奇妙な旅の終わり
序、約束を果たす
全ての作業が終わった。唯野仁成はそれを見届けると、方舟に戻る。
そして外装を多少やられていても、航行には全く問題ない方舟が動き出す。
浮き上がり、空間の穴へ。
ホロロジウム最深部へのスキップドライブである。
スキップドライブを終え、ホロロジウム最深部。つまりメムアレフの元に戻る。明けの明星も一緒にいる。油断だけはするなと、正太郎長官に言われた。
一応動力炉は無事。メインもサブもである。
更にフュージョンブラスターの主砲もまだ撃てる。一回撃つだけで融解していた初回から、随分改良を重ねているらしい。
流石は真田さんである。この短時間に、よくも此処まで強化したものだ。
物資搬入口を開くと降りる。
また拍手をする明けの明星。
お前がもう少ししっかり処置をしておけば、あんな苦労はしなかったんだが。そう唯野仁成は思ったが。
その言葉は敢えて飲み込む。此処で、明けの明星に文句を言っても仕方が無いと判断したからである。
「お見事英雄達。 私が見てきた中でも、アルゴー号の英雄達を超える英雄部隊は貴方たちしかいません」
「それはまた、大げさな話だな」
「いえいえ、本当ですよ」
ライドウ氏の言葉に、肩をすくめる明けの明星。
アルゴー号の現物を明けの明星が見たとは思えないから、多分その伝承に出てくる人間や半神の情報を確認しての言葉なのだろう。
サクナヒメが戦闘力を残していないことも見越しているようだが。
それでも、明けの明星は顎をしゃくり。そして、胡座を掻きなおしたメムアレフが咳払いをした。
「それでは、契約通り動こう」
「……かまわないのだな」
唯野仁成が前に出て聞くと、メムアレフは頷く。
この巨神は地球の意思だ。大母などと言う括りでもなく。神と言う存在をも超越している。
だからこそ、なのだろう。
人間の影響で混沌に傾いたとしても。
嘘をつく気はない、と言う事だ。
「宇宙卵……デメテルが実りと呼んでいたあれがまだ残っているな。 それらはどうするつもりだ」
「……真田さん?」
「これほどの高エネルギー体、回収し此方で厳重に保管させてもらう。 それに其方が約束を違えた場合の切り札にもなる」
「なるほど、確かにその通りですね。 ということだ、申し訳ないが……」
真田さんの言葉を、唯野仁成はそのまま伝える。
メムアレフは苦笑していた。
「確かにそれもその通りだ。 ただ、人間の邪悪さはそなた達が知っての通りだ。 くれぐれも油断はするな。 もしもそなたらが失敗した場合は……シェキナーやその力すら取り込んだデメテルすらも打倒したそなたらなら大丈夫だとは思うが、それでも努々気を抜くでないぞ」
「分かっている。 偉大なる大母。 それでは、ホロロジウムに残した物資を全て回収した後撤収する」
「うむ……既にシュバルツバースは収縮を開始させている。 急ぐように」
メムアレフが、宇宙卵の装置を回収した途端に反撃に出てくる可能性もあるが。
はっきりいって、宇宙卵の装置を残したまま残る方が危険だ。
そのまま回収作業を開始する。
既にホロロジウムに悪魔の姿はない。
明けの明星が、にこりと微笑んだ。多分だが、ホロロジウムに面白がって寄ってきた悪魔を。明けの明星と配下の精鋭が片付けてしまったのだろう。
それだけは、感謝しなければならない。
急いだので、数時間で回収作業は終わる。
その間確認したが、シュバルツバースの縮小はどんどん進んでいるそうだ。メムアレフは恐らくだが、もたついていたら方舟ごとシュバルツバースを消滅させる気かも知れない。まあ、そういう不思議な考えの持ち主だ。
唯野仁成も、回収作業に立ち会う。
相手が翻意した場合のリスクを考えると、どうしてもそれはやらざるを得ないからだ。
野戦陣地やプラントも全て回収して、そしてようやく作業は終わった。
クルー全員も回収し。点呼後、物資搬入口を閉じる。
メムアレフが、方舟の艦橋に通信を送ってきた。
方舟を見た事によって、それくらいは可能になったと言うことなのだろう。技術に即座に適応するのは流石である。
「それではさらばだ英雄達。 お前達がバニシングポイントと呼ぶ穴につけた蓋は外しておいた。 私はずっと地上を見ている。 場合によっては相応の措置をする。 くれぐれも、二度とシュバルツバースとそなたらが呼ぶこの深淵を発生させるでないぞ」
「分かっているメムアレフ、いや地球そのもの」
「ああ。 それでは征くが良い」
スキップドライブを開始。
まず転移する先は、エリダヌスである。此処にバニシングポイントがあるからだ。
エリダヌスでウロボロスと戦ったのが、つい先日に思える。エリダヌスからは、秩序陣営の悪魔も混沌陣営の悪魔も撤退を開始していた。それはそうだろう。シュバルツバースが終わる事は、理解したのだろうから。
皆、一斉にバニシングポイントに向かっている。それぞれ天界やら魔界やらに帰るのだろう。
兵士である唯野仁成だが。無駄な殺し合いを肯定するような思考は持っていない。無駄に来て、無駄に戦っただけだったなと、唯野仁成はぼやく。
そういえばマンセマットはともかく、カマエルやサリエルはまた天界で復活するのだろうか。だとしたら、更に席が狭くなるのだろうなとも思う。
残しておいたライトニングと接続。牽引しながら、浮上を開始する。ライトニングを牽引するくらい、方舟には難しく無い。吊すように牽引することになるが、まあ中には物資が詰め込まれているくらいだ。
人がいないのだから、別にそれはかまわないだろう。
シュバルツバースに来る前にジャック部隊は全滅していたようだし、此処で死んだのはジャックだけだった。或いはあのジャックも、既にここに来た時には死んでいたのかも知れない。
そう唯野仁成は思うと、やりきれないと感じた。
ライトニングもすっかり旧式船だが、これだけの物資は再利用のしようもあろう。
持ち帰る事に損は無い。
更に、過剰積載気味だった物資の一部はライトニングに移した。これらの物資を運ぶキャリアとしての役割だけはある。
乗り込んだ人間が全部マグネタイト化されてマンセマット達のエサにされてしまった呪われた船だが。
船そのものに罪はないのだ。
こうして最後まできちんと利用してやるのが、船のためでもあるだろう。
スキップドライブの直前、最後にもう一回春香による点呼が行われる。ノリスの分は、医療室にいたゼレーニンが読み上げた。
ノリスは、まだ目覚めない。
ただゾイによると、状況が悪化している様子もないという。恐らく、数年以内には目覚めるだろう、と言う事だった。
最後にサクナヒメが呼ばれた。
これも、最初と同じだ。
少なくとも、シュバルツバースを出るまではいてくれる。
この過酷な世界で。最初から最後まで、武神としての誇りを胸に、なおかつ人間と生きる事を考え。常に最前線で、神域の武を振るってくれた文字通りの守護神。
サクナヒメは最初嫌疑の目で見られていた。
だが今では、サクナヒメの名前が呼ばれたときに、敬礼するクルーが多かった。
まあ、当然だろう。
その後、ゲストとしてアレックスが呼ばれた。アレックスも顔を上げて、はいとだけ点呼に応じていた。ぶっきらぼうに、ではあるが。
そして、全ての準備が終わって。
スキップドライブが開始される。
もはやすっからかんになったエリダヌスから、バニシングポイントに浮き上がりながら入り込む。
加速。
量子のゆらぎを完全解析した上、もはや壁も存在していない。
これについては、念のために真田さんが解析を終えてくれていた。大丈夫。メムアレフは約束を守ったのだ。
スキップドライブが始まる。
呪われた深淵の土地。いや、浄化をするためのロードローラー。神をも超える地球の意思が住まう闇の穴。
何でも良い。
アレックスがいた平行世界では、突入時点で戦力の八割が失われ。生還したのは二十人程度しかいなかったという地獄から。
方舟、レインボウノアは。
誰一人欠員を出すこと無く。スキップドライブで加速し。
脱出していた。
一瞬後、空の上に出る。
牽引していたライトニングをぶら下げたまま、周囲の様子を急いでマクリアリーが確認する。
ムッチーノは通信を入れている。
国際再建機構に、である。
「外部のデータ確認! シュバルツバースの急速収束を確認! 既に南極大陸の半分ほどにまで収束しています!」
「こちら通信班! 国際再建機構本部と通信がつながりました! 重力子通信でなく、通常の電波通信です!」
わっと声が上がる。
ついに、外に出た。それを、誰もが悟ったのである。そして、ライトニングをぶら下げたまま、ゆっくり方舟は南極の圏外に向かう。急ぐ必要はない。というよりも、シュバルツバースの消滅を見届けなければならないからである。
通信に入り込んで来たのは、留守居組と各国の首脳である。
各国首脳が青ざめているのは、まあ無理もないだろう。
重力子通信で、重要な話はしていたのだろうから。
メムアレフの正体や、どういう契約を済ませたのか。全ては既に知っているはずだ。既得権益層の中でも、世界の1%。世界の富の大半を掌握している一部富裕層に支持を受けて政権を維持している者もいる。
それらをこれから潰さなければならないことは、彼らも分かっているのだろうから。
「此方はレインボウノア。 総指揮官ゴア隊長」
「ゴア君、戻ったか……」
「はい。 誰一人死なせず、戻る事に成功しました。 クルーの欠員はおりません」
わっともう一度声が上がる。
文字通り、感極まって泣き出すクルーもいるようだった。それはそうだろう。何しろ、人跡未踏の地からの生還なのだ。
「残念ながら、後から入り込んだライトニングは、既に知らせているとおりシュバルツバースに入り込んだ頃には乗員は全て殺されていた様子です」
「財団については、首脳部が既に殺されていたのは既に報道済だ。 生き残った幹部達も既に身柄を抑えている」
「しかしながら、これから更に忙しくなります」
「分かっている……」
米国大統領が冷や汗を掻いている。
方舟が外に出たことで、シュバルツバースの縮小が更に加速した様子だ。マクリアリーが驚きの声を上げる。
「シュバルツバースが、加速度的に小さくなっています! もう三十分も消滅には掛からないかと思われます!」
「世界中の核を叩き込んでも破壊は無理だっただろうシュバルツバースが……」
「見てください!」
おののきの声。
南極の各地に大量に捨てられていた廃棄物が、綺麗になくなっている。
南極には、文字通りの無法地帯を良い事に好き勝手にゴミが捨てられていて。それが国際問題になっていたのだが。それも綺麗さっぱり消えていた。
それだけではない。
異常気象で数を著しく減らしていたペンギンの何種かが、数を取り戻している様子である。
これは恐らくだが、南極だけは完全に環境の白紙化が行われたと言う事だろう。
現在は、実の所地球の歴史的には「氷河期」に当たる。
時代によっては、南極にも普通に植物が生え、豊かな生態系があったのだ。
だが流石にシュバルツバースも其所まではするつもりはなかったのだろう。
また、残念ながら各国の南極基地もまた存在しなかった。
こればかりは、どうしようも無いと言う事だ。
シュバルツバースに入ってからは、方舟の英雄達が対応した。だが入る前までは、どうにも出来なかったのだから。
「南極の生態系、回復を確認。 滅亡したとされる生物も何種かいるようです」
「これが……シュバルツバースの力なのか」
米国大統領のおののきの声が聞こえる。
まさか軍事利用を目論んでいるんではあるまいなと、唯野仁成は邪推したが。あのメムアレフは、そんな事をされるほど甘い相手ではない。
シュバルツバースが消滅するまで、このまま浮遊して状況を見る。
マクリアリーの言葉通り。シュバルツバースは最後は最初に現れた時のような、空に伸びる黒い光の柱と化し。それも消えると。完全に反応は消失していた。
シュバルツバース、完全消滅を確認。
その言葉と同時に、アレックスが顔を覆っていた。
