更なる深淵

 

序、釜の限界

 

錬金術には、どうしても釜が必要になる。必ずしも釜を必要とする調合ばかりではないのだが。それでも必要になってくる。

釜は常に清潔に保ち。

錬金術を行う際は、クリアな状況に保たなければならない。

釜を洗う時は熱した蒸留水で。

それも念入りに。

釜には埃一つ入ってはいけない。

汗を落とすなんてもってのほか。

そして、釜は。

正確に温度を伝え。

そして調合そのものに干渉してはならない。

勿論現実的には、いずれもが不可能だ。

だが錬金術が高度になればなるほど。

不可能に、限りなく近い事を実施できる釜が必要になってくる。

当然のことながら、究極の釜も錬金術で作る事が出来るのだが。

とんでもない値段がつくそうだ。

プラフタに言われた値段を聞いて、あたしは血の気が引くのを覚えた。

多分冗談抜きに。

キルヘン=ベルを丸ごと買える値段である。それも数個まとめて。

「勿論それは最高位の錬金術を最高精度で行うために必要な釜の話です」

「……あ、ハイ」

「どうしました」

「うん、流石にちょっとあまりにも現実離れしすぎてるから、その値段とか、色々と」

現実離れしているのは値段だけでは無い。

そもそもその釜は。

完全に機密状態が保たれる部屋に置かなければならない。

具体的には、常に完全に同じ状態が保たれるように、最高難易度の錬金術で作り上げた気密室なるものに配置し。

その気密室は、それこそ上位次元に干渉して作り上げるものだという。

上位次元というものについては、プラフタから説明は受けたが。

いずれにしても、遠すぎる。

こんな話をしているのも。

おばあちゃんが使っていた錬金術の釜が。

良い釜ではあるけれど。

そろそろ限界が来ていると、プラフタに断言されたからである。

どうせ使う道具だ。

一番良いのがいい。

そう思って聞いてみたら。

とんでも無い応えが帰ってきた。

そういう事である。

「もっとも、そんな錬金釜を使っている錬金術師は、恐らく現在の世界にも数人もいないでしょう」

「それを聞いて安心したよ」

「しかし、貴方はいずれそれらの錬金術師を越えていかなければなりません」

「……うん」

プラフタが言っていることは分かる。

あたしがこの世界に不満を持っていることは、もうプラフタも知っている筈だ。

そしてこの世界には創造神がいるらしい。

フリッツさんにもその話は聞いたし。

邪神が多数群れているのだ。

創造神が何処かにいることは、不思議でも何でも無い。

この狂った世界を変えるには。

創造神を叩き起こすしか無い筈で。

それには当然ながら。

数多の邪神を越える力を持ち。

それこそ、世界の摂理に直接干渉できるレベルの力を持つ創造神を、ねじ伏せなければならない。

当然のことながら。

今プラフタが上げた「最高の数人」でさえ、そんな実力は持っていないだろう。

つまりいずれは。

そういった凄い釜を自作するか。

もしくは買うことは。

必須になる。

そういう事である。

「プラフタは、人間だった頃にそんな凄い釜を使っていたの?」

「いいえ。 私は……記憶がやはり曖昧ですが、最初は錬金術の道具ともとてもいえないようなものを使い。 偶然手に入れた本で四苦八苦しながら、友と一緒に錬金術をしていたように思います。 力量がついてからも、環境こそ整えましたが、其処までの素晴らしい釜は結局手に入れる事は出来ませんでした」

「ということは、最低でも昔のプラフタを越えなければならない、って事だね」

「そうなりますね」

そうか。

プライドが高いプラフタがあっさり認めたのだ。

簡単な道では無い事は確かで。

そして更に言うならば。

もしも本当に其処までやるとすると。

恐らくは国家レベルでの影響力が必要になるし。

今ある二大国。

アダレットとラスティン。

どちらにも大きな恩を売るくらいでは無いと話にならないだろう。

アダレットはともかく、ラスティンは錬金術国家と呼ばれるほどで、国家元首も公認錬金術師だと聞いている。

辺境のキルヘン=ベルだとまったく実感は無いが。

少なくとも首都ライゼンベルグでは、当たり前のように錬金術師が往来を闊歩しているという。

ただし、そのライゼンベルグ近辺でさえ、ネームドの猛獣や匪賊の跳梁跋扈は止まっていないらしく。

それらを根こそぎ駆除すればあたしの社会的発言力は上がる。

少なくとも、以前ジュリオさんに聞いた、まだ退治できる見込みも無い邪神ども。

此奴らを駆除すれば。

相当な恩を売る事が出来るはずだ。

勿論相応に恨みも買う。

自衛のために。

力も付けなければならない。

それこそ、匪賊なんぞなんぼ掛かって来ても、瞬時に返り討ちに出来るほどの力を、だ。

ぐっと拳を握り混む。

最近は、ますます雑音がクリアに聞こえるようになって来た。

これが本当に意味を成す音として聞こえるようになるのか。

正直実感が無い。

いずれにしても、釜の修繕が必要だと言うことは分かった。

プラフタに、どうせ治すならすぐが良いと提案。プラフタも前向きな言葉だと喜ぶ。

具体的にどうすれば良いかは。

ロジーさんを呼んで欲しいと言う。

後、此方でも用意するものがある。

品質の良い金属と。

錬金術で強力に変質させた塗料。

それに何種類かの薬品が必要らしいが。

それらについては。既に作り置きがある。

そういえば、プラフタに言われて、用途がよく分からない薬品を、ここしばらく何種類か錬金術で作ったと思ったら。

そういう事だったのか。

まあいずれにしてもだ。

やる事は、一つずつ順番に片付けていく。

それだけである。

まず、金属について。

インゴットで、出来るだけ品質が良いものを出していく。こうしてみると、遠くまで採集に行けるようになった結果、良い鉱石を集められるようになり。更にあたしの錬金術の腕前が上がったこともあって。インゴット自体の品質は目に見えて良くなっている。

錬金術で強力に変質させた銀も、かなり良い評価をプラフタに貰っている。残念ながらまだ50点前後だが。

それでも、最初に作った頃に比べると、雲泥だ。

それらの中から、プラフタが幾つかを選ぶ。

そして、増やせと言われた。

「コルネリアに頼んで、増やして貰ってきなさい」

「こんなに!?」

「倍は必要です」

「へえ」

新しく作るよりも、今は一番良い手札を使うのが先、という事か。

いずれにしても、お金は充分にある。

薬品に関しては、別に問題は無い。

まず、コルちゃんの所へ。

どっさりインゴットを持ち込むと。コルちゃんは口元を抑えた。目を細めている様子からして、金の臭いを喜んでいる顔だ。

「これをそれぞれ倍に増やして貰える?」

「了解なのです。 ただし相応のお金と時間が掛かるのです」

「構わないよ」

「分かりました。 それでは前払いで」

コルちゃんは特殊な計算機を使う事もあるけれど。恐らく、ものを増やすホム特有の錬金術に関しては、自分の能力であるが故に把握しているからなのだろう。インゴットの数を見て、即時で値段を口にした。

勿論値切るつもりはない。

コルちゃんは誠実な商売をするし。

提示された値段は妥当だ。

今までコルちゃんには色々なものを増やして貰ったが。

いずれも元とまったく品質で劣る事は無かったし。

そういう意味で、彼女の商売には敬意を払える。

どっさりインゴットを渡したので、まあ時間が掛かるのも仕方が無い。彼女の錬金術は、ただでさえリスクを伴うのだ。

続けて、ロジーさんのお店に。

ロジーさんは、丁度槍を打っている最中だった。

前に折れてしまったレオンさんの槍である。

槍と言っても、簡単な武具では無い。

柄の材質をどうするか。

刃の形状をどうするか。

話によると、古い時代の鍛冶では、複雑な形状の刃は作れなかったらしく。鎧も今のようなプレートメイルなどは作れなかったという。

冶金、というらしいが。

その技術も、神話によるとヒト族が機械の技術と共に持ち込んだそうだ。

当然技術にはばらつきがあり。

腕の良い鍛冶屋は、商売に困る事が一切なかったとか。

まあそれもそうだろう。

ロジーさんは、しばらくハンマーを振るって赤熱した棒を叩いていたが。やがて、顔を上げた。

「ソフィー、仕事か?」

「はい。 ちょっと大きな仕事を頼みに来ました」

「大きな仕事か。 分かった、これが終わったらアトリエに行くよ」

「お願いします」

頭を下げた後。

モニカを見かけたので、声を掛ける。

事情を話すと。

彼女は眼鏡をちょっと直した。

「それならば、アトリエを掃除しておいた方が良さそうね」

「そうか。 結構神経質な仕事になるかも知れないしね」

「それと、釜が一日で出来るとは思えないわ。 その間は、採集にでも出かけた方が良いのではないのかしら」

それもそうだ。

そうなると、この間沈黙の魔獣を葬り去った途中で、幾つか気になる場所があった。

山師の水辺の周囲は酷く汚染されていた川だが。

川の途中には、綺麗な澄んだ水が流れている場所もあり。

そういった所の周辺は、この荒野に満ちた世界には珍しく、草原になっていたり、森があったりした。

探してみれば、珍しい素材が見つかるかも知れない。

鉱石系の素材に関しては、何カ所かおとくいさんになっている場所があるので。

今は薬剤の材料が欲しい所だ。

一旦アトリエに戻ると。

プラフタと話をする。

モニカはついて来ると、早速問答無用で掃除を始めた。プラフタはそれを横目に呆れた口調である。

「本を何処にしまうかなどは、モニカが完全に把握していますね」

「えへへ、面目ない」

「今後、このアトリエの内部空間を拡張したり、他の場所と接続したりする必要が生じてくるでしょう」

「えっ!?」

聞き慣れない言葉に、モニカが驚いた様子で此方を見る。

咳払いをすると(いつもながらどうやっているのかよく分からないが)。

プラフタは、モニカにも聞こえるように説明してくれる。

「ソフィーが更に先を目指す場合、このアトリエは狭すぎます。 恐らく上位次元に干渉して、内部空間を拡大する必要が出てくるでしょう。 アトリエの広さはこの二十倍前後は欲しい所ですね。 後は魔術関連の設備と、星を読むための空間、それに倉庫と書庫が必須です」

