血塗られし祖

 

序、開示される闇

 

アダレットとラスティンの中枢部に潜り込んでいる者達を除き、深淵の者幹部全員が魔界に集まる。

定期報告のためだ。

少し前から実用化された、上位次元から干渉してドラゴンを一方的に葬る道具が完成したこと。

それによる戦果。

強力な魔力を膨大に含んだ素材を簡単に回収出来るようになったこと。

これらは大きな成果だ。

500年。

深淵の者が結成されてから、ほぼそれだけの時間が経過している。正確にはもっと前から存在していたのだが、錬金術師ルアードによってまとめられ、今のような秩序ある組織に変わったのはその時だ。

魔術ではドラゴンには勝てない。

機械でも。

これは、多くの者達が実施し。そして己の屍と共に立証してきた事だ。

ドラゴンとは何なのか。

邪神と違い、上位次元からの干渉には無力だが。

世界には常に同数が存在し。

そしてこの世界のバランスを、狂いながらも保とうとしているらしい、という事は分かっている。

実のところ、ドラゴンを効率的に狩る事が出来るようになってからも、人口は目立って増えていない。

ある街では増えても。

別では減る。

また、ある程度人が増えた街に、突如邪神レベルの実力を持つドラゴンが襲来し、焼き払っていく。

公認錬金術師でさえどうにもならない程の力を持つドラゴンも。

中には存在している。

そういった連中が、何故いるのか。

大量のサンプルを入手できたことは、実に幸運。

深淵の者に所属する錬金術師達が解析を進める中で。

同じく、深淵の者に所属する学者が、興味深い報告を挙げてきた。

現在87歳と高齢のヒト族だが、アンチエイジングの錬金術処置は受けていない。腰が曲がった老婆だ。

老婆といえどその頭脳は未だに衰えを知らず。

魔女と言えば、このような姿をしているのでは無いかと言うローブを着込み。

鷲鼻にぎらついた目と。

非常に威圧的な姿をしている。

手にしているふしくれた杖。

そして滾るように溢れる魔力が。

彼女が魔術師であり。

この年でも、魔術を使わせると魔族ですら中々いないほどの使い手であることを証明していた。

彼女は錬金術の才能は持たない。

しかし魔術の専門知識と。何より膨大な書籍の管理で。

深淵の者では「新参」でありながら。幹部としてその人生の大半を組織と研究に捧げてきた存在である。他人にも厳しいが、それ以上に自分に厳しい事でも知られていた。

「世界中の神話および古代の文書を検証した集大成の結果が出ましたので、報告をば」

魔王の膝元にいるアトミナとメクレットに。

老婆、シャドウロードはしわがれた声を放つ。

この老婆の声そのものに強い魔力が含まれていて。

抵抗力がない者は、それだけで屈服してしまうほどだ。

魔声、とでもいうべきものだろうか。

「聞かせて貰おうかしら」

「ははっ。 今まで、この世界の歴史については非常に謎が多く、始まりすらいつか定かでは無い事は、此処にいる皆様方がご存じかと思います。 この婆めが集めた膨大な書籍を調べても、統一性がまったくなく。 頭を悩ませていたのですが。 終生を掛けて膨大な書籍を調べた結果、ある結論に達しました」

「うむ、言ってくれるかい」

前置きが長いのは仕方が無い。

何しろこの老婆。

六十年以上も、或いは実地で調査し。書籍を読みふけり。

何を思ってか、錬金術によるアンチエイジングをしなかったものの。

この魔界に、あまりにも膨大な情報を、ジャンクも含めて集めて来た功労者だ。その血を吐くような努力は、最初期からの幹部でさえ敬意を払っている。

「この世界が「出来上がって」から、まだ3000年程度しか経過しておりませぬ」

「何……たったそれだけか」

「間違いございません」

たったの3000年。

老婆はなおも言う。

「しかしながら、ある意味3000年というべきではないのかも知れません」

「具体的に聞かせてくれるか」

「はい。 地質学などの分野からも調査した結果、この世界は明らかに数十億年を経た大地の上にありまする。 しかしながら、およそ3000年ほど前に、突然我々。 ヒト族、魔族、獣人族、ホムが。 招かれるように出現しているのでありまする。 正確にはその文明が、ですが」

「へえ……」

興味深いと、アトミナが呟く。実際問題、創造神が迫害されていた人間達をこの世界に招いた、という神話は各地にあり。多くの人間が共有する認識である。神話ではあるが、ほぼ間違いなく事実だろうとも言われている。メクレットは無言で続きを促した。シャドウロードは頷く。

「この年数を割り出すのに、本当に苦労いたしました。 何しろアダレットとラスティンに散っている様々な資料で、それぞれ好き勝手な歴史が書き記されているものでしてな」

「……続けよ」

「はい。 残っている最も古い文書によると、「創造の神は我等を救われた」という文字が残っておりまする。 これらの文字は、現在使われている「統一語」とは別のものにございます」

「そうなると、神話の通り、「救いを求めた」我等の先祖を、創造神がこの世界に招き寄せた事は間違いないと」

老婆は静かに頷いた。

だが、その説には大きな問題がある。

イフリータが挙手。

魔族の中でも深淵の者最古参の幹部であり。

思想的には最も鷹派という言葉が近い彼は。創造神を憎みぬいている。

反発も当然だろう。

しかしながら、その彼でさえ、地道な調査に生涯を捧げたシャドウロードには敬意を払っている。

故に口調は決して荒々しくは無かった。

「だが、救いを求めたとしてだ。 その前に我等はどのような世界にいて、何をしていて、何に迫害され、或いは絶滅に追いやられ、この世界に来たのだ。 我等は魔族と前の世界でも呼ばれていたというのが定説だが、それは何故だ。 我等人間のどの種族にも、その記憶どころか記録さえない。 定説はあっても、真実と結論出来なかったのはそれが故だ」

「分かっております。 それが最大の謎でありました。 しかしながら、ある文書を見つけました」

その文書とは。

統一語の前に使われていた文字から。

統一後に変化していく過程を記されたもの。

そしてその過程が明らかにおかしいというのである。

老婆は言う。

「神話には、創造神が統一語を授けた、とありまする。 しかしながらこの文書をご覧ください」

立体映像で表されたのは。

古い古い文書。

彼方此方欠けているし、朽ちかけている。

その文書の途中から。

不意に統一語に切り替わっているのだ。

「何だこれは……」

「ただの悪ふざけかと思いましたが、この文書の前半と、統一語に切り替わってから、文法が一切混乱していないのでありまする。 これが指し示すことは、この婆めには一つしか思い当たりません」

「聞かせてくれ」

「すなわち、我等の思考や記憶などは、創造神によって書き換えられたのでありましょう」

愕然とする皆。

だが、物証があるのだ。

確かにそう解釈するのが正しい。

しかしながら、疑念も残る。

アトミナが挙手。

「わざわざ報告すると言う事は、何かまだ掴んでいるのでしょう?」

「ええ。 此方の文書をご覧ください」

「統一語前の古文書か」

「はい。 此処の単語が、なかなか解読できずに苦労しましたが。 しかしながら、時間を掛けてどうにか解読できました」

その単語の意味は。

醜い奴ら、である。

書いたのは、どうやらヒト族の者らしく。

文書の内容をシャドウロードが読み上げていくと。

皆、憤然と立ち上がった。

それには、ヒト族の「学者」を称する者が、魔族や獣人族を、ヒト族より「醜く劣っている」「気持ちが悪い」などと書き連ね。徹底的に尊厳を侮辱する言葉が並んでいたのである。

現在では考えられない話だ。

社会からドロップアウトした存在はいる。

匪賊となった者達だ。

醜いと言われ迫害される個もいる。

事実、それを嫌と言うほど側で見てきた。

異種交配を避けるためか、別種族の体に生理的嫌悪感を抱く場合はある。獣人族がヒト族に対するそれなどが有名だ。しかしながら、獣人族がヒト族そのものを侮辱しているわけではない。むしろ直線的な思考しかできない自分達よりも、優れた発想を持つヒト族に、彼らは敬意を払っているほどだ。

今の時代は。

人間は、皆共通の言語を使い。

それぞれ足りないものを補いながら、過酷な世界の中で生きている。

種族単位での対立は存在しない。というよりも、タブー中のタブーだ。

更に皆を怒らせたのは。

次の言葉だった。

「我等だけが神の寵愛を受けるに相応しい」

「何たる傲慢! この学者を自称する愚者の魂を探し出して引き裂いてくれる!」

「待ちなされ」

シャドウロードが、別の文書を出してくる。

それも立体映像によって皆の目に触れるが。今度は統一語に変わっていた。

「魔族は夜に優れた力を発揮するが、日中には力を発揮しきれない。 この辺りは、生活時間帯をカバーしあって、この荒野で生きていかなければならないだろう。 獣人族は力こそ強いが、若干思考が直線的だ。 ヒト族で補助すれば、更に優れた戦力として荒野の猛獣どもを打ち払える。 ホム達の手先の器用さは素晴らしい。 彼らなら、私の想像通りのものを造り出せるかも知れない」

「何だこれは」

「本当に同一人物が書いた文章なのか」

「筆跡を調べた所間違いございませぬ。 当たった専門家が全員同一人物だと断言しておりまする」

老婆の言葉に誰もが黙り込んだ。

そして、咳払いしたシャドウロードは。核心となる言葉を吐いた。

「人種差別」

「何だそれは」

「どうやらそう呼ばれる悪しきものが、創造神が皆を書き換える前には存在していたようなのです。 あの学者の言葉も、統一語前の醜い発言の数々も、全てはそれに起因するもののようで。 そして驚くべき事ですが、これを全ての人間が持ち合わせており、それぞれの種族でさえ一枚岩では無く、互いに「人種差別」をしていた模様です」

「俄には信じられぬ。 我等人間は互いに足りぬ処を補い合い、そしてようやく荒野で生きていける程度の生物でしかない。 あの忌まわしい創造神に何かされる前は、そのような愚かしい生物だったというのか」

