其所は地獄ですらない

 

序、燃えさかる焦土

 

ストーム1が持ち帰った情報を元に、慎重にアントリア地下の様子を機動班が確認。物資などを持ち帰って戻って来た。

映像が艦橋のモニタに映し出される。

真田は腕組みし。

艦橋クルーの一人、カトーが呻く。

「これは確か、ドローンで撮影された光景……本当だったのか」

「どうやらそのようだ」

「はっ。 悪夢でも見てるのかもな」

「今の戦場はこれに似ておるのか」

ヒメネスの背後から、にぎりめしを手にサクナヒメが現れる。

彼女はにぎりめしをむしゃむしゃと食べながら、光景を見やっていた。

「……武神だからこんな地獄みたいな光景には何も感じないのかよ」

「たわけ。 これは地獄でもなければ戦場でもない」

サクナヒメは、反発するカトーを一蹴。

視線も其方に向けなかった。

「良く見よ。 誰も死んでおらず、建物が燃えているだけ。 彼方此方に攻撃の跡は残されておるが、それだけよ。 これは戦場ではなく、単にそれを模しただけの悪趣味な張りぼてであろうな」

「OK姫様。 それで一応あんたも分類としては悪魔になるんだろう。 どうしてこんな張りぼてを悪魔が作ったのかはわからねえのか?」

「ヒメネス!」

「良い」

流石に挑発的な言動に青ざめたクルーが制止したが、ヒメネスは相手が怒らないギリギリのツボを心得てはいる。事実サクナヒメも気分を悪くした様子は無い。

真田が見た所、ヒメネスは興味が無い相手に労力を割く気が無いだけで。

認めた相手の言う事は素直に聞くし。

相手が怒らないようにも務めている節がある。

スラムでの過酷な体験が、そういう性格に彼をさせたのだろう。

「残念ながらヒメネスよ、わしにはあのような趣味はないでな。 分からん。 ……むしろ神よりも人間がやる事に思えるが」

「そうだな。 軍事訓練をさせている様子もあったし、あれは演習場なのかもしれないな」

「皆、少し静かにしてほしい」

ゴア隊長が口を開くと。

皆黙り込む。

幾つか、重要な事が分かってきた。

それを説明する必要があるから、である。

春香に原稿を渡す。

それを見て、皆姿勢を正した。

全体への報告は、余裕がある場合は春香が行う。

それは既に暗黙の了解。

そして春香が行うと言うことは。

何かしらの重大な話がある、という事も意味しているのだから。

「まず第一に、この世界について分かった事です。 悪魔達の話を聞く限り、この世界にはまず妖精達が住み着いていて。 その妖精達を、後から来た魔王と堕天使達が追い立てて、従えたことが分かっています。 氷の洞窟は、元は妖精達の世界だったようです」

「魔王だと!」

「魔王の名前はモラクス。 古くに存在したモロクという生け贄を求める神が悪魔に貶められた存在で、ソロモン王が従える72柱の一柱です」

モロクは、ユダヤ教の敵となった信仰の神で。バアルなどと共に邪神として認識された神格である。

そのモロクを貶めたのが堕天使モラクス。まあこの場合は魔王と言う事になるのだろう。

真田は神話が専門では無いので、この辺りはデータベースで調べたのだが。

ユダヤ教を母胎とする一神教が信仰として現在まで残っていなければ、モロクは邪神にされることは無かったのかも知れない。

ただ人身御供を要求し、生け贄の儀式を行っていたようなので(勿論ユダヤ教徒による情報のねつ造や歪曲の可能性もある)。原始的な神であったのは事実なのだろう。

いずれにしても現時点では魔王。

ただ、そうなるとますます分からない。

真田がライドウさんから聞いた話によると、魔王は混沌勢力の極北。

人間なんぞの真似などするとは思えないからである。

「魔王何て倒せるのか!?」

「し、しかし堕天使を既に倒しているんだぞ……」

困惑しているのは一神教関係者だろうか。

天使や悪魔は、一神教の熱心な信者にとっては「ある」存在だと、真田は聞いた事がある。

真田が宇宙で見た本物の神とはまた別の問題で。

長年にわたって染みついた信仰は、やはりどうにもならない影を心に落とすものなのだろう。

問題はそれよりも前に。

そもそもなんで魔王が、人間の真似をしているか、と言う事だ。

それに問題はまだある。

「それともう一つ。 サクナヒメ……姫様が撃破した堕天使オリアス。 それにストーム1が倒してくれた堕天使ベレス。 これらの亡骸から、外では本来存在し得ない物質が見つかり、調査しました。 その結果、分かってきた事があります」

「……」

「方舟は、一度「この世界によって」不時着を余儀なくされました。 その時のデータを精査する限り、どうやらこの世界を文字通りの意味で支配している存在が快く思わないものは、空間の穴を通って別のシュバルツバース内世界にたどり着けない可能性があります」

「何だと……!」

真田の解析ではこうだ。

レインボウノアが一瞬止まって、状況を確認した瞬間。猛烈な反発があった。

あれは空間のトンネルに存在する異物が、思わぬ行動をしようとした事に対する反作用だったと。

それを証明してくれたのが、オリアスとベレス。どちらもモラクスの重臣だっただろう悪魔の体内から取る事が出来た物質だ。

この高密度情報物質を解析した結果。

この空間で起きている、「量子のゆらぎ」と一致している事が判明したのである。

要するにモラクスほどではないにしても、どちらの堕天使も空間に干渉する事が可能であり。

特にモラクスは、量子のゆらぎを恐らく任意に操作し、気にくわないものを排除できる可能性が高い。そういう事だ。

「アントリアを脱出するには、モラクスを撃ち倒し、同じように体内物質を回収。 量子のゆらぎを解析し、それにあわせてプラズマバリアのパラメータを設定し直す必要があります」

「どういうことだ」

「観測をした結果、アントリアの空間と同じ状態で、レインボウノアが入り込んだ空間の穴の量子のゆらぎが発生していることが分かっています。 要するにその空間トンネルまでが、アントリアなのです。 モラクスがある程度この世界からの出入りを制御出来ると言う事は、モラクスさえどうにかしてしまえば、沈黙したタイミングで量子のゆらぎはそれ以降変化しなくなります。 其所でモラクスの体内から摂取した情報物質に沿って、データを書き換えれば。 以降はトンネルを好きに通る事が出来るようになるでしょう」

ヒメネスの疑問に、春香の代わりにアーサーがすらすらと答える。

要するに、この宇宙の出入り口を好き勝手に出来ているモラクスさえどうにか出来れば。奴の死骸から出入り口の鍵も手に入れる事が出来るし。

何よりも、この世界から出ることも自由になる、という事である。

いずれにしてもある程度分かりやすい解説だったからか、ヒメネスも理解は出来た様子だ。

他のクルー達も、それほど困惑している様子は無い。

何よりも分かりやすい。

真田としては、小さいとは言え宇宙をある程度自由にするほどの情報生命体と交戦する事に不安はあるが。

残念ながら、空間のつながりが極めて不安定なため、このレインボウノアをアントリアの地下。

モラクスの本拠に持っていくわけにもいかないだろう。

アントリアの地下は焼けただれた世界と悪魔達が呼んでいるらしいが。

空爆を受けた紛争地帯のような状態だ。

もしもまともに軍を繰り出せば、どれだけの機動班の戦士を失うか、分かったものではない。

対策が必要になる。

ましてや相手は、軍事調練を受けているのだ。

付け焼き刃だとしても、である。

「もう一つ懸念があるんだが、良いだろうか」

挙手したのはストーム1である。

勿論アーサーは質問に答える。

「何でしょう、ストーム1」

「最初の襲撃を受けたとき、どうにも最初から悪魔共はこの方舟に潜んでいたように俺には思えた。 物資搬入口から入ってきたにしては、内部への浸透が早すぎたからだ」

「その可能性は大いにあります」

「現時点ではケンシロウやライドウ氏が内部を徹底調査して安全を確認はしてくれているが、プラズマバリアを解除している時間も増えてきている。 悪魔の侵入を防ぐ方法を考えた方が良いのではないのか」

真田が挙手。

それには応えておく。

「ストーム1の懸念ももっともだ。 実際、最初の襲撃では船から拉致されるものまで出し、その経路も分かっていない。 未知の技術を悪魔が使っている可能性が高い」

「……」

「現時点で、私は幾つかの対策をした。 まず最初の襲撃以降、開発を進めていたプログラムを、皆のデモニカに導入した」

立体映像で分かりやすく皆に見せる。

このプログラムは、各自の位置とパラメータを示すもので。

何かしらの異常があった場合は、すぐに分かるようになっている。

デモニカスーツは、電波中継装置を使って各自のいる場所がわかるようになっている。

いわゆる相互連携システムが導入されているが、それを更に発展させたものだと言えるだろう。

このプログラムによって、不可思議な力に捕らわれたり。

或いは攻撃を受けた場合には、即時にアーサーが把握できるようにしている。

勿論電波が途切れると意味を成さないので、中継装置は必要になるが。

大本のレインボウノアにある電波中継装置さえ無事なら。更にそれを接ぎ木する中継装置に関しては、別にそれほど貴重な物資を使うわけでも無い。

アントリアに作り上げたプラントで、充分生産可能だ。

またデモニカは各自が電波中継装置を兼ねており。

大本さえ無事ならば、デモニカ同士でネットワークを作成することが出来る。

つまり、余程一人が突出しない限りは、誰が何処にいるかはすぐに分かるようになった、という事である。

実際に、その状態を真田が立体映像で見せると。

おおと声が上がった。

十数名停止しているが。

トイレや仮眠中などで休憩中の面子である。

すべてが船内にいるので、少しだけ安心の声が上がった。

「勿論これは対処療法だが、高位の悪魔が持っている物質化した高密度情報を手に入れれば手に入れるほど、敵の手の内も知れてくるはずだ」

「要するに空間を支配している悪魔をブッ殺してくれば良いんですかね、真田さん」

「……入手の手段は任せる」

ヒメネスの言葉は非常に好戦的だ。

話をする相手には、ある程度フレンドリーだし。認めた相手とは口も利くヒメネスではある。

そういう意味では真田も認められているらしい。

サクナヒメとも最近は話しているようで。サクナヒメが作った米をうまいうまいと並んで一緒に満面の笑顔で食べている様子も目撃されていた。

だが、ヒメネスは逆に言うと、自分の価値観を絶対視する傾向があり。

認めている相手には確かに友好的だが。

話す価値無しと判断した相手とは文字通り口も利かないどころか、相手の生死すらどうでもいいと考えているようだ。

それでは混沌勢力の悪魔に性質が近い。

懸念している者は他にもいるようで。ストーム1が、この間見張ると自主的に言ってくれた。

成長を促しもするとも言っているが。やはり不安にはなっているのだろう。ヒメネスは優秀な素質の持ち主だが、とても危うい。真田もゼレーニンを同じように感じているが。恐らくは同じ方向で懸念している、と見て良い。

