聖剣奇譚

 

序、それは神話武器の王

 

私が手袋をしてから手に取ったそれは、いわゆる聖剣だった。

長さは1.2メートル。

重さは3s。

この大きさの剣にしては重いが、それは未知の金属で作られているからだ。普通この重さだとまともに扱う事は出来ないのだが。これを使っていた者は、歴代まともなものでは無かったのだろう。

聖剣と呼ばれるものがこの世界で最初に発見されたのは1992年。

それまで伝承に過ぎなかった、世界一有名な聖剣とも呼ばれるエクスカリバーの本物が発見されたのである。

発見したのは英国の調査チームで。

それまで見向きもされなかった遺跡の一つを調べた所、未知の超金属で作られた剣を発見。

すぐに学会に提出され。

そして様々な証拠から、それが通常の方法ではあり得ない作られ方をした剣であり。そもそも素材もどのような合金かさえわからない、という結論が出た。

更にこのエクスカリバーは。

重量17sという桁外れの重さを誇り。

なんと主力戦車をバターのように文字通り一刀両断。

その上地面にまで食い込んだ。

各国政府が飛びついたのは当然である。学会は騒然とし、そして何か世界に重要な異変が起きた。

各地で、今までにはあり得ない者が出るようになったのだ。

隠れていた者が、姿を見せたかのように。

それは伝承に残る怪物としか思えず。

猛獣とは脅威度が比較にならず。

各国は冷戦だの大国同士の対立どころでは無くなり。

軍でも対処に苦労するいにしえの怪物共を相手に、苦戦を強いられるようになった。

内戦が続いていた国によっては、この突如出現し始めた怪物によって、蹂躙されてしまった場所もある。

人類は外敵と呼べる相手に恐らく歴史上始めて出会ったのだ。

恐らくというのは。

聖剣が発見された以上、伝承が嘘とは言い切れなくなったから。

事実近代兵器の攻撃にもある程度耐える怪物が多数現れ。それらの姿が伝承に残るものそっくりであった事も、人々の恐怖を駆り立てるに充分だった。

流石に核を使う必要があるほどの怪物は現れなかったが。

人間大でありながら特殊部隊の一個小隊が全滅させられるような規格外もおり。

どの国も、他国を攻める余裕など無くなり。

自国内の防衛だけで手一杯となった。

結果、内戦は継続することはあっても。

そもそも余所への侵攻作戦など、起こしようが無くなったのだ。

更に各地で様々な伝承に残る聖剣が発見され始めた。

明らかに、今まで調べ尽くされていた筈の遺跡にも、姿を見せた聖剣もあった。

まるで今まで何処かに隠れていたかのように。

今、私が手にしているのは。

各国が隠蔽したりしていない限り、31番目に発見された聖剣。

天羽々斬である。

あの素戔嗚尊が八岐大蛇を退治したと言われる聖剣であり。

国産の聖剣としては3本目。

八岐大蛇を倒した時に、尻尾から出てきた草薙の剣に当たって欠けたという伝承もあるのだが。

それもご丁寧に再現されており。

剣の一部にわずかな破損が見られる。

また後世の日本刀とは異なり両刃刀で。

形状も銅剣などと似通っていた。

あからさまな超技術で作られている筈の武器だというのに。

こういう所ばかりは、古代リスペクトが為されている。

この部屋には、非常に高いセキュリティを使わないと入る事が出来ず。

そして今も、私は数人の帯銃した「監視員」に見つめられながら、順番に調査を進めていた。

「検出される金属は完全に未知。 この辺り、他の聖剣と同一。 切れ味は……」

こんなもの、剣道の達人にも振り回せないだろう。少なくともその力を引き出しきるのは不可能だ。

そもそも古来より、兵器の王は槍と飛び道具だった。

長柄と飛び道具こそ、戦場で最も活躍し、多くの敵を殺してきた武器なのだ。

それなのにどうして剣なのか。

多くの神話で、神や英雄が使って敵を倒してきた武器は剣だ。

古い古い神話になると槍が活躍する事もあるが。

その槍はいわゆる投擲槍で。

それこそ原始時代に主力となった武器である。

だが、多くの伝承で英雄や神が使って来た武器は剣だ。

剣は多くの文化圏で武人のシンボルともされ。

近年に作られた物語でも、主役を務めることが多い。

ロボットアームに装着させた天羽々斬を使って、切断能力試験を行う。

この研究室に運び込まれたのは戦車の装甲。それも世界で最も信頼性が高い最新鋭のものである。

複合装甲であり、現在の科学が実現できる最強のものだ。

良くロボットアニメなどに出てくるパイルバンカーなどの接近戦用大型兵器が現状存在しないのは、これら装甲を貫通できないからで。

それだけ桁外れの装甲を、現在の装甲車両は有しているのである。

それでも火力過剰と今はいわれている時代で。

要するにミサイルなどの主力で運用されている火器が、如何に桁外れなのかは、それだけでもよく分かる。

だが、その装甲も。

軽くロボットアームが天羽々斬を降り下ろすだけで。

まるで紙くずの様に切り裂かれていた。

これは八岐大蛇がそれこそ複数の山に渡る巨体をもっていても対抗できるわけだ。実在したら、だが。

勿論、世界中に怪物が出ている今。

八岐大蛇が実際にいたのではないか、という話は笑い飛ばせなくなっている。

昔は川の神格化したものとか、製鉄技術を持つ民族の神格化だとか、色々な説が出ていたが。

それらも実際に近代兵器とやりあう怪物が出てしまった現在となっては。

むしろ時代遅れの説として、追いやられ始める始末だった。

何度か切断試験を行うが。

天羽々斬の切れ味は凄まじく。

何度装甲を斬ってもまるで刃こぼれしない。それどころか、勘を取り戻すように、切れ味がどんどん凄まじくなっている節さえある。

これほどの凄まじい切れ味だと。

それこそダイヤモンドでもひとたまりも無いだろう。

だが、聖剣というものは、どれもこれも似たような火力で。

他の実験に使われた聖剣も、いずれもが凄まじい切れ味を示している。

振る速度次第ではソニックブームが発生する事もある。

音速に達していないにもかかわらず、だ。

そしてその場合。

火力はもはや異次元だ。

世界に現れている怪物には、現在人類は現代兵器を駆使して対抗しているが。

戦闘機や最新鋭戦闘艦艇でさえ撃破されているため。

聖剣を如何にして活用するか。

それが、現在の研究の、最も各国で資金をつぎ込んでいる分野となっていた。

聖剣が発見された国では、それぞれの最高権威大学と国の機関が研究を受け持っているし。

聖剣が発見されていない国では、伝承を洗いながら聖剣を発見するために血眼になっている。

ある意味聖剣というものは。

パンドラの箱を開いてしまったのだ。

今日の実験行程が終わったので。

研究室を、アサルトライフルを構えた研究員達と一緒に出る。

手袋は使い捨て。

エアシャワーを浴びて。

防護服を脱いで。

それで漸く一息ついた。

一応一流大学を出て。

国家一種を受かって。

国立の研究機関に入ったは良いが。

聖剣が発見されていなければ、世界的な経済不況に突入していたのでは無いか、と言われる国際情勢である。

どの国も怪物との戦闘に取りかかりっきりであり。

しかしながらその一方で、軍需産業や怪物から身を守るための道具の生産などは空前の好景気。

各国は予算を拡大し。

その一方で、年一千万人を越える死者が、怪物によって出ている。

怪物は人間大のものから、それこそ山のようなものまで千差万別で。

殺しても殺しても湧いてくる。

軍としても、民間人を守るという名目以上に。

何より国家体制を守るために怪物を狩るという行為に躍起になっていたし。

怪物に抵抗し得ず崩壊してしまった国家には。

各国の軍を派遣する計画も立てられていた。

もっとも、それぞれの国には。

それぞれの国の軍事力にあわせたとしか思えない怪物が出現しており。

米国に至っては、怪獣映画かと思える程の超存在が出現し。

世界最強の米軍と互角の戦いを繰り広げている。

世界中がそんな有様なので。

景気そのものは良くなっているものの。

旅行、観光などの産業は壊滅しているし。

輸出入もかなり厳しくなっているのも事実だった。

研究所を出る。

交代で研究を行うので、引き継ぎをしてから、だが。

今や聖剣の探索と発見は本当に金になる。

だから研究は24時間態勢でやっているし。

私も研究員の一人に過ぎない。

あくびをしながら着替えると、シフトを確認。明日は休みだ。

八人の研究員がシフトで仕事を回しているのだが。

あまり快適な仕事とは言えない。

昼夜関係無くシフトは入ってくるし。何より研究も年単位で計画が「偉い人」に決められているため。

場合によっては引き継ぎなどが難しい作業を、丸一日、或いはそれ以上の時間、アサルトライフルをもった監視員に見張られながら続けなければならない。

当然のことながら非人道的な労働態勢である。

