人形は立ち上がる
序、開始
錬金術は魔術と密接な関係がある。実際問題、魔術の上位互換と言っても良いのが錬金術だ。
あたしも魔術は使えるし。
故に錬金術の桁外れな破壊力もよく分かる。
これから始めるのは。
驚天の奇蹟の実現。
魔法陣を書く。
話に聞いた理論通りのものだ。
そして、完成させたプラフタの新しい体になる人形を寝かせる。
その上に、プラフタは横になった。
とはいっても、本なので。
本が置かれているようにしか見えないが。
別にプラフタは本を開かなくても喋る事が出来る。
少し居心地が悪い様子である。
「自分そっくりの人形の上に眠るなんて、不思議な体験です」
「問題はレシピ通りに行くか、だね」
「そうですね……」
人形の方は上手く行っている。
問題は、魂の移動。
あのリッチが言っていた、幽世の座標をずらす作業。
ずらしさえすれば、後は固定する事で。
プラフタの魂を、人形の方に移し。
そして人形の方は、幽世の羅針盤という超ド級の心臓部を宿しているため。これを核にして、動く事も可能だろう。
問題は、リッチになるためには。
十年単位の詠唱というとんでもない作業が必要だと言う事。
それを短縮するために。
プラフタと一緒に、理論そのものを確認した。
プラフタによると、やはり「幽世」と呼ばれているのは、位相がずれた世界そのもので間違いはないらしく。
高位次元というわけではないと思われる、だそうだ。
そもそも霊は物理干渉が可能な上。
邪神もそれは同じ。
邪神との交戦経験があるプラフタは。
物理攻撃がきちんと効く、と証言もしてくれた。
それならば、結論は確かである。
邪神は高位次元の存在ではないし。
「幽世」も恐らくはそう。
それならば、同じくらいの規模を持つ世界に対して、干渉して。
別の自分をずらす、くらいの事が必要になる。
魔術ではそれをやるのに十年以上かかるが。
高位の錬金術師は時空間を自在にするという話なので(もっとも、プラフタが高位と呼ぶほどの錬金術師だが)。
やり方はある筈だ。
まず考えたのが多重詠唱だが。
何しろ元が10年かかる代物だ。
理論は分かるのだが。
とにかくゆっくり丁寧に干渉して、それで最終的に存在の位置をずらす。今あたしは拡張肉体を四つ持っていて、これらに詠唱させることが可能だけれど。あたし自身が頑張って詠唱を手伝っても五倍。
要するに最低でも2年は掛かる。
手数を倍にしても1年。
これは正直実用的では無い。
更に問題として。
この拡張肉体、いちいち戦闘ごとに問題点を洗い出して、全部を同時にアップデートしているのである。
あたしの場合は、最終的には十二個くらいは作ろうと思っていて。
それによる超火力砲撃をやろうと考えてはいるが。
現時点でもかなりメンテナンスには手間が掛かるので。
いずれ他の方法を採ろうかとさえ思い始めているほどだ。
何しろ魔術を自動実行する本を、作らなければならないのだ。
文字を書くゼッテルも。
本の装丁も。
全てやらなければならないのだ。
錬金術である程度緩和できるが。
物量で押しきるのは、あまり現実的では無い。
そこで、プラフタと相談して考えたのが。
魔法陣を使う方法だが。
これは魔術師自体もやっている。
ここからが違う。
魔法陣は五芒星を使うが。
その全ての頂点に、詠唱を短縮するためだけに作った、特別な拡張肉体をセットする。
これは本と言うよりも、殆ど紙束で。
錬金術によって変質させて意思を宿らせ。
詠唱を自動実行させる。
そして詠唱そのものに特化しているため、それ以外には何の役にも立たない。
更にこの拡張肉体には、詠唱の相互高速化の詠唱を行う、別の拡張肉体もセット。
五芒星の頂点に、五つで1セット。つまり詠唱を行う拡張肉体と。詠唱相互高速化を行う拡張肉体をもう1セット配置する。
更に魔法陣の中枢部分に。
グラビ石から加工した、魔法陣強化のための玉を置く。
これは強大な魔力を宿すグラビ石に、更に例の深核から作った中和剤を使って変質させて、周囲の魔術を増幅するもので。
結果、今。
あたしのアトリエは。
床に敷いたゼッテルに書いた(このゼッテル自体が、強力に錬金術で魔力を持つように変質させた特別製で、中和剤に深核を使っている)魔法陣が置かれ。
その魔法陣の五芒星の頂点に詠唱を強化する拡張肉体十個が置かれている事で。
人が入る隙間がなくなっている。
釜も側に寄せているほどである。
この結果、プラフタと計算した結果、理論上は2500倍ほどの速度で詠唱が可能になるので。
リッチは10年掛かった詠唱を。
一日ちょっとで終わらせることが出来る。
仮にあたしが話を聞きだしたリッチと同じ17年が本来掛かるとしても。
それでも3日掛からずに終わらせられる。
ただ、これはあまりにも危険すぎる錬金術なので。
何回か検証を行ったし。
作業の下準備も念入りにした。
その結果、この作業に入るまでに、三週間以上掛かっている。
更に言うと。
この一連の作業を行う際。
レシピをプラフタに書き込んだのだけれど。
それ以降、プラフタは。
極端に無口になった。
恐らくは、記憶の重要部分が目覚めたのでは無いかとあたしは推察しているけれども。
ただ本人が何も言わないし。
相手の頭の中を覗く魔術なんてものも存在しないし、したとしてもあたしは使えないので。
プラフタが話してくれるのを待つだけだ。
いずれにしても、あたしとプラフタは今の時点では、利害関係で一致している。
あたしはもっと錬金術師として力を付けたいし。
プラフタはこの過酷な世界をどうにかしたい。
あたしだってその点も同じ。
狂気が心を侵食しているという点については、モニカとプラフタは時々心を痛めているようだが。
知らない。
そんなもの、あたしのせいなのか。
アトリエの外に出ると。
周囲に人がいないことを確認。
昨日のうちに、立ち入り禁止の縄張りをして。
更に入れないように、モニカに防御の魔術を掛けて貰ったのだ。
これは、少し前からあたしが大がかりな錬金術をやっていると、周囲が気付いていて。
子供とかが面白半分に覗きに来たりすると、大惨事になるからである。
勿論この三週間、ずっとアトリエにいたわけではなく。
検証作業をしながらも、同時に錬金術で薬や爆弾を作っていたし。
自警団に混じって狩りと偵察も行い。
ノーライフキング攻略への足がかりも作っていた。
また、街道周辺の緑化計画が開始され。
東西に延びている街道の緑化を行うことで。
猛獣による危険を減らすという計画を、顔役達と話し合いもし。
もし実現した場合。
旅人の靴で高速移動を可能にする面々で商人を護衛し。
隣街まで、安全かつ高速で移動が出来るようにする。
そういうサービスも始める予定だ。
その場合、匪賊が戻ってくる事を警戒しなければならないが。
現時点では、隣街は未曾有の豊作に沸いており。
今後匪賊としてドロップアウトする人間は出ないだろう。
ミゲルさん主導の下、再建も進んでいるようで。
ノーライフキング攻略の際には。
背後を守って貰えるかも知れない。
準備が全て整ったことを確認すると。
あたしはアトリエに戻る。
なお、ホルストさんに告げてある。
かなり大きな実験を行うので。
アトリエに近づかないように、注意は喚起して欲しいと。
ホルストさんも、プラフタが本のままでは不憫だと思っていたのだろう。
二つ返事で話を聞いてくれた。
とりあえず。
これで不慮の事故が起きる可能性もない。
粛々と。
着実に戦うだけだ。
錬金術は戦いである。
そして、今回の戦いに勝てば。
プラフタが人形の体で動けるようになる。
プラフタ用の拡張肉体についても、話はしているが。
まずは人形として動けるようになれば。
できる事は圧倒的に増える。
今でも軽いものを動かすくらいのことは出来るが。
それでも限界がある。
今後は、一緒に外に出て戦うくらいのことは出来るだろう。
今までも採取地にて、アドバイスを受けるくらいのことは出来たが。
護衛のための戦力が必要なくなるし。
非常にありがたい。
現役では無いとはいえ。
豊富な錬金術の知識がある戦士が一人いれば。
戦いもぐっと楽になる。
コルちゃん以外にも、爆弾を的確に扱える人間が増えると言う事で。
非常に嬉しい話である。
魔法陣の状態チェック。
拡張肉体の状態チェック。
プラフタに、体調を崩していないか確認。
全てが問題なし。
「それでは開始してください、ソフィー」
「うん。 じゃあ、いくね」
起動開始。
瞬時に、アトリエの中が。
淡い紫色の光に包まれた。
はて、この色。
何処かで見た事が。
ああ、なるほど。
道理で。
魔法陣が輝き始める。
五芒星が光と熱を帯び。最初から全開にしている冷却機能を超えて、アトリエ内部の温度が上がり始める。
窓は開けてあるが。
空気を遮断する魔術を掛けてあるので。
埃とかは入ってこない。
回転を速めていく魔力。
下手をするとアトリエが吹っ飛ぶかも知れないが。
要所要所では、あたしが詠唱を追加して、コントロールしなければいけないので。
この場を離れられない。
詠唱の相互補助により。
もはや聞き取れないほどのスピードで、詠唱が行われ。
多重展開した魔術が。
空間を歪ませる。
全てのコントロールは錬金術が行っているが。
それでも、この凄まじい魔力。
一歩コントロールを間違えば。
下手をすると、アトリエどころか。
キルヘン=ベルそのものが消し飛ぶのでは無いのか。
周囲からの雑音が。
一気に凄まじい音量になった。
ふと、気付く。
それらの中に。
意味がある単語が混じり始めている。