ゴア隊長が咳払い。

「うむ、それではまとめよう。 アーサー、これよりどうすればいいか、プランを示してくれるか」

「プランそのものは簡単です。 この世界の支配者になっているモラクスを撃破するなり従えるなりしてください。 以上です」

「……簡単に言ってくれるな。 手下でもあんなに強いんだぞ」

ヒメネスがぼやくし、真田も同感だ。

相手は魔王。神の実在を知っている真田としては。とても簡単に攻略できる相手などとは思えなかった。

唯野仁成が挙手する。

「アーサー。 実は、興味深いものを見ている」

「情報を精査します」

「む、これはなんだ?」

周囲がざわつく。

唯野仁成は、ヒメネスとストーム1と一緒に、地下のモラクスの本拠地を偵察して来ている。

その時幾つかの映像を撮ってきたのだが。

その中の一つが、気になるという。

空に向けて、飛んでいる悪魔。しかも、かなり高度が高い。

空を飛ぶことが出来る悪魔は珍しくも無い様子だが。あまりにも取っている高度が高すぎるのだ。

「これはひょっとして、他の空間に向かっているのではないのだろうか」

「解析は進めておきます。 いずれにしても、機動班はこれよりモラクスの攻略作戦を開始してください」

「やれやれ。 いずれにしても付け焼き刃とは言え敵は近代化された軍隊だ。 俺が出るしかなかろうな」

ストーム1が立ち上がる。

ケンシロウはこう言う場所は、戦えはするが全力を発揮するには至らないだろう。後はライドウさんにも出向いて貰う事になる。

サクナヒメは現在力を蓄え中。

堕天使オリアスとの戦いで消耗した分くらいの力はとっくに戻っている様子だが。

今後の事を考え、オリアスとの戦いの時点では二割くらいしか無かった力を、四割くらいまで戻す予定だそうだ。

彼女の凄まじい戦いぶりは既に船内に流しているから。既に畏敬は集めている。

的確に人質にされた人員を救出された様子も、である。

だから、神にとってもっとも重要な「信仰」は、畏敬という形であつまり。

元々サクナヒメが力を蓄えるのに必要とする田で、更に力を相乗効果で増す事が出来るだろう。

元々彼女の世界では、現状トップの武神だったと聞いている。

フルパワーになれば、どれほどの力が発揮できるか分からない。

現時点では、期待したい所だ。

ゴア隊長が部隊を編成。

まずゴア隊長が指揮を執り、焼け焦げた国の入り口付近に指揮所を作成。そこを拠点とし、簡易陣地を作成する。

物資については、船から多少出せるし、プラントで生成しているから問題ない。

鉛玉などの消耗品に至っては、突入時より既に備蓄が多いほどだ。

其所からモラクスの居場所を探し。

少しずつ、制圧作戦を実施する事になる。

戦闘を担当する機動班だけでは人数が足りない。

ライドウさんの手引きで仲魔にした悪魔達にも、活躍を期待したい所である。

会議が終わって、ぞろぞろと皆が出ていく。

会議が終わった頃を見計らって、医療班のゾイから連絡があった。

「現時点で戦闘に復帰出来そうなクルーは35名。 残りはまだ戦闘には出さない方が良いでしょう」

「軽傷者はプラントの護衛から始めさせてくれ」

「分かりました」

さて、真田の仕事は此処からだ。

自分の研究室に戻ると、部下達と一緒に、レインボウノアの状態を万全にするべく、作業を開始する。

春香の歌がスピーカーから流れているが。

これが大変助かる。

聞いていて嫌悪感を一切感じない歌というのは、実は珍しい。

ある程度特殊な声質が原因なのかも知れないが。

船員から、この歌に関して不満の声は一切聞かれない。

出陣する機動班の面々も、顔を上げて歌を聴いている様子が、船内を監視しているモニタに映っていた。

真田は自席に着くと、早速まだ破損している船内の細かいパーツの修復を開始する。

船を動かすことそのものは問題が無いが。

船内にはまだまだ、多数の破損箇所がある。

この巨大質量が不時着したのである。

それもまあ、仕方が無い事ではあるのだろう。

前に星の海を旅したときも、たびたび船は中破以上の損害を受け。

その度に真田は、前線で生き生きと修復作業をしたっけ。

くすりと思い出しながら、修復作業をしていく。

現在、残り二割という所だ。

プラントで貴重な物資が回収出来ていることもあり。予想よりもかなり早く進められている。

アーサーにある程度任せられるのも大きい。

そのせいで、アーサーの負担が大きいのも事実だが。

「真田技術長官」

「何だね」

ゼレーニンが作業をしながら声を掛けて来る。

真田も、手を動かしながら応える。

ゼレーニンが悪魔に嫌悪感を示しているのは、既にこの研究室内では周知の事実となっていた。

他のメンバーも、一瞬手を止めたりして、ゼレーニンを見ているものもいた。

「人質が救出される一連の状況を見ました。 なんと悪魔とは残虐な事かと、身震いしました」

「そうだろかな」

「真田技術長官?」

「あの程度の事は人間もやっている。 いや、人間の方が更に残虐な行為を戦場で行うものだ」

幼い子供を使った自爆テロなどは、悪辣なテロリストが常套手段にしているし。

地雷などは相手を傷つけて、相手陣営の負担を大きくするために行われている。

むしろオリアスが行ったのは、人間がいつもやっているような人質作戦に過ぎないのである。

単に悪魔と言う恐ろしげな存在がやった、というだけで。

やっていることそのものは人間と変わらないと真田は判断した。

むしろ、生兵法ですらある。

人間は更に残虐だ。

「それで、君はどう思うのかね」

「……私は調査班として出ようと思います」

「む?」

「私なりに知りたいのです。 悪魔と言う存在が、本当はどういうものなのか。 やはりカメラ越しに見ているだけでは分かりません。 勿論怖いですが、実際に接触してみないと」

許可はする。

だが、この時。

真田はとても嫌な予感を覚えていた。

 

1、焼けた市街地は血で焦げる

 

ストーム1が作り上げた橋頭堡に、唯野仁成が辿りつく。既にライドウ氏が来ていて、多数の悪魔を周囲に展開。

念入りに周囲を見張っていた。

ゴア隊長が来るまでに、露払いを、くらいに思っていたのだが。

周囲に敵性勢力は存在しないようだ。

そもそもこの間、ストーム1に軽率に仕掛けた挙げ句、徹底的に叩き潰された事で懲りているのだろうか。

いや、それは楽観が過ぎる。

唯野仁成は元々自衛隊の出身者で、そこの第一空挺団と呼ばれる最精鋭部隊に所属していた経緯がある。

自衛隊の幹部候補生で、エリート教育も受けたし。

国際再建機構にスカウトされて其方に移籍してからも、相応の実績は上げてきた。

いずれの軍でも、教えている事がある。

楽観は絶対にするな。楽観は思考停止と同じだ。

常に客観的に状況を見ろ。

慎重すぎるくらいで丁度良い。

勿論兵は神速を尊ぶという言葉もあるが。それは条件が整って、神速での侵攻が問題ないという場合にのみ適応される言葉だ。

ともかく、ヒメネスと、他数名の機動班クルーと共に、周囲を警戒。

それにしてもこの辺りには、凄まじい戦闘跡が残っている。

本当にワンマンアーミーの名は伊達では無いなと、唯野仁成は舌を巻いていた。

「ヒメネス、唯野仁成」

「おう」

「はい」

ストーム1が、土嚢に半分身を隠しながら呼んでくる。

二人とも側に身を潜める。

周囲は悪魔や機動班のクルー達が土嚢を積んでいて、野戦陣地の構築は現在70%という所である。

レインボウノアには装甲車も搭載していて、ゴア隊長はそれに乗ってここに来る予定であるが。

ゴア隊長が来るまでに、野戦陣地の原型は構築しておきたい所である。

「スナイパーがいる。 数は二十程度だ」

「!」

「対応しますか」

「いや、相手はまだ有効射程距離内にない」

ストーム1は、そう言ってから訂正。

相手のスナイパーが、此方に接近中で。

相手の有効射程に、この野戦陣地が入っていない、と言う事だった。

「スナイパーを護衛するように、その二十倍程度の悪魔が動いている」

「良くそんな事が分かるな……」

「俺も長年戦場に伊達にいないからな。 もうこれ以上俺の身体能力が伸びることはないだろうが、経験と言う奴は今後も蓄積される。 ……今はデモニカもあるから、普段より勘が鋭く動きやすいという事もある」

現時点では、仕掛けなくても良いとストーム1は言うのだが。

同時に嫌な事を言った。

「俺だったら、あれは陽動として使う」

「つまり、本命の攻撃が別にあると?」

「そういう事だ。 最初に船に侵入していた悪魔共は分からないが、少なくとも存在を察知されずに動ける奴が敵にいることは確定だ。 サクナヒメが潰した連中にそれが混じっていたのも事実だろうが。 それで全てではあるまい」

