黒の世界の深層へ

 

序、稲妻は動く

 

一線級機動班の大半が動けなくなった事で、しばらく方舟は停止していた。それでも三日ほどだが。

既に動けるようになった唯野仁成は、サクナヒメのいるという神田に出向く。場所としては、方舟の前半部に存在しているビオトープ。方舟の中に空間を確保し、田と、それに関する環境を作り上げた部屋。

サクナヒメにとっての神殿。神田であって、同時に神殿でもある場所。

此処に出入りしている人間は、方舟のクルーの中でも植物に知識があったり、或いは食べるのが好きだったりする人間。

ムッチーノがいたので、唯野仁成は驚いた。嬉しそうにおにぎりを食べているのは、あまりにもイメージ通りの姿だ。

「やあヒトナリ。 姫様に来るように言われたんだって?」

「ああ。 丁度皆動けない状態だし、一度来てみるのも良いと思ってな」

周囲を見回す。

廃田となった場所から取って来たらしい土。上には空はないが、代わりに強めの照明がある。

飛んでいるのはトンボだろうか。周囲には虫もいて、蛙の鳴き声さえある。

蛙は少し前に厄介なのと戦ったが、此処で聞く蛙の声は心地が良い。

「定期的に此処は季節を変えているんだよ。 今は秋でもうすぐ収穫。 蛙たちは彼処の水槽さ」

「色々あるんだな」

水源もある。ポンプで水をくみ上げて、贅沢に使っている。

田んぼはそれほど広くは無い。そもそも四百メートルほどあるこの方舟の中でも、三十メートル四方の空間を確保するのはとても大変な事なのだ。だがサクナヒメが豊穣神であり武神でもある事を考えると、此処は必要だ。

何しろ彼女は最大戦力の一人。

最近ライドウ氏に聞いたが、潜在能力を全発揮すれば、ライドウ氏の手持ちのどの悪魔よりも強いと言う。

まだサクナヒメの力は伸びる。

それを考えると、このビオトープの存在は絶対とも言える。

田植え用らしい、作業着を着たサクナヒメが来る。手にしているのは鎌である。まだ回復しきっていない様子だ。

それはそうだろう。ウロボロス戦で極限まで力を出しきったのだから。意識まで失っているサクナヒメは初めて見た。

「おう、来たか唯野仁成。 手伝って貰おうかな」

「俺は実物の田んぼに触れたことがありません。 何をすれば良いですか?」

「靴は変えて、手もちゃんと洗ってあるな。 ……どれ、服装は」

じっとサクナヒメに見られる。

サクナヒメは前から後ろから唯野仁成の服装を確認した後、帽子を被るように指示。確かに此処は、デモニカ無しでも過ごせるが、日差しがきついかも知れない。それ以上に、髪の毛が落ちるのを避けたいのだそうだ。

「本来はそこまで気にすることでもないのだがな。 このビオトープとやらは狭い上に無理矢理わしに都合が良い田を再現しておる。 故に神経質過ぎるくらいで丁度良いのよ」

「この後はどうしますか?」

「収穫までは……もう少しだな」

サクナヒメが見た所、まだ穂を垂らしている稲は充分に育ちきってはいないようである。

それでも、田んぼの状態は確認したいらしい。

稲を踏まないように注意しながら、田に入る。

稲の茎の状態を確認しているサクナヒメ。何をしているのか聞くと、寄生虫がいないか確認しているそうだ。

日本でもそうだが、稲作は害虫との戦いの歴史だ。勿論病気も怖いが、害虫がとにかく厄介である。

特に浮塵子は甚大な被害を出し続けてきた。

この田に植えられているサクナヒメの稲「天穂」は、そういった病気や害虫とも戦い続けて、強くなってきた品種であるらしい。

そして敢えて強くするために、時々害虫などを入れて様子を見ているのだそうだ。

確認を終えると、田から出る。

もう少しで黄金になると、サクナヒメは言うのだった。

肥の様子も確認している。何でもクルーの排泄物の一部を使っているらしい。随分と本格的にやっているのだなと、感心してしまう。

「流石豊穣神ですね」

「実はわしはな、失態で流刑になるまでまともに稲作をしたことがなかった」

「……」

「流刑先で、知識のある人間と一緒に稲作を覚えた。 最初は苦労してもまともに稲など育たぬでのう。 彼岸花の根から毒抜きをして、団子にして食べたりもした。 稲作を投げだそうとした事も何度もあった」

豊穣神と言ってもこんなものよと、サクナヒメは苦笑いする。

大望を果たし、神々の都に帰った後は。定期的に流刑先に出向いては、稲作を行うようになったという。

其所は第二のふるさとだと、サクナヒメは言うのだった。

「この世界……シュバルツバースにいる悪魔は、ひたすらに人間への恨み事を述べているように思う。 事実わしも呼ばれてからこの世界の醜悪さには辟易した。 だが、話が通じる相手もいる。 それは間違いの無い事実よ」

「姫様にそう言って貰えるのは嬉しいですが」

「……分かっておるな。 この世界にいる悪魔共の言う事にも一利はある。 シュバルツバースの外にいる人間達は、いずれ世界を食い潰す。 シュバルツバースとやらを破壊しても、本当に解決にはなるまいな。 更に先を考える必要がある。 そなたなら、分かっている筈だ」

稲の確認を終えたサクナヒメが田を上がる。

人間に友好的で、共にあることを選んでくれている神。だからこそに、人間に対して厳しい事も言う。

人間と一緒に過ごしたから。良いところも悪いところも知っているのだ。

故に、出てくる言葉なのだろう。

人間に信仰だけを受けて、共に無かったシュバルツバースの悪魔達とこの神は違う。それは再確認させられた。

神田を出ると、サクナヒメは少し力が回復したようだった。農作業そのもので、かなり回復出来るらしい。今はちょっとだけしか農作業を出来なかった。だが、このビオトープでは様々な方法で稲の育成を促進しているらしい。収穫の時は、更に力を増し、回復も一気に出来るとか。

後は、ライドウ氏の悪魔の魔術で回復を進めるそうだ。また、クルー達の信仰も、サクナヒメの力を回復させている。

現時点での力のまんたんまでは、あと数日かかるという事だが。

逆に言うと、その数日は動けないだろう。

自室に戻る。まだ唯野仁成も回復に努めた方が良い。

現在、方舟は嘆きの胎に来ていて、唯一ウロボロス戦で負傷しなかったストーム1が二線級機動班クルーの演習を進めているが。弾の補給と演習くらいしか出来る事がない。

ドローンも飛ばして四層を探ってはいるようだが。現時点で目立った動きは無い様子である。

罠の可能性が高い。

それは、イシュタルにも警告されている。

元々あのデメテルは四層に囚人として捕まっていたらしいが。

それを直接問いただすのは止めた方が良いだろう。

自室のベッドに転がると、他のクルーの状態を確認する。

ウルフはやはりかなり長引くようだ。最新の医療設備を使って、最高の医者がついていても無理なものは無理。

一方ブレアはそろそろ復帰出来るという。メイビーも、本人が戦わないのならと言う条件で復帰出来そうだとか。

ただ、それでも一線級の機動班クルーが半減しているのは事実である。

二線級の機動班クルーの育成を急がないとまずい。

スペシャル達の内、ケンシロウはもう復帰。ライドウ氏は少し傷の回復が長引いてしまっている。

これはライドウ氏が医務室に出向いて調べた所、山のように古傷が見つかったらしく。完治するまで医務室にいるようにとゾイに言われたからだそうだ。完治までは少し掛かるそうで。

要するに現時点では、まともに動けるスペシャルは、ケンシロウとストーム1しかいない事になる。

これまでにない厳しい状況である。

呼び出しがあったので、出向く。

ケンシロウが、二線級の機動班クルーを連れて、ぞろぞろと嘆きの胎二層に降りていくのが見えた。

現状、二線級のクルーでは二層で鍛えるのが限界だろう。

一方、一度戻って来たストーム1は。現在動ける機動班一線級クルーを連れて、四層に潜る。中には調査班のゼレーニンもいる。

今、嘆きの胎に停泊しているが。

その時間を少しでも無駄にしないため、である。

四層もまた、空間がねじ曲がった広い階層であり。六層ほどではないが、強力な看守悪魔が彷徨いている。

一線級のクルーを更に鍛え上げておかないと、次の空間。大母が控えている場所に出向くのは自殺行為。

そう上層部全員が一致で判断し。

こうして、ヒメネスや唯野仁成も含んだ最精鋭で出向いている、というわけである。

幾ら大天使ラジエルを従えて、守りに関して相当なものを得たゼレーニンとは言え。それでも守りに特化しているのは事実。

守りながら動かなければいけないし、かなり難易度は高い。

四層に入って、電波中継器を撒きながら移動していると、いきなり巨大な牛頭の屈強な悪魔に出くわす。背丈は六メートルはある。その上、身の丈大のとんでもない巨大な斧を振りかざして、雄叫びを上げる其奴の顔面に。

出会い頭に、ストーム1がライサンダーFの弾丸を叩き込む。

怯んだところに、それぞれの機動班のエース悪魔が一斉に襲いかかる。唯野仁成は、アリス達を手で制止すると、剣を抜いて突貫。

多数の悪魔に組み付かれて動きが取れない牛頭の悪魔の懐に潜り込むと。

顎から脳天へ、刃を通していた。

鮮血が上下に噴き上がり、牛頭の屈強な悪魔がぐらりと揺れ。

飛び退いた唯野仁成の前で倒れると、マッカになって消えていった。

なお、牛頭の悪魔の斧を持つ腕を的確に射撃しつつ、動きを止めてくれていたのはヒメネスである。

「邪鬼ミノタウルス。 これが、ミノタウルスなのね……」

ゼレーニンが、今撃ち倒した悪魔について調べている。唯野仁成は呼吸も殆ど乱していなかった。

まあ相手が不用意に飛び出してきて、集中攻撃を食らって動けないところに、接近してからの理想的な一撃を叩き込んだだけだ。

普段はこうはいかない。

「ミノタウルスか。 俺も名前は聞いたことがあるが」

「人間と牛の間に産まれて、人間の子供を好んで食し、迷宮に閉じ込められていたという陰惨で凶悪な怪物よ。 ただ、その陰惨な怪物の出自も酷くまた陰惨なのだけれど」

「ハ、人間と牛の合いの子ね……」

ヒメネスが、アサルトのマガジンを交換しながらぼやく。

いずれにしても、四層の看守単独ならそれほど苦労する事はなさそうだ。単独なら、である。

可能な限り、四層の探索を進めておく。

最低でもサクナヒメが復帰してから、次の大母の空間に出向く。そもそも、ウロボロスから回収したロゼッタの解析にも時間が掛かる。次の空間へも、スキップドライブを重ねるようにして赴かなければならない様子であるから、何が起きるか分からない。準備は徹底的にやらなければならない。

今のこの戦力なら、恐らくアレックスに奇襲されても対応出来る。

アレックスからして見れば、唯野仁成どころか、ヒメネスとゼレーニンも揃っている現状、仕掛けてくる好機だろうが。動いてくる様子が無い。アモンを連れていても、勝てる見込みがない。そう判断しているのはほぼ確実だ。

だから、相手が出てくるのは敢えて考慮しない。油断もしないが。

二体目の看守に遭遇。

大柄な魚の上半身を持った、奇怪な悪魔だ。データがないらしい。下半身はタコのようになっていて、口からいきなり猛烈な吹雪をぶっ放してくる。

しかも、雪が酸性の様子で。デモニカが警告をしてくるほどだ。

だが、吹雪がとまる。

ストーム1が、吹雪越しに一撃を完璧に決めたのである。

更に、吹雪を防ぐように、アナーヒターが即時で壁を展開。魚悪魔は、悲鳴を上げて跳び上がった所を、上空に既にいたヒメネスのロキが、拳を固めて叩き落としていた。

後は地面でもがいている所を、よってたかって叩き伏せるのみ。

死んだ後に、情報集積体を回収。

空間の歪みがあるので、アーサーから警告を受ける。奇襲をいつ受けても不思議ではないからだ。

「総員一旦集合。 周囲に警戒を」

ストーム1の言葉に、すぐに皆が円陣を組んで、周囲を警戒する。

ストーム1はこの間のウロボロスのガーディアンとの戦いで、敵の攻勢を完璧に察知して見せた。

もう人間を超越しているとしか思えない勘を持っているストーム1は、戦場の申し子である。

ただ、ストーム1自身は国際再建機構の古参メンバーであっても、元々は軍属では無かったらしく。

その詳しい素性は聞いていない。

どうも警備員をやっていたらしいと言う話は聞いているが。

それ以上は、唯野仁成も知らない。

周囲を警戒したまま、わずかな間を置くが。

直後、飛び出してくる数体の悪魔。

いずれもが、間違いなく看守悪魔だ。

すぐに手持ちの最強の悪魔を全て出して、対応に掛かる。黙々とストーム1が支援射撃をしてくれるので、はっきり言って助かる。動きが止まった相手に、大火力の魔術を叩きこんで、一匹ずつ始末する。

