意思との対決

 

序、決戦へ

 

方舟が動き出すのが分かった。唯野仁成は目が醒めて、頭を振る。ぼんやりする頭をはっきりさせると、小さくあくびをしながらベッドを降りた。シャワーを浴びておく。人生最後の睡眠、シャワーかも知れない。ついでなので風呂にも入っておいた。皆緊張しているのか、風呂はガラガラだった。

デモニカを着込む。このデモニカも、脱ぐたびにチェンとアーヴィンの所に回されて、毎回バージョンアップを受けていたらしい。基礎的な技術は真田さんにより提供されていたようだが。

それを実際に現地で形にしたのは二人だ。

アーヴィンはアントリアで救出したときの事を思い出す。

陽気で気さくな人物だ。

チェンもノリが良い人物で、息が合うのかも知れない。

船外に出て戦う事がなかったクルーは半数近くいる。だが、それらのクルーも皆、自分の戦いを続けていた。

この方舟も、最初は散々揺れた。

それも今では、飛ぶときにはあまりにも滑らかで、揺れもせず音もしない。着地の時も、大変に静かで。飛行機なんぞよりよっぽど穏やかに着地する。

これは文字通りの方舟。

やがて人類を星の海に連れて行く星の船。狂信者だけを選別した船では無い。

誰にとっても希望となる船だ。まあ既得権益を独占している1%には違うかも知れないが。

食事にする。食堂もそれほど混んではいなかった。ギリギリまで寝るつもりのクルーも多いのかも知れない。或いは食事が喉を通らないのだろうか。

唯野仁成は淡々と食事を続ける。食事は大変においしい。流石にこんな時はムッチーノも寝ているのか、出て来たのは全自動で作られた料理だったが。それでも材料の正体を考えなければ充分に美味しいものだし、栄養も充分だ。

ヒメネスが隣に座る。

「おうヒトナリ。 もう起きていたか」

「ヒメネスも起きたのか」

「ああ。 ……ここの飯は美味かったな。 国際再建機構のレーションは俺がいたどこの軍事組織の飯より美味かったが。 この方舟で出る飯は別格だったぜ」

「まだ過去形で語るのは早いぞ」

その通りだと苦笑すると、ヒメネスも食事を始める。コーヒーメーカーは食堂にもあるので。コーヒーを淹れた。

ゼレーニンが来たので、三人で食事にする。

流石にお上品にテーブルマナーを守っているゼレーニン。

唯野仁成は崩壊家庭の出だったから、テーブルマナーなんてのはロクに分からなかった。今思うと児相の人間が見かねて色々教えてくれたのだろう。それを妹にも教えて、普通に食事が出来るようになった。

面倒なテーブルマナーについて覚えたのは成人してからだ。

成人した頃には自衛隊に入ることを決めていた。身体能力が非常に高い事が分かっていたからで、児相でも勧められた。自衛隊で幹部候補の面接をして受かった。後は経済的にも余裕が出来た。

以降は給金を妹に送る事が出来。また、妹が学者になるための学費も自力で稼ぐ事が出来た。

親は人間失格だったが。

そんな輩とは関係無く、唯野仁成はいま此処にいる。

そして、血統なんてものが如何にゴミかよく分かる。

唯野仁成の両親はどっちも人間のカスだった。今でもその考えに代わりは無い。家族の絆が無条件に生じるなんて話は信じていない。

ただ、そんな唯野仁成でも守れるものがある。

今までは妹を守ってきたし。妹が独立した後は、もっと多くの人間を守れるようになった、と思う。

流石に姫様ほどではないが。

あの人いや武神は、今後唯野仁成の目標となるだろう。

ストーム1がヒメネスの目標であるように、だ。

「そっちの方はどうだ、ゼレーニン」

「ハードワークも一段落したわ。 既に地質調査は終わってる。 もしもメムアレフと戦いになっても、何をやっても大丈夫よ。 方舟が擱座することもないわ」

「溶岩の池に突っ込んでも大丈夫か?」

「その程度、今のこのレインボウノアなら何ともないわ」

悪魔の魔術を研究して、様々な防御をレインボウノアは施しているという。

溶岩くらいなら、突っ込むと判断したら即座に冷凍してしまう装備も既につけているのだとか。

まあ方舟はシュバルツバースに入ってからどんどん強化改造されているのだ。

それくらいの強化が施されていてもおかしくは無いだろう。

「最後の戦い、交渉は唯野仁成、貴方に任されるらしいわ」

「俺か」

「高位悪魔に一番気に入られる傾向があったのが貴方だったからよ。 可能性の星とか、可能性の子とか、色々言われていたでしょう」

「……分かっている」

交渉の内容については、デモニカで補助してくれるそうだ。

春香が話した方が良いのではないかと思ったが、流石に戦闘力がない彼女にやらせるわけにはいかないか。

それにメムアレフは力がある相手の話しか聞かないだろう。

ならば唯野仁成が適任というのも分かる。

あと、ゼレーニンも前線に立つらしい。まあガブリエルの守りの力が頼りになるのは事実である。

「お前もペ天使と縁切ったんだから、大天使でなくて魔王を使えばいいのにな」

「マンセマットにはああ言ったけれど、私は信仰を捨てた訳ではないの。 一神教に対して、少し考え方を変えたけれども。 もしも私が信仰を捨てていたら、きっとガブリエルは私に力を貸してはくれていないわ」

「そんなもんなのかねえ」

「そんなものよ。 ……ヒメネス、最後に戦いになるとしたら、貴方も他のスペシャル達と同じく頼りにしているわよ」

恐らくだが。平行世界の未来では、絶対に出無かっただろう言葉だ。

ヒメネスも快く頷く。

今の二人は、もう戦友と言っていい。平行世界ではどうあっても殺し合いになった二人は、ようやく和解できたのである。

アーサーから通信が入った。

「間もなくメムアレフの前に到着します。 戦闘可能なクルーは準備を開始してください」

「では、行くか」

「ああ」

「行きましょう」

三人で立ち上がる。もう皆デモニカは身につけているから、いつでも戦いに出られる。

物資搬入口では、既にサクナヒメとケンシロウが待っていた。

すぐに遅れてライドウ氏とストーム1も来る。更に、一線級の機動班クルーもあらかた集まった。アレックスも来る。今回の事は、絶対に見届けなければならないと考えているから、だろう。

既にメムアレフそのものは覚醒しているらしいが、動き出すまでは時間が掛かる。それについては、あの堕天使さいふぁーからの情報だ。

ならば、当然方舟が来た事も分かっているだろうし。

戦いに来たことも理解しているだろう。

向こうから仕掛けてこない理由はたった一つだけ。

ケンシロウが指摘したとおり、身を守る必要すらもないほど強いからだ。

此処まで来るのに、凄まじい凶悪な敵と散々戦って来た。だが、宇宙卵の利用をしなければ。それらの強敵すらも、メムアレフの前には霞んでしまうだろう。

宇宙卵を使って、やっと現実的な話をする事が出来る。

交渉のテーブルに座らせる事が出来る。

それでもだだをこねるようならぶん殴ってでも交渉のテーブルにつかせる。

それくらいの覚悟は必要かも知れない。

いずれにしても、今まで遭遇してきた大母とメムアレフは根本的に違う。

混沌に傾いた、ということだから。人間の醜悪な心を散々吸収して影響は受けているのだろうが。

それでも、そもそも力の元が外から流れ込んできた人間の精神だった今までの空間支配者や大母とは、次元が違う相手だ。

元々が異次元に強い上に、恐らく倒した所で何度でも再生する。

本当に滅ぼしてしまったら、地球がその時には死ぬ。

そういう相手と判断して良い。

一線級の戦闘要員が全員集まった。アーサーから、改めて通信がある。

「唯野仁成隊員。 貴方にメムアレフとの直接対話はお願いいたします」

「分かった」

「真田技術長官や自分が最大限のサポートをします。 それでもどうしようもない場合だけ、戦闘を開始してください」

物資搬入口が開く。

そして、すぐに全員が展開。

更に遅れて、装甲車が出る。機動班クルーも、全員が展開を開始。その後ろから、戦闘が出来るクルーは全員が出る。

まだ悪魔は召喚しない。

メムアレフは、凄まじい寝息を立て、涅槃の姿勢をとったままだが。

額の目は開いているし。起きているのは確定だ。

起きているにもかかわらず、放ったらかしにしている。

圧倒的最強存在の自負があるからである。その自負があるから、つけいる隙が生じるのである。

ゆっくりスペシャル達と、ヒメネスとアレックスと一緒にメムアレフへと歩み寄る。

警戒はしている。

デメテルがどう動くか分からないからだ。

あの堕天使さいふぁーも、気が変わって何をしでかすか分からない。あいつもこの深淵の最深部で好き勝手に動けるほどの実力者だ。存在そのものが圧倒的な脅威になりうるのである。

故に、周囲には最大限の警戒をして貰う。

しばし、歩み寄ると。やがて、ようやくという感じで。少し体勢を崩したメムアレフが、大きなあくびをしながら目を開け、涅槃から体勢を崩していた。

アレックスがびくりとした。唯野仁成は、一瞬だけ視線を送る。大丈夫だ。真田さんを信じろ。

意図は伝わる。頷いたアレックスは、剣に伸ばしかけていた手を止めていた。

同時に、真田さん必殺、「かねてから開発していた」ものが発動する。

「メムアレフ弱体化装置、発動!」

「発動します!」

真田さんの声と同時に、オペレーターをしている艦橋のクルー達が一斉に声を張り上げる。その通信はデモニカごしに届く。

装置の動作確認には唯野仁成も立ち会った。

結合試験まで完璧に行った。真田さんが作った装置だ。更には防衛システムも完備している。

簡単にどうにかなる代物では無い。

案の定、瞬時に、とんでもない強烈ななにかが来る。

それを受けたメムアレフは、一瞬ぽかんとしたが。頭を抱え、絶叫していた。

地面で芋虫のようにうねってもがき苦しむメムアレフ。

今まで、このスペシャル達と共に戦っても、とても勝てそうにさえないと感じていたメムアレフが、見る間に弱って行くのが分かった。

元々は地球の意思の具現化。

意思そのものに力があるわけではない。

人間の精神力は、もとの力をブーストアップはするが、せいぜい一割程度である。それと同じだ。

地球の強大な意思があるとしても、それを物理的に固めた以上、どうしても限界がある。

その物理的限界が、急速に弱まっているのが一目で分かった。

周囲を警戒してくれるストーム1。

唯野仁成は、無言で歩き出していた。

メムアレフは、地面で頭を抑えながら身をよじっていた。側に行くと、他の大母と大差ない巨体とは言え。それでも凄まじい大きさだ。顔だけで唯野仁成よりも遙かに大きい。

更に言えば髷を思わせる独特の髪型や、金色の肌。大昔の服を思わせる何だかよく分からない布服といい。何もかもが人型でありながらちぐはぐでもある。

メムアレフは苦しみながらも、話しかけてくる。

「な、何をした人間……! これは一体……!」

「話をするには、力がある程度拮抗していることが必須だ。 そして貴方も分かっているとおり、今なら苦も無く貴方を葬ることが出来る」

「脅かしているつもりか!」

「いいや、違う。 最初に言ったとおり、話をしにきた。 こうしなければ、貴方は話を聞こうとさえせず、それこそ追い払うように我々を排除しに掛かったからだ」

図星を指されたからか、メムアレフが苦しみながら黙り込む。

さて、こうしている間にも、メムアレフの力が周辺空間に散っている。それが即座に周辺空間の悪魔を強くしているかは分からないが、時間は有限だ。

まずは、軽く話を始める。

「まずシュバルツバースと我々が呼んでいるこの土地についてだが……」

アレックスに視線を送る。

頷いたアレックスは前に出ると、ジョージに頼んで映像を出して貰う。

これは事前に打ち合わせておいた事だ。メムアレフが、流石に目を見張る。

愕然とするのは当然だろう。メムアレフというか地球そのものにしてみれば、地球を食い荒らす人類を屠るために行った行動だったのである。

それが、結局もはや意思すら無い、精神生命体に完全管理された世界になったり。

あるいは全てが極限まで殺し合ったり。

或いは単なる延命治療が行われるだけの、終末医療的な結末になったり。

それらが、メムアレフの望みだとはとても思えない。

衝撃を受けた様子のメムアレフ。

これほどの、神格をも超えた存在だ。だが、それでも未来までは分からないのだ。しかしながら、実際の未来の映像を見ればそれも違ってくる。

今のがトリックでもなく、紛れもない平行世界の未来の出来事であることは、即座に理解したのだろう。

「まずはシュバルツバースの拡大を止めて欲しい。 このままでは、双方共に願わぬ結末になる」

「……この世界は、そもそもとして、新しき力を持つものが誕生し、地上の理を塗り替えるために出現させたものだ。 お前達人間が乗り込んでくることも分かっていた。 その結果、此処までたどり着けず滅びるならそれはそれでよし。 たどり着けたのなら、その様子を見て、新しい地上を任せるか、或いは法則を変えるつもりでいた」

