赤黒の暴風

 

序、何者か

 

魔王ミトラス配下の悪魔、堕天使ビフロンズは、恐怖にすくみ上がっていた。

ビフロンズは人間型だが。タキシードを着込み、燭台を手に持った、頭が頭蓋骨になっているような姿の堕天使である。ミトラス麾下で、「快楽にふける国」の指揮官の一人を務めていたのだが。

いきなり単身で現れた人間相手に、配下の殆どを喪失した。一方的に虐殺されたのだ。

ビフロンズは今、ミトラスの宮殿に向け、必死に走っている。

冗談じゃあない。

何だアレは。

ビフロンズは人間について知っている。ミトラスや、他にもこの重なりあった世界の支配者が調べているからだ。情報は下賜され、ビフロンズも把握している。

この「快楽にふける国」では、ミトラスが人間の研究を特に熱心に進めており。「腐り果てた国」の支配者ともその関係で技術提携までしている。

そんな中、人間が不意に現れた。

隣の「焼け焦げた国」にも人間が現れ、交戦状態に入っているという話で。

ミトラスはサンプルを欲しがっていたのだが。

どうも戦況が芳しくないらしく。最近ついに連絡が途絶した。

その矢先にこれである。

ただ、焼け焦げた国に現れた人間は鉄船に乗っていたと聞いている。そもどうして一人だけで人間がここに来られたのかが分からないのだ。

気付く。

音も無く、前に回り込まれていた。

それは女だ。

人間の女。黒い髪は腰まであり。赤と黒から構成された服を着ている。手には光り輝く剣を持ち。

そしてとんでもない殺気を放っていた。

目が恐ろしすぎる。殺意だけに満ちた目だ。

腰を抜かしたビフロンズは、恐怖に笑い始めていた。

さっき部下達が、殆ど一瞬で細切れにされるのを、ビフロンズは見た。

たまにとんでもなく強い人間がいるという噂は聞いてはいたのだが。

それにしても此奴は次元が違っている。

歩き来る其奴は、光の剣を、もはや震える事しか出来ないビフロンズの鼻先に突きつけていた。

「全て話せば楽に殺してあげる」

「ま、待てっ! 私は下級とは言え堕天使だ! 配下になる! そうすれば、きっと力になれる!」

「お前のような下級など合体材料にもならないわ。 良いから知っている事だけさっさと話しなさい。 それとも復活できないように完全にデリートしてあげましょうか?」

「そ、それだけは勘弁してくれっ! 話す! 話すよ!」

もう忠誠も何も無い。

ミトラスは配下のビフロンズから見てもいかれた奴だが。此奴に比べればずっとまともに思えてくるほどである。

此奴は放っている殺気と感じる力が桁外れ過ぎる。

魔王や邪神と呼ばれる最高位悪魔達が放つものよりも、更に強大だ。

地獄の深奥にも、こんなに強い奴はそうそういないはず。

此奴であれば恐らく、大半の魔王は力尽くで従えてみせるだろう。

「唯野仁成、ヒメネス、ゼレーニン」

「え……」

「これらの名前に聞き覚えは。 私以外に誰か人間は来ていない?」

「い、いや、知らない……。 人間はミトラス様が欲しがっているが、サンプルが無くて、それでかり出されて」

不意に、第三者の声が割り込む。

女の手の辺りから聞こえてきている。人間が使う文明によるものだろうか。

「アレックス。 その悪魔、堕天使ビフロンズの声を分析したが、嘘はついていない」

「そう、ジョージ。 この世界線ではレッドスプライトは恐らくアントリアかカリーナに不時着したのでしょうね。 そうなると此処ボーティーズで待ち伏せるのが得策のようね」

「な、何の話だ! ボーティーズ!? 此処はそんな名前じゃ……」

「もう一つ質問よ。 人間が何処かに攻めてきたという話は聞いていないかしら」

こくこくと、ビフロンズは頷く。

それなら聞いている。だから、話す。少しでも時間を稼げば、援軍が来てくれるかも知れない。逃げる隙が出来るかも知れないから。

「そ、それなら知ってる! 隣の焼け焦げた国に、人間の巨大な船が来て、恐らくはもう支配者のモラクス様がやられた! 交易に来る悪魔がいなくなったから! 間違いないと思う!」

「ビンゴだアレックス。 どうやらレッドスプライトはアントリアにいるようだな」

「……そうなると、私の知る三つの世界線とは違って、ボーティーズやカリーナには不時着した次世代揚陸艦は出なかったのかしら? 私を人間と知って確保に妙な執念を見せてきたけれど、この時点でミトラスは潤沢な実験材料を得ていたはずよ。 本来なら私にこだわる必要がない筈なのだけれど……」

「もう一つ疑念がある。 レッドスプライトクルーのアントリア攻略が早すぎる。 此方で持っている情報では、不時着の時点で致命的な打撃を受けたレッドスプライトのクルーは混乱し、指揮系統を再編するのにも……」

分からない話をし始める人間とからくり。

そろり、そろりと下がる。

更に好機。焼け焦げた国に貸し出した、腐り果てた国との共同研究産物。完全気配遮断悪魔が、女の後方に回り込んだ。援軍が来たのだ。

今しか、逃げる機は無い。

だが、次の瞬間。

アレックスと呼ばれた女は、光の剣を振るい。一瞬にして、完全気配遮断悪魔、改造された夜魔フォーモリアは三枚おろしにされていた。女は振り返りさえしていない。

終わりだ。力が違いすぎる。

完全に死を覚悟したビフロンズに、ゆっくり歩み寄ってくるアレックス。

動きに無駄が全く無く。完全に殺す事だけを考えて動いている事が、一目で分かった。

「最後に念のため聞いておくわ。 此処に鉄船は落ちていないのね」

「あ、ああ! だからミトラス様は人間を欲しがって、それで……」

「そう。 じゃあ用済みよ。 此処にゼレーニンがいたのなら、ミトラスの宮殿に殺しに乗り込んだのだけれどね」

次の瞬間。ビフロンズは殺された事を悟った。後には虚無だけがあった。

 

真田は腕組みして話を聞いている。

悪魔に聴取をしていたのだが。どうやら、この先にある別空間。悪魔は「快楽にふける国」だとか呼んでいるようだが。そこで人間が大暴れしているというのだ。同じ話は、モラクスとの戦闘時にも記録されている。間違いないだろう。

シュバルツバースに突入した方舟こと次世代揚陸艦は一隻。更に、国際再建機構にも米軍にも、此処に突入できるような次世代揚陸艦はない。この方舟レインボウノアの原型艦四隻は殆どがこの船の材料になり。悪用を懸念し設計図すら消されたはずだ。

だとすると、ライドウさんのような規格外が直接乗り込んだのか。

はっきりしているのは、悪魔達は連携している、と言う事だ。

交易をしているという時点で嫌な予感はしていたが。

人間の国家のような動きをしている。

更に、あの気配を消した悪魔、夜魔フォーモリアについても。「快楽にふける国」より提供された戦力だと言う事がわかった。

それも悪魔を改造して、それで作り出したものらしい。

残念ながら、どう改造したのか詳細は分からなかったが。いずれにしても、今後は複数の悪魔の国家を相手にしながら進まなければならない事態を想定する必要があるだろう。

「な、話したよ、全部話したよ! だから助けておくれ!」

「唯野仁成隊員」

「はい」

進み出た唯野仁成隊員。

次期のエース格の一人として期待されている若手。今回も、今聴取していたモラクスの側近の対応を任せる。

悪魔は自分より弱い相手には決して屈服しない。

悪魔召喚プログラムのサポートがあっても、だ。

真田は悪魔召喚プログラムを自分で使うつもりはない。基本的に研究室に籠もりっきりになるつもりだから、である。

使っている暇が無い、というのが実情だろう。

唯野仁成は、一も二も無く相手を殺すのでは無く屈服させることを選び。

観念した悪魔は、唯野仁成のデモニカにPCに吸い込まれていった。

真田は一度、艦橋に戻る。艦の幹部達が集まっているが。此処にいずれ、ヒメネスや唯野仁成、ゼレーニンも加えたい所である。

ただ、やはり懸念していたことだが。

ヒメネスは水を得た魚のように生き生きとしている反面、明らかに少しずつ凶暴性が増しているし。

ゼレーニンは悪魔に対しての嫌悪感を隠してもいない。

バランスが取れた唯野仁成は、少し卒がなさすぎる。

変なものに接触したら、その時点でころっと何かに転んでしまうかも知れない。

真田は前から知っていたつもりではあったが。

今回の旅で、宗教の恐ろしさを更に強く実感することとなった。

悪魔合体の仕組みを公開したところ、更に反発している者達の声が強くなったのである。

段階を踏んで公開した上。

そもそも、悪魔の力が無ければこの苦境を乗り切る事など出来ない、という話をしているのにこれだ。

命が掛かっているのに、悪い意味で信仰を優先する。

精鋭を選抜したこの艦ですらこれである。

一度、何かのブレークスルーが起きなければまずい。

真田が二度の宇宙の旅で経験したような、文明の接触が致命的な絶滅戦争に発展しかねない。

それでは駄目だ。真田が知る地獄の未来と同じになってしまう。

今後宇宙に出ていく人類が、そんな未来しか持たないのだとしたら。

それは文明を構築し、文化を発展させ、技術を継承させて来た真田達の責任だ。

艦橋に人員が揃ったところで。

アーサーが状況を説明してくれる。

今回は艦内の皆に説明をする必要があるので。

会議室のこのやりとりは、全艦に放送している。後からアーカイブで閲覧も出来るようにしてある。

「プラントの回収が完了したことで、アントリアでの任務は全て終わりました。 また、モラクスから回収出来た物質が、いわゆるロゼッタ多様体である事も判明しています」

「ロゼッタ……真田技術長官、それはなんだ? 説明をしてくれるか」

「物理学で予言されていた、情報を最高効率で詰め込むことが出来る物質、とでも思っていただければ分かりやすいですかな。 いずれにしてもロゼッタ多様体が、まさかこのシュバルツバースで発見されるとは」

「……続けてくれ、アーサー」

ゴア隊長が、そのまま促す。

アーサーは淡々と言う。

「ロゼッタの解析は既に真田技術長官の研究室で済んでおり、またこの空間がモラクスの設定したと思われるままの量子のゆらぎで安定している事も確認できています。 当艦レインボウノアは、これよりスキップドライブを実施して、次の空間に転移します」

原稿を春香に渡すゴア隊長。

春香は頷く。

ここからが、大事だからだ。

隊員の精神に負担を掛けないため、彼女が話す必要がある。

早速春香が、原稿をすらすらと読み始めていた。非常に聞き取りやすい声である。原稿読み上げの経験量が違うという事だ。

「このアントリアに落ちるまでに、最低でも四つの空間を経由したことは、隊員の皆様も覚えているかと思います。 これからはそれら空間を戻りながら、シュバルツバースの拡大をどうやって止めるのか、更には脱出するにはどうするのかの情報を蓄積していくことになります」

そう。まだ脱出云々どころでは無い。

これからどうするかにも、まだ情報が足りない状況だ。

だから次の世界。モラクスなどの話していた情報から推察して、恐らく「ミトラス」という悪魔が支配している世界に移動し。

其所で情報を集める必要が生じてくる。

このアントリアは焼け焦げた国だそうだが。ミトラスの世界は快楽にふける国だそうである。

ロクな場所では無いのは、真田にも分かる。だから、それらの話は敢えて春香にはさせない。

「情報が集まれば集まるほど、次に何をすれば良いのか、勿論場合によっては脱出する方法も分かってくるでしょう。 皆の頑張りを期待します。 勿論、私も可能な限りの事をします」

