人に似せたもの

 

序、人形劇

 

いつ命を失うか分からない世界だからこそ、娯楽は必要だ。腰に帯びた双剣で、数限りない敵を倒し、人間も猛獣も屠ってきただろう男。傭兵であるフリッツさんはそういう。

フリッツさんには頼まれて、幾つかの道具を提供してきた。

錬金術で作り上げた高強度の糸。

更に、人形の素材になる粘土。

この粘土は、錬金術によって、焼くことによって極めて強靱に仕上がるように変化させている。

人形作りは。

とても繊細な作業だそうで。

どうしても、普通の素材では、再現しきれないものが出てくる。

空き屋の一つを貰い。

其処で大きな声で高笑いしながら人形をいつも作っているフリッツさんだが。

今日あたしが足を運び。

頼まれていた粘土を納品すると。

そんな話をしてくれた。

なお、手がけたらしい人形が机の上に並んでいるが。

いずれもが素晴らしいできばえで。

人毛を使っているらしい髪も。

ガラス玉を埋め込んでいるだけの筈の瞳も。

球体関節を隠している手足も。

いずれもが、命が宿っているかのようだった。

手入れがされているから今は美しいけれど。長い間放置して汚れれば、おぞましいほど不気味になるかも知れない。

フリッツさんがそうさせるとは思えないが。

男性の人形も。

女性の人形もある。

脚本に沿った役なのだろう。

悪役らしい恐ろしい人形もあった。

「人形劇では、どうしても一度に登場させることが出来る人数が限られてしまう」

まあそうだろう。

錬金術で人形に意思を与えたとしても。

動かして、それでも。

結局、一度に多数を「演じさせる」のは難しい。

何しろ劇は無音で進むわけでは無い。

演劇だったら、人間が演じるのだから、多数が出る事も出来る。

音楽を流したり。

或いは解説を別の人間がする事も出来るだろう。

しかし人形劇は。

どうあっても一人か二人しか参加できず。

その都合から、動かせる人形も、少数になってくる。

脚本だって。

色々と絞らなければならない。

多人数が入り乱れる戦いなど、場面としては作りようがないだろう。

「故に、一人一人の人形と、向き合っていかなければならないのだ」

悪役の人形も幾つかあるが。

いずれも手入れされていて。

皆、不満そうにはしていない。

少なくとも、人形が不幸そうには見えなかった。

「この荒野の世界だ。 いつ死ぬかも分からない。 だから人形劇の演目も、その話だけで全てが完結するようにするのがマナーだ」

「続きを見られるかは分からないから、ですか」

「そうだ。 色々と、縛られているのが人形劇というものなんだよ」

悪役の人形を手入れしながら、フリッツさんは言う。

決して、粗雑な扱い方はしていない。

悪役は、むしろ憎まれることが仕事。

故に、より敬意を払わなければ人形が可哀想だと、フリッツさんは信念を語るのだった。

分からないでもない。

人間の味を覚えさせるわけにはいかないが。

スカベンジャーは世界にとっては大事な存在だ。

汚いものを手早く片付けてくれる彼らこそ。

ある意味、世界にとっての土台になっているとも言える。

「何か参考になるものがあれば良いのだが」

「参考になるものはあります。 それと……一つお願いがあります」

「何かね」

「等身大の全身稼働可能な人形は作れますか?」

すっと、フリッツさんは目を細める。

人形と言えば五月蠅そうなこの人だ。

用途が気になるのだろう。

「材料があれば作る事は出来るだろう。 だが、何に使うつもりかね。 人形の扱いはとても難しい。 素人に任せておくと、あっという間に痛んでしまう。 きちんと扱ってくれる相手にしか、私は人形を作るつもりも渡すつもりもない。 ましてや等身大の人形ともなるとね。 私の専門は人形劇用の人形だからね」

「ああ、それは心配ありません。 「動かします」ので」

「ふむ、興味深い。 聞こうか」

興味を持ってくれたか。

あたしが動かすと言えば、全自動荷車や、全自動荷物積みおろし装置。それに拡張肉体を見ているフリッツさんには、違う意味にとることが出来るはず。

一応、此処が最初の関門になる。

だが、それも突破出来た、という事だ。

プラフタと話を以前した。

プラフタが人に戻るにはどうしたら良いのか。

事実上、現時点のプラフタは、死霊が本に宿っているのと同じ状態である。つまり死者を生き返らせるくらいの奇蹟が必要になる。

流石に今のあたしには其処まではできない。

だから、まずは順番にこなして行く。

最初にやるのは。

人形へ移って貰うこと、である。

プラフタが嫌がるような人形ではなく。

できる限り生前の姿に近い方が良い。

これらの説明をフリッツさんにすると。

何度か頷いた。

「面白いな。 人形に魂を吹き込むのは作り手の技量次第なのだが。 その人形を、実際の魂が動かすのか。 ふむ」

「人形そのものは変質させて、ある程度人間が出来る事を出来るようにはします。 食事は……無理ですけれど。 例えば喋るとかは出来るように」

「それもまた素晴らしい」

プラフタは、今の生活を喜んでいない。

それをあたしは知っている。

例えばプラフタは、本棚に入って寝ている事があるが。起きてくるときに、凄く不機嫌そうになっている事が珍しくない。

それはそうだろう。

もとヒト族なのである。

本棚に挟まって寝ることが、楽しいとはとても思えない。

あと、最近気付いた事がある。

プラフタは非常に神経質なのだが。

その性格。

後から作ったものの可能性が高い。

例えば身近な人ならばモニカはその典型で。

あたしとオスカーと三人揃って悪ガキトリオ時代の彼女は、むしろ優等生タイプではなかった。

今のような、能力が全般的に高い才女。モニカが優等生となって純粋にもてるようになったのは、きちんとパメラさんが教育したからで。

その辺があたしと違う。

パメラさんは何しろ長生きしているので。

子供をどう育てれば伸びるか、良く知っているのである。

同じようにあたしやオスカーに対しても。

伸びる育て方をしてくれた。

その点に関しては。

教会は反吐が出るほど嫌いなあたしも。

感謝は欠かしていない。

その一方で、熱心な教会の信者であるモニカとは、何かとぶつかり合ったりもしたのだが。

ともかくである。

プラフタの神経質さは。

モニカと同じ、後付けの性格を感じるのである。

そして魔術に関して自信があるあたしの勘だ。

多分気のせいではないだろう。

プラフタに喜んで貰おうと思っているのもあるのだが。

あたしとしては、同じ目線でものを見て欲しいし。

更に自由に動けるようにもなって欲しいのである。

元々ヒト族だったのに。

本に宿る亡霊などと言う不自然な状態を続ければ。

その内爆発してしまうだろう。

そうなったら。

あたしも伸びしろを潰されてしまう。

あたしとしても利が無いのである。

こういう風に、「理」が原因にはなっているが。

まあこれでも、あたしにも心はあるつもりだ。

プラフタが人間に戻りたいと思っているのなら。

その手助けはしてあげたい。

匪賊に掛ける情けはないが。

まっとうな相手には情を掛けているつもりもある。

そうでなければ、赤の他人のために。

この街のインフラ整備の道具を、頭を捻って作る事はしないし。

キルヘン=ベルの隣にある東の街の惨状について、考える事も。

ましてやナーセリーの復興なんて、考えもしないだろう。

考え込んだ後。

フリッツさんは頷く。

「糸については問題ない。 粘土についてもいつも納入してくれているものでかまわないだろう。 ただ全身を稼働できるようにするとなると厄介だ。 人形劇の人形もそれぞれ愛情を注がないと作る事は出来ないのだが、相応に手間は掛かる」

「お給金なら用意しますよ」

「まあそれは有り難いのだが、出来るなら最高の品を作りたいだろう? それに恐らくだが、メンテナンスも必要になる」

人形に関すると熱くなるフリッツさんだが。

話はとても理性的に聞いているし。

此方としても話しやすい。

しばらくああだこうだと話しあって。

そして幾つかの結論を出す。

まずフリッツさんには。

錬金術で変化させ強い魔力を帯びた粘土を納入する。糸に関しては現状のもので問題ないらしい。

体内に張り巡らせるそうである。

いずれにしても、数ヶ月を掛けて作るそうで。

当然フリッツさんは傭兵としてこの街に雇われていて。

事実上の雇われ司令官として、かなり忙しそうにしている。

たまに人形劇を子供達に披露したりもしているのだけれど。

それ以上に剣を振るって、外に獣狩りに出ている時間が多いし。

人形を弄る時間は更に少ないだろう。

プラフタの体に関しては、此処で話を付けておくだけでいい。

一度戻る。

アトリエでは。

プラフタが待っていた。

「何処へ行っていたのですか、ソフィー」

「プラフタの体についてちょっとフリッツさんと相談してきた」

「フリッツとですか」

「そうだよ」

少し不安そうにするプラフタ。

実は前にフリッツさんがアトリエに来た時。

プラフタがどう動いているのか知りたいと言いだし。

プラフタがマジギレした事があったのだ。

重役が会合しているときには極めてまともなリーダーシップを取ってくれるフリッツさんなのだが。

趣味になると一転、完全なスプーキーと化す。

その点もあって、プラフタはフリッツさんを信頼している反面。

趣味モードに入ったフリッツさんのことは。

苦手以上に。

とても困った相手、として認識しているようだった。

「フリッツの作った体ですか。 気が進みませんが……」

「それよりも設計図」

「話を聞きなさい」

「プラフタが生きていたときの姿に、出来るだけ近づけたいと思ってね」

困り果てた様子のプラフタ。

あたしは絵が独特だし。

どちらかというと本に関して詳しいエリーゼさんもそうだろう。

そこで、レオンさんに来て貰った。

彼女は服をデザインすることに関しては、相当な力量を持っていて。

あまり過去の事を話してはくれないけれど。

防具がとにかく凝っていることで、特に女性の自警団員に評判である。防具に付けてくれるしゃれた小物などが、いちいち心に刺さるという。

今まであたしが聞いたプラフタの特徴から。

レオンさんがゼッテルに書き起こしていく。

辟易しているプラフタだが。

これは我慢してもらうしかない。

「何だか覗きをされているようなのですが……」

「恥ずかしい?」

「というか嫌です」

「でも、人には戻りたいでしょ」

痛いところを突かれたプラフタは。

大きく溜息をつくと。

協力を少しずつしてくれた。

以前聞いた星の瞳。

その話をすると。

レオンさんは、珍しいと口にした。

「それ確か、相当レアな身体的特徴じゃなかったかしら」

「恐らくそれが衆目を引きつける要因となったのでしょう。 しかしその結果、良い事が起きた記憶がありません」

「まあ綺麗な人は、それなりに苦労しているものだからね」

「レオンさんも綺麗じゃないですか」

レオンさんは真顔になって此方を見ると。

少し考え込んだ後。

意外な言葉を返してきた。

「私はラッピングしているだけよ。 プラフタさんは素が綺麗なの」

「そのラッピング、あたしはあんまり興味ないんですけれど、確か結構な技術が必要なんじゃなかったでしたっけ?」

「無駄な技術よ。 私もきちんと装備を作っているからこの街では評価されているけれど、アクセサリやら趣味の服やら売っていたら。 今頃たたき出されていたのではないかしらね」

