渇きの谷

 

序、孤独の末路

 

アーランドからそれほど遠くない場所。

労働者階級の老人達が、最後に辿り着くところがあると、ロロナも聞いたことがあった。

ここアーランドでは、他の国と違って、スラムに相当する場所は無い。昔はあったのだが、様々な歴史の変転の末無くなった。だから子供が人買いに売られることもない。もしあった場合は、厳罰に処される。

一方で、他国から人を買ってくることは珍しくないという噂も聞いたことがある。

これは、アーランドが、人材を最大の宝としているからだ。

普通、年老いて行き場が無くなった老人は、のたれ死ぬだけ。

これは、どこの国でも同じだと聞いている。

老人が辿り着く場所がある。それだけでも、アーランドはましなのかも知れない。

とにかく、この乾いた暑い谷が、そうだ。

確かに少しずつ暑くなってくる季節だが。此処はよそとは違って、少し暑いという程度の気温で、ずっと安定している。

だから、季節の変わり目に体を壊しやすい老人には、うってつけなのだ。

辺りの岩盤は非常に固くて、水を引くことが出来ない。

わずかにある井戸だけが、生命線。

ロロナが見回すだけで、数十人の老人が、黙々と何かをしていた。机上遊戯で遊んでいる老人もいる。何か、料理をしているおばあさんが、弱々しく誰かを呼んでいる。医術を使える魔術師も控えている。ロロナを一瞥すると、忙しそうに歩いて行った。

井戸の前に来た。

中を見るが、明らかに水量が足りていない。水をくみ上げていくと、あっという間に干涸らびてしまうだろう。また井戸が水で満ちるまで、どれだけ時間が掛かるか、分からない。

今回の課題は、この集落の環境を改善すること。

特に、この井戸をどうにかすることだ。

水を湧き出させる道具を作れ。

それが、今回の課題の、まずは最初の目標となる。

クーデリアが、周りを見てくれている。記憶力と観察力に優れている彼女なら、優れた分析が出来る筈。

やがて、クーデリアも井戸の所に来た。

「此処にいる老人達は、ざっと二百名。 もう長くないだろう老人も、かなりいるわね」

「こんな暑いの、つらくないのかな」

「それがね、ほら」

クーデリアが後ろ手で差したのは、洞窟だ。

非常に頑強な岩盤だけれど、所々に裂け目のような洞窟がある。入ってみると、中はとてもひんやりとしていた。

触ってみると、岩が冷たいのだ。

しかし、致命的なほどに狭い。老人達はおそらく、仕事をするためには、外に出なければならない。

実際、作業をしている老人達は、外で机を出して、なにやら細々としたことを行っている。

ただ、作業自体を強制されている様子は無い。

歩きながら見てみたが、どうやら呆け防止のためにやっている様子だ。最初は、過酷で悲惨な場所を想像したのだけれど。

介護をするための人もいるようだし、思ったほど環境は悪くないのかも知れない。

だが、子供と同時に、知恵を持つ老人を大事にするのも、アーランドの不文律だ。もっと暮らしやすくしてあげたいと、ロロナは思った。

どんな達人でも、いずれは衰える。

その時、若者に技を伝えることは、戦士の義務だ。その不文律が、ロロナに老人を大事にしようという意思を植え付けている。

一通りみて回る。

見た感触では、水が若干足りない事を除けば、それほど暮らしにくい場所だとは思えない。

問題があるとすれば、少しばかり暑い事。

これも、解決できるなら、した方が良いだろう。

渇ききった崖の上に上がって、辺りを確認。どうしてこれほど暑いのか、調べたかったからだ。

上ではさんさんと太陽が輝いている。

この辺りの土は完全に死んでいて、雑草一本見当たらない。触ってみるが、確かに異常に頑強な岩盤だ。

これでは、掘るどころでは無い。

何度か杖で叩いてみるのだけれど、跳ね返されるような堅さなのだ。

少し気になったので、水を掛けてみる。

殆ど水を吸わない。

これは、本当に土なのだろうか。少し気になったので、近くの地面に向けて、全力で魔術を叩き込んでみる。

流石に少しえぐれたので、焦げ付いた地面を調べてみて、納得がいった。

この辺りは、一枚岩。

それも、普通とは比べものにならないほど、頑強な岩なのだ。いや、岩なのかさえも怪しい。

触ってみるのだけれど。岩特有の手触りが無くて。

むしろ、金属に近いように思えた。

渇き谷。予想以上に、恐ろしい所である。老人達が最後に向かう場所としては、相応しいのかも知れない。

モンスターが寄りつかないのにも、理由がありそうだ。

ロロナの経験則から、モンスターはむしろ荒れ地や人間が入れないような場所を好むのに。この渇き谷には一切近づかないのには。やはり、何かありそうだった。

岩の欠片が採れたので、サンプルとして持っていく。

クーデリアに辺りを調べてもらったが、雑草どころか、茸さえ生えていない。この不可思議な一枚岩の周囲は、本物の死の世界だ。

この暑さも、それに関係しているのかも知れない。

医療スタッフがいたので、声を掛ける。ロロナが今回、王宮からの課題として、水を供給する道具を作るように言われたと聞くと。初老の女性であるスタッフは、皺を深く刻んだ目尻を細めた。

「そうかい、あんたが噂の」

「え? わたし、噂に?」

「何でも、怠け者だった先代と比べて、随分働き者だそうじゃないか。 錬金術師はアーランドになくてはならない存在で、私も若い頃は、随分尊敬していたものだよ。 先代と先々代がああじゃなければ、失望もしなかっただろうけどね」

そう言われると、何だか悲しい。

確かに怠け者でぐうたらな師匠だけれど。有能である事は、ロロナも知っている。本当に、どうしてやる気をなくしてしまったのだろう。

色々と話を聞いていく。

スタッフによると、この暑さそのものは、致命的ではないのだという。やはり、水を手に入れにくいことが問題なのだとか。

「普段は、彼処に貯めているんだけどね。 水を運ぶだけで一苦労なのさ」

そう言って医療スタッフが示したのは、岩陰にある壺だ。壺と言ってもかなり大きなもので、浴槽よりもかなり嵩がある。

覗き込んでみると、水が半分ほど蓄えられていた。

確かに、井戸から此処に運ぶのは重労働だ。それだけで、若い労働者を一人雇っても良いくらいである。

とにかく、色々と足りない事は分かった。

スタッフに聞くと、幾つか指折りで言われる。水、人手、涼しさ。この三つがあれば、全然違うと。

ロロナはメモを取り終えると、一礼して、谷を後にすることとした。

それにしてもこの谷。

何か、人工物か何かのような形状のようだけれど。遠目に見てみると、そんな気がする。あの異常な堅さの岩盤と言い、無理も無いか。

ただ、人工物だとすると、大きさはオルトガラクセン以上かも知れない。

過去の人類は貧弱だったという話だけれど。

技術だけは、凄かったのだろう。もしも、あれが人工物であったのなら、だが。

アトリエに戻る。

途中の街道は、モンスターも出ない。巡回の戦士もいるし、危険は小さい。何より、今のクーデリアなら、その辺りで遭遇するモンスターくらいなら対処してくれる。その信頼が、ロロナにはあった。

