魔王の動機

 

序、決戦ミトラス

 

魔王ミトラスは知っている。

己が貶められた事を。

一神教は広まる過程で、敵対する宗教を徹底的に貶めてきた。場合によっては殺す事さえ行ってきた。

どこでもそれは行われてきたらしいと言う事は知っている。

例えば「腐り果てた国」で支配者をしているアスラだが。あの神格は、中東から印度、印度から中華と移動する度に神格が変わって行っているという。

強力な民族が出現すると。

屈服させた民族の宗教を取り込み、貶める。

一神教を信仰する民族は兎に角戦闘的で強欲で、世界中でその暴力を展開し、支配を拡げてきた。

その結果、多くの神々が殺され、或いは悪魔へと貶められていったのだ。

ミトラスもその一柱。

そう、昔は神だったのである。

本来の力だったら。あんな鉄船に遅れは取らない。自ら出陣して、粉々に粉砕してやるものを。

ギリギリと爪を噛むミトラス。

恐怖に這いつくばっている部下達。

人間共がミトラスを討ち取るつもりで、兵を出そうとしていることくらいは分かっている。

これでもミトラスも、相当な修羅場をくぐってきているのだ。

戦場の空気くらいは読める。

だが、解せないことが幾つもある。

人間に遅れを取るつもりは無いし。

一度もし負けたとしても、次に何倍にもして復讐してやるつもりだが。

ともかく、分からない事が多すぎる。

何もかも、あの赤黒の強すぎる人間が現れてからおかしくなった。それまでは、楽しく快楽にふける人間を研究していれば良かったのに。

それも、壊されてしまった。

ぶつりと音がする。どうやら爪を噛み切ってしまったらしい。すぐに回復の魔法で治すが。

腹立たしい事この上なかった。

少し前も、人間が城に攻めてきて。

敢えて開けておいた五階から下を、根こそぎ漁って行った。

あれは確実に勝つための調査だと判断して良いだろう。

まあいい。

それだけは許せる。

獅子は兎を狩るのにも全力を尽くすものだ。ミトラスも獅子として、相手が全てを尽くして向かってくるなら受け止めてやりたいとも思う。

散々貶められ零落した今でも。

それは確かに、戦士としての本能として存在していた。

顔を上げる。

どうやら敵が動き出したらしい。

部下達に、指示を出しておく。

「どうやら来るようよ。 迎撃しなさい」

「そ、その……逃げた方が」

生意気な提案をした部下の頭が消し飛んだ。

ミトラスは手にしている槍を待ての姿勢に戻すと。死体が消えていく様子を見守る。

舌なめずり。

やはり殺しは楽しい。

「まさかこの後に及んで臆病風に吹かれる愚か者はいないわよね?」

「も、勿論にございます!」

「ならば結構。 それぞれ持ち場につき、敵を迎撃しなさい。 アンタ達の仕事は、アタシの所に来るまでに敵を可能な限り消耗させる事よ! 分かったらさっさと捨て駒としての役割を果たしなさい!」

進むも地獄、引くも地獄か。

そういえば捕まえた人間に、此処こそが地獄だと返して笑ってやったっけ。

それも何だか懐かしい。

気にくわないのは、城の中に天使が入り込んだ形跡がある事。

それもまあ、今はいい。

攻めこんでくる人間は、久々に楽しませてくれそうだ。それだけで、満足する事にする。

ミトラスにとって、人間はあくまで玩具である。

人間にとって、自分より弱い人間がそうであるように。

人間の世界を調べた。

スクールカーストなどと言うものを作って、弱者を虐待する事を正当化しているような生物であることはすぐに分かった。

都合が良いときばかり人間は動物だからと悪徳を肯定し。一方で人間は万物の霊長だとか自称する。

自分に都合が良い快楽を求め、立場が弱い相手を虐待して楽しむ。そのためには、自分に都合が良いルールを常に作り続ける。

それが人間の本質だ。

人間は快楽の生物であり。

それこそが、欠陥だらけの猿が他の生物を圧倒的できた秘訣だとミトラスは考えた。

だから研究したのだ。人間が異常にこだわる快楽を。

そう、弱者への虐待を、である。

戦闘が始まった様子だ。

多少は削る事が出来るだろう。

それだけで充分。

此処に辿りついた奴は、魔王ミトラスの恐ろしさを思い知ることになる。

今まで散々コケにしてくれた礼。

返さなくてはならないだろう。

ミトラスは誰もいない部屋で、くつくつと笑い続けていた。

 

唯野仁成はアサルトを乱射しながら、敵の頑強さに舌を巻いていた。

精鋭を募って突入したが、今まで相手にしていたボーティーズの悪魔とはまるで別物だ。

展開していた悪魔がやられたので、PCに戻す。データを修復すれば、また戦えるようになる。

至近、迫り来る鎌。

鎌を降り下ろそうとした悪魔に、即応したオルトロスがかぶりつく。

そして、バリバリとそのまま食べてしまった。

「オレサマオマエマルカジリ」

「……」

オルトロスが血だらけの口で呟く。神話においては、オリンポス神族に対抗して作られた魔獣だ。口くらいは利けるのだろう。ロクな内容ではないが。

次々と押し出してくる敵。

ヒメネスと一緒に、迎撃を続ける。

他の機動班も、どんどん力を増している。城の三箇所から同時に攻め上がっているそれぞれの戦線で、皆戦っている筈だ。

今の時点では、苦戦は兎も角戦死の報告は上がっていない。

特に力をつけているメンバーを中心に、スペシャル達と攻め上がっているからだろう。また負傷者は無理をさせずにすぐに後退もさせている。

敵は決して弱くは無いが。

此方だって、それは同じ。

シュバルツバースに急激に適応しつつある味方は。

皆戦えるようになりつつあるのだ。

「此方ウルフ。 一名負傷。 後退させる」

「了解。 交代要員を送る」

通信が入って、すぐに切れた。

ヒメネスがアサルトの弾丸を敵に叩き込みながら、ぼやく。

「残りも少ないだろうに、逃げもしないで敵さんは元気だねえ」

「恐らく逃げる場所もないんだろう。 気を付けろ。 窮鼠猫を噛むという奴だ」

「分かっているさ。 逃げ場を無くすとろくな訓練を受けてもいないゲリラが、必死に抵抗してきたりするからな」

「俺も経験がある」

以降は無言になった。

ミトラスが狂っているのは、今まで捕まえた悪魔の聴取で知っている。

口を揃えて、彼奴の下から逃げ出せて良かったと証言していた。

それくらい人望が無い、と言う事だ。

モラクスは負けるまで、部下が自主的に戦っていた。

施した戦闘訓練は中途半端だったし。

本人はあまり頭が良くはなかったが、それでも相応に部下には慕われていたと言う事なのだろう。

だが、ミトラスは明確に違っている。

魔王といっても色々いるんだな。

そう思いながら、また突出してきた相手に、配下の悪魔達に集中砲火させる。

サクナヒメは腕組みして、壁際で様子を見ていた。

たまに味方機動班や展開している悪魔の攻撃をかいくぐってきた敵を、叩き潰してはくれるが。

一応万が一を考え。

ミトラス戦での力を温存しているのだろう。

入り組んだ通路に出た。

六階を制圧した直後である。

階段から上がったら、七階の周囲が迷路のようになっていた。此処は、いっそケンシロウのように、天井をぶちぬくのが正解かも知れない。

他の突入班と連絡を取る。

「此方αチーム。 七階に到着した。 周囲は入り組んでいて迷路のようだ」

「βチーム、了解」

「γチーム、了解した」

射撃音はまだ周囲に響いていない。

同士討ちを防ぐためにも、連絡は緊密にする必要がある。

すぐにサクナヒメに戻れと言われたので、階段に引っ込む。案の定、周囲からわっと悪魔が押し寄せてきた。

数はそれほど多くは無いが。それぞれの質が高い。

数体がオルトロスに組み付いてくる。ヒメネスのスイキにも、何体かが組み付いた様子である。

アサルトのマガジンを変えながら、下がりつつ射撃。

後方の安全は、他の機動班クルーが確保してくれているが。

周囲に隠れていた敵が、一気に奇襲を掛けてくる可能性は捨てきれない。

ただ、周囲に電波中継器をばらまき、既にこの建物の全ての構造は立体的にデモニカに記録されている。

それぞれ担当範囲のクリアリングはしているので。

恐らく、戦記物に出てくるような後方からの奇襲はないとは思う。

また、七階を迂回して敵が来る事も想定し、使わない道は簡易バリケードや悪魔による魔法の氷などでふさいでいる。

もしも敵に背後に迂回する策があっても。

簡単には実施させはしない。

「補給班来ました!」

「助かる! 補給だ!」

使い終わったマガジンを引き渡し、新しいマガジンを受け取る。

補給班もそこそこの悪魔を引き連れて護衛にしている。

戦闘経験が並列蓄積されるデモニカだ。

皆、それなりに力をつけているという事である。

ただ、誰もまだ魔王モラクスの召喚には成功していないらしい。

魔王と言うのはそれだけ段違いの相手、と言う事なのだろう。

補給を受けながら、まだ密度が高い攻撃を仕掛けてくる敵を払いのけ続ける。敵の数は多くても二百と言う事で、そのうちの既に五十以上は倒しているはずだが。それでも敵は旺盛に仕掛けてくる。

やはり、後がないのだ。

ミトラスがゼレーニンやノリスに対して行った非道を考える限り、部下に優しかったとはとても思えない。

オルトロスが、傷だらけになりながら大きく息をついている。敵は振り払ったが、彼方此方噛まれたらしい。

すぐにハトホルが回復の魔法を掛ける。

ありがとうと礼を言うと。ハトホルは静かに微笑んでPCに戻る。

ヒメネスは、そういう事はわざわざ口にしない。

悪魔を呼び出すと、回復しろとだけ指示。

ヒメネスのドライな性格は悪魔も知っているらしく。回復を淡々と行って、すぐにPCに戻る。

冷や汗を掻いたが、七階に入ってすぐの攻撃はどうにか退けたようだった。

サクナヒメが一度だけ介入したが。

飛びかかってきた相手を裏拳一発で赤い霧にしただけ。

殆ど唯野仁成達だけでこの数を撃退したと思うと、少しだけ力がついた気がして嬉しかった。

補給した物資を確認しながら、他班と連絡を取る。

やはり七階に入ったところで、猛烈な迎撃を受けている様子だ。

ストーム1の所が特に激しいらしく。ストーム1は参戦できそうにないと言うことだった。

アーサーから連絡が来る。

「敵の残りの大半がストーム1のγチームに集中しています。 αチーム、βチームはこの隙にミトラスへ接近してください」

「親玉を討てと言うことか」

「そういう事ですサクナヒメ。 貴方の活躍に期待しています」

「βチーム、敵を掃討! ただし機動班クルー、負傷して後退する!」

βチームはケンシロウの所だ。

そうなると、βチームはケンシロウだけか。

αチームも、負傷していないのは唯野仁成とヒメネスだけである。

そうなると、四人でミトラスの所に行くことになりそうだ。

敵の残りを蹴散らしながら、突入を開始。

後から来た機動班が、後方は抑える。

ストーム1が相当に苛烈な戦闘をしているようで、城がまだぐわんぐわん揺れている。ただでさえ、方舟からの攻撃で大きなダメージを受けているのである。中でストーム1が暴れたら、倒壊の可能性も低くないだろう。

突然、目の前に唸り声を上げながら歩く死体のような悪魔が躍り出てきた。

とっさに対物ライフルを叩き込むが、それでもまだ動いてくる。

「ホラーゲームのゾンビかよ! おらあっ!」

アサルトをヒメネスと二人がかりで叩き込む。

かなりしぶとかったが、それでもやがて動きを止める。

其所にオルトロスが、太い前足を叩き込んで、地面の染みにする。

しまったという顔を双頭の獅子はした。食べたかったのかも知れない。

デモニカには、幽鬼グールと表示がされていた。グールと言えば、唯野仁成も何となく聞いた事があるくらい有名な妖怪と言うかそういうのだ。これが現物か。ちょっと複雑な気分になった。

