなり其処までやるのは無理だろう。

最初は、異世界にアトリエを別に造り。このアトリエはアトリエとして、活用するべきだ。

プラフタはその辺りの話をすると。

何度も感心して頷いた。

「素晴らしい着眼点ですね。 特に説明もしてないのに、その辺りまで考えつくというのは、1を知って10を知るという言葉通りです」

「ありがとう。 それでこんな感じでどう?」

まずあたしは。

放熱口から試してみることにした。

レシピとしては、それほど難しくは無い。

だが。プラフタは、幾つかの修正点を上げる。そして、更にもう一つ、難しい注文を付けてきた。

「これから行う錬金術は、極めて高い精度が必要になります。 中核となる素材は、最低でも私の採点で65点以上が必須です。 更には、コルネリアに複製して貰った方が良いでしょう」

「少し出費がかさむけれど仕方が無いか」

「必要な出費です」

レシピを手直しする。

また、少し修正を入れられた。

恐らく、プラフタは完全なレシピを書けるのだろうけれど。

あたしの場合は、此処で自力でレシピを作らないと意味がない。

後、プラフタは。

最近時々、文句を言うようになって来た。

「仕方が無いとは言え、もの凄いくせ字ですね」

「これはね……」

実は、である。

これはおばあちゃんが、もの凄いくせ字だったのだ。

あたしに読み書きを教えてくれた人は何人かいるが、その中でもおばあちゃんは非常に癖が強い字を書き。

ホルストさん達も、一緒に冒険するときは。

宿の記帳などは、自分達でやっていたらしい。

それがまんまあたしにうつった。

ただ、この字そのものは、あたしは好きだ。

おばあちゃんが中にいるようで。

だから、あたしはこのくせ字を直すつもりはないし。

今後も何を言われようと、変えるつもりも無い。

また手直しが入る。

あれ。

今度は完璧かと思ったのだが。

理由が分かった。

そういう事か。

外に晒される部分があるので、ガードを付けた方が良い。

バードストライクなどの要因で破損した場合、何が起きるか分からないからだ。

錬金術で変質させたインゴットで強固な外部防御壁を造り。更に魔術でのガードも行うように、意思を持たせる。

これでどうだ。

プラフタは、レシピを見た後。

頷いた。

「大体良いでしょう。 後はメンテナンスを行えるようにしてください」

「了解、と」

これで最後の手直し。

結局、理論を習ってから、良しを貰うまで10日ほど掛かってしまったが。

それも仕方が無い。

何しろ、下手をすれば。

それこそ何が起きるか。

知れたものではないのだから。

レシピをチェックして、必要な素材を見繕う。コンテナをチェック。素材については、大丈夫だ。

最近は、周辺を哨戒している自警団が、あたしの所に肉類や毛皮類は届けてくれるので、それらについては必要ない。

ネームドから取れる貴重な素材については、コルちゃんに預けて、増やせる体勢を整えている。

幾つか直接増やす必要があるものを見つけたので。

リストアップ。

コルちゃんに呼ばれていたこともあるので、アトリエを出た。

雨が降っている。

モニカが出て行ってから、四刻ほど過ぎていた。

朝だったのに、もう夕方だ。

集中して勉強すると、結構こういう事が起きやすい。

雨はかなり陰湿な感じで。

非常に冷たく。

それでいて、激しすぎもなく。

何というか。

真綿で首を絞めるような感触だった。

コルちゃんは商売をしていた。

かなり早めに店を閉めるコルちゃんなのだが。あたしが忙しい事は彼女も知っている。何より商売道具の納入元だ。コルちゃんとあたしは一蓮托生である。

「待っていたのです」

「少し痩せた?」

「いえ、だいぶ回復してきたのです……」

そういえば、プラフタを人形にするときに、かなり無理をして貰ったし、仕方が無いとは言える。

気付くと、ぺこりと一礼された。

ホムの子供だ。

女の子であるらしい。ホムはヒト族からは性別も見分けづらいので、色々工夫して、衣服でそう分かるようにしてくれている。

「少し前に来た商人の所から離れて、この街に定住することになったのです。 しばらくは私の所で見習いなのです」

「よろしくお願いしますのです」

「よろしく。 あたしはソフィー。 貴方は?」

「ガンマ22と申しますのです」

名前に数字を着けるとは珍しいが。

コルちゃんの話だと。

大商人の子供には珍しくないという。

「大商人のホムは、たくさんたくさん子供を作るのです。 その結果、名前に数字を入れる場合が出てくるのです。 この子もそうなのです」

「そう」

コルちゃんに比べると質素な衣服だけれど。

良い所のお嬢だったのか。

だが、それにしては、どうして。

コルちゃんによると、強欲なヒト族商人の所に見習いに出されたはいいものの、あまりにも不真面目な態度と、いい加減な計算に頭に来ていて。この街の発展ぶりを見て、商売をするなら此処だと考えたらしい。

コルちゃんは、今の時点で人手が足りないと感じていたらしいが。

現時点で、キルヘン=ベルでは、幾つか機能していない商売がある。

一例が肉の専門店で。

現時点では、カフェで獲物を引き取って、其処から分配する仕組みになっている。

これを専門の肉屋が請け負うようになれば。

それだけ経済が回り。

皆豊かになる。

現時点では、困窮している住民もいないし。出そうな場合は早めにホルストさんが手を打っているので。

新しい商人が来るのは歓迎だ。

なお、ガンマ22ちゃんには、錬金術は使えないそうだが。

コルちゃんが言う限り、商人としては充分なレベルで能力はあり。真面目で、適切に数字を扱えるという。

「いずれ業務としてスタートさせるのです」

「なるほどね」

「それで、ですね」

コルちゃんが口元を抑えると。

ガンマ22ちゃんは、頷いて倉庫の方へ行った。席を外してくれたという事だ。

雨の中。

傘を差したあたしと。

傘の下で商売をしているコルちゃんが向かい合う。

少し躊躇った後。

コルちゃんは言う。

「ソフィーさんにお願いがあるのです」

「なあに。 ああ、それなら先に商売の話をしておこうか」

「ああ、はい」

増やして貰うものと、その期限を指定。

コルちゃんは少し青ざめたが。期限内なら何とか、と言ってくれた。

計算を終えたコルちゃんが嘆息するのを見届けてから、改めて話を聞く。どうせ、あたしにとって愉快な話ではないのだろうが。

それはコルちゃんの態度から分かっていたので。

敢えて何も言わない。

「ソフィーさんが、その。 親の話をとても嫌うのは知っています。 その上で、お願いなのです。 これを……直して欲しいのです」

「どれ」

受け取ったそれは。

箱に見えた。

 

1、空間のくびき

 

アトリエに戻る。

注文した品が揃うのは二週間後だが、順番に受け取る間に、順番に出来る事をやっていく予定だ。

まず最初に、以前作った深核の中和剤を使って。

順番に作業を進めていく。

採寸した排熱口のサイズのままに、まずは型を作り。其処に溶かしたインゴットを流し込んで成形する。

これは外側の部分で。

型に流し込んだ後、炉で熱し、冷やす。型から取り出すと不純物がどうしても出るので、不純物を取り除いた後。またインゴットを追加し。最終的に満足がいくまで成形を繰り返す。