「それ、丸ごとキルヘン=ベル買えそうだね……」

「いずれ、の話です」

「まあそうだけれど」

モニカがスケールのあまりに大きな話に驚いているが。

確かに言われてみれば、錬金術は神の御技に等しいのだ。

今後も力を付けるとなると。

それくらいの事はしていかなければならないだろう。

このアトリエは、あくまで「家」だ。

「家」を主体にアトリエの機能を付けているだけで。

それこそ今後は、お城のようなサイズのアトリエが必要になってくるのかも知れない。

本だって幾らでもいる。

プラフタに座学で錬金術を習うのも、そろそろ考え直す時期が来ている。

ようやく本の読み方のコツのようなものも分かってきたし。

自分で本を読んで。

知識を独力で増やしていかなければならない、という事だ。

とにかく、てきぱきとモニカが片付けを終えた丁度くらいに。

ロジーさんが来る。

プラフタが、話を始めたが。

ロジーさんと、かなり専門的な用語を応酬していた。

本職並みの知識がある、という事だ。

流石である。

記憶が曖昧でも。

錬金術関連に関しては、相当なものだ。

「なるほど。 一応俺の技術でどうにか出来ると思うが、しかしかなり掛かるぞ」

「代金なら、ソフィー。 出せますね」

「まあ今の時点では有り余っているくらいだからね」

「剛毅だな。 分かった。 引き受ける」

後はコルちゃんとの連携か。

一応、薬品類については、金属で釜を作ってから、プラフタが指導しつつ、あたしが処置をする事になった。

ロジーさんがやるのは。

コルちゃんからインゴットを受け取り。

それを成形して。

釜の形にし。

そしてアトリエに持ち込むまでだ。

話によると、一週間ほど掛かるそうである。

なお代金だが。

プレートメイルが三着くらい買える金額を請求された。

正直な所、木造で良いのなら家が買える値段である。

しかしながら、これは錬金術の釜が如何にお金が掛かるもので。

錬金術そのものが、この世界では敷居が高く。

あたしがそもそも相当な幸運で錬金術に触れている事も意味していた。

だが、嬉しい幸運では無い。

この才能が、限られた人間にしかないことが原因で。

あたしは。

まあ、それはいい。

今はぐっと押さえ込む。

いずれにしても、釜を持ち込む前後は、この家は留守にして、好きに触れるようにして欲しい、というロジーさんの話だ。

採集に出かけた方が効率的だろう。

一緒に、古い方の錬金釜は、そのタイミングで片付ける。

売り払うのでは無い。

最悪の場合に備えて、とっておくのだ。

幸いコンテナには入れる余地があるので、何ら問題は無い。

一通り話が終わったところで。

外に出ると、もうすっかり暗くなっていた。

出かけるのは明日からか。

嘆息すると、モニカに夕食を振る舞う。

掃除をしてくれたのだから、これくらいは当然だ。

軽く憩いの時を過ごす。

あたしは分かっている。

精神がぐらつく時は。

非常に自分が危うくなることを。

そういうときは、手当たり次第に目に映るものを引き裂きたくもなる。

あたしは魔術も使える。

コルちゃんが、インゴットを増やすのに幾ら掛かるか、即時にはじき出したが。あれは体の一部も同然だからできた事。あたしにとっては魔術がそれだ。

あたしは元々腕力が強いが。

魔術で補強すれば、人間くらいは簡単に引き裂けるし。

フラムを魔術でコーティングして、音に近い早さで投げる事だって出来る。

この間沈黙の魔獣を叩き潰したときに、そうしたように。

呼吸を整える。

モニカはあたしが自分の内なる獣と戦っている事を知っているから、だろう。

何も言わない。

あたしも、自分で獣を押さえ込む。

獣を出すのは。

戦う時だけで良いのだ。

「採集の話、覚えておいて」

「分かっているわ」

食事を終えて、その片付けもして。モニカが帰る。

あたしは、行き場の無い破壊衝動を。飲み下すしかなかった。

 

1、荒野のあれこれ

 

荷車が軽い。

車軸に使っている素材を、改良したのだ。

具体的にはインゴットを伸ばして、車軸の部品に変質させた金属を入れた。その結果、軽い上に丈夫になり。更に油を差さなくても、鋭く動くようになった。金属特有の擦れる音もしない。

この様子なら。

荷車そのものを、もっと大きくする事も可能だろう。

街道を行く。

一緒にいるのは、モニカとオスカー。レオンさんとジュリオさん。

今回は、ハロルさんは、会合がどうだので来てくれなかった。フリッツさんもである。

どうやら、東側の隣街との協議を行うらしく。

この間の難民への対応が著しくまずかったこと。

それに対して、此方が恩を着せたこと。

それらを確認し。

更に、街道警備についても、話し合いをするそうである。

もっとも、キルヘン=ベルには錬金術師であるあたしと。おばあちゃんと一緒に各地を回った強者達がいて。

隣街ではそうではなかった。

それはどうしようもない事実でもあるので。

此方でも責め立てるつもりは無く。

ただ、街道警備について話し合い。

きちんと向こう側にも担当をして貰う事。

更にはキルヘン=ベルで錬金術の道具類が買える事などを、宣伝して貰う事。

そういったことを、話し合うそうである。

一応あたしも重役の一人。

この辺りの事情は知らされている。

とはいっても、プラフタががみがみ言うように、まだまだひよっこである事には違いない。

経験も応用も足りない。

だから今日も。

おばあちゃんの残した図鑑を引っ張り出して。

採集に来ているわけなのだから。

周囲を確認して、地図と影の向きと長さから、現在地点を特定。川に沿って北上しているつもりでも。いつのまにか、とんでもない場所に迷い込んでしまう事は、時々あるのだ。

ましてや、山師の水辺で見たあの汚染。

どんな風に生物が異常変化しているか。

知れたものではない。

人間を遙かに超えるサイズの猛獣が、群れを成して襲ってくる可能性もある。

フリッツさんがいない今。

出来れば、極端に手強い相手との戦いは避けたいものだった。

草原地帯に出る。

地図を見ながら、確認。

どうやら、幸いにも。

予定の場所に到達したようだった。

草原の外側に荷車を止め。

レオンさんに見張りをして貰う。

それから、オスカーに頼んで、植物の声を聞いて貰いながら。

薬草や。

薬効のある昆虫類。

木の実などを集める。

モニカはげんなりした様子で見ているけれど。

それでも、オスカーが的確に薬草やら害虫やらがある場所いる場所を当てているのを見ると。

流石に文句を堂々とは言えないようで。

苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「モニカ、まだ信じていないの?」

「だってそんな力、聞いたこともないですもの」

「あたしも似たような力はあるんだけれどなあ」

「貴方は錬金術師でしょう」

オスカーも。

案外錬金術師としての力はあるのかも知れない。

ただ、オスカー本人が、世界中の植物と友達になりたいとか言う、途方もない野望を時々口にしているので。

錬金術をするつもりは無さそうだが。

「あ、ソフィー。 足下」

「おっと」

芽を出したばかりの薬草だ。

これは流石に摘むわけにはいかないし、踏みにじっても駄目だろう。

充分に素材は集めた。

ジュリオさんが、注意の声を掛けてくる。

「川に陸魚がいる。 気を付けるんだ」

「はーい」

川から距離を取る。

見ると、かなり大きな奴が此方を伺っている。

しかも、である。

いわゆる亜種だ。

それも大型の奴である。

陸魚の中には、頭から角が生えている奴がいる。

正確には角では無く、牙が変化したものらしいのだが。この角が生えている通称「イッカク」は獰猛な上に体が大きく、当然のように角も武器として使ってくる。破壊力は凄まじく、突進してくると、盾なんぞ役にも立たないそうだ。

