さぼてんの星
序、砂漠の海
その小さな星には生物が存在せず。
水もなく。
徹底した調査の後、銀河連邦法基準にて開発可能な惑星と判明した。
だから今、テラフォーミングが行われているのだけれど。
私はぼんやりと、立ち尽くすばかりだ。
生来ぼんやりしていると言われているけれど。
幸いなことに、人類は宇宙戦争を経験してから、多数の同類と群れることが害悪にしかならない事を学び。
今ではテクノロジーによって立脚。
それぞれが、自立した生活をしている。
今では夫婦さえまばら。
遺伝子登録はしているので、政府がそれを勝手に管理して子供を作り。そしてある程度までロボットに育成させてから好きにさせている。
政府機構はAIが担い。
昔の地球人類が、宇宙中で暴悪を振るったような時代はもう来ない。
私も、結局の所。
AIが立てた計画に沿ってこの星に降り立った訳で。
その計画通りにこれから開発するだけだ。
多数の建築用ロボットによって、現在作られているドーム。
その外側にある、重力をコントロールして作られた疑似大気圏。
その中から見ても。
この星は、荒涼としか言いようが無かった。
何も無い。
水も。
岩さえも。
風も。
空には、まばゆいばかりの星空が拡がっているが。しかしながらこの星系は二重星であり、その寿命は後六億年と、恒星系としてはあまり安定しているとはいえない。まあ、私が暮らして。資源を作り出して。
その資源を住み着いた人間が使い尽くすくらいまでは余裕でもつだろう。
ぼんやりと立ち尽くしていると。
球体が、後ろから転がってきて。
私の横に並んだ。
完全な球体である。
銀色であり。飾りは何も無い。
これが私の親代わりのロボットだ。
「晴美、そろそろ作業を」
「んー」
ぼんやりと目を擦りながら、歩く。
足下まである髪は、地面を擦りそう。踏みつけて転ばないようにと言われるのに、かがんだ隙に何度か踏んづけて酷い目に遭った事がある。
眠そうな目。
顔はそれなりに美人だそうだが。
どういう基準でそう言われているのか良く分からない。
背だけは高いそうだ。
それも、良い事なのかよく分からないが。
いずれにしても、マニアでもなければ、今時結婚も、子供を産む事もしない。子供がいるとしても、果てしない星空の何処かで勝手に誕生して、勝手に育てられている。そういうものだ。
孤独はない。
側には人間を理解し尽くしたロボットがいて。
本人が望む姿をしている。
私の場合、昔からボールが好きで。
向こうがそれにあわせた。
そういうものだ。
自室に入ると。
感覚で操作できるデバイスを起動する。
ヘルメットを被るだけで。
ダイナミックに惑星そのものを環境改造していくことが出来るのだ。
単純な資源惑星の場合、こういったテラフォーミングはしないこともある。単にコロニーをつくって、開発だけして、後はおしまい、という事もある。
この星の場合は、テラフォーミングした後、子供や貧困層の人間をたくさん育てたり観光惑星にする予定があるとかで。
結局私がやらなければならない。
猶予期間は10年ほどだけれど。
人間にとっては、今は10年という時間はそれほど長くない。
何しろ、平均寿命が1500年という時代だ。
しかも、殆どの人は飽きて尊厳死を選ぶ。
そういう時代なのである。
人間は、宇宙中を荒らし回った後。
幾つかの大戦を経て。
最終的には、このような形に落ち着いた。
自分たちの狂っている常識にようやく気付いて。
多くの事を手放す代わりに。
他の種族達と上手くやっていく方法を見つけた。
同調圧力を生じさせないためには。
そもそも、同調というものがなければいい。
それだけのことだったのだ。
様々な巨大機械群を動かしていく。
まずこの何も無い砂だらけの星に、水をもたらし。
大気を同時に作る。
本来は億年単位で掛かる作業を。
数年でやっていく。
水はこの星系にあるいわゆる彗星から調達し。
更に大気成分も似たような方法で作る。
まずは必要な元素を満たして。
疑似重力で留め置き。
そして其処へ、多くの微生物を撒く。
これも宇宙の条約で決まっているテラフォーミング用の微生物だ。
一時期の地球人は、他の星を侵略するときに、細菌兵器さえ用いた。それらの苦い歴史から、条約は絶対。
この微生物に関しても、DNAのレベルまで条約で決められていて。
それ以外は絶対に使ってはいけないし。
勝手に変更したら微生物が勝手に自壊する。
そういう仕組みなのだ。
誰にでも出来る仕事。
正直、人間は必要ないかも知れない。
AIの性能は非常に高い事もあり。
私達人間は、AIの上に乗っかって、安楽に暮らしているだけ、とも言える。
だけれども、それが不幸なことだろうか。
よく分からない。
昔の人間は、そもそも判断を他人にゆだね。
文句を言うことだけをしていた、という話だ。
私はその時代に生きていなかったから、何とも言えないのだけれど。
結局の所、人間は楽をしたがる生き物で。
判断も他人にゆだねてしまう。
それが正直な所なのだろう。
だから、よほどの変人でもない限り、今はいわゆるナチュラリストはいないし。
この状況に大半が満足している。
実際、私は不便だと思った事は一度もない。
毎日完璧な健康診断が行われ。
体の調子が悪くなっていると、即座に修復される。
医者は必要ない。
高度な専門技能だった医者だけれど。
今では完全に死語だ。
例え未知の病気であろうが。
AIがスキャニングし、状況を判断して。
確実に治してしまう。
人間という生物の解析が完全に完了しているため。
あらゆる病気は、もはや怖れるものではないのだ。
その上、最悪の場合記憶の転写も出来る。
人間が死ぬのは、基本的に。
死にたいと願い。
それが法的に了承されたときだけ。
つまり安楽死の時だけである。
事故などの時でさえ。スペアボディが誰にでも用意されていて。記憶が転写される仕組みになっているのだ。
基本的に、人は死なない。
この世界では。
そも生物の寿命というものさえ、元々多様性確保のための繁殖を得るため、捨てたものだという研究成果さえあるそうだ。
多様性を好きに確保できる現在。
もはや、人間は。
繁殖する必要さえない、というのが実情なのだろう。
操作を続けて、テラフォーミングをしていく。
大量の水を注ぎ続けているのだが。
不意にアラートが鳴る。
妙だなと思って調査してみるのだが。
どうも水が定着しない。
幾つかのデータを照合してみるが。
水が定着するはずなのだ。
それが、予想以上の勢いで、砂に飲み込まれていく。
確か、地球という惑星に人間がいたころも。
地面の下に、相当量の水が吸い込まれていた、という話は聞いているのだけれども。それとも何だか違う感じだ。
AIも並行で解析している。
しばしして、AIが結論を出した。
「データ不足。 水は余っていますので、更に投入してみてください」
「ん」
面倒臭いので、あまり返事はしない。
言われたとおり、水を更に投入してみるが。
どうも妙だ。
砂漠の下に、どんどん水が吸い込まれていく。
定着する様子が無い。
腕組みして、考え込んだ後。
今まで、様々なテラフォーミングを行って来た星について、調査してみるけれど。似たようなケースは無い。
人間の文明だけではなく。
他の文明による惑星環境改変のデータベースについても調べて見るが。
それらにもデータがない。
つまり、これは。
完全な新規に発見した現象、という事だ。
「考えられる可能性は」
「現状ではデータが少なすぎて、どれも仮説の域を出ません。 この惑星を3Dスキャンして、それから調べるべきでしょう」
「勝手にどうぞ」
「分かりました」
あくびをしながら、ヘルメットを外す。
そして、ベッドに転がった。
スキャンには二日や三日かかる。
その間、する事は無い。
私が手を入れても。
客観的なスキャンを行うAIの邪魔をするだけだ。
それではいけない。
面倒くさいが、こればかりは仕方が無い、というべきなのだろう。
何もかも面倒くさい。
ベッドに転がって、ぼんやり天井を見る。
身なりは勝手に世話用のロボットが整えてくれる。
食事などの管理もやってくれる。
私はその気になれば。
ベッドで寝ているだけで、一生過ごすことが出来るだろう。それも、完全に健康なまま、である。
死にたいと思い。
それが受理されない限り。
完全に健康体のまま、千年でも二千年でも、自分好みの環境で、ぼんやりと過ごしていくことが出来る。
先人は偉大だ。
それも、地球人の先人では無いが。
誰もが不幸になる社会システムを打破し。
こうして誰もが安楽に暮らせるシステムに切り替えた。
その結果地球人は。
