濁流の轟き

 

序、皇国の成立、そして腐敗へ

 

アスフォルト皇国は、平和を手に入れたものの、それは一時的な物に成り果てようとしていた

この国には無数の小民族に加え、有力な四つの民族が生活している。

一つは中央高地に住んでいた山岳生活民族ラス人。 人口比率は全体の16%

また一つは南部の遊牧民族シュダール人、人口比率は15%

そして、最も数多い一つは、東を中心に生活していた農耕民族アルイト人、人口比率は44%

最後に支配者階級であるアスフォルト人である。 人口比率は9%といった所であろう

(余談であるが、ヴォラード地区はラス人とシュダール人が半分ずつくらいの比率で住んでいる

支配者民族であるアスフォルト人は、3%程しか住んでおらず、アルイト人に至っては皆無である)

アスフォルト人は最初、小さな勢力しか持たぬ民族であったが

英雄王と呼ばれる男により、一気にその勢力を拡大、大陸の覇者となってからは

強引な政策と柔軟な政策を使い分け、民族融和を行い、国をまとめてゆく

この政策の過程で、少数民族は次々アスフォルト人との混血を果たし、民族レベルで吸収されていった

それまで大陸全土に存在していた2300以上の民族が、この過程で約2/3に減少している

また、有力民族も次々に勢力中枢にアスフォルトの血を受け入れ、支配体制は絶対の物になった

同時に進んでいったのが、宗教の押しつけである

<神の声を聞いた男>として皇国の歴史に残る初代教皇ドレステンの手により、アスフォルト教が

土着の精霊神信仰から、民族レベルでの洗脳政策に便利な一神教へと変貌させられたのが250年前

以降、確立した支配体制を後ろ盾に、強引な改宗と洗脳が続けられ、何度か大規模な反乱も起こったが

皇国誇る<聖王宮騎士団>の戦闘力は世界最強であり、虫を捻り潰すかのように反乱軍は潰され

そして大量の血が流され、虐殺の犠牲者が増えていった

後に聖騎士団は腐敗し弱体化して行くが、それは100年以上も後の話である

一方で、ドレステンは一神アスフォルト教の支配を受け入れた民には慈愛の化身のように接し

民衆の支持を集め、やがて幼い女帝を退位させ、自分が皇帝の位置に着いた

宗教指導者と政治指導者が、同一になった瞬間であった

この間天界と魔界は死闘に明け暮れており、日々大量の血を流しあっており

地上で(ましてやその内の一国で)どんな宗教が信仰されていようが構う暇が無く

結果ドレステンを呪う者達による天罰と救いの手を求める声は、完全に黙殺されたわけである

最も、丁度魔界は大魔王ルシファーを失い、新しい大魔王ニフェルダが四苦八苦していたところであり

天界は内部に、強引すぎる至高神のやり方に反発を覚える高位神族達の一派が出来始めており

余所の世界の住民が、如何に祈ろうと嘆き悲しもうと、助ける暇など無かったのが事実であるのだが。

時間が経過して行くと、独善的であっても有能だった教皇も、血筋による世襲が正当化され

ハーレムが作られ、一神教の威光は揺らぎ、強靱な支配体制もまた揺らぎ始めた

こういった状況下で、フォルモリア連合との会戦が発生し、それ故に何とか国はまとまっていた

一方で、連合も不安定な国内をまとめるため、意図的に戦闘を継続させていた節がある

両国の戦闘は延々と続いた。 やがて両国は国内をまとめるための戦闘から、総力戦へ移行していき

その過程で、死者は加速度的に増えていった

皇国の名将アドルセスが<レッセナ海峡海戦>で、連合が誇る竜騎海兵団相手に大勝利を納めれば

今度は連合の名将ターナが、<ミファ平原会戦>にて

皇国の誇る精鋭、陸上戦闘第四、第六師団を壊滅させると言った具合で

戦史研究家が涎を垂れ流すような名勝負が続いたが、当事者にはたまった物ではない

名勝負と総力戦の影では、華麗な戦術の下、無数の兵卒が屍と化して行くのだから。

やがて両国は100年以上にも渡る戦闘で疲弊しきり、皇国は腐敗と堕落の局地に

そして連合は再生の時代に突入し、今となっているのである

今まで封印されていたはずの、忘れ去られていたはずの憎悪が、皇国では蠢き始めていた

 

