最後の大母への道

 

序、険道

 

方舟が降りてくる。移動を開始したとは聞いていたが、殆ど時間が掛かっていない。唯野仁成達は距離を取って、周囲を確認。

ゼレーニンが既に周囲の測量を済ませている。それに、あの方舟が今更擱座することもないだろう。

着地した方舟。これで、更に深い拠点から探索を開始できる。物資搬入口が開いたので、唯野仁成も中に。

一旦休憩するようにと言われたので、指示に従って休む事にした。

正直この方舟が降りた場所のガーディアンは大した相手では無かった。実際問題、メムアレフにとってもどうでもいい場所だったのだろう。

ただ。肝心のメムアレフの居場所自体が分かっていない。

まだ楽観は出来ない状態だ。

姫様やケンシロウにも、まだ場所が分からないらしい。

少し休憩した後、幹部が集められてミーティングが始まる。ゴア隊長が、今まで解析したホロロジウムの地図を背中に、話をしてくれる。

「恐らくあと二つある宇宙卵から考えて、折り返し地点まで来たと見て良い。 此処からも方針は同じく行く。 方舟の周囲には野戦陣地を作らず、プラントだけを設置。 途中の拠点に野戦陣地の機能を置く」

「それで、メムアレフの居場所は分からないんすか?」

「ヒメネス、君も知っての通りだ。 残念だが、現状ではゼウスやマリアにすら分からない」

「ただ、この階層の構造について調べた所、面白い事が判明しました」

ゴア隊長が振り向く。アーサーによる言葉だ。

アーサーは真田さんとは別方向から調査を続けていたらしい。

どうやらこのホロロジウムは、巨大な火山に近い構造をしているらしい。

そして明けの明星に見せられた映像を可能な限り分析した結果。メムアレフが存在しうる場所については、幾つか候補が挙がってきたという。

「火山は空洞ができる事があるのですが、溶岩が満ちたあまりにも深い場所ではあのような地形は出来ません。 恐らくですが、既に六割ほどの地点にまで来ていると想定されます」

「楽観ではないだろうな、アーサー」

「最も悲観視した場合のデータです」

「そうか」

ゴア隊長も安心した様子だ。

国際再建機構でも教える事だが、楽観は思考の放棄だ。特に戦場での楽観は非常に厳しい。

故に、ゴア隊長も厳しい発言をしたのだろう。

いずれにしてももう六割来ていると言うのは大きい。あと少しで、最深部にまでたどり着けると見て良いだろう。

だが、今後もどんな罠があるか分からない。

「浅い階層については、ドローンを中心に調べて貰うが、遊撃の部隊に出て貰うかも知れない。 姫様、申し訳ないのですが、しばらくはまだ最前線での切り込み役をお願いいたします」

「任せておけ。 このような場所だ。 それに……」

「何かあるのですか?」

「わしもな、それこそ世界を破綻させかねない偉大なる水の大神と戦ったことがあるのだが、それもこういう火山の深部だった。 あの時を思い出す」

そうか。

最高の武神という程だ。最高の武勲を上げて、最高の力を手に入れているのだろうとは思っていたが。

何ともまた、因縁めいた事だ。

頷くと、ゴア隊長は行動は今までと同じようにする事を伝え、そのまま解散とした。

すぐに唯野仁成はサクナヒメと共に出る。機動班の一線級クルーの消耗が少し大きめだが、休憩は入れているはずだ。まだ大丈夫だろう。

マッカの補充については問題は無い。

ただ、悪魔を強くしようと思えば思う程、膨大なマッカが必要になってくるのも事実である。

そして今になって思えば。この状況でマッカを独占していたであろう別世界の唯野仁成の悪魔は、一体どれほど強くなっていたのか。

それは、世界の軍が一週間で沈黙するのも納得だと言える。

アレックスは、インドラの戦車に調査班を乗せて、浅層に行くようだ。浅層の拠点からは人がいなくなったが、自動迎撃装置はついたままである。調査だけなら、アレックスが護衛につくだけで充分だろう。

アレックス自身も、自分の立場が厳しい事は理解している様子である。勿論アレックスに責任は無い。

だがアレックスなりに、ジョージにアドバイスを受けて馴染もうとしているのだろう。だから、その行動は止めない。馴染むための機会を作ってくれているゴア隊長にも感謝する。

すぐに指定された方に進む。

この辺りからは、また未踏地域だらけだ。

大量のドローンが周囲に展開されている。あれのどれだけが戻ってこられるやら。

「唯野仁成よ、集中力が落ちておるぞ」

「すみません姫様」

「良い。 それよりも、これは……」

顎をしゃくる姫様。

洞窟だ。内部には、轟々と何か音がしている。水が渦巻いているのか。それとも。

火山性のガスは本来受けると致命的だが。今のデモニカだったら別に大した問題にはならない。

真田さんが散々改良を加えてくれたのだ。話によると、あの地獄の環境でしられる金星でも活動できるそうである。

「虎穴には入らざれば虎児を得ず。 行くしかあるまいが、備えはしておく方が良さそうだな」

「ま、まずはドローンを」

「それはもちろんだ」

クルーの一人が怖じ気づいた声を出したので、サクナヒメもそれに同意する。だが、それだけでは足りないというのだろう。

ドローンが来るまで、他の地点を調査しつつ。その間に、唯野仁成に話しかけてくる。

「気配を感じた。 恐らくあの奥に宇宙卵とやらがあると判断して良い」

「そうなると、当然強大な悪魔も」

「間違いなかろうな」

ムスペルの大軍勢。カルキとヴァナラの大軍。いずれも手強い相手だった。

共通しているのは世界の終焉に現れると言う事。

次は何が現れる事やら。

ともかく、まずは洞窟の中は後回し。周囲を探索しながら、アーサーの指示に従って地図を埋めていく。悪魔は出てくるが、今の時点では其所まで強力なのはいない。

周囲の安全を確保。

入り口を塞がれて、挟み撃ちにされる可能性はなくなった。

ドローンは内部で多数通信途絶。

やはり何かいると判断して良いだろう。

地図が送られてくるが、特に複雑な洞窟というわけでもない。分岐も幾つかあるが、それらには悪魔の反応もなく、ドローンはつきあたりで引き返したようだ。それよりも問題は、洞窟で一番太い通路の奥である。

そこに入ったドローンは、一つも生還していない。

余程攻撃的で勘が鋭いのがいると判断して良いだろう。

他チームを呼ぶか少し悩んだが。今、丁度方舟の位置を移したばかりだ。他の方向に味方が展開していた方が。もしも周囲から一斉攻撃を浴びた場合、方舟やプラントを守る事が出来るだろう。

姫様と軽く話をした後、入る事にする。

さて、今度は何が待ち伏せていることやら。

洞窟に入ると、温度が上昇した事が告げられる。またムスペルか。そう思ったが、どうやら違う。

内部に潜って行くと、密林にあるような木に見えるものが多数見受けられるようになった。

それだけ巨大な空間がある洞窟、ということである。

つまり此処はそういう環境にて信仰された悪魔の住処、と言う事か。

しばらく無言で周囲を探る。勿論悪魔も展開しているが、それはそれでしっかり見張った方が良いだろう。

ほどなくして、最深部に到達。

そこには、猫背の巨大な姿があった。ゆっくり此方を振り向くそれは、ジャガーのように見えたが。人間のようにも思えた。

喉を鳴らして威嚇してくる。

散らばっているのは、ドローンの残骸だ。此奴にやられたと見て良いだろう。

力も相当なものを感じる。

サクナヒメが前に出ていた。

「我が名は……」

名乗りもそこそこに、其奴はいきなり大きな石を投げつけてくる。サクナヒメは羽衣で受け止めると、横に弾いた。

見かけだけ大木に見えるナニカがへし折られて砕け散る。

サクナヒメが、静かにキレるのが分かった。

「どうやら名乗る価値もない相手のようだな」

「……姫様、調べました。 あれは邪神テスカトリポカです!」

それだけではない。更に奥から、ぬっと何者かが現れる。

今度は真っ黒な塊で、文字通り人型をしたなにかとしか言えなかった。

データベースにアクセスして調べた所、邪神テスカトリポカは南米の神話に出てくる神の敵対者である。

一方で世界の創造にも関わっている複雑な神格でもある。

テスカトリポカは元々南米に侵略したいわゆるコンキスタドール。邪悪な侵略を行い、文化から資源、更には人命まで何から何まで根絶やしにした欧州人によって悪魔扱いされた神格であるのだが。

世界の創造に関わると同時に、世界を滅ぼすことにも関わってきた不思議な神格で。様々な恩恵を与えると同時に、凶悪な滅びに対する属性も持っている。

その力を怖れた南米の人々はテスカトリポカに生け贄を捧げていた。そういう意味では、邪神とも言えるが。

ただ、言われる程簡単な邪神では無いし、ましてや悪魔でもない。

不思議な神格、と言う事だ。

それだけではない。

隣にいる真っ黒な影は何だ。こっちの方が危険な気がする。サクナヒメも、視線を送ってくる。

黒い方はサクナヒメが対応する、と。

テスカトリポカは、ぬっと立ち上がると、唯野仁成の方を敵と見なしたのだろう。ゼウスが眉をひそめるほど邪悪な笑みを浮かべる。ジャガーに雰囲気が似ているだけあって、口が耳まで裂けている。体の一部が蛇になったり、人間になったりもしている事から。可変性も高そうである。

サクナヒメは無言で光の剣を抜く。

闇の塊は、すっと何かの構えをとったが。

それが武術なのか、何なのかさえも分からない。

サクナヒメが仕掛ける。闇の塊が、即座にそれを受ける。秒間恐らく二百を超える攻撃の応酬が始まる中。

テスカトリポカは、なれなれしく話しかけて来た。

話せるのではないか。若干それで苛立ちを感じた。

「随分と高位の神格を従えているな。 上の方であのすかしたカルキの野郎の気配が消えたが、お前らの仕業か」

「そうだ。 貴方はテスカトリポカで間違いないな」

「……ふん、それがどうかしたか」

「世界の終焉に関わる黒い神。 この世界には、世界の終焉に関わる神格ばかりが集められているな」

テスカトリポカは肩をすくめる。

この様子だと、自覚はないのかも知れない。

いずれにしても、サクナヒメが猛然と攻勢を仕掛けていながら、戦力が拮抗している隣の方が気になる。

一応増援は手配した。ただ、テスカトリポカは、唯野仁成が仕留める。

他のクルー達に合図をすると同時に。

一斉に、ライサンダーで射撃を浴びせる。

同時に、周囲の森から、多数の猛獣が姿を見せ。全てがテスカトリポカの盾になって爆ぜ割れた。

けたけた笑いながら、テスカトリポカが中空に浮かぶ。

その全身から、無数の毛が散り。それが全て猛獣となる。どれもこれもが、象のような大きさだ。

流石に守護者の悪魔がどんどん強くなって行くのは想定していたが、少し予想よりも速いかも知れない。

だが、引くわけにも行かない。

アサルトで叩き伏せながら、アリスに指示。

更に、ゼウスが前線に出てくると、突貫してきたジャガーをアダマスの鎌で切り伏せ。躍りかかってきた蛇の首を刎ね。

そして猿のように飛び退いて木の上に登ったテスカトリポカに、雷撃を叩き込んでいた。

テスカトリポカは高笑いしながら、ケラウノスの一撃を手を不可思議に動かしつつ、周囲に散らしてしまう。

なるほど、流石は大邪神。様子見に放った程度のケラウノスでは通用しないか。

「ゼウス、本気でいかないと危ないぞ」

「言われずとも分かっている。 どうやら相当な格を持つ神のようだな」

「世界の滅亡に関わるほどの神格だ」

「なんと。 そうなるとテューポーンと同格か。 ふふ、血がたぎるわ」

ゼウスがやる気になってくれたのは結構だが。問題はもう一体の何者か。サクナヒメは猛然と戦っていて、此方にかまう様子も支援する余裕も無さそうだ。

それならば、テスカトリポカは、此方で処理しなければならない。それも、可能な限り迅速に、である。

方舟のこんなに近くに、これほど危険な神格が居座るのを見逃すわけにはいかない。まだ方舟は戦闘態勢を整え切れていないのだ。

群がる猛獣を唯野仁成も斬り伏せながら、ライサンダーの一撃をテスカトリポカに叩き込むが。

ぐにゃりと曲がった木が、一撃を受け止めてしまう。

大概の魔術は易々と貫通するほどのライサンダーの一撃なのに。

木も砕け散ったが。熱帯雨林の植物さながらに、一瞬でまた生えてくる。

にやにやと耳まで裂けた口で笑っているテスカトリポカ。木から叩き落とさないと無理だろうなこれは。

しかし、テスカトリポカをはじめとする南米の神々は、太陽に生け贄を捧げることが常態化していたように。基本的に全てが太陽と関わりが深い。

何よりとにかく暑い地域の神々だ。

熱は効果が薄そうである。

そこで、アリスには、大威力の冷気魔術を準備して貰っていて。

今、ぶっ放させた。

猛烈な冷気が、視界を漂白する。更に其所に、同レベルの冷気魔術をアナーヒターが叩き込む。

それをみて、流石にまずいと判断したか、ひょいひょいと飛んでテスカトリポカが逃げるけれども。

上空に上がった所を、機動班クルーが一斉にライサンダーFで射撃を浴びせる。

それをぐねぐねとうねるような動きで回避するテスカトリポカだが。

そこへ、ゼウスが今度こそ全力のケラウノスを、収束して叩き込んでいた。

流石にこれは、余裕を持って対応出来なかったらしく直撃。悲鳴を上げてテスカトリポカが墜ちてくる。

其所に、更に皆で一斉射を加え続けるが。先に増す勢いで無数の猛獣が攻めこんでくる。それにしても、南米にいないはずの象までいるのはどういうことか。それは正直よく分からない。