怪物との命がけの死闘を繰り広げている軍も大変だろうが。

私達だって大変なのだ。

サイレンがなる。

怪物が出たな、と思って、携帯端末を開くが。

どうやらこの近くではなく、隣の県、らしい。

今では島根などの古くに重要な史跡があった県が、今までに無いほど活気を帯びているのに対して。

怪物は人間の密集地を狙って現れる訳でも無く。

人間の都合を完全に無視。

好き勝手に現れては。

被害の大小関係無く暴れる。

戦闘機が飛んでいくのが見えた。

噂によると、軍は被害が小さいと判断した場合、及び腰になるという話もあるが。

こんな状況だ。

金が絡めば、そんな風に考える奴も出てくるのかも知れない。

SNSも怪物の話題が基本的に連日上位を占めている。

ただし、出てくるのは文字情報だけだ。

怪物が出始めた頃は、怪物の動画などを撮ってSNSに載せている奴も珍しくはなかったが。

どの種類の怪物も、どうやら自分を撮られることを極端に嫌うらしく。

映像を撮る人間を積極的に襲うためからか。

殆ど今では、怪物の映像が出回ることもない。

真実の報道がどうのこうのと、偉そうに息巻いていたマスコミも同様。

報道ヘリなんて、今では飛ばなくなっている。

怪物に真っ先に狙われるからだ。

弱者にはとことん強きに出て。

強者には尻尾を振ってこびへつらう。

そんなマスコミに、積極的に殺しに来る怪物を撮ろうとする気概など無い。

一時期は賞金を出して映像を募集していたようだが。

マスコミへの不信が強まっている今。

そんな映像のために命を張る者などおらず。

また命を張って映像を提供しても、金をマスコミが払わないというトラブルも続出したため。

ますます怪物の映像は出回らなくなっていた。

「猿のような怪物らしい。 攻撃ヘリとドンパチやってたぜ」

「どっちが勝った?」

「ヘリが落ちるのを見たが、怪物も蜂の巣になった。 チェーンガンにもしばらく耐えてたみたいだが、流石にミサイルを複数喰らったらひとたまりもなかったみたいだぜ」

「流石にアパッチつえーな。 もっと導入すべきじゃね?」

脳天気な会話だ。

攻撃ヘリの値段がどれほどか、分かっていないと見える。

乗っていた人の命もどうでもいいのだろう。

皆感覚が麻痺しているのだ。

嘆息すると、電車に揺られて帰る。

満員電車に怪物が突如襲いかかった例もあり。

今は避難訓練も義務づけられているが。

私はシフトで働いている事もあって。

幸い、座ることも出来た。

三十分ほど揺られて最寄り駅に。

駐車場にある原付で、家にまで帰る。

家は小さなアパートだ。

何しろ使い路がないので、それなりに貯金はあるが。

そんなものはいつ紙屑になるか分からない。

もし家を買うのなら。

その時は即金で、だろう。

最強の通貨とさえ言われた円でさえ、今は怪物に各国が翻弄されている中、昔ほどの堅牢性を無くしている。

テレビを見ると、昔のようなワイドショーやトーク番組はすっかり姿を消し。

今日何処の県で怪物がどのように出現し。

被害はどのように出たか。

その情報が一色だった。

アニメも一時期に比べて放送数が半減。

怪物と戦う作品も出てはいるが。

大半は、怪物とは関係無い番組になっている。

一時期、人権屋が騒いだのだ。

怪物に多くの人が殺されているのに不謹慎だと。

だが、そういった人権屋が怪物に襲撃されて文字通り頭から囓られて食われてしまったため。

彼らもそんな事を騒ぐ余裕が無くなった。

怪物は何処にでも現れる。

怪物が現れ始めた当初。

環境保護団体とか、動物愛護団体とかが、怪物を駆除するのに反対だとか何だとか騒いだが。

なんとその団体の所に怪物が現れ。

数百人単位の死者を出してからは。

流石に黙った。

この手の団体は、基本的に安全な場所から好き勝手なことを言えるから活動しているのであって。

実際に自分達に大きな害が出るとなると。

以降は黙ってしまうのも無理はないと言えた。

まあ相手を好き放題に殴りたいと考えるのは、平均的な人間だ。

そのために血に飢えた正義を求めるのも。

黙々とテレビを見て、今日の怪物の出現数と、被害者数をメモする。

今日はいつもに比べて多くは無かったが。

それでも十人以上の死者が出ていた。

世界的に見ると、多分万人以上は死者が出ているはず。

近年では、千人以上同時に死にでもしない限り、余所の国での怪物被害は殆どニュースにならないし。

逆に言うと、軍が全力で対応している現在でも。

一度に千人規模の被害が出る怪物が出現する、と言う事だ。

私は何をしているんだろう。

聖剣の軍事利用の研究。

だが、本当に軍事利用して、怪物を効率よく殺せるのだろうか。

それはどうにも小首をかしげる。

まず聖剣は、基本的に人間に扱える代物では無い。

剣道の有段者に振らせてみたことがあるが。現代の軍隊と互角に渡り合う怪物相手に、戦えるとはとても思えない動きしか出来なかった。実際にも他の国で、聖剣を持たせた人間を怪物と戦わせたらしいが。

勝率は0、だったそうである。

今までの時点で、聖剣をもたせた人間が、怪物に勝った例は絶無。

また怪物も、聖剣には見向きもしないのだとか。

食事を取り。

風呂を浴びて。

後は適当に眠る事にする。

自分の研究は何のためにあるのだろう。

それにだ。

本当に聖剣で怪物を倒すための研究なのか。

何かとても嫌な予感がする。

研究者と言っても所詮公僕。

聖剣で怪物を倒せるのか。少なくとも人間が持つことで、出来るのか。

それはとても疑わしいとしか言えない。

漫画なんかでよくあるような、適合者がいて。適合者がもつと爆発的な力を発揮する、というような話があれば面白いのだが。

現時点では、そういった報告も、どこの国からも上がっていないようだ。

また、最初にエクスカリバーが見つかって以降、どこの国でも満遍なく怪物が現れるようになっており。

聖剣を見つけると怪物が増える、と言う事も無さそうである。

勿論聖剣を元の場所に戻しても、怪物は減らない。

最初に発見された聖剣であるエクスカリバーで、既に実験済みだ。

布団で横になっているが、寝苦しい。

またサイレンが鳴っている。

今日は多いなと思ったが。やはり近辺ではない。

もうそのまま眠る事にする。

せめて、もう少し人道的に働けますように。そう、かなうことが無い願いを呟きながら、私は眠った。

 

1、謎多き聖剣

 

米国で今までに例がない怪物被害が出た。

軍の一個連隊が壊滅的な打撃を受け。

一般人に対する被害も一万人を越えたという。

練度、装備から考えても世界最強の米軍がこれほどの被害を出したのは。怪物が出現し始めてからでも初めての事だ。

それほど強大な怪物だったのかというと、そうでもなく。

そこそこ強い怪物が、たまたま十五匹、同じ地域に出現したのだという。

このため住民の避難が間に合わず。

軍も対応が防戦一方になったため。

その被害は甚大。

街一つが、殆ど廃墟になった、と言う事だった。

怪物の出現に法則性は発見されておらず。

今回は本当にたまたま運が悪かった、という結論になったと言う。

運が悪かったと言われても、亡くなった一万人以上の人達には、言葉も無いのだけれども。

実際問題、そんなのに巻き込まれて死んだら。

それこそ死んでも死にきれまい。

日本でも大きな被害が出た怪物災害は何度も起きているが。

現在では怪物保険に入るのが当たり前。

怪物によって殺される事が日常的になっているため。

これに入らないと、まともに葬儀に出せないケースさえある。

怪物に襲われると死体の損壊も凄まじく。

そもそも人間の形をして戻ってこない事も多いため。

被害者には言葉も無い。

そんな事情から、私も研究内容は周囲に明かせない。

どんな逆恨みを買うか分からないからだ。

お前達の研究が遅いから被害が増える。

そういう言葉を掛けられて。

実際に殺された研究者もいると聞いている。

しかも世論は殺人を犯した人間に同情的だった。

それだけ、今は。

世界は滅茶苦茶になっていると言う事だ。

憂鬱な気分で、職場に出る。

不安定な生活をしているから、休日を挟んでの出勤でも、体調は良くない。

まだ二十代なのに、これだけ疲れると言う事は。

三十四十になっていけば。

恐らくもう足腰が立たなくなるのではあるまいか。

引き継ぎを受けてから。

ガチガチに防護スーツで身を固めて、研究室内に。相変わらず仏頂面の見張りが立っている中、やるべき研究を黙々とこなして行く。

いわゆるマッドサイエンティストが、好き勝手に実験する、何てことはほぼ現実にはない。

マッドサイエンティストと現実で呼ぶような連中は、何の罪悪感も無く大量殺戮兵器を作りだし、世に送り出すような輩の事であって。その手の輩は、基本的にモラルハザードの方が問題だ。