皇国首都は170万の民が住む、大陸規模の大国に相応しい王都である

人口四億の皇国全土から比べれば1%にも見たぬ数ではあれど、その密度は比類がない

英雄王によって開発されたこの土地は、攻めにくく守りやすい要害の土地ではないが

交通の便が非常によい開けた土地で、しかも重要な各拠点とも整備された道で結ばれており

精鋭をもって成る七つの師団によって常に警護され、夜も明かりが絶えることはない

この都の規模は世界最大で、連合最大の都市や、帝国の首都よりも遙かに大きいが

人間という名の魔が跳梁跋扈する魔窟でもあり、腐敗と堕落の温床であった

その一角に、魔界政府の派遣した大使館とは別に供与された、今は絶えてしまった貴族家の別荘があり

魔界政府のC級情報員が何名か駐留しており、大使館のメリッサの命令で様々な工作を行っている

同様の場所は連合にも帝国にもあり、それぞれの政府に認知されている

外交官の努力と言うよりも、規模が小さすぎる故に認められているという事が大きい

皇国における情報戦の拠点とも言えるそこに、一人の青年が訪れた。

決して美男子ではないが、若々しく精悍な顔つきで

油断の無い足取りは、軍人の物だと明らかである。 実際に、少将の階級章をコートの下に付けていた

ここの情報工作員は、キルルというデーモンである。 指揮を執るのはこの若い魔族で

彼女の他に妖魔の情報員が二名と、魔族の情報員が一名駐留し

魔界大使館のゲズールルらグレーターデーモンと協力して情報収集、操作に当たっている

皆魔界における若手の人材の中では二線級と見なされている者達だが、能力は人間とは比較にならない

また、本人達も二線級と見なされていることを知っており、それを払拭しようと張り切っていた

こう言った競争意識は、精鋭を生み出す原動力である。 魔界は今まで少しそれをやりすぎてはいたが

良さを今後も継承することは疑いなく、新世代の若者達も育って行くことであろう

「キルルさん、こんばんわ。 今日は私に、どういうご用でしょうか」

軍人らしい青年がコートを脱いで挨拶すると、眼鏡を掛けた女性魔族は静かに微笑んだ

「ライアット少将、今日は貴方に伝えたいことがあります」

「私などに、何を教えていただけるのでしょう?」

物腰柔らかなこの青年は、現在皇国で最強の軍を率いるアドルセスの腹心であり

能力的には陣頭の猛将と言うよりも、むしろ参謀型であり、ヴィルセとは正反対の人材である

ヴィルセ同様若々しく、この国の腐敗しきった官僚たちの中では例外的に、目には活力がある

ただ、少し真面目すぎるところがあり、欠点と言えばそれがあげられるだろうか

「・・・では、魔界政府の派遣外交官メリッサ=ライモンファス様からのお言葉をお伝えいたします

近い内に、この皇国で大規模な反乱が、90%以上の可能性で発生します」

ライアットの動きが止まるには充分だった。 若くして参謀を務めるだけあり、頭が回るこの男は

それを魔界政府が伝えてきた意味を考えようとし、頭をめまぐるしく働かせた

「とりあえず、この事はご内密に。 アドルセス将軍が知れば却って喜ぶでしょうし

教皇様が知っても、何の意味もありません」

後半の言葉は、皇国の狂信者共が聞いたら激怒するような言葉であったが

だが権力中枢に誓い者達は、教皇がカスにも劣る阿呆だと良く知っている。 当然の言葉だったろう

またアドルセスは名将ではあれど、政治は分からないし、骨の髄から戦争が好きな男だ

反乱が起こると知れば、兵を訓練はしても、反乱発生を止めようなどと考えないだろう

それどころか、むしろ反乱が起こることを、裏から手助けしようとさえするかも知れない

「そして、権力中枢の者達が知れば、また虐殺が起こります

対応策については、メリッサ様から指示があると思いますので、それまでは下準備に徹して下さい」

「・・・・分かりました。 具体的に何をすればいいのですか?」

ライアットの言葉は真剣で、目には光があった。 一方、キルルの表情は事務的である

「本当のところ、我ら魔界は、この国がどうなろうが知ったことではありません

内戦したいのならすればいいし、止める理由もないし、何よりそれを止めるほど国力も裂けませんから

しかし、どうもメリッサ様は、様々に思惑を張り巡らせているようです

・・・私たちは上の命令に従うだけです。 下準備としては、これらのことをお願いいたします」

ライアットは冷酷な、超越的な言葉に直面して顔色を変えたが、しかし此処で激発する訳にはいかない

また、国力に任せた内政干渉がどういうことをもたらすか、歴史は痛烈に指摘している

冷酷であっても、キルルの言葉や、メリッサの判断は、国家レベルで考えれば正しいことなのである

渡された資料に目を通し、少将は帰宅していった。 彼は胃痛に悩まされ始めていた

魔界政府、いや魔界大使館がこの内乱に関与しないつもりなら、そもそも彼に情報を伝えはしない

だからこそ、知らせてきたからには、何かしら協力体制を取ろうとしている可能性が高いのだ

いずれにしろ、五月蠅い老人共にも、彼の足を引っ張ろうとだけ考えている無能な小人共にも悟られず

そして場合によっては魔界大使館をも出し抜いて、状況の沈静化に必要な情報を集めねばならない

その晩からもう少将は動き始めていた。 そして、それはゲズールルらの知るところだった

メリッサはこの情報を伝えた後の少将がどう動くかをほぼ完璧に洞察しており、指示を出していたのだ

もっとも、こうやって動く以外に、選択肢があったとも考えにくいのが実状であり

少将も、自身が監視されていることは百も承知であったかもしれない

思惑が絡み合い、腐敗した大国が揺れ始めている

それは歴史の必然でもあったが、努力次第では回避できる必然でもあった

 

1,溶け始める氷

 

レイアを傷つけ、落ち込んでしまったフィラーナは、徐々に精神的な体調を回復させつつあり

また今回の事件は、彼女の考えに微妙な変化をもたらしたようで

心にはレイアへの信頼が芽生え初めていたようであったが、それが新たなる罪悪感を呼び

結局浮き沈みを繰り返し、精神は微妙な所にあった。 氷は溶け始めていたようだが・・・・

<四バカ>のメンバーは、心も沈んでいたが、それ以上にフィラーナのありがたみを再確認していた

殆ど数日の間に、大使館の中がゴミの山と化してしまったからである

しかもそれらの中には、機密書類も含まれており、グレーターデーモンらに触れさせるわけにも行かず

ましてや病床のフィラーナを叩き起こすわけにも行かず(本人は何度も掃除しようとしたのだが

ヴォルモースらが説得し、ベットにて無理矢理休ませている)

生活能力の無さでは左に出る者無き<四バカ>は、揃って頭を抱えていた

そんな中で、最初に行動を開始したのがヴォルモースであった

フィラーナの十倍も時間を掛けて、不器用に部屋を片づけ始めるリーダーの行為に習い

他の者達も掃除を開始し、何とかフィラーナが倒れる前の状態に部屋を戻すことに成功した

ただし、油断は禁物である。 何しろ、たったの数日でこうなったのだから

「フィーちゃんってさー、毎日こんなコトしてるんだよねー」

額の汗を拭いながら、ルーシィは呟いた。 疲れ果てた彼女は猫耳まで見事に煤まみれである

モルトは黙々と掃除を行い(そのくせ一番時間がかかった)、メリッサも書類の整理にかなり手こずった

ヴォルモースも触手を総動員してなんとか本を片づけ終え、溜息をついていた

「フィラーナが治らぬと、数日おきに大掃除をせねばいけないな

これでは仕事にならない・・・何か良いアイデアはないか」

「今レイアに直接会わせるのは逆効果だ。 罪悪感を感じているフィラーナを逆に刺激しかねん

両者共に、謝りたくて仕方がないだろうにな。 心というものは迂遠な存在だ」

淡々とモルトは事実を指摘した。 メリッサがその横で静かに頷く

フィラーナの精神疲労の半分は、レイアを傷つけてしまったことに起因している

残りの半分はあの異常者による言葉の暴力だが、心根が優しいフィラーナは、相手の罪悪よりも

それによって自分が引き起こしてしまった破壊の方に、より深い後悔を覚えているのだ

「私にね、良いアイデアがあるよー」

他の三人の視線を浴びながら、ルーシィは笑った。

「この地区の未来にとっても重要なレイアちゃんもー、フィーちゃんも一片に助かるナイスアイデア〜」

「ほーう。 それは興味深いですわ。 具体的にどういう事をするんですの?」

白けたメリッサの視線を浴びながらルーシィが取りだして見せたのは、ハンディビデオカメラだった

魔界で市販されている家庭用の製品で、テープは最大150時間まで録画できる優れものである

これは魔界の技術ではそれが限界というわけではなく、それ以上の時間を録画する必要がないからで

必要がある場合は、特殊なテープを買えばそれ以上の録画が可能である

「じゃじゃーん。 これで、レイアちゃんと、フィーちゃん両方にインタビューしまーす」

「成る程、考えたな。 お互いの言葉と本音を、フィルターを通してみせるわけだな」

触手を揺らしてヴォルモースが賛同すると、ふとメリッサが腕を組んで考え込む

「それにしてもルーシィさん、そんな知恵何時付いたんですの?」

一見無造作に吐かれたその言葉は、この少女にとっては素直な感嘆の台詞であり

それを知っているルーシィは、無邪気に笑って喜んだ

「んふふふふー。 秘密♪

モルちゃん、協力してくれる? 私がレイアちゃんのインタビューするから、フィーちゃんお願いね」

「心得た。 ビデオの操作は苦手だが、全力を尽くすとしよう」

それだけ言うと、二人はヴォルモースの方を見た。 数瞬の思考の後、リーダーはOKサインを出した

不器用にハンディビデオカメラを構え、四苦八苦するモルトの様子に悪戯っぽく笑うと

猫耳研究者は、レイアの元に駆け出していった

 

