灼熱の深淵

 

序、最後の空間

 

グルースの大母マーヤーから入手したロゼッタの情報を元に、スキップドライブを開始する。

行き先は当然最後の世界。

まずはバニシングポイントに方舟で入り込み、其所から更にスキップドライブする。

やはり帰路には壁がある様子で、どの道最後の大母。他とは桁外れの強さを誇る存在であることが確定しているメムアレフを倒さなければならない。そうしなければ、帰ることも出来ないし。

シュバルツバースをどうにかすることも出来ないだろう。

唯野仁成は、物資搬入口で、サクナヒメとケンシロウと共に待つ。アレックスはいないが、ストーム1と一緒に船内の方で待機だ。

人員の配置はアーサーが行った。

このレインボウノアでさえ、アントリアでは不時着したのである。アレックスのいた絶望の未来では、どれほどの苦難がシュバルツバースに突入した者達に襲いかかったのか、想像も出来ない。

全く揺れず、スキップドライブが行われ。

やがて、新しい空間に出た様子だ。

少し、降りるのに手間取っている。あのデルファイナスのようなゴミ山なのだろうか。それとも。

しばし待つ。待つ事には慣れている。

やがて、方舟が降下し始める。殆ど同時に、サクナヒメが顔を上げていた。

「またか……」

うんざりした様子だが、唯野仁成もその気配は察知していた。

間違いない。

堕天使さいふぁーだ。

あいつは元々、此処で待つと言っていた。その約束を、律儀に守ったと言う事なのだろう。

いずれにしても、戦うつもりはないようだ。堂々と降りるだけである。

方舟が着地。この時にもほぼ揺れない。良い事だと唯野仁成は思う。これだけ厳しい環境で揉まれた船だ。

宇宙空間に出るときに、この経験は大きな役に立つのだろうから。

プラズマバリアはまだ展開したままだ。

その上で、周囲の環境を調査。ほどなく、マクリアリーが通信を入れて来た。

「此方観測班マクリアリー。 映像を出します」

「……っ」

サクナヒメが露骨に嫌そうに呻く。

周囲に拡がっているのは、文字通り原初の世界だった。

火山が彼方此方で噴火して、マグマが流れている。コレは確かに、原初の大母がいるのに相応しい場所だ。

「姫様、どうかしたのですか?」

「火山の噴火で、一度神田も家も何もかもが駄目になった事があってな。 それを思い出してしもうたわ」

「……それは」

「その時わしを再起させてくれたのは、共に生きていた人間達だった。 ふう、そうであったな。 今度も、きっと乗り越えられようぞ」

サクナヒメの言葉は、明らかに周囲のクルー達を元気づける。

ケンシロウも無言で頷いていた。

「気温は100℃ほど、気圧は11気圧。 大気成分は殆どが窒素です。 通常であれば人間が生活出来る環境ではありませんが、これならば……恐らく現状のデモニカでも活動可能でしょう」

「ただ、マグマの辺りがどうなっているかは調査がいる。 くれぐれも慎重に行動してほしい」

カメラの向こうで、さいふぁーが笑顔で手を振っている。

まあ意図は分かる。唯野仁成は、艦橋に通信を入れておく。まずは、さいふぁーと話をする必要があるだろう。

今の時点では利害は対立していない。

奴は可能性を見たいと言うだけの事しか口にしないし、他に求める事も無い様子だ。

だから、今の時点で戦闘は恐らく起きないとは思うが。

少しして、結論が出た。

接触してほしい、と言う事だった。

プラズマバリアが解除される。

唯野仁成とサクナヒメ、ケンシロウが降りる。更に、ストーム1とヒメネス、後はゼレーニンも降りて来た。ライドウ氏も、それに続く。

アレックスも降りて来たが。それを見て、小首をかしげるさいふぁー。

まあいい。ともかく、まずは話をするところからだ。

「予想通り来てくれましたね、英雄達。 はうう、凄い威圧感ですぅ」

「話とは何だ、さいふぁー」

「出来れば他のスペシャル達も来て貰いますか? 皆に見せておきたいものがあるのですよぉ」

「……相談する」

唯野仁成は再び通信を入れる。

やがて、相手が堕天使ルシファーだと言う事も考慮したか。正太郎長官、真田さん。それに春香も降りて来た。ゴア隊長も、である。

それらを見て、さいふぁーは目を細めていた。

「なるほど、気配は察知していたものの、間近で見ると納得出来る。 歴史上最大の戦争によって生じた業を見てきた古豪。 世界の知恵を集めた賢者の中の賢者。 そして人々の心を集める文字通り最高の偶像。 そして確実な手腕を発揮し続ける有能極まりない将軍。 これほどの面子が揃っていたのなら、今までの大母をはじめとする悪魔達が蹴散らされたのも納得だな」

「見せたいものとは何かね、堕天使さいふぁー」

「……」

指を鳴らすさいふぁー。

同時に、世界が切り替わっていた。

溶岩の沼のような場所がある。その中央部に、中州のようになった場所があり。

其所に、涅槃の体勢で。巨大な人影が寝そべっていた。

一瞬で全身が総毛立つ。

それは黄金に近い色合いで、髪の毛は髷のような不思議な結い方をしている。額には第三の目があり。それ以外は巨大な女体というシンプルなものだ。

全長は恐らくだが数十メートル程度と、今までの大母と変わらないだろう。大きくも小さくもない。

だが、一目で分かる。

確かにこの存在と比べてしまうと、今までの大母などそれこそ単なる使い走りだ。同じ「大母」という括りにあるかも知れないが、存在の次元が二つは違う。

これこそが、メムアレフ。

シュバルツバースの女帝にして、地球の意思。

人類が過剰に破壊した地球を元に戻すため、灼熱の深淵より来たりしものだ。

「これが大母メムアレフ。 この空間の地下に眠る最強の大母にて、地球の意思そのものなのですよぉ」

「……これが」

「……」

恐怖は勿論誰もが知っている。

だが、それを制御する事も、誰もが知っている。

それでもなお、誰もが声も出ないのが分かった。ストーム1やサクナヒメですら冷や汗を流している様子である。

誰もが分かっているのだ。まともにやりあったら勝てない、という事を。

「恐らく貴方たちが全戦力を投入すれば、勝ちを拾うことは不可能ではないですね。 でも、大きな被害が出る」

「何が言いたい」

ストーム1が苛立ちを込めて言う。

勿論、恐れをねじ伏せる意味もあっただろう。この場にいる全員が、地球の歴史上に残るレベルの英雄ばかり。そして最強に近い神一柱。

本来なら怖れる者などなし。

実際問題、地球に現在ある世界中の軍なら、この面子でなら正面から戦って勝てる可能性は高い。いや、恐らく勝てるだろう。勿論悪魔召喚込みで、だが。

「私は何度も言っているとおり、可能性が見たい。 君達ほどの可能性が、此処で摘まれてしまうのは好ましくない。 何か手助けはほしいか、星の英雄達」

「……そうだな。 大母が本格的に目覚めるまでの時間は分かるだろうか」

聞いたのは真田さんだ。

唯野仁成は、敵の戦力を測るので必死である。

はっきりいって、ゼウスでも冷や汗を流して撤退する方が良いと即答するレベルの神格だ。

ギリシャ神話においてずっと大御所政治を続けたガイア神と、恐らくは地母神という観点では同じ括りに入るのだろうが。

先の大母と同じで。はっきりいって、括りは同じでも別物過ぎる。

もはやこのメムアレフは、神やら悪魔やらというカテゴリに入れて良い存在ではない。

少なくとも、地球人類が考える神やら悪魔より次元が上の相手だ。

神話においては、古代の乏しい知識を元に宇宙レベルの神格が幾つも創造されたが。それはあくまで当時考えられた宇宙レベルの神格であって。結局人間の想像力の上を行っていない。

近年人気を博しているクトゥルフ神話などでは、近代の知識を元に宇宙レベルの神格が作られたが。

それも結局、「宇宙の中心に座する白痴の魔王」という存在が主神である事からも分かるように。

一神教の自分で醜悪だと分かって作っているパロディに過ぎず。

実際問題、現在では色々に創作で遊ばれている始末で。

信仰を受けるには至っていない。

真田さんは、時間稼ぎがしたいのだろうか。

いや、違う。真田さんには、勝算があるのかも知れない。

「……大母メムアレフが目覚めるまで、か。 大母は既に目覚めているが、実際に活動を開始するのは少し先。 そうさな、この空間での時間では分からないが……本来なら外の時間で考慮すれば2000時間ほど後だっただろう」

なる程。それは恐らくだが、唯野仁成とヒメネスだけでシュバルツバースを攻略していたも同然だった世界では、そうだったということだ。

つまり本来の歴史よりも、80日近く攻略が早まっている、という事になるのだろう。

「しかしながら、他の大母。 使い走りにすぎない三体の大母が倒れたことで、覚醒が早まっている。 恐らく、もう外の時間で考慮すると240時間も経たずに本格的に動き始めるはずだ」

「……10日か」

「勝算はあるのか、偉大なる技術の守護者」

「今まで集めて来た全てのデータを今収束させている。 それを使えば、或いは……」

皆が真田さんを見る。

サクナヒメすら、感心したようにして見ていた。

そうか、時間さえあれば、「かねてから開発していた」が炸裂しうるのか。それならば、或いは。

苦笑するさいふぁー。

元々が可愛らしい小柄なメイドの姿をしているが、やはり此奴の中身は怪物だ。

ただ、もとのメイドの人格も借りていると言っていた。

怪物と、心優しい人間の人格が混ざっているのだろう。

「分かった。 此方でも動こう。 デメテルが入り込んだ場合の排除と。 この世界で待ち伏せしているもはや堕天使に落ちた愚か者が愚行を働かないように見張ろう。 排除までは行わないが」

「堕天使に落ちた……マンセマットの事ね」

「ああそうとも本来は秩序の奴隷になっていただろう光の子。 だが君は自力でその運命をはねのけた。 敬意を払い、奴を撃ち倒す権利は君に譲る。 奴はもはや飢えた獣になっていて、君達の誰かを見かけた瞬間に襲いかかってくるだろう。 ……楽にしてやりたまえ」

さいふぁーが消える。

同時に、大母の凄まじい圧迫的なイメージも、その場からなくなっていた。

どっと冷や汗が出る。

あれが、越えるべき壁か。

真田さんが、話があるといって、ストーム1と唯野仁成、それにヒメネスを呼ぶ。

ストーム1に渡したのは、ついに完成したらしい。携行できるライサンダーZFだった。

それを見て、ストーム1は先までの緊張感を忘れたように破顔する。

まるで妖刀を手にした侍のようだ。

「これが、究極の銃か……」

「私が作り出せる中では、な。 これ一つで、最新鋭の戦闘機よりも値段が張る」

「分かった。 だが、戦闘機などの比では無い戦力を保証する」

ストーム1はマニュアルに目を通し始める。

それを見て、ヒメネスと二人で頷いていた。流石はワンマンアーミー。リアルムービーヒーロー。

自分に出来る事を即座に把握し。

破滅の大母に立ち向かおうと即座に頭を切り換えている。その他にも、開発中だった装備を幾つか準備して貰っているらしい。

決戦までに間に合うか、最後の勝負という所か。

唯野仁成とヒメネスには、ライサンダーZの量産品が渡される。

ストーム1が使っていたものよりも更に小型で、取り回しが良くなっている様子だ。ライサンダーFとは火力が桁外れなのは何度も目にしている。これはゼウスなどの大物神格にも致命打を与えられる文字通りの神の槍だ。

「後、剣にも改良を加えておこう。 後でアーヴィンとチェンに渡してきてほしい。 そこで改良をしてくれる」

「流石ですね。 俺でもこれの良さはわかりまさあ」

「……ライサンダーZは後数丁、決戦までに準備できる。 そして近接戦を得意としているクルー向けに、剣も改良を進めるつもりだ。 これらはアレックスのプラズマ剣と拳銃から技術を確認して、それを応用している」

「有難うございます。 助けになります」

敬礼をすると、満足げに真田さんは頷く。そして真田さんは、ゼレーニンと共に研究所に向かった。これから、今まで集めたロゼッタと、情報集積体を解析するのだろう。

ゴア隊長が声を掛けて、皆が物資搬入口に集まる。

アーサーが、声を掛けて来た。

「堕天使ルシファーと思われる存在によってビジョンを見せられたこの空間。 空間のコードとして、予定通りホロロジウムを発行します。 ホロロジウムの大母であるメムアレフの撃破をこの空間での最優先ミッションとして発行します。 ただし、もしもメムアレフを説得して行動を止められるようであれば、それもミッションとして推奨します」

