外道の歌

 

序、金のためなら

 

エリダヌスと名付けられた空間の調査を進める。案の定、凄まじい迷宮ぶりだ。今唯野仁成はストーム1のチームに入って進んでいるが、とにかく非常に入り組んでいる。此処が超高熱と高圧の世界である事を、周囲の優雅な庭園風景からは忘れてしまいそうになるが。本来なら、一呼吸するだけで死ぬ場所だ。

調査班の寡黙な隊員は、黙々と電波中継器を撒いては、時々通信班と話をしている。

此方にまでは話の内容は良く分からない。ただ淡々と、進めてはいるようだが。

時々デモニカを見て、地図を確認。

流石にアップデートが入っただけあって、地図は分かりやすい。何処のチームの人員が何処にいるかもすぐに分かる。移動したい場合はナビもしてくれるようだが。問題は悪魔だらけで、それどころではない事だろうか。

ストーム1がハンドサイン。全員が壁際に伏せる。上空を、巨大な鳥の悪魔がたくさん飛んで行く。

どれもこれも、全長十メートルはありそうな奴らだ。翼竜のようにデカイ。でも、あれでも恐らくは此処ではそれほど強くない悪魔だろう。

現時点で、まだ敵の軍勢と交戦はしていない。少数の悪魔がゲリラ的に仕掛けてくるが、それだけだ。

支配者である大母とやらが、どういう風に此方を認識しているのかはよく分からないが。いずれにしてもはっきりしているのは、この迷宮の複雑さ。暗記できる代物では無い、ということだろう。

ヒメネスから通信が入る。

「そっちはどうだ」

「恐らくは行き止まりになりそうだ」

「そうか。 そうなると姫様のチームが当たりを引きそうだな。 こっちも行き止まりだぜ、畜生」

「……」

ヒメネスの悪態も無理はない。

何度も機動班クルーでこの過酷な迷宮を進んでいるが。そもそも行き止まりになっている場所が多すぎる。

本当に極めて複雑で。マッピング機能と、ナビゲーションが無かったら生きて帰るのは厳しいだろう。

呼吸を整えて、先に。

案の定、ストーム1が足を止める。

だが、それは行き止まりだったから、だけではなかった。

「これは例の生体装置ではないのか」

「此方真田」

ストーム1の足下にあるのは、以前デルファイナスで発見した生体装置に酷似したものだ。

すぐに案の定真田さんが飛びついてきた。

「回収を頼む。 それと、そろそろ全チーム方舟に戻って来て欲しい」

「? イエッサ。 総員、撤収準備」

ストーム1は小首をかしげたが。まあこの迷路、ちょっとやそっとで抜けられる場所ではないだろう。

何度も挑んで、やがて道を探していく、と言う感じだ。

何しろ、庭園の左右は木々が生い茂っており、方舟からの光学観測ではどうしても道を解析しきれないのである。

残念な話だが、悪魔との交戦を繰り広げながら、機動班が道を開いていくしか無い。

いずれにしても、もう確立されている道については大丈夫。

やがて方舟が見えてきた。調査班のクルーはそのまま真田さんの研究室に、生体装置を持って行った。

唯野仁成は休憩を貰ったので、一度レクリエーションルームに移動。其所で先に戻っていたヒメネスに愚痴を聞かされる。

「散々だったよ畜生」

「どうした」

「途中にあった道が毒物まみれでな。 催眠効果があったらしくて、近付いただけでバタン、だよ。 バガブーが引っ張って連れ出してくれなければやばかったかもな」

「そうか。 バガブーには感謝しなければならないな」

なんだかんだで、戦闘は出来なくてもバガブーは優秀な悪魔だ。実際問題、戦闘ではほぼ何もできないそうなのだが。それはそもそも、組成が25%もおかしいのだから仕方が無い。

だが、戦闘力は低くとも、勘は働くし。何度もヒメネスを助けてもいる。

これは、単純な戦闘力が必ずしも強いと言う訳では無い証拠だろう。

ヒメネスにそれは言わない。

ただ、思うところはあるらしく、ヒメネスは愚痴る。

「それにだ。 もしも例のライトニングだかがシュバルツバースに侵入してくるとなると、そろそろだろうな」

「ひょっとして真田さんの戻れという指令はそれが理由かもしれないな」

「ああ……」

「向こうに知り合いがいるかも知れないな」

唯野仁成の言葉は、勿論良い意味で、ではない。

財団と言えば、黒い噂で塗りつぶされた世界屈指のブラック企業の塊である。実際問題、正太郎長官が潰す計画を立てていたくらいだ。

各地の経済に食い込み、法の隙間を突いてはやりたい放題。

文字通り、人間の悪を塗り固めて作ったような組織である。

金さえあれば何をしても良い。そう考える人間は昔から相当数がいるが、その思想を体現したような集団だろう。

そしてもしもライトニングを米国から買い取って改修したとして。乗せるのは、ストーム1がこの間言っていたジャックだけだろうか。

民間軍事会社の人間も、相当数が乗っていてもおかしくない。

そうなれば、国際再建機構にいた人間や。或いは戦場で肩を並べた人間が、いてもおかしくないのだ。

金が全てだという考えは間違っている。

だが、金が無ければ人間は生活出来ない。

それもまた、事実なのである。

だから、民間軍事会社の人間などは乗っていても不思議では無い。そして、あの財団が、まともな目的でシュバルツバースに侵入するとも思えない。

「ライドウのおっさんが言ってたんだがな。 現在、結構な数の組織が秩序側の悪魔と関係を持っているらしいぜ。 混沌側の悪魔と関係を持っている組織もその半分くらいはいるらしい」

「それが本当だとすると、厄介な話だな。 非人道的な行動を、幾らでもしても不思議ではない」

「……そうだな。 それで、財団はどちらかというと秩序側だそうだ。 どうも嫌な予感がしてならねえ。 あのペ天使も不愉快だしな」

「マンセマットか」

唯野仁成にも目をつけているらしいあの黒い大天使は。どうにも良くない事を目論んでいるとしか思えない。

露骨に機嫌が悪くなってきているヒメネスを、クルーが避ける。

別にクルーと口以外で喧嘩する所を見た事は無いが。ヒメネスが強い事は誰でも知っている。

ヒメネスを怖れないのはスペシャル達と、唯野仁成くらい。後は、ゼレーニンが話してくるくらいだろうか。

ヒメネスはゼレーニンを鬱陶しがっているようだし、ゼレーニンも出来れば話したくはないようだが。

ただこの二人は、一度腹を割って話すべきだと思うのだ。

コーヒーを淹れて、ヒメネスに渡す。

自分でもコーヒーを飲んでいると、ブレアがヒメネスに話しかけて、応じていた。会話の内容は他愛の無いものだが。それでも、やはりヒメネスは会話に応じるようになって来ている。

今までは認めた相手以外とは話もしなかったのに。

やっぱり変わってきていると見て良いだろう。

話を聞き流す限り、どうやら何かしらがシュバルツバースに侵入を開始しているらしい。

ライトニングの可能性を考慮して、現在厳戒態勢を取っている、そうだ。

やはりか。いずれにしても、一兵卒には今のところ出来る事がない。

ただ、ストーム1がレクリエーションルームに顔を出した。それだけで、何かあったと即座に分かる。この人は滅多にレクリエーションルームに休憩に来ないのだ。

「唯野仁成、ヒメネス」

「はい」

「ちょっと待ってくれ。 OK、大丈夫だ」

ヒメネスはコーヒーを飲み干すと立ち上がる。

頷くと、ストーム1は言う。

「二人とも艦橋に来てくれるか。 場合によっては、ジャックが率いている可能性があるライトニングに交渉に出向くかも知れない」

「あんた、あれほどジャックを毛嫌いしていたんじゃ……」

「ジャックが乗ってくる可能性はあるが、必ずしもそうとは限らない。 それに、状況次第では即座に戦闘態勢に入る」

「ああ、なる程ね」

唯野仁成が見ると、ウルフなどの対人戦が得意なクルーも集められている様子だ。

場合によっては最少人数かつ最速で相手を叩き潰すつもり、と言う訳だ。

この辺りゴア隊長が即座に決断して、周囲のスペシャルがそれに同意したのだろう。

艦橋に出向くと、二十人ほどのクルーと、スペシャルが勢揃いしていた。

まず、春香が話してくれる。

恐らく全クルーにも通信が行っている筈だ。

「シュバルツバースに新たな次世代揚陸艦の侵入を検知しました。 船の形状は今まで話題に上がっていたライトニング号に酷似しています。 間もなく、恐らくはエリダヌスに着陸すると思われます」

「アントリアに行くんじゃ無いのか」

「重力子通信を傍受していたのだとすれば、恐らくは此処の仕組みを理解している、と判断して良いでしょう。 それに何より、アントリアからデルファイナスまでの支配者は、既に打倒してしまいました」

「ああ、なる程な……」

皆が納得する。

そもそも、それぞれの世界の支配者と戦ったのは、ロゼッタを入手するため。もう一つは、空間の量子のゆらぎを安定させるためだ。

この量子のゆらぎが安定しない限り、別の世界への通路は開かれなかった。

更にロゼッタが無ければ、量子のゆらぎのパターンも分からなかった。

今は後付の情報で、好きかって移動出来ると言う事だ。此方が移動してきた範囲内であれば。

勝手なものである。

航路なども、開拓するまでは地獄の苦労を味わうと言うが。一度開拓してしまうと後は簡単にいくことが出来ると言う。技術などでも同じ事があるそうだ。

ライトニングが侵入してくるとして。

奴らは、此方が苦労しながら切り開いた道を、易々と突破し。

美味しいところだけ持っていくつもりであるのかも知れない。

まあ、そんなつもりで来ているのなら、此処ですぐにおだぶつだろうが。

アーサーが淡々と告げてくる。

「次世代揚陸艦、スキップドライブ完了しました。 途中で受けた攻撃もプラズマバリアでいなし、不時着もしていません。 エリダヌスの、庭園を挟んで方舟の反対側に着地しています」

「通信を呼びかけてほしい」

「此方通信班、ムッチーノ。 通信に応じません」

「相変わらず舐め腐っていやがるな。 ぶっ潰してくるか……」

ストーム1の声が冷え切っていて、それを聞いてぞくりとした者は多かったようだ。唯野仁成も、この人が此処まで好戦的になっているのを見ると色々と考えさせられる。

ストーム1は世の中の業を嫌と言うほどみてきた戦場の化身だ。

そんな人が、世界一の邪悪な人間と断言するほどの相手である。もしも乗っているのがジャックとやらであれば、だが。

叩き潰すと本気で言っているのも、頷けるかも知れない。

だが、意外な事に。通信は少し時間をおいて、向こうから入れて来た。此方から呼びかけても、無視していたのに、である。

「此方ライトニング号。 交戦の意思は無い。 財団の指示によってシュバルツバースに調査のために侵入した」

「? ジャックの声ではないな」

訝しむストーム1。

ストーム1が知るジャックという人物は、後で更に少し詳細を調べたのだが。能力だけではなく自己顕示欲も強く。こう言う場では、まず間違いなく自分から通信を直接してくると言う。

今話してきているのは、むしろ若い男だ。

「財団の雇った民間軍事会社の隊員を乗せてはいるが、君達と戦闘する意思は無い。 攻撃は控えていただきたい」

「確認しましたが、相手はライトニング号です。 本来米軍が搭載していた武装の五割増しほどの火砲を積んでおりますが、本艦に比べると戦闘力は12%ほど。 全長は作られた時と同じく152メートル。 核武装もしていません」