スイキは無言で、周囲の警戒に戻る。

スイキは一度しゃべり出すと、何だか一昔前の若者言葉のようなのをベラベラ使い出すのだが。

戦闘時は極めて寡黙だ。

色々切り替えているのだろう。

呼吸を整えながら、味方悪魔の消耗を確認。

まだギリギリいけるが。

それでも、第三勢力が介入している現在、余裕という言葉は何処にも存在していない。

しかもその第三勢力が、恐らくどいつもこいつもミトラスより強いのである。作戦は出来るだけ迅速にこなさなければならない。

クリアリングをしながら、ヒメネスと話す。

サクナヒメは、すたすたと後ろからついてくる。

露払いを任せてくれている、と分かっているから。ヒメネスも何もそれについては文句を言うことは無い。

「其方の状況は」

「回復の魔法が使える悪魔はそろそろガス欠だ」

「此方もだ。 ミトラスを攻略した後、後方から来た味方にある程度期待するしかないかも知れない」

「他人任せってのは、ぞっとしねえなあ」

クリアリング完了。

マッピングが表示されていて。戦闘が想定される区域は赤くなっているが。それがどんどん減っている。

八階への階段を発見。

同時に、ぬっと長身の男性が姿を見せる。

ケンシロウだった。

「おう、流石だなケンシロウの旦那」

「ああ……」

「なんだ、相変わらずじゃのう」

「すまない」

サクナヒメ相手にも、普段はこんな調子だそうである。

いずれにしても、連絡を取る。ストーム1のチームが、まだ敵の残存戦力を蹴散らしている最中。

合流したαβのこのチームに対応しうる敵の残存兵力は恐らく存在しない。

ならば、片をつけて終わりだ。

八階へ突入する。その途中、サクナヒメがひょいと前に出ると、剣で何かを斬った。

凄まじい炎が、周囲を焼き払おうとしたが。

ケンシロウの拳が、炎を消し飛ばしていた。

今のはトラップだったのだろう。危ない所だった。

それにしてもケンシロウの拳は凄い。本当に人間だろうかと一瞬思ってしまったが。

ケンシロウの神秘の力北斗神拳は、今まで何度も目にしている。今更驚いていても仕方が無い。

八階へ突入。

デモニカが、忘れていたように警告してくる。

「強力な悪魔の存在を検知。 注意してください」

「今更だ、阿呆っ!」

ヒメネスがデモニカのAIに吐き捨てる。

アレックスというあの女と話していた、ジョージというAIは人間と遜色ない言動を見せていたが。

アーサーでさえまだ機械的な印象を受けるのである。

流石に各自のデモニカに搭載されているAIがそれより劣るのは、仕方が無いとは言えた。

八階に入る。

ぞわりと、全身を冷気が包んだ。

いや、これは武者震いだ。

間違いなく、モラクスと同等か、それ以上の悪魔がいる。

ミトラスの姿は、ゼレーニンに送って貰っている。上半身はローマ時代の戦士のようで、下半身は丸い岩になっているという。

何だか生活が不便そうだが、悪魔の中には変な姿をしているものがたくさんいる。

今更驚くこともない。

八階は狭く、すぐに大きな扉があった。何十メートルというサイズである。

サクナヒメとケンシロウが頷きあう。

サクナヒメが、唯野仁成に声を掛けて来る。

「この向こうにおるぞ。 ついでにトラップつきよ」

「対応はどうします、姫様」

「そなた達の悪魔で戸を開けよ。 罠はわしとケンシロウでどうにかする」

「OK姫様。 スイキ、やれ」

頷くと、スイキが扉に手を掛ける。オルトロスも、がっと扉に食いついて開け始める。

念のため、すぐに回復出来るようにハトホルを展開しておく。

リャナンシーも出しておくか。

ヒメネスも危険を懸念したらしく、今の手持ちでスイキに次ぐナーガを展開して備える。

やがて、扉が、大きな音と共に開きはじめていた。

さて、此処からだ。

扉を開ききると同時に、サクナヒメが飛び出す。

無数の槍が飛んできたが、その全てを剣で弾き飛ばし、撃ち返す。

更に強烈な炎が吹き込んでくるが。

それも羽衣で防ぎ切った。

着地したサクナヒメ。ケンシロウがゆっくり前に出る。

唯野仁成とヒメネスが肩を並べて大広間に入ると。寒気は更に強くなった。

いた。間違いない。

ミトラスだ。

 

1、ボーティーズ陥落

 

「お前か魔王ミトラスとかいう変態ヤローは」

ヒメネスが最初に啖呵を切る。

これは、注意を分散させる意味もあるだろう。殆ど無傷でここまで来ているサクナヒメとケンシロウの事もあるが。

リスクは分散させるに超した事はないからだ。

ミトラスは、ぼろぼろになった玉座で、退屈そうに上半身だけで頬杖をついていたが。

やがて、にやりと笑うと。空中に浮き上がっていた。

「そうよ、人間とその走狗ども。 アタシが魔王ミトラスよ」

「もう部下は助けにこねえぜ。 観念して両手を上げな」

「人間に降伏しろって事? 面白い事を言うのね」

男性の逞しい上半身を持ちながら、オカマ言葉で喋るミトラスは、ちょっとギャップが強烈である。

とはいっても、此奴がゼレーニンとノリスに何をしたかは、デモニカの記録に残っている。

今すぐブッ殺してやりたいが。

ヒメネスが気を引いている間に、準備を進めておく。

「あんたみたいな雑魚に興味は無いわ。 其所の二人。 どうやってアタシと戦うつもりかしら?」

「何だ、わしとケンシロウの事か」

「何処かの異教の神のようね。 アタシは魔王ミトラス。 人間に貶められし、元司法神よ」

「そうか。 わしは武神にて豊穣神サクナヒメ。 力はまだ戻りきっておらんが、ヤナト随一の武神よ。 そやつはケンシロウ。 寡黙だが驚天の技を持つ。 後ろの二人は唯野仁成とヒメネスだ。 まあ短い時間、覚えておけ」

「そうしましょうかしらね」

ぴりぴりと、空気が帯電していく。

唯野仁成は、サクナヒメに断ると、前に出た。

サクナヒメは、油断はするなと視線を送ってくる。

分かっている。

勿論、油断などするつもりはない。

「魔王ミトラス。 貴方は何故に、残虐な実験ごっこをしていた」

「あら、唯野仁成といったかしら。 そんな事を聞いてどうするつもり?」

「アントリア……貴方の仲間は焼け焦げた国とかいったか。 其所で知ったが、悪魔とは会話が可能な者もいる。 今後このシュバルツバースを進むためには、知識が少しでも必要だからな」

「おかしな事を言うのね。 貴方たちの旅は此処で終わりよ」

ミトラスは笑いながら槍を構えるが。

すぐには仕掛けてこない。

むしろ、楽しそうに言うのだった。

「冥土の土産と言う奴だから教えて上げましょうね。 アタシやモラクス、それにこの先に控えている者達は、地上を潰すためにまずは人間を知る事から始めたの。 モラクスはストレートに人間を殺す方法を研究したけれど、アタシはもう少し格が上。 人間を知るためには、人間が何故に地球を己の快楽で貪り尽くしているのか、知る必要があると考えたのよ」

「……」

「結果は面白かったわ。 アタシの集めた資料によると、貴方たちは今、スクールカーストとかいう階級制度で幼体の頃から階級を作り、成体になってからも地位確認を頻繁に行って上位の地位にある個体が下位の個体を痛めつけて楽しむそうじゃないの。 それが社会を滅茶苦茶にしていると言う事も承知の上でね」

とんだお笑いぐさだと、ミトラスは失笑する。

案外よく調べているなと、唯野仁成はむしろ感心していた。

自由の国の最先端を自称する米国から、スクールカーストという邪悪な概念が広まりはじめてから随分経つ。

はっきりしているのは。それがロクな代物ではなく。

多くの人間を苦しめていると言うのに、どこの国でも半ば黙認されつつあるという事だ。

そんなものを黙認する学校で育てば、社会人になってもそれがあるのが当たり前になっていく。

古い時代は、日本人はやたらと複雑な作法にこだわるとか、コミュニケーションが難しいとか言われていたこともあった。

だが実際には、どこの国でもそれが変わらないことが分かってしまっている。

国際再建機構では、支援している国の学校などで色々と工夫はしているが。

まだまだ改善には程遠い状況だ。

特に名門と呼ばれるような学校は酷く。内部で大人顔負けの権力闘争が当たり前のように繰り広げられていると聞く。

「人間は弱者を痛めつけてそれを快楽とする。 ならば、それを利用すれば人間をよりよく知る事が出来、より効率よく殺す事が出来る。 それがアタシの結論。 だから人間の快楽を集め、結果最大の快楽である弱い者いじめを極めることにした。 そういう事よ」

「それが、ゼレーニン隊員とノリス隊員を痛めつけた理由か」

不意にケンシロウが前に出る。

凄まじい気迫が全身から感じられた。

これは、下手に前に出ない方が良いなと、唯野仁成は本能的に察知。

ケンシロウは、今。確認するまでも無く全力でブチ切れている。

多分、方舟の中で。一番怒らせると怖いのは、ケンシロウで間違いないだろう。それは、唯野仁成も、ヒメネスと意見を一致させていた。

「あら強そうね貴方。 ケンシロウだったかしら。 だけれども、所詮はに……」

「ほあたっ!」

言い切ることは出来なかった。

ミトラスの顔面が、漫画のように真横に折れたからである。

一瞬にして間合いを詰めたケンシロウが、ミトラスに強烈な右を叩き込んだのだ。

モラクスのそれにも劣らない巨体が、冗談のように揺れた。

ミトラスが無言で反撃に出る。

部屋の全箇所から、凄まじい炎が噴き出してくるが。

サクナヒメが即応。

剣を振るうだけで、炎を全部一瞬で消し飛ばしていた。

更にケンシロウの猛攻が続く。

無数のラッシュが、一瞬にしてミトラスの全身に叩き込まれる。速すぎてはっきりは見えないが、拳では無く指で敵を貫いている様子だ。

ヒメネスと頷きあうと。ケンシロウが飛び退くと同時に総攻撃を仕掛ける体勢に入る。

「あたたたたたたたた、あたたたたたたたたたたたたあっ!」

裂帛の気合いと共に、ケンシロウのラッシュが容赦なくミトラスの全身にくまなく叩き込まれ。

一撃を浴びる度に、ミトラスが情けない悲鳴を上げた。

ぐぎゃ、ぶぎゃ、とか。今までナルシストめいた言動までしていた魔王にしては、あまりにも情けない。

ケンシロウが飛び退くと、それでも流石はミトラス。

魔法の詠唱に入る。

周囲の温度が見る間に上昇。

まずいと判断した唯野仁成は、アサルトの弾丸をミトラスにヒメネスと一緒に叩き込む。

スイキがオルトロスと一緒に躍りかかって、ミトラスの詠唱を阻害しようとするが。

ミトラスが槍を振るって、二体まとめて吹っ飛ばした。

その顔は既にぐちゃぐちゃに潰されていて、既に彫刻のようだった面影は存在しなかったが。

「やってくれたわねええ! アタシの美しい顔に良くも!」

「ほあったあ!」

「ぶげばあ!」

ケンシロウが、とどめとばかりに、腹に一撃を叩き込む。

だが、それでも詠唱は続いているらしい。まずい。

顔面にアサルトの弾丸を集中して浴びせるが、ミトラスは、今、魔法を完成させようとしていた。

だが、静かな声が後ろから掛かる。

「不要じゃ。 もういい」

「?」

ヒメネスが射撃をやめ、下がる。唯野仁成も飛び退き、オルトロスをPCに戻す。今の一撃で、ダメージが限界を超えたからだ。

槍を振り上げると、ミトラスが恐らくは最強だろう魔法を発動しようとするが。

その右腕が。

何の前触れもなく吹っ飛んでいた。

絶句するミトラスが、呆然と床に落ちた右腕を見る。それだけじゃない。全身が、ぶくぶくと膨れあがり始めている。

「こ、これは、これは何っ!」

「……北斗百烈拳。 お前はもう死んでいる」

「こ、こんな、こんなああっ!」

左腕が。脇腹が。次々に膨れあがり、吹っ飛ぶ。

ミトラスは両腕を失っても、まだ鬼相を浮かべて吠え猛る。

それ自体が凄まじい圧力を伴い、吹き飛ばされそうになるが。唯野仁成もヒメネスも、何とか尻餅をつくのは避ける。

全身が次々に爆発していくミトラス。

まるで、彼が弄んだゼレーニンとノリスのコピーが、惨殺された状況が。そのまま彼に帰って行くかのようだった。

「あ、アタシが、アタシが!」

「……」

「せめて一人だけでもっ!」

いきなり口が大きく裂けると、其所から巨大な蛇が出て来て、唯野仁成に向かい来る。

だが、何か仕掛けてくる事は分かっていたから。即座に唯野仁成は手持ちの悪魔を展開。

リャナンシーである。彼女が展開した氷の壁が、二十メートルはあろうかという巨大な蛇の一撃を、相討ちになりつつも防ぎ抜いていた。

蛇が喋り続ける。

これは、人間型の上半身では無く、体内に格納されたこっちが本体だったのかも知れない。

「ば、馬鹿な、馬鹿な……!」

「大半の人間が快楽に溺れ、弱者を痛めつけて楽しむ生物なのは確かだ。 それに関しては貴方の研究は正しかった。 ただ貴方は、それを配下に向けて実践してしまった。 故に負けたんだ」