アトリエに戻ると、資料を整理する。

水を得るための道具、か。

今回も、難しい課題になりそうだと、ロロナは思った。

 

1、水わき出す杯

 

アーランドに限らず、この世界に足りないものはたくさんある。

緑が何よりだが、その次に足りないものは、やはり安定して得られる水だ。だから、水がある場所には集落が出来る。場合によっては、国になる。

アーランドの王都も、水が安定して得られるからこそ、この場所にあると言っても良い。ロロナも、井戸を使って、毎日の水を得ている。

だからこそに、錬金術師なら、誰もが作ろうと思うのだろう。

かなりの資料が集まった。

水を得るための道具。それだけで、この有様である。

クーデリアと一緒に、整理していく。

「砂漠で水を得るための道具。 ふーん、ねずみ取りみたいね」

クーデリアが見つけてきたのは、砂漠でビバーク中に水を得るための道具だ。これによると、砂漠に生息している鼠や蜥蜴の血は、非常に貴重な水分となるのだとか。なるほど、確かに一理ある。

著者の錬金術師は、初代から五代目とかなり古い時代の錬金術師だ。

当時の王と一緒に、砂漠化している地域やとても荒れている場所を回っては、緑化を行ったり、モンスターを撃退したりした武闘派のようである。歴代の錬金術師としては珍しい筋骨隆々とした大男で、単純な戦闘能力も高かったと記録にある。

なるほど、錬金術の道具と言うよりも、何というか。罠の一種とみるべきだろうか。ただ、小動物を得るために、誘引剤を調合して、餌として用いるのだとか。

この辺りは、しっかり錬金術している。

他には、筒状のものがあった。

これは、水は乾いた方へ行くという性質を利用する道具だという。要するに、地下にある水を吸い出すためのものだ。

大がかりなストローのようなものである。

ただし、これには大きな欠点があると書かれている。

「土が塩だらけになる、だって」

「それじゃあ、作物が出来なくなるわね」

「うん。 うかつには使えないよ」

どうも仕組みがよく分からないのだけれど。何とか読み解いたところによると、これを使って水を吸い上げると、あまりにも強力すぎて、水の中にある塩分が残ってしまうのだとか。

ただし、使い方を注意すれば大丈夫だともある。

たとえば、森などを作るための散布用。

緑の平野を造り、充分な保水能力を得た上で使うのであれば。危険性は減るのだとか。また、土が塩だらけになる前に、様々な処置を執ることで、継続的に使う事も可能だと、研究が記している。

ただ、隣にいるクーデリアが、肩をすくめている。

今回必要なのは、それこそもっと小規模なものだ。

毎日、おじいさんおばあさん達が使うのに困らない程度の水。

現在の井戸では、少しばかり足りない。

労力も省略したい。

「錬金術で、パッと水が湧くような道具、作れないの?」

「ええと……出来るけど、全部の条件を満たすのは、難しいよ」

最初に見つけたのが、桶のような形状をした、置いておくだけで水が溜まるという道具。これは一見お手軽に見えるのだけれど。

「一日おいておいて、コップ一杯程度の水しか出来ない!? 何よこの欠陥道具!」

「数さえ置いておけば、それなりの水は出来るみたいだよ」

「次! 問題外よ」

クーデリアに急かされて、次に。

次は、水路を作る道具。パイプを連ねていくだけで、水を運ぶことが出来るという優れものだ。

水を運ぶための機構が必要ない上、多少の起伏にも余裕で耐え抜く。

一見優秀に見えるのだが。

工数が尋常では無い。パイプを作るのにも、かなり貴重な素材類が必要になってくる。多分、三ヶ月まるまる費やしても、近くにある川から十分の一も、パイプを渇き谷に向けて引くことが出来ないだろう。

「これも駄目ね」

「そうなると、これかなあ」

ロロナがクーデリアに見せたのは、何というか、非常に怪しい道具だ。

形状は、別に珍しいものではない。

杯。それ以外のなにものでもない。大きさは二抱えほど。荷車に乗せて運ぶには、丁度良い程度の大きさだ。

問題は、その機能である。

放っておくと、水が一杯に溜まるというものだ。仕組みはよく分からない。何というか、難しすぎて、理解に手が届かないのだ。水が溜まる速度も量も、かなりのものだ。しかもこれなら、土壌や地下水に負担を掛けない。

正直な話。

あの渇き谷の地下水は、これ以上吸い上げると、絶対に悪影響が出る。地下水を吸い上げる装置の注意書きに書かれていた通りの弊害が出るだろう。ただでさえ緑化が不可能な土地が、更に致命傷を受けることは間違いない。

だから、地下から水を吸い上げるタイプの道具は駄目だ。

「湧水の杯?」

「うん。 これなら、要件を全て満たすと思うけど……」

「理論が理解できないから、出来れば使いたくない、と」

「そうなの」

クーデリアは流石だ。ロロナの気持ちを、きちんと把握してくれている。

この間の、ヴァルチャー駆除作戦で思い知ったのだけれど。自分で理解していないものは、出来れば使いたくない。

使ったときにどんな悪影響が出るか、知れたものではないからだ。

特に今回見つけた道具は、放っておけば水が出るという訳が分からない代物である。一体どのようにして、水を造り出しているか。

理論を見るだけでは、全く理解できないのだ。

資料をクーデリアにも見せてみる。

二人で理論部分を分析してみたのだけれど。専門用語が多数飛び交っていて、全く分からない。

技術的な面で言えば、出来る。

ただ、素材の幾つかが、この辺りでは手に入らない。行商人でも扱っていた記憶が無いから、取りに行かなければならないだろう。

しかも、内容を見る限り。

この辺りで一番近くにあるのが、ネーベル湖畔だ。

中級モンスターの巣窟として知られる危険地帯で、既に駆け出しの戦士が足を運べる場所では無い。

かなりしっかり準備をしていかないと、文字通りのたれ死に。

以前、荒れ地の緑化作業の際に見かけた、大型の肉食動物、島魚が多数生息しているという話もあるし、命がけの探索になる。

問題は山積みだ。

クーデリアが資料の中から、専門用語をピックアップしてくれた。

ざっと三十。

その全てを、これから解析していかなければならないのが、実に煩わしい。ただ、やらなければならないだろう。

「心配で使えないって言うんなら、まず内容を理解するわよ。 これを使うのが、一番現実的なんだから」

「うん。 手伝ってくれる?」

「良いわよ別に。 どうせ暇だしね」

そうとは思えない。

どうもクーデリアは、ここしばらく更に激しい修練で自分の身をいじめ抜いているらしく、生傷が以前にも増して増えている。

ロロナとしては、いっそのこと此処にずっといて欲しいくらいだ。

そうしないと、もっともっと無茶をして、いずれ取り返しがつかないことになりかねないとさえ思うからだ。

勿論、専門用語の辞書など無い。

湧水の杯を作り上げた錬金術師が書いた資料を読んで、内容を解析していくしかないのだ。

調べて見ると、この錬金術師は、相当に頭が良い人だったらしい。

完成させた品が、一つ一つどれもこれも常識離れしたものばかりである。中には空を飛ぶ絨毯やら、一瞬で別の場所へ飛ぶ羽やら、信じがたいものもたくさん記されていた。どれも作るのが難しい。いずれつくってはおきたいけれど。今はまだ、手が届かない品が多かった。