やがて凹字にくぼみが出来た金属が完成。

問題なし。

此処に水を流し込み。

炉で冷やして、今度はこの氷を使って型どりをする。

そう。

この型通りに、中核となる部分を作るのである。

この作業だけで二日。

そして、作業をする合間に。

コルちゃんから受け取った箱を調べる。

箱を調べていくと、内部はかなり複雑な機構になっている。

なるほど、これは機械細工か。

動かす手順は聞いているが。

その通りやっても何も起きない。

コレを直して欲しい、というのがコルちゃんの依頼。なお、ハロルさんには既に頼んだらしいのだが。

手に負えなかったらしい。

ハロルさんに手に負えないものが、あたしの手に負えるとは思わないが。

しかし、コルちゃんは涙ぐんでいた。

感情が薄いコルちゃんではあるが。

あたしの逆鱗に触れることが何を意味するかは知っているし。

その上で、決死の思いで依頼をして来たのである。

それならば、最低限の努力をするのは当然だ。

それに、コルちゃんとのコネは重要だし、今此処で失う訳にもいかないのである。

プラフタが型通りに出来たかどうかをチェックしている間に。

あたしは上から下から、機械の構造をチェック。

動かそうとするけれど、駄目。

勿論動かない理由については、ハロルさんに聞きに行った。

その結果、ハロルさんは非常に面倒くさそうに答えてはくれた。

「歯車が駄目になっているんだよ」

「どの歯車?」

「これだ」

ハロルさんが、レンズを使って、示してくれる。

どうやら歯車の一つが完全に壊れてしまっているらしい。

そしてこの機械。

そもそも、多数の歯車が連動することによって動いているらしく。

一つでも欠けてしまうと、全体が一気に壊れてしまう、というのだ。

なるほど。機械には正直あまり詳しくないのだが、随分と神経質なものなのだと感心してしまう。

「随分精密ですね」

「機械ってのはそういうもんなんだ。 魔術も似たようなものだろう」

「確かにそうですけれど」

確かに、魔術でも詠唱を間違うと、とんでも無い事が起こりやすい。

それを機械でやっているのが、歯車という訳か。

なるほど、理解出来た。

それで、この欠けた歯車。どうにかならないから、ハロルさんは修理を無理だと言ったのだろう。

其処までは簡単に推理できるが。

問題は其処からだ。

「こういった機械類は、専門の旋盤なんかを使って作るんだよ。 それこそ、今の時代だと両大国の首都や、人口が万を超えているような都市くらいにしかない」

「つまり此処には無いと」

「そういう事になる」

そもそもだ。

こういった機械技術は、魔術や錬金術の利便性に押されて、どうしても「進歩」から無縁の場所にあると言う。

誰にでも使えるという利点がある反面。

技術そのものが複雑すぎる。純度の高い鉱物が大量にいる。専門の機械が必要になる、などの問題点があり。

更に錬金術師のように、一人でもいると周囲のパワーバランスがひっくり返るような圧倒的な性能がない。

加えて言うと、銃火器は思ったほど威力がない。

ハロルさんは長身の銃を使っているが。これは火力を最大限上げているにもかかわらず、普通の獣ならともかく、ネームド以上の相手には、急所に当てないとそれこそかすり傷さえ負わせられない。

魔術で防がれる事さえある。

こういうこともあって、わざわざ難しい勉強をしてまで機械を学ぶよりも。簡単な鍛冶に走ったり。使える者が比較的多い上、機械と同等以上の火力をたたき出せる魔術に頼ったりするケースが多いそうだ。

その結果。

失われてしまう技術まであるのだとか。

ハロルさんの不満そうな顔。

あたしもよく分かる。

「機械技術が極限まで伸びれば、それこそ錬金術に並ぶのかもしれない。 だがな、今の機械技術では、魔術とせいぜい互角、というのが良い所なんだよ」

「なるほど。 では、歯車をあたしが直したら?」

「……その時は責任を持ってどうにかしてやる」

機械をばらし始めるハロルさん。

そして、小さな小さな歯車を、手渡してくれた。

なるほど、コレを修復するのか。

少しばかり手間だが。

しかしやってみる価値はありそうだ。

アトリエに戻る。

丁度炉の状態が良くなっていた。プラフタはおばあちゃんの本を片っ端から目を通していたが。そろそろ読む本がなくなりそうである。その内、エリーゼさんの店に行って、参考になりそうな本を漁りはじめそうだ。

歯車の件はコルちゃんに取っても重要なので、片手間とはいえきちんとこなさないといけないだろう。

だがそれより先に。

空間に関する錬金術を学ばなければならない。

「ソフィー。 炉は良い感じですよ」

「どれ」

見てみるが、確かにこれで充分だろう。

取り出したインゴットを、中和剤につけ。叩いて伸ばしつつ、変質を促していく。かなりクリアな音が聞こえるようになって来ているが。最近分かってきたが、高品質な素材ほど、この雑音が綺麗に聞こえる。

更にインゴットを強化しつつ。

魔術を順番に仕込んでいく。

座標をそらす術式に似ているが。それを何十倍も強化した結果、「穴を開けていく」感じが説明としては近い。

問題は魔術では出力不足で出来ない事だ。魔王と呼ばれるクラスの魔族でも無理。

空間に穴を開けること自体は出来るが。

これからやるのは、それだけではないのだ。

更に、拡張肉体を使ったときの容量で。

インゴット自体を魔法陣化し。

呪文を刻み込んでいく。

更に、五芒星魔法陣の頂点に。

前にやったように増幅を行う拡張肉体と同じものと。

更に、座標固定の術式を展開するものを。

それぞれ着ける。

このうち、座標固定の方は。

任意に切り替えが出来るようにする。

しばし四苦八苦した後。

一応、理屈上は成功。

腕組みして、小首を捻る。

本当にコレで上手く行ったのだろうか。

数日がかりの錬金術だったので。

おなかがすいた。

プラフタは基本的に食事がいらないので。

カフェに出向く。

カフェでしばらく無心に料理を貪った後。ホルストさんに、例のものが準備できているか確認。

答えは是、だった。

例のものとは、今人が住んでいない家である。

というか、正確には、人が住みたがらない家の残骸、だ。

前にこの家に住んでいた老夫婦が変死。

恐らくは病死だろう事は、検死に当たった何人かから聞いているのだけれども。

噂が流れたのである。

伝染病にやられたのでは無いかと。

この世界では、霊よりも邪神が怖れられるし。同様にして、匪賊よりも伝染病が怖れられる。

勿論現在に至るまで、キルヘン=ベルでは伝染病は起きていないし。

伝染病が発生したとしても、すぐに初期消火に成功している。

これでも今までおばあちゃんが造り貯めた薬があったし。

あたしも最近は、一通り伝染病の特効薬については作れるようになっている。

だが、それでもなお。

伝染病が発生した(という噂の)家には住みたくない。

そう考えるのが、心理であるらしい。

あたしは頷くと。

下見に行く。

途中、声を掛けられた。

土地に古くから住んでいるお婆さんだ。おばあちゃんに比べると年は少し下だけれども、この街の最古参の一人である。

「ソフィーちゃんや」

「どうしました、アデラおばあちゃん」

「あの家を買ったんだって?」

「そうですよ。 錬金術に必要ですから」

しばし黙り込むアデラお婆さん。

この人は、おばあちゃんがキルヘン=ベルを拡大していく過程も知っている、歴史の生き証人である。

だからないがしろには絶対に出来ない。

だが、同時に。

年寄りの言う事を、全て鵜呑みにすることも出来ない。

「伝染病が発生したという話だよ」

「大丈夫ですよ。 あたしには伝染病なんて効きませんし、それも噂話です」

「そうなのかねえ」

「そうです。 安心してください」

笑顔で応じると。

奥の方を見ながら歩く。

既に防護壁は完成。

新市街地の建設が急ピッチで進んでいる。

新しく街の住人になる人が主に住み着いているのだけれど。中には、古くからの住人で、家を其方に変える人もいた。

新しい家の方が良いだろう、という事らしい。

いずれにしても、今の時点では、家は充分に余っている。

ただ、それにも限度がある。

現時点では、人口が1000人を超えるくらいまでは、防護壁を拡張しなくても良いだろう、という結論が出ているが。

だが、それでも。

無駄な土地はなくしたい。

これか。

足を止めると。

石積みの古い家があった。

既に話は通っている。

獣人族のたくましい男達が来て、あたしが頷くと、解体を始めた。

既に誰も住んでいない家だ。

荷車に石材を積み込み、移動させていく。移動させるのは、あたしのアトリエの近くである。

この家程度の規模であれば。

全自動荷物積み降ろし装置も使う必要はないだろう。

あれはそもそも、誰でも重い荷物の積み降ろしが出来るようにしたものだ。

ただ、全自動荷車は使う。

獣人族の男達にも、勿論お給金は払う。

流石に彼らのパワーはたいしたもので。

グナーデリングを支給している事もあり。

更に倍増し。

またたくまに、不吉な噂のある家は、基礎から解体され。

あたしの家の前に、その残骸を運ばれて行った。

その後、更地になった土地に、あたしは周囲の目がある事を承知の上で、解毒薬を撒いておく。

更に伝染病の対策薬も、無駄と言う事を分かった上で撒く。

不安になっている人達も。

これで安心できるだろう。

胸をなで下ろす住民達。

主に年配の人が多かった。

「見ての通り、疫病対策はしっかりしておきましたよ。 今後此処で何か起きることはありませんから、安心してください」

「ありがとう、ソフィーちゃん」

「助かったよ」

「いえいえ」

老人達に笑顔で返すが。

あたしは内心舌打ちしている。

こんな過酷な世界で生きていても、人間年老いるとどうしても思考回路が硬直化してしまう。

この老人達だって、若い頃は荒野と戦い。

猛獣を仕留め。

この理不尽な世界に抗って。

現実的に生きてきた人達なのだ。

それなのに、年老いると、こんな噂に流されてしまう。これはとても良くない事だと、あたしは思う。

だが、それは敢えて口にはしない。

咳払いすると、あたしはアトリエの前に戻り。

山積みされている石材を見て、満足した。

コレを使い。

座標が固定された異世界に、もう一つのアトリエを作るのだ。

そして、今後は。

今のアトリエと。

そのアトリエを。

セットで有効活用していく事になる。

最終的には、異世界に固定してしまいたいが。当面は二面運用で良いだろう。

拡張肉体を飛ばし。

放熱口の状態を確認する。

視界も共有しているので。

炉の放熱口が、異世界に通じるかのチェックはこれで出来る。

現時点では。

出来ている。

なんというか、虹色の光が満ちた、不思議な空間だ。

拡張肉体を通じて入ってくる情報は他にも幾つかあるが。

気温は正常。

多分死ぬ事は無いだろう。

後、息も出来そう。

前に実験で、拡張肉体を煙の中に突っ込んだことがあるのだが。

その時は息が出来ないと、一瞬で理解した。

拡張肉体で共有しているのは、五感も、なのである。同時に体にとって危険かどうかも、自動判断出来るようにしている。

つまり現時点では、得体が知れない空間に投げ出されることはあっても。

其処で即死することは無い、という事だ。

プラフタに聞いてみると。

ふふと、優しそうに笑った。

「今、指定した座標の世界は、我々の住んでいる世界に極めて近しく、環境も安定しているのです。 ただ、あまりにも目に悪すぎると言うことだけが悪条件で、それも中で家を作ってしまえば、解決できます」