今までの虐殺と搾取の文明を脱し。
こうやって本物の平和を手に入れた。
否定するのは簡単だろう。
だけれども、これを否定すれば。
また宇宙に殺戮と搾取の世界がやってくる。
地球人は際限なく他の種族を虐待し。
徹底的に略奪を繰り返すだろう。
前がそうだったように。
そしてそれぞれが、その非道を肯定し。あらゆる暴虐が、それぞれの脳内で許されるのだ。
そんな馬鹿な話があって良いはずがない。
そも、他人の心理を理解する、という事が極めて困難な行為で。
殆どの場合は、他人の心理を理解したつもりになっている、というのが実情だったのである。
それも、醜悪で狂気に満ちた常識に沿ってそれをやっていたから。
常識からそれた人間は悪とされ。
それへの迫害と虐待は正当化さえされていた。
私は、少なくとも。
退屈で人間がやる事がなくても。
今の時代の方が遙かにマシだと思うし。
今の時代に生まれて良かったと本気で考えている。
実際問題、今の時代と昔と比べて、何が劣っているだろう。
自由など、昔から無かったし。
弱者は虐げられ。
人間は弱者を保護して発展してきた歴史を自ら否定して。
結局どう弱者を虐待するか。
そればかりに頭を捻っていた。
そんな時代に、戻りたいものか。
迷妄と極めて不衛生な環境に置かれ。
そして誰も彼もが互いを差別していた時代に、私はわざわざ戻りたいなどと思う事は無い。
昔の人間だって。
ろくに道も整備されておらず、子供は七割方が死に、互いを殺し尽くすまで戦争戦争やっていた時代に。
戻りたいとは思わなかっただろう。
それだけのことだ。
しばらくぼんやりして。
昼寝も終わった頃だろうか。
目を覚まして、部屋を出ると。
まだAIは解析をしていた。
「どう、結果は」
「現在解析中なのですが、提出されたデータと随分差異があります」
「どっかの安いAIが適当に調査したのかな」
「いいえ、データが変わっている様子です。 生物の類は存在しないようなのですが、何かしらの要因で、この星の内部構造は、かなりダイナミックに変動し続けているようなのです」
それはそれは。
一大事と、完全に他人事のように私は思った。
目を擦りながら、自分でもデータを確認。
能力は極限まで拡張しているので。
別にAIに理解力で劣ると言う事は無い。
私の脳は、旧時代の人間と違い、
記憶力にしても、理解力にしても、応用力にしても。
スパコン程度には負けないレベルの能力がある。
強力な遺伝子を掛け合わせている、という事もあるのだけれど。
それ以上に大きいのは、単純に脳の性能を極限まで引き出すインプラントをしていることで。
昔のSFに良く出てきたような外付けの脳強化装置や。
或いは電脳なんかにちょっと近い。
違うのは、それらと違って、脳そのものをある程度調整しているだけ、ということ。それも有機的部品、それも自分自身のDNAから作り出した、によっているのだ。
「星そのものが生物だったりして」
「まさか。 生物と言うよりは、何か外部からの干渉によって、環境が変化しているように思えます」
「干渉、ねえ」
「引き続き調査を続行します」
まあ好きにしなさい。
そう言い残すと、私はあくびをして、またベッドに戻った。
なお、巨大災害とかが起きても。
今私がいるこの空間は、一瞬で宇宙まで脱出できるし。
更に言えば、最悪の事態で住居が破壊されても。
生命維持装置は無事だ。
それくらい頑強に作られているのである。
嫌と言うほどに。
まあ、しばらく寝て待つとしよう。
私は、仕事はしている。
今は、待ち時間だ。
1、大流動
飽きるほど寝て。
AIが呼びにも来ないので、風呂に入ることにする。
今の風呂は、一瞬で勝手にAIが汚れを落としてくれるため、完全に趣味そのものになっている。
ぶっちゃけ、体を清潔に保つだけなら。
ベッドで寝ているだけでも、全自動でやってくれるほどなのだ。
排泄等の処理に関してさえ完璧である。
このため、一生ベッドから動かない人間さえいるという。
そういう人間でも、歴史的に見て偉大な発見をしていたり。大きな世界に対する業績を残したりしている。
そういうものだ。
昔の人間からはとても信じられないだろうが。
それが現実というものなのである。
私の場合。
風呂にはきちんと入っているだけでも、むしろ面倒くさがりでは無い方、なのかも知れない。
ふらふらと寝間着で出歩きながら。
AIが解析をしている仕事部屋に出向く。
あくびをしながら席に着くと。
AIに呼びかける。
「で?」
「解析中です」
「ポンコツ」
「申し訳ありません」
データを確認する。
なるほど、これは確かに支離滅裂だ。
法則性も何も見つけられそうにない。
この星系にある彗星などをじゃんじゃん投入して、例え適正量を200%以上上回る水を入れたとしても。
下手をすると、全て吸い込まれてしまうかも知れない。
この星の中にブラックホールがあって。
それが環境を滅茶苦茶に乱していると言っても、即座には否定出来ないくらいなのである。
なるほど、これは手に負えないか。
仕方が無い。
このままでは、埒があかない。
「AIを増設」
「分かりました」
即座に政府に連絡を入れる。
連絡そのものは、AIがやる。
人間がやると、どうしても色々と齟齬が出る場合が多い。昔で言う伝言ゲーム、という奴である。
完全な客観から情報を伝達できるAIにやらせれば。
それでなんら問題は起こらない。
それで別に構わない。
「かなりの現金が必要になりますが」
「適当に払っといて」
「分かりました」
AIが交渉を再開。
ちなみに私も、それなりに金は持っている。というか、今の時代、ホームレスなんて存在しない。
余程のナチュラリストでもない限り、普通にAIに囲まれる生活をしているし。
そうで無い場合も、自分の所有惑星で「ホームレス」をやって、ナチュラリストを気取っているだけだ。
そういった連中の子供が貧困層になったりするケースはあるが。
そのナチュラリストも、基本的にAI によって保護されているので。
猛獣に襲われることとか。
病気で死ぬとか。
そういう事は無い。
もしも命に危険がある行為を行おうとすると、AIによって即座に阻止される。
というのも、遙か昔、反ワクチン運動とか、オカルトによる呪術的な観点からの医療否定などが流行したケースがあり。
それらによって、運動をしている人間では無く。
その子供や家族、更には関係者までもが。
多く命を落とした、という悪しき歴史があるからだ。
つまり人間は好き勝手にさせてはいけない。
それが歴史的教訓なのである。
「承認が下りました。 私の機能を64倍に拡張して、それによって惑星の解析を継続します」
「ん」
「以降はオートで作業を行います。 まだ数日はかかると思います」
「分かった。 じゃ、勝手にやっておいて」
ベッドに戻る。
何か適当に遊ぶかと思ったけれど。
どれもこれも飽きてしまった。
死にたいと思う奴が出るわけである。
仕方が無いので、ネットに脳を直接接続。
時間加速して、古い時代のゲームとアクセス。
それを遊ぶことにする。
黙々淡々とゲームを遊んでいて。
ふと思う。
今私がいる星は、結局何なのだろう。
昔からおおくのSFが、センスオブワンダーを追求してきたが。ある意味私が今いる星は、リアルSFなのかも知れない。
別にどうでも良いが。
命には危険がないだろうし。
今宇宙に拡がっている多種族連合の文明は、事実上宇宙の秘密までしっかり解き明かしている。
もはやフロンティアはない。
この星も、少しデータがおかしいだけであって。
解析さえ終われば、その秘密の範疇に収まるはずだ。
例えば幽霊や妖怪が実在したとしても。
それも科学で解明できる。
それが今の時代なのである。
ぼんやりと、ゲームをし終えて。
目を覚ます。
覚醒補助まで身の回りのAIがやってくれるので、この辺りは何ら心配も必要がない。仕事部屋を見に行くと。
どうやら、AIが結論したようだった。
「ようやく解析できました」
「ほーん。 それで」
「この星は、内部が非常に流動性が高く、表皮だけが堅いようです」
堅い、ね。
砂漠を堅いというのであれば、そうなのだろうけれど。
「それで、どうするの?」
「表皮を完全固定して、その上にテラフォーミング用の土地を作ります。 まずは彗星だけではなく、土に関しても、彼方此方の小惑星をキャプチャして集めます」
「それ、結構手間掛かるんじゃないの」
「仕方がありません」
まあ、そう言われると、そうなのだろうけれど。
どうせ時間は腐るほどあるし。
何より、失敗したら此奴、つまりAIの責任だ。
勝手にすればいい。
まず、具体的な案をAIが立てる。