それらの製造についての資料に目を通していくと、少しずつ専門用語が何を意味しているのか、わかりはじめる。

だが、それらの資料には、また別の専門用語も使われている。

これでは、いたちごっこだ。

クーデリアも、途中で何度も匙を投げたそうな顔をしていたけれど。此処は、我慢してもらう。

師匠が戻ってきた。

珍しく、ロロナを見ても機嫌が良くならない。ものすごく疲れているのが、一目で分かった。

「師匠、何処へ行ってきたんですか?」

「秘密だ。 それより何を調べている」

「湧水の杯という道具です。 専門用語がたくさんあって、内容が理解できなくて」

「どれ」

師匠がどういう風の吹き回しか、資料をざっと見てくれる。

専門用語を既に頭に入れているらしく、一瞬で把握しているらしい。どうしてこの人は、やる気を出してくれないのか。

この人がほんのちょびっとでもやる気を出してくれれば。アーランドで起きている問題なんて、殆どはあっというまに片付いてしまうだろうに。

「なるほどな」

「もう把握したんですか!?」

「内容については教えないがな。 まあ、この錬金術師の使っている技術は、錬金術と言うよりも、いにしえの時代に存在した量子力学というものに近い。 おそらく、遺跡の中で見つけた技術を、自分なりにアレンジしたんだろう」

「……?」

ロロナには、分からない話だ。

アストリッドは、この錬金術師を天才だと言ったけれど。師匠が、其処まで人を褒めるのを、はじめて見た。

勿論自分には及ばないがとか付け加えたけれど。

それでもきっと、歴代錬金術師の中でも、上位に食い込んでくるほどの天才だったのだろう。

戸棚の中から、資料を何冊か、師匠が出してくる。

これらの中に、ヒントがある。

そう言い残すと、師匠は自室に籠もってしまった。後は自分でどうにかしろというのだろう。

古ぼけた資料を開いてみる。

どれもこれもが、今までにロロナが読んできたものよりも、桁外れに難しかった。

 

数日掛けて、資料の解析を進めた。

そうして分かった概要は、以下のようなものである。

ものには、それが存在するか存在しないかの、確率のようなものがどうやらあるらしい。湧水の杯は、水が存在する確率を操作する事によって、その場に集める、というものだ。

既にこの時点で理解の範疇を超えているのだけれど。

実際に、手元にある素材だけで、実験的に小さなものを作って見て。それが実現してしまったのだ。

おままごとでつかう小さな道具程度のコップには、確かに水が溜まっていくのである。

ただし純度が低くて、とても飲めるような水では無い。もしちゃんとしたものを作るとなると、やはりネーベル湖畔にいかないと、材料が手に入らない。

溜まった水を、クーデリアが一瞥。

「訳が分からない話だけれど。 本当に水が出るのね」

「くーちゃんはどう思う? これ、本当に大丈夫かなあ」

「内容は理解したんでしょう? だったら、腰を据えなさい」

とりつく島も無い。

確かに、周辺への影響は無いとされている。というよりも、だ。既に実現されている技術なのだ。

アーランドの広場にある噴水。

なんとこれが、湧水の杯を使ったものなのである。ついさっきまで知らなかった。あれはアーランドの名物の一つ。昔からどう水を調達しているのか、水路をメンテナンスしているのかは気になっていたが、まさかその必要が無かったとは。

この湧水の杯は、作り手による最高傑作。

造り出した水を、細い水路に誘い込んで、其処から押し出すことで。綺麗な噴水を造り出すのだとか。

ただし、量を重視しているため、濾過しないと飲めない水なのが難点なのだとか。

だから、噴水にしたのだろう。

勿論、危急時は飲用水になる。

ただ、アーランドの民全員の喉を潤すのは不可能。それに飲むのには濾過か、或いは煮沸を経る必要があるから、緊急用としては実用性が若干低いとも言える。

だが、あれだけの水量を造り出せるのなら。

少し考え込んだ後、ロロナは資料を引っ張り出す。

その中に、気化熱というものがあった。

物は、蒸発するときに、周囲の熱を奪う性質があるのだという。水だけでは無く、多くの物がそうなのだ。

つまり、人間が汗を掻くのは、その気化熱を利用して、体を冷やすためだという。

これも、利用できないだろうか。

幾つかの案が、一気に浮かんで来た。それらを順番にかなえていけば、かなり問題を解決する事につながる。

それに、あの渇ききった谷に、水はどのみち必要だ。

井戸から持ち込めない以上、水路を引くか、或いは雨でも降らせるしか無い。流石に雨を降らせるのは、どんな大錬金術師でも難しいだろう。調べて見ると、あるにはあるけれど。大変に難しい上に、素材が稀少品ばかり。

今のロロナに、手に負える存在ではなかった。

とにかく、どうにか手に負えるのが、湧水の杯。これに賭けてみるしかない。ここ数日で可能性を当たったけれど。どうも他はどれもこれも、実用性に欠けていたり、難しすぎたり。

ロロナには、手の届かない内容ばかりだった。

「で、どうするの?」

「まず、飲み水。 すぐにでも飲める水が出る湧水の杯を、四つ、いや五つかな」

「随分たくさん作るのね」

「壊れたときの予備用だよ。 それに、水は飲まないときでも、使い道はいくらでもあるからね」

たとえばお風呂だ。

あの谷にいる老人達は、お湯にタオルを浸して、体を拭いていた。だが、お風呂があれば、まるで環境が違ってくる。

アーランドでも、お風呂は銭湯が主流になっている。実家にお風呂があるような所は、殆ど無い。クーデリアの家にはあるようだけれど、彼女は実家のお風呂を使いたがらない。銭湯にロロナが誘うと、必ずついてくるほどだ。

