黒き森の中

 

序、魔女

 

匪賊。

主に定住する土地を持たないか、もしくは持っているとしても他者から奪い。そして他の人間。すなわちヒト族、魔族、獣人族、ホムから略奪を行い、生計を立てる者達を指す。

この荒野に満ちた世界では。そもそも定住することが難しい事や。作物が育ちにくい事もあり。

どうしても、匪賊化する人間は出てくる。

現在、いわゆる二大国がある程度治安を安定させているが。それまでは、国家ぐるみで収奪行為をしていたような連中さえ存在し。

そういった者達は、周辺の人間に対して大きな脅威になったばかりか。

時には邪神の走狗となり。

更に効率的に殺戮と略奪を繰り返していた。

そういう歴史があるため。

匪賊と言って良い印象を持つ者はいない。

しかしながら、匪賊にならないと生きていけない人間が多く出るほどこの世界は荒廃しているのも事実で。

匪賊にならない人間を増やすためにも。

土地を豊かにし。

多くの人間が暮らせる安全な場所を造り。

食糧を増やし。

治安を安定させなければならないのだ。

錬金術師は、神々の殆どがやる気を出さない今、それが出来る非常に貴重な存在である。二大国が、どちらも形こそ違えど、優秀な錬金術師の育成に力を入れているのは、ある意味当たり前の事で。

神の御技を人間の手で実現できる錬金術師の手を持って。

ようやくこの世界は。

荒野を少しずつ切り開くことが出来。

ある意味邪神よりも世界の禍になっているドラゴンから民を守る事も出来るのだ。

あたしもその辺りの話は聞きながら育った。

だから早く立派な錬金術師になれ、という言葉と一緒に。

だがあたしは、こうも思う。

皆に錬金術師になれる「素質」がそもそも備わっていれば。

この世界は、此処まで荒れ果てることは無かったのでは無いかと。

確かに人外の者達が跋扈する世界にはなったかも知れないが。

その代わり、奪う必要がないほどに豊かになり。

そして人が増えすぎないようにする事だって出来たはずだ。

モニカとオスカーと、一緒に今日は採集でお出かけだ。

今までは街のごくごく近くにまでしかいかなかったけれど。

今回はちょっと遠出をしてみる。

プラフタに言われて、植物の素材。

爆弾の材料などになる、破裂するガスを発生させる木の実などを入手したいと考えたからである。

近くに森がある。

おばあちゃんが実験的に作り上げた森で。

それほどの規模はないのだけれど。

日中には獣の類。

夜になると、世界の理から外れた邪神の最下等の下僕である「霊」が出現する。

この霊は、人の魂と同一という説もあるらしいが。どうにも正体がよく分かっておらず。そういう意味ではプラフタも霊なのかも知れない。

いずれにしても物理攻撃もきちんと通用するし。

魔術は更に良く効く。

ただし、音もなく浮遊して背後から奇襲をしてくるケースもあるため。

決して油断は出来ない相手だ。

ちなみにモニカはこの霊達の天敵に等しい。

神聖魔術は霊にとって猛毒に等しいようで。

多分今回は、そもそも夜になっても姿を見せないだろう。ただし、あくまで「多分」。多人数がいる場合、獲物に出来るかもしれないと考えて、襲ってくる可能性は否定出来ない。モニカも一人なら兎も角、今回はあたし達がいるから、神聖魔術がどこまで抑止力になるかは自信を持てないだろう。

幸いこの辺りは、巡回もしっかりしているから、強めの猛獣もいない。

少し強めのが出てくるのは。

此処から歩いて一日以上掛かるような場所からだ。

隣の街まで、歩いて行くと一週間以上掛かるキルヘン=ベルだが。

むしろ辺境としては此処はマシな方。

他の街になってくると、歩いて二週間、酷い場合は一月以上掛かる事もあり。

喰っていけない人間が、匪賊になるのも仕方が無い、というのも実情として理解は出来る。

許せるかはまた話が別だが。

今回は三人だけでの遠出だ。

プラフタは家でお留守番。

家の様子をもう少し確認しておきたいらしい。

それもあるが。

いずれにしても、幼なじみ三人での遠出である。

プラフタには話せない事も話せる。

錬金術師として。

正直私が今の世界を良く想っていないことは、二人も知っている。

モニカとは何度も口論になったし。

それを止めてくれたのはいつもオスカーだ。

オスカーはこういう容姿だから女子にはあまりもてないが。

それでも本当に良い奴なのだ。

実際、モニカとあたしが殺し合い寸前までに行ったときも、体を張って止めてくれた事があるし。

普通だったら、其処まではしてくれない。

互いの事情も知っているからこそ。

出来る事であって。

血縁なんてものよりも。

実際に互いを知る事が大事なのだと。

この二人はあたしに教えてくれたようなものだ。

森が見えてきた。

大した規模じゃ無い。

オスカーが持ち歩いているのはスコップ。

言う間でも無く打撃武器として非常に優秀で、人間の頭くらいなら簡単にかち割ることができる。

オスカーは体型とは裏腹に非常に身軽なので。

空中で大回転しながら、猛獣の頭にスコップを叩き落として、粉砕することを得意としている。

モニカは自警団で期待されていることもあり、かなり良い剣を渡されていて。

大体の相手は、それでスパスパとスライスしてしまう。

当然あたし含めて三人とも実戦経験者。

それでも。

この世界では。

油断が出来ないのが実情なのだが。

街道でさえ、匪賊の襲撃があるのだ。

大都市の近くでさえ、匪賊を根絶できていない。

腕利きの用心棒がいるキルヘン=ベルでも、安全なのはごくごく近場だけくらいで。

其処を離れれば、ドラゴンだって出るし。

邪神だっている。

箍が外れてしまった世界なのだから。

皆、いずれにしても。

キルヘン=ベルが遙か遠くになった頃には。

口数も減っていた。

からからと音を立てているのは。

おばあちゃん譲りの荷車。

実のところ、これをいっぱいにするほどの事は、まだ無いだろうとは思っているのだけれど。

バックパックだけだと、多分しばらくの遠出が必要なくなるほどの素材は集められないだろうし。

自分達用に作ってきた薬だって、入れられる量が限られる。

プラフタに、遠出するときには必ず荷車か、大容量の容器を持ち運べと言われている。

荷車は当面必須。

プラフタが言うには、高位の錬金術師になると、空間を操作したり。

上位次元に接触したりして。

そういった場所に、ものを格納できるようになるらしい。

まだソフィーにはそんな事は出来ない。

荒事の際にも、重いバックパックを背負っていたら、それだけで戦闘が不利になる。魔術師としての火力は出せるソフィーだが。

他の二人が思う存分戦える環境は整えてあげたい。

それに、である。

この間プラフタに聞いた、拡張肉体というのもいずれ試してみたい。

戦闘時に、自分が反応しきれなかった攻撃に対応出来る装備。

確かにそんなものがあれば、被弾を相当に減らせるし。

護衛役が気を遣う事も減る。

何よりも、敵は当然呪文詠唱中のあたしを優先的に狙って来るわけで。

上手くやれば、それを逆手に取ることさえ出来る。

勿論、今の時点でも、モニカが簡単には攻撃なんて通さないだろうが。

それでも、周囲の負担を減らせれば、それに越したことは無い。

森の辺縁に到着。

「どう、オスカー」

「うーん、みんな元気が今一ないなあ。 これだと、良い木の実は採れないかもしれないぜ」

「そうなの?」

「栄養が足りないってみんな言ってる」

モニカが、またそんな事を言って、と目で告げているが。

ソフィーは信じる。

ちなみにソフィーには。

何かのうめき声らしきものにしか聞こえない。

事実その通りなのだから。

オスカーが翻訳してくる、と思えば。

それはそれで安いものだ。

いずれにしても、グダグダ喋れるのは此処まで。

モニカがハンドサインのチェック。

あたしとオスカーが頷くと。

それぞれ視界をカバーできるようにしながら、森に入る。

先頭を歩くのはオスカーだ。

森の木々を傷つけず。

植物を痛めないように。

気を付けて歩いている様子だ。

すぐ側をモニカが歩き、周辺をカバー。

あたしは殿軍だけれど。

これは荷車を引いているため。

荷車はそれなりに大きいため。

そのまま盾としても機能する。

まして今は殆ど何も積み込んでいない状態だ。その気になったらフルスイングで振り回して、敵を張り倒すことも可能だ。荷車は傷んでしまうが、それはそれで仕方が無い事である。