何だ。
これがモノの意思の声か。
呼吸を整えながら、段階を踏みつつ、詠唱に荷担。
自動で拡張肉体が展開している詠唱は、もはや速すぎて聞き取ることが出来ないけれども。
状況に応じて。
順次追加していく。
本が。
プラフタの体になっている本が。
輝き始める。
同時に、新しい体になる筈の人形も。
凄まじい光を放ちはじめる。
これは、失敗か。
一瞬不安になるが。
しかし、魔法陣は安定している。
凄まじい勢いで回転する魔力は、紫色から徐々に薄桃色に変わっていく。例のソウルストンがどうのこうの、という色だ。
ぱちん、ぱちんと周囲ではじける音。
気付くと、桃色の小さな結晶が。
彼方此方に出来ていた。
信じられない密度の魔力が、アトリエに満ちている。
あたしが故意にバランスを崩したら。
一瞬でキルヘン=ベルそのものが消し飛ぶだろう。
舌なめずりする。
あたしは、今。
扱ったことがないほどの力を。
自分で使っている。
コンテナの中にある爆弾は、一応ホルストさんの所に全部納品してあるし。
危険物も厳重に魔術で封をしているが。
それでも爆発した場合は。
ひとたまりもないだろう。
呼吸を整えながら、更に次の段階へ。
どうやら、本から。
プラフタの魂が離れたらしい。
今まで散々レシピを書き込んできた本が。
力を急速に失っていくのが見える。
魂の位置が。
リッチが言う幽世にて。
移動し始めたのだ。
代わりに、人形に宿る力が、凄まじい強化を遂げつつある。
元々リッチから取り出した石を加工し。体内に深核を中心としたコアを造り。それそのものが、錬金術による技術の塊みたいな存在なのだ。
元々強い魔力を秘めていたそれが。
燃え上がるようにして、魔力を放出している。
レオンさんが作ってくれたプラフタの服が保つかな。魔術防御の掛かった方では無く普段着の方が。
苦笑しながら、様子を見て。
準備が整ったのを確認後。
魂の位置固定の作業に取りかかる。
此処までで、ほぼ一日が経過しているが。
殆どあたしは休んでいない。
水をちょっと飲んでいるくらいだ。
どうしてか分からないけれど。
周囲の魔力が全部あたしに流れ込んでいるのかしらないが。
体が熱いくらいで。
更に腹も減らない。
これは、リバウンドが酷いかも知れない。
グラビ石を作ったとき。
あたしの体は凄まじいダメージを受けて血だらけになり。
周囲が悲鳴を上げたが。
それはそれだ。
今、あたしは。
作業から手を離すわけにはいかない。
固定成功。
後は、プラフタを起動させるだけ。
だが、どうしてか。
魔法陣が、其処で活動を停止。
呼吸を整えながら、状態を確認。
勿論、プラフタは。
目覚めない。
1、それは根絶に近いもの
深淵の者の息が掛かった商人の隊列に混じって、キルヘン=ベルに入り。
その場で空間操作して、位相をずらして身を隠したアトミナとメクレットは。
じっと様子を見ていた。
ソフィーのアトリエのすぐ近く。
森の中から、である。
何人かいる護衛は、皆固唾を飲んでいる。
洒落にならないと、皆顔に書いていた。
「危険なのでは」
「確かに凄い魔力よね」
護衛の一人に。
笑い混じりで、アトミナが肩をすくめた。
普通、魂を移動させたりといった作業は。
魔術だけでやろうとすると、それこそ十年以上の時間が掛かる。そこで錬金術を使う事になるのだが。
アトミナとメクレットの場合も。
色々と面倒だった。
プラフタは、今。
偶然本に宿った魂を。
人間の形をした容器に入れ替えようとしている。
生物を直接作り出したり。
生物の形を変えたりするのとは、別の次元で難しい作業であり。
この世界における、根本的な法則に直接介入するに等しい。
恐らく情報は、この間リッチを拷問していたという報告が上がっているので、其処から得たのだろう。
そして、単純に作業の倍率を上げることで、本来だったら時間的な問題もあって非現実的な作業を。
短時間で実施しようとしている。
しかしながら、それは世界そのものに負担を掛ける。
恐らくこの一件が原因となって。
邪神が動き出すかも知れない。
この辺りで言うと。
光のエレメントか。
あれは200年ほど前に、深淵の者の精鋭で叩き潰したのだが。
そろそろ復活の時期だ。
これに呼応して、蘇るかも知れない。
固有名はないが、立派な邪神であり。
実力は生半可なネームドなど及びもつかない。
やがて、アトリエの方で。
魔力が停滞するのが見えた。
「何かトラブルでしょうか」
「……」
手をかざして、メクレットが確認。
なるほど。
そういう事か。
「いや、放置していて構わないよ」
「し、しかし、あの異常な魔力量です。 爆発したら、我々もただで済むとも思えません」
「怖い?」
「いえ……」
アトミナがくすくすと笑うが。
メクレットはそんな気にはなれなかった。
彼らからしても、こんな光景ははじめて見るのだろう。
それこそ、今ソフィーのアトリエには。
邪神クラスの魔力が渦巻いている。
根絶とは違うが。
いずれにしても、かき集めた魔力が、凄まじい密度で回転しているのだ。
さながらあのアトリエだけ。
他とは違う、天変地異の最中のような状態である。
アトミナとメクレットは手をつなぐ。
そして意識を合わせて。
聞いてもいないだろう相手に、語りかける。
勿論声には出さず、だが。
プラフタ。
君はもう、恐らく記憶を取り戻しているのだろう。
そうでないとしたら、そろそろ起きるべきでは無いのか。
中途半端な記憶のまま。
君はその世界に祝福された子を。
見守るだけのつもりか。
世界に祝福された結果、呪われた子を。
どう救うつもりか。
君の考えは変わっていないのか。
僕達は。
私達は。
世界と必死に戦って来た。
あの時の問いは、覚えているかい。
この世界には、現在さえ存在していない。
だから例え未来を消費してでも。
現在を作らなければならない。
だが君は、命さえ賭けて。
それを否定した。
未来を奪ってはならない。
例えどれだけ、現在が過酷だったとしても、だ。
その言葉は、初めての対立だったかも知れない。
君と僕達私達は。
ずっと一緒に、困難に立ち向かい続けてきた。
それなのに、君は僕達私達を命を捨ててまで止めた。
今、その命が戻ろうとしている時。
君は何を思う。
この世界に。
現在はあるか。
未来を残さなければならないか。
僕達は私達は。
自分達なりに世界と戦い。必死に現在を作ってきた。
汚職官吏を殺し。生臭坊主を殺し。金の亡者と化した商人を殺し。実力もないのに他者を虐げている錬金術師を殺し。暴虐の限りを尽くす匪賊を殺し。そして人間の害となる猛獣を。ネームドを。ドラゴンを。邪神を。
ひたすら葬ってきた。
ようやく世界は二大国にまとまり、安定し。
匪賊どもは弱体化し、荒野で猛獣に怯えるだけの存在となり。
錬金術師の質は上がり。
横暴の限りを極めてきた邪神どもは、その数を三分の一以下に減らした。
だが、今も。
この世界に現在はあるのか。
もう一度、君に問いたい。
この荒野に満ちた世界で。
君は未来を残すべきだと。
まだ主張するのか。
ふうとため息をつくと。手を離す。
これで、恐らくプラフタに意識は届く筈だ。記憶が戻っていれば、メッセージとなり届くだろうし。
そうでなくても、記憶を戻す切っ掛けになる筈。
いずれにしても、もう此処にいる意味はない。
護衛を促して、此処を去る。
途中、部下の一人が聞いてくる。
「時にあの商人達の護衛についていた巨人族ですが、スカウトしてはどうでしょう。 もう少し鍛えれば、魔王に手が届くのでは」
「不要」
「分かりました」
魔王とは。
力を持つ者の階級である。
今、アトミナとメクレットが行使している、対邪神生体兵器の魔王とはまた別のものであり、
現在も世界には、魔王の称号を持つ魔族が何名かいる。
ちなみに深淵の者が保有している、アトミナとメクレットの魔王は、此奴らとは比較にならないほど強い。
当たり前の話で。
階級としての魔王では。
邪神には勝てない。
邪神を倒せるように調整したのだから。
称号では無く、真の意味での魔王なのだ。
一応、補足はしておく。
「あの巨人族は、どのみち我等の影響下にあるから問題ないよ。 あの商人が、そもそもアルファの作った人材網の一端だからね」
「何時でも動かせるから、敢えて直属に移す必要はない、ということですね」
「そういうことよ。 それに動かせる巨人族としては、アダレットの騎士団長がいるしね」
「なるほど。 確かにレアな種族である巨人族です。 わざわざ目立つリスクを冒す必要もありませんね」
納得した様子の部下。
頭の回転が遅い奴は、色々と面倒だが。
それでも、貴重な同志。
人材だ。
無碍にも出来ない。
キルヘン=ベルからかなり離れたが。
ソフィーのアトリエの周囲には、まだ凄まじい魔力が渦巻いている。
あれが安定するまで、少し時間が掛かるだろう。
500年の研究は伊達では無い。
プラフタはずっと眠っていたが。
こっちはずっと起きていたのだ。
知識に差が出るのは当たり前の事である。
魂を移動させる場合、リッチなどの外法魔術師は、詠唱だけでそれを実施していると思っているようだが、実際には違う。
世界そのものが変質して。
魂の座標を変動させているのだ。
勿論世界そのものを丸ごと変えているわけでは無いが。
局所的に変えているのは事実である。
魔術の場合、世界そのものを変える事は出来ず。
実際には、魔術によって、世界に変わってくださいと懇願している状態になる。
その結果、個人によって時間差が出る。
