翻弄の先に

 

序、先に進めず戻る事も出来ず

 

唯野仁成は方舟に戻ってくると、小隊長としての責務を果たす。一緒に来てくれたクルー達に休憩の指示を出し、自身はデモニカの機能を使ってレポートを自動作成。すぐに艦橋に提出した。

艦橋に自身が顔を出すと、サクナヒメが座り込んだまま、目を閉じて集中している。恐らく瞑想することで、回復を早めているのだろう。

艦橋にはサクナヒメ以外のスペシャルは正太郎長官だけがいた。春香も何処かに出ているらしい。艦内なのか、それとも艦外なのかは分からない。春香は外でも、国際再建機構の戦地に慰撫で来る事があった。クルーのストレスが増大している今、外に出ていても不思議では無い。

敬礼をすると、正太郎長官は頷く。

「データは見せてもらった。 弱い悪魔達が群れている集落が最低でも四つ存在していると」

「はい。 最初に接触した集落と同様で、基本的にどの混沌勢力の集落も、戦う気はないようです。 極限まで傷ついたときに背後を襲われるとどうなるかは少しばかり分かりませんが……」

「了解した。 それよりこの地図を見て欲しい」

正太郎長官が、さっと機械を操作して。艦橋のモニタに画像を出す。

まるで複雑に絡み合った意味不明のコードだ。

サーバの裏側がこんな風になっている事が多いが。はっきりいって、人間の頭で理解出来る代物では無い。

今もドローンが多数展開して、更に地図を拡げている様子だが。

ぽっかりと、一部空白になっている場所がある。

かなりの広さを誇るが。

彼方此方無作為に飛んでいるドローンも、その場所にはたどり着けない様子だった。

「恐らく、この空白の何処かにこのグルースの大母が存在していると思われる」

「アーサーの試算ですか?」

「ああ。 それに強力な力も感じ取れる様子だ」

「……」

なるほど。ならば、今後はその空間を目指すことになるのか。

いずれにしても、この空間、長時間は歩くことが出来ない。

ころころと変わる異常な景色。しかもそれは光景としては見えていても、誰もが同じに見えるとは限らない。

幻の力とは良く言ったもので。

何が本当で何が嘘なのか、全く見当がつかない厄介な場所である。

「それでは君も休憩してくれ。 休憩後、すぐに次の任務がある。 厳しい状況だが、頼む」

「イエッサ!」

敬礼すると、艦橋を後にする。

自室で横になって眠る事にする。しばらく無心に眠っていると、ばたばた廊下を走っている音が聞こえた。

起きだして様子を見てみるが、別に殺気立っている雰囲気は無い。

恐らくだが、これは戦闘が発生したわけではないのだろう。

小さくあくびをすると、また眠りに入る。

休息カプセルを使う手もあるが。あれはいざという時、本当に必要な人間のためにあるものだ。

普通に眠れるのだから。

普通に休んでおいた方が良い。

しばしして、通信が入る。

次の出撃をするように、ということだった。

準備をしてから、出る。食事も済ませて、コンディションも充分。物資搬入口で、クルー達と合流した。

グルースという空間を探索開始してから一週間ほど。

天使と最初に激しくやり合った事を除くと、驚くくらい静かに事が進んでいる。今までは三チームほどで連携して動いていたのだが。今は一チームの人数を増やしているとは言え、それぞれ独立行動をしつつ、地図の空白部分を埋める作業を行っている。

マンセマットが仕掛けてこないことは気になるが。

いずれにしても、仕掛けて来ても対応は可能だ。

クルーと共に、船外に。今回は大げさなくらいに、野戦陣地を拡げている。話によると、プラントから得られる物資がとんでもないレアメタルなどの貴重な物資ばかりだそうであり。

野戦陣地に関しても、いつ天使が総攻撃を仕掛けてくるか分からないと言う事もあって、厳重にしているとか。

クルーの中には天使と戦いたくないと本音を漏らす者もいる。

そういったクルーは休憩をさせてはいるが。いずれ復帰をしてもらわないと困る。

ここまで来たのだ。

覚悟は決めて貰わないとまずい。

マンセマットの凶行は、誰もが分かるように記録に納めたのである。

それでも信仰故に納得出来ないというクルーはいるようだが。いずれは。現実に対応して貰わなければならない。

野戦陣地を出て、探索を開始。

アーサーのナビを受けながら、移動を行う。複数のドローンがついてきているが。

いずれも空間の歪みを調査するための使い捨てだ。周囲の警戒は、唯野仁成達が出来るだけ行わなければならない。

ドローンが空間の歪みに消える。

データを見て、連れてきているクルーの一人が舌打ちする。

「既知の空間か……外れだ」

「何かの時にショートカットできるかも知れない。 そう前向きに考えよう」

「分かった、そうさせてもらう」

唯野仁成は頷くと、次の地点の調査に向かう。

途中、頻繁に通信が入る。ヒメネスの班が、かなり頻繁に悪魔に攻撃を受けている様子だ。

救援要請は無いが、少しだけ不安になる。

何故ヒメネスの所が集中攻撃を受けているのか。

通信を聞いていると、ストーム1が支援にいったらしい。間もなく、片付いたようだった。

通信を緊密に取り合いながら、周囲を探索する。

どうやら大母がいるらしい巨大空間まで辿りつくには、まだ時間が掛かると見て良い。

周囲を徹底的に探していき。

未探索地域を消していく。

だが、デモニカの機能から、地図を呼び出すとうんざりする。意味不明につながった空間を考えると、此処をどうやって進んだものか分からなくなる。アーサーのナビは的確だが。それでも悪態をつきたくなるクルーの気持ちは分かる。

かなりクルーのストレスが増大してきたため、一度方舟に戻る。

ゼレーニンが出て来て、作業をしていた。声は掛けなくても良いだろう。忙しそうだし、何よりラジエルを失った事もある。

心の整理をする時間が必要だ。

方舟に入ると、ケンシロウが調査班を連れて出る所だった。敬礼して、すれ違う。

物資搬入口で解散。

唯野仁成をリーダーとして行動する事に、機動班のクルー達は疑問を持っていないようで何よりだ。

もっと反発される可能性を想定していたのだ。

だけれども、今までの戦いで戦果を上げてきたのを見てくれているのだろう。

それもあって、驚くほど皆丁寧に従ってくれている。

唯野仁成としても、行動しやすい。

勿論、誰も目の届く範囲内で死なせるつもりは無い。

目の届かない範囲では、他のクルーやスペシャルがどうにかしてくれる。

その信頼があるからこそ。

唯野仁成は、ぐっと気持ちを楽に持っていられる。

一旦艦橋に顔を出し、状況を報告する。

真田さんはいない。ゴア隊長は、忙しそうに指示を出し続けていたが。唯野仁成が来ると、報告を受けてくれた。

「分かった。 少し休憩してくれ。 出る場合には指示を出す」

「イエッサ」

敬礼して、その場を離れ。

ベッドで横になって、軽く休む。

アリスがぽんとPCから出て来て、聞いてくる。

「ヒトナリおじさん、アイス食べたい」

「……分かった、少し待ってくれ」

「うん」

だだをこねることはなく、きちんと待ってくれている。元々我が儘なアリスだ。だだをこねないというのは、要するにそれだけ信頼関係が構築できた事を意味している。また、アリスの魔力も増大し続けていて、本来神話の重鎮級である他の仲魔達にまるで引けを取っていない。

マッカをどか食いするとはいえ。

そのどか食いに相応しい力を発揮してくれるのだ。

マッカを惜しむ理由は無い。

少し目を閉じてリフレッシュした後、レクリエーションルームに出向く。アイスを作ってアリスに渡し、自身は周囲を確認。

ひそひそと話し合っているクルーがいる。

「天使はいいよまだ別に。 実際あのマンセマットって、出エジプトに出てくるダーティーワーカーだろ? だけどさ、もしも神が出て来たら……」

「神だったら一杯いるじゃないかよ。 仲魔にも、姫様だって」

「ちげえよ! そうじゃなくて、唯一絶対の……」

「もういい加減覚悟決めろよ。 その神様が、世界の貧困を救ってくれたか? 誰か困ってる人に施しでもしてくれたのかよ。 何よりこんなにわんさかいる悪魔を、どうにかしてくれたのか」

