黒い天使

 

序、邪悪の城からの脱出

 

唯野仁成が振り返る。

其所には、何とも言い難い存在が降り立とうとしていた。

背中には黒い翼、浅黒い肌。青白い唇。長身の男性の姿をした、恐らくは悪魔。

頭にはいわゆる天使の輪。白い衣服が、黒い肌や翼と反した、何とも言い難い違和感を生じさせる。

凄まじい力を感じる。

あのアレックスと同等か、それ以上か。

デメテルもそうだったが、どうやらこのボーティーズは魔郷になりつつあるらしい。そう唯野仁成は思っていた。

「貴方は?」

「私は大天使マンセマット。 人の子らにはマスティマとも呼ばれる事がある存在です」

「大天使……」

天使の中で、特に高位の存在を大天使という。

それについては、調べて知った。

デモニカの悪魔分類については、一通り目を通している。大天使と言えば、秩序側の悪魔の重鎮。

天使には階級が九つあり、下から二番目の天使も大天使と称するらしいのだけれども。

その大天使とは別に、一神教の天使における重鎮達を大天使と称するのだという。

光に満ちて降りてくる様子。

更には、舞っている光り輝く羽根からして。

此奴が大天使である事は間違いないだろう。

名乗ると。大きく頷くマンセマット。

そして、促した。

「唯野仁成よ。 私はそこの敬虔なる神の信徒を死なせる訳にはいかないと考え、参上いたしました。 この魔界と化した世界にも、敬虔なる信仰を捨てないものがいる。 ならば助けるのが私の役割です」

良く言う。

唯野仁成は、文字通り眉をひそめたが。口にはしない。

そもそも敬虔なる神の信徒を助けるというのなら、地上の混乱をどうにかすればいいだろうに。

ずっと人間は苦しみ続けているし。世界は悪くなる一方だ。

国際的な紛争、環境の苛烈な汚染、何よりもモラルハザードが進みどんどんおかしくなっていく人間の社会。どれをとっても、天使とやらが救いを行っているとは思えない。

いずれにしても、脱出の好機である。

ノリスを担ぎ、背負う。ノリスはもう動ける状態ではない。担ぐしかない。

ゼレーニンは、歩けると言った。

マンセマットが軽く印を切ると、部屋の中に積まれていた大量の死体が瞬時に焼却される。

ゼレーニンは、震えながら、それでも感謝の言葉を述べていた。

「ありがとう大天使マンセマット。 私はゼレーニン。 祈っていたのは私よ……」

「人は弱く脆い。 狂気に心を放棄して、よく逃げませんでしたね。 しかし、身を守らなければならないのも事実です」

「しかし、悪魔が恐ろしいのです」

「……」

部屋を出て、すぐに撤退に入る。ケンシロウも、ある程度やりとりは聞いていたのだろう。

浮塵子の如く押し寄せる敵を蹴散らしつつ、攻撃を防いでくれている。

唯野仁成は、可能な限り急ぐが。前衛にも取りこぼしが少し来る。

だが、マンセマットがすっと手を横に動かすだけで。その悪魔達は、文字通り蒸発した。

何が起きたのかは分からない。

だが此奴には、まだ勝てる状態には無いと、唯野仁成は悟る。

ケンシロウが開けた穴から降りながら、通信を入れる。後方はケンシロウとマンセマットが守ってくれているが。とにかく不安定なノリスの方が心配だ。

フックロープをもたもた降りてくるゼレーニン。

科学士官なのだから仕方が無い。

唯野仁成は、ノリスも抱えて降りているのだから、もう少し急いで欲しいと思ったが。

どんな地獄を見せられたのか、あの部屋だけで分かる。

あまり、強い言葉は掛けられなかった。

もたつくゼレーニンを守り、ノリスを担いで悪徳の城から出る。

外には敵はいない。ミサイルや速射砲を怖れて、城に逃げ戻ったのだろう。通信を入れて、救助を呼ぶ。

ランデブーポイントを指定されたので、歩く。

マンセマットが、ゼレーニンに何度も優しく声を掛けていた。ゼレーニンも、笑顔でそれに応えている。育ちが良いのが一目で分かるが、同時に危ういと感じた。

「有難うございます大天使様。 唯野仁成も、本当に助かったわ」

「後でケンシロウ氏にも礼を。 あの人がいなければ、救助など無理だった」

「ええ、分かっているわ」

「大変な目にあったでしょうに、心は折れていないのですね。 その素晴らしい気丈さ、称賛に値します」

また、悪魔が散発的に仕掛けて来たが。

マンセマットが手を振るだけで消滅する。

どうやら浄化の魔法を使っている様子なのだが。その火力が強烈すぎて、普通の悪魔では文字通り消し飛んでしまうようだ。

此奴が明らかにゼレーニンにつけ込もうとしているのは、唯野仁成にも分かる。

話し方が、心が弱っている相手につけ込む詐欺師のそれだからである。

ましてやゼレーニンは前から悪魔嫌いを公言し。

今回の地獄で、決定的にもなっただろう。

まさにこのペ天使には、つけ込める最高の相手、と言う訳だ。

「ゼレーニン。 悪魔を使うのが苦手というのなら、天使を使って身を守ってはどうでしょうか」

「天使?」

「パワーよ。 何名か来なさい」

「はっ」

不意にその場に現れる、赤い鎧を着て、いかめしい槍を持った天使達。分類天使、種族はパワー。

九段階いる天使の中で、中級三位に属する天使で、要は上から六番目。主に天使の中で、悪魔との戦闘を担当する階級に位置するらしい。

ただし、そのため悪魔の思想にも染まりやすいのだとか。

「ゼレーニンを守るように」

「はっ。 マンセマット様」

「この神々しい天使をお貸しいただけるのですか!?」

「はい。 貴方の助けになる事でしょう」

色々とまずいな。唯野仁成はそう思ったが。一応、何も顔には出さないようにはしておく。心が弱っている人間に、一気に情報をぶつけるのは悪手だからだ。相手が学者でも同じ事である。

やがてランデブーポイントに到達。敵の追撃も無い様子だ。

戦闘は。他には行われているのか。

いや、どうやら他でも戦闘は終結したらしい。

なけなしの装甲車で、ゴア隊長が数名の手練れと共に来る。一緒にサクナヒメが来ていたが。目を細める。

彼女はまた戦闘をこなしたばかりに見えたが。

それよりも、マンセマットの方が気になるようだった。

「どうやら迎えが到着したようですね。 私はこれで失礼させていただきます」

「ありがとうございます、大天使様」

「いえ。 神の信徒を守るのは当然の務めゆえ。 それでは世界に光あらんことを」

光に包まれながら、文字通り昇天していくマンセマット。死んだわけでは無く、どっかに戻るのだろう。

唯野仁成は、どっと冷や汗を掻くのを感じていた。

あいつはゼレーニンにしか興味が無い様子だった。

唯野仁成の言葉にも応じてはいたが、ほとんど無関心。ヒメネス以上に、冷淡な内心が伺えた。

天使は秩序側の存在に過ぎない。それは既に知ってはいる。

そして一神教が、世界でどれだけ科学の発展を妨げ、迷妄に人々を押し込んでいるかも、である。

だが、よるべき所がない人はたくさん世界にいる。

そういう人から信仰を取りあげてしまったら、もはや何も残らない。

それもまた、事実なのである。

それらを分かった上で、タチが悪い連中が暗躍している。

人間だけの問題では無い。

天使があんなだとすれば。今後は、更に様々なものに気をつけて行かなければならないだろう。

ケンシロウが戻ってくる。

何体か、生きたままの悪魔を引きずっていた。

ゴア隊長を守っている兵士達が、すぐにノリスとゼレーニンを装甲車に保護。ケンシロウが引きずって来た悪魔に銃を向ける。

流石にもうどうしようもないと判断したか、悪魔達が両手を挙げるが。

ケンシロウは、それには何の興味も無さそうだった。

「無事か」

「無事と言えば」

「何かあったのか」

「強大な気配を感じていたと思います。 それについて、後で報告します」

ケンシロウは頷くと、周囲を見回す。

サクナヒメが、大きくため息をついた。

「アレックスとやらにデメテルとやら。 この二人だけでも相当に厄介なのに、またそなたは面倒なのを連れてきたのう」

「申し訳ありません、姫様」

「……まあ、顔を出してくれる方がまだましよ。 似たような力を纏っていたが、デメテルとやらとはまた別なのかアレは」

「一神教は、基本的に他の宗教を認めていません。 一神教内部ですら派閥が違えば尋常では無く憎み合っている程でして。 オリンポス十二神など、天使から見れば邪神にしか見えないでしょう」

呆れた様子のサクナヒメ。

これらの知識も、唯野仁成にとっては其所まで掘り下げたものではなく。開いた時間を見てデータベースで拾い読みした程度なのだが。

それでも、色々と業が深いことが分かってしまって心苦しい。

ゴア隊長が、全員の無事を確認すると、戻るように声を掛ける。

そのまま装甲車が反転し、周囲を最大限警戒しながら戻る。

サクナヒメがぼやく。

「わしが駆け出しの阿呆だった頃、大きな失敗をしでかした事があってな。 人間達と共に未開の島に飛ばされて、其所で米作りを一から始めて。 それから色々あった」

「姫様がそんな苦労を」

「わしは米作りを自分でする事を苦としておらんが、それは時間の流れがおかしいその島で、何十年も米作りをしたからよ。 その時一緒にいた人間が、この世界とは違うものの、今になって思えばその一神教の信徒だったのだろう。 良い奴だったが、わしが神であるという話をしても、最後まで認めんかったわ」

それだと関係は最悪だったのかなとも思ったが。

そんな事もなかったという。

自分なりにサクナヒメを解釈しようとしていて。決して論戦がヒートアップして、口論になるような事はなかったそうだ。一緒に学者肌の男がいて、素直に理論を受け入れては、穏やかに話が出来たのが理由の一つでもあるらしい。

学者か。ゼレーニンが完全に光の魅力にやられているのを見ると、真田さんのようなタイプは本当に貴重なのだと思う。取り入れた情報に主観を入れず判断するのは、非常に難しいのだろうと唯野仁成は痛感していた。

