南極に出現せし難局

 

プロローグ

 

21世紀。

世界は混沌に満ちていた。

先進国と呼ばれる国家は何処もかしこも大混乱。経済も駄目なら政治も駄目。何もかもが駄目な時代で、少し前の未来予想図ではとっくに宇宙にいけていた人類は。互いに足を引っ張り合った挙げ句に未だに地上に貼り付いていた。多少実験的に宇宙に出る事もあったが、特別な訓練を受けた特別なものだけしか出られなかった。

発展途上国と呼ばれる国々は更に悲惨だ。

公害の問題は解決するどころか悪化するばかり。環境は滅茶苦茶になる一方で、人間のエゴがそれを更に加速させた。

各地でカルトが幅を利かせ、テロは頻繁に起きる一方。

こんな状況の世界では、どうしてもどうにもならない事が多すぎて。

人々の顔は明るくなりようが無かった。

そんなときに。更に不可思議な現象が発生したのである。

現在、地球再建機構と呼ばれている組織が結成されている。

米国が主導で作り上げた組織で、活動しているのは二十年ほど前から。各地の紛争を迅速に解決してきたことが有名で、また公害の解決にも力を発揮している。最貧国の経済再建や治安回復にも大きな成果を上げており、無力化した国連を遙かに凌ぐ実績を上げている組織だ。

どうしてこのような組織が奇跡的に作られたのかはよく分かっていないが。

少なくとも、この地球再建機構のテクノロジーは、各国の一世代上を行っていると言われており。

今、もっとも世界的に注目されている組織である。

その本部はロサンゼルスに存在していて。

現在各国の諜報機関の最優先ターゲットになっている。

まあ当然だろう。

此処が有している軍は、結成時は兎も角現在は米軍の供与を必要としないほどに強力であり。

凶悪なことで知られるテロ組織や麻薬密売組織を、実力で幾つも潰してきているのだから。

周囲十数qに及ぶ地球再建機構本部施設には、今まで何度かテロが試みられているが。

成功例は一度もない。

その地球再建機構本部施設中枢で、現在。複数の影が、モニタを見やっていた。

その中の一人は。なんと現職の米国大統領である。

今回最重要案件の対応に必要として招かれたのだ。他にも主要国のトップは軒並み招かれ、円卓について画像を見やっている。

解説をしているのは、目つきの悪い壮年の男性だ。

サナダというのが彼の名である。

「これが問題の「南極の穴」です」

「ふむ。 最初に発見されたときは南極点から天に伸びる一本の光の柱に過ぎず、直径も一メートルにもならなかったというが……」

「こんなに大きくなっていたのか」

おののきの声が上がる。

勿論これはトップシークレット。

南極に関する問題は現在注目度が低い。

情報が流出していないことだけが幸い、とでもいうべきだろうか。

いずれにしても、ここに来ているVIPでさえもボディチェックを受けてから入っている程の場所である。

「現在は直径102キロまで拡大。 上空数千メートルまで、接触しただけでプラズマ分解する障壁を展開しながら、更に拡大を続けております」

「非常に危険な状態だな」

「既に幾つかの基地を粉砕したという話だが……」

「その通りです」

咳払いをすると、サナダという男は続ける。

特殊な高性能ドローンを投入し、この内部の撮影に成功したという。

その結果、驚くべき画像が多数届いていた。

一つはまるで戦場だ。

燃えさかる街。

瓦礫だらけ。

ないのは人間の死体だけ。

武力によって蹂躙された地獄そのもの。そんな場所。

一つはショッピングモールだろうか。

だが、陳列されているものは極めてちぐはぐなものばかりである。それは醜悪で雑然としていて、文字通り似て非なるものだった。

困惑した声が上がる。

「これが、あの「穴」に本当にあるのかね」

「このドローンによる映像は、我が地球再建機構によるテクノロジーにより回収されたものです。 間違いありません」

「信じがたい……」

「こちらは……なんだ?」

また別の画像が出てくる。

それはまるで、廃棄物を垂れ流しにした河のような場所だ。

おぞましい色に染まっていてドラム缶まで映っている。

そのドラム缶には、どう考えても核廃棄物を示すとしか思えない、例のマークが刻まされていた。

困惑するべき状況はまだ続く。

一つは荘厳な寺院のような場所だが。

サンプルやら何やらと書かれた硝子シリンダが点々と散らばっている。

実験場なのだろうか。

だがそのすぐ至近に、どぎつい色をした歓楽街が存在してもいる。

人影はないが、あまりにもアンマッチ過ぎる光景だ。

いずれにしても、おかしな場所だとしか言えない。ありそうでありそうもない、違和感しかないものばかりである。不気味の谷に引っ掛かりそうな映像ばかりだ。

やがて、ドローンが拾ってきた映像が最大の違和感を現す。それは生き物のようだが、地球にいる何にも似ていない。強いていうなら、人間が想像する悪魔が近い。

その何者か手を伸ばしてきて。画像が途切れた。

「ドローンは合計十七機送り込みましたが、自衛能力も備えているドローンが全て同じように画像を途絶えさせております。 ただ、自衛能力を発揮して、この攻撃をして来た何かを撃退した例も」

「見せて欲しい」

「此方になります」

映像が出る。

ドローンに据え付けられている重火砲が火を噴き、その何か良く分からないものを滅多打ちにしている。

それが粉々になって崩れ落ちる。

そして、光のような何かになって消えている。

生物の死に様とはとても思えないが。

はっきりしているのは、鉛玉は効くと言う事だ。直後にドローンも破壊されたが。

「あれは一体何だ」

「とてもこの世の生物だとは思えない!」

「実は、ドローンは三波に渡って送り込んでいます。 最初の内は、攻撃を受けて破壊されたことが分かりましたが、どこからどのような攻撃を受けたかが全く理解出来ない状態でした。 そのため分析を進めて、解析したのです。 その結果、映像が見えるようにはなりました」

「高度な光学迷彩のようなものなのか」

皆が顔を見合わせる。

光学迷彩は現在開発途中の技術であり、何処の軍でもまだ一線級で活躍させられるところまでは来ていない。

仮に実戦投入できるとしても、それは限定的な条件下であり。完全に相手から姿を隠蔽するなんて事は無理だ。

だが南極の謎の空間では、それをやる奴がいる。

しかも、どう考えても知的生命体であろうことは確実である。

困惑しきっている各国VIP。

サナダという男は落ち着きすぎている程だった。

「現時点で、この謎の空間。 シュバルツバースと名付けられた場所を調査するための部隊の編成を終えています。 後は幾つかの物資と、各国の協力が足りません」

「人をこのような場所に送り込むというのか!?」

「困難は分かっております。 故に最高のスペシャリストチームを編成。 我が地球再建機構の総力を挙げます」

「……」

顔を見合わせる各国首脳。

サナダ自身も赴くことを明言しているだけでは無い。

そもそもこの地球再建機構のトップは、伝説となっているある人物である。

他にもあまりにも有名な人物を、サナダが作戦参加の名簿として上げると。

各国首脳も、納得したようだった。

「このままでは、拡大を続けるこの空間は、南極全てを飲み込み、やがて地球全土に拡がっていくでしょう。 この外縁部の障壁に触れると、何もかもが破壊されることも既におわかりの通りです。 世界のために、力を貸していただきたく」

「……分かった、力を貸そう。 金であれば出せるだけ出す」

そう最初に言ったのは、先進国首脳として呼ばれている一人だった。

決して裕福な国ではないが。

この首相は良識的な人物として知られていた。

それが決め手となったのだろう。いわゆる鶴の一声である。

それぞれが、出せる物資について説明を始める。

秘書官を連れていて、耳打ちしながら手配を進めている者もいる。

すぐには答えられないと言った者もいた。

サナダは静かに笑う。

悪人面だから、笑顔には凄みがあった。

「少し休憩時間を設けましょう。 ……ですが、これだけは言っておきます。 我等地球再建機構が貴方方にして来たあらゆる意味での支援を忘れて貰っては困ります」

「分かっている」

少し苛立った様子で、各国の首相達が出ていく。

部屋の中で最後まで残っていたサナダは。

大きくため息をついた。

「私が知る21世紀よりかなり混乱が激しいな。 22世紀末に「彼ら」が攻めてくるまでに対応する準備を整えておけるか不安になってくる。 まあ「この世界」に存在するかも、そもそも攻めてくるかも分からんが」

「真田君。 状況はどうかね」

「正太郎長官」

敬礼をするサナダ。いや、真田。

正太郎と呼ばれたのは、豊富な白い口ひげを蓄えた人物だった。

この人物こそ、真田の最初の盟友にて。

地球再建機構を設立。

来るべき時に備え、地球の統一機構を作るべく、邁進する組織を運営してきた第一人者である。

古くは第二次大戦後の混乱期から最前線にて戦い続けていた人物であり。

既に年齢は80代に達しているが。

老人として衰えながらも。

まだまだ現役である。

なお今回の「探査」に赴く一人でもある。

勿論、最悪の事態に備えている。長官職の引き継ぎも既に済んでいる状態だ。

「いずれの国々にも、既に根回しは済ませてあると報告が来ております。 後は「調査艇」に積み込む物資の供出を待つばかりです」

「人員は揃えたからな。 訓練は大丈夫か」

「恐らくは。 専門家が接触を図ってきてくれたのは僥倖でしたね。 何名か先に手を回していた人材だけでは、苦戦は免れなかったでしょう」

「うむ……」

正太郎長官が、頷く。

真田には分かる。

正太郎長官は、この「遠征」を人生最後の大仕事にするつもりだ。

頭が働くのがこれが最後だろうと以前話していた事がある。

誰だって衰える。

この人は、十代前半から伝説的な活躍をしてきた存在であり。

当時から、子供でありながら大人以上の頭脳と行動力だと言われていた。

実際偉業を幾つも達成している。

だが、それでも。

世界はまだまだ。

混乱の中にある。

この人ほどの偉人が出ていながら、世界の混乱は今だ収まっておらず。人間は宇宙に出る事さえロクに出来ていない。

真田は頭を振る。

「それにしても、貴方ほどの傑物がいながら、地球がこれほどまとまるのが遅れているとは……」

「やむを得ん。 それに「君の世界」では、もっとずっと早く地球がまとまって宇宙進出を果たしていたようだが。 その代わりに強大な侵略者の前に為す術がなかったのだろう」

「はい。 それはそうなのですが」

「バタフライ効果という奴だ。 私が幾ら頑張ろうと、小さな事の組み合わせで幾らでも問題は起きてしまう。 問題は相互に作用し合い、誰にもどうにも出来なくなる。 この世界は、そういう世界だと言う事だろう」