そう言われると、マンセマットとの戦いでまだ心を引きずっているらしいクルーは、黙るしかない。

ゼレーニンを庇って倒れたラジエルの言葉がまだ耳に残っている。

信仰によって神は変わる。

今の神が、人々を救わないというのなら。

それは要するに、それだけ人間という存在が浅ましいと言う事ではないのか。

ラジエルは卵と鶏なら、まずは卵を変えなければならないとも言っていた。

神と言う精神生命体がいるのなら。

その存在をより素晴らしいものにするには。

洗脳などと言う手段ではなく、人間という生物そのものを変えなければならないのだろう。

だが、そんな風に人間を変える方法が思いつかない。

今まで歴史上の偉人達が皆挑戦してきて、誰も出来なかった事である。

どうすればそんな事が出来るのか、唯野仁成には分からない。

他のスペシャルには分かるのだろうか。

嘆息すると、自身もアイスを食べる。

たまには良いだろうと思って、ストロベリーのアイスを食べる。甘い。無言で黙々と食べていると、アリスに言われる。

「マンセマットの奴の事考えてるの?」

「いや、あんな奴はどうでもいい。 皆が心配だ」

「人間って心が弱いね。 だから悪魔はみんな喜ぶんだけれど。 秩序陣営も混沌陣営も関係なくね」

「ああ、何となく分かる気がするよ」

アリスの言葉は皮肉まみれだが、実際問題そうなのだろう。

都合良く救って貰いたいと考え、更には正義を担保してほしいと考える。

だから宗教というのは攻撃的だ。

色々と宗教哲学というのは見た事があるが。問題は、それらの宗教哲学を、宗教家が実践など出来てはいないという事だ。

どの時代も、宗教は様々な国で腐敗し。金を蓄え。そして多くの人間を不幸に叩き落としてきた。

どれだけ立派な哲学をくみ上げても、後世の人間がねじ曲げたり。

或いは都合の良いところだけ抜き出して、自分のために利用してしまうのだから意味がないのである。

一神教にしても、隣人愛の思想なんてどれだけの人間が守っている事か。

自分の所の宗教を信仰していないから、不幸になるんだよ。

そう災害が起きた地域の人間を指さして嘲笑うような輩は大勢いて。そんな連中に神は鉄槌を下さない。

要するに、そんな程度の存在だと言う事だ。

神が実在するのは別に良いとしても。唯野仁成は、現時点の神には何も期待していない。

姫様のような存在はいる。サクナヒメは本当に人のために寄り添い一緒に戦ってくれる神だ。だが、それは例外中の例外だろう。

実際問題、今仲魔にしている悪魔達に話も聞いているが。サクナヒメは本当に色々と例外的だと言われる。

あれだけの求心力があるのなら、クルーを信者にして己の傀儡にしないのが不思議だと、ストレートにイシュタルは口にしたし。

アレスはクルーをもっと鼓舞して戦士として前線で盾に使えば良いのにとさえ言いきった。

価値観が違うのだから、それらに対して腹を立てるつもりは無いが。

いずれにしても、神と言うのはそういう風に考えるものだと思って諦めるしかないだろう。

そしてラジエルが言っていた様に。

人間を変えなければ。精神生命体である神も、変わらない。

それだけの話なのだろう。

問題は変える方法だが。それが分からない。洗脳は論外としても、何か良い方法はあるのだろうか。

あるとしても、多分何万年も掛かる。

その間に地球は資源を食い潰されて終わってしまうだろうし。何度でもシュバルツバースが湧くだろう。

唯野仁成はその時には生きていない。

その時に対応出来るかは、極めて微妙な所だ。

通信がある。外の警護をしてほしい、と言う事だった。どうも悪魔の斥候がそれなりの数接近しているらしい。

それほど強い悪魔はいないようだが。それでも守りを増やした方が良いと言う判断なのだろう。

すぐに唯野仁成は、物資搬入口に向かう。点呼をしてから外に。プラントの調整を、真田さんがしていて。ゼレーニンが黙々と手を動かしていた。

視線が一瞬だけ真田さんとあう。

頷かれたので、此方も目礼した。

恐らく真田さんとしては、ゼレーニンのために黙々と仕事を課しているのだろう。今のゼレーニンは、何も考えずに手を動かした方が良い。

ゼレーニンが立ち直るまで、まだ少し掛かる。

立ち直った後、復活させられそうにないラジエルの事を、どうにか考えれば良いのである。

決して心が強くないのに、ゼレーニンはマンセマットの悪しき誘いをはねのけることが出来た。

それだけで、充分過ぎる程だ。

唯野仁成は素直に凄いと思う。

一神教を熱心に信仰していた人間が、高位天使から持ちかけられた誘いを、自分の意思ではねのけたのだ。

それだけで充分に凄い事なのだろうから。

周囲の警戒に当たる。悪魔達も呼び出す。

同時にマップを展開するが。今方舟が停泊している周辺ですら、既に訳が分からない有様になっている。

広域にマップを展開すると、文字通り首都圏の地下鉄のように入り組んでいて、どこが何にどうつながっているかすらも分からない。

こんな場所で探索とか、はっきりいって冗談では無いが。

大量に展開しているドローンがかなり助けになってくれてはいる。

そのドローンも消耗が激しいから、プラントを止めるわけにはいかない。

こんな過酷な環境で、フル活動させているプラントだ。しっかりメンテナンスしないと、すぐに壊れてしまうだろう。

威圧的に並んでいる唯野仁成の展開した悪魔や。クルー達が並べている悪魔達を見て、流石に不利と判断したのだろう。

様子を見に来た雑魚悪魔達は引き返していく。

そうこうする内に、ヒメネスが戻って来た。散々だと顔に書いていたが、唯野仁成を見ると苦笑。

そのまま、方舟に戻っていった。

ストーム1が声を掛けて来る。

「どうやらここの大母がようやく重い腰を上げたようでな」

「ヒメネスが攻撃を受けていたのはそれが理由と言う事ですか?」

「どうも間違いなさそうだ。 指揮官級の悪魔を捕まえて尋問したのだが、回りくどいながらどうも人間に対して波状攻撃を仕掛けるようにと指示を受けたらしい。 それもどこから分からない場所からふんわりと声が聞こえただけだそうだ」

「厄介ですね」

ストーム1も頷く。

このグルースという世界は、文字通り滅茶苦茶に入り組んでいて、はっきりいってまともに探索できるような場所では無い。現在地ですら、ナビがなければ全く分からないと言う程なのである。

そんな状態で、敵は好きなように潜み、いつでも襲撃を行う事が出来る。

目の前にある空間から、いきなり敵が飛び出してくる場合もある。

実際問題、そうやってラジエルは倒されたのだ。

アレはマンセマットの特殊能力かもしれないが、いずれにしても秒も油断が出来ないのは事実。

こんな状態では、大母とやらを探し当てるまで、どれだけ時間が掛かることか。

ストーム1は咳払いすると、ケンシロウの話題を出す。

「今、ケンシロウがフラフラ彼方此方をふらついている。 調査班の護衛はライドウ氏に任せてな」

「何か心当たりがあるのですか?」

「寡黙な男だからな、何とも言えない。 だが、幻力といったか。 この世界を満たしている力については、何となく分かるそうだ。 北斗神拳の一派に北斗曹家拳というのがあるらしく、それで「気」を扱うらしい。 その気にかなり性質が近いとか言っていた」

何となく分かる気がする。

それに、確か以前ぼそりと言っているのを聞いたのだが。

北斗神拳はインドから中央アジアを通って、中華に到達してから完成した拳法だと聞いている。

源流がインド。

恐らくは全ての武術の始祖とまで言われるカラリパヤットにまで至るのであれば。

インドの羅刹王、魔王ラーヴァナが口にしていた幻力と共通する力を感じ取れるのも納得出来る。

ただ、ケンシロウに任せっきりというわけにもいかないだろう。

此方は此方で、調査をしなければならない。

ゴア隊長が出てくる。かなり疲労が激しそうだが、この入り組んだ空間では仕方が無いと言える。

丁度此方に歩いて来る。やはり、まあそういう事なのだろう。

「唯野仁成隊員、ストーム1」

「はい」

敬礼をすると、ゴア隊長は咳払いして、プラントの方を見た。

ゼレーニンの事は心配なのだろう。

「これからライドウ氏を呼び戻し、この周辺の警備に当たって貰う。 その代わり二人は、クルーを増員して、悪魔の集落を全て回ってほしい。 この空間の大母の情報を足で集めてほしい」

「分かりました。 準備が整い次第、すぐにも」

「先ほど、五つ目の集落が発見された。 どの集落もあまり強い悪魔がおらず、弱い悪魔が身を寄せ合って生活をしている様子だ。 仲魔に出来るようなら仲魔にしてしまってかまわない。 現場判断をしてくれ」

「イエッサ!」

ゴア隊長はすぐに戻っていく。

あの様子だと、真田さん同様に無理をしすぎないか心配だ。

少しして、ライドウ氏が戻ってくる。兎に角巨大な悪魔を引き連れていた。アレスが露骨に怯む。

「また、随分と凄まじい悪魔ですね……」

「邪神テューポーンだ。 マッカを膨大に食うからあまり出したくなかったが、まあこの状態ではやむを得まい」

苦笑いするライドウ氏。そうか、これがテューポーンか。アレスが怯むのも当然だ。

台風、つまりタイフーンの語源となったギリシャ神話最強の大邪神。オリンポス神族に誅伐を加えるためにガイア神が作り出した最強最悪の怪物。その姿は、巨人から多数の蛇が生えているような感じであり。顔にも多数の目があった。

時代によって描写は違うようだが、ギリシャ神話の主神ゼウスを一度は完敗に追い込んでいる文字通り最凶の邪神である。リターンマッチで弱体化を受けた上で倒されているが、それでもとんでも無い大神格だ。

ライドウ氏はやはり、まだまだ相当な切り札を手持ちに隠しているらしい。

今までは、マッカの量などもあって安易に使えなかったのだろう。

方舟周辺の警備を任せると、人員も揃ったので幻に満ちた土地の探査に出向く。

何、ストーム1もいるのだ。不安は無い。

もしも不安があるとしたら。

恐らくこの土地にて起きようとしている、大きな悪魔同士の争いに巻き込まれることだった。

 

1、大母への手がかり

 

やはり、そこは悲惨なスラムにしか見えなかった。

恐らくアントリアの燃えさかった街の残骸のような何か(世界がぐちゃぐちゃなので正体は分からない)を利用しているのだろう。周囲には、最貧国のスラムに見られるような、家とも思えないゴミの山が出来ていて。それで必死に身を守るようにして弱い悪魔が群れている。

弱い悪魔は人間に似ているものもそうではないものもいるが。

いずれもが、此方に対して怯えきった様子なのが心苦しい。

普段だったら立場は逆だ。

だが、此処では唯野仁成達は、ちょっと気を抜くと蹂躙者になってしまう。それは、本当に気を付けなければならない。

特に手持ちの仲魔達は、人間とは倫理観念が根本的に違っているし。それを人間に寄せようと考えもしない。

アリスをけしかけたら、嬉々としてこんな集落、瞬く間に焼き払ってしまうことだろう。そういう力を手にしていて。そして責任を持っている。

唯野仁成は、常にそれを自覚していなければならなかった。

周囲を警戒していると、ストーム1が下半身が蛇になっている男性の悪魔を連れてくる。見覚えがある。

一時期ヒメネスが仲魔にしていたナーガだろう。ただ、それにしてはかなり威厳がある。恐らく上位種のナーガラージャとみた。

ただ。見た感じ、かなり弱々しいというか。全身傷ついている印象を受ける。

「あの鉄船からきた人間か。 弱い悪魔しか此処にはいない。 頼むから殺さないでくれ」

「話を聞きに来た。 危害を加えるつもりは無い」

「そうか……」

「会話については任せる。 俺は周囲を探ってくる」

ストーム1は部下達も唯野仁成に押しつけると、ひょいひょいとデモニカで強化された身体能力を駆使して、街の周囲を見にいってしまう。

元々オリンピック選手も吃驚するような身体能力を持っているという話は聞いていたのだが。

周囲があまりにも化け物揃いで目立たなかっただけだ。

それがデモニカで強化されて、今ではあんなである。まあ、どんな悪魔に襲われても、瞬殺されることはあり得ないだろう。

しかもストーム1が油断するとか、それこそあり得ない。

クルー達には周囲に展開して貰い。唯野仁成は、ナーガラージャに話を聞いていく。

それによると、やはりこの土地には幻力が満ちていて。

大母は、それを操ると言う事だった。

「インドの神話に出てくる存在は、等しく修行して幻力の加護を得ると聞いている。 貴方はそうしないのか」

「ヒンドゥーの教えの修行がどれだけ過酷かしらないようだな異国の戦士よ。 場合にとっては手足を切り取ったり、信じられないような時間断食したりしなければならないんだよ」

「……」

「仏教の発生はそんな異常な修行に異を唱えることが発端となったと聞いている。 根本的な仏教の思想は、認識しているものの実態について問うものだという話だがな」

流石にラージャ(王)の称号を持つだけあって博識だ。

いずれにしても、幻力には手が届かないと言う事は分かった。他にも、分かる事がないか全て聞いていく。

口が重いようならマッカを出すかと思ったが。

恐らく、唯野仁成の力を間近で感じて怖いのだろう。ナーガラージャの口は、驚くほど滑らかだった。

「幻力を司る大母様が何者なのかは、はっきりいって我等にもわからん。 分かっているのは、この世界の最深部に存在していても、そうとは分からないと言う事だ」

「……ティアマトのように姿を隠していると言う事か」

「ティアマト様すらも倒したのか。 ならば、此処の大母様も危ないかもしれないな……」

寂しそうに笑うナーガラジャ。

困っていることはないか。仲魔になって此処を離れたい者はいないか、確認を取る。

やはり、生きていくだけでやっとだったり。そもそも明日をも知れないらしい悪魔が、かなり名乗り出てくる。

どう見てもストリートチルドレンにしか見えない子供の悪魔もいるので、心が痛む。ざっと見るが、力そのものも悪魔としては最弱クラスだ。マッカを与えて力を取り戻せば話は変わってくるのかも知れないが。

今の時点で攻撃を加えたら、それは一方的な虐殺になるだけである。

かなりの数の小型悪魔を仲魔に加える。ナーガラージャはどうかと聞くが。首を横に振られた。

前の街のグレンデルと同じだ。

人間がいやだったり、此処を離れたくない悪魔達を守らなければならないという。

ならば、此方としてもその覚悟に敬意を表するだけである。

丁度ストーム1が戻って来たので、状況を報告する。

ストーム1は、小首をかしげていた。

「分からんな」

「何がです」

「さっき確認してきたが、かなり大きな悪魔がこの集落を襲撃しようとした痕跡が残っていた。 だが守りを抜けずに諦めて逃げてしまっている」

ナーガラージャを一瞥すると、顎をしゃくられた。

次に行くぞ、と言う事だ。

唯野仁成は頷きながら、クルー達をまとめて、陣形を組むと後に続く。方舟に報告を入れつつ、話を聞いていく。

「やはりこれらの集落には、誰かが力を貸していると見て良いだろう。 それがマーヤーだか幻力だかを司る大母だか、別の存在だかまでは分からんが」

「いずれにしても、大母は倒さなければなりません。 何とか情報を集めていかないと」

「それはそうなのだが、どうにも恣意的だ。 幻力とまで言う程だから、散々振り回される事は覚悟していたが……」

「まずは足で情報を集めましょう。 嘆いていても仕方がありません」

そうだなと、大きく息を吐くと。

ストーム1は大股に歩いて先に行く。途中、何度か大きめの悪魔の襲撃を受けたが、撃退は難しく無かった。

積極的に迎撃戦力を配置していたティアマトと違い。

ここの大母は、そもそも真面目に戦う気など、さらさら無いのかも知れなかった。だから適当にゲリラ戦を仕掛けて来て、消耗だけを狙う。

それが悪いとは言わないが、やりづらいし。部下を消耗品扱いしているようで、気分が悪い。

悪魔はそう考えるものだと分かっていても。あまり此処の大母に、良い印象は抱けなかった。

 