彼女の身柄は、そのまま世間に晒すわけにはいかない。何しろ未来人である。国際再建機構で身柄を預かるしかない。
だが、ジョージという偉大なAIや、未来情報の提供者でもある。
そして何より正太郎長官が睨みを利かせている国際再建機構である。
好き勝手はさせない。
「これより国際再建機構本部に凱旋します」
ゴア隊長の声と共に、国際再建機構の留守居組は立ち上がって拍手。
不嫌嫌そうに、各国の首脳部の者達も拍手をしていた。
そう、これにて。
奇妙な旅は、文字通り終わりを告げるのだ。
ただ、方舟が国際再建機構本部に辿りつくまでが旅でもある。途中で何処かの軍が仕掛けてくる可能性も、低確率ながらある。
唯野仁成は、外から入ってくる情報を、デモニカの情報端末で見る。
南米アフリカそれぞれの南端に集結していた米軍をはじめとする多国籍軍と、国際再建機構の部隊は撤退を開始。
それに対して、不審そうに様子を見ていた住民達は、胸をなで下ろしているようだった。
ただ、現地の犯罪者は容赦なく国際再建機構が取り締まるという話もして。それでかなりの数の犯罪者が捕まったらしい。
まあ、これは行きがけの駄賃と言う事だ。
同時に、今までマスコミの報道を押さえ込んでいた国際再建機構が、シュバルツバースの情報を解禁。
危うく世界が滅び掛ける所だった事を、世界の人々は知ったのである。
しかしシュバルツバースに乗り込み。
シュバルツバースを消滅させた英雄達が帰ってくると言う話については、まだ伏せられていた。
情報を流すには順番を踏む必要がある。
いきなり膨大な情報を流しても、混乱するだけだろうからだ。
ただでさえマスコミの無能さは現在世界的に普遍化している。
国際再建機構の報道官が最初に報道して、それからマスコミが追随して放送するという形になった様子だが。
こんな時でも、テレビやラジオなどの視聴率は往事に到底及ばなかった様子だ。
まあ、散々不義理を働いたのだから無理もない。
方舟は改良を重ねまくった結果、その気になれば国際再建機構本部にそのままスキップドライブすることも可能、という事だったが。
それでも凱旋は、船として海上で行く。
曳航されているライトニングは哀れ極まりない姿だったが。この中にも貴重な物資が山と搭載されているのだ。
唯野仁成が艦橋に呼ばれたので、出向く。
二日ほどで国際再建機構の本部にほど近い、出港した港の近海に着くそうだが。
それまでにも、やるべき事はあると言うことだ。
まず、サクナヒメがかなり弱っているのが一目で分かった。
もうこればかりは、どうしようもないだろう。姫様は、肩をすくめてみせる。明らかに力が落ちているのが、今の唯野仁成には分かった。
「唯野仁成。 見ての通りだ」
「姫様!」
「後三日という所だな。 国際再建機構の本部に辿りついて、皆が船を下りた頃くらいには、ヤナトに戻る」
「ありがとう、本当にありがとうございました!」
皆が敬礼する。
ライドウ氏も、同じように頷いていた。
「俺も恐らく姫様と同時に、俺の世界に戻ることになると思う。 皆、とても世話になった。 これだけの人数と世界の危機を救ったのは俺も流石に初めてだ」
苦笑いするライドウ氏。
周囲から苦笑が巻き起こった。
だが、それでも敬礼にすぐ変わる。この人の膨大な悪魔の知識と、普段は温存していたがここぞで出してくる強力な悪魔の実力には本当に助けられた。
更に、である。
辞令が言い渡される。
唯野仁成、ヒメネス。二人が最初に呼ばれた。
前に出た二人に対して、正太郎長官が言い渡す。
「君達は今回の戦いで大きな戦果をそれぞれ挙げた。 故にそれぞれ、准将に昇進し、ゴア隊長……ゴア将軍の副将として今後は活躍して貰いたい」
「イエッサ!」
「イエッサ。 へへ、良い家くださいよ」
「それは約束通りに。 今後はある程度楽な生活ができるさ。 良識の範囲内でな」
正太郎長官の言葉には揶揄も籠もっていた。
良識を超えて、限度を知らない蓄財をする連中をこれから駆除するんだから。まあ当然ではあるだろう。
続けてゴア隊長。
ずっと縁の下の力持ちとして、指揮手腕を振るった威丈夫は、力強く敬礼した。
「ゴア隊長は、国際再建機構の軍事部門を一手に担って貰う。 今は将軍だが、帰還次第元帥となって貰うつもりだ」
「イエッサ!」
「儂は今後、サイボーグ化の手術を受けて大御所に移行する。 裏方の仕事は儂に任せて、存分に手腕を振るってほしい」
「分かりました!」
ゴア隊長は裏方だったが、ずっとクルー達の主柱として存在し続けた。
その指揮手腕は高く、判断力も優れていた。
平行世界では最初に殺されてしまったというこの人が。どれだけ有能だったのか、唯野仁成は良く知っている。
更にストーム1とケンシロウが呼ばれる。
二人とも、中将待遇だが。軍を率いるのでは無く、これからも遊撃として活躍してほしいと言う。行動のグリーンライトも今まで通り渡されるそうだ。
ケンシロウは鷹揚に頷き、ぼそりと言った。
「実家の孤児院に仕送りが出来るなら、それでいい」
「北斗神拳を残すつもりはないのかね?」
「それは……ない。 伝承があまりにも非人道的な方法を用いるからだ。 俺達の代で、北斗神拳は終わらせる。 ただ、戦闘技術や経絡秘孔についてはデータとして知っている限りは渡してもいい。 悪用だけはしないでくれ」
「分かった。 勿論だ」
他の人間だったら無理、となるだろうが。正太郎長官が相手なのだ。ケンシロウも、それを認められると言う事なのだろう。
ストーム1はこれからも黙々と必殺仕事人を続ける事になりそうだ。
世界中の悪党は、ストーム1が来ると聞くだけで今後も震えあがる事になる。
中将ともなれば、更にできる事は増える。
より、世界の悪党達は枕を高くして寝る事など出来なくなるだろう。
春香も呼ばれる。
「君のおかげでクルー達は最後まで発狂することもなく、精神的な健康を保って人外の土地で戦う事が出来た。 本当に助かった」
「はい」
「約束通り、我々のした事。 失態も勿論話してかまわない。 全てを君のやり方で残してほしい。 国際再建機構は、君の活動全てをバックアップする」
「分かりました。 必ず」
実際に外で戦う事はなかった春香だが。彼女の声を聞くだけで落ち着くというクルーは相当数いたし。重要な報告を春香が行う事で、不安を相当に取り除けていたというのも事実だった。
実際問題、長旅でクルーがおかしくならなかったのは彼女のおかげだ。
唯野仁成も、今後も敬意を払いたいと思っている。
なお、春香と同期の「TOP13」(13には春香も含む)と呼ばれるアイドル達は、世界中の一線で活躍していると聞く。
恐らくだが、全ての情報公開は、その「TOP13」でユニットを組んで行われるのだろう。
今までは影響力が大きすぎる事からか、ユニットを組むことは控えていたようだが。
久々の再ユニット結成だ。
その辺りも、話題にはなりそうだ。
ゼレーニンも呼ばれた。
「君は真田技術長官の副官として、今後は活躍してほしい」
「イエッサ!」
「ヒメネスと君、それに唯野仁成は、若手の希望だ。 皆で次代の国際再建機構を頼むぞ」
正太郎長官のまなざしは優しい。
世界の地獄を見続けてきただろう人なのに。こんなに優しい目をする。
それがどれだけの精神力に裏打ちされているか、想像も出来ない程だ。
そして最後に、アレックスが呼ばれた。
「アレックス君。 君は国際再建機構で身柄を預かる。 だが、君の私物や、使役悪魔を取りあげるつもりは無い」
「……それはどういう意味?」
「抑止力が必要だからだ。 君がもしも国際再建機構が駄目だと判断したら、容赦なくもの申していい。 君は既に唯野仁成と並ぶ実力を得ている。 君は自由な立場で、国際再建機構を見て、それで判断をしてくれ」
「懐が広い人物だ、ミスター正太郎。 アレックス、言葉に甘えよう」
アレックスはしばし俯いていたが、顔を上げる。
少しだけ、複雑な気分のようだった。
「平穏でいてはいけないのかしら?」
「君の送った半生については理解している。 だから、平穏でいてかまわない。 家も此方で用意しよう。 そして君には国際再建機構の活動閲覧権も与える」
「!」
流石にクルーは驚いたようだが。
咳払いする正太郎長官。
「未来で散々人類の業を見てきた君には、それだけの事をする権利があると、儂は判断したのだ。 もしも問題があった場合は容赦なく告発してくれ。 聖域化した組織が腐敗するのは古くからの常だ。 儂はサイボーグ化してもう少し後見を続けるが、真田君と儂がいても今後はどうなるか分からないからな」
「……分かったわ。 貴方の清廉さには私でも敬意を評するしかない。 でも、しばらくは平和を甘受させて」
「もちろんだ」
後は、クルーが一人ずつ、春香に呼ばれる。そして、昇進の人事が全員に対してもれなく申し渡された。
船は進む。もう二日もしない内に。母港に辿りつくのだ。そしてその時。武神と、世界最強の悪魔使いは。この世界を離れる。
英雄は、別々の所に帰るのだ。
1、別れ
凱旋として、方舟レインボウノアが母港から上陸し。国際再建機構の地下に収まる。
ライトニングも勿論連れ込んだ。
ライトニングはキャリアとして、ジャンク化したような物資を大量に運び込んでいたが。そのジャンクですら、貴重な物資塗れである。シュバルツバースで採取できた物資は、いずれも最高ランクの品ばかり。
普通に採掘した場合、どれだけコストが掛かるか分からない代物が、そこら中に落ちていた。
ライサンダーZFのような異次元の狙撃銃を作り出せたのもそれが故。
今後、国際再建機構の兵器は国際水準の更に二世代先を行くだろう。それがほぼ確定していた。
そして、平行世界の唯野仁成は、それで暴力的に地球を制圧した。
同じ事は繰り返してはいけないのである。
まず、地下のドッグで、全員が整列する。
サクナヒメとライドウ氏が、現界の限界を迎えていたからだ。
二人に敬礼。特に姫様は、本当にどれだけのクルーを救ったか分からない。武神と呼ぶのに抵抗がある人はプリンセスと呼んでいたが。それでも本当に、船の守護を担った存在だった。
最初に、ライドウ氏が消える。
あまりにも静かに。世界からいなくなった。
勿論記憶からまで消える事はない。
豊富な悪魔に対する知識と、手持ちの強大極まりない悪魔達は。シュバルツバースでも普通に通用するものだった。
或いは、デモニカさえ渡せば。ライドウ氏単騎でシュバルツバースの攻略が可能だったのかも知れない。
可能性の話だ。
そしてサクナヒメも消える。
誰もが敬礼し、涙さえ流している者もいたが。
姫も軽く手を振ると。英雄達の未来に幸あれとだけ言って。その場から消えた。
かくして、旅は終わった。
旅が終われば、後は家路に向かう必要がある。
給料が手渡しの時代だったら、皆に手渡しされたかも知れないが。今の時代は流石に銀行振り込みだ。
デモニカについては、随時戦闘時支給されるという。
既に唯野仁成もデモニカは脱いでいたが。しかしながら、デモニカで強化された分のあらゆる全ては健在。
悪魔召喚プログラムも普通に使える。
特にデメテルの監視役も今後は務めなければならないと言う事もあって。唯野仁成は、軍人としていつでもデモニカを着込めるようにと指示が出ていた。これは方舟で一線級の機動班として活躍した面子全員がそうだ。
「さて、腐臭まみれの権力者共を黙らせなければならないな。 真田くん。 国際再建機構の幹部を集めてくれ。 ゴア隊長……いやゴア元帥。 君に主導は頼むぞ」
「分かりました。 さて、少しばかり骨が折れますな」
「何とかして見せましょう」
挙手するヒメネス。
早速働きたい、というのだ。
「俺も現場で働きやすぜ」
「心強いが、いいのかね」
「どうせ米国の大統領を筆頭に、どいつもこいつも難癖をつけるのは目に見えていますでしょう」
その通りだ。
特に米国では、パワーエリートと呼ばれる超富裕層が大統領に対して絶大な影響力を持っている。