「ふ、ふふっ……ふはははははっ!」

蛇の体も爆発が始まる。

ミトラスの全身は間断なく爆発し、その姿が元はローマ時代の戦士を思わせる美しいものだったとは思えなくなっていた。

そんな中、ミトラスはまだ笑うのだ。

「どうせ人間の世界は、お前達がいうシュバルツバースに飲み込まれるのよ。 アタシに今負けておいた方が幸せだったと思う程の災厄が、こ、この後訪れる、わよ」

「……それを止めるためにここに来た」

「思い上がりを……! いずれにしてもあんた達の顔は覚えたわ! 魔王ミトラス、一度や二度の敗北なんて、苦にするものですかっ!」

サクナヒメが、剣を振るう。

かなり距離は離れていたが。それでも、蛇の首を吹き飛ばすには充分だった。

同時に、ミトラスの全身が爆裂する。

最後に、ミトラスは、なんだか面白い断末魔を上げていた。

「覚えていなさいっ! 母はもう目覚めているんですからっ! あ、ばぶべ、びべ、うわらばっ!」

まだ形を残していたミトラスの部品が全て爆裂し。

下半身にあった巨大な球体も、内側から吹っ飛んだ。

その石の中には膨大な内臓が詰まっていて、死んだ後もまるで蛇のように蠢いていたが。

部屋中に大量の血が降り注ぐ中。

やがて多くの悪魔と同じように。

霧のようになって、消えていったのだった。

残留物の中に、また知恵の輪のようなものを見つける。あれがロゼッタで間違いないだろう。

やはりアーサーの予想は間違っていなかった。

それと、ミトラスの配下は、戦闘力は兎も角どうもミトラスに信頼されていなかったようである。ミトラス自身が配下達に信用されていなかった鏡写しのように。

故にか。その幹部らしいのを倒しても、情報集積物質は出現しなかった。

やがて、ミトラスの痕跡が完全に消え去る。

唯野仁成は、バックパックから硝子ケースを取りだし。そして、ロゼッタらしいものを回収。

後は調査班の仕事だ。

アーサーの声が聞こえてくる。

「魔王ミトラスの撃破を確認。 ケンシロウ、サクナヒメ、唯野仁成隊員、ヒメネス隊員、お疲れ様でした。 残敵の襲撃に警戒しつつ、方舟に戻りください」

「ああ、そうさせてもらうよ。 最後の最後まで、分かった風な口を利く嫌な野郎だったな」

「嫌な野郎である事は同意だ。 奴は人間の最暗部をそのまま形にしたような輩だった」

「ああ。 俺の産まれたスラムにも、あんな奴がゴロゴロいたぜ……」

吐き捨てるヒメネス。

ケンシロウは先に無言で戻って行ってしまう。

咳払いするサクナヒメ。

「後で反省会じゃ。 わしが介入しなければ危なかった場面が幾つもあったのは分かっておるな?」

「OK姫様。 お手柔らかに、な」

「是非お願いします。 今後の強敵とやりあうためには、更に自分を鍛えなければならないですから」

大まじめに応える唯野仁成に。

本気かよと言う顔で、ヒメネスは頭を掻こうとし。デモニカをつけている事に気付いて、ため息をついたのだった。

 

ミトラスの部屋はサクナヒメに任せ。

後方で残敵を掃討したストーム1と共に方舟に戻る。

サクナヒメの反省会は後でやるらしいが。ともかく、まずはロゼッタを真田さんに引き渡す事からだ。

真田さんは頷くと、ロゼッタを手に早速研究室に。

ゼレーニンは、天使の護衛付きでミトラスの宮殿を隅から隅まで調べている。戦闘の結果ばらまかれたマッカの回収や。他にも貴重な物資などがある可能性があるからだ。

機動班はその間に宮殿内を徹底的にクリアリング。

また、ゴア隊長がライドウ氏と共に夜魔達の所に行き、ミトラスを撃破したことを報告している様子だ。

まめな人だなと思いつつ、デモニカの戦闘データをアーサーに引き渡す。

そして、一日の休暇を貰ったので、休むとした。

機動班もそれぞれ手分けして休んでいる様子だ。

唯野仁成は、ミトラスの発言を思い出して、ベッドで目を閉じたが。中々寝付けなかった。

ヒメネスにも言ったが、ミトラスの言動は箍を外した人間そのもの。

環境次第で、人間の頭の箍は簡単に外れる。

ずっと昔から、人間は過剰な残虐性に頭を悩ませ、法を作ることでその邪悪な本性を押さえ込もうとしてきた。

明文法と不文律がその両輪だった。

だが、今の時代にもそれが上手く行っているとは、必ずしも言い難い。

ミトラスが、人間の最暗部を再現し。

そしてその言葉がある意味正論だったのも、確かだった。

横になっていると、ゼレーニンから通信が入る。

「休んでいるところごめんなさい、唯野仁成隊員」

「ゼレーニン技術士官、何か問題か」

「いいえ。 ミトラスとの会話の結果を解析したのだけれど、助かったわ。 それに、ミトラスをやっつけてくれてありがとう」

「あいつに致命傷を叩き込んだのはケンシロウさんだ。 礼ならケンシロウさんに」

それならば、もう言ったそうである。

ただ、ケンシロウは戦闘が終わった後は何だかぼーっとボーティーズを徘徊しているらしく。

機動班が困惑しながら付き添っているそうだが。

元から奇行が多い人で、日常生活にも補助が必要なくらいだとは聞いていたが。

ゼレーニンも、それは知っているのだろう。くすくすと笑っている。

同じ場所にいたノリスはまだ目を覚ましていない。ゼレーニンだって、文字通りトラウマを焼き付けられたのに。

それでも笑えるようになったと言うのは、本当に良い事だ。

「それと、いやだとは思うがヒメネスにも礼を言って欲しい。 ミトラスを倒すのには、ヒメネスも勿論協力してくれた。 ヒメネスは最初にミトラスに啖呵を切って、戦闘でも一歩も引かなかった。 癖は強いが勇敢な戦士だ」

「分かったわ。 多分聞いてはくれないと思うけれど」

「……それでは失礼する」

ゼレーニンも忙しいだろうに、義理堅いことだ。

その日は結局ほぼ眠る事に費やし。また悪魔達の回復も進めた。

翌日は、機動班として出て調査班の護衛。

もうゼレーニンはじめとする中核部隊は主要部分を調べたらしく、城を調べているのは他の調査班メンバーだった。

後は真田さんが大体何とかしてくれるだろう。

それに、今回はアントリアの時と違って、方舟はダメージを殆ど受けていない。プラントにも、片っ端から壊している歓楽街もどきをどんどん放り込んでいるので。弾薬などの補給は滞りなく進んでいるそうだ。

調査班は気を抜きがちなので、オルトロスを出して敢えて威圧的に悪魔の恐ろしさを思いだして貰いながら、作業をして貰う。

今回は珍しくライドウ氏が出て来て、周囲に睨みを利かせていた。

不要なことは一切喋らないライドウ氏だ。

唯野仁成にも、殆ど話しかけてくることは無かった。

少し悩む。

船内にへんな女が現れたことを、告げるべきか。

あれはただの疲れが産んだ幻覚だった可能性もある。だが、もしもあれが幻覚でなかったのだとしたら。

悪魔の専門家であるライドウ氏には、伝えておいた方が良いかも知れない。

少し悩んだ末。

任務が終わり、調査班の護衛任務をヒメネスと交代した後。軽くライドウ氏と話をしておく。

通信を入れると、ライドウ氏は別に嫌がる様子も無く、応じてくれた。

「さいふぁー、か。 聞いた事はないが……」

「心当たりはあるんですか?」

「可能性は極めて低い。 だが、唯野仁成隊員の発言を全て事実だとすると。 ひょっとすると、とんでもない大物と君は接したのかも知れない」

そうか、大物か。

もしもあれが悪魔だったのだとしたら。プラズマバリアで守られている方舟に余裕で入り込んで来たわけで。

しかも船内にも、不審な影などは残されていなかったという。

ただものではないのは確かだ。

「もしその存在が俺の思い当たる奴だとしたら、恐らく君や方舟に害を加えてくるつもりはないだろう。 ただ、君を混沌の思想に誘導しようとはしてくるかもしれないな」

「注意をしておきます」

「それにしても妙だ。 俺の仮説ではこのシュバルツバースは……いや、何でも無い」

ライドウ氏も周囲の監視で忙しいだろう。

通信は、用事が済んだら切った。

一応、報告はした。

その後は、サクナヒメに呼び出され、ヒメネスと一緒に反省会をする。

とはいっても、がみがみ言われるようなことは無かった。

剣を渡される。

ヒメネスは今時剣かよとぼやいたが。ただ、アサルトの火力が足りない事は分かっているのだろう。

やむを得ないと、剣を受け取る。

唯野仁成は、剣道の経験は殆ど無いが。ライドウ氏が剣術使いであり、剣を使う事に長けていて、デモニカにも情報が蓄積されていることもある。

手に取った後は、問題なく振るう事が出来た。

剣そのものは、日本刀に似ているが。

シュバルツバースで採った貴重な金属によるものであるらしい。まず構えから、振り方など。順番に教えて貰う。

実は唯野仁成とヒメネスだけではなく、他の隊員も何名か呼ばれていた。その中にはブレアやゴア隊長の姿もある。

いざという時は剣を振るえるようになるべし。

それについては、銃での火力不足を皆が認識していたからだろう。サクナヒメに反発するものは殆どいなかった。

二時間ほど講習を受ける。

その全員分の経験が、並列化されてそれぞれのデモニカに蓄積される。

デモニカとはそういう極地用スーツだ。非常に便利である。

実は、前の世代のデモニカは、それぞれ個人の情報しか反映されず。このため、隊員による格差が大きかったそうだが。

このデモニカは、つけている人数が多いほど強くなる速度が上がると言う事だ。

だが、それでもミトラスの宮殿での戦闘は苦労した。

この先も、まだまだ苦労は続くだろう。

サクナヒメによるお説教タイム改め、剣術講座が終わった後。ゴア隊長が咳払いして声を掛けて来る。

「唯野仁成隊員、ヒメネス隊員。 二人とも活躍めざましい。 皆の中でも成長著しいと評判だ」

「ありがとうございます」

「帰ったらボーナス弾んでくださいよ」

「ああ。 それでだ。 君達には、少し特別な任務をしてほしい」

何だ。

少しばかり、嫌な予感がする。

だが、背を伸ばして話を聞く。

「既にあのアレックスという人物がスキップドライブし、その行き先も特定出来たことは知っていると思う。 次のスキップ先は、ミトラスのロゼッタから解析された場所ではなく、その行き先になる」