「真田の策は信頼出来る。 だがアレを倒すのは、わしとケンシロウ、ストーム1とライドウが総力を挙げても厳しいぞ。 唯野仁成とヒメネス、それにアレックス。 皆の力が加わったとしてもな」

「分かっています。 このホロロジウムには、大量の強力な悪魔の反応があります。 それを倒しながら、デモニカの経験を蓄積させてください。 外部の実時間で十日ほどしか

ありませんから、配分については考えなければなりませんが、それについてはプランを此方で策定します」

アーサーには、その辺りは任せてしまってかまわないか。

ゴア隊長は腕組みをすると、皆を見回した。

一線級のクルーにしか先の話は行っていない。だがそれでも、そもそもとしてあまりにも絶望が過ぎるのだ。

「こう言うときに私が出来るのは、現実的な戦闘指揮しかない。 姫様、唯野仁成と共に、最前衛としてアーサーの指示を受けながら、大母への道を切り開いていただきたいのですが」

「まかせろゴア。 今の唯野仁成の力は、わしでも背中を預けられると判断出来るほどのものだ。 如何なる罠でも喰い破ってくれるわ」

「たのもしゅうございます。 ストーム1、ヒメネスと共にその補助。 此方もアーサーが支援してくれる。 兎に角、このホロロジウムの構造解析と大母の元への進路確保を優先する。 連れていく機動班クルーについても、アーサーに都度選ばせる」

「イエッサ!」

ストーム1は言葉短く応じ、ヒメネスも同じく。

更にゴア隊長は、指示を順番に出していく。

「ライドウ氏とケンシロウは、思いのままに動いてほしい。 ライドウ氏はクルーを連れて行ってくれ。 ケンシロウは、危険を判断したら即座に戻ってほしい」

「了解した。 確かに我々はその方が動きやすい」

「……任せろ」

ライドウ氏が敬礼し、ケンシロウは頷く。

ゴア隊長は、更に春香にも言った。

「春香君。 君はクルー達のメンタルケアだ。 君の歌を流すだけではなく、可能な限りのプログラムを組んでクルー達の心が破綻しないように支援を願いたい。 あんな怪物を見た後だからつらいだろうが、それでも頼めるだろうか」

「何とかしてみます。 私も何万のお客さん達が来る会場で、数え切れない程ライブをして来ました。 さきの大母メムアレフという方は……正直それら全てをあわせたよりも凄いプレッシャーでしたが。 でも、だからこそに。 私が皆の支えになります」

「頼む。 メンタルケアを医療班だけに任せるわけにはいかない」

正太郎長官が頷く。

後は、船からのバックアップと支援だろう。

それを汲み取ったらしく、ゴア隊長は言う。

「船からはドローンを飛ばして、機動班を支援する。 プラントは前線に出ない機動班クルーで護衛しながら、調査班とインフラ班と連携して構築。 野戦陣地は方舟周辺には敢えて構築しない。 これは勿論方舟もあの巨大な大母との戦いに参戦するからだ。 更に各地に前線基地が必要になる可能性が高いから、物資は温存する。 必ず、全員で生きて帰る。 大母メムアレフは、人類が遭遇した中でも最強最悪の存在かもしれないが、それでもどうにかして見せる」

「イエッサ!」

皆で敬礼。

そして、それぞれに動き出した。

しばし立ち尽くしていたアレックスに、ゴア隊長は声を掛ける。

「君は方舟のクルーでは無く協力者だ。 だから、好きに動いて良い。 君はどうしたい」

「……唯野仁成と一緒に行動してもかまわないかしら」

「もちろんだ。 最前衛のチームには、少しでも戦力がほしい」

「そう、ならばそうさせて貰うわ。 ……私のいた未来でも、貴方が早々に戦死しなければ、唯野仁成の負担はぐっと減っていたのでしょうね」

アレックスは、返して貰ったらしいプラズマ剣を振るい、此方に歩いて来る。

唯野仁成とは相変わらず目をあわせてはくれないが。確かにこれほどの戦士が側にいれば、心強い。

もしも、未来を切り開いたらどうするのか。

それについては聞かない。

いわゆるタイムパラドックスについては問題ないだろう。

というのも、人間の遺伝子は、同じ親から産まれても毎回違う混ざり方をして子供になる。

この世界で唯野仁成の妹、つまりアレックスの「おばあさま」は既に夫の子を孕んでいる。そのおなかにいる子が、アレックスの親と同じ存在になる事はないだろう。孫ならなおしかり。

真田さんも未来から来ているらしいし、タイムパラドックスというものは、結局の所起きえない現象だったのだろう。

ならば、アレックスは平和になった世界を甘受する事が出来る。

甘受させてやらなければならない。

彼女の最も大事な時代を、地獄にしてしまった償いとして、だ。

ただそれはそれとして、外に出たらそこからが本番だというのは実際問題としてある。

気を付けなければ、世界を蹂躙した未来の自分と同じになってしまう。

そうならないようにしつつ。

なおかつ、人間の文明にはしっかり手を入れないといけない。

難題だが、姫様やライドウ氏はいなくなっても、まだ他の皆がいる。正太郎長官もまだいてくれるようだし、真田さんもいてくれる。

それならば、きっとなんとかなる。

アレックスがいた未来の唯野仁成には、恐らく対等な存在は誰もいなかったのだ。

だから全てがおかしくなった。

今度は違う。

可能性も、戦闘マシーンになってしまう前に、人間性にたくさんたくさん振り分けることが出来た。

それに此処にいる英雄達なら、あの勝てる気がしないメムアレフだって、どうにか出来る筈だ。

それならばそれでかまわない。

唯野仁成は、絶対に成し遂げてみせる。

まるで原初の地球としか言えない場所に歩み出す。同時に、多数のドローンが飛んで行くのが見えた。

最初からフルスロットルで回していくつもりだ。恐らく休憩は殆ど取ることが出来ないだろう。

黙々と進む。そして、嘆きの胎六層の看守悪魔にも劣らない凶悪な悪魔の群れが姿を見せるが。

それらを、唯野仁成は。姫様と、仲魔達と。機動班クルーと、アレックスと一緒に。躊躇なく迎え撃ち、叩き斬った。

 

1、原初の世界の入り口

 

もう恐らくだが、このホロロジウムには信仰が失われてしまったような、古代の神格しか存在しないのだろう。

或いは、外から迷い込んだ悪魔達か。

元からいる悪魔は、嘆きの胎の深層にいた古代の悪魔を思わせる、意味不明な姿をしていたし。

外から迷い込んだ連中は、冷や汗を流して潜んでいる場合が多かった。

シュバルツバースに外から来た悪魔の大半は、恐らくだがエリダヌスで、秩序と混沌の決戦に参加しているのだろう。

それも、今はどうでもいい。

崖のような地形が拡がっている。その先があるかどうか、ドローンが見にいっている状況だ。

その間にベースキャンプを構築すべく、周囲の悪魔を駆逐する。

大きな人型の溶岩のような悪魔だ。見ると、地霊ムスペルとある。なるほど、あれがスルトの配下達か。

サクナヒメが一瞬で間合いを詰めると、斬り伏せるが。

流石に世界を滅ぼす巨人の眷属。それでも死なない。

だが、気迫と共にアリスとアナーヒターがぶっ放した冷気の魔術が、ムスペルの足を氷漬けにして、打ち砕き。

倒れたところを、アレックスが突貫。

首を刎ね飛ばしていた。

だが、ムスペルが次々に来る。この溶岩の世界、ムスペルにとってはとても都合が良いのかも知れない。

世界の終末について記載している神話は幾つもある。有名なのは北欧神話だが、キリスト教でもそうだ。

特に北欧神話の場合、悪魔的存在によって主神オーディンをはじめとする大半の神々が殺され。スルトは世界を焼き尽くしてしまう。生き残ったわずかな神々と人間が新しい世界を作る為にまた歩き出すが。いずれにしてもスルトとムスペルは神々を倒し、世界を焼き払ってしまうのである。

インド神話にも、神を屈服させた悪魔は多数出てくるが。

文字通り滅ぼしてしまう存在は、インド神話には存在しない。他の神話にもあまり例がないようだ。

だからか、ムスペルは兎に角強い。

唯野仁成が、十体目のムスペルに、至近距離からライサンダーZを叩き込む。顔面に神をも殺す光の槍の一撃を叩き込まれたムスペルは、流石に蹈鞴を踏んで下がるが。そこに、一気に距離を詰めたゼウスがアダマスの鎌を叩き込む。

唐竹になったムスペルが消えていく。

呼吸を整えながら、周囲の膨大なマッカを後から来た調査班に任せる。サクナヒメは、単独で六体のムスペルを倒していた。唯野仁成とアレックス、他の機動班が合計して十体。流石である。

「私と最初に戦った時は、本当に力が戻っていなかったのね」

「何しろ異国のことだからな。 信仰も受けていなければ、体も馴染んでおらぬで仕方がない」

「……ジョージ、周囲の分析を」

「バディ、現時点では敵対的勢力の姿はない。 探索を進めるべきだろう」

アレックスのデモニカの性能は、大半の部分で今唯野仁成が使っているものよりも上だが。

真田さんが組み込んだ機能に関しては、アレックスのデモニカは共有できていない。

ただ、戦闘経験値の並列蓄積の機能については、真田さんが組み込んでくれた。

だからアレックスは、加速度的に自分が強くなっているのを確認している様子だ。

「此方ヒメネス。 俺の方は崖に出ちまった。 一旦戻るぜ」

「了解。 ストーム1はどうしている?」

「すげーぜライサンダーZF。 殆どの悪魔を一撃確殺してる。 俺もいずれ持ちたいぜ」

「そうだな」

通信を入れてきたヒメネスに応じると。アーサーが指示してきた方に向かう。

どうやらドローンの探査によると、細い道の先にまだいける空間があるらしい。ただ、安定して移動するためには工事をした方が良いだろうと言う結論にも至った。

まずサクナヒメがぽんと狭い通路の先に跳ぶ。

唯野仁成は、それに続くと。仲魔達を展開して、中間の空中で敵の攻撃に備えさせる。そしてアレックスは、インドラを召喚。戦車に他の機動班クルーを乗せ、此方へと渡って来た。

周囲には、また悪魔の気配がある。

アーサーが、これからヒメネスの班を護衛にして、調査班を派遣してくれる。調査班が装甲車で牽引してくれる物資を使って、橋を架けるためだ。その橋が架かるまでに、この辺りの悪魔を駆逐してしまう。

また、ムスペルがわらわらと現れる。さっきは合計十六体だったが、退路がない場所に来たことを察知したのか、一転して攻勢に出る気になった様子だ。

まあどうでもいい。片っ端から叩き潰すだけだ。

アレックスも仲魔を召喚する。

パラスアテナ、ダゴン、インドラ、ランダ。それにシャイターンとアモン。アモンはフクロウの頭と巨大な蛇体を持つ悪魔で、エジプト神話の最高神を務めたこともある大物だ。今の姿は、一神教で悪魔として貶められた姿の要素も含んでいるようだが。

すぐに総力でムスペルの群れを迎撃にかかる。

アリスが叫んだ。

「ヒトナリおじさん! 上、上!」

「!」

「何だ、大きな鳥だな」

「妖鳥フレスベルグ……これまた北欧神話の終焉に逸話がある巨鳥のようですね」

そのフレスベルグが数十体。

まあいい。兎も角、片端から蹴散らしていくだけだ。

ゼウスが高笑いしながら前に出て、ケラウノスをフルパワーでぶっ放す。一瞬で黒焦げになるフレスベルグもいるが、流石に此処にいる悪魔達は簡単には倒れない。ムスペルは大半が耐え抜いて見せた。

突貫するサクナヒメを囲もうとするムスペルを、機動班のクルーが片っ端から射すくめ。アレックスもサクナヒメに続いて突貫する。

良い動きだ。

唯野仁成も負けてはいられない。ライサンダーZで支援し、サクナヒメが弱らせたムスペルを仕留めながら、仲魔に指示をして暴れ回らせる。

苛烈な戦いが続くが、程なくして信じられない距離からの支援狙撃が来て。丁度唯野仁成の至近に迫っていたムスペルの頭が消し飛んでいた。

恐らくはストーム1による超々遠距離からの狙撃だ。揺れるヘリから4キロ以上先のテロリスト達を片っ端から射すくめ、一発も外さずに全滅させたというとんでもない記録を持つ人だ。走りながら狙撃を成功させることくらい朝飯前なのだろう。