跳ね起きたテスカトリポカ。

どうやら本気になったらしい。

全身が真っ黒なジャガーに変わっていく。同時に、その尻尾が巨大な蛇に。

おぞましい声とともに襲いかかってくるその威圧感は凄まじいが、この程度の相手なら何度も戦って来たのだ。

イシュタルが業風を叩き起こして、テスカトリポカの視界を塞ぐ。

瞬歩で猛獣たちの合間をかいくぐった唯野仁成が。至近距離に出、顎の下からライサンダーZでゼロ距離射撃を叩き込む。

文字通り脳天を貫かれただろうテスカトリポカだが、動きを止めずそのまま跳躍。

ゼウスが出て、アダマスの鎌を振るって顔をたたき割るが。それでもゼウスに組み付き、食い千切ろうとする。

そのテスカトリポカの顔が一瞬で蛇に変化した。

文字通り変幻自在だな。

そう思いながら、唯野仁成は背中を見せているテスカトリポカに、連続してライサンダーZで射撃を浴びせる。ほかのクルーは猛獣の対応で精一杯だ。ともかく、此奴を一刻も早く片付けないと。

ゼウスともみ合っているテスカトリポカの背中に躍り上がる。

恐らく本能で危険を察知したらしいテスカトリポカは、首をぐるんと回して唯野仁成に襲いかかる。

一瞬で丸呑みにされるかと思ったが。その首を、巨大なつららが一瞬で貫通して、胴体に串刺しにしていた。

アリスによる一撃だった。

動きが一瞬とは言えとまる。

そこにゼウスが再び収束ケラウノスを叩き込む。今度は至近。防ぎようもない。感電を心配するところだが、ケラウノスは神の雷。敵だけを灼く事が出来る事は唯野仁成も知っていた。唯野仁成が、強化されきった剣をテスカトリポカの背中に突き刺し。背中から一気に走り挙がりながら、首を叩き落としていた。

周囲の猛獣が消えていく。

テスカトリポカが、首を叩き落とされたにもかかわらず飛び退いたが。往生際が悪いとばかりにゼウスがアダマスの鎌を投げつけ。それが深々と体を抉っていた。

げらげら。げらげら。

耳障りな笑い声と共に、テスカトリポカが消えていく。

世界の終焉にも関わるほどの神格だ。

そのトリックスターに近い性格からいっても。世界一有名なトリックスター神格であるロキににているかも知れない。

だが、文化的にはつながりがない存在だ。

ある意味だが、これもまた。

人間の中にある、アーキタイプなのかも知れなかった。

 

1、武神対漆黒の者

 

久々に手応えのある敵だとサクナヒメは思った。ここのところ乱戦で戦う事が多く、ほとんど一騎打ちで勝負を決めることはなかった。あるにはあったが、周囲に常に気を配らなければならなかった。

今回は唯野仁成に背中を預けられる。

だから全力で、最高に近い相手と一騎打ちが出来ると思ったのだが。

これが、想像以上に手強い。

一旦剣撃を弾いて離れる。

相手は黒い人型。

手には何やら剣を持っているが、正体はよく分からない。何だ此奴は。名乗るどころか、人格があるのかさえも分からない。

一応、揺さぶりを掛けてはみる。

「仲間はもう追い詰められているようだが? このままでは袋だたきになるぞ。 そろそろ本気を出したらどうだ」

「……」

「黙りか。 少しは反応せい。 ヤナト随一の武神が相手をしておる。 それとも最低限の礼儀もわきまえぬ愚か者か?」

「……」

やはり黙りだ。

ため息をつくが、相手から仕掛けてくる。恐ろしい程滑らかな動きで、剣撃に殆ど迷いもなければ無駄もない。

良く腰が入っていないとか脇がしまっていないとか、そういう言葉で剣撃の軽さを評する事があるが。

そういう事は一切無く。

どこからどう受けても達人の技だ。恐らく中東系の剣術とみた。中東の悪魔は散々戦ったから、それは何となく分かる。

それはそれとして、である。

此奴の実力は、文字通り最高神クラス。サクナヒメとまともに武技で渡り合ったゼウスと良い勝負ではないのか。

激しい一撃がぶつかり合う。

サクナヒメの力はほぼすべて既に引き出されているが、まだ隠し札が一つだけ残っている。

それについては、まだ使うつもりは無い。

それを使うのは最後の最後である。だが、正直な話、此奴を相手に温存していられるかどうか。

切り上げる。斬り下げてくる。弾きあう。

かなり重い一撃で、両者ともに下がるが、ほんの一歩分である。

最高レベルの使い手同士がぶつかり合うと、もはや其所には邪魔が介在する余地が存在しなくなる。

サクナヒメも自分は武を極めたなどと言うつもりはない。しかし相手が武を極めているのは確実である。

それと戦えていることは光栄に思う。

ただ、それはそうとして、今は戦いの本能を抑え、勝つことを優先しなければならない。

唯野仁成達を、神として守らなければならないからだ。

賭に出る。踏み込むと、一撃を受け流しながら、羽衣で相手を拘束。当然、ゼロ距離から体術で反撃してくるが、それが狙い。急所を外せばそれでいい。一撃は受けるが、同時に当て身を浴びせる。

羽衣で固定した状態の一撃だ。互いに、通常状態よりも更に痛烈に入るが。当て身は寄り深く入り、手応えがあった。

羽衣を離す。

黒の剣士が、少し下がるのが分かった。そのまま踏み込むと、一撃。サクナヒメも痛烈なのを貰ったが、何とかなる。マリアというあの存在の回復魔術もあるし、何より膨大な信仰を今は方舟の者達から受けている。

だから、背負う者がある。

此奴には恐らくだが、背負う者が存在していない。

だったら、正面からねじ伏せてくれるだけだ。

数百の斬撃を叩き込む。数百の斬撃で迎え撃ってくる。全てを防ぎ切ってくるのは流石だが。徐々に力の差が現れ始めた。

「もう一度聞く。 名乗る気はないのだな!」

「……」

「そうか、では散れ!」

一撃を弾き上げる。剣を振りかぶった体勢の黒い剣士に。テスカトリポカとやらを倒した唯野仁成達の一斉射が突き刺さる。

更に、其所にゼウスの雷撃をはじめとする、魔術が連続して炸裂した。飛び下がったサクナヒメでさえ、暑いと感じたほどだ。

強烈な熱と破壊の中、黒い影は漸く正体を見せる。

背中に黒い翼を持った、悪魔らしい悪魔だ。剣の形状は分かっていたが、どうやら中東でよく使われるシャムシールと呼ばれる曲刀であるらしい。

唯野仁成が隣に来る。

「遅れました。 申し訳ありません、姫様」

「奴をそなた達だけで倒せたならそれで充分。 それより何だあやつは……」

「今、分かりました。 データベースによると魔王アーリマン。 あるいはアンリマンユとも呼ばれる、ゾロアスター教における大魔王です」

「大魔王、か」

魔王の中の魔王。

サクナヒメの世界では、邪神はいてもこの世界のおける魔の王と呼ぶような存在はいなかった。

森羅万象に神が宿り、邪であっても神であったのだ。

だから、どれほど邪悪な神であっても。それが自分より格上の相手であったら、敬意を払った。

だが、この魔王は。アーリマンとかいったか。此奴に関しては、何というか人格を感じ取ることが出来ない。

「こやつには心のようなものが感じ取れぬが、理由は分かるか」

「ゾロアスター教は天使の概念を作り出した古代の宗教ですが……現在ではインドにわずかな信者がいるだけだと聞いています」

「なるほどな、それで得心したわ。 こやつはもはや悪の首魁としての憎悪すら受けていないと言う事だ。 空っぽの、殻だけしかない哀れな神格という事よ」

原初の神々が獣のように襲いかかってくるように。

もはや正体も分からない存在が、とても神とは思えないように。

信仰をほぼ失ってしまった神に対する悪魔もまた、その姿をなくしてしまうのだろう。

ただこのアーリマンとやら、相当に元は強大な存在であったとみた。

ならば、最大限の敬意を払う。

相手が例え、もはや言葉を失ってしまっているとしても。

「偉大なる闇の王よ。 そなたはもはや言葉すら失っているやもしれぬ。 だが、わしは武の神、豊穣の神として。 偉大なる闇の王神を弑し奉る」

「……!」

「行くぞ」

深く腰を落とすと、剣を鞘に収める。頷くと、唯野仁成は一歩下がった。

ゼウス達は干渉してこない。

此処は、干渉してはいけない。それくらいは、理解出来ているというわけだ。

最後の力を振り絞って、アーリマンが剣を構えるのが見えた。徐々にその姿が、人に似てくる。

或いは、アーリマンは元々実在の王か何かがモデルになっているのかも知れない。

この世界に来てから聞いたが。神は、実在の人間が元になって生じる事も珍しく無いという。

ならば、そうであっても不思議ではないだろう。

突貫。最後の抵抗を、アーリマンがしてくる。曲刀で地面を斬り裂きながら、アーリマンも突貫してきた。

互いに加速し接敵。

地面で更に勢いをつけた切りあげ。まさに絶技。

だが、その絶技を、サクナヒメの絶技である超高速居合いが、正面から曲刀ごと叩き斬っていた。

そして振り返り様に跳躍。

ふらつきながら振り返り、最後の抵抗をしようと試みるアーリマンの首を、サクナヒメは刎ねる。

言葉が聞こえた。

有難う。

信仰を否定され、全てを奪われ。何もかもがねじ曲げられて片隅に追いやられた教えの、更にその悪神である私を認めてくれて。

倒れたアーリマンが消えていく。

サクナヒメは、目を閉じて弔いの言葉を呟くと。剣を振るって汚れを落とし、鞘に収めていた。

「回復が必要だ。 後続に任せて此処は引くぞ」

「分かりました。 ただ、これは回収します」

唯野仁成が、側に浮いていた宇宙卵を拾い上げる。

恐らくだが、これはアーリマンでは無く、あのテスカトリポカが有していたものなのだろう。

アーリマンは多分テスカトリポカに呼ばれただけ。

この世界にいたのかも知れないが。本人が言う通り、失われた教えの、更にねじ曲げられた神の対立者。

そんな存在であれば、確かに歪みに歪みきる。

宇宙卵の守護者ですらその存在はありえなかったのだろう。

哀れな話である。

ヒメネスの機動班が来たので、状況を説明。一度戻る旨を告げる。

「遅れてすいやせん、姫様」

「この辺りはまだ安全が確保出来ておらぬ。 仕方が無い事だ。 それよりも、マッカなどの回収は頼むぞ。 わしも流石に超大物とやりあって疲れ果てたでな。 次に備えなければならぬ」

「超大物?」

「ゾロアスター教の大魔王だ。 もう形はなくなっていたが」

大魔王と聞いて、ヒメネスも流石に苦労を察したのだろう。

そのまま、方舟に戻る。途中からはジープを使った。調査班と途中ですれ違った。護衛にアレックスがついていた。

視線を少しだけかわしたが、それだけ。

もうアレックスの視線は、以前ほど強い敵意には満ちていなかったし。唯野仁成から視線を背けることもなかった。

 

風呂に入って食事を取り。メイビーに頼んで回復の魔術を掛けて貰う。もう神格としての力はほぼ回復しているので、これで大体充分だ。特に米の飯を食べることによって、力は大幅に回復出来る。