1パーセントの過剰に富んだ連中の一角であり。
今後叩き潰す相手でもある。
場合によっては殺すまでする必要はないだろうが。異常な蓄財は全て回収する。それだけで、どれだけの富の不公正が是正されるか分からないのだ。
自由経済が暴走した結果、今の時代は富の不公正が異常過ぎる事態になっている。
そんな時代だからこそ。大統領達は皆青ざめるしかなかろう。
「彼奴らが青白い顔で必死にスポンサー様にお伺いを立てる様子が見たいんでね」
「流石に少し悪趣味だな」
呆れた唯野仁成に、ヒメネスは最初からそうだよと開き直った。
まあそれも良いだろう。
頷くと、ストーム1とケンシロウに、早速ゴア隊長が指示を出す。
現在もっとも駆除を急がなければならない相手を、早速消してきてほしいと言うのである。
まあ誰かは知らないが、宗教関係者で膨大な富を持っている者か。或いは利権を握っている連中か。或いはテロリストに資金援助しているカスか。いずれにしても、消されて当然の連中だろう。今まで消されなかったのがおかしい程の輩だ。
そして唯野仁成にも。
「君は悪いが、国際再建機構本部の外で、手持ちの悪魔達を展開しても良いからあらゆる事態に備えてほしい」
「イエッサ!」
既にアリスは回復している。
アイスをたくさん食べさせてあげるという約束についても忘れていない。本物の、最高のアイスを好きなだけ食べさせてあげるつもりだ。
だから、注文をする。
「済みませんが、国際再建機構本部の近くにある最高のアイス屋にデリバリーを頼めますでしょうか」
きょとんとした正太郎長官に、アリスとの約束を話す。
そうすると、緊迫した空気だったからだろう。
正太郎長官は、遠慮無く大笑いした。
「そうだったな。 あの子は、アイスが大好物だった」
「子供は約束を守らない大人を信用しません。 相手が悪魔でも、誠実であるべきだと俺は考えます」
「分かった、手配しよう。 ただ、任務自体は予定通りやってくれ」
この様子だと、妹と直接会うのはもう少し先か。
もう妹は病院である。もう産まれるのを見越して、病院で過ごした方が良いと判断しているという事だ。
だったらなおさら連れて行けなかった。
下手すると、シュバルツバース内で出産することになっていただろう。
アレックスについては、好きに動いて良いといきなり言い渡される。
悩んだ末に、アレックスは唯野仁成と行動を共にすると言った。
後は、クルーは解散となった。
流れで解散していくクルー達。真田さんがゼレーニンを連れていく。ゼレーニンはずっと何処か悲しそうだったが。色々な問題と直面して、皆に助けられて打ち破ったからだろう。
ずっとたくましくなっているのが分かった。
マンセマットがぼやいていたように。もう都合の良い人形に仕立て上げられるような事もないだろう。
以降は、国際再建機構を支える科学者の一人として、八面六臂の活躍を見せてくれるのは確定である。
唯野仁成はデモニカを早速着込む。
外に出る。実は、既にレインボウノアの甲板で日光浴はしたのだが。それでもやはり外は明るい。
レインボウノアのあった方をもう一度だけ見た。
ありがとう方舟。
これから、貴方の子孫がたくさん作られて、宇宙に人を運ぶ。宇宙での作業を行う助けになる。
だが、その最初の道を切り開いてくれたのは貴方だ。
方舟の力がなければ、とてもではないがシュバルツバースを越える事など出来なかっただろう。
貴方こそ、最高の英雄の一人だった。
虚空に敬礼すると、唯野仁成は指定された地点に向かう。デリバリーで来ていたアイス屋の少し前で、アリス達女性陣を召喚しておく。しれっとデメテルも出てくるのは正直笑うしかないが。それは堪えておく。
アレックスは無言で腕組みし、壁に背中を預ける。アイスには興味ありそうだが、今すぐ食べる気にはなれないのだろう。
アイス屋は仮装か何かと思ったのか。国際再建機構の巨大な本部ビル前に呼ばれた後、きょとんと女悪魔達の様子を見ていたが。アイスをわいわい食べ始める様子を見て安心したらしい。
気のよさそうな太めの男性は、数十種類用意してきたらしい最高のアイスを、無邪気に楽しんで貰えているようで自身も満足していた。多分ムッチーノと同じで、おいしく自分の作った料理を食べて貰う事を一番喜ぶタイプなのだろう。
「あんた国際再建機構の。 何だか大変だったんだって?」
「ええ。 ちょっと世界の危機と闘ってきました」
「はあ。 それであのお嬢さん方は」
「いずれ分かりますよ」
悪魔召喚プログラムは、今後国際再建機構の主力兵装の一つになる。シュバルツバースから連れ帰った悪魔の戦闘力は、アレックスが平行世界の未来で見たように。その気になれば、現在の文明を叩きつぶせるほどである。
だが、今アイスを食べている唯野仁成の手持ち達は。ああしている分にはみんな気が良いアイス好きに過ぎない。
ただ、悪魔はどうしても簡単に扱える存在では無い。
また、無闇に使ってもいけない存在でもあった。
すぐに報道陣が押し寄せてくる。恐らくだが、何処かの国のお偉いさんが、ある程度の情報をリークしたのだろう。
通常武装した国再建機構の兵士達が来て、彼らに対して威圧的な壁を作るが。だが、春香が来たのを見て。皆黙り込んで、壁を開けた。
報道陣を捌くのは春香が最も慣れている。
女性悪魔陣がアイスを無心に楽しんでいるのを横目に。
春香は報道陣に対して、誰もを安心させる声を投げかけた。
「静かに。 質問には一つずつ答えます」
「世界の危機を国際再建機構が隠蔽していたという情報がありますが!」
「現在は詳しい話は出来ませんが、世界の危機が存在していたのは事実。 そしてそれを隠蔽したのは、今内部で話をしている先進諸国を含む各国の首脳部全員です」
「報道の自由をどうお考えですか!」
春香は無視。順番に丁寧に一つずつ質問に答えていく。煽るような声が飛んでくるが、見向きもしない。
流石である。
唯野仁成は、暴徒やテロリストがいないか、確認していればいい。
今の感覚なら、周囲数q内の殺気も全て判断出来る。ドローンなどの接近も察知が可能だ。
デモニカを着た今の唯野仁成は。ケンシロウやストーム1、帰ってしまったライドウ氏や姫様などの超人や武神を仰ぎ見ていた頃と違う。
もはや並び立つ英雄だ。
「アイスはどれもガロン単位で持ってきているからね。 好きなだけ食べておくれ」
「わーい! 次それ頂戴!」
「OK! いい食べっぷりだ」
アリスがチョコクッキーのアイスを指定するので、嬉しそうにアイス屋が盛りつけている。
まあ太る心配はないだろう。
程なくして、質問を軽々と捌いた春香が、一礼するとその場を離れる。
多分「TOP13」と連絡を取って、これからやるべき事をやるのだろう。歌で残すのか、文学にするのかは分からない。
歌だと一曲であの奇妙な旅をまとめきるのは無理がある。
だとすると歌集だろうか。
元々、歌や踊りは非常に人間の心と親和性が高い。或いは、抜擢したのが彼女なのは大正解なのかも知れなかった。
現時点でテロリストや暗殺者、軍の接近は感知できないが。
ただし、此方を監視している軍関係者らしい気配は幾つも感じる。
満足したらしいイシュタルとアナーヒターが引っ込む。いつの間にか二人減っていることにアイス屋が驚いたが。それについては黙っておく。
アレックスが、冷えた声を掛けて来た。
「唯野仁成」
「ああ、分かっている。 此方を監視しているな。 現時点で十四人。 気配からしてFBIじゃなくて、軍の特務部隊だろう」
「いいの放っておいて」
「かまわない。 元々国際再建機構の本部は監視されている。 この程度の監視人数問題にもならない。 仕掛けてくるなら蹴散らすだけだ」
そうと答えると、納得したのかアレックスはアイス屋に自分もアイスを注文した。
アリスもデメテルも満足した様子で引っ込んだ後だ。またいつの間にかいなくなっているのでアイス屋は驚いたが。アレックスがシンプルなバニラアイスを注文したので、黙々と笑顔で作業を始める。
食べ始めると、アレックスは無言になる。
美味しいと相手に感謝の言葉なんて告げる器用な事は出来ないのだろう。
だが、辿ってきた運命を思うと仕方が無いとも言えた。
一応、通信で監視者の存在や、居場所については報告はしておく。
過半が米国関係者のようだが。
雰囲気からしてロシアの諜報員もいる様子だった。まあ、その辺りも全て詳しく説明しておく。
分かった、と対応してくれたゴア隊長。
わいわいと声が聞こえる。多分、相当に揉めているのだろう。
「此方はまだしばらく掛かりそうだ。 だが、今どんどん正太郎長官が全てをまとめて行っている。 実際問題、地球の資源が遠くない未来に尽きるのは分かりきっていた話で、宇宙には何処かしらの国が主導で出なければならなかったんだ。 出来なければ人類は滅んでいた。 シュバルツバース関係無しにな」
「その通りですね。 おっと、また二人追加です。 今度は……気配がまた違いますね」
「今中東の利権調整が始まった。 そろそろ、荒っぽい手段に出る奴が出始めるかも知れないな」
頷くと、アレックスに視線を送る。
アレックスも満足した様子を見てから、アイス屋に料金を支払った。凄い金額になったが、まああれだけみんな食べていたのだ。やむを得ないだろう。
さて、ここからが本番だ。
殺す必要もない相手を殺す事はない。
今の戦闘力差なら、半径1キロ以内にいる銃で武装した相手くらい、秒で眠らせることが出来る。
接近してきている数人が、かなり荒っぽそうな特殊部隊員だ。
とりあえず、これは黙らせておいた方が良いだろう。
居場所を連絡した後、ゼウスを召喚。相手を気絶させるにまで出力を落としたケラウノスをぶっ放して貰う。
兵士達は突然のゼウスの出現に驚いたが。それよりも、光の線が空を走ったことの方が驚きだった様子だ。
いずれにしても、一瞬で気絶した特殊部隊員達を兵士達が確保に向かう。
この調子で、しばらくは押さえ込みが必要になるだろう。
どうせ会議は数日はかかる。
これは確定なのだから。
アレックスを先に休ませて。ほぼそれから丸一日、唯野仁成は監視を続ける。その過程で、三十人以上の特殊部隊員を遠距離狙撃して黙らせた。実際にテロまでやろうとした連中はいなかったが。悪名高い特殊部隊の者もいて。それらは確保してから、じっくりと情報を引っ張り出すことになるだろう。
拷問なんて悪趣味なことしなくても、もう頭を直に覗くくらいは出来る悪魔が手持ちに存在している。
今後、隠し事など無意味だ。
アレックスが来たので、交代。仮眠を取る事にする。
アレックスが相当な手練れだと言う事は、国際再建機構の兵士達も一目で見抜いたようで、普通に敬礼する。
アレックスは無言で頷くと、周囲の監視を続けた。
唯野仁成は一眠りして、それからヒメネスに連絡を入れていた。
「どんな様子だ」
「んー、だいたい終わったかな。 正太郎長官がばっさばっさと捌いていくから、俺が誰か取り押さえたりする必要もなかったぜ。 インドラジットが暴れさせろって五月蠅かったけどな」
「それだけ陰湿な気が渦巻いていたのか」
「そりゃそうだろ。 どいつもこいつも秘書官と連絡して、ずっとこそこそやってたからな。 この様子だと、国際再建機構排除だとかを掲げて連合を組む国とかもいるかも知れねえな」
まあその場合は鎮圧だ。
いずれにしても、メムアレフは今もこの様子を見ているだろう。強引な方法でまとめる事しか手がないことも知っているだろう。
平行世界の唯野仁成のように、文字通りのジェノサイドを行うのは論外だが。
一方で、軍を動かす必要があるのも事実だった。
核を使うことを考える国も出てくるかも知れない。
既得権益層が国を完全に動かしている国なら、そう出てもおかしくは無いのだから。
アレックスには一応念のために伝えておく。
持ち場に戻ると、アレックスに話を軽くする。
