深淵の世界

 

プロローグ、手遅れ

 

何もかもが既に遅すぎた。

アトリエに戻ってきたとき。

其処は、本当に二人で作り上げた、世界の未来を作るための場所かと疑うほどに異形に包まれてしまっていた。

それぞれの成果を好きなように反映して良い。

そういう決まりで使っていた二人のアトリエだが。

今やそのアトリエは、周囲から全ての力を吸い上げ。

悪夢と狂気を蓄える要塞になっていた。

無数の触手を備える異形の者が傅く。

此方へ。

ルアード様がお待ちです。

声には出さず。

テレパシーで直接伝えてきた。

生唾を飲み込むと。

歪んだそのアトリエの中を歩く。

無数の本棚の間には、おぞましい影が蠢き。

必死に集めて来た貴重な物資は変質し。

そしてあらゆる錬金術の貴重な道具類は、それぞれがおぞましいまでの変貌を遂げていた。

最奥。

星を観測することが出来るその場所で。

プラフタのパートナーとして世界のために働き続けてきた錬金術師ルアードは、既に完膚無きまでに壊れてしまっていた。

一目で分かった。

すれ違いは極限に達し。

もはや意見が一致することはあり得なくなっていた。

どうしてそうなったのかは理解出来ている。

全て気付かなかったせいだ。

周囲が自分達二人をどう見ているか。

どうしてもっとよく観察しなかったのだろう。

プラフタの知る限り最高の錬金術師の一人であるルアードは、その才覚を誰にも認められていなかったのだ。プラフタ以外には。

それが彼を苦しめていたことを。

どうして気付けなかったのだろう。

周囲が明確にプラフタを持ち上げているのに。

ルアードを貶めている事を。

どうしてこうも悟れなかったのだろう。

優れた錬金術師だから。

大丈夫だろう。

そんな事を考えてしまっていたのだ。どこか心の隅で。

故に見落としてしまった。

完膚無きまでに深遠に落ちてしまったパートナーの苦悩を。

プラフタは妙齢の錬金術師だ。

それでいながら世界でも上位に食い込んでくる錬金術師として名を馳せていたが。

不思議に思っていた。

自分と同格であるルアードが。

どうしてそう評価されていないのか。

もっと早くに疑問を感じるべきだった。真剣に調べるべきだった。

後悔してももう遅い。

ルアードとは。

此処で決着を付けなければならない。

このままだとルアードは。禁忌の中の禁忌によって、この世界そのものを滅ぼしてしまうだろうから。

周囲には、「深淵の者」達。

いずれもが、この世界に「招かれた」者達の中で。

「創世した者」にやる気がないと判断。

自分勝手に動き始めた者達を指す。

種族は様々だが。

屈強な種族も多く。

中には招かれる前には魔族と呼ばれていたり。

巨人や獣人と呼ばれていた者もいる。

勿論人間も含まれる。

どの者も、盗賊や匪賊などと呼ばれる連中とは格が違う。この世界のやる気が無い神々では手に負えないほどの力を持つ者ばかりだ。

いずれもが、既にルアードに忠誠を誓っているようだった。

それも当然だろう。

ルアードが身に纏っている力は尋常なものではない。

これこそ。

恐らくは根絶の錬金術。

禁忌の中の禁忌。

この世界を壊す力にて。

本来のルアードだったら、絶対に手を出す「筈が無かった」代物だ。

言葉は、何も無い。

自分の責任が一番重いからだ。

あの時。

昔。共に錬金術師を志したときのルアードはもういない。

そして、言葉も届かない。

もはや思い知らされてしまった。

言葉による説得で人が変わってくれたら、どれだけ楽だろう。

説教で人が心を改めてくれるのなら、どれだけ簡単だろう。

世界に正義と悪だけがあるのなら。

どれだけ人は楽に生きられるのだろう。

疑問にさえ思わなかった。

視野が狭すぎたのだ。

顔を上げる。

戦いを始めなければならない。

もっとも信頼するパートナーで。自分に匹敵する実力を持ちながら。この世界そのものに押し潰されてしまった存在と。

そして根絶の錬金術に手を出した以上。

もはやルアードは、尋常な手段で倒せる相手では無い。

最初から。

命を捨てて。

差し違える覚悟でいかなければならなかった。

そして分かりきっている。

ルアードは自分の意思でこの道を選んだ。

だから、その意思を変えるには。

説教などでは無駄だ。

現実を変えなければならない。

そして現実を今変えられない以上。

言葉など届く筈も無いのだ。

しかし、この世には神はいる。

どれだけ怠惰でも。

世界を作った神は確かに存在している。

創造神が怠惰であるが故。各地でその眷属が好き勝手に縄張り争いをしているけれども。それでも祈ることくらいは許されるはず。

今は、祈ることしか出来ない。

「ルアード。 その力は未来を奪うものです。 今なら間に合います。 手放しなさい」

最後に祈りながら。

願いがかなうはずは無いと分かっていても。言わなければならなかった。

ルアードは、体の周囲に無数に揺らめく触手の中に立ちながら答える。まだ、敵意は無い様子だ。

「何を馬鹿な事を。 プラフタ、君も知っているはずだ。 この世界には、未来どころか現在さえないのだと」

「……っ」

「だからまずは現在を作らなければならない。 それだけのことだ。 君も勿論協力してくれるだろう。 世界で唯一、私を「醜悪のルアード」と呼ばなかった君であれば」

俯く。

分かっている。

握りこんだ拳が震える。

やはりそうだ。

世界そのものがルアードを追い詰めた。そして世界を変えることは自分には不可能だ。そしてルアードが言う事は。あながち間違っていない。

確かにルアードはそう呼ばれていた。

プラフタを口説こうとした男の中には、こういった者もいた。

あんな醜い奴じゃ無くて、俺と一緒になれよ。

そうすれば、国の偉いさんに口利いてやるからよ。

そもそもゲテモノ好きにも程があるんだよ。

あんなのと一緒にいるから、あんたも男運がなくなるんじゃないのか。

その男は、強烈な平手打ちを食らって、一瞬後には意識を失ったが。

似たような事は何度もあった。

ルアードと男女の関係になった事は今までに一度もないし。

最高のパートナーではあるが、それ以上に竹馬の友として。

この世界を少しでも改善するべく、錬金術師として一緒に歩いてきた仲だ。一緒に戦って来た仲間だ。

邪推は不愉快だったし。

愚かな連中だとしか思わなかった。

だが、そうとしか思わなかったプラフタが。

本当は視野が狭かったのだ。

創世の神がやる気を無くしたこの世界。

彼方此方の世界から、居場所を失った者達が集められたこの世界には。

秩序が存在しない。

国家と呼ばれるものは二つあるが。

いずれもがこの混沌を収め。

多くの種族を束ね。

そして創世の神を説得して、中断している世界の構築を進めさせるだけの「力」を有していない。

プラフタとルアードは偶然から、多くの奇蹟が重なった結果錬金術師になった。

だが錬金術師になって力を得てからは、無責任にそれを行使したことは一度もない。

それを誇りにしていた。

だがプラフタはこうなるまで分からなかった。

どれだけ自分が無邪気で視野が狭かったか。

ルアードは知っていた。

そもそも誰も、未来など望んですらいない事を。

あらゆる暴虐が許され。

あらゆる嘆きと哀しみがふみにじられる今。

確かにルアードの言う「現在さえ存在しない」世界であることは、一理はある。

だがそれでもプラフタはそれを認めてはならない。

二人の原点である事を。

忘れるわけにはいかないからだ。

「もう一度言います、ルアード。 その力は、未来を奪うものです。 現在だけは改善しても、未来が無くなってしまっては意味がありません」

「聡明な君らしくも無い。 それとも、私の言うことを、他の連中と同様に聞く必要がないと考えているのか」

ルアードの反論は。

むしろ言葉そのものは優しい。

だが、今までの鬱屈が。

炸裂するような激情が。

確実に籠もっていた。

「私を醜いと見下し続け、私の業績を全て無視し、私が救っても遅いだのお前などが来たから災厄が降りかかった等とほざいた連中と同じように、私の言葉の全てを君も否定しようというのか」

「ルアード。 私は……」

「この力は渡さない。 なぜなら、この根絶の錬金術以外で、この世界を変えることは出来ないし。 怠惰な創世の者を目覚めさせることも出来ないからだ。 あの怠惰の権化を働かせるには、圧倒的な、超越的な力がいる。 あらゆる神々でも出来なかった事を為す程の力が、だ。 事実、賢者の石すら作れない今の錬金術師どもを見て、それに気づけない君では無いだろう。 感情論で私の言葉を否定する前に、現実を見なければならないのは君だ。 現実すらもが、地獄であると言う事実をだ」

