酩酊の賢

 

序、宴の後

 

外の世界では生きていけなくなった存在が集う隠れ里。その名を幻想郷という。

既に失われた概念だけではなく、神々や妖怪までもが暮らすその土地では、明治時代のまま時間が止まったかのように。

子供でも酒を飲むことが当たり前だ。

若年飲酒の害が医学的に分かってきたのはつい最近のこと。

若年飲酒は昔は普通のことだった。

ただし、昔はそもそも酒が貴重品で、祭の時くらいにしか飲めないものでもあった。

幻想郷にいる人間は、もともと酒に強い者が多い。ただそれだけの話である。

だから、酒が当たり前のように普及するようになったから。若年飲酒が禁止されないまま、時間だけが過ぎ。

テクノロジーの残骸が流れ着くことがあっても。

若年飲酒の害についての啓蒙活動などは、進む事がなかった。

そもそも幻想郷の暴力装置にして、治安維持の一角を担う博麗の巫女ですら蟒蛇で知られているのである。

今更若年飲酒の習慣を根付かせるにしても。

簡単にはいかないのが現実としてあった。

ただし。酒は人間の寿命を著しく縮める。

良く百薬の長などと言うが、それはストレスを発散させるためであって。

実際には酒を飲めば飲むほど肝臓に負担を与えるし。

若い頃から飲めば、ツケは年老いてから一気に体を蝕む。

蝕むのは体だけではない。

脳もだ。

若い頃に好漢だった人物が、酒のせいで変わり果ててしまうことは珍しくもないのである。

幻想郷の支配者階級にいる数名の妖怪と神格を賢者というが。

その賢者の会合で、その話題が出ていた。

無論、妖怪の間で若年禁酒など必要ない。

妖怪はそもそも体と精神が別物だからだ。

元々精神生命体である妖怪は、肉体が破損しても死なない。

その肉体に依存するアルコールなぞ、どれだけ飲んでも問題にはならないのである。

問題は、幻想郷に住んでいる人間だ。

そして人間の中には、まだ若いのにガバガバ酒を飲む者もいて。

最大戦力である博麗の巫女もそうだというのが、頭を悩ませる要因なのだった。

賢者の一人。

幻想郷最強の妖怪八雲紫に、その話が振られる。

というか、実働部隊で動いている賢者は、基本的に紫だけ。

戦力的に遙か格上の賢者、秘神摩多羅隠岐奈は余程の荒事や、紫が手に負えない相手が出て来たときしか動かない。

普段の実務はほぼ紫に振られており。

正直な話、紫は今回もかと思い。

冗談では無いと考えたが。

それでも、紫は立場上、仕事をしなければならないのである。

くつくつと笑っている摩多羅隠岐奈を一瞥して。

賢者である八雲紫は、内心舌打ちしていた。

そして、咳払いすると皆に返す。

「もっともな話ではありますが、すぐに出来る事ではありませんね」

「確かに一世代以上は掛かるだろうな」

「それもあるのですが……」

そもそもだ。

現状の幻想郷では、人間と妖怪が切っても切れない関係にある。妖怪は適度に人間を脅かさないと、畏怖という栄養を得られない。

精神生命体である妖怪は、これを行わないと肉をどれだけ食べようが死ぬのだ。

実際、人間が迷信と見なした瞬間、妖怪はあっと言う間に弱体化し、下手をすると絶滅する。

そういう例を紫は幾つも見てきている。

そして幻想郷では、現状酒が重要なコミュニケーションツールとなっている。

それを考えると、酒のあり方を見直すのはどうしても厳しいのだ。

「妖怪が女の子の姿を取るというのも、そもそも人間との協調のための折り合いの一つでありましてね」

「何が言いたい」

「カオスを極めている現在の幻想郷は、危ういバランスでどうにか立っている状況だと言う事です」

特にそのバランスの一翼を担う博麗の巫女は、無類の酒好きだ。

鬼ほどでは無いが、生半可な妖怪ではかなわないくらいの酒豪である。

ただし、酒豪であると言う事は。

肝臓機能のダメージを常に受けていることも意味する。

そしてある一線を越えると、酒でからだを壊す事も意味している。

まだ十代半ばの博麗の巫女が酒を呷るというのは。

それだけのリスクがあるのだ。

とはいっても、博麗の巫女も連日の戦闘や、面倒ごとの解決でストレスが溜まっている。

男に欲求のはけ口を向けられると、紫としても色々と困る。

博麗の巫女の能力は処女性には由来しないものの。

しかしながら、流石に妊婦を戦わせるわけにもいかないし。

何より現博麗の巫女は天才だが。

それでも子供が出来れば、それは恐ろしいまでの体の弱体化につながる。

子供に力の全てが行ってしまうこともある。

幸い博麗の巫女は男よりも酒が好きだし。

酒よりも更に戦闘が好きだ。

そのバランスを、今の時点では。紫は崩したくないのだった。

それを説明すると、他の賢者達は呻く。

「貴様の言う事は分かるが、現に問題として若年飲酒の害はある」

「人間には、時間を掛けて若年飲酒の害については啓蒙していく予定ですが、手がとにかく足りません。 人里で人間が外の世界のように勝手をしないように手綱をとるだけで精一杯ですのに」

暗に貴様らも働けと紫は言っているのだが。

残念ながら、その言葉は届かなかった。

それに力では勝てない相手ばかりしかいない。

紫は単純な戦闘力では、この中の誰にも及ばないのだから。

妖怪と神々の差はそれほどに大きい。海外の妖怪はもっと強大な者もいるらしいのだが、此処は残念ながら日本。

いる妖怪も、紫を筆頭に、そこまで強力ではないのである。海外からの外来種も例外的にいるが、それもそもそも外でやっていけず幻想郷へ逃げ込んできたものなのである。

「とにかく、対策を取るように」

「分かりました……」

会議が終わる。

会議というか、紫が詰められて。指示を強要されただけだが。

紫は自宅へと引き上げる。

会議はいつも紫を疲れさせる。ただでさえ誰も言う事を聞かない幻想郷で、行政の最前線にいるのに。誰も紫の苦労を知ろうともしない。

勿論、紫に内心ではある程度同情しているのかも知れないが。

同情するくらいだったら働いてほしいし。

更に火種を増やさないでほしい。

机に突っ伏すと溶ける。

式神の八雲藍が呆れた。強大な妖怪として知られる九尾の狐を式神にしている紫だが、それでも神々は更に強い。

それだけの話である。

「紫様」

「わーってる。 わーってるわよ……。 どいつもこいつも好き勝手言ってもう嫌い……」

「最近は隠岐奈様も働いてくれているではないですか」

「あいつは余計に問題を増やしてるのよ。 確かに私では手に負えない相手には出てくれるけれど、解決方法に問題がありすぎるの」

大きな溜息が出てしまう。

摩多羅隠岐奈は賢者の中でも武闘派で、幻想郷では今眠っている最高位賢者である龍神に次ぐ力を持っている。

猛者揃いの地獄の連中を相手にしても引けを取らないという話で。

その力は紫では到底及ばない次元にある。

だから、畜生界関係者や地獄関係者などの。紫では相手が厳しい侵略者など相手の時は、率先して出てくれるが。

それ以外では、むしろ問題を起こしたり。

問題を起こしておきながら、紫の対応が足りていないと頭ごなしに怒鳴りつけたりと。もはや、紫は胃が溶けそうだった。

冷やしたサイダーを出してくれたので、飲む。

敢えて炭酸にしているのは、一気に飲まないようにするためだ。

そういえば、サイダーが。それも国外産のサイダーが多数入ってきているが。

これは炭酸飲料が殆ど「コーラ」という飲み物に駆逐された影響らしい。

日本ではサイダーは全然現役らしいのだが。

まあそれもあって、サイダーは入ってきたのだろう。

博麗大結界は、現在の博麗の巫女の力もあって、昔よりも更に強化されている。

だから、こういう副次作用もある。

何度かに分けてサイダーを飲むと。机で突っ伏しながら頭を巡らせる。

若年飲酒を止めさせろ、か。

簡単にいってくれる。

そもそも、外で言う明治時代相当の文明で、幻想郷は止まっている。

十五で結婚が当たり前。

へたすると子供がいる。

そういう時代だ。

外の世界では、今では四割が結婚しないとか言う話で。その内恋愛結婚の概念が幻想郷に来る……いわゆる幻想入りするかも知れない。

だが、幻想郷では違う。

里の人間の数をコントロールしているのは紫だ。

その辺りの事情は、良く知っていた。

コントロールしていると言っても、非人道的な手段は使っていない。

ただ人間の繁殖能力を下げているだけだ。

里の長老達もそれは知っている。

今の人間の数が、幻想郷を回すのに適切で。これ以上いるとパンクする。

それは人間も理解しているから、同意の末の事だった。

だから、酒をとめるのだって難しい。

そもそも酒は、妖怪と人間のコミュニケーションツールとして機能もしている。

幻想郷では古い価値観が蔓延していて。

酒豪なほど偉い、的なものがどうしてもある。

まあこれは、昔幻想郷の妖怪の支配者階級だった鬼達が酒豪揃いだったのも原因の一つなのだろうが。

兎も角酒は、妖怪とある程度人間が仲良くやって行くには必須。

しかも環境的に、妖怪と接する人間が、力のピークを迎えるのが十代である現状。若年飲酒を避けろというのは、どうしても出来なかった。

さて、どうすればいいか。

悩みながら、藍を見る。

忠実だが。実はそこまで出来る奴では無い。

計算は得意なのだが、はっきりいって外で神格化されているような、「三大妖怪」としての強さは無い。

そもそも藍自身が、元は畜生界にいたことがあり。

其処でのおぞましい諍いを嫌がって、幻想郷に来た経緯がある。

式神にしたのは双方同意の上。

相談はできないかな。

そう思って、ゴロゴロする。

他の強豪妖怪は、はっきりいって頼りにもならない。

だとすると、人間の顔役か。

聖徳王は駄目だ。

現在、幻想郷で活動している仙人化した聖徳王は。とても優れた政治手腕を持ち、その気になればあっと言う間に禁酒でも、二十歳以下の禁酒でも、広めることは造作もないだろう。

だが彼奴は、人心掌握のプロ。

その気になれば幻想郷中の妖怪を、壊滅に追い込むことも出来る。

人間の畏怖が妖怪達を支えている現状。

人心掌握のプロがその気になれば、幻想郷は地獄と化す。

逆に言うと、紫からすれば聖徳王には幻想郷を人質に取られているようなものだ。

そして聖徳王は、仙人候補の弟子をどんどん育てている。

故に、現在もっともマークしている勢力であり。

貸しなんて、作る訳にはいかなかった。

命蓮寺は。

人を超え、1000年を経ている妖尼僧が管理する寺であり。里の人間達にも信頼されている勢力である。何より妖尼僧聖白蓮は紫が見て来た僧侶の中でもっともまともな人格者であり、恐らく悟りと言う奴にもっとも近い。それでいながら頭も切れるので、清濁併せ持つ大人物である。