可能な限りストーム1が対処するそうだが。

気を付けるように言われて、敬礼した。

土嚢の積み上げ作業に着手する。

デモニカのバイザーに表示されている周囲の環境は、−80℃。燃えさかっている街なのに、この寒さである。

その上気圧は地上の半分以下。

更に大気組成は殆どが一酸化炭素。どうして火が燃えているのかがよく分からない。

人間がデモニカを外したら、即座に死ぬと判断して良い状況だ。

土嚢の積み上げは、下積み時代から散々やってきたが。

本当にしんどい作業である。

ストーム1は、唯野仁成やヒメネスでは感知できない距離の敵や。更には恐らく気配を完璧に消して近づいて来ている敵に備えて、じっとしている。

デモニカでも捕捉できない敵となると恐ろしいが。

デモニカは進化する極地行動用スーツだ。

いずれ、捕捉する技術を誰かが編み出せば。

それが皆に配布される。

そうなってしまえば、もはや敵の優位は失われると言うことである。

唯野仁成は此処までに六体の悪魔を仲魔にしたが。いずれもが敵に比べてそれほど強い訳でもない。

ライドウ氏が来る。

そして、ストーム1と何か話をしていたが。話の内容は、聞こえなかった。

仲魔達にも手伝って貰って、土嚢を積み上げ。野戦陣地を構築完了。妖精などの小型の悪魔も、力は生半可な人間より強い。作業は予定より早く進む。

ほどなく、威圧的な無限軌道の音と共に、指揮車両である装甲車が来る。

普通の装甲車ではなく、簡易のプラズマバリアを張れる、真田さんが開発した最新鋭のものである。

ただプラズマバリアは相当に電気を食うシステムだ。

レインボウノアに搭載されているAFVは装甲車三台のみ。

その中の、貴重な一台を持ち出して来たという訳だ。

ぞろぞろと続く機動班、

皆、悪魔を召喚し始める。

これは作戦通りである。

アントリアを支配するモラクスに対して、反撃作戦が開始されたことを、分かりやすく示してやる。

それで敵がどう動くか、確認する意図もある。

ゴア隊長が、装甲車の中から周囲に声を掛けて来る。

「野戦陣地の構築状況は」

「現在90%」

「敵の狙撃手が位置につき始めた」

「!」

ストーム1の警告に、皆が思わず土嚢の影に隠れる。

土嚢と言っても、このアントリアで採取した水を一旦湧かして耐熱容器にいれ。ぶっかけたものである。

要するに、ガチガチに凍っているわけで。

生半可な土嚢とは強度も重さも比較にならない。

対物ライフルで一発撃った程度では、貫通どころか弾かれるだけである。

「ストーム1、狙撃手を潰せるか」

「出来るが、確定で陽動だ」

「……ライドウ氏、頼めるだろうか」

「既に準備は出来ている」

流石にスペシャリスト達だ。まず第一作戦目標として、この橋頭堡を完全なものとする。

第二作戦目標は、此処を起点にこの焼け焦げた街の探索を進め。

モラクスが潜伏している位置の特定。

第三作戦で、モラクスを撃破する。それを、もう一度唯野仁成は頭の中で反復。

沈黙は一瞬。

ゴア隊長が、声を張り上げた。

「各自、戦闘態勢! 保有している悪魔を全展開、全周囲に備えよ!」

「さーて、おっぱじめるとしますか。 なあヒトナリ」

「ああ。 死ぬなよ」

「もちろんだ。 地上に出れば出世も確約されてるんだ。 プールつきの豪邸で毎日楽に暮らすんだぜ。 死んでたまるかよ」

ヒメネスは相変わらずで安心する。

同時に、土嚢から身を乗り出したストーム1が射撃。遙か遠く、二キロ以上先に着弾。

デモニカのバイザーには、敵の撃破記録が出た。

やはり色々な意味でおかしいレベルの腕だ。

狙撃のワールドレコードは、勿論ストーム1が保持している。二位は3キロ半程度。それも条件が整った上で、幸運も合わさってなった記録である。

それ以上の距離から、ストーム1は普通に敵を撃破するし。

普通にワールドレコードになるような狙撃距離でも、ポンポンと敵を撃ち抜いていく。

ましてや今回は二キロ程度先。外す理由も無いのだろう。

ワンマンアーミーの名は伊達では無い。

潰したテロ組織の数は知れず。ストーム1が来ると言うだけで、逃げ出す悪党も多いと聞くが。

まあこれでは、当然の話だろう。

立て続けに射撃をしていくストーム1。

10体ほど、2キロ先にいる狙撃手だという悪魔を撃破した直後だろうか。

後方で、凄まじいスパーク音がした。

「掛かったな」

ライドウ氏が呟く。

どうやら、ストーム1が言っていた敵の本命は後方からの強襲を狙っていたのだろう。其所にライドウ氏が、魔術的な罠を仕掛けておいた。

ライドウ氏が、此処は任せるといい、早足で後方に。

デモニカの通信機能が微妙だ。

電波障害が起きていると言うよりも、恐らくは方舟の電波中継器との通信が乱れていると言う事だろう。

敵は電波の存在を知っている。

此処にいる部隊を孤立させるべく、前面に陽動の戦力を展開。

後方から、主力を急襲させるという策だったのだろう。

だが、似たような奇襲作戦は最初の襲撃でも行っている。

ストーム1は、だから見抜いていた。ライドウ氏とも、敵の動きの先を読んで行動した。

そういう事か。

舌を巻く鮮やかさだ。

前面に展開している敵が、一方的に狙撃を喰らい続けるのに我慢できなくなったのか、突撃を開始する。

瓦礫や、燃えさかっている家を盾にしながら、どっと殺到してくる。

機動班クルーは、土嚢から身を乗り出し、対物ライフルで狙撃を開始するが。やはりどうしてもストーム1程にはやれない。

そんな中、ヒメネスが一匹、二匹と、連続して対物ライフルで敵を仕留め。

感嘆の声が上がった。

だが、敵の数は圧倒的。

しかも足は、人間よりもずっと早いのである。空を飛ぶ奴も多いのだから。

称賛ばかりもしていられない。

やがて皆、対物ライフルからアサルトライフルに切り替える。味方の悪魔達が、何やらつぶやき始めると同時に。

突入してくる敵の悪魔達に、火やら雷やらを投擲し始める。悪魔が使う魔法だろう。

近代兵器に比べて其所まで火力があるようには思えないが、それにしても不可思議な力である。

「下がっていろ」

ストーム1がいい。慌てて全員が土嚢に身を隠す。

同時に、ストーム1が、専用で渡されているらしい大型グレネードを放り投げる。

それは200メートルくらい先の、敵の密集地点に吸い込まれるように飛んで行くと。敵を多数巻き込みながら爆発した。

更に、指揮車両である装甲車の主砲である二連装速射砲。

指揮車両周囲の土嚢に据え付けられている重機関銃が火を噴き、敵に凄まじい火力投射を開始する。

勿論悪魔はちょっとやそっとの射撃では死なないが、頑丈そうなのをストーム1が片っ端から片付けていく事もある。

土嚢までたどり着けない。

建物の影などに隠れても、ストーム1が投擲するグレネードは、隠れている敵を確殺して行くのである。

これではたまったものではない。

更に、ストーム1が従えている、鎧を持って槍を手にした戦士が出る。

映像で見たが、確か幻魔クーフーリンだったか。

唯野仁成もデータベースで調べたが、ケルト神話に出てくる英雄である。

手にしている槍はゲイボルグといい、敵に必中するか、もしくは分裂して多数の敵を同時に撃ち抜くかする代物であるらしく。

そんな凄い英雄がストーム1にしたがっていると言う事は。

自分より弱い者には絶対従わないという悪魔の一種であるクーフーリンが。

ストーム1を自分以上の強者と認めていると言う事だ。

跳躍すると、槍を投擲するクーフーリン。まるで突風のような音がした。

投擲された槍が分裂して、敵に降り注ぐ。悲鳴が上がる中、見る間にバイザーに映っている敵の数が減っていく。

そんな中、おかしな動きをする小さな敵の反応を唯野仁成は察知。

対物ライフルに切り替える。

「どうしたヒトナリ」

「……気のせいかも知れないが」

慎重に狙いを定め。そして虚空に撃つ。

直撃した対物ライフル弾は、今まで明らかに其所に存在しなかった、まるで巨大な太ったヤギのような悪魔の腹を貫き。空中に浮いていた其奴は、地面に墜落していた。

分類としては「夜魔」。種族としては「フォーモリア」であるらしい。

夜魔というのは、主に夜の闇に紛れて活動する悪魔のことで。吸血鬼などが代表だそうである。

フォーモリアというのはちょっとすぐには分からない。

方舟との通信状態が悪い今、データベースにはアクセス出来ないからだ。

地面でもがいているフォーモリアに、もう一発対物ライフルを叩き込んで楽にしてやる。

何となく分かった。

恐らくだが、此奴だ。

他の悪魔以上の隠密能力で、此奴が船内からクルーを拉致したのだ。此奴本人というよりも、同種の悪魔が、だろうが。

周囲では激しい銃撃が続くが。

敵は突撃の度に数を減らし、土嚢に何とか辿りついても、装甲車の速射砲で消し飛ばされてしまう。

反撃も勿論飛んでくるが、負傷者はすぐに後方に下げて守りつつ、皆で支援して猛攻を耐え抜く。

程なくして、洞窟からライドウ氏の悪魔が大挙して出てくる。

いずれも、攻撃を仕掛けてきている悪魔とは格違いの強力な者達ばかりだ。

それが上空から爆撃を開始すると、ついに敵は逃げ出し始めた。

わっと喚声が上がる。

ため息をつく中、通信が復旧していた。

「通信復旧を確認。 状況をお願いします」

「正面から仕掛けて来た敵と交戦途中、敵に後方より奇襲を受けた。 だがライドウ氏が即応、奇襲部隊を殲滅。 更に敵の正面部隊を殲滅し、現在撤退していくのを確認中」

「……唯野仁成隊員。 貴方が撃墜した悪魔のデータが興味深いですね。 残骸の収拾を願います」

「分かった。 すぐに対応する」

負傷者が後方に下がる中、唯野仁成はフォーモリアの残骸に近付く。

マッカやら何やら、色々な残骸があるが。それをデモニカの機能でスキャン。アーサーが、満足したようだった。

「どうやら他の悪魔とは違う成分が含まれているようです。 調査班、回収を急いでください」

「分かりました」

女性クルーの声が聞こえた。

いずれにしても、戦闘は此処からだ。程なくして、弾薬の補給も来る。

そして、ライドウ氏が。配下の悪魔と共に、逃げ遅れた敵悪魔三十数匹を連れてきた。皆、両手を挙げている。勝ち目が無いと判断し、戦闘を放棄したと言う事だ。

最初に講習で仲魔にしたものとは、違うものが多い。

ただ、どれもデータベースに記載がある。

ということは、襲撃班と同じような面子だったと言う事だろう。

「生き残りの敵だ。 情報収集をした後は、交渉して仲魔に出来そうなものは仲魔にしてしまおう」

「けっ。 ホイホイ裏切るとは、悪魔らしいな」

「そういうなヒメネス隊員。 力が支配する世界では、そうすることでしか生き残れないものも多い。 彼らが生きている世界は過酷なのだ」

ライドウ氏が、初めてヒメネスを諭した。

ヒメネスも、無駄な事は殆ど喋らないライドウ氏が反応したので、少しバツが悪そうだった。それに、認めている相手の言葉にはヒメネスは素直なのである。何よりヒメネス自身が、そういった境遇を理解出来るからなのだろう。

いずれにしても、敵の戦力を削ったのは事実である。

ただ、敵の全戦力がどれほどいるのかが分からない。情報は幾らでもいる。

確かに、敵をいちいち皆殺しにしていたら。この先で、どんなトラップに掛かるか、知れたものではなかった。

 

唯野仁成は、どういうわけか悪魔と話しやすいと判断されたらしい。交渉を任される。

まずは、降参して仲魔になりたい者を募る。

殆どが手を上げたので、ヒメネスをはじめとして、皆に声を掛ける。

そうして、降伏した悪魔には仲魔になってもらい。

まずは戦力の増強を図る。

降伏を拒否したわずかな残りも即座に殺しはしない。話してみることにする。

「この状況、降伏した方が得策だと思うが」

「人間なんてどうせこれから滅ぶのですよ。 だったらどうなっても同じでしょう」

そう吐き捨てたのは、首から財布をぶら下げている小柄な男のような姿をした悪魔だった。顔は猿に似ていて、背中には翼。尻尾もある。

デモニカに提示されている情報によると、堕天使メルコムとある。

同じ堕天使でも、オリアスとは比較にならない程感じる力が小さい。

「それはシュバルツバースが拡大して地球を覆い尽くすからか」

「シュバルツバース? ああ、この世界を人間はそう呼んでいるのですね。 まあそのような事だと思えば良いでしょう、ふふ。 知らないようなので教えてさしあげます。 今そのシュバルツバース内では、魔界の強豪悪魔達が、地上に侵攻する準備を始めているのですよ」

どよめきが上がる。

同時に、一瞬の隙を突いて逃げようとするメルコムだが。唯野仁成は容赦なくその鼻先をアサルトライフルで撃った。

冷や汗を掻くメルコム。

これでも今まで、多数の実戦を経験してきた唯野仁成である。

紛争地帯では、おぞましい人間の業をたくさん見てきたし。殺さなければ殺される状況は嫌と言うほど味わって来た。

少年兵を殺した事もあるし。捕虜に暴行を加えた同僚を告発し、逆恨みされて闇討ちされ。返り討ちにしたことだってある。

国際再建機構はトップの正太郎長官の人格もあって比較的クリーンな組織だが、人員の全員がそうではない。この程度の相手に、隙など作りはしない。

「わ、分かりました、逃げませんよ。 どうやら私が思った以上に出来るようですね」

「地上侵攻を目論んでいるのは、モラクスの指示なのか」

「モラクス様を知っているとは……。 まあいいでしょう。 モラクス様は、多数あるこの世界群の一つの支配者に過ぎません。 いずれの世界の指導者である方々も、皆凄まじき強豪ばかり。 皆様が、人間を如何に滅ぼすか、競っておいでなのです」

「……」

露骨に不機嫌そうになったストーム1を見て、メルコムが怯える。

ストーム1が桁外れの使い手であることは、此奴にも分かっているのだろう。

唯野仁成からは逃げられるかも知れないが。

ストーム1に目をつけられたら、逃げるのは不可能だ。

「モラクスは何処にいる」

「この先におりますよ。 そこにいるお二方なら、モラクス様には勝てるかも知れませんね。 ですが、モラクス様はこの世界群を支配する指導者の中では、もっとも弱い方である事をご理解ください、ふふふ」

「他に貴様のような戦力は」

「我々は尖兵に過ぎません。 地上侵攻を目論む本命の部隊は、奥におります。 その戦力は、我々などとは比較にもなりませんよ」

ヒメネスが用済みと判断したか、銃を抜くが。

唯野仁成は手を上げて、それを制した。

「情報の提供有難う。 改めて聞くが、仲魔にならないか」

「……貴方が私を従えると? 私は堕天使ですが」

「堕天使だろうが魔王だろうが関係無い。 この世界を皆で生きて抜けるためなら、何の手だって借りる」

「面白い方だ……」

猿に似た顔を、メルコムが歪め。そして、仲魔になる、と応えた。

デモニカについているPCにメルコムが消える。

恐らくメルコムは指揮官格だったらしく、それを見て他の生き残っていた悪魔も対応を軟化。

他機動班クルーの仲魔になる事を承知した。

咳払いをすると、ゴア隊長が言う。

「唯野仁成隊員。 君は悪魔と相性が良いのかも知れないな」

「褒められているということでよろしいですか」

「もちろんだ。 この苦境、この世界の支配者である悪魔との相性が良い人間がいると言うのは、とても良い事だと思う」

「ありがとうございます」

本来なら、褒め言葉にはならない筈だが。それでも、正論ではある。

受け入れる事にする。

丁度良いタイミングで補給用のトラックが来る。弾薬などがこれで補給できた。

補給を担当するのは工作班だ。彼らはゴア隊長の指示で後方に対して自動迎撃用のタレットも設置。奇襲を受けたときに対応出来るようにする。

偵察が必要だとストーム1が提案。ゴア隊長が、それを受ける。

敵はまだ本命の部隊を隠している事が確定。それならば、どうにかしてそれを叩かなければならない。

そして、遭遇戦でそんな大きな戦力とぶつかったら、此方にも大きな被害が出る。

今回は充分な準備をしてから敵を迎え撃ったから被害を出さずに済んだが。

次はそうも行かないだろう。

ヒメネスと唯野仁成、それに他に数名の機動班クルーが指名される。

同時に調査班が到着。ゼレーニンという女科学者がリーダーらしかった。真田さんは恐らく研究室に籠もりっきりで、前線部隊として出て来ているのだろう。或いは経験を積ませる為かも知れない。