あからさまに頭がおかしい博士が、高笑いしながら怪しい実験をして、怪しい発明品を作り出す。

マッドサイエンティストがそんな輩だったら、どれだけ世界は幸せだった事だろう。

ともかく幸いにも。

此処にマッドサイエンティストはいない。

黙々と作業を開始。

今日も、様々な実験をこなして行く。

一応初期には、怪物がこの研究所を襲撃し、聖剣を奪うことも想定していたらしいのだけれど。

実際には怪物は聖剣には見向きもしないことが判明しているため。

現在では他の研究施設と同じ程度の重要施設扱いである。

ただ聖剣は、人間を殺すには充分すぎる。

近代兵器には射程距離などの面から通用しないにしても。

生身の人間を殺すにはオーバーキル過ぎるのだ。

故に現在、聖剣にはこれだけの見張りがついているわけで。

研究者も下手な動きをすれば、警告されるし。

警告を聞かなければ射殺される。

手順に沿って調べていくが。

今日は聖剣の強度実験。

とはいっても、知れているが。

ロボットアームを使い。

至近距離からアサルトライフルの弾を叩き込む。

人間なら瞬時にミンチにする弾丸だが。

それでも聖剣はびくともしない。

続いて対戦車ライフル。

これも通じない。

激しい衝撃音はするが。

聖剣には傷一つ無かった。

聖剣に傷をつけられるのは、事実上他の聖剣だけ。

そういう噂は聞いている。

事実天羽々斬は、伝承では草薙の剣を斬ったことにより刃こぼれしている。

続いてレーザー。

一万度を超える熱量が浴びせられるが。

聖剣を構成している謎の金属は。

それでもびくともしなかった。

少し休憩時間を入れてから、レポートを書く。

その間も、自動で実験は続ける。

対熱実験は別に側で見ていなくても大丈夫だ。勝手に熱量を浴びせるようにプログラムを組んでおけば良い。

その間にレポートをもりもり書いて。

帰る時間を早める。

シフト勤務だからと言って、残業はもたついていると発生する。

そしてただでさえ負担が大きいシフト勤務での負荷を更に高める。

そんな事にはならないように。

急いでレポートを仕上げる。

ほどなく、熱耐性実験は終わり。

続けて戦車砲による砲撃を試す。

流石に研究室に戦車は持ち込めないから、現在主力で使われている120ミリ滑空砲を用いる。

砲身だけなら研究室に持ち込めるし。

発砲も出来る。

色々な仕組みが動いているのを横目に、砲撃を行う。

だが、やはり聖剣天羽々斬は。

びくともしなかった。

戦車砲でさえだめか。

当たりさえすれば、多分怪物も殺せる。

これは確信できる。

というのも、そもそも近代兵器で怪物を殺す事が出来ている。SFに登場するような、兵器が通用しない怪物は、現在の時点では出現していない。

如何に巨大であろうとも。

怪物は殺せるのだ。

確かに聖剣は凄い。

だが人間に扱えない代物である事は確かだ。

手袋を嵌めて、聖剣を持ち上げてみる。

大した重さでは無いとは言え、それでもこの巨大さ。達人でさえ、まともに振り回して戦う事は不可能だろう。

ましてや近代兵器と渡り合う怪物とどうやって戦えば良い。

当たれば殺せる。

だが怪物にして見れば、人間なんか虎からみた鼠も同然。

オリンピック選手級の身体能力があっても、どうにもならないだろう。

伝承に残る英雄達のスペックを再現出来れば兎も角。

そんな事は、現実的に不可能だ。

人間の身体能力は、動物の中でも最弱の部類に入る。

漫画じゃあるまいし、素手で熊だの牛だのを倒せる訳が無い。

仮に倒せる人間がいて。

それに聖剣を持たせても。

熊だの牛だのが数百頭単位で襲いかかってきてもつるべ打ちにして寄せ付けもしないだろう軍隊とまともに渡り合う怪物だ。

そんなものに、勝てるとはとても思えなかった。

そもそも私は、研究者としては下っ端。

言われたままに動くだけ。

難しい事は偉い人が考える。

だが私も一応、相応の知能を持って生まれてきたし。それで相応の学力もあり。知識もあるつもりだ。

不審には思うのである。

こんなもの。

一体どうやって扱えば良いのか、と。

銃弾のように発射して、怪物に投げつけるか。

だが、それには専用の道具がいる。

砲にするにしても、独自の設計が必要になるだろう。

それならば、量産されている戦車砲で充分。

怪物には戦車砲が利くのである。

勿論他の動物のように、一撃で木っ端みじんとは行かないが。少なくとも戦車砲で殺せることは確定している。

ロボットか何かにもたせて斬るか。

いや、それも難しい。

そもそも現在の技術力で作られたロボットでは、怪物に対抗できるほどの動きは出来ない。

例えば剣をロボットアームに取り付けて、装甲車両で斬り付けるにしても。

はっきりいって、アウトレンジから戦車で砲撃した方が遙かに早い。

確かに本当に聖剣は凄い。

だがこれから弾丸を作り出したりする事も出来ないし。

そもそも本当に使い路が無いのだ。

映画に出てくるヒーローや。

神話の英雄ならば、或いは使いこなせるかも知れない。

だがそんなものは実在しない。

人間が扱えない武器を。

今人間が手にしたところで。

一体どうすれば良いのだろう。

漫画とかだと、選ばれた英雄が出現して、怪物を聖剣でばったばった、と行くのだろうが。

実際にはそんな事など起きない。

人間の身体能力が今の100倍くらいあったら、或いは聖剣を使いこなせるのかも知れないが。

それもまた非現実的な話だ。

戦車砲を何発も叩き込むが。

天羽々斬はやはりびくともせず。

実験行程は終了。

確認するが。

やはり傷一つついてはいなかった。

ため息をつくと、研究室を出る。その間も、無機質な目で、ずっとアサルトライフルを持った監視員達に見張られ続けていた。

 

引き継ぎを終えて、研究所を出る。

SNSで情報が流れていた。

カナダで聖剣が発見されたという。

ネイティブアメリカンのものらしいのだが、はて。

実は、剣というものが神聖視されるようになって来たのは、歴史で見ると比較的最近の話である。

古い古い時代。

人間は投げ槍を使って獲物を狩った。

このためか、原初の英雄達が使った武器は、投擲武器であるケースが多かった。

例えばあの雷神トールが持つあまりにも有名なトールハンマー、ミヨニヨル。あれは早い話が、投げハンマーであって、ハンマーを手に持って相手を殴り殺すわけでは無い。勿論そういう用途でも使えるだろうが。投げて確実に当たるというのがミヨニヨルの最大の強みなのだ。

