暴虐暴食

 

序、桁外れの巨体

 

薄暗い地下で、ストーム1に警告されてヒメネスは足を止める。ハンドサイン。以降喋るな、という合図だ。

頷くと、体勢を低くしたまま行く。

此処はカリーナとアーサーが名付けた空間。

其所にあるショッピングモールとしか思えない場所の地下。

こう言う場所はバックヤードなどになっている事が多いが。

今足を踏み入れている此処は。

まさに魔窟だった。

無作為に積み上げられた物資が、ベルトコンベアで奥に運ばれて行く。ベルトコンベアには何でも乗っている。

どれもこれもが劣化コピーばかり。

多くは食糧だったが、中には車やバイクなども乗せられ運ばれていた。

これを全部オーカスとか言う奴が食うのか。

とんでも無い話だと、ヒメネスは思った。

ハンドサインを見て、頷く。

いる。

姿と軽く能力だけ見たら撤退する。

OK。

ハンドサインを返して、体勢を低くしたまま行く。不意にPCから飛び出してきたのは、バガブー。

ボーティーズで仲間にした弱々しい悪魔だが。

ヒメネスには妙に懐いていて。

更には、カタコトで喋るくらいの知能はある。

弱者は大嫌いなヒメネスだ。だが、このバガブーは憎みきれなかった。

ヒメネスを慕ってくる様子もあるのだが。

それ以上に、スラムで幼い頃に死を看取った弟をどうしても思いだしてしまうからである。

力を持たない相手には恐ろしく冷たくなれるヒメネスだが、どうしてもバガブーには強く当たれない。

そのバガブーが、袖を引く。

「ヒメネス、駄目、下がる、下がる!」

「……その方が良さそうだな」

ストーム1が自分から喋った。喋るなとハンドサインを出したのに。つまり緊急事態だと言うことだ。

ストーム1が長大な対物ライフルを取りだす。

ストーム1のワンマンアーミー伝説の代名詞ともなっているライサンダーだ。

それを、ぶっ放しながら下がる。だが、手応えが無い。ヤバイと判断したヒメネスも、下がる。

奥で、とんでも無く巨大な目が二つ、光るのが見えた。

「バック!」

ストーム1が叫び、自身も下がりながらライサンダーをぶち込む。だが、何かに弾かれているようだ。

ヒメネスも、慌てて下がりつつ、バガブーをPCに戻す。

聞かされている。

このバガブーは、かなり特別な個体であるのだと。

そもそも本来のバグベアから25パーセントも情報がずれている個体だ。それはバグだらけである事を意味する。

情報生命体がバグだらけと言う事は、死病に冒されているのも同じ。

更に言えば、真田の旦那の話によると。基幹となっている情報が不安定すぎて、他の悪魔のようにマッカを費やせば復活させられるという訳にもいかないそうである。

つまり、死んだらおしまいと言う事だ。

その悪魔とはとても思えない弱さとはかなさが。

スラムでは生きていけなかった、まだ幼いのにマフィアのクズ幹部に殺された弟を思わせる。

弟は別に悪い事をしたわけでも何でも無い。

マフィアの幹部をしていたクソ野郎が、薬でラリって歩いているところに出くわしてしまい。その場で撃ち殺されたのだ。勿論マフィアは逮捕などされず、死んだ弟を見てゲラゲラ笑うばかりだった。侠気だとか信念だとかを持っているピカレスクロマンのダークヒーローが如何に大嘘か、その時ヒメネスは知ったのである。

国際再建機構に入った後、そのマフィアを潰すミッションの人員募集している事を聞いたヒメネスは狂喜し。

もう老人になっていたクソ野郎の全身に、ショットガンを十発叩き込んでブチ殺した。

だが、心は今でも渇いたままだ。復讐は為したはずなのに。

「ブオーノ! ブオーノブオーノブオーノ! 人間の攻撃とは非力すぎるな!」

あの携行用艦砲ライサンダーが効いている様子が無い。

笑っているオーカスが、凄まじい吸い込みで、ベルトコンベアに乗っているものを丸ごと飲み込んでいる。

その時、オーカスが光るので、見えてしまう。全身はどうみても三百メートルはある。

映画の怪獣も吃驚のバケモノだ。勿論あれより大きい怪獣が出てくる映画もあるだろうが、それにしても桁外れ過ぎる。

あんなの、いくら何でも相手に出来るわけが無い。

ストーム1が、素早く手を伸ばし、ヒメネスを掴むと引っ張る。見ると、もう片方の手で階段の手すりを掴んでいた。

危うくからだが浮き上がりそうになっていた。それほど、強烈な吸引の風が来ているのだ。危うく、そのまま吸い込まれるところだった。

信じられない腕力でヒメネスを引き寄せ。無理矢理強引に階段を上って撤退するストーム1。ヒメネスの全身からどっと冷や汗が流れているのが分かった。

階段から飛び出した後も、壁に貼り付いて吸引の風が収まるのを待つ。

腰が抜けそうになっていた。

「はあ、はあっ!」

「……どうやらあのペ天使の言葉は本当のようだな。 確かに今までで最大の力を感じたぞ。 嘆きの胎とやらの最深部にあるのと同格の力だ」

「クソッ! あんたらがまとめても勝ち目が無いって事か!?」

「……勝つことはできそうだが、継戦力は残らないくらい死人が出る」

絶句するヒメネスに、ストーム1は行くぞと促す。

まだ強烈な風があるが。それもやがて止んだ。

後ろでブオーノブオーノと、勝ち誇った叫び声が聞こえている。あの巨大な豚が勝利の雄叫びを上げているのは間違いない。

屈辱以上に、悲しかった。

ストーム1だけなら、足手まといがいなくてもっと上手に立ち回れただろうに。

危うくバガブーまで死なせる所だった。

「すまねえストーム1。 危うく食われるところだった」

「……かまわない。 お前には俺を超えて貰わないと困る」

「ああ、そうだったな」

「方舟に戻るぞ。 あの様子だと、監視どころではないだろう。 一応電波中継器は撒いてきたから、オーカスの居場所そのものは分かるだろうが」

あの状況で、よくそんな事ができたものだ。

恐ろしいなと思いつつ、ヒメネスはストーム1と共に一階にでて。後は周囲をクリアリングしながら。

飛んで逃げ帰りたい心を必死に押さえつけて。

そしてショッピングモールをやっと出る事が出来た。

「またのお越しをー。 うふふ」

入り口で、天女アプサラスが見送ってくる。

それが、何があったのか大体分かっている様子なので、思わず銃を向けそうになったが。ストーム1に止められていた。

「鉛玉も無限じゃない。 無駄な行動は避けろ」

「……ああ、分かってる」

「行くぞ」

情けない撤退だ。

ヒメネスは屈辱に唇を噛んでいた。既にデモニカを通じて、ストーム1は話をしているようだ。

威力偵察をしたのだ。撤退をするのも当然視野に入れている状況である。

だから、責められるようなことはないと、視線でストーム1は伝えてくるが。

感情を抑えるのは難しそうである。

方舟に戻る。なんでかは分からないが、プラントの回収を始めている。野戦陣地も、大急ぎで戻しているようだった。

物資搬入口が混雑している中、唯野仁成が出迎えてくれた。

ストーム1は艦橋だ。これから、オーカスの実態について話をしに行くのだろう。

「状況は聞いている。 大変だったなヒメネス」

「ああ。 バガブーが危うく食われるところだった」

「……」

「あいつは25パーセントも本来とデータが違っているって話は前にしただろ。 死んだら取り返しがつかねえんだ。 俺たちと同じだよ」

ぼやきながら、休憩ルームに行く。

座ると、唯野仁成がコーヒーを出してくれた。まあ合成品だが、それほどまずいものでもない。

真田の旦那が、まずい事で有名なインスタントの軍用コーヒーを改良してくれたのである。

ヒメネスとしては、こういう些細な点でも改良を加えてくれる真田の旦那は、本当に有り難い相手である。

メシのまずさは士気に直結することを知っている。

あの人の経歴は詳しくは分からないが。相当な歴戦の猛者なのだろう。

コーヒーを飲んで落ち着いた所で、唯野仁成が話を振ってくる。

「オーカスの実データを確認して、真田さんが現在対抗兵器を作ってくれているそうだ」

「それはありがたいな。 いつもの、「かねてから開発していた」ってやつか」

「今回ばかりはさっきから、だろうがな」

「そうだな。 それもそうだ」

苦笑いする。やっとその余裕が戻って来た。

死の臭いを至近で嗅いだことは何度だってある。もっと危機的な状況から生き延びた事だってある。

だが今回は心がざわつくばかりで。どうにも平静を取り戻せそうに無い。

悔しいが、こればかりはどうにもならないのが現実だった。

溜息をつきたいが。此処では他の奴も見ている。

こう言う場所で、弱みは見せたくなかった。ヒメネスは強さを信仰している。弱みを見せるつもりも無い。

「それにしても、どうしてプラントを慌てて引き上げているんだ?」

「実は偵察に出ていたゴア隊長達が恐ろしいものを発見してな」

「なんだ?」

「オーカスの足跡だよ。 あれだけ喰らってもまだ足りないらしく、たまに外に出て来て工場で生産中の食い物を食い荒らしていくらしい」

流石にその話を聞いてぞっとした。オーカスの食欲の凄まじさがよく分かるからだ。

確かに、それならいつでも遭遇戦を警戒しなければならないだろう。

全く戦闘が起きなかったから、此処では其所まで危険が大きくないのだろうかと勘違いしていた矢先にこれだ。

地下からあの巨大大怪獣が、いつ現れてもおかしくない、ということか。

「それにオーカスはどうやってか分からないが、あの巨大なショッピングモール内を移動もしているようだ。 大きめの空間に留まるのは危険かも知れない。 少なくとも、ストーム1が放ったライサンダーの弾がまるで効いている様子が無かった事からも、しばらくは少数精鋭で動くしかない」