無音のまま歩く。

周囲から視線。

モニカが剣に手を掛けている事からも。あまり好意的な視線だとは考えない方が良さそうだ。

鋭い悲鳴が上がる。

動物のものだ。

見ると、軟体の猛獣ぷにぷにが。触手を伸ばして、大型のリスを補食しているところだった。

ぷにぷには種類によってサイズがまったく変わってくるのだけれども。

いずれもが非常に凶暴で。

体内に毒素をため込んで、虹色に輝く品種がいるくらい、この荒野世界に溶け込んでいる種族である。

いない場所はない、といって良いほどであり。

実は此奴らも、人間と同じように、他の世界から追い立てられてこの世界に辿り着いたのではないか、と言われている。

流石に大物の猛獣にはかなわないが。

それでも生物界のニッチを色々な点から占める重要な生物で。

中には大人しく品種改良され、ペットになっているものや。

非常に頑強に改良されて。

錬金術の実験材料にされているものもいるとか。

いずれもプラフタに聞いたので、本当かは知らない。

プラフタが生きていた時代には、そういうのがいたのかも知れない。ただし、超お金持ち専用のオモチャだったのだろうが。

悲鳴はすぐに聞こえなくなり。

軟体状の体から生えている無数の牙が、リスをかみ砕き、食い千切り、鮮血をまき散らしながら貪る音がそれに取って代わる。

モニカが促して。

森の奥に。

獣は、食事を邪魔されると最も激しい怒りを見せ、攻撃をしてくるし。

ぷにぷにの方にしても、此方には気付いていて警戒もしている。

無駄な戦いは避けた方が良い。

向こうが襲ってくるなら殺すが。

そうでないなら殺す必要もない。

街に近づいてこなければ、である。

街に近づいてくるそぶりがあれば、その時は容赦なく斬る。

それだけで充分である。

音を立てずに歩きながら。

オスカーが手招きする。

ぬっと立っている木には。

トゲトゲの実がたくさんなっていた。

どうやらこれか。

プラフタによると、「うに」と呼ばれる植物であるらしい。品種は複数種類あって、それぞれ爆弾にすると性質が変わるそうだ。

今回は薬草に加えて、このうにを出来るだけたくさん取ってくること。

それがプラフタの指示だった。

モニカが警戒に当たる中。

あたしは荷車をうにの木に寄せる。

オスカーが、ハンドサインで、一つずつ木の実を見ながら、指示を出してくる。音が無い中、簡単な言葉を組み合わせての会話が続く。

「これは?」

「駄目だ。 虫が食べてる」

「そっか。 じゃあこっちは」

「うーん、使えるには使えるけれど、あまり元気は無いな。 ただ根付きそうにもないから、持っていって良いって木は言ってくれているよ」

そうか。

ならば、持っていくのがいいだろう。

オスカーが、これは良いという品は結局一つも見つからなかったけれど。

それでも、他にも薬草を何種類か手に入れる事も出来たし。

途中、いきなり襲いかかってきたぷにぷにを、モニカが一刀両断。

体内に入っていた脱水効果がある器官、ぷにぷに玉も手に入れる事が出来た。

他にも何回か小型の猛獣が襲ってきたので。

いずれも迎撃。

オスカーが頭をかち割り。

あたしが近づいたところを引きつけて、魔力を放出。圧力でぺしゃんこにし。

殺したところを皮を剥ぎ、肉を採り。内臓を取り出して。

肉や内臓は森を出たところで燻製にし。

皮はその場でなめす。

やはりこういう小さな森でも。

人間をエサと見なして襲いかかってくる猛獣はいる。

モニカが戻ってくる。

結構大きな猪を仕留めていた。

なお、首を一刀両断で叩き落としたらしく。

二回に分けて、泣き別れになった首と胴体を分けて運んできた。

「ごめんな。 ちょっと重いよ」

オスカーが声を掛けて、木に猪をぶら下げると。

腹を割いて、内臓を出し。

肉を切り分け。

骨を割って軟骨を出し。

その場で処理を進めていく。

気がつくと。

今回の戦利品で。

荷車はいっぱいになっていた。

モニカが注意を促す。

「そろそろ夕方よ。 霊が出現し始めるわ」

「おっと。 じゃあ街道を急いだ方が良さそうだね」

「何だよ、もう少し森の様子見て回りたいのに」

「猛獣なら兎も角、空間転移しながら四方八方から攻めてくる相手には、私も守りきれないわよ」

オスカーに、モニカがぴしゃりという。

確かに、霊が現れると言うなら。

そういう攻め方をしてくるのは自明の理で。

そしてやはり予想通り、モニカは安全策を採ることを提案した。此方もそれでいい。危険を冒す意味がないからだ。

燻製をさっさと終わらせると。

急いで皮もなめしてしまう。

ちょっと出来が中途半端だが。

それはキルヘン=ベルに戻ってから、また多少手を入れれば良いだけだ。別に燻製なんかは、その場ですぐに仕上げなくてもいい。まあちょっと質は落ちてしまうが、そもそも時間を掛けてやるものなのだから。

頃合いを見て、引き上げる。

帰り道は急ぐ。

暗くなると、猛獣は大胆になる。

霊も同じく。

モニカはいつも手練れとこの辺りを巡回するが、それでも巡回の度に必ず攻撃を受けるという。

要するにそれだけ猛獣は数がいて。

しかも飢えているという事だ。

悲鳴は聞かない日が無いらしい。

それだけ、苛烈な食物連鎖が行われているという事で。

過酷な殺し合いに生き延びた猛獣たちが強くなるのも当然。

そしてそれらから見れば。

無抵抗な人間の子供なんて。

小粋なおやつに過ぎないだろう。

更に言えば、そんな猛獣たちでさえ、ドラゴンを前にしてしまうと、哀れなおやつに過ぎない。

この世界は過酷だ。

それを考え。

思った以上に満杯になった荷車を三人で囲んで走る。

今回はモニカが殿軍である。

これは、夜道の場合、追撃への対応が一番難しくなるからだ。

しばしして、キルヘン=ベルに到着。

久々の遠出だ。

何よりも、あたしとしては。

至近距離で、敵を圧殺出来たのが。

何よりも嬉しかった。

 

1、爆弾

 