ただ力には上限がある。それはサクナヒメも同じだ。

既にヤナト最強の武神としての力は取り戻しているし。これ以上「器」を拡大する事は出来ない。

これは人間も同じだ。

人間にもそれぞれ「器」と呼べるものがあって、それを超える場所に行ってしまったものは大体不幸になるだけである。

幾らでも実例は見て来たし、この世界でも同じ様子だ。

そこそもまともだった人間が、祀り上げられた結果愚物に墜ちる例は枚挙に暇がないらしい。

まあ残念な話だが。何処の世界にでもある、悲しい話と言う事である。

休憩を終えた後、艦橋に出る。

ゴアに礼を言われたので、頷いておく。周囲の地図は確実に埋まって言っている様子である。

「今のところ、わしがすぐに出向く必要がある場所はなさそうだな」

「はい。 ただ、この地点が有望ですので、唯野仁成と共に向かっていただきたく」

「うむ。 道を切り開けば良いのだな」

「そうなります」

頷くと、すぐに出る。最後の切り札は、今回は切らずに済んだが。あのメムアレフとやらと戦う時には、話は分からない。

真田が準備を進めてくれていると言うから、それが上手く行けば或いは。

いや、真田ならきっとやってくれる。

あれほどの賢者、ヤナトにもいなかった。サクナヒメの親友である知恵の神も、単純な頭の回転だけなら兎も角。真田の話を聞けば必ず瞠目するだろう。

物資搬入口に出ると、唯野仁成がもう待っていた。アレックスもいる。唯野仁成と積極的に視線を合わせようとはしないが。視線をそらすことはないし、話はきちんとしている。それでいい。いきなり無理に仲良くなろうとする必要はない。

アーサーの指示で、移動を開始。

この周辺の洞窟はあらかた潰し終わったと言うことで、宇宙卵とやらは恐らくもっと深部にあると判断して良いだろう。

当然の事ながら、更に強大な存在がそれを守っている事はほぼ間違いが無い。

戦うのが憂鬱か。

勿論そんな事はない。

武神としては本来なら血がたぎる。

だが、正直な話。此処にいる悪魔も神も、皆悲しい者達ばかりのような気がする。

秩序も混沌も関係が無い。

人間の都合で作り出され、ねじ曲げられ、そして捨てられる。そういう意味では、あのマンセマットでさえ、犠牲者であるのかも知れなかった。

坂道に出た。

かなり長い坂道だ。そして、ゆっくり曲がるようにして、深く深くへと続いている。

プラントでせっせと作っているらしいドローンが、周囲を飛び交っているが。この先でかなりの数が失われていると言うことだ、と言う事は、悪魔がたくさんいると見て良いだろう。

だから、サクナヒメが探索を頼まれたのだ。スペシャルを覗くと、エースとして期待されている唯野仁成と共に、である。

唯野仁成が通信を受けたようで、話をしている。

そして、すぐに話を終えた。

「ストーム1が、近くから支援をしてくれると言う事です」

「心強い。 この坂の下には、尋常ならざる気配があるな」

「メムアレフがいるのでしょうか」

「いや……奴の気配はわずかにしか感じないが、少なくとももっと下の方だ。 いずれにしてもこのすぐ近くではない」

メムアレフの気配は、この空間。ホロロジウムだったか。ともかく、この空間にきてからずっとずっと弱々しいものの感じる。

徐々に気配は強くなっている。

だが、それがいるのはまだまだ先だ。位置も特定出来ないくらいに気配がまだ弱い。理由は分からない。ケンシロウが言うように、身を隠すつもりも守るつもりもないだろうに。

この周囲にいる悪魔も強いが、メムアレフの足下にも及ばない雑魚ばかりである。そしてそんな雑魚でも油断出来ないレベルで強い。

無数の空舞う悪魔が仕掛けてくる。

フレスベルグと言ったか。

坂を背にするように指示をして、そのまま迎撃に掛かる。ライサンダーという神殺しの槍で射すくめ始めるので、サクナヒメは接近して来るのに対応すれば良い。更に距離が縮まると、悪魔も召喚される。

猛烈な対空砲火に、怯むこともなくどんどん突撃してくるフレスベルグ。

とにかく巨大なので、爪に掛かったり、坂からおとされたら終わりだ。それを理解しているように、ひたすら数で押してくる。凄まじい数がいるので、此処も長引きそうだなと。羽衣を使って時々至近まで来る奴を放り投げたり、或いは足や翼を切りおとして叩き落としながら、サクナヒメは思う。

「姫様、下がりますか」

「いや、踏みとどまれ。 此処で下がれば、恐らく相手も下がる。 敵の数は有限だと分かっている。 削り切れ」

「い、イエッサ!」

唯野仁成以外のクルーは、まだまだ背中を預けられる者が少ない。育って来たのはヒメネスくらいか。

ゼレーニンは戦には向いていないし、まあそれもまた、仕方が無いだろう。

大きいのが混じっているな。

目を細めて、確認する。

フレスベルグの群れの中に、大きい鳥がいる。まだ距離があるから目立っていないが、あれに接近されると厄介だ。

通信装置は渡されている。だから、ストーム1に連絡を入れる。あまりからくりの操作は上手ではないので、少し手間取ったが。サクナヒメが手間取っている間にやられるほど、流石にクルー達も弱くは無い。

「姫様、何か」

「大きいのがいる。 気付いたか」

「ええ。 これから叩き落とします」

「流石だな。 頼むぞ」

それなら、心配は無い。ストーム1に対する信頼は、他のスペシャル達と同じ程度にはある。

あれほどの戦士がヤナトに来て武神になってくれたら心強いのだが、流石にそこまで求めるのは贅沢だろう。

不意に陣形を整えると、文字通り雁行で一気にフレスベルグの大軍が圧力を掛けてきた。

慌てて総力戦の体勢を整える唯野仁成達。

サクナヒメは相手を引きつけると力を充填し。そして間合いに入ったところで、殴り上げるようにしてぶっ放した。

無数の斬撃が、舞い上がるようにしてフレスベルグの群れを襲う。

敵の前衛が文字通り消し飛ぶ。

そして、其所に続けて、ゼウスが本気でのケラウノスをぶっ放す。流石に最強の雷神。フレスベルグの大軍は、更に抉り取られて消える。

更に其所へ、アリスとイシュタル、アナーヒターが連携して魔術をぶっ放す。意図的に氷と炎の魔術を同時に放って爆破した様子だ。

空中に浮かぶ者は、基本的に爆発の衝撃にとても弱い。理由としては、翼というものが。形状的にとても繊細で脆い事が上げられる。

爆破に巻き込まれたフレスベルグが、殆ど墜ちていく。

そして、その爆発を突き破るようにして、ぬっと巨大な鳥が突貫してきた。

今までとは桁外れの巨大さだ。

あまりの大きさに、唯野仁成以外のクルーの反応が遅れたほどだ。唯野仁成はライサンダーを連続で叩き込んで止めに掛かるが。

あまりの巨体故、どうにもならないように見えた。

その瞬間、横殴りにストーム1の狙撃が鳥の側頭部を貫く。赤黒い鱗に覆われた巨大な鳥は、軌道を外れ、さらに墜ちていく。

とどめとも言えるもう一発が心臓の辺りに叩き込まれ。

それで木っ端みじんになった鳥の残骸らしいマッカが、墜ちていった。

ひょいと飛び込んだアリスが、情報集積体だけは回収してくる。

「な、なんだったんだあのばかでかいのは……」

「妖鳥鵬だそうだ。 中華の伝承に残る超巨大な鳥で、糞が村を潰した事があるのだとか」

「……」

絶句するクルー達。

似たような鳥の伝承はヤナトにもあるが、あくまでも伝承だ。そんな神は存在していなかった。

唯野仁成が、冷静に分析する。

「台風やモンスーンなどを神格化した存在だという説があると言う。 要するに世界を終わらせるほどの破壊的気象の権化として、此処に現れたのだと思う」

「二度と会いたくねえ」

クルーの一人がぼやいた。

サクナヒメは、彼らの会話には加わらず。ストーム1に礼を言うと、余裕があるかどうかを周囲に確認し。

更に坂を下りる。

出来れば、メムアレフと方舟が戦える地点を探したいのだが。それにはもっともっと、このホロロジウムを潜る必要があるだろう。

クルー達の腰が引けているのが気になる。

勿論彼らも必死の所で持ち堪えていることも分かる。

だから、あまりがみがみいうつもりは無い。

坂を下りていく。

深淵に向かう坂は、果てしなく続いている。途中で何度か休憩を入れながら、更に先へと進むが。

坂の底は、ついぞ見えなかった。

 

2、四騎士

 

坂の最深部についた。三日掛けて、何度も敵の襲撃を退けながら、道を開拓したのだ。とにかく、巨大な柱状の構造を中心に、ぐるぐると回転しながら降っていく構造になっていたが。

その柱状の構造は直径一キロはあったこともあり。降るのが非常に難儀だった。

唯野仁成は、ジープで戻って来た後は。言われたまま休む。何とか途中に群れていた鳥の悪魔を片付け終えた。ようやく、底に辿りついた時には、溜息が唯野仁成の口からも漏れたし。

それを姫様も咎める事はなかった。

風呂に入ってから、すぐに寝る。八時間の休憩を確保して貰ったので、ひたすらに眠って、コンディションを整える。

起きだすと、それを察知したらしく、すぐにアーサーが通信を入れてきた。

「唯野仁成隊員。 地下にいるヒメネス班とストーム1班が、強大な悪魔の気配を察知しました」

「メムアレフだろうか」

「いえ、恐らくは違います。 宇宙卵の守護者の可能性が大きいです。 すぐにサクナヒメ班と貴方の班を編制します。 アレックスも近くにいるようなので、手が開いているようなら向かってくれるように要請します。 行動可能ですか?」

「行動可能だ。 すぐに行く」

物資搬入口に出向くと、ジープが用意されていた。それも四台。コレを使って。疲労を抑えて坂の下までいけ、というわけだ。

坂には突貫工事で調査班がガードレールとセントリーガンを備え付けてくれた。周囲にいる悪魔はあらかた掃除したので、余程油断しなければ大丈夫だろう。ジープは武装を外してあるが、これは今回移動するものと割切っているためである。一台で六人を輸送することが出来る。