唯野仁成も剣を抜くと、今の一体の影からぬっと現れたムスペルの首を、一薙ぎに斬り飛ばす。

喉から大量の鮮血を噴き出しながら、ムスペルが横倒しになる。

アレックスが、フレスベルグの爪に掛かりそうになっていたが。シャイターンがフレスベルグの顔面に雷撃の魔術を叩き込み、一瞬の注意をそらす。

フレスベルグの翼を唯野仁成が撃ち抜くのと、アレックスがフレスベルグの両足を光の剣で両断したのはほぼ同時。

ふんと、鼻を鳴らして乱戦に戻るアレックス。

別にそれで良い。敵意を持たれているのは当然。自主的に唯野仁成と同じチームに加わってくれただけで充分だ。

ストーム1からの支援狙撃。また一発でヘッドショットを決める。

戦闘中のクルーから感嘆の声が上がる。

「相変わらず化け物としか思えない狙撃だな」

「ああ、相手が怪物級の悪魔ばかりでも、これなら勝てるぞ!」

戦意が高揚する中、敵の数が減っていく。敵は逃げようというそぶりもない。ただその場で人間を殺し尽くす事だけが目的のように、ひたすら殺しに来る。

やがてヒメネスのものらしい狙撃も届くようになると、戦況は決した。

最後のムスペルを姫様の剣が一刀両断にし。続けて躍りかかってきたフレスベルグを羽衣で拘束。

逃れようとするところを、アレックスが大上段から叩き斬った。

クルーには負傷者が出ているが。最前線を預かるこのチームにはメイビーが加わっている。すぐに回復魔術を得意とする悪魔達を召喚し、皆の治療を開始。更にポリマーによるデモニカの応急処置も始めた。

メイビー自身も、渡されているライサンダーFを使えるようになってきている。アサルトの集弾率も高い。

戦闘中、キルスコアも稼いでいた。もう、アントリアで悪魔にさらわれて、震え上がっていた頃の姿はない。

既にメイビーは、戦士としても充分にやっていける。戦える医者だ。

程なくして、ストーム1とヒメネスのチームが、調査班と装甲車を連れて到着。架橋工事を開始する。

工事はしばらく掛かる。その間に、確保した安全圏をドローンが調査して、周囲を調べていく。

この辺りはアーサーの指示が的確で、信用できる。

「この世界では、空間の歪みはほぼ存在しない様子です。 ただひたすらに、深部へと降る地形が続いているようですね」

「? どういうことだ?」

「簡単だ……メムアレフには身を守るつもりがない。 正確にはその必要がない」

アーサーの言葉に疑問を呈したクルーに、ケンシロウが答える。

ケンシロウは単独行動で彼方此方をふらつきながら悪魔を屠っている様子だが。この世界でも、その圧倒的な戦力は充分に通用している様子だ。

そして、そんなケンシロウの言葉である。

意図を理解したクルーは、絶句し、震え上がったようだった。

「アレックスよ、わしについてこい。 周囲にまだ少しいる悪魔を狩る」

「分かったわ」

姫様に促されて、アレックスが立ち上がる。

或いは何か思うところがあるのか、サクナヒメは積極的にアレックスに声を掛けている。

唯野仁成は居残りで、狭い通路が安心して通れる橋に変わっていくのを見ていく。豪快な架橋工事で、あと二時間も掛からず終わるだろう。その間に、此処を守りきれば、一気に先が楽になる。

アレックスは、デモニカの通信網には参加してくれてはいるが。基本的に会話には加わろうとしない。

この辺りは、やはりまだまだ時間が掛かるだろう。

「危ないぞ! 少し距離を取ってくれ!」

「よし。 これくらいでいいか!」

「問題ない!」

装甲車のアタッチメントを使って、豪快に架橋工事を行っている向こう岸のチーム。程なく、橋が架かった。

調査班がすぐに来て、橋頭堡となる野戦陣地と休憩地点を作り始める。丁度戻って来たサクナヒメとアレックスと合流。

機動班クルーを入れ替え、更に深部を目指す。

まだまだ先に行く。

この地点を一旦のランドマークポイントとして、周囲に探索の手を伸ばすようだ。ライサンダーZは弾の補給がいらないので、継戦力も伸ばせる。また、唯野仁成の手持ち悪魔は、まだまだ戦闘出来る。

唯野仁成の体力自体も問題ない。今のうちに、距離を稼いでおかなければならない。

 

ホロロジウムを進みながら悟るのは、アーサーが言った事は概ね間違っていない、と言う事だ。

此処は太古の地球のような光景が広がっているが、構造そのものはそれほど無茶苦茶では無く、空間もほぼ歪んでいない。

ケンシロウが指摘したとおり、最後の大母メムアレフは、そもそも身を守る必要などないのだろう。

だからこんな開けっぴろげな空間で、手下達を侍らして寝ている。

そういう事だ。

サクナヒメが崖下を覗き込んでいる。片膝を突いて、じっと見ている。恐らくドローンの望遠レンズより先まで見る事が出来るのだろう。唯野仁成は、側でライサンダーを構えて護衛。

不安そうなクルー達は、むしろ側で周囲を見回しているアレックスに警戒している様子だが。

それはどちらも責められない。

「ふむ。 この崖下は外れよな。 この下は本物の奈落と見て良さそうだ」

「途中には何も無いと」

「このホロロジウムという世界の果てであろうよ。 そうなると、途中の分岐が正解と見て良さそうだ」

サクナヒメが戻るぞと声を掛けると、皆すぐに背筋を伸ばすので面白い。

激しい戦いを続けているが、サクナヒメとアレックス、唯野仁成はまだまだ余裕がある。

各地で戦闘が行われていて。ケンシロウとライドウ氏は支援で彼方此方に走り回っている様子だ。

最初はふらふらしていたケンシロウだが、今回はその余裕も無い様子であり。如何に此処に強い悪魔が多いかの証明になっている。

二つ目の拠点が出来たところだが、まだ休む事は出来なさそうだ。

黙々と戻りながら、周囲の調査を開始する。何だかよく分からない姿の巨人が姿を見せる。

そして、雄叫びを上げて吠え猛った。

格好からして、アフリカの古代信仰に出てくる神格か。いずれにしても、とんでもなく獰猛なのは一目で分かる。

此奴を仕留めたら戻るか。

そう思いながら、唯野仁成は、突貫する姫様をライサンダーZの射撃で支援する。このライサンダーZ、悪魔が使う魔術を研究し尽くしているらしく、狙撃武器を反射する悪魔も普通に貫く。

カリーナの頃から、射撃を無効化されるケースがあることを調査で知った真田さんが、魔術を研究して貫通する技術を編み出してくれたのだ。

流石に目を貫かれると、浅黒い肌の巨人は呻きながら一瞬動きを止め、更に袈裟懸けにサクナヒメに斬り伏せられる。

だが、それでも倒れる事はなく、太く強靭な腕を振るってサクナヒメを弾きに掛かるが。その打撃は羽衣で受け止められた。まさか受け止められるとは思っていなかったのだろう。巨人は呆然とする。挙げ句羽衣と連携しての投げ技を食らい、ぐるんと一回りして、地面に倒れた。

巨人の脳天にアレックスが光の剣を突き立て、更に背中から尻に掛けて走りながら切り裂く。

サクナヒメと息を合わせて、左右に跳躍。

クルー達が熱狂的に射撃を浴びせ、悪魔達が魔術を叩きこんで巨人の動きを拘束している中。

左右から巨人の首に剣を突き立て。サクナヒメは右に、唯野仁成は左に。剣を抉り抜いていた。

巨人の首が。恐らく衝撃波によってだろう。一回転したあとすっ飛んで外れる。

無念そうにぱくぱくと口を開閉していた巨人だが。やがて膨大なマッカになって消滅していった。

呼吸をアレックスが整えているのが見える。

同時に、ヒメネスとストーム1が到着。それを見ると、サクナヒメはアレックスに声を掛けていた。

「戻るぞ、アレックス」

「まだいけるわ!」

「わしの戦歴はそなたの比では無い。 そろそろ他のクルー達の消耗も溜まっておるし、ここらが一旦の引き時じゃ」

「そうだぜアレックス。 後は任せな。 この辺りの悪魔は、俺とストーム1の旦那が全部潰しておくぜ」

ヒメネスの言葉が心強い。

頷くと、唯野仁成はヒメネスとハイタッチをして、この場を任せる。ちょっと茶目っ気のある行動だったか。

先の巨人は何だったのか、戻りながら調べる。

アフリカのある民族の神話に登場する存在で。その民族は人食い巨人との戦いに敗れて、殆どが食われてしまったという神話を持っているという。

多分さっきの巨人は、その人食いなのだろう。

アフリカでは、凄惨な人肉食の歴史がある。カニバリズムについては東南アジアや中華圏、更にはロシアなどでも記録が残っているが、アフリカもしかり。

人間の闇の歴史として人肉食はどうしても記録に残る。

あの巨人は、恐らくだが。そんなおぞましきカニバリズムが神話化しただろう存在であることは、容易に想像が出来る。

だが、仕留めた。そして勿論後世に残してはならない。

「随分と余裕があるのね唯野仁成。 仲間への信頼が篤いようで何よりだわ」

「そうだな。 事実この世界では俺は最強でも何でも無い。 俺より強いスペシャル達がいて、やっと此処まで来る事が出来た状態だ。 君の来た未来では、俺は全てを一人でこなしていたのかも知れないが、此処では違う。 だから、逆に精神的な余裕もあるのだろう」

素直にそう認めるのを聞いて、アレックスは無言になる。

そしてもういいだろうと思ったのか、インドラを召喚。戦車に乗るように、他のクルー達にも促した。

この戦車は実に便利だ。インドラジットに奪われたという話があるが、そのインドラジットも愛用していて、ラーマーヤナでは何度も破壊されたという話がある。空を高速で駆け回るチャリオット。確かに便利極まりない。

開拓した道は、途中にセントリーガンなどの自動防衛装置を調査班が設置しているので、問題は無い。

この空間で最後という事もあり、今までプラントで生産した物資を出し惜しみなく使っているのだろう。

それでいいと思う。

まあ、メムアレフを倒した後、時間があれば回収するくらいに考えておけばいい。

方舟に到着。アーサーが通信で迎えてくれた。

「先発隊としての活動お疲れ様です。 各自指示に従い、休憩してください」

「アーサーよ。 わしはおにぎりを食べたいが、かまわぬな」

「姫様は自分では解析しきれませんので、どうぞご自由に」

「うむ、では好きにさせて貰う」

呆れたようにすたすた田んぼのあるビオトープに向かうサクナヒメの背中を見ていたアレックスだが。

ただ、サクナヒメの作る米天穂と、それからつくったおにぎりが絶品であり。殆ど加工食品しか食べられないこの深淵の土地で食べられる天然物の食糧だともう知っているのだろう。

丸一日以上眠った後、サクナヒメにおにぎりを貰っただろう事は容易に想像が出来るから。あまり反感を持てないだろう不満そうな目が見て取れた。

「アイスでも食べるか?」

「いいえ。 「疲れている」から寝るわ」

「唯野仁成、気を遣ってくれて助かる。 少ない休憩時間だ。 もしも睡眠に余裕があるようなら、娯楽にも時間を使う」

「そうか。 ジョージ、アレックスを誰よりも気遣ってくれて有難う」

心からの言葉だ。

まだ子供もいない身だが、殆ど孫みたいな相手が可愛くない筈も無い。アレックスは答えてはくれなかったが。いずれ答えてくれれば良い。

自室で軽く仮眠を取った後、休憩室に出向く。

真田さんが作ったのか、チェンとアーヴィンが作ったのかは分からないが、新しいものが出ていた。

キャンディを作る装置だ。

飴は糖分補給には重要な食べ物だから、必要だと判断したのかも知れない。

いわゆるポップキャンディも選ぶ事が出来るが。まあ丸い普通の飴が無難だろう。なお包み紙はそばのゴミ箱に捨てるように書かれている。当然再利用するのだろう。

味は二十種類以上もあって、サイダー味を選ぶ。

昔はこの謎の味の食べ物がたくさんあった。子供の頃は、少ない小遣いをやりくりして、妹に苺味の飴を買ってやっていたっけ。崩壊家庭の出だったが、幸い近所の住民から児相に相談が行ったらしく。