どうもこの階層、人間と他の生物を混ぜたキメラ的な悪魔の姿が目につく。

看守悪魔は一匹でも多く始末しておけば、後が絶対に楽になる。実際問題、既に二層は完全に二線級クルーの演習場兼狩り場となっている。近いうちに、これが三層になることだろう。

激しいが短い戦いを終える。

負傷者が数名出ていたので、すぐに回復を行う。メイビーは戦闘をしないという条件で出て来ていたので、広域回復がすぐに使えるのが大きい。メイビーが展開した女神については、そういえば名前をまだ聞いていなかった。

メイビーに話を聞くと、少し悩んだ後、言われた。

「あれは女神ハトホルよ」

「俺が使っていたハトホルとは違うようだが」

「古代エジプトの信仰はかなり複雑で混線していたようなの。 北欧神話などもそうなのだけれど」

何でも、複数の女神の性質がごたまぜにされ。それぞれがローマ時代まで名前を残しているという。

ハトホルも例外では無いが。

そもそも他の女神などと要素を混ぜられ、強化された状態の、後世のイメージのハトホルがあれだそうだ。

そういえば、唯野仁成が行使していたハトホルよりも、何となく雰囲気が神々しい。

ローマ神話時代には、荒々しいギリシャ神話時代に比べて、神々が神々しくお行儀が良くなったと聞いているが。

ローマ神話ともギリシャ神話とも関係無いエジプト神話の神格まで、その煽りを食っていたと言う事か。

古代のシャーマニズムに近い信仰から、国家運営に密接に結びついた道徳としての宗教へ脱皮する過程に巻き込まれたというのがその理由らしいが。

いずれにしても、より強い力になったハトホルは、頼りになる回復力を有している。

それで、良かったのかも知れない。

いずれにしても、激戦を終えたところで、一旦戻る事になる。

四層の入り口にはタレットが配置されているが、悪魔も近寄る様子はない。まあ、そもそも近寄る意味がないからなのだろう。

一旦方舟まで戻る。演習中の二線級クルー達も、方舟に戻っていた。

プラントも回収されている。

ということは、恐らくだが。次の空間に出向く、と言う事で間違いないのだろう。

全クルーが戻った事が放送される。

ああ、何かあるなと思ったが。

その予想は当たった。

春香の声で、通信が入る。

「幾つかの連絡事項があります」

「……やっぱりな」

ヒメネスがぼやく。物資搬入口で待機という話だったから、怪しいものを感じていたのだろう。

唯野仁成も同じだったから、其所は苦笑いするしかない。

「まず第一に、次の大母の空間にスキップドライブする準備が整いました。 しかしサクナヒメの状態が思わしくありません。 もう少し回復を進めてから、実際のスキップドライブを行います」

「姫様、あのもの凄い一撃で力を出し切った感触だったもんな……」

「ああ。 あれがなければ、ウロボロスの攻略は不可能だっただろう」

「……感謝の言葉しかねえぜ」

ヒメネスに同意する。

そのまま、春香による通信を聞く。

「二日ほどでどうにか動けるところまで持って行けるようです。 ここのところ機動班クルーも消耗が激しかったところですし、二日は休暇にします。 一旦エリダヌスに移動しますので、エリダヌスに移動し次第、交代で休養に入ってください」

通信が終わる。

同時に方舟が上昇を開始。

そして、スキップドライブして、エリダヌスへと移動を終了していた。

物資は充分にあるという事なのだろう。それに、上位空間へのスキップドライブに関して、データを取りたいのかも知れない。

揺れは殆ど無く。非常にスムーズにエリダヌスへ再侵入を果たしていた。

ただしいきなり上位空間に出て。しかも、上空に例のバニシングポイントが口を開けている状態だが。

あの中には壁がまだ何枚か存在していて。

全て破らない限り、出る事は出来ない。

それを聞いて、ヒメネスは落胆したようだが。今までのように悪態をつくことは無かった。

もう、覚悟は決めていると言う事なのだろう。

スキップドライブが終わった後、解散となる。各自自室に戻ったり、レクリエーションルームに。

調査班はここからが本番らしく、ゼレーニンは研究室に向かう後ろ姿が見えた。

唯野仁成は、自室で寝ることにする。少し疲れが溜まっているし、今のうちに体のチューニングをしておきたいからだ。

ヒメネスも無言で自室に戻っていった。

いずれにしても、貴重な二日間の休みだ。攻略が想像以上に順調に進んではいるようだが。

それでも、このクールダウンは、本当に有り難かった。

 

1、困難はまだ続く

 

休暇はあっと言う間に終わり。

次の大母の空間にスキップドライブする準備が整った。

同時に、全員が通信を見ている状態で。国際再建機構本部に、映像つきの通信を入れる。

普段からデータのみならやりとりはしているが。

こうやって、直接話す事で進捗を実感できる。そういう心理効果を狙ってのことだ。

勿論それは分かっているから、茶番だなんだと口にするつもりはない。

唯野仁成としては、やりとりを見つめるだけである。

最初に報告をしたのはゴア隊長だ。

セクターエリダヌスの攻略を完了したこと。

謎の空間、嘆きの胎三層にて、今まで大きな障害になっていたアレックスの撃退に成功した事。

更には、現時点ではライトニングによる大きな邪魔は入っていないこと。

そしてエリダヌスの次の空間に、これからスキップドライブする事、である。

おおと各国の代表が声を上げる。

向こう側からも、連絡があった。

「真田くんの指摘があって、君達がし損じた場合のシュバルツバース破壊計画について見直すことになった」

「?」

「我々が通信途絶した場合、核兵器の飽和攻撃によって、シュバルツバースを消滅させる計画が挙がっていたのだ。 だが私が上手く行かないことを示していた」

「そうだな。 一応幾つかのシミュレーションでは上手く行くとなっていたのだが、シュバルツバースの構造が君達が贈ってくれたデータによって、より複雑だと言う事がわかってきた。 恐らく表層部分は核の高熱で破壊出来るが、表層しか破壊出来ないと言う事もはっきりした」

無駄に放射性物質をまき散らして、南極近辺を汚染しないのであれば何よりである。

更に、現在のシュバルツバースの状態も表示される。

まだ南極からシュバルツバースは出ていない。予想以上に攻略が速いという話は、どうやら本当らしい。

ただ、この様子だと時間の問題でもある。

シュバルツバースは、いずれ南極全てを飲み込み、南アメリカやアフリカに到達するだろう。

そうなったら、人間の生息域に出たと判断した、シュバルツバース下層空間の魔王達が侵攻を開始しかねない。アントリアからデルファイナスまでの空間以外にも、下層の空間が幾つも存在している事は既にはっきりしている。その数は分からないし、どれだけの悪魔が出現するかも分からない。ただ、どう楽観的に見ても天文学的な数の悪魔が出てくるのは確定だろう。

もしもそうなれば、国際再建機構や、各国が準備した軍によって反撃せざるをえず。

最貧国が連なる地域での戦闘で、多くの被害が出ることは確定だった。

初期消火に失敗すれば、大量の悪魔が世界中に放たれるわけで。それこそ手に負えない状態になる。

出来るだけ、急がなければならないのも事実だった。

「現時点では、此方も軍の整備と出動準備を進めている状況だ。 君達がシュバルツバースの破壊に成功すれば、それも必要なくなるかも知れないが……」

「努力はします。 お互い、必要なデータのやりとりは密接に行いましょう」

「うむ……」

通信が終わる。

重力子は最近発見されたばかり。それを使った通信は、機器に著しい負担が掛かるのも事実である。

如何に真田さんが改良を重ねたと言っても、それは同じ。

とりあえず、エネルギーの回復を少し待つ。その後、全員に、体を船内に固定するようにアナウンスが入る。

唯野仁成は、物資搬入口に移動。

ようやく回復を済ませたサクナヒメとケンシロウが来ている。

物資搬入口にて、体の固定を済ませると。クルーに点呼が入る。

インフラ班が、AFVや重機の固定を済ませて、点呼に応じると。

いよいよ、スキップドライブが開始された。

一旦バニシングポイントへの突入を開始。ただし、突入と同時に、量子のゆらぎのパターンから見て、それるように空間跳躍を行い。

つながっている先の空間へと移動する。

原理はそういう事らしい。

スキップドライブ中にスキップドライブをするという事で、かなり危険な行動になるのだが。原理的にはエリダヌスに来た時とあまり代わらない。

そもそもそのまま外に出ようとすると、大母達が展開している壁が健在なせいで方舟のプラズマバリアでも耐えきれないという話なので、やむを得ないだろう。

上空に浮き上がったレインボウノアが、加速を開始。

やがて、吸い込まれるように、バニシングポイントに飛び込む。

揺れは、ある。流石に新しい空間に向かう上、無茶に無茶を重ねるのである。

それは色々と、船にも負荷が掛かるのは避けられないだろう。

だが、真田さんがしっかり下準備してくれたのだ。

ミスは起きない。そう信じて、じっと壁に背中を預けたまま、進展を待つ事にする。

やがて、更にスキップドライブをしたのだろう。

一際大きく方舟が揺れた。

エリダヌスに最初に突入するときも、こんな感じだった。

だが、二回目以降は、ノウハウを掴めたからだろう。揺れることも殆ど無くなった。

次からはこんなには揺れなくなる。

そう信じて、じっと待つ。

不意に、警告音が入る。アーサーから、アナウンスも入っていた。

「後方より飛翔体接近!」

「飛翔体って、具体的には何だよ!」

「分かりませんが、速度はマッハ40を軽く超えています。 それが此方に向け、攻撃を続けながら接近しています」

ずん、と揺れた。

プラズマバリア越しにも、ダメージが入る程の攻撃だったのだろう。

サクナヒメが舌打ちする。

「最初にこの船がシュバルツバースに突入するとき、ちょっかいを掛けて来たのはアスラであった。 その時奴は船内に分身を紛れ込ませたのであろうな」

「そうなると、また同じ事を」

「……いや、今度は撃墜を目論んでいるようだ。 だが、今は真田を信じるしか無い」

腕組みして、体を壁に固定もしていないサクナヒメは、どんだけ船が揺れてもびくともしていない。

人間を遙かに超越したバランス感覚で、余裕で立っていられているのだ。

最初に突入したときもそうだった。サクナヒメは本当に頼りになる。

また、揺れが来るが。速度が徐々に落ち始める。飛翔体は攻撃をしつこく続けているようだが。

方舟は補助動力を駆使してプラズマバリアを強化し、どうにか耐えている様子だ。

やがて、スキップドライブが終了。新しい空間に突入を終えていた。

同時に攻撃も止む。撃墜を諦めたのだろう。今の攻撃が何だったのかはよく分からないが。兎も角、方舟は無事だ。新しい空間に突入したこともアナウンスされる。やれやれと、ぼやくしかない。