だが彼女は幻想郷を揺らがし兼ねない思想を持っているため。

もしも貸しを作ると、それが原因で発言権を強められかねない。

そうなってしまうと、非常に厄介だ。

それに、そもそも命蓮寺の構成員すら、禁酒は守れていないという。

若いうちの禁酒を止めさせろといっても。

白蓮自身はともかく。

他の者にそれをさせるのは、とても難しいだろう。

出来るかもしれないが。

大きな借りを作る事になるし。その借りを、白蓮は最大級に使って来る筈だ。しかも彼奴は、外の世界の神格持ち大妖怪、団三郎こと二ツ岩マミゾウまでブレインにつけている。あの食えない大ダヌキが、何をしでかすか。

妖怪への禁酒は論外としても。

やはり現状の変更は難しいと言わざるを得ない。

アラームが鳴る。

藍が準備を始めるので、式神を集める。藍以外にも式神はたくさんいる。

藍の更に式神である橙。ただ、橙は力が劣るので、八雲の姓を名乗ることを許してはいない。

他にも多数の式神がいるが、いずれもトップシークレットであり。戦闘以外で使うつもりはない。

軽く報告を受ける。

今日も幻想郷が平和、だったら良かったのだが。

そんな甘い世界ではない。

なんでもかんでも受け入れたせいで、すっかりカオスだ。

いつ何が起きてもおかしくないのである。

「博麗の巫女が戦闘をしているのを確認」

「また。 一体何があったの」

「現在調査中ですが、最近幻想郷に来た妖怪が、腕試しに挑んだようです。 博麗の巫女が勝利したようですが」

「そう……」

まあ、勝ったならいい。

後で其奴の所に行って、幻想郷のルールを叩き込まなければならないだろう。

順番に部下達に報告させる。

幻想郷のインフラを管理しているのは紫だ。人間の里の上水も下水も、である。

更に電力についても。

厄介な事に、電力は面倒な組織である守矢神社が握っていて。

紫は其処から、等しく電力が行き渡るように交渉を行う立場だ。

守矢の支配者神は二柱いるが、どっちも紫以上の実力を持つ厄介な相手で。しかも野心を剥き出しにしている。

現時点では動いていないが。

力で他組織を凌いだと判断したら、すぐにでも幻想郷の支配に乗り出すだろう。

その時、紫が抑えられるだろうか。

インフラについても、幾つか問題が上がって来ていたので、すぐに対処させる。特に上水は、問題が起こると致命的だ。

幻想郷の辺りは自然も豊かだが、それと上水が安全かは別問題。

川の真水なんて、文字通り細菌の巣窟であり、口にしたら赤痢にでもなりかねない。

「分かったわ。 他に問題は」

「よろしいでしょうか」

挙手したのは、比較的最近に式神になった妖怪だ。

それなりに強い妖怪なのだが、メンタル面で問題があり、どうしても自分単独では力を発揮できなかった。

そこで式神として使っているのだが。

指示を与えてやれば、ちゃんと動ける事が分かっている。

外では「指示待ち人間」とかいう風に揶揄する言葉があるらしいが。

未だに宗教にすがらなければ生きていけない人間風情が、何を言っているのかと紫は失笑してしまう。

妖怪もそれと同じだ。

指示さえ的確に出せば、非常に有能な奴はいる。

それは適性というもので。

何でも出来る超人や、万能妖怪だけが凄いのではない。

「酒についてなのですが、心当たりがあります」

「聞かせてくれるかしら」

「酒毒を司る妖怪が知り合いにいまして」

「……酒毒、ねえ」

幻想郷での酒の扱いはかなりデリケートだ。

鬼が酒が大好きだというのもあるのだが。それ以上にやはり妖怪と人間のコミュニケーションツールだというのが大きい。

そもそも創造神クラスの実力を持つ龍神が、無類の酒好きだという事もある。

龍は酒が好きなことも多く。

龍神も例外ではないということだ。

だからこそ、酒が嫌いだったり。酒そのものに害を及ぼす妖怪に対して、幻想郷では風当たりが強い。

外の世界では、逆に差別を引き起こしているらしい「多様性」という言葉だが。

幻想郷でも、酒に対しては似たようなものであるようだ。

どうにも複雑な話だ。

多様性を口にしながら、無法がまかり通り。

多様性を考えながら、何かが排斥されるのだから。

「それについては考え中だから、いったんおいておいて」

「分かりました。 しかしながら、この妖怪は現在差別を受けており、苦しんでいます」

「貴方の友人なのね」

「ええ……」

まあ、そうだろうな。

風当たりも強いだろう。

対策はしないといけないか。

また問題が増えた。だが、これはやらなければいけないことだ。

紫が適切に動かないと、あっと言う間に妖怪は死ぬ。お化けはしなない、か。外の世界である歌らしいが。

残念ながら幻想郷では、お化けは簡単に死ぬのだ。

嘆息すると、紫は式神達を解散させる。

一人で考えさせてと言って、藍と橙もさがらせると。

後は、一人で酒を黙々と口にした。

 

1、どうにも出来ない結び目

 

韋駄天と同一視された人間がいる。

アレキサンダー大王。正確にはアレキサンドロス三世。

西の世界と東の世界を接続し。

ギリシャから印度まで攻め上がった、歴史上に残る英雄の中の英雄だ。

紫もその名前は知っている。

そして、そのアレキサンダー大王は。

複雑な結び目を見せられ。

これを解くことが出来れば、世界を支配できると聞いて。

縄を一刀両断に切り捨てたという。

豪腕そのものの行動だが。

しかしながら、アレキサンダー大王という希代の英傑そのものの行動でもあり。

そして紫は、それを聞いて羨ましいと思うばかりだ。

豪腕を振るって、不要なものを切り捨てられるというのは。

実に凄い事だと思う。

幻想郷に不要なものなどない。

外で不要とされ。

伝承が失われたから、幻想郷に来ているのだ。

そんな者達には、もう行き場もない。

そんな行き場もない者達を切り捨てたら、後はどうなるだろう。紫自身、敗走する哀しみを何度も味わっている。

だから、自分より立場が弱い妖怪に、そんな目をこれ以上味合わせたくない。

そもそも幻想郷が出来て500年程度。

妖怪は長命で、その程度生きている妖怪なんて珍しくもない。

外で排斥され、逃げ込んできた妖怪だらけだ。

だから、そんな妖怪達を、これ以上苦しめたくもない。

紫は、決して他人には見せないが。

こんな風に甘い考えを持つのも事実だった。

空間を操る紫は。

スキマという空間の裂け目を用いて、様々な事が出来る。

戦闘にも活用出来るし。

今やっているように。

様々な妖怪の声を、多方向から聞く事だって出来る。

ただ、紫にも当然キャパはあるので。

それを超えないように、外から持ち込まれたレコーダーも用いているが。

酒について話している妖怪について確認していく。

皆、基本的に酒には好意的だ。

人里の酒は特に評判が良い。

流石に今時口噛み酒もないが。実は妖怪達は、酒を造るのが雑で。もっと不衛生に作られる酒も妖怪の間では流通している。

だから人間の酒蔵が丁寧に作りあげた大吟醸は、妖怪達にも評判がいいのである。

鬼ですら、こっそり飲みに行く事があるほどに。

人里から出て来た妖怪を確認。

勿論、悪さはしていない。

最近は人里の警戒もしっかりしていて、妖怪が悪さをする余地はない。

酒を買いに来たのだ。

こそこそと出ていく妖怪。

定価の概念を幻想郷に導入したことで。

最近は力が弱い妖怪でも、人里の酒を手に入れやすくなっている。

昔は力が弱い妖怪は、言い値で働かされる事も多く。

どれだけ働いても金が得られずに。

酒なんて、奪うしかないという事もあった。

定価の概念を取り入れたことで、昔は金で悪さをしていた妖怪は自由を制限されたのだが。

逆に立場が弱い妖怪達は、ぐっと生きやすくなった。

後は、定価が上がりすぎないように管理していくだけ。

むしろ人里の人間の方が。意図的に起こしたバブルで混乱している有様で。

妖怪達は、基本的に皆今回の定価設定について、好意的な様子である。

人里を出ると、妖怪は人間の姿を解除。

自分の住処に戻っていく。

同じようにして、酒蔵に出かけていく妖怪を何名か確認。

メモを取っておく。

酒の動きも確認しておく。

人里でもかなり流通している酒だが。樽一つぶんくらいが、博麗神社に回されている。生活物資は、幻想郷の生命線である博麗の巫女のために人里から回すように手配しているのだが。