「じゃあ、もう少し大きなドアをまず作らないとね」

「そうです」

小さな煙突用の、異世界への扉は出来た。

だがこれから、同じようなものを幾つか作っていくし。更に言えば増やしていかなければならない。

当面は現実世界に存在するアトリエと。

異世界に作ったアトリエを。

用途によって使い分けていくことになる。

異世界に作ったアトリエは、どんどん拡張していくし。

現実世界に残したアトリエの方は、普段使うような薬をおいたり、或いは応接に使用したりする。

このおばあちゃんの作ったアトリエを根こそぎ無くすつもりは無い。

ただ、異世界にもアトリエを造り。

それを有効活用する。

其方に主体を移動させていく。

それだけである。

ドアについては、切り替え機能を付けて。

現時点で存在するアトリエと。

異世界にあるアトリエと。

両方に行けるようにする。

また、異世界に作るアトリエには。

現実世界にあるアトリエのドアに、問答無用で出るようにドアを作っておく。

というか、そのドアは、現実世界に存在するものなので。

ある意味改めて作り直すわけではないのだが。

石材は別に放置していても、痛むようなものではない。

コルちゃんに頼んだ素材が仕上がる前に。

せっせと必要な部材を作っていく。

流石に放熱口のものよりかなり大きくなるが。

基本的な仕組みは同じだ。

問題は、外にいる時に、このアトリエに一瞬で移動するためのもので。

それを機能させるためにも。

速いところ、異世界に形だけでも、家を作らなければならない。

ともかく。

ドアは仕上げてしまいたい。

インゴットの調整開始。

炉に放り込んでから、話を聞くことにする。

「時にプラフタ。 位相の異なる世界とか、上位次元を活用できていた錬金術師って、プラフタの時代はどれくらいいたの?」

「少なくとも私と、私の相棒だった人は実施できていました。 アトリエをまるごと、この世界の別の座標に転送した事もあった気がします」

「へえ、凄いね」

「……そうですね。 後は、世界でもトップクラスの錬金術師、二十人くらいでしょうか」

そうなると、当時より精鋭が多いと聞く今の錬金術師でも。

多く見積もって出来るのは五十人、というところか。

公認錬金術師がそもそも二百人を超えないと聞いている。

その上、商人などの話で聞く限り。

公認錬金術師試験は狭き門で。

年に三人から五人程度しか合格しないそうだ。

そのほかの錬金術師に関しては、あまり質も高くないという話も聞いていて。

だからあたし(当然そのほかに含まれる)の錬金術の産物の質の高さを見て、商人が驚いて買いに来る、という仕組みになっている。

もっとも、あたしは。

公認錬金術師になっても、薬などの売り上げの管理は、ホルストさん達に任せるつもりだが。

有り体に言うと、商人としても活動するのは煩わしいのである。

ただし、あたしがやる気を無くしたら、街が立ちゆかなくなる、という事はしっかり理解して貰わないといけない。

ホルストさんもいつまでも明晰なわけでは無い。

昔は明晰でリアリストだった老人達のあの耄碌を見たばかりだ。あたしは頭が花畑ではない。

街のためにあたしが錬金術をやるのは当然、みたいな事を言い出すようになるようなら。相応の措置を執る。

それくらいの危険人物であることは。

時々街の住民には、見せておく必要があるだろう。

作業をしながら。

拡張肉体を使って、石材を異世界にどんどん運び込む。

元々が家だったのだ。

組み合わせれば、元の家に戻る。

分解するときに数字を書き込んであるので、その通りに組み合わせるだけの上。

異世界は地面も空もなく。

石材を運び込んでしまえば後は簡単だった。

ただ、どうも体が浮いてしまうようなので。

一方向に体が固定されるような仕組みを考えなければならないだろうが。

グラビ石を応用すれば、どうにかなるだろう。

並行作業で幾つか同時にこなしつつ。

あたしは今後のための準備を着実に整えていく。

本人には言わないが。今までの情報を総合する限り、プラフタは失敗したとあたしは考えている。

おそらく、彼女とパートナーは、あまりにも人が良すぎたのだ。

故に最もタチが悪い連中に目をつけられてしまった。

あたしはそうはならない。

タチが悪い連中が寄ってきたら、その場で叩き潰す。それについては、今のうちから周囲に理解させておく。

鏖殺のソフィーという渾名が、既に匪賊の間では囁かれているらしいが。

その渾名。

噂では無く、本当にしておくべきだろう。

雑作業をこなしつつ、コルちゃんの錬金術の仕上がりを待つ。

そして、材料が揃ったタイミングで。

ついにあたしは。

本格的に、アトリエの拡張作業と。

アトリエに一瞬で戻れる道具の作成を始めた。

 

2、空の路

 

材料が揃ったので、プラフタと一緒に相談しつつ、ドアの改造に入る。

基本的には、現在のアトリエに入れるようにするのだが。

条件が整うことで、組み立てが終わった異世界のアトリエに行けるようにするのである。

座標の固定は済んでいる。

放熱口の方で実験して。ノウハウは掴めているし。

あたしは一旦覚えると、それをすらすらとこなせるらしい。

プラフタがその辺りは保証してくれたので。

一流の錬金術師のお墨付き、というわけだ。

問題は切り替えについてだけれども。

ドアノブを特定手順で廻す事により。

異世界へと飛べるようにする。

この扉は、異世界側の方は弄らない。

つまり、異世界側からは、そのままつながっているアトリエのドアへと出られる、というわけだ。

サイズが違うだけなので。

理論は同じ。

ただ、放熱口は正方形だったのに対して。

ドアは長方形になるので。

少しばかり工夫がいる。

インゴットを叩いて伸ばし。

変質させながら。

額の汗を拭った。

プラフタはというと、色々な本を徹底的に読みあさって。

やはり予想通り、ついにおばあちゃんの本を読了。

エリーゼさんのお店に行って。

本を借りては、種類を問わずに徹底的に読み込んでいるようだった。

500年。

文明は進歩したわけではない。

錬金術と言うバランスブレイカーな技術。

魔術は既に技術的に頭打ち。

機械技術もそれは同じ。

故に、500年間で、画期的な技術は殆ど発明されていない。

プラフタが学んでいるのは、歴史だ。

彼女が死んでから500年で何が起きたのか。

そして、どのように人々が推移していったのか。

それらを徹底的に調べる。

何かをたどるように。

あたしは、四苦八苦しながらも、レシピを完成させて。

そしてプラフタに見せる。

長方形に変わったことで、ちょっと異空間への穴を開けて、座標を固定する魔法陣に修正が必要になった事もあり。

微調整が何回か入った。

一応、既に内部では、アトリエの組み立てが完成はしているのだけれども。

まだ小さな廃屋、程度のもので。

拡張肉体の精度からしても、掃除などは出来ないし。

何よりも、入ると浮いてしまう。

これらもあって。

扉を作っても、その先にやらなければならない事はかなり多いのだ。

まずは、レシピを完成させ。

そして、用意しておいた材料で、調合を始める。

サイズは違うが。

放熱口と基本的な仕組みは同じだ。

せっせと作業を進めていく。

途中、モニカが様子を見に来たが。

煤だらけになっているあたしを見て呆れた。

更に食事も疎かになっている様子を見て、更に呆れ。

料理を作ってくれる。

その間、あたしは黙々と、ハンマーを振るい。

金属を加工し。

変質させ。

更には、自動詠唱の仕組みを組み込んでいく。

モニカも、その様子を見てぎょっとする。

彼女も魔術使いだ。

如何にとんでも無い魔術が、しかも凄まじい増幅が掛かって行われているかは、一目で分かるのだろう。

「ほら、出来たわよ」

「ありがとう。 其処において……」

「駄目。 今食べなさい」

恐らく、この様子では、無理矢理食べさせないと倒れるまで働く、と判断したのだろう。

モニカもむくれているし。

あたしも少し苦笑いすると、食事に掛かる。

美味しい事は美味しいが。

今は作業を進めることが最優先で。

どちらかというと、味よりも栄養が有り難かった。

しばし無言で食事をし。

礼を言って、また作業に戻る。

モニカが、プラフタに愚痴を言っていた。

「ソフィーの体調管理はしっかりしてもらわないと」

「分かっています。 ただ、私も体が人ではなくなってしまってから、色々と感覚が狂ってしまっていて」

「……そうね、ごめんなさい」

「いえ。 むしろ、この姿になっただけでも、とても便利になって助かっています。 出来れば、完全にずれてしまっている私では補助しきれないソフィーを助けてあげてください」

