血と破滅の煙

 

序、スピア連邦

 

その大国は、決して歴史がある存在では無い。中核になった国は四つ。それらが周囲を統廃合して、勢力を広げ。そして三十年前ほどから、列強と呼ばれるようになった。スピア連邦。

現在、アーランドの百七十倍の人口を誇り、大陸にてもっとも勢いがある国家の一つである。

優れた何名かの将軍によって国土を広げていると言うよりも、物量で周囲を押し潰している印象が強い。

ステルクは何度かその領土に足を運んだことはあった。

特殊部隊と戦ったことも。

だが、いずれも、あまり強い印象は残っていない。アーランド戦士に対抗できる特殊部隊の人間など滅多にいないし、何より土地が豊かと言っても知れている。彼らは、何かしらの手段で食糧を生産して、民を喰わせて。その代わりに、軍事力と産業を強化しているのだ。

錬金術師の関与が疑われているが。

それも、今の時点ではよく分かっていなかった。

丘に上がったステルクは。星空の下で、目を細めた。下に広がっているのは、軍の野営地。

スピアの軍勢の中では、練度が高いと評判の、第十六閃光旅団。

兵員は丁度二千。

今回、ホムンクルス達の戦闘力を試すための相手として、丁度良いとされた部隊だ。彼らには、これより死んでもらう。

スピアは、あまりにも急速に領土を広げすぎた。

周辺への害を撒きすぎた。

勿論、彼らには天下統一の大望がある事も分かっている。しかし、だ。スピアの領土を見て廻る限り、彼らは人間の数ばかりをいたずらに増やしているように思えてならない。その後、数のみを生かしてモンスターを駆逐し、世界を食い荒らしていけば。結局、滅亡前と同じ世界が来るだけでは無いのか。

だが、それはそれ。

彼らを殺す事は、また別だ。

パラケルススは普段着のまま。他のホムンクルス達も。

殆どのアーランド人にとって、余程良いものでも無い限り、鎧などあってもなくても変わらない。

ベテランの戦士に匹敵する実力を持つホムンクルス達にとっても、それは同じ。

「そろそろ、攻撃を開始します」

「分かった」

ステルクも、分かっている。

このままだと、スピアはあまりにも巨大化し、他の国々を飲み込んでいくだろう。

彼らがどのような思惑なのかは分からない。分かっているのは、このままでは。アーランドをはじめとする辺境は、彼らに飲み込まれる。

緑化した土地は蹂躙され、戦士は戦争の道具のみになるだろう。

アーランドには矛盾も多い。

だが、他の国々を見て、ステルクは知っている。

貧富の差は激しく、奴隷は完全に家畜以下。軍はモンスターから民を守る事はせず、勢力を広げることばかりに腐心している。そんな国ばかりだ。

物資はよそから奪うもの。

土地を豊かにしても、その富を分かち合うことは無い。旧時代の人間と、これでは同じでは無いのか。

勿論、殺しの正当化にはならない。

この世は。いや、人間は。

荒野だらけの世界を見て、なおもステルクは思うのだ。このようになっても、まだ変わる事が出来ないのかと。

パラケルススが立てた作戦は完璧だった。

ステルクも、ついてきていた軍事顧問も、口を出す必要が全く無かった。

まず、歩哨や偵察を駆除する。

ホムンクルスは人を殺せない。だから、麻痺毒を塗ったナイフを渡してある。それだけではない。

彼らには、人体急所の突き方も教えてある。

アーランド戦士が相手なら通用しないが。今ステルクが見下ろしている連中程度になら、一撃必殺。悶絶させ、そのまま意識を失わせることも可能だ。

「敵斥候、駆除開始」

パラケルススが指示をすると、百名のホムンクルスが散る。

そして、彼女らは十名ずつ一組となって、夜の闇で、まるで実体が無い幽霊のように。敵を処理していった。

斥候の駆除が終わるまで、半刻も掛からない。

次は、敵陣への潜入だ。

遠めがねなど必要ない。何が行われているか、ステルクをはじめとするアーランド戦士には、直に見える。今が夜だろうと関係無い。

荒野に作られている陣地は相応に堅固で、見張りの櫓もあるけれど。其処に道具も無く、猿より早く這い上がったホムンクルス達が、見張りを無力化するまで、ほんのわずかな時間。

柵もある意味が無い。

内部に潜入するホムンクルス達は、場合によっては柵を跳び越えてさえいた。

天幕の一つ一つを、処理していく。

まれに起きている兵士もいるようだが。彼らが異変に気付いたときには、もう急所を一撃され、全ては終わっている。司令官も、寝ているところを容赦なく倒された。

夜明けまでには。

全てが、終わった。

悶絶し、気絶している兵士達を、順番に殺して廻る。

このために来たアーランド戦士達だが。彼らも、一様に不満を顔に湛えていた。

何のために来たのか分からない。

勿論、彼らも、ダーティワークは経験済みだ。ステルクだって、それは同じ。だが、二千を超える兵士を、十人で殺して廻るのは。あまり良い気分では無かった。せめて苦しまないように、一太刀で殺してやるのが情けか。

死体を陣の内部に並べると、油を撒く。

そして、ステルクの雷撃を使って着火。

まるごと、火葬した。

近くの駐屯部隊が駆けつけてくるまでに、全て完了。ホムンクルス達は、一名も欠けていない。

スピアはこれで、精鋭一個旅団を、何が何だか分からないうちに失った事になる。この部隊は、その気になれば小国を落とせるほどの戦力だったのだ。

登り調子の大国と呼ばれるスピアでも、常備兵は三万。

勿論総力戦態勢となれば、アーランドを遙か上回る兵力を繰り出すことが出来るが、質はどうしても低くなる。

これで、はっきりした。

「スピア連邦の中枢は、いつでも叩けますね。 精鋭がこの程度の練度であれば、ホムンクルスの部隊と、貴方たち騎士団が総力を挙げれば、一夜にしてスピアの首都をこの世から消す事が可能でしょう」

「その場合の災禍は計り知れん。 まがりなりにも大国であるスピアが瓦解したら、さらなる混沌を産むことになる。 そうならないように、これから努力していくのだ。 今回のようなことは、出来るだけないようにしなければならん」

人は殺せない。

作り手には逆らえない。

しかし、それでも。どれだけ残忍な提案でも、すること自体は出来る。それが、ホムンクルスの強み。

パラケルススの提案に、ステルクは唾棄しそうになった。

あの優しかった、アストリッドの師と同じ顔をしているのに。このまだ幼い娘に見えるホムンクルスは、アストリッドの合理性と狂気を、確実に内包している。手としてありならば、スピア連邦の人間を皆殺しにしようとさえ、言い出してもおかしくない。

それはアストリッドの望みであると同時に、復讐。

分かっているからこそ、ステルクは悲しい。それ以上に、怒りを覚えてしまう。

さっさと引き上げる。

作戦は成功だ。

スピア連邦は、これで相応の打撃を受けた。そして思い知ることになるだろう。自分たちが無敵でも最強でも無いと言うことを。

二千の兵を真正面から打ち破れと言われたら。流石にステルクでも、無理だ。今回のホムンクルス部隊でも、相応の損害は出しただろう。

だが、奇襲で、しかもこれだけ連携が取れた部隊が、綿密に動けばこうなる。

その事実はどうでもよい。

普段から、凄まじい強さのモンスターと戦って鍛えに鍛え抜かれたアーランド戦士と、事を構えるというのがどういう意味を持つか。それを、スピアに思い知らせることが出来た。それだけで充分だ。

国境を越えた頃、ステルクはもう一度、どうにかならなかったのかと思ったが。

しかし、代案は浮かばなかった。

情けないことに。

 

1、来るべき日

 

徹夜の連続で疲弊していたロロナは、その課題を見せられて、何度か目を擦った。

そして、ついに来てしまったかと、ため息を何度も零したのだった。

大砲の作成。

それも、既存の大砲の、大幅改良が目的だ。

ついに来た。

勿論、これが抑止力としての兵器だと言うことは分かっている。アーランド戦士の中には、大砲の弾くらい避ける者は珍しくない。モンスターの中にも、それくらいはする者がいる。

他の国の人達を、牽制するための兵器。

今のアーランドの大砲では力不足だから、実戦に使える物を作れ。それが、今回の課題の意図だ。

しばらく、言葉が出なかった。

元々ロロナだって、他人を殺傷できる武器類は作ってきている。最近採取で必ず持ち込む小型の発破などは、大量虐殺にもってこいの武器だ。モンスターを殺せるのだし、人間だって同じように出来る。

アーランド人で無ければ、もっと効率よく殺せる。

それが、事実だ。

ロロナだって、アーランド人なのだ。

戦士として立脚してきた一族。教えも受けている。だから、殺す事は出来る。出来るけれど。

しかし、大砲か。

頭を振って、雑念を追い払う。

ロロナだって、戦う覚悟は出来ている。多くのモンスターを殺してきたし、いざとなったら、人間だって。

それなのに、気が進まないのは、どうしてなのだろう。

資料を、引っ張り出す。

知っている。歴代の錬金術師は、火薬について散々研究してきた。その中には、大砲もある。

大砲の研究が進んでいないのは、人間の方が強いから、だけれど。

たとえば、飛距離を伸ばす。

火力を上げる。

そういった研究自体は、存在している。

クーデリアはしばらくその様子を見ていた。ロロナが手助けを求めない限り、介入はしないつもりなのだろう。

「ねえ、くーちゃん」

「どうしたの」

「戦争が、起きるのかな」

「戦争を起こさないためよ」

それは、そうなのだけれど。

正直な話、アーランドにおいて大砲という存在は、もう兵器としては考えられていないように思うのだ。

たまに祝祭などで撃たれるけれど、それくらい。

現在使われている大砲について、見つかった。それによると、現在の大砲は、飛距離がだいたい千歩ほど。

なるほど、それならば、一応それなりに飛ぶ。

ロロナの母であるロアナが使う魔術の中で、遠距離攻撃系のものは、確か五千歩四方程度まで届くと聞いているけれど。これは熟練者が使っても、当てるのが難しい。大砲も多分それは同じ。

駆け出しの魔術師になると、多分そんな遠距離には飛ばせないし。何よりも、当てるのが無理だろう。

少なくとも、射程距離だけは、駆け出しの魔術師に勝っている。

ただし威力と速度が問題だ。

どちらも、そこそこの腕の戦士なら、どうにでも出来る程度の代物。強い戦士になってくると、至近距離で発砲しても、真っ二つに弾を切り裂くという。

「大砲をはじめとして、銃火器はもうこの世界では実用性が無いって聞いていたけれど、スペックに起こしてみると、それも頷けるわね」

「くーちゃんがやってるような方法は無理かな」

「要するに弾に魔術を乗せるって事? 難しいと思うわよ」

クーデリアが使っているのは、かなり特殊な術で、個人の素養に影響するところが大きいのだとか。

確かに、銃火器を使う人が殆どいない事からも、それは明らかだ。

剣に魔力を纏わせて、燃やしたりびりびりさせたりする方が強い。ステルクを見ていても、よく分かる。

結局、調べはじめてみると。

ロロナも、研究することで、何かを作り出す事が楽しいのだと、自覚してしまう。

「改良するとしたら、まずは飛距離だね」

一通り読み終わった後、そう結論する。

確かに他の国の人が相手なら。大砲は、威力も速度も、それなりにあるのだ。問題は飛距離だ。

まず飛距離。

次に正確性。

最後に破壊力。

それらについて、順番に調べていく。そうすると、だんだんと、大砲について分かってきた。

まず砲身。昔は非常に脆くて、二発も撃つと壊れてしまった。そして今でも、古代の技術を応用してどうにか強度を上げている、という状態で。頑強だとはとても言いがたいのだとか。