レインボウノアの至近に到着。野戦陣地に入る。

すぐに医療班が来て、ゼレーニンとノリスを連れていく。

ノリスは船内に入り次第、即座に人工呼吸器を当てられていた。医療班のリーダーをしている女医、ゾイとゴア隊長が話している。

サクナヒメは頭を振った。

「そなたも来い。 大天使とやらが話していた内容を分析する必要がある」

「分かりました。 ヒメネスは無事ですか」

「二度も同じ技を受けてやるほどわしは甘くないわ。 勿論無事だ。 今頃ふてくされてベッドで寝ているだろうよ」

「……」

それならばいいのだが。

ヒメネスは、強さに対しては無条件で賛辞を送る傾向がある。性格的にあわないゼレーニンさえ、感情を向けている。

逆にヒメネスは、弱い奴には感情さえ向けない。

アレックスの圧倒的な強さを見たヒメネスが、また更に好戦的にならないか、少し心配である。

少し休憩の時間を貰ったので、休憩所でサクナヒメと休む。

米が美味しいという話をすると、嬉しそうにサクナヒメは笑う。

「そうであろう。 あれは「皆」で作り上げた自慢の米よ。 だが本来はもっと美味いのだがな」

「最高の状態の天穂を食べて見たいです」

「いずれ、な。 ともかくそなたは力を更につけ、生き残れ」

「分かりました」

栄養食が運ばれてくる。

あまり美味しいものではないが、ミーティングの前に少しでも回復するためには、食べておかなければならない。

食欲がないが、軽く食べる。サクナヒメも、普通に物理的な食事を口にしていた。

そういえば牢の内部で、ゼレーニンとノリスのコピーが散々積み上げられていたが。

あれも囓られた形跡があったっけ。

悪魔は普通に物理的な食事も出来るという事だ。

マッカだけではなく、食事も出来るという事は。

今後は、凄惨なものを見る可能性が増えそうだと思って。唯野仁成は、暗鬱たる気分となった。

サクナヒメはまだ本調子ではないという話だし。

ついさっきまでアレックスとガチンコでやり合っていたはずだ。

ストーム1も一緒に戦闘していたとはいえ、それでも肝を冷やしている様子が無いのは流石である。

食事を終えると、少しだけ座って緊張を解いて。それから、艦橋に出向く。

艦橋には、既に幹部全員が揃っていた。

唯野仁成も素人では無い。話については、帰路にて頭の中でまとめていた。

何があったのかを説明すると。正太郎長官が、静かな怒りの声を上げた。

「魔王と言っても色々いるのだな。 モラクスはまだ残忍ながらかわいげがあったが、ミトラスとやらは許しがたい」

「今、ゼレーニンとノリスのデモニカから、内容を確認しました」

真田さんが、皆のデモニカや手にしている端末に内容を転送してくる。

口にするような話では無い、と判断したからだろう。

凄惨な内容に、唯野仁成も分かってはいたが言葉がない。

悲しそうにした春香が、怒りをたぎらせる皆の中でわずかな救いになっていたと思う。彼女は確かに空気を劇的に改善してくれる。

真田さんは更に続ける。

「ノリスは、当面復帰は無理でしょう。 現在医療班が治療を行っていますが、精神が殆ど崩壊しています。 仮に精神崩壊を回復出来るとしても、数ヶ月はかかるでしょうね」

「文字通り地獄を見たのだ。 やむを得まい」

ストーム1が同情の声を上げる。

彼は戦場でPTSDになる兵士を幾らでも見て来たはずだ。

ましてやノリスは、敵を殺すとか味方が死ぬとかですらないそれ以前の。文字通り、狂気の宴を目の当たりにしてしまったのである。

それは、壊れてしまっても、惰弱だ等とは言えない。

「ゼレーニンは比較的状態が落ち着いています。 ただ、ゼレーニンの場合は……」

「あの黒い翼のが色々吹き込んだのであろう」

「……姫様。 その通りではありますが」

「わしの知っている一神教徒が「大天使」という表現をしていたな。 あんなものと一緒にされていたのだと思うと、流石に今更に腹が立つ。 とはいっても、わしの仲間であったあやつは、事実に誠実に向き合おうとしている良い奴ではあったから。 あやつがあのペテン師を見ても、腹を立てたではあろうな」

言ってしまうか。

此処には一神教の信者だっているだろうに。

だが、サクナヒメは即座に見抜いたのだろう。あのマンセマットとかいう大天使が、ろくでもない輩であるという事に。

「心の弱ったゼレーニンにつけ込む様子は、手練れの詐欺師のものであったわ。 それに大天使は心が清いだの霊性が美しいだの……大嘘では無いか。 あ奴の心は野心と渇望に充ち満ちておったわ」

「姫様」

「わーっておる!」

サクナヒメをライドウがたしなめる。

周囲の兵士達が、不安そうに此方を見ているのに気付いたからだろう。

だがサクナヒメは余程不愉快だったのだろう。

一目で分かったはずだ。

心が弱り切ったゼレーニンを籠絡したマンセマットのやり口が。

唯野仁成にも分かったくらいなのだから。

アーサーが、分析を終えたらしく。感情の存在しない声で口を挟んでくる。

「分析を終了いたしました。 まずノリス隊員は、皆様の意見通り、残念ながらしばらく休養をせざるを得ないでしょう。 精神的、肉体的にもとても戦える状態ではありません」

「うむ……生きているだけの状況だな。 療養に徹してもらう他無い」

「ゼレーニン隊員は、注意が必要だと考えます。 精神的に相当な負荷が掛かった状態に、甘言を受けて心が大天使マンセマットに傾倒しています。 マンセマットがどのような事を目論んでいるか分からない以上、最悪の場合は調査班から外し、仕事も停止させる必要もあるかと考えます」

真田さんが右腕に、と考えている人物なのに。

真田さんは腕組みして目を閉じている。

やむを得ない、という雰囲気だ。

「現状を整理しましょう。 まずシュバルツバースに出現した人間、アレックスですが、非常に高い戦闘力と敵意を持っています。 アレックスは現在でもボーティーズに潜伏しているとみられ、作戦無しにプラズマバリアを出て行動する事は避けるように隊員に徹底してください」

「分かった、そうしよう」

ゴア隊長も、恐らくデモニカ越しに見ている筈だ。

アレックスの圧倒的な戦闘力を。

ストーム1とサクナヒメを同時に相手にして、大した怪我も無く撤退したと先に聞かされた。

ストーム1がライサンダーを叩き込んだが、それでも衝撃を殺しきり、目立った外傷は与えられなかったという。

携行用艦砲と呼ばれ、実際艦砲並みの火力を持つライサンダーでそれである。

そうなってくると、もはや常時スペシャル二人がかりで、アレックスに対策するしかない。

「また、デメテルと呼ばれる存在に加え、大天使マンセマットも我々の前に姿を現しています。 どちらも現時点では我々に敵対的行動を取ってはいませんが、目的が分かりません。 その上、戦闘力はアレックスに匹敵するかそれ以上と思われます。 迂闊な接触は避けるようにしてください」

「やれやれ、やっと一段落したと思ったのだがな」

正太郎長官がぼやく。

いずれにしても。何とか人質を救出する事は出来た。それだけは、可と判断するべきなのだろう。

更に、アーサーは続ける。

「アレックスの不可解な言動については、今後分析を進めます。 今後はアレックスはあくまで強大な敵勢力と判断し、それとは別にまずはミトラスを撃ち倒してロゼッタを回収することを第一に考えましょう」

「うむ……」

ゴア隊長が頷く。

さて、ここからが大変だ。

軽く話をした後、艦橋での会議は解散。唯野仁成は戻ると、部屋に他の機動班クルーと集まる。

悪魔の使い方や、悪魔合体を一緒にやる。

どうも変な人望が生じ始めているらしい。悪魔が恐ろしくて仕方が無いと言うクルーもいるので、一緒にやるようにしていたが。

とっつきにくいヒメネスやゼレーニン。更にはスペシャル達と違って、唯野仁成は接しやすいのかも知れない。

誰かが悪魔合体を失敗して、エラーが出てしまう。

自分より強い悪魔を作ろうとしてしまったらしい。

頭を掻くその隊員の作ろうとした悪魔を見て、唯野仁成は思わず口をつぐむ。

分類魔王。種族モラクスとあるからだ。

魔王さえ作り従える事が出来るのか。

モラクスのレシピを見た後、唯野仁成は悪魔合体講習を解散して、一人になる。

魔王を従える、か。

恐ろしい事だ。

ヒメネス辺りがこれを知ったら、嬉々として実行しそうである。勿論、ロクな結果が予想できない。

大きく溜息を唯野仁成はついていた。

どうにも業が深い話ばかりである。

それでありながら。シュバルツバースをこれからも進むには。必須でもあるのは確定だった。

 

1、ミトラスの憤怒

 

戦闘が終わった後。猛り狂ったミトラスの前に、ミトラスの配下達は雁首を並べて跪いていた。

ミトラスは美しい顔を引きつらせ、甲高い声で怒鳴り散らす。

「貴方たち、どれだけ無能なのかしら! これではアタシは他の魔王達の物笑いの種になりそうよ!」

「し、しかし。 恐れながらミトラス様。 宮殿に侵入した人間、あの外で暴れている者程では無いにしても、圧倒的なまでの力を有しており……」

「其所をどうにかするのがあんた達の仕事でしょう! この役立たず! せっかくの玩具が台無しだわ!」

玩具と言いやがったよ。一応人間を滅ぼすための研究材料だったはずなのに。本音が出ちゃったよ。

ミトラス配下の悪魔の一人。堕天使ウコバクはうんざりしながら頭を下げている。

尻尾と小さな翼を持つ以外は、大きな頭の人間の子供の様に見えるウコバクはどちらかというと力が強い堕天使ではなく、ミトラス麾下では研究を主体にやっている。

また、他の幹部連中が脳筋ばかりという事もあって。他の重なり会った世界とも連携する事務役をこなしているのだが。

他の世界に比べて、此処の状況ははっきりいって良くない。

もう潰れたモラクスの所はどうでもいい。負けた者に興味を持たないのが混沌勢力の基本である。今問題なのは、この世界に並ぶ他二つの世界がかなり調子が良いという事だろう。

「買いあさる国」では、魔王オーカスが際限なく力を増し、真っ先に地上侵略に乗り出しそうな勢いであるし。

「腐り果てた国」では、魔王アスラが上手く行っていないミトラスの足下を見た交渉をしてくる。

如何に連携しているとは言え、それぞれが独立勢力である。

ましてや誰が最初に人間世界を潰すかで、競い合っている者達でもあるのだ。

ウコバクはしばらくは腹痛から逃れられそうに無かった。

それに、このままミトラスを怒らせると。場合によっては、ミトラスに殺されかねなかった。要するに、下手をすると明日どころか今日すらなくなってしまう。

他の幹部共は何の役にも立たない。それでは、やむを得ない。負担が増えるが、ウコバクがやるしかない。

ウコバクは、挙手。本当に、他に方法が無い。

「何なのよっ!」

「実は、ある実験をしております」

「ある実験?」

「は……。 残念ながら生きた人間のサンプルは失ってしまいましたが、血液のデータは取得しました。 これと、腐り果てた国から提供されたデータを組み合わせたところ、色々と面白いものが作り出せるかと思います」

ミトラスが、興味を持った。続きを言うように、視線で促してくる。

周囲の幹部達が、頑張れとウコバクに視線を寄越してくる。

お前らがそもそも脳筋で、しかも人間にやりたい放題を許しているから私が苦労しているんだろうが。

そう怒鳴り散らしてやりたいが。一応幹部としては他のが格上だ。

それ故に強気に出ることも出来ず。

ウコバクは冷や汗を流しながら、プレゼンをして行くしか無かった。

「まず実験に使っていたものと同様のコピーについては、まだ作る事が出来ます。 ただ血液の残量が多くありませんので、数には限りが出てしまいますが」

「コピーのコピーは品質が劣化してしまうのよね」

「そうなります。 故に実験を「楽しむ」事は難しいかと……」

「仕方が無いわね、分かったわ。 それで」

頷くと、ウコバクは更に続ける。

アスラから提供された技術。正確には違うのだが、これを媒介することによって、此方でも悪魔を無から作る事が出来そうなのである。

悪魔は精神生命体であり、情報生命体だ。

だから情報を弄くれば、元々の悪魔と似て非なる、別の悪魔を作り出せるかも知れない。

「あら、素敵じゃない!」

「現時点では、手におえそうな者から作る予定です。 それに、人間のコピーを組み合わせれば……」

「面白いわ! さっそく実験に取りかかりなさい!」

「ははーっ」

幹部共が、皆良くやったとウコバクを見ている。

おまえらが!働け!そうその場で罵倒したくなるが、兎も角我慢するしかない。

堕天使と言っても最下級のウコバクでは、此奴らに力では勝てないからである。

ミトラスの部屋から退出すると。巨大な白い人型であるウェンディゴがぼりぼりと腹をかく。

類人猿に似た姿をした悪魔だが、分類は「邪鬼」。悪魔の中では、暴悪に荒れ狂う知能が低い人型のものを大体これに分類している。かといって邪鬼は弱い種族ではなく、強大なものになると神々に戦いを挑めるようなものもいる。

ウェンディゴは幹部の中で戦闘力が一番高く、非常に貪欲で残虐である。

人質が奪回された後、残っていたコピーの残骸(焼かれたもの以外にも実験の残滓が別の部屋に運び込まれてあったのだ)は、全部ウェンディゴが食べてしまった。人間美味い美味いと言いながら。

