邪獣滅すべし

 

序、戦いの後

 

アトミナとメクレットは、護衛の者達を連れて、激しい戦いが行われた、キルヘン=ベル東の街道を視察していた。

錬金術の産物である爆弾が多数使用された形跡がある事。

余裕があるうちは、死骸をまとめて焼いていた形跡が残っている事などから。

キルヘン=ベルは、ソフィーだけでは無く。

自警団の質も高いことが分かる。

手練れの傭兵としてはあの高名なフリッツが赴いていることを確認しているが。

それだけでは無理だ。

細かいところで、戦士の練度が高いことがすぐに分かるのである。

また、危険地帯を的確に抜けている。

ただ流石に戦力が足りなかったらしく。

丘で追撃を受けた辺りから。

敵死体の処理を出来なくなっているようだが。

仕方が無いので。

それは此方で代わりにやっておく。

此方も手練れだ。

そもそも、深淵の者は、500年掛けて育成してきた組織だ。

各地でこの世界の理不尽さに泣き。

怒りを蓄えてきたものをスカウトしてきた。

金だけ持っていて、何ら能力を持たず、権力にしがみついて弱者を虐げる圧制者や。

血統だけで金を引き継いで、錬金術師を騙る愚物やらも。

片端から暗殺してきた。

優秀な錬金術師でも、勘違いしてその力を自分のためだけに使い弱者を虐げる場合は、抹殺の対象になった。

昔、各地の匪賊と癒着していた対錬金術師の暗殺者組織も。

今では深淵の者が掌握。

これらの組織は、各国の腐敗官吏や。

腐敗錬金術師を消すために動いている。

ただし、私怨で動くことは御法度だ。

自分達がそれを示しているから。

組織は腐らず、500年間尽力を続けている。

ただしまだ創造神を叩き起こすには至らない。

人材は充分に集まってはいるのだが。

それでもだ。

偵察に出ていた若いヒト族の女戦士が戻ってくる。

「伝令っ!」

「聞こう」

「ノーライフキングの巣穴周辺にて、各地に散っていたノーライフキングの配下が集まっているのを確認できました。 かなりの数ですが、駆除しますか」

「無用」

アトミナが即答。

周囲に分かり易く説明するのは、メクレットの役割だ。

「ノーライフキングの弱体化と実力は既にキルヘン=ベルにも伝わったはずだ。 事実奴の配下でもトップの実力を持つ「紳士」が撃ち倒されたばかりだからな。 あの手練れ達なら、それでノーライフキングの現状の戦力を正確に把握しているだろう。 それならば、駆逐も任せてしまえば良い」

「成長の糧にすると」

「そういうことだよ」

ソフィーは。

プラフタが目を掛けているという事は、相当な才覚の持ち主だ。

事実爆弾などの跡を見ると、かなりの才覚があると分かる。この狂った世界を変えうる、起爆点となる存在なのだ。

ならば、どんどんエサを与えて。

育てて。

そして充分と判断した時点で声を掛ければ言い。

別の部下が戻ってくる。

逞しい獣人族の戦士で。他より一回り大柄だ。

古参の部下の一人で。

年齢は400才を越えているが。

勿論通常の獣人族はヒト族と同程度の寿命しか無い。錬金術によって、加齢を停止しているのだ。

「周囲の死体の処理、人肉の味を覚えたスカベンジャーの処理、ともに完了しました」

「匪賊は」

「どうやらこの間の戦いで相当数が死に、この辺りの勢力図が一変したようで。 キルヘン=ベルから離れる動きを見せているようです。 ソフィーに至っては、皆殺しという渾名がつき始めているとか」

「結構。 だけれど皆殺しだとまだインパクトがよわいなあ」

「鏖殺の錬金術師、くらいの渾名がつくくらいでないとね」

アトミナが言うと。

それは良いと、周囲の護衛達がけらけら笑った。

実のところ、匪賊を徹底的に駆除する錬金術師は珍しくない。

公認錬金術師になると、街の安全を確保するために、まずは周囲の浄化作業を行う。

匪賊は許されざる存在。

アダレットでもラスティンでもこれは同じで。

更に殆どの場合凶賊化する事もあって、匪賊は見つけ次第皆殺しにするのが通例だ。

というよりも。

それが通例になるように、この500年間操作を続けて来た。

おかげで、昔とは違って、匪賊と通じて暴利を貪っているような商人は減ってきたし、発見も容易になった。

通じている場合も、即座に処理出来るようになったし。

ましてや錬金術師が通じている場合は、即時捕捉が可能になった。

捕捉したらどうするかなど言うまでも無い。

少しでも。

ほんの少しでも世界をマシにする。

計画が最終段階に入り。

創造神を叩き起こして、やる気を出させるまでは。

出来る範囲で、世界を改善していくしか無いのだから。

通信が不意に入る。

別方向に出ていたイフリータからである。

「試験していた上位次元からドラゴンを拘束する道具ですが、やはり絶大な効果を発揮することが分かりました。 今、最高位のドラゴンを仕留めたところです。 抵抗さえさせずに撃ち倒すことに成功しました」

「うむ。 これで計画が一つ進んだな」

「これより帰投します」

「此方もこれより帰投する」

すぐに寺院に向かう。

戦力の確認は十分出来た。

キルヘン=ベルの状況は、パメラを一とする配下の者達が、直接ほぼリアルタイムで知らせてきているし。

今の時点で不足は無い。

そして勘違いされがちだが。

プラフタを殺す気もソフィーを倒すつもりもない。

アトミナはプラフタに辛辣だが。

それは「二人」にとっての共通意見では無いし。

何よりも世界をどう良くするかという点では、今でも変わらず同志であるとさえ考えている程だ。

不幸な行き違いはあった。

だがきちんと話し合いをしたい。

その前に。

プラフタが納得する成果を、きっちりと上げておき。そして話し合いで、不幸な歴史を終わらせたいのである。

いずれにしても先の話だ。

プラフタは記憶を取り戻していない。

実際に会いに行っても此方のことが分からなかったくらいなのだ。

まずは記憶を取り戻して。

全てはそれからだ。

500年間で作った道具の中には。

この世界の不平等を解消するためのものもある。

まだ実用化は出来ていない。

だが、実用化できれば。

一気にこの世界を豊かにすることも、不可能では無いかも知れない。

寺院から、複雑な経緯を通り。

魔界へ。

主要幹部は。

既に勢揃いしていた。

魔王の前に座ると。

報告を聞く。

各地に展開している部下達は、順番に報告をして行ったが。これはあくまで情報を共有するための作業だ。

アトミナとメクレットにとっては、既に知っている情報である。

だが、鮮度が高い情報もある。

「アダレットで緊急度の高い情報が入りました。 雷神ファルギオルに復活の兆候有り、とのことです」

「詳しく」

「はい。 雷神ファルギオルは疑似異世界空間である「絵画の世界」に封じ込まれ、其処で更に消滅ダメージを受けて消えていましたが。 ここ数百年を掛けて少しずつ要素をこの世界に引きずり出し、再構築をはかっていることが判明しました。 流石に往年の力は無いようですが、各地で自分が司る「雷」を吸収しつつ、傷を癒やしている様子です

「まずいわね」

アトミナが口元に手を当てて呟く。

メクレットも同意だ。

前は、そもそも奴にとって不利な世界を「上書き」する事によって力を弱め。

当代でも上位に入る錬金術師ネージュと連携。

試験運用状態だった魔王を投入し。

力をおよそ1000分の1にまで弱めた上で。撃破する事が出来た。1000分の1まで弱体化させたことで倒す事は難しくなかったのだが、此奴が厄介な能力持ちで、それを封殺するのが本当に大変だったのだ。

此奴ほど好戦的で人間に敵対的な邪神は流石に今の世界には存在していないけれども。逆に言うと此奴が再出現した場合、他の邪神も活性化する可能性がある。

報告を更に詳しく求めると。

どうやら最悪の予想でも数年は復活まで時間が掛かるとみて良い様子だが。

それでも、楽観視は出来ないだろう。

「奴の居場所は」

「それが、各地に分散して、「雷」そのものを吸収している段階でして。 本体と呼べるものは存在しません。 雷について研究している魔術師が、偶然その中に「意思」を発見し。 それが明らかに人間に敵対的である事を突き止めたために発覚したことでして」