サクナヒメももうジープに乗っていた。すぐにジープ四台に分乗して、地の底を目指すことにする。

ヒメネスとストーム1のチームが此方の到着を待つと言う事は、余程のとんでも無い奴が待ち受けていると判断して良いだろう。

ジープの操縦はオートでアーサーがやってくれる。

この辺りは既に調査班が突貫工事を終えているため、アーサーの遠隔操作が充分に機能している。

外の世界の下手な道路よりも、むしろ安全かも知れない。

だから、運転はアーサーに任せて、先にヒメネスとストーム1と通信をしておく。

「余程強力な悪魔の気配なのか」

「ああ、バガブーが怯えきってやがる。 ストーム1も、出来れば増援を待つべきだって言っていた」

「分かった。 バガブーの勘は頼りになる。 ヒメネス、言うまでもないが俺と姫様が行くまで下手に動くなよ」

「誰に言ってるんだよ。 当たり前だ」

ヒメネスが冗談めかして返してくる。

元は、捻くれさえしなければ。ヒメネスは陽気な人物だったのかも知れない。スラムでの過酷な生活が、ヒメネスを狂わせてしまった。

未来によってはヒメネスは悪魔以上の凶暴な存在になってしまう。

それもシュバルツバースの過酷な経験だけが理由では無い。

明らかに、外の世界でヒメネスを蝕んだ周囲の愚かな人間達が要因だ。

幸い、此処でヒメネスはバガブーに出会い。皆に支えられることで変わる事が出来た。

だけれども、変わる事が出来る人間なんてごく一部だけだ。

だから、唯野仁成は思うのだ。

恐らくだが、シュバルツバースをどうにかした後。未来の自分がやったような極端な方法は論外としても。

ある程度強引な手段は必要になるのでは無いか、と。

いずれにしても、真田さんに話を聞いて、判断するのはその後だ。

今は、これから先に待ち受けている強大な悪魔との戦闘に、集中しなければならない。

坂の底に到着。

溶岩はますます多くなっているが。とりあえず邪魔な場所にある溶岩は、あらかた氷の魔術が使える悪魔で凍らせて無力化してしまう。

周囲には野戦陣地が構築されていて、調査班が機動班の護衛を受けながら、インフラ班と連携して中間拠点をせっせと作っている様子だ。

内部には休憩所や、簡易の医療施設まで作られている。

また強力な野戦砲も配備されていて、生半可な悪魔では近寄ることも出来ないだろう。これに経験を並行蓄積した機動班と、その悪魔の護衛が加わる。

まあ、現時点では可能な限りできる事を全てやってくれていると見て良い。

この辺りで、アーサーの通信が悪くなるので、手動運転に切り替える。アーサーのナビは届くから、それに従って数キロを移動。

やがて、ヒメネスとストーム1のチームが見えてきた。

合流し、人員を確認。機動班合計二十名ほどと、姫様、ストーム1、それに唯野仁成とヒメネス。

今ライドウ氏は彼方此方走り回って地図を作るのに忙しいし。

ケンシロウも同じように彼方此方走り回って救援や地図造りを頑張ってくれている。

後はアレックスだが。

側に、ひょいと飛び降りてきた。

どうやら、この上辺りを調べていたところに声が掛かったらしい。デモニカの性能もあって、この程度飛び降りたくらいではまるでダメージにもならないようだった。

「よし、これだけの戦力があれば大丈夫だな」

「……」

サクナヒメが腕組みし、じっと見つめている。

この先は特に洞窟になっているわけではない。広い荒野になっているのだが。この荒野に踏みいろうとした途端、バガブーが騒ぎ出したらしい。

ストーム1がいても危ないと判断したのだろう。

いずれにしても、この戦力ならば恐らくは大丈夫だ。勿論油断は禁物だが。

「唯野仁成、油断するな。 どうもこの先からは嫌な予感がする」

「アーリマン以上の相手と言う事ですか?」

「可能性はある」

そうか、それならば気を引き締めないと危ないか。

皆に先に悪魔を展開させる。そして、姫様を先頭に、荒野に踏み込んだ。

そして理解する。

バガブーが、荒野に入るのを止めた理由を。

一瞬で悟った。何かの縄張りに入った、という事を。

それは、いきなり奇襲をしてくる事はなく。むしろ静かに現れた。四騎の騎士達だった。

赤いもの。白いもの。黒いもの。そして青白いもの。それぞれ色に対応した大型の戦馬に乗っている。

ぞくりとした。これは、何となく分かる。一神教の終末思想は調べた。こいつらに該当する存在がいる。

一神教の終末に現れる、審判の四騎士。赤い騎士、白い騎士、黒い騎士、そして青白い騎士だ。

これらの騎士は一神教において語られる世界の終末において現れ、凄まじい大量虐殺をする権利を有している。

文字通り、人間を地上から駆除する事。

人間を殺すこと。

それだけに特化した神格達である。

見ると種族は魔人とある。つまりアリスと同レベルの超イレギュラーという訳か。名前はそれぞれ、レッドライダー、ホワイトライダー、ブラックライダーと続いて、最後だけは何故かブルーライダーではなくペイルライダーである。

この辺りはよく分からないが、とにかく最後だけは色々と特別なのだろう。

いずれにしても、世界で最も影響力を持つ一神教で登場し、なおかつもっとも人間を殺傷する事に特化した存在だ。

弱い訳がない。

また、この階層に入ってから特に目立つが。別に混沌陣営の悪魔ばかりがメムアレフに従っているわけでは無い様子だ。

魔人も種族的には中庸陣営に所属している。

つまりメムアレフは単に混沌に傾いただけであって、別にそんな事に関係無く多数の悪魔を従えられると言う事なのだろう。

それでも面倒くさく逆らった者が嘆きの胎に放り込まれた。

そんなところか。

「どうやら嫌な予感は的中したようだのう」

「それぞれに別れて戦うか、それとも各個撃破するかですが、どうしやす姫様」

「あれは連携戦に特化していると見た。 わしがあの青白いのを相手にする。 それぞれ相手を決めて戦え。 相手を倒した者から、味方の支援。 他のクルーは距離を取り、支援を積極的に行うように」

「イエッサ!」

クルー達が悪魔を召喚する。それを戦闘意思と判断したのだろう。即座に、四騎士は襲いかかってくる。

当然サクナヒメは事前の言葉通り、青白い騎士。ペイルライダーにまっすぐ突貫する。四騎士の長格の相手である。まあ妥当なところだろう。

唯野仁成はブラックライダーに。ヒメネスはホワイトライダーにそれぞれ悪魔を展開して立ち向かう。ストーム1はジャンヌダルクとクーフーリンを召喚すると、バックステップして距離を取る。当然レッドライダーを相手にすると言う事だ。

ブラックライダーは、無言のまま突入してくる。黒い鎧を着た威圧的な巨大な騎士だが、馬も黒づくめ。それだけではない。兜の下には骸骨。首を刎ねても死なないかも知れない。圧殺し粉々にするくらいの覚悟が必要だ。

まずはライサンダーZの弾丸を馬に叩き込む。だが、馬鎧に止められ、叩き落とすには至らない。裸馬に乗ってくる騎士なんていない。大概は馬も鎧を着けているのが普通だが。これは携行用艦砲。艦砲を防ぐとは、悪魔とは言え凄まじい防御である。速度をすぐに上げたブラックライダーは、いずれにしても唯野仁成を敵と見なしたのだろう。ランスを手に出現させると、突貫してくる。

壁を展開するアナーヒターだが。

ブラックライダーは、それを文字通り突貫で蹂躙、粉砕した。

跳び離れる唯野仁成と仲間達だが、ブラックライダーは展開しているクルー達の方に向かおうとする。その背中に、躍りかかったのはイシュタルである。

振り返りもせず、ランスを振るってイシュタルの風を纏った拳を止めてみせるブラックライダー。

だが、その隙に瞬歩で追いついた唯野仁成が、剣を振るって馬の足を切りつける。二度、三度。

馬も鬱陶しくなったか、竿立ちになって踏みつぶしに来るが。

その瞬間、収束したゼウスのケラウノスが、ブラックライダーを直撃していた。

煙を上げながら、五月蠅そうに足を止めて振り返るブラックライダー。

全力ではないにしても、ケラウノスの直撃でその程度のダメージしか入っていないと言う事だ。ランスを振るっていつの間にか鎌に変えている。草刈り鎌ではない。むしろどちらかというと、薙刀に近いポールウェポンだ。

アリスが火焔魔術を叩き込むが、鎌で振るって消し飛ばすブラックライダー。流石は終焉の騎士という所か。魔人というイレギュラーな種族と言う事もある。完全に別格と言う事だ。

いきなりブラックライダーがかき消えると、アナーヒターの目の前に出る。防ぐ暇が無い。

ゼウスが躍り出て、アダマスの鎌で斬撃を防ぐ。

火花が散る中、ゼウスは嘲弄を浴びせる。

「骸骨の騎士よ。 俺や唯野仁成と遊ぼうと思わぬのかな? 後方支援役ばかり狙っているようだが」

「……」

「ゼウス、恐らく其奴は効率最優先で殺しに来ている!」

「つまらぬ輩だな」

勿論ゼウスの言葉は煽りだが、ブラックライダーは気にしている様子も無い。そのまま、激しい乱打を浴びせかける。ゼウスが。少し前のサクナヒメとまともに渡り合ったあのゼウスが、徐々に押されている程だ。

勿論即座に唯野仁成も加勢するが、馬上のブラックライダーは気にする様子さえもない。二人まとめて相手にしながら、ぶつぶつと何か唱えている。

これはまずい。

ゼウスと唯野仁成を同時に相手にしつつ、呪文詠唱までする余裕があるのか此奴は。勿論時々クルー達から支援狙撃や魔術が飛んできているが、効いている様子が無い。もとの防御が高すぎるのだ。

だが、その時。

事態が一気に動いた。

至近距離に出現したアレックスが、無言で馬の左後ろ足を切りおとしたのである。

アレックスは誰かに加勢しているかと思ったのだが、そうせずこの機会を狙っていたのか。

流石に一瞬バランスを崩すブラックライダー。勿論馬の後ろ足は即座に再生するだろうが、その隙を逃す唯野仁成とゼウスでは無い。

ゼウスが踏み込むと、アダマスの鎌でブラックライダーの鎌を跳ね上げ。

更に唯野仁成が突貫すると、ブラックライダーに袈裟の一撃を叩き込む。

揺れたところに、先の仕返しとばかりにアナーヒターが、アリスと息を合わせて巨大な氷塊を叩き込み、馬上からブラックライダーを吹っ飛ばし。

更に上空から、拳を固めたイシュタルが地面にブラックライダーを叩き付けていた。

鋭いいななきと共に、足を再生させたブラックライダーの馬が、唯野仁成を踏みつぶそうとし。更にブラックライダーが、ゆらりと立ち上がる。

やはりちょっと切ったくらいでは駄目か。踏みつぶそうとする一撃を避ける唯野仁成。ゼウスが至近距離からケラウノスを叩き込み、馬を半分ほど消し飛ばす。だが、即座に再生していく。

黒い騎士は、ゆっくりと歩み寄っていく。

側にもうアレックスはいない。恐らく不利になっている皆を、遊撃して支援しているのだろう。

不意に黒い騎士が跳躍。唯野仁成に斬りかかってくる。

一番面倒だと判断したのだろう。弱い者から潰すという行動から、判断を切り替えてきたと言う訳だ。

別にかまわない。

剣撃を応酬する。まずは馬を潰したいところだが、あれは恐らく無限再生する。一方黒い騎士は、切られた部分が再生していない。

つまり、斬撃は通るし。ダメージは入ると言う事だ。

「ゼウス、馬を相手してくれ! 他はこの騎士に集中攻撃!」

「俺が馬如きを相手か! まあ面白いから良い! 来い黒馬よ! 最強の雷神が相手だ!」

「ヒトナリおじさん、任せて!」

アリスがぶっ放す氷の魔術。更に誰か機動班クルーの狙撃。兜を揺らされた黒い騎士に。更に追撃を入れる。唯野仁成は踏み込むと、当て身を浴びせた。

体格差はあるが、デモニカで極限まで身体能力が強化されている。文字通り蹈鞴を踏んで下がる黒い騎士。

西洋騎士の最大の武器である大型馬によるランスチャージを潰された今、黒い騎士の戦力は半減している。半減してなお強いが、それでも何とかするしかない。

降り下ろされる鎌を、剣で受け止める。やはり一対一だとかなり不利だが、背中に回ったアリスが火焔魔術を叩き込む。

火焔魔術を、振り返りもせずに気合いで吹き飛ばすブラックライダー。また呪文詠唱を始める。何をしでかすか分からない。止めるしかない。賭に出る。剣を鞘に収める。ブラックライダーが、上段から斬りかかって来る所を、居合いで脇腹を切り裂く。振り返り様に、ブラックライダーが斬りかかってくるが。その鎌が、丸ごと凍っていた。アナーヒターによるファインプレイだ。即座に氷が砕けるが、その0.1秒がほしかった。

居合いの本命は二太刀目。

文字通り、唐竹に斬り下げる。

更に至近に入っていたイシュタルが、黒い騎士の首を風を纏った蹴りでへし砕く。文字通り首が真っ二つに割られ、更に砕かれた黒い騎士は動きを止め。

唯野仁成は、至近距離からライサンダーの一撃を叩き込んでいた。

流石に吹っ飛んだ黒い騎士。それでも消えない。死んでいないと言う事だ。全員に最大火力の魔術を準備して貰いつつ、唯野仁成はアサルトを乱射しながら接近。他のクルー達も、狙撃と仲間による魔術で飽和攻撃を叩き込んでくれている。

ブラックライダーが跳ね起きる。これだけ滅茶苦茶にやられてもまだ動けるのか。見ると、鎧はずたずただが、中から見えるのは文字通りの骸骨だ。やはり粉々に消し飛ばすしかないか。

深呼吸すると、大上段に剣を構える。

一瞬で間合いを詰めてくるブラックライダー。

大上段からの一撃と、ブラックライダーの踏み込みと同時の一撃がぶつかり合う。

拮抗した。

そう判断した唯野仁成は、無言で剣を引き。ブラックライダーが切り上げてくるのを、押さえ込んだ。

怪訝そうにするブラックライダーの側面を、機動班クルー達が一斉にライサンダーFなどの狙撃で斉射。流石にブラックライダーがよろめく。

跳び離れた其所に。アリスが最大火力の魔術をぶっ放す態勢に入る。

「トリス……」

まずいと判断したか、ブラックライダーが鎌をアリスに投げつけるが、唯野仁成が弾き飛ばした。

くるんと腕を回して、アリスは詠唱を終える。

「アギオン!」

もはや白い、凶悪な熱量を持った炎が、ブラックライダーを焼き尽くす。

それでも、まだわずかに原型を留めていたブラックライダーに、アナーヒターが最大火力の冷気魔術を叩き込む。

恐らく数万度に達する状態から、ほぼ絶対零度までいきなり下げられたのだ。流石に耐えられるわけがない。

しかし、おそるべきことにそれでもまだ人型を残っていたブラックライダーを。イシュタルが無言で木っ端みじんに拳で砕いていた。

流石に消えていくブラックライダー。

これで一騎か。

呼吸を整えながら、周囲を見る。

ジャンヌダルクとクーフーリンがレッドライダーの機動戦術を完全に押さえ込んでいる。ストーム1はアサルトで冷静に相手を削り取りながら、時々接近してきたところを接近戦で相手にせずライサンダーZFの超火力を容赦なく叩き込んでいる。