彗星をキャプチャしていた人工衛星をこの星系の彼方此方に飛ばし、それなりに大きめの小惑星をとってくる。
そして、それらを解体後。
この星に持ち込む。
そして持ち込んだ後、土壌としてこの砂漠の上にならし。
その上で水を入れる。
水が惑星内部に吸い込まれてしまわないように。
この時点で処置をする。
「具体的には、現在の砂の層の上に、水を極めて吸い込みにくい粘土の層を分厚く作ります。 その上に何層かに渡って土の層を造り、その上で水を入れます」
「へえ。 でもそうなると、家を動かさないといけないね」
「全部此方で行います」
「分かった分かった。 じゃ、勝手にやって」
外の砂も踏み納めか。
せっかくだから、今のうちに踏んでおこう。
外に出る。
綺麗な星空。
疑似大気があるから生きていける環境。
本当だったら、現在外は−170℃。
私なんか、一瞬で凍りついてしまう程の寒さである。
足下の砂だって。
実はその凍り付くような冷たさを、緩和しているから踏むことが出来るのだ。
この星に生物はいない。
この擬似的なドーム環境の中でだけ、私と、私の体に付着している細菌だけが生存できている。
それも終わりか。
家に戻る。
このドーム環境ごと、一旦宇宙に打ち上げる。
軌道衛星上に出ると。
黙々と作業を始めた。
今まで注ぎ込んだ水は無駄になってしまったが、まあそれはこの星系が終わるときにでも、また星の外に出てくるのだろう。
ならば別にどうでもいい。
宇宙というスケールで言えば。
ちょっとやそっと、彗星に含まれていた水を無駄にしたくらいは、なんということもないし。
そもそもこの星系の開発事業の際に。
ある程度無駄が出る事は、最初から計算に入っている。
いずれにしても。
問題は無いのだ。
衛星軌道上に移動完了。
私の家、そのまま宇宙開拓用のシステムは。
窓から外を見ることも出来る。
疑似重力が発生しているから、体がシステム内部で浮くようなこともないし。
ベッドで安楽に過ごすことも出来る。
ぼんやりみていると。
処理能力が上がったAIが、大量の小惑星をキャプチャしているのが見えた。
あれをそのまま惑星に降ろすと、破壊的な環境改変が起きてしまう。それで、まずは小惑星を細かくして。
ゆっくり降ろし。
更に其処で分解して、ローラー作戦で表皮を覆っていくのだ。
その後、様々な処置をして。
最終的に、土壌というものを作る。
今回のケースの場合、砂を少し弄れば大丈夫、と思われていたのだが。
最初の調査が早とちりしすぎた、というのが大きいのだろう。
あくびをもう一つする。
私には、しばらく。
やる事がない。
しばらく無心に眠る。
髪の毛が伸びすぎたというので、好きなように周囲の世話をしているAIに処置させる。
適当な所まで切らせて、それでおしまい。
私は自分の外見に無頓着だが。
多分、今時の人間は全員がそうだ。
昔はそれはもう。流行だの何だのを必死に追いかけて。
周囲と違わないように必死になって。
それでも迫害されるケースがあったらしいが。
アホらしくて、今聞くとなんでそんなバカで無駄なことをしていたんだと、溜息が漏れてしまう。
それで実際に社会から阻害されて命を絶つことになったり。
大量の資源を無駄にしたあげく。
結局対立と差別を産んだ。
こんなくだらない事をずっと続けていたのだ。
宇宙に出てからも、他の種族に迷惑をかけ続け。
人間の間でも無駄に資源を浪費しながら殺し合ったというのも頷ける。
ベッドに転がると、ぼんやり天井をも見る。
不意に、呼び出し音が鳴った。
AIからだ。
「土壌作成が完了しました」
「速いね」
「性能を上げましたので、時間加速して一気に仕上げました。 既に水が定着することも確認済みです」
「了解。 じゃ、降りようか」
船が降下を開始する。
砂で覆われていた星は。
今は、赤茶けた土に覆われていた。
無数の小型ロボットが、調査を行っている。
全てが徹底的に調査を行い。
小惑星などに妙な微生物などが潜んでいなかったかを、調べているのだ。
これに関しては、古い時代に問題になったり、事故が起きたケースがある。
微生物とまでいかなくても、ウイルスやプリオンなどの、生物未満の存在が問題を起こしたケースもある。
いずれにしても。
徹底的な調査をするのが必須だ。
まだ外には出てはいけないと言われたので、窓からロボット達の様子を確認。なお、ロボットに関しては、私が居住しているこのシステムとは別の。
もっと巨大な宇宙船から射出されている。
小惑星をキャプチャしているのもその船だ。
流石宇宙を股に掛けている巨大文明。
それこそ、この星よりも大きい位なのだけれども。
これに関しては、私物では無い。
レンタル品だ。
そもそも私は仕事でここに来ているのであって。
自宅となる惑星は、別の場所にある。
それもあまり環境が良い惑星では無いし、テラフォーミングの許可も下りていないので、家からは出られないのだが。
しばし、徹底的な調査が行われるが。
小型ロボットはおぞましいまでに動きが速くて。
残像をつくって走り回っている。
まあ、見ていて楽しいと言えば楽しいが。
それだけだ。
「進捗率は」
「現在44%というところです。 大気に関しては既に調整すればいいだけのところまで来ているので、あと少し、ですね」
「あっそ」
外に出てみたいな。
ぼそりと私が言うと。
耳ざとく聞きつけたAIが、駄目と言った。
分かっている。
だけれども、自分で環境調整した星だ。
自分の足で踏んで歩きたいではないか。
素足でもいいし。
靴を履いてもいい。
何しろ今の時代、靴を履かずに一生を過ごしたにも関わらず、革命的な発明を社会に普及させた者もいる。
そういう時代なのである。
外をフラフラ歩き回りたい、というのは。
欲求として持っても構わないのではないのだろうか。
「これより、環境ドームを構築します」
「んー?」
「外を歩けるようにします。 ただ地面がかなり強いアルカリ性なので、触ったりはしないでください」
AIは基本的に、人間の欲求を妨げないようになっている。
故に、こういうこともする。
頭を掻く。
ちょっとだけだけれど。
自分が暴君になった気がした。
外を歩く。
砂漠だった前と違い。
しっかりした感触の土がある。
履き物に関しては、3Dプリンタで即座に作った。
非常に歩きやすいけれど。
やっぱりいつも素足で過ごしていると、何というか閉塞感がある。面倒だなと言う印象だ。
しかし強アルカリ性の地面を直に踏んだりしたら、それこそどうなるかしれたものではないので。
これは仕方が無いとはいえるか。
黙々と外を歩く。
AIに警告された。
「それ以上先に進んではいけません」
「注文多いよ」
「足がなくなってしまいます」
「……分かったよ」
唾吐きたくなるが。
我慢。
とにかく、家にフラフラ戻る。
何だか、前の砂漠の方が良かった。
そのまま歩くことが出来たし。
今度のは何というか。
踏んでいて面白くない。
砂を踏んでいるときは、足の裏に感触が直に来たのだけれど。
今度のは妙に柔らかくて。
何とも言えない嫌な感じだった。
これをこれから直していくのは分かっているけれど。
腕組みしてしまう。
「ちょっといい?」
「はい、何でしょうか」
「あの砂、残せない?」
「止めた方がよろしいでしょう。 あくまで擬似的に人間が踏んでも大丈夫な状態にしていただけです。 色々と手を加えていました。 本来だったら、踏んだ時点で足が血だらけになっていたでしょう」
そうか、そういうものか。
でも、砂は嫌いじゃない。
何だか、あの感触は。
悪くなかった。
乾いていて、冷たくて。
それでいてさらさらしていた。
「じゃあ、今度の地面の上に、砂漠を作れない?」
「テラフォーミングを行う際は、同じような光景だけにしないで、様々な環境を作り出すことが基本になっています。 砂漠地帯を再現する事は、むしろ必要になるでしょう」
「それだったら、最初に其処に行きたい」
「分かりました。 作業が進みましたら」
頷くと、任せる。
いずれにしても、作った靴はすぐに分解。
同じものは幾らでも作れるし。
それに何より、資源はかなり無駄にしてしまったのだ。これ以上は出来るだけ無駄にしない方が良いだろう。
AIに聞かれる。
どんな植物を植えたいか、と。
テラフォーミングをした星では、植えて良い植物が決まっている。
これも過去の悪行が故だ。
自分たちにとって見栄えが良い外来種を勝手に持ち込んで、その星の生態系を滅茶苦茶にしたあげく、「外来種より弱いのが悪い」等という理論で自己正当化し。挙げ句の果てにその星の環境がずたずたになって、誰も住めなくなる、というケースが過去に実際に起きているからだ。