今、向こうは此方の戦力を見て、問答無用の攻撃は控え、威嚇してくるに留まっている。

別に殺す必要もないだろう。

しつこく追ってくるようなら話は別だが。

草原を離れると。

イッカクも、川の中に戻っていった。

荷車にはまだ余裕がある。

途中、目立つ猛獣を時々駆除しながら。

川沿いにもう少し北上。

草を踏みつぶさないように気を付けながら。

森の側に出る。

荒野では珍しい森だ。

猛獣もそれは理解しているらしく。

こういった森では、あまり暴れるような真似はしない。

荒野の中に森が自然に出来る事が、どれだけの奇蹟か、動物でさえ理解しているのである。

家などを建てるとき、木を切り出すときも。

強欲なヒト族でさえ、念入りに吟味して。森に負担が掛からないように気を付けるほどなのだ。

また、キルヘン=ベル近くにはおばあちゃんが作った森があるけれど。

この森でも、猛獣が入り込む事はたまにあるが。

人間が襲われることはない。

そういうものなのである。

ただ、植物が汚染などで異常な攻撃性を身につけていたり。

あるいは強烈な食虫植物になっていたり。

そういうケースはある。

食虫植物と言っても。

サイズによっては、人間を襲おうとするケースもある。

オスカーも、植物とは友達になれると豪語しているが。

流石に悪意をもって襲ってくる植物の存在は認識しているらしく。

そういうのが近くにいる場合は。

警告をきちんとしてくれる。

ただ、食虫植物で薬効があるケースもあるので。

場合によっては、危険を承知で切り取ったりしなければならない場合もある。

森の中は静かだ。

豊かな恵みを分け合うようにして。

荒野で疲れ果てた獣も。

静かにしている。

キメラビーストが横になって眠っていて。

その側で、ウサギが草を食んでいる。

普通だったら考えられない光景だが。

こういった、奇跡的に出来た森では、見かけることが出来る。

ただ、夕方以降は霊が現れるケースがあり。

そいつらは無差別に襲ってくるため。

獣も警戒するようだ。

好戦的では無い獣を敢えて刺激する事も無い。

木の実や樹液。

或いは植物性の油などが取れる、食用には適さない木の実などを選んで、回収していく。

作業中は無言だ。

全て意思疎通はハンドサインで行う。

一通り必要なものが揃った所で、森を出る。

じっと此方を見ている視線があるが。

いずれもが、警戒をしているものであって。

獲物を狙うものではなかった。

此処では暴れるな。

そう獣たちも言っている、というわけだ。

勿論あたしもそんなつもりはない。

森を出て、一通り必要な物資は揃った。

川沿いだったので、魚なども少し採集したが。これはひやひやだ。陸魚のような獰猛なのもいるし。

何より水の中から奇襲を受けて引きずり込まれると、助からないケースも多い。

荷車を整理して、収穫を確認していると。

モニカが手伝ってくれた。

「コルネリアさんがいると、やはり倍は速いわね。 今回はいないから、倍は遅い」

「仕方が無いよ。 コルちゃんには、釜の関係で、結構無理して貰ってるからね」

「釜が変わると、錬金術の精度も上がるのかしら」

「こればっかりはあたしもやったことがないから何とも。 ただプラフタはもう釜が限界だって言っていたから、少しは良くなるとは想うよ」

確認完了。

後は帰り道に見かける獣なんかを適当に狩って。

肉や毛皮を収穫すれば、それで終わりだ。

ただ、少し時間が余るかも知れない。

ジュリオさんに提案される。

東の街に、足を運んでみないかと。

街道を使ってもキルヘン=ベルまで四日かかるが。

それが故に、確かにあたしもあまり足を運んだことが無い場所だ。行ってみても、悪くは無いか。

丁度南下すると街に着く。

上手くすると。

商人にかち合うかも知れない。

珍しい品を買えるかも知れないし。

それ以上に、ひょっとすると、キルヘン=ベルへの護衛を頼まれるかも知れない。

いずれにしても、あたし達には得になる。

もしも商人がいて、それで好意的だったら、の話だが。

損は無いか。

南下する。

街は、それほど遠くでは無く。

半日も歩いていると。

もう城壁が見えてきた。

 

街の中は寂れているというか。

キルヘン=ベルとは明確に違っていた。

街の隅には、ボロを着た人が蹲っていて、明日をも知れないと全身から負の情念を放っている。

無理も無い。

こんな状態でも、この間の難民は、ある程度受け入れてくれたらしい。

街の端の方では、痩せた土地を耕している。

ただ土地を耕しても作物は出来ない。

高いお金を払って。

商人から栄養剤などを買い。

土地を豊かにして良くしかないのだ。

キルヘン=ベルの場合は、畑を作る予定地を、おばあちゃんが丁寧に世話して。そして豊かな実りが約束されている。

だが此処はそうではない。

錬金術師はいないのだ。

宿はあるが。

あまり治安は良さそうでは無い。

荷車から目を離すのは危ないな。そう判断して、誰が見張りにつくか話し合いをしていると。

丁度フリッツさんが此方に来た。

例の会合だとかで、まだ街にいた、という事だろう。

ハロルさんも、うんざりした様子で此方を見ていた。

「おう、ソフィーか。 採集の帰りか」

「はい。 会合は終わったんですか?」

「うむ。 街の様子が見ての通りでな。 キルヘン=ベルの支援が欲しいという話をされていてな」

「勝手な話ですね」

ずばりとあたしは言う。

当たり前だ。

この間だって、下手をすると五十人からの人間が、荒野に骸を晒すところだったのだ。しかも、それをキルヘン=ベルに押しつけるつもりだったのである。

勿論こんな街の状態では、大人数を受け入れられないのはあたしだって分かっている。

それでも良い気分はしない。

「気持ちは分かるが、この街は辺境ではマシな方だ。 自警団もろくにいなくて、獣の襲撃に毎日怯えているような街も珍しくは無いのだ」

「分かっていますよ」

「そうか。 ならば許してやってくれ」

「気が向いたら」

あたしの機嫌が悪いことを察してか。

フリッツさんは頭を掻く。

そして、軽く会合の結果について話してくれた。

まず、薬をある程度譲渡することを決めたそうである。

そうかそうか。

あたしが苦労して作った薬をか。

対価は。

聞くと、フリッツさんは、視線を荷車に向けた。

一緒に護衛として来ているタレントさんや。この間の難民の中で、もう怪我が快癒した輸送要員が運ぶ荷車に。鉱石がある程度積まれている。

薬の量に比べて少ないような気がするが。

あれが精一杯、という事なのだろう。

商人もいるようで。

帰り道、商人にとってはキルヘン=ベルへの途上。護衛して、共に行く事になったそうだ。

宿に関しても、見張りはまとめてこの街の住人が責任を持ってやってくれるそうである。

なら大丈夫か。

もしも何か問題が起きたら。

それこそ、大幅な譲歩の結果、せっかく手に入った錬金術の薬などが、全部台無しになるし。

そうならなかったとしても。

次からの取引が無くなる。

それくらいの計算は。

この街の人間だって出来るだろう。

公認錬金術師が来てくれれば。

そんな声が、何処かからか聞こえる。

だが、そもそも公認錬金術師試験が、極めて狭き門。しかも、錬金術を使える人間は才能が絶対条件で必要だとかで限られている。

そんな中で、公認錬金術師が来てくれて、住み着いてくれる街は本当に幸運なのだろう。

商人はホムで。

まだ駆け出しの商人だと、紹介された。

ぺこりと頭を下げる商人は。

殆どコルちゃんと見分けがつかなかった。

ちなみに錬金術について聞いてみたが。

使えないそうである。

ホムは傾向としてゆっくり喋るのだが。

それはこの商人も同じだそうだ。

ちなみに性別は女性だそうだが。

ホムは生殖の方法が人間と違う事、更に男女での能力差がほぼ無いに等しい事などもあって。

あまり性別は関係無いそうである。

「キルヘン=ベルにも商人がいると聞いています。 今後を考えると、良い関係を構築していきたいのです」

「コルちゃんもそう思っているだろうから、仲良くしてあげてね」

「分かっています」

とはいっても。

お金の世界はシビアだ。

コルちゃんも、相応に一線を引いて対応するだろうし。

この商人も、同じだろう。

宿の部屋で休む。

あまり良い部屋では無いが。

ホムの商人、リペアさんと軽く話して、ホムについての色々を教えて貰う。

ホムは魔族以上の寿命を持つ上に。

年老いても見かけが殆ど変わらない、という話もされる。

ホムばかりが住んでいる街、というのは殆ど無いらしく。

商人として各地を周りながら。

気に入った街に定住したり。

商売に嫌気が差した所で、資産をはたいて比較的大きめの街に住み着いたり。

そういう人生を送るホムが多いそうだ。

勿論危険も多い。

ホムの肉は美味だとか匪賊の間で噂が流れているのはあたしも知っているが。

そういう事もあって、匪賊に襲われる頻度も多く。

護衛の質には特に気を遣うそうである。

「ごく希に、自力で身を守れるほど強いホムもいるそうなのですが、私はとてもそんな力は無いのです」

「大丈夫、キルヘン=ベルまでなら絶対守ってあげるよ」

「頼もしいのです」

各地の話も聞く。

ラスティンの首都であるライゼンベルグだが。

流石に巨大都市という事もあり。

かなりの数のホムがいるそうである。

結婚して、家庭を持つホムも多いそうだ。

なお、ホムはあまり結婚する事は多く無いらしいのだが。

いざ家庭を持つと、かなりの数の子供を作るそうである。

生殖方法がヒト族とは違うらしいのだが。

詳しい話は流石に教えてくれなかったし。

聞くのもマナー違反だろう。

ただおなかを痛めて産む事はないらしく。

女性のホムも、子供を作るときに負担が掛かることは無いそうだ。

「そろそろ寝なさい」

モニカに怒られたので。

休む事にする。

なお商売の話は、コルちゃんとするように、と事前に決められているらしいので。

あたしの方で、商売を直接することは出来そうに無かった。

まあ、こればかりは仕方が無いか。

一晩ぐっすり休んで。

早朝には出る。

帰り道はフリッツさんとハロルさん。それに大型の荷物を運ぶ人達と。護衛として来ている獣人族の戦士数名と一緒。

行きよりも格段に楽になりそうで。

個人的には嬉しい限りだった。

案の定、この戦力に喧嘩を売るのは自殺行為だと考えたのか。

帰り道に仕掛けてくる阿呆はいなかったし。

その分、あたしも。

体力を温存することが出来たのだった。

 

2、新しい釜

 