更にたかっていた雑魚悪魔もみんな一緒に食べてしまった。部下だろうが関係がない。

恐ろしい程貪欲な奴なのだ。

しかも此奴はこれで、魔法までそこそこに使いこなす。ミトラスのナンバーツーとしては、間違いない実力を持っているのも事実である。

しかしながらアホだ。

強大な力を持つウェンディゴの最大の欠点がアホである事で、戦闘以外はミトラスですら何一つ期待していない。他の幹部達も、此奴がナンバーツーで良いのかと陰口をいつもたたいているが。実際の所、其奴らもアホさ加減ではウェンディゴとあんまり変わりが無い。

更に腹が減ると部下だろうが何でも食ってしまうので、人望は文字通り0。色々と問題だらけのナンバーツーである。

「ウコバクー」

「何でしょう、ウェンディゴどの」

「助かったぜー。 なんでか知らないけどミトラス様すごく怒ってたからなー」

「はい、そうですね」

このアホは、なんでミトラスがキレていたかすら認識していなかったのか。もう、どうしたらいいのかよく分からない。

ともかく、研究をする間、敵を防いでほしい。

そう幹部の皆に言うが。誰も乗り気では無い。

「そう言われてもなあ。 あの赤黒の女、多分ミトラス様でも勝てないぞ」

「あとあのばかでかい鉄船だよ。 あの攻撃で城が穴だらけじゃん。 俺、逃げた方がいいと思うんだけど」

「……逃げようとしたらミトラス様に殺されると思いますけど」

「その辺はお前が説得してくれね?」

幹部の一人にそう言われて、ブチ切れそうになるが、必死に笑顔を保つ。

怒りで震えるほどだが。

兎も角、此処は色々飲み込んで頼むしかない。

「いいから、守りを固めてください。 城も修復してください。 その間、私はミトラス様のご機嫌を取ります。 私がご機嫌とりを失敗したら、私も皆様もミトラス様に殺されますよ」

「うっ……」

「分かったよ、やるよもう」

なんか理不尽な事に従事させられるような顔をしながら、幹部共が行く。

ウェンディゴはぼーっとしていたが、皆がいってしまったので。いつもウェンディゴの被害を最小限に減らすために用意されている食料庫に向かったようだった。隣にある買いあさる国から、余った食糧をたくさん貰ってため込んであるのだ。ウェンディゴは、その倉庫で好きなだけ食べて良いことになっている。

ため息をつきながら、ウコバクは研究室に。

まずは妖精か地霊あたりの扱いやすい下級の悪魔から弄ってみるか。

人間世界から色々な伝手で入手したコンピュータとかいう代物を色々とつなげて、ウコバクのための空間を此処に作ってある。

悪魔を基本的な情報まで分解し。

それを再構築する事で、新しい悪魔を作り出す事が出来る。

下級の悪魔は消耗品だ。

だから、別に使い捨てる事にウコバクも罪悪感を全く覚えない。悪魔の世界とはそういうものなのだ。

これがいいか。

そう思うと、部下に指示をして、悪魔を運んでこさせる。

ため息をつきながら、ウコバクは実験に取りかかる。

そして、最初の一匹が出来たが。

何だこれは。

まあ、実験は最初は上手く行かないのが当然だ。仕方が無い。

連れていくように部下に指示。適当に拷問でもすれば、言う事を聞くようになるだろう。

続けて実験をしようとした瞬間。

何か、嫌な音がした。

何だ。

城の内部のカメラを確認する。ほとんど異常は無いが、一つの部屋だけが砂嵐になっている。

しかも、よりにもよってそれはウェンディゴのエサ倉庫だ。下手に入り込めば、ウェンディゴに頭から囓られかねない。

あいつは、幹部の顔を覚えるのがやっとで。

ミトラスが軍団を組織した頃に幹部にしたとき、他の幹部をいきなり食った事があった。流石に今はそれも無くなったが。

下手に奴の部屋に入るほど、ウコバクも命知らずでは無い。

嫌だなあと思いながら、倉庫に確認に出向くが。

倉庫の戸を開けると。

其所には、ズタズタに切り刻まれて、既に消滅しようとしているウェンディゴの姿があった。

馬鹿な。

此奴の実力は、単純なパワーだけならミトラスの八割くらい、というレベルの上級悪魔だ。

それをこんな、短時間で一方的に。

背後にて、剣を振る音。

振り返ると、其所には。城の外で悪魔を殺しまくっていると噂の、人間の女がいた。

ウコバクは思わず跳び上がったが、即座に腹を剣で刺し貫かれ、壁に縫い付けられる。

流石に悪魔だから、刺された程度では致命傷にはならない。

だが、壁に縫い付けられたウコバクは。自重で、どんどん傷が上に向かって来ている事を悟った。

「た、たす、助けてっ!」

「下級の悪魔を締め上げて聞いたのだけれど、そこのウェンディゴがミトラスの第一の配下だったわね」

「そ、そうだよ! それは間違いの無い事実だっ!」

「その割りには話がまるで通じないし、力の差を見せつけても何もまともな話ができなかったのだけれど。 貴方も幹部の一人ね。 知っている事を全部話して貰うわよ」

だ、駄目だ。この状況、話したところで殺される。

体の力が抜けていく。この光の剣、悪魔を殺すための何かが仕込まれているらしい。

ひい、ひいと情けない悲鳴が漏れる中。

ウコバクは、叫んでいた。

「ミトラス様! 賊は此処に……」

次の瞬間。

ウコバクは、振り上げられた剣によって頭を下から真っ二つに切り割られ。死んだ。

 

剣を振るってウコバクを殺したアレックスは、そのまま城をゆっくり歩いて抜ける。

そもそもあの巨大な次世代揚陸艦の砲撃で穴だらけになっているミトラスの城である。

出口はわざわざ探さなくともそこら中にある。

しかもミトラスの配下の悪魔は盆暗揃い。

これについては、記録を見て知ってはいたが。予想以上のひどさだった。

城の外に出たことになって、やっと下級の悪魔が集まり始めたが。見なかったことにしようという雰囲気にして、解散していく。

流石のアレックスも呆れていた。

「ジョージ、あれは組織としての形を為していないわね」

「人間の真似事を中途半端にしたからだろう。 人間の駄目な部分ばかりを取り込んでしまっている」

「何となく唯野仁成が、絶望的な状況を切り抜けて力をつけて行けた理由が分かってきた気がするわ」

「アレックス、相手は悪魔だ。 油断だけはしないように。 ここに来る前の地獄を常に思い出すんだ」

相棒AIに分かっていると応え、髪を掻き上げると。アレックスはその場を離れる。

ミトラスを殺してロゼッタを奪ってやってもいいのだが。どうもあの方舟、相当に高い技術力を有しているとみた。

下手をすると、ロゼッタを奪った程度では止まらないかも知れない。

それなら錯乱したミトラスが、一矢報いるのに期待した方がまだ良いだろう。

「もうボーティーズは良いわね。 これではヒメネスやゼレーニンを暗殺する好機もなさそうだわ」

「アレックス。 ……一つ困惑すべき情報がある」

「何よジョージ」

「唯野仁成は死んでいない」

何ですってと、思わず大きな声を出してしまう。

周囲を見回すが。

今、アレックスを脅かせる存在はこの土地にいない。それを思い出して、嘆息してしまった。

今は、むしろ大丈夫だ。今は。

「先の乱戦時に撒いておいたマイクロドローンが映像を撮影した。 これを見て欲しい」

「! あの外道……っ!」

「我々が去った後、戦場に駆けつけた二体のアンノウンのどちらかの仕業だろう。 それが出来るだけの力は感じた」

「……肺で駄目なら次は心臓。 それでも駄目なら脳を潰してやるわ」

アレックスはぎりぎりと歯を噛む。

ジョージは何も言わず、支えてくれる。

「プランの変更を行おう。 ボーティーズにてもはや成果が上げられそうにないのは確かに事実としてある。 それならば、発見した「牢獄」に出向くべきだ」

「彼処の悪魔は、私達でも手に負えるか微妙だという話をしたのは貴方よジョージ」

「だからこそ、短期間で強くなれる。 今の時点で、あの巨大な次世代揚陸艦の戦力を潰しきるのは不可能だ。 それに唯野仁成やヒメネス、ゼレーニンはいずれ手に負えなくなるほど強くなる。 此方も強くなることを急がなければならない」

「……そうね」

それともう一つ、とジョージは言う。

アレックスは頷き、話を聞く。

ジョージはAIだが、道具では無い。アレックスが幼い頃から共にいて、狂った世界で数少ない心を許せる家族だった存在だ。

少なくとも、残っている三つの世界の記憶の内、二つではそうだった。

だから、アレックスはジョージを全面的に信じるし。

ジョージがアレックスに最高のプランを提供してくれることを疑わない。

もしもジョージのプランが上手く行かなかった場合は。

アレックスの力が足りなかったから、だ。

「「牢獄」に入るとして。 恐らく量子のゆらぎはあの次世代揚陸艦にも感知されるわよ」

「それなら逆に好都合だ。 牢獄はざっと観測しただけでも、ボーティーズにいる程度の悪魔など比べものにならない実力の悪魔が群れている。 ……故郷のように」

「それなら合体材料くらいは得られそうね」

「そうだ。 それに迂闊に追撃してきたら、奴らは手痛い代償を払う事になるだろう」

頷く。

そして、アレックスはしばらくデモニカの消耗を抑える事にした。

この最新鋭デモニカは、託されたもの。

しかも幾つもの世界を渡り歩きながら、強くなってきたものだ。

最初は平行世界に逃げ込み。

戦闘を重ねながら成長を促し、ついに時間を跳躍する力まで手に入れた。

今では、単独でスキップドライブを行うことも可能である。

このデモニカは、文字通り数限りない慟哭と生き血を啜ってきた。だから、それくらい出来ないと困る。

一旦悪趣味な歓楽街を抜けて、外に出る。

しばらくは潜伏する必要がある。

強力な自己修復機能と、エネルギー充填機能があるこのデモニカだが。

それでも、この間の戦いでは艦砲並みの対物ライフルの直撃を受けたし。

相当な戦闘巧者の悪魔との戦いで、エネルギーも消耗した。

現時点でもミトラスを殺すくらいは容易いが。今は、それよりも優先すべき事がある。

ボーティーズに来て、最初に確保した隠れ家。

岩陰に作った、小さなビバークポイントに入ると、膝を抱えてアレックスは休む。

小さな指輪を操作して、画像を見る。

もはや会う事が出来ない人の画像。

狂ってしまった世界で、唯一アレックスの側にいた、狂っていなかった「人」の映像。

これを見ている時だけは、普段は怒りで全身を焼いてしまいそうになるアレックスも。心が少しだけ落ち着く。

しばし静かにしている間に。つい、うたた寝までしてしまった。

「アレックス。 後三時間ほどで、スキップドライブに充分なエネルギーが溜まる」

「……そう」

「大丈夫、周囲に接近する者はいない。 私が見張っておくから、ゆっくりと休むと良いだろう」

頷くと、もう少し眠ることにする。

もはや、心を許せるのはジョージだけ。

アレックスにとって、シュバルツバースは別に地獄でも何でも無い。

そんなものは、もう何度も見てきたのだから。

 

2、城攻めの前に

 