その手配物資の一つ。

樽一つを、博麗の巫女が全部飲むわけでは無い。

そんな鬼でもあるまいし。

博麗神社では、妖怪が集って宴会をすることが多く、酒の消耗が多い。

酒や酒の肴を持ち込む妖怪もいるのだが、そうでない奴も多く。博麗の巫女は不満を口にしながらも、そういった妖怪と飲んで事が多い。

飲んで話し合う事で、相手を知ると言う奴だ。

近年では、これが外の世界では上手く行かなくなっているらしいが。

そういう意味では、博麗の巫女は考え方が外で言う昔の人間に近いのかも知れない。

まあ、豪傑的な存在だし。

外には今はいないタイプだ。

それも、納得ができる事ではあるのだろう。

スキマを展開して、幾つもの事象をみた後、記憶。

そして、次の仕事に移る。

酒に関する問題をどうするか。

賢者達に詰められるのを承知で、無理でしたと報告するのもありだが。その場合も、データで殴るしかない。

データ集めは必須で。

そして紫はそもそも忙しい。

それをずっとやっているわけにはいかないのだ。

冬眠すると良く言われる紫で。

実際一日の半分は眠っているのだが。

それ以外の時間は、外で過労死している人間の何倍ものペースと効率で働いている。だからストレスも激甚で。

睡眠障害も最近は起こしているほどだ。

自室から、居間に移る。丁度時間だったので、藍が昼食を用意してくれていた。がつがつと書き込むと、既に作ってある資料を手にする。

「出かけて来るわ。 何かあったらアラームで知らせて」

「分かりました。 ご武運を」

「ん」

そのまま、幻想郷を離れる。

幻想郷は外の世界の強力な神々が監視しており、紫は窓口を担当している。

幻想郷は隠れ里であり、一歩間違えば人間は妖怪に鏖殺される事だってある。それを良く想っていない神々もいる。

そんな世界でしか生きられない妖怪に同情してくれる神々もいる。

紫は定期的に、神々にプレゼンを行い。

幻想郷が幸福度が高い世界であり。

更には人間が虐げられていないことを示さなければならない。

他の賢者が鬱陶しがってやらない事だ。

押しつけられているとも言える。

だが、幻想郷を愛している紫は、体を削ってでもこれをやらなければならない。

会議に出る神々は、全員が単騎で幻想郷を平らに出来る程の力の持ち主ばかりであり。

そういう意味でも、非常に胃が痛い話だが。

京都近辺の廃寺で、会議を行い。

不動明王や毘沙門天、更には日本系の高位神格数名と話をする。

会議でプレゼンを行い、資料を配り。

妖怪が人間を襲うときに殺さないようにしているか。

どうしても人肉が必要な妖怪に、外の病院から確保している廃棄された人体の欠損部を支給している事や。

足りない肉などの物資を、幻想郷にある貴重な資源とどう交換しているかなどの具体的なデータを出して、説明をする。

半ば恒例化している会議だが。

不動明王は特に非常に厳しく。

もし怒らせでもしたら、文字通り憤怒の形相で紫を徹底的に詰める。

今まで何度かそれがあって。

紫も、不動明王は無茶苦茶苦手だった。

ただ幸いなことに、不動明王は怖いが公正な性格をしている立派な神格なので、理不尽に怒る事はなく。

そういう意味では、安心して頭を下げられる相手でもあったが。

会議はどうにか無事に終わる。

最近畜生界関連でゴタゴタがあったのだが、それもどうにか無事に解決した。

それらも報告している。

この会議は一任されているし。

話すことについて、どうこう他の賢者に言われる筋合いは無い。

起きている出来事は、基本的に外の神々の顔役はみんな知っている。

それくらいは理解しているだろうが。

会議が終わると、毘沙門天が同情的に声を掛けて来る。

自分を信仰している上、面識もある聖白蓮が幻想郷にいるのも要因かも知れない。

「紫どの。 君も大変だと思うが、其処でしか暮らせない者達を頼むぞ」

「分かっております」

「そうか……」

毘沙門天には悪印象は無い。

会議でも、紫を庇ってくれる事も多い。白蓮が幻想郷に来る前からそれはそうだった。これは、毘沙門天の配下に百足などのダークサイドの存在が多くて。それらの苦悩を知っているから、かも知れなかった。

いずれにしても、会議が終わる。

疲れきって幻想郷に戻ると。

藍が用意してくれていたプリンを食べて、多少機嫌を直していた。

甘いものは紫も好きだ。

酒豪を誇る妖怪の中には、酒が飲めない相手を甘党なんて言って馬鹿にする事があるらしいが。

それは悪い意味での酒を神聖視する習慣。いわゆるアルハラの一種とみて良いだろう。

甘いものが好きで何が悪い。

人間は生物としての構造上、甘いものを体に入れないと脳が動かないが。

紫も甘いものを口にすると、脳が活性化する気がする。

プリンを食べ終えると、しばらく机で溶ける。

仕事をしなければならないが。

連続でするのは厳しい。

だが、アラームがなるので。

また、仕事を始める。

目の下に隈ができていることを、時々指摘される。化粧をしても隠しきれるものではない。

淡々と仕事をしていく。

時々、仕事で心を殺す事もある。

そうしないと、ストレスで叫んだり暴れたりしだしかねないからだ。

どいつもこいつも好き勝手な事ばっかりいって。

そう、酒の席で泣くこともある。

そういう事もあったから、最近は他人と酒を飲むことは一切なくなった。

酒の席でも泰然と構えていなければならない。

そういう事を要求されるからだ。

酒を飲むと、どうしても日頃の苦労が表に出てきてしまう。

ましてや若年飲酒の禁止なんて、一体どうすればいいというのか。

一通り仕事が終わる。

時計を見ると、自由にできる時間は殆ど残っていない。

それだけではない。

この自由にできる時間で彼方此方を見回って、紫自身の目で何が起きているかを確認しなければならないのだ。

外風に言うと、やる事が多いという奴だろうか。

ともかく、外を飛んで見回る。

紫はそれほど素早く飛ぶ事が出来ないので、スキマを活用して空間転移で見て回るのだけれども。

今の時点で人を食い殺そうとする妖怪はいない。

人を脅かして怖れさせている妖怪はいたが、しっかり殺さないようにして脅かしているのでそれでいい。

こけつまろびつ逃げていく人間。

これでいい。

人間を喰っていないし、しっかり用量用法を守って脅しているので、これで充分である。

褒めてやりたいくらいの完璧な手際だが。

勿論、それをするつもりはなかった。

他も見て回る。

妖怪の山は、急激に組織化されている。外の世界で軍神をやっていた奴が、守矢の神格の片方だ。

しかも守矢は、元々あの武田家の祭神でもあったのである。

強力な軍事組織を作るのは、文字通りお手のものだろう。

妖怪達が得意分野に会わせて組織化し、山の中が極めて秩序だって動いているのを見ると。

流石にこれをやっている武神、八坂神奈子の手腕は認めざるを得ない。

組織的に動かない者や神々は。

もう一柱の守矢の神。洩矢諏訪子の手で式神のような存在として、別方向から組織化されている。

最強の祟り神による組織化だ。

諏訪子自身が、天津の武神とやり合うほどの凄まじい強豪である上に。その正体は妖怪の山を何巻きもするような大蛇の神格である可能性が高い。

その配下の神格が組織化され一本化されたら。

それは恐ろしいとしか言いようがない。

無言で、妖怪の山を離れる。

本当に手がつけられない状態になりつつあるが。今の時点では動きがないという事で此方も何もできない。

それに、天津の武神が相手となると、流石に幻想郷にいる神格では手に負えない。

天津の武神の実力は凄まじく、少なくとも国内ではアマツミカボシ以外には無敗を誇るのだ。

紫がどうこうできる相手では無かった。

ため息をつきながら、人里も確認。

経済規模を三倍に。

そう考えて、相当な金を流し込んだのだが。未だにあまり上手く行っていない。

邪念が渦巻いていて、まだまだ秩序には遠いと判断せざるを得ない。

無法に稼いでいる輩も、まだまだ出て来ている。

それらに対応が必要だ。

一通りみて回って、酒がほしくなった。

やはり、若年飲酒の禁止啓蒙なんて無理だ。

そう結論せざるを得ない。

自宅に戻ると、酒をくれと藍に言う。

何か言いたそうにした藍だが、それでも紫が限界近いのを悟ったのだろう。淡々と、大吟醸のいい酒を出してくれた。

ぐいぐいと呷る。

あまり酒が強くない紫だが、それでも今日は。

飲んでいないと、やっていられなかった。

 

起きだす。

二日酔いになるほど柔ではない。

事務作業を淡々とこなしていると、自宅に。異空間に隔離している紫の家に、訪問者があった。

この家に直接出入り出来るのはごく限られた存在だけだ。

そしてその気配は、知っているものだった。

配下である二童子をつれた賢者、摩多羅隠岐奈である。

普段は何も仕事をしない上、仕事をしても問題をややこしくする。それでいながらとにかく強い面倒な相手である。

憮然としている紫を見て、性格が悪そうに隠岐奈は笑った。

「どうした、同僚が遊びに来てやったというのに」

「さいですか」

何が同僚か。

実力的にも能力的にも紫より数段格上。

自己申告能力でいうと大して変わらなそうに見えるが、実際の実力には天地の差がある相手だ。

その気になれば、隠岐奈は新しい妖怪をわんさか作り出す事もできるらしい。それが長期間存在を維持できるかは別の話として。

「どうした。 疲れきっているようではないか。 いつも妖怪の頭領を気取っているお前が」

「お構いなく。 妖怪の頭領なんて、貴方には雑魚も良い所でしょうに」

「そう拗ねるな。 他にも妖怪の賢者はいるではないか」

確かにいるが、あいつは仙人を気取って好き放題しているし。しかも大きな爆弾まで抱えている。

幻想郷設立者の一人ではあるし。

どちらかというと人間に友好的な妖怪ではあるのだが。

あまり紫としては信頼はできない。

ただ、博麗の巫女にある程度世話をしている事もある。それについては、感謝もしている。

博麗の巫女は放置しておくとあっというまに暴威の権化になる事が、紫でなくても分かる。

これ以上博麗の巫女が無体に強くなり。

凶暴に暴れ回るようにならないようにするためにも、ストッパーは必要なのだ。

「それで何用で」

「酒を差し入れに」

「ありがとうございます」

「はあ。 もう少しフランクでかまわんぞ」

二童子。

摩多羅隠岐奈の力を更に増幅する、人格を失った二人の元人間。その片方が、酒を出してくる。

これは、恐らく神々が作った酒か。

人間の作る大吟醸もかなり良いものなのだが。

流石にこれはレベルが違う。

しかも飲みやすいものだ。有り難く受け取る事にする。

それを見て、いじわるそうに隠岐奈は笑った。

「それで、その様子だと若年飲酒の啓蒙は上手く行きそうにもなさそうだな」

「妖怪と人間のコミュニケーションツールの一つとなっている以上は無理でしょうね」

「それはそうだろう」

「貴方の力で、皆を酒に弱くしてみては?」

それが出来かねない奴なので、煽ってみる。

実際隠岐奈は古代神格だけあってその実力は絶大。最強の鬼である伊吹萃香ですら戦闘は避けるだろう。

だが、隠岐奈は苦笑い。

それをするつもりはないのだろう。

「それは洗脳に当たるからな。 そんな非道はせんよ」

「貴方が言うか……」

「少しずつ調子が出て来たではないか。 死んだ目をして飛んでいるから心配してきてやったのだぞ」

ふふふと笑う隠岐奈。

こいつが従えている二童子は、どういう事情かは知らないが元人間を手下にしたものである。

その際に人間ではなくなり、隠岐奈に逆らえない木偶と化している。自我はあるようなのだが。

だからそれを指摘してやったのだが。隠岐奈は笑うばかり。

本当に不快な奴である。

「まあ、念入りにやってみるのだな。 お前は考えすぎる悪癖もあるし、自分の足で動いて色々やってみてはどうかな」

「考え無しに動いたら、今の幻想郷では何が起きても不思議ではないわ」

「それでもどうにかなるのが今の状況だと思うがね」

「勝手な事を言わないで……」

苛立ちが篭もる。

こいつのせいで、後始末でどれだけ紫が胃を痛めたか。

勿論それを知った上で、摩多羅隠岐奈は好き放題の限りをしている。

こういう事を言いに来るなら、せめて外の神々との折衝くらいはしてほしい。此奴の戦闘力が、ある程度の抑止力になっているのは事実だが。紫が折衝している神々は、此奴を更に超える化け物ばかりなのだ。

