膨れあがる違和感

 

序、無機の迷宮

 

庭園にあった四つの電池を起動。同時に、エリダヌス全体が揺れ始めたのが分かった。

すぐに戻るように指示が出る。唯野仁成はライドウ氏と連携して、調査班を護衛しながら帰途に就く。

エレベーターが起動する。

そういう話だったが、そもそもこれだけの大がかりな仕掛けである。何が起きても不思議では無い。

ライドウ氏が珍しく荒々しく声を上げた。

「機動班、全方位を警戒! 何がでても不思議では無いぞ!」

「イエッサ!」

この辺りは、訓練を受けた軍人である。しっかりと指示を受ければ、相応に対応する事が出来る。

既にサクナヒメが率いていた別班は方舟に辿りついた様子だ。ドローンなどで観測できない地点の調査をしていた班だが、方舟にはより近かったのである。迷宮が揺れると同時に、鳥形の巨大な悪魔などが飛び立っていくのが見える。天使らしいのもいる。堕天使かも知れない。

可能な限り急ぐ。最悪の場合、作業用の装備は放棄してかまわないとゴア隊長から指示は出ているが、今の時点では大丈夫そうだ。

石畳に光が走る。

走った光は、以前復旧したエレベーターの基点に集まっていく様子だ。やはり、真田さんの見立ては正しかったと言う事だろう。

途中で悪魔とたまに遭遇するが、逃げ惑っていて襲ってくる様子は無い。

問題は上空だなと冷静に唯野仁成は判断。

こう言うときは、上空からの攻撃が一番危ない。

常に警戒を続けるが、上空にいるアナーヒターとアリスは特に警告をしてくる様子は無い。

最悪の場合は、ライドウ氏が大きな悪魔を召喚し、全員抱えて一気に方舟に飛ぶということだったが。

最近分かったのだが、ライドウ氏の使う悪魔は、マッカの消費が尋常ではないらしい。

悪魔を出し惜しみしているのでは無いかと言う声が上がって、それでライドウ氏の代わりに春香が発表したのだ。

それを聞いて、納得はした。

アリスやヒメネスが使っている魔王達がマッカをどか食いするのは周知の事実で。

それを知らない機動班クルーはいない。

唯野仁成も納得出来た。

ライドウ氏が使っている最高位の悪魔達なら、それはもう消耗は凄まじかろうと。

揺れが更に激しくなる。

地震が無い国から来ているクルーは、悪態をつきながら必死にクリアリングしつつ、撤退を進める。

やっと庭園を飛び出して、そして見る。

庭園が、変形している。

元々ずっと拡がっている庭園だったが、それがより立体的に形を変えて行っている。また上空に、巨大な黒い穴が出現していた。

何となく分かる。あれが「エレベーター」の正体だ。

急いで方舟に逃げ込む。ライドウ氏が最後尾を守ってくれたので、調査班も装備を落とさずに済んだ。

方舟に逃げ込んだ後は、プラズマバリアを展開。プラントを回収しているヒマはない。もしも壊れなかったら、回収するくらいで良いだろう。

それにしても、凄まじい仕掛けだ。

物資搬入口で、艦外の画像を映すモニタを見やる。

やがて、砂時計のように。

せり上がった庭園と。

上空の黒い穴からこぼれ落ちるようにつながっている線が、一緒になっていた。

アーサーがアナウンスする。

「装置の起動を確認」

「此方春香です。 クルーの皆さん、落ち着いて聞いてください」

真田さんが速攻で原稿を仕上げたのだろう。

空気を緩和するために、春香が原稿を読んでくれる。

これでどれだけストレスが緩和されるか分からない。本物のプロを連れて来た意味があるというものだ。

「現在観測しているデータによると、上空に開いた穴はそのまま別の次元に通じている様子です。 アントリアのように、二つの世界がつながっている、と言う事で間違いないでしょう」

「彼処まで行って登るのか……!?」

誰かがぼやく。

だが、それを予想していたように、更に春香が言う。

「揺れと変動が収まり次第、プラントを回収。 レインボウノアで、直接あの空間の穴に乗り込みます。 この先には、この空間の主「大母」がいる可能性があります。 艦での戦闘、白兵戦、艦内への敵の侵入、あらゆる可能性が想定されます。 クルーの皆は、総力戦に備えてください」

通信が切れる。

ため息をつくと、唯野仁成は周囲を見回す。物資搬入口から、多分艦橋に向かったのだろう。もうライドウ氏の姿は無かった。

逆に、物資搬入口に来たのはサクナヒメとケンシロウである。

そういえば、シュバルツバースに突入したときも、この二人が物資搬入口を死守し、敵の屍の山を築いたとか。

合理的な判断である。

しばしして、揺れが収まる。

巨大な砂時計のようになった庭園は、もう中に入りたいと思えない程、立体的になっている。

中にいた悪魔達はどうしたのだろう。

時々凄まじい数が仕掛けて来たけれど。あの様子では、大軍としての悪魔がいられるとは思えない。

物資搬入口が開く。プラントの回収開始。機動班も外に出て、敵の攻撃に備える。

現時点で不足している物資はなし。

戦闘は、100%の完全な状態で行える、と言う事だ。しかもこのレインボウノアは、突入時よりあらゆる性能が上がっている。真田さんの苦労の賜だ。

だが、それでもなお。

この先に控えている悪魔の戦闘力に及ぶか、不安がある。

唯野仁成はデモニカに付随しているPCを見る。

少し前に、イシュタルを作れるか試してみたのである。DBにある悪魔をマッカで呼び出し、更に手持ちの悪魔数体と合体させることで作成は可能という結論は出ている。だが、今はマッカがどれだけあっても足りない状況だ。此処でいきなり新戦力を投入するのは避けたい。

そこまで、唯野仁成は大胆では無い。これから大一番になる可能性があるのに、そこに未知の戦力を投入して被害を出すようでは意味がないのだ。

少なくとも、まずは雑魚相手に試運転をしたいのである。

ムッチーノから通信が入る。

「唯野仁成、さっきの通信の通りだ。 何があるか分からないから、本当に頼むよ」

「分かっている。 頼りにしてくれ」

「ああ、ありがたい」

黙々と、体を固定する。不時着などに備えるのだ。

既に周囲のクルーも慣れたもので、不時着に備えて体の固定を始めていた。

ほどなくして、方舟が動き始める。

核融合の動力炉が出力を上げ、巨体が浮き上がる。向こうに、ライトニングが停泊しているのが見える。

飛んだり地面にいたり、落ち着きがない奴である。そうやって、攻撃を誘っているのか。苛立たせようとしているのか。

蠅と侮るのは危険だという会話をしているのを、ログで拾った。

確かに方舟から見るとだいぶ小さいし、戦闘力もぐっと低いようなのだが。なんでそんなのがこの地獄に突入してきているのかがそもそも分からない。

まだまだ、警戒はしなければならないだろう。

上昇し始めた方舟が、加速していく。

同じ空間内でスキップドライブをするという通信があって、大丈夫なのか心配になったが。

プラズマバリアを展開したので、恐らくはあの空間の穴の先に何があるか分からないし。そもそも砂時計のようになっている「エレベーター」で何が起きるかわからないからの処置だろうと判断。

深呼吸すると、状況を見守る。

やがて加速を更に強めたレインボウノアが。

一気に空間の穴を抜けて、新しい空間、ではない。エリダヌスの、上位空間とでもいうのか。

そんな場所に出ていた。

しばらくは、減速が続く。

凄まじい音が響いているが、プラズマバリアに何かぶつかっているのだろうか。

やがて、方舟が減速を終えて停止。

下降を開始していた。

着地する。揺れは殆ど無いが、それでも着地したことが分かるくらいには、がくんと音がした。

ただ初期のような不安感は無い。揺れについても、加速減速上昇下降時、いずれもが我慢できる範囲内だった。

「此方観測班マクリアリー。 外の状態をモニタに表示します」

「……っ!?」

誰もが声を上げる。

其所にあったのは。いや、あったと言うべきだろうか。

無機的な何か。巨大なブロック状の足場が、何処までも何処までも続いている。空はまるで宇宙である。

そんなへんてこな空間だ。庭園とは、全く違っている。機械的ですらない。

更に、中央部分には巨大な柱があり。その柱の周囲には、凄まじい雷雲が存在していて、近付かせまいとしているようだった。

「外の気温は……ー65℃、18気圧。 デモニカであれば活動可能な範囲内です」

「今度は極寒地獄かよ……」

多分、通路に控えているヒメネスのぼやきだろう。

いずれにしても、今真田さんが総力を挙げて調査をしてくれているはずだ。黙って状況の推移を待つ。

程なくして、春香の放送があった。

「周囲に敵影はありませんが、この空間は観測できるだけでも20数q四方に広がっている様子です。 また、二箇所に悪魔が陣地を構築しているのが確認できます」

「二箇所か……」

「これよりプラズマバリアを解除します。 機動班、調査班、データの収拾をお願いいたします」

通信が切れた。

同時に、物資搬入口が開き始める。最初に機動班が出る。唯野仁成も、勿論その一人である。

サクナヒメはでて、ケンシロウは残る。

船内に異常が出ていない事を確認した後だろう。ストーム1とライドウ氏も出て来た。周囲に一線級の機動班クルーが展開し、悪魔も召喚する。

今までの美しい庭園から一変して、何も無い殺風景な場所に来ていることで、困惑する機動班クルーも多いようだった。

電波中継器も、展開地点に撒く。

マッピングはしているようだが、何しろ周囲二十数qである。デモニカによる視界の補助をもっても、端がどうなっているのかは見えなかった。

足下は案外しっかりしている。

他のシュバルツバースの空間もそうだが、1Gの重力が掛かっているという点では変わりが無いらしい。

重力子を通信に使えるのも、その辺と無関係では恐らくはないのだろう。

機動班が展開後、調査班が出て来て、プラントの設営を開始する。

この地面、掘ることが出来るのか少し不安になったが、一応問題は無い様子だ。また、こちら側の「上位空間」に入るときに確認したようだが、相応の深さがあるらしい。プラントを展開している間に、通信が入って説明を受けた。

方舟が抜けてきた「穴」は、柱の近くにある。

恐らくだが、あの柱に「大母」とやらがいると見て良いだろう。

そしてバニシングポイントは、ほぼ間違いなく柱の上の方。あの異常な雷雲が発生している辺りだ。

一旦戻れるように退路を確保する。

それはとても重要な事だ。今は意味がないとしても、である。

更に言えば、大母とやらを全て撃退し、ロゼッタを回収出来れば。このシュバルツバースの謎が解ける可能性も高くなる。

ここからが、機動班の出番だろう。

装甲車に乗って、ゴア隊長が出てくる。

プラントに続いて、野戦陣地を構築し始めたので。その護衛のためだろう。ライドウ氏が大きめの悪魔を何体か召喚して、周囲に対する睨みを利かせ始める。

ストーム1は、専用らしいスコープを覗いて、真田さんと何か話をしていた。こっちに通信の内容は聞こえてこない。

やがて、野戦陣地の構築が完了。

一度調査班が方舟に戻る。機動班も、三隊に編成され。それぞれサクナヒメ、ライドウ氏、ストーム1の麾下に入って周囲の探索を開始した。他の機動班クルーは、野戦陣地の防衛である。

辺りの地面は硬質だ。

踏んでいると、少し跳ね返るような音がする。あまりいて気分が良い場所ではないなと思う。

恐らくだが、生物が住めそうにもない場所という違和感がそうさせているのだろう。

今までの空間でも、おかしな場所はあったが。人間の文明と何かしら関係がある光景が広がっていた。

此処はそうではない。

もはや、今までとは全く別の場所だ。

緊張する中、通信が入る。今唯野仁成は、ストーム1の麾下に入って移動しているが。ストーム1班全員に通信が入っている様子だ。

「真田だ。 これから3時方向にいる悪魔の陣地に接近して、様子を確認してほしい」

「イエッサ」

そのまま、皆動き出す。数q先にいる相手だ。まだ、戦う準備は必要ないだろう。だが念のため、アナーヒターとティターンを出しておく。

ストーム1は目立って無口になっていた。

ライトニングが突如姿を見せることを警戒しているのだろうか。それとも、他の理由だろうか。

いずれにしても、何も凹凸がなく、ただ無辺に拡がっている地面を踏んで進んでいくと。やがて、それが見えてきた。

此方もまた、無機的というか、原始的というか。

何やら神々しい防壁を展開した者達による陣地だ。飛び交っているのは、間違いなく天使だろう。

マンセマットの配下だろうかと思ったが。どうにも違う様子である。

通信が入る。ヒメネスからだ。

「此方サクナヒメ班。 其方の悪魔の陣地はどうだ」

「天使っぽい奴らがたくさんいるな」

「そうか。 此方はデカイおっさんがたくさんいるぜ。 東洋風だったり西洋風だったり、いろんな鎧をきてやがる。 ごつくておっかない陣地だな。 仕掛けるのはぞっとしないぜ」