カフェに顔を出すと。

自警団の面々と協力して、仕留めた猪や獣を、一緒に処置する。

獲物の大半は譲渡するが。

一番美味しい部分は分けて貰った。

これはソフィーが今回の遠征の主役であるし。

今後のキルヘン=ベル発展の鍵となる錬金術師としての成長を期待してのことだと、カフェの主人であるホルストさんは言ってくれた。

いずれにしても、荷車に満載していた肉と皮と内臓は綺麗に整理され。

納品した内の幾らかは、早速荒くれ達が食べるようだった。

モニカも此処で別れ。

オスカーも。

オスカーは植物の友達がまた出来た、と喜んでいたが。

その一方で頼まれる。

「あの森、栄養が足りていないみたいなんだ。 確かあの森作ったの、ソフィーのおばあさんだよな」

「うん、そう聞いているけれど」

「それなら、森を元気にしてくれないか。 おいらからも頼む」

「分かったよ。 プラフタと相談してみるね」

家の前でオスカーとも別れる。

そして家に入ると。

プラフタが、四苦八苦しながら、家の中を整理していた。

「戻りましたか、ソフィー」

「プラフタ、掃除してたの?」

「中を把握するついでです」

元々浮いて移動出来る程なのだ。

その力を周囲に向ければ、浮かせることくらいは出来る、という事か。

確かに本などは綺麗に片付いているし。

ベットのシーツも丁寧になでつけられている。

苦労したのだろうなと。

あたしは苦笑いした。

「流石に洗濯の類は出来ません。 それは貴方がしてください」

「分かってるよ。 その前に、収穫を整理しないと」

「確認します」

プラフタと一緒に。

収穫してきた木の実を全て地下の氷室に。

この氷室、まだおばあちゃんが作った仕組みが生きていて。非常に冷える。中にいると、凍えてしまうほどだ。

だからこそ、ものが痛む恐れも無いのだが。

プラフタによると、錬金術師としてある程度のレベルになると、この氷室を必ず作るそうで。

此処も、そういった錬金術師に必須のものだという。

基本に忠実だとプラフタが言っていたので。

おばあちゃんは基本通りに造り。それ以上の事はしなかったのだろう。

案外手間が掛かるから、面倒だと思ったのかも知れない。

「ひー、寒いなあ。 プラフタは平気?」

「触覚はあるのですが、温度は殆ど感じません」

「触覚はあるんだ」

「触られるのは嫌です」

ああ、道理で。

前にエリーゼさんの所に出向いたとき、無意識に距離を取ったわけだ。

筋金入りの本好きであるエリーゼさんに掴まったら、何をされるか分からないと判断したのだろう。

プラフタが女性だと言う事は分かっているが。

まあそれならば。

知らない人に触られるのは、嫌に決まっている。

たまに娯楽本で、頭を撫でられてそれだけで惚れる、なんてシーンがあるが。

あれは殺意すら覚える嘘八百だ。

好意を持っている相手なら兎も角。

知らない相手に触られたりしたら、その場で拒否反応を示すのが普通だ。

「これといって良い品質の木の実はありませんね……」

「これでも虫食いは全部避けたんだよ。 オスカーも、森に元気が無いって話はしていたよ」

「それでも獣は多くいる」

「? どういうこと」

プラフタによると。

本当なら、おかしいのだという。

森が痩せているのなら。

其処から得られる恵みは少ない。

獣だって、そんなに多くの数が繁殖できる道理は無い、というのだ。

言われて見れば。

食べるものにも苦労すると、人間はやせこけてしまう。

貧しい村だと、皮と骨だけの人達が。

毎日死ぬのを待つような状態、という悲惨な地獄絵図が、今でも見られると聞いている。

ところがだ。

邪神にしてもドラゴンにしても。

この世に平然と居座り。

多くの獣もいる。

此奴らがどうして生きていられるのか、よく分からないとプラフタは言うのだ。

「当時は資料も少なくて、その辺りは謎が多かったのです。 或いは創世神が、その辺りにだけ手を加えているのでは無いか、という噂もありましたが……」

「プラフタにも分からない事が多いんだね」

「正確には、こういう話は切っ掛けがあると思い出せます。 一度思い出せば、忘れる事はありません」

「そういうものなんだね」

とりあえず、荷物の整理完了。

荷車の油紙の交換をした後。

プラフタが言う。

「力がついてきたら、この荷車も改良しましょう」

「分かってる。 大きくしたり、自動で動くようにしたり、だっけ」

「そうです。 そうすれば、貴方は更に戦闘に集中できるでしょう?」

「うん!」

嬉しそうにするあたしを見て。

プラフタはどうしてか一瞬だけ悲しそうにしたが。

理由はよく分からない。

既に外は真っ暗。

ランプに火を入れると。

座学に入る。

爆弾のざっとした理論については、この間聞いてみた。

おばあちゃんの本に何種類か載っているが。

プラフタが言うには、どれも初心者向けのものではないという。

「いずれも世界の理に干渉する爆弾です。 錬金術師の御技は世界の理に干渉するものではありますが、最初から難しすぎるものを扱うと、事故を起こすだけです」

「やはり圧力がどうのこうの、でやるの?」

「それが基本です。 応用はまず基本が出来ていないと話にならないことは、魔術をたしなんでいる貴方なら知っている筈です」

「うーん、それもそうか」

確かにその通りだ。

座学も、本を読むだけだと色々抵抗があったが。

プラフタに説明して貰うと、非常にわかりやすくて助かる。

順番に話を聞いて。

理屈を組み立てて行く。

ほどなく、夜半近くなったので。

休むと言う話になった。

適当に寝間着に着替えながら聞く。

前から興味があったのだ。

「そうだ、プラフタは寝るときどうするの?」

「その辺でじっとしているときは、寝ていると思ってください。 ただ人であった時に比べて、眠る必要性は薄れていますが」

「元々人だったんでしょ? 人に戻りたいと思わない?」

「恐らく私は死んだ身です」

いきなり。

ずばりと言われる。

何かの理由で、本に魂を移すなんて、余程のことがないとあり得ないと、プラフタは言う。

その余程とは。

例えば、超格上の相手に、決死の相打ちを挑んだ場合とか。

そして死んで。

その何か危険な相手が蘇ったときのことを想定して。

未来に自分を残さなければならなかった場合など。

何だかそれが正解だと思う。

プラフタは、根拠はありませんがと付け加えていうのだが。

そも彼女の記憶は歯っ欠け状態で。

こういった話は、どうも何も根拠が無いところから沸いて出てきたようには思えないのである。

「私が人に戻るとしたら、クリアしなければならない関門は幾つもあります。 まずは魂をこの本から移動させること。 そしてそもそも体を用意すること」

「ふんふん」

「体を用意するとしても、他の人間の体に入るのは嫌ですし、恐らくは魂が馴染むことも無いでしょう。 何より生きた人間を作り出すことは、流石に当時の私でも出来ませんでした」

「そうなると、最低でも当時のプラフタ以上の力は必要になる、ということだね」

プラフタは答えない。

つまりそういう事だ。

それはそうとして。

触覚がある以上、そのままその辺で横になったり、ましてや本棚で寝るのも気の毒だろう。

「バスケットに枕を入れるよ。 良かったらそれを使って」

「ソフィー、貴方は妙なところで気が利きますね」

「ふふ、そう?」

「いえ、なんでもありません。 有り難く使わせていただきます。 気分だけでも、使うのは悪くありません」

プラフタはそう言うと。

ソフィーが用意した、バスケットと枕の上にふんわりと着地して。

其処で休みはじめた。

動かなくなる。

要するに眠った、という事だ。

それを見て確信する。

やはりプラフタは元人間だ。

自分を元人間だと錯覚している本の魔物か何かの可能性も、今までは少し疑っていたのである。

だが、こういった人間らしい仕草や行動を見ると。

やはり人間だった、と判断するのは間違っていないだろう。

そして少し話したのだが。

ホムの一部が使う系統が違う錬金術を除くと。

錬金術を使えるのは、ヒト族と。

それと神々だという。

そうなってくると、プラフタはヒト族だったという事になる。

美人だったのか、そうではなかったのか。

その辺りはよく分からない。

ただ、あまり年を取った人では無かったはずだ。

たまに妙に子供っぽい拗ね方をしたり。

自分の感情に正直な言動を見せたり。

そういった所があるからだ。

となると、相当な天才だったのだろう。

そして、プラフタは言っていた。

自分に比肩する存在がいたような気がすると。

そんな存在がいながら、命を落としたとすると。

ひょっとして。

まあいい。

あくまで推察は推察だ。

ソフィーも今日は、近くの森まで走って往復したのだ。

それほど疲労は感じていないが、寝ておいた方が良いだろう。何より、明日は多分錬金術で、相当に消耗することを覚悟しなければならない。

錬金術は集中力を使うし。

相当に消耗するのは、既に体験済みだ。

少しでも腕を上げて。

消耗を減らすには。

ベストコンディションを保つ。

コレが重要な事は。

あたしにも分かりきったことだった。

 

翌朝。

外で軽くストレッチ。

その後、棒を振るう。

あたしの場合、武術としての棒術はほぼ使っていない。あたしがやっているのは、魔術の威力を上乗せした棒術で。棒を自分にとっては軽く。相手にとっては鋼鉄の棒をフルスイングで叩き付けるのと同じにする。

要するに、魔術を使っての、「結果の変更」を行っている。

錬金術ほど驚天動地の御技では無いけれど、魔術でもこのくらいの事は出来る。

あたしは魔術の方は、魔力量の多さもあって、特大火力での打撃が可能で。モニカの剣術や、オスカーの打撃とさほど変わらないダメージを殴った相手に与える事が出来るのだけれども。

そもそも相手を近づけさせない。

この間森でやったように、放出した魔力で相手を文字通り「張り倒し」たり。

もしくは熱に変換して叩き付けたり。

遠距離で戦うのが本領だ。

接近された場合、魔術を使って「結果の変更」を行う事によって、棒の破壊力を上げるのであって。

それは最終手段である。

体術に関しても、同じように。

動く際には魔術を用いて、加速や減速を行ったりもするが。

これも最終手段。

基本的に固定砲台として立ち回り。

敵を撃つ。

それがあたしの戦闘スタイルだ。

当然それでも、自主的な努力で磨いていかなければならないわけで。

ましてやこのキルヘン=ベルは辺境。

高位のドラゴンやら。

邪神やらが攻めてきた場合。

大都市から軍隊が援軍としてくるまでの時間を稼ぐためにも、自分で戦わなければならない。

手練れもいるけれど、ソフィーだって遊んでいるわけにはいかない。

流石にもっと小さい子供達は戦わせられないし。

自分では近づきたくないといっても。

パメラさんが守ってきた教会や。

非戦闘員が暮らしている地区などを。

敵に蹂躙させるわけにはいかない。

いざという時は。

どうあっても自分で戦わなければならないのだ。

ましてやソフィーはどちらかといえば、戦闘向けの能力の持ち主。錬金術と言う基幹産業を求められてはいるが。

それはあくまでそれ。

身は自分で守り。

身を守れない者も、守らなければならない。

少なくとも彼奴と同じように。

なってはならないのだから。

今なら。

彼奴を殺せる。

彼奴は魔術も大して使えなかった。錬金術の才能がないと言う事で非行に走り、あげく魔術の鍛錬も怠った。才能についてはあったかどうか分からないが。いずれにしても、大した実力では無かった。

今なら殺せる。

薄笑いを浮かべながら。

的に向けて、威力を絞った圧縮魔力をぶち込む。

的が粉みじんに消し飛ぶ。

彼奴の頭が吹っ飛んだ所を想像して。

思わず満面の笑みを浮かべてしまう。

倒れた死体から。

大量の鮮血が地面に流れ出し。

飛び散った髪の毛と頭蓋骨と脳みそが、放射状に散らばっている光景は。

とても心温まるものだった。

これでいい。

深呼吸。

そして、残心。

家に戻ると。

プラフタが起きだしていた。

というか、人間では無いのだから。

バスケットから浮き上がる、というべきか。

「どうしたのです。 外が騒がしいようでしたが」

「ああ、朝の訓練だよ。 魔術の方も鍛錬を欠かさないようにしないといけないからね」

「それは感心ですね」

「そう? ありがとう」

プラフタは恐らく、前にモニカからあたしの事は聞いているはずだ。地雷を踏まれた場合、ちょっと自制心に自信が持てない。だからモニカが先に布石を打ってくれたことは嬉しい。

いずれにしても、魔術の鍛錬はストレス発散にもなる。

毎日毎日訳が分からない雑音を聞かされ。

錬金術師として大成しろと急かされ。

此方としても、不快感が溜まっているのだ。

あのクソ野郎を粉々に殺す想像を堂々と出来るだけでも充分に嬉しい。

もっとも本人はもう死んでいるので。

本当に殺せないのは残念だが。

噂に聞く死者を操る魔術とかをあたしが使えたら。

墓場からバラバラ死体のまま蘇らせて。

毎日ズタズタのグチャグチャに殺して。

また蘇らせる、と言う風にするのだが。

まあ出来ないものは仕方が無い。

まて。

錬金術を極めれば、ひょっとすれば出来るようになるのか。

これは楽しみになって来た。

「機嫌が良さそうですね」

「うん。 この間のお薬、25点から30点に上がったでしょう。 少しずつ力がついてくれば、それは嬉しいよ」

「……そうですね。 でもまだまだ満足していてはいけませんよ。 更に上を目指していきましょう」

「分かってる」

さて、実践だ。

いつものように、まずは釜を綺麗にする。

その後、うにの身を加工する。

トゲトゲだらけのこのうにだが。

今回は、何種類かある品種の中から、通称「茶うに」と呼ばれているものを使用する。食用としてはあまり適していない種類だが、実はうにのなかでは食べられる方だ。他の品種にはもっとまずいものもある。