船が下降を開始。

不意に、その時、異変が起きた。

「通信回線にハッキングあり」

「!」

「現在、着陸を優先中。 画像が無理矢理送られてきます」

余程凶悪なハッキングが行われているのだろう。船を着地させるのに、アーサーは殆どのリソースを割いている。対応は出来ないと言う事だ。

それにしても、ハッキングだと。この方舟に。

勿論、最初にアスラの分身体に侵入されたという失態は確かにあった。最近でも、さいふぁーにまた侵入されている。

だが、それでもそもそも、この方舟の防衛網は生半可な代物では無い。侵入を受ける度に強化されてもいる。

このシュバルツバースはどれだけ底知れない空間なのか。

壁に備え付けられているモニタに、映像が映り込む。

それは、白い部屋に佇む、三人の影だった。

「大母を下すとは。 人間共め、随分と過剰な力をつけたようだな」

「以前の文明を滅ぼした時は、此処までの侵入を許しはしなかった。 何ともこの星の怒りも弛んだものよ」

「怖れよ人間。 そなたらは今、この星の怒りに触れている」

何を言っている。唯野仁成は、着地が完了したことを確認しつつ、体を船に固定していたベルトを外した。

そのまま戦闘態勢を取ると、周囲を睥睨する。

今の着地はとてもスムーズだった。これならば、恐らく被害は出ていないだろう。ただ航行中に受けた攻撃で、ダメージを受けた動力炉が心配だ。副動力炉を使ってどうにか凌いだのだろうが。それでもノーダメージとは行かないはずだ。

「貴様らは傲慢になりすぎた」

「故に今後大母達は全力で貴様らを排除する」

「怖れよ、怖れよ」

「人間共よ、貴様らの持つ雷の槍など、この世界には通じぬ。 座して飲まれていれば良いものを」

映像が切れる。

今のは何だったのか。ライトニングからのハッキングだったとは思えない。はっきりしているのは、まだまだこの方舟の防備は完全とは言えない、と言う事だ。

アサルトの銃口を下げる。他のクルーも、続々と物資搬入口で、拘束を解除し始めていた。

「アーサー、今のは何だ」

ゴア隊長の声が聞こえる。クルーの声を代弁してくれている形だ。当然、皆も同じ事を思っているだろう。

困惑の時間が流れ。やがて思ったよりも速く、アーサーが反応していた。

「今のはシュバルツバース内部より、重力子を用いたハッキングが行われた様子です」

「重力子通信に対してハッキングだと!?」

「はい。 重力子通信の仕組みを、既にシュバルツバース内部の知性体……恐らくは大母か、それ以上の存在でしょうが。 それが解析を終えているという事になるかと思います」

アーサーの言葉は、想像以上に深刻に思えた。

それだけではない。アーサーは、想定外の被害についても伝えてくる。

「副動力炉のダメージが甚大です。 先ほどのスキップドライブ中に攻撃を受けた際、フルパワーでプラズマバリアを展開し続けました。 その際にダメージを受け、現在では主動力しか動かせません。 復旧にはしばらく時間が掛かるでしょう」

「厄介だな……」

「レインボウノアは、これからしばらく大きめの会戦には参加出来ないと判断してください」

アーサーの報告が終わる。

既に真田さん達が動いてはいるだろうが。それにしてもトラブルが少しばかりタチが悪すぎる。

更に、である。

情報班が連絡を入れてくる。

「此方マクリアリー。 外の情報の採集を完了。 モニタに回します」

「ようやくおいでなすったか」

ヒメネスが久しぶりに純粋な毒を吐いた。唯野仁成も、これだけ色々あると、ヒメネスを咎める気にはなれない。

モニタに、今度は外の光景が映し出される。

今までとは、また違う雰囲気の場所だ。

まず空が真っ暗である。エリダヌスの上層階もそうだったが、此処の空には雷が轟いている。そこで時々閃光が走るのだが。その閃光によって見えるのだ。空に禍々しい色の雲が浮かんでいるのが。

あの雷は、その禍々しい、何者かも分からない雲によって形成されているらしい。

驚きの声を、マクリアリーが上げる。

「情報班としての分析をしましたが……これは原初地球。 生命のスープと呼ばれていた時期の地球の、大気組成と酷似しています。 周囲の気温は200℃、35気圧に達しています」

「おいおい、圧力鍋かよ」

誰かがぼやくが。確かに圧力鍋も吃驚の環境だ。

特に気圧。35気圧と言えば、水深400メートル弱くらいと同レベルの圧力が掛かっている事になる。

デモニカで無ければ、まともに動くどころか、文字通り一瞬で死んでしまう事になるだろう。

「もう無茶苦茶だな」

「そ、それと。 此方を見てください」

映像に映り込むのは、とんでもなく巨大な建物だ。だが、絶妙に方舟が入れないほどの大きさの入り口がある。

入り口をぶっ潰して入れないかと、唯野仁成はちょっと過激なことを考えたが。流石に止めた方が良いだろう。

建物の形状はピラミッドに似ている。いずれにしても、飾り気がない原初の地球にあるとしたら、まあこういうものではないかという言葉しか出てこない建物である。

ただ、壁面はつるつるである。

この様子だと、船外での活動にも色々支障が出るのではあるまいか。少しばかり不安になってきた。

真田さんより通信がある。

思わず背筋が伸びた。

「此方真田だ。 まずは課題を順番に説明する」

真田さんはまず、副動力炉の復旧を開始するという。副動力炉も小型の原子炉である。復旧は勿論簡単ではない。

だが、それはそれだ。ともかく、やってみせるという。

続いての問題だが、船外活動について。これについては、可能ではあるという。ただし、デモニカへの負担が尋常では無く大きくもあるそうだ。

「現状のデモニカなら耐えられるが、それでも長時間の活動は控えてほしい。 それとプラントの改良に時間が必要になる。 間違いなく大母とやらの二体目はあの建物の深部にいると見て良いだろう。 調査班と機動班は、連携してあの建物の内部をまずは調べてほしい」

ただし、プラントの改良や改修などが必要になるため、しばらくは補給が怪しくなるともいう話だった。

補給が尽きれば負け戦。

これは太古の昔から、絶対の法則である。どんな名将でも、補給が尽きてしまえば勝ち目はなくなる。

ましてや此処では、増援や補給部隊の到着など期待出来ないのである。ジャック部隊という邪魔はいるが。

更に、だ。

追加でろくでもない情報がとんでくる。

「此方アーサー。 良くない情報が二つあります」

「逆に良い情報は無いのかよ」

「ありません」

ヒメネスの皮肉に、アーサーが大まじめに答える。流石に憮然としたヒメネスに対して。アーサーは未成熟なAIらしく、淡々と言うのだった。

この辺りは、ヒメネスが一本取られたというべきかも知れない。

「まず第一に。 ジャック部隊とライトニングが行動を開始しました。 驚くべき事にスキップドライブを簡単に成功させ、我々とは別の上位空間に入り込んだ様子です」

「何だって……!?」

「正確には、泡沫のように浮かんでいる小型の空間に滑り込むようにして侵入した様子です。 現時点ではそこにいるだけですが、彼ら独自の拠点を作られたと判断して良いでしょう」

「……撃墜するべきだったな。 もう遅い話だが」

ストーム1がぼやく。

賛同の声が、それに対して複数上がるのを唯野仁成は聞いた。確かに乗っているのはストーム1が地球人類一邪悪とまで言い切るほどのジャック。その手下のチンピラども。財団という、地球上最悪の組織による私兵部隊。

叩き潰しておくべきだった、という意見は正しい。

だが、ストーム1は撃墜しないことを選んだ。きっと、これには意味があるのだと信じたい。

だから、無言のまま、次の報告を聞く。

「もう一つの悪い報告です。 あの巨大な建物の内部には、最低でも五つの強力な悪魔の反応が存在しています。 いずれもが今まで通ってきた各世界を統べていた支配者以上の実力者です。 更に、最深部にはウロボロスを更に超える強力な反応があります。 恐らくはそれが「大母」かと思われます」

「それはご機嫌な話だな」

ヒメネスがもう言葉も無い、という雰囲気で呟く。他のクルーも、それに対して殆ど反応しなかった。

実際問題、此処の困難さがよく分かったから、だろう。

そして最後に、アーサーは言った。

「この空間を、アルファベットのFにちなんでフォルナクスと命名します。 フォルナクスでの最終ミッションはロゼッタの回収ですが、その過程で最低でも四体の、これまでの世界の支配者を超える戦闘力を持つ悪魔との交戦が想定されます。 各自、最大級の注意を払って行動してください」

やる事が多すぎる。

唯野仁成は憮然としたが、こうなった以上はやむを得ないだろう。

まずは、待つ。真田さんが、副動力炉を復旧させながら、デモニカのアップデートを不眠不休でやってくれる。話によると、一日くらいはかかる、と言う事だった。焦って出ても死ぬだけだ。これは、待つしかない。

勿論待つだけではない。その間に、出来る事はやっておく。

機動班クルーの内、更にこの一日で復帰出来る人員が増える。ウルフのように長引く者も出ているが、逆に二線級だったクルーから一線級になった人物も出ている。そういう新しく前線に出て来た人物とコンタクトを取って、手持ちの悪魔などの情報交換をする。

また、動力炉そのものは無事なので、悪魔合体は船内で皆熱心にやっている。その情報を、DBで確認する。

ウロボロス戦前後で、相当なマッカを回収することに成功している。故に、悪魔合体で総合的な戦力強化が行える状態だ。

ヒメネスも更に魔王の手持ちを増やしたいという。

今作りたいのが、スルトという魔王らしい。

北欧神話の終焉、神々の黄昏とも言われるラグナロクに登場する炎の巨人ムスペルの首魁であり。

その戦いで、北欧神話でももっとも人気がある神の一柱フレイを討ち取り。

世界を炎で包んで、どこともなく消えていく、という存在だ。

ただ流石に世界を焼き滅ぼす魔王と言う事もあって、流石に要求されるスペックが非常に高い。

そこで、今はまず現実的なラインとして、魔王アバドンを作る事を目的としているそうである。

魔王アバドンは一神教に登場する魔王で、此方も世界の終末に出現する存在だ。

文字通りの地獄を意味する悪魔で、アバドンの体内が地獄である、とする説もあるほどの強大な魔王である。

その正体というか、アバドンが象徴しているのは蝗害。

本来中東で出現した一神教である。蝗害に対する畏れが、強大な魔王に代わったのは無理もない。

いずれにしても、アバドンを作り出せるのなら言う事は無い。ヒメネスを応援したい所だ。

唯野仁成自身も、ティターンに頼むと言われていて。ティターンを素材に、タイタン神族の誰かを作り出せないかと模索している。

元々ギリシャ神話において、ゼウスらオリンポス神族の前に世界を支配していたタイタン神族は十数柱しかいない。それを矮小化し貶めたのがティターンという悪魔だ。

だから、もとの力を取り戻させてやることになる。

タイタン神族といえば、最大の力を持っているのはやはりゼウスの父クロノスだろう。ゼウスに破れた後はギリシャ神話における地獄であるタルタロスに幽閉され、そこの王となった存在だ。

クロノスについては諸説あり、時間の神とするものや、大地の神や農耕神とするものもある。当時のギリシャ時代から混同が行われており、いずれにしても強大な神格であることは確かである。

他のタイタン神族は、海の神オケアノスや、太陽神ヒュペリオンなどが存在している。またゼウスの母レアーもタイタン神族に分類されることがあるようだ。

いずれにしても、ティターンをこれらの貶められる前の神格に戻してやりたいというのは、唯野仁成としても思う。

現時点でも壁役としてしぶく確実な活躍をしてくれている実直な存在だ。

是非とも、本来の力で活躍させてやりたい。

調べていると、ヒュペリオンが一番現実的に思える。太陽神という分かりやすい神格の上に、ヘリオスやアポロンと言った後の時代のギリシャ神話における太陽神の先輩格である。

実の所オリンポス神族とティターン神族には、実力の差は殆ど無い。

両者の戦いであるティタノマキアは長い間拮抗を続けた。それからも分かるように、実力伯仲であったのだ。

結局ティタノマキアを決定的にひっくり返したのは、タルタロスの門番として押し込められていた百手巨人ヘカトンケイレス達。彼ら三兄弟が、オリンポス神族の味方として参戦したことが、最大の要因となってゼウス達オリンポス神族の勝利につながっている。

逆に言えば、ヘカトンケイレスを抜きにすれば。例えばタイタン神族の太陽神ヒュペリオンはオリンポス神族の太陽神であるヘリオスやアポロンに負けない実力を持つと言う事だ。

