氷結摂理

 

序、歪みの獣

 

ドラゴン。

空を舞い、世界中に傷跡を刻んで回る獣の王者。邪神達によると、どうやら世界のバランスを保つために常に産み出されているらしく、ドラゴン同士で争うことはないらしい。高い知能を持つ者はいないのだが、その一方で魔術や天変地異も使う。

文字通り生きた抑止装置なのだ。

この壊れた世界の何をどう守るのか分からないが。

邪神の中でも、あまりにも暴れすぎたものは、高位のドラゴンにおそわれる事があるらしいし。

一方で、何も特に自然を害していない集落が、いきなりドラゴンに襲われて焼き尽くされることもある。

半分壊れているが。

厄介なことに本能は忘れていない。

それがドラゴンという存在なのである。

錬金術師や人間の凄腕傭兵の中には、ドラゴンキラーとして知られる者もいるが。流石に高位の者を単独で倒した者はあまり多くは無い。遙か昔には、そういう伝説的な錬金術師がいたらしいが。

少なくとも、現在公認錬金術師でも、ドラゴンキラーとして知られていても。それでも精々十体二十体、下位のものを倒した程度。

故に。

この実験には、大いに意味がある。

魔族イフリータは、主と共に既に五百年を超える時を生きてきた。

赤い肌を持つ長身の魔族である彼は、巨人族ほどの強靱さはないが。それでも、寿命にしても魔力にしても、既に通常の努力で到達できる限界を超えてしまっている。

魔族の寿命はどれだけ頑張っても二百年。

それを超えたのは。

主と共に世界を変革するためだ。

深淵の者幹部達と共に、展開。

丘の下には。

既に三つの街を壊滅させ。

民千五百人以上を殺し。

討伐に駆けつけたアダレットの軍を蹴散らして。

腕利きで知られる傭兵や錬金術師十数人を含む軍属五百人以上を葬った。

高位のドラゴン。

「月の欠片」が、体を丸めて眠っていた。

ドラゴンは高位になっても大型化しない。獣とその辺りが違っている。

このため、相手の色や纏っている魔力で実力を見定めなければならないのだ。

実力がつけば、相手が放つ気迫などで、ある程度はドラゴンの戦闘力が分かるのだけれども。

それでも、大きさが変わらないのに実力が桁外れ、というのはある意味理不尽とも言える。

ただこれは邪神についても同様ではある。

この手の高位ドラゴンは、基本的に余程の歪みが生じない限り本来は姿を見せない。今回の襲撃も、明らかに理不尽なものだった。

故に排除しなければならない。

創造神が仕事をしていないから。

こういう悲劇が起きる。

そしてその悲劇は。

可能な限り、自分達で止めなければならないのだ。

創造神がやる気を出さないのなら。

この荒野を。

自分達で切り開くしかない。

まだ若い人間の女性戦士が敬礼する。

彼女はドラゴンに焼き払われた村の生き残りで。

深淵の者になし崩しで参加したが。

結果として、現在は。

水を得た魚のように活躍している。

戦士としての適正もあったし。

何よりこの狂った世界の理不尽さに怒りを覚えている一人だから、なのだろう。

同じようにして、国家の救貧院に入るよりも。

よりストレートに深淵の者に所属し。

支援を受けながら公認錬金術師にまでなり。

赴任地で潜伏しながら、協力を続けている者もいる。

500年活動を続ければ。

そういう者も増える。

それだけのことだ。

「準備整いました」

「よし。 目的地点に展開せよ」

「分かりました」

後はハンドサインで動く。

既にドラゴンも此方に気付いているだろう。

これだけの数。

使い手。

相手が今まで蹴散らした相手とは訳が違うことも。

だから寝たふりをして。

逆に不意を突くつもりなのだ。

だが、それが命取りである。

周囲を囲むようにして展開した後。

指を弾いた。

瞬時に、それが発動した。

ドラゴンの周囲に、歪んだ空間が、無数の黒い霧のようになって出現し、辺りを滅茶苦茶に切り裂く。

空間転移を攻撃に応用する技術である。これには、流石にドラゴンも対応出来ない。

高位次元に干渉するのは錬金術師や邪神の領域。

そして、此処まで自由自在に干渉することは。

普通は出来ないのだ。

絶叫するドラゴン。

空間ごと切り裂かれるのだ。

どれだけ強力な魔術で武装しようが関係無い。

如何に堅い鱗を身に纏っていようがどうにもならない。

上位のドラゴンになると、邪神と同等以上の実力を持っていることがあるが。

それでもどうにもならない。

魔術とは、また一つ次元が違う力なのだ。

この空間操作鞭は。

まだ試作段階だが。

少なくとも、ドラゴンに対しては究極的な対処法になる。

それがよく分かった。

手を上げ、そして降り下ろす。

後は身動き取れなくなったドラゴンをなぶり殺しである。

その代わり、近づくなとも告げてある。

まだ試作段階の拘束兵器だ。

どんな不具合が生じるか、分からないからである。

それに、空間を切り裂く攻撃である。

対象は無差別。

下手に触れば、文字通り存在が消滅してしまう。

いずれにしても、狂ったドラゴンへの攻撃は情け容赦なく行われた。恨み重なる者だって多いのだから、当然だろう。今回作戦に参加した者の中には、滅ぼされた街の出身者もいたのだ。

徹底的に叩き潰されたドラゴンは。間もなく首を胴体から叩き落とされ。血まみれになって地に横たわった。

それでも驚くべき生命力で生きていて。

顎をがちがちとかみ合わせていたが。

それもやがて動かなくなる。

装置を解除。

念入りに殺したが。

それでも上位のドラゴンだ。まだ油断することは出来ない。

魔術で重武装した者達が、接近して、体をバラバラに解体していく。

ドラゴンはこの世界における抑止装置。

つまるところ、世界そのものが作り出した存在。

その体の隅々にいたるまで。

無駄にならない。

内臓を取り出し。

肉を切り分け。

鱗を剥がし。

骨を砕いて、軟骨を出す。

大量に持ってきている荷車に、血すらも無駄にせず、回収して詰め込んでいき。そして撤収した。

もたついているとアダレットの軍に気付かれるかも知れない。

別に気付かれたところでどうでもいいが、無駄に死人は出すなと主の指示も出ている。ただでさえ、今回はこの荒野の世界における貴重な人口が、自然災害も同然の状況で失われたのである。

これ以上無駄な殺戮は避けなければならない。

匪賊か何かなら殺しても別に良いが。

正規兵となると貴重な存在だ。

世界のバランスを保つためにも。

無為に消すのは好ましくない。

作業が終わって、戻る。

深淵の者の本拠である魔界に到着すると。

既に二人の主が待っていた。

イフリータが、討伐部隊と一緒に傅き。そして被害と戦果について説明。二人は頷くと、早速素材を確認した。

「巨大な竜核だ。 素晴らしい」

「傷も最小限に抑えてあります」

「ああ、よくやってくれたね。 これだったら、何の文句も無いどころか、大きな力に変えられるよ」

「珍しくべた褒めね」

主は、見かけ子供にしか見えない。

だが一族を理不尽に奪われ。

昼寝と遊ぶことしか興味がない創造神を見てしまい。

悲嘆に暮れ、荒れ狂っていたイフリータを救ってくれた存在だ。救ってくれたときには、また別の姿をしていたが。

「疲れただろう。 休憩をして、次の任務に備えて欲しい」

「ははっ……」

部下達や、幹部達を促し退出する。

今回も成果は大きかった。

それにしても素晴らしい装置だ。

考案した二人には感謝しかない。

二人が直接錬金術を行えないのは不便だが。それはもう、仕方が無い事なので、周囲で補っていくしかない。

「それでは各自解散。 伝達があるまで休むように。 ゆっくり休む事も仕事のうちだ」

「了解。 世界のために」

「世界のために」

ぐっと拳を固めると、どんと胸の中央に当てる。

深淵の者式の敬礼だ。

そして皆と解散すると。

イフリータも、自身が任されている場所に向かう。

魔界は、名前の通り非常に複雑な経路が連なる空間で、侵入者が入り込んでもまず生きては出られない。

古参の幹部でも、たまに迷子になるくらいである。

そういった迷子を助けるためだけに、重宝されている幹部がいるくらいだ。

彼女はホム族だが、奴隷として使われていた時代に陰惨極まる肉体的暴力を受け続け、あらゆる欲望のはけ口にされていた。

深淵の者に参加し、数百年がかりで幹部になったが。

ホム族に伝わる錬金術を使えるわけでもない彼女がどうして幹部になったかというと。

数字を管理し。

真面目に働き。

何よりこの複雑極まりない魔界の構造を覚え。古参幹部でさえ閉口する状態でも、すぐに助けに来てくれて、出口に連れて行ってくれるからである。

そんな彼女とすれ違う。

ホム族は傾向として、ゆっくり喋るのだが。

それは彼女、クラレンスも同じだ。

「イフリータさん、迷子ですか?」

「いや、クラレンス殿は?」

「私は迷子の救助中です。 新参の方が迷子になったようなので、迎えに行く所です」

「いつもすまないな」

敬礼をかわすと、その場を去る。

クラレンスの顔には、火傷の跡と、十字傷が残っている。彼女は戦士では無い。全てが虐待の痕だ。彼女はそんな境遇でも実直に働き、深淵の者達の中でも後方支援任務を着実にこなしてきた。それは敬意を払うに充分に値する。