サイズは拳大。

まずトゲトゲを全て鋏で刈り取り。

丸くする。

この時点で、いびつながら、そのまま手に持てる代物になる。

その後は、固定した後。

一気に左右に両断。

中身は、オスカーが言ったとおり。

確かに虫食いにはなっていなかった。

この実、虫に食われやすく。

中にはたっぷり掌ほどもある虫が巣くっている事もある。

そういった虫は、潰した後焼いて、灰を肥料に使うのだけれど。当然木の実も役には立たない。

とりあえず、果肉を取りだし。

それをすりつぶす。

そして、プラフタが言う通り。

じっくり過熱しつつ。

氷室にて、放置していた水を。

少しずつ加えていく。

「この作業は何をしているの?」

「何種類かあるのですが、中和剤というものがあります。 錬金術において、媒介の役割をするものです。 水の場合は魔力を単純に蓄えると作る事が出来ます。 この媒介を用いて、果肉を変質させます」

「変質させるんだ」

「はい。 恐らくは、腐敗させてガスにすることも出来るでしょうが、ものの性質を変化させる事によって、より強力なガスに生まれ変わらせることが可能です。 適当なタイミングで、元の果実に戻しますよ」

なるほど。

ドロドロになった果肉を。

プラフタのいうタイミングで二つに割った果実に戻し。

そして閉じる。

閉じる際に、中に小石や、切り取ったトゲトゲを入れる。

そして接着。

とはいっても、接着剤で閉じても、ガスの圧力に耐えきれずに爆発してしまうらしいので。

此処で錬金術による変質を利用する。

事前に用意しておいた紙。ゼッテルと言う。少し前に作成に成功した。

これを同じく中和剤で浸し。

乾かした後。

貼り付け。

そして、抵抗が感じず。

スムーズに動くようになるまで。

なめす。

後は乾かしておしまいだ。

「魔術で固定した方が良くない?」

「錬金術と魔術の混成は応用です。 今は基本からやります」

「はーい」

「二日ほどで完成します。 試作品を、二十ほど作っておきましょうか」

二十か。

予想していた通り、かなり作る事になる。

クラフトというこの爆弾。

火力に関しては、今のソフィーが作ったものだと、小型の獣を爆殺するのが精一杯らしいのだけれども。

まあそれでも、あるだけマシだろう。

それに、それでも、自衛用の爆弾としては需要がある。非力な子供にも扱えるし。非戦闘員に持たせたら、敵に対して奇襲を仕掛ける事だって可能だ。

今の時代、敵は非戦闘員だって容赦なく襲う。

身を守るためには。

あらゆる備えが必要なのだ。

続けて、二十セットの作成に入る。

クラフトというこの爆弾も。

もっとも簡単だという割りに、この難易度である。

時々抵抗を感じると。

プラフタがそれを敏感に察知して、止めるように言う。

実際無理にやると上手く行かないのが目に見えて分かるので。

手を一旦止めて。

どうしたら上手く行くのかを、話し合い。

それから作業に掛かる。

一通り作り上げ。

後はガスが効率よく発生しやすくなる場所に置く。

日当たりが良い場所が望ましい。

そしてもう一つ重要なのは。

外側が適切に乾燥することだ。

適切に乾燥しないと、割れたりする事があり。

亀裂が入ると、その瞬間炸裂したりする。

このため、あたしは魔術によって防壁も張っておく。こうすることで、事故が起きても被害を最小限に抑えられる。

作業が終わったら。

反省会をする。

完成品を爆発させてみてから点数をつけるとプラフタは言うが。

現時点では17点くらいだという。

かなり低いなと思ったが。

爆発の規模次第では点数を上げるとも言う話なので。

まあそれは実際にやってみないと分からないか。

街に出る。

モニカにあったので、軽く挨拶。昨日はちょっと遅くまで巡回をしていたらしく、少し疲れが残っていた。

「はい、栄養剤」

「ありがとう。 オスカー印の奴かしら?」

「そうだよ」

オスカーは錬金術師では無いが、自分で野菜をブレンドして、栄養剤を作って配っている。

これがおいしくないことこの上ないのだが。

その代わり栄養はばっちり。

何も食べる事が出来ないような、時間が無い日には。

これだけ飲んでおけば大丈夫、という位だ。

モニカも恐らく朝食の暇も無かったのだろう。ぐびぐびと翠色の栄養剤を飲み干して、そしてハンカチで口を拭った。

「まずいわね、相変わらず」

「でも良く効くんだよね、これ」

「本当にそれなのよ。 少しは美味しく出来ないのかしら」

「オスカーは植物に関しては専門家だからね。 ちょっと相談をして見たら?」

モニカが咳払いする。

プラフタに意見を求めているのだろう。

だが、プラフタは。

思った以上に過酷な意見を返してきた。

「味に文句を言えるのだとしたら、それは幸せなことですよ。 私が錬金術師だった時代には、味など考えている余裕はありませんでした」

「そっか、数百年前だもんね」

「それもありますが、今でも恐らく各地に点々としている小さな村などでは同じ状況の筈ですよ。 小さな村などでは商人が嗜好品など持ち込まないでしょうから。 糖分などの味を調えるものを手に入れられるだけ良しと思わないと」

「言葉が無いわ。 ごめんなさい」

モニカがわびるが。

プラフタも、怒っているようではなかった。

いずれにしても、この街が大きくなったのは、お婆ちゃんのおかげだ。モニカは忙しいようなので、その場で離れ。

街の様子を見に行くのだが。

今日は時計屋が珍しく開いていた。

入ってみると。

目の下に隈を作った、やる気の無さそうな長身痩躯の青年が。銃を弄っていた。

銃は言うまでも無く機械に属するもので。

多くの場合、魔術を利用して弾丸を撃ち出し。

相手を打ち抜く。

火力は武器としては小さい方で、遠距離から不確実な攻撃しか出来ない反面。上手く使えば子供でも大人にある程度のダメージを与えられる。

魔術を使って防御されるとほぼ無力なのが痛いが。その辺りは、弾丸に魔術を込めたりする事で、補う事が出来る。

プラフタを見ても、無感動な様子だった青年。

通称、芸のない二代目。

ハロル=ジーメンスである。

前はソフィーと幼なじみ二人を連れて、彼方此方で遊んでくれたこともあったのだけれども。

天才と名高かったお父さんが亡くなってから。

すっかりひねくれてしまい。

今ではその遺産を食い潰しながら。

開店休業状態のお店を、気が向いたら開いている。

「おはよう、ハロルさん」

「おはよう。 それが例の本か」

「姿は本だけれど錬金術師だよ。 現に色々凄く詳しいんだよ」

「そうか、それは済まなかった。 俺はハロル。 そこにいるソフィー達悪ガキ三人の兄貴分みたいなことをしていた時期もあった」

プラフタは意外そうにするが。

あたしとモニカ、オスカーは。

問題児三人衆だったのだ。

あたしはいうまでもなく、精神に大きなダメージを受けていたし。

落ち着いている今とは裏腹に、モニカは昔はおてんばすぎた。高い身体能力は、幼い頃に培ったものである。一方、勉強や信仰に目覚めてからは、今度は本を読みすぎて、眼鏡が必須になってしまったが。

オスカーは兎に角変わり者で、あたし達二人以外からはあまり良く想われず、植物バカとか散々陰口をたたかれていた。

まあ植物に話しかけていたりすればそうなるのも自明の理で。

だがオスカーが植物に関する目利きに関してはホンモノである事が分かってくると。

少しずつ状態は変わっていった。

もっとも、今でもオスカーは、立場があまり良くない。

スキルを持っていても。

「見かけが気持ち悪い」「行動がずれている」といった要素を持っていると、人格から全否定するのが人間だ。

これはヒト族に特に顕著で。

あたしとしても、反吐が出ると思うのだが。

いずれにしても。

こんな三人組を。

ハロルさんは差別もせず。

ただ面倒くさそうに、彼方此方に連れて行ってくれては。

遊び相手になってくれた。

今ではすっかり評判が悪い時計屋になっているハロルさんだけれども。一応射撃の腕は相応で。

魔術も使える。

弾丸に魔術を乗せて撃ち放つことで、敵に確定で命中させたり。

魔術の防御を、相手の力量次第だが、貫通することも出来る。

自警団の手が足りないときは声が掛かることもあるのだが。

しかしながら、やはり評判はあまり良くない。

態度が悪い。

そうベテラン達からの不平不満が、ソフィーの所まで届くほどだ。

一方で、ハロルさんにしても、散々芸のない二代目呼ばわりしてくれたことに関しては、思うところもあるのだろう。

反発することはあっても。

頭を下げる気は無さそうだ。

「機械に関しては、やがて錬金術と合成することで、高い効果を上げる事が出来るかも知れません。 その点では魔術と同じです」

「随分と流ちょうだな。 あいにくだが、俺にはそんな腕は無いぞ」

「無ければソフィーが補うだけです」

「えっ? ああ、まあ……そのうち力がついたらね」

いきなり話を振られてあたしも困ったが。

そうか。

プラフタも、ハロルさんにはあまり悪い印象はないのか。それだけは、何というか、良い事だ。

これで、現時点で親しくしているヒトとは、一通り顔を合わせた。

そういえば、ハロルさんは店もあまり忙しくないし。ああやって拗ねていても、モニカやオスカーとは口を利いてもくれる。

それならば、護衛として参加してくれるかも知れない。

もしそうなってくれれば。

多少は有り難いかも知れないと、あたしは思った。

 