唯野仁成は、ヒメネスと共に野戦陣地に出向く。

特殊部隊扱いとは言え兵卒だ。まだ作戦内容は知らされていない。

人質救出ミッションが上手く行ってから、二日が過ぎている。その間に体の回復に努めるように言われた。

また、その間にプラズマバリアの範囲を拡げ、周囲の探索をしていたようだが。

唯野仁成は関与していないので、結果については知らない。

分かっているのは、まだ城は健在であり。

簡単には攻め落とせそうにない、ということだ。

ミトラスがしびれを切らして攻めこんでくるなら、それはそれでありだとは思うのだけれども。

まだそんな事になったと言う話は聞いていない。

いずれにしても、現状は進展無しである。

来たのはサクナヒメである。彼女だけで大丈夫かと少し不安になったが。少し遅れてライドウ氏も来る。

「おう姫様、もう体はすっかり大丈夫か?」

「阿呆。 もうすっかり元通りよ。 そんなにわしは柔ではないわ」

「ははは、すまん。 本当にあんたは頼りになるぜ」

「……作戦について話をしたいが、いいか」

サクナヒメに友人のように話しかけるヒメネスを見て、周囲は明らかに困惑しているが。

いずれにしてもライドウが咳払いした事で、周囲は視線をそらした。

唯野仁成も背を思わず伸ばす。

作戦行動を行う事が確定だからだ。

「これからわしと共に調査に出向く。 そなたら二人と……」

「よろしくお願いします!」

頭を下げたその女性には見覚えがある。

最初にアントリアに不時着したとき拉致され、堕天使オリアスに人質にされたメイビーである。

悪魔召喚プログラムを色々四苦八苦して触っていたらしいが。

地道に任務をこなし。戦闘訓練でもそこそこ良い成績をたたき出しているという事もあって。

今回、連れて行ってみるかという話になったらしい。

何より、医療知識がある戦闘メンバーは貴重だ。経験を積めば必ず活躍出来るだろう。確かに唯野仁成もそれらには同意できる。

ヒメネスが、メイビーには見向きもせず、サクナヒメに言う。

「大丈夫なのか? あの赤黒が襲ってきたら、守りきるどころじゃないぞ」

「いや、その可能性は低い」

「?」

「ライドウよ、説明してくれるか」

頷くと、ライドウが話し始める。

基本的に必要な事しか喋らない人物だ。

今回は、余程重要な事なのだろう。

「先ほど、空間転移、スキップドライブの痕跡を検知した」

「スキップドライブ!?」

「そういう事だ。 恐らく悪魔がやったのではない。 この方舟の他に次世代揚陸艦も確認されていない。 そうなれば、消去法だ」

「あのデモニカの赤黒女か……」

ヒメネスの言葉に、ライドウは頷いていた。

つまり、あのアレックスという女は、このボーティーズを離れたという事である。それだけで、プレッシャーがかなり減る。

「それにしても、スキップドライブなんて事、デモニカに可能なんで?」

「先ほど真田技術長官と話してきたところ、理論上は可能だそうだ。 ただ、レインボウノアなら即座に出来るものだが。 デモニカ程度のサイズだと、どれだけのエネルギー効率を持っていたとしても数日は力を蓄えないといけないそうだが」

「なるほどな。 いずれにしても、たった数日で原子炉並みのエネルギーを蓄えられるのかあのデモニカは……」

「というわけで、現場の調査だ。 ゆくぞ」

サクナヒメに促される。

今回はジープを貸してくれるらしい。有り難い話ではあるが、悪魔が出た場合に即応出来るか少し不安になる。

ジープは軍用のもので、後部の座席に重機関銃を搭載している。また、小型のミサイルも十機ほど乗せている。最大時速は130qまで出るが、それはあくまで理想的な条件が整った場合。

此処では精々80q程度が限界だろう。

メイビーが運転するというので、任せる。

ヒメネスが後部で武器関係を担当。

唯野仁成は、いつでも悪魔を出せるように備えながら後方ヒメネスの隣に。即時対応が一番しやすい助手席にサクナヒメが座った。

ジープが出る。

サクナヒメは腕組みしたまま、喋らなくなる。

恐らく、アレックスが出た場合に備えているのだろう。それにデメテルやマンセマットも、脅威としては同レベルかそれ以上だ。

今の時点では敵対の姿勢は見せていないが、今後どうなるか分かったものではない。

空気がぴりついている中、ヒメネスが話しかけてくる。

「それにしてもデモニカでスキップドライブとは凄いなあ、ヒトナリ。 俺たちのデモニカも、そのうちそんな事が出来るようになるのかなあ」

「或いはそうかも知れないな。 少なくとも、もしももっと優れたデモニカが出来るのなら、いずれ追いつけるかもしれん」

「そりゃあ楽しみだ」

「……雑魚一匹おらんな」

サクナヒメがぼやく。周囲を常に見張ってはいるが。確かに雑魚悪魔もいない。

メイビーは非常に綺麗な運転をする。軍用のジープと言えば揺れが激しいものなのに。このジープは、悪路を行っているのにまるで揺れない。

「コースを変えることは出来るか」

「はい、姫様」

メイビーが、指定された通りのコースで走る。

ヒメネスが思わずサクナヒメに問いただしていた。

「おい、このコースは城から丸見えだぞ」

「だからなんだ。 あの赤黒に手も足も出ないような戦力、わしの相手ではないわ」

「それは分かるが……」

「備えてはおけ。 現状の城の対応能力を知りたい」

メイビーが、ハンドルに力を込めるのが分かった。戦闘が容易に想定できるから、だろう。

唯野仁成もいつ戦闘が起きても良いように備える。

ただでさえ、張りぼて歓楽街の真ん中を移動しているのだ。いつ奇襲を受けてもおかしくない。

幸い、気配を完全消去して襲ってくる悪魔については、ストーム1と真田さんがどうにかしてくれて。

現在では対応アプリがデモニカにインストールされている。

そのアプリがあるとは言え、不意打ちは出来れば喰らいたくない。

不意に、誰かがジープの前に出て。

メイビーが急ブレーキを踏んだ。

とは言っても、運転が綺麗なので、頭を座席に誰かがぶつけるようなことも無かったが。

「誰だっ!」

「……」

「止せ、ストーム1麾下の者だ」

「伝言を預かっている」

見覚えがある。

確かクーフーリンだ。ケルト神話の英雄であったか。感じの良い鎧姿の青年で、ストーム1が大軍を相手にする時に、時々一緒に戦っているのを見た。手にしている槍の破壊力が凄まじい。

手紙を渡されたので、サクナヒメが受け取り、目を通す。

この世界の文字が読めるのだろうかと不安になったが、そういえばこの世界の言葉で喋ってくれている。

その辺りは、この世界に来た時に色々何か工夫がされているのかも知れない。

「ふむ、なるほど。 承知したとストーム1には伝えてくれ」

「はっ」

ふっと、その場にいなかったようにクーフーリンが消える。

ヒメネスがため息をつく。

「心臓に悪いぜ」

「そなたらほどの実力者なら撃たぬという信頼があったという事だ。 あれほどの武人がそれだけの信頼を寄せたのだ。 更に精進せよ」

「ああ、OK姫様。 それで手紙は何だったんだ?」

「ストーム1の方でも偵察をしているが、どうやら城に賊が入った形跡があるようだな」

賊、か。

唯野仁成は話をそのまま聞くが。城にケンシロウと唯野仁成が潜入し、ゼレーニンとノリスを救出した後の事だったらしい。

城の一部に不自然な戦闘跡があり、敵の調査部隊らしいのがいたので、狙撃で仕留めておいたそうだ。

狙撃をやらせたら、ストーム1の右に出る者など存在しない。

不運なことだなと、ちょっとだけ唯野仁成は同情してしまった。

だが、それはそれだ。

「侵入したのは、唯野仁成。 そなたが人質奪回作戦から帰還した少し後ほどの事のようだ。 ひょっとしたら犯人はあの赤黒かも知れんな」

「……少人数に別れたところを叩くつもりであれば、狙う相手が絞られているようなのが気になりますね、姫様」

「その通りだ。 故に敵の情報は少しでも集めておかなければならぬ」

ジープを出すようにサクナヒメが指示。

頷くと、メイビーがまたアクセルを踏んだ。

それにしても綺麗な運転である。殆ど揺れることが無いし、なによりも凄くカーブなども滑らかだ。

助手席にいるサクナヒメが一度も文句を言わない。

それはまあ、これだけ綺麗な運転なら文句を言う場所がない。

ただヒメネスは若干物足りなさそうだ。

ハードロックを掛けながら高速で走り回るのが好きなのかも知れない。

まあ、他人に迷惑を掛けないのなら、それでもまあ良いだろう。今度聞いてみることにする。

程なくして、街を抜け。

荒野の一角でジープが止まる。

唯野仁成なら、狙撃を考えるポイントだが。

さっき、見せびらかすように移動して見せたとき、敵は仕掛けてくる様子が全く無かった。

ストーム1の言葉からも考えて、ひょっとすると敵は幹部級を数人失って、組織が機能不全になっている可能性もある。

ただそれは楽観だ。いつ敵が仕掛けてくるか分からないし、全力で周囲を警戒する事にする。

サクナヒメがまずひょいとジープから降りると、全員展開、と指示を出す。

そして、隠れ家になっていたらしい岩を、顎でしゃくった。

「罠があるかも知れないし、わしが先にはいる。 そなたらは周囲を見張れ」

メイビーが若干緊張した様子で、アサルトを構えているが。

唯野仁成とヒメネスは、悪魔をそれぞれ展開する。

ヒメネスはナーガに加えて鬼を召喚。人間の倍も背丈がある悪魔を見て、メイビーが絶句したようだが。

悪魔はそういうものだと思い直したようで。自身も悪魔を展開する。

エプロン姿の女性悪魔だ。背丈はメイビーと殆ど変わらない。

妖精シルキーとデモニカには表示される。

軽くデータベースを確認すると、いわゆるハウスメイドと呼ばれるタイプの妖精の一種であり。

類種にホブゴブリンやキキーモラなどが存在するという。

日本で言うと座敷童などが似た性質を持っていて。

気のあう人間が家にいる場合は、家事などをしてくれるが。

気にくわない相手の場合は悪戯をする。

そういう妖精らしい。

まあ、比較的無害な悪魔である事は確かで。メイビーのようなまだ悪魔になれていない存在には丁度良いだろう。

くせ者は皆同じなのだ。

シルキーも気にくわない相手は家から追い出すという事で。人間に従順とは言えない存在だが。

それでも危険度はそれほど大きくは無いのである。

ヒメネスはメイビーの方を見ようともしない。

唯野仁成も、周囲を警戒するので手一杯だ。

やがて、サクナヒメが戻ってくる。

手にしている通信装置らしいので、誰かと喋っていた。

「おう。 言われた通りのものを撒いてきたぞ真田よ。 それで……そうか、そうか」

相手は真田さんか。

しばらく話をしていたが、やがて通話を切った。通話を切るのにも四苦八苦していたが。

「このからくりは扱うのが難しいのう。 渡されておるが、戦闘になったら壊してしまいそうじゃ」

「用事は済んだのか、姫様」

「そうじゃな。 唯野仁成、ついてこい。 ヒメネス、メイビー。 そのまま周囲を警戒せよ」

「OK姫様」

ヒメネスは相変わらずメイビーの方を見向きもしない。

まあそうだろうなと思う。

ヒメネスは元々自分が実力を認めた相手以外には感情さえ向けない。

メイビーなんてその辺を飛んでいる羽虫くらいにしか考えていないだろう。

極めて冷酷だが。ヒメネスを冷酷にしたのは産まれ育った環境だ。

近年実戦経験者である唯野仁成も眉をひそめるような無責任な自己責任論が世界に蔓延しているが。

人間一人で出来る事なんて限りがある。

ヒメネス一人に、冷酷な性格に育った責任を押しつけるのは無理がありすぎるというものである。

サクナヒメに促されて、荒野の岩陰に作られている穴の中を確認。

上手に作られているビバークポイントだ。

これなら上手く隠れる事が出来るし、何より環境も安定している。

何かの装置が置かれていたらしい痕跡も確認。

恐らくだが、デモニカを脱いでも活動できる状態だったのではあるまいか。

食事や排泄などは、流石にデモニカを着たままでは対応出来ない。

それらが出来るくらいの環境を、此処に構築していたとなれば。

やはりあの赤黒、一世代以上進んだ技術を持っていると見て良いだろう。もしアレックスを捕らえてデモニカを入手したら、真田さんが狂喜して踊り出しそうだ。

「気になることは」

「たくさんありますね。 食事の跡は……彼処かな。 排泄に使っていたのは、おそらく其所でしょう。 焼いて排泄物の痕跡は消しているようですが」

「ほう、詳しいな」

「俺はレンジャー部隊にいて訓練を受けたことがあります。 排泄物は人間の状態をこれ以上もないほど示すので、出来るだけ処分するようにしています。 教本のような隠れ場所ですねこれは……」