手分けして、悪魔の集落を回って確認を行う。

天使の軍勢の砦は堅く守りを固めているようで、近付こうとしても弾き返されるだけらしいが。

悪魔の集落は、来る者拒まずと言う雰囲気だった。

途中、泣いている小さな女の子の悪魔を、巨大な猫の悪魔がひとのみにしようとしていたので、その場で即座に撃ち殺す。

勿論見かけ通りとは限らないのが悪魔の戦闘力だが。

デモニカで計測した限りでは、見かけ通りの力の差だった。

泣いている女の子の悪魔は他のクルーに任せる。本当に、適当に悪魔が出現して、弱肉強食の理が雑に展開されているのだな。

そう思うと、苛立ちを感じる。

世界の主というのなら、しっかり管理をしたらどうだ。そう、唯野仁成は思ってしまうのである。

契約に応じてくれたらしく、ほっとする。

悪魔が人間とは違う論理で生きている存在だと言う事は分かっているが、流石にこんな所に放置して、殺されるのをそのままにしたら気分が悪い。

空間の歪みを抜けると、方舟だ。何度も往復している内に見つけたショートカットルートである。

一方通行の空間の歪みも多数存在していて、非常に厄介だが。

一度使い方を理解すれば、帰路を大幅にカットできる場所もある。勿論意図的に作られた経路ではないのだろうが。

方舟に戻り、報告を行う事にする。

探索の範囲を拡げた結果、弱い悪魔が身を寄せ合っている集落は合計十二個が発見され。それらを皆で手分けして調査した結果、さっき調べたので最後になる。中には強権的に弱い悪魔を無理矢理従えているろくでもない長老悪魔もいたが。大半は、自分より弱い悪魔を放置しておけないという、心のある長老達だった。いずれもが契約に応じなかったが。

ヒメネスも戻って来たので、一度情報を整理する。

ふらっと出ていったっきりケンシロウは戻ってこないが。デモニカの反応はある。

たまに気が向いたように電波中継器を撒きながら、彼方此方歩き回っている様子だ。水とかの補給が出来ているか不安になるが。唯野仁成がいない時に戻って来ているのかも知れない。

一度、艦橋に集まる。

ケンシロウともリンクをつなげて、会話が聞こえるようにアーサーが処置をしてくれた。

ゴア隊長がまず周囲を見回し、話をする。

「皆が集めて来てくれた情報を整理する限り、このグルースの土地は本当に混沌の中の混沌と見て良さそうだ。 幻力という神々の力そのものに等しいものが渦巻き、産み出された力も姿も雑多な悪魔達がそれこそ好き放題に放されている。 大母はいるようだが、その気配どころか、姿も今だ発見できない。 上位空間に存在する可能性もあるが、そもそもどうやれば上位空間にたどり着けるのか……」

「はっきりいって何も分からないっすね」

「ヒメネスの言う通りだ。 幻力についての概念はそれぞれの集落で長老悪魔が話をしてくれたが、それだけでは何とも……」

ストーム1もうんざりした様子である。

元々ストーム1は、聴取の類はあまり得意ではないらしい。戦闘力があまりにも圧倒的だから、それを生かして戦場で活躍してほしいと周囲でも考えているらしく。国際再建機構での仕事の時も、捕虜からの聴取や尋問などは、専門の副官などが行っているそうだ。

まあ、何となくだが分かる。

ストーム1は淡々と戦闘を行う反面、一線を越えた相手に対しては微塵も容赦をしない。

恐らくだが、内心はもの凄く熱い魂を持っていて。それを押し殺している人なのだろう。

「わしもそろそろ出ようか?」

「いえ、姫様は正直この手の搦め手の極限を使う相手は苦手でしょう。 大母が現れてから対応をお願いいたします」

「まあそうであるな。 とりあえずこの間の天使どもとの戦いでつけられた傷についてはもう癒えた。 周囲の警護なら任せておけ。 ライドウを代わりに探索や調査に回すと良いだろう」

「分かりました」

サクナヒメに対しては、当然ゴア隊長も腰が低い。それを誰も何も言わない。

まあ当然で、今まで空間支配者級の悪魔に対して、一番大きな戦果を上げてきて、同時に傷ついてもいるのがサクナヒメなのである。

敬意を払うのは当たり前の話だ。

「ケンシロウ、其方は何か分かったか」

「……大きな気の渦が何となく分かってきたかも知れない。 悪魔達が幻力と呼んでいる力は、やはり気に似ている。 この気は、何カ所かで巨大な渦を作りながら、最終的に一箇所に向かっているようだ」

「ケンシロウ。 地図を送りますので、どのような渦になっているか図示できますか」

「……そうだな。 俺の見た感触ではこんな感じだ」

画像が送られてくるが。

なんともぶきっちょな絵が送られてきたので、口を押さえる者も多かった。勿論笑うのを堪えるためである。

憮然としているサクナヒメ。

「そなた、近接戦の武芸は文字通りわしをも超える神域なのに、絵は駄目だのう」

「兄の孤児院にいる子供達にも良く言われた」

言ってはいけない事をスパンと言うサクナヒメを見て冷や冷やするが、ケンシロウは気にしている様子も無い。

ケンシロウは寡黙だが、サクナヒメの勇敢さと寛容さについては非常に敬意を払っている節がある。

勿論ぶきっちょな人物なので、そうだとは口にはしないが。

サクナヒメの話が出ると、基本的に言葉短かに褒める。サクナヒメも或いはそれを理解した上で、ずけずけ言っているのかも知れない。

アーサーが、四苦八苦の末に、図を解析したようだ。

「ケンシロウ、ありがとうございます。 この気を感じ取る方法について、ノウハウはありますか?」

「いや……。 年単位で拳を練り上げ、気を知らなければ無理だ。 それでもかなり探知が難しいと感じる程に巧妙に隠されている……」

「それでは、恐らく渦があると推定される場所を此方で指定します。 其方に向かっていただけますか?」

「分かった……。 ナビを頼む」

その前に一度補給に戻るように言うと、ケンシロウはそれも分かったと言った。

本当に木訥とした素朴な人物だ。だが、ケンシロウもストーム1同様、一線を越えた相手には文字通り容赦をしない。

似た者同士で、だからこそ二人肩を並べて戦えるのだろう。

アーサーが、付け加えた。

「ケンシロウが嘘をついている雰囲気はありません。 ただし、ケンシロウの言葉だけを頼りにするのも危険です。 他に幻力というものに知識がある方はいませんか」

「俺が従えているラーヴァナが幻力の概念について教えてくれたけれど、それでも此処のは気配が薄すぎて察知が難しいと言っていたぜ。 ケンシロウの旦那は、本場の幻力を知っている魔王よりも更に勘が鋭いって事だろうよ」

「ヒメネス隊員、貴方の言葉を信じるとすると、更に高位の悪魔であれば幻力を探知出来るかも知れませんね」

「ああ、そうなるかもな。 だが多分唯野仁成にも俺にも、これ以上の高位のインド神話系の神や悪魔は作れないぜ」

アーサーは、ライドウ氏にどうかと呼びかけるが。

ライドウ氏は、しばし腕組みしてから答える。

「手元に今クリシュナがいる」

「情報を確認。 インド神話ヒンドゥーの神々の三柱。 維持を司る神、ヴィシュヌの化身の一つですね」

「そうだ。 インドでは未だにもっとも人気がある神の一柱だ。 だが、かなり性格が獰猛でな……」

シヴァを例に出すまでも無く、インド神話の神々は好戦的だ。最高神である他の二柱も例外ではなく、雑に相手を殺すし怒らせれば世界を壊す勢いで暴れる。

ヴィシュヌは維持を司る神だが、その化身には世界の終末に現れ全てを壊し尽くすカルキのような神格も存在していて。

はっきりいって簡単に扱える相手ではないという。

「俺の力で従える事は出来ているが、もしも渦を探査させるとなると、とんでもない代償を要求してくる可能性が高い。 今蓄えているマッカを根こそぎ寄越せと言ってくる可能性もある」

「なるほど、分かりました。 従える事が容易で、幻力の渦について探査が出来そうな神格に心当たりは」

「……ラーヴァナ以上の力の持ち主となると、インドラジット辺りだろうか。 だが、それでも絶対とは言えない」

「厳しい状況ですね。 保留するとします。 これより、真田技術長官と情報について協議します。 データの収拾をお願いします」

まあ、手詰まりだろうな。それについては同意だ。

一旦解散して、散る。少し休憩をしてから、まだ探査していない地域を調べる事になる。

ドローンもかなりの数を飛ばしているが、消耗率が激しい。

また、たまに姿を見せる大型悪魔が居座っていると、ドローンの航路が著しく阻害されるし、調査班に危険も及ぶ。

ナビがないとまともに歩けないほど入り組んでいる上、全域で日本列島くらいの広さがあるとなると。

無作為に調べていると、数ヶ月はかかってしまう可能性が高い。

そこまで足止めを喰らうと、流石にシュバルツバースが南極を覆い尽くしてしまう可能性も出てくるし。もたついてはいられないか。

指示が出るまで、とりあえず待つ。レクリエーションルームに出向くが、アリスはアイスを欲しがらなかった。そろそろ別の甘いものを食べたいのかも知れない。まあ、如何に美味しくても、流石にアイスだけ食べていれば誰だって飽きる。

ヒメネスが来て、軽く話をする。

「たくさん従えた弱い悪魔達だがな、集落に辿りつくまでに九割くらい強い悪魔に殺されて食われたって話だ。 反吐が出やがる。 此処の大母とか言う奴は何を考えていやがるのか」

「そうだな。 自己責任論を極限まで詰めるとまあそうなる。 弱い方が悪いという理屈が如何に邪悪か、分かりやすい形で示しているとも言える」

「二人とも、少し良いかしら」

不意に声が掛かったので顔を上げると、ゼレーニンである。

少し寂しそうな表情。憂いがますます強くなったように見える。

元々色々精神的に参っている状態だっただろう。そこにマンセマットとの決定的な決別があり。ラジエルも失った。

憔悴しているのは、仕方が無いとも言えた。

「おい、寝てた方がいいんじゃねえのか」

「……その前にやっておく事があるわ。 ラジエルと少しだけ話したの」

「話せたのか」

「殆ど残留思念よ」

苦労して、多少のマッカを融通して。壊れたログの一部を修復して、かろうじて少しだけ話を聞くことが出来たと言う。

それによるとラジエルは、自分は天界に行かないと回復する事はもう出来ない。だが、力になりたい。

それには悪魔合体で、別の悪魔になるしかない。それだけを伝えてくれたそうである。

ゼレーニンはかなり参っている様子だ。恐らくだが。それだけしかラジエルは話せなかったのだろう。

文字通りそれで力尽きてしまった、と言う事だ。

ラジエルは守りに特化した天使で、あの苛烈な乱戦の中で、守りを抜いたマンセマットの攻撃をモロに受けてしまった。

ラジエルも天使、つまり元々精神生命体だ。本来だったら一度死ぬくらいなら問題は無いのだが。マンセマットの攻撃に余程邪悪な呪いが掛かっていたのだろう。

ヒメネスも、ばつが悪そうにしている。多分だが、バガブーのことを思っているのだろう。

「だから、協力をまたお願いしたいの。 頼めるかしら」

「ラジエル自身は天界でまた復活できるのだろう。 力になりたいと言うのなら、意を汲んでやるべきだ。 協力する」

「俺も同感だな」

「……ありがとう」

そのまま、額をつきあわせて、悪魔合体プログラムで調査する。

データに不具合が生じているラジエルだ。悪魔合体プログラムで無数の悪魔との組み合わせを調べて見るが、殆どの場合弱体化してしまう。

それどころか、ダークサイドや混沌勢力の悪魔になってしまう事も多い。

これは厄介だなと、唯野仁成は思った。

最近ヒメネスは、嬉しそうにバガブーと話している事が多い。だから、余計にゼレーニンの事は色々と気分が悪いのだろう。

データを大量に展開しながら、調べていく。ゼレーニンは、そもそも悪魔と天使を合体させるという行動そのものにまだ抵抗がある様子で。やはり普段ほどの辣腕を振るえていなかった。

時間はある。だから、やってしまうのがいい。

「良いかしら?」

声を掛けて来た者がいる。

顔を上げると、メイビーである。きっと口を引き結んでいる。話を聞いていたのだろうか。

「私も手伝うわ」

「有り難いが、どういう風の吹き回しだ」

「仁成とゼレーニンが体を張ってくれたおかげで、ライトニングに仕掛けられていた罠を解除できて、更に言えばあのペ天使の呪縛からみんな解き放たれたの。 私はやっぱり戦闘は得意じゃないから、こういうことで役に立ちたい。 悪魔合体については私も結構数をこなしてる。 手伝わせて」