「データを集め次第戻るぞ」

ストーム1が言うと、皆がこくこく頷いているのが分かった。

というのも、天使の数が尋常ではないのである。

今まで数百、場合によっては千を超える悪魔と交戦してきたが。彼処に展開している天使は、恐らくその何十倍という数だ。

この巨大な空間に、一つの巨大な城を作ろうとしている。

サクナヒメが偵察している方もそうなのだろう。

天使は秩序側だとして。もう片方の巨人達の陣地がそうだとは限らない。下手をすると、戦争が始まるのではあるまいか。

いずれにしても、ストーム1の判断は正しい。

すぐに渡されている装備である、大型の望遠鏡を設置。これはビデオ機能もついており、高精度で撮影することも出来る。大型といっても、昔の個人用天体望遠鏡程度のサイズで、別に持ち運びに苦労するほどでも無く、軍用装備を入れるバックパックに充分に収まる程度のものだ。

唯野仁成は周囲の監視に当たる。アリスも呼び出し、総力戦態勢で監視に入る。

メイビーも監視に回ることにしたらしい。

ストーム1は、その辺何も口にしない。あまりに動きが悪い者がいたらアドバイスはするが、それだけだ。

装置を組み立てたアンソニーが、覗きながらぼやく。

「天使ってきれいどころの女の子が多いのかと思ってたんだけどなあ。 見た感じ、鎧を着たおっさんばっかりだな」

「アンなんとかさんさー」

「……」

アリスが呆れきった声でアンソニーにいうので、アンソニーもげんなりした様子で顔を上げる。

アンソニーはほれっぽい男だが、自分にその気が無い相手に粘着するような事はない。

その辺りが、徹底的に嫌われない要因ではあるのだろう。アリスも、最近では嫌がっている様子は無く、毒舌は吐くもののアドバイスに留めているようだった。

「天使って実際には男性的な容姿をしていることが多いんだよ。 それに高位の天使になってくると、どんどん人間離れしていくんだよねえ」

「詳しいね」

「そりゃ、散々戦ったもん。 高位の天使は何でも物質世界にいる人間に姿を見せる必要がないとかで、どんどん化け物じみた姿になっていくんだよ。 綺麗な女の人を天使みたいとか言う表現があるけど、あれって一神教のプロパガンダだから」

「そ、そうなんだ……」

アリスが難しい単語を使ったので、アンソニーはちょっと面食らったようだが。

いずれにしても、その間も撮影は続いている。

ストーム1はずっと敵陣を自分用らしいスコープで伺っていたが、舌打ちする。

「恐らく様子見だろうが、数体来るな。 皆、戦闘に備えろ」

「えっ!?」

慌てた様子で、アンソニーが望遠鏡を片付ける。

それでも、ちゃんと女の子の悪魔ばかりで(しかもアンソニーにみんな生暖かい視線を向けている)構成された手持ちを展開するのは流石だ。伊達に機動班で揉まれて、一線級になっていない。

皆が警戒する中、何とも言い難い異形の天使と。炎の輪っかに入ったフードを来た男のような天使が数体、周囲を囲むようにして降り経っていた。

「ほう。 あの鉄船の人間ですか。 肉を持ったままこのような空間に来られるとは、人間の技術も上がってきているのですね」

「俺はストーム1。 貴様は」

「失礼しました。 私は大天使ハニエル。 七大天使の一角にて、神の寵愛を受ける者です」

慇懃に言うが、その姿は顔の周囲に無数の翼がある、と言うものだ。

一般的にイメージされる美しい天使とはかけ離れている。周囲にいる天使達は、ソロネというらしい。座天使と漢字で記載し、上級三位の位階に当たる。

ゼレーニンを護衛している中級三位のパワーから見て、三段階も上の位階にいる天使である。

ストーム1が構えていたアサルトを降ろす。

相手に戦意が無いと判断したのだろう。それを見て、周囲もならった。唯野仁成も、アリスに視線を送って、攻撃をやめさせる。

「大天使ハニエル、其方は何をしている」

「今、混沌の勢力がこの空間、貴方方は何と呼んでいるのかは分かりませんが、大母の空間の一つに巨大な拠点を構築しています。 我々は光の国の尖兵として、それを見逃すわけにはいきません。 偉大なる神のお言葉に従い、奴らの監視を始めている所です」

「そうか。 我等は大母とやらに用がある。 それは関係無いのか」

「大母に対しては、我等は利害関係がありません。 ただ、いつ混沌の勢力と戦いが始まっても不思議では無い……。  混沌の勢力は、強大な鬼神どもを主力にした、荒々しい者どもです。 巻き込まれないように注意なさい」

言うだけ言うと、ハニエルは陣地に戻っていく。

冷や汗を拭うアンソニー。勿論、実際に拭えるわけでは無いが。

「戻るぞ。 状況を整理する」

ストーム1は、戻っていく天使達を見送ると、皆に顎をしゃくる。

恐らくサクナヒメ班でも似たような事が起きていると判断して良い。柱の方を見にいったライドウ班がどうなっているかは気になるが、とにかく戻るのが最優先だろう。

此処も、一筋縄ではいかないな。

唯野仁成も、覚悟はもう決めていた。

 

1、大母の世界

 

サクナヒメ班が無事に戻って来たのを見て、少しだけ安心する。先にライドウ班が戻って来ていたのだが。サクナヒメ班は戻るのが遅れていたのだ。

いずれにしても、機動班が出来る事は一旦此処まで。

これからは調査班を護衛しながら、上層部の戦略に沿って動いていくことになる。

あくまで唯野仁成は一兵卒。

出撃のグリーンライトを持っているようなスペシャル達とは違う。

でも、それでいい。

唯野仁成は、それくらいの立場で丁度良いと思っているからである。

レクリエーションルームに入ると、アリスにアイスを作ってやる。アイスを作る装置は、多少のマッカを入れると動くようになっていて、ソフトクリームからカップアイスまで何でも作れる。

材料については分からないが、毒物は入ってはいないと思う。

アリスは意外に趣味がしぶく、幾つか試した後は抹茶のソフトクリームが好みになったようで。それをねだるようになっていた。

無邪気に抹茶のソフトクリームをなめているアリスを横目に、唯野仁成はコーヒーを淹れる。

丁度ヒメネスが来たので、コーヒーを淹れて手渡し。横に座ると、ヒメネスは大きくため息をついた。

「全く冗談じゃねえぜ」

「其方は大変だったのか?」

「大変も何も、いきなり四天王だのいうでっかいおっさん達が出て来てな」

四天王。漫画か何かのあれだろうか。

そう思ったが、違うらしい。

調べて見ると、持国天、広目天、増長天、毘沙門天という、仏教におけるいわゆる「護法神」であるらしい。

仏教においては、幾つかの神格が存在する。

基本的に仏陀などは、真理に到達して輪廻を超越した存在。この真理への到達の度合いによって、最上位から「如来」「菩薩」「羅漢」と階級が別れるらしい。

これらの他に、戦闘を担当する神格である「明王」。

印度の宗教の神々が元になっている「天」。

さらには例えば鬼子母神などの、夜叉などが帰依した存在なども存在しており。

仏教にも「神」と呼べる存在はいるのだ。

四天王は、その「天」の中でも有名な存在で。この四天王から、様々な優れた四人組を、「四天王」と呼ぶ習慣が出来たそうである。少なくとも、この習慣はずっと古くから存在していたようで、日本でも妖怪キラーとして知られる源頼光の配下に、「頼光四天王」が存在したり。また日本最大の鬼である酒呑童子の配下に、「酒呑童子四天王」が存在したり。

また戦国大名でも、龍造寺家には「龍造寺四天王」(実際には五人いる)などが存在するなど、呼び方としてはメジャーであった様子だ。

いずれにしても四天王の本家本物が出て来たというわけだ。

「それで姫様が其奴らと押し問答になってな。 軽く力比べをしたいとか相手が言いだしやがってな」

「荒々しい連中だな」

「天使が向こう側で陣地を張ってるからな。 姫様も元々武神だし、戦いは嫌いじゃないんだろ。 早速四人相手に大立ち回りだよ。 あっちこっちにクレーターが出来るような戦いしやがって……。 しかもその後意気投合して、俺たちまでつきあわされて宴会に呼ばれてよ」

げんなりした様子のヒメネス。

そもそもシュバルツバースでは、デモニカを脱げば死んでしまう。

だから、サクナヒメが鬼神達が用意してきたデカイ肉の塊とかを食べているのを横目に、憮然としているしかなかったそうである。

いずれにしても、情報は仕入れてきたので、まあ無駄ではなかったのだろう。

コーヒーに砂糖をいつも以上にどばどば入れると、ヤケになっている様子で飲むヒメネス。

怒っているのではなく、うんざりしているらしかった。

まあ気持ちは大いに分かる。

ずっと酒も何も無い生活をしているのだ。ヒメネスはどちらかというとかなり酒が好きらしいので、ずっと禁酒を強いられている現在の状況は嬉しくないだろう。しかも先の話からして、酒もでたのは多分確実。文字通り生殺しだろう。

「よっぱらうだけなら簡単だよヒメネス。 私がやってあげようか?」

「おっとアリスのお嬢さん、それは勘弁だぜ。 魔術によるものだろ?」

「そうだよ。 お酒と仕組みは同じ」

「残念だが、俺たち兵隊はいつでも戦闘に入れるようにコンディションを整えとかなきゃいけないんだよ。 酒を入れるとどんなベテランでも手元が狂う。 特に俺は……必死にならないといけないからな。 というわけですまないなお嬢さん。 酒は入れられないんだよ」

そっかーとアリスは言うが。ヒメネスは苦笑いしたものの、目は笑っていない。

少し前だが。もう少しで、唯野仁成とヒメネスは、アレックスに対応出来るようになれるという話をされた。

同時に、スペシャル達と同様に、チームを率いて作戦行動をするようにもなって貰う、とも。

ただ、二人ともまだ「何とかアレックスと戦ったらギリギリ生き残れる」程度の実力でしかなく。

「アレックスと戦っても、一緒にいるクルーを生還させられる」実力になるまでは、チームを預かる立場にまでは昇格させられ無いとも言われた。

それはまだ努力が足りないと言われているのと同じ。

ヒメネスは、今回の件を解決したら。豊かな生活をして、後は悠々自適に生きたいと思っている様子だ。

だったら、此処で手は抜けないと言う事なのだろう。

コーヒーを飲み干すと、ヒメネスは立ち上がる。

「俺はちょっと姫様に稽古をつけて貰ってくる。 ヒトナリ、お前は?」

「俺はこの間嘆きの胎で遭遇したイシュタルをこれから作る。 作るのは見送っていたんだが、すぐに強大な敵とのガチンコとはいかないようだからな」

「そうか。 俺もまた、手持ちの悪魔を増やさないとな。 丁度良さそうな魔王を見繕うか……」

ヒメネスがレクリエーションルームを後にする。

アリスが満腹したのか、PCに戻る。

唯野仁成はデモニカに電源を接続すると、早速イシュタルの作成に入る。大きい悪魔合体を始めると気付いたのか、周囲のクルーが距離を取り始めた。

今まで外で捕まえて、更に合体に同意した悪魔達。

データから呼び出した、作成に必要となる悪魔達。

それらを、支給されているマッカを使い果たす勢いで使い込み、イシュタルの作成に入る。

マッカについては、イシュタルを作る事を既に上層部に告げて、支給は受けている。

エリダヌス下層の迷宮で、何度か大規模な会戦をやって。膨大なマッカを入手しているので、多少は今全体にマッカの余裕はある。

だから許可は下りたのだと思う。

デモニカも根本的なバージョンアップがされているから、前ほど周囲に苛烈な反応は出ない。

だが、それでも。スパークが走り。デモニカの蓄積電力が、根こそぎ持って行かれるのが分かった。

電源と接続しておかなかったら、バッテリーが吹っ飛んだかも知れない。

また、唯野仁成自身も、一気に全身の力を引っこ抜かれるような感触を覚える。

二層とは言え、嘆きの胎の囚人悪魔だ。

強いのはまあ、当然と言えるか。

しばしして。ばちんと凄い電気が走って、合体が完了する。

唯野仁成は呼吸を整えると、デモニカを着直して、物資搬入口から出る。そして外で、イシュタルを召喚していた。

イシュタルは相変わらず強烈なボディラインと薄着で、頭に角が生えた色白ブロンドの美しい女性の姿をしている。

神殿が娼館になっていただけあって、無駄に凄まじい色気だ。

ただ、女に何の期待もしていない唯野仁成は、もう少しちゃんと服を着て欲しいと思うばかりだったが。

同じ事はアナーヒターにも言える。

古代神格、特に女神は、無駄に色気が先行する傾向がある。

母子家庭で育って、女性の良くない部分を嫌と言うほど見ている唯野仁成には。あまりこういうのは嬉しくは無い。

「あら、ようやく私を喚びだしてくれたのね、うふふ」

「戦力が整い、余裕が出来た。 これからよろしく頼む、イシュタル神」

「ええ、これからよろしく」

声も無駄に艶っぽく、周囲のクルーが羨ましそうに見ているので、何だかげんなりしてしまった。

無駄に色っぽい格好をしているが、別に男を誘う気も無さそうなアナーヒターはまだ目のやり場に困る程度で済むのだが。イシュタルは完全に男を籠絡する気満々である。戦力については問題は無さそうだから、それで良しとはするが。