トモルアの砦には、街ほど金が掛けられていない

むしろ政治機能を此方に移すため、軍事施設の撤去が行われ始めているほどで

軍事基地としての機能は、少し離れた、そして戦略上の要地であるラインモア砦に移行しつつある

これは健全な政治である。 軍事施設などと言うものは、中央よりも前線に金を掛けるべきなのだ

そこを訪れたレイアは、殆どはラインモアに移動して指揮され、数は減らしているものの

その分きちんと仕事をしている歩哨に咎められかけたが、既に顔は知れており、すぐに奥に通された

レイアは相変わらず落ち込んでいた、ルーシィの訪問にも、あまり表情を変えなかった

「こんちわー! レイアちゃん、遊びに来たよー」

「ルーシィ殿、あまり大きな声は控えてくれぬか」

心配そうな声でヴィルセが応じるが、それを制止し、レイアは無理に笑って見せた

「あの・・・大丈夫です、お父様

いらっしゃい、ルーシィさん。 汚いところですけど、ゆっくりしていって下さい」

どう見ても良くない顔色で、半身を起こしながらレイアは言う

その健気さに目を細めて、ルーシィはテープを回し始めた

「ねえねえ、いきなりで悪いけど、今回何が許せなかった?」

硬直したレイアに向け、猫耳の研究者は淡々と続ける

その表情には、無垢故の冷酷さが、確かにあったかも知れない

「逃げてても、何も始まらないよー? 思うことがあったら此処で言ってご覧?」

「・・・・私・・・・今回・・・・自分自身が一番許せませんでした」

数分の沈黙の後、レイアは声を絞り出した。 涙を流しながら、そのまま続ける

「どうしてあの時動けなかったんだろう・・・どうしてその後発作的に動いちゃったんだろう・・・・

何もかもが・・・・フィラーナさんを傷つけてしまったことが・・・許せませんでした」

「そっかあ。 フィーちゃんに吹っ飛ばされちゃった事が許せない訳じゃないんだ?」

レイアは首を思い切り横に振り、ハンカチで溢れ出た涙を拭った

「そんな、絶対に違いますっ! フィラーナさんを傷つけてしまったことが、どうしても許せなくって

私・・・・私・・・・! 私・・・・バカです

どうして守れなかったのか、どうして卑劣な雑言からフィラーナさんを守る盾になれなかったのか

フィラーナさんが、今どんな気持ちでいるか、それを考えるだけで、考えるだけで・・・・!

私は・・・誰よりも・・・・自分が許せない!」

「ルーシィ殿、もういいだろう?」

娘をかばうように、ヴィルセが前にでた。 その目には、父としての慈愛があった

ルーシィはビデオを止め、モルトが此処に来るまで外で時間を潰すことにした

「ん、分かった。 じゃ、少し外をぶらついてくるねー

レイアちゃんが落ち着いた頃に戻ってくるからー」

ストレートな言葉を淡々と言うと、猫耳研究者は砦の外にでていった

 

不器用にビデオをいじくり回していたモルトは、それでもやがて使用方法を覚え

テープをセットし、フィラーナの部屋に咳払いをして入った

フィラーナはベットの上で半身を起こし、魔界のテレビ番組をぼんやり見ていたが

モルトに気付いて体を起こし掛け、すぐに止められてまたベットに潜った

「モルトさん、ごめんなさい・・・・私が不甲斐ないから・・・」

「気にするな。 お前には何時も良くして貰っている・・・

だから、今回は我々がお前を支える番だ。 ゆっくり休め」

街の娘たちが聞いたら憤激するような光景であった。 何時もクールでむっつりしているモルトが

表情こそクールなものの、優しい言葉を一人の女性に掛けているのだ

フィラーナにとって一番心許せる相手はヴォルモースであり、モルトではない

だが、この青年はそれでも構わないようだった。 この少女が恋愛の対象ではないからかも知れない

二言三言言葉を交わすと、モルトは真剣な顔をフィラーナに向け、口を静かに開いた

「今回、何が一番許せなかった?」

「・・・・・・・。」

モルトの言葉に、一瞬部屋が凍結した。 暫くフィラーナは毛布を握って唇を噛んでいたが

やがて決然と顔を上げ、モルトを見た。 表情は、固く引き締まっていた

「私・・・何であの子に心を開いてあげなかったんだろう・・・

彼奴らとは違うって、分かってたのに。 彼奴らじゃないって、分かってたのに・・・

でも、人間と接すると、思い出してしまうんです。」

そう言って、フィラーナは自分の肩に手を回した。 表情は青ざめており、わなわなと震えている

心に焼き付いた過去の光景がフラッシュバックしているのだ。 飛び来る皮鞭、鉄拳、そして言葉

魔界に行って、ヴォルモースに良くして貰い、心と人格を取り戻してから随分立つが

しかしトラウマは消え去らない。 人間はフィラーナにとって虐待者であり、無慈悲な闇であり

生来的な恐怖の対象なのである、今でもそれに変化はない

女の子が虐待に加わらなかったかというと、それはとんでもない話である

孤児院では、男女関係無しにフィラーナを虐待した。 むしろ女性の方が虐待は陰湿だった

人間の内、フィラーナを人間扱いした者は、両親含め誰もいなかった。 誰一人としていなかったのだ

故に、今レイアが人間として接してきても、体の方が受け付けてくれないのである

こう言ったトラウマは当事者にしか理解できないものであり、修復に膨大な時間と愛情が必要である

それを理解せず、心を強く持つことが大事だとか、逃げても何も始まらないだとか

一見優しげながらも、実は突き放すだけの言葉を掛けても逆効果なのは言うまでもあるまい

強者の立場から傷を見ても、何にもならないのだ。

むしろこう言うときは、弱者の側から見ないと行けない。 そうしないと哀しみも痛みも理解できない

「・・・フィラーナ、レイアはお前を憎んではいないと思う

そんなに自分を責めるな。 レイアに罪はないし、それ同様にお前にも罪など無い

気が済まないと言うのなら、私が動こう

何なら私が、お前に暴言を吐いたあの狂人を切り刻んでこようか?」

「いえ・・・いいえ。 モルトさん、そんな事しなくてもいいです

私が悪いんだから・・・・許せないのは私自身なんだから・・・!

何で私・・・受け入れられないんだろう。 人間は今でも嫌いです。 大っ嫌いです!

でも、あの子は・・・あの子は違うって分かっているのに・・・!」

困惑したモルトが、視線をずらした。 フィラーナの頬には、涙が伝っていたからである

冷徹な武人が見せる、少年のような純粋さがあった。 この男にとって、恋愛対象ではなくとも

自分にとって大事な家族の一員であり、心許せる少女の哀しみは剣で切られるよりも辛いことだった

モルトの元に通信が入った、ルーシィが首尾の上々を伝えてきたのである

「・・・少し出かけてくる。 辛いことを聞いてしまって済まなかったな」

それだけ言うと、モルトは部屋を出ていった。 フィラーナは胸中のもやもやを吐き出して

涙を流しながらも、少しだけ楽になったようだった。

外にでたモルトは、ライカンスロープたる彼の第二の姿である、黒光りする生物へと化身し

翼を広げると、触角を揺らし、轟音をあげて跳び始めた

その姿は人より遙かに大きいが、姿は台所の害虫として全般的に嫌われる昆虫である

即ち、体長4mを超す、巨大なゴキブリであった

道行く者共が恐怖に顔を引きつらせ、見上げるその姿は、陽光を遮りながらあくまで黒かった

 

トモルア砦の上空で人間の姿に戻ったモルトは、風を切って砦の中にある広場におり立ち

(顔は既に知れているので、兵士たちは敬礼して出迎えた)、真っ直ぐレイアの元に向かった

レイアにとっても、モルトは間違いなく魅力的な好漢であり

故にパジャマ姿の自分を見られて真っ赤になったが、モルトは箸にも棒にも掛けなかった

「モルちゃん、遅かったじゃん。 映像はどれかなー?」

「これだ。 お前の分も渡すが良い。」

それだけ事務的に応えると、モルトはルーシィの手からハンディビデオカメラをぶんどった

どうもフィラーナを泣かせてしまったため、機嫌が悪いらしい。 不器用な男だった

「私は先に帰っている。 待っているぞ、レイア」

きびすを返し、有無を言わさずモルトは館に戻っていった。

ルーシィは肩をすくめると、ビデオを確認し、そして映像を作動させた

レイアの前に、ホログラフのフィラーナが実体化する。 同じようにベットで、半身を起こしている

その言葉を聞く内に、レイアの表情が見る間に緩んでいった

先ほどと違う、哀しみではなく、自分を駆る感情が、目からあふれ出す

「ルーシィさん、フィラーナさんが・・・・私を・・・」

「ちょっち汚い手だけどね、貴方もフィーちゃんも、こうでもしないと本音喋ってくれないでしょ

で、本音喋ってくれなければ、相手を憎んでもいないのにー、苦しみ悲しみ続けるだけ

そんなんじゃ、悲しいだけでしょー。 だから、ちょっと嘘をつかせて貰ったよー」

後ろで、ヴィルセが上手い手だと思い、何度も感心して頷いていた

やがて、決然と顔を上げたレイアは、素早く外着に着替え始めた

その顔には決意があり、そしていつもの彼女からは信じられないほど引き締まっていた

「ルーシィさん! 私・・・・魔界大使館に行きます!