意外に流ちょうに喋るものだ。

だが、メムアレフは、大きくため息をついていた。凄い息だ。

「この様子では、私がこの結末を知ったところで、これから戦って結果が大して変わることはあるまい。 分かった、提案とやらがあるなら言って見るがよい。 お前達がシュバルツバースと呼ぶこの土地の拡大は今停止させた。 お前達の技術でなら確認は出来よう」

「真田さん、どうですか」

「今確認中だ。 外の国際再建機構本部と連絡中」

五分ほど、待つ。

この五分が、恐ろしく長く感じた。

だが、それでも、結果はきちんと出る。

「よし、シュバルツバースの拡大は一旦停止したのを確認できた。 交渉をそのまま継続してほしい」

「……大母メムアレフ。 我々人類は、地球を去る」

「ほう」

「我々人類が、この地球から搾取の限りを尽くしたのは貴方の指摘通りだ。 さんざん地球から警告を受けたのに、既得権益層を中心に資源を貪り尽くしていたのもまったくの事実だと認める。 だからシュバルツバースが出たのは仕方が無いのかも知れない。 だが、たった数万年前にも、貴方は同じようにシュバルツバースを出現させていたのではないのか」

ゆっくり頷くメムアレフ。

力が拡散しきったからか、頭痛が治まってきたらしい。

此方としても、交渉が出来ない程に相手を痛めつけるつもりはない。話をそのまま続けていく。

「人間を滅ぼして、外の環境を一旦白紙化しても、また数万年後に知的生命体が出現するだけだろう。 それでは結局対処療法にしかならない」

「……そうかも知れないな。 私は生態系を逸脱する生物が出現する度に、シュバルツバースを出現させて、バランスを取ってきた。 それが生物が存在するこの貴重な星に対する義務だと判断していたからだ。 現在までに二十六度のシュバルツバースによる浄化を行ったが、知的生命体を駆除したのは前回の一度だけ。 確かにお前達の言う事に関しても一理はある」

「故に我々は一旦地球を出る。 本来人類が地球を出る事は技術的に不可能だったが、見て欲しい。 貴方の能力なら分かるはずだ。 あの方舟の技術を使えば、それは不可能ではなくなる」

「ふむ……」

メムアレフが、じっと方舟、レインボウノアを見る。

おそらくは、その第三の目で、見通しているのだろう。

その凄まじい完成度。

とうてい、現在の地球では実現できなかった技術力の産物を、である。

しばし見つめた後、メムアレフは体勢を変える。

涅槃の姿勢から、胡座を掻く体勢にはいった。服がかなりゆったりしているので、殆ど足は見えない。

「確かにあの鉄船は、地球の歴史上類を見ないものだ。 今まで使い走りどもの世界を夢うつつに見て来たから、存在は知っていたが。 側で見ていたわけでは無い。 だがすぐ側で見て理解した。 確かにお前達の言葉には現実的なものがある。 しかし宇宙に出て具体的にどうするつもりだ」

「計画はこうだ」

真田さんが立案し、春香が説明してくれた計画を立体映像で表示する。

メムアレフはそれを見て、しばし無言でいた。

10年計画で、一旦の目処がつく。

真田さんはその後の計画も立てていた。宇宙への移民と、既得権益の押さえ込みを行い。人間の八割を金星、火星、月、地球の衛星軌道上のコロニーに五十年以内に移し。残りの人間は地球の管理要員として残す。

この過程で、キャプチャした彗星や小惑星などから資源を抽出し、地球に還元。

また、シュバルツバースで培った極限環境での生活のデータが役に立つ。宇宙に出た人間を「棄民」にはさせない。

それに既得権益の抵抗も押さえ込む事が出来る。

既存の国際組織では不可能だっただろう。現状の無能な国連など論外だ。しかし現在の国際再建機構なら可能だ。

しばし、計画を食い入るように見ていたメムアレフは、幾つか細かい質問を返してくる。

かなり知能は高い様子で、質問の内容は非常に専門的だった。要するにこの計画を見て即座に問題点等や用語などを理解した、と言うわけである。

伊達に地球の意思ではないのだ。

それに人類の思念を散々取り込んで、それらを自分なりに組み立て直しもしたのだろう。

更に言えば、人類の前の知的生命体。

今となってはどういう生物だったのかさえ分からない者達の思念も、同じように取り込んでいたことはほぼ確定である。

難しい事では無いのだろう。それくらいは。

「分かった。 現実的な計画だと判断した。 そして此処まで到達し、そして私を此処まで追い詰めたお前達の話を聞く価値はある」

「……っ!」

アレックスが、側で思わず顔をくしゃくしゃにしたのが分かった。

それはそうだろう。果てしない絶望を、ずっと見続けてきたのだ。

幼い頃からそう。両親は物心がつく頃にはおらず、育ての親である祖母も惨殺され。そして一点物のデモニカを着て、3年も風呂に入る余裕さえない中で戦い続けてきたのである。

「だが、最後に示せ。 お前達の事は信頼出来る。 その鉄船の中に乗っている者達も含めてな。 だが、それでもなお、お前達が示した道は困難の道だ。 その道を達成出来る力が見たい」

「まだ戦うというのか」

「……いや、私は戦うつもりはない。 私では無いさ戦うのは。 ずっと私が押さえ込んでいた愚か者が、悪巧みをしている。 後顧の憂いを断ち、この世界をまた地球の内に戻すには、それを潰す必要がある」

何となく分かった。

それは恐らくだが。デメテルか、その主か、或いはその両方だろう。

「もはや私に戦意はない。 シュバルツバースとそなたらが呼ぶこの深淵もしばらくは拡大を停止しよう。 そして私が押さえ込んでいるこの更に下層にいる存在……秩序の神の心でも、もっとも利己的で排他的なものを排除できれば、人間ではなくそなた達の事は信じてもかまわぬ」

「……どうすればそこへ行ける」

「今、入り口を開けよう」

丁度見て右側。

溶岩の池の真ん中に、黒い穴が開いた。なるほど、あれは恐らくだが、空間をスキップドライブするときに使うような空間の穴というわけだ。

これだけ弱体化しても、このような事を即座に出来るとは。

流石にこの暗闇の空間の長ではない、というわけだ。

「どうします真田技術長官」

「……猶予時間はあまりないと判断して良い」

「どういうこと、でしょうか」

「恐らくだが、メムアレフの力が拡散したことによって、活性化した悪魔達が外に無理矢理出ようとする可能性がある。 海を越えて無理矢理、だ。 万を超える世界に拡散したとは言え、何しろもとのメムアレフの力が桁外れだ。 外で展開している国際再建機構の軍も、各国の軍も、紙くずの様に蹴散らされるだろう」

メムアレフはにやにやと笑っている。

恐らく、約束を違えるようなことはしまい。

ただ、自分に屈辱的なダメージを与えたことで、此奴なりに頭に来ているということなのだろう。

そして、その一方で、此方の提案を面白いとも思ったというわけだ。

だから試すというわけだ。本当に有言実行できるか、という事を。

メムアレフは恐らくだが、その悪さをしている何者かをずっと知っていて、監視していたのだ。

最終的には排除してしまうつもりだったのだろう。

だが、こういう丁度良い機会が出来た。

本当に有言実行が出来るか試すため。丁度良い試金石にしようというわけだ。したたかな話である。

「分かったメムアレフ。 条件を呑もう」

「私を信じて良いのか」

「ああかまわない。 なぜなら」

真田技術長官は、もう一つ手を打っていたから、である。

宇宙卵から抽出出来る力は、それこそ地球の内部エネルギーと同等。これは恐らくだが、長年を掛けて地球が蓄えていたものなのだろう。

だったら、その力を一点収束させればどうなるか。

文字通りのガンマ線バーストとなって、メムアレフを直撃する事になる。

戦闘時には、いの一番にこれを浴びせるつもりだった。

だが、今回は、一旦眠らせるためだ。数時間はメムアレフを眠らせることが出来る。

メムアレフは、ガンマ線バーストの直撃を受けて、ぐうっと悲鳴を上げると。そのまま、後ろにひっくり返った。

数時間は動けないだろう、と言う事だ。

この状態でも、簡単に殺しきる事は出来ない。そう判断していたという事だから。とんでもない存在だが。

いずれにしても、これでメムアレフが此方が「悪さをしている奴」を退治しに行っている間に、約束を違えて好き勝手をすることは出来ない。

銃を突きつけながら交渉するような形になったが。交渉そのものは誠実に行った。地球に対しても利がある話をした。だから、気に病む必要はない。

シュバルツバースが再度出現しないようにするためにも、双方納得する結論をだす必要があったのだ。

すぐに方舟に戻る。時間は限られている。

何がいるかは知らないが、どうせデメテルも噛んでいるのだろう。丁度良い。真意次第では叩き潰す。

最後の戦いは回避できた。どうせまともにメムアレフとやりあったら、此処にいるスペシャル達でも無事では済まなかったのだ。これでいい。

方舟に戻ると、既に真田さんが、空間の穴への調査を終えてくれていた。

「よし、突入はなんら問題がない。 その先は、姫様が指摘していた、ホロロジウムの更に下……謎の空間だ」

「真田よ、質問がある」

「何でしょうか姫様」

「メムアレフの力が拡散した今、その下にいる奴の力も増しているのではないのか」

当然の疑念だ。

真田さんは、その通りだと、当たり前のように肯定した。

「ですが、恐らくあの弱体化したメムアレフよりも更に力は落ちるでしょう。 必ず勝利できると信じています」

「ふ、そうか。 まあいい。 何を封じているかは分からぬが、わしと、ストーム1と、ケンシロウと、ライドウ。 それに唯野仁成、ヒメネス、アレックス。 それに機動班の戦士達。 名将ゴア。 みなが前線に立つ。 後方には正太郎も真田も春香もゼレーニンもいる。 それにこの神秘の方舟もある。 必ず勝てる」

おおと、声が上がる。

サクナヒメの不敵なまでの勝利宣言が、クルーの士気を上げたのが唯野仁成には目に見えて分かった。

士気だけでは戦いには勝てない。だが、真田さんの試算では、仮にメムアレフの力が最悪の効率で流れ込んだとしても、封じられし存在のパワーアップは一割程度だろうという事だった。

ならば、怖れる事はない。

スキップドライブ開始。

恐らく、これが。正真正銘最後の世界への、スキップドライブだ。

 

1、十天への至

 

方舟が着陸。周囲の様子を確認する。

マクリアリーが通信を入れてくるのも、いつものことだった。

「此方マクリアリー。 これは……何とも言い難い光景です。 気を強く持って見てください」

映像が出る。

それは、真っ白い世界だった。

文字通り、世界の全てが白い。まるで神話に出てくる、天界の神殿のように。そして、そこには。

あいつがいた。

堕天使さいふぁーだ。いつものように、スカートを摘んで挨拶してくる。

「周辺気温、27度。 気圧は1気圧。 大気組成、外と同じ。 デモニカ無しでも活動できるレベルです。 重力も1G」

「好都合だ。 多少デモニカが破損しても平気と言う事だな」

ストーム1が言う。少し好戦的になってきている気がする。ただ、それでもストーム1はストーム1。淡々と職人として、敵を屠って行く。世界の敵をだ。

ストーム1を怖れているのは、悪徳企業やマフィア、独裁政権の関係者。テロリスト。それに人権屋。

各国に存在する、世界の敵である。

今までストーム1がやってきたダーティワークは、全てそれらの処理だった。多分今後は、既得権益の持ち主にもその銃口が向く。引き金が引かれるかまでは分からないが。

正太郎長官達も来る。

堕天使さいふぁーの正体は明確だ。話をするなら、スペシャル全員で、の方が良いだろうから、だ。

アレックスが、不思議そうに呟いた。

「このシュバルツバースに来た時は、今回もどうせ駄目だろうと思っていたのよ。 心の底では、そんな絶望が拭いきれなかった。 それなのに今は、この戦いを乗り越えれば、終わると信じている自分がいる。 不思議だわ。 私、平和で安寧な世界で暮らせるのかしらね」

「バディ、まだ気を抜くのは早い。 あの堕天使さいふぁー……明けの明星だって、味方として最後まで振る舞ってくれるかは分からない」

「ええ、分かっているわ」

ジョージに言われて、頬を叩き、気を引き締めるアレックス。

唯野仁成は何も言う必要はない。

プラズマバリアを解除。物資搬入口を開く。サクナヒメが最初に飛び出し、他の皆が続く。

堕天使さいふぁーは、相変わらず小柄なメイド姿のままだ。ぐるぐる眼鏡もそのまま。多分、「この戦場」では、ずっとこの姿のままだろう。

手を叩くさいふぁー。拍手である。

最後に正太郎長官が降りてくると、眼鏡をなおした。笑顔は上品で優しいまま。きっと命を助け幸せな人生を保証し、代わりに姿と人格を使う事を許して貰ったというメイドの笑顔なのだろう。