幾つか、打ち合わせをする真田と正太郎。

やがて正太郎が戻っていく。

この年で杖も使っていないのは流石だ。頑健と言える。

真田は見た目通りの年齢肉体では無い。

全身の殆どが生身では無い。

やがて、首脳達が戻ってくる。

官僚との調整が終わった、と言う事だろう。

「支援できる物資について調整がついたよ。 これらを供出しよう」

「どれ。 確認します」

「分かっているとは思うが……」

「……この度の遠征は、「誰かのため」ではありません。 「誰ものため」です。 そしてそもそも、地球がいつまでも外来種の襲撃を受けないとは言えません」

真田が顔を上げる。

にやりと笑うと。首相達は皆明らかに怯んだ。

それはそうだろう。

真田が想像を絶する修羅場をくぐってきている事が、すぐに分かったはずだからだ。

彼らもろくでもない世界で、ろくでもない事をしてきた者達なのだから。

「これは最初の良い機会でしょう。 地球人類は今まで無駄な身内の争いで血を流しすぎたのです。 そろそろ、目を覚まして知的生命体らしくあるべき。 そう思いませんか」

「……」

「この物資であれば充分です。 これで、どうにかして見せましょう」

「物資については、可能な限りの範囲で供出している。 それは疑わないでくれ」

米国大統領が言うと。

ロシア大統領も頷いていた。

真田は頷くと、その場は解散となった。

誰も座っていない円卓を、さっと片付けていく人々。

「地球再建機構」に所属している面々である。

最初、「地球防衛軍」という名称をつける予定だった組織だが。

そもそも何から防衛するのか、という事情もあり。

結局「防衛軍」ではなく「再建機構」となった。

今や各国の紛争の半分を解決していると言われる地球再建機構だが。

それでもこの星から。

紛争も。

差別も。

公害も。

無くなる気配はない。

「真田技術長官」

「うむ」

「例の方が、話をしたいと」

「分かった、すぐに出向く」

真田は部下に声を掛けられると忙しく移動し。

大きなドーム状のこの地球再建機構本部の中を移動する。

各国の首相が、それぞれVIP専用機で。施設内のエアポートから帰還しているのが横目に見えた。

テロリズムがまだ世界に蔓延っている今。

此処を重武装にしない訳にはいかないのである。

地下に出向く。

其所には、今回の調査の切り札が。

それこそ山のように積まれていた。

ドローンの調査の結果、あの光の壁の内側の世界は、とてもではないが人間が生きていける場所では無い事が分かっている。

故に、先に準備をしておかなければならない。

幸いというべきか。

真田はそもそも、人間が生きていけるような場所では無い、他の場所での戦歴を積み重ねてきている人物だ。

対策については。

専門家中の専門家とも言えた。

作業をしていた部下が敬礼をしてきたので、敬礼を返す。

視線の先には。

あまりにも不釣り合いなものがあった。

田んぼ、である。

勿論、屋外に作られたものではない。

土などは外から運び込まれているが。

水や生態系などは、一種のビオトープとして作り上げたものだ。それをコンパクトに、三十メートル四方ほどの空間内にまとめてある。その真ん中に田んぼがある。周囲には敢えて害虫なども放してある。流石に日本住血吸虫のような致命的なものはいないが。

その田んぼでは、既に豊かに稲が実っており。

誰かが収穫をしていた。

それほど大きな田んぼでは無いが。

これで充分だそうである。

真田と敬礼をかわしたのは。古い時代に「書生」と呼ばれたような姿をしている人物である。

ただ軍人よろしく腰には刀をぶら下げ。

更にベルトに拳銃も刺していたが。

口元には髭がある。

年齢は、三十ほどである。

運良く接触できた、「専門家」の一人だ。

「どうですかな、彼女は」

「其方の準備が整うまでには間に合うだろう。 やはり収穫の度に大きく力を増しているのを確認した」

「意思疎通は大丈夫ですかな」

「問題ない。 最初は本当に苦労したが、今ではごく友好的だ。 そもそも傲慢不遜で人間を支配する事しか考えていない者も多い中、極めて我々に近しくある例外だったのだろう」

頷く。

そして真田は言う。

「葛葉さんには、他にも色々なアドバイスを貰った。 本当に感謝してもしきれない」

「これは「俺が直面する今までで最大の危機」だ。 解決できるか分からないし、まだ感謝されるのは早い。 他にも俺同様に様々な者が集っているというのは、つまるところそういう事だろう。 真田さん、貴方も勿論中には含まれる」

「そう言われると心苦しいものがあります。 私は「見届ける事が出来なかった」身だ」

「それならばなおさらだ。 「今度こそ」だ。 全力を尽くして共に戦おう」

数多のスペシャルが、此処には集っている。

地球史上最大の危機。

正確には、人類史史上、だろうか。

故に多数のスペシャルが集った。

真田はその中の一人に過ぎない。

さあ始めよう。

どの道この星は、いずれ何度も試練に晒される可能性が高い。

その時に対応する能力を備えるためにも。

この最初で最大の試練を。

乗り切るのは、必須なのだった。

 

1、スペシャル達

 

シュバルツバースと呼ばれる謎の光に覆われた空間が南極に出現してから、既にだいぶ時間が経っている。

現時点で既に南極の有人基地は全て撤退完了。準備を整える時間が惜しい。

ともかくやる事を全てやっていかなければならない。

既に探査艇については作成の進捗率が90パーセントに到達。

直径140キロまで拡大したシュバルツバースを考えると、時間はかなり厳しいが。

各国が渋ることがなく、予定通りの物資が届いたことで、探査艇の完成については目処がついていた。

本当はヤマトと名付けたかったな。

そう地下の建設空間で、真田志郎は見上げる。

巨大な探査艇を、である。現状の形状は、むしろ装甲車に近いが。

文字通りの船ではあるのだが。陸上、空中も移動可能。

最終的には、将来運用する宇宙戦艦を想定して作られたこれは。

文字通りの人類の希望の船となる。

真田は昔。

そんな船に乗り。

二度の死地に赴き。

二度目で終わりを迎えた。

その時乗り込んだ船の名前はヤマト。

今でも覚えている。

一度目の戦いからして。勝てる訳がない物量と戦力を持つ相手だった。それを奇蹟に奇蹟を重ねて、何とか勝つことができたのだった。

地球はその時既に死に瀕していたが。

必死の思いで持ち帰った環境再生装置のおかげで、どうにか息を吹き返すことが出来た。

だが。続いた平和は三年ももたなかった。

一度目の遠征の成果全てを台無しにするほどの、更なる強大な困難が真田と仲間達の前に立ちはだかったのである。

そして、「二度目の奇蹟」は無かった。

地球にすら追われるように真田はまたしてもヤマトに乗り込み。

クルーに大きな被害を出しながらも最前線で戦い続けた。

最終局面まではどうにかいけたと思う。

だが其所で、敵の切り札。あまりにも圧倒的過ぎる存在が、牙を剥いた。

善戦した地球の宇宙艦隊も全滅。ヤマトも壊滅的な打撃を受けた。それでもなお、敵は余裕綽々。勝ち目なんか、誰がどう見てもありはしなかった。

それでも真田は最後に残っていた空間騎兵隊と呼ばれる精鋭達と共に敵の中枢に白兵戦で無理矢理乗り込み。

そして敵の動力炉を自ら爆破し。

以降はどうなったかよく分かっていない。

爆破の瞬間、真田は後悔していなかった。不安もなかった。

残ったクルー達が、打撃を与えた敵にとどめを刺してくれると確信していたからである。

見届けられなかったのは残念だった。

だが、それぞれのクルーがベストを尽くした。

間違いなくヤマトのクルーは宇宙最強のメンバーだった。

それは断言できる。

故に、戦いに関しては心残りは無い。

だから化けて出た、と言う訳では無いのだろう。

それに、あの巨大な宇宙要塞。白色彗星帝国中枢部の動力は、未知のテクノロジーを用いていた可能性が高い。

故にだが。

爆破に巻き込まれた真田は。

気がつくと、2006年の地球にて倒れていた。

真田をたまたま保護したのが、地球の状態を憂いている人物。金田正太郎氏だったのは幸運だっただろう。

正太郎氏と話をしながら、やがて意気投合した真田は。

どうせ戻る手段も無い。

ならば、この後に訪れる危機に対応しよう。

そう思い、己の技術を全て提供し。

悪くなる一方の世界の状況を憂いていた有志と協力して地球再建機構を設立。

人材を集めながら、現在に至るのである。

実の所、真田はノウハウを全て伝えたら引退し、未来の人類に全てを託すつもりでいた。

そもそもこの地球は、二次大戦辺りからの歴史が、真田のいた地球とは違っている。

恐らくはパラレルワールドであろう。

そもそも真田の世界で最初に地球に来た脅威、ガミラス帝国が存在しているかどうかも分からない。

故に、人類の未来だけを見届けられれば良かった。

だが、運命とは残酷なものだ。

真田の世界よりも遙かに混乱していたこの地球に追い打ちを掛けるかのように。

シュバルツバースが出現。

結局の所、真田は地球の危機に対して。またしても、無理筋から立ち向かわなければならなくなったのだから。

だが、何処かで生き生きとしている自分も感じている。それは間違いが無い。

結局の所、真田は現役で動いてこそその腕を振るうエンジニアであり。

新しい技術に触るのは快感ですらある。

現状の技術に、真田の持つ技術を全てつぎ込んで作り上げたこの探査艇は。本音ではヤマトと名付けたかったが。

国際的な組織だから、日本だけで通じる名前をつけるのも何だろうと判断。

最も流通している言語である英語から取り。

レインボウノア(虹色の方舟)と名付けることになった。

これはそもそも、米国が秘密裏に開発していた四隻の多目的特殊揚陸艇の試作品から着想を得たもので。

特殊艇群の旗艦にレッドスプライトという名前がついていたこともあり。

いっそのことだからそれらを超える、方舟たる存在と言う事で。

そのまま虹色の方舟と名付けたのである。

既にフレームは完成しているアークだが。

内部にはまだまだ装備が足りないと真田は判断している。

そもそも、真田にはヤマトに乗って二度の地獄の旅をやりきった経験がある。

長期戦で大事なのは補給やダメージコントロールに起因するタフネスだ。

今回は困難な旅になる。

それは、地獄の旅を一回やりきり。二度目の途中までやった真田だからこそ断言できる事。

勘が告げているのではない。経験者だから分かるのだ。

地球内部だから、マゼランまで行く旅より楽というわけでは無い。

古き時代、日本からアフリカに行くのが不可能だったように。

今の時代の技術では、どれだけ真田が支援しても。たどり着ける場所には限界があるのだ。

なお今回の旅に真田は当然同行する。

現地に即座に対応出来るメカニックがいる強みを、真田は良く知っている。

勿論自分用の研究室も内部に作らせている。最新鋭の3Dプリンタをはじめとする開発機器も完備した。

内部が文字通り未知の空間である事は分かりきっているのだ。

宇宙よりも更に意味不明な場所かも知れない。

それならば。むしろ真田のような研究者には、垂涎の場所なのだとも言える。

なお、今度の旅から生還できない事も勿論考えてある。

その時のために、真田の知りうる技術は、全て隠してある。

幸い正太郎の用意した後継となる人物は信頼出来る。

しかしながら歴史の常で、更にその後継が信頼出来るかは分からない。

だが、オーバーテクノロジーがいきなり開示されないように、工夫もしてある。

22世紀の技術を、21世紀の。それも真田が知る21世紀よりもだいぶ遅れている21世紀の技術が凌駕するとは考えにくい。

まあ悪用されることに関しては、大丈夫だと判断して良いだろう。

今回、方舟に乗り込む人員は千人を超えるが。

メンバーには全て目を通しており。

各国の諜報員や。或いはテロ組織に内通している者などは、全て弾いてある。

これに関しては、真田だけで出来る事ではなかったが。

千人を超える人間が入るとなると色々と必要になるものも多い。

ただでさえ、この方舟は原子力空母よりも大きいのである。元々のレッドスプライトが百数十メートルだったのに対し、これは全長四百メートルを軽く凌駕し。米国の空母打撃群の旗艦となっているブルーリッジ級強襲揚陸艦をも遙か超える規模になっている。