フィラーナさんに、フィラーナさんに会いに行きますっ!」

「うん。 じゃ、いこっか。 フィーちゃんも、首を長くして待ってると思うから」

まだ幼さ残るレイアの肩を叩くと、ルーシィはこ汚い白衣を引きずって、魔界大使館に歩き始める

ヴィルセが馬を貸すことを申し出たが、二人とも拒否した。 実際護衛も必要なかった

娘を見送るヴィルセの目は、いつになく緊張していた

愛娘を見送ると言うよりも、戦いにでる子を思う親のそれだったかも知れない

無論、レイアの相手は自分自身である。 どこの誰よりも手強い相手だった

同時刻、フィラーナもビデオを見た。 行動に出るには、それで充分だったようだ

 

大使館から、フィラーナが出てきた。

まだ顔色は悪く、ガウンを羽織ってはいるが、足取りはしっかりしている

遠くから、レイアが駆けてくる。 フィラーナの目が、それを確認すると、静かに細まった

レイアの後ろにはルーシィが、フィラーナの後ろにはモルトがいて、二人を見守っている

そしてテラスの上からはメリッサが、戸の影からはヴォルモースが、静かに事態を見ていた

言葉は必要なかった。 ビデオと言うフィルターを通し、互いの心を感じた二人は

駆け寄り、そして静かに互いを抱きしめた。 一瞬の躊躇の後、フィラーナは口を開いた

手はふるえ、顔は青ざめていたが、必死に精神を制御して言葉を紡ぐ

「ごめんなさい・・・・今まで冷たくって・・・

怖くて・・・怖くて・・・ごめんなさい・・・怖かったのよ・・・!

貴方が・・・いえ、人間が怖くて、貴方と接する事が出来なかった・・・

今でも人は嫌い! 大っ嫌い! でも、貴方は違ったのに・・・!

違うって、彼奴らとは違うって分かってたのに・・・ごめんなさい・・・!」

「そんな・・・謝るのは私の方です!

貴方の哀しみも、痛みも理解しないで! ごめんなさい・・・ごめんなさい!

私・・・バカです! 傷に、土足で踏み込んでしまった・・・自分が許せません!

ごめんなさい・・・私を許して・・・」

熱い感情が、二人の頬を流れていた。 巨大な氷塊の、ほんの一部に穴が空いた瞬間だった

まだ、フィラーナの心の中には、レイアに対する拒否感が厳然と残っている

だが穴は穴である。 巨大な堤防も、蟻の穴から崩れることが珍しくない

何かに対して凍った感情を溶かすのが、必ずしも異性である必要はない

冷酷な言葉がもたらした地獄が、却って心を開く起爆剤になった

それが一人に対してであっても、それは大きな一歩だった。 二人の友情は、此処に始まった

まだまだそれはぎこちなかったが、革新的な前進であることは疑いなかった

「うむ・・・地上に来て良かった。」

人間で言えば愛娘を見る表情で、ヴォルモースが言う。 メリッサも、モルトも、ルーシィも

友情の中心になっている存在の、心の大きな一歩を、心中の拍手と共に見つめたのだった

 

2,研究の理由

 

「ふぃ〜・・・・いい気持ち〜・・・ぬくぬくぽかぽか〜・・・」

ルーシィが自室の壁に張り付いて、ひなたぼっこをしていた

この研究者にとって、ひなたぼっこはもはや趣味の領域に達しており、ストレス発散の手段でもあり

そしてこの行為の後は、仕事が非常に効率よく進むのである

フィラーナが精神的に復活したことにより、部屋の汚れの心配はもう無い

彼女のありがたみを再確認しながら、ルーシィは思う存分ひなたぼっこを楽しみ、そして仕事に入った

現在、魔界における情報保存方式は様々に分化している

思考を読みとり情報化する物と、手でもしくは様々な方法で書き込んで情報化する物があり

それぞれが得意分野を担当しあって、半ば共存状態にあるのが現状である

学者、研究者達の間で愛用されているのは、その形状から<卵>の愛称で呼ばれる

<思考分析情報化頭部覆装置七型>であるが、ルーシィが愛用しているのはそれではない

昔ながらのキーボードを備えたコンピューターで(音声認識機能もあるがルーシィは使っていない)

それに地道に書き込みながら、何時も研究をまとめていくのである

ちなみにヴォルモースは、自分用にカスタマイズした<卵>を使っているが

ルーシィはそれを横目で見ながら、あくまで自分のやり方を変えようとはしない

使っているコンピューターが、60年来使っている戦友だと言うことも、それに関係しているだろうか

いつもぼんやりしていて、昼寝が何よりの趣味であるルーシィだが

その研究は決して心温まる物でも、大手を張って自慢できる物でもない

かって、何気なしにその内容を質問したフィラーナに、ルーシィが別人のような顔で突き放した理由

それは研究の内容にある。 研究分野自体が、幼い子供に知らせられる物ではないのだ

ましてや、トラウマ持ちで心優しい少女には絶対に見せられる物ではない

キーボードに向かう際のルーシィは、何時もとは完全に別人である

決して打つ時間は早くないが、目つきは真剣そのもの、絶大な集中力を駆使し

周りが全く見えない状態で、精神力がつきるまで研究の収束に向け、キーボードに叩き付ける

ある程度進んでは戻って推敲し、そして進む。 集中力がつきるまで約二時間

決して長い時間ではないが、この二時間は信じがたいほどの密度を持った二時間であり

それが終わると、雑然として広範囲な研究成果が

理路整然とした纏まった文となり、ある程度進んでいるのである

そして、集中時間が終わると、自動更正プログラムに文章のミスを直させながら、死んだように眠る

次の日の昼過ぎに起きると、夕方までぼんやりし、夜また集中力を爆発させる

研究を行っているルーシィの、それが標準的な姿だった

フィラーナの復帰から、俄然魔界大使館は活気に沸いている

今までの遅れを取り戻すような勢いで、メリッサは今まで構想段階だった政治策を次々に実行

(それを円滑にしたのは、この間この地区の政治補佐官となったトモスと

彼を縦横に使いこなしたヴィルセの手腕が大きい)、次の経済政策へ本格的に動き始めた

モルトはモルトで、地区内の巡回作業に積極的な参加を行い

経済活性に沸くヴォラードへの侵入を目論んでいた犯罪組織を三つ、有無を言わさず壊滅させた

組織の長はそのまま生け捕りにして、根城にしている地区の住民に引き渡し

ヴォラード地区の名を売ることを忘れなかったのも、流石と言うべき機転であったろう

そして何よりも、彼らの行動を統率し

円滑に動かしていたヴォルモースの手腕が、地味ながらも一番大きかった

そんな彼らを更に裏から支えていたフィラーナの顔には、もう精神的ショックの影はなかった

無論、トラウマは消えていない。 レイアに対しても、心の中には警戒心が残っている

だが大きな一歩を踏み出したことは確かであり、それは疑いない事実だった

彼女を横目で見つつ、ルーシィは人間世界に来てから初めて書く論文の追い込み作業に入っていた

それはモスクロ山賊に関する論文であり、非常に冷酷で辛辣な視点に立った文であった

ルーシィの研究分野は、ヴォルモースの研究分野の一枝を、更に絞り込んだ物である

それは、即ち人類国家犯罪学。 魔界で研究を急務とされている学問の一つであった

 