「俺も良いか」

立っていたのはブレアだ。咳払いすると、ちょっと斜に構えて言う。

勘違いするなよ、と。

「俺も魔王を扱えるようになって来たし、ついでにいえば更に強力な悪魔を展開したいと思っていた所だ。 他の奴のノウハウを知りたいのでな」

「有難う、二人とも」

ゼレーニンが震えている声を押し殺す。

そのまま、皆で大量のデータを検索していく。手数が倍、とまではいかないが五割増しくらいにまではなる。

程なくして。ついに、消去法で駄目なデータを消していき。やがて結論が出ていた。

見つけたのは、メイビーだった。

ただ、これだけの試行錯誤をしたのだ。誰が見つけても、不思議では無かっただろうが。

「この組み合わせなら、恐らくラジエルの意識を保ったまま更に上位の大天使に出来るわ」

「ああ、良かった……」

「でも大天使としかわからねえな。 カマエルとかサリエルとかになる可能性もあるぞ」

ヒメネスが指摘する。

だが、それでも覚悟の上だと、ゼレーニンは言った。悪魔合体プログラムには、種族は大天使と出ているが。何ができるかはアンノウンとなっている。ただ能力を見る限り、ラジエルを超える実力なのは間違いなさそうだ。

マッカについては問題ない。

というよりも、バグを補うためなのか。大量に下級の悪魔を必要としていて。その悪魔のデータの多くは、この間から回っていた弱い悪魔の集落で得られたものばかりなのである。

色々な意味で悲惨な目にあったゼレーニンだが。その分、運の揺り戻しが来ているのかも知れない。

迷わず、操作を開始するゼレーニン。

今後もゼレーニンが悪魔召喚プログラムを使い、悪魔合体をすることは殆ど無いだろう。或いはこれが最後かも知れない。

ただゼレーニンは、そもそもとして学者で。技術者としてこの船に乗ってきている。

だから、それで良いのだ。

やがて、大天使が作り出される。

頷くと、四人で外に出た。そして、ラジエルの代わりに、ゼレーニンの守護者となる大天使を召喚した。

光が溢れる。

マンセマットの時は黒い羽根が舞っていた様な気がするが。

今度は、純白の羽根が舞っていた。

「私の名はガブリエル。 四大と呼ばれる天使の一角に属する者です」

そこにいたのは、美しい赤い鎧を着込み、四枚の翼を持つ女性の天使だった。手には短めの剣を持っていて。見るからに威厳がある。

ガブリエルか。

唯野仁成でも聞いた事がある天使だ。ゼレーニンは礼をしている。ヒメネスはどうでもよさそうだが。ただ、凄い天使が出てきた事は分かっているようだった。

「大いなる天使ガブリエル。 お目に掛かれて光栄です」

「……ラジエルより情報は引き継いでいます。 マンセマットが……愚かしい同胞が迷惑と哀しみを与えてしまいましたね。 今後は私が、貴方をこの終末の土地から守護しましょう」

「よろしくお願いします」

光が収まるようにして、ガブリエルがPCに戻る。

もう一度、ゼレーニンが皆に頭を下げる。いや、別にいいと、唯野仁成は手を上げていた。

これでゼレーニンは、恐らくだがこのシュバルツバースでも、何を怖れず歩くことが出来るだろう。

マンセマットは、結果的に最悪の行動をしてしまった事になる。

ゼレーニンを手札にするどころか、ゼレーニンに自分にとっての最悪の存在を与えてしまったのだから。

マンセマットは詰んだ。

それについては、正直自業自得としか言えない。

そして、問題はこれからだ。

そもそも、見つけようもない大母を、これからどうにかしなければならないし。見つけたところで、その力は恐らくティアマト以上なのだ。

気を入れ直すと、唯野仁成は方舟に戻る。奇しくも、出撃命令が来た。勿論すぐに出る。この困難な土地も。きっと乗り越えられる気がした。

 

2、極限の力を探れ

 

大量のドローンが消息を絶っている地点に到達。

びりびりと嫌な予感がした。

とにかく広大な土地だ。グルースの隅から隅まで調べ、それでようやく大母に到達できる可能性が出てくる。

それなのに、ドローンを飛ばして捜索している場所で。どうしても意味不明の消息を絶つ事故が起きている。

悪魔の仕業かすらも分からない。

ドローンは撃墜時の情報を記録して送る機能がついているのに。

文字通り、それすらも働かないレベルで一瞬にしてやられている。

ストーム1とヒメネスが側にいる。姫様はまだ温存したい。此処の大母との戦いでも切り札になってくれるはず。

ケンシロウはまたふらふらと出ていってそれっきり。

情報は方舟に送ってくれてきているようなので。ライドウ氏が方舟を守るとなると、ストーム1といくしかない。

周囲を見回す。ドローンの残骸は無い。少なくとも六機のドローンが周囲で消息を絶っている。何があっても不思議では無い。

すぐに悪魔を展開。

調査班として、ゼレーニンが来ている。ゼレーニンは、ずっとガブリエルを召喚したままだ。

ガブリエルは高レベルの回復魔術と防御魔術を使いこなす強力な大天使で、ただ燃費が良くない。

防御や支援は何でも出来るが、その代わり戦闘ではマッカをどか食いする。

ここぞという時の切り札で動いてもらう事になるだろう。

四大と言うだけの事はある。

実力も、相当であることは、数回の戦闘で分かった。近接戦も充分以上にこなせている。

「おい、ヒトナリ。 こっちだ」

ヒメネスが何か見つけた。

バガブーが、だろうか。

興奮した様子で、バガブーがヒメネスのデモニカを引いている。昔はバガブーに嫌悪感を見せていたゼレーニンだが、最近はそんな事もなくなった。

「どうしたんだ」

「ドローンの残骸のようだな。 多分此処、何かいるぜ」

「見せてくれるかしら」

ゼレーニンが来ると、周囲をそのまま誰も何も言わずとも守りに入る。ストーム1はふらりと消えた。

多分だが、周囲を確認しに行ってくれたのだ。戦闘に備えて、狙撃に丁度良いポイントを探しに行ったのかも知れない。

「ざっくりと斬られているけれど……妙ね」

「学者としてはどう思う」

「まずこの切り口だと、残り半分がないとおかしいわ。 切ったと言うよりも、むしろ抉り取ったような……」

「ドローンを食ったってか。 動くものは何でもエサって訳かよ」

冗談めかしてヒメネスは言うが。案外、冗談でもないかも知れない。

ゼレーニンは咳払いしてから、周囲を見回した。表情は険しく、もう落ち込んでいる様子は無い。

「動くものには何でも襲いかかる生物は実在するわ。 ある種のカエルなどは動く相手だったら同種にすら襲いかかる程よ」

「恐ろしい生き物だなそれはまた」

「……この辺りは危険よ。 逆に、此処を突破出来れば、何かあるのかも知れないわ」

ヒメネスとゼレーニンは問題なく会話できている。

前は本当にギスギスしていたのだが。色々あって、互いを漸く理解し合えたのかも知れない。

ただ、前のような喧嘩するほど仲が良いという雰囲気でもなくなった。

それはそれで、面白い関係だったのだが。

唯野仁成は苦笑する。

こんな少女漫画みたいな考え方をするとは。妹の持っている少女漫画を読んでいた唯野仁成は、時々こんな風に考える事もある。妹にせがまれるまま少女漫画を買って渡していたのだが。当然話をあわせるために読んでいた。

結果として、少女漫画の文法が少年漫画と違うケースもあるが。一方で少年漫画以上に少年漫画している作品もあるという事を知ることになった。ただ恋愛に関しての異様な拘りや。むしろ男性向けの漫画よりもえげつない性描写が平然と入ってくる事などは、勉強になった。

それはそれだ。

周囲を警戒している内に、またドローンの残骸らしいものを見つける。

ゼレーニンを呼ぶ。

今度はヒメネスが魔王達を展開して警戒に当たる。それを見ても、ゼレーニンは嫌がらなかった。ガブリエルも何も言わない。今はともに戦う同志だと割切ってくれているのだろう。

「見て欲しい。 これは……ほんの一部だけ、だろうか」

「切り口が恐ろしく鋭利だわ。 これで他が見つからないというのはやはり異常よ。 剣で斬ったりしたというわけでは無さそうだわ。 やはり抉り取るようにして喰らったとみるべきかも」

「伏せろ!」

言葉と同時に、もの凄い轟音が轟く。

ガブリエルがゼレーニンを庇い、唯野仁成は横っ飛びに飛び退く。

何か見えないものが、凄まじい勢いで側を通り抜けていったが。空中でライサンダーの弾の直撃を受けて、絶叫した。

迷彩がとけていく。

周囲に展開していたクルー達が、恐怖の声を上げていた。

そこにいたのは、巨大な蛇だ。体にライサンダーの弾の直撃を受けてのたうっているが、すぐに体勢を整えてみせる。

情報が出てくる。

龍王ヴリトラ。

まだインドラが主神だった頃のインド神話において、インドラの敵対存在だった邪悪な巨大龍だ。

インドラとヴリトラの戦いは永遠に続くとされ、その戦いは雨期と乾期を示してもいるという。

いずれにしても、相当な強敵と見て良い。

というか、インドラジットよりも更に上の実力なのでは無いのかこれは。

凄まじい勢いでその場から逃げようとするヴリトラだが、その眼前にイアペトスとラーヴァナが飛び出し、大きく開いた口を押さえ込みに掛かる。

ヴリトラは文字通り残像を作るような動きで、ラーヴァナの半分を抉り取る。これか、ドローンを消した能力は。ラーヴァナが無念そうに消滅するが、今度はアバドンが出現し、体にかぶりついて動きを止める。

飛び出してきたストーム1が、ライサンダーをぶっ放す。

そういえば、また形状が変わっている。ライサンダーFから、更に次の段階に進歩したのか。

此方も無言で支援。クルー達も、皆でアサルトを浴びせるが。全長数十メートルはある巨大な蛇である。とてもではないが、すぐに倒せそうにない。体がうねり暴れるだけでも、悪魔達が吹っ飛ばされ、クルーが必死に逃げ回る始末だ。

ライサンダーの弾は流石のこの巨大龍も対応が厳しいのか、口を開けて巨大な牙をむき出しにしながら、必死に暴れ狂う。歩きながら弾丸を再装填しつつ、ストーム1はいう。薬莢が出ない。そもそも、再装填も、弾丸を手動で入れる訳ではないようだ。

「少し抑えておけ」

「イエッサ!」

アリスとアナーヒターが、唯野仁成の指示で息を合わせて雷撃の魔術を叩き込む。

更に、イシュタルが上空に躍り上がると、全力で風を纏った拳を、巨体に叩き込んでいた。

ヒメネスの魔王達も一斉に巨体を押さえ込みに掛かり。

他のクルーの悪魔達も、弾き飛ばされながらも、果敢にヴリトラに向かって行く。

胴体を激しくうねらせて、ストーム1を弾き飛ばそうとするヴリトラだが。その頭をイアペトスとアバドンが抑えているため、どうしても動きが画一的になる。アレスが何か魔術を展開。

周囲の皆が、更に力を増したようだった。

ストーム1が、ヴリトラの至近に到達。

胴体に向け、ゼロ距離から、ライサンダーをぶっ放していた。

流石に強靭な巨大龍の体にも大穴が開く。声を上げることもなく暴れまくるヴリトラだが。その傷口に、クーフーリンが槍を叩き込み、更に爆裂させた。そして内側から炸裂して大きくえぐれた傷口を、大上段からジャンヌダルクが斬り伏せる。

それでもなお、尻尾を胴体を振り回して大暴れするヴリトラだが。

其所に、アリスが詠唱を開始する。

それを見て、さっと離れるクルー達。アリスの魔術、それも詠唱してぶっ放す奴がどれだけえげつないかは、皆知っているのだ。

ストーム1は淡々黙々と、ヴリトラの傷口にライサンダーをつけ。相手の動きを余裕で読みながら更に一発打ち込む。

体内に直接打ち込まれたライサンダーの弾丸は、滅茶苦茶にヴリトラの全身を傷つけながら、口の方に向かったらしく。

流石の巨大龍も、凄まじいうねりで抵抗する。

ずっとゼレーニンはガブリエルの防御と回復の魔術でクルー達を守っていて。何度も潰されそうになったクルーを、ガブリエルの展開した防壁が守る。

アリスの魔術が完成する。

同時に、一緒に来ていたブレアが、悪魔達数体に、同時にあわせさせた。

イアペトスがそれを見て離れる。アバドンも。

必死に逃れようとするヴリトラの頭が、もはや青を通り越して白になっている超高熱の炎に消し飛ばされたのは、その瞬間だった。

頭を失ってなお、ヴリトラはしばらく蠢いていたが。

それも、やがてマッカに変わっていく。

情報集積体を回収。やれやれと、思わずぼやいていた。

このAS99でも力不足かと、唯野仁成は手元のアサルトを見る。流石にこんな怪獣クラス、それも神話で言うなら大魔王に近い格の悪魔が相手になってくると、どうしようもないか。ストーム1は、ライサンダーの使い心地を見ているようだが。満足はしていない様子だ。