錬金術で同じ事をする場合。
世界そのものを変質させるため。
座標が文字通り書き換わる。
そのため、世界が局所的とは言え本当に変化するので。
リバウンドとして、時間がある程度掛かる。
ソフィーは今頃、何が起きたか必死に調べているだろうが。
見た感じ、成功そのものはしている。
後は、世界のリバウンドがどれほどの規模で起きるか。
周囲に眠っている邪神がどれくらい目覚めて。
ドラゴンが反応するか。
それは、アトミナにもメクレットにも分からない。
いずれにしても、もう此処に用は無い。
幾つかの空間転移装置を利用して。
魔界に戻る。
さて、これから。
一つ大きな仕事をこなさなければならない。
まだ強烈な魔力が、アトリエに満ちている。
激しい渦を巻くような、今までの状態とは違うが。
それでも、魔法陣の真ん中で眠っている人形プラフタと。
すっかり動かなくなった本。
そして、蒸し暑いとさえ感じる空気。
何よりも。
腹が減ってきた。
コンテナに入って、食事をする。
干し肉をかじり。
冷やしておいたミルクを飲む。
薬草類も口にして。
料理こそしないが、栄養はしっかり取り直す。
何がまずかった。
最初に自問自答する。
最初から、過程に問題が無かったか、洗い直す。場合によっては、拡張肉体を作り直して。
詠唱のし直しだ。
見た感じとしては、魂の移動には成功している。
しかし人形の方に移った魂が、目覚めていない。
つまり座標が微妙にずれたのか。
だが、それの割りには。
人形プラフタに籠もっている魔力が凄まじい事に代わりは無い。
ドンドンと、外で音がした。
アトリエを出ると、モニカだった。オスカーもいる。
自分で掛けた防御魔術の壁を叩いているモニカは、慌てているようだった。
「ソフィー! 無事なのね!」
「何を慌てているの?」
「だって、そのアトリエ! この世の終わりみたいだぞ!」
オスカーも慌ててている。
確かに、アトリエの周囲には、桃色の石がたくさん結晶化して散らばっている。壁から直接生えているものまである。
コレは恐らく、プラフタが言っていたソウルストンだろう。
後始末が大変そうだなと思う。
「大丈夫なの、ねえ!?」
「問題ないよ。 ただ過程が全てクリア出来たのに、プラフタがまだ目覚めない」
「それって、大丈夫なの!?」
「今、調べている所。 兎に角、危険は無いから、心配はしないで」
一刻一秒が惜しい。
そう言うと、流石にモニカも引き下がってくれる。
まああたしとしても。
アトリエが消し飛んで、それに巻き込まれて死ぬなら。
別にそれはそれで構わない。
この気にくわない世界とおさらばできる。
そう思うと、不愉快では無い。
目を覚まさないプラフタ。
何かの童話では、王子様の口づけでお姫様が目覚めたか。
だがあたしは王子では無い。
だいたい王子というと、この辺境まで聞こえてくるアダレットのアホ王子だろうか。双子の姉に全部才能を吸い取られた唐変木だとか噂が流れてきているが。そんなものと一緒になりたくない。
さて、魂の座標の確認方法だが。
リッチから聞きだした資料を洗い直し。
確認をする。
調べていくうちに、ふと気付く。
膨大すぎるほどに溢れていた魔力が。
徐々に周囲に拡散していく。
かといって、人形プラフタの魔力が弱まっていくわけでは無い。
周囲からかき集められた魔力が。
あるべき所に帰って行く。
そんな感じだ。
そもそも、この作業を始めた時点で。
どこから魔力が来たのか、よく分からなかったのだが。
今、何となく分かる。
声が聞こえるのだ。
そう、今までは明確に雑音でしかなかったのだが。
少しずつ、きちんとした言葉になりはじめている。
それはそれで鬱陶しいのだが。
とにかく聞こえる。
戻ろう。
幽世に。
そう声が何度も告げている。
結晶化したソウルストンは、そのまま残っているが。
そうならなかった、膨大な圧縮魔力は、どんどん元の場所。
すなわち、恐らくは今回世界を書き換えるときに引っ張り出された元の世界。リッチが「幽世」と呼んでいた場所に戻っているのだろう。
世界そのものから引っ張り出された魔力だ。
詠唱によって増幅された以外にも。
こんな凄まじい代物があふれかえっていたとすれば。
周囲に影響が出るのも頷ける。
それに、である。
あたしだけに影響が出るくらいで済むだろうか。
やはりドラゴンなどが現れるかも知れない。
下手をすると邪神が直接街に姿を見せる可能性もある。
これは、いずれにしても。
プラフタに、早々に目覚めて貰わないと、面倒な事になりそうだ。
ため息をつくと、頭を掻き回す。焦げ茶色の髪は、昔っからくせっ毛で。自分に無頓着なこともあって、放置していても何をしても跳ねた。今も結構寝癖とかが残っていてもおかしくない。
検証作業をするが。
やはりどう見ても、間違ってはいないし。
むしろ異常が収束しているように見える。
声も徐々に弱くなってきている。
恐らく、世界そのものへの干渉によって、過剰に溢れた魔力が、元のところに戻っているのだろう。
プラフタは目覚めない。
しかしながら、これは起きるまで待つしかないのかも知れない。
外に出ると、井戸水で顔を洗う。
その後、湯を沸かして。
タオルで体を拭いて、汚れを落とす。
少し寝るか。
考えて見れば、ほとんどここ数日寝ていなかったのだ。
作業を開始する前も、ずっとプラフタとレシピと段取りを詰めていたし。
道具類の作成も調整も徹底的にやった。
失敗が許されない作業だったから、というのもあるが。
それ以上に多分。
恐らくだが、今までの錬金術とは桁外れの代物に触るのが、あたしとしても面白くて仕方が無かったのだろう。
故に今は。
失敗した、という感触は無い。
不思議と慌ててもいない。
人形プラフタの魔力はしっかり息づいているし。
最悪の場合、同じようにして作業をし。
魂の座標をずらしてやれば良い。
レシピを解析すれば。
もしミスがあった場合、現時点での座標は分かるはずなので。
取り返しだって利く。
目を擦って、寝台に横になる。
疲れが溜まっていたからか。
一気に眠りの世界に引きずり込まれ。
そして、夢を見た。
おばあちゃんがいる。
おばあちゃんのことはよく覚えているが。
あたしの知っているおばあちゃんよりも、若いような気がする。
一緒に歩いているのは、若い頃のヴァルガードさんやハイベルクさん、ホルストさんだろうか。
他に何人か戦士がいる。
話をしているのは、他愛もない内容だ。
そして、キルヘン=ベルは。
酷く寂れていた。
まずはこの街を大きくしよう。
そう言いながら。
おばあちゃんは周囲の猛獣やネームドを蹴散らし。
緑化をしてはげ山を緑に包み。
畑を豊かに実らせた。
公認錬金術師として、ラスティンの首都から資格を取って帰ってきたおばあちゃんは。
今やキルヘン=ベルの救世主だった。
街は見る間に大きくなり。
衰退が著しかったナーセリーからも避難民を受け入れ。
そして安全を確保したが。
おばあちゃんは息子に恵まれなかった。
正確には。クズが。
不意に記憶が、真っ黒な何かに引き裂かれ。
あたしは目を覚ました。
拳を寝台に叩き込む。
あたしの夢に出てくるんじゃねえクズ。
悪態を吐き捨てたくなったが。
今は我慢する。
彼奴は、粉々に砕かれて土の下だ。墓も無縁墓地。他のクズ匪賊どもと一緒に、処刑されて人間扱いされない死体として廃棄されたのだ。
だがあのクズが何故あたしを未だに苦しめる。
胸をかきむしる。
呼吸が酷く乱れている。
周囲の雑音の中に、声が紛れているのが余計にいらだたしい。雑音だけだった頃よりも、更に苛立つ。
呼吸を無理矢理整えながら、半身を起こす。
そもそも今回の作業のために、寝台もアトリエの隅っこに避難させたのだが。
それでこんな悪夢を見たのだろうか。
プラフタを見る。
少し様子が変わっていた。
額の汗を乱暴に拭いながら、寝台を降りる。
プラフタの側。
魔法陣の側に立つと。
声を掛ける。
「目が覚めた?」
ゆっくり。
人形の瞳が開く。
それは、人形とは思えないほど。
自然な動作だった。
此方を向くときの動作も、である。
本を抱えたまま、半身を起こす人形。いや、プラフタ。
表情も作れるように、人形を調整してあるとは聞いていたが。まったく人間と見分けがつかない。
「ソフィー、ですか」
「見える?」
「はい。 この体に魔力を馴染ませて、感覚器官を機能させるのに、随分と時間を取られてしまいました」
「ああそれで」
まったく身動きしなかったのは。
本に慣れた体を。
人形に慣れさせたからか。
それならば、納得も行く。
そして周囲の異常な魔力も。
既に幽世とやらに戻ったようだった。
2、驚天の奇蹟「人形」
まずプラフタは、いそいそと鏡を見て恥ずかしそうに服を確認する。格好が乱れていないか、チェックしているのだろう。
そして驚いたのだが。
プラフタは、そのまま宙に浮いた。
素材にグラビ石は使っていないのだが。
どうやら、空中を移動する能力は、そのまま本時代から引き継ぐことに成功したらしい。
しばらく、自分の体を確認するプラフタを、ぼんやり見つめる。
「髪が短い以外は、人間時代と変わりません。 関節部分には多少違和感もありますが、私はそもそも肉弾戦をするタイプではありませんでした」
「拡張肉体を作らないとね」
「その前に、少し試してみたいことがあります」
まず、片付けをする。
魔法陣に使ったゼッテルは、もう再利用できない。燃やした後、肥料にする以外に方法が無い。
あまりにも特化した魔術に使ったからだ。