「くそっ! なんのために千人も乗ってるんだよ!」

「そういうな。 アントリアのように皆で出て会戦という訳にもいかない相手だ。 怪獣映画に出てくる軍隊がどんな惨めな目に会うか、お前も知っているだろう」

「確かにな……」

それに、現時点でプラントも野戦陣地も、全てユニット化されている。弾薬も殆ど消耗が無い。

真田の旦那がオーカスをどうにか出来るまで、待つしかない訳か。

あのペ天使から渡された情報集積体や、さっきの情けなく逃げ帰ったときの情報などもあわせて。

何とかしてくれると、信じるしか無いのだろう。

ゼレーニンが来る。

ヒメネスは視線をそらしたが、嫌そうではあったが話しかけてくる。

「無事だったようねヒメネス。 大変な目にあったようだけれど」

「ああ、おかげさまでな。 俺が酷い目にあってすっとしただろ」

「ばかを言わないで。 大事なクルーを一人でも失ったら、その穴を誰かが埋めなくてはいけないのよ。 機動班のエースである貴方たちの穴は特に大きいわ」

「見本のような優等生の回答ありがとさん」

どうにも痛烈な言葉しか出てこない。

此奴はやっぱり気にくわない。

気付いているのだろうか。

正太郎長官が、ゼレーニンをマンセマットから引き離すために、敢えて会話を代行した事を。

此奴は頭が良いのかも知れない。飛び級で大学を出て、博士号まで持っているらしいから、そうなのだろう。

だが、はっきり言って、それを帳消しにするほど頭が悪い。

カルトに落ちる科学者がいるが、その見本のようだ。

咳払いすると、唯野仁成がフォローを入れてくれた。

「ゼレーニン技術士官、今はヒメネスも疲れている。 後でゆっくり話をしてやってくれ」

「……そうね。 分かったわ」

歓迎されていないことに気付いているのだろう。まあ、どんな馬鹿でもそれくらいは分かるか。

ゼレーニンもその場を去った。

舌打ちしたくなるが。

相手が善意から心配してくれたことはヒメネスにも分かっている。気にくわなくとも、悪態をつくつもりは無かった。

「力がたりねえ。 支給されたマッカで、もっと強い悪魔を作っておかねえと……」

「スイキじゃ不足か? あいつはかなり強いと思うが」

「嘆きの胎で、強豪相手に尻込みしてただろ。 まだ力不足だ」

「そうか……」

確かにストーム1が従えているクーフーリンや、ケンシロウが従えている堕天使ベレスなどと比べると、力不足も甚だしい。サクナヒメが相手だったらデコピン一発で殺される。

それに、悪魔は成長する。

クーフーリンやベレスは、スペシャル達が連れ回すことでどんどん強くなっているようである。

そう考えると、確かに現状で満足するのは早計か。

デモニカに通信が流れる。

春香の声だった。

「これから上空に退避します。 外に出ている機動班、調査班のクルーは速やかに方舟に戻ってください」

「おいおい、あのバケモノに打つ手なしってか……」

「確かにあんなの相手に精神論じゃどうにもならないだろうけれどよ……」

周囲の機動班クルー達がひそひそ話しているが。

確かにアレを見て尻込みしないのは、余程の強者か、或いは感覚が麻痺しているだけの馬鹿だ。

やがて、クルー全員の収容を確認したらしく。

方舟が上昇を開始する。

動力に核融合炉を使っている事もあり。基本的にエネルギーは無尽蔵だ。

春香が説明をしてくれる。

「現時点で、魔王オーカスに有効打を与える手段がありません。 現在真田技術長官が対抗兵器を開発中です。 これが完成し次第、複数を精鋭及び方舟に装備する予定です」

「開発にはどれくらいの時間が掛かるのか」

「ええと……三日ほどだそうです」

「三日か。 早いとみるべきか、そうでもないのか」

早いに決まっている。

ヒメネスは呆れた。

真田の旦那がちょっとおかしすぎるだけで、三日で新兵器が出来たらそれはもう超常の域だ。

しかも真田の旦那はほぼ失敗作を作らない。

国際再建機構で通常運用しているアサルトライフルは、それまで安価で使いやすくてコスパ最強の名も高かったカラシニコフを完全に時代遅れのゴミと変えてしまった。アサルトライフル一つをとってもそれほどに優れているのだ。

国際再建機構の装備は一世代常に世界の上を行っていて。

殆どの特許を真田の旦那が取っている。

だから誰もが感覚がおかしくなっているのだ。

本来あんな新兵器、最高レベルの科学者が揃ってもぽんぽん作れる訳が無いのだから。

「三日は、上空で待機と言う事になるのだろうか」

「いえ、何があるか分かりません。 そこで嘆きの胎に移動して、其所でしばらく演習を行います」

「無駄な時間は作らないか。 確かに合理的な判断だが……」

「怪獣映画で、ゴミのように落とされる戦闘機みたいにはなりたくないだろう」

ヒメネスも、唯野仁成の例えには苦笑いするしか無かった。

あの様子では、オーカスがそれこそ何をしでかすかまったく分からない。

確かに一旦、距離を取るのが正解だろう。

そしてそもそも、対策を時間を掛ければ錬ることが出来るという話なのだ。物資も枯渇はしていない。

ならば、まだ謎が多い嘆きの胎を調べておくのが一番だろう。

やがて方舟はスキップドライブに入り。

空間を渡って、カリーナと名付けられた空間から、嘆きの胎へ移動した。

今度はライドウ氏が船に残り。

サクナヒメ、ケンシロウ、それにストーム1がそれぞれ機動班を連れて降りる。唯野仁成はケンシロウと。ストーム1とはヒメネスが一緒に行動する。

機動班は、現時点で最強の悪魔を展開するようにと即座に指示が出る。

ヒメネスもスイキを出す。他の機動班クルーも、スイキほどでは無いがそこそこに強い悪魔を展開していた。皆デモニカによって強化されてきているのだ。

嘆きの胎は相変わらず謎の植物が繁茂するジャングルのようである。

ただ、全域に電波中継器を撒いているので、既に一層は。いや、そもそも此処から下に六層ある事が分かっているので、浅層とでもいうべきか。浅層は、既にマッピングが終わっているようだった。

いずれにしても、すぐにかなり強い悪魔が姿を見せる。

おののく機動班クルー達を鼓舞するように、真っ先にストーム1が突貫。

ヒメネスも負けじと、対物ライフルをぶっ放し、敵の動きを止めることに注力していた。

 

1、大食漢の倒し方

 

二日ほど嘆きの胎の浅層を彷徨う。そうして唯野仁成が理解したことは、悪魔の数は少なく質は高く。

そして、知られてもいないような悪魔が多いと言う事だった。

今度はサクナヒメと組んで分隊を構成し、戦い終えたのだが。

地面に伸されて呻いている悪魔は、もはや形状すらなんと呼んで良いのか分からず。デモニカの悪魔召喚プログラムで調べて見たが、アンノウンとしか表示されていなかった。

ともかく、相手が屈服したので、会話を試みる。

サクナヒメが目を光らせているので、巨大なオオサンショウウオとでもいうべき姿が一番近いように思える悪魔は。何とか会話に応じた。

「貴様、最近暴れている人間の仲間か。 秩序の神々を此処から解放しようとでもしているのか」

「現時点でその予定はない」

「……ならば我等のエサになる前に去るんだな。 此処に先に入って暴れている人間も、やがて深層から出てくる強力な看守に殺されるだろう」

「その看守よりももっと強くなってみせるさ」

苛烈な戦いばかりだった。

だが、その分デモニカには、並行して知識蓄積が行われ。機動班だけでは無く、デモニカを着ている全員の能力が向上している。

どうやら浅層だけなら、危険はないとまでは言わないが。為す術無く殺される、と言う事も無さそうだ。

この呻いている瀕死の悪魔も、ギリギリ従えられそうだった。

「従ってほしい。 殺すつもりは無い」

「……強者に従うのが我等のさだめだ」

交渉を開始する。

根こそぎ絞られないように気を付けながら、悪魔召喚プログラムの指示に従って交渉をしていく。

瀕死だというのに、まだ足下を見ようとしてくるのは流石と言うべきか。

だが、やがて交渉はまとまった。デモニカのPCに吸い込まれる悪魔。

サクナヒメが自身の肩を手で掴み、腕を回していた。今の戦いも、初手以外彼女は介入していない。

「もうこの階層の悪魔はわしの敵ではないのう」

「しかし深層から看守が出てくる可能性も」

「ふ、それはアレックスとかいう赤黒が引きつけておろう。 まあ油断だけは絶対にするなよ」

「イエッサ!」

唯野仁成が敬礼すると、他もそれに倣う。

急いで方舟に戻る。戦いに余裕があったのは事実だが、欲をかける場所では無い。

今日で一旦浅層の探索は切りあげ。彼方此方に安全と思われる場所を見つけてあるので、それらを経由し。次回探索からは一層を調べる。

これについては、事前にブリーフィングが行われ、周知されている。

唯野仁成も、それでかまわないと思った。

何より、そろそろオーカスへの対抗兵器が完成する頃である。

あの真田さんが、約束を違えることはないだろう。

ケンシロウ、ストーム1とも途中で合流。

ヒメネスも悪魔を捕まえた、と言っていた。

ただ、やはりよく分からない姿の悪魔だったようだ。また、前にサクナヒメとライドウ氏が一緒に倒した悪魔のような、深層から出て来た看守悪魔でもないらしい。

この嘆きの胎には、看守と呼ばれる強力な見張りの悪魔と。

各階層に勝手に住み着いている雑魚がいて。

更に、面白がって見に来ている強豪も混じっているようだ。

さっきまで戦っていたのは、各階層に住み着いている雑魚。

この間遭遇したシャイターンは、たまたま遭遇した面白がって見に来た強豪、という所だろう。

「看守」とも、二日で何度か遭遇したが。

それほど深い階層からは出て来ていないらしく。

或いはアレックスに倒されているのか。

いずれもが、スペシャル達には勝てなかった。

スペシャル達は更に強くなっている。

皆、動きが更に洗練され、鋭く早くなっているし。力も上がってきている様子だ。

デモニカによる強化は当然スペシャル達にも適応される。

サクナヒメの場合は、それとは違って、力が単純に戻っているのだろうが。いずれにしても、オーカス戦を前に頼もしいことである。

方舟に戻る。

遭遇した悪魔や、交渉の末に仲魔にした悪魔を調べていく。

さっきのサンショウウオのような悪魔は、随分とPCの内部で姿を変えていた。

どういうことなのだろう。先ほどの姿は、擬態か何かなのか。

ライドウ氏が、四苦八苦している唯野仁成に、不意にデモニカごしにアドバイスをくれた。

「悪魔は本来マグネタイトという物質を媒介して実体化する精神生命体だ。 ここシュバルツバースでも、仕組みは少し違うようだが、精神生命体である状態から何かしらの仕組みを介して実体化している。 先ほどの悪魔は、それが上手く出来ていなかったようだ」

「あんなに強かったのに、ですか!?」

「強い悪魔ほど大量のマグネタイトを必要とする。 要するに、本来の姿になるのに、充分な何かしらの力を確保出来なかった、と言う事なのだろう」

そういうことか。

分かりやすい説明だ。ヒメネスも納得していた。

ヒメネスのPCに入っているのは、土蜘蛛という悪魔だ。

鬼のような顔をしたカニとでも言うべきか。

兎に角凶悪な面構えをした悪魔である。見るからに強そうだ。

何でも日本の土着豪族の総称らしく。大和朝廷に討伐されていった土着豪族は、後の時代に土蜘蛛と呼ばれて妖怪のように思われたとか。

そうなると、この鬼カニは元人間と言う事か。

ちょっと悲しい話だなと、唯野仁成は思う。

唯野仁成が捕まえた方の悪魔は、虹色の蚯蚓のようになっていた。

ユルングというらしい。

オーストラリアに伝わる虹の大蛇だそうである。

かなり強い悪魔だとライドウ氏が教えてくれたが。しかしながら、実体化は大丈夫なのだろうか。

見ると、マッカを相当に食っている。

なるほど、何となく理解出来た。

シュバルツバースの悪魔を殺すとマッカが落ちるし。悪魔達はマッカに貪欲な理由が、である。

マッカのエネルギーを使って実体を保つために、それぞれが必死なのだろう。

金が無いと定型さえ維持できない。

何とも悲しい存在だ。

方舟に全クルーが乗ったのを確認すると。方舟は上昇を開始した。気がつくと、サクナヒメが今回出たクルーににぎりめしを配っていた。

サクナヒメが手づから握ってくれたのだろう。

いわゆる塩むすびだが、元々の米がとても美味しいので全く問題ない。幾らでも食べられそうだ。

ましてや運動をした直後である。

「ひゅう、姫様。 このオニギリ美味いなあ。 戻ったら、正式にブランドで売ったらどうだ?」

「わしはこの仕事が終わったらヤナトに帰らなければならん。 その後にわしが再現した天穂をどうするかはそなたらの勝手次第だ」

「そっか。 じゃあ俺権利貰っても良いか?」

「相変わらずよのうヒメネス。 残念だが、国際再建機構で管理するそうだから、正太郎にでも相談せい」

苦笑いした後、サクナヒメは咳払いした。

二人とも、かなり力が上がってきていると。

サクナヒメ自身も、またかなり強くなったようだが。

だが、アレックスも強くなっていることを忘れてはならないとも。

「わしは、いずれ二人はわしと肩を並べて戦えるようになると思うておる。 だがそれはまだ先じゃな」

「あんたとか。 それほど俺たちは強くなれるのか」

「ああ、間違いなかろう。 ただ……」

サクナヒメは、ヒメネスの喜びに水を差すように言う。

ヒメネスは、危ういと。力を求める事に対して、サクナヒメは静かに言った。

「力を求めた修羅の先にあるのは、無だけよ。 その先には何も残らん。 わしは実例を幾らでも見て来た」

「……」

「そなたはバガブーという弱い悪魔を敢えて連れておろう。 事情は聞かぬ。 だが、そ奴を大事にしてやれ」

「……ああ」

ヒメネスに、今の言葉は色々響いたのかも知れない。

いずれにしても、上空で一旦停止した方舟は、これよりカリーナに戻るらしい。船内放送であった。

と言う事は、だ。

真田さんが、完成させたのだろう。

憮然としているヒメネスだが、一度侵入した空間である。

カリーナに入る事に、不安は無いのだろう。

それにスキップドライブはもう何度もしている。

今更不時着の恐れもない、と言う事だ。

方舟も殆ど揺れない。

加速も減速も、恐ろしい程スムーズだった。緩やかに船が前進し、そして止まる。やがて方舟は。

あの巨大なショッピングモールがある世界に、再侵入を果たしていた。

「真田だ。 皆に連絡しておこう」

「!」

「オーカスへの対抗兵器が完成した」

おおと、喚声が上がる。

真田技術長官への信頼感は、国際再建機構ではほとんど絶対である。この人に開発できないものは理論上無さそうだという冗談があるほどなのだ。

真田さんが説明を続ける。

「実はかねてから開発していた別の兵器があるのだが、それに派生させる形でオーカスを倒すための兵器を作り上げた。 理論と図面を組んだのは私だが、実際に作ったのはラボのアーヴィンとチェンだ。 感謝するように」