この辺りはグングニルやゲイボルグと言った投擲槍系の伝説的な武器にも言える。

実際、遙か古代には。

弓が発達する前には、投げ槍の方が使われていたケースもあるし。

それ以外には、投石も戦場で猛威を振るったという事実もある。

弓は案外にハイテクノロジーの産物なのだ。

勿論伝説的な弓も存在しているし。

伝承には出てくる。

だが、それよりも圧倒的に聖剣が多い。

とりあえず、SNSでの情報は、現時点ではマスコミのそれと同レベルに信用できないので、話半分に見ておく。

電車に乗った、直後だった。

サイレンが鳴る。

近いな、と私は思ったけれど。

その直後に、電車が急停止した。

乗客は慣れたものだ。

毎日各国に怪物が出現する時代である。

襲われる場合は、もっと別の対応が行われるし。アナウンスも流れる。

この線路の先に怪物が出たのだろうと、私を含めた乗客全員が悟ったことはほぼ疑いない。

ほどなく、それを裏付ける情報が追加された。

「この先の踏切付近にて怪物が出現しました。 当車両は念のため後退し、交戦確定区域から距離を取ります」

これで二時間は止まるな。

昔は日本の電車と言えば、時刻通りに動くと言う事で有名だったらしいが。

怪物が現れるようになってからは。

それも過去の話になった。

どおんと凄い音がする。

自衛隊の10式戦車による砲撃かな、と思ったが。

SNSで情報が流れている。

近場にいる戦車師団が出動。

最近採用された戦闘機Fー35による対地攻撃で足止めした怪物に、砲撃をつるべ打ちで叩き込んでいるらしい。

怪物が暴れると、被害は指数関数的に増大するため。

犠牲を払っても、最速で怪物を始末するのが今は基本となっている。

昔はなんだかんだで出動が遅れて。

多数の民間人が結果として犠牲になる事も多かったが。

今はもう民間人の避難よりも、怪物を殺す方が早いという結論が周知されており。実際に怪物の戦闘力を見た誰もがそれに同意しているため。

勇敢に避難誘導する人がいる反面。

怪物に対しては、発見し次第即時攻撃、というのが基本になっていた。

ほどなく、砲撃が止む。

照明弾も、これ以上打ち上げられなくなった。

「車両の復旧を行い次第、当車両は発進いたします」

アナウンスが流れる。

思ったより早かった。程なく、停止から一時間ほどで電車が動き出し、一時間遅れで家に着いた。

途中、交戦の跡が残されていたが。

凄まじい飽和攻撃を浴びせたらしく。怪物の残骸も残っていなかった。

これでは聖剣なんて出る幕がない。

如何に切れ味がとんでもなくて、ちょっとやそっとで壊れることが無かったとしても。

怪物を実際に殺すのは、戦車の砲弾やミサイルだ。

音速を遙かに超えて飛び。

相手が人間に対応不能な速度で動き回っても弾丸を直撃させる。

そして直撃が入れば、ティラノサウルスでさえ一撃即死。

怪物にもしっかりダメージが入る。

それならば。やはり聖剣の出番は無い。

それこそ音速以上で動き回る事が出来るような漫画や伝承の超人が出てくれば、話は別だが。

そんなもの。

この腐りきった現在に、いる訳も無い。

家に着くと、さっきのニュースが流れていた。

幸いにも被害は十人程度に抑えられたようだが。

怪物を退治する度に、下手をすればヘリが落とされ、戦車だって破壊されることがある。

戦車を破壊する怪物である。

十人程度の被害で済んだのは幸運だし。

何よりも、いつまでこんな悲惨な状況が続くのか。

怪物は絶対に逃がすわけには行かない。

殺さなければ、とんでもない被害が出るからだ。

幸い、軍が殺し損ねて、逃げ延びている怪物は今のところこの国にはいない。米国にもいないと聞いている。

だが、いわゆる失敗国家で怪物が出たような場合は。

それこそどうにもならない。

国が文字通り引き裂かれてしまう。

今の研究。

口を出すことは出来ないのだろうか。

何か聖剣をきちんとした形で活用できないだろうか。

エクスカリバーが発見されてから、怪物が出るようになった。

因果関係は明らかだ。

もしも怪物が出る事が、それに関係しているのなら。

そして聖剣が、同じ理由で次々都合良く発見されるようになったと言うのなら。

切れ味やら強度やらを試すよりも。

もっと色々とやってみるべき事があるのではなかろうか。

幾つか考えて見るが。

どうにも良い案は思い当たらない。

これでも平均よりは知能が高いはずなのにな。

苦笑しながら、情報を漠然と漁っていると。

面白い情報を見つけた。

「怪物の噂知ってるか。 どんな形状の怪物でも、殺すと溶け始めて、骨も残らず液状化するんだぜ」

「はあ? どういうこと。 自分で溶けてるってのか?」

「人間で言う自喰細胞みたいなのが活発化するのかな」

「まあ噂の域を超えないがな」

怪物はその高い戦闘力から、今だ生きたサンプルの確保には成功していないと聞いている。

だが、怪物が死ぬ所を見た人間はいるはずだ。

しかしながら、怪物は近代兵器をフルに叩き込んでやっと殺せるような存在。

自衛官でも、至近距離で怪物が死ぬ所を見た者は限られるはず。

何か決定的な証拠でもあれば良いのだが。

軍などは、監視衛星やら、軍事ドローンやらで戦闘をモニターしているかも知れないが。

それこそ最高機密。

情報が出るとしたら、余程治安が悪い国や。

軍が腐敗している国だろう。

現時点で、幸い我が国はそうでは無いはずなので。

多分漏洩しているデータは無いはず。

SNSで一連の情報の流れを追っていく。

どうも妙だ。

意図的に流されている情報の気がする。

反証が出てきた。

死んだ怪物を、ブルーシートで包んで輸送しているのを見た、というものである。

しかし、包まれていたのなら、なんで死んだ怪物だと分かったのか。

この手の情報は、同僚であっても、漏らしたら死が確定だ。

研究している同僚はいるが。

例え怪物の死体を研究していたとしても。

私が聞いても、口を開くことは無いだろう。

せめて、もう少し情報を共有し。

立体的に研究が出来れば。

偉い人は、残念ながらうちの国ではあまり有能では無い。

エリートほど駄目になる、というのは、二次大戦の頃から言われていた事で。結局今に至るまで、この悪しき伝統は払拭することが出来なかった。

もしも、この後に及んで無能なキャリア官僚達が、足を引っ張り合ったりしているとしたら。

ため息をつくと、携帯を閉じる。

いずれにしても下っ端に出来る事はない。

私はもう寝ることにする。

男でも作れば、少しはマシになるかと考えた事もあったが。

21世紀に入った頃辺りからだろうか。

子供を作ることにも、家庭を作ることにも、メリットが極端に小さくなり。先進国では出生率も結婚率も激減し、更には反比例するように離婚率が爆増した。

今も怪物の攻撃に晒されている世界なのに。

その傾向に変化は訪れていない。

一体何が起きているのか。

総合的に世界を俯瞰することでも出来れば、少しは違うのだろうが。

疲れが溜まっている。

だから目を閉じると、もう思考は闇に溶けていった。

 

2、そは本当に聖剣か

 

偉い人達は欠片も尊敬していない。

この国では、エリートは無能だ。

昔から変わらない。

そして偉い人が、現場を食い潰してきた。

どこの国もそうなのかも知れない。

だが、この国に関しては、間違いなくそうだと断言できる。余所の国は知らないけれども。

目が覚めて、ベッドを出て。

今日は仕事が無い事に気付いて、思索を練ることにする。

どうせ疲れが酷いのだ。

外に出て買いだし、程度が精一杯だろう。

だがそれでも、何かしらしたい。

昔は散々勉強もしたし。

多くをそれで犠牲にもした。

故に今は、犠牲にした時間を、自分のために取り戻したいと思ってもいる。

経済は一時期の不況が嘘のように豊かになっていて。

給金には困っていない。

通販で適当に注文をするが。

今の時代、それがきちんと届くとは限らない。

怪物が出れば周辺の郵便は全停止するし。

そも物資配達のための倉庫が、無事でいる保証も無いのだから。

さて、いつ荷物が届くかな。

そう思っていたら、不意に携帯が鳴り。しばらく交流が無かった友人からメールが来た。友人と言っても、中学校のいわゆる「グループ」内での友人であり。中学以降連絡も無かった相手である。

私は覚えていたが。

確か私の事をガリ勉とか地味子とか色々影で悪口大会していたはず。

友人の定義は人次第だと思うが。

此奴の場合は多分学校生活を円滑にするためだけに、「社交的な性格」を生かしていただけだろう。

で、メールの内容だが。どうやら、今度海に遊びに行くらしい。

怪物が出ない海だそうだ。

何だかきな臭いと思ったら。

男が何人か来るから、彼氏が見つかるかも知れないとか。

色々と怪しい言葉が連ねられていた。

調べて見る。

友人の実名で出た。

どうやらいわゆるネズミ講にはまってしまったらしい。それで今更私に連絡を入れてきた、と言う事か。

メルアドは知られているが、電話番号は一度変えたし、今は実家暮らしでもない。

すぐにメールを遮断。アクセスをブロックする。

実家にも、事情を告げて、以降その友人とは縁を切る旨を告げた。

それにしても。

こんなご時世でも、詐欺をやるクズはいるのか。

念のため警察にも連絡は入れておくが。

このご時世、きちんと動いてくれるかどうか。

ちなみにSNSは実名も入れていないし、メールアドレスも登録していないので、探す事は出来ないはずだ。

実家には電話が来るかも知れないが。

まだ親は頭が呆けていない。

こんな詐欺に引っ掛かるほど、衰えてはいないだろう。

あくびをしながら、頭の中でブラックリストに元友人の名前を放り込む。

そして、ベッドで転がりながらゲームをしていると。

また携帯が鳴る。

今度は何だ。

そう思って携帯を見ると、どうやら怪物警報だ。

ただし、出たのは日本ですらない。

石油資源が枯渇した中東の小国で。

それも確認されている限り最悪レベルの凶悪なのが出たらしい。

この国、前は独裁者が支配していたのだが。

独裁者が死んでから混乱が続いており。

国内では怪物が出るにもかかわらず内戦を継続しているという有様である。

その結果、怪物まで出たとなると。

それも最悪のが出たとなると。

対応は出来まい。

SNSを確認すると、どうやら早速情報が入り乱れていた。

既に一万人を超える死者が出ているらしい。

街が一つ丸ごと滅ぼされたようだ。

雑多な装備の軍が出動したが蹴散らされたらしく、逃げる間もなく殆どが食われてしまった。

軍が出動したらゲリラがそれに攻撃して、パニックになっている間に両方蹂躙されてしまった。

そんな笑えもしない情報が、どばどばと書き込まれていた。

勿論SNSだ。

何処まで信用できるかは分からない。

とりあえずちらちらと見ていくが。

当然証拠画像的なものは上がって来ない。

最初の頃は上がる事もあったのだが。

今の時代は、怪物の危険性が周知されてしまっているので、それどころではない、というのが実情だった。

警報が継続。

最近は怪物が出た場合国家間では不干渉、というのが原則だったが。

あまりにも被害が大きすぎるために、どうやら米軍が動くらしい。

米軍にしても怪物の被害で辟易しているはずなのに。

その辺りは、流石に世界最強の軍、と言う所なのだろうか。

まあお手並み拝見と行くか。

確か空母打撃群が中東に展開していたはず。

あくまで牽制のためだけの筈だったが。

こうなっていると、活用せざるを得ないだろう。

ニュースに続報。

どうやら艦砲射撃が開始されたらしい。

街一つを蹂躙した強力な怪物に、米軍が仕掛け始めた、と言う事だ。

戦闘機も出たようだが。

さてどうなるか。

今日は休みだ。

一部始終を見届けることが出来るかもしれない。

怪物が出るようになってから、各国の軍は即応が出来るようになっている。というか、異様に何処の軍も動きが早い。

二時間ほど後。

怪物が討伐された、という情報が出て。

その一時間後には、確報となった。

流石は米軍だが、

相当な弾薬を使ったらしい。

資金の補填に、怪物を手に負えなかった国へ賠償金のようなものを要求するらしく。

またもめ事が起きるのは必至のようだった。

このままだと。

世界は怪物のために、徐々に疲弊していき。

やがて怪物そっちのけで、争いが激化していくかも知れない。

米軍による艦砲射撃の映像や。

攻撃機A10サンダーボルトによる対地攻撃の凄まじい砂埃の映像が出てきたが。

肝心の怪物は映っていない。

まあそうだろう。

あくびをすると、日頃の疲れもある。

少し昼寝した。

起きだしてから、家事を適当に済ませる。

結果として、その日はもう、警報が出ることは無かったけれど。

何だか全体的に。

とても嫌な予感が、私にはしていた。

怪物は本当に、考え無しに現れているのだろうか。

人がこれだけ、軍も民間も関係無しに殺されている。

そして軍だって、弾薬を戦争時並に消費している。

戦車の燃費の悪さくらいは私だって知っているし。

軍は動かせば動かすだけ、相当な物資を消耗するのだ。古くから兵站が重要視される所以である。

そんな状況で、どうして各国は聖剣なんて使えない代物の研究に躍起になっている。

あれを最大限使えたとしても。

今回現れたような、国一つの手に負えないような怪物を相手に。

聖剣が何の役に立つと言うのか。

何だか非常に虚しい研究をしている様に思えて。

げんなりしていた。

外を見ると、何かの宗教団体が、白い布を全身に被って練り歩いていた。

まあこんなご時世だ。

カルトにとっては稼ぎ時だろう。

終末の時は来た。

あの怪物達は神が罰を与えるために派遣した者だ。

悔い改めなければならない。

そんな好き勝手なことをほざきながら、練り歩いている人々。

誰もが不安なこの世の中だ。

ああいう言動で、不安を煽り。

そして、金をむしり取る。

そういった連中が姿を見せて、跳梁跋扈するのもまた、当然と言えば当然なのだろう。

怪物についても、その正体が何なのか。

更には、どこから姿を見せているのかさえ分かっていないと聞いている。

これだけ世界中がめっちゃくっちゃになっているのに、である。

人間の力はたいしたことないなあと思いながら。

時計を確認。

明日はまだ休みだが。

次の出勤に備えて、生活時間を調整しなければならない。

これがまたどんどんきつくなっていて。

体内時計がおかしくなっている事が、目に見えて分かるようにもなっていた。

ここまでして使えもしない聖剣を研究する意味はあるのか。

いや、研究は最初は使えないものだ。

かのエジソンとて、電球を実用化出来るようにするまで、数千回の失敗を繰り返したのである。

実用化までに無駄な研究を山ほどしなければならないのは当たり前の事だ。

それは分かっている。

だが今やっている聖剣の研究は。

本当にそれに結びつくのだろうか。

疑問は膨れあがる一方だった。

 