アトリエに戻ると。

丁度釜が納入されている所だった。

ロジーさんが、この間街に加わった元難民の人達数人と、力を合わせて釜を運び入れている。

アトリエの入り口は、ドアを大きく広げる事が出来るようになっているのだが。

それはこの時のためだったのだなと、何となく見ていて思った。

釜の設置まで、あたしはやる事がないので。

隙を見て、コンテナに収穫を運び入れる。

なお、護衛してきたホムは。さっそくコルちゃんと話を始めているようで。

何か良い物資が街に行き渡れば良いのだけれどと。

あたしはオスカーとモニカに手伝って貰い、回収した素材をコンテナに入れながら思うのだった。

コンテナの上では、プラフタが指示を出している声と。

ロジーさんが細かく設置する際の注意について、色々と話をしている。

釜そのものも並行にしなければならない。

更に、これから最終的な加工はあたしがやらなければならないので。

まだまだ手間が掛かる。

コンテナで作業をしている内に。

ロジーさん達は引き揚げて行った。

上がってみると。

黒光りする釜が。

前に使っていた釜があった場所に。

どんと鎮座していた。

重厚で。

とても力強い。

暖かみがあったおばあちゃんの釜とは。

随分雰囲気が違う。

「ソフィー。 では、さっそくこれを使えるようにしましょう」

「先に掃除はしなくてもいいの?」

「もう済ませてあります」

そうプラフタが言う。

確かに周囲は妙に綺麗だ。

モニカが手伝うかと聞いて来たが。

プラフタは、大丈夫だと、やんわりと断った。

まあ此処からは。

あたしが経験を積まなければならないから、なのだろう。

事前に準備をした薬品類を出す。

二人を帰してから。

まず、周囲の空気の流れを、魔術で遮断する。

これについては、錬金術の道具でやる場合もあるらしいのだけれど。

あたしの場合は魔術が使えるし。

一度使えば、停止するまでは効果が継続するので、気にしなくても良い。

もっとも、その分空気が薄くなるので。

長時間の作業では、体を壊す可能性が出てくる。つまりぱっぱとやって。さっさと終わらせなければならない、という事だ。

まず最初に、釜をコーティングする。

これにつかう薬品は。

金属を覆い。他のものと反応しないようにするものだ。

板材などを作る時に使う、ニスのようなものだと、プラフタは言うが。

しかしながら、絶対に素手では触らないようにとも念押しをされたので。

結構な有毒物なのだろう。

念入りに、丁寧に。重ねて塗っていく。塗るのには刷毛を使うが、これも使う前に徹底的に蒸留水で洗浄し、更に煮沸消毒までしている。

釜の内側だけではなく、縁の辺りにもしっかり塗り混まなければならない。もっとも、外側までは必要ないが。

この塗りの作業を、乾燥させた後、数度繰り返し。

その後、熱を加え。

中和剤を練り込んでいく。

中和剤を使って変化を促した後。

更に別種の薬品を塗り込む。

こうすることにより。

金属と、釜の中に入れるものが、変化を起こさないように。徹底的に、ものとして隔離するのだ。

前の釜は、この隔離する薬剤が、剥がれ掛けていたらしい。

プラフタの指示を受けながら。

何度か冷や汗を拭いつつ。

外で空気を吸ったり。

休憩を入れながら。

作業を進めていく。

温度を一定に保たなければならない場面もあり。

その時は魔術で外側から干渉しつつ、ぼんやりと見守らなければならなかった。当然この間、他の錬金術は出来ないし、色々と面倒である。

また、薬品を塗り重ねる時にも。

それぞれ空気の全入れ換えを行わなければならず。

しかも埃などが入らないように遮断もしなければならないので。

兎に角大変だ。

「釜がどうして高いか分かりましたか?」

「うん。 まあこれは高いね……」

「私達も、釜を最初に手に入れるまでは、随分と苦労を重ね……た気がします。 口惜しいですね。 隣にずっといた人の顔も名前も思い出せないというのは」

「何か大きな出来事があったのかな」

プラフタは黙り込む。

図星か。

まあいい。

少し手が空くので。

その間に、この間考えたレシピを見せる。

内容的にはそれほど難しいものではない。

簡単に説明すると。

自動で動く荷車である。

命令は前進、後退、待機、追従、くらいしかできないが。

荷車が重さを判断し、無理がある場合は警告もしてくれるという優れものだ。多分客観的に見ても優れていると言えるだろう。

作り方は友愛のペルソナと同じで。

荷車に塗料を使い。

中和剤で変化を誘発し。

更に意思を持たせる。

こうすることによって、簡単な命令を実行できる荷車が完成するのである。

荷車そのものが意思を持つ、というのが重要で。

例えば悪霊などを憑依させる場合、この悪霊に命令を錯覚させるのが結構大変だったりするのだが。

荷車そのものが意思を持つことにより。

荷車がダイレクトに行動してくれる。

重量警告機能も中々である。

あたしのレシピを見て、プラフタはしばらく黙り込んでいたが。

いずれにしても、内容は問題ないと判断したようだった。

プラフタにレシピを書き込む。

だが。

ここのところ、プラフタは、レシピを書き込んでも、劇的な記憶の回復をしなくなってきている。

今回も、それに関しては同じだった。

「……街で顔役をしていた気がします。 しかし良い思い出が無いようにも思います」

「500年前と言えば、公認錬金術師制度もなかった時代でしょ? 錬金術師が二人もいたら、顔役は当然じゃ無いのかな」

「それも引っ掛かります」

何だか分からないが。

プラフタは、顔役というものに、もの凄い不快感を覚えるというのである。

あたしがこの世界の不公平さに不快感を覚えているのと同じだろうか。

まあ、何か大きな事があったというのは、ほぼ間違いなさそうだ。

釜の作業に戻る。

最後の薬液を塗り。

中和剤を塗って。

変化を誘発させる。

これまでに使っているのは、念入りに蒸留した水から作った、高精度の中和剤である。

同じ調合の時は。

同じ中和剤を使う。

これは絶対だ。

いずれにしても、釜は完成。

良い感触である。

ただ、乾燥を兼ねて、数日は寝かせた方が良いと言う事なので。その間に、釜を使わなくても出来る荷車の方を作る。

まずは自分の荷車から改良である。

少し前に改良したばかりだが。

それでも、更に強化出来るのなら、やっておいた方が良いだろう。

塗料を使い。

中和剤を練り込み。

変化を促しつつ。

顔も描く。

ご機嫌で作業をしているあたしだが。丁度様子を見に来たモニカが。極彩色に塗られている荷車と。

荷車の後ろに描かれている顔を見て。

真顔になった。

「何をやっているの、ソフィー。 前衛芸術?」

「錬金術だよ」

「釜は、もういいのかしら」

「その釜を乾かすのに時間が空いたから、新しいレシピを試しているところ」

今のところ、変化をさせる過程で、抵抗は無い。

ただ、この手の錬金術は、「ものに意識を宿らせる」過程でどうしても時間が掛かってしまう事と。

模様次第で、命令がとんでも無い内容にすり替わってしまうのが問題で。

今回の場合も。

マーブル模様に塗りたくっている模様は。

きちんとそれぞれ意味があって、車軸などに伸びているのである。

「ま、前のシンプルな荷車の方が良かったのではないかしら」

「マイスターミトン便利でしょ? 友愛のペルソナも」

「それはそうだけれど」

「だったら文句言わない。 これが完成したら、荷車が勝手に動くようになるんだから」

荷車が勝手に動くと、モニカが愕然と呟く。

モニカは何だか未知の生物でも見ているような目で、あたしが楽しく塗料をまぶして、中和剤で変化を促している荷車を見ていたが。

いずれにしても、理解が及ばないと思ったのだろう。

魔術でも、エンチャントといって、ものにある程度の何かを付与するものがあるのだけれども。

それも、此処までの細かい事は出来ない。

出来る事は出来るが、それは超高度な魔術に分類されるもので。

とてもではないがひよっこが手出しできる範囲の魔術ではない。

錬金術が、魔術の上位互換だとよく分かる。

作業完了。

後は調整を明日以降やって、上手く行っているか確認だ。

釜が乾くまでは時間がある。

その間に、これのお披露目も出来るだろう。

 

街の顔役達が、いつもの実験場に揃ったのは、翌日夕方。

魔族にはこの時間が丁度良い事もある。

あたしが持ってきた、極彩色で、顔が描かれている荷車を見て、皆真顔になったが。咳払いしたあたしが命令をすると、荷車は見事に動いた。

前進。

後退。

それぞれよどみなく動く。

動きはとても滑らかで。

どよめきさえ上がった。

動いているのを、そのまま停止させることも出来る。また、追従を指示すると、あたしが蛇行して歩いてみても、結構器用についてくる。石などの障害物を置いた場合も、きちんとかわして、時間は掛かってもあたしの所まで到達する。

更に、である。

重量制限の確認機能は売りの一つだ。

石材などを乗せていくと。

どうしても荷車に大きな負担が掛かってしまう。

ある一点で、荷車が喋る。

「重量オーバーです」

「おお……」

ホルストさんが、感心したように頷く。

ハイベルクさんは、腕組みした後、眉をひそめた。

「あの極彩色と顔は何とかならんのか。 子供が怯えて泣くぞ」

「錬金術で必要な事なのだろう。 なんならカバーでも掛ければ良い」

「カバーは良いですけれど、顔は隠すと動かなくなるので注意してください」

「そ、そうか」

助け船を出してくれたらしいヴァルガードさんが、困り果てた様子でぼやく。ハイベルクさんはしばらく悩んでいたが。

しかしながら、実用性は認めざるを得ない、と判断したのだろう。

「後は安全性だな」

「オスカー、ちょっと良い?」

「おいらで実験かよ」

「ごめんごめん。 でも、ぶつかったら一食おごるから」

そういうと、オスカーはまんざらでも無い顔をした。

すぐに痩せられるオスカーだが。

体型からも分かるように、結局の所食べるのは大好きなのだ。

さきほど追従させた時にもあたしにしっかりついてきたように、荷車は命令者の指示通りに動く。

この命令者設定は、荷車の顔の部分に触れて、認証コードを呟けばいい。

それについて説明した後。

オスカーが命令者になってもらう。

なお、認証コードは上書きされ。命令者は一度に一人しかなれない仕組みだ。

色々なものを造り。

ものに意思を宿らせるようになってきてから。

あたしでも、これくらいの応用は出来るようになって来ている。

もっとも、こんな程度の応用は、プラフタに言わせれば初歩の初歩だろうけれど。

「前進、前進、待機。 おっ、本当に凄いな」

「障害物に向けて進ませてみて」

「了解だ。 後退、後退、お、迂回するんだな」

「そうだよ」

そしてここからが問題だ。

あたしが荷車の進路上に立つ。

オスカーに頷く。

少し躊躇った後、オスカーは荷車を、あたしに向けて前進させた。

この場合、荷車がぶつかる役をするのは、当然あたしである。オスカーに命令者をやってもらうのは、責任が伴うから。失敗した場合オスカーへのわび賃としての一食おごり、というわけである。