2、街道の掃除

 

キルヘン=ベルから別の町に行くには、街道を使うほか無い。荒野を突っ切ることも出来る事は出来るが、多分生存率は三割を下回るだろう。それも、手練れの護衛がついても、である。

街道でさえ匪賊やドラゴンが出るのだ。

かろうじて人間が通れるようにしている街道でその有様なのである。荒野など行こうものなら、どれだけの危険があるかしれたものではない。

モニカに声を掛けられたソフィーは。

クラフトの試験運用も兼ねて。

オスカーと一緒に街道に来ていた。

どうも相当数のぷにぷにが街道周辺まで出てきているらしく。その中には上位のものがいるらしい。

生息環境によってぷにぷには姿を変えるのだが。

栄養状態によって赤くなったり黒くなったりして。

基本的に青が一番弱く、緑、赤、黒、虹や透明などの順に強くなると言われている。

青が一番弱いのは、栄養を摂取できていないからで。

植物を栄養にしている緑は、栄養の効率が悪いため動きが鈍く。

一方、赤以降は肉食として様々なものを食らっているため、当然のように動きが速く、戦闘力が高くなる。

中にはブレスを吐いたり。

地盤をかち割ったりする奴もいるらしい。

特に強力なものになると、「提督」と呼ばれる大型かつ凶暴なぷにぷにがいるそうだけれども。

ソフィーはまだ見た事がない。

モニカの話によると、匪賊なんかがこの提督ぷにに襲撃を受けて、食い散らかされている姿を見たことがあるらしい。

つまり匪賊をまとめてねじ伏せられるだけの実力があるという事で。

キルヘン=ベルに近づかれると、それだけであまり面白い事態にはならない。

今回はあくまで偵察だ。

蹴散らせるようなら蹴散らすが。

黒や虹以上が出てきたら即時撤退。

キルヘン=ベルにいる本隊と合流して駆逐する。

それで、今回だが。

目付役として、ハロルさんも来ている。

やる気が無さそうに荷車を引いているが。

これはソフィーが戦いやすいようにと、配慮してくれたのである。

純粋な後衛になるハロルさんは。ソフィーが魔術で近接戦闘も出来ることを知っているので。

敢えてこうすることで、負担も減らしてくれている。

街道といっても、街から離れれば完全に無法地帯。

朽ち果てた骨は、ソフィーも見た事がある。

勿論人骨も、である。

モニカが足を止める。

人間のものでは幸いないようだが。

食い荒らされた死体だ。

大型の犬科の獣が食い殺されたようで。体中が食い千切られ。殆ど骨だけになっている。

残った肉の部分に蛆が湧いているが。

それにも構わず、骨食性の猛禽が、骨を割って骨髄を食べていた。

モニカがハンドサイン。

周囲警戒。

死体の様子から見て、まだ骨髄が新しく、喜んで猛禽が食べに来るくらいの状態と言う事である。

蛆が湧いているが、遠目に見てもまだ小さい。

つまり死んだばかりというわけで。

少なくとも一日経過していないだろう。

オスカーが、耳を懲らしているのは。

周囲の植物に聴取しているようだ。

それも程なく終わったようで。

小声でオスカーが言う。

「モニカ。 やったのはどうやらぷにぷにらしいぜ。 赤いのが一匹、緑が数匹、青いのがたくさん」

「此奴はキメラビーストよ。 数の暴力で押し切ったにしても、普通は襲う相手じゃないわ」

キメラビースト。

そうか。

キメラビーストは、荒野に生息するポピュラーな猛獣で。犬の頭部に蛇の尾を持ち。その二つが連携して攻めてくる。

体格的には人間より少し大きい程度。

そこそこ経験を積んだ魔族なら、難なくあしらえる程度の相手だが。

しかしながら、この猛獣、非常に亜種が多く。

高位のものになってくると、手練れの傭兵団を半壊させるほどの実力を持つ奴がいるらしい。

タチが悪いことに知能も高く。

獲物になりやすい人間が通る街道近くを縄張りにし。

討伐部隊が来るとさっさと姿をくらますケースもある。

街道を逃れる難民達にとっての脅威と言えば。

一に匪賊、二に猛獣なのだが。

ドラゴンや邪神が含まれないのは、これらに会う事が希であることだから。会ったらどうにもならないから。

一に匪賊なのは、人間の殺し方を一番良く知っているのが匪賊だから。

かといって二の猛獣だって、その辺りは劣っていない。

今も、本来格上の筈のキメラビーストを殺した奴らが。

周囲にいる可能性は高い。

プラフタは戦闘力がないので、荷車に潜んでいる。

実は、最初のクラフト使用実験はアトリエの近くでやり。その時に加点して貰って、27点の評価を受けた。

だが、品質が安定しているか不安なようで。

今日はわざわざ見に来たのだ。

「この程度の獣相手に、身を隠さなければならないなんて」

「仕方が無いよ」

ソフィーはクラフトに紐を付け、ずっとゆっくり廻し続けている。

こうすることで投擲がやりやすくなるからだ。

回転させてから投擲するのは基本。

なお、これはロープをつけているが。

下手投げで直接放ることもある。

距離を稼ぎたいときはロープを。

近距離に正確に投げたいときは下手投げ。

そういう使い分けをするのだ。

流石に経験の差というのか。

モニカが一番最初に結論を下す。

「一度この場所を離れ、彼処に移りましょう」

少し小高い場所だ。

此処は街道に位置しているが、周囲を遠くまで見通せない。岩などの障害物が多いからである。

モニカが指さしたのは、小高い丘。

彼処なら、何処に何がいるのか、一目で分かる。

ただし荒野なので、当然人間の領域の外だ。

いきなり大きめの猛獣が襲ってくるかも知れないが。

その時は覚悟を決めて総力戦をやるしか無い。

移動開始。

街道から距離を取り、様子を見る。

やがて猛禽たちが、骨も食べ尽くしてしまい。

後には残骸だけが残った。

その後は、小さな食肉目が来る。

小さいと言っても、顎は頑強で。

腐った肉でも平然と食べるスカベンジャーだ。

骨を喰う猛禽たちでさえ食い残した残りカスを、彼らが綺麗に食べてしまうことで、全てが無くなる。

蛆も此奴らに一緒に喰われてしまうので。

その前に成虫になろうと必死だ。

とはいっても、だいたいの場合は、成虫になる暇も無く喰われてしまうのだが。

そうでもしないと、世界は蠅だらけになってしまう。

一方、人間の死体の場合は、猛獣がどうしてか嫌がる事もあり。骨は残るケースがある。

猛獣が大きすぎる場合は、丸ごとぺろり、という場合もあるのだが。

其処まで大きい猛獣は限られてくるし。

この周辺での目撃報告は無い。

陸に上がる。

周囲を見回していると。

ハロルさんが声を上げた。

「あれじゃないのか」

「!」

モニカが剣を抜く。

いた。

丘を挟んで、街道から身を隠すように、十数匹のぷにぷにが密集している。そして此奴らが、格上のキメラビーストを倒せた理由も分かった。

でかい。

普通のより、二回りは大きい。

モニカも緊張しているようだった。

流石に魔術を使うぷにぷにはレアケース中のレアケースだが。

あれは放置すると危ない。

駆除すべし。

即時判断したのは当然だろう。

「ソフィー!」

「はーいっ!」

回していたクラフトを投擲。

ぷにぷにが飛んでくる何かに気付いた瞬間。

炸裂させる。

閃光が走り。

周囲を吹き飛ばして、至近にいた数体を一瞬にして破裂させた。

上々。

これだけの火力があれば、充分に使い物になるだろう。

第二射準備。

だが、煙を斬り破って、すぐに数体が躍り出てくる。

更に、数体は煙を迂回して、側面背後に回ろうとしている様子だ。

間髪入れず、あたしは二発目のクラフトを下手投げ。

起爆させる。

正面から突っ込んできた赤いのが、もろに直撃を浴び。数匹のぷにぷにが消し飛んだが。なんと赤いのは耐えた。

囲まれた。

赤いのが、凄まじい唸り声を上げて。触手を多数伸ばしてくるが。モニカがその全てを切断。

だがタックルを浴びせてくる。

そこへ、回転しながらオスカーが。

上空からスコップを叩き付け。

地面にぶち込む。

「バック!」

側背に回り込もうとするぷにぷには、まだ数体が健在。

想像以上の速度で、触手を蠢かせて迫ってきている。

ハロルさんが弾丸を浴びせているが、牽制くらいにしかなっていない。荷車を下げながら、走る。

赤いのとモニカが激しい丁々発止の一騎打ちをしているが。

ぷにぷに達は、それを見ると。

赤いのにモニカを任せ。

一斉にあたしめがけて襲いかかってきた。

なるほど。

メイン火力をあたしと判断したのか。

ならば好都合。