「ほう……これは厄介そうだな、ヒトナリ」

「ああ。 少なくともスペシャル二人が同時に行動しないと対処できないでしょう」

「そうかも知れないな。 君達はそのスペシャルと組んで、アレックスが入り込んだ空間の調査をしてほしいのだ。 それほど長居するつもりは無いが」

何でもロゼッタの調査により、更にシュバルツバースの解析が進んでいるらしく。

どうやら悪魔達の証言ともあわせ。このシュバルツバースには、並列するように四つの空間があり。

その上層にも更に空間があるらしいという事が分かってきた。

それに加えて現在、ある実験を進めているらしく。

もう一週間ほどで、外との通信も可能になるらしい。

それは朗報だと思う。

実際、外では国際再建機構の居残り組が苦労を重ねているだろうし。

シュバルツバースがどれくらい拡大しているかも分かっていない。

シュバルツバース内部の情報は、先進諸国も喉から手が出るほど欲しいはずで。

早めに情報を提供しないと、どこの国が何をやらかすかわかったものではない。

これについては、最優先で。急がなければならないのだ。

「三日後に此処ボーティーズを発つ。 それまでに、用事があったら終わらせておくように」

「了解しました」

「ういっす」

ゴア隊長が行く。

ヒメネスが大きくため息をついた。

「そういえばゼレーニンの野郎が、礼を言ってきやがってな。 気色悪いったらありゃしねえ」

「そう嫌がるな。 普通だったら、これほど嫌っている相手に礼など言わないぞ。 筋を通すだけ他の人間より立派だろう」

「あれが使える事は俺も認めてる。 だがな、ペテン師にあっさり引っ掛かったりして、正直俺は嫌いだ。 騙す方が悪いのは当たり前だがな、こんな所では騙される隙を作る方にも問題がある」

その通りだが。あの状況で心を強く持てる者などいない。

実際問題、ノリス隊員は今もまだ正気に戻っていない。

シュバルツバースを脱出するまでに、正気に戻っていられるかどうか。

いずれにしても、翌日からは撤収作業が始まり。

プラントは分解され、回収された。

同時に夜魔達は街に戻り。ミトラスの張りぼての分解を開始。城も壊し始めた。此方に対する害意も認められなかったので。夜魔達の長老と交渉し、物資の交換も行い。また此処に方舟が寄ったときは友好的に互いに接する契約も結んだ。

悪魔は契約に非常に強く縛られる。

夜魔もそれは同じ。悪魔召喚プログラムを使って、契約を行う。それで、相手に出し抜かれる可能性はなくなる。妖精の時に中庸ですらくせ者である事を知っているので、抜かりはない。

方舟の倉庫に物資は充分な蓄積がなされ。ゴア隊長の口から、全隊員に対して、次に転移する空間が、アレックスという第三勢力の人間が向かった先だと言う事、威力偵察で短時間だけ転移することが告げられた。

唯野仁成は一隊員である。基本的に、方舟の方針に口を挟む事はできない。

ただ、短時間だけ威力偵察する。

その事の意味は、充分に理解していたつもりではある。

方舟が浮き上がる。

夜魔達は既に復興作業に全力で取り組んでおり、ミトラスの作った街を壊して元の町にするべく必死に働いていた。

それでも一部は、此方を見て見送ってはくれているようだった。

空間の穴は上空にあるが。

そこに入ってからは、今までの航行記録などを遡って行くしか無い。プラズマバリアだって最初の不時着の時に分かっているとおり万能では無いし、危険は承知の上だ。

ましてや今回は、スキップドライブの痕跡を追うのである。

上手く行くのか。

方舟が加速を開始。

唯野仁成は目を閉じると。上手く行くかなと、ぼやいていた。

 

2、嘆きの胎

 

方舟が加速し。

そして空間を跳んだアナウンスが入る。

しばしして、方舟が速度を落とし始めると。機動班は、物資搬入口に集まるようにアナウンスがあった。

勿論唯野仁成は、指示通りに動く。

今回はライドウ氏がでる様子だ。恐らく悪魔の専門家で、総合力が極めて高いから、なのだろう。

また、物資搬入口にはヒメネスをはじめとした少数の隊員しか来ていない。

これは、恐らく相当な危険を予知しているとみた。

少し不安になってきたが。

それでもやるしかあるまい。

唯野仁成は無言で銃器の確認をする。

AS22アサルトライフル。

改良したばかりのAS21アサルトライフルの後継機。これはアサルトだけではなく、ショットガンに切り替えて使う事も出来る。全体的に火力は上がっているが、同時にかなり重くなっているため、デモニカを着ているときにしか使えない。

逆に言うと、普通の状態では重すぎて使い物にならない銃が、デモニカの補助で使えるようになってきている、と言う事も意味している。

ストーム1なら生身で余裕を持って使いこなすそうだが。

あの人はスペシャルなので、カウントの外に置くべきだろう。

廉価版ライサンダーを見る。

此方も長大な対物ライフルだ。

ストーム1が使っているものを、小型化し火力も落としたもので。本来ではあり得ない倍率のスコープと、若干のオートエイム機能がついている。

ストーム1用に開発されたライサンダー狙撃銃を、デモニカつきの一般兵なら使える所にまで落とし込んだ対物ライフルで。

その火力は、携行式艦砲とまで言われるライサンダーには劣るものの、戦車砲くらいはある。

ただ弾ごめが自動で行われると言っても、数秒は掛かってしまうことや。

撃つ度に排熱を経なければならない事もあって。

この廉価版ライサンダーは決して無敵でもないし、絶対の火力がある訳ではない。

二つの銃器をクロスして背負い。

そして腰には剣。

シュバルツバースで採れた金属を加工して作り上げたもので。

鋼鉄を遙かに超える強度と切れ味を誇る。

これに、サクナヒメからのアドバイスを得て、複数の悪魔を展開。付与魔術を掛けて貰っている、科学と悪魔の力のハイブリッドである。

現時点では少数の隊員にしか渡されていない剣。機動班の少数は腰に帯びているし、サクナヒメに指導も受けたが。

それでも不安そうにはしていた。

銃剣突撃何てのがまだ近代にはあったし。

塹壕では銃よりスコップの方が人間を殺したという史実もあるのだけれども。

それでもやはり剣は前時代的に思えるのだ。

だが、唯野仁成は、この武装一式でも体が軽いことに気付く。やはり、デモニカはどんどん強くなっている。

皆も、体を重そうにはさせていない。

真田さんは、使えないものは開発しない。

それに関しては、幾多の戦場で。真田さんが作る兵器が、テロリストやゲリラを鎮圧していった実績から理解はしている。

ただ、やはり唯野仁成は兵士である。

真田さんよりも。現場の兵士として、手にした武器を実際に使ってみてから判断したい。

それは、どうしても訓練時代からの教訓で身についていた。

程なくして、船が降下を開始。

スキップドライブは成功したらしい。

観測班から通信が入る。

物資搬入口のモニタに、映像が映し出されていた。

「何だこれは……」

皆がぼやく。

そこは、生物的というか。

何というか、アントリアともボーティーズとも根本的に違う空間だった。

全体が植物のような構成物で作られていて。まるでそれが全域に拡がっているような感触だ。

しかも七層に渡ってテーブルのように拡がっており。

一番上の層以外は、着陸できそうにもない。

その上、である。

ここ、物資搬入口で。上空にいるだけで分かる。

巨大な悪魔の気配が多数。

唯野仁成にも分かる程である。ライドウ氏は、無言のまま、剣に手を掛けているほどだった。

「此処はまずいな。 現状の戦力で下りる事はおすすめ出来ない」

「何なんだ此処は……」

ライドウ氏がアーサーに対して通信を入れる。ゴア隊長がぼやくのが聞こえた。

ゴア隊長は、恐らく皆を代表してぼやいてくれたのだろう。

この巨大な塔状の階層は、全く持って何なのか意味不明だ。

彷徨いている悪魔の一部が、此方を見ている。あまり気にしている様子は無い。

脅威にすら感じていないのだろうか。

いや、違う。

恐らくだが、もっと全然違う理由だとみた。

「やむを得ない。 一度着地して様子だけを見よう。 アーサー、プラズマバリアを全力で展開し、更に離脱する場合、どれくらい時間が掛かりそうだ」

「二時間という所です」

「此処には何時でも戻る事が出来るか」

「それは既に航路を記録しましたので」

ゴア隊長がならば、と言った。

ライドウ氏は嘆息すると、せめてサクナヒメも此方に回してほしいと言う。サクナヒメと言う事は、近代戦よりも悪魔の力の方が頼りになるという事だ。

サクナヒメが物資搬入口に来る。

やはり、相当に険しい顔をしていた。

「ライドウよ、そなたも感じているようだな」

「ええ。 此処は尋常では無い。 シュバルツバースの裏と言うところか」

「詳しくお願いできやすかね」

ヒメネスが皮肉を込めて言うが。

ライドウ氏も、サクナヒメも。皮肉に対して、ユーモアで返すつもりはないようだった。ヒメネスも鼻白むが。しかしながら、ヒメネス自身も、びりびりと此処のヤバさは感じている筈だ。

「アントリアやボーティーズが警備員付きの豪邸だとすれば、此処はスラムの最深部だと思えば良い」

「それはまた、随分と……」

「上層の方は、まだこの面子ならどうにかいけそうだが、それでも他の隊員を降ろすことは止めた方が良いであろうな」

「同意ですね」

いずれにしても、船は降下を開始。

一番上の層に着地する。

一番上は、丁度蓮の葉のように大きく拡がっていて。それでも彼方此方に巨大な、数百メートルは高さがありそうな木々が生えていて。本当に木々かも分からないそれらが根を複雑に張り、視界が遮られている。

奥の方から強烈な気配を感じるが、流石に今は近付くどころではない。

着陸と同時に、アーサーがアナウンスしてくる。

「この空間はアントリア、ボーティーズとは全く別の空間と判断しました。 故に命名も方針を変えます。 嘆きの胎とこの空間を以降呼称します」

「嘆きの胎?」

「アーサーには考えあっての事だろうよ」

隊員達がぼやき合っている。

皆不安なのはよく分かる。

まず、周囲の状態を観測班が各種センサで確認する。一応、現時点で悪魔が仕掛けてくる事は無かったが。

遠巻きに、何だろうあれと見守っているようだ。

それらの一体一体が、アントリアやボーティーズでは幹部をやれそうな連中ばかりなのは気配で分かった。

ただ、数そのものはさほど多くはないようではあったが。

「此方マクリアリー。 気温21℃、1気圧。 大気組成、地上と変わらず。 毒物も検出できません」

「何だそりゃあ。 デモニカ無しでも活動できるって事か?」

「おいおい、シュバルツバースの中かよ本当に」

「間違いありません。 しかし何があるかは分かりませんし、デモニカを脱ぐようなことは絶対にしないでください」

まあ、デモニカをシュバルツバース内部で脱ぐ阿呆はいないだろう。装備品の恩恵も受けられなくなる。

物資搬入口が開く。

ライドウ氏とサクナヒメが先頭に、外に。

いきなり足が絡め取られるようなことも無い。すぐに周囲に展開して、様子を確認する。デモニカの能力をフルに駆使して、更に情報を集める。

同時に電波中継器を周囲に撒く。

簡単には壊れないし、何よりも埋め込んでしまうので掘り出す労力については考えなくてもいい。

周囲の警戒を終えると、調査班が降りてくる。

ゼレーニンだけだ。

彼女は天使パワーを数体周囲に侍らせていたが。

はて、妙だ。パワーは生き生きしている。秩序勢には、此処の空気は心地が良いのだろうか。

無言で調査班が、機材を使って色々調べているのを護衛する。

ヒメネスでさえ一言も発しない。

此処が異次元に危険だと言う事は、肌で感じているからだろう。軽口を叩く余裕さえないのだ。

しばしして、ゼレーニンが周囲にアナウンスする。

「周囲から、尋常では無い力を持つ悪魔を多数検知。 現時点での此処の探索は、自殺行為だと考えます」

「ふむ、調査班でも同じ見解か……」

「それでどうするのじゃ? さっさと引き上げるか?」

「姫様、ライドウ氏。 多少なりとサンプルがほしい。 もう少し粘ることはできないだろうか」

ゴア隊長の懇願。

今後の事を考えると、どんなデータもほしいと言う気持ちは嫌と言うほどに理解は出来る。

ましてやシュバルツバースには、貴重な物資がいくらでもあるのだ。

サクナヒメは腕組みし、目を閉じて考え込んでいる様子だが。ライドウ氏と目配せをすると、唯野仁成を指先で招いた。

通信装置を操作してほしいと言う意味だと分かったので、すぐに操作する。

サクナヒメ曰く、稲作関連のからくりは散々扱ったのだけれども。電子機器はどうにも不慣れで、苦手だという。

サクナヒメにはいつも世話になっている。

苦手なら、助ける。それが、此処で生きていくための、最低条件である。

「ゴアよ。 プラズマバリアを拡げると。防御力は弱くなると言うておったな」

「真田技術長官の話によるとそうなりますね、姫様」

「よし、ならばわしとライドウ。 それに唯野仁成、ヒメネス。 それにゼレーニン、この面子だけで軽く調査する。 他の者は全て船内に戻り、プラズマバリアで船だけを全力で守れ。 そしていざという時は、全力で逃げよ」