現在、幻想郷の治安維持システムとなっている博麗の巫女は、間違いなく歴代最強の巫女。

畜生界くらいの相手だったら、どうにか出来る実力がある。

だが、近年は幻想郷にちょっかいを出す奴の実力がどんどん跳ね上がってきていて。

更に言うと、月にいる神々が、幻想郷を良く想っていない節もある。

月にいる連中は閉鎖的で腐敗している上に、戦力もテクノロジーも幻想郷なんかでどうにか出来る相手ではない。

そういう連中の逆鱗でも触れかねない状況が来たら。

全て終わりなのだ。

スペルカードルールに乗ってくれればワンチャンあるかも知れないが。

それすら一笑に付すかも知れない。

龍神でも勝てるか分からない相手がわんさかいる月に対して。更に、それ以外にも幻想郷を脅かすものが幾らでもいる状態で。

慎重になるのは、当然だろうに。

アドバイスをしているつもりの摩多羅隠岐奈に、藍が咳払い。

「すみません、まだ仕事が多数残っておりまして」

「む、そうか。 ではさらばだ。 次の会議で、成果が上がっていることを期待しているぞ」

「……」

一礼して見送る。

塩でも撒いてやろうかと思ったが。妖怪である紫がそんな事しても、ダメージを受けるだけで何もいいことはない。

大きな溜息をつくと。

紫は、出来もしない無茶ぶりをどうするか。頭を悩ませるのだった。

 

2、博麗の巫女は酒好きである

 

考えた末に。

紫は、夕暮れの博麗神社に出向く。

博麗の巫女に意見を聞きたいと思ったからである。

正直万策尽きている。

考えても、いずれも上手く行きそうにもない。

無理矢理出来る方法はあるが、それはあまり幻想郷にとってためにならない。良くない相手に貸しを作る事にもつながる。

そもそも妖怪は幼子の姿をしていても酒を飲むのだ。

人間がそれをしないのは、不可思議極まりないと思う人間がいるのも仕方がない。

博麗の巫女。博麗霊夢は、神社の境内の掃除を終えて、後は母屋でゴロゴロしていた。

豆電球くらいしか電力が通っていない博麗神社の母屋だが。

それでも霊夢は不自由はしていない。

最近は電気式では無い水洗トイレを導入したら、随分と喜んでいた。その内、欲しがっていたガス式の湯沸かし器も用意するつもりである。

それくらい、霊夢は幻想郷に貢献してくれている。

明治時代水準の衛生観念で回っている今の幻想郷は、ちょっとした怪我が死につながる。雑菌が傷に入ると、それだけで死につながりかねないのだ。

今は永遠亭という医療施設があるが、それでも摂理に反した状況を打開するつもりはないと其処の主が言っている。

霊夢だって、無理な状況から助けてはくれないだろう。

紫が来たのに、霊夢は気付いていたようで。

書物を横になって読みながら、声を掛けて来る。

「久しぶりね。 何か用かしら」

「酒についてちょっと話があってね」

「あら、宴会にロクに参加もしない貴方が珍しい」

「残念だけれども、参加している暇がないの」

それは、霊夢も分かっているのだろう。

腰を上げると座り直し、ちゃぶ台を挟んだ向かいに座るように促してくる。紫もスキマ経由で短距離空間転移して。

霊夢の向かいに座った。

「それで、酒がどうしたの?」

「酒に強い弱いって、どういうことか知っているかしら?」

「それは人間がと言う意味?」

「そう」

霊夢は小首を傾げる。

ごつい大男が、ちょっと酒を飲んだらひっくり返ることもあれば。

小柄で運動も苦手な女の子が、とんでもない蟒蛇である事もある。

酒好きな霊夢は、それを経験的に知っているのだろう。

小首を捻るので、簡単に説明をしていく。

人間が酒で酔う仕組み。

そして、どうやって酒で死なないか、を。

酒で死ぬ事は普通にある。

紫も知識として知っているが、今回の件もあって、藍に調べさせたのだ。

外の世界の大学という学舎では、一気強要という悪習が存在しており。

無理矢理大量の酒を飲ませることで「度胸試し」を行うが。

キャパをあまりにも超えすぎた酒を飲ませることで、脳が萎縮するほどのダメージを受け、死に追いやられてしまう事故が何度も起きていると言う。

こういった悲惨な事故もあって、すっかり精神的に貧しくなっている外の世界ですら、再発禁止に動いているのが当たり前だとか。

肝機能などの説明をしていくと。

脳筋に見えるが、それなりに頭も実の所回る霊夢は、すんなりそれを飲み込んでいた。

ただし、紫もこれをすんなり通すのは厳しいだろうと話をすると。

霊夢も、その通りだと認めた。

「そもそも神に捧げる酒などもあるし、酒を用いた儀式もある。 博麗の巫女としての責務を果たすには、酒は不可欠だわ。 例えば私の次の世代の博麗の巫女からは酒を二十歳……まあ現役時代ね。 現役時代の博麗の巫女の頃は酒を禁止するとしても、儀式の時は酒を飲まざるを得ないでしょうね」

「その通り。 貴方もかなり論理的に考える事が得意になって来たわね」

「馬鹿にしている?」

「褒めているのよ。 感覚で全てを突破していた時代よりも、今の貴方は確実に強いわよ、あらゆる意味で」

霊夢は面と向かって褒めるなと正論を言うと。

少し考え込む。

まだまだ問題は多いと思っているのだろう。

「私の時代がいつまで続くかわからないけれども、少なくとも妖怪達とやりとりをするのに酒がもっとも良いのも事実よ。 寿命が縮むというのは、少し不安ではあるけれどもね」

「蟒蛇の方が、いざ酒が飲めなくなると体を徹底的に壊すものよ。 貴方はもう少し自分を労るべきでしょうね」

「……そうね。 ただ、現状では酒を断つのは無理だわ」

「そうでしょうね」

人里だって同じだ。

もし若年飲酒を禁止するなら、外の世界のように二十歳に結婚するようにするしかないだろう。

大人の特権として酒を認めるなら、それは仕組みとしてありだが。

現在の幻想郷は、外で言う明治時代程度の文明であり。

それは社会の仕組みとしても、あまりにも無理がありすぎるのである。

ましてや、妖怪達は人間が急に酒を飲まなくなったと聞いたら、むしろ驚くだろう。

妖怪の中には、酒豪の方が偉くて強いと考える者も多い。

そういえば、最近天狗の射命丸文と霊夢が軽く喧嘩したのだが。

丁度霊夢はそのような感じで煽られた。

射命丸は典型的な頭が回るバカだからそれは良い。硬直化した社会に不満を持っているのではなく、自身が出世出来ないことそのものを不満にしていたタイプなのである。だから決定的に足を踏み外した。

射命丸は既に紫の麾下に移り、籠の鳥になっているからどうでもいい。

あれはいつでもその気になれば処分出来る。

問題は、強豪妖怪の大半が、このような感じの考えをしていること。

要するに。

この幻想郷では、酒が非常に存在感が大きいと言う事が問題なのだ。

そもそも、この閉じた世界である。

ストレス発散の手段でもなければ、爆発する奴も多いだろう。

酒を禁止することは、非常に厳しい行為だとも言える。

「賢者の会議で言われたのだとすると面倒ね。 私が人間じゃなかったら、賢者になって周囲に無理だと告げるのだけれども」

「仮定に色々無理があるけれども、そう言ってくれると嬉しいわ。 ただね、此方としても何もしないわけにもいかないのよ」

「確かに若いうちから飲むと体を壊しやすいのは、私も感覚的に分かる」

霊夢はきちんと話を聞いてくれている。

最近は暴力だけでは解決できないこともあると分かってきているのだ。

それと同時に、箍が外れたように力が増してきてもいる。

或いは、幻想郷は。

霊夢という特異点が要因で、一度大きなパラダイムシフトを迎えるのかも知れないが。

それはまだ先の話だろう。

少し前の異変で、霊夢は畜生界の大顔役、饕餮に手も足もでなかった。能力相性が悪かった事もある。そもそも能力は、互角くらいの力の相手には、相応に有効に働くのである。

だが、ほんの少しの期間で、霊夢は饕餮を普通に上回ったのだ。結果、相性が悪い能力をねじ伏せて、勝つ事にも成功している。

そんな調子で力を伸ばしている霊夢である。

考え方も変わっていくのは、当然なのかも知れなかった。

「貴方の考えは分かったわ。 他の者にも話を聞いてくるとするわね」

「お疲れ。 まあ好きにして頂戴」

「ええ……」

霊夢の元を離れる。

紫は、娘が成長した親の気分というのは、こういうものなのだろうかと思って。少しだけ、嬉しかった。

 

続いて紫は、里の賢人の元を訪れる。

里の賢人……正確には人では無い。ハクタクという霊獣の獣人、上白沢慧音である。

幻想郷の妖怪としてはそれほど年を重ねている存在では無いが、そもそも後天的に獣人になったらしく。

その存在には謎が多い。

時間を掛けて人里に馴染んだ妖怪の一人であり。

現在では寺子屋で子供達に学問を教え。

里を守る戦力の一人にもなっている。

非常に博識であることもあって、紫も話をするときには、結構気を遣う相手でもあるのだが。

今では、里の守りとして彼女以上の実力を持つ不死の人間、藤原妹紅が活動している事もあって。

負担はかなり減っているようだった。

寺子屋での授業の準備を終えて、部屋で休んでいる所に出向く。

スキマからいきなり姿を見せるのでは無く、戸を叩いて確認は取る。

まあ、相手も大人だ。

プライベートを侵害するようなことはあってはならない。

その程度の事は、紫もきちんと考える。

慧音は涼やかな目の、長身の美しい女だ。

里の男共には、子供時代から姿が変わらない慧音に、あらゆる意味で世話になっている者も多いそうである。

ただ求婚されても基本的に相手にしないと言うことで。

高嶺の花として知られてもいるそうだが。

そんな慧音は理性的だが。

授業は非常に厳しいし。

そしてあまりにも理屈が固まりすぎていて、授業はつまらなかったと昔は良く言われていた。

今はかなり改善してきているそうで。

こういった頭が硬い人物でも、少しずつ変わっていくのだと。

紫は驚かされたものである。

慧音は紫を自室に入れると、やはりテーブルを挟んで座る。

慧音は霊夢の学問の師でもあるから。

話はしやすい相手でもあった。

「なるほど、若年飲酒の害についてか」

「その様子だと知っていたようね」

「ああ。 私も若年者には、出来るだけ酒量は減らすように前々から言っている。 だがこればかりは、習慣として根付いてしまっていてどうしようもないというのが本音ではあるな」