呻いたのは、ティオグレンである。

誇り高き獣人族の、特に最強を謳われるケンタウルス族の首長である。

勿論誇りの中には、弱きを助け強きを挫くものもある。

想像以上の衝撃を受けているのは当然と言えるだろう。

「どうやら、想像よりも創造神がやっていたことは面倒なようね……」

アトミナがぼやく。

メクレットが顎をしゃくると。

今度は、ホムの一人。

深淵の者の幹部としてもかなり古参の、アルファが前に出た。

ホムは性別が他の人間種族からは見分けづらいのだが、アルファは男性である。なお、左目と右手がない。

匪賊に殺され掛けた時に失ったのである。

喰われたのだ。

ヒト族や獣人族の匪賊にとっては、ホムはごちそうだ。力が弱いし、肉を美味しいと感じる者も多いそうだから。

故に、匪賊に掴まったらほぼ助からない。

連中にしても、荒野に暮らしているのだ。獲物を捕らえたら食べてしまわないと生きていけないわけで。

ホム達は匪賊をこれ以上もないほど怖れる。そして向いていないからか、匪賊にはほぼならない。

ごく希に高い身体能力を持つホムもいるらしいが。性格的な問題なのか、匪賊には殆どならないようだ。

アルファはそんな世界で匪賊に掴まり。腕を切りおとされ。目玉をえぐり出され。喰われた。家族に至っては、生きたまま解体され、喰われるのを間近に見た。救出が間に合わなければ、多分アルファも全部食べられてしまっただろう。

特に残虐な匪賊に掴まったわけでは無い。

この世界の匪賊とはこのようなものなのだ。

再生手術を受けるかと何度か話が振られているが。全てアルファは拒否している。

どうやらアルファにとっては、不完全でいい加減な世界に対する怒りを保つためにも。この不自由は「必要な」ものらしかった。

ただ、義手はつけている。それも、意図的に不自由で、醜くしてくれと頼む徹底ぶりである。失った目には、敢えてそう分かる赤い義眼を入れていた。ホムに赤い瞳を持つ者はいないのだ。

アンチエイジングを受けているから若々しいが。それ故に、逆に痛々しい姿は目立つ。

「此方からも報告なのであります」

「聞こうか」

「此方はシャドウロード殿とは別の結果です。 しかしながら、ある意味一致しているかもしれません」

「うむ」

シャドウロードと違い、アルファはこの世界そのものを「物質的に」調べてきた存在である。シャドウロードも地質学は調べているが、少し方向性が違い。痕跡などから文明について探ってきたのだ。

ホムの中には錬金術を使う者がいるが、アルファはその一人。

そして、多くの子孫を敢えて残して、世界中に間諜として散らせている。現時点で、深淵の者の「息が掛かった」商人の内、七割はアルファの子孫である。ただしそのネットワークは複雑で、「息が掛かっている」事に気付いていない者も多い。

つがいを作る事は他の人間種族に比べると比較的珍しいホムだが。経済的な条件などが整い、子供を作るとなるとたくさん作る。繁殖方法が他の人間種族と根本的に違い、性欲という概念そのものがほぼないらしいが。それはそれとして、ホムは子供を作るとなると徹底する。価値観の違いとはそういうものなのだ。

「此方の研究成果によると、人間の生活痕跡は、どうやら3500年前程まで遡る事が出来るようなのです。 しかしながら、先ほどの話との差異になる500年。 この空白期の情報が、徹底的、偏執的なまでに消し去られています」

「創造神の仕業か」

「恐らくは。 統一語前に使われていた言葉も、殆ど3000年前の前後、つまり変換期のものしか残っていません。 その前にあった文明は、あらかた消去されている、と見て良さそうです」

「……なるほど。 貴重な情報、感謝するよ」

二人が礼をし、下がる。

咳払いすると、アトミナは皆を見回した。

「今後創造神を叩き起こす事は確定として。 問題はますます奴の目的が分からなくなってきた事ね」

「確かに。 一体我等に何をしたのか、どうしようとしたのか……」

「いずれにしても、その人種差別なる悪行を我等の先祖が行っていたとは。 恥じるべき事でありましょう」

イフリータが悔しそうに言う。

彼も、シャドウロードの言葉を疑っていない。

当たり前の話で。

イフリータはシャドウロードがまだ若い頃から一緒に各地を回る手伝いをし、フィールドワークも書類集めも、ラスティンが建造している巨大図書館へ足を運ぶ手伝いも、全てしているのである。

勿論全ての任務に同行していたわけでは無いが。

シャドウロードが人生を掛けて「世界」を調べていたことは、イフリータも良く良く知っている。

だからこそに。その結論を否定するような真似は出来ない。

ヒュペリオンが前に出る。

「計画は、このまま変更無しでよろしいのでしょうか」

「どういう意味かしら」

「今回、お二人の提示した情報によると、この世界に、創造神に我等が何かしらの理由で招かれたとして。 招かれた当初は、想像を絶するほどに愚かだったようです。 現在でも油断するとすぐに腐敗する政治や自己の利益のみ考えて弱者を踏みにじる商人ども、我欲のまま跳梁跋扈する匪賊どもをみてもとても賢いとは言えませんが。 もしも下手に創造神を刺激すると、想像を絶するカオスが到来する可能性があるのでは」

「その場合は、創造神を我等で制御すれば良いだけだ」

メクレットの言葉は、普段アトミナに追従してから喋る穏やかなものではなく。

強い信念に満ち。

その場の全員を黙らせるだけの迫力があった。

ヒュペリオンが頭を垂れ、そして会議は解散になる。

アトミナが、肩をすくめた。

「シャドウロードの研究も、アルファの研究も、嘘だとは思えないわね。 さて、どうするかしら」

「先も言ったとおりだよ。 何もする事に変わりは無い」

「そうなると、計画は進展させるとして。 プラフタはどうする? あの様子だと、まだ記憶が戻るには時間が掛かるわよ」

「気長に待つさ。 ソフィーは才覚こそ怪物級で、最終的には僕達やプラフタを超えるかも知れない。 だが、今はまだ、一人前になったばかりの錬金術師だ。 公認錬金術師の下の方くらいの実力はあるかも知れないが、世界を積極的に、ダイナミックに変えていくほどの力は無い」

時間は、いくらでもある。

くつくつと笑うアトミナとメクレット。

そして二人は護衛を伴い、魔界を出る。

少しばかり、やる事があるのだ。

寺院の側に出る。この近くに最近ある化け物と呼んで良い存在が住み着いたが、それについてはまあどうでもいい。

魔界に侵入は出来ないし。

した所で瞬殺である。

それよりも、護衛を連れて出向く先がある。

ちょっと大がかりな錬金術をやるので、下見をしなければならないのである。

素材などは揃っている。

錬金術をする人間もいる。

後は、時を待つだけだが。

ぼんやりしているのも芸がない。

幾つか、こなしておかなければならないだろう。

今後、プラフタの記憶回復を待って、最終的な作戦に移行するわけだが。その時、プラフタは此方の行動を見てどう思うか。

理解し合えるのか。

その自信が無い以上。

打つ手は全て打っておく。

それが最低限の前提だった。

 

1、収束点

 

グラビ石の生成に成功したけれど、色々と問題はまだ大きい。あたしはグラビ石を使って、色々な事を実施しながら、そう考えていた。

まず実施したのは、グラビ石を使った道具の考案である。

そもプラフタにグラビ石を教えて貰ったのも、全自動荷車を使用する際、荷物を運び入れるのと、運び出すのは結局人力である事を指摘されたからである。

かといって、全自動荷車は現時点で充分な機能を備えている。

あまりにも多機能を盛り込みすぎると、今後必要な拡張性を損なってしまうし、使うのも難しくなる。

ついて来いと言えばついてくる。

止まれと言えば止まる。

人は轢かないし障害物は避ける。

あの荷車を使う人間が子供や老人などの非力な存在である事を考えれば、それで充分なのである。

余程の都会であれば、子供を働かせなくてもやっていけるかも知れないが。

此処は辺境。

自警団がしっかり見張りをしていなければ、匪賊や猛獣がいつ攻めこんできてもおかしくない場所だ。

当然経済をしっかり回して、皆にお金が回るように考えて行かなければならないし。その過程で、子供にも老人にも、相応の労働をして貰う。

一番まずいのは、飢えて動けなくなることで。

これは隣街でも、他の場所でも。

実態を見ている。

ああなることだけは避けなければならない。

ましてや錬金術と言う大きな力を得た今。あたしはキルヘン=ベルの重役の一人としてカウントもされている。

である以上、細かい所まで考えて。

街の発展にダイレクトに貢献できるものを作っていかなければならないのだ。

幸いにもというべきか。

コルちゃんに複製して貰ったグラビ石は、プラフタが最高品質と断言するほどの出来であり。

これを削ったりした欠片だけでも、相当な応用が出来る。

ただ問題は、グラビ石はそもそも放置していると、空の彼方に飛んで行ってしまうという事で。

これに関しては欠片も例外では無い。

今、あたしの側に浮いている、プラフタとよく似た赤い装丁の本。これも、装丁の部分にグラビ石から削りだした破片を入れて変質し、浮く魔術の負荷を軽減しているが。実際に上手く行くまで、かなりの調整が必要になった。

最近ではコルちゃんの所に行くと、彼女は真っ青になる。

グラビ石を複製するのが相当な負担だとは聞いていたが。

余程に体にダメージを与えるのだろう。

まあ、こればかりは手持ちでどうにかしていくしかない。

今考えているのは、グラビ石を利用して、ものそのものを軽くする事だが。しかしながら、これをどうすればいいのか悩ましい。

最初に考えたのは布を使う事。

布にグラビ石を仕込み、これで物資を包むことだが。

尖った物資を掴むときに手や布を破損しやすいこと。

更に布を放置すると飛んで行ってしまうことが問題になる。風など吹こうものなら、貴重な道具が空の彼方だ。

かといって、魔術で浮遊を制御するようになると、今度はこれはこれで手間がいる。もうグナーデリングによる身体能力強化で良いのでは無いかと言う疑念も上がって来てしまう。