あまり裕福では無かったが、唯野仁成も妹にお小遣いを割いてお菓子を買ってやるくらいの精神的余裕はあった。

アリスがぽんと出てくる。

「何それ、美味しいの?」

「見た事がないのか?」

「飴と言う事は分かるんだけれど、ソフトキャンディ?」

「ああ、ソフトキャンディも作れるな。 ほしいか?」

こくこく頷くアリス。やはり昔の妹と接するのと同じだ。

ソフトキャンディは偉大な発明だと思う。飴とガムのいいとこ取りである。更に美味しい。歯にはあまり優しくないし、ちょっとコストが嵩むが。

勿論この装置はソフトキャンディも作れる。事前に試してみるが、味はやはり本物と遜色なかった。

すぐに試して渡す。

アリスは笑顔で食べている。ここのところ、厳しい戦いばかりだったから、笑顔を浮かべているのは見ていて嬉しい。

この子は人間の理屈では動いていないし、お気に入りの相手にしか従わない。残酷だし、倫理観念なんてない。

だけれども、こういう所だけはきちんと人間と同じで。それは、唯野仁成も嬉しかった。

やがて、休憩時間が終了する。

既に体調の回復は終わっている。物資搬入口に。アレックスは風呂まで済ませてきた様子で、充分にさっぱりしていた。

やっぱり風呂は体力回復にいいものだ。それにアレックスはこの間の風呂が三年ぶりだったという話だ。

それは、風呂には入れるのなら、入っておきたいだろう。

サクナヒメが最後に来た。それと同時に、アーサーがどう行けば良いのか、指示を出してくる。

やはり先の崖は行き止まりで、周囲を調べたところ、横穴から更に深部に進む事が出来るらしい。

現在、調査班がまた装甲車のアタッチメントを使って、ショートカットのエレベーターを作る事を計画しているようだが。さて上手く行くかどうか。

すぐに出撃する。アーサーの指定した地点まで、インドラの戦車でひとっ飛びでいけるのが嬉しい所だ。

ヒメネス達が交代で戻り、代わりにライドウ氏が来る。

サクナヒメと唯野仁成の混成班が、ライドウ氏に中間拠点を任せて、先に指定があった横穴から深部へ。

多数の悪魔の気配がある。

そして、その先に。

そうか、そうなったのか。ならば、ゼレーニンを呼ぶ必要があるだろう。決着を、つけさせてやらねばなるまい。

すぐに通信して、ゼレーニンに連絡を入れる。ゼレーニンは話を聞くと、すぐに行くと言ってくれた。

「アレックス、嫌かも知れないが、ゼレーニンを連れて往復して貰えるか。 此処の見張りは俺と姫様でやっておく」

「ゼレーニンを? どうして」

「この先にマンセマットがいる。 ゼレーニンは、あのペ天使に騙されて幾つかの未来では破壊者になった。 この世界では皆に支えられて、ペ天使の誘惑をはねのけることが出来たが、今も心にやんでいる。 だから、決着をつけさせてやりたい」

「……分かったわ」

アレックスが行く。信用して良いのかと、他のクルーが困惑して言うが。唯野仁成は無言で頷いていた。

信用して良いのだと。

もうアレックスは、唯野仁成を信用しきれていないとしても、殺すべき相手だとは思っていない。

ヒメネスもゼレーニンも同じだ。

ならば、此方からどんどん信用していくべきである。そうしなければいけない。それに、元々あの子が彼処まで酷い状態になったのは未来の別世界の唯野仁成が原因なのだ。なじめるように、切っ掛けだって作らなければならない。

「大丈夫。 あの子はもう身内だ。 誰一人欠けず。 勿論あの子も欠けず。 シュバルツバースを踏破するぞ」

「……圧倒的な実績があるお前だから信じるさ。 しかし、皮肉な話だな」

そのクルーは何度かアレックスとの戦闘に巻き込まれかけて、死ぬ思いをしたとぼやいていた。

ならば、その気持ちだって分かる。

だから、唯野仁成がフォローを入れなければならない。

それくらいは、安いことだった。

 

2、落ちるところまで落ちて

 

マンセマットは気付く。奴が、来ている。

もはやマンセマットは、完全に獣と同じになっていた。周囲の悪魔を手当たり次第に襲っては喰らい。己の力に変えていく。それは原初の営みであり、神の使徒たる天使のものでもなく。

ましてや、知恵ある存在がするべき事でもなかった。

堕天使となった事についても、別にもうどうでもいい。

ただ復讐を。怒りをぶつける相手を。それだけを求めていた。

既にマンセマットは、堕天使ですらなかったのかも知れない。最低限にまで落ちた、元は大天使だった何者か。

皮肉な事に、それは一神教が時代を経る度に先鋭化させていった、悪の権化としての悪魔の姿にもにていた。

古くは悪魔は別に悪の権化でもなかったのに。

今のマンセマットは、自身が獣以下に墜ちている事を理解していながらも、それを笑ってさえいた。

さあ、来たか。

これだけ力を増したのだから関係無い。此処からは、単純に力勝負に持って行く。そして潰してやる。

下り坂の途中。

下は溶岩の沼地が拡がっている。

其所で、マンセマットは、四つん這いになって敵を待つ。

現れる数人の人間を見ると、喉からもはや言葉では無い何かが漏れていた。純粋な呪詛であり。敵意そのものの唸り声だった。

「あれがマンセマット!? 嘘でしょう……」

「いや、間違いない。 データが一致する。 気を付けろバディ、もはや言葉が通じる相手ではないぞ」

「元々拗らせていた輩だ。 墜ちればあのようにもなる。 わしも墜ちて人ではなくなった者は見た事があるが、哀れなものよな」

「……」

確かアレックスと呼ばれる赤黒。一緒に行動していたのか。それに異国のデーモンサクナヒメ。奴らは口々に言うが。ゼレーニンは黙り込んでいた。

召喚されるガブリエル。

光を見て、敵意を更に強くするマンセマット。

もはや、光は敵だった。

唯一絶対の神は、人格を持っている。一神教では絶対神と言えば法則の塊のように説明をしているが。実際には聖書を見ると様々な発言をしているし、人間を試して家畜かどうか確認するし、気分次第で人間にちょっかいも出す。

勿論その周囲には、寵愛の深い天使を侍らせる。実力など、関係無しに。

ガブリエルは一神教でも特に神の寵愛深き存在で、キリスト教でも四大、イスラム教では最重要の天使に位置している。

だからこそ、今は見るだけで殺意が湧いた。

ゼレーニンは、前に出ると静かに語りかけてくる。

「マンセマット。 貴方は哀れな存在ですね。 今なら分かります。 どれだけ働いても認められず、汚れ仕事をしているからという理由で信仰の中でも貶められ、ガブリエルに嫉妬するその様子では恐らく天界でも肩身が狭かったのでしょう」

「……」

ゼレーニンの言葉を、ガブリエルは静かに聞いている。

サクナヒメはいつでも仕掛ける体勢を崩していない。この戦力でも、勝てる自信はあるが。一つだけ気になるのは、唯野仁成の姿が見えないことだ。

あいつの居場所だけは特定してから襲いかかりたい。

ただ、ゼレーニンの言葉が。

あまりにも正論であり、自身の境遇を示しているからか。耳障りでならなかった。

「おのれ……黙れこの汚らしい雌豚めが……」

初めて言葉らしいものがでた。

ゼレーニンは以前のように、汚い言葉でいちいち傷つくようなこともなかった。前は極上の乙女だったのに。今はすっかり図太くなっている。

もう、歌唱機に仕立て上げることも不可能だろう。

あれは精神が弱かったから出来た事だ。今は、どうあっても、都合の良い道具には仕立て上げられまい。

「愚かな人間が! せっかく私の道具として、世界を統べる存在になり得たというのに!」

「……」

「待ってアレックス」

静かにブチ切れて前に出ようとするアレックスを、ゼレーニンが静かに止める。

そして、此方を見た。

何故だろう。マンセマットは、凄まじい怒りが、更に沸騰していくのが分かった。

だって、その目が。

都合良く人間が脚色し美化した、信仰の果てに作り出された慈愛と哀れみの視線にそっくりだったからだ。

「一度さよならは言いました。 ですが、最後にもう一度だけ貴方に機会を与えようと思います。 地獄にでも魔界にでも好きなところにいきなさいマンセマット。 私は追っていこうとは思いません」

「笑止っ!」

吠え猛るマンセマット。

ついに、完全に怒りが爆発していた。

「人間め! そんなことだから貴様らは間違うのだ! 私はそもそも間違って等いなかった! 唯一絶対の神に従って汚れ仕事をしてきただけだった! それなのに貴様らが間違ったから、我が身はどんどん穢れていき、信仰の中で堕天使に落とされていった! この姿は貴様らのせいなのだ! 最初から神の傀儡として、言う事だけ聞いていれば……!」

「それは違うわマンセマット」

「何だとっ!」

「信仰は時代と共に変遷していくものよ。 一神教の初期、ユダヤ教は復讐と排他の思想に過ぎなかった。 後から産まれたキリスト教は隣人愛の思想を説いたものの、悪い人間達に利用されてすぐに原罪と復讐、絶対服従の思想へと変わっていった。 更に後期に出現したイスラム教も同じよ。 砂漠の過酷な環境で生きるための思想が、どんどん歪められていった。 悪辣な支配者にはそれが都合が良いからよ。 勿論良い方向に変わろうとする自浄作用も働く事がある。 でも、ずっと同じであるものではないの。 一神教は最初から今に至るまで変わり続けているもの。 それは神が例えいるとしても、その存在が絶対などでは無い証拠よ」

驚いたようにガブリエルがゼレーニンを見る。

ふっと鼻を鳴らすサクナヒメ。

アレックスも、なぜだか本当に驚いた様子でゼレーニンを見て。そして視線をバツが悪そうにそらしていた。

ゼレーニンは更に言う。

「確かに影響力においては今や世界でも一神教は最大かも知れない。 だけれども、それは相対的に力が一番強いと言うだけのこと。 宇宙の始まりはまだどうしてかは分かっていないけれども、それが一神教の神によるものではないことだけは確実よ。 宗教として最古の存在ですら無い。 隣人愛と許しの思想をねじ曲げたのは人間達。 それは貴方の言う通り。 だけれども、神が絶対だったら、そのような事で貴方のような犠牲者が出たのかしら?」

「……その通りですゼレーニン。 勘違いされやすいですが、我等が父たる神は、最強の神格であるに過ぎません。 その存在を絶対としたのは、優位性を担保したかった後の人間達です。 天使なら誰もがそれに気付いています。 マンセマット、貴方は主たる父への愛が深すぎて、道を間違えてしまったのです」

ガブリエルの言葉に衝撃を受けたマンセマットは、思わず動きを止めてしまう。

そして、それが致命的だった。

背中に灼熱が走る。

今までの問答の間に、気配を完全に消して近寄ってきていた唯野仁成による一撃だった。

一瞬で翼を全て切りおとされ、悲鳴を上げながらマンセマットは飛び退く。そしてわめき声を上げた。

溶岩の中から、大量のムスペルが姿を見せる。

二十や三十ではない。この数のムスペルに囲まれれば、此奴らだって、ガブリエルだって、防戦一方にならざるを得ない。

ムスペルは勿論マンセマットにも襲いかかってくるが、別にそんな事はどうでもいい。奴らさえ殺せれば。後は逃げてけたけた笑うつもりだった。

坂道を凄まじい勢いで駆け上がってくる大量のムスペル。

マンセマットを完全に無視して、サクナヒメが行く。

威嚇の声を浴びせるが、もはやマンセマットを見る事すらしなかった。興味すら持っていないことに気付いて、マンセマットは絶叫していた。

「お前の相手は此方だ」

「おのれこの」

以降はもはや言葉にならなかった。

全身が更に異形に変じていくのが分かる。悪魔に相応しい姿になっていく。喰らった悪魔の力を完全解放しているからだ。

もはや天使の象徴たる翼すらいらない。無数の手足を生やして、蜘蛛のように這いながら唯野仁成に襲いかかる。

だが、唯野仁成の残像を抉るだけ。

え。

まさか、こんなに。短期間で、此処まで力が上がっているというのか。

召喚された悪魔達。その中には、おお。あの最強の雷神として知られるゼウスまでいるではないか。

ゼウスの雷撃が、文字通りマンセマットを打ち据える。

更に、唯野仁成の悪魔どもが、一斉に魔術を叩きこんでくる。

見苦しい絶叫を迸らせながら、それでも探す。

せめて、ゼレーニンののど頸を食い千切ってやる。痛みが全身を絶え間なく襲い、手足が吹き飛ばされるが。

それでもマンセマットは、最後にやるべき事を果たそうと、必死に狂気に染まった目を動かし続けた。

いた。ゼレーニンだ。

だが、次の瞬間、巨大な蛇に全身が締め上げられていた。それが魔神アモンだと気づき。必死に引きはがそうとして出来ない事に気付いて、マンセマットは絶叫する。もう、言葉など出てこなかった。