それは流石に無いと思うが。

何しろ彼女、この街に難民が逃れてくるときに。シェムハザさんと一緒に文字通り体を張って、難民達を守り。そして瀕死の重傷まで負った。

この街の人間は武断的な性質が強い。

多分だけれど、おばあちゃんと一緒に彼方此方を回ったベテラン戦士達が、中核になっているからだろうけれど。

いずれにしても、ホルストさんからも、ヴァルガードさんからも、ハイベルクさんからも。

他の自警団メンバーからも。

レオンさんの悪い噂は聞いたことが無い。

やがて、似顔絵が描き上がる。

プラフタが少し驚いたようだった。

「これは、完璧に近いですね」

「わ、美人」

「確かにソフィーの言う通り素が美人ね。 これだったら、殿方の心を」

「止めて。 止めてください、レオン」

急に。

プラフタが、非常に不機嫌になった。

多分逆鱗に触れたと察したのだろう。

レオンさんが、笑顔のまま。書き上がった似顔絵と全身の図を残して、アトリエを出ていった。

後で謝っておく必要があるだろう。

あたしもこれ以上聞くつもりは無い。

人には、立ち入ってはいけない場所、というものがあるのだから。

あたし自身それをよく分かっている。

ましてやプラフタは人格が変わるほどの経験を恐らくはしているはずで。

そんな彼女に、無神経に根掘り葉掘り聞くのは非礼を通り越して鬼畜外道の所行だろう。そんな事をするつもりはない。

一旦話を切り上げる。

アトリエを出て、プラフタの「設計図」を持って行くのだが。

ドアを出るとき、ふと気付いた。

プラフタは、泣いている。

そんな気がした。

 

1、死者の洞穴は遠い

 

キルヘンベル周辺の森の緑化が、大体完了した。

予定通りほぼ二ヶ月。

せっせとオスカーが世話をして。

そしてそれに伴い、土地の保水力が大幅に上がり。

更に土地活性剤が利いたのだ。

予定通りに耕していた畑も、充分に豊かな土に仕上がっていた。

本来はこれだけの潜在力がある土地だったものが。

元々の力を取り戻した。

それだけの事だったのだろうけれど。

それでもとてもとても大きな成果だ。

新しくこの間受け入れた25名も、すっかり極限の飢餓によるダメージからは立ち直り。

今では新しく作っている市街地の建築作業と。

防護壁の移動、新築作業。

それに畑仕事に加わってくれている。

自警団の新規メンバーもかなりなれてきた様子で。

更に規模を拡大する予定だという話も、ホルストさんから聞いた。

そろそろ頃合いだろう。

あたしは、この間の25名受け入れの時から、丁度二ヶ月が経過した今日、開かれた重役会議で。

提案する。

「ノーライフキングの住まう洞窟の攻略作戦を提案したいのですが」

「!」

一斉に、重役達が、緊張するのが分かった。

ノーライフキングは、勢力こそ衰え、奴の巣穴から出てこられなくなったとは言え。

噂に聞く「根絶」の力に手を染め。

邪悪の限りを尽くした極悪の輩。

生半可なネームドとは意味が違う存在で。

文字通り、この周辺における「悪」の象徴そのものだ。

匪賊なんぞ、奴から比べれば小虫か羽虫に等しく。

だからこそ。

奴を倒す事には意味がある。

「ソフィー。 貴方がこの間の東の街救援作戦で、獅子奮迅の活躍をした事はこの場の誰もが知っています。 最近のキルヘン=ベル発展のために身を粉にして、多くの有用な道具を作ってくれたことも。 しかしながら、ノーライフキングをいきなり討つことには賛成できません」

「同意だな」

ヴァルガードさんが言う。

フリッツさんも頷いた。

「ノーライフキングに何かしらの影響を受けたのだろう。 ネームドの移動がかなり激しくなっている。 東の街に対するこの間のロックの襲撃も、無関係とは言えないと私は思っている。 現時点で確認されているめぼしいネームドを全て駆除し、念入りな威力偵察をしてからでも遅くはあるまい」