「なるほど、猪なりに、敗戦で知恵を付けたか」

「そういう事かと」

まあいい。

数年もすれば、ソフィーがそれなりに育つはず。

それに数百年前と同じ戦術も使えるはずだ。

残念ながら、神々は知恵を付けることはあっても、進化をする事は出来ない。

というのも、あくまで神々というのは世界の構成要素であって。

構成要素に意思が宿った存在だからだ。

故に上位次元に干渉することも出来るし。

気分次第で生命を蹂躙することも出来るが。

進化だけはできない。

そして此方は。

錬金術の、ここ数百年の進化を、あらゆる方向から調査し続け。有効なデータを集め続けてきた。

勿論それでも、ファルギオルが手強い相手である事は間違いない。

生半可な戦力では押さえ込む事さえできないだろう。

だが、人類は。

力を付けた。

それを奴に思い知らせる。

それだけだ。

そも、創造神の尻をひっぱたいて、叩き起こすための準備をしているのだ。

雷神ごときに怖じ気づいていられるか。

アトミナとメクレットが落ち着き払っているのを見て。

深淵の者幹部達も安心したようだった。

後は、各地の他邪神の動向について。

今の時点では、積極的に人間を襲って回っている奴はいない。

そういう奴は、数百年で駆除し尽くした。

邪神は滅ぼしたとしても復活するが。

少しばかり細工して、復活しても元の力は得られないようにしてある。

今の時点では。

研究を強化していくだけで問題ないだろう。

一通り報告を聞き終えたので、幹部会議を解散する。

護衛を連れて、魔界を出る。

そして向かったのは。

古い時代。

アトミナとメクレットが一つだった時代に。

まだ空にあった建物。

更に古い時代の錬金術師が作り上げた。

空中殺戮要塞。

神の怒りをかって地に落ちたと言われているが。

何のことは無い。

他の錬金術師に撃墜され。

そして骸を晒している遺跡だ。

こういった、最古の時代の錬金術の産物は。

未だに独創的な技術を発見できることが多く。時々直接調査に来ている。

しかしながら、此処は四度五度と調査しており。

内部ではもうめぼしいものもない。

奥の方に、隠れ家にしているスペースがあり。

少しばかり其処で休もうと思っただけだ。

空間の歪みを使って。長大な距離を歩く。

元々これは、宇宙と呼ばれる領域に浮かんでいたものらしく。

最初の頃の錬金術師が、神に等しい力を無差別無分別に使っていたことがよく分かる。

今では、流石にそこまでの無分別な力の行使は禁止されている。

根絶同様。

禁忌とされているのだが。

それでも、時々やろうとする輩は現れる。

その度に暗殺者を動かさなければならないので。

色々と面倒ではあった。

休憩所に到着。

そこそこ広い空間で。

安全も清潔さも確保され。食糧なども保存されている。

そればかりか、此処から重要拠点に飛ぶことも可能だ。

護衛達を交代で休ませると。

アトミナとメクレットは話す。

「ノーライフキングをソフィーが倒しに行くのはほぼ間違いなさそうだけれど、勝算はどう見る?」

「勝ちはほぼ確定でしょう。 ソフィーがどれだけ犠牲を抑えるか、が焦点だとは思うけれど」

「ノーライフキングはこの間の戦いで切り札クラスの手駒を使い果たした。 ただ問題は、奴が住み着いている洞窟は、多くのザコと、それに強大なネームド複数に守られている形になっていると言うことだね」

「それもどこまで奴を守るかしらね」

くつくつと。

アトミナは笑った。

残酷な側面を持つアトミナは。

クズと見なした相手を、消す事を躊躇しない。

根絶の力に手を染めたという点で、ノーライフキングはある意味同じ穴の狢であるとも言えるが。

奴の場合は。

単に醜い嫉妬と。

虚栄心が出発点にある。

そんなものとは違う。

この世界のために禁忌に手を染めた我々と。

あの愚か者では。

まったく違うのだ。

ただ、理念が違うといっても。

そも根絶という時点で、それは大きな力になる。

錬金術にはどうしても及ばない魔術であっても。

根絶の要素が加わるだけで。

侮りがたきバケモノが生まれるのは、否定出来ない事実なのだ。

実際、ソフィーの祖母が封印して弱体化させなければ。

ノーライフキングは、討伐のために深淵の者が出張らなければならなくなるほど、手が付けられない存在になり。負の歴史に名を刻んでいただろう。

まあいい。

そのおぞましき歴史も、終わる時が来た。

「では、ソフィーの手際を見るとしようか」

「それが良さそうね」

子供の笑い声が。

二つ重なる。

現時点で、計画には。

一寸の修正も。

必要がなかった。

 

1、不死王死すべし

 

キルヘン=ベルに戻ってから。

あたしは黙々と、損失した物資の補填と。錬金術の技術向上に努めていた。

薬類は幾らあっても足りないし。

今までの戦いで実効が証明された爆弾類にしても然り。

戦いがあれば、物資を大量に消耗するものなのだ。

友愛のペルソナやマイスターミトンも。

激しい戦いの中で、消耗するものがあり。

あたしの方で受け取り、破損を修復してまたホルストさんの所に引き渡した。

何も言わず、黙々と錬金術だけを続ける様子を見て。

プラフタは、しばししてから。

困惑したように言う。

「どうしたのです。 激しい戦いだったとは聞いていますが」

「基礎能力が足りない、と思ってね」

「試行錯誤を繰り返している、という事ですか」

「そうだよ」

この間だが。

山師の薬については、ついに50点を貰った。

安全圏が広がったこともあり、今までに足を運べなかった場所まで行けるようになった事もあって。

色々な素材を新鮮なまま入手。

それらを使って、更に薬効が高い薬を作る事に成功したのだ。

街の方も忙しくなっている。

大量に受け入れた人々の傷を癒やした後は。

それぞれに出来る範囲で働いて貰っている。

老人や子供でも。

体調が回復すれば、出来る事はいくらでもある。

子供でも、荷車を使えば、ものを運んだりすることが出来るし。

老人は知識を生かして、細かい作業をすることも出来る。或いは見聞きした事を、本に記す事も出来る。

負傷者達はもう皆あらかた回復しており。

それぞれの技能を生かして。

新しい故郷であるキルヘン=ベルのために働いてくれている。

家も放棄されていたものがいくらでもあるし。

おばあちゃんが大きくしたこの街は。

まだまだ人を受け入れるキャパがある。

それに、だ。

この間の戦いで、キルヘン=ベルと隣街の間の街道が、露骨に安全になった。まだ流石に巡回を出すほどの余裕は無いが、増えた新しい人達を訓練していけば、巡回をする戦力はいずれ育つはずで。

その巡回班を廻すことで。

街道の安全を保障できるだろう。

今はまだ、傭兵に守られた商人が、命がけで此方に来ている状態だが。

それももっと手軽に出来るようになる。

なお、ホルストさんに薬や爆弾を納品しに行くと。

更に作って欲しい、という要望を受ける。

ストックしておく分の他に。

やはり、外貨に替えるためのものが欲しいというのである。

まあ分からないでも無い。

実際問題、お金は幾らあっても足りないし。

この街で、完全完結出来るほど、物資というのはどこにでも転がっているわけではないのだから。

錬金術が一段落。

レヘルンを5セット作って、コンテナに入れて。

戻ってきたあたしを、プラフタが出迎える。

「ソフィー。 今日は布を作ってみましょう」

「布?」

「今までは、糸を用いて、それを直接「編んで」、その上で意思に沿った変化を促していました。 今回は、第三者が加工可能な「布」を作る事によって、フレキシブルな利用を想定します」

「なるほど」

そういえば、だ。

この間の戦いで助けたレオンさんが、シェムハザさんと一緒にお礼に来た。二人ともこの街に定住することにしたらしいのだが。レオンさんは、傭兵業よりも、本来は服飾業が専門だという。

戦う事もするが。

今後は、まず服飾で、食べていく。

そのつもりらしい。

とはいっても、贅沢なお服なんて、この街の人達には無縁な存在だ。

彼女がやるのは。

あくまで戦闘用の衣服や鎧の仕立て。

デザインから構築まで、何でもござれだそうである。プレートメイルも作る事が出来るそうだ。

その時プラフタも紹介したが。

流石に各地を回った傭兵だけあって。

本の魔物には遭遇したことがあるらしい。

プラフタを見る人間が。

いつも見せる反応を、またいつものように見る事になった。

ともかく、レオンさんがいると言うことは。

錬金術で強化したインゴット同様。

布も作る事が出来るし。

それを応用して、様々な強力な防具を作る事も出来そうだ。

勿論自己申告だけを宛てにはしていない。

実はホルストさんからも話が来たのだ。

レオンさんが、てきぱきと壊れていた鎧を直すのを見て、自警団員が感心しているらしいと。

ということは、嘘では無いのだろう。

「錬金術で強化した布は、生半可な鉄板を遙かに凌ぐ防御能力を持ちます。 強力な錬金術師が作った布による装備になると、ドラゴンのブレスを防ぐ事さえ可能です」

「へえ。 其処まで」

「興味が湧きましたか?」

「俄然」

まずは糸からだ。

糸に関しては、以前作った事がある。自然素材を用いるのだが、大体はこの辺りに生息している大型の蜘蛛の糸を用いる。

この蜘蛛はとても大人しく、人間が蜘蛛の巣を取ると悲しそうに巣を放棄して離れてしまう。図体が大きい割りには好戦的ではないのだ。大きな体は、簡単に捕食されないようにするため。そして、小さな虫を食べるための工夫である。一方でその大きな体が故に動きも鈍く。いや、敢えてゆっくり動いているのかも知れない。

大人しい蜘蛛の巣だが。

その素材は強靱そのもの。

糸をたぐってこよって。

細い蜘蛛の糸から。

加工可能な糸にする間に。

染料で染める。

この染料には中和剤が混ざっており。

ただでさえ強靱な糸が、これによって更に強力になる。

実はフリッツさんに、この糸をくれと言われたので、有料でかなりの分量を分けている。

何でも人形を作るのに使うらしく。

フリッツさんの家からは、最近もの凄く嬉しそうな高笑いと、愛を囁く声が聞こえまくっているようだ。

怖いと苦情が来ているようが。

この間の戦いでのフリッツさんの鬼神が如き戦いと、躊躇無く殿軍を引き受ける責任感。何よりあれだけの苦闘の中で戦死者を出さなかった的確な判断がホルストさんら街の長老陣に評価されており。

