一掴みのつぼみ

 

序、深淵の席

 

何もなかった場所に。

誰もいなかった筈の場所に。

突然にして、数人の人影が現れる。

その内二人は子供。

アトミナ。

メクレット。

そう名乗る者。

しかしながら、昔は違ったとも言われている。

いずれにしても、はっきりしているのは。世界の裏側にて暗躍する者達、深淵の者の長にて。

数百年もこの姿を保ち。

世界の安定と平穏に尽力してきた、という事だ。

傅く深淵の者達。

魔族もいればヒト族もホムも獣人族も。人間と呼ばれる種族は全てが揃っている。特に珍しい魔族の亜種とされる巨人さえいる。

そして此処は。

高位の錬金術師ならば、自在に行う事が出来る空間操作によって作り出された場所。

とはいっても、高位の錬金術師であっても、媒介を用いて擬似的に作り出すのが精一杯の空間だが。

此処は桁外れの広さを誇る。

通称。

魔界である。

最深部に座するは、獣人族の中から強さを集めて作り上げた、深淵の者の最終兵器である魔王。

その戦闘力は、生半可な邪神を凌ぐ。

数百年前、もっとも世界にて人間を殺戮し、大地を焼き払ってきた大邪神、雷神ファルギオルが討伐されたが。

その時に尽力した錬金術師に。

影から協力したのがこの魔王である。

それ以降も、実に二桁後半に達する邪神を屠り去ってきた、深淵の者の対邪神兵器。その頂点こそが。

この摂理から外れた世界に君臨する魔王なのだ。

ただし、その実力は創世神には及ばないことも確認済みである。

故に深淵の者は魔界に集う。

そして世界を変えるため。

頂点にいる二人の指示を仰ぐのだ。

そうして、数百年掛け。

同志を増やし。

世界を少しずつ変えてきた。

大国に分裂の兆しあれば、余計な事をする者を粛正し。

匪賊が巨大組織を作るようならば抹殺し。

犯罪組織を懲罰し。

そして目に余る暴れ方をするドラゴンを殺した。

いずれもが、力なくして世界は変えられずと言う思想の元の行動。

その思想を体現する二人が。

無力な子供というのも面白い話だが。

しかしながら、この二人の徹底的な力に立脚する思想は、今まで間違った指示を出したことが無い。

いずれもが大局的に世界をよくし。

創世神が放置した荒野に少しずつ潤いを増してきた。

今回は会議であり。

魔界には、深淵の者の主要幹部が勢揃いしていた。

魔王はケンタウルス族をベースにしているが。

この二人にだけは傅く。

その魔王の膝元に座るようにして。

二人のうち。

アトミナが報告を促した。

「では報告を」

「ははっ」

錬金術師ヒュペリオンが前に出る。

ヒト族の錬金術師である彼は、ある街にて公認錬金術師をしている。少しばかり気むずかしそうな顔をした男だが、それも無理も無い。

彼は若い頃。

世界樹と呼ばれる、荒野にも珍しい緑がある土地に出向き。

其処で見てしまったのだ。

創世神の現実を。

それから彼は深淵の者に参加。

以降頭角を現し、現在では深淵の者の幹部をしている。

「最年少の公認錬金術師が出ました。 その調査報告になります」

「うむ。 あの難関試験を最年少で突破したとは、興味深い」

「それが、典型的な早熟型です。 才能は確かにありますが、これから大人になっても、大幅に伸びることは無いでしょう」

「……」

皆が顔を見合わす。

残念な話だ。

もしも使えるようなら、味方に引き込むべきだったのだが。

いずれにしても、あまりにも早熟な上に、才能が頭打ちになるタイプは、色々と後で問題を起こしやすい。

人材としては。

あまり期待は出来ないだろう。

「今後は監視のみに止めます。 公認錬金術師として赴任した街を守るくらいのことは出来るでしょう」

「そうか」

「続いての報告です。 ケーニヒス地方に襲来した大型ドラゴンですが、現地の街を既に二つ滅ぼしています。 討伐隊は苦戦。 どうやら、本能によって、増えすぎた人間の駆除を行っている様子です」

「愚かしい。 ドラゴン族は自分達の役割を常に勘違いする」

苛立った声を上げたのは、獣人族の幹部。

メクレットは咳払いすると。

続きを促した。

「現在アダレットが増援の討伐隊を編成しているようですが、とてもではないですが倒せないでしょう。 魔王を動員しますか?」

「いや、例のものを試してみたい」

「……まさかあの例の?」

「そうだ」

世界を変革する力。

それが錬金術だ。

中には空間や時間を操作するものもある。

様々な邪神を捕らえ。

そして知識を吐き出させて。

分かってきたことがある。

ドラゴンは、世界の抑止力。

本来は、特定種族が増えすぎたり、あまりにも環境を荒廃させたときに駆除を行う、免疫細胞のような存在だ。

創世神によって作られた、この世界の監視役と言っても良い。

だが、その抑止力の定義が、創世神が世界の構築を投げ出した結果、完全に行き場を失っている。

結果凶暴化したドラゴンは。

各地で狂気の刃を振るっている、と言うわけだ。

しかもこの抑止力は、世界の存在そのものから産み出されるために、決して減ることが無いのである。

ある意味上位邪神よりも厄介な世界の箍だ。

「作戦は貴殿に任せる、イフリータ。 例のものは自由に使え。 必ずや世界に害なす悪竜を消し去れ」

「お任せを」

一礼すると。

最古参の幹部である魔族イフリータが、数名の幹部を連れて魔界を離れた。

続いて、ヒュペリオンが報告に入る。

「アダレットの王ですが、どうやら庭園趣味を始めた様子です。 かなりの金が動いている模様です」

「国政を圧迫するほどか」

「いえ、それほどでは。 ただ街の造形が、それにともなって「実戦」を意識したものから、「統治」を意識したものへ変わり始めているようです」

「ふむ……」

アダレット王は、武王と呼ばれた先祖に比べると、どうしても柔和な面が目立つ。

実は双子の王女と王子がいるのだが。

この王女の方が相当な切れ者で。

不出来で知られる王子の才能を吸い尽くしたのでは無いかと言うほど、非凡な才を見せているという。

実は既に王女が国政を牛耳っているのでは無いかと言う噂もあるが。

深淵の者は当然アダレットの王宮にも複数がおり。

彼らからも、悪い噂は聞いていない。

だが気を付けなければならない。

名君を志し。

挫折することは危険だ。

挫折を知らない人間は。

一度折れると立ち直れない傾向がある。

「アダレットは決して平和にはなっていないわよねえ」

「ご明察です。 統計でも、人間は増えても減ってもいません。 辺境では未だに匪賊の横行が激しく、世界最大の都市である王都を離れると、一日もしない内に匪賊の襲撃で廃墟になった村に行き着くほどでして」