以上。

通信を切る。

春香がため息をつく。

彼女だって不安でない筈が無い。二度の自殺同然の旅を経験している真田や、此処にいるスペシャル達が異常なのであって。

戦場に慰撫などに出かけている春香であっても、流石に此処までの状況にはそうは慣れていないだろう。

不安はあるだろうが。

それは自分でどうにかしてもらうしかない。

現実は厳しい。

さて、アーサーに確認。すぐにでも、空間の穴を通って次の世界に行く事が出来ると回答が来ている。

見ると、妖精が多数、様子を見に来ていた。

魔王と堕天使はこのアントリアから去った。妖精は狡猾でくせ者だが。それでも、やはり力尽くで屈服させられるのは嫌だったのだろう。

感謝の言葉を、船外のスピーカーから伝えると。

手を振っているのが見えた。

このシュバルツバースを調べた所、数万年前から凍っている氷などが発見されている。

それはすなわち、現在南極で拡大しているシュバルツバースと、この内部空間は物理的に影響が相互で存在しない事を意味している。

要するにシュバルツバースを三次元世界でどうにかしても。

此処にいる妖精達に悪い影響は与えないだろう。

レインボウノアの巨体が浮き上がり始める。

既に船内のダメージは全て回復済み。物資も充分に継戦が可能な程度には積み込み終えている。

やがて上空一千メートルにまで達したところで、空間のトンネルに突入すべく加速を開始。

量子のゆらぎにあわせてプラズマバリアを展開。

一気に、空間の穴を抜ける。

加速の際にも、殆ど揺れない。

これは真田が船内の微調整を行い。

更に快適にするべく、調整を徹底したからだ。

細かい不快感が、人間の精神を蝕んでいくのは真田も良く知っていることである。だから、細部まで気を使っている。

それだけのことだ。経験したことは生かす。真田は出来る事ではベストを尽くす。

やがて、音速に達した方舟は。特に抵抗を受ける事も無く、一気に空間の穴を抜けていた。

空間の穴を抜けると同時に減速を開始。

そして、停止し。

ゆっくりと、下降を開始した。今回は、空間の穴をトラブルなく抜けられた。

「観測班、状況を」

「はい。 現在艦外カメラなどを利用し、情報を収集中……」

確かマクリアリーだったか。

最初にアントリアに不時着したとき、悪魔にさらわれた一人だ。

最近目立って行動が勤勉になって来ていて。積極的に仕事をして、細かい事でも分かり次第報告してくれるようになっている。

技術を担う真田としては、細かい変化も見逃せないので。とても有り難い事である。情報の重要性は、今も昔も変わらないのだ。

「着陸します。 わずかに揺れるかと思います」

「不時着は無いと思いますが、皆さん備えてください」

春香が艦内放送すると。

皆、体を周囲にあるものにベルトなどで固定しているのが見えた。

アントリアの時ので懲りたのだろう。

羮に懲りて膾を吹くという奴だが。

まあ、シートベルトが必須であるように。

問題発生前に、問題に備えておくことは悪くは無い。

真田はオペレーターから送られてくる情報に目を通していたが。どうにも妙だなと感じる。

いずれにしても、マクリアリーが許可を求めてくるので。

着地が済んでから、情報を公開するようにと指示を出した。

広い空間が丁度見つかったので、方舟が着地する。というよりも、中心部以外はスカスカだ。

揺れは、予想通り殆ど無かった。

正太郎長官の方を見る。頷いたので、真田からマクリアリーに許可を出した。

すぐに、艦内モニタに外の様子が映し出される。

それは、歓楽街としか言いようがない場所だった。

巨大な城を中心に、歓楽街だけが拡がっている。途中からは街の密度はまばらになり、ある程度まで行くと以降は荒野になる。その荒野に方舟は着地した。

奇怪な世界だ。けばけばしいネオンの瞬きが、真っ昼間からぎらついているのに対して。

そのど真ん中に建っている巨大な城は、むしろ白磁であるため悪目立ちしている。

「此方観測班マクリアリー。 この映像、突入前にドローンが採取したものの一つによく似ています」

「戦場の次は歓楽街か」

「これはまた、悪趣味じゃのう」

サクナヒメが苦笑いしているのが分かる。

まあそれはそうだろう。

彼女は幼い見た目だが、神である。

年齢も人間とは全く違う筈で、人間の事を良く知っているとも言っていた。武神だから、戦争の現実も知っている筈で。

それはつまり、人間を大体全部知っていると言うことを意味もしている。

物資搬入口から連絡。機動班のリーダーをしているブレアからだ。

歴戦の傭兵であり、先の戦いでも指揮官の一人として大きな戦果を上げている。デモニカにも抵抗がなく、悪魔召喚プログラムもどんどん使いこなしている。

元々歴戦の傭兵を、国際再建機構がスカウトした人物の一人で。

流石にストーム1程の規格外ではないものの、まず優秀な兵士の一人としてカウントして良い人物である。

「此方機動班。 すぐにでも展開出来ます。 偵察を開始しますか?」

「いや、まずは敵の出方を見る。 アントリアの時は、敵の先制攻撃で艦内にまで侵入されたことを忘れるな。 まずプラズマバリアを展開し、それを拡大後。 周囲に前線基地を構築、更にプラントを構築後に動く」

「イエッサ」

通信が切れる。

さて、此処の状況を見極めてからだが。

アントリアの時に比べると、随分と静かだ。

それがまた、不気味ではあった。

 

1、死の歓楽街

 

この空間を、アルファベットのBにちなんでボーティーズと名付ける。

そう唯野仁成は、デモニカの通信機能で聞いた。

まあ、空間の名前なんてどうでもいい。

はっきりしているのは、外が悪魔の歓楽街だと言う事である。

いずれにしても街での戦闘は厄介だ。

前のアントリアでは、敵が生兵法を囓っていたから、むしろ有利に戦えたという状況であって。

今回は、凄惨なゲリラ戦を警戒しなければならない。

しかし妙なことに、この「ボーティーズ」では恐ろしい程に外が静まりかえっている。

何かあったのかも知れないと、幹部達は話している様子だが。

唯野仁成も同意である。

着地してから、半日近くして。

ようやく機動班クルーに出動が命じられる。

同時にサクナヒメとライドウさんがついてくる。

また、装甲車と、重機も一緒に降ろすようだった。

今この船は、歓楽街の外側。荒野になっている場所に着地している。

此処ならば、周囲から的にはなるが。

逆に、敵が何処にいようと捕捉することが出来る。

プラズマバリアと装甲に相当な自信があるのだろうが。

まあ無理もない話である。

何しろ、空間の穴を突破したのだから。

まずは展開し、悪魔達を出す。

船外の環境については、既にデモニカに表示が出ていた。

摂氏94℃、1気圧。大気組成は、殆どが酸素だ。

酸素というのは、本来猛毒にも等しく。原初の地球には存在していなかった物質の一種である。実は人間も、濃度が高すぎる酸素を吸うと死ぬ。

原始的な植物の性質を持つ細菌(シアノバクテリアやラン藻などと呼ぶ)が大気をどんどん酸素に切り替えて行ったことで、今の地球になっている。正確には安定したのはかなり地球の歴史的には最近で、三億年ほど前は今の倍ほども酸素濃度があったそうだ。

地球の歴史で、人類以上のダイナミックな変革を起こしたのは、ラン藻と呼ばれる超原始的な植物なのだ。

そしてその一部は、現在でもオーストラリアなどに生き残っているという。

この辺りは、環境が無茶な空間に今後接し探索もする事を考え。

唯野仁成が、余裕がある時間に見てデータベースを覚えた事である。

何しろ人間誰もが経験したことがない未踏の地である。

知識はどれだけあっても足りないのだから。

まずは周囲に野戦陣地を構築していく。

いざという時は方舟に逃げ込めばいい、という考えもあるが。

何か危険な病気が蔓延し。船内に患者を入れられないという可能性も出てくる。何が起きてもおかしくない場所なのである。

そういうときのための野戦陣地でもある。

重機が動き、荒野を耕す。プレハブを建てて、野戦病院を作る。

土嚢を積み上げる。

地味な作業ばかりだが。

こういった地味な作業こそが戦争である事を、唯野仁成は知っていた。ムービーヒーローが血と汗にまみれて戦うだけが戦争では無い。

まずは情報を収集し。敵と味方の戦力を正確に把握して。やっとまともに戦争が出来る。現実とは、そういうものなのである。

そういう意味では、アントリアのモラクスは良い線を突いていたのかも知れなかった。残念ながら、情報収集が中途半端だったので、失敗してしまった訳だが。

「ヒトナリ、そっちは終わったか?」

「ああ、だいたいな」

力仕事はデモニカの調整のために人力でも行うが。

悪魔達にも手伝って貰う。

ヒメネスは荒々しそうな悪魔ばかりを展開していて。他のクルー達も少し怖がっている様子だ。

唯野仁成は、バランスを取れた悪魔をと思って。回復が得意なものや、魔法が色々得意なもの、力が強いものなど。色々な悪魔を手持ちに入れている。

大量の捕虜を得たことで、クルーに行き渡って余りある程の悪魔がいる上。

悪魔の通貨でありエネルギー源でもあるマッカも大量に得ている事で、一度配下にした悪魔はそのまま呼び出すことも出来る。

更にデモニカは皆の戦闘経験を並列化するため、機動班クルーの戦闘力は、どんどん増している。

過信は当然禁物だが。

戦力が上がると言う事は、従えられる悪魔も増えると言う事である。

ヒメネスが一瞥だけする。

歓楽街を最も好みそうなタイプだと思ったのだが。そうでもないらしい。

それにこんな所では酒も煙草も無理だ。船内でも嗜好品は最小限に消費するようにとお達しが出ている。

一旦休憩の連絡をして。二人で船内に戻る。入れ違いに、ゼレーニンと何人かの調査班が船外に出るのが見えた。

「ケッ。 安全なところを悪魔も連れずに調査かよ。 良いご身分だな」

「我々は何も分かっていない状態だ。 それに調査班のトップは真田さんだ。 きっと何か見つけてくれるさ」

「そうだな。 真田の旦那は確かに信頼出来る。 部下もそうとは限らないが、まあそうあってほしいぜ」

一度交流用に作られている広めの空間に移動。なけなしだろう支給品タバコを吸っている兵士もいた。

ヒメネスはやはり周囲から距離を置かれているが。唯野仁成は、ヒメネスがそれを知った上で興味を持っていないことを理解していた。

軽くそのまま話をする。

「あの歓楽街についてどう思う」

「何だ、興味があるのか」

「これから戦場になるからな」

「そうか、生真面目な奴だ。 俺はあの手の場所は、反吐が出るほど嫌いでな」

驚いた。だが、その理由は予想がついた。

ヒメネスはスラム出身の人間だ。時々話してくれるが、人間が最低限まで墜ちるとどうなるか、ヒメネスは良く良く知っている。

唯野仁成が住んでいた日本ですら、歓楽街は魑魅魍魎が跋扈し生き馬の目を抜く地獄だったのである。

ましてやヒメネスのように、スラムがある国の出身者から見れば。

あの手のぎらついた場所がどう映るかは、想像に難くは無い。

「俺がガキの頃には、ああいう所に住んでいるマフィアから、小遣い稼ぎに薬の運び屋をやらされたりしていてな。 当時の俺は当然自分が何をしているかも、結果として何が起きるかも知らなかった。 毎日銃声がして、薬でおかしくなった奴が暴れて、昼間っから喧嘩している奴がいて。 路地裏覗けば薬入れて盛った奴がヤってる。 そういう場所だったよ。 宗教で出てくる地獄の方がなんぼもマシだ。 だから大人になったら、真っ先に距離を取った」

「良かったな、国際再建機構に入れて」

「ああ。 俺は最初国軍にいたんだが、はっきり言ってゲリラ以上に危険で腐りきった連中だった。 運の巡り合わせが悪かったら、ストーム1と戦わされていたかも知れないな」

そうなれば何も分からないうちに死んでいただろうぜと、ヒメネスは自嘲する。

こう言う話をしてくれるようになっただけ、信頼してくれるようになったと言う事だけれども。だからこそ、その乾きが酷く伝わってくる。

休憩時間が終わったので、外に出る。

ドローンが既に、何機か船外に出向いている様子だが。不安そうに話している機動班クルーが目につく。

情報収集は生き残るための基本だ。

ブレアがいたので敬礼。話を聞いておく。一応立場的には相手は上役だ。ただ唯野仁成とヒメネスは実績を買われ、特殊部隊のような遊撃的なポジションにいる。ブレアもそれを見越して、尊重してくれているので助かる。