二十歳までの時間と。

二十歳以降の時間は。

体感的には同じである。

っそれは誰が言った言葉だったか。

実際問題、人間の野外における生物的な寿命は、40歳程度だと言われている。現在倍まで寿命は延びているが、それは社会によって保護されているから。

同様に動物園で飼育されている動物に関しても。

実際に野外での倍ほど生きるケースが珍しくもないという。

大事にされている犬や猫に関しては更に顕著で、猫に至っては野外での平均寿命は二年程度という話もある。人間に飼われている猫が十数年安楽に生きる事を考えると破格だ。

そういうわけで。

休日はあっという間に終わった。

夜勤に出勤すると。

引き継ぎを黙々と受けて。

研究室に入る。

聖剣を徹底的に研究の名の下にいじめ抜いているが。

聖剣はそれに対して文句を言うことも無く。

ただひたすらに、人間による虐待に耐えている。

今回は爆破実験だ。

防爆処置が為された部屋に聖剣を閉じ込め。

最新鋭のTNTを突っ込み。

起爆させる。

勿論最大限の安全を確保するべく、徹底的な準備を行い。

そして爆破した。

研究所そのものが揺れる。

防爆処置をした部屋とは言え、何度もは耐えられないだろう。

オーブンのようになった部屋から。

聖剣を取り出す。

勿論無傷。

煤がついてはいたが。

ロボットアームで丁寧に清掃すると。

刃は輝きを取り戻していた。

無言で、その結果をレポートにまとめる。

流石に核に耐えられるかどうかは分からないが。それでも、こんな火力でびくともしないとなると。

基本的に、聖剣を破壊するのは不可能、という結論が出てきてしまうのかも知れない。

しかしどうして破壊する事が出来ない。

事実上最強硬度の物質でさえ、これだけの負荷をかけ続ければ、壊れるはずだ。少なくとも傷などはつくと考えて見て良いだろう。

聖剣の仕組みは現状何をやっても分からないし。

スキャンも分析も、ありとあらゆる結果が「未知」という言葉しか呼び出さない。

良くしたもので。

日本で他に見つかっている二本の聖剣も、まったく同じ状況だという。

しかもその「未知」のデータに関してだが。

研究者間の噂だと、それぞれの聖剣によって違ってしまっている、と言う話だ。

其処まで来ると、この世界に、得体が知れない何かが侵入しているような恐怖さえ感じる。

一体聖剣とは何だ。

何度かこう考えたが。

此処まで痛めつけても壊れないとなると、もはや恐怖さえ感じるのが実情だった。

指示書を読む。

更に火力を収束させて、聖剣にぶつける実験。

今夜中にやれ。

そういうことだった。

研究室については、組み立てを専門の班が行う。しかも既にパーツは揃っているらしく、組み立てもスムーズだ。

爆発を収束させて一点に叩き付けることで、先の起爆とは比較にならない負荷を聖剣に掛ける。

そんな事をして何になるのか不安で仕方が無いのだが。

とにかくやるしかないか。

ユニット化して、軍の車両で運ばれて来た研究室が接続され。

すぐに聖剣を運び込んで、ロボットアームで位置調整。

大量の爆薬を詰め込み。

起爆する。

凄まじい轟音が、再び周辺を揺らす。

地震のような凄まじさだが。

やはり放熱後、研究室からだした聖剣天羽々斬は。

欠けるどころか。

熱さえ帯びていなかった。

煤を浴びてはいたが。

それも収束させて攻撃を叩き付けた地点のみ。

戦車砲をゼロ距離射撃で叩き込んでもびくともしないわけである。

勿論刀身は歪んでさえいなかった。

これは艦砲やミサイルでもびくともしないと判断して良いだろう。事実米軍なら、既にそれくらいの実験はしているはず。

だが、聖剣が破壊されたというような話は一切合切聞いていない。

流石にこんな凄まじい代物が壊れたら、如何に情報統制しても世界的なニュースになる筈で。

そうなっていないと言う事は。

やはり何処でも研究は進んでいないのだろう。

ため息をつくと。

レポートをまとめる。

次の実験の準備についても、機材が運び込まれているが。

次は地面に杭を打ち込む、いわゆるバンカーを使って数百回の衝撃を与えるようだ。

あれだけの規模の熱量と圧力を加えてびくともせず、熱さえ帯びないような化け物である。

更に言うと、私自身はやっていないのだが。

聖剣同士をぶつけてみても、どちらにも傷一つつかなかった、という噂もある。

いずれも噂だが。

この有様を見ていると、とても嘘とは思えない。

嘆息すると、次のシフトの研究者に、引き継ぎを行う。

感情は殆ど交えず。

相手がどんな経歴の持ち主かも分からない。

引き継ぎの時でさえ、アサルトライフルを持った監視員がずっと此方を見ているのである。

下手な事は言えないし、出来もしなかった。

後は家に帰るだけ。

そういえば入り口で携帯を預けてもいるのだが。盗聴もされているのだろうか。

まあされていてもおかしくは無いだろう。

そのレベルの国家機密だからだ。

嘆息すると、帰路につく。

その途中だった。

携帯から警報。

慌てて、道からずれる。

戦車部隊が、専用道路を通っていくのが見えた。

多分すぐ近くに怪物が出たのだ。研究所とも家とも別の方向のようだが、文字通りただ事では無い。

周囲は騒然としている。

昔は馬鹿な奴が動画目当てで怪物に近付いたりもした。

だが今では、それもなく。

少なくとも、怪物がいる方向へ行こうとする奴はいなくなっている。

マスコミも同じく。

もはや帰ってきた軍から、公式報道を受けるだけ。そして受けた後は、好き勝手に騒ぐだけ。

いずれにしても、軍の展開もしているし。

余程の規格外でもなければ。すぐにけりもつくだろう。

携帯を確認すると、もう交戦開始している、とある。

避難地域を見る限り。

どうやら、それほどやばい怪物ではないようだったが。

それでも念のためだ。

さっさと家に帰ることにする。

電車で揺られている最中に。

怪物の撃破完了報告が出る。

なんと団地のど真ん中に出現したらしく。

逃げ遅れた住民三十人以上が犠牲になったと言う。

避難地域が狭かったのは。

早期に怪物の戦力を見極め。

閉じ込めに成功した、からなのだろう。

だがそれにしてもいたましい。

溜息が零れる。

役にも立たない研究。役にも立たない聖剣。怪物をもっと効率よく駆除できるか、発生しないように出来れば。

自分にそれが出来るのか。

研究を全て任された場合、できるのだろうか。

いや、其処までうぬぼれてはいない。

だが、聖剣というオモチャを与えられて、遊んでいるとしか思えない「偉い人」達の指示を見ている限り。

状況が好転するとは、とても思えないのである。

周囲の人達は、暗い顔で座席に着いている。

私も同じだ。

第三次大戦か何かで世界が滅びるのでは無いかと昔は思われていた。

だが今は。

ある一点で均衡が崩れたら、怪物によって世界は食い尽くされ、蹂躙され尽くすのでは無いのか。

私は今はそう考えている。

どう出現するか、その仕組みさえ不明なのだ。

シェルターなどを作った所で。

そんなものが役に立つとは、とても思えない。

むしろただ巨大な棺桶になるだけだろう。それも多数の人間がミンチになって詰め込まれる。

自宅に着く。

ぼんやりと顔を洗っていると。

ふと気付いた。

目の下に隈ができている。

朝化粧したときには、こんなものは無かった筈だが。

おかしい。

今日の研究は、それほど厳しいものではなかった。

疲れはしたが、いきなり隈ができるほどのものだっただろうか。

しかしながら、隈ができているのも事実だ。

これは何かの病気か。

いや、でも研究所でも、ある程度の健康診断はしている筈。其処で今のところ、致命的な異常は発見されていない。

ならば、其処まで心配することも無いか。

ただの疲労だろう。

疲れたので、寝ることにする。

明日こそ、研究が進展すればいいのだが。

そう思って。

そして夢を見た。

突如何の前触れも無く、怪物が出現する。

街中で暴れ始めた怪物は、見境無く通行人を襲って喰らい始める。

どこか他人事のように私はそれを見ていた。

程なく自衛隊のアパッチが到着。

チェーンガンを叩き込み。

更にミサイルも撃ち込んで、怪物の土手っ腹に大穴を開けた。

どうしてだろう。

怪物の姿は黒塗りにされたようで、よく分からない。

そういえば。

SNSで最初の頃は、怪物の動画も出たが。

どれもこれも、姿がはっきりしていなかった上、SNSから片っ端から削除されていった。

あれはどうしてだったのだろう。

何かまずい事があったのだろうか。

程なく戦車部隊が到着。

ヘリに反撃しようとしていた怪物に、120ミリ滑空砲のつるべ打ちを浴びせる。

これがとどめとなり。

数十人を殺傷した怪物は倒れ伏し。黒塗りだったその姿は、溶けるように消えていった。

本当に溶けるんだな。

ぼんやりと思っていた私は気付く。

夢にしては具体的すぎる。

此処は見覚えがある。

渋谷の繁華街だ。

昔はつきあいで足を運んだこともあった。はっきり言って人が多すぎてロクな場所では無かったが。

それでも特徴的だったからよく覚えている。

ハチ公の像は怪物に踏み砕かれ。

戦車によって踏みにじられて、木っ端みじんにされていた。

再建は、されないだろう。

そんな余裕は、もうこの国にも。

いやどこの国にもないのだから。

目が覚める。

いやに具体的な夢だった上に、全部覚えている。早速調べるが、案の定だ。

昨晩、渋谷で怪物が暴れ。

鎮圧されている。

あれは夢では無かった。あの場に私はいたのだ。だが、私は確かに寝ていた。それは間違いない。

ハチ公像を確認する。

やはり間違いない。昨日の戦いでグシャグシャに破壊され、もはや形を残してはいなかった。

渋谷駅も半壊している。

あの地元民でさえ迷子になるという噂のある渋谷駅も、更に壊されて、無惨な姿になっていた。

ただの夢とは思えない。

聖剣と関わっているのだ。

何か体に変調が起きているのかも知れない。

咳き込む。

そして気付いた。

咳に血が混じっていた。

 