「もうゼレーニンへの復讐心しか残っていないのね。 哀れなけだものだわ」

「油断するなバディ。 これでも元高位の大天使だ」

「……マンセマット。 最後に聞きます。 もう、貴方は元に戻ろうとも思わないのですね」

「くどいっ! 貴様ののど笛、食い千切って……」

そこで、意識は途切れていた。

後は、闇の中。

マンセマットは、何処までも墜ちていくのを感じた。肉体を失い、魂が文字通りの深淵に引き込まれていくのだ。

いやだ。誰よりも神を愛した自分が、どうしてこのような目に。ゼレーニンの言葉が思い出される。

神は絶対では無い。相対的に力が一番大きいだけだ。

ああ、そうか。絶対などと言う、そもそも万能のパラドックスを超えられもしない力を持っているという設定の時点で、神の力は破綻していたのだ。

その思考は愛に満ちていたか。違う。特定の天使を寵愛し、汚れ役を嫌っていたではないか。

必死に愛されようとしていたマンセマットに報いたか。

汚れ仕事を押しつけておきながら。それだけで放置していたではないか。

何よりも、人間共の信仰によって歪みはて、赦しの思想も隣人愛の思想も失っていたではないか。

如何に信仰心を集め力に変えるか。それだけしか考えていなかったでは無いか。

闇に溶けながら、マンセマットは己の愚かさに、最後に怒りを向けていた。

これだったら、一部の勘違いした神学者どもがいうように。最初から堕天使になっておけばよかった。

汚れ役がこのような扱いを受けるのだったら。そうすれば良かったのである。

ああ、カマエル。サリエル。同志達よ。

そなた達は、もう堕天してしまった方が良い。どうせ天界にもう席は無い。地獄にも席は無いかも知れないが。

それでも、此処まで墜ちることは無いだろうから。

この時、マンセマットは。自分の手から、信仰を手放していた。そして、もはや堕天使ですらもない。

一つの暗い魂となって。深淵の果てに消えていったのだった。

 

アモンに押さえ込まれていたマンセマットの首を叩き落とした唯野仁成は、ゼレーニンに声を掛ける。

大量のムスペルを姫様が食い止めてくれている状態だ。恐らく、マンセマットが最後の力を使って、ムスペルの気配を隠蔽してくれていたのだろう。

すぐに姫様に加勢しなければならない。だから、時間はない。

「ゼレーニン、増援を手配してくれ。 アレックス、力を貸してくれるか」

「ええ。 分かっているわ。 任せて」

「言われるまでもないわ」

アレックスは、多数のムスペルをあしらいながら猛然と戦っている姫様に加勢して、当たるを幸いに薙ぎ払い始める。

ゼレーニンはガブリエルに助けられ、少し下がる。状況を連絡し、増援の手配に集中するのだろう。ガブリエルはそのまま、光そのままの姿でありながら、味方を守る光の盾を展開し続ける。そして、他の機動班クルー達も悪魔を展開。

本格的な戦闘を開始した。

坂道の上という有利な条件はあるものの。相手は世界を焼き滅ぼす巨人の群れだ。姫様とアレックスだけでは防衛線は足りない。

アリスに指示を出すと、すぐに最前線に突貫。

アリスが詠唱を開始。ゼウスが雷撃を敵の群れに叩き込んでいるのを横目に、唯野仁成は中距離からアサルトで支援。時々、大きめの術を唱えようとしたり、姫様やアレックスの間合いに入った相手をライサンダーZで撃ち抜く。頭を吹き飛ばされたムスペルがマッカに変わって消えていくが、溶岩が余程心地よいのか、無尽蔵にムスペルがはいあがってくる。

だが、逆に言えば好機。

此処で一気にムスペルを叩いてしまえば、後ろから襲われる事もなくなる。

少しずつ姫様とアレックスが下がってくる。けらけら笑いながら、シャイターンが相手に魔術の雨を降らせているが。何しろタフなムスペルだ。倒し切れるほどの火力は出ていない。

ほどなく、アリスの詠唱が完成。

それに気付いたサクナヒメが、アレックスと共に飛び下がる。

全力で魔力を増幅したアリスが、周囲に死そのものを叩き込んでいた。

「アハハハハハ! 死んじゃえ死んじゃえ!」

文字通りの闇。真の黒。死そのもの。

世界を焼き尽くす巨人ですら、それにはあがなえず、ごっそりと数が減っていた。

ゼウスが感心するほどである。

「おう、童のわりにはやりおるな……!」

「わらべじゃないもーん」

「ははは、そうか。 ならば育った暁には俺の后にしてやろう」

「やだー」

愉快なやりとりをしているゼウスとアリスだが。

ムスペルはごっそり密集しているところを削り取られたが、全てが滅んだわけでは無い。アナーヒターが連続して冷気の魔術を叩き込み。味方機動班クルーの悪魔もそれぞれ得意な炎以外の魔術を叩き混んでいるが、それでもとても足りていない。

其所へ、光が降り注いだ。

文字通りの慈愛の光だ。疲労がとけるように消えていく。見ると、あの聖母マリアが、両手を拡げて崖上に立っていた。

凄まじい回復魔術だ。メイビーが今ヒメネスとこっちに向かっているという話だったが、ということは。

ムスペルの頭を、立て続けに連続で狙撃が撃ち抜く。何処で撃っているのかさえも分からない。いずれにしても、ストーム1による狙撃だ。そして、高笑いしながら姿を見せるのはスルト。

ムスペル達の王だ。更に、インドラジットも、威圧的に多数の腕と頭を揺らしながら、前線に突入する。

「待たせたなヒトナリ!」

「よし、一気に片付けて敵の前線を押し込むぞ!」

「応ッ!」

姿を見せたヒメネスと共に、アサルトを連射しながら崖下に駆け下る。姫様とアレックスに合流すると、更に炎の剣で子分達をゴミのように蹴散らすスルトと、大量の武器を使って文字通りムスペルを寄せ付けないインドラジットと共に防衛線を作る。

唸りながら拳を繰り出してくるムスペルの腕を切り割ると、跳び上がって頭を唐竹に切りおとす。

消えていくムスペルを見て、ムスペル達が流石に怯む様子だが。だが一瞬だけ。すぐにまた襲いかかってくる。

これは恐らくだが、メムアレフに攻撃するように指示されていると見て良いだろう。

ならば、徹底的に叩き潰す。それだけだ。

形勢不利と判断したか、ムスペル達が一箇所に固まる。そして、全火力を展開して、叩き込んでくる。

その一撃を防いだのはガブリエルによる魔術の盾だ。それに、アレックスが召喚した魔女ランダの盾もあった。

戦線を押し込んでいく。

姫様は単独で常時数体のムスペルを相手にして、片っ端から斬り伏せていくが。流石に其所までは他の誰にも出来ない。

だが坂の下、溶岩の池に囲まれた場所に辿りついた頃には。周囲のムスペルは、相当に数を減らしていた。

ストーム1による狙撃で次々倒されていくムスペル。

もはや形勢は確定。一気になだれ込んできた味方機動班クルー達と、更には悪魔達により。数の暴力でムスペルを蹂躙していく。

完全にムスペルが出現しなくなったのは、マンセマットと会敵してから丁度一時間後。

呼吸を整えながら、唯野仁成はトリアージをと叫び。自身は、周囲に対して気配を探った。まだ大物がいるかも知れない。

大物は、いた。

ただ、敵ではなかったが。

いつの間にか、溶岩の上にぽつんと出ている岩に。ちょこんと座っているその姿。

堕天使さいふぁーだ。

呆れた。足を揃えて、スカートに行儀良く手を乗せて座っている様子は、訓練されたメイドそのものだ。

一瞬で、此方に転移してきたさいふぁーは。マンセマットの存在していた跡を示す、マッカの山と情報集積体を見つめていた。

ガブリエルは不愉快なのだろう。自身からゼレーニンのPCに戻ったようだが。勿論それを気にするさいふぁーではない。

「最後まで愚かな人でしたぁ。 結局の所、盲目的な愛は全てを狂わせる。 いや、あのマンセマットの場合は、狂信というべきでしたけれど」

「それでマンセマットを笑うためだけに来たのか?」

「いいや。 ついにマンセマットを打ち砕いた貴方たちを褒めに。 それと……」

小さな手で指さすさいふぁー。

溶岩に浮かぶ島。そこには、妙なものがあった。空中に回転しながら浮かんでいるそれは、何だか卵のように見えた。

「あれは宇宙卵。 世界の力を込めた、小さな宇宙そのものといっていいほどの力の塊だよ。 恐らく、君達の計画の最終段階に必要になってくるはずだ。 持っていくと良いだろう。 あと三つ、存在している」

「……前はなかったようだったが」

「大量のムスペルが倒れたことで、姿を見せたと言う事だ。 ムスペルは世界の滅びを告げる巨人。 その巨人達の死と、存在が連動していたと言う事だよ」

ゼレーニンが来ると、即座に宇宙卵を回収する。頷くと、後はヒメネス達に任せて、宇宙卵を方舟に輸送する。

世界の力を凝縮した小さな卵か。

調査班とすれ違う。記録的な数のムスペルを倒したのだ。膨大なマッカや、それに情報集積体も回収出来る。

マッカはそのまま方舟クルー達の連れている悪魔の強さに直結する。

どれだけあっても、足りないと言う事はないのだ。

方舟に戻ると、真田さんが待っていた。ゼレーニンを見ると、少し同情するように声を落とした。

「やっと、決着を付けることが出来たな」

「はい。 これで、因縁が終わりました」

「うむ……。 それでは、その宇宙卵は此方で解析しよう。 それからゼレーニン君、君は研究室へ。 もう少しで解析が終わる。 シュバルツバースの解析が完全完了すれば、恐らくだが……メムアレフを弱体化させる事が出来る」

「!」

むしろ反応したのは唯野仁成だが。

真田さんは、後はゴア隊長とアーサーに従うようにと言って、そのまま研究室にゼレーニンを連れていった。

いずれにしても、これで懸念事項の一つが消えた。

ただ、気になるのはデメテルだ。何を目論んでいるのが最後まで分からないのである。

ゴア隊長に事態の推移を報告すると、二時間だけ休憩してから、戻って来ていた機動班クルーと共に、またあの溶岩の中に浮かぶ島に戻るようにと指示を受けた。

今、調査班が作業をして、架橋とエレベーター造りを何カ所かでしている。そのうち有力な一箇所が、あの島の一角にあると言う。溶岩を超えた先に、先に進めそうな洞窟があるそうだ。

先はムスペルの大軍との戦闘に必死で、それに気付けていなかった。まあデモニカの映像を艦橋では確認しているのだから、気付けて当然か。

軽く休んでから、すぐに出る。

聖母マリアによるあまりにも強大な回復魔術もあってか、今までの疲れまでが消えているような気がする。

だが、それでも無理は禁物だろう。

機動班クルーを連れて、先ほどの溶岩島に戻る。サクナヒメが周囲に睨みを利かせている中、アレックスは入れ違いで戻ったか、或いは別の場所で救援に応じているのか。もう姿はなかった。

ヒメネスとストーム1も、別の場所に調査に向かったらしい。機動班クルーは、唯野仁成を見てむしろ安心したようだった。

まあ、サクナヒメは頼もしいが、戦力が増えるのに越した事はないから、だろう。

「姫様、休憩は大丈夫ですか?」

「本来ならあのムスペルとかいう奴らめとの戦闘で疲れ切っている所だが、あの強力な回復魔術のおかげでなんともない。 ただ、腹が減るのはどうにもならん。 この工事が終わるのを見届けたら、少し休みたいのう」

「分かりました。 俺が中心になって周囲を警戒しますので」

「そうか。 頼むぞ」

姫様も、唯野仁成に背中を預けるようになって来てくれた。

恐らくだが。アレックスが来た世界の唯野仁成は。ここに来ていた頃には、もう目につく全てを狩りつくす悪魔以上の悪魔になっていたのだろう。

今の唯野仁成は違う。

じっと手を見てから。工事中の調査班が悪魔の攻撃を受けないように、唯野仁成は護衛についたのだった。

 