電波中継器も渡されたので、受け取っておく。

何カ所か、地面に埋めてほしいという事だった。それで周囲の広範囲を、自動的に測量、マッピングしてくれるらしい。

頷くと、弾の補給をして、ストーム1に続く。

周囲には、悪魔を展開。今仲魔にしたばかりのメルコムも出しているのを見て、一緒に来ていた機動班のブレアが言う。

「大胆だな」

「メルコムはストーム1の戦力を知っている。 それに俺自身も、目を離すつもりはない」

「それは分かっているが」

「ふふふ、柔軟にものを考える事が出来る人間は嫌いではありませんよ。 すっかり霊が汚れた人間ですが、面白いものもたまにはいる」

霊が汚れた、か。魂が腐ったとでもいうような意味か。悪魔から見ると、そうなのかも知れない。

正太郎長官のような偉人が、二次大戦の後くらいからずっと尽力し続けているのに。この世界はちっとも良くならなかった。

国際再建機構を正太郎長官が設立し。其所にケンシロウやストーム1のような豪傑が合流しても。なおも世界は良くならない。

作戦行動先で、唯野仁成は何度も地獄を見た。

潰したカルトの施設では、人肉食をしていた。世界的に有名な慈善事業家が、所有地で途上国から買った子供に想像を絶する邪悪な所業をしていたのを制圧し告発もした。叩いた麻薬カルテルのボスの所業は、とても人間のものとは思えなかった。マフィアはどこの国でも残虐で、アントリアで遭遇した悪魔よりもはっきりいって非道だった。

作戦に参加した兵士には吐くものも多かった。吐いている周囲の兵士の中、唯野仁成は慄然としたものだ。人間とは落ちるところまで落ちるのだと。

悪魔にすら、そう言われても仕方が無いほど今の人間は墜ちている。

それが事実なのかも知れないなと、確かに思う。

「ストーム1さんよ。 それでどうするんだ?」

「今、周囲の地形を把握している。 俺だったら、この無駄に広い街を全部使うような事はせず、迎え撃ちやすい場所で戦うだろうな。 攻撃をはねのけられて、此方の戦力について警戒しているはずだからだ」

「流石ですね。 名のある英雄のようですが、的確な判断だ」

メルコムが言う。茶化している様子は無く、ちゃんと感心しているようだ。それで気付く。

悪魔とヒメネスは言動が似ている。特に混沌勢力の悪魔とは。

適応が早いのも当然なのかなと、唯野仁成は静かに思った。

 

2、地下の市街地戦

 

ストーム1から、真田の元へ映像が送られてくる。

飛行能力を持つ悪魔がカメラを持って飛び。

上空から街を撮影。

勿論狙撃されることも想定されての処置だ。

更に、飛行能力を持つ悪魔に、人間を抱えさせて飛ばせるようなこともしない。そこまで信用はしない、という事である。

軍用の高性能カメラの映像から、すぐに真田は地下の街の地形を割り出す。

この高性能カメラは、市街地戦が想定される場合に用いるもので。

衛星画像よりも遙かに優れた高精度で、街のあらゆる地形を把握することが出来る。

また一度の撮影で、赤外線、紫外線、放射性物質なども撮影することが出来。

熱源反応も当然確認することが出来る。

極寒の地で平然としているとは言え。

悪魔もどうやら体熱をある程度保っているらしい、と言う事は。既に仲魔とした悪魔を解析して確認済みである。

そして−80℃の世界で、ある程度まとまった熱源を確保する労力を考えると。

デコイで熱源を作るのは、コストが高すぎる。

真田はそれらの情報を総合し。

作戦部隊に転送する。

作戦部隊はそれらから、敵の分布などを割り出し、前線のデモニカに送る。

そういう事だ。

また、唯野仁成が有益な情報を割り出した。

非常に小さな反応にまで、自分を隠蔽できる悪魔がいる、と言うことが分かったのである。

そして、その情報を元に。

安全圏と思われていた場所に潜伏していた悪魔を、今ライドウさんに狩って貰っている所だった。

既に十匹以上が見つかったそうで。

背後を突かれる畏れは減ってはいる。

ただ疑問はある。

発見された隠蔽能力持ち。例外なく夜魔フォーモリアであったようだが。

此奴らには、転送能力の類は持っていない。

そうなると、船内にいきなり敵が出現したり。

人質を船外に連れ出したり。

また、先の橋頭堡確保作戦で、背後にいきなり敵部隊が出現したことに対して、説明がつかないのである。

まだ解析の必要がある。

ライドウさんと連携し。敵の情報を、更に探っていかなければならないだろう。

ラボから連絡が来る。

部下の一人であるアーヴィンが、デモニカのアップデートをしたいという。

唯野仁成が見つけてくれた解析能力を、全員のデモニカに配布したい、というのだ。

勿論許可する。

真田としては、もっと戦略的な研究と。まだ治りきっていないレインボウノアの細部修復に注力したい。

アーヴィンは優れた研究者で。任せてしまって良いだろう。

ただ、勿論上がって来たものに関しては。

真田が目を通すが。

忙しく研究室で作業をしている間に、何人かが交代で休憩に出向いていく。真田も時々休憩を取るが。

誰よりも働いていた。

サイボーグ化している体という事もあるが。

やはり真田は実感する。

未知への挑戦を、真田は楽しんでいるのだと。

エンターキーを叩く。

街の図が出来た。

すぐに前線にいるゴア隊長の所に送る。ゴア隊長が、間髪入れずに連絡を入れてきた。

「真田技術長官、詳細すぎるほどの地図、有難うございます」

「役に立てましたかな」

「完璧でしょう。 敵のゲリラ狩りをしているライドウ氏が戻り次第、攻勢に出ます」

ゴア隊長は歴戦の指揮官だ。

前線に出ているのが若干不安だが。この状況下では、前線で指揮を執るのが一番ではあるだろう。

なおモラクスらしい熱源も既に確認している。

街の奥。

凱旋門かなにかのような建造物の真下に、異常な熱源反応がある。

唯野仁成が配下に加えた堕天使メルコムの話によると。多数あるシュバルツバース内世界の中でも、あまり強くない支配者と言う事ではあるが。

部下に近代戦の軍事調練をしたり。狡猾極まりない戦術を駆使したりと、侮れる相手では無い。

今の時点では敵の先手先手をとれているが。

此方が守勢に回ったら、一気に崩される可能性も高い。

此方は人員を追加できないのだ。

現地で悪魔を戦力として得る事は出来るが。

それだって、機動班以外では抵抗があるものも多いらしく。

さっきも、正太郎長官が一神教徒数名から嘆願書を貰っていた。

勿論、悪魔召喚プログラム使用反対の嘆願書だ。

正太郎長官は丁寧にクルー達を諭していたが。

このままいくと、悪魔召喚プログラムの更なる重要機能を開示した場合。

どれだけの反発があるやら。

何より、真田の直接の部下であり。

未来を担う学者になってほしいと思っているゼレーニンですら、悪魔召喚プログラムの使用には懐疑的なのである。

この方舟にはスペシャリストが乗っているが。

決して一枚岩ではない。

真田のデモニカに連絡が入る。

ライドウさんからだった。

「今、残党狩りが終わった。 それで妙なことがある」

「何でも話していただきたい」

「うむ。 実を言うと、隠蔽能力持ちのフォーモリアの一部を屈服させることには成功したのだが。 屈服した直後に、爆発して死んでしまった」

「何……」

そういえば、だ。

悪魔は勝てないと判断すると、命乞いをしたり、降伏したり。

生存しようという意思を、強く見せてくる事が珍しく無い。

実際先の橋頭堡確保作戦でも、攻撃部隊の一割ほどは降伏を選んだ。

要するに、主より強い存在が出現した場合。

柔軟に生きる道を選択する存在だ、ということだ。

それが自爆。

確かにおかしいと言えばおかしい。

「怪我はありませんでしたか」

「そこまで俺は柔じゃあない。 問題は、別にフォーモリアに自爆して俺を巻き込もうという意思が感じ取れなかった、と言う事だ」

「……何か更に仕掛けがあると」

「モラクスがいちいち隠密部隊の動向を掴んでいて、全ての自爆処置をしているとは考えにくい。 一応、フォーモリアの全てのデータは送っておく。 解析を進めておいてほしい」