故に、幹部として真田も。むしろ率先して他の人員には目を配らなければならない。

丁度、そんな事態が後ろで起きていた。

「もう一度言って見ろやゴルァ!」

「まだ少しエイムがぶれている。 基礎訓練を毎日やっていないからだ」

「上等だ! あんたがワンマンアーミーとか言われてることは知ってるがな、ロートルがいつまでも最強だと思ってんじゃねーぞ!」

「分かった、不満なら実際にやってみよう。 俺もお前も軍人だ。 言葉が正しいかは実際にやって示すべきだ」

食ってかかっているのは、ヒスパニック系の精悍な青年。

名をヒメネスという。

各国で転戦を重ねてきた国際再建機構の戦士であるが。そもそも最貧国のスラムの出身で、非常に野心が強い。

国際再建機構の理念にもあまり興味が無いらしく、戦う事で立身出世し、最終的には良い生活をしたい。

そんな考えを持っている男だ。スラム出身者らしい、ある意味極めてエゴイスティックな人間で。勿論運が悪ければテロリストやマフィアの用心棒にでもなっていただろう。

欲望にも忠実であらゆる意味でぎらついた男だが、戦闘力は確かで。

国際再建機構に所属する中ではトップクラスの戦士の一人である。

ただし、スペシャルを除けば、だが。

彼が食ってかかったのは、そのスペシャルだった。

通称ストーム1。本名では無く、コードネームだ。文字通り嵐の如く敵をなぎ倒すことから、この名前をつけられている。出撃から発砲まで戦闘に関する全てのグリーンライトを与えられている、文字通り国際再建機構の切り札の一人だ。

日本で採用された最強の戦士で、元々は警備員をしていたらしい。だが実戦に出るや否や即座に頭角を現し。

今では文字通り「一人で一軍に匹敵する」「正規軍並みに重武装したテロリストの組織を一人で潰した事が十回を超えている」等々、信じがたい伝説を幾つも持っている。

既に中年にさしかかっている人物だが、その戦闘力は文字通り圧倒的。

恐らく、真田の知るヤマトクルーにも、彼を超える人材はいない。精鋭、空間騎兵隊の面子を全員束にしてぶつけても勝てるかどうか怪しい。

殴り合いになるようなら止めようかと思ったが。

軍人なら実力で示してみろと言われた事に、ヒメネスも思うところがあったのだろう。

ヒメネスが国際再建機構で開発したライフルで、的を撃ち始める。距離は五百メートル。

この地下空間はとても広く作られているので、幾つか演習場はあるのだが。

その中で、この射撃場は、戦士達の息抜きのスポットとして知られていた。

実際技術を磨けるので、足繁く通っている者も多いのだ。

真田も気分転換に、様子を見ている。

ヒメネスは流石だ。

連射して、十発中九発を的に当てた。的は動いている。しかも五百メートル先である。

国際再建機構が独自開発した(真田も技術協力した)スナイパーライフルは現在米軍が実戦採用している対物ライフルよりあらゆる点で性能が上だが、それでも驚異的な記録である。もっと長距離の狙撃成功記録もあるが、連続、それも立射でこれは凄まじい。

おおと、周囲から声が上がる。

ヒメネスも、自慢げに鼻を鳴らしていた。これならば、自分の腕を自慢するのも当たり前だと言える。真田も普通に凄いと思った。

しかし、世の中上には上がいるのだ。

「どうよ」

「見ていろ」

ストーム1が、的の速度を加速させる。更に、距離を百メートル伸ばした。

ヒメネスが流石に黙り込む。

そして、ストーム1は完璧と言える立射の体制を取ると。

何もプレッシャーがないかのように、淡々と射撃を始めた。

まるで人間兵器だな。真田はそう思った。

1、2、3、4。

的を弾が貫く度に、さっきまで上がっていた喚声が止まる。明らかにヒメネスの射撃より安定している。素人が見ても分かる程に、その立射は美しすぎ。狙撃は完璧すぎる。

カウントは10まで続く。

そして、的を取り寄せると。その全ての中央が、貫かれていた。

流石にヒメネスも当てるのが精一杯だったのに。文字通りの神域の技である。

わなわなと震えるヒメネス。ストーム1は別に嘲る様子も無く、淡々と言った。

「もっとお前は伸びる。 視力に頼りすぎないで、基礎を更に磨け。 いずれ全ての技術で俺を超える事も可能なはずだ」

「……分かった。 そうする」

「ああ。 頼りにしている。 そして俺を超えろ。 俺はお前が言う通りロートルで、俺のようなロートルが一番のままではいけない。 お前のような若い力こそが超えていけ」

ストーム1は淡々と感情が見えない声で言い、そしてその場を去る。

ヒメネスはしばらくバツが悪そうにしていたが。ストーム1が掛け値無しに実力と将来性を認めてくれていることも理解したのだろう。

やがて思い直したように、射撃場に向きなおり。狙撃を延々とし始めたのだった。恐らくは言われた事が正しいと思ったのだ。

周囲は誰も声を掛けない。

空中にいる戦闘ヘリから狙撃を続け。地上、しかも四q先にいるテロリスト数百人を根こそぎ撃ち殺したというストーム1の伝説を思いだしたのかも知れない。

それは伝説では無く事実だ。

しかも一発も外さなかった。

あいつは人間じゃ無くて、ムービーヒーローだ。宇宙人が来ても、あいつには勝てないのではないだろうか。

そんな噂がある事も、真田は知っている。

まあそれはそうだ。

適切な装備を渡せば、あいつに近代戦で勝てる奴はいないだろうとも思う。今回、近代戦を考慮した場合の最高のスペシャリストである事は確定だ。

ふっと鼻を鳴らす。

そして、作業に戻った真田に、声を掛けて来る者がいる。

ロシアの女性学者ゼレーニンである。一応士官待遇で国際再建機構に所属している。なお米軍にも所属していた時期があり、その時には中尉だった。

ロシアの女性は美貌で知られる。彼女も例外では無く、クリーム色の髪と抜群のプロポーションが強烈な印象を周囲に与える。なおロシア人なら「ゼレーニナ」が本来なら普通だが、色々な理由で米国に移住したときに「ゼレーニン」とアメリカ風に名前を少し変えた経緯があるらしい。

国際再建機構には四年前に参加したが、その時既に飛び級を重ねて博士号を持っていたいわゆる才女であり。真田が最も期待している右腕役だ。

「真田先生、この機構についてなのですが……」

「どれ。 見せてみなさい」

「はい。 この可動部分、無駄が少し多すぎるように思います。 今からでも少し設計を見直しては。 現状の進捗なら可能かと思うのですが」

「これについては、敢えて遊びの部分を設けてある」

即答する真田。

ゼレーニンはどうも杓子定規な部分があるが、自分を正しいと即座に決めつけず真田にはよく質問をしてくる。

固定観念を持たず質問をしてくる相手ほど頼もしいと真田は思っている。

故に、自分の設計の意図をいつも必ず正確に説明するようにしているのだ。

「積み込む物資の事を考えると、遊びを入れている余裕はあるのでしょうか」

「長期戦になるかも知れない。 内部にはあらゆる生きるための設備を組み込んであるが、一番重要なのは生存能力だ。 ちょっとやそっとの攻撃で撃墜されたり大破するようでは話にならない。 ダメージコントロールと生存性の向上のためにも、少し余裕を持った造りが必要なのだ」

「……分かりました。 もう少し見直してみます」

「うむ」

真田は勿論質問魔ゼレーニンを嫌がっていない。

こんな細かい所まで疑問をぶつけてくるゼレーニンを好ましく思っている。

実際問題、有望な人材だ。

出来れば後を継いでほしいが。

さて、どうなるか。

どうにも、ゼレーニンには少し思考に柔軟さが欠けるきらいがあるように思えるのだ。

真田が知る最高の船乗りは、柔軟な戦術を得意としていた。

臨機応変はいい加減の別名だが、彼のは違った。老練と言う言葉の見本で。状況から即座に最適解を見いだす文字通り天才的戦術家のそれだった。

学者も同じだ。

新しい発見があると、今までの定説がひっくり返る事なんて当たり前なのだ。ましてやこれから向かう先は、人類の知識が通用するとは限らない。真田が挑んだ星の海だってそうだった。

未知に挑むには知識は当然、その上で常に余裕と遊びが必要だと真田は考えている。

ゼレーニンは、スペックは問題ない。

問題はもっと柔らかい頭がほしい所なのだが。

それを今後得られるかどうか。

ゼレーニンは若い。きっと大丈夫だ。

そう真田は思い直すと。

クレーンの様子を見て、少し不安になった。勘が適中。立ち上がって叫ぶ。

「7番クレーン、止めろ!」

「はい?」

「作業員達、退避!」

「は、はいっ!」

次の瞬間。物資を搬送していたクレーンがバランスを崩した。

あっと言う間も無く、荷崩れが起きる。急ピッチの突貫作業でやっているのだ。どうしてもこういうことは起きてしまう。

コンテナが崩れて作業員が巻き込まれたように、真田には見えた。

すぐに救急班が来る。

地下空間とは言え、コンテナの下敷きになったら普通助かりっこない。煙が収まるのを街ながら、様子を見る真田だが。

先に動いていたものがいた。

ブルーカラーの服を着込んだ作業員達を、今にも押し潰そうとしているコンテナを。

あろう事か生身で支えている。

その筋肉ははち切れんばかりで。その上身長も二メートル近い。

ボディービルダーのような、作った筋肉では無い。野性的な、荒々しい美しさを周囲に見せつけていた。服装もかなり粗野なジャケットとジーパンである。一応軍籍にはあるのだが、ストーム1と同じく全ての行動にグリーンライトを与えられているスペシャルだ。

「すぐに救助を!」

救急班が、潰れかけていた人物を皆救い出す。

それを見届けると、コンテナを生身で支えていた人物は。余裕を持ってコンテナを降ろしていた。傷ついた様子も無い。次元違いの身体能力である。

真田は冷や汗を拭いながら言う。

「ありがとうケンシロウ。 貴重な物資と、それ以上に貴重な人員を失うところだった」

「……」

寡黙に頷くと、ケンシロウと呼ばれる人物は行く。

彼は国際再建機構の戦士の一人。ケンシロウである。

北斗神拳と呼ばれる、存在が秘匿されていた秘拳の使い手の一人であるのだが。何でも代々非人道的な技術継承を行っていたという。更に兵器の発達で北斗神拳にも限界が見えてきたと伝承者が判断したらしく。

現時点で、最後の北斗神拳の使い手になるつもり、らしい。

なお四人兄弟の末っ子なのだが。

一番戦闘力が高いらしい長兄は現在子育てに忙しく。

次兄は国際的な医師団体に所属。

三男は孤児院を経営していて、それで手一杯だそうで。

北斗神拳を生かしてこの任務に参加してくれたのは、彼一人だった。

なお三男は昔兎に角荒れていたらしいのだが、伴侶が見つかってからは落ち着いたらしく。今では地元の名物孤児院長らしい。

元々かなり特殊な家庭で、皆伝承者の養子らしいのだが。

拳法のことだけ考えて生きてきたような他と違ってこの三男だけは普通にとった養子らしく。

それを聞くと、真田も一時期荒れていたという理由が何となく分かる。

20世紀末には、この世界の地球はかなり危ない所までいったらしいのだが。

それを乗り切った結果。

恐らく彼の家族は、負の方向に振り切れることはなかったのだろう。

地球は20世紀末から現在まで必ずしも平和ではないが、良い結果だったのだと思う。

ケンシロウは単純な肉体戦闘能力では、あのストーム1ですら及ばないと認めている国際再建機構最強のインファイターである。

顧問としていてくれている葛葉氏でも勝てないだろう。

今回は、何が起きるか分からない。

銃火器を持ったテロリストの組織を生身で制圧する実力を持つケンシロウが、今回の遠征に参加してくれるのはとても有り難い。

なお戦闘時は気分が高揚するためか多少言動が物騒になるが。

普段は寡黙すぎて周囲から困惑されるくらい静かな人物である。生活能力も高くないので、周囲の補助が必須な人間だ。その分、戦闘能力は誰よりも高い。適材適所だから、別にそれで良い。