この間。

プラフタの設計図を持っていったとき。

素晴らしいと感動していたフリッツさんは。

どう素体となる人形を作るか、興奮して手をわきわきさせていた。

今はその時とは別人のよう。

冷静な武人としての顔を見せ。

論理的にあたしの積極攻勢策を否定した。

そして、周囲もフリッツさんの言葉に賛同している。戦略も戦術も知り尽くした本職中の本職の言葉だ。当たり前である。

流石にコレでは無理か。

あたしも、いつものメンバーだけであの巨怪を叩き潰すつもりだったし。

多分奴の巣穴に侵入さえすれば、可能だろうとも思っているのだけれども。

しかしながら、言われるとおり。

ネームドの駆除は最優先事項だ。

それに、である。

「東の街の困窮は目に余るものがあります。 ミゲル殿からも、緑化作業が出来るのであれば、是非にという声が上がっています」

「東の街がもし失われると、キルヘン=ベルに来る商人が、非常に難儀することになる」

ヴァルガードさんが言う通り。

東の街は、北東、更に東、南に、三日ほどの距離に街がある。それも、いずれも相応の規模の街である。

ただ、いずれも錬金術師はいない。

そして、東の街から二つ東の方に行った街に。

ようやく公認錬金術師がいる。

この世界。

人口万を超える都市は十を超えず。

十万を超える都市に至っては、両大国の首都にしか存在していない。

東の街の悲惨な現状は。

決して珍しいものではなく。

むしろありふれているのだ。

キルヘン=ベルとしては、いずれナーセリーを復活させて至近に連携できる資源回収都市を造り。

東の街、更にその東の街と友好関係を拡げ。支援を行い。

商人が比較的安全に通ることが出来。

その結果、多くの人が流れ込み、金も出入りする、経済的に見ても重要な場所への発展を基礎の戦略とする。

そう重役達は考えている。

あたしもそれには賛成。

で、ノーライフキングは。

近辺最強のネームドである事に変わりは無く。

北の方に住んでいるというドラゴンを除くと、近隣最強最悪の脅威だろう。

だが、皆が言う通り。

今、ネームドの動きがおかしい。

ならば、フリッツさんの言う通り。

戦略を変える訳にはいかないだろう。

「ソフィー。 東の街の緑化について、お願い出来ますか」

「分かりました。 しかしながら、時間が掛かりますよ」

「オスカーは当面出向、となりますね。 更にもう一つ問題があります」

「ネームドの駆除に裂ける戦力が減る、ですか」

頷くホルストさん。

オスカーはなんだかんだ言って、あたしとモニカと、ずっと一緒にやってきた大事な幼なじみだ。

いなくなられると非常に困る。

勿論、緑化作業はずっと貼り付きでやらなければならないものではない。

ただ、東の街への移動が、四日もかかるのが現状としては大問題で。

これをどうにか解決できないか。今考え中なのである。

いずれにしても。

この間ヤキトリにしたロックからも、土地活性剤の材料となる心臓をえぐり出しているし。

土地活性剤に関しても。

プラフタに51点を貰っている。

最近は50点越えの評価が珍しくなくなってきていて。

あたしとしても嬉しいけれど。

ただ、これは埋め込めば何でもかんでも解決、と言う訳には行かないのだ。

それに、である。

東の街はキルヘン=ベルとは違う。

錬金術師がいないため、安定させるためにラスティンから役人である執政官ミゲルさんが派遣されていて。

街の運営の仕組みも大きく異なっている。

だがある意味好機か。

「フリッツ。 ソフィー達を率いて、東の街に行って貰えますか。 自警団は、しばらくキルヘン=ベル近辺の目立った活動をしている猛獣の排除に努めます」

「異存はありませんが、つまるところ、現地の疲弊した自警団と、ソフィーと遊撃部隊だけで動けと」

「そうなります」

「難度が高いですな」

コルちゃんも連れて行け、とホルストさんは言う。

東の街は、もうズタズタの状態だ。

コルちゃんが現地で、ホルストさんの代理として。色々と物資の管理や情報の整理をした方が良い、とホルストさんは言うのである。

其処まですると、東の街は、キルヘン=ベルの植民地状態になってしまうのでは無いかと一瞬不安視したが。

しかしながら考えて見ると。

それが故に。

あたしと、いつものメンバーだけで向こうに行き。

緑化作業をする、という事になっているのだろう。

つまり連れていく戦力を最小限にすることで。

向こうの不安を、最大限和らげる、と言う分けだ。

ましてや、街を再三襲撃していたロックを屠り去ったあたしがいけば。

向こうの人達は、安心もするだろう。

「しかし、分かりました。 数日以内に準備を終えて向かいます」

「お願いします。 それでは、解散」

重役が敬礼して、ぞろぞろとカフェを出て行く。

それを見送るテスさん。

ふと気付いたことがあるが。

まあそれは口にしないでおく。

テスさんはCQCの達人で、いずれモニカの副官としてこの街の自警団をまとめる役割を期待されている俊英だ。

彼女と変な軋轢を作るのも問題だろう。

敢えてそのまま、気付かないフリをして、アトリエに戻る。

途中。

フリッツさんが声を掛けてきた。

「ソフィー。 どうして急にあんな提案を? 容れられないことは最初から分かっていた筈だが」

「……個人的には、威力偵察の許可だけでも引き出したかったんですよ」

「ふむ」

「ネームドの動きがおかしい事はフリッツさんも分かっていると思います。 ノーライフキングの外道がそれに関与しているのかいないのか、確認しておきたいんです」

フリッツさんは考え込むが。

結果は見えているはずだ。

もしも、ノーライフキングが関与していないのであれば。

関与する勢力など、一つしか無い。

すなわち。

深淵の者だ。

ジュリオさんは、深淵の者とのコンタクトを取りにこの街を訪れている。

その辺りも考慮して、そろそろ威力偵察が必要だと思うのだが。

誰もそう思わないのだろうか。

アダレットとラスティンが戦争になる事はまず考えられない。

むしろ今後は、世界の発展のために、より強固な協力関係を作っていかなければならない。

今の人類には。

戦争なんかやっている余裕は無いからだ。

数百年くらい前には、小さな都市や村がそれぞれ国家を名乗ることもあり。それらが戦う事もあったらしいのだが。

今ではそういった小競り合いは起きることもない。

だが、気になっていたのだ。

プラフタの話を聞く限り。

500年前も今も。

人間の下劣さ加減は変わっていない。

実際問題、プラフタもそれは忸怩たる思いで見ている筈だ。

それなのに、どうして二大国が出来。

錬金術師の質が上がり。

匪賊が巨大な組織を作ることもなくなり。

人間にとっての脅威は、猛獣と邪神とドラゴンが主体になった。

本来これほどの凄まじい力を持つ錬金術だ。

人間という生物の性質上。

錬金術師を主力とした戦争が、行われていてもおかしくなかった筈。

深淵の者がそれに何かしらの関与をしているか。

或いは知っているか。

このどちらかは確実だろうと、あたしは見ている。

それも出来るだけ早く。

解明できるならしておきたいとも思っている。

「分かった。 東の街の近くには、ネームドがまだ何体か確認されている。 緑化作業の合間に、叩き潰しに行こう。 そうすれば、ノーライフキングの洞窟攻略に弾みを付けることができる筈だ」

「ありがとうございます。 あと、人形の方もお願いいたします」

「分かっているさ」

アトリエの前で別れる。

今回は、長丁場になる。

それを告げると、プラフタは、珍しくついてくると言った。

アトリエに関しては、保存するべく、あたしが空気の流れを遮断する術式を掛けておく。セキュリティに関しては、自警団がどうにかしてくれるだろう。

勿論二ヶ月東の街に貼り付きっぱなしと言う訳にもいかない。

多分二三回は戻る事になるだろうが。

それも長時間はいられないだろう。

三日ほど準備をしてから。

アトリエを出る。

出る前に、作るだけ作った爆弾や薬を、カフェに納入しておく。

二ヶ月向こうに貼り付きっぱなしになるわけではないにしても。

この間の支援と、それからの街の回収作業で。

相当にお金を消費している。

商人は今も時々来ているので。

外貨獲得のためにも、物資は必要だ。

ただ今回はコルちゃんに来て貰うので。

商人とのやりとりは、ホルストさんが久々に直にやる事になるだろうが。

「それでは、頼みますよ、ソフィー」

「分かっています」

荷車は二つ。

それだけ長期的な滞在を想定しての事だ。

以前に比べて、東の街の状態は、少しはマシになっている筈だが。

それでも油断は出来ないだろう。

いつもの面子と一緒に急ぐ。

特に今回、オスカーの責任は重い。

モニカはまだしらけた様子で見ているが。ただ、流石に実績もあるし。これ以上文句も言えないのだろう。

街道を行く。

獣は、たくさんいたが。

ネームド級のものとは遭遇せず。

荷車に対して、仕掛けてくる愚か者も、見かける事は無かった。

 

東の街に着く。

前ほど悲惨な状態ではないが。それでも、濃厚な貧困の臭いが漂っていた。

どうにか食糧の消費が抑えられたことにより。

人肉を食べるような事態は避けられたようだが。

それでも最低限の家屋。

最低限の食糧。

そして最低限の防護壁に。

明らかに酷使しすぎて枯れる寸前の畑。

碌な状態ではない。

ミゲルさんが、すぐに来た。

彼も顔色は悪い。

話によると、戦力的に劣る自警団には守りだけ任せ。少しでも街の食糧事情を改善するために、毎日外に獣を狩りに出かけ。

そしてこの街から東にある街にも使者を出し。

更に東の街にあると言う、公認錬金術師にも救援を求めているらしいのだが。

それも上手く行っていないそうだ。

「手助けに来てくれないんですか?」

「それどころではないそうだ」

「それどころって」

モニカが露骨に眉を跳ね上げたが。

ハロルさんが、咳払いをした。

優等生のモニカだが。

案外けんかっ早い。

こういう所では、昔からの地が出る。

それは、兄貴分だったハロルさんが良く知っていることだ。

「実は公認錬金術師のいる街の近くで、強力なネームドが住処を作っているらしく、応戦に手一杯らしい。 公認錬金術師が街を離れたら、一瞬で防護壁を喰い破りかねない難敵だそうだ」

「それは厄介だな。 ちなみにどんな奴だ」

「確か、イサナシウスとかいうらしいが」

「陸魚の最上位種の一つですね」

ジュリオさんが説明してくれる。

ネームドとしては複数存在するタイプのものらしく。特に巨大に成長した陸魚を指すという。

もともと陸魚は非常に巨大な体を持つが。

イサナシウスはその中でも特に凄まじい巨体を持ち。ジュリオさんは、側にある、あたしの背丈の五倍くらいはある防護壁を視線で指した。

「あの防護壁に、背中が届いてしまうくらいはあると聞いているよ」

「どちらかというと横に長い陸魚が!?」

「そういうことだね。 余程の巨大な化け物だ、と見て良いだろう」

「ドラゴン並みですね」

あたしの言葉に。

ジュリオさんは頷く。

多分苦い思い出でもあるのか、それ以上は語らなかったが。

ロックの時も、アダレット騎士団が同種を討伐したときに四人の戦死者を出していたと言っていた。

アダレット騎士団は、かなり厳しい戦いを、連日続けているのかも知れない。

イサナシウスとやらは。今の話を聞く限り、ロックと同等か、それ以上の実力を持つネームドだろう。

そんなのを真正面から相手にしていたとなれば。

どれだけの被害が出ていたことか。

とにかく、街の司令部に案内して貰うが。

それもカフェのような施設はなく。

ミゲルさんの自宅だった。

それも質素な造りで。

あまり大人数が入れるほどの大きさはなかった。

奥さんがいるようだが。

子供はいない。

一人は疫病で。

一人は猛獣に襲われて。

死んだと言うことだ。

この世界では、珍しくもない。

大人になれる子供の方が、珍しい位なのだ。

奥さんは陰鬱で。

子供を二人とも亡くして、或いは少し病んでいるのかも知れない。一礼だけすると、すぐにその場を離れた。

ミゲルさんは咳払いすると。

地図を出してくれた。

「これが現時点でのこの街だ。 畑がこのようにして拡がっている」

「ふむ。 川は」

「此処からこう流れているが、水量が少なくてな」

この街もそうだが。

キルヘン=ベルも、北部にある山脈を水源とする川の近くに作られたのが始まりだ。

水がなければ人間は生きていけない。

地形を見る限り、一応無秩序に作られた街では無い様子だが。

畑の位置については。どうも妙だ。

「これらの畑は、どうして川に沿って作っていないのですか」

「この間のロックもそうだが、この街には多くのネームド襲来の歴史が有り、その度に多くの犠牲者が出た。 この間のロックほど手酷く痛めつけられたことはないが、倒すまでに多くの犠牲を払い、その結果それらの縄張りから出来るだけ離れた場所に畑を拡げる、という事で話が一致したのだ」