既に文章は彼女の頭の中で完成している。 後は細かい資料を添付し、自説の裏付けにしながら

枝葉の部分を修正し、最終的な結論に向け構築して行けばよい

様々な写真は、グレーターデーモンらによる撮影による、様々な証拠物件であり

それはモスクロ山賊と、アスクライド地区官僚との癒着を示す、動かぬ真実であった

<以上により、アスクライド地区の執政官僚らがA集団(モスクロ山賊の事)との癒着をはかったのは

A集団が支配する土地を通行不可能にすること、住民の不満をA集団に向けさせること、そしてA集団が

周囲から強奪する物資の横領が目的であったと断言できる>

一息にこれだけの文章を書くと、ルーシィは額の汗を拭い、再びキーボードを叩く

今まで整理しておいた汚職官僚のデータをまとめ、分析し、能力値の表まで添付すると

核心となる文章へ向け、額に汗を浮かべながら、一気に文を進める

<この犯罪によって生じた損害は資料3−1に示すとおりだが、犯罪に荷担したアスクライド官僚

E,F,Gら(いずれも固有名の省略)は、それぞれ資料3−2に示される政治的策謀でモスクロ山賊を支援

その結果、資料3−3に示した利益を得ている。 そのうち特にGは、肉体的快楽に関した利益を

得ていることが興味深い。(資料3−4)国家犯罪の特色は、その名の通り国家という力を利用し

個人では不可能な規模の犯罪が、個人的動機のために行われることにあるが

これはそれを如実に示すデータとして、興味深い事象であろう>

手を休め、文章を眺めて何カ所かを修正すると、ルーシィは更に文章に向かった

これらのデータは以前モスクロ山賊をモルトと共に全滅させたときに得た物に加え

的確な指示でグレーターデーモン達が入手してきた物もあり、その情報は豊富かつ緻密だった

この間、彼女の周囲にある音は全く耳に届いていない。 集中力が疑似無音状態を作りだしているのだ

更に、人物Gの犯罪を細かく分析し、欲望が犯罪の原因であることを数千字におよぶ文章で立証すると

ルーシィは自説を結論づける、最も重要な文章を書き始めた

Gの犯罪理由を特定した後、勿論E,Fらの犯罪実行理由を豊富な資料で個人的動機と特定することも

無論ルーシィは忘れなかった。 その表情は引き締まり、思考は整理されている

彼女はぼんやりした普段とは違い、こういう論文を書くときは思考的に隙がない

<このデータはあくまで国家に比して小粒な小集団における、政治的権力を利した犯罪に過ぎない

だが、資料2−1、資料2−2、資料2−3にも示すとおり

特性から言っても事実から言っても、これが一種の国家犯罪である事は疑いない事実であり

それが国家犯罪が、集団の意志ではなく、個人的欲望および個人的意志によって行われると言う

当論文の根本的仮説を部分的ながらも立証する物であると評することが可能であろう

以上の結論により、国家犯罪は個人の欲望に裏付けられ、加速された政治的独走によって

集団的ヒステリーを含む場合であっても、根本的には個人または小数の手で発生すると断言できる。

である以上、個人の欲望を権限に反映させないようにすれば、それを防ぐことは不可能ではない

その具体的方法については後述する>

そこまで書き終えると、ルーシィの集中力は音を立てて切れた

欠伸をしながら、自動プログラムに文章の保存と更正を命じ、布団に崩れ落ちるようにして眠る

布団は暖かかった、フィラーナが日光に当て、その光を思う存分吸った布団は

その布団を干した娘のような、優しい暖かさに満ちていた

「これこれ・・・集中が切れた後の、この瞬間がたまらないんだよ〜」

それだけ呟くと、ルーシィは眠りに落ちた。 死んだような、深く長い眠りに、満面の笑みを湛えて。

 

天界からの流民と難民が立てた魔界政府は、当初から苦難の連続だった

過酷な魔界の自然環境、魔族と互角の力を持つ先住民族妖魔種との戦闘

そして、面白半分に干渉してくる天界との戦闘。 そこでは能力主義が急がれるのは当然で

しかも個人の独走を防ぐため、有権者は皆権力者の行動に殺気だった目を向け

権力者に不的確となれば、有無を言わさず力尽くで引きずり落とした

そうしないと、そもそも魔界は成立しなかったのだ。

全ての存在が、死力を尽くして活動せねば、衰退の末滅亡が待っている

権力者もそれを熟知しており(当然、世襲で誕生した大魔王などいない)、民への裏切りは行わず

正確には行えず、両者共に血がにじむような努力を繰り返しながら、過酷な状況と戦った

妖魔種との和解が成り立った後も、苦難は変わらず、慢性的な戦闘は続き

至高神の死でようやく平和が訪れたのがつい最近のことである

つまり、魔界は異常なスピードで発展したが、それはそうせざるを得ない状況にあったからで

いざたがが緩んだら、どういう状況になるか見当も付かず

戦争を繰り返しながらも、全体的には平和を謳歌していた人類に目が付けられたのである

そんな状況下で、ヴォルモースやルーシィを始めとする小数の人類研究学者に目が向けられたのだ

ヴォルモースは広範囲な研究が得意であり、ルーシィは狭い範囲での絞り込んだ研究が得意だった

無論彼らだけが人類研究学者ではないし、もっと優秀な学者も複数存在する

だが彼らは一線級の人材で、国家としても余所に派遣している余裕はない

故に在野の人材であり、二線級ながらも一線級並に優秀なこの変わり者二人が選ばれたのである

今回の大使館建設において、この二人が選ばれたのは、こういう理由もあったのだ

現在、二人はめざましい成果を上げている。 ルーシィの論文は、おそらく数日来に発表できるはずだ

ヴォルモースは膨大な資料を既に確保し、その整理と魔界への報告を欠かしていない

その情報の精密さと豊富さは、政府から絶賛され

既に昇給が決定しているが、本人はそんな事などどうでもいいようだ

そして、それを横目で見ながら、あくまでルーシィはマイペースだった

昼過ぎに目覚め、朝食を取るルーシィ。 その表情はたるんではいたが、何時もと違う精彩があり

それに気付いたフィラーナが、ふと声を掛けていた

「ルーシィさん、最近は調子がいいみたいですね」

「フィーちゃんのお陰だよー。 疲れて目が覚めると、美味しいパンとコーヒーがあるんだから

研究にも気合いが入るってもんだよ。 じゃ、今日も頑張るぞー!」

明るい声を挙げながら、ルーシィはそろそろ時が来ていることを感じていた

自分の研究の内容をフィラーナに見せ、理解して貰うべき時が

 