こちらは負ける気がしない。多分任せてしまって大丈夫だろう。

ホワイトライダーはどうだ。

ヒメネスの召喚したスルトとインドラジットを相手に、互角以上に戦って見せている。

化け物かあいつは。

ヒメネスも大剣を振るって何度も斬りかかっているが、とてもではないがすぐに勝負はつきそうにない。

ただ、ヒメネスがすぐに負けそうにも見えない。

姫様は。

驚いた。姫様が押されている。

ペイルライダーは長柄のハンマーに武器を切り替えると、低い位置から攻撃してくる姫様の絶技を防ぎ抜いている。

それどころか、時々有効打を浴びせて、姫様を吹き飛ばしている有様だ。

ならば加勢するのは彼処しかない。

皆の疲弊も大きいが、即座に声を掛ける。ゼウスはやれやれという様子で立ち上がると、丁度姫様に上段からの一撃を叩き込もうとしたペイルライダーに、ケラウノスを叩き込む。

モロに死角からの攻撃だったからだろう。直撃が入り、ペイルライダーが流石に動きを止める。

姫様が攻勢に出る。だが、収束ケラウノスをモロに喰らったにもかかわらず、ペイルライダーはまだ余裕がある様子だ。ほぼ力が戻ったと言っている姫様を彼処まで圧倒するとは。

恐らくあのペイルライダー。一神教の天使の誰よりも強いのではあるまいか。

突貫。いつの間にか、隣にアレックスがいる。アレックスは先にペイルライダーに躍りかかると、跳躍してプラズマ剣で斬りかかる。

ペイルライダーが動いたのはその時。

不意に側に何か出現すると、アレックスを吹き飛ばした。

いなして威力は殺したようだが、なるほど。あれがペイルライダーの強さの正体か。

見るとペイルライダーの側に、何かが出現する。トランペットを持ち、白い服を着込んだ何か得体が知れないものだ。

魔人トランペッターとデータベースにはある。

これも一神教における終焉の時に現れる存在。トランペットを吹き鳴らすことで、世界の終わりを告げる者。

北欧神話のヘイムダルと似たような役割を持つ存在だ。

原典ではこのトランペッターは七体の天使であるらしいのだが、いずれにしてもこの四騎士よりも更に上位の存在で、トランペットを吹くだけで地上を文字通り壊滅させる事になる。

姿を隠してペイルライダーとともに戦っていたというのなら、苦戦も当然だ。

アレックスに告げる。

「あの笛吹きは俺が相手をする。 姫様の支援を頼めるか」

「あいつを一人で!?」

「一人じゃない」

ゼウスもかなりやる気になっている。アリスも肩を掴んで腕を回している。みな疲れてはいるがやる気だ。

それに、あいつはさっき姿を消していた。勝手に動かれると、姫様でも危ないのは、既に見ての通りである。

ならば、足止めがいる。そういうことだ。

「バディ。 行くぞ。 出来るだけ早く魔人ペイルライダーを仕留める」

「分かった。 それにしても調子が狂うわ!」

突貫するアレックス。唯野仁成は、トランペッターに対して名乗る。

姫様の真似では無いが。相手は恐らく最強ランクの魔人。一神教の終末思想において、もっとも世界を滅茶苦茶にする最強の対人殺傷悪魔。

少しでも気を引く必要がある。

「魔人トランペッター! 七体の天使の力を持つ者! 俺、唯野仁成が相手だ!」

「……」

やはり寡黙に、何も喋らない。恐らくだが、四騎士とトランペッターは単なる殺戮装置に過ぎず、人格が存在しないのだろう。

だが別に良い。これから倒す事には代わりは無い。トランペッターが此方に向き直ると、トランペットに手を掛ける。至近に迫ると、斬り下げる。シールドが展開され、弾き返され。

更に猛烈な斥力で、吹っ飛ばされ掛ける。

あのシールドをどうにかするのが先か。

後ろに回り込んだゼウスが、アダマスの鎌で斬りかかるが、シールドが防ぐ。最高神の力を奪った武器を防ぐというのか。流石に火花が散っているが、ゼウスも冷や汗を流している様子だ。

如何にゼウスが全力モードではないといっても、アダマスの鎌はアダマスの鎌である。此処までの防御を持つ相手と交戦したのは初めてなのだろう。

唯野仁成はライサンダーを叩き込むが。同時の攻撃もトランペッターは防ぎ切ってみせる始末。

これは少しばかりまずいかも知れない。

それどころか、チッと一瞬だけ音がして。

周囲を爆炎が包んでいた。

まさか。今のが呪文詠唱か。それも、火力が生半可ではない。

炎から逃れて飛び退いた唯野仁成の頭上に、トランペッターが。トランペットを吹いて、斥力をぶっ放してくる。

文字通り、地面に叩き付けられる。

まずい。戦力を分散して、勝てる相手では無い。

だが、時間を稼げば、かならず皆が勝ってくれる。むしろ此奴を野放しにする方がまずい。むしろ此方が各個撃破されてしまう。

デモニカのダメージが大きい事がAIに告げられる。

此奴は多分、単独で相手してきた悪魔としては最強の相手だ。今の唯野仁成より二回りは強い。

それでもやるしかない。

再びトランペットに手を掛けようとしているトランペッターに、収束ケラウノスが炸裂する。

ライサンダーZを同時に叩き込む。が。その瞬間、トランペッターはさっきの超収束詠唱で、氷の壁を展開。ライサンダーZの一撃を防いだ。

なるほど、そういう事か。

アリスを手招きして、耳打ち。アリスも今の斥力で地面に叩き付けられて、かなりボロボロだったが。それで余計に頭に来ていたのだろう。あいつをいてこませるならと、頷いた。

そのまま走りつつ、唯野仁成はライサンダーZの弾丸を連続してお見舞いしてやる。トランペッターはそれをシールドで防ぎ続けるが。

やはりケラウノスが飛んでくると、魔術で防ぎに掛かってくる。

3,2,1。カウントをしてから、ライサンダーZの引き金を引いた。

ケラウノスが飛ぶのと同じタイミングで、だ。

鬱陶しそうにトランペッターが防ごうと氷の壁を出すが。その瞬間、アリスの火焔魔術が炸裂。

氷の壁が消し飛び。トランペッターに、ライサンダーZの弾丸が直撃していた。

流石に七体の天使の融合体も、これには動揺したらしい。動きが止まる。その瞬間、上空に出ていたイシュタルが、拳を固めてトランペッターを地面に叩き付けていた。今までの礼という事だろう。更に地面には、アナーヒターが展開した鋭く尖った氷の槍の群れも待っていた。

地面に叩き付けられ、盛大に爆風を噴き上げつつも。

もう立て直したトランペッターが、忌々しげに叫ぶ。骸骨が叫ぶから、凄まじい圧迫感がある。

ゼウスも今のを見て、恐らく仕組みを理解したのだろう。

そう、トランペッターの防御も。魔術と物理攻撃を同時には防げないのだ。

ケラウノスを叩き込むゼウス。同時に唯野仁成も、斥力を受けつつもライサンダーZを叩き込む。

トランペッターが、チッという呪文詠唱を複数回同時に展開。

周囲に氷の壁を展開。更に、火焔の魔術で辺りを薙ぎ払ってくる。続けて雷。更には氷の槍を降らせてくる。

無茶苦茶だが、それだけ此方に対して本気になっていると言う事だ。それにこの鉄壁の守りの分、本体の耐久はブラックライダーほどではないと見た。

必死に魔術による攻撃を回避しながら、アサルトを浴びせ続ける。仲魔はみな限界だが、転機が来る。

アサルトを氷の壁で防ぎ、ケラウノスをシールドで防いだトランペッターの頭上に。姫様が羽衣による空中軌道で出現したのである。

反応は流石にトランペッターも早い。すぐに魔術で対応しようとしたが、氷の壁をアリスが最後の力を叩き込んで粉砕する。

トランペッターにライサンダーZの弾と。アレックスの拳銃の弾が、立て続けに食い込んだのはその瞬間。

まずいと感じたのだろう。トランペッターが、数秒の詠唱をする。周囲全てをまとめて吹っ飛ばすつもりだったのだろうが。一瞬遅かった。

「惜しかったな笛吹き!」

唯野仁成の側に、サクナヒメが現れる。そして、剣を鞘に収めていた。

一瞬で木っ端みじんに切り裂かれるトランペッター。今ので、恐らく数百の斬撃を喰らったのだろう。

消滅し、マッカと情報集積体に変わっていくトランペッター。

唯野仁成が片膝を突く。呼吸を必死に整える。

かなり危ない戦いだった。

「ペイルライダーは」

「あの青白いのなら倒した。 赤いのはもう終わったようだな」

近距離攻撃を完封されたレッドライダーは、ストーム1に文字通りなぶり殺しにされたようだった。

流石である。

そしてそのストーム1が加勢したため、ほぼ互角だったホワイトライダーも、もう一方的な戦いになりつつある。

ほどなく、ヒメネスの大剣が叩き込まれて、ホワイトライダーが武器を取り落とすと。

跳び離れたヒメネスの代わりに、インドラジットが圧倒的な数の矢を一瞬で出現させ、瞬時に叩き込む。

これがヴァナラの軍勢を一方的に蹂躙したというインドラジットの矢か。確かにとんでも無い攻撃密度だ。これをステルスしながら放つというのだから、確かに最強の羅刹というのも納得である。

そこに、更にスルトが炎の剣をたたき込み、ホワイトライダーを燃やし尽くす。

無念の声を上げながら、ホワイトライダーは消滅していった。

全員がボロボロだ。特にブラックライダーは機動班クルーを狙っていたし。誰か一人が騎士や笛吹きを通していたら、機動班クルー達は壊滅していただろう。

流石に凄いのがいるなと思いながら。唯野仁成は後から来た機動班クルーの手当を受ける。

回復の魔術を掛けて貰うが、応急処置にしかならない。メイビーが来て、マリアを召喚して回復魔術を掛けてくれるが。それでも足りていない。

恐らくゴア隊長が手配してくれたらしいジープが来たので、それに乗って戻る事にする。救急車の方が良かったかも知れない程だ。

宇宙卵の出現は唯野仁成自身では確認できなかったが、それはそれ。今までとは段違いの相手だったし、彼処になかったとは思えない。

多分出現している。調査班が見つけてくれる。

方舟に戻ると、医療室に運び込まれる。医療カプセル行きだ。回復まで二日かかると言われて、苦笑する。

悪魔達にマッカを分けてから、休む事にした。

兎も角、恐らくは最強のガーディアンをこれで撃破出来たとは思う。

世界でもっとも信仰されていて、影響力も大きい一神教の終末思想に登場する悪魔達だったのだ。

これ以上の凶悪な終焉の神格は思い当たらない。

唯野仁成は休む事にする。

眠気が強い。カプセルの中では睡眠を促進する効果があるが。それにしても、眠気が回るのが、嫌に速かった。

 

3、シュバルツバースの形

 

目を覚ますと、デモニカを受け取る。すぐにデモニカを着込んで、ゾイから伝言を受けた。

予想より回復が早く、一日少しで回復しきったそうである。恐らくだが、聖母マリアの超強力な回復魔術による回復促進効果があったのだろう。

そう告げると、ゾイは複雑な顔をした。

「其所まで強力な回復魔術だと、命の前借りをしている可能性が高いわ。 メイビーには気を付けるように言っておかないと」

「この場合はやむを得ない。 今は一秒が惜しい」

「そうね……」

ゾイの表情はほろ苦い。

世界中で今激務が蔓延している。ブラック企業という言葉は昔は日本だけのものだったが、今は世界中が当たり前のようにそれに蝕まれている。

それらは命を前借りで奪っていく。

働き盛りの人間がばたばたと倒れていく。それでも、社会の富を独占している連中は、ブラック企業を止めない。

自分さえよければいいからだ。

ゾイも見て来たのだろう。そんな無理がある社会に擦り潰された人間を。たくさん、とてもたくさん。

デモニカは修理が済んでいて、すぐに艦橋に呼ばれた。

多分だが、唯野仁成が一番ダメージが大きかったのだろう。まああのトランペッターとまともにやりあったのだから当然だ。姫様はもう全盛期の力を取り戻しているようだし、回復魔術や米を食べること、更にはクルーの信仰でどうにかなるが。人間である唯野仁成はそうもいかない。