普段の奇行は我慢するように、とホルストさんが周辺の住民に理解を求めて頭を下げて回っているらしい。

なお、フリッツさん用にはほぼ透明な糸を渡している。

これに関しては、やはり人形を動かすためには、目立たない糸が必要だから、らしい。

しかし下手に扱うと指が飛ぶような鋭利な糸ではそれはそれで危ないので。

少し太めにして。

ちょっとしたことでスパっと切れないように工夫もしているが。

ともかくだ。

染色したこの糸を、順番に編み込んでいく事になる。

マイスターミトンの場合は、形を作ってから、意思の操作をしたが。

布の場合は、ここからが本番だ。

いわゆる反物の状態に布をして行くのだが。

それをやるには、相応の道具がいる。

手間も。

其処で、今回助けた難民の中に、何人かいた糸繰りの経験者に。

糸を布にする過程は任せてしまう。

勿論有料。作業料金はしっかり渡す。

これに関しては、誰がやっても同じ、というのがプラフタの言葉が故だ。

そして、難民は、あたしの事を覚えていたし。

そんな事なら喜んでと、大喜びで作業に取りかかってくれた。ましてや賃金が出るならと、喜び勇んで作業してくれた。

布を作るための機械は、時計ほどでは無いけれど、それなりに複雑な構造だ。使うには知識もいる。

難民と言っても、都会で暮らしていた人達なのだ。

機械に対する忌避感はなく。

ましてや経験者がいたのは有り難い。

これからいっぱい作って貰う事になるので、覚えて欲しいと他の人にも声を掛けて。仕事を作っておく。

実際問題、布は幾らあっても足りないのだ。

ハロルさんが不機嫌そうに、「構造が簡単すぎる」機械を手入れしているのを横目に、アトリエに戻り、時間を待つ。

糸を渡して。

布の状態になるまで、だいたい一日。

ここからが本番だ。

今の状態だと、ただ頑強な布に過ぎない。

染料に使ったのと同じ中和剤を使い。

布を中和剤につけ込む。

そして、乾かして。

外で干し。

叩く。

乾燥は魔術でやってしまおうかと思ったが。

プラフタに止められた。

「自然乾燥が良いでしょう」

「魔術でやると変な癖がつくとか?」

「それよりも、恐らく痛みが早くなります」

「……そっか、それじゃあ仕方が無いね」

着替えと一緒に、布を干す。

色とりどりの布が干されていく様子は、壮観である。

いずれにしても、中和剤に浸し。

乾かし。

叩く。

この過程で、布そのものに「意思に沿った変化」を促す。

単純な作業だが。

プラフタの指示は、案外細かかったし。叩くときに「抵抗」を感じる時もあった。そういう時には手を止めて。

じっくりと様子を見ながら、作業をしていくのだ。

そうして更に二日。

布が仕上がる。

普通の糸だけを使ったクロースと呼ぶ布。

それに、毛糸を用いた布も作った。

これはモフコットと呼ぶ事にする。

毛糸というのは、糸をとるための専門の家畜からとったもので。年に何度も収穫できないのだが。家畜さえ生きていれば、毎年収穫できる。その後の加工も比較的容易で、柔らかい上に温かい。

もっとも、強度はお察しなので。

今回は蜘蛛の糸と混ぜることにより。

強靱さと暖かさを同居させることに成功した。

もっともレシピとしては昔からあるものらしい。

しかしながら、手間暇が掛かるため、高級品で。

金持ちにしか縁のない品であるそうだ。

ともあれ、ある程度の量はまずホルストさんに納品。

ホルストさんは、喜んでくれた。

「この発色、手触り、素晴らしい。 良いものを作ってくれましたね、ソフィー」

「ありがとうございます。 もっともっと作りますよ」

「量産も可能なのですね。 是非お願いします。 ……想像はつきますが、レオンに加工を頼むつもりなのでしょう?」

「はい。 お見通しなんですね」

ホルストさんは頷く。

その辺りについては、ホルストさんが在庫を管理して、作業をしてくれるそうだ。

実のところ、布をあたしが生産している、というのを聞きつけた瞬間。

コルちゃんが動き。

ホルストさんに、話をしに来たと言う。

在庫管理をするので。

レオンさんとの交渉を任せて欲しい、と。

あたしが作った強力なインゴットの在庫管理も併せることで。

自警団用の装備を、効率よく作れると。

事実、格安でその辺をやってくれるという契約書を見せられたらしく。

ホルストさんは、多少苦笑いしながらも、話を受けたそうだ。

「まずは自警団用の装備から刷新ですね。 かなり古い装備を使っている者も多いですし、ロジーだけでは手が足りなくなっていましたから」

「レオンさんの腕前はどうですか?」

「修理の手際を見る限り、防具関係は任せてしまって問題ないでしょう。 それにしても、この布は加工可能なのですか? マイスターミトンは顔が怖いという不評があったのですが」

「怖くないです」

即答するあたしだが。

ともかく、布は加工可能だと告げると。

相応のお金を出してくれた。

後、話をつけておく。

あたしがいちいちクロースやモフコットを生産するとき、布を織る人達に給金をあたしが渡すのでは面倒だ。

どうせ定期的に生産しなければならないのだから。

お給金分は、天引きしてしまって構わないので。ホルストさんから労働する人達に代わりにお金を渡して欲しい。

そう言うと、それもコルちゃんと話をして、対応するという話だった。

まあコルちゃんは、お金を使うエキスパートだ。

彼女だけが金を好き勝手にするのは困りものだが。

今の時点で、この街から脱落者は出ていないし。

落伍者もいない。

つまりお金はきっちり適切に廻っているという事で。

誠実で数字に強いというホムの強みを、コルちゃんは最大限生かしている、という事が言える。

ヒト族の商人ではこうはいかない。

実例を見ているし。

何より、見ていて分かるのだ。

キルヘン=ベル全体が、豊かになって来ている。

あたしが作った品物を外貨に替え。

その外貨が、きちんと行き渡っている証拠である。

レオンさんの所にも顔を出す。

彼女も話を聞いていたようで。

まだ包帯を外してはいなかったが。

ちょっと不思議な、しゃれた服を着ていた。ドレスというのかなんというのか。ギリギリ実用性があるというような服だ。

何だか金持ちみたいな服だなと思ったが。

それは口にしない。

「あら、可愛い錬金術師さん」

「ソフィーと呼んでくれると嬉しいです」

「ふふ、それではソフィー。 錬金術で強化された布とインゴットの提供があると聞いているわ。 まずは自警団の皆の装備から刷新して、それから他の人達の服も作っていけば良いのね」

「そうなります」

実はレオンさん。

既にソーイングや防具の修理は、コルちゃんと提携して本格的にやっているという。

元からこっちの方が本職だったらしく。

槍を使って戦うのは、あくまで副職なのだそうだ。

「あれだけの手練れなのに、ですか?」

「恥ずかしい話だけれど、色々と勘違いした親に英才教育で戦い方を仕込まれただけなのよ。 実戦を初めて経験したときには漏らしちゃって、あげくに吐いちゃってね。 今でも恥ずかしいわ」