嗚呼。

駄目だ。

平行線だ。

ルアードの今手にしている力は凄まじい。

此処からでも、びりびりと感じる。

本能が告げている。

逃げろと。

死ぬぞと。

それに周囲にいる深淵の者達だけでも、周辺の軟弱な国家を薙ぎ払うには充分な実力があるだろう。

魔王、と呼ばれるクラスの実力者だけでも数名を数える様子だ。

プラフタは、顔を上げる。

もはや、決意が其処にあった。

「もう私の言葉は届かないと判断します、ルアード。 現実が如何に過酷かは分かっています。 それでも未来のために、世界を消耗することだけはあってはならないのです」

「そうか、プラフタ。 私にとって、この力は希望だ。 希望を奪われるわけにはいかない」

深淵の者達がざわめく。

プラフタが敵対することは、想定していなかったのだろう。

各地で暴虐の限りを尽くす悪逆を撃ち倒し。その中には下級とは言え邪神さえ含まれた。

多くの災害を収めてきた。多くの者を無償で救ってきた。

深淵の者達の中にも、プラフタが救った者がいる。

がむしゃらに働いてきたから。

それだけの業績をプラフタとルアードの「二人」で上げる事になったのだ。

決してプラフタだけの功績では無い。

それをもっと。

もっともっと、世間にアピールしていかなければならなかった。

全ては、視野が狭く。

パートナーの名誉を貶める連中への反論を怠った自分の責任だ。

「ならば貴方を倒さなければなりません、ルアード」

「残念だ。 君が一緒にいてくれれば、この未完成な世界に秩序をもたらし、誰もが笑って過ごせる世界を作れると思ったのだが」

「貴方のやり方ではそんな世界は来ません」

「来るさ。 なぜなら私は、力を手に入れたからだ」

ルアードは言う。手出し無用と。

凄まじい威圧。

ルアードに従う深淵の者達は、それだけで動きを止めた。

そうだろう。

ルアードはフェアで真面目な性格だった。

そうするだろう事は分かっていた。

だからこそ。

命を賭けて、止める事が出来る。

いや、命を賭けるだけでは不足だ。

星の瞳と呼ばれた瞳孔に炎を燃やす。

勝機はほんの一瞬。

それに、全てを賭けるしか無い。

だが。

認識するよりも早く。

プラフタの腹を、ルアードの周囲に蠢く触手が貫いていた。

内臓が傷ついた。

盛大に吐血する。

触手が引き抜かれ。

大量の血が飛び散った。

床に赤い血だまりが出来ていく中、膝を突き、そのまま倒れ伏す。

ルアードは。

静かな目で此方を見ていた。

「ずっと、そうして私は見下ろされてきた。 どれだけの実績を上げても、どれだけの努力をしても、周囲は私を醜いという理由で認めなかった。 この世界にいる者達も。 恐らくは他の世界にいる者達も。 「自分より下の存在」を作って安心しなければ怖くて生きていけない愚劣な存在だ。 だが、私は違う。 このようにして他者を見下して、何がどう楽しいというのか」

距離を保ったまま。

ルアードの声はあくまで淡々としていた。

強い。

しかも油断もしていない。

分かっている。

こうなることは覚悟の上。

だから、捨てる。

それしかない。

「君は違うと信じている。 道を違えてしまった今も、君が私をこう見ていなかった事だけは信じたい」

「……」

歯を食いしばると。

手にしていた、次元干渉対消滅爆弾を、その場で起爆する。

ルアードは。

流石に防御する暇も無かったはずだ。

全てが。

一瞬にして消し飛ぶ。

嗚呼。

ごめんなさいルアード。

私が、周囲の愚かさに少しでも気付いていれば。

こんな結末は避けられたのに。

プラフタの嘆きは。

全てを吹き飛ばす殲滅の爆風に乗って。

そして消えた。

思い出す。

最初の時の事を。

二人も最初は。世界の命運などに関わる立場に無く。

ただの無力な子供に過ぎなかった。

 

1、荒野

 

戦いはいつでもどこでも起きている。

どれだけの街を彷徨っただろう。

焼き払われた村をどれだけ見てきただろう。

世界は不公平で。

死の臭いに満ちている。

幼い無力な女の子であるプラフタは。まだ年若いにもかかわらず、それを嫌と言うほど思い知らされていた。

大きな街は、強力な錬金術師によって作られた防御の道具で守られ。分厚い城壁を展開し。

生半可な攻撃魔術では傷一つつかない鉄壁の守りの内にある。

だが、其処へ入って暮らせるのはほんの一握り。

深淵の者だろうが。

そうでなかろうが。

安心できる場所など何処にも無い。

中途で構築されるのを放棄されたこの世界では。

その中途半端さに相応しい強大な猛獣が多数住み着き。

おぞましい病気が猛威を振るい。

力が無いものを容赦なくかみ砕き。

そして大地の染みとしていった。

またドラゴンが飛んでいる。

神に次ぐ実力を持つ獣の王者。翼を持つトカゲのような姿をしていて、最高位の物になると下級の神を遙か凌ぐ力を持つという。魔術どころか、天変地異さえ起こす個体もいるそうだ。

集落を作っても、我が物顔に蹂躙していく空の暴君。彼方此方に確認されている個体だけでも五千を超えている、とさえ聞いている。それぞれが単独で小さな集落など、半刻で滅ぼしてしまう実力を持っている。最下等のドラゴンでさえそうだ。

人間の力で倒せるドラゴンもいるにはいる。

錬金術師の中には、十や二十のドラゴンを倒した実績を持っている者もいると聞いている。

だがその錬金術師達は。

いずれもが、現在存在している何処かしらの陣営に属し。

好き勝手に己の力を振るい。

力なきものを酷使して。

この世の悪徳を独占していた。

更に、この世にはドラゴンですら及びもつかない力を誇る邪神達が蠢いている。

やる気がなくなった創造神の手を離れた世界の要素を司る神々は。

ドラゴン以上の禍として、世界をむしばみ。

弱者は震えるしか無かった。

顔の大半を隠しているルアード。

血はつながっていない。

いつの間にか、各地を大人達と彷徨っている間に、一緒になった男の子だ。

ルアードは孤児だが。プラフタも同じ。

今の時代。

親がいない子供なんて、珍しくも無い。

彼方此方を流れゆく力ない民に混じって、かろうじて生き延びるべく歩き続けて。同じような年頃の子供が餓死したり、猛獣に喰われたりするのを何度も見ながら、必死に生き延びてきた。

相性が良かったのか。

いつのまにか一緒になる事が多くなり。

今では基本的に、竹馬の友とも比翼とも言える仲になっている。

此処は、かろうじて水だけはある荒野の集落。

猛獣と戦乱と、何よりドラゴンから逃れ。

必死に逃げてきた者達が寄り添うようにして暮らす、粗末な場所だ。

ルアードがいつも大事に抱えているのは、何が書いてあるのかも分からない本。

宝物らしいが。

書いてある事さえ分からないのでは。

何に使って良いのかさえ、プラフタには分からなかった。

そもそも入手した経緯さえ曖昧で。拾ったらしいが。その真偽を確認する方法はもう存在していない。

ただ本なんて貴重品、流石に都会でホームレスをしていたら、きっと取りあげられてしまうか、殺されて奪われてしまっただろう。この小さな集落で、しかも同年代の子供がプラフタしかいなかったから、ルアードは本を奪われなかった。それだけだ。

ルアードは喋るのが好きでは無いらしく。

しかも包帯を顔に巻いて隠しているからか。

兎に角言葉が聞き取りづらい。

プラフタはずっと一緒にいる間に、言っている事を理解出来るようになって来たが。周囲の大人は、みんなルアードを馬鹿にしていた。

だがプラフタは知っていた。

ルアードは兎に角良く気付く。

それで猛獣の襲撃を避けたことが何度もあった。

匪賊の待ち伏せから逃れられたことが何回もあった。

ただしルアードは、それを自分から周囲に訴えなかった。

一度匪賊の襲撃から逃れたとき。

ルアードが奴らに情報を教えたのでは無いかと、生き延びた大人の一人が言ったことがあったからだ。

それからは、プラフタがルアードの言葉を聞いて。

自分でも確認してから、大人に言うようになった。

よく分からないが、プラフタは周囲から見て「容姿が優れている」らしく。一緒にいる大人達も良く話を聞いてくれた。

ただし、それ故に、奴隷に売り飛ばされそうになった事も何度もあった。

そんなときは、ルアードが袖を引いてくれた。

ルアードは、相手の本性を見抜く術に長けていて。

一見優しそうな奴が、実はド腐れ外道である事も、何度も見抜いてくれた。

二人は支え合い。

どうにか生き延びてきたのだ。

プラフタはルアードを認めていたし。感謝もしていた。

だから、探した。

本を読める人を。

粗末な掘っ立て小屋で、二人で身を寄せ合って過ごしながら。毎日かろうじて捕まえたウサギやネズミ、場合によっては虫で糊口を凌ぎ。

大人達に混じって痩せた土地を耕し。

じりじりと焼き付けるように地面を炙っていく太陽に苦しめられながらも。

プラフタは探した。

そもそも本というものが貴重品で。

読める人間は多く無い。

この集落は、各地から様々な理由で逃れてきた者で構成されているが。

人間の中でもプラフタと同じヒト族は十五人だけ。しかもプラフタとルアードを除く全員が、年老いているか病人だ。

魔族が七名。

魔族は悪魔族とも言われ、背丈は人間の二倍。翼も生えていて空も飛べる。代わりに、昼間は力が半減してしまう種族だ。肌は様々な色をしていて、魔術も人間と同等以上に使いこなす。ただ、全ての魔族がそうではない。どのみち、この世界には追放されたり、迫害された者が逃れてきているという話なのだ。元々魔族がいたという世界では、もっと強い種族がいたのだろう。大きな街では、その魔術を生かして、用心棒をしていたり、軍隊で暴れたりもしている者もいるそうだ。

獣人族が六名。

こちらは何種類かいるヒト族の亜種。獣と人間を足して割ったような姿をしているが、人間との交配は出来ない。また、向こうから見て人間は「毛が無くて生理的に嫌悪感を誘う」らしく、性欲の対象にならないらしい。魔族に比べて小柄だが、筋力はとても強い。だが残念な事に頭が良くないので、単純な力作業しか出来ないのが問題だ。このため、獣人族だけで村を作る事はまずない。一方で、獣人族がいない村もあまりない。この村には、犬と人間の合いの子みたいな獣人族が五名。ウサギと人間の合いの子みたいな獣人族が一人いる。

小柄な「ホム」と呼ばれている種族。これが四名。

彼らは手先が器用だが、感情が非常に乏しく、何を考えているか分からない。力はあまり強くないが、何しろ器用なので、ヒト族からも獣人族からも大事にされる。何故か魔族はあまり近づけたがらないようだが、理由は分からない。なお繁殖についても独特の方法を行うらしく、子を孕んで産む事は無いようだ。また、彼らはみな姿がとても似ていて、男女の区別さえヒト族からは分からない。そこで彼らは、ヒト族と話すときには、格好をそれぞれ変えて、個体識別しやすいよう工夫してくれていた。