しかしながら、グナーデリングは能力の底上げをするものであって。

元々非力な老人や子供、ホムの力が二倍になった処で、多寡が知れている。

其処で、色々悩んだ末に。

今考えている道具が、目の前にあるものである。

細長い石材を三つ組み合わせたものなのだが。

三節棍のように、それぞれがつながっている。

長さはそれぞれが均等ではなく。

地面に固定する部分が一番長く。

途中は非常に短い。

そして先端部分は長さを調整する事が出来、二つ目と先端で、土台の石材と丁度同じ長さになるようにしてある。

この先端部分にグラビ石を用い。

更に意思を仕込む。

吸着で重い物資をこの先端部分にくっつけ。

グラビ石の重さを無くす機能を使って重い物資を持ち上げ。

そして運ぶ。

つまり、積み降ろしを自動でしてくれる道具だ。

使う際には、まずはこれを運ばなければならないが。まあ重さに関しても、其処まで大変では無い。

最初に設置さえしてしまえば。

積み降ろしは全部自動でやってくれるようになる。

ただ、当然のことながら制御が難しい。

石材に意思を持たせる事そのものは別に難しくは無い。今までも、さんざんものに意思を宿らせ道具は作ってきた。

問題はその後。

吸着によるものの持ち上げ。更に荷車や人間を傷つけないようにする制御。そして降ろろしてから吸着を外すという稼働。

これらにかなり高度な制御が必要なことが分かった。

例えばマイスターミトンや友愛のペルソナは、魔術を代理で詠唱して展開するだけなので、ある意味とても簡単である。

グナーデリングにしても、命令はあまり多く無い。

だがこの全自動積み降ろしは。

複雑な作業を幾つもこなさなければならない。

もしもこれらの作業を命令で実施する場合、側に人が一人つかなければならない上に。命令も順番にしていかなければならない。

つまり、かなり複雑な手順を「覚えなくては」ならないため。

誰でも使える状態ではなくなる。

実際、命令をして動かす状態にまでは、比較的簡単に持っていくことが出来たのだが。

これを全自動でやるとなると。

相当にハイレベルな制御が必要になる事が分かり。

与える意思についても、複雑化する事になる。

となると。意思が変な風に作用することなども考えなければならない。

錬金術師が昔意思を与え、自動的に本棚に戻るようにした本が野生化し、防衛機能を使って人を襲う。

それは実際に起きている事故であり。

プラフタを見た戦士が、大体剣に手を掛けるのも。

それら危険な「意思の暴走」を起こしたものを見ているからだ。

プラフタに意見を聞いてみると。

彼女は少し考え込んでから言う。

「これは今までとは桁外れに難易度が高い戦略物資です。 これを作れるのであれば、何処の街でも錬金術師として歓迎されるでしょう」

「そっかあ。 じゃあどうにかしないとね」

しかしながら現実問題として。

そう簡単にはいかないのも事実である。

そもそも上手く行っていたら、とっくにレシピまで完成している。試作段階の処で躓いているから、こうなっているのであって。

だがそれでも。

なんとか成し遂げたい処ではある。

しばし考え込んでいたが。

それならば、吸着部分を柔軟に動くようにしたらどうだろう、という結論に達する。

現時点でも、重い荷物を積み降ろしする時に、石材の一部が吸着するのだけれども。その機構をもう少し複雑堅牢にして見てはどうだろう。

先端部分の少し手前に。

ちょっと長めのロープを接着する。

石材を脆くしてしまっては意味がないので。

ロープを四本。

巻き付けて、その先端部分に変質させたグラビ石を埋め込んだ石材を入れる。ロープの両端は自由に動くようにする。

つまり八本の触手と石材の先端部分が。

それぞれものの重さを失わせ。

更に吸着するわけだ。

この工夫に三日掛かったが。

ものに意思を宿らせることは、思いついてしまえば出来るようになっている。

塗料と中和剤。

更に錬金術での変質を経て。

石材の先端と、八本の触手で。

自在にものを掴み。

持ち上げることが出来るものが出来た。

後は、物資を自動認識し。

地面に何かしらの理由で貼り付いてしまっている等の理由で、持ち上げられない場合は警告する仕組み。

持ち上げた物資と荷車を認識するための目。

荷車にぶつからないように、物資を移すための意思。

更には人間にぶつからないようにするための判断力。

これらを、順番に。

プラフタと相談しながら、レシピ化していく。

かなり複雑な模様を石材に書き込まなければならず。

縄は更に複雑になった。

また、土台になる石材。

関節部分。

いずれも頑強さが要求される。

当たり前の話で、一回や二回荷物を積み降ろしすれば済む話ではないのだ。

それこそ工事をする場所によっては。

一日数百回は積み降ろしをしなければならないだろう。

しばらく考えた後。

取り替えができるようにする事。

更に、関節部分には防御魔術を常時展開して、摩耗を抑えること。この二つをしっかりと盛り込む。

こうして、三週間掛けて。

他の調合も進めながら。

戦略物資、自動荷物積み降ろし装置が完成した。

だが、現時点では出来ただけである。

最終的には、この装置も。

極めて単純な命令だけで動くようにする。

設置。

こう命令することにより、グラビ石を利用して重心を固定し。その場で倒れたりしないようにする。元々石材を使ってどっしりしたつくりにしてあるので、かなり安定はしているが。

魔族と獣人族が蹴りを入れたくらいの衝撃でははじき返せる程度の防御魔術も掛けておいた。安定さえすれば、後は強度に気を付ければ大丈夫だろう。それと、地面が脆かったり水平ではない場所では使わないようにするために、まず自分が水平か、足場が大丈夫かを判断し、そうでない場合は警告する機能も入れた。

続いて積み込み。

これは石材に書かれた顔の方に荷車と荷物置いた後。

積み込み、と命令することで自動実施してくれる。

実験を家の前でするが。

触手を八本に増やしたのは正解だった。

出来るだけ荷物を崩さないように。

かなり器用に動いて、荷車に積み込んでくれる。

重い石材も。

袋に包まれた物資も、である。

ただ、軽いものに関しては、人力で積み込んだ方が早いという事もあって。わざわざこの全自動荷物積み降ろし装置を使うまでもあるまい。

また重すぎる石材を荷車に積み込もうとする場合。

掴んだ時点で、警告を発するように設定もした。

更に積み降ろしも同じようにする。

この場合、顔が向いている方に荷物を積み降ろす。

基本的に、荷車を向こうに。

荷物を手前に、というルールが必要になるが。

それだけを覚えてしまえば大丈夫だ。

更に設置解除。

こうすることで、地面から剥がして、持っていくことが出来るようになる。

作る際には複雑だが。

使う人間が覚える事は少ない。

まず顔が描いてある向きに対して、手前に荷物、向こうに荷車。

命令は基本的に積み込みと積み降ろしの二つ。設置と設置解除は作業終了時に、作業の監督か何かがやればいい。

荷物が重すぎる場合は警告が出る。

人にぶつからないようにも動く。

更に基本的に細かすぎる物資は、人力で積み込む方が早い。

とりあえず、これで使う人間が覚える事は最小限になったし。

更に関節部分、触手部分は交換も可能になった。

ただしこれは、物資としては非常に大がかりなものになる。戦略物資としての利用が大前提になるだろう。

使い方にしても、現場で二つ、或いは三つ使うのが基本になるか。

荷車に、荷物を積み込む場所で一つ。

積み降ろしをする場所に一つ。

それぞれ配置することで。

工事を円滑かつ、スムーズに行う事が出来るはずだ。

だが問題は、これの意思が暴走した場合で。

今回のこの道具は。

複雑な意思をかなり繊細なバランスでコントロールしている。

扱いには注意が必要だ。

大人が腰を痛めたり、或いは魔術師が浮遊の魔術を掛けて回ったりするような大荷物を、持ち上げなくても良くなる反面。

この装置に無理をさせることは厳禁、となる。

一応、それぞれの細かい命令や意思伝達が出来なくなった場合、動かなくなる機能もつけたが。

無茶をさせるとすぐに壊れるようでは駄目だ。

完成後も三日ほど掛けて丁寧に見直しを行い。

細部の細部まで調整した。

ただ、その調整を行っている段階では。

かなりの人数が、アトリエに見学に来ていたが。

ソフィーが何か大がかりなモノを作っている。

そういう噂が流れていたらしい。

まあアトリエは小高い場所にあるし。

アトリエの前であたしが何か良く分からないものをずっといじくっていれば、また何か作っている、と判断する方が普通だろう。

とりあえず、満足するものが出来たので。

レシピに起こす。

今までに無いほどの、長大なレシピになった。

また、かなり大量の物資。更には塗料も必要になってくる。

これは、もしこのレシピを読んだ錬金術師がいたとして。

再現できるかなと。

少し不安になった。

プラフタはレシピを覗き込むと。

しばし読み込んだ後。

唸る。

「とても独創的で面白い道具ではありますが。 少し機構が複雑すぎますね。 事故が起きないように、色々と検証作業を重ねた方が良いでしょう」

「しばらくは試作品扱いにする?」

「不具合については、恐らくは機構の破損以外では起きないでしょう。 レシピの完成度は私から見てもかなり高いと言えます。 ただ、機構が複雑で、その破損が起きる可能性が高いのが不安です」

「それなら、ガチガチに防御魔術掛けようか」

世界に満ちている膨大なマナ。

自動で魔術を展開するように意思を持たせる事は可能だ。

しかしながら、関節部分の動きが少し悪くなってしまうかも知れない。

其処だけは気を付けないといけないか。

プラフタはしばし考え込んだ後。

アトリエの前で、一週間ほど試運転した後、お披露目会に出すように、という条件付きで、レシピを認めてくれた。

試行錯誤したレシピだ。

駄目だと廃棄するのは非常に心苦しい。

一週間まるまる費やしてしまうのは時間的なロスが痛いが、これは錬金術の専門家であるプラフタの言う事を聞くしか無いか。

仕方が無い。

とにかく、ひたすら荷物の積み込みと、積み降ろしの作業を、家の前で実施させる。いずれにしても、薬も爆弾も、今まで作った戦闘用のアクセサリ類も、幾らでも必要で。作れば作るほど街のためになる。

時々アトリエの外に出て、全自動積み降ろし装置の状態を確認。

設置と設置解除の具合を確認するためにも。

押したり引いたりもして見る。

また、関節部分のダメージも時々確認。

いずれにしても、それほど問題らしい問題は起きていない。

関節部分もほぼ痛んでいない。

問題は触手に使っている縄だが。

ニスと塗料でガチガチにガードしてあるので、多少の風雨くらいにはびくともしない。ただこれは最初から消耗品と割り切っているので、他のパーツが十年くらい使えるとしても。