そのほかにも。
使用した拡張肉体も同じ。
同じ呪文を詠唱するタイプの方は特に。
詠唱の増幅をする方は使い路があるので、取っておく。
他に様々な薬品類などをコンテナにしまう。
プラフタにも手伝って貰うが。
その過程で、ある程度プラフタは、現時点で出来る事と。
持ち上げられる重さ。
更に関節をどの程度動かせるかなどを。
しっかり確認していた。
「体内に張り巡らされている糸が、筋肉や骨とほぼ同じ動きをしていますね。 人間だった時と、あまり違和感がありません」
「感覚はあるの?」
「視覚と聴覚は。 嗅覚もありますね。 味覚は……」
自分の舌を触ってみて。
プラフタは首を横に振った。
「味覚は駄目です。 恐らく、ものを食べる事は出来ないでしょう」
「そっかあ。 人生の半分くらい損してるね」
「そう、ですね。 私も貧しい生活を続けたせいか、美味しいものには目がなくなっていました。 当面は、食事は必要ないでしょう。 大気中に溢れるほど満ちているマナを吸収して、動力源に出来ます」
皮膚の感覚もあるという。
それに、だ。
プラフタは、少し表面を傷つけた後。
傷薬を塗る。
なんと。傷が回復していく。
つまり、ある程度生体と同じ機能を、この体は持っている、という事になる。
良いものには魂が宿るというが。
本当に素晴らしい人形を作った結果。
それに魂が宿った今。
その体は、生物に極めて近いものになった、ということなのだろう。
「良い感触です。 温かくて、優しくはないですが、力強い」
「あたしの山師の薬、実際に使って見てどう?」
「点数は変わりませんよ。 回復効果はつけた点数通りです」
「そっか」
実際に試してみたら少しは変わるかとも思ったけれど。
ただ、やはり体内などのメンテナンスは必要になる。
プラフタも、感覚遮断の方法などは分かっているようで。
色々実験をしていた。
腕の感覚を遮断すると。
一瞬だけ痛みが走るようだ。
その後繋ぎ直すと。
その時はその時で痛いようである。
まあ、これは生身の場合。
一度外すと取り返しがつかないので。
ある意味生身よりは、フレキシブルな体、と言うべきなのかも知れない。
モニカを呼ぶ。
掃除をして貰うためだ。
掃除くらい自分で覚えなさいと時々モニカには文句を言われるのだが。しかしながら、今回はアトリエの内部を入れ替えるほどの大規模な錬金術をしたのである。このアトリエをあたし以上に知っているモニカの方が、掃除はやりやすいだろう。
モニカは早速来てくれたが。
プラフタを見て、愕然とした。
「どうでしょう。 人のように見えますか?」
「ほ、ほぼ言われないと気付かないわ」
「そう。 それは良かった」
プラフタの声は。
本だった時に比べると、多少温厚なようだ。今更ながら気付いたのだが。まあ、それは良い。
モニカのアドバイスで、プラフタはそのままマイスターミトンと、旅人の靴を身につける。
浮いて移動するとしても。
手足の球体関節は隠せない、からである。
いきなり歩く人形が、人間全員に受け入れられると思うほど。
あたしは頭が花畑では無いし、モニカだってそうだ。
勿論プラフタだってそうだろう。
首元も、軽くマフラーで隠す。
少しばかり重装備だが、これでもう人間と見分けがつかない。
星の瞳というのは、思った以上に綺麗なものだなと、あたしは改めて思う。プラフタは時々瞬きをしているが。
これは生きていたときの習慣が出ているからだろうか。いずれにしても人間らしい動作も、無意識でやっている、と言う訳だ。
プラフタは、前に自分だった本を抱えると、外に出る。
歩いてみないかと、モニカに提案されて。
地面につく。
しかし、上手に歩けないようで。
しばらく四苦八苦していた。
「一度肉から離れると、随分と苦労するものですね」
「大丈夫、手を貸しましょうか?」
「大丈夫です。 どうせ慣れなければなりませんし。 それよりも、アトリエの掃除をお願いいたします」
「分かったわ」
モニカとしても。
あたし達がいない方が、掃除はしやすいだろう。
それに危険な薬品類は、全て片付けてある。
モニカに任せるのは、家具類とかの掃除。
後は埃などの追い出し。
本などの整理。
そういった掃除だ。
だから、今の時点では、あたしたちはむしろ邪魔である。
カフェに出る。
プラフタを見て、ぎょっとしたのは、ホルストさんである。
紹介すると。
いつもマイペースを崩さないホルストさんが、えっと声を上げて。
周囲もこっちを見た。
「プラフタですよ」
「随分大がかりな錬金術をやっていると聞いてはいましたが、まさか本当に本から人形になるとは」
「これであたしも重役として恥ずかしくないですか?」
「勿論ですよ。 むしろキルヘン=ベルに欠かせない人材です」
そうか。
そう言って貰えると嬉しい所だ。
プラフタは食事が出来ない事を告げて、代わりにプラフタの分もあたしが注文をする。プラフタは酒を勧められたが、それも飲めないのだと、寂しそうに断る。代わりに大気中のマナを吸収して動力源にしているとも説明。
色々と面倒だが。
これも仕方が無い。
テスさんが、給仕に来たが。
プラフタだと言う事に、まだ疑念を抱いているようだが。
声が同じである事も含め。
性格も同じであるため。
疑念を抱く余地は無い様子で。
色々目を白黒させていた。
「時にプラフタ。 体が人に近づきましたが、錬金術は使えるのですか?」
「残念ながら。 しかしながら、錬金術の知識についてはほぼ記憶が回復しましたし、道具を使いこなすことも出来ます」
「それならば、今までとあまり変わらず動ける、という事ですね」
「戦う事も出来ます」
錬金術そのものは戦闘で使えなくても。
基本的に、錬金術の道具を使いこなせればそれで問題ない。
あたしだって、戦闘では魔術を、極限まで錬金術で強化して使っているのだし。プラフタはそれとあまり変わらない。
拡張肉体については、これから作るとして。
まずは街に挨拶回りに出向く。
外に出ると、ソフィーが凄い美人を連れている、とかいう声が聞こえて。何だか自警団の面々が集まってきた。
眠そうにしているが、ヴァルガードさんまで来ている。
今は流石に寝ている時間の筈だが。
驚きの声を上げたのはタレントさんである。
「あの飛ぶ本が、本当に人に!?」
「まだ人形ですよ」
「す、すごい。 人形なのに、喋れるの!?」
「そういう事です」
プラフタは、あまりわいわい騒がれるのが好みではないようだが。
ともかく、街の主要人物には、誤解無い情報が伝わった方が良いだろう。
ヴァルガードさんは、二言三言だけ話して、どうやら今までと変わらないプラフタだと理解したらしい。
もう少し頭が固いハイベルクさんは。
プラフタの発言を聞いて、そうかとだけ呟いた。
少し頭を整理する時間がいるのかも知れない。
オスカーの所に行く。
森の手入れをしていたオスカーは。
名乗らなくても、プラフタだと分かったようである。
「どうして分かったのですか?」
「植物たちが、プラフタだっていうからさ」
「へえ……」
そういえば。
まだプラフタには。
聞こえている雑音に。たまに明確な声が混じりはじめている事は、言っていない。
あたしも植物の声が聞こえるかなと思ったけれど。
そんな事はなく。
ただ雑音が聞こえるだけである。今の時点では、少なくとも、明確な意思らしき声は聞こえず。
せいぜい、「是」と「拒否」くらいしか、意図は分からない。
だが、今の時点では、それで構わないか。
しばらく話していると。
ジュリオさんがくる。
コルちゃんとレオンさんも連れていた。
「話は聞いたよ。 プラフタ、今後もよろしく頼む」
「ええ、よろしくお願いします」
ジュリオさんは紳士的に握手を求め、プラフタもそれに応じる。
コルちゃんは、プラフタが手にしている本に興味があるようだった。
前はプラフタの体だった本に、である。
「プラフタ、その本、今はどうなっているのです?」
「今もある程度つながっています。 これにレシピを書き込めば、まだ完全では無い記憶が戻るかもしれません」
「そうなのですか。 大事なものなのですね」
「はい。 本来は何処にでもあったただの本だったのでしょうが。 今では大事な体の一部です」
レオンさんは、プラフタの着こなしが興味の対象のようで。
しばらく服を前から後ろから見ていたが。
感触としては、かなり良い感じらしい。
特に不満も言わない。
「似合っているわ、プラフタ」
「有難うございます、レオン」
「フリッツさんにお礼は言った?」
その名前を口にした瞬間。
プラフタの顔が真っ青になったが。
レオンさんには、別に悪気は無いらしい。
逆に、何かまずい事でもいったかと、心配するそぶりさえ見せていた。
コルちゃんが助け船を出す。
「まず教会に足を運んでみてはどうでしょう。 パメラさんにも、顔を見せておいた方が良いと思うのです」
「教会か……」
面倒極まりない。
そういえば、実はクッキーは既に出来ている。
それを届けるという口実で足を運んで。
パメラさんに挨拶だけして。
さっさと帰るか。
とにかく、一度アトリエに戻る。
片手間に作ったクッキーをコンテナから出して、適当に温める。冷たいままだと、流石に美味しくないからだ。
モニカが、クッキーに気付く。
「あら、それは」
「教会の「有り難い教え」には興味がないけれど、教会には世話になっているからね」
「それでいいわ。 貴方なりのやり方で、教会で世話になっている人達の助けになってくれれば、充分よ」
まだ掃除は終わりそうにない、か。