これだけの小さな集落。

凶暴な猛獣、ましてやドラゴンに襲われたらひとたまりも無い戦力しかなく。

訪れる商人からも。

取引で、ぼったくられるのが日常だった。

そういった商人にも、頭を下げて。文字が読めないか頼むこともあり。

だが殆どの商人は、数字は扱う事は出来ても。

文字は読めないことが多く。

ましてやルアードの本を取りあげようとする事さえあった。

どういうわけか、魔族がそれを制止することはあった。それで助かったことはあったが、魔族はそれ以上何もしなかった。ルアードが礼を言っても、プラフタから言っても。無視するか、聞いていないように振る舞うだけだった。

悪意が世界に満ちている。

幼い頃から。

プラフタはそれを思い知っていたが。

その考えに変わりは来そうに無かった。

 

二人ともある程度背が伸びてきた頃。

実際の年齢はそもそもどっちも知らないし。多分ヒト族で十三歳から十四歳くらいだろうか。場所によっては結婚している年齢だ。

貧しい地区だと、子供が作れるようになるとすぐに結婚するのが当たり前。

それは良く知っていた。

もう二人とも子供が作れる年齢ではあったが。

プラフタとルアードはそもそういうつもりはなかった。

二人はずっと一緒に育ってきたので。

多分相手を異性として見る事が出来なかった、というのが大きいのかも知れない。

それに、周囲の悪意に晒され続けた結果。

何事にも慎重にならなければならないと、二人とも分かりきっていたから、というのも大きいだろう。

集落は小さいまま。

ある年は人が増え。

またある年は人が減った。

子供が生まれる事もたまにあったけれど。

多くの場合は、すぐに死んだ。

充分な栄養がそもそも得られなかったし。

それでも必死に子供を産んだ母親が死んでしまうケースは珍しくも無く。

やせこけた子供がそのまま死んでしまうのを見て。

プラフタも何度も心を痛めた。

一応自分が女だという自覚もある。

子供が死んで発狂してしまう母親も時々いて。

そういう悲劇は何度も目にする内に、どんどん感覚が麻痺してしまうのも分かった。

錬金術師が一人でもいてくれれば。

誰かがそんな事を言う。

ホムと呼ばれる種族は、元々錬金術が使えたという噂があった。

彼らに話を聞いてみるが。

応えは無情なものだった。

「我等の先祖には、錬金術と呼ばれるものを使える者がいました。 今でも使える者が一部にいると聞いています」

「貴方たちは違うのですか?」

「残念ながら」

そもそもだ。

彼らも無学である事は同じ。

今の時代、いつ住んでいる場所から焼け出されるか分からないのだ。

プラフタは常に丁寧語で喋るようにしていたが。

それは相手に良い印象を与えるために身につけたこと。

つまり、一種のご機嫌取りだ。

そうでもしないと、生きていけないのである。

「それに、以前に住んでいた村で聞いた話なのですが、この世界で「錬金術」と呼ばれているものと、我らの中でもごく一部の者が使える「錬金術」は、全くの別物だという話です」

「具体的に分かりませんか」

「すみません。 こればかりは」

「……有難うございます」

ホム達は身体能力も低く。

村の中でも細かい作業以外に出来る事があまり多く無い。細かい作業では大変頼りになるが、力作業が重視の仕事ではお荷物になりやすい。

例外的に強い力を持つ者もいるが。

それはあくまで例外だ。

それに、栄養状態が悪いのだから、力を出しようもない。

頑強で知られる魔族や獣人族でさえ、この村にいる者達はみな弱り切っているのである。何日も食べていないという人もいるが。

それぞれが精一杯に生きている今。

助けることが出来ても。

最小限だけだった。

目元を拭う。

どうしてこの世界は、こうも残酷なのだろう。

神話がある。

この世界には、多くの世界で迫害されたり、追い立てられたりした者が集まっているのだと。

ヒト族も、この世界に住んでいるのは、元の世界で「異能の者」とされ。

戦いの末に追い出されて。

世界の狭間を超えて流れ着いた者達だと。

何か希望は無いのか。

プラフタは思う。

だが、行動しなければ、何も現実は変わらない。

獣に追われ、仲間が喰われるのを為す術無くみて。

災害に巻き込まれ掛けて。逃げ惑う人々が容赦なく濁流に呑み込まれ。

ドラゴンが急降下してきて。

目の前を歩いていた小さな子を、おやつ代わりに引っさらって行く。

そんな様子を、此処にルアードと辿り着く旅の最中で何度も見た。少し前まで一緒に話していた子が、一瞬で手だけ残して獣に食い千切られた事もあった。その一方で、大きな壁の内側で暮らしている人間達は、悦楽の限りを尽くしている。灯りは夜まで絶えることもない。

この小さな村では。

魔族が夜に、ヒト族と獣人族が昼間に。かわりばんこに見張りをして、襲撃に備えなければならないのに。

この世界はどうして。

此処までいびつなのか。

この集落はどうして。

此処まで貧しく悲惨なのか。

家に戻る。

とはいっても、雨が降れば雨漏りし。

それぞれのスペースも、カーテンで区切るだけの小さなものだ。

みんな似たような悲惨な家に住んでいて。

中には川の側にある洞窟を、そのまま家にしている者もいた。

壁も穴だらけだから、虫も入ってくるし。色々な声も嫌でも聞こえてくる。

長老と呼ばれる人間もいるが。

ただ年老いているだけのヒト族で。

もう寿命はどうみても長くない。

体中がおかしな病気に侵されていて。

薬だって買えないし。手に入れたところでどうにもならないだろう。

疲れ果てて、横になると。

畑を作って、痩せた作物を育てている獣人族の男性が来る。

犬と人間を足したような姿をしていて。

この村でも珍しい、四歳を超えた子供の持ち主だ。

なお獣人族の子供は成長速度にかなり差があるが。彼の種族は人間とあまり変わりがない。

「プラフタ」

「どうしましたか」

「明日、商人が来る。 交渉を頼めないだろうか」

「分かりました」

プラフタは見かけが良い事から、こういう交渉ごとを頼まれることが多い。

なお、交渉ごとの時は、ルアードもいる。

ルアードは、嘘を見抜くのがとても上手だ。

ルアードが、もそもそと動いて、カーテンから顔を出した。獣人族の男性が、行ってしまってからだ。

最近だが。

プラフタに、ルアードは包帯を取った時の顔を見せてくれるようになった。

無数の皮膚病が顔を覆っていて。

顔色は遠くから見ると青白く。

近くで見ると生者の肌とは思えない。

聞かされた。

両親にはコレが原因で捨てられたそうだ。

気持ち悪いから来るな。

兄弟からもそう言われ続けたという。

そうして、奴隷として売られる時も、これは金がつかないと言われていたそうだが。

直後に村をドラゴンが襲撃。

自分の容姿を鼻に掛けていた兄弟達は皆喰われ。

両親も焼き殺され。

命からがら逃げた後は。顔に布を巻き付けたり。後から包帯を巻くようにし。顔を隠すようにしたと言う。

「また、私が手伝えばいいか」

「お願い、ルアード。 どうしても私は人間を信じてしまうから」

「分かっているよ。 でも、それがプラフタの良い所だと思う」

「ありがとう」

また、自分のスペースに引っ込むルアード。

他の村人からも、ルアードは「醜悪のルアード」と呼ばれていて。顔を出す度に悪口を言われていた。

どうして其処までルアードに辛く当たるのか。

プラフタにはよく分からない。

交渉ごとだって、ルアードのおかげで、どれだけ助かっているか、分からないと言うのに。

誰もが。

何をしても。

ルアードを認めようとしないのだ。

だがプラフタは認めるし、頼る。

それで充分だと。

今は思っていた。

その日はゆっくり眠り。

翌日来た商人と、交渉をする。

相変わらず買いたたかれるが。

どうにか必要な物資は揃える事が出来た。途中、何度もルアードが相手の嘘を見抜いてくれたので。できた事だったが。

商人はもっとふんだくれたのにと、舌打ちして村を去って行ったが。

プラフタだけが村人から感謝の言葉を掛けられた。

「ルアードが嘘を何度も見抜いてくれたからです」

「ああそうかい。 そうだね」

誰も聞かない。

ルアードも、自己弁護をするつもりはないらしく。

すぐに家に閉じこもってしまう。

だが。

一つだけ。

この日は収穫があった。

商人と一緒に来ていたヒト族の青年。陰気な青年だったが。それがこの村に残る、と言い出したのである。

どうやら商人とやっていくのが嫌になったらしく。

まだ人手を必要としているこの村にいた方が良さそうだ、というのが理由らしかった。

商人も、どうやら青年とは相性が悪かったらしく。

彼を村に置いていくことを躊躇しなかった。

商人が去った後。

プラフタは青年に聞いてみる。

文字が読めるかと。

青年は答えた。

読めると。

すぐにルアードの本を見せる。ルアードと二人で、何がそれに書かれているのかを聞く。青年は、退屈そうにしながらも。仕留めてきたウサギと引き替えに。其処に書かれている事の内容を教えてくれた。