承知したと応えると。

真田は解析に入る。

笑顔が零れていたらしく。ゼレーニンが眉をひそめる。

「真田技術長官、嬉しそうに見えます。 敵の脅威が、想像以上だと言うのに……」

「敵は敵、技術は技術だ。 新しい技術を目にしたら、楽しむくらいでないとな」

「不謹慎に思います」

「勿論優先すべきは味方の安心だ」

表情を引き締めると、送られてきたデータを解析。

フォーモリアという悪魔の生きている状態でのデータがほしい所だが。

今のところ、捕獲に成功したものはいないらしい。

ただ、気になるデータがある。

先に唯野仁成が送ってきたデータを再確認したところ。

どうやら空間の穴を行き来している悪魔が、フォーモリアのようなのである。

更に、他にも情報が出てくる。

「モラクスが交易をしている……」

「真田技術長官?」

「皆、この会話内容を見て欲しい」

皆のモニタに転送する。

橋頭堡確保作戦で降伏してきた悪魔達との会話内容を精査したものなのだが。

モラクスに対する尋問を、現在橋頭堡にした前線陣地で行っているのだが。

その中に、モラクスがどういう悪魔か聞いているうちに。

仲魔となった悪魔が零したものがあったのだ。

それによると、モラクスは他の世界の悪魔と交易をして、情報や技術を交換していたとある。

それを聞いて、ますます妙だなと真田は思う。

混沌勢力の悪魔は、互いに競い合うようなケースが多く。それが秩序勢力の悪魔によって徐々に押されていった経緯になっていると言う。

要するにまとまりがないのである。

ある程度の勢力になると、その勢力が自立して好き勝手を始め。

自分のやり方が正しいと思い込み。

その思考方法のまま、部下にも自分のやり方を押しつけていくようになる。

人間のやり方を勉強する、何てのもそもそも妙だし。

他の混沌勢力の長と、交易して情報交換し合い、連携して敵である人間と戦おうとするだろうか。

皆に意見を聞くと。

困惑した様子で、視線を返してくるばかりである。

皆、悪魔なんてシュバルツバースが出現するまでは、いる筈が無いと思っていた者達ばかりである。

ここに入ってから、価値観やら手持ちの情報が短時間で変わりすぎている。

真田は二度の宇宙の旅で、無茶苦茶な情報の更新を、高速で何十度も強いられてきた過去があるから慣れているが。

今此処にいるメンバーに、自分と同じ事を求めてはならないだろう。

ふむとつぶやき、腕組みした後。

少し休む事にする。

今の情報提示で、皆に考える時間を与えて。

自分も考えたいと思ったからだ。

少しベッドに横になり、眠る事にする。カプセルばかり使っていては、やはり体に良くないと思うからだ。

数時間眠って、起きだす。

状況を確認。

どうやら、戦闘を開始すべく、ストーム1が主導して機動班が動き出しているようだった。

すぐに艦橋へと移動する。

正太郎長官がぼやいた。

「この船を地下に移動させる事が出来れば、支援砲撃が出来るのだが……」

「現状、出来る範囲での支援を行いましょう」

「そうだな」

正太郎長官も、少し参っている様子だ。

悪魔召喚プログラムの件以降、クルーの「信仰」が予想外に足を引っ張っている。

今の時代でも宗教は健在。

特に一神教は、非常に強い影響力を持っている。

いわゆる西側諸国でもそうだし。

中東から来たクルーは、特にその傾向が強い様子だ。

悪魔を使うクルーに文句を言い出すものまではいないが。自分は絶対に使わないと明言しているものもいて。

そういうクルーに、悪魔を使役しろとは言えなかった。

「作戦班、状況を」

「ストーム1と真田技術長官が割り出した敵の分布です」

「……ふむ、これは」

「典型的な縦深陣地です」

敵は焼け焦げた街のように見える地形の中で、広く広く分布して、更に突出したら押し包む態勢を取っている。

この街自体が、三十キロ四方程度はある巨大なもので。

更にその先には、荒野が拡がっているようなのだ。

この巨大な焼け焦げた街は、モラクスがアントリアに侵攻し、妖精達から土地を奪い取った後。

わざわざ何かしらの方法で作ったのか。

それとも、勝手にこれがにょきにょき生えてきたのか。

どちらでもおかしくない。

街のサンプルは既に手元に届いているが。

煉瓦のように見えるものは、煉瓦に非ず。

家のように見えるものは、そうではない。

いずれもが、レアメタルなどの地上では貴重な物質がグチャグチャに混じり合って出来ていて。それに毒物がトッピングされている状態である。

要するに氷の洞窟の土と同じ。

中には、本来地上では、特殊な条件下でしか作り出せない物質も混じっていて。

プラントを作って抽出したいくらいである。

地上では貴重品でも。此処ではその辺の地面に文字通り埋まっているほどなのだ。

なお毒物に関しても、廃液として垂れ流しにするつもりは無い。

圧縮して銃弾に詰め込み。

敵にたたき込めるようにして、再利用である。

「敵の推定される兵力は」

「恐らく二千ほど」

「……二千か」

ストーム1ならどうにか出来そうだが、問題はモラクスだ。

現在サクナヒメは力の回復中。

ライドウさんは、機動班クルーと連携して、敵の罠に備えて貰いたい。

ストーム1だけなら、恐らく敵がどんな罠を繰り出してきても対応出来るだろう。どんな状況下からも生還するという事で、敵味方に怖れられてきた戦士なのである。

モラクスの戦力が分からない以上。

ストーム1に負担を掛けすぎるのは避けたい。

何より、機動班クルーの被害を可能な限り小さくしたい。

前線のストーム1と連絡を取る。

丁度、敵の斥候とやり合っている様子だが。真田と会話はしてくれた。

「ストーム1、君の所にも敵の配置は届いたか」

「問題ない。 それで作戦は」

「君の意見を聞きたいと思ってね」

「……敵の縦深陣地は、形だけは立派だ。 大まじめに制圧しようとすれば、大きな被害が出るだろう。 だが敵は生兵法だ」

なるほど、そう来たか。

ストーム1は、何度か此方に報告してきていたが。

敵は近代戦を勉強しているが、まだまだ練度が足りないし、何よりも何処かで人間を侮っている。

一番危険なのが、生兵法なのは真田も良く知っている。

中途半端に知っている人間が、一番頓珍漢な事をしでかすし。

歴史上ありえない大敗北を喫した愚将というのは、実は専門知識そのものは豊富に持っていたりするのだ。

今回、モラクス麾下の軍団は、個々の能力は高いものの。

軍事調練は中途半端で。

聞きかじりの戦略戦術しか使えていないという。

それならば、確かに勝ち目はあるし。そもそも悪魔と大まじめに市街戦をしてやる必要はない。

「提案だが、俺が突出する」

「まて、幾ら君でも二千の悪魔を相手に大丈夫か」

「問題ない。 クロスファイヤーポイントまで誘導する。 その間に、他の精鋭でモラクスを叩いてほしい」

作戦班が急いで策を練り始める。

真田は軽く考える。

今、船内はまだ完全に安全とは言えない。フォーモリアの隠蔽能力に、まだ裏がある事が確定だからだ。

部隊後方は、ライドウさんが守らないと危ない。

敵の首魁には、ライドウさんをぶつけるわけにはいかない。

レインボウノアを動かせれば、敵をクロスファイヤーポイントに誘導して、一網打尽とやれるのだが。

そうもいかない。

そうなると、ケンシロウかサクナヒメだ。

すぐに神田に連絡を入れる。

サクナヒメは、丁度ひなたぼっこをしていたらしいが、通信には出てくれた。

「ふむ、話は分かった。 それなら、わしが船の守りを担当しよう」

「敵の察知が出来ると」

「力が順調に戻って来ておるでな。 勘も少しずつ研ぎ澄まされてきておるわ」

ガハハハハと、サクナヒメが笑う。

多分横になって行儀悪く頬杖しながら笑っているのだろう。

神田には何度か足を運んだ。

ビオトープの一種として作った、小さな田。

其所でサクナヒメが大事に育てている田は。昔サクナヒメが親の遺産を食い潰すだけの盆暗だった頃に大失敗をしでかし。追放された先にあった、小さな家と田を再現したものだという。

其所でサクナヒメは人間の仲間とともに田植えを行う事の大事さ。

神とはどうあるべきか人間とどう接するべきか。

守るべきものを守り。守ったものに今度は背中を押して貰う事の意味。

それらを全て知ったという。

神田は、それら経験の集大成となっている場所で。戒めでもあり。サクナヒメの本当の意味での故郷でもあると言う。

「現在、船の中に何か妙な悪意を感じるのだが、それが悪さを出来る程ではない事もわかっておる。 プラズマバリアとやらを突破出来ない事もな」

「……続けてください」

「この船の構造も全て把握した。 船の守りはわしが責任を持って担当する。 敵の首魁はケンシロウに任せてしまって良いだろう」

「どうしましょう……」

作戦班のカトーが困惑した様子で真田と正太郎長官を見る。

真田は少し考え込んだ後、正太郎長官と、デモニカで個別回線をつないだ。

「正太郎長官、此処はサクナヒメの言葉を信じましょう」

「……そうだな。 姫様はあれで大言壮語は口にしない。 出来る範囲での事を口にしていると見て良いだろう」

「気になるのは、船の中にある悪意とやらですが……」

「それも、現時点では悪さを出来ないと言っておられる」

正太郎長官はもう相当な高齢だが。

それでも、戦後の混乱期を鉄人二十八号とともに駆け抜けた歴戦中の歴戦だ。恐らく全世界でも、生存している人間の中では最高クラスの戦歴の持ち主だろう。

その判断は、信頼していい。

真田は頷くと、ケンシロウに連絡を入れていた。

続いてゴア隊長にも。

「これより其方にケンシロウを支援として派遣します」

「心強いが、大丈夫ですか」

「大丈夫。 それと、なけなしの装甲車二台。 更に重機関銃も。 まだ試作段階ですが、レールガンと動力源のトカマク式発電機も其方に送ります。 ストーム1と連携した上で、十字砲火の体勢を整えてください」

「分かりました。 此方で実戦の指揮は執ります」

さて、此処からだ。

敵も指をくわえて見ているだけではないだろう。

ゴア隊長が動き出す。

同時に、なけなしの装甲車二台が、前線へと移動を開始。機動班の内、敵の奇襲に備えた一部を残した大半が前線に出向く。

二千いるという敵の大半をストーム1が引き受けてくれるとして。

ケンシロウだけで、モラクスを倒せるかどうか。

少し悩んだ末、ケンシロウと軽く話をする。

そうすると、ケンシロウは自分から人選をしてきた。

「唯野仁成とヒメネスを貸してほしい。 二人の潜在能力は図抜けている」

「分かった。 ストーム1と連携して、作戦に当たってくれ」

「ああ……」

通信を切る。

さて、此処からだ。

ふと、視線を感じた気がした。振り返るが、見ているものはいない。

気のせいか。

サクナヒメが艦橋に来る。彼女の視線ではないだろう。

サクナヒメは、船内に悪意がまだあると言っていた。悪さが出来る程ではないだろうとも。

仮にそれが悪魔だったとしても。

現時点では、心配しなくても良いと言う事だ。

とはいっても、放置も出来ない。

真田は研究室に連絡を入れて、船内の全データを自分の所に回すように指示。不可思議そうにしながらも、研究室にいたゼレーニンはそれを送ってきてくれた。

仮に悪魔が入り込んだのなら、シュバルツバースに突入する前後くらいの筈だ。

ログとして、建造中の頃から、レインボウノアの内部データはずっと取得し続けている。何があるか分からないからだ。

艦橋のモニタに、映像が映る。

いわゆる鶴翼に味方が陣地を展開していく。

同時にストーム1が、他のクルーを一旦戻し。敵に対してのハラスメント攻撃を開始した。

縦深陣に真っ正面から切り込んで、狙撃で敵の指揮官を潰し、殺到してきた相手をグレネードで粉砕し。

文字通り阿修羅の如く暴れ狂っている。

敵も辟易している様子で、特に確実に指揮官をヘッドショットしてくるので、明らかに反撃が鈍っているが。

それでも、ストーム1を調子に乗らせ。

更に縦深陣の奥に踏み込ませようとしているのが、真田には分かった。

やはりこの辺り、聞きかじりで調練をしている連中よりも、歴戦を積み重ねに積み重ねたストーム1の方が遙かに上手だ。

「巧妙な罠だな……」

真田がぼやく。

作戦班のメンバーが、不思議そうに真田を見たが。何でも無いと返した。

 

3、人を最も効率よく殺す方法

 

ゴア隊長麾下の部隊が、全て所定の位置につく。

唯野仁成の位置からも見えるが、三台あるなけなしのAFV全てをだし。更にまだ真田さんが未完成品だといっていた、大口径レールガンまで持ち出している。大型レールガンだが、そもそもレールガンというのは早い話が電気式の鉄砲である。

トカマク式発電機という特殊な発電装置を使わないと現時点では発砲することさえ出来ないし、連射もきかない。更にジープで引く人が搭乗する事も出来ない一種の野戦砲だが。

火力はバンカーバスター並みだという話だった。

唯野仁成とヒメネスは途中までストーム1を支援して動いていたが、中途で指示通り交代。

街の影を行きながら、時々鉢合わせする敵の斥候を出会い頭に瞬殺。

味方がクロスファイヤーポイントを構築しているのを横目に、街の中を指示通りに移動し。

そしていきなり、眼前でスパスパと、四メートルはある巨体の悪魔がスライスされるのを見た。

呆然とする。

ヒメネスも唖然としたようだった。

鮮血をぶちまけながらも、すぐに消えていく悪魔。

スライスしたのは、別に武器など手にしていない長身のデモニカを着た男。此処が合流地点と言う事は、間違いない。

「時間通りですね。 ケンシロウさん、来てくれて助かります」

「ああ……」

「オイオイ、今のは何だ」

「北斗神拳ではなく、南斗聖拳と呼ばれる別拳法の技だ。 北斗神拳には、水影心という奥義があってな。 拳を交えた相手の技をある程度写し取ることが出来る。 今のは、俺の親友の技でな……」

ケンシロウがヒメネスに応える。

とりあえず非常識な光景を目にしフリーズしたヒメネスの肘を小突いて正気に戻すと、予定のルートを移動する。

向こうで爆発している。

ストーム1が大暴れしているのだろう。

そろそろ敵もキレる頃だ。

生兵法を逆手に取られて、やりたい放題に叩きまくられているのである。しかも片っ端から指揮官がやられているのだ。特に上空に出た敵は殆ど即座に撃ちおとされていて、敵は制空権をほぼ喪失している。ストーム1の対空戦闘能力は有名で、殺到した戦闘用ドローン数十機を単独で殲滅したという実話もある。