「……撃沈はいつでも出来るという事か」

「その気になれば、五分ほどで沈黙させることが出来ます」

アーサーが此処まで言うと言う事は、実際にやり合えば一方的な戦いになると言う事か。

この方舟が。元になったレッドスプライトだったら、立場は逆になり。顎で使われるような事態になっていたかも知れないが。

そもそも、ライトニングは二世代前の兵器。「次世代揚陸艦」という兵器が構想され、プロトタイプとして産み出された艦である。

プロトタイプというのは所詮試作品。構造には欠点も多いと言う話で。どれだけ強化改造を施しても、かなり無理があるという。

ゴア隊長は腕組みをした後、正太郎長官に意見を聞く。

「どう思われますか、正太郎長官」

「……司令官と目的について聞いてみてはどうかな。 それで財団が何を目論んでいるか、ある程度判断出来るだろう」

「そうですね。 それではそうしてみます」

ゴア隊長はムッチーノに指示し。そのまま相手の司令官と、此処に何の調査をしに来たかを確認する。

しばしの沈黙の後。

ライトニングからは、応答があった。

「此方の司令官はジャック。 財団の目的は、此処シュバルツバースで貴重な資源を採取し、持ち帰る事です。 貴方方には迷惑を掛けませんので、仲良くやっていきましょう」

「……やはりおかしいな」

「貴方方が切り開いてくれた航路のおかげで、途中で事故もなくここまで来る事が出来ました。 感謝もしています」

ストーム1が片手を上げる。

ムッチーノが冷や汗を拭いながら、通信装置の前をどく。

ストーム1はゴア隊長に頷くと、相手側に呼びかけた。

「此方ストーム1。 其方にジャックがいるなら、出して貰えるか」

「少々お待ちを」

相手の若いオペレーターは通信を代わる。

程なくして、何とも覇気のない中年男性の声が、それに変わった。

「ス、ストーム1っ……。 来ているとは聞いていたが」

「この世の悪徳を総なめにしているような貴様が、随分弱気な言動だな。 俺は今から貴様の乗っている艦を叩き潰しに行きたいくらいなんだが」

「や、やめてくれ。 私もビジネスで来ているだけなんだ!」

「何がビジネスだ。 シュバルツバースが拡大すると、下手すると一年地球はもたないんだぞ。 その状況でビジネスとか、頭が湧いていやがるのか」

ストーム1の言葉は苛烈だが。彼が最悪の人間とまで言い切ったジャックは、ひたすら対応が弱気だった。

ストーム1が不審がるのも何となく分かる。

唯野仁成が話を聞いた限りでは、ジャックという男はそれこそダーティーワークのプロフェッショナルである。

それも、良くヒーロームービーに出てくるような、ナイフを舐めて殺戮を楽しむタイプではない。

他人の命に一切感心が無く、必要に応じて淡々と処理をしていく。

勿論相対的な幸福にも、誰かの爪牙になる事にも興味は無い。

自分のエゴのためだけに、泣き叫ぶ赤ん坊を平気で射殺するような人間だ。

数限りなく戦場を歩いて来たストーム1がそうまで言う程の人間だ。文字通りの筋金入りのサイコ野郎なのだろう。

そしてそういうサイコ野郎は、むしろ平均的な。要するにこの世の大多数を占めているような連中には、むしろ魅力的に見えるものなのである。

だが、今声を聞いただけでも。

ジャックとやらは。ストーム1が、遭遇し次第殺すと言っていた輩とは、かけ離れた印象しか受けない。

「と、とにかく此方からは迷惑は掛けない。 こっちも必死なんだ。 許してほしい、頼む」

「ストーム1、ジャックを引き渡せというのであれば応じましょう。 それで此方に攻撃しないというのであれば、かまいません」

「!?」

ストーム1が絶句。

相手もアーサーのようなAIを使っている様子だが。それにしても、この返答は想定外だったのだろう。

しばらく黙り込んでいたストーム1は、ムッチーノに席を返した。

困惑している様子なのは、ストーム1だけではない。ゴア隊長も、のようだった。

ストーム1があれほど殺意をたぎらせるほどの相手だ。

当然、ゴア隊長も悪名は良く知っていたのだろう。

「とりあえず此方に余計な事をしないのであれば、此方としても何もしないと確約してくれ。 勿論ジャックはいらない」

「分かりました……」

ムッチーノがそう通信すると、相手は了解と言って、通信を切った。

一体どういうことなのか。

完全に肩すかしを食らって、皆唖然としている状況である。特に困惑しているのはヒメネスである。

「ストーム1の旦那があれほど言っていた様な奴にはとても思えねえ。 ただの覇気のないおっさんというか……」

「銃口を四方八方から向けられているような印象さえ受けた」

唯野仁成の言葉に、皆困惑した様子で視線を交わす。

ゴア隊長は、大きく嘆息した。ゴア隊長としても、あまりにも想定外だったのだろう。

「ストーム1。 すまないが、君は一度単独行動でライトニングを偵察して貰えるだろうか」

「場合によっては即座に撃墜するが、かまわないだろうか」

「かまわない」

ゴア隊長も、財団の危険性も、本来のジャックの危険性も、良く理解しているのだろう。

ストーム1の言葉に即応したのは、嫌悪からでは無い。

皆の安全を守るためだ。

頷くストーム1に、ヒメネスが挙手。

「俺も連れて行ってくれるか」

「いや、ヒメネス。 お前はアレックスに狙われている。 もう少し戦力を充実させたらかまわない」

「……そうだな。 確かに今の俺の実力と手持ちだと、アレックスとやりあうのはちょっと厳しいな」

ストーム1が船を下りる。誰もクルーは連れて行かない。

まあ、あの人はワンマンアーミー。単独行動の方が得意だろう。ストーム1が艦橋を出ていくと、ゴア隊長が咳払いした。

「エリダヌスの調査を続行してほしい。 この空間は想像以上に広い様子だ。 それに今、ストーム1を威力偵察に出した。 戦力が減っている状態だから、更に時間が削られることになる。 今こうしている間にも、シュバルツバースは拡大している。 皆の奮闘を期待する」

「イエッサ!」

敬礼すると、すぐに皆物資搬入口に急ぐ。

二班に分かれ、サクナヒメとライドウ氏がそれぞれ兵を率いる事に。更に船の側でプラントを構築するが。其所の守りはケンシロウが担当してくれるようだ。

手数が減ってしまったので、調査班はそれぞれのチームに編入する。

ライドウ班にはヒメネスが。サクナヒメ班には唯野仁成とゼレーニンが編入されて、すぐに方舟を下りた。

何しろ庭園が巨大なので、ライトニングの姿は見えない。

その気になれば五分で制圧出来るとアーサーはいい。自分なら三分で撃沈するとストーム1は言っていた。

それを信じて。唯野仁成は、まだ未踏の庭園へと進んでいた。

 

1、闖入の裏で

 

ジャックは自覚しているほどの鬼畜外道だが。それでも、恐怖は感じる。

ジャックはサイコパスであることを自認しているが。それでも、生存したいと思うし。金には執着がある。

財団の犬として活動してきた昨今。

ジャックは、財団の上客のために、汚れ仕事を散々してきた。

金に任せて非人道的行為をやっている金持ちの護衛や、そいつが死んだ後の始末。

財団が表に出せない商売のマネジメントや、国際再建機構に嗅ぎつけられないようにするためのあらゆる工夫。

ジャックは犯罪のコンサルタントであり。暴力のプロフェッショナルだ。どんな犯罪組織でも、ジャックから見れば子供も同然である。

圧倒的な実績があったから、文字通り妖怪のような財団のトップ達にも信頼を得ていたし。

連中が秩序陣営の悪魔と関係を持っていて。加護を受けていることも知っていた。

だからこそ、どうしてだと思うのだ。

今、ジャックはライトニングの艦橋で跪かされ。

周囲には、天使が無数にいた。

特に、巨大な槍を持った鎧姿の天使は、非常に険しい目でジャックを見下ろしていて。その槍の穂は、いつでもジャックの首をたたき落とせることが確定だった。

頭の後ろで手を組まされて、ずっと冷や汗を掻いているジャック。

天使達に隙が一切無くて、手を出すどころではないのである。

どうしてこうなったか。

最初からだ。

南米を進んでいる頃には、既に国際再建機構に嗅ぎつけられている事をジャックは悟っていた。

それに、そもそも金なんか使い路がもう無いことも理解していた。

だから無意味な任務だと、ジャックらしい合理性から判断し、そう進言もしたのだが。

見てしまったのだ。財団の上層部が、既に死人となっているのを。

連中は、天使達に既に文字通りのマリオネットにされており。

天使達によって、完全に成り代わられてしまっていたのだ。

そして米軍から格安で買ったライトニングを改造したこの船に、ジャックは子飼いの部下達と一緒に乗せられ。

天使達の監視を受けながら、ここまで来たのだった。

シュバルツバースへと乗り込むのも、とてもとても簡単だった。

何しろ、プラズマバリアに加えて。天使が加護しているのだから。

天使が善良な連中である等という事は、ジャックは考えていなかった。そもそも天使共が善良だったら、スラムで地獄のような生活をしている子供なんていないはずだし。泥を啜りながら必死に生き、神に対する信仰も欠かさなかった人間が、テロにあってゴミのように命を落とすことだってない。

だが、いくら何でもこんな大胆な行動に出るとは、流石に思っていなかった。

シュバルツバースというのが。それほどまずいものなのだということは何となく分かっていたが。

それでも、ジャックが想像する以上に、世界は危険な状態であるらしかった。

側では、一番の部下であるライアンが、既に正気を無くしている。

天使が何かをしたらしい。

完全に白目を剥いて、ぶつぶつと呟いている。

元々腕っ節しか取り柄が無い頭が悪い男だったが、こうなってしまうと死んだ方がましだろう。

ジャックもいつこうされるかわかったものではない。

「大天使カマエル」

不意に声がする。通信装置からだった。声は、とても恐ろしくジャックには聞こえた。

カマエルと呼ばれた、槍を持った天使が答える。

「大天使マンセマット。 貴殿からの援軍要請に応じて参上した。 この通り、贄用のクズ共も引き連れてきている」

「大いに結構。 うむ、魂が汚れきっている者どもを良く連れて来てくれました。 これで準備を整えられるでしょう」

「相変わらず貴方も陰謀が好きだな。 まあ我々天界の猟犬は、不当に低い地位に貶められてきた。 気持ちはようわかるが」

「陰謀が好きなのではありませんよ。 私は誰よりも我等が主のためを思って働いています。 ただ、その周囲にいる気取った者達が気にくわないだけです」

同感だと、カマエルとか言う大天使は笑った。もう一人、大天使らしい奴も笑う。

天使のことなんかジャックは知らない。

一応、知識としては知っている。確かカマエルはモーセの逃避行に登場する天使で、他の宗教である軍神のような立場にある存在だ。天使の軍勢を統べているという記述もあった筈。

いずれにしても、ジャックではどうしようもならない。

実際問題、途中で脱走しようとした人間が、ゴミクズのように殺されるのも何度か見た。それも、人間の死に方じゃ無かった。

散々非道に手を染めてきたジャックだが、それでも吐きそうになる死に方を見せつけられたことで。

既にジャックの心は折れていた。

さっき、ストーム1と話させられたとき。

助けてくれと、叫びそうになり。それをカマエルの不思議な力で無理矢理止めさせられた。

もはや命はないものだと思うしか無い。

冷や汗を流しながら、ジャックはそう覚悟していた。

「それでマンセマット、これからどうする?」

「この者達は、このままに。 警戒しすぎる必要はありません」

「見張りを立てなくても良いのか?」

「いやいや、そういう意味ではありませんよ。 本命である方舟が、警戒するように、この船の内部の実情が分からないようにしておくのです。 それだけで、方舟は一定の戦力をこの船に割かなければなりません」

なるほどと、人の悪い笑い声をカマエル達は上げて。

マンセマットもくすくすと笑う。

怖くて、小便をちびりそうだ。此処まで主導権を握れない状況はいつぶりだろうか。

ジャックは自分がサイコ野郎だと言う事は理解している。同じ人間をどれだけ残虐に殺しても何とも思わない。

だが此処にいる天使共は人間ではないし。それこそ、ジャック以上に人間を残虐に殺すだろう。

何しろ終末には、殆ど全ての人間を殺し尽くす連中である。

人間が神に対する絶対的な信仰を持つことには興味はあっても。

人間一人一人の命になど、何の興味もあるまい。

「時にカマエル。 四大や七大は?」

「どいつもこいつもシュバルツバースに行く事は拒否したよ。 その代わり、汚れ仕事を専門としているパワーをそれなりの数連れてきている。 いずれもが、悪魔との戦闘経験豊富な実力者だ。 その気になれば追加で更に呼べるぞ」

「結構。 此方でも、現地で戦力を相当数調達しています。 しばらくは、貴方はそのままでいてください。 ああ、利用価値はあるので、ゴミ共は殺さないように……」

「分かっている。 まあ逃げようとしたら容赦はできないがな」

けらけら。ははは。笑い声が重なる。

笑う天使どもは、やがてそれにも飽きたらしく、通信を切った。

いきなり何の前触れも無くカマエルに蹴り倒され、更に顔面を踏まれるジャック。周囲には正気を残しているクルーはいない。ライアンは、よだれを垂れ流しながら、繰り言をずっと呟いている有様だ。