当たり前の話だ。

前にマイスターミトンや友愛のペルソナの実験の時にはモニカにやってもらったが、あれは剣術に対する知識が深いからである。あたしはステゴロの方が得意だし、仕方が無かった。

荷車は、黙々淡々と進んでいたが。

あたしの前に来ると、ぴたりと止まり。

警告音を発した。

「人にぶつかる可能性があります。 迂回します」

「素晴らしいな」

また感嘆の声が漏れる。

ハイベルクさんも、流石にこれでは文句の言いようもないと思ったのだろう。

とはいっても、最後までこの恐ろしい顔はどうにかならないのかと、ぼやき続けていたが。

とにかく、お披露目は成功である。

ホルストさんに納品の話をすると。

少し悩んだ後、五両ほど欲しいと言われた。

サイズに関しては、作業用のものが四つ。大型のものが一つ。

大型のものは、本来牛などを用いて引くサイズのものだが。

牛は結構あれで忙しい。

荷車を引くのに使わなくても仕事がある。

その分手が空く、というわけだ。

勿論繊細な作業をする場合は、人間が手押しに切り替えることも出来るわけで。

キルヘン=ベルを今後拡張していくことを考えると。

有用な戦略物資である。

様子を見に来ていたコルちゃんが挙手。

「私にも一つ貰えますか」

「良いよ。 正式な注文と言う事で構わない?」

「はい。 ホルストさん、お値段は其方の指定値にあわせますのです」

「分かりました。 後で具体的な値段のすりあわせをしましょう」

荷車そのものに関しては、一旦ホルストさんがロジーさんの所に発注してくれるらしい。ロジーさんはロジーさんで、材木加工などを何人かに分割発注するそうだ。あたしがやるのは差額分の作業で。それ故に、さほど高額にはならない。

こうすることによって、ロジーさんの所にも、材木加工をする人にも収入が入る。

また、この荷車が導入されることによって、老人や子供でも、厳しい運搬作業への協力が可能になるため。

家を建てたり。

街の守りを固める設備を強化したりと言った力がいる作業にも。

積極的に参加する事が出来るし。

更には賃金も発生する。

こうすることでお金が回るのは、とても大きい。本来なら力仕事に適さない人でも、力仕事に荷担でき、より効率よく経済が回るのだ。

またこの荷車は、単独では殺傷力を有さないため、他の街に対してかなりの高値で売ることが出来るだろう。

当然あたしのオリジナルレシピだが。

勿論理論上出来るという事は、他の錬金術師も似たようなものを作っている可能性が高い。

流石に公認錬金術師がいる都会では売れないことを考慮し。

強気の値段では売らない方が良い、といった工夫がいるが。

まあその辺りは、あたしが考える事じゃ無くて。

ホルストさんが戦略を練る話だ。

いずれにしても、お披露目は上々。

あたしの所にも新しい仕事が入る。

更に釜ももう出来上がる。

今の時点では。

大体、何もかもが順調だ。

家に戻り、釜の状態を確認。プラフタがチェック項目を挙げてきたので、全てを確認していく。

全部見たところ。

問題は無い。後もう少し乾燥させれば完了だ。さび止めに関しては、錬金術で変化させている金属で作っているので、あまり気にしなくて良いと言うことだが。一応念のためさび止めは塗っておく。

勿論さび止めを塗るのは外側の部分だけで。

今まで散々コーティングした場所と変な反応を起こされると困るので、それに関しては丁寧に線を引いて、混ざらないよう注意する。

今までの作業と、つぎ込んだお金が台無しになったら最悪だ。

あたしも今までとは桁を違うお金を扱うようになって来ているし。

逆にそれが故にお金がどれだけ大事かもよく分かっている。

丁寧に処置を済ませると。

魔術で空気の入れ換えをして。

更に細かく仕上げをして。

終了。

あと、数日この緊張感が続くと思うと。流石に疲れがこみ上げてきたので、もう寝ることにする。

ベッドに入ると。

プラフタが、話を振ってくる。

「ソフィー。 上手く行っていると思っていますか?」

「どうしたの、急に」

「どうなのです」

「そうだね、少し上手く行きすぎているとは思うね。 戦闘ではかなり危ない目にもあっているけれど。 錬金術は順調すぎるくらいかな」

灯りを消す。

暗闇の中で。

プラフタは。本である体が、魔力を帯びているためか。

うっすら輝いている。

と言うか、魔力があるあたしには、輝いて見えている、と言うべきなのだろうか。

「私は錬金術に関しては兎も角、魔術に関しては才能が無く、結局使う事が出来ませんでした。 体もそれほど強い方ではありませんでしたから、錬金術を使えるようになって、文字通り世界が変わったように感じていたような記憶があります」

「あたしもそれは同じかな……」

「いえ、魔術が使え、体術も出来る上、基礎的な錬金術の機材類を最初から所有していた貴方とは、土台が違っていました」

「……」

プラフタは何を言おうというのだろう。

気を引き締めろ、という事か。

だが、プラフタはあたしの作るものに、いつもかなり厳しい評価をしている。そして努力した分の評価もしてくれる。

今更、それが必要だろうか。

「私は、順調に進んでいると思っていた時に、とても大きな挫折を味わったような気がしてなりません」

「……ひょっとして、思い出せない友達にも絡んでいるのかな」

「そうかも知れません。 その失敗のことを思い出す事は出来ないのですが、とても心苦しいです。 私に取って誰よりも大事だったその人は、私以上にその失敗で傷ついていたような気がしてならないのです」

昔は、錬金術師とは呼べないような詐欺師が、大手を振って歩いていたという。

プラフタの苦労は、そういう所から来るのだろうか。

いや、どうも違う気がする。

何か、大きな事を見落としているのではないのだろうか。

プラフタの記憶の欠損には。

どうも作為的なものがないか。

竹馬の友がいたのなら。

どうして真っ先に思い出せないのだろう。

その友達のことで。

余程のことがあっただろう事は、容易に想像できる。

だが、それにしても。記憶が戻ってきているし。錬金術に関しては公認錬金術師顔負けの知識を持つだろうプラフタが。

どうして其処だけは思い出せない。

考えられる事としたら。

トラウマか何かか。

「気を付けなさい、ソフィー。 人はとても残酷な生物であるように思えてならないのです」

「……」

それについては大丈夫だ。

あたしは、自分を知っている。

自分がどれだけ残忍で。

利己的な怪物であるかを理解している。

怪物であってもどうにもならない事だって分かっている。

だが、プラフタは、それも知っている筈だ。どうして今になって、そんな忠告をしてくるのか。

気にはなる。だが、それ以上は、分からなかった。

 

3、新しい力

 

新品の上に。プラフタという専門家が懇切丁寧に鍛冶のプロであるロジーさんと打ち合わせをし。

可能な限りのリソースをつぎ込んで作り上げた錬金釜が。

完成した。

さっそく薬を作って見る。

確かに前よりもいいものができる。

あたしの腕が上がっている、というものもあるけれど。

徹底的に薬品によって隔離した鍋の中。

とても高い精度で薬が練り上がり。

ものが意思に沿って変質していくのは、圧巻ですらある。

雑音もかなりクリアに。

そしてスムーズになっていた。

「良い感じですよ、ソフィー」

「本当にお婆ちゃんの釜、古くなっていたんだね」

「もしも本当に最高の釜を作ろうとするのなら、貴方の実力が今よりずっと高くなければなりませんよ」

「分かってる」

前にも言われたから、分かっている。

いずれにしても、山師の薬を造り。ついに60点を貰う。

まだまだ低いような気がするが。

この辺で、足を運べる地域にあるものとしては、最高の薬草を使い。

それでたたき出した点数だ。

実際、前の薬とは、傷の治る速度も違うし。

更に実際に自分で使って見て分かったが。

体力の回復効果もあるようだった。

使って見ると。

体がぽかぽかする。

栄養剤を飲み下したかのようである。

「このくらいの品なら、もはや都会で売られている錬金術の薬にも引けを取らないことでしょう」

「本当に?」

「保証しますよ」

「そっか。 ようやく、初心者脱出だね」

感慨深い。

才能があるとか言う話だったのに。

どうにも上手く行かなくて。

苦悩し続けていた日々。

努力を重ねて。既に半年を軽く過ぎた。

そしてようやく、一流の錬金術師に、一人前と言われたのである。これほど嬉しい事は他に無い。

さっそく自分用のものをコンテナに。

残りはホルストさんの所に納入してしまう。

ホルストさんは、薬を使って見て、これは良いと満面の笑みである。普段から優しい笑みを浮かべているホルストさんだが。いつもより笑顔が優しいように思えた。

「大枚をはたいて釜を変えたという事ですが、これほどの薬が作れるようになるとは、その甲斐はありましたね。 これからもお願いしますよ、ソフィー」

「はい」

料金もかなり増やして貰った。

品質を評価して貰った、という事だ。

そして、である。

化膿止めや熱冷まし。純粋な栄養剤なども、納入しておく。

そういえばこれらのお薬は、全てコルちゃんに管理を任せるのかと聞いてみたが、それはない、と言われた。

「こういった薬は、いざという時に生命線になるので、私の方で一定量を必ず管理しています。 最悪のタイミングで疫病が流行るケースも想定しなければなりませんから、金が絡まない所で、物資はどうしても蓄積する必要があるのですよ」