奴隷制度はまだ残っている。

辺境ほど多い。

匪賊などが奴隷にしているケースもある。

そんな連中は片っ端から潰してきたが。まだまだこの世界は良くならないのが現状だ。

頭を振ると、その場を離れる。

クラレンスが何をしたのか。この組織に入ってからも、ずっと真面目に働いているし。入る前もそうだった。

それなのに、創造神は彼女に何か報いたか。

自室に到着。

寝ることにする。

大立ち回りの後だったが、疲れは感じていない。

むしろ、怒りと高揚で。

またすぐにでも、仕事に出たいほどだった。

 

1、錬金鉄鋼

 

死骸の装備を剥がすと、焼く。

食べられる状態で残しておくと、スカベンジャーが大挙してくる。そして人間の味を覚えると。人間を襲うようになる。

匪賊処理の場合の鉄則。

あたしもそれは知っている。だから迷う事も無い。

装備が充分に整ったと言うことで。

近くの街道付近で発見された匪賊の巣窟に。あたしはキルヘン=ベルの自警団と一緒に、殴り込みを掛けたのだ。

今回ジュリオさんには留守番をしてもらう。

いきなりこういう作戦に参加して貰うのもなんだし。

なにより街にも防衛部隊を残さなければならないからだ。

匪賊だって馬鹿じゃ無い。

生活できなくなったから匪賊をしているのであって。

連中も人間だ。

駆除しなければならないのは当然だが。

より悪い環境で生きているわけで。

それだけ悪知恵だって働く。

今回発見された連中は、前から噂になってはいたのだが。つい数日前に、街に逃げ込んできた商人と護衛達の証言で存在が決定的になった。

そうなった以上、消さざるを得ない。

街道に沿って東に進み。

そして山岳地帯にさしかかったところで、道をずれる。

夜まで待ち。

夜目が利く魔族の伝令を複数出して。

火を発見。

丸一日掛けて偵察し。

街道から見えにくい位置に、十五人ほどの匪賊がいる事を確認。

全員が戦闘部隊で。

どうやら、要救出対象は存在しないようだった。

洞窟が側にある。

恐らく其処を本拠にしている、という事だ。

敵の見張りから距離を取りつつ、徹底的に調べる。敵は此方に気付いていない。戦いは情報を多く得た方が有利になる。

そしてこの辺りの地図は。

此方が持っている。

洞窟についても、ある程度の形状は分かっている。

この戦いは勝ちだ。

そして、匪賊は皆殺しにしなければならない。

この手の匪賊は、奴隷を買ったり、捕まえてきた子供や女性を性欲のはけ口にした後、解体して食べたりするのだが。

今の時点では、不幸にもというべきか。

敵の様子を見る限り、生きている救出対象さえいないと言うことだ。

作戦開始は夕方。

理由は簡単。

ヒト族も魔族も獣人族も。

皆フルにパワーを発揮できる時間だから、である。

あたしが紐を付けて、くるくると回していたフラムだが。

今回の作戦は重要な事もあって、ヴァルガードさんが総指揮を執っている。あたしは攻撃時に、初撃と、制圧射撃を担当する。

大まじめに戦闘などしない。

ドカン。

皆殺し。

おしまい。

以上である。

まともに戦闘して怪我などしても馬鹿馬鹿しいだけだ。

普段はそうではないにしても。

今回は一方的に蹂躙できる条件が揃っている。

そして味方にしても、戦力は貴重で、失う訳にもいかない。

ならば、やる事は一つ、というわけだ。

「GO」

ヴァルガードさんが合図を出すと同時に。あたしはフラムを匪賊どもの拠点になっている、街道からは見えにくい位置にある洞窟に放り込む。これは増援を防ぐため。

距離があるからロープをつけて振り回したが。

正確性を考えるなら、下手投げしたかった。

まあそれは仕方が無い。

いずれにしても、大爆発で、歩哨が吹っ飛び。

更に、立て続けにフラムを連中の頭上に降らせる。続けての攻撃は混乱させるためだ。

三発目を放り込んだ時点で、奴らの追加は洞窟から出てこなくなったが。

洞窟の出口がもう一つある事も、既に分かっている。

生活臭はどうしても漏れる。

此方には獣人族の戦士もいるのだ。

そのもう一つの穴にも、既に見張りがついていて。

合図を送ってきた。

あたしは頷くと。

クラスタークラフトこと、うに袋を投擲、混乱している匪賊の頭上にて起爆。

単独にて面制圧が可能な爆弾が、広域を一瞬にして薙ぎ払うのが、あたしの位置からも見えた。

愉快痛快。

爽快である。

そして、敵主力が壊滅したところでとどめだ。

今まで監視をしていたメンバーが、数字をハンドサインで送ってくる。

今回、作戦にはコルちゃんが参加していたのだが。

彼女が即時にはじき出した。

「まだ最低でも三人以上が洞窟にいますです」

「よし、ソフィー。 とどめだ。 モニカ、オスカー、タレント、護衛。 ハロルは距離を取って奇襲に備えろ。 他の者達は、周囲を広めに包囲。 脱出をはかろうとする者がいたら、即座に消せ」

「ヤー!」

自警団の戦士達が、短く。

だが猛々しい声を上げた。

あたしは洞窟に入り口まで近づくと。

敢えて焦げた死体を踏み砕きながら。

洞窟入り口に、オリフラムをセットする。

「助けてくれ! 降伏する! もう目も見えない! 動けないんだよ!」

中からわめき声がするが、そんなものは聞こえない。聞こえたとしても知らない。

一緒に来たウサギと人間の相の子のような姿をした獣人族のタレントさんが、しばし耳を傾けていたが。

これは人質がいる可能性を考慮しての事だ。

「大丈夫。 コルネリアちゃんの言う通り、残りは三人。 全て匪賊よ」

「じゃ、やっちゃおうか。 みんな離れて」

さっと、洞窟の入り口から離れ。

そして、もう一つの出口も、先に塞いで貰う。

中から命乞いと絶叫。

それに恨み事が聞こえたが。

知るか。

起爆。

瞬時に、魔術で補強された鉄板も軽々貫く爆圧が、洞窟の中に叩き込まれた。

しばしして、煙が洞窟から溢れ。

生命の気配は消えた。

念入りに周囲を探り、魔術も使って敵の生き残りがいない事を確認すると、後始末。

黙々淡々と処置をしていく。

周囲は煙硝の臭いが立ちこめ。

文字通りの死屍累々。

死骸を全て片付け終えると。

戦利品を回収して、キルヘン=ベルに戻る。

匪賊の討伐報告は、ホルストさんから、ラスティンにしてもらう。これによって報奨金も出るのだ。

匪賊は殆ど全員がヒト族で。

一人だけ魔族もいたが。

いずれも大した奴らでは無かった。

そして、モニカが装備を見ながら言う。

「この様子だと、恐らく各地を転々としながら畜生働きをする連中ね」

「駆除が早く済んで良かったね」

「ええ……」

実際問題。

洞窟の中からは、此奴らのものではない人骨が複数見つかった。何が起きていたのかは、言うまでも無いことだった。

それらの人骨は丁重に葬る。匪賊の死骸は砕いて廃棄。

そして、引き上げる。

これで、また少しだけだが。

この世界を良くすることが出来た。

だが、根本的に良くしなければ、この手の連中は幾らでも沸いてくる。

凱旋を始めたときには。

もう朝日が昇り始めていた。

 

 