「……」

オスカーが考え込んでいる。

やがて彼は。

丸っこい指を、地図上に走らせた。

「この辺りを緑化しても良いですか」

「街から南、か。 理由を聞かせて貰いたい」

「畑の疲弊が一番酷いからです。 いっそ畑は潰して、この辺りを新しく畑にしましょう」

「……ソフィー殿。 どう思われる」

いきなり敬語で話されたので、ちょっと驚いたが。

そういえばこの人にとって、ロック撃墜を果たしたあたしは恩人か。

それに今、この街の生命線を握っているのもあたしだ。

あたしが機嫌を損ねたら、この街は終わる。

丁寧に接しなければならないのは、ミゲルさんにとっても当然とは言える。ただ、あたしはあまりそれを想定していなかった。

「土地活性剤に関しては、問題ありません。 植物の苗も持ってきましたし、オスカーならすぐにどうにかしてくれるでしょう」

「分かった。 専門家の発言に従おう。 畑も蘇るのか」

「蘇りますが、休作を挟みながら使ってください。 それと問題が一つ」

「聞かせてくれ」

あたしが地図上で指したのは。

街の南にある×印。

ネームドの縄張りを示している場所だ。

「このネームドが邪魔です。 これから消してきます」

「まて、此奴は」

今まで冷静だったミゲルさんが。

顔面を見る間に蒼白にした。

無理もない話である。

このネームドは。

此奴の近くには匪賊さえ近寄らないと言う、筋金入りのマンイーターである。

獰猛とか凶暴とか、そういうネームドは幾らでもいる。

人間を襲って喰う奴もいる。

というか、ネームド認定されるのは、ほぼそういう超危険猛獣だ。

だが此処にいる奴は、「えり好みして人間を喰う」のである。

普段は冬眠していて。

起きだすと、おこぼれ狙いのスカベンジャーと共に近くの街に大挙して押し寄せ。

そして人間を喰らう。

キルヘン=ベルにも、おばあちゃんが生きている頃に攻め寄せて来たことが一度あり。

その時はおばあちゃんがぼこぼこにぶちのめしたが。

しかしながら、狡猾にも逃げ延びた。

ちなみに、動物ではなく。

植物である。

通称、デビルホーン。

見かけは魔族に似ているのだが。

魔族では無い。

本来は、力尽きた魔族の死体に、寄生植物が取り憑いたらしい。これが屍の魔力を吸い上げたことで強大な力を得てネームド化。

更に、この魔族が匪賊で。

人間の味を知っていたことが最悪の結果を招いた。

今では全身が口と触手で覆われており、人間を捕らえては栄養分として喰らう文字通りの貪食の怪物となっている。

もとの魔族の姿は「外見」くらいしか残っておらず、それも普通の魔族の二倍近いサイズの異形。

魔族の中でも特にレアな巨人族なら、これくらいのサイズはあるかも知れないが。

それでも、もはや形しか人型ではないこれは、生物に分類して良いかも怪しい存在だ。

そしてこのはた迷惑な怪物は。

冬眠して力を蓄えるのと。

街道などに姿を見せ、目についた人間を根こそぎ喰らっていくのを繰り返し。

怖れられている。

住処は突き止められてはいるのだが。

周辺に無数の猛獣が住み着いていて。

今までは手出しできない状態だった。

そう、今までは。

何しろ此奴、人間しか喰わないので。

猛獣たちにとっては、非常に居心地が良い場所になっていたのである。

だがそれも終わりだ。

今回、プラフタに64点を貰ったフラムとクラフト。更にクラスタークラフトことうに袋に、レヘルンも持ってきている。

レヘルンは改良を更に重ねて、68点を出したものを、コルちゃんに増やして貰った。

更にあたしの拡張肉体。

本も、今回は三冊に増えている。

この間二冊でも、あたしを上空に持ち上げることが出来たのだ。

三冊になれば、更に出来る事が増える。

近隣に恐怖をばらまいたマンイーター、デビルホーンを今回の遠征で潰す。

そして此奴の心臓くらい強力な素材があれば。

恐らく、ナーセリー復活用の素材にできる筈だ。

人間を散々喰らったのだ。

今度は人間を生かすための道具になって貰おう。

それだけの話である。

「くれぐれも無理はなさらぬようにな、ソフィー殿。 彼奴は今まで、幾多の腕自慢が挑み、返り討ちにされてきたのだ。 その中には、流れの錬金術師もいた」

「勿論、作戦には細心の注意を払います」

「頼む。 貴殿を失ったら、キルヘン=ベルは勿論、この街も終わりなのだ」

そうか。そういう風に言ってくれるか。

だが、個人的にはあまり嬉しくない。

話し合いで決めた予定地点に、土地活性剤を埋め込み。周囲を柵で覆う。これくらいの物資は、東の街にもある。

作業はミゲルさんに実施して貰い。

土地を耕し。

持ち込んだ全自動荷車で水を運搬して、撒く。

流石に全自動荷物積み降ろし装置は持ち込めなかったが。

それでも、水の入った桶だし、それほどの苦労はしない。

元々柔らかくなっている土地はそのままでいい。

自警団にも手伝って貰って、一通り土地を柔らかくしている内に。

土地にみずみずしい魔力が巡り始めていた。

土を確認して、オスカーと話し合い。

最初に、持ち込んだ草の苗を植える。

後は、デビルホーンを駆除してからだ。

どのみち、デビルホーンを駆除しなければ、ノーライフキングの討伐許可だってでないだろう。

そして今回。

フリッツさんにも、デビルホーン駆除作戦については。

ここに来るまでに、話を付けてある。

あたしが勝手に決めたことでは無い。

下ごしらえが終わった所で。

作業に取りかかる事にする。

皆に声を掛けて、その場を離れる。

コルちゃんは、少し残りたそうな顔をしていた。

「コルちゃん、怖くなった?」

「いえ。 倉庫の状態を、実際に確認しておきたかったのです」

「そっか。 それはごめん」

「いいのです。 ……少し怖いのは事実です」

今回の作戦は、一瞬で決まる。

失敗した場合は、殿軍を置いての、かなり厳しい追撃戦が展開されることになるだろう。

この間のロックでも分かったが。

ネームドの猛獣は、基本的にはあり得ない次元でタフだ。

通常の動物とは。

一線を画していると見て良い。

そんなものをまともに相手にしていたら、身が持たない。

それと、検証しておきたいことがある。

気になっていたのだ。

キルヘン=ベルが発展し始めて以降、急激に近隣のネームドが活性化している。

もしも関連があるとしたら。

いずれドラゴンも来るかも知れない。

さて、見えてきた。

険しい岩山の中。

ずっと昔の錬金術師が作ったらしい、宮殿の残骸らしきものがある。

周囲を意思を持たせた道具類で固め。

それらを番犬にし。

街を支配していた、強欲な男だったという噂である。

ただその街も、邪神に襲われて、ひとたまりもなく錬金術師ごと滅ぼされてしまったらしく。

しかもその邪神は、ナーセリーを滅ぼしたのと同一個体だという噂もある。

岩陰に隠れて様子を確認。

今回はついてきているプラフタが、ようやく顔を出した。

「……技術的に見て、かなりの実力を持つ錬金術師が作ったもののようですね。 意思をもった複雑な道具が維持することを前提とした構造が随所に見られます」

「それを難なく滅ぼした邪神が、まだ近くにいると」

「……いえ。 ナーセリーを滅ぼしたものが同一個体だとすると、恐らくそれはある程度人間が増えた街を狙うタイプでしょう。 この破壊の痕からして、抵抗を一蹴していますし、相当に厳しい戦いになるでしょうね」

そうか。

少なくとも、これだけ大規模な宮殿を作る錬金術師が、手も足も出なかった相手と言う事か。

ハロルさんが手を上げる。

見つけた、という合図だ。

邪神が滅ぼしたとしても。

今、此処の主はデビルホーンだ。

人間を襲って喰う化け物だとしても。

根本的には植物。

そいつは。

崩れた宮殿の一角。

形容しがたい姿で。膨張と収縮を繰り返していた。

眠っている、のだろうか。

噂通り、凄まじい異形だ。体は魔族らしき形をしてはいるが。元が寄生植物である事さえ、よく見ないと分からない。噂通り全身に、ヒト族をひと呑みにするほどの口がついており。触手は吸盤とかぎ爪。そして、今は閉じているが。恐らく目だろう器官が、体中にある。

奇襲は無駄だな。

あたしはそう判断した。

ならば予定通りにやるだけだ。

それと、ついでだ。

この宮殿、どうせもはや壊れるようなものは、そうなってしまっているだろう。倒壊を防ぐためにも、一度徹底的にぶっ壊してしまった方が良いはず。

あたしが頷くと。

フリッツさんが、ハンドサインを出した。

展開。作戦開始。

駆除の始まりである。

 

2、人食いの邪花

 