「なるほど。 色々と考えているんですね」

「当然です。 いずれにしても、今までは守りの時でしたが、今後はどんどん攻めに転じて行きますよ。 ソフィー、森を拡げる方法について、考えて貰えませんか」

来たか。

おばあちゃんがやっていた錬金術の中で、もっとも重要な一つは。

キルヘン=ベル近郊の森の拡大だ。

やせこけている土地を豊かにして。

植物が育ちやすいように改良し。

土地の保水力を上げると同時に。

最悪の場合の、食糧供給源にもする。

キルヘン=ベル周囲には、自給には充分な畑もあるけれど。その畑の土は、おばあちゃんが錬金術で豊かにしたもので。

その手が及んでいない外側は。

乾燥した地獄そのものだ。

そして、今人口流入が始まっているキルヘン=ベルである。

畑の拡大も考えなくてはいけない。

いずれにしても、今ならレシピを作れるかも知れない。

ホルストさんに何とかしてみると答えて。

アトリエに直帰。

早速全自動荷車は大活躍で。あたしに追従して、アトリエへの道をついてくる。見ると、街の防壁の何カ所かの強化作業を始めていて。それの工事にも、既に納入した全自動荷車が既に活躍しているようだった。

アトリエに戻り。

レシピを確認する。

おばあちゃんが使っていた栄養剤について調べて見ると。

少しばかり難しい事が書かれている。

土地に栄養を与えるのでは駄目だ、というのである。

「? 栄養剤なのに、土地に栄養を与えるわけじゃないの?」

「ソフィー。 この世界では、創造神がやる気を放棄した、という説があります」

「知っているよ」

「その説の本当の意味は。 この世界の荒れ果てた有様は、創造神が力を送っていないのが理由、というものなのです」

なるほど。

それを加味して。

もう一度おばあちゃんのレシピを見てみる。

そうすると、なるほど。

大気中に満ちているマナを、正常に循環させることで。

土地に本来存在している潜在能力を開花させ。

土地を緑化する。

そういうプロセスを、薬によって行うらしい。

そうなると、栄養を詰め込むだけではだめか。

勿論栄養も必要にはなるが。

それだけでは駄目。土地そのものの意思に沿って土地の変質を促す、という作業が必要になる。

つまり薬を使う事によって。

錬金術で主体になるものの変化を。

土地そのものに引き起こす、というわけだ。

素材もかなり複雑なものが必要になってくる。

ざっと見ると。

一番良いのは、邪神の肉体だというのがあって。流石にそれは絶息しかけた。この街にいる面子を総動員しても、下級の邪神に命がけで挑んで、半分も生き残れるかどうか、というところだろう。

全盛期のプラフタやおばあちゃんがいるなら兎も角。

現時点での戦力では無理だ。

レシピを確認する。

それによる説明は、こんなところだ。

本来世界を豊かにする役割を担っているのは、邪神やその下位存在である意思無きマナの塊。つまり精霊と呼ばれているものらしい。こういった世界の「要素」が、きちんと循環していれば。世界はもっと豊かになり。場合によっては、わざわざ畑なんて耕さなくても、にょきにょきと有益な植物が生えてくる程なのだそうだ。

つまりそれだけ創造神がさぼっている、ということであるとおばあちゃんは、怒りに満ちた筆致でレシピに私情を持ち込んでいた。

おばあちゃんの怒りは兎も角。

実際問題、おばあちゃんの薬が、劇的に土地を豊かにしているのは、紛れもない事実である。

それならば、レシピを解析して。

栄養剤を作っていくしかないだろう。

しばらく材料を見ていたが。

これは、ネームドの猛獣を仕留めるしか無いかも知れない。

どうやらネームドの猛獣は。

本来あり得ない力を得ている動物であることが、殆どらしいのだ。

確かにあの異常なキメラビースト、沈黙の魔獣も、本来だったらあり得ないサイズまで巨大化していた。

これらは、本来は自然を循環している力を何らかの形で取り込んだ事で生まれた変異体であって。

その自然を循環している力を取り出せば。

栄養剤に出来ると言う。

しまったとぼやく。

沈黙の魔獣、体の一部しか持ち帰らなかった。

あれ全部持って帰っていたら。

今頃、そのまま鍋にぶち込んで、栄養剤に出来ていたかも知れない。

勿論あの時は、全員が満身創痍で、それどころではなかったが。

それでも後からこういうことが判明してくると。

悔しくもなる。

だが、回収したものも、あるにはある。

沈黙の魔獣の牙数本。腕の皮。

これらは回収した。

腕の皮については、かなりの品質だと言う事で、コルちゃんに複製を頼んでいる。多分、複製はとっくに終わって、在庫になっている筈だ。

牙については。

これをわざわざ砕くのは骨だろう。

そうなると、皮を使った方が良いか。

さっそくコルちゃんの所にすっ飛んでいく。

コルちゃんは、荷車に命令して荷物を整理しているところだったらしいのだけれども。

あたしがすっ飛んできたのを見て、商売の臭いを感じ取ったのだろう。

口元を抑えて聞いてくる。

「どうしたのです」

「この間増やして欲しいって頼んだ沈黙の魔獣の毛皮、仕上がってる?」

「はい。 ただ、少しお高くなりますよ」

コルちゃんが言うには。

あれから、毛皮の品質を見たホルストさんが、三倍くらいの注文を入れてきたらしい。そして仕上げた分は、即座にレオンさんの所に回され。加工されて、強力な防具として、自警団の戦士達に回されているそうだ。

皮鎧といっても、皮の品質次第で、矢でも弾丸でも防ぐ。

ネームドの猛獣の毛皮ともなると。

豆鉄砲のような小口径銃の弾丸なんて、それこそはじき返してしまう。勿論遠矢も同じ事だ。

そういえば、少し前からタレントさんが着込んでいる鎧に、何カ所か見覚えがある毛皮の衣装があった。

要所にあの毛皮を使っている、という事か。

レオンさんめ。

そういう事をしているなら、教えてくれても良かったのに。

「早速一つ貰える?」

「毎度ありなのです」

コルちゃんが取り出してきた毛皮は。

丁寧になめされていて。

とても手触りが良く。

非常に強力な魔力を含んでいて。

温かいほどだった。

こんなもんを身に纏っていれば、それは手強いのも納得できる。すぐに持ち帰ってプラフタに相談。

だが、プラフタは。

コレは使えないと即答した。

「これは強い魔力を秘めてはいますが、あくまで末端です。 土地の豊かさの中核になるには、それこそ邪神の体の一部や。 ネームドの猛獣で言うならば、心臓などが必要になって来ます」

「そっかあ。 高かったんだけれどなあ」

「これはこれでいずれ使い路がありますよ。 どのみち、ネームドを退治するのは、この街の戦略として挙げられていたでしょう。 戦力は充分に整っています。 手頃なネームドを狩り、街の安全圏を拡げに行くのはどうでしょう」

よく考えると。

プラフタとあたしは酷い会話をしている様な気もするが。

まあそれが一番手っ取り早いのも事実だろう。

準備を終えると。

すぐにホルストさんの所に行く。

ネームドの退治となると、相応の危険を伴う。

相談に行くのは当たり前の事だ。

 