もしもこの世界でも失敗した場合は、ノウハウを全て持って別の平行世界に行くように、と。
アレックスはしばし黙り込んだ後。
首を横に振った。
「これから荒事になるのは分かるわよ。 私が幼い頃から感じてたぴりぴりを何となく感じるもの」
「メムアレフは恐らく相当に気が短い。 もしも世界大戦にでもなれば、即座にシュバルツバースを再展開するだろう。 その時には……」
「それでも、よ」
「唯野仁成。 バディは……アレックスはもう疲れたと言いたいのだ。 この世界で駄目なら、これ以上の可能性が揃った世界などあり得ない。 だったら、この世界で確実に成功させてほしい、と」
そうか。その気持ちは分かる。
ならば、分かった。
アレックスの肩を叩く。アレックスは、嫌がらなかった。
「よし、なら俺に任せろ。 必ずやメムアレフとの公約を実行してみせる。 正太郎長官を筆頭に皆もいる。 シュバルツバースの悪魔達に比べれば、この世界で蠢いている既得権益層なんかどうにでもなる相手ばかりだ。 何とかして見せるさ」
「……」
「交代だ。 疲れも溜まっているだろうし、俺が変わる。 休憩に行くと良い」
「ええ、そうさせてもらうわ」
アレックスがその場を離れる。
PCの中から、デメテルがくすくすと笑った。
「ふふ、安請け合いしてしまって大丈夫ですの?」
「安請け合いじゃあないさ」
「へえ?」
「俺は今背負った。 アレックスの絶望をもう二度とみないという誓いをな。 あんたなら、分かるんじゃないのか」
デメテルはしばらく黙り込むと。
ため息をついて、会話を一方的に切った。
痛いところを突かれた、というのだろう。それでいい。悪魔と接する時は、これくらいでいいのだ。
さて、周囲に探知範囲を気合いを入れて拡げるか。
やはりかなり特殊部隊やスパイの類が潜んでいる。この様子だと、仕掛けられる隙が無いか探っているのだろう。
面倒くさそうなのは全て捕獲しておく。それだけでいい。
今は、これ以上。
無意味に事を荒立てる必要など、ないのだから。
2、宇宙へ
国際再建機構による草刈りが始まった。
元々今の時代では、膨大な富を蓄えている上位1パーセントの層は、基本的に邪悪な行為に手を染めている。
クリーンな金持ちなど存在しない。いるにはいるが、それは例外中の例外だ。
モラルハザードが極限まで進行した世界だ。こんな世界で膨大な金を蓄えていると言う事は。
つまりそういう事、という訳である。
犯罪者の摘発が始まる。埃を叩くと出るわ出るわで、またたくまに世界の長者ランキングの常連や、財閥を形成していたような企業の代表達が逮捕されていき。急激に富の過剰蓄積の構造が解体されていった。
勿論そう言った連中にはマスコミのスポンサーも多く。デリケートな問題とかしていた人権を金に換えているいわゆる人権屋も珍しく無かった。
だから、最初はマスコミがぎゃんぎゃんと騒ぎ立てたが。
これは殆ど話題にならなかった。
まあ当然だろう。
そもそもマスコミは既に求心力を失っており、アニメや映画、それにアイドルと言うコンテンツは全てマスコミと関係が深いテレビからとっくに離れている。新聞なんて、今更中身を信じる者もいない。
必死の抵抗虚しく。
多くの人間は、国際再建機構の事を信じた。
懸念されたことが、富裕層が貧困国でテロなどを主導することだったが。皮肉な話に、国際再建機構に今まで紛争の解決や貧困の解決をして貰った人間は多数いた。
あんた達よりも、国際再建機構の方を信じるよ。
そうテロ屋達は現地の住民を扇動しようとして、何度もそう言われた。そして彼らが気付いたときには。
既に資金は尽きていたのである。
更に悪質な輩の元へは、ストーム1やケンシロウが赴いた。
本当に殺すのは、相手が多数のテロを扇動してきていた前科持ちだったり。完全に賊と化した外道の場合だけだったが。
それでも、相応の殺戮はどうしても改革には伴うのだった。
ただ、人権屋やテロのスポンサーが急速に解体されていった事で。10年計画と並行して行われていった地球の掃除は、予想以上の速度で進行していき。
流血も伴いながら、急速に国際再建機構主導の挙国一致体勢ならぬ、挙星一致体勢とでもいうべき、宇宙進出へ向けた本格的な国際的戦略が前倒しで進行していった。
そして、今である。
唯野仁成は、現在地球から宇宙に旅立つ方舟型宇宙船4番艦、オーディンの進水式を見守っている。
一応形式的には船扱いになるので、進水式となる。
ただオーディンと名付けられるこの船は、陸上をタイヤで走る能力が存在していないのだが。
方舟型は現在、月、火星、金星での活動をも想定し。以前存在した陸上移動機能を全て有していたのだが。
このオーディンは宇宙空間での活動だけが主体として設計されていて。今までのような大型の装甲輪関連の装備は全て取り払われていた。
進水式には多数の人が見に来ている。
シュバルツバースから帰還してから5年。10年計画で進んでいた宇宙への移住計画は、想像よりも早く進んでいて。今では多くの人々が見に来ていても、だれもテロは怖れていない。
貧困と憎しみがテロを引き起こさせてきた。
しかしながら、今まで富を独占していた連中がいなくなった事により、貧困層にまともな生活が行き渡るようになり。
それを阻止しようとした人間達もまた駆除された事によって。
今では、一時期からは考えられないほどに、テロリストと呼ばれる集団は減っている。
貧しいことというよりも、そもそも富が一部に過剰蓄積していることが問題だったのであって。
それらを解決する事にとって、テロはなくなった。
また文化の統制などは一切禁止されていない。
流石に生け贄を伴う儀式などは禁止されているが、それ以外のコンテンツには基本的に誰が口を出してもいけない、という明文法も作られて実行されている。
一時期これらの生きた人間でも無いコンテンツに対して、必死に噛みついていた愚かな人権屋の手先達は。
今ではゴキブリのように身を潜めて、表に出てくることは無かった。
大手の新聞社はもうあらかた倒産してしまっており。現在では玉石混淆のネットメディアが主体になっているが。
国際再建機構の発表をそのままなぞるものか、或いはしっかり分析して分かりやすく伝えるものかに二分しており。
まあ、それでも前のマスコミより何倍もマシという状況には、唯野仁成も苦笑いするしかない。
空中に浮き上がるオーディン。
やがて、核融合の圧倒的なパワーを利用して、上空に。その速度に、感嘆の声が上がった。
ただ、方舟型の船は、既に宇宙事業で多くの志願者を宇宙に運んでおり。
月のコロニーは現在ルナ6まで建造が完了。火星のコロニーはマーズ2が建設されており。金星ではデモニカの優位性を示すように、ビーナス3が現在鋭意制作中という状況である。
オーディンはそれらの作業を後押しする。
また、コロニーに移住する人間には経済的な支援が行われることも分かっており。これらの資金は1パーセントの富裕層が独占していた膨大すぎる資金から賄われていることもあって。
現在の時点で、棄民政策だと罵る声は殆ど出ていなかった。
すっかりスペースデブリが消えた周回軌道上を一周してから、戻ってくるオーディン。勿論人工衛星は多数存在しているが。現在の地球衛星軌道上は、デブリをほぼ気にしなくても良い状態にまで清掃が終わっている。
地球周回上にあるコロニーアースシリーズは、現在アース4まで建造されている。オーディンはアース10まで作成した後、今度は金星周回上のアフロディーテコロニーの建造に出向く予定であり。
既に宇宙に旅だった人間が1500万を超えている今、既にその存在はスタンダードとなりつつあった。
進水式が終わったことで、集まっていた人々も散り始める。
何とかここまで来たな、と思う。
唯野仁成は、周囲を見回す。デモニカを身につけているから分かるが、周囲に殺気は存在しない。
やはり国際再建機構が改革を始めた前後は、どうしてもテロが何回か起きた。犠牲者も出た。
それらは全てストーム1とケンシロウ、それにヒメネスや唯野仁成が中心になって組織ごと潰して行ったが。
それらの過程で、独裁、自由の阻害という声が上がるのはどうしても避けられなかった。
実際各国の統合を進めていく過程で問題が幾つも起きたのは事実だが。
現在では昔の国連が理想としたような、地球をまとめ上げた事実上の単一国家に地球はなろうとしている。
それは、とても良い事だろう。
多様性は確保された上で、紛争の火種が消えて行っているのである。
幾つかの大国を真っ先に叩いて潰したのが、最大の要因ではあるのだろうが。
それでも此処まで急激に平穏になったのは。それを主導した、正太郎長官の手腕を思わざるを得ない。
自宅に戻ろうとするところで、通信が入る。
妹からだった。
「お兄ちゃん、今進水式終わった?」
「ああ、終わったよ。 これから家に戻る所だ」
「アレックスさんと一緒にケーキ作って待っているわよ」
「分かった。 楽しみにしておく」
通話を切る。デモニカの機能では無く、渡されている通信端末によるものだ。進水式の護衛に出ていた兵士達を帰らせ、常勤の兵士と自動監視システムに敬礼して戻る。
現在人類は急速に崩壊しつつある結婚制度を捨てつつあるが。一方で、従来の結婚制度を選ぶ人間もいる。
元々結婚していた人間には干渉しないし。遺伝子データを集めて、そこから無作為に子供を作ってAIが教育するシステムは各地で既に運用が始まっているが。それに対しての反発も思った以上に小さい。
急速に普及したアーサーとジョージを先祖をするAI達が、想像以上に公平で子供を育てるのにも高い経験値を有していたのが理由だろうか。
もう15年もすれば、AIを親とした子供達が社会に出てくることになる。
そう、アレックスのような、だ。
最初に敵だったアレックスの強さは、唯野仁成も良く知っている。
AIは敵ではないし。
人の仕事も奪わなかった。
家に着くと、妹夫婦と、子供二人。それにアレックスが待っていた。アレックスはあまり居心地が良くないようで、妹夫婦の家とは別の家に普段は住んでいる。唯野仁成も一人暮らしである。妹夫婦の邪魔はしたくないと判断したからだ。だが、それでもたまにヘルプで呼ばれる事はあるし。お祝いの時は声がこうやって掛かる。
アレックスは仕事をしているときの方が落ち着くようで、美しく成人した今は同僚に口説かれたことも何度かあるようだが。いつも基本的に袖にしている様子だ。結婚制度自体にリスクばかり生じている今。仕方が無い事だろう。
もう遺伝子データから無作為に産まれた子供の方が、自然分娩で産まれた子供より数が多いという記録もある。
唯野仁成の遺伝子データを受けた子供もいるそうだ。
会いに行くつもりはないが。
向こうも、遺伝子だけ親の相手とは、関わり合いにはなりたくないだろう。
「おじさん、おかえりなさい!」
「えりなさーい」
上の子は、もうしっかり喋れるようになってきているが、下の子はまだまだだ。
妹夫妻とアレックスが四苦八苦して作ってくれたケーキを、皆で食べる。子供達は兎も角、全員が国際再建機構の関係者だ。外では出来るだけ話はしないようにという事は言われているが。今の時点では得に問題は無い。
「どうだった、進水式」
「オーディンの性能は全く問題ない。 少なくとも後継機が出来るまでに、多数のコロニーの建造に活躍し、人類の宇宙進出に活躍し続けるだろう」
「流石は真田さんというところだね」
「ああ」
妹の夫は感じが良い人物で、寡黙な唯野仁成とは真逆の雰囲気だ。妹にも情熱的に求婚したらしい。
まあその辺は妹にさらっと聞いただけだからよく分からない。こういう血がつながらない家族というのは仲が悪くなりがちらしいが、唯野仁成は家族には殆ど興味が無いからか、一線を引いて行動している。
アレックスもその点ではかなり性格が似ていて。
恐らくだが、アレックスが唯野仁成を最初あれほど嫌悪していたのは。似た者同士であったのが原因では無いかと分析している。