合体を吟味する。ライドウ氏が医療室から出て来たので。ティターン本人の話も交えてアドバイスを受ける。

ライドウ氏は少し考え込んでいたが、太陽神系の神格を融合させることで、狙うことが出来るかもしれないと提案してきた。

あまり力が強くない太陽神系の神格は、実の所既に作成例がある。これらを使えば、或いは。

礼を言うと、出撃までの時間を使って、悪魔合体の試行錯誤を繰り返す。

数百パターンを試したが、あまり結果は芳しくない。一方で、ヒメネスはアバドンの作成に成功。

流石に地獄そのものと呼ばれる程の力はないようだが。それでも羨ましい話だ。

しばらく粘った後、膨大なマッカを消費するのと引き替えに。どうやらそれらしい組み合わせを発見。

ただし、かなりギリギリになる。

いずれにしても、タイタン神族が出来るのはほぼ確定だ。そして唯野仁成にも使いこなす事が出来る。

頷くと、数十の悪魔をつぎ込んだ合体を開始。

ティターンに、合体前に礼を言う。

「ありがとう。 本当に助かった」

「俺こそ感謝する。 さて、俺は貶められる前は一体誰であったのだろうな」

「すぐに分かる」

合体開始。動力炉とデモニカを接続して、電力を貰う。凄まじい電力が食われる中、合体が進められていく。

悪魔合体のプロセスは、説明を受けた今でもよく分からない部分はあるにはあるのだけれども。

ただはっきりしているのは、合体をすればするほど強い悪魔になっていくということだ。

そして悪魔合体の終着点には、ある悪魔が大きな存在感を示しているという。

たどり着けるかは全く別の話。

だがその悪魔は、中東にて誕生した後、世界中の神話に影響を及ぼしたという。

その悪魔、正確には神の名はバアル。

文字通り、原初の神にして。神の中の神である。後の時代の神々は、殆どが何かしらの形でバアルの影響を受けている。

それは、一神教の唯一神ですら例外ではないという。

あまりにも影響力が巨大すぎるため、一神教によって激しい排斥を受け続け、ついに信仰そのものが消滅してしまったバアル。だが、悪魔として貶める事でしか、一神教もバアルを葬ることが出来なかった。

そしてバアル由来の悪魔は、ベルゼバブやブエルといった、一神教でも最重要の重鎮格である悪魔ばかり。

一神教ですら、バアルを「消し去る」事は出来なかった。それほどの存在なのである。

やがて、デモニカを覆っていたスパークが消える。

そして、PCの中から、声がしていた。

「我が名はイアペトス。 貫く者の名を持つタイタンの一柱である……」

「!」

ヒュペリオンを作ったつもりであったが、違ったか。すぐに調べる。

イアペトスは、オリンポス神族でいうヘーパイストスのような鍛冶の神であり。中華神話におけるシユウのような武器を発明した神であるという。

召喚は出来ないが、姿を見せてもらうと。鎧姿で、巨大な槍を手にした重厚な武人である。

なるほど、これ以上もないほどの重厚な武人だ。なお、種族は魔神とある。

中庸属性の重鎮というわけである。これなら、唯野仁成にも使いやすい。

ヒメネスが様子を見に来た。イアペトスのスペックを見て、羨ましそうに声を上げる。

「また強そうなの作ったなヒトナリ。 アバドンと良い勝負が出来るんじゃ無いか此奴」

「タイタン神族の中でも、武器を発明し貫く者の名を持つ武人だ。 確かにアバドンに名前負けしていないな」

「あのティターンのオッサンが元なのか」

「ああ。 ……願いを叶えてやることが出来ただろうか」

貶められる前の姿には出来た筈だ。だが、寡黙な戦士だったティターンとちがって、イアペトスはどちらかといえば淡々と敵を屠る武器の権化に思える。

いずれにしても、余暇は使い切った。

これからは、過酷すぎる環境で、大母を狩りに行かなければならない。

 

2、復讐戦

 

デモニカのアップデートを終え、方舟から出る。デモニカを着ていなければ即死するような環境だ。今までもそうだったが、更に過酷な状況である。正直、緊張は周囲からも感じ取ることが出来た。

先行偵察中のドローンによると、建物の中も環境は気圧が12気圧に減っているくらいで、他は大して変わらないらしい。

それにしても、ピラミッドそのものだ。最初にサクナヒメが堂々と足を踏み入れる。罠があっても対応出来る自信があるからだろう。

続けて足を踏み入れる。

仮に時限制のトラップがあっても。それでもサクナヒメなら対応出来る。そう判断したからだ。

内部は明るい。

灯りがあると言うよりも、建物の内部全域が発光している。

見ると壁には無数の彫刻があり。そこからキャンドルの光のように、淡い光が漏れている。

床はいずれもが相当な強度の石畳であるらしい。

一旦、サクナヒメ班の全員がピラミッドに入ったところで。ケンシロウ班が追いついてくる。

いつものように調査班を連れている。

ゼレーニンが、すぐに何かしらの装置を組み立てて、周囲に電波中継器を撒きはじめる。ドローンでも電波中継器の散布はやっているのだが、悪魔の存在が確認されているところにはいけない。

ドローンを敵だと悪魔は認識していて、破壊されてしまうからだ。

軽装備のドローンはそれなりの数積んで来ている方舟だが。

プラントを動かして新しいドローンを作るのには相応に手間暇が掛かるし、修理だって簡単ではない。

結局ある程度は、人力に頼らなければならないのが悲しい現実である。

周囲を警戒したまま、調査班の作業を見守る。機動班クルーは、少し面子が代わってはいるが。

それでも手慣れた様子に代わりは無い。

一線級クルーがスペシャルと一緒に行動していた間、二線級クルーは方舟を守ったり、プラントを守ったり、偵察任務をしたりしていたし。

何より演習で鍛えてもいたし、更にはデモニカで経験が配布もされて並列化もされていたのだ。

唯野仁成は、アリスを召喚する。

魔術的なトラップなどが無いかを確認して貰うためだ。今の時点では、他にも悪魔が出ているから、良いだろうと思ったのだが。

此処で誰も脱出できない死の罠とか出てこられると大変な事になる。

早めに対応はした方が良い。

サクナヒメなら対応出来るというのは確信としてあるが。

それはそれとして。人間である唯野仁成の側からも、サクナヒメを支えなければならないだろう。

昔、サクナヒメが流刑されたときのように、だ。

アリスはしばらく周囲を見回していた。

ピラミッドの中は殆どスカスカで、巨大な空間になっている。

柱などは存在せず、物理的にどうしてこの巨大な建物が成立しているのかよく分からない状態だ。

大量の壁画も、よく見るとエジプト文明のような神々が描かれたものではない。

幾何学的な模様だったり。人間の様々な姿を模していたり。

正直見ていて、不思議な気分になってくる。此処は一体、どういう世界なのか。

「んー、危なそうな罠はないと思うけれど」

「分かった、戻ってくれ」

「それよりもっとまずそうなんだよねあの辺り」

アリスが指さした先を、そういえばサクナヒメも見ている。やばそうとはどういうことかと聞くが。

アリスは小首をかしげるばかりだった。

いずれにしても、入り口付近の安全確認などを済ませる。罠が発動して、いきなりエースチーム全滅なんて事は避けなければならないからだ。

しばらく様子見をして、悪魔が仕掛けてこないことを確認。

そういえば、このピラミッドみたいな建物。

悪魔がほとんどいない。その外も、である。

余程内部の守りに此処の大母は自信があるのか、それとも別の理由からか。いずれにしても、油断は一切出来ない。

エリダヌスでの大苦戦を思い出すと、何とか震えを押し殺さなければいけない状態なのである。

程なくして、ストーム1のチームが来たので交代。一旦方舟に戻る。

ライドウ氏はピラミッド周辺を見て回ってきた様子だが。他にはこれといったものは存在しなかったそうである。

休憩を貰ったので、少し休む。

ベッドで眠るかと思ったが、レクリエーションルームに顔を出す。ストーム1のチームで今入り口付近を調査しているヒメネスがいないので、ぼんやりと一人でコーヒーを飲む。

そういえばこのコーヒーも味が向上しているな。

全部を真田さんがやっているのかは分からないが。

少しは体を労ってほしいものである。

ぼんやりとしている内に、通信が入る。ケンシロウ班で調査作業を続けている、ゼレーニンからだった。

「唯野仁成、良いかしら」

「何か問題か」

「今、艦橋にも情報を送ったのだけれど。 何だか様子がおかしいわ。 何かにずっと見られているようなの」

「君らしくも無く直感的な言葉だな」

ゼレーニンによると、視線というものはあくまで主観的なもので、実際には誰も見ていなくても感じるものであるらしい。

勿論視線を実際に感じ、視線の主を当てて見せる者もいるが。

それは勘というよりも、五感によって監視している者の存在を察知し。何処にいるか特定している事が殆どだとか。

実際唯野仁成も、デモニカで戦闘経験を恐ろしい程積み、身体能力を積み上げて来たから、それは分かる。

ストーム1のように第六感を働かせているケースもあるが。

それはそれ、ということなのだろう。

「ケンシロウさんやストーム1さんも同じ事を言っているわ。 プリンセスにも来て貰った方が良いと思う」

「……分かった。 いずれにしても艦橋に話が行っているなら、ゴア隊長なら対策してくれるはずだ」

ゴア隊長も、デモニカの性能や強さについては理解している筈。

だったら、今のゼレーニンの言葉を繰り言と笑い飛ばすことは無いだろう。

すぐに指示が入り、休憩中だったクルーがぞろぞろと物資搬入口に。唯野仁成もその中に混じる。

サクナヒメが渋い顔をしていた。おにぎり休憩の時間だったのだろう。

いずれにしても、意気が上がらない中、再びピラミッドへ赴く。

そういえば、だ。

アリスが言っていた様に、なんか妙なものがあるのだとしたら。

あのピラミッド入り口の地形、敵を迎え撃つに最適のものだ。確かに、何かがあってもおかしくはない。

無言でピラミッドに再侵入。

ケンシロウとストーム1が、何やら話し合いをしていた。

其所に、サクナヒメが加わる。

「奥の方の気配であろう。 何か仕掛けてくる様子があるのかのう」

「いや、今のところは」

「姫様……此方から仕掛けてみようと俺は思う」

ケンシロウがぼそぼそ言ったので、サクナヒメは頷いた後。調査班の作業が一段落した後で、と付け加え。

ケンシロウもそれに同意した。

まあ、当たり前の話だ。

そもそも調査班がしっかり周囲を調べて、罠が無い事を確認しないと、危なくて仕方が無い。

カリーナにあったオーカスのショッピングモールでさえ、あれほど内部は複雑に入り組み、要塞と言える造りだったのである。

大母の空間にあるこんな殺風景なピラミッド。

何があっても不思議では無いだろう。

調査班が作業を終えた後、一旦戻る。ケンシロウも護衛についていったので、サクナヒメとストーム1。唯野仁成とヒメネスが残る。他にも機動班クルーが10名ほど。本当なら二十名は来られるところだが。

まだ医務室にいるクルーは少なくないのだ。

サクナヒメが踏み出す。だが、殺気は強くなっている様子は無い。この殺気も、恐らく五感が何かしらの形で敵を察知しているものなのだろう。だが今では確実に感じる。ならば活用するだけだ。