撃てて、五発。

このもろさが、最大のネックだ。

たとえば射程距離を伸ばすには、火薬の量を増やすことだろうという事くらいは、大砲がどうやって弾を飛ばしているかを見れば、一発で分かる。しかし砲身がこのもろさでは、火薬を増やせば爆発してしまう。

ただでさえ役に立たないのに、爆発までするようでは、話にならない。

それでは、味方には危険で、敵には脅威にさえならないという、問題外兵器となってしまう。

更に正確性だけれど。

現在、弾は丸形のものから、先をとがらせた筒状に変わっている。これは古代の技術で復元した大砲で、そういう形状の弾を使っていたから、らしい。原理については、よく分からないけれど。

確かにこの方が飛ぶそうだ。

ただしこれについては、文字通りの未解明技術。何故この方が飛ぶのかはよく分からない。調べて見れば、正確性を上げる方法は、色々と見つかりそうである。ただし、弾の加工については、工場に頼まないと無理だろう。それだけ、難しい技術が、使われているようなのだ。

破壊力に関しても、これに準ずる。

現在の大砲の弾は、中に爆薬を詰めていて、敵の近くで炸裂するようになっているようなのだけれど。

それでも、決定打にならない。

詰め込める爆薬が、少なすぎるからだ。大砲のサイズからしても、非常に少量。ロロナが使っている小型の発破に比べても、著しく少ない。

そもそも、現在の大砲は、ロロナでも携帯できる程度のサイズだ。この場合、弾の大きさも限られている。

今の人間は。

これに詰め込める程度の爆薬では、死なない。

解決策は、今の時点では、思いつかなかった。

 

クーデリアと一緒に、大砲についての研究資料をまとめていく。

問題が一つや二つなら、まだ解決の余地はある。

しかし、である。

大砲という兵器が、どれだけの問題を抱えているのか。調べれば調べるほど、分からなくなってくる。

しかし、今回課題に出ているという事は、王宮では大砲に大きなポテンシャルがあると考えている、という事だ。

ロロナに抗議する権利は無い。

アトリエを守るためにも。クーデリアの社会的地位を少しでも改善するためにも。頑張らなければならないのだ。

弾について、解析している本があった。

調べて見ると、弾を縦に割った図が載せられている。なるほど、非常に複雑で、ロロナが自作できるようなものではない。

大砲の構造についても、載せられていた。

現在、大砲は車輪を付けた筒状のものが主流となっている。車輪がついているのは、反動を殺すのにも、移動するのにも、便利だからだ。

この研究はかなりの力作で、火薬がどのようにして弾を飛ばすのか、爆風の流れなども図つきで説明されていた。

これはかなり助かる。

ただし、この研究にかなり力を割いた錬金術師は、こう締めくくっている。

大砲は旧時代の兵器。

旧時代の兵器の中でも、時代遅れとされていた存在だと。

何でも、旧時代には。それこそ、大砲など問題にもならないほど長距離を飛んで敵を襲う武器や、もっと小さくて威力も凄いものもあった可能性が高い、という。

その証拠に、旧時代の人類は、大砲を重視していない。

しかしながら、旧時代を代表する、それら超兵器は、発掘さえされていない。或いは発掘されているのかも知れないけれど、技術が凄まじすぎて、解明にまで到っていない。結局の所、まず大砲を解明するしか無い。

この資料は、重要だ。

現在ある大砲を改良するには、必須の存在になる。

かといって、他の資料はいらないかというと。それはノーだ。

そもそも、現状の大砲が使い物にならないから、こんな課題が来ているのだ。

アーランドは戦士の国。

である以上、戦術についても、戦略についても、他国より研究にずっと大きな力を割いている。

勿論現在は、最強の存在であるアーランド戦士をどう生かすか、が主流だが。

もしも大砲などを著しく強化することが出来れば。労働者階級の中から技術者を募って、戦力化することが可能になるかも知れない。

それは、アーランドの貧弱な人口と国力を補うための、大きな一歩になる。

その程度の事は、ロロナにだって分かる事だ。

クーデリアが、良さそうな資料を見つけてくれた。大砲の弾が、どのように飛ぶのか解析している。

やはりというか何というか。

大砲の弾は、まっすぐではなくて、放物線を描いて飛んでいる。

最初の内はまっすぐ飛んでいるのだけれど。放物線は徐々にはっきりしていって、やがて確実に落ちていく。

敵と接触すると爆発するようだから。別にまっすぐ飛んで、突き刺さる必要は無いのだろうけれど。

これを解析するのは、魔術師に協力を頼んで、色々準備もして。目の良い戦士にも、助力を仰いだかも知れない。

どちらにしても、頭が下がる労作だ。

勿論、これも重要資料として、ストックしておく。

研究が一段落したところで、クーデリアにパイを出す。

少し珍しいドライフルーツが手に入ったので、それをふんだんに使ったパイだ。ドライフルーツの味を引き出すのに、中和剤を用いている。全体的にクリームの甘みを生かした、おやつとして最適のパイだ。

ホムにもあげるけれど。

どうも最近、ホムの好みが分かってきた。

「ホムちゃんは、やっぱりお肉の入ったパイがいい?」

「此方も美味しいのですが、どちらかといえば」

「我が儘者」

「いいよ、くーちゃん。 みんな、好き嫌いがあるのは、当然なんだから」

パイを食べて、研究を一段落したところで、一旦休憩に入る。

課題達成で、かなりのお金を援助してもらったので、どうにか一息付けたけれど。今回も、出来るだけ早めに終わらせたい。それには、事前の念入りな調査と、研究が不可欠なのだ。

それには、時間を無駄遣いしている余裕は無い。

食後は、クーデリアにも手伝ってもらって、黙々と調査を続ける。

自分の事ながら、以前とは比べものにならないほど、集中力が上がっていることに、今更ながら気付かされた。

 

2、連戦

 

資料集めが一段落して、疲れを取るために昼寝をしていたロロナであったけれど。しかし、叩き起こされた。

来客である。

しかも、ステルクだった。

どうも機嫌が悪そうな顔をしている。最近、ステルクの機嫌が、何となく読み取れるようになっていた。

同じように怖い顔をしていても、どこか違う。かなりの回数、一緒に旅をしたから、かも知れない。

「な、何か失敗しましたか?」

「うん? 君が納品した課題は、どれも良く稼働している。 特に渇き谷の湧水の杯は、関係者から絶賛されているほどだ。 もう少し自信を持っても良いだろう」

「そうですか、良かった……」

胸をなで下ろすロロナだけれど。

なんでステルクの機嫌が悪いかは、分からない。咳払いすると、ステルクは、スクロールを開いた。

「今回から、君に駆除対象モンスターの、駆除を担当してもらう」

「え……」

思わず、聞き返してしまった。

駆除対象モンスター。確か、アーランドで指定している、賞金が掛かったモンスターのことだ。

主に人間を襲ったり、或いは環境に甚大な被害を与えたりした場合、このカテゴリに移行される。

アーランド戦士の中には、駆除対象モンスターを狩って、生活している人もいるくらいだ。その中には、他国で害を為すモンスターを退治して廻り、「勇者」と呼ばれた人もいるのだとか。

「今回は私も同行する」

「ちょ、ちょっと待ってください」

「残念だが、この中の一件は、火急だ。 できる限り急いで準備をして欲しい」

いきなりだけれど、そう言われてしまえば、仕方が無い。

たまたま来てくれたクーデリアにも手伝ってもらって、準備をする。荷車に発破類を詰め込んで、耐久糧食も。

どこにでるのかと聞いたのだけれど。

そうすると、驚くべき答えがあった。

アーランド国有鉱山。

そういえば。心当たりがある。確か、悪魔の長老が、以前言っていたのだ。そろそろ、スカーレットの封印がもたないと。

いずれ危険な同胞の、討伐を頼むかも知れないと。子供ほどしか背が無い長老は、話を聞きに行ったロロナに、零していた。

もしそうだとすると、悲しい話だ。

準備が終わったら、すぐに出る。

リオネラにも声を掛けたかったけれど、その時間が無い。鉱山まで、最短距離で急ぐ。小走りで行くけれど、体力も増してきているし、平気だ。

「鉱山の街で補給して、そのままシュテル高地にも出向く」

「えっ……!? ええっ!」

「ちょっと! どういうことよ!」

だが、流石にこれは想定外だ。

流石にクーデリアが抗議の声を上げるが、ステルクは危急だとしか言わない。何だか、余裕を無くしたかのように、その顔は強ばっていた。

鉱山街に、到着。

別に騒然としている訳では無い。鉱山はいつも通り動いているようだ。鉱石を積み込んだトロッコは行き来していて、馬車も動いている。アーランドに鉱石を運んで、工場で加工する仕組みは、ダメージを受けていない。

まだスカーレットは暴れていない、という事か。

鉱山の入り口で、ステルクが身分証を出して。騎士しか使えない裏口から中に。

中では、随分たくさんのモンスターが、せわしなく動き回っていた。だがステルクが、相手をしないようにと言って、ずんずん奥へと行く。

ドナーンがかなりいるけれど。

ロロナに仕掛けてくるようなことは無い。ロロナを見ても、興味が無さそうに、視線をそらしてしまう。

だいぶ、反応が違う。

或いは、ロロナの纏っている魔力が、ドナーンが戦闘意欲を失うほどに強くなっているのか。

それが正かは判断できないけれど。

無駄な戦いをせずに済むのは、良いことだと思う。

既に、外は夕方の筈だ。

ステルクについて、廃坑道をどんどん深く潜っていく。足音が高く反響するので、ロロナは時々身を竦ませた。

クーデリアはと言うと、銃も抜いていない。

抜くまでも無いと、判断しているのだろう。

途中、かなり大きい、草食の爬虫類に出くわした。坑道の中に生えている光る草を、むしゃむしゃと食べている。

以前でくわした、とても大きなドナーンに、同族が食べられているのを見た事がある。今改めて観ると、群れを作って身を守っているようだ。何頭かは此方に視線をじっと向けている。

群れの内側に庇っているのは、恐らくは子供だろう。

小さいうちは、ロロナと同じくらいの大きさなのか。ただ、興味津々に此方を見ている子供と違って。大人は強い警戒心をむき出しにしていた。近づこうとすれば、威嚇してくるだろう。それでも近づけば、突進してくることは疑いない。

今は、構っている暇が無い。

ステルクが、手招きする。

どうやら、最深部まで、降りてきたらしかった。

悪魔の長老がいた。ステルクと二言三言話すと、長老はロロナにも視線を向けてくる。

「久しぶりじゃなあ」

「はい。 お元気、でしたか」

「今の時点ではな。 スカーレットの退治を請け負ってくれるというのは、本当かね」

退治、か。

スカーレットは、彼らの中の忌み子と聞いている。

勿論人間に合わせて、退治という言葉を口にしたのだろうけれど。何だか悲しいなと、ロロナは思った。

彼らは確かアポステルと呼ばれる種族の悪魔だそうだけれど。

彼らなりに生活や習慣がある事は、何度かここに来て知っている。人間と同じように考えるし、悲しむし怒りもする。

荒野で緑化作業をしていた、沼地の悪魔もそうだった。

悪魔は、人間とあまり変わらない。姿以外は、まんま人間だといっても、良いくらいだ。勿論人間に敵対的な悪魔もいるのだろう。この長老もそう言っていたし、今後は遭遇する可能性が高い。

だが、対話が出来るなら。

可能な限り、戦う事では無くて、話し合うことで解決したかった。

「良いんですか? その、スカーレットさんを退治……してしまって」

「かまわん。 我らは世界の汚れを身に取り込むことで、罪の精算をする事を選んだ一族だ。 長年掛けて汚染を命と引き替えに消し去ってきたが、その過程で、どうしても狂ってしまったり、体を変異させてしまうものはいる。 スカーレットは、その代表。 苦しんでいるあの子を、どうにか救ってやって欲しい」