少し接していて疲れそうだな、とも思う。

時計を確認。

上層部は随分と揉めているな、と感じる。

既にこのエリダヌス上位階層で、最初の偵察をしてからかなり時間が経過している。それなのに、調査班も出さずに機動班は最初の偵察以降待ちっぱなしである。

何かライドウ班で大きな問題があったのだろうか。

いずれにしても、おぞましい程巨大だったエリダヌス下層迷路と。

此処は同等以上に厄介な場所だと判断して、行動する他無いのかも知れなかった。

 

ライドウ班が撮影してきた大母の姿を見て、真田は腕組みし。ゴア隊長は無言になっていた。

ウロボロス。

ギリシャの古代神話に登場する概念。神ですらない。

尾を咥えた蛇の姿といえば、誰でも想像は出来るかもしれない。人格神ですらないかもしれないという予想は、ある意味当たっていたのだ。

ウロボロスは柱の中の巨大空間にいた。全長は恐らく百数十メートル。巨大な蛇は円環を作り。

ライドウ班に興味も見せなかったという。

周囲には尋常では無い力の渦があって、攻撃しても無駄なのは目に見えている、と言う事だった。

「あれは何かしらのバリアを展開している。 それに……あれは本来のウロボロスでは無いのかも知れない」

ライドウ氏は言う。

詳しく、と真田が意見を求めると。頷いて、幹部達を見回しながら説明をしてくれる。

「まず第一に、ウロボロスが大母などと呼ばれている事がおかしい。 ウロボロスには循環や永遠、輪廻などの概念はあるが、母という概念は存在していない。 ガイアなどの神がいるのではないかと俺は思っていた」

「本来あり得ない存在が此処にいると」

「そうなる」

サクナヒメが小首をかしげる。

サクナヒメも、どうやらこのシュバルツバースには違和感を感じている一人、いや一柱である様子なのだが。

今回、いっそのことそろそろ口にするべきだと判断したのだろう。

ライドウ氏に、疑問をずばりとぶつけてきた。

「わしはこのシュバルツバースとやらに入ってから何度も疑念を抱いたが、今回ので確信した形だ。 この世界はずれておる」

「姫様、ずれているとは」

ゴア隊長が聞く。これは、隊長としての役割である。

ケンシロウやストーム1は悪魔の専門家でも無いし、学者でもない。春香だってそれは同じだ。

そういう面々にも分かりやすいように、よりかみ砕いた説明が必要だ、という事である。

人間の何割かは、自分が分からない事を言っている人間を無条件で馬鹿と認識するような無能だが。まあこの場には幸いその手の無能は存在していない。中には説明が悪いと開き直る輩もいるが。それも此処にはいない。

サクナヒメは咳払いすると、続きを話す。

「そもそも混沌陣営の悪魔とやらは、本来己を絶対正義と考え、それに基づいて行動するのが基本だという話であったであろう。 それが此処にいる悪魔共は、強くなるために人間を観察し勉強し、間接的に自分より人間が優れていると認めてしまっておる。 それどころか、様々な悪魔は言動が明らかにおかしい。 更にはここに来て、母でもないのに大母と呼ばれる悪魔の登場じゃ。 ライドウよ、そなたはどう見る」

「姫様の言葉はもっともです。 この世界は魔界では無い事は確定はしていたのですが、嘆きの胎などの様子を見ると、出現する悪魔の様子がおかしすぎる。 ひょっとしてですが……此処は人間の精神が作り出した一種のシャドウなのかも知れない」

「シャドウの世界?」

「そうです。 だから此処にいる悪魔達は、人間世界を滅ぼすために人間世界そのものを勉強する。 そしてその最悪の部分が結集して、あの魔王達になっていた」

本来の精神生命体である悪魔や神と言うものは、人間の影響を強く受けることは受けるものの。

その一方で、其所には芯が存在しており。

今までアントリアからデルファイナスまでで戦って来たような魔王達と違って、それぞれの誇りを持っているという。

勿論残虐なものは残虐だし。人をゴミのように殺す奴もたくさんいるが。

それは人間の信仰とは、最初からそういうものだからだ。

此処にいる悪魔は、それすらでもない。

もはや人間の影そのものであって。本来の悪魔とは、別の存在なのでは無いのか。

そうライドウ氏は説明を終えた。

ゴア隊長は腕組みして、目を閉じる。ずっと考え込んでいるようだが。助け船を出すように、正太郎長官は言う。

「真田君、どう思う」

「仮説としてはあり得る話です」

真田はこの世界に来る前。二度の自殺同然の旅をした事がある。二度目の旅では、本物の神にも遭遇した。

その神は。明らかにこのシュバルツバースにいるものとは違っていた。

このシュバルツバースは、五万年前にも出現し。当時の文明を滅ぼした可能性が出て来ているが。

そもそもその時は、シュバルツバースとはどういう場所だったのか。

今いるような悪魔達など、存在などしていなかったのではあるまいか。

いずれにしても、仮説と言う言葉を強調する。

まだ、確信は持てないからだ。

ただ、真田の方でも。今の話を裏付けられるデータを既に幾つか集めている。例えば悪魔のデータだ。

ライドウ氏が持ち込んだ悪魔のデータと。シュバルツバースで捕獲したり仲魔にした悪魔のデータ。

比較してみると、データにズレが見られるのである。

情報集積体に関しても、おかしな点が幾つも見受けられる。

それにだ。

ヒメネスが魔王モラクスを今手持ちとして使っているが。アントリアで暴政を尽くしていたモラクスとは、だいぶ性格が違っている。

これは、このシュバルツバースにいる悪魔が、「本物」では無いことを示している。

力は、本物に遜色ないか、それ以上かも知れない。いずれにしても、この世界がシャドウの世界ではないのかという意見は、無視出来ない。

「ただ、今はデータを更に集めるのが先です。 それに、シュバルツバースそのものを解析し。 この世界をどうにかして、世界の破滅を食い止めるのが、更に優先度としては上になるでしょう」

「うむ、その通りだな」

「それでどうする。 ウロボロスとやらは、そなたらの言う最大火力。 核兵器だったかでもびくともしないような壁を張っているのだろう?」

サクナヒメの言葉に、真田は頷くと。

艦橋のスクリーンに図を出す。

それは、現在分かっている範囲の、このエリダヌス上層の地図である。なお、天使と鬼神の陣地は既に近付かない方が良い場所として、赤く表示してある。

「エリダヌスは下層もそうでしたが、この上層でも中央に集約する構造になっている事が見て取れます。 現時点で、ドローンなども用いて解析した限りは、その結論に間違いはありません」

「そうなるとまた電池探しか?」

「今回は電池を動かすのでは無く、止める方になるかと思いますが」

サクナヒメがため息をつく。

いずれにしても、調査班を守りながら、悪魔の軍勢に襲われる事を覚悟で動かなければならないのだから。

「もうクルーどもの休憩は充分であろう。 でるぞ」

「アーサー。 プランの策定を」

「分かりました」

ゴア隊長の指示を受けて、アーサーが人工知能らしい正確さでプランを作成していく。すぐに誰がどう動けば良いか、どう探せば良いかのプランが提案される。

問題は、ライトニングがこの上位エリダヌス空間に出現したことだ。

実は三時間ほど前。此方を追うようにして、ライトニングが出現している。丁度柱を挟んで向こう側に、である。

懸念事項は山ほどあるが、それでも何とかしなければならない。

今回はケンシロウに残って貰う。

そして、三班が機動班と調査班で組み、周囲を調査。

電池らしきものを発見し次第、停止させる。

それで、ウロボロスを守っている壁をこわす事が出来。大母に手を掛ける事が可能となる。

問題や懸念事項は他に幾つもあるが。とりあえず、現状では他に採る手段が無い。そして時間は無限では無い。

皆が動き出す。

唯野仁成は、少し前にイシュタルの作成に成功したらしい。そろそろ、嘆きの胎三層に入って、戦力の更なる強化を図るのもありかもしれない。

いずれにしても、予想以上に大母が強力だったのは事実だ。

真田としても、クルーを全員生還させるためにも。多少の無理は、しなければならなかった。

 

2、何も無い空間から有を探す

 

巨大な空間を黙々と歩く。ドローンもあるだけ飛ばしているが、それでもとてもではないが手が足りない。

何とか、「電池」を探し出さなければならない。

広い広い場所を歩く。

デモニカの補助があるとは言っても、体力がない身には辛い行軍だった。

ゼレーニンはサクナヒメ班で、唯野仁成と一緒に行動している。

唯野仁成は周囲に複数の悪魔を浮かべているが、また強大な悪魔を手に入れたらしい。マッカの消耗が激しくて大変だとぼやいていたが。それにしても、強そうな悪魔だ。

イシュタルと言えば、ゼレーニンも聞いた事がある。淫売の権化として名高い女神だが。唯野仁成が着るようにと渡したコートを不本意そうに着込んでおり。アリスが、どう言葉を掛けて良いか分からないようだった。

「ゼレーニンよ」

「はいプリンセス」

サクナヒメが声を掛けて来る。

周囲に警戒を続けているサクナヒメは、イシュタルを手持ちに加えた唯野仁成がいても、この機動班クルー全員をまとめて畳めるほどの戦闘力を未だに保持している。

昔は兎に角苦手な相手だったが。

アスラに対しての毅然たる態度を見て、ゼレーニンも己の愚かさを思い知らされた。

今では、素直にプリンセスとして相手を敬えるようになっている。

流石に神と呼ぶのは抵抗があるが。アスラに指摘されたように、内心でデーモン呼ばわりしていたのはもうやめだ。

それですら、サクナヒメは許してくれた。

これ以上、誇り高い武神に対する侮辱は許されないとゼレーニンは思う。

モラルハザードで致命的な事になっている故国のことを思うとなおさらだ。

「そなたはエレーベーターを最初に見つけた功労者だ。 電池についてはどう思う」

「強大な力を供給している存在です。 近付けば嫌でも分かると思います」

「しかし、見た所ずっと平原が続いているようだが?」

「最悪の場合、天使や鬼神の陣地の中にあるのかも知れません」

それが最悪の場合、だ。

悪魔はマッカという食糧を必要とする。普通に物理的な肉も食べるようだが、それはそれとしてエネルギー源としてのマッカが必要なのだ。逆に言えば、それは強大なエネルギーを必要としているのであって、マッカで無くても良いのではないのだろうか。

例えばオーカスは、呼び出した悪魔をまるごと根こそぎに食べてしまった。

そのように、何かしらのエネルギー源があれば。其所に悪魔は居着くのではないのだろうか。

ひょいとサクナヒメが跳躍。

本当に身体能力だけしか使っていない様子なのに、三十メートルは跳んだ。着地した時も、特に体を痛めている様子は無い。

「この辺りには何もいないのう。 気配も特に感じぬわ」

「アーサーが探索のガイドラインを作成してくれています。 それにそって、可能性が高そうな場所から当たりましょう」

「それは分かっておるが、な。 アーサーは残念ながら所詮からくりだ。 賢いからくりではあるが……」

サクナヒメの言葉も的確である。

アーサーはあくまで確率を最重視している傾向があり、必ずしも常に最善手を選んでいるわけではない。

だから、人間の補助がいる。

もっと優れたAIだったら、それも必要なくなっていたかも知れないが。残念ながら、アーサーはそうではないのだ。

頷くと、気合いを入れ直す。

周囲には何も無い。悪魔も感じ取れていない。だが、本当にそうなのか。何か見落としは無いのか。

ゼレーニンは科学者だ。

悪魔が存在しているのは事実だ。真田技術長官がいったように、それならばやる事は一つ。

悪魔と言う存在を科学的客観的に分析し、論理的に解析することだ。

信仰は科学に必要ない。信仰は勿論心に必要かも知れない。だが実際に其所で起きている現象があるのなら。それに信仰を優先してはいけない。科学者なら当たり前の話だ。それを、ゼレーニンは今まで出来ていなかった。