「聞いての通りだ。 お前達は案山子として此処に呼んでいる。 ついでだから、奴らの目を引くべく行動して貰うとするかな」

「こ、こんな状態では、組織的行動など出来ん!」

「お前達人間が組織的行動? 笑わせるな。 最初からそのようなもの、一切期待していない。 お前達を集めたのは、その魂が汚れきっていて、存在そのものが世界に不要だからだ。 神の国に不要な穢れた魂だから此処に集めた。 後の用途は分かろう」

死んだ。それを悟ったジャックに。とどめの宣告が行われる。

ジャックの目の前で、見る間にライアンが異形の怪物へと変化していく。たまに悪魔狩りはダーティーワークの一環として行ったが。そんな事が出来る状況では既にない。

次は、お前だ。

そう言われて、ジャックは己の運命を悟っていた。

 

ストーム1は無言で、クーフーリンとジャンヌダルクを連れて疾走していた。かたや神話の英雄。かたや歴史の英雄。どちらの実力も優れており、ストーム1の背中を充分に預けられる。

庭園を迂回してぐっと外側に回り込む。上空に行くとドローンは不調になる様子で、ライトニングの写真そのものはまだ確保出来ていない。

あらゆるデータを取り、状況を確認する。不測の事態を避けるためのデータを取る。

それが今回出て来た理由だ。

黙々と伏せながら進む。途中現れる悪魔は、出来るだけ静かに音を立てずに消す。どっちみち、庭園の方では殆ど絶え間なく戦闘音がしているのだ。

サクナヒメとライドウには悪いなと思うが、戦力は向こうに押しつけさせて貰う。

今回の一件は、あのジャックの変貌ぶりといい、嫌な予感しかしない。手段を選んでいられないのだ。

数qを無言のままひたすら進み。その途中で遭遇した悪魔はいずれも瞬殺した。たまに降伏を申し出る者もいたので、配下に加えていく。合体材料くらいにはなるだろう。もう一人くらい、背中を守る英雄がほしい所だ。

数時間を掛けて、道を踏破。

殆ど遮蔽物が無いから、却ってひやひやだ。途中電波中継器は撒いてきているが、さてどこまで活用出来るか。

通信がライトニングに傍受されては意味がない。

ストーム1は、安全を確保した後方に、丁度このエリダヌスで捕獲したタクヒを飛ばす。

伝書鳩の役割である。

妖鳥タクヒは中華の伝承にある妖怪で、恐らくはただのフクロウを見間違えたものである。一本足で人間の顔をしたフクロウのような姿をした妖怪であるが、恐らく夜道などで見間違えたものを勘違いした結果生じた妖怪だろう。

一応悪魔化した事で喋る事は出来るが、あまり知能は高くない。

伝書鳩がいるかも知れないと思っていたストーム1は、他に捕まえた悪魔に頼んで伝書鳩の仕事についてタクヒに仕込んで貰い。

今、丁度手紙を渡して方舟に飛ばした所だ。

庭園の外縁に隠れながら、様子を伺う。

いる。ライトニングだ。方舟に似ているが、ぐっと小さい。

デモニカで視認するだけで、データは取得することが出来る。もとのライトニングよりも、相当に武装を増やしている。アーサーの言った通りだ。

速射砲をはじめとする主力兵装も近代改修されているが。

はて。何か違和感がある。

ざっと見た感じでは、方舟のような真田技術長官の手が加わったレベルの艦船には見えない。

頑強そうではあるが、それだけだ。

見張りについている人員はデモニカを着ているが。

そもそもデモニカは米軍が次世代極地活動用のスーツとして開発したものであって。それを真田技術長官が実用的に改良したものが、今の方舟クルーが着ているものである。

あのデモニカは、恐らくだが一世代前の、真田技術長官が改良する前のものと見て良いだろう。

あんなものを着ていて、良く無事でいられるな。

しかもここに来たばかりと言う事は、ロクに戦闘経験も積んでいないだろう。それこそ、悪魔にエサにしてくださいと言っているようなものだ。

その割りには、プラズマバリアも展開せずに、脳天気なものである。

身を伏せる。クーフーリンとジャンヌダルクにもハンドサインで気配を消すよう促す。

ジャックだ。物資搬入口から出て来た。

即座に頭を撃ち抜きたくなる衝動を抑えて、観察する。やはり妙だ。奴は得体が知れない大物を装うのが得意で、少なくとも部下の掌握はきちんとやっていた。それなのに今は、見ているとふらふらと歩いているだけで。指示も何だか要領を得ていない。それなのに、まるで操り人形のように部下は動いている。

一度引くのが得策だな。

そう判断したストーム1は、即座に距離を取る。

様々な違和感が、アラートとなっていた。アレは何かある。此処シュバルツバースでは何が起きてもおかしくない。

だから一旦距離を取る。正しい情報を持ち帰れなければ意味がない。

ジャックと手下だけなら制圧するのは余裕。申告したとおり三分もあれば充分である。あの船ごとぶっ潰してやれる。

だが、どうにも妙に強い力を感じた。

ひょっとして、何か強い悪魔が裏側から介入しているのでは無いのか。だとすれば、危険である。

充分に距離を取ったところで、方舟に通信を入れる。

方舟は、丁度ケンシロウ以外の戦闘要員が出払っていて。プラントで物資を生産しては、今後の戦いに備えている状態のようだった。

ゴア隊長は、異常な様子のジャックについては、同じ見解を示す。

「確かにあのサイコ野郎とは思えない言動だったな。 何か異常が起きていると見て良いだろう」

「更に踏み込んで調査するか」

「いや、流石に如何に君がスペシャルでも、それは危険だ。 今第三勢力として動いている悪魔達の実力は、君に匹敵するかそれ以上だろう。 もしも彼らが背後にいたら、君でも不覚を取る可能性がある。 今、君を失う訳にはいかない」

「……分かった。 一度得た情報を整理して、それで対策を練ろう」

すぐに方舟に戻る。

手持ちの戦力に不足を感じてはいない。だが、踏み込むには少しばかり無謀な気がした。

それだけで理由は充分である。

数限りない戦場を見て来たストーム1である。

その勘は、もはや「何となく」ではなく。多数の経験に裏打ちされた、生き延びるための武器に昇華している。

ストーム1の勘が危険だと告げている。それだけで、一旦後退するには、充分すぎる理由だった。

方舟の入り口で、ケンシロウが待っていた。いつも厳しい目つきの男だが、ずっとライトニングの方を見ている。

「何か感じるのか」

「おぞましい邪悪な気だ」

「そういえば気を操ることもできるのだったか」

「北斗神拳の分家である北斗孫家拳が得意としている分野だ。 勿論俺も体得はしている、が」

ケンシロウは言葉を切ると、しばらく黙り込む。

マイペースな男である。そのまま、しゃべり出すまで待つ。

「あの気は、マンセマットのものとにている」

「ふむ……」

「近付くのは危険だ。 少なくとも、次は俺か……姫様と一緒に行って欲しい」

「分かった。 そうしよう」

ケンシロウの言葉も、また信用できる。

ケンシロウはある程度死を予知できるらしく、「死兆星が輝く」とそれを表現する。実際には北斗七星の側にある暗めの星の事らしいのだが。何かしら、北斗神拳と関係するなんやかやの力が働いているのだろう。

ただ、ケンシロウは圧倒的な実績を持つ。様々な戦場で悪党共を打ち破ってきたのだ。

ストーム1も安心して背中を預けられると判断している戦士であり。

その言葉は信頼出来る。オカルトであっても、何かしらの過去の経験で信用できる事なのだろう。

艦橋に出向くと、アーサーがゴア隊長と正太郎長官、それに真田技術長官も交えてシミュレーションをしていた。

「最悪のタイミングでライトニングに仕掛けられた場合はどう対応する」

「あれを使うしか無いでしょう。 ライトニングは撃墜、乗組員は全滅しますが、他に手がありませんな」

「シュバルツバースで、人間同士で殺し合うなどあってはならないことだが」

「彼らにはどうにも主体的意思が欠けているように判断します。 やむを得ない場合は、容赦の無い殲滅が必要でしょう」

一番過激なのはアーサーか。

真田さんが言っているのは、この間アスラの足を止めたあの武器だろう。ライサンダーの最終型のプロトタイプである。プラズマバリアすら貫通可能な、文字通り神殺しの光の槍だ。現在は人間では、デモニカを着たストーム1も含めて持ち運びが不可能な大きさだが。

いずれ真田さんが必ず持ち運べるサイズにまで軽量化小型化してくれるという。

真田さんの言葉なら、信頼出来る。

ストーム1が踏み出すと、皆が此方を見る。得てきた情報をそのまま共有。ライトニングの武装について。近くで見る事が出来たのは大きい。

「解析しました。 ライトニングの火力をより正確に把握できました。 やはり核武装はしていないと思われます」

「そうなるとプラズマバリアを貫通する手段は敵にはない、と見て良さそうだな」

「最悪の事態を想定してもそうなります」

「……」

最悪の事態。

国際再建機構から流出した技術を、更に財団の科学者達が高めていた場合である。

真田さんには絶対の信頼があるが。

何が起きても不思議では無いのがこの世の中である。

まさかとは思うが。常に最悪の事態を想定しておくのが軍人だ。楽観は敵だと、ストーム1も初心に返るときは常に自身に言い聞かせる。

「プラズマバリアを纏ったままライトニングが特攻してきた場合は」

「その場合は、出力が上回る此方が押し返せますし、何かしらの理由でプラズマバリアを展開出来ない場合は、ライサンダーZFの試作品を用います」

「ふむ……」

「もう一つ気になったのが敵の動きだ。 どうも人形のような動きでな……」

黒いデモニカを着た兵士達の動きをアーサーに解析させる。

アーサーはしばらく兵士達の動きを解析していたが。やがて、結論していた。

「通常の状態ではないと思われます」

「どのような状態が予想できる?」

「薬物の投与などで精神が混濁しているか、もしくは悪魔に操られているか。 いずれにしても、脳が正常に機能して、主体的に動いている人間の動きではありません」

「なんということだ」

ゴア隊長が首を横に振る。

ジャックもこのような動きをしているという事は、ケンシロウの言葉が更に重みを増す事になる。

あの船をマンセマットが動かしているとは流石に思わないが。

似たような、野心的で悪意に満ちた悪魔が掌握していても、何ら不思議では無いだろう。

そもそもこの方舟の二世代前の船である。

データがあるとはいえ、易々とシュバルツバースに侵入できたのがおかしいのである。

しばらく腕組みして考え込んだ後、ゴア隊長は結論していた。

「邪魔をされると厄介だ。 だが、それ以上に一体何が起きているか、分からないと言うことだ」

「命じて貰えればすぐにでも潰してきますが」

「いや、それはまずい。 戦力を増やして、近くに行くべき……」

「ライトニングが動き始めました」

いきなり、アーサーが会話に割り込んでくる。

ライトニングは上空で制止。じっと此方の様子を窺っている構えだという。

気付かれたのか。可能性はある。

人間が相手だったら、気付かれなかった。だが、中身が人間とは言い難いものになっていたら。痕跡に気付かれたかも知れない。

「武器を展開しつつ即座に撃墜する構えを崩すな」

「了解しました」

「これで接近は不可能になったか」

ストーム1はぼやく。

敵側には、ジャックがいる。それだけで、あの船を叩き潰すのには充分な理由があったはずなのに。

どうにも、それが揺らぎ始めていた。

 

2、巨大庭園

 

巨大な一つ目の象が歩いて来る。そのカラーリングは青と紫の縞々。まさに悪魔の象だ。

元々雄の象は繁殖期には凶暴化し、現地の住民からは悪魔と呼ばれる程に危険な猛獣になる。

可哀想な象などの絵本の話を見ると、象は知的で温厚な生物のような印象があるが。

実際には地上で、人間の次に凶暴で危険な生命体なのである。

更に突進してくる象は、アフリカ象よりも二回りは大きい上に。機動班クルーの射撃をまるで受けつけている様子が無かった。

サクナヒメが体勢を低くすると、斬りかかる。

がいんと、もの凄い音がして剣撃が弾かれた。周囲に衝撃波の跡が縦横無尽に走る。何だ、あの象は。

「どうやらあらゆる物理攻撃を跳ね返すようじゃな」

「なんつー象だ!」

ぼやきながら、悪魔達に魔法攻撃をさせようとするが。

攻撃を切り替える前に、象が凄まじい勢いで突貫してきた。

アフリカ象でさえ、軽々と軍用ジープをひっくり返す突撃である。それを超えるあの巨体。

戦車でも危ないかも知れない。

アリスが火焔の魔法を、立て続けにアナーヒターが氷の魔法を叩き込むが、何しろ巨体である。

他の雑魚悪魔の魔法もまとめて浴びながらも突貫。

あわや、前線を蹂躙するかと思ったその瞬間。

サクナヒメが、素手でその体を受け止めた。

一瞬の拮抗の末に、サクナヒメが火花を散らしながら、象を押し返し、それどころか投げ飛ばした。

ひっくり返ったところに、最大火力のアリスの火焔魔法。以前オーカス戦で見せたトリスアギオンとやらだろう。それが直撃し。

流石にとどめとなって。象はマッカになって消えていった。

呼吸を整えているクルー達。すぐに朱雀を出して回復をさせるが、かなり厳しい状態だ。サクナヒメも、あんなのを良くぶん投げられたなと思う。前より明らかに強くなってきているが、まだまだ強くなる様子だ。