「時間を稼いで貰えますか」

「任せろ」

ハロルさんが、速射速射。

相手の足止めに徹する。

流石に乱射される弾丸に加え。旋回しながら横殴りにスコップを叩き付けてくるオスカーに、わずかに進撃速度を下げるぷにぷにども。

其処へあたしが、詠唱を完了させ。

ハンドサインで、敵を集めろと指示。

頷くと、オスカーがスコップをフルスイングし。

一匹を、もう一匹に叩き付けた。

「オーラ……」

拳を握り混むと。

あたしは作り出した魔力球を、杖でフルスイング。

「シュートッ!」

爆裂。

クラフトより数段強烈な爆発が。

牽制射撃と。

オスカーの一撃で集められていたぷにぷにを、まとめて撃砕していた。

だが、今のはかなり魔力を使った。

呼吸を整えながら、モニカを見る。

赤いのは普通より数段大きく、モニカがスパスパスライスしているにもかかわらず、異常回復力で対応している。

これはまずい。

モニカが飛び下がるが、再生した触手が腕を掴む。

じゅっと音がした。

酸を含んでいるのだ。

人間さえ食いちぎれそうな巨大な口を赤い奴が開ける。

口の中には凄まじい牙が並んでいて。

そして見るからに危険な酸がしたたり落ちていた。

モニカは神聖魔術の詠唱をしているようだが、防御魔術をあの牙は貫通しかねない。

オスカーは。

今の爆風で、地面でへばっている。

ハロルさんは。

銃弾を使い切って、今ガンベルトから弾丸を必死に再装填している。

やるなら。

あたししか無いか。

「ソフィー!」

後ろで聞こえるプラフタの声。

魔術を使って加速。

残り魔力は少ないが。

仕方が無い。

モニカにかぶりつこうとした赤いのに。

真横から突撃。

触手で一薙ぎされるが、そいつは残像を抉った。

魔術で加速したのだ。

だが、もうもたない。

赤いのが上を見た瞬間。

モニカの一撃が、深々と赤いのに突き刺さり。

あたしの杖が。

魔術によって強化され、

脳天から赤いのをぶち抜いていた。

それで再生力にも限界が来たのだろう。

モニカが触手を斬り払い、飛び退き。

あたしが棒高跳びの容量で赤いのから離れると同時に。

まるで鮮血を詰めた袋が破裂するようにして。

赤い巨大ぷにぷには。

爆裂した。

赤い体液が降ってくる。

モニカが即応して、防御スクリーンを展開。案の定強い酸で、地面がじゅわじゅわ凄い音を立てた。

呼吸を整えながら、杖を振るって酸を落とす。

魔術でコーティングしていたから、どうにか杖が台無し、という事態は避けられたが。これでクラフトの実験と。猛獣の駆除は、一旦終わりだ。

「撤退よ」

モニカが指示。

残骸の中から、めぼしいのを幾つか見繕う。

ぷにぷにの体内から取れる脱水効果のある球体をあたしは見繕ったが。赤い奴の体内には、一抱えもある凄いのがあった。

だが妙だ。

条件が整えば、ぷにぷには大型化すると聞いているが。

いくら何でも此奴は不自然だ。

しかも群れで狩をしていた。

あのような知能。

ぷにぷににあったのか。

提督と呼ばれるような奴は、自分の子孫を周囲に侍らせて、軍勢を構成すると聞いているけれども。

あの赤い奴が、それほどの実力者だったとは思えない。

「連射力が足りないな」

ハロルさんが舌打ちしている。

そして、帰り道も。

疲弊したモニカとソフィー、更にオスカーを気遣ってか。

何も言わず、ハロルさんは荷車を引いてくれた。

 

カフェに戻ると。

クラフトを納品。

使い方も説明。

だが、ホルストさんは知っている様子で。この品質なら使えそうだと、即金で納入を受け付けてくれた。

それに、である。

モニカの傷だらけの様子。

珍しく手傷を受けている有様。

オスカーにしてもソフィーにしても消耗が激しい。

これらを見て取って、てきぱきと指示。

手当をしてくれた。

そしてモニカから聴取する。

疲弊はしているモニカだが。

分かり易くそれに答えていた。

薬はソフィーが山師の薬を持ってきている。

ハロルさんが目を見張ったのは。本当に傷が溶けるように消えていく事で。

今回唯一無傷だったハロルさんは、何だか不快そうだった。

「おい、伊達男」

自警団の一人。

葉巻煙草が大好きな、中年男性のユジルさんが、帰ろうとしたハロルさんを詰る。理由は分かりきっていた。

「妹分達を怪我させて、自分だけ無傷かコラ」

「ユジルさん。 ハロルさんはしっかり牽制射撃をして、敵をまとめてくれましたよ」

「……それは分かってるんだよ。 モニカから話は聞いたからな。 だがな、後輩を怪我させて、自分だけ無傷で戻るってのは、戦士として恥ずかしい事なんだよ」

「俺も同感だ。 庇ってくれたのは有り難いが、それ以上は後追いだ。 すまなかったな」

ソフィーは口をつぐむ。

元々ハロルさんは機械職人。

戦士としての力量は、特に近接戦では決して高くない。修行だって、主に機械関連の技術を学んできている筈で。戦闘を行うことを主体にしている傭兵や用心棒とは違う。むしろ、今日は良く支援をしてくれたと思う。

「ユジルさん」

「分かってるがな。 彼奴はこのままだと腐る一方だ」

「発破のかけ方にしても……」

「もういい。 俺からは此処までだ」

顔にもの凄い向かい傷があるユジルさんは、本来なら次の自警団団長という話が上がっていた凄腕で。ヒト族でありながら、この街の魔族にも獣人族にも劣る使い手ではない。現時点ではモニカより強いだろう。

だが、モニカは将来性があるのに。

ユジルさんは年齢がもう盛りを過ぎている。

こういった場所では、強い事がもっとも要求される。

だから、誰もがこの人を気の毒だとは思っても。

モニカが自警団の長として、街の守りの中核になる事は止められないし。止めてはいけないのである。

身内人事は街を滅ぼす。

当たり前の話だ。

この荒野が拡がる過酷な世界。

温情や身内びいきで人事を行えば。

あっというまに街は壊滅する。

そんな事は誰でも分かっているから、錬金術師を欲しがるのだ。

驚天の奇跡を起こせる錬金術師を。

カフェを出ようとしたところで、ホルストさんに言われる。

「ソフィー」

「はい」

「このクラフト、同等以上の品質で、50セットほど作っていただけますか。 街を守るためには、今後どれだけの備蓄があっても足りませんから」

「分かりました」

頭を下げると、そのまま帰る。

オスカーは怪我も特にしていなかったし。

モニカだって、これから自警団で更に巡回を強化する、という話に参加しなければならない。

帰り道、オスカーがプラフタに言う。

「なあプラフタ、どう思った」

「やはり記憶は曖昧なのですが、昔とあまり人は変わっていないように思います」

「だろうなあ。 武王による軍事国家と、錬金術師による奇蹟の国家。 二つの国家が数百年前より世界を安定させたって話は聞いているけれど、それでも街をちょっと離れるだけでこれだ」

商人も命がけだと聞いている。

今日のように、街道を通るだけで襲われるのも珍しくない。

確かに、護身用として。

クラフトは便利だ。

今後もっと強力な火力を持つ爆弾を作っていく必要もあるだろう。

「なあソフィー。 おいらも何というか、創世の神様って人には会ってみたい。 出来れば、もっと世界を緑と安全に満たして欲しいって頼みたいんだ。 錬金術師になれば、出来るのかな。 もしも良かったら、連れて行ってくれないか」

「……そうだね。 そのうち」

「頼むぜ」

プラフタはじっと黙り込んでいる。

この様子。

ひょっとして、プラフタは。

知っているのではあるまいか。

創世神が、どのような存在で。

今どこで、何をしているのかを。

 

3、生存圏

 

クラフトを作る。

また森に出かけて、うにの実を収穫。今回はちょっと珍しいうにの実も取ることが出来たので。

自分がいざという時使うために残しておく。

オスカーによると、突然変異で出来たものらしい。

いずれ、この森を豊かにするという条件で譲ってくれるそうだ。

勿論受けない理由は無い。

それからは、数日掛けて。

50セットのクラフトを用意。

最終的に評価は31点まで上がったが。

それは所詮、まだまだという事だ。

最初27点を貰ったのだから、殆ど向上していないことも意味している。

先は長い。

分かりきってはいるが、錬金術は難しい。

今まで本を読んで、独学でやろうとしていたのが間違いだったのかも知れない。プラフタに座学で教わりながら勉強を進めていくと。理解度が、まるで違ってくるのが、自分でも分かる。