3、正体

 

生きたまま怪物が捕獲された。

それがニュースとして飛び交った。もし本当だとすれば、この世界における歴史的快挙である。

さてどうなるか。

それ以降の続報が無かったが。

SNSはにわかにわき上がっていた。

テレビのニュースがマスコミの凋落と共にまったく見向きもされなくなってから。SNSの方が情報収集源として有効活用されるようになったが。

それでもSNSは情報が混雑しており。

カオスに近い。

正しい間違っている関係無く情報は拡散され。

そして拡散が始まると歯止めが利かなくなる。

この点だけは。

時代遅れになったマスコミと同じだ。

今日は休日なので、情報をぼんやりと追っていると。いつの間にか眠ってしまった。そしてどこだか分からない場所にいた。

硝子越しに見ているのは。

鎖で厳重に縛られた怪物だ。

大量の弾丸を浴びたようだが。それでも生きている。

なお、サイズはアフリカ象より更にでかい。

これは、ティラノサウルスよりも強いのではあるまいか。いや、確実に強い。ティラノサウルスでもガトリングを浴びたらひとたまりもないのに。怪物はガトリング程度では殺せないケースの方が多いのだ。

「これが怪物かね」

「はい。 怪物が死ぬと確実に液状化して消滅します。 これは各国の情報共有でも確認されています。 また怪物には寿命があり、ある程度以上の時間は存在できないようなのです。 怪物によって壊滅状態になった国に偵察機を送り込んだところ、怪物は何処にも存在せず、ただ廃墟が拡がっていた、という報告も上がっています」

「そうか。 では消える前に徹底調査したまえ」

「はい」

会話しているのは誰だろう。

この声、首相か。

もう片方は、多分厚生省辺りのキャリアと見た。

程なく、ロボットアームを使ったり、様々な方法で、怪物の調査が開始される。

だが、元々瀕死だったらしい怪物は。

ほどなく、溶け始め。

そしてやがて、何も残らず消えてしまった。

「大気成分変動無し。 やはり溶けると、何もかも残さないようですね」

「CTの結果は」

「確認した所、体内は均一化されていました。 内臓などは存在せず、骨も……」

「傷をつけたときに血が流れていたようだが」

仕組みは分からない、と研究者が応える。

あれ、この研究者。

私の同期じゃ無いか。

連絡は取れるはずだが。

いや、やめておいた方が良い。危険が大きすぎる。

100%盗聴されているのが確実なこの状況で。

連絡なんか入れたら、私も相手も只では済まないだろう。文字通り物理的に消されるかも知れない。

「すぐに各国にデータを送れ。 調査の状況と推移についてもだ」

「はい。 しかしこれはどう考えても生物ではあり得ませんね。 何故人間を襲うのでしょう」

「さあな……」

「聖剣が出現し始めてから、呼応するように怪物が出現し始めたのも気になります。 もっと真剣に聖剣を調査するべきでは」

目が覚める。

目をごしごしと擦るが。

記憶は全てある。

SNSを確認するが、どうやら目撃報告が上がっているらしい。怪物が瀕死の状態で軍に捕まり、連れて行かれたと。

となると、さっきのは。

幻覚では無かったのか。

分からない。

最近消耗が激しく、何だかよく分からない夢を見ることが多くなってきている。

さっきのも正夢だとしか思えないし。

あまりにも生々しすぎる。

勿論私に超能力なんぞない。

予知能力だのを発揮できたことは一度もないし。勘だって鋭い方では無い。スプーンなんか曲げられる訳も無い。

だが、この間の件と言い。

明らかに夢と断じるにはおかしすぎるものを見ているのも事実だ。

携帯が鳴る。

電話だった。

仕事場から、である。

「はい。 何か問題ですか」

「シフトについてだが、変更を行いたい」

「はい、どのように」

「今夜出勤してくれるか。 代わりに明日の出勤は取り消す」

既に生活時間の調整をしている状態なのだが。

まあいい。明日が休みになれば、三連休になる。これから無理矢理寝れば、どうにかなるだろう。

眠かったし、疲れも溜まったので、そのまま眠る。

そして起きだして、時間通りである事を確認。

夜勤作業の辛い所は、寿命をリアルで削られていることを自覚できると言う事だ。

特に年齢がかさんでくると、これが強烈に響いてくる。

夜勤時の仮眠を許さない職場も存在していて。

人間を文字通りの消耗品として使っている事が確定だ。

実は昨日、去年度の人口増加率が出たのだが。

ついに爆発的増加をしていた人口が減少に転じた。

理由は怪物である。

何処にでも現れる怪物だが、人口爆発が起きている東南アジアやアフリカで出現したときの被害が凄まじく。

最低でも千人以上は毎回死者が出るという。

それも毎日出るのだから、たまったものではない。

そして貧困国は当然軍も貧弱だ。

怪物を倒すまでには軍も被害を出すし。

立て続けに現れるのだから、被害も拡大していく。

人口が減り始めた一方で、カルトが勢力を伸ばしている一方、反社会的勢力はなりをひそめている。

社会が混乱すれば好きかって出来ると考えた連中もいるのかも知れないが。

そもそもあの手の輩は、国の潜在力が高い場合、寄生虫としてのさばるのである。

寄生虫は宿主が弱れば自分も弱る。

ましてや怪物は見境無し。

少し前に、マフィアの本場イタリアで。最大規模のマフィアの本部が怪物に蹂躙され、軍が来るまでには皆殺しにされた、という事件も起きている。

怪物は人間の武装の程度など気にしない。

軍基地に出現する事さえあるのだ。

中途半端に武装したマフィアを怖れて、出現を躊躇する、何てことは当然無い。

要するに人間は。

怪物に対して、押され始めているのだ。

あくびをしながら、もう駄目かも知れないなと思い。そしてベッドに貼り付く。そのまま目を閉じて、無理矢理眠る。

元々、資源を使い果たすのが先か。

宇宙進出できるのが先かという、チキンレースを人類はやっていたのだ。

どうせこの社会はもう上手く行かないというのは、何十年も前から言われていた。

怪物の出現が、それにとどめを刺しただけ。

予想外の方向から社会に致命傷が入っただけで。

結局の所、宇宙人が攻めてくるのとあまり変わらなかったかも知れない。

目が覚める。

今日到着予定の通販は、結局来ていない。

まあそうだろうなと思って、諦める。

不在者票さえ無かったし。軽く確認したが、配達中となっていたので、相当に通販も混乱しているのだろう。

その内通販というものが丸ごと無くなるかも知れないが。

その時はその時だ。

職場に出る。

荷物検査をしてから、引き継ぎをしようとしたら。

不意にアサルトライフルを持った監視達に囲まれた。

そして引き継ぎ相手も、私から逃げるように逃れる。

「何の真似ですか」

「拘束する。 抵抗するようなら殺す」

「はあ? はあ……」

とりあえず手を上げる。

女性兵士が私の体をまさぐって、武器の類を持っていない事を確認後、手錠を掛ける。その間、同僚はずっと私を怪物でも見るかのようにみていた。

なんだよ。

あの正夢みたいな変な夢が原因か。

外に無理矢理連れ出され。

そして待機していた軍の車に乗せられる。

これ、たしか。重要な機密を運ぶための特殊装甲車両。対戦車地雷を喰らっても、対戦車ミサイルを喰らってもびくともしない特注の奴だ。この職場にいるから何度か見たことがある。

しかも護衛用の戦車が数台いる。

完全武装の特殊部隊と一緒に特殊装甲車両に乗せられた。私はしばらくむくれていたが、どうせ文句を言っても何も返ってこないだろう。

何だよこの茶番。

私が変な夢を見たからって。

どうしてこんな目にあわなければならないのか。

ただちょっとVIP扱いみたいで面白い。この後どうなるかは分からないから、あまり楽しんでもいられないが。

携帯も取りあげられたし。

何よりも手錠されているから、ニュースも見られない。

怪物でも出ているんだろうかと思ったが、そういえばこの車両、外の様子も確認できない。

何処を今移動しているんだろう。

外の音も聞こえないから、此処が都会か田舎かさえも分からない。

しばし移動が続き。

程なくして、車が止まった。

出るように言われて。

出た場所は、見覚えがあった。

此処は確か、国立研究所の中でも最大規模を誇る場所。

国の最大規模の大学と並立して作られていて。

色々と表沙汰に出来ない実験をしていると噂の施設だ。

地下に連れて行かれる。

その間も、周囲は完全武装の兵士達が固めていて。あからさまに私を危険人物扱いしていた。

真面目に働いて。

税金だって納めて。

そしてシフトの無茶な労働で体も削っているのに。

なんでこんな目にあわなければならない。

一応そこそこの給金は貰っているけれど。

だからといって、この扱いはあまりにも釣り合わなさすぎる。

このまま殺される可能性も決して低くは無い。

むすっとしたまま歩いていると。

程なく広い部屋に出た。

何だ此処。

血の臭いがするようだが。

いや、見覚えがある。

此処は確か。

あの怪物の閉じ込められていた部屋だ。

「あーあー。 聞こえるかな」

「……聞こえますよ」

「そうかそうか。 実は君に大変残念な知らせがある」

「いきなり手錠掛けられて、こんな所に連れてこられた時点で、残念極まりないんですが」

相手は無視。

咳払いすると、続けた。

「君、見ていたね」

「はあ?」

「此処で捕獲された怪物が溶けていくまでを見ていたね」

「……夢でそれらしきものは見ましたが、何か」

ざっと、銃が向けられる。

おいおい、勘弁してくれよ。

そうぼやきたくなるけれど。この状況では、冗談が通じるとはとても思えない。まあどう考えても私は終わりだ。

俳句ならぬ辞世の句でも詠みたいところだが。

生憎私にポエムの才能は無い。

あれほどセンスが無いと寒いものも存在していないので、私も敢えて詠もうとは思わない。

「君はどうやら世界初の適合者らしくてね」

「適合者あ?」

「聖剣の研究をしていておかしいとは思わなかったかね。 どんなものでも切り裂き、どんな攻撃も受け付けない」

「はあ、まあおかしいなあとは思いましたが」

話を振ってきている相手が誰かは分からないが。

はっきりしている事はある。

私はもう、国にとっての超一級危険人物と言う事だ。

「既に分かっているんだよ。 聖剣は、物質では無い」

「物質では……ない!?」

「そういうことだ。 どうして攻撃を受け付けないか。 それは最強硬度で結びついた空間そのものだからだよ」

「意味が分かりません」

そんなもの。

どうやって特定したというのか。

人類の科学技術なんて多寡が知れている。昔未来予想図で、1世紀先には火星にコロニーが何て夢があるものもあったけれど。実際には月にさえコロニーを作れておらず、周回軌道上にもスペースコロニーは一つも浮かんでいない。