そういえば。

沼地の悪魔も、似たような事を言っていたような気がする。

世界の汚染。

きっと、それは旧時代の、大絶滅に関係しているはずだ。悪魔達は、一体何を知っていて、何をしているのだろう。

長老は咳払いすると、なおも続ける。

「同胞から聞いたが、お前さんは彼方此方の土地を緑化して、汚染を取り払ってくれているそうではないか。 お前さんになら。 我ら一族の悲しみを、楽にすることを、頼んでも良いだろう。 託しても、良いだろう」

気付くと。

まだ若いらしい悪魔達が、何体か此方を見ていた。

好意的な視線では無い。

長老が、全く違うトーンの声で、若者達を威圧的に制止した。

「ヨン! カルカ! ケイ! 止めぬか!」

「し、しかし親父!」

「この錬金術師どのが持ち込んでくれた食糧が、どれだけ役に立ったと思っている! それに、近年の錬金術師の中では、紛れもない緑化作業への貢献者ぞ。 我らにとっても、希望の存在と言って良い」

「だけどよ! 俺たちがこんな姿にまでなって戦い続けてるのに! そのまんまの姿で、表を歩けるなんて! どうしたって許せねえよ!」

何を言っているのかは、よく分からない。

伝わってくるのは、果てしない怒りと。それ以上の、悲しみだ。

「アーランドでさえこれだ! 大陸中央部の人間共は、もう汚染と戦う事さえ諦めて、好き勝手にやってやがる! 俺たちがせっかく緑化した土地から栄養を奪い取っておいて、何が富国強兵策だ! 奴らの愚行のせいで、また荒野にもどっちまった土地さえあるんだぞ! そのくせ鼠みたいに数だけは増えやがって! 「あの方々」の言うとおり、俺たちが此奴らを追い出して、世界を緑化するべきなんだよ!」

「出来もしないことをいうでない! 今、アーランドの王を本気で怒らせたら、我らなど早晩駆逐されてしまうわ!」

長老が一喝。

若者達は悔しそうに黙り込む。ロロナはしばらく話を聞いていたけれど。自分から、怒りを目に溢れさせている悪魔達の前に出た。

「事情は分からないけれど。 これ、食べてください」

「食い物……」

差し出したのは、耐久糧食だ。

たくさん作ってきたから、少しくらいは大丈夫。

「きっと、元気になります」

空腹には勝てないのか。若い悪魔は、無念そうに、それを受け取った。

黙々と食べている。悔しそうに。悲しそうに。

「あの圧縮パイ、皆が好物にしておりましてな。 この長老の、使い物にならぬ知識でよかったら何時でもお教えいたしますので。 また持ってきてくれれば、たすかりますじゃ」

「いつでも、持ってきます」

「畜生。 うめえよ……! 力も湧いて来やがる……!」

悪魔が、ぽろぽろと涙を流している。

ロロナはいたたまれなくなって。スカーレットが封印されているという、岩の方へと、ステルクとクーデリアを急かして、向かう事にした。

 

積み上げられた岩が、ぼろぼろになっている。

内側から感じるのは、熱か。

唸り声が聞こえた。

「魔術師達が封印を重ねがけして、抑えてきたのだが。 コストが掛かりすぎると、前から苦情が来ていた」

ステルクが剣を抜く。

此処で言うコストというのは、お金の事では無い。

アーランドは基本的に、慢性的な人手不足だ。魔術師が出張って、強力な魔術を使うとする。その時消耗するのは、本人の魔力だけでは無い。時間も、なのだ。そして魔術は、精神力に威力が大きく影響する。

疲れている状態では、力を発揮しきれない。

魔術師の数は限られている。その稼働時間も。

多くの問題を解決するのに、魔術師は引っ張りだこ。それは戦士達も同じ事。コストを削減できるなら、しなければならない。

それが、此処にいるスカーレットを退治する、目的。

アーランド側は、そういう目的で動く。そして悪魔達は。哀れな忌み子に救済をと、ロロナに頼んできた。

動機は、どうでもいい。

利害は一致している。だから、ステルクのような強者が、動いてくれた。

岩が、内側から吹っ飛ぶ。

ステルクが剣を振るうと、その大半が、中途で爆砕された。

思わず顔を庇ったけれど。ステルクだったら、迎撃を成功させるという安心感もあった。

膨大な岩煙が押し寄せてきた。咳き込みながら、ゆっくり魔力を周囲に放出して、埃を払う。これくらいの事は、ロロナでも出来る。

砕けた岩が、崩れ落ちる。今まで、スカーレットを封じていた魔術の、寿命が切れて。そして、岩自体も劣化が進んで。内側から、破壊された。

ついに、忌み子が、外に姿を見せたのだ。

それは悪魔と言うよりも、むしろドナーンに似ていた。全身は真っ赤。体格は巨大極まりなく、背中には禍々しい翼。ただしねじれていて、とても空を飛べそうには見えなかった。

顔には、どこかアポステル達と共通する面影があるけれど。

手足の爪の長さ。足の強靱さ。そして全身に共通している、吹き出物と、膿が溜まった傷口。肌には鱗は無くて、紅い皮膚は、恐らくは充血しているのだろう。血は赤い、と言うわけだ。

蠅が飛んでいる。

凄まじい臭いが、此処まで漂ってくる。

感情がこもらない瞳が、此方を見る。瞳孔も無くて、生き物の目とは思えなかった。唸り声が上がった。喋ることも、出来ないのだろうか。

だが、分かる。

スカーレットの体を覆う凄まじい魔力が。あれはロロナなどの比では無い。もし相手が本気になったら。

生唾を飲み込む。

意識が、持って行かれそうになる。それだけ、凄まじい威圧感を、相手が放っていた。

「気をしっかりもって! 強いなんて、次元の相手じゃないわよ」

「分かってる」

間合いを、慎重にはかる。

会話は、出来る状態では無い。ステルクは既に、いつ仕掛けてきても対応できる状態だ。クーデリアも。

だが、それなのに。

いきなり、ステルクが吹っ飛ばされる。

風が、遅れて吹きつけてきた。

一瞬の間に凄まじい攻防が行われ、ステルクがそれにはじき返されたという事だけは、何となく分かった。

跳びずさりながら、発破に点火。投擲しつつ、下がる。

スカーレットが手で発破を弾くのと同時に、炸裂。だが、スカーレットの身を覆っている凄まじい魔力が、ダメージさえ許さない。

炎が収まった後、ほぼ無傷の手をふるって、スカーレットが前に出る。

まるで、敵など、最初からいないかのように。その動きは獰猛でありながら、悠然とさえしていた。煙を蹴散らして、姿を見せる様子は、まさに魔神だ。

クーデリアが発砲。連続して、弾丸を叩き付ける。皮膚に、弾丸そのものはめり込むが、スカーレットは意にさえ介していない。ロロナも呪文詠唱をしているが、効くかどうか。

自信が無い。

魔力が見えるロロナには、分かるのだ。

スカーレットはその全身に、生半可では無い魔力を纏い、それを鎧としているのだと。ダメージがそもそも入らないような弾丸は、防ぐ必要も無い、という事だ。

鎧だけでは無い。

動きにも、利用している。

いきなり、スカーレットの姿が消える。

そして、ロロナとクーデリアを分断するように着地。

吹っ飛ばされた。

巨体といっても、この辺りの坑道はかなり天井も高い。天井近くまで跳躍したスカーレットが、いきなりストンピングを仕掛けてくれば。辺りが吹っ飛ぶほどの衝撃になる。必死になって飛び退いたロロナと、クーデリアが分散されるたのは痛い。地面に叩き付けられたロロナが、咳き込みながら立ち上がると、其処には此方を赤い目で見下ろすスカーレット。腕を、振り上げている。死ぬ。一瞬が、一刻にも思えた。

ステルクが仕掛ける。

大上段から斬り付けるが、無造作にスカーレットが腕を振って、剣撃を止めるどころかはじき返す。

強い。

だが、ステルクは、着地と同時に、雷撃を纏った一撃を振るい上げた。面倒くさげに、これも弾きに掛かるスカーレット。

しかし。

次の瞬間、はじめて有効打が入る。

わずかに、スカーレットが小首をかしげる。ロロナが撃ち込んだ攻撃魔術が、首筋に着弾したからである。

皮膚に焦げ目が入っている。

魔力さえ突破できれば、効く。呼吸を整えながら、懐から発破を取り出す。

気がつくと、空中に舞っていた。

尻尾が、無造作に。

予備動作も無く、叩き付けられて。それに気付いたクーデリアが、ロロナを抱えて飛んだのだと、遅れて気付いた。スカーレットが、此方に向けて、口を開けている。その口の中に宿る禍々しい紅い光。

クーデリアの目に、明らかな焦り。

ロロナは、意を決すると、発破を投げつける。引火し、爆発。衝撃波が、したたか空中にいるロロナとクーデリアをたたきのめす。着地失敗。二人で、転がるが。立ち上がる。こんな程度で倒せる相手では無い。

煙を吹き飛ばしながら、スカーレットがぬっと顔を見せる。

ステルクが割って入る。

ノーモーションからの雷撃。

手で払って、邪魔だと言わんばかりに、ステルクに紅い禍々しい光を放つスカーレット。ステルクが、雷を地面に叩き付けて、光の柱のようなものを作る。だが、防戦一方。スカーレットは、じりじりと、紅い光を押し込んでいく。

もう一発、叩き込もう。

そう思った瞬間、クーデリアに突き飛ばされる。

尻尾がしなって、今までロロナがいた地点を、容赦なく叩き潰していた。

クーデリアは。

間一髪、尻尾での一撃を逃れていた。あのスカーレット、此方に対する注意も、怠っていない。

走りながら、距離を取る。

背中に向けて発破を何発か投げつける。その間、クーデリアは相手の間合いのぎりぎりを通りながら、何発も銃撃を浴びせるけれど。効いている様子が、まるでない。

ステルクの雷撃と、紅い光が弾きあう。

壁に叩き付けられたステルクに、スカーレットが大きく息を吸い込んで、全力からのブレスを叩き込んだ。

視界が、漂白される。

一瞬遅れて、爆風が叩き付けられた。小柄なロロナなんて、ひとたまりも無い。投げられた人形のように吹っ飛んで、地面に叩き付けられる。

スカーレットは、ほぼ無傷。

駄目だ。こんな相手、勝てる訳が無い。でも。

このままだと、この坑道は壊滅だ。悪魔の長老も、復讐に狂ったスカーレットに、殺されるだろう。

立ち上がる。

スカーレットは歩き去ろうとしていたけれど。

ロロナが、攻撃術式を背中に叩き込んだことで、面倒くさそうに振り返った。ステルクは、無事だろうか。分からないけれど。

詠唱を、進める。

せめて、もう一人いれば。いや、リオネラがいても、タントリスがいても、イクセルがいても。

これは、どうにもならなかっただろう。

不意にスカーレットが、右手を振り上げて、飛来した雷をはじき返す。

ステルクか。唸りながら、スカーレットが、跳躍。

天井近くから、辺り一帯を薙ぎ払うように、紅い光を撃ちはなった。

何とか、直撃は避けたけれど。

気がつくと、地面に、襤褸ぞうきんのように転がっていた。何秒意識を失っていたのだろう。

ステルクは、無事だ。

まるで臆すること無く、スカーレットと正面からぶつかり合っている。側に、気配。クーデリアだ。

クーデリアは、可能な限り身を低くして、気配も薄くしている。激しい戦いをしているステルクとスカーレット。スカーレットの攻撃を見切りはじめているのか、ステルクは五分に打ち合っている。だが、大きさが違いすぎる。このままだと、危ないかも知れない。