「……分かりました」

サクナヒメのその発言だけでも。この嘆きの胎が如何に危険な場所だと言う事がわかる。

すぐに処置が始まる。機動班クルーが敬礼をして、戻っていく。ゼレーニンはパワーを増やそうかとライドウ氏に言ったが。

ライドウ氏は首を横に振った。

「パワー程度では何体出しても大して変わらない。 天使としては戦闘階級に当たる兵士だが、此処を制圧するにはそれこそ数万を同時に出して、それでも無理だろう」

「そんな、天の兵士が……」

「天使の力は絶対じゃあ無い。 パワーはそこそこ強い天使だが、それは理解していてほしい」

ゼレーニンが悔しげに俯くが。

実際問題、パワーは確かに強そうではあるが。ミトラスやモラクスとやり合わせて勝てるようにも見えない。

或いはマンセマットなら兎も角。中級天使程度では、この辺りの悪魔は荷が重すぎるのだろう。

サクナヒメがぼやく。

「此処はまだ良い方だ。 下の方からは、わしが全力を取り戻していても油断出来ぬ気配を感じる。 それも階層に一つ、強い悪魔が存在しておるわ。 一番下と、その一つ上は、わしの全力でも簡単に勝てそうにないのう。 その他にも、相当に強力なのが多数彷徨いている様子よ」

「おいおい、ただ事じゃねえな……」

「ヒメネスよ、敵を見たらミトラスやモラクスだと思え。 そのくらいの実力の悪魔は此処には幾らでもいる」

「……OK姫様。 すぐに調査をして、さっさと切り上げたいもんだぜ」

ハンドサインをサクナヒメが出したので、クリアリングしながら移動を開始。

周囲は巨大な植物で覆われていて。

それでいながら、ジャングルという雰囲気でもない。

一つの階層は、それぞれ広さが十数q四方はある様子で。蓮の葉のような形状の階層が七つ、複雑に絡み合って存在しているようだった。

幸い、アレックスがいきなり仕掛けてくる事はない。

だが、いた様子はある。

不意に、生意気そうな子供みたいな悪魔が飛び出してきた。敵意は無さそうだが。ケラケラ笑っている。上半身は裸で、下半身は無数の紐状の器官に分岐している。調べて見ると、妖魔シャイターンとある。

イスラム教における上級の悪魔であるらしい。

確かに、相当な力を感じる。見かけと力が一致しないのは此処のルールではあるのだが。それでも恐ろしい話だ。

「おっ、また人間か。 少し前に人間の女が来たが、これだけいるなら骨の一本くらいはかじれそうだな」

「人間の女。 赤黒の奴か」

「おお、知り合いか。 いずれにしても、此処を探索するつもりとは馬鹿じゃねえのか?」

銃口を向けられていても動じる気配もない。

サクナヒメもいつでも仕掛けられるようにしているようだが。実力が相当拮抗しているのだろう。

こんな見かけでも、イスラム教における上級悪魔だ。実力は相応なのだろうから。

「此処は一体何だ?」

「どうせ死ぬなら教えてやってもいいか。 此処は牢獄だよ。 あの女はシュバルツバースとか呼んでいたが、この地底の世界が今混沌に大きく傾いている事を知っているか?」

「ああ、それは何となく見当がつく。 どの空間でも、魔王や堕天使と言った混沌勢の悪魔が支配者になっているからな」

「そっか、雑魚どもがそうやってイキリ散らしてるのか。 いずれにしても外からあんまりにも強い悪意が流れ込みすぎて、この世界はバランスが崩れちまったんだよ。 それで混沌勢力が、秩序勢力を大半封じ込んじまったのさ。 此処に閉じ込められてるのは、秩序勢力や中庸勢力の重鎮達。 勿論牢獄だから看守もいるぜ? みんな閉じ込められた連中が脱走しても、取り押さえられる程度の実力だよ」

けらけらと笑うシャイターン。

そして、特にゼレーニンを値踏みするように見ていた。

勿論、エサを見る目だ。悪魔としては、まあ普通の行為なのだろう。だが、ゼレーニンは非常に強い嫌悪を覚えたようだが。

「天使の臭いがするな。 それも上級の奴。 でもどこか違うような……」

「戦う気が無いのであればのけい」

「ん? お前は異教の神か? どっちにしても此処では看守に捕まったらブッ殺されるか幽閉されるぞ。 気を付けるんだな」

サクナヒメを嘲笑うようにして、シャイターンは消えていった。

それにしても凄まじい力を感じた。ミトラスよりも更に数段上だったような気がする。気持ちが悪くなるほどだった。

冷や汗をびっしり掻いているのを感じたが、今はデモニカを脱ぐわけにもいかない。

ライドウ氏が、通信を入れている。

「今、様子を見に来た悪魔であれだ。 探索は早めに切り上げる」

「確かに一般の機動班隊員を降ろすには厳しいな。 戦車師団でもゴミのように切り裂かれてしまいそうだ」

「そういうことだ。 周囲を調べたら、すぐに戻る」

ゴア隊長も、冷や汗ものだろう。

ライドウ氏がせかして、周囲の探索を進める。木陰から、何が飛び出してきてもおかしくない状況だ。

悪魔同士が殺し合いをしている。

混沌勢力の悪魔が、此処も制圧はしているらしい。殺し合いをしているのは、十メートルはありそうな巨人と、小さな人型だったが。勝ったのは、小さな人型だった。

殺した巨人の首を持ち去ると、けらけら笑いながら去って行く。

すぐに消えていく巨人。

巻き込まれたらと思うと、ぞっとしない。更に周囲を見て回るが、あんな感じの殺し合いが、日常茶飯事で行われている様子だ。

周囲に、膨大な痕跡が落ちている。

持ってきている荷車に、ゼレーニンがそれらを回収している。側では、サクナヒメが剣で植物を斬り付けていたが。すぐに再生してしまうようだった。

「ふむ、反撃はしてこない、か」

「姫様、あんたの馬鹿力でも、このいけすかねえ木はどうにもならないのか?」

「どうにもならん」

「そうか」

ヒメネスも流石にあまり饒舌ではいられない様子である。唯野仁成は、周囲をクリアリングするので精一杯。

いつ意識が飛んでもおかしくない。

不意に、サクナヒメが前に出ると、羽衣で一撃を受け止めていた。

それでも、猛烈な衝撃波が周囲を蹂躙する。

降り立ったのは、大柄な悪魔だ。見た感じ、巨大な女性という感じだが。頭は複数存在して、腕は六本。首から髑髏のネックレスをぶら下げている。乳房を露出しているが、色気などはかけらも無い。顔が憤怒に歪んでおり、口元からは凄まじい牙が覗いていて。全身もマッシブで、まるで原初の神話に出てくる荒神だからだ。

口元からは血が滴っており、何かを食べていただろう事が分かる。尋常では無い殺気がとっくに周囲を埋め尽くしていた。

サクナヒメを狙ってきた。という事は、恐らく秩序勢力の悪魔と誤認識したのだろう。

ライドウ氏が剣を抜き、サクナヒメがゼレーニンを守れと叫ぶ。

殆ど一瞬の間もなく戦闘が開始され。唯野仁成は悪魔をありったけ召喚してゼレーニンを守りつつ。

ヒメネスと共に、アサルトで敵女悪魔を狙い撃つ。配下の悪魔には、パワーと共にゼレーニンを全力で守るように指示。

サクナヒメとライドウの二人を同時に相手にしながら、多頭多腕の女悪魔は、苛烈な剣撃を嵐のように叩き込むが。猛烈な反撃を受けてじりじりと押されていく。アサルトはそれほど効いていない。だが、完全に効かないというわけでもないようで、時々鬱陶しそうに此方を見てくる。

強大な敵だが、アレックスほどじゃない。そう認識すると、冷や汗は少し引いてくる。そして、冷静になって、廉価版ライサンダーを引き抜く。

「狙うぞ、ヒメネス」

「へっ、当たり前だ!」

ヒメネスも、同じく廉価版ライサンダーを抜いた。

跳躍した女悪魔が、大きく息を吸い込む。恐らく大きめの魔法をぶっ放すつもりだろう。広域制圧をするつもりだ。だが、させるか。

サクナヒメが、羽衣を撓ませ、跳躍しての追撃の態勢に入り。ライドウ氏がなにか印を組む。

その瞬間。女悪魔の頭の一つが、大きく弾かれていた。

ヒメネスと一緒に、狙い撃ちしたのである。如何にあの身体能力でも、空中ではどうにもなるまい。

体勢を一瞬崩したその瞬間が命取りだ。

跳躍したサクナヒメが女悪魔を飛び越し、其所で羽衣の力を展開。ぴたりと止まる。

そして、ゴムか何かで反発するかのようにして、さながら猛禽のように女悪魔へ、強烈な槌での一撃を叩き込んでいた。

頭がまとめて数個爆ぜ割れ、地面に叩き付けられる女悪魔。

ライドウ氏が何か術式を展開。女悪魔の全身を拘束しているようだ。女悪魔の唯一残った頭が悲鳴を上げる中、更に回転して落ちてきたサクナヒメが背中に全力で突貫。

文字通りのフルスイングで動けない女悪魔の背中に一撃を叩き込み、周囲にクレーターが出来る。

女悪魔が、盛大に吐血する。つまり、今のを喰らっても死なないと言うことだ。そして、ライドウ氏が悪魔召喚プログラムを操作。やがて、堪忍したのか。女悪魔は、ライドウ氏のPCに消えていった。