植物というのは、オスカーに聞く所によると、太陽の光を栄養に出来る力を持つ存在なのだという。

しかしながら、太陽の光だけではどうしても栄養が足りない。

殆どの植物は、大地から栄養を得ているが。

何しろこの枯れ果てた世界だ。

異形の変化を遂げていった植物も珍しくは無い。

勝手に歩き回り。

動物を補食するような輩である。

元々、待ち伏せて虫を食べるような植物は存在していたらしいのだけれども。

此処までアグレッシブになると。

今回滅殺をはかるデビルホーンのように。

何かしらの理由で膨大な魔力に晒され。

ネームドになった場合が殆どだとか。

勿論戦闘力は、猛獣のネームドとまるで遜色がなく。

実力から言っても生半可な猛獣など、束になってもかなわないほど。

しかも此奴は、人間ばかりを偏食する。

そして今まで、討伐隊を悉く退けてきた。

戦いの前に。

ホルストさんに話して、情報は集めてある。

その性質も、である。

上空に移動したあたしが、まずはぶちまけたのは。

高濃度に圧縮した油である。

当然、人食い植物デビルホーンは。

雨ならぬ油を浴びて、緩慢に無数の目を開ける。

植物には本来こういう器官は無いのだが。

膨大な魔力を吸い、喰らった人間の構造を取り込んだのだろう。

周囲全体を見ていた目が、頭上にいるあたしを捕らえたときには。

その体には、複数のフラムが着地していた。

起爆。

宮殿が、まとめて吹き飛ぶような爆発が起きていた。

勿論直上にいてはあたしも巻き込まれてしまう。

だから既に頭上とは言っても、かなり皆がいる側寄りに移動していたのだが。

それでも巨大なキノコ雲が上がるほどの爆発だ。

マイスターミトンと友愛のペルソナの防御。更に高度が落ちることを前提で、拡張肉体の本達に展開させた防御魔術でも、強烈な衝撃波を防ぎきれず、ぐっと押される。

そして、炎の中。

雄叫びを上げながら。

形だけしか魔族では無いもはや生物と呼んで良いかも分からない化け物が。

その巨体を起き上がらせる。

全身を無数の触手に覆われており。

今のでかなり傷つきはしたものの。

体内に蓄えている栄養で、一気に回復を始めたのだろう。

そしてその目は。

半分ほどを失いながらも、ゆっくり地面に降りていくあたしを、ずっと捕らえていた。

突進を開始する人食い。

凄まじい迫力だ。

だが。それが、ある一点を踏んだ瞬間。

起爆。

其処には、事前に魔術で防御を掛けたレヘルンを埋めてあったのだ。

しかも複数、である。

防御は、爆発を耐えた後に解除もしている。

一瞬で、強烈な冷気と。

巨大な氷柱が、人食いを貫く。

痛いはずもないのに。

痛みを感じているかのように。

巨体をよじらせ、化け物が触手を振るった。

体の半分以上が凍結しただろうに。

それでもまだ、まるで関係無く動いているのは。

やはり此奴が、寄生植物がベースで。

元の肉体など、とうに朽ち果てているから、だろう。

「GO!」

フリッツさんが叫び。

一斉攻撃が開始される。

ハロルさんが、長身銃で、精密な射撃で敵の目を潰しつつ。

突貫したジュリオさんとフリッツさんが、降り下ろされた巨大な触手を斬り飛ばす。

だが、ばくりと音を立てて、巨大な口が。

化け物の体の真ん中に開くと。

其処に光が収束していく。

前に出たのはモニカ。

防ぐのは一瞬で良いと告げてある。

光の壁を展開するモニカに。

バカめと言わんばかりに。

デビルホーンが、極太の魔力砲を発射。

たくさんの人を食い。

そして土地から膨大な魔力を奪った怪物だ。

ロックに致命打を与えたあたしの三倍砲撃を遙かに上回る火力である。

モニカが冷や汗を掻き、じりじりと押されながらも、必死に防ぐ。

そしてその時には、コルちゃんが。

真横に周り。

仕込み手甲での一撃を、叩き混んでいた。

爆裂。

コルちゃんを抱えて、オスカーが飛び退く。

今のでバランスを崩した化け物の体に、複数の傷が出来。

そこから光が迸り。

爆裂。

大量の体液が周囲に飛び散り。

内側から吹っ飛んだ触手が、辺りに降り注いだ。

怒りの声を上げる化け物の頭上から、レオンさんが槍を突き刺し、そして引き抜く。レオンさんを残った触手ではたき落とそうとする化け物は、形態を緩慢に変えつつあった。

元の形は残さず。

ダメージを受けた場所も全て廃棄。

さながら脱皮するかのように。

内側から、赤黒い巨体が出てくる。

それはさっきの巨大な口を中心にして。

無数の昆虫を思わせる足を生やし。

そして、魔族の名残らしい翼の欠片のような小さな突起が背中に。

体中に、眼球がついていた。

何がどうしたら。

死体に宿った寄生植物が、此処までの化け物になるのか。

散開。

フリッツさんが叫ぶ。

長身銃を乱射していたハロルさんが、腰を上げて、バックステップ。更に後ろの岩陰に隠れる。

それは、目立つ行動であり。

奴はそれによって。

既に杖を構えているあたしを見つける。

吠える化け物。

しかし、突貫はしてこない。

さっきの突貫で、レヘルンをもろに喰らった事を覚えているのだろう。

だが。

それが命取りだ。

あたしの側にいる本が、一冊足りない事に、気付いたのか。

周囲を慌てて見回す。

さっきの形態だったら、即座に見つけられただろう本は。

奴の真上から。

吸着していた、オリフラムを投下。

突き刺さったオリフラムを。

あたしは容赦なく起爆した。

一点集中の砲火が、脱皮したての体を突き抜く。

動いていれば、こんな事は無かっただろうに。

そして間髪容れず。

あたしが全力での砲撃をぶっ放す。

あたし自身も、連戦で力を付けている。

火力は、この間のロック戦より更に上がっている。

直撃する魔術砲。

爆裂。

だが、まだだ。

奴の殺気は、まだ消えていない。

嫌な臭いがする。

フリッツさんが、退避と叫ぶが、遅い。

爆発が、巻き起こっていた。

全員が手酷く負傷する中。

巨体が、盛り上がるようにして。

爆炎の中から姿を見せる。

そうか、地中に可燃性のガスを蓄えた内臓を隠していたのか。

冬眠している場所だ。

襲われる事を考慮して。

周囲全てを薙ぎ払うこんな仕掛けを準備していたわけだ。

くつくつと、あたしは笑いが零れる。

これではっきりした。

ネームドは、生物と呼ぶに値しない。

此奴らは、恐らく。

世界の悪意の具現体だ。

そして、これはまだ推測に過ぎないのだが。

ドラゴンも同じなのではあるまいか。

「後退! 負傷者を庇え!」

「ソフィー、無事か!」

「何とかね」

とっさに本達が。側にいた二冊も、奴にオリフラムをお届けした一冊も。間に合って、防御魔術を展開してくれた。

それでも強烈だったが。

まだあたしは立っている。

煙の中でふくれあがったデビルホーンは。

今の一撃で、自分をも吹き飛ばしたか。

かなりの細身になっていた。

というか、これが本来の、寄生植物としての姿なのだろう。

無数の赤黒い蔓が巻き付き。

巨大な口と。

一対の目。

大きさも、かなり縮んでいた。

だが、触手を撓ませると。

ダメージを受けた分を補填させろとでもいわんばかりに。

コルちゃんを抱えているオスカーに、躍りかかり。

同時に、無数の巨大な棘を放ってきた。

あたしの方に飛んできた棘を、ジュリオさんが切り払い。

ハロルさんの方に飛んできた棘を、モニカが弾く。

レオンさんが躍り出ると、奴の真横から槍を突き刺す。コルちゃんの仕込み手甲の一撃が入ったからか、容易く貫通。

だがレオンさんは、即時で飛び退く。

手応えがなかったからだろう。

フリッツさんが人食いの前に飛び出ると。

剣を振るって、触手を薙ぎ払うが。

いつの間にか、ハンマーのように束ね上げた触手を振るい上げたデビルホーンが。

フリッツさんに降り下ろす。

かろうじて避けるフリッツさんだが。

しかし間髪容れず繰り出される横殴りの一撃の前には、為す術がなく。

吹っ飛ばされ、地面に叩き付けられた。

そして逃げるオスカーと。背負ったコルちゃんに向けて。

見るからに強酸性の唾液をばらまき。

一口で二人をかみ砕けそうな巨大な口を開いて。

襲いかかる人食い。

あたしは苦笑い。

なるほど、これは今まで討伐隊が退治できないわけだ。

だが、その歴史も。

コレで終わりである。

オスカーが、想像以上に身軽に跳ぶ。

それを見て、多少の知能があれば、気付いただろう。

妙に身軽に動けると。

その通りだ。

そして、やはり知能を備えていた人食いは。

さっと動きを止める。

その時には、瀕死の筈のコルちゃんが、オスカーの背中にはいない。

更に言えば。

あたしも、元の位置にはいない。

強烈なドロップキックを食らって、巨体が揺らいだのは次の瞬間。

本達に足場を作ってもらい。

更にグナーデリングで身体能力を倍加。

奴が動いているのを観察。重心が明らかに掛かっている位置を特定し。其処に叩き混んだのである。

ぐらりと、巨体が揺れる。

あたしに触手を降り下ろそうとする化け物は、見た筈だ。

至近に降り立ったコルちゃんが。

奴の口の中に。

クラフトと、フラムを、複数束ねたものを放り込むのを。

更にそれが、吸着するのを。

悲鳴を上げた化け物から、あたしとコルちゃんが全速力で離れる。

触手があたしの足を掴もうとするが。

無慈悲に踏み砕いた。

二人揃って、岩陰に飛び込むのと。

起爆は殆ど同時。

レオンさんの槍が。

二度目の大爆発の直撃を受けて。

奴の体からはじき出され。

空高く舞うのが、此処からも見えていた。

やがてそれは地面に突き刺さる。

何度も激しい爆発に晒され焼け焦げた地面に高い音が響く。

化け物の死を告げるかのように。

 

流石にこれだけの攻撃を食らってはひとたまりもない。

煤だらけのモニカが、肩を押さえながら、びっこを引いて此方に来る。彼女は、苦笑いしていた。

「追撃戦も考えたわよ」

「想像以上に手強かったね」

「まったく、もう少し余裕のある作戦を立てなさい」

手当を始める。

最も手傷が酷かったのはジュリオさんだ。

ジュリオさんは諸肌を脱いで座ると。薬による手当を受ける。その間にあたしは、周囲に飛び散った奴の肉片を集め。更に埋まっているスペアがないかも徹底的に確認していった。

種らしいものも埋まっていたので。

全て掘り出して、焼いておく。

また、奴の体内には、巨大な球体があった。

これはあの大爆発でも破損せず。

今でも凄まじい魔力を放っている。

これは何だ。

プラフタが見に来て、そして教えてくれる。

「これは、深核と呼ばれるものです」

「何それ」

「主に強力な生物……ドラゴンに近い力を持つような生物。 それも、極めて強力な負の力を身に蓄えたネームドの体内に出来るようなものですね。 小ぶりではありますが、非常に強力な素材として活用できるでしょう」