更に、下水としても、水は使いたい。

汚物を即座に流せれば、衛生面でかなり大きな意味がある。問題は水が流れ込んだ先をどうするか、だけれども。

生活排水を流せそうな川が、幸い近くにある。

この間、渇き谷で調べたところ、排水は汲んで持って行っているそうである。排水路を作る必要が、あるかも知れない。

それに関しては、ロロナに一つ考えがある。

ただ、実験をしてみる必要があるだろう。

「それに、品質が低い、水だけが出る杯を、十個」

「……何となく、やりたいことが見えてきたわ」

「えへへー。 後は、細かい調合品が幾つかいるけれど。 それはホムちゃんに頼もうかな」

「分かりました。 お任せください」

置物のように無言でじっと話を聞いていたホムは。話を振られると、すぐに反応した。

最近はかなり難しい仕事も頼むようになってきた。ホムが嬉しいのか面倒くさがっているかは分からないけれど。

ただ、今後は調合を介して、もっとホムとはコミュニケーションを取っていきたかった。

後は、材料集めだ。

その日のうちに、手に入りそうな市販品は揃えておく。

工場に行くと、たまたま、だろう。以前カタコンベで助け出した盗賊が、受付にいた。相手もロロナを見て、吃驚したようだった。

仕事はどうかと聞いてみると、かなり良いと言う。

「少なくとも、盗賊をやってた頃より全然いい。 それに、此処には盗賊してた奴が他にもいるからな。 話し相手には困らねえ」

手癖の悪い仲間もいるのでは無いかと聞いてみたが、おじさんは首を横に振る。

此処は故郷とは比べものにならないほど豊かで、わざわざ犯罪に手を染めるリスクが馬鹿馬鹿しくなるのだそうだ。

確かに一種の病気的な者もいるようなのだけれど。

そういった存在には、魔術つきの枷が貸し出される。他人のものを盗もうとすると反応すると言う事だ。

働けばお金が貰えて、福利厚生も相応に充実しているのなら。

確かに、また盗賊に戻る必要は無いだろう。

「時々美味いものも食えるし、労働者階級同士で話が合う女もいる。 面と向かって言うのは何だが、あんたには感謝してるぜ。 本当に助かったよ」

そう言ってくれると、ロロナは嬉しい。

自分が誰かを救えたか、不安だったのだ。錬金術は、本当に誰かを救っているのか、分からないときもある。

だが、此処に実例がいる。

それならロロナは、胸を張って、錬金術を勉強していくことが出来る。

荷車に商品を積み終えると、さっさとアトリエに。

荷物をコンテナに移した後、皆と連絡を取ってみた。ステルクは、ようやく仕事が一段落したらしく、同行してくれるという。

これは幸運だ。

前の課題の時は、ステルクの助力を得られずに、本当に心細い思いをした。

リオネラは問題なし。

ただ、タントリスは少し前から何処かにふらりと出てしまっていて、捕まえられなかった。或いは、近くの村にでも、綺麗な女の人を探しにでも行ったのか。

いや、あり得ないだろう。

ロロナも気付いている。

あの人は、多分裏家業に足を突っ込んでいる存在だ。それならば、何かしらの目的で、ロロナに近づいていると見て良い。

ただ、その目的が、分からない。

今は、気を許しすぎずに、様子をうかがうのが一番だ。

イクセルも誘ったのだけれど、案の定駄目。ただ、イクセルには、あるものを頼まれた。

ネーベル湖畔近辺に生息する、巻き貝の採取だ。渦巻き貝と呼ばれる品種で、ロロナも何度か食べたことがある。

歯ごたえがとても良くて、味もしみこんだ、美味しい貝だ。

ネーベル湖畔では、他より太っていて美味しい渦巻き貝が入手できるのだとか。それならば、ロロナとしても、持ち帰る価値はある。

素材は準備できたし、人員も揃った。

後は、実際に足を運ぶだけだ。

ただ、今回は、今までで一番危険な場所に足を運ぶことになる。相応の準備が必要になる。

改良した小型の爆弾類も持っていく。

それに、秘密兵器として。この間、開発した、幾つかの道具も持っていくことにした。

準備を整えると、後は明日のことを考えて、早めに休む。

課題は難しくなってきている。

だが、ロロナだって、力がついてきたのだ。今度こそ、少しは余裕を持って、課題をこなしていきたい。

誰かを助けるというのは。

こんなにも、素敵なことなのだから。

 

2、魔の湖

 

ネーベル湖畔。

アーランドから北上し、旅人の街道から東に逸れたところにある、円形の湖だ。いわゆる零ポイントの一つで、昔は魚どころかボウフラさえ泳いでいないという湖だったらしいのだけれど。

錬金術師による緑化が成功して、今ではいろいろなモンスターが住み着いている。これは成功かどうかはよく分からないけれど。魚も捕れるし、地元の人達は戦士の護衛付きで、漁をすることもあるそうだ。

そもそも、緑化をしたのは件のミスグリューン。彼女は緑化そのものには興味があっても、入植については今一つ食指が動かなかったそうで。この湖が緑化したことに地元の人達が気付いたのも、随分後だったそうだ。

ただ、緑化に成功しても、しばらくはやはり人を寄せ付けないほど環境が悪かったそうなので。

或いは、仮説が裏付けられる、実例となるかも知れない。

「確認しておく。 あの危険な湖に、何を探しに行くのかな」

「ええと、泡立つ水に星の砂、それと緑結晶と呼ばれるものです」

「ほう」

泡立つ水。

これは、ある特殊な用途に用いる、非常に純度の高い水だ。

水なのだけど、飲むと喉がしゅわっとする。ロロナもちょっとだけ口にしたことはあるけれど。あれは確か、師匠が持ち帰ってきたものだったように思える。クーデリアほど記憶力が良くないので、覚えていない。

そして星の砂。

これは、黄金に輝く砂で、ネーベル湖畔をはじめとする幾つかの土地でしか手に入らない。

文字通り、星のような形をした砂粒で、いろいろな用途に用いる事が出来る便利な素材だ。溶かして武器の素材にしたり、あるいはそのまま砕いて用いる調合も存在している。いずれにしても、たくさん手に入れる必要がある。今回は、荷車がかなり重くなるまで、帰らないつもりだ。

そして最後に、緑結晶。

これはネーベル湖の側に点在すると言われる、強い魔力を秘めた石だ。

魔力が強いと言っても、所詮は石。砕く事も簡単なのだけれど。この石は、元からため込んでいる膨大な魔力に、存在意義がある。

これが、湧き水の杯の中核になる。

最低でも、緑結晶は三十は手に入れたい。その内五つは、上質なものを入手して行きたいけれど。

はてさて、上手く行くかどうか。

うまく行かせなければならない。

「まず、ネーベル湖近くの村で、買えないか調べて見るつもりです」

「恐らくは無理だろう。 特産品になっているのなら、アーランドに持ち込んでいる商人がいる筈だ」

ステルクがずばりという。

確かにその通りだけれども。だが、危険なネーベル湖畔に踏み込むよりも、先に可能性を探った方が良さそうだとも思うのだ。

何より今回は、ほぼ間違いなく長丁場になる。

今までとは格が違うモンスターとの戦いをこなしながら、採取を行うのだ。クーデリアも強くなってきているし、何より今回はステルクがいてくれるが。それでも、油断できる場所ではない。