血の臭い。

ふとクーデリアを見ると。

左手の指先から、血が垂れ落ちている。

今の一撃を浴びて、無事で済んだとは思えない。

見ると、何カ所かを酷く傷つけられていた。左腕は特に酷い。二の腕をざっくりやられていて、其処から鮮血が滴っているのだ。

「そのまま、倒れたふりをしていなさい」

「くーちゃん、大丈夫?」

「大丈夫。 むしろ好都合よ」

表情一つ変えていないクーデリアだけれど。おそらく、全身が引き裂かれるような痛みに襲われているはずだ。服の彼方此方には、血がにじんでいる。それも、決して浅くない傷の筈だ。

だが、冷静に戦況を見ている様子は、むしろ頼もしい。

既にリミッターも外れているはず。そして今のクーデリアなら、スリープショットの五発や六発、撃てるはずだ。

「大きいの、行ける?」

「大丈夫だけど、多分防がれるよ」

スカーレットの防御力は、膨大な魔力に起因している。魔力量は、ロロナより数段上だ。だが、クーデリアは、それで良いと言う。

作戦を聞く。

確かに、それで行けると思う。

頷くと、クーデリアは側を離れる。もう、長くは戦えないはずだ。ロロナは大きく息を吸うと、目を閉じて、集中。

詠唱を、開始する。

腹ばいに伏せたまま、杖を構えて、詠唱をくみ上げていく。

ステルクが、徐々に押されていく。

いや、違う。

わざと不利を装って、気を引いてくれている。

不意に、直上から、スカーレットの目を狙って、数発の弾が叩き込まれる。クーデリアの支援射撃だ。壁を蹴って天井に躍り上がり、其処から発砲したのである。一瞬だけ、気をそらしたスカーレット。

袈裟に、ステルクが雷撃を叩き込む。

わずかに下がるスカーレットが、しかし。膨大な魔力を全身から放つ。それは暴風のように、既に破壊され尽くした坑道の中を荒れ狂う。まずい。ロロナは必死に地面に張り付いて耐えるけれど、焦りが心臓を早鐘のように打たせる。長期戦になると、落盤になりかねない。そしてスカーレットは、多分自分の命など、どうでも良いと考えている。いや、考えてさえいない。

殺す事。

それだけしか、あの哀れな忌み子の頭には、もう残っていない。交戦していて、嫌と言うほど、それが分かる。

スカーレットが、連続してステルクを踏みつけに掛かり、振り返りざまに尻尾をクーデリアに叩き付けた。クーデリアが尻尾を避けきれず、擦って吹っ飛ぶ。壁に叩き付けられて、嫌な音がした。更に追い打ちを掛けようと、口の中に魔力をため込みつつ、尻尾をふるってステルクを牽制。隙が無いスカーレットの行動には、戦慄するばかりだ。

そして、気付かれる。

詠唱が、まだ終わっていない。スカーレットの目が、ロロナを見る。ため込んだ魔力を、そのまま全力で、クーデリアに放とうとする。それでいながら、ロロナへの警戒も怠っていない。

巨体なのに。何という。

「舐めるなっ!」

ステルクが、その時。勝負に出た。

不意に加速すると、尻尾を斬り付けながら、雷撃を叩き込んだのだ。魔力による防壁を、打ち抜くほどの一撃だった。

はじめて、スカーレットが痛覚を刺激されたか、動きを止める。

だが、それでも。スカーレットは、クーデリアに向けて、紅い魔力の塊を、叩き付けていた。

爆裂。

轟音。

天井から、岩の塊が落ちてくる。

一つでも直撃すれば、死ぬ。

だが、クーデリアが言う所の、此処こそが勝機だ。

詠唱、完了。

立ち上がると、大地を踏みしめる。四方に魔法陣を展開。全て、魔力を増幅するためのものだ。

岩が至近に落ちてくるが、関係無い。

大きく息を吸い込むと、絶叫しながら、ぶっ放す。

赤白青黒。全ての色が混ざり合い、ロロナの杖から、閃光の奔流となって撃ち放たれた。

それは、中途にある落石を全て爆砕しながら、まっすぐスカーレットに伸びる。スカーレットは振り返りざまに、魔力障壁を展開。だが、天井近くまで跳び上がったステルクが、頭上から股下まで、一気に巨大な悪魔を切り裂く。

鮮血が噴き出す中。

魔力の奔流が、障壁を粉砕。スカーレットに直撃。

だが、スカーレットは吼える。

踏みとどまる。

全身の魔力を、一点に集中して、防ぎに掛かる。巨体がずり下がる。ステルクが更に一撃を浴びせるが、なおも倒れない。岩が何度も落ちてきて、直撃しているのに。ロロナの魔力砲を浴びながら、その巨体は。

スカーレットの首筋に、閃光が突き刺さる。

片膝を突いたクーデリアが。頭から血を流しながらも、一撃を叩き込んだのだ。

全ての魔力をロロナの攻撃に対する防御に廻しているスカーレットの。更に、ステルクが切り裂いた傷口に。更に、立て続けに三発。その内二発が、同じ場所を直撃。

大穴が、スカーレットの体に、穿たれた。

鮮血が噴き出す。

どろっと濁った血だ。冷静に弾丸を装填し直すクーデリアのすぐとなりに、岩が落ちる。あれは、擦ったはずだが。クーデリアは意にも介さず、おそらくシルヴァタイトの弾丸を装填して。

そして、とどめの一撃を放った。

ロロナの魔力砲の咆哮が止む。

スカーレットの首を左右に貫通する大穴が、開いていた。そして、スカーレットの全身が、黒焦げになってもいた。

落石が止んだ。

だが、またいつ始まってもおかしくない。

「とどめを、さしておく。 君達は、先に行っていなさい」

ステルクが促した。

ロロナは、クーデリアを助け起こしながら、首を横に振る。スカーレットを殺したのは、みんなだ。最後まで、見届ける必要がある。

そうかというと、ステルクは。

既に瀕死だったスカーレットの首を、一息に叩き落とした。

膿と、焼けただれた皮膚と、血の臭いが凄まじい。

瞳も無いスカーレットの目は、何を恨んでいるのか、憎んでいるのかも。最後まで、よく分からなかった。対話は、無理だった。

また、岩が落ちてくる。

皮肉なことに。さっきまで、ロロナが倒れたふりをしていた場所を、岩は直撃していた。

 

魔術師達が来ると、天井を安定させるべく、いろいろな処置をして。そして、スカーレットの死骸を、運び出していった。

少し離れた、天井が安定している広場に移る。ステルクはまだ平気なようで、耐久糧食だけを口にして、後は見張りに立ってくれていた。あれだけスカーレットとやりあって平気なんて。ひょっとして、本気では無かったのだろうか。いや、そんな事は、ないと思いたい。

クーデリアは傷が酷く、とりあえず手当をしていくけれど。これは、出来ればしばらくは動いて欲しくない。傷薬を塗り込んでいても、手が血だらけになるほどだ。消毒をして、包帯を巻いて。

耐久糧食を口に押し込んだ後は、横になってもらう。

ネクタルがふんだんに入っている耐久糧食は、体力の回復に絶大な効果を示す。後は、傷薬が、治癒を促進するのを待つだけ。ただし、これでもまだ応急処置。医療を得意とする魔術師に、診てもらう。

「これは、手酷くやられたわね。 痛い場所を教えて」

「平気よ、このくらい」

「そうじゃなくて、体がダメージを受けている箇所を特定したいの。 外側の傷は特定できたけれど、内臓系にまでダメージが行っていたら、どうにもならないのよ」

口をつぐむと、クーデリアは何処何処が痛いと、正確に話し始めた。

思ったよりも、ダメージを受けている箇所が、多いようだ。

その間、ロロナは自分の応急手当も進めておく。

全力でぶっ放した魔力砲でも、多分スカーレットは倒せなかった。クーデリアの精密大威力射撃があって、はじめて状況を打開できたのだ。

クーデリアが担架に乗せられ、運ばれていった。

話を聞く限り、命に別状は無いと言う。

ただ、数日は絶対安静だとも言われた。魔力の消耗が、内臓に負担を掛けているという。しかも、内臓の何カ所かに、内出血があるとか。食べたネクタルと、魔術による回復をしないと、かなり危ないそうだ。

無茶を、やっぱりしていたのだ。

ただ、クーデリアは、以前と比べて格段に強くなってきている。ロロナも魔力を鍛えているし、母に聞いて魔術を習ったりもしているのだけれど。やっぱり実戦で鍛えているから、だろうか。

ステルクに呼ばれたので、行ってみると。

悪魔の長老だった。

「スカーレットを、楽にしてくれたのですな。 有り難きことにございますのう」

「……分からない事が、あります」

「今はお答えできませぬ。 此方を、せめてお納めくだされ。 我らからの、せめてもの感謝の印ですじゃ」

渡されたのは、とても純度が高いグラビ石や、他にも宝石類。どれも換金できるかは分からないけれど。錬金術としては、大変に強い力を持っているものだ。ロロナには、下手な量の金貨より有り難い。

グラビ石は、たしか此処の悪魔達には生命線だったはずだけれど。いいのだろうか。

悪魔の長老は、良いのだという。

それならば、もう何も言えない。

感謝の印として差し出されたものを受け取らないのは、却って失礼に当たるだろうから。

すぐに、グラビ石が痛まないように処置をして、荷車に詰め込む。他の宝石類も、出来るだけ丁寧にしまい込んだ。

頭を下げる長老達。その場を、後にする。

これ以上此処にいても、気になって仕方が無い。

悪魔の若者達が行った言葉の意味や、スカーレットは何故あれほどまでに、猛り狂っていたのか。

あの怒りは、全てに大して向けられたものであったような気がする。

鉱山を出るまで、ロロナはひとことも喋ることが出来なかった。

 

流石に、そのままシュテル高地に行くのは無理。ステルクも、補給と休憩に同意してくれた。

鉱山を出ると、まず荷物をアトリエに送って、発破の類を補充。今回は、坑道の中という事もあって、あまり多くの発破を持ち込んでいなかったのが、仇の一つになった。というのも、威力が大きすぎる場合、生き埋めになる可能性があったからだ。

そのような事を言っていられる相手では無かった。手段を選ばず、いろいろな発破を試すべきだったのだ。

ステルクは無言で、仕分けの作業を手伝ってくれる。

ホムが、何も喋らず作業をするロロナとステルクを見て、小首をかしげた。

「マスター。 どうなさいましたか」

「ううん、何でも無いよ」

ホムまで不安にさせては仕方が無い。ロロナは無理矢理に笑顔を作った。激しい戦いで消耗しきっていたけれど。それどころではないと判断したからだ。

ステルクの怪我は、大丈夫なのだろうか。

少し気になったが、ステルクは何も言わない。

そして、更に驚くことを言う。

「クーデリア君も一緒に連れて行きたかったが、仕方が無い。 リオネラ君に、声を掛けてきてくれるか」

「シュテル高地、ですか」

「そうだ」

既に新人では入る事さえ叶わない魔境。

凶暴なモンスターが多数生息し、強力なドラゴンも、其処では姿を見せることがあるという。

勿論、今のロロナが、安易に行ける場所では無い。

ステルクは無言で、急ぐように圧力を掛けてきていた。気は進まないが、しかし。シュテル高地は、珍しい採取物の宝庫でもある。ステルクが同行してくれるのなら、これ以上無い好機でもあった。

クーデリアは絶対安静と医師に釘を刺されていたし、しばらくは本人がどう言おうと連れて行く事が出来ない。

そして、不安になる。

クーデリアは、ロロナが足りないところや、苦手なことを、全て把握していた。だから、いつも転ばぬ先の杖となってくれる。

どっと不安が、増してきた。

リオネラに声を掛ける。リオネラは、何人かの魔術師に弟子入りしたとかで、かなり厳しく鍛えてもらっているそうだ。

ロロナを見ると、アラーニャとホロホロが手を振って来る。

「おーう、ひょっとして採取か?」

「うん。 お願い、出来るかな」

「此方からお願いしたいくらい。 連日ハードで、本当に困っていたのよ」

アラーニャがそう言うと、恥ずかしそうにリオネラはうつむいた。

一緒に出る日取りを決める。

ひょっとすると、鉱山での戦闘で消耗が小さかったら。ステルクは、そのままシュテル高地に向かうつもりだったのではあるまいか。

そんな疑問が頭をよぎったが。

まさか、そんな事は無いと信じたい。アトリエに戻ると、ステルクは一度帰宅するとホムに言づてを残して、姿を消していた。

この日だけは、休め。

そう命令された気がして、ロロナは緊張したまま、明日からの苛烈なスケジュールを思って、げんなりしたのだった。

 