アレックスは表情が柔らかくなることはなく。
最初は妹夫妻の子供達に泣かれることもあったらしいのだが。
今ではそんな事もない。
静かにケーキを黙々と食べた後、仕事が上手く行っているかいないかと、軽く話をした。それでいいと思う。
祝いが終わった。
姪と甥にゲームをせがまれたので、一緒に遊ぶ。甥は側できゃっきゃっとさわいでいるだけだが。姪はもう結構難しいゲームが出来るようになってきている。
接待プレイにならない程度に手を抜きながら、妹と話す。
「それで真田さんは更に計画を前倒しにすると言っているのか」
「そうらしいわ。 私の上司はゼレーニンさんだから、そこまで詳しくは話してくれないけれどね」
「……この辺りで少しブレーキを掛けても良いかも知れないが」
「急すぎる改革は良くない結果も未来に残す、かい義兄さん」
義弟の声に頷く。
唯野仁成としても、改革が前倒しになっているのは良い事だが。其所まで作業を急ぐことはないようにも思えるのだ。
とはいっても、真田さんが以前話してくれた。
真田さんのいた未来では、星間戦争で地球が滅茶苦茶に負け、酷い事になっていたらしい。
真田さんが経験した二度の旅というのは、その星間戦争での自殺的な特攻作戦の事で。
そんな作戦を繰り返させないためにも。今度は入念に成熟した星間文明に地球を育て上げ。
相手が余程の狂った蛮族でもない限りは、現実的に交渉を行って話が出来る程度の文明にまで仕上げておきたい。
それが真田さんが、サイボーグ化していてもいずれ引退しなければならない未来を見越して練っている計画だそうだ。
正太郎長官もサイボーグ化して、更に無理矢理寿命を延ばしたそうだが。
正太郎長官だって、それでも絶対にいずれ無理が来る。
焦りが計画の前倒しを推奨しているのだろうか。
その辺りは、良くない事だとも思う。
「分かった。 今度ゴア元帥とヒメネスと一緒に話をしてみる」
「そう。 あまり無理はしすぎないでね」
「ああ、分かっている」
ケーキを切り上げると、家を出る。アレックスもついてきた。
家の外では、アレックスは未だに唯野仁成の事を名前で呼ぶ。大叔父ではあるのだが。やはり色々と、血縁者だと思うにはまだ厳しいものがあるのだろう。
それについては嫌と言うほど分かるので、文句を言うつもりはない。
「唯野仁成、それでどうするの?」
「どうするもなにも、さっき言った通り軽く話をしてみる。 もしも焦っているようなら諌める。 それだけだ。 正太郎長官も、真田技術長官も、そういった話が出来る相手だと知っているだろう?」
「誰だって衰えるものよ。 唯野仁成、平行世界の貴方だってシュバルツバースに突入した時点では、あんな狂人ではなかった筈だわ」
「……そうだな。 それも考えて、二人と話をしてくる」
アレックスはしばし冷たい目で唯野仁成を見ていた。
アレックスは残念ながら今でもとても口べただ。
現在では国際再建機構を代表する若き戦士として各地で活躍しているアレックスだが、単独での圧倒的強さを発揮して問題を解決していくので、「黒い竜巻」とか言われていると言う。
勿論素性は殆どの国際再建機構の関係者には伏せられている。ただ、唯野仁成の年が離れた事情により別居していていて最近再会した「妹」という設定にされていて。本人はそれが不服らしい。
そんなアレックスだが。ジョージという心強いAIがいる。
「アレックスは君を心配している。 君は既に三十を過ぎただろう。 無理をすると体に良くないとアレックスはいいたいのだ」
「ジョージ!」
「ありがとう、分かっている。 ただ、無理はしないさ」
唯野仁成はシュバルツバースであまりにも急激に強くなりすぎた。それは事実である。
だから、その反動がいつか来るかも知れない。
アレックスだって、実は去年精密検査を受けて。半年ほどリハビリに専念している。三年間無理をしたツケが、若い体にさえ来たのだ。
アレックスと同等の苦労をした唯野仁成だって。
いつ似たような目に会うか分からないのである。
礼をすると、唯野仁成は家に戻る。家ではAIが全てを管理していて、音の外部への遮断や、プライバシーの保護などを、それぞれの独立AIが全てやってくれている。オートで動いているロボットが、軽い家事もやってくれる。
別に唯野仁成は特別に裕福な生活をしている訳ではない。
貯金は確かにあるが、必要な分しか使っていない。
無意味に金ばっかり蓄えて、弱者の生き血を啜っていた連中の醜態を見ているし。あいつらと同じには絶対になりたくないと考えているのもあるのだが。
やはり、こういう静かで質素な生活が一番似合っていた。
風呂に入った後、AIに話す。
「アーサーを呼び出してくれるか」
「はい、お待ちを。 ……ハロー唯野仁成。 何か問題発生ですか」
「ゴア元帥とヒメネスとアポを取ってほしい。 今、国際再建機構が少し急ぎすぎているのでは無いかと言う懸念があってな」
「分かりました。 すぐに連絡をしておきます」
頷くと、後は任せる。
今日はここまでだ。眠る事にする。
人類は宇宙への飛躍を成功させようとしている。デメテルが言っていた、15年でシュバルツバースを再発生させるという計画。それにも、今なら対応出来る気さえしている。
だが、それはそれだ。
計画を急ぎすぎると、とんでもない所で躓いて、いずれ大失敗する可能性だってある。それを考慮すると、一度引き締めが必要かも知れない。
それについては、確かなことだった。
一週間後。
唯野仁成は国際再建機構の本部に出向く。久々にあったヒメネスは、多少老けているようだったが。相変わらずだった。
「よう戦友。 最近はどうよ」
「特に問題はないな」
「ハハハ。 それで結婚制度はともかくとして、女とか作る気はないのか? 俺は色々面倒だからどうでもいいんだが」
「俺もそれは同じだよ」
一室で、ゴア元帥を待つ。
ストーム1が以前任されていたようなダーティワークを一時期積極的にこなしていたヒメネスだが。
どうやらまだ引退するわけにはいかないと判断したストーム1がはりきりすぎているせいで。
まだ二代目ストーム1を襲名するのは先になりそうだと笑いながら話している。
勿論好意的な笑いである。
ヒメネスは今や純粋にストーム1を尊敬しているし。
あのように、常に冷静な仕事屋になりたいとも思っているようだから。
ゴア元帥が来る。
流石に髭に白いものが混じり始めている。後継者としては唯野仁成がいずれ選ばれるという話がある。
昔のヒメネスだったら反発したかも知れない。だが今のヒメネスは、ナンバーワンになりたいとは必ずしも思わない様子だ。
その話が出たときには、ヒトナリには任せられると嬉しい事を言ってくれて。ただしその時には俺をナンバーツーにしろよなとも俗物的に言ったのだった。
「二人とも久しぶりだな」
「ゴア隊長もお久しぶりです」
「かなり体にガタが来ているみたいだが、大丈夫か元帥」
「ははは、まだ大丈夫さ」
とはいっても、もう戦士として前線には立てないだろうなと、唯野仁成は冷静に分析。
ずっと地球の国際再建機構本部で指揮を執り続け。火星でも金星でも月でも、問題が起きた場合に的確に対応し続けたゴア元帥は。正太郎長官と連携して、とにかくよくやってくれている。
この人は地味でとにかく派手さには欠けるが。
その一方で大変に実直で強い正義感を持っている。
だからこそに、シュバルツバースでの司令官として、最後まで堅実な手腕を発揮し続けたのだし。
今でも国際再建機構で守護神となっている。
「それで、話とは何かね」
「計画をまた前倒しするようですね」
「……うむ」
「少し急ぎすぎているのでは無いかと、心配しています」
この人の前で、ああだこうだ繕う必要はない。だから、ずばりと言った。
ヒメネスはそれについてはまだ何も言わない。
ただ、正太郎長官も、真田技術長官も。自分達が生きている間にと、あまりにも急ぎすぎている気がして心配だと告げると。
ゆっくり頷いていた。
「そうだな。 全く同じ懸念を、二人に話した事がある」
「!」
「まあ確かに、何だか追われでもしているかのようなスケジュールで最近回してるもんな」
「それもそうだが、私は大事故を懸念している。 火星や金星は特に極限環境と言っても良い場所だ。 デモニカに、悪魔の力も借りていると言っても、どうしても限界は出て来てしまう」
コロニー計画は今の時点で上手く行っている。特に金星は、無尽蔵の資源が手つかずで眠っていた事もあり。
金星に予定より多いコロニーを建造し、人員を増やそうという計画が現在持ち上がっている様子だ。
だが、ゴア隊長はそれを懸念している。
「知っての通り、我々にはまだテラフォーミング出来るような技術が無い。 だからコロニーは金星の内部で作るしかないし、如何にコロニーを方舟を元に頑強に作っているとは言っても、限界がある。 もしも大事故が起きた場合、その損失は計り知れん」
「それで、どうアプローチするんだ元帥?」
「計画を見直した方が良いかも知れないと、三人で掛け合ってみよう」
「……」
未来の国際再建機構のリーダーである唯野仁成の言葉を、無碍にはしないだろうとゴア隊長は言うが。
それをいうなら、現時点で国際再建機構の軍事部門最高責任者はゴア元帥だ。
この面子で止められないのなら。
何とか手は打たなければならないだろう。
それは独裁というか、暴走につながる。
今の時点で上手く行っている全てが台無しになる可能性があるから、それだけは阻止しなければならない。
もうアレックスに絶望を味あわせたくないのである。
三人で頷き会うと。ゴア隊長は、側にあるAI端末に言う。
「アーサーにつないでくれ」
「分かりました。 ハローゴア元帥。 唯野仁成中将。 ヒメネス中将」
あれから二人とも階級が上がっている。まあ次世代のトップが准将だと問題があると判断はされたのだろう。
一応階級的にはケンシロウ、ストーム1の両翼英雄に並んでしまった。
勿論二人と実力で並んだなどとは思っていない。
二人には野心がない。だから、二人も文句を言う様子は無かった。
「国際再建機構の未来について、大事な話がある。 近いうちに、正太郎長官と、真田技術長官と、話をしたい」
「分かりました。 セッティングを行います」
「頼むぞ」
話を終えると、ふうとゴア元帥は嘆息した。
やはり老いてきているのが分かる。これから、上手く行っているのにブレーキを掛けるという話をするのが色々憂鬱なのだろう。
だが、今まで失敗してきた様々な組織のようにならないために。
何よりも、地球からの独立という計画をきちんと実行するためにも。
唯野仁成は、こんな所で立ち止まるわけにはいかないのだ。
まだまだ先は長い。
ヒメネスと、久しぶりに飲みに行こうと誘われたので、適当なバーに出向く。
まあ、たまには良いだろう。
息抜きになる範囲での飲酒程度なら、何の問題も無いのだから。
3、母の元から
方舟型と呼ばれる大型母艦の第十番艦が就役。それが飛び立っていくのを、ぼんやりと私は見つめていた。此処から離れた金星の本部コロニーでの出来事だから、まああまり関係は無いのだが。金星初の方舟型の最初の一隻と言う事で、歴史的意義のある船だという。
今聞いているのは、この方舟の物語を歌にしたという、9番まである曲。
題名はSinストレンジジャーニー。罪と奇妙な旅、という意味だ。
方舟の冒険は、シュバルツバースという所で行われ。そして其所で地獄のような旅を経て。
地球の意思と対面して、そして何とか説き伏せることに成功したという。
具体的なプレゼンを行い。それで納得させたそうだ。
現在アステロイドベルトまで進出した人類は、国際再建機構の主導のもと、急速に地球から離れている。
人口爆発もとっくに止まった。
現在地球に残っている人間は十億程度。更に今後は減るという。最終的には八千万程まで減るそうだ。