ならば、少しでも、危険を避ける方向で動きたい。

旅人の街道に入った。

耳ぷにがかなりの数群れている。近くの村の人達が、駆除を怠ったのだろうか。いや、これから駆除するところだったらしい。

遠くから飛んできた火球が、耳ぷにの群れを吹き飛ばす。

蹴散らされた耳ぷにが逃げ散り、残敵の掃討作戦が開始される。流石に慣れているらしい巡回の戦士達は、見る間に耳ぷにを片付けていった。

加勢するまでもない。

ステルクが、巡回の戦士と何か話をしている。

ロロナは遠くで見ていたけれど。

何か、嫌な予感がした。

ステルクが戻ってくると、その予感が的中したことが分かった。ステルクはいつも難しい顔をしているが、機嫌が悪くなると、眉間に皺が露骨に寄る。視力には自信があるロロナは、その辺り、つまり相手の変化には敏感だ。

「良くない情報だ」

「モンスターですか?」

「いや、違う。 ネーベル湖畔近辺の村で、大規模な密猟者の集団が出ているらしく、しばらくよそ者の逗留が出来なくなったそうだ。 村を拠点にして、採取作業をすることは無理だな」

ステルクの話によると。いつも現れるような密猟者とは、今回は格が違うらしい。

数にしても装備にしても、普段とはまるで段違い。辺境の戦士並みの実力を持つ人間もいるとかで、王宮に近々大規模な討伐申請が出る可能性が高いとか。

アーランドの珍しい動植物には、それだけの価値がある、という事なのだろうけれど。

妙な違和感を覚えるのは、ロロナだけだろうか。

後は無言のまま、旅人の街道を北上する。

牧歌的な風車が回っているのが見えた。

風の力を利用して、穀物を挽いたりする便利な建物。機械化が進んでいるアーランド王都ではもう殆ど見られないが、村々にはまだ現役で残っている。省力化という点では、此方が優れているという意見もあるそうだ。

夕方近くまで、街道を行く。

途中グリフォンを見かけたが、ステルクと目があった途端に、逃げて行ってしまった。何度か小競り合いに等しい戦闘はあったけれど。いずれも、ロロナが介入する暇も無く終わった。

考えて見れば、この時点で敵に苦労するようであれば。ネーベル湖畔などに行ったら、ひとたまりも無い。

日が暮れてから。街道沿いの村に。

街道沿いということもあって、宿泊施設も相応に充実していた。今回は予想よりも状況が悪そうだし、ゆっくり休んでおくことは、絶対に必要だった。

宿代は割り増しで高くついたが、贅沢は言ってもいられない。

早朝まで、あまり質が高いとは言えない宿に泊まった後。日の出と同時に出発する。少し北上した後、立て看板を東に。

途中、巡回の戦士とすれ違った。

前も思ったのだが、やはり小さな女の子の戦士が混じっている。これは、どういうことなのだろう。

「ステルクさん。 何だか、小さな女の子の戦士を、巡回班によく見かけますね。 実力的には問題が無さそうですけれど」

「国家機密だ」

「え……」

「その内、君がもっと重要な仕事を任されるようになったら、きちんとした形で話そう」

そう言われてしまうと、ロロナとしても、何も言えない。

昼少し過ぎに、ネーベル湖畔が見えてきた。

この辺りになると、街道も整備されていない。街道の左右には雑草が生えている場所と、荒野になっている所がまばら。

旅人の街道の近辺は、アーランドの力を見せる意味もあって、優先的に緑化がされているという話だったけれど。

流石に、主要道から外れてしまうと、見栄を張る余裕も無いという事か。

ざっと見た感触では、この辺りの土は、緑化がされる前の、他の荒野と同じ状態だ。モンスターの姿も散見されるのは、それだけ土地が痩せているから、という意味も強いのだろう。

小高い丘に出たので、一旦休憩とする。

遠巻きに此方を見ているモンスターが、かなりの数いる。ステルクが怖くて仕掛けてこないのだ。

これがステルクでは無くタントリスだったら、ほぼ間違いなく、まとめて襲いかかってきただろう。

軽く食事にした後、東へ。

もう、ネーベル湖畔は、目と鼻の先だ。

 

ネーベル湖は、ほぼ正確な円形をしていると、話には聞いていたけれど。近くで見てみると、噂以上にまん丸だった。

真ん中辺りには、大きな浮島が複数見える。

緑は相応に豊かだけれど。群れを成して闊歩しているイグアノス達と、我が物顔に日光浴している島魚が、牧歌的な雰囲気を台無しにしていた。イグアノスはブレス能力を持つ上に群れを成し、なおかつ一体一体が下位種のドナーンを数段上回る実力を有している。島魚はその巨体がひたすらに脅威だ。圧倒的な実力は、巨体に裏打ちされたものである。その上、陸を積極的に這い回り、獲物を襲うのだから始末におえない。

水辺がきらきら輝いているのは、星の砂だ。

ただ、近くで見てみると。

なんと言えば良いのか。非常に汚れているのが分かった。

これはおそらく、砂が濾過装置の役割を果たしているから、だろう。寄せて帰す湖の水の汚れが、星の砂に吸い取られているのだ。

とりあえず、汚れは後で洗い落とせば良い。

持ってきたスコップで、桶に星の砂を入れていく。

湖に浮かんでいる船が見えた。護衛の戦士らしい人達と一緒に、漁師が網を使って、魚を捕っている。

いきなり、戦士の一人が、攻撃術を水面に叩き込んだ。

理由はすぐに分かる。

白い腹を見せて、船より大きな魚が浮かんで来たのだ。

しかも、そのお魚は、見る間に他の魚に食い荒らされて、骨になっていった。

恐ろしい、食物連鎖の現場。

「島魚には気をつけろ。 此処で一番の厄介なモンスターだ」

容赦なく周囲に視線を向けながら、ステルクが言う。

確かに此処で油断したら、一瞬先には死だ。

漁師達は、離れるかと思ったら、とんでもない。今の大型魚の死を奇貨にして、むしろ漁に精を出している。

つまり今のは撒き餌という訳か。

たくましくて、感動した。此処まで血の臭いがするような凄惨な光景だというのに。此処には強い生命力が満ちている。

ロロナも、あそこまでたくましくなれたら。

きっと、残りの課題も、滑るように突破することが出来るだろう。

とにかく、採取を済ませていく。

イグアノスの動きを見ながら、慎重に湖岸に近づいた。既にリオネラには、自動防御を展開してもらってある。水中から、島魚なり水生モンスターなりに、強襲されたときに対処するためだ。