街から直接北上。

しばらく行った所に。

真っ黒な森がある。

昔は匪賊がねぐらにしていたらしいのだが。

この間の討伐作戦で致命傷を受け。

此処を放棄して逃走。

その代わり。

ネームドが住み着いた。

そういう話がある。

今回は、威力偵察である。勿論倒せるようなら、倒してしまう。それが目的だ。

ホルストさんには、ネームドの持つ強い生命力が、栄養剤には必須になる事を告げている。

ちょっとした土地の作物を豊かにするだけの栄養剤だったら、別にその気になればいつでも作れる。

栄養を混ぜ混ぜすればいいだけで。

錬金術さえ必要ないだろう。

だが此処で求められているのは。

街の周囲の森を拡大し。

畑になり得る豊かな土地を拡げ。

多くの人間だけでは無く。

多くの獣も、荒ぶらずに生活できる森を作る栄養剤だ。

それには、本来の土地が得ている力を過剰に搾取し。体に蓄えているネームドをブッ殺して。

体内から、本来土地に配られるべきだった力を奪い。

それを錬金術で更に変質させる必要がある。

考えて見れば。

各地の公認錬金術師達も。

こうやって、人間の生息域を拡げているのかも知れない。

そうなると、生息域が中々拡がらず。

人間が増えないのも納得である。

この間戦った沈黙の魔獣にしても、ネームドの中では特に強いわけではないだろう。

あんなのを倒し。

そして無事に素材を回収しなければならないのだ。

今回交戦が想定される相手は、ぷにぷに。それのなかでも、特に強力な、いわゆる「提督」である。

あどみらぷにとも言われる事がある。

このクラスになると、ぷにぷにといえども他の猛獣と遜色ない戦闘能力を手に入れ。

軟体の体から無数の触手を伸ばし。

獲物を貪り喰いながら。

巨体を引きずって、各地で暴虐の限りを尽くす。

ネームドの中ではありふれている相手だが。

それでも決して弱いわけでは無いのだ。

更に言えば、複数いると言うことは、当然強さにもばらつきがある訳で。

弱い方だったら良いのだが。

もしも凶悪なタイプだったら。

逃げに徹するしかない。

戦力を整えて、再討伐をキルヘン=ベルの総力でやらなければならないだろう。

今回は、前回沈黙の魔獣を倒した時と、同じメンバーに来て貰っている。

違うのは、荷車が全自動式になった事で。

これにより、荷車に掛ける手が必要なくなる。

大変にこれが有り難い。

結構荷車の扱いというのは、手間暇が掛かるものなのだ。

更に、である。

レヘルンに改良を加えている。

シュタルレヘルンと名付けたこれは。

広域殲滅兵器だったレヘルンに改良を加え。

冷気に指向性を持たせたもので。

考え方としてはオリフラムに近い。

レヘルンそのものも火力を上げており。このシュタルレヘルンとは、使い方を変えていく事になるだろう。

他にも、ドナーストーンという爆弾も用意した。

これは雷撃を周囲にばらまくもので。

そもそも雷撃を帯びている鉱石を錬金術で変質させることで、爆弾にしたものであり。

文字通り雷がその場に直撃するほどの火力を発揮する。

魔術で防ぐのはまず不可能と、ヴァルガードさんのお墨付きで。

要するに、相手が錬金術師でも無い限り。

これを防げる生物は存在しない。

しかも雷撃は、まともに食らってしまうと、どれだけ強靱な生物でもまず助からない。

指向性を持たせる事には注意しているが。

これも取り扱いには特に念入りに気を付けなければならない爆弾である。

いずれも。

新しい釜で造り。

そして、街を更に拡大するために作り上げた切り札だ。

今後、外貨獲得のためにもホルストさんは販売を考えているようだが。

プラフタは反対しているらしい。

このクラスの道具になると、匪賊にでも渡ると想像を絶する脅威になるからで。

余程信頼出来る商人か。

或いは、大きめの街か、もしくは国と直接取引をするべきだろうと、慎重な対応を求めていた。

まあ確かに言わんとする事は分かる。

街の周囲の自然環境の改善は重要だが。

人間を無軌道に増やすと、秩序が壊れたときに地獄が発生する。

今後のためにも。

人間以外のためにも世界を改善する事はあっても。

人間だけのために世界を私物化してはいけない。

そうプラフタは言う。

言う事は分かる。

実際問題、今は人間の生活空間を改善する事だけが最低でもやらなければならないことなのであって。

今後はどうして此処まで世界が荒野に満ちているのか。

過酷なのか。

それを根底から調べ。

改善していくことを考えなければならない。

余裕が無いのは事実だ。

世界が残虐で。

弱者を常にすりつぶそうと目を光らせているのも事実だ。

だが、だからといって。

何もかも、人間が好き勝手にしていたら。きっと世界はより酷く。手酷く壊れてしまうだろう。

そうプラフタは。

ホルストさんに力説し。

街の重役達も、その言葉に聞き入っていた。

これ以上世界が酷い状態になったら。

それはもう、確かに冗談では無い。

何より、驚天の力を扱う錬金術師だったプラフタの言葉である。しかも恐らくはおばあちゃんより更に格上の存在だった、だ。

だからこそその言葉には説得力があるし。

無視もできない。

黙々と荒野を進む。

戻ってきたコルちゃんは、息を切らせていた。ジュリオさんも、慌てていた。

「方向転換だ」

「どうしたんですか」

「あどみらぷにと思われる存在が、移動した痕を見つけた。 どうやらキルヘン=ベル近郊の街道に向かっているらしい」

「!」

即時方向転換。

どうしてまた、そんな事をするのか。

いずれにしても、キルヘン=ベルにでも近づかれたら大惨事どころではすまない。

幸い、ネームドはブッ殺せば死ぬ。

邪神などは時間が経つと復活するという話を聞くし。

ドラゴンは殺しても殺しても現れるという話も聞くが。

ネームドは違う。

すぐに荷車に追従の指示を出し。

街道に向け走る。

途中、何カ所かで痕跡を見つける。

あどみらぷには、恐らくその半円形の体の高さだけで、あたしの二倍以上はあるとみて良い。

円形の生物は、凄まじい巨大さを誇るが。

此奴も例外では無い様子で。

近くで見ると、その圧倒的な大きさは、恐らく此方を威圧するレベルの筈だ。

フリッツさんが叫ぶ。

「急げ! 私が先行する! 不意打ちは考えなくて良い!」

「ならば僕が最後尾を守ります!」

「頼むぞ!」

フリッツさんが前に。ジュリオさんが殿軍に。

レオンさんがぼやく。

「元気ねえ」

「フリッツさん、妻帯者で、娘さんはあたしと同じくらいの年らしいですよ」

「それであんなに元気なのねえ」

ヒト族の限界寿命は獣人族とほぼ同じで100年、どんなに頑張っても120年と言われている。要するに魔族の半分である。

とはいっても、実際には40前後から衰え始めるのが普通。

一番ヒト族が力を発揮できるのは、経験と身体能力が噛み合う30代だという話もある。

フリッツさんは、とっくに衰えが体をむしばみ始める年齢であるのに。

その実力を常に維持している。

自警団の面子にコツを聞かれたとき。

趣味を全力で楽しむ事だと、楽しそうに答えていた。

まあ分からないでもない。

急激な方向転換からの疾走。

オスカーは平然とついてきているが。

あたしは皆に声を掛ける。

皆に掛ける言葉だから丁寧にだ。

「きついと思ったら、荷車を利用してください。 今回は採集をしていないから、人が乗るくらいの余裕はあります」

「大丈夫!」

オスカーが返事。他の皆も黙っているという事は、平気という意味だ。

痕跡が露骨になって来ている。

不意にフリッツさんが足を止め、手を横に。

そして、最大限警戒のハンドサインを出してきた。

全員が周囲に展開すると同時に。

地面が吹っ飛び。

巨体が姿を見せる。

向こうも気付いたのだ。

痕跡を残して此方を誘導しつつ。

途中で痕跡を丁寧にたどってバック。

奇襲する作戦を見抜かれたことに。

即座に、戦闘が開始された。

 

提督、と呼ばれるだけのことはある。その巨体は当然のことながら。奴は無数の触手を振り回しつつ。巨大な口を開けた。その口の中には、多数の音を出すと思われる筒状の器官と、鋭い牙が何重にも並んでいる。