あれを従える事が出来るのか。恐ろしい実力だと、素直に唯野仁成は思った。

「聞いた事もない悪魔だな。 容姿からしてインド系だとは思うが、既に伝承が失われた存在だろう」

ライドウ氏が今捕まえた悪魔のデータを確認しながらぼやく。

唯野仁成は、今の戦闘をある程度見切れていた。手を見る。デモニカの助けがあるとはいえ、かなり力が上がってきていると言う事だ。

「今のは件の看守だろうな」

「恐らくは。 姫様、まだ余裕ですか」

「ああ。 ただ、そろそろもう少し力を取り戻しておきたいのう。 まだ五割という所じゃ」

「今の活躍、船内の皆もみていたでしょう。 畏怖は力に変わります」

唯野仁成がハトホルを出して、二人に回復の魔法を掛ける。猛烈な剣撃をあの女悪魔とかわしていたのだ。消耗していない筈が無い。

二人は頷くと、もう少しだけ探索すると促してくる。ゼレーニンは意外に気丈で、頷くと真っ先に歩き出していた。

それから、一時間ほど探索を続行。

此処にいる悪魔達は、殆ど周囲に興味が無いらしく、積極的に仕掛けてくるのはあまりいない。

ただ、仕掛けてくる場合は、さっきの女悪魔のような猛烈な殺気で襲いかかってくる。

最初の女悪魔に加えて更に二度、襲撃があったが。

いずれも、サクナヒメとライドウ氏が押さえ込み。唯野仁成とヒメネスは支援しか出来なかった。

だが、分かる。

一戦ごとに、クリアに敵の様子が見えるようになって来ている。

今までもデモニカの補助で強くなってきている自覚はあったが。それでも此処まで成長速度は速くなかった。

ただ、不安もある。

もしもこれが目的でアレックスがここに来ているなら。

次に現れた時は、更に手強くなっている可能性がある。

一度、船に戻る。

デモニカのデータを引き渡して、唯野仁成は戻る。サクナヒメはまだ余裕がありそうだったが。ただ、一番浅い階層の看守でこれだ。もっと下の階層になってくるとどうなるか、分かったものではない。

それに、幽閉されている悪魔はそれと同等かそれ以上の実力があるらしいではないか。

此処が牢獄だというなら、慎重に動く必要があるだろう。

一旦上空に退避すると、春香のアナウンスがあった。

誰も反対はしないだろう。三回襲ってきた悪魔は、最初の多頭多腕の殺意をむき出しにした女悪魔と、どれも大差ない実力だったのだから。

あんなのとやりあってられるか。隊員の皆がそう思ったことだろう。

上空に来ると、殺気は薄れる。恐らくは、看守も、囚人や、侵入者にしか興味が無いのだろう。

船内放送が流れる。艦橋で、幹部が話をしているのだ。

自室に引き上げていたヒメネスは、幾つかある端末でそれを見た。

「此処が牢獄で、秩序勢の重鎮を収監しているという話はどうやら本当のようだな。 もしも此処を制圧出来れば、かなりシュバルツバースの攻略に弾みがつくのではあるまいか?」

「姫様の言う事ももっともだが、第一層ですらあれで、下層に行けば更に敵の力が増すとなると」

「分かっておる。 現状では確かに現実的ではあるまい。 だが今後はそうでもなかろうよ。 何より、此処にアレックスとやらが入ったという事は、奴も此処の悪魔を相手に戦って強くなっていると言う事だ」

「……確かに。 うかうかはしていられませんな」

サクナヒメは攻略に乗り気か。

ゴア隊長は難色を示しているが、それも当然だろう。

これでははっきりいって、攻略どころではない。スペシャル達が総出でも、この先に進めるかどうか。

アーサーが判断する。

「現時点での戦力で、この嘆きの胎を攻略するのは不可能と判断します。 無理に進めば、貴重な人員を失うだけでしょう」

「そうか、そなたはそう考えるのだな」

「電波中継器を経由し、更にゼレーニン隊員が収拾してくれた悪魔の痕跡を軽く分析しましたが、アントリアやボーティーズとはまるで次元が違う悪魔の巣窟となっているのが分かります。 一番上の階層における闘争に敗れた悪魔ですら、ミトラスを凌ぐものがいるようです。 現時点では、得られるものはないと判断。 次の空間の調査を急ぐべきだと提案します」

「やむを得んな。 だが、時々ここに来て戦力を強化するべきだとわしは思う」

それに関しては、アーサーも、他のスペシャル達も反対しなかった。

いずれにしても、空中でしばらく力を蓄えて、スキップドライブの準備に取りかかる事になった。

同室の隊員達も、みんなほっとしている様子である。

まさか、此処までの魔境だとは思っていなかったのだろう。

だが、唯野仁成は手応えを感じた。むしろ、此処に残って修練を続けるべきでは無いかと思ったのだ。

勿論最初はスペシャル達に頼ることになるが。三回の戦いだけで、色々と体が軽くなった気さえする。

ただ、慢心の可能性もあるし。やはり、一兵卒の立場だ。無理は禁物という事で、判断には従うべきだろう。

「それでは、次の空間を攻略後にまた此処を訪れよう。 あのシャイターンだったか、小生意気な悪魔が言うておっただろう。 混沌にこのシュバルツバースとやらが傾きすぎたせいで牢獄が出来たとな。 ならば収監している悪魔を従えれば、大きな戦力になろうし、或いはシュバルツバースとやらの異常を元に戻せるかもしれん」

「分かりました。 それでは此方もプランを練ります」

「うむ……」

会議が終わる。

三時間後に、ミトラスのロゼッタから得られた情報によりいけるようになった世界。捕らえた悪魔などの情報によると、買いあさる国というそうだが。其所に向かう様子だ。

連続でのスキップドライブだが、別に不安感はない。

確実にシュバルツバースの攻略を進められている。そんな安心感さえ、唯野仁成は感じ始めていた。

ただ、それはやはり油断かも知れない。

ボーティーズで死にかけた事を忘れてはならない。

首を横に振ると、意識を引き締める。

不意に、ヒメネスから通信が入った。

「ヒトナリ、いいか」

「ああ。 今は休憩時間だからな」

「さっきの場所、どう思った」

「危険な場所だ。 アレックスが彼処に籠もっているとなると、もたついていると危ないだろうな」

同感だとヒメネスはぼやく。

実際、先の三度の戦闘でも、サクナヒメとライドウ氏がいなければ、唯野仁成もヒメネスも、敵に勝つことなど到底無理だっただろう。

「俺はぞくぞくした。 まだおんぶにだっこでしか行けない場所だが、一人で彼処に行けるようになったらと思ったぜ」

「……」

「彼処を一人で歩けるようになったら、スペシャル達にも近づける。 まあさっきの階層だったら無理だろうな。 姫様一人でも、あの悪魔共には勝てていただろうが、俺たちじゃ動きを少し止めるくらいが精一杯だった。 だが……デモニカに力がたぎるように感じるんだよ」

「いつになく饒舌だな」

やはり、ヒメネスも同じように感じていた訳か。適当に話した後、通信を切る。そして、頬を叩いていた。

気を引き締めないと危ない。ヒメネスは、どんどんシュバルツバースに入ってから、貪欲に力を求めるようになって来ている。それは唯野仁成が、今引っ張られ掛けた感覚に、ずっと浸かっているようなものなのだろう。

別にそれが悪いとはいわない。だが、その先にあるのは恐らく修羅の道だと思う。

シュバルツバースをどうにかして、この世界から脱出する。

それとは、もっとも縁遠い気がした。

無言で、スキップドライブを待つ。

今は、唯野仁成は。誰よりも冷静にならなければならない。そう感じた。

 

3、巨大ショッピングモール

 

スキップドライブが終わる。

先の嘆きの胎とはまるで別の空間だと言う事が、肌でわかった。しばらくして、通信が入る。

マクリアリーからだった。

「此方観測班。 外の状態をモニタに表示します」

「……ショッピングモール?」

誰かがぼやく。

同時に、やはり此処もあったのかという声も聞こえた。

確かにそれは、巨大なショッピングモールに思えた。周囲には複数の工場が作られていて、其所から見境無くコンテナがショッピングモールに吸い込まれている。

周囲は荒野で、ショッピングモールと、それに併設する大型工場だけという極めてシュールな光景である。

まだ城と歓楽街だったボーティーズの方が、まともな空間に思える程だった。

「相変わらずクレイジーな世界だぜ。 それで俺たちはどんどん深みに填まっているのか、それとも出口に近付いているのか」

ヒメネスが毒舌を口にするが、今は誰もそれに反応しない。

まずはロゼッタを入手することだ。それには、まずは情報収集が必須になるだろう。

買いあさる国、というのはそれにしてもどういうことなのだろう。あの巨大ショッピングモールも、また何か意味があって作られているのだろうか。

兎も角着地。少しショッピングモールから距離を置くことにする。

まあそれが賢明だ。

一旦着地した後、周囲の環境を改めて調査。

それによると、やはり異常な環境である事が分かってきた。

「周辺環境、気温ー120℃、40気圧。 大気成分は二酸化炭素が89パーセントで、残りは窒素です」

「酸素無しか」

二酸化炭素の星か。

確か金星がそうだったはずだ。金星は大気の大半が二酸化炭素で、殆ど日光が届かないにもかかわらず灼熱の星になっている。原因は二酸化炭素が引き起こす猛烈な温室効果である。

その結果、金星の地表付近は400℃、90気圧という凄まじい環境になっており。更に酸の雨が其所に降り注いでいる。

文字通りこの世の地獄だ。

だが、この空間は二酸化炭素しか無い世界にもかかわらず、温室効果は起きていないのか。全くよく分からない話ではある。

「この空間を、アルファベットのCにちなんでカリーナと名付けます。 まず第一の目標として、カリーナのロゼッタを入手することとします」

アーサーがミッションを発動。

まあ、それが妥当だろう。

方舟が着陸しても、悪魔が仕掛けてくる様子は無い。そうなってくると、此方が出向くしか無い、と言う事か。

機動班が三班編制される。ライドウ氏は居残り。ケンシロウ組、サクナヒメ組、ストーム1組にそれぞれ別れる。

唯野仁成はサクナヒメと行く。他に数名、力がついてきた機動班クルーがこれに同行する。

嘆きの胎の戦闘の様子を見たのだろう。皆、速くあれくらいの悪魔と戦えるようにならないと危ないとは、肌で感じているようだった。

ヒメネスはストーム1と共に行く。ストーム1は、ヒメネスだけを連れていくという話をした。

これは恐らくだが、ヒメネスが周囲と連携する気があまりないから、なのだろう。それに、ストーム1はヒメネスに自分の将来の後継者となってほしい様子である。この辺りで、バディを一度組んでみて、戦闘経験をどれだけ積んだのか確認したいのかも知れない。

ケンシロウはゼレーニンと同行する。

勿論これは調査班なので、まずは露払いをしたサクナヒメ班、ストーム1班の後から出立する。

プラズマバリアを展開した後、プラントをまず作成開始。

此処でも地面がまるまる重要な物資の集まりの様子だ。同時に、猛烈な毒物も含んでいるらしい。

真田さんはプラントを殆どオートで組み立てるシステムを作り出したらしく、数時間でプラントが出来ていた。

方舟は臨戦態勢。

あのショッピングモールの中がどうなっているかまったく分からないからだ。工場から攻める手もあるかも知れないが。工場はどうやら全部オートマティックで動いているようで、悪魔の気配は感じられないと言う事だった。

つまりこの世界では、現時点で悪魔の皆さんは皆ショッピングモールに缶詰、という事である。

一体どういうことか分からないが、まずそれを調査するのが機動班の仕事だ。

他の機動班が、ゴア隊長の指揮下で前線陣地を構築するのを横目に、サクナヒメと共に出る。他にはメイビーやブレアがこの班にいる。あのアンソニーもいるので、ちょっとげんなりした。ただ、アンソニーは少し前に、リャナンシーを出して話をさせてやったら、こっぴどくふられて。それ以降、リャナンシーには固執しなくなったが。

サクナヒメはサクナヒメで、戦闘力が上がりそうな隊員には目をつけているらしく。今後の事を考えて動いてはくれている。

随分と勤勉な神様だ。

人間にきちんと接して、人間の事を考えてくれる神様ばかりだったら。少しはこのシュバルツバースも、地獄みたいにはならなかったのかなと、唯野仁成は思ったが。それも、望み得ない事だ。仕方が無い。

周囲を警戒しながら移動。

メイビーが、話を振ってくる。

「ヒトナリ、あのショッピングモール、何だか嫌な予感がするわ」

「そうだな。 あれは罠だと書いて看板を出しているようなものだ」

「何だヒトナリ。 お前でも怖いのか」

「当たり前だ」

アンソニーがからかうように言うので、当然の事を答える。そもそも戦場が怖くなかった事など一度もない。兵士としての最低条件は、恐怖のコントロールだと唯野仁成は考えている。