ストーム1が無言で踏み出す。そして周囲を見回した後。

不意に、ライサンダーFを引き抜き。

そして発砲していた。

壁の一角が、それで崩れる。崩れた壁の間から、ぬっと巨大な手が出て来て、崩れた壁を押しのける。

その姿には、見覚えがある。

それはそうだ。

セクターアントリアで、最初に戦った空間の支配者であり。そしてヒメネスが今は行使している存在。

牛頭の巨大な人型悪魔。

手に杖を持ち。その巨大な黒々とした姿には、尋常では無い殺気が宿っていた。

「ふむ、奇襲を許してはくれないか……」

「モラクス!」

「言ったであろう。 必ず戻ってくるとな……!」

モラクスは、凄まじい殺気を放っている。これは、最初から油断など絶対にしてくれそうに無い。

更に、だ。ようやくデモニカのOSが警告を発してきた。

「強力な悪魔の存在を検知。 注意してください」

「今更だな……」

「いや、その偽りの霊は正しい。 今のこの姿の儂はお前達の敵にはもはやなりえないだろう。 だが!」

モラクスの全身が、凄まじい勢いで膨れあがる。肉が大量に、爆ぜ割れるようにして吹き散らされていた。

即座にアナーヒターを始め、他のクルーの悪魔も氷の壁を展開して肉の塊を防ぐ。

この間の、精密に狙撃をしてくる大量の蛆虫のこともある。

皆、不安が大きいのだろう。あんな肉であっても、絶対に近付かせないという強い意思を感じる。

それで、肉を内側から吹き飛ばしたモラクスは。

何だか原型が分からない、凄まじい力を渦巻かせながら。煌々と目だけを光らせて、更に膨れあがっていく。

「くくくくっ! 今度は油断もしない! 何よりも、この空間にいる限り我等には無限の生が存在している! 何しろ大母が幾らでも産み直してくれるからだ!」

勿論、変身完了を待つほど皆優しくない。

即座にストーム1がライサンダーFをたたき込み。それを嚆矢に、皆が悪魔に指示。攻撃魔術を叩き込ませる。

モラクスはダメージを受けていない、と言う事はなさそうだが。

やがて、高笑いしながら。黒い霧のように纏わり付いていた魔力を吹っ飛ばして、その姿を露わにしていた。

それは、巨大な釣り鐘のように見えた。

釣り鐘の各所には穴が開いており、其所からは青い高熱の炎が噴き上がっている。

それだけじゃない。

モラクスだったものは、原形を留めているのは牛頭の部分くらい。その部分さえも、金属製になっているようだった。

「そして見よ! これが一神教によって貶められる前の我が姿! 荒々しき原初の炎にて、。生け贄を炎に投じるもの! その代わりに人間に炎の力を約束し、豊穣と戦勝をもたらす者! 我の名は、魔王モロク!」

どん、と。熱波が周囲に拡がった。衝撃波を伴ったそれは、周囲のクルー達を明らかにたじろがせた。

二人、動じていない。

勿論、ストーム1とサクナヒメだ。

サクナヒメは体勢を低くすると、ストーム1と目配せする。

能力を暴くために、仕掛けてくれるというわけだろう。唯野仁成も、それに甘えてばかりではいけない。

すぐに支給されたばかりのライサンダー2を構え。

モロクが吠え猛ると同時に、仕掛けた。

ストーム1がライサンダーFを再びぶっ放し、弾丸が顔面に。がつんと音がして、弾丸がモロクの顔面に食い込むが。爆発後も、鋼鉄の鐘と化したモロクは平然とそれに耐え抜き。

せり上がるように、煙を吹っ飛ばして、こっちに突入してこようとした。

どう見ても炎の魔術は効きそうに無い。相手の全身がガチガチだとすると、近代兵器も効果が薄いか。

だが、その考えを吹き飛ばすように。

モロクの顔面に、サクナヒメが蹴りを叩き込む。

その結果、拉げた顔が更に凹み、反撃に振るわれたモロクの太い腕が、サクナヒメの残像を抉る。

モロクはいつの間にか腕も四本に増えていた。

サクナヒメが着地しつつ、頷く。

「硬いが、炎以外の攻撃は通じるとみた。 皆、攻撃を続行せよ!」

「イエッサ!」

「笑止! 前の儂とは力が根本的に違うぞ!」

モロクは、顔につけられた傷など気にする様子も無く、殆ど詠唱も無くピラミッド内を焼き尽くす勢いで大火力の炎の渦をぶっ放してきた。

だが、その炎の渦を、多数の悪魔が展開した氷の壁が防ぎ抜き。

更に、サクナヒメは剣を振るって、炎の渦を吹き飛ばしさえした。

サクナヒメは槌に持ち替える。

あの鉄の塊が相手では、剣よりも槌の方が効果が高そうだと判断したのだろう。まあ妥当だと思う。

唯野仁成は、早速召喚する。ティターンから生まれ変わったばかりの神格、イアペトスを、である。

イアペトスはモロクを見て目を細めた後、巨大な槍を手に、前に出る。

また、ヒメネスのモラクスも、前に出た。炎に対して、壁になるという考えなのだろう。

四本の手に火球を作り出したモラクスは、それを滅多打ちに乱射してくる。

槍を振るって、悉くを迎撃し始めるイアペトス。更に、迎撃し損ねた分を喰らっても、特にダメージを受けている様子は無い。流石は鍛冶の神か。

モラクスは元々炎に極端に強い。

真の姿に変わったとはいえ、モロクの炎を耐え抜いている。モロクはにっと笑うと。四つの手を、胸の前でそれぞれ二対組み合わせ。

接近するサクナヒメには、炎の吐息を放って遠ざけ。

ストーム1の狙撃はそのまま無言で受ける。

アリスが、まずいと警告してくる。

唯野仁成も、それは感じた。

ヒメネスと目配せすると、前線に躍り出る。一気に、モロクとの距離を詰める。モロクは、四本の手を離すと。

頭上に、とんでも無く巨大な火球を出現させていた。

手を振るうと、それがまさしく隕石のように降り注ぐ。ヒメネスと一緒に。最前線に飛び出し、囮となる。一つ、火球を斬り伏せたが、凄まじい圧力だ。一発一発が尋常ではない火力である。

二人、息を合わせてモロクに斬り付ける。ヒメネスも剣については散々学んでいたのだ。

だが、弾かれるだけ。

モロクが鬱陶しそうに手で払ってくるが、それが狙い。

死角に潜り込んでいたサクナヒメが、大上段からの一撃で、モロクの毛むくじゃらな腕を一本、叩き落としていた。鮮血が噴き出し、周囲を朱に染める。

「ぬ、おおおおっ!」

「まずは一本……」

「おのれええっ!」

大きく息を吸い込み始めるモロク。さっきサクナヒメに浴びせた、炎の時をこの空間全域にぶちまけるつもりか。

だが、やらせはしない。

アリスとアナーヒターが、息を合わせてモロクの頭上から雷撃を叩き込む。

更に、ストーム1が立て続けに、さっきから弾丸を浴びせている箇所に、ピンホールショットを決め。

其所へ追撃とばかりに、イシュタルが風を纏った拳を叩き込んでいた。

ぐらりと揺れるモラクス。

アサルトを浴びせながら、その至近を移動しつつ、唯野仁成は指示を出す。躍り出てきたイアペトス。

そして、地面から不意に出現し、モロクの体を掴む巨大な顔の魔王。

ヒメネスのアバドンである。

モロクは倒れそうになる所を、何とか物理法則を無視した動きで立ち上がろうとする。更に、無理矢理ブレスをぶっ放していた。

辺りが灼熱に包まれる中、唯野仁成は見る。

モロクが、他の悪魔を振り切れず。更に一発ストーム1の狙撃を喰らうのを。今こそ、好機だ。

突貫。ライサンダー2を引き抜く。炎によるデモニカへのダメージは深刻だが、そんなものは今は無視。

走りながら、照準を合わせる。

モロクは体勢を立て直そうとして、驚愕する。

何とか手を振るって、唯野仁成に炎を放とうとするが。その頭を、サクナヒメがフルスイングの槌で上から叩き潰していた。

ぐぎゃっと、悲鳴が上がる中。

唯野仁成は突進しつつ、一射を放つ。

吸い込まれるように、着弾するのが見えた。

それは、散々モロクの顔面にピンホールショットを入れていたストーム1がつけた傷に、見事に突き刺さる。

更に、意図を汲んだサクナヒメが、刺さっている弾丸をモロクの体内に蹴り込む。

完全に装甲を抜けた。モロクの体内で、弾丸が高速で反響し、滅茶苦茶に傷つけたのは一目で分かった。

絶叫するモロクに、氷の魔術が大量に浴びせかけられる。全身に罅が入っていくのが見えた。

其所にとどめとばかりに、ストーム1が一射を。更に、息を合わせてサクナヒメが槌での更なる頭部への一撃を。

ヒメネスと息を合わせて、唯野仁成も射撃を叩き込む。

氷りつきながらも、それでも無理矢理全身から炎を噴き出そうとするモロクだが。其所に突貫したのはモラクスである。

毛むくじゃらの拳が振るわれ。モロクの顔面に突き刺さっていた。

それが、多数の攻撃を浴び続けたモロクにとって、致命傷になった。

炎が、消えたのが分かった。

今まで必死に体勢を立て直し続けていたモロクが、後ろに倒れる。そして、恨み事を述べ始める。

「お、おのれ。 この空間に来たのだ、前より強くなっているだろうとは思ったが、まさかこれほどとは……」

「もう奇襲も必要なかったようだな」

ヒメネスが煽る。悔しそうに、モロクが呻いた。以前とは性格が違っている。貶められた姿から戻って、誇りを取り戻したのだろうか。

いや、違った。やはり、根は変わっていない。

「どうせ貴様らは大母には勝てぬ。 この世界の大母は、産み直しの大母だ。 貶められた神格を、本来の神格に作り直してくれる。 俺だけでは無いぞ。 昔とは比較にならぬ強さで、貴様らを皆が襲う! 覚悟しろ! 震えて待つが良いわ!」

「……」

モラクスも、サクナヒメも。モロクを哀れみの目で見ている。

その意味を、恐らく理解出来なかったのだろう。悔しそうに、怨嗟の声を上げながら。モロクは消滅していき。

後には、情報集積体と、大量のマッカが残っていた。

 

一旦モロクの情報集積体を持って方舟に戻る。

ブレスを散々浴びて、デモニカのダメージが深刻だった、という事もある。何より、報告が必要だとストーム1が判断したからだ。

モラクスは確かに一度殺したくらいで勝ったと思うなと言うような事を言っていた。

だが、まさか戻って来た上に強化されているとは。

この空間の大母は、本当に産みなおしとやらが出来るのだとなると。

その脅威は、ウロボロス以上かも知れない。

モラクスが出たのだ。ミトラスやオーカス、アスラが出ても不思議では無い。

いずれにしても、とてもではないが手など抜ける相手では無いのもまた、事実だった。

首脳部が艦橋で話をしている間。唯野仁成はデモニカを調査班に預けて、オーバーホールをして貰う。

あのモロクを相手に至近から戦闘を挑んだのだ。

散々炎を浴びていて、デモニカにどんな機能不全が起きていても不思議では無い。更に、ログを後で確認した所、モロクの至近では温度が四百度を超えていた。金星並みの環境である。

デモニカの耐久性に感心はするが。

それでも絶対は無いし、無理はさせられない。

久々に軍服に着替えて、レクリエーションルームで休む。いきなり空間のボスクラスが出現したのである。

更に、それが後最低でも四体。うち一体は更に桁外れ。

これは明らかに、その最後の一体は大母とやらであろうし。これから先、フォルナクスの攻略の厳しさが容易に伺える。

しばらくぼんやりしている。そういえば。こうやってぼんやりしている事って、あまり経験が無いな。

唯野仁成は母子家庭の出身だが、学費を稼ぐためにバイトはしたし。好成績を取って奨学金も得て、最終的には防衛大に入った。

その後は自衛隊の幹部コースに乗ったが。同時に、国際再建機構が、有名無実化した国連や各地でテロ相手に手を焼く米軍よりも鮮やかに紛争を解決していくのを見て。其方に移りたいと思った。

自衛隊の方でも、近年流行りの人材軽視の風潮は代わらず。第一空挺団に所属していた唯野仁成が、国際再建機構に移籍しても何も言うことは無かった。機密などの漏洩を避けるように文書は書かされたが、それだけだ。