「それで戦争よりも政治を主体にした都市へ作り替えるのは少しばかり気が早いね」

アトミナとメクレットは顔を見合わせると。

様子見、と判断。

今の時点では不安要素もあるが。

介入するほどでも無いだろう。

もしも血税を浪費したり。

ただでさえ過酷な民の負担を増やすようなら。

ばっさりと大なたを入れるだけだ。

アダレットは既にそうやって。

深淵の者が何度も介入し。

腐敗官吏を粛正した回数など、数も知れない。

勿論アダレット王室も深淵の者については知っている筈で、下手な動きを見せれば即座に消される事くらいは理解している筈だ。

後は細かい報告が続き。

それらが終わった所で解散とする。

魔界を出ると。

其処は寂れた工房だ。

此処には昔、それなりに優れた錬金術師がいたのだが。

匪賊の襲撃にあい、殺された。

その時、錬金術の価値を理解しない匪賊によって工房は徹底的に破壊されたのだが。それを再利用し、魔界につなぐゲートにしたのだ。

匪賊にとって錬金術師は敵だ。

世界が乱れていた方が、匪賊にとってはやりやすい。

邪神に協力する輩まで出るのも、それが故。

協力と言うよりも、正確には支配下に入る、だが。

故に殺す事は厭ってはいけない。

あれらは害虫と同じ。

駆除しなければならないのだ。

更に複雑な行程を経て。

外に出る。

其処で皆とは解散。

深淵の者は基本的に単独行動をする事が多い。幹部クラスは特にそうだ。

普通の子供程度の身体能力しか無いアトミナとメクレットは、基本的に影から護衛がついているが。

それ以外の者は、生半可な使い手では討ち取れる存在では無い。

なお、此処まで一緒にいた者の中に。

今、キルヘン=ベルで。

深淵の者による最重要監視対象である。

プラフタとソフィーを監視する任務を統括しているパメラもいた。

「パメラ、プラフタはどんな様子かしら?」

「気むずかしいところもあるけれど、ソフィーちゃんの良いお師匠様をしているわよー」

「そう。 少しは視野を広げようという気にもなったのかしら」

「さあ、それは分からないけれど」

性別が同じだから。

アトミナは基本的にプラフタに容赦ない。

一方メクレットは其処まできつい物言いはしない。

視野を増やすために増えたのだが。

こういう所では、増えた故の弊害が出る、と言う訳か。

「ソフィーはどうだい」

「水を得た魚のようねえ。 昔は下手に触ると大爆発する爆弾みたいな子だったのに、熱中できるものが出来て大喜び。 毎日何か実験してるみたいよー」

「それは何よりだ。 未知への興味こそ、力の源泉になる」

自分もそうだった。

メクレットがそう言うと。

パメラはうふふと笑い。

そして姿を消した。

あれは摂理から外れた存在だ。

今は深淵の者の幹部をしているが。

ひょっとすると、いずれは。

まあそれは良い。

その時はその時。

対処は、難しくは無い。

「ヒュペリオン。 それでアダレットが騎士を派遣したという話については?」

「騎士団長候補の青年が、キルヘン=ベル近くで活動しているようですが、どうも目的はソフィーの監視では無い様子でして」

「ふむ……」

「放っておきなさいよ」

アトミナは余裕を崩さないが。

メクレットは腕組みして、調査しろとだけ一言。

それで護衛を残して。

周囲には誰もいなくなった。

闇夜。

小さな寺院の側。

バケモノが出ると言う噂が流れ。

匪賊も近寄らない。

辺りには点々と散らばる骨。

いずれも人骨だ。

不思議な話で、獣骨は基本的に軟骨まで平らげられ、地に帰るのだが。

人骨はスカベンジャーが避ける。

理由については不思議だと言われて来たのだけれども。

一応、自説はある。

どうもこの世界の創世神が関与しているらしく。

そもそも数がおかしいこの世界の猛獣ともつながっているらしいのだが。

今の体では、それを解明できないのも事実。

まあ配下にしている錬金術師に研究させるのも手だが。

それよりも先にやる事がいくらでもある。

まず、少し前から問題になっている事がある。

それを片付ける。

ある洞窟に巣くった匪賊が、少しずつ数を増している。

今の時点では、会議の議題にするほどでもないのだが。

そうなる前に消しておく。

それだけだ。

手練れが相応の数いるらしいので、一応道具類などは準備しておくが。二人の護衛は筋金入りの達人だ。

生半可な匪賊など、彼らの一人で充分だろう。

そう思ったが。

しかしながら、現地に到着し。

洞窟を覗いて、二人は同時にほう、と感嘆の声を漏らしていた。

血の臭い。

既に全員が殺された後だ。

しかも殺した後、丁寧に埋葬された形跡がある。

この手口。

恐らくはアダレットの騎士だろう。

丁度近場で活躍しているという、例の騎士団長候補か。

可能性は否定出来ないが。

死体を魔術で確認していた護衛の一人が言う。

「太刀筋からして、一人に殺されていますね。 我々ほどではないにしても、相当な達人とみて良いでしょう」

「どうやらこれは、思ったより面白い事になりそうだわ」

くすくすと。

意地悪げにアトミナが笑ったので。

メクレットは呆れて、肩をすくめていた。

 

1、異国の騎士

 