腹は減っているが、食事は後回し。

それくらい、急務と言う事だろう。まあ点滴は受けていたようだし、会議に出るくらいはなんとでもなる。

それに方舟では、今まで唯野仁成は一度も時間を無駄にするような会議を見た事がない。

ゴア隊長と後見人役の正太郎長官が有能だからである。

艦橋に着くと、幹部格は皆集まっていた。

真田さんが、図を展開。艦橋のスクリーンに、巨大な図が表示される。

何だかよく分からないが、蟻地獄の巣のように見えた。

「真田くん、これは?」

「解析が完了しました。 今まで集めたロゼッタ、それにアレックスくんからの提供データ、情報集積体から全てのデータを集約した結果、完成したのがこの図です。 これこそ、シュバルツバースとなります」

おおと、声が上がる。

砂地獄の表面部分に、多数の球体がある。

これらが、アントリア、ボーティーズ、カリーナ、デルファイナスなどだという。

こんな表面部分にあったのか。

とはいっても、大母達の戦闘力や。ここホロロジウムにいる悪魔の実力を考えると、確かにこれは仕方が無いかも知れない。

「これら表層部分には、およそ1万の空間が存在すると思われます。 我々が通って来たのは、それらの中のたった四つです」

「一万!」

「それらの世界に、空間の支配者がそれぞれ存在し、南米やアフリカにシュバルツバースが接触した瞬間悪魔が解き放たれるわけです。 その空間支配者全てがモラクスやミトラス、オーカスやアスラと同格の存在と考えて良いでしょう。 万に達する魔王と、その数千倍の悪魔が出現するのです。 確かに短時間で十億に達する人命が失われたというのも納得出来ます」

「続けてほしい」

正太郎長官が、皆の動揺を抑えるべくか言う。

真田さんは頷き、続けてくれた。

「此方が深層階層です。 深層階層は本来の出口である、このすり鉢状構造の真ん中から、下に伸びたこれらの線の先にある球体です」

「これらは四つだけか?」

「はい姫様。 上から順番に、エリダヌス、フォルナクス、グルース、そして今いるホロロジウムとなります」

サクナヒメの言葉の通り、蟻地獄状の構造の下部。四つの球体が存在していて。それぞれが恐らく出口であろう蟻地獄中央部に干渉できるように線が延びている。

そしてその中央部は、一番真下まで線が延びている。

この線が、今までスキップドライブに使ったり。或いはシュバルツバースに突入する際に使った場所なのだろう。

更に言えば、この小さな線に悪魔が突入し。外に出て行くというわけだ。

「真田よ。 少し気になるのだが、このホロロジウムの下部にもまだ小さな空間が存在しないか?」

「はい。 良く気付かれましたね。 このホロロジウムの下部にも、まだ何か空間があるらしい事が情報を集積した結果分かりました。 ただその正体はよく分かりません」

「更に強大な神格がいる可能性は」

「いえ、それはあり得ませんね。 ホロロジウムの構造を解析する限り、間違いなく此処がシュバルツバースの中心です」

なるほどと、サクナヒメが頷く。

一番科学が分からないサクナヒメが率先して聞いてくれることで、皆が分かりやすくなるのは助かる。

勿論サクナヒメは、それを理解した上でやっているのだろう。

真田さんは咳払い。

春香が頷くと、恐らくクルーにも聞こえるように話し始めた。

「さて、ここからが本題になります。 先に終焉の四騎士とトランペッターを機動班が倒してくれた事で、最後の宇宙卵が手に入りました。 この宇宙卵は、宇宙を産み出すほどのエネルギーを有している物質と言いたいところですが……実際には、地球の内部熱量と同じ程度のエネルギーを有している物質です。 それだけでも驚異的ではあります」

確かにその通りである。

ブラックホールなどに存在する、重力によって極限圧縮された物質は、そのくらいの密度を持つ事があると聞いているが。

それらは重力どころか近くにいるだけで時間も歪めるという話である。

ならば、それらとは違う原理で存在している高密度物質なのだろう。

或いはシュバルツバースでしか存在し得ない物なのかも知れない。

「この宇宙卵は、シュバルツバース内に凝縮されたエネルギーの結晶体である事が分かっています。 シュバルツバースは拡大すると同時に外から人間の思念を集め、グルースではそれらを元に大母マーヤーが悪さをしていたことは記憶に新しいかと思います。 ここ最深部であるホロロジウムでは、更に高密度の思念体が集まり、結果終焉の悪魔達が現出していました。 その終焉の悪魔が形を変えたのが、これら宇宙卵になります」

春香の話を遮る者は今の時点ではいない。

それはそうだろう。

此処からどうするかが大事だからだ。春香が話をし始めたと言う事は、重大な発表だと言う事でもある。

クルーのストレスを減らすために危険承知で方舟に来てくれた世界最高のアイドルは。とにかく、クルーの精神に負担を掛けないように話を進めて行く。多分原稿は全て頭に入っている。

「解析できたシュバルツバースの構造によると、そもそもこの宇宙卵が存在していた位置には意味があります。 これらが存在していたのは、人間の負の思念の集約地点。 これらを逆用することによって、現時点では圧倒的最強を誇る大母メムアレフに集約しているシュバルツバースの力を、逆に拡散させてシュバルツバース全域に広げる事が出来ます」

「シュバルツバース全域に拡大……?」

「勿論、その場合シュバルツバースの悪魔達は一斉に活性化することになります。 一方で、試算によるとメムアレフの力は、最悪の場合でも十分の一にまで弱体化します」

なるほど。

要するに周囲の悪魔達は強くなるが、そのかわりメムアレフは一気に弱体化する、というわけだ。

現在、シュバルツバースからはまだ悪魔が外に出ていない。これは重力子通信で確認済みだという。

ただしシュバルツバースは既に南極を完全に飲み込み、アフリカと南米を目指して確実に拡大を続けてもいると言う。

もしも宇宙卵を使った後、速攻でメムアレフを倒せなかった場合は。或いはシュバルツバースの拡大を止められなかった場合は。

超強化された悪魔が世界中に解き放たれるわけで。

状況は更に悪くなる可能性が高い。ひやりとした。唯野仁成も、それは手に負えるとは思えない。

だが、これ以外に方法は無いのだろう。

唯野仁成が、何も知らないままシュバルツバースを攻略していたら、どうなっていたのだろう。

宇宙卵を使ってシュバルツバースを破壊する事を考えたのではあるまいか。

それは多分不可能事ではないはずだ。

構造の解析を完璧にすることは出来なくとも、恐らくホロロジウムを粉砕すればシュバルツバースは物理干渉能力を得られなくなる。なぜなら地球の意思が実体化させているものだからで、メムアレフを殺して更に中枢であるホロロジウムを砕いてしまえばひとたまりもあるまい。

思考を忙しく巡らせる唯野仁成だが。

春香は、驚くべき事を言った。

「此処で、弱体化したメムアレフに具体的なプランを提示しようと此方では考えています」

「……」

「宇宙卵を使った事によって、メムアレフを倒す事は可能になると思われます。 しかしながらそれでは地球の意思を無理矢理ねじ伏せるのと同じ。 シュバルツバースは何度でも再出現するでしょう。 それも、恐らく遠くない未来にです。 そこで、具体的なプランを意思疎通な地球の意思に提示することで、交渉にもちこみます」

「ぐ、具体的なプラン?」

困惑しているヒメネス。

まあ無理もない話だ。唯野仁成も、最初にアーサーにメムアレフを説得できるなら説得してほしいと言われたが。

実際問題、現在地球上で派手に資源を食い荒らしている人類が。今後そう遠くない未来に資源を食い尽くすのは目に見えている。

環境破壊云々よりも先に、必須となる物資がなくなることで人類は滅びるのだ。

その事実を突きつけられた場合、どうやって説得すれば良いのか、唯野仁成には思いつかなかった。

感情論や精神論は全く無意味である。ましてや人間の可能性が有限であることは唯野仁成は嫌と言うほど思い知っている。

現実的にどうすればいいのかとなると、なおさら科学者では無い唯野仁成には思いつかない。

だから未来の唯野仁成は、人類を鏖殺することで、資源の浪費を抑える決断をしたのだろう。

宇宙進出は現時点では無理だ。軌道エレベーターも実現していない現状、とてもではないができる事では無い。

一人宇宙に人を打ち上げるだけで、かかるコストが異次元過ぎるからである。

「方法はあります。 この方舟のテクノロジーです」

あっと、誰かが声を上げた。

そして、唯野仁成も気付いた。

そうだ、この方舟にあるテクノロジーを活用すればどうにかなる。

まずスキップドライブの技術だ。現時点で、この方舟は核融合炉を用いて、宇宙まで極めて超ローコストで飛ぶ事が出来る。そればかりか、スキップドライブを使えば多分月まで行くのも難しく無い。

そしてデモニカである。

極限環境で活動可能なこのデモニカは、金星ですら活動が可能であると聞いている。従来の宇宙服とは文字通り次元違いの性能だ。

戦闘経験の並行蓄積は流石に一般提供するのは危険すぎるので、ブラックボックス化し封印するとしても。

それ以外の機能をフル活用すれば、宇宙開発はそれこそ数段階一気に進む事になるのだ。

問題は、地球にいる人間をどう減らすか、だが。

「現時点での計画は、10年計画で行います。 最初の1年で、まずは地球の衛星軌道上にあるスペースデブリを、方舟の同型艦で全て処分します。 同時に月に前線基地を設置しつつ、彗星や小惑星をキャプチャして資源化する計画を進めます。 2年目以降は、火星と金星に方舟の同型艦を派遣。 コロニー作成を開始します。 これらはこの方舟レインボウノアとデモニカの能力があれば不可能ではありません」

なるほど、確かにその通りだ。更に順番に計画が説明されていく。

テラフォーミングは現時点ではかなり難しい。火星や金星には、主にコロニーを作って、その内部で生活する事になるだろうという話だ。コロニー作成の作業にはデモニカが大活躍する。

そして地球の周回軌道状には、方舟の技術を利用して、五年以内に一万人以上が住むことが可能なスペースコロニーを作成する。

更には十年以内には、一千万人を金星と火星に移住させることが可能だという。

これら宇宙に出る人間には、経済的優先を設けて、積極的な移住を促す。同時に既得権益を持っている人間は国際再建機構で押さえ込む。

そのままでは、既得権益を持った人間が宇宙での利権を好きかってする事が目に見えているからである。そうなれば戦場が宇宙になるだけ。それは絶対に阻止しなければならない。

国際再建機構の能力ならば。財団を潰すことが容易だったように。既得権益を持った人間を充分に押さえ込む事が可能だ。

更にもう一つの案があるという。

「人間の最大の欠点は、過剰すぎる繁殖能力です。 現在先進国では人口が減り始めていますが、それでも増える時は爆発的に増えます。 これを抑えるためには幾つか案がありますが、一番簡単なのは遺伝子データの登録制度の開始です。 同時に、結婚制度をこの世から終わらせます」

「結婚制度は崩壊しつつある。 実際問題ありかも知れないな。 そうなると、子供を育てるためのシステムが必要になってくるが……」

「それについても問題はありません。 技術提供がありましたから」

アレックスを真田さんが見る。

ああ、なるほど。確かにジョージ並みのAIがあれば、子育ては難しく無い。

人間という生物は、ある程度群れると同調圧力を強め碌な事をしない。いっそのこと、この際政治システムをAIに任せるのもありか。

実際問題、この方舟に搭載されているアーサーは、非常に優秀でこれからどうすればいいかの筋道を示してくれたし。

更にそれより進んでいるジョージは、アレックスを気遣い、明らかにそれ以上の性能を示していた。

なるほど、一つずつ丁寧に考えて行けば問題は解決できるという訳か。

皮肉な話だ。シュバルツバースに入る前は全てが無理だっただろう。

だけれども、スペシャル達とシュバルツバースに入り。そして全ての問題の解決の糸口が見えた今。

世界は変わるかもしれない。

後は、これをどうメムアレフにネゴシエーションするか、だが。

ああなるほど、理解した。

それ故の弱体化か。

メムアレフを弱体化させれば、それで充分に交渉のテーブルに着かせることが可能になる。基本的に交渉というのは、相手と圧倒的な力の差がある場合は成立しない。

宇宙卵を使ってメムアレフを弱体化させれば、その時点で交渉が可能になる、と言う事だ。

面白い。唯野仁成は、流石は真田さんだと思った。

これだけの事を考えていたのだとすると、本当に凄い人だ。

後は外宇宙文明とかが接触してきた場合だが、それについてはおいおい考えて行けば良い。流石に今それを考えても仕方が無いし、何もできることは無い。

国際再建機構が舵取りをしていけば、真田さんが具体的に挙げた改革は上手く行く。

どうしても住んでいる土地から離れたがらない人もいるかも知れないが。いずれにしても、今の話を聞く限り、資源採取は今後は宇宙からがメインになる。電力もこの方舟に積んでいる核融合炉の同型を有効活用すれば、今までに比べて資源の浪費は極端に抑えられるようになるだろう。