「……つまり此奴は、ドラゴンに近い力を持っていた、という事だね」

プラフタは頷いた。

そうか。

ならば、もう少し力を付ければ。

ドラゴンを倒す事も可能になるだろう。

ドラゴンは、錬金術における重要な素材の塊だとも聞いている。勿論その戦闘力は、単独で街を滅ぼす程だが。

とにかくあたしは。

手傷を無視して辺りを調べ。

奴の残骸や、残り香がないかを徹底的に調べ。

焼いておく。

変質した寄生植物だ。

簡単に子孫を残せるとは思えないが、それでも念のため、である。

なお、喰われた人の遺物らしいものは見当たらない。

あの口だ。

丸ごと全部喰ってしまって。

そしてあの強烈な酸で。

何も残さず消滅させてしまっていたのだろう。

それであれば仕方が無い。

奴の死体を集め、燃やしながら。

あたしは黙祷した。

なお、周囲にいた猛獣どもは。

最初のあたしの空爆で逃げ散るか、もろに巻き込まれて死んだ。

今も遠くから伺っているが。

フリッツさんとレオンさんが目を光らせているので。

仕掛ける隙が無い様子だ。

モニカに呼ばれる。

「手当するわよ」

「その前に、あれも片付けておこうか」

「……そうね。 放置は出来ないわね」

まだ爆弾は持ってきている。

猛獣といっても、所詮は化け物の庇護を求めて寄り集まったような雑魚の群れ。

あたしは容赦なくうに袋を放り投げ。

広域を一気に薙ぎ払い。

焼け野原にした。

もうこれは無理だと判断したのか、逃げようとしたのもいるが。

それはハロルさんが、長身銃で背後から狙い撃つ。

いずれにしても、一匹も残さない。

どいつもこいつも人間の味を覚えていただろうし。

生かしておく訳にはいかないのだ。

動く者は、間もなく消えた。

血の臭いが濃い。

だが、此処に。

しばらく、死臭が漂うことはないだろう。

あたしも腰を下ろすと。

モニカの手当を受ける。

モニカは、目を伏せた。

「つくづく錬金術は凄まじいわね。 プラフタさん、貴方は全盛期にはアレより強いのを何度も倒していたのでしょう?」

「そうですね。 ですが、私が生きていた時代には……妙な話だと思われるかも知れませんが、ネームドはこれほど多くもなく、強くもなかった気がするのです」

「え?」

「ドラゴンや邪神については、話を聞く限り弱体化しているとは思えません。 何か、理由があるのかも知れませんね」

手当を終える。

コルちゃんが、出来るだけ早く戻りたいと言う。

ならば。死体の処理を急ぐしかないか。

奴の死体は既に燃やし尽くし。

周囲も調べて、地面の下に変な魔力がないかも確認。もしも奴の種が隠されていたとしても。

強力な魔力がなければ、あんなネームドには育たないだろう。

放置して構わない。

これに関しては、プラフタも考えが正しいと言ってくれた。

フリッツさんとジュリオさんと協力し。

倒した獣の肉と毛皮を処置していく。

大物はいなかったので、それこそ流れ作業だ。

その間、モニカとレオンさんは周囲を見張り。

ハロルさんはオスカーと組んで辺りを調べてきて。

コルちゃんは、自分用のメモで、収穫物をリストアップしていた。

こんな荒野でも、

小さな植物は生えている。

オスカーはそれらに話を聞き。

そして戻ってきた。

「ソフィー。 植物たちも、あの戦いは見ていたらしいぜ。 凄かったって褒めてたよ」

「それはありがとう。 それだけ?」

「いいや。 もうああなるとどうにもならないらしいし、死なせてあげてくれてありがとうとも言っていた」

「……」

ああなると、か。

確かにあれが、寄生植物としての本来の姿だとは思えない。

そしてプラフタの言葉も気になる。

昔のネームドは。

これほど強くなかった。

だとすると。

何だか、嫌な予感が加速する。この世界、現在進行形で、とんでも無い事が起こっているのではあるまいか。

処置完了。

完全に倒壊した宮殿を後にする。

近隣を脅かしていたネームドは、これでまた減った。

残りも容赦なく潰して行くとして。

まずは、東の街が、一段落できるようにしなければならない。

やるべきことは。

まだまだたくさん残っている。

 

3、一点の緑

 

東の街に凱旋。

ネームド、デビルホーンを屠ったと聞くと。ミゲルさんは大喜びしてくれた。

いや、これは無理も無い。

ロックにさえ蹂躙されかけたこの街である。

彼奴よりも明らかに格上だったデビルホーンを葬ったのだ。

更に言えば、残りのネームドは、どちらかと言えばキルヘン=ベルに近い位置にいる。少なくとも、東の街の敵は、当面飢餓だけになる。勿論匪賊対策も考えなければいけないが、連中の戦闘力はネームドとは比較にもならないほど低い。あたしが作った爆弾で対策は充分にできる。

それだけでも、どれだけプレッシャーが減るか。

宿は粗末なものしかないが。

戻って一日はゆっくり休む事にする。

その間、何人かが来て。

あたしは薬を出して、対応をする事になった。

どんな病気も治るほど、流石に万能の薬は作る事が出来ないが。

側にプラフタがいるので。

どういう症状で。

何をすれば治る、というのはすぐに特定出来た。

それだけでも、治療法は大体見当がつく。

手当をし。

そして頭を下げて帰って行く街の人達を見送る。

あたしは。

そもそも、こういった治療だけでも。才能がなくても出来るようになれば、ずっと違うだろうにと。

思ってしまうのだが。

その怒りは。

今、ぶつけようがない。

不機嫌なまま寝床に横になっていると。

プラフタは言う。

「ソフィー。 不機嫌なようですが」

「いつもの理由だよ」

「そうですか……」

「ねえ、プラフタ。 さっきのプラフタも、凄く機械的に対応していたように思えたんだけれど」

黙り込むプラフタ。

別にいじわるをするつもりはなかったのだけれども、これは地雷を踏んだかも知れない。

プラフタとの関係は有益だ。もしも怒らせたのなら、関係修復を考えないといけないか。そう思い、憂鬱になるあたしだが。

だが、しばしして。

プラフタは。悔しそうに言った。

「記憶はまだ曖昧で、朧な部分も多いです。 ですが、今の言葉が、何か心に刺さったのは事実です。 私は誰かを治療できなかったのか、それとも手遅れになるまで気づけなかったのか……分かりません」

「そう。 プラフタでも、そんな事があったんだね」

「私が万能だったら、どれだけ……」

やはり記憶が不完全なのだろう。

プラフタは苦しんでいるようだが。

理由は分からない。

本人にも分からないのだ。

あたしに分かるはずもなかった。

いずれにしても、外で空気を吸ってくると言って、プラフタは出ていったが。本がどう空気を吸うのかはよく分からない。まあ、気分的な問題なのだろう。外の空気に触れると、気分転換くらいにはなるのかも知れない。

あたしは寝ることにする。

あいにくだが、どちらかというとあたしは精神が壊れている。

それもいわゆるサイコパスの方向に、である。

プラフタも普通の人間とは精神構造が違っている所があるが、それでも周囲と協調は出来るタイプだ。

あたしの場合は、致命的な所から壊れているので、いつ爆発するか分からないし。自分でも最悪の場合は制御出来ない。怒りたくて怒っているわけでもない。相手に悪気がないことが分かっていようが、関係無い。そういうものなのだ。

だからプラフタの助けになる事が出来るのは、物理的な意味で、だ。

精神的な意味でプラフタに寄り添えるのは、モニカとか、まともな奴だろう。ただ、あれは正直な話。

相当ヘビイな経験をしている筈だ。

寄り添うつもりが、一緒に地獄の底まで引きずり下ろされなければ良いけれど。

あくびをして。

そのまま寝る。

朝には、プラフタは戻ってきていた。

 

朝日がまぶしい。

顔を洗い。

着替えると。

外に出て、軽くストレッチをする。

そのまま、オスカーを見に行く。

案の定。あたしより早く起きていたオスカーは、もう緑化作業を始めていた。

せっせと全自動荷車を使って川の水を汲み。

植物の世話をし。

土地を耕している。

手伝おうかと聞いてみると。

あの辺りを耕してくれと言われたので、その通りにする。

土を耕して、空気を入れ。

そして、満足する。

既に乾いた土地には、充分な魔力が通り始めている。これならば、すぐにでも植物が繁茂するだろう。

勿論、根付くまでは世話をしなければならないが。

「ちょっと苗が足りないなあ」

「キルヘン=ベルに取りに戻る?」

「いや、おいらは此処を離れられない。 今が一番大事な時期なんだ。 植物の専門家というと、かあちゃんか。 ちょっと頼んで、幾つか苗を貰ってきてくれると嬉しいな」

「いいよ。 それくらいなら」

どのみち、行き来はするつもりだったのだ。

それに、オスカーが言ったのは、その辺の雑草の苗では無い。森の中心になる木や、森の初期段階を作るために必要な低木のものだ。その辺の荒れ地に生えている苗では駄目だし、当然専門知識もいる。

ジュリオさんとモニカに声を掛けて、帰り道の護衛を頼む。アトリエに戻るまで、少し急ぎで三日。

デビルホーンを殺して回収した素材をコンテナに入れ。

薬や爆弾を補充。

更に、オスカーに貰ったメモ通りに、八百屋で苗を貰い。

中間報告をホルストさんに実施。

少し忙しいけれど、まあこれくらいはどうということもない。ホルストさんは、デビルホーンを仕留めたという話をすると。喜んでくれた。

「人間ばかり好んで捕食するあの化け物を、良く倒してくれましたね。 この近辺では、恐らくノーライフキングを除くと最強のネームドだった筈です。 これで、かなり安全度が上がりましたよ」

果たしてそうだろうか。

だが、それは敢えて口にしない。

いずれにしても、報奨金を受け取る。

これでかなり生活が楽になる。

実は、此処に戻る途中、商人の隊列を追い越した。以前より商人が来るペースが上がっているらしい。

そうなってくると、もう少し納品しておいた方がいいか。

東の街にとんぼ返りする前に、コンテナに在庫として残しておいた爆弾と薬類を、全てホルストさんに渡しておく。

とりあえず、現状は手元に置いていても使い路がないし。

それならば、キルヘン=ベルの外貨獲得手段にした方が良い。

物資もこれで更に簡単に入手できるはずで。

現時点では、キルヘン=ベルが東の街のような惨状になる未来は見えない。

というよりも。

今回の件で確信したが。

しばらくは、更にキルヘン=ベルにネームドが集まることになるだろう。

此奴らを叩き潰しつつ。

ノーライフキングも滅ぼす。

つまり、である。

毎度毎度、あんな苦戦をしているわけにはいかない。

そろそろ、生半可なネームド程度なら。

苦労せず、蹴散らせる程度の実力は、身につけておかなければならない筈だ。

すぐにキルヘン=ベルを出る。

振り返ると。

街の周囲の畑や森が。

以前の倍に拡がっているのが、良く実感できた。

新しく作っている市街地も、順調に建物が増えていて。

きちんとお金も回っている。

この様子なら、ドロップアウトして匪賊になる者もいないだろう。

東の街に苗を持って移動すると。

其処も、かなり緑が目に見えて増えていた。

数日でも、植物は成長するものだ。

特に雑草に関しては、かなり成長が早い。オスカーはどこで捕まえてきたのか、もう地面に虫を入れ始めているようだった。

「苗持ってきたよ」

「おう、ありがとう。 後はおいらがやっておくよ」

「じゃ、何かあったら声を掛けて」

流石に、とんぼ返りしてきたあたしに、そのまま働けという気にはなれなかったのだろう。

ミゲルさんが来て、オスカーと何か話している。なお、畑の方は、少しずつ街の人間が耕し始めているようだ。

彼らにしても、畑仕事は素人では無い。

気付いたのだろう。土地が蘇っていることを。

ひょろひょろの作物しかなかった畑が、明らかに活力を取り戻している。

ミゲルさんがこっちに来た。また頭を下げられる。

「ソフィー殿。 毎度すまないな」

「いいえ。 此方としては、出来る事を手伝うだけですよ」

「この恩は必ず返すつもりだ。 困ったときには声を掛けて欲しい」

「ありがとうございます」

ミゲルさんは何というか、生真面目すぎて苦労するタイプだ。あたしが化け物同然の精神を心の奥底に宿していて。

いつ炸裂してもおかしくない爆弾だとは、想像も出来ないのかも知れない。

この人は私財をはたいて食糧に変えて、難民に渡したという話だけれども。

或いは余力がある世界だったら。

民のために暴動とかを起こしたりしていたのかも知れない。

あたしが、あくまでキルヘン=ベルの長期戦略のためにこの街を豊かにしているのであって。

この街の人達の幸せとかを願っているわけではないと、この人は理解していないだろう。

勿論積極的に不幸にするつもりもない。

ただし、誰も彼もを幸せにしようかと思うわけでもない。

匪賊は躊躇無く消毒するし。

あたしの荷物を盗もうとしたら、殴るくらいじゃ済まさない。

もっとも、ロックの襲撃からこの街を救い。

今も、現在進行形でこの街を救っているあたしに非礼を働くアホは流石にこの街にはいないが。

街を見回り、問題のある箇所を確認。

防護壁が壊れていたので、モニカに声を掛けて、修復する。

グナーデリングを着けて腕力が倍増しになっているモニカである。石材もひょいひょい運んでくれるので、簡単に修理ができた。ただ、細かい部分は削ったりしなければならないので、あたしがやる。