取り戻そう。科学者としてのあり方を。

サクナヒメは、デーモンと侮辱されてもなお。それでもゼレーニンをあの凶悪なアスラから守ってくれた。

ならば、ここでゼレーニンがやる事は。このシュバルツバースを、完全に解析することだ。

周囲の地図をもう一度徹底的にチェック。

見渡す限り、本当に何も無い。

だが、それでも本当にそうなのかは分からない。今、ストーム1班が、端に到着した様子だ。ドローンが空撮している分も含めて、エリダヌス上層の地図が確実に着実に出来上がっていく。

これは。巨大なドーナツ状の構造なのか。

ドーナツの中心部には、いうまでもなくウロボロスのいる柱がある。そういえば、ロゼッタの形状も。

示唆的だ。周囲を徹底的に調べるにしても、何か他に利用できそうなデータがあるかも知れない。

サクナヒメが足を止める。

戦闘準備。声が掛かったので、ゼレーニンも天使パワー達を出す。パワー達はゼレーニンの周囲を、徹底的に固める。それほど強くない、雑兵としての天使達である事をわきまえ。最悪の場合は肉の壁になるつもりなのだ。

ゼレーニンは、パワー達が最近は自分を気遣ってくれているようになっているのを気付いている。好意には甘えろとも言われている。無機的だったパワー達が、人間味を帯び始めているのだ。それはとても良い事なのだと思う。だから、少しずつ仕事も手伝って貰うようになりはじめている。

ただ今回は、純粋な戦闘だ。

身だけ守ってくれれば、それでいい。幾ら死んでもマッカで蘇生できるとは言え、無理もしてほしくは無い。

戦闘にはとことん向いていない。

ゼレーニンは、それを自覚していた。

向こうから、ざわざわと音がする。近付いてくるのは、それこそ地面を埋め尽くすような小型悪魔の群れ。

間違いない。エリダヌス下層にも出現していたバシリスクだ。その数は、算定不能である。

最低でも数千はいると見て良い。しかもあいつは、間合いに入らせたらおしまいの悪魔なのである。

明らかに怯むクルー達だが、サクナヒメが声を張り上げた。

「氷の魔法を使って、周囲に壁を展開せよ! 敵が全方位から入り込めないように擬似的に要塞を構築するのじゃ!」

「イエッサ!」

機動班クルーも精神的に持ち直すと、すぐに指示通り氷の壁を作り始める。この辺りは、文字通り多数の戦いを勝利に導いてきた武神に対する圧倒的な信頼からだ。名将と呼ばれる存在に率いられる兵士達は時にこうなると聞いているが、サクナヒメは文字通りの武神として、既に崇拝を得始めている。それも盲目的な信仰では無く、実績に対する尊敬をだ。

サクナヒメは剣を大上段に振り上げると、全火力をぶっ放す。

この技も、前は使っているときに相当に消耗しているようだったが。

今は貯めからぶっ放すまで時間が相当短縮されていて。火力も増強され。更に消耗も減っている様子だ。

恐らくだが、連発も出来るのではあるまいか。

文字通り敵の前衛が消し飛ぶ。

しかし、それを意に介さないように、大量のバシリスクが突貫してくる。氷の壁を作るクルー達。唯野仁成が召喚したアリスが、詠唱を続けている。間に合うか。サクナヒメが敵の前衛に踊り込むと、間合いのギリギリで凄まじい武勇を振るい続け。敵の前衛を蹴散らし続ける。

だが数が多すぎる。

徐々に下がりはじめるサクナヒメ。冷や冷やするゼレーニンだが。

アリスの詠唱が終わる。

同時に、殺到したバシリスクが、サクナヒメにそれこそ山を作る勢いで飛びかかるが。サクナヒメは残像を作って、上空に逃れていた。

甲高い笑い声を上げながら。膨大な力を放つ黒い塊がぶっ放され。そのまま、バシリスクの群れを蹂躙する。

凄まじい面制圧能力。

大量のバシリスクがマッカになって消滅。

更に時間差を置いて、今度はアナーヒターが(イシュタルと同じようにコートを着せられている)、大規模な氷の魔術を撃ち放つ。その火力はとんでもなく、文字通り周囲を氷漬けにして。左右に展開しようとしていたバシリスクの群れを、数百まとめて氷漬けにした。

更に、である。

上空に、拳を固めたイシュタルが躍り上がる。

凄まじい風がその体には纏わり付いていて。

地面に向けて猛禽のように躍りかかると、拳を槌に叩き込む。

同時に、周囲に竜巻というかかまいたちというか。兎に角致命的な風の刃が吹きすさび。展開しながら囲もうと動いているバシリスク達をまとめて吹き飛ばしていた。

三連続の大技を見て、バシリスク達はそれでも怯まない。しかしながら、今の三連続の大技を受けて、それで数は減らした。

着地したサクナヒメが、氷を踏みしだきながら、腰を落とす。

居合いの構えである。

普通、居合いというのは軽装の相手に使う事を主眼に置いた武技だと聞くが。プリンセスくらいの腕力があれば話は別。

そのまま、ぐっと力を込めつつ、頭を下げ。更に力を収束させていく。

パワー達が、盾を音を立てて構え、ゼレーニンに身を守るように促してきたので。思わず顔を庇っていた。

抜き打ち一閃。

サクナヒメの放った居合いが、アナーヒターの作った氷の野を蹂躙するように。そのまま、四方へとバシリスクの群れを蹴散らす。

文字通り消滅していくバシリスクだが、それでもなお押し寄せてくる。どれだけの数がいるのか。

だが、今度はクルー達がそれに対応。

機動班クルー達はアサルトとショットガン、対物ライフルで集中砲火を浴びせ。

その麾下にいる悪魔達も、勢いづいて全火力を投射し続ける。

其所へ、歩みでたのは巨人。

ゼレーニンはどうしても巨人に良い印象を得られないのだが。この寡黙な巨人ティターンは。皆の前に立ちふさがると。火力の網を抜けてきたバシリスクを、巨大な剣を振るって淡々と屠って行く。

「第二射いけるか!?」

「少し掛かる!」

唯野仁成が、必死にマッカの調整をしているようだ。やはりあんな大技、何発も放てはしないということだ。

更にサクナヒメも、無言で淡々と高速で走り周りながら剣を振るい続けている。バシリスクがその度に消し飛びマッカになっているが、とにかくまだまだ相当な数が存在している。

後方に、ついに回り込まれる。

だが、氷の壁を作っている事もある。前方と後方だけに敵は集中していると言う事にもなる。氷の壁は文字通り触ったら凍り付くような温度だ。魔術で作った氷だから、である。故にバシリスクも避ける。

後方の対応はクルー達がしてくれるが、既に囲まれ退路が無くなったのも事実である。

バシリスクが、ついにその石化攻撃の間合いに入りそうになったその時。

上空から襲いかかってきたのは、大量の槍だった。

バシリスクの群れが消し飛ぶ。

「此方ストーム1班。 救援を開始する」

通信が入ると、わっと喚声が上がる。

同時に、包囲が崩れ。其所に、ストーム1が得意とする、見えもしない距離からの遠距離狙撃が次々に入る。

命を知らずに突貫してきたバシリスク達も、流石にどこから撃たれているのかも分からない状態には困惑している様子で、右往左往している所を次々撃ち抜かれる。其所に、サクナヒメが容赦なく追撃を掛け。クルー達もありったけの悪魔を出して、追撃を行っていった。

程なくして、バシリスクの姿は、周囲に見えなくなった。

クルー達が皆へたり込み、悪魔をPCに戻す。

サクナヒメも相当に消耗したようで、座り込む。

ストーム1がクルーを連れて来てくれたので、そのまま周囲の護衛を頼む。ゼレーニンは、一緒についてきた調査班と共に、バシリスクが集まっていた中心辺りを調べていくことにする。

皆が作ってくれた好機だ。

これを逃すわけにはいかないのである。

あらゆる計測装置を撒いて、データを確認していく。

データは取る事が出来るが、特に異常な数値は出ていない。だが、せっつくような声はない。

勿論内心では戦いもせずにと苛ついているクルーもいるかも知れない。

だが、ゼレーニンは雑念を捨て。

必死に、出来る事だけをしていく。

調査開始から一時間ほどだろうか。

おかしなデータの存在を、発見していた。出来るだけ急いで、対応をした方が良いかも知れない。

「プリンセス、ストーム1」

「おう」

「何か見つけたか」

「此処の地下の温度がおかしくなっています」

示した地点は、一見するとごく普通の石畳で。エリダヌス下層でも散々見た当たり前のものに見えた。

だが、その地下に熱源反応がある。

それも、無視出来ない温度だ。多分千℃くらいはあると見て良いだろう。

無言でサクナヒメが、休んでいるクルー達に視線を送ると。休憩はそこまでだと立ち上がる。

唯野仁成も、手持ちの仲魔達を展開して備える。

「掘り返せばいいのか?」

「はい。 しかしクラスター弾の攻撃も弾き返すような強度で、先ほどからの戦闘でも傷一つついていません……」

「わしを何の神だと思うておる」

サクナヒメはにいっと笑うと、武器を鋤に持ち変える。ストーム1はハンドサインを出して、皆を少し遠ざけた。

振りかぶると、サクナヒメは鋤を地面に叩き込む。

石畳に、光が走った。

そうか、耕すという行動が。そのまま、サクナヒメの神の力の一部になっているのか。

稲作のやり方は、あれから思うところあってゼレーニンも色々と調べた。

如何に土を耕すかは、稲作にとって最も重要なファクターだ。サクナヒメは、それを己の力の一部にまで昇華している。

本物の豊穣神という言葉が喉まで上がってくるが。

だがゼレーニンにとって、それは口にしてはいけないものに思える。

首を横に振る。

科学者だったら、起きている現象を客観的に調査して、分析するべきだ。真田技術長官に言われた。

今起きているのは、本来ならあり得ない事。

だが、あり得ないで思考停止していたら、それは科学者では無い。

どうしてあり得ない事が起きるのか。

解析するのが科学者なのだ。

情報を徹底的に集めて、分析する。

サクナヒメが何か歌いながら鋤を地面に入れる度に、石畳に走る光が大きくなり。そして、拡がっていく。

うめき声のようなものが聞こえる。

この石畳が、そのままこの空間の主であるウロボロスだとすれば。文字通り、大母の体は今耕されている事になる。

ストーム1が周囲を徹底的に警戒しているのも当然だ。

核でも貫通できそうにないシールドを展開している大母の体が、今傷つけられているのだから。

どんな反撃が飛んできても、おかしくないのである。

やがて、石畳が砕けた。

サクナヒメは今度は鋤をしまい、手で石をどけ始める。ゼレーニンはパワー達に頼んで、石を回収して貰う。数メートル四方の石畳が剥がされて、其所から剥き出しの地面が現れた。

サクナヒメが目を細める。

ゼレーニンが見ても分かる。おぞましい茶色の地面。毒物を満載に詰め込んでいるのは確定だ。

シュバルツバースの地面は、大量の毒素を基本的に含んでいるものだ。

大母の空間でも、それは同じ。

下層もそうだった。

周囲に延々と無機質な空間が拡がっている上層だって、それは同じであることは容易に想定された。

また鋤を出すと、掘り返し始めるサクナヒメ。

或いはこれを武技に変えているかも知れない。プリンセスは、武と豊穣を共に司っているのだ。

何度か掘り返している内に、地面の色が変わっていく。

今までこんな事が出来ることは知らなかった。地面が無害化されている、と言う事なのだろうか。

いや、恐らくだが。

サクナヒメの領土へと、変えて行っているのだ。

「こんなもんじゃろう。 調査班!」

「はい!」

ゼレーニンが、即座に立ち尽くしている調査班を促して前に出る。そのまま、幾つかの機材を使って地面を掘り返していく。

巨大な。今まで見たことも無い巨大な情報集積体が出てきたのは。二メートルほど掘った辺りだろうか。

調査班の非力なクルーを補助するように、パワーが手伝ってくれて助かった。

間違いない。熱源は、この情報集積体だ。ロゼッタほどでは無いが、とんでもない情報密度がある様子だ。

その間に、他のクルーは、数千にも達しただろうバシリスクの残骸から、マッカを集めてくれている。

一連の戦闘から収穫までは、方舟でも様子を見ていたらしい。

情報集積体をケッテンクラートに積み込んだ後に、通信が来た。真田技術長官によるものだ。

「よし、良くやってくれた。 ドローンによる解析により、他にも三箇所に似たような熱源反応を確認できた。 そのうち一箇所には、膨大な数の悪魔が集中している。 一箇所ずつ潰して行く。 一旦方舟に戻ってほしい」