ルーシィがこの分野の学問を研究し始めたのは、元々人間に興味を持っていたことが原因であるが

何より超民主体制とも言える魔界で存在しなかった、国家レベルでの犯罪に興味があったからである。

彼女が幼い頃は、まだまだ魔界と天界との戦闘が最盛期で、有能ながらも兵力が足りない魔界軍と

無能ながらもとにかく絶対数が多い天界軍が死闘を繰り広げ、地獄があちこちで繰り返されていた

彼女の友人達のうち、戦闘能力が評価された者達には既に軍への配属命令が行われており

昨日までは席を並べていた学友が、翌日には既に死んでいるという事すらあった

ルーシィは魔族ではなく、妖魔種に属するが、そんな事は軍への配属に関係ない

(まして、ルーシィは純粋な妖魔種ではなく、魔族の血が三割程入っている

魔族と妖魔種が積極的に進めた、民族融和政策の結果である)

最も彼女は周囲に比べて決して強いわけではなかったから、配属命令は来ず

また頭脳の方が優秀だった事もあり、(超実力主義のの魔界学校において、好成績を上げていることが

その証拠である・・・メリッサほどの好成績はあげられなかったが)結局軍属にはならなかった

だが、軍属にならなかった分、ルーシィは大量の本を読むこと

加えてそれに関する論文を書くことが義務づけられ、毎日大量の本に囲まれて生活した

同じ状況に、モルト以外の<四バカ>も当てられたのではあるが

元々マイペースのルーシィにはあまり楽な環境ではなかったと言えるだろう

だが、此処で学者としては優秀ではないと判断されようものなら、戦場が彼女の袖を引く

マイペースながらも必死にルーシィは努力を重ね、人間年齢で17の時には、何とか学位を取得した

その過程で、彼女は人類に、特に人類が犯す国家犯罪に興味を惹かれていった

幼い頃から、既にその兆候はあった。 人間世界での戦闘で、中隊の指揮を執っていた父親は

よく地上関係の文献を家庭に持ち込み、他に読む本も少なかったルーシィはそれを舐めるように読んだ

彼女が興味を惹かれたのは、地上の雑多な状況と、国家のためにと言う言葉で美化され

幾度も繰り返される、無意味な虐殺と迫害である

当然、そう言う行為は魔界でも天界でも良いことだとはされていない

彼女が生まれた頃に、ドレスデン支配下のアスフォルト皇国で行われた、<宗教浄化>政策の犠牲者は

一説には4500万人を超すとも言われ、その残虐さは酸鼻を極めていた

当然情報はルーシィの元にも入り、彼女の心に大きな闇と人間への先入観が芽生える

それはおっとりしていた彼女の人格に入り込み、自覚の承認の上で強烈な第二の個性を作って行く

苦しみながら、ルーシィは、周囲に訪ねた。 何故、こんな事が起こるのかと

周囲は応えた。 人間は愚かだからと。 或いは、国家体制が未熟で、仕方なく起こってしまうのだと

だが元々好奇心豊富な上に、自分で物事を考える癖があるルーシィは、それらの答えに満足しなかった

彼女は何度も自分の頭の中で、国家をシミュレートし、どうしたらそれらが起こるのか考えた

情報を得ては修正し、論文を読んでは修正し、また自分で考えを思いついては修正し

様々な紆余曲折を経て、最終的にルーシィの思考回路はある結論に至った

それは、アスクライド地区に関する論文でも、彼女が触れていた結論である

即ち、国家犯罪は、一人もしくは小数の政治的独走によって引き起こされ

それには個人的な欲望と、偏見と差別意識が、大きく介在していると言う物だった

元々おっとりしていた彼女にも、その結論は衝撃的だった

また、魔界では国家犯罪という物がそもそも極端に少なかったこともあり

何が原因でそうなるのか、魔界は今後大丈夫なのか、今度はそれらに思考が移行していった

そんなおり、晴れて学者になったルーシィは、ヴォルモースとモルトに出会った

最初、彼らはあまり仲が良くなかった。

特に人類全体を、芸術文化面も含め研究し、好意的に論じるヴォルモースと

人類のほんの一部の側面を見て、否定的に論じるルーシィは対立が絶えず

まだまだ精神的に幼さが残っていた事もあり、二人は何度もとっくみあいの喧嘩を演じ

そしてそれを繰り返す内に、やがて相手の考えを融和するように取り込み、友情が芽生えていった

実のところ、ルーシィとヴォルモースの馴れ初めは、その様に殺伐とした物だったのである

ルーシィにしてもヴォルモースにしても、おっとりしていたため、喧嘩自体が殆ど始めてで

そして互いに相反しながらも、その思考回路は興味深い物であり

やがて、二人の間には深い友情が出来ていた。 愛情には、残念ながら移行しなかったが

モルトは、二人の思考的争いに参加しなかった。

彼としては、友人の思考的な喧嘩友達が出来たのが楽しかったという理由もあった

これに暫くしてメリッサが加わり、変わり者ながらも優秀な<四バカ>の名は、周囲に知れて行く

そしてその友情は、フィラーナの参入により、決定的に強固な物へと移りゆくのである

現在、ルーシィにとって、人類国家犯罪学の研究は、ライフワークであり

自分をこんな愉快な仲間達と引き合わせてくれた、限りない恩人でもある

それは物騒きわまりない恩人であったが、また酸鼻極まりない恩人であったが

ルーシィにとっては、紛れもない恩人であり、愛着すら感じさせる存在なのである

だから、彼女は持って授かった超集中力を駆使し、今日も論文に取りかかる

マイペースであっても、だからこそともいえるが、論文は着実に歩を進め

そして、その一つが、今日とうとう完成したのだ

昨日書き進めて於いた部分に加え、ルーシィは核心となる文章を付け加え、そして論文を閉じた

<国家犯罪を防ぐには、個人の政治的独走を防ぐことが急務であるが

それを実現するには完全な第三者の形態をとった、監視者の存在が必要であろう

監視者は、第三者でなくては成らない。 だが、政治的影響力も持たねばならない

相手との接触を持っては成らない。 同調しては成らない。 相手を客観的に判断し、個人的欲望を

そして個人的動機を綿密に調査監視し、それを情報公開によって抑制せねばならない

政治権力の私物化を、例え一部であっても厳しく監視し取り締まらねばならない

それには、同国内の人間は向かない。 他国内の人間も、何かしら利益関係にある者は向かない

完全に無関係の第三者であり、そしてある程度の知識と組織力を持つ存在がそれに相応しい

候補としては、2つの物があげられるだろう

1,完全自動化されたコンピュータープログラム

ただし、このプログラム構成には細心の注意が必要である。また、様々な情報を柔軟に取り込みつつ

かつそれらを客観的に分析せねばならない。 また、手足となる監視要員を機械化するか

それとも人員化するかでも、様々な問題を内包する。 コンピューターも含め、構築には熟考を要する

2,その目的だけで作られた組織、ただしこれには自律して活動できる資金源が必要である

周囲の資金提供で成り立つ場合は、その任を果たしきることが出来ない

しかしながら、完全独立できる組織となると、それは国家と同じ力を持つ事になり

それにもまた監視機構が必要となる。 問題は熟考を要する>

大体以上の内容を一気に書き上げると、ルーシィは文章の構成と推敲をプログラムに任せ

論文を閉じる文章を付け加え、そして既に作って於いた参考文献一覧を添付し

そして大きな欠伸をかいて、布団に崩れ伏した

既にフィラーナには、今日中に論文を仕上げることを伝えてある。

明日、起きたら御馳走が待っているはずだ。 幸せげな笑みを浮かべながら、ルーシィは眠りに落ちる

発表されたこの論文は、魔界の学界で大きな議論を巻き起こし

ルーシィの学者としての地位を引き上げることになるが、それと今のルーシィの気持ちは関係ない

「わー・・・兎さんの丸焼きだー♪ ありがとね、フィーちゃん♪」

幸せそうな寝言が、周囲に漏れた。 既に猫耳の研究者は、布団に寝涎を付けていた

 