妹も、唯野仁成が国際再建機構に入ったのを見て、思うところがあったのだろう。

元々頭は良かったのだ。一念発起して、勉強を開始。

学費は唯野仁成が出した。

唯野仁成は国際再建機構でも実績を上げて、すぐに給金をたくさん貰えるようになったから、妹は学費に困らず済んだ。奨学金の返済も終わっていた。

程なくして、妹は国際再建機構に直に就職。

それから殆ど時を置かずに、この人と結婚すると、米国籍の学者を連れて来たのだった。

その時には既に母はこの世にいなかった。正直な話、あまり他人に誇れる母ではなかったから、その方が良かったのかも知れない。

妹に婚約者も出来た。ろくでもない世の中だが、国際再建機構の手腕は確かで。各地の紛争を確実に解決もしてくれる。

此処でなら、全力を発揮できる。

そう思った唯野仁成は。己の全てを賭けて、水を得た魚のように活躍を続けたものだ。

本当に、そうか。

不意に変な声が割り込んでくる。

頭を振って、周囲を見る。視界が定まらない中。それだけはやたらくっきりと見えていた。

光の線だ。誘導するように、外に続いている。

またあのさいふぁーとやらの悪戯か。改良は重ねている筈なのに、どうして方舟に入れるのやら。

無視すると、光の線から直に声がした。

「少しばかり分かってきた事があります、唯野仁成」

「堕天使さいふぁーか。 どうしてこんな姿で現れた」

「ああ、この方舟のセキュリティがいよいよ侵入不可能なレベルになったのですよ。 それで声だけ届けています」

「そうか」

呆れたが、それでもまあ良いだろう。兎も角話だけは聞いてやる。

さいふぁーは相変わらず、突拍子も無い事を言う。

「この世界、おかしいと感じません?」

「事実は小説より奇なり。 昔からある言葉だ」

「ふふ、博識ですね。 あーおほんおほん。 では貴方が、もしも国際再建機構に所属しておらず。 それでシュバルツバースが出現したとしたら?」

「!」

そんな事になったら、さぞや大変だっただろう。

例えば真田さんが国際再建機構で辣腕を振るったから、この方舟が完成した。この方舟のおかげで、どれだけのクルーが命を拾ったか分からない。

そもそも最初は、四隻の次世代揚陸艦で突入する計画だったと聞いている。もしそれを実施していたら。アントリアの段階で、どれだけの被害が出ていたか想像も出来ない。

いや、まて。何だか妙な感触だ。

何か、パズルのピースが組み合わさっていくような。

「この世界が、がん細胞を排除しようとしてシュバルツバースを出現させた。 それを真とする。 だが、そもそもこの世界は、あまりにも過敏にシュバルツバースを出現させている。 例えば君達でももう知っているように、五万年ほど前にもシュバルツバースが、この地球の環境を一度文明発生前に初期化している。 それは、本当に正しい星の活動なのか」

「地球に意思があるとして、何を考えているかなんか俺には分からない」

「その考え方は謙虚でよろしい。 しかしながら今君は、既に充分な力を持っているから、当事者なのだ。 だからこう言うときは謙虚ではいけない。 もしも、星が問題を解決するために、更なる手を打っていたら?」

「……それが、ライドウ氏やサクナヒメの到来か?」

さいふぁーは無言。つまり、肯定しているようなものだ。

それに、そもそも戦後の混乱期を抜けた後、設立された国際再建機構そのものが奇跡的なものだったとも聞いている。

金田正太郎という鉄人28号を駆った生ける伝説が設立したこの組織は、以降どんどん実績を上げ巨大化し。各地の紛争や問題、独裁国家や邪悪な企業を叩き潰してきた。しかしこんなに上手く行っている国際調停組織は普通存在し得ないとも言える。歴史上は、少なくとも国際再建機構が初の筈だ。

それすらも、星の打った手によるものなのか。

不意に、意識が戻る。もうさいふぁーはいない。首を振ると、唯野仁成は手を見る。疲れているのだと分かった。

だが同時に、今のが幻覚だとも思えない。

少し考えた後、真田さんに連絡を入れる。デモニカを着ていなくても、連絡を取る手段はある。

さいふぁーが妙なアクセスをして来たことを聞いて、真田さんはやはりなと呟いた。多分、散々侵入されたから、対策をしたのだろう。この人なら、ついに対策を完成させてもおかしくない。更に、無理矢理アクセスをして来たのなら、それを察知しても。

そして、可能性世界や。地球が打った手の話をすると。不意に黙り込んだ。

何か、思い当たる節があるのか。だが、真田さんは答えてくれなかった。次の任務に注力するように。今はまだ、確信を持って答えられない。それが、真田さんの寄越した、どうにも普段の真田さんらしくもない、曖昧な答えだった。

唯野仁成は一兵卒だ。言われた通りに働く。

デモニカが戻って来て、着込んでいると辞令を受け取る。

これから、偵察任務などに限り、小隊の部隊長として働いて貰う。同じように、ヒメネスも部隊長に昇格とする。

そして、この部隊は、最前線ではない限り独立行動を許される、ともある。

ついに、挙がっていた部隊設立の話が来たか。だが、嬉しいとは感じなかった。

何だか嫌な予感がしてならない。今後は幹部としての責任が求められると同時に、何か嫌なものを見るような気がしてならなかった。

 

3、牙を剥く雷

 

モロクを倒した後、フォルナクスの探索を進める。モロクは広い場所で戦えたから、スペシャル二人を同時にぶつけて、それほど苦労せずに倒す事が出来た。それが首脳部の考えだったらしい。

だが問題はすぐに来た。

ピラミッドの地下に潜り込んだ所、内部が想像を絶する複雑な迷宮になっている事が分かったのである。

最低でも地下六階はある。

それも、地下の方が地上部分よりも遙かに広い。

更に言えば、入り口から三叉に別れていて。以降地下部分が合流している様子も無い。

この辺りは、調査班が色々調べた結果。電波測定などで分かった事だった。

いずれにしても、入り口から地下一階に入る階段は三つあり。その先にそれぞれ強力な悪魔の気配が存在している。恐らくは最深部に、だ。

そしてこの地下一階から、多数の悪魔の出現も確認された。

それも、明らかにエリダヌスにいた悪魔より格上の者ばかりだ。危険な能力を持つ悪魔も多数いるのがはっきりしている。

唯野仁成は、ヒメネスと一緒に艦橋に呼ばれる。ゼレーニンも来ていた。

スペシャルは全員揃っている。

これから、こういう会議に参加する、と言う事だ。

ウィリアムズという、褐色の肌を持つアジア系米国人の女性クルーが来た。時々会議などで資料を整理しているのは見た事がある。

艦橋の要員の一人で、今までは殆ど縁がない相手だったが。

今後はそうも言っていられなくなるだろう。スペシャル達の補欠くらいの扱いではあるが、部隊を任される事になったのだ。

仲良くやっていかなければならない。

「調査によると、このフォルナクスの地下部分の広さは、エリダヌスの庭園部分の十倍に達することが分かっています。 迷路そのものも複雑で、電波や重力子などあらゆる手段で探索を試みましたが、地下二階程度までしか詳細を確認できず、更にそれぞれ三つの迷宮が完全に構造的に分離しています」

「一箇所ずつ調査するのが良いのだろうが、どれだけ時間が掛かるか分からないな」

「そこで、今回から部隊長を任せる唯野仁成隊員と、ヒメネス隊員に期待する」

ゴア隊長がデータを出す。モロクの戦闘データである。

それによると、モロクの実力はスペシャル一人でどうにか対応出来るレベルだが、かなりギリギリであったらしい。

つまるところ、プラスアルファがほしい。

そこで、戦力を分ける。

本来敵地で戦力を分散するのは好ましい行動では無いのだが。そもそもこのフォルナクスの地下迷宮。大戦力を投入しても混乱するだけの場所だ。少数精鋭を募って行くしか無い。

危険性も当然跳ね上がる。だが、最小限の戦力でどうにか突破するには、これしかないとゴア隊長は言う。

「姫様、唯野仁成と組んでください」

「うむ」

「ストーム1はヒメネスとだ」

「ああ」

ストーム1は頷く。サクナヒメも異存は無さそうだ。

更にケンシロウが方舟に残り。ライドウ氏が調査班を連れ、2チームの探索した場所を後から調べる。

これで、三つある迷宮の内二つを同時に調べる事が出来るが。

しかしながら、それはスペシャル達が分断されることを意味する。敵は手ぐすね引いて待っていれば良いのである。

かなり困難なミッションだと言えるだろう。

分かっているが、どの世界でも楽に攻略はさせてもらえない。

エリダヌスも厳しかったが、此処も相当だ。唯野仁成はげんなりしたが、それでもやらなければならないだろう。

不意に、しかしながら水が差される。

発言したのはアーサーだった。

「お待ちください。 解決を優先すべき問題が発生しました」

「どういうことだ」

「ライトニング号がおかしな事をしています。 どうやらスキップドライブを独自の空間に行った後、其所を占拠して何かしていたらしいことは分かっているのですが。 無視出来ない重力子反応を検出しました」

「詳しく話して欲しい」

アーサーによると。ライトニングはどうやら、何か良く分からない空間で、大規模な悪魔に関する何かをしているらしい。

悪魔召喚プログラムを大規模に使っているときに放出される重力子が検出されたと言う事で。

それも、各世界のボスクラスか、それ以上の悪魔を量産している雰囲気だという。

「其方の調査を優先すべきと提案します」

「元々このフォルナクスの地下迷宮は生半可な覚悟で探索は出来まい。 確かにアーサーが言う通り、不可解な動きをしているジャック部隊を調査するのが良いとは俺も思う」

ストーム1はそう言うが。

実際には、好機だから潰したいのだろう。

残念ながら方舟は一つしか無い。

そして現在、方舟の支援無しに別の空間にて活動するのはリスクが大きすぎる。やむを得ない話だ。

正太郎長官が咳払い。この人は、もっとも重要な所で後見人をしてくれる。

だから、皆が視線を集める。

「ライトニングは明らかに良くない目的でこのシュバルツバースに入り込んで来ているのが確実だ。 少なくとも目的を押さえ、場合によっては鎮圧を視野に入れなければならないだろうな」

「……分かりました。 その通りでしょう」

大きく嘆息するゴア隊長。

恐らくだが。こんな所でまで、人間同士の殺し合いはしたくはなかったのだろう。

この先は、人間同士の殺し合いに発展する可能性が非常に大きい。ジャック部隊が、無抵抗で監査を受け入れるとは思えないからだ。

戦力が此方の12%程度だとしても、悪魔合体で強大な悪魔を作り出せば話だって代わってくる。

更に率いているのが狡猾だという話のジャックである事を考えると(どうにも妙な点が目立つが)。看過は出来なかった。

すぐにプラントの回収が行われる。全クルーの搭乗を確認し次第、方舟はスキップドライブを開始する。

情報集積体がまだ足りないが、少なくともフォルナクスから別の空間に行く事は難しくはない。

更には、ジャック部隊はやりたい放題に重力子をばらまいているので、居場所もすぐに分かる。

到着もあっと言う間だ。一旦、その空間に着陸。マクリアリーが、周囲を確認してくれる。

「これは……目立って狭い世界ですね。 映像を回します」

「何だこれは……」

誰もがぼやく。

まあそれもそうだ。周囲は何というか、アントリアの前半部のような洞窟になっている。環境も、デモニカ無しで人間がギリギリ生きていけるレベル。

この空間は、ロゼッタがあるのだろうか。

ちょっとそれすら分からない程、目に見えて狭い。そしてライトニングが停泊しており、側には大きな工場が作られていた。

ゴア隊長は渋面を作っていた。嫌な予感しかしないのだろう。唯野仁成もそれは同じである。

「アーサー、まずは呼びかけをしてくれ」

「分かりました。 ライトニング、応答してください。 此方はレインボウノア。 この空間で、悪魔合体を大規模に行っている重力子を検出しました。 何をしているか答えてください。 答えない場合は、鎮圧も視野に入れて行動します」

アーサーの発言にしては高圧的だが。

正直な話、ジャックのような輩につけいる隙を作ることは許されない。

だからこれくらいでいいのである。

しばしして、通信の返答がある。ライトニングに搭載されているAIからの応答のようだった。

「此方ライトニング。 本艦は現在、発見したこの主無き空間にて、実験を行っている最中です」

「実験とは具体的に何か回答してください」

「シュバルツバースで捕獲した悪魔を合体させ、強大な悪魔を作り出し、シュバルツバースの悪魔に対抗しうる存在を作り出す実験です」

何を馬鹿な。

思わず唯野仁成はぼやいていた。

確かにこのままシュバルツバースが拡がれば、恐らくモラクスやミトラスのような連中が、シュバルツバースを出て人間に襲いかかるだろう。想像を絶する被害が確定で出る。

だが、そんな悪魔に対抗する手段を作るよりも先に。

まずはシュバルツバースを潰すなり、どうにかするべきだ。

そんな事は別に唯野仁成でも分かる。まさかビジネスというのはこれのことなのか。

シュバルツバースの悪魔を怖れた金持ち達に売りつけるための、ボディーガードの作成。

更にはこの問題が解決しようがしまいが使える、生物兵器の製造。

いずれにしても、シュバルツバースが拡がり続ければ、一年と地球がもたないかも知れない状況でやることではない。

愚かしすぎる。社会の上層にいる人間は頭も良くて能力も高いなどと言う言説が、ただの阿呆の寝言である事がよく分かる。

「その実験は不毛な上に無意味です。 すぐに止めなさい」

「此方は貴方方に迷惑を掛けるつもりはありません」

通信が切られる。苦虫を噛み潰すように、ゴア隊長がぼやくのが聞こえた。

これはアーサーの提案を聞いておいて正解だったな、と。

すぐに物資搬入口を開ける。

三班が編制されている。ライドウ氏以外のスペシャル達だ。これに加えて、唯野仁成とヒメネスは行動のグリーンライトを貰った。こういうイレギュラー任務で、いきなり小隊を率いるのは難しいと判断されたのだ。