「イエッサ!」

「その間に此方は情報の解析を進めておく。 多少は次の戦闘は、楽に出来るように手を打とう」

そう言ってくれると嬉しい。

そのまま、機動班の護衛を受けながら、方舟に戻る。

どうやらこの果てしなく広い空間。

悪魔がいないわけではなく。一部に、圧倒的な数が集中しているようだった。

 

巨大な情報集積体を真田技術長官に渡した後、半日ほど休憩を貰う。その間にライドウ氏のチームが偵察をすませて、戻って来ていた。

どうやら予想は当たりの様子だ。

大量の悪魔が確認されている一箇所の他。二箇所も、ドローンなどで調査した結果。今までの空間にいた支配者並みの悪魔の気配があるという。

厳しい戦いになるのは確定だ。

流石は大母とまで呼ばれる悪魔。

何よりも、シュバルツバースの入り口を守護している存在なのである。そう簡単に、突破させてくれる訳がない。

ゼレーニンは一眠りした後、起きだして。リラクゼーションルームに出向く。

唯野仁成とヒメネスがコーヒーを飲んでいたが。ゼレーニンを見ても拒絶するような事は無く、無言で唯野仁成がコーヒーか紅茶か聞いてくる。

紅茶を頼むと、無言で装置を操作して淹れてくれた。ジャムまでつけられるのだから、各地の軍艦のまずいレーションを食べている兵士達はうらやむだろう。材料が、まともなものではないとしても。

座って、話を聞く。

ライドウ氏と一緒に偵察に出ていたヒメネスが、軽くミーティング代わりなのか。見て来たものについて伝えてくる。

「俺が見たのは、無数の植物の悪魔だった。 人間型の奴だが、声がとても危険だとライドウのおっさんは話していたな。 妖樹マンドレイクというらしい」

「マンドレイク?」

「強力な毒素を有して、魔術や錬金術に使われることもあった実在の植物よ。 根が人型に似ていて、引き抜くときに悲鳴を上げて、それを聞くと死ぬという伝承もあるけれど、実際にはそんな事はないわ。 でも、悪魔としてマンドレイクが存在するのなら、聞くだけで相手を死に至らしめる悲鳴を上げるのかも」

唯野仁成に答える。

ゼレーニンも知識は日々増やしている。最近も忙しい中、誰かしらが遭遇した悪魔については、データベースを見るようにしているのだ。

「そうか、今度は石化じゃ無くて即死かよ。 結局近付くのは自殺行為じゃねーか」

「対物ライフルで遠距離から狙撃していくのは」

「声が届く範囲が分からないのが問題ね。 方舟のミサイルで遠距離から一網打尽といけるといいのだけれど」

「アレはしばらくは使えないって話だ」

少し前に、ヒメネスが参加していた部隊を支援砲撃したVLSだが。今はミサイルの調整中だとかで、すぐには撃てないそうである。

そうなると、やはり近付かれる前に射すくめるしかないのか。危険を冒すしかないというのは、良い気分はしない。

代わりは幾らでもいる。

近年に流行した邪悪な言葉だ。

多くの国で、労働者がこの言葉によって使い潰され。その結果、使い潰された分野では人材がいなくなった。

代わりは幾らでもいるとうそぶいていた連中は、代わりがいなくなってから慌てたが。既にその分野は死に絶えていることが殆どだった。

現在、この方舟の人員は、誰もが代わりが効かない。

一人だって、死なせる訳にはいかないのだ。

「作戦は上層部が考える、というのは無責任だな。 俺たちの方でも、少しシミュレーションはしておこう」

「ああ。 そういえばヒトナリ、俺ももう一体魔王を作れそうだぜ」

「それは良い事だな」

「ロキという魔王だ。 何でも北欧の邪悪な悪魔らしい」

ロキか。

知っているが、ゼレーニンは紅茶の礼を言うと、その場を離れる。

二人と普通に話が出来るようになって来ているのが分かって良かった。ヒメネスも、前のようにゼレーニンを拒否しなくなってきている。

研究室に顔を出すと、真田技術長官が冷や汗を流しながら、情報集積体を解析しているところだった。

「ゼレーニン君。 いいかね」

「はい、手伝いですか」

「いや、これから機動班を出す。 それに加わって、情報集積体を回収してきてほしい」

思わず背筋が伸びる。

そもそも最初に、さっき話にあった、聞くだけで即死する声をぶっ放してくるマンドレイクの群れをどうにかしなければならないだろう。

それを聞こうかと思ったが、真田さんは手を動かしながら、それについては答えてくれる。

「現在、総力戦の準備をゴア隊長が進めてくれている。 VLSから放ったクラスター弾による広域制圧は厳しそうだが、アウトレンジからの制圧戦なら出来そうだ。 装甲車三両、野戦砲全てをだし、クルーもあらかた出して、会戦を行う。 敵を一切近付かせず、アウトレンジから消滅させる。 その後は、君の出番だ」

頷く。

弾丸の消耗が心配だが。それも見越したように言われた。

「一度マンドレイクの群れを処理し、情報集積体を回収したら、嘆きの胎に移動して物資を補給しつつクルーの訓練を行う。 唯野仁成隊員がイシュタルを作った、と言う事もある。 そろそろ三層もいけるようになっている筈だ。 時間が経過したから、警戒体制も良い感じに緩んでいるだろうしな」

「何から何までお見通しなんですね」

「私は困難な旅を二回経験している。 いずれの旅でも、先の先まで読んで、あらゆる全てを事前に開発できる体制を作っておかなければいけない危険な旅だった」

ゼレーニンは、以前もその話を聞いている。

だから、真田さんはこうやって先手先手を打てる。

此処はかねてから開発していた、という必殺の言葉が出てくる。そしてその言葉通りに、事態を解決する新兵器も登場する。

頼んだぞと言われて、敬礼しその場を離れる。既に外ではインフラ班が、プラントの回収を開始。

更に、全クルーに戦闘準備の通達がでていた。

しばしして、方舟が動き出す。今のところウロボロスは動く気配がないが。それは他の勢力も同じだ。

天使達も鬼神達も、何もするようすはない。勿論、ライトニングもである。

どれかが介入して来たら、それだけで厄介な事になる。それは軍事には決して明るくないゼレーニンにも分かる。

天使が悪い意味で介入してくるとは思いたくない。

だが、人間味を得始めているパワー達が、前は極めて無機的だったことを考えると。

どうしても、神への絶対的な信仰が揺らいでいくのが分かるのである。

神は絶対ではない。

その原因は悪魔だと思っていた。

だが、それは本当にそうなのか。

マンセマットを疑いたくはない。何度も助けてくれたし、困っているときに優しい声も掛けてくれた。はげましてもくれた。

だが、プリンセスはマンセマットを一瞥して言ったのだ。野心に満ちていると。

もしもマンセマットが、何かしらの野心を秘めて行動しているのだとしたら。きっとそれは。あまり良くない理由からの筈だ。

方舟が停止。物資搬入口が開き、ありったけの兵器が出始める。

野戦陣地が構築される。これも何度目の光景だろう。野戦陣地にはレールガンだけではない。以前、アスラを転倒させた大火力砲が配置されていた。砲手は勿論ストーム1である。

精鋭の機動班は前衛に出る。

巨大な魔王モラクスとバロール。それに言及されていただろうロキが出現するのを見ると、クルーは意気が上がる。

ロキは軽薄そうな青年の姿をしていて。翼を持つ、レザー系の服装に身を固めた、ロックンローラーのような姿をしていた。

北欧神話におけるトリックスター。

自分の思うままに振る舞い、周囲を振り回すことを最大の喜びとする悪戯の神。神々の黄昏と呼ばれる最終戦争の時には魔的存在に味方し、最後にはヘイムダル神と相討ちになる邪悪の神。

魔王と言うよりは邪神に思えるのだが。その辺りはよく分からない。

更にライドウ氏が、以前アスラの動きを止めた巨大な蛇龍、ニーズヘッグを呼び出す。その巨体も、またクルー達を安心させるには充分だった。

重厚な陣地が構築されるが。この陣地に敵が食い込んできたらもうおしまいなのである。

ゼレーニンに、パワー達が話しかけてくる。

「ゼレーニン様」

「どうしたの」

「我々は、覚悟は既に出来ています。 貴方の力になれるのであれば、悪魔合体を受ける事は何とも思いません」

「その気持ちは嬉しいわ。 しかし自分の事をもっと大事にして」

役に立ちたいのですと、パワー達は言う。

今の彼らは、肉壁にしかなれない存在だ。どうしてもゼレーニンの力になる事は出来ないと。

それに、パワー達は悩みを口にするのだ。

「神の御心は絶対であり、それは今も揺らいでいない考えです。 しかしながら、神の御心という言葉を盾にして、思考停止することが正しいとは私達には思えなくなってきているのです」

「それは……」

「我々パワーが堕天しやすい存在であることは既に聞き及んでいるかと思います。 しかしながら、我々は他の天使に比べて柔軟性が高いという意味でもあると思うのです。 ゼレーニン様。 もしも天界の重鎮へと、悪魔合体を通じて代わる事が出来る様な事があれば望外の幸せです。 悪魔に対して忌避感があるのも分かります。 しかし、お考えください」

無言で、頷く。ゼレーニンにとって、その言葉は他人事では無かったからだ。

自分自身が青ざめているのが分かる。

パワー達は既に覚悟を決めているのだ。たとえ大天使となったとしても、パワーとしての存在ではなくなるのに。

それでも、怖れていない。狂信からでは無い。未来を作る為に、力を得るためだ。

ゼレーニンは違う。覚悟なんて、出来ていない。

ほどなくして、戦闘準備が整った。ゴア隊長が、装甲車に乗って、最前列で指揮を執っているのが見える。

方舟の周囲には、戦闘が可能なクルー四百名ほどと。更には、展開された雑多なものも含む悪魔およそ二千が展開しているのが分かった。

凄い数だ。ゼレーニンが展開しているパワー達なんて、この中では芥子粒くらいの力しかない。

力が全てを解決するなんて、愚かしい考えを持つつもりはない。

だけれども、確かにパワー達が願うのなら、それは必要な事なのだ。

ただ、マンセマットには話をしたい。

マンセマットの事を疑いたくないからである。姿を見せてくれないだろうか。そう、ゼレーニンは、会戦が始まる前に思った。

しかし、天使は姿を見せない。それもまた、やむを得ない話なのかも知れなかった。今は、鬼神の軍勢とにらみ合っている所なのだろうから。

「これより戦闘を開始します。 敵に接近されることはそのまま死を意味します。 支援は此方でいたします。 総員、攻撃を開始してください」

アーサーのアナウンスが入る。そして、方舟の速射砲が攻撃を開始。

野戦砲も火を噴き、大量の悪魔がいる地点への火力投射と制圧を開始した。直撃音が届くまで、少し時間が掛かる。

斉射が完了し、すぐにアナウンスが入る。

「敵陣へ着弾を確認。 雑多に散りながら、敵が接近を開始」

「一匹も逃すな!」

誰かが叫ぶと同時に、火力投射が続行される。斉射の三連目までは、敵の姿は見えなかったが。三連が終わった当たりで、煙の向こうに大量の人影が見え始める。

ゾンビ映画のようなおぞましい光景だ。人間の形をした植物が、非人間的な動きで迫ってきている。

野戦陣地からの本格的な火力投射が開始される。上空に浮かんでいる悪魔達も、魔術で敵を攻撃開始。これに、軽武装の小型ドローンも自動で攻撃を開始し加わる。

更に前衛にいる唯野仁成やヒメネスも、悪魔に攻撃を開始させたようだった。

凄まじい爆発が連鎖して巻き起こる中、それでも敵は突貫を止めない。雑多に散りながら、此方を包囲するように、確実に数の利を生かして迫ってくる。

ゼレーニンのデモニカにも、攻撃指示がアーサーから飛んでくる。

パワー達に指示を出して、攻撃魔術を放って貰う。唯野仁成やヒメネスが使っている悪魔に比べると、本当に微力だ。

それでも、一匹でも、二匹でも。

近付いただけで即死させられる悪魔は、近付かせてはいけないのだ。

確実に敵が迫ってきているが、逃げようとするクルーはいない。皆が猛烈な火力投射を続ける。

サクナヒメがでて、あの広域居合いで一気に大量の敵を薙ぎ払った。ストーム1も前に出ると、アサルトで確実に敵を仕留めに掛かる。

ライドウ氏が何か呼び出した。

前線で壁になっているニーズヘッグの代わりだろうか。何か禍々しい姿をした悪魔が前線に突っ込んでいく。マンドレイクの気を引いているが、接近しても即死しないと言う事は、何か死に耐性がある悪魔なのかも知れない。