「誰でもそうですよ。 どんな達人だって、初陣では頭が真っ赤になって、気がつくと敵が血まみれだった、ってのが普通みたいです」

「ふふ、そうなのね」

意外に親しみやすい人だ。勿論あたしが命がけで助けたから、こういう話をしてくれるのだろうが。

軽く話すが。

彼女はお洒落には色々と気を遣っているらしく。

アクセサリの類も扱う予定だそうである。

多分、彼女にとってのかき入れ時は結婚式とか、そういうときになるだろう。

いずれにしても当面は装備の刷新、住民の衣服の作成で、収入は保障されるだろうが。

「以前も錬金術で強化された布は扱かったことがあるのだけれど、楽しみだわ」

「楽しみにしてください」

手を振って、笑顔で別れる。

さて、これで準備は整った。

装備品を整えたら、ノーライフキングを叩き潰しに行く。

後は多少強化型の爆弾が欲しいが。

それについても、まだまだ皆の装備を刷新するまでには時間が掛かるから。その間に開発すれば良い。

問題はホルストさんがそれを許可してくれるか。

更に言えば、奴の住処への道が無い事。

奴が住んでいる場所は分かるのだけれど。

街道は当然無いし。

何も目印が無い荒野を行かなければならない。

いずれにしても準備は必要だ。

それに、焦ることも無い。

ノーライフキングはその手下の大半を失った上。

切り札で出してきた霊も、あの程度の実力だった。

今更挽回は出来ない。

おばあちゃんの施した封印がある限り。

これからも力は弱る一方なのだから。

いっそのこと、今すぐ殺しに行くのでは無く、もう少し時間が経って、更に弱ってからなぶり殺しに行くか。

それも手としてはありだが。

個人的には。

すぐ殺したい。

空を仰ぐ。

こういうのは、あたしだけの判断では出来ないのが厳しい所だ。キルヘン=ベルはまだまだ小さな街。

匪賊はこの間の一件で周辺からかなり減ったが。

まずはナーセリーの復興や。

街道の整備。

それによる外貨獲得、物資の獲得。

色々とやらなければならない。

それにこの間の一件で、周辺の安全が確保されたことにより、行けるようになった場所も多い。

それらを調査して。

より良い素材を入手することが出来れば。

もっと強力な爆弾を作成し。

より戦闘向きの装備を身につけ。

敵に対して、戦いを有利に進められる可能性も高い。

ままならないなあ。

頭を振る。

口元に浮かびそうになる笑みを引き締める。

殺意は抑えておけ。

いつか、ヴァルガードさんに言われた事だ。

錬金術がどうしても上手く覚えられず。

座学がどうにも効果が出ず。

才能はあるらしいのに。

何もできずに四苦八苦していた時期。

きっと夜には強い闇を生じる魔族であるヴァルガードさんは、あたしが如何に危険な精神状態か、見抜いていたのだろう。

あたしはこの街の人達には感謝している。

だから、この街を悪い意味でどうこうしようとは思わない。

ため息をつくと。

アトリエに戻る。

プラフタが、待っていた。

「どうしましたか。 出て行くときは上機嫌だったのに」

「いいや、何でも無いよ」

「そうですか。 それならば……良いのですが」

プラフタは。

恐らくモニカに聞かされて、あたしがヤバイ奴だと知っている筈だ。

爆弾を心に抱えていることも。

だが、それでもプラフタは態度を変えない。

それがどれだけ凄い事なのかは。

あたし自身がよく分かっている。

薄笑いを浮かべる。

「時にプラフタ」

「何ですか?」

「今の状態から、人間に戻るには、どれくらいの事が必要?」

「現時点の貴方の実力では無理なくらいの錬金術が必要です」

そんな事は分かっている。

具体的に何をすれば良いかを聞きたいのだ。

それについて説明をすると。

少し考え込んでから。

プラフタは言う。

「まずは、今の私は本に魂を縛られている状態です。 此処から自由になる必要があります」

「ふむ、それで?」

「人間の体を用意しなければなりません」

「人間の体……」

死体ではだめかと聞くと、駄目だと言う。

咳払いすると、プラフタは言う。

「実は、超一流の錬金術師になると、概念を操作する、という技を用います」

「概念の操作?」

「此処には例えば本がありますね。 その本を、まったく別のものに変えてしまう、という事です」

「それは凄い」

しかしそれは。

錬金術で言う、ものの意思に沿った変化の延長上での作業だという。

ただし果てしなくその「延長上」が長いのだが。

「何かしらの方法で、そうして人間の体を作成します。 この時点で、この世界にいる公認錬金術師という精鋭達でさえ、出来るかどうかと言う技術です」

「そんなに人を作るのは難しいの?」

「もどきであれば難しくはありません」

「もどき?」

勿論聞き返したのには理由がある。もどきという単語の意味はわかっている。

此処でもどきという言葉が出てきたことが気になったからだ。

人間ににたもの。

プラフタは少し悩んだ後、例として。

キメラビーストの話をする。

あれは、元々この世界に生息していた生物では無い、というのだ。

今では何処にでもいる猛獣だが。

実際には、古代の錬金術師が作り出した、生物を無理矢理合成した存在、だというのである。

「錬金術の勃興期には……記憶が少しまだ曖昧なのですが。 少なくとも私が現役で錬金術師をしていたその更に前には。 生命を錬金術で作成することに成功していたようです」

「それは、凄いね」

「問題はその生物が、摂理に反した存在だった、ということです。 貴方もレヘルンの凄まじい破壊力は目にしたでしょう。 あれを生き物に適用した、という事です」

結果、数多のバケモノが生まれた。

時にそれは、邪神やドラゴンに対抗するため。

場合によっては、自分の欲望を満たすため。

様々な錬金術師が手に掛けた。

中には禁忌とされる根絶の力を用いて、それを為そうとした例もあったという。

勿論有益な結果を生んだ例もあったそうだ。

ただ、人間のもどきを作る事は、非常に高度な技術を必要とし。

更に言えば、完全に人間を作り出すことは結局どんな錬金術師も成功していないというのである。

「しかし、無から生物を作り出すことは成功しておらず。 私の時代に出来ていたのは、生物と生物を無理矢理融合させるか、概念を変化させて生物では無いものを生物にするか、の二つです。 色々な情報を総合する限り、現在でもそれに変わりは無いでしょう。 後者の内簡単なものには、前にも話した本に命を与えて、勝手に片付くようにするようにしたものなども含まれますし、更に簡単な技術になると、丁度友愛のペルソナやマイスターミトンがそれに該当します」

「じゃあ、プラフタを人型の何かにしてみたらどうだろう」

「……例えば人形に魂を移す、ですか?」

「そう。 かなり動きやすくなると思うけれど」

考え込んだ後。

プラフタは答えてくれる。

「考え方としては悪くありませんが、まだ貴方にはそれをするための力量が決定的に足りません」

「そっかあ」

確かにその通りだ。

だが、この考えは悪くないかも知れない。

「本の形状を変えてみるのはどう?」

「それは要するに、今私が宿っている本を、人間型にすると言うことですか?」

「うん」

「……上手く行くとは思えません。 まずレシピを提示して貰えますか?」

何だろう。

プラフタの機嫌が目に見えて悪くなってきた。

多分だが。

プラフタは、理論的な所がある。

勿論現実と理論が対立した場合は、現実を優先する柔軟さはあるが。

それはそれとして、理論をとても大事にする傾向があるのは、前から話していて感じていた。

多分プラフタは。

無理にその錬金術を実行した結果。

世にもおぞましい姿になる事を想像して、苛立っているのではあるまいか。

実際あたしの力量は錬金術師としてはまだまだだ。

作るものは、客観的情報を見る限り、それなりに良いものを作れてはいる。少なくとも、その辺の錬金術師が独学で作った薬や爆弾より良いものが出来てはいる。これは自分でも思う。

だがまだ所詮基礎から抜け出てはいない身。

高度な応用は早い、というのだろう。

少し考えた後。

レシピを提示してみる。

プラフタは絶句した後。

拒否した。

「これは、嫌です」

「嫌!?」

普通だったら、駄目というのだが。

嫌ときたか。

まあ自分の姿に直結するのだ。

そういう反応が返ってくるのも、まあ不思議では無いといえばそうか。

「ですが、これはこれで面白いですね。 少しレシピを改良して、別の道具の作成に生かしてみましょう」

「はーい」

レシピに手を入れようとした瞬間。

ドアがノックされる。

そして、顔を見せたのは、珍しくホルストさんだった。

重要な話があると言う。

プラフタも来て欲しいというので、同行することにする。

カフェで話すと言う事は。

恐らくキルヘン=ベル全体に関連する事だ。

なるほど、それでは出ないわけにはいかないだろう。

一旦作業は中断。

少しばかり切れが悪いところだが、こればかりは仕方が無い。

ノーライフキングの討伐が狙いだったら良いのだけれどと。あたしは思った。

 

2、地固めの時

 

カフェには街の重役が一通り揃っていた。

現在この街の顔役であるホルストさんを一とした、重要人物が一通りで。それが故に如何に大事な会合か、一目で分かるのだった。

あたしも末席に座る。

プラフタも、何事だろうと、あたしの側に浮いていた。

ホルストさんが、咳払いした後、手を叩いて注目するように促す。

話を始める、ということだ。

「では、少しばかり大事な話を始めます」

「……」

ヤジを入れるものはいない。

ホルストさんは、このキルヘン=ベルを、ずっと守り抜いてきた人で。柔らかい物腰と裏腹に、かなりシビアな判断も躊躇無く出来る人物だ。

戦いの腕前も優れているし。

何よりも、おばあちゃんという傑出した錬金術師がいなくなってからの空白期間、キルヘン=ベルを衰退させずに守り抜いてきた功績は、何処の誰にも真似できないだろう。真似できる人材はいるだろうが、少なくともキルヘン=ベルにはいない。

ベテラン戦士だけでは無く、新人の育成にも熱心で。

モニカやオスカー、あたしに戦いのイロハを叩き込んでくれたのはホルストさんだし。

街の古老達を押さえ込み。

更に古くからいるパメラさんとの折衝もきちんとやっているのは、誰でも認めることである。

会合には、かなりの人数が参加しているが。

実はあたしがこの手の会合に出るのは初めてだったりする。

まあこれに関しては仕方が無いだろう。

錬金術を使えるようになる前のあたしは。

魔術の腕が立つ若造、程度に過ぎず。

街での評価は、自警団で真面目に働き、次代の団長候補として名が上がっているモニカや。

新米ながらもCQCの達人として、要所で活躍しているテスさんにはとても及ばなかった。

やっと今。錬金術の評価で、此処に加わったという事だ。

「まず第一に、この間受け入れた五十人ですが、しっかりキルヘン=ベルに馴染んできています。 もともとノイエンミュラーの作った基礎がしっかりしていることもあり、食糧も足りていますし、対応も素早かった。 おかげで彼らは、この街を支える有為な人材として、今後も活躍してくれるでしょう」