即座に突入開始。これは鎮圧をせざるを得ない。はっきり言って、今までの挑発的行為だけでは話は済まされない。もはや、ジャック部隊は完全な害悪と化した。

しかも実験を放置しておけば、ジャック部隊は方舟を後ろから撃とうとするかも知れない。

鎮圧は、やむを得ない事だった。ゴア隊長以外でも、同じ判断をするだろう。

「可能な限り殺すな」

そんな指示が出たが、相手は近代兵器で武装している。しかもそれだけではなかった。

基地に近付くと、わんさか悪魔が姿を見せる。しかもどいつもこいつも、様子がおかしい。

体が崩れている者が多数存在している

まるでこれは。悪魔召喚プログラムという結果が分かっているシステムを使っているのでは無く。ただ総当たりで、悪魔を合成して結果を見ているかのようだ。

うめき声を上げながら、迫ってくる悪魔達。

この空間で捕獲されたのか。それともエリダヌスで捕獲された者なのかは分からない。いずれにしても無茶苦茶に悪魔合体した結果なのは、誰が見ても明らかだ。

悪魔達は怨嗟の声を上げながら迫ってくる。

「人間、我等が何をした……」

「お前達に何もしていない……」

「どうしてこのような事をする……」

「体を返せ……」

怯む者も多い。

今までの悪魔は、敵意と殺意を剥き出しに向かってきた。だが、今現れている悪魔は、どう見ても違う。

アントリアなどにも人間に敵意を示さない悪魔は多かったが。そういう連中を捕獲して、無茶苦茶に体を弄った。それが一目で分かる。

無言で唯野仁成は前に出ると、戦えないでいる者達の代わりに、アサルトをぶっ放して敵を殺す。

いや。犠牲者を楽にしてやる。

これではもはや助かるまい。ヒメネスは無言で剣を抜くと(悩んだ末に、大剣にしたようだ)、右に左に切り裂く。

召喚された悪魔達さえ、この崩れた悪魔と戦うのは躊躇っているのだ。誰かがやるしかない。

進み出たサクナヒメが、剣を一閃。

それだけで、まるではじけ飛ぶようにして悪魔の群れが消し飛んでいた。サクナヒメの顔が見られない。

本気で怒っているのは確定だ。

武神の怒りがどれほど凄まじいものか、気配だけで唯野仁成にも分かる。

これは、あのミトラスと同レベルの凶行だ。

奴の事を、人間は何も言えない。歴史的に見て、確かに奴と同レベルかそれ以上の凶行を人間は働いてきた。そもそもミトラスは、そんな人間から学習したのだ。

だが、その現実をまたこうやって目の前で見せられると。

凄まじい怒りに、臓腑が焼き付きそうである。

ストーム1も、ケンシロウも、無言で敵の群れを蹴散らしていく。二人とも、完全にキレているのが、顔を見なくても分かる程だ。

やがて工場の周囲は制圧。

ロキに大火力の魔術を指示しようとするヒメネスを唯野仁成は止める。

「ヒトナリ、止めるな、止めるなよ……!」

「証拠を押さえる必要がある。 財団の指示で来ているなら、財団にとどめを刺せる」

「そんなに冷静でどうしていられる!」

「冷静なわけがないだろう!」

ヒメネスに怒鳴り返して、それから気まずい沈黙が流れた。

ヒメネスが先にすまんといい。唯野仁成も、それに答えて謝る。

困惑しているクルー達に先んじて、唯野仁成が内部に。内部には、待ち伏せしている悪魔はいなかった。

ただ、大量の硝子シリンダが配置されていて。

中には崩れた悪魔が大量に詰まっていた。

それだけじゃあない。

「調査班を連れてくる」

ケンシロウがそれだけ言い残して戻る。その間に、ストーム1はライトニングを抑えに出向く。

ヒメネスは、此処に残りたいようだ。

今のヒメネスを一人で放置は出来ない。唯野仁成も、周囲を見て回る。サクナヒメが、舌打ちしていた。

「この気配は、悪魔だけではないぞ」

「姫様も気付きましたか」

「……ああ。 人間の業は嫌になる程見てきたが、これはその中でも最上級のものだな」

唯野仁成にも分かる。

此処にいる悪魔は、殆どが人間と合成されている。しかも、である。悪魔合体プログラムを利用して合成している様子だ。

彼方此方に、大がかりな装置がある。どうみても、悪魔合体を行う装置である。

恐らく重力子はこれから出ていたのだ。プラントで基礎部分の構築は行い、こう言う装置はライトニングから持ち込んだのだろう。

現地で隊員を使って実験したのだろうか。

いや、そうは思えない。

財団には黒い噂がいくらでもある。これらのおぞましい実験結果は、外から持ち込まれた可能性が極めて高い。

吐いている隊員がいる。勿論デモニカの中に吐いてしまうので、後処理が最悪になるが。それを責められない。

吐いている隊員だって、歴戦の戦士なのだ。少なくとも、この地獄のシュバルツバースで鍛え抜かれてきた一線級のクルーだ。

それなのに、吐き戻すのは避けられない。

それほど、悪魔と人間を無理矢理融合させたこの工場の状態は、異常だとしか言えなかった。

「此方ストーム1。 ライトニングはプラズマバリアで身を守っている。 どうやらプラズマバリアだけに全出力をまわしている様子だ」

「此方アーサー。 確認しましたが、ライトニングはこの空間そのものからエネルギーを抽出しています」

「どういうことだ……?」

「空間の量子のゆらぎを利用して、空間の位相エネルギーをプラズマバリアのエネルギー源にしている様子です。 もしもプラズマバリアを無理矢理突破すれば、この小さな空間そのものが崩壊するでしょう」

舌打ちするストーム1。

そうなると、乗り込んでいって破壊はできない。

更に、周囲を回っていたクルー達が報告をしてくる。ライトニングのクルーらしき存在は見当たらないと。

「捕まえたら生きている事を後悔するくらいの目にあわせてやったんだがな……」

「ヒメネス、落ち着け。 どうも妙だ。 空間の位相エネルギーからのプラズマバリア強化なんて、何処の技術だ。 真田さんにも多分出来ないぞ。 何かある」

「分かっている! すまん、ちょっと今は冷静でいられそうにない」

「それは俺も同じだ」

唯野仁成は、周囲の犠牲者をみる。

悪魔だけでは無い。多分、悪魔合体に無理矢理使われたのは、途上国で簡単に手に入れられる人間だ。

すなわち途上国の貧困層の親に売り飛ばされた子供である。

財団の連中はもはや死すらも生ぬるいが。問題はそんな存在があることを許した、現在社会ではないのだろうか。

そもそも秩序陣営の悪魔が財団には関わっていたらしいが。

神とやらは何をしていた。

昼寝でもしていたというのか。今秩序陣営の親玉とやらが出て来たら、問答無用で鉛玉を叩き込む自信がある。

程なくして、ゼレーニンと調査班が来る。

周囲の安全は確認済みだ。すぐにPCにアクセスして、情報を抽出し始める。調査班の者達は更に状況が悪く、工場内部の硝子シリンダを見るだけで吐く者が続出していた。彼ら彼女らだって、シュバルツバースで鍛えられてきたはずなのに。

ゼレーニンが口を押さえている。データを抽出して、それをどんどん回収している様子だが。

はっきりいって、詳細は唯野仁成も知りたくもない。

「いたぞ!」

不意に声が響く。

工場の奥から引っ張り出されてきたのは、ジャックだ。ストーム1に話を聞かされてから、顔写真などを覚えた。間違いない。ジャック本人である。

ジャックは青ざめていて、既に死人のような顔色をしていた。ストーム1が話を聞かされたらしく、戻ってくる。

無言で即座にアサルトを引き抜いて、ジャックの頭を撃ち抜こうとするストーム1に、サクナヒメが叫ぶ。

「やめよストーム1!」

「……」

「此奴には吐かせることがあろう。 此奴の頭を叩き潰すのはその後じゃ」

「……そうだな」

ジャックを縛り上げる。サクナヒメが目を細める。どうも様子がおかしい。

離れろ。

サクナヒメが叫ぶのと、唯野仁成がアナーヒターを召喚するのは殆ど同時。アナーヒターがジャックを瞬間的に氷漬けにして、爆発の威力を押さえ込むのには成功したが。ストーム1は逃れたものの、ジャックを取り押さえていたクルー達は吹っ飛ばされ、意識を失っていた。

自爆しやがった。誰かが呟いたが、本当にそうか。サクナヒメが目を細めて、臭うと呟く。

「何もかもがおかしい。 真田や正太郎と話をした方が良かろう。 この工場のデータを全て回収するのにどれくらい後掛かる、ゼレーニンよ」

「後三時間ほど待ってください」

「そうか。 では三時間後に、この工場を粉々に爆破できる訳だな。 このような有様では、もはや亡骸も残るまい。 全て消し去ってやるのが慈悲というものだ」

言葉も無い。サクナヒメはそもそも、武神として多くの人間の業を見てきている。こんな物は、恐らく初めて見る訳では無いはずだ。

それでも此処まで怒るのは。サクナヒメが人間を諦めていないからに他ならない。

調査班が吐き気を堪えながら工場を探り、更に機動班も悪魔を展開して周囲を調べる。

アリスが小首をかしげた。

「おかしいなここ」

「そんなことは……」

「いや、そうじゃない。 何だか此処……最初から生きた人間が関わった雰囲気がしないんだよ。 いや、違う。 多分これを作ったのは生きた人間だけれど、此処で組み立てたのは違う気が……」