「何か、対案はありますか?」

最後に春香が言うが。

誰も、反論する者はいなかった。

確かにそれがベストだと言えるだろう。唯野仁成にも、それらに対する案は無い。

それでも、しばらく真田さんは待った。

春香も、まだ原稿を残している。反論があった場合の、再反論のためだろう。

実際問題、この件が極めて難しい事は、この旅に参加した方舟のクルーならば全員知っている。

一瞬で命が奪われる場所だと言う事も。

地球がそもそも人類を敵と見なしてしまっていることも。

人間の業が、鏡としてシュバルツバースで拡大展示されている事も。

或いは、方舟に乗る前には人間を賛美していたクルーもいたかもしれない。

だけれども、その全員が、既に考えが変わっているはずだ。

人間を滅ぼさなければならないとか、整理しなければならないとか。管理しなければならないとか。そういう考えにまで至ってしまうと、恐らく平行世界の未来の唯野仁成や、ヒメネスやゼレーニンと同じなのだろう。或いはあのペ天使マンセマットと。

しかしながら、そうではない、現実的な道を真田さんは示してくれた。これに対して、感情的に反論する事は、唯野仁成にはあまり考えられなかった。

勿論人間はたくさんいる。特に今の時代は様々な考えがある。

だから反論もあるのでは無いかと、一瞬思ったが。

データで殴られたからか。

或いは真田さんの「かねてから開発していた」に何度救われたか分からないからだろうか。

反論する人間はいなかった。

たっぷり十分ほど待って、反論が出ないことを確認すると、真田さんは咳払い。

春香は頷くと、原稿を一瞥して、更に話を続ける。

「大母メムアレフの居場所も概ね特定出来ました。 恐らく至近に方舟を運ぶ事も出来るかと思います」

「おお……」

「その前に、宇宙卵の準備を行い。 更には、メムアレフの弱体化装置を設置しなければなりません」

「そういうことだ。 機動班クルーの皆、最後まで頼む。 私も最大限支援をしよう」

ゴア隊長が言い、皆が頷いたのが分かった。

一旦一時間ほどの休憩が与えられる。クルーはおのおの好きなところに出向く。頭を冷やす時間が必要だと、アーサーもゴア隊長も真田さんも、それに正太郎長官も考えたのだろう。

このプランは、練り込まれている。

多分真田さんが、正太郎長官と相談して作り上げたことは間違いない。

更に言えば、である。

地球の意思であるメムアレフが、話が通じないようなら。この場合であれば、殴り倒してしまえばいいという良点もある。

放置すればまたシュバルツバースは出現するだろうが、遠からず地球から人類は離れるのである。

人類が地球から激減し、環境も再生に向かえば、シュバルツバースも黙らざるを得ないのである。

要するに二段構えの作戦であり、これ以上もないほど現実的と言える。

問題は数年でシュバルツバースがまた出てしまった場合だが。その場合は、またライドウ氏と姫様に来て貰い。数年分老いたクルーでまた挑むしかないだろう。ただシュバルツバースのノウハウは分かっているから、今回よりもずっと楽に潰せる筈で。更に技術力も上がっているだろうから、厳しい場面は減るはずだ。

休憩室に出向く。

ヒメネスが来ていて、コーヒーを飲んでいた。

手元には、ソフトキャンディが積まれている。

「ヒメネスもソフトキャンディが好きなのか」

「ああ、これが流行った時は驚いたぜ。 ガムみたいに捨てなくて良いし、何より美味いからな。 ただ歯には良く無さそうだが。 頭を使うときには、外ではたまに口にしていたんだ」

「そうか」

「たくさん作ったから遠慮するな。 ヒトナリも食えよ」

頷くと、相伴に預かる。

コーヒーも淹れてくれたので、有り難く飲むとする。

しばらくぼんやりしていると、ヒメネスの方からさっきの話について振ってきた。

「最後の戦いははっきりいって、生きて帰れないことを覚悟していた。 ルシファーの野郎が見せてきたあの光景、休憩しているときに悪夢に見るほどだったからな。 だが流石は真田さんだぜ。 あんだけ現実的な案を出してくるとは思わなかった」

「伊達に国際再建機構の守護神じゃあないな」

「ああ……。 帰れるかも知れないんだな」

「まだ気を抜くなよ。 あの四騎士やトランペッター並みの実力者がまだ先にいるかも知れない」

分かっているとヒメネスは頷く。

バガブーは大人しくしている。最近はヒメネスの補助をすることが仕事だと考えている様子で、危険な時や、必要な時以外には出てこない。ただ、バガブーに対しての信頼はもうヒメネスの中で揺るがない様子だ。

別の平行世界で、無理矢理悪魔合体して、悪魔人間となり。世界を破滅に導いたという話を聞かされてもそれは変わらない。

多分絆というのはこういうのを言うのだろう。

勿論こんなもの、誰にも生じるものではない。血がつながっていようがそれは同じ事だ。

ヒメネスの場合は、たまたまそれが生じる相手がいた。

そういう幸運な話だ。

「帰ったら宇宙進出か。 既得権益を好き勝手にしてる連中は俺たちが押さえ込んで、人口爆発も抑えて。 それで十年後には、火星や金星にいるかも知れないんだな俺たち」

「火星は仮にテラフォーミングしてもアフリカ大陸程度の住居空間しか確保出来ないという話だ。 金星が恐らく移住の主体先になるだろう。 事故が怖いが、代わりに手つかずの資源が眠っているし、何よりデモニカがある。 きっと何とかなるはずだ」

「デモニカは、本当に世話になった。 これが取りあげられるだろうなと思うと憂鬱だったんだが、そんな事もなさそうだな」

「ああ……」

同時に楽隠居もなくなったのだが。

ヒメネスは、それを嫌そうにはしていなかった。ストーム1もまだまだ当分現役でいるつもりのようだし。

既得権益を独占している無能な連中は、戦々恐々とすることになるだろう。

まあその第一人者である財団が潰されてしまっているので、今は外でも混乱があるのかも知れないが。そんなものは自業自得だ。知った事では無い。

時間が来た。

すぐにアーサーから連絡が来て、唯野仁成は出る事になる。病み上がりなんだから気を付けろとヒメネスに言われて、分かっていると返す。

物資搬入口にヒメネスと一緒に行くと、戦闘に参加するスペシャル達が全員揃っていた。

これから、更に深部に潜る。

もっと強い悪魔が出る可能性がある。

それを考慮すると、当然だろう。

ゴア隊長も来ている。装甲車も、出る予定のようだった。

「調査班は入り口付近に配置した野戦陣地やプラントの引き上げを開始してほしい。 此処からは危険が更に大きくなるから、二線級の機動班クルーはその護衛に注力。 姫様、いつも申し訳ありませんが最前衛で道を切り開くのをお願いいたします」

「ああ、分かっておる。 もう少し、なのだな」

「はい。 メムアレフに間もなくたどり着けるはずです。 気配を近くに感じないのには、何か理由があるのかも知れません」

「……分かった。 唯野仁成、それにアレックス。 ついてこい。 わしらで道を切り開くぞ」

敬礼。アレックスは、少し戸惑った後、はいと素直に答えていた。

アレックスはサクナヒメにあまり良い印象が最初は無かったようだが。既に敵意は失われ、敬意に変わり始めている様子だ。

常に最前線で戦い、誰も死なせない事を有言実行しているからだろう。

後はいつもと同じだ。ストーム1とヒメネスがその支援。ライドウ氏とケンシロウは遊撃である。

更に、装甲車が出て、機動班と行動を共にする。装甲車には調査班とゼレーニンが乗り込み、周囲の状況をつぶさに調べてすぐに拠点を作れるように準備もする。

今回はかなりゴア隊長も本気だなと、唯野仁成も思った。まあ大詰めなのだから、当然とは言える。

この他にありったけのケッテンクラートやジープも出る。今まで来た道に配置してきた拠点や野戦陣地の物資回収などのためだ。

クルーの大半が一気に動く。

残された時間が恐らく半分を切っている事もあって、かなりの大詰めである。そしてメムアレフの前に出たときに、クルー全員のコンディションが万全でなければ意味がない。故に、此処で一気に状況を進めておく、と言う事だろう。

さっそくサクナヒメと共に外に出る。

アレックスも文句一つ言わずついてくる。最近は、サクナヒメ以外とも話をするようになってきていた。

他のクルーとも話はするようだ。酷い目にあったという共通点もあるからか、メイビーとは時々話をするらしい。

アレックスの場合、その酷いが次元違いすぎる。17の子が辿ってきていい人生では無い。

だから、医者であるメイビーも、色々と思うところがあるのかも知れない。

唯野仁成とも、ある程度話してくれるようにはなった。

今も、移動しながら軽く話す。

「一点物の最高のデモニカを身につけている筈なのに、力が以前は正直伸び悩んでいる気がしていたの。 私の力はこれが限界なのでは無いかと何回か思ったわ」

「今は違うのか」

「ええ。 真田というあの技術者、本物ね。 この経験の並行蓄積機能、殆ど宇宙文明レベルの技術だわ。 未来から来たと言うのも納得ね」

周囲に聞かれるとまずいので個別回線で話をしているが。まあアレックスもそう思うほどの圧倒的性能と言う事なのだろう。

無言で移動し、四騎士がいた場所の近くにまで来る。

アーサーの指示で、一番ここから先に通じている可能性が高い道へ進む。分岐は豊富だが、悪魔が出る以外に邪魔は殆ど入らない。また途中に出る悪魔は例外なく敵意を示して襲いかかってくるので。逆に言うと、今まで通った場所の強い悪魔は殆どいなくなっている。調査班が襲われても、遊撃のケンシロウやライドウ氏が辿りつくまで、機動班がいればまず間違いなく持ち堪えられる。

また、長い坂だ。何処までも続くような、曲がりながら地面の下に向かうような坂。

周囲には溶岩の滝が幾つも見える。

原初の地球は、灼熱の生命の元となるプールが存在していて。その中で生命が誕生したという話だ。

地球が出来たのは46億年ほど前だと聞いているが、一説によると38億年前には生命は既に存在し、更に古いという説もあるという。

そうなってくると、生命とウィルスの中間くらいの存在であるプリオンは更に古くから存在していた可能性もあるし。

こういう過酷な環境でも、生命は誕生しうるのかも知れない。

だとすると、宇宙には人間が想像するよりももっとたくさんの生命が存在しているのかも知れなかった。

気配がある。悪魔だ。

何だかもう分からない悪魔が、坂の下から群れてやってくる。

真っ黒い人型だが。動きはおぞましく、まるでゾンビ映画だ。サクナヒメが問答無用で突貫すると、スパスパと斬り伏せていくが。坂の下から、凄まじい数が湧いてくる。

一体一体はあまり強くないように見えるが、何か嫌な予感がする。

悪魔を展開して、周囲に警戒しつつ、アサルトで姫様を支援。機動班クルーには後方側面を警戒して貰い。アレックスを念のために残して唯野仁成も前進。姫様と共に敵の排除に回る。

「唯野仁成よ。 この者達少し弱すぎるな」

「そうですね。 こんな深部にいるにはやたらと弱い。 おかしいかと」

「わしは下がる。 そなただけで蹴散らせ」

「イエッサ」

やはりサクナヒメもおかしいと感じたか。ひょいと飛び退く。まずは唯野仁成が蹴散らして回るが、はっきりいってそれで充分だ。

ゼウスがアダマスの鎌を面倒そうに振るう。

こんな雑魚に使う武器では無い、というのだろう。

黒い影は無数に湧いて出てくるが、嫌な予感が的中したのは。前面にいた黒い影を、ゼウスがケラウノスであらかた消し飛ばした直後だった。

まるで坂の下から湧いて出てくるようにして。とんでもない大巨人が姿を見せたのである。

今までで、一番巨大な悪魔かも知れない。それは毛皮に身を包んだ、知性も無さそうな巨大な姿で。ぼりぼりと肌を掻きながら。唸り声を上げていた。

どうも此奴の体から剥落したのがあの黒い人型らしい。

なるほど、そういうことか。あいつを産み出していたのがこの巨大な悪魔か。

勿論襲いかかってくる。

多分、こんなのがこれからはワラワラ湧いて来るというわけだ。だが、もう負ける気はしない。

早速姫様が突貫。巨人の顔面に、彗星の如くぶつかると、弾き飛ばす。巨体が冗談のように傾いていた。

機動班クルーも、もはや怖れない。というか、アレックスが召喚したインドラの戦車に皆飛び乗ると、其所から移動しつつ機動射撃を仕掛ける。高速で飛び回りながら大火力の攻撃をしてくる相手に、動きが鈍そうな巨人は体を高速再生しつつも巨大な手を振り回して攻撃してくるが。