そんなやりとりを聞き流しながら。

あたしは黙々と作業する。

数日がかりで基本的な仕組みを作成。

問題は此処からだ。

ドアノブを工夫して。

条件が整わない限り、詠唱が開始されないように。

更に詠唱が完了しない限り、ドアが開かないようにする。

このためだけに、ドアノブの金属を変質させ。

更に意思を持たせて。

魔術の完成を確認した場合しか、ドアを開けられないようにした。

この仕組みはレシピで一番修正が入った部分で。

あたしも苦労したが。

ともあれ。予定通りに作成。

まずは、普通に使えるかどうかを、確認する。

ドアを開けて、拡張肉体を送り込む。

中には、異世界が拡がっていた。

恐ろしい事に、放熱口からはいるのとは、少し座標がずれている。

これだから、先に実験は必須だ。

冷や汗ものである。

すぐに微調整。

そうすると、やはり長方形にした影響で。

魔法陣に歪みが生じていることが分かった。

微調整を行う。

元々凄まじい増幅を掛けているのだ。

プラフタを人形に移すときも、本来の詠唱を2500倍に増幅したが。今回の増幅は4000倍に達している。

ほんのちょっとでもずれれば。

内部での座標ぶれは、とんでも無い事になる。

二日がかりで、検証を挟みながら、調整を実施。

途中プラフタの言葉が気になったからか、モニカが様子を見に来て。

あたしのために、黙々淡々と食事を作っていった。

これは、街のためでもある。

あたし達が瞬時に街に戻るためには。

この異空間への転移が必須になる。

この扉が完成したら。

他にも幾つか、異世界に設置したアトリエのための調整を行った後。移動先にも持って行ける扉を作らなければならない。

ノウハウの蓄積は必須だ。

丁度モニカが何かを獣脂で炒めている間に。

扉の調整が完了。

開けて、拡張肉体を送り込む。

今度は、上手く行った。

廃屋の中のような空間に出る。

あたしも顔を突っ込んでみるが。特に致命的な事も無い。息をすることも出来る。ただ、何というか。

上下の感覚がなくなるような、不思議な感触を味わいはするが。

「よし、上手く行ったね」

「次はドアノブですね」

「うん」

此方は既に出来上がっているので、試す。

詠唱の完成までには、半刻ほど掛かるので。

丁度その時間を利用して。

モニカの作ってくれた食事を食べる。

薬草と根菜と肉を炒めたもので。

恐らくオスカーの店で買ってきたものだろう。

畑で取れたばかりのもののようだ。

「ん、身がしっかりつまっていて美味しいね」

「オスカーは、植物を見る目に関しては確かね。 もう少し街が拡がれば、この野菜も商人に売れるのかしら」

「……まあホルストさんに任せよう」

「そうね」

モニカも食事にしていく。彼女は食事の時は寡黙で、黙々と食べる。

少し羨ましそうにしているプラフタ。

彼女も元人間だ。

食事は当然しただろう。

自分が今食事を出来ないと思うと。

色々忸怩たる思いもあるのかも知れない。

元人間であるという事は、色々と不便だなとも、あたしは思う。

感覚も何もかもがずれる。

そういう意味では、出来るだけ早く人間にしてあげたい所ではあるが。

人形を人間に変化させるというのは、更なる驚天の奇蹟だ。

プラフタに聞いてみたところ。

この世界の錬金術師でも、間違いなくトップクラスのもので無いと無理で。それも相当に入念な準備がいると言う。

まあそれは、神々の御技に近い代物なので。

当然とも言えるか。

食事を終えた後。

モニカにも実験に立ち会って貰う。

ドアノブを切り替えてから、空くようになって。

開けてみると、普通に床が拡がっていた。

この時点では問題ない。

では、ドアノブを更に切り替えて。

異世界に行けるようにする。

詠唱が開始され。

しばし待つ。

その間にあたしはお薬をちょっと増やした。

薬が調合し終わると同時に、カチっと音がする。

ドアノブが、大丈夫だと知らせてきたのである。

頷くと、ドアノブを開ける。

異世界が拡がっていたし。

アトリエにつながってもいる。

とりあえず、これで大丈夫だとみて良いだろう。

第一段階は成功だ。

モニカに手伝って貰って、このドアを外に運び出し。元々のドアを外して、付け替える。

少しばかり手間が掛かるが。

これくらいのメンテナンスは特に本職を呼ぶまでもない。

きっちり付け替えた後。

モニカが感想を言う。

「扉、随分と重厚ね」

「腐食を防ぐために、頑強にしてあるんだよ。 防護用の魔術も展開しているから、生半可な攻撃では傷一つつかないよ」

「すぐに戻れるようにするための道具の実験も兼ねているのね」

「そういう事」

では、この状態では使えるか。

早速ドアを開けてみるが。

中には異世界が拡がっている。

良い感触だ。

顔を突っ込んでみるが、座標にずれなどは生じていない。これで充分である。

ドアノブを切り替え。

しばし外で待つ。

雨がしとしとと降っていたが。

それも全て、ドアの屋根部分で弾かれている。

防御魔術は雨も容赦なく弾いていて。

空気の膜のようなものに、雨粒が弾かれて、空中で滝を作って流れている様子は、少し面白い。

「教会に行かない?」

「いや」

「でしょうね。 少し寒いけれど、ならば私も待つわ」

「……」

プラフタは、読んでいた本を、エリーゼさんのお店に返しに行くという。

モニカはしばし黙り込んでいたが。

ため息をついた。

「正式にホルストさんに言われたわ。 次期自警団の団長確定よ。 ただし、三年後だけれども」

「大出世だね。 おめでとう」

「余程の凄腕の新人がでない限り、当面は自警団で手一杯という事よ。 聖歌隊も面倒を見なければならないし」

そうか。

モニカにとっては、少し憂鬱か。

聖歌隊は、あたしには興味は無いけれど。

歌が好きなモニカには、それこそ死活問題だろうし。

教会の子供達に、歌という娯楽を与えるという意味もある。

この過酷な世界だ。

娯楽など知らずに、この街に流れてきた子供だっている。

そういう子供は目の奥に地獄が宿っている事も多く。

普通に生活するのでさえ、四苦八苦しているケースが目立つ。

教会は大嫌いだが。

そういう闇を抱えてしまっている子を、しっかり面倒を見ているパメラさんについては尊敬はしている。

パメラさんが、恐らくはこの街における深淵の者の最高幹部である事も分かっているが。

だとしても、である。

「モニカがそういうなら、あたしも言っておこうかな」

「何かあるの」

「いつでも此処に戻れる道具が作れるようになったら、旅に出ることを考えていてね」

「!」

とはいっても、最低でも近辺の問題を全て片付けてから、だが。

あたしも今のキルヘンベルをすぐに離れて大丈夫かどうかくらいは判断出来る。今は大丈夫ではない。

異世界にアトリエを作れば。

此処へ戻る事は容易になるし。

旅そのものも、此処に戻るための扉を完成させれば。

片道だけを確保すれば、補給にしても回復にしても、睡眠などにしても容易になる。

プラフタは、アトリエを城くらいまで大きくしたいと言っていたが。

異世界のアトリエをそうすれば良いのであって。

何もキルヘン=ベルの土地を圧迫してまで。

巨大なアトリエを作る必要はない。

モニカは嘆息した。

「貴方の性格だから、出歩き始めると此処に戻ってこなくなりそうで怖いわ」

「大丈夫、それはないよ」

「本当に?」

「本当に」

プラフタが戻ってくる。

丁度ドアも開いたので、現実世界のアトリエに戻る。

扉はこれで完成か。

後は、二つの行程をクリアすればいい。

一つは、異世界アトリエ内の、浮いてしまう問題。

これについては、既にプラフタと話しあって。グラビ石を利用した仕組みで、どうにかする目処がついている。

もう一つは、持ち運び式の扉。

荷車を持って行く関係上、荷車が通れなければならない。しかしながら、大きくしすぎると持ち運びが大変になる。

こればかりは少し悩ましいが。

方法については、既に決まっている。

「折りたたみ式」を採用するつもりだ。

モニカが茶を飲んで温まっているのを横目に。

グラビ石をコンテナから取りだし。

加工を始める。

プラフタのアドバイスに従いながら。

グラビ石の性質を反転させる。

ものの意思に沿って、ものを変質させる。

錬金術の真骨頂だ。

グラビ石はどれだけあっても足りない。今回は、これから作る分だけで充分だけれども。

今後は、更にコルちゃんに増やして貰わないと、足りなくなるだろう。

モニカが帰った頃には。

外は夜になり。

レシピはプラフタに六度の駄目出しの後。

完成していた。

 