網を持ってきたので、それを使って渦巻き貝を捕る。

幾つか手に入れた後、先に汲んでおいた清水の中に移した。まだ生きているうちに持っていけば、鮮度は問題ない。

渦巻き貝は、かなり硬い殻を持っていて。湖底にぴったり張り付く。

普通だったら手を入れないと取れない。

だから、ロロナは隠し技を使う。

網に魔力を通すのだ。一気に、かなり激しく。そうすると、感電したように、気絶した渦巻き貝が岩から外れるのである。

湖を覗くと、凄い速さで深くなっている。

これは足を踏み外して落ちたら、かなり危ない。砂浜のように、なだらかに水深が増していくような場所では無い。

此処は、半円形にえぐれた土地に、水が溜まった場所なのだ。

水自体はかなり澄んでいるけれど。少しひしゃくで掬って口に含んでみると、妙な違和感がある。

側の地面に吐き捨てて、口を拭った。

いきなり飲むことは流石にしない。

「何だかびりびりします」

「此処は元々零ポイントだったのよ。 水がどれだけおかしくても、不思議じゃないわ」

「……」

クーデリアの言葉を聞いて、青ざめた様子で、リオネラが一歩下がる。

ミスグリューンが緑化したこの場所は。今では、命溢れる湖になったけれど。何もかもがたくましすぎて、ロロナにはまだ早かったかも知れない。

急いで、採取を進めていく。

湖岸に、珊瑚の欠片が多数散らばっていた。虹色に輝いていて、とても美しい。大きな魚の鱗らしいものもある。珍しいものは、どんどん拾って荷車に入れて行く。後で、まとめて解析すれば良い。

イグアノスが唸り声を上げている。

これ以上近づくなと、警告しているのだと思うけれど。その証拠に、近づいてこない。どうやら今は、好戦的な気分ではないらしい。ステルクが剣に手を掛けるが、首を横に振る。

無駄な戦いは、できるだけ避けた方が良い。

湖岸を廻っていくと、浮島との間に、橋が作られている場所がある。なるほど、利便性を上げようとした人はいたのか。

しかし、経験を積んだ戦士でも、此処に橋を作るのには、苦労したはずだ。

見ると、石で作られた頑丈な橋だ。橋の上には、イグアノスの群れが雑多に寝転がって、ひなたぼっこをしていた。

これでは本末転倒である。

イグアノスにひなたぼっこをさせるために、石の橋を作ったのではなかろうに。まあ、使うべき存在がその時々で使えばいいのかも知れないけれど。ただ、獰猛なイグアノスの群れも、目を閉じてひなたぼっこをしていると、かわいい。ただ、群れのリーダーらしい大きな個体は、油断無く周囲に目を光らせていたが。

木の実なども、収穫していく。

荷車は今回、二つ連ねて持ってきた。経済的に余裕が出てきたので、連結式のものを買ってきたのだ。

採取を急いでいるので、すぐに二つとも一杯になりそうだけれど。転倒に強いように、底が深い構造にしてある。見た目よりも、ずっと多くの素材が入る。

吹いてきた風が、涼しくて気持ちよい。

これならば、ひょっとすれば。モンスターの脅威さえなければ、避暑地になるかもしれない。

ただ、モンスターが、此処の美しい自然を守っているのも事実だ。

妥協しながら、共存していくしか無いような気もした。

イグアノスが騒いでいる。

なにやら、大きなものが地響きを立てながら歩いてきた。あれは、非常に巨大なイグアノスだ。いや、ドナーンの超大型個体かも知れない。全身には無数の傷があって、顔立ちも精悍。

見るからに、歴戦の猛者の雰囲気を、全身から漂わせていた。

近寄らない方が無難だろう。

「泡立つ水が欲しいんですけれど……」

ロロナは地図を広げる。

丁度浮島の一つで、入手できるとある。泉のようになっている場所で、すくい取ることが出来るようだ。

ただし、ロロナには確信もある。

多分この湖の水、全部が泡立つ水だ。煮詰めれば、恐らくは泡立つ水になるとみて良いだろう。

ただそれは、あくまで実験して、確認してから。

仮説を元に、話を進めるのは、あくまで追い詰められたときだけ。普段は、仮説は仮説。分かっている事から、順番に進めていくのがセオリーだ。

幾つかの橋を見て廻る。

一つ、イグアノスが群れていない場所があった。急いで渡る。石橋だから、強度は問題ない。

殿軍をステルクに、先陣をクーデリアにして。一列縦隊で、出来るだけ素早く渡りきる。

渡りきった後が、一番危ない。クーデリアが警戒しているのが見える。もしも仕掛けてくるなら、今だ。

ロロナも、橋を渡りきる。一瞬遅れて、リオネラも。

ステルクが追いついてきた。

どうにか、渡りきったか。

浮島はたくさんある。地図を見る限り、泡立つ水を手に入れるまでの道のりは、まだまだ遠い。

ゆっくりしている暇は無い。

いつどこからモンスターが襲ってきても、おかしくない状況なのだ。

呼吸を整えて、周囲を確認。囲まれていても不思議では無い。ステルクが、進むように、ハンドサインを出してきた。頷くと、ひとかたまりになって、行く。

中級レベルのモンスターになると、頭脳も狡猾になってくる。

罠を張るくらいは当たり前にやるし、イグアノスに到っては集団での狩りを巧みにこなすと聞いている。

昔は、集団戦は人間や狼の専売特許だったのだけれど。

今では、集団戦をこなせるモンスターは、いくらでもいるのだ。

影が傾いてきた。

あまり長引くと危険だ。出来れば陽が沈む前には、泡立つ水を回収して、一旦ネーベル湖畔を離れたい。

少なくとも、夜のネーベル湖畔で一晩過ごすのだけは避けたかったけれど。

しかし。その願いは。

叶わぬ事となった。

 