それこそが、契機。

錬金術との出会いだった。

本に書かれていたものが錬金術だったのだ。

ただし、青年は理解出来ていないようで。ただ文字を棒読みしているのが丸わかりだったが。

或いは、錬金術そのものを知らないのかも知れない。

ただ、プラフタも錬金術について知ったのは偶然からだ。

彼方此方をさまよい歩く内に知識を得た。

それだけだった。

錬金術は力だ。

そう彼方此方を彷徨っている時に聞いたこともある。

ルアードも知っていたから。

思わず狂喜したようだった。

青年が教えてくれた文字の読み書きを、必死になって二人一緒に覚える。単語については分からない事も多かったが。それでも、半年も獲物を青年に貢ぎ続けた頃には。

もう本を読みこなせるようになっていた。

どうやらこの本は。

錬金術の基礎知識書。

簡単な素材の図鑑もセットになっており。

錬金術の「素質がある」人間であれば、錬金術が使えるようになるものであるらしい事は分かった。

青年は典型的なヒモ体質で。

言葉を教わった後も集りに来たが。

「ルアードが病気を持っている」と他の村人達に聞いたらしく。ある日を境にぴたりと来なくなった。

また、プラフタに、俺の女にならないかとか口説いてきたが。

断った。

此奴が筋金入りのヒモ野郎で。

性欲のはけ口くらいにしかプラフタを考えておらず。

仮に一緒になった所で。

プラフタを徹底的に働かせて、自分は遊んで暮らすことしか考えないことは丸わかりだったからだ。

ヒスを起こした青年はプラフタを殴ろうとしたが。

すっとプラフタの前に割り込んだルアードの素顔を見て、悲鳴を上げて。

それ以降は何もしてこなかった。

恐ろしい死病に掛かる。

そう思ったのかも知れない。

いずれにしても、面倒な「師匠」ともさっぱり縁を切ることが出来た。

せいせいした所で。

二人で本を読み合わせる。

ルアードは、最後まで読み終えた後、言った。

「素質がいるっていうのは、残酷な学問だね。 しかも錬金術師としての力量は、素質に比例するというのも……選ばれた者だけの物だと言う事だね」

「そうですね。 出来ない人間は何をやっても無駄、というのは……学問として未完成なのか、それともこの世界が未完成な故なのか。 いずれにしても、私達がそうかは分かりません。 試してみましょう」

「うん。 簡単なものだったら、私達にも出来そうだ」

枯れ果てた野に出向くと。

まずは薬草を集める。

薬草の種類を見極めて。

そしてここからが大変だ。

加工を順番に施していくのだが。

上手く行く場合は、加工に「流れ」のようなものが生じる。これを錬金術では、素材の意思が働く、というそうだ。

一方上手く行かない場合は、加工の途中で絶対に拒絶反応が出る。

これについては、素材が拒否している、というらしい。

試行錯誤しながら。

二人はまず、もっとも簡単な薬を作るところから始めた。とにかく、作業工程が少ないものを選んでいくしか手は無かった。錬金術に必要な道具類など無い。全て粗末な容器などで代用するしか無かったからだ。

食糧も満足に得られない貧しい村だ。

皆、疲弊している。

傷薬でも。

栄養剤でも。

何でもあればあるほど助かる。

ルアードの病気だって、治せるなら治したい。

本来はもっと複雑な道具もいる。

錬金術には金が掛かるのだ。

だから、そこら辺にある道具を拾ってきて。色々と工夫しながら、順番に作業を進めていく。

火を焚くのでさえ一苦労なのだ。

そんな中。

精密さが要求される作業をしていると思うと。

本当に冷や汗が出る思いだった。

やがて、薬が出来た。

傷薬だ。

作っている途中、「抵抗」は一切感じなかった。本当なのかは分からないが、錬金術の本を見る限り、「素材の意思」が薬になる事を承諾したのだろう。

錬金術の本にはこうも書いてあった。

優れた錬金術師になると、素材の声が聞こえると。

驚くべき事だ。

あらゆる物に意思があって。

その声が聞こえるのだとしたら。

恐らくは、世界が全て変わって見えてくるだろう。

何気なく食べていた肉や。

摘んでいた食用草。

野菜や川魚。

あらゆる全てから、声が聞こえたら。

ぞくりとした。

食べないで。

もっと生きたい。

そういう願いを聞かされ。それでも命を奪わなければならなくなってくるのではないのか。

頭を振って、雑念を追い払う。

何しろ毎日が毎日だ。二人とも生傷が絶えない。

傷薬を使うのは、当然のことながら、自分達に。他人で試すわけにはいかなかった。

効果は劇的。見る間に傷が治っていく。

本当に、冗談のような光景だった。

これならば、大きな勢力が錬金術師を独占している、というのも納得がいく。ルアードがどうしてこの本を手に入れたのかはよく分からないが。本当だったら天文学的な値打ちのつくものだったのではあるまいか。

いずれにしても、これ以上無いほどの幸運だ。

ルアードもプラフタも。

錬金術が使えた。

つまり二人とも、素質があったという事だ。本によると、決して素質がある人間は多く無いという事だったのに。

これ以上の幸運があるだろうか。

ルアードは涙を拭っていた。気持ちは良く分かる。プラフタも。

色々な悲劇を見て、心が麻痺していたと思ったのに。それなのに、涙が止まらなかった。

これで変わる。

変える事が出来る。

狂った運命を覆せる。貧困を払うことが出来る。そう、二人とも確信した。

早速薬を村に配る。

最初は半信半疑だった村人達も。

怪我が治る様子を見ると、すぐに顔色を変えた。

理解したのだろう。

錬金術の産物が、如何に桁外れな代物で。

それがこの村の貧困を、解消さえする切り札にもなり得ることを。

その日から、プラフタの村での地位は。

今までとは一変した。今までもルアードとセットで交渉を任される事もあったが。それ以上の存在。

すなわち生命線になった。

それを見ると、居づらくなったのか。プラフタとルアードに読み書きを教えた男は、こそこそと村を出て行った。

 

2、栄光の階段

 

プラフタが家を回る。

薬が必要な人はいないか確認。

今は死にかけていた長老さえ活力を取り戻している。怪我が絶えず、苦しんでいた皆も。生活が楽になったと喜んでいた。

薬は商人にも売れた。

痩せた作物など、比較にならない値段で。

最初値段を聞いたとき、思わず耳を疑った程である。

錬金術の道具が、まさかこんな小さな村で手に入るとは思わなかったと、商人は言っていたが。

今までの搾取されるだけの関係が。

この時点で、対等に取引できる状況に変わったのだ。

商人も、大きな街のクソ高い錬金術の薬よりも、此処で仕入れる方が良いと判断したのだろう。

こぞってやってきては。

錬金術の道具類を売ってくれる者も出始めた。

流石に粗末な安物だと一目で分かったが。

割れかけたお椀やら。

コップやらを使うよりも。

遙かに良い。

村人達も、元気になり。

更に、簡単な爆発物を作る事により。魔術に長けた魔族がいないこの村でも。猛獣を容易く追い払う事が出来るようになった。

前は見張りをしていても侵入してくる猛獣たちを。

総力戦で毎回追い払っていたのだ。

今は違う。

猛獣たちも、仲間が散々爆破され。

返り討ちにあうようになると学習すると。

村にはぴたりと近づかなくなった。

この爆弾も商人に売れた。

幾つかの木の実を組み合わせ。

その「意思に沿って」内部に爆発性のガスを充満させ。

そして同時に内部に鋭い尖ったものを仕込む。

放り投げると同時に、起爆ワードを唱える。

こうすることによって、凄まじい速度で飛び散った尖ったものと、爆発の衝撃そのものが猛獣を仕留めるのだ。

村は、安全になり。

人口も増え始めた。

同時に匪賊が目をつけるようになり。

一度、三十人ほどの匪賊が、夜に襲撃をして来た。

だが。

プラフタとルアードはそれを見越していた。

商人達が錬金術の道具を扱うようになれば。それは野良の錬金術師がいる、という事を意味している。

錬金術がどれだけの金を生み出すかなど、言う間でも無い。

ある程度の秩序があるのも、城壁に守られた大きな街の中だけ、という世界なのだ。

無法の世である荒野では。

暴力が全てを支配する。

だから匪賊を取り締まる者などいない。

中には、堂々と街の外で匪賊を行い。

戦利品を街の中で売りさばく輩までいると聞いている。

故に容赦も手加減もしなかった。

攻め寄せてくる匪賊の通り道をルアードが特定。

二人で作った爆発物を仕込み。

そして、多くの実績から、既に村の指導者として実質的に見られていたプラフタが。松明を掲げて威圧的に近づいてくる匪賊達があるラインを踏んだ瞬間。

起爆ワードを唱えた。

自分でやったのは。

これが正当防衛と言っても。

殺しに相当するからだ。

殺すからには。

責任を取らなければならない。

既に錬金術を始めた頃とは、プラフタもルアードも、腕は比較にならないほど上がっていた。爆弾も複数種類作れるようになっていた。文字通り燃える物質を使ったものや。稲妻を走らせるもの。周囲を凍り付かせるものなど。奇蹟に近いものも作れるようになっていたのだ。

というよりも。自分達でさえ、自作の爆弾を全力で展開したら。

どうなるか分かっていなかった。

結果。

キノコ雲が出来た。

巨大な爆発が起きると、キノコ雲が出来る事は、爆弾の性能実験で知っていたが。これほどの規模のものははじめて見た。

凶暴なドラゴンの咆哮がごとき爆圧が、地面を撫で。そして周囲を張り倒す。

備えていたのに、吹き飛ばされそうになったほどだ。

いずれにしても、爆心地にいた連中などひとたまりも無い。

爆発で、半分の匪賊が消し飛び。

そして残りも大半が手足を吹き飛ばされた。

村人達が襲いかかり。

彼らを皆殺しにするまでそう時間は掛からず。

戦闘と言うより虐殺は。

一瞬で終わった。

奪った防具や武器。

装備品は。

全て血や臓物を洗い流してから商人に売り払い。

主にヒト族で構成されていた匪賊の死体の山は、全て砕いて焼き払うと。村の外れにある無縁墓に埋めた。

そして、商人達には、彼らの末路を告げておく。

これだけで充分だ。

三十人からなる腕利きの匪賊が、一夜にして手も足も出せずに全滅した。それだけで、もう生半可な武装集団は攻撃を仕掛けてくることも無い。

薬や爆弾を売る事で得た収益も大きく。

また噂を聞いて、村に逃れてくる者も増えていた。

錬金術を始めてから、四年が過ぎた頃には。

村の人口は100名を突破。

戦闘が出来る腕利きのヒト族や魔族も増え。

商人も常駐するようになりはじめた。

収益の大半をプラフタは村に還元し。

そして残りを錬金術の道具や、珍しい素材の購入に充てた。

道具はルアードが見極めた。

少なくとも、商人がカスを売りつけようとしているか、そうではないかは、ルアードが見抜くことが出来たし。

プラフタは村の皆に丁寧に声を掛けて。

困ったことがあったら解決し。

そしてプラフタにつけ込んで悪事をしようとする輩に関しては、ルアードが側でそれを見抜いた。

いつしかプラフタは。

光の錬金術師と呼ばれるようになっていた。

だが、ルアードは。

相変わらず醜悪のルアードと呼ばれるだけだった。

プラフタは、自分がどう呼ばれようと興味は無かった。

だが、どうしてルアードが悪く言われるのか。

それは理解出来なかった。

ルアード自身に相談してみたこともある。

だが、ルアードは。

寂しく笑うばかりだった。

 