3、更なる深層へ

 

溶岩を、文字通り凍らせる。アナーヒターが中心となった悪魔達が、邪魔な溶岩を強引にそうやって処理した。

其所へ、装甲車にアタッチメントをつけた車両が進み出て、工事を進めていく。

それほど構造は複雑では無いが、地形が兎に角厄介だ。溶岩の滝や河。それに切り立ったような崖。

何よりも迎え撃ってくる大量の悪魔の軍勢。

十日で本当に此処を突破出来るのか。それは不安だったが、アーサーによる通信が入る。

重力子による通信によって確認した所、恐らく此処では外の三倍ほどの速度で時間が流れている。

つまり猶予は一月。

まだ、恐らくは大丈夫と言う事だ。

こんな場所で焦ったら、それこそ致命傷程度では済まない。とにかく注意をしながら、先へと進む。

不意に、洞窟に出た。マーヤーのいたグルースほど無茶苦茶では無いが、時々空間の歪みがある。

此処は事前に調査していたドローンが確認済みの空間の歪み。中に入ると、広い広い空間が存在していて。

丁度おあつらえ向きに、巨大な悪魔が暴れられそうな空間になっていた。

周囲に生えているのは光コケか。

いや、そんなもの、この環境下で生じるはずがない。多分だが、あくまでそれっぽいものに過ぎないだろう、

面白い話だが、デルファイナスでゴミ山に接したとき。環境が酷すぎて、ゴミには細菌もついていなかったという話だ。

何でも世の中には、数百℃に耐える古細菌が存在しているらしいが。そういうものは、わざわざシュバルツバースに住まないだろう。

サクナヒメが目を細める。

何かいる、と言う事だ。増援を呼んだ方が良いかも知れないが、現時点ではすぐに来られる遊撃戦力はない。

というよりも、アーサーの指示でこの広い空間を皆必死に走り回っている状況だ。すぐに支援を得るのは難しいだろう。

「唯野仁成よ。 分かっておるな」

「はい。 いますね」

「総員、戦に備えよ!」

「イエッサ!」

機動班達が、サクナヒメの号令に悪魔達を展開する。唯野仁成も、悪魔達を一斉に出した。

さて、どこから来る。少なくとも周囲に姿は見受けられないが。間違いなく存在していると判断して良いだろう。

それは、洞窟の奥から、静かに現れた。

白馬に乗った、インド神話の神格らしい半裸の青年だ。若々しいが、全身は筋肉質で、当然肌は浅黒い。強さがびりびりと伝わってくる。これは、正直な話、相当な実力者だと見て良いだろう。

他の機動班クルーも、腰が引けているのが分かる。

そんな中、サクナヒメが前に出る。やはり、姫様は、やるべき事を全て理解している。少なくとも戦場では、だ。

古い時代、日本では戦場で名乗りを上げる文化があった。世界的にはあまり類を見ないものだが。

あれはひょっとすると、戦闘状態に自分を切り替えるための、一種の儀式であったのかも知れない。

「我が名はサクナヒメ。 ヤナトの武神にして豊穣神である。 名のある神と見受けたが、名乗れ」

「名乗られたのであれば、名乗り返さねば不作法であろうな。 俺の名はカルキ。 維持神ヴィシュヌの化身にして、世界の終焉にて全てを浄化するもの」

すぐに調べる。そしてすぐに結果が出た。

インド神話における三大神の一角、維持神ヴィシュヌの化身の一つ。ヒンドゥー教ではもっとも人気があるヴィシュヌだが、その人気の理由は快刀乱麻に様々な化身を使って世界の問題を解決していく事にある。

その中には、以前交戦したマハーバリを倒した逸話もあり。とにかく全体的にインチキに対してとんちで対抗するような戦い方を得意とするのがヴィシュヌという神格の特徴である。

だが、その中で異彩を放っているのがカルキだ。

カルキは維持神であるヴィシュヌの中では、珍しい破壊神としての神格。世界の終焉にて、全てを焼き滅ぼすシヴァのような存在だ。

カルキが右手を挙げると、大量の何かが出現する。

猿に似ているが、何だろう。少なくとも、武器や鎧を身につけているようだし。何よりも知性が感じられるが。

ただ、人間よりかなり小柄に感じる。

「彼らはヴァナラ。 勇敢にて好奇心旺盛な、神々の友だ。 熊や猿に似ているとも言われるが、まあそういう存在だ」

「恐らくインドに過去に存在した部族を神格化したものか」

唯野仁成が聞き返すと、カルキは嫌がる様子も無く答える。

カルキは破壊神ではあるが、意外にも話そのものは通じる様子だ。

「人間という存在の観点からすればそうなるのだろうな。 いずれにしても彼らヴァナラは、偉大なる猿王ハヌマーンを輩出し、俺と同じヴィシュヌの化身ラーマーに仕えた忠実なる戦士だ。 手強いぞ」

「そのようだな。 残念ながら手加減をする余裕は無さそうだ。 皆、気を抜くで無いぞ!」

サクナヒメが気合いを入れる。

同時に、カルキが手を前に突き出す。ヴァナラと呼ばれた小柄な戦士達が、一斉に躍りかかってきた。

悪魔を総出に迎え撃つ。

だが、はっきりいって強い。強い上に、数が多い。ぶつかり合った精鋭悪魔達と、ヴァナラは互角に戦っている。ただ、それには次から次へと現れると言う事が大きい。

そういえば、思い出した。

あのインドラジットの逸話に、猿軍と戦ったというものがある。

右に左にヴァナラを蹴散らしながら、その逸話を思い出す。

インドラジットは幾つもの戦いで恐ろしい戦果を上げたが。透明になって膨大な矢を射掛けるという攻撃で、67億にも達する猿軍を討ち取ったという伝承が残っているのだとか。

まあいくら何でも誇張が過ぎると思うが、ともかく。インドラジットを相手にも、逃げ出すこと無く戦う勇敢な種族である事は間違いない。

とにかく圧倒的な数と、決して低くない質で攻めてくる相手か。

これは少しばかり厄介だが。サクナヒメが、一瞬にして戦況を変える。

地面を擦りながら切り上げると。さながら無数の水滴が踊るようにして、大量の斬撃が空中を文字通り蹂躙して回る。

ヴァナラの群れが、文字通り消し飛んでいた。

勿論増援が次から次へと現れるが、その時サクナヒメは既にカルキに打ち込んでいる。カルキは激しい剣撃を受け止めているが、勿論。当然のように、サクナヒメが押し込んで行っている。

「ほう、流石に名乗りまで上げる事はある! 俺があった中でも、化身の主であるヴィシュヌを超えるかも知れない使い手だ!」

「褒め言葉は良いが、余裕はあるのかな?」

羽衣を使って空中起動すると、カルキを白馬からけり跳ばすサクナヒメ。

壁に叩き付けられて、クレーターを作るカルキ。

だが、ヴァナラが一斉に襲いかかり、サクナヒメも流石に飛び下がる。恐らくだが、カルキを倒さない限りヴァナラは幾らでも出てくるだろう。或いは最終的には打ち止めがあるかもしれないが。

もしも神話の伝承がある程度忠実に再現されるとなると、数百億という数がいてもおかしくないのである。

そんな増援、捌ききれる筈が無い。

ならば、やる事は一つだ。面制圧して、サクナヒメがカルキを討ち取りやすいようにお膳立てをするしかない。

アリスを下がらせて、面制圧の準備に掛からせようとするが、穴を即座にヴァナラが埋めてくる。

恐ろしい程戦い慣れている連中だ。恐らくラーマーヤナにおける描写が反映されているのだろう。

殆どスクラム状態になっていて、前線はもみくちゃ。悪魔の群れが突破されれば、当然機動班クルーもこの乱戦に巻き込まれる。死者も出るだろう。出来るだけ急がなければならない。

ゼウスもケラウノスをぶっ放す余裕が無く、アダマスの鎌で寄ってくるヴァナラを斬り伏せるしかない状態だ。アナーヒターもイシュタルも状況は殆ど同じ。他の機動班クルーの悪魔にも、余裕があるものはいない。

だったら。唯野仁成自身が、道を開くしか無い。

戦闘経験を蓄積しているこのデモニカだ。今なら出来ると信じる。

瞬歩。

ヴァナラ達のど真ん中に出る。そして、気迫と共に、周囲のヴァナラを、手刀でまとめて切り裂いていた。

南斗水鳥拳と言ったか。ケンシロウの使っている、手刀で敵をスパスパ切り裂く技だ。

元々南斗聖拳という北斗神拳とは違う拳法の一派による技らしいのだが。ケンシロウは見た技をコピーできるらしく。なおかつ親友の技だと言う事で、この技を使って敵を切り裂く事が多い。

ケンシロウも勿論デモニカを使っているので。北斗神拳や瞬歩についで使う事が多いこの技は、デモニカの支援を使って唯野仁成も覚える事が出来た。現時点で北斗神拳は難しすぎて無理だが、南斗水鳥拳を低い熟練度で使う事は出来るようになっている。

だが実戦で、しかもこんな乱戦での使用は初めてだし、しかもケンシロウには及ぶべくもない練度だ。

ただ、ヴァナラの度肝さえ抜ければ良い。

一瞬の隙を突いて、瞬歩でまた戻る。

その隙を上手に使ったゼウスが、ケラウノスで広場にいるヴァナラをカルキの白馬もろとも一掃。勿論即座に増援が湧いてくるが、更に時間差でアリスが火焔の極大魔術をぶっ放し、連続でヴァナラを薙ぎ払う。

その隙をサクナヒメは見逃さない。

剣を鞘に収める。

カルキは立ち上がると、馬を指笛で呼ぶ。ケラウノスで消し飛ばされた白馬だったが、何度でも呼び直せるのだろう。その馬が、竿立ちになって腰を落とし剣を鞘に納め低い体勢になったサクナヒメを踏みつぶそうとしたが。

流石に東洋の剣術に知識がないことが、徒になった。

それでも、反応をしたのは流石と言うべきか。

サクナヒメがかき消える。白馬の蹄の破壊力は、地面を抉るほどだったが。勿論抉ったのは残像だ。ヴァナラの群れごと、まとめて移動しつつの超高速居合いがカルキを切り裂く。

横一文字に切り裂かれたカルキは流石に絶句して数歩下がったが。今の一撃を、手にした剣である程度緩和していた。

それは凄いが、其所止まりだ。初見で反応できるのは流石だが、それ以上は無理である。

居合いの本命は、二太刀目なのだ。

カルキが振り返るところに、跳躍したサクナヒメが。数多の敵を打ち破ってきた光の剣をもう大上段に振りかぶっていた。

勿論防ぎに掛かるカルキだが、その剣による守りごと、サクナヒメはカルキをたたき割っていた。

見事。そう呟きながら、カルキは消えていく。ヴァナラもそれを見届けると。礼をしながら、光になって消えていった。

恐らくは、ヴァナラ達はカルキの能力に寄って産み出されていたのだろう。このホロロジウムに軍勢として存在していた訳ではなさそうだ。

呼吸を整えながら、皆の様子を確認。

やはり相当に手傷を受けている者が多い。悪魔の消耗も悲惨だ。この状態で戦うのはこのましくない。

「唯野仁成よ」

「分かっています」

部屋の奥。また、あの空中に浮かんだ卵が存在している。宇宙卵とやらで間違いはないだろう。

これで、二つ目だ。

回収して、パックに入れる。本来ならゼレーニンなどの調査班が扱うのが好ましいのだろうが。今回は遭遇戦で超大物に当たって、その結果として宇宙卵を手に入れた事になる。やむを得ないだろう。

また、カルキの情報集積体も見つけたので、回収しておく。これもきっと役に立つはずだ。

撤収を指示して、その場から戻る。少し戻れば、味方が駐屯している拠点に出る。

アーサーの指示に従って、進む。殿軍はサクナヒメが守ってくれたので、唯野仁成は先頭に出た。

周囲を警戒する。皆疲れきっているが、それでもどうにかしなければならない。

しばし緊張しながら歩き、そして見た。拠点だ。丁度、ライドウ氏が増援として来た所だった。

説明をした後、一度戻る事を告げる。拠点にはジープがあったので、有り難く使わせて貰う事にする。

この空間は、グルースほど無茶苦茶では無いので、今の時点では装甲車やジープが活躍している。移動方法を確立した地点までは、ジープや装甲車で一気に行けるのが良い所である。アレックスが班にいるときは、インドラの馬車を使う手もある。