久々にお披露目会を行う。

旅人の靴をお披露目して以来か。

あの日以降、しばらく生産に注力したおかげもあって。街の方の資金も、ある程度備蓄が回復。

商人も、東の街とこの街の安全が確保されていることもあって。

かなりの数が訪れ。

お金が流入するだけではなく。

珍しい物資もかなり入ってきていた。

ただ、その過程で怪しいものを売りつけようとするものも増えてきていて。

プラフタがその度に見に行き。

変なものを売りつけようとした商人には、此処での商売に関してペナルティを与える事にしていた。

難儀な話で。

問題を起こすのはヒト族の商人ばかりだ。

少数のホムの商人は、種族上の特性もあって、殆ど問題は起こさない。

非常に誠実な仕事をしてくれるし。

計算ミスなどをした場合も、慌てて戻ってきて、きちんとミスをリカバーしてくれたりするので。

こればかりは、誠実で数字に強いホム達の商人が、重宝されるのも目に見えて分かってしまう。

一度だけ魔族の商人が来たが。

非常に簡単な取引だけをして、すぐに去って行った。

ともあれ、である。

資金に余裕が出来。

あたしの所には、ホルストさんから、アレを作って欲しい、コレを作って欲しいと、依頼が結構来て。

それらを納品した結果、キルヘン=ベルのインフラ整備能力と。

自警団の武装。

更に全体的な住民幸福度は著しく向上している。

故に、だろう。

今回のあたしの作った道具に関しての期待も、大きいようだった。

「今回は、一瞬でキルヘン=ベルのあたしのアトリエに戻る道具です」

「おおっ!」

「いよいよノーライフキングとドラゴンの排除が現実味を帯びて来たな!」

興奮の声が上がる。

あたしが討伐に行っている間、街に脅威が迫る。

それが最大の懸念事項だったのだ。

克服できる道具を作るようにと、ホルストさんは指示をしていたし。

あたしもそれに答えた。

今回のは、待ちに待った道具、という事になる。

更にこの道具が完成した事で。

最悪の場合にも、撤退できる可能性が高くなる。

長距離の撤退戦は悲惨だ。

戦死者が出る可能性も増える。

だが、それも。この道具を使って一瞬で安全地帯に逃げ込めるのであれば、その可能性も減る。

それも、著しく、である。

先に説明する。

まずこの道具で転移するのは、異世界に作っている新しいアトリエ。

そのアトリエには、あたしのアトリエのドアにつながる扉がある。

この扉を経由することで、キルヘン=ベルに戻る事が出来る。

以上である。

実際に、実施してみせる。

持ち運び式の扉だが。

まずは、荷車がそのまま中を通れる大きな形態だ。

それを見て、気付いた者もいるようだ。

この扉は、可変式であると。

簡単に言うと、金属部品をスライドさせる事によって。

ほぼ半分まで、サイズを圧縮する事が可能だ。

これにより、全自動荷車に積み込むことが出来る。

ただし、幾つかクリアする問題がある。

まず第一に、最大サイズにしている状態でないと、異世界アトリエには移動出来ない。

第二に、最大サイズにしてから、異世界アトリエに行くための道が出来るためには、半刻ほど掛かる。

これらはアトリエの扉と同じ仕組みを採用しているから、である。

更に第三の問題。

この扉を設置した場合。

回収は手動で行わなければならない。

つまり本当の緊急避難用、という事だ。

そして最後に、第四の問題。

基本的に、アトリエの扉は、出かけるときは異世界につなげておく。

これを怠ると、緊急避難時に異世界のアトリエに逃げ込んだはいいが。

キルヘン=ベルに脱出できなくなる。

これをクリアするために。

あたしがアトリエを離れてから、一定時間が経過すると。自動的に異世界のアトリエに行くように、扉が切り替わるように追加で仕組みをセットした。

ドアノブの設定を追加しただけだが。

これで異世界のアトリエに取り残されることはなくなる。

なるほどと、皆が頷いていた。

今回の道具は、文字通り専門職であるあたしが。専門的に使う道具である。

更に言うと、戦略物資中の戦略物資であり。

あたしだけが、仲間と一緒に使う事を想定している。

錬金術師が、そもそも戦力としては戦略級という事もあって。

今回はお披露目回でわざわざ提示するのだ。

なお、最悪誰かに持ち去られた場合には。遠距離から自壊させるための仕組みも作ってある。

それらを全て説明した後。

使い方を順番に説明していく。

まず扉を開けてみせる。

中を覗き込んだ顔役達は。

皆驚いていた。

「本当だ。 別の世界につながっているぞ!」

「此方からは真っ暗にしかみえないな。 一方通行になるのか」

「中へどうぞ」

「う、うむ」

最初にハイベルクさんがあたしと一緒にはいる。

既にグラビ石を利用して、床に向けて引きつける仕組みは出来ているので。内部は自由に歩き回れる。

そして、あたしのアトリエの扉が壁にあり。

それを開けると、当然あたしのアトリエの外に出る。

ハイベルクさんは驚いて。

何度も扉をくぐって、そしてお披露目回の会場に戻っていった。

「私も試してみましょう」

ホルストさんも同じようにやってみるが。

此方はハイベルクさんより頭が柔軟だからか、驚きは少なく。

一度試してみてから、何度か頷いていた。

更に、全員に満足して貰った後で、折りたたみをやってみせる。

扉を折りたたんでも重さは変わらないが。

その代わり、全自動荷車に積み込めるサイズになる。

しかし、同時に詠唱が停止するので、もう一度拡げてから再度異世界アトリエに入るには、半刻を待たなければならない。

折りたたみをした後、ドアを開けてみせると。

ただ普通に向こうの景色が見えるだけ。

ドアノブを設定して動かす。

半刻は待たなければならないのが多少苦だが。

まあそれは仕方が無い。

半刻が経過すると、かちりと音がする。

そして、ドアを開けると、再び異世界アトリエに入れるようになっていた。

「素晴らしいな」

「ただ、最悪の場合、このドアを放棄しなければならないのか」

「現時点では、ソフィーだけが使えれば充分だろう。 実績が積まれ、更に改良が進んでから、自警団用にもう一つくらいあれば良かろう」

ヴァルガードさんが、重苦しい声で言うと。

皆もそれに納得する。

そして、ヴァルガードさんに指摘された。

「アトリエの入り口だが、もう一つ作れば良いのでは無いのか」

「え?」

「こんな複雑な仕組みを組み込むと、事故も起きやすくなるだろう。 異世界のアトリエにつながった扉と、通用口のような通常の扉を作っておけば、特に問題はなかろう」

「あ……」

しまった。

そういえばそうだ。

苦笑いする。

ちょっとばかり、技術に関してこだわり過ぎていたかも知れない。プラフタを見ると、やっと気付いたか、という目で此方を見ていた。さては敢えて指摘しなかったな。

元々、今のアトリエを空間的に切り離す、と言う所から話が始まった。

だからそれで、固定観念が出来てしまっていた。

最初から、異世界アトリエから、此方の世界に飛ぶための専用扉は作ろうと思っていたのだし。

色々考えている内に。

基本をすっかり忘れてしまっていた。

「ありがとうございます。 足下がお留守になっていました」

「それでも現時点では充分なものが出来たのだから喜ばしい。 それに、この世には完璧など存在しないのだから、気にするな」

ヴァルガードさんに苦笑い。

確かにその通りだ。

とりあえず、お披露目会は終了。

皆が戻っていく。

比較的緩やかな雰囲気の中で終わったが。

コレは戦いの始まりを告げてもいる。

まずは北の谷のドラゴン。

そしてノーライフキング。

立て続けに叩き潰す。

以前、ホルストさんが言った条件はこれでクリア出来たのだ。最悪の事態に対する備えは、これで達成された。

後は、実際に戦うだけ。

そして、ドラゴン戦を経験しているプラフタがいる。

キルヘン=ベルを完全な安全圏にし。

そしてノーライフキングも仕留めれば。

この辺りが、万を超える人口を維持する人間にとっての大型安全圏になる可能性さえ出てくる。

アトリエに戻る。

ドアノブの設定は固定。これはこれで、いずれ使い路があるだろうから、取っておく。

そして、すぐにヴァルガードさんが手配した職人達が来てくれて。通用口を作ってくれた。

通用口のドアと、異世界アトリエに行けるドアを入れ替える。

これは間違って、異世界アトリエに行けるドアを使って、大惨事になるのを避ける為である。

交換した後、異世界アトリエに行けるドアは、ドアノブの設定を固定。完全に異世界アトリエに行くためだけのものにする。まあ当面は、この設定に固定しておいて大丈夫だろう。