全体的に手直しがいると感じたが。

多分これ、直すとなると全部やらないと無理だろう。

その辺りは、食糧問題が解決してから、ミゲルさんにやってもらうしかない。

防護壁の上に上がって、周囲を確認。

問題のある場所をチェックしていく。

以前ロックとの戦いをした時、防護壁については地図を作ったので、それを元に問題箇所を作成。

ミゲルさんに手渡しておいた。

更に、家も見て回る。簡単に直せる場所は、直しておく。

この辺りの文化では、基本的に煉瓦、石材、後は土壁が普通だ。木材も使う事があるが、それはどちらかというと高級な家になる。

キルヘン=ベルは、おばあちゃんのおかげで木材を使った家も存在している、という状態で。

この街は、土壁の家が珍しくもない。

この場で錬金術は出来ないが。

軽い土木作業だったら簡単にこなせるので、家の人に声を掛け、必要があったら修理をしておく。

これらも全て恩を売るためだ。

後は、足りていない薬などを幾らか譲っておく。倉庫に行くと、コルちゃんが在庫をチェックし終えていた。

結果は、悲惨の一言だった。

「装備類は駄目ですね。 匪賊と同レベルの装備しか出来ない状態です」

「ああ、この街の様子ではそうだろうね。 爆弾や薬は?」

「この間のロック襲撃で爆弾類はほぼ枯渇。 支援物資で渡した分しか残っていないのです。 保存食に関しても、これを見てください」

コルちゃんが出してきたのは、一応カウントはされているらしいが。

口にはしたくないような、何年前のものか分からない燻製。

この間ロックを仕留めて、その肉を街の人達に振る舞ったが。

それも大半を既に食べ尽くしてしまった様子だ。

「これは、とてもではありませんが、数字通りには帳簿を読めないのです」

「うーん。 とりあえず、全チェックをお願い出来るかな」

「今やっているのです。 八割ほどは終わっています。 それで残り二割を好意的に見積もっても、食糧の備蓄は三割方駄目になっているのです」

「……」

腕組みして考え込んでしまう。

これはひょっとして。

ロック襲撃の際に救援依頼を受けたけれど。

あの時には既に、色々な意味で手遅れだったのではあるまいか。

ミゲルさんも、役人としてプライドがあるだろう。

いや、状況から考えて。

倉庫を細かくチェックできる時間があったとはとても思えない。

せめて数字に強いホムが一人でも常駐していて。ミゲルさんの補佐役でもしていれば、話は違ったのだろうが。

「穀物類は」

「幸い虫の類は沸いていないのです。 ただかなり古い穀物が目立つのです」

「仕方が無い。 ちょっと食糧調達に行くか……」

「お願いしますのです」

肉の味は落ちるが。

近場には、幾らでも猛獣がいる。

フリッツさんに状況を説明。

ミゲルさんも呼んで、事態について説明した。

倉庫のチェックを帳簿上でしか出来ていなかったミゲルさんは。やはりと、悔しそうに呟く。

帳簿上の数字と。

倉庫内の実態が。

一致しないケースはよくあるのだ。

キルヘン=ベルでも、それは同じで。

おばあちゃんが彼処まで発展させる前は、ほぼ似たような有様だったらしい。

基本的にラスティンでは、役人を街に常駐させない。錬金術師が発展させた場合は特にその傾向が強い。或いは住民の要望がない限りは役人を常駐させない形態を取っているのだけれども。

これは、各地の街の自治を重視するというよりも。そもそも税など取り立てている余裕が無いからだ。

特に辺境になると、税収よりも、軍隊を動かす方が金が掛かってしまう。

そのため、査察のための人間を派遣するのに止めている。

不思議な事に、これで上手く行ってしまっているのだが。

理由はよく分からない。

ただ、理由としては。

各地の都市が、独立国家を作ろうにも、無理だという事情もあるのだろう。

襲い来る匪賊や、ネームド、ドラゴン、それに邪神。

最悪の場合は、ラスティンに軍の支援を要請しなければならないわけで。

それでも対応出来ない場合は無理。

こんな状態で、独立国家なんぞ作っても、文字通り砂上の楼閣になる。

それに不思議な事に。

この査察の人間が、非常にまともだと言うこともあって。

それぞれの街が、賄賂の要求などに泣かされたという話は、少なくとも聞いた事がないと。ホルストさんに聞いた事がある。又聞きだが、嘘を言う事は考えにくい。

何かが、裏にあるのだろう。

だが、それが故に。

各地の都市では、顔役に真面目で数字に強いホムを加入させるか。それとも余程しっかりしている人間が管理しない限り。

こういうことが起きてしまうのだ。

ミゲルさんは真面目だが。明らかにこの街で起きたことは、彼のキャパを完全に超えてしまっている。

責めるのはあまりにも無体である。

「ソフィー。 周辺で獣狩りをするか」

「そうですね。 組織的にやりましょう。 それと、駄目になってしまっている穀物と干し肉は、此方で引き取ります」

「ソフィー殿、そのようなものをどうなさる」

「錬金術で変質させて、肥料にします。 土地の活性剤だけでは、周辺の土地を回復させきれるか分かりませんので」

ないものをあると言っても仕方が無い。

幸い、畑が復活したことで、食糧源は確保できている状態だ。数ヶ月ほど頑張れば、黄金の麦穂が頭を垂れる。

噂に聞く風車などがあれば更に楽になるのだけれど。

あれはラスティンでも首都に近い、しかも公認錬金術師がいる場所にしかないとか聞いている。

あたしも研究してみるとしても。

まだ作るのは先の話だ。

フリッツさんが提案。

「二手に分かれよう。 私はこの街の自警団員を連れて、周辺の獣を狩る。 この間の一件で、匪賊はあらかた駆除したが、まだこの街周辺にはかなりの数の猛獣が屯しているからな。 それらを片付けると同時に、食糧に変える」

「それなら、あたしは引き取った古い食材を錬金術で肥料に変えてきます」

「ソフィー、交渉を私とコルネリア君でやる。 少し待っていてくれるか」

「分かりました。 交渉の間、代わりにあたしが自警団と一緒に獣を狩ってきますよ」

フリッツさんは頷いた。

そして、追加で説明してくれる。

フリッツさんがいうには。

流石にただ働きが過ぎると問題になるという事で。古い食物を肥料に変える際に、その内何割かをキルヘン=ベルで引き取る、という事にしたいらしい。

なるほど、それも道理か。

こういう所は、流石にお賃金を貰って、傭兵をしているだけはある。ホルストさんも、この辺りの手腕を見込んで、彼に大金を払っているのだろう。

もし世界にもっと人間がいて。

食べるものに余裕があったら。

或いは、独立して王様とかになったりするタイプかも知れない。

だが今の時代はそんな事をする余裕も意味もない。

だから、彼のような人間も、血なまぐさい地獄を周囲に作らなくて済むのだろう。

交渉はフリッツさんに任せて、あたしはコルちゃんを呼びに行く。

いずれにしても、多分半日くらいは空くことになるだろう。

二ヶ月を見込んでいたが。

この様子だと。

下手をすると、更に一ヶ月は。

この街とキルヘン=ベルを往復することになるかも知れない。

コルちゃんが、交渉を始めるのを横目に。

モニカに声を掛け。自警団員の半分ほどを集めて貰う。レオンさんとハロルさんにも来て貰う。

実は、この東の街でも。

自警団の規模は、十数名程度と。人口が一気に増える前のキルヘン=ベルとほぼ同規模。守りにフリッツさんとジュリオさんを残して。威力偵察がてら獣を狩りに行くくらいなら、半分を連れていっても大丈夫だろう。

プラフタにも来て貰う。

せっかくだから、周辺をどう開拓していくか、意見が聞きたい。

彼女はもっと悲惨な状況から。

街を豊かに開拓していった経験を持っているのだから。

自警団員の内、動けそうな面子を見繕って、すぐに出る。装備がかなり貧弱なのが気になるが。

彼らもこの過酷な荒野で生きてきたのだ。

半日程度の狩りで、音を上げるほどヤワでは無いだろう。

魔族はいないが。その代わり獣人族の割合はキルヘン=ベルよりも多い。

年老いて、引退間近のヒト族戦士が指揮を執っているようだが。彼に何かがあったらかなりまずい。

彼は魔術も使えるようだし、残って貰う。

皆の指揮はモニカに任せる。

あたしは、作った道具類の試験や、自分の力の確認をしっかりしておきたい。

街を出て、南を見ると。

低木や草がすくすくと育ち始めている。

元気がなく、荒野に雑草が生えているようだった畑も。

青みが増して、働いている者達も気合いが入っている様子だ。

荷車は二つ持ってきているので、これがいっぱいになるくらい収穫はしたいが、まあ半日だし、そこまでは流石に期待出来ないか。

穴場については、地元の人間の方が詳しいはずだ。

獣がいる場所に、案内して貰う。

見ると、かなり大きな猪がいる。

何か食べているが、鹿か何かだろう。

雑食の猪は、荒野でもかなり多くの数を見かける獣だ。草食動物にとっては脅威だが、キメラビーストなどの猛獣にはただのカモ。その代わり、繁殖力を武器にして、生態系でのニッチを占めている。