匪賊を片付けた翌日。

あたしは、コルちゃんから鉱石を受け取っていた。

コルちゃんは疲れている様子も無い。このくらいの「錬金術」ならば、それほどの問題もないという。

彼女はかなり黙々淡々としている。

話によると、ホムは元々感情が希薄な傾向が目立つらしいのだが。

コルちゃんもその例外では無い。

殆ど笑顔を浮かべるところも。

怒るところも。

悲しんだり、喜んだりするところも見た事がない。

ここしばらく、プラフタと一緒にコルちゃんの所に様子を見に行っていたのだけれども。それでも、彼女が感情を見せる所は、一度も見られなかった。

「ホム同士だと感情は分かるの?」

「実のところ、我々から見ると、他の人間種族の感情は大きすぎて、恐ろしすぎるくらいなのです。 私はホムの中では普通くらいなのです」

「なるほどね」

鉱石を確認。

確かに気味が悪いほどまったく同じだ。

プラフタによると、この世界には確認されているだけで最低でも三つの系統の錬金術が存在するらしいが。

その一つが。

コルちゃんの使うホムの錬金術だ。

ホムの中でもかなり珍しいらしいが。

これは、元々この世界に来る前からの技術で。

この世界に来て環境適応して、失われていったから、という説があるらしい。

コルちゃんの話によると。

長寿のホムの間でも諸説があり。

良くは分かっていないそうだ。

「ありがとう。 此方代金だよ」

「此方こそありがとうなのです。 これからもごひいきに」

口元を抑えて、コルちゃんが料金を受け取る。

小さな手だけれども。

お金に対する執着はホンモノ。

キルヘン=ベルに来てからも。

相応に既に稼いでいる様子だ。

稼ぐばかりでは無く。

しっかりと物資を街に供給もしているし。

足りない物資や。

何が欲しいかなどのリサーチも、欠かしてはいないらしい。

また、意外に彼女は戦闘慣れしている。

この間の匪賊狩りの際も、率先して名乗りを上げた。

ホム族の中でもコルちゃんは身軽な方らしく。

機動戦であれば出来ると言っていた。

実際かなりのスピードで動き回るのを、モニカとの模擬戦で目撃している。

だが残念な事に。

ホム族の宿命で、力が決定的に弱い。

恐らく、錬金術で足りないパワーを補うための装備を作ってあげれば。

彼女は相当に戦闘で化けるのでは無いかとあたしは思っているが。

いずれにしても、まだ先の話。

装備どころか。

金属さえまともに作れないのだから。

アトリエに戻ると。

プラフタが待っていた。

炉の様子を確認していたらしい。

「戻りましたか。 鉱石を見せてください」

「はい。 どう?」

「良い感じですね。 たまたま見つかった、とても品質が良い鉱石だったのでしょう」

しかも複数に増やす事が出来る。

大したものである。

では、さっそく。

これをインゴットにするという。

インゴットについては座学で教わった。

簡単に説明すると、延べ棒である。

金などをこうすることが有名だが。

それは加工するにも。

持ち運ぶにも。

便利だからだ。

このインゴットを多数作る事によって。

鍛冶屋でも、武器防具を作成する手間が省ける。

簡単に言うと。

現在ロジーさんの所の鍛冶屋が、キルヘン=ベルにおける武具供給の生命線になっているが。

それが更に楽になる。

原価が下がれば。

当然ながら、ロジーさんももっとお安く装備を自警団に供給できるわけで。

街の自警団の武装を、必然的に強化することが出来るのだ。

原価が下がることで一つずつの仕事の利益も下がってしまうが。

しかしながら、原価が下がると言う事は、それだけ価値が下がることを意味し。価値が下がるというのは、たくさん手に入ることも意味する。要するに仕事の量は増えるわけで、安定して稼げるようになる。何しろ武器はどれだけあっても足りない。実際、自警団の戦士達も、かなり古い装備で誤魔化している例が目立っているのだ。

公認錬金術師がいる街だと。

こういう形で、安く品質が良い金属が手に入るため。

非常に自衛力が強化されるらしい。

他の街を見た事がないあたしが言うのも何だが。

理屈は確かに通っている。

まずは、鉱石を砕く。

カーエン石の時のように、爆発に気を付けなくても良いのは嬉しいのだけれども。

問題は、今度は逆にもの凄くパワーがいると言うことだ。

腕力だけだと無理だな。

そう判断したあたしは外に出ると。

鉱石を砕くためのハンマーに魔術を掛けた。

杖と同じだ。

殴るとき。

自分にとっては羽のように軽く。

相手にとっては鋼鉄よりも重くする。

魔術としては簡単だが。

錬金術に魔術を応用するのはまだ先だとも言われているが。

こういう使用法なら構わないだろう。

プラフタが見ている前で。

ハンマーをうなりを上げて降り下ろす。

鉱石が砕ける。

砕けた鉱石を集めて、更に砕く。

何度か砕いて、粉々になったところで。

今度は、炉に直接入れるという。

受け皿に砕いた鉱石を入れ。

満遍なく並べるようにして。

炉に入れ。

火を入れる。

薪をそのまま熱に変換するという、錬金術における非常に重要な道具、熱変換炉。難しく別の名前で呼ぶ地方もあるらしいけれど。兎に角炉だと、プラフタは言う。或いは呼び方が複数あって、覚えていても意味がない、と言うことなのかも知れない。

炉で三刻ほど熱を通し。

そして炉を止める。

しばらくは余熱で冷ますという。

外に出るように促されたので。

言うままに外に出ると。

煙突から煙が上がっていた。

なるほど。

こうやって、余熱を逃がしているのか。

よく見ると何かが燃えた煙では無く。

多分熱による揺らめきだ。

それだけの膨大な熱量が放出されているという事は。確かにこれでパンを作るのは無理だ。

「分かりましたか。 金属加工とは、かくも大変なものなのです」

「うん。 それで、これからどうするの?」

「まずは、金属の純度を上げます」

なるほど。

熱を放出し続けて三刻。

充分に冷えたところで炉を開ける。

この炉、熱を放出する能力もあるらしく、その辺りは氷室と同じ仕組みを利用しているらしい。

炉を開けると、熱どころか。

ひやっとした。

そして、マーブル模様になった、何か良く分からないものが、トレーの上に載せられていた。

これが。

砕いた金属の末路か。

言われるまま、外に持ち出す。

触るとひんやりするくらいで。

ミトンも必要なかった。

外に出てから、マーブル模様の部分を叩いて外す。

あっさり外れるので驚いたが。

プラフタはもっと驚くことを言った。

「いいですか、この模様の部分が、それぞれ別の金属です。 もっと良い鉱石だと、更に純度が高い金属が取れます」

「へえ、すごいね……」

「これは鉄が殆どですね。 残りは銀とニッケル、それとただの砂利です。 砂利以外はいずれも分けて、氷室に保管しましょう。 いずれ使い路が出てきます。 銀は単純に換金できるでしょう」