「そうか、カルキと戦ったのですか。 奴は手強かったでしょう、姫様」

「奴よりもヴァナラの群れが厄介であったな。 奴だけなら、わしだけで瞬時に斬り伏せていた」

「ふむ……」

「いずれにしても宇宙卵とやらを真田に届けなければならぬ。 この先の空間、そなたなら流石に不覚はとるまい。 マッカやらの回収を頼むぞ」

サクナヒメも疲れきっているのか、ジープに後は無言で乗った。疲弊が少ない機動班が帰りの護衛に加わり、三両のジープに分乗して戻る。

方舟に到着。カルキとの激戦はゴア隊長も見ていた様子で、すぐに指示を受けたらしいゼレーニンが来る。宇宙卵を引き渡すと、受け取って戻っていった。かなり忙しいらしく、礼もそこそこだ。

恐らく真田さんも、相当に全力で研究を続けているのだろう。装備品などの改良もあるだろうし、殆ど眠れていないのかも知れない。

ゴア隊長から、続けて指示を受けた。

「八時間ほどの休憩をしてくれ。 一眠りして、風呂にも入ると良い」

「イエッサ!」

「ゴアよ。 新米をムッチーノに握らせておにぎりにしてくれるか。 そろそろ皆が疲れている頃だ。 皆に振る舞ってやってほしい」

「分かりました姫様。 貴方もお休みを」

米への感謝は、サクナヒメの力へと直結する。

流石にすぐに寝に行く者、風呂に向かうものに別れたが。唯野仁成は、サクナヒメと共に食堂に。

アレックスもいた。丁度、遊撃の任務から戻っていたというタイミングらしい。

バツが悪そうに視線を背けたが、気にしない。

満面の笑顔で、ムッチーノがにぎりめしを持ってきたのは直後だった。

「おお来たか。 良いできであったからな。 具はどうした?」

「ええと、此方が塩むすびで、此方が鮭、此方がツナマヨで、此方が……」

勿論具の殆どは合成だろうが、本物に遜色ない味があるはずだ。

すぐにおにぎりをいただく。日本人のソウルフードと言えば、ラーメンと並んでこれだ。そして天穂はおいしい。文句のつけようがない。勿論唯野仁成も、おにぎりは嫌いではない。

色々な具の名前を聞いて不安そうにしていたアレックスだが、おにぎり自体はもう食べている筈で。それほど躊躇せず、普通に手にとる。口に入れてみて普通においしいと判断したのだろう。すぐに無言でその場にある分を食べ始める。

ムッチーノは美味しい食べ物の出し方を知り尽くしている。今、此処にいる人数の分しか作らない。

冷めたおにぎりも充分食べられるが、きちんと温かい方が美味しいのだ。

「うむ、これならわしの力も間もなく全て戻るだろう」

「悪くは無いわね」

「バディ、美味しいものを出されたら礼を言うべきだ」

「わ……分かってるわよ」

ありがとうと真顔で言われて、ムッチーノも少し困惑したようだが。いずれにしても、おいしいと認識してくれたことは嬉しかった様子だ。

食事を終えた後は風呂に入って、その後寝るかと思ったが。アレックスが話しかけてくる。

「気になった事があるのだけれど、いいかしら」

「ああ、何でも聞いてほしい」

「あの宇宙卵、実りによく似ているわね。 ひょっとしたら同じものなのではないのかしら」

「アレックスが言っているのは、あくまで情報の性質が、と言う事だ」

ジョージが補足してくれる。すぐに唯野仁成は、真田さんに連絡を入れた。

真田さんも、それについては分かっていると言った。

「実りのデータだけはアレックスくんからいただいている。 それによると、どうも実りは人工的に作り出した宇宙卵の可能性が高い」

「人工的に……?」

「うむ。 いずれにしても、しばらくは手元に持っていてほしい。 どうにも嫌な予感がする。 勿論勘だけの話ではない。 手元にある情報を総合しての話だ」

真田さんの声が少し鈍いような気がする。

周囲に言われて、休む事にした様子だ。休眠カプセルで数時間程度眠るのだろう。そうやって無理矢理体を動かせる状態にして、また働くというわけだ。

真田さんも、アレックスに似た無茶なやり方を、ずっと続けているのかも知れない。

そうなると、国際再建機構の守護神である真田さんも。そう呼ばれる一方で、心身をすり切らせてきたのかも知れないし。

すり切らせてきたのだとしたら、今笑って何でも受け入れて、作業をしてくれているのは奇蹟に等しいのかも知れなかった。

通信を終えると、唯野仁成はアレックスに向き直る。

「その実りの欠片、真田さんに正式に預けてしまった方が良いのではないのだろうか」

「……」

「唯野仁成。 君が信用できる存在だと言う事はわかっている。 だが、この実りはいざという時に切り札になりうるものなのだ。 もしもの時の護身用に、アレックスは持っておきたいと考えている」

「なるほど、心理は理解出来る。 分かった。 完全に信用できると判断したら、手渡してほしい」

最悪、また唯野仁成が悪鬼の如き存在になろうとしたら。実りの欠片を使って己を超強化し、差し違えてでも唯野仁成を殺すというわけだ。

それもまた仕方が無い。

そして、それだけの壮絶な覚悟をさせるだけの事を、未来の平行世界で唯野仁成はしている。

人間は変わることが出来るとか。

人間には無限の可能性があるとか。

文字通り無責任な言葉だ。

唯野仁成が変わる事が出来たとしたら、それは周囲のおかげだ。ヒメネスやゼレーニンもそうである。

恐らくこの世界でも。スペシャル達がいなければ、唯野仁成はアレックスが良く知る悪鬼のままだっただろう。

人間の可能性というのは。

所詮その程度のもの。

可能性の星とまで高位悪魔達に言われていた唯野仁成でさえ、その可能性には限度があって、容量もある。

使い果たすのだ可能性は。だから、アレックスの判断は間違っていないと言えた。

アレックスが休憩をするべく部屋を離れる。

サクナヒメは珍しく無邪気な顔でおにぎりを大人顔負けにほおばっていたが。やがて、一言だけ言ってその場を離れる。

「あまり思い詰めるで無いぞ唯野仁成」

「有難うございます姫様。 大丈夫。 皆が支えてくれている分、俺の残った可能性は人間性……いや違う。 良心の維持に使えているはずです」

「分かっているのなら良い」

サクナヒメが、休憩のために戻っていく。

唯野仁成は、風呂に入ってから眠る事にする。出撃するときのコンディションは、万全に保ちたかったからだ。

 

調査班が何カ所かにエレベーターを作り。

プラントで生成しているドローンを片っ端から動員して彼方此方に飛ばしている結果、色々な事が分かってきた。

移動しながら、唯野仁成はムッチーノによる通信を聞く。

「現在、このホロロジウムの中間部分に、巨大な空間がある事が分かってきたよ。 もう少し地図の完成度を上げたら、方舟を一度其所へ移動させる予定だ。 其所から先、どのくらいメムアレフまで距離があるか分からないからね」

なるほど、それは確かに正しい判断だろう。

いい加減ジープなどを使っても、中間拠点まで移動するのが面倒になって来ていた頃である。

今回はストーム1と組んで、衝立のような崖をエレベーターで降りている。

建築作業員が使うような剥き出しの無骨なエレベーターで、周囲に空を飛べる悪魔を展開して、奇襲に備えて貰う。

当然エレベーターの上には拠点があり、常時起動班クルーが野戦陣地と一緒に守りについていた。自動迎撃機能がついている野戦陣地は、今や生半可な悪魔を寄せ付けず、強力な悪魔が相手でもスペシャルが着くまでもつくらいの時間稼ぎはしてくれる。

数回往復して、エレベーターで人員を運び終える。

ストーム1が、大胆に前に踏み出す。魔術的なトラップなどがあるのではないかと少し不安になったが。恐らくストーム1は、歴戦で培った勘で、それすらも読んでいると見て良いだろう。

横穴はかなり深く、途中から下り坂になっていたが。

やがて、周囲にはヒカリゴケが無数に生え始めた。まあ、それを模した何かなのだろうが。

悪魔の気配はないが、地形が極めて複雑だ。ドローンを正確に通すのは難しいだろう。

「此方第四前線基地! 悪魔襲来!」

「此方ヒメネス班。 今姫様と救援に向かう!」

「出来るだけ急いでくれ! ムスペルが六体以上いる!」

「わーってる。 そのくらいなら何とか持ち堪えろ!」

通信が入ってきている。どうしても兎に角広いから、探索の余地がある地点には前線基地を作らざるを得ず。増えてきている一線級の機動班クルーを分散して守りに当たらせなければならない。

かなり危険ではあるが。そもそも残り時間が少ないのだ。

アレックスの言っていた様に、シュバルツバースが南米アフリカに到達したら、それこそ記録的な被害が出る。

アレックスが知らない国際再建機構が加勢するとしても、それでも記録的な被害が出ることそのものは変えられないだろう。

ゴア隊長が冷静に指示をして人員を回しつつ、探索を進めさせてくれているけれども。

それでも此処の悪魔はそもそもとして人間と会話するつもりがないらしく、新しく仲間を増やす事がほぼ出来ていない。

マッカだけは潤沢にあるが。今ではそれぞれの手持ちに強力な悪魔がいる。

マッカはどれだけあっても足りない。今は足りていても、いざという時に常に備えなければならなかった。

程なくして、横穴が終わって、広間に出る。

空が見える。真っ黒で、雷が縦横無尽に走り回っている黒い空だが。

通信も入る。

「此方ヒメネス。 姫様と連携して、第四前線基地を救援完了。 負傷者を後送する」

「了解しましたヒメネス隊員。 此方から増援を手配します」

「ああ、頼む」

今応じたのは春香だ。ムッチーノだけではなく、春香も通信に時々出てくれている。それが機動班クルーの士気を挙げているのもまた事実。

周囲を確認するが、此処はまた四方に伸びるだけの広間か。映像を解析したアーサーが、戻るように指示。

恐らくだが、もう来た場所だったのだろう。

なおエレベーターは更に下へと進む事が出来る。次が本命であると良いのだが、まあそうもいかないだろう。

空間の歪みも存在しているのだ。

何より最後の世界だとすれば。此処がグルース以上に広くても仕方が無いのである。

エレベーターが止まる。今度は横穴ではなく、奈落の底がすぐ近くにある、広くもない広間に出た。

細い道が。まるで蜘蛛の巣のように奈落の上に張り巡らされている。

大型の悪魔が飛び交っている事もある。迂闊に進むわけにもいかないだろう。

機動班クルーが揃うのを待ってから、ストーム1が狙撃を開始。飛んでいる大型の悪魔を叩き落としていく。

観測手を一緒に来ていたブレアが務める。歴戦のブレアが観測手を務めることで、ストーム1の神がかった狙撃も更に精度を増す。

時々変な方向に撃っているが、それは恐らくだが唯野仁成の視界の外にいる敵を落としているか。

もしくは、敵が動くように仕向けている陽動の狙撃なのかも知れない。

ストーム1が狙撃に集中している間、他のクルー達と共に周囲の警戒に当たる。

エレベーターに攻撃を仕掛けてくる相手はいないが。

別のものは見つけた。

アンソニーが、声を上げる。この班に一緒についてきていたのだ。

「唯野仁成、あれ……」

「ストーム1、少しお待ちを」

「ああ。 どうかしたか?」

壁際の一角。何かが埋まっている。

見ると、前にたまに見かけた数万年前の物質と似たようなものらしい。すぐにイシュタルを召喚。壁を削り取って貰う。

掘り出したそれは、装置かさえも分からないが。

いずれにしても、何かの文明の産物である事は確定だった。

「数万年前に滅ぼされた文明の連中、こんな所まで来ていたんだな」

「いや、それはどうかは分からない。 いずれにしても、真田さんに解析を仰ぐしかないだろう」

「……真田さん、過労死しないかな」

「信じろ。 あの人は、無理をして今倒れるような事はしないさ」

装置か何かよく分からないものは、調査班に回収するように連絡をする。その後は、また黙々と狙撃を続行する。

アレックスが、インドラの馬車に数人を乗せ。不意に来た。戦車が後ろに停まったので流石に唯野仁成もびっくりする。

ゴア隊長の指示で、遊撃をこなしてくれているのは分かったが。

案外使い走りのようなことでも嫌がらないのだなと、感心した。

すぐに調査班が動き出す中、光の剣を抜いて周囲を警戒するアレックス。警戒するための人員は多い方が良い。

やがて、ストーム1が駆除完了、と呟く。

流石にあんな位置が悪いところにいる悪魔達であるから、マッカは回収出来ないものの。それでもあの細い通路を行くための準備は、これにて整った。

ドローンが飛んできて、先に飛んで行く。

頷いて、ドローンが行くのを見送る。

しばし待った後、地図が送られてくるが、ストーム1が舌打ち。ドローンは様々な方向から調査をしているはずで、ミスは考えにくい。

大股に崖に歩いて行くと、ストーム1はアサルトの先端で何も無い空中をしばし叩く。かつんかつんと音がする。

逆に、通路があるように見える場所では。逆の事が起きた

岩にアサルトの先端がめり込んでいた。

「見た目のままに踏み出すと、奈落の底に真っ逆さまという訳か」

「かなり危険ですね。 空を飛べる悪魔に行って貰いますか?」

「いや、どの道通路は切り開かなければならない。 唯野仁成、ついてこい。 他の皆はこの場を死守」

「イエッサ!」

ストーム1がクーフーリンを召喚。最初に会った頃よりも、何倍も、いや十倍以上は強くなっていることが分かる。

クーフーリンが指示のまま、その魔法の槍で地面を探りながら、先を歩き始める。

クーフーリンについて調べたが、あの魔法の槍はゲイボルグ。分裂して多数の敵を貫く使い方をいつもしているが。必中の槍として使う事も出来ると言う。

ゲイボルグのような必中武器は神話には多く、例としてあげると北欧神話では最高神オーディンの槍グングニルや。雷神トールの持つ投げハンマーミヨルニルが似たような能力を持っている。