それでも、痕跡はわずかに残っている。

あの赤黒、アレックスと言ったか。

何処かの特殊部隊か何かで訓練でも受けたのだろうか。

そうでないとしたら、自力でこれを身につけたのか。

もし自力で身につけたのだとしたら。恐らくは、最貧国のスラム以上の過酷な環境で産まれ育ち。

それこそ親の顔もロクに分からないような地獄を生きてきたことになる。

あの凄まじい殺気に満ちた目も。それでなら、納得がいく。

一度殺された相手なのに、そういう事情を思うと憎めなかった。

「真田に言われて電波なんとかは撒いておいた。 そなたからの所感はそんなところか?」

「一応デモニカの探知機能で、周囲を徹底的に調べておきます」

「うむ。 ではわしは一旦出る。 外の方が心配だからな。 後は任せるぞ」

「イエッサ」

サクナヒメが穴を出ていくのを見送ると。

周囲を徹底的に調べておく。

焼却処理されている品も一応確認しておくが。

跡を漁られることを想定してか、徹底的に処理が為されていた。

ブービートラップの類は存在していない。

これは恐らくだが、物資が足りないのだろう。

見た感じ、銃弾などは生成できる可能性がまだありそうだが。グレネードなどの物資を補給できるかはかなり微妙そうだ。

アレックスの主力武器はあの光る剣と銃器。

それにデモニカを着ていると言う事は、まだ見せてはいないが悪魔召喚プログラムを使う可能性がある。

その可能性は極めて高い。

後からヒメネス視点の戦闘データを見たが、支援AIらしいのがサクナヒメについて分析している。

あれは、悪魔について詳しい知識が無いと無理だ。

通信を入れる。

既に街の各地にばらまいた電波中継器によって、此処まで通信が届くようになっている。

方舟に通信を入れると。

通信班のムッチーノが応じた。

最初にアントリアで悪魔に人質にされた一人だ。太めだが、気の良い人物である。料理人としてそれなりの技術を持っているそうだが、方舟では料理のしがいが無いと嘆いているとか。

「こちらムッチーノ。 ああ、ヒトナリか。 なんだい?」

「真田技術長官につなげてほしい」

「ああ、分かったよ。 ちょっとまってな」

わずかなノイズの後に、真田長官が出るので。この穴にて収拾したデータを送っておく。

ブービートラップなどが無い事なども含めて、特殊部隊としての訓練を受けた者としての所感を述べておくと。

真田さんは、嬉しそうに返してくれた。

「サクナヒメはその辺り専門家ではないからな。 君を行かせて正解だった」

「有難うございます。 それでやはりアレックスは別の空間に転移したと言う事で間違いないと」

「恐らくはそうだ。 ただ、行き先まで分かる程方舟のセンサはこのシュバルツバースに馴染んでいない。 ただ少なくともアントリアでは無さそうだ。 未知の空間に飛んだことは間違いない」

「分かりました」

一瞬だけ、平和が戻ったアントリアが脅かされる事を危惧したのだが。

その様子はないか。

後はサクナヒメに指示を仰ぐようにと言われたので、敬礼して通信を切る。

データは送った。此処にはもう用は無い。

それに、あのアレックスがいないとなると。

まだデメテルやマンセマットの行動が不安ではあるが。

ミトラスの城に対する攻勢を掛けるなら、今が好機と言うことを意味もしている。

穴から出ると、サクナヒメが此方を一瞥した。

頷く。

もう此処には用は無い。用が無いなら、時間がもったいない。撤収だ。

「よし。 では軽く寄り道をしてから戻るとするか」

「燃料は大丈夫ですが、出来れば寄り道は……」

「たわけ。 遊びに行くわけではないわ」

意見しようとしたメイビーが首をすくめる。

どうにも気が弱い。

医療なんて戦場と同じだと聞いた事があるのに。この気の弱さは色々問題だと唯野仁成は感じた。

或いは、医療班でもこの言動を問題視していたのかも知れない。

医療の知識とスキルはある。

後は気が弱いところだけをなんとかできれば。

そういう考えは、医療班の上層部にあったのかも知れない。

いずれにしても方舟のメンバーに抜擢されるほどのスペシャリストだ。欠点を補って余りある程の知恵と技術を持っていたと言う事なのだろう。

ジープを出す。

さっきよりも、更に大胆に城に接近する。悪魔は此方を見ると、さっと引っ込んで、影から伺ってくる有様である。

狙撃を仕掛けてこようとさえしない。

この様子だと、やはり相当指揮系統他が混乱していると判断するべきだ。

その上、砲撃されて破壊された箇所も修復した様子が無い。

これは、攻めこんでくれと言っているようなものである。

「止めよ」

ブレーキを掛けて、綺麗にジープを止めるメイビー。

ひやひやしている様子だが。

サクナヒメは大胆に城に近付いていくと、槌に持ち替えて城に一撃を浴びせていた。勿論サクナヒメが近付いてくるのを見て、悪魔達は引っ込んで隠れた。

城がぐわんと揺れる。

魔法の障壁も復活している様子が無い。城の地盤に、一撃入れたという印象だ。

「相変わらずとんでもねえパワーだぜ」

「しかも、アレックスはあの一撃を耐え抜いたんだろう」

「ああ、ぴんぴんしていやがった」

「……強くならなければならないな」

ヒメネスと頷きあう。

サクナヒメは戻ってくると、助手席にひょいと飛び乗る。

ジープにも慣れてきたらしい。

「もう良い、船に戻れメイビー。 運転は行きと同じように快適にな」

「分かりました」

すぐにジープを出す。

唯野仁成は、帰路に奇襲を仕掛けてくる相手がいないか警戒を続けていたが、どうやらその様子は無さそうだ。

ただ、方舟近くで悪魔に遭遇。

メイビーが慌ててブレーキを踏んだが、機動班の展開した偵察用の悪魔だった。

それが分かるように、電波探知機をそれぞれ持たせているのである。

唯野仁成とヒメネスもそれぞれ応じようとしたが、サクナヒメは腕組みしたままあくびさえしていた。

殺気を完璧に察知していたのだろう。

流石と言う他無い。

同士討ちが起きたという話は聞いていないが。まだ慣れには時間がいりそうだな。

そう、唯野仁成は思った。

偵察の悪魔は、そそくさと去って行く。

まあ、味方である事が分かったのなら、それでいい。

方舟に到着。

サクナヒメはひょこひょこと歩いて奥に。報告は任せると言われたので、敬礼して指示に従う事にする。

「ヒメネス、メイビー。 報告は俺一人で充分だろう。 先に戻ってくれていて大丈夫だ」

「マジか。 ありがたいな。 じゃあ先に休ませて貰うぜ」

「ああ。 戦闘時は代わりに頼りにしている」

「任せておけ」

ヒメネスが奥に戻っていくのを確認。メイビーも一礼すると、少し疲れた様子で帰って行った。

後は、報告を直接済ませて終わりだ。

デモニカで見た映像などは、全て情報を分析するチームに送られているので、報告書などは必要ない。

何しろ全データが残されて、更に送られている状態なのだ。

報告書のような無駄なものを兵士がそれぞれ書く必要はない。

これだけでも、デモニカ様々であったりする。報告書作成の苦労は、社会人になった事があれば誰でも知っていることだ。その手間を減らせるのは本当に嬉しい。

船内に入って、ヘルメットを脱ぐ。

デモニカは閉塞感などが殆ど無い画期的な極地活動用スーツだが、それでもやはりヘルメットを取るとだいぶマシになる。

艦橋に出向き、報告を済ませる。

正太郎長官とゴア隊長が話をしていたが。敬礼をすると、話を聞いてくれた。

真田さんはいない。

多分、もう持ち帰ったデータを元に、研究室で嬉々として作業を進めているという事なのだろう。

「偵察任務、ご苦労だった。 それでは呼び出すまで休憩を取るように」

「分かりました」

恐らく次は城攻めだな。そう唯野仁成は軍人らしく考えた。

勿論、まだデメテルやマンセマットの動きは気になるが。

それ以上に、情報を仕入れた以上。こちらから動くのが定石だ。

兵は神速を尊ぶの言葉通り。

敵が体勢を立て直す前に、一気に叩くのが此処では最良だと言えた。

シャワーを浴びた後、軽く眠る。その後は、動いた分のエネルギーを食事をして補給しておく。

食事を終えた後、軽く銃器の手入れをする。

更に銃器を強化するという噂が流れてきている。既に機動班以外にも、AS21が行き渡っているらしく。

ライサンダーの廉価版対物ライフルも、機動班それぞれに配布される予定だそうだ。

更に、デモニカでの通信を確認すると。望む人間には剣を配布する、とある。

剣か。

サクナヒメが言っていた通り、アサルトライフルではどうしても対応が出来ない相手が今後出てくる可能性が高い。

例えば一撃一撃相手に必殺級の攻撃をたたき込めるようなストーム1レベルの使い手だったら話は別だろうが。

唯野仁成やヒメネスくらいの実力では、そこまではいけない。

其所で、剣か。

確かにデモニカによる基礎能力強化つきなら、剣はありかもしれない。

もし剣を使う場合は、デモニカによるサポートだけではない。サクナヒメやライドウ氏が、指導に当たってくれるそうだ。

ただ、現時点で剣を使う、という事で。応募をしている兵士はいないらしい。

まあそれはそうだろうとも思う。剣なんて武器。既に廃れて等しいのだ。

警棒やナイフなどを使う者はいるが。

剣は流石に、色々な戦場で実戦を重ねてきた唯野仁成も見た事がない。

勿論間合いにさえ入れば、銃よりも強い事は事実だが。

巨大な体格を持つ悪魔の懐に入り込み、剣で一閃するには。相当にデモニカで己を強化しないと無理だろうし。

何よりも敵の巨大な肉体は、凄まじい速度での暴力も産み出す。

その懐に入るには、相当な勇気が必要だ。

しばらくして、通信が入る。

予想通りだった。

「機動班はこれより、ボーティーズの城に第二次攻撃作戦を開始します。 作戦の目的は、威力偵察。 ミトラスの居場所の確定です。 また、この作戦で敵の戦力を正確に見極める事も視野に入れます」

アナウンスは春香の声だ。

機動班のクルーが、やれやれと皆動き出す。

アレックスというイレギュラーの出現。更に立て続けに出現した複数の第三勢力の事もある。

皆が不安になっていたが。春香の声で、だいぶ不安が緩和されたのだろう。

それぞれのデモニカに、作戦内容は指示が来る。唯野仁成は、ヒメネスと合流し、外に出るようにと指示があった。

こう言うとき、ヒメネスは行動が早い。

待ち合わせの地点で、既にヒメネスは待っていた。新しい悪魔を連れている。かなり大柄な悪魔で、鬼の一種のようだが。顔に穴のようなものが空いている。不可思議な造詣である。