バスケットを二つ持って行く。
残念ながら、砂糖なんてものは、この辺りでは殆ど手に入らない。故に甘みをだすために、クッキーに木苺などの果物を練り込む。
東の街から貰った高品質の小麦粉を変質させ。
更に細かくきざんだ木苺も変質させ。
焼いて作ったのがこのクッキーだ。
勿論味見はしてあるが。
充分に美味しい。
ただし食べた後口をしっかりゆすいで洗わないと。
虫歯になるかも知れない。
虫歯になると、魔術での治療が相応に面倒なのだ。
機械技術によって治療できる場合もあるらしいけれども。
それはもう、それこそ二大国の首都にでも出向かない限り、目に掛かれない技術だと聞いている。
教会に出向くと。
パメラさんが早速出迎えてくれた。
彼女はいつもマイペースで、優しそうで。
子供達には絶対的な信頼を受けている。
どんなに性格が悪い子供でも。
パメラさんには絶対に暴言を吐かないし、逆らう事も無い。
その様子から、あたしは一時期洗脳でもしているのでは無いかとさえ思ったのだが。
実際に接してみると、子供の扱い方を良く心得ている、というのが正しい印象である。
パメラさんは、恐らく長い間生きているので、知っているのだ。
子供の「性格」ではなくて「習性」を。
性格に合わせて子供の心を掌握するのでは無く。
習性を把握することで、子供を掌握しているのだろう。
勿論虐待の類とは縁がないし。
教会の子供は驚くほど行儀が良い。
ただ、子供と言っても、此処は辺境。
ある程度の年齢になると、当然働く事を要求される。
肉体労働はまだやらせないが。
大人が取ってきた獲物の仕分けや。
細かい手作業などはすることになるし。
自警団が目をつけた子は、比較的早い段階から、哨戒のやり方や、狩りについての知識を叩き込まれる。
この中には、あたしやモニカ、オスカーも含まれていた。
自警団が目をつけなくても。
ある程度の年齢になると、身を守る方法として誰でも出来る投石や、素質があるなら魔術も習う。
なお教会では神聖魔術を「主に」教えるが。
別にあたしのような物理魔術を習うことを止めることは無い。
流石に以前、あたしが尋問したリッチの使ったような邪法については止めるが。
それ以外は、攻撃系だろうが防御系だろうが、支援系だろうが強化系だろうが、特性に合わせて覚えるのを支援する。
教会は教育施設も兼ねている。
このご時世だ。
殺生をしてはいけない、という教えは無い。
野にいる獣を仕留めてどう食べるかは、教会でも教えているし。
あたしも、パメラさんがてきぱきと獣を吊して捌いてより分けていく様子を、何度も見たことがある。
教育機関としての教会は、だからあたしも嫌いでは無い。
ただ、その過程で聖歌を歌ったり。
有り難い教えだとか。
神の愛だとかを吹き込まれるのは我慢がならない。
パメラさんも、その辺りは理解しているのだろう。
モニカと違って、あたしにその辺りを強制しようとは考えなかったようだし。
あたしとモニカが子供の頃、教会の考え方を巡って殺し合い寸前の喧嘩を何度かした時も。
怒ったのはパメラさんではなくて、むしろオスカーだった。
パメラさんにクッキーを渡すと。
彼女は喜んでくれた。
一番年上の子にクッキーのバスケットを渡して。皆で分け合うように言う。ただその時、こうも言う。
「きちんと平等に分けるのよ。 見ているからね」
「ハイ」
真っ青になった子供達。
パメラさんは魔術の達人だ。
本当に「見ている」と知っているし。
場合によっては仕置きされるとも理解しているのだろう。
子供達が行くのを見届けると。
パメラさんは咳払いした。
「貴方がプラフタちゃんね。 人形の姿になって、とても可愛いわ」
「有難うございます。 貴方もとてもお若いですね」
「それはそうよ。 だって私、若いときに死んで、そのままですもの」
は。
愕然としたあたしをよそに。
プラフタは平然とそれに応じている。
「その体、錬金術による実体化技術ですね。 最初見た時から、色々とおかしいとは思っていましたが」
「ふふ、流石専門家ね。 昼間も出歩けるし、普段は物質化もしているのだけれど、その気になれば壁を通り抜けたり、空間転移も出来るのよお」
「ちなみに亡くなられたのはいつ頃です。 私はおよそ500年ほど前です」
「私もほぼ同じ頃よ」
何か、プラフタとパメラさんは、通じ合う所があったらしい。
それにしてもどういうことだ。
つまりパメラさんは幽霊だと言う事は、本人の自己申告からして正しいとしても。
あのリッチは、肉体をそこまで器用に扱ってはいなかった。
つまりもっと遙かに格上の存在と言う事になる。
まさかノーライフキングの同類ではあるまいな。
いや、それにしては。
リッチがやっていたような、周囲から根こそぎ魔力を吸い上げる、というような邪悪とは縁が無さそうだし。
何よりもパメラさんは。
其処までしなくても、普通に平然と自己を保っている。
幾つか専門的な話をしていたが。
やがて、礼をしてプラフタが離れると同時に。
あたしも教会を後にする。
聖歌を聞かされる事は無かったので、ほっとする。
モニカが戻っていたら、聖歌を聞かされていただろう。
あれは正直、モニカの前では言えないが、嫌いだ。子供が歌う分にはほほえましいが。
神そのものが嫌いなのだから、当たり前だとも言える。
モニカはどうしてあんなものを歌いたがるのか、よく分からない。
魔術としては、周囲に強烈な強化を施せるため。錬金術と組み合わせれば、一気に戦闘集団の継戦能力を上げられる便利なものだが。
まあ、逃げられたし、よしとしよう。
この後は、通りに降りて。
ロジーさんやハロルさん、八百屋、それにフリッツさんに挨拶をしにいく。
その途中。
気分転換に、聞いてみる。
この辺りは坂になっていて。
敢えて複雑にくねっている。
特に匪賊が侵入したときに、坂の上から矢や魔術を射掛けて、一網打尽にするための仕組みだ。身を伏せられないように工夫もしてある。
「プラフタ、で、パメラさんが幽霊って本当?」
「本当ですよ。 というよりも、うすうす気付いていたのでしょう」
「……まあね」
この世の者では無いかも知れないとは思っていたが。
プラフタが幽霊みたいなものだと言う事で。
つい仲間意識を持ったのだろうか。
それよりもだ。
もっと大事な事がある。
あらゆる状況証拠が、これで揃った。
「そうなると、この街の深淵の者の長は」
「テスが一員だという話は貴方に聞きましたが。 恐らく街の監視者はパメラで間違いないでしょう」
「……」
だろうな。
あたしも、それ以外にはないだろうと思っていたが。
まあいい。
深淵の者とは、敵対関係にあるわけでもない。
むしろ、今後は協力体制を築けるかも知れないと考えている。
聞かれると面倒だ。
この話は一旦切り上げる。
後は、皆に挨拶を済ませる。
ロジーさんは、プラフタにとても紳士的な礼をしたし。
ハロルさんは、ぎょっとした様子でプラフタを見て。本当に成功したのかと、失礼なことを言った。
まあ、驚く方が自然だ。
八百屋、つまりオスカーのお母さんは。
プラフタを見て、綺麗だと素直に褒めて。500歳なのに若くて良いねえと、とてもずれたことを言う。
この辺り、オスカーの母君である。
そして、プラフタの腰が引けているのを承知で。
最大の功労者である、フリッツさんの所に出向く。
フリッツさんは今日は在宅。
家で、高笑いしながらまた何か作っているようだった。ドアをノックして入ると、どうやら人形劇で使うらしい馬車を自作しているようで。非常に完成度が高い模型が机の上で自慢げに鎮座していた。
「フリッツさん、プラフタ上手く行きましたよ」
「おお、本当か! 素晴らしい!」
ドアとか窓とかが閉じる音。
周囲に住んでいる人達は、これさえなければと、いつも口にしている。
フリッツさんの有能さは誰もが知っているので。
故に欠点も目立つのだろう。
プラフタは正直完全に警戒している獣状態であったが。
フリッツさんはお構いなしである。
色々細かく聞いていくのだが。
答える度に、プラフタの表情が険しくなるのが分かる。
ブチ切れる前に、茶でも飲んでおくかと思い。
あたしは淡々とこの街でも作っている茶を淹れて。二人分出した。少しぬるめなのは、プラフタがキレるのを見越しているからである。
フリッツさんは、それはもう上機嫌で。
隙あらばプラフタを触ろうとしたが。
勿論人形としてのプラフタに興味があるらしいので。
悪意は感じない。
というか、この人妻帯者で、娘さんもいるらしいので(しかも娘さんには嫌われていない)。
人形を前にすると、家族揃ってこんな感じになるのだろう。
「プラフタ、そう警戒しなくてもかまわないさ。 そうだ、せっかくだ。 是非全裸になって、動くところを見せてくれないか。 関節部分などの稼働がどうなっているか知りた……」
強烈な音と共に。
ついにブチ切れたプラフタが、本をフリッツさんの脳天に降り下ろす。
さっと予期していたあたしがお茶のカップを避けた。
如何なるネームドにもおそれず立ち向かう剣豪も、流石にコレにはどうしようもなく、顔面をさっきまでカップがあった地点にぶつけ、悶絶。
「ソフィー、爆弾を! 出来るだけ強力なものを!」
「フリッツさん、もうプラフタ人形ですけれど、同時に大人の女性ですし、浮気になるのでは」
「む、確かにそうか。 妻と娘に嫌われるのは困るな……」
鼻を押さえながら、顔を上げるフリッツさん。
いずれにしても、メンテナンスのやり方は教わっているし。
困ったときには来るように、と言われる。