私は、金星の大型基地で産まれた世代で。AIの教育を受けていることから、もうリモートでの作業義務は許可されている。AIでの効率的な教育は、人材を10歳程度で形にする。肉体労働は流石に禁止されているが。昔は効率の悪い方法で教室で詰め込んでいた学習は。今ではAIにより各自にあった最適なプログラムが組まれ、私のように10歳で義務教育分が終わるのは当たり前。もっと先までの学習を望む人間にも、それが出来るようにプログラムが組まれていた。
そして高度なリモート作業で現場を廻せるようになった今。
デモニカを着て外作業をする人員は兎も角。内部から支援をする人員は、私のような子供でもつとまるようになっていた。
それにしても凄い曲だなあと思う。
音楽はとにかく綺麗につながっているし。
流れている曲は非常に綺麗で、何より13人参加のメドレーとしては信じられないほど息があっている。
なお立体映像でライブの様子も見たことがあるが、とにかく息が完璧にあっていて、凄いと言う言葉しか無かった。まあライブまで見ると疲れるので、今は曲を聴くだけでいい。
この中の一人が、ザ・アイドルと今では呼ばれている伝説のアイドル天海春香だ。その同期の合計十三人を「TOP13」とかいうらしいが。
流石に本人がアイドルとして現役引退した今でも、曲は残っている。
サーキットバーストするかのような強烈な消費の時代は終わりを告げ。
遺伝子データから無作為に抽出した子供達が未来を担う時代が来つつある今の時代。私は最初のその世代だから、期待もされている。
無言でリモートでの作業を行う。
昔は職場と言えば、怒号が飛び交い暴力も振るわれ。みんな極限まで絞り取られて、満員電車でぎゅうぎゅう詰め。精神を病んでしまう人だらけで、心療内科は満員、というのが普通だったらしいけれど。
今の時代は、AI管理による仕事の制御が殆ど完璧で。それら全てがない。
後ろで流れている曲は、国際再建機構から「失敗も醜かった部分も全部盛り込んでほしい」と直接依頼があったらしいが。
曲を聴いている限り、シュバルツバースに乗り込んだ英雄達はとても良くやっていると思う。
最初の内は、うそっぱちだという話も挙がったらしいが。
そもそもいきなり数世代分進歩して戻って来た技術の数々や。
その後のスムーズすぎる宇宙進出から考えても。
この曲語られている話は、嘘では無いのだろう。
四つの下位世界は、人間の業そのものの世界で。多くの人が抱いている醜い心の世界が展開されていた。
四つの上位世界は一見すると何処も美しかったけれど。
宗教というものが持つ問題点が指摘されていた。
どの世界も普通だったら発狂しかねない危険な世界だったけれど。
英雄達は知恵と勇気を振り絞って戦い抜いた。
そう聞くと、今の結果には勇気を貰える。
金星に進出するなんて、ほんの十数年前では絶対に信じられなかったことだと聞いている。
今、金星で私は働いている。
その結果が、全てなのだから。
仕事をしていると、このコロニーの指揮官をしている人から連絡が来る。ノリスというおじさんだ。
「唯野桂花。 今の仕事に訂正が入る。 AIの指示に従って、作業を進めてほしい」
「分かりました」
妙な名字だが。私の先祖のものらしい。遺伝子データを蓄積して勝手に子供が作られる時代だ。だから同年代の遺伝子組み合わせだけではなく、本来ならあり得ないような組み合わせの子供がたくさんいる。ちなみに名前は物心つく頃に、AIと相談して決める。
次の国際再建機構の指導者になる人物が唯野仁成というらしいけれど。その人は地球にいる。あった事はないが、寡黙で堅実で、TOP13の歌った曲で主人公として活躍しているのはその人では無いのかという説がある。
私には分からないが。まあ私の先祖なら、誇らしい話ではある。本当かは分からないので、そこまでだ。
作業の訂正が入ったので、ロボットアームを動かして作業を再開。
黙々と地形の修正を行う。
コロニーの外は400℃に90気圧、酸の雨だ。
これを余裕で耐えるデモニカも凄いが。このロボットアームも凄まじい。
地形をならし終えると、AIからの指示があったので、更に微調整を行う。やがて運ばれて来た何かの土台が設置され始める。
コロニーを新しく立てている現場だ。
基礎部分を作っているのだろう。
まだ人類にテラフォーミングの技術はないらしいから、この400℃90気圧の世界で何とかやっていくしかない。
それにはコロニーを作っていく事が必須なのだ。
「はい桂花。 今日の作業は終わりです」
「ふー、疲れたあ」
「今後、外で作業を希望するようになると、もっと疲れますよ」
「デモニカと悪魔を使って作業をするんでしょ。 別に希望しない場合は、このまんまなの?」
そうだと言われたので、ちょっと考えてしまう。
桂花自身は体を動かすのが好きだ。リモートで淡々と作業をしていくよりも。やっぱりデモニカを着て外で活動したいというのはある。
流石に銃を持って戦士として戦うというのはあまり考えたくは無いけれど。
それでも、この身体能力は、どうも先祖からの譲りものらしいので。
使わないのはもったいない、と感じてしまうのである。
「外で仕事したいなー」
「それならば、後8年ほど肉体の成長を待ちましょう」
「はー。 8年もかー」
「その頃にはあらゆる自主的判断が責任と共に出来るようになります。 今の貴方はまだ未成熟な部分が多く……」
分かってると、始まった説教を遮る。
口を尖らせる桂花に、AIは言うのだった。
「気分転換に、外にでも出ますか? 次の仕事は明日になりますが」
「うん、そうする。 ジム行く」
「分かりました。 運動メニューを組みます」
部屋というか、自分の家から出る。
今の時代は、誰にも家がある。昔はホームレスというのがいたらしいが、ぞっとする話である。
コロニーの中には様々な機能がある。コロニー内で家畜の飼育や野菜の栽培もしているらしいのだが。
物資の再利用のシステムも整っていて。食糧の何割かは、正体を知らない方が良いそうである。
これらの技術も、シュバルツバースの旅の結果もたらされたものだそうだ。
なお、金がある人間が天然物を独占しているという事はない。経済というものの形がここ一世代で変わって、もう金の持つ意味が随分と違うからだ。
ジムに出向くと、指定された運動メニューをこなす。
しばらくランニングマシンをこなしていると、隣のランニングマシンに年の離れた男性が乗ってきた。
噂によると、シュバルツバースに乗り込んだ一人だという。
このコロニーの長を今はしている、ノリスである。
「やあ桂花くん。 外では久しぶりかな」
「はあ、まあ」
親子以上の年の差がある男女。昔だったら、かなり危険な状況だったかも知れないが、今は平気だ。
昔は性犯罪とかいうのがあったらしいが、今はAIと監視カメラで全域が見られている時代である。そういうものは起きえなくなった。
警察の作業も、上層部はAIがやっている。
政治という難しいシステムをAIがやるようになってから、社会は大きく変わったのである。
聞きたいと思っていたことがあるので、聞いてみる。
「私の名字の事、知っていますよね」
「知っているさ。 だが、実の所、私はあんまり詳しくないんだよ」
「どういうことですか?」
「私はある女性をシュバルツバースで凶行から守って、心が壊れて何年も寝込んでいたんだよ。 目が覚めたのは、シュバルツバースが方舟から帰ってきた後。 目が覚めたときには、私が守ったゼレーニンという人は立派になっていて、それでも私が目覚めた事を聞いてすっ飛んできて、良かったと涙まで流してくれたよ」
懐かしそうに言う。
要するに、英雄唯野仁成とは、殆ど面識がなくて。
ただ、方舟の序盤で眠りにつく事になり。方舟が帰り着くまで起きる事もなかったという事らしい。
「何だか複雑ですね」
「ああ。 私が前線で戦っていた頃には、まだ英雄唯野仁成は強いには強いけれど殆ど面識もなかったし、エース格ではなかったからね。 彼がどんどん頭角を伸ばしていった頃には、私は動けなかった」
「……」
「だから、私の陰口を言う人も多かったよ。 彼奴は医療カプセルで寝るためにシュバルツバースに行ったんだってね。 ただ、私はゼレーニン技術長官を守れて良かったと想っている。 あの人が伝説の人である真田さんの後を継いで、どれだけ地球の技術を発展させたかは知っているだろう?」
それについては、頷くしかない。
金田正太郎という人と、真田さんと言う人は、もう歴史の教科書に出てくるレベルの偉人となっている。
AIにも教えられた。
シュバルツバースで得た様々な技術を、どんどん現実的な形で発展させていった、次の世代の英傑。その一人がゼレーニンだ。とにかく若い頃は綺麗な人だった。今も充分に綺麗だ。
「だから私は壁になれてよかったのさ。 私が壁になったことで、今のこの時代があるんだからね」
そういうと、ノリスはランニングマシンから降りる。
流石に年齢もあるらしい。私よりもかなり速めで走っていたのだが。それでも年齢や、ずっと寝ていたこともある。
体の衰えはどうしようもないのだろう。
「私の先祖を知っている人はいますか?」
「方舟のメンバーは基本的に今はもうみんなお偉いさんだったり、一線級で働いたりしているからなあ。 唯野仁成も今は国際再建機構のナンバーツーだし、連絡を取るのは難しいだろうね」
「手紙は無理だろうなあ……」
「そうだね、紙媒体の手紙は厳しいだろう。 だけれども、電子メールだったら、或いは拾って返事をしてくれるかも知れないよ」
ノリスが手を振ると、職場に戻っていく。
シュバルツバースで活躍出来なかった分、デモニカを着て金星の大地で働く事を生業にしているらしい。
また天使を多数従えているらしく。
その辺りは、しぶいおじさんであるノリスには似合わないなあとも思う。
だけれども、多分何か思うところがあってそうしているのだろう。
私は何も思わない。
ランニングマシンから降りると、水着に着替えて泳ぐ。
水泳は全身運動と言う事もある。アトピーなどの体質がある場合は厳しい場合もあるが。アトピーはとっくに完治する薬が開発済である。昔は差別の温床にもなったらしいが。今はそんなこともない。
と言うよりも、基本的にAIが回し、各自が独自にAIの指定で行動している今。
差別や虐めは存在しなくなっていた。
その結果、此処の独自性も保たれ、皆好きな文化を好きに楽しめるようにもなっている。
昔存在した人権屋は急激に歴史の闇に埋もれてきているようだが。
それもまた、当然なのかも知れない。
しばらく無心に泳ぐ。
AIが、サポートをしてくれる。
「流石に無尽蔵に体力がある桂花でも、そろそろ休んだ方が良いでしょう。 一旦休憩を入れましょう」
「うい」
プールサイドに座って、少しぼんやりと天井を仰ぐ。
閉塞感を避ける為か、所々空が作られている。具体的には、そう見えるように立体映像が展開されている。
此処では地球の空が見える。
人間が殆ど金星と火星、地球の周回軌道上、月、更には木星の周回軌道上に去った今では。
地球の環境の回復はAI制御のロボットの元、急速に進んでいるらしい。
管理要員の人間もいるが、地球でもこういうコロニーを作ってその内部で暮らしているそうだ。
たった一世代で、人間は此処まで文明の形態を変化させる事が出来た。
なお、これでもかなり進歩速度のブレーキは掛けたらしい。
あまり急ぎすぎると、良くない事が起きる。
そう説得したのは、現在国際再建機構のトップであるゴア長官と、話題に挙がった唯野仁成。英雄の一人であるヒメネスであったとか。
いずれにしても、もう私にはあまり関係が無いか。
ジムでの運動を切り上げて、自室、いや自分の家に。
少し悩んだ後、血統上の先祖である唯野仁成にメールを送ってみる。
まあ、忙しいだろうし返事なんて来ないだろうなと思った。
そして、疲れたので寝ることにする。
10歳の脳みそだとやっぱり限界がある。