山師の薬も、出来た分だけ納品していく。

これはまず目標を40点に設定し。

それを超えられたら、次は50点を目指す。

なおプラフタの話では。

自分が作ったものを100点として採点するそうなので。

このまま頑張れば。

100点を超える薬も作る事が出来るそうだ。

クラフトの乾燥を開始。

その間に、プラフタに聞く。

「ねえプラフタ。 その本の仕組み、どうなっているの?」

「どう、とは」

「例えば魂が宿るとして。 本には影響を受けていないの?」

「それは……分かりません」

プラフタが宿っている本は。

歯っ欠けだらけだ。

少し前から思っていたのだが。

ひょっとして錬金術のレシピでも書き込んでみれば。

少しは記憶も戻るのでは無いのか。

そう提案すると。

プラフタは少し考え込んでから言う。

「今、書かれているレシピについて読んで貰えますか」

「うん」

言われたままにレシピを読むが。

今までソフィーがこなしてきたものだけしかない。

実は山師の薬やクラフトを作る過程で、他にもちまちまと錬金術に挑戦はしていたのだけれども。

いずれもが、実用にはほど遠いというか。

実戦で使えなかったり。

使い路が限られすぎていたりといった。

錬金術の勉強用のものばかりである。

「なるほど。 どうやら貴方の指摘は当たっているようです」

「そうなると、本にレシピを書き加えたら、或いは?」

「記憶を呼び起こす切っ掛けになるかも知れません。 元々私の魂は、極めて不安定な状態です。 思い出せることにも限りがあります。 私が人間だった事はどうやら間違いないようなのですが、側にいたはずの大事な人や、私自身の容姿は殆ど思い出す事が出来ません」

「容姿ねえ」

あたしは。

自分の容姿が大嫌いだが。

そんなものでも、無くしてしまえば。

思い出したいと思うものなのだろうか。

いずれにしても、レシピを考えろ、か。

確かにおばあちゃんも。

色々な独自レシピを産み出して、それで本を作っていた。中には、他人に売るために複製していた本まであったようだ。

腕利きの錬金術師であったおばあちゃんの書いた本だ。

さぞや高く売れただろう。

「いずれにしても、ソフィー。 貴方はまだ基礎をやっている最中です。 何か思いついたら、少しずつ書いてみてください」

「分かったよ。 でも、期待はしないでね」

「……期待は、したいです」

「そうかも知れないけれどね」

期待は、あまり嬉しくない。

あたしは、それで潰れたクズのせいで地獄を見たし。

今だって、本当は精神が完全に復旧したわけでは無い。

一度壊された心はどうにもならない。

クラフトを作り終えると。

少し考える。

これを応用して。

更に広域殲滅を出来ないだろうか、と。

 

考えながら、荷車にクラフト50セットを入れて、カフェに納入しに行く。ちょっと時間が遅くなったから、アルコールの臭いがしていた。

アルコールは高級品だ。

基本的に現在の世界では、アルコールは18歳になるまでは飲んではいけない事になっている。

これは体の成長に悪影響を及ぼすことが原因らしいのだけれど。

どうにも良く理由は分からない。

本当だとは思えないのだ。

確かにその通りだと思うのだが。

二大国もはかったようにこの法を採用しているのは、どうしてなのだろう。

勿論、過酷な環境で暮らしている人々は、もっと若くして口にするケースもあるようだけれども。

そもそもアルコールが高級品なので。

そんな機会も少ない。

ちなみに、ソフィーも、作れるようなら作って、と頼まれてはいる。

いずれ着手する必要が生じるかも知れない。

「うむ、充分な出来だね。 納入受け付けたよ」

ホルストさんが受付を済ませてくれる。

半分ほどは自警団の備蓄物資にするらしいのだけれど、残りは売ってしまうそうだ。商人に対して、貴重な外貨や物資の交換材料になる。

金が無ければ何も買えない。

物資が無ければ交換だって出来ない。

まずしい村の実情を聞くと。

金が如何に大事で。

物資が無い事が如何に悲惨かは。

嫌でも分かる。

今、あたしが納入した物資のおかげで、キルヘン=ベルは少し潤う。

それだけで、あたしはこの街に貢献した。

まだまだ貢献の度合いは低いが。

ひよっこでも、錬金術師がいるだけで。

外貨獲得の手段になる。

これは、とても大きい事なのだ。

今日は夜遅いから、魔族のヴァルガードさんがいる。昼間と違って、目が赤く光っていて。魔力も倍増しである。

夜の魔族は性格も好戦的になる。

このため、敢えて周囲に合わせるために。

夜に眠る魔族もいるそうだ。

昼間のヴァルガードさんはむしろ温厚なので、子供達にも人気で、肩車したり高い高いしたりしているのだけれども(ソフィーも昔して貰った事がある)。

夜は、自分は別物になると公言していて。

実際怖いので、近づけなかった。

今でも結構怖い。

クラフトと、山師の薬を納入した後、ミルクを注文。

これは、情報料だ。

頷くと、席を指定されたので、其処に座る。

ウサギ耳のカチューシャを付けた給仕さんが、ミルクを手配してくれた。

彼女はテス。

この街には最近流れてきた若いヒト族の女性で。

此処の看板娘である。

大家族の長女であるそうだが。

しかしながら、大家族ならば大きな街から離れることもなく。危険を冒して街道を通ってくる事も無い。

要するに何かしらの事情があるらしく。

それについて何か聞く人はいない。

いわゆる対人格闘術の達人らしく、その内ホルストさんに業務の一部を委託される予定があるらしいが。

それはそれだけ真面目に働いている、という事だ。

自警団での活動もしているそうである。

「ソフィーちゃん、お薬もの凄く効いて助かるよ。 この間うちの腕白達が大けがしたんだけれどね、みんなすぐ治って、本当に助かったの」

「良かった。 今後はもっと効く薬にして行きますね」

「お願いね」

紙を渡される。

情報としては、ここ最近の匪賊の動向。

それに、深淵の者の噂だ。

匪賊に関しては、見つけ次第抹殺、というのがあたしの主義である。

連中は殺戮しなければならない。

生かしておいてはならない。

彼奴の仲間になって多くの破壊と殺戮をばらまいた連中だ。

勿論匪賊にならないと生きていけないケースがあるのも分かるが。

だが殺す。

今の時点では、目につく匪賊はいない様子である。

深淵の者については、実はプラフタに頼まれた。

何か因縁があるのだろうか。

何だか非常に世界の深い裏側で動いている連中だと言う事は知っている。匪賊も怖れていて、ドラゴンですら戦闘は避けるとか。ドラゴンを従えているとか。邪神が協力しているとか。そんな噂も聞く。

いずれにしても、深淵の者の目撃情報はないようだ。

とはいっても、彼らは一般人に紛れていると聞くし。

下手をすると、今話していたテスさんだって。

深淵の者なのかも知れない。

実際問題、バケモノが人間のフリをして、深淵の者と呼ばれている訳でも無いのである。彼らは人間であるケースも多く。それが故に、得体が知れない。

情報が無いのなら仕方が無い。

一度戻るとしよう。

歩きながら、考える。

魔術の応用で、広域展開した爆発物を、一斉に炸裂させるというのはどうだろう。

広範囲に展開した火力で。

敵の大半を一瞬で焼き尽くすことが出来る。

もしくは薙ぎ払うことが出来る。

構造としては難しくはない。

というのも、クラフトの仕組みは理解した。

質を上げるにはまだまだ研鑽がいるが。

それの応用だ。

もっと簡単な発想で、それを巨大化すれば良い。

爆破も二段階にして見よう。

一度爆破して広域展開し。

それを更に二段階爆破。

そうすることで、広範囲の敵を、問答無用で血の海に沈めることが出来る。

クラスター(群れ)弾とでも言うべきだろうか。

良いかもしれない。

勿論、プラフタもとっくに知っているかも知れないから。

一応相談がいるが。

書き込むなら。

まずはこれを、かな。

そう思いながら。

ソフィーはアトリエに歩く。

ふと振り返ったのは。

誰かに見られている。

そんな気がしたからだったが。

今のソフィーの力量では。

その誰かを、特定出来なかった。

 

呼吸を整えると、そのまま姿を消す。

テスは教会に赴くと。

パメラに接触。

そして、情報の交換をした。

「ソフィーちゃんは順調に力を伸ばしているようで、ホルストさんも喜んでいます。 私の隠行にも気づき掛けました」

「それはすごいわあ」

「今後、あの子は伸びますよ。 監視は堂々とやるしかなくなるでしょうね」

「そうねえ。 まあ最悪の場合、私がやるから大丈夫よ」

そういって、パメラから報酬を受け取る。

カフェの仕事だけでは。

大家族を喰わせてはいけない。

それは、自警団の仕事も同じだ。

テスはこうして、パメラに協力する事で、金を受け取り、それで糊口を凌いでいる。一応自身も対人格闘戦術、いわゆるCQCについては相応の覚えがあるから、生半可な匪賊程度には遅れを取らないけれど。それでも、喰ってはいけないのだ。