余程の素人でもない限り遅れは取らないが。

それでも、倒せれば多くの美味しい肉が手に入るのだ。

モニカが、事前に決めたハンドサインで指示。

さっと周囲に展開、とまではいかないが。それでも、ハロルさんが想定される退路に銃口を向け。レオンさんが別の退路を塞ぐ。

鶴翼に展開した自警団メンバー数人。

あたしは念のために砲撃準備。爆弾はもったいないので使わず済ませたい。

詠唱を終え、準備完了とハンドサイン。

頷くと、猛然とモニカが突貫。

気付いていたらしい猪が、顔を上げ。

俊敏に牙で抉ろうとするが。

それを残像を作ってかいくぐると。

モニカは既に、剣を鞘に収めていた。

頸動脈を切り裂かれた猪が、竿立ちになり。

倒れる。

身体能力が上がると言う事は。

早さも上がると言う事だ。

グナーデリングの身体能力強化が如何に凄まじいか。今の動きだけでも明らか。モニカも、ふうと嘆息して、額の汗を拭っていた。

身体能力を強化する分、集中力も消費するらしい。

すぐに持ってきていた枯れ木をくみ上げて。

レオンさんと自警団員で猪をつり上げ。

あたしが拡張肉体を頭上に飛ばし、周囲の警戒を行いながら。猪を捌き始める。

「流石」

「このグナーデリング、凄いわね。 自分の力だとは思えないわ。 猪も、バターみたいに斬れた」

「猪程度が相手なら、モニカならそれくらいして貰わないとね」

「……そうね」

此処にいるメンバー全員を合計したくらいの重さはある猪である。なかなかの良い獲物だ。

捌いて肉に変え、燻製にして行く。

腹が減っているメンバーもいるようなので、その場で焼いてある程度は食べてしまう。肉の解体が終わると、すぐに次の狩りに。今度は鹿が取れたが。囲むまでもなく、ハロルさんが銃撃して一発。獲物の頭が吹っ飛んでしまったので、ハロルさんが苦々しげに口元を歪めた。

「ネームド対策に火力を上げたんだが、狩りにはオーバーキル過ぎるな」

「まあまあ、肉そのものは取れますし」

「……そうだな」

その調子で、丁度半日で、大小八頭の獣を仕留めて、街へと戻る。

街にはまだ食糧が充分に行き渡っていない。先に仕留めたばかりの獣は、皆の活力になるだろう。

丁度交渉と文書締結が終わったようなので、後はフリッツさんに引き継いで。あたしは駄目になった食糧を引き取る。

かなりの分量があるから、何往復かしないといけない。

此処からは、食糧の引き取りと、道中の護衛はモニカとレオンさん、ハロルさんと先の自警団メンバーに任せ。

帰りに肥料化した分を、東の街に運んで貰う形で、ピストン輸送開始だ。

プラフタに帰路で意見も聞くが。

それでも問題ないだろう、という応えが帰ってきた。

「古くはなっていますが、痛んではいない分だけマシです。 肥料としては、そこそこ良く仕上がるでしょう」

「それより、この街の復興についての意見を聞かせてくれる?」

「フリッツはよくやっていますし、ミゲルは責任感もあります。 後は、おかしな人間がいつの間にか復興の主導を握るような事態だけを避ければ問題は無いでしょう」

「……ふうん?」

アトリエに到着。

肥料の作成にすぐに着手する。その間、モニカ達には次の物資を輸送して貰う。モニカ達が往復して戻ってくる頃には、作業は終わっているだろう。

錬金術としてはそれほど難しくないとプラフタは言う。

頷くと、あたしは。

結局少し長引くかも知れないなと思いつつ。

まずは釜を蒸留水で洗う所から始めた。

 

4、暗影

 

細かくきざんだ古い食材を、中和剤と一緒に釜で煮込む。

中和剤は蒸留水から造り。

釜で煮込みながら、中和剤を途中で何度か足す。

栄養としては充分だが。

人間が口にするには厳しい。

異臭がするほど酷くはないが。

直接触るのもあまり好ましくない。

雑音が聞こえる。

抵抗は感じない。

しばらくした所で、釜から降ろし。

おばあちゃんが残したレシピを見ながら、薬草を加える。薬草と言っても、傷を治すものではなくて。肥料の栄養分を高めるものだ。

そして混ぜる。

温める際も、温度は人肌程度に保ったが。

混ぜる時も、冷ましすぎないように、あたしが書いた魔法陣の上で行う。混ぜている間、変質していくが。

抵抗は殆ど無く。

流れるように、変質は進んでいった。

やがてガスが出始めるので。

窓を開けて、外に出す。

あまり良い匂いがするガスではない。

「此処から発酵させます」

「うん」

プラフタが言う通り、今度はまた熱を上げて。

先に作っておいた、ゼラチンを加える。

このゼラチンには、事前に土を入れていて。

土の中に本来ある、栄養となる要素が加えてある。

コレを混ぜ。

一気に発酵を進めるのだ。

なお途中でプラフタに説明を受けたが。

有益な場合は発酵。

有害な場合は腐敗で。

本来二つは同じものだそうだ。

チーズなどは発酵。動物などが死んで腐るのは腐敗、というわけである。

臭いがかなり出るが。

並行作業で、どんどん順番に作業を進めていく。

徹夜の類はしない。

ここしばらく、ネームドとの戦闘もあったし。街道を散々歩き回った。体にダメージが結構来ている。

無理をせず、眠れるタイミングで休む。

発酵を進めた液体を。

今度は固形化する。

こうすることによって、肥料として使いやすくするそうである。

一連の作業では、殆ど抵抗は感じず。

最終的に出来上がったキューブ状の肥料に対して。プラフタは51点をくれた。最初に作ったので51点なら、まずまずだろう。

第二陣をモニカが運んできた頃には。キューブ状の肥料が充分に出来ていた。

「見た事がない肥料ね」

「細かくきざんで、地面に撒くだけで大丈夫だよ。 出来れば埋めた方が良いかな。 ただ、運ぶ際は風雨にさらさないで」

「分かったわ。 すぐに運ぶわね」

「よろしく」

東の街の自警団と一緒に、モニカが完成品を運び出していく。

窓は開きっぱなし。

家の中に、臭いが籠もるからだ。

アトリエの中を見た自警団の面々は、不思議そうに色々な道具を見ていたが。手を止めるなと指揮官をしているらしい中年の獣人族に言われて、すぐに動く。彼は咳払いすると、頭を下げた。

「部下が無礼をした」

「いいえ。 本当はみんな錬金術を使えれば、こんな面倒はないんですけれどね」

「そう、だな……」

「肥料、きちんと活用してください」

頷くと、指揮官らしい獣人族の戦士は、モニカに従って荷物を運んでいく。

さて、釜の様子は問題ない。

少し休むか。

ぼんやりと休憩を取っていると。

いつの間にか夜に。

良い感じに仕上がっているので、すぐに釜の中身を火から下ろす。しばらくこの作業が続くだろう。

出来れば薬や爆弾も作りたいが。

東の街が、血を出すような思いで放出した物資だ。

まずはこれを仕上げるのが先である。

しばし作業をしていると。

プラフタが言う。

「何か言いたいことがあるのですか、ソフィー」

「少し前から思ってたんだけれどさ、プラフタ」

「何ですか」

「ネームドが明らかにキルヘン=ベルに集まって来てるよね。 あれ、偶然じゃないでしょ」

黙り込むプラフタ。

最初あたしは、何かしらの人的要因では無いかと思っていた。

だが、どうにもそうとは思いがたい。

例えば深淵の者などが暗躍しているケースも想定したが。

本当にそれだけだろうか。勿論深淵の者が悪さをしている可能性も高いが。それだけではないように思えてきたのである。

気になるのは。

プラフタの時代に比べて、今の時代の方が、人間は遙かにまとまっている。

錬金術師の質も上がっている。

邪神も討伐され、余程タチが悪い奴以外は数も減っている。

ドラゴンも、討伐は相応にされていると聞く。

それなのに、人口は増えていると聞かない。

それが一番不可解だ。

「ひょっとしてだけれど。 ネームドが強くなったのって、邪神が討伐されたのが原因だったりして」

「どういう意味です」

「あくまで仮説なんだけれど。 誰かが、それも人間より上位の存在か何かが、人間の数を保とうとしているんじゃないかってね」

「……」

プラフタは無言だ。

あたしは更に続ける。

「ずっと昔は、更に過酷だったらしいけれど、それでも人の数は減っていなかったし、繁栄している都市もあったんでしょう? それはやはりおかしいよ。 この間も、高位のドラゴンに街が幾つか滅ぼされる事件があったし、人間を間引こうとする意思が何処かで働いているんじゃないのかな」

「それは、私も想像したことがありませんでした」

「想像したことも無い」

「?」

意外だ。

あたしが思いつく程度の事だ。

どうしてプラフタが思いついていない。

安易に深淵の者のせいだとは思えないし、考えにくい。

だとすると。

凄く嫌な予感がする。

ひょっとしてこの世界は、もっともっと巨大な何かタチが悪いものの掌の上にあるのではないのか。

作業に戻る。

あたしも錬金術には慣れてきたが、慣れれば慣れるほど、この神秘の御技が、繊細で神経質だと悟ることになる。

そして、技量がつけばつくほど。

雑音も酷くなる。

外に出て、空気を吸う。

そして、唐突に、側にあった岩を魔術砲撃で吹き飛ばしていた。

「黙れ……」

聞こえる雑音は止まない。

あたしは、力を増すに比例して。

どんどん病んできている。

自覚はあるが。

どうにもならなかった。

 

(続)