外来種を「自分の好みで」持ち込むのは言語道断だが。
昔の地球人類にはそれが理解出来ていなかった。
理解していても。
自分の欲求で、好き勝手に弱者を蹂躙したがっていた。
だから一度文明が滅び掛けたのだが。
それでさえ反省しなかった。
故に今の状況が来ている。
「ポピュラーな奴で。 凝っても仕方が無いでしょ」
「砂漠を作る場合には、これらがあります」
「……どれ」
ちょっとだけ興味が湧く。
その中に、あった。
さぼてん。
そうか、これが。
話には聞いたことがある。
そういう植物があると。
砂漠に生え。
水を蓄える植物。
棘だらけで。
水がない環境でも、平然と耐え抜く。
砂漠以外に生える品種もある。
それらも、また。乾燥に強い種類が多いと言う。
「では、これとこれと、それにこれ」
「分かりました」
「動物はどうするの?」
「人間に害をなせないようにインプラントで脳を弄ってから放ちます。 基本的に小型のものだけを放ちますが」
そうか。
相手に害意がなくても、大型の動物の場合、意図せず人間を傷つけるケースがあるのだから、仕方が無いか。
その動物の品種も見せられるが。
魚類からほ乳類まで様々だ。
いずれにしても小型の品種ばかり。
それらも、クローンで作られ。
余計な細菌などを持ち込まないように、徹底的に検査された後、テラフォーミングする星に放たれるのである。
まあ、今の時代。
人間もある意味クローンで増えているので。
その辺りは同じと言えば同じとも言えるか。
「じゃあ、適当に進んだら起こしてくれる?」
「分かりました」
AIは基本的にNOと言わない。
幸い、この世界では。
AIの反乱は、起きなかった。
2、環境改変
ようやく大気圏が完成。
気温が−20℃から30℃までの範囲内で安定した。
時間加速によって急激にテラフォーミングを実施したのだけれども。それも局所時間加速という技術で。技術そのものは政府のトップシークレット。完全にブラックボックス化していて。私にも良く理屈は分からない。そもそも地球人類が作り出した技術でさえなく、政府もその仕組みを理解していない可能性もあった。
昔で言えば、地球人の知能は比べものにならない程上がっているが。
それでも分からないほどの技術、という事でもある。
ともかく、大気圏が完成したことで、私も外に歩けるようになったかというと、まだまだである。
土壌の調整。
それが終わってから微生物を撒き。
植物を撒き。
そして動物を入れる。
その段階で、致命的な事態が起きないかを注意深く観察し。
最終的に人間を入れるのだ。
テラフォーミングで事故が起きたことは過去に何度もあり。
可哀想だが、こうやって動物を先に入れる事で。
まず人間を守るのである。
その動物も、何処かから連れてきたものではなく。
遺伝子データから生成したものだという事を考えると。
何もかもが、その場で作ったもの、という事になる。
しかも、である。
私でさえ、結局の所誰かの胎から生まれてきたわけではなく。
誰かしらの遺伝子を無作為に組み合わせ。
更に問題になる形質を取り除いて、劣っている部分を強化した結果誕生している事を考えると。
現場に出向いている私でさえ。
ハンドメイド品と言える。
いつもダラダラしている私だけれども。
そういうわけで、実のところその気になれば、地球環境下で時速80キロくらいで走るくらいは余裕だし。
視力も6を越えている。
そういうものだ。
「後どれくらいで外に出られそう?」
「今、一番難しい調整をしているところです。 それに、どれだけ水を入れても吸い込んでしまった土壌についても、調査を続けています」
「ふーん」
「厳しい所ですので、ご理解ください」
AIはあくまで丁寧に応じてくるが。
そういえば。どうして。
この星では、水を無尽蔵に吸い込むのだろう。
内部が激しく流動している、という事は。
下手をすると、覆った地面も、まとめて吸い込んだりはしないのだろうか。
それを先に見越したように。
AIは言う。
「内部流動については、既にパターン分析と、最悪の事態について想定しています」
「それで?」
「実は、表皮のわずか下辺りの層の時間を停止しております。 コレによって、どれだけ内部空間が激しく動いたとしても、問題なく地表では生活が出来るようになっています」
「無駄にハイスペックな事してるね」
ちょっと呆れたが。
まあ、それくらいしないと駄目だと思ったのだろう。
更に、その時間停止層の上に、水を通さない層を造り。
その上に、分厚い土の層をつくって。
テラフォーミングを進展させているとか。
何度か説明を受けたが。
聞き流していた部分も多く。
今、ようやく形になって見えてきている。
立体モデルを提出されたので、確認する。
土の層は、厚さにして四キロほど。
最下層はマントル化している。
つまり、元々砂で覆われていた上に、時間停止の一種のバリアを張り。
その上に水を通さない層。
続けて溶岩。
徐々に冷えた土と、続いているわけだ。
ミルフィーユか何かのお菓子のように。
テラフォーミングを、土のレベルからやっているわけである。
その上で、地形に起伏を造り。
水を改めて導入するのだが。
まだ水を入れるのはごく一部。
少しだけ入れて。
微生物を導入して。
おかしな事が起きないか、確認しつつ。
時間加速した空間の中で、一歩ずつテラフォーミングを進めていく、と言うわけである。
中々に面白い。
進行状況はリアルタイムで観察することが出来るし。
指示も出来るけれど。
今の時点では何もする必要はない。
小さくあくびをすると。
私はAIに言う。
「現状の様子からして、マントル層は問題なく稼働しているようだね」
「プレート移動も起きています。 ただし、地震は起きないように調整する予定です」
「どうして?」
「このモデルの場合、地震が起きると非常に致命的なダメージが地上に行きます。 人間がこの星に移り住んだ場合、死者が出る可能性がありますので。 それでは本末転倒です」
自然に近づけろとか。
それは自然では無いとか。
そんな事を言うつもりは無い。
此処はあくまで人工的に調整した惑星だ。
それならば。
確かに安全な場所にするのが筋というものだろう。
勿論今のテクノロジーなら、地震など無効化することは容易い。
プレート移動の様子を確認し。
少しずつその調整を行う事により。
地震そのものを発動させないようにする。
現在の技術なら、それくらいは朝飯前。
時間停止した層を作る事が出来るくらいなのである。
戦争が起きなくなったのも、コレが故。
時間を全部まとめて巻き戻した上で。
戦争を起こした連中が、まとめて逮捕されてしまうのだから、当然と言えば当然とも言える。
昔無法を尽くしていた地球人類も。
時間をまとめて巻き戻す、等という技術の前には無力であり。
どれだけ揃えた大艦隊も。
殺戮のために準備した兵器群も。
何一つ役に立たなかった。
だが、私は結局の所、一人で好き勝手に生活できている訳で。
仕事も適当にこなしながら、毎日充実している。
欲求に関しては、満たすためのツールがいくらでもあるし。
子孫だって知らないが何処かにいる。
そう考えてみれば。
何も不満は無い。
異常な規模の群れを造り。
同調圧力を強要され。
それが出来ない人間を被差別階級に叩き落としておきながら。
自由と無法を意図的に混同する。
そんな事をしていた時代の地球人類と、一緒になりたいなどとは絶対に思わないし。
私はナチュラリスト達の思考回路もあまり理解は出来ないから。
この状況にやはり不満はない。
あるとすれば、いつも退屈が身についてしまっている、事くらいだろうか。
だが、死ぬまで働かされ続けるよりは遙かにマシ。
ふと、気付く。
稼働中のテラフォーミングのモデルを見て、妙なことに気付いたのだ。
「ちょっと良い」
「如何なさいましたか」
「この部分」
「ああ、熱水噴出口にする予定です」
熱水噴出口。
海にする予定地点の、最下部。
火山のような構造があるので、何だろうと思ったのだが。
ちょっと調べて見て。すぐに結論が出た。
どうやら、海底版の火山らしい。
地球ではブラックスモーカーとかホワイトスモーカーとかいうらしく。
その周囲は数百度に達し。
独自の生態系が形成され。
その数百度の熱の中に。
古い時代の細菌などが、細々と生活しているのだとか。
現在、数百人しかもう住んでいない地球にも、この独特の環境は残されていて。手厚く保護され、注意深く観察されているという。
「投入する細菌は条約で決められているものの一つになりますが、一種の巨大水族館の目玉として、観光できるようにもします」