触手部分は一年に一回くらいは交換が必要だろう。

交換そのものは簡単なので。

これはさほど問題ない。

ばらしてオーバーホールすることも。

レシピに設計図を書き込んでいるので、多分後発の錬金術師にもできる筈だ。

フリッツさんがアトリエに来る。

面白そうな道具を動かしているという話を聞いて。

野次馬に来たらしい。

迷惑だと追い払うのは悪手だ。

今後もこの凄腕には、常に先陣を切って貰いたいのだから。

「動くところを見せてくれないか?」

「構いませんよ」

丁度そうしようと思っていた所だ。

荷車に石材を積み込み。

積み降ろす。

そのやり方を説明すると。

フリッツさんは大まじめに考え込んだ。

「サイズによっては、大型の都市の城壁構築などにも応用できそうだな」

「そういったものを見た事がないので、何とも言えませんが」

「そうだな……」

フリッツさんが説明してくれる。

人口が万を超える都市。例えばラスティンで言うと首都ライゼンベルグだが。周囲を分厚い城壁で覆われているという。

この城壁は魔術による防御と、錬金術による自動迎撃機能が付けられており。

生半可なドラゴンなど簡単に追い返すくらいの力があるのだとか。

それはそうとして。

高さや具体的な分厚さ。

それに時々破損する際の修理などについて、説明を受ける。

なるほど。

そうなると、この自動積み降ろし装置の、更に巨大版が必要になってくるかも知れない。

「そういった道具は使っていないんですか?」

「いや、基本的に錬金術師も魔術師も動員されるが、もっと小規模な道具ばかり使っているのを見かけるな。 良くてものを浮かせて運ぶくらいだ。 貧民が汗水垂らして、命の危険もある石材運搬をやっている」

「ふむ……興味深いですね」

そうなると。

プラフタが言う通り、あたしの実力は客観的にも一人前であり。

この道具を大型化することで。

仕事の省力化を図れるかも知れない。

危険な仕事はこの装置に任せて。

その分の人手は、他に回せば良い。

今の時代。

やることはいくらでもある。

丁度キルヘンベルでも城壁の追加と移設を行い始めているのだけれども。

緑化する予定地の最辺縁に城壁を新しく作り。

途中都市区画にする予定の場所には、石畳と、住居建築予定地を、縄張り(文字通り縄を張って区画を決めておくこと)し始めている。

連日皆働いている訳で。

アトリエから見ると。

忙しく行き交っている全自動荷車が、毎日見えるほどである。

「現時点で、これの耐用年数は10年を予定しています。 この触手部分だけは、1年で取り替えなければなりませんが」

「そんなに保つのか!?」

「素材を変えればもっと保つでしょう。 これは普通の石材ですが、例えばインゴットに変えて錆を止める工夫をしたりすれば……」

ただしその場合。

コストも跳ね上がる。

さっきフリッツさんが言っていたような超大型のものになると、豪商の屋敷が建つくらいのお金が簡単にすっ飛ぶはずだ。

現在の人類の都市は。

最大規模でも人口十万。

これはアダレットとラスティンの首都がそれぞれこのくらいで。

万単位の人間が住んでいる都市は、十を超えない。

それくらい、各地の都市は小さいのだ。

フリッツさんが言うような超大型自動荷物積み降ろし装置は、少しばかり現実的ではないかも知れない。

故に作られないのだろう。

少なくとも、現状の世界では、作るメリットが一つも無い。

「コレに似たものは、見た事がありませんか?」

「いいや、流石にこれは独創的だ。 ものを浮かす道具は時々見かけるが」

「分かりました。 それならば、当面はこれの量産を視野に入れます」

「それで充分すぎるほどだろう。 石材の運搬は兎に角悲惨な労働だ。 これがあれば、どれだけの人が助かるか分からない」

フリッツさんは傭兵だ。

各地を回って仕事をする。

それこそ、キルヘン=ベルのように安全を確保されている場所だけではなくて、もっと危険な所も散々廻っている筈で。

その言葉には重みがある。

それから二日間、耐用実験を続け。

プラフタの許可が出た。

レシピをプラフタに書き込む。

最近は、殆ど碌な記憶が戻っていなかったから、今回もあまり期待していなかったのだが。

プラフタは、不意に黙り込むと。

しばし、話しかけないでくれと言い出した。

どうやら、これは久々に大きな事を思い出したらしい。

あたしも、精神が不安定な身だ。

他人が苦しむことについても分かる。

だから、プラフタが話してくれるまでは。

放っておこうと思った。

 

その夜。

大きな道具を完成させた達成感に、気持ちよく眠って。夜中に目が覚めて、水を飲んでいると。プラフタが声を掛けてきた。

「ソフィー。 体の調子は大丈夫ですか」

「うん。 もうすっかり」

「そうですか。 出来れば、あのような無茶は二度としないで欲しいのです」

「どうしたの急に」

死ぬ前のプラフタが子供だとは思えない。

時々大人げない言動はするが。

それでも、恐らくは成人していたはずだ。

プラフタは世界でもトップレベルの錬金術師だったようだけれども。それでもいくら何でも十代で錬金術の頂点を極められたとは思えない。

それが、急にこんな言葉を掛けてくるとは。

この世界では。

人が簡単に死ぬ。

街を出たら、もう其処には死が大きな口を開けて待っている。

街にいたとしても、錬金術師がいなければ。

飢餓と病気、貧困と獣の襲撃に、怯えなければならない。

そしてプラフタは。

ろくな幼少期を送っていないというような事をいっていた気がする。

それに本になるなどと言う事は。

恐らく碌な最期も迎えなかったのだろう。

それに、500年前と言えば。

アダレットとラスティンの二大国家がまだまとまっておらず。

今以上の混沌が世界を覆っていたはずだ。

今では、辺境でも、キルヘン=ベルのようにある程度まとまっている都市はあるが。当時は、とてもそうだとは思えない。

つまり、死など見慣れていたはずで。

ドライな精神をしていなければ、むしろおかしかっただろう。

「ソフィー。 この世界に未来はあると思いますか?」

「ないね」

「即答ですか」

「だってそりゃあそうでしょう」

500年掛けて。

少しでも世界はましになったか。

一応、混沌の度合いは低くなっただろう。

だが、それだけだ。

アダレットとラスティンのどっちかが潰れでもしたら。即座に以前以上の混沌が到来するだろうし。

錬金術師だって、腐敗していないのがおかしいのだ。

今、一人前になったばかりのあたしが、これだけの影響力を持っていることからだけでも分かるように。

錬金術と言うものは、文字通り神の御技だ。

どうしてか今は、公認錬金術師制度が上手く行っていて。

錬金術師は世界のために働いているけれど。

500年前はそうではなかったという話だし。

そして何より。

今の状態でも。

この世界はどうにもできない状態なのである。

例えば怪物級の天才が登場したとする。

その天才が、錬金術で世界をダイナミックに改革したとしよう。

それこそ、あたしが緑化した土地など比較にならない面積を、一気に豊かにし。どこでも森が出来。畑にする事が出来。

美しい花々が咲き誇り。

獣は穏やかで。

ドラゴンは暴虐を振るわず。

邪神と呼ばれている神々さえ。人間に理解を示し、それぞれの力を世界のために振るうようになってくれるようになったとして。

その究極の錬金術師が腐敗したら。

この世は終わりだ。

つまるところ、この世界ははじめの一歩からして躓いてしまっている。

創造神がやる気をなくしてしまっているのだ。

だからこんな荒野ばかりが拡がっている。

本来土地に宿っている生命力さえ。

ネームドの猛獣や、邪神どもに奪われてしまっている。

そんな世界の。

何処に未来があるというのか。

「それでは、現在はあると思いますか」

「うーん、そうだね……」

現在にグレードを落とせば。

どうにかあるかもしれない。

例えばあたしは、今キルヘン=ベルのためにせっせと働いているし。隣街の負担も減らそうと頑張っている。

東の街の惨状はよく分かっている。

だからキルヘン=ベルの拡張事業が一段落したら、東の街で負担し切れていない貧民を受け入れるのには賛成だし。

力がついていけば。

もっと大きな範囲を緑化し。

そして世界を豊かにして行きたいと思っている。

だが、あたしの力は其処までだ。

使っているのは神の御技。

錬金術。

だが錬金術を使うのは、あくまであたしという病んだ人間だ。

あたしが壊れた場合。

その後には何が残る。

プラフタがいうには、あたしは相当な才覚の持ち主らしい。この若さで、此処まで伸びる錬金術師はいないそうだ。

だが、あたしのおばあちゃんがそうだったように。

錬金術師は選ばれた存在なのであって。

誰もがなれるわけではない。

もしも錬金術を、例えば手順さえ間違わなければ誰でも使える、というものだったのであれば。

それは世界の未来を切り開く力になったかもしれない。

だが。今の世界の錬金術は。

選ばれた存在のためだけに存在している。

不愉快極まりないが。

それが事実だ。

故に、現在をどうにか維持することが出来ても。

それは薄氷の世界の話で。

どこかにほころびが生じたら。

この不安定な世界は。

一瞬で崩壊してしまうかも知れない。

「なるほど、そういうことですか。 貴方の見解は」

「うん。 それがどうかしたの」

「それでは更に問います。 未来を作れるようにするには、どうしたら良いと考えますか?」

「世界の根本から変えないと駄目だね」

ずばりと、あたしが指摘する。

これは持論でも何でもない。

ただの事実だ。

前にフリッツさんに聞いたが。創造神は実在しているという噂があるとか。強力な邪神が跳梁跋扈しているのである。創造神がいてもおかしくない。

ならば、まず最初にするべき事は。

その創造神の尻をけり跳ばして。

やるべき事をやらせる事だ。

この世界の現状維持は。

奇蹟の技を使う錬金術師がいてもやっと。

そもそも、この世界全体に影響を行使できる創造神がいるのだったら。

そいつが怠けているとしか思えない。

それとも、何かしら理由があってこのような世界にしているのだとしたら。

叩き起こして、せっせと働かせる。それ以外にはないだろう。

「方法次第では、未来はあるかも知れない、という判断で構いませんか? ソフィー」

「その方法が難しすぎて、どの錬金術師の手にも余ると思うけれど」

「……実はずっと考えていたのです。 今と同じ問答を誰かとして。 そして私は、その誰かと決別したように思うのです」

何となくぴんと来た。

ひょっとしてだが。

プラフタは。

「未来を取るか現在を取るかで、誰かと戦いでもしたの?」

「……強烈な記憶として蘇りました。 その時の強い哀しみが、今も心を締め付けているようです」

「そっか……」

「私は、未来はいかなる時でも考えなければならないと思っています。 ソフィー、貴方は、未来の可能性は限りなく細いとは言いましたが、それでも可能性そのものは否定しないのですね」