3,更なる発展と、動き出す蝮

 

ヴォラード地区に流入する人口は、増加の一途を辿っていたが

メリッサの的確な対応はそれを迅速に捌き、地区に大きな混乱は全く発生しなかった

だが、一つ問題が生じ始めていた。 そろそろ、資金が足りなくなってきたのである

理由としては、塩田の利益が頭打ちになったと言うことがある

塩田は確かに、現在まで一定した利益をあげ続け、これからもあげ続けるはずだ

だが、それはあくまで一定である。 漁業も重要な食料源であるヴォラード地区としては

これ以上塩田の面積を広げるわけにも行かないし、これ以上の効率も現在の人類世界では得られない

である以上、取る手は限られてくる。 一番簡単なのが、更なる産業の開発であろう

現在新しく開発している新市街の一角は、開発当初からその妙な形状が噂になっていた

恒久的に経済を支える産業となると、それは生活に密着した物で無くてはならない

食料に、或いは衣服に。 香辛料や絹がその最も良い例である

残念ながら、その双方ともヴォラードでは生産が無理だと言うことが判明している

しかし、産業は無論それだけではない。

そして、いまだに皇国では組織産業化していない重要な産業が存在したのである

それは流入する移民を捌きながら、メリッサが同時に行っていた道づくりに関係していた

今、その産業が、新たに動きだそうとしていた

 