パメラの正体は知らない。

分かっているのは、金をくれることだけ。

詮索は無用。

金づるを失いたくはない。

この街は、体を売って金を作れるほど共同体が大きくない。

むしろ、下手な事をすると、あっという間に街から追い出される。

街道を来た時の悲惨な経験は、テスの頭にもこびりついている。

昔は大きな街で暮らしていた。

だが、父が事業に失敗。

母は会計と一緒に逃げた。

父は首をくくり。

使用人達は財産を退職金代わりに持ち逃げした。

テスは残ったわずかな資産をまとめて、大勢いる弟と妹(全員腹違いである)をつれて、必死に街を離れた。

もたついていたら。

それこそ全員、匪賊にでも売り飛ばされて、オモチャにされた後殺されるか。

奴隷にされるか。

二択だったからだ。

匪賊の中には、殺した人間を喰う奴も多い。

人間でありながら、人間を喰うことを何とも思わないのだ。

生きたまま食い殺される弟や妹たちを見るか。

奴隷として、永久に地獄を彷徨うか。

どちらも絶対に嫌だった。

逃げるしか無かった。

大都市の周辺の街道には、特にそういう危険な奴が出没するケースが多く。

脱出は命がけだった。

そして街道で見た。

この世の地獄を。

幸い、各地を回っている腕利きの傭兵団が一緒にいた。

彼らに、残った資産の殆ど全てを渡して、一緒に行動する事を許して貰い。

そして、どうにか着の身着のままで。

キルヘン=ベルに辿り着いた。

カフェを訪れたとき。ホルストに言われた。

若いのだから、武術を身につけて戦って貰う。

それが出来ないのなら、農作業をして貰うと。

テスは農作業をしながら、武術の勉強をし。

そして自警団に混じって働きながら、労働と金銭を稼ぐことの大変さを思い知らされた。

毎晩毎晩父が浪費したあげく、女をとっかえひっかえして、適当にいい加減に子供を作りまくっていたのを思うと。

正直反吐が出る。

それはそれとして、弟も妹も皆テスがいなければ生きていけないし。

そもそもテスは子供が好きだった。

皆のために頑張って来たが。

結果は、闇宵の住民として。

今こうして夜道を歩いている。

自警団のメンバーに会った。

夜だから魔族が中心だ。

軽く話をした後、別れる。

彼らも、ソフィーを褒めていた。

「ソフィーは伸びるぜ。 あの薬も爆弾も役に立つ。 今後はもっと凄いのを作ってくれる筈だ」

「テスよ、お前の得意なCQC、仕込んでやってくれねえか。 ソフィーはどうも格闘戦が得意じゃないみたいだし、隙を埋めるのに良いだろうしな」

「分かりました。 みなさんも見回りお疲れ様です」

さて、帰るか。

生活は、今日もあまり楽では無い。

だが、子供もいつまでも子供では無い。

一番年上の弟は、最近率先して家事をするようになって来たし。

一番年上の妹は、一番年下の子供達の面倒を見てくれるようになってきている。

前は仕事を小刻みにして、家の様子をちょくちょく見に戻らなければならなかったのだけれども。

子供達も、テスの苦労を理解してくれているようで。

少しずつ、皆で協力してくれるようになっていた。

それでも流石に遅くまでは起きていない。

家に戻る。

町外れの掘っ立て小屋。

昔住んでいた豪邸とは比べものにならない。

だが、あそこから離れて。

今は良かったとさえ想う。

皆、無事だ。

それを確認して、胸をなで下ろす。

戸締まりをしっかりすると、テスももう眠ることにする。

明日も仕事は忙しい。

そして、その後も。

テスが連れ合いを作るのは、ずっと後になるだろう。

まだこの子らの面倒を見るので精一杯で。

それ以外の事は、するどころではないからだ。

ソフィーはどうなのだろう。

パメラの事は詮索できない。正直な話、この子らを危険にさらすわけにはいかないからだ。

パメラが尋常ならざる存在である事など分かりきっている。

それでも。

生活するためには。

金がいるのだ。

ごめんね、ソフィーちゃん。

影から探るような真似をして。

呟くと、眠る。

まだ、眠ることは出来る。

仕事で体を壊すと、思うように眠れなくなると聞いている。

眠ることが出来るだけ。

テスはマシなのかもしれなかった。

 

4、初めてのレシピ

 

鼻歌交じりに作り上げたレシピを見てもらう。

プラフタはしばらくじっと見ていたが。

なるほどと言ってくれた。

「結局の所、爆弾は殺傷兵器です。 広域にばらまいて敵を殺戮し、制圧するという発想は悪くありませんね」

「そっか! じゃあ、早速作って見るね」

「良いでしょう。 ただしクラフトに毛が生えた程度とは言え、オリジナルのレシピである事に代わりはありません。 作成には私が立ち会います」

「勿論お願いするつもりだよ」

要領はクラフトと同じだ。

規模が違うだけである。

まずうにの実を多数用意して、クラフト同様に加工する。

その中で、まずは大量の小型クラフトを作成。

そしてそれを、大型の球体の中に入れる。

一抱えもあるので、そのまま投擲するのは少しばかり骨が折れる。

縄をつけて。

敵の上空に、回転しながら遠心力で投げるのだ。

そして起爆ワードを唱えると。

わざと、弱めの爆発を起こして。

周囲に小型クラフトをばらまく。

そして起爆ワードから遅れて二秒後に。

大量の子クラフトが、一斉に爆発する仕組みだ。

最初はクラスタークラフトとでも名付けようかと思ったのだけれども。

どうせなので、うに袋にした。

素材は基本的にはクラフトと同じだし。

変に格好良い名前にすると。

今度は警戒されるかも知れないからである。

作業は少し手間取る。

クラフトと違い、うにの実の外殻を、そのままガワとして使えないからである。

其処で、少し前に作る事に成功したゼッテルを用いて。

大型のガワを作る。

内部には補強のためのヒモを入れ。

起爆と同時に切れるようにする。

またヒモは、外側に向けて緊張する造りにし。

切れてガワが壊れると同時に、クラフトが撒かれるように工夫した。

まずは、この大型のガワの実験から。

プラフタ立ち会いのもと。

街の外れで。

回転しながら、遠心力を利用して、放り投げる。

狙いの位置に大体飛ぶので。

その時点で起爆。

破裂。

そして、ばらまかれた子弾が、周囲に散らばった。

立ち会いにはモニカとオスカーも来たが。

二人には、段階を踏んで実験をすると告げてある。

今回は、良い感触だ。

四つ準備したうに袋を一つずつやっていくが。

糸の緊張が上手く行かなかったのか。爆発した後、子弾が上手に散らばらないケースが一回あった。

残骸を拾って回収。

皆で状況を見ると。

どうやら爆発の時、糸が綺麗にほぐれなかったのが原因らしい。

かといって、爆発の威力をこれ以上上げると、子弾が傷つく可能性がある。

少し悩んだ後。

糸の集約点を、更に小型のガワで包むことにする。

そして最初の爆発の火力を上げる。

二度目の実験は二日後。

クラフトを作るのに二日かかるので。

これは仕方が無い時間の消費だ。

見に来る人間は、その時には増えていた。

ソフィーが何かやっている。

そう話が伝わると。

期待もあるのだろう。

見に来る者も必然的に増える、という事だ。

今度は四つ同じように実験し。

そして、全てが上手く行った。

子弾を拾って、確認。

いずれも、衝撃は最小限に抑えられている。プラフタの助言で。糸の集約点を包んでいるガワを、爆発で自分から壊れるようにわざと柔らかめに作ったのが上手く行ったらしかった。

わざと壊れることにより。

ダメージを吸収するのだ。

そして二階層構造にする事によって。

糸への反射ダメージも増やし。

うに袋の自壊へもつなげる。

上手く行った。

頷くと、次の段階に。

最初の失敗を生かして、子弾を詰め込むのも工夫する。二回の失敗で、どういう風に子弾にダメージが行くかも、確認はしておいたのだ。

三回目の実験には。

ホルストさんも見に来ていた。

縄をつけて、遠心力を利用して、投擲。

起爆ワードを唱える。

空中で炸裂したうに袋から、まき散らされる子弾クラフト。

そして、それらが一斉に。

爆発した。

広域が瞬時に焼け野原になる。

おおと、声が上がった。

「火力が上がったわけでは無いが、これだけの広域を一瞬にして制圧できるのはとても面白いな」

「匪賊の一団なら一撃で壊滅できる」

ホルストさんに、自警団のメンバーが好意的な感想を述べている。

あたしは。

ちょっとまだ不満だ。

これだったら、完全に制圧は出来ないかも知れない。

ただし、魔族だろうがヒト族だろうが、人間の死角は頭上だ。

頭上から降り注ぎ。

そして爆裂する無数の爆弾。

改良次第では、もっと大型のものだって作れるだろう。考えどころである。

「ソフィー。 これはいつ実用化できるんだい」

「もう少し修正をしてから、ですね」

「そうか。 頼むよ。 これが実用化されれば、キルヘン=ベルの防衛力は大いに上がる事になる」

「保管には気をつける必要があります」

分かっていると言うと。

ホルストさんは、吃驚するような買い取り額を提示してきた。

確かに対匪賊用としては充分な火力を展開できる。

価格分の価値はあるだろう。

だが、これで満足していては駄目だ。

錬金術師は。

それこそ驚天の技。

こんなものは。

その気になれば、魔術でも再現できる。

家に戻った後、プラフタにレシピを書き込む。プラフタは無言で書かれるままになっていたが。

終わった後、言う。

「ソフィー」

「どうしたの?」

「少しだけ思いだしたことがあります」

「お」

早速効果があったか。

何を思いだしたか。

「どうやら私は、誰か大事な……恐らく結婚はしていなかったと思うのですが、大事な人と一緒に錬金術をしていたようです」

「異性だったの?」

「恐らくは」

そうか。

一緒に研究をしていたと言う事は。相当な凄腕だったのだろう。

だが、何だか言葉に含みがあった。

それ以上は思い出せないようだが。

「いずれにしても、この程度のレシピでは、まだまだという事のようです。 もっと色々なレシピの書き込みをお願いしますよ、ソフィー」

「うん。 まずは、早速実戦投入できる分を作ろうか」

「それが良さそうですね」

頷く。

そして、キルヘン=ベルを守るには充分な火力を持つ。

広域制圧用の爆弾を、あたしは作り始めるのだった。

 

(続)