プラフタにいわれて、あたしは新しい種類の爆弾の作成に取りかかった。フラムという爆弾で。この間聞いたクラフトとは違う原理の爆弾だ。

材料も違う。

いずれにしても、街の側では取れない素材である。

カーエン石というのだが。

昔は火炎石と呼ばれていたものが、何かしらの理由で呼ばれ方が変わった、とも言われている。

理由はよく分からないそうで。

プラフタの時代には、少なくともカーエン石という呼び名が定着していたそうだ。

これがまた危険な鉱石で。

ちょっと火が入ると。

即座に爆発する。

火力そのものは加工しないとそこまで危険では無いのだけれど。子供の手指くらいは簡単に吹っ飛ぶそうである。

それはそうか。

そうでないと殺戮兵器としては機能しない。

扱いには細心の注意を要し。

更に錬金術によって性質を変化させ。

周囲を爆熱によって消し飛ばす爆弾へと作り替えるのである。

フラムという言葉についても。

具体的には、古い言葉で「火」という意味だそうで。

早い話が、火そのものという爆弾と言うことだ。

作るのがわくわくするが。

問題なのが、材料の場所。

街からかなり離れた遺跡までいかないと見つからない。

その上その遺跡は。

匪賊が縄張りにしていると言う噂もある。

こういった街から離れた場所は、危険が大きい反面、少なくとも匪賊狩りを専門にしている様な人間も来づらい。

何しろ大人数が行動すると。

それだけドラゴンや邪神が反応する可能性も大きいからだ。

街に匪賊が仕掛けるのは、匪賊にとってもリスクが大きい。

逆に。

こういった遺跡に潜んでいる匪賊に仕掛けるのは。

傭兵や巡回の戦士にとってもリスクが大きいのだ。

というわけで。

今回は、モニカとオスカー。それにハロルさんに来て貰う。遠出と聞いたハロルさんは露骨に嫌そうな顔をしたが。

しかしながら、街での立場が悪いのだ。

こういうときには、面倒でも出なければならないだろう。

ただでさえ時計屋は開店休業状態。

向かいの鍛冶屋が毎日しっかり仕事をしているのと対照的で。

そういう意味でも肩身が狭いのだろう。

一日目。

何カ所か街道にある休憩所で、休憩を取る。

外で野宿は久しぶりだ。

休憩所と言っても、そもそも誰かが常駐している訳では無い。食べ物などがあるわけでもない。

基本的に雨をしのげるだけ。

むしろこういう所を狙って、匪賊が仕掛けてくるケースもある。

旅の商人などと行き会うこともあるが。

街で会うときよりも、ふっかけられるのが基本だ。

向こうとしても、生きるのに必死だし。

そもそも、あまり人とかちあう事がない。

ざっと周囲を見てまわるけれど。

基本的に誰もおらず。

獣もいなかった。

この辺りまで、時々街からの巡回が出るらしいのだけれど。モニカも野宿は久しぶりだと言っていた。

「基本的に交代で見張りな」

「はーい」

焚き火は絶やさないようにする。

これは奇襲を受けるのを防ぐためである。

少なくとも周囲が明るければ、夜闇に目が慣れている獣に襲われても、まったく見えない状態よりは対応はしやすい。

一応休憩所には柵なども作られてはいるが。

強めの獣に襲われるとどうにもならない。

「モニカ、この辺りで注意するべき猛獣は?」

「この辺りだとキメラビーストが一番危ないわね。 後はアードラかしら」

「あのでっかい鳥だよな。 植物達によると、種を媒介してくれないから嫌い、だってさ」

「種を媒介する?」

オスカーが説明してくれる。

小鳥の中には、植物の種を食べて飲み込み。

そして飛んでいった先で排泄することで。

植物が彼方此方に繁殖する手助けをする者がいるそうだ。

何しろこの荒野だらけの世界。

ほぼ外に飛んでいった種に生還の見込みや育成の可能性は無いが。

それでも、何処かに根付ければ幸運。

植物たちはそう思っているのだそうだ。

ハロルさんは興味が無さそうで。

先にごろんと焚き火の横で眠りにつく。

不眠症らしく、目の下の隈は消えていないのだけれど。

流石に歩き疲れたのか。

眠ることは一応出来るようだった。

モニカは不審そうに目を細めていたが。

あたしは興味深いと思う。

実際問題。

オスカーが言った木の実や薬草は。

いずれも当たりだったのだから。

荷車の中に、今日はプラフタはいない。

あたしが戻るまでに、おばあちゃんの本に目を通しておきたいという事で。家に残しておいたのだ。

自分が浮けるくらいである。

家事までこなす程なのだ。

本を本棚から引き抜き。

読むことくらいは朝飯前、と言うわけだ。

あたしが読むよりも。

プラフタが読む方が、効率的に情報を引き出せるかも知れない。

おばあちゃんも凄い錬金術師だっただろうけれど。

多分プラフタは、其処から更に次元違いの錬金術師だったのだろうから。

さて、火の番を始めて、じきに日が暮れる。

順番は決めてあるので、先に休む事にする。

完全に横になるのでは無く。

手元に杖を置き。

更に周囲を警戒するために、魔術による防壁も展開する。

それほど分厚い防壁では無いけれど。

それでも、一瞬でも敵を防げれば。

それだけで生存率はガツンと上がるものなのだ。

奇襲を受けたとき。

一瞬の差で、生死が左右されることはよくある。

その一瞬を作り出すための防壁である。

勿論相手が悪い場合はどうにもならないが。

その時には、持ち込んだクラフト全部を使ってでも、退路を作るだけ。生き延びれば、次はあるのだから。

匪賊と言っても実力はピンキリ。

高い実力を持つ魔族が所属しているケースもある。

いずれにしても、その一瞬を作るために。

全員が見張りを、油断無くこなして行かなければならない。

その内、ツーマンセルでやっていく事も視野に入れたいが。

今は採集に行く際の人数が少なすぎる。

対応はこうしていくしか無いだろう。

そして、採集に貴重な人材であるモニカをキルヘン=ベルが割いてくれるのも。

錬金術師が如何に強力な基幹産業になるか。

知っているから、だ。

あたしも周囲に魔術トラップを展開し終えたので、休む事にする。

この後更にモニカがトラップを展開するのだろうが、其処までは別に見ていなくても大丈夫だ。

焚き火によって来る猛獣はあまり多く無いし。

この辺りには其処まで危険な奴も出ない。

出ても対応出来る。

だから休む事にする。

ぼんやりとしていると。

ふと、気付く。

足音がする。

小さな足音。

それに混じって、少し大きめのがある。

あたしが飛び起きて杖を手にした時には、モニカがオスカーを起こしていた。

ハロルさんはというと。

既に起きて、拳銃の状態を確認していた。

松明を掲げて近づいて来ている。

あの様子だと。

どうやら匪賊では無くて傭兵団だろう。

夜間強行軍と言う事は。

恐らくは、商人の護衛とみた。

こうやって存在をアピールしながら進んでいることで。

むしろ奇襲では無くて、敵の攻撃を誘発させて、安定した戦いをする。

そういうやり方を好む傭兵団はいる。

そんな話だ。

松明の数からしても、そもそも自信の無い匪賊は仕掛けてこないだろうし。

仕掛けてきても返り討ちに出来る自信があるという事である。

休憩所に、彼らの先発隊が来た。

剣に手を掛けているモニカを見て、傭兵らしい獣人族の粗野な戦士がからからと笑う。犬の顔を持つ獣人族だった。

「すまんな、休憩中だったか」

「何用かしら」

「この先にあるキルヘン=ベルという街を経由して、幾つかの都市に商人を護衛して回るんだよ。 此処は通過するだけだから安心してくれ」

見ると、かなり立派な板金鎧を着込んでいる。

その上、プレートの上から鱗。

それも恐らくドラゴンのものを貼り付けていた。

かなりの高級品だと一目で分かる。

装備からして、匪賊では無いだろう。

警戒をしたまま、側を通って貰う。

ホムが何人かいた。

たまに商人としてホムは見かけるのだが。

小さくて可愛い種族だ(※ヒト族からの主観)。彼らは手先が器用で、真面目で数字にも強いので、商人をしている事が多い。

強欲で手段を選ばないヒト族の商人よりも、真面目で数字にも正確なホムの商人を信頼する人間は多く。

昔はヒト族の商人が暴利で商売をすることが多かったが。

今はホムの商人が、ヒト族と同等か、それ以上の数いるようだ。

ヒト族は平均的な能力でつぶしが利くことと元の数が多いことを生かしており。

ホムの商人の配下になる事も珍しくないらしい。

またホムは皆同じような顔をしていることもあって、個体識別が非常に難しいため。ホムの方から、色々な服を着て、分かり易いように「個性」を作ってくれている。

不思議でカラフルで、オシャレな衣装を着たホムが、通りがかりに声を掛けてきた。

受け答えはモニカがする。

「みなさんは、キルヘン=ベルの方ですか?」

「ええ。 貴方は」

「私はコルネリアというのです。 キルヘン=ベルにホムはいますでしょうか」

「いいえ。 残念ながら、今は定住しているホムはいないわ」

昔はいたこともあったのだが。

何しろ十年近く錬金術師がいなかった街だ。

「商機」を逃すと判断したのだろう。

皆、街を離れていった。

その一方で、テスさんのように、キルヘン=ベルに逃げ込んできた、行き場の無い難民もいたが。

「そうですか。 私は父を探しているのです。 しばらくはキルヘン=ベルに定住しますので、情報があったら声を掛けて欲しいのです」

「分かったわ」

「それでは、失礼しますのです」

モニカが素早く会話を切り上げた。

私が目を細めたのに気付いたからだろう。

私も流石にその単語だけでブチ切れる程沸点は低くない。コルネリアさんに不快感を感じるほど狭量でも無い。

ただし、その単語を聞いて、心穏やかでいられるほど、優しくも無い。

それだけだ。

隊列はそのまま行く。

あの様子だと、キルヘン=ベルまで休まずに行くのだろう。あの規模の戦力ならば、恐らくは何の被害も出さないでいけるはずだ。キルヘンベルから離れた地点は危険箇所もあるが。

それでも、あれだけの戦力がいれば、多少の匪賊くらいなら一蹴できるはずだ。

「寝直す」

あたしが横になると。

ほっとした様子で、モニカが隊列が遠ざかっていくのを見た。

キルヘン=ベルでも当然気付いている筈で。

警戒をまず最初に。

そしてその後は商機だと喜ぶ筈だ。

単独で、或いは少数の護衛を連れて訪れる商人より。

あれだけの大部隊を護衛にしている商人の群れの方が、大きな利益を呼んでくれるのは、わざわざ考えなくても分かる事だ。

トラップの方は破られていないし、今のうちに休んでおかない理由も無い。

虫除けの魔術が掛かっているか、再確認しただけで。

私はまた、すぐに眠りに落ちていた。

 

翌朝。

早い内から出る。

焚き火の始末をし。

休憩所のメンテナンスを終えてから、出発だ。

誰が利用するか分からないし。

此処にいても猛獣や匪賊に襲われるかも知れないけれど。

雨風をしのげるだけで、だいぶマシ。

それが事実なのである。

オスカーが、歩きながら、周囲を見回しているが。

この辺りに植物はない。

話す相手もいなくて、何度かため息をついていた。

「こう土地が荒れているとなあ。 ソフィー、頼むぜ」

「任せておいて。 まだ無理だけど」

「ハハ、分かってる。 おいらもすぐに其処までソフィーが成長するとは思っていないよ」

「でも、いずれは何とかするから」

とはいっても、だ。

土地に栄養だけ与えても、植物が根付くとはとても思えない。

これだけ痩せた土地だ。

まず栄養を与え。

それから土地に水を引き。

植物を植えて。

色々やる事はあるだろう。

水を引くのも問題だ。

川から水を引けば。

それだけ川の水量が落ちる事を意味している。

下流に街があれば。

当然困るだろう。

水を作り出すことは、或いは出来るのかも知れない。プラフタには、その辺り確認しておきたいところだ。

むしろ、最初は難易度が低い場所。

川の近くなどの平原にて。

森を作っていく。

そういう所から始めて。

徐々に土地の保水力を上げていく。

いずれにしても、実際にそれをやったおばあちゃんが本を残してくれている。プラフタが本を読んでいるという事は。

帰ってから、ノウハウを教えてくれるかも知れない。

間もなく見えてくる。

遺跡だ。

簡単に遺跡とは言うが。

要するに焼き討ちにあった村の跡である。

村の名はナーセリー。

典型的な、荒野に苦しむ村で。

やせこけた村人達と。

最小限の畑だけに寄って。糊口を凌ぐ生活をしていた。

此処からキルヘン=ベルに移り住んできた人も少なくない。

そして、ある程度の人数が減った時点で。

襲撃が起きた。

襲撃に気付いた後、モニカも含む十名ほどが駆けつけたのだが。そもそも抵抗する戦力もろくに残っていなかったナーセリー村は、何に襲われたのかも分からないまま、皆殺しにされた。

襲撃の後からして、匪賊らしいという事は分かったが。

或いはそう見せかけた邪神や、ドラゴンかも知れない。

モニカに当時の様子を聞いたが。

兎に角破壊と殺戮の限りを尽くされたという事で。

人間は皆殺し。

子供の一人も生き残ってはいなかったそうである。

食い散らかされた人間の死骸もあったが。

殺されれば骨は兎も角肉を獣に食い散らかされるものだし。

襲撃者が食い散らかしたのか。

それともスカベンジャーにやられたのか。

それは分からないと、モニカは言うのだった。

何処にでもある悲劇。

キルヘン=ベルでさえ、いつ同じ事になるか分からない状況。

キルヘン=ベルに最も近かった場所。

それがこのナーセリー村であり。

ナーセリーが無くなったことにより。

隣の街に行くことが、余計に困難になった。

実のところ。

ナーセリー出身者の中には、キルヘン=ベルが豊かになったら、此処を復興しようという声を上げている者もいる。

ソフィーが錬金術師としての力を付け。

そして此処まで安全圏を拡大してくれれば。

それも出来るだろう、というのである。

ソフィーとしても皮算用をされると困るのだけれども。

ただ、言いたいことも気持ちも分かる。

だからその言葉を否定はせず。

今後、出来るようならと、濁して答えるようにはしていた。

周囲には、既に崩れた塀と、堀の後。

畑の跡には、枯れ果てた雑草。

潰された家の跡。

墓が点々としている。これはモニカ達が作ったものだ。

「この村跡は、霊の住処よ。 怨念が強いから、昼間にも出る事があるわ」

モニカが警告をする。

まあそうだろう。

この世界に殺されたようなものだ。

この村の人々は。

噂に過ぎないけれど。

この世界で、人間は増えても減ってもいないという。

魔族やホムは繁殖力が低めだけれども。

ヒト族や獣人族はかなり繁殖力が高いのに、である。

それは要するに。

それだけこの世界が過酷で。

増える分だけ人が死んでいる、という事を意味している。

この村を見ると。

それもそうだなと、思えてしまう。

墓を荒らされている様子は無い。

基本的に埋葬する際には、獣に掘り返されないように、骨まで焼いてから埋める事にしている。

死体が誰か分かったものは、個別の墓に。

分からなかったものは、村の住民全ての名前を刻んだ墓に。

埋葬してあるという。

モニカが言う通り。

墓石は寂しく建ち並んでいる。

無念を晴らしてくれ。

耳元で囁かれた気がした。

モニカが詠唱して、周囲の怨念を鎮める魔術を展開しているが。

それも効果がどれだけあるか。

ふと、気付く。

ハロルさんが、真っ先に銃を向けた。

「誰かいるな。 出てこい」

「すまない。 隠れていたつもりはないんだ」

現れたのは。

アダレットで騎士が着るという、プレートメイルを着込んだ青年だ。非常に大きな剣を、腰に差している。

ひょっとすると。

武王の時代から、アダレットにて精鋭で知られる、騎士団の人だろうか。

あたしでも知っているアダレットの紋章が鎧に刻まれているし。

少なくとも、軍人階級でも、高位にいる人だろう。

びりびりと強さを感じる。

多分この場の誰よりも強いはずだ。

血の臭いがした。

見ると、かなり大柄な魔族が、一刀両断されて倒れていた。

格好からして匪賊か。

「近くで匪賊の住み着いている洞窟を見つけてね。 この村を襲撃した連中かも知れないと思って問いただしたら、襲いかかってきたから斬り伏せた。 一人此処に逃げてきた者がいたから、追撃していた。 追いついて倒した。 理由はそれだけだよ」