急ぎ足で此方に来る大柄な男性。何人か武装兵を連れている。

今回の探索の総司令官。

ゴアだ。

米軍最強の特殊部隊、ネイビーシールズに元々いた人物で。更には米軍で将官にまで上り詰めた。

そこからの国際再建機構への移籍者である。

前線でも指揮官としても抜群の戦歴を上げていた、文字通りの歴戦の人物であり。非常に落ち着いた物腰の、長身の黒人男性である。見本のようなたたき上げと言う事で、一般兵からも評判が良く。その落ち着いた言動から上層部にも敵が少なかった。

今回、総司令官には是非正太郎長官をという声があったのだが。

正太郎は、この方舟の操縦そのものに全力を注ぎたいと明言。

その結果、軍事に明るい上人望もあり、国際再建機構の軍事部門の重鎮を務めているゴアが選ばれた。

「真田先生。 事故があったようだが、大丈夫か」

「問題ない。 少しスケジュールが押しているからな。 仕方が無い事だ」

「テロの可能性は」

「それはないさ。 私も徹底的に目を配っているからね」

念のためにと、周囲に武装兵が展開する。

ゴアは非常に有能な司令官で、部下達の信頼も厚い。

今回の総司令官役も、正太郎長官が辞退したとき皆が不安になったところに。「ゴアならば」と誰もが納得した人選である。

部下に常に気を配り。

自身は謙虚である事を忘れない。

そんな軍人の鏡のような人物である。

熱狂的で、どこか愚連隊的な印象のあった昔の仲間達を思い出す真田。

ゴアならば。彼らのまとめ役として、調整を上手くやってくれたのだろうな。そんな風に思う。

「先生も、無理はお控えください」

「大丈夫。 この程度はまだまだ」

「貴方に倒れられては、この方舟はやっていけないでしょう」

「本当に心配は無いよ。 君も、少し気を張りすぎないようにな。 ただ其所までいうならば休もう」

真田ももう若い身では無い。

押し問答をしてしまったが、ゴアの言葉は正論だ。少しだけ、ゴアに言われた通り休む事にする。体中をサイボーグ化している上に、この世界に来てから相応に年月も経っている。真田も、もう無理は出来ないのだ。

スケジュールを軽く見て、余裕が殆ど無いことにため息をつくが。

そこに、歌声が流れてきた。

今回非戦闘員はそこそこの数が参加するのだが。その中の変わり種。

隊員達の士気を保つために、参加を志願してくれた。国際再建機構の広告塔。

天海春香である。

元々日本のアイドルだった彼女だが、二十三歳の時に事務所を離れて国際再建機構に参加。

アイドルと言う形で、自分の全てを周囲に届けるという行為を、どうやら最大の形でやりたくなったらしい。

以降二年間、国際再建機構の広告塔としてライブをやったり基金のポスターの被写体になったり、活躍してくれている。

今回は、過酷な任務になる事が予想されており。真田は少し難色を示したのだが。

国際再建機構の士気を保つためには癒やしが必要だと言う意見には賛成だったし。

何よりも彼女の影響力は絶大で、あの気むずかしそうなヒメネスまで文句をいう様子も無く手を止めて、歌を聴いている。

技術力は兎も角、不快を一切感じさせない歌は難しい。もっと歌が上手いアイドルなんて幾らでもいる。ダンスの技術もしかり。だが総合力で、彼女を超えるムードメーカーは存在しない。容姿も絶世の美女ではないのだが。逆に其所が人を安心させる。

彼女は場の空気を飛躍的に改善すると言う点で、最高の人材なのだ。

銃を撃ち敵を殴るだけが戦いでは無い。むしろ敵味方を理解し状況を改善する事の方が、より難易度が高く更に効果が大きい戦いとも言える。

それを良く理解している真田は、目を細めてしばらく手を止めると。

歌が止まった後。自室に戻って、少し休む。

他にもやる事がいくらでもある。それに、南極のシュバルツバースは拡大を続けている。

今、手を動かすだけが戦いではない。

長期的にスケジュールを練るのも戦いだし。

もう無理が利く訳では無い体を労るのも、また戦いでもあった。

 

2、着実に進む準備

 

シュバルツバースが発生した直後。

国際再建機構に、米軍が持ち込んだ装備がある。

通称デモニカスーツ。

極地での戦闘を想定した、高度AIを組み込んだ多目的パワードスーツ、というのがその概要だが。

全体的に完成度がまだ足りないと、真田は考えていた。

スーツのデザインはいい。

バケツを被ったようなデザインになっているのだが、これについては実用性があればどうでもいいので、気にすることではない。

問題は、このデモニカスーツ。

個人の素質にあまりにも大きく影響されすぎる、という事である。

今、外でレインボウノアの建造に関しては、進捗率が97パーセントを超えており。

後は今まで育成してきた現場監督達に任せれば良い状態になっている。

また内部での戦略や戦術についての判断は、正太郎長官やゴア、その他隊長達が連日会議とシミュレーションを行い、それに伴う訓練もしている。

このデモニカスーツは、非戦闘員の分も。

勿論真田の分も用意してある。

だが、現状では。

非戦闘員は、文字通り着るだけの装備になってしまう。

一応、状況に応じてAIがどんどん装備をアップデートし。

持ち主と共に進歩していく画期的装備という事になってはいるのだが。

このデモニカスーツの改良を、ひたすら真田は続けていた。

デザインやネーミングについては、どうでもいい。

真田は実用主義者で。

他人の嗜好や趣味に口を出すような事もしない。

だから「バケツを被ったようだ」と言われているデザインについては、何の興味も無かった。

兵士達の士気を下げるかも知れないとは思ったが。

それはそれ。

真田が考える事では無い。

真田の側には、昔ヤマトを支えた高度AIを搭載したロボット、アナライザーをベースにし。

強化改良を重ねた制御AI。

アーサーの端末がある。

アーサーと話をしながら、真田は今。

デモニカスーツの改良を進めていた。

「並列化の方は上手く行きそうだな」

「はい。 ただしネットワークの維持が必要になりますし、スーツの稼働時間にも影響がでます」

「元々こういった極地戦用のパワードスーツは、本来は数時間が着用限界だ。 何とかそれを延長し、更には着用が厳しい場合は戻るように警告するプログラムを走らせよう」

「それにはストレスなどを総合的に判断するプログラムも自立して走らせなければなりません。 負荷が更に上がりますね」

その通りだ。

考えながら、真田はデータを入力していく。

一応現時点では、デモニカスーツの基礎AIには、様々な極地での活動データが組み込まれているし。

兵士達に模擬戦をやらせて、そのデータも取り込んでいる。

だが、はっきりいってこれらが役に立たない事も分かっている。

交戦がほぼ確定している相手。シュバルツバーツの住人は人間では無い。

幸いと言うべきか。

強力な迷彩能力については、三度にわたって送り込んだドローンのおかげで、仕組みを解明できている。

これは簡単に言うと、シュバルツバースの精神生命体は、相手の心。それも生身の脳、稼働させているAI、関係無く知能に直接干渉する事が出来。

総合的な出力が上回ると、相手に自分を知覚させない。

そんな芸当が出来るらしいのである。

人知を越えた土地だ。

それくらい、出来る相手がいてもおかしくは無い。

専門家である葛葉から、相手は精神生命体である可能性が高いと聞いていたが。

精神生命体故の離れ業、と言う事なのだろう。

勿論それらの対策もし。

更に元々もデモニカスーツにも改良を重ねに重ねているが。

間に合うかどうか。

根本的なハードウェアアップデートには限界があるが。

それもギリギリまでやりたい。

また、アークの内部にある工廠の性能も確認しておきたいので。

アップデートの際に、最も優先しなければならない戦闘班のデモニカスーツに関しては、どんどん部品を生産させてもいた。

今の時点で各国に物資の追加注文はしていない。

現状、不要な品はどんどん鋳つぶして、再利用する仕組みを整えている。

アークは文字通りの方舟。

千人以上の人間を乗せたまま、その気になれば何年でも何十年でも自立して生活出来るシステムが整えられているが。

その一環だ。

そして、そんな生活を可能に出来るのかのテストも兼ねている。

プログラムを打ち直すと。

真田は、何人かの部下にデータを送り。デバッグを頼む。

そして、アーサーと軽く話をした。

「よし、並列化はこれでいける。 現時点で忌憚のない意見を聞かせてくれるか」

「各人の戦闘データを全て取り込み、全員のデモニカスーツにて共用する。 それはスペシャリストの能力が、各員に備わる事を意味しています。 極めて強力なバックアップになるでしょう」

「うむ……」

「一方で、やはりデモニカスーツの稼働時間には疑問が残ります。 極地戦闘用ですので、どうしても稼働時間を増やす方向で動かしたい。 オミットできる機能はどんどんオミットしなければならないかとも思います」

アーサーは良き隣人になりうるAIだが。

言う事は辛辣に言ってくる。

だが、真田は意見してくる相手が嫌いでは無い。

頷くと、プログラムの見直しを行っておく。

デバッグは、誰が組んだプログラムでも必要になる。

どんな天才でもだ。

人間にはどうしても主観がある。

その主観に基づいてプログラムを組むから、どうしても矛盾点は生じてしまうのである。

これは文章などを書くときも同じであるが。

ある程度の割合でミスが出るのは、IQが200あろうが300あろうが同じ事だ。

ミスをしない存在などいない。

時計を見る。

既に出立まで残り一ヶ月を切っている。

その時には、シュバルツバースは直径二百キロ以上まで拡がっている筈で。

内部で活動する事が許される時間は、更に減ることになるだろう。

今すぐにでも出たいくらいなのだが。

それが許される状況にない。

研究室から出ると、真田はトレーニングルームに急ぐ。トレーニングルームと言ってもシミュレーションで戦闘をする場所ではない。

用途を明かしていない、一般的には倉庫としている場所だ。

其所で、丁度今。

ケンシロウと、ストーム1が待ってくれていた。

時間はぴったり。

二人ともデモニカスーツを着けている。

なお、ケンシロウは怒りと共に筋肉が凄まじい膨張を見せるため、デモニカスーツはそれを見越してかなり柔軟に作っている。

如何にこのケンシロウという人物が、人間離れした身体能力を持っていても。

恐らくシュバルツバースの極限環境では、生きていけないからである。

大昔の宇宙服を着なければいけないような環境だ。

既にドローンが送ってきた成分などによると、そもそも人間だったら呼吸を一回するだけで死ぬ。

そんな場所では、如何に超人でも耐えられない。

「真田技術長官。 俺たちにまた組み手をしろと」

「ああ。 相手が人間ならざる存在であることは二人に告げている通りだ。 故にデモニカスーツに可能な限り最高の戦闘学習をさせ、データを取りたい。 出発の前日まででも、な」