味方は英雄ばかり。

だが、それを加味しても敵が多すぎる。

速射砲は焼き付きそうな勢いで連射を続けているが。それでも敵はまだまだいる。ゼレーニンの所にも、攻撃依頼がひっきりなしに飛んでくる。勿論応じるが、やはり悟る。戦いを主体にする必要はない。

だがこのままでは。最低限の身を守ることも、確かに出来ないと。

大暴れしているヒメネスの魔王達。だが、一番突出したモラクスが、膝から崩れ、消滅し始める。

マンドレイクの死の声にやられたのだろう。マッカをつぎ込んで修復させなければならない。

敵の群れはまだ怖気が走るほどいて、戦意も全く消えていない。

装甲車が前に出る。ゴア隊長が、更に指揮をする場所を前に進めているという事だ。

クルー達が、それを見て必死になる。

恐らくアリスだろうが。広域に魔術をぶっ放して、数百のマンドレイクをまとめて焼き人形に変えた。

そして、その直後。

切り札を、恐らくストーム1が切った。

味方の悪魔が下がる。それと同時に、吸い寄せられるようにニーズヘッグに集まっていたマンドレイクが、まとめて爆発に巻き込まれる。

きのこ雲が上がるほどの爆発で、文字通りマンドレイク達は消滅。悪魔達が慌てて壁を作らないと、味方に被害が出るほどだった。

あれは、アントリアでストーム1が使って見せた、C70爆弾か。

文字通り、完全に消滅した敵に、完全に空白地帯が出来る。

ゴア隊長が、総力を叩き込めと声を張り上げ。味方が残った全力をつぎ込む。悪魔達もどんどん前線に出て、差し違えようともマンドレイクを屠って行く。

「我々も行ってきます」

「そんな……」

「マッカをつぎ込んで回復させてくだされば結構です。 我等の命はゼレーニン様のために。 それに、このまま接近を許せば、マンドレイクの声に掛かって多くのクルーが命を落とすでしょう」

返事を聞かずに、パワー達が敵陣へ突貫。そして、マンドレイクを槍で串刺しにし、切り払い。

そして反撃の死の声を受けて、消えていった。

嗚呼。

思わず首を横に振る。

マッカで蘇生させることは出来る。だが、パワー達はそれこそ命をなげうって皆を助けてくれたのだ。

それに対して、ゼレーニンはどうだ。まだ覚悟が全く決まっていないではないか。

やがて、皆の奮戦もあって、マンドレイクの群れは消滅した。

目を乱暴に拭う。デモニカ越しだからどうにもならないが、どうしても手がそう動いてしまう。

真田技術長官に言われる前に、作業開始。文字通りの総力戦だったのだ。味方の残り弾薬も少ない。ヒメネスの魔王が倒されるような相手だったのである。皆、もたついている体力だってない。

調査班に声を掛けて、指定の地点に移動。

サクナヒメが既に神事を開始して、鋤で掘り返し始めてくれていた。

此方でも、情報集積体を回収するための準備をする。調査班のクルーが、ゼレーニンに聞いてきた。

「いつもの天使達はどうしたんだ?」

「今の会戦で……」

「驚いた。 あの天使達は、あの黒い天使のためだけに動いていると思っていたが」

周囲にも、そう思われていたのか。

だが、ゼレーニンは、寂しく笑って返す事しか出来なかった。

パワー達はマッカをつぎ込めば蘇生させられる。だが、今後もこのままでは、ずっと同じ事が繰り返されるだろう。

それでは駄目だ。彼らの献身を無駄にしない為にも、ゼレーニンは決断しなければならない。

やがて石畳が砕かれ、巨大な情報集積体が出現する。

引き取ると、ゼレーニンは調査班と共に、急いで方舟に戻る。

あと二つ。

強大だと分かりきっている悪魔を撃退しつつ。

情報集積体を回収しなければ、此処の主たる大母には、手が届くことはない。

 

3、主神墜落

 

嘆きの胎に鉄船が侵入してきた。

そう悪魔達が言っているのを聞いて。二層に潜んでいたアレックスは頷いていた。好機である。

恐らくだが、エリダヌス攻略が上手く行っていないと見て良い。

あの迷宮のような空間は、確かアレックスが知る「どのシュバルツバース」でも、レッドスプライトの隊員の血を大量に吸い。唯野仁成ですらも苦戦させていた。更に其所へライトニングという特級のお邪魔虫が現れる。

奴らとて、簡単には攻略できない筈だ。

途中で必ず補給をしに来るか、もしくはクルーの練度を上げに戻ってくる。全て、ジョージの予想通りだった。

インドラに指示して、戦車を出させる。

戦車に乗って、密林を移動。見つけてある道を通って、三層に潜む。三層へは、一旦「木」の外にでて、空中を迂回して入り込む。この瞬間が一番緊張するが。何とかデメテルには発見されずにたどり着けた。

逆に、此方からデメテルを発見できた。

鉄船の方に向かっている。恐らく。唯野仁成に、何かしら粉を掛けに行くのだろう。

あの女神デメテルが、何かしらを目論んでいることは分かっている。分かっているからこそ、何とかしなければならない。

今のアレックスでは厳しい。

故に、三層には不釣り合いな強さの囚人。魔神アモンを此処で回収しておかなければならないのだ。

焦るな。自分に言い聞かせながら、好機を待つ。

ジョージとは何度も打ち合わせをした。今のところ、想定通りに事は動いている。

あの巨大な次世代揚陸艦は、プラントを展開。物資の回収を豪快に開始する。同時に、クルーも展開。

戦闘訓練を開始した様子だ。

主力らしい面子は二層に潜りはじめる。唸り声を上げながら、看守がのたりのたりと二層へ向けて歩き出すのが見えた。

既に一層のアナーヒター、二層のイシュタルが奴らによって奪われている。

理性を失っている看守達も、これ以上は看過できないというのだろう。

デメテルが指揮していないのか。目を離したのか。それは分からない。

いずれにしても、根気よく潜伏したアレックスは、万全の体調で、戦闘を行うことが出来そうだった。

ジョージが映像を映し出す。

恐らく、撒いておいたドローンによるものだ。

デメテルが、唯野仁成の前に出現し、話をしていた。

「唯野仁成、イシュタルを従えたのですね。 ハーヴェストですわ。 これは花丸を上げなければなりませんわね」

「ありがとう。 この先の三層にも囚人がいるので間違いないのだな」

「ええ。 三層の囚人は魔神アモン。 エジプト神話で一時期主神を務めたこともある実力派ですわ」

丁度良い。話をしている今が好機だ。

予定していた通りのルートで、アレックスは走る。

アモンの戦闘力は相当に高いことが分かっているが、アレックスも苦労しながらやりくりして、戦力を上げてきている。

此処で、倒しきる。

看守が見えた。光の剣で背後から抜き打ち。首を刎ね飛ばす。無言で消滅していく看守の側を駆け抜け、また茂みに伏せる。

どうやらヘカトンケイレスのような超危険な看守は、六層に戻った様子だ。六層の囚人を狙われる方が危険だと、看守達も判断したのかも知れない。

いずれにしても、三層には相応の囚人しかおらず。

しかも、三層へ侵攻しようとしている唯野仁成らに引きつけられている。これでいい。呟くと、囚人へと、どんどん距離を詰めていく。

アレックスは、今までに魔神アモンを倒したりましてや従えたことは無いが。

三層の構造は、今まで何度もアタックしたシュバルツバースと変わっていない。勿論看守の配置などが違うが、それはそれである。

ひたすら走りつつ、雑魚悪魔は斬り伏せる。

ふと、気付く。悪童めいた悪魔が。側に浮いていた。下半身は触手状になっている。イスラム教における悪魔、シャイターンである。

こう見えてかなりの高レベル悪魔だ。もしも捕まえられたらかなりの戦力には出来るだろうが。

実力はかなり拮抗している。更に相手の知識もない。正直難しいだろう。

「お前、逃げ延びていやがったのか……。 待て待て、戦う気はねーよ」

「だったらどきなさい。 これからアモンとやりあうの。 余裕も時間もないわ」

「あのアモン様と!? おいおい正気かよ……でもそれが面白いな!」

けらけらとシャイターンは笑う。悪魔らしい、単純に楽しんでいる笑い方だ。

本当に面白がっているのが分かった。正直、アレックスとしては腹立たしい。

「死にたくなければどきなさい」

「勿論そうするぜ。 精々頑張りな。 ああ、横やりが入らないように、看守は俺様が引きつけておいてやるぜ」

「……どういうつもり?」

「面白いっていっただろ。 俺様は快楽主義者でな。 楽しそうな事は、もっと楽しくなってほしいと思うんだよ」

ジョージが囁いてくる。嘘を言っている様子は無いと。

同じ一神教でも、キリスト教とイスラム教ではかなり悪魔のイメージが違う。例えば中東を舞台にした物語で頻繁に登場する「ジン」はイスラム教における下層の悪魔であるが、別に邪悪の権化という訳では無い。

元々の一神教では、悪魔は必ずしも邪悪の権化ではないのだが。イスラム教では、その辺りが変な形で引き継がれている。

シャイターンは善良な悪魔とも思えなかったが。邪悪の権化にも見えなかった。

実際。アモンの牢の前にいた悪魔を、シャイターンがおちょくって挑発し、引きつけてくれている。

シャイターンの実力では五分五分だろう。だが、注意を引きつけられればそれでいい。

背後から忍び寄って、背中から心臓を一突き。更に首を刎ね飛ばした。

消えていく看守。シャイターンはきゃっきゃっと黄色い声を上げた。

「すっげえ! お前に俺様の子供を産ませてえ!」

「いやよ」

「まあその話は後だ。 俺様はシャイターン。 知っている様子だな。 お前は」

「……アレックス。 シャイターン、アモンとの戦いが始まるわ。 逃げた方が良いわよ」

嫌だねと、シャイターンは即答。

看守が来ないように、見張るという。

勝手にしろと言い捨てると、アレックスは牢の中に。悪魔の子を産むなんて冗談じゃあない。

だが、好意を向けられたことは滅多にないので、複雑な気分だった。

牢の中に歩き行くと。凄まじい熱量が、周囲を焦がし始める。強大な悪魔が、アレックスの接近に気付いたのだ。

それは二本の逞しい腕を持つとんでもない巨大な蛇であった。頭はフクロウになっていて、手には三つ叉の矛を持っている。

文字通り、鉄をも溶かす熱量を噴き上げている其奴は、まさしく魔神アモン。若干キリスト教によって貶められたマモンの要素が入っているようだが、それでも元主神の威厳は確実に保っていた。

「何者だ……」

「運命を変えようと願う者」

「面白い。 私を倒して運命を変えるというか。 それとも、この実りが目当てかな?」

「両方よ」

面白がったらしいアモンが、来いとだけ、宣戦布告した。

謂われるまでも無い。アレックスは、即座に悪魔を召喚。パラスアテナ、ダゴン、インドラ。

そして、もう一体。今回の切り札となる、派手に全身に刺青を入れている魔女。ランダである。

凄まじい速度で、牢の中を動き回りながら、アモンが吠え猛る。

「久しぶりに手応えがありそうな相手だ! 牢に閉じ込められているのも飽いていた所だ! 簡単に死んでくれるなよ人間!」

「それは此方の台詞よ……」

アレックスは、ジョージと連携しながら、アモンに躍りかかる。

アモンは、それを恐らく一万度には達するだろう凄まじい炎の渦で、迎撃に掛かって来た。

 