アーヴィンと言えば、確か最初アントリアでさらわれた一人か。

チェンというのは、あまり覚えが無いが。確かアーヴィンの助手をしているような人物であった筈。

とりあえず、具体的な理論を聞く。

「オーカスは外の世界から無作為に集めた情報を、情報として食べている。 我々が肉を食べるように、情報生命体が情報を無作為に取り込んでいると考えてくれれば分かりやすいだろう」

「それで、肉でも車でも何でも吸い込んでいたのか……」

納得する者がいる。技術班や調査班の者だろうか。

いずれにしても、唯野仁成には分からないので、話を聞いていくしか無い。

「その情報を、逆流させるのがオーカスバスターだ。 ものとしてはロケットランチャーに近いが、ロケットを発射するわけでは無く情報逆流を起こすための電磁波を放つものとなっている。 ただし、オーカスが体内の余剰情報を吐き出しきったらもう効かなくなるから注意してほしい」

トレイを押して、活発そうな短髪の女性が来る。

彼女がチェンだろう。

三つ、オーカスバスターらしい、筒状の兵器がトレイに乗せられていた。

「ストーム1が一つは持つとして、もう二つは……」

「唯野仁成、ヒメネス、二人が持つように」

他ならぬストーム1が言ったので、誰も反対しない。

現在、スペシャルが一人残り。三人が外に出る体勢が組まれている。つまり、一分隊に一つずつ、オーカスバスターがあれば良いという事だ。実際にはオーカスに攻撃するアタッカー班には二つほしい所だが。

更に、方舟の主砲用に弾丸も用意したという。

オーカスバスターと同じ、炸裂して情報を逆流させる電波をまき散らす弾丸を放つ事ができるそうだ。

「もしも方舟本船をオーカスが襲ってきた場合は、私が対処する」

正太郎長官の言葉に、皆背が伸びる。

戦後の混乱期に活躍したロボット、鉄人二十八号を劣悪なリモコンで操作した伝説の人物である。

相手が怪獣級の悪魔であっても、対抗策さえあればどうにでもしてくれる。

その絶対的な信頼が、誰にもあった。

やがて、方舟がカリーナに着地。前回と全く同じ地点に着地後、プラズマバリアを展開。まずは機動班が降り。続けて調査班が降りる。

周囲の安全を確認してから、オーカスに仕掛けるためだ。

最初の機動班はゴア隊長が率いた。だが周囲を軽く偵察したらすぐに方舟に撤退し作戦総指揮に戻る予定である。

これは、何か万が一があっては困るため。

本来なら、ゴア隊長が先頭に立って怪獣級の悪魔であるオーカスと戦うべきなのかも知れないが。

この船の機能不全を避ける為に。最後まで、ゴア隊長は無事で無ければならないのだ。

装甲車に乗って周囲を油断無く睥睨するゴア隊長の顔に油断は無い。その間に、休憩を取るように唯野仁成は指示を受けた。ヒメネスも、である。

プラズマバリアの守りもある。

一旦、これから仕掛ける本命の戦力には休憩を与える。

正しい判断だろう。

唯野仁成も、散々訓練を受けた身だ。

思うように眠る事も出来る。

食事もしたばかり。眠るには、充分な条件が整っていた。

六時間ほど、眠る。

外では今もシュバルツバースが拡大していることだろう。だが、それでも。今は、休まなければならなかった。

 

時間が来た。

外で三班に分かれて整列する。

唯野仁成は、今回はストーム1と同じチームだ。ヒメネスはサクナヒメと組む。ケンシロウがゼレーニン達調査班の面倒を見る事になる。

今回の作戦を通達される。

まず、ストーム1と共に、唯野仁成と数名のチームが突入。

前にオーカスがいた場所に踏み込む。

この間、サクナヒメ率いる班が、入り口近くを固め。ケンシロウ班と合同で、オーカスの動向を撒いておいた電波中継器より情報を収集し、確認する。

ストーム1班が失敗。例えばオーカスが踏み込んだ場所にいなかったり、あるいはオーカスバスターが効かなかった場合。その時は、サクナヒメ班が対応。即座にケンシロウ班は調査班を守って方舟まで撤退。また、ストーム1班も撤退に入る。

作戦としては、ストーム1班がメインで、サクナヒメ班がサブのポジションにはなるが。

結論としては、ごくオーソドックスな作戦だ。

作戦の総指揮はゴア隊長がとる。

悔しいが、オーカスバスターを増産する意味はないし、余裕も無いという事で。現時点では三つしか在庫はない。一応作る事は作れるらしいが。貴重な物資を大量に使ってしまうという。

最悪の場合ボーティーズやアントリアに戻る必要さえ生じると言う事で、時間の大量ロスが生じかねない。

もしそうなった場合。

シュバルツバースが、更に無作為に拡大している可能性がある。

外の世界では、触れるとプラズマ分解される強力な壁をもったシュバルツバースが、広がり続けているのだ。

このままでは、一体どうなることか。

南米やアフリカの南端に辿りついてしまったら、恐らくはもう情報を隠しておく事も出来なくなる。

国際再建機構でも、各国を抑えきれなくなり。

効きもしない核攻撃を、破れかぶれになった各国がシュバルツバースに行い始めかねないのだ。

作戦概要を理解した唯野仁成は頷く。

貰ったオーカスバスター。ストーム1がし損じるとは思えないから、二発同時に叩き込んでやりたい所だが。

さて、上手く行くか。

作戦開始。

声が掛かると同時に、皆が動き出す。

アントリアやボーティーズと違い、今回は「魔王」がいきなり前面に出て来ている。そういう意味では、背後で控えていたアントリアや、積極的に仕掛けて来たボーティーズともまた状況が違う。

オーカスの場合、絶対に勝てるという自信があるのだろう。

さて、真田さんの技術がそれを上回れるか。

早速、移動を開始する。

ストーム1は大股でかなり早く歩く。それでいて、殆ど無駄が行動に無く、ついてきている機動班全員に目を配っている。

何回か交代で嘆きの胎浅層で演習を行い、それぞれで経験を積んで平行により分けた。

今回も、周囲の機動班メンバーは替わっている。

今はウルフという血気盛んな青年と、ミアという浅黒い肌の男勝りな女性クルーが加わっている。

ミアは本来インフラ班なのだが、機動班の手伝いもしたいと少し前から機動班の作戦に参加している。

元々兵士としても豊富な経験を積んでいる人物なので、武器の扱いは見ていて安心できる。

悪魔召喚プログラムにも抵抗はないようだ。

ショッピングモール入り口まで移動。

ストーム1が内部を確認し、ハンドサイン。

さっと内部に展開。

悪魔は召喚するなと事前に言われている。オーカスに吸い込まれるだけだからだ。ヒメネスが連れているバガブーも、危うく食われる所だったらしい。

「いらっしゃいませー……??」

相変わらず入り口で受付嬢をしていたアプサラスは無視。アプサラスは困惑した様子で、続けて突入してきたサクナヒメ班も見ていた。

後方はサクナヒメ班、更にそれに続くケンシロウ班に任せ。

道を知っているストーム1に全員無言で続く。

入り組んだ道だ。クリアリングは必須だが、ストーム1のクリアリングが神がかって早い。

前の探索では敵に襲われることは無かったが。

今度はどうか分からない。

油断など、していいものではないのだ。ましてや、此処は敵の城の中も同じなのだから。

地下への入り口を発見。

凄い風が吹いたり出たりしている。オーカスがいるのは殆ど確定と見て良いだろうが、ストーム1はケンシロウ班の連絡を待つ。

「此方ゼレーニン」

「此方ストーム1、どうぞ」

「オーカスの強烈な反応が地下にあります。 以前と位置は変わっていません」

「舐めやがって……」

ミアがぼやく。

唯野仁成は頷くと、オーカスバスターを軽く動かしてみせる。

既に試運転も済んでいる。

いざという時に、逆方向に発射してしまうようなへまはしない。

突入。ストーム1のハンドサインと同時に、階段を下りる。

薄暗い地下。ヒメネスのデモニカ越しに映像は見て知っているが、何も変わっていない。

大量のベルトコンベアに乗せられ、運ばれてくる大量のもの。

食べ物ですらないものもたくさんある。中にはどうみても廃棄物だったり、汚物だったりするものさえあった。

オーカスは、更に巨大化していた。

たった三日ほどだが、この間映像で見たものよりも、更に一回り大きくなっている。

オーカスの目が闇の中光っている。

その威圧感は、あまりにも凄まじい。

豚というと、弱そうで情けない生き物を想像する人間もいるかも知れないが。

体重は熊とさほど変わらず、雑食性で、場合によっては人間を殺すことも普通にある。

豚を畜産している農家は、昔年に何人か豚に殺されていたというのは有名な話である。

更に犯罪組織によっては、豚を使って人間の死体を処理したりする。豚は歯が強靭でしかも雑食なので、死体は何でも骨まで残さず食べてしまうからだ。なお、この何でもは。親兄弟だろうと関係無い。

豚は家畜化しているものの。

実際には強靭な生命力を持つ、とても恐ろしい生き物なのである。

きれい好きで、知能も其所まで低くは無い側面を持つ生物ではあるのだが。

オーカスは。

怪獣級の大きさを持つ巨大な魔王は。

豚に対して人間が持っている負のイメージを、凝縮したような姿をしていた。

「ブオーノ! 懲りずにまた来たか! しかも数まで増やして、ご苦労な事よ! ブオーノブオーノ!」

「……魔王オーカス、聞きたかったのだが」

「何だ人間」

「そのブオーノというのはひょっとして笑っているのか?」

ストーム1は、反論を待たずにオーカスバスターをぶち込んでいた。

有効射程も既に確認済み、

更に、唯野仁成も続けてオーカスバスターをぶち込む。完全に着弾。モロに入っていた。

元より物理兵器では無いが。効いたと確信できる。

一瞬きょとんとしたオーカスだったが。

次の瞬間。黄色いからだが、見る間に真っ赤になっていった。

これは、まずい。そう唯野仁成が判断するより先に、ストーム1が叫んでいた。

「全員階段まで走れ!」

「い、イエッサ!」

何が起きるか、悟った全員が走り出す。

オーカスは真っ赤になって口を押さえていたが、やがて盛大に吐き戻し始める。

案の定だ。

情報を逆流させる。

それは要するに、情報を食っているオーカスに取って見れば。ゲロを吐かせるようなものなのだから。

文字通り、あらゆるものが濁流となって地下に怒濤のごとく溢れ始める。オーカスはどんどん縮んでいるようだが、見ている余裕が無い。

階段の最後尾に残った唯野仁成は、ユルングを展開。

ユルングは虹の大蛇だが。巨大な体を震わせて、凄まじい声を発した。蛇は基本的に音は出しても鳴くことはないのだが。まあ悪魔だし、関係無いのだろう。

音が、一瞬強力な壁を作って、吐瀉物の雪崩を押し戻すが。多分長くは続かない筈である。

階段を皆が上がりきったのを確認すると、オルトロスを召喚。

背中に跨がって、走って貰う。流石にオルトロスも仰天したらしく、吐瀉物の雪崩から全力で脇目もふらず逃げ出す。その間、ユルングが後ろに向けて音波を発し、吐瀉物の到来を抑えてくれてはいるが。

間に合うか。

すぐ近くまで来ているのが分かる。急げ。前から声が掛かる。あの吐瀉物に巻き込まれたら、文字通り最低の死を迎えることになるだろう。まあ死に貴賤はないが、それでも嫌なものは嫌だ。