「新作ですか」

「これがライサンダーZ。 ライサンダーFの次の段階で、もはや弾丸を装填する必要もない。 再装填作業も、全て銃の中で行ってくれる」

「もはやSFの産物ですね……」

「もう一段階上がある。 あの野戦砲になっているライサンダーZFだ。 ただ、この戦いが終わる前に、小型化が成功するかは分からないが」

メイビーが負傷したクルーの回復を開始している。ゼレーニンも、ダメージを受けたデモニカをチェックして、ポリマーを吹き付けていた。

唯野仁成の手持ちは負傷が小さい。ただイアペトスは、至近距離でヴリトラの猛毒を受け続けたからか。ヴリトラが消えると同時に、PCに戻ってしまった。マッカを費やして回復させてやらないといけない。

アリスも最大火力の火焔魔術をぶっ放したからか、同様に無言でPCに戻っていく。

流石にかなりきつかったのだろう。

周囲の警戒を続ける。負傷者の手当、悪魔の損害を確認した後、唯野仁成から方舟に連絡を入れる。

すぐにドローンが数機来て、周囲を調べ始める。また、ゼレーニンが淡々と電波中継器を撒きはじめる。

この辺りは何も無い荒野のように見えるが、恐らく大母がいると思われる空間とされていた候補地の一角だ。

やがて、ゴア隊長から連絡がある。

「強めの相手との戦闘をこなしたばかりで申し訳ないが、もう一箇所見て来て欲しい場所がある」

「はい。 ナビをしていただけますか。 後、負傷したクルーを下がらせたいのですが」

「それは此方で手配する。 その地点でも、ドローンが何機か消息を不自然に絶っている」

そうか。

では、危険な悪魔と遭遇する可能性が高そうだ。

そもそもさっきのヴリトラにしても、本来だったらこんな風に戦略的要地を守るガーディアンとして配置されるような格の悪魔じゃない。それこそ空間のボスクラスをしていてもおかしくない相手だった。

要するに大母はそういう規模の相手と言う事で。

はっきりいって、ぞっとしない。

程なくして、負傷したクルーの代わりが来る。ウルフがいるのを見て、久しぶりと挙手した。

前線に復帰していたことは知っていたが、最前線での任務で一緒になるのは久しぶりだ。

一線級の機動班クルーはかなり増えてきていることもあり、こう言う大規模な複合チームで戦う事は珍しくなった。そのため、一緒に戦うことが殆ど無くなったクルーもいる。

幸い、二度と会えないクルーはまだ出ていない。

それだけは救いか。

ふとケンシロウがいきなり現れたので、皆が驚く。空間の裂け目を通って来たのだろうけれども。

周囲を見回すと、多分幻力とやらを探っているのだろう。

此方にはかまわない様子で、ふらふらと何処かに行ってしまった。

流石にヒメネスもぼやく。

「本当にわからねえなケンシロウの旦那は」

「だが、此処の大母を探しうる貴重な手がかりだ。 それにケンシロウさんなら一人でいても問題ないだろう」

「まああんだけ強ければな。 インファイトだと姫様でも勝てないって言ってたしな」

「調査が終わったわ。 周辺の空間の歪みもドローンが調査してくれている。 移動しましょう」

ゼレーニンが声を掛けて来たので驚く。

こう言う場所で積極的に動く人間ではなかったのに。

一応確認するが、ガブリエルの分のマッカは大丈夫か聞くと。ゼレーニンは静かに寂しそうに微笑む。

「まだ何戦かはこなせるわ。 それよりも時間が足りない。 このグルースは、外に比べて四分の一くらいの速度で時間が流れているようだけれども、外ではシュバルツバースが拡大を続けているの」

「ああ、分かっている。 急ごう」

次だ。

ヴリトラと同格のがいてもおかしくない。ナビに沿って、三チームの機動班クルーが移動を続ける。

ジープを使いたいところだが、一部の空間の歪みが、ジープが通れるほど広くないのである。

周囲が不意に宮殿のようになった。

これは、また違う洋式の宮殿だ。フォルナクスのピラミッド内に似ている場所も、ボーティーズの宮殿ににた場所もあったが。

強いていうならこれは、アジア風だろうか。

ストーム1がさっと前に出ると、手を横に。それを見て、クルー全員が足を止める。何かいる、と言う事だ。

即座に悪魔達を展開。アリスやイアペトスも、マッカを無理矢理補給して出て貰う事になる。

宮殿の中庭だろうか。

数百人は座れそうな巨大なその空間に、突然として毛むくじゃらのよく分からない生物が出現していた。

顔が、ない。

全体を見ると犬のように見えるが、何だか見るからに様子がおかしい相手だった。足が六本もあり、翼も四つある。

見ると、妖獣混沌とある。四凶と呼ばれる、中華最強の妖怪の一角だそうである。

これはまた、随分と凄いのが出て来たなと思った次の瞬間、ぼっと大きな音がして、混沌の周囲の空間が歪んでいた。

連続して、周囲の空間が歪む。

これは、まさか。

空間を無作為に抉り取っているのか。

「オープンファイヤ!」

ストーム1が叫ぶと、ライサンダーをぶっ放しながら突貫。皆、散りながら、全力で攻撃を叩き込む。

攻撃は、半分くらい無作為に抉られる空間に巻き込まれて消えてしまうが。

しかしながら、逆に言うと半分は届く。

混沌はそもそもとして、名前の通りカオスそのものの妖怪であるらしい。いずれにしても、攻撃を浴びせなければ倒せないだろう。ストーム1のライサンダーZの弾丸まで止められる。

文字通り、あの抉る空間攻撃は、理論上あらゆる全てを消滅させると言う事か。

常時周囲にブラックホールを出現させるようなものだなと、呆れながらアサルトを連射。あの空間を抉る攻撃に巻き込まれたら、文字通り誰もがひとたまりもあるまい。

恐らくヒメネスも、そう判断したらしい。

無理矢理蘇生させたラーヴァナ含め、魔王達が一斉に襲いかかる。

アバドンが消し飛ばされる。

ロキが続いて、体を抉り飛ばされて消えていった。

更に、モラクスも。

だが、それらの屍を超えて跳躍したラーヴァナが、汚名を払拭するとばかりに、混沌の全身に多数の腕に握られた武器を突き立てていた。

振り払おうとする混沌。

そして、ラーヴァナに対して、その空間削除攻撃を一斉に向ける。勿論ラーヴァナはひとたまりもないが。

ヒメネスの魔王達の行動を見て、誰もが次にするべき事を知っていた。

アリスの最大火力魔術に続いて、全クルーの生き残った悪魔達の最大火力攻撃、更には全クルーの銃が悉く火を噴き、全てが着弾していた。

混沌の全身の大半が一瞬にして消し飛び、流石に竿立ちになる混沌の妖獣。

その体に向け、ストーム1が何かグレネードをぶっ放す。

それを見て、思わず唯野仁成は下がれと叫ぶ。皆、一斉にわっと逃げる。

同時に、数十のグレネードが炸裂。

宮殿の庭は、文字通り地獄と化していた。

消滅した混沌。それはそうだろう。今ストーム1が使ったスタンピードは、文字通り歩兵での面制圧を行うと言う気が狂ったコンセプトで作られた兵器である。勿論そんなもの、ストーム1くらいにしか扱えない。

だが、混沌を屠り去るにはこれくらいの火力が必須だっただろう。

すぐに皆の点呼を行う。

全員無事だ。

ただ、悪魔の損害が酷い。

混沌のいた辺りに膨大なマッカが落ちている。死んだと言う事だ。そして情報集積体もある。

ゴア隊長に連絡を入れる。

「目標地点クリア。 しかしながら流石に一度撤退します。 クルーに人的被害は出ていませんが、悪魔達の損耗が激しすぎます」

「ああ、そうしてくれ。 すぐにその地点も此方から調査する」

「お願いします」

周囲に電波中継器を撒いているゼレーニンを護衛すべく、比較的被害が小さかった唯野仁成が周囲を警戒する。

ウルフが大きくため息をついて、側に座った。

手持ちの悪魔が、今の混沌の無差別攻撃に全部やられてしまったらしい。まあ、今回は悪魔の被害が皆大きかった。仕方が無い。

ヒメネスも手持ちが全滅したくらいである。

ただ、混沌が少しばかり強すぎるようにも思えた。

さっきのヴリトラはまだ分からないでもない。だが混沌は、四凶と呼ばれる最強の妖怪とは言え、あくまで妖怪。

ヴリトラは神話における神の敵対者の長であり、言うならば大魔王とでもいう立場の存在である。

ちょっとばかり混沌が凶悪すぎたように思えた。

「作業完了。 引き上げましょう」

「殿軍は俺が引き受ける。 皆、先に行け」

「では、前衛は俺が」

唯野仁成が挙手する。ナビはそのままアーサーがしてくれたので、そのまま帰路を急ぐことにする。

途中、ヒメネスがストーム1に話しかけていた。

「ライサンダーZが出来たと言う事は、俺たちにもライサンダーFが支給されるということでよろしいので?」

「真田技術長官によると、まずは唯野仁成とお前に。 それから一線級のクルーにそれぞれ支給されるそうだ」

「それはご機嫌だ。 あの火力、試してみたかったんだよなあ」

「お前は変わらないな。 だが、それでいい」

外でなら、ライサンダーFは恐らくフリゲートくらいなら一撃撃沈が可能な火力を有しているだろう。

先の様子を見る限り、ライサンダーZは更にその数倍という所か。

中華風の宮殿を抜けると、さっきの寂しい荒野に出る。皆が揃うのを待つ。悪魔が仕掛けてくる事はないが。

それでも、今戦えるクルーは半減している事を考えると、油断は出来ない。

全員が揃ってから、また空間の裂け目を通る。そうやって、何度も全員の無事を確認しながら、空間の裂け目を通って方舟に戻る。

方舟に戻ると、ストーム1がレポートを出してくれると言う事なので、有り難くそれに従う。

ヒメネスは疲れたと言って自室に直行。

ゼレーニンは、データをまとめると言って研究室に戻っていった。

もう完全に、二人とも平常に戻った気がする。そしてベタベタするだけが仲間という訳でもない。

唯野仁成は多少余裕があるので、レクリエーションルームに。

コーヒーを淹れて、静かに一人で飲む。

酒が飲みたいと言っているクルーの声が聞こえた。

外のプラントをずっと護衛していたらしい機動班のようだ。まあ退屈だったかも知れないが。

そもそもそれでも、デモニカを通じて戦闘経験が並行蓄積される。悪魔は相手の力を敏感に感じ取るから、いるだけで抑止力になる。

油断しているのはよろしくないが、仕事はきちんとしている事になる。文句を言うつもりはない。

「ヒトナリおじさん、眠いー」

「しばらくは任務はない。 寝ていていいぞ」

「んー」

アリスがPCの中からわざわざ報告してくる。別にそこまでしてくる必要はないと思うのだが。それだけ唯野仁成を信頼してくれていると言う事だ。

小さな子に取っては、親代わりの相手の声が何よりも安心するものになるという話である。

親に絵本を読むのをせがむのはそれが理由だとか。

唯野仁成も、それだけアリスに信頼されたというのなら、それは誇るべき事なのだろう。

昔は、この位置にライドウ氏がいた。

だが人間は年老いる。悪魔は変わることはあれど年老いる事はない。

昔はライドウ氏が、こんな風にアリスに応じていたのだと思うと、ちょっと面白かった。

しばらくコーヒー休憩してから、シャワーを浴びて、それから眠る事にする。

アリスに言った通り、当面任務はなかった。ただライドウ氏がストーム1の代わりに、クルーをたくさん連れて出かけていったようだが。恐らくだが、ドローンが多数失踪している地域を調査に行っているのだろう。