恐怖というのは危険を察知するための感情であり、あるのが正常なものだ。

それが失われていると言うことは、それだけ精神が異常な状態にある事を意味している。

だから、恐怖とつきあうように唯野仁成はしている。それでいいのだとも、割り切っている。

ショッピングモールの入り口に到着。サクナヒメは目を細めて足を止める。

周囲を警戒する皆の中で、唯野仁成だけがサクナヒメに話しかけていた。

「姫様、大きな気配が中に?」

「ああ、いるぞ。 まず地下に大きい、今までのミトラスやモラクスとは比較にならないほど強いのがいる。 それと比較的近くにあのペ天使がいるようだな」

「!」

早速お出ましか。

ケンシロウと一緒に出向くゼレーニンが少し心配だが。兎も角、露払いの仕事をこなすしかない。ゼレーニンには少し心を強く持ってほしい。あのペ天使は、明らかにゼレーニンを利用する気満々なのだから。

サクナヒメが、ストーム1の到着を待ってから、戸に踏み込む。

何と自動ドアだ。自動ドアが悪魔の世界のショッピングモールに導入されているとは。しかしながら、踏み込んだら真っ二つなんて罠もあるかも知れない。色々調べてから、内部に。

そういうタチの悪い罠は、仕掛けられてはいなかった。

中に入ると、気温などの条件が変わったようだ。メイビーが電波探知機を撒いているが、かなり気温が上がった様子だ。周囲を警戒する中。青白い肌の女悪魔が歩いて来る。無意味に薄着で、羽衣を羽織っていた。

「当店にいらっしゃいませ。 地上ではこういう風に言うんでしたっけ? うふふ」

「あんたは?」

「私は天女アプサラス。 本来は秩序陣営の悪魔だけれども、単にかなわないから此処で仕事をしているだけよ。 ここのお店の受けつけみたいなものね」

天女か。

悪魔の分類としては、天界の下働きをする美しい女性を主にこれに分類しているようである。

アプサラスはインド神話系の天女で、役割は様々。

ライドウ氏の話によると、インド神話はヒンズー教に統合していくうちに様々な神々を無理矢理一つにまとめていった形跡があり、いわゆる三大神。破壊神シヴァ、維持神ヴィシュヌ、創造神ブラフマーをはじめとして。多くの神々にその形跡が見られるという。

ざっと見た感じでは、アプサラスもそうだ。

逸話を見る限り、色々な役割を無秩序に与えられている。まあそういう、雑多な神話に登場する神格らしい天女というわけだ。

名乗り返した後、此処の事を聞く。

いきなり襲いかかってくる訳では無いのだから、情報収集をする。今まで二つの世界でそうだったように。

基本的に、悪魔はしたたかではあるが必ずしも好戦的ではない。

アプサラスも例外ではないようだった。

「人間世界のお店の仕組みは良く知らないけれど、マッカを支払って品物を買うんでしたっけ?」

「基本はそうなる。 使うのはマッカではなくて人間世界の通貨だが」

「あらそう、まあそれは良いとして。 此処には地霊族が作った品物がありあまっているから、「運ばれて行く」前なら好き勝手に持っていってかまわないわよ。 どうせすぐに持って行かれるんだし、多少無くなっても誰も気にもしないわ。 主のオーカス様さえね」

「? どういうことだ」

肩をすくめるアプサラス。本人にも分からないと言うことなのだろう。

いずれにしても、まずは内部を確認して見るべきだろう。サクナヒメはオーカスと、マンセマットらしい気配に集中している。ストーム1とも既に連絡を取り、注意喚起をしたようだった。唯野仁成が話をしている間に、メイビーが機械を操作したようだ。

内部に踏み込む。自動ドア二つを抜けた先は、それこそ天井までずらっと品物が並んだ、もはやショッピングモールとさえ言えないような場所になっていた。しかも天井までの高さが尋常では無い。三十メートルはあるだろう。一階がこんなに高いショッピングモールは初めて見た気がする。

しかもエスカレーターがきちんと配備されている。意外にシュバルツバース内部もハイテクである。エレベーターがミトラスの城にはあったようだし、まあ不思議な話ではないか。

せっせと働いている多数の悪魔達。

あれが地霊族だろうか。

地霊というのは、大地に根ざした悪魔の事を総合的にいうらしく。強い者はそれこそ神々となんら変わらないが。弱い者はその辺りの土地にいる妖怪と大差ないらしい。

今働いているのは、童話に出て来そうな屈強な小人達だ。

それらが、ひたすら棚にあるものを無作為に運び出しては、何処かに輸送している。基本的に働くだけで、襲いかかっては来ないが。

在庫をチェックしている小柄な老人を見つけたので、話しかける。

地霊ドワーフと出ている。

唯野仁成でも知っている、有名な存在だ。源流は北欧神話にあるらしく、多くの神々の武器や装飾品を作った鍛冶の権化であるドヴェルグが元になっているとデータベースにはある。

話しかけると、嫌そうにはしない。

「持って行く分にはかまわんよ。 どうせ誰も気にもしていないからのう。 オーカス様さえな」

「此処は、何なんだ」

「此処は買いあさる国。 わしら地霊族が治めていたんだが、オーカス様が支配者として君臨した場所だ。 元々わしらは働くのが好きで、オーカス様は貪欲だが別にわしらを食うでも無く、人間世界を真似してたくさんものを売っている場所を作り、食糧を供給するなら何もしないと約束してくれた。 そして今の時点で、約束をしっかり守ってくれている。 働くのが好きなわしらと、食べるのが好きなオーカス様で、利害が一致しているんだよ」

「なるほど……」

仕掛けてくる悪魔はいない。

アンソニーはさっきのアプサラスをデレデレした目で見ていたが、ブレアに小突かれて周囲の警戒に戻る。

周囲をもう一度確認。

それにしても、何というカオスなラインナップだ。

棚には普通の店に売っていそうな商品はなんでもある。シリアルから缶詰、それに生肉の類。

通信が入る。

春香からだ。

直接春香から通信が入るのは、唯野仁成としても初めての経験かも知れない。

「唯野仁成隊員」

「感度良好。 何か」

「其所にある品物を、無作為に持ち帰ってください。 此方で分析します」

「ラージャ」

頷くと、皆で手分けして確保する。

無茶な品物も結構含まれている。

これは自動車だろうか。流石に持ち出せない。豚の頭が丸ごと陳列されている。中華料理屋などで使うと聞いたことがあるが、流石にあまりにもストレートすぎる。更に別の棚には、ワニがそのまんま直接突っ込まれていた。

面白そうなのは全部引っ張り出す事にする。まずは普通のショッピングモールにありそうなものから引っ張り出した。

ドワーフは何も言わず、その様子を見ていた。

「よし、このくらいで良いだろう。 マッカは本当に払わなくて良いんだな」

「かまわんよ」

「ありがとう。 またもらいに来るかも知れないが」

「それもかまわんよ。 オーカス様は貪欲だが、食事の邪魔さえされなければ何もしないからのう」

ワニを丸ごと引っ張り出す。完全に凍っているし、何よりも本物のワニだとはとても思えない。

シリアルを取りだしたアンソニーが、うえっとぼやく。

中身を確認したら、どうやら汚物としか思えない代物が詰まっていたようなのである。メイビーが口を押さえて視線を背ける。

相変わらず線が細い。

だが、それを責めるつもりは、唯野仁成にはなかった。

通信を方舟に入れる。出たのはムッチーニだった。

「入り口付近の確認完了。 電波中継器を撒いて一度戻る」

「了解。 敵は仕掛けてこないみたいだね」

「今だけかもしれない。 この巨大なショッピングモール、数階建てになっているようだし、上にいけば敵が防衛線を敷いている可能性は否定出来ない」

「そうだな。 とりあえず戻ってくれ。 情報を少しずつ集めたいとアーサーも仰ってるからな」

皮肉混じりのムッチーニの言葉にああと応じると。

サクナヒメを促して、皆で戻る。

サクナヒメは鋭い目つきで、下の方を見ていた。

「楽勝という雰囲気の所悪いがな」

「姫様?」

「下の方にいるオーカスとやら、かなり危険な雰囲気じゃのう。 恐らくだが、食べるだけ強くなっているのではあるまいか?」

「だとすると早めの処置が必要かも知れないな」

ブレアの言葉に、サクナヒメが頷く。

兎も角、持ち込んでいる荷車を引いて一度撤退。

ヒメネス達は、もう少し内部まで調査する、と言う事だった。

地下にオーカスがいるらしいという話はして、別の方向を先に調べるようにした方が良いとアドバイス。

ストーム1はそれを了解してくれたが。

ヒメネスは不満そうだ。

「ストーム1がいるんだ。 一気にオーカスをぶっ潰しちまえば良いだろうが」

「ヒメネス。 情報が足りない相手だ。 嘆きの胎での悪魔の強さをお前も見ただろう」

「確かにそうだが……」

「モラクスとミトラスがそれほど大した相手では無かったのは事実だが、オーカスもそうだとは限らない。 まずは可能な限り情報を集める。 全てはそれからだ」

ストーム1の言う事は、ヒメネスもきちんと聞く。

いずれにしても、方舟に撤退。

キット式のプラントは、既に展開していて。周囲の地面を掘り返して、貴重な物資を回収している様子だ。

真田さんがどんどん皆の装備を刷新するべく物資を使っているので。

何もかもが足りないのだろう。

一度、方舟に戻る。ヒメネスのチームの後ろに、ケンシロウと調査班がついていったが。それを護衛する必要がある。

ショッピングモールで回収した物資を引き渡す。

受け取りに出て来た真田さんの部下は、汚物入りのシリアルと聞いても、嫌がる様子は無かった。

「これは貴重な研究材料だよ。 此方で調べておくから、そっちもオーカスの調査を引き続きよろしく」

「ああ、分かっている」

すぐに、同じチームで現地に戻る。

アプサラスはくすくすと笑った。何を急いでいるのかという雰囲気だが。

地上では、今この瞬間もシュバルツバースが拡大しているのだ。今がどんな状況か分からないから、全く持って油断することが出来ない。

店内に入る。

階段やエスカレーターを先に調べる。やはりエレベーターもある。だが、階段は上がり下がりしても殆どが扉が閉じていて。悪魔も仕掛けてこない。

やはり此処は、人間の作る店を雑に再現した場所らしい。

快楽をミトラスが研究していたとすれば。

オーカスは消費を研究しているのか、それとも自分で味わっているのか。

その辺りはよく分からない。

ヒメネスから連絡が入った。

「例のペ天使の気配の場所を特定した。 姫様もヒトナリも来てくれないか?」

「ヒメネス、そんな言い方は失礼よ。 私とノリスを助けてくれたのは事実なのよ」

「ああ、利益があるからそうしたんだろうさ」

通信に入ってくるゼレーニン。

うんざりした様子でそれを見ているケンシロウが、ありありと予想できた。

いずれにしても、アレックスと同格以上の相手となれば。デモニカが常に強化されていると言っても、サクナヒメとストーム1、ケンシロウが揃っていて初めてまともに話が出来るか、という所だろう。

それに、恐らく襲いかかってくる可能性が高いオーカスよりは。

まずは先に来ていて、更には腹の探り合いの段階をしているマンセマットと接するのを優先した方が良い。

考えを述べると、サクナヒメは頷いてくれた。

「ああ、それでええじゃろう。 足下をしっかり固めてから戦うのは基本中の基本よ」

「俺も同意だ。 まずは此処で何が起きていて、オーカスの情報をマンセマットが持っているなら、得た方がいい」

「……」

ケンシロウは何も言わない。

単純に戦う事にしか興味が無いからだろう。まあ、戦いが理不尽に強いのだから、それで充分だ。

勿論このやりとりはアーサーやゴア隊長、真田さんや正太郎長官も見ている筈。

何も横やりが入らないという事は、現場に任せると言うことだろう。

指定の地点に合流する。

一階の奥の方だ。ヒメネス達は既にいて。少し遅れて、ゼレーニンが来る。

今や機動班は、悪魔を展開しているのが当たり前だ。その様子を見て、パワーを数体展開して身を守っているゼレーニンは眉をひそめたが。もう流石に文句を言ってくる様子はなかった。