資源の回収をプラントが開始。更に二線級のクルー達が、レインボウノアの周囲に野戦陣地を作り始める。

それを横目に、唯野仁成は整列していた。

サクナヒメとケンシロウ、ストーム1がそこにいる。

ライドウ氏は守りに就いてくれるらしい。恐らく演習もするのだろうと思っていたのだが、今回は違う様子だ。

咳払いすると、サクナヒメが言う。

「三層の囚人を一気にかっさらう」

他に反対意見が出ない。ということは、上層部が決めたことか。

だとすると、一兵卒である唯野仁成には何も決める事は出来ない。ヒメネスも、無言で話を聞いている。

イシュタルは既に試運転を済ませており、アナーヒターに劣らない実力を見せてくれていた。

現状の保有戦力なら、恐らく三層の看守達とも互角にやり合える筈。

問題は三層の看守だけなら、という話で。

三層には、この間もっと深層から出て来たらしい、化け物のような看守達が蠢いていたことだ。

そこで、ライドウ氏が二線級の戦力を率いて、二層までの通路の安全路を確保。

今いるスペシャル三人で、血路を開く。

そういう決断らしかった。

「現時点でアレックスがどう動くか全く分からない状態じゃ。 どこから仕掛けてくるか全く見当がつかぬ。 だが……」

ライドウ氏が、大型の悪魔を展開。数体の悪魔が、方舟の側に立ち並ぶ。壮観な光景である。

マッカを相当に食うから、普段はあまり出来ないのだが。

この間のマンドレイクの大軍との戦いで、やられた悪魔を回復させて余りある程の膨大なマッカが手に入った。

だから、今回はそれを利用して速攻する、と言う訳だ。

「三層への入り口は恐らくイシュタルが自由に開ける事ができよう。 三層の階段は、ストーム1のチームが確保してくれる」

頷くと、ストーム1がクルーを呼び上げる。

ヒメネスもその中にいた。魔王達三体が、三層への階段を守り、敵の逆撃を防ぎ抜く。

更に遊撃としてケンシロウが動く。

インファイトに持ち込めば、大体の相手は確殺してくれるケンシロウだ。ただ、ケンシロウはクルーを率いない。遊撃として、単独で動くらしい。

これは、何となく理由が分かる。

デモニカによる支援で更に力を増しているケンシロウだが、だからこそクルー達ですらついて行けなくなってきている。

アスラ戦では、あの巨体を相手に真っ正面から格闘戦を挑み。技量で勝っていたとは言え正面から敵に痛打を浴びせているほどである。

はっきりいって、生半可な悪魔ではケンシロウには手も足も出ないだろう。

その個としての最大暴力を駆使して、厄介そうな看守を潰して回って貰う。

それが今回の、ケンシロウの役割だ。

そしてサクナヒメ班に、精鋭が配置される。

唯野仁成も呼ばれた。

サクナヒメ班は、文字通り周囲を探索しながら、三層の掃除を行いつつ進み、マップを完成させる。

看守を片付け。深層の看守がしゃしゃり出てくる前に、三層の囚人を確保する。

それが今回の、サクナヒメ班の目的だ。

頷くと、野戦陣地の完成を待って作戦行動開始。どうせプラントで弾薬を補給するので、当面嘆きの胎からは動けない。

勿論エリダヌスで物資を補給しても良かったのだが。

その間、演習をして味方の戦力を上げておきたいという判断もあり。

何よりシュバルツバースの情報が足りていない、という事もある。

故に、再びの嘆きの胎侵入を、上層部は決めたらしかった。唯野仁成も、正しい判断だと思う。

まず浅層に展開、よってきている悪魔を駆除。看守の姿はもう見かけない。二線級のクルー達が、ライドウ氏に率いられて戦い、露払いをする。

階段の側での戦闘だ。階段の確保は気にしなくて良い。

一層に降りる。周囲の雑魚を掃討する。やはり此処にも看守はいないが、悪魔は確実に強くなって行く。

そして二層。

此処の悪魔は、エリダヌスの悪魔と殆ど実力的にも代わらないし。面白がってここに遊びに来ている場違いに強いのも混じっている。

一旦周囲の掃討戦を行い、危なそうなのをスペシャル達を交えて駆除。

看守はいないものの、かなり強い悪魔が時々姿を見せる。勿論三層は更に厳しい事を思うと、あまり良い気分はしない。

そして、三層への階段を確保。

ライドウ氏の大型悪魔。素性はよく分からないが、何だかよく分からない巨人が、そのまま補給用トラックの護衛をしてきてくれたので。そのまま野戦陣地の設営を任せる。ストーム1が視線を送ってきて、頷く。

此処は良いので、先に行くようにと言う事だ。

どうせ二層は既に調べ尽くしているし、今後は演習がてらにクルーの戦闘経験を積ませる場所になる。

問題はここから先。

三層にはまだ看守も健在なはず。何よりも、三層の入り口は壁が展開されていて。それが極めて不安定だ。

イシュタルがそれをどうにかしなければ、壁を安定させる事は出来ない。

唯野仁成は、早速イシュタルを召喚する。

目のやりどころに困る格好から、コートを着せられたイシュタルは最初困惑していたのだけれども。

今はコートが気に入っているようで、むしろ見せびらかすようにしてコートを着ていた。この辺りは、正直気まぐれで、人間とあまり代わらないなあと唯野仁成は見ていて苦笑する。

階段の側にあった不安定な光の壁を、イシュタルが手をかざし。そして破砕する。

壁が消えていくのを確認。アーサーからのナビもあった。

「此方アーサー。 不安定だった三層への入り口が完全に解除されたのを此方でも確認しました」

「アーサーよ。 早速出迎えのようじゃ」

「方法が他にありません。 撃破しての侵攻をお願いいたします」

「やむを得んな」

サクナヒメが剣を振るう。

ケンシロウが、大きな呼吸をしながら、ゆっくりと構えをとった。

階段の下に、多数の気配。デモニカにも、既に遭遇した悪魔や、そうでない悪魔の大軍が表示されている。

幸い、あまりにも強大な悪魔はいないようだが。

ふと、側に気配が現れる。

思わず剣に手を掛けるが。そっと剣を掴んだ手に手を重ねられていた。

デメテルである。

どうやって接近してきた。それ以上に、全く今の動き、見きる事が出来なかった。ケンシロウやストーム1の経験もあって、デモニカは非常に強化されているというのに、である。

戦慄するが、デメテルはイシュタルを従えたことを無邪気な顔で褒めてくる。

辟易しながらも、頷くと。三層にアモンという囚人がいる事。解放をする事を要求して。すぐにその場を去っていった。

まだ、あいつにはとても勝てないな。

冷や汗を拭う唯野仁成だが。サクナヒメが舌打ちしていた。

「あのデメテルとやら、どんどん本性を現してきておるわ。 感じる力があまりにも凄まじい。 恐らくはマンセマットより一枚上手とみて良かろう」

「姫様でも厳しい相手ですか?」

「差し違えることが出来るかどうかという使い手じゃな。 それもどう転ぶか分からぬよ」

サクナヒメが其処まで言うか。

戦慄するクルー達だが。咳払いするケンシロウ。そして、無言で、階段を下りていく。サクナヒメはクルー達を促して、それに続く。

看守の一人らしい、腕がたくさん生えている悪魔がケンシロウに凄まじい勢いで襲いかかったが。

ケンシロウの残像を掴んで、唖然とし。次の瞬間には爆裂四散していた。

ケンシロウも、デモニカになれてきているのだろう。更に以前よりも、インファイトの力量が上がっている気がする。

クリアリングしながら、階段を駆け下りる。途中、ケンシロウに無謀にも挑んで爆発四散した悪魔の死体というか散らばっているマッカが散見される。アタッカーチームに加わっているメイビーが、手際よく情報集積体を回収している。

これらをどんどん解析して、此処がどういう場所かを徹底的に暴かなければならない。

アントリアからエリダヌスまでとは根本的に違う、牢獄。

巨大な木の中に作られている、不可思議な世界。

そもそもシュバルツバースそのものが、まだまだ謎だらけの場所なのだ。拙速は許されない。拙速が許されるのは、敵の情報も味方の戦力もしっかり把握できているときだけ。

階段を下りきる。既に戦闘は開始されている。アリスとアナーヒター、それにティターンを召喚し、苛烈な戦いを看守達と繰り広げているケンシロウとサクナヒメを援護。少し遅れて来たブレアとメイビーもこれに加わり、手持ちの悪魔を繰り出す。

ケンシロウもぶきっちょにデモニカのPCを操作して、悪魔を召喚。此処は手数がいると判断したのだろう。

出現したのは、以前連れていた堕天使ベレスでも妖精ローレライでもない。

ぞくりと背中に恐怖が走る。

以前、凄まじい猛威を振るった存在。地母神キュベレだった。ただ、キュベレは以前のような狂気じみた言動は見せず、ケンシロウの側で落ち着いていたが。

「漸く出番かしらケンシロウ。 周囲の敵を一掃すればいいの?」

「……むしろ味方を支援してくれ」

「分かったわ。 あらアリスもいるのね。 お久しぶり。 「おじさん達」は元気かしら?」

「あー。 うん。 お久しぶりだね」

困惑している様子のアリス。

やはりどう考えても様子がおかしい。看守だったときの地母神キュベレは、言動に始まってあらゆる全てがおかしかったのだから。

ケンシロウとキュベレに背後を任せると。十人ほどの機動班クルー。それに、調査班として同行を申し出たゼレーニンと共に、三層に踏みいる。ゼレーニンは、悪魔が降伏するようならほしいと言ってきている。

どういう心境の変化かは分からない。

だが、パワー達が力不足なのは唯野仁成の目から見ても明らかだった。パワー達は皆献身的だったし、色々と思うところはあるだろうが。悪魔は、種族に関係無く。悪魔合体で強くなることを是とする独特の価値観を持っている。

パワー達が、それを拒むことは無いだろう。

ふと気付く。周囲の光景が完全にさっきと違っている。アリスがおーと声を上げた。

「空間がめっちゃくちゃ? オーカスの所みたいだね」

「これはまっすぐ囚人の所にとはいかぬようだな……」

サクナヒメが、周囲のクルーが揃っている事を確認しながら、ゼレーニンに電波中継器を撒くように指示。

更には、ケンシロウ以上にぶきっちょに渡されている通信装置を弄って、アーサーに連絡をしていた。

「どうやらオーカスの所と同じような状況のようじゃ。 わしは戦闘に専念するから、そなたが皆をサポートしてやってくれるか、アーサー」

「了解しました、サクナヒメ。 現時点で孤立しているクルーはいないようです。 周辺の悪魔も、空間の歪みを考慮しながら警戒を促します」

見ると、大柄な看守悪魔がいるが。

こっちに突貫してきたと思うと、いきなり姿が消えてしまっている。

正気を失っている看守悪魔にとって、此処はとても相性が悪い場所だろうというのは簡単に想像がつく。

だが、此方も地理が分からない以上、いつ奇襲を受けてもおかしくはない。

「皆、出来るだけ固まれ! 電波中継器を撒いて、周囲の状況を確認し次第着実に進んでいくぞ! 後ろはケンシロウとストーム1が固めておる! わしらは安心して先に進んでいけば良い!」

「イエッサ!」

サクナヒメは、既に武神としてクルーに絶大な信頼を得ている。それは唯野仁成から見ても明らかだ。

戦場において臆すること無く、前衛でどんな敵とも怖れず戦い、皆を守る武の権化。

それは信頼を勝ち得るのも当然だろう。

ティターンが飛び出すと、剣を振るって一撃を受け止める。

巨大な鳥のような、何だか分からない姿の看守が、剣を振るってゼレーニンに降り下ろしていた。

パワー達は反応しきれなかった。

サクナヒメが、いつの間にか着地。鳥の看守の首がすっ飛び、落ちる。

更に、周囲に看守の気配。待ち伏せていたと見て良いだろう。

円陣をすぐにクルーが組み、悪魔を召喚。押し寄せてくる看守達に対して、反撃を開始する。

これは遅々たる進みしか出来ないなと、唯野仁成も覚悟を決めるが。

だが、それもまたやむを得ないだろう。

こんな空間が無茶苦茶になっている場所では、他にやりようがない。オーカスの所で、こう言う空間の厄介さは身に染みて思い知らされた。だから、油断もしないし、舌打ちも今更しない。

アサルトの火力は更に上がっていて、今までは効く気がしなかったが。看守を確実に怯ませることが出来る。数人の火力が集中すれば、深手を負わせることも出来る。

そこに悪魔達が集中砲火を浴びせて、屠る。

看守も、それ以外のエサを求めて襲ってくる悪魔も、まとめて薙ぎ払いながら。ゼレーニンを守り、確実に進んでいく。

瀕死の悪魔に対して、ゼレーニンが交渉を持ちかけている。パワー達が槍を突きつけているが。少し不安だ。

ただ、ゼレーニンは悪魔召喚プログラムの手助けで、きちんと交渉をやりきった。冷や汗を拭っているゼレーニン。

確実に少しずつ進んでいるな。そう思ったが、声は掛けない。ゼレーニンが頑張っている事だ。今、唯野仁成が先輩面して、偉そうに何か言う事では無い。言う資格があるのはサクナヒメくらいだろう。