階段から飛び出し、横に。

同時に、吐瀉物が階段から噴きだし始めていた。

呆然としているドワーフなどの地霊族達。

二階に上がれと、ストーム1が声を掛けて来る。また、サクナヒメ達も、一旦外に避難。

地霊達も困惑しながら、周囲に慌てて避難し。

アプサラスに至っては、そのまますーっと天井近くまで飛んで行った。

文字通り、上にまいりまーすだな。

そう、昔存在していたエレベーターガールという職業を、唯野仁成は思い出したのだった。

いずれにしても、一階の半ばほどまでを吐瀉物が埋め尽くしてしまったので、どうしたものかと思ったが。

地霊族達が、黙々とお片付けを始める。本当に仕事そのものが好きなんだなと、呆れた。

吐瀉物と言っても粘液に塗れている訳では無い。

外の地上世界から雑に仕入れた情報を具現化しただけのものだ。

要するに肉やら車やらのデッドコピーであり。

汚いものでは無いのかも知れない。

ただ、流石に吐瀉物の山に逆さにワニが突き刺さっている様子を見ると、シュール過ぎるからか。ミアが口を押さえて横を向いてブルブル震えていた。

「オーカスバスターは効く。 これで確定はしたな」

「しかし、また食べ始めるのでは……」

「いや、オーカスバスターは真田技術長官の話によると、長時間効果が続くらしい。 オーカスという奴のデータを調べたところ、どうも吸収に特化した体構造をしているらしく、それを逆用したそうだ。 しかも二発叩き込んだ。 あの巨大豚は、しばらくなにも食べる事はできないだろう」

そして吐瀉物をブチ撒け続ける訳か。

そのまま吐瀉物に埋もれて死んでくれれば楽なのだが。流石にそうもいかないだろう。

平然と吐瀉物というか、いろんながらくたの山に降りると、ついてくるように指示してくるストーム1。

そのまま平然と、ショッピングモールから出るのだった。

流石というか、何というか。

ウルフは最後まで躊躇していたが。唯野仁成が促して、来させる。

何とか一人も欠けずに、オーカスバスターを打ち込んだが。

ミアとウルフは、なにかを失ったような目をしていた。

 

2、追撃、逆撃

 

ショッピングモールから出ると、ゼレーニンが表情を引きつらせて待っていた。ヒメネスはどうしていいのか分からない様子で横を向いている。

なお、吐瀉物は一部ショッピングモールの入り口からもはみ出していた。それほどオーカスは食い続けていたという事である。貪欲にも程がある。そして、それを力に変えていたのであれば。強さも納得ではある。

「とりあえず、オーカスバスターの着弾と効果は確認しました」

「それで、このまま追撃か、一度撤退か。 此方は忙しくて指示が聞き取れていなくてな」

「撤退だそうです。 どのみち、これではショッピングモール内で身動きが取れませんので」

ゼレーニンは、触るのも嫌そうにオーカスの体内から逆流してきたものを見ている。

実際には物理的に喰らって吐いたものではない。だが、それだと分かっていても、嫌なものは嫌なのだろう。

育ちが良さそうなゼレーニンにはなおさらである。

一旦方舟に戻る。

サクナヒメはすぐに風呂に行くと言って消え、女性陣もそれに習った。

ヒメネスはどうするべきか悩んでいたようだが。ゼレーニンが速攻で風呂に行ったのを見て、良い気分はしなかったらしい。ふて寝すると言って、デモニカをクリーニングに預けて私室に。

一方ストーム1とケンシロウは一旦物資搬入口で待機。

この二人まで戦闘状態を外れると、戦力が半減する。サクナヒメが戻ってから、風呂なりデモニカのクリーニングなりに行くのだろう。

何というか、管理職にちゃんと責任があるのも、ある意味大変だ。

勿論管理職が仕事をせず、ふんぞり返っているだけというのもロクな職場ではないのだけれども。

唯野仁成も居残り組だ。

何名かの機動班は同じように物資搬入口で、憮然としている。

ムッチーノが来て、おしぼりを配ってくれた。

「大変だったなヒトナリ。 ここならデモニカの顔の部分だけは脱いでも大丈夫だし、使ってくれよな」

「ありがとう。 気が利くな」

「俺は通信班だし、見ての通り戦闘は殆どできないからね。 だから少しでも役に立てるように動かないと」

本来人前で、顔をタオルやおしぼりで吹くのはあまり褒められた行為では無いけれども。今は流石にそんな事も言っていられない。

サクナヒメがさっぱりした様子で戻ってくると、続いてストーム1が風呂に行く。他の面子も交代で。

ヒメネスもそそくさと風呂に行ったらしい。

唯野仁成は、最後まで残る。

戻って来たミアが、呆れた様子で言った。

「あんた最後尾だっただろ。 最初に風呂に行く権利あったと思うけれどな」

「……俺は別に我慢できるからかまわないさ」

「そうか。 いずれにしても精神衛生上良くないと想うから、風呂には入りなよ」

「ああ、分かっている」

ケンシロウはぼーっとしている様子で、特に気にしている感じは無い。

しばらく物資搬入口で待っていると。

やがてストーム1が戻って来たので、やっと風呂にする。三交代で風呂にしている間に、二時間ほどが経過していた。

デモニカのクリーニングも全員分が完了する。

本来必要ないかも知れないけれども。流石に今回は、気分の問題である。元々密閉式の極地用スーツだ。ただでさえ、着ている事にストレスが掛かるのだから、こういう処置は必要である。

ケンシロウなどの体が特に大きな人員は、特別製のデモニカを使っている。

だからそういう人達は、オーバーホールも時々必要になる。

幾ら千人からの人員を収容できる、この巨船といえども。

デモニカの予備をなんぼでも置いておくようなスペースは存在していない。

こればかりは、仕方が無いとは言っても。

まあ、誰かが犠牲にならなければならない所だ。

さて、此処からだ。

休憩を入れたいと思ったのだが、春香の声でのアナウンスが入る。何かがあったという事である。

「オーカスが動き出しました。 現在、ショッピングモール二階へと移動中のようです」

「あの巨体でどうやって……」

「現時点ではよく分かっていません。 出現したり消えたりを繰り返しています。 二階にある大きな空間を目指しているようですが、まだ分析の途中です。 そこで……」

春香の声が申し訳なさそうに揺れる。

戻って来たヒメネスが、露骨に嫌な予感がすると顔に書いていたが。それが程なく適中した。

「オーカスが吐き戻した物資を、遠隔で調べていたところ。 どうやら情報集積体の反応があるようです。 大まかな場所も分かっています」

「おいおい。 あのゲロの中を拾いに行けってのか……」

ヒメネスがぼやく。

気持ちは分かるが、この世界の本来の住人は真面目な地霊達だ。

放っておくと、回収されてしまうだろう。ゲロでも気にせずお片付けを始めていたのである。

げんなりした皆の中で、最初に立ち上がったのはストーム1だった。

「やむをえんな。 俺が調査班を護衛する。 何人か調査班来て欲しい」

「……分かりました。 行きます」

ゼレーニンが最初に挙手すると。

育ちが良いだろうゼレーニンですら汚れ役を買って出たと言う事もあってか。何人かが挙手。

流石に、ゼレーニンが汚れ役をするのに。自分達だけゲロは嫌だ等と言っていられないと言う事なのだろう。まあ、気持ちは分かる。

続けて、サクナヒメが立ち上がる。

「春香よ。 あのオーカスとやら、また時間がたてばメシを食えるようになるのだろう?」

「はい、しかしオーカスが移動中の地点は壁などに阻まれており、辿りつくのは困難です」

「ならば情報集積体を解析しておくしかあるまい。 わしも出る。 機動班、何名か志願せよ。 手分けして情報集積体を集めるぞ」

「分かりました。 俺が出ます」

唯野仁成が挙手。

マジかよと顔に書いていた機動班の兵士もいるが、やむを得ないかと、何人かが志願していた。

とにかくさっさと終わらせなければならない。

ヒメネスも、志願した一人である。

或いはヒメネスの場合、この汚い仕事をさっさと片付けてしまいたいという気持ちがあるのかも知れなかった。

二班に分かれて出る。三班目は出ないようにと、真田さんからお達しがあった。

というのも、オーカスが物資の再吸収を始めるまでは此方も動けないだろうという推察が立っているからだそうだ。

更に言えば、オーカスの行動として。

この方舟を直接次は狙って来る可能性があるという。

勿論対応は出来るが、その間に外に機動班が出ていた場合、救助は困難だという。

故に、速攻で情報集積体を拾い集め。戻ってくるしか無い、と言う事だ。

ジープにスコップなどを積み込んで、すぐに二班で出る。今度はサクナヒメ班が前衛、ストーム1班が後衛だ。まあ調査班がメインだから、当然の編成だろう。

ショッピングモールにジープを横付けすると、ゴミの山に分け入る。勿論唾液などで汚れているわけでは無いのだが。

あの巨大な怪物が吐き出したものだと思うと、とてもでは無いが触りたくないという心理が働くのもよく分かる。

周囲を警戒。

一応仕掛けてくる悪魔はいない。

それにしても、どうしてオーカスは軍勢を従えていないのだろう。それがちょっとよく分からない。

地霊達が片付けをしているのは今も変わらない。急がないと、情報集積体も片付けられてしまうだろう。

ムッチーノから通信が来る。

「オーカス、休憩地点と思われる場所に到達。 傷を癒やしている模様」

「オーカスバスターの効果がなくなるまでの想定時間は?」

「およそ五時間かと」

「ならば三時間で片付けるか……」

ストーム1とムッチーノの通信が聞こえてくる。

ため息をつく。最初の予定地点らしい場所に来た。ベンツの偽物らしい車が、粗雑にひっくり返っている。

旗を立てて、手を振って調査班に声を掛ける。

この辺りに情報集積体がある、と言う事だ。

更にもう二つ、情報集積体があるらしい。しかも一つは地下だ。あの階段をまた下りなければならないかと思うと、げんなりしてしまうが、やるしかない。

上空でアプサラスが真顔で此方を見ている。

手伝えとは言えないので、まあ仕方が無い。

もう一つ、反応のある場所を確認。旗を立てる。周囲を常に警戒しながら動いているが。それでもちょっと不安だ。

今回は、前回とは機動班の面子を変えている。

意外な事に、メイビーが志願して出て来ている。

何でもこういう不衛生な場所では、怪我をするかも知れないと考えたらしい。まあ有り難い話だ。医療の現場では、おぞましい程汚いものも散々見ているだろうし、却って耐性があるのかも知れない。

最後の情報集積体を取りだすべく、地下への階段を掘り出す。

悪魔達を総動員して、ゴミをピストン輸送で引っ張り出す。悪魔達も、流石に嫌そうにしたのだが。

後でマッカをやるからと、機嫌を取った。

文字通り現金なもので、大半の悪魔はそれで大喜びしてゴミを掘り出し始める。流石にハトホルなどの悪魔は、それでも嫌そうな顔をしていたが。

階段を掘り返すまで一時間。

地下に再侵入する。内部は真っ暗だったので、ハトホルが光の魔法を展開。殆ど埋もれている。

かなり奥の方に情報集積体がある。

此処はかなりまずいなと、唯野仁成は判断した。もしもオーカスが戻って来たら、逃げようがないのである。

サクナヒメも同じ感想を抱いたのだろう。

今もオーカスバスターを唯野仁成が持っているとは言え。あの巨体で突貫されたら、多分どうにもならないのだ。

「情報集積体はどこじゃ!」

「ええと、ナビゲートします。 もう少し奥で……」

「姫様、此方です」

「ちょっと乱暴にどかすぞ。 皆、少し下がっておれ!」

空中に浮き上がると、サクナヒメが無数の剣を周囲に出現させる。何度か見せた大技だ。剣が一斉にゴミ山を抉って、吹っ飛ばす。その間、リャナンシーをはじめとする魔法が得意な悪魔達を機動班が展開。