「そいつは、新しい悪魔か?」

「ああ、支給されたマッカを使って、悪魔を色々合体させてな。 ギリギリ俺の今の力でも召喚できるようだから、作って見た。 妖鬼スイキだ。 強いぜ此奴は」

無言でデータベースを調べる。

どうやら古代日本に実在した反乱者が伝承の中で悪魔化した存在らしい。いずれにしても、伝承で尾ひれがついて、人間だった存在が強大な鬼へと変わっていったのだろう。

「そうか、では俺の悪魔も紹介しておく」

唯野仁成も悪魔を召喚する。

仕事をしっかりこなしている分、回収したマッカを此方に回してくれているので。

それを利用して、悪魔合体を繰り返して、従えられるギリギリの悪魔を作れる。

これは有り難い話だ。

また、作った悪魔はデモニカのデータベース経由で情報が拡散され。他の機動班も力量が追いついたら召喚できるようになっている。

召喚した悪魔は、双頭の獅子のような姿をした、見るからに威圧感の強い悪魔である。

魔獣オルトロスという。

魔獣というのは、神話などに登場する通常の獣を逸脱した存在につけられる分類であるらしい。

これが神々の乗り物となったり、或いは神々に近い知性が高い連中になると「神獣」になり。

その逆に邪悪で獰猛な人知を越えた野獣になると「妖獣」になる。

獣は神話には多数出てくるので、これらの細かい分類が必要なのだろう。

なおオルトロスはギリシャ神話にて、オリンポス神族の敵として作り出された魔獣であり、かなり強力な存在だ。

「おっ。 そいつも強そうだな」

「ああ。 上手く行けば、俺たちでミトラスを仕留められるかも知れない」

「……そうありたいもんだぜ」

通信が入る。

これより、ミトラスの城に攻撃を仕掛けるという話だった。

スペシャル達は見かけない。既に城の近くにいるのかも知れない。

いずれにしても、兵卒である唯野仁成は。

指示を受けたとおり、動くだけだ。

 

3、業火炎上

 

ミトラスは、ずっと苛立っていた。少し前に、アスラの所から使いが来たのだ。

アスラは腐り果てた国とか腐りただれた国とか呼ばれる、この世界と似たような空間を支配している魔王の一柱。実力はミトラスと大して変わらない。

いずれにしても地上侵攻を控えている悪魔の一柱で、その中の重鎮とも言える存在である。

そのアスラが、明らかに煽るような連絡を入れてきていた。

随分苦戦しているようだな。

足下に突如現れた人間に引っかき回され。モラクスを屠った人間共に好き勝手に叩きふせられ。

ロクに実験とやらは進まず。

やっと回収出来たサンプルは、早速奪回されたそうではないか。

此方からしてやれることは少ないが、精々頑張ると良い。「応援している」ぞ。

要するに、援軍の類は送らないと言う事だ。

皮肉まみれの書状を、ミトラスは思わず引き裂きながら、きいっと叫び声を上げていた。

何が頭に来ると言えば。この書状が随分前に届いていたのに。ミトラスの所まで上がって来なかった、という事である。

なんといつのまにか城に侵入した、鉄船の連中より先にこの快楽にふける国に入り込んでいた人間が。幹部数名を惨殺。

その中には、雑事を任せていた堕天使ウコバクや、戦闘面でのナンバーツーである事を期待していた邪鬼ウェンディゴが含まれており。更に複数の幹部が殺傷されたことで、部下共が右往左往し、何もできない状態になっていたのである。

ようやく適当な部下を召喚して、部隊を整え。

やっとこの書状の到着が分かったのだ。

それは、ミトラスでなくとも怒りたくなるだろう。客観的にもそう思える。

その上、ウコバクに任せていた実験は中途半端。

何とも言えないいい加減な悪魔ばかり出来ていた。

思わず癇癪を起こしたミトラスは、部下にその出来損ないを拷問するように指示。

困惑しながら、部下はその指示に従って。奥の間に行った。

その矢先である。

城が揺れる。

ミトラスは、思わず吠えていた。

「誰か! 早く来なさい!」

「は、はいいっ!」

すっ飛んできた新しい幹部。

何だかよく分からないが、それなりの実力者らしい。堕天使らしいのだが、素性はよく分からない。

其奴が這いつくばる間も。ミトラス自慢の、背徳の城は揺れ続けていた。

「何が起きているのか、アタシに詳しく説明なさい!」

「そ、それが! 何だか攻撃されているようなんですぅ! あの恐ろしい鉄船から、「たいほう」とか「みさいる」が飛んできていて!」

「また攻撃ですって! あんな攻撃でこの城は……」

がくんと、ミトラスの玉座が揺れた。

そういえば、不埒にも奴らの尖兵をしている女神だか地母神だかの悪魔が、城に一撃を入れていった。

まさか。これが狙いか。

城が傾いている。

どうやら地盤の一部をやられたらしい。つまり、砲撃でこの城を傾けさせる事を、敵は最初から想定し。

嫌がらせとも言える一撃を、先に撃ち込んでいたと言うことだ。

激高したミトラスは吠える。

「あんた、名前は何だったかしら!」

「は、はい! さいふぁーと申しますう!」

ぐるぐる眼鏡を掛けた金髪の堕天使は、童顔で、まるで子供の様な体型だ。その上メイドのような格好で背中に小さな翼。何とも巫山戯た格好である。はて。さいふぁー何て堕天使いたっけか。ミトラスはそこそこ博識な自信があるが、どうにも思い出せない。

だが、怒りがミトラスの思考をまとめさせてはくれなかった。

「すぐに全軍を率いて、あの五月蠅い砲撃を止めさせなさい! ああもう、ウェンディゴが生きていたらやらせたのに!」

「は、はいい! 分かりましたあ!」

ぽてぽてと小走りにいこうとして、更に揺れと同時にこける堕天使。

何だアレ。流石のミトラスも真顔になってしまう。

本当にあんなの召喚したっけか。

しかもあんなのを幹部に据えたか。どう見ても幹部にするようなのではないのだが。

困惑してしまうミトラスだが、確かに何だか妙に強い力を感じるのも事実なのである。故に放っておくことにする。

玉座がそうしているうちにも右に左に揺れる。

他の幹部がやっと玉座の間に来たので、ミトラスは癇癪を起こしていた。

「何をやっていたのアンタ達!」

「そ、それが! 城の悪魔の殆どが、この攻撃で外に出て行ったようでして!」

「それは攻撃を命じたアタシがやらせたのよ!」

「え……」

困惑した様子の悪魔達。連中は、揃って顔を見合わせている。明らかにイレギュラーが起きている。

不可解だ。

流石にミトラスも冷静になりかけるが、その瞬間頭上にあったシャンデリアが落下。ミトラスの頭を直撃していた。

ひいっと悲鳴を上げる幹部達。

ブチ切れたミトラスが、自分達を実験材料にしかねないと思ったのだろう。残念ながら、そんな段階はとっくに超越している。

ミトラスは、怒りの度が過ぎて、逆に冷静になっていた。

指を弾く。

シャンデリアが瞬時に燃え消えた。伊達に魔王を名乗っていない。この程度の事は児戯である。

「今の話、詳しくしなさい」

「は、それが……配下の小物達が、殆ど出ていって、荒野の方に……」

「鉄船を攻撃しに行ったのではないの!?」

「いえ、鉄船とは真逆の方向です。 それに、逃げ出した悪魔は、この空間に元からいた夜魔達ばかりです」

すっと、思考が静かになった。

そういえば、あのさいふぁーとかいう奴、どうにも妙だった。アレは、ひょっとして、何か別の勢力からの派遣者だったのではあるまいか。

それにしてもおかしい。

仮にも魔王であり、この空間を支配するミトラスが、そんなイレギュラーの存在に気付けない筈も無い。どういうことなのだろうか。

いつの間にか、攻撃は止んでいた。

敵が、雑魚が大半逃げ出したのを見て。攻撃の効果ありと判断したのだろう。

冷静さが戻って来たからか、頭も働く。そうなれば、敵が打ってくる手も読める。

「味方の残存戦力をすぐにかき集めなさい。 全ての部隊を六階より上に集中配備するのよ」

「しかし、それでは敵に入り込まれますが」

「好きにさせると良いわ。 このアタシ、魔王ミトラスが直々に決着をつけてやる」

困惑した様子で散る幹部達。

すぐに堕天使を中心とした部下達が集められるが、その数は二百にも足りなかった。

ただし、この二百は有象無象の雑魚共とは違う。

今ので此方が怖れおののいているように見せかけ。

のこのこ出てきた所を、一気に叩き伏せてやる。

ミトラスの中の、戦士の部分が燃え上がり始めていた。

これほどの屈辱を与えてくれたのだ。

本来の姿であったのなら。そもそも城に近づけさえしなかった。それが、このように貶められ、弱体化された。

許すまじ。

必ずや復讐してやる。

怒りのままに、ミトラスは却って落ち着いた心で、玉座につきなおした。

下半身は球体だが。

それがぴったり当てはまる玉座についているのである。

色々なイレギュラーが介入してきたことは、ミトラスも既に承知している。

だが、立て直しは幾らでもきく。

まずは調子に乗った人間共を屠り。その後、戦力を立て直し。

そして、人間を実験したことで得られたデータで、地上に攻め入り。人間を皆殺しにする。

何ら最初の計画は変わらない。

ふんと、ミトラスは笑った。いずれにしても魔王ミトラスそのものは小揺るぎもしていないのだ。

何を怖れる事があろうか。

 

「はいはーい、みなさん、こちらですよー」

何とも頼りないメイド姿の小柄な堕天使に導かれて、悪魔の群れが逃げる。中には途中で転んだりする者もいたが。

不思議と悪魔達は、皆で助け合っていた。

それはそうだろう。

皆、此処に元からいた悪魔達。本来この土地で静かに暮らしていた夜魔の一族だからだ。

夜の闇に紛れる悪魔を総称して夜魔というのだが。別にその全てが邪悪と言うわけでもない。

夜魔の代表格と言えば吸血鬼だ。だが吸血鬼が近年やたらと強力に描写されるようになったのは、人間の作り出した文学の影響である。

そもそも夜の闇を人間が怖れるのは、今も昔も同じ。今も夜の闇は、都市伝説という怪異を産み出しているのだから。

強いていうならば、根源的な夜への恐怖が「悪魔」になっていったのであって。今も昔もその仕組みに代わりは無い。

その中での、夜の闇になおも潜まなければならなかった残りカスが、夜魔の一族だとも言える。

ミトラスに従っていたのも、此処に侵攻してきたミトラスがあまりにも圧倒的だったが故。

誰も好きこのんで、あんなサディストの鬼畜外道に従いたいわけではない。

だから、どういうわけか不思議なこの頼りないぐるぐる眼鏡に導かれて。夜魔の一族は滅びようとしているミトラスの城から逃げ延びていた。

勿論、かなり数は目減りしてしまっている。ミトラスの非道な実験で殺されたり。街に現れたあの圧倒的に強い人間に切り刻まれたりしたからである。

それでも、まだ千を超える数がいる夜魔の一族は、どうにか全てが城から脱走を成功させていた。

ぱんぱんと手を叩くぐるぐる眼鏡の堕天使。

そういえば、此奴は誰なのだろうと、夜魔達は皆小首をかしげる。不思議と言葉に従ってはしまうが。

此奴が誰なのか、この場にいる誰も知らない。

「はいはーい、この辺で良いでしょう。 ……ミトラスは近々負けるでしょう。 皆さんは、好きにすると良いのですよ」

「あんた、ミトラスが地獄の深部から呼び出した幹部なんだろう。 何者なんだ」

「私は堕天使の一人ですよ、ふふ。 これから鉄船の人間がここに来ると思いますが、抵抗しなければ攻撃はされないと思います。 従いたいなら従うのも良いでしょう。 ミトラスよりは良い扱いをしてくれると思いますよ」