その上、ゴア隊長麾下の主力も動き出している。

あれが鶴翼の陣である事くらいは、敵も分かるはず。

勿論、それを全部読んだ上でストーム1は動いているのだ。ケンシロウを切り札として、敵の首魁モラクスにぶつける策も含めてである。

「あんたが非常識に強いのは知ってるが、あんな訳が分からない技をどんだけ使えるんだ」

「まだたくさんある」

「そ、そうか」

「ヒメネス」

無駄口を叩くのを控えさせる。

此方は三人だけ。勿論ケンシロウだけで勝てるとストーム1は思っているだろうし、唯野仁成だってそう思う。

だが、万が一という事もある。

話は聞かされているが、ケンシロウはインファイトにおける国際再建機構最強の使い手である。

各地でも、屋内戦などで莫大な戦果を上げてきたとかで。

インファイトなら何が相手でも絶対に勝てるという事で、重要な作戦には多数参加してきたらしい。

実際問題、ケンシロウが仕留めた麻薬王や悪徳財閥のボスなどは枚挙に暇がないほどで。

また別に近代兵器に弱いと言う事もなく。アサルトライフルで武装したテロリストくらいなら、百人単位で畳むとか。あくまでストーム1と比べたら、近代兵器で武装した相手に破壊力が劣ると言うだけの話である。総合的な実力は互角と言われているそうだ。

ストーム1と並ぶ切り札として、国際再建機構の最前線で戦っている訳である。

さて、そろそろ作戦が始まる頃合いだ。

ストーム1が、ぐんと敵陣に切り込んだのが分かる。

同時に敵が動く。

ストーム1を包み込みながら、そのまま敵全部が前進を始める。クロスファイヤーポイントに踏み込むのでは無い。方陣に再編成し、ストーム1ごと物量で押し潰すつもりだろう。

残念ながら。そう動く事は、ストーム1は既に読んでいた。

いきなり、敵左翼。ストーム1が暴れている辺りが、立て続けに大爆発する。

ストーム1が使う超火力爆弾、C70が一斉に起爆したのは確定である。

敵の前衛部隊が文字通り消滅した。

それと同時に、ゴア隊長の部隊が、一気に前進を開始。

鶴翼を保ったまま、わずかに位置をずらす。最初の野戦陣から、部隊もせりだし、陣形を変える。

指揮官を多く失っている上。

勢いに乗って突入した敵の右翼部隊は気付けない。

新しく構築されたクロスファイヤーポイントに、自分達が真っ正面から突入したという事を。

その上、ライドウ氏が展開したらしい上位の悪魔が、若干クロスファイヤーポイントからずれそうな敵に対して、上空から統率されきった猛爆撃を浴びせる。敵がそれを避けるように密集した先には。

方舟から持ち出された全火力が集中した、クロスファイヤーポイントが待っていたのである。

見る間に想像を絶する火力が叩き込まれる。

レールガンが火を噴き、文字通り数十の悪魔を一弾が貫通した。

ついでに貫通先で大爆発を引き起こす。

それだけ初速が凄まじいと言うことだ。

ヒメネスがぼやく。

「あれを人間に使う予定があったのか……!?」

「急ぐぞ……」

ケンシロウに促されて、三人は走る。

たまに本隊からはぐれたり、ストーム1に翻弄されている左翼部隊からはみ出した敵と遭遇するが。出会い頭にアサルトを叩き込んで叩き潰す。生かしては返さない。

阿鼻叫喚の地獄絵図に叩き込まれた悪魔達を横目に、敵軍を迂回して急ぐ。

一方的な戦いだが、クロスファイヤーポイントを万が一にでも突破されたら味方に大きな被害が出る。

幾らプラントで弾を生産できるようになったとはいえ、現時点での弾の備蓄にも限界がある。

ふと、嫌な予感がして、ケンシロウを呼び止める。

ケンシロウは既に足を止めていた。

笑いながら、何かが降りてくる。

竪琴を持った女だ。青黒いドレスを着込んでいて、顔色は悪いが顔の造作そのものは美しい方にはいるだろう。当たり前のように空中に浮いている事から、人間ではない事は確定だ。

デモニカに捕獲、接触の記録がない悪魔である。現在電波障害が起きていない。と言う事は、敵の隠し札だと見て良い。

ただ、データベースには名前があった。分類が妖精。種族がローレライとある。

ローレライというと、確かあの人魚だか何だかの。それしか唯野仁成には分からない。

「あら、奇襲とは味な真似ね。 でも行かせないわよ?」

「あんたは妖精の一族だろう。 モラクスに蹂躙されて、なのに従ったのか」

「あら、貴方たちももう知っているでしょう? 強い相手に従うのが悪魔のルールよ」

「……そうか。 それは不運なことだな」

ケンシロウが構えを取る。

女の姿をしていても、容赦はしないということか。

だが、そのケンシロウが即座に跳び離れ。嫌な予感がした唯野仁成も横っ飛びに跳ぶ。

直径数メートルはある巨大な氷の柱が、瞬時に出来ていた。

避けなければ、串刺しどころか一瞬で木っ端みじんだっただろう。

魔法か。

それも、今まで見てきた奴が使ってきたのとは、桁外れの火力だ。

何やらぶつぶつ呟いているローレライ。魔法の中には、時間を掛けて詠唱というのをして、火力を上げるものがあると聞く。それだろう。

至近を氷の柱が掠めたヒメネスが、腰だめしてアサルトの弾丸を叩き込む。

無数の弾丸が、ゆらゆらと揺れて回避行動を取るローレライに全て着弾。いわゆる偏差射撃である。ヒメネスの卓越した技が冴え渡っている。

同時に、斜め後ろに回り込みながら、唯野仁成もグレネードを放り込むが。

しかし残念ながら、見た感じ効いている様子が無い。

爆発の中から、殆ど無傷のまま現れたローレライが、さっきのをもう一発ぶっ放してくる。

何とか横っ飛びに逃れるが、デモニカが警告を発してくる。

「ダメージ甚大! すぐに撤退を!」

「あらあら、そんな玩具じゃ通じないわよ」

「クソッタレっ! あのガタイで装甲車並みの堅さか!」

ヒメネスが横に走りながらアサルトの弾丸を浴びせかけるが、頭だろうが背中だろうが、当たっても効いている様子が無い。

こんな強豪悪魔がモラクスに従っていると言う事は、此奴よりモラクスの方が強いと言う事だ。

どうする。

デモニカのアラートを止めると、見えた。勝機だ。

「ヒメネス、あわせろ!」

「! おうっ!」

対物ライフルに切り替える。

ローレライが何だと目を細めるが、もう遅い。

上空から鷹のように躍りかかったケンシロウが、ローレライの竪琴の糸を切り裂いていた。近くの建物の壁を蹴って、上空に躍り上がるのが見えたのだ。無駄なことをする人では無いし、勝利に必要な行動なのは分かっていた。

「ああっ!」

今までの余裕が消し飛び、心の底から悲しげな声を上げるローレライ。

同時に、前後から対物ライフルでヘッドショットを叩き込む。

恐らく、あの竪琴がローレライに弾や爆風が届くのを防いでいたのだろう。更には魔法の力を何倍にも増幅していたのだ。状況証拠から、それは明らかだった。

地面に落ちたローレライは、顔から血を流しながら、それでも生きていた。対物ライフルの弾丸が顔と後頭部に直撃したというのに、である。

この辺りは、他の雑魚とは格が違うという事なのだろう。

「うう……竪琴が……私の竪琴が……」

「うるせえ! 今とどめを刺してやる、この腐れビッチが!」

「待て」

銃を向けるヒメネスを制止しケンシロウが前に出ると。

ぶきっちょに悪魔召喚プログラムを操作する。

ローレライは観念したのか、ケンシロウの悪魔召喚プログラムの質問に答え。そして降伏することを決めたようだ。ケンシロウのデモニカスーツのPCに吸い込まれる。

呼吸を整えながら、唯野仁成は回復の魔法が使える悪魔を呼び出す。身体能力を活性化させ、傷を回復する、文字通りの魔法だ。

ピクシー他何体かの悪魔が使えるが。

回復を終えた頃には、皆ガス欠になっていた。

悪魔もガス欠になるのだ。

魔法を無尽蔵にぶっ放せるというわけではないらしい。

また、体を傷つけられても、死なない限りはしばらくすれば復活するという。

ローレライの竪琴も、恐らく治るのだろう。

更にポリマーを吹き付けて、デモニカを応急処置。ヒメネスは、ケンシロウに皮肉を言っていた。

「女相手にお優しいことだな。 それとも強さからくる余裕か?」

「……戦力になるからそうしただけだ」

「ヒメネス、確かにケンシロウさんの言う通りだ。 動けるか」

「ああ。 お前の方は」

苦笑するしかない。何とか動けるが、後で医療班の世話にならないといけないだろう。

ただ、あんなのが控えていたと言う事は、モラクスはもう間近にいると判断して良いだろう。

後方では、殆ど一方的な戦いになっているようだ。

指揮官があらかたやられてしまっている状態で。中途半端に訓練を受けた兵士が、突撃だけを命じられ。

強いものには従う悪魔のルールに沿って動いているのだ。

それは、最悪の結果になる。

クロスファイヤーポイントに引きずり込まれた敵の主力は、ほとんど一方的な鏖殺を受けていて。

ストーム1も、残った敵を殆ど単身で引き受けて、暴れまくっている。

ただ、それでも、モラクスを討ち取るのが遅れれば、被害が出る可能性は決して小さくない。

急ぐ必要があった。

 

フランスの凱旋門のような。その醜悪なパロディのような。

そんなものの下に。

背丈が軽く十メートルを超える、巨大な牛頭の悪魔が座り込んでいた。

不機嫌そうに、此方を見ている。

間違いない。

此奴がモラクスだ。

デモニカにデータが出ている。分類、魔王。種族、モラクスと。

モラクスは手に杖だか槍だかよく分からないものを持っているが。

いずれにしても、あの巨体から繰り出す攻撃はどう考えても異常な火力を出すだろうし。

更に魔法も桁外れと考えて間違いないだろう。

生唾を飲み込む様子のヒメネス。

意外にも、唯野仁成は落ち着いていた。

「強力な悪魔の存在を検知。 注意してください」

デモニカが警告してくる。

言われなくても、そんな事は分かっている。ヒメネスも唯野仁成も、悪魔を展開する。ケンシロウは、さっき従えたローレライは出さなかった。ただ、代わりに鎧姿の騎士のような悪魔を従えている。騎士が乗っている馬は、とても普通のものには思えなかったが。

「我が軍勢を突破して来よったか……。 地上侵攻のために鍛えた戦力であったのだがな」

「貴方がモラクスか」

問いかけるのは唯野仁成。

ヒメネスなら皮肉か罵声を浴びせるだろうし。ケンシロウは口べたなのを知っているからである。

「いかにも。 我こそがこの焼け焦げた地を統べる魔王モラクスである。 貴様らは」

名乗り返すと、モラクスは鼻で笑う。

そして、言うのだった。

「みよこの光景を。 お前達の浅ましい世界の似姿だ」

「……」

「これよりわしは人間を滅ぼすために地上に攻め入る。 そのためには、人間を如何に効率よく殺すにはどうすれば良いか調べたのだ。 その結果、人間を一番殺しているのは人間だと言う事がわかってな。 人間のやり方を真似したのよ」