「何かありましたか」

「ああ。 ドローンを飛ばして調べているんだが、街の中に悪魔の気配が殆ど感じ取れない」

「本当ですか、それは」

「ああ。 お前達と戦ったモラクスが、「快楽にふける国」で人間が暴れていると言っていただろう。 その影響ではないかと上は分析している様子だ」

人間が、暴れているか。

確かにそれは聞いていたが。

此処までの事になっているとは、想定外だった。

「此処の悪魔を捕まえて、話を聞いた方が良さそうですね」

「それも上は慎重になっている」

「どういうことです」

「ドローンが遠隔で映像を捕らえたが、市街地で戦闘が起きている。 しかも、決着は一瞬だ。 現地に確認しにいったところ、悪魔数十が単独相手に一瞬で倒された形跡があった。 サクナヒメやストーム1並みの使い手がゲリラ的に暴れている可能性がある」

それは。確かに機動班を出すのも慎重になるか。もしも相手が敵対的意思を持っていたら、生半可な実力では文字通りなで切りにされるだけである。

また、ここは例の姿を消して奇襲してきた夜魔フォーモリアの原産地とも言える場所の筈である。

デモニカに隠蔽能力を見破る機能は既に配布しているが。

もっと高レベルな隠蔽能力を敵が開発していてもおかしくない。

普通、特に混沌勢力の悪魔は人間の真似事をしないという話だが。

アントリアでその前提は既に崩れてしまっている。

敵が新しい戦術や兵器を繰り出してこない保証は無い。

モラクスはやり口が中途半端だったから自滅したが。他もそうなってくれるとは限らないのである。

「やれやれ、そんな強いのがいるんなら、俺たちに手を貸してくれるとありがたいんだがな」

「その可能性は低いと上層部は見ている様子だな」

「……」

「これだけ大きな船が接舷したんだ。 相手に見えていない筈が無い。 この歓楽街の敵の密度、想定される戦力からして、単身暴れているものが此方に接近できない筈が無い」

つまり、分かっていて距離を取っているという事だ。

第三勢力の登場と見て良い。

ヒメネスは溜息をつく。わかり安い程、大きな溜息だった。

遭遇戦で、ストーム1並みの相手とやり合うことを想像してしまったのかも知れない。まあ、確かにぞっとしない話である。

ヒメネスが一切会話に応じなかったことを不快に思う様子も無く、ブレアは敬礼すると巡回に戻った。

野戦陣地にはセンサの類が山盛りにつけられ。タレットが威圧的に周囲を監視しているが。

今の時点で、それが必要だとは唯野仁成には思えなかった。

敵は城から軍勢を出してくる様子も無いし。

何より今回は、アントリアと違ってその気になれば方舟から直接、大火力の主砲を城に叩き込む事も出来る。火力は野戦砲として使うレールガンの比では無いと聞く。

まずは慎重に情報を集めてから動く。

その上層部の判断は間違っていないし。

何よりも調査班をかなり早い段階から出して、必要となる情報を集めているようにも思える。

また、機動班クルーの悪魔達は既に各地に散って、偵察任務をしている様子だ。

契約にさえ背かなければ悪魔は誠実に働く。

それが堕天使などの、マイナスイメージがある悪魔でも、である。

ただ、それらの悪魔も。敵の偵察にはかちあうことはあるようだが。

敵の「軍勢」を目撃することはない様子だった。

また、偵察に出てきた敵も、すぐに逃げてしまうらしく。

現時点では、何かとんでもないものが街に出ていて。

戒厳令が敷かれているも同然の状況であるらしいことも分かった。

しばらく、ヒメネスと二人で周囲の巡回を行う。

ヒメネスは外に出るとき、最近は側に最初に悪魔合体で作り出した龍王ナーガを侍らせている。下半身が蛇で上半身が筋骨たくましい男性のナーガは、寡黙にその背丈を生かして、周囲を見張ってくれている。

唯野仁成は側にエジプト風の衣服を纏った浅黒い肌の女性の姿をした悪魔を展開していた。ついこの間悪魔合体で作り出したのだ。

彼女は分類女神、種族というか名前はハトホル。

エジプト神話に登場する愛と美の女神で、様々な姿を取る。エジプト神話でもっとも重要な神格である太陽神の子ホルスの母であり、古い時代の豊穣神らしく色々な神と交わって色々な神を産みだした逸話がある。

古代の豊穣神、特に女神は兎に角性に奔放である。ギリシャ神話のアフロディーテなどが例に挙げられるだろう。そういったいにしえの時代の女神の一柱である。

ハトホルは牛をモチーフに描かれる事が多いらしく。唯野仁成が偶然作り出せたハトホルは、小柄な女性だが頭に牛の角が生えている。

最初に仲間、いや仲魔にした悪魔達とは段違いの回復魔法を使うことができ、多少の傷ならすぐに回復する事が出来るので。いざという時には常に展開するように心がけていた。

逸話と裏腹に極めて寡黙な女性で、ほとんど唯野仁成に話しかけてくることは無い。

またエジプト神話が既に廃れた信仰だからかも知れないが。

ホルス神の母という強大な立場にあるにも関わらず、サクナヒメとは比較にもならないほどに弱い程度の力しか感じ取れない。

ヒメネスにも、当面はハトホルに回復を任せると言う話はしているが。

それ以上の役割は期待していない。

回復を任せるという話をした時点で。ヒメネスもそれを理解しているようだった。

「敵さん、城に籠もりっきりか。 今度は攻城戦か? 面倒だねえ」

「……第三勢力らしい人間が、どう動くか次第だ。 ひょっとしたら仕掛けてくる可能性もある」

「はっ。 こんな所で、人間同士で殺し合いかよ」

「覚悟はしておいた方が良いだろうな」

無駄口を閉じると、周囲の巡回を続ける。

戻って来た機動班の小隊に敬礼。もう少し奥までサクナヒメとライドウさんが出ているらしいが。

現時点では、歓楽街の状況を軽く見てくる以上の事はするなと言われている。

律儀に守って戻って来たらしい。

「そういえば、歓楽街に山ほど建ってる店な。 どうみても夜の店だが、覗いてみたらびっくりだ」

「覗いたのか」

「敵が潜んでいるかも知れないからな」

アンソニーと表示されているその男は、明らかに下心丸出しの様子で話していて。周囲の機動班クルーも呆れている。

「いや、綺麗な女悪魔が……とか思うだろ。 そしたらよ、内部は本当にぺらぺらの張りぼてで、誰もいないし雰囲気もなんもないんだよ……」

「お前、こんな所で風俗店に入るつもりかよ」

「い、いや興味は誰だって湧くだろ! そういう逸話のある悪魔は幾らでもいるし!」

「その手の逸話をもつ悪魔と関係すると、大体ミイラになるまで絞り取られるんだけれどもな」

ハトホルが視線をそらして口を押さえている。流石にアンソニーの言動には呆れたようだ。

唯野仁成も、周囲を警戒しながら、どう反応して良いのか困った。

ともかく、巡回を交代する。そして、歓楽街に入った。

周囲は何というか、極めて不衛生で汚染されているし。

ドローンが撮影してきたように、彼方此方で戦闘の痕跡が残っているようだった。

つまり、いつこれをやった奴と遭遇するか分からない訳で。

そんな中、風俗店に興味津々のアンソニーは、むしろ大物なのかも知れなかった。

いずれにしても、ヒメネスは露骨に不快そうだし。

何よりも、嫌な予感がびりびりする。

予定通りのコースを巡回した後戻る。

上がまだ奥には行くなと言っている。

スペシャル達がもう少し奥を調べてきてから、本格的な探査に移るのだろうが。

相手の出方が分からない。

アントリアの妖精達のような、くせ者であっても話が通じる相手ならまだいいのだけれども。

とてもそうとは思えないのである。

そもそも、ここボーティーズは、悪魔達が言うには快楽にふける国だそうで。

城の内部がどうなっていることやら。

デモニカのネットワークから通信が入る。

「唯野仁成隊員、ヒメネス隊員、そのラインはまだ超えるな。 戻ってくるように」

「了解した」

少しずつ行ける範囲を拡げていくしかない、ということだ。

ヒメネスを促して戻る。皮肉屋の相棒はぶちぶちと文句を言う。

「ケッ、消極的な話だぜ。 城を砲撃して大将を吹っ飛ばしちまえってんだよ」

「敵の戦力が分からないんだ。 前の戦いでは、装甲車の速射砲を耐え抜いた悪魔もいたと聞いている。 方舟の主砲でも倒せないかも知れない」

「ああそうだな、その通りだがよ。 全く、面倒な事だぜ」

不意に、唯野仁成は振り返って、銃を構えていた。

支給されたばかりのAS21アサルトライフルである。前のAS20よりあらゆる点で性能が向上した改良型だ。シュバルツバースでは貴重な物資が山ほど採れるため、量産と改良を真田さんがやってくれたらしい。元より構想にはあったそうで、その上性能的にはストーム1が使っているアサルトの廉価版なので作る事自体は難しく無かったそうだ。

ヒメネスも警戒態勢を取って周囲を見ていたが。やがて銃を下ろした。

展開している悪魔達も、辺りを見回すばかりである。

「どうしたヒトナリ」

「いや、視線を感じた」

「……あのヤギ野郎を見つけたお前だ。 何かに本当に見られていた可能性もある。 孤立無援で強敵に出くわす前に引き上げようぜ」

「ああ」

そのまま、無言で下がることにする。

悪魔の恐ろしさは、アントリアで最初に奇襲を受けたときに嫌と言うほど思い知らされている。

更にその悪魔を蹴散らしている人間が、単身で此処で生き延びていて。味方とも限らないとなると。

やはり、慎重にならざるを得なかった。

 

方舟に戻る。

サクナヒメとライドウさんが搬入口で話をしている。二人は、戻って来た唯野仁成を見ると、咳払いする。

ライドウさんは先に戻るが。じっとサクナヒメは此方を見つめてきた。

ヒメネスが、気さくに声を掛ける。周囲の兵士はサクナヒメを畏敬しているが、ヒメネスだけはかなり距離感が近い。サクナヒメもそれを嫌がっている様子は無い。

「どうしたよ姫様」

「実はな。 敵地に結構奥まで侵入してきたのだが……どうも様子がおかしい」

「それは俺たちも感じていた。 姫様はどのようにおかしいと感じたのだろうか」

「簡単に説明すると、わしやライドウとの接触を、例の強い力が避けているように感じられた」

つまり、だ。人間と思われる相手は力の接近に気付いていると言う事だ。

考えられる可能性は幾つもある。

たとえば此処の支配者は情報を総合する限りミトラスという悪魔らしいが。そのミトラスに勝てるほどの力が無く、その側近が出てくると厳しい。

或いは人間や、人間の味方になっている者との接近を避ける理由がある。

脱走兵である。国際再建機構の人間と接触すると、最終的にまずい結果になる。

それらが理由としてぱっと思いつくが。

どれも説得力に欠けると、唯野仁成は感じた。いずれも違うように思うのだ。

そもそも、その人間がミトラスをどうして放置しているのかがよく分からない。もしもシュバルツバースに対処するためにここに来て。ミトラス配下の悪魔をまとめて倒せる程の力があるなら。

真っ先にミトラスをぶっ潰せばいいものを。モラクスや配下の話をまとめる限り、相手は人類文明の敵である。倒さない理由がない。

「プラントとやらは既に出来、船の守りはなった。 これ以上守りを固めても埒があかんのは皆の意見が一致しているところでな。 そろそろ敵に対して、本格的に偵察を始めようと思っているのだが……」