「だが俺たちが本気でやりあったら確定でどちらかが死ぬ。 そしてそれは恐らくは俺だろう」

ストーム1が言う。

この部屋内では、だ。

元々近代戦のスペシャリストであるストーム1だが、流石にインファイトのスペシャリストであるケンシロウが相手では、この狭い空間では厳しい。

ストーム1が力を発揮できるのは広い空間。

そう言った場所なら、それこそ千倍の兵力差をひっくり返す男だ。

だが逆に、こう言う空間なら。

それこそケンシロウの独壇場である。

ストーム1も、デモニカスーツでの戦闘で、相当な基礎能力の向上を果たしてはいるのだが。

それでも分が悪すぎる。

「しかしながら、葛葉氏ですら君には接近戦で及ばないと言っている。 ケンシロウに次ぐインファイトの実力者は間違いなく君なのでな」

「やむを得ませんか。 死なない程度にやるしかない」

「……しかしそれでは、本来の能力を学習させられない」

寡黙なケンシロウが口を開く。

戦闘時は饒舌になるケンシロウだが。

今は準戦闘時だ。

だから、だろう。

しかしながら、彼らの懸念は不要である。

既に真田は手を打っていた。

部屋に入ってきたのは、先に話題に上がった葛葉氏。

ある分野の専門家として、顧問としていてもらっている人物だ。

この人物も、相当な戦闘能力の持ち主なのだが。

ケンシロウやストーム1とは得意分野が違う。二人も、違う分野の専門家として注目しているらしく。すぐに葛葉氏に視線を向けた。

「それならば、俺が協力しよう」

「予定通りに頼みます。 時に「彼女」の調整は終わったのですか」

「いや、「彼女」の調整はもう少し掛かる。 それにクルーには、彼女の事は知らせておかなければならないし、未調整の状態で会わせる訳にもいかないからな。 だが」

葛葉氏は、すっと手につける小型PCを操作する。

元々は別の媒体を使っていたらしいのだが。

これもまた、ある人物から提供されたシステムを利用して作り上げたものだ。

デモニカスーツにも組み込んである。

ただ、まだ機能としては未開示である。

存在は今回の遠征に参加する幹部以上の人間しか知らない。

その場に出現したものを見て、ケンシロウもストーム1も、身じろぎ一つしない。

既に二人とも知っている。

葛葉氏。

正確には第十四代目葛葉ライドウが、「悪魔」の専門家であり。

「悪魔」を行使して戦う事を。

そんなものがいるのかと、最初は真田も驚いたが。

実物を見た以上、科学的にアプローチをしていくのが科学者というものだ。

実物がいる事を知っていたから、シュバルツバースの無人調査で悪魔が存在する事を知っても、別に驚くことはなかった。

何より、シュバルツバースにいるのはほぼ確定で悪魔だ。

悪魔の専門家葛葉ライドウには、いてもらわなければ困るのである。

「二人には、俺の使役する悪魔と戦って貰いたい」

「勿論、殺してしまってもかまわないのだな」

「かまわない。 悪魔は精神生命体で、肉体を失ってもマグネタイトと呼ばれる物質を吸収することで復活する事が可能だ。 完全に殺す方法もあるが、今の時点で二人にはその手段が無い」

「良いだろう」

悪魔、か。

そこにいるのは、巨人だった。

背丈は四メートルはあるだろうか。

赤黒い肌。荒々しい爪や牙。そして頭から生えているのは角。

虎のパンツをはき、巨大な棍棒を持っている。

見た瞬間、人間だったら勝てる訳がないと尻込みし、逃げ出すだろう。

一目で分かる。

これこそ、いにしえの伝承に残るもの。

鬼だ。

葛葉の一族は、日本の影でこういった「悪魔」と総称される存在を狩り、時には汚れ仕事もこなしながら、裏の世界から平穏を守ってきた一族なのだという。

中でも十四代目に当たる彼は歴代どころか史上最強と呼ばれ。

様々な世界に出張しては、その問題の解決に当たる。

それくらい、信頼されている存在であるらしい。

なお、葛葉の一族の定義によると、基本的に精神生命体は全てひとしく「悪魔」であるらしい。

そうなると神に分類される存在もそうなのだろう。

実際問題、同じように人間の信仰によって力を増し。

マグネタイトなる物質で実体化を果たすという点では同じであるらしいので。

同じ存在、と考えてしまっても良いのだろう。

葛葉氏が顎をしゃくると同時に、

凄まじい雄叫びを上げて、鬼が金棒を振るい上げた。

遅いかというと、そんな事は一切無い。

これだけの筋肉質の体だ。

降り下ろす棍棒も、本来なら人間がとても対応出来るものではない。

だが、この場にいる二人は違った。

瞬く間に、左右に跳び離れる。

棍棒は、それでも凄まじい動きを見せ、ケンシロウを捕らえるが。

なんとケンシロウは、鮮やかな手並みで。

降り下ろされた鬼の棍棒を柔らかく受け止めていた。

「スローすぎてあくびが出るぜ」

挑発されたと思ったのだろう。鬼が激高した声を上げるが。その目から、瞬時に光が消えていた。

既に、巨大な対物ライフルを冷静にぶっ放したストーム1の姿があり。

その弾丸が、完璧に鬼のこめかみを撃ち抜いていたのである。

この対物ライフルは、ストーム1専用に誂えたもので、ライサンダーという。艦砲並みの火力を出せる携行ライフルという無茶苦茶な注文を受けたのだが、真田はどうにか仕上げて見せた。

結果、ストーム1にしか使えない、凄まじい銃が完成したのだった。

いずれにしても、鉛玉は悪魔には効く。

それはドローン探査の時点で充分に証明されていた。今回もまた証明された。

なおこの部屋は、シュバルツバース突入の際に展開する予定のプラズマバリアで防備しているため、ライサンダーを始めあらゆる火器をぶっ放しても平気である。

瞬時に消える鬼。

その消え方は。ドローンが撮影した、シュバルツバースの住人とそっくりであった。

完全に同じ存在とは限らない。

だが極めて近しい存在であるのは、確定であろう。

葛葉氏は頷く。

「更に強い悪魔を出していく。 対応出来るか」

「問題ない」

「……」

ケンシロウはやはり、戦闘以外では極めて寡黙だ。今も、こくりと頷いただけである。

だが、やはり今までまともにやり合える相手がストーム1しかおらず。

しかもそのストーム1も生半可な軍人では手も足も出ないレベルのインファイトは出来ても。残念ながら超絶の拳法の専門家では無いと言う事もあって、色々不満もあったのだろう。

彼の兄弟達なら話は別だったのだろうが。

皆、此処には来られないのだから仕方が無い。

真田はアーサーの端末を持ってくると、データを取る。葛葉氏は、もう一体の悪魔を召喚すると。その悪魔が何か障壁のようなものを、真田と葛葉さん、ケンシロウとストーム1の間に展開した。

今度のは悪魔と言うよりも、分かりやすく女神らしい姿をしているが。

葛葉氏の定義では悪魔なのだろう。

そういうものだと考えて、データを取る。

さっきより激しい戦いになると判断し、真田を守るために壁を展開してくれたのは確定である。データの取りこぼしは許されない。

葛葉氏が小型PCを操作すると、鬼よりもだいぶ小柄な悪魔が出て来た。

だが巨大なサソリに人間の顔がついたような姿をしていて。全長三メートルは余裕である。ケンシロウもストーム1も、鬼よりも強いと一瞬で判断したようだった。

「パピルサグだ。 二人ともいけるか」

「……やってみよう」

「手加減が出来るような相手では無い。 いざとなったら介入する」

「甘く見られたものだな」

ケンシロウが構えを取ると同時に、巨大人面サソリが雄叫びを上げる。

確かにプレッシャーはさっきの鬼の比では無い。

「葛葉さん。 パピルサグとは。 神話には詳しくないのでご教授願います」

「バビロニア神話に登場する主神エンリルの子の一柱だ。 現在では知名度が下がって信仰が減り力を落としているが、それでもあの通り尋常な人間が相手できる存在ではない」

「なるほど、そういうものか……」

「パピルサグは兎も角、「彼女」が「農耕」、それも「稲作」特化の神で助かった。 もしもそうでなければ、どのような形で顕現してしまっていたか」

頷く。咳払いすると、葛葉氏は。葛葉さんと呼ぶのはやめて、もっとフレンドリーでかまわないと言った。

苦笑する。

真田も、クルーからは真田さんと呼ばれていた身だ。

尊敬すべき相手には、敬意を払いたい。

「それではどうしましょうか」

「実の所、俺の名前は襲名しているものだ。 だから、どちらかというとライドウの方が良いな」

「分かった、以降はライドウさんと呼びましょう。 それで構わないですか」

「ああ、そうしてくれ。 真田さん」

事実ライドウさんは、平行世界の大正時代から来ているらしいのだ。ずっと年上に当たる。敬意を払うのは当然である。

目前で、パピルサグと二人の死闘が繰り広げられている。

丁度、パピルサグのハサミをケンシロウが粉砕した所だったが、パピルサグも一歩も引かない。

ストーム1の、専用に用意したAS100Fと呼ばれる強力なアサルトライフルの弾丸一斉射を受けながらも、全身の装甲で弾き返している。

流石は主神の子、と言う訳か。

だが、ストーム1は、もう相手を見きったようだ。

マガジンを切り替えると、もう一連射。

弾丸が全て関節に食い込み。

凄まじい絶叫を上げるパピルサグ。

何やら超常の力を展開して、周囲を吹っ飛ばそうとする。

アレが悪魔が使う力の一つ、「魔法」なのだろう。

だがケンシロウが、残像を作って至近に。

顔面に拳を叩き込んでいた。

「ほあたっ!」

巨体が冗談のように下がる。何というパワーか。コンテナを平然と支えるわけである。だが、そのパワーにすら耐え抜いたパピルサグが怒りと共にサソリの尾を降り下ろすが。

なんとケンシロウはそれを指二本で白刃取りしてしまった。

流石に唖然とするパピルサグの上に、ふわりとストーム1が乗る。

詰みだ。

首の関節をゼロ距離からライサンダー狙撃銃でぶち抜かれたパピルサグが、頭と胴体を泣き別れにされ。

崩れ落ち、そして消えていく。

ライドウは頷くと、更に強い悪魔を出すと言った。

真田も立ち会う。

持ち込んだアーサーが、データを取得していく。アーサーは、目の前で行われている人外の戦闘に驚嘆しながら言う。アーサーは感情を有するAIだが、それも人間らしく仕上がってきている。

「この戦闘力を皆が共有すれば、シュバルツバースの探索は極めて容易になるでしょう」「それは良くない楽観論だな」

「真田先生は慎重ですね」

「いや、私はそもそも尋常では無い困難の旅を経験している。 そこでは、「常識」等という都合が良いものは存在しなかった。 敵は常に此方の上を行くのが当たり前で、最悪の事態をいつも考えなければならなかった」

ライドウさんが召喚している悪魔ですら、シュバルツバースの悪魔に比べたらゴミクズ同然の実力だったら。

そうなってくると、探索は極めて厳しいものとなるだろう。

だが、ストーム1もケンシロウも、パピルサグより更に強い悪魔をライドウさんが出してきても、余裕を持って対応している。

まだまだいけそうだな。

そう思って、訓練を続けて貰った。

 