くつくつと笑うモラクス。

だが、それだけで爆風が来るような威圧感があった。

だが、唯野仁成は動じない。

むしろ、この巨体を誇る悪魔を、哀れにすら感じたからだ。

「その目的のためだけに、元から住んでいた妖精達を追い立てた挙げ句、こんな演習場を作ったのか」

「そうだ。 力あるものが統べるのが魔界の理屈だ。 故に我が自分の領土で何をしようと我の勝手よ」

「哀れだな」

「何だと……」

心の底からの軽蔑に気付いたのだろう。

モラクスは、声に露骨な怒りを含め立ち上がっていた。

隣でヒメネスが大丈夫かよと顔に書いている。

ヒメネスも、炸裂するような威圧感は覚えているのだろう。だが、もう唯野仁成はこのモラクスを見きった。

此奴は張り子の虎に過ぎない。

「そうまでして作って育てた部隊の醜態を見ろ。 人間に殆ど打撃も与えられず、あの有様だ。 すぐに貴方の軍勢を壊滅させた男がここに来るぞ」

「部下などまた幾らでも集めればいい」

「その分他の魔王に遅れを取るのではないのかな」

「おのれ……余計な事を喋った部下がいるようだな……っ!」

モラクスが手にしている何だかよく分からないものに、炎が宿る。

いずれにしても魔法の媒体であるらしい。

更に唯野仁成は挑発を続ける。

「何故貴方が育てた部隊が何の役にも立たなかったか教えてやる」

「……」

「それは中途半端だからだ。 何もかもが生兵法。 地上ではこういう言葉があってな、生兵法は怪我の元、という。 貴方は部下達に余計な事をしたせいで、却って強みを殺してしまったのさ」

「お、おのれええええっ!」

完全に激高したモラクスが、殺気をまき散らしながら戦闘態勢に入る。

目は真っ赤に燃え上がり、口からは牛がそうするようによだれがだらだらと垂れ流されていた。

猛り狂っている良い証拠だ。

そして。

そのモラクスが。

その巨体が。

縮んだ。

モラクス自身が、何が起きたのか、分からない様子である。その膝から下が、斜めに切り裂かれ。

体が滑り落ちていくことに気付いたモラクスは、体勢を崩しながら絶叫していた。

「き、貴様っ! 何を……っ!」

「指揮官の所に兵が来ていると言う時点で、貴方は近代戦術を理解出来ていない。 我々が現れた時点で逃げるべきだったんだよ。 悪魔の誇りを中途半端に持ちながら、人間の戦闘技術を中途半端につまみ食いしようとした。 それが貴方の敗因だ」

「ガアアアアッ!」

地面に、轟音と共に倒れつつも。

杖から、先のローレライを超える凄まじい勢いで、炎をぶっ放してくる。

だが、杖の角度などから、何か放ってくるのは分かりきっていたし。今度は回避も難しく無い。

ヒメネスと頷きあう。

そして、真田さんに渡されていた特殊弾を装填すると、対物ライフルからモラクスに連射した。

勿論モラクスが、銃弾なんか避けるわけがない。

人間を舐めきっているからだ。

今、足を真っ二つにされて倒れているが。それでもなお、上位悪魔と言う存在故に、人間を舐め腐って対応するしかない。

悪魔の性質は、唯野仁成も勉強した。

混沌勢力の悪魔は本来、自分こそ全ての正義であり。

自分の考えは常に正しいと考える存在だ。

だがこのモラクスは、半端に人間の知識を取り込んだ事で、其所が弱点になっているのである。

連続で、移動しながら特殊弾を叩き込む。

モラクスは弾は無視して、必死に足を斬った相手。勿論ケンシロウさんだが。探しているが。

ケンシロウさんは気配を完全に遮断して、モラクスの周囲からは姿を消していた。

唯野仁成とヒメネスの展開した悪魔達が、ありったけの魔法をモラクスに浴びせるが、それも効いている様子が無い。ケンシロウさんの手下である騎士っぽい悪魔(堕天使ベレスとある)がランスチャージを仕掛けるが、それでもあまり効いている感じがしない。

屈辱に牛の顔を歪めながら、モラクスは絶叫。

吠えるだけでまるで爆発のようだった。

「こんな雑魚共はいい! わしの足を斬った奴、どこだああっ!」

「そういう思考が貴方を更に負けに追いやる」

「なんだとぉっ! 笑わせるな! 貴様らの攻撃など、蚊ほどにも……」

大量の血を、口から吐き出すモラクス。

やはり、効いたな。

銃を上げる。

まだ射撃をしているヒメネスや、配下の悪魔達に攻撃をやめさせる。敗残兵との戦闘が控えているかも知れないからだ。

「な、何……」

「やはり効くな。 この土地で採取した、汚染物質を極限まで圧縮した特殊弾だ」

「ど、毒だと……っ!」

「それもどんな生物でも確実に殺せる代物だ。 そして鉛玉も毒も、悪魔には効くことが既に分かっている」

銃口を下げる。

それで、モラクスは悟ったらしい。

自分が完全に負けた事を。

また吠えようとするが、大量の鮮血を口からぶちまけるばかりだった。

唯野仁成は、この図体ばかり大きな悪魔に、哀れみすら感じ始めていた。

悪魔の世界のルールに従っていればいいものを。

中途半端に余計な事を知ったせいで。

配下をむしろ弱くしてしまい。

最大の危険人物であるケンシロウから目を離し。

挙げ句その状態で人間をなおも侮っていたから、そもそも戦闘にすら持ち込んで貰えなかったのだ。

「お、おの、れ……!」

「言い残すことは無いかモラクス」

「ふっ……ふふっ……こ、ここまでの屈辱は初めてだ……!」

「そうか」

ケンシロウが姿を見せる。

デモニカで何か通信をしているが。

唯野仁成の方には聞こえない。

恐らく、情報を引き出せとか、そういう事を言われているのだろう。

ヒメネスは予定通り、照明弾を打ち上げる。

モラクスを倒したら、打ち上げろと言われていたものである。

唯野仁成は、このままモラクスのヘイトを引き受ける。

そういう役割を。

受ける事を、既に決めていた。

「わしが人間の世界を調べたのは本当だ。 そもそも、お前達がシュバルツバースと呼ぶこの地は、地球の怒りより産まれたのだ。 その理由の一つが、飽くなき戦乱で大地を焼き焦がし、何ら進歩しないお前達の愚行にあると知れ……!」

「興味深い話だ。 それで?」

「……ミトラスの所でも人間が暴れていると聞くが、どうせどのようにしたところで貴様らは終わりだ! 競い合う他の世界の覇者が、必ずや人間を滅ぼし尽くす! それにわしは一度滅びたくらいでは諦めぬ! 必ずや報復を……」

「そろそろ黙れ牛野郎」

ケンシロウが無言で、腹の辺りに拳を叩き込んだ。

不思議そうな顔をしたモラクスだが。

直後、全身がぶくぶくと膨れあがり始める。

「な、ななななっ! わ、わしの、わしの体が……っ!」

「……真田さんの言う通りだ。 人間の肉体構造とよく似ているから、経絡秘孔も同じだな。 お前は五秒後に死ぬ」

「お、お、覚えておれえええええっ! あ、あば、ぶべばっ!」

ケンシロウが跳び離れるのを見て、唯野仁成は顔を庇っていた。

ヒメネスも同じように、歴戦の勘から跳び離れていた。

モラクスが、爆発四散したのは直後の事。

膨大な肉塊が周囲に飛び散り、鮮血が雨となって降り注ぐが。

やがて、モラクスの亡骸もろとも。

他の悪魔が死んだ時のように。

蒸発し、消えていった。

そして、モラクスが尊大に座っていた場所には。

二つドーナツを重ねたような、不可思議な物質が残っていたのだった。

他の上位悪魔が死んだ時のように。

ため息をつく。

ヒメネスが、笑顔で肩を叩いてきた。

「やったなヒトナリ。 見事な話術だったぜ。 相手の泣き所を上手について、完璧に気を引いた。 おまけに情報まで引き出した。 大したもんだぜ」

「ああ。 だが、モラクスが言う通り、地上がこんな状況でも各地で紛争を起こしているのは事実だ。 それで弱者が踏みにじられていることもな」

「何だ、お前も各地を渡り歩いた兵隊だろう。 センチな事言いやがって」

「そう、かもな」

程なくして、ストーム1が来る。

敵の残存戦力は、モラクスの死を察知して逃走開始。

後は背後を撃ち。降伏を呼びかけるだけで良かった。

降伏した悪魔は、今ゴア隊長麾下の機動班が。一箇所にまとめて、ライドウ氏と共に配下にするべく話をしているはず。

鉛玉は再生産できるが。無限では無いのだ。

そういう状態になったから、ストーム1が来たのだろう。

「やったな。 後から通話の内容と戦闘の内容を見た。 ほぼ予定通りに行ったようだな」

「ああ」

ケンシロウは、そのまま戻って行ってしまう。

ヒメネスはどうにもその素っ頓狂な行動が理解しづらいらしく、困ったように背中を見ていた。

何でもかんでも言いたい放題の上、弱者には何の興味も見せないヒメネスだが。

ケンシロウという圧倒的戦闘能力と、全く言動が掴めない相手は苦手の様子で。

困り果てたように、頭を掻いている。

唯野仁成が気を引いている間に、何だかよく分からない北斗神拳だかなんだかで、モラクスの両足を一瞬で斬ったり爆殺したのは間違いなくケンシロウである。

その前には、現時点での唯野仁成とヒメネスではどうしようもなかったローレライを、一瞬で無力化し。数言会話するだけで従える事にも成功している。

だが、強いのに。ヒメネスとは全く違うタイプだ。

まだ同じく傭兵として硝煙の臭いが満ちる各地を歩き回っているストーム1や、戦神として荒々しく振る舞うサクナヒメの方が分かりやすいのかも知れない。

「今、調査班が来る。 その知恵の輪みたいなものがモラクスの残骸だな」

「はい。 敵の様子は」

「既に抵抗するものはいない。 味方はほぼ一方的な戦いだったが、それでも軽傷者が相当に出た。 すぐに再度の戦闘は出来ないだろう。 鉛玉もかなり使ってしまったしな」

完勝だが。

物資を使い切ってしまったという意味では、今の状況は危険と言うのも事実だ。

ストーム1は殆ど負傷していない。

デモニカの補助ありとはいえ。

あれだけの大軍の半数を相手していたのだ。まさに超人である。

一個師団を一人で蹴散らしたという話を聞いたことがあるのだが。恐らくそれは実話なのだろう。

まもなく調査班が来る。

真田さんは出てこなかったが。代わりにゼレーニンという女性学者が、何名かの科学者と共に来た。先と同じだ。ただ、今度はゼレーニンと直接顔を合わせることになったが。

敬礼をする。

生真面目な雰囲気だ。

ヒメネスが露骨に嫌そうな顔をする。どうも、ゼレーニンとは気があわないようである。

そしてヒメネスは、嫌いな相手に自分の感情を隠すと言う事を一切しない。

嫌いと言うことは、一定の能力を認めてはいるのだろう。

ヒメネスは、興味の無い相手には、そもそも感情すら向けないのだから。

「唯野仁成隊員、ヒメネス隊員、それにストーム1、お疲れ様でした。 あれ、ケンシロウさんは……?」

「ケンシロウの旦那なら無言で戻ったぜ。 何かやり残しがあるのか、それとも昼寝でもするのかもな」

「そ、そうですか。 行動のグリーンライトを与えられている方です。 意味があると信じます。 それが、モラクスの残骸ですか」

「ああ。 ヒトナリとケンシロウの旦那が動きを止めたところに、例の圧縮超劇物弾を叩き込んで仕留めた」

硝子容器に、慎重に回収するゼレーニン。

敬礼をもう一度すると、言う。

「大変な戦いでしたね。 すぐに戻って、診察と、場合によっては治療を受けてください」

「ああ、そうさせてもらうよ」

「……」

少し悲しそうに眉をひそめるゼレーニン。

恐らくだが、ヒメネスに拒絶されていることを悟ったのだろう。

ゼレーニンは男性なら大半が振り向くほどの美貌の持ち主だ。しかも真田さんの直下にいると言う事は、相当に頭もきれるのだろう。

文字通りの才色兼備という奴で。言動からも、育ちの良さがにじみ出ている。

ヒメネスは前に悪魔にさらわれたメイビーを救出したときもそうだったが、兎に角他人に対して恐ろしくドライだ。性別も殆ど関係無いようにも思える。

周囲の掃討を、後から到着した部隊に任せ。

ヒメネスと一緒に、唯野仁成は焼け焦げた街を行く。

死体は落ちていないが。

調査班が、悪魔の死体があった場所を調査して。マッカとやらや。他にも物資を回収しているようだ。

悪魔の死体には、色々と結晶化した物資が出来るという事で。

それなりに高位の悪魔を倒すと、情報集積体を落としたり。場合によっては貴重な物質も落とす様子だ。

調査班からして見れば、宝の山、と言う所だろう。

野戦陣地により、勝利をゴア隊長に直に報告する。

苛烈な迎撃戦の指揮を執ったゴア隊長は、敬礼を返してくれた。

「見事な戦闘だった」

「いえ、いずれ自力だけであのレベルの悪魔を倒せるようになりたいと思っています」

「そうか。 頼もしく思うぞ」

休むようにと言われたので、休ませて貰う。帰り道、他の隊員にも敬礼された。何でもモラクスの軍勢は、猛烈な十字砲火を無理矢理喰い破る寸前だったそうで。もう少しモラクスを落とすのが遅れれば、死者が多数出ていたことは確実だったという。