此処で言うノイエンミュラーとは、おばあちゃんの事だ。

ホルストさんは嬉しそうに目を細めるが。

あたしとしては、それが今回の主題とは思えない。

続けてホルストさんは言う。

「そして皆さんも知っている通り、ソフィーの活躍は最近図抜けたものがあります。 故に今後は、重要な話し合いの場には参加して貰う事にします」

「えっ」

「ソフィー、此方に」

不満の視線は。

ない。

それだけはほっとした。

ソフィーは、おばあちゃんと比べると、あまりに非力な錬金術師だ。

ひよっこもひよっこ。

此処までキルヘン=ベルを発展させたおばあちゃんに比べると、とてもではないが比較対象にさえならない。

だが、錬金術の師匠であるプラフタが来たことで。

ようやく貢献は出来るようになった。

特にこの間の難民救出戦では。

ソフィーは大きな功績を挙げた。

それらを評価し。

更に伸びしろを考慮して。

ソフィーを今後街の重役の一人として扱うという。

「ソフィー、挨拶してください」

「分かりました。 まだ未熟の身ですが、よろしくお願いします」

ぺこりと礼をすると。

拍手が起こった。

意外なほど歓迎されている。

そういえば。

前に獣人族のタレントさんに、友愛のペルソナとマイスターミトンについて、これは使えるとべた褒めされた。

爆弾類もいずれも高い評価を受けているし。

山師の薬も、プラフタについに50点評価を貰った。

薬はこの間の疲弊しきった難民達を助けるのに本当に役だったし。

レシピに沿って作った栄養圧縮レーションなども、様々な分野で役立っている。

インゴットやクロースに関しても。

今後どんどん納品してくれと言われているし。

それらを納品していけば。

キルヘン=ベルの基礎的な武装は強化されるし。

今後あたしが力を付けていけば。

インフラの整備も、行えるようになっていくだろう。

街の側にある森も。

もっと拡大していって。

豊かな実りを約束してくれるようになるだろうし。

畑に使える土地なども。

栄養剤などの開発を進めれば。

更に広くなり。

より多くの人が食べていけるようになるだろう。

その辺りを見越しての、重役扱いとなれば。

あたしとしては。

言う事も無いし。

正しく評価してくれていると感じて、素直に嬉しい。

拍手が終わった後。

ホルストさんが咳払いした。

「続けて、今後の主要な戦略に移ります」

来たか。

全員が、背を伸ばすのが見えた。

プラフタも、心なしか緊張したようだ。

「この間の戦いで、近辺の匪賊をほぼ一掃する事に成功しました。 今後、ソフィーの作る錬金術の道具を主力に、装備を充実し。 近辺の安全確保を更に拡大します」

「具体的には」

意見したのはプラフタだ。

流石に肝が据わっている。

錬金術師として凄腕だったという事は。

今の公認錬金術師のように。

街で重役をしていた可能性も高いだろう。

記憶は曖昧だと言う事だが。

多分聞いてみれば、是、と応えが返ってくる可能性が高いはずだ。

「まずは街道の安全確保です。 フリッツ、お願いします」

「了解」

立ち上がったフリッツさんが、近辺の地図を拡げる。

何カ所かに髑髏マークが描かれている。

そして、真ん中辺りにあるのが、キルヘン=ベルか。

地図としての精度は高くないが。

これ、見た事がある。

たしかおばあちゃんが作ったものだ。

「これがキルヘン=ベル。 此処がナーセリー。 そしてこの辺りに東の街。 この辺りに西の街。 西を更に行くとアダレットに。 東を更に行くと、少し大きめの街に出る」

壁に掛けた地図に対して。

フリッツさんが淡々と説明を続ける。

そして、髑髏マークを指しながら。

順番に説明していった。

「これらが、今後倒すべきネームドの生息地だ」

「ネームドとやりあうのか!?」

「今回の一件で、多くの獣が死に、匪賊も勢力をキルヘン=ベルから離した。 この機に、一気に周辺にいる危険な存在を排除する。 少なくとも、街道近辺に近寄ったら死ぬ、くらいの認識を叩き込む必要がある」

厳しいものいいだが。

その通りだとあたしも思う。

ネームドの猛獣になると、下位のドラゴン並みの実力者もいるらしいが。

当然、それらを倒せることを前提に、フリッツさんは話している、と見て良いだろう。

これは本格的に。

あたしの錬金術が頼りにされている、という事だ。

魔術の完全上位存在とも言える錬金術だが。

これがあるとないとでは、集団の戦闘力が桁外れに違ってくる。

この間の戦いでも、強烈な面制圧能力で、多くの敵を塵芥に変えた。錬金術は強力で、あたしの腕は更に伸びる。それを前提に、今の話は進んでいる。

そして、フリッツさんが何カ所かを指した後。

少し大きな音を立てて、どんと拳を叩き込んだのが。

ノーライフキングが住まう洞窟。

通称地底湖である。

この地底湖自体が、周辺に危険な猛獣の住まう場所であり。

生半可な戦力では近づくことも出来ない。

実際ノーライフキングの全盛期には。

周辺で人が襲われた場合。

救出はあきらめろという事が、大前提として周辺の人間に認知されていたほどだ。

おばあちゃんが封印を施した結果。

脅威は減った。

あたしの感触では。

多分倒せる。

だが、フリッツさんは、此処は最後だという。

少し不満だが。

フリッツさんは、順番に言うのだった。

「まず重要なのは、物流の確保だ。 現時点では、相当な腕利きの傭兵がいないと、キルヘン=ベルに商人が到達できない。 その状況を打破するには、周辺街道の緑化、安全化が重要になる。 獣を徹底的に駆除し、匪賊を排除した後は、ネームドのモンスターを仕留めていくことでそれを達成する。 物流の確保が達成出来れば、キルヘン=ベルに安く物資が流れ込み、発展を促せる。 周辺の街にも、同じように恩恵がもたらされるだろう」

「なるほど、周辺の町の発展も考慮に入れての戦略か」

「左様」

ハイベルクさんの問いに。

フリッツさんは大きく頷いた。

これは参考になる。

フリッツさんは広域の戦略を念頭に置いて話をしているわけで。

周辺の都市も、一緒に発展させることを考えている、というわけだ。

そして、あたしが錬金術の道具類をお安く提供できるようになれば。

商人も多数来るし。

その過程で、立ち寄る街なども潤う、というわけである。

更にだ。

フリッツさんは続ける。

「今後隣街と連携していく過程で、ソフィーの道具類は大きな武器になるだろう。 連携して人員を出して貰う事も可能になる可能性が高い」

「なるほど……」

「ただし、ラスティンにはまめに書状を出して、状況を知らせる方が良いだろう。 あまりにもやりすぎると、独立国家を作ろうとしていると勘違いされる可能性がある」

頷く皆。

あたしも参考になるので、何度か頷いていた。

つまりフリッツさんは、広域戦略や、政略の話もしている訳で。

それには、周辺の安全確保を行い。

地固めをする必要がある、という事だ。

「ノーライフキングの討伐は近隣の悲願だが、それは最後にするのも、徹底的に不安要素を潰してから取りかかるため、というわけだな」

「その通りだ」

「なるほど。 納得できる」

「では、皆。 今後はその通りに動きます。 ソフィー」

呼ばれたので、また立ち上がる。

そして、指示を受けた。

「しばらくは、錬金術の技量を磨いてください。 プラフタ、指導を頼みます」

「分かりました」

あたしはぺこりと一礼するが。

プラフタは、少し悩んだ後。

少しだけ、不満そうに言った。

「戦略については理にかなっていると思いますし、私も人間だった頃は、多くの猛獣と戦い、邪神を退け、安全確保のために尽力しました。 しかしながら一つだけ。 錬金術は戦いの道具、と考えて貰っては困ります」

「邪神との交戦経験が!?」

「記憶は曖昧ですが、あったように思います」

「そうですか。 そうなると、貴方は相当な大錬金術師だったのですね。 忠告、肝に銘じておきます」

ホルストさんが大仰になるのも無理も無い。

邪神と言えば、公認錬金術師クラスと、相当な手練れが多数集まって、やっとどうにかできるかできないか、という相手だ。

ジュリオさんが言っていたように。

今でもどうにもならない邪神が、まだまだ多数世界には徘徊している。

この近辺でも、ナーセリー付近で見かけた、という情報もあり。

それが敵対的な存在だったら、それこそキルヘン=ベルを上げての討伐戦になるだろう。

その時、プラフタの機嫌を損ねるのはまずい。

邪神を退けているほどの錬金術師ならば。

相当な力になるのは間違いないのだから。

「ソフィー。 プラフタの記憶回復に尽力を」

「分かりました」

「それでは、此処まで。 解散とします」

全員がカフェから出て行く。

既に夜で、ヴァルガードさんや、この間からこの街に逗留しているシェムハザさんはかなり雰囲気が変わっている。

いずれにしても、今後しばらくは地固めだ。

正式に指定されたとおり、ノーライフキングの撃破は当面先。

少しばかり口惜しいが。

確かに拙速は失敗した場合の痛手が大きい。

フリッツさんのようなベテランの発言となると。

その重みも違う。

あの人はこの間の戦いで見たように、指揮能力に関しても優れている。それだけ修羅場をくぐっているという事だ。

あたしなんかとは、戦略眼も比較にならないわけで。

発言には従うしかあるまい。

アトリエに戻ると。

嘆息。

とりあえず、黙々と納品するべき品を作りながら、今後の戦いに備えて、新しい装備類について考える。

いずれにしても、焦るのは禁物。

片付ける事は幾らでもある。

それらを片付けてから、この辺りの最大の問題にして、禁忌になっているノーライフキングを叩き潰すべきだろう。

それについては。

あたしも、何ら異論は無かった。

だが、それでも何というか。

気に入らないというか。

引っ掛かる。

この辺り、まだ子供なんだなと、苦笑してしまう。

「ソフィー。 作業に取りかかりましょう」

あたしのもやもやを見越したように、プラフタが言う。

頷く。

反発する理由は。

一つも無かった。

 

3、沈黙の王

 