異世界アトリエの方は、炉と釜が必要になる。それと、広さを倍くらいに拡張しておきたい。

いずれプラフタが言うように、城のようなサイズにするにしても。

空気を入れ換えるための窓と。

中に炉を作った後は、事前に作った排熱口の取り付けが作業として必要になる。

更に、他の街に、この異世界アトリエに行くためのドアを設置すれば。街から街へと移動するための手間が大幅に省ける。

喜ばしい事だ。

ドア関連の作業が一通り終わったので。

対ドラゴン戦の作戦立案に移る。

プラフタに話を聞きながら、戦術をくみ上げる。なお、空いた時間を利用して、プラフタの拡張肉体は作ってある。

あたしとしても、ドラゴンを叩き潰す事には興味がある。

準備が整った今。

もはや、躊躇う事は、何も無い。

 

3、討竜

 

作戦の実行許可が出た。

あたしと、いつものメンバーが出るのと同時に、旅人の靴を履いた自警団メンバーが四方に展開。

更にノーライフキングに備えて、東の街にも使者を出し。

其方にも備えて貰った。

実際、東の街から出た難民の群れが、ノーライフキング麾下の死人の群れに襲われた事がある。

現在、東の街は活力を取り戻しているし、ノーライフキングは手駒を殆ど失っているが。

大なり小なり襲撃を受ける可能性は否定出来ない。

故に、今回は総力戦だ。

現地到着。

荷車から降り、アトリエに戻る扉を展開。

旅人の道しるべ、と名付けたコレは。

今後も、いざという時の切り札として、絶対に必要になってくるだろう。

乾ききった地面に固定。

その間に、フリッツさんがハロルさんと一緒に偵察に。固定作業を終わらせ、ドアノブの設定を弄る。

半刻が少し長く感じる。

近くにドラゴンがいるのだ。

もし戦いになったら。

最悪の場合、いきなりこれを放棄して逃げなければならない。

冷や汗が流れるが。

ドアは開いた。

かちりと音がして、異世界アトリエにつながる。中では、タレントさんが待っていて、此方に向けて手を振った。

「待っていたぞ。 どうやら展開は完了したようだな」

「最悪の場合は逃げ込みます。 恐らく雑魚が入り込む事は無いとは思いますが、その場合は対応お願いします」

「分かっている。 扉を傷つけないように戦えば良いのだな」

力の強い獣人族のタレントさんだ。

勿論扉には強固な防御魔術が掛かっているが、それでも場合によっては壊れる事だってありうる。

その場合は、一度撤退する事になるだろう。

それも、陸路を走って、だ。

ドラゴン相手の撤退戦だ。

ぞっとしないが。

それ故に、タレントさんの責任は重い。

フリッツさんが戻ってきた。

周囲に敵影は無し。

北の谷は根絶の力に満ちている。

直接入り込むわけには行かない。

既に、全員が無言。

ここから先は、フリッツさんのような歴戦の傭兵でさえ、未知の戦闘だ。なお、ジュリオさんも、ドラゴン退治の経験はないそうである。

事前に、作戦については、いやというほど確認している。

ドラゴンの強みは、圧倒的な防御力にある。

基本的に、既存の魔術はほぼ通用しないと考えて良い。下位のものでも、大幅な軽減は当たり前。上位になると、魔王と呼ばれるクラスの魔族の全力の魔術でさえ、余裕を持って耐え抜くという。