あたしは構わないのだが。
戦闘時、プラフタとフリッツさんの連携が乱れないかちょっと心配だ。
帰路もプラフタはむくれていたが。
フリッツさんに悪意がないことを告げると。
分かっている、と更にむくれた。
「いくら何でもデリカシーがなさ過ぎます」
「分かってるよ。 でもフリッツさんのおかげで、より動きやすい体になる事が出来たんだから、感謝はしないと」
「……感謝は、しています」
そうか。
ならばいずれプラフタの方から、そういう話をするだろう。
ただプラフタは沸点が結構低めだ。あたしがいうのもおかしな話だが。
挨拶は一通り終わったので、アトリエに戻る。
後は、これからプラフタ用の拡張肉体を造り。
そして、一つ足を運んでおきたい場所があるので、其処に確認に行く。
場所は北の谷。
ドラゴンが住むと言われる場所。
つまり、現時点の戦力でドラゴンに通じるか。
ドラゴンが敵意を持っているようなら、倒せるか。
対ドラゴン用の戦術をどうすれば良いか。
全ての確認をする必要がある。
専門家であり、ドラゴンを倒した事があるプラフタが同行してくれるのであれば心強い。
今までは戦闘能力という点で全く期待出来なかったプラフタだが。
これからは拡張肉体込みであれば、充分に一線に立てる筈だ。
モニカと、アトリエの前ですれ違ったので。
近々、ドラゴンに対する威力偵察に出向くことも告げる。
そうすると、モニカは。
頷いていた。
「発展した街にドラゴンが来る。 話には聞いているわ。 いつかはやりあわなければならないと、覚悟は決めていたし、大丈夫よ」
「そう。 勿論戦わなくても済むならば、それに越したことは無いのだけれどね」
アトリエの中は綺麗になっていた。
良い感じだ。
さて、久しぶりに座学と行くか。
あたしは勉強机につくと。
ふと気付く。
前は本だったから、この体勢で座学が出来たが。
今度はそうもいかないか。
プラフタと一緒に、机を動かす。
そして、机を間に向かい合って、座学を始めた。
「ドラゴンについて、可能な限り教えて」
「分かりました。 ドラゴンは正体がよく分かっていない存在ですが、はっきりしているのは、どうやら上位次元への干渉能力がない、ということです。 この点から考えて、私のいる時代にも、邪神よりも劣る存在とはされていました。 邪神は上位次元への干渉能力を大なり小なり持っていますから」
「ふむ……」
上位次元か。
だが、干渉できるからと言って、其処に住んでいる、と言うわけでも無いだろう。
実際問題、人間がいる次元に邪神はいて。其処で色々と悪行を重ねるし。人間のいる次元で、倒されもするのだから。
「ドラゴンは上位のものになると、下位の邪神に匹敵する力を持つこともありますが、それでも次元干渉能力を持つことはありません。 明らかに他の獣と一線を画するこの存在が、いつからドラゴンと呼ばれるようになったのか、何故気まぐれのように人里を蹂躙するのかも、理由はよく分かっていません。 姿もトカゲに似ていますが、解剖の結果全く違う存在である事も判明しています。 ドラゴンには、本来は食事は必要ないのですが、それなのに人間を食い殺すのです」
「興味深いね。 倒す方法は?」
「基本的に物理的な攻撃は通用しますし、それで殺せますが、恐ろしくタフです。 ただ……」
「何かあるの?」
プラフタは頷く。
ネームド以上に、ドラゴンは魔術に対する耐性が強く。
特定の種類になると、魔術を殆どカットしてしまう奴もいるそうだ。
その上戦闘能力が圧倒的に高いため。
魔術師では、どれだけいても決定打にならない。
実際問題、古い記録を当たった所。
熟練の魔術師や魔族で固めた大部隊が、ドラゴンに手もなく蹴散らされ、大きな被害を出した例が一度や二度ではなかったという。
だが、人間は学習する。
錬金術で防備を固め。
爆弾などの物理的な手段で足止めをしつつ。
少しずつ削って倒していくしか無い。
それを編みだし。
そして確実では無いにしても。
ドラゴンは倒せるようになった。
世界各地で神出鬼没だとしても。
倒せるようになれば、絶対の恐怖ではなくなる。
各地でドラゴンを怖れて散っていた人間達は、再び集まって暮らすようになり。現在のような世界の仕組みが出来上がっていった。
そう、プラフタは、説明をしてくれた。
厄介な相手だ。
素直な感想をあたしは抱く。
この荒野における理不尽の二大巨頭。それが邪神とドラゴン。
この内邪神は、まず遭遇する事がない一方、遭遇してしまえばほぼ助からないという悪夢そのもの。
ドラゴンは倒す事が出来る反面。
単純に強い。
単純に強い相手がどれだけ面倒かは、何体かのネームドとの戦いで、嫌と言うほど味わっている。
その後は、一般的なドラゴンに対する作戦と。
戦術について聞く。
生前のプラフタは、ざっと思い出せるだけでも数十体のドラゴンを仕留めたそうだが。
それでも、どのドラゴンも油断できる相手ではなかったと断言された。
ドラゴンは強さによって大きさが変わらないため。
戦う時に、相手の実力の見極めが難しいから、というのが理由であるらしい。
その後は、アドバイスに沿って、対ドラゴン用の装備や、爆弾、薬品などについて考えて行く。
今、手が届きそうなものもあるが、無理そうなものもある。
ただ、今はプラフタがいる。
やろうと思えばできる筈だ。
「では、準備を進めましょう」
「うん、分かった」
さて、此処からだ。
この街の安全確保を完全にするためには、ドラゴンに対策できるようにしなければならない。
ネームドに対しては、簡単に倒されない装備を既に準備した。
だが、ドラゴンと邪神は話が違ってくる。
此奴らをあたしがいないときでも食い止められるようにならないと、キルヘン=ベルの安全は、絶対化しないだろう。
そして、あたしも。
次の段階に、進む事が出来ないのだ。
3、竜狩り下ごしらえ
顔役を集めての会議が行われた。
キルヘン=ベル周辺の地図からはネームドが全て消え。それを見た顔役達は皆喜ぶ。東の街も、既に完全に食糧問題を解決。
今はせっせと防護壁の修復。家の修理などを実施し。
復興を行っているそうだ。
東の街からみて、危険域に入る地点にも、今の時点ではネームドは一体だけしかいない。
すなわちノーライフキングである。
「ノーライフキングの討伐についてですが。 先に此処を叩かなければなりません」
あたしが提案する。
皆が、此方を注目する中。
あたしは、地図の上の方。
北の谷に、指を滑らせた。
どよめきが起きる。
恐怖の声さえ混じった。
其処には、×印が着けられている。
何カ所か、地図には×印が着けられているのだが。そのいずれもが、絶対禁忌。すなわち、手に負えないから入るな、という意味である。
この谷には水晶がたくさんあり。
欲に駆られた匪賊やバカが足を運んだが。
ただの一人も生還していない。
原因は、ここに住んでいるドラゴンだ。
このドラゴンが、今、キルヘン=ベルに最も近い縄張りを持つ個体である。すなわち、此奴を始末しておかない限り。
キルヘン=ベルに完全な安全は来ない。
あたしは、にこりと。口元だけで笑う。
「ドラゴン狩りが必要です」
「しかし、此処のドラゴンは、谷から出る事がない。 敢えて獣の巣をつついて大けがをする真似は賛成できぬ」
年老いた戦士が挙手する。
彼は怖れているのだ。
ドラゴンの怒りを買うことを。
まあそうだろう。
だが、あたしは、それをただの怯懦だと見抜いていた。
「今までは、谷から出なかった、です。 ドラゴンはどいつもこいつも現時点で習性が分かっていません。 500年前から、よく分かっていない、仮説だらけの存在であったようです」
あたしがプラフタを視線で指すと。
彼女も頷く。
「私は現役時代、数十体のドラゴンを倒しました。 その中には、数十年間洞窟の中に潜んで静かにしていたのに、いきなり人里を襲い、多数の人間を喰らった者もいました」
「そんな……」
「ドラゴンは習性がまったくという程分からない存在なのです。 私も実際に解剖して調べましたが、それでも小首をかしげる事ばかりで、生物と言えば生物、そうでないといえばそうでない。 内臓にしても、何がどう動いて生きているかさえよく分かっていないのが実情で、今もその状況が変わったとは思えません。 そして、俗説のレベルではありますし、皆様も噂には聞いていると思われますが。 ドラゴンは、発展する集落を狙う可能性が高いのです」
うめき声が聞こえる。
つまり、だ。
いずれにしても、最終的にドラゴンとの対決は避けられなくなる。
ドラゴンを防ぐだけの力がなければ。
いずれキルヘン=ベルは焼き尽くされる。
それに、だ。
プラフタは言う。
「当時から噂はあったのですが、私なりに今の情報を、ソフィーの祖母の残した文献から調べて見ました。 それによると、ドラゴンは常時同じ個体数が世界に存在している、という仮説が成り立ちます。 つまり殺しても殺しても、何処かにまた即時に成体で出現しているのです。 ドラゴンの幼体については今まで目撃例がありませんが、その理由がこれだと推察されます」
「そんなバカな!」
「いや、噂には聞いたことがある」
思わず立ち上がったハイベルクさんに。
ヴァルガードさんがたしなめる。
こういうときには、ほぼ出てこないパメラさんまで、今日は出てきているのだが。彼女も柔和な笑みを浮かべて、そして言う。
「私も聞いたことがあるわあ、それ」
「一番の懸念はそれです。 今後あたしが遠征して、ドラゴンを処理しに行くなり、ネームドを退治しに行くなりで、この街を離れたとき。 ドラゴンに襲撃を受けるのが、一番の不安要素です」