人類は宇宙進出どころか互いに足を引っ張り合い。

あげく怪物の出現でどんどん数を減らし始めてさえいる。

そんな状況で、与太話をされて、頭に来ないはずも無かった。

「そんな与太話する暇があったら、現実的な話を……」

「では逆に聞きたい。 核攻撃を越える火力を一点集中して叩き込んで、傷一つつかない物質が存在するのか聞きたい。 モース硬度は幾つにすればいいのかね。 しかも熱も酸も一切合切受け付けないのだよ」

「そんな事は知りません」

「君は専門家の筈だ」

だから、人間の科学力なんてそんな程度の物だと、もう一度吐き捨てるが。

相手はしらけているだけだ。

ひょっとして、国内の上層部は完全に頭が狂っていて。

カルトか何かにはまって。それで私を生け贄か何かにでもするつもりなのだろうか。

「ふむ、ではこのデータを聞けば分かるかも知れないね。 実は君達に意図的に公開していなかった観測データがある」

「……?」

「重力変動だよ。 聖剣にある人物が近付いた場合、微弱な重力変動が起きていることが分かった。 近付けば近付くほど強くなるし、離れれば弱くなる。 問題はそれが極めて微弱で、各国の調査機関で調べている間にも誤差では無いかと言う意見が主流を占めていたことだ。 だが、今回それが誤差では無い事がはっきり分かった」

「……」

嫌な予感がする。

そして、私の目の前に。

ロボットアームが掴んだこの国の所有する別の聖剣。

草薙の剣が降りてきた。

日本武尊が迫り来る炎から身を守った聖剣であり。

八岐大蛇を素戔嗚尊が倒した時に、尻尾から出てきて。天羽々斬を欠けさせたという、あれだ。

何しろ天羽々斬の時点であらゆる攻撃を受け付けないので、強度の違いについては分からないが。

その刀身はやはり古い刀剣類らしく、両刃になっていた。

「君がシフトで仕事に出る度に、天羽々斬から重力変動が感知されていた。 そして今回、草薙の剣からも検知されている。 君は自分が何回シフトで出勤して、天羽々斬を調べたかわかっているかね?」

「覚えていませんよ」

「二百回だ。 その全てで重力変動が感知されている」

「……」

たった二百回では。

いや、母数が同じ二百だというと、誤差とは言い切れないか。

更に、とんでも無い事を言われる。

「許可をするから、それを握ってみたまえ」

「前に天羽々斬の剣を握って持ち上げたことがありますが、とても使いこなせはしませんでしたよ」

「それは偽物だ」

「はあっ!?」

実験の際には研究室に隔離して、ロボットアームで操作していたが。

実際に触っているものは偽物だった、とでもいうのか。

しかし、此処まですると言うことは、それもあり得る話だ。ただ、今喋っている誰かが、単なる頭がおかしい可能性も否定は出来ないが。

手錠を解除される。

しばし躊躇った後。重量8sとか言われる草薙の剣を手にしてみる。

おぞましい程手になじんだ。

だが、それが何だというのだろう。

ずんと、周囲の重力が変動するのが分かった。何というか、体が重くなるような感じである。

「うむ……やはりな。 重力変動が、今までに無い異常値を示している」

「まさか怪物と戦えって言うんじゃ無いでしょうね。 米国海兵隊のゴリラみたいな男達でも、聖剣握って怪物に一撃も浴びせられなかったって話ですよ。 私は運動音痴で、今も別に体が凄く動くわけでも無いし、剣を振ってビームが出る訳でも……」

「勿論怪物と戦う必要などない。 君はこれから、本物を逐一触るだけで良い」

「……」

以上だと言われ。

私は別室に案内された。

何だかよく分からないが。

それで用件は終わったようだった。

携帯は返された。

その代わり、SNSへの書き込みは一切禁止されると言う事だった。携帯自体に監視がつけられ、パケット単位で全て監視されているそうである。

見るだけなら良い。

そう言われたが。

しかし、そう言われても。

狭い部屋に監禁され。

どうすれば良いと言うのか。

ふと、気付く。

さっき草薙の剣を触ってから、日本周辺で怪物が出現していない。

一体、何が起きている。

ここしばらくは、連日のように怪物が出て、出るたびに十人以上の死者が出ていたというのに。

まさか、単に私は、聖剣を触るだけで良いのか。

それで怪物が出なくなるのか。

そんな馬鹿な話があってたまるか。

頭をかきむしる。

勿論、剣を持って怪物と戦うのもごめん被るが。

こんな意味不明の解決をするのも、また解せないとしか言いようが無かった。

 

翌日から、聖剣がどんどん運ばれて来た。。

これは何、これは何という説明はいちいちされなかったが。

それでも何となく分かるものもあった。

いの一番に運ばれて来たのはエクスカリバー。

発見時ニュースになったので、よく覚えている。

ただ、当時からSNSなどでは突っ込みが入っていたが。これって確か、伝承では湖の妖精だか何だかに返されたとか言う話らしいのだけれども。

なんで現物があるのだろう。

それはそれでよく分からない。

そもそもこのエクスカリバー、17sもある筈なのだが(普通持ち上がらない)。私には異常に馴染んで、どういうわけかあっさり持ち上げることが出来た。

今まで偽物の天羽々斬を触っていたのかという腹立たしさも感じるが。

本物が綿のように軽い事も、何か腹立たしい。

更に、連日どんどん新しい聖剣が運ばれてくる。天羽々斬もその中にあった。

どれもこれもが奇っ怪な形をしていて。

現存している剣とは、どれもこれもが違っていた。

そういえば、どうやって聖剣として判別していたのか。

いちいち戦車砲か何かをぶち込んでいたのだろうか。

数千、或いは万に達する複層構造になっている日本刀でさえ、折れる時はあっさりとぽっきり行く。

拳銃の弾丸くらいなら切る事は出来るが、その代わり二つに切られた弾丸が自分に突き刺さるだけだ。

勿論刀身で受けたらぽっきりである。そういかないにしても歪む。

だが、聖剣でなら。

多分戦車砲をなんぼ喰らっても、「聖剣だけは」無事だろう。

調べていた私自身がそれは良く分かっている。

さて、連日来る色々な聖剣。

分かっているだけでも三十数個という話だが。

各国が余程隠蔽していたのか。

四十を越えても、まだまだ来る。

そして、SNSを見ていると。

あからさまにニュースなどでの、怪物の出現報告が減っているのが分かった。

何なんだよ一体。

ぼやきたくなる。

私は別に聖剣に触って何かしているわけでは無い。

確かに綿のように軽い。

ロボットアームなんか使わなくても、軽々戦車の装甲をこれで切り裂く事が出来るだろう。

だが戦車と戦って勝てるかと言えばノーだ。

最新のMBTは時速70qくらい余裕で出るし、ものによっては蛇行走行しながら射撃を百発百中で当ててくる。

聖剣は無事かも知れないが。

そもそも持っている私が木っ端みじんだ。

聖剣をそもそも当てられないのだ。

ましてや、その戦車と互角以上にやりあう怪物なんて、勝てる筈も無い。

剣が綿のように軽くても、だ。

それなのに、私が聖剣に触っているだけで、怪物の出現頻度がどんどん落ちて行っている。

これは一体何がどうしてこうなっているのか。

得体が知れない聖剣が来る。

ククリというか、小型のものだが。

なんと重量150s。

発見された中では、最大級の重さを持つという。

中華文学に出てくる英雄の武器じゃあるまいし。

重さを誇示してどうするというのか。

実際相当ごついロボットアームで、口をへの字に引き結んでいる私の前につり下げられてきた。

掴んで見ると。

150sが軽々だった。

軽く振り回してみるが。

所詮は素人。

自分を切ったりしないか心配だ。

すぐに取りあげられる。

そして、告げられた。

「お疲れ様。 これで世界に存在する全ての聖剣に君は触った」

「はあ……」

「先も言ったとおり、重力変動が発生するんだよ。 それが分かってからは、聖剣の場所は科学的に探知出来るようになった」

「聖剣が空間そのものだという珍説と、怪物が出なくなったという事実は、どうやって科学的に説明してくれるんですか?」

科学的には説明できないと即答される。

ぶちりと行きそうになるが。

咳払いの末に、更に頭に来る事を告げられる。

「君が言ったとおり、現在の人類の科学技術では因果関係を証明できないからだ」

「だったらどうして」

「そもそも、どうしてありもしないエクスカリバーなんぞが発見されたと思う」

「知るかっ!」

いい加減本気で頭に来ていたので、私も激高する。

こんな茶番につきあわされ。

ずっと軟禁され。

怪物が減ったという事実の前に文句も言えず。

そして最後の聖剣を触ったことで、多分二度と怪物は出ないだろう。

科学的に説明は出来ないかも知れないが。

因果関係が、私が本物の聖剣を触ることに意味があると告げているのだ。

「この世界そのものに、変動が生じているんだよ」

「……」

「どうやら平行世界で何かあったらしい。 それもビッグバンに匹敵するような大規模異変だ。 その影響がこの世界に起きて、ありもしないものが出始めた、というのが理由のようだという事だけは分かっている。 それも、様々な状況証拠からに過ぎないがね」