「何を訳わからねえ事ほざいていやがる」

ヒメネスの機嫌が悪いのを察しても、アリスは空気を読まない。

アリスは腕組みして、ずっと考え続けている。

少し気になったので、唯野仁成は他の悪魔も呼びだして、意見を聞いてみる。

悪趣味だとイシュタルは言う。娼婦の神たる彼女が言う程だ。まあその通りなので、何も言えない。

ただ、その後の言葉が、予想と違った。

「これ、恐らくだけれども人間が組み立てていないわよ」

「ああ、それは同感ね」

アナーヒターもそういう。どちらも高位の悪魔である。魔術に関する知識は、人間なんかとは比べものになるまい。

詳しく聞かせてほしいと唯野仁成が言うと、イシュタルは少し考え込む。

「アリスちゃんが言っていた通り。 ちょっと何とも言えないわね。 それにジャックとやらが、どうして此処に一人で放置されていたのかしら」

「それも不可解ではある。 そういえばジャックを差し出して良いとも、ライトニングは最初に接触したときに言っていたな」

「……嫌な感じがするわ。 桁外れの悪意の臭いよ」

桁外れの悪意か。

人間が作り出したものである事は確定として。こんなものを一体どうして誰が此処に作った。

更にシュバルツバースで、人間に敵対的でもない悪魔を捕獲して、更に実験をしていたというのなら。

それは文字通り、許しがたい行いだ。

ゼレーニンが頷く。データを全て回収し終えたらしい。全クルー、工場の外に出ると、黙祷する。

勿論此処で凶行のエジキにあった者達に対する黙祷である。

その後、サクナヒメが頷いて。全クルーが、手持ちの最強の悪魔を出す。そして、全火力を工場に叩き込み、消し去っていた。

工場は完全に消滅。

また、ストーム1がライトニングの周囲にC70爆弾を設置してきた。もしもライトニングから誰かが出て来たら、その時点で木っ端みじんに出来る。

その行為を、過剰だと誰も止めなかった。

一度方舟に残る。鎮圧作戦は、戦力差がある事もあってあっと言う間だったが。機動班クルーの何名か、調査班の何名かが、即座に医務室に呼ばれていた。

全員デモニカを通じて、PTSDが検知されていたらしい。ヒメネスも呼ばれた一人だ。まあ、無理もない。

戦場でも、此処まで非人道的な施設はそうそう見ない。

勿論歴史的に、こういった非人道的行為は幾らでも行われてきた。そんな事は分かっている。

だが、此処までの煮こごりは。正直、幾多の戦場を渡り歩いた唯野仁成でも冷静ではいられなかった。

一旦この空間から離れ、フォルナクスに戻る。ライトニングについては、話をするべき事がいくらでもある。

まずフォルナクスに戻った後、国際再建機構本部に連絡を入れる。

真田さんが既にその時には、回収したデータをまとめてくれていた。米国大統領は、文字通り顔を蒼白にさせていた。

ライトニングを財団に売ったほどである。

財団と米国に強いパイプがあるのは確定なのだ。

とはいっても、先進諸国で財団とパイプがない国なんて存在しないだろう。文字通り、唾棄すべきこの世の有様だった。

「直ちに財団の主要施設の鎮圧を。 現在なら間に合います」

「し、しかし今これ以上国際情勢を混乱させるわけには……」

「手を打たれるより先に動く必要があります。 特に財団の首脳部は確実に抑えてください」

「……動きづらいというなら、国際再建機構で潰しますが?」

助け船を、居残り組の国際再建機構高官が出すと。

流石にそれはまずいと判断したのだろう。それはそうだ。パイプがあるという事は、外に出るとまずい情報が幾らでもあるという事なのだから。

米国が動くと、他の先進国も一斉に動いた。

皮肉な話だが。南極から侵攻してくる悪魔に備えて、各地に軍が既に臨戦態勢で配備されていたのだ。

それらの軍による制圧作戦が、最初に人間の最悪の組織に向けられたのは、滑稽極まりない。

時間が出来た。いずれにしても、このまま動くわけにはいかない。経過を見守るしかない。

時間の流れが違う事もあって、比較的すぐに結果が来た。どうやら、財団の首脳部は既に全員殺されている状態で発見されたという。誰が殺したかは不明。また、財団関連のデータセンターやデータベースは、既に完全破壊され。データは消去されていたと言う事だった。

真田さんが小首をかしげる。

「おかしいですね、正太郎長官」

「ああ。 ライトニングと方舟の戦力差は歴然。 しかもあんな行動をすれば、此方がどう動くか何て分かりきっていたはずだ。 財団の非人道的行為なんて、そもそも各国でも掴んでいた筈。 財団側の動きがおかしすぎる」

唯野仁成は、話を聞いていることしか出来ない。

いずれにしても、ライトニングは無力化され。そして、何が行われていたか、情報が世界的に公開出来る範囲で公開された。

財団は主に発展途上国から拉致した子供や浮浪者など、換金しやすい人間を数百人ほどライトニングに積み込み。生きたままシュバルツバースに運び込んだ。

その後、シュバルツバースで捕獲した悪魔と合体させ。あのような無数の不自然に崩れた悪魔を作り出したのだ。

どうやら実験の途中だったらしく、成功例はまだ出ていなかったらしい。

いずれにしても、いきがいい人間を使って強力な悪魔と合体させ、従順で強力な生体兵器としての悪魔を作る。それが目的であったようなのだが。

それにしてはやはりおかしな点が目立つ。

行動がずさんすぎる。

ただ、確定で分かった事もある。

どうやら財団は、シュバルツバースが出来る前から、ずっとこの計画を続けていたらしいのである。

それに関しては、複数のデータが、証拠として挙がっていた。

要するに、財団は悪魔合体プログラムを古くから有しており。それを兵器利用することを最初から想定していた。

或いは各地の紛争で、実際に兵器にされた悪魔が暗躍したのかも知れない。

唯野仁成は見た事がない。ケンシロウやストーム1からもそんな話は聞いていない。そうなると、紛争では無くもっとダーティーな仕事で。例えば暗殺などで使われたのかもしれないが。

いずれにしても、財団ほどの規模がある組織がやるには、ずさんすぎる行動だ。

ただ、それらの行動を実際にやっていたのは事実。破壊を免れた施設の一部から、実際に悪魔合体プログラムを実行するためのスパコンや、大がかりな装置が発見もされていた。なお、これらの実験に使われた生け贄の数は、ゆうに数万を超えると試算が出ている。一体何が背後で行われていたのか。

「少し休憩が必要だろう。 まだ副動力炉の調子も良くない。 一日、休みをクルーに許可する」

ゴア隊長が皆にそう言うと、救われた気持ちだった。

いずれにしても、ゴア隊長や正太郎長官はこれから米国らの首脳と、嫌になるようなやりとりをしなければならないだろうが。唯野仁成は休憩して良いと言う事だった。

レクリエーションルームに行く。

ヒメネスがいた。バガブーが出ていて、ヒメネスをしきりに慰めている。

「ヒメネス、俺、面白いこという。 だから、笑ってほしい」

「ありがとうよブラザー。 だが、ちょっとばかり今回は何言われても笑える気分じゃないんだ」

「ヒメネス、心に罅入ってる。 このままだと、きっと良くない」

「ああ、分かってるぜブラザー」

こんなに落ち込んでいるヒメネスを見るのは初めてだ。

隣に座ると、コーヒーを淹れる。コーヒーを渡すと、バガブーが興味を示した様子だったが。あまり与えない方が良いだろう。

ヒメネスがいつも以上に砂糖をたくさんコーヒーに入れる。

唯野仁成は、下を向いたまま言う。

「被害者は数万人に達するそうだ。 財団は外でも悪魔合体の実験をしていたらしい」

「……」

「不可解な事も多い。 シュバルツバースの方が悪魔を入手しやすいというのも分かるが、それ以上にそんな規模の悪魔合体で、何を作り出していたのか」

「……すまんヒトナリ。 お前の冷静で理屈に満ちた言葉が、今はすげえ聞き苦しいんだ」

気持ちは分かる。

だから、黙ることにする。

財団は非人道的な実験を行っていたことが公開され、一気に株が紙屑になった。各国の軍が鎮圧を行い、各地の財団関係企業や施設で、非人道的労働が行われていた事も確認された。

だが、財団の首脳部は既に殺された状況で発見され。

捕まったのは、末端の木っ端幹部ばかり。

明らかに指示を受けていただけで、財団が何をしていたか把握していた者すらいないだろう。

「……俺は何を今までしていたんだろうな」

ヒメネスが呟く。

それには答えない方が良い。唯野仁成は、そう知っていた。

 

4、真相

 

多少わざとらしかったが、予定通りに全ては進んだ。

マンセマットは、ライトニングの存在していた空間から、現在は別の空間に居を移している。

そこは今鉄船がいる空間の次の場所。更に強大なる大母が存在する空間だ。

この空間でも、既に秩序陣営と混沌陣営の悪魔が戦いを始めているが。その秩序陣営側の戦力が足りない。

その戦力が足りない事を利用し、マンセマットは其所に入り込み。主導権を確保したのである。

そして今は、ライトニングを使ってカマエルとサリエルが持ち込んできた機器を使い。文字通り高みの見物を決め込んでいた。

「全ては計画の通りだな」

「ええ、完璧ですね」

マンセマットは笑う。

ライトニングを使って持ち込んだ、悪魔合体の「成果物」。あれは紛れもなく、人間が行った行動の結果だ。

外で財団と呼ばれている組織は、そもそも悪魔合体プログラムを入手すると、早速兵器の作成に取りかかった。その過程で彼らは、人間も合体材料に出来る事を知ったのである。

悪魔一匹を捕まえるのに、特殊部隊の精鋭一個小隊が必要になるとも言われている。

悪魔を捕まえるのに掛かるコストを考えれば。悪魔と人間を混ぜて、生物兵器を作る方が安い。

そう財団の者達は考えた。

そうして膨大な実験が繰り返された。あの残骸の悪魔もどき達は、その結果。ライトニングによって運び込んだのは、殆どがあれらだ。

なお、データを多少改ざんして、シュバルツバースで此方に連れ込んだ人間を使って実験をしたように見せたが。

実際に財団はシュバルツバース突入前にマンセマットらに掌握されていた。

そして、何よりである。

マンセマットは、ワインを転がして失笑する。

財団の成果物こそが。マンセマットなのだ。

そう。財団が非人道的行為の果てに悪魔合体の成果としてこの世に降臨させたのがマンセマット。

財団の者達は狂喜した。聖書にて、モーセの逃避行などで登場する大天使を手中に出来るとは思っていなかったのだろう。

そんな財団の上層部を、マンセマットは降臨するや否や即座に皆殺しにし。

財団の組織としてのシステムだけを乗っ取って、秩序陣営の勢力を強化するために用いた。

正確には、悪魔合体でマンセマットが出来た訳ではない。

悪魔合体で作り出された素体に、マンセマットが降臨したというのが正しい。

いずれにしても、財団には感謝しなければならないのは事実だ。

秩序陣営の天使は、余程の事がない限り、目立って人間の前に姿を見せてはならない事になっている。

それを無理矢理呼び出したのは財団の者達だ。

人間の愚かさまさに極まれり。

モーセの出エジプトの頃から、人間は何も変わっていない。

その事実をマンセマットに知らしめてくれたし。

何より、こんな連中、使い潰したところで何の問題も無いと理解させてくれたのだから。

せいぜいマンセマットの野心を満たすための道具にさせて貰う。

それだけである。

「それであのがらくたはどうするつもりだ」

「もう一手、必要になると考えています。 光の御子たる存在を誕生させるためには、ね」

「ふむ。 それがあの作戦か……」

「そういう事です。 鉄屑の中には、どうせもう必要なものは存在していません」

ジャックの部下達は、全部玩具にした後、マグネタイトに変換して食ってしまった。

はっきりいってそれくらいしか使い路が無かったから、それでいいのである。

面白そうな物資については、此方。今いる空間の、マンセマットとカマエル、サリエルが使っている部屋に移し終えてある。

つまり、あらゆる意味であの骨董品にはもう存在価値が無い。

だったら、せめて最後の一押しに使う。それで、あの船も本望だろう。

カマエルと二人で笑った後、偵察に出ているサリエルから連絡がある。どうやら、鉄船の人間共が。彼らがフォルナクスと名付けた大母の空間で動き始めたらしい。まあ、どうでもいい。

此方で動くのはもう少し後だ。

ゼレーニンは、あの工場の中をモロに見た。

更に、何が行われたかのデータもモロに解析した。

最近は不届きにも、あの武神サクナヒメに心を許し。唯一にて絶対なる神に対して疑問を抱き始めていた様子だが。

そんな不貞は許されない。

すぐにでも、こちら側に引き戻し。

このシュバルツバースの仕組みを利用して、世界を秩序に一気に傾け。

マンセマットが出世するための肥やしにしてくれる。

唯一絶対の神への忠義は揺らいでいない。

だが、人間に対する愛など、マンセマットは欠片も持ち合わせていない。

強いていうなら、神の奴隷として振る舞うのであれば、人間に価値はあると考えているくらいか。

「そういえばマンセマット。 お前が提供したパワーどもだが、反応が消えたぞ」

「まあいいでしょう。 元々いずれ消すつもりでありましたから」

「……嫌な予感がする。 俺の方がお前よりも戦闘経験は豊富だ。 くれぐれも、油断だけはするな」

「そうですね。 確かに同志たる貴方の言う事には今まで何度も助けられてきました」

カマエルを信用しているのは事実だ。人間の信仰によって振り回され、苦労してきた同志なのだから。

もう少し、念入りに手を打っておくか。

そう判断すると、マンセマットは配下を呼び寄せる。既に相当数の天使がこの場に集っているが、その中の精鋭達だ。

ただし、思考能力はないに等しい。

天使に共通する弱点。神に思考を丸投げしてしまっていて、自分で考えることをしないのである。

指示を出しておく。何の疑問も無く天使達は従う。

後はマンセマットは見ているだけでいい。

いずれにしても、勝ちは確定だ。何しろ、今マンセマットが抑えている場所は。

最高の切り札の上なのだから。

 

(続)