「なんだ煮えきらねえな姫様。 あんただったら、ずばっと切り込むと思ったんだが」

「何度か例の強い力の気配をわしも感じたからな。 正直、悪魔共の群れを相手に一人で渡り合っているだけのことはあるわ。 現状の戦力ではあまりちかよりとうない」

サクナヒメ程の使い手が、こんな事を口にするのか。

堕天使オリアスから人質を救出する際に、文字通り鬼神のように暴れ狂った武の権化が、である。

まだ本調子からは程遠いらしいが。それでもサクナヒメの武勇は図抜けている。状況の深刻さは、ヒメネスも即座に理解したようだった。

「それで、どうするんだ。 穴熊を決め込むのか?」

「……いや、そうも言っておられまい。 これから会議をするが、恐らくはその後に敵陣に深く切り込むことになろう。 そなたら、休んでおけ。 そなたらをはじめとして、精鋭に声が掛かるはずだ」

「OK姫様。 それにしても、あんたが其処まで言う相手だ。 ミトラスとやらより手強そうだな」

「……城の中から感じる気配からして、恐らくミトラスとやらはそやつの敵ではなかろう」

本当か。

それならば、確かに城で引きこもっているのも納得がいくと言うものである。

だが、分からない事がまだ多すぎる。

確かに、一度休むべきだろうと唯野仁成は思った。

ヒメネスと一旦別れて、私室に戻ると、ベッドで寝る事にする。

ふと、妹の事を思い出していた。

今頃、シュバルツバースの調査隊が遭難したとか、ニュースが流れているのだろうか。

だとしたら、心配を掛けていてもおかしくない。

不安のあまり、錯乱したりしなければいいのだが。そこまで弱い奴ではないか。

小さくあくびをすると。唯野仁成は自衛隊時代に受けた、すぐに眠るための技術を総動員して、眠りに入っていた。

 

2、暴風との遭遇

 

サクナヒメと共に、唯野仁成とヒメネスで出る。機動班クルーは、少数精鋭と、手練れとのチームを組んで。まずはミトラスがいると思われる城の周囲から探索し。その後、突入作戦を行うと言う作戦になったようだった。

まだ唯野仁成は、作戦に関与できるほどの立場では無い。

だから、命令を受けたら兵卒らしく戦闘をこなすだけである。

それだけではない。敵がいない状況を、利用しないわけにはいかない。

手練れのチームの少し後方から、調査班がついていく。

調査班は機動班の護衛も含め。方舟周辺だけではなく、出来れば街中心部の探索も行う。

勿論これには細心の注意を払う事になる。

同時に、陽動としての行動も行う。機動班の一部を、街を迂回して城の後側に回り込ませるのだ。これにはなけなしの装甲車も出す。

もしも、この動きを見て、敵が兵を出してくるなら、即座に引き。

方舟の主砲でアウトレンジ砲撃に持ち込む。

作戦としては何段構えにもなった悪くないものだと唯野仁成は思ったが、それでもどうにも嫌な予感がしてならない。

ヒメネスもそれは同じのようで、サクナヒメの後ろで周囲をクリアリングしながらぼやく。何しろたくさん建物があるので、デモニカの感知能力をフルに駆使しても、一秒も油断が出来ない状態だった。

「何だか気にいらねえなあ。 いもしない敵にびくついてるみたいだぜ」

「最初に船に入り込まれただろう」

「ああ、だがその種も知れただろ」

「全部が分かったわけじゃあない。 拉致がどう行われたのか、そもそもどのタイミングで敵が入り込んだのか。 その辺り、分かっていない事がまだ多い。 危険を承知で、敵の手の内を一つずつ暴くしかない」

つまり唯野仁成達は撒き餌だ。

しかも此処ボーティーズに来てから、第三勢力らしい存在も出現。まだその詳細も分かっていない。

現状は戦死者を出していないが。真田さんが言う通り、方舟のクルーは皆スペシャリストなのだ。

出来れば一人として欠けること無く、この困難な旅を終えたい。

その思いは、唯野仁成も他と共有はしているつもりだ。勿論、それが厳しい事は承知してもいる。

サクナヒメは無言で口を引き結び、歩いている。

通信手段として機器は渡されているのだが。どうも電子機器は苦手なようで、通信はヒメネスや唯野仁成任せにしている雰囲気だ。

まああれだけ戦えるのだから、その程度の補助なら何でも無い。

途中電波中継器を幾つか撒いてきてもいるので通信が途切れることもない。

歓楽街の中心部にまで来るが。やはり悪魔の影一つない。周囲には戦闘の跡や、無造作に散らばっているマッカが見受けられるが、それだけだ。

ここに来ている人間は何度も何度も、悪魔の群れを撃退し。

そして怖れたミトラスとその配下は、城から出てこなくなってしまったと言う事で間違いないだろう。

戦闘で出来たらしい傷跡を見ていたサクナヒメが、呼んでくる。

「そなたら、これを見よ」

「何だ姫様。 ……凄い傷だな。 地面がえぐれてやがる。 強い悪魔の仕業か?」

「違う。 これは恐らく、剣による傷だ。 長さはこのくらい……こう振るって、このくらいの背丈の悪魔を一刀両断にしたのだろう」

「剣だって!?」

サクナヒメが頷く。唯野仁成も、そういえば気になっていた。こういう傷が多いのだ此処の戦闘の跡地には。弾痕もあるにはあるのだが。ずっと、悪魔の爪痕だと思っていた。

デモニカを装備した人間でも、やはりメインウェポンは銃だ。アサルトライフルの利便性が桁外れだからである。近接武器を使って悪魔とやり合えるようなのは一部の特殊例だけだ。

「わしの世界にあった大筒も便利な武器であったし、確かにその鉛玉が出る武器もとても便利ではあろう。 武器の強さは届く範囲でかなり変わってくる。 そういう意味では、広範囲を簡単に制圧出来る上に、人間相手なら簡単に仕留められるその武器は革命的に強いとわしにも分かる。 だがのう、此処にいる連中は悪魔だ。 耐久力はその武器で手に負えるのか?」

「……確かに」

「近接防御はそのデモニカで補えよう。 少し考えてみても……」

サクナヒメが口を止めた。

そして、ハンドサインを出してくる。隠れろ、というものだ。

何が起きたのかは、大体分かった。ヒメネス共々、即座に跳び離れて、周囲にある建物の影に逃げ込もうとするが。

しかし、一瞬遅かった。

サクナヒメが動く。

剣を振るって、何かとんでもない速さで飛んできたものと弾きあうが。

唯野仁成は、胸に強烈な熱さを感じていた。

肺を、貫かれた。

血を吐く。

定まらない視界の先に見えるのは。赤黒い、見た事も無いデモニカを着込んだ、黒髪の女だった。

 

ヒメネスは見た。

黒髪の、自分が着ているデモニカよりも遙かに肌にフィットしている、赤黒いデモニカを着た女が。

スポーツカー以上のスピードですっ飛んできて。

あのサクナヒメでも攻撃を弾ききれず。

光る剣で、唯野仁成の肺を一突きにしたのである。

即座に反転しつつ羽衣で地面に叩き付けに掛かったサクナヒメの一撃もあって、そのまま剣が唯野仁成を抉り抜く事はなかったが。

それでも一目で致命傷だと分かった。

全身の細胞が絶叫している。恐怖に、である。

モラクスを前にしたときの比では無い。

こんなプレッシャーは、成人してから初めて感じるかも知れない。

サクナヒメが叫ぶ。

「出てくるでないヒメネス! 隠れておれ! わしにも守りきれる自信が無い!」

「ジョージ、この悪魔見た事がないわ。 データベースにはないの」

「分類は恐らく地母神か女神だが、それにしては戦闘力が高すぎる。 推定レベルはおよそ50」

「ボーティーズにいて良い悪魔ではないわね」

女は最初顔を露出していたが。

すっと、仮面のようなものが顔を覆う。

アレは間違いなくデモニカだが。

この極限環境で、顔を露出していても平気な何かの仕掛けがされていると言う事で間違いない。

そして、確定だ。

あれが、話にあった。此処で暴れている人間だ。

スペシャル達が慎重になり、ミトラスが穴熊になるわけである。

こんなバケモノがいたのなら、それは安易に釣りなどするはずがない。兵を出せば出すだけ死ぬだけだ。

唯野仁成を庇うように剣を構えるサクナヒメに対し。

光る剣を振るって、女は殺意を剥き出しにする。

「その男に使役されているにしてはレベルが高いわね。 今ボーティーズにいる誰かの使役悪魔かしら?」

「妙だな」

「何が」

「ボーティーズというその呼び方、さっきアーサーが決めたばかりだ。 どうして部外者のそなたが知っておる」

女はふっと笑う。

そして、殆ど一瞬で、サクナヒメに斬りかかっていた。途中の動きがほぼ見えなかった。

ヒメネスのデモニカでは、動きを追うのがやっとだ。

武神相手に、凄まじい斬撃を秒間数十という単位で叩き込んでいる。サクナヒメが、致命傷を受けて倒れている唯野仁成を庇っているのを容赦なく利用して、徹底的に足を止め。始末するつもりだ。

息を呑むしかない。こんな次元の戦闘、参加するしないの問題じゃあない。

ヒメネスの知る限り、悪魔の群れをゴミクズのように蹴散らしてきたサクナヒメを、明らかに凌駕している。

守勢に回っているサクナヒメが、何も喋る余裕すら無くなっている。

何より、剣撃の一撃の重さが尋常では無い。

一発ごとに衝撃波が周囲を傷つけている。文字通り、存在そのものが破壊の権化だ。

何だ、あの女は。

手が震えて、とてもではないが動けない。

銃を手に取れ。

サクナヒメを援護しろ。

そう自分に言い聞かせるが、恐怖でその場でじっとするのがやっとだった。

通信に割り込んでくる雑音。悲鳴。

何か他の場所でも問題が発生したのは確定だが。

残念ながら、それに対応している余裕が無い。

弾きあった女とサクナヒメ。

サクナヒメが手を横に振るうと、無数の剣が周囲に出現する。表情からして、余裕などかけらも無い。

それが一斉に女に投じられるが。

その全てを、女は光の剣で弾き返す。

同時に跳躍したサクナヒメが、空中で複雑な機動をして、女の背後に回り込み。

手にした剣で斬りかかるが。

振り返り様に、女はその鋭い一撃を完全に受け止めていた。

めまぐるしく立ち位置を変えながら、激しい戦いが続くが。

女はサクナヒメの攻撃を悉く見きっているのに対して。

サクナヒメは彼方此方切り裂かれ、冷や汗を流しっぱなしなのがヒメネスの目から見ても分かる程だ。

サクナヒメの剣が弾き飛ばされ、強烈な蹴りで上空に打ち上げられる。

だが、羽衣がその時には女の体にくっついており。

空中で反転したサクナヒメが、踵落としを叩き込んでいた。

女は開いている左手一本でガード。

地面がクレーター状にえぐれるが、女は意にも介していない。

バケモノが、バケモノとやりあっている。

それ以外に、言葉がない。

距離を取り、剣を再び手元に出現させるサクナヒメ。

女は無音でその至近に接近すると、また連撃を仕掛ける。全てを弾き返すが、サクナヒメは確実に押されている。

まずい。非常にまずい。死の臭いを至近距離に感じる。

このままだと、サクナヒメに続いてヒメネスも確実に殺される。

だが、女が銃を抜き、倒れている唯野仁成に向けて発砲しようとした瞬間。

サクナヒメが懐に入り、女の腹に強烈な蹴りを叩き込んでいた。

流石に十メートルほど下がる女だが。

それでも、銃をしまうと。剣を振るって構えを取り直す。

効いて、いないのか。

サクナヒメのパワーは、ヒメネスと唯野仁成が遭遇時点ではどうしようもなかった堕天使オリアスを一撃で木っ端みじんに叩き潰すほどのもので。しかもその時は今よりも力が戻っていないと言っていた。