街および村の長老達が集められたのは、新市街の一角だった

そこはまだまだ作りかけの街であり、家も粗末ながら、順次きちんとした家に移行しており

外から見ると、こ汚い外見が、少しずつ統制が取れた街に変貌しているのがよく分かる

ともあれ、その一角は煙突が無数に立つ場所であり、その煙突自体は風向きを考え

市街地の方には行かないように工夫されている。 その中央広場で、メリッサは咳払いして話し始めた

隣にはモルトが控えており、鋭い眼光を周囲に射込んでいる。 兵士達も緊張していた

「ヴィルセ将軍、そしてトモスさん。 例の人物を紹介して下さい」

「分かりました。 ゼ=イルフさん、此方へ」

ヴィルセが頷き、一人の人物を前に立たせる。 やせた老人で、見るからに神経質そうな男だった

この男は、アスクライド地区からの流民の一人であり

トモスが手みやげ代わりに、情報をメリッサに提供した人物である

周囲を見回して、鼻を鳴らすと、恩人であるメリッサに視線を移し、それから無遠慮に言い放った

「お初にお目にかかる、我が輩はイルフ。 天才陶器職人だ

今回、好き勝手に手腕を振るっても良いとのことで、メリッサ様には感謝している

良くしてくれたヴィルセ将軍にも、紹介してくれたトモスにもな

では、これから世話になる。 挨拶は以上だ」

「何だ、あの横柄な挨拶は!」

代表者の一人が不満げな声を挙げたが、モルトに一睨みされてすぐに口をつぐむ

それを横目で確認すると、メリッサは前に進み出て、咳払いして続ける

「この方はイルフさん。 自称するだけあり、かなりの実力を持つ陶器職人ですわ」

「かなりではない。 我が輩は天才だ」

視線をメリッサがイルフに向けた。 イルフはその視線を、静かに受け止め、笑った

その剛胆さは、自分に対する絶対的な自信から来る物である。 決して虚構ではなく

実際、この男の能力は、メリッサが自身で確認している。

少しばかりの大言壮語は許される能力を、この老人は持っているのだ

「分かりましたわ。 天才陶器職人です

では、まず皆様に、次からの政策を発表いたしますわ

ヴィルセ将軍。 まず、現在の周囲状況と、財政状況を説明して下さい」

「わかりました。 レイアによる状況整理の結果、今は以下のような状況です」

それだけ言うと、ヴィルセは一旦言葉をきる。 そして、トモルアや村々の代表の顔を確認し

咳払いをして、口調を改め、説明すべき本題に取りかかった

「現在、アスクライドからの移民は既に1500名を超えている

彼らへの食糧配給、住居提供、それに住居の建築などで、塩田の利益はほぼ消費し尽くされている

一方、農村の収穫はまだ少し先だ。 今回は前回以上に大規模な収穫が期待できるが

それでも自給自足が精一杯で、よそに売って金にするほどの分量は収穫できない

このままだと、近い内に我が地区の経済的収支は赤字に転落するだろう」

村長達から溜息が上がった。 移民達はメリッサの管理の元良くやっているし

地元の住民との摩擦も、無視できる程度に少ない。 周囲の山々も、緑が戻りつつある

だが、やはり発展の途中である以上、食料は足りなくなりがちだ

今回は収穫量から、次のピルテアの収穫までは充分に持つ。 だがそれは自給自足が出来ると言う事で

決して、豊かな生活につながる話ではない、まだまだ豊かな生活には遠いようだった

「一方、周囲の土木工事の状況を説明しよう

ヴォラードの中心街道となるべく整備されている、ヴォラード公道は、この三ヶ月でほぼ完成した

舗装はまだまだ出来ないが、道としては充分機能する。 それは既に儂の部下が確認した

ヴォラード公道は、東はアスクライドに直通し、西はアイモルスにつながっている

今度、ラッセス、カーマル、シュレイアンへの道も、順次整備する予定になっている」

この時点で、皆から不審の声が挙がった。 アイモルス地区は平地での農業が盛んな地区だが

隣にある地区の中ではさほど豊かな場所ではなく、特に北部には粘土質の山が広がり、木も生えない

何故一番最初に、あんな土地と道をつなげるのか、彼らには理解できなかったのである

彼らを無視するように、あくまでヴィルセは淡々と、報告を続ける

「荒れ地の整備は、西南部でほぼ完了している。 後は人員が入れば、農地への転換が可能だ

残りの部分は、十年計画で一カ所ずつ開拓して行く

フィゼ川の整備は、現在街に近い地区は65%程が完了した。

公共下水道にするべく、一部を引く作業に移行し始めたところだ。

これには二〜三年はかかるが、最終的には街が今とは比較にならぬほど清潔になる

疫病も、臭害も防げる。 皆の努力を期待したい

周囲状況は、大体以上だ。 では、メリッサ殿、次をお願いします」

ヴィルセの言葉に頷くと、再びメリッサは前に出た。

「簡潔かつ客観的な説明、ありがとうございます。 ヴィルセ将軍

では、まずこれを見ていただきましょう。 トモスさん、お願いいたしますわ」

貧相な男であるトモスが、車を押して前に出た。 車の上には、アイモルスの粘土が幾らかと

それに素人が見ても素晴らしい出来である、無数の陶器が乗せられていた

トモルアの市長は、かなりの陶器マニアであり、その一つに視線を釘付けにした

「これは、其処にいる天才職人イルフさんが、そこにある粘土で作った物ですわ

この二ヶ月間で、既にアイモルスの司令官との連絡取引は済んでいます

丁度道も完成しましたし、これからはアイモルスより、ただ同然で大量の粘土を輸送できます

そして、この市街区によって、それを陶磁器へと加工します」

メリッサが視線を移した先には、イルフが好きなように作った、自分専用の窯があり

周囲には、それとは別に小さな窯がたくさん設置されていた

ここでイルフは、好きなように作品を作って良いと言われている。 故に、メリッサには感謝していた

彼は今まで、アスクライドで、金になる陶磁器だけを作らされてきた

自分好みの作品など作れず、貴族が喜びそうな陶磁器ばかり焼かされ、そして自由もなかったが

今回のどさくさに紛れてヴォラードに移住してからは、メリッサの庇護の元

好きに芸術活動をして良いことになっている為、その顔には今までにない活力があった

アスクライドの低能共は気付いていなかったが、これくらいのレベルの芸術家は

やりたいようにやらせてやると、一番良い作品を作るのである

そして、そう言う作品こそが人を感動させ、最も高く売れるのだ

イルフがアスクライドから放擲された理由は、作った作品が尽く売れず

しかも文句ばかり言っていたため、見放されたのである。 金の卵をアスクライドは放り捨てたのだ

イルフ自身もアスクライド官僚への反発から、売れないような陶磁器ばかり作っていたのだが

それすら見抜けなかったのが、金の亡者の限界だったのだろう

「これからは、第二の産業として、ヴォラードは陶磁器を大量生産します

その準備に今までの蓄えをほぼ使い切りましたが、次の準備としては充分でしたわ

イルフさんには、これから高級な陶磁器を自由気ままに制作して貰います

一方で、その過程で弟子の育成も行ってもらい、庶民向けの安価な陶器を大量生産します」

「我が輩はくだらん陶器などつくらんぞ。 弟子が作るのは勝手じゃがな」

口を挟んだイルフに、好意的な笑みを浮かべると、メリッサは続けた

「アスクライドを経由して、皇国首都に流通ルートは既に確保しています

今まで皇国には陶器を大量生産する場所もシステムもなく、周囲で細々と作っている状態でしたが

これからは違います。 イルフさん指揮下の職人達が、大量生産、低コストで陶器を産みだし

そしてそれらは、このヴォラードを富ませるのに充分な富を約束しますわ」

実際、このメリッサの行動は賭でも冒険でも無い。

様々な情報を総合し、綿密な調査を行い、その結果導き出された結論である

陶磁器を街ぐるみで作っている場所は、あるにはある。 だが、そこは交通の便も悪く

大陸の西側の陶器市場で勢力を持ってはいるものの、首都には影響力を持っていない

その場凌ぎかつ安定収入をと言うことで始められた塩田は、充分に機能している

今度は、更にステップアップをする段階である。 これが軌道に乗れば、完全にヴォラードは安定する

後は過剰な発展を避け、人口の安定と自然の確保、それに周囲との協調を行っていけばよいのだ

ただし、周囲が戦乱状態にならなければ、である

この様な事業を興した時点で、既にメリッサはこの地区を発展させること

そしてその前提として、蝮の策謀を中止させることを心中で決定していたのかも知れない

トモルアや、周囲の村々の代表達が、僅かな興奮を表情に浮かべ、互いに頷きあっている

メリッサの先の先まで考え抜いた行動に感心していることもあろうが、そんな切れ者が

自分たちの明るい未来を示してくれているのが、何より嬉しかったのであろう

だが、そう物事は都合よく行かないのが常というものだ

何故なら、周囲の状況が、ある事件をきっかけに一気に緊張状態に陥るからである

またアスクライドも、良いように魔界大使館に振り回され、決してヴォラードを良くは思っていない

官僚達の間では、モスクロ山賊を蟻でも踏みつぶすように潰されてから、賄賂が取れなくなったことで

メリッサに個人的な恨みを持つ者が出始め、裏で策謀を開始していた

天才の弱点は、時として足下が見えなくなることだ。 だが今回は、幸いにもそれを知る者が側にいる

その者であるヴォルモースは、それらの雰囲気を察し、既に行動を開始している

モルトには重点的な警備を命じ、グレーターデーモン達にも警戒を呼びかけ

そしてメリッサ自身にも、幾度か足下をすくわれないように注意した

だが、メリッサが注意する暇はなかった。 意外な事態が、近くて遠い場所で起こったからである

 

ゾ=ルラーラ地区の市庁舎は、最近活気に沸いている

街に満ちていた腐敗が一掃され、警察は態度を改めてまじめに働き

市場は活性化して、今までにない豊富な品が、安値で入ってくるようになったからである

また、農地もヴォラード同様大量に植え付けたピルテアが収穫され、一気に飢餓状態をうち払った

リエルの手腕の元、ゾ=ルラーラは優秀な人材を育成しつつ、未来へ驀進していた

だが、その瞬間のことだった。 閃光と共に、市庁舎が吹き飛んだのである

爆発の瞬間、その場にいたフェゼラエルは、防御結界を展開し、周囲の人間達を守ろうとした

だが、熾天使でもない彼女が、しかも結界防御が得意では無い彼女が

それに加えて相手が天界製の魔導爆弾では、防御にも限界がある

爆発音と共に、市庁舎は閃光に包まれ、消し飛んでいた

「ごほ・・・ごほごほっ! 無事な・・・無事な人は!?」

自身には殆ど結界を回さなかったため、もろにダメージを浴びたフェゼラエルは、それでも生きており

傷ついた肩を押さえ、周囲を見回した。 肩の傷は、見る間に溶けるように消えていった

眼鏡は割れ、地面に落ちている。 髪もぼさぼさになり、衣服もずたずたであった

だが、傷自体はリジェネーション能力で、すぐに快復できるものばかりである

しかし人間はそうも行かない。 フェゼラエルは周囲の状況を魔力状態で探り、溜息をついた

周囲は屍の展示場だった。 半数の人間が即死し、半分ほどは結界に守られながらも重傷である

すぐに兵士達が駆けつけ、遺体の回収と負傷者の救助に当たるが、被害は惨憺たるものがあった

死者36名、負傷者35名。 負傷者の方が少ないのは、フェゼラエルの機転のお陰であり

彼女のとっさの行動が、周囲の家屋を守る結果につながり、死者は数限りなく減った

だが死者の中には、リエルが手塩にかけて育てようとしていた

ゾ=ルラーラの未来を担う、六名の優秀な若者達が混じっていたのである

人類史上初の、無差別爆弾テロが起こった瞬間であった

 

この事件の波紋は大きかった。 天界は直ちにプロの調査チームを派遣

テロの実行者が、蝮とは関係がない過激派集団であることを突き止め、有無を言わさず壊滅させたが

それ以上のことをせず、すぐに引き上げていった

皇国は天界に謝罪の声明文を出したが、この事件でゾ=ルラーラ地区の発展は足踏み状態になり

リエルは事件の後始末に追われ、身動きできない状態になった

そして、それを見ながら嘲笑うものがいた。 蝮である

「何故、あのバカ共に天界の爆弾を渡してやったと思う?」

傍らのナターシャに、蝮は笑いかけた。 無表情な娘は首を横に振る

「これで、天界大使館は暫く身動きできん

俺の謀略は、魔界大使館か天界大使館が介入してこない限り、確実に成功させることが出来る

その一方はこれで動けん。 後は魔界大使館に気を付ければそれで良い」

蝮が笑っていた。 大戦で天界が遺棄していった魔導爆弾を

四つの組織を介して過激派集団に渡し、テロ事件を起こさせた男が笑っていた

「そろそろ動くぞ。 この腐った国をひっくり返したがっている男をたきつける

それだけで、ほんのそれだけで充分だ。

この国は、一気に地獄へと堕ち、連合と帝国の介入で世界大戦が始まる

全てが終わったとき、世界を裏から支配しているのは、この俺だ」

唯一心を許している、感情を無くした娘に笑いかけると、蝮は立ち上がる

男の目には、権力を熱望する、強烈な野心の輝きがあった

                                     (続)