顔を見合わせる夜魔達。本当に此奴は何者なのか。

そして、ぐるぐる眼鏡堕天使は。いつの間にか、その場にいなくなっていた。

夜魔達はぽかんとしたが。やがて、威圧的な音と共に、鉄船が飛んで来る。混乱に落ちそうになる夜魔達だが、長老格の数名が落ち着け、と叫ぶ。

そうすると、ミトラスに従えられて恐怖の中にいた頃と違い。

不思議な統率感が生じて、皆落ち着いた。

抗わなければ、殺されない。酷い事もされない。

それに、ミトラスには力の差故従ったが。奴は暴君以外の何者でも無く、そもそも恩義どころか、恨みしかない。

この場にいる夜魔全員が、その恨みを共有していた。

大体街にあった物資を根こそぎ奪って、あの城に変えたのもミトラスだ。

本来はもっと静かで穏やかだった街だったのに。

それを全て取り壊されて。悪趣味な張りぼてを作らされた。

人間の快楽を研究するため、とかいう理由である。どう考えても許される話では無い。

夜魔の一族にとっては、相手の力が上だから悪魔らしく従っているが。その支配体制が崩れれば、もう従う理由などない。

鉄船が降りて来て、人間が来る。人間にしたがっている悪魔達も、である。

その先頭に立っているのは、やたらと強い悪魔を複数従えた、腰に剣を帯びた人間だった。勝ち目が無いのは明白。勿論退路もない。

「俺は葛葉ライドウという。 お前達は、ミトラスの城から逃げ出してきたのか」

「ああ、人間さんよ、その通りだ。 我等はあんた達と戦えるほど強くない。 見逃してくれんか。 或いは契約次第では従う。 だから殺さないでほしい。 非道もしたが、ミトラスの指示だったのだ」

長老格の数名が前に出て、土下座をする。

強そうなライドウとかいうのの後ろで銃を構えている人間達は、困惑しているようだった。

「何があったんだこれ……」

「さあ……」

実は夜魔達も、何があったのか分からない。

ただ、平伏する長老達を見て、ライドウというのは剣を収めてくれた。ほっとする夜魔達。

別の人間が出てくる。

もっと厳ついが、ライドウという奴ほど強そうではなかった。ただ、指揮官らしい威厳は感じる。

「私はこの船の隊長をしているゴアという。 君達が我々に攻撃をしないというのなら、我々も手出しはしない。 ただ、情報の交換などをしたいのだが、よろしいだろうか」

「な、何でも話す。 我々もミトラスにはずっと苦しめられていたんだ……」

「アントリアと同じか。 彼方でも妖精達がモラクスに苦しめられていたようだが」

「何でもする。 だから、同胞達には危害を加えないでほしい」

長老達に続いて、他の夜魔達も頭を下げる。

もう、選択肢は他に存在しない。

人間達は、指定の位置から移動しないなら攻撃しないこと、部下になりたいものは申し出るように言ってきた。受ける以外に、選択肢は存在しなかった。

 

突入作戦の予定が変わるざるを得なかった。

突如としてミトラスの城からあふれ出た悪魔。

臨戦態勢を取った唯野仁成だったが。ほどなくして、悪魔達がレインボウノアから逃れるようにして。

更にはミトラスの城から逃げ出していることも分かった。

ゴア隊長が即応。

作戦を変更し、アーサーに再度のプラン作成を決定させる。

そのまま、方舟は人員を全て乗せて移動開始。

敵の一大軍勢。

千を超える悪魔の群れが、街を出て荒野に入ったところで、方舟ごと敵の前に出た。

こうすれば、敵は方舟の威力を知っているから、行動が限られてくる。

もしも戦うつもりなら総力戦を挑んでくる。

その場合はプラズマバリアで押し潰し。

更には総力を挙げて叩き潰す。それだけだったのだが。

引率していた悪魔の姿はいつの間にか無くなり。

群れているのがボーティーズ在来種の悪魔「夜魔」であること。

ミトラスから逃げ出したこと等が判明すると。

これ以上の攻撃を無意味とゴア隊長が判断。アーサーも、正太郎長官もそれに同意したと言う事だった。

夜魔達には、城からかなり離れた荒野に移って貰う。

其所から移動しない限り、攻撃はしない。

その契約を結び。

更に、配下になりたい者も募る。

結果として、400程の夜魔が挙手した。

皆、ミトラスに家族や仲間を殺された恨みがあるという事で。力が全ての悪魔の世界であってさえ、ミトラスが相当に無茶をしていて恨みを買っていたという事が分かった。

また、強い力を持つ夜魔は殆どいない。

これは、話を聞いているとミトラスに殆ど殺されたと言うことで。

如何にミトラスが無茶苦茶をやっていたのか、それが更によく分かった。

ヒメネスは平然としている。

弱者がふみにじられる光景は、幾らでも見て来たから、だろう。

方舟は移動を開始し、プラントなどがある最初の位置に戻る。

夜魔達はずっと遠くに固まっている。

最悪の場合も、方舟の攻撃で十分に対処できる。

それに夜魔達は殆どが年老いた者や、弱い者ばかりだった。

悪魔の世界では、人間世界の理屈は通用しない。しかし、それにも限度がある。

ゼレーニンやノリスの見た地獄の光景は、唯野仁成も共有しているが。

ミトラスとかいう悪魔は、悪魔だからと言う理屈で許される範囲を軽く逸脱した行為をしている。

叩き潰さなければいけなかった。

突入部隊が編成される。

唯野仁成はヒメネスと組む。

どうやら唯野仁成は、扱いが難しいヒメネスと上手にやっていけると言うことで。腕は良いが集団行動を決定的に苦手としているヒメネスを任される事が多くなってきていた。アーサーに一度聞いたのだが、ヒメネスの力を引き出すにはそれが良いという話をされたので、若干げんなりした記憶がある。