多数の獣を喰らい。

噛み潰してきた口だ。

当然その中には。

人間も含まれているのだ。

聞き取れない音を、あどみらぷにが絶叫する。

聞き取れないのにどうして分かったかというと、物理的圧力さえ伴ったからだ。

そして、その結果。

周囲に無数の気配がわき上がる。

大量のぷにぷにが。

一斉に此方に向かっている。

見るだけで、それが分かった。

まずい。

此奴を速攻で潰し、囲みを破らないといけない。

フリッツさんが叫ぶ。

「囲みが到達する前に、首魁を叩く! 総力戦だ! 後ろは気にするな!」

「ヤー!」

全員で、巨体に躍りかかる。

長大で太い触手が振り回されるが。フリッツさんとジュリオさんが、見事な剣腕で斬り伏せる。

ハロルさんが長身銃で狙撃。

目をぶち抜くが。

しかしながら、ぶち抜かれた目は内側から爆ぜ。

そして新しい目が即時再生した。

というか、目がそもそも、人間などのそれとは構造が違っているらしく。簡単に言うと昆虫などのそれに近いようだった。

触手のラッシュだけでは無い。

あどみらぷにが、大きく息を吸い込み、体を膨らませる。

散開。

フリッツさんが叫ぶが。

次の瞬間には、爆発的な音波が、辺りを蹂躙していた。

接近すれば触手。

更に離れた相手には広域攻撃持ちか。

これは面倒だ。

更に、である。

触手で全身を支えるようにたわませると。

跳躍。

上空から、ボディプレスを仕掛けてくる。

それも、ただのボディプレスでは無い。

オスカーがコルちゃんを抱え。ハロルさんがレオンさんをとっさに庇い。他の者は、みんな飛び退くけれど。

衝撃波を伴う一撃は。

地盤さえ木っ端みじんに砕いて、辺りに地震を引き起こしていた。

凄まじい。

これはまずい。

キルヘン=ベルに乱入でもされたら。

途方もない被害が出る。

更に息を吸い、追撃を仕掛けようとするあどみらぷに。

だが。

奴が気づき、触手を振るって弾こうとする。

あたしが放ったレヘルンを、である。

遅い。

起爆。

強烈な冷気が、あどみらぷにを襲撃。爆裂しながら、一気にその全身を飲み込んだ。

しかしながら、手応えが浅い。次の爆弾を即時に取り出す。

なんとあどみらぷにが、凍った体の一部を、内側からぶち破りながら、姿を見せる。ダメージは受けているようだが。

体の構造が単純だと。

こんな受け技が出来るのか。

此方を見るあどみらぷに。

だが、その隙に、至近に潜り込んだモニカが、強烈な剣撃を連続で繰り出し、触手を数本、根元から斬り伏せた。

しかしながら、あどみらぷには、その巨体を揺らす。

揺らすだけで、その反動で、モニカが派手に吹っ飛ばされる。

何度か地面に叩き付けられ、バウンドして、岩に叩き付けられた。かなり遠くの、である。

体の質量を把握し。重心移動を理解していないとできない攻撃だ。

モニカはダウン。

だが。

その隙を突いて。

フリッツさんが、至近距離に。触手多数が迎撃に掛かるが。

真後ろからジュリオさんが、大上段からの一撃を降り下ろす。

あどみらぷにの巨体が、縦一文字にぶち抜かれる。

大量の体液が噴き上がる中。

絶叫しながら、あどみらぷには、それでも無理矢理体を接合。

そればかりか、体中に口を造り。

同時に息を吸い込む。

「まずい、離れろ!」

口の一つにハロルさんが長身銃からの狙撃を叩き込むが。

次の瞬間には。

辺り一帯に、指向性を持つ風がブチ撒かれ。

それぞれの風圧は、地面を大きく抉っていた。

なるほど。

ネームドの中には、ドラゴン級のがいるというし。

ぷにぷにでも最強ランクは、他の猛獣のネームドに劣らないと聞いているが。

それも納得だ。此奴の戦闘力は、並の猛獣の十倍から十数倍に達するだろう。

さらにあどみらぷにが形状を変える。

だが、これ以上、好き勝手させるか。

今の一撃で、オスカーが直撃を貰って、地面に転がっている。コルちゃんの盾になったのだ。

モニカは向こうで動けない。

レオンさんとジュリオさんは距離を取りながら走り、フリッツさんだけが触手の大軍と丁々発止の駆け引きをしている。

ハロルさんが警告。

「もうすぐぷにぷにどもが来る!」

「レオンさん、モニカの護衛を!」

「分かったわ!」

さて、ならば。

あたしも本気を出すか。

態勢を低くすると。

魔術により身体能力を極限まで強化。

真っ正面から突撃。

まず、フラムを投擲。

触手を複数伸ばしたあどみらぷにが、それを編んで盾にするが。

投擲したフラムはオリフラムだ。

角度を見ながら、起爆。

熱の暴力が。

奴の生体盾をぶち抜いていた。

燃え上がる「提督」。

悲鳴を上げる奴に、ハロルさんが連続で長身銃からの狙撃。しかし、それでも流石に古豪である。

触手を瞬時に束ねると。

無理矢理バネ状にして飛ぶ。

そして空中で形状を変えると。

三角錐になり、そのまま此方へ飛んでくる。

フリッツさんが、その時動いた。

全力で踏み込むと。

回転しながら、剣を振るう。

魔術を込めた剣舞だろう。

冷気の風が、奴を襲い。

一直線にあたしに向けて貫こうと飛んでいたあどみらぷにを、一瞬だけたじろがせ。

その瞬間、タイミングを完璧にあわせたジュリオさんが、テンプルスラストの衝撃波を放っていた。

三角錐の殺戮矢が、大量の傷口から体液をブチ撒け。

それでもあたしを狙って飛んでくる。

なんと体液を推力として噴出しながら。

加速さえしている。

面白い。

上等だ。

あたしの爆弾と貴様。

どちらが勝るか、勝負と行こうじゃないか。

投擲する。シュタルレヘルンを。

奴は、それを見て、大きく口を開ける。たくさんあった口を統合して、多分ピンポイントの音波攻撃で、あたしを木っ端みじんにする気だろう。

シュタルレヘルン起爆。

奴が強烈な音波砲を放つ。

ぶつかる二つの力。

真ん中で、まるで押し広げられるように、冷気の塊が皿のような形状に拡がっていくが。その時には、あたしは。

奴の横にいた。

投擲する。レヘルンを。

此方に対応しようと、触手を伸ばしてくるあどみらぷに。

マイスターミトンと友愛のペルソナの防御も、先からの激しい攻撃の余波で限界。触手が掠め、地面に突き刺さるが。

それとカウンターの形で。

敢えてレヘルンを投擲したのだ。

触手が掠めただけで、凄まじい痛みが脇腹に走ったが、気にしない。

起爆する。

もろに奴に致命的な冷気が直撃。

更に、これで注意が逸れたことで、シュタルレヘルンの冷気が奴に殺到。一気に空中で、氷漬けにした。

「コルちゃん!」

「はいなのです!」

氷を内側からぶち抜こうとしているあどみらぷにに。

コルちゃんが、仕込み手甲からの一撃を叩き込む。

内側で逃げ場が無い爆発が反響。

滅茶苦茶に全身を破壊されたあどみらぷにが、氷が砕けるのと同時に。ずたずたになりながら落ちてくる。

地面で、激しく破裂した奴は。

それでも、どうにか再生しようと、震えていたが。

ジュリオさんとフリッツさんが。

其処には待ち構えていた。

滅多打ちに、容赦の無い攻撃が加えられる。

かなり体積を減らしていたあどみらぷにには、もはや耐えるすべが無い。

更に、半笑いを浮かべたまま歩み寄ったあたしが。

フラムを放り込む。

全員が飛び退くのと同時に。

爆裂。

その場には、キノコ雲が上がっていた。

 

4、勝利と血痕

 

呼吸を整えながら。

親分が倒されたぷにぷにどもが。本能に従って、逃げていくのを見る。ジュリオさんとフリッツさんが追撃を開始する中。

レオンさんが、モニカを担いでこっちに来た。

オスカーも目を回している。

無事だったハロルさんと、比較的傷が浅いコルちゃんにも手伝って貰って、手当を開始。

幸い頭は打っていないのと。

友愛のペルソナとマイスターミトンの防御もあり。

二人とも、致命傷は受けていなかった。

てきぱきと手当をする。

モニカは意外に早く目を覚まし。

情けないと、苦笑いしていた。

「必殺の間合いだと思ったのだけれどね……」

「しっかり効いていたよ」

「……」

オスカーも目を覚ます。

応急処置完了。

あたしは、すぐに手袋を嵌めると。

「提督」の死骸を漁る。

一抱えもある巨大なぷにぷに玉が、複数出てくる。いずれも荷車に詰め込む。純度も高いようで、プラフタも喜ぶだろう。

そしてその中には、黄金のものもあった。

コレが多分、プラフタが言っていた、ネームドの核、心臓のようなものだと見て良い。此奴を使えば、かなり強力な、土地を緑化するための栄養剤が作れるはずだ。

あどみらぷにの体液自体も、大量に取れる。

流石に豊富な栄養を取っていたらしく、非常に濃い。

硝子瓶に採集している内に。

フリッツさんとジュリオさんが戻ってきた。

「街の方に逃げようとした奴らは斬ってきた。 後は散り散りだ」

「お疲れ様です。 此方の被害は、見ての通りモニカとオスカーは既に意識を取り戻しています。 頭も打っていません」

「うむ。 完勝とはいかなかったが、上々だな」

あどみらぷにの縄張りは広く。これでまた安全圏が拡がったことになる。この周辺でドラゴンは確認されていないから、採集のために行ける土地も拡がったことになる訳で、非常にめでたい。

更に強力な錬金術の道具も作れるだろう。

ドナーストーンは使えなかったが。

まあ実戦投入の機会はまだある。

こういうギリギリの戦闘の時は。

使い慣れた道具と、練られた戦術を駆使するのが大前提だ。

フリッツさんとジュリオさんが蹴散らしたぷにぷにの死骸も漁って、回収出来そうな素材は回収。

ただ。モニカとオスカーは、念のため荷車で運ぶ。

まあ帰り道くらいは良いだろう。

モニカは自身に回復術を掛けていた。余程悔しかったのだろう。だが、生き延びる事が出来たのだ。

この悔しさは。

次にぶつければ良い。

帰り道。

フリッツさんが言う。

「ザコ相手には非常に強力な防具になる友愛のペルソナとマイスターミトンだが、流石にネームドの攻撃が相手だと厳しい場面も多いな」

「そうですね。 そろそろ更なる強化道具を考えて見ます」

「うむ……」

おばあちゃんも、現役で暴れ回っていた頃には、もっと強力な装備を身に纏っていた筈だ。

キルヘン=ベルの繁栄を構築するだけで。

それだけの実力が必要だった、という事も意味している。

それにしてもだ。

気になる。

「あどみらぷにの動きが気になりますね。 どうして急に人払いもしてあった街道に向かったのか……」

「そうだな。 奴には明確な知能があった。 少なくとも普通の肉食獣並みの知能は備えていた」

あの痕跡の事だな。

あたしはそう思ったが。

流石にトップの戦闘力を持つ二人の会話は妨げない。

だが、ハロルさんが、不意に発言した。

普段は寡黙すぎるくらいだから。

皆の目が集まる。

「けしかけられたんじゃ無いのか、何かに」

「……可能性はあるな。 ノーライフキングだろうか」

「いや、違うと思いますよ」

あたしはその意見を否定。

ノーライフキングは、今はおばあちゃんが封印している状態。手下も大半を失っている筈。

あんな強力なネームドをけしかける力は無いはずだ。

だとすると。

匪賊は無理だ。

邪神にはそんな事をする理由が無い。ドラゴンには知能がそもそもない。

だとすると、残るものは。

深淵の者。

しかし、どうして深淵の者がそんな事をする。

そういえば、おかしな動きをしている猛獣が最近多い気がする。もし深淵の者が裏で何かをしているとしたら。

目的は何だ。

「深淵の者、か。 彼らとはどうにか接触をしたいのだけれどもね」

「案外、もう接触をしているかもしれないぞ」

「そうですね……」

ジュリオさんも苦笑い。

誰が深淵の者かまったく分からないのが現状なのだ。

ひょっとしたら、キルヘン=ベルの重役にさえ、深淵の者がいるかも知れない。

そして彼らは、決して悪意で動いている訳では無いとも聞いている。だとすると、何が目的なのか。

キルヘン=ベルが見えてきた。

とりあえず、一休みしてから。

栄養剤の調合について考えるとしよう。

釜は綺麗にしてある。

すぐにでも調合は出来るが。

その前に、傷を癒やし。疲れを取るのが先だ。

ふと、視線を感じる。

この視線、覚えがある。

なるほど、そういうことか。

ふふんとあたしは鼻を鳴らすと。

そのまま、気付かないフリをして。

凱旋を果たした。

 

(続)