サクナヒメが手を叩く。

「わしがこの中では最年長だから言っておくが、油断はするな。 戦闘状態に入るようならば、全力で逃げよ。 わしらで殿軍は引き受ける」

「イエッサ!」

機動班の皆が思った以上に真面目に応じたからか。サクナヒメは頭をやりづらそうに掻いた。

ともかく、大きな倉庫らしい中に入る。

巨大な空間だ。

このショッピングモール、空間が彼方此方極めて不安定になっているらしい。見ていると、こういう変に巨大な空間がたくさんある。

複数の天使が周囲に侍り。その真ん中にマンセマットがいた。相変わらず、胡散臭い様子である。

「来ましたね、ゼレーニン、唯野仁成。 そしてヒメネス、ですね。 話は聞いています」

「そうかい、光栄だぜ信仰の押しつけ野郎」

「ふふ、跳ねっ返りが強い。 それと其方の方々は、サクナヒメにストーム1、ケンシロウですな。 貴方が異教の神とは言え、今は非常事態。 戦わず、手を取り合いたいものですねサクナヒメ」

「……ああ、そうじゃな」

サクナヒメはあまり機嫌が良く無さそうだが。まあ、それも仕方が無いだろう。

前にサクナヒメは言っていた。

マンセマットからは、野心と渇望の臭いがぷんぷんすると。

唯野仁成も調べてみた。

マンセマットは、悪魔とされることも多い天使の一人で。悪魔を従える事を許されている天使だそうである。

ダーティーワークで何度も名前が挙がっており、多くの汚れ仕事を引き受けている存在でもある様子だ。

そんな天使なら、堕天使に思想が近いのも納得は出来る。

「情報交換と行きましょう。 かまいませんか?」

「あー、此方正太郎」

「長官!?」

「おや、其方の船の指導者ですか?」

会話に入り込んで来たのは正太郎長官だ。咳払いした後、今ゴア隊長が出払っていて、代わりに話をしたいと言うことだった。

勿論かまわない。通信機をマンセマットに向けて、会話を代わりにして貰う。

「声だけで分かります。 百戦を生き抜いてきた強い霊の持ち主のようですね。 英雄達が乗る船の長に相応しい。 よろしく正太郎。 私は大天使マンセマット。 以後お見知りおきを」

「ああ、よろしくマンセマット。 私が金田正太郎だ。 もっともこの船の今の隊長はゴアで、私は後見人に過ぎないがな」

「ふふ。 謙虚な方だ。 それで私に話とは」

「現場を介して話をするのでは二度手間になる。 私が直接話のやりとりをしたいが、かまわないな」

なるほど、そういうことか。

アーサーも指摘していたが、ゼレーニンはマンセマットにすっかり心をやられてしまっている。

正太郎長官が話をする事で、悪影響を少しでも緩和するつもりなのだろう。

老獪な手ではある。ゼレーニンはマンセマットと話せない事を残念そうにしていたが、これでいいといずれ気付いてくれるはずだ。

「なるほど、オーカスが大量の食物を得て無秩序に強くなっていることは、其方でも把握していると」

「ええ。 私が少し様子を見に行きましたが、あれは正直手に負える相手ではないでしょうね。 近付けばこの地に来て力が落ちている私も、貴方方も殺されるだけです」

「何か対策に心当たりは」

「簡単ですよ。 貪欲で醜い悪魔には、その取り込んだ栄養を全て吐き出させてしまえばいいのです。 元々悪魔とは情報生命体。 情報を全て引っ張り出してしまえば、無害化するのは自明の理です。 オーカスは魔界にいた頃の姿も知っていますが、今はそれよりも更に醜悪で貪欲になっている。 此処は、協力して当たりましょう」

少し考え込む正太郎長官。

ゼレーニンが口出ししようとしたが、ケンシロウが肩に手を置く。

大きな手だ。ゼレーニンは元々ケンシロウが助けてくれた事も知っているので、嫌がる事もなく。

話に無理に割り込みはしなかった。

「此方から何か用意するものはあるかね」

「そうですね、吸収の能力を逆転させる魔法を此方で用意できます。 代わりにといっては何ですが、貴方方が持っている秩序属性の悪魔の情報を多少いただけませんか。 交換条件としては悪くないと思いますが」

「……分かった、それで良いだろう」

「オーカスを討つべきなのは我々天の軍勢にとっても同じです。 取引成立ですね」

正太郎長官から、唯野仁成のデモニカに直接通話が入る。

予想はしていたが、正太郎長官はマンセマットを信用していないようだった。

「既に仲間にしている下位の悪魔の情報を三十種類ほど用意した。 それを引き渡して、魔法の情報とやらと交換できるか君で交渉してくれるか、唯野仁成隊員。 相手は狡猾な存在だ。 くれぐれも油断しないように」

「分かりました」

すぐに情報を引き渡す。マンセマットは、手をかざして。悪魔召喚プログラムに入っているデータを吸い上げたようだった。

データは幾らでも複製できる。

それに、機動班の隊員の中には、下位の天使。エンジェルやアークエンジェル、プリンシパティなどを作って周囲に展開している者もいる。今更、それらの情報を引き渡しても害にはならない。

マンセマットは気前よく、ロゼッタに似た情報集積体を渡してくれる。

ゼレーニンが急いで回収して、メイビーがブレアの護衛を伴ってすぐに方舟に戻っていく。

ゼレーニンが一礼。マンセマットは、感じの良い、いかにも裏のある笑顔で答えていたが。まあどうでもいい。

「なるほど、既にかなりの数の光の世界の住人の情報を集めていますね。 これらは此方でも有用です。 活用させていただきますよ」

「満足していただけたのなら何よりだ。 先の物質は?」

「そうですね、人の子の発音でいえばシボレテとでもいうものです。 オーカスの吸収能力を逆転させる魔法の力を詰め込んでおきました。 貴方方の機械であれば、オーカスにこれで近付くことが出来る筈です」

「分かった、試してみる。 ありがとう、マンセマット」

にこりと微笑むと、マンセマットは空に消えていく。配下の天使達も、一緒にである。

ゼレーニンが、恋する乙女のように言う。

「はあ。 マンセマット、少ない見返りで大きな利益をくれたわ」

「まだあのシボレテだか絞るぞだかが使えるか分からねえだろうが。 それにあの野郎、恐らく手駒の戦力を削らずにオーカスと俺たちをぶつからせて潰させるつもりだぜ」

「そんな! 少し悪く考えすぎではないのかしら」

「いや、俺も同意見だ」

ストーム1の言葉に、流石にゼレーニンも黙る。ゼレーニンも、この船に乗り込んでいるスペシャル達には敬意を払っているのだ。サクナヒメには畏怖を感じているようだが。

「唯野仁成、それに他の者達も一度戻るぞ。 真田なら、あのシボレテだかからオーカスに対応出来る装備を作り出せるだろう。 それに無駄に此処にいると危険が増える。 調査班もだ。 ケンシロウでも守りきれるか分からんくらい今の地下のオーカスの力は強い」

「姫様とケンシロウは戻りか。 ではヒメネス、ついてこい。 俺たちはこれから威力偵察だ。 地下にいるオーカスとやらに、可能な限り近付いて実態を確認する」

「OKストーム1」

ため息をつくゼレーニン。

だが、ケンシロウに促されたので、周囲を調査してから戻る事にすることにした様子だ。

ふと、マンセマットが落としていったらしい羽根を見つけたので拾っておく。

ゼレーニンに渡そうかと思ったが、止めた。まだ通信をつないでいたらしい正太郎長官が、声を掛けて来る。

「良い判断だ。 そのまま持ち帰って、真田くんに引き渡してくれ」

「了解です」

ゼレーニンには悪いが、この場にゼレーニン以外マンセマットを信用している者は誰一人いない。最善でも、利害が一致しているだけの潜在的な敵だ。

一度、方舟に戻る。

敵との大規模戦闘はないかも知れないが。此処は、意外に苦労しそうだと、唯野仁成は感じていた。

 

4、大食漢と……

 

魔王オーカスは、食事をしていた。

それも、もはやそのまま食べるなどと言うのも面倒くさい。そのまま、運ばれて来た食事を吸い込んでいた。

吸い込まれるのが嫌なのか、ベルトコンベアに食糧を置くと、地霊達はそそくさと去って行く。

オーカスは気にしない。食糧なら何でも良いからだ。運ばれてくる雑多なありとあらゆるものを、丸ごと吸い込んでいく。

全長三百メートルを超えるほどに巨大化しているオーカスは、六本足の豚のような姿をした悪魔だ。

魔王の名にふさわしく、豪華な冠をつけ。美しい貴族のような服を着ているが。今ではあまりにも巨体になりすぎて、うつぶせになって食事をただ続けている。

だが、作り物のエサでは飽き始めていた所だ。

オーカスは他の魔王達と並んで、人間について学習した。

そうして分かった事は。

人間は無駄に喰らっている、と言う事だった。

無意味にひたすら消費物を作り、消費しきれもしない分までひたすら食い尽くしている。

それが人間の強さだとオーカスは判断した。

オーカスは元から食べるのが大好きだったから、更に強くなれるこの方法は良いと思った。

故に真面目に働くことだけが生き甲斐の地霊族達のいるこの世界に侵攻。

地霊族達を暴力で従えると、後はひたすら食事だけを作らせた。食事といっても、人間世界にある情報から適当に作り上げた文字通り「なんでも」だが。

食物である必要さえない。

人間世界の情報をひたすら無作為に集めまくればそれでいいのである。

やがて、充分に機が熟したら、そのまま人間世界に攻めこみ。人間も、その文明も、全て喰らい尽くしてやる。

それが、貶められてこのような姿にされたオーカスの復讐だった。

不意に、眼前に映像が出る。

「オーカスよ、相変わらず貪欲な事よな」

「ブオーノ! アスラか」

「モラクスに続いてミトラスがやられたぞ。 お前の世界にも既にミトラスを破った連中が来ている」

「ブオーノ! 気付いているともよ。 天使共と一緒に何かしているようだが、くだらぬわ」

ブホホホホと笑うオーカス。映像の向こうで、三面六臂の雄々しい武神であるアスラは、苦笑した。

アスラは強さだけに価値を求める存在で、その強さは戦いによってのみ得られると考えている節がある。

だから、オーカスとは思考が違うが。一方でオーカスが急激に強くなっていることを認めてもいる。

何より、アスラは持っているある能力を、他の魔王達に結構気前よく提供してくれた。

勿論力の虫干しの意味もあるのだろうが。貪欲なオーカスからすれば、相手の手の内が分かるのはありがたい話だ。

「今のワシは無敵よ。 天使が多少小細工したところで、それが変わるものか」

「果たしてそうかな。 天使は、人間共に何か力を渡したようだったが」

「ふん、どの道この土地では秩序の勢力は力が落ちる状態だからなあ。 ワシの手で罠ごとひねり潰してくれる」

「……忠告はした。 くれぐれも、油断だけはするな」

アスラの映像が途切れる。

それにしても便利な能力だなと思いつつ、オーカスは食事を再開。とにかく見境無く何もかも吸い込んでいく。

咀嚼さえしない。

必要ないからである。

満腹も無い。

際限なく強くなるからである。

自分の強みを、オーカスは良く知っていた。

そして、オーカスはこの能力で、新しい支配者になれるとも思っていた。

下品に笑うと、更に運ばれてくる食事を吸い込む。

適当な所で、攻めてきた人間共も丸ごと食い尽くしてやるとしよう。多少の小細工など、この体の前には無意味だ。

圧倒的な暴力の凄まじさを見せつけてやる。

オーカスはひたすら食事を続けながら、目を野心にぎらつかせていた。

 

(続)