少し考える。

あたしは、そこまで前向きでは無いけれど。

何かしら活路があるのだとしたら。

やるべき事は、抜本的な解決だとも思う。

あたしがどんだけ頑張ったって。

おばあちゃんと同じ事を。

より広範囲で出来るかもしれない、というだけだ。

恐らく錬金術を極めれば、アンチエイジングなども出来るだろう。神々と同じ、永遠に老いず、そして戦い続けられる体を手に入れる事が出来るかも知れない。

だが。それでも。

この世界そのものを。

根本的に変えることなど、更に更に遠い。

同じ神でも、普通の神と創造神では。

それこそ、立っている場所が違うのである。

「その道は、いばらの道というのも生やさしい、悪夢の道だと思うけれど」

「一つだけ、心当たりがあります」

「!」

「賢者の石というものを知っていますか」

聞いた事がある。

おばあちゃんが、良く言っていた。

錬金術における究極の目標。

それはあらゆるものに応用可能な、究極の「それ」。

ある時は不老の霊薬に。

ある時は神々を切り裂く武器の素材に。

ある時はドラゴンを瞬時に消し飛ばす神の爆弾に。

それぞれ姿を変えうる、究極なる個。

これを作り出す事が出来た錬金術師は、歴史上ほとんど存在せず。ましてや高純度の賢者の石となると。

それは記録にさえ、残っていないという。

「賢者の石は何故に万能の個であると思いますか」

「うーん、理論さえ分からないから、何とも」

「それは、賢者の石が世界の構成要素の根本たる、「1」だからです」

何となくプラフタがいいたことが分かってきた。

つまりだ。

「最高純度の賢者の石を完成させることが出来れば、創造神に本当の意味でアクセス、つまり交渉の場に引っ張り出せる?」

「可能性はあります。 創造神の真意を聞き、そしてもしも説得して翻意させることが出来れば」

ふむ。面白いかも知れない。

だけれども。それは現時点では現実的では無い。

あたしにはそこまでの腕前は無い。

何よりも、賢者の石とやらを作るのに、どれだけの超高度な素材が必要になるのか、見当もつかない。

ただ、プラフタの言いたいことは分かった。

このままどれだけ頑張っても、所詮は現状維持。

そしてある一点が崩れたとき。

この世界は猛獣に蹂躙された小石の山のように。

一瞬にして壊れさるだろう。

「分かった。 目標として、考えて見るよ」

「……ありがとう、ソフィー。 今の私には、口惜しい事に自分で錬金術を行う肉体がありません。 せめて口だけではなく、体も動かせれば」

「それについても、少しずつ考えて行かないとね」

改めて、寝ることにする。

この世界の未来か。

もしもそれを変える事が出来るのであれば。

あたしも、このくだらない命を賭けてみる価値が、あるのかも知れない。

プラフタの言う事も。

そして対立していた相手の言う事も良く分かる。

あたしが思うに、恐らくその対立していた相手というのは。プラフタがどうしても思い出せない、竹馬の友、比翼の存在だった人だろう。最終的に致命的な決裂が起きて、殺し合いになって。

そしてプラフタは本になった。

推測に過ぎないが、多分これは間違っていないはずだ。

プラフタほどの錬金術師だ。恐らくは、相手も無事にはすまなかっただろう。多分相討ちになったとみて良い。

だが、プラフタは本として、今もいる。

だったら、ひょっとして。

少し考え込む。

だが、まだ状況証拠が揃わない。

これ以上考えるのは。

色々と、材料が揃っても遅くは無い。そう思って、あたしは思考を閉じたのだった。

 

2、拡大

 

全自動荷物積み降ろし装置のお披露目会を実施。

既に存在を知っている重役も多かったようなので。その性能と。全自動荷車を組み合わせた際の有用性を知ると、やはり皆喜んでいた。

「これで荷物の積み降ろしの負担が半減どころかゼロになる。 しかも訓練などしなくても、単純な命令で全自動で実施してくれる」

「重要な戦略物資になるな。 今実施している防御壁の移動作業にも、すぐに投入したい程だ」

「この二つであれば、即座に納入できます。 ただしアーム部分の耐用期間は1年。 本体の耐用期間は10年程度です。 壊れる寸前になると自動警告を発しますので、その時には使用を中止してあたしに連絡をください」

「うむ」

ホルストさんは、さっそく二つの全自動荷物積み降ろし装置を引き取り。他の重役と話しながら、運んでいった。

追加納入の話は後ですると言う。

あたしもついていく。

現場できちんと動くか、確認しておきたいからだ。

街の南。

まだ緑化作業を進めてもいない地点がひとつ。

これは新市街地の予定地区。此処を挟んで、南北二箇所で緑化が進められている。主導しているのはオスカーだが。現時点で既に緑の絨毯が拡がっていて。畑を耕す作業も開始されているようだった。