「はーい」

鉄だけは、その場に残し。

そしてまた炉に入れる。

炉から出してみると。

今度はマーブル模様にならず。

隅っこだけ、不純物が出ていた。

これで鉄として、大体純粋なものができた事になる。

あれだけの鉱石で、これだけの量の純粋な鉄が出来ると言うのは、色々と凄い事だ。

今の時代でも、建物は木と石で作る。石で作るケースが多いし、貧しい地域だと洞窟に住むことだってある。

あの匪賊どもだって。

ある意味洞窟暮らしをしていたようなものだ。

鉄を何度か炉に入れて抽出作業を繰り返し。

不純物を取り去る。

時間がもったいないので。

その間に薬やフラム、クラフト、うに袋と、今まで作ったものを順に作っていき、復習作業。

更には、ジュリオさんやコルちゃんにも声を掛けて。

近場で採集を実施した。

素材は幾らあっても困らない。

炉はプラフタが見てくれると言うことなので。

頼んでそのまま近場に出かける。

ジュリオさんの出番が来ることは殆ど無かったが。

コルちゃんは、意外に勇敢で。

無言のまま獣の中に飛び込むと、すばしっこい動きで相手を翻弄。

モニカの間合いに誘導したり。

あたしの魔術とハロルさんの銃のクロスファイヤーポイントに誘い混んだり。

オスカーが跳躍したのを見て、さっと敵の前から離れたり。

結果獣どもは。

モニカにスライスされ。

あたしとハロルさんの砲撃に木っ端みじんにされ。

オスカーに頭をかち割られ。

後は解体されて。

自らも素材になるのだった。

その過程で、動物の内臓や、毛皮、肉、骨などを、かなりの量キルヘン=ベルに持ち帰る事が出来たし。

それらは自分で持っていても仕方ないので、必要な分はホルストさんに渡してしまう。

ホルストさんは充分に満足。

この間の匪賊討伐で、あたしの作った道具類が無双の活躍を見せたこともあって、機嫌が目に見えて良くなっていた。

コルちゃんに関しては、モニカが自警団に入らないかと誘っていたが。

やんわりと断られた。

この間の匪賊討伐は、あくまで街に溶け込むため。そして今回はあたしの採集に同行すると、自分でも売り物になる素材などが手に入るから、という理由で来てくれたのだ。

流石に自警団に参加して。

定期的に義務として猛獣駆除、と言うリスクを冒す気にはなれないのだろう。

何より彼女は本質的に商人だ。

給金目当ての戦いは本分では無い、と思っているのかも知れない。

強いのに惜しいなあ。

そう思うが。

本人には言わない。

コルちゃんはあくまでそうしたいからそうしているのだから。

その意思を尊重するのが大事なのである。

数日が過ぎて。

鉄を純粋に抽出することが出来た。

これで売るのかと思ったが。プラフタは違うと言う。

「此処までで、ようやくフラムに使うカーエン石と同じ「ものの意思の統一をしやすい状態」に仕上がった所です」

「これからどうするの?」

「金属としての強度を跳ね上げます」

なるほど。

ものの意思に沿ってものを変化させる、錬金術の本領発揮というわけだ。

中和剤を用いるが。

今回は水だ。

そして炉で中途半端に熱した鉄を。

中和剤に漬ける。

じゅっと、凄まじい音がして、湯気が出る。

これは魔術で体をガードしないと、火傷するかも知れない。

「錬金術師の中にも、中途半端な力量の者は、金属加工を嫌がる場合が目立ちました」

「それは、そうだろうね」

汗を拭う。

魔術でガードしていても、なおも熱いと感じるほどだ。

更に、中和剤に蜜を投入する。

これは金属強化の一端で。

中和剤に対する蜜の量は厳密にはかり。

温度も調整し。

じっくり丹念に混ぜ合わせた上で。

鉄のインゴットを投入する。

そして叩いて伸ばす。

赤熱したインゴットは。

それ自体が、一打ごとに強くなるようで。

聞こえてくる雑音も凄まじい。

ただ、抵抗する感触は無い。

ものの意思とやらが、強くなることを望んでいる、という事なのだろう。

額の汗を拭いながら、作業を続け。

最終的には、四日ほどで。

インゴットが完成した。

金色に近いが。

元の鉄色とはかなり違っている。

しかしながら軽く。

そして、堅い。

あたしが魔術で強化した杖で、結構本気で殴ってみたのだけれど。ものすごい堅さにはじき返された。

勿論これは、インゴットという分厚い状態にしているからだろう。

「あたしの知ってる鉄と違う」

「錬金術によって、鉄とは別物というほどに堅くしています。 これは、点数でいうならば、41点ですね」

「意外に高得点だね」

「ただし此処から伸ばすのは大変ですよ。 いずれも、中途に腕がついた状態が、一番危ないのです」

プラフタの発言にも一理ある。

ただ、これは流石に手を入れようが無さそうだ。

もしもレシピを作れるのなら、と思ったのだが。

作業そのものは単純。

後は加工のタイミングや。

元になる鉱石の質そのものがものを言う事になるだろう。

いずれにしても、今回の作業は想像以上に時間が掛かったし、並行で別の調合も出来るほどだった。

金属加工は手間が掛かる。

それについては、教訓としてあたしの中に染みついた。

すぐに完成品をロジーさんに見せる。

隣と違って、毎日真面目に仕事をしているロジーさんは。

持ち込んだインゴットを見て、驚いていた。

「鉄の潜在能力を極限まで引き出している。 流石は錬金術だ」

「ロジー。 ソフィーを甘やかすことになるような発言は禁止します。 この子はまだまだ上が目指せる状態ですよ。 そんな発言はソフィーをスポイルしてしまいます」

「そうか、ならば俺が見てきた錬金術師達の作ったインゴットは、三流以下だった、という事になるな」

使えるかと聞くと。

使えるという。

少なくとも、剣一本くらいはこれで作れるそうだ。それもかなり良いものが。鎧になると、流石にインゴット二つは欲しい、という。

さて、どうするか。

コルちゃんに複製を頼むか。

更に上を目指すか。

咳払いされる。

どうやっているか分からないが、プラフタは咳払いが出来るのだ。

「ソフィー。 これはまだ量産できる品ではありません。 鉱石の力も引き出しきっていませんし、ただホルストに納品するだけにしておきなさい」

「あ、そう。 それなら、仕方ないかな……」

基本ロジーさんは素朴な青年で。

イケメンの割りには基本的に女子にがっついている様子も無く。

その辺りから、「草食」とか言われているのだが。

そのロジーさんが珍しく。

インゴットが持って行かれた時に、本当に残念そうな顔をしているのを、あたしは逃さず見ていた。

なるほど。

ロジーさん、女子より仕事の方が好きなタイプか。

あの容姿で女の噂がないと思ったら。

ただ、それに関しては分からないでもない。

この過酷な世界だ。

親から子供を作れと散々詰られて、結果異性が大嫌いになるようなケースもあるらしいし。

娼館なんかで育った結果、異性がバケモノにしか思えなくなる場合もあるという。

貧しい場合は、そういう状態でも、異性を見つけて子供を作らなければならないだろうが。

ある程度生活に余裕がある場合は。そもそも性を毛嫌いするようになるケースもあるらしい。

繁殖力が低い(性欲も薄いらしい)魔族は、この辺りを呆れてみているらしく。

そもそも繁殖方法が違うホム達は、ヒト族は面倒だなと思っているとかいないとか。

唯一これらの事情を理解してくれるのは獣人族だが。

彼らは彼らで独自の繁殖に関する思想を持っているので、色々と差は大きい。

不思議と、これらの差で争いが起きることはないのだが。何故かはあたしにも分からない。

まあコルちゃんに後でもっと仲良くなったら本当のところを聞いておくとして。

インゴットはホルストさんに納品。オリフラム並の値段で買い取って貰えた。

「コレは素晴らしい」

ホルストさんは大喜びしたが。

すぐにプラフタが同じ説教をしたので。

あたしは呆れた。プラフタは、子供がいたら、かなり厳しかっただろう。

 

結局の所、鉱石が足りない。

それについては、インゴットを作って見てよく分かった。

少し東に行った、この間匪賊を皆殺しにした辺りに、ちょっとした洞窟がある。ジュリオさんだけではなく、コルちゃんも加えれば、内部の探索が可能になるかも知れない。

流石にまだちょっと戦力が足りないので、深入りは流石に危ないが。

それでも、入り口くらいなら大丈夫だろう。

また、この洞窟では、前にプラフタが言っていたハクレイ石も取れるという話だ。冷気爆弾というのは、想像もつかない代物である。是非作ってみたい。

薬や爆弾を造りながら、プラフタに教わって、簡単なものを色々作り置きしていく。

中和剤も様々な種類、用途のものを作成。

薬についても、ただの傷薬だけではなく。材料を変えて、熱冷ましや化膿止めも作った。

確実に腕が上がっていくのが分かるが。

次にプラフタが指定したものは。

今までのものとは訳が違う。

魔術で冷やしたりするのと同じ。

摂理に反するタイプの爆弾だ。

今後錬金術を極めると。

更にこういった、本来起こりえない現象を引き起こすものへと手を出していくことになる。

当然のことながら難易度も上がるし。

そして興味深くもある。

準備があらかた終わり。

新しく作ったものをホルストさんに納入すると。

東への遠征を提案。

受け入れられた。

ただ、その過程で。

一つ依頼を受ける。

ホルストさんは、いつもの淡々とした笑顔のまま。

言うのだった。

「今ソフィーが行こうとしている洞窟の側で、大型のキメラビーストの存在が確認されています。 亜種かも知れません」

「!」

「今回はモニカも含めた精鋭が出る事もありますし、錬金術の素材を回収するだけでは無く、今後街道を脅かしかねない猛獣の戦力をはかり、出来れば倒してしまってください」

「分かりました」

この間の匪賊殲滅で、自分の爆弾が充分な破壊力を持っていることは証明できた。

それならば、今回は丁度良い実験だ。

可能な限りの戦力を整えて。

そして現状の実力を試すのと同時に。

キルヘン=ベルの安全も確保する。

だが、あまりにも欲張りすぎると、良い事にはならないだろう。

勿論引き際の見極めも重要だ。

すぐに準備に取りかかる。

皆に声を掛ける。

コルちゃんも、最初は渋るかと思ったのだけれども。意外にもすんなり引き受けてくれた。

話を聞いてみると。

したたかなものである。

「この街は流通が閉じてしまっていますし、商品になりそうなものは足で稼ぐ必要があるのです。 ソフィーさんが錬金術師として大成すれば、この街への街道も安全になるでしょうし、その手伝いならいくらでもするのです。 それに……この街を離れることも、現時点では難しいですし」

「いずれ行っちゃうの?」

「それはそうです。 私の目的は、家族を探すことなのです」

ああ、これは。

モニカに入れ知恵されたな。

まあいい。

コルちゃんが強かなこともわかった。そしてこの間の戦いで、頭が切れる事も、である。ならばよし。

準備が出次第、出られる全員で出る。

ジュリオさんも、今回は喜んでついてきてくれるそうだ。

この戦力なら。

何とかなる可能性も高かった。

 

2、強襲の爪

 

敵を先に発見する。

それが戦いにおいて、重要な要素になる。

獣が相手になる場合、風上から接近するのは悪手だ。風向きを把握して、風下から接近する。

今回来てくれたのは、モニカとオスカー。ジュリオさんとコルちゃん。それに、面倒くさそうにはしていたが、ハロルさんも来てくれている。

風を読みながら。

予定の地点まで街道を行く。

とはいっても、街道もただ「草が生えていない」だけの場所。そもそも荒野が拡がっている世界だ。枯れた草が生えているだけでも御の字、という次元で。雨だって降っても、すぐに土に吸われてしまうし。

水はけが悪い場所だと。

その度に洪水を起こす。

今回、幸いにも風向きが良いので、街道を移動しながら近くまで行き。

そして、目的の洞窟の近くで。

視線を遮るために街道からずれる。

目的の洞窟は、街道から逸れて、崖の上にあるのだけれども。

この近くに、この間皆殺しにした匪賊が住み着いていた洞窟があった。

要するにこの近くの崖。

何かしらの理由で、穴が開きやすいのか。

それとも、この辺りに昔にあった村か何かで、採掘をしていたのか。

いずれにしても、自然現象によって、洞窟が出来たというわけでは無さそうだ。

既にハンドサインに切り替えて、じっくり時間を掛けながら距離を詰める。

コルちゃんとツーマンセルで偵察に行っていたモニカさんが。

戻ってきて。

皆で情報を共有した。

「大型の足跡発見。 並のキメラビーストの二倍はあるわ」

「それは恐ろしいね」

くつくつと笑うあたしだけれども。

モニカは笑わない。

ジュリオさんは、見張りを続けてくれている。

「そこまでデカイと、目でも狙わない限り銃弾だと通らないな」

「ソフィーの爆弾が頼りだな」

ハロルさんとオスカーが口々に言うが。

皆の戦力だって頼りにしたい。

というか、皆だって充分に強いのだから。

あたしは其処まで悲観していない。

「マーキングや糞は?」

「マーキングならこの位置にあったわよ」

モニカが、この辺りの地図を拡げて、指を走らせる。

なるほど。

自分が強い事を把握して。

普通のキメラビーストよりかなり広めのテリトリーを確保している様子だ。

しかも、一部は街道に掛かっていると見て良い。

早めに排除しないと危ないだろう。

ただでさえ危険が大きい街道だが。

このままだと、死者が出ても不思議では無い。

腕利きの傭兵がついていても。

大型の猛獣に奇襲されると、一瞬で殺される事もある。

そういうものだ。

「まずは敵を発見する事だな」

「オスカー。 植物たちは何て言ってる?」

「うーん、おいらとは話してくれはするけれど、どうもなあ。 要領を得ないんだよさっきから」

「どういうこと?」

オスカーは咳払いすると。

少し悩んだ後、話してくれた。

どうもこのキメラビースト。

ごく最近姿を見せたらしい。

普通のキメラビーストなら、植物たちも気にしないのだが。

どうも妙なことに。この辺りに生えているわずかな植物を、敢えて傷つけるような真似ばかりするという。

肉食動物も、栄養が偏ると植物を口にしたりするが。

ざっと見たところ、この辺りには、木もまばら。

草さえ少ない。

つまり植物を大事にしていない、という事で。

植物たちは単純に怖がっているようだった。

「なあ、ソフィー。 出来るだけ早くやっつけようぜ」

「相手を確認してからね」

「それは分かってるけれど」

「場合によっては戦力を整える必要があるんじゃないのかな」

冷酷な判断だが。

それも事実だ。

下手に仕掛けて、大事な人材を失っては意味がない。

相手がホンモノの猛獣。

いや、どうも様子がおかしい事を考えると。

下手に仕掛けると、致命的な事態を招きかねない。

しばし身を潜めていると。

まずいと、ジュリオさんが口にした。

「風向きが変わり始めた」

「!」

「位置を変える方が良いだろうね」

「いや、もう遅いみたい」

ソフィーも、さっきから、いつも聞こえる雑音が乱れているのは感じていた。

そいつは、よっぽど自分の実力に自信があるのだろう。

堂々と姿を見せた。

瞬時に皆が戦闘態勢に入るのを嘲笑うようにして。

モニカが言っていた通り、通常の倍はあるキメラビーストは。

凄まじい雄叫びを上げていた。

 