「そう。 感謝するわ」

「いいや。 騎士としての本分を果たしただけだ。 弱者を守るのは、我等アダレット騎士の役割だからね」

堅苦しい人だ。

ソフィーは苦笑したが。

確かアダレット騎士は、こんな風に自分の仕事に誇りを持ち、非常に生真面目な人も珍しくないという。

そもそも武王が親衛隊として組織した猛者達は。

その後のアダレット王国で、最精鋭として受け継がれ。

アダレット騎士行く所匪賊は逃げ。

ドラゴンでさえ道譲ると。

歌が残っているほどだそうである。

ホルストさんからの又聞きの知識だが。

いずれにしても、どこの国でも匪賊は駆除が基本である。匪賊と結託して商売するような輩も昔は絶えなかったらしいが、今ではそれも極刑が殆どだ。それでもなお匪賊になる者が出るほどに、この世界は貧しい。荒れている。

故に、錬金術師は更に努力しなければならない、という事だ。

名を名乗り合う。

青年は、ジュリオと名乗った。

此方も名乗る。

錬金術師と聞くと、ジュリオは頷いた。

「そうか。 僕はこの辺りで調べ物があるから、近々君達の村に向かうと思う。 錬金術師はいないと聞いていたから、嬉しい誤算だ。 今後、頼りにさせて貰う事があると思うから、よろしく」

「分かりました」

礼をすると。

教会の祈りを捧げられる。

そういやアダレット騎士は。

確か熱心な創造神教の信者だったか。

モニカはそれについて好感を抱いたようだが。

あたしは逆にちょっと不審を抱く。

モニカとは散々議論して、喧嘩にもなったことだし。この人と神について話し合うつもりはない。

そもそもアダレットも、討伐部隊を組織して、邪神を討伐したことは何度もあるはずで。

無邪気に「神の愛」だの、「創造神の慈悲」だのを、信じているとは思えない。

多分組織をまとめるための、一種の儀式なのだろう。

組織というものを作るために、特定の思想を軸にするケースは珍しくない、という話は良く聞くし。

優しくあたしは解釈した。

軽く話した後。

どうせキルヘン=ベルに行くのだから、それまでは護衛をして貰う事にする。

いずれにしてもナーセリー跡は。

このメンバーで探索するには、少しばかり危険だと、思っていた所だった。

そのまま、ジュリオには見張りをしてもらい。

あたしは図鑑を開いて、鉱石を探す。

この村は、カーエン石を売る事で、どうにか外貨を獲得していたらしい。近くの岩山などから掘り返していたらしいが。

今でも残っているかも知れない。

崩れた家などを探す。

そうすると、あるある。結構残っているものだ。

崩落した家などを片しながら、素材を集める。

石材なども、使えそうなものは回収。

放置されたままになっている壊れた家については、一度完全に崩して、そして石材も積み上げておく。

キルヘン=ベルは人口が増え続けているし。

いずれナーセリーを復興するときに。

少しでもやりやすくするためだ。

「なあ、ソフィー」

オスカーが声を掛けてくる。

案内された先には。

枯れ果てた木が、何本かあった。

「どうしたの?」

「もう殆ど死んでいるけれど、彼らがいうんだ。 此処をもう少し豊かにすれば、森が作れるって」

「そうなの? そっか……」

「おいらとしても、本当は木の実が採れる彼らが、此処で朽ちてしまったのは悲しいし、何とかして欲しいな」

頷く。

いずれにしても、まだあたしには荷が重い。

何もかも順番にこなして行くにしても。

此処に手を出すのは、ずっと先になるだろう。

倉庫らしい場所を崩す。

中に匪賊が来た時に逃げ込んだのか。

子供の白骨死体があった。

埋葬して。

そして、残っていたカーエン石を回収しておく。

いずれもっと本格的に石が取れる場所から直接回収したいが、今の時点ではこれで充分だ。

モニカと協力して。

石材を積み上げ直し。

そして墓に骨を埋葬し直す。

モニカは祈りを捧げていたが。

あたしはその様子を、じっと見るだけに留まった。

周囲を見張っていたハロルさんが、戻ってくる。

「水場があったが、枯れているな。 動物の姿も見当たらない」

「まずは土地の保水力からか……」

「保水力?」

「ん? ああ、おばあちゃんの本に書いてあったの。 土地には植物さえあれば水を蓄える性質も生まれるって。 でもこれじゃあね……。 まずはどうやって水を此処に持ってくるか、考えないと」

キルヘン=ベル近くには川もあるし。

水脈もあるが。

其処から水を運ぶのなどは論外だ。

そうなってくると。

錬金術を使うしかあるまい。

いずれにしても、後始末は終えた。

ジュリオさんに告げて、ナーセリーを出ることにする。

もう何回か来て、しっかり処置をした後。

実力がついてきたら、復興を本格的にやりたい。

錬金術師は、この世界で。

やる事が、とても多い。

この滅ぼされた村を見ると。

それを強く実感させられる。

帰り道。皆があまり声を発しなかった。ジュリオも、あまり良い気分はしなかったのだろう。

如何に、あれが今の世界では、ありふれた光景だとしても。

否。

あれをありふれた光景にしないのが。

今後の課題だ。

 

2、熱の力

 

アトリエに戻る。

流石に少し疲れが溜まったので。汲んでおいた井戸水を沸かして、風呂に入る。

アトリエには風呂があるのだけれど。

これはおばあちゃんが錬金術師だったから、という事で。アトリエを作る時、街の人達が特別扱い的に作ってくれたものらしい。

街には浴場があって。

時間別に男女がそれぞれ使うシステムになっている。

実はあたしもそっちを使う事が多いのだけれど。

狭いので。

たまに、一人でゆっくり風呂に入りたいときは、たまにこうやって手間暇掛けてアトリエの風呂に入る。

しばらく湯の中でゆっくりしてから。

寝間着に着替えて、ベットで休み。

その後、プラフタの座学を受けることにした。

なお、カーエン石などの回収した品は、既に氷室に入れてあるし。

コルネリアさんがしっかりキルヘン=ベルに到着したことも、確認してある。

あの後猛獣の襲撃はあったらしいけれど。

傭兵が撃退してくれたそうで。

怪我の一つもないそうだ。

まあ見た感触からして、相当に旅慣れているし。

今更猛獣に襲われても、怖いとか、トラウマが残るとか、そんな事もないのだろう。

では、座学だ。

プラフタは、回収したカーエン石を確認。

品質は良くないと断言した。

「カーエン石は、実は乾燥した土中に埋まっているものを掘り出し、空気にさらさない状態で保存するのが基本となります。 今回回収してきたものは、最低限の品質しかありません」

「そっか。 でも、ナーセリー村の人達が残したものだから、大事に使わないとね」

「そうですね。 品質が低いとしても、爆弾に変化させる事は出来ます」

カーエン石に意思があれば。

匪賊どもに復讐したいと思うのだろうか。

いや、それは人間同士の問題だ。

石にそんな意思があるかは分からない。

ものに意思があるというのも、あたし自身はぴんと来ないのだ。植物と会話できるオスカーがいて。

いつも雑音が聞こえるとしてもだ。

とにかく、やれることはやるしかない。

「まず、カーエン石を乳鉢ですりつぶします」

「石を?」

「それほど堅いものではありません。 ただし、叩いてはいけませんよ。 火の気があると、爆発します」

「なるほど」

ぐっと押しつけるようにすると。

確かに潰れる。

「壊れる」というのが正しいか。

頷きながら、カーエン石を潰して、ゆっくりと細かくしていく。粒度が高いが。プラフタが指摘してくる。

「砂粒が混じっています。 それを取り除いてください」

「取り除くんだ」

「はい。 できる限り純度が高いカーエン石にすることで、「意思の統一」を行うのが基本です」

「なるほどね」

順番に、カーエン石を潰して。

赤い粉末に変えていく。

そしてそれらの作業が一段落したら。

今度は、気を付けながら水分を飛ばすという。

「火を使うのは厳禁です。 日当たりの良い場所に放置しても、水分は飛びません」

「そうなると、どうするの?」

「ぷにぷに玉を使います」

脱水剤としての効果があると聞いていたが。

なるほど。こういう所で使うのか。

小さめのぷにぷに玉をすりつぶし。

カーエン石に混ぜる。

最初は不安だったが。

やがて、カーエン石の色が移るように、ぷにぷに玉の残骸が、変色していく。

このまま一日。

氷室に置くという。

加工したカーエン石に同じ処置をした後。

一旦座学に戻った。

これからどうするか。

事前に確認をしておくのだ。

「この状態で、カーエン石は潜在能力の全てを発揮できます。 具体的には、火に対して爆発します」

「なるほど。 クラフトとは爆炎で焼き尽くす、という形で変わるんだよね」

「そうなります。 クラフトは圧力と、内部に込めた細かい鉱物片などで殺傷する武器ですが、フラムは火で焼き尽くすのです。 同じように、稲妻を周囲に放ったり、冷気で薙ぎ払ったり。 風で辺りを切り刻む爆弾も作れます」