アークの構築進捗率99パーセント。

既に、出発の準備段階に入っている。

人員は割り当てられた部屋に入って貰い。この建築に使った地下空間は、物資の撤去も開始していた。

シュバルツバースの直径は250キロに達しており、拡大速度も増している。

時間は、もう実際には残っていないとも言えた。

真田はしっかり戦闘データをデモニカスーツに反映し、並列化も出来るようにした。可能な限り、必要な機能も埋め込んでいった。

ライドウさんの技術提供により、幾つもの事が分かっている。

悪魔には種族があり、陣営もあるという。

秩序、中立、混沌。

これが基本になる。

基本的に秩序が現在では主を担っているらしいのだが。現在の社会に干渉してきていることは殆どないそうだ。ただし、一番力があるのもこの陣営で、性質は極めて独善的だとも言う。特に一神教の神格がこの陣営にあたるそうだ。真田は宗教に興味はあまりないのだが、何だか現実の宗教家達のようだなと思って、少しげんなりした。真田が知る、宇宙で遭遇した本物の神は、存在に相応しい人格の持ち主だったのだが。

一方混沌はどちらかというと秩序の対立派閥にあり、その性質は荒々しい古代の荒神そのものだそうである。

生け贄を求め、己のあり方こそが正しいと考え、そして欲望のままに荒れ狂う。

原初の世界そのものだが。

それはまるで動物だな、と真田は素直な印象を抱いていた。

かといって、秩序にもあまり好感は持てない。

独善的な思想による一方的な秩序なんてものは、主権国家や独裁政権と同じである。

ライドウさんの話によると、悪魔は人間の信仰によってなり立つ存在であり。

故に人間を基本的に放っておいて、得られる信仰を元に力を増すのだとか。

悪魔が人間の前に不用意に姿を現さなくなってから久しいが。

それは主に秩序陣営の悪魔が優位になり、人間を影から支配するのがより効率的だと判断したから、らしい。

事実各国の首脳部にも秩序陣営の悪魔が絡んでいるケースが多いらしく。

混沌陣営もそれに対抗して、色々と悪さをしている。

このため葛葉をはじめとするカウンター機関が各地にあるそうだが。

戦いが止んだことはないのだとか。

専門家が言う事だ。

それに実際に、あのケンシロウとストーム1が二人がかりで対処しなければならないような悪魔も見ている。ライドウさんは相当に強い悪魔を有しており、特に強い個体は二人をも苦戦させていた。

二人が周囲を気にしないレベルで本気を出せば話は別なのかも知れないが。

人間に対しては文字通り絶対的な力を振るう二人も。

悪魔に対して、同じ事が出来るとは真田には思えない。

ただ、情報は力になる。

シュバルツバースに、何も知らずに入るよりは遙かに良いだろう。

ライドウさんの話によると、三つある悪魔の陣営の中でも、更に派閥が存在するらしい。

光、中立、闇がそれに当たる。

要するに秩序陣営でも、支配者階級として構えているようなのが光。

手段を選ばず秩序を成立させ、その過程でどれだけ邪悪な行為でも平然と行うのが闇、というような感じだそうである。

一般的なイメージにある神はだいたい光に属しており。邪神や魔王は闇に属するそうだ。

いずれにしてもこれらの神や魔王などは桁外れに高い能力を持っていて、ライドウさんであっても迂闊に手出しが出来る相手では無いとか。

またいにしえから伝承に残るように、悪魔は極めて狡猾で。

人間との会話は可能で。上手くやれば従える事も出来るが。

必ずしも正しい言葉を喋るとは限らず、自分より弱い相手には絶対に従わないという話だった。また隙を見れば寝首を掻きにも来るという。

そういえばケンシロウとストーム1に破れた後、鬼やパピルサグを再召喚すると。どちらもケンシロウやストーム1に好意的な行動を見せていた。鬼はガハハハハと笑いながら一緒に酒を飲みたいと豪傑みたいな事を言い出したし、パピルサグはカタコトではあったが一緒に戦えるのが光栄だとか言っていた。

これもまた、大きな情報だ。

必ずしも、シュバルツバースにいる悪魔全てを敵に回さなくて済むかも知れないからである。

「真田技術長官」

アーサーから声が掛かる。

顔を上げると、立体映像だ。

正太郎である。

敬礼すると、正太郎は破顔した。

「流石は真田君だ。 事前の準備をほぼ完璧に整えてくれて感謝する。 そろそろ、出立の前にするべき二つをこなしておこう」

「分かりました。 ただ、私は正直演説の類は得意ではありません。 技術の解説は出来るのですが」

「それについては、春香君に頼む」

「なるほど。 ムードメーカーである彼女ならば確かに誰もが耳を傾けるでしょう」

此処だけの話だが。

十代の頃にアイドルデビューした彼女は、挫折も多くして。何度も苦悩しながら、その度に這い上がってきたのだという。

真田の知る世界に芸能界はなかった。過去の存在でしかなかった。

平行世界ごとにも違うだろう。

他の世界にも、天海春香はいるかも知れない。

だが、もっとアイドルにとって恵まれた世界で活躍していたり。或いは軍人みたいな仕事をしていたり。

挫折して芸能界をやめてしまったり。

そういう世界もあるかも知れないなと、真田は思った。

人間は残念ながら、適材適所出来るほど優れた生物では無い。危機に対して、常に団結できる訳でも無い。

真田にしても、正太郎長官に保護されなければ、どうなっていたか。

「それでは、真田君。 出発前の大仕事の、最後のブリーフィングをしよう。 今から人を集めるから、君も来て欲しい」

「分かりました」

準備は、真田が思いつく限り整える事が出来た。

それだけでも、前に真田が経験した二度の大遠征より遙かにマシだ。

そして今度こそ。大遠征は失敗させない。一度は成功、二度目は途中脱落。

三度目は、必ず。

最後まで、責任を持って。

自分が皆と作り上げたこの方舟と。それに集めた人材と共に。

難局を乗り切るのだ。

真田はサイボーグ化されて、もはや人とは言い難い体で歩きながら。そう思うのだった。

 

3、出立

 

既に、人員の乗車は完了した。

最後に行われていた調整が完了。細部までの確認までも終わって、全ての進捗が完了した。

勿論ヒューマンエラーが起きる可能性はある。

だが、それでも此処から南極まで移動する間にも、時間はある。補給できる地点もある。

それらの場所で、調整は可能だ。

此処でやるべき事は終わった。

国際再建機構の本部では、撤収と引き継ぎが完了。地下空間はがらんどうになった。以降此処は、シェルターにでも使う事になるだろう。使う必要が生じないことを祈るばかりである。

講堂で演説はしない。

講堂のような無駄なスペースは方舟にはないからだ。

だから、事前に艦内放送を流す。

各自が、それぞれ手を止め。

これから行くべき場所で。何をするべきか、知るためにである。

扇情的な演説は必要ない。

春香もそれは分かっているらしい。

艦内放送は、最初はゴア隊長に流して貰う。これは、皆が聞く体勢を取るため、である。

また、既に画像も準備してある。

これから行く場所が、どういう場所かまったく分からない。

ある程度、分かる。

それとこれとで、全く戦士達の士気が変わってくるからだ。未知は不安を呼ぶ。人間は、脆い生き物なのである。

「それでは、皆、これより任務について詳細な話をする。 勿論後から何時でもアーカイブで確認できるようにはしておく。 だがそれでも、今聞ける者は聞き、見る事が出来る者は見て欲しい」

ゴア隊長が話し終える。

艦内カメラの様子を見る限り、戦士達は手を止めて、話を聞く体勢に入っているようだ。

無駄にグダグダ話しても仕方が無い。

簡潔かつ要所を押さえて話をする必要がある。

原稿は何回か練り直し、春香にも駄目出しを貰っている。

この手の仕事は結構するらしく。

本人は真田が感心するほど場慣れしていた。

「みなさん、国際再建機構広報の天海春香です。 今回はこの危険な旅に同行させていただくことになりました。 今回の旅は、人類の存亡をかけたものです。 既に噂では聞いているかも知れませんが、それが真実である事を此処に告げます」

春香の声は落ち着いている。

彼女自身、相当な修羅場をくぐってきているのだろう。

蝶よ花よと甘やかされてきたり。

帝王教育で理屈しか知らないエリートには、とても出来ない肝の据わり方だ。

春香は順番に話していく。

この船が向かう先シュバルツバースの存在。徐々に拡大しており、止めなければ地球全土がプラズマ分解される事。

それだけではない。

内部に映像も流す。

まるで悪魔としか思えない知的生命体がいる。

人間ではとても活動できない状況である。

故にこの船は圧倒的なまでに頑強に作り。

そしてその気になれば、何年でも生活出来るようになっていることも。

兵士達の顔に困惑が走る。

だが、あのドローンが、今まで国際再建機構の先鋒として。人の命を代替して死地でどれだけ活躍してきたか、誰もが知っている。

故に、持ち帰った映像には圧倒的な信頼感があり。

誰も「悪魔のような知的生命体」の存在を疑っていないようだった。

「今回の件は、国際再建機構の全力を挙げた探索です。 誰が欠けても探索はなり立たないでしょう。 これより、この戦いに赴くスペシャリストのみなさんを読み上げます」

順番にこの戦いに参加する全員の名前が読み上げられていく。最初は正太郎長官から。後は、無作為に抽出された番号通りに。

誰一人呼ばれる名前は欠けない。

世界中のあらゆる地域から、この作戦のために人が参加している。

その中には、もう解決は無理だと諦めていた紛争を国際再建機構によって解決して貰ったり。

或いは極貧国家だったのを立て直して貰ったりと。

個人的な恩義から参加している人員もいた。

ヒメネスやゼレーニンの名前も挙がる。

世界的な、いや国際再建機構の顔として、今や世界最高のアイドルである天海春香に名前を呼ばれて気分が高揚しない人間は少ないだろう。

有名人にはアンチも増えるものだが。

それでも国際再建機構は。

このどうしようもない世界を、確実に良くしている世界でも珍しい組織なのだ。

だからこそに、カメラの向こうの兵士達は皆神妙にしている。

思い出すな。

真田は思った。

地球を去るとき、みんなこんな感じだったっけ。

だからこそ、真田は。皆を可能な限り、生きて帰らせなければならないと思った。

勿論、全員を生還させることは、可能性が極めて低いと言わざるを得ないが。

それでも、最優先目標はその全員生還だ。

最後に天海春香が自身の名前を呼ぶと。

拍手が起きた。

そして、もう一つ、皆に報告しなければならないことがある。

ゴアがまた代わると、話をし始める。

「我々は、最高の人員を集めると言うことで、最善の努力をした。 同時に、人員以外でも、最高のスタッフを得る事に成功している」

「? アーサーの事か?」

「確かに便利なAIだが……」

「紹介しよう。 今回の地球の危機に、我々が悪魔について調査していた結果、偶然接触する事が出来た存在。 本物の神。 農耕神にて武神であるサクナヒメである」

船内がしんとなる。

まあそれはそうだろう。

悪魔がいるらしい。

そこまではまだ、画像で分かるかも知れないが。

神がいるというのはどういうことか。

兵士達は皆、ぽかんとしているが。

其所に、まずは巨大な岩の映像を映し出す。側には比較対象として、現在最強の戦車の一角として知られるM1エイブラムスがある。岩の大きさは、直径三十メートルにはなるだろう。