皆で壁を張って、ゴミが飛んでくるのを避けた。

「よし、これで少しは探しやすくなっただろう」

「情報集積体は移動していません。 調査班、急いで回収を!」

「面倒だ、此方で掘り返そう」

「おいおい……やってくれるなら助かるけど」

ムッチーノがぼやく。サクナヒメはわしは知らんぞと顔に書いている。まあ、ゴミをあれだけどかしてくれただけで充分過ぎるくらいだ。

悪魔達と手分けして、作業を続ける。

それで気付くのだが。肉のようなものは、まるで料理屋などに置いてある見本の料理のようだ。

本当にナマモノの類はないんだなと気付かされて、憮然とする。

考えてみれば、この状況である。

ナマモノなんて、あっと言う間に変質してしまう。此処にあるのは、情報だけ得て、そこから適当に再現したものだということだ。

本来の豚はそれなりにきれい好きな生物なのに。オーカスは、本当に人間が抱いているマイナスイメージの凝縮体だ。

しばらく、心を無にして掘っていると。

勾玉のような、得体が知れないものが出てくる。

すぐに小型の悪魔に、調査班へと持っていってもらう。それからもしばらく周囲を掘っていたが。

マッカなどが大量に出てくるので、嫌な予感がした。

一応マッカなども回収はしておくが。

どうしてあの豚が吐き戻した中に、マッカが大量に含まれているのか。

やがて、ゼレーニンから通信が来る。

「ありがとう、仁成。 これで正解よ。 高密度の情報集積体だわ」

「よし、此方は一旦引き上げる。 其方は」

「何とか一つ目は発見したわ。 二つ目を今探している所よ」

「姫様」

サクナヒメがうんざりした様子で周囲を見る。そして、大きくため息をついていた。

流石に、ストーム1だけであの巨大豚から、皆を守りきれるとは思わないと言う事だろう。

「分かった、わしも其方に合流する。 この汚物の山から、さっさと離れるぞ」

「オーカスの予想回復時間まで、後二時間半!」

ムッチーノが急かしてくる。仕事とは言え、ヘイトを買う行動だ。本人も色々と辛いだろう。

すぐに一階に戻る。

そして、情報集積体があるらしい場所周辺を、サクナヒメが吹っ飛ばして、掘り出しやすくする。

冷や汗が流れる。オーカスが乱入してきたら、多分ストーム1とサクナヒメ以外、誰も助からないだろう。

急いで情報集積体を回収するように、皆で手伝う。

やがて、トゲトゲした球体が転がり出て来た。鈍く光っており、どうもこれらしいと判断する。

調査班がすぐに調べて、頷く。

ならば、撤退開始だ。

「可能な限り急いで方舟に戻るように。 急げ」

「俺が最後尾に立つ」

ヒメネスが最後尾に。唯野仁成も最後尾に立つことを提案したが、ヒメネスは首を横に振った。

皆がそそくさと行く中。ヒメネスは周囲に油断なく銃を構えている。

「此処ではお前に負担をかけっぱなしだからな、ヒトナリ。 先にいけ。 どうせ危険はねえよ」

「分かった。 兎も角、戻るのを急げよ」

ジープに分乗して、皆が戻り始める。

その間も地霊達はオーカスの吐き戻した張りぼてや偽物をかたづけて、棚に戻し続けていた。

此処では絶対に買い物をしない。

多分誰もがそう思っただろう。

最初に回収した幾らかの物資すら、汚れて見える程だ。何だか、本当にショッピングモールを模した場所なのか此処は。保健所が入るレベルだぞとぼやきながら、唯野仁成もジープに乗る。

ストーム1が急ぐように促し、最後尾を守っていたヒメネスがジープに飛び乗る。

慌てている様子からして、碌な事がなかったのは事実だ。

「すぐに出してくれ!」

「何があった?」

勿論即座にジープを出す。サクナヒメはジープに乗らず、走ってついてきている。余裕の様子だ。

多分だが、ケンシロウやストーム1ももうジープなんか必要ないくらい身体能力が上がっているだろう。

デモニカによる並行しての経験蓄積は、それだけ大きいのだ。

「あの豚野郎が降りてくる気配があった! 急いで戻らないとまずいかも知れない!」

「確かにショッピングモールが揺れているな」

「最高速で頼む!」

調査班が必死に情報集積体を抱えているなか、ジープが荒野に急ぐ。

レインボウノアも、此方に向かい。ドリフトしながら止まって、物資搬入口を開ける。完璧な操縦だが、それに見ほれている余裕は無い。

オーカスだ。

ショッピングモールの入り口を吹っ飛ばして、多少縮んだとは言え巨体が姿を見える。

そして、凄まじい雄叫びを上げていた。

「ブオーノ! よくもやってくれたな人間! ブオーノブオーノ!」

「それ、笑い声ではないようだな。 だがそんな鳴き声を上げる生物はいないぞ。 何を真似ている」

「やかましいわっ!」

ストーム1がわざわざ挑発すると、オーカスは余程頭に来たのか、律儀に答えてきた。

何だかストーム1と気があいそうな雰囲気だが。ともかく急いで方舟に、ジープごと乗り込む。

オーカスが突貫してくる。アーサーの声が聞こえた。

「プラズマバリア、出力全開……」

「いや、必要ない。 各員、周囲に掴まれ。 「多少」揺れるぞ」

この声は、正太郎長官か。

春香が、珍しく慌てた様子で、アナウンスをして来た。

「これから方舟はオーカスと格闘戦をします! 皆、周囲の壁に身を固定してください!」

「おいおい、冗談じゃねえぜ」

ヒメネスがぼやく。

突貫してくるオーカスに対して、方舟がそのまんま逃げる。オーカスは複数ある足を忙しく動かして追ってくるが。元々四つ足の動物は、人間などとは比較にならない程移動速度が速い。

オーカスは少し足が多すぎるようだが、それでも方舟に追いついてきかねない速度で、荒野を驀進してくる。

「ブオーノ! ブオーノ! 喰らってやる! 船ごと喰らってやるぞ! 人間どもおおおッ!」

「総員、体の固定を急げ。 終わり次第、奴と戦闘する」

正太郎長官の声は冷静だ。程なくして、全クルーから固定完了の報告が上がる。デモニカをつけているから聞こえる。

点呼が終わったのを確認すると。

方舟が、巨大な豚に対して、ドリフトしながら全砲口を向ける。

横っ腹に突っ込んで来ようとするオーカス。

「いくら大砲が大きくなろうと、鉛玉など、効くものかああッ!」

まるで、その突貫は猪のようだったが。

するりと、殆ど完璧に。

芸術的な動きで、方舟はオーカスの突貫をかわしていた。芸術的なまでの動きである。外の映像は唯野仁成にも見えている。

凄いと、思わず声が出ていた。流石は鉄人二十八号の操縦者だ。

戦後の混乱期を、鉄の巨神とともに。劣悪なリモコンで完璧に操作しながら乗り切った、レジェンドオブレジェンド。

オーカスが、掴み損ねた方舟に、つんのめるようになり。

だが、それでもふんばって、掴みかかろうとした瞬間。

ゴア隊長が、声を張り上げていた。

「撃ちーかたー、はじーめ!」

「全砲門解放! 撃て撃て撃てっ!」

方舟についている全ての火砲が火を噴く。

あのミトラスの、魔法に守られていた城さえも半壊させた砲だ。しかも、オーカスは見た所、オーカスバスターを喰らって弱っている所を無理矢理強襲しに出て来ている。

全ての弾丸が直撃。爆裂。

しかも、その中にはオーカスバスターの効果がある砲弾もあった。

「ブ、ブオーノ! ブオーノーッ!」

悲痛な叫び声を上げるオーカス。豪華なマントが吹っ飛び、王冠も外れて吹っ飛ばされる。

手にしている王錫らしいものは死守したようだが、これは無理だと判断したのか、そのまま逃げ出す。

その背後にも、更にオーカスバスター入りの弾丸が叩き込まれた。文字通り座薬のように弾が叩き込まれたので。

流石に唯野仁成も、オーカスに同情していた。

「ぶぎゃあああああ! き、貴様らはああああっ!」

当然、凄まじい量の吐瀉物をまき散らしながら、オーカスは逃げていく。

方舟が止まる。

アーサーが、損害を報告するようにクルーに指示。

前の不時着の時より遙かに小さいが、それでも船内の彼方此方に細かい損害が出ているようだった。

「豚野郎を追い払ったは良いが……」

ヒメネスがぼやく。まあ気持ちは良く分かる。文字通り山となったゴミ。全部オーカスの吐瀉物だ。

そして、アーサーが空気を当然読まない発言をしてくる。

「オーカスの体内から逆流した物資の中に、情報集積体があるようです。 回収をお願いいたします」

「冗談じゃねえ! アーサー、お前がやれ!」

「私は此処から動けません」

「※※※※!」

誰かがあまり人前では口にしてはいけない言葉を口にしたが。しかしながら、それを咎める者は誰もいなかった。気持ちは嫌になる程、誰にでも分かったからである。

方舟が軽く移動して、停止する。

少し休憩を取ることをゴア隊長がアーサーに提案。アーサーもそれを呑む。

此処はショッピングモールの外。物資がぶちまけられているのも、ショッピングモールの外。

要するに地霊族がお片付けをする事は無い。

放って置いても、しばらくは大丈夫なのだから。休憩を取って、更には心の準備をする時間くらいはあるだろう。

アーサーの分析によると、これで数日は、オーカスは身動きも出来ないほどのダメージを受けたはずだという。

まあオーカスバスターの、それも200ミリ以上も口径がある弾丸を複数。一発に至っては、座薬されているのである。

これで数日程度で動かれたらたまったものではない。

休憩後、ゴミの山から物資を回収する。プラントをその場に展開して、物資を丸ごと全て回収するのだ。

更に、情報集積体の回収も行われたが。

安全である事や、時間的余裕がある事からも。唯野仁成やヒメネスは、サクナヒメと一緒にショッピングモール付近での見張りを担当。

普段は二線級で仕事をしているメンバーが、捜索に当たった。

そうして更に二つの情報集積体が見つかった。

真田さんが嬉々として調査に当たってくれているが。はてさて、結果はどうなることだろうか。

ともかく、オーカスが復活する前に。

早々にとどめを刺したい所だが。恐らくは、そう上手くは行かないだろう事は、唯野仁成にも予想がつくのだった。

 

3、死の追いかけっこ

 

プラントによる物資の補充などが軌道に乗ったタイミングで、一度皆方舟に戻る。真田さんが、調査結果を報告してくれると言う事だった。

真田さんを尊敬していない国際再建機構の人間などいない。

殆どの物資を改良し、それに助けられた人間は数知れないからである。

デモニカの通信に、真田さんの声が入り込んでくる。

春香に説明させるには、ちょっと難しい内容だと判断したか。それとも、さっさと説明をして眠りたいのか。

その辺りの事情は、唯野仁成には分からない。

「まずオーカスだが、先に大量の悪魔を喰らった形跡がある事が判明した」

「……!」

「情報集積体は、オーカスが最初にこのカリーナに降臨した際に、連れてきた部下達だったのだろう。 地霊族を従え、大量の物資を吸収する準備が整った後。 必要がなくなった軍勢を、オーカスは文字通り喰らってしまったと言う事だろう」

「何て野郎だ……」

誰かがぼやく。

唯野仁成も同じ気持ちだ。

確かに豚は雑食で、死ねば家族だろうが何だろうがエサに早変わりという貪欲な性質も持っている。

だがいくら何でも、連れてきただろう部下達を用済みとなるや全て喰らって自分の力に変えるとは。

確かに食えば食うほど強くなる性質を持っているようだったが。

それにしても、あまりにも邪悪すぎる。

少しばかり、オーカスバスターを喰らった後の様子を見て、気の毒だと思ったのに。

その考えは、全て捨てた。奴に同情は必要ない。抹殺する以外にはないだろう。

唯野仁成が怒りを燃やしている途中も、真田さんは解説を続けてくれる。

「現時点で、オーカスは同じ地点で休憩を続けている様子だが、この状態で更にオーカスバスターを叩き込めば奴に致命傷を与える事が出来ると思われる。 奴は物理的に大きなダメージを受けた上に、体内に吸収阻害の弾丸を喰らっている。 倒すなら今しか無い、と考える」