ステルクに連れられて、翌日は早朝から、街道を急ぐことになった。

シュテル高地は、アーランドの国境となっている山岳地帯の一部。このシュテル高地を抜けると、別の国になるのだけれど。その国も、危険すぎるシュテル高地に踏み込むのはいやらしく、国境には申し訳程度の監視部隊だけを置いているのだとか。

アーランドとしても、このシュテル高地を抜けて大軍を送り込むことは不可能に近いし、事実上の中立地帯として機能しているのだと。ステルクは、道中で説明してくれた。

ロロナも既に、この課題で国から無理難題を言われるようになって、一年半以上が過ぎている。

特に今回の課題は、こなしきれば二年が終わる。

そう考えると、節目と行っても良い、重要な課題だ。

だんだん、寒くなっていくのが分かる。

リオネラは薄着だったのだけれど。無言でステルクが持ってきた毛皮のコートを、上から着るように言われた。

魔術である程度寒さの緩和は出来るらしいのだけれど。

確かに、山を登り始めて、ロロナはそれが厳しいことを、すぐに悟ることになった。

周囲から飛んでくる殺気の質が、根本的に異なる。

所々に群れを成しているウォルフは、毛皮が白く、体格がまるで近くの森にいる者とは違っていた。

サイズがそもそも、倍近く大きいのだ。

長さが倍になれば、重さは八倍になる。しかも筋骨隆々としていて、動き自体も早い。人間に対しても、襲撃を躊躇っていない。

自動防御を展開するリオネラの魔力は、前より遙かに強くなっているけれど。

背後から奇襲してきたウォルフの体当たりは凄まじい圧力で、自動防御が貫通されるかと、ロロナは冷や冷やした。

ステルクが斬り付けると、流石に白いウォルフもひとたまりも無い。

辺りには、血だらけの死体が残る。

ブリザードの中、死体が凍っていく様子は、見ていてもの悲しかった。

鳥もいる。

以前から、遠くで見るだけだった、原初の鳥だ。

近くで見ると、虹色の翼や羽毛が、とても美しい。しかしヴァルチャーよりも更に二回りは大きくて、しかも此方の様子を計算高くうかがっているのが、すぐに分かった。ただでさえ、猛禽は視界が非常に広く、此方のことはとっくに気付いている。あれは、隙を見せれば、襲ってくる。ステルクがいるから、襲われないだけなのだと、ロロナには分かっていた。

今回は、幸いにも。高地の深部まではいかないという。

それでも、戦闘は何度も起きた。

既に街道などと言う気が利いたものは存在しない。路らしきものはあったけれど。モンスターは我が物顔に闊歩していて、関係無しに襲ってくる。

もはやこの辺りでは。

アーランド戦士でさえ、モンスターを怖れさせる事は出来ない、という事だ。

巡回の戦士と会った。

四人一組で巡回している戦士達は、誰もが歴戦の猛者である事が、一目で分かる。近くの森で巡回しているのを、見た戦士も混じっている。

違うのは、雰囲気だ。

同じ人でも、纏っている気配がまるで違う。

此処が地獄で、油断したら即座に殺される事を、皆理解している、ということだ。

そして此処でも。巡回班に、小さな女の子が混じっている。やはりステルクは、それについては何も教えてくれなかった。

ようやくキャンプスペースが見えてきた。

常に篝火が絶やされず、非常に厳しい警戒の態勢が敷かれている。休憩しながらも、気を休めるなと、周囲に言われている様だ。

事実、まるで戦陣だ。

時々、モンスターの悲鳴が聞こえてくる。

近くに来たモンスターを、戦士達が仕留めている、という事だ。

驚いたことに、行商人の姿もある。

アーランド戦士が護衛についているけれど。それでも、命の保証は無いだろうここに来るだろうと言う事は。

この高地に余程の魅力がある、という事だ。

年配の商人に、話を聞きに行ってみる。錬金術師だと名乗ると、少し商人は驚いたようだった。

「噂には聞いているよ。 若いのに、既に幾つかの業績を上げているっていうんだろう?」

「えへへー、ありがとうございます」

「悪いが、君にはものを売ることはできんのだ。 我々には縄張りが決まっていてね、君は担当の商人がいる」

いきなり、吃驚することを言われた。

ひょっとすると、コオルかと思ったけれど。その予想は当たった。

「我々はそもそもが過酷な競争の中で生きているからね。 ルールを決めて、その中で商売をするようにしているのだ。 そうしないと、争いを招いてしまう。 ただでさえ過酷な世界で、更に互いの首を絞めるような事があっては、大変だからね」

「そうだったんですか。 コオルくんしか行商が来ないのは、そういう理由だったんですね」

「あの子はまだ若いが、やり手だ。 いずれ長老会議で、縄張りを広げることを許されるかもしれんな」

行商人が、売りはしないがと言って、荷を見せてくれた。

鉱石が主体だが、珍しい植物もかなりの量がある。ちょっと欲しいと思うものもあったけれど、自生している場所は教えてくれなかった。ただ、コオルも扱っているそうなので、出費を我慢すれば入手は可能だ。

ステルクが戻ってきた。

かなり険しい顔をしている。良くない事があった、という事だ。

「スニー・シュツルムの目撃情報があった」

「!」

ロロナでも聞いたことがある。

この高地を中心にして、出没が確認されているドラゴンだ。固有名詞を与えられている数少ないドラゴンでもある。

非常に高い戦闘力を有しているが、問題はそこでは無い。ドラゴン程度なら、アーランド戦士が討伐に掛かれば、ひとたまりも無い。

このドラゴンは、人間が入りにくいところを縄張りとして移動しながら、狡猾に立ち回ることを問題視されている。

実際、戦士を襲うことはほぼ無い。

戦闘力が無い行商人や、他国の人間を、めざとく見分けては襲うのである。そして、人間を喰うこともあまりしない。狙いは荷物。或いは家畜。

人間を追い払って、その持ち物を喰らうのだ。

獰猛、凶暴なモンスターなど、アーランド戦士は怖れない。

しかし狡猾な相手となると、極めて苦手。

これは、昔からだ。

どれだけ戦闘能力が高くても、罠にはめっぽう弱い。どうしようもない、アーランド戦士達の欠点の一つである。

行商人達が、下山を促される。

老商人も、やれやれと立ち上がると、山を下りることにすると言った。

「あいつは我々行商人にとっては怨敵でなあ。 仲間を何人も殺されたよ。 だが、戦士では無い我々には、対抗手段が無い。 アーランド戦士の討伐が及ばない地区を移動しながら、弱い者ばかりを狙ってくる彼奴は憎らしいが、どうにもならん。 一番大事なのは、命だ」

口惜しそうに、老商人は言う。

やるせない。

だが、ロロナには、どうにも出来なかった。

ステルクは、ぞろぞろとキャンプスペースを出て行く行商人達を見送ると、この辺りで数日過ごすと言った。

スニー・シュツルムと遭遇する可能性があるのではとロロナは思ったけれど。

ステルクは、何も言わない。

或いは、遭遇する事を、想定しているのかも知れない。

 

吹雪き始めた。

リオネラは、一応毛皮を一枚上から着ているけれど、全く寒そうにはしていない。自動防御の内側が温かいという事はないので、多分何かしらの魔術で緩和しているのだろう。ロロナも魔術を使って寒気を緩和しているのだけれど、リオネラが何を使っているのかは、分からない。

ステルクはわざとモンスターに襲われるような場所ばかりを通る。

どうしてそんなところを行くのか、聞いてみようとは思ったのだけれど。ステルクは今回、退治するモンスターがいるとは言っていたけれど。相手までは教えてくれない。いい加減、ロロナも不安になってきた頃。ステルクが足を止めた。

「今回は、引き上げだな」

「ステルクさん、何を退治する予定だったんですか?」

「フレスヴェルグだ」

聞いたことが無いモンスターだけれど。

リオネラの方が知っていた。

氷の女王と呼ばれる、原初の鳥たちのボスだという。彼女が今教えを受けている魔術師の一人が、時々口にするそうだ。

何でも、アードラ種では最大級の大きさを誇り、恐ろしく高い戦闘能力を持っているのだとか。

数々の魔術を使いこなすだけでは無く、知能までも高く。

なんと、人語を操るという噂まであるという。

その上、人間を避けて命脈を保ってきた狡猾さも備えていて、何度かの討伐でいずれも逃げられているのだとか。

スニー・シュツルムもそうだが、討伐されていない大物のモンスターは、いずれもそういった狡猾な存在なのだろう。知恵を身につけているからこそ、今まで命を保ってきているのだ。

そうなると、モンスターとしては、間違いなく最上級の相手。ロードと呼ばれる上級の悪魔達や、ドラゴンに匹敵する存在と見て良さそうだ。

そして、ぞくりとくる。

そんな相手を、ロロナとリオネラを伴って、倒すつもりだったのか。

この間のスカーレットと言い、いきなりハードルが上がったのは何故だろう。ステルクは何も言わないけれど。

ひょっとして、何かあるのか。

大きな危険が迫っているのだとしたら、それは何なのだろう。

下山する。

かなりの時間をロスはしたけれど。荷車は、貴重な植物や、鉱物で一杯だ。特に鉱物に関しては、加工すれば様々な武器に変えることが出来る。魔術を帯びさせることで、本人の能力を引き上げるような武器を作る事も、可能になるだろう。

そうなれば、ロロナやリオネラには、非常に頼もしい武器となる。

下山は、無事に終わった。

山は吹雪いていて、これから上がるのはかなり厳しい。

ステルクは吹雪く山を見上げながら、残念そうにしていた。

「時間が、足りないな」

ぼそりと、ステルクが呟く。

何の時間が足りないのかは、ロロナにはよく分からなかった。

 

3、迫る現実

 

親父さんは、ロロナが鉱石を見せると、満足げに頷いた。

いずれも、問題の無い品質だという。

そして、分厚い本を手渡してくれる。インゴットへの加工法、というものだ。鉱石をこれによってインゴット化する事で、より安く武器や防具へと加工できるというのである。

「本来、錬金術でも反射炉って言う大がかりな装置がインゴット化には必要だったんだがな」

親父さんが、色々と技術を説明してくれる。

今回は、ロロナとしても、大砲を作る際に金属が必要になってくる。だから、話を聞いていく価値があった。

「何だかは知らんが、今はお前さんの所にあるような小さな炉でも、技術さえあればどうにか出来るそうだ。 以前、三代前の錬金術師にそう聞いたことがあるよ。 まだ俺が、鍛冶屋をする前、戦士だった頃だ」