ゼレーニンは無事か。戦闘が始まったタイミングですぐに下がらせたのだが。後ろで悪魔に襲われていないか。

パワー達に守られて、ゼレーニンが姿を見せる。肩で息をついている。体力が無いのは仕方が無い。

それに、前衛をしていた機動班クルーも皆真っ青になっていたのだ。

こればかりは、やむを得ないだろう。

「とんでもない悪魔だわ……」

「なんだろ今の……」

「君も知らないのか」

アリスが頷く。だが、しばらく考え込んでから、いきなり分かった、と言った。

ちょっと驚いたが、当然お構いなしである。

「ギリメカラだ、あれ」

「ギリメカラ?」

「印度の隣国の伝承に登場する象の悪魔だよ。 確か魔王の乗り物だとかいう」

「結構な大物じゃ無いか。 どうして分からなかった」

アリスが言うには、姿が一定しない悪魔の一体だそうだ。アリスがよく見かける所では、二本足で立った象としてあったらしい。

だが、今回は象そのものの姿で出て来た。

それもあって、すぐには分からなかったそうだ。

「物理攻撃はあらゆる全部が無駄だって、前にライドウのおにいちゃんが言ってたよー」

「確かに、あれだけ鉛玉を叩き込んでも効いた様子が無かったな」

げんなりした様子でぼやくブレア。

その上、魔法で瞬殺できるかというとそうでもなく、散々魔法を叩き込んでやっと仕留める事ができた。魔法にも耐性があるということだ。象なのだし、タフなのは当たり前か。

軽く神話を調べて見ると、そもそも神の乗り物だった象を隣国で悪魔として認識したもので、それが逆輸入されて魔王の乗り物になったりしている複雑な悪魔であるらしい。本来の神話ではとんでもなく巨大な象であるそうで、タフなのも納得である。仏陀に即座に降伏したという情けない逸話もあるにはあるが、仏教の最高信仰対象が相手では仕方が無い部分もあるのだろう。

こんなのが、雑魚として出てくるのか。

ここの支配者は、覚悟はしていたが。やはり相当に危険な悪魔だとみるしかないだろう。

皆の無事を確認した後、先に進もうとするが。ゼレーニンが待ってと声を掛ける。周囲にすぐに展開。

調査班を別で動かせない今。調査班は機動班で守るしか無い。そして調査班がしっかり調査するから、戦いを有利に運べるのである。

調査班自体は戦えないが。その調査には千金の価値がある。だから、しっかり護衛しなければならない。

更に言えば、ゼレーニンは現場に出ることを嫌がらない。その結果、真田さんが開発に全力投球できるのだと思えば。安いものである。

ゼレーニンが何やら調査を始める。庭園の一角に、何だかよく分からない建造物が存在している。

似たようなものはいくらでもあるので、機動班は見向きもしなかったが。

ゼレーニンには何か不審に思うところがあったのだろう。

ほどなくして、あれこれ調べていたゼレーニンが、型を取り始める。何かの鍵らしい。

更に、電波中継器を周囲に撒き。

念入りに撮影までしていた。

周囲を守っているパワー達は、ゼレーニンを気遣っている様子が分かる。重い荷物を持つことを提案したりと、ゼレーニンの事に対して明らかに以前と態度が違ってきているので。

今まではパワー達の事を悪く言っているクルーもいたが、

最近は減ってきているようだった。

ただ、マンセマットの様子を見る限り、このパワー達が例外では無いのかと唯野仁成は思うし。

一神教においてパワーはもっとも悪魔の思想に染まりやすく堕天しやすいという説明があるため。

手放しに喜ぶ事も出来なかった。

ゼレーニンが、周囲に呼びかける。サクナヒメは、腕組みして、言ってみるが良いと。皆を代表して聞く体勢を整えてくれた。

前はサクナヒメに露骨な警戒を見せていたゼレーニンも、多少破顔する。この辺り、アスラとの戦いの時に、庇ってくれた事が大きいのだろう。パワー達も、サクナヒメに警戒している様子は無い。

「有難うプリンセス。 この装置は、何かしらの鍵になっているようだわ。 少し調べて見たけれど、何かのエネルギーが周囲に流れている。 この穴は鍵穴になっていると見て良さそうね」

「こんなからくり、周囲にもたくさんあるのに、よく分かったなゼレーニンよ」

「周囲の地形を見ると、此処に何かが集約しているの。 プリンセスの疑問ももっともだけれども、軽く調べて見て疑惑は確信に変わったわ。 此処を操作する事で、進展がありそうよ」

「そうなると、此処に何度も戻ってくる事になりそうじゃな」

サクナヒメがしゃんとせいと、周囲の機動班クルーにむしろ活を入れる。

明らかにギリメカラにびびっている様子の機動班クルーも多かった。

地上では無敵を誇る武器である銃器が通用しない敵が多い。それが非常な恐怖になっている事は分かるが。

だから悪魔を使っているのだ。

サクナヒメだって、全力で様々な武技を繰り出し、皆を守ってくれているが。

サクナヒメに頼りっきりではだめだ。皆でむしろサクナヒメを支援できるくらいにならないといけないだろう。

一度方舟に戻る。ゼレーニンはすぐに研究室に直行。休憩を貰った唯野仁成は、風呂を浴びて少し寝る。

強くなってきている。

だが、まだ悪魔召喚プログラムによると、イシュタルを作るには足りないらしい。イシュタルは作っておきたいところだ。

起きだした時に、丁度ヒメネスが戻ってくる。

周囲の探索を進めていたのだが。行き止まりにばかりあたるわ、強い悪魔がわんさかでてくるわでうんざりしていたという。

すぐに寝ると言う事で、見送る。

レクリエーションルームで愚痴を言い合う事も少しずつ減ってきていた。

ライトニングが姿を見せてから、その対応をしなければならなくなったから、というのもあるだろう。

ヒメネスは少しずつ周囲に笑顔を見せてくれるようになって来ただけに、心配である。

レクリエーションルームでは、悪魔合体で試行錯誤している者や。中には、こっそり悪魔を呼び出して話をしている者もいる。

強力な悪魔は、雑魚の攻撃をなんぼ浴びてもびくともしない。

それは、機動班の一線級クルーならみんな分かっている事だ。

だからだろうか。

此処で話をしているものは、唯野仁成が姿を見せると、話を聞かせてほしいと寄って来る事がある。

アドバイスを求めてくる者も多かった。

スペシャル達は忙しすぎるという事もあるのだろう。

唯野仁成は、話しかけやすい上に。強力な悪魔を従えてもいる。そこで、生き残るために話を聞きたい。そういうところか。

ヒメネスはあの性格だから、話を聞きづらい。

それで、余計に唯野仁成に話が集中するというわけだ。

「なる程、エース悪魔を作って、主軸にしていくのか……」

「ただ、エース悪魔が崩されたときの事を考えて、回復や防御をこなせる悪魔も作っておくべきだろう」

「有難う、参考になった」

クルーの一人が去って行く。最近一線級になった機動班クルーの一人だが、やはりまだまだ悩む事ばかりらしい。

唯野仁成のデモニカに通信が入る。

また出撃だ。

さっきまで自室で寝ていたらしいサクナヒメと、廊下で一緒になる。歩いて行く方向からして、出撃らしい。苦笑いしながら、サクナヒメは話しかけてくる。

「この厄介な迷宮、真田も苦労しているようじゃ。 そなたはどう思う」

「単純に攻略が厳しい迷宮ですね。 それに……アントリアのように複層構造になっていてもおかしくない気がします」

「そうじゃな。 今のところ強い悪魔の気配をまるで感じぬ。 アスラのように巧妙に姿を隠しているのか、この世界とは表裏一体になる何処かに身を潜めているのか……」

物資搬入口で、他のクルーと一緒になるが。

どうもさっきゼレーニンが見つけた装置の周囲で、本格的な調査を行うらしい。調査班のメンバー数人が、大がかりな装置を持ち出していた。

いわゆる無限軌道がついた荷車で、いわゆるケッテンクラートに似ている。色々と装置がついていて。また、鍵になりそうな何かもついていた。

短時間で色々と通用しそうなものを作って見たのだろう。

護衛の機動班クルーは多く無いが、問題の場所までのルートは確保されている。メイビーとウルフが他にいるが、メイビーは疲れが目立つ様子だ。

怪我人がアスラ戦などで増えたという事情もある。

医療班としても活動していた事もあって、疲れが溜まっているのだろう。少し心配になった。

サクナヒメも心配になったようで、小声で促してくる。

「メイビーが疲れきっているようじゃな。 魔法で回復しても無理が溜まるだけじゃろうから、そなたが目を掛けてやれ」

「分かりました。 姫様は周囲の注意をお願いします」

「ああ。 しかし此処の悪魔は厄介なのが多いのう」

嘆息するサクナヒメ。

ケッテンクラートを引きながらでる調査班を護衛して、機動班がでる。真田さんから、通信が直に入った。

「唯野仁成隊員」

「はい、真田技術長官」

「ゼレーニン隊員が見つけた例の装置だが、此方からも遠隔で調査はする。 ただ、見た感じかなりの数の悪魔が集まって来ている。 戦闘が相当な回数予想される。 後で交代の人員も回す。 持ち堪えてほしい」

「分かりました。 必ずや」

すぐに部隊を進める。デモニカによるナビは、この間の根本アップデートで非常にわかりやすくなっている。

サクナヒメは時々ぽんぽんと高く跳躍して、周囲を伺ってくれる。

鳥の悪魔も多いから、壁によって視界が遮られる此処では、サクナヒメのような機動力がある人がいると非常に助かる。

唯野仁成の朱雀は、攻撃も出来るがいざという時の回復役として温存したい。此処の悪魔は火力が大きいので、アリスを普段から出したくは無い。というわけで、よりタフなアナーヒターを出して、周囲を伺って貰う。

皆、何も喋らない。

常に無言でクリアリングを続ける。

遠くで、移動しながら浮いているライトニングがいる。嫌がらせのように移動を続けていて、方舟の首脳部も対策に頭を悩ませているようだ。攻撃してくるわけでも無いし、むしろ下手に出て来ているので此方から攻撃するわけにも行かない。しかしながら、相手が攻撃してきてからでは遅い。

恐らく今頃、重力子通信で色々居残り組と情報をやりとりしているのだろうが。

それにしても、妙な話だった。

「来るぞ! 皆、備えよ!」

サクナヒメが叫び、皆が悪魔を召喚する。唯野仁成も、アリスにすぐに出て貰った。

前から、ぞろぞろと、やたら派手な配色の、足がたくさんある蜥蜴が来る。大きさはそれほどでもないが、何だか嫌な予感がする。

「近付かせるな! どうも嫌な気がする!」

サクナヒメが大量の剣を出現させると、蜥蜴の群れに向けて射出。直撃を貰った蜥蜴は一瞬で消し飛ぶ。だが、数が多い。更に、迷宮の十字路に入ったところで、四方八方から攻め寄せて来た。

これは非常にまずい。接近を警戒しなければならない相手の飽和攻撃は洒落にならない。

「姫様、敵はどちらが薄いですか!?」

「……右じゃな」

「分かりました!」

アナーヒターに指示。アナーヒターは頷くと、大きな魔法の詠唱に入る。アリスはきゃっきゃっと喜びながら、次々敵に雷撃を叩き込んでいたが、無数の蜥蜴はそれを全く気にせず押し寄せてくる。