予想よりも、目的地と距離があった事が第一だが。

恐らくは、これも全て、計算尽くだったのだろう。ただ、イグアノス達は寝ているだけで、包囲網を完成させていたのだ。

泡立つ水は、入手できた。

湖の真ん中にある浮島の、さらに真ん中。

其処にある泉には、不思議な泡立つ水が、こんこんと湧いていたのだ。

事前に準備した桶に汲み取って、厳重に蓋をして。なおかつ、封印の魔法陣を書き込んだゼッテルで、二重三重に覆って。

どうにか、最大の目標は入手できた。

後は緑結晶だが、それはネーベル湖畔の反対側の岸。元から、明日入手に向かう予定だった。

だが、帰ろうとして、気付く。

今まで開いていた橋で、我が物顔にイグアノス達が居座っていたのである。それも、十や二十では無い。

イグアノスの群れは、遠巻きに此方をうかがっている。

「見えている範囲だけで、八十七」

クーデリアが数え上げると、リオネラが小さな悲鳴を上げた。

見えている範囲だけで、である。

あの様子だと、上手く行けば人間を食べられるかも知れないと思って、集まってきた個体が殆どだろう。

つまり、あの群れている連中は、さほどの脅威では無い。

そう思って、ステルクに聞いてみると。わずかに笑みを浮かべて、頷いてくれた。

「その通りだ。 良く分析できたな」

「えへへー」

「だが、問題はその先だ」

おそらく此方を狙ってくるのは、イグアノスだけでは無い。

島魚が、先から見えない。つまり、此方が弱るのを待ってから、仕掛けるつもりだとみて良いだろう。

ロロナは大威力の魔術を使えるが、燃費が良いとはお世辞にも言えない。

それならば、だ。

荷車から、ありったけの発破を取り出す。

大火力で、敵陣前面に打撃を与えて、一点突破。後は最短距離を、直進するのみ。それで湖畔を抜ければ、逃げ切れる。

ステルクは頷いてくれた。

それで良いと言うのだろう。一旦地図を広げて、退路を確認。イグアノスの群れがいるけれど、充分追い払えるだけの実力はある。

ただし、見えている範囲は、だ。

この湖畔に生息しているイグアノスがどれだけいるか分からないけれど、流石に万は超えないだろう。

正面突破はステルクに任せて。

後方、左右からの襲撃を、クーデリアに対処してもらうしか無い。遠くにいる間は、ロロナが発破で蹴散らす。

自動防御がいつまで保つか。

それが突破の鍵になるだろう。ただ、リオネラは完全に青ざめてしまっている。彼女はもともと戦士ではないし、仕方が無い所はあるのだけれど。クーデリアの冷たい視線も、分かる。

いい加減成長して欲しいと言うのだろう。

クーデリア自身は、もう一人前と呼べるところまで来ているのだし、言いたいことは分かるけれど。

ロロナは、フォローしたい。

人の成長には、個人差がある。ロロナだってクーデリアだって、成長が早い方では無いのだ。

「りおちゃん、大丈夫?」

「やだ……怖いよ……! あんな数のモンスター、どうにか出来る訳が無い!」

泣きそうになっているリオネラ。

嘆息すると、クーデリアは弾丸の数と、リボルバーの状態を確認しはじめる。強行突破をするなら、夜になる前がいい。だから急げというのだ。クーデリアが言いたいことは、別に直接言葉を交わさなくても分かる。

「うん、怖いよね。 だから、こっちに乗って」

荷車の空きスペースに、リオネラを押し上げる。

其処で目をつぶったまま、自動防御を展開していて欲しいと言うと、リオネラは驚いた様子で、ロロナを見た。

流石にこれは想定外だったのか。

「大丈夫。 実戦でのフォローは、ステルクさんと、くーちゃんがしてくれるから」

「で、でも」

「いつもつらいお仕事ばかりでごめんね。 でも、これがアーランドなの。 此処で生きていくなら、強くなくちゃいけないの。 だから、りおちゃんも頑張って。 いつかは、此処に、わたし達の側以外にも居場所が出来るように」

取り出した何種類かの発破。

戦闘用に加工したものを、荷車の中で整理しておく。いつでも使えるように、だ。

後は、敵の包囲が乱れる切っ掛けが、何かあれば。

如何に前面を蹴散らすのが難しくないといっても、走れば走るほど分厚い敵の壁にぶつかることは、ほぼ疑いない。

このまま突破を決行するのでは無くて、もう一工夫欲しい。

しかし、もたついていると、夜になってしまう。

夜中の突破戦だけは、避けたい。

「そろそろ時間的にも限界よ」

クーデリアが釘を刺してくる。

頷くと、ロロナは覚悟を決めた。

「ステルクさん、走ります。 お願いします!」

「分かった。 任せろ」

投擲可能な発破を二つ同時に取り出すと、魔術を使って着火。

フラムと呼ばれるものだけれども。複数個を束ねて、威力を倍加してある。ロロナの腕力でも、石橋の上に投げることが可能な程度の重さだ。

投擲する。

イグアノス達が、何だろうと、発破を見ていて。

そして、次の瞬間。

橋の上空に出現した殺戮の光に、なぎ倒された。

「突貫っ!」

阿鼻叫喚の中、突入を開始する。

わっと逃げ散るイグアノスと、踏みとどまってブレスを連射してくるグループに別れる。

ロロナは自動防御の中から、連続して発破を投げつける。狙いは、混乱している方では無くて、踏みとどまっている方。

石の橋とは言え、直上で爆破すると、流石に強度が心配だ。だから、直接ぶつけるのでは無くて、頭上で爆発するように調整して投げる。荷車を引きながらだから難しいけれど。どうにかこの程度なら、ロロナでも出来る。

ブレスを自動防御が弾いていくけれど。何しろ、数が数だ。

ステルクが、敵の群れの中に突入。

頑強なイグアノスの鱗も、ステルクの剣に掛かってしまうと、脆い紙細工のようだ。一刀両断された同胞を見て、わっと散るイグアノス達。橋の上の敵の前線が、一気に後退する。

そこを、走り抜ける。

前にいる敵を、ステルクが片っ端から斬り伏せる。

追いすがってくる敵が、大量のブレスを放ってくる。どれもこれもが、異常なまでに正確に、自動防御を打ち据えてくる。

逃げながら、牽制の発破を後ろに何度も投げた。

クーデリアが、至近にまですがってくる相手を、片端から撃って、一瞬でも動きを止める。動きさえ止められればそれで良いのだ。荷車は走り抜けているのだから、敵の追撃を、充分に阻止できる。

爆発。

荷車が激しく揺動する。

イグアノスの群れが、自動防御では無くて、荷車のわずかに側面や後ろを狙って、ブレスを放ちはじめたのだ。

当然爆破で、車輪が激しい負担を受ける。

爆風は、自動防御で防げるが。

地面の状態までは、どうにも出来ないのだ。

二つ目の石橋。

発破を後ろに投げながら、ロロナは見る。何かに祈るようにして、ぎゅっと目を閉じているリオネラ。

何となく、ロロナには分かってきている。

彼女が昔、どんな仕事をしていて、どんな境遇にいたのか。

アラーニャとホロホロの性質から考えれば、それほど難しい事でも無い。

石橋を、一気に走り抜ける。

もう二つ突破すれば、湖岸にまで出る。

遠目に見かけた、あの大きなドナーンは仕掛けてきていない。これなら突破できるかと思った、その時だった。

ステルクが叫ぶ。

とまれ。

慌てて、急ブレーキ。そのままではとまりきれないから、ドリフトして強引にとまる。そして、とまれと言われた意味が分かった。

地面が大きくへこんでいる。

これは、地面に至近からブレスを撃って、即席の落とし穴を作ったのか。

既に周囲は暗くなり始めている。そのまま突っ込んでいたらどうなっていたか、恐ろしくて寒気がした。

大量の火球が、四方発砲から飛んでくる。

動きが止まったのだから、当然だ。慌てて穴を迂回しに掛かるけれど、横殴りに叩き付けられた十以上の火球が、大きく荷車を傾けた。

慌ててタックルしたクーデリアが、横転だけは止めるが。

頭を抱えて悲鳴を上げたリオネラが、一瞬だけ自動防御を解除してしまう。目の前が真っ赤になったかと思った。

爆圧に、強かにたたきのめされる。

ああ。

これは死んだなと、ロロナは思った。

 