「有り難うございます。 参考になります」

「おう。 インゴット化が手間だと思ったら、直接持ってきな。 多少は割高になるが、俺がどうにかしてやる」

そう親父さんは親切に言ってくれた。割高になるのは、仕方が無い事だ。親父さんの手間を考えると、当然である。

ロロナも、色々と作業をしてみるようになって分かった。作業をするために消費する時間というのは、そのままお金に換えることが出来る。

そして、お金はあらゆる意味で馬鹿に出来ない。

アーランドの価値観では、お金はあまり良い存在では無いとされている。確かに頷ける部分はある。

でも、馬鹿にすることも出来ない。

それは、師匠が殆ど手伝ってくれず、ロロナとクーデリアで課題をこなしていく内に、分かってきた。課題をこなして国から補助金が出る度に、思い知らされもした。

実際、前回の課題では、蓄えていたお金は殆ど底をついてしまったのだ。

もしも無駄使いをしていたら。

今頃、ロロナは課題を突破できず、路頭に迷ってしまっていただろう。宵越しのお金は持たないというような言葉もあるけれど。

少なくとも、ロロナはお金を大事にしていきたいと、思っていた。

アトリエに戻ると、ようやく歩けるようになったクーデリアと一緒に、資料を見直して行く。

今日はリオネラも来てくれていたので、意見が聞けそうだ。

「やっぱり、大砲に使う金属は、頑強な方が良さそうだね」

「火薬の衝撃に耐えることを考えると、当然でしょうね。 ただ問題があるとすると」

クーデリアが指したのは。

粘り腰、と言う部分だ。

幾つかの資料によると、大砲には強い弾力性が必要になるのだとか。硬いだけだと駄目で、衝撃を受けきって流すくらいの事が出来ないと、何度もの射撃には耐えられないのだとか。

幾つかの資料を見ていくけれど。

最適な金属については、よく分からない。

たとえば、鉄が良いと書いている資料もあるけれど。ただの鉄は、あまり頑丈ではない。実際、その資料を書いた錬金術師が作った大砲は、あまり良い評価を得ることが出来なかったそうだ。

しかし、それ以上の金属となってくると、コストパフォーマンスに色々と問題が生じてくる。

たとえば、この間のシュテル高地で拾ってきた金属類を使えば。

シルヴァタイトやゴルトアイゼンを用いる事で、更に頑強な大砲を用いる事が出来るけれど。

おそらく、一機ごとの作成コストが、尋常では無くなるはずだ。

リオネラが、おそるおそる言う。

「どうして、大砲を、作る必要が、あるの?」

「ううん、そうだね。 課題を見る限り、国境地帯に配備するって書いてあるよ。 多分分かり易い軍事力として、必要なんだと思う」

「戦争を防ぐために、大きな軍事力を見せるの?」

「そう言うことになるね」

別に違和感は無い。

アーランドがそもそも、そうやってこの世界で立脚してきた存在だ。アーランド戦士の凄まじい強さと恐ろしさを見せつけることで、辺境諸国におめおめ手出しを出来ないように、周囲を威圧してきた。

事実、ステルクが気配だけでモンスター達を圧倒して、戦闘を避けている様子も目にしているロロナは。

それが間違いであるとは、特に思わない。

「それなら、見かけだけ大きな大砲を作るのは?」

「ううん、きっとそれはもう、やっているんだと思うよ。 今回は、実用性で以前の大砲を遙かに上回るもの、という要件だから……」

あまり口にはしたくないけれど。

或いは、周辺国と、かなりきな臭くなっているのかも知れない。そうだとすると、ロロナはともかく、最悪の場合クーデリアは出征する可能性がある。アーランド戦士であるならば、当然だ。

それは、嫌だ。勿論私情だと言う事は理解しているけれど。

大砲の改良は、必須。

これは、ロロナだけの問題ではないのだ。

「大砲の大型化は、確かに手の一つではありそうだね」

図面を探してみるが、確かに大型化することで、頑強さを増すようにしたものは存在している。

大砲にライフリングという溝掘りを行う事で、更に射撃精度を上げる工夫もあるようだ。かなり作るのは大変だと思うのだけれど。それは、親父さんに出来るかどうか、聞いてみる必要がありそうだ。

他にも、幾つか必要そうな技術を見て行く。

「まとめると、大砲を頑強にする。 大きくする。 後は」

「生きているっていうのは、どう……?」

面白い事を、リオネラが言う。

確かに、大砲に魔術で擬似的な意思を与えれば、管理は容易になるし、操作もしかり。壊れたときには、自己申告もできるようにすれば、なおさら安全になる。

全てをいきなり盛り込むのはハードルが高いけれど。

幸い今回は、資料がたくさんある。

王宮にも、資料を見に行きたい。

この間ステルクに聞いたのだけれど、ロロナは課題をしっかりこなして実績を上げたことで、王宮から信頼されはじめているという。

或いは、今までは見ることが出来なかったような資料を、閲覧できるかも知れない。

一通り意見をまとめた後、皆に帰ってもらって、自分でメモを整理する。

ロロナも、いい加減クーデリアに手伝ってもらわなくても、調合をしっかりこなして、課題も出来るようになりたいのだ。

クーデリアは体を鍛えたいだろうし、ロロナだってもっとしっかりすれば。クーデリアの怪我を、減らすことだって出来る。

もっと早く大火力の術式を展開する。

魔力を練り上げて、術式の破壊力そのものをあげる。

発破を使って、牽制をする。

戦術を練り上げて、敵の足を止め、一方的に叩く。

どれか一つでもしっかりこなせれば、クーデリアの負担は、ぐっと減るのだ。

資料が一通りまとまったので、早めに寝床に入ることにする。ホムがまだ調合を続けていたので、適当なところで切り上げるように指示。

ざっと、生成物を見て。

明日は、栄養剤を一セット作って、それをホムに納品させて。それから、出かけようと決める。

一通り明日のスケジュールも決めると、後は眠るだけ。

どうしてだろう。

最近は、無駄に過ごす日が、殆ど無くなってきた。

 

翌日は、王宮の図書館で資料集めをする。その際に、幾つかの前線施設についての資料も、見つけることができた。

今日はクーデリアはいない。なにやら忙しいそうなので、リオネラに来てもらっている。ちなみに、ぬいぐるみ達は、黙ったままリオネラの後ろで浮いている。王宮の中では、ひとことも喋らない。

一緒に資料を探していると、色々と付帯知識が増えてくる。

たとえば、アーランドの国防だ。

アーランドの西部や南部は、辺境諸国と接しているからか、あまり防備が強化されていない。

他の辺境諸国の中でも、アーランドは一目置かれており、なおかつ恐れられてもいる。最強と噂されるアーランド戦士を相手にしたいと思う辺境諸国は、現時点では存在しないのだ。

これに対して東部や北部は違う。

今の時点ではまだないが、大陸中央の列強と、思い切り接する可能性が高いからだ。その上、繁殖力が低いアーランド人は、領土を広げるのが極めて苦手。今の国境線を維持するのでも、手数が足りないくらいなのである。

特に北部は、幾つか非常にきな臭い国境線があり、これらには多くの砦が作られている。勿論それらには、屈強なアーランド戦士が配備されているのだが。

ロロナが求められているのは、これら砦に、強力な大砲を配備することだ。

幾つかの砦のデータを見るが、配備されている大砲は、非常に粗末な扱いを受けている。確かに、アーランド戦士達にとって、「使い物にならない」大砲など、無用の長物だろう。そんなものを置くくらいなら、一人でも優秀な戦士を回して欲しいと言うのが、彼らの本音の筈だ。

つまり、ロロナには。

既存のものよりも、簡単なメンテナンスで稼働させることが出来る大砲の設計も求められている、という事だ。

一応配備数はそれなりにあるけれど。

相当な苦情が上がって来ているようだ。さびているとか、撃ったら爆発したとか。弾がしけっているとか。重いとか。

リオネラが言っていた、生きている大砲というのは、アリかも知れない。

ある程度は自己メンテが出来る大砲であれば、これらの問題も、クリアは容易だ。

それにしても、こうも嫌われる大砲というのも、何だか気の毒な存在である。ロロナは何となく、一緒に来てくれたリオネラに、話を振ってみる。

「ねえ、りおちゃん。 古くなった大砲に、命を吹き込める?」

「ライフエンチャントの事?」

「うん。 魔術師の中には出来る人がいるって聞いたけど。 理屈を、知りたいなって思うんだ」

ロロナはどちらかというと、大量にある魔力を生かして行う、力業の魔術が得意だ。逆に言うと、繊細な調整が必要になる魔術は、あまり得意では無い。

これに対して、リオネラはおそらくだけれど。

魔力量の割には、緻密な作業に向いているはず。理由はリオネラの前では言えないけれど。ロロナが確信しているある事が、原因としてあげられる。

「りおちゃんのお師匠様に、得意な人、いない?」

「今から、行ってみる?」

「うん! そうしよう」

本の貸し出し手続きを、丁度いたエスティにしてもらう。

幾つかの本は借りられなかったので、メモを取って、それから王宮を出た。そういえば、この王宮には、今六十機ほどの大砲が備えられているのだとか。ただ、どれもこれもが旧式で、使うのは難しいものばかり。

祝砲として使う事はあるようなのだけれど。

ロロナの考えが正しければ、これらを一気に戦力化できる。そして、手段さえ確立できれば。

前線に配備されている役立たずの大砲達を、生まれ変わらせることだって出来るだろう。

問題は、エンチャントの技術と、それを錬金術でどう達成するか、だ。

まず、話を聞いてみないといけない。

リオネラに伴われて行ったのは、工場区の奥。

魔術師の中でも、年季が入った人は、どうしてかは分からないのだけれど、街の辺縁で暮らすことが多い。

ロロナの母は現役でも最強レベルの魔術師だけれど。まだ若い。だが、年を取ったら、或いは街の外れで静かに暮らしたいと言い出すかも知れない。

しばらく歩いて行くと、かなり城壁の近くに来た。

良くしたもので、近所は魔術師だらけのようだ。強烈な魔力が、彼方此方に感じられる。モンスターが此処に来たら、跳び上がって逃げていくだろう。

アーランド戦士は強い。

その戦士の中には、戦闘向けの魔術師も含まれているのだ。

リオネラが足を止めたのは、その一角。

かなり品格のある館だ。アーランドでは、爵位をお金で買う事が出来る。ひょっとすると、貴族と呼ばれている人かも知れない。

「ルナリア師匠」

リオネラが、扉に向けて呼びかけている。

基本的に小声のリオネラだけれど。魔力が籠もっているからか、中にきちんと響いているようだ。

ドアが勝手に開く。

これも、エンチャントによるものだろうか。だとすれば、凄い。

リオネラと一緒に、中に。中に入ると、今までじっとしていたアラーニャとホロホロが、急に動き出す。

「ふー、窮屈だったぜ」

「あれ? 今まで、どうして喋らなかったの?」

「リオネラが静かにしなさいって言うから」

「まあ、俺たちが騒いでたら、目立つのは事実だからな」

そこそこに広い庭を歩いて、屋敷に到達。植物がかなり生えているけれど、それらに水をやっているのは、たくさんの節足が生えたじょうろだ。勝手に動き回って、水をあげている光景は、中々に凄い。

思わず感心してみていると、リオネラがぺこりと頭を下げた。

上品な女性の魔術師がいた。普段着だけれど、それでも見ていて背筋を伸ばしてしまう。纏っている魔力の量が桁外れだ。或いは、アーランドでも重鎮と呼ばれるレベルの魔術師だろうか。

少なくとも、今のロロナとは、勝負さえ成立しない。

魔力量はそこそこにあるロロナだけれど。その練り込み具合が、まるで違っているのだ。

「貴方が、ロロナちゃんね。 ロアナさんや、其処のリオネラから聞いているわ」

「あ、はじめまして! ロロナです!」

母とも知り合いとなると、やはり国の重鎮と思った方が良いだろう。

屋敷の中に、案内してもらう。

見ていると、とても不思議な道具が彼方此方にあった。どれもこれもが命を持っているようで、生き物のように動いている。

錬金術で、これを再現できないだろうか。

見回しているロロナが、壁にぶつかって、悶絶していると。くすくすと、ルナリアは笑う。

「あらあら、噂通り、面白い子ね」

「ご、ごめんなひゃい……」

居間で、お茶を出してもらう。

残念ながら、お茶自体は高級品だったけれど、淹れ方が下手なのか、あまり美味しく感じられなかった。

上品でとても綺麗な人だけれど。何でも出来るというわけではないようだ。何処か安心してしまったのだけれど。流石にそうだとは言えなかった。

ルナリアに、リオネラが用件を説明。頷くと、まずリオネラを、奥の方に連れて行った。修行をするのだとか。

ロロナも見せてもらおうかと思ったのだけれど。

修行は、ルナリアの作った道具があれば、一人で出来るのだという。魔術の秘儀もあるから、見せられないと言われた。

そういえば、ロロナの母も、何でもかんでも教えてくれるわけでは無い。魔術師にとっては、編み出した技術は文字通りの生命線なのだろう。ロロナはまだ、見せて貰えるところまで、信頼されていない、という事だ。