「メムアレフとの交渉、見事でした。 まさか相手を交渉のテーブルにつかせ、大まじめにプレゼンするとは思っていませんでした。 私は多くの世界の命運を賭けた戦いを知っています。 感情論や精神論に訴えて相手の感動を誘おうとした者は見ましたし、有無を言わずに力で相手をねじ伏せた者も見ましたが。 相手も納得するプレゼンをして、きちんと両方に玉虫色の結果を出した人達ははじめてですぅ」

「……それはありがとう。 それで」

「ここは十天への至。 一神教における神の国に一番近い場所が再現されている空間」

「!」

なるほど、そういう警告をしてくると言う事は。

ゼレーニンを一瞥。大丈夫か、という意思確認である。

首を迷わず縦に振るゼレーニン。大丈夫、と言う事だと判断出来る。

「四文字たる絶対神そのものはメムアレフが封じました。 しかしながら、その精神の一部まではどうしても封じきれなかった。 外の世界での信仰がそこまで圧倒的だったからです。 故にメムアレフは此処にその精神を閉じ込めた。 その精神の名前はシェキナー」

「シェキナー。 神殿に神がある事を示す言葉ね」

「そう。 神そのものではなく、「神はそこにいる」という言葉。 逆に言うと、そこまで奴は弱体化していると言う事です。 メムアレフの懸念事項は、封じ込んでいる四文字たる絶対神や、古代の最大神格にて神々の始祖たるバアルではなく。 今そこにある危機という事なんです」

ゼレーニンの言葉に、明けの明星は答える。分かりやすい内容である。

そして、ライドウ氏が、前に出た。非常に険しい表情だった。明けの明星とは世界の危機で呼ばれる度に何度も戦ったのだろう。まあ当然とは言える。

「それで貴様は何故此処にいる」

「何度も言いましたが、私が見たいのは可能性。 此処にいるシェキナーは、人間を管理統制する事を目論む一神教の最暗部そのもの。 貴方たちのプレゼンは見ていましたが、文字通り人類の可能性を星の外にまで広げるものではないですか。 それに相対する此処のシェキナーは許すわけにはいかない。 それに、メムアレフが恐らくはないですが、翻心するかもしれない」

取引だと、明けの明星は言う。

明けの明星本人は、これからメムアレフを見張りに行くと言う。数時間は動けないだろうが、それでも何をしでかすか分からないからだ。また、真田さんが作った装置を守ってくれるとも言う。

ホロロジウムに、強化された悪魔が入ってくるかも知れないから、である。

「その代わり、必ずシェキナーを討ち滅ぼせ。 奴には信じられないほど強化されたデメテルもついている。 油断するなよ」

「……了解した。 その取引条件なら、安いものだ。 それにしても随分此処に詳しいのだな」

鋭い正太郎長官の指摘に、明けの明星は薄く笑う。

シェキナーの存在を感知して、早い段階から動きを封じるために此処に最精鋭の部下四名を配置していたのだと言う。

今もその四名は、この十天への至の四隅にて結界を展開し、シェキナーを押さえ込んでいるが。

逆に言うと、押さえ込むだけで精一杯だとか。

頷く。理解出来た。

多分その最精鋭の一角は、アリスに会いに来たあのベリアルと見て良いだろう。

遊んでいる様に見えて、明けの明星も色々と動いていたというわけだ。

「この空間は狭い。 シェキナーはすぐ側にいる。 努々油断せぬようにな」

明けの明星は消えた。相変わらず凄まじい圧迫感だ。真田技術長官は、咳払いして周囲を見回す。

正太郎長官は何も言わない。

言わなくても大丈夫と判断しているのだろう。

「よし、シェキナーを屠る。 スペシャル達と唯野仁成とヒメネス、一線級の機動班はそのまま進んでくれ。 我々は方舟に乗り、そのまま移動しつつ着いていく。 アーサーがさっきから、とんでもなく強い気配を前方に感じている。 シェキナーがいるならそこで間違いない」

「まった。 彼奴は堕天使の王だ。 真田の旦那、あいつを信じて良いんですか?」

「堕天使の王だが、あいつは利害が一致する事については誠実だった。 今までの行動を見てもそれに変わりはない」

「確かにそれもそうか……」

ヒメネスに答えた真田さんは、なおも周囲を見回す。

視線はいつになく険しい。元々真田さんはいわゆる悪人面だが、かなりの迫力があった。

「相手は一神教の神そのものではないにしても、一神教の神格だ。 もしもどうしても戦いたくないのなら、戦闘は強要しない。 この方舟のクルーにも、一神教徒は少なからずいるだろう」

「私は、戦います」

ゼレーニンは前に出る。ガブリエルは戦闘を拒む様子が無い。

ガブリエルの守りの力は頼りになる。ゼレーニンは恐らくだが、色々吹っ切れているのだろう。

「メムアレフが嘘をついていたとは思えません。 明けの明星も同じく。 ならば、この先にいるのは神の中でももっとも邪なる心。 神が心を持っているのは、冷静に聖書を見れば明らかです。 そして信仰する人間も、皆神に「神であること」を望んでいた。 それならば、人間の邪心の影響も少なからず受けるでしょう。 そんな存在ならば、倒してしまうしかないと考えます」

「……俺もだ!」

「私も戦う!」

ゼレーニンが先頭を切ったからだろう。敬虔な一神教徒であるゼレーニンの理屈はとても分かりやすかった。一神教を信仰している機動班クルーが我も我もと応じる。

それに、マンセマットの凶行は誰もが見ている。

一神教は完全にクリーンでも、絶対でもない。普通の信仰だ。誰もが、それから目を背け、思考停止していた。地域によっては同調圧力で「絶対である」事を強要し、逆らう人間にはリンチまでしていた。

どの宗教でも。ある程度以上の規模になれば必ずやっていたことだが。

一神教でもそれは代わりは無いのだ。

すぐに、正太郎長官が皆に言う。

「これから総力戦態勢に入る! 相手は恐らく今まで戦った中で最強の相手だ! 努々油断するな!」

「応っ!」

千人いるクルー達の心が一つになる。

多分だが、眠っているノリスも応援してくれているはずだ。

そう信じて、唯野仁成は班編制を終える。ゼレーニンはヒメネスの班に。アレックスはケンシロウの班に入る。

これは、アレックスが遊撃戦が得意だからで。

正面から敵とガチンコでやりあう姫様や唯野仁成の班と一緒に行動するよりは、一撃必殺の機動戦を得意とするケンシロウと一緒にいた方が動きやすいとアーサーが今までの戦歴で判断したからだ。

ケンシロウの下には機動班クルーはつかないので、事実上ケンシロウとのバディとなる。

まあ二人とも悪魔召喚は出来るので、完全に二人きりのチームというわけではないが。

ライドウ氏は出し惜しみ無しと判断したのか、召喚する。

テューポーン。更には、恐らくライドウ氏が召喚できる最強の神格を、である。

其所に出現したのは、あまりにも力強い姿をした巨躯の鎧姿の男性だった。背丈は今唯野仁成が召喚したゼウスと同じ程度。

だが、その威圧感が一回り違う。

これが、ライドウ氏の最高の切り札か。

「紹介しよう。 魔神バアルだ。 神々の始祖とも言える、もっとも偉大な魔神だ」

「これが……!」

「シュバルツバースにいるバアルは腑抜けているようだが、このバアルは文字通り神の中の神。 頼りになるぞ」

更に召喚が続く。続けて召喚されたのはヘカトンケイレス。この神格も従えていたのか。

続けて、片目の大きな槍を持った巨神。魔神オーディンだという。これが、かの北欧神話の主神か。

「召喚しているだけでマッカの消耗が凄まじい。 この決戦のために温存していた神々達だ。 総力戦で、一気にけりをつけるぞ」

「へへ、頼もしいな!」

「ああ」

ヒメネスに唯野仁成も応じる。

オーディンはゼウスと同格程度の神格だし、バアルは更にその上である。ヘカトンケイレスは、膠着したティタノマキアをひっくり返したほどの存在。実力に関しては、ゼウスと大差ないだろう。

そのまま、方舟の前衛となって歩く。間もなく、それが見えてくる。

なるほど、強い。

それは一目で分かった。

神殿のような。パルテノン神殿を思わせる建物に、それは鎮座している。建物があまりにも巨大で、方舟が乗り入れられそうだ。

即座に装甲車にのってゴア隊長が出てくる。戦えるクルーが展開を開始する。方舟も、向きを変え。砲撃戦の準備を開始していた。

唯野仁成が、ゼウス、アリス、アナーヒター、イシュタルと一緒に前に出る。

神殿の中に鎮座している、巨大な頭の姿をした何者かの下へ。

狭い世界だという話だ。

すぐに此奴と対面できたのも、無理は無いと言う事なのだろう。

近付くと分かる。

それは、三つの頭を無理矢理融合させたような異形だ。それでありながら頭の彼方此方には翼があり。各所には目玉がついていて。そんな異形でありながら、実に神々しい。

なるほど、神殿にある神か。

その通りの姿ではあるのだろう。だが、あまりにもその存在は、人間が考える「至聖」には程遠く思えた。

一神教。特に最大の力を持つキリスト教は、ローマ帝国を乗っ取ることによって飛躍した。

以降は始祖たるキリストの隣人愛と博愛の思想から変質した統治にあまりにも都合が良い思考停止と絶対支配の教義が、支配者達には都合が良かったから受け入れられ。

今に至るまで、西欧文化圏はキリスト教の呪縛を解けていない。

キリスト教を打ち破ろうと努力した西欧人はいる。ニーチェなどはその最たる例なのだろう。

だが、信仰というものは精神の深奥に潜るものでもある。

だからニーチェも、文字通り晩年は深淵を覗いて発狂してしまったという。深淵を覗くものは深淵に覗き返されると、自分で分かっていたのにだ。

一神教も、信仰である以上それに代わりは無い。

神は唯一絶対か。その心は曇りなき白か。より弱きものは救われているか。

それは否だ。

そんな事は、人間が造りだした時点ではっきり分かりきっている。その最悪の部分が、此処にいた。

「ふん、メムアレフの使い走りとして我々を消しに来たか人間共。 この危険性があるから邪魔をしていたのだがな」

「人間が消えれば貴方も消える。 それなのに何故邪魔をした」

「ふっ、我々は消える事はない。 知的生命体が存在する限り、支配の最高効率である「思考の放棄」と「絶対服従」には絶対に辿りつく。 地球から人間が消えたとしても、その先にあるのはいずれ出現する次の知的生命体だ。 そやつらも結局同じ発想に辿りつくのだ。 我々はそれまで寝て待てば良い。 もしも秩序に従順な人間が来るようなら歓迎したのだが。 どうやら貴様らの心は汚れきっているようだな」

「……唯野仁成、やめておけ。 こやつは腐肉に湧く蛆にも劣る外道よ。 会話する価値のある相手ではないわ」

姫様がばっさり一刀両断。

確かに同意だ。明けの明星の言葉は、どうやら正しかったらしい。四文字たる絶対の神から抽出され、剥離した精神の一部。

それが此処まで濁りきっているとは。

西欧では、聖職者による性暴力などの不祥事がいくらでもある。勿論他宗教でもある事だが。別にキリスト教ではそのような不祥事はない、というような事はあり得ないのだ。人間が作った組織と、思想なのだから。

どのような宗教にも暗部はある。勿論姫様だって、それは理解しているだろう。

だが、姫様は人とともに暮らす事によって、その暗部を理解した上で。人の味方をしてくれている。

自身を唯一絶対と位置づけ。他の神格を悪魔呼ばわりすることで排除してきた一神教は。結局の所、「最大の宗教」に過ぎず。

性質は他となんら変わらないのだ。

ゼレーニンでさえ、もはや眉をひそめているのが露骨だった。ガブリエルも、交戦を拒否する気配はない。

そんな中、前に出たのはヒメネスだった。

「神さんよ。 俺はリアリストだ。 世の中は理不尽だらけで、宗教とかの心の麻薬に落ちないと生きていけない奴がたくさんいることは知っている。 力が支配には必要で、世界を動かすのも心より力だって今でも思ってる。 だがな、あんたはいくら何でもちいと醜すぎるぜ。 たまにまともな宗教家や敬虔で真面目な一神教の信徒も俺は見た事があったがな。 はっきりいってあんたはそういう奴らが信じるに値しないな」