サクナヒメが、出会い頭に巨大な体格の女性悪魔を拝み討ちにする。

空間が歪んでいるから、いきなり至近距離に悪魔が出現するのがザラだ。少しずつ、消耗も大きくなっていく。だが、何とかやりきらなければならない。

「ゼレーニン!」

「その先の空間は、既に踏破済みです! 右側に進んでください!」

「助かる!」

飛びかかってきたバシリスクを、唯野仁成が対物ライフルで赤い霧にする。バシリスクは此処にも出るのか。カトブレパスやマンドレイクも出るのでは無いのか。大軍で来られたら困るな。

そんな風に思いながら、ゼレーニンのナビに従う。まずい行動をしているクルーには、アーサーが支援を行ってくれる。一度、何人かがはぐれかけたが、すぐに戻ってこられた。空間の歪みを立体的にアーサーが把握しているから、何とかなるのだ。

やがて、凄まじい轟音と。

明らかな熱異常が探知され始める。

ゼレーニンが、周囲を見回しているのが分かった。何かあったのか。

「空間の歪みが消えたわ……。 周囲に歪んでいない大きな空間がある様子よ」

「ということは、大きいのが……おらぬな」

サクナヒメが、剣を振るって血を落とす。

クルー達と周囲を確認するが、確かに悪魔の気配はない。気配を隠して奇襲してくるタイプかと思ったが、そんな事も無い様子だ。

ただ、見覚えがある奴がいる。消えていく看守の前で、手を振るって血を落としている其奴は。悪童のような姿をしていて、下半身が触手状になっている悪魔。シャイターンだった。

この辺りの看守は、アレが倒したのか。

「おや、前にもあったな人間、それに強そうな女神。 今、俺が目をつけてる女が中でお楽しみの最中なんだ。 邪魔は……てもう終わったみたいだな」

此処は、牢獄か。

此奴が目をつけている女というと、アレックス。唯野仁成が、注意を促すと同時に。牢獄らしい、巨大な木のうろが内側から吹っ飛び。数体の悪魔を連れた、かなり傷ついている様子のアレックスが姿を見せる。

視線が合う。同時に、アレックスの目が、灼熱の憎悪に彩られた。

「アモン! 来なさい!」

アレックスが悪魔召喚プログラムを操作し、悪魔を召喚する。出現するのは、顔がフクロウ、体が巨大な蛇という、凄まじい巨体を誇る悪魔だ。アレが噂の魔神アモンだろう。

どうやら、囚人を先に従えられたらしい。更に、サクナヒメが呟くようにして伝えてくる。

「赤黒の手元を見よ。 どうやら実りとやらも奪われたらしいな」

「……今は、それどころでは無さそうですね。 逃げられる状況ではないように思います」

「同感だ。 皆、総力戦の態勢をとれ! 此処で決着を付けるぞ!」

「アモン、サクナヒメの相手をしなさい! 他の悪魔達は、雑魚の相手を!」

雑魚呼ばわりされたクルー達が、不愉快そうに眉をひそめたが。アレックスは既に光の剣を抜き、戦闘態勢だ。

やるしかないだろう。唯野仁成も、ティターン、イシュタル、アナーヒター、アリスと共に、戦闘態勢に入る。

見た所、アレックスは魔神アモンとの戦闘で相当に消耗している。だが、それでもなおようやく勝率五割弱という所か。シャイターンはけらけら笑いながら飛び下がる。

「俺の見込んだ女の戦い、見せてもらうぜえ! 弱った所を助ければ、俺の子供を産む気になるかも知れないしな!」

「アレックス、状況を整理するぞ。 今のデモニカ出力は71パーセント。 相手には強い悪魔ばかりがいる。 此方の手持ちは、手負いばかりだ」

「ジョージ、分かってる! それでも、やるしかないっ!」

アレックスが残像を作って、躍りかかってくる。

だが、見える。

デモニカの出力が落ちていると言っていた。それだけではない。唯野仁成が、強くなっているのだ。

激突が始まる。今までは、どうにもならなかった相手と。ついにまともにぶつかり合う時が来た。

 

4、乱戦と

 

凄まじい炎が噴き上がり、それが一瞬にして切り裂かれる。サクナヒメと魔神アモンが、互角の激突を繰り広げているのだ。

その横で、パラスアテナをはじめとする強豪悪魔達と、唯野仁成の仲間であるクルー達が死闘を繰り広げている。

戦力は此方も五分の様子だ。それだけ、一線級に成長したクルーの実力が上がっている、という事である。

ならば、勝負を付けるのは。唯野仁成の戦いぶりだ。

見える。アレックスはジグザグに人間を完全に越えた動きで接近しつつ、突きを入れてくる。

最初に殺された時は、これに為す術も無くやられたというわけだ。だが、今度はそうはいかせない。

剣を振るい、相手の光の剣の突きを弾き返す。アレックスが、苦い顔を浮かべる。これは、知っている顔だ。唯野仁成が、これくらい出来る、という事を。何故知っているのかは、今はどうでもいい。心理戦で少し有利に立てただけで充分。

ティターンが降り下ろした剣が、アレックスの残像を消し飛ばす。煙の中下がったアレックスに、アナーヒターが冷気の霧を吹き付ける。恐らくは、範囲攻撃という奴だ。まとめて凍らせてしまうつもりだろう。

アナーヒターを銃撃して牽制しつつ、上空に躍り上がるアレックス。背後にイシュタル。拳を固めて、豪腕を降り下ろす。イシュタルはかなりの武闘派で、体術も相当なものだ。

だが、拳は残像を抉る。えげつない動きでアレックスが回避したのである。

しかし、その回避も其所まで。真横から、火焔の塊が直撃していた。

吹っ飛ばされたアレックスが、地面を蹴って下がる。更に数発の火焔弾が直撃。アリスによるものだ。

アレックスがグレネードを投擲しようとするが、唯野仁成はさせない。至近に迫ると、抜き打ち。サクナヒメに習いデモニカに支援を受けた、突撃して居合いを叩き込む技だ。サクナヒメくらいの実力になると、雑魚数百を一瞬で吹き飛ばすが、唯野仁成の実力では敵一体を斬り伏せるのがやっと。だがアレックスは、顔色を変えながら剣を光の剣で受け止める。

そこに、上空に躍り出たアリスが、雷撃を叩き込む。

直撃。

アレックスが舌打ちしつつ、下がり。連続してアリスに銃撃を打ち込むが。ティターンが壁になり、全弾を自分の体で受け止めた。かなり特殊な弾丸らしく、ティターンの巨体が揺らぐ。

唯野仁成は更に追撃を掛ける。アレックスが迎撃してくる。切り結ぶ。秒間、数十回の斬撃を応酬。アレックスに最初に殺された時の、サクナヒメくらいの力は出るようになっているか。

ばちんと、大きな音を立てて弾きあう。アレックスを、氷の霧が追撃。霧をグレネードで消し飛ばすアレックスだが。至近に今度はイシュタルが迫っていた。

完璧なドロップキックが入る。

それでもガードして、下がりつつ反撃の銃撃を入れるアレックス。流石だ。多対一の戦いをまるでものともしていない。

だが、唯野仁成には分かる。アレックスは、相当に無理をしている。少しずつ、動きが確実に遅くなっている。

ティターンが壁になって、イシュタルへの銃撃を庇う。限界だと判断してPCに戻すと、攻勢に出て来たアレックスの剣を受け止めるフリをする。アレックスは即座に判断し、横っ飛び。

炎の柱が、そのまま突撃していたら、アレックスを焼き尽くしていただろう。

「動き速いなー」

アリスが唇を尖らせる。上空で、さっきから的確にアレックスへの攻撃を通しているアリスを、きっと睨むアレックス。だが、させない。今度は唯野仁成が、アレックスとの間合いを侵略。切り込んでいた。

弾き返してくるが、更に切り込む。額に汗が浮かんでいるのが見えた。少しずつ、確実に追い込んでいる。

「アレックス、魔神アモンのコンディションが良くない! サクナヒメに押されている!」

「魔神アモンを上回るというの!?」

「いや、まだスペックは魔神アモンの方が上だ。 倒したばかりの所を、無理矢理再生させたフィードバックがでている!」

「くっ!」

アサルトの弾丸を浴びせて、中距離に下がらせる。アレックスを逃がすつもりはない。問題はシャイターンの介入だが。今の時点では、遠目に見ているだけだ。

アレックスは体勢を低くする。なるほど、そういうことか。唯野仁成は飛び下がりながら、ライサンダーに手を掛ける。突貫してきたアレックスが、直線的に迫り。そして、抜き打ちで首を飛ばしに来た。

だが、その鋭い一撃を。イシュタルが文字通り、体で受け止めて見せる。

勿論刃は体に半ば食い込んだが、イシュタルが凄絶な笑みを浮かべ。

更に、躊躇無く唯野仁成は、ライサンダーの一弾をアレックスに叩き込んでいた。

普通だったら体が粉々になる。携行用艦砲とまで言われる対物ライフルだ。だが、アレックスは直撃を受けつつも後ろに飛び下がり、威力を殺しさえする。文字通り人間の極限まで鍛えている。だが、残念ながら、デモニカの出力も落ちているし。デモニカによるサポートが足りていない。

「トリス……」

「まずいバディ! 全力で防げっ!」

上空で、アリスが完璧なタイミングで印を切る。更に、アレックスの後方を、アナーヒターの氷の壁が塞ぐ。

一瞬の躊躇。それだけで充分だった。

「アギオン!」

アリスの最大火力火焔魔術が炸裂する。あのオーカスさえも、一瞬で炭クズにした最強火力。それも、今はオーカスと戦った時とは比べものにならない程火力が上がっているのだ。

炎が、アナーヒターの氷の壁を消し飛ばすのが見えた。

唯野仁成も、アレックスと接近戦を散々やって、相当に消耗しているが。アレックスは。

炎を吹っ飛ばしながら、切り裂くアレックス。だが、勝負はあった。

「バディ、此処までだ」

「……っ!」

「悪いが逃がさん!」

不意に後方から掛かる声。ブレアの放った悪魔、魔獣ケルベロスが、アレックスを組み伏せに掛かったのである。

アレックスは対応が遅れ、逃げ切れない。組み伏せられる、そう見えた瞬間。

ケルベロスに体当たりして、アレックスの逃げる隙を作ったのは、シャイターンだった。

「貸し一つだぜ−! 俺の子供を産めとは言わないが、覚えとけ!」

無言でその場から全力で撤退するアレックス。見ると、唯野仁成の仲間の機動班クルー達も、既にアレックスの悪魔達を駆逐していた。皆ボロボロだったが。だからブレアが介入できたのだ。

更に、魔神アモンが消えていく。

サクナヒメが、肩で息をつきながら、剣を振るう。何というか、戦車砲で飽和攻撃でもしたかのような凄まじい戦闘跡が残っていた。

けらけらと笑いながら消えていくシャイターン。唯野仁成は、呼吸を整えながら、皆無事かと呼びかける。無事だと、返事がある。メイビーが何体か、回復に特化した悪魔を召喚して皆の回復を始める。ゼレーニンも生き延びていた。パワー達はやはり、乱戦の中で倒されてしまったようだったが。

大きな溜息。

側に、いつの間にかデメテルがいた。やはり、接近を全く察知できなかった。

「実りを奪われてしまいましたわね、唯野仁成。 囚人も」

「状況的にやむを得ない。 強力な悪魔シャイターンの支援があった上に、アレックスは恐らく三層の囚人を最初から狙っていた」

「仕方がありませんわ。 ただ、あの赤黒を自力で退けた事は素晴らしいですわ。 貴方は確実に稲穂を豊かに実らせつつある。 失敗は一つありましたけれども、それを引いても余りある程にハーヴェストですわよ」

デメテルが皆に回復の魔術を掛けてくれる。というか、これは広域回復魔術か。

かなり手酷い手傷を受けていた者もいたが。これで何とかなりそうだ。此処で立ち往生してしまい、後方からのバックアップによる救助を頼ることも視野に入れていたのだ。

悔しいが、また貸しを作ったようである。

「残りの実り、奪われてはいけませんわよ」

釘を刺すと、消えていくデメテル。

アレックスを自力で撃退出来たことは大きい。だが、魔神アモンは奪われ、情報集積体は回収出来なかった。

徒労感が身を包む。唯野仁成は、無力さにじっと手を見た。

戻るぞと、サクナヒメに促される。この戦いは無駄では無かった。そう己に言い聞かせながら、唯野仁成は魔神アモンを単独で退けた武神の言う事を聞くことにした。

 

(続)