「それでどうして私なんです」

頭に来ていたが。

答えは更に憤激ものだった。

たまたま、私がその平行世界の大規模異変が起きたとき。特定の地点にいたから、というのが理由らしい。

つまるところ、怪物が出現したのも。

聖剣が出現したのも。

私が原因だとでも言うのか。

いや、平行世界があるとして。まああるだろうが。

其処でビッグバン規模の異変が起きたとしたら。

多分その平行世界は熱で焼き尽くされて消滅しているだろう。地球なんか一瞬で蒸発している筈だ。

その影響が私に出ていて。

私がどうして普通の人間のままでいる。

生活リズムを変えるのにも四苦八苦し。

うまくもまずくもないコンビニ弁当に一喜一憂し。

料理は下手で。

別に運動神経も良くない。

多少オツムは他より恵まれたが、その程度しか長所は無い。見かけだって、そんなに良い方でもない。

そんな宇宙規模の異変影響が私に収束したとしたら。

何故に。

ふと気付く。

まさかとは思うが。

「これからも監禁させて貰う。 君は特異点といって過言無い存在だ。 外に出したら何が起きるか分からないからね」

「……」

「暴れても無駄だよ。 最悪の場合、施設ごと核で焼き払う手はずになっている」

「それはどうも」

随分と気合いの入った警戒ぶりだ。

か弱い三十路前の女一人に随分な。

また部屋に戻されて、SNSを確認。

怪物が出なくなったことで、世界中が湧いている。

聖剣については、各国で象徴として飾る事にしたらしい。まあ実際問題、兵器としては活用のしようがない。

それは私が実際に握ってみてよく分かっている。

多分対人戦でさえ使えない。

アサルトライフルを持った兵士の一人にさえ勝てないはずだ。

目を閉じて、考える。

もしも私の仮説が正しいなら。

どうして聖剣が空間そのもので。

私が触ることで怪物が消えたのか。

全て説明がつく。

聖剣が空間そのものだとしたら。人々が想像する聖剣が、平行世界の破滅というエネルギーを得て、実体化したのだ。

その実体化の負の反作用として、怪物が出現した。

多分だが。特異点である存在、つまり私が聖剣に触ることでその存在を安定させ。

反作用としての怪物出現を抑止した。

そして全ての聖剣を触ったことにより。

反作用は全て押さえ込まれた。

だが私が特異点だというのなら。全ての聖剣を触った時点で、多分私はもう。

なるほど、私を監禁し、最悪の場合は核で焼き払うとまで言う訳だ。

問題は、どうして聖剣の正体を誰かしらが知ったか、と言う事だが。

まあいい。

どの道このままだと、いずれ機会を見て殺されるだろう。

少しずつ、もう人間とは違う存在になった私を自分で調べ。そして機会を見て動くとしよう。

殺されてたまるか。

私は独房同然の部屋に転がると。

小さく一つあくびをした。

 

4、暴虐の化身

 

暴風神という存在がいる。

色々な歴史で、台風を一とする暴風災害を神格化したものだ。

有名どころで言うと、日本では素戔嗚尊。ギリシャではゼウスさえ一時倒したテュポーン(タイフーンの語源としてあまりに有名であり、台風という言葉の元になった存在とも言える)。

バビロニアでは神々の英雄であるマルドゥーク(この神格については多数の側面があるが)。

インド神話ではルドラなどが相当する。

いずれも強力無双な神格である。当たり前の話だ。台風を一とする暴風災害は、現在でさえ御せないのだから。

私は研究所を光の柱で倒壊させると。

世界中の主要都市の上空に、彼ら暴風神を出現させた。

勿論研究所を焼き尽くすはずの核兵器など発動しない。

そう。

特異点となった私は。

そもそも最初、自分の能力を制御出来なかったのだ。

故に無意識のうちに聖剣などと言うものを作り出し。

怪物を反作用で産み出していた。

それならば、能力制御が出来るようになれば。実質的にどんなことでも出来る。それは分かりきっていた。

うんざりだったのだ。

非人道的なシフト勤務でこき使われ。

大学まで出たのに安月給で囚人同様の生活。

税金だってきちんと収めているのにまともな男も見つからず。普通の家庭さえ持つことも出来ず。

何よりも、もう資源が尽きかけているのに、争い続けている人類の馬鹿さ加減。

自分の能力を制御出来るようになると同時に、私自身はこれら全てを漠然とではなく、はっきりと理解。

二年間掛かったが。

二年間ぼんやり引きこもり生活(強制)を続けたことで、相手が油断するのを誘うことも出来た。

そして今である。

鎮圧のための軍が出てきたが。

私の周囲には、今までの比では無い強力な怪物達。名前も知られていないような連中ではなく、それぞれ各国で恐怖の象徴として知られる者達が、守護神そのものとして立ちはだかり。

更には神話の英雄達が、それぞれ厳重に封印されていたはずの聖剣を持って、廻りを固めていた。

人間が使っても役にも立たない聖剣でも。

神話に出てくるオーバースペックの英雄共が使えばどうなるか。

機甲師団が紙くずの様に蹴散らされるまで三分。

撃ち込まれるはずの核ミサイルは全て起動しない。

雷を司るゼウスにより。

全ての核兵器を完全にハッキング済みだからである。

巡航ミサイルが山のように飛んできたが。それらも全て中途で塵と化した。

「各国政府に告げる」

高圧的極まりなく、私はヴィシュヌ神を介して全世界の政府機構に呼びかける。

私は今や神々の王そのもの。

もはや何一つ遠慮はない。

今までの鬱憤を全て晴らさせて貰う。

「24時間以内に世界統一政府を作れ。 これに応じない場合は、各国主要都市は全て風速150q以上の暴風で更地になると知れ」

最大規模の台風でも、風速三桁はまずない。発生するとしても、ごく局所的な地域だけである。

いわゆるスーパーセルでも、此処までの致命的災害には達しない。

「要求は更にある。 世界統一政府を作った後は、治安維持用の軍を除き全ての軍を廃止し、その予算を宇宙開発へつぎ込め。 また、これより指定する財閥は即刻解散、指定する人物は即時処刑せよ。 財産は全て没収し、宇宙開発へとつぎ込む予算へ追加せよ」

現在世界の富の99%は、1%の人間が握っている。

その1%の人間は駆除。

人類はこのままでは、資源を食い尽くして自滅する。

既得権益でガチガチに固まっているこの世界をどうにかするには、荒療治しかない。

「出来ないと思っているお前達のために、予行演習を見せてやろう」

指を弾く。

太平洋の一角に、十分ほどで超巨大台風が発生。

時速150qの暴風雨が吹き荒れた後、収まる。

文字通り神の怒りそのものだ。

各国政府も観測したはずだ。

私が、もはや災害そのもので。その気になれば、地震でも台風でも自由自在だと言う事を。

「待つのは24時間だけだ。 もしも応じないというならば、此方が自力で解体を開始する。 人類の滅亡を招きたくないのは此方も同じ事。 もはやどうしようもないお前達の尻を蹴飛ばす他ないと結論した。 即座に動け。 以上」

空虚な玉座が用意される。

下級の神々が、私のために準備したものだ。

そのまま、私は閉じ込められていた施設を横目に、玉座につく。

王冠も持ってきたが、いらないと拒否。

代わりに、オーディンが恭しく差し出したグングニルを手にした。

グングニル。

あらゆる全てに必中し、必殺する最強の槍。

地球の裏側に相手がいても届き。

核シェルターに隠れていても確殺する。

現在、人類にこれを無力化する手段は存在しない。

聖剣は核でも壊せないのだ。

聖剣を上回る神の武器に、一体何をすれば対抗できるというのだろう。

私はあれから、自分の力を制御する方法を覚えながら、調べた。

その結果、あの声は。

崩壊する平行世界から逃れてきた人物によって情報を得た、西欧財閥の人間の一人だと分かった。

そして連中が。

私を閉じ込めることで。

既得権益を守るつもりだった、と言う事も。

既得権益も何もあるか。

この世界の資源は尽きかけている。

このままでは人類は滅亡確定だ。文明規模での崩壊が起きたら、もう二度と立ち直る力は無い。

それなのに未だに自分の権益にしがみついているような連中など。

もはやこの世に必要がない。

主要各国で緊急会議が行われていると、ゼウスが伝えてくる。

雷を操るゼウスは、全ての電子情報網を把握している。処理速度も世界中の全てのスパコンを合わせたよりも上だ。

私と戦っても勝ち目は無い。

それが分かっている以上、徹底的な弾圧を受け入れるしかない。

恐らく私を自分で利用するべく牽制し合っていたのだろう連中が、今は冷や汗を流している。

その光景が目に浮かぶようだった。

そんなものはもうどうでも良かったが。

人類が自滅を避けられないのなら。

無理矢理にでも自滅を避けさせる。

私はあくびをしながら、今は役に立つようになった聖剣の群れを横目に。

無条件降伏の受諾を待ち続けた。

受諾しないなら、無理矢理言うことを聞かせるだけ。

どちらに転んでも。

もはや私は、人類に制御は不可能だった。

 

(終)