「混沌の権化として悪魔に魂を売った者が何を言うか。 笑止」

「……笑止なのは貴様だ」

次に前に出たのはケンシロウである。

もう完全にブチ切れている様子で、筋肉が膨れあがっているのがデモニカごしにも分かった。

この状態にケンシロウがなった後。生きている者は存在しなかった。

シュバルツバースでも、だ。

「貴様こそ悪魔だ。 神と言うなら、助けを求める人を救って見せろ。 貴様がやってきたのは、助けを求める人間から、更にむしり取る事だけだろうが」

「お、おのれ……! 悪魔に魂を売った人間風情が!」

がつんと、巨大な頭が揺れる。

もう無意味と判断したのだろう。ストーム1が、ライサンダーZFを叩き込んだのである。

一撃は魔法障壁をぶち抜いて、目の一つを潰していた。

勿論それで即死するほど柔な相手ではない。

だが、それでも宣戦布告としては充分過ぎる程だった。

巨大な口を開けるシェキナー。三つの頭を無理矢理つなげているから、口の中も極めて醜悪だ。

同時に、声が聞こえた。ゴア隊長の、攻撃開始合図だった。

「うちーかたー、はじーめ!」

「オープンファイヤ! あの神を気取るでかい頭に、全弾ぶち込んでやれ!」

方舟の速射砲が一斉に火を噴く。同時に、ゼウスがケラウノスを、オーディンが手にしている巨大な槍。恐らく必殺必中のグングニルを。更にバアルが収束させたケラウノス以上と思われる雷撃を。他の悪魔達も、一斉に攻撃を叩き込んでいた。

だが、シェキナーの声が、それらの攻撃を全て中途で「消滅」させてしまう。

なるほど、此奴の能力はこれか。

解析しないと、接近戦は危険すぎるな。

ライサンダーZで射撃しつつ、唯野仁成は考える。まずは、あの消滅の声をどうにかかき消さなければならない。

そうしなければ、恐らく戦闘が成立しないだろう。

しかし、絶望は無い。

はっきりいって、メムアレフと相対した時に比べて、威圧感がそれほど大きくないからである。

何より、此奴が多少ゲタを履かされても、メムアレフに比べればどうと言うことがない相手であることも分かっている。

それならば、怖れる事などない。メムアレフだったらともかく、この面子で、此奴に負ける訳がないのだから。

 

2、神霊シェキナー

 

始まったな。

そう思いながら、シェキナーと人間の戦いをデメテルは傍観していた。

現時点での実力は、人間が7対3で有利。シェキナーは消滅の声以外に色々な手札を持っているが。

それでも地力がそこまで大きくない。

メムアレフから流出した力を取り込んだ分をあわせても、あの大母マーヤーを二割ほど上回る程度だ。理由としては、そもそもあの明けの明星が、散々力を削り取ったからである。

明けの明星は巧妙に結界を配置すると、戦闘しても勝てないと判断したシェキナーの力を、時間を掛けて削り取り拡散していった。

メムアレフから多少力が漏出してそれを吸収したとしても、シェキナーでははっきりいってあの英雄部隊には勝てない。

だが、それでかまわない。デメテルはしばし距離を取り、様子を見る。勿論油断もしない。

此処で明けの明星に不意でも打たれたら面白くないからだ。

だが彼奴は、どうもデメテルがこの十天への至に潜んでいることを承知の上で、英雄部隊にシェキナーの居場所を教えた節がある。

可能性を見たい。

それがためには、敢えて問題点があってもそれを指摘しない。

クリアするのを見たいからだ。

そういう奴だ、あいつは。

唯一絶対を気取る四文字の神から離反したが故に。自分以外の可能性を否定する四文字の神の真逆を行く。

それは決して良い事ばかりではないはずだ。

実際問題、奴が不幸な人間を助けて回っているのは。単なる気まぐれ。本当に同情している訳ではない。

その場その場では、気の毒だなとか思っていたりするのかも知れないが。

結局やりたいのは、四文字たる神の全知公平性の否定。

要するに、逆張りである。

そも明けの明星というもの自体が、後に勘違いから生じた堕天使に過ぎず。その歴史は決して深くはない。

ならば、「闇のカリスマ」とでも言うべき存在になろうと必死になってイキリ散らかして見せるのも、当然なのかも知れない。

だが、やらぬ善よりやる偽善という言葉もある。

善すらやろうとしない四文字の神に比べたら。まだ偽善であるとは分かっていても、実際に救って回っているあの堕天使長の方が、マシなのかも知れないなと。性格が悪いことをデメテルは思っていた。

さて、人間とそれに荷担する武神はそろそろ気付く筈だ。

より上品に高所にある柱に座ってデメテルは戦況を見つめる。

何度目かも分からない消滅の声で、物理も魔術もまとめて消し飛ばすシェキナー。だが、その直後。

シェキナーのいる巨大神殿の柱の一つが、爆砕されていた。

やはり気付いたな。

あの人間達は、歴戦とかそういう次元では無い。そろそろ気付くと思っていた。勿論デメテルが介入する事も気付いている可能性が高い。

だから、少し距離を取っておく。

流れ弾を装った狙撃を喰らうかも知れないし。

気配を消して接近してきた相手に、不意打ちを食らうかも知れないからである。

実際。周囲に雑魚とは言えない悪魔が多数展開し、不意打ちを警戒しているのだ。ドローンとか言う機械の鳥もたくさん。

勿論、仕掛けるときはその時はその時。

だが、今はその時では無いのだから、距離を取って見ておく。

消滅の声を更に拡げるシェキナー。

接近戦組は距離を取りつつ、悪魔達に攻撃させ、更に火力を絞り。声による消滅の範囲を測っている様子だ。

同時に、声がやむタイミングを見計らい、神殿の柱を壊して行っている。

やはりだ。

シェキナーとは、「神殿に神がいる」事を意味する言葉。

要するにあの無駄にばかでかい神殿を破壊されたら、シェキナーの力は更に拡散し。弱体化してしまう。

シェキナーが消滅の声を再び展開しつつ、身を震わせる。

全身から散った羽毛から、無数の天使が出現するが。

それは人型の美しい翼を持つ者では無く。

原初の天使。

多数の目と、多数の翼を持つ。人とはかけ離れた姿。

後世のキリスト教では、神の近くにいる天使は、人の目に触れる必要がないから人からかけ離れている姿をしている、という苦しい説明をしていたが。

その割りには神の寵愛篤い天使達はいずれもが美しい人型として人間に描かれている。

要するに原初の一神教では、あれが天使の姿であったのだ。

雑魚を大量展開して、神殿への被弾を防ごうという行動が見え見えである。やはりあまりにも神格としての格が強すぎた弊害が出ている。

力が強すぎるから、直接挑んでくる者が滅多にいない。

それは戦闘経験が浅い事を意味する。

あれではモロばれだ。

バアルが前に出ると、ゼウスと息を合わせてそれこそ空を焦がすような雷撃を叩き込む。

消滅の声の範囲内にいない天使は、文字通り全てが木っ端みじんに消し飛んでいた。

ムキになって消滅の声を展開するシェキナーだが、ストーム1というあの現在の英雄が移動を開始する。単独で、である。無数の天使が群がるが、それらはクーフーリンとジャンヌダルクが、当たるを幸いに薙ぎ払う。

あれは、消滅の声の範囲を見きったな。

予想は当たる。

ストーム1の狙撃が、次々に柱を撃ち抜き始める。更に、ケンシロウという男も、いつの間にか同じように単独で移動を開始。いや、あの赤黒も一緒にいる。

柱を素手で粉砕するケンシロウを見て、赤黒が流石に真顔になるが。

赤黒もプラズマ剣で、言われた柱を切り裂き、壊し始める。

シェキナーが、見苦しく叫ぶ。

「おのれ! 我々の神殿を破壊するとは、野蛮かつ傲慢! 許しがたい冒涜であるぞ!」

「貴方がそれをいう資格は無い! 一神教の信者がどれほど他の信仰のシンボルや神殿を破壊してきたか、知らないわけではあるまい!」

「我々は他の神などと同格では無い! 我々は常に絶対であり、常に正しい! 故に如何なる行為も許される! あらゆる災害は我々の信仰を受け入れないが故の自業自得であり、あらゆる変事は我々に逆らったが故の事だ!」

「どこまで傲慢になれば気が済む! 貴方は傲慢の名を持つ七つの大罪の長よりも、更に傲慢ではないかっ!」

おや。あの可能性の子が、珍しく本気で怒っている。

その狙撃が、やはり時々やむ消滅の声をぬって、柱を打ち砕いている。

神殿が、傾き始めた。

ヒメネスはもう言う事もないというばかりに、群がってくる天使を近づけさせない。

ガブリエルも流石に神の最悪の部分にまでは従えないからか、それを悲しい目で見つめつつ、防壁を張っていた。

ついに、神殿の一角が崩落し、天井がシェキナーに降りかかる。

悲鳴を上げるシェキナーに、方舟からの斉射が突き刺さる。

展開している英雄達が、一斉攻撃を開始。消滅の声を放って周囲を薙ぎ払う前に、ケンシロウが凄まじい手刀での斬撃を多数たたき込み。その斬撃は、巨大なシェキナーの向こう側にまで達した。

そして今まで距離を取って斬撃を飛ばすのに終始していたサクナヒメが接近。

大上段から、あの光の剣を叩き込んで真っ二つにする。

更にストーム1だ。

シェキナーの口の中に、完璧なタイミングでグレネードと言ったか。爆発する弾丸を叩き込む。

シェキナーが声を出せない時間が更に伸び。熱狂的な攻撃が更に浴びせられる。

方舟が主砲を展開。

全員が一斉に離れる中。

文字通り、光の奔流が、シェキナーを直撃。残骸と化しかねない程に傷ついていたシェキナーを更に溶かし粉砕する。

流石に一旦エネルギー充填に入った方舟だが。

その火力は、以前何度か観察したものより更に上がっていて。時間さえ掛ければまだ何発でも撃てそうだった。

シェキナーの残骸が超高速で再生しようとしているが。確実にダメージは受けている。

無数の天使をばらまきながら再生しようとするシェキナーの口には、確実にストーム1がグレネードを叩き込み。

サクナヒメとライドウ、ケンシロウが接近して相手を切り伏せ続ける。

恐らく、決定的な形勢不利を悟ったのだろう。

シェキナーが、切り札を切るつもりになったようだった。

さて、ここからが本番だ。

まだ、デメテルの出番は先である。

 

シェキナーにもコアがある筈だ。唯野仁成は、ライサンダーで狙撃を続けながら、冷静にそれを探る。

ゼウスには火力投射を。

イシュタルとアリスは火力を温存。

アナーヒターは、いざという時には守りを固めてほしい。

方針は既に伝えている。

というのも、いくら何でもシェキナーが脆すぎるからだ。

メムアレフが押さえ込んでいたにしては、今の時点では消滅の声と、天使を産み出す力しか使ってきていない。

確かに初見殺しである消滅の声だが、あんなものは今までの大母でも似たような力は使ってきた。

メムアレフが押さえ込むほどの相手では無い。

四文字たる神の本体と戦うのなら兎も角、その残りカスが相手だ。

だから、この程度なのだという考えも出来るが。それにしても、相手も動きがおかしいと判断していた。

再生しつつ破壊されるを繰り返しているシェキナーを横目に、唯野仁成は神殿を徹底的に狙撃して破壊し尽くす。口が出現する度に接近戦組が潰しているが。機動班クルーは兎も角、スペシャル達は皆分かっている様子だ。

相手はまだ本気を出していない。油断するには、早すぎると。それが分かっているなら、対策は出来る。

唯野仁成が、瓦礫と化した神殿を更に消し飛ばすと同時に、ストーム1が面制圧攻撃に入る。

それを見て、接近戦組が飛び退いていた。

大量のグレネードを同時投射して、周囲を更地と化す個人携帯用面制圧兵器、スタンピード。恐らくはその最終完成型。

ぶっ放されたグレネードは無数。それが。それぞれ巡航ミサイル並みの火力で爆発し、神殿の瓦礫を根こそぎ消し飛ばしていた。

「これからまだ形を変えるはずだ! 油断するでないぞ!」

誰かがやったかとか被害を出しかねない言葉を言う前に、サクナヒメが周囲に活を飛ばす。

距離を取りつつ、煙の中に狙撃を続ける。

やはり、何かが出現しつつある。高速再生ではなく、何かが其所に現れようとしているのだ。

出オチは流石に厳しいだろう。

マーヤーですら、大量のC70爆弾の飽和攻撃に耐えたのである。

メムアレフが使い走りと呼んでいた、大母の一角ですらそうだ。

メムアレフ自身が押さえ込んだこの四文字たる神の一部が、それよりも弱いはずがない。

煙の中に、やがて立ち上がった人型が姿を見せる。

大きさは数十メートルほど。大母達と同じくらいだろうか。

違っているのは、体中に顔があり、羽根が生え。無数の目があるということだろうか。

ぞっとして、下がる様子の機動班クルー。

シェキナーは、怒りを込めた声を震わせた。それに対してライドウ氏は冷静だ。

「この姿を出させたか人間達よ……」

「ユダヤ教に登場する原初の大天使はあのような姿だ。 怖れる事はない」

「神に従う聖なる霊こそ天使である。 故に我々は天使の姿を取る事によって、現世に姿を見せることもある。 これこそが、我々の時代の天使の姿。 そして我々の力を引き出すのに丁度良い媒体よ!」