強力なキメラビーストがいる。

その話はあたしも聞いたことがあった。

最初にフリッツさんがターゲットに指定したのはそいつだ。正確には、そいつを倒す前に、各地にいる大型のアードラを片付ける事が先になったが。

アードラの上位種は非常に大型で、行動範囲が広く。

ものによっては魔術も使いこなす。

これが非常に厄介で。

街の側まで接近を許すと、子供などがかっさらわれて、喰われてしまう事がある。

猛禽は見かけ以上に殺傷力が高いのだ。

このため、アードラは種類に問わず、定期的に駆除をしなければならないのだが。

どうも近場で大型のアードラが見かけられることが多かったので。

その駆除が最優先、とされた。

アードラの上位種である、カイゼルピジョンと呼ばれる連中で。

実のところ、アードラとは別種の大型鳥類という説もあるらしいのだが。

いずれにしても、消す必要があることには変わりは無い。

生態系に君臨するにしてはあまりにも数が多すぎるし。

何より人間の領域に近づかれると困る。

よって、まずはこれらの駆除が最初になった。

戦術は簡単。

あたしがうに袋を放り投げる。

以上である。

広域に拡散する爆圧で羽をへし折り。

地面に落ちてきたところを袋だたきにして八つ裂きにする。

カイゼルピジョンは片翼だけでもあたしより大きいくらいで。かぎ爪に至っては、あたしの二の腕ほどもある。

こんなのが街を襲ったら。

子供なんてひとたまりも無い。

匪賊や街の側に出没していた獣を、この間の戦いであらかた処理したので、ある程度遠出が出来るようになり。

その結果、この迷惑で危険な害獣を駆除することが可能になった。

またこの鳥は。

肉食なので肉こそ美味しくないものの。

肉そのものは食べる事が出来るし。

骨も頑強で。

そのまま素材として利用できる。

またその美しい瑠璃色の羽毛は、一枚一枚が非常に頑強で。

破損していない部分は、そのまま装飾品になるほどだ。

くちばしも鋭く。

これも利用価値がありそうである。

というわけで、近隣を回って十数羽を撃墜。

街道から、空の脅威を一掃した。

アードラは流石に駆除するのが難しいほどの数がいるが。

流石に単独で歩き回るお馬鹿な商人はいないだろう。アードラくらいは対応出来る傭兵を連れているはずで。

何より、アードラまで処理すると、生態系がズタズタになる。

これで、ひとまず空の脅威は去ったと判断。

続けて川沿いの調査を開始。

此処での問題は。

ぷにぷにである。

奴らは水さえあれば何処にでも現れる。

種類によっては殺傷力も高い。

場所によっては、ネームド指定されるぷにぷにが出現するらしいが。

今の時点では幸い、キルヘン=ベル周辺で姿は見かけられていない。

それでも、今までは周辺の調査が不十分だったことを考慮し。

徹底的に、川沿いを洗う。

一週間ほど掛けて、キルヘンベル近郊を通る川の上流下流を調べ上げ。

とりあえず、数種類のぷにぷにの存在は確認したが。

幸いなことに、殺傷力が高い種類は見かけなかった。

これでまずは一段落と判断。

フリッツさんの指示でキルヘン=ベルに戻る。

遠征から戻ると。

街の雰囲気が、ちょっと良くなっていた。

大量に納品したインゴットとクロースで。

街の人達の衣服が刷新され。

自警団の装備も目に見えて良くなっていたのである。

一週間ほどで、レオンさんとロジーさんが、せっせと働いてくれたらしい。

今回の遠征には、コルちゃんは参加しなかったのだけれど。

それも、きっとこの街の装備刷新に参加するため、だったのだろう。

後、あまり美味しくは無いとはいえ。

遠征で大量に持ち帰ったカイゼルピジョンの肉。

これも燻製にすることで。

大勢の腹を満たす事が出来る。

ただしあくまで非常食として使う。

今後何があるか分からないし。

もちが良い食べ物ばかりでは無いからだ。

遠征の指揮を執ったフリッツさんはカフェに直行。あたしはアトリエに帰ろうと思ったのだが。

モニカに首根っこを掴まれた。

「忘れたの。 貴方も出るの」

「えっ!?」

「素材はおいらがプラフタと一緒にコンテナに入れておくよ」

「私も手伝うよ」

オスカーと、今回の遠征にも参加してくれたタレントさんが言ってくれるので、言葉に甘えておくことにする。

川の上流下流に出かける事で。

結構色々な素材が手に入ったのだ。

薬草にしても、オスカーが分けてくれるかどうかを、薬草に聞いてくれたし。

結果かなり品質が良いものが手に入った。

今の時点で山師の薬は50点ぴったりだが。

腕も上がっているし。

55点を狙えるかも知れない。

カフェに入る。

ふと、気付いた。

空気がひりついている。

何かあったなと、即座に判断。

フリッツさんが促すので、席に着く。テスさんが、お茶を淹れてくれた。

重役扱いの人間が揃ったのを見ると。

ホルストさんが言う。

「近隣の安全確保ご苦労様でした。 しかしながら、問題が発生しています」

「内容を」

「はい。 どうやら、これから討伐を考えている沈黙の魔獣が、街に接近しているようです」

「!」

沈黙の魔獣。

ネームドの猛獣である。

これから討伐を考えていた強力なキメラビーストの本名で。

実のところ、戦う場合。

あたしが初対戦するネームドになる。

勿論その実力は折り紙付き。

そもそも名前の由来が。

相手が言葉を発する暇すら無く殺される。

そういう意味だからだ。

種族としてはキメラビーストだが、話によるとその体長は通常種の倍近いという。体重は体長が二倍になれば八倍になるので、如何に桁外れのバケモノなのか、これだけでもよく分かる。

しかもプラフタの言葉によると。

キメラビーストは作られた生命だ。

あまり荒野に多数がいるのも、考え物だろう。

「偵察に出ていたベンが発見したところ、現時点で街から三日ほどの所にある山師の水辺まで来ています」

「そんなに近くまで。 ひょっとすると、今は更に近づいている可能性もあるという事か」

「いえ、元々あのキメラビーストは、非常に慎重なことで知られています」

ヴァルガードさんに、ホルストさんが説明する。

今回の件もあって。

少し資料を引っ張り出して調べたという。

それによると、沈黙の魔獣は60年以上前から存在が確認されており。

昔はキルヘン=ベルから歩いて一ヶ月以上北上した街の近辺で、旅人や商人を相手に猛威を振るっていたという。

それがラスティンから公認錬金術師を含む強力な討伐隊が派遣され。

追い払われた。

つまり、危険を察知して、逃げたと言うことだ。

それから数年は姿が見えなかったらしいが。

50年ほど前に、街から一週間ほど離れた山岳地に生息している事が確認。

同一個体である事が確認され、危険性から手を出さないように、という指示がラスティンからあった、という事だ。

なるほど。

そうなると、そのキメラビーストは、相当に狡猾な個体だと言う事だろう。

だが、ならば気付くはずだ。

片っ端から、周辺の脅威が蹴散らされていることに。

頭が呆けたり、衰えて。

簡単に仕留められる人間を狙って、街に近づいて来たのか。

いや、恐らくは違う。

何か要因があって、危険だとは知りながら近づいて来たと見て良いだろう。

いずれにしても、侮って良い相手では無い。

それに、獣は獣。

手近な獲物がいれば襲うだろう。

駆除の時期を早めなければならない。

フリッツさんが腕組みする。

「何かしらの脅威の存在が考えられる。 余裕を持った戦力での討伐が望ましい」

「ソフィー、すぐにでも行けますか?」

「装備の補給と、休憩を済ませたら」

「分かりました。 二日の猶予を与えます。 準備に取りかかってください」

解散。

ホルストさんの指示で、アトリエに飛んで帰る。

幸い、アトリエでは。

戦利品を、既にコンテナに詰め終えていた。

オスカーが待っていたので、話をしておく。

そうすると、オスカーは、やっぱりかあと、嘆息した。

「何かあったの?」

「植物たちが、キルヘン=ベルに入ってから怖がってたんだよ。 多分何かの脅威が近づいているって気付いていたんだ」

「……まずいかも」

「ああ。 幾ら沈黙の魔獣って言ってもキメラビーストだろ? つまりそいつを追い立てた何かがいるって事だ。 邪神とかドラゴンじゃないと良いんだけどな……」

その通りだ。

オスカーの言う通り、そういった桁外れの災厄の可能性がある。

つまるところ。

沈黙の魔獣をさっさとブッ殺した後は。

周辺を調査。

更なる脅威を確認し。

最悪の場合、逃げ帰る必要が生じてくる。

コンテナに入って、在庫を確認。

爆弾類は充分にある。

良い薬草が入ったので、薬を調合しておく。傷薬に、いざという時に使うレーション。後は栄養補給用のゼリー。

このゼリーは、瓶に入れて用いるのだが。

青っぽい色合いなので、ぷにゼリーとなづけている。

とはいっても、おばあちゃんのレシピから作ったもので。

材料にはぷにぷにを使用していない。

単純に色がそれっぽいからそうなづけただけだ。

なお、色がえぐい反面。

味は良いし。

栄養価も申し分ない。

問題は、食べた後舌が真っ青になる事だが。

まあそれくらいは、大した問題ではないだろう。

更に言うと。

果実を材料にしているので。糖分が豊富に含まれていて。

考え事をする時などは、氷室に入れておいたこのゼリーを口に入れることで、効率よく進められる。

なお、ホルストさんには納品したが。

「嗜好品」としてしか使えないと言われてしまって。

それほどの値段はつかなかった。

あくまであたしが求められているのは。

実用品の作成なのだ。

こればかりは、仕方が無いとも言える。

出かけている間に、織って貰ったクロースの処理を済ませて。

夕方少し前に、ホルストさんの所に納品。

布は幾らでもいる。

特に錬金術で強化した布となればなおさらだ。

かなり良い値段がつく。

とはいっても、お金をあたしが独占していては意味がない。

街で出来るだけ使うようにと、ホルストさんには言われているし。

何より素材などを買うときに奮発するようにとも。

何より、自警団や他の皆を護衛として連れて外に出るときに給金も払うようにと言われてもいる。

この辺りは。

説教されるのも、まあ仕方が無いのだろう。

一人の所に過剰なお金が集まり、外に出ないと言うのは。

ろくでもない結果しか生まないからだ。

「今回は最大限の戦力で行きたいですが、構いませんか」

「そうですね、自警団メンバーは最悪の事態に備えて残したいのですが、どういう編成を考えています?」

「フリッツさんとジュリオさん。 モニカとオスカー。 コルちゃんとハロルさん、それとそろそろレオンさんも。 彼女も病み上がりとはいえ戦えるのでは」

「……良いでしょう」

レオンさんは、この間の戦いで、敵を相手に勇猛に一歩も引かなかったという。

実力を見たい。

それに、彼女には今後、装備品の調整などで世話になるだろう。

今回の戦いで、腕前を見ておきたいし。

ある程度関係を構築しておきたい。

さて、許可は貰ったので、今の面子に声を掛ける。

レオンさんは二つ返事で引き受けてくれた。

さて、此処からだ。

準備を整えて、早めに休む。

沈黙の魔獣が街道に近づく前に。

早めに先手を打たなければならない。

 