キメラビーストは、荒野に蔓延する猛獣の中でもかなり大型で、しかもありふれている。小さな村などでは、コレに対する対処が肝になるほどで。撃退出来ない場合、村が壊滅するケースもある。

戦闘力は高く。

大型食肉目らしい鋭い動きとパワー。

それに貪欲に敵を追い詰める執念。

何よりも、尻尾が蛇になっている事で、死角を補っていることから。

かなり近づきにくく。

しかもものによっては、尻尾がブレスを吐いて、周囲を薙ぎ払うことさえある。

今回のは、灰色の毛皮を持つ通常のキメラビーストだが。

肩までの高さはあたしの背丈と同じくらい。

体長は三歩半という所か。

傲然と突貫してくるキメラビーストから皆を庇うように、ジュリオさんが前に出て、剣を構える。

降り下ろされる太い腕。

まて。

少し体型がアンバランスだ。

これ、まさかまだ幼体なのか。

このサイズで。

ジュリオさんが剣を盾に、激しい一撃を受け止めるが、数歩分吹っ飛ばされ、体勢を立て直す。

同時にキメラビーストの蛇が此方を向き。

瞬時に辺りを漂白するほどの、熱ブレスを放ってきた。

飛び出したモニカが神聖魔術で壁を作るが。

それでも、じりじりと押されるほどだ。

まずい。

此奴の戦力。

想定以上だ。

ブレスがとぎれる。

その瞬間には、奴が上に出ていたが。

サイドステップしたオスカーが、土手っ腹にスコップを叩き込む。

空中で回転しながらの一撃だから、かなり重いはずだが、少し態勢を崩しただけである。体重が重いと、こういう点でも有利になる。毛皮も分厚く、ハロルさんが速射したが、目の付近に当たったにもかかわらずまったく気にもしていない。

あたしは冷静に。

クラフトを投擲。

奴がかみ砕くと同時に。

起爆した。

全員が跳び離れる。

あたしのクラフトの火力は、皆知っているからだ。

更にフラムを投げつけ。

起爆。

爆炎の中に消えたキメラビーストだが。

これで倒せれば、そんな楽な話もないだろう。

煙を斬り破り。

顔を血だらけにしたキメラビーストが突貫してくる。

だがその時には。

モニカもあたしも。

詠唱を終えていた。

大口を開けて飛びかかってくるキメラビーストが、壁に激突。空中で、見えない壁をモニカが展開。

更にそれを力尽くでこじ開けたキメラビーストに。

あたしが魔術砲をぶち込む。

空中だ。

避けようがない。

流石に態勢を崩すキメラビーストだが。

尻尾を振るって、ブレスを辺りにぶちまけようとする。

その時だった。

コルちゃんが奴の背中に降り立つ。

そして、オリフラムを置くと。

飛び退こうとした。

だが、流石は獣。

反応速度が凄まじい。

着地する寸前に、尻尾を振るって、コルちゃんを吹き飛ばし。地面に叩き付けられたコルちゃんは、受け身も取れず、そのままバウンドして、岩に叩き付けられた。

悲鳴も上がらない。

更に、とどめを刺そうと飛びかかるキメラビーストの前に、ハロルさんとジュリオさんが立ちふさがり。

ハロルさんが銃を乱射。

左目に命中させる。

そして、前足の一撃を。

ジュリオさんが受け止めた。

下がるが。

それでもコルちゃんの手前で、何とか食い止め。

敵の動きが止まった。

「起爆!」

オリフラムが奴の背中に食い込んでいるのを確認後。

あたしは容赦なく起爆。

巨大な石材を吹き飛ばした火力が。

ピンポイントで巨獣の背中に叩き付けられる。

流石にコレにはひとたまりもない。

絶叫したキメラビーストが、即応して、直撃を避けようとしたが、それでも体を深々熱線が抉った。

爆裂。

コルちゃんを抱えて、ハロルさんが飛び退き。

ジュリオさんは、多分剣か鎧に掛かっている防御魔術でしのぎながら、飛び退く。

悲鳴を上げながらのたうち廻るキメラビースト。

流石にハラワタをぶら下げているが。

それでも死なないか。

蛇が此方を向くと。

無差別にブレスを乱射してくる。

オスカーが吹っ飛ばされ。

それを庇おうとしたモニカの防御魔術も貫通された。

あたしは冷静に、杖を構え直すと突貫。

手負いの獣だ。

とどめを刺す。

キメラビーストが気付く。

魔術で加速したあたしが、もう至近にいる事に。キメラビーストが、前足を振り上げようとして、顔を歪める。

既に足が動かないことを悟ったのだ。

残念だったね。

半笑いを浮かべたまま、あたしはクラフトを放り。

そのまま、噛みついてきた蛇を、杖で受け止め。

そして、跳び離れた。

杖を手放すとは思っていなかったのだろう。

キメラビーストが唖然とする中。

クラフトを起爆。

もろに抉られた奴の腹の至近で。

爆弾が炸裂。

悲鳴を上げたキメラビーストは、大量の鮮血をぶちまけながら、横倒しになった。

着地したあたしは。

杖を取り戻すと。

蛇を踏み砕いた。

頭を踏みつぶされた蛇は。

しばしして動かなくなった。

そのまま掌を向け。

魔術砲、オーラキャノンをキメラビーストの傷口に連射。一撃ごとに内臓が吹き飛び。毛皮が内側から爆ぜた。

獣が舌を出したまま完全に動かなくなるまで。

そうしてあたしは攻撃を続けた。

 

強襲を受けたこともあり。

全員が手傷を負っていた。

あたしだって例外では無い。

最後の突貫の際、クラフトがかなり至近で爆裂したのである。勿論魔術で防いだけれども。

それでもある程度の手傷は避けられなかった。

薬を配って、治療。

その間に、手傷が軽かったジュリオさんが。

剣を振るって、キメラビーストを解体していた。

ざくり、どすりと、重い音がする。

それだけ、重厚な肉体を持つ猛獣だった、という事だ。

「コルちゃん、大丈夫?」

「なんとか。 このくらいなら……平気なのです」

「そう。 良かった」

モニカが手当をしているが。

蛇に一撃を受けたとき、更に地面に叩き付けられたときに。骨を何本かやったらしい。山師の薬で急速に回復しているが。それでも変な回復をすると危ない。骨の折れ方次第では、逆に体に悪影響も出る。

モニカが黙々淡々と手当をしているが。

その度に、コルちゃんは苦しそうにしていた。

あれを避けられれば。

もう少し被害は減ったのだが。

「ソフィー。 終わったよ」

「ありがとう、ジュリオさん」

キメラビーストの残骸を回収。なお、ジュリオさんは年上という事もあり、何よりエリートである騎士。呼び捨てにして良いと言ってあるので、向こうもそうしてくれている。

荷車に積み込む。

無事だった毛皮に関しては、かなり強力な皮防具の素材になる。皮は防具の素材としては強度が弱めだが、金属に対してとても軽いという強みがある。これだけのサイズのキメラビーストの皮となると、下手な金属鎧よりいいものが作れるだろう。

内臓類も悪くない。

特にブレスを放つために使うらしい内臓器官は、錬金術によって、かなり面白い改良が出来るかもしれない。

骨も良い感じだ。

巨大な骨格を支えるため、頑強極まりない。

肉に関しては、この場で食べてしまう。

使えそうにない部位は、焼いた後埋める。

少しでも土地の栄養を増やすためだ。

しばし黙々と、治療と食事に専念。

オスカーが、焼いた肉を、付近の植物のそばに埋めに行っていた。

モニカが、手当を終え。

血だらけの手を、用意しておいた水で洗いながら言う。

「おかしな話ね」

「うん。 この間の赤ぷにぷにもそうだったけれど、妙だね」

こんなサイズのキメラビースト。

見た事も聞いたこともない。

此処にいる面子は、コルちゃんはどれくらいかは分からないが、いずれにしても手練れと言って良い実戦経験者だ。コルちゃんだって、それなりに修羅場はくぐってきているだろう。キメラビーストくらいは、あたしだって自警団に加わっての狩りで仕留めたことがある。