「慈しむべきしもべ達すらも、媒体呼ばわりか」

唯野仁成は流石に頭に来る。もはや怒りを通り越して、哀れみすら感じる言動だ。これが本当に神の心の一部か。一部なのだろう。だとしても度し難いにも程がある。

実際問題、特定宗教が絶対のルールになっている場所では、此奴のような言動をする人間こそが正義であり。他の思考が許されないケースさえある。

人間の影響を神が強く受ける以上。

こう言う思考を持つ部分が出て来ても、おかしくは無いのだ。

「お前達の映し鏡こそ、今の我々の姿だ! 我々を貶めるほど、人間という生き物の本性をえぐり出すことだと知れ!」

詠唱無し。

周囲に、同時に数十の魔術が爆裂する。

ガブリエルのシールドと、とっさに張ったアナーヒターのシールドが、一瞬で負荷に軋むほどだった。

間髪入れず、次が来そうになるが。

此方だって、負けてはいない。

即座に反撃開始。爆炎の中、大量の悪魔達が魔術を叩き込み返す。ゼウスがケラウノスを叩き込み。バアルがこの程度は軽いと言わんばかりに最前衛に出ると、更に凶悪な雷を打ち込む。

オーディンの槍がシェキナーの口に突き刺さる。深々と抉る。

シェキナーは即座に全身を再生させるが、先の様子を見る限り、多分あの位置から引きはがさないと駄目だ。

シェキナーとは、神殿に神がいる状態を意味している。

彼処は破壊されたとはいえ神殿。

だったら。

だが、それを嘲笑うように、シェキナーが苛烈な攻撃で頭部(顔は体中にあるので喋れる)を吹き飛ばされつつも言う。

「この十天への至は全てが我が神殿! その中枢が先にお前達が壊した神殿よ! だからこの世界から追い出しでもしない限り、我々は不滅! せいぜい無限の再生をする我々の力に押し潰されるがいい!」

「無限で等あるものか!」

「何……」

「どんな可能性だって有限なのがこの世の中だ。 ましてや貴方のような、邪心そのものである存在に、無限の可能性などあってたまるか!」

「おのれ、この神聖の究極点たる我々を、たびたび邪呼ばわりしおって……!」

ゼレーニンに目配せ。

今ので、完全にシェキナーは、怒りの矛先を唯野仁成に向けた。

勿論攻撃をモロに全弾喰らったら、唯野仁成だって死ぬ。

故に、である。

シェキナーが、今まで以上の凄まじい火力を展開して来る。ゴア隊長に通信。ガブリエルが、必死にシールドを展開する中、それにアナーヒターも加わる。それだけではない。他にも、機動班クルーの悪魔のうち、守りが得意なもの。それにバアルもが、唯野仁成を守るべく立ちふさがり。秒間数十飛んでくる極大魔術を防ぎ続ける。

完全に発狂状態の攻撃を繰り出してくるシェキナーだが。頭に血が上って気付けていない。

どうして、他は一斉に攻撃を止めた。

守りに徹しているとでも思ったのか。

恐らく千を超える極大魔術を詠唱も無しにぶっ放したシェキナーは、人型のまま身を逸らせて勝ち誇った声を上げた。

煙越しに、此方の傷ついた様子が見えるからだろう。

だが、漸く気付く。

全身に、羽衣が巻き付いていると言う事に。

そして、巨体が。

文字通りぶん投げられていた。

空中に放り投げられた巨体は、外れたのだ。神殿の中心から。此処は確かに全てがシェキナーの神殿なのかも知れない。

だが、それが最大のパフォーマンスを発揮するのは。さきの神殿があった場所なのである。

だから其所を重点的に明けの明星の精鋭が結界で封じていた。

其所から外されれば、どうなるか。

一神教の神殿とも言える教会でも、どこに神のシンボルをおくか等は相当に気を遣うのである。

これはどんな信仰の神殿でも同じである。

ぶん投げられたシェキナーは、巨大な翼を新たに展開するが。上空には、既に拳を固めたケンシロウがいた。

アレックスのインドラの戦車で、其所まで運んで貰っていたのだ。

ケンシロウの事は何処かで知っていたのだろう。

シェキナーが、慌てて防御を取ろうとするが、もう遅い。

「ほあたあっ!」

ケンシロウの一撃が、シェキナーの顔面に突き刺さる。更に、ケンシロウが裂帛の気合いと共に、数百の拳をシェキナーの全身に叩き込んでいく。

「あたたたたたたたたたたたたっ、あたたたたたたたたたたたたたたたあっ!」

「ぶげ、びげば、がぼ、ぎゃぶ、ふぐぶっ!」

ケンシロウを、インドラの戦車が拾う。アレックスも駄賃とばかりに、特別製の拳銃で銃弾を叩き込んで離れる。更に、空中を併走していたアモンが超火力の火球を叩き込んでいた。

悲鳴を上げながらもがくシェキナーの全身が膨れあがる。再生どころではない。全身が、派手に爆裂し始める。

「北斗百烈拳!」

「お、ああ、ごぎゃあああああああっ!」

全身が派手に吹き飛び、骨が露出するほどのダメージを受けるシェキナー。しかも、ケンシロウが経絡秘孔だかを突いたから、だろう。再生が露骨に遅れている。

其所に。方舟から速射砲が見舞いされる。

アリスが詠唱を開始。

全力のトリスアギオンを叩き込むつもりだ。

他の悪魔達も、それにならう。

方舟も、フュージョンブラスターの二射目を準備し始めた。ストーム1は、相手の脊髄を、ライサンダーZで打ち砕いている。

サクナヒメは、地面で力をため込んでいるようだが、何か意図があるのか。兎も角今は、着地までに可能な限りのダメージを与える。

地面に墜落する寸前。

機動班クルー達の悪魔による魔術の一斉攻撃。

更に、方舟からの第二射主砲斉射。フュージョンブラスターの二射目も含む一撃が叩き込まれ。

更にアリスの全力トリスアギオンと、ゼウスのケラウノス。更にはテューポーンの全火力が籠もったらしい風の斬撃と。同じくイシュタルの風の一撃。更には。オーディーンのグングニルや、クーフーリンのゲイボルグまでもが叩き込まれていた。

文字通り、戦術核が爆発したような光が其所を包む。

ガブリエルがシールドで皆を守ってくれた。また、方舟も爆発を予期していたようで、プラズマバリアを展開。その影に、多くのクルーを庇ってくれた。

しばし、爆発の余波は続く。

だが、煙が吹き飛ぶ。

倒れているシェキナーは、全身がまだ膨れあがりながら爆発を続けていて。彼方此方骨が露出している凄惨な姿だが。まだ焦げながらも、全身が形を残していた。

「お、おのれ、げぶっ……!」

頭部が存在しないが、彼方此方にある顔で喋ろうとするシェキナー。だがその顔もどれも傷ついていて、一つが今吐血した。

サクナヒメが待て、と言う。

同時に、全員が距離を取った。何かがあると、それだけで察したと言う事だ。

シェキナーが、立ち上がろうと必死になるが、出来ずにいる。今が好機ではないのかと思ったが。嫌な予感がびりびり来た。

ストーム1も、即座に装備の点検を始めたようだ。

形態を変化させて、更なる力を展開するのか。

いや、何か違う気がする。

何が違う。何が間違っている。いや。そういう問題では無く。

ふと気付いて、顔を上げた。異質が割り込んだのを察知したからだ。

其所には、デメテルの姿があった。

手に持っているのは何だ。前は花を手にしている事が多かった。だが、あれは、まるで実りのようだ。宇宙卵にも似ている。

最初に激高した声をデメテルにぶつけたのは、無様に地面にへたばっているシェキナーだった。

「デメテル、貴様……何をしている……!」

「致命傷が入りましたわね」

「何だと……! だったら何をそんなところで高みの見物をしている! 実りを手にしているのなら、それを使え! 貴様の全ての力を使って、我々を回復させよ!」

「そんな事をすれば私は死んでしまいますわ。 それでもやれと?」

デメテルの声が冷ややかなことに、シェキナーは気付いているだろうか。いや、この様子だと気付けていない。

ケンシロウの北斗百烈拳が、モロに入ったのだ。

如何に強大な再生能力があったとしても、恐らく全身が再生する端から爆散しているのだろう。

そんな状態では、ただでさえ邪心の塊のようなあの神が。

冷静な判断など、不可能だろう。

それに先から見ていると、彼奴は力を使って押し潰す戦術を多用していた。消滅の声も、形態が変わってから使っていない。

素の力はとんでもなく大きくても、戦闘慣れしていない証拠だ。強すぎるから、戦闘経験を積む余裕が無かったのだろうし。誰かにものを教わると言う事もなかったのだろう。

「今攻撃はするな。 まずい」

サクナヒメが、デメテルを撃とうとしたクルーを止める。

唯野仁成も嫌な予感しかしない。

彼奴は、どうしてこのタイミングで出て来た。それに瀕死で、このまま放って置いても死ぬシェキナーの所に、どうして出て来た。

メイビーが、マリアを召喚。

回復魔術を展開する。

恐らくメイビーも、戦闘経験を蓄積したから気付いたのだ。何かが、非常にまずいと。だから、今のうちに此方も仕切り直しをすべきだと。

それにしても、どうして彼奴が実りを持っている。

ケンシロウと共に降りて来たアレックスが、困惑した声を掛けて来ていた。

「どういうこと! あの実りは! 何故攻撃しないの!」

「デメテルは、実りの実体は最初から持っていたのかも知れない」

「!?」

「世界でも最も名が知られた豊穣神だ。 そしてあの嘆きの胎。 ひょっとしてだが……最初からデメテルの支配下にあったのではないのか。 看守悪魔達の異常な言動、思い当たる節がないか?」

ふっと、ゼウスが鼻を鳴らす。

恐らく正解、という意味だろう。

ゼウスとしては、相手が姉だ。姉を裏切るつもりにはなれなかったのかも知れない。何しろ、姉には散々不義理を働いたのだから。

マリアはどうなのだのだろう。何か理由があるのだろうか。

「どうした、早くせよ! 貴様如きデーモンを、栄光ある大天使に迎えてやろうというのだぞ!」

「結構ですわ」

「は……?」

ぽいと、実りを放り捨てるデメテル。その捨てられた実りが、シェキナーに吸い込まれていく。

シェキナーの中に入り込んだ実りが、爆発的な閃光を放ったのは次の瞬間だった。サクナヒメが守れ、と叫ぶ。また、ガブリエルのシールドと、方舟のプラズマバリアが展開される。サクナヒメも最前列に出ると、羽衣を展開して皆を守った。

唯野仁成も、必死に腕で顔を庇いながら。それでも見る。無様にうめき声を上げながら、全身が拉げていくシェキナーの姿を。

それを、冷徹に見下ろしているデメテルの姿も。

今までは子供らしい可愛らしい声だったデメテルなのに。その声は、不意にドスが利いたいにしえの豊穣神に相応しいものになっていた。

「何が大天使か新興宗教の神格風情が。 貴様の他に価値観は無く、貴様の他に可能性はない。 貴様の他に正しくはなく、貴様の全てが肯定される。 そんな思考に、誰がついていくか。 別にオリンポスの神々が正しいなどとはいわない。 だが貴様のような、一神教の独善主義を煮詰めた煮こごりに従うフリをするだけで、今までずっと反吐が出るかと思ったわ」

「お、おのれ、う、裏切った、裏切ったな……っ!」

「いつから私が貴様の配下になった。 貴様は秩序陣営の最大顔役だったというだけで、別にオリンポス神族で秩序属性よりの私の上司でも何でも無い!」

絶叫するシェキナー。

やがて、その形は完全に消滅。

そして、地面に降り立ったデメテルが。その全てのエネルギーを吸収していたようだった。

そういう、事か。

デメテルは、ずっとこの機会を狙っていたのだ。

納得がいく。今の力、シェキナーよりも確実に大きい。それは当然だろう。シェキナーを封じるために展開されていただろう明けの明星の結界も通用しないのだから。なぜなら、そこにいるのはデメテルであって、シェキナーではないのだから。