3、突破戦

 

目を開けると、空に巨大な炎の花が咲いていた。

ステルクがとっさに、雷撃を帯状に放って、ここぞとばかりに放たれたブレスを、ことごとく迎撃したのだ。

だが、ステルクが。流石に肩で息をついている。

あれだけの大爆発だ。

相当な魔力を消耗したのだろう。ステルクは雷を自在に使う戦士で、すぐれた騎士だけれど。

それでも、力は無限ではないのだ。

最悪なことに、四方を橋で囲まれた小島。なおかつ、イグアノスの群れに、全ての退路を抑えられてしまっている。

幸いな事があるとすれば、敵が一旦距離を取ったという事か。

今のステルクの技を見て、迂闊に仕掛けると危険だと判断したのだろう。

夕闇の中、がつがつと何かを貪る音。

先ほどまでの戦いで、ロロナの発破や、ステルクの技で死んだ同胞を、イグアノスが貪り喰っているのだ。

死ねば同胞でも、餌に早変わり。

別にイグアノスに限った話では無い。この世界の、悲しい法則だ。アーランド戦士でさえ、悲惨な包囲戦の中、同胞の肉を喰らった例があったと、ロロナも何処かで聞いたことがあった。

「ステルクさん、これ!」

「うむ……」

ステルクに、すぐに耐久糧食を。

クーデリアとリオネラにも渡す。

ネクタルを含む耐久糧食を食べる事で、ほんの少しでも体力を回復してもらう。クーデリアは今までの撤退戦で、かなり火の粉を浴びて、彼方此方火傷もしていた。リオネラは魔力の消耗が悲惨だ。

ステルクはほぼ無傷だけれど、魔力の消耗が酷い。

後、橋二つ分。

撤退には、どうにかして突破しなければならない。イグアノスの群れは、此方を完全に包囲していて、しかも今はもう夜になりつつある。

状況は、最悪を極めていた。

「ロロナ、戦力を確認して」

「うん!」

クーデリアが、自分で包帯を巻く横で。

ロロナは荷車を漁って、発破の残りを調べる。

今回、ある特殊な発破を持ってきているのだけれど。それが四つ。後の発破は、突破のために使うとしても。

明らかに数が足りていない。

助けが来ることは、期待しない方が良いだろう。

それにしても一体何で、イグアノス達はこうも大規模な包囲を仕掛けてきたのか。

ステルクが、周囲のイグアノスの亡骸を、湖に放り込む。

すぐに島魚やら他の魚やらが寄ってきて、死体に群がり、ばしゃばしゃと音を立て始めた。

包囲しているイグアノスは動かない。

いや、違う。

此方が動くのを、待っている。

向こうも本腰を入れているという事だ。今までの戦いで、此方の力は理解した。だから、焦って動くのを待っていると見て良い。

その上、闇夜に無数に動く、光るイグアノスの目を見ている限り。

彼らは、夜の闇の中でも、周囲が見えている。

元々、降るような星空だ。周囲は明るくて、地面までくっきり見えるほどなのだ。鳥でもない限り、周囲を確認するのは難しくないと見て良い。

此方は、いつブレスの全方位飽和攻撃があるか恐怖しながらまたなければならないのに。

相手は、此方が無謀な突撃を開始するのを、じっくり待てば良い。

分かっているのだ。

これは神経戦だと。

リオネラがしくしくと泣いているのが分かった。

アラーニャとホロホロは、何も言わない。クーデリアは残りの弾丸を数えながら、リオネラを見ずに言う。

「ロロナ、戦力は?」

「発破が、十七本。 橋は一本だけなら、突破できると思うけれど……」

「地図を見せて」

クーデリアと、星明かりの下で地図を見る。

どうやっても、橋一本では、対岸にたどり着けない。橋の上にいる敵を駆逐することはどうにか出来るけれど。

いきなり唸り声が聞こえてきたので、身を竦ませる。

どうやら、包囲をしているイグアノス達が、遠吠えをしているようだ。

意図は分かりきっている。

此方を休ませないつもりだ。神経を削って、暴発させるつもりなのである。

閉じ込められた小島の状態を確認。

イグアノスがブレスを使って作ったらしいへこみの位置は覚えた。逃げるときには、回避は出来る。

イグアノス達を、手をかざして見ると。

なんと、交代で休みはじめている。彼らの組織戦闘力は非常に高い。下手をすると、生半可な国の軍隊よりも、統率が採れているのではあるまいか。

「この様子だと、対岸近くには、最も優れた敵の一団がいてもおかしくはないな」

ステルクが、冷静に絶望を告げた。

確かにあの巨大ドナーンが、この包囲に関与していないのはおかしい。最後の最後で、文字通り手ぐすね引いて待っているとみて良いだろう。

つまり、此方が消耗しきるのを待っている。

なおかつ、此方の戦力も、相手は見切っていると判断して良い。

ステルクは少しだけ力も回復したようだけれど。このままでは、どうあがいても絶望だ。敵はただ待っていれば良いだけなのに。此方はもはや、打つ手が無い。消耗しきったところを、飽和攻撃を受けたら、その時点で詰む。

リオネラは涙も涸れ果てた様子で、ぼんやりと対岸を見ていたけれど。

ふと気付く。

妙にリオネラは、落ち着いていた。

「りおちゃん、大丈夫?」

「平気。 閉じ込められていたときに比べれば、こんなのなんともない」

「閉じ込められて、いたの?」

「そうよ」

くつくつと、リオネラは笑った。

この雰囲気。

以前、カタコンベで見た時と同じだ。

「私ね、辺境に近い国の出身だったのだけれど。 幼い頃から、魔女って言われていたの」

「!」

何となく、想像はついていた。

彼女にとって、周囲は害をいつ為すか分からない存在。だから、あれほどまでに、怖れているのだと。

アーランドでは、強い使い手や、能力の持ち主は、尊重される傾向にある。

しかし他の国では。

あまりにも異質な能力者は、遠ざけられる傾向があると聞いている。ましてや、平和極まりないような場所では、なおさらだろう。

ましてや、ロロナも知っている。

異国では、魔女という言葉が、どういう意味を持つかくらい。

「どんな能力が使えたの?」

「いつも見ているでしょう? もっとも、あの子は恐がりだから、人を傷つけるためには、絶対使わないけれど」

「りおちゃん……ううん、りおちゃんじゃないね?」

「私はリオネラよ。 でも、確かに貴方がいつも接しているリオネラではないけれど」

蠱惑的に笑うリオネラ。

確かにその笑みは魔的で。