インドラが鼻で笑ってその手を回避する。

擦っただけで即死だろうが、動きが大ぶりすぎて当たらない。

唯野仁成は、ライサンダーZを立て続けに撃ち、巨人の両目を潰す。すぐに再生してくるが。

その時には、巨人の頸動脈を姫様がばっくり切り伏せていた。

更に後頭部を、アモンの放った火球が爆砕。続けて其所に、機動班クルー達の悪魔が一斉に攻撃を浴びせて頭を半ば吹き飛ばす。

巨人は頭を半ば失うも、呻きながら手を振り回すが。その左手を、気合いと共に唯野仁成は一閃。親指以外の指が全部吹っ飛ぶ。

更にゼウスも突貫。

「これならば良し! 斬るに値する!」

アダマスの鎌で、巨人の右腕をリストカット。

鮮血が噴き出す中、巨人の再生が追いつかないほどの攻撃を浴びせ続ける。

更に、アリスのトリスアギオンと。アナーヒターの極大冷気魔術が連続して着弾したことで、巨人の頭部が完全に吹き飛ぶと。

流石にとんでもなく巨大な大巨人も、姿を消していった。

「被害確認!」

「悪魔が何体かやられたが、すぐにマッカで蘇生できる!」

「よし。 回復したらすぐに先に進むぞ」

唯野仁成が積極的に声を掛ける。膨大なマッカの回収は、連絡を入れて後から来る調査班に任せる。ただ、情報集積体だけは回収しておくことにする。

サクナヒメがじっと消えていった巨人のいた跡を見る。

「あれはティアマトの同類だな。 気配が近かった」

「原初の巨人、と言う事ですか」

「恐らくはな。 ……やはりティアマトはメムアレフの使い走りに過ぎなかったと言う事がこれで証明されたわ」

「いずれにしても、宇宙卵は既に手に入れています。 心配せずに進みましょう」

サクナヒメは黙り込んでいる。

何か不安があるのかと聞くと。姫様は頷いていた。

「真田の計画は完璧だとわしも思う。 文句のつけようがない。 だが、何か嫌な予感がしてならぬ」

「俺に懸念事項があるとすればデメテルですが、もしも此処から仕掛けてくるとしたら……」

「それに、スキップドライブを邪魔してきた輩がいたであろう」

「確かに」

姫様は歴戦の猛者だ。ストーム1のように、勘を完全に己のスキルに変えている訳ではないが。それでもその発言には重みがある。

皆の体勢が整ったので、そのまま進む。勿論最大限の警戒をしながら、である。

このぐるぐる地下に向かっている坂を下りきったら、多分そこはもうメムアレフの目と鼻の先ではないのかと唯野仁成は思う。

この辺りの空間は、方舟が飛ぶのに充分な広さがある。

仮に戦いになった場合は、方舟が充分活躍出来る状態を作れるだろう。それに、生半可な横やりなんて入れさせない。

「一応、皆に注意喚起はしておきます」

「ああ、そうしてくれ。 デメテルめが、嘆きの胎六層以降姿を見せぬのも気になるところでな。 あのマリアという者もだんまりであるしな……」

「聖母マリアは良く此方を助けてくれています」

「ああ。 だがデメテルの邪魔をするつもりもないように思えるな。 ひょっとするとあの明けの明星とやらと同じく、傍観を決め込んでいるのやもしれんな」

再び、悪魔の気配だ。

今度はムカデか。それも、とんでもなく巨大な奴が、坂の下からお行儀良く坂に沿って登ってくる。

古い古い日本の伝承では、巨大なムカデがいうならば最強の妖怪の立場にいたという説があるらしい。八岐大蛇退治の後根の国に移動した素戔嗚尊なども百足などの毒虫を行使して嫁取りに来た大国主命に嫌がらせをした話があるし。更には日本最古の妖怪キラー、俵藤太こと藤原秀郷が退治した大妖怪も大百足だった。

いずれにしても、あれは生物ではありえない。ルスカと同じだ。

迎撃開始。百足はちょっとやそっとでは死なないことを告げる。ましてやデモニカを脱げない今、弱点らしい唾を飛ばすわけにもいかない。人間の唾ならともかく、神である姫様の唾は多分通用しないだろう。

一斉射で百足を迎え撃つ。多分複数が来るだろうから、油断はしない。姫様の一撃を、百足が弾き返す。本来百足の装甲は其所まで強力ではないのだが、まあ悪魔だからなのだろう。

存在が不浄だから、神性の極みである姫様の攻撃と反発するのかも知れない。

唯野仁成も前進しながら、百足の口の中にライサンダーZの狙撃を叩き込んでやる。突貫したアレックスが、光の剣で百足の触角を切りおとし、更に姫様が頭に剣を突き刺していた。

暴れ回る百足。

ゼウスが離れろと叫ぶと、最大火力でケラウノスを叩き込む。

全身を焼き焦がされながらも、百足は全然元気で暴れ回っている。暴れ回っているが、倒せる。

こんな所で退くわけにはいかない。死ぬわけにも行かない。

もう少しで、メムアレフに。

手が届くのだから。

 

4、到着

 

三日が掛かった。信じられないほど長い坂を、何度も人員を入れ替えつつ、必死に降り続け。途中に出る強大な悪魔も、総力戦で排除し続けた。

そうして、ようやく底に辿りついた。

そこは、静かな場所だった。溶岩の滝もない。ただ、溶岩の河はある。そして、奥にはおぼろげに見えていた。

間違いない。此処こそが、メムアレフの寝所だ。

凄まじい寝息が聞こえる。涅槃の姿勢を取っているあれは、間違いなくメムアレフだと考えて良いだろう。

そして、気配を感じなかった理由が近くに来て分かった。

メムアレフの周囲に、古い時代の装置らしいものが幾つも置かれている。恐らくだが、数万年前のものだ。アレがどうやら、メムアレフの存在を中和しているらしい。

前に来た者達は、メムアレフを封じてしまおうと判断したのだろうか。

しかしながら、それはあくまで気配を遮断するだけに終わってしまった。故にシュバルツバースの拡大はとまらず、世界は一度初期化されてしまったのだろう。あくまで仮説だ。ただ、メムアレフの気配をある程度遮断していることからして、この仮説が正解である可能性は高いだろう。

ヒメネスとストーム1が追いついてきた。

冷や汗が流れるのが分かる。

気配を遮断する装置がまだ動いていると言っても。それでも、この至近距離に来れば嫌でも分かる。

冗談抜きに、とんでもない怪物なのだと。

明けの明星に見せられたのは、脅しでも何でも無い。間違いなくこのシュバルツバース最強にて。

地球そのものの意思。そして地球の力そのもの。

それがこのメムアレフだ。

この存在を倒すには、それこそ星を砕くほどの力が必要になるはずだ。星間文明級の力がないと不可能だろう。

平行世界の唯野仁成は、それを実力でやってしまった、と言う事か。

今の唯野仁成は。或いは出来るかもしれないが。やれば平行世界同様、大事なものをあらかた失ってしまうだろう。

「此方、唯野仁成。 目標を確認……」

「此方アーサー。 ターゲット、メムアレフを此方でも確認。 すぐに作戦の準備に取りかかります。 クルーはその場から離れてください」

「了解……」

頷くと、すぐにジープに乗って戻る。メムアレフが目覚めるまで、恐らくあまり時間がない。

長引かせると、大変な事になるのは確定だ。

幸い、途中にいた大物はあらかた駆除した。ライドウ氏も、遊撃しながら背後を突いてきそうな大型悪魔をあらかた退治してくれていたらしい。ケンシロウは、物資を方舟に収束させていた調査班を助けて、悪魔を片っ端から処理していたそうだ。

方舟に二時間ほど掛けて戻る。

まずは宇宙卵のセッティング。これに関しては、実は既に始めているという。すぐに現地に護衛に行ってほしいという事なので、それぞれのチームを率いて現地に向かう。現地と言っても、既に安全圏になっている場所だ。念のための処置、である。

宇宙卵の周囲には、何やら厳重な装置が仕掛けられている。

これは、見覚えがある。

マーヤーを隠れていた空間から引っ張り出すのに使った、十六の装置。その恐らく強化改造版だ。

更に周囲には野戦陣地も作られている。中にはライサンダーZFの小型野戦砲もある様子である。

ストーム1が使う所を見たから、此奴の超火力はよく分かっている。多分だが、原子力空母も当たり所によっては一撃撃沈だろう。

調査班の護衛に当たる。たまに小物の悪魔が寄ってくるが、すぐに排除する。此処には近寄らせない。

メムアレフの方は、ドローンを使って監視を継続。

誰かが残って監視するのは危険すぎるからだ。

精神を病む可能性もある。これ以上今も眠っているノリスのような犠牲者を出してはいけない。

「此方ストーム1班。 第三宇宙卵、処置完了」

「此方ヒメネス班。 第二宇宙卵、処理終わったぜ」

他は着々と終わってきている。姫様の方は大丈夫だろうかと思ったが、雑念を追い払って警戒を続ける。

アレックスには、物資を方舟に回収している調査班とインフラ班の支援をして貰っている。

今はこの宇宙卵と関連装置を、がっつり守るのが第一だ。

ただ、それにしても遅いと思う。

調査班に話しかけてみる。

「手間取っているな」

「地盤が良くないんです。 今コンクリを打つための装甲車を呼んでいます」

「分かった。 護衛はするから急いでくれ」

「はい」

間もなくアタッチメントをつけた装甲車が来て、超強化コンクリートを打ち込み始める。地盤がよろしくないという地点を重点的に固め。更に地面そのものにも手を入れている様子である。

装置の調整を徹底的に行っている調査班。

失敗は許されないのだから、まあ当然だろう。宇宙卵は余程強大な力を放っているらしく。まだ野良の悪魔が寄ってくる。それらは、全て唯野仁成がライサンダーで近寄る前に叩き落とした。

ほどなくして、装置のチェックを開始する。

姫様の方でも手こずっていたようだが、間もなく完了の連絡が来た。艦橋の方では此方の地盤が良くない事は把握している様子で、急かすようなことは言ってこなかった。

黙って、調査班を信じて待つ。

今までも、ずっと機動班とは違う戦いを続けてくれたクルーだ。無能なわけがない。此処で感情にまかせて罵るようではチームを預かる身としては失格だ。

「よし、調整完了! 動作テスト開始!」

「全班動作テスト開始!」

流石にぶっつけ本番をするつもりはないのか、動作テストも開始する。

まあ単体試験も結合試験もやるのが当たり前か。

唯野仁成は、無言で様子を見守る。

これは調査班の戦いだ。以前は十六の装置を使ってマーヤーを隠れ家から引きずり出したが。今回は、更に強化したらしい装置を六つ円状に配置し、その真ん中に一回り大きい同型装置を置き。その中央の装置の中に宇宙卵を配置するらしい。

「エラー検出! 微調整開始!」

「了解! 調整実施!」

初見で上手く行くはずがない。無言で様子を見守る。時間は流れていくが、それでも待つ。

それが今の唯野仁成の仕事だ。

そして、三回目の実験が失敗した後。四回目の実験が開始される。途中寄ってくる悪魔は、もれなく射殺して近づけさせない。

「よし、リンク確認! 宇宙卵の防衛システムも作動を確認した!」

「全クルー、方舟に帰還してください。 八時間の休憩後、メムアレフとの対決に挑みます。 休憩を充分に取ってください。 大規模戦闘が予想されます」

今回は、野戦陣地を敷く余裕も無いだろう。

ただ、戦う場合は、方舟の全火力を投入し、更に全クルーも出ての大決戦となるのは確定だ。

仮に弱体化してもメムアレフはあのプレッシャーである。

戦闘力を十分の一に落としたところで、それでも苦戦は免れまい。勝てるには勝てるだろうが。

弱気にはなるな。

自分に言い聞かせる。精神論は敵だ。だが、此処での弱気は一種の悲観論だ。理論的には勝てる。いつも通りにやれば勝てる。それが事実としてあるのだ。何より真田さんがこんな時にミスをする筈が無い。圧倒的な信頼がある。

方舟に戻ると、恐らく最後の休憩を開始する。

決戦は、もう間近だ。

 

(続)