そのために、やっておくことは。
少なくとも、ドラゴン相手に籠城を可能とする戦力を整える。
これが最低条件だ。
フリッツさんが咳払い。
「最高位のドラゴンになってくると、万の人間が住み、公認錬金術師が複数いる街でさえ滅ぼすと聞いている。 幸い滅多に起きることではないようだが、キルヘン=ベルも人口が増える一方だ。 現時点で街の自給自足は出来ているし、戦力も安定しているが、やはりソフィーが言うように、ドラゴンへの備えは最低限必須になるだろう」
「頭が痛い問題ですね……」
「高位の錬金術になると、特定地点への空間転移を可能とします」
不意に。
プラフタが提案する。
まあ、それは出来ても不思議では無いだろうと、あたしは思う。
事実上位次元に干渉したり、時空間を操作できると聞いているし。
何よりプラフタが、いずれ今のアトリエ内部の広さを、城くらいにしたい、と言っているのだから。
それこそ、一瞬でアトリエに戻る事くらいは可能だろう。
「現時点で、ソフィーとその護衛についている者達の戦力は、下位のドラゴンなら撃退可能な次元にまで到達しているとみています。 撃破出来るかは、また話が別ですが。 つまるところ、ソフィーが異変に気付いて戻るまでの間、持ちこたえることが出来れば……」
「ふむ、プラフタ。 具体的な案はありますか」
「現時点で三十人ほどいる自警団を、もう少し増強し、装備を調え、武装の備蓄も強化するしかありませんね」
腕組みするホルストさん。
現在、キルヘン=ベルは人間の流入が続き、既に人口は400人代後半に迫りつつある。各地の街に噂が流れているらしく、此処を目指す人間が増えているのだ。
主にそれらの人々は商人と一緒に来るか、東の街に集まったところを、受け入れに行っている。
全員がキルヘン=ベルに辿り着く訳でも無いし。
別の街で定住を決めてしまう者も多いようだ。
そして、この街に、悪い事を目当てに来る者もいて。
そういう者が、何度か既にトラブルを起こしている。
以前の苦い記憶もあり、当たり前の話だが、処分は厳しくなっている。
追放すれば荒野で匪賊になるだけ。
というわけで、街の片隅にある牢獄には。
現在数人がつながれている。
この街も大きくなるにつれて。
こういうことが起きるのは必然だと分かっていたので。
仕方が無い。
しかしながら、現在の街の人口に比べて。
自警団の人数が多すぎるのは、問題とされていた。
現時点では、信頼出来る者を武装し訓練し、自警団としているが。
常時活動している者の他にも、予備役の者もいる。
更に、最近は、傭兵が雇わないかと打診してきているケースもある。
傭兵の雇用はリスクが大きい。
フリッツさんのような凄腕を雇えれば良いのだが。
この手の商売は水物で。
時には金ばかりふんだくって、ロクに仕事をしないようなゴロツキを掴まされるケースも珍しくない。
ホルストさんも、おばあちゃんと一緒に各地を冒険したのだ。
その辺の事情は知っていて。故に、判断を迷っているのだろう。
「プラフタ、確認したいのですが」
「何でしょう」
「この規模の街が、ドラゴンに襲われた記憶はありますか」
「……まだ四百人代の人口しかいないキルヘン=ベルは、恐らく大丈夫だろうとは思いますが。 これが千人を超えると、可能性は跳ね上がると思います」
ホルストさんはしばし考えた後。
決断した。
「常時警備に当たる人間が一割を超える事は、街の経済を大きく圧迫します。 かといって、ドラゴンを防げなくては本末転倒と言えます。 其処で、ソフィー」
「はい」
「まずプラフタの言っていた、此処へ一瞬で戻れる道具の作成を急いで貰えますか。 それと、北の谷への威力偵察は行っても構いませんが、専門家であるプラフタの意見を良く聞き、深追いは避けなさい」
「分かりました」
条件として、ドラゴン狩りをそれで認めてくれるというのなら、安いものだ。
此方としても、ドラゴンから取れるという素材の数々には興味があったし。
どのみち、高度な錬金術を行って行くには、ドラゴン狩りは必須になる。
ネームドよりも更に高品質な素材を落とすドラゴンは。
それこそ、プラフタが言うような上位次元への干渉などには、倒す事が必須になってくるだろう。
既に準備は出来ている。
いずれにしても威力偵察。
旅人の靴を履いていても、片道は一日ちょっと掛かる。今回は、それほどに遠い場所なのである。
ただ、旅人の靴には、疲労緩和の効果もある。
行き来することは、さほどの負担にはならないだろう。
他にも幾つか顔役と決めた後。
アトリエに戻る。
皆には、すぐに出る事を告げて、その場で解散。
あたしもアトリエに戻り、準備を開始。
いつもは苦言を呈する事が多いモニカも。
今回は、反対しなかった。
この世界におけるドラゴンの脅威は。
モニカでも良く知っているし。
何より今回は専門家であるプラフタがいるのだ。
威力偵察ならば。
絶好の機会とも言える。
街の外に出ると、既に皆集合していた。
あたしは、皆に渡す。
新しい道具である。
桃色をした布で、リボンとしても使えるし。腕に巻いても機能する。
「はい、これをどうぞ」
「何かしら、これは」
「通称エンゼルリボン」
実は、おばあちゃんのレシピにあった中で、かなり難しいものなのだが。プラフタのアドバイスを受けながら、再現に成功したのだ。
簡単に説明すると、装着する事で、着けたもののバイタルを自動でチェックし。
調整してくれる、というものである。
勿論致死毒などは流石にどうにもならないが。
ちょっとした中毒性の食べ物や。
腐敗したものを口に入れてしまったり。
傷口から病気などが入った場合は。
自動的に体の力を強めて、排除してくれる。
魔術をかなり複雑に織り込んでいるため、今までは作るのが難しかったのだが。
この間リッチから得た情報もあり。
魔術に関して、あたしはかなり知見を得た。
結果として、解読が難しかったおばあちゃんのレシピの一つをこうやって解読できたのである。
なお、此処にいるメンバーには今回初めて配ったが。
ホルストさんには試作品を納品してある。
ホルストさんは懐かしいと喜んでいた。
おばあちゃんと旅に出たときには。
いざという時に備えていつも腕に巻いていたそうだ。ただ、デザインはかなり違うと言う事だったが。
そして今回から、プラフタが戦闘に参加する。
プラフタの拡張肉体は間に合わなかったのだけれども。
その代わり、レシピを書き込んでいた本と。
爆弾の使用を彼女に任せる。
この本、ずっと魂が宿っていたこともあり、魔術の発動媒体として機能する。
つまり、本来魔術が使えないらしいプラフタも。
コレを使えば、ある程度の魔術が使える、という事だ。
魔術使いとしてはあたしは自信があるので。
それに近い実力を発揮できるとなると、心強くもある。
また、爆弾に関しては、プラフタはあたし以上の専門家である。何しろ当時トップクラスの錬金術師だったのだ。
ドラゴン数十体の撃破実績というだけでも凄まじい。
今は拡張肉体がなくとも、
充分に戦力になってくれるだろう。
更に、常時浮遊している彼女を見て。
オスカーが、はあと感歎した。
「すごいなあプラフタ。 本の時と同じく、浮けるんだな」
「有難うございます、オスカー。 時に貴方、錬金術師になってみる気はありませんか?」
「ごめんよ、プラフタ。 嬉しい話だけれど、おいら、何より最初に世界中の植物と友達になりたいんだよ」
「そうでしたね。 しかし貴方には錬金術師としての才能があります。 それだけは覚えておいてください」
声が聞こえるのは、その証拠だとプラフタは言う。
あたしは心を無にして、その会話を聞き流す。
オスカーは、良い奴である。
良い奴だし、声が聞こえることで苦しんでいない。
だが、それは偶然の産物。
声が聞こえることで苦しめられたあたしや。
才能がある事で、不当な死を強いられ掛けたあたしは。
モニカが、不意に肩を叩く。
「行きましょう」
「……うん」
街を出る。
旅人の靴があるから、それこそ飛ぶように行くことが出来る。
前衛はジュリオさん。
そのすぐ後ろをプラフタ。
殿軍はフリッツさん。左をモニカ。右をレオンさんが固め。
荷車を先導するのはオスカー。
あたしとハロルさんは荷車の後ろ。コルちゃんは、レオンさんの後ろについていた。
コルちゃんは荷車に乗せてしまっても良かったのだけれど。
本人が、荷物をより多く積みたいと言ったので。こういう配置にした。
なお、全自動荷車を二台持ってきているが。
あたしが使わない素材は、コルちゃんに譲っているので。
自分の体積分の稼ぎが無駄になると思うと、コルちゃんにはあまり歓迎できない事態なのだろう。
荒野を走り抜ける。
この辺りは街道など存在しない。
たまに川が見えるが。
陸魚がいるから、近づかない方が良い。
ネームドは全て片付けたが。
いつまでこの周辺が安全かも分からない。
匪賊の襲撃も警戒しなければならないし。
街の外に出たら、常に何処かから狙われていると思わなければならないのだ。
影と時間を見て、方角を特定しながら進む。
此処から東にずっと行くと、ノーライフキングの洞窟だが。奴の攻略は、東の街と連携して行うつもりなので、まずは北の谷の威力偵察から。
いずれにしても、目的通りの事をして。
終わったらすぐに戻る。
本来なら欲を多少掻いても構わないだろうが。
今回は相手が相手だ。
専門家がいるとはいえ。
知らない相手と戦う時は。