それに、ロロナだって、同じ事を言われたら困るはずだ。

錬金術の知識を全部見せろと言われても、出来ないとしか言えない。

「エンチャントについて、知りたいそうね」

「そうなんです。 今、大砲の研究をしているんですけれど。 大砲って、扱いが難しい割に弱いって言われていると思うんですね。 それで、まず簡単に扱えるように、大砲が自分である程度メンテナンスを出来て、扱う際にも補助してくれるようになれば、だいぶ違うのでは無いかなって」

実際には、それだけでは駄目だ。

破壊力を上げて、射程距離を伸ばして。やっと、今回の課題は達成できる。しかし、生きているというのは、今思うと大前提。

なにしろ、アーランド戦士達は、戦う事以外には意欲が薄い。

労働者階級の人を最前線に入れるわけにも行かない。戦う事以外には熱心では無い人達でも扱えるようにするには、精密機器を、簡単に使えるようにする工夫が必要なのだ。

説明を終えると、ルナリアは考え込む。

ロロナは固唾を飲んで、返事を待つ。他のエンチャント使いを探すにしても、時間のロスは出来るだけ避けたいのだ。

「貴方は噂に聞いているほど、考え無しではないのね」

「え……?」

「今度の錬金術師は、優秀だけれど頭が悪い。 そういう噂が、私の所に流れてきています。 話してみて感じたのは、貴方はとてもちぐはぐだということ。 今回の件も、大砲を強化することの戦略的意義と危険性をきちんと理解しているのに、容姿や基礎的な考え方は、子供のよう」

酷い事を言われているのか、それとも。

ロロナに、淡々とルナリアは言う。

「貴方には、エンチャントの技術を教えてはおきます。 それをどう利用するかは、貴方次第。 結果何が行われるのかも、貴方の自己責任。 構わないわね?」

しばらく悩んだけれど。

ロロナは、頷いた。

元々ロロナは、大魔術師の娘だ。アーランド有数の魔術師の娘なのだ。むしろ錬金術師よりも、魔術師と親和性が強いのも、其処に原因がある。

だから、というわけではないけれど。

錬金術に魔術を組み込むこと自体は、苦手では無い。

ルナリアが、資料を出してくる。

それから数時間。ロロナは、その資料に、徹底的に目を通しながら。分からない事を、順番に聞いていった。

 

リオネラと一緒にアトリエに戻ると、クーデリアが丁度来た。

修練が終わったのだろうか。

訓練着から着替えているけれど、分かる。かなり叩き潰されて、汗も掻いた形跡がある。最近、元々鋭かった感覚が、更に磨かれてきている。目も良くなってきたし、鼻も。クーデリアから、汗と血と泥の臭いがするのは、勘違いではない筈だ。

エンチャントの基礎技術については、教えてもらった。

それを告げると、クーデリアは不機嫌そうに頷いた。喋っているのを聞くと、別に機嫌そのものは悪くないようなので。単に虫の居所が良くないだけだろう。

アトリエに入ると、一旦食事にする。

ロロナもかなり頭を使ったので、甘いものが食べたい。それはリオネラやクーデリアも、同じ筈だ。

だが、クーデリアは断る。意外だった。

「あれ? くーちゃん、どうしたの?」

「食べてきたから。 もうあのおばあさん、あたしの事子供扱いばかりして、甘いお菓子いつも作るんだから」

おばあさんというと、おそらくこの間から修行を付けてもらっているという引退騎士、雷鳴さんの奥さんのことだろう。

若い頃はかなり厳しい人で、奥さんもろともアーランドの魔獣とかいう呼ばれ方で、周辺国から怖れられたそうなのだけれど。クーデリアは丁度孫くらいの年だからか、べたべたにかわいがっているようだ。

それをロロナの前で愚痴るクーデリアだけれども。

ロロナは知っている。

クーデリアは、まんざらでも無いのだと。

理由は何となく分かる。

クーデリアはあまり、家族に愛情を注がれたことが無い。だから、純粋に愛情を注いでくる相手は苦手だし、その反面、内心悪く思っていないのだ。その証拠に、クーデリアは此処では文句を言うけれど。

一度影から覗いていたら、雷鳴夫婦の所では、かなり機嫌が良さそうにしている。

勿論、技を教えてくれる相手の前だから、不機嫌な様子など作る事は無いのだろうけれど。それでも、クーデリアが本当に怒っていたり、悲しんでいたりすれば、すぐにロロナには分かる。大親友だと、自分でも思っているからだ。

集めて来た資料にざっと目を通しているクーデリアの前に、お茶だけは出す。

ルナリアはとても優れた魔術師だけれど。

お茶に関しては、ロロナが上の自信があった。勿論、散々練習したから、美味しく淹れられるようになっただけだけれど。

或いは、雇っている使用人が、あまりお茶を淹れる練習をしていないだけかも知れない。

「なるほど、大砲そのものに命を与えることで、メンテナンスを容易にすると」

「うん。 アーランド戦士達が、みんな大砲を嫌がるのは、やっぱり威力とメンテナンスの手間が釣り合っていないことだと思うから」

「良いアイデアじゃ無い。 後は大砲の威力と射程を上げれば、問題なしと」

クーデリアが手放しで褒めてくれたので、嬉しい。

エンチャントの具体的な技術について、まとめたことを次に見せる。リオネラはあまり興味が無さそうだった。

何しろ、彼女は。

いや、今の態度でだいたい見当はついたけれど。それは、口には出さない。喋るのは、もっとリオネラが、ロロナに心を許してくれてからだ。

「要するに、世界の彼方此方にいる悪霊さんを捕まえて、その物体に宿らせるんだって」

「悪霊、ねえ」

「わたしも半信半疑だったけれど、パメラさんみたいな人だっているんだし、きっと悪霊は存在するんじゃないのかな。 それにエンチャントを専門にしている魔術師はたくさんいるし、技術としてはありなんだよ」

「まあ、それはいいわ。 で、錬金術で再現できるの?」

此処を躓いてしまうと、そもそもの戦略が瓦解してしまう。

ロロナは頷くと、図を示す。

悪霊をまず捕獲する。

これに関しては、ゼッテルに専門の魔法陣を張ることで出来る。

その後、悪霊に、自分が生きていると錯覚させる。これも、同様の方法で可能だ。魔法陣については、既に書き方を教わっている。

最後に、物体に悪霊を閉じ込める。

やり方は色々あるようだけれど、これについては既に目処がついている。錬金術で、充分に応用可能だ。

ロロナはやはり魔術の方により強い素養があるようで、見てすぐに理解できた。ルナリアは、それを見て、大きく嘆息したのだ。私は概念を理解するまで、半年近く掛かったのにと。

罪悪感を覚えてしまったけれど。

ただ、これはおそらく、ロロナに下積みがあったからだろう。実戦で散々魔術は使って来ているし、母に基礎は教わっている。それに対して、ルナリアはおそらくだけれど、独学で今の実力を作り上げてきた人だ。才能に関しては、ロロナよりもきっとあるとみて良いだろう。

逆に言うと。

ロロナが今まで触れてきた錬金術についても、同じ事が言えるはずだ。

どんな天才でも、新規に技術を造り出すのは、それだけ難しい。

「なるほどね。 まずいきなり大砲で試すんじゃ無くて、片手間に色々実験した方が良さそうね」

「うん。 ほうきとかごみばことかでやってみようと思うんだけれど。 りおちゃんは、何か良い案ない?」

「ううんと、お菓子を勝手に作ってくれる道具があったら、嬉しいな……」

控えめに言うリオネラは、確かに可愛い。

そして気の毒なことに。

リオネラ自身は、それに気付いていない。

一通り意見を出してもらった後、戦略を策定。後は、それに沿って、順番にやっていけばいい。

問題は、いつもいつもトラブルが起きること。

ただし、今回もというべきだけれど。それを想定して、最初からスケジュールを組んでおく。

これで大丈夫だとは言い切れないけれど、転ばぬ先の杖だ。

大砲の強化は、いつもと同じく、極めて困難な作業になりそうだけれど。今回も、支えてくれる人はたくさんいる。

きっとどうにかなる。

そう、ロロナは思った。

 

4、影から来たるもの

 

アーランドを見下ろす影が一つ。

いや、一つでは無い。

大きな影の側に、小さな影が複数、寄り添っている。一つの影は妙齢の女性。大きな影は、人間とは思えぬ姿。

諜報員であるヴァレットは、生唾を飲み込んだ。

死ぬ気でアーランドに潜入して、今までやっとの事でやってきたのに。まさか、スピアから査察の人間が直接来るとは思わなかった。

しかも、事前に聞いた話によると。あの妙齢の女は、スピアにおける諜報部隊の大幹部だ。

そして側にいるのは、どういうわけか協力を取り付けたという悪魔である。

しかもロード級の悪魔だとか言う話だから、始末が悪い。その気になれば、ヴァレットなんてすぐにでも押し潰されてしまうだろう。

側によると、寄り添っている小さな影達の正体が分かった。

悪魔だ。下級の。

人間が、悪魔を護衛にしているのだ。何というか、もはや末期的だとしか思えない。

おそらく、近年アーランドで夜の領域と呼ばれる地域で確保してきた護衛だろう。どうやっているか分からないけれど。

「わざわざこんな所まで、お疲れ様です」

一礼をする。

女は、側で見ると、思った以上に若かった。

本国では確か、人間を作る技術を確立しているとか聞いている。量産はできないらしいのだけれど、お金を掛けて凄く優秀な人間を作る事が出来るらしい。噂によると、本国の幹部は、みなそうやって作られていて。中央会議の議員さえも、そうだという話があるけれど。

怖いので、考えたくない。

勿論それは錬金術による成果だ。錬金術があるのは、アーランドだけでは無い。

「報告書を見た。 どうやらアーランドは、我が国に本気で対抗するために、長期的な戦略を練っていたようだな」

「恐らくは。 近年急激な進歩を見せているアーランドの錬金術ですが、下地も無く出来る事だとは思えません。 特化した才能の持ち主に、今まで作り上げてきた技術を総括させているというのが、正しいかと」

「我が国が大陸を支配してから、その技術を使って、世界を再生させればよいものを」

近視眼的だと、女は言うけれど。

ヴァレットは知っている。

スピア連邦は、アーランドとは根本的な戦略という点で、真逆だ。

アーランドはまず自然を生かして、その中で人間が生きていくという戦略を採っている。このため、彼方此方に堂々とモンスターが闊歩し、それと戦える戦士が国を担っているのだ。

緑化作業も、非常に熱心に行っている。そして作った森には、わざわざ多くの獣やモンスターを放って、数を管理し、時に戦士の練習相手にもさせている。アーランド人にとって、森は一種のふるさとなのだ。

これに対して、スピアは個人の欲望が重視されている。

人間をまず増やして、社会そのものを巨大化させることが、戦略の最重要課題。だから、支配地域ではモンスターを徹底的に駆除し、場合によっては貴重な森や資源も食い尽くしていく。

スピアの人間にとって、入れば生きて帰れない森は敵。資源を生み出せない場合は、焼き払うだけの存在だ。

アーランドはそれを知っている。

だから、利害を用いて手を結ぶことは出来るかも知れないけれど。構築できる関係は其処まで。アーランドがスピアの膝下に屈する事は、無理だろう。互いの血を見ること以外に、決着の手段が無いと言える。