ジープもわざわざ出してくれた。

有り難く乗せて貰うが。その前にライドウさんに話をされる。

「後で、機動班をまとめて悪魔召喚プログラムの機能について説明をする」

「まだ何かあるんですか?」

「ああ。 悪魔召喚プログラムと言うだけで衝撃が大きかっただろう。 だから段階を踏んで、皆に説明をしていく予定でな」

「それは面白そうだ。 楽しみにしていますぜ」

ヒメネスは心底楽しそうだが。

周囲の隊員は、今の話を聞いて不安そうにしていた。

ヒメネスは心臓に毛が生えているな。

そう、唯野仁成は思った。

だが、そうでなければ、此処で生きていく事なんて出来はしない。それで良いのだとも思っていた。

 

4、勝利とその後に

 

多くの負傷者を出したものの、また死者無く困難な闘いを乗り切る事が出来た。

調査班を護衛する一部を「焼け焦げた街」に残して、機動班は一時撤収。殆ど皆鉛玉を使い切っていたので、護衛に悪魔を出すしか無く。皆、多数の悪魔に囲まれている状態に、冷や汗を掻いているようだった。

だが、ゴア隊長が傲然と胸を反らし、不動の体勢でいることが彼らを落ち着かせ。

悪魔達がつけいる隙を作らなかった。

ゴア隊長も、状況が分かっているから。そういう行動を取っているという訳だ。

大したものである。

そのまま、唯野仁成は一度方舟に戻り。

指定の通り、一日休みを貰って眠りに眠った。

ローレライとの戦闘で受けたダメージが予想以上に大きく、デモニカを修復する必要があると言われたのだ。

皮肉な話である。

モラクスと真正面からやりあっていたら、それどころではなかっただろう。

起きだしてからは、すぐに直ったデモニカを着込む。

ライドウさんに招集を受けたからだ。他の機動班メンバー中核と共に、方舟の外で講習を受ける。

ライドウさんが、混乱を避けるために悪魔召喚プログラムの機能を順番に説明すると言っていたが。

その理由は、聞いてみてすぐに分かった。

「悪魔合体!?」

皆を代表するようにして、ヒメネスが言う。

困惑しきった皆の前で、ライドウさんは咳払いした。

「悪魔が精神生命体であり、情報生命体である話はしたはずだ。 情報生命体である悪魔を一旦全て情報に戻せばどうなるか。 今皆がPCに格納している悪魔達が、その状態だな」

やはり皆の困惑は抜けない。

ライドウさんは淡々と続けていく。

「そういった悪魔達を、情報的に掛け合わせて別の悪魔にするのが悪魔合体だ。 ただし、幾つか条件がある。 まず第一に、悪魔達のそれぞれの同意がある事」

「ま、待ってくれ。 それって要するに二体の悪魔を使って、一体の悪魔にしてしまうということなんだろう。 悪魔にとって同意できることなのか!?」

「悪魔にとっては、より強き存在になる事は望みですらある。 故に悪魔合体を拒否する変わり種はごくごく希だ。 ……例えばサクナヒメは、悪魔合体には絶対に応じないだろうが、それは例外と判断して良い」

「そ、そうか……」

この会話は、全クルーが聞いている。

確かに悪魔召喚プログラムの機能説明時、これを話すわけにはいかなかっただろう。

悪魔を従える、というだけで。一神教の信者達は大反発を見せたのである。

もしもこの話までしていたら、絶対に使わないと言い切ったものは更に増えていた筈である。

だが、今は。

悪魔の軍勢との戦闘まで行われ。

急ピッチでプラントを動かして弾薬や消費物資を補給しているとは言え。

皆が悪魔の圧倒的脅威を認識した後だ。今だからこそ、こうやって牙になりうるものについて、ライドウさんは説明してくれている、ということだ。

恐らく真田さんや正太郎長官などの指揮官級は皆知っていただろう。

ゴア隊長も話を聞いている中に混じっているが。

知っていた可能性はある。知っていなかったとしても、ゴア隊長は落ち着き払っていて。それで兵士達の混乱は最小限に抑えられていたが。

「第二の条件は、合体の結果作られる悪魔が、自分よりも弱い事だ。 これについては、悪魔合体のプログラムが自動で判断をしてくれる」

「悪魔は自分より弱い奴には従わないって奴だな」

「ああ、そうなる」

ライドウさんの話によると。

昔は悪魔合体というのは、巨大な装置を使って膨大な電流などを流し、リスク覚悟でやったものだそうである。

だが精神生命体であり、情報生命体である悪魔だ。PCにしまっておくことも出来る。

故に装置はどんどん小型化していき。

今では、スティーブンが配る悪魔召喚プログラムには、悪魔合体機能が基本としてついているそうである。

「第三の条件だが、相性が必要になる。 相性が悪い悪魔同士は合体できないし、逆に神話的に相性が良い悪魔の場合、弱い悪魔を一気に強豪に変える事も可能だ。 ただし、もちろんのことだが自分がそれ以上に強くならなければならないが」

「ライドウさんよ。 早速試してみたいんだがいいか。 悪魔召喚以上に怪しい響きで、ぞくぞくしてならねえや」

「……ヒメネス隊員。 では、手ほどきするからやってみてくれ」

「おうよ!」

ヒメネスが最初にやりだす。他の皆が見守っている中、ヒメネスが従えた悪魔が二体。PCの中で要素を合成し始めたようだった。

時間は殆ど掛からない。

ただ、凄まじい電力を消耗している様子で。一気にデモニカのバッテリーが食われているのが分かった。

「見ての通り、デモニカの強力なバッテリーでも、悪魔合体は相当にエネルギーを食うものだ。 戦闘中に実施するのは避けて、出来るだけ船内にいるときなどに実施をしてほしい」

「おおっ! 出来たぜ!」

ヒメネスが嬉々として召喚する。

召喚されたのは、上半身が逞しい男性で。下半身が蛇という、大柄な悪魔だった。今のヒメネスより力が劣るから、召喚できたと言う事なのだろう。人間部分だけでも、大柄な男性より一回り大きいほどだが。デモニカによる強化促進がそれだけ早いという事だ。

「ええと何々、龍王ナーガ?」

「龍王というのは、皆が知るドラゴンの一族の内、比較的性質が穏当なものの事をいうと思って良い。 他にも支配者階級の龍族である「龍神」や、貶められて邪悪に墜ち果てた「邪龍」等が存在している。 ナーガはインド神話に登場する半人半龍の種族で、多くの個体が様々な神話のエピソードにて活躍しているな。 ナーガラージャ(ラージャとは王の意味)という上位種族も存在している」

ライドウさんの説明は淡々としているが。

顔を見合わせている皆が、これ以上はついていけないと判断しているのは確かだった。

ゴア隊長が皆を見回す。

「今の情報は、アーカイブにまとめておくので、皆も目を通しておくように。 だが、強い悪魔の戦闘力は皆戦って実感したはずだ。 ものによっては対物ライフルにもびくともせず、中には装甲車の速射砲に耐え抜いたものもいた。 あれらを従えられれば、このシュバルツバースの探索もより安全になる。 勿論悪魔そのものが危険な存在だが、丸裸で歩くも同然の状態よりは遙かにマシだろう」

解散、と指示すると。

皆、一度頭を整理するためか、そそくさと方舟に戻っていく。

嬉々として悪魔合体を試しているヒメネスは明らかに浮いていた。

「ヒメネス、船内で電力を補給しながらやろう」

「ああ、分かってる。 ……なるほど、一度配下にした悪魔は、エネルギー源であるマッカさえつぎ込めば情報の再構築によって何度でも呼び出せるんだな。 情報生命体ってのはある意味便利だな」

「あのモラクスも、また戻ってくる可能性がありそうだ」

「その時にはブッ倒してやるよ」

ナーガを従えたことで、ヒメネスは自信をつけたらしい。

確かに唯野仁成も、自分の力が上がってきていることは実感が出来ている。

だが、少し不安なのだ。

強くなることには、当然の事ながら代償が伴う。

実際、この船に乗っているスペシャル達は。

どこか平均的な人間と、皆がずれてしまっている。

それは、認めざるを得ない所だろう。

自室(数人での相部屋だが)に戻ると、情報を見る。

まずプラントにより、短時間で弾薬の補給やデモニカの修復用物資が揃ったようだった。廃棄物なども、モラクスを倒すのに使った弾丸などに再利用する。基本的に、アントリアに有害な物質は残さないという方針で行動を進めるそうである。

それと、戦闘で携行火器の火力不足が指摘されたこともあり。

此処で採掘されたり、或いは悪魔から得られた素材によって全体的に強化を行うという話だった。

機動班から順番に新しい装備を配布するという。

一週間ほど、アントリアの完全制圧に費やし。その間にこの作業を済ませてしまうのだそうだ。

スケジュールを確認した後、唯野仁成はデモニカを電源に繋ぎ、自身も悪魔合体を試してみようと思ったが。

その直前に声を掛けられる。

メイビーである。

医療班にいるはずだが。何用だろうか。

「唯野仁成さんですね。 以前は救出、有難うございました」

「いや、戦場で助け合うのは当然の事だ。 何か用だろうか」

「私、機動班への転属を願って受理されました。 さっき、悪魔も貰ってきました」

何。

そうか、そういう事もあるかも知れない。

メイビーは最初アントリアに方舟が不時着したとき、悪魔に誘拐された一人だ。その時ヒメネスに、痛烈に覚悟のなさを指摘されていた。

それから、思うところがあったのだろう。

「機動班ですが、医療も出来ます。 戦場では役に立てると思います」

「頼もしい。 それで俺に用とは何だ」

「情けない話なんですけれど、悪魔合体プログラムを使おうと思っても……怖くて出来なくて。 立ち会って貰いたいんです」

周囲の機動班クルーが、その話を聞いて来る。

恐らくは、メイビーと同じなのだろう。

無理もない。

悪魔と話し、従える。それだけでも既にパニック状態のものは多いはずだ。更に悪魔合体などとなると。その困惑は大きいだろう。

唯野仁成は、頷いていた。

「分かった、俺もこれから試そうと思っていた所だ。 皆でやろう」

「ありがとうございます!」

「助かる。 ヒメネスほど神経が俺たちは太くないんだ……」

「今、活躍しているあんたなら信頼出来る」

皆不安だったのだ。

それは、ライドウさんが説明しているときには、既に感じていた。

早速、悪魔合体を始める。

アントリアを出る前に。

この強力な悪魔を従えるために必須と思われる技術は。ものにしておきたかった。

 

(続)