その岩が。

一撃で、両断されていた。

その影から出て来たのは、古い和風の着物。それも農作業を行うようなものを着て。

古代の日本人のように髪を結い。

足下は草履。

更には、伝承に残る羽衣を纏った、幼児であった。

その幼児が、手にしている剣で斬ったのである。

ふんと、胸を張ってみせる幼児。

そう、彼女こそ。恐らくはシュバルツバースの影響によって、本来は存在しないのに来てしまった者。

破滅の対策として、ライドウさんが念入りな儀式の結果召喚した所、現れたこの世界にはいないはずの神。

サクナヒメである。

既にその力は確認済み。単純な戦闘力ならケンシロウにもストーム1にすらも勝るだろう。

ただし米を作り出すことが力に直結するという面倒な性質を持っており。

長期戦を行うためには、船内で常時彼女の「神田」を世話する必要がある。

サクナヒメのために、わざわざ貴重な船内の空間を割いて田を含むビオトープを用意したのだ。

あの岩を切り裂いた画像は、リアルタイムでのものであり。合成では無い。

「悪魔には神だ。 彼女は幼く見えるが識見もある。 勿論、神だけに頼るのではなく、我等全員の力で未来は切り開く。 彼女はこの船に乗る、最後の仲間であると心得ていただきたい」

ゴア隊長の言う事だ。

兵士達も不満そうではあったが、それでも飲み込んだらしい。

そもそも南極に何でも分解する光の柱が出現し。

その中には悪魔らしいのがいる。

この時点で、常人だったら精神鑑定を要求したくなるだろうが。

それらをねじ伏せたのが、ゴアという傑出した司令官への信頼と。天海春香の人望である。

真田には出来ない。

人間は残念ながら、現実よりも信頼を優先する傾向がある。

だから、こう言うときには。

こう言う人材を出さなければならねばならなかった。

また、ゴア隊長が天海春香に代わる。

そして彼女は、咳払いした。

「最後の一人、いや一柱を改めます。 豊穣と武の神、サクナヒメ」

「わしの事は姫様とよべい。 何、任せておけ。 豊穣神であり武神たるわしが、どのような困難な道でも切り開いてくれようぞ。 ましてやこの船にいるは一騎当千の古強者ばかり。 わしも背中を任せられて心強いわ」

ガハハハハと、何とも豪快に笑い始めるサクナヒメの声が艦内に響き渡る。どうやら艦橋にいるらしい。見かけとは裏腹に百戦錬磨の神格だが、ようやく神田から離れて、物珍しくて仕方が無くて周囲を見て回っているのだろう。

聞かなかった事にしている兵士も多いようだが。

まあ、彼女の実力は真田も知っている。これから頼りにさせて貰う事になるだろう。戦士達は、これから彼女の実力を知れば良い。

さて、これより出立だ。

地下空間を塞いでいた天井が開く。

或いは遠くから監視している勢力もあるかも知れないが。関係のない話だ。

巨大な装甲車にも思える姿をした方舟が。

ついに動き出した。

 