文字通り上位悪魔を粉々にするパワーを叩き込んだのに、けろっとしている。

一体何だあの女は。

コミックのヒーローか。

戦慄する。

呼吸を整えろ。ヒメネスは自分に言い聞かせる。一発で良いから、支援の射撃を入れるんだ。

だが、覚悟を決めようとしたその瞬間。

不意に、声がする。

女のデモニカが、声を発したのだ。

「アレックス、そこまでだ」

「どういうことジョージ。 あの悪魔は危険よ。 今仕留めておかないとまずいわ」

「あのアンノウンと同等かそれ以上の力を持つ存在が、最低でも二体接近している」

「!」

流石に、それを相手にする余裕は無いのか。

アレックスか。

そう呼ばれた女は、マスクを解除した。戦闘をこれ以上継続するつもりはないのだろう。

「あのレッドスプライトとは似ても似つかない巨大な次世代揚陸艦の事もある。 情報と状況が違いすぎる。 ターゲット、唯野仁成には致命傷を与えた。 撤退を推奨する」

「どうやらそれが良さそうね。 そこにいるヒメネスを殺し損ねたのは残念だけれども、まあいいわ」

「……行くなら行くが良い。 追うつもりは無い」

「そうさせてもらうわ」

アレックスという女は、その場に最初からいなかったようにかき消えた。

だが、ヒメネスの隠れていた建物の頭上が、大きく切り裂かれた。撤退に追い込まれた事に対する腹いせだったのかも知れない。

肝を冷やす、なんでもんじゃない。

下手をすると、PTSDになりかねなかった。

呼吸を整える。

同時に、サクナヒメが剣を杖に片膝を突くのが見えた。必死に呼吸を整えている様子が分かる。相当に辛そうだ。

やっと、足が動くようになった。

悪魔を出して、回復を。

そう思って、おぼつかない手でPCを操作。だが、上手く行かない。舌打ちする。あまりにも凄まじい暴力を見て、ヒメネスは自分の手がままならない事に怒りさえ感じていた程だ。

ともかく、回復が出来る悪魔を呼び出し、複数掛かりでサクナヒメを回復させるが。サクナヒメは阿呆、と怒鳴った。

「わしは致命傷を受けておらん! 唯野仁成をどうにかせい!」

「あいつはもう助かる見込みが……」

「ならばわたくしが助けて差し上げますわ……」

不意に、その場に声が割り込む。

そして、光に周囲が包まれていた。

ヒメネスが見上げると、そこにはギリシャ風の薄い衣服を纏った小柄な女。子供のように見えるが、ボディラインなどはそれが大人である事を告げていた。右手には稲穂を持ち、頭には草で編んだらしい冠を被っている。

見た瞬間分かる。

今のヒメネスでは、とても手に負えない上位悪魔だ。

その上位悪魔が、左手をかざすと。魔法の光が、周囲を覆う程に拡がる。凄まじい魔法だ。今まで見た中でも、次元違いである。

バイタルが既に消滅寸前の唯野仁成が、びくりと震えた。慌てて走り寄ると、ポリマーでデモニカの応急処置をする。バイタルが見る間に戻っていく。肺を貫かれたのに。普通だったら絶対助かる筈が無い。

デモニカの処置を終えていた頃には、既に唯野仁成のバイタルは生存ラインまで回復していた。

そして、女は慇懃に名乗る。

「わたくしは女神デメテル。 オリンポス十二神の一角にて、この荒れ果てた世界にて「実り」を探すものですわ」

友好的な笑顔をへらへらと浮かべている其奴だが。

ヒメネスには、悪意の塊がはっきり感じられた。

口に出すまでも無く胡散臭い輩だ。

唯野仁成が目を覚ます。

頭を振って、周囲の状況を確認しているうちに。デメテルはハーベスト、とか言った。

何がハーベストだ。

「生き返りましたわね。 此処に放置していたら、いずれ悪魔の夕ご飯になっていたでしょう」

「そなた、何者じゃ」

「それは此方の台詞ですわ。 貴方こそ、一体どこの神格ですの?」

「我はヤナト随一の武神にて豊穣神サクナヒメ。 ……とはいっても、まだ本調子ではないがな」

サクナヒメが、多少の回復で歩けるようになったらしく、近づいて来て。

同じくらいの背丈のデメテルと火花を散らす。

だが、引いたのはデメテルだった。

「まあいいでしょう。 わたくしは、実りを探しておりますのよ」

「実りとは、なんだ……」

「ヒトナリ、喋るな!」

何度か咳き込みながらも、唯野仁成が半身を起こす。

辛そうだが、聞いておく必要があると思ったのだろう。

「ハーベスト! 大した生命力ですわ。 しばらくは喋るどころでは無いと思いましたのに」

「助けてくれた事に対して礼は言う。 ありがとう。 だが、何の見返りも無く、悪魔が人を助けるとも思えない。 実りとは何だ」

「この暗き世界にて、光をもたらすもの。 わたくしは、ずっとそれを探していますのよ」

「……そうか」

ヒメネスに一瞬目配せをしてくる唯野仁成。

ヒメネスも意図を理解して、頷いていた。

此奴は口が軽いとみた。

感じる力はサクナヒメ以上だが、それでも口が軽いなら、情報を引き出すことが出来る筈だ。

「それはどういうものだ。 どういう形をしている」

「球体状の形をしている筈ですが……世界がこのように大きく混沌に傾き邪に染まってしまった今では、分割されてしまっている可能性が高いですわね」

「覚えておく」

「それではごきげんよう……」

姿を消すデメテル。

大きく、ヒメネスは息を吐いていた。

「お前、肝が据わってやがるな。 あのアレックスとか言う女と同等か、それ以上の力を感じたぞあのガキ悪魔」

「やはりヒメネスも気付いていたか。 あの女神、相当に腹黒いだろうな」

「……とりあえず軽口は其所までじゃ。 どうやら、色々起こっているらしい」

サクナヒメの言葉を受けるように近くに降り立ったのはケンシロウである。

サクナヒメは、遅いとか言う事は無かった。

そもそも撒き餌作戦だったのである。

相手の力が想定以上であったことがまず作戦の想定外にあったし。

ケンシロウが全力で来てくれた事は確かなのだから。

全員の様子を見ると、ケンシロウは唯野仁成を子供の様に担ぐと、急げと視線だけでヒメネスに促してくる。

サクナヒメもそれに続く。

ケンシロウは、サクナヒメにぼそりといった。

「其所まで姫様がやられるとは……相手の実力は次元違いのようだな」

「話した通り、此処の支配者であるミトラスとやらより上であろう。 ただ、ようわからん事を幾つも言うておったわ。 それについては、後で話す」

「分かった……」

「其方でも何かあったようだな」

ケンシロウは無言でしばらく歩いていたが。

やがて、またぼそりといった。

「恐らく性能が高くなっている姿を隠せる悪魔に、二人さらわれた。 ゼレーニンと、もう一人はノリスという機動班の男性だ。 他にも数人その場に機動班がいたが、対応出来ずに全員重傷を負っている」

「まずいな……」

サクナヒメが呟く。

そして、ヒメネスに説明してくれる。

「これだけの穴熊を決め込んでいる状況で、手下を出してきたと言う事は。 それだけミトラスとやらが人間を欲しがっているという事よ。 そして隙を突いてきたと言う事は、それだけ熱心に此方を観察していた、ということでもあるだろう」

「俺は放っておくことを勧めるぜ。 其所までするような奴だ。 人質奪回作戦なんかやった時には、前よりも激しい戦いになるし、絶対大勢死ぬ」

「ヒメネス。 わしが守らなければ、そなたは死んでいた。 意味は分かるな」

「……OK姫様。 今助けてくれた相手にそう言われると、流石に弱い」

方舟につく。

敵を陽動する目的で出た部隊は、既に戻って来ている。

作戦は全て練り直しだ。

ボーティーズに来てから、上手く行くと思ったのだが。

やはりそう上手くはいかないものだ。

全部最初からやり直しくらいの勢いで、作戦を練り直さなければならないだろう。

唯野仁成は、医療班に運ばれて行く。

ヒメネスも休むように言われたので、そうする。

自室に戻る。

そして、震えが手に残っている事に気付いて、ぐっと握りしめていた。

畜生。

何もできなかった。

そうぼやくしかない。

あのアレックスという女の動き、殺す事だけに特化したものだった。どんな武術とも違う。

強いていうならば、悪魔の動きがそれに近い。

何よりも、着ていたのは明らかにデモニカだ。それも、真田技術長官が改良したこのデモニカよりも、一世代以上は上のものと見て良いだろう。

AIによるサポートを受けていたようだが。ジョージとか言うAI、アーサーよりも数段性能が上とみた。

サクナヒメの能力の分析だけでは無く、恐らくデメテルとケンシロウの接近にも気付いていた節がある。

装備も基礎能力も段違い。

まだ力が戻りきっていないとは言え、サクナヒメが押されるわけである。

もしもヒメネスが単独で遭遇したらどうなっていたか。

はっきり言って、考えたくも無かった。

震えをどうにか殺すと、デモニカで通信が来る。

聴取をしたい、と言う事らしい。

まあそれはそうだろう。

サクナヒメは相当なダメージを受けていたし、これから回復に入るだろう。

だとすると、ヒメネスのデモニカで得られたデータと、それに証言が重要になってくる。

さらわれたというゼレーニンとノリスとか言う奴に興味は無い。

ゼレーニンは悪魔嫌いを公言して、護衛の悪魔も使っていないような状態だったのだ。それにノリスとかいう奴は覚えてもいない。大した奴でもないだろう。

命が簡単に吹っ飛ぶのがこの場所だ。

だから、二人とも死んだと考えるべきだと、ヒメネスは思っていた。

ともかく、聴取を受けに行く。

艦橋に出向くと、真田技術長官と。何体かの悪魔から回復魔法を受けている最中のサクナヒメ。

それにケンシロウがいた。

ストーム1とライドウは出ている様子だ。

ゴア隊長と正太郎長官の姿もないが。

恐らく外で部隊の指揮を執っているのだろう。陽動部隊を再編成して、方舟の周囲を分厚く固めているのだと見て良い。

春香は、周囲を見回す限りいない。

休んでいるのか、それとも外に出ているのか。

まあ、どうでも良かった。

「わしからは以上じゃ。 いずれにしてもアレックスと呼ばれていたが、今のわしら以上の実力と見て良い」

「デモニカにより能力は上がる。 いずれ追いつける」

「……だといいがな」

サクナヒメは、既にあのデメテルという突然現れた女神についても説明を終えていたようである。

真田技術長官が、データベースより調べ上げていた。

「デメテルとは、また有名な神が出て来ましたな、姫様。 ギリシャ神話のオリンポス十二神と言えば、日本でも有名な神の一角ですよ」

「わしには分からん」

「俺も名前だけなら聞いた事はあるが……真田技術長官、どういう存在なんで?」

「……私も専門家ではないが、ざっとかいつまむとギリシャ神話は骨肉の争いを描いた神話でな。 大御所政治や神々の権力の世代交代、内乱や身内同士のいがみ合い。 それらの結末の末に、最後に神々の頂点を勝ち取ったのがオリンポス神族と言われる、いわゆるゼウスの一族だ。 そしてそのオリンポス神族を中心に、オリンポス十二神と呼ばれる神々が存在する」

ゼウスか。

流石にヒメネスですら聞いた事がある存在だ。

雷神としては恐らく世界でももっとも有名な神格だろう。

ただ、どちらかと言えば。

スケベ野郎としての印象の方が強そうだが。

また、オリンポスの神々と言えば、下衆揃いと聞いている。

あのデメテルも、腹に一物も二物も抱えているように思えた。

「デメテルはゼウスの姉だ。 近親相姦が当たり前のギリシャ神話では、当然のように姉弟で子供も作る。 説は幾つかあるが、ゼウスとデメテルの子がペルセポネという地獄の女神になる」