かといって物理的に脆弱という事も無く。

その表皮は、銃弾など通用しない。

大型の銃や、大砲と呼ばれる巨大銃でさえ、その強靱な鱗を貫くことなど出来はしない。

攻撃面も強力だ。

ドラゴンは覇気と呼ばれる強力な魔力を放つことができ。

これはそのまま、周囲を薙ぎ払うほどの火力がある。

種類によっては高出力のブレスを放つが。

この火力も尋常では無く。

高位のものに襲撃されると、人口万を超える街が、短時間で焼け野原になる事があるそうだ。

ネームドにも強力なものがいるが。

ネームドの中でも最強ランクのものが、やっとドラゴンの一番弱いランクと同等、という時点で。

その桁外れの脅威がよく分かる。

つまるところ、攻防ともに完璧に近い怪物で。

此奴を撃破出来る人間が限られるのも当然だ。

だが。

決して倒せない相手では無い。

まず、弱点は口の中。

どれだけ体が頑強でも、口の中はどうしようもない。

これはあらゆる生物に共通しているが。

ドラゴンも同じだ。

また、強固な鱗に関しても。

一度ぶち抜きさえすれば、其処を集中攻撃することで、致命的打撃につなげられる。

更に言えば、知能がないというのも致命的な弱点の一つ。

大体の事は力尽くで突破出来てしまうため。

基本的に罠の類を警戒しない。

ただし、罠など殆ど通用しないのも事実なので。

それは生物として圧倒的に強いから、というが原因であるのだろう。

フリッツさんが咳払いした。

「それでは、プラフタ。 見解を聞かせて欲しい」

「谷にいるドラゴンは、分析の結果、一番弱いドラゴネアである事がはっきりしました」

「おお……」

安堵の声が漏れる。

プラフタによると、ドラゴンの7割を占める最弱種であり。

戦闘力は、この面子でも何とか手に負える範疇だという。

基本的に何種類かいるドラゴンだが。

不思議な事に、海中に住まうものと、高空に住まうものが特に強烈で。

これらは大きさこそドラゴネアと変わらないものの。

姿は環境に沿って大きく異なっており。

また、戦闘力も比較にならないとか。

世界トップクラスの錬金術師と。その錬金術師が作った装備を纏った最強クラスの戦士や魔術師が揃い。

死者を出す覚悟で挑んで、倒せるかどうか、という相手であるらしい。

幸いなことに、今から戦うドラゴネアは、あたし達でもどうにかなるレベルだ。

そして、先にプラフタが挙げた、災厄の権化が如きドラゴンは。

世界にも十数体、というレベルでしか存在せず。

基本的に人間がその姿を見ることもほぼない、ということだった。

いずれにしても、作戦通りに行ける。

フリッツさんが、指示を出す。

全員が所定の位置に展開。

敵は防御力も強大だが。

火力も危険だ。

一気に叩き潰す。

それ以外には無い。

あたしが取り出したのは、うに袋を束ねたもの。クラスタークラフトとも呼ぶこれで、谷全域を徹底的に面制圧する。

根絶の力で、虚しい輝きだけになった谷だ。

ドラゴン以外を巻き込むことは無いだろう。

そして、ドラゴンに此方を無視出来ないと認識させる。

ずっしりと重いそれを。

あたしは紐を付け。

振り回し始める。

本来だったら、遠くに投げるのはかなり厳しいのだが。

今は幾つかの錬金術装備で、身体能力が非常に強化されている。

特に、重いとは感じないし。

投げるのも、苦にはならない。

踏み込む。

そして、弓なりに投げる。

計算は完璧。

谷の奥で、丸まって蹲っているドラゴンが見える。奴の少しだけ上空。谷で爆発が乱反射するように。起爆。

谷が、閃光に包まれた。

凄まじい爆発。

うに袋の火力そのものが上がっている事もあるが。

多分谷が根絶の力に満たされていること。

ドラゴンという強烈な魔力の塊の至近で爆発したこと。

更には、根絶の力で無理矢理作り出された宝石類が、爆破に反応したこともあるのだろう。

文字通りキノコ雲が上がり。

熱い爆風が吹き付けてくる。

だが、それは事前に浴びないように、全員が配置されている。

風が通り抜けるのと同時に。

あたしは、一つ増やして、五つになった拡張肉体に体を持ち上げさせ。

そして上空で砲撃の体勢を取る。

だが、キノコ雲を突き破り。

凄まじい勢いでドラゴンが突撃してくる。

当然飛ぶ事も出来るし。

更に言えば。

全身多少傷ついてはいるが、鱗の一枚も禿げていない。

流石にドラゴンか。

あたしが砲撃の詠唱を終えるよりも、明らかに相手の動きが速い。そして奴の口には、既に殲滅の光が宿り始めていた。

ブレス放出の態勢に入るドラゴン。

だが、その時。

巨大なこぶしが。

ドラゴンの頭上から、叩き込まれていた。

体勢を崩したドラゴンの顔面近くが、爆裂する。

これはオリフラムによるものである。

流石に、落下し始めるドラゴン。

着地したプラフタの左右に、巨大な腕が降りてくる。

彼女のために作った拡張肉体だ。

非力なプラフタを補うように、逞しく、巨大で。空を舞う一対の腕。パワーだけを考えたその破壊力は見ての通り。

そしてオリフラムはコルちゃんによる投擲だ。

落ちたドラゴンが、口を開けて、ブレスを再発射しようとした瞬間、その口に槍が突き刺さる。

完璧なタイミングで、オリフラムを投擲した結果。

レオンさんが待ち伏せていた位置に、ドラゴンが落下したのである。

悲鳴さえ上げられず、それでも飛び退こうとするドラゴンに、フリッツさんとジュリオさんが躍りかかる。

翼を集中的に切り刻まれ。

だが、鬱陶しいとばかりに、覇気を放つドラゴン。

二人が、見事に吹っ飛ぶが。

ジュリオさんをオスカーが。

フリッツさんをモニカの防御魔術が受け止め。

更に、ブレスを吐こうとしても出来ないドラゴンに。

既に着地し。

砲撃準備を整えていたあたしが。

五つの拡張肉体と共に。

全力での砲撃。

六倍の砲撃をぶっ放していた。

それはもはや、砲撃の域を超え。

火力の筒であった。

あたしも、フルパワーでぶっ放したらどうなるかは、正直まだ試していなかったのだが。思わず興奮で身が震えた程だ。

閃光が、擦った谷の一部を瞬時に蒸発させ。

浮き上がろうとしたドラゴンを直撃。

熱でその巨体を押し返し。

更には爆発した。

見えた。

鱗が数枚、吹き飛ぶ。

フリッツさんが手を上げる。

ハロルさんが狙撃。

鱗さえ弾いてしまえば、長身銃でも通る。

傷にモロに入った。

ドラゴンが、横倒しに地面に倒れる。その体からは、鮮血が噴き出しているのが見えた。そして、全員が殺到する。

跳ね起きるドラゴンだが。

プラフタが放った拡張肉体の左腕が、頭に直撃。右腕が尻尾に直撃し。動きをわずかに鈍らせる。

更に二度の撃墜でふらついているドラゴンに。

全員が突貫。

鱗が剥がれている地点を狙って、猛攻を仕掛ける。

特に、最初の一撃で投擲用に準備してきた槍をうち込んだレオンさんは。

二度目の接近戦である今度は、的確に足にある傷を、愛用の槍が半ば潜り込むほどに抉り。

ドラゴンも苦痛の悲鳴を上げる。

フリッツさんが、舞うように連撃。

剥がれ掛けていた鱗を吹き飛ばし。

オスカーの打撃が、鱗が禿げていた肉に、モロに直撃。

更に翼の一枚を、ジュリオさんが叩き落とし。

尻尾の先端を、モニカが斬り伏せた。

だが、ドラゴンは流石だ。

真っ赤な口を開けると。

ひゅうと、何か妙な音がした。

それが超圧縮した呪文詠唱だと気付く間もなく。

周囲を熱風が蹂躙する。

圧縮し、威力を抑えた呪文でこれか。

近接戦を挑んでいた全員が吹き飛ばされる中。

飛び出したのはコルちゃんだ。

敵の死角から飛び込むと。

振るわれた尻尾を、残像を作って回避。

尻尾が半ばから斬り伏せられていた事もあるのだろう。

ともかく至近に行くと。

オリフラムを傷口にねじ込む。

そして、跳び離れると同時に。

あたしも、強化したドナーストーン。

通称ドナークリスタルを起爆していた。

単純にライデン鉱から作り出した雷撃を、更に更に倍増させたものなのだが。

その火力は絶大。

コルちゃんが必死に逃れる背後で。

極大の雷撃が炸裂し。

竿立ちになったドラゴンの体を、オリフラムから放たれた熱の槍が貫く。

それでもまだドラゴンは息がある。

立ち上がったフリッツさんがぼやくのが聞こえた。

「ソフィー! 急げ!」

「分かっています!」

詠唱は最終段階。

立ち上がった接近戦メンバー。

更に、鱗の禿げた場所を直接何度も狙撃してくるハロルさん。

ドラゴンは、目に凄まじい輝きを宿すと。

再び覇気を。

消耗も意に介していない様子で、連続してぶっ放してくる。

なるほど、これは生物の行動じゃあない。

ネームドと同じで。

生きているものなら。こんな行動は余程のことがないとしない。

自分の子孫を守るためとか。

或いは知恵が発達した生物が、プライドを傷つけられたときとか。

そういう場合しかあり得ない。

知能がないドラゴンが、こんな動きを見せるというのは。

やはり、こいつは。

あたしは仮説を確信に変えたが。

それはともあれ。

一気にとどめだ。

これ以上は皆がもたない。

プラフタが放った拳二つを、ドラゴンが咆哮で吹っ飛ばす。

喉奥に槍を叩き込まれているというのに、まだこんな芸当が出来るのか。ブレスを封じていなかったら、どれだけ暴れられたか見当もつかない。まったく、どれだけ迷惑な生物なのか。

だが、覇気を乱射し。

咆哮を無理に放った今の状態こそ。

狙い通りの状況だ。

飛び退こうとするドラゴンを、ハロルさんが連続して狙撃。

目を狙うが。

なんと眼球に弾丸が弾かれる。

更に、ドラゴンは、覇気を連発しつつ。

無理矢理口をもごもごと動かして。

槍を吐き捨てた。

ブレスが来る。

フリッツさんが、全員に下がれと指示。モニカが防御壁を展開しながら、覇気を凌いでいた皆が下がろうとする中。

殲滅の光が、ドラゴンの口に、再び宿り始める。

だが、その時。

あたしが、超長時間を掛けて詠唱した砲撃魔術が。

完成していた。

ドラゴンが気付く。

そして、此方を向く。

ブレスをぶっ放すのと。

あたしの六倍に増幅した、全力の、それも詠唱でガチガチに強化した魔術砲撃が放たれるのは同時。

それは正に、光の竜と。光の殺意の激突。

中間地点で押し合いが始まった瞬間。

他の皆が動く。

フリッツさんが奥義らしい、旋回しながら切りおとす超大がかりな多段剣技を見せ。

モニカが、突貫してから、その剣撃そのものが詠唱になっているらしい連続斬りを叩き込む。

上空で回転したオスカーが、ドラゴンの背中に、渾身の一撃を叩き込むのと並んで。

コルちゃんが、ありったけの爆弾を放り込んで連続爆破したあと、多分何かしらの爆弾で増幅した勢いで。ドラゴンの背中に、渾身の蹴りを連続して叩き込む。

ハロルさんが、特別製らしい弾丸を、最も巨大な傷が出来ている場所に撃ち込み。

レオンさんは、踏み込むと同時に。

心技体が完璧に揃った一突きを。

そしてプラフタは。

拡張肉体を舞わせ。

それそのものを詠唱として。

ドラゴンの全身を拘束。更に爆破。

更にジュリオさんが、剣に宿った魔力を完全解放。連続しての剣撃から上空に躍り上がり、縦一文字に、必殺の一撃を叩き込んだ。

流石にこの怒濤の猛攻を前に、ドラゴンの動きが止まり。

あたしの砲撃が一気に押し返す。

着地したフリッツさんが叫んだ。

「逃げろ! 出来るだけ遠くに!」

わっと皆が散る。

ドラゴンは、必死に踏ん張ろうとするが。

これまでの攻撃が、容赦なくその体力を奪っていた。

そしてあたしは。

静かに呟いた。

「死ね」

砲撃が。

押し切る。

ドラゴンの頭が、白熱に押しきられ。そして、消し飛ぶ。

爆裂。

谷が。

欲によって幾多の命を奪った、根絶の術を使われ。虚しい輝きだけが残る悪夢の土地と化した谷が。

光によって溶け消えていく。

ドラゴンの断末魔が聞こえた気がした。

そんなもの。

聞こえる筈もないのに。

だって、あたしの目の前では。

ブレスの火力も恐らく上乗せしただろう極大火力砲撃によって。

死の谷そのものが。

消し飛ぶ様子が。

今だ続いていたのだから。

 