体力は底なしとAIにも会う人間にも太鼓判を押されるけれども。それでも、やはり脳みそまでは無理だった。
それから数日。
淡々とお仕事をする。
合間に、外で仕事をするために、デモニカと悪魔召喚プログラムの内容も勉強する。
悪魔召喚プログラムは、精神生命体である神々や悪魔を相手に都合が良い契約ではないようにして従えるためのシステムを基軸に。悪魔をストックしておく能力、悪魔を合体させて更に強くさせる能力などを有する総合プログラムだという。
あのシュバルツバースでも、戦闘要員は殆どみんなが使ったと言う事で。
戦場では様々な神々や悪魔が、さながら神話の戦いを再現するかのように、激しい火花を散らしたという。
自分より弱い悪魔しか従えられないとも記載があったので、そっかあと溜息。
今の桂花では、限界がある。最下層の悪魔でも、性格はかなり「いい」らしく。隙を突かれて危ない目に合う事もあるため。そういう事故が起きないように、なおさらデモニカの着用による能力の底上げを、悪魔召喚プログラムを利用する際には必須とするそうである。
一方で、凄い事が出来る悪魔もいるそうだ。
今見ている画像では、件の唯野仁成が従えている何かの子供の姿をした神が、土地にとんでも無い栄養を一瞬で与えている画像が映し出されていた。
見る間に枯れ果てていた土地が豊かになっていく。
化学肥料などを使わずに、である。
ただ、ずっと此処に貼り付いている訳にはいかないし、力もいつまでも続く訳ではないらしい。
すぐに作業チームが入って、どうしても緑化が上手く行かなかったその土地の基礎を固め始め得ている。
デモニカを着込んでいるから、唯野仁成の顔は見えない。
私の先祖は、どちらかというと厳つい人だったらしいけれど。それでも顔は見たいなあと桂花は思った。
今の桂花の世代が肉体労働にまで進出してくるようになる頃には。既に崩壊し始めている家族制度は完全に終わるという話がある。
一人で生活するのに誰も苦労せず。
必要な時に会うようにする事が出来る様になった今の時代。仕事場だって、基本的に自宅。
結婚制度も、前から結婚していた人や。物好き以外は継続していないと聞いている。
唯野仁成も家庭を持っていないらしい。子供や恋人もいないそうだ。恋人という概念すら、今ではもう過去の蜃気楼のようだという。
そんな時代に、先祖かも知れない人の顔を見たいと思う桂花は、頭が古いのだろうか。
しかし金星にいる桂花が。十五年前には金星にいたのが信じられないというほどに今は社会が急速に変わりつつある。
最新世代の桂花達でさえ、時代の速さについて行けていないのかも知れない。
勉強を終えて、その後はお仕事をする。
桂花の仕事はAIの補助を受けているとは言え、非常に真面目で丁寧だと評判だ。ただ、基本的に今の時代はどんな地位でも過剰な蓄財は出来ない。桂花も生活に困ったことは無いので、それで不満はないが。
評価はされるが。桂花はどこかで不満を抱えていたのかも知れない。
仕事も終わると、小さくあくびをする桂花。
ふと気付くと。
メールの返事が来ていた。
思わず飛びつく。昔はスパムというものが飛び交っていて、一時期メールという文化は死に絶えそうになった事があったらしいが。今はスパムの駆除も全て完了したらしい。ネットにAIが目を光らせているからだ。
内容を確認する。
唯野仁成。間違いない。
電子印などを確認する。偽造されている形跡も無い。
間違いなく、本人からだ。
内容は、簡素なものだった。
唯野仁成は、近々国際再建機構のトップになる。現時点でトップのゴア元帥が、そろそろ引退するから、だそうである。
このため大変忙しく、周囲に隙を見せる訳にもいかない。
だから、最近の様子だけを映像で送ろう。
面識がない自分を慕ってくれて嬉しい。
だけれども、これからの時代は人間が距離をそれぞれ置いて生きていく時代になる。
人間は群れると碌な事をしない。同調圧力で、誰にも不幸をまき散らす。
だから、一人で生き始めた世代は。周囲と交流を取るにしても、一定距離をきちんと執る方が良いだろう。
既に生態系から逸脱した人間は、そうすることで。
やっと次の段階に、知的生命体として進む事が出来るから。だそうだ。
ぼんやりと、見ていた。
ちょっと頬が熱いのを感じた。
唯野仁成が、血縁上は父になるのか祖父になるのかはあまり興味が無い。遺伝子データがそれぞれ登録されている今は、別に昔のように不便で手間も掛かる自然分娩を経て子供が生まれるわけでもないし。
年齢関係無く、子供がいてもおかしくは無いからだ。
ただ、それでも地球を救った英雄の一人が先祖で。
でも、あった事も無いと言うのは少し寂しかった。
ため息をつく。
良い意味での溜息だった。
AIは何も言わない。
感慨にふけるという行為を理解していて、そうしている桂花を見守ってくれているという事である。
ジムに出向く。
それから桂花は、体をもっと鍛えようと思った。
そして一刻も早くデモニカを着て悪魔を従えて、金星の過酷な環境でも働けるようにしたいと考えたのだ。
いずれテラフォーミングの技術が完成するとして。それはどんなに早くても何世代も後になると言う。
金星が、蘇りつつある地球のような美しい星になるには、何十いや何百年も掛かってもおかしくは無い。
それでも、その礎になりたい。
そう、桂花は思った。
底なしと言われた体力をフルに使って見る。何処まで出来るか、興味が生じたからである。
そして、もっともハードなスケジュールを組んでもらい。
それをやり終えた後は。何とも言えない達成感があった。
唯野仁成も、常人離れした身体能力を持っていたと聞いている。幼い頃から、こんな感じで体を動かすのが好きだったのだろうか。
家に帰ると、心地の良い疲労で、桂花は満足したし。
また別の話も聞かされる。
「桂花、君には別の方舟の英雄の遺伝子も入っている」
「そうなの!?」
「ああ。 その英雄は、ワンマンアーミーとまで呼ばれた人物だ。 英傑の子が英傑になる訳ではない。 だが、君の場合はひょっとすると……」
「そっかあ」
何となくその名前は覚えがある。
方舟の最強メンバーの一人。ワンマンアーミー、ストーム1。今でも正式な名前は明かされていないらしい。
流石に現在は引退しているらしいが、それでもその圧倒的な力は知られていて。
各地の悪い人間は、その名前を聞くだけで逃げ散ったという話である。
手を見る。
もっと体がしっかり育ったら。
桂花はそんな英雄達の力を引き継いだ人間として、新しい世界の先頭に立つ一人になるのだろうか。
いや、そんな考えは良くない。
今の時代は、もう上も下もなくなりつつある。
国際再建機構だって、統治システムの大半は、利害から切り離されてAIがやっているというのである。
前の世代くらいまでは、利害と結びついた政治システムが、多大な弊害を産んでいたからだという事だけれども。
まだ、桂花の頭でも、そこから脱却できていないのかも知れなかった。
いずれにしても、嬉しい話だ。
手足が伸びるのが待ち遠しい。
TOP13の歌ったメドレーを聴き直すことにする。9曲もあるメドレーだから、全て聞き終えるのには相応の時間が掛かる。
これを歌って踊りきるのは、相当に大変だっただろう。
歌を聴きながら、シュバルツバースと呼ばれる滅びの穴の攻略史を見る。
今までも知識としてはあったのだけれども。
多分唯野仁成の。先祖から直接連絡が来たことで、きっとモチベーションが上がったのだと思う。
精神力では人間の能力は一割程度しか上がらないと聞いているが。
その一割が、きっと蓋を外してくれたのだ。
今までとは、別物のように理解が進んだ。
曲を聴き終えた時には。偉大な奇妙な旅を終えた英雄達に対しての敬意が、また強くなっていた。
だがAIに警告もされる。
「敬意は狂信につながる。 気を付けるんだよ桂花」
「分かってるよ」
「奇妙な旅に挑んだ英雄達は、英雄ではあったが精神まで完璧だった訳ではない。 それも、理解していてほしい」
実際、曲の最中では苦悩する人の様子や、失敗の様子もきちんと歌われている。
攻略史を見ると、実際問題失策だった事もあったようだし。苦悩して精神状態が危険なところまで行ってしまった人もいるそうだ。
桂花は頷くと。10歳なりに、順番に。色々理解していこうと決めた。
今後、どんどん金星の開拓は進む。コロニーも増える。金星の軌道上にも更にたくさんのコロニーが作られるだろう。
今は金星は、分厚い酸の雲に覆われ。太陽光は殆ど入り込まず。それにも関わらず大気の99パーセントを占める二酸化炭素によって猛烈な温室効果が引き起こされ。結果として灼熱地獄と化しているが。
やがてこの二酸化炭素を少しずつ別の元素に変換し。
酸の雲も分解して。
やがて日光が入り込めるように長期的な計画も立てているらしい。いわゆるテラフォーミングの一角だ。
桂花が生きている内に、金星が美しい花と緑の惑星になる事はないだろう。
だが、コロニー内には美しい森がある一角は存在しているし。
何百年か後には不可能事ではなくなっているはずだ。
その礎に桂花がなれるのなら。
これ以上の幸せはない。
もっと勉強したい。AIに告げると。少し悩んだ末に、AIはスケジュールを組んでくれた。
運動量をがつんと増やしたのだ。
底なしの体力でも、やれることには限界がある。
勉強まで更にやるようになったら、きっと桂花は幼い内に脳に異常をきたしてしまう。
残念ながら桂花は運動能力は高いものの、脳の出来はそこまで優れていないので。AIによる最高率学習でも、限界があるらしい。
そう言われると流石にちょっとむっとするが。
それでも、やってみたいと思うのだ。
学者になりたいとまでは思わない。だけれども、自分が出来るだけの事はしたかった。
昔の時代。地球の最貧困層に産まれていたら。桂花のこの考えは、身の程知らずの子供の妄想で片付けられていただろう。
だが今はそれも違ってきている。
これが昔人間がなしえなかった多様性であり、可能性であるらしい。
それを獲られたのはつい最近。まだ地球には、ほんの一部にこの可能性に反発する者もいるらしいが。
それも、いずれ終わる。
既に人間にとって、神も悪魔も一緒に歩む者となっている。
これはまた、奇妙な話ではあるが。
信仰から産まれた精神生命体は。いずれもが昔は統治に利用されていた者で。多くの悲劇も生み出したらしいが。
既に当たり前のように悪魔召喚プログラムで使われるようになり、共に開拓の最前線に立つようになってからは。
その存在は悪でも善でもなく、ひとくくりで仲魔と呼ばれるようになり。
気むずかしい隣人ではあるものの。
決まったルールに従って一緒に新しい可能性に挑む者となって。
そして既存の信仰は崩壊し。信仰の可能性もまた生じたのだ。これもまた、教わった事だった。
明日が楽しみだ。
今日は疲れきるまで体を動かした。明日からは、もっと体を動かして基礎体力をつけて。
そしてもっと勉強して、できる事を増やしておきたい。
デモニカを着て、金星の過酷な世界にデビューしたときには、何か悪魔も仲魔にして。そして一緒に金星を開拓する事業をしたい。
夢が止まる気配はない。
少し前の若者が、みんな希望の無い未来と、ブラック企業にすり潰される現実で、みんな死んだ目をしていた資料映像を見た事がある。
今は、なんと素晴らしい時代か。
そう、桂花は考えた。
それは、間違っていないはず。英雄達が神々ときちんと話をつけ、ついに地球への依存からも脱却して、作り出した今の時代なのだから。
エピローグ、受け継がれる可能性
唯野仁成がゴア元帥兼国際再建機構長官から、正式に辞令を受けて、跡継ぎになる。
既に前線に立つのは厳しい年になった、というのがゴア元帥の考えだ。
正太郎長官は少し前に亡くなった。守護神である真田さんも、ゼレーニンに全ての技術を継承してから、同じように亡くなっている。
今後は、唯野仁成達の時代だ。