もう一つは、街の現在の市街地の、更に北。

石材を積み上げている箇所がある。

普通の石材だったら、別にあたしが集めてこなくても、いくらでもある。ナーセリーの近辺から切り出してきても良いし。他に穴場はいくらでもあるのだ。

石材の加工は、それぞれ専門の人間がやる。時々ロジーさんも手が空いたときには手伝っているようだ。

そして組み立てられる状態になったものに番号を割り振り。

全自動荷車に乗せて、南側に運ぶ。

本当は緑化作業を全て完遂した後、畑も含む街全体を包む防護壁も作る予定なのだが、今はまず人間が住んでいる場所を守る防護壁を作るのである。

既に測量などは済んでいて。

石壁を積み上げる作業が始まっている。

荷車から石材を降ろす作業を丁度今やっているのだが。

ホルストさんが、大喜びしていた。

「これは凄い」

全自動積み降ろし装置が、アームで掴むと。大の大人でも汗を流しながら運ばなければならない石材が。冗談のように簡単に荷車から降りる。

勿論そこから防壁にするために、石壁に積み上げなければならないのだけれども。

それは非常に繊細な作業なので。

流石に自動化は出来ない。

ただこれも負担軽減できないかなと、見ていて思う。

しかしながら、そればかりは難しいだろう。

全自動積み降ろし装置とは、また別次元の難易度になってくる。

「ソフィー。 コレは素晴らしい。 戦略物資として、更にもう幾つか欲しい所ですね」

「分かりました。 もうレシピは出来ていますので、増やす事はそれほど難しくありません」

「頼りになります。 それともう一つ。 緑化作業が一段落したら、少し頼みたい事があります」

はて。

あたしをご指名とは何か。

現時点では武装にしても街の発展貢献にしても、充分な事をしている筈だが。そうなると、東の街の貧民受け入れの件か。

此処の作業の手伝いについて聞くが、これ以上は大丈夫と言われる。まあ、あたしが此処で更に働いたら、此処で働いている人達の仕事と、それ以上に賃金を奪ってしまうか。

この世界は貧しい。

見たところ、今の時点では、過剰な労働は行われていない。

悲惨な状態になると、それこそ倒れそうになりながら、疲労困憊の労働者が死んだ目で行き交うそうだが。

少なくともこの街で。

そういう場面はない。

肉体労働は最小限に抑えられているし。

非常に重い石材などは、魔術を使える面子が手伝ったりして、かなり負担を減らしながら積み上げている。

それも、負担が大きかった積み降ろしは、今自動化された。

これ以上、あたしが此処にしゃしゃり出るのは、むしろ良くないだろう。

一度アトリエに戻る。

そして、ぼんやりしていると。

モニカが来た。

「またゴロゴロして」

「少し休ませてよ。 お披露目会のために、突貫工事でもう一個作ったんだから」

「あれは確かに凄いけれど。 ほら、掃除するから」

「はいはい」

アトリエの外に出て、其処で壁に背中を預けてぼんやりする。

モニカは黙々と掃除をしてくれたが。

不意に、アトリエの中から、話しかけてくる。

「ソフィー。 東の街の件は聞いている?」

「前に寄ったとき悲惨な状態だったし、新しく人員受け入れするって話なら前に聞いたけれど」

「そう、ならば最新の情報を教えておくわ。 どうやら食糧が足りなくなりそうだと言う事よ」

「!」

それは。

大事だ。

前に難民を受け入れた時に、色々ごたごたしていた。50人の難民を此方に押しつけたのも、現実問題として、今住んでいる住民の食糧がなくなるからだ。

そして前に東の街を見に行った時。

家ももてず。

地べたで死んだようにぐったりしている人を何人も見た。

食糧が足りなくなるというのは、「満足に食べられない」事を意味していない。

老人や子供など。

労働力にならない人間を食糧としなければならなくなる事を意味している。

悲惨な食糧事情の街になると、時々あると聞いているが。

確かにあの有様だと。

考えられない話ではない。

かといって、キルヘン=ベルだって、食糧が膨大に余っているわけではない。

勿論、東の街も、ラスティンに支援を要請しているだろう。

だが、この間、北の方の街がドラゴンに襲撃された騒ぎの余波がまだ残っている筈で。

とてもではないが、迅速な対応など期待出来ないだろう。

とりあえず、貧民を可能な限り早くキルヘン=ベルに受け入れる。

畑の生産能力を上げる。

この二つは必須だ。

更に、自警団は周辺を周り、食糧となる獣を積極的に狩らなければならなくなる。

どういうわけか、荒野には獣が際限なく沸く。

ドラゴンと同じだ。

狩れば狩るほど食糧は得られるが。

基本的に獣は自衛能力を備えている。

自警団がどれだけ頑張っても。

損耗はするだろう。

あたしが作ったマイスターミトンと友愛のペルソナ。それにグナーデリングを標準装備としても、である。

ましてや、街の規模が拡大している今。

人員を派遣して、東の街を援護する余裕は無い。

今は街の周辺から一掃されたとはいっても。

匪賊どもが此方を狙っているのは、現在進行形の事実なのである。

「それでモニカはどうするの?」

「今日から新規に入った自警団のメンバーと、獣狩りよ。 大物を仕留められたらいいのだけれどね」

「気を付けてよ」

「大丈夫。 ジュリオさんも来てくれるそうだから」

あたしも行こうか、と声を掛けるけれど。

大丈夫、と断られた。

爆弾は持っていくし、薬もである。

ただ、現在のキルヘン=ベルの人口を考えると、少なくとも陸魚の数頭は仕留めないと、話にもならないだろう。

畑だってフル回転させていたら、そのうち痩せて使い物にならなくなる。

今ある畑の全てを使うわけには行かず。作物を取ったらしばらくはやすませなければならないのだ。

そして新しく増やしている街の側の森にしても。

食べられる木の実などが出来るのは、まだしばらく先だ。

木苺などはもう実がなりはじめているが、残念ながらまだまだ青い。食用草も小さい。

オスカーが、絶対に駄目、と即時駄目出しするだろう。

「食糧を生み出せる錬金術とかないの?」

「モニカ。 流石にそれは不可能ですよ。 料理なら錬金術で応用はできますけれど」

「ごめんなさい。 分かっているけれど、愚痴りたくもなるの」

「それは分かります。 ……何とかしなければなりませんね」

掃除が終わったらしく、モニカが出てきた。

彼女はこの足で、すぐに狩りに出かけるという。

東の街との交渉はまだ終わっていないのだろう。或いは、今頃終わって、書状をもった人間が此方に急いでいるのかも知れない。

あたしはアトリエに戻ると。

釜をまず掃除して。

薬を作る事にした。

理由は簡単。

恐らく、モニカ達自警団が戻ると同時に、東の街への出立をしなければならなくなるはずだ。

傷薬だけではなく。

栄養剤も作る。

即効性のある栄養剤で。固形物を食べられないほど弱っている人に飲ませるためのものだ。

これを飲む事により、寝たきりから歩けるくらいまでは状態を改善させられる。

仕組みとしては、体内に栄養と同時に強力な魔力を入れる事で。体の機能を一気に増幅するもので。

基本的には、人間は種族を問わず体内に魔力を循環させている。魔術を使える人間は、特に魔族などが顕著だが、この魔力が多いのだ。

要するに体内の重要なエネルギーである魔力を栄養と一緒に補給することで。

致命的な衰弱から、人間を回復させる。

ただし、体が治るわけでは無いので。

栄養剤を飲ませた後、少しずつ固形物を食べて貰い、回復を図るのがセオリーになる。

この辺りは徹底的に色々な人に教わった。

錬金術師として芽が出なかったころは。

自警団に混じって、魔術で戦っていたのだ。

その頃にサバイバルの技術はあらかた覚えた。

続けて止血剤、消毒剤などを造り。

荷車にあらかじめ詰め込んでおく。

油紙をかぶせて完了。

これでいつでも出られる。

街の様子を見に行く。

今回は、メンバーが偏るかも知れない。でも、いずれにしても引き取る人数は十人程度では済まないだろう。この間のように五十人、という事は無いにしても。二十人から三十人は引き取るのではないか。

ハロルさんの処に顔を出す。

本当に面倒くさそうに頭を掻いた。

「何だソフィー。 仕事か」

「いえ、これから大きめの仕事が入る可能性があります。 ……それ、時計ですか?」

「ああ。 天才と呼ばれた親父のな」

冷たい空気が流れるが。

ハロルさんは、あたしとモニカ、オスカーの三人の兄貴分だった。あたしの扱いは心得ている。

咳払いすると。

それだけで、凍り付くような空気を弛緩させた。

「どうせ東の街の件だろ。 もう出立が決まったのか」

「いいえ、ただし数日以内には」

「分かった。 準備をしておく」

ぺこりと一礼すると、他を見に行く。

自警団は半数ほどが狩りにでているが、モニカとジュリオさん以外は新人ばかりのようで。タレントさん達ベテランはみな残っていた。これは匪賊の襲撃を警戒するためだ。あたしが積極的に採集に出かけて、その度に匪賊を消毒しているため、キルヘン=ベルの近くからは姿を消しているが。

それでも連中は、どこからいつ現れてもおかしくない。

コルちゃんを見に行く。

どうやら、いそいそと準備をしている様子だ。あたしを見ると、すぐに用件に気付いたようである。

「東の街の件ですね」

「話が早くて助かるよ。 頼める?」

「東の街の状況把握は必要なので、もとより同行を頼みたいと思っていましたのです」

「そう、それは良かった」

他人事では無い。

もしも飢餓が極限まで達すると、最初にエジキになるのはホムなのだ。

匪賊どももホムの肉を好むけれど。

飢餓が限界に達すると、普通の人間でも、まずは子供から。続いて老人。次はホムを喰らい始める。コルちゃんにとっては、他人事ではあるまい。

レオンさんはというと、やはり向こうから話を振ってくる。

フリッツさんはいない。

そうなると、恐らく使者の護衛をしていると見て良さそうだ。

オスカーの様子を見に行く。

オスカーは何か植物と話していたが。

いずれにしても、この短期間で実際に緑化を成功させたのはオスカーだ。いつもは陰口をたたく人も。今ばかりはオスカーに対して、奇異の目は向けていなかった。

「何だ、ソフィー」

「東の街の件は聞いている?」

「ああ、分かってる。 他人事じゃないもんな」

どうやら、必要最低限の面子は揃いそうだ。

自警団からも、何人か回して貰えれば完璧。指揮はフリッツさんに執って貰えば良いだろう。

アトリエに戻ると。

その日の夕方には、モニカ達が帰ってきた。

やはりフリッツさんもいる。

そして、見慣れない馬と、それに乗っている役人らしい人がいた。遠目だと分からないが。多分隣街の顔役だろう。

あたしも重役だ。

プラフタと一緒に様子を見に行く。

そうすると、丁度真剣な顔で。街の入り口で、ホルストさんが書状を読んでいる所だった。

ヴァルガードさんとハイベルクさんもいる。

つまり、予想通りの事態だろう。

「ホルスト殿。 本当に申し訳がない。 だが、此方の状況が、想像以上の有様でな」

「分かっております、ミゲル執政官。 此方には幸い錬金術師がおりますので、どうにかできるでしょう」

「すまぬ。 この間も、五十人という無茶な人数を、碌な護衛も無しに其方に押しつけたというのに」

「困ったときはお互い様ですよ。 この過酷な世界を生き残るためにも、協力をして行きましょう」

ミゲルという役人は。

非常に生真面目そうで、それが故に悔しそうだった。

ハイベルクさんがあたしに気付いて、声を掛けてくる。

「この間の難民の時もな。 あのミゲルという役人、私財をなげうって難民達の食糧を必死に捻出したそうだ」

「……」

そうか。責任感がある人なんだな。

だが、それでも。

あんな中途半端な護衛と。

食糧しか用意できなかった。

錬金術はそれだけ圧倒的な力を持つ技術であり。

役人がどれだけそろばんを弾いても。

錬金術と言うものがあるだけで、これだけの差が出てきてしまう。

やはりこの世界はおかしい。

フリッツさんが、此方に来る。

なお、ミゲルという役人は、馬を飛ばし、単騎で帰って行った。一応見たところ相応の腕前のようだが、大丈夫だろうか。

「ソフィー。 丁度良いところに来てくれたな。 少し問題がある」

「どうかしましたか」

「ネームドの猛獣、ロックの出現報告がある」

ロック。

通称である。そういう種族では無く、特に巨大に成長したアードラの個体らしい。つまり他のネームド同様、世界の力を己にため込み、巨大化した存在、と言う訳だ。

戦闘力はネームドに相応しく。

当然のように多彩な魔術を使うばかりか。

最大の問題はそのサイズ。

馬車を掴んで、そのまま飛び去ったという噂があるほどで。

小型のドラゴンほどもある。

その上、この巨体で飛び回るのだから、始末に負えない。

確か、以前討伐目標として、フリッツさんが上げていた猛獣の一体なのだが。

その時の生息域は、ずっと北だった筈だが。

「恐らくは、東の街の惨状を察知して、エサを漁りに来ていると見て良いだろう。 現在は東の街の自警団が必死に牽制しているようだが、それも破られるのは時間の問題だ」

「それほど疲弊が酷いんですか?」

「ああ。 このままだとロックは街の中に乱入して、手当たり次第に住民を食い始めるだろう。 先発隊として我々はすぐに出て、ロックと、集まり始めているようならスカベンジャーを駆除する」

最悪の状況だ。

だが、荷車は既に準備してある。

手分けして、いつもの面子を招集。

後は、飛び出すようにして街を出た。

モニカとジュリオさんは戻ってきて早々で悪いのだけれど、我慢してもらうしかない。

事前に声を掛けておいたというと、フリッツさんは薄く笑う。

「傭兵としてもやっていけそうだな」

「あたしよりモニカの方が向いてそうですけど」

「あら、どういう意味かしら」

「安定して指揮を執れるんじゃない、って事」

何か納得していないようだけれど。

走りながら、モニカに栄養剤を渡す。

これは避難民用のものではなくて、単純に栄養を入れただけのものだ。多少は疲れが取れるだろう。

ジュリオさんにも渡す。

「すまないね」

「良いって事です。 それよりも、ロックとの交戦経験は」

「一回だけあるよ。 その時は、二十名からなる討伐隊の四名が戦死した。 今回のロックがどれほどの怪物かは分からないけれども、手強いから覚悟は決めて欲しい」

そうか。ジュリオさんが混じっていた討伐隊となると精鋭だろうに、それでも死者を出したか。

此方には錬金術がある。

多分どうにかなるとは思うが。

油断だけは出来ないな。

そう思いながら走る。

四日かかる日程だが。

かなり飛ばして、一日早く東の街に到着。

ロックの姿はない。

街の中に入ると。

死臭がした。

いや、これは。

極限の貧困の臭いだ。

「キルヘン=ベルの錬金術師か……?」

ふらふらと歩み寄ってきたのは、傷だらけの戦士である。街の自警団の一人だろう。

そうだ、と答えると。

男は倒れてしまった。

モニカが寝かせて、手当を始める。ロックを相手に良く持ちこたえたものだ。

話によると、以前キルヘン=ベルが譲った爆弾を使って、ロックを迎撃し続けていたのだが。それも尽きてしまい。昨日の戦いで、大きな被害を出したという。

どうにか死者だけはだしていないが。

今日襲われたら確実に街が壊滅していた。

そう男は、傷口に薬をねじ込まれながら、ゆっくり話す。

「栄養が足りていませんね」

「みんなまともに喰っていない。 聞いていると思うが、このままだと、みんな共倒れになる」

「分かっています。 後続部隊が来ます。 ある程度の支援物資を積んでいますので、分けてください。 それと引き取る人数は」

「二十五人だ」

フリッツさんが後ろで言う。

そうか。

結局それだけ引き取るのか。

錬金術師の数が少なすぎる。

公認錬金術師となると更に少ない。

だからこうなる。

どうして才能がないと錬金術師になれないのか。魔術師ではどうにもできないこの世界だ。

錬金術師がもっとたくさんいれば。

奥歯を噛みしめながら、それでも怒りを抑えて座り込む。

他の自警団員も、似たり寄ったりの状況だ。あたしは手当の薬を分けながら、戦闘の経緯を聞く。敵の動きにはパターンがある。となると、此方が弱っているのを察知している以上。相手は最初は偵察から始め、それから強襲に移るだろう。