プラントでは兎に角ドローンを大量生産しているようで、どんどんドローンが空に飛ばされている。

空間の歪みは片っ端から調査されているようで。

一眠りしてから起きて、何となくデモニカでグルースの踏破済マップを調べて見ると、今までアンノウンだった地域が相当に塗りつぶされていた。

それでもまだ何カ所か、アンノウンになっている場所がある。

そろそろ、次の任務があるかな。そう判断した頃、ゴア隊長から連絡があった。

来たな。そう思いながら、ベッドから降りる。話を聞きながら、物資搬入口に向かう。

このセクターグルースも、そろそろ本性を暴き立てるときが来たという事だ。

物資搬入口に出向くと、だいたいの一線級クルーと、ストーム1がいた。ヒメネスもゼレーニンもいる。

大詰めだ。多分、相当に強い悪魔がいる。

ふらりとケンシロウが姿を見せたので、誰もが驚く。というか、ケンシロウは相当な巨体なのに、ストーム1以外誰も接近に気付けなかったようだった。

「俺も行く。 どうやら……幻力とやらの流れが、解析できそうだ」

「大母に遭遇できそうだと言う事か」

「いや……その割りには大きな悪魔の気配がない。 ティアマトの時のように、多分何かの仕掛けがあると思う」

ケンシロウはマイペースに喋るが、嘘の類を言っている様子は無い。

ストーム1は普通に応じているが、やはり今でもケンシロウを怖がるクルーはいるようだった。

「現地までのナビはアーサーがしてくれる。 状況から考え、今まで以上の難敵がいる可能性が高い。 気を付けてほしい」

「イエッサ!」

ゴア隊長からの通信に答えると、すぐに出立する。

南極をシュバルツバースが覆い尽くしてしまえば、後はなし崩しだ。天文学的な被害が出る事になるだろう。

そうなる前に、全てのけりをつける。

文字通り、一秒だって無駄はないのだ。

 

3、幻力の渦の先

 

それはとんでもない巨人だった。身長二百メートルは軽くあっただろう。

戦闘も激烈を極めたが、残念な事にケンシロウが最初から本気モードだった。故に、デカイというだけではどうにもならなかった。

ケンシロウの凄まじい雄叫びと共に、経絡秘孔とかいうのに拳が叩き込まれる。

数百発の拳を喰らった巨人は、数歩蹈鞴を踏んで下がると。

全身が膨れあがり、そして爆裂し始める。

ケンシロウが振り返り、何か技名を呟く。巨人は、面白い悲鳴を上げて、全身爆発四散。後は膨大なマッカと、情報集積体が落ちてくる。

とはいっても、巨人にケンシロウが接近するまでに、相当な苦労があった。皆の疲弊も決して小さくない。

ケンシロウはぼーっと突っ立っているが。恐らく。重要な情報を収集しているのだろう。気だか幻力だかを読んでいる可能性もある。

何よりあの超ド級の巨人にとどめを刺したのはケンシロウだ。どうこういう資格は、唯野仁成にはなかった。

手分けして動く。

メイビーが点呼をした後、怪我人の負傷を回復させるべく、多数の悪魔を使って回復魔術を使っていく。

広域の回復魔術だけでは無い。

今ではメイビーは、十体以上の回復専門の悪魔を手持ちにおいていて。いつでもすぐに回復が出来るように特化した編成をしている。勿論それだけではまずいと判断しているのか、ストーム1の所に足繁く通っては、銃撃戦の手ほどきを受けているらしい。デモニカで補助されるとは言え、やはり世界最高の専門家のアドバイスを受けるのは大きな力になる。

周囲は巨人との戦闘で何もかも消し飛んでしまったが、その前は密林のようになっていた。

本当にこのグルースは、何が何だか分からない場所だ。

一通り、負傷者の手当は終わった。なにしろ相手がとんでもない大巨人だったから、此方の被害も大きかった。

戦闘の時も、兎に角大きい事を利用して、滅茶苦茶な範囲攻撃を繰り出しまくってきたので、相手の情報を見ている余裕が無かった。

それでも、ティアマトに比べたらだいぶ楽な相手だった事は否めない。

データを確認する。

あの巨人は、魔王マハーバリ。

神話によると、善政を敷き世界に光と喜びを溢れさせた存在だという。

なんでそれが魔王なのか小首をかしげてしまったが、どうやらビシュヌに倒される逸話があるらしく。結局の所、インド神話においてやられ役であるアスラ神族の一角に位置する存在であるが故に魔王とされているらしかった。

悪魔と言うのはこういうものだ。

悪魔を兎に角邪悪に描く一神教でも、古い時代の悪魔は必ずしも悪の権化という訳では無い。インド神話出身のこのマハーバリは、善政を敷いて世界に光と喜びをもたらしたというにも関わらず、インド神話における支配者であるディーヴァ神族に逆らったという理由で魔王にされてしまっている。何だかやるせない話だ。

そしてこのシュバルツバースにいる悪魔は、人間のシャドウだという話がある。

である以上、本来の善政を敷いた悲劇の王としてのマハーバリでは無く。神話でヴィシュヌの噛ませ犬として扱われたマハーバリが出現したのだろう。

それもまた、やるせない話だ。

ケンシロウが、ぶきっちょにPCを操作すると、方舟と何やら連絡を入れている。周囲を警戒していた唯野仁成は、それを横目に見ていたが。

やがてストーム1が戻ってくる。

「戦えるものは集まれ」

「イエッサ」

すぐに唯野仁成、それにヒメネス。他にも今回の戦いでは最前線で奮戦したウルフや、それにブレアが集まる。

他のクルーは、悪魔が殆どやられてしまっている。他数人しか集まらなかった。

「ケンシロウの話によると、どうやら複数の幻力の渦とやらが、この地点に集まっていた、と言う事で間違いないらしい。 要するに、この辺りで決戦が行われる事になりそうだ」

「!」

「勿論現時点で強大な悪魔の気配はない。 だが相手の実力は恐らくティアマト以上と判断して良いだろう。 それに何より、敵を実体化させる方法どころか、視認する方法もないのが現状だ」

「確かに、更地になったジャングルの跡地ですねここ」

ヒメネスがぼやく。

頷くと、ストーム1はケンシロウがふらふらと帰っていくのを横目に続ける。

「警戒するべきは、マンセマットら天使の介入。 他にも誰かしらの横やりが入るかどうかだ。 特に厳しい戦いになった後、アレックスに奇襲を仕掛けられるとまずい。 もうアレックスは俺たちが複数掛かりで対処しなければならないほどの相手ではなくなっているが、それでもデモニカを着ている。 一気に成長してまた姿を見せる可能性も否定出来ない」

その通りだ。

そこで、とストーム1は皆を見回した。

「この地点に大母を出現させる事になるだろうが、それには恐らく真田技術長官が、何かしらの装置を作って、その力で行うしかない。 更に言うならば、ティアマト戦同様に方舟も活用しての総力戦になるだろう。 しかしながら、戦闘での負担は少しでも減らしておきたい」

それはそうだ。

ストーム1は咳払いすると、幾つかの指示を出してきた。

この地点にトラップを仕掛ける、と言う事だ。

大母はいずれも今まで共通していたが。いや、大母だけではなく、空間支配悪魔も皆そうだったが。

実際に戦闘になると、今まで実体化していなかったものも、実体化した。

つまり物理的な攻撃が効くようになる、と言う事だ。

そこで、幾つもの物資を此処に運び込んで、それを設置しておく。事前にダメージを可能な限り与えるためである。

幸いプラントからの報告によると、グルースの土壌には凄まじい量のレアメタルが含まれているらしく。ほぼ何でも作れるという。

此処の面子を使って、ピストン輸送で物資をこの決戦予定地に運び込む。勿論調査次第では少しずれるかも知れないが。いずれにしても、今までグルースの要所にいた悪魔の戦闘力を考えると。

このグルースの大母とは、出来ればまともにやり合いたくないというのが、ストーム1の本音だそうだ。

これほどの人が其処まで言うのだ。

皆が戦慄しているのが、唯野仁成にも分かった。

そして、勝つためにはあらゆる努力を事前にしておく。まあそれが戦略というものなのだから、当然とは言えば当然ではあるか。

問題はジープが使えない事で、輸送にはもっと小型の装備を使わなければならない。此処に運び込める物資も限られてくる。

また、此処の大母が形を表した場合、空間の歪みがどうなるかも分からない。

それについては、真田技術長官が何かしらしてくれるらしいが。

いずれにしても、先に手は打つべきだと言うことだった。

作業が開始される。

調査班が色々と作業をしているので、それを護衛するチームと、輸送するチームに別れる。

唯野仁成は護衛班。ヒメネスは輸送班だ。

ナビに従って、どんどん物資が運び込まれてくる。ヒメネスはこういう労働を苦にしないようで、黙々と運び続けているが。

流石に参っている様子のクルーも目立った。

時々人員を交代しながら、物資を運び込む。勿論、大母が現れた瞬間爆殺できるほど甘い話ではないだろう。

其所で、様々な物資を使って、準備をしておくのである。

分かりきっている事が一つある。大母は此方を舐めきっている。

もしも本気で潰すつもりなのだったら、でんと構えていないで。空間の歪みを操作しまくって攪乱するとか。移動中の部隊をそれぞれ孤立させて、部下に襲撃させるとか、すればいいのだ。

それを自分にたどり着けないと思っているのか、ただ構えているだけ。

この油断はティアマトにも共通していたから、上位空間を支配しているという驕りから生じるのかも知れない。

三日掛けて、物資を運び込む。

大量のC70爆弾があるのを見て、ああなるほどとも思ったが。ストーム1が指定している物資には、よく分からないものもたくさんある。

いずれにしても、グルースの大母がティアマト同様訳が分からない能力を持っている可能性も極めて高く、それを考えると前衛として壊れること前提の機械の部隊を配置しておくのは悪くないのだろう。

物資の搬入が一段落する。

その頃には、真田さん自身が此処に足を運んで、ケンシロウと話をしながら何か大きな機械を組み立てていた。

アレが恐らくだが、幻力とやらをどうにかする装置なのだろう。

ケンシロウは質問にはよどみなく答えていて。真田さんは時々メモを取りながら、ゼレーニンをはじめとする研究室のメンバーと話をしていた。そしてどんどん部品を追加して、機械を組み立てているようだ。

見張りを続けている内に、視線を時々感じる。

多くの場合、こそこそこっちを覗いている天使のもののようだったが。たまに覚えがある視線を感じる。

視線の主は、ほぼ間違いなくあいつだ。堕天使さいふぁー。

面白がって、此方がやっている事を見ているのだろう。

まあ勝手に可能性とやらを追求して、此方を見ているが良い。有害なことをしないのなら、此方としても何もしない。

それにしても、恐らくは明けの明星と呼ばれる存在だろうに。その気配を察知できるようになってきたか。

勿論唯野仁成が強くなっただけではなく、相手がある程度分かるように気配を漏らしているのもあるのだろうが。

それにしても、個人が持つには過剰すぎる力を持ち始めていることになる。

しかしながら、ありのままの人間が如何に愚かしいかは。この人間の影とも言えるシュバルツバースで散々思い知った。

このままではいけない。それは確かにある。故に、唯野仁成は、この力と今後もつきあって行かなければならない。

「そろそろ戦略会議をする。 唯野仁成隊員、一度方舟に戻ってほしい」

「イエッサ」

答えると、周囲を見回す。

周囲は野戦陣地もびっくりの有様だ。実際、悪魔が興味を持って近づいて来た瞬間、ゴミのように撃墜されるのを何度か見た。それも弱い悪魔ではなく、そこそこに強い悪魔だったのに、である。

全自動での迎撃システムが組まれているので、問題は無い。大母との戦闘で全壊しても惜しくない。材料は全部グルースで自給したものだからだ。

皆と一緒に、方舟に戻る。

決戦まで、時間が掛かるのか、すぐなのかは分からない。

いずれにしてもはっきりしているのは、まだ超えなければならないハードルが幾つもあるという事だった。

 

方舟に戻る。サクナヒメは既にすっかり回復しているようで、いつでも出られる準備万端という雰囲気である。

正太郎長官も含めて、艦橋に幹部が全員集まる。

まず咳払いした真田技術長官が、説明を開始した。

「まずグルースに満ちている幻力だが、ついに観測に成功した」

「おお……」

声が上がる。流石だというのもある。やはりというのもある。

ケンシロウと真田さんが相談しながら、何かよく分からない機械で観測をしていたのは唯野仁成も見ていた。その状況で皆呼び出された。まあ、観測に成功したと言う事だと判断は誰でもする。