錬金術を始めて六年。

村の人口は200人を軽く超え。

立派な櫓と堀と塀で守られるようになり。

川に沿って作られた堅固な天然の要塞になった村は。近隣の集落で最大になった。

しかも現在進行形で、人口が増え続けていた。

人々は健康と平穏を謳歌し。

畑には錬金術で土地を改良した結果、豊かな作物が実るようにもなった。

長老は大往生したが。それに伴って、プラフタが長老に全会一致状態で認められ。仕事があると判断した傭兵や、凄腕の魔族も、村に訪れるようになった。

村と言うよりも、もう小さな街という規模かも知れない。

いずれにしても、プラフタの発言には周囲は耳を必ず傾けた。

恩人であるし、何より最大戦力と見なしていたからだろう。

匪賊の襲撃はそれでもたまにあったが。

最初の何回かで、プラフタとルアードが、圧倒的火力で殺戮してからは。

彼処にはドラゴンをも倒す凄腕錬金術師がいる、という噂が流れたらしく。

以降は余程のアホか。

それとも、物知らず以外は。

仕掛けてくる事も無くなり。

対処も常駐している傭兵や戦闘タイプの魔族に任せれば良くなった。

同時に。

村人達が、アトリエの作成に着手して「くれた」。

今までの扱いを考えると、思うところもあるのだが。

兎に角、金も充分に貯まり。

ちゃんとした錬金術の道具も手に入れ。

更に本まで買えるようになると。

アトリエが欲しくなるのも人情、というものである。

元からあった家は、必要なものを全て運び出してから取り壊し。

アトリエを作る事になった。

石造りの大きな家。

書斎も欲しい。

だが、此処でおかしな事になった。

村人達が出してきた図面を見たプラフタは、思わず眉をひそめていた。

「居住スペースと部屋が、私の分しかないようですが」

「はあ、当然なのでは」

「ルアードの分も必要です」

「あの小間使いがですか? 側の小屋で充分でしょう」

小間使い。

思わず真顔になった。

後ろで黙っていたルアードは。そのまま何も言わない。

まさか、そんな風に見ていたのか。

「ルアードは私と同格の実力を持つ錬金術師です。 貴方達を救った薬も、匪賊や猛獣を退けた爆弾も、私とルアードの二人で作り上げたものです。 私だけがこの村のために働いたとでも思っていたのですか?」

「貴方がその醜い男を高く評価しているのは分かりましたが、どうにも信じられない事です」

「良いから、言ったとおりにしてください」

「プラフタ」

ルアードが、自分は別に良いと言い出そうとしたのだが。

こればかりは譲れない。

今でもルアードとは竹馬の友で同志だ。

男女の関係ではないが。

それがなんだというのか。

小間使いなどという事を言われて、流石にプラフタも頭に来た。

醜悪のルアードとまで呼んでいることは知っていた。

何度もその現場を見ていた。

それでも、怒ることはないルアードだったのに。

「分かりました。 それでは言われたとおりにします」

プラフタの剣幕を見て、流石にまずかったと判断したのか。村の者達は引き下がる。この村は、プラフタとルアードがいないと、あらゆる意味でやっていけないのだ。

いずれにしても、充分な機能を持つアトリエが出来た。

それぞれのパーソナルスペースと、共用スペースがあり。

少し値段は張ったが、商人から仕入れた錬金術に最も重要な道具となる「錬金釜」を二つおき。

多くの道具類と。消毒用の設備。星を読む設備。魔術に必要なマナを集める魔法陣。二人とも魔術は使えないので、これは必須だ。マナは蓄えておいて、錬金術の道具によって様々に活用できるのである。

素材を保管する地下の氷室。

氷室に入れる事で、素材が痛む時間を大幅に伸ばす事が出来る。これによって、痛みやすい素材を使いやすくなる。

それらを備えた施設が完成した。

できばえは充分。

少なくともプラフタは満足した。まさか自分の部屋がもてるとは思わなかったから、である。

ルアードに、聞いてみたが。

静かに頷くだけだった。

「私はこれで充分だ」

「良かった。 それでは、今後も人々のために頑張りましょう」

「匪賊についても、今後は殺さなくても済むかも知れない」

「そうですね。 錬金術の力がついてきた今。 相手を殺さずに制圧する、という選択肢も出てくるでしょう」

皆のために。

世界を少しでも良くしたい。

そんな事さえ、考える事が出来るようになりはじめていた。

昔は、毎日を生きていくだけで精一杯。

ドラゴンでも攻めてきたら、一瞬で全てが終わってしまう絶望の世界だった。だが、これからは。

或いは遠征をして。

周囲の村々を救ったり。

難民の群れを受け入れたり。

そういったことも、視野に入れていくことが出来るだろう。

既にドラゴンに関しても、一度攻めてきたのを撃退した実績がある。錬金術はそれだけ力がある学問、という事だ。

そして力がある以上。

多くの人々のために使わなければならない。

最初は病み衰え死を待つばかりの村を錬金術は救った。

今度は、この力で。

手の届く範囲の人々を救わなければならない。

その結論に。

プラフタも、ルアードも。違いは無かった。

 

村の守りが充分だと判断すると。

まずはプラフタから遠征に出る。コレが上手く行ったら、今度はルアードが行く予定だ。

村はルアードに任せる。

とはいっても、村の経済はホム達が扱うようになっているし。守りは傭兵と魔族達が交代でやってくれている。

まずは、一人旅での錬金術師が、どれくらい通用するか確認し。

無理そうだったら、護衛を雇って様子を見る。

そのつもりだ。

懐かしいな。

一人でフードを被って村の外を歩いていると、プラフタはそう思った。勿論街道など存在しない。荒野が殆どで、たまに森や草原がある程度だ。川があれば、その周囲には緑がある事が多いが。それ以外の荒野が圧倒的に多いのが現実だった。

幼い頃は、こんな風に。周囲にいつ何をされてもおかしくない空間にいて。

夜道だろうが炎天下だろうが歩き続け。

倒れて死んで行く者も何度も見た。

自衛のための道具も持ってきている。

奇襲を防ぐための道具も。

自律思考して様々に相手を防御する、空中に浮かんだ腕だ。現在は一対だけだが。いずれ数を増やしたり、大きくしたりする事も考えている。普段はぶらりと垂れ下がるようにしてプラフタの周囲に浮かんでいるが。

それも敵意や殺気を感じ取ると。

瞬時に敵を容赦なく制圧する。

同じようにして、荷車も後ろから着いてきている。

自律思考して移動する四輪型の荷車で。充分な量の薬と爆弾を搭載し。更にプラフタとルアードの承認が無い限り、蓋は開かない造りだ。

隣町に行くまでに、現実を見る。

街道に転々としている白骨。

見かける度に、手を合わせる。

これが何の意味を持つのか分からないが、生死を司る神への祈りという話もある。いずれにしても、死者の尊厳は守らなければならない。

死者を見かける度に埋葬。

今は死者から追いはぎをしなくても生きていける。

だから、持ち物を奪うこともしなかった。

埋葬が終わると、天を仰ぐ。

今も世界は安定していない。

国と呼ばれるものはあるにはあるが。何処も城壁の内側を守る事しか興味が無く。その外には無法の土地が拡がっている。

創造神がやる気を無くしたため、暴走状態になったり、好き勝手をして災厄をばらまいている邪神が。

そういった国を滅ぼす事もある。

今までに何度かそういう話を商人に聞いた。

事実、雷神ファルギオルという邪神は、今までに何度も破壊の限りを尽くしており。多くの錬金術師を返り討ちにしていると言う。腕利きの錬金術師が歯が立たない相手となると、相当なバケモノなのだろう。

ドラゴンの中にも、そういった神々に比肩する実力者がいるとかで。

世界は広く。

そして荒廃していることがよく分かる。

隣の村に到着。

昔の自分の村のようだなと、プラフタは思った。

人間はヒト族も魔族も獣人族もホムも含めて、三十人程度。いつ誰に襲われ、滅びても不思議では無い。

少なくとも、錬金術師がもっと多くいれば。

そして、城壁の内側で我が世の春を謳歌せず。

こういった人々を救おうと考えていれば。

少しはマシになるだろうに。

悲しくなるプラフタだが。

ともあれ、やるべき事をやらなければならない。

けが人はいないか。

病人はいないか。

だが、誰も顔を出さない。

唯一、青い顔で歩いていた若いヒト族の男性を見つけて、話を聞いてみたが。プラフタが錬金術師だと聞いただけで顔色を変えた。

「そんな金、あるわけないだろう! 錬金術で作る薬は、簡単な薬でもそれこそ家が買えるほどの価値があるって聞くぞ!」

「私は無償で皆様を助けに来ました。 出来る範囲内の人々を救いたいのです」

「そういって、後から好き勝手な事をするつもりだろう! 俺たちで人体実験でもするつもりか!」

いきなりの拒絶である。

無数の視線が集まっている。

恐らく、この男が言うことは、本当なのだろう。

商人と取引したり。

傭兵から話は聞いている。

悪徳錬金術師の中には、貧民を使って人体実験をしたり。

戦争に錬金術を使って、谷一つを消し飛ばしたり。

山一つを吹き飛ばしたりする者がいると。

自分だって、匪賊を退けるために、爆弾で虐殺を行った身だ。彼らを一方的に邪悪と罵ることは出来ないだろう。

猛獣だってたくさん殺した。

身を守るためには、色々と必要な事もあった。

だが、今は。

守れる範囲のヒトは守りたい。

「私は隣街の錬金術師プラフタです」

「!」

「私が周囲から金を取って錬金術を使ったという噂を聞いた者はいますか。 それならば、それは嘘だとこの場で証明しましょう」

隣街の繁栄。

それにプラフタの名前なら知っている筈だ。

怒気を収め、俯いた青年。

プラフタは、周囲の視線に視線を返すと。

一人ずつ、診察することを告げた。

そうすると、やっとやせこけ、襤褸を纏った人々が姿を見せる。誰も彼もが、昔の村と同じだ。

世界中がこんな状態なのだと。

改めてプラフタは理解させられる。

とにかく、今は出来る事から順番に、だ。

皆、栄養失調と怪我が酷い。

栄養を凝縮したレーション類を分け。

怪我を治す薬。

様々な病気に対しては、対応した薬を処方。

更に、村の周囲に出向き。

村に害を為していた猛獣を全て駆逐して追い払い。

更に村を伺っていた匪賊を制圧。

全て縛り上げた。

彼らはどうするべきなのか。

爆殺しなくても、簡単に捕らえられるほどに腕を上げたプラフタだが。しかしながら、十人からなる匪賊をどうするか。これは大きな問題だ。人間なら食事もする。水だって飲まなければならない。