アサルトを乱射している機動班クルーが、徐々に下がって円陣が小さくなってくる。

性能が上がっているアサルトだ。集弾すれば謎の蜥蜴をミンチにすることも出来ているが、数が多い。

そして、サクナヒメが本気で薙ぎ払っている様子を見て、何か嫌な予感がしているのは皆同じなのだろう。

時々グレネードを投射して、足止めもしつつ。

それぞれの最強の悪魔に惜しみなく火力投射をさせて、どうにか食い止めるが。敵はどんどん、際限なく来る。

アナーヒターの詠唱が完了。

それこそ、庭園の一部が、氷像になる程の強烈な冷気の魔法が、ぶっ放された。

一番数が少ない十字路の右側にいた蜥蜴の群れが、一瞬にして氷漬けになる。勿論即死である。

更に其所に、アリスが全力で雷撃を叩き込んだ。

粉々になる蜥蜴たちの氷像。アリスは更に火力を上げている。まだ半分くらいしか力が出ていないと以前話していたが、嘘では無かったという事だ。

「皆、此方に! 包囲網に穴を開けた!」

「でかした! しんがりはわしが引き受ける! 皆其方の通路に逃げ込め!」

此処は気温からして異常な世界だ。だが、アナーヒターの氷は魔法の氷のようで、すぐには溶けない。

調査班のケッテンクラートっぽい荷車を守りながら、機動班が先に行く。ウルフが、声を上げた。

「先にも悪魔がいる! 数は少ないが……」

「しんがりは対応する! 唯野仁成、任せるぞ!」

「イエッサ!」

昔は女性の上官にはイエスマムと言ったらしいが、最近はイエッサで統一されているのが普通。

これは国際再建機構も同じである。

唯野仁成は突入すると、ウルフが青ざめて必死にアサルトを浴びせているが、平然と歩いて来ている鎧姿の巨人を見る。口ひげを蓄えた、威厳のある姿だ。会話を試みるが、鼻で笑われた。巨大な剣を振りかぶると、そのまま降り下ろしてくる。ウルフの使っている悪魔、何かの魔獣を一発で両断すると。他の機動班クルーの切り札らしい悪魔も一撃で粉砕してくる。

なるほど、あの蜥蜴の大軍で仕留めに来た上で。更にもしも突破されたら、此奴が控えていたというわけだ。

敵は戦術を知っている。アスラのように戦術をこねくり回して遊んでいる様子は無く、堅実に戦術を使って追い詰めてくる。

より厄介なタイプだなと、唯野仁成は無言で分析。

アリスとアナーヒターが前に出ると、巨人はほうと呟いていた。

「面白いのが出て来たな。 雑魚を斬っても面白うない。 来い」

「……ティターン神族かしら?」

「その割りには弱そうだけど……」

好き勝手な事を言うアリスに、無言で剣を降り下ろす巨人。踏み込むと同時に、剣でその一撃を受け止める唯野仁成。

おっと、巨人が嬉しそうに声を上げた。

跳び離れたアリスとアナーヒターが、それぞれ魔術を叩き込むが、分厚い鎧には魔法も掛かっている様子で、軽々とはねのけられる。

剣を弾くと、アサルトを浴びせる。これも効果が薄い。ライサンダーを引き抜くと、ぶっ放す。これも駄目か。凄く嬉しそうに笑顔を浮かべながら、巨人が切り込んでくるが。その顔面に、ウルフが召喚したらしい魔獣が組み付いた。五月蠅そうに顔から引っぺがして放り投げる巨人だが。今度はメイビーが召喚したローレライが。シルキーと息を合わせて、同時に大威力の氷魔法を叩き込む。

文字通りの氷柱に張り倒された巨人が、思わず揺らぐ。

其所に、アリスが雷撃を立て続けに叩き込む。

巨人は棒立ちになる。そして、崩れるように膝を突いていた。

呼吸を整えている巨人に、もう一度呼びかける。巨人は顔を上げると、にやりと笑った。

「なかなかの強者どもよな。 良いだろう。 人間と侮らず話を聞いてやる」

「貴方は」

「私はティターン。 本来はティターン神族とはそれほど多くはなく、皆に名前があるのだが。 後世にて雑多な邪神の一族として認識され、矮小化されたのがこの私地霊ティターンだ」

「ああ、どうりで弱かったんだ」

空気を読まないアリスの発言に咳払い。流石にアリスも黙る。

ともかく、膝を突いてくれたのは助かる。交渉も多少譲歩して、多めにマッカを渡すことで仲魔になって貰った。

後方は。

ケッテンクラートの近くまで、蜥蜴の群れが迫っている。ティターンがいなくなったことで、右側通路には安全圏が出来た。

ウルフとメイビーに、其方を任せる。同時に朱雀を出して、負傷した悪魔の回復を任せる。

サクナヒメが、押し寄せ続ける蜥蜴の群れを薙ぎ払い続けていたが。

戻って来た唯野仁成に声を掛けて来る。こっちを見る余裕は無いようだったが。

「ようやった。 とにかくその蜥蜴共を近づけるな」

「分かりました。 何か危険があるのですか?」

「あの突進ぶりからして、恐らくそれぞれが一撃必殺の技を持っていると見て良いだろうな」

ああ、なるほど。その間合いに入れるように、数で押してきている訳か。

ケッテンクラートを守りながら、アリスとアナーヒターに、交互に魔法をぶっ放させて、面制圧をさせる。

激しい戦いは一時間ほども続いたが。やがて敵も戦力が尽きたのか、静かになった。

呼吸を整えながら、損害を確認。

ウルフが、手を上げた。

「俺の悪魔が何体かいない。 ロストはしていないが……」

「乱戦に巻き込まれたのでは無いか?」

「ああ、そのようだが……」

余裕があるのは唯野仁成だけか。周囲を確認し、見つける。

石になっていた。

ウルフは魔獣を専門に使うようになっているのだが。使っている魔獣は、数で押す運用をしている。

さっきもサクナヒメを助けるように、数を放って敵との乱戦を敢えて選ばせていたのだが。

それが徒となったか。

人間がこうなっていたら、助かる事はなかっただろう。

数で攻めてくる訳である。

サクナヒメが、見せてくる。羽衣の一部が、色あせているようだった。

「これは恐らくだが、羽衣を使っているときにこの石化の攻撃の間合いに入ったのだろうな」

「姫様の羽衣でもこうなりますか」

「時間を掛ければ直る。 これは母上の形見の羽衣にて、我が神具だ。 逆に言うと、そんなものを石化するとは、この蜥蜴どもめやりおるわ……」

今の悪魔のデータを見る。

邪龍バシリスクとある。

主に西欧に登場する伝説上の邪悪な蛇で、相手を石にしたり、強烈な毒を持っていると伝わる存在だ。

あの派手な体の模様は、いわゆる警戒色。雀蜂などが、自分は危険だぞと周囲にアピールしているものだったのか。

ならば納得も行く。

小柄な割りに、危険な悪魔である。だてに「龍」では無い、と言う事だ。

消耗を考えて、少し休憩を取る。サクナヒメが周囲を見張ってくれると言う事なので、有り難く小休止を採る。

幸いティターンが待ち伏せしていた辺りは袋小路になっており。逃げ場もないが、同時に奇襲も空以外からは受けない。しかもその空も木々が茂っていて。魔法で多少のトラップを展開する事で、壁にする事が出来た。

有り難く休ませて貰う。

戦闘の様子を聞いたのか、増援が来た。ライドウ氏が、数名の機動班を連れてきてくれたので。悪魔の消耗が激しいクルーが交代する。そのままライドウ氏は、消耗したクルーを連れて方舟に戻る。

サクナヒメが露骨に不機嫌そうにしていた。

「二隻目の方舟が来てから、やたらと動きづらいのう。 アレックスとやらもいつ仕掛けてくるか分からぬし……」

「俺やヒメネスの実力は残念ながらまだアレックスを単独で食い止められるほどではありません。 もう一つくらいチームを増やせれば良いのですが、まだ先になりそうですね」

「そうじゃな。 皆で生きて帰るという目的がある以上、危険を増やすわけにはいかん」

人員を入れ替えた事で、休憩は終わりだ。朱雀の消耗が少し気になるが、PCに戻って貰って回復に専念して貰う。マッカをつぎ込む。幸い。さっき大量にバシリスクを倒した事で、嫌と言うほど周囲にマッカが散らばっている。

また、前衛としてティターンを出す。

後世にて貶められたイメージのティターン神族ということだが。重厚な武人であろうとしているのは、恐らくその悪しきイメージに対する意趣返しなのだろう。見るからに頼りになる姿は、周囲のクルーの士気を挙げる。

サクナヒメが肩に乗ると、ティターンは前衛で歩きながら話しかける。

「異国の偉大なる武神よ。 私の肩で良いなら、自由に足場として使ってくれ」

「うむ。 そなたも本来の姿を取り戻せると良いな」

「そうありたいものだ」

しばし、歩く。

ようやくゼレーニンが見つけた装置に到着。周囲はまだ未探索の場所も多い。つまりどこから悪魔が来るか分からない、と言う事だ。

調査班が揃って、真田さんとデモニカで連携しながら調査を始める。物理的に鍵として開くかどうか、という所から。魔術的な方法での調査まで、色々やっているようだ。

この間遭遇したトートを作る事に成功したクルーがいたらしく。調査班が呼び出してアドバイスを側で受けている。

流石は知恵の神だけあって、魔術の知識も豊富なようで。

質問にはすらすらと答えていた。

作業の様子を横目に、周囲の警戒に当たる。アリスは偵察に出て貰った。退屈そうにしていたからである。

子供は元気なことが一番だが。

アリスはちょっと元気すぎる。

昔の唯野仁成の妹も随分とやんちゃだったが、アリスはそれ以上だ。まあ年の離れた妹がいる唯野仁成にとっては、アリスはむしろ扱いやすい相手ではあったが。

しばしして、調査班が何か結論を出したらしい。

ケッテンクラートに積んで来た装置を複数人で、慎重に降ろす。そして、何かを作り始めていた。

ゴウンゴウンと装置は何やら派手に唸っている。存在感は抜群である。

相当な電力を食っている様子だ。トートが魔力を供給している。真田さんが作ったものだろうか。

ライドウ氏が来る。ゼレーニンを連れていた。

「ライドウよ、如何した」

「真田技術長官によると、現地での精緻な作業が必要らしいのです。 追加の機動班を連れてきたから、何としても死守してほしいと言われまして」

「それは分かったが、あの五月蠅い蠅は放置か」

「残念ですが……。 相手に敵意が無い以上、此方から攻撃するわけにもいかないという判断のようですね」

ため息をつくサクナヒメ。口ひげを蓄えたライドウ氏は、上空を見やる。

唯野仁成も同じ方を見るが、残念ながら見えているものが違うのだろう。少なくともライトニングは見えなかった。

「ストーム1があれほどの怒りを見せるほどの極悪人が乗っておるのであろう。 叩きのめして黙らせてしまえば良いではないか」

「……実は配下の悪魔を側に派遣しております」

「ほう」

「天使の気配がありますな。 財団という組織は俺のいた世界にはありませんでしたが、秩序陣営の悪魔の息が掛かっていることは確定で、どうにも嫌な予感がします。 話したときの、ジャックという男に覚えた違和感の事もありますし、あれを蠅と侮るのは危険かと」

サクナヒメは、心しておこうと応じる。

いずれにしても、ライドウ氏が連れて来た中にはヒメネスもいる。周囲の地形を調査していた機動班もまとめて連れて来たと言う事で。此処を真田さんが徹底的に調査するつもりになったのは確定だ。

交代して、木陰で休むようにサクナヒメが指示を出してくる。ウルフとメイビーは休憩に入った。唯野仁成はもう少しいける。二人の穴埋めとして、ヒメネスが来る。

ようと、片手を上げて挨拶してくる。

此処が相当に危険だからか。バロールとモラクスを、既にヒメネスは展開していた。

前は露骨に悪魔に嫌悪感を示していたゼレーニンだが。悪魔の権化のような存在である魔王を見ても、もう何も言わず、調査作業に集中していた。

「またごついのを仲魔にしたみたいだな」

「ああ、早めに剣を引いてくれて助かった」

「どれ、なるほど地霊ティターンか。 タフそうで良い悪魔だな。 これでも後世で貶められて弱体化したイメージなのか」

「少しさっき調べて見たが、ゼウスの父であるクロノスを筆頭に本来は十数柱程度しかティターンと呼ばれる神格は存在していないらしい。 もしも本来の力を取り戻す事が出来れば、素晴らしい戦力として活躍してくれそうだが」