街道を東に。

この間ノーライフキングの手下を倒した谷を通り。

其処から北上。

少し行った所に丘があるのを、東に見ながら進む。

この間と違って、即座の危機がある訳では無いが。それでも急ぐ必要がある。何より相手は獣。

移動していてもおかしくないのだ。それも、人間より遙かに早く、である。

本来キメラビーストは、長距離移動する習性を持たないが。

しかしながら、プラフタの話を聞いて、それを信じるとすると。

そもそもまともな生物では無かった、という可能性が出てくる。

そうなると、どのような行動を取っても、不思議とはいえないだろう。

皆から離れ。

丘に行っていたコルちゃんとジュリオさんが戻ってくる。

周囲に沈黙の魔獣の姿無し。

報告はそれだけだ。

というか、目立った獣もいないという。

そうなると、目撃地点の山師の水辺に行くのが良いか。

山師の水辺というのは、名前の通り、ずっと昔に山師が多く訪れていた場所だ。

その頃には、近くに小さな集落があり。

その水辺にも、猛獣がいなかった。

だが、今は違う。

いつ頃からか、かなりの数の陸魚が住み着くようになり。

キメラビーストも姿を見せ。

更に匪賊も現れるようになった。

この匪賊は、山師が転落したものだったのだが。

まあそれはともかくとして。

危険すぎて近づけなくなり。

更に集落も放棄され、民も今キルヘン=ベルの東にある街に移ったこともあって。もはや誰も訪れることは無い。

途中、疲弊しすぎない程度に急ぎつつ。

途中見かけた猛獣は基本的に駆除する。

やはり街道近くに行くと死ぬと言うことが、猛獣たちの間でも何かしらの方法で情報伝達されているらしく。

街道の側では、ほぼ猛獣は見かけなくなっていた。

良い事だ。

今後もこうやって駆除作業を進めていけば。

商人が安心して通ることが出来るようになる。

問題は、それでも猛獣は必ず一定数が来る事で。

どうやってそれを駆除するかを、考えなければならないことなのだが。

一日野営をして。

更に北上。

街道から外れれば外れるほど。

猛獣は多くなってくる。

匪賊の姿も見かけるようになって来たが。

向こうは此方に気付くと、すぐに逃走開始。放置。

恐らくは、街道近辺に勢力を作っていた連中だ。

それならば、此方の恐ろしさを思い知らされているだろう。

だったら、その恐怖だけを引き継いで、周囲にばらまけ。

そうする役割があり。

それは有用だ。

いずれ駆除するにしても。

駆除するまでに、有効活用していくのが、好ましいだろう。

ただ、背後を突かれると流石に面白くない。

もしも此方の様子を窺っているようだったら、遠慮無く斬るべし。

そうフリッツさんとは相談し。

皆と意識共有もしてある。

なお、ハロルさんは今回長銃身の大きめの銃を持ち込んでおり。

その銃は口径も大きい。

大型の獣を相手にするという事で、必要と判断したようだ。

これなら長距離狙撃も出来るので。

フリッツさんとジュリオさんが警戒。

もしも此方を伺っている奴がいるようなら。

ハロルさんが射撃。

それで片付ける段取りになっている。

幸いにもと言うべきか。

面倒が無くて良いと言うべきか。

そうやってハロルさんが撃つ機会は二回に留まり。

死体の処理はほぼ必要がなかった。

死体を残しておくと、スカベンジャーに人間の味を覚えさせることになるので、好ましくないのだ。

黙々と、時々わずかなトラブルを挟みながらも移動。

やがて。

目的の水辺に。

到着した。

山師の水辺とは良く言ったもので。

近づくだけで危ない事がよく分かる。

少し離れた所から手をかざして見てみるが。

まず側を流れている川が。

おぞましいまで汚れている。

泥水、というのなら良いだろう。

得体が知れない色なのだ。

虹色というかなんというか。

明らかに有害だ。

飲んだら腹を下す程度ではすまないだろう。

何が起きている。

この上流辺りに、ノーライフキングの住処がある筈で。確かに今回、威力偵察の意味でも、此処に足を運ぶ戦略的価値はあったか。

フリッツさんが、遠めがねを使って見ている。

あたしも手をかざして様子を確認しているが。

荷車に積んできた装備で足りるか、少し不安になって来た。

「キメラビーストが5。 大型のぷにぷにが11。 陸魚、20以上」

「まともに相手にしていたらとても手が足りませんね」

「全くだ。 あれだけの数が、どうやってこんな汚染された川に住み着いたのか」

フリッツさんの分析に、ジュリオさんがぼやく。

モニカが咳払い。

「それで、どうします?」

「やむを得んな。 一度距離を取る。 連中はどうやら、特に対立せず、小さな縄張りを守りながら相互不干渉を貫いている様子だ。 それならば、下手に仕掛けると、全部まとめて襲いかかってくる可能性がある」

「あの例の沈黙の魔獣は」

「見当たらない」

確かに。

あたしが見た限り。

普通の倍は大きいという、キメラビーストの姿は見当たらない。

此方に気付いて背後に回っている、とかだと最悪だ。

レオンさんとハロルさんに、背後を警戒して貰う。コルちゃんが、荷車の中から、ごそごそと取り出したのは、彼女の私物。

チーズである。

乳製品が大好きらしいコルちゃんは、栄養補給の大半をそれで済ませているらしい。というか、錬金術のエネルギーを、それで賄っているらしいのだ。

勿論肉野菜も食べられるらしいのだけれど。

それでも、まずは乳製品、らしい。

遠出をする場合は、基本的に固形チーズを持ち込むのが彼女の流儀らしく。

キルヘン=ベルに到着した後も。

地元の名産ミルクを最初に購入したそうだ。

黙々とチーズを食べ始めるコルちゃん。

何が起きるか分からないから。

今のうちに食べておこうというのだろう。

賢明な判断だ。

あたしはしばらく周囲を観察して、思う。

こういうとき。

無人で周囲を見てきてくれる道具があったら、便利なのではないだろうか、と。

それだ。

拡張肉体について。

むしろそれが一番好ましいかも知れない。

後ろを見る、というのなら。

友愛のペルソナが既にそれを達成している。

現時点では、死角が無い状況は出来ているのだ。

それならば。

更に遠くまで、安全な状態で確認できれば。

より強い。

メモをしておきたい所だが。

フリッツさんが、何かに気付いたようで。

しっと、鋭く警戒を促す声を上げた。

全員がさっと緊張する。

すぐに水辺から死角になる岩陰に隠れる。

荷車を中心に、死角が無いように隊列を組み直す。

フリッツさんがいう。

「大きな殺気だ。 例のネームドだろう」

「場所は……」

「近い」

今の時点では、誰も場所を特定出来ていない。

だが、フリッツさんが近い、と断言したという事は。

恐らく向こうがやる気になった、と見て良い。

そして、その時は。

唐突に訪れた。

突然。

影が出来た。

コルちゃんを抱えて横っ飛び。

地面に、叩き付けられたのは。

信じられないぐらいの巨大な腕だった。

しかも、一撃でクレーターが作られている。

一瞬遅れて。

爆裂の音が、周囲を蹂躙していた。

どういうことだ。

誰も見えていなかった。

それどころか。

どこから近づいて来たかさえも分からなかった。

ジュリオさんが斬りかかるが。

ふわりと、柔らかく消える巨大キメラビースト、沈黙の魔獣。

そして、今更ながら思い知らされる。

ネームド猛獣の。

圧倒的な力を。

再び誰にも認識されなくなる巨大キメラビースト。

だが、殺気は圧倒的で。

此方を確実に狙っている。

気を抜いたら、確実に次の瞬間、首を食い千切られる。

なるほど、討伐に今まで成功しなかった訳がよく分かった。

此奴の実力は。

キメラビーストの領域を完全に超越している。

このハイド技術。

恐らく、超一級の傭兵並みだ。

フリッツさんでさえ、冷や汗を掻いて周囲を見回しているくらいである。

文字通り沈黙のまま敵に忍び寄り。

相手が死んだ事さえ認識させない。

再び、横殴りの一撃。

今度はオスカーだ。

対応出来ず、オスカーが吹っ飛ばされ、地面に叩き付けられ、更にバウンドして岩に背中から直撃。

ずり落ちるオスカーは。

友愛のペルソナのおかげで、致命傷は避けたが。

蒼白なまま、吐血していた。

まずい。

このままだと、一方的になぶり殺しになる。

あたしはレヘルンを取り出すと。

周囲に放り投げる。

炸裂。

連続して、氷の風が周囲に吹き荒れる。

勿論当たる事なんて期待していない。

今やっているのは。

相手の移動経路を塞ぐこと。

そして、冷気の乱れが生じれば。

其処から、敵が仕掛けてくる事を察知できる。

距離を取ったか。

冷気に乱れは見られない。

いや、違う。

フリッツさんが頭上を見上げた。

あたしが即応。

踏み込むと。

下手投げの変形フォームで。

全力で真上に向けて、フラムを投擲する。

ぼっと音がしたのは、空気を蹴散らしたから。

フラムそのものは、魔術でガードしていたから潰れなかったが。

今の投擲には、あたしが魔術で、相当にパワーを込めた。だから、空気を蹴散らすほどの速度で飛んだ。

起爆。

上空から強襲しようとしただろう沈黙の魔獣に直撃。

初めての直撃弾に。

獣の王が、悲鳴を上げた。

「今だ! 畳みかける!」

熱の余波が降り注ぐ中。

フリッツさんが跳躍。

二本の剣を振るい。

落ちてくる巨体に向けて、無数の斬撃を叩き込む。

だが、流石に多くの討伐隊を退けてきた古豪だ。体勢を立て直すと、傷だらけの体でありながら、空中機動を実現。魔術を応用しているのだろうが、なんと空中でダッシュをし、フリッツさんの斬撃を全てかわしてみせる。