考えた末に、一度アトリエに戻る事にした。

捕縛した匪賊は、街の自治に任せる。

しばらくは牢に入れ。

その後は兵士として使う。

それで構わないだろう。

多くの人間が手を血に染めている時代だ。

匪賊からは身を守らなければならないが。

匪賊として生きていくしか方法が無い者もいる。

プラフタに叩きのめされた匪賊は、そう嘆き。殺すなら殺せと叫んでいた。そんな事は分かっている。

だが、彼らにも、生きる権利はある筈だ。

一度アトリエに戻り。

捕縛した匪賊達を街の民に引き渡す。

傭兵の一人が、彼らの素性を知っていた。

「此奴ら、確か商人を狙って畜生働きをする匪賊だ! 何処かの街で奪った商品を売っていたことがあるぞ!」

「野郎、ブッ殺してやる!」

「吊せ!」

わいわいと騒ぎが起こるが。

プラフタが手を上げると。

さっと騒ぎは静まった。

「裁くなら決めた法に従って厳正に行いなさい。 本当のことを喋らせる薬も用意します」

観念して項垂れていた匪賊達は。

結局、その薬を飲んだ結果。

今までに六人の商人を殺し、連れていた奴隷や家族も十人以上殺した事を白状した。

結局彼らは、吊されることになった。

その様子を見つめて、プラフタは思う。

世界が良くならない限り。

ああいう人達は減らない。

多分世界が良くなっても、0になる事はないだろう。

それでも、出来るだけ0には近づけたい。

ルアードが来る。

「随分と早かったね」

「隣の村を救ってきただけです。 今度はルアードが行ってきますか?」

「私はあまり人々に信用されることは無いだろう。 凶暴な猛獣や、凶悪な匪賊の情報がある。 それらの討伐をしてくる」

「分かりました。 もしも殺さなくても良いのなら、そうしてください」

頷く。

二人して、この街を離れる訳にはいかない。

ふと気付く。

ルアードが、荷物をまとめて荷車に入れているのを。

露骨に嫌そうな顔で、街の者達が見ていた。

 

3、亀裂

 

街の人口は五百人を超えた。街は川に沿って拡がり続け。そして彼らは比較的幸福度の高い生活を行っている。

流入してくる民も受け入れ。

そして犯罪を犯す必要がない状態にする。

仕事はいくらでもある。

お金も流通している。

どうしても悪さをするものはいるが。

既に充分な数の傭兵や腕利きの魔族がいて。そういった者達をしっかりと取り締まっていた。

プラフタは街を回り。

問題が起きていないか確認する。

最近は、人口がどんどん増えていて。問題も幾つも起きている。この街を目指す人々が、匪賊におそわれる事もあり。

中には、それを専門にする匪賊まで出始めていた。

汚れ役は私の仕事。

そう言って、ルアードが彼らを処理しているが。

あまり生きたまま連れて帰ってくることは無かった。

この間は、50人からなる匪賊に襲われたとかで。

それを聞くと、身を守るためには仕方が無かったのだと、プラフタも心を痛めながら納得した。

一通り、問題が無いことを確認したので。

アトリエとは街の端と端にある、庁舎に出向く。

街の顔役達は揃っていたので。

問題が無いかを聞くと。

彼らの一人が、ルアードは今いないのか聞いて来た。

「ルアードなら、今四つ隣の村を脅かしている悪竜を退治に出向いています。 定期的に人里を襲い、多くの人を喰らって行くというあの悪竜です。 しかし問題なくルアードなら撃破できるでしょう」

「そう評価するのは良いのですが、プラフタ様。 あの小間使いに、いつまでご執心なさるのです」

「ルアードは私の竹馬の友であり同志でもあります。 この世界を少しでも良くするために、錬金術をよく使っていこうと誓い合った仲です。 侮辱は許しませんよ」

「そうはいいますが、プラフタ様。 あの男が、周囲でなんといわれているか知らないわけではありますまい」

顔役は増えてきているから。

中には、最近都会から移り住んできた者もいる。

実は、プラフタとルアードの名前は。既に城壁のあるような街、或いは国家でも噂になっていると言う。

慈愛と博愛で、多くの人々を救った光の錬金術師プラフタ。

残虐なる非道の錬金術師醜悪のルアード。

思わず眉をひそめるプラフタに。

淡々と、髭を蓄え、太ったヒト族の男性は言うのだ。

「あの男は見たところ、邪心を秘めているとしか思えません。 あの包帯の下には、世にもおぞましい病気を持っているとか。 それと聞いたところによると、女にも興味を見せないそうです。 恐らく男性機能が無いのでしょう」

「それが何か」

ルアードはそもそも、重度の病気を幾つも持っていた。皮膚病もそうだが、それ以外もだ。

多くは薬で改善して、致命的なものは全て取り除いたが。

まだ回復していない病気もある。

皮膚病の幾つかは何をやっても改善せず。少なくともルアードは、人前で自分の顔を見せるつもりはないようだった。

生殖機能がないとしても不思議では無い。

そういえば、プラフタはどちらかと言えば色恋沙汰には興味が無い方だが。ルアードとの関係は非常に珍しいらしいと、最近は悟るようになって来た。そもずっと一緒に暮らしてきたから、今更男女としての関係、云々の話は滑稽というのはある。それに、ルアードが病気を持っていて、生殖機能が仮に欠損していたとしても。それが錬金術師としてルアードが今までやってきた事と何の関係があるのだろうか。

また、錬金術が単純にとても楽しいという事もある。これに関してはルアードも同じらしい。

新しい技術を見つけて。そして腕が上がる度に悟る。これは神々の御技だ。摂理さえ曲げることも難しくない。

新しい発見があると、二人で共有して、更に伸ばす。

だから二人で錬金術は上手くなってきたし。これからもそうするつもりである。ルアードを馬鹿にする相手は、そういう意味でも許せなかった。

「この街も大きくなりました。 そろそろプラフタ様も、街の安定のために身を固めては如何でしょうか。 錬金術師としてルアードが優れているのなら、後は全てルアードに任せれば良いでしょう」

「街の安定のために? 私はそもそも……!」

「誰もが笑顔で暮らせる世界など、ただの妄想でしかありませんよ。 いい加減童女のような妄想からは逃れて、現実的にものを考えるべきではありませんかな」

からからと笑う者達。

顔役達全員がそれに同意していた。

悟る。

此奴ら。

いつの間にか、プラフタの名前を利用するだけ利用して。後はその存在も利用しようと考えていたのだと。

そういえば、ルアードが言っていたではないか。

今の顔役達には明確な悪意がある。

あまり信用するなと。

目を細める。

これでも、数多の戦いをくぐり抜けてきたのだ。

彼方此方の街を救う過程で、匪賊ともドラゴンとも戦った。下級だが、邪神とさえも交戦し、退けた。

今でも、街の人々のために、無償の医療を続けている。

それなのに、このような考えを持ち。

プラフタを侮り。

何より同等に街に貢献してきたルアードを馬鹿にするというのか。

ふつりと。

何かが頭の中で切れる音がした。

「良いでしょう。 そのような考えを皆が持つのなら、私はルアードと共に街を去ります」

「な……」

「私は本気です。 そもそもお金が欲しくて街を大きくしたのではありません。 多くの人々が苦しむこの世界を、少しでも良くしようと努力を続けた結果、街が大きくなっていっただけです。 貴方たちの誰かに体を預けて子を産むつもりはありませんし、ましてや妻となって政権の傀儡になるつもりもありません」

立ち上がる。

待ってくださいと、蒼白になった顔役達が言うが。

プラフタは自分の女になれと迫ってきたあの師匠に向けたときと同じ。

完全な軽蔑の視線を、彼らに向けていた。

「ヒト族による統治には問題があるかも知れませんね。 真面目で手先が器用なホム達に顔役になって貰いましょうか」

「そんな、冗談です、冗談です! 今まで通りの活動をお続けください!」

「それは貴方達次第です。 それに、今までの発言が冗談では無かった事くらい、人間の悪意に疎い私にさえ分かります」

そもそも、おかしい。

どうしてルアードはこうも評価されない。

プラフタのものと同等の品質の薬を造り。

今でも、プラフタが苦手な汚れ役を積極的に買ってくれている。

それなのに、だ。

そして致命的な事件が起きる。

どうやら顔役達が雇ったらしい本職の暗殺者が。ドラゴン退治で総力戦を行い、疲弊して戻ってきたルアードを。街のすぐ外で襲撃したのである。

血迷った顔役達は、自分達の権力を守るために。プラフタとルアードを排除するつもりになったようだった。

自分の立場が劇的に改善するまでは、人権さえ無かった。だから、プライバシーには一際神経質だったプラフタだが。

その光景には、血が沸騰するかと思った。

ルアードがどうにか暗殺者を撃退し。

血だらけで街に戻ってきて。

それでいながら誰も助けようとせず。

慌てて駆け寄り、アトリエに運び入れ。

ルアードの部屋に始めて入って。

そして知った。

何だこれは。

自分の部屋とは違う、完全な欠陥住宅だ。

壁はボロボロ。

床も酷い。

窓に至っては、すきま風が入り込んで来ている。

手入れを怠ったからこうなったのでは明らかにない。どちらかといえば私生活はずぼらなプラフタの部屋も、今の時点では充分な状態なのだ。これは昔住んでいた家と同じレベルでは無いのか。