「ハッ。 ただれた一族だ」

「古代の神格では珍しい話でもない。 それに古代神話では、人間と同じように子供を作るわけでもない」

サクナヒメが頷く。

サクナヒメの話によると、無機物と子供を作ったり。何も無いところから子供を産むような話は珍しくもないのだとか。要するに人間とはあらゆる意味で違うのだろう。

その辺りは、ヤナトとやらの神々も同じと言う事か。

デメテルを見て、小さいのに女の体をしていると判断したヒメネスの目は間違っていなかった、と言う事だ。

あれは経産婦だったのだから。

いずれにしても、見た目とは全く別の腹黒い神格と判断するべきだろう。

「何にしてもあやつには気を付けろ。 もし戦うとなると、アレックスとやら以上に手強いと判断するべきだ」

「OK姫様。 それで俺は何を証言すれば良いんだ」

「ヒメネス、貴様」

「良い。 そなたから見た、戦いの経緯について話してくれ」

上官がヒメネスの不遜なものいいに文句をつけようとしたが、サクナヒメがフォローをしてくれる。

やりやすい。

ヒメネスは、自分から見たあのアレックスという女の言動を余すこと無く話し。所見も述べた。

何故かボーティーズという名称を知っている事などは、ヒメネスも気になった。

真田技術長官が考え込む。

「通信を傍受している可能性もあるが。 だとしてもアーサーが名付けたばかりの名前を使うのは不可解だな……」

「それにどうしてかは分からないが真っ先に唯野仁成を殺しに来たぜ。 その後は俺も殺そうとしていた様子だ。 さいわい、俺の方は姫様が守ってくれたが……」

「それについては姫様から聞いている。 何か他に気になることは」

「……特に気になったことは、憎悪、ですね。 唯野仁成に対して、とんでもない憎悪を向けているのが端から見ても分かったほどで」

考え込む真田技術長官。

やがて、顔を上げた。

「……分かった。 これからの作戦立案の参考にする。 大変だっただろう、少し休んでくれ」

「それでは」

敬礼すると、艦橋を後にする。

サクナヒメを彼処まで追い込む相手。これからどれだけ力が上がるとしても、本当にどうにか出来るのか。

不安が募る中、ヒメネスは休む事にする。

艦橋で、ヒメネスはサクナヒメを優先して助けようとしたことを責められなかった。

唯野仁成が、明らかに致命傷だったからそう行動したのだが。

それを責めなかったと言う事は、やはり此処の上層部はヒメネスにとって居心地が良い場所を作ってくれると見て良い。

ベッドで横になると、寝る事にする。

それにしても、あのアレックスという女。

恐ろしかったが。

凄まじい強さには、憧憬すら覚えた。

あれくらいの強さがあったのなら、それこそ何でも出来るだろう。

文字通り幼少期、何にも出来なかったヒメネスは。

羨ましいなあと。

珍しく、他人をうらやんでいた。

 

3、顕現する地獄

 

ゼレーニンが目を覚ますと、どうやら牢屋の中にいるようだった。

思い出す。

たしか、いきなり締め上げられて。体が浮き上がって。それ以降は、一切覚えていない。何があったのかは分からない。

そもそも締め上げられて、デモニカ越しに意識を失う程である。

相手が側にいた兵士の誰かだったとは思えない。

側で呻いているのは、機動班のクルーだろう。

ノリスと、IDが表示されている。

確か護衛についていた手練れの一人である。

揺すって起こす。

バイタルがかなり乱れている。相当に痛めつけられたのは、間違いないと見て良いだろう。

「ゼレーニン技術士官どの、無事か……」

「貴方こそ、どうして」

「悪魔どもが、あんたを乱暴しようとして、それから守ろうとして」

「……」

恐怖を覚えると同時に。

それ以上に、自分を守ってくれたノリスというこの機動班の男性に、申し訳ないと思ってしまう。

更に、だ。

もし今デモニカに悪魔を入れていたなら、回復出来たかも知れないのに。

それさえできないという事実を思い出して、哀しみが溢れる。

暴力が支配する場所に来ている。

それは分かりきっているのに。

どうして、悪魔を行使することを拒んだ。

それは恐怖からもある。薄いとは言え、神の使徒と思っている自分が、悪魔を使うわけにはいかないという思いもある。

幼気な姿をしているサクナヒメさえ、デーモンの一種だと思ってしまう自分がいるのである。

ましてや堕天使などの更に穢れた悪魔を平然と使っているクルーに対して、反発だって感じていた。

その結末がこれだ。

周囲を見回す。

何とか脱出しないと。

姿を隠して奇襲してくる悪魔の存在が、アントリアの時点で分かっていた。きっとそういうのにやられたのだ。

だから、とにかくデモニカの機能をフル活用して、逃げる筋道を探さなければならない。半死半生のノリスを放置も出来ない。

しばし思考を忙しく走らせた後。

ゼレーニンは、今は体力を回復するのが優先だと判断した。

不意に、数体のガタイが良い悪魔が牢屋に入ってくる。

神に祈るゼレーニンだが。その祈りは届くこと無く、悪魔達は乱暴にノリスを抱え上げ。ゼレーニンの腕も引いた。腰をそのまま掴みかねないほどの巨大な手だ。ゼレーニンの柔い腕が、軋むのを感じた。

「ミトラス様がお呼びだ! 来い!」

「離して! 汚らわしい悪魔達、きっと天罰を受けるわ!」

「ハッ! シュバルツバースとお前達が呼ぶこの世界が今どうなっているか、本当に知らないんだな」

ゲラゲラ笑い出す悪魔達。

どれも、人間のようでいて、人間ではない姿をしていた。

翼が生えていたり、下半身が動物だったり、角があったり、顔にたくさん目があったり。

どれもこれもがおぞましいモノばかりである。

「今我等混沌の地の底に押し込まれたものこそが、この世界の支配者なんだよ。 神とお前が呼ぶものとその一派は、牢に閉じ込められ外に干渉すら出来ぬわ」

「何ですって……」

「手間を掛けさせるな! それとも一回か二回マワしてやれば静かになるか!?」

ぞっとするゼレーニン。

この凶悪で倫理なんてかけらも無い連中が、それを実施するのは確定だったからだ。

それにだが。

調査していて、悪魔は嘘をつくことはあるが。力が相手より勝っている場合、本当の事しか話さないこともゼレーニンは見抜いていた。

悪魔は人間よりも優れている。

そう思うが故の驕りだろうと分析していたが。恐らく、それは間違ってはいない。

ノリスが呻く。

これ以上口答えしたら、自分のために半殺しにされたノリスがどんな目に会うか、分かったものじゃない。

大人しく従う事にする。神に何度も心の中で謝罪した。情けなくて、涙が溢れそうだった。

ロシアからアメリカに移住した理由はよく覚えている。

ソ連崩壊後、故国のモラルは完全に消滅した。

犯罪に巻き込まれるのは、隙がある方が悪い。そんな理屈がまかり通るようになり、暴力が秩序の別名になった。

敬虔なロシア正教の信徒であった両親は、幼いうちから美しさの片鱗を持っていたゼレーニンを心配もしたのだろう。こんな国にはおいておけないと。

幸いロシアからアメリカに移住することは難しく無くなっていたし。

いっそのことと、アメリカに移住を決めたのだ。

だが、アメリカも腐敗していた。

民主主義やエリート教育の総本山という言葉は大嘘だと言う事は、飛び級を重ねていくうちにすぐに分かった。

明らかにおかしいのが混じっているからだ。

やがて財閥系の子息が、裏口入学や金を積んで飛び級をしていることをゼレーニンは知り。また、各地で人権屋と呼ばれる人権を金に換えているカルト同然の連中が暗躍していることも分かってきた。

此処も腐りきっていたかと、本当に心底から失望した。

若くして博士号を取ったゼレーニンは、敬虔な一神教信者である両親が早くに亡くなった事もあり。

自分で未来を好きに決めるべきだと悟った。

そうして選んだのが。組織としてクリーンな、国際再建機構だった。

其所で文字通り水を得た魚として、自分の研究を生かし。若くして、あの真田さんの右腕とみて貰えるようになったが。

その頃になって悟った。

敬虔な一神教徒ではないと思っていたのに。

異教に対して、強い嫌悪感を持っている自分に、である。

今も考えている。

これは神罰なのだと。

多分、神に対する信仰が足りていなかったからなのだと。故にノリスまで巻き込んでしまったのだと。

やがて乱暴に地面に投げ出される。

其所には。

傲慢極まりない目つきで此方を見下ろしている、巨大でおぞましい存在がいた。

姿はローマ時代の戦士のようである。ただし、芸術作品で表現されるそれ、だが。

兜を被り、上半身は裸。手には勇ましく槍を持っており、あまりにも美を追究しすぎている筋肉。理想的な逞しい男性の体型をしている。

それでいながら下半身は存在しない。

マーブル模様がついた石になっているのである。

この不可思議さこそが、悪魔なのだろう。

悪魔は背丈十メートルほどもある。モラクスに劣らない力の持ち主のようだ。

ノリスを守るようにして、必死に少しだけ前に出るゼレーニンに。凶悪な威圧感が降りかかる。

それが声だと気付くのに、少し時間が掛かった。

「ようやくサンプルを捕まえたわね。 貴方たち、無能すぎるのよ」

「ははっ! 申し訳ございませんミトラス様!」

「まあ今日のアタシは機嫌が良いから許してあげる。 さて、サンプルとは言ってもたったの二匹。 迂闊に使うとすぐに壊れて無くなってしまうわねえ」

「悪魔め、地獄に落ちなさい!」

ようやく、それだけしかゼレーニンは言えなかった。

それを聞くと、やはりオカマ口調で喋るミトラスという悪魔は、大笑いするのだった。

「配下から聞いていなかったかしら。 アタシ達が今いる此処こそが地獄なのよ」

「……っ!」

「貴重なサンプルだし、壊してしまってはもったいないわ。 貴方たち、細胞を採取して、コピーを作りなさい。 やり方に関しては、既に外を調査したときに確認できているはずよ」

「ははっ!」

そのまま、牢に引き戻される。

ゼレーニンは何度も神に祈ったが。

神が救いに来ることはなかった。

 

それから文字通りの地獄が始まった。

血液を注射針で採取され。そして、あっと言う間にゼレーニンとノリスの似姿が出来た。

現在の地上のテクノロジーでも、クローンはまだ実現できていない。そしてどうやら、此処もそれは同じようだ。

それなのにどうして。科学者としての頭脳を生かして分析する。悪魔共は、クローンの技術を応用して、ゼレーニンとノリスのコピーを作っているらしい。

それも、下級の悪魔を敢えて壊して。其所にゼレーニンやノリスの情報を注入し。人間の形を無理矢理作り上げていた。

情報生命体だから出来る事なのだろう。

どうやら此処を直接ミトラスは見ているらしい。興奮し陶酔しているミトラスの声が聞こえる。

「素晴らしいわ。 それでは早速予定通りに実験を始めなさい」

「分かりました」

悪魔達は、嬉々として「実験」を始める。

ゼレーニンとノリスは、動けない程消耗している事もあり。拘束さえされていないが。牢の隅で震えながら、その様子を見ているしか無かった。

頭を砕かれるコピー。

脳みそが飛び散って、コピーは動かなくなる。

それを悪魔は大まじめにメモしていた。

「人間は頭を砕くと動かなくなる」

「素晴らしい実験結果だわ! 次の実験を行いなさい!」

「ははっ!」

コピーはたちまち用意される。

下級の悪魔を使い捨てにしながら、無理矢理人間っぽいものを作っているのである。こんな狂った行為は人間しか行わないと思っていたが、違った。悪魔は人間を真似して、こういうことをするようになったのだ。