図が示される。

それによると、本来は空気中に存在し得ないものが幻力の正体だという。古くは不可思議な力の源泉として「霊的エーテル」というものの存在が考えられたが、これについては存在が既に否定されている。

だが、シュバルツバースは不可思議の世界だ。重力子も含めてあらゆる観測を行った結果、ある結論が出たという。

「悪魔が人間の思念に影響を受けているという話は、悪魔達から聞いていると思う。 そして幻力とは、幻を作り出し、そして神々の力そのものでもある。 つまりは、人間の思念そのものではないかと私は考えた」

そして、人間の思念とされる電気信号や脳内物質などから様々なデータを確認。大気中の量子のゆらぎなどとも照らし合わせ。更には今まで回収してきたロゼッタや情報集積体も全て確認した所。

以下のような結論が出たそうだ。

「そもそも精神生命体というのは、人間が脳内から発する特殊な電波そのものをエサにし、影響を受けている存在だと私は結論した。 これは恐らく人間に限らず、ある程度脳が発達した全ての生物の思考そのものをエサにしていると言っても良いと思う」

分かりにくい話だが、真田さんは更に説明をしてくれる。

観測されたのは、脳内から出る微弱な電磁波。特に際立ったものではないが、これがシュバルツバースでは、あり得ないほどに集まっているという。

理由としては、このシュバルツバースが恣意的に集めているから。

昔から普遍的無意識などと言う言葉が存在した。それについてはオカルトの域を出ていないが。

シュバルツバースはそもそも空間を歪曲させるほどの強力な力が働いている。

人間の微弱な思念を引き寄せて集める事くらいは、難しくは無いだろう。

その思念に強烈な指向性を持たせたものが気。そして、幻力だという。

データを具体的に見せてくれる。確かに脳内の電波波長にそっくりなものが大気中に渦となって満ちていて。それはケンシロウが書いた図に酷似している。

更に、その渦は多数が存在して。最終的に、あのマハーバリが存在していた空間へと収束していた。

要するに、このセクターグルースは、人間の雑多な思念を束ね。

その結果、訳が分からない、見ているだけで発狂しそうな空間と光景を作り出している訳だ。

今まで通って来たシュバルツバースの下位空間は、いずれもが人間の業そのものだったが。上位空間に入ると毛色が変わった。

それは、恐らくだが、人間の表面的な欲望が下位空間、深層にあるもっと奥深い闇が形になったものが上位空間。上位空間と下位空間でだからあらゆる意味で異なっていたのだ。

恐らくその中でもグルースは、雑多な表面的欲望を下位空間から集めつつ。深奥の深奥にある強烈な抑圧や、本人にも意味が分からない思念。

古くは薬などを使って祭で引きだしていた、いわゆる「神懸かり」の状態の精神を集めた場所。

そういうことなのだろう。

そう、真田さんは、データを出しながら、順番に説明をしていく。

なるほど、納得がいく。

此処にいる悪魔がどいつもこいつも極めて凶悪だったのも。そして大母が姿を見せないのも、それならば確かに分かる。

いわゆるトランス状態と言うのは、正気のままでは作り出せないのだから。

「なるほど、原理は理解した。 それで真田くん。 大母を引っ張り出すには、どうすればいいのかね」

「エサを断ちます」

「ほう」

「この空間に渦巻いている思念の渦……まあ単なる電波波長ですが、これが大母を支える餌になっているとそのまま推察できます。 そこで、カウンターとなる電波波長を流して、打ち消します。 手元にいる悪魔達には影響はありません。 ただ、思念そのものとなって漂っている大母には、それこそ己の体を引き裂かれるのと同じダメージが入る筈です」

えげつないが、確かにそれなら大母を引っ張り出すことが出来そうである。

ただし、と真田さんが言う。その装置を作るのに、数日かかるそうである。

グルース全域にその装置を配置するのは一日ほど。配置が終われば、一斉に装置を起動して、大母を一気に上手く行けば粉砕できる。

勿論そこまで上手くは行かないだろうが、文字通り触る事も出来ない状態から、無理矢理実体化させて、人間が戦える次元にまで引きずり下ろすことが可能になると言う。

サクナヒメが頷く。

「わしらに害はないのだな」

「既に実験を受けて貰ったと思います」

「ああ、あれか。 確かに害は無い。 なるほどな、空間に拡散している大母そのものにがつんと一撃をくれてやるわけだ。 痛快であるな」

真田さんが実際に作る装置の数と、それに掛かる時間を具体的に図で提示。そして、ゴア隊長が咳払いした。

「数日空くことになる。 幸い現時点で、稼働不可能なクルーもいない。 この時間を、勿論有効活用する」

それだけで分かる。嘆きの胎の調査時間というわけだ。

次は五層。

五層となると、以前恐怖を感じるほどの戦闘力を見せつけていた六層の看守悪魔と、大して変わらない実力の看守悪魔がいる筈だ。

四層では、五体の強力な看守悪魔が罠を張っていたが。

その代わり、五層ではそれ以上に強い囚人悪魔がいる可能性が高い。

ティアマトと同等か、それ以上か。

兎も角分からないが、近付いて調べて見るしか無い。危険な場所である可能性は極めて高いと判断した方が良いだろう。

いずれにしても、真田さんの負担を少しでも減らすためにも、嘆きの胎の攻略に注力し。

一気に五層を安全圏にしておきたい。

一線級の機動班クルーはかなり増えてきているが、そもそも四層までの安全は確保出来ているので。これで更に一線級で戦えるクルーを増やす事が出来るだろう。

すぐにゴア隊長が指示を出し、方舟は動き始める。

グルースには自動機械をかなりたくさんばらまいたが。野戦陣地には自衛機能もあるし、プラントには修復機能もある。

そして真田さんが作る装置に関しては、そもそもそれほど貴重な物資を必要とするようなものではなく。

むしろジャンクになっていたような物資を再利用できるものすらあるそうだ。

全クルーが方舟に乗ったことを確認。スキップドライブ開始。

嘆きの胎に到着まですぐである。

浅層には、そのまま野戦陣地とプラントが残されている。物資がコンテナに詰められ、その場に用意されているのが見えた。

方舟から降り立つと、すぐにクルーごとに別れて行動を開始する。今まで以上に強い悪魔が大勢現れるのはほぼ確定だ。

まずは、サクナヒメとストーム1を先頭に、五層に潜る。

五層は、その恐ろしい気配と裏腹に。随分と華やかな階層になっていた。

文字通りの意味である。

唯野仁成も一チームを率いて降りたのだが。周囲を見て、思わず目を細めたほどである。

元々巨大な植物の内側、という雰囲気がある嘆きの胎だが。

大量の花が咲いている。

どれもこれもがとても色彩鮮やかである。勿論こんな場所に咲いている花だ。迂闊に手を伸ばすのは危険すぎる。

調べるのは調査班と、その護衛の悪魔に任せる。周囲をまずは調べて、看守悪魔を探して狩っていく。

どうせ向こうから出てくるのである。

後は、アレックスに対する警戒がいる。今の時点で、アレックスは少なくともグルースには来ていない。

一方、五層に降りた直後に通信が来たのだが。

プラントが生産した食糧を人間が漁った形跡があったという。

間違いなくアレックスの仕業だろう。相当に苦労している様子が窺えて、少し寂しい笑みが浮かんでしまう。

負けたと判断した時の、アレックスのあの鬼相。

唯野仁成には、とてもではないが、理不尽な怒りをぶつけられているようには思えなかった。

相当な地獄を見て来た目だ。

そして今も、苦しんでいる。

アレックスには一度殺された。デメテルの手で蘇生は出来たが、肺をやられた以上本来は助からなかっただろう。

色んな思惑が交錯していたあの事件だが。それでも、アレックスを憎む選択肢は不思議とない。

不意に、大きなナメクジのような悪魔が現れたので。出会い頭にアサルトを叩き込み。更にアリスが火焔の魔術をぶっ放す。

ナメクジだから炎に弱いかと思えばそんな事もなく、炎を吸い込み始める始末である。手をかざして、アリスがおーと呟く。

「炎効きそうに無いね」

「冷気! 雷撃! 風撃! 順番に試してくれ!」

「おっけ!」

アリスが動く前に、アナーヒターが冷気の塊を叩き付ける。だが、柔軟な。そう、元々巻き貝の一種であるナメクジである。殻こそ失ったが、その代わり柔軟な体で狭い所にも時間さえ掛ければ幾らでも潜り込めるようになった生き物だ。氷の一撃を受けても、それほど効いている様子が無い。

口の中には鋭い牙がたくさん見えていて、クルーが悲鳴を押し殺す。

一斉にアサルトの弾丸を浴びせているが、聞いている様子が無い。

雷撃も叩き込まれるが、駄目だ。更にイシュタルが、拳に風を纏って上空から叩き込むが、それでも効いていない。

幻か何かかと一瞬疑ったが、よく見ると弾丸そのものはきちんと当たっている。AS99を操作して、グレネードを叩き込む。炎が効かないのは承知の上。爆圧ならどうだと思ったのだが、それも駄目だ。

動きも思った以上に速い。

イアペトスが突貫し、槍を連続して叩き込むが、五月蠅そうにしているだけである。更にアレスが、大上段から剣撃を浴びせるが、それも効いている様子は無い。

アリスが詠唱を開始。

皆が、さっと離れた。

ナメクジも首を伸ばしてアリスを見て、続けて何か吐き出す。

アナーヒターが氷の壁を展開して、その吐き出したものを防ぐが。とんでもない高濃度の酸らしく、一瞬で壁が溶解した。しかも、この様子からして高熱でもあるらしい。冗談じゃあない。

アリスが、周囲を呪いで圧殺する。

びたんびたんと、初めて苦しみながらナメクジがもがき回る。見る間に体が小さくなっていき。

アリスが呼吸を整えながら、面制圧の呪殺魔術を展開し終えた後には、何も残っていなかった。

まあ、マッカと情報集積体は残っていたが。全てがベタベタだった。

渋面で調査班に連絡を入れる。

他の班も、かなり手強い悪魔と遭遇している様子である。ヒメネスの班が救援を求めていて、場所も近い。

皆を叱咤して、ナビに従ってヒメネスの所に行く。

不思議と花は壁に咲いていて、走るときも踏みにじる事はなかった。

花は、いうまでもないが。

植物にとっては、いずれ実になるものだ。

そして実になった後は、種をまくことになる。

動物とは多少営みの仕組みが違うが、子孫を残すために重要な存在なのである。それに動物を媒介することがあるから、色鮮やかになる事が多い。

嘆きの胎に以前来た時は、こんなに五層は鮮やかではなかった。入り口付近を少し覗いたが、此処までの鮮やかさはなかった。

何が短時間で起きたのだろう。

それについては、ちょっとばかりよく分からないが。ともかく、今はヒメネスの救援が優先だ。

ヒメネスの所には、大きな虫が現れていた。肉食昆虫ではなく、揚羽蝶の幼虫に見える。強烈な臭いを出す臭角と呼ばれる器官を既に突きだしていた。この臭角、柑橘系を煮詰めたような強烈な臭いがするものだが。

この芋虫悪魔は、どうも魔術媒介として使っているらしい。

ヒメネス班は必死に応戦しているが、魔王含む強力な悪魔が、皆へたり込んで動けずにいる。

今も、誰かが展開した悪魔を、巨大芋虫はバリバリ囓っていた。

「ヒトナリ、来てくれたか! 悪魔が無力化される! 気を付けろ!」

「弾は効かないのか」

「効いてはいるが、火力がたりねえ!」

「よし、あの頭にあるオレンジ色に集中攻撃だ」

オレンジ色とは。そのまま臭角の事である。どう見てもアレが、悪魔を動けなくしている元凶だ。

全員でライサンダーとアサルトを交互にぶっ放して、集中攻撃を浴びせる。特に唯野仁成は、今回の任務からライサンダーFを受け取っている。ヒメネスもである。二人が渡されている次世代ライサンダーを使って、猛射を浴びせかける。火力がさっきは足りなかったが、頭数が単純に倍になったのだ。更に、ライサンダーの火力もあって、ついに臭角が破損するのが見えた。