フリッツさんと話すが。

同じ見解のようだった。

皆に一旦休んで貰う。

ロックは東の街の疲弊を分かっていて、今度はゆっくりエサを食いに来る筈だ。其処を袋だたきにして瞬殺する。

失敗したら大きな被害を出すだろう。

だから、勝負は一瞬で決める。

すぐにフリッツさんとあたしで、作戦を決める。

聴取の結果、ロックは此処から見て北西の方向からいつも飛んできていることが分かっている。

問題は、今まであたしの爆弾を使って迎撃している、という事で。

普通に爆弾を投げても対応される可能性が高い、という事だ。

つまり初撃は。

奴が知らない攻撃を行わなければならない。

勿論増援の存在にも気付かれてはならないだろう。

防護壁の上に登る。

多分ロックの攻撃でだろう。かなり傷ついていたが、此処からなら行けるか。

降りた後、作戦を提案。

フリッツさんは少し悩んだ後。

許可してくれた。

オスカーにも話をしておく。

この作戦の肝になるのは。

身軽なオスカーだからである。

コルちゃんが戻ってきた。彼女はレオンさんと一緒に、街の状態を見に行っていたのだ。食糧についても、現存する量と。畑の状態。それに人口から考えられる消費量を、確認してくれていた。

「コルちゃん、どうだった?」

「最悪の状態なのです」

「やっぱり」

「このままだと、本当に共食いが始まってしまうのです。 それに、見てください」

街の彼方此方には。

家さえなく。

膝を抱えて、蹲っている多数の人影が見えている。

この街では、生産力と人口のバランスが取れておらず。更に、疲弊から働けない人間が出ているのだ。

これでは、本当に。

子供がまず最初に食糧になるのは、遠くない未来のことだっただろう。

「これからおっきなヤキトリが来るから、それで十日分くらいの食糧になるとして……」

「えっ!? ああ、はい。 ロックを、焼き鳥に、するのですか?」

「そうだけど。 羽はむしるし心臓は回収するけれどね。 膨大な魔力を全身に、勿論肉にも含んでいるだろうから。 きっと栄養がたっぷりの筈だよ」

「相変わらず独特の発想ね」

レオンさんが苦笑い。

あたしも苦笑いすると。

他の皆も集めて、作戦について説明。フリッツさんとオスカーは既に説明済みなので、それぞれやる事をやって貰う。フリッツさんはロック迎撃作戦についての説明を自警団員にしに行っているし。オスカーは栄養のあるハーブを調合して、動く気力も残っていない貧民に分けて回っている。

恐らくだが。

この街が大変な事になっているのを嗅ぎつけているのは、ロックだけではないだろう。

ロックを叩き潰した後。

キルヘン=ベルから離れた匪賊どもが、この周囲に来ているだろうから。

それも消毒しなければならない。

色々と面倒ではあるが。

此処で消耗しすぎるわけにはいかないのだ。

作戦の内容を聞いて、皆がぎょっとしたが。

あたしが、そばに浮いている赤い本。

つまりこの間グラビ石を利用して作った拡張肉体を顎で指すと。納得して、頷いてくれた。

さて、後は。

餌をたらふく食えると思ったバカなトリがノコノコやってくるのを待つだけだ。

 

3、頭上強襲

 

ロックが来る。

大体予定通りの時間。予定通りの方向だ。あたしは想定通りの状態に、笑みを浮かべていた。

奴は基本的に、街の近くに来ると。

迎撃部隊を誘うように周囲を飛び。

そして爆弾による攻撃も、魔術による攻撃も。

全て翼からの風で、はたき落とすようにして寄せ付けなかった。

爆風さえ、ガードしてきた。

それらは証言によって言質が取れている。

アードラ種の猛獣は、基本的に大きなトリだ。

翼をやってしまえば、後は地面でもがいている所を料理するだけ。陸に上がった普通の魚と同じである。

だが流石にネームドともなると。

魔術を普通に使いこなす。

つまり、自分の翼にダメージを与える攻撃を、事前に防御するくらいのことはしてのける、と言う訳だ。

奴は自分の目で確認する。

疲弊しきって、既に貧弱な魔術しか唱えてこない自警団の姿を。

奴は風を操る。

翼を羽ばたかせ。

真空に魔術で指向性を持たせ、壁の上に展開している自警団の弱り切った戦士達に叩きこむ。

わっと悲鳴を上げて、とうとう逃げ散る戦士達を見て。

奴が、急降下からの捕食に移ろうとした瞬間。

その背中には。

あたしが降り立っていた。

「こーんにちわー、未来のヤキトリさん」

そしてあたしは。

ロックの背中に、特大の雷撃を発生させる、ドナーストーンを吸着。

吸着は魔術によるものだ。

躊躇無く飛び降りるあたしの上で、ロックが悲鳴を上げながら、爆弾を振り落とそうとしていたが。

次の瞬間には、起爆。

至近距離で、雷が炸裂したのと同じである。

ドナーストーンは、帯電するライデン鋼と呼ばれるものを、錬金術で変質させて、魔術ではまず防御不可能な超強力な電撃を周囲に放つものであり。ヴァルガードさんにも魔術で防ぐのは不可能、と太鼓判を押して貰っている。

如何にネームドとはいえ。

それを防ぐのは無理だ。

あたしはこのチャンスを待つため。

ロックが現れる前から。

二冊持ってきていた拡張肉体に持ち上げて貰って。

上空に待機していたのだ。

トリにはそれぞれ、縄張りとする高度があり。

基本的に天敵がいない大型猛禽類は、自分の頭上では無く、下を確認する傾向がある。つまりどんなに強くても。逆に強いが故に。

猛禽類は、人間以上に。

頭上からの強襲には、為す術がないのである。

天敵がいないことを逆手に取っての作戦だ。

雷が直撃したロックが、悲鳴を上げ。

落ちてくる。

だが、高高度を飛ぶロックだ。恐らく雷撃を、直撃では無いにしても受けた経験はある可能性が高い。

あたしの落下地点に待ち構えていたオスカーが、手を振っている。身軽なオスカーは、クッションを重ねて、待ち構えていた。

魔術による砲撃を、威力を落として行い。

落下速度を調整。

オスカーのクッションに柔らかく着地。

そして、必死にもがいて体勢を立て直そうとしているロックの左右に。

跳躍したフリッツさんとジュリオさんが。

それぞれ剣を振るい上げていた。

一刀両断。

双刃乱舞。

それぞれの剣が、ロックの翼を滅茶苦茶に切り裂き、大量の羽毛が舞う。体勢を立て直そうとしていたロックが悲鳴を上げ。

結果地面に叩き付けられた。

あの高度から墜落して即死しないのは、流石ネームドの底力か。

頭上から躍りかかるレオンさん。

背後から突貫するモニカ。

翼を滅茶苦茶にまだ斬り付けているジュリオさんとフリッツさんに、ロックが対応を迷うその瞬間を狙い。

城壁に伏せていたハロルさんが。

目を長身銃で撃ち抜く。

狙撃による一撃。

弾丸が、混乱していたロックの目をぶち抜く。

普段だったら貫通するどころか弾かれていたかも知れないが。

地面に叩き付けられた上、命の次に大事な翼を現在進行形で無茶苦茶にされている状態では、流石に対応出来なかったのだろう。

レオンさんの槍がロックの背中に突き刺さり、深々と抉る。内臓にまで通ったはずだ。

モニカが剣を振るい。

尾羽を根元から叩き落とした。

それでも必死に立ち上がったロックだが。

全員が一斉に離れたのを見て、まずいと判断したのだろう。

その勘は当たりだ。

死角から接近したコルちゃんが。

奴の足下に向けて。

レヘルンを投擲。

コルちゃんを迎撃しようとして、それでも即応したロックは流石だ。

奴が甲高い声で鳴くと。

レヘルンが風で吹っ飛ばされる。

だがそれは想定済みだ。

迎撃の際に、レヘルンは何度か使われていると聞いている。

つまり敢えて奴が知っているレヘルンを使う事によって、対応を誘発させたのである。

本命は。

あたしだ。

二冊の拡張肉体と一緒に詠唱完了。

オスカーはそのままクッションであたしの背中を支えている。

流石に三倍の魔術砲撃である。

あたしもその場に踏ん張れるか、あまり自信が無かったからだ。

「さあ、ヤキトリにしてあげようねー! ファイエルッ!」

視界が漂白される。

悲鳴を上げて、必死に防御魔術を展開しようとするロックだが、砲撃が奴を貫く方が早い。

爆裂した砲撃が、奴の巨体を揺るがせ。

そして、起爆ワードを入れていないレヘルンを拾い直したコルちゃんが。

今度こそ、奴の頭部に向けて、レヘルンを投げ直す。

爆圧で完全に態勢を崩したロックに。

容赦なく投擲されたレヘルンが。

炸裂した。

頭部が凍ったロックは、それでももがいていた。

恐らく、余程強烈な術による防御を、体に掛けているのだろう。

だが、その時。

動きが止まった上。

凍り付いたロックに。

フリッツさんが。

剣を振るい上げていた。

フリッツさんが、剣を鞘に収めたときには。

ロックの首は、地面に落ち。

霜が生えたその巨体は。

ゆっくりと。

地面に倒れ伏していた。

傲慢なる空の王者は。

一人の人間も殺せず。大地に這うことになった。

 