しかし追う手段がない。

奴のいる場所は、どうも妙で、いけそうにもないのである。

それに関しても、真田さんは抜かりが無かった。

「オーカスを追うために、切り札を二つ用意した。 一つは案内人だ」

映像が出る。

金髪の、青い服を着た女の子だ。人形のように可愛らしいが、肌の色が死人のそれだ。椅子に座って足をぶらぶらさせているが。

サクナヒメが監視している様子からして、恐らく悪魔だろう。

「彼女はアリス。 良く正体は分からないが、「おじさん達」に作られた、と口にしている」

「真田技術長官。 それはバガブーのように、人造悪魔と言う事か?」

「或いはそうかも知れない。 組成などを調べて見た所、一致する存在がいない。 ライドウ氏によると、以前遭遇した事があるらしい。 闇が濃い場所にたまに出現する謎の存在だそうで。 まあ今回は、たまたまオーカスに遭遇して、食われてしまったのだろうな」

オーカスと聞いてむーとむくれている様子は、ただの女の子だ。

しかしながら、今の唯野仁成でも、ギリギリ従えられるかどうかと言う強大な力を感じる。ただ者では無い事も事実だろう。

「情報集積体を復元して、彼女を元に戻した。 彼女はオーカスの作り上げた「迷宮」を熟知している。 案内をしてくれると言うことだ」

「案内はするけれど、気に入った人にだけしてあげるから。 それとあの豚、絶対に許せない。 ギッタンギッタンにしてやるんだから!」

「分かった。 アリス、君で気に入った相手を選んでほしい」

「はーい」

気むずかしそうな女の子だが。まあ多分女性クルーの誰かを選ぶだろう。

アリスがサクナヒメと共にいなくなる。真田さんが映像を撮っている部屋から出たのだろう。

そのまま、真田さんは説明を続ける。

「更にもう一つの切り札が、空間の捻れを検知する装置だ」

「空間の捻れえ……?」

「ショッピングモールの二階以降が、妙な具合になっている事は既に知ってのことだと思うが、調べて見た所、どうも空間がおかしくなっているらしい。 量子のゆらぎが、滅茶苦茶になっている。 オーカスはその量子のゆらぎを一時的に落ち着かせる能力を持っているらしく、情報集積体からその技術を回収することが出来た」

要するに、だ。

ショッピングモールの二階以降は迷宮になっており。

更にオーカスやアリスくらいしか分からない程入り組んでいて。

普通だったら迷宮にも入る事が出来ないほど、空間がメタメタになっている、と言う訳だ。

なるほど、納得がいった。

オーカスの巨体で、どうやってあのショッピングモール内を移動しているかが疑問だったのである。

それもこれで解決したと言える。

奴は文字通り、二重の防壁で自分を守っていたのだ。

最強の肉体を作りながら、しかも自分を最強の防壁で守る体制を作っていたという訳か。

なるほど、思ったよりも遙かに手強い相手だ。

真田さんがいなければ、もっと攻略には苦戦した可能性が高いだろう。

咳払いする真田さん。

「一つ、良くない報告がある。 嘆きの胎からのスキップドライブ反応を検知した」

「!」

「ほぼ間違いなくアレックスと見て良いだろう。 スキップドライブした場所は、恐らくショッピングモールの中だ。 高確率でオーカスを探索中に出くわすと見て良い。 各自、最大限の注意を払ってほしい」

通信が終わる。

唯野仁成は、すぐに物資搬入口に向かう。途中でヒメネスと合流。

物資搬入口には、サクナヒメが既に待っていて。アリスが後ろ手で、周囲を興味深そうに見回していた。ライドウ氏もストーム1も、ケンシロウもいる。アリスは集まって来た機動班の面子を見て、自分と組む相手を物色しているようだった。

「強そうな人がたくさんいるね。 どの人も強そうで目移りしちゃうなー。 サクナちゃんと一緒に行くのも楽しそう」

「姫様とよばんか」

「うふふー」

サクナヒメが苦虫を噛み潰している。見た目の年齢で言うとアリスの方が少し年上に見えるし、何より非常に格好がしゃれている。間近で見ると、育ちの良さは相当な様子だ。サクナヒメも同じく姫ではあるようなのだが、とにかく野性的な経験をしてきたからだろう。どうしても雰囲気がしゃれていない。父が武神だという事もあるのかも知れない。豪快な笑い方などから、その辺りは推察は出来る。

悪魔の世界の事は良く分からないが。ヒメネスがバガブーをとても可愛がっているように。アリスも創造主に可愛がられていたのだろうか。

ライドウ氏が、咳払い。アリスに声を掛ける。

「久しぶりだなアリス」

「あ、ライドウのおにい……お髭だ。 老けた?」

「俺はこの世界には時を渡って来ているのだが、そうだな。 君と遭遇した事件の時に比べて、10歳以上年を取っている。 君は変わらない様子だな」

アリスの反応からして、本当に知り合いらしい。悪魔の世界も色々あるのだなと、唯野仁成も感心していた。

アリスはにこにこと屈託の無い笑顔を浮かべていると、無邪気な女の子に見えるが。それを帳消しにするくらいの強烈な負の力を感じる。調べて見ると、種族魔人とあった。極めて珍しい種族らしく、世界の終わりに現れたり、死を司る神の中でも特に強烈な力を持っていたりする特別な悪魔を分類しているらしい。

ライドウ氏との会話や本人の申告からして、恐らくは一個体しかいない悪魔なのだろう。

「ベリアルとネビロスとは一緒にいなかったのか?」

「んー、おじさん達二人とも親分さんに連れられて、どっかに行っちゃった。 私は何だか知らないうちにこの世界に来ていて、それであの豚に吸い込まれちゃって」

「君を抵抗もさせずに倒すとは、やはり尋常では無いな。 弱体化しているとは言え、油断はできん」

「なーに、だいじょぶだよ。 オーカスの奴無敵モードになってたし、召喚されたばっかりで勝手が分からなかっただけだもん。 次は負けない。 今回はライドウのおにいちゃんと一緒に行くのはやめとこっかな。 前に一緒に行ったもんね」

苦笑するライドウ氏。アリスを仲魔にして、色々な事件を解決したのだろう。

元々悪魔関連の専門家と聞いている。途中聞いた事があるような悪魔の名前が出ていたが、それがくだんの「おじさん達」なのだろう。

アリスはしばらく機動班クルーを見ていたが。

やがて、唯野仁成の前で足を止めた。

「おじさん、名前は?」

「唯野仁成」

「そっか、じゃあおじさんについていくね。 おじさんの魂が一番面白そうだ。 私は魔人アリス。 こんごともよろしく」

PCに吸い込まれるアリス。周囲が若干羨ましそうにした。恐らくだが、現在クルーが持っている悪魔の中では、スペシャル達の所有悪魔を除くと最強の存在だろうからだ。

それにしても魂云々か。霊がどうのこうのと言ってきたさいふぁーとか言う得体が知れない奴と同じだな。そう唯野仁成は思う。

ライドウ氏が咳払いした。警戒を促す目だ。

「アリスは強いぞ。 サクナヒメほどでは無いが、圧倒的な制圧力を誇る。 成長性も高いから、戦闘でぐんぐん伸びてくれるはずだ。 ただ物理戦闘力はあまり高くないから、守ってやって砲台として活用するのがいい」

「分かりました」

「……彼女は子供らしく無邪気な分残酷だ。 決して目を離さないようにな」

何となく分かるので頷く。

確かに、分不相応の力を持った子供ほど、厄介な存在はいない。分別がついていない子供は、際限なく残虐になる。

そんな事は、発展途上国での紛争地帯で、嫌になる程唯野仁成も目にしている。幼いうちに親に売られ、武装組織に捨て駒として買われたような少年兵は。時に大人のゲリラなんぞより、余程残忍非道だったりするのだ。

また、デモニカのアップデートがすぐに行われ。

オーカスが作った秘密の迷宮が、暴かれるようにこれでなった。

問題はアレックスだ。

かなり戦力を増している自信はあるが、それでも流石に一対一で勝てるとはとても思えない。

今回も、三チームに分かれて探索をする事になる。

ストーム1のチームにはヒメネスが入る。サクナヒメのチームには唯野仁成が。ケンシロウは居残り。今度はライドウ氏が出て、調査班を護衛する。

調査班はオーカスの迷宮の中に、特殊な装置を撒く予定らしい。

なんでも、もう少しで地上と通信をするための機械が完成するらしく。

空間が不安定なオーカスの迷宮で実験を行いたいのだそうだ。

地上と通信が出来ると聞いて、機動班達もどよめく。ヒメネスに至っては、ひゅうと口笛を吹いていた。

「ますます脱出が近付くな!」

「まだやってみないと分からないわ。 真田技術長官は本当に凄い人だけれども、それでも人間である以上限界はあるのだから」

「なーに、真田の旦那なら何とかしてくれるさ! ヒトナリ、行こうぜ! 今ならアレックスにだって、簡単に殺られる事は無いはずだ」

「……そうだな」

ヒメネスの喜びに水を差すのも何だと思ったので、唯野仁成は頷く。

機動班がそれぞれジープに分乗して出向く。

地霊達は極めて勤勉なようで。オーカスが破壊したショッピングモールの入り口を、既に殆ど修復し終えていた。

何だか労働が本当に好きなんだなと呆れてしまう。他の方向性で労働すればいいのにとも思う。

ともかく、入り口でジープからばらばらと降りる。

一線級で戦えるようになった機動班クルーはかなり増えてきている。更に言えば、連れている悪魔も強くなってきている。

内部のゴミはもう殆ど片付いていた。

陳列棚に戻されたのだろう。この辺りの仕事はなんというか雑だが、あの吐瀉物の山が無くなっただけでも、精神衛生上ある程度有り難い。

サクナヒメが顎をしゃくる。

第一陣はサクナヒメ班だ。ストーム1班は、クリアリングをしながら、ライドウ班の進路を切り開く。

PCからアリスが飛び出してくる。

物珍しそうに、周囲を見回している。表情はころころ変わって、何にでも興味を示す年頃の女の子らしい仕草だ。

「うわー、いろんなものがあるね! でもみんな作り物っぽいなあ」

「作り物だそうだ」

「ヒトナリ、あれって売り物なの?」

「好きに持っていって良いそうだ」

わっと喜ぶと、アリスは兎のぬいぐるみらしいのを引っ張り出す。ただ、綿がはみ出しているし、どう見ても良いものではないが。

喜んでいるのだからまあ良いだろう。

「繕って! 綺麗にして!」

「分かった、後でな。 戦闘任務が終わった後だ」

「ふふーん、おじさん妹か娘がいるでしょ。 そういうの出来るの、分かる」

「ああ、少し年が離れた妹がいる。 ……警戒してくれ」

兎も角、此処からはオーカスの居城に等しい。ようやく、奴の住まう要塞に突入したとも言える。

アリスは嬉しそうに、何処かしらに兎の汚いぬいぐるみをしまうと、周囲を手をかざして見始める。

一応念のためだ。オルトロスも出しておく。オルトロスはアリスを見ると、ぎょっとした顔をする。ひょっとして、知っているのだろうか。

ネビロスはともかく、ベリアルという悪魔は名前を聞いたことがある。確か凄く有名な悪魔だ。

そんなのがこのアリスを作ったのだとしたら。

目的はよく分からないが、悪魔の間では知られているのかも知れない。

サクナヒメは文字通りのプリンセスだが。

同じくらいのプリンセスになるのかも知れないわけだ。

エスカレーターで二階に移動。以降、アリスもオーカスの気配を感じたか、無言になった。周囲をクリアリングしながら進む。サクナヒメは堂々と歩いているが。やがて、壁の前に立つと、顎をしゃくった。

「ここじゃな。 壁のように見えるが、壁ではない」

「やってみます」

前に出たのはメイビーだ。唯野仁成が前に出ようとしたが、サクナヒメが視線で止めてくる。

此処はやらせるべきだ。そういう意味だろう。

確かに、メイビーは弱くて憶病な自分をどうにかしようと必死にあがいている。だったら、背中を押してやるのが唯野仁成がするべき事。

人材は育成するもので、生えてくるものではない。メイビーが成長しようというのなら、見守るのが同僚としての役割だ。

やがて、空間がぶわっと拡がる。壁だった場所が、いきなり何も無いトンネルになったような印象だ。

ゼレーニンから通信が来る。

「彼方此方にこんなねじれた空間が存在しているわ。 内部がどうなっているか分からないから、気を付けて」

「了解。 其方も気を付けてくれ」

「おー。 一杯いる」

アリスが警告するまでもなく、唯野仁成にも見えている。

うめき声を上げながら、何かが此方に向かってくる。体が崩れてしまっている悪魔達である。人型だったり翼が生えていたり、獣だったり。様々な姿だったが、殺してくれと言わんばかりのうめき声を上げているのは、あまりにも痛々しい。