既に中年に入った唯野仁成は辞令を受けると。すぐに軍事部門の最高責任者にヒメネスを。技術部門の最高責任者にゼレーニンを任命。
二人とも、もはやストーム1や真田さんの後継者として相応しい。
現役引退したストーム1が、俺の跡取りとしてもう完璧だとヒメネスの肩を叩いて笑ったとき。
ヒメネスが。
あの皮肉屋のリアリストのヒメネスが、涙を流すのを唯野仁成は見た。
男泣きを笑うのは絶対に良くない事だ。だから、あの時の事は、継承を受けた男の勲章だと考える事にしている。
真田さんは其所までドラマティックではなかった。
元々自分の知っている技術を全てデータ化していて。自分の右腕に相応しい所まで成長したゼレーニンに引き渡したのだ。
既に一神教への依存から脱却し。冷静に一神教を見る事が出来る様になったゼレーニンだったが。
その考えは間違っていないというように。一神教の主要な天使はあらかた従える事に成功していた。
そして、勿論それを悪用することもなく。
偉大なる技術者の魂と。それに姫様、あのサクナヒメに教わった「他を認める事」の重要性を抱き。
今では、金星や火星、更には木星やアステロイドベルトに至るまで。開発の三百年先まで計画を立てている。
文字通り水を得た魚である。
遺伝子データの無作為な配合と、それによって生まれた子供は。生まれつき遺伝子疾患がある場合はそれも治療する事が出来る様になり。
AIの教育で、十年ほどで学習を完了。
それ以上の学習をするも、リモートで仕事を行うも。更に手足が伸びてから、デモニカを着ての肉体労働に加わるも自由となっている。
この子らのモチベーションは極めて高いことが既に分かっていて。
例えば、この間唯野仁成の遺伝子データを使って作り出された子供の一人らしい子からメールが来たが。
メールを返信してから、もの凄い勢いで体を鍛えて勉強をしているらしく。仕事でも凄い成果を上げているそうだ。
目を細めてノリスから来たその報告を見た後。
唯野仁成は、執務室に着く。
これからは、宇宙進出と人類の未来を唯野仁成が担う。
まだほんの少しだけ、過激分子は残っているが。宇宙での生活が予想以上に快適であったことや。
同調圧力がなくなった世界が自由で、それぞれが思うように生きられるようになった事。
AIが幸いにも人間の友人として完成して。その結果、人間の負担が大きく減り。特に最大の問題であった統治システムが不公正ではなくなり、利権も絡まなくなった事で。
一部の、それも昔とは比べものにならない少数の原理主義者を除いて、誰もが幸福度の高い生活をしている。
サイボーグ化してもなお正太郎長官がもたなかったのも同意だ。
二世代も掛からないうちに、しかもブレーキを掛けたにもかかわらず、これほどの改革を成し遂げたのだ。
それは寿命だって縮まる。
今、唯野仁成がいる長官室だって、質素な部屋だ。
幾つかの作業をこなしていると、面会の依頼。直接面会する必要は今日日ほとんどないので、むしろ珍しい。
面会の相手は。アレックスだった。
十分ほど後に来る。
アレックスは、まだ厳しい表情をしていることも多い。人生で一番大事な時期を徹底的に踏みにじられた唯野仁成の妹の孫。実年齢では10歳も離れていないから。アレックスももう三十路に足を突っ込んでいる。
苦労が祟って老けるのも早いかなと本人は自嘲気味だったのだけれども。
別にそんな事もなく。
今ではこの「可能性の時代」に、綺麗に順応している様子だ。
唯野仁成の妹夫婦とはすっかり仲良しになっている。本人の詳しい事情については妹夫婦には告げていない。
まあそれはそうだ。平行世界の孫なんて言っても、混乱させるだけなのだから。
「久しぶりね。 副長官殿。 いや、長官殿というべきかしら」
「アレックス、相変わらずだな。 それで今日はわざわざどうしたんだ」
「唯野仁成、私から説明しよう」
ジョージが、口べたな。相変わらず口べたが直らないアレックスの代わりに説明をしてくれる。
あれからアレックスは、どちらかというと宇宙開発の最前線に立つことが多く。今では方舟型の姉妹艦に乗って指揮を執ったり。悪魔を使って開発の最前線で指揮を執ったりしてくれている。
ストーム1とケンシロウがやっていた実働部隊の後は、ヒメネスや武闘派の元機動班一線級クルーが引き継いでくれたので。
アレックスは汚れ役をしなくて済むようになったのだ。
実は、アレックス自身がやろうかと申し出たのだが。ヒメネスが拒否した。
お前はもうこれ以上手を汚そうとも、人を殺そうと考えなくてもいい、と。
平行世界のヒメネスでは絶対に考えられない話だが。それだけ、ヒメネスも凄惨なアレックスの半生には思うところがあったのだろう。
そんなアレックスは、国際再建機構でも有能な若手指揮官と知られていて。
唯野仁成が長官になった後は。長官になるつもりは無いと明言しているヒメネスやゼレーニンの代わりに。唯野仁成の後継者になるのでは無いかと噂されていた。
「アレックスは、今後の話をしにきている。 バディは今の時代に概ね満足しているのだが。 ただこの時代を作ったのは主に正太郎長官と真田技術長官であって、君がまたあの怪物に変わるのではないかと危惧しているのだ」
「アレックス、余計な事は言わなくても良いと言いたいけれど……まあそういう事。 昔ほど心配はしていないけれど、それでも心の何処かに不安はあるの」
「そうだな。 平行世界の俺がやらかした事を考えれば、当然の心配だろう」
分かっている。
平行世界の唯野仁成は、「シュバルツバースで生き残る」事に全ての可能性を使い果たしてしまい。
その後はただの怪物になってしまった。
だが、今の唯野仁成は違う。
シュバルツバース攻略は、多くの英雄に手伝って貰い、負担を減らす事が出来た。
今でもアリスやデメテルは唯野仁成の手持ちにいるが。それは、唯野仁成がまだ面白いと思っているからである。
アリスは特に顕著だが、唯野仁成が面白くないと思ったら、すぐに手持ちから出て行く事だろう。
あの子はそういう子だ。
新しくアリスに選ばれるのが誰かは分からないが。
或いは、今後の時代を担う子が現れて。その子になるかも知れない。
いずれにしても、唯野仁成も老人になる前にはアリスなどの強力な悪魔に、次世代の英雄を紹介するつもりもいる。
この間メールをくれた桂花という、遺伝子データ的には唯野仁成の孫に当たる子(遺伝子データの血縁的にはストーム1の娘でもあるらしい)も、候補の一人だろう。あくまで候補の一人だ。同じように優れている子は、他にもいる。
「アレックス、どうすればいい。 早めに君に長官の地位を譲ろうか?」
「今の貴方が、平行世界の怪物では無い事は分かっているから、別に其所まで気を遣わなくてもいいわ。 ただ、一つ約束をしてほしいの」
「約束?」
「今後も、この方針を変えないで」
アレックスは真剣だ。
それはそうだろう。地獄を見て来たのだ。
唯野仁成は、頷く。
アレックスの見て来たものも。経験してきた地獄も知っているのだから。
「分かった。 それで納得してくれるなら、そうしよう。 予定より計画が前倒しで進行している今、計画は加速も減速もせず進めていく。 AIが主導で計画を進めている現状、例えば敵対的な宇宙人でも攻めてこない限りは、大規模な計画の変更は必要ないだろう」
「真田さんのいた並行世界には、銀河系にもマゼランにもアンドロメダにも強力な宇宙人の勢力が存在していたらしいわね」
「だが、真田さんのいた世界とこの世界は、歴史の流れが大きく違っているらしい。 それを考えると、同じように宇宙人がいるかは分からない。 今、宇宙に展開した超高精度望遠鏡などを使って観察を続けているが……何とも言えないな」
「……」
アレックスは敬礼すると、最後まで微笑みは浮かべずに部屋を出て行った。
ため息をつく。
アーサーが気遣ってくれた。
「唯野仁成隊員。 いえ、これからは唯野仁成長官と呼びましょう。 アレックスとの約束は、きちんと果たすつもりなのですね」
「もちろんだ。 もし、シュバルツバースの深部で、メムアレフとああいう風に決着を付けておかなければ、きっと地球には何度だってシュバルツバースが湧くか、或いは一神教の思想で全てが統治されるか、或いはジャングルにでもなっていただろう。 この新しい可能性世界だからこそ、アレックスは平穏に生きられる」
真田さんの関係で、タイムパラドックスは無い、という結論にはなっていたが。
実はあれは、違ったのかも知れない。
例えば唯野仁成が、もっとアレックスの生きた世界に近い状態だったら。
ひょっとすると、タイムパラドックスが起きて、アレックスは消えてしまう。そんな可能性はあった。
だが、この世界は違う。
助けに来てくれたライドウ氏と武神サクナヒメ。
地球史上最強の軍人ストーム1と、最強の拳法家ケンシロウ。
それに最高の組織指導者正太郎長官と。未来から来てくれた最高の技術者真田さん。
皆を支えてくれた、最高のアイドル天海春香。
何よりも、そんな面子の中で、着実に堅実に手腕を発揮してくれたゴア隊長。
みながいたから変わったのだ。
だから、多分アレックスも消えずに済んだ可能性もある。
ヒメネスもおかしくならなかったし。ゼレーニンもしかり。
かくして、人類は星の海に出る可能性と。星の海で別の生命体と接触しても、やっていける可能性が出て来た。
人類は今や、一つの事が絶対の正解だなどと考えていない。
故に、別の思考回路を持つ生物ともやっていける可能性が生じてきている。
それは、とてもとても大きな進歩。
自分は常に正しいと信じて疑わず。
排他と独善で己を塗りつぶし、社会を回してきた人間という生物がやっと到達できた、排他では無い、多様性を容認できる可能性の世界。
車が普及して馬車を使う人がいなくなったように。
この可能性に満ちた上で、穏やかな世界は、人類にとっての新しい理想郷になりつつある。
そしてそれを作ったのは唯野仁成では無い。
集ってくれた英雄達なのだ。
だから、驕るつもりはない。
連絡が入る。
今度は、緑化作業の視察だ。アリスがひょいと出てくる。
「お仕事? どこにいくの?」
「ああ、今度はアフリカの砂漠だな。 緑化作業を視察に行く。 後は個体数が回復しつつある大型動物の様子も見に行く」
「前はロボに全部やらせてたんだよね」
「今も基本的にはそうだ。 人間は生態系を逸脱して久しいし、他の動物と直接触る事は好ましくない。 一部のペットとして品種改良された生物以外はもうそれは止めた。 だから、ロボットが面倒を見るのを視察するだけだ」
それでも、アリスはご当地のごちそうや、動物そのものを見る事が楽しみなようだ。
苦笑しながら、すぐに用意された専用機と、護衛の部隊と共に現地に向かう。
都合の良いときだけ人間も動物だと称して凶行を正当化し。
都合の良いときだけ人間は知恵ある生物だと称して詐欺を行っていた。
そんな生物はもう地球にはほんの一部を残していない。
地球の街は急激に数を減らしつつあり、資源は還元されるか宇宙に移送されている。人間は宇宙で新しい可能性を開いているのだ。
やがて、アフリカが見えてきた。
デモニカを着て降り立つ。現地の近くには、監視要員の街が残されていて。其所には文化もしっかり保全されている。
周囲の環境は、人間の活動が極端に減ったこともあって、非常に穏やかだ。どの生物も、個体数が回復して環境は劇的に改善しているという。
これなら、メムアレフが怒る事ももうないだろう。
頷くと、全てのデータを許される最短距離まで見に行く。
あの動物は何、あれは何と興味津々なアリスに答えながら。
唯野仁成は、新しい時代に入った地球を視察し。
そしてこの時代の立役者になった英雄達に感謝していた。
(真女神転生ストレンジジャーニー二次創作、Sinストレンジジャーニー完)
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