数人がかりで、防護壁にロックをつるし上げると。

捌き始める。

落とした首は、解凍するまで待つとして。

体の方は、ぼろぼろになった翼をまず切りおとし。

腹を割いて内臓を出し。

足を落とし。

骨格に合わせて、体を順番に分解していく。

その過程で出る血液も保管する。

血液は栄養の塊だ。

蚊など、血液を栄養源にしている生物は多いが。

それは栄養が豊富だから、なのである。

心臓部分を取り出す。

コレは使える。

また、緑化作業を行うにしても。

何にしても。

桁外れの魔力を蓄えたこれは、大いに役立つだろう。

痛まないように防腐剤で処置をして。

更に油紙で包む。

ロックの巨体から切り出した肉は、その場で内臓と一緒に大半を燻製にするが。今飢えている人達のために、穀物と一緒に柔らかく煮込む。

そのかゆには、オスカーが栄養のある薬草を入れていた。

しばらくの間、ロックの恐怖に怯え。

絶望していた人達に配る。

極限まで飢えている人には、いきなり固形物を与えては駄目だ。まずは液体状の食べ物から与え。

それから徐々に固形物を与えていく。

そのために、肉は可能な限り細かく切り刻み。

なおかつ柔らかく煮込まなければならない。

ロックの肉は。少し味見してみたが、ちょっと堅すぎる。ただ、処置次第では柔らかく出来る。

街にある鍋を総動員して、ロックを調理するが。

久しぶりのごちそうだったのだろう。

住民達は、皆ががっつくように食べ始めていた。

ミゲル氏が来る。

頭を下げられた。

「本当に済まない。 民の引き受けばかりか、ロックの撃破も此処まで見事にこなしてくれるとは」

「いや、ソフィーの成長が著しいが故です」

フリッツさんが、あたしに前に出るよう促す。

あまりこういうのは得意ではないのだけれど。

まあ、頭を下げられたら。此方も礼を失してはならない。

「この過酷な世界です。 互いに助け合っていきましょう」

「この礼はいつか必ず」

目を細める。

この街も、周囲を緑化する必要があるかも知れない。だが人員がそもそも足りないのだ。

とにかくまずやる事は。

あたしに出来る範囲で。

世界を豊かに変えていくこと。

皆が幸せになる世界、等というものが来ると思うほど、あたしは甘くは無い。だが、これ以上匪賊が増えたり。匪賊になる人間が出るような仕組みが街に作られたり。猛獣やドラゴンに為す術無く蹂躙される人々が出たり。

そういう世界の仕組みそのものは。

あたしの手の届く範囲内では、変えなければならない。

だが、本来は。

皆に力があれば。

それはあたしだけでなく、皆でやっていけることでは無いのか。

どうして錬金術は。

才能のある者にしか出来ない。

そもそも、才能がある者だって。

発掘されるケースは、今の時代では希だ。

プラフタも、奇蹟みたいな出来事の結果、錬金術師になったようだし。

街によっては、読み書きさえ覚えられない子供だって珍しくない。

王都などの大型都市に住んでいる富裕層の子供なら話は分からないでもないのだが。

そんな例外は、本当に少数に過ぎないのだ。

モニカが来る。

「ソフィー。 深呼吸して」

「ん」

流石にモニカは。あたしの心情を理解してくれている。というよりも、此処で爆発されたらたまらないと思ったのかも知れない。

ともあれあたしも深呼吸して。

一旦頭を切り換える。

「今回の作戦は見事だったわ。 まさかロックを逆に頭上から強襲するなんてね」

「「腕を増やして」から、やってみたかったんだよ。 空を飛ぶ。 二冊もあれば、頭上にあたしを運べることは分かった。 砲撃の威力も充分。 多分12冊もあれば、大体思った事が自由自在に出来るんじゃないのかな」

「それは凄いわね……」

「それで?」

まさかあたしを褒めるだけが目的ではあるまい。故に本来の目的を話すよう咳払いすると。

モニカは本題に入った。

解体作業が始まると同時に、フリッツさんが後続部隊を迎えに行った事。そしてジュリオさんが、レオンさんと一緒に、恐らく様子を窺っているだろう匪賊を威力偵察に行ったことを教えてくれる。

なるほど。

燻製作業は、ぶつぶつ文句を言いながら、ハロルさんが、まだ余力がある街の人達と行ってくれている。

あっちは任せても大丈夫だろう。

料理の方はオスカーが見てくれている。

コルちゃんは、素早くロックの肉の量を計算して。

それで何日分の食糧になるかを提示。ミゲルさんと、今後の事について話をしているようだった。

「この街も緑化しておかないと駄目かも知れないね」

「しかし距離が離れすぎている。 余裕が無いわよ」

「移動時間を短縮できればなあ」

例えば。ミゲルさんのような強者が、単騎で馬で移動するなら、徒歩で行くよりもずっと早いだろう。

浮くことそのものは可能だが。

それでびゅんと飛んでいくことはちょっと難しい。

錬金術の道具には、浮くことを可能とするものが幾つもあるのだが。

例えば、いっそのこと。

この街に、一瞬で飛ぶ事は出来ないか。

帰ったらプラフタに相談するとして。

周囲を見回すが。

畑も痩せている。

昔恐らく、品質の低い栄養剤を、高値で買って。

それでどうにか、畑に出来るようにしたのだろう。

だがそれも、長年の無理のせいで、土地がすっかり痩せてしまっている。そして食糧が足りないから、更に畑を酷使しなければならない。

負の無限ループだ。

やがて畑が完全に死んだら。

この街は終わる。

その前に、手を打たなければならないだろう。

やむを得ないか。

根本的な解決をするためにも。

此処で腰を据えて、緑化作業をするしかない。

戻ったら、ホルストさんに相談してみよう。

モニカは周囲の警戒に行ってしまったので。

あたしは土地を見て回る。

途中、何人かの自警団員に礼を言われた。

獣人族の自警団員は。

とても痩せていて。気の毒なくらいひ弱そうだった。ヒト族より力が本来強い獣人族なのに。

「凄い魔術だったな。 あんなもの凄い砲撃、はじめて見たよ」

「ありがとうございます。 でもこの子達のおかげですよ」

「それは!?」

「錬金術で作った、あたしの三本目、四本目の腕です。 魔術を同調して詠唱したり、色々やってくれるんですよ」

周囲の土地について教えて貰う。

やはり痩せていて、作物も取れにくくなっていると、悔しそうに言う。

頷くと、キルヘン=ベルの方が落ち着いたら、此方もどうにかすると言う話をして。それで別れる。

ほどなく、フリッツさんとジュリオさんが戻ってきた。

やはりというかなんというか。

匪賊が何グループか、威力偵察に来ているという。

消毒するか。

あたしが爆弾を持ち出すと。

二人はあたしを案内してくれた。

ロックにこの街が壊滅させられたら、次は自分達だろうに。

そんな事も考えられず。

弱者を貪り喰らう連中は。

消毒以外に処置がない。

そしてあたしは。

此方の接近に気づき、逃げ腰になった匪賊どもを。

容赦なく。

一人も逃さず。

消毒した。

 

4、あたしに出来る事

 

匪賊の潜んでいる洞窟に爆弾を放り込み、皆殺しにし。

中に残っていた、被害者の遺骨を埋葬する。

匪賊の方は砕いて適当にまとめて埋める。

土地の栄養は足りているはずなのだ。

それなのに、錬金術師が活性化しないと、ロクに作物も生えない。だから何の足しにもならないけれど。

それでもやっておくだけマシだろう。

スカベンジャーに人間の味を覚えさせるのもまずいからだ。

匪賊の中にも強いのはいるらしいが。

今の時点で、この近辺にそういうのはいない。

というか、昔は匪賊の中には〇〇王とか名乗るような凶悪な組織力を持った者達がいたそうなのだが。

現在は、ほぼ見かけなくなったようだ。

基本的に小粒だし。

大型化するといつの間にか潰されてしまう。

だからあたしでも対処できていると言える。

フリッツさんレベルの実力者が匪賊に雇われていた場合。

被害は正直洒落にならないだろう。

東の街に戻ると。

タレントさん達、支援物資の輸送隊が来ていた。

後は、任せても大丈夫だろう。

フリッツさんがコルちゃんと残るというので、後はお願いする。計算はコルちゃんが。交渉はフリッツさんが主体に、タレントさん達が立ち会って行うらしい。物資を引き渡した後、最貧民25人を引き受けて、そして戻るのだが。まあそれに関しては、来た面子の戦力を考えると充分だ。あたしが残る事も無いだろう。

ジュリオさんは、しばらく匪賊の警戒を兼ねて、残ると言う事なので。

モニカとオスカーと。それにハロルさんとレオンさんとで。戻る事にする。

帰路は急ぐこともない。

ただ、帰ってから。

本格的に、ホルストさんに、東の街の緑化計画について、具申しようとは思っていた。

「オスカー、緑化作業は後どれくらい掛かりそう?」

「え? そうだな。 おいらの見立てだと、二月くらいで、手を入れなくても勝手に育ってくれるようになる筈だと思うぜ」

「二月か……」

あの痩せた畑。

今回、匪賊を消毒するついでに、獣を少し狩って持ち帰ったが。

それでも焼け石に水だろう。

東の街が疲弊している事実に変わりは無い。

またネームドが押しかけてくるかも知れないし。

キルヘン=ベルの物資だって無限じゃない。

今回の緑化計画が進展すれば、相当に潜在力は上がるけれども。

東の街を放棄して、住民が全員移り住むとか言い出す可能性も出てくる。それでは本末転倒だ。

此方としてはナーセリーを復興したいとも考えている状況。

つまり人間の版図をこれ以上減らしたくない。

というか、例えばあたしがいなくなっても。

持ちこたえられるくらいの状態にまで、持っていきたいのだ。

おばあちゃんがそうしたように。

「その後、東の街の緑化をしたいと思っていてね」

「そっか。 ソフィーも優しいところがあるんだな」

「……」

んなわけあるか。

そう言いたいところだが。

敢えて黙っておく。

そも、東の街は人類にとっての拠点の一つ。無くなると困る。そういう戦略的な判断からだ。

だけれども、あの状態では、長く持ちこたえるのは無理。

やはり緑化を急がなければならないだろう。

周囲にいるネームドもまだ決して少なくない。

遠征して、今度はこっちからどんどん処理していきたい。

だがそれには移動速度が問題だ。

どうにかして上げる方法は無いか。

荷車を一瞥する。

この子は追従してくるから良い。

だが、皆の足を速くする方法でもないだろうか。

あるかも知れない。

考えながら、帰路を行き。

特に危険もなくキルヘン=ベルに到着。

途中で狩った獣の肉や毛皮を納品するついでに。カフェで話をする。そうすると、ホルストさんは頷いた。

「良い考えですね。 ミゲル氏と調整は私の方でやりましょう。 ただ、ソフィー。 貴方も分かっているとおり、まずはキルヘン=ベルの安定が最優先です」

「はい。 それは勿論」

「まだ東の街には苦しい思いをして貰う事になりますね。 しかし、貴方のおかげで、キルヘン=ベルは既に最盛期の活気を取り戻しています。 少しずつ、可能な事を進めていきましょう」

頷くと、アトリエに戻る。

プラフタには、最初にこの本達がとても有用だったことを説明。

そして、聞いてみた。

「早く移動出来る手段は無いかな」

「……幾つかあります。 そして今の貴方なら、実現できるかも知れません」

「うふふ」

そうか、出来るかもしれないか。

ならばやってみるのも良いだろう。

さっそくあたしはプラフタに話を聞く。

出来る事は。

確実に増え。

広がりつつある。

 

(続)