方舟は基本的に派手な動きを避ける。

南極に着いてからだ。

その全ての機能を発揮するのは。

まず艦橋に向かった真田は、艦橋の隅にある自席に着く。

艦橋を複数に分けてリスク分散をする事も最初は案として出したのだが、基本的にこの艦橋は露出していない。

更に全体のコントロールは複数箇所に動力を置いて分散しているため、此処へのリスクは小さいと判断している。

その代わり、いざという時副艦橋の機能を有する場所を三箇所に設けた。

以前の苦い記憶を生かし。

いずれもが、艦内の安全な場所を優先して設定している。

操縦を担当する正太郎長官は既に艦長席についている。

操縦を艦長が兼任することになる。

まあ隊長も兼任しなかったのは。

恐らくだが、体力的な問題もあるのだろう。

この世界に来てから、サイボーグ化した体の彼方此方が痛むのを覚えている真田には、よく分かる問題だった。

伝説的な英雄でも。

どうしても年齢には勝てないのだから。

隊長であるゴアは、艦長席の少し後ろ。

艦橋の全てのモニタを視認できる位置に座っている。

艦橋に他にいるのは、オペレーターだけ。

殆どのスペシャリスト達、それに特に戦闘要員は。

いざという時に備えて、船内の各地に散っていた。

「システムオールグリーン」

「オールグリーン確認」

「隊長、指示を願います」

「では、予定通りにまずは地下空間より出立する」

ゴアの落ち着いた発言に。

正太郎が答える。

「レインボウノア、しゅったーつ」

「出立!」

幾つかの言語で、聞き取りやすいように今の命令が艦内放送で流れる。同時に、動力炉が出力を上げている。

真田も手元のモニタを確認。

迎撃用のミサイルや対ミサイルレーザーなど以外は、兵器全てがロックされている。

これは、いざという時に備えての事。

まあ、正直な所。

この艦は、ちょっとやそっとの巡航ミサイル程度では、びくともしないのだが。

艦が動き始める。

操縦桿が二本しかないリモコンで、伝説の巨人鉄人28号を操った「あの」正太郎長官が艦長である。

それにAIであるアーサーがサポートもする。

何の問題も無い。

真田自身は、AIを信じすぎるのは危険だと判断しているのだが。今回は互いにカバーし合う体勢を整えている。

真田は知っている。

互いに欠点を補い合い、長所を伸ばし合う強みを。

だから今回は、何もこの艦の出立に関して、不安は無かった。

地下空間から出る時だけ、用意してあった飛行機能を利用する。

船体下部にある巨大なブースターをふかして上昇。

元々宇宙に行く事も想定していた方舟である。

この程度の距離、飛べなければ話にもならない。

勿論性能試験はしっかりしてある。

巨体が浮き上がり始める。

膨大な熱や煙を吹き出すことは無い。

もしそうなっていたら、建造に利用した地下空間ごと、この艦は丸焼けになっていただろう。

だが、そうはならない。

この船を浮かすのには、最新鋭の核融合エンジンを利用している。

残念ながら真田の知識を持っても、この時代のテクノロジーでヤマトの稼働システムを再現する事は出来なかった。

あの波動エンジンと呼ばれる超システムは。残念ながら、知識だけで再現出来るものではないのだ。

全く揺れは無い。

真田自身が満足するほど安定した飛行だ。

やがて国際再建機構の敷地内に、方舟は着地。一旦飛行機能を解除。タイヤを出すと、発進。

本来なら無限軌道の方が良いのだが。

この船は、様々な仕組みにてその重さを軽減している。

特殊な防弾タイヤによって、船が地面にめり込むこともなく。原子力空母を超える巨体が行く。

三度目の始まりだ。

二度目の失敗は繰り返さない。

いや、失敗に終わったかは分からないが。真田は中途脱落した。

今度こそ必ず生き残り。

人類の未来を明るいものとする。

そのために、皆で生きて帰る。

見ると、モニタに敬礼して方舟を見送る人達が見えた。国際再建機構の居残り組達だ。真田も敬礼を返す。艦橋の皆も、敬礼していた。

そのまま、ロサンゼルスから米軍が用意した陸路を通って、海に。

海を移動しつつ、最終調整などを済ませ。

最終的に南極に上陸。

シュバルツバースに侵入する。

陸路ではさほど速度は出さないが。海上では一気に加速する予定である。

ロサンゼルスは太平洋に面しており、幾つかの軍港がある。その軍港から海に入る事になるが。

途中は米軍が併走していて。

警護と言う名の監視をしていた。

それはそうだろう。

この方舟は機密の塊だ。

米軍としては、本音では中身を喉から手が出るほどほしいだろうし。積んでいる技術の一部を売るとなれば、更に物資を奮発したはずだ。

だが、真田はそれを今の人間が手にするにはまだ早いと考えている。

だから、正太郎と相談して。技術は米軍には渡さなかった。

多くの人が、何の新兵器だと思ったのだろうか。

見守っている様子である。

何しろこの方舟の巨体だ。無理もない。

留守番組の国際再建機構の方で、今度平和維持活動のために派遣される新兵器だという放送を流してくれている筈だが。

それでも、やはり興味は持つのだろう。

それに平和維持活動の過程で、少なからず血は流れている。

価値観が錯綜している現在だ。

やはり国際再建機構を良く想わず、ネガティブキャンペーンをする人間もいる。

そういう人間を近づけないためにも。

厳重な米軍の警護は必要不可避だった。

ゴアは彫像のように黙っている。

現時点で指示の必要がない。それならば、隊長たる人間は一切動かず黙っている事で、周囲をむしろ安心させる事が出来る。

それを経験として知っているのだろう。

真田の知る最高の艦長も、戦闘時以外は寡黙な人物だった。

ゴアのあり方は正しい。

やがて軍港に到着。

オペレーターが逐一細かい報告をしてくるが、真田が注目するほどの内容はない。

まだ、デモニカスーツを身につける必要もない。

海に入れば、其所で一段落だ。

軍港の一部から、海に侵入。米軍第七艦隊が護衛に来ていたが、不要と連絡。

そこから、一気に加速した。

まだ他の国でも組織でも、実用化出来ていない核融合エンジンが出力を上げ。一気にその強大なパワーを推力に変える。

水上艦艇の常識を越える速度で方舟が行く。

米軍自慢の空母打撃群もついてこられない。

それはそうだ。

そもそも国際再建機構が一世代先と呼ばれる装備で武装している。

更にそれよりも一世代先のシステムをフルに搭載しているのが、この方舟なのである。

ただ、ここからが本番である。

「各員に告げる。 本艦は安定航行に入った。 これより各システムの稼働チェックを行う」

これは全て予定通りである。

安定航行に入った直後が一番危ないのだ。

ましてやこの船は次世代テクノロジーの塊。

何処で不具合が起きるか分かったものではない。全員が動き出すのが、真田のデスクについている幾つかのモニタに映し出された。

訓練通りに出来ている。

真田自身も断ると、自分の研究室に移る。

ここはあくまで戦闘時に、最優先箇所を見る為の場所である。

真田の研究室が。

本拠地なのだ。

研究室前で、武装した戦士達二人に敬礼を受ける。

「皆は既に来ているかね」

「放送とほとんど同時に来ました」

「そうか。 それでは稼働しているシステムのチェックに入る」

研究室に入る。

アーサーの端末だけでは無い。無数のモニタが存在している。

此処の専属オペレーターが五人。

いずれも世界で一級の技術者ばかりである。

核融合エンジンなどのクリティカルなシステムに関しては、艦橋でも見る事が出来るが。

優先度が落ちるシステムに関しては、此処で確認するしかない。

更に各国の一流大学で博士号を持ち、現役で活躍している人員が三人来る。

その中の一人がゼレーニンだ。

いずれも俊英だが、年齢も性別も国籍もバラバラ。

真田は敬礼すると、すぐに持ち場につくように指示。自身も、アーサーの補助を受けながら、チェックに入った。

「422ACCに異常確認」

さっそく声が上がる。

これだけのシステムだ。結合試験を何度もやっているとはいえ、どうしてもエラーが出てくるのは仕方が無い。

内容を確認する。

422ACCと呼ばれたのは、給水システムの一部である。あくまで一部。そしてユニット化されている。

交換は最悪自動で行う事も出来るが。

まずは直せるかを確認。

安易に交換するのでは駄目だ。

これから果てしない旅路に出る可能性を考え。常に物資は再利用を前提に動くのである。

「確認した。 422ACCにて規定の水量が流れていない」

「不具合の原因を調査中」

アーサーが言い。

七秒ほどで結論を出した。

「不具合の原因を特定。 先ほどの海に出た衝撃で、一部の金具が緩んだ模様」

「やれやれ……何処でも完璧な対応をとはいかないか」

「水漏れは軽微。 既に水は止めました。 修理には数時間かかります」

「すぐに現地にて修理を実施してくれ」

アーサーが指示を出し、メカニック班が出向く。

普通の南極探査艇であれば、ロサンゼルスから南極まで二週間から三週間かからないくらいだが。

この方舟は三日で到着する。

実際には更に速度を上げたいくらいなのだが。

船員の緊張を和らげる事もあるし。何よりも心に準備期間を持たせることも必要になる。

そして、三日の間に。

船内を完璧に仕上げなければならない。

真田はこの船の建造で相当に無理をして働いていたが。

一段落できるのは、全部のエラーを取り除いてからだ。

それからは、一日くらいぶっ通しで寝られたら良いなと今は思っている。

「197B4に異常確認」

また声が上がる。

今度は調べて見ると、船員用の端末である。リモートで接続して確認して見ると、案の定だ。

誰かがファイヤウォールにアタックを掛けている。

国際再建機構を快く思わない輩は何処にでもいるが、その手の連中だろう。

「アーサー、対応出来るか」

「お任せを。 ……特定しました。 メキシコのC市からのハッキングです。 この様子なら、ファイアウォールで防ぎきれますが」

「メキシコか……」

現在メキシコは、20世紀とは比べものにならないほど荒れている。一種の崩壊国家である。

先進国随一の繁栄を誇る米国の隣に、治安が完全崩壊したメキシコが存在するのは何かの冗談としか思えないこの世の醜悪さだ。

真田がいた地球の歴史だって、決して綺麗なものではなかった。

だが21世紀には、もう少しマシだった筈だ。何しろ技術は、この世界とは比べものにならないほど進歩していたのだから。

しかし、思い直す。単に真田が知らなかっただけなのかも知れない。

真田はテクノロジーには興味があるが。歴史はそれほど詳しいわけではないのだから。

少し考えた後、正太郎に連絡。

正太郎は、苦笑して返してきた。

「わかった、私から留守組に連絡を入れておこう。 すぐに対応してくれるはずだ」

「お願いします」

通信終わり。

まあこれで此方は良いだろう。

それにしても、治安が悪いメキシコ経由でこの船をダイレクトに狙って来るとは。やはりまだネズミがいるのだろう。この船に乗るスタッフは厳選した。だが国際再建機構のスタッフ全員を厳選するのは、実際問題厳しい。

やがてハッキングは止んだ。

武装部隊が踏み込んだのだろう。まあ、後は任せてしまう。

その後七つの軽微なエラーが見つかり。そして、本当の意味でのシステムオールグリーンが到来した。

ため息をつく。

ゼレーニンを始め、補助としているスタッフも皆安心したようだった。

「よし、オペレーター諸君は、全員規定通りに休憩してくれ。 我々も休む事にする」

「ラージャ!」

「これが最後の休憩になるかも知れない。 シュバルツバース突入はすぐだ。 各自思い残すことはないようにな」

皆が出ていった後。

真田はゼレーニンに呼び止められる。

彼女は不安そうにしていた。

「あの、最後の船員の話です」

「ああ、サクナヒメか。 彼女とは私も話をしている。 少々尊大だが、歴戦を重ね、勇気も戦闘力も、何より神でありながら人を守り共にあろうとする思想も申し分ないぞ」

「いえ、彼女はそもそも本当に神なのでしょうか」

「あまり詳しくはないが、一神教の思想で彼女が神になるのかと言えばそれはノーだろうな。 彼女は多神教における神だ」

ゼレーニンは科学者だが。

やはりどうしても宗教とは切って切り離せないか。

一神教が世界に与えている影響は大きい。ライドウさんから聞いたように、現在「悪魔」の世界では、一神教の勢力が圧倒的最大だという。それも頷ける話だ。

「……私はそれほど熱心な神の信徒ではありません。 それでもやはり、彼女の存在には抵抗を感じます」

「これから悪魔がわんさかいる土地に乗り込むのだ。 もう少し、思考は柔軟に持った方が良いだろう」

「それは分かっています……」

「それに宗教的な議論については、私は専門家では無い。 すまないが、本格的な議論は別の専門家にしてくれたまえ。 私が興味を持てるのは、実働戦力と、テクノロジーだけだ」

敢えて言わない。

真田が二度目の旅で、本物の神に宇宙で遭遇した事を。

テレサという彼女は、或いは真田が二度目の旅を見届けられなかった後、ヤマトを救ったか。共に白色彗星帝国を打ち砕いたか、してくれたかも知れない。それははっきりいって分からない。真田は途中退場したからだ。

だがはっきりしているのは、真田の世界には神はいた。

そしてその神は、独善的な存在ではなかった。

それだけは事実だ。

勿論ゼレーニンにそれを言う事は出来ない。

ニーチェだったか。神を殺したのは。しかしそれは完全では無いなと思う。

一神教の呪縛から、西洋圏はまだ脱することが出来ずにいる。それは別に真田にはどうでもいい。何を信じようと人の自由だからだ。

だが、それがもし思考の自由度に枷を掛けるのならば。

真田は、頭を振ると。最後になるかも知れない休みを取るべく、寝室に向かった。

 

4、旅立ち前のひととき

 

船が海に出ても、何ら変わりはない。

ヒメネスは無言で、黙々とトレーニングに励んでいた。

いけ好かない野郎だとストーム1の事を最初思っていた。何がワンマンアーミーだとも思っていた。

実際問題、大手柄を立てて帰る事だけを考えていたヒメネスだ。世界平和なんかそれこそどうでもいい。

スラムで泥水を啜りながら生き。

幼い頃から隣人同士で殺し合いを続けるのを見て来たヒメネスにとって、世界平和なんて絵空事でしかない。

この組織に入ったのも、金払いが良いからだ。

実際問題、腕利きであるヒメネスには、テロリストや後ろ暗い組織からも声が掛かっていた。

それらを蹴ったのはただ一つ。金のためである。

豊かな生活をしたい。

それだけが、ヒメネスの思想の全てだった。

しかしながら、あのストーム1に会って。まだ上には上がいる事を思い知った。

そして正論をぶつけられて、その通りだと素直に思った。

まだ鍛錬が足りていない。

それに、何だろう。

あの男には、自分の中にある乾きが見えていたように思える。

筋トレの後は、射撃の訓練だ。

ずば抜けて身体能力が高いヒメネスだが、身体能力に頼るだけでは無く、科学的な訓練をすることで更に実力を上げられることを知っている。

黙々と基礎をこなして行く。

更に強くなれる。

あの言葉は、本当だと思った。

だから今も鍛えている。

デモニカスーツとやらを着れば、極地だろうが宇宙空間だろうが、関係無く容易に動けるようになるそうだが。

最後にものをいうのは経験と、積み重ねてきたものだ。

勿論運や基礎的な才覚もある。

だが、それらでも足りない物にぶつかったときには。

訓練を一通り終えると、汗を拭い、スポーツドリンクを口にする。

今、ヒメネスが目をつけているライバルは何人かいるが。

その一人が、声を掛けて来た。

寡黙な日本人の青年である。

名前は唯野仁成。

ヒメネスも認める、歴戦の戦士だ。

日本はヒメネスが産まれたスラムとは比べものにならない程平和な国だと聞いているが。一方でこういう出来る奴も時々出てくる。

出来る奴には敬意を払う。

それがヒメネスのスタンスだ。

ストーム1に対する評価を改めたのも、まるで本気を出していないストーム1が、ヒメネスが瞬時に勝てないと判断する妙技を見せたから。

この寡黙な青年も、同じようにヒメネスに卓越した戦闘技術を見せた。故にヒメネスは、ライバルとして警戒しつつ。同時に敬意も払っていた。

「ヒメネス、頑張るな。 まだ技量を上げるつもりか」

「ああ。 お前も俺についてこられるか?」

「そうだな。 努力してみる」

「……」

会話は英語で行っているが。

デモニカスーツを装着すると、数百の言語を即時翻訳してくれるらしい。

元々ヒメネスも唯野仁成も英語はあまり得意じゃない。

意思がちゃんと伝わっているか、少し心配だ。

軽く一緒にトレーニングをする。

組み手をするとつぶし合いになるのが目に見えているので、それはやらない。

射撃のスコアを競う。

盆暗はヒメネスの目には入らない。

出来る奴だけが、ヒメネスの興味を惹く。

昔からそうだった。

「お前の方が才能がありそうだなヒトナリ。 俺より練習量が少ないのに、殆どスコアが同じだ」

「そんなことはないさ。 俺もお前が見ていないところで努力をしている」

「そうなのか」

「ああ」

まあ、そういうものか。

休憩がてらに軽く話す。

あのサクナヒメというのが本当に神なのかどうかと思うか、ヒメネスは聞いてみる。確かにあのM1エイブラムスを超えるサイズの巨岩を一瞬で真っ二つにする力、人間とはとても思えない。

ケンシロウとかいったか。

あのコンテナを人間の体で支えたバケモノじみた奴以上のパワーと判断して良さそうである。

「興味が無い。 俺はこの任務をきちんと終えられれば、それでいい」

「なんだ、世界平和とやらがお前はいいのか」

「当たり前だ」

「即答されると返答に困るな。 俺は金だけあればいい。 金さえあれば、どんな場所でもやっていけるからな」

ヒメネスがひひひと俗物的に笑うと。

唯野仁成は苦笑しつつ、筋肉をほぐす。

そのまま、また訓練をする。他の兵士に頼んでサンドバックを支えて貰い、拳を叩き込む。

多少唯野仁成の方がヒメネスよりパンチが重いようだ。俊敏さでは勝っている自信はあるが。

ただ、それも僅差。

中々に差がつけられない。

艦内放送が流れた。

「南極到着まで一日を切った。 各自トレーニングなどは最低限にし、可能な限り休むように」

「へいへい、と。 まあゴアのおっさんの言う事は素直に聞ける。 休んでおくことにしようや」

「そうだな」

「時にお前、国に家族とかいるのか」

ヒメネスは天涯孤独の身だ。

スラムのストリートチルドレンだったのだから当然である。

物心ついた頃にはかっぱらいと喧嘩と。スリと。あらゆる悪事をやってきた。

ともかく、家族なんていなかった。

実は、読み書きが出来るようになったのも数年前である。

自分が強い事に気付いて、武力で稼げるようになってから、稼ぎの幅を増やすために勉強したのだ。

おかげで今では、共通語として使われる英語は多少怪しいながらも読み書きは出来るし。

母国語はマスターした。

家族というものには、若干の興味がある。

ただ、自分が認めた唯野仁成や、他の強者の家族だけには、だが。

「いる。 両親は既に死んだが、妹が米国人と結婚して、今国際再建機構に勤めている」

「何だ、妹と同じ職場で働いているのか」

「妹は戦闘部隊では無いし今回は留守居組だ。 この船に乗ることを希望したのだが、妊娠が発覚してな。 長期勤務である事を理由に外された。 まだ子供の性別も分からないが、一応祝いの品は贈っておいた。 ただ妹からも、弁護士をしている義理の弟からも、俺が生きて帰る事が何よりの祝いだと言われた。 そうするつもりだ」

「おめでたいことだな」

今の時代、急速に結婚制度が崩壊している。

唯野仁成の言う事は、ヒメネスには遠い世界の事に思えた。

性欲を発散することはあるが。

いわゆる「愛」とやらを感じたことは、ヒメネスにはない。唯野仁成の妹とやらは、どうだったのだろう。

ゴアが来て、起立敬礼する。

休むようにと言われたので、他の兵士達ともども、与えられているそれぞれの専用ベッドで休む事にする。パーソナルスペースは、この船でもちゃんと用意されている。下っ端にもだ。

どうせやる事もない。

寝るだけだ。

必ず手柄を立てて。国際再建機構の重役になって。高給取りになって、楽な生活をしてやる。

ヒメネスはそう考えていたが。

どこか、心の奥が乾ききっていることも自覚はしていた。

 

(続)