ただ、そんな凄い槍を、まさか地面があるかないかで使う事になるとは思わなかったのだろう。

流石のクーフーリンも憮然としながら、先を歩いていた。

少しずつ、二人で視界をカバーしながら、先に行く。

念のため、唯野仁成もイシュタルを召喚しておく。イシュタルは風を操るために空を飛ぶことも出来る。最悪の場合は、引き上げて貰うつもりだ。

「ドローンの調査によると、この先に少し大きめの装置が存在している様子です。 この空間の謎解明のためにも持ち帰ってください」

「それは分かったが、ドローンで空輸できない大きさなのか」

「残念ながら。 位置を特定出来次第、ケッテンクラートを使って運び出す予定です」

「……」

悪魔に空輸させるわけにはいかないか。

アレックスは彼方此方を飛び回っていて、此処にさっき来たのも偶然だ。こうやって道を開拓するのが機動班の仕事だし、まあやむを得ないだろう。

全く見た目が宛てにならない空中を歩き続け。

ほどなくして、その装置とやらが見えてきた。

最後まで、クーフーリンが周囲を槍で確認しながら進んで、到着。空中に浮かんだ小さな島のような岩の上に、それは鎮座していた。

確かに文明の産物である事は分かるのだが、それ以上は何も分からない。

やがて、アーサーが手配したらしいケッテンクラートを引いた調査班のクルーが来たので、輸送の護衛をする。

ケッテンクラートを遠隔操作で動かしているらしく、危なげはないが。それでも通信がいきなり切れたり攪乱されたりする可能性はある。

護衛は必要と言う事だ。

生きた心地がしないまるで宛てにならない足場を渡りきり、調査班の護衛を終える。ケッテンクラートで大きな装置を運ぶ調査班と共に、エレベーターで上に。

念のため、方舟まで護衛する。

他の機動班は、上手く行っているといいのだけれどもと。思わず唯野仁成はぼやいてしまっていた。

やがて、また通信が来る。

「レインボウノアが停泊しうる大型の空間が発見されたようです。 ただし、周辺の安全を確保する必要があります」

「露払いしろ、というわけだな」

「既にヒメネス班、サクナヒメ班を現地に向かわせています。 手前で合流して、敵性勢力の掃討をお願いいたします」

ストーム1が舌打ち。

アーサーにこき使われる事が気にくわないのか。まあ、この人が時々激しい気性を見せる事は、唯野仁成も知っている。普段は寡黙な分、時に気性を抑えきれなくなるのかも知れない。

機動班クルーを再編成して、そのまま移動開始。

ゼレーニンがついてきている。ケッテンクラートに、幾つか測量装置を乗せている様子だった。

「ゼレーニン、お前が来ると言う事は」

「はい。 レインボウノアが着地できるほど地盤が安定しているか、現地で調査します」

「ガブリエルはいざとなったら躊躇なく使え」

「はい。 ありがとうストーム1」

すぐに移動開始。

一秒が惜しい状況だ。アーサーのナビ通りに移動していくが、意外にも想定したよりもだいぶ距離が短い。

空間の歪みやら、見つかりにくい通路やら、理由は色々あるのだろう。

二十分ほど移動したところで、姫様とヒメネスを発見。合流して、情報を交換する。先に来ていただけあって、姫様は既に神の力か何かだろうかで、解析をある程度してくれていた。

「この先に強いのがおるが……宇宙卵とやらの気配は感じぬのう」

「他のスペシャルやアレックスは?」

「現在前線基地にいる人員の撤収支援と方舟への護衛を行っている、そうだ」

「まあしゃあないわな」

昔のヒメネスだったら、自力で戻らせろとか言っただろうが。まあそれも今はない。

ぽんと、ヒメネスのPCからバガブーが出てくる。

この弱々しい悪魔は、兎に角勘が鋭い。勘だけなら、ストーム1以上では無いかと思える程だ。

だから、ヒメネスも即座に警戒態勢を整えた。

「どうしたブラザー」

「ヒメネス! 奥にいるやつ、こっちに気付いてる! 何かしてくる!」

「任せよ」

姫様がかき消える。ストーム1が、即座に狙撃の体勢を取り、即座にライサンダーZFをぶっ放していた。

この先の巨大な空間に、降り立ったそれは、巨大なタコと人を足したような姿をしていた。

ライサンダーで支援しながら、機動班を指揮して走る。データベースを確認すると、妖獣ルスカとある。

神話の存在かと思ったが、UMAのようだ。

ブルーホールと呼ばれる、比較的浅い海で落とし穴のように開いている巨大な穴に住んでいる超巨大なタコで。

なんと直径六十メートルに達するという。

この手のUMAは特に大きさに関しては、極めて大げさに言われる事が多い。

だがそもそもとして、UMAでまだ発見されておらず。実際にいるとは限らない生物である。

このシュバルツバースに存在するルスカは、そもそもこの極限状況で生きているのであるのだから。

生物とは違うだろう。

それに、ミズダコと呼ばれる日本の近海にも住んでいる大型のタコは。足の長さが十メートルを超える記録の者がいる。

勿論足だけが異常に長いのであって、単独で船を撃沈したり鯨を襲って食ったりする力はないが。

それでももしも人間に襲いかかってきたら極めて危険であることは間違いないだろう。

既に姫様は戦闘を開始。振るわれるルスカの腕をスパスパ切り裂いているが、その度に再生されている。

ストーム1の狙撃がルスカの頭部に食い込むが。

ライサンダーZFでも致命傷になっていない。ムスペル以上の強度と言う事だ。中々強い。

それにしても、なんでタコのUMAが此処に。

空を見上げて納得だ。正円形の穴の底なのである此処は。なるほど、ルスカがいるブルーホールっぽいと、唯野仁成は納得していた。

いずれにしても、この面子で勝てない相手では無い。

全力を叩き込んで、ルスカを駆除するまでそう時間は掛からない。

ルスカは倒れ。

やはり他の悪魔のように、大量のマッカと情報集積体を残していった。

 

4、残滓の囁き

 

デメテルが降り立ったのは、真白き空間である。

其所は嘆きの胎がつながっているといえばつながっていて。更には人間がホロロジウムと名付けたらしい、あの大母のいる最後の空間にもつながっているとは言える。

此処は、もう一つの神性の居場所。

四文字たる絶対神の存在は、メムアレフが力尽くで封じ込んだ。

だが残念ながら。世界でもっとも影響力を持つ絶対神は、それだけで完全封印されるほど甘くは無かったのだ。

此処にいる存在こそ。メムアレフが、封印しきれなかった唯一神の残滓を、自らが重しになる事で押さえ込んだ者。

神殿に神がいる事そのものを示すいにしえの唯一神信仰の形。

シェキナーである。

シェキナーは現時点では、ほぼ力を取り戻している。前は三つの人格に分裂していたシェキナーだが、今は一つの形に戻っていた。巨大な生首のような形にである。それも、三人の人間の頭部を縫い合わせたような。

デメテルが跪く。

「調子はどうですか、神霊シェキナー」

「ようはないな。 四方から我を封印する力に縛られたままよ。 このままでは外に飛翔することもかなわぬ」

「明けの明星は流石でしたわね」

「本来の力があれば、このような事はさせなかったのだが」

悔しげにぼやくシェキナー。生首だが、地面から浮いているそれは。機械的とも言え。神々しいとも言える。

その形状はむしろグロテスクというべき存在であるが。

それは元々、シェキナーというのは人格を持つ神ではなく。唯一神が神殿にいることを示すだけの存在だから。

要するに、己に対する呼び方。一部の要素だけを取りだして、唯一絶対の神は、人格の一部を写したのである。

だが逆に、それがまずかったのだとも言える。

このシュバルツバースに降り立った明けの明星は、最初に最強の精鋭四体をシェキナーの封印に送り込んだ。

それがベリアルらである。

奴らの施した強大な結界は、ただでさえ力が制限されているシェキナーを捕らえ、封じることに成功した。

だからシェキナーは、力の一部を飛ばして方舟を邪魔したり。

方舟の人間達に精神的に揺さぶるような映像を見せて、精神攻撃を仕掛けることしか出来なかったのだ。

「計画はどうなっておるデメテル」

「順調に推移しております」

「そうか。 もしも全てが上手く行った暁には、そなたを大天使に迎えてやろう」

「有り難き幸せ」

礼をすると。デメテルはその場を離れていた。

馬鹿が。

内心で吐き捨てる。

デメテルが、自分より存在の歴史が浅い神格になんで従わなければならないのか。しかも精神の一部はあの絶対神YHVHとはいえ、秩序陣営の大物ではあってもそれ以上の存在ではない。

デメテルはシェキナーを利用している。

シェキナーも勿論デメテルを利用しているだけだろうが。別にそれはどうでもいい。お互い様だからだ。

ただ、シェキナーは主に仰ぐには値しない。

それはデメテルも、結論としては出していた。

何カ所か、この場所。シュバルツバースのもっとも深き所にて、メムアレフが封じ込んだ土地、十天への至を見て回る。四隅にある強大な結界には触らない。今触る意味はないからである。

程なくして、状況の確認終了。

これでいい。

明けの明星は、恐らく今頃全力でメムアレフのいる空間、人間共のいうところのホロロジウムを。部下達と一緒に、時間操作させているはず。

そうすることで、人間達に時間を作る為だ。

可能性を見る為には何でもやる。本来なら、混沌陣営の明けの明星には協力的なはずのメムアレフと手をとらずにだ。

あいつはそういう奴である。

変わり者だが、別に敵対しないのなら、これもまたどうでもいい。

現時点では、全てが上手く行っている。何もかもが上手く行った後には、この十天の至はただの無用の長物と変わる。

そして、オリンポス神族の一角としてではなく。

文字通り最強の。いや最高位の女神として。

デメテルが、この土地に君臨するのだ。

その先の未来は、自由にデメテルが決める。人間にも、明けの明星にも、メムアレフにも。ましてやあんな新興宗教の概念を形にしただけの、唯一神の残りカス等にも決めさせない。

では、後は仕込みを終えていくだけだ。

間もなく鉄船の人間共は、宇宙卵を集め終わるだろう。それは完全に放置でかまわない。

明けの明星が此方のもくろみに気付いた場合が厄介だが。はっきりいって、嘆きの胎を完全に手中にした今のデメテルなら、怖れる事もない。

嘆きの胎の囚人悪魔達。特にマリアはこのデメテルのもくろみに気付いていた節がある。だが、もしもデメテルが勝ったらその時はその時、とも考えているのだろう。

それはそれで結構。

別に手間が増えるわけでもない。

別にデメテルは、人間を苦しめようとか、世界を地獄にしようとか、そんなどうでもいい事は考えていないし。

「その先」も闇の中ではないのだから。

さあ人間よ。

底力を見せてみろ。

ましてや「今回は」英雄達が乗り込んでいる最強の鉄船がきているのだ。

デメテルは声を上げず。表情も変えず。内心だけで笑う。

何もかもが。手を下すまでもなく、デメテルの掌の上にあるのだから。

 

(続)