サクナヒメが前に出る。

そのままでは、誰も動けないと判断したのだろう。正しい判断だ。唯野仁成でさえ、声を出すのが厳しいほどだ。

「貴様が裏切り行為を働いたとは思わぬ。 その力で何をするつもりだ」

「貴方方の行動は見ていましたわ」

デメテルの言葉遣いが、元に戻る。それが逆に不気味極まりない。

いずれにしてもはっきりしているのは、あの大きさで威圧感は明けの明星以上と言うことである。

仮に結界を展開した、明けの明星麾下の精鋭がこの地にまだ残っていたとしても。まとめて束になってもかなうまい。

それほどの凄まじい力を感じる。

「メムアレフに対して、要求を呑ませた。 極めて現実的な提案だった。 それでシュバルツバースは二度と出現しなくなる。 結構結構、大いに結構でしょう。 まさにハーヴェストですわ」

ぽんぽんと拍手をするデメテル。

隣で、ゼウスが冷や汗を掻いているのが分かる。それほど危険な力を感じるという事である。

「それが気にくわないと?」

「いいえ、どんどんやってくださいまし」

「何だと」

「私はメムアレフと事を構える気はありませんわ。 正確にはもうあんなもの、苦も無く殺せると言うだけですけれども。 このシュバルツバースは地球の意思が産み出した、再生のためのシステム。 その中枢の一部に食い込む。 それだけが私の目的ですのよ」

ああ、なるほど。理解した。そういうことか。

サクナヒメの隣に進み出る。デメテルは、まがりなりにも一度は命を助けてくれたのだ。

だから、唯野仁成も話さなければならない。

サクナヒメは、唯野仁成が喋る事が出来る様に、お膳立てもしてくれた。率先してサクナヒメが動いてくれなければ。皆が気圧されている今、誰も動けなかっただろう。

一応、アレックスには戦闘前に伝えた。

あの手にしている実は絶対に使うな、と。アレックスがこの戦いで死んでは意味がないのだから。

しかし、これからどうするべきか、判断は任せるとも。

「このシュバルツバースに満ちている力は、現時点での人間の思念に起因している。 つまり秩序属性はどうしても最大派閥の一神教のものが強くなる。 混沌属性は、人間の剥き出しの邪悪が前に出る。 だが、それを覆したかった……そういう事か」

「そういう事ですわ。 もしもこのシュバルツバースを、何度も何度も、いや何十度も転移している赤黒がいなければ、私はあの新興宗教の独善頭の思考制御から逃れられなかったでしょう。 でも、私はあの赤黒が転移を繰り返したおかげで、私が辿りうる末路を見たのですわ」

アレックスが、思わず顔を引きつらせるのが分かった。

デメテルは、残忍に笑う。

子供の姿だから。余計にその笑みは純真などではなく残忍だった。

人間が一番残忍なのは、幼いとき。一番残虐な大人は、精神が子供のままの大人。

そういうものだ。

「シェキナーの指示に従い、命を賭けてシェキナーを復活させる世界があった、と言う事だな」

「そういうこと。 まあその世界でも、結局シェキナーは倒され、なおかつ貴方たちの未来は閉ざされていたようですけれども」

「……そうか」

「私に戦う気はありませんわ。 メムアレフと明けの明星は単純に鏖殺します。 これからこのシュバルツバースは私のもの。 地球の意思は、私の意思で上書きしますのよ」

デメテルの言葉は、歌うように。あまりにも簡単に抹殺を宣言していた。

更に、デメテルは続ける。

「貴方方はそのまま帰ると良いでしょう。 メムアレフに公約した件については私も賛成しますわ。 貴方方が宇宙に移住するのをじっと見守って差し上げます。 そして元に戻った地球の豊穣は、私が一人でハーヴェストいたしますので」

「人間がいなくなれば、信仰も存在しなくなる。 地球の意思を乗っ取っておけば、この星全てがあなたのもの。 そういうことか」

「ええ、そういうこと。 利害の一致、おわかりで」

「ゴア隊長、正太郎長官」

勿論二人に確認する。

当然の話だが、これは即座に唯野仁成が独断でイエスだノーだと言える話では無い。メムアレフは確かに危険な存在だが、あれは嘘をつくような存在には見えなかった。

明けの明星も同じく。所詮は四文字たる神のカウンター存在とはいえ、偽善をきちんとこなして多くの人を救ってきたのである。

ヒメネスの所のバガブーだって救われた一人だ。

やらない善よりやる偽善を実行している存在である。利害が一致したのなら、これ以上対立することは無い。

だが、恐らくデメテルは違うだろう。

方舟のスピーカーから、声が聞こえる。正太郎長官のものだ。

「女神、いや豊穣神と呼ぶべきか。 デメテル。 残念ながら、貴方の言葉を信じるわけにはいかない」

「あらどうしてですの」

「貴方の目的はこの星を掌握する事では無い」

ずばりと、指摘が入る。ゼウスが寂しそうな笑みを浮かべているのが分かった。

そうか、そういうことか。

正太郎長官ほどの存在になると、それが分かってしまうと言うことか。

唯野仁成も、いま気付くことが出来た。

デメテルの目的は、この星を乗っ取る事では無い。

この星から信仰が存在しなくなる事が主体だ。

嘘つきは、本当に嘘を織り交ぜる。デメテルの神話的な意味を考えれば、すぐに分かった事だ。

「デメテル、貴方はオリンポス神族の中でのごたごたに巻き込まれ、愛娘まで取りあげられた神格だ。 貴方が求めるのはこの星なんて俗物的なものではない。 もっと感情的なもの……例えばこの星からにっくき神々を全て自分以外消し去る事。 そういう事ではないのかね?」

「……」

「貴方の言う事を聞いて、シュバルツバースを貴方に渡したとしよう。 そうすれば、恐らく貴方は地球の意思を乗っ取った状態で、地球から人類を消し去るだろう。 それが一番早いからだ。 何しろ、何十年だか待たずに済む。 また我々が乗り込んでくる可能性もない」

「……ふっ」

デメテルが笑う。全てを暴かれたものの笑みだった。

やがて小さかった笑い声は、大きくなっていき。その周囲に、多数の人影が現れ始める。

もはや信仰が失われた、いにしえの神々達。恐らく嘆きの胎でかき集めていた、手駒達だろう。

「流石は年の功。 大正解ですわ。 ただ一つ付け加えるなら、ちょっとだけ間違っています。 貴方たちが宇宙に出るまで、十五年だけは待とうと思っていましたのよ」

「十五年では、この星から自立しきるのは不可能だ」

「人間は数が増えすぎるし、既得権益の押さえ込みだって大変でしょう。 それを私が全部シュバルツバースで押し流してあげようというのです。 適度に減った人間を適切に管理する。 それならば貴方たちが支配者になるのは容易ですわよ」

「あいにくだが、儂は政治権力の醜さを嫌と言うほど見てきている身でね。 自分で世界の支配者になろうなどとは思わんのだよ。 既得権益の押さえ込みは大変だろうし、その過程で血だって流れるだろう。 だがそれは、我々が自分でやらなければならない事なのだ」

流石だ。

戦後の混乱期、あらゆる人災や人の醜さを正太郎長官は見てきた筈だ。人殺し以外の事は何でもやったというような発言を平然とする老人は今でもいると聞いている。文字通り、日本が一番酷かった時代に、最悪の数々を見て来た上で。

なおも放たれる正太郎長官の台詞。

その先も、国際再建機構を設立する過程で、どれだけ醜い人間の本性を見て来たか分からない人だ。

その言葉の重みは知れなかった。

ため息をつき、肩をすくめるデメテル。その目が、赤く輝いていた。

「では、始めましょうか。 シェキナーの力を取り込み、地球史上最強の豊穣神となったデメテルと。 いにしえの闇に忘却されていった神々がお相手いたしますわ。 まだ時間もありますし、死の舞踊につきあって貰いますわよ」

全員が一度跳び離れる。

第二ラウンド開始だ。そして、これが恐らく正真正銘このシュバルツバースでの最後の戦いになる。

「では行くぞデメテル。 同じ豊穣神どうし、頂点を決めるとしようか!」

「お相手いたしますわ! 今の貴方でも、私には及びませんけれどね!」

真っ先に躍りかかったサクナヒメの一撃を、デメテルが手刀で弾き返す。

それを切っ掛けに、最後の総力戦が開始された。

 

3、最大最後の激突

 

堕天使さいふぁーは、ぐったりしているメムアレフの側で、十天への至で行われている死闘を見物していた。

勿論メムアレフも疲れ果てているが同じく見物を続けている。

むしろ楽しんでいるのはメムアレフのようだった。

「あの英雄達にしてやられた時は流石に頭に来たが、これは面白い。 あのデメテルめの奸計を見抜くとはやるではないか」

「……私は想定外だ。 だが、だからこそ面白い」

「流石にシェキナーを超える力をデメテルが入手するとは思わなかったのだろう?」

「その通り。 これでは結界を張らせた意味がない。 それに今のデメテルの力、あれは宇宙卵込みのものだ。 しかしあの英雄達であれば……」

想定外の事は、幾つもあった。

あのアレックスが、平行世界から来た事は分かっていた。それについては調査もしていたからだ。

だが、同レベルの調査をデメテルが出来たのは何故だ。

ひょっとして、平行世界に残った残留思念が、デメテルに流れ込み。その命運を知らせたのか。

それならば、可能性は確かにある。

元々デメテルはオリンポス神族の頂点、オリンポス十二神の一席に座する強力な神格である。シェキナーが所詮四文字たる神の残りカスである事は、他の平行世界でも同じだっただろう。それに従う事がアホらしくなり、独自の画策を始めたとしてもおかしくない。

また、デメテルが宇宙卵を持っていたのはどうしてか。

しばし考えた後、結論が出る。

そういうことか。

この世界は所詮外から流れ込んでいる人間の思念を元に構成されたのだ。それを知っていたのだとすれば。

思念を向けてみる。

案の定だ。表層部分にある万の世界の内、半数ほどが空になっている。

それらの力がシュバルツバース内側に向かうように、デメテルはかなり早い段階から細工をしていたのだろう。

結果それらの世界にいた魔王と配下の悪魔達は消え去り。

嘆きの胎に力だけが集まった。

結果として起きたのは、嘆きの胎に実る「宇宙卵」の増加。

そう、デメテルは。嘆きの胎の囚人達が分割して持っていた宇宙卵の他に。嘆きの胎最深部である六層で。

あの英雄達が戦う余波を利用して力を集め。収穫をしていたのだ。

文字通りの豊穣神としての力を利用して。

恐らくだが、その結果。平行世界の神格達よりも。大母達が強くなっているのではあるまいか。

まあ、それでもデメテルにはあまり関係が無かったのだろう。元々豊穣神は弱い神ではないのだから。

もう一つ気になる事がある。今更だが、あの英雄達だ。

あの英雄達は何故呼ばれた。ライドウについては分かる。あれは世界の危機に応じて来る者だからだ。実際に以前交戦したときも、世界の危機が起きていて。それに対して肉体年齢が今より十年くらい若いライドウが呼ばれたのだ。

いや待てそれすらおかしい。

シュバルツバースの場合は、世界の危機によって生じるものであり。この場合世界の危機を引き起こしたのは人間だ。だから本来はライドウは来ないはずなのだ。

そんなライドウが来た事で、サクナヒメも来た。これも分からない。あの姫は、こんな世界にはもったいなさ過ぎる本当に出来た神だからである。

それよりも不可解なのはケンシロウとストーム1である。

あの二人ほどの英雄、そうそういるものでもない。春香や正太郎にしても同じである。

それに、未来の平行世界からの漂着者であるらしい真田もそうだ。

都合良くこれほどの英雄が集まったのは何故だ。

仮説を立てるとしたらこうか。

アレックスが平行世界の転移を繰り返し続けた結果、平行世界に情報が共有された。その結果、シュバルツバースを単に作り出すだけでは、何の解決にもならない事が分かった。故に、このシュバルツバース以外の何かの機能が、英雄達を集めた。それも、シュバルツバースが出現する何十年も前から。

それならば、納得がいく。

だがそんな機能は存在するのか。勿論四文字たる神は違う。恐らく、此処にいるメムアレフも違うだろう。

だとすれば、誰だ。

「誰も関与していない」という可能性がさいふぁーの脳裏に浮かぶ。

そうか、そういうことか。アレックスが彼方此方の平行世界を渡り、その危機的状況が平行世界を渡る度に集約された結果。恐らくは、シュバルツバースを発生させるのと同じ、だがメムアレフとは別の地球の意思が。準備を始めたのだ。