ただヒメネスのことは嫌いでは無い。

ヒメネスの抱えている鬱屈は理解出来るし。

何よりも、ちょっと距離感が近いものの、ヒメネスは認めた相手に対しては相応に友好的だからだ。

今回は露払いのスペシャル達と一緒に唯野仁成ら精鋭が突入する。

唯野仁成とヒメネスは、サクナヒメと一緒に威力偵察を行い。

城の構造を確認する。

逃げ出してきた悪魔は殆どが夜魔、わずかに鬼女と呼ばれる夜魔と形質が近しく、女性の荒々しさを示す悪魔がほぼ全てで。

魔王の麾下として圧政を振るっていた堕天使などの混沌勢はほぼいなかった。

つまり、こんな状況でもミトラスの側近は逃げずに城に残っていると見て良い。

正確には、もう逃げ場なんて無いのだろうけれども。

突入チームにゼレーニンがいるのを見て、ヒメネスが悪態をついた。

「学者様が、また捕まりにでも行くのか」

「大天使様が貸してくださった天使達がいるから平気よヒメネス。 試してみたけれど、天界の兵士としての実力は伊達では無いわ」

「そうかよ。 まあいざとなったらあの大天使サマに助けを請うんだな」

「相手の手口が分かっている以上、油断なんてしないわ。 それにケンシロウさんからも迂闊に離れないもの」

ゼレーニンも、ヒメネスが自分を嫌っているのは理解しているのだろう。

二人の間に露骨過ぎる火花が散る。

ただ、ヒメネスはそもそも相手を認めなければ、口を利くどころか感情すら向けないので。

ある程度ヒメネスは、ゼレーニンを認めている事になる。

この他ブレアや、この間の作戦行動で充分な力を見せたメイビー。更に複数の隊員が、威力偵察に参加する。

居残りとしてはライドウ氏。

ケンシロウとストーム1は、それぞれ手練れを率いて別方向から城を調べるつもりのようだ。

ゼレーニンはケンシロウの側につく。

方舟内で最強のインファイターの護衛である。

調査班としても、城の中に色々と調査のために入りたい様子なので。今回は好機というわけだ。

まあ、ともかく一兵卒に作戦に介入する権限は無いし。

何よりも、罠がある事は分かりきっている。

戦いになるのは確実だが。

それは願ったりである。

作戦開始。

ジープに分乗して、現地に向かう。ジープの運転手は突入班を降ろすと、そのまま回れ右。

帰りはランデブーポイントにて出迎えの部隊と待ち合わせ。

無理そうなら、方舟で最悪無理矢理横付けして助けに来る、と言う事だった。

ジープを運転しているのはブレアである。

サクナヒメは若干不満そうだ。

メイビーほど運転が丁寧では無いからである。

唯野仁成は、最初からジープというのはこういうものだと知っているので、特に何とも思わない。

一方ヒメネスは、露骨に機嫌が良さそうだった。やはり荒々しい運転の方が好きなのだろう。

文字通り、完璧に空っぽになった街に降り経つと。敬礼したブレアが、ジープを駆って戻っていく。

数名の機動班、調査班。それにスペシャル達と共に。

城に突入を開始。

魔法の障壁は張られていない。

ぶち抜かれてから、復旧出来ていない様子だ。

仮に張られても、サクナヒメがその気になれば力尽くでブチ抜けると言っていたし、気にすることも無いだろう。

城の中に入ると、荒れ方が凄まじい。

前は淫靡な雰囲気さえあったのに。

金目のものはあらかた持ち出され。更に雰囲気作りをしていた絵画などは、殆ど滅茶苦茶になっていた。

戦闘跡もそのままにされている。

唯野仁成は、サクナヒメと共に裏口に相当しそうな場所から潜入した。正面から侵入したのはケンシロウである。

ゼレーニンが展開するパワーが、それなりに強いと言うのは確認済みで。

悪魔嫌いのゼレーニンは、常時数体のパワーを周囲に展開している。

それならば、ケンシロウが守りにつけば大丈夫、という判断なのだろう。

更に、激しい戦闘が行われた辺りからストーム1も侵入する。

ゴア隊長から、通信が来た。

「電波中継器を撒きながら移動してほしい」

「ラージャ。 城内を丸裸にします」

「うむ。 頼む」

サクナヒメが、強酸やアルカリが無節操にぶちまけられている床を見て流石に嫌そうにしたが。

今回は唯野仁成も対策してきている。

切り札としてはオルトロスを用意したが。それとは別に、悪魔を作ってきているのである。

呼び出した悪魔は、ナイトドレスを纏った美しい女性の悪魔だ。髪の毛が非常に長く、とても色っぽい。

分類は鬼女、リャナンシーと言う種族の悪魔だ。

悲恋の権化のような悪魔で、人に才能を与える代わりに相手の寿命を削り取って行く。このため、愛した人間を殺してしまうのだ。

人に対する愛に飢えている悪魔でもあり。色々と悲しい存在である。

一応今回は従えている事もあって、唯野仁成の寿命を削るようなことは無いけれども。

どこか寂しそうにしている横顔は、確かに男なら半分くらいはすれ違った時に振り向く美貌ではある。

ヒメネスはまるで興味が無さそうだったが。

悪魔合体では、魔法の技術を引き継ぐ事も出来。

このリャナンシーは、強力な氷の魔法を継承させている。

前に、ケンシロウが召喚したローレライが、床を凍らせて汚染物質を無害化しているのを見た。

だから、同じ事が出来るようにしておきたいと考えたのである。

リャナンシーが凍らせたことで、床は安全になる。

頷くと、サクナヒメはずんずん進んでいく。時々剣を振るう。罠がやはりあるのだろう。

トラップらしい石が落ちてきたり、ナイフを弾き返したり。トラップを悉く力尽くで破っている様子は、サクナヒメらしいといえばらしい。

落とし穴に至っては、壁を蹴り崩してそのまま埋めてしまう程である。

その度にドカン、ドカンと大きな音がするので。

唯野仁成は、威力偵察にしては派手だなと思った。

「相変わらずだな姫様。 そうじゃなけりゃ張り合いが無いぜ」

「うむ。 それより今は何階じゃ」

「四階です」

「そうか。 それでは別班とそろそろ歩調を合わせるとしようかのう」

顎をしゃくられたので、頷く。

ストーム1のチームと、ケンシロウのチームと連絡を取る。どちらもまだ三階だったので、四階に来るまで待つ。

なおケンシロウのチームは、連絡に出たのがゼレーニンで。

その声を聞いたヒメネスが露骨に舌打ちした。多分、相手にも聞こえていたはずである。

これ、ひょっとして此奴ら仲が良いのではないのだろうかと唯野仁成はげんなりしながら思ってしまう。

息がぴったりであるからだ。

「もうすぐ四階に上がるけれど、嫌な思い出しかない場所だわ」

「ああ、それはすまない。 だが、調査班の事前調査が必要だ」

「分かっているわよ」

通信が切られる。

それにしても敵が一切出てこない。

上の方の階。六階より上だと思われる場所には、熱源反応が多数ある。つまり、敵は待ち伏せていると言う事だが。

戦闘をして、ミトラスの首を取ってくるようにとは言われていない。今回は、あくまで威力偵察なのだ。

全員が四階に到着。見て回る。

最悪の場所と言う他無い。

色々なデータが、無造作に放置されている。

見ていたから分かるが、此処で行われていたのは完全に遊びだ。快楽にふける国とは良く言ったものである。

最低の外道であるミトラスの快楽を満たすための国。

それが此処だと言うことなのだろう。

だが、何か示唆的でもある。

ミトラスが楽しんでいた快楽は、人間の中でも最低の外道共が喜ぶようなものだった。

ひょっとして、ミトラスも。

モラクス同様、人間を真似しているのではないのだろうか。

いや、考えすぎか。

兎も角、周囲を調べて回る。

PCを発見。真田さんに報告すると、狂喜した。

「すぐに調査班を回す。 絶対に壊さないように見張ってくれ」

「分かりました」

「真田の旦那、嬉しそうだな」

「あ奴は知識に対して基本的に何の抵抗もなく、あるがままの知識をそのまま受け入れるからな。 根っからの学者よ」

サクナヒメは、PCを一瞥だけしたが。それだけ。

罠が無いだろう事だけを見て。以降は興味を失ったようだった。

「姫様の側にも、学者がいたのですか?」

「ああ。 図体が大きいが、とにかく不器用な男でな。 最初はとんだでくの坊だと思ったものよ。 だがな、接しているうちに、非常に柔軟な知恵を持ち、新しい情報に偏見無く接する事が出来る整理された知恵の持ち主だと言う事がわかってきた。 わしが阿呆だった頃、追放された島ではそ奴がわしの右腕でな。 最後の方は、そ奴は常に現実的な提案と判断でわしを支えてくれたし、最終的には神になってヤナトでわしの側近をしておる」

「なるほど、真田さんのような人との接触経験は初ではないのですね」

「うむ。 本来学者とはああいうものであろう」

「……」

実際には、学者でも思想が理論に出る事はいくらでもある。

学者は確かに頭が良いかも知れないが。

かといって、頭が良い相手を引っかける詐欺師は実際に幾らでも存在しているのである。

更に言えば、学者の中には専門外の事は殆ど何も分からない人物も多く。

そういう人間はカルトに絡め取られ。

いつの間にか洗脳され、カルトの広告塔にされてしまったりもする。

学者といえど人間。

何でもかんでも出来る程、人間は万能ではないのだ。

調査班の人間がストーム1と一緒に来る。PCをその場で触るのかと思ったら、電源周りを確認し、落ちているのを見てから、外に丸ごと持ち出していた。力仕事は悪魔にやらせていたが。丁寧にやるように、細かく指示していた。

構造についても一目で把握したようで。

流石は調査班である。

方舟に乗っているのはスペシャリストばかりなのだ。

ストーム1と目礼だけする。一旦ストーム1は、調査班の人間と一緒に戻るようだ。

その間に、ケンシロウのチームと分担して、四階を調べて回る。

六階に敵がいるとすれば、五階の調査はハイリスクだ。

戦力が揃ってから行いたい。

周囲を調査していくと、サクナヒメが足を止めた。

また酸とかアルカリとかかと思って、リャナンシーを出そうとするが、床は汚いものの別に汚染されてはいない。

周囲を見回しているサクナヒメが、指で此方を招いてきた。

デモニカが音を拾う。

鞭の音。

悲鳴だ。

「敵に捕まっている船員はおらぬな?」

「はい。 あのアレックスという女は既に此処を離れている筈ですし、妙ですね」

「ともかく情報が拾えるかも知れねえ。 助けてはおこうぜ」

「ああ、それはもちろんだ」

サクナヒメがドアを蹴り破る。内部では、グチャグチャになった手術台みたいなものがあって。

その影で、誰かが鞭を振るっている。

悲鳴を上げている者もいる。拷問が行われているのは、確実と見て良いだろう。そういう特殊性癖で遊んでいる訳ではあるまい。

向こうが気付いた。

ヒメネスと頷きあうと、突入する。同時にオルトロスを召喚。双頭の獅子は躍りかかると、空中で火焔の息を敵に吹き付けた。

相手が魔法のシールドでその息を防ぐが、その間に真横に回り込んだヒメネスがアサルトをぶっ放す。

どうやら相手は堕天使らしく、銃弾の乱打を浴びても踏みとどまるが。

その隙にバリアをたたき割ったオルトロスが、堕天使の頭に強烈な一撃を入れていた。

首が文字通り吹っ飛んだ堕天使が、その場で消えていく。

舌打ちするヒメネス。

やはり、指摘されているとおりアサルトの火力が足りない。

小物相手なら大丈夫だが、大物が敵になってくるとアサルトでは厳しい。

サクナヒメの指摘通りだ。

更に、背後に隠れていた悪魔がいたが、それを唯野仁成が指摘するまでも無く振り返り即座に撃ち抜くヒメネス。

流石である。

今度はそんなに強い悪魔では無かったらしく、撃ち抜かれて即死し、消えていった。

「へっ。 俺たちに掛かればこんなもんだぜ」

「スイキを出すまでも無かったな」

「ああ。 それで、誰だ捕まっていた間抜けは」

瓦礫の影を覗き込む。

其所には、頭を抱えて震えている、赤黒い影がいた。

人間とは思えない。背中に翼、小さな尻尾。顔には戯画化したような仮面を被っているが、間抜けな印象しか受けない。

「バガ、ブー! ブー!」

「此奴、拷問されていたのか? なんでだ?」

敵意は感じない。

ただ、怯えている様子が痛々しい。

唯野仁成が、悪魔召喚プログラムを起動しようとしたが。ヒメネスが前に出る。

「OKブラザー。 怪我はねえか」

「ブー! ブーブー!」

「俺はヒメネス。 お前は」

「バ、バガブー! ブー!」

ある程度意思疎通は出来ている様子だが。悪魔召喚プログラムを見ても、言葉が翻訳されている様子が無い。

極めて知能が低い悪魔なのだろう。

舌なめずりしているオルトロスをPCに戻す。サクナヒメは、部屋の様子を一瞥だけすると、外に出ていった。

好きにしろというのだろう。

「よしバガブーだな。 じゃあ、これからお前は俺の仲魔だ」

「ブー! バガブー!」

助けてくれた事には気付いているらしい。バガブーは尻尾を犬のように振って、大喜びでヒメネスの言葉を受け入れた。

それにしても、不可思議だ。

ヒメネスは徹底的に弱者を軽蔑する傾向がある。それなのに、今度はどうしてなのだろう。

聞かない方が良さそうだな。

唯野仁成は、そう思った。

 

4、決戦前の二つ

 

五階まで調査したところで、一度戻る。

案の定、六階には二百を超える悪魔がいる様子で。それも、今までとは質が段違いのようだった。

ただ、サクナヒメやケンシロウが遅れを取るとも思えない。

今回は威力偵察。

というわけで、本番の攻城戦は次だ。

一度引き上げる事にする。

ちなみに、敵は追撃を仕掛けては来なかった。

ランデブーポイントに戻る。その途中、ヒメネスが話をしてくる。

「さっき仲間にした奴な、バグベアという悪魔らしい。 ただ基本情報が25%も違っていやがる」

「悪魔を使って生体実験をしていて、その成果と言う事か」

「そうだろうな。 で、出来損ないだから痛めつけられていたと。 勝手に作り出しておいて、反吐が出やがる」

ヒメネスが嫌悪を隠しもせずに言う。

ブレアは無言で運転している。サクナヒメは、時々後方を見ていたが。それ以外には言葉を発しなかった。

方舟に到着。

プラントを一瞥する。急ピッチで動いて、色々な物資を抽出している様子だ。

また、夜魔の一族に、張りぼての街は壊してほしいと頼まれていたというのもある。

もともとあの街は、夜魔の一族の街を壊した上で、ミトラスが「美学に沿って」作り上げたものらしい。

一度更地にして、全て作り直すそうだ。

というわけで、重機が活躍。

バリバリ街を破壊して、プラントに運び込んでいた。

サクナヒメが呼んでくる。

「二人とも、何をしておる」

「ああ、派手に壊しているなって」

「プラズマバリアの内側での作業だ。 放っておくといい。 それよりも、わしはもう行くぞ。 そなたらはゴアに話をして、以降の指示を頼め」

「OK姫様。 お疲れ」

周囲の兵士が青ざめるが、ヒメネスは相変わらずだ。

ゼレーニンは青ざめた顔で戻って来たが。ヒメネスを見ると、ついと視線を背ける。ヒメネスも、同じように視線をそらした。

やっぱり息がぴったりで、ちょっと呆れる。ケンシロウは興味なさそうに、無言で奥に戻っていった。

更にストーム1も戻ると、ゴア隊長から連絡が来る。

次の作戦、ミトラス撃破のための攻勢まで休憩、と言う事だった。

ヒメネスと共に休憩室に出向く。

ヒメネスがバガブーと呼ぶ事にしたらしい悪魔のことは聞かない。

ヒメネスの行動にしてはイレギュラーすぎる。

短時間だが、多くのミッションを一緒にこなして、ヒメネスという人間の事は分かったつもりである。

だから、向こうが話してくれるまで待つつもりだ。

不意に、春香の声でアナウンスが入る。

「クルーの皆様に連絡です。 先に襲撃を掛けて来た第三勢力、アレックスと呼ばれる女性の痕跡を辿った結果、新しい空間にスキップドライブできそうだと言う事がわかりました。 ミトラスを倒した後は、二つ移動先の選択肢が出来る事になります」

「ほう。 あの女、何を考えているんだろうな」

「さあ、何とも分からない」

「ミトラスを撃破後の行動については、アーサーが判断します。 しばし、作戦までに英気を養ってください」

放送が終わる。

ため息をつくと、ヒメネスは自室に戻っていく。

唯野仁成は、ふと気付く。

目の前に、見た事も無い奴がいた。

「この船は面白いですねー。 文字通りの英雄豪傑が何人もいる。 中には私に勝てそうな人もいそうだ」

「誰だ」

とっさにアサルトライフルに手を掛けるが。

相手がにこにこと笑みを浮かべているので、戦意は湧かなかった。

それは小柄なメイド服を着た女に見える。いわゆる瓶底眼鏡と言われるようなぐるぐる眼鏡を掛けていて、いかにもドジでおっちょこちょいな雰囲気を出している。

だけれども、分かる。

此奴は、見た目通りの存在では無い。

「特に貴方は面白い。 霊がとても強い。 あり方が完成している他の英傑達と違って、これからどんどん伸びる霊だ。 暗躍を始めたペテン師や腹黒女神の降臨に居合わせる運命も面白いですねー」

「……俺は唯野仁成。 貴方は?」

「さいふぁーと呼んでください。 ふふ、それでは。 きっとまた会いますよ」

気がつくと、目の前に小柄なメイドはいなかった。

更に、アンソニーが不思議そうに話しかけてくる。

「どうしたんだヒトナリ、ぼーっとして」

「今、此処にいた奴は」

「いや、あんた一人でぼーっとしてたぜ」

「……そうか」

アンソニーが咳払いして。リャナンシーに会わせてほしいと言う。何でも一目惚れしたとか。

呆れて頭を掻いて、後でなと追い払うと。

唯野仁成は憮然として考え込んだ。

あれは尋常な存在じゃ無い。プラズマバリアを展開している船の中に平然と入り込んでも来た。

もしも、あいつが何か悪意を持って行動していたら。

寒気がした。

この船にいる英傑全てが全力で相手をしなければ、勝てないかも知れないと感じた。

 

(続)