だが、それこそが。

フリッツさんの狙い。

獣は見た筈だ。

腰だめして、剣を深く構えたジュリオさんが。

踏み込むと同時に、横殴りの一撃を放つのを。

それは一閃。

強烈な衝撃波となって。

獣に襲いかかった。

テンプルスライドという、アダレット騎士団に伝わる技らしい。

腕利きになると衝撃波を剣から飛ばせるらしいが。

ジュリオさんが今実践したのが正にそれ、というわけだ。

空中での無理な機動が徒になり。

もろに直撃を受ける沈黙の魔獣。

毛皮の彼方此方から血を噴きながらも、凍り付いた地面に、無理矢理体を叩き付け、跳ね起きる。

同時にモニカとレオンさんが突貫。

モニカの放った斬撃をかわそうとして、獣は気付いただろう。

足の裏が、地面に張り付いてしまっている事に。

レヘルンの凶悪な冷気が故だ。

焦る様子が此処からも見える。

多数の斬撃と、レオンさんの刺突が、滅多打ちに獣を打ち据えるが。

しかし、獣も流石古豪。

吠えた、のだろうか。

音は良く聞こえなかったが。

二人が一瞬にして吹っ飛ばされる。

友愛のペルソナの防御の上から。

二人を吹き飛ばすほどの衝撃波を放った、という事だ。

魔術によるものだろう。

無理矢理足を引きはがすと。

沈黙の魔獣は、凄まじい形相で、真っ正面から特攻してくる。

狙いはあたしだ。

痛打の原因になっているのが、悉くあたしだから、だろう。

流石に老練の者。

見抜いている。

魔術砲を真正面からぶち込む。

奴は機動より速度を重視。

真正面から突貫。

魔術砲の一撃を、無理矢理ぶち抜いて、突撃してくるが。

あたしが真横に飛び抜き。

其処には既に構えを執ったハロルさん。

腰を落とし、銃の反動が極限まで殺せる体勢のまま。

至近まで引きつけた怪物に。

魔術が乗った、巨弾を叩き込む。

左目に直撃。

一瞬の硬直を見逃さない。

コルちゃんが横っ腹に、仕込み手甲の一撃。

爆裂。

ゆらぐ。

着地したフリッツさんと、大技を放った硬直が解けたジュリオさんが突貫してくる有様を見て、わずかに躊躇する巨獣。

その隙に。

サイドステップしたあたしが、オリフラムを、奴の傷口に突き刺す。

本能的に悟ったのだろう。

まずいと。

飛び退こうとする獣だが。

既にあたしは。

起爆ワードを唱えていた。

ピンポイントフレアと名付けた、一点突破型の収束火力が、奴の体内に直接叩き込まれる。

巨体が瞬時に燃え上がる凄まじい有様を、あたしは見た。

それでも、転げ回って何とか消火しようとする凄まじい執念だが。

その時。

何とか立ち上がったオスカーが。

スコップを、奴の頭に降り下ろし。

立ち上がったモニカが、全力での剣撃をありったけ。

更にレオンさんが、渾身の刺突を叩き込む。

悲鳴を上げた巨獣は、逃げようとするが。

回り込んだフリッツさんが、右手の剣を高く、左手の剣を低く構える。見ていたあたしがぞくりとするほどだ。

其方に行くと死ぬ。

そう判断したのだろう。

巨獣は、全身から煙を上げながら、必死にあたしの方に突貫してくる。あたしを倒せば、まだ退路があると思ったのだろう。

だが残念。

お見通しだ。

奴から見て左。

眼が失われたことによって生じた死角から。

ジュリオさんが突貫。

全身ごとぶつかるようにして。

奴の動きさえ偏差で読み。

のど元から、首の向こう側に抜けるようにして。

剣を貫き通す。

ぎゃっと、凄まじい声を上げ。

それでも暴れ狂う獣。

尻尾を振るい、周囲に無数の火焔弾を吐き散らし、爆裂させる。

流石だ。

だが終わらせて貰う。

ジュリオさんが剣を引き抜いたときには、あたしは最大限バックステップして離れ、レヘルンを放り投げていた。

奴はそれを見て、ヤバイと思ったのだろう。

さっきの音無き咆哮ではじき飛ばそうとするが。

しかし一瞬早く。

奴の下半身が、凍り付いていた。

コルちゃんが。

レヘルンを叩き込んだのだ。

使い方さえ分かれば。

誰でも使える。

誰でも作れるわけでは無いが。

使う事そのものは。

誰でも出来る。

勿論コントロールは完璧では無かったから、わずかにずれたが。

それでも、巨獣は絶望の悲鳴を上げた。

蛇の尻尾も、今の一撃で凍り付き、砕けて散る。

下半身が完全に死んでも、なおどういう仕組みか動いているバケモノだが。

あたしの投げたレヘルンが、顔の至近に。

それを見て、どうやらついに死を悟ったらしかった。

最後は、静かだった。

むしろ、強敵と戦えて、満足だったのかも知れない。

巨大な氷柱が出来る。

それは、下半身が凍り付き、砕けていた巨獣の上半身を。

下半身と泣き別れにするようにして、砕きながら空へと噴き上げ。

そして、思い出したように。

凍っていたり。

半生になっている内臓が、。

辺りに降り注いだ。

忘れていたように。

真っ赤な血の雨が、辺りに降り注ぐ。

そして、落ちてきた、もはや原形をとどめていない死骸が。

地面に激突。

粉々に砕け散っていた。

 

4、暁の

 

文字通り滅茶苦茶に粉砕された巨獣の死骸を調べる間。フリッツさんとジュリオさんは、周囲を見張ってくれていた。

二人はまだ多少余裕があるようだが。

他の皆は、全員がまずモニカの手当を受け。

傷薬を塗りこんで。

それからでないと動けなかった。

モニカとレオンさんを吹っ飛ばしたあの聞こえない音の衝撃は。

全員の肌を切り裂いていた。

友愛のペルソナの防御を貫通するほどの火力があった、という事だ。

更には、レヘルンの強烈な冷気。

離れていたとは言え、皆も食らっていたし。

フラムによる爆圧もそう。

何より、巨獣の「圧」も皆の精神に大きな負担を掛けていた。奴のパワーはびりびり感じるほど凄まじかった。

最初にコルちゃんが奇襲を貰っていたら。

多分即死だっただろう。

並のキメラビーストなどとは、比較にもならない実力だったのだ。

これが、ネームドの実力。

なるほど、軍でさえもてあますわけだ。

オスカーが手を振って来る。

「ソフィー、コレ見てくれよ」

「どれどれ」

奴のバラバラ死体だが。

その一部。

左腕の辺りは、比較的生のまま残っていた。

これは、使えるかも知れない。

慎重に毛皮を剥がす。

素晴らしい毛皮だ。

それだけではない。

爪もいい。

爪はそれそのものを武器にできるほどの鋭さで。何より巨大で重厚。重さからして、ただの爪とは思えない。

キメラビーストが本来存在し得ない生物だという事を考えると。

金属が含まれているのかも知れない。

頭だったらしい部分も確認するが。

此方は文字通りぐちゃぐちゃ。

ただ、牙は何本か、採取することが出来た。

皮は本職のレオンさんに渡して、加工して貰う。

すぐになめし始めてくれた。

その間、半生になっている死体の中から、使えそうな部分を回収し。

後は砕いて焼いてしまう。

フリッツさんに声を掛けるが。

今の時点で、此方に来ようとしている猛獣はいないという。

「沈黙の魔獣が死んだ事は、皆気付いたのだろう。 それほどの相手に仕掛けてくる勇気は、どいつにもない、ということさ」

「……早めに戻りましょう」

「それがいい」

死体の処理を急ぐ。

あたしが魔術で火を熾す。

エリーゼさんほど巧みにはいかないが、それでも半生の死体を焼き尽くすくらいはさほど難しくも無い。

その間、コルちゃんは。

薬と爆弾の在庫のチェックをしてくれた。

死体を焼いている間に。

周囲の素材を集める。

水辺を覗いてみたが。

どうやら猛獣は今の戦いを察知して、距離を取っているらしく。幾らかの採集は出来そうだ。

水は非常に汚染されているが。

鉱物や植物に関しては、面白い素材が取れるかも知れない。

また、水辺にある貝殻なんかも、錬金術で生かせる可能性がある。

死体の処理が終わってから。

水辺に降りて。

フリッツさんに周囲を警戒して貰いながら。

荷車がいっぱいになるまで。

素材を集めた。

全てが終わった頃には。

皆の休憩も終わったが。

代わりに夕方になっていた。

昨日キャンプした地点まで、急いで戻る。流石に此処でキャンプする度胸はあたしにもない。

一応、沈黙の魔獣の半壊した頭だけは、油紙に包んで持ち帰ってきた。

だが、沈黙の魔獣が死んでも。

彼処が危険地帯なのは代わらない事実なのだ。

夜が更ける。

交代で休憩に入る。

ふと、フリッツさんが、あたしに聞いてくる。

「時に君は、この世界を少しでも良く出来ると思っているらしいな」

「少なくとも、創造神が手を抜いているのは事実だと考えています。 モニカとはそれで何度も喧嘩になりましたが」

モニカが寝入っているのを確認してから、そう答える。

フリッツさんは、苦笑した。

「創造神と言えば、傭兵の間で噂がある。 実在しているらしいと」

「邪神がいるくらいです。 実在していても不思議では無いでしょう」

「いや、そういう意味では無く、会った者がいるそうだ。 ただ、どれも良い評判は無くてな……教会の方でも、そういった噂には箝口令を掛けている節がある」

ふむと、あたしが頷くと。

フリッツさんは、流石にそれ以上は知らないと、口を閉ざした。

激しい戦いは勝利に終わったが。

あたしはまだまだ一人前の錬金術師には遠い。

もっと、色々な事が出来るようにならないと。

そう思いながら。

焚き火にもう一つ、薪を放り込んでいた。

 

(続)