芋虫が悲鳴を上げながら、もがき、びたんびたんと巨体を周囲に叩き付ける。

へたり込んでいた悪魔達が動き出す。

やはり、アレを潰すのが最優先だったか。

「よし、今までの借りを倍にして返してやれっ!」

ヒメネスの魔王達が率先して躍りかかり、芋虫の巨体を押さえつけると、一斉に武器を突き刺す。

他のクルーの悪魔達も、接近戦組が一斉に躍りかかり。やがて、巨大芋虫は、全身に武器を突き刺され、解体され。

無念そうにもがきながら、マッカと情報集積体になって消えていった。

周囲に不愉快な臭いは無い。

呼吸を整えているヒメネスに、あれが揚羽蝶の幼虫に似ていた事、更には臭角の話をすると。

頭を掻いて困惑した。

「くわしいなお前。 だが面白い情報だな。 後で調べて覚えておく」

「妹と一緒に虫の図鑑を見ていた頃があってな。 俺の親は問題があって、絵本をロクに妹に買ってやらなかった。 妹は俺に図鑑を読むことを寝る前にせがんでいた時期があって、その頃古い図鑑を引っ張り出して読んだものだ。 後で自衛隊の任務の時に現物を見て、嗚呼図鑑で見たなと懐かしかったよ」

「なるほどな。 そういう事があったのなら、覚えているのも納得だ」

「ヒメネス! あれ、あれ!」

不意にバガブーがPCから出てくると、ヒメネスに促す。

火線が閃いている。位置的に見て、ストーム1のチームか。すぐに皆を再編成して、ナビを確認。

空間の歪みはあるにはあるが、回避していけそうだ。

すぐに救援に向かう。

どうもこの第五層。変な悪魔ばかりのようだ。ひょっとすると、ストーム1でも苦戦するかも知れない。

ストーム1の所にはすぐに辿りつく。

クルー達が、かなり苦しそうにしている中、ストーム1だけが一人立って敵と戦っていた。

相対しているのは、何だ。

巨大な甲虫か。カナブン、いや違う。ハナムグリに見える。カナブンよりも小型だが、名前の通り花の中にいる事が多い甲虫で、花粉の媒介を行う大人しい生物だ。

ナメクジにしても揚羽蝶の幼虫にしても、凶暴化しているのはどういうことかよく分からないが。

ともかくハナムグリもそうだと言う事か。

ストーム1が通信をすぐに入れてくる。かなり声が荒々しい。余裕が無いと言う事なのだろう。

「距離を取ったまま狙撃銃で攻撃を。 悪魔には遠距離魔法を使わせろ」

「イエッサ。 しかし、他のクルー達は」

「どうやらあの忌々しいハナムグリは、いるだけで人間の体力を奪っていく様子だ」

なるほど、それは近づけないか。ストーム1が苦戦しているのも無理はない。

サクナヒメだったら一刀両断で片付けていたかも知れないが、いや、それも楽観的観測か。

距離を保ったまま、一斉にヒメネス班と一緒に狙撃を開始する。ライサンダーの弾は、生半可な狙撃銃とは破壊力が違う。

一般的な対物ライフルは、いわゆるハンヴィーなどの軽装甲車両なら貫通することがある。装甲車くらいになると、当たり所が良ければひょっとすれば効くかも知れないと言うレベルである。

だが。そもそも携行用艦砲と呼ばれているライサンダーシリーズは、それらとは根本的に違い。MBTの装甲を最も分厚い真正面から余裕を持って貫通する。通常版のライサンダーですらそれで、今唯野仁成とヒメネスが使っているF型は、恐らくだが大型戦闘用艦船の装甲も貫通すると試算されている。

他の皆も、ライサンダー2が既に支給されている状態だ。距離を保ったまま、ハナムグリを一方的に打ち据え続ける。

鬱陶しそうに此方を見るハナムグリ。甲虫の分厚い装甲も、流石に彼方此方凹み始めている。

ストーム1が、短く通信を入れて来た。

一箇所、攻撃が集中して、かなりへこみが大きくなっている場所がある。映像でピックアップしてきた。

「狙え」

「イエッサ!」

ヒメネスと声を合わせて、ストーム1のライサンダーZと同時に、ライサンダーFの射撃を重ねて、トリプルピンホールショットを決める。

これには文字通り要塞のような悪魔だったハナムグリの怪物も、ひとたまりもない。

装甲をぶち抜かれれば、後は脆い。

内部で弾丸が凄まじい反響をしたのだろう。一瞬にして、ハナムグリは体を引きつらせると、その場で動かなくなり。マッカと情報集積体に変わっていった。

ストーム1が片膝を突く。

流石に、他のクルーを守るためとは言え、相当に無理をしていたのだ。

すぐに駆け寄り、他のクルーも担いで、方舟に戻る。やはり五層はそう簡単には進ませては貰えないか。

途中、三層でライドウ氏が演習をしているのが見えた。二線級のクルーの実力もかなり上がって来ている。

今五層は姫様のチームだけか。ケンシロウが護衛している調査班は、戦闘に関しては期待してはいけないだろう。

少し不安だが、兎も角負傷者は届けなければならない。

大量のドローンが、五層に飛んで行くのが見えた。

戦闘用のものには見えない。グルース同様、ドローンを使って一気に周囲の地図や、空間の歪みを調査していくのだろう。

正しいドローンの使い方だ。

方舟に到着。衰弱しきっているクルーを医療室に。ストーム1も流石に今回は参った様子で、礼だけ軽く言うと、回復用のカプセルに自分から入った。ゾイから話を聞いたが、どうやら人間の体内にもあるらしいライドウ氏が言及していた「生体マグネタイト」を直接吸収されていたらしい。

これに関しては。生体マグネタイトとは言うが、実際は血肉そのものや、脂肪などに蓄えられているカロリーそのもので。

魔術によってそれらカロリー(早い話が単なる熱量)を固定化したものが、生体マグネタイトだという。

正体が割れるとぶっちゃけ夢も何もないが。実際問題、そんなものなのかもしれない。

兎も角皆が非常な栄養不足に陥っているのは事実。休息を挟んだ後、皆にはご飯を食べて貰って、それで回復して貰う事になるそうだ。

唯野仁成とヒメネスはまだいける。

ゴア隊長に軽く状況を報告した後、プラントの護衛などに当たっていたクルーから動ける人物を回して貰い。負傷者や、悪魔をかなり消耗させているクルーと交代させる。

唯野仁成とヒメネスの班が、スペシャル達ほどではないにしても、その補助として動けるようになった今。

手数が増え。こういった危険地帯の探索も、かなりはかどるようになっている事は、事実だった。

 

4、収穫は近い

 

デメテルは嘆きの胎の六層で、小さくあくびをしながら横になっていた。

周囲には、無数の実が転がっている。これらの実は、嘆きの胎で流された血が実になったもの。

要するに収穫物だ。

そして、嘆きの胎における最も重要な収穫物こそ、実りだが。それも、順調に育っている。

周囲には、既に洗脳して従えた看守悪魔達。

全く、メムアレフも脇が甘い。戦闘力ばかり重視して、どいつもこいつも頭が弱い悪魔ばかりを看守に揃えるからこうなる。

既にヘカトンケイレス三兄弟をはじめとして、この嘆きの胎にいる強大な看守は、全てデメテルの麾下にある。

ならば何故囚人を救わないのか。

理由は。周囲に散らばっている大量の実と同じ。

実りを完成させるには、そもそももっと苛烈で、戦力が拮抗した相手との戦闘が必要になるからだ。

五層に人間達が来ているのは分かっている。

恐らくグルースと人間達が呼んでいる空間の攻略の手はずが整い、戦力の調整のために来たのだろう。

それでいい。

明けの明星に余計なちょっかいをかけられると面倒だから、マンセマットに大事な娘を貸してやったのだ。

とはいっても、あのペ天使が言う事を聞くとも思えない。

明けの明星の攻撃があったら、流石に必死で身を守ろうとするだろうが。デメテルは既に確認している。

マンセマットにとっては天敵に等しいガブリエルが、人間共に協力していることを。

ガブリエルが一声掛ければ、マンセマットの所にいる天使は、全部まとめて人間の麾下に入るだろう。

勿論それに気付かせてはいけないから、わざわざ人間共を誘導したのだ。

ドローンとかいったか。あの機械で出来たカトンボを誘導し、重要地点を守っている悪魔の所に行かせるのはデメテルも苦労した。

人間共もどんどん力をつけているから、ちょっとでも油断すると細工に気付かれる。

苦労した甲斐あって、既に人間共はグルースの仕組みを理解した様子だ。

後は、あの空間の支配者である大母。そのままマーヤーが具現化した存在を、ぶっつぶしてくれればそれでいい。

流石にマーヤーは次元違いの怪物だが。

そのために、五層に人間共を誘導したのだ。

ゼウスをくれてやる。

オリンポス神族の筆頭にして、世界でももっとも有名な雷神の一柱。デメテルの不出来な弟であり。そしてデメテルの大事な娘を。

まあそれはいい。今回、道具になる事で帳消しにしてやる。

立ち上がると、デメテルは伸びをする。目を細めて、五層の様子を確認。

あのサクナヒメという武神が主に大暴れしていて、五層の強力な看守達を片っ端から片付けている。

また唯野仁成も、多くの勢力が目をつけているだけの事はある。

実にハーヴェストな活躍だ。最初の頃と同一人物とはとても思えない。実に素晴らしい活躍で、五層の看守悪魔を片付け。そして力を増している。ヒメネスという人間も、それに近い活躍をしている。

これは、明日にはゼウスに手が届くだろう。そして、実りはますます充実することになる。

勘違いしている者が大半だ。そして、気付かせてはならない。

実りは現物がある必要はないのだ。

この嘆きの胎は、文字通りの胎。本来はメムアレフが、シュバルツバースが必要とする物資を産み出すために作り出した特殊な空間だった。

牢獄としての役割もあったが。それ以上に大事だったのは、収監された秩序属性の悪魔達が、栄養分となる事。

だが、その仕組みは、残念ながら豊穣神の中の豊穣神であるデメテルにはお見通しだった。

今の外の時代は、飽くなき飽食の時代。

オーカスとか言う醜い豚の魔王が言っていたように、人間は際限なく喰らっている。愚かなあのアスラが言ったように、際限なく排泄している。

その行為そのものが、豊穣神であるデメテルの力を高めた。

シュバルツバースのバランスを組み替える作業を行った結果、メムアレフは一旦疲れ果ててしまい、眠りに落ちた。

それで充分だった。デメテルが脱走するには。

後は、嘆きの胎を蹂躙して、自分の私物に切り替え。そして、ついでに此処に寄せて来た人間達を利用する準備を整え。

計画も、既に最終段階に近付きつつある。

数名、看守悪魔に声を掛けて、来るように指示。そのまま、六層の奥へとわざわざ引っ込む。

これは、五層の攻略の邪魔をさせないようにするためだ。

噛ませ犬として最適と判断したアレックスは、散々ストレスを掛けた後だ。唯野仁成の養分になる事はあっても、邪魔になることはあるまい。

問題はゼウスがとんでもなく強い事だが。

今のあの人間共なら、充分。

ゼウスを打ち倒せるならば、その時得られる実りの栄養分は充分過ぎる程。

実際には、ただ実ればいいのだ。

誰が持っていようと、そんなものは関係無いのである。

デク人形として突っ立っている看守悪魔達に、六層から更にその深部にある、ある重要空間の入り口を守らせる。

そして、自身は伸びをしながら歩き、座り心地が良く調整した草のベッドに横たわった。

後は、文字通り寝ているだけでいい。

マンセマットはもう終わり。

明けの明星は、マンセマットに対して警戒はしているが。デメテルの真の目的をまだ読めてはいないはず。

この更に下層にいるある存在を、重鎮とも言える部下達を使って封じているようだが、それだけでは意味がない。

悪いが、明けの明星なんて勘違いから作り出された悪魔よりも。

デメテルの方が遙かに古い神格であり。

そしてその狡猾さも上だ。

地獄のような内ゲバで揉まれ続け。家族を奪われ。血涙を流し続けて来たデメテルなのである。

もはや我慢の限度は尽きた。

間もなく嘆きの胎五層では、囚人となっているゼウスを巡っての決戦が始まるはずだ。

デメテルは実りがどのように出来たかを確認しに行くだけでいい。

ゼウスは勿論デメテルに不安を感じるだろうが、感じたところでもう遅い。

既に計画は。九割はなっているのだから。

 

(続)