「楽しみ」

単純に笑みを浮かべるあたしだけれど。

プラフタは釘を刺す。

それらはあくまで殺戮の力。

使いどころを間違えると。

匪賊と同じになると。

すっとあたしが目を細めたことに気付いたか。

プラフタは咳払いした。

「とにかく。 使うところは気を付けるようにするのですよ」

「うん。 後は、山師の薬を少し作っておこうか」

「熱心ですね。 反復練習は大事ですよ」

「それもそうだけれど、街の収入になるみたいだからね」

帰ってからホルストさんに聞いたのだけれど。

どうやら、納品しておいたクラフトや山師の薬が、かなりの値打ちがついたという。商人は喜んで引き取っていったそうだ。

街にいる公認錬金術師は忙しいし。

彼らの作る薬は高い。

ソフィーの作る薬は、市販品として売れる、程度の品質だが。

つまり逆に言えば、公認錬金術師が手抜きして作った品と渡り合える、という事も意味している。

そも、その安物でさえ。

目に見えて分かるほどの速度で傷が回復するのだ。

庶民にとっては本当に有り難い品だろう。

ただ末端価格を聞くと、思わず口をつぐんでしまう。

キルヘン=ベルのような小さな街で、あたしのような錬金術師がいるケースはまだいいのだ。

実際問題、共同体の悪い所はあるにしても。

それでも、薬は行き渡るのだから。

だが、街はどうか。

貧しい人は、本当に救われないケースがある。

確か二大国は、どちらも「救貧院」というものを作っているらしいが。

それも大きめの街にしか無いだろう。

辺境の村では。

がりがりにやせこけた村人が。

明日をも知れない生活をしているわけで。

薬なんて、とても買えないだろう。

ナーセリーも。

金があれば、用心棒を雇って。

匪賊なんかにやられなかったかも知れないのだ。

「価格破壊が起きるほど、作る事は出来ないのかな」

「それはどういう意味です?」

「だってホルストさんの言っていた末端価格だと、普通の人は買えないでしょ。 あたしも匪賊が生まれる仕組みは知っているから。 そういうのを少しでも減らさないといけないし、それにはお薬を安くするのが最優先だろうし」

「……ソフィー。 貴方は残忍なところもありますが、錬金術師としてはきちんと考えてくれているのは嬉しいですよ」

本当に嬉しそうなプラフタの声。

ちょっと過大評価をされているかも知れない。

だが、それでも。

プラフタの事が、また少し分かった気がした。

プラフタも、色々面倒くさいあたしの事を少し理解してくれただろうか。

ともあれ、山師の薬を作る。

手慣れてきたからか。

前より三割ほど時間短縮できた。

点数に関しては。

34点と言われた。

50セットを造り。

10セットは自分用に残して、後はホルストさんの所に持っていって、納品してしまう。有り難いと、喜んで受け取ってくれた。

ホルストさんが、カフェの外に出て、見せてくれる。

一部の壁を崩し。

何だか難しい技術を作って、塔のようなものを作っている。

「前からお金は貯めていたのですが、クラフトと山師の薬を換金したことで、あれを作る事が出来そうです」

「何を作っているんですか?」

「見張り塔ですよ。 今までは教会の屋根や、丘などで周囲を監視していたのですが、今後は街の中から周辺を見張ることが可能になります」

見張り塔には、大型のクロスボウも設置するという。

ロジーさんが張り切って作っているそうだ。

クロスボウは攻城戦にも使われる、非常に強力なバネで引く弓で。

その破壊力は、文字通り地面や石壁を貫く。

大型の獣や、小型のドラゴンにも有効打を期待出来る上に。

半端な魔術で作った壁なんて、それこそ紙のように貫くことが出来る。

更に鏃には毒を塗る。

近場に住んでいる猛獣の毒袋から取り出したもので。

非力な戦士が、鏃に塗って、獣を倒すときに使う。

これがクロスボウに塗られるのだ。

ドラゴンでも、直撃が入れば無事では済まないだろう。

更にヴァルガードさんとエリーゼさんが、魔術によってクロスボウの射撃精度を上げ、自動命中機能を付けるという。

昔はオートエイムとか言ったそうだが。

多少腕が悪くても、敵に勝手に当たる、というわけである。

「今後もどんどん錬金術を使って、キルヘン=ベルを豊かにしてください。 このクロスボウに関しても、実際に使う事はあまり想定していません。 抑止力として重要なのですよ」