油断は絶対にしてはならない。
当たり前の話である。
半日ほど走って、少し休憩。
旅人の靴の効果は正に絶大。足への負担を減らし、常時回復を掛ける機能によって、ほぼ消耗は考えなくても良い。
軽く休憩し、食事を済ませた後。
また走る。
夜になっているが、あまり関係無い。
ちなみにあたしの拡張肉体は上空に飛ばして、周辺の様子を確認しているが。今の時点で、此方を狙っている者はいない。
昼少し過ぎ。
目的の場所に到着。
荒野の中では、一際目立つ場所だ。
向こうで、虹色に輝く結晶が、多数。
文字通り、林立というに相応しい。
だが、ここに来るのは初めてだが。
妙だ。
何というか、谷が抉られているかのような形状なのである。
それだけではない。
手をかざして見てみるが。
奥の方は、あまりにも巨大な水晶の塊が鎮座している。
宝石は魔力を蓄える事が出来るため。
あれだけの巨大な水晶となると、どれだけの値段がつくかも分からない。
そう考えてみると。
思わず口をつぐんでしまう。
何だ此処は。
皆が呼吸を整えている中。
ずっと宙に浮いて、それ故に疲弊していないプラフタは。
あたしに話しかけてきた。
「ここに来るのは久しぶりです」
「!」
「500年前と何ら変わりませんね、此処は」
そうか。
プラフタも、知っている場所だったのか。
悲しそうな表情。
どうせろくでもない事があったのだろう。
フリッツさんとジュリオさんが、周囲の警戒に行く。あたしは拡張肉体を上空に待機させる。
ドラゴンらしき影が奥にいるが。
目立ちすぎると相手の攻撃を誘発する可能性がある。
サイズで言うと、正直イサナシウスの半分程度しかない。
しかしドラゴンは実力とサイズが全く関係なく。
どんなドラゴンも、同じような大きさだと言う事なので。
油断はしない方が良いだろう。
オスカーが、手をかざしているが。
表情は険しい。
「何か見える?」
「いや、植物の声が聞こえないんだ」
「それはそうでしょう」
「どういうことだ、プラフタ」
プラフタは、人形とは思えないほどに表情豊かだが。
彼女は悲しげだった。
「此処は人の過ちの土地です」
「人の過ち?」
「私は500年前の錬金術師ですが、当時の錬金術師達は腐敗しきっていました。 自分達の先祖達の遺産にすがって努力を忘れ、錬金術師を名乗るに値しないような者も大勢いました。 かといって、彼らの先祖が優れていたかと言われれば、それは否です」
プラフタは、出来るだけ声を抑えながら。
水晶の谷を見据えた。
「優秀ではあっても、倫理観に決定的に欠ける錬金術師は、私の前の世代には多かったのです。 そしてこの土地は、そんな錬金術師の一人が、多くの人間を材料にして、宝石を作ろうとした呪われた土地なのです」
「! じゃあ、此処の水晶って」
「全て元人間です」
モニカが口を押さえる。
流石のレオンさんも言葉がないようだった。
プラフタに促され。
よく観察する。
そういえば魔力の流れがおかしい。
まるで谷の中に誘引していくかのようだ。
「私が調査した結果ですが、此処では大規模な錬金術が行われました。 現在とは比較にならないほど跋扈していた匪賊と手を組んだその錬金術師は、世界の富を独占しようともくろみ。 匪賊に多くの人間を捕らえさせました。 そして巨大な魔法陣をこの荒野に描き。 多くの錬金術の道具によって増幅して、全てを宝石に変えようと目論んだのです」
「いかれてやがる」
ハロルさんが吐き捨てた。
流石にあたしも同感だ。
そうか、昔は。
匪賊と結託する錬金術師がいたのか。
どうしようもないカスだ。
そんなものがいたのでは、世界の災厄と呼べたのは、むしろ人間の錬金術師だったのではあるまいか。
「結果は見ての通りです。 発動した錬金術は、生け贄に用意された数百人ばかりか、術を使った錬金術師も、離れて見ていた匪賊も全て巻き込みました。 地面を激しく抉り去り、その場にあった多くの命を奪い去り、そして土地の未来の可能性さえ抉り去って、此処に宝石の虚しい輝きを晒すに至りました」
「……」
「根絶の力を行使した結果です」
「これが、根絶」
そうか。
リッチがやっていたのが、根絶の真似事だというのが、納得いった。
なるほど、これが本物の根絶の結果か。
プラフタが未来を奪う、というのも分かる。
この谷からは、一切の命を感じられない。
奥にある宝石からも、あの雑音が聞こえない。
周囲からは聞こえるという事は。
やっと、そこまで「声が聞こえる」ように回復した、という事なのだろう。
愚かしい錬金術師によって。
世界は滅亡に追い込まれていてもおかしくなかった。
膨大な水晶だが。
こんなもの、そう考えてみれば。
価値などありはしないだろう。
「ひょっとして、此処に入り込んだ奴って、ドラゴンに襲われて死んだんじゃないのかも知れない?」
「可能性はあります。 出来るだけ、この谷には足を運ばない方が良いでしょう。 地図を見たときにもしやとは思ったのですが、キルヘン=ベルに戻ったら伝えた方が良いかと思います。 足を踏み入れれば、根絶の力に飲まれて死にますよ」
「ドラゴンはどうして此処に生きているのだろう」
「分かりません。 ドラゴンは、本当に分からない存在なのです」
コルちゃんが、袖を引く。
どうやら、フリッツさんとジュリオさんが戻ってきた様子だ。
地図を拡げ、周辺を確認。
現時点で、匪賊はいないし。
猛獣も見かけないという。
匪賊は、これを目当てに谷に入り込んで、全部勝手に死んだとして。
猛獣も見かけないという事は。
恐らく本能的に危険を察知している、という事だろう。
ある意味運が良かったのかも知れない。
プラフタがいなければ。
此処の危険性には、気づけなかったのだろうから。
フリッツさんとジュリオさんにも説明はする。
ジュリオさんは、唸った。
「実は、アダレットでも何カ所か、禁忌とされている土地が確認されているんだ。 ドラゴンが住んでいるケースもあるが、多くの場合は入り込んだ人間が生還できない。 部隊を送り込んで、全滅して、二次遭難さえしたケースもある」
「実際に見ないと何とも言えませんが、私が生きていた時代の前には、根絶の力を使って、未来を奪い、自分だけが利益を得ようとした錬金術師が何名もいて、破滅したと聞いています。 此処と同じようになっている可能性は否定出来ないでしょう」
「……本国に情報を伝えておきたい。 キルヘン=ベルに戻った後、数日間留守にさせて貰うよ。 此処の情報を伝えて、本国に情報の洗い直しを要請するよ」
「それが良いでしょう」
ジュリオさんは騎士団でも精鋭で。
更には、深淵の者とのアクセスを考えて、此処に来ているという。
それならば、その話を、騎士団は無視出来ないはずだ。
いずれにしても、ドラゴンとの戦闘は、今回はやめておいた方が良いだろう。
ただし地図はしっかり作っておく。
念入りに作戦を立て。
そしてドラゴンを確実に仕留めさる。
此処のドラゴンが何をしているか知った事では無いが。
いずれ確実に来襲するドラゴンに対抗するためにも。
キルヘン=ベルの関係者が、ドラゴンに対する戦闘経験を積んでおく事は、必須なのである。
一度戻る。
かなり谷から離れると。
猛獣も見かけるようになった。
そういえば、以前から気になっていた事がある。
「プラフタ、知っていたら教えてくれる?」
「私に分かる事であれば」
「この荒野で、あの獣たち、何を食べて生きているんだろう。 上位捕食者は、下位のものを食べているとすれば説明もつくけれど。 この荒野に食べるものはあまりにも少なすぎる」
「……」
プラフタは黙り込んだ後。
しばしして、答えてくれた。
「それは私達の時代にも分かっていませんでした。 どういうわけか、それが当たり前の事になっているので、誰も疑問に思わなかったのです」
「……当たり前、か」
考えて見れば。
おかしな事はいくらでもある。
ドラゴンはどうして根絶の力が満ちた谷でも平然としている。
そもそも、どうしてドラゴンは。
敢えて好んで発展する街を襲う。
とにかく、今は一旦キルヘン=ベルに戻る事だ。
おばあちゃんはこの谷のことを知っていたようだが。
足を踏み入れたとすれば。
何かしらの「根絶」に対する備えをした、という事なのだろう。
だが、そうだとすると。
一体何をした。
根絶が奪う「未来」とは、本当に文字通りのものか。
一つこの世界のおかしな事に対する疑念が湧くと。
どんどんふくれあがっていく。
そもそもだ。
どうしてあたし達は。
一緒にいられる。
コルちゃんを見る。
力が弱くて勤勉な種族。
ヒト族は。
こういう種族と、仲良くやっていけるほど、本来は頭が良い種族だっただろうか。
頭を振って、雑念を追い払う。
此処は荒野だ。
陣形を組んで高速移動中とは言え、雑念は危険すぎる。
じっくり考えるのはキルヘン=ベルに戻ってから。それに、ホルストさんが言っていたように。一瞬でアトリエに戻れる道具も作っておきたい。
今の実力。
そう、プラフタの魂を移動させるという、驚天の奇蹟を成し遂げた今なら。
出来る可能性が高い。
いずれにしても、この世界は許せないが。
それ以前に。
何処かでおかしな形で歯車が噛み合っていないか。
もしも創造神が意図的にそうしているのだとしたら。
それは、どういう意図のもとでだ。
正しい判断を導き出すには、情報が少なすぎる。
今はただ。
力を付けるしかない。
(続)
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