手当は皆に任せ。

傷も浅かったあたしは。プラフタと一緒に、ドラゴンの死骸の側に行く。

ドラゴンは常に一定数が世界にいる。

此処で死んだと言うことは。

何処かにまたすぐ沸いているのだろう。

その説が正しければ、の話だが。

ぼんやり見ていると。

プラフタに促された。

「解体を始めましょう。 ドラゴンの体には、何カ所も強力な素材になるものがあります」

「ヤー」

答えにも、あまり元気がない。

あたしもちょっとばかり、今のフルパワー砲撃は疲れた。

魔術師はどれだけ背伸びしても錬金術師には及ばない。

今の砲撃で、それがよく分かった。

魔王クラスと呼ばれる魔族でも、こんな砲撃は無理だ。なにしろ、谷がそのまま消えてしまったのだ。

だが、その方が良かったかも知れない。

虚しい輝きだけがある谷。

根絶の力に汚染され。

もはや未来もない場所。

だったら、根こそぎ切除して。

新しく、誰かが住めるようにする。

それが、良かったのだろう。

まずはドラゴンの尻尾。

これはモニカが切りおとした、先端部分が落ちていた。この先端部分に、魔力が集中しているという。

ドラゴンは戦闘力の反面、体はそこまで極端に巨大では無い。

担いで運んでいくことが出来る。

続いて頭の残骸をプラフタは探していたが。

彼女によると、何でもドラゴンの目は、非常に強力な素材になるらしい。だが、あたしが消し飛ばしてしまったし。何よりあの蒸発した谷だ。

まだ赤熱していて、足を踏み入れるのは躊躇する。

それにあの有様では、もはや何も残ってはいないだろう。

「残念ですが、竜眼は諦めるほか無さそうですね」

「仕方が無いよ。 次行こう」

「そうですね。 私も衰えているとは言え、手加減できる相手ではありませんでしたから、仕方が無いです」

それにしても。

こんなのを、数十体も生前のプラフタは倒したのか。

それも恐らく単身で。

生前のプラフタがどれだけ凄まじい錬金術師だったのか、よく分かる。更に言えば、錬金術は極めれば、其処までの高みに上り詰めることも出来る、という事なのだろう。

皆が手当を終えて。

此方に来る。

協力して解体を開始。

竜の心臓部分を取り出す。

竜核と呼ばれるものらしく。

深核が青黒いのに対し。

黄金に輝いていた。

「これは極めて貴重な素材です。 後でコルネリアに増やして貰いなさい」

「えっ!?」

コルちゃんが、竜核を見て、完全に硬直する。

見る間に顔の血の気が引いていく様子からして。

相当にとんでも無い素材なのだろう。

「が、がが、頑張るのです」

「頼むよ」

コルちゃんが固まっていたが、これは仕方が無い。

コレを使えば、さぞ強力な道具を作り出せるだろう。

それこそ、世界を変えうる道具を。

ただ、今のあたしでは、まだ扱いきれないかも知れない。

そう考えると、増やして貰うのは少し先で。

当面はコンテナで保管か。

使うときにでも増やして貰えば良いだろう。

続けて、ドラゴンの中心部分を切り裂いていたプラフタに呼ばれる。赤い塊。竜の血晶というそうだ。

コレも非常に貴重な素材。

ドラゴンの血は、高密度の魔力を含んでいるらしいのだが。

それが死後、こうやって固まる事があるらしい。

錬金術の深奥に迫る道具は。

これを起点にするらしく。

なるほど。これも確かに極めて貴重な道具だ。

更に、無事だった鱗を回収。

これは文字通り、最高レベルの防具の素材になる。かけらは出回っているが、これほど完璧な状態のものは滅多に見ないはずだ。幾つかをレオンさんに譲る。彼女も、へとへとになっていたが。

傷一つない竜の鱗を幾つも見て、にへらと力がない笑みを浮かべると、その場に腰を抜かしてしまった。

大事そうに鱗を抱えて、もの凄く嬉しそうにほおずりするレオンさん。

「ごめん、ちょっと休ませて……これ凄すぎて、正気保てそうにない……」

「大丈夫なのですか?」

「コルちゃん、ついていてあげて」

そも、ドラゴンのブレスを最初に封じたのはレオンさんだ。そういう意味では、今回の戦闘における本当の意味での一番槍とも言える。

これくらいの報酬は当然だろう。

肉も骨も切り分け。

事前に開けてある異世界アトリエへの扉に、次々と運び込む。

キルヘン=ベルの方でも、戦闘を見ていたタレントさんが既に報告したため、戦勝会を準備してくれているようだ。

ドラゴンはその全身が残らず貴重な素材になる。

血の一滴も無駄にせず回収。

やがて其処には。

骨も残らなかった。

ただ、今回は緊急避難になるわけではないので、帰りそのものは歩くことになる。しばらく休憩をしてから、扉を畳んで帰路につく。

これで、ついに。

キルヘン=ベルから届く範囲にいるドラゴンがいなくなった。

続けてノーライフキングを倒せば。

ついにこの辺りの安全は完全確保したことになる。

猛獣などは勿論まだ出る。

それに、邪神の脅威はある。いつ現れるか分からないし、ナーセリー近辺で見かけたという噂もあるからだ。

しっかり休む。

ドラゴンの肉は幾らか皆で分け合って食べるが。

今まで食べたどんな肉よりも食べ応えがあり。

食べるだけで力が湧いてくるかのようだった。

ふうと溜息が出る。

終わったのだ。

しかし、ドラゴンは発展している街を狙うという話だ。今後も油断は出来ないだろう。

故に、今回の戦いを。

記録し。

記録を生かして撃退出来るようにしなければならないのである。

帰ったらまた少し忙しくなる。

ただ、今は。

帰るまでの少しの間くらいは。

この達成感を、味わいたい。

そう思った。

例え、これから、色々とまだまだ解決しなければならぬ事があるとしても。

 

4、蠢動

 

アトミナとメクレットは、魔界から戦闘の様子を観戦していた。

キルヘン=ベルの動きからして、ドラゴン退治に向かう事は分かっていた。

そして、ソフィーとその護衛者達は成し遂げた。

ドラゴン狩りは、基本的に錬金術師と、錬金術の装備で身を固めた手練れが連携して、ようやく成し遂げられる。

邪神が相手になると更に厳しい。

だが彼らはやったのだ。

ソフィーの実力は、既に生半可な公認錬金術師を凌ぐとみて良い。

流石にまだまだ上がいるが。

あの砲撃などを見る限り。

単純な戦闘力に関しては、既に上位10名に食い込んでいるだろう。

とはいっても、それはあくまで、「普通の錬金術師」の話だが。

「上位次元からの干渉無しで、ドラゴンを相手に死者を出さぬとは、やりますね」

レンデルセスが呟く。

ティオグレン王の娘である彼女は、ケンタウルス族の中でも最も期待されている若手である。

最も期待されているヒト族には、激賞を送りたいのだろう。

獣人族の中でも特に力が強いケンタウルス族は、強さに誇りを持つ。

そして他者の強さも激賞する。

ソフィーの強さを認めた、という事だ。

ライバルと考えたのかも知れない。

アトミナは無言だが。

メクレットは咳払いした。

「そろそろ良いだろう。 ソフィーにノーライフキングを喰わせる。 その後に、接触するぞ」

「おお。 ついに計画を動かすのですね」

「頃合いでしょうしね。 あの様子だと、プラフタももう大体は思い出している筈。 近いうちに接触するわよ」

イフリータが沸き立っている。

ヒュペリオンが静かに頭を垂れている。

アルファは少し目を細めて、思惑がある様子だが。

いずれにしても、此方の寝首を掻くようなことは考えていないだろう。

計画が動く。

いよいよこの世界の是非を問う時が来たのだ。

現在さえないこの世界。

未来を吸い取ってでも現在を作るべきか。

否か。

プラフタは、ソフィーを見てどう結論するのか。

それを知りたい。

いずれにしても、はっきりしている事がある。

確認されるドラゴン。キルヘン=ベルからはかなり離れているが。荒野に突然出現した。

偶然観測されたものだが、今殺された個体の「代わり」に間違いない。

ふんと鼻を鳴らす。

この世界には未来がない。

今も、その結論には。

変わりが無い。

500年掛けて、世界に抗い続けた。

だが、それでも何も変わらない。

一人で戦い続けたのではない。

世界を変えようと考える多くの同志と共に歩み続けた。それでも世界は変わっていないのだ。

「アトミナ」

「うん?」

「もしも、プラフタがまだ僕達の話をはねつけるようだったら、どうする?」

「しっかり話し合う。 そういう約束でしょう」

その通りだ。

そして、それでもまだ駄目ならば。

終末の時は。

近づきつつある。

 

(続)