なるほど。

前から、対策をしてくれていたのか。

それは有り難い話だ。人里の子供は、殆どが慧音に師事を受けている。影響力は小さくないだろう。

だが、習慣か。

組織内の習慣というのを変えるのには、時間がかなり掛かる。

それについては。今の話を聞いてもよく分かる。

無理に習慣を矯正することも不可能ではないのだろうが。

それには大きな反発も伴う事だろう。

幾つか、話をしてアドバイスを請う。

賢者を自認する紫だが。

自分の知識や考えが絶対に正しいなどと思った事は一度もない。

中途半端に知っている者ほど、自分が正しいだの自分が詳しいだのと考える傾向が強いのだ。

だから、常に自分を戒めるのだ。

それくらいのことは、いつも紫もやっていた。

「若年飲酒の害について、私が授業をするのは簡単だが、はっきりいって誰も守る事はないだろうな」

「ちなみに今は、里の人間はどれくらいの年齢から飲んでいるのかしら」

「家庭による。 育ちが良い家の子供は、成人と見なされる14前後から。 そうでない家の子は、十歳で飲んでいる場合もある」

「……」

十歳は、害が大きいな。

腕組みする紫に、咳払いする慧音。

そのまま、幾つか話をされた。

やはり、人間の間でも酒豪は偉いという考えがあるそうだ。

酒豪などと言う言葉があるように、そもそも一種の豪傑的なとらえ方をする風潮がまずいのだとも、慧音は言う。

確かに納得出来る話だが。

かといって、未来を酒で断つようなことがあってはならないのも事実。

幻想郷にはまだまだ未来が必要なのだ。

外の世界では、急速に未来が失われつつある。

ここまでそうさせてはならないのである。

此処は、外から切り離した隠れ里であり。

特に妖怪達には、もう行く場所もないのだから。

「酒の流通量を減らすことは、何の解決にもならないでしょうね」

「暴動になるだけだ」

「……他に何か手は」

「命蓮寺の影響力を強めるという手もある」

むすっとしたのを察したのだろう。

慧音は咳払いした。

命蓮寺の住職は、本当に生真面目な仏教徒だ。既に人間を止めていることもあり、酒も肉も完全に断つことに成功している。というか、何も食べなくても全く問題がない様子だ。欲もほぼなくなっており、いわゆる肉欲も既に克服しているようである。

それでいながら、いわゆるヴィーガンが害を為す事も分かっている様子で。

精進料理に人工蛋白を用いたりと、肉を食べなくても害が体に出ないように、様々な工夫を凝らしている先進的な部分もある。

ただし、命蓮寺の思想は幻想郷を壊しかねない危険なものだ。

故に、存在そのものはむしろ有り難いと思っているのだが。

もしも幻想郷をその思想が席巻したら困るとも思っている。

故に時々嫌がらせもしている。

以前、命蓮寺が出来た直後。萃香が命蓮寺に軽く襲撃を掛けた事があったのだけれども。それを煽ったのは、実は紫である。

以降も、ちょくちょくと影響力が大きくなりすぎないように、幾つか手は打っている。

それでも、そもそも妖怪の害が減ることもあって里の人間は命蓮寺に信頼を置きつつあるし。

色々な理由から生きていけなくなった妖怪が命蓮寺を頼って、無事に生きられるようになった事もあって。

命蓮寺の存在は必要だと、紫も認めざるを得ない。

それに何より、拡大著しく、野心を隠してもいない守矢に対する対抗勢力の最大候補として挙げられるのが命蓮寺である。

それを考えると、紫としては色々難しい相手だった。

「立場的に厳しいのだったな。 稗田家にある縁起にわざわざ無茶苦茶を書かせる程度に」

「まあ、分かっているのならいいわ。 必要な存在なのに、害にもなっている面倒な集団よあそこは。 しかも私でも認めざるを得ないほどの人格者がボスなのが更にタチが悪いわ」

「高僧なんて言われる連中が、権力闘争と欲に塗れているのは私も見てきているからな。 あそこの住職は、それらとは全く違う本物の聖人だ。 本人はそうは思っていないだろうが、もう羅漢くらいの領域には到達しているだろう。 いずれ、毘沙門天から正式に請われて、菩薩くらいの格の仏として、天に招かれるかもしれない」

「だから面倒なのよ……」

本物の毘沙門天にコネを持っている程の存在だ。

幻想郷としても無碍に扱えないのである。

まあ、紫も、あそこの住職が悪さをしない事は認めるし。

賢者も含め子供みたいな理屈で動く頭がいたい子供大人みたいな連中ばかり揃っている幻想郷の者達の中で。唯一問題行動を警戒しなくて良い相手であるのも事実だ。

紫は、他にもアドバイスを幾つか頼む。

流石に里の賢人だけあって、慧音は対人経験が豊富だ。

どうすれば禁酒が出来るかなどの方法論にも詳しく、幾つも説明をしてくれた。

頷くと、礼を言って慧音の家を離れ。一度自宅に戻る。

レコーダーに話は記録してあるので、藍に渡して要点を書き起こさせる。

どうにも、すぐには若年飲酒の禁止は無理だろうな。

そう紫は、結論を出し始めていた。

 

考えた末に、紫は続いて守矢に出向く。

そもそも守矢神社には、紫が直接入り込むのは無理だ。

強力な結界が二重……最近は三重に張られていて。その一つだって、紫には破る事はできない。

実戦で際限なく強くなる霊夢と違って。

ここの巫女であり、風祝とも言われる存在の半人半神である東風谷早苗は、努力型だが。

教えているのが古代神格二柱という事もある。

その上もう人間を半分止めていて、最近は特に神格としての自分に重点を置いているからだろうか。

成長が著しく。

とにかく新しい術などの習得も早く。

その上衰える事がまずないという事も分かっているので。非常に危険な相手だった。

最終的には、守矢の守護神格になるのはほぼ確定で。

力が現状の二柱に並ぶかも知れない。

そうなったら、守矢は恐らく新しい巫女を探して自分の所に据えるだろう。

その頃には。

もう守矢をとめられる単独勢力は、幻想郷には存在しない。

そもそも守矢の二柱が、他の賢者達も戦ったらどうなるか明言を避けるほどに強いのである。

少なくとも紫の手には負えない。

それが現実だった。

とにかく、潜入しても無意味なので、正面から出向く。

当然わんさか守矢麾下の妖怪がスクランブルを掛けて来たが、書類を書いて正面から神社に。

鳥居をくぐって境内に入ると、出迎えてくれたのはくだんの早苗だ。

少し前まではアホ面下げて異世界ライフを楽しんでいたのに。

今ではすっかり冷酷な支配者に変わってしまっている。

それでいながら、人間性を完全に無くした訳でもないようすで。

親しい相手には、素の顔を見せているようだ。

「お久しぶりですね紫さん。 今日はどのような御用で」

「貴方に用事があってね」

「私に?」

「うちの子に粉を掛けようとするのは感心しないな」

すっと、周囲が殺気で塗りつぶされる。

まずい。

下手な動きを見せたら、一瞬で死ぬ。

此処は三重の結界の中。

紫が展開出来る貧弱な結界では無く、古代神格が徹底的に張り巡らせている凶悪極まりない結界の内部であり。

しかも神域である以上、最大限のパフォーマンスを二柱は発揮できる。

その二柱。

長身で、冷酷な目をした八坂神奈子がいつの間にか早苗の背後に。

側の神社の屋根に。田舎の健康的な女児みたいな姿をしたもう一柱の神格。洩矢諏訪子がいて。

紫に、必殺の術式を多数既にロックオンしていた。

此奴ら単独ですら紫の手には負えないのに。

もしも相手がその気になったら即座にジエンドである。

無言になる紫に、早苗が言う。

「神奈子様、諏訪子様、話を聞きましょう。 今幻想郷の賢者と事を構えるのは、利益がないと私は思います」

「ふっ、そうだな」

「任せるよ早苗」

「任されました」

早苗がこくりと頷くと、紫についてくるように促す。

自分の足で歩くのは面倒だが仕方がない。母屋に案内される。

守矢は地下に核融合の実験施設を作り。

更には地熱発電の設備で、安定した電力を掌握している。

人里だけではなく、妖怪の山全域の電気が守矢に既に掌握されているだけではない。

そもそも水源も守矢に抑えられている状況だ。

そういう意味で、兵糧攻めを行おうと思えば、いつでも出来る。

極めて厄介な存在である。

母屋の中は、外の世界の近代的な家そのものだ。

蛍光灯の下は少し落ち着かない。

最近、LEDというのが増えてきているらしいが。

守矢も近々、それを導入するらしい。

今でもその気になれば、即座に外に行く事が出来るのだ此奴らは。それくらい強い力を持っているのである。

コタツがあるので、それに入って話をする。

守矢で働いているらしい妖怪が、ミカンを持ってきた。

それにしても、これはいいな。

疲れている事もあって、紫はコタツで溶けそうになる。だが、此処は敵地だと言う事を思い出して、気を引き締め直した。

「それで、何用でしょうか」

「貴方も外の出身なら、若年飲酒の害を知っているのではないのかしら」

「ええ、知っています。 私自身は下戸を装って、出来るだけ飲まないようにしています」

ああ、やはり知っていたか。

しかも此奴の下戸はフリだったのか。

守矢の巫女は下戸だ。

それについては結構知られている話だったのだが。そもそもアルコールの接待を此処の環境では断れないなら。

下戸のフリをしてやり過ごすしかない。

考えたものだな。

舌打ちしてしまう。

この辺り、守矢の二柱の入れ知恵なのだろう。勿論、紫がこれを対外的に話すつもりもないのだと、早苗は知っている。

現在、守矢は……いや妖怪の山は。幻想郷の爆薬庫だ。

古代神格、それも天津の武神がいる神社なんて、幻想郷の手に負える戦力ではない。

下手に刺激する事は、それこそ紛争の火種になる。

紫も、慎重に応じなければならないのだ。

それを知っているから、早苗は敢えて自分の弱みを晒した。弱みを晒しても、痛くも痒くもないからである。

これは、急速に怪物に変わりつつある。

あの武田信玄が信仰していた相手だ。

政戦両方で化け物じみているのは当然の話だが。

それにしても、背中に冷や汗が流れるのを自覚せざるをえなかった。

「此方としては、人里だけでもどうにかしたいと思っていてね。 何か良案はないかしらね」

「ああ、それでわざわざ意見を聞きに来たんですね。 ふふ、その様子では手詰まりでお困りのようですね」

「その通りよ」

隠せるものでもない。

即座に見抜いた早苗は、普段外で見せている顔とは別ものの。山の大顔役として接してきている。

もうこの風祝は。

幻想郷に来た頃の、お馬鹿な小娘じゃない。

妖怪の山で睨みを利かせ、その威を自分で回収出来る程の、大顔役だ。巨魁といってもいいだろう。

霊夢は戦闘力という観点でどんどん成長しているが。

残念ながら、あの子は人間だ。

今は早苗より戦闘力が上だろう。勘という観点でも、早苗を大きくリードしている。

だが、それもあくまで今は、だ。

十年後にはどうなるか分からない。

その頃も、早苗は今と同じ努力を続けているだろうし。

霊夢は逆に、肉体が衰え始める。

霊的能力は更によく分からないもので、年を取ると一気に衰える事も珍しく無い。二十歳を超えると、急激に何もできなくなる者もいる。

老人になっても能力が衰えない者もいるが。

霊夢がそうなのかは、分からない。

あの子は燃え上がる炎のように、自分の力を増しているが。

強烈な炎は、燃え尽きるのもまた早いのだ。

これは、想像以上にまずいか。

そう思った紫に。くすくすと、ミカンを割りながら早苗が語りかけてくる。

「手なら幾つか思いつきますよ。 なんなら私が人里で啓蒙活動をしてもかまいません」

「それは止めてくれるかしら」

「ふふ、そういうと思っていました。 ……このミカンは外から仕入れた温州ミカンです。 どうぞ」

「いただくわ」

ミカンを取って、口に入れる。

確かにとても美味しいミカンだ。

守矢の二柱は、今でも外に強力なコネを持っているし、外に出る手段も有しているのだろう。

悔しいが、どうにか出来る相手では無い。

無言でミカンを口にしていると、早苗が幾つか現実的な提案をしてくる。

此奴、これだけ現実的な提案が出来るのか。

理路整然とした口調からは、もう紫もこの半人前だった巫女を侮ろうという気が一切失せていた。

最近は天狗の組織崩壊に一枚噛んだり。

むしろ裏方での動きがとても鋭く、目立つようになって来ている。

それを考えると、此奴も警戒度を一段階上げなければならないだろう。

胃痛の原因が増えるばかりだ。

そう思うと、何だか悔しかった。

「私に思いつくのはこれくらいです。 参考になりましたか」

「ええ、ありがとう」

「それではお送りいたします。 確かに若年飲酒が平然と行われている今の状況は、あまりよろしくないと私も考えています。 妖怪は体の構造が人間とは違っているので、飲酒は別にかまわないでしょう。 しかし里の未来を担う子供達の、未来を奪う行為は少し感心できませんね。 例え社会の仕組みが明治時代に近いとしても」