だから今回は、戦闘前からスムーズに動けたのだが。

それにしても、今回のキメラビーストは異常だ。

まずサイズがでかすぎる。

亜種なら兎も角、特徴から考えてこれは普通のキメラビーストである。それなのに、此奴は幼体の特性を備えていた。

つまりこれ以上大きくなる可能性があった、という事だ。

今のうちに仕留められて良かったのだろう。

こんなのが更に巨大化して、街道を縄張りにしていたら。

通ろうとする商人は、護衛ごと皆腹の中に直行させられていたはずである。

一段落したところで、

スカベンジャーが此方を遠巻きに見守っているのを横目に。

奴が縄張りにしていたらしい洞窟に。

幸いと言うべきなのか。

中はひんやりしていて。

そして、奴のエジキになったらしい動物の残骸が散らばっていた。

流石に痛んでいるし放置。スカベンジャーが処理するだろうから、それに任せる。

むしろ、今回の目的は。

鉱石の採集だ。

プラフタが言っていた通りの特徴を持つハクレイ石を発見。魔術をかけたゼッテルで包む。

こうすることで、熱を逃がさないようにするのだ。

他にも、良さそうな鉱石がかなりある。

そして見ると、やはりそうだ。

周囲には足場の跡らしいものや。

つるはしの残骸らしいものも見受けられた。

此処は、キルヘン=ベルが発展する前に。

近くにあった街か村が。

鉱山として、掘っていた場所なのだろう。

だがそれも、何かしらの理由で潰れ。

そして放置され。

猛獣の住処になった。

或いは匪賊が住み着いた。

充分な鉱石を集めたので、皆を促してこの場を離れる。

振り向くと。

もう我慢できないとばかりに、スカベンジャー達が洞窟に飛び込んで行った。腐肉をこれから思う存分貪るのだろう。

キメラビーストの、いらない部位の残骸も。

既にスカベンジャー達が集まり、尻尾をふりふり貪り始めている。

死ねば此方がああなっていたのだ。

ならば、容赦も遠慮も必要ない。

荷車は、ずっしりと重くなっていた。

この辺りは、もう何回か掛けて、じっくり整備する必要があるな。

あたしは、洞窟と違い、もはや人が生きていた形跡が見受けられない周囲の街道を見回して。

そう思っていた。

 

3、摂理の外

 