前に実体化に失敗した、外道スライムという悪魔を見たが。

それに近い存在なのかも知れない。

オーカスが吐き戻した悪魔の成れの果てだろうか。それとも、この異様な空間に住み着いてしまっている存在なのだろうか。

アレックスが奇襲してくる可能性もある。油断は出来ない。排除するしか無い。

襲いかかってくる体が壊れてしまっている悪魔達。唯野仁成は、剣を試してみる事にする。

接近する相手を、他の機動班クルーに任せる。

だがアサルトの火力では、どうしても制圧しきれない。これでも火力はかなり上がって来ているのに。

弾幕をかいくぐってきた、体が崩れた悪魔。

教わったとおりに、最上段から一気に降り下ろす。

気を付けるのは、失敗すると足を斬ると言う事だ。気を付けつつ、デモニカの支援を受けて斬る。

すっと刃が通る。体が脆くなっている悪魔は、両断され消えていく。

更に、弾幕を抜けてきた悪魔を、横薙ぎに一閃。首がすっ飛んで、転がって。それでも数歩歩いた悪魔が、溶け消えていく。

「おじさーん、危ないよー!」

アリスの声に、反射的に飛び退く。

目の前を、文字通り紅蓮の炎が埋め尽くしていた。

アリスが放ったものらしい。とんでもない火力だなと、内心で冷や汗を掻いていた。これは凄い。

確かにライドウ氏が強いと太鼓判を押すわけだ。

今の炎で、敵が明らかに物怖じし。それを他の機動班クルーが一気に制圧して行く。体が完全に崩れていても、一応自我はある訳だ。気の毒な話だなと思う。

サクナヒメはずっと目を細めて様子を見ている。恐らくアレックスによる奇襲を警戒しているのだろう。

曲がりくねった通路から、無尽蔵に迫ってくる悪魔だが。

オルトロスが炎の息を叩き込み。更にユルングが音波砲を叩き込んだ後。

他の機動班クルー達が一斉に悪魔に魔法を叩き込ませると、静かになった。

クリアリングを開始する。同時にメイビーが、周囲に電波中継器を撒いていく。他にも何かちょっと大きめの装置を設置している。此方に来てから作ったものだろうか。今まで見たことが無い。

だとすると、あれが真田さんがいっていた、外との通信を可能とするものなのだろうか。可能性は否定出来ないが。まあ期待もしきれないだろう。

ポリマーを吹き付けて固定。

周囲のマッピングをしながら進む。文字通りの迷宮になっていて、曲がり角が非常に多い。奇襲も当然受けやすいが、それは悪魔達を使ってカバーしていく。

不意に、通常の空間に復帰する。ショッピングモールに戻って来たので、何だか不思議な気分だ。

「此方唯野仁成、ねじれた空間を抜けた。 ムッチーノ、現在位置は」

「今君達は三階にいるよ」

「……」

階段を上がった覚えは無い。これは、文字通りマッピングが滅茶苦茶になりそうだなと嘆く。ただ今はまだ迷宮に入ったばかり。アリスの案内は必要ないだろう。

周囲に敵影は無し。

或いは、あの異常空間だけ。体が崩れた悪魔が、大量に徘徊しているのかも知れない。

ヒメネス班と連携を取りながら、また異常空間に戻り、周囲を丁寧に制圧して行く。出来るだけ急いでオーカスに迫りたいが。

背後を突かれる事の方が危険である。周囲を確認。ともかく、この迷路の安全を確保し。更に移動出来た範囲内の安全も確認していく必要がある。

ショッピングモール内で現在気にすべきはアレックスだが。あいつが仕掛けてくる場合は、流石に現時点戦力での撃退は無理だろう。嘆きの胎に一人で入り込んでいたようだし。スペシャル達と連携しないとかなり厳しい事になる。

また、曲がりくねった通路を抜ける。

だが、その瞬間。

サクナヒメが、前に弾かれるようにして躍り出ていた。

凄まじい閃光が走り、至近距離で光の剣とサクナヒメの刃がぶつかり合う。

互いに弾きあったアレックスとサクナヒメ。やはり、奇襲を仕掛けて来たか。

すぐに悪魔達と共に出て、加勢にはいる。他の機動班クルーには、背後を警戒して貰う。唯野仁成はアサルトを片手に、連絡を入れた。

「此方唯野仁成。 アレックスとエンゲージした」

「了解。 すぐに支援に向かう」

「やはり生きていたか……唯野仁成! この外道っ!」

「落ち着けバディ。 冷静に行くぞ」

アレックスは、相変わらず凄まじい殺意を唯野仁成に向けてきている。アリスがふわふわと浮きながら、話しかけてくる。

サクナヒメは全く余裕が無い様子だ。やはり、アレックスは嘆きの胎で更に力を上げてきていると見て良い。

「あれー。 ひょっとして結婚詐欺とかして恨まれてるおじさん?」

「そんな訳があるか。 どうして恨まれているか分からない状態だ」

「あれは魔人アリスか。 厄介な奴を連れている。 出来るだけ急いで制圧するぞ、アレックス」

「分かっている!」

アレックスが突貫してくる。速い。サクナヒメが迎撃に出る。今までと違って、動きを視線で追う事だけは出来るが、それが精一杯だ。まだかなり力の差があると見て良いだろう。

悪魔達の中で、唯一対応出来そうなのがアリスだ。ぱんと胸の前で手を合わせると、詠唱を開始。それを見て、アレックスが拳銃を向けてくるが。サクナヒメがさせじと斬りかかる。更に唯野仁成も廉価版ライサンダーを引き抜き、精神を集中。

普段の鍛錬を思い出せ。自分に言い聞かせつつ、引き金を引く。

弾丸が、アレックスの顔の至近を掠める。アレックスは舌打ちすると、飛び下がる。

アリスの詠唱が完了。

周囲全域を、真っ黒な凄まじい闇が押し潰すようにして覆い尽くしていた。

「アハハハ! 死んじゃえ!」

びりびりと強烈な威圧感が周囲を覆い尽くす。この魔法、とんでもない代物だ。恐らく周囲を超高密度の何か得体が知れないエネルギーで圧殺しているのだろう。後方でも戦闘の音。やはり潜んでいたらしい敵が仕掛けて来ている様子だ。かまっている暇は無い。今のアリスの魔法でも、敵を仕留められているとは思えないからだ。

飛び下がって来たサクナヒメが、羽衣を使って周囲の闇の残滓を吹き飛ばす。

同時に、今のを耐え抜いたらしいアレックスが、至近距離に。

まずい。間合いに入られた。

アレックスの持つ光の剣が、逆袈裟に、唯野仁成を切り裂こうとしてくる。

だが真横から、横殴りにサクナヒメの槌が剣を振ろうとしていたアレックスの脇腹に直撃。

凄まじいまでに至近で死の臭いを嗅いだが。

吹っ飛んだアレックスを見て、やっと息を吐くことが出来た。

呼吸を整えつつ、アサルトの弾丸を浴びせかける。デモニカの防御性能で防いでくるアレックス。

アリスが喚声を挙げる。かなり楽しそうな相手だと認識したのだろう。

「わー強い強い! 本気だしちゃうよー!」

「魔人アリスはあらゆる魔法を最高レベルで使いこなす。 分かっているなアレックス」

「ええジョージ、最強の盾に矛を揃えたつもりなんでしょうね。 でも」

アレックスが、何かを呼び出す。

それを見て、アリスは即座に詠唱を停止。

現れたのは、赤い鎧を着た女性の悪魔だ。正体は分からないが、軍神か戦神か。

むーと頬を膨らませるアリス。あの悪魔、魔法を何かしらする能力を持っていると言う事か。

再び突貫してくるアレックス。応撃するサクナヒメ。だが、やはり真正面からぶつかり合うと、若干サクナヒメが不利なようだ。それに、赤い鎧の女性悪魔が、槍を掲げる。もの凄く嫌な予感がした。

「まずい、リャナンシー、壁を!」

降り下ろされた一撃が、壁ごと唯野仁成を吹っ飛ばす。

悪魔達は殆ど一撃で壊滅。とんでも無い高レベル悪魔を使っているという事になる。アリスだけは耐え抜いたようだが、凄く不機嫌そうに回復の魔法を使い始める。一方、女悪魔はサクナヒメを横目に、突貫してくる。

立ち上がりつつアサルトで足止めを計るが、気にもしていない。というか、効いている様子が無い。

まずい。アリスと違って、物理戦闘特化の悪魔とみた。しかも魔法に対しても何か切り札を持っている。アリスはそれを知っているから魔法を使うのをやめた。いるだけで戦略的な価値が生じる悪魔と言う事だ。

ボロボロの唯野仁成に対応出来る相手じゃ無い。

場に、第三者による支援が飛び込んだのは、その時だった。

赤い鎧姿の女悪魔が、一撃に対応。左手に持っている盾を使って、飛来した一撃を弾き返す。その瞬間、好機とみたのだろう。アリスが詠唱を再開。即時魔法が完成。

至近に、巨大な炎の柱が立ち上り。それが赤い鎧の女悪魔をモロに包んでいた。アリスがきゃっきゃっと黄色い声を上げている。やはり強い。だが、防御は鉄壁とは言えない。

「アレックス、交戦中のアンノウンと同レベルの相手による狙撃だ! 撤退を推奨する!」

「せっかくターゲットが、あいつが至近にいるのに!」

「今は引くんだバディ!」

「……っ! 仕方が無いっ!」

投擲される何か。恐らく閃光手榴弾だろう。顔を庇って、アリスも一度PCに戻す。

閃光が消えた後には、肩をざっくり斬られて大きく息をついているサクナヒメ。恐らく赤い鎧姿の女悪魔が、撤退がてらに斬っていったのだろう。あんなのを従えているのか。予想はしていたが、相当にまずい。

すぐに通路から出てくる他の機動班クルー。悪魔を出して、回復の魔法を使ってくれる。

壁を背に、何とか立っている唯野仁成に、通信が入っていた。

「こちらストーム1。 命を拾ったようだな」

「ありがとう。 今のは貴方の狙撃によるものですね」

「ああ。 たまたま狙撃できる地点に抜けてな。 狙撃には効果が無かったが、充分に隙は作れた。 悪いが退路までは確保出来ていないから、自力で帰還してくれ」

「了解……」

唯野仁成の手持ち戦力はボロボロだ。もう一度呼び出したアリスは自分だけは回復したが、他の悪魔はPCに戻して療養中である。

一瞬にしてオルトロスやユルングをはじめとした、そこそこに強いと思っていた悪魔を一薙ぎしたあの鎧姿の女悪魔。データが残っていたので調べて見る。女神パラスアテナ。聞いた事がある。

あのオリンポス十二神の一角にて、ギリシャ神話でも屈指の軍神だ。それは強いわけである。同じ十二神のデメテルから、あれほどの力を感じたのだ。しかもバリバリの軍神となると、弱い訳が無い。

ため息をつく。メイビーが応急手当をしてくれた。メイビーの声が震えているのが分かる。

「恐ろしい人だわ。 あんな人なら、嘆きの胎で一人で過ごしていられるのも分かる気がする……」

「それに分かってはいたが、ついに悪魔召喚プログラムを使ってきた。 今後は戦力を倍以上に計上しないといけないかも知れない」

「お前達、引くぞ。 電波何とかだけ撒いて一旦撤退じゃ」

アリスに回復魔法をかけさせながら、サクナヒメがぼやく。

アリスは最初嫌そうにしていたが、流石にまた此処に置き去りになるのは嫌だったのだろう。サクナヒメと数言問答した後、素直に回復の魔法をかけたようだった。ハトホルも当然戦闘不能状態だったから、助かった。