ルアードは、自分の部屋を見た時、こう言った。これでいいと。つまり、最初から、余計な軋轢をおこしたくなかったのだろう。

思わず歯を食いしばるが。

今はやらなければならない事が先にある。

ルアードは死にかけている。ドラゴン戦後の消耗。その上で暗殺者に、毒入りのナイフで刺されたのである。

毒消しは入れているが。予断を許さない状態だ。

兎に角治療はしなければならない。

最高ランクの薬をつぎ込んで、ルアードを治療する。それこそ、摂理に反しての回復さえするような薬だ。それでもすぐには回復しない。

余程厄介な毒を突っ込まれたらしい。或いは錬金術で作った毒かも知れない。

錬金術は上達すればするほど分かったが、世界のルールそのものにさえ干渉する。最高位ランクの錬金術師の手による毒となると、或いは神さえ殺せるかも知れない。

幸い、この毒は其処までの代物では無い様子だが。

それでも人間であるルアードには過剰すぎる毒だった。

熱が引かないルアードの手当は、三日三晩に及んだ。

ルアードの意識が戻ったときは涙が流れたが。

それでも、まだ当面は安心も出来ず。

街の連中がプラフタに冷たい目を向けているのを無視し。

治療を続けた。

やがて、ルアードの意識もしっかりしてきたので。

ベッドの横に腰掛けて、何が起きたのか話す。

顔役達の話を聞くと。ルアードは、それは本当だと話した。

「どういうことですか」

「私には男性機能が無いらしい。 顔役達がいわゆるハニトラのつもりでだろう、娼婦を何回か寄越したんだよ。 だけれども、普通なら出来る事も出来なくてね。 元々内臓としての生殖器が機能していないんだよ」

「そんな事はどうでもいい! 貴方は優れた錬金術師で、私と同格の……」

「……ありがとう」

何だろう。

わずかな拒絶が其処にあった気がした。

いずれにしても、もうこれは我慢がならない。このアトリエは貰っていく。そしてこの街はもう去る。

ルアードの体調が回復するまでの間を使い、アトリエの加工を開始。

既に街の中では、顔役達が流した噂が蔓延していて。

プラフタが一方的に発狂しただの。

ルアードが残虐行為の末に匪賊の派遣した暗殺者に自業自得で刺されただの。

好き勝手な話が流れ続けていた。

もう誰も。

プラフタとルアードを人間として見ていない様子だった。

頃合いだろう。

この街には、あらゆる善意と努力をつぎ込んで。困っている人達を助けてきた。それなのに、こういう事を返されるのなら。

此方も去るしか無い。

ただ、それでも。

全てのヒトに幸せになって欲しいし。

この世界は少しでも良くなって欲しい。

その事に代わりは無い。

だから、作業が完了後。

プラフタは。空間ごと。アトリエを、この街から離れた山中へと移動させていた。

ごっそり何も無くなったアトリエ。

錬金術による産物という、最大の資金源が無くなった街がどうなるか。

それは錬金術師を追い出した、彼ら自身が責任を取るべき事だ。

ルアードはそれを聞いてもまだ街のことを心配していた。顔役達さえ排除すれば、どうにかなったのではないのか、というのである。実際、顔役達を信用するべきでは無いと、ルアードはずっと言っていたし。悪意に関しては、ルアードは兎に角鋭かったのだ。その言葉は最悪の意味で適中してしまった。

遙か遠く。もう地平の先にも見えない街の方を見るのさえ。プラフタには嫌になっていた。

もうあの街がどうなろうと。

知った事では無かった。

 

4、深淵に手を引かれ

 

もう、人間に頼ろうとは思わなかった。

独自に活動を続け。

世界をよくするべきだとプラフタは思い。ルアードも、それに賛成した。だが、どうしてだろう。

回復してから。

ルアードと、時々意見の相違が出るようになりはじめていた。

アトリエは錬金術の御技で拡大し。

更に機能を拡張した。

欠陥住宅だったルアードのパーソナルスペースも改良した。

また、錬金術で作った疑似生命体を使い。

命令だけを実行するそれらを用いて、煩わしい作業は全て任せてしまった。

本にさえ疑似生命を与えた。

いちいち本棚にしまったり取り出したりするのが面倒だったし。

何より、放置すれば勝手に片付くようにしたかったからである。

荷車を引いて、彼方此方の街に出かける。

顔を隠したのは。

もうプラフタという名前を、周囲に出したくなかったからだ。

ただ、世界をよくするためだけに動きたい。

そう思うようになっていた。

大きめの街にも足を運び。

他の錬金術師にも会った。

それで驚かされたのは。

殆ど錬金術師と名乗る資格が無いような人間が、金だけは持っていて。それで権力を独占しているケースがある事だった。

先祖が作ったらしい道具を使い、周囲を恐怖で支配して。

玉座にふんぞり返り。

自身は何も実際には錬金術が使えない。

そんな輩が幾人もいた。

また、殆ど初歩の錬金術しか使えないのに。

街の人間から、子供だましの薬で大金をむしりとり。

貧困に喘がせている錬金術師もいた。

勉強が圧倒的に足りない。

錬金術そのものを金がなる木くらいにしか考えていない。

以前、邪神に滅ぼされた街があると言う話を聞いたことがあるが。

その時は、凄腕の錬金術師が束になってもかなわないほどの強大な邪神だったのではないのかと思っていた。

だが、彼方此方の街で、苦しんでいる人々を救ってみて分かった。

錬金術師そのものが。

堕落し、弱体化しているのだ。

ショックを受けた。

皆、錬金術という奇跡の御技に感動し。

世界を良くしようと少しでも考えているのでは無いかと思っていたのだ。

それが、児戯にも等しい初歩だけで満足し。

自分のためだけに錬金術を使う。

それが当たり前なのだと思い知らされてしまった。

プラフタは無償で多くの人々を救ったが。

そういった能力の低い錬金術師にはむしろ恨まれた。余計な事をしやがって、というのである。

暴力によって弱者を支配する。

それがどんな悲惨な世界を作り出しているか、彼らは知った上でやっている。

君臨している玉座を揺るがされるのが。

余程不快だったのだろう。

何度も暗殺者に襲撃された。

ヒト族も魔族も、獣人族も。ホムのケースさえあった。

アトリエに戻る度、疲弊した。

ルアードには。今回はどのような町に行き、どのように人を救ったかという話をした。ルアードも、独自に活動し。各地で人々を救っていたが。驚くべき話をされた。

「街の近くに住み着いていた人食いドラゴンを退治したら、暗殺者を送られたよ」

「どういうことですか」

「街の領主は錬金術師でね。 どうやら、ドラゴンを自分の権力保持のために利用していたらしいんだ。 人々が襲われようが喰われようが、自分の権力のためには知った事では無い、という風情でね。 ドラゴンがいれば、人々は自分に頼らざるを得なくなるからね」

「無事でしたか」

ルアードはあれから。

もう人間としての自分に、興味を示さなくなったらしい。

周囲に錬金術で作った人工生命体を複数侍らせ。

自衛を簡単にできるようにしていた。

暗殺者も殺さずに見逃したらしい。

「それと私達が離れた街だが、あれから軍が進駐して、アダレットという国家に接収されたようだよ」

「ああ、武王の威名を持つ王が統治していると聞いています。 強力な武人を多数有して、治安を確保することに重きを置いているとか」

「私達がいなくなった後、すぐに匪賊や猛獣の襲撃が相次ぐようになって、まったく手に負えなくなったらしいね。 それで必死に庇護を求めたらしいよ。 庇護はして貰った代わりに、私達が残した錬金術の産物は、全てアダレットが接収したようだけれども」

「……そうですか」

ならば、もう此方でする事も無い。

多くの人々の中で、錬金術を使って皆を救おうとする事そのものが、間違いだったのかも知れない。

そうプラフタは思い始めていた。

それに反省もした。

人間を信じすぎた。

もっと人間には注意を払わなければならない。

ルアードに如何に頼りっきりだったのか思い知らされたプラフタは。

性格も几帳面に変わり始めていた。

一番大事な存在が、最も理不尽な理由で傷つけられたから、かも知れない。

基本的に言葉で人間は変わらない。

現実が変わると人間も変わる。

それを身を以て、プラフタは理解した。

二人は同時に研究する時間も減り。

時々、研究成果のすりあわせをする以外は。

会話も減っていった。

そして、ルアードは。

深淵の者と呼ばれる者達を、いつの間にか連れてくるようになった。

彼らは世界に対して不満を持つ者。

この世界が、創造神が途中でやる気を無くした結果、荒れ果てているという話は、色々な所で耳にする。

実際神々は各地で目撃例があるし。

下等なものであれば、プラフタも撃破したことがある。

深淵の者達は、あらゆる種族で構成されていたが。

彼らは一様に。

世界を恨む目をしていた。

彼らの中に、魔族がいたのだが。

プラフタは聞かされた。

「俺は創造神を見た。 創世の乙女と呼ばれる存在だ」

「確か各地で信仰の対象になっている神ですね。 神々の中でも図抜けた力を持ち、他の神々が束になっても、竜族の最高位の者でもかなわない程の力を持つとか」

「それに間違いない。 何をしていたと思う」

「不満を感じる行為だったのですか」

プラフタの倍も背丈があり。

ヤギのような角と。赤い肌を持つイフリータと名乗る魔族は雄叫びを上げた。

凄まじい怒りを感じる。

「奴は昼寝をしていた! 昼寝だぞ! 創造神が、多くの苦しむ者を見捨て、この荒れ果てた世界を完全に放置して! そして遊ぶことにしか興味が無いようだった!」

「本当ですか……それはいくら何でも酷い」

「うむ! 怒りに猛った俺を叩きのめすと、奴はつまらないと言って消えた。 昼寝をしながら、各地を転々としているのだろう。 許せぬ。 奴に仕事をさせない限り、俺の一族の無念は晴らされん! ……貴方とルアード様には感謝している。 いつか奴の目を覚まさせる事を期待しているぞ」