キルヘン=ベルで解散はしたが。

モニカとオスカーは、その後もつきあってくれた。

まず素材類をアトリエの氷室に入れる。

プラフタは本を読みながら待ってくれていたが。全員戦闘の跡が激しいのを見て、呆れていた。

「どれだけ強力な相手と戦ったのですか」

「普通の倍はあるキメラビースト。 しかもまだ幼体みたいだった」

「それは、良く無事でしたね」

「おかげさまで、何とか死者を出さずに仕留められたよ」

ハクレイ石も見せる。

良い感じだと、プラフタは喜んでくれた。

あたしも嬉しい。

此処からは。

本格的に摂理の外にある錬金術を行っていくことになるのだから。

続いて、ホルストさんの所に。

キメラビーストの頭を納品しておく。

まあこれならば。

流石にこれ以上もない、仕留めた証拠になるだろう。

ホルストさんは喜んでくれた。

「素晴らしい。 ただ、流石にこのサイズは異常ですね……」

「少し前に、異常に強い赤ぷにぷにに襲われた事もあったし、何か起きていると考えるべきでは、ホルストさん」

「そうですね。 少し調査してみましょう」

報奨金を貰う。

使った爆弾とお薬の分。

更に重傷者であるコルちゃんの治療費。

それにこれだけのサイズのキメラビーストの撃破料。

かなりの収入になった。

これで一段落か。

肩を叩くと。

カフェの外で、モニカとオスカーと解散。そういえば、モニカは眼鏡割らなかったか心配だったのだが。

そんなへまはしないと、苦笑されてしまった。

コルちゃんの様子も見に行くが。

早速、今回の遠出で集めた素材を売っていて、逞しいと思うばかりである。まだ左腕は吊っているのに。

「コルちゃん、腕は痛む?」

「いえ、おかげさまで。 ソフィーさんのお薬、此方で扱いたいくらいです」

「あはは、ごめんね。 ホルストさんにまず納品しないといけないから」

「それならば、私の方でホルストさんと交渉します」

おや、これはマジか。

だが、薬はある程度備蓄がないとまずい。

錬金術師がいるということで。

この街では。格安で治療を受けられる、という事が強みになっているのだ。

ジュリオさんにも聞いたが、あたしの薬と同程度の薬は、都会に行くと目玉が飛び出すような値段がつくという。

公認錬金術師がいる街なら兎も角。

それ以外の場所だと、それが当たり前だという。

コルちゃんが扱うようになると。

そういう事になるのでは無いのか。

だが、見越したように。

口元を抑えながら、コルちゃんは言う。わずかに、目元に狡猾な光が宿っていた。

「大丈夫ですよ。 商売のやり方は色々とあるのです。 少なくとも、キルヘン=ベルの人々が、薬代に困るようなことはないと、断言するのです」

「そう。 それなら良いんだけれど」

「いずれにしても、ホルストさんは手強そうですね。 ……それと、ソフィーさんには、その内ちょっとした難しいお仕事を頼むかもしれないのです」

「うん、出来る事ならやるよ。 その代わり、戦いの手伝いはお願いね」

コルちゃんは身軽さを利用して、充分に戦える。

今後の事も考えると、コネは作っておいて損は無い。

だが、巨大キメラビーストとの戦いで実感したが。

まだ戦力が足りない。

あたし自身が強くなるのは必要だとして。

もう何人か。

戦闘が出来る人を、街から連れ出したい。

それが本音だ。

アトリエに戻る。

風呂に入って、さっぱりした後。

プラフタに様子を聞く。

ハクレイ石はかなり品質が良いらしい。これならば、強力な氷結爆弾が作れるだろうと、プラフタは言った。

それだけではない。

「幾つかの鉱石を見ましたが、かなり品質が良いですね。 ひょっとするとこの辺りには、良質な鉱石の鉱脈があるのかも知れません」

「それを更に錬金術で強化するんだね」

「分かってきましたね。 そういう事です。 しかし、それはあくまで、世界の未来のためでなければなりません」

「分かっているよ」

キルヘン=ベルが安全になり。人口が増え。

街道の整備も進めたら。

ナーセリーや。

あの洞窟があった周辺に、それぞれ街を造り。

多くの人が暮らせるようにして。

そして荒野も豊かにし。

猛獣と無意味に殺し合わなくても済むようにしていけばいい。

森などに入り。

豊かな自然の中にいると。

猛獣は荒野にいるときよりも、だいぶ性質が大人しくなる。

ガツガツしなくても良くなるからで。

それは恐らく人間も同じ筈だ。

さっぱりしたところで。

座学を開始。

プラフタの授業を受ける。

まず、ゼッテルから。

いわゆる「紙」であるゼッテルだが。紙であるが故に、魔術を込める事が簡単で、これが非常に役に立つ。

魔法陣を描いて。

そのまま何かを包み込む事によって。

保存も容易になるのだ。

氷結爆弾も。

この原理を最大限利用するという。

とはいっても、魔術と錬金術はあくまで別々に使う。混合するのは高度な応用らしいので、まだ触るのは先になるそうだ。

まずハクレイ石を取り出す。

ひんやりしていて、机に置くと周囲に霜が生えそうな程だ。

「品質が非常に高いハクレイ石は、触ると手の皮がくっつくこともあります。 当然怪我をする事になるので、気を付けなさい」

「うん。 それで、これをどうするの?」

「まずは砕いて、不純物を取り除きます」

「やっぱり」

最初はそれからか。

鉱石を扱う場合、まずはそれが絶対になりそうだ。

ハクレイ石は、叩くと爆発する、というほど危険な代物ではないらしく。カーエン石に比べると、扱いがだいぶ簡単な様子だ。

まず砕いて、すりつぶし。

砂や石。

中には虫の死骸などもあったが。

それらを除去。

その後、水を使って作った中和剤を入れるのだが。

注意事項として。

この中和剤は。

可能な限り、先に冷やしておくことだ。

氷室に入れていたので問題ないが。

温かいと、「熱」という属性が相反して、ハクレイ石が台無しになってしまうと言う。

まあそうでなくても、ハクレイ石は熱に弱いようなので、確かに常温の水を流し込んだりしたら、すぐに痛んでしまいそうだが。

完全にすりつぶし、不純物を取り除いたハクレイ石。

更に中和剤を入れ。

ゆっくりと混ぜ合わせる。

この時。中和剤を何回か、段階を分けて入れるのだが。

注意として。

やはり抵抗を感じたらすぐにストップ。

今の時点で、聞こえている雑音はスムーズで。むしろ聞き苦しくなく優しいほどなので、普段ほどあたしも不機嫌では無い。

四回に分けてハクレイ石と中和剤を混ぜ。

その後氷室に入れる。

そして温度が更に下がったところで。

ゆっくりゆっくりと、混ぜ合わせる。

「手間が掛かるね」

「こうやって変化を促します」

「そっか」

「そろそろ、ですね」

シャーレから、粘性の高いハクレイ石だったもの、を取り出すと。

ゼッテルにて包む。

意外にも、ゼッテルから水がしみ出すことは殆ど無かった。

油紙を内側に貼っているということもあるのだが。

そして、芯を入れる。

この芯は。

先ほどから練り練りしていたハクレイ石の中でも。特に念入りに練り練りして。そして棒状にしたものだ。

この棒状の芯は、ちょっとやそっとでは溶けない。

触ると、さっき話題に上がった、皮膚がくっつく程だ。

要するにそれだけ強烈に変質しているわけで。

その変質を。

一気に他のハクレイ石にも広げる事が出来るのである。

「なるほど、つまり、元々冷気を放つハクレイ石の要素を、爆発的に広げる事によって、周囲を一気に凍結させるんだね」

「そういう事です。 この出来でも、周囲二十歩ほどを瞬間凍結させる事が可能でしょうね。 非常に危険ですので、実験は外で行います」

「はーい」

いずれにしても、手間暇掛かった爆弾だ。

氷が出ようが火が出ようが。

破壊力が申し分なければ、あたしとしては文句は無い。

芯を入れた後。

二つの要素が混ざらないように、念入りにチェック。

なお芯にはゼッテルを巻いてあるが。

これは起爆時に除去する。

とはいっても、物理的には除去できないので。

起爆ワードと同時に、魔法陣が効力を失うようにするのだ。

魔術は得意だから。

とりあえず、それほど今回は難しくなかった。

プラフタはしばし完成品を見た後。

37点と点数を付けた。

まあ最初の方に比べれば、長足の進歩だ。

すぐにモニカに声を掛けて実験をしようと思ったのだが。そのモニカが見当たらない。面倒だが、教会に行くしかないか。

嘆息。

彼処には、出来るだけ足を運びたくないのだが。

こればかりは、仕方が無いだろう。

オスカーに声を掛けて、ホルストさんを呼んで貰う。

モニカを探しに行くと。

丁度外で日傘を差して、子供達と遊んでいるパメラさんと。一緒に何か話をしていた。

パメラさんには色々頭が上がらない。

向こうも、すぐに此方に気付く。

「あら、ソフィーちゃん」

「こんにちは、パメラさん。 モニカをちょっと貸して貰えますか」

「あら、どうしたの?」

「錬金術の実験です」

モニカが眼鏡をすりあげる。

子供達が、爆弾とか、見たいとか聞いてくるけれど。パメラさんが、笑顔で黙らせる。彼女は子供達の心を極めて上手に掌握している。

何しろ、彼女。

この街の古老でさえ、若い頃からこの姿だったと言っているのだ。

ただ者では無い。

ホルストさんも、若い頃から、パメラさんはこの姿だったと証言している。それどころか、百年以上生きている筈のヴァルガードさんでさえ、である。

何者なのか底が知れない。

「駄目よ。 まだ危ないからね」

「はーい……」

「もう少し大きくなったら、みんなで一緒に見ましょうねえ」

「はーい!」

子供達を教会に入れると、パメラさんは笑顔で頷く。

良かった。

すぐに解放して貰えたか。

モニカは大きく嘆息した。

「たまにこっちに来たと思ったら。 もう少しは教会によりなさい、ソフィー」

「こっちが先。 錬金術はキルヘン=ベルを大きく発展させるよ?」

「分かっているわ。 行きましょう。 今度もまた爆弾?」

「うん。 防御魔術よろしく」

他にも、エリーゼさんにも声を掛ける。

今回は今までともかなり毛色が違う爆弾だ。

熱を操る魔術のスペシャリストである彼女であれば、万が一の事態にも対応が可能だろう。

勿論プラフタというプロがいる安心感はあるのだけれど。

それでも万が一のために。

最善を尽くすのがプロの筈だ。

あたしはまだまだひよっこだけれども。

実戦は経験済みだし。

人は簡単に死ぬ事も知っている。

今、あたしが死ぬわけには行かないし。

錬金術で事故を起こすわけにもいかないのだ。

村の外れに出向く。

既に、先に声を掛けたオスカーが。ホルストさんと、村の重役達を集めていた。

この間の戦いでも活躍したあたしの爆弾。

更に今回は、かなり毛色が違うと説明してあるので、皆期待している。

レヘルンをセット。

そして、皆に離れるよう指示。

対熱変化の魔術を、エリーゼさんに最大出力で展開して貰う。普段は本だらけの自宅から殆ど出てこない彼女は、日光を鬱陶しそうに手で遮りながら、詠唱をよどみなく終え。そして光の壁を展開した。

確かにこの街で頼りにされるだけのことはある。

分厚い壁が展開され。

これなら、余程のことが無い限り事故は無いだろう、と判断する。

更にモニカが、壁を重ねがけ。

念のため、あたしも防御壁を重ね掛けして。

向こうに設置してあるレヘルンが、光に遮られて、うっすらとしか見えないほどになった。

反対側に回っていたオスカーが、手を振って来る。

最近爆弾の実験をしている事が、街の子供達の噂になっている。こっそり見に来たりすると危ないので、事前に確認しているのだ。

更に、タレントさんも手を振って来る。

安全確認完了。

退避を指示。

二人が退避したのを確認した後。

起爆した。

それは、凄まじい光景だった。

辺りがいきなり真っ白になったかのようだ。

瞬時に地面が凍結し。

真冬のような冷気が吹き付けてくる。

エリーゼさんが眉をひそめた。彼女の展開していた対熱魔術防御壁に、相当な負担があった、ということだ。

流石に今はもう大丈夫だが。あたしも、自分で展開した防御壁に、かなりの負担を感じていた。

防壁を解除。

どっと、凄まじい冷気が来る。

これは、予想以上にヤバイブツかも知れない。

こんなに強烈な冷気を発生させるとは思わなかった。

思えば、あの炉や。氷室を見ても。

錬金術による熱操作は、次元違いのものだという事を分かってはいた。だが、これは想像以上だ。

慌てて声を掛ける。

「オスカー! タレントさん! 無事!?」

「おいらは無事だ!」

「此方も無事よ!」

二人の返事があるが。

しかし、地面が真っ白になり。

爆心地付近には、等身大以上の山のような氷の塊が出来ている。

これは直撃させたら魔族でも死ぬな。

あたしは、薄く笑う。

ある意味、フラムやクラフトよりも、かなり危険な爆弾だ。

周囲がぐんと冷え込んでいるが。

その冷気も、間もなく収まってくる。

荒野だったから良かったが。

これは使う場所を考えないと、貴重な植物などにも深刻なダメージを与えてしまう。

考え込んでいたコルちゃんが話しかけてくる。

「これは、威力を調整すれば、色々と使えませんか?」

「戦闘用以外の用途で?」

「そうです。 例えば、全ての家に氷室を設置すれば、食料の保存などがかなりはかどるのでは」

なるほど。面白い発想だ。

出来そうかとホルストさんが視線を向けてくるが、流石に今は難しい。

だが、これは色々と利用できる。

プラフタは側で見ていたが。

彼女は納得したようだった。

「これなら40点をあげられます」

「凄い火力だね……」

「高位の錬金術師が使う爆弾になると、空間や次元にさえ干渉します。 この程度はまだまだ初歩ですよ」

周囲の皆が、青ざめている。

錬金術は神の御技だ。

それは知っていても。

その恐ろしさは、こうして形にして見ると、やはり凄まじい、という事である。

いずれにしても、これは相当に高値で引き取って貰えるだろう。

ホルストさんも、納得していた。

「これはむしろ抑止兵器ですね。 ソフィー、フラムの五倍の価格で引き取ります。 ただ、むしろ護身用に使いなさい」

「分かりました。 そうします」

「……」

ヴァルガードさんが少し考え込んでいた。

何か思うところがあるのか聞いてみたが。

少しだけ、悩んだ末に。

ずっとソフィーの頭上にある頭を、空に向けて。そして此方に向き直った。

「神の御技には未だ遠いにしても、錬金術の凄まじさはよく分かる。 魔術師としてお前は優れた使い手なのに、これは防げないだろう」

「そうですね、至近で爆発したら死ぬと思います」

「世の中には、錬金術師を狙う暗殺者もいると聞いている。 匪賊を殺していけば、いずれぶつかるかも知れない。 気を付けろよ」

「はい」

のしのしと、ヴァルガードさんがいく。

この街をずっと守ってきた守護神のような魔族は。

何か思うところがあるのか。また、空を見上げていた。

ひょっとしたら、おばあちゃんの事を思いだしていたのかも知れない。

だとしたら、嬉しい事だ。

モニカとオスカーを誘って、墓参りに行く事にする。

プラフタも誘うが。

彼女は少し悩んだ後、三人水入らずで行ってらっしゃいと言って。一人帰って行った。

何かあるのだろうか。

あるのかも知れない。

いずれにしても、今日はまた、錬金術で大きな一歩を踏み出した。

あたしはまだひよっこだが。

どんどんこの調子で、腕を上げていきたい所だった。

 

4、黒の手

 

ホルストが爆弾の在庫を確認しているところに、ヴァルガードが入ってくる。夕方を少し過ぎたから、ヴァルガードはいつもと少し雰囲気が変わっていた。分かり易く言うと荒々しい。

魔族は夜になると、どうしてもその血を抑えられなくなる。

戦闘に対して積極的になるし。

攻撃的にもなる。

どれだけ年を重ねてもそれは同じだ。

一方で、魔族は食事に関しては極めてドライだ。

これは、彼らが基本的に大気中のマナをそのまま食べる事が出来るから、である。

魔術を使うのに必要なマナは、大気中に無尽蔵に満ちている。

これだけのマナがあるのに。

どうして世界が荒野に覆われているのかは。

よく分かっていないらしいのだが。

「どうしました、ヴァルガード」

「ソフィーの周囲に妙な影があることに気付いたか」

「そうですね。 どうにもおかしいですね」

「深淵の者は、何処にでもいる」

それでわざわざここに来たのか。

村の生命線でもある此処は、限られた人間しか入れないようにしてある。ソフィーの祖母が作り上げた場所で。爆弾が全部一片に爆発しても平気な作りになっている。何でも、空間の位相をずらしているとかで。

広さに関しても、村の面積と同じほどもあるのだ。

当然音も外には漏れない。

だから、内緒話をするのには、此処は絶好の場所なのである。

「ソフィーはキルヘン=ベルに留まる器じゃ無い。 恐らく世界を積極的に変えていくほどの錬金術師に成長するはずだ。 だから、今のうちに、妙なことになる事だけは避けたい」

「気持ちは分かります。 彼女も恐らく同じ気持ちでしょう」

「具体的にはどうやって守る。 モニカとオスカーだけは信用できるが、他は誰が深淵の者か分からんぞ。 深淵の者は世界の安定に向けて動いている集団のようだが、その底で何を考えているか知れない」