メイビーが電波中継器を撒いて、そして撤退に取りかかる。サクナヒメがぼやいていた。

「案の定更に力を増しておるわ。 厄介じゃのう……」

「でも、前よりは戦況が良かったような気もします」

「ああ。 だが向こうも当然悪魔召喚プログラムを使ってきたようじゃ。 今後、差が縮められるかは微妙よな」

サクナヒメも武神だ。だから、こう言うときは極めて現実的に戦闘について判断してくれるし、周囲を納得させる説得力が言葉にもある。

撤退を開始。後方の安全は、一緒に来ていた機動班が確保してくれていた。

アレックスがいつ仕掛けてくるか分からない。それがかなり大きな枷になった。恐らく、ボーティーズでのミトラス戦のようにはいかないだろう。

まずはアレックスをどうにかしないと、そもそも無茶苦茶になっている迷宮のような要塞を突破することさえ難しいと判断して良い。

三班で合流すると、一度方舟に戻る。作戦の立て直しが必要だった。

 

4、迷宮の奥で

 

オーカスはぼろぼろになった体を引きずって、迷宮の最深部に辿りついていた。また、吐き戻す。

どんどん自分が弱体化しているのが分かった。

こんな手を使われるなんて。

悪魔が情報生命体である事なんて、オーカスにも分かっている。だからこそに、情報を無作為に食らう事にした。

特に人間が無秩序に生産している情報を、手当たり次第に食えば絶対に強くなれる。それは確かだった。

実際問題、呼び出した悪魔はどれもこれもオーカスの敵にさえならなかった。片っ端から喰らってやった。

だが、それでも。まさかあんな手一つで逆転されるなんて。

ありえない。どういうことなんだ。

玉座につく。また、盛大に吐き戻していた。

「ブ、ブオーノ……おのれ……」

オーカスは、どんどん弱体化している。

またあの無敵の肉体を取り戻すには、同じ以上には食べなければならないだろう。だけれども、打ち込まれた弾丸のせいでどうにも体調が良くない。特に体内に取り込んでしまった弾丸は、分解できそうにもない。

こんな姿に、貶められていなければ。

ぎりぎりと歯を噛む。最近は、使ってもいなかった歯を。

また、体自体も縮んでいた。今では、体長は最大になっていた頃の十分の一ほどしかなかった。体重で言うと千分の一くらいしかないだろう。

吐き戻した情報の一部は悪魔に雑に変換して、迷宮に放った。

追撃してきている人間を迎撃させるためだ。ある程度の足止めにはなる。どうにか、戦える状態にならないと。

ミトラスの世界で大暴れしていた人間が、オーカスのこの世界にも入り込んで来ているのは、既に確認している。

鉄船の人間共より、そいつ一体の方が厄介だ。

この世界には、オーカスも力を張り巡らせている。だからあいつが、ギリシャ十二神の一角を従えている事や。それに匹敵かそれ以上の力を持つ悪魔を相手に押し気味に戦っていたのも把握している。

はっきりいって、この状態ではやりあって勝てるとは思えなかった。

深呼吸をして何とか体調を整えようとするが、また吐き戻してしまう。

笑い声。誰かは分かっている。

「はっはっは。 オーカスよ、自慢の無敵の肉体はどうした」

「ブオーノ……アスラか……」

「どうやら次はお前が人間達に殺されるようだな。 母達の手を患わせることになるかも知れないなあ?」

「黙れ……お前だって、あの人間どもに仕掛けをしているからって、余裕をいつまでもぶっこいていられるとは思うなよ……」

また吐き戻すのを見て、アスラは大笑い。

怒りに体が焼けそうだが、耐えるしかない。更に言えば、アスラとは既に色々と情報をやりとりしている。

貸し借りならともかく。一方的な借りを作るのは、好ましくない相手だった。

「それでどうする? お前自慢の無敵の肉体は失われ、要塞には既に入り込まれているようだが」

「人間は何故か争っている、ブオーノ。 それを上手に利用するしかない」

「そう簡単にいくとは思えないな。 どうもあの人間は、数名のターゲット以外には興味が無い様子だ。 それに牢獄にも侵入し、暴れていると報告がある。 恐らく己を鍛え上げ確実にターゲットを殺すためだろう。 牢獄で「実り」を探してもいると報告があった」

「実り……?」

オーカスは聞き覚えが無い言葉に首をかしげたが。アスラも分からないそうだ。

実りというのが何をさすのかは分からないが。いずれにしても、牢獄で暴れられると困る。

間違って秩序陣営の大物でも解放されようものなら、一気にこの世界のバランスが崩れてしまう。

そうなると、オーカスの玉座は。大母によって足下から揺るがされるかも知れないのである。

人間共の愚かしい行動が、この世界を混沌に傾けた。だが、もしも牢獄が全て開放されでもしたら。

その時は、またバランスが崩れてしまうかも知れない。もしもそうなれば、今は混沌に思考が傾いている大母をはじめとする母達も、思考が変わる可能性がある。

その場合、オーカス達のやり方が認められるか分からない。最悪の場合、排除される可能性さえある。

無敵の肉体を得たと誇っていたオーカスだが。流石に母達に勝てるほどの自信はない。

「どうするオーカス、手を貸そうか?」

「いやアスラよ、それは止めておこう。 お前の切り札を此処で使ってしまうと、一気に母のいる空間に攻めこまれる可能性がある」

「切り札を破られた程度で、私が負けると思うか?」

「思うね、ブオーノ。 あの赤黒の人間は確実にお前より強いし、鉄船に乗っている人間共もしかり。 正直手を抜ける相手じゃあ無い」

そういうと、怒るどころかアスラは笑うのだった。

それは楽しみだと。

アスラが戦闘にのみ興味を示す奴だと言う事はオーカスも知っている。オーカスはそんな事はどうでもいい。確実に勝つために、最強の肉体を作り上げたのに。それも、全て台無しだ。

アスラの使い魔がいなくなる。

この世界には、天使共も入り込んでいる。奴らもどう動くか分からない。

ただ、入り込んでいる天使共の実力も相当だ。オーカスは、もはやこの牢獄に閉じこもるしか無い。

呼吸を整えながら、対策を必死に考えていると。

いつの間にか、目の前にメイド姿の小柄な女がいた。堕天使だろうとは思うが、見た事がない奴だ。

「誰だお前は……ブオーノ」

「随分と弱っていますね、オーカス」

「お前のようなちんちくりんにいわれたくないわっ! う、うげぶえっ!」

叫んだのが悪かった。また、盛大に吐き戻してしまう。

だけれども、大量に吐き戻した情報は、メイド姿の堕天使の前から、いつの間にか消滅していた。

「あわわわ、ばっちいですぅ」

「お前、何者だ……」

「ちょっと取引をしようと思ってきました。 このままだと、恐らくそのまま貴方もアスラも人間に敗れてしまうので。 私としては、もっと色々な可能性を見てみたいんですよ」

くつくつと笑う瓶底眼鏡。

その様子に、どこかぞくりとしたオーカスは。精々虚勢を張りながら、言って見ろと促す。弱り切った今、オーカスは出来るだけ戦闘を避けたいのだ。

咳払いすると、ちんちくりんの堕天使は言う。

「この世界に入り込んでいる天使達は、私がしばらく抑えておきます。 その間に、貴方は打ち込まれたものをどうにか処理しなさい」

「処理って、どうすれば」

「あらあら。 悪魔としての存在が長すぎて、生き物としての本来のあり方を忘れましたかぁ?」

嘲るような声。

オーカスは苛立つが、言いたいことは分かってきた。そもそも、体をこんな風に保っているから駄目なのだ。

一度成功した。その成功体験に、全てを包まれてしまっていた。だったら、やる事は一つである。

母の手を借りなくとも。一旦、情報生命体としてのあり方を作り直すことは出来る。

勿論無理をする事になるから、一時的に力は落ちる。だが、戦う事は出来る。そして、今回の戦いは捨て石だ。次に本番を持っていく。それでいい。

オーカスの声に、力が戻った。魔王としての威厳も、である。

「どうやら貴様はただ者ではないようだな。 ブオーノ。 いいだろう、ワシは自分で自分の体をどうにかする。 天使共の抑えは頼むぞ」

「まあ精々頑張ってください。 私は基本的に、あらゆる可能性を見てみたいだけなんですよぉ」

「ふん、混沌に引っかき回して遊んでいるように見えるがな」

「それが私の、さいふぁーのあり方なのです」

スカートを摘むと、いつの間にかちんちくりんの堕天使はいなくなっていた。オーカスは鼻で笑うと。

己の体を無理矢理引き裂き、再構築を開始していた。

これほどの屈辱、絶対にあがなわせてやる。今回負けるとしても、情報は絶対に集める。そして、次に勝てば良い。

どうせ、この世界は。簡単には壊れないのだ。

 

アレックスは一度ショッピングモールから撤退すると、荒野の隅に作ったビバークポイントに戻っていた。

傷は殆ど受けていない。

だが、嘆きの胎にて力を蓄えたにもかかわらず、力の差は明らかに縮まっていた。それどころか、唯野仁成に至っては、魔人アリス等という強力な悪魔を従えていた。

あれは自分の好き勝手に動く、一番厄介なタイプの悪魔だ。

情報だけは知っている。

アリスの機嫌を損ねて、消し飛ばされた街が一つや二つではなかったという。アレックスの知る世界の一つでの話だが。それにしても、おぞましい相手だ。あんなのを従えているとは。

土の中に作った休憩所で、ジョージにデモニカのメンテナンスをさせる。

敵の分析をさせるが、やはり情報は出てこないという。

「唯野仁成も、本来カリーナにいた時と能力に遜色が無い様子だ。 このままだと、いずれ追いつかれるぞ」

「……以前の世界で仕掛けたときのように勝てなくなるというのね」

「ああ。 膨大な経験を積むことで、唯野仁成は際限なく強くなる。 それはヒメネスやゼレーニンも同じだ。 いっそ、ターゲットを一旦変えるか?」

「それも手ね。 どちらもいずれあの船の中核メンバーになる人員よ」

ジョージは更に助言をしてくる。

もっと手持ちの悪魔を増やすべきだと。

「女神パラスアテナは強力な悪魔だが、現状のあの敵を仕留めるには少し力不足に感じた」

「分かっているわ。 同格の悪魔をもう何体かほしい所ね」

「そういうことだバディ」

「私も、更に力を増さないといけないか……」

デモニカの能力上昇は加速度的だ。戦闘経験を積めば積むほど強くなって行く。しかし、アレックスが知るどのデモニカよりも、今唯野仁成達が使っているデモニカは強力に思えるのだ。

何よりあの船。次世代揚陸艦。

普段だったらレッドスプライトを旗艦とする四隻がシュバルツバースには来るのに、あの巨大な一隻だけしか確認できない。その結果生じているバタフライ効果は計り知れない。

オーカスは却って強くなっている有様だし。逆にミトラスはいとも簡単に攻略された様子でもある。

どうしていいか分からない。

ギリギリの戦いを続けて来たアレックスは、こう言うときに自分の心が弱い事を思い知らされてしまう。

「アレックス、提案がある」

「何かしら」

「相手を見極めるべく行動しよう。 どうもこの世界の唯野仁成、ヒメネス、ゼレーニンは、我等が今まで見てきた三人とは違うように思う」

「……」

人間は育った環境で幾らでも変わる。アレックスに対して、ジョージはそんな事を言う。

それは分かっている。三つの世界を見て来たからだ。極悪人だった人物が、善人になっている場合もあった。

実例を見て来ているアレックスだから、その言葉は聞き入れることが出来た。

「見極めを終えた後は、我等だけでシュバルツバースの破壊を目指すのも良いだろう」

「根本的な解決にならないわ」

「分かっている。 だから、嘆きの胎を利用する」

ジョージの案は確かに現実的ではある。ただ、嘆きの胎にいる強大な看守達と。何よりも秩序属性の大物達を力尽くで従えなければならないが。

特に五層の魔神ゼウスはデータに残っているだけでもとんでもない戦闘能力の持ち主である。

今のアレックスが、全戦力を投じたとしても、勝てるかは分からない。

もしも、やるのであれば。

後数手、ほしい所だった。

 

(続)