そういったとき。

少しだけ、早苗の人間らしい表情が覗いた。

紫は、何も言い返せない。

そのまま鳥居をくぐって神社を出ると。

周囲を囲んでいる妖怪達に書類を書いて。そしてスキマを経由して妖怪の山を離れていた。

もうすっかり妖怪の山は、紫のテリトリではない。

大物が入り込んで来たときの対策マニュアルや、訓練も完璧に整備されているとみて良いだろう。

橙などは完全に入り込んだのを泳がされている。

あの子が無力で無害なのを、山の妖怪達も知っている。

つまり舐められていると言う事だ。

自宅に戻ると、藍に酒を頼む。

ちょっと苛立ちが酷くて、酒でも飲まなければやっていられなかった。

守矢から戻って来て、酒をたのむということの意味を理解したのだろう。

藍は無言で、良い酒を蔵から出してくれた。

その日は、紫は浴びるように飲んだ。

久々に痛飲して。

それでも怒りと焦りは消えなかった。

 

3、解決策は見当たらない

 

二日酔いになる程紫も柔では無い。散々酒を飲んだ翌日からも、すぐに動いて周り、意見を集めていく。

いずれにしても、相応の意見は集めた。これでもう良いだろう。だが、それでももう一押しはいるか。

子供の遣いではないのである。

だから、相手を説得するにしても、説得力を蓄えなければならない。それには、統計で殴るのが一番だ。

更に、何名かの賢人の下を回る。

聖徳王だけは回らない。彼奴は人心掌握の達人だし、そもそもなんで紫が来たのかも、即座に悟るだろうからだ。

最後に、命蓮寺に出向く。

終始高圧的で何かしたら殺すという態度を隠しもしなかった守矢と違って。

命蓮寺の住職である白蓮は、人食いの噂もある紫を無言で寺に受け入れてくれて。話もきちんと聞いてくれた。

白蓮の認めざるを得ない徳は幾つも存在しているが。

その最大のものは、仏教を押しつけない、ということだろう。

仏教によって民草を救うとは考えているようだが。

仏教に皆を無理矢理帰依させようとはしない。

あくまで、本人の意思を最大限尊重する。

だから寺には、仏教徒では無い食客の妖怪が何名かいて。

それらの妖怪も、仏教徒では無いが、白蓮を最大限に慕っているのが一目で分かるのだった。

剛の守矢に対して。

柔の命蓮寺と言うべきだろうか。

一通り話をして、意見を求めると。

白蓮は、頷いて意見を述べ始めた。

「話については分かりました。 若年飲酒の害については、私も思い当たる節が幾つも存在しています」

「何かいい解決案はないかしら?」

「まず現状の社会の仕組みでは、これを解決するのは不可能でしょう」

冷静かつ、現実的な結論である。

白蓮の結論は、他の者と同じだ。

妖怪と人間の平等と共存なんて、頭が花畑の坊主が来た者だと、最初侮っていた妖怪達もいたが。

すぐに意見を改めて、あれは侮れないと言い出したのも納得である。

それに、紫が結構本気で意見を求めに来ているのを、一目で見抜いたのだろう。

元々白蓮は、出発点が後ろ暗かったという話も聞く。

だからこそに、余計に人の闇はよく分かるのかも知れない。

白蓮は淡々と説明する。

現在人里では、十五前後で成人と見なされる社会が構築されている。外の世界での、二十から成人と見なされる社会とは別だ。

そして成人である以上、子供も作れば酒も飲む。

それは当たり前の話なのである。

これに加えて、酒の流通量が多すぎるのも問題だと白蓮は指摘する。

昔の村などでは、祭の時くらいしか酒は飲めないものだった。

だが、ある程度豊かになっている現在の幻想郷では、その気になれば簡単に酒を入手できる。

これもまた、酒を若年者が飲みやすいことにもつながるだろう。

それに加えて、中途半端に美味しい酒もまた多いのだ。

酒は、昔はそれこそ高級品も高級品。最高級品の酒などは、滅多に庶民が飲めるものでもなかったのだが。

今の幻想郷では、大吟醸はともかく、グレードを多少落とせば誰でも酒を手に入れられる。

鬼などは、人間が作る酒を求めて、時々人間の姿を取って人里を訪れるし。

暗黙の了解で、鬼に酒を出す店もある。

昔は鬼も色々あって、人間との対立も激しかった。理不尽に鬼が人を殺す事も、本能のままに攫う事もあって。

そういうときは、色々な神格や、場合によっては紫も動いたものだ。

今はそれもなく。それが酒の流通につながっている。

概ねそんな話だ。

紫も分かっている事を、丁寧に言葉に直してくれる。やはりこの妖尼僧、教義を守らせる事しか頭にない石頭や教義の抜け穴ばかり探す外道とは、完全に別物だ。悔しいが、紫も認めざるを得ないだろう。

「酒が魅力的である事は私も理解しています。 事実、うちの弟子達も、まだ酒を断てていないものがいますから」

「ああ、把握はしているのね」

「当然です」

ただ、頭ごなしに殴りつけて止めさせるのでは意味がない。

自発的に、少しずつ煩悩を断てるようにしていくのが大事だ。

そう白蓮はいい。

幾つか、工夫について説明してくれた。

酒の度数を下げる。

酒と同じ味の、アルコールが入っていないものを出す。

そもそも皆でわいわい飲んで食べるのがコミュニケーションとなっているのなら、酒を飲まなくても別にいいルールを少しずつ浸透させる。

それらについて、白蓮は丁寧に説明してくれたので。

紫は、感心していた。

なるほど、弟子達の飲酒に頭を悩ませている事だけはある。

現実的な対策を打ち出していて。

弟子達も少しずつ酒を断てるように、押さえつけないように工夫をしていると言う訳か。

白蓮は体こそ人間を止めてしまっているし。その精神性も超人の領域に踏み込んでいる聖者と言って良い存在だが。

それでも頭ごなしに止めさせない。

自身の思想や意思を他人に押しつけない。

この二点で、紫が知るどの仏僧とも違ったし。どの仏僧よりも優れていると思った。

これは、正直ちょっと手を出したくない。

勝てる勝てないの問題ではない。

もう他にも指摘している者がいるように。

剛の思想の守矢に対抗できるのは、この住職だけだろう。

「ありがとう。 とても参考になったわ」

「外の世界で、飲酒年齢を引き上げるのには数世代を要して、それでも今でも十代後半になると酒を飲むのが珍しく無いと聞きます」

白蓮は、そう現実をいう。

現実に向き合っているという点で、自分の世界に閉じこもっている聖職者とは全く別次元にいる。

他人が決めた信仰を盲信するのでは無く。

自分で妥協点を探して、最終的な救いへと向かう手助けをしている。

他の僧侶もこうであったらよかったのだろうが。

「幻想郷で若年飲酒を止めさせるのであれば、数世代をかけてゆっくりやっていくしかないでしょうね。 時間を掛けて若年飲酒を行わないようにしていくのであれば、私も全面的に協力をいたします。 急激な改革は恐らく上手く行かないでしょう。 そのような拙速な行動に対しては、私は協力いたしかねます」