それは恐らく意思さえ持たないシュバルツバースの構造体か、或いは……。

いずれにしても、面白くなってきた。

もしもデメテルが勝てば、何もかもが台無しだ。メムアレフもさいふぁーも殺されるだろう。勿論アレックスも殺されるから、以降の世界での平行世界に変化は生じないだろう。地球はシュバルツバースによって初期化されるか。シュバルツバースが無理矢理押し返されて、また人類が資源の浪費を始めるか。その二択だ。

だが、それでも面白いと思う。

四文字たる神に狂信を誓った連中では、絶対に思いつかないだろう「神以外の可能性」によって。

何もかもがひっくり返される。そんな愉快なことは、そうそう無いのだから。

 

唯野仁成は、デメテルと激戦を繰り広げる姫様を横目に、最前線で戦い続けていた。

凄まじい強さの悪魔だらけだ。

方舟の速射砲が連射され、既に戦えるクルーは全て出て来ている。装甲車三両も出て来て、ライサンダーZFに換装した主砲で敵を薙ぎ払っているが。

恐らく、信仰を失い。

勝手に世界からいない事にされた憎悪からなのだろう。

悪魔達の戦意は高く、倒されても倒されても湧いてくる。

本来、そういった失われた悪魔は。この間見たアンリマンユ或いはアーリマンのように、限定的な存在で人格も失われてしまうのだろうが。

此処にいる連中は、明確な憎悪によって動いていて。

更にデメテルに洗脳でもされているのか、凄まじい勢いで襲いかかってくる。

一体一体も強い。

野戦陣地を苦労しながら構築したゴア隊長は、自身も装甲車から身を乗り出してアサルトを連射しながら、指示を出し続ける。

「野戦陣地に近づけさせるな! それだけでスペシャル達への援護になる!」

「方舟に着弾!」

悪魔の群れが、方舟に魔術を多数ぶっ放す。

だが、ちょっとやそっとの極大魔術ではびくともしない。

それはそうだ。

あの方舟は、今までとんでも無い数の悪魔とやりあってきたのである。その装甲は極限まで強化され、宇宙での戦闘にも耐えうるほどだ。

本来なら星間文明が運用するような船。

それがあの方舟だ。

だが、近付かれると厄介だろう。そう思っていたら、ライドウ氏が召喚していたテューポーンが方舟の側に立ち、唸り声を上げて悪魔達を挑発する。なるほど、ある程度は引き受けてくれると言う事か。

唯野仁成は、目の前にいる敵に集中する事にする。目の前にいる、巨大な人型。昔の神はシンプルなものばかりだ。人型である事が殆ど。それは、昔の人間の想像力に限界があり。

なんでも自分達の似姿にしていたから、という事情もあるのだろう。

唯野仁成の剣も、一太刀は確実に受け止めてくる。二合、三合と渡り合い。気合いと共に首を刎ね飛ばすが、それでもしなない。

アリスが焼き尽くして、ようやく消し飛ぶ。

一体一体がそんな調子だ。他のスペシャル達も苦戦を余儀なくされている。

サクナヒメと苛烈な戦いをしているデメテルの周囲は、文字通り空中に生じた巨大なハンドミキサーも同じ。

近付くだけで、何もかもが木っ端みじんにされている。

サクナヒメもどうやら力を一切合切全部使うつもりのようだ。最後の最後。イレギュラーであるサクナヒメは、ライドウ氏が別世界に戻るときに、同じように戻るしかない。

だったら、此処で全てを出し切り。

自分が守ってきた人間達のために、最後まで先陣を務める。

そのつもりなのであろう。

更に襲いかかってくる。今度は二体同時。ゼウスに一体を引き受けて貰い、一体は唯野仁成が巨大なハンマーを振るって襲いかかってくる大柄な男の相手をする。こいつとは切り結ぶ訳にはいかないか。

アサルトを浴びせるが、皮膚で弾いて接近して来る巨人。

ハンマーの間合いに入られる。

大型武器は、初速こそ遅いが。勢いが乗ると鈍重とは程遠い速度を出す。火力も凄まじく、回避も難しい。

勝ったと巨人は思ったのだろう。

だが。その瞬間、巨人の首が真後ろにへし折られていた。

ライサンダーZの至近距離射撃だ。

更に足下を、アナーヒターの冷気魔術が凍らせる。

とどめとばかりに、唯野仁成が突貫し、首を刎ね飛ばしていた。

首が飛んでも、まだ生きている巨人だが。イシュタルが勢いをつけて空中から首を踏みつぶすと、流石に消滅する。

呼吸を整えながら、次。

苦戦している味方への支援狙撃を何発か入れ、また寄ってきた大型の相手をする。アリスが流石に辛そうにぼやく。

「強いよ! 多いよ!」

「一神教が存在する前よりいるような信仰の者達だろう。 もう悪魔も神も関係無いし、デメテルが弄くってるだろうから強いのは仕方が無い」

「ヒトナリおじさん、本当にすごいなー。 この状況でも淡々としてる。 焦るとかないの?」

「俺だって焦る。 だが今はそんな場合では無い」

突撃してきた槍使い。槍を投擲しようと踏み込むが、即座に反応する。

投げ槍というのは、弓矢が発達する前にもっとも強大だった飛び道具だ。クロマニヨン人が最強だったのは投げ槍が原因だったという説がある。とはいっても、現在の人類とクロマニヨン人に実際の血縁は無いという説もあるので、何とも言えない。いずれにしても、古代では投げ槍が使われ、それが大きな威力を持っていたことは事実。古い神話には、投げ槍を使う神格や英雄が多いのもそれが理由だ。

あれはメイビーを狙っている。回復に全力で集中しているメイビーも、マリアも間に合わない。

唯野仁成は瞬歩で接近すると、槍を投擲しようとしていた大男の眼前に。

思いっきり頭突きを叩き込む。

槍を投げ込むときにどうしても頭が動作の一部に入る事は、クーフーリンを見ていて理解していた。

だから、その動作を邪魔してやればいい。

流石に互いに弾き会ったが、こんな程度で引くわけには行かない。

相手も殆ど同時に立ち直るが、一瞬だけ唯野仁成が早い。

顎から跳ね上げるようにして、頭を逆唐竹にたたき割る。

槍を投げようとしていた奴は、それで蹈鞴を踏み。アリスの火焔魔術で全身を焼かれたが。

それでも死なず、全身を膨れあがらせて形態を変えようとする。

だが、形態変化する前に、唯野仁成は剣を鞘に収め。踏み込むと同時に剣を抜きはなっていた。

初撃で動きを止め。

その後、百十四の斬撃を秒で叩き込む。

流石にこれではひとたまりもなく。やり投げの悪魔は消えていった。

次。

前線で苦戦しているブレアを支援狙撃で援護。アンソニーを支援狙撃で援護。歩きながら、更に援護。徐々に姫様に近付いていく。

ヒメネスがいつの間にか近くにいた。

インドラジットが腕の半数ほどを失っていて、スルトもかなり傷ついている。だが、ヒメネスは苛烈に笑っていた。

「くっそ、楽しいな畜生!」

「姫様を支援する」

「ああ、分かってる! ……て、また変なのが来やがったな!」

見れば分かる事を敢えて言うのは、恐らくヒメネスなりに鼓舞しているからなのだろう。

何だか巨大な蜥蜴のようだが、大きさが尋常では無い。まるで恐竜だ。

そういえば、オーストラリアには過去いわゆるコモドドラゴンよりも更に大型の蜥蜴が存在していて。

今でも目撃例が絶えないという話が聞いている。

オーストラリアに最初に上陸した人類が目撃したかは分からないが。

目撃したのだとしたら、とんでも無い脅威に映っただろう。

雄叫びを上げると、突貫してくる超大型蜥蜴。

恐竜のように足が下に出ているが。これはもう、伝承が失われた上に。現在の恐竜に対する人類の知識が混ざっているからなのだろう。そして恐竜と同じ体型だから、動きがとにかく速い。

鋭いのこぎりのような牙をむき出しに、突貫してきて。

そして、前に出たインドラジットにかぶりついた。

インドラジットが押される。

「かまわん! 余ごと討ち滅ぼせ!」

「すまんインドラジット!」

大剣を振るうヒメネスと、同時に恐竜もどきに斬りかかるが、表皮が硬すぎる。

今まで多数の悪魔を切り裂いてきた実績のある剣も、更に火力が出る筈のヒメネスの大剣も通らない。

インドラジットが片膝を突く。えげつない顎の力が、ぎりぎりとインドラジットの体を潰して行く。

ティラノサウルスの顎の力は、どれだけ弱く見積もっても地上の生物では歴史上最強クラスだった事が分かっている。それと同格だとしたら、インドラジットでも危ない。

「スルト!」

「……やむを得んっ!」

スルトが、炎の剣を天に掲げる。更に、アリスもそれを見て、詠唱を放棄。現時点でぶっ放せる最大火力の魔術を展開。

其所に、対戦相手をねじ伏せたゼウスも加勢。

最大火力のケラウノスを叩き込んでいた。

インドラジットごと、文字通り世界を焼き滅ぼす炎が二連続叩き込まれ。更に神々をも焼き殺す稲妻が走る。

蜥蜴がインドラジットから口を離し、絶叫。

そこに、至近距離から息を合わせて、ヒメネスと同時にライサンダーZを叩き込む。勿論狙いは口の中。

口の中から、脳をぶち抜かれた恐竜もどきは悲鳴を上げながら、後ろに下がるが。其所に、ストーム1からの援護らしいライサンダーZFの狙撃が更に追加。恐竜もどきはもはや声さえ上げず、横倒しになって倒れた。

同時に、インドラジットをPCにヒメネスが戻す。呼吸を整えながら、ヒメネスは凄惨に笑った。

「これ以上は前線は無理だな。 少し下がって支援に徹する」

「ああ、後は任せろ」

「任せるぜ」

ヒメネスはライサンダーZをぶっ放しながら下がる。

ずっとマリアの広域回復魔術が作用しているはずなのに、既に味方は満身創痍の者ばかりである。

ストーム1はクーフーリンとジャンヌダルクを盾に、殆ど単独で一方向の敵に対する壁になってくれている。これで支援までしてくれているのだから凄まじい。

ケンシロウは瞬歩でやられそうな味方の所に行っては救援を続け。

ライドウ氏は、次々に悪魔を繰り出しては、前線の確保に必死だ。

他の一線級クルー達も、それぞれ大型の悪魔と必死に戦い、それぞれ敵を引きつけてくれている。

唯野仁成は深呼吸すると、更に前に進む。もう少しで、姫様とデメテルの戦線に突入する。

不意に、危険を察知して下がる。

地面から、突然巨大な顔が飛び出してきて。唯野仁成がいた地点をばくりと喰らっていた。

そのまま、横顔にライサンダーZのゼロ距離射撃を浴びせるが。ゆっくり地面から這い出てきたそれは、此方を向く。

顔が口だけという、凄まじい異形だ。

デメテルと一瞬だけ目があった。笑っている。

近づいて来た奴を喰らうように仕掛けておいたトラップと言う事か。引っ掛からなくて残念と、それでも視線には余裕があった。

奮起。

此奴も、もう伝承は存在しない悪魔だろう。弱点なんか分かりっこない。とにかく、突破するしかない。

方舟は。フュージョンブラスターの第三射はまだ撃てない。というよりも、恐らくあれは。

頷くと、顔に口しかない悪魔に、一斉攻撃を浴びせる。炎、氷、雷撃、風。現在一通り撃てる悪魔が手元にいる。

どれも効き目が薄く、顔が口だけの悪魔はわめき散らしながら、手を振るって周囲を薙ぎ払う。

その時、天より極太の雷が叩き込まれる。

ライドウ氏が召喚したバアルによる支援射撃だ。流石にそれには、顔が口だけの悪魔も竿立ちになった。

一瞬とまる。それだけで、今の唯野仁成には、相手を何度も殺せる手札が揃ってきている。

瞬時に百を超える斬撃を叩き込んでやる。手足が抉り取られ、巨人が絶叫。なるほど此奴、皮膚は硬いが突破さえされれば再生は出来ないのか。

何が神格化された存在なのだろう。

何となくだが、誰かが作ったただの落とし穴が。間違って人を死なせてしまい。大慌てした人間達が、地面が人を喰らったのだとかいう情報が頭に流れてきた。まあ、古代には、とてもではないがあり得ないような出来事から神格化が起きる事があったらしいという話だし。