「そうですね……」

腕組み。

実のところ。

ホルストも、何人かを疑っている。

一番怪しいのはパメラだ。

あの怪人物、確かに子供達には優しいし、多くの人が頭が上がらない強さも持ってはいる。

しかし得体が知れなさすぎる。

ホルストの祖父さえもが。

パメラがずっとあの姿だったと証言していたのだ。

何者なのか。

まったく誰も分からないのである。

深淵の者は、噂によると数百年も活動しているという。

そうなると。

パメラは関係していてもおかしくない。

それだけではない。

どうも様子がおかしい人間と言えばテスだ。

あれはキルヘン=ベルに逃げ込んできてから、よく働いてくれてはいるが。

その一方で、弱みが多すぎる。

その辺りを握られていたら、何をするか分からない。

実際問題、あれだけの数の弟と妹を養っているのだ。

都会だったら、体を売る以外の選択肢が無かっただろう。

ジュリオについても正直な所まだ信用できない。

アダレットが派遣してきたという事は相当な精鋭と見て良いだろうが。

しかしながら、そのアダレットの重役、重臣にさえ、深淵の者が複数人潜り込んでいるという噂がある。

そしてこの噂は高確率で真実だ。

ならば、間近にもう一人か二人。

信用できる者がいないとまずいだろう。

「一人、宛てがあります」

「ふむ。 傭兵か」

「ええ。 貴方も知っているあの男ですよ」

「まさか……」

苦虫を噛み潰すような顔をするヴァルガード。

気持ちは分からないでも無い。

この世でも、傭兵という仕事は常に必要とされる。

ある時は国境紛争に出向き。

ある時は街道で商人を警備し。

またある時は暴れるドラゴンや、場合によっては邪神とも戦う。

国境紛争は、ここ数十年殆どないが。

他の仕事にしても、基本命がけ。

つまり長生きしている傭兵は。

単に自分だけが生き残る傭兵としての役立たずか、仕事を確実に果たして生き延びてきた超凄腕かの、どちらかに分けられる。

今回声を掛けようと思っているのは。

超凄腕の方だ。

だが、超凄腕だけに癖が強い男で。

嫌っている者は徹底的に嫌っている。

ヴァルガードもそうだ。

どうやら馬が合わないらしい。

まあ無理も無い。

相当な変人であり。

何より、カネにあまり興味を見せない。

人形にしか興味を見せない変人一家の一人であり。

一家の全員が人形に異常な執着を持っているという、筋金入りなのである。

「あれがこの村に来るのか……」

「そう毛嫌いすることもないでしょう。 あの男が優秀なのは、貴方も知っている筈ですよ」

「それはそうだがな……」

「まだ以前喧嘩した事を根に持っているのですか?」

口をつぐむヴァルガード。

前にソフィーの祖母と旅をしていたときに。

ある理由で一時期今話題になった男とは、対立したことがある。

その時ヴァルガードは。

顔に向かい傷を付けられたのだ。

勿論戦いはそこまで激しいものには発展せず。

結局和解に至ったのだが。

歴戦のヴァルガードの防御と攻撃をかいくぐり。

一太刀を浴びせてきた。

その事を、今でも不愉快に思っているらしい。

武人は誰しもが。

優れた相手を認められる訳では無い。

勿論、戦いの場のことだと、素直に流せる者もいる。

ヴァルガードはそうではない。

それだけのことだ。

「分かった。 確かにアレならば、実力的に信用できる。 ただ、交渉はお前がしてくれよ」

「分かっています。 丁度そろそろこの辺りを通り過ぎる頃です。 ソフィーに指示して、接触させるとしましょう。 書状については、私が書いておきますよ」

「頼む」

武器庫をヴァルガードが出て行く。

やれやれだ。

この世界。

匪賊になる人間はいるが。

人間の亜種。つまりヒト族や魔族、獣人族やホムがそれぞれ亜種単位で結託して、それぞれ争うと言う事は無い。

使う言語はみな共通。

文化についてもほぼ変わらない。

考え方はそれぞれ違うのに、だ。

神話によると、色々な世界から、迫害されたり駆逐された者がこの世界に助け上げられた、という事だが。

それにしては妙なことも多すぎる。

ホルストも、たまに教会に顔を出して、そういった話を聞くのだが。

神話には矛盾が多いな。

そう思うばかりだ。

武器庫の点検を終える。

しばらく前は、寂しい状態だったのだが。

ソフィーが水を得た魚のように爆弾を作ってくれるので、少しずつ戦力が充実して来ている。

コルネリアがこの機に乗じてと、色々な商売を画策しているようだが。

少しばかり目を光らせておかないと危ないだろう。

過剰な経済が、村をズタズタにするケースはあると聞いている。

コルネリアはかなり腕利きの商人のようだし。

下手な事をしないように、見張る必要があるだろう。

もっとも、ヒト族でないのが幸いだ。

ホムはヒト族に比べて誠実で、数字にも強い。

ヒト族の商人ほど。

意地汚くないだろう。

武器庫を出て、カフェに戻る。

何人かの自警団の者が、酒を飲みに来ていた。

ちょっと暇そうだったので、ピアノをひくことにする。

これも珍しい楽器で。

ソフィーの祖母が持ち込んだものだ。

調律のやり方は教わっているので。

今も綺麗な音を出す。

しばし無言でひく。

戦闘しか知らない者達が。

心を和まされたように、しばし耳を傾けてくれる。

このピアノも。

ソフィーの祖母は、それこそ音楽の神のようにひきこなしていた。

どうして息子はあんなに不出来だったのか。

それが惜しくてならない。

男性の錬金術師でも、凄腕は幾らでもいる。

だが錬金術には才能が大前提となる。

才能が無ければ、どうにもならない不完全な学問。しかしながら、絶大な力を持つ学問でもある。

ソフィーの祖母は。

錬金術は、神の御技であると同時に。

不完全な世界そのものだと時々口にしていた。

知ってか知らずか。

ソフィーもその考えを受け継いでいるようで。

何度かモニカと殺し合い寸前にまで行っていた。

二人の喧嘩は正直洒落にならないレベルで。

何度かホルストが介入を考えたほどだったが。

最近は互いの考えを尊重し。

もうその事は話題にしない、という事で落ち着いたようだ。

それでも冷や冷やする。

なお、ピアノの音は、カフェの外には漏れないようにしてある。

これもソフィーの祖母がやってくれた事だ。

ピアノをひき終えると。

拍手喝采。

新しく席に着いた者がいるので、ホルストが対応に出る。

ジュリオだった。

「この間の、氷爆弾、なんでしたっけ。 そうだ、レヘルンの実験見ました。 錬金術とは、凄まじいものですね」

「ええ。 ソフィーの祖母は、あれとも桁外れのものを使っていましたが」

「アダレットでは見られなかった光景です」

酒を頼まれたので、出す。

それも結構高い酒だ。

つまり相応の情報を要求されている、という事である。

琥珀色の酒をグラスに注ぐ。

実は、カフェにもソフィーの祖母が作った氷室があり。

酒は常に冷やしている。

この氷室は、貴重な肉などが手に入ったときなどにも使用している。

「よく冷えていますね」

「それで何を聞きたいのですか?」

「突き止めた情報が一つ。 信憑性について確認したく」

「伺いましょう」

頷くと、ジュリオは言う。

ノーライフキングという言葉を。

口をつぐむホルスト。

その名前は、出来れば聞きたくなかった。

「知っているようですね」

「知っているもなにも、この辺りではタブーですよ。 誰もが手に負えない、夜の世界の帝王です」

命無き王。

その名の通りそいつは、優れた魔術師「だった」存在だ。

錬金術師に嫉妬した魔術師は。

禁忌の中の禁忌に手を染めた。

その禁忌の名は根絶。

根絶とは、未来を断つ力。

色々な分野に、この「根絶」は応用できるらしいのだが。

ノーライフキングだった魔術師は、己に根絶の魔術を利用し。

そして究極の怪物と化した。

今では。キルヘン=ベルの遙か北東。

洞窟の奥にて。

そのおぞましい姿をさらし。

たまに迷い込んでしまった哀れな者を、容赦なく眷属に変えているという。

すなわち、人間に害なす霊にだ。

「周囲には街道も無く、普通だったら近寄ることもありません」

「倒してくると言ったら?」

「貴方がアダレットでも知られる精鋭でも、単独では不可能ですよ。 ソフィーの祖母が、近づけないように封印を施し、それを監視するのが今も精一杯、と言えば分かりますか?」

「……」

この封印。

根絶の力を中和するらしく。

時間が経てば、ノーライフキングは弱体化すると、ソフィーの祖母は言っていた。

つまり、今なら倒せるかも知れないが。

それでも総力戦になるだろう。

「それではこうしましょう。 ソフィーが貴方も認める実力を身につけたら、僕が同行します。 それで撃ち倒しましょう」

「どうして其処まで奴にこだわると」

「奴以上の怪物が潜伏しているからです。 僕は深淵の者を探ると同時に、それを倒すためにこの地方に来ました」

何だと。

ホルストもそれは知らない。

となると、外部から流れてきたという事か。

思わず絶句するホルストに。

ジュリオは咳払いした。

「あまり時間はありません。 少し無理をしても、ソフィーは力を付けなければなりませんよ」

しばし、言葉を失う。

ノーライフキング以上の怪物が近くにいる。

これは、確かに。

少しばかり。

いや、それどころではない次元で。

まずい事態なのかも知れなかった。

 

(続)