更に下級の悪魔は、ミトラスにとってはもはやゴミも同然なのだと分かった。

要するにミトラスは、生活保護や貧民の救済を否定する、傲慢な人間の金持ちと似たような思考回路の持ち主だと言う事だ。

また、コピーが殺される。

今度は腹を割かれて、内臓を引っ張り出された。

微妙に違うとは言え、全裸の自分がそうやって殺されているのを見ると、本当に気が狂いそうだ。

しかもコピーは言葉を発する事さえ出来ず。

人間の出来損ないという言葉しか形容できない代物なのである。

目の焦点があっていないコピーが、悪魔に良いように蹂躙される。

その光景は、地獄以外の、なにものでもない。

「人間は腹の中身を引っ張り出しすぎると死ぬ」

「素敵よ! 続けなさい!」

興奮したミトラスの声が、がんがんと頭に響く。

ふと気付いて、ノリスの肩を揺らす。

ノリスは、目の焦点があっていない。

恐怖で、もはや正常に目の前の光景が理解出来ていないのだと、ゼレーニンは察し。無力な自分に怒りさえ感じた。

目の前では、狂気の宴が続いている。

「人間は血が出すぎると死ぬ」

「何て素晴らしい実験なの! 続けて!」

狂喜するミトラスの声が、頭に何度も響く。

これは、本当に玩具の手足を引きちぎって遊んでいる子供そのものだ。ミトラスは魔王と言う事だが、こんなものが魔王なのか。

そして壊れたコピーは、下級の悪魔が囓って食べている。

人間の要素が混じっているからか、悪魔の時と違って消えてしまうような事は無い。目の前で、自分やノリスの似姿が貪り喰われている様子を見せつけられるのだ。ゼレーニンは、いつまで正気を保てるか、あまり自信が無かった。

悪魔がゼレーニンのコピーに何か薬を注射し始める。

同時に、コピーが爆ぜ割れてしまった。

「人間に悪魔の酒を飲ませると死ぬ」

「ファンタスティック! もっともっと、実験の様子をアタシに見せなさい!」

ぐちゃぐちゃ。

びちゃびちゃ。

顔中を真っ赤にしながら、コピーの残骸を貪り喰っていた下級悪魔。だが、連れて行かれる。あれも、コピーの素材にされてしまうのだろう。

人間どころか、悪魔さえもが実験材料。

文字通りの邪悪の権化に、ゼレーニンは震え、神に祈るしか出来なかった。

 

城の至近にまで接近したストーム1は、目を細めていた。

内部にいる敵の数がかなり多い。

大きな城だからと言うのもあるが、それ以上にまず第一に。気配を完全に消して接近して来る相手をどうにかしなければならない。

唯野仁成が、アントリアで存在を感知できるようにはしてくれたが。

更に相手は隠密能力を強化してきたようなのだ。

そうなってくると、此方も更に対応を進めなければならないだろう。

電波中継機を撒く。

即座にゼレーニンとノリスが殺されたかは分からない。

いずれにしても、救出の可能性があるならそうするし。

何よりも、ミトラスは屠る必要がある。

世界を遡っていかなければ、このシュバルツバースを抜ける事は出来ないし。

構造などの情報も足りていない。

ミトラスはほぼ100パーセントの確率で、モラクス同様のロゼッタを体内に隠し持っている筈。

いずれにしても、生存者の安否確認。

更には救出作戦。

それが終わった後の、ミトラスの討伐。

これらは全て分けて考えなければならなかった。

通信を入れる。

「電波中継器、配布完了。 一旦城より離れる」

「了解。 例の女戦士の気配は」

「今のところ近場には感じない」

「それでは戻ってほしい」

ラージャと呟くと。ストーム1はその場を離れる。そして、足を止めていた。

即座に横っ飛びに離れると、アサルトを撃ち放つ。

その場を何か網のようなものが包んでいたようだが。それは完全に空をきり。

ストーム1用に設計されたアサルト、AS100Fの暴風のような火力が敵を引き裂く。

弾丸の乱打を浴び、瞬時に絶命した悪魔。

どうやら、更に捕虜を欲しがっているらしいなと、ストーム1は呟く。状況からして、それは明らかだ。

まだ周囲にいる可能性がある。事実ゼレーニンとノリスがさらわれたときは、一分隊が護衛についていたのに、さらわれたのである。

背後。動くのは、ストーム1の方が遙かに早い。

振り向き様に、ライサンダーをぶっ放す。

悲鳴を上げながら、全く見えない其奴は吹っ飛び、そして張りぼての歓楽街に突っ込むと。姿も見せずに消えていった。

舌打ちしてしまう。

気配をストーム1でも感じ取れないなら、多分ケンシロウでも連れてこないと無理だ。あいつはインファイトの達人というだけではなく、気配に関しては専門家だと思うからである。

いずれにしても、まだいる。

勘だが、これはストーム1が培ってきた戦場における第六感である。これに助けられた事は一度や二度では無い。

過酷な任務をこなしていく内に覚醒していった能力で。

少なくとも、二十代の頃には使えるようになっていたし。

今ではすっかり自分のものとして、自在に扱えるようになっている。

また同じ手か。

振り向き様に弾丸を浴びせる。直撃を受けた気配を遮断した悪魔は、呻きながら消えていく。

これで気配はなくなった。

アサルトの弾丸をリロードすると、ストーム1は大きく嘆息する。サンプルを得られなかった。

今、ケンシロウも出て探索をしているが。

あいつは機械音痴なので、きちんとデモニカの機能を使いこなせているのか不安である。

桁外れに強いケンシロウだが、出来ない事は本当に出来ないので、それは周囲で補う必要がある。

ストーム1も実はその辺りは同じ。

戦場に出ているときはあらゆる感覚を研ぎ澄ませているが。

自宅ではサボテンを枯らすほどずぼらだったりする。勿論、弱みになるから周囲には見せないが。ケンシロウはそういった一面を知っている。

誰しも、そういうものだ。

「此方ストーム1」

「戦闘の履歴があるが何かあったのだろうか」

「例の気配遮断悪魔だ。 三体を少なくとも屠った。 だが、どうやって気配を消しているのかは分からなかった」

「此方で解析する。 即刻戻られたし」

頷くと、すぐに方舟に戻る。

少しずつ電波中継器が増えているから、この街そのものは此方の手に落ちつつある筈である。

問題は、最低でもスペシャルとして来ているものが二人以上で対応しなければいけないあの女戦士の存在。

気配は近場には感じないが。

現状の強さに満足する事無く、更にデモニカの機能で力を上げないとまずいなと、ストーム1は感じていた。

方舟に戻る。

丁度、ケンシロウも戻っていた所だった。

プラズマバリアを展開している内側にある野戦陣地は、ぴりついていたが。流石にストーム1達が戻ると、敬礼して迎えてくれる。

そのまま艦橋に。途中でケンシロウと話す。

「姫様が手酷くやられたそうだが、どう見る」

「相手は俺の兄貴より強いと見て良い。 ただ、本人の能力よりも、デモニカの力の方が大きいように思えた」

「……デモニカは環境に応じて自己強化する戦闘服だ。 俺たちがもっと前線で頑張れば、じきに追いつけるはずだ」

「そうだといいのだが」

ケンシロウの兄貴か。三人いるうちの長兄は、剛の拳。次兄は柔の拳の使い手で。どちらもケンシロウが自分より強いと認めているそうだ。

昔は次兄とは仲が良かったものの、長兄は非常に荒れていたそうだが。

この世界にむなしさを覚えたのか戻って来た後は。

すっかりケンシロウと和解していた三兄ともよりを戻し。

四人で関係を修復して、仲良くやっているそうだ。

現在、最前線でもっとも戦闘経験を積んでいるケンシロウが一番強いのではないのだろうかとストーム1は思ったが。

それは敢えて口にしないでおく。

環境に出向くと、真田技術長官が待っていた。

満面の笑みだ。

何か掴んだらしい。

「よくやってくれた、ストーム1」

「あの戦闘では、俺は何も探知出来なかった」

「いや、既に撒いていた電波中継器があっただろう。 あれが役に立ってくれた」

真田技術長官が、モニタに映し出す。

それは、とても視認できないほど小さな点だったが。

拡大していくと、見えてくる。確かに、何かぼんやりとしたものがある。

「どんな強力なステルス戦闘機でも、電波全てから逃れられる訳では無い。 それと同じ事だ。 君の感覚で、超微細な敵の気配を捕らえる事には成功していたのだ」

「……確かに居場所は何となく分かりましたが」

「うむ。 これを見て欲しい」

更に真田技術長官が操作を行う。

やがて、其所には。何だかよく分からない、巨大な影が映り込んでいた。

前に唯野仁成が発見し、対策できるようになった夜魔フォーモリアよりも更に一回り大きい。

得体が知れない相手だ。

「これに対しては、存在の察知を出来るように、これよりデモニカを更新する」

「……俺以外でも探知出来ると」

「そうなるな。 不意を打たれなければ、分隊単位の戦力で対応出来る筈だ」

「それは……良かった」

ケンシロウが呟くように言う。

相変わらず、この大柄な男は。

苦笑すると、ストーム1はケンシロウと共に、一度戻る。

捕らわれている人質は当然心配だが、城の周囲には既に電波中継器を撒いてきている状況である。

城に潜入し。

人質を救出するのは、これから真田技術長官や、正太郎長官。それにゴア隊長が考える事だ。

部屋に戻ると、ヘルメットを取る。

ため息をつくと、ケンシロウに言う。

「俺はたまたま第六感が働いたから良かったが、今後は更に敵が訳が分からないものを繰り出してくる可能性が高い。 そして今回のこのボーティーズでは、第三勢力まで登場した」

「不安か」

「ああ。 相手の戦力や、周囲の戦力図を把握しない状況で、勝てると断言できる程俺は楽天家ではない」

「大いに分かる」

軽く食事にする。

流石に方舟の中では、レーションでは無くてちゃんとしたものが出てくる。ただ殆どは、合成食品だが。

ただ、米だけは別だ。本物である。サクナヒメがたくさん事前に作っていたらしい米。それが食べられるのは有り難い。

無表情でほかほかの白米を食べているケンシロウだが。

この白米は美味い。

天穂というブランドだそうだが。実の所、サクナヒメは本来ならもっと美味しく出来ると言っている。

ビオトープ化した田で今も作っているこの米。

更に美味しくなるとしたら、楽しみでならない。

「これはうまい。 本当に助かる」

「ああ……。 兄貴達にも、食べさせてやりたい」

「そうか」

ぶきっちょなしゃべり方をするケンシロウに。ストーム1は破顔していた。

滅多に、他の人間には見せない笑顔だった。

ケンシロウが食事を終えて、ふらふらと何処かに行ってしまうのを見送ると。

ストーム1も横になって、少し休む事にする。

しばらくして、通信が入った。

「例のアレックスという人物だが、気配が消えた様子だ。 恐らくは潜伏して、状況の整理に入ったのか、或いは体を休めているか。 もしくは、奇襲の機会を伺っていると見て良いだろう」