「ありがとう、それだけで充分よ。 貴方は、最近ここに来たばかりだというのに、この最後の楽園を本当に大事に思ってくれているのね」

「貴方ほどではありませんよ」

礼をかわして、命蓮寺を出る。

他の命蓮寺の構成員は、紫を流石に警戒していたようだが。白蓮の様子を見て安心したようだった。

流石だな。

そう思って、命蓮寺を出る。

まあ、このくらいで良いだろう。

後は、賢者共をどう説得するかだ。

今、白蓮がまとめてくれたことが全てだと、紫は思う。実際問題、数世代を掛けて、若年飲酒を根絶する仕組みを少しずつ浸透させるしかないだろう。

その場合でも、神事に使う酒などはどうするかなどの問題もある。

データは一応揃ったが。

此処からだ。

自宅に戻ると、射命丸を呼び出す。もう完全に籠に入れた鳥である。射命丸は、無言で傅いた。

不満はありありだが。

逆らう事も、不満を口にすることもできない。

そういう態度だった。

「何用で」

「貴方の大好きな新聞の作成を命じるわ」

「はあ……」

射命丸には枷をつけた。

射命丸の作った新聞は、紫だけが読む。

それを守らなければ、地獄の苦しみも生やさしい苦痛が全身を常に襲い。そして最終的には本当の地獄に落ちる。

精神力でどうこうできるものでもないし。

精神生命体である妖怪には、最大級の恐怖である。

それには、流石のトリックスターも逆らえなかったのだ。だから、不満タラタラでも、今は紫の飼い鴉の地位を甘んじて受け入れている。

レコーダーを渡す。

内部のデータは、既に藍が取得済。

藍にも資料を作らせるが。

これは、基本的に報告書だ。報告書まで紫が作っていたら、それこそ泡を吹いて倒れてしまう。

其処で、新聞も作らせる。

射命丸の作る新聞は、はっきりいって大した代物ではないが。

鳥籠に入れてから、出来が良くなりはじめている。

今回は、与えたデータから新聞を作らせ。

客観的に見る為の一助とする。

そのための作業である。

それを淡々と、射命丸に説明する。新聞の出来が悪いことは、射命丸も理解しているのだろう。

天狗最速を自称し。

幻想郷のパパラッチと嫌われてきた此奴だが。

その強すぎる野心を封じられてからは、ある程度性格が落ち着いたようにも思える。

いずれにしても、一礼して新聞を作りに戻る射命丸。

後は、任せておいていいだろう。

他の式神達にも、幾つかの指示を出しておく。

これから、紫は外に物資を取りに行く作業もある。これがまた面倒で、外の神々に対してレポートも出さなければならない。

やる事が多すぎて、一人では全てこなせない。

せめてもう一人紫と同じように働いてくれる賢者がいれば、負担は半減するのだけれども。

どいつもこいつも働かないので。

紫がやるしかないのだ。

抗うつ剤を最近は入れるようになってきていた。

抗うつ剤を口に放り込んで、外に仕事に出かける。人間の病院の幾つかと、極めて友好的な関係を構築している。

紫の方から資金を出し。

病院の方からは、本来焼却処分する、手術などで切除した人体の残骸を受け取る。

これらは病気に汚染されている事も多いので、妖術などで処置してから、人肉がどうしても必要な妖怪に回すのだ。

他にも、病院では様々な物資が調達できる。

今日だけで、七つの病院を回らなければならない。

紫が提携している病院は、いずれも評判が非常に良い。良心的な診療価格、献身的な治療。

幻想郷で取れる物資を換金して、スポンサーとして紫がこれらの病院に投資しているからできる事だ。

だから、この病院で手術を受けるものも、天寿を全うするものも多い。

体の廃棄せざるを得なくなった部分や、人間の世界では使えなくなった物資を受け取るのも。

この対価であれば、外の神々もにっこりで受け入れてくれるのだ。

病院を周り、チェックシートを片手に物資を確認。

この作業には、紫が直接当たる。

紫の存在を知っているごく僅かな病院関係者に、現状も確認しなければならない。そうしないと、人間の世界ではすぐに面倒ごとも起きるからである。

全ての作業を終えると、一日が消し飛んでしまう。

物資を地下にある冷凍庫にしまうと、自宅に。

藍は外で入手してきた堅牢さが売りのOSを搭載したPCのキーボードを叩き続けている。橙は、今はとても忙しい事を理解しているのだろう。遊ぶ事をせがまず、そとで一人で遊んでいるようだった。

「お疲れ様です、紫様」

「……甘いのある?」

「用意はしてありますが、今は眠ってください」

「そうする……」

ふらふらと布団に向かうと、そのまま突っ伏して眠る。

への字になってぐったりしていると、藍が掛け布団を被せてくれた。この威厳のない、更には女を捨てた姿。

他の妖怪にはとても見せられない。

気付くと眠っていた。

それだけ疲れが溜まっていると言う事である。

夢は見ない。

疲れが酷すぎて、夢どころではないということである。

布団で転がっていると、藍が来る。藍も、紫ほどでは無いが、負担が酷い状態である。だが、それでも仕事はしてくれている。

事実、荒事ほど負担が大きくないからだろう。

藍が実は荒事が大嫌いなのを、紫は知っている。

畜生界にいた頃、荒事しかなかったからなのだろう。それについては、同情するしかない。

「朝食を用意しました。 起きだしてください」

「……甘いのはあるかしら?」

「ありますよ」

「そう」

起きだす。

寝た気がしないが、それでも相応に休む事は出来たはず。というか、これだけ眠って、まだ疲れが残っていると言うべきか。

温泉にでも行くか。

妖怪の山以外にも、温泉は幾つもある。中には紫しかしらない秘湯もある。

そう思いながら、朝の食事を取る。

人間を食べるとか言う噂もある紫だが、食べているのはごく普通の人間が食べるのと同じものである。

最近では手間暇を減らそうと外の世界のコンビニ弁当にまで手を出している。

それくらい、間近に信頼出来る者がいないし。

負担が激甚なのだ。

本当に子供でもいればいいのだが。

紫みたいな面倒くさい種族の妖怪になると、子供を人間みたいに軽率に孕んで産む事も出来ないのである。面倒な話だ。

それに子供が出来たって、子育ての負担が増えるだけだし。

成長したって、紫の手伝いをしてくれるとも限らない。

食事を終えると、報告を受ける。

あと一日ほど、レポートの作成には掛かると言う。

作成が終わった後も、紫が確認して、手を入れなければならないのだから。まだ時間は掛かると言うことだ。

タスク表を確認。

一つずつみていき、終わっているものは消しておく。

式神を呼び、射命丸の監視を指示。

まあ、ガチガチに精神に制御を仕込んでいるから、もう逆らえないはずだが。もし新聞作りをさぼるようだったら、雷を落とさなければならないだろう。

さて、今日の仕事もこなさなければならない。

幻想郷の浄水場や変電設備は、人間に隠して存在している。

それらの視察がある。

管理しているのは、紫の部下もいるが。山にある設備は、基本的に全部守矢が抑えている。

胃が痛い話だ。

しばらく前に、視察に行く事は告げてある。普通に向こうも把握している筈だが、どんないじわるをしてきても不思議では無い。

気は重いが、行くしかないのだ。

無言で外出。傘を手に、一つずつ。まずは、自分の支配下にあるインフラからみていく。

人里の下水は、当然外の川と博麗大結界の外で合流する。その時、水質が変わっていれば幻想郷の存在がばれる。

ただでさえ、一部の外の人間は幻想郷を知っていると言う話がある。

これ以上噂を拡げられると困るのだ。

浄水場に出向き、設備の問題などについて確認。

財源はある。

だから、部品などが足りない場合は、外の業者に発注して買うことになる。

幻想郷にも河童という技術者集団がいるが、どうしても外のテクノロジーと比べると児戯に等しく。

こういう最先端技術が必要になってくる設備では、とても役に立たないのだ。

「部品の欠損などはなしと」

「は。 しかし紫様、本当にお疲れの様子ですが……」

「もう少しで一山終わるから、その時に休むわ」

「分かりました。 ご無理はなさらずに」

古くから仕えている忠実な式神が頭を下げる。

幻想郷が出来る前からいる式神だ。今でも変わらず忠義を誓ってくれている式神には、紫も敬意を払っていた。だから、無碍には扱わない。

他の設備も順番に見て回る。

部品の在庫が減っている場所もある。

リストを提出させ、確認。外での値段は、すっかり今では頭に入ってしまっている。

問題は、現在は粗悪品が日本ですら出回るようになって来た事だ。

安かろう悪かろうの時代が続いている事。それに人材をすり潰すのが当たり前になってきていること。

それらは、幻想郷にまで悪影響を与えている。

とにかく、在庫の補充はしておく。

そう約束して、山のインフラに。

幸い、守矢に嫌がらせを受けることはなかった。まだ開戦の時期では無いと判断しているからだろう。

素直にインフラ設備には入れてくれて。

内部の査察の際には、妖怪達も紫を警戒している様子はなかった。

一通り視察を終えると、いったん自宅に戻って昼食にする。

藍と橙と一緒に昼食を取る。コンビニ弁当は、橙が嫌がったので、最近は手料理に戻した。

藍は手料理を作るのが好きらしいので、それもあって料理をしている時は楽しそうにも見える。

まあ、戦いしか知らなかった藍が覚えた最初のことの一つが手料理だ。

それもあって、とても楽しいのだろう。

「紫さま、大丈夫? お肌荒れてるよ?」

「橙……」

「いいのよ。 分かっているわ橙。 後で温泉にでもいって休むから」

「うん……」

橙にまで心配されるようでは色々と終わりだな。そう思いながら、気合いを入れ直す。

午後からは、組織の監査だ。

天狗の組織に、この間鯖の神が出向いた。あれの正体は紫も知っているが。まあ更に引き締めにはなっただろう。これから、その結果を確認しに行く。

天狗の組織を見に行くと、すぐに天魔が出向いてきた。天狗の長である天魔は、かなり窶れているようだった。

少し前の異変の主役にしてやったのだ。天狗を。

それで少しは威も取り戻せたし、人員の流出も止まったはず。

それで、組織が少しでも引き締まったか、確認に行ったのだろう。鯖の神は。

だが、紫に対して、天狗達は卑屈な表情すら見せ始めている。

これは、駄目だな。

最大戦力である射命丸を引き抜かれ。

未来を担う若手達に離脱され。

これはいわゆる、限界集落そのものだ。

一番威勢が良い飯縄丸龍はどうした。確認をすると、今も病院で呆然としているそうである。

溜息が漏れる。

幾つか指示を出した後。監視についている式神達にも言い含めておく。

いずれにしても、更に大規模なてこ入れが必要になるだろう。

若手に離脱されたことを、むしろ吉として。

互いに相争って、それで高めあうくらいの関係になって貰わないと困る。

この様子では、守矢が動きを起こさないのも納得だ。

こんな腑抜けた連中、いつでも潰せるという事である。確かに、紫が守矢の立場でもそう思うだろう。

むしろ山の麓に去った若手達の方が、活力があってとても生き生きとしている。あの若い天狗達……姫海棠はたてと、一緒に離脱した者達の方が。こいつらを束にしたよりも余程組織としての脅威度が高いと感じる程だ。

此奴らには、酒の話など聞くだけ無駄だろう。

紫は監査を終えると、すぐに後にする。

他の賢者達が、少しは真面目に振る舞っていれば、こんな風になる事もなかっただろうに。

すっかり腑抜けた天狗達は、外の世界のジャーナリズムと同じだ。

ため息をつきながら、今日の仕事を一つずつこなしていく。

紫に安らぎの時間は来ない。

最大権力者でもなければ。

権力に見合った報酬があるわけでもない。

権利は奪われ。

責任は押しつけられ。

それが現在の紫の立場だ。

色々と問題ばかりの賢者制度にも、一石を投じたい。

せめて霊夢が、何かしらの切っ掛けで人間を止めて、賢者にでも加入してくれたら。きっと、この幻想郷は良くなるのに。

でも、霊夢の場合、きっと力尽くでの改革を始める。

それでは、この楽園は血に染まってしまう。

それは紫にとっては、あまり嬉しい事ではなかった。

夕方過ぎまで、様々な仕事をして。それで自宅に戻る。幸い今日は、それほど辛い仕事はなかった。

食事を終えると、少し仮眠を取る。

どれだけ眠っても疲れが取れない。時間が出来たなら、その分眠ってしまいたい。それほど、紫は体にも、それ以上に心にガタが来ているのを自覚している。

自覚していてもどうにもならないこの状況。

ただひたすらに。

紫は悲しかった。

勿論、若年飲酒防止なんて出来る訳もない。

何もかもが、紫の手が届かない場所にある。

それがひたすらに、悲しかった。

 

4、幻想郷は今のままに

 