周囲を肩を並べて警戒する。

他のクルーに比べて若干リラックスしている様子から、羨望のまなざしが飛んできているが。

さっきの戦いでギリギリだったように、実の所それほど余裕は無い。

アリスが戻って来た。

周囲に悪魔の姿はないらしい。礼を言って、PCに戻って貰う。今、警戒に当たって貰うのはティターンとアナーヒターだけでいいだろう。他の悪魔は、可能な限り力を温存して貰う。

さっきのバシリスクの群れだって、相当に危ない相手だったのだ。

「其方の調査はどうだ」

「訳が分からんくらい広い迷宮だよ。 嫌がらせで作ったとしか思えないな」

「案外その通りなのかも知れないぞ」

「此処でも遅滞戦術使いが相手って事か。 此処はどうも今までと勝手が違う場所だと思ったんだが、大母とやらも同じように人間の悪い所に影響を受けているのかねえ」

それは分からない。

いずれにしても、調査班の四苦八苦はまだ続いている様子だ。ゼレーニンも何度か真田さんと話しながら、装置を操作しつつ、調整を行っているらしい。

ライドウ氏が、何人か連れて周囲のマッピングに出向く。数名のクルーがそれに続き。人員の穴を休憩していたクルーが埋める。

まだまだこの周囲は調査が不十分で、思わぬ所から奇襲を受ける可能性がある。電波中継器だけでも撒いた方が良いと言う判断をしたらしい。

サクナヒメは壁になっている植物の上に腰掛けると、腕組みして周囲を見張る体勢に入っている。

クルー達の事は大丈夫と判断してくれたのだろう。

後は、唯野仁成達が油断をしなければいい。

一時間ほど経過。

休憩の打診があったので、ヒメネスより先に少し休ませて貰う。物陰に腰掛けて、ぼんやりと調査班の作業を見やる。

調査班はぼそぼそと小声でやりとりをしながら作業をしているが、上手く行くのだろうか。

汗を拭うような動作をしているが。デモニカを着ている以上汗はぬぐえないし。デモニカを脱ぐと死ぬ。

あくまで習慣的な行動だろう。

調査班のメンバーは、皆本来だったらそこそこ良い大学で教鞭を振るえる者ばかりである。どうしてもフィールドワークには限界がある。

ゼレーニンだって、こんな事にならなければ、国際再建機構の出資した大学で研究をしたり、学生に専攻らしい物理学を教えていただろう。

行き詰まったのか。調査班が交代で休憩を始める。

そんな中、黙々とゼレーニンだけは動いていた。ゼレーニンのパワーがたしなめていた。

「ゼレーニン様、そろそろ休憩をなされませ」

「ありがとう、でも大丈夫よ。 命を賭けて道を開いてくれている機動班クルーの頑張りに、少しでも答えないと」

「朱雀」

唯野仁成が朱雀を呼び出し、調査班メンバーとパワーに回復の魔術を使う。

少し大げさかと思ったが、調査班の作業が早くなればなる程、この空間を攻略するのも早くなるだろう

シュバルツバースが確実に拡がっている状況だ。

戦うだけでは事態を好転させることは不可能なのだから、互いに出来る事を分担していくしか無い。

ゼレーニンが此方を見て、有難うと言ってくれた。

前は悪魔に回復されるのを嫌がっていたのに、何とか克服してくれたらしい。パワーも目礼してくる。パワーだって、昔だったら異教の悪魔などと絶対に反発していたのは疑いなかった。

朱雀を戻す。消耗が激しいのは唯野仁成も同じである。

やがて、調査班のクルーが、皆を呼ぶ。

サクナヒメも、上から降りて来た。周囲に機動班クルーが展開。ゼレーニンが、周囲を警戒したままでいいので聞いてほしい、と言った。

「どうにかこの装置の復旧に成功しました」

「これは一体何なんだ?」

「もっともな質問です。 これは簡単に説明すると、エレベーターのようなものだと思ってください」

「エレベーター」

上には何も無い。と言う事は、下に潜るのだろうか。咳払いすると、ゼレーニンはもう少し詳しく説明をしてくれる。

どうやらこの装置は、周囲の石畳の上にいる生き物を、特定の場所に転送するという装置らしい。

動かすためには幾つかの条件が必要だったらしいのだが、順番にクリアして。ハッキングのような事までして、装置のコントロールを奪取したとか。

ただ、このままではまだ動かせない、という事である。

「恐らく、これはバニシングポイントに直結しています。 それだけに、守りはかなり堅いと言う事です」

「具体的にどうやったら動くようになるんだ」

「この迷宮そのものが、このエレベーターを動かす回路になっているようなの」

ヒメネスにも嫌がらず反発する様子も無くゼレーニンは答えている。ヒメネスも、言い方が若干高圧的だったと思ったのか。少し口調が柔らかくなっている。

良い傾向だと思う。

ヒメネスが変わってきているのは、恐らくバガブーの影響だろうが。何の影響であろうが、良い方向に代わるのは良い事に決まっている。

「要するにこのクッソ広い庭園を隅から隅まで調べないといけねえって訳だな」

「ええ。 その代わり、成果はあったわ。 今、全員のデモニカにデータを転送します」

不平を言うヒメネスだが、PCを操作してゼレーニンがデータを送ってくれる。

巨大極まりない迷宮の四ヶ所に、灯りが点った。そのうち一箇所は、既に調査した地点である。

「既にノウハウは掴みました。 これら全ての地点への到達さえ出来れば、それぞれの地点で操作を行い、最終的にこのエレベーターを起動できます」

「ふむ、そうなるとこれからは機動班でこの迷宮をしらみつぶしにしていく、というわけか」

「これからはドローンも導入して、調査を更に加速させます。 先に行ける可能性がある場所をどんどん此方から指定しますので、向かってください」

「ようやってくれた」

サクナヒメが褒めると、ゼレーニンは少し寂しそうに笑った。

恐らく真田さんの力が八割くらい、残り二割をゼレーニン達がどうにか補ったという感じなのだろうか。

いずれにしても、これでやっとこの巨大な迷宮に関しても、何とか目処がついたことになる。

「それでは、既に確保している一箇所とやらを早速処理してしまうとしようかのう」

サクナヒメが手を叩いて、機動班を集める。ゼレーニンは頷くと、ケッテンクラートに機材を積み込み始めた。

ライドウ氏が、疲弊した機動班クルーや調査班の何名かを連れて戻る。

此処からは迷宮を徹底的に調べなければならない。

更に言えば、悪魔の大軍との戦闘も、彼方此方で起きる可能性が高い。連携しての行動は、必要不可欠だった。

 

3、鍵

 

真田が艦橋に出向くと、ゴア隊長とサクナヒメが話をしていた。サクナヒメは先の戦いで、そろそろ唯野仁成がアレックスと戦えるくらいの実力を得たのでは無いか、という話をしている。

その一方で、わずかにヒメネスが唯野仁成に及ばないという話も。

「一線級で戦えるクルーも増えてきておるが、二人同時に機動班を任せる方が良かろう」

「確かに当人達の気持ちを考えるとそうでしょうね。 ただヒメネスは、少し独断専行のきらいが……」

「それはまだ外にいた頃の事であろう。 ヒメネスはわしやストーム1の指示を受けずに勝手に動いたことは一度もないぞ」

「前線でヒメネスを見ている姫様がそう仰るのであれば、考えましょう」

ヒメネスか。

優れた戦士だ。そして、前は優れた戦士と言うだけの男だった。最近は弱者に関する見方を変えてきている様子で、強いと認めた相手以外とも会話するようになって来ている。人間として成長していると言う事だ。

人間として成長できる者は、意外と言う程に少ない。

これは真田が経験してきたことから言えるのだが。実際の所、殆どの人間の人格は、幼児の頃から変わらない。

学校で虐めをするような人間は、会社員になっても虐めをする。老人ホームでも虐めをする。

いわゆる三つ子の魂百まで、という奴だ。

ヒメネスは地獄のような境遇から脱するために独学で必死に知識をつけ、読み書きを自分で修得し、様々な雑学などについても造詣が深い。真田に対しても信頼してくれているようで、最近はジョークを言うようになって来てもいるようだ。

ただ危うい。

サクナヒメが唯野仁成と「一緒に」小隊長に昇格させろと言っていたのは、それが理由だろう。

実際問題、アレックスという脅威がある以上。アレックスに対応出来ない者に、部隊を率いさせる訳にはいかない。

唯野仁成にしても、まだどうにかアレックスに対応出来る、という段階に過ぎず。

手が兎に角足りない今でも。ちょっとばかり、部隊を率いさせるのは早いというのが真田の結論だった。

いずれにしても、研究室を出て来たのには理由がある。

正太郎長官もいる。丁度良いので、皆に声を掛ける。

「よろしいですかな」

「真田技術長官、どうしました」

「迷宮の構造を解析していたのですが、面白いものを見つけましてな」

そもそも、ゼレーニンが偶然見つけてくれたあのエレベーターだが。それと、鍵になると思われる四ヶ所をどうやって特定出来たのか。

それは簡単で、迷宮の構造がパターン化しているからだ。

一部迷宮が敢えて崩されている場所もあるのだが、調べて見ると特に石畳には特徴的なパターンが存在していて。

それが特定の数式に当てはまるのである。

石畳は太さなどが変わらず。何処にでも必ず存在していて。恐らくだが、この空間を支配している「大母」が相当な几帳面な性格である事を窺わせる。もしくは、無機的な存在なのかも知れない。人格を持たない古代神は珍しく無いのだ。

それが突破口になるかも知れない。

「なるほど。 植物の枝の生え方のパターンのようなものですか」

「そうなりますな。 恐らくですが、エレベーターの先は更に極端にパターン化された空間になっているでしょう」

「それはもはや几帳面と言うよりも、偏執的じゃのう」

「ええ。 だからむしろ配下の悪魔達が、敢えて迷いやすいように迷宮の一部を崩しているのではないかと思います。 守りやすいように、です」

サクナヒメが嘆息する。

今、ケンシロウとライドウ氏が機動班と共に、残り三つの未到達地点へのマップを作るべく奮闘してくれている。

ストーム1は相変わらずライトニングの監視を続けているが。

天使の気配がある、と言う言葉が気になるのだ。

マンセマットが噛んでいるかも知れない。

もしもマンセマットが噛んでいる場合、ライトニングのシュバルツバース突入のタイミングが、あまりにも出来すぎている。

しかも財団は秩序陣営の悪魔の支援を受けているともいう。

そうなると、もはや露骨過ぎるほどだ。

通信が入る。ケンシロウ班からだ。ケンシロウ本人からでは無い。随行しているヒメネスからである。

「此方ヒメネス! 悪魔の大軍と遭遇! 支援砲撃求む!」

「よし、通信班。 正太郎長官のデスクに地図と味方の居場所のマップを寄越してくれ」

「分かりました、直ちに」

正太郎長官が動く。真田も自席に着くと、作業をサポート。

どうやら、前も襲撃を掛けて来たバシリスクらしい。ケンシロウが凄まじい勢いで敵をなぎ倒しまくっているが、サクナヒメでも初見では羽衣にダメージを受けた相手だ。その上、十字路に誘いこんでから四方八方より攻撃してくると言う狡猾さを持っている。

今、ヒメネスの手持ちの魔王二体が、二方向からの敵の攻撃を食い止め。残り二方向はケンシロウが人外の動きで片っ端から叩き伏せているようだが。石化攻撃を食らったら、ケンシロウでも危ないだろう。

ヒメネスの判断は正しいと言える。

「よし、捕らえた。 機動班クルー、その位置を動くな。 VLS、全弾展開準備!」

「VLS、砲口開きます」

「此方アーサー。 プラズマバリア解除」

「ライトニングに動き無し。 攻撃、いけます」

全てのデータを、更に真田が補正する。攻撃のためのロックオンシステムを、老人とは思えない手際で動かした正太郎長官が頷く。

ゴア隊長が叫んだ。

「支援砲撃、開始! うちーかた、はじーめ!」

「VLS投射!」

垂直に撃ち出された多数のミサイルが、高高度まで上がると。其所から荒鷲のように悪魔の群れに襲いかかる。しかもこれはクラスター弾頭で、途中で分裂かつロックオンして相手に降り注ぐのである。