「分かりました。 頑張ります」

「ええ」

目を細めるホルストさん。

頭を下げると、アトリエに戻る。

塔が出来るのは一週間後くらい。

クロスボウを設置するのに、同じくらい掛かると言う。

前にあたしが納品したクラスタークラフトこと、うに袋も、あの塔から投擲して使えば、それこそ攻め寄せる匪賊なんて一網打尽に出来るだろう。

勿論塔を増やせば、更に守りを堅くできる。

今回、コルネリアさんだけではなくて、数人がキルヘン=ベルに新しく加わった事もあり。

明らかに。

風は向き始めているとも言えた。

丁度カーエン石が乾燥したという事なので。

プラフタがいうまま加工を続ける。

まず脱水剤であるぷにぷに玉の残骸を取り除く。

取り除いた後は、焼却して、これも変質させる。

あまり質は良くないが。

肥料にはなるそうだ。

そしてカーエン石。

こちらは中和剤を加える。

とはいっても、水に魔力を含ませたものではない。

充分に乾燥させた砂に。

魔力を含ませたものだ。

練り上げて行く。

いやがるような、抵抗はない。

じんわりと馴染んでいく。

ちょっと熱い。

プラフタは、上手く行っていると言ってくれた。

「良い感じですよ」

「このまま練り続けるの?」

「いえ、まだ行程があります」

唾などが入らないように。

出来るだけ作業中は喋らないようにとも言われた。

マスクを付けているのに。

神経質な話である。

まあそればかりは仕方が無い。

ちょっと埃が入っただけで、お薬は減点される位なのだ。爆弾となると、更に扱いが難しくなるのも、当然だろう。

練り上げた後。

今度はまた乾燥させたゼッテルの上に開け。

何度も叩く。

それもゆっくり優しく。

そして成形していく。

このたたくと言う過程で。

練るのとは別の刺激を与えて、更に燃え上がりやすく変質させるのだという。

頷きながら、最終的には。

長細い筒状の形に、叩いて成形。

更に、それに使ったゼッテルで包み。

そして念入りにと言うべきか。

ぷにぷに玉をすりつぶし。

その粘性を利用して、ゼッテルを綴じ込んで。

完成である。

ゼッテルには、発火する簡単な魔術を仕込んでいる。

クラフト同様。

起爆ワードで、ドカンといく仕組みだ。

一つ作ってしまえば量産は簡単だが。

まずは試してみるとしよう。

プラフタと一緒に外に出て。

クラフトを実験した場所に出向く。

モニカに立ち会って貰うが。

ジュリオさんも来ていた。

「どうしたんですか、ジュリオさん」

「僕の国には、錬金術師が少なくてね。 いるにはいるんだが、騎士団とは対立があるんだ」

「えっ、どうしてですか」

「何となく理由は分かるわ」

モニカさんが説明してくれる。

アダレットは武王と呼ばれる人が造り、拡大した国だ。

多くの手練れの魔族や獣人族、ヒト族が剣によって匪賊を討伐し、ドラゴンを倒し、邪神を退け、勢力を拡大した。

勿論錬金術師もそれに協力したが。

直接武力を振るった事でも「武王」と呼ばれた英雄の部下達。

その子孫。

やはり、武に対して誇りを持っているのだろう。

アダレットとの国境は無いに等しいし。

実際、ジュリオさんについても、匪賊を討伐してくれたという事で、キルヘン=ベルでは滞在を問題視していないが。

こういう所で国柄の違いは出る、という事だ。

ジュリオさんが頷く。

その通りだと言う。

「そういうわけで、薬などの効果は見た事があるが、爆弾などについてはあまり見た事がないんだ。 是非実物を見てみたい」

「わかりました。 ただしあたしはまだひよっこですよ」

「それでも構わない」

頷く。

それでは充分に距離を取り。

更に周囲に人がいないことを確認。

起爆ワードを呟く。

同時に。

炸裂した。

クラフトの時は、文字通り爆発というのが正しかった。

しかし今度の奴は。

カーエン石から作り出したフラムは。

文字通り、瞬時に周囲を焼き尽くす、というのが正しかった。

プラフタも立ち会ってくれたのだが。

モニカが作った魔術の防壁の内側から。

結構厳しい駄目出しをした。

「29点」

「わ、厳しいね」

「爆発をもう少し上手に制御しましょう。 見てください。 正円系に拡がっていません」

確かに。

一気に燃焼させた範囲内での焼け方にムラがある。

これは火力はクラフトよりも大きいが。

まだ修正に余地があるだろう。

ジュリオさんは頷いていた。

「造りさえすれば、これを誰でも使えるんだね」

「危ないので、起爆ワードは二段階にしてあります。 それと、ゼッテルは丈夫なので、ちょっと火を近づけたくらいでは爆発しません」

「考えているね。 これならば、確かに生半可な魔術師よりも、遙かに強力な破壊力を出せそうだ」

納得した様子で、ジュリオさんは丁寧に礼をして、戻っていく。

ある意味敵国の人間なのだが。

まあ良いか。

錬金術師はアダレットにもいるのだし。

匪賊を討伐してくれた人だ。

それに、今、アダレットとラスティンはどちらも戦争どころではない。交流も行われているし、対立も裏で少ししているくらいだ、とも聞いている。

二つ目のフラムも此処で実験するが。

それも似たような出来だった。

プラフタが言うには。

成形に問題があるという。

更に完璧な形にしないと。

爆破にむらが出る、という事だった。

いずれにしても、このまま駄目出しをされて、黙っている訳にもいかない。

すぐに調整しようと思ったが。

プラフタが言う。

「その前に、またレシピを作って見ませんか?」

「別に良いけれど、記憶を早く戻したいの?」

「それもあります。 何より、今の時代と、私が生きていた時代で、何がどう変わったのか、どれくらい変わったのか、しっかり把握しておきたいのです」

「うーん、フラムの改良レシピでいい?」

「構いません。 貴方のオリジナルのレシピという事が重要なのです」

そう言われると、仕方も無いか。

前と同じような広域殲滅型の制圧爆弾は、今の時点では必要ないだろう。匪賊の群れを制圧するには、あのうに袋で充分だ。

今必要なものがあるとすれば。

ピンポイントで敵を貫く爆弾、だろうか。

今回のフラム。

失敗の要因としては、爆発にむらがある、という事だったし。

逆に爆発の火力が、一点に徹底的に集中するようにすればどうだろう。

いうなれば、ピンポイントフレアフラムとでも言うべきか。

ちょっと面白そうだ。

アトリエに到着すると。

今度はまず、フラムを丁寧に造り。

何度か実験をして。

プラフタに売り物になる、という太鼓判を貰った。

プラフタはいぶかしんでいたが。

あたしにしてみれば。

まずは基本であるフラムをしっかり仕上げてから、応用はやりたかったのだ。プラフタに言われずとも、である。

一応35点という評価は貰ったので。

一旦コレで良しとする。

その後。

成形を工夫し。

フラムを、敢えて非常にいびつな形にした。

プラフタが、驚く。

「何ですかその形は」

「ゼッテルの強度も変えてあるんだよ。 見て」

「確かに」

プラフタは小首をかしげるが。

これでいい。

うに袋を作ったとき。

内部で小爆発を起こし。

小型クラフトをばらまく仕組みを作ったが。

その時に、爆発の性質については理解した。

爆発は、基本的に弱い部分に向けて殺到する傾向がある。

勿論強化していると言っても所詮ゼッテル。

最終的には爆発するが。

それでもこれで、火力に指向性を持たせることが出来るはずだ。

プラフタに理論を話した後。

何度か修正をして。

火力が小さい小型版をまず作成。

モニカ立ち会いの下、実験をする。

これが思った以上に出来が良く。

かなり面白い仕上がりになった。

空中で魔術に寄って向きなどを固定する事によって。

敵に対して、思わぬ奇襲を仕掛けられる。

大物のドラゴンなどにも、痛打を浴びせられるかも知れない。

魔術に対する抵抗力を持つドラゴンは多いらしいが。

それでも、物理的な炎を防ぐとなると。火竜などの、火属性のドラゴンでないと無理だろう。

ドラゴンは必ずしも火属性では無い。

場合によってはかなりの打撃を与えられるはずだ。

出来上がったのは二週間後。

その合間に作った山師の薬は、念願の40点を達成。

これも地味に嬉しかった。

だが、散々作って40点だ。

次に50点を目指すとしても。

まだまだ先は長い。

いずれにしても、新作については、ホルストさんを一とする街の人達には見てもらうつもりだ。

あたしの錬金術師としての成長を見せると同時に。

安心して貰うためにも。

 

3、死の光

 

ナーセリーから持ち帰った石材を置く。

その側に、新型フラムを配置。

まだ名前は付けていないが。

まあこれについては、試作フラムでも何でも良い。オリフラムあたりが良いだろうか。

石材はたっぷり一抱えもあるもので。

地面に置くと、どすんと大きな音がするほどだ。

荷車に入れるとちょっと問題がありそうだったから、帰り道にジュリオさんに担いで貰ったのである。

ジュリオさんは笑顔で。

しかも余裕で引き受けてくれた。

この辺り、アダレットの騎士の実力がよく分かる。

どうせ砕いて使うつもりだったのだ。

目を閉じて黙祷すると。

皆に向き直り。

そして頷いた。

「モニカ」

「ええ、いつでも大丈夫よ」

「うん。 起爆!」

起爆する。

同時に。

灼熱が。

石材を貫いていた。

石材が吹っ飛ばされ、そして転がる。

皆が、おおと声を上げた。

なんと石材が赤熱し。そして、大穴が開いていたからである。

熱量を完全ピンポイント収束した事で。

これほど巨大な石材を、一撃貫通。しかも吹っ飛ばすほど、指向性のある衝撃も与えることに成功した。

額を拭う。

実は失敗したときは。空に向けてこの熱量が噴出されたり。

そのまま爆発したりで。

散々苦労したのだ。

あたしは残念ながら万能神でも全能神でもない。

ただの錬金術師だ。

素質はあるらしいけれど。

それでも、一歩ずつ成長していかなければならない。勉強しても、力を付けても。いきなり驚天の技は使えない。

だが、今回の思いつきは。

我ながら結構良かったと想う。

ホルストさんが、十歩分は軽く吹っ飛んだ石材を見に行き、唸る。

銃などの比では無い。

上級魔術師の、全力での攻撃に匹敵する火力。

それも、相当な魔力制御が必要なものと同等。

そう、判断したようだった。

「コレは凄い。 ヴァルガード、これを防げるかい?」

「何とかやれそうだが、不意を突かれると厳しいな」

「そうか。 ならば大概の相手には確殺で使えると言う事だ」

「使うときには向きを注意してください」

完成品を見せる。

三角錐になっているそのフラム。まあオリフラムとしておこう。

その三角錐の頂点部分が柔らかく。

他を非常に強度強化している。

今後、力がついてきたら。

プラフタに、魔術を使っての更なる強度強化をやっても良いかと聞いてみるつもりだ。

そして、矢印を、四本。

どれも三角錐の頂点に向けて書いてある。

つまり此処から。

敵を貫く熱線が出る、という事だ。

要するに投げたりするのは難しく。

何処かに仕掛けて。

そして敵が通ったときに、使う。

そういう使い方が主体になるだろう。

トラップとして使ったり。

或いは城壁などに仕掛けて。

複数を同時に発射、

仕掛けてくる敵の頭をまとめて吹き飛ばすとか。

そういう使い方が主になる筈だ。

「これはどれくらい作れそうだい」

「品質を維持するなら、フラム20を作る間に1を作るのが精一杯です」

「それならば、フラム20個分の値段で買い取ろう。 どんどん作って持ってきてくれるかい」

「分かりました」

ホルストさんは上機嫌だ。

分かる。

あたしの成長が目に見えるからだ。

早速ヴァルガードさんと、どう使うか、戦術的な話をしているようだが。あたしとしては別にそれに加わるつもりは無い。

すぐにアトリエに戻る。

プラフタも感心していた。

「劣化版ともいえる状態ですが、面白いレシピですね。 貴方には天賦の才能があるようです」

「……プラフタ、それがないと錬金術師にはなれないんだよね」

「特に優れているようです」

「そう。 正直、その事は……あまり嬉しくないかな」

プラフタも。

あたしの地雷については分かっている筈だ。

だから、それ以上は褒めなかった。

ただ実績だけを認めてくれればそれでいい。

それ以上は求めない。

あたしは、そういう奴だ。

プラフタにレシピを書き込む。

しばしして。

何か変化があったか聞いてみるが。

思い出したのは、どうやら自分の容姿について、のようだった。

「星の瞳」

「うん?」

「私は、星の瞳を持っていた記憶があります」

「星の瞳……」

何処かで聞いた事がある。

ああそうだ、思い出した。

確か瞳孔が星形になる非常に珍しい体質だ。

確か万に一人もいないとかいう話で。

アダレットの首都はそれこそ十万とかいうとんでもない人間が暮らしているらしいのだけれど。そこにさえいるかどうか、という次元だそうである。

古い時代は。

それを目当てに、奴隷にされるケースもあったとか。

今でも匪賊なんかは、奴隷にするのを目当てで、人をさらったりするらしいのだけれども。

星の瞳なんて持っていたら。

それは大変だったのではあるまいか。

「そうですね。 恐らくソフィー、貴方が考えているとおりです。 どうにも細かい部分はまだもやが掛かっていますが、私は容姿で苦労した記憶があります。 それも、良い思い出が無いようです」