「俺たちはどうすれば良い」

「城に人質を奪回するべく潜入作戦を開始する。 潜入作戦には、ケンシロウに出て貰う事になる」

それが最も適任だろう。

ケンシロウが使う北斗神拳は元々暗殺拳だと聞いている。確かに派手に相手を爆発させ殺す事も出来るが。

無音で相手を黙らせることも同じくらいに得意の様子だ。

「ケンシロウと唯野仁成を救出部隊として選出した」

「唯野仁成はかなり負傷が激しいようだが、大丈夫か」

「本人はもう回復している。 あのデメテルという悪魔が使った回復の魔法が、相当に凄まじい性能だったのだろう」

「……」

そうなると、だ。

ストーム1の方でも、高位の悪魔を育てておけば。いざという時に、対応出来る可能性が増える。

じっと手を見る。

殺す事しか出来ない手だ。だから、回復を得意とする悪魔を中心とすれば。戦略の幅が増えてくる。

事実、最高位レベルだろう回復の使い手は、死に瀕した唯野仁成を事実上救ったのである。

同じ事が、同レベル帯の悪魔なら出来る筈である。

「ストーム1、君はヒメネス、更にはサクナヒメと組んで、アレックスの注意を引いてほしい」

「確定で罠を仕込んで出迎えてくるぞ」

「分かっている。 だからこそ、君に出て貰うのだ。 君以外に、近代戦の知識もあるだろうアレックスを抑える事は出来ないだろう」

「分かった。 厳しいだろうが、やってみよう」

人質は、文字通り一刻を争う状況だ。

モラクスはただのアホだったが、ミトラスが同じとは限らないし。

何よりも、悪魔の残虐性は、シュバルツバースで既に理解している。

彼らは狡猾で非常に癖が強い。

中庸の妖精達ですら、相当に癖が強く、足下を見せるとそれこそ際限なくつけ込んでくる。

ダークサイドの堕天使などになると、デモニカが頻繁に交渉時にサポートを入れてくるほどで。

正直な話、油断は一切出来ない。

今、ゼレーニンがどんな目に会っているか分からない。殺されていなければ、めっけものと思うくらいでいなければならないだろう。

すぐに出撃する。ケンシロウと物資搬入口で落ち合ったので、頷きあう。

唯野仁成は話通り無事。肺を貫かれたのに、傷一つ残っていないと言う事で、驚かされる。

更にサクナヒメもほぼ回復している。

相当にアレックスにやられたらしいが、戦意が衰えている様子は無い。ヒメネスは不安そうだが。

今後、単独で遭遇したときも、生き延びるくらいに力は増していてほしい。

今回の作戦への参加は必須だった。

物資搬入口にゴア隊長が来る。

皆で敬礼した後、話を聞く。

「今回、開けた場所での作戦になる。 方舟からの支援砲撃はいつでも出来るようにしておく」

「イエッサ!」

敬礼をかわし、すぐに出陣する。

先手を取られっぱなしだったが、此処からは反撃の時間だ。いつまでも、好き勝手にはさせない。

街に出ると、城の方が騒がしい。どうも、此方の動きに勘付いたらしい。それなりにまとまった数の兵を出してくるつもりか。

そう思ったが、どうも違うようだ。

双眼鏡で向こうを確認すると、かなりの数の悪魔が、わいわいと騒いでいる。

そして、戦闘跡。

我々では無い。と言う事は、アレックスが仕掛けたか。

気配を消していたのに、動きがどうして速い。ただ、アレックス自身の気配は、もう感じ取れない。

「城に仕掛けたのかあの女……」

「いや、本気で仕掛けたようには見えないな。 姫様はどう思う」

「あの城にいる全戦力をぶつけて、ようやくアレックスとやらと戦えるか戦えないか、というところじゃろうよ。 内部にいるミトラスとやらも含めてな。 だとすると、アレックスとやらは……」

方舟の方にはライドウが残っている。

ライドウが展開する悪魔は相当な強者揃いで、アレックスでも簡単に攻略する事は不可能な筈だ。

では、何を目論んでいる。

「そういえばあの女、真っ先にヒトナリを殺しに来たんだ」

「その通りだ。 わしやヒメネスには目もくれなかった」

「……どういうことだ?」

唯野仁成は出来る奴だが、別に国際的テロリストに警戒されているわけでもないし。邪悪な麻薬密売組織に手配書が出回っている訳でも無い。

ストーム1などは、確か1億ドルとかの懸賞金が掛かっているらしいが。

懸賞金を掛けてくる組織を片っ端から潰して行っているので。有名無実化してしまっている。

むしろ懸賞金を掛けた組織が一ヶ月もつかとかいう不謹慎な賭が行われているらしく。

その現場を見たストーム1は、呆れてしまった事がある。

仮にアレックスが、懸賞金目当てだったとしたら。

唯野仁成なんて、狙う理由がない。

「それにだ。 どうやら俺も狙っていたようなんだよな……」

「ああ。 ストーム1、どう見る」

「情報が足りない」

ともかく、アレックスとやらと一度話がしたいが。

それどころでは無くなった様子だ。

サクナヒメが、瞬時に戦闘態勢にはいる。ストーム1も同じく。

凄まじい勢いで突貫してきたアレックスを、サクナヒメが迎撃。初撃でヒメネスを狙ってきたが、剣撃を弾き返す。

ストーム1が即座にアサルトで追撃に掛かるが。

もの凄い動きを見せて、全弾を回避する。

なるほど、サクナヒメが苦戦するわけだ。

着地したアレックスは、報告通り赤黒い謎のデモニカを着ていた。仮面が顔を覆うのが見えた。

目配せ。サクナヒメに少し時間を稼いで貰う。その間に通信を入れる。

「此方ストーム1」

「交戦に入ったのを確認した。 支援砲撃をこれより……」

「いや、砲撃の目標は」

飛び退きながら通信をする。

アレックスが早撃ちしてきた弾丸を、軌道を読んで避ける。

自分が狙われなくなったと判断したヒメネスが、即座にアサルトを引き抜き、射撃に掛かるが。

アレックスは、サクナヒメとヒメネスの攻撃を同時に受けても対応出来ている。

通信を終えると、ストーム1は戦闘に参加。

ダメージだけでも、与えておきたい。

 

4、死地へ

 

唯野仁成が建物の影に伏せていると、ケンシロウが肩を叩いた。

頷かれる。何となく意図は分かったので、少し下がって、群れて何か喋っている悪魔達から距離を取る。

「あのバケモノみてーな人間が現れたって!?」

「そうなのよ! たくさん殺されたようだわ!」

「とにかくミトラス様に指示を……」

女性悪魔も混じっているが、どうでもいい。

唯野仁成は、身を伏せ。ケンシロウは、何か呼吸法を駆使して、全身の筋肉を膨れあがらせたようだった。

直後、始まる。

城の入り口に群れていた悪魔達に、大火力の、方舟の主砲が直撃したのである。

方舟の武装は、搭載している装甲車やレールガンの比ではないが。前回は空間の問題もあり、本船からの支援砲撃は出来なかった。

だが今回は違う。

文字通り城と歓楽街の間に、砲撃を遮るものは何一つないからである。

更に通信が入る。

ストーム1とサクナヒメが、アレックスと戦闘を開始した、という事である。

ならば、今が好機だ。

大口径の速射砲が、群れている悪魔達を無慈悲に吹き飛ばす。空中に躍り上がり、魔法で反撃しようとする悪魔達には、地対空ミサイルが襲いかかった。

爆裂する悪魔の手足が千切れて飛び散るのが見え。

それもすぐに、蒸発するようにして消えていく。

更に砲撃は城にも行われる。

城には魔法の障壁のようなものが貼られるが。方舟の火力は、無慈悲。その障壁を貫通する。

真田さんはここシュバルツバースに来てから、悪魔の使う魔法についても研究をしていたらしい。

その成果、と言う事だ。

此処はかねてから開発していた。その言葉を真田さんが口にする度に、どれだけ頼もしいか。

恐らく国際再建機構に属していないと分からないだろう。

ほどなく、悪魔達が及び腰になる。

ケンシロウが、頷く。

何となく意図は分かるが、行くぞとか、それくらいは喋っても良いような気がするのだが。喋るのが苦手らしいし、仕方が無いのだろう。

ケンシロウが数体の悪魔を展開。

いずれもが、あの城の入り口に群れていた連中とは段違いの実力者ばかりである。

そして、まだ爆撃が続いている入り口から離れ。先に目をつけていた窓へと、二人で無音のまま接近する。

ケンシロウが振るった拳が、窓をスパスパとスライス。

本当にどうなっているのかあの手は。

中に、乗り込む。

唯野仁成も、悪魔を展開するが。

思わず眉をひそめていた。

周囲にぶちまけられているものは一体何だ。

デモニカが分析後、結果を出してくる。どうやら酸やアルカリの類らしい。ただ、濃度が尋常では無い。

下手に触れると危険だ。

城の中は、白磁の外見と裏腹に、何だかごちゃごちゃと汚らしい。

思うままに汚した。

そんな印象が目立つ。

部屋も幾つもあるが、どういうわけか淫靡な絵ばかり飾られていて。外の張りぼての歓楽街とは雰囲気が裏腹に。白磁の城の内部の方が卑猥である。

困惑する唯野仁成だが。

ケンシロウが従えた妖精ローレライが、辺りを凍らせる。

これで、ある程度は酸とかアルカリも大丈夫な筈だ。

ケンシロウは周囲を見回していたが、やがて一点を見つめた。

「いる。 生きている」

「!」

「周囲に警戒をしろ。 多分迎撃がある」

頷くが。同時にケンシロウが天井をぶち抜いたので、驚いている余裕はなくなった。

上の部屋にいた悪魔達は、もっと驚いただろう。

すぐに装備として渡されているフックロープを使い、上の部屋へとケンシロウを追う。だが、その時には部屋の悪魔は壁や床の染みになり。最後の一匹だけが、ケンシロウの前に立っていた。

その一匹も、ケンシロウの指を突き刺されて。

引きつった顔で命乞いをしていたが。

「た、た、たしゅけて……!」

「死ね」

「ひ、ひひ、ひでぶっ!」

爆発する巨大な豚のような悪魔。

すぐに死体は蒸発していく。

凄まじい破壊力よりも、無茶苦茶な行動に呆れてしまう。そのまま、同じように天井をぶち抜いて、更に上の階に。階段とかエレベーターとか知らないのでは無いかと、一瞬唯野仁成は不安になってしまったが。勿論知っているだろう。今はわざわざ毒まみれの廊下だの階段だのを通っている時間が惜しいと判断したから、こんな無茶をしているという結論で間違いない。

四階まで上がる。

そこは部屋になっておらず、複雑に入り組んだ通路になっていた。

前後から、多数の悪魔が押し寄せてくる。ケンシロウはゆっくり歩きながら、ゴミでも蹴散らすかのように悪魔を粉砕していくが。それでも敵の数が多い。

背後を守りながら、唯野仁成も進む。アサルトを乱射し、悪魔達に支援させる。

ケンシロウが、ぼそりといった。

「今の部屋にいる。 何とか壁を破って、救出をしろ。 俺はしばらく此処で敵を食い止める」

「分かりました!」

確かに鉄の扉が廊下にある。

まずアサルトで射撃してみるが、駄目だ。びくともしない。対物ライフルも試してみるが駄目だ。

悪魔達に頼むが、体当たりしても破れる様子が無い。

ケンシロウは、多数の悪魔を蹴散らすので忙しく、此方にかまっている様子がない。

思案の末、唯野仁成は、冷気の魔法を使える悪魔を出す。

何体かの悪魔が、一斉に壁に冷気の魔法を浴びせる。

ビンゴだ。すぐに溶け始める。

此処が灼熱の土地だと言う事を思い出していた。

ローレライが使ったような、特別な魔法の氷はすぐには溶けないのだろう。だが下級の魔法ではそうも行かないと言う事だ。そして典型的な熱膨張破壊がこれで狙える。

何度かそうやって、熱するのと凍らせるのを繰り返した後。

対物ライフル弾を、一箇所にゼロ距離から何度も叩き込む。

ほどなく、扉が吹っ飛び。

中に入る事が出来た。

だが、ケンシロウも多数の敵を相手に戦闘中だ。少しばかり、厳しいかも知れない。中は、文字通り目を覆う光景である。

多数の裸体の死体が転がっている。どれもゼレーニンとノリスのもので間違いないだろう。ただどれもこれも少しずつ違っている。クローンか何かで増やしたのだろうか。

「誰っ!」

「救助に来た!」

「……人間!? ……助かるわ」

部屋の隅。

デモニカを着込んで、ぐったりした様子の影二人。生体反応は、まだあるが。ノリスのバイタルが特に危険な状態になっている。

何より、ゼレーニンが、唯野仁成の悪魔を見て怯えきっているのが分かった。

何となく、何があったのかは分かった。

「ともかく、此処を出る。 歩けるだろうか、ゼレーニン技術士官、ノリス隊員」

「その悪魔を近づけないでっ!」

ゼレーニンが恐怖に震える。回復魔法を使おうと近付いたハトホルの手をはねのけさえした。

気を悪くした様子も無く、ハトホルが回復を始める。それも、敵意を込めて見返していた。

無理もないか。

此処の悪徳の館で、何が起きたのかは聞いてはならないだろうから。

それに、こういう人質救出ミッションでは、人質を眠らせてしまうのもありだと聞いている。

いずれにしても、時間がない。

「どうやら、手助けが必要なようですね……」

不意に割り込む声。

唯野仁成がアサルトを手に振り返ると。

其所には、何か得体が知れない存在が、降り立とうとしていた。

 

(続)