本来なら速射砲ですませたいところだが。今回はそうもいかない。

ミサイルはコストが掛かるが、幸い現在はプラントが方舟のすぐ側にて展開している。故に、全弾ぶっ放してしまって問題ない。

正太郎長官の制御は完璧で、指定通りの地点にクラスター弾は全弾完全に着弾。その上真田の作ったクラスター弾だ。不発も無い。

凄まじい爆発が連鎖して、襲いかかってきていたバシリスクの群れの97%が一瞬にして消滅していた。

おおと声が上がるが。

残念ながら、何発も撃てる攻撃では無い。ミサイルはとても高価な武器なのだ。

「味方被害状況は」

「此方ケンシロウ。 ……怪我人はいるが、死人はいない」

「此方でも確認した。 悪魔の損害は」

「半分ほどやられたようだ。 マッカがたくさんいる。 今回は戻る」

淡々というと、ケンシロウは通信を切る。ヒメネスがやれやれとぼやいている様子が窺える。

相変わらず隊長に向いていない奴だなと思う。

ケンシロウは単独で動いて、最大の戦闘力を発揮できる人間だ。だが、奇しくもそれはヒメネスも同じである。

真田はヒメネスに通信を入れる。

ヒメネスは残敵の掃討の最中のようだったが、通信には応じた。

「何でしょうかね」

「周囲の石畳を調べてほしい」

「はあ。 ええと、どういう風に調べればいいですかい」

「単に見るだけで良い。 後は此方で解析する」

今の垂直発射ミサイル(VLS)からぶちまけたクラスター弾による爆撃だが、そもそもクラスター弾それぞれの火力がトマホーク巡航ミサイルほどもある。ビル一個を消し飛ばすのに充分な破壊力があり、故に何度も使える攻撃では無いのだ。それに大物悪魔には、これでも通用するかは分からない。

いずれにしても、普通だったら、石畳が消し飛ぶ所だが。

ヒメネスが周囲を確認する限り、石畳は特に酷く傷ついている様子は無い。やはり、間違いない。

あの石畳は、恐らくだが。この空間を支配している大母とやらの一部だ。

そうなってくると、先に幾つか手を打っておくべきかも知れない。

機動班に同行している調査班からもデータを得て、解析を先に進めておく。

どうせ大母が起きようが起きまいが、この空間にいる大量の悪魔は邪魔をしにかかってくるだろうし。

これからも、散々迷路という戦いづらい状況下で、散々戦闘をしなければならない筈だ。

それならば、先に手を打って、少しでも味方を楽にしなければならない。

正太郎長官に断って、研究室に戻る。

研究室の人員は、半分がラボに。もう半分が休憩に出向いていて、カラだ。真田はしかしながら、黙々と一人で研究を進めるのが嫌いでは無い。

世の中には群れていないと寂しくていやという人間もいるようだが。

真田はそういうのは関係無く。

集中力を上げられるので、一人の方が好ましい。

ただ一人で作業をしていると、際限なく無理をしてしまう事もあるので。基本的にずっと一人ではいないようにもしている。

撒いておいた大量の電波中継器もある。

現時点で、迷宮の解析率は三割という所だろう。

戦闘のログを確認していく。

サクナヒメやケンシロウが、大火力の攻撃を容赦なく叩き込んでいるし。最近は唯野仁成の悪魔もかなり使う魔法の火力が大きくなっている。ヒメネスの使役している魔王達も、相当な攻撃能力を持っている。

にもかかわらず、やはり石畳は傷一つついていない。

サンプルがほしいと思うところだが、あの様子だとレーザーを使ったところで斬るのは無理だろう。

それに、石畳がもしもこの空間の主の体の一部だとしたら。

切り出そうとすれば、どんな風に暴れ出してもおかしくは無い。

アスラがあの巨大なゴミ山そのものから自分を形成したように。

あの巨大迷路が、そのままこの空間の主。何者だかは分からないが……になってもおかしくはないのだから。

データを解析している内に、また連絡が入る。

真田は忙しい。

中々研究に没頭させては貰えない立場だ。連絡は、外のプラントにいるインフラ班から入っていた。

「真田技術長官。 面白いものを発見しました」

「データを回してくれ」

「はい」

すぐにデータを回して貰う。ミサイルを作るべく、プラントを稼働させているときに見つけたという。

この空間の、土壌の成分表だが。

外では一財産が出来るレアな物質のオンパレードに混じって、確かに不釣り合いな物質が混じっている。

これは、ひょっとするとだが。

この空間を攻略するための、鍵となるかも知れない。

サクナヒメ班が出ると言うことで、同行する調査班に連絡を入れておく。迷宮内で、土を入手できるかどうか試してほしい、と。

勿論土を入手するくらいは簡単なはず。他にも葉や植物の一部なども回収してきて貰う。

当然調査班には、ある程度回収はして貰っていたのだが。

サンプルが足りない。

もっとデータがあれば、より正確な結果を出す事が出来る。科学者として、真田はベストを尽くしたいのである。

休憩を終えて、ゼレーニンともう一人のクルーが戻ってきた。

データを回して、意見を聞く。

真田自身は、黙々と作業を続行。ゼレーニンは、しばらく考え込んだ後、慎重に発言した。

「自分の意見ですが、もしもこれが本当だったとすると、大母という存在はとんでもなく強大なのかも知れません」

「自分も同意です。 これを作り出すと言う事は……」

「いや、其所まででかまわない。 私も同じ意見だ。 ただ、もしもこれが本当なら、つけいる隙はある」

そのまま、データの解析を続ける。

真田がデータを解析して、新しい武器や道具をどんどん実用化していくことで。機動班をはじめとした前線に立つクルーがどんどん楽になって行くのである。

だったら、真田は多少無理をしてでも。

研究を続けていかなければならないのだ。

 

方舟を遠巻きに見ていたマンセマットは、目を細めていた。どうやら気付いたらしいからだ。

マンセマットは、既に高度な魔術によって、この空間の解析を終えている。そしてその気になれば、この次の大母の空間に行く事も出来る。

それをしないのは、ゼレーニンを後一押しする好機を探しているから。

ゼレーニンは少し前に見かけたが。やはり、同じ人間がこんな状況で協力しようともせず。むしろ自分の利益のためだけに乗り込んで来たことに対して、心を痛めているようだった。

それでいい。元々あのジャックだとか言う愚かしい生け贄は、ゼレーニンを目覚めさせるためだけに呼び寄せたのである。財団にいる秩序陣営の悪魔は、シュバルツバース出現と同時に、財団の上層部を皆殺しにして操り人形に変えた。それと同時に、いつでも強権を発動できるように体勢を造り替えた。

その過程で、マンセマットは部下に書状をもたせて財団へやり。人員を回して貰ったのだ。

現在四大や七大といった、神お気に入りの天界の幹部天使達は。シュバルツバースの鎮圧が失敗した場合に備えて兵力の整備を行うという名目で動いており。早い話がいざという時に備えて逃げる準備をしている。

そこでマンセマットは、先に書状を送り。

同じように汚れ仕事をしていて、天界での鼻つまみ者となっている掃除屋の大天使を呼んだのである。

カマエルはその一人。

モーセの逃避行において、モーセに場合によってはブチ殺されたりする存在であり。天界の掃除屋の一人だ。

本来は四大の一角、ウリエルも地獄の管理者という点でダークサイドの天使に近いのだが。

どういうわけか後世では天界の最高幹部と認識され。

勝手に掃除屋の座から外れた。

こういう信仰の不可解な変遷による不平等があるから。マンセマットは人間という生物が大嫌いだった。

勿論、人間がいなければ、精神生命体は存在できないことも分かっている。

シュバルツバースがもしも人間を駆逐してしまった場合、次に現れる知的生命体を混沌陣営よりも早く取り込まなければならないことも理解している。

それを加味してもなお。

理不尽を作り出しているのは人間で。それが故に度し難いと、ずっとマンセマットは思っていた。

理不尽に泣かされているのは、人間社会の弱者だけでは無い。

マンセマットのような、信仰の過程で存在を歪まされた天使も、なのである。

そもそも唯一絶対の神が存在するのに、どうしてこの世は理不尽に満ちているのか、という当然の発想が高じて出現してきたのが「敵対者」と呼ばれる「悪さをする天使」である。

一神教における悪魔と言うのは本来天使の中でも地獄で仕事をする連中の事をさすのであって。別に悪の権化でもなんでもない。

それなのに、信仰が暴走した結果、今ではルシファーなどと言うある意味逆のカリスマを持つ悪魔まで誕生させてしまっている。

つくづく人間は度し難い。

マンセマットは、そう思いながら、迷路を虫のように這いつくばって進む人間共を、高所から見下ろしていた。

側に飛んできたのは、青黒い鎧を着た大天使である。鎧の真ん中には、目をイメージした模様が描かれている。

大天使サリエル。月と魔術の支配者であり、邪視と呼ばれる視線を用いた魔術を特に得意とする。本来は大天使であったにも関わらず、勝手に人間が悪魔であると定義した存在。

カマエルと一緒に援軍として着てくれた大天使だ。

「サリエル、其方の様子はどうですか?」

「仕込みは上々です。 人間が言う「非人道的実験」を行っているように見せつける準備は整いました」

「どれどれ、これはこれは」

内容を魔術で遠隔視して、マンセマットはその悪辣さに苦笑いしていた。

サリエルは魔術を扱う天使という事もあって、かなり古くから勝手に悪魔扱いされている。

故に人間への不審も大きいのだろう。

近年では、すっかり人間を苦しめるのが趣味になってしまったようである。なお、財団の首脳部は。殺す前から、サリエルが魔術を掛けて操り人形にしていた。そうしておいた方が、管理しやすいからである。

「これを見たゼレーニンは確実に人間不信に転ぶでしょう。 流石ですよサリエル。 貴方は人間を知り尽くしていますね」

「私は月の天使です。 月と狂気は表裏一体。 そして人間の歴史は狂気と無縁ではいられないものです。 それだというのに、影の存在を認めようとせず、私を堕天使に勝手に貶めたりするからこうなるのですよ」

「ふふ、そうですね」

相当サリエルは人間に対してお冠らしい。それでいい。今回何名か呼んだ大天使は、いずれもが人間に対してハラワタを煮えくりかえらせている同志達。

全ての事が成り次第、四大や七大を追い落とし。

新たに四文字からなる神の側近として君臨する盟友だ。

「それでは、準備を進めてください。 それにしてもあの鉄船、出力が少し足りないようですが……」

「それに関しては問題ありませんよ。 なぜなら……」

理由を聞いて、マンセマットは思わず大笑いしていた。

それくらいの意趣返しは良いだろう。

散々人間の勝手な都合で、悪魔だの堕天使だのにされてきたマンセマット達である。これくらいの報復をさせて貰う権利はある。

一度、その場を離れる。

一箇所に留まっていると、人間側。あの方舟の人間達に察知される可能性もある。何よりあのサクナヒメという異国の武神。相当に力を上げてきている。取り戻してきていると言うべきか。

あれに探知されると厄介だ。

慎重に行動しなければならない。

他の方舟に乗っているクルーもスペシャル揃い。どいつもこいつも油断出来る相手ではない。

人間を見下すことと。相手を侮る事は全く別の問題だ。

今までの空間でも、魔王を相手に見事に立ち回ってきた彼らを、マンセマットは侮っていない。

惜しむらくは、神の敬虔な僕では無いと言う事だが。

それについては、全ての人材を生かせないことと同じ。使えない部分は、捨てるしかないのである。

サリエルと一緒に結界を張りながら、鉄船に戻る。方舟よりもだいぶ小さいが、内部の機能は充実している。

正確には、天使にとって都合が良いように最初から全てを改造し尽くしてある。

人形に成り下がったり、或いは怪物に代わってしまっている贄共がぎこちなく礼をする中。マンセマットは奥の部屋に。最高級の椅子が完備されている部屋だ。

機械はマンセマットも使える。装置を操作して、データを確認。

この様子だと、恐らくこの空間の主であるウロボロスとの接敵まで数日はかかると見て良いだろう。

相当に早いが、あのスペシャル達の能力を考えると妥当なところだ。

不意に、マンセマットの部屋に天使が来る。パワーの一人だった。

「お仕事の最中に失礼いたします」

「如何したか」

「天界より増援が到着いたしました」

「!」

すぐに部屋を出て、状況を見に行く。鉄船には近寄らせない方が良いだろう。

エリダヌスの上層部にて、既に天使達は待っているようだった。マンセマットが見に行く。其所には二人の大天使がいた。

一人は大天使ハニエル。

七大の一角である。愛と美を司る役割を持っており、神の寵愛が篤い天使だ。

もう一人は大天使カズフェル。

七大ほどではないが、強大な力を持つ大天使だ。

どちらもマンセマットと殆ど遜色ない力を持つ。

エリダヌスの上層部では、現在鬼神の勢力が陣地を構築しており。天使の先遣隊がそれを見て援軍を呼んだらしい。

鬼神は混沌陣営の悪魔の中では先鋒を努めることが多い荒ぶる存在。

お高くとまっている七大天使も、流石に動かなければならないと判断したという事か。

早速接待をする。格としては殆ど変わらないマンセマットだが、相手の方が神の寵愛が篤い。

下手な事をすれば、どんな告げ口をされるかわかったものでは無いのだ。

神の麾下にいる天使の世界は、必ずしも人間が想像するような楽園では無い。信仰している人間達の心の醜さがそのまま反映されているように。権力闘争が延々と続く、醜い場所なのである。