深淵の者達は。

皆そのように怒りに狂っていた。

獣人族の中にも。

似たような存在がいた。

ケンタウルスと呼ばれるタイプの、足が四本で。上半身がそれとは別についている、特に戦闘力が高いタイプの獣人族だ。ちなみに組み合わせは千差万別で、上半身が人間になっていたり、足の部分は馬だったり犬科だったり、様々である。

彼らは非常に稀少な反面、高い戦闘力と気性の荒さから周囲から疎まれており。

獣人族の中でも、特に世界への不満が大きいようだった。

ティオグレンと呼ばれる、王の称号を持つケンタウルスは、特に不満が大きい様子であった。

迫害され続ける一族の事を放置していること。

そして創造神が昼寝と遊ぶことにしか興味が無いこと。

それらに対する不満を、ルアードに訴えているところを、何度もプラフタは見た。

ルアードは、彼らに対して諭すように接し。

そして崇拝を集めていた。

プラフタも怪我をしている様なら回復の薬を造り。少しでも住みやすくなるように便宜も図った。

彼らが住むための場所を、ルアードは粛々と造り。

そしてアトリエの周囲に、世界に恨みを持つ者達の集落が出来ていった。

プラフタは、少しそれに疑念を感じた。

如何に今の世界がおかしいとは言え。

世界に不満を持つ者ばかりを集めて、どうしようというのか。

そして、ある日。

決定的な亀裂が生まれる事になった。

 

「私には力が足りない」

ルアードの言葉は。

今までのルアードが発した言葉のどれとも、決定的に違っていた。

何もかも相談し合った二人なのに。

どうしてか、その言葉は何故出てきたのか、想像もできなかった。

プラフタは何かとても嫌な予感がした。

「貴方ほどの錬金術師はそういません。 私とも同格です。 あの街に固執しなくなり、世界を巡って貴方も見てきた筈です。 堕落し、力を失った錬金術師達を。 世界を救おうともせず、我欲を満たすためだけに錬金術を使う愚かな者達を。 世界を我が物顔で歩き回る神々やドラゴンたちを。 そうしていない貴方は、力ある錬金術師です」

「そうではないんだ、プラフタ。 それは君の主観でしかない。 事実君は何をしても「光の錬金術師」と呼ばれた。 それに対して、私はどれだけの努力を重ねても、「醜悪のルアード」と拒絶された。 それは要するに、私がその侮蔑を覆すだけの力を持たず、努力も怠ってきたから、だろう」

「貴方が努力をしていないなんてあり得ません」

「あり得るんだよ。 そしてこのままでは、恐らく創造神の目を覚まさせる事だって出来ないだろう」

歯車が。

何処かで壊れ、外れるような感覚を覚えた。

今までも、技術的な話をしているときに、意見が分かれることはあった。だが、話を詰めていくと、最終的に互いに理解に至った。

錬金術は文字通り神の御技だが。

しかし理論によって行えるものだ。

素質が必要だと言う致命的な欠点があるものの。

素質さえあれば、錬金術は理論に沿って使って行くことが出来るものなのだ。

嫌な予感がした。

プラフタは、ルアードが今まで回った街を確認しに行くことにした。

そして、結論する。

何処の街でも。

ルアードはプラフタが出来る限界と同等の作業をしている。

洪水を食い止め。

悪竜を倒し。

疫病を止め。

そして苦しんでいる人々を、的確極まりなく救っている。

それなのに。

感謝の言葉は、何処の誰からも出てこない。

「ああ、あの気持ち悪い錬金術師。 ドラゴンを倒したとか言うのも、どうせ嘘なんだろう。 彼奴がドラゴンをけしかけていたって聞いたぜ」

人食いの邪悪なドラゴンに苦しめられていた街の人間は。

事もあろうにそうせせら笑った。

疫病を止めた街でも。

住民は、ルアードが疫病を撒いたと認識しているようだった。

有力者を締め上げて話を聞く。

プラフタは、この時。

既に充分に好戦的な気分になっていた。

街を捨てた後も。

プラフタは各地で歓迎されていたし。光の錬金術師の名を聞くと、畏敬を抱く民も多かったが。

この差は一体何だ。

そう思ったら、おぞましい答えが返ってきた。

「気持ち悪いんだよ彼奴! キモイんだよ! 顔が!」

錬金術とは名ばかりの、手品のような事しか出来ない有力者は。

用心棒を全て叩きのめされ。

プラフタに空中につり上げられると、そうわめき散らした。

「あれがドラゴンを倒したのは知ってる! だけどあんな気持ち悪い奴に感謝なんか出来るか!」

「つまり貴方は、街の人々を救った英雄を、自分の主観で気持ち悪いという理由だけで貶めたと言うのですか」

「人間は見かけが九割なんだよ! あんただって、なんで歓迎されると思ってる! 単に容姿が美しいからだろうが!」

失禁しているそいつを投げ捨てると。

プラフタは。茫然自失としていた。

そんな腐った主観が。

多数集まることで客観になり。

ルアードを、「努力が足りない」「力が足りない」と錯覚させるまでに追い詰めていたのか。

ましてやルアードは悪意に極めて敏感だ。

プラフタをそれで何度も助けてくれた。

だが、ルアードを誰が救った。

プラフタは側にいたが。

悪意から本当にルアードを守ったのか。

どの街を巡っても。

結果は同じだった。

死病から救われた人間でさえ。

ルアードを気持ちが悪かったから、と言う理由で拒絶していた。

恐らくは、あの街の顔役達も。

同じ理由だったのだろう。

プラフタと同格の実力だと言う事を、「主観で劣ったように見える」という点から、「主観」で否定していたのだ。

嗚呼。

そうだったのか。

自分が救おうとしてきた人々は。これほどまでに愚かだったのか。

世界とは。

此処まで醜かったのか。

呆然としながら、アトリエに戻る。

そして、感じ取る。

圧倒的な力を。

そして、世界から全てを吸い上げる力を。

これでも、様々な文献に目を通してきたプラフタだ。その正体には、すぐに思い当たった。

禁忌と呼ばれる御技は幾つもあるが。

その中の一つ。

世界の未来を吸い取り。

現在の力へと変える御技。

その名は。

根絶。

それを錬金術と組み合わせたとき。

それこそ、どんな邪神でも出来ない事が出来るようになる。

すなわち、根絶の錬金術。

どれだけ愚かでも。

未来のために、現在を変えなければならない。

意見は一致していたはずだった。

だが、ルアードは。

ついに、その意見を変えてしまったようだった。

膝から崩れ落ちそうになる。

だが、必死に踏みとどまった。

凡百の錬金術師なら。根絶の力に手を出そうと、どうと言うことも無い。大した被害も出ないだろう。

だが、ルアードほどの錬金術師が、本気で根絶の錬金術を駆使したらどうなるか。

錬金術は神の御技だ。

世界の意思を汲み取り。

それによって世界を変える力なのだ。

何度か、乱暴に涙を拭う。

未来だけは。

未来だけは奪ってはいけない。

例え世界がどれだけ醜くても。

どれだけ人々の心が腐っていても。

いつか必ず変えられると信じて、現在を変えていかなければならない。

そのためには。

ルアードを討たなければならないかも知れない。

ただでさえ互角の力量を持っている相手だ。

根絶の力に手を出したとなると。

もはや差し違えるほかに道はないだろう。

プラフタは覚悟を決める。

そして、二人で世界のために作り上げたアトリエに向け。

歩き出したのだった。

 

5、そして時は始まる

 

意識が定まらない。

あれからどうなったのだろう。

そうだ、思い出した。

誰かと。

大事な誰かと戦って。

そして相打ちになった。

出来るだけ被害は自分と相手だけにしか出ないようにした。

かろうじて相打ちには持ち込むことが出来た。

自分も相手も肉体を失った。

そして失った肉体を離れた魂は。

彷徨い。

それからどうなったのだったか。

何かが見える。

光だ。

それもとても強い光。

触られている。

持ち上げられている。

体が動かない。

いや、無くなったのだから、それは当たり前だろう。

やがて、どういう原理か。

周囲が見え始めた。

触られているのが嫌で、浮き上がる。

それくらいは出来た。

「うわ!? 何?」

まだ若い娘の声。

それなりにしっかりした錬金術師の格好をしている。年は十代半ば。栄養状態は良い様子で、背は低すぎもなく、高過ぎもしない。少し身繕いは雑なようだが、磨けばとても綺麗になりそうだ。

ふと、その綺麗という言葉に、強烈な嫌悪感が湧くが。

どうしてかは分からなかった。

殆ど何も思い出せない。

思い出せるのは一つだけ。

プラフタという自分の名前だけだ。

「……此処は何処ですか」

「本が喋ったあ!?」

「本……」

本か。

そういえば、本だ。

体を失ったことは何となく分かる。魂が本に宿ったのだろう。

周囲を見回すと。

どうやら、質素ながら。

釜もある、錬金術師のアトリエのようだった。

「私はプラフタ。 貴方は」

「本に名前があるの?」

「貴方の名前は」

「え、ええと。 あたしはソフィー。 ソフィー=ノイエンミュラー。 それと、さっきの質問だけれど、此処はキルヘン=ベル。 ラスティン連邦国に所属する辺境街だよ」

そうか。ノイエンミュラーという家名も。ラスティン連邦国という国家も。聞いた事がない名前だ。

或いは覚えていないからかも知れないが。

「あ、貴方はどういう本なの?」

「私は……」

プラフタは、少し悩んだ後、答える。

それ以外に、言葉は無かった。

「体を失った錬金術師です」

 

(続)