断末魔の此奴が垂れ流した情報は、あながち嘘では無いのかも知れない。

踏み込むと、ゼウスがアダマスの鎌を振るう。

そして、斜めに切り裂かれた顔が口だけの巨人は、光になって消えていった。

呼吸を整える。あと少しだ。あんな罠を仕掛けていたと言う事は、デメテルにももう手札がないことを意味する。

アリスが側に来ると、イシュタルと共に頷いて、唯野仁成に全力での回復魔術を掛け始める。

「まてアリス。 もう力が残り少ないだろう」

「ヒトナリおじさん気付いていない?」

「今、もう戦えるのはゼウスと貴方だけよ。 私達、これですっからかん」

アナーヒターも来て、回復魔術を掛け始める。

ゼウスはじっと黙り込んだまま、側に歩いて来た。

ゼウスは多少傷ついているが、まだやれそうだ。イシュタルとアナーヒターは、PCに引っ込む。

そして、アリスは満足そうに頷いていた。

「しばらくは私、ヒトナリおじさんと一緒にいるよ。 全盛期のライドウお兄ちゃんと一緒に戦っているときと同じくらい今回の奇妙な旅は面白かった」

「アリス!」

「大丈夫。 ただちょっと力使いすぎたかな。 数日は起きてこられないと思う。 起きて来たら、うんとアイスと飴食べたい」

「ああ、約束だ」

アリスがPCに引っ込む。

全快とはいかない。だが、今あのサクナヒメとデメテルの周囲に発生している凄まじい戦闘の中に入っていって支援が出来るのは、もう唯野仁成とゼウスだけ。そして、ゼウスは頷いた。

捨て石になってくれる、ということである。

ここで、決める。

唯野仁成は、決意をすると、前に踏み出す。勝負は恐らく一瞬になる。

ゼウスとサクナヒメなら、絶対に決めてくれる。

いや、まだ一手足りない。そう思った瞬間、側に降り立ったのはアレックスだった。

アレックスも、手持ちの悪魔全てを失っている。

だが、これで恐らく、手札は揃った。

「私も行くわ」

「……よし。 勝負は一瞬で決まる。 仕掛けるぞ!」

皆で切り開いた道だ。

最後の壁となったデメテルに向け、突貫を開始。最後の、最強の敵が。まだ無事でそこにいる。

 

4、決着

 

見える。

デメテルが、サクナヒメと手刀で戦っている。シェキナーの力を完全に取り込み、地球の内部熱量に匹敵する宇宙卵の熱量をも体内に取り込んだデメテルは。どんな神話の主神をも超える力を持っている様子だ。

どちらも幼い姿だが、その戦闘力はもはや絶大。

秒間数百に達する攻防を繰り広げながら、一歩も引かない。

サクナヒメはそれでも何か切り札を隠しているとみた。唯野仁成は、アレックスとゼウスと突貫しながら、全てを冷静に分析していた。

サクナヒメが飛び下がる。

デメテルがぶっ放したのだ。恐らく、シェキナーが使った消滅の声を、である。

だがその消滅の声を、横殴りにケラウノスがデメテルを張り倒すことでかき消す。デメテルはわずかに弾かれたが、隙は見せない。

「ゼウス……!」

「行くぞ姉上!」

「この不肖の弟がぁ!」

絶叫とともに、手を上空に掲げるデメテル。サクナヒメも勿論間髪入れずに仕掛けるが、それをもう片方の手でいなしてみせる。

上空に出現したのは、一本の槍。

多数の攻撃など必要ない。傷ついたゼウスを倒すには、一本の槍で十分という事なのだろう。

恐らくオーディンの使うグングニルと同等だろう槍が、ゼウスに投擲される。その瞬間、その槍を横から弾いていたものがある。

グングニルだ。前線にまで出て来ていたオーディンが、自分が倒されることも意に介さず投擲したものだった。

わずかに槍がそれるが、それでもゼウスの腹を貫通し、地面に縫い止めるには充分である。

しかし。

その瞬間、ゼウスの影から、唯野仁成とアレックスが躍り出る。

アレックスが拳銃を乱射。舌打ちしながら、壁を作るデメテル。片手はサクナヒメの怒濤の猛攻に対応しなければならない。

何か呟くデメテル。

「バディ、避けろ!」

「もう遅い!」

デメテルの勝ち誇った声と共に、ゼウスごと周囲が灼熱の炎に包み込まれ、一瞬で焼き払われる。

だが、それを見越していた。

広域攻撃で、唯野仁成とアレックスごと潰しに来ると分かっていたのだ。

唯野仁成が、剣を鞘に収めていたことは。ゼウスにもアレックスにも見えていたはずだ。

抜き打ち一閃。

炎の一撃を、消し飛ばす。

ゼウスまでは守れない。ゼウス、ありがとう。気を引いてくれて。そう呟きながら、唯野仁成の代わりに、アレックスが至近に突貫。

光の剣で、デメテルに斬りかかる。もう片方の手を使って、それでも余裕でサクナヒメとアレックスを同時に相手するデメテル。

「貴方たちの言葉で言うと、ギアを上げていきますわよ……!」

両手で、サクナヒメとアレックスを同時に弾き飛ばすデメテル。

分かっている。シェキナーを取り込んだ以上、この程度の筈が無い。デメテルがまだ本気ではなかっただろう事くらいは理解している。

其所に、唯野仁成が接近。

大上段から、一撃を降り下ろす。

白刃取りするデメテル。

だが、その時には剣から手を離していた唯野仁成は、ライサンダーZを叩き込む。それも、ふっと息を吐くだけで、弾丸を消し飛ばすデメテル。

だが、側頭部を張り倒される。

ストーム1による狙撃が、モロに入ったのだ。戦況を見て、一瞬でライサンダーZFをぶっ放したのである。

すっ飛んで戻って来たアレックスと共に、気合いを入れてデメテルに蹴りを叩き込む。流石にこれは防げず、ふっとぶデメテル。

それをサクナヒメの羽衣が拘束、上空へと投げ上げていた。

「今更私を上空に投げ上げたところで……」

だまりこむデメテル。

気付いたのだろう。方舟が、完璧なタイミングで対応し。まさに、全力での主砲発射態勢に入っていたことを。

「エネルギー充填120%!」

「任せます正太郎長官!」

「良し! 主砲、発射!」

ライサンダーが神殺しの光の槍なら。

フュージョンブラスターは。特に方舟が主動力、補助動力をも動員して使うこのフュージョンブラスターは。

文字通り、星をも貫く破壊の権化だ。

流石に絶句したデメテルを、空間すら転移する動力をフル活用した方舟の主砲が蹂躙する。

極限の最大熱量に灼かれたデメテルは、恐らくシェキナーの力の全てを使って、それを防いだのだろう。

空中で、呼吸を必死に整えるデメテル。全身が焼け焦げ、回復している余裕すらなさそうである。

地球に対してぶっ放したら、文字通りマントル層まで貫くだろうあの一撃を耐え抜いただけでも凄い。

だが、その時には。既に動けないアレックスを地面に残し。唯野仁成が、至近にいた。

剣が、デメテルを貫く。

凄まじい絶叫を上げるデメテル。そのデメテルを蹴って、唯野仁成は離れる。巻き込まれるのを避ける為だ。

唯野仁成とアレックスを抱えて、瞬歩でここに来たケンシロウが飛び退く。

見える。

全ての力を解放したサクナヒメが、そこにいた。

「目覚めよタマ爺。 いや、ヤナト最強の神剣、星魂剣!」

「おひい様。 ヤナトでは無い此処では一度だけしか出来ませぬぞ!」

「ああ、その一度のために、此処まであのデメテルに対して力を温存したのだ!」

剣が喋る。

なるほど、人格を持つ剣、いや剣が神そのものなのか。

要するに召喚されたのはサクナヒメだけだったのではない。もう一柱、召喚されていたのだ。

サクナヒメと最も関係が深い、剣そのものの神格が。

サクナヒメの全身が青白く輝いている。大上段に構えを取る。もはや腹に剣を突き刺され、更にフュージョンブラスターに貫かれ。身動きが取れずにいるデメテル。だが、それもまだ宇宙卵の力が残っている。

慈悲を掛ける事など、ない。

デメテルは、静かに笑う。

負けを悟ったらしい。だが、その負けにも、悔いは無い様子だった。最後の最後でゼウスに報復は出来たし。

何より、今まで自分達を見下し、好き勝手の限りを尽くしていた四文字の神の一部に対して。

文字通りの、手痛いしっぺ返しをする事が出来たのだから。

「ふるべゆらゆらふるべゆらゆら……全てを打ち砕け、星魂剣!」

サクナヒメが、渾身の一撃を虚空に放つ。

フュージョンブラスターと同等か、それ以上の火力が解放された。

サクナヒメの真の切り札。それは、文字通りデメテルを宇宙卵ごと完膚無きまでに焼き払い。

そして、デメテルが召喚した、嘆きの胎の看守だっただろう悪魔達も一瞬にして打ち砕き。

全てを消し払っていた。

サクナヒメが片膝を突く。全ての力を使い切ったのは明白だった。熱量が凄まじすぎる。だが、唯野仁成は、駆け寄らざるを得なかった。

「……案ずるな。 ライドウもろとも、シュバルツバースを出るまでくらいは現界しておるだろう。 それより今のでこの世界における全ての戦闘に廻せる力を使い切った。 歩くのもつらい。 肩くらい貸せ」

「体格差があるから無理がありますよ」

「プリンセス」

熱をものともせず、ここに来たのはゼレーニンも同じだ。ガブリエルを駆って、ずっと守りに徹していてくれたのは見ていた。何人もゼレーニンはガブリエルと共に救い守った。平行世界の未来とは違って。

ゼレーニンがサクナヒメを背負う。サクナヒメは、大きくため息をついた。

「背負われるような年ではないのだがな」

「貴方は一神教の神とは違いますが、それでも本物の神です。 でも、人とともにあるというのなら、たまにはこうやって人をお頼りください」

「……そうするとしようか。 わしと共に暮らしていた人間達も、そうして時々わしを助けてくれたな」

撤収。

ゴア隊長が、負傷者の収容と撤退を急がせる。

真田さんの装置がいつまでメムアレフに効いているか分からない。それに、である。

ひょいと唯野仁成の側に姿を見せる霊体化したデメテル。

ぎょっとしたが、もう戦う力は無い様子だった。

「負けましたわ、唯野仁成。 ゼウスに貴方を好き勝手させるのは面白くない。 以降、私もついていきますわよ。 シェキナーの力も宇宙卵、いや実りの力も失ってしまいましたけれど」

「要は契約して俺の手持ちになると言うことか」

「そういう事」

「おいおい、大丈夫かよ……」

呆れた様子のヒメネスが側で見ているが、唯野仁成は大きくため息をついていた。

こいつを野放しにする方が余程危険だ。それに、此奴を御せるのは多分クルーの中ではライドウ氏と唯野仁成しかいない。

平行世界の事も知っている此奴が、多分明けの明星をも超えるこの世界の最大危険悪魔だ。霊体化してすぐに戻ってこられると言うことは、放置しておけば何をしでかすか分からない。

「分かった、契約を受け入れる。 悪魔召喚プログラムに沿って、だがな」

「ふふ、面白い。 これでゼウスをいつでも好きなだけしばき倒せますわね」

「……唯野仁成よ、多分後悔するぞ」

「俺も同意だ。 最悪のヤベー女を抱え込んじまったな」

げんなりするPC内のゼウスと、唯野仁成の側で呆れているヒメネス。周囲では、撤収の準備が着々と進んでいる。

アレックスは、先に医療班が医療室に運んでいた様子だ。一人にしてほしいと言われたので、そうする。

恐らく、気持ちを整理する時間が必要だろう。

戦力を確認。

方舟はかなり被弾したが、継戦は可能。ライドウ氏は手持ちを暴れさせる過程で、殆どマッカを使い果たしてしまった。それどころか、方舟に備蓄していたマッカもほぼ使い切ったらしい。

機動班クルーも、またすぐに戦わせることが出来る悪魔は半数もいない。マッカそのものは動力炉のエネルギーを利用して時間を掛けて作り出せるらしいが、すぐにはこれでは戦えない。

先ほど倒した悪魔の大軍のマッカも集めたが、それでも足りないらしい。

ストーム1とケンシロウはほぼ無事。二人は全く問題なく戦える。

だが主力であるサクナヒメは、切り札を使い、もう戦闘は無理と本人が明言。ライドウ氏も悪魔召喚が使えない以上、腕利きの戦士以上でも以下でもなくなった。唯野仁成とヒメネスは、何とかやれる。

戦力は要するに半減しているが。死者は出さなかった。それだけで充分だろう。

艦橋で軽くミーティングをしたあと、撤収完了。擱座した野戦砲なども全て回収。流石に鉛玉までは回収出来なかったが、それは仕方が無い。

スキップドライブの準備を始める。

後は正式に、メムアレフと契約を交わしたあと。

地球に戻る。

地球に戻った後が一番大変だが。それよりも、まずはしっかりメムアレフとの契約を見届けなければならない。

やることはまだまだある。

最後の戦いは終わったが。

まだ、全てが終わった訳ではないのだ。

 

(続)