先に話をし始めたのはハニエルだ。

無数の翼に包まれた顔という姿をした大天使だが。天使は等級が上がるほど人間から姿が離れていく。

ハニエルはまだマシな方である。

「マンセマット。 先発隊としてこの汚れた土地を調査していること、敬服します」

「其方こそ、わざわざおいでいただき有難うございます。 此処に陣を構えていると言う事は、あの鬼神の軍勢に備えるつもりなのですね」

「そういう事になる……」

カズフェルは少しマンセマットより格が落ちる存在だが。

それでも、神の寵愛を受けている天使である。

その寵愛を笠に着ているので、マンセマットはいつか縊り殺してやりたいと考えていたが。

今はその時では無い。

「先に提出された資料は見ました。 人間達も、この邪悪なる汚れた土地を攻略するべく既に来ているのですね。 貴方も手を貸しているのですか」

「ええ。 敬虔な神の僕たりえる逸材も見つけました」

「流石にこう言う場所での動きは手慣れているな……」

「ふふ、そうですね」

格上のマンセマットにため口を利いてくるカズフェルには苛立つが、勿論顔には出さない。

向こうを見ると、鬼神の軍勢も大天使到着を見ていきり立っている。

仕掛ければ、いつでもすぐに大規模な戦闘が開始されるだろう。

この、庭園の上位に存在している空間は歪んでおり、恐らく大母の介入は招かない。

というよりも、マンセマットが見た所、大母は混沌と秩序の争いには何の興味も無い様子だった。

恐らくだが、混沌に大きく傾いてしまったのは。大母の中でも最大の力を持ち、このシュバルツバースの深淵に座する者。メムアレフだけなのだろう。

それ以外は、恐らく状況を見るつもりはあっても、人間をどうこうしようとか。秩序と混沌の争いに介入しようとか。そういう意思さえ感じ取ることが出来ない。

「我等は此処で陣地を構築し、混沌の悪魔共の動きを掣肘する。 マンセマット、貴殿にはこの土地に関する土地勘もあろう。 貴殿は好きに動いてほしい。 共同して神の敵を滅し、人間が神をただ純粋に崇める楽園の構築を推進しよう」

「分かりました。 それでは此処での戦いについてはお任せいたします」

「うむ……」

偉そうなカズフェルには苛立つが、ハニエルはそれなりにマンセマットを立ててくれてはいる。

現在マンセマットがカマエルとサリエルを連れていることも理由の一つなのだろう。かなりの大戦力を従えているし、此処で揉めるのも面倒だと判断したのは間違いない。

元々下級の天使共は、最初に連れてきたソロネを見るまでも無く、完全にデクだ。自主的にものを考えると言う事を放棄してしまっている。

神に忠実であれ。

そう考えるが故の事だ。

唯一絶対の神がいるのだから、思考もその神にゆだねてしまう。そんな風に考えるのが、幹部以外の天使達である。

それは此処でも嫌と言うほど実感したので、マンセマットはもう気にしていない。また、部下からマンセマットの動きが漏れることも警戒していない。

むしろ警戒しているのは、サリエルやカマエルが買収されることだが。

あいつらは利害関係でマンセマットと一致している。恐らく裏切る事はないと見て良いだろう。

それに、である。

陣地を構築し始めている鬼神達の戦力は、見た所ハニエルとカズフェルと互角と見て良いだろう。

更に今後戦力が増えるかも知れないが、元々地上の世界では混沌陣営は現在押され気味である。

精鋭を寄越す余裕はあるまい。

ならば、彼奴らに任せてしまって問題はあるまい。

マンセマットは鉄船に戻ると。出迎えたカマエルとサリエルに、方針の変更は無い事を伝える。

さて、後もう一つ二つ、手を打っておきたい。

出来ればゼレーニンの人間不信を後押しする事がもう一つくらいあると良いのだが。

例えば。方舟の中に、決定的に相容れない存在が出来るとか。

ただ、最初相容れない様子だったヒメネスという戦士と、ゼレーニンは、ここのところ関係も悪くは無い様子だ。

だとすると、動くのは慎重にやるべきである。

まあ、性急に動く必要はないだろう。今は混沌の勢力も、あの方舟の人間共がどう動くか注視している筈だ。

現状は、このままでいい。

マンセマットは焦ることは無いと自分に言い聞かせながら、休息に身をゆだねた。

周囲には、賛美歌を歌うように改造したライトニングのクルー達がいる。もはや人間では無い姿になったそれらは、完全に歌うだけの生体機械へと化している。

実に心地よい賛美歌だ。

悲鳴に似ているような気がする。

くつくつと自席で笑うマンセマット。

このまま事が上手に進めば。神の腹心として、四大をも超える位置に、マンセマットは就くことが出来そうだった。

勿論カマエルやサリエルら、不当に貶められてきた同胞も同じ。

天界の勢力図が大きく書き換わる。

それを考えるだけで、笑いがこみ上げてきて止まらなかった。

 

4、広大な迷宮の端

 

バキバキと凄まじい音を立てながら、木々をなぎ倒して迫ってくる巨大な悪魔。一つ目のそれは、非常な巨体で。四つ足で無理矢理通路に体をねじ込みながら、雄叫びを上げていた。

今回はライドウ氏のチームに入っている唯野仁成は、ライドウ氏から注意をされる。

「あれはカトブレパスだ。 奴の視線は、相手を石にする」

「また石化悪魔ですか」

「そうだな。 此処には受けると致命的な攻撃を持つ悪魔が多い。 あいつは俺が対処する。 君は他を頼む」

「イエッサ!」

調査班を守るようにして、機動班は展開。後ろから迫ってきている膨大な数の悪魔を相手にする。

バシリスクの大軍の処理になれてきたと思ったら、これである。あのカトブレパスというのは相当に巨大な悪魔だが。

こっちはこっちで、多数の大型の人型が攻めてきていた。

一部はスイキだ。一時期ヒメネスが連れていた妖鬼で、かなり強い悪魔だった。それがたくさんいる。

見ると、キンキやフウキというのもいるようだ。いずれも日本系の妖鬼か。厄介な話である。

此奴らはそろって元々日本の古い時代の朝廷に反乱を起こした人物が妖怪化された存在らしく。

元人間だと思うと、鬼としか言えない姿には色々複雑な気分になる。

機動班は重量級の悪魔を揃って召喚して壁にし、更に魔法を放たせて一体ずつ仕留めているが、とにかくタフだ。

後ろは任せてしまって良いだろう。ライドウ氏が不覚を取ることは考えにくい。

ケッテンクラートを守るので精一杯の調査班の横を通りながら、ティターンを召喚。鬼達より更に巨大な鎧を着込んだ武人を見て。鬼達は露骨に怯む。

更にアリスとアナーヒターを呼び出し。

広域制圧に取りかかる。

アリスが詠唱開始。それを見て、壁になっている悪魔達が、露骨に怯えるのが分かった。以前、アレックスにやったアレをやるのか。確かに広域を一気に沈黙させるには最適だが。

浮き足だった敵に対して、乱戦に持ち込もうとするクルーを制止。

だが、血に飢えた一部の魔獣などの悪魔が、敵の背中に食らいついて、乱戦になる。勿論アリスは、それを考慮するような性格では無い。

上空に、真っ黒な塊が出現する。

今なら、あれが死そのものだと理解出来る。

アリスは恐らくだが。死に関して、ユニークスキルと言えるほど強力な魔術を展開することが出来るのだ。

「アッハハハハハ! まとめて死んじゃえ!」

死が、周囲を蹂躙する。

真っ黒な空間に飲み込まれた無数の悪魔が、声すら上げずに絶息していく。相変わらずとんでもない火力だ。

アリスの魔術が周囲を消し飛ばした後には、殆ど生き残りの敵悪魔はおらず。膨大なマッカが散らばっていた。

魔獣を戻そうとしたクルーが、アリスに食ってかかる。今の攻撃に、彼の魔獣はモロに巻き込まれ、ロストしたのだ。

「俺の魔獣が!」

「無理矢理戻すべきだったんじゃないのー? 私しらないもーん」

「このガキ……」

「……誰がガキだって?」

アリスが殺気立つ。唯野仁成は、無言で割って入る。アリスは、クルーをそれこそ鼠の首を捻るように殺しかねない。

この子は、そういう子だ。

倫理観念なんて持ち合わせていないのである。

「すまなかった。 マッカは譲るから、それで回復させてやってくれ。 それとアリスの攻撃は見ての通り大威力だ。 でると思ったら、すぐに悪魔をPCに強引に戻した方が良い」

「……ちっ。 分かったよ」

「アリスも不愉快な思いをさせてすまなかったな。 後でアイスでも食べよう」

「わーい! 私重なってる奴ね!」

アリスはこの辺り分かりやすい。最近、真田さんが余裕が出てきた物資を加工して、アイス製造器を作ってくれたのだ。ソフトクリームから、専門店にあるようなダブルやトリプルの奴まで、様々なアイスを作る事が出来る。材料が若干気になるが、唯野仁成が口にしてみた所。味は本物と遜色ない。

アリスも甘い物は普通に好きで、アイスは大好物らしい。すぐに機嫌を取り戻してくれて良かった。今でもアリスは強くなり続けていて、唯野仁成も制御には冷や冷やなのだから。

ライドウ氏が来る。

カトブレパスは、片付いたようだった。

「こっちは終わった。 調査班、すぐに作業をしてほしい」

「分かりました!」

「これで最後の、エレベーターの電源が入るわけですね」

「俺には分からないが、そういう事なのだろう。 ただ、この空間の悪魔の気配がまだ感じ取れない。 それが不気味でな」

調査班が黙々と作業をしていく。

その間に、朱雀を呼び出して、負傷者の手当を頼む。唯野仁成は特に傷は受けていないが、さっきまで重量級の悪魔同士がぶつかり合っていたのである。最近は剣を使うクルーも出始めて来たが。そういうクルーも、負傷者が出ていた。

ライドウ氏は、上空を眺めやる。

「恐らく天使達に掌握されているライトニングが、ロクな使われ方をしない。 残酷さで言えば、秩序陣営の悪魔達は混沌陣営の悪魔達と大して変わらない。 混沌陣営の悪魔達はとにかく露悪的だが、秩序陣営の悪魔は自分達が考える秩序のためにはどんなことでもする」

「厄介な存在ですね」

「ああ。 いずれにしても犠牲を減らすためには、できる限り早くこのシュバルツバースを攻略しなければなるまい。 もたついていると南極を超えて拡がり始める。 もしも南米やアフリカに到達してしまったら、その頃にはもう取り返しがつかないだろう」

頷く。

アントリアやボーティーズのような空間は、他にもある可能性が高いと真田さんは言っていた。

たまたまアントリアからデルファイナスが連続体の空間になっていただけで、人間を如何に殺すか考え人間の悪い所ばかり取り込んだ空間の支配者がまだたくさんいる可能性があるということだ。

そう言った連中は、人間の生存圏に入ったら、容赦なく侵略を開始するだろう。

しかも最悪な事に、南米にもアフリカ大陸にも、いわゆる第三諸国が多く。国家としての秩序が極めて緩い。

そういう場所に悪魔が大挙した場合、既に動く事が決まっている米軍や国際再建機構の戦闘部隊は、動きづらくて仕方が無いだろう。はっきりいって、膨大な犠牲が出るのは確定してしまっている。

調査班は四苦八苦しているが、他の三つの「電源」でも苦戦はしていた。それにゼレーニンが今回は来ていない。

ゼレーニンは有能だったんだなと、作業を見ていると感じ取ることが出来る。

いずれにしても、懸念事項はたくさんある。

早く作業を終わらせて欲しいなと、唯野仁成は考える事しか出来なかった。

 

(続)