「そう。 あたしとそれは同じか」

「……実は、その事で、もう一つ思い出したことが」

何だろう。

聞いてみると。

プラフタは言う。

自分よりも。

自分と一緒に仕事をしていた、大事な人が。

もっと容姿で苦労していたような気がする、というのだ。

どちらかというと美しさの象徴として語られる星の瞳よりも、もっと凄い美的な要素を持っていたのだろうか。それともその逆か。

考え込んだ後。

プラフタは、どうしたのか。

凄く悲しそうにした。

「詳しくはやはり思い出せません。 しかし、私より楽をしていたようには思えません」

「そうなると、恐らくは……」

「世間一般で、「醜い」とされていたのではないでしょうか。 しかし私が思い出せる限り、その一緒に働いていた者の能力は確かで、とても苦労は理不尽なものだったとしか思えません

「そっか……」

ソフィーは表向きは同情した。

だが、裏では何となく理解した。

プラフタは美しいから、恐らくそれでろくでもない輩が寄ってきた。

そしてプラフタが同格とまで認めていたその人は。

逆に醜すぎた(世間的な基準で)故に、そもそも人間扱いされず。

今でも後悔するほどに。

プラフタは心を痛めていたのだろう。

人間は九割方見た目で相手を判断する生物だ。

しかも、判断した基準に沿って相手を扱って良いとまで考える。

そういうカスなのだ。

ヒト族も魔族も、獣人族もホムも。

恐らくそれに代わりは無いだろう。

プラフタは平均的な人間とはかなり価値観が外れていたか。

それとも相手の苦労を知っていて。

そして見かけで相手を判断しない事を、心がけていたのかも知れない。

きっと苦しかったことだろう。

それについては、素直に同情できる。

あたしだって。

あのカスの娘だと言うだけで。

本当だったら、此処で生きていられなかった可能性もあった。

たまたまおばあちゃんの孫だったから許されただけだ。

そうでなかったら。

今頃、その辺の荒野に骸を晒していただろう。

「ソフィー」

「なあに」

「このレシピは、自分に取り込んでみて分かりましたが、画期的ながらまだまだ力量が不足しすぎています。 今後のためにも、様々なものを作っていきましょう」

「はーい」

それについては。

吝かでは無い。

続いてハクレイ石と呼ばれる素材が欲しいと、プラフタは言う。

だが、それは。

かなり入手が難しい。

図鑑で調べて見たのだが。

冷気を常に発する石で。

噂によると、創造神が世界を作ったときに。

一緒に作った、世界の構成要素の一つであるらしい。

おばあちゃんの図鑑には。

少なくともその説が乗せられていた。

常に冷気を放つ反面。

放置しておくとその内無くなってしまうため。

採りに行くには、常に寒い鉱山の中に赴くか。

それとも寒冷地に行くしかない。

この辺りで、鉱山は存在しない。

洞窟はあるにはあるが。

其処は有名な凶悪な猛獣の住処で。

キメラビーストやその亜種が。

わんさと住み着いていることで有名だ。

ジュリオさんに同行を願っても。

とてもでは無いが死者無しに乗り切ることは不可能だろう。

まだまだ戦力がいる。

もう少し手練れが増えれば、或いは。

「分かりました。 爆弾については、少しばかり素材の入手が難しそうですね。 ならば金属を利用した他の道具にシフトしましょう」

「具体的には何をするの?」

「金属そのものを作ります」

「へえ」

プラフタが指したのは。

炉である。

使った事は無い。

火力が大きすぎて、パンでも焼こうものなら一瞬で消し炭になってしまうからである。前にモニカが使おうと提案して、やってみて。パンを無駄にしてしまって、二人でいたく後悔した。

炉の後ろに回る。

そして、説明を受けた。

「この炉は、熱変換炉と言います。 薪から熱を極限まで吸収して、更に収束して炉の中を満たします」

「ああ、それでパンが」

「パンなど焼こうとしたのですか」

「ああ、うん。 炉だから出来るかなと思って……」

プラフタは呆れていた。

とにかく、とても危険なものらしい。

まず、いずれにしても。

掃除からだ。

後ろにある蓋は、ロックできるようになっているらしい。

掃除の前には絶対にロック。

悪戯などで起動されると。

中に入って掃除している人は、秒で炭にされてしまうそうだ。

それは恐ろしい。

ロックをして、厳重に確認した後。

炉の中に、プラフタが言う通りに器具を突っ込んで、掃除する。水洗いをすると、モップは真っ黒になった。

染みついているのだ。

長年の生活で出た埃が。

おばあちゃんが死んでからは、使わなくなった、という事もある。

だが幸いなことに。

炉が眠っていたのは数年。

それならば、この炉を作り直す必要はないだろうと、プラフタは言ってくれた。

「金属を作るってのも凄い話だね」

「実のところ、それほど難しくはありません。 鉱物の中には、大なり小なり金属が含まれているものなのです」

「そうなんだ」

「それを取り出して、純粋な形で固める作業をします」

なるほど。

今までの話を総合してみて、色々と分かった。

プラフタがすんなりオリフラムのピンポイントフレアについて理解するわけだ。

この炉のようなものを知っていたから。

原理を理解していたし。

武器として利用する意味も。

分かっていた、という事だろう。

そして、それこそが。

プラフタの記憶を掘り返すことにもつながった、という事になる。

鉱石については、今まで何度か周辺地域に採集に行って、回収は済ませてある。プラフタも回収についてきてくれたことがあったが。その時、コレは良さそう、それは駄目そうと、色々言われながら、拾ったのだ。

今になって、その時の事が生きてくる。

錬金術は面白い学問だ。

きっとプラフタも。

あたしと同じように。

楽しみながら錬金術をやった時期があったのか。

いや、どうだろう。

プラフタから、錬金術に対して、楽しいという姿勢はあまり感じ取ることが出来ない。

むしろ、プラフタにレシピを書き込んで。

思い出す事は。

どうも悲しい思い出ばかりのように思える。

数百年前は、今よりも更に酷い時代だったと聞いているし。

それこそ手段など選んでおれず。

錬金術師として、プラフタは。

もう一人の凄腕と一緒に。

世界のために必死だったのではあるまいか。

その過程で地獄も見たし。

そして、業も見た。

鉱石を揃え終える。

確認をして行くと。

プラフタは途中で手を止めた。手は無いが。

「この鉱石……少し品質が図抜けています。 良い金属を取る事が出来るでしょうが、今の貴方に使わせるのはもったいないですね」

「ああこれ。 確かナーセリーで回収してきた鉱石の一つだよ。 カーエン石に混じってて、回収したあと気付いたの」

「恐らく、鉱石を売る人間には価値が分かっていたのでしょう。 残っていたのは、何とも言葉にしづらいことですが」

「使われずに終わるより良いと思うよ」

少し考え込んだ後。

プラフタは、この間会ったホム、コルネリアさんの所に行きたいと言う。

何故だろうと思ったが、まあ良いか。

ともかく、一段落はしたのだ。

街に定住するというのなら。

良い関係は構築しておきたいし。

話ももう少ししておくべきだろう。

言われるまま、よそ行きの準備をして、外に。

色々髪が乱れているとか文句をプラフタに言われた。

今まではほぼ気にしなかったが。

プラフタが本気で苦労したのだろう事を考えると。

流石に、笑い飛ばしてばかりはいられなくもなった。

 

ホム族は、この世界では少数派に所属する人間で。神話においては、他の人間と同じように、異世界から迫害されたり追い立てられたりして、この世界に来たのでは無いか、という事である。