賢者達の集まる会議に出る。

それほどの人数がいる訳ではないが、それでも紫は一番立場が下の賢者である事には変わらない。

好き放題に生きている野良の妖怪に、威張っているとか言われる事もあるが。

威張っている訳がないだろうと、泣きながら反論したいくらいである。

とにかく、レポートを出す。

データで殴るしかない。

そう判断したので、有識者のデータをまとめて提出する。

また、射命丸に新聞を書かせ。

その中から、使えそうな部分だけはピックアップした。

なお、射命丸は。

自由に新聞を作れなくなってから、急激に新聞記者としての実力が上がってきている。いや、本人の言動。それに魂の変化の様子から。

恐らく紫が籠に入れる直前くらいから、なのだろうか。

ともかく、賢者達に話をする。

レポートを見た賢者達は、ぐうの音もでないようだった。

「なるほど、すぐに若年飲酒をとめるというのは難しいというわけだ」

「外の世界でも数世代を有しています。 ましてやこの閉じられた理想郷では、更に時間が掛かるでしょう」

「……なるほど、確かに説得力がある言葉だ」

説得力がなければ。

散々詰めてきた上に。

虐めてくる癖に。

這いつくばったまま、紫はそう内心でぐちぐちとぼやく。

摩多羅隠岐奈が、くつくつと笑いながら言う。

「これだけの資料を集めるのは大変だっただろう。 しかも忙しいのにな」

「その通りですが、なにか」

「少しは皆で、紫の仕事を肩代わりする時期が来ているかも知れませんな」

「……」

隠岐奈は、最近は露出が増えてきている。賢者としての仕事を、前と違って少しずつするようになってきている。

だが、やり口がとても悪辣なのだ。

確かに隠岐奈は強い。

外界の危険な勢力とも渡り合えるし、なんなら地獄の鬼神長クラスでも、単体なら勝てるかも知れない。

古代神格というのはそれくらいの実力があるものなのである。

ただし、それでも現在進行形で信仰を得ている神々には及ばないし。

ましてや天の軍勢が攻めこんできたら、手も足もでないだろうが。

「分かった。 我の目から見ても、紫の力が揺らいでいるのが分かる。 少なくとも、若年飲酒の問題は、即座に解決するのは難しかろう」

「……」

「ただし、世代を跨げば解決できるというのであればそうするべきだ。 人里を管理しているのは紫で、我々が手を出すのも好むまい」

「そうだな。 数世代を掛けても良いのなら、そうするようにせよ」

分かっているのなら。

少しでもいいから、動いてくれ。

珍しく隠岐奈が助け船を出してくれたと思ったのに。結局自分で動く気はないじゃあないか。

そうぶちまけたくなったが。

我慢だ我慢。

力に差がありすぎるし。

そもそもとして、幻想郷を維持しているのは此奴らの力だ。博麗大結界なんて代物、此奴らほどの力がなければ維持なんて出来ないし。

外の強大な神々からの干渉を遮断する幻想郷を構築する事だって。

此奴らがいてくれなければなしえない。

紫一人でなんでも出来るなら、どれだけ良かった事か。

悔しい事に。

現実ではそれが出来ないのは、紫だって分かっていた。

会議がお開きになる。

摩多羅隠岐奈が話しかけてくる。むすっと返したい所だが。出来るだけ笑顔を作って応じなければならないのがつらい。

「いちいち異変で博麗の巫女を遣いに出すのも辛かろう。 たまには私が手伝ってやるから、必要なら声を掛けるが良い」

「分かりました。 その時はご随意に」

「ああ、任せておけ」

けらけらと笑いながら、隠岐奈が後戸の国に消える。

紫は、何度もおおきなため息をついた。

拳を地面に叩き込みたくなるが。

叩き込んでも痛いだけなので、止めておく。

痛いのは嫌いだ。

異変を自分で起こす事もある紫は、霊夢にぶん殴られるとどれだけ痛いか良く知っているし。

そもそも妖怪達に担ぎ出された千年前、無謀なのに月に攻めこんだ時だって。

ぼっこぼこのめっちゃくちゃに蹂躙され。

土下座させられた上にぼこぼこにぶん殴られて、それでやっと皆殺しは回避したのだ。

あの時だって痛かった。

本当に痛かったのだ。

自宅に戻る。

目が死んでいる事に藍が気付いたのだろう。無言で布団を用意してくれる。紫は、しばらくふて寝する事にする。

もう疲れた。

なんだか、このまま死ぬまで眠ってしまいたいくらいである。

抗うつ剤をばりばりと口にすると。そのまま目を無理矢理閉じて。全てを遮断した。会議が終わった直後だ。

幸い、会議でいつも詰めてくる賢者達も、今回はあまりいじわるはしなかった。それだけでよしとするべきだが。

傷ついて疲れた心は。

どうにもならなかった。

 

どれくらいふて寝しただろう。

それでも体がもう習慣になっていて、目が覚めてしまう。起きだすと、藍がそのタイミングを知っていたように、手料理をしていた。

橙が、プリンは出るのとか聞いていて。

出ると聞いて、きゃっきゃっと喜んでいる。

プリンか。

布団の上で身を起こすと、藍は此方を見ずにいう。

「もう少しで食事が出来ます。 お疲れでしょうから、ゆっくり休んでいてください」

「分かった……」

しばしして、テーブルに食事が並ぶ。

鉛のように体が重い。

椅子につくと、少しずつ食べる。まるでおばあちゃんになったかのようだ。体がとても重くて、それだけで泣きそうになった。

時間を一瞥する。

結局、いつも通りに起きてしまった。

スケジュールは今日もぎっちぎちに詰まっている。

隠岐奈が幾つかの仕事を肩代わりしてくれると言ったが、彼奴の事だ。勝手に異変を起こして、それを強引に解決するに決まっている。

それで問題が解決したと自己満足するのだから、紫としてはたまったものじゃない。

繊細なバランスでなり立っている幻想郷なのに。

どうしてそう、脳筋な思考回路で無理矢理介入しようとするのか。

味がしない。

美味しいはずなのに。

プリンを食べる。

甘くて美味しいはずだ。甘さも、あまり良い風には感じなかった。

「紫様、悲しそう……」

「橙、いいのよ。 少し、声を掛けないで。 お願い」

藍に促されて、橙が外に遊びに行く。

紫の様子は他の妖怪には喋らないようにと、厳命はされている。だから、喋る事はないだろう。

嘆息すると、腰を上げる。

少しでも回復はした筈だ。

「抗うつ剤をちょっと無茶な飲み方で使用していると思われます。 妖怪にもきく位強力な薬ですので、少し使用を抑えないと……」

「分かってるわよ。 今日は、もし多めに飲もうとしたらとめなさい」

「分かりました。 ご随意に」

「出かけて来るわ」

今日も、幾らでも仕事がある。

無言で、紫は最初の仕事。

何名かいる、厄介者の妖怪の様子を見に、幻想郷に降りていた。

 

紫、限界が近そうだったな。

霊夢はそう思った。

起きだすと、境内の掃除から。

あまりきれい好きな方では無い霊夢で。いわゆる女子力というのか。外の世界ではそういうらしい代物も低いが。

それでも一人暮らしをしているのだ。

食事の材料は人里から提供されているといっても、最低限の料理はしなければならない。

最近は狛犬から人型を取れるようになった下級の守護神、高麗野あうんが手伝ってくれるが。

それでも、面倒な事は多かった。

朝のルーチンを一通りこなして、食事も終えると。

酒を一瞥した。

酒は、当たり前のように身の近くにあって。

当たり前のように飲んで来た。

若年飲酒で、寿命を縮めるか。

確かにそれはあるのかも知れない。

昔は酒豪だった人が、少量の酒で信じられないようなひっくり返り方をして。後遺症が出るようなことが起きた事もある。

あれはどうしてだろうと思っていたのだが。

確かに、紫の説明を聞くと納得が行く。

そういうものなのだとしたら、霊夢も酒を控えるべきなのか。

だが、今は無理だ。

妖怪達は、霊夢と遊ぶ事を楽しみにしている奴も多くて。

そういう奴に限って厄介者なのだ。

酒は幻想郷にとって、中核になるものの一つ。

神も古くから酒を嗜んだし。

妖怪もそう。

とくに妖怪は、酒豪であるほど強いと言う思想もある。霊夢はたまたま蟒蛇だったけれども。

そうでなければ、つまらんやつと妖怪達は興味を持たなかっただろうし。

興味を持たなければ、言う事だって聞かなかった可能性も高い。

昼から、見回りに出るか。

そう思っていると、わいわいと数名の妖怪が神社に来るのが見えた。

案の定、酒樽を担いでいるのもいる。

「よう博麗の巫女。 一杯やりに来たぞ」

「酒の肴は持ってきているでしょうね」

「問題ない」

神社の境内で、此奴らが騒ぐことで。人間への被害が減る。それも事実としてあるのだ。

比較的早い時間から、酒を皆で呑む事にする。

今日来たのは地底の荒くればかり。

地底の妖怪は気が良い奴もいるが、そうではないのが殆ど。特に此処にいるのは酒くらいしか共通言語がなく。霊夢の事も酒豪で強いから認めているような連中ばかりだ。

酒につきあう。

ふと、視線を感じた。

紫だな。

それは分かっているが、この状況は正直どうにもできない。そのまま、くいくいと酒を呷るが。

その言葉は、どうしても気に掛かっていた。

「どうした、今日は酒の進みが遅いな」

「別にそうでもないわよ。 あまり早く飲むとせっかくの楽しい時間が短くなるわよ」

「ガハハハハ、確かにそれもそうだ。 今日は夜まで飲むとしようか、ん?」

「地底の再開発は大丈夫なのかしら。 後、参拝客にちょっかい出したら殺すわよ」

釘を刺した上で、酒につきあう。

言葉通り、夜まで散々酒盛りをすると、妖怪共は帰っていった。

食事代は浮いたか。

まあそれはどうでもいい。

酔眼のまま、辺りを片付けていると、紫が姿を見せる。

手伝って貰って、宴の後を一緒に片付ける。

そこそこに痛飲したこともあって、頭がフワフワしていた。

「酒を共通言語にして、あの手の連中と仲良くやる。 その強みは確かにあるけれども、言ったことは忘れないようにね」

「分かっているわよ。 ただ現状では絶体に無理ね」

「……貴方をくだらない事で失いたくない」

紫の言葉に、霊夢は急に頭が冴えた気がした。

一緒に片付けを終えると。

いつの間にか紫はいなくなっていた。

酒で死んだら、それはとてもつまらない死に方だろう。

それに霊夢の代わりもいない中。

ある程度、自主的に飲む酒は控えるべきか。

ふうと酒臭い息を吐くと。

冷やを呷って、酔いを醒ます。

無言で、幻想郷の美しい星空を見やる。

幻想郷がとても危ういバランスの上に立っていることは、霊夢だって嫌になる程分かっている。

だからこそに。紫が心を痛めている事も。

世代を跨がないと無理だろうな。

そう思いながら、霊夢はもう一度、冷やを口にした。

夜と言う事もあるが。

嫌にただの水が。切るように冷たく感じたのだった。

 

(終)