「商業展開もするつもり?」
「投資に見合う分の回収はするつもりです」
「へえ……」
まあ人間のコロニーにするだけではない、というわけか。
計画については、私は言われたままやるだけなので、それはいいのだけれど。
私としては、どうもこれはぴんと来ない。
それで、予定図を提出させる。
幾つかの観光プランを予定しているらしい。
まずは水中用のドローンを使って、自動で映像を送り込むもの。コレはネット等で配信して、データ登録し。いつでも有料ではあるが見て楽しめるようにする、という仕組みにするらしい。
もう一つは、観光船をそのまま潜水させ。
直接その場に見に行くもの。
これについてはもう少し高額になるため。
相当なマニアしか見に行けないだろうと、最初から判断しているそうだ。
いずれにしても、億年単位での回収を見込んでいるため。
環境は極めて安定した状態にするらしい。
生物の進化速度も最小限に抑え。
もしも新種が誕生し、周囲を駆逐するようなら。
条約に沿って対応。
つまり、場合によっては処分するそうだ。
それでいいのかなあと小首を捻るが。
まあ良いのだろう。
そもそも、人間が勝手に「醜い」だの「美しい」だのと決めて、外来種を持ち込んだ結果、大惨事になった例が枚挙に暇がない。
そんな事を許すわけには行かないし。
過去の愚挙をこれ以上繰り返すわけにもいかないのだから。
他にもざっと見る。
一番高い部分は、高度8120メートルの山を作るつもりのようだ。
当然気圧からして非常に危険な場所になる。
生身で行くのは無謀すぎるので、これも同じように、ドローンで観察するか。行くにしても、救護用のロボットを複数同行させ、事故の場合は即座に対応出来るようにするのだという。
マニアの中には、こういう極限環境に喜んで出向く者もいるので。
そういった者達を掣肘するためにも。
危険があるので、それに備える仕組みを事前に作る。
そういう必要があるのだ。
「造山活動による地震は起こらないの?」
「起こしません」
「ふーん……」
「テクノロジーとしては超高度なものですが、それでも時間停止などに比べると、それこそ人力の手押し車と時速数百キロで走るリニアカーほどの差があります。 理論的にも、それほど難しくはありませんので、理解はしておいて損は無いかと」
まあいいや。
後で見ておくとしよう。
砂漠は。
私のリクエスト通り、きちんと作られる。
そこに、さぼてんは植えられる。
さぼてんか。
少し前に見てから、お気に入りになった植物だ。
砂漠に生え。
孤独に育つ。
水がなくても平気で。
棘だらけで身を守り。
そして時が来れば朽ちていく。
過酷な環境に適応した植物。
手篤く厳重に保護され、そして同時に監視もされている我々地球人類は、知的生命体としてはライオンのような獰猛な部類に入るのだけれど。
このさぼてんは、とても穏やかで。
しかし触れば怪我をする。
見ているだけならまったく問題ない。
不思議な植物だ。
だから何だか。
不思議なシンパシィを感じてしまう。
いずれにしても、環境の調整は、まだ難しい所なので、手を下手に入れると大失敗する。
まだ目に見えるサイズの生物は入れられない。
そういえば、地球でも、最古の生物が誕生してから、目に見えるほど大きな生物に変化するまで、億年単位での時間が掛かったのだったか。
それを考えて見れば。
時間加速をしてテラフォーミングをしているとはいえ、
今の状態で。固形の生物を入れるなんて、無茶苦茶なのだろう。
「気温は安定しましたが、まだ大気のバリアが出来ていません。 調整が何度か失敗しています」
「バリア?」
「恒星からは強烈な放射線が降り注いでいて、基本的にこれを防がないと、生物は死滅してしまいます。 今いるドームのように、防ぐ環境を人工的に作らない場合は、大気を調整して、この放射線を防ぐバリアを形成しなければなりません」
「そう」
あくびを一つ。
やる気が出ないけれど、一応仕組みは見ておく。
「水を投入します」
淡々と、AIが。
海を作り出した。
最初の海は、真水でも塩水でもない。
環境調整中の地面の上に入れているから、何というか大変にカオスな状態だ。本来なら海の中で生物が誕生するのだが。
それには無数の物質をかき混ぜた上で。
偶然に偶然が重なるのを待つしかない。
そこで、今回は。
水を入れた後、生物が繁殖できる環境を造り。
条約で決められている細菌を投入する。
それらも、億年単位でやっていくことなのだが。
今回はもう、とっくに出来ているものを、素早く入れていくだけになる。
神とやら。
そう、光あれとか呟いて、世界を作った輩がいるのなら。
こんな感じに見ていたのだろうかと、ふと思ってしまったが。
そんな存在はいない。
地球人類は生物が多用に変化していく中で勝手に出現したことがはっきり分かっていて。
神の存在は、既に明確に否定されている。
或いは、高次元存在としての神に近い者はいるのかも知れないが。
地球人類の出現にそれは関与していない。
それだけははっきりしていた。
「順当に進展中です」
「……大丈夫かなあ」
自分では殆ど何もしてないから、ああだこうだ言うのも変だけれど。
私は髪を掻き上げる。
まだ外を歩けないのか。
そう聞くが。
まだ駄目だと言われて、拗ねるしかなかった。
レポートを作る。
定型文が最初に用意されていて。其処にAIの指示を受けながら、ぽんぽんとデータを入れていくだけだが。
これだけは私が関わらなければならない。
この星は、内部での流動が極めて激しいこと。
最初の調査では、分からなかったこの性質を加味して、調査を続けて。そのままではテラフォーミングが難しい事。
そのため、時間停止の膜を惑星上に展開。
その上にマントル層から作り上げ。
現在、原初の惑星を作り上げたこと。
其処まではレポートにして。
政府に提出した。
政府は即座に返事を寄越した。
メールを送って、数時間も経っていない。
他人と関わるのはあまり好きでは無いのだけれど。
こういうときだけは。
立体映像越しにでも、相手と話さなければならない。実のところ、それさえ嫌だという者もいて。
そういう者のためには、強力な立体映像作成装置が作られている。
つまりいわゆるアバター越しに、他人と接触するわけである。
ちなみに私は。
AIに言われるまま、適当な服を着て。
椅子に座って相手に応じた。
相手は多分容姿をいじくっているのだろう。
もの凄い美形で。
古代人が見たら、神の権化では無いかと、ひれ伏しただろう。
実際には今時、これくらいの容姿のものは幾らでもいるのだが。
「レポートは確認した。 法の範囲内での作業を行っているようで何よりだ。 そろそろ、星の名前を正式に決めるといいだろう」
「分かりました。 此方で決め次第、連絡します」
「その場で決めないのかね」
「考えてから決めたいのです」
好きにするように。
通信はそれだけで終わる。
今の時代は、人間同士の関係というのは、こういうものだ。
あっさり終わる。
だが、結局の所。
互いを「理解したつもり」になっていた地球時代と。
何が違うのだろう。
今の時代は、それこそその気になれば、相手の思考を全解析することも出来るのだけれども。
そんな事をしてもあまり意味はない。
かといって、人間をそのままにしておけば。
悪事を好き放題にやるだけだ。
残念ながら、地球人類の歴史が、それを証明してしまっている。
「星の名前を決める権利は、テラフォーミングの現場監督である貴方にあります。 どういたしますか」
「それがねえ。 決めかねてる」
「何か悩むことが」
「星のデータを少し前にみた」
そうしたら。
大体、私がつけたいと考えている名前は、殆どが網羅されてしまっているのだ。
というか。私の名前がついた星まである。
勿論単純な偶然だが。
この宇宙には、数千億という銀河と。それぞれに億を超える恒星系が存在しているのだ。
名前なんか、それこそどれだけパターンを考えても、つけきれるものではない。
便宜的に数字だのアルファベットだのを組み合わせて呼ぶのはそれはそれでありなのかもしれないが。
それはそれ。
テラフォーミングをしたような星だけでも、途方もない数が存在している状況を加味すると。
名前が被る訳にもいかない。
なお、名前がついていない星については。
××銀河系の××星系にあるナンバー××という風に、非常に機械的に名前が割り振られる。
「さぼてんがお好きなのでしたね」
「そのさぼてんもね、あらゆる品種が既に星の名前についてる」
「それらを組み合わせてみては」
「いや」
何というか。それをやったら負けな気がする。
何しろ、古典落語という古い芸能の、非常に長い前座噺が名前になっている星さえあるくらいなのである。
つまりそれくらい色々な名前があって。
勿論、あらゆる組み合わせを適当にやっている場合もある。
地球人がテラフォーミングした星だけでもそれだ。
他の文明を作っている宇宙人が名付けた星でも、地球訳すれば同じ名前になってしまうケースが多々あり。
事実上、気に入った名前をつけるのは難しい。
思いついた名前を一万程度調べて見たのだが。
その全てが、既につけられてしまっていて。
困り果てていた所だ。
実際問題。
私が何をしたかというと、殆ど何もしていない。
此処でテラフォーミングをしたのはAIで。
その立案から、実行までやったのもAI。
そして実際に土いじりをしたのは、オートで動作するロボット達。
無骨だったり人型だったりするそれらが。
私の意思とは関係なく。
最高の効率で、AIの指示するとおりに。
この星をダイナミックに、人間が住める場所へと変えて行っている。
私は、それをほぼ見ていて。
時々注文を入れたり、疑問を入れたりしているだけ。
だからこそに。
名前くらいは、私が好きに決めたいのだ。
幾つもの星をテラフォーミングしている者の中には、もう面倒くさくなってナンバーを正式名にしてしまっているものもいるそうだけれど。
それは負けた気がするので嫌だ。
しばらく腕組みして考えている間にも。
テラフォーミングは淡々と進められている。
海は最初煮立っていたが。
今はもう、一応体温程度にまで低下。
また、放射線を遮るバリアについても。
着実に構築が進んでいるそうだ。
最初は環境調整用の細菌を守るために、ある程度バリアを人工的に維持しなければならないらしいのだけれど。
今はもう、大気の上層にある幾つかの「層」が、放射線をブロックする仕組みに仕上がっている。
つまり、テラフォーミング完遂まで。
もう少し、というわけだ。
勿論実時間では、まだ億年くらいかかるだろうけれど。
それでも、時間加速を駆使している状況。
それに、私の体感速度では。
もう少し、だろう。
名前を決めろ。
そう催促をするのも腹が立つし。
何より、名前を決められず、他人に決められるのももっと腹が立つ。
それならば。
いっそ、こうするか。
「さぼてんの星」
「それでよろしいのですか」
「うん」
さぼてんや、それの品種はあらかた星名に使われている。
それだったら。これくらいシンプルでもいいだろう。
そして、この名前は。
今の時点では使われていない。
申請すると、当然通る。
まあ、誰も問題にしないような名前なのだから、当たり前だろうか。
テラフォーミングは順調だ。
そして、新しく名前をつけた星は。
順調に。
命を受け入れる場所として。
育ちつつあった。
3、完成の時
条約に従い。
順番に生物が星に入れられていく。
私にしてみれば、ただ見ているだけだけれど。
一応これらも条約ががちがちに決められていて。
人間や、観光に来る宇宙人を害する生物は、基本的に使わない。
更にその上で、直接人間が住む星の場合は。
「悪用」出来ない生物を、住まわせることが決まっている。
これらについては。
多くの条約で、決められている。
実際問題、どうしてもいるのだ。
兎に角法の穴をくぐって、好き勝手をしようとする輩が。
その結果、多くの惨禍が引き起こされてきたし。
それらを引き起こした連中は、自分の行為を誇りさえした。
それが現実である以上。
法による徹底的な統括は絶対に必要なのである。
なお、生物には悪用を防ぐために、徹底的な管理が行われる。
基本的に人間が触ることはNG。
新種が誕生することは滅多にないが。
誕生した場合は即座にサンプルをとって管理。
厳重に調査した後。
殆どの場合は、サンプルだけを残して後は駆除される。
厳しいようだが。
これらの法によって、宇宙は安定したし。
多くの不幸を自由の美名の下にまき散らしていた地球人類は、これでようやく大人しくなったのだ。
その歴史がある以上。
あまり文句を言うことも出来なかった。
「生物が定着するのを見届けてから、環境の最終調整を行います」
「外歩いて良い?」
「駄目です」
「ちぇー」
人間に害があるような細菌はいない。
害をなせる動物もいない。
地面も強酸だの強アルカリだの、高熱低温どちらでもない。
それでも、である。
AIは私のためにそう判断している。まだテラフォーミングは完成していないし、である以上どんなイレギュラーが起きるか分からない。
勿論、テラフォーミングを手がけた星に、最初の一歩を踏み出す権利が、私にはあるのだけれど。
それはそれだ。
「後どれくらいゴロゴロしていればいいの?」
「星の名前も決めましたし、後はドローンによる映像をお楽しみください」
「そう言われてもなあ」
雪が降っている地域。
とはいっても、雪の量は限定的。
人間の体に悪影響を与えない程度に押さえ込まれ。
例え裸で放り出されても、即座に救助用のロボットが飛んでくる。
高山の上。
立ち入り禁止のため、バリアが張られている。入るためには、観光ガイド用のロボットが護衛についた上で、相応の装備を着込まなければならない。
深海。
熱水噴出口、ブラックスモーカーの周辺には、既に生態系が定着。
条約で認められている生物だけだが。
それでも、奇怪な形をした生物が、多数其処には根付いていた。
見ていて、とても面白い一方で。
しかしながら、テラフォーミングなのである。
条約で決まった生物なのである。
私も、この仕事を指示される前に、勉強はした。
その時見た生物ばかりなのだ。
確かに、徹底的な調整を施されている事は理解出来るし。
それによる、最適解が行われている事も分かる。
だが。
つまらない。
組み合わせは、それこそ無数にあるのだけれども。
今の人類は、その程度の組み合わせは記憶できる。
何より、環境事に配置される生物は。そこまで種類が多く無いのである。
喰うか喰われるかの環境も作られているが。
それに人間は一切関与しない。
生態系に人間が感情的に干渉すると、碌な事にならない。
一度生態系を作った後は、微調整だけをAIが行う。
それも法で決まっている。
私に出来る事は、無い。
「砂漠の方は?」
「最後です」
「どうしてさ。 ここ、さぼてんの星なんだけど」
「観光客が、最も見込めないからです」
そりゃあそうだろう。
わかりきっている事だ。
そしてAIは常に最適解を選ぶ。
だからこその回答。
だが、私は。
さぼてんのある所へ、歩いて行きたいのだ。
一応、砂漠は作られているし。
調整も行われている。
しかし後回しにされるのは、そういう事で仕方が無い。そもそも砂漠というのは、不毛の土地なのだ。
わざわざ不毛の土地を作るケースは。
テラフォーミングでは珍しいと聞く。
テラフォーミングで、観光だけを目的とした星の場合。
そもそも深海を作らない場合さえあるという。
何処までも泳いでいける星、等という触れ回りで、だそうだ。
深海も砂漠と同じように不毛の土地で。
テラフォーミングを行った後、効果的にその星を活用できないから、なのだろうか。
まあ正直な話、私にはどうでもいいが。
「さぼてん」
「もう少しお待ちください」
「癇癪起こしそう」
「我慢してください」
むくれて、寝ることにする。
何だか、不愉快だ。
AIは正論を言っているし。
私だってそれが正しい事が分かる。
そもそも、此処は人間が住むことを前提としている星。実際問題、遺伝子プールから抽出され、作り出された人々が、色々な仕事をするために、この星にはやってくる。彼らが来たら、私はこの星を離れなければならない。
私に許されているのは、この星の名前をつける事。
そして、この星をテラフォーミングした人間として、名前を残す事。
この二つだけ。
この星は、私の所有物では無い。
私の星は別にあって。
それ以上の所有は、認められていないのだ。
しかも、その星にしても。
勝手に環境をいじくることは許されない。
そういうものなのだ。
財産だとしても、星はあまりに人の手にあまる。個人所有の星で悪さをした先人は多くいて。
そいつらのせいで、がんじがらめになっている。
何でも出来る反面。
許されない事も多い。
それが今の人間だ。
「完成まで体感時間でどれくらい」
「三日ほどです」
「……本当だね」
「テラフォーミングではトラブルが起きやすいのはご承知の通りです。 確実、とは言えません」
ああもう。
私は自室にある休眠ベッドを起動すると。
その中に入る事にした。
次に起きるのは三日後。
ストレスが溜まって仕方が無い。
ストレス解消モードを起動。
後は、ぼんやり。
ただ眠ることにした。
私は、結局の所。
親の顔も知らない。
何処の誰の遺伝子で産み出されたかは機密とされていて。そもそも、それが今生きている人間かさえ定かでは無い。
遺伝子さえあれば人間は作れる。
だから下手をすると、一歳しか年上では無い人間の子供である可能性さえある。
そういうものだ。
そして、年齢についても、今は好きにして良いことになっている。
運動能力を重視して、子供のままでいる奴もいるし。
威厳を出そうとして、敢えて年を取る者もいる。
私のように、成人直後くらいの年齢に固定するのが一般的だが。
それもあくまで一般的なだけ。
他の人間に会うこともあるが。
基本的に美しく容姿を整えていることが多く。
これも後付けだ。
人間は、もはや。
年齢、外見。
あらゆるものを自由に変える事が出来る。
それに反発して、素のままの自分で過ごす者もいるそうだが。それでも、他の人間とあう場合は、幾つかの法的制限が課せられる。裸のままうろついたりしたらペナルティが課せられるのもその一つだ。
自由と無法が、昔は意図的に混合され。
そして人間はむしろ無法を好んでいた。
その事もあって、結局の所地球人類は、法によって制御される必要が生じたのだ。
私の子供もいても不思議では無い。
だが、何処の誰がそうなのかさえ分からない。
遺伝子プールからは、近親交配や遺伝子異常が発生しない組み合わせが適宜選ばれるのだが。
それも、機密。
AIが管理して。
人間には知らされない。
結局の所、無法の限りを尽くした結果。
人間は自由を主張する権利を、失ったのかも知れない。
人間だけで、無法を押しつけあっていたのなら、まだ良かったのだろうが。
他の宇宙人にも、地球人ルールを押しつけて、暴れに暴れた結果がこれだ。
自業自得なので。
何も文句は言えなかった。
目が覚める。
約束の三日後だ。
あくびをしながら起きだして、適当に服を着る。
そして、AIに呼びかける。
「で、終わった?」
「間もなくです」
「終わってないのか」
「不確定要素が多いのです」
そう言われると仕方が無いか。
状況を見る。
一部の地域が、まだ安定していない。
海などはかなり安定しているのだが。
海による侵食が激しい地域があり、今土壌として安定させるために、分析をしているそうだ。
場合によっては、常時作業用のロボットを動かして、土地を調整する必要があると言う話だが。
其処まですると、テラフォーミングが完成したとは言い難い。
勿論地形が完全に固定してしまったら、それはそれで問題なのだけれど。
もっと長い年月を掛けて、ゆっくりとダイナミックに変わっていく事が重要なのだ。それを脅かしてしまうとなると。
少しばかり困りものだ。
「対応策は」
「海の潮流について、少し激しすぎるのと。 それに何より、砂浜の砂の成分が、少し脆すぎるようです。 歩いてみて貰えますか」
「はあ。 大丈夫?」
「有害物質などはありません」
まあ、そういうときのために私は来ているのだし、仕方が無いか。
砂浜に降り立つ。
とはいっても、空間転移でポン、である。
放り出された私は、眠い目を擦りながら、パジャマで周囲を見る。髪を引きずりながら、素足で歩いて回る。
何というか。
思っていたのと違う。
砂浜はちゃんと歩けるものだと思っていたのだけれど。
何だか、一歩一歩が思いっきり沈み込むのだ。
これは、走ると多分すっころんで怪我をする。
それも、足を取られるから、下手をすると足を折る。
これは駄目だ。
何か対策がいるだろう。
即座に戻って、指示を出す。
「砂が柔らかすぎる」
「優しい感触を優先したのですが」
「一歩一歩が沈み込んでいただろ」
「そうですが……分かりました。 砂の密度を単純に上げます」
というか、どういう砂浜にするつもりだったのか。
リゾートビーチなんて、それこそ走り回るものだ。だからゴミとかは厳重に拾って管理する。
踏むと危ないからだ。
それなのに、走るとそもそも危ないとか、どういう砂浜だ。
この辺り、ちょっと何というか、学習が足りないなと感じたが。
まあ仕方が無い。
走る事を想定していなかったのだろう。
時間加速を使って、砂浜の状態を調整させる。
それだけじゃあない。
この様子だと。
全部を見て回らないと非常に危ない気がしてきた。
他も見に行く。
まず砂漠。
さぼてんを植えようという話になっているが。そもそも砂漠だけは、極めて過酷な環境にもしている。
日中は50℃まで上がり。
夜は−20℃まで下がる。
これについては、敢えて砂漠だけはこうするようにしていて。
迷い込んだ人間が死なないように、巡回用のロボットを手配する予定だ。
此処もだ。
砂漠に転送されて、ぽんと来たら。
いきなり首まで埋まった。
無言でぼーっとしている私の目の前を。
毒がないさそりが、かさかさと歩いて行った。
別に気持ち悪いとかは思わないけれど。
流石にコレは駄目だ。
「砂漠浴はどうですか」
「阿呆」
「阿呆ですか」
「戻せ。 説教してやる」
ぽんと、空間転送で戻ると。
砂がどざりとパジャマから零れる。
そそくさと、球形のホームメイドロボット達が砂を処理していく。私は人型よりこっちが好きなのだ。
「こんな砂漠じゃ、入った瞬間に遭難するわ!」
「しかし、柔らかくて優しい感触ですが」
「ものには限度がある! いきなり埋まるような砂漠があるか!」
「分かりました。 砂の密度を上げます」
土の方は大丈夫だろうな。
そっちも、既に危険な成分ではなくなっている。
とりあえず出向いてみるが。
幸い、いきなり埋まるようなことはなかった。
土の中にいるとか、壁の中にいるとか、堀の中に出て沈むとか、空中に出て死体が片付けられるとか、そんな事はない。
しっかり素足で踏みしめて、立つ事は出来た。
重力は星の回転速度などを調整して、1Gに設定しているが。
ちょっとなんだ。
少し肌寒い。
「戻せ」
「分かりました」
すぐに戻って、肌寒いことを伝える。
そうすると、今は冬なのだと言う。
そうか。
冬に、パジャマのままの人間を、外に躊躇無く放り出すか。
高度な能力を持っていても、所詮AI。
何というか。
人間はいらなくなかった。
それが分かっただけで、何となく貴重に思えた。
とにかく、幾つかの問題点を指示。
それにAIにも、問題を提示した。
冬は寒いのはまあいい。
だとしたら、防寒対策をして外に出るように言えと、しっかり教え込む。寒さが健康に即座に影響を及ぼさないと判断したとかぬかしたので、そういう問題では無いとも教えておく。
実際問題、今の時代ドレスコードなどと言うものはない。
他人と接触する場合には色々と法的に規制が掛かるが。
そもそも他の人間と性的交渉をする人間の方が希少種になっている時代だ。
昔色々と性別による思考の違いが、多くの争いを産み出した過去もあり。
更に今では、人間が距離をとって行動するのが普通になっている。
その結果、この星でも。
ある程度距離をとって、それも貧民層がそれぞれ暮らすようになるのが、想定されているのだ。
だからこそに。
冬という寒さを楽しめる時期であっても。
それが分かるようにしなければならないし。
直ちに健康被害はない、で片付けてはいけない。
冬用に服を着せるか。
そうだと警告するか。
それとも、ちょっと寒い、くらいに押さえ込まなければならないのだ。
この様子だと、微調整がもっと必要だろう。
彼方此方に移動する。
海には流石にそのまま放り出したりはしなかったが。
それでも、海に潜ってみると、閉口させられる。
魚が殆どいない。
もぐっても、がらんとしているのだ。
「何だこれ。 魚がいないぞ」
「それは、これ以上増やすと、上位捕食者が必要になるからです。 その場合、人間に害を為す可能性があります」
「上位捕食者に対して、人間に害をなせなくするようにする方法は」
「ありますが、コストが掛かります」
コストは掛かっても良い。
そう言うと、導入について検討すると答えた。
いずれにしてもだ。
この魚の密度では、観光に来た人間が、絶対に文句を言うことは間違いない。なんというか。おもしろみのない水の中を、がらんとした状態で、ただぼんやり見て回るだけ、という状況だ。
まあ水の中に沈むのもそれはそれで面白いのかもしれないけれど。
それでも、魚がもっといて。
それらと一緒に泳ぐ方が楽しいはずだし。
何より変化が多い方が。
それぞれにとって、有意義な時間になるはずだ。
海岸近くで暮らす貧困層の人間には。
補助にロボットがつくとしても。
漁をするケースも出てくるだろう。
そうなると、これだけ魚が少ないのは。
ちょっと食生活の点でも良くない。
勿論、今の時代。
貧困層には食事が補助として配給されるが。
それでも、ある程度の自活を要求される。
法的に認められる範囲での漁をして。
それでちょっとしか魚が捕れなかったら、それはとても悲しいだろうなと、思うのである。
彼方此方手を入れさせて。
それで、調整を最終段階に進める。
もう少しで。
この星を、仕上げることができる筈だ。
砂浜OK。
沈み込むことはなくなった。
走り回っても大丈夫。
パジャマを脱いで、素っ裸になると。
海に飛び込んで、泳いでみる。
他に人間がいたら出来ないが。今だから出来る事である。
水温は適正。
魚も人なつっこく寄ってくる。
観光客も喜ぶだろう。
勿論漁師をする人間も出てくるのだから、それはちょっと心が痛むが、それは仕方が無い。
雪山に行く。
移動時に、強制的に衣服が変更させられる。
警告もされた。
「ここから先は、危険が伴います。 ガイドロボットの指示に従って、危険を避けるようにしてください。 衣服を取り外した場合は、法によって安全な場所に空間転移させられます」
「よろしい」
そのまま歩いてみる。
確かに問題なく歩くことが出来る。
これならば、まあそれほど危険だとは感じない。
とにかくその辺を歩いてみて、雪山を楽しんでみる。
起伏はあるし。
ガイドロボットは、危ない場所については警告してくる。
クレバスなどに関しても、きちんと警告してくるし。
わざと落ちてみると、空間転移で、きっちり安全な場所に転送もしてくれる。そして、位置エネルギーを逃がした上で、ゆっくり床に落としてくれた。
「きちんと安全対応している、と」
「わざとやったのですか」
「当然。 きちんと安全対応するか確認する必要がある」
「それはそうですが」
次。
そういうと、砂漠に出る。
此処が目的地だ。
砂漠を素足で歩いて回る。
今はじりじりと暑いが。
それでいい。
服装を変更。
パジャマから、砂漠用の、宇宙服みたいなのにする。最初に少し砂を踏んで歩いたので、それでいい。
しばらく砂丘を無心で歩いて行く。
「地球においても、砂漠は危険で、とくにこういった砂丘は……」
「そういう現実と、テラフォーミングして安全に住めるようにした星は、違っていて構わない」
「そうなのですか」
「そう」
砂丘を越えると、見えてきた。
実に高さ80メートル以上。
地球には存在し得ない。
超巨大さぼてんだ。
これについては、法的に許されるギリギリまで遺伝子を調整して、砂漠に幾つかを植えたのである。
そして、蛇口をつけてある。
蛇口を捻ると、さぼてんから新鮮な水が出る。
ちょっとさぼてんには残酷な仕打ちだけれど。
実際に飲んでみた。
かなり甘い。
良い感じの水だ。
「お気に入りましたか」
「悪くない」
「それは良かった」
まあ、実はここまで来るまで、何度も調整が入ったのだが。AIは基本的に学習していくものだ。
最初はリアリティにこだわってしぶい水をだしたりしたのだけれど。
それはもういい。
砂漠に関しても、何度も酷い目に遭ったのだけれど。
それもいい。
とにかく、今は観光しても歩き回っても楽しい砂漠に仕上がったのだから、それでいいのである。
アトラクションで良いのだ。
此処は。
さそりがかさかさ歩いて行く。
とはいっても、毒がない品種なので。
刺されて大けがをする事は無い。
蛇もするすると滑るように進んでいくのが見えた。
地球の砂漠には猛毒の蛇が住んでいたらしいのだけれど。
あれは無毒のタイプだ。
生態系は構築しているが。
人間に害がある生物は配置しないようにするか。
人間に対しては攻撃しないようにもしている。
そうするのは自然とは異なるが。
テラフォーミングした惑星で、人間の、それも貧困層が暮らす事を考慮し。
他には観光客が楽しむ事を考慮すると。
これでいいのである。
勿論、貧困層にとっては、最終的には食糧としてこれらの動物を活用する事も想定している。
ただし生態系を壊さないように、法的に制限が課せられる。
場合によっては食糧は配給される。
いずれにしても、此処の動物が無害なことも確認する。
蛇は近づくと威嚇してくるが。
少なくとも毒蛇では無いし。
人間を食らうほどのサイズでもない。
ちょっと威嚇すると、すぐに逃げていくので。
それで別に良い。
今度は草原に移動。
この辺りは、寝転んでも良いし。
走り回っても良い。
動物も暮らしているので、糞が落ちているから、それには気を付けなければならないけれど。
まあ基本的には安全だ。
周囲を歩き回って、問題が無いことを確認し。
そして、そのまま丘に出る。
住居にすることを想定した。
ある程度開けた土地に出た。
この土地からは、海と山が見回せ。
更に川も見える。
歩いて、川まで出向く。
これでも体力は、地球時代の人間よりずっとあるのだ。数十キロくらい、歩くのは別に何でもない。
「そろそろ休憩なさっては」
「いい」
「分かりました。 食事は用意しますか」
「そうしておいて」
淡々と歩いて、川岸に。
小石がたくさん散らばっているので、服をパジャマに戻し。
そのまま踏んで歩く。
小石は良い感じに丸くなっていて。
踏んでも痛くない。
うんと、頷いた。
これならば、観光をするにもいいし。
ここら辺で暮らすのも悪くない。
空を見上げると。
澄んだ青。
緑や青は環境色。
人間を優しく落ち着かせる。
これならば、きっと良い星として、訪れる人間が気に入ってくれるだろう。
人間同士の戦争はなくなり。
他の種族への攻撃もしなくなったこの時代。
人間が、安らげる場所を提供するこの仕事は。
有意義なはずだ。
「そろそろ良いと思う。 後は第三者による査察を経てから、この星を提供する」
「仕事は終わりという事ですね」
「そうなる」
ぽんと、空間転移で生活空間に戻る。
横になると、あくびをして、一眠り。
食事については起きてからとる。
べつにそれでも、一向に構わない。
たいして腹も減っていないし。
それになにより。
今は余韻を楽しみたかった。
4、さぼてんの星
新しい仕事が割り振られた。
ある星系の調査だ。
星系調査は危険が伴うので、万を超える強力な自衛力を持った宇宙空間活動用ロボットが、私の家兼宇宙船を護衛している。
そこで、通信が入る。
「やあ久しいな」
「何用ですか」
「君が手がけたさぼてんの星、大変に好評でね。 入植者にも観光客にも、とても評判が良いようだよ」
「それは何よりです」
私は今。
不安定になっている恒星が、いつ爆発するのかを正確に計測中だ。
現在のテクノロジーだと、超新星爆発に巻き込まれても防ぎきるくらいは出来るのだけれども。
それでも、結構シビアな調査になる。
今展開している調査用ロボットも、消耗品として考えなければならないだろう。
「それで、今の仕事が終わったら、またテラフォーミングをして欲しい」
「次もさぼてんを植えて良いのなら」
「構わないが、どうしてかね」
「単に好きだからです」
そうか。
それだけ告げると、通話を切られる。
まあ、次の仕事はまたテラフォーミングだろう。
さぼてんは大事にされているだろうか。
データを多数収集し、恐らく30年以内に超新星爆発が起きることを確認。被害予測も大体正確に割り出すことが出来た。
もう少し調査を進めて。
正確に超新星爆発が起きるタイミングを調べた後、切り上げる。
後はどうするかは。
政府が判断する事だ。
超新星を先に解体してしまうのか。
それとも、爆発はさせるだけさせて、そのエネルギーを吸収し、活用するのか。
それは政府次第である。
どっちにしても、感知したところでは無いし。
興味も無い。
あくびをしながら横になる。
調査が一段落したところで、AIが話しかけてきた。
「また次のテラフォーミングでも、さぼてんを植えるのですか」
「前のよりおっきいのにしたい」
「それはいくら何でも……」
「それがいい」
ごろごろとしていると。
AIが呆れたように言う。
「人間の嗜好は理解しがたいです」
「そうだな。 だけど、その他者の理解出来ない嗜好を否定し合って、人間は無駄な血を流し続けた。 だから認めなければいけない。 AIなら知っているだろう」
「それは分かっていますが」
「だったら私の嗜好も認めろ。 そもそも私がそれで誰かに迷惑でも掛けたってのか」
掛けていないと返事がある。
ならいいだろうに。
あくびをもう一つすると。
寝ることにする。
どうせ時間はいくらでもある。
だから、ダラダラしていても、良いはずだった。
(終)
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