「それで、この報告書にあるロロナという子供が、技術躍進の中核である可能性が高いというわけだな」

「はい。 側にアーランド有数の使い手が控えており、暗殺の機会はまずありません」

それに俺の腕では無理だと、ヴァレットは自嘲する。

一応暗殺の訓練を受けてはいるが、アーランド人、それも戦士階級の人間をどうにかできると思うほど、ヴァレットは頭がおめでたくない。ロロナは魔術師だから、戦士よりは耐久力が落ちるけれど。

しかしそれでも、ライフルで狙撃したくらいでは、ちょっと痛がるくらいが関の山だ。これについては、実例を見た。盗賊が、見習いのアーランド戦士を、ライフルで狙撃したのだ。

結果は。恐ろしい事に、倒すどころか、少し痛がっていただけ。ベテランになると、銃弾は遅いとか言い出すらしいので、乾いた笑いしか漏れない。至近距離からライフルで撃っても、殺せないだろう。

ロロナは調べていくと、既にかなり強いモンスターとの戦闘も経験していて、毎度怪我をして採取地から戻ってきてもいる。既に見習いの戦士よりも、ずっと強いと見て良いだろう。ライフルなんて、通用するとはとても思えない。

かといって、他の暗殺手段も、まず無意味だ。

毒なんて喰わせたって、何の意味も無い。普通に消化して、ぴんぴんしているだろう。

ナイフで刺す。もっと無理だ。アーランド人の力は、子供でもヴァレットの何倍か知れないし、刺したところで死なないだろう。指を失っても生えてくる。腕が無くなっても、やりようしだいで再生できる。

そんな連中なのだ。

恐縮しているヴァレットを冷たい目で見ていた女だが。やがて、どういうつもりか、重要なことを教えてくれた。

「少し前に、スピアの精鋭旅団が謎の全滅を遂げた。 近々、ある小国を攻めるために、編成されていた部隊だ。 兵力は二千を超えていた」

「まさか、アーランドの仕業ですか」

「それ以外に考えられぬ。 アーランドは、スピアの富国強兵策をそれだけ脅威に感じているとみて良いだろう。 兵力の補充自体は出来るが、今後アーランドに余計な動きを取られると、面倒な事になりかねない。 これより、そのロロナという子供を暗殺する事を視野に入れる。 また、アーランドの技術躍進を防ぐ方法も考える必要がある。 また、早期にアーランドの具体的戦略を知る必要もあるだろう」

更に緻密な情報を送れ。

そう言われて、ヴァレットは頭を抱える。

そもそも、このアーランドに潜り込むこと自体が、命がけなのだ。労働者階級として出稼ぎの仕事をしていても、不安で仕方が無い。

周りにいるのは、それぞれが獅子や熊を片手で捻り殺すようなバケモノの群れ。

相手がその気になったら、その場でアリを潰すように殺されてしまう。

ヴァレットは他にも七名の諜報員と一緒に仕事をしているが。今まで送った情報を集めるだけでも、何度心臓が凍りそうになったか知れない。

「人員の強化をお願いいたします。 そもそもスピアはアーランドをそれほど危険視してこなかったのでしょう? 私のようなボンクラをスパイにして送り込み、無茶な情報収集をさせているのが、その判断の理由です。 せめて、アーランド戦士と戦えるような手練れが一人か二人いないと、話になりません。 情報を整理し、戦略的に判断する人間も、私以外に五十人は欲しい」

ただでさえ強いアーランド戦士なのに、連中には恐ろしい事にドラゴンや悪魔と正面からの戦いが出来るほどの奴がいるのだ。

これから国家中枢に諜報を仕掛けるとなると、そういう連中の目を盗んで、動かなければならなくなる。

一度王宮には行ったことがあるが。

事務員でさえ、残像を残しながら動き回って、書類仕事をこなしているほどなのだ。この国は、文字通り世界が違うのである。

「分かっていると思いますが、アーランドはおそらく私の存在に気付いています。 本格的に今のまま諜報をはじめれば、間違いなく殺されます。 その時には、私以外の諜報員も、全員死ぬでしょう。 使い捨てである私が死ぬ事自体には痛手は無いでしょうが、また一から諜報網を作り上げることがどれだけ面倒かは、理解していただいていると思います」

「そうか、検討しよう」

検討ね。

ヴァレットは逃げ出したくなった。このままどれだけの人員を増やしてくれるかは分からないが。

この女の態度からも分かる。

二千の兵を一晩で、何ら証拠も残さず消し去るような連中が敵に回っているのに。スピアは、その危険を理解していない。

六十年前は、国力が何倍もある相手を、アーランドは真正面からの戦いで破っている。それも、相手を滅ぼしている。

スピアも、同じ目に遭うのでは無いのか。

ヴァレットは天涯孤独の身だから良いけれど。部下には、本国に妻子を残している者も珍しくない。

報告が終わると、女は悪魔達と戻っていった。

ただ、一人。

いつの間にか、女が連れてきていたらしいのが。残っていた。

悪魔では無い。

無表情な子供だ。女が連れてきたという事は。これも、人工の人間、ということだろうか。

性別は分からない。顔立ちは中性的で、女のようにも男のようにも見えた。まあ、まだ幼いから、というのもあるだろう。

「お前は?」

「リーダーから、貴方の手助けをするようにと」

「そうかい。 ならば、まずは一旦アーランドに行って、部下共と顔合わせだ。 少しは、戦えるんだろうな」

目にもとまらぬ速さで、子供が剣を抜き、ヴァレットの喉に突きつけていた。

剣を鞘に収める子供だけれど。

ヴァレットは、ため息が出た。

アーランドが最近導入しているらしいホムンクルス共は、今の比では無い動きをする。これは、或いは。

まあ、足止めくらいにはなるか。ベテラン戦士には勝てなくても、ひよっこ相手なら、どうにかなるかも知れない。

「名前は」

「ヨゼトです」

「そうかヨゼト。 俺はヴァレットだ。 アーランドは魔界って言われるほどの、バケモノじみた使い手の巣窟だ。 お前程度じゃ、連中にはかなわん。 もしも戦いになっても、正面からやりあおうとは、絶対に思うんじゃ無いぞ」

「確かに、来る途中、常識離れした使い手を多数見ました。 彼らは図抜けた猛者では無く、ごく普通のアーランド人、と言うことなのですね」

そうだと応えると、ヨゼトは嘆息した。

意外に人間らしい動作が出来る奴だ。

会合の場を後にすると、アーランドへ。ヴァレットは他の労働者に混じって、最近では街の外にある道を整備する仕事に就いている。面白い事に、アーランドでは緑化が成功した地域を中心に、街道を整備していくというやり方を採っている。

最近くだんのロロナが緑化したという土地があり、現在では低木が茂っている。其処の側で、街道整備の作業が進められているのだ。まだ森は緑化の最中で、周囲に緑を拡大する作業をしているらしいのだけれど。街道は元から整備する計画だったか、或いは。

現場に到着。

石切場があり、その脇に寮が作られている。近くに小川があって、水が引かれているため、風呂に入ることも出来る。ただし、交代制だが。

飯もそこそこ良いものが出る。

正直な話、ヴァレットとしても、此方に住めるのなら、そうしたい。それくらい、アーランドでは労働者の待遇が良いのだ。

労働者達の寮に、ヨゼトを案内。

他の仲間も集めて、顔合わせをした。

小さな寮だけれど、ヴァレットの部下達が入るのに充分な広さがある。というか、労働者階級に与えられる寮は基本的に広い。

あちらでは被征服国の民は、奴隷も同然。事実、被征服国出身のヴァレットも、少しでもましな生活がしたくて、こんな危険を冒しているのだから。

ただし、アーランドにおいては、待遇は良くても労働者は戦士とは違う。

職業差別は無いが、やはり出世はしにくいようだし、いろいろなところで戦士が優遇されるのも目につく。何もかもが、アーランドが良いとは行かない。スピアは実力主義で、労働者でも出世できる。それは、希望とも言えた。

部下達が全員集めると、話を始める。

皆が、見る間に青くなっていくのが分かった。

「そんな。 ろくな援軍も無しで、情報収集を強化しろなんて、自殺行為です」

「今までだって、薄氷を踏む思いだったのに」

部下達が、口々に文句を言う。

誰も、死にたくないのだから、当然だ。そして誰もが気付いている。全員、とっくにアーランドにマークされていると。

今まで見逃されていたのは、実害が無かったから、だと。

「援軍が来るまでは、此方も情報収集は出来ないとして、誤魔化すしか無いだろ」

最年長のロンがそういうと、皆が同意する。

ヴァレットとしても同意見だけれど。しかし、そうもいかない。いっそ、アーランドに降って、全てを話すという手もあるが。

しかし、スピアはどんな隠し球を用意しているか、分からない。

何しろ上級悪魔を協力者にしているほどなのだ。

「ロロナという娘を、集中的に監視するほかあるまい」

ヴァレットが提案すると、皆黙り込む。

それしか無いことは分かっている。だが、それは、アーランドの警戒を買いやすいことも意味している。

ヴァレットがやるしか無い。

「俺がやる。 他は全員でサポート。 頼むぞ」

既にヴァレットは、死を覚悟していた。恐らくは、今此処にいるメンバーは、近いうちに殆どが死ぬだろうとも。

不可思議そうに、ヨゼトがヴァレットを見上げている。

もはや、退路は無い。

 

呆れて、エスティはため息をついた。

全ての情報は拾っていた。スピアのスパイをしている労働者達の寮。その屋根の上で、エスティは会話の全てをメモしていた。

正直スピアがロード級の悪魔を従えているのは意外だった。だが、それ以外は全てが想定内だ。

それに夜の領域にスピアの支援を受けた悪魔がいたのなら、あれだけの粘り強い抵抗にも説明がつく。

一旦王宮に戻ると、全てを王に報告。

王は呆れたらしい。しばらく黙り込んだ後、指示を出してきた。

「しばらくは泳がせよ。 ロロナが新型大砲を準備して、それを量産できるようになれば、準備は完全に整う」

「上手く行くでしょうか」

「上手く行く。 今までの積み重ねがある」

どうやら、王は既にロロナを、完全に信頼しているらしい。確かに今までの成果物を見る限り、信じても良いとは思わされる。

幾つかの村では、既に歓喜の声が上がっている。

ロロナが量産に成功した湧水の杯が、水に不足する村に配られはじめて。それらの寒村では、杯を神のように崇める場所さえあるという。

湧水の杯は、水不足に苦しむ村々を救う奇跡の光だ。

今までも作成には成功していたが、歴代錬金術師達は、どうしてもそれをまとめて、量産することが出来なかった。

更に、外交の武器ともなる緑化技術のパッケージ化。これに加えて、大砲の改良が成功すれば。

周辺諸国は、容易にまとまる。

スピアが気付いたときには、既に手が出しようが無い強大な勢力が、完成しているのだ。

ただ、大国であるスピアには、手数も多い。

どうも、何を考えているか分からない不気味さもある。油断していたら、足下を掬われる可能性も高い以上、相手を低く見ることは出来なかった。

一通り作業を済ませた後は、また出かける。

暗殺の仕事だ。

周辺国の状況は、加速度的にきな臭くなってきている。ステルクはステルクで、ロロナを鍛え上げようと、必死だ。様々な手配モンスターを吟味しては、どれとロロナを戦わせるか、考えているようだ。

まあ、ステルクはステルクで動けば良い。

街を出るところで、アストリッドに声を掛けられた。どうやら、面白い案件が発生したらしい。

話を聞いて、思わずほくそ笑んでいた。

それは非常に素晴らしい。サンプルを捕獲すれば、一気に状況は此方に傾くとみて良いだろう。

隣国の隣国へ急ぐ。

戦いは、目に見えるところでばかり、起きているのではない。

影の中でこそ。

真に激しい戦いが、行われているのだ。

 

(続)