魔族からもヒト族からも獣人族からも見分けが付けづらく。

みんな殆ど同じ顔をしている。

本人達は流石に見分けがつくようだが。

そのため、皆が敢えて意図的に格好を変えているケースが多く。

裕福なホム族は、絢爛豪華な格好をしている事があるそうだ。

真面目な性格を評価され、国政に抜擢されることもあるらしく。

この間一緒にキルヘン=ベルに帰る途中にジュリオさんに聞いたが、アダレットでもホム族の重役がいるそうである。

コルネリアさんは。

大通りにいた。

店を持つほどお金は無いが。

露天で店をやって良いスペースがある。

屋根もついていて、雨の日にも大丈夫な場所だ。

そこでコルネリアさんは。

ござを敷いて。

色々なものを売っていた。

宝飾品もあるが。

生活必需品が目立つ。

それも、品質は悪くないようで。売り上げについてもそれなりの様子だった。格好を見ればその辺りは分かる。かなり身繕いをしっかりしているのだ。

「これはソフィーさん。 お客様としてきてくれてありがとうなのです」

コルネリアさんはゆっくりゆっくり喋る。

この間はモニカとやりとりをしていたが、あたしの顔も覚えていてくれたようだ。

ホム族は性別どころか年齢も分かりづらいのだが。

それについては、向こうから先に説明してくれる。

商人をやっていくには、観察力の錬磨は必要不可避というわけだ。

「私は貴方と同じ女性。 年齢は貴方の一つ下です」

「丁寧に有難う。 ちょっとプラフタが話したいらしいけれど、良い?」

「何でしょうか、プラフタさん。 商売があるので、あまり長話は出来ませんが」

「分かりました。 それでは単刀直入に済ませましょう。 貴方は錬金術を使う事が出来ますか?」

コルネリアは目を細める。

もともとしらけたような目。

への字に結んだ口。

これらから、表情が読みづらいホム族だ。

そして手先が器用な反面、力が弱い種族でもある。

このため匪賊などにターゲットにされやすく。

人攫いなどにエジキにされるケースもあるという。

きっとコルネリアも。

他の人間種族に、色々と良くない思い出を与えられているだろう事は、容易に想像がつく。

ホム族は独自の錬金術を使うともいうが。

それはレアケースで。

多くの場合は、使えないそうである。

これはダメ元。

プラフタは最初からそう言っていたのだが。

どうやら、そのダメ元が。

意味を成したようだった。

「使えます」

「そうですか。 均一した品質の商品からして、ひょっとしてとは思っていましたが」

「お金さえいただければ、使う事も構いません」

「ソフィー。 あの鉱石を増やして貰ってください」

頷いて、手渡す。

コルネリアは、説明をしてくれた。

ホム族が使う錬金術は、ヒト族が使うものとは、根本的に違う代物なのだという。

具体的には、ものの意思に沿ってものを作り替えるヒト族の錬金術に対し。

ホム族の錬金術は、ものをコピーするそうである。

ただし、ホム族の錬金術は危険なもので。

コピーの代償に、本人の体積を消耗するそうだ。

「それって、大丈夫なの!?」

「我々ホム族は長寿で、私はほんの小娘なのです。 年々厳しくはなりますが、私くらいの若さであるならば、ミルクで補給できるのです。 ただ一度に錬金術を使いすぎると、あまりにも小さくなりすぎて、回復に時間が掛かってしまいます」

コルネリアの家族も。

錬金術使いだったらしい。

受け継いだものだそうだ。

ホム族の中にも、錬金術を使えるものとそうで無いものがいるらしく。

使えるものは、この世界に来た頃の力を、色濃く残しているらしい。

そういうものなのか。

あたしは理解したというか。

なるほどと感心した。

鉱石を手渡して。

お金も渡す。

この程度のお金なら今は余っているし。使って行くのは悪い事じゃない。

暴虐を尽くすためにお金を搾り取るのは悪逆だ。

だが、適切な税金を取り。

それで国を動かすのは正しい事だし。

お金を流通させ。

皆が使って、豊かな生活をしていくのはもっと正しい事だ。

あたしがお金を使うことで。

コルネリアは生活できる。

それは正しい事だ。

「毎度あり、なのです。 数日で増やしておくので、取りに来て欲しいのです」

「うん。 ありがとう、コルネリアさん」

「貴方の方が年上なので、呼び捨てで構わないのですよ」

「そう、じゃあコルちゃんって呼んでも良い?」

少し悩んだ後。

コルネリアは頷く。

同年代の友達がいなかったから、だろうか。

ちょっとだけ嬉しそうにしているように。

ソフィーには感じ取れた。

 

4、深淵との火花

 

教会で礼拝を済ませたジュリオは、キルヘン=ベルを見て回る。

先代の公認錬金術師が、良い仕事をしていたと言うだけあって、落ち着いた良い街だ。今の錬金術師であるソフィーはまだまだひよっこのようだが、それでも街の人々は感心している。

凄い伸びだ。

今後が期待出来ると。

逆に言うと。

それだけ空白の期間が不安だったのだろう。

ライゼンベルグでの公認錬金術師試験では、年に何人も合格者が出ないと聞いている。そのわずかな合格者は、小さな街や村に赴き。世界を少しでも良くしようと尽力する。公認錬金術師がいると言う安心感は桁外れで。

公認錬金術師になるのが、相当な力量を要求されることもあり。

一気に人口も増えるという。

ジュリオは、国に言われて。

ここに来ている。

器量はあまり優れていないと言われている国王だが。

それでも色々考えてはいるのだ。

アダレットだけでは無い。

もう一つの大国、ラスティンにも暗い影を落とし続ける組織、深淵の者。

どうやらこの近くに。

その本拠があるらしいと言う噂がある。

アダレットでも多くのスパイを使い。

その命を散らしながら。

やっと掴んだ情報だ。

ただ、アダレットは、深淵の者と事を構える気は無い。

実際問題、深淵の者は匪賊を退治したり、

汚職官吏を排除したり。

暴れ狂う人食いドラゴンを葬り。

時には邪神さえ倒す。

明らかに世界を良くする方向で動いている組織だ。

問題なのは、力尽くでそれらをしていることで。

アダレットとしては、相手を対等の立場に持ち込みたいのである。

確かに汚職官吏を排除し。

世界を正常な方向に持ち込んでくれるのは嬉しい。

だが、それをまったく関与されないところでやられると困るし。

何よりも、目的がもしとんでもない事だった場合。

対処できなくなる可能性がある。

ただでさえ、深淵の者には、錬金術師も参画しているという話があるくらいで。

放置しておくのは危険すぎる。

かといって、事を構えるのは更に危険だ。

今まで、深淵の者とコミュニケーションを取ることは、悉く失敗している。二大国とも、深淵の者に裏から好き勝手にされているという説もあり。排除に動いた国家元首が消された例も一度や二度では無い。

しかも確認できる限り。

ここ数百年、ずっと深淵の者は組織として維持され。

活動しているらしいのだ。

放置はまずい。

恐らくラスティンもそれは考えているだろう。

国書も持ってきている。

もしも深淵の者の首脳部に接触できたら、渡せ。

そう言われているものだ。

今の時点で、ジュリオは周辺を見回っているが、それらしき者は発見できていない。深淵の者は、匪賊を特に憎んでおり、徹底的に処理するとも聞いている。排除していれば、或いは接触してくるかとも思っていたのだが。

カフェに顔を出す。

丁寧に礼をして、この街の顔役であるホルストと話す。

深淵の者について聞くと。

流石にホルストも周囲を見回した。

「アダレットからわざわざ貴方ほどの精鋭が来たと思ったら、それが理由だったのですか」

「そういう事です。 此方としても、深淵の者と対立しようとは考えていません。 まずはコミュニケーションを図りたいと考えているのですが」

「難しいでしょうね」

即答される。

予想通りだが。

知っている事があるなら、一つでも聞いておきたい。

肉料理を注文。

夜限定で仕事に来ているテスという名前の給仕が、料理を置いていった。一瞬だけ、殺気を感じた気がするが。

ひょっとすると、深淵の者の手先か。

だが、すぐに殺気は消えた。

テスが放ったのか。

そうではないのかさえ分からなかった。

今までも、深淵の者に所属する末端の者はとらえた事がある。だが、忠誠心が異常に高く、即座に自害されてしまうか、或いは凄まじい戦力の敵に奪回されるか、そのどちらかの結果に終わっている。

強攻策は無益。

それは分かっているから。

敢えて国書まで持ってきている。

何とか、穏便に接触は出来ないものか。

情報量代わりの肉料理を食べていると。

ホルストはぼそりという。

「噂に過ぎませんが、深淵の者ほどの組織が、数百年も続いているのは異常です。 それによって、貴方の国もラスティンも、相当に新陳代謝が促進され、国として終わるのを防がれている。 そう聞いています」

「それは事実でしょうね。 普通だったら腐敗して瓦解するところです」

「それが、深淵の者はそうならない。 下手をすると、ただの匪賊化するか、世界の敵になってもおかしくないのに。 つまり結論としては、ずっと首領が変わっておらず、しかも頭脳を明晰に保っている」

「!」

なるほど。

その可能性は確かにある。

だが、魔族ですら寿命は限界で二百年。長寿のホム族でさえ二百五十年と聞いた事がある。それも、魔術やら何やらで誤魔化した上での話で、脳が衰えるのは止められないともいう。

ならばどうやって。

深淵の者の首領は。

衰えもせず。

組織を維持している。

組織構成員の内、幹部クラスも同様の可能性が高い。

想像以上に手強い相手かも知れない。

「ソフィーの伸び幅についてどう見ました?」

「かなり優れているようですね。 我が国にも錬金術師はいますが、発想がとにかく独創的で、驚かされました」

「あの子は伸びますよ。 貴方が護衛して一緒に行動すれば、いずれ深淵の者中枢と接触する機会も生まれるのではありませんか?」

「……なるほど。 ありがとうございます」

礼をして、カフェを出る。

実は、ここに来たのには、もう一つ理由がある。

切実な理由だ。

だがそれについては、まだいい。

今は、国家存亡にも関わる深淵の者を優先しなければならない。

ふと、気付く。

虫のかぶりものをした子供が二人。

音もなく側を通り過ぎた。

何だか分からないが。

その時、恐れを知らぬ歴戦の勇士である筈のジュリオが。

全身に恐怖を感じていた。

振り返ると誰もいない。

一体何が起きたのか。

だが。

それでも足を止めるわけにはいかない。

ジュリオは神に対しての祈りの言葉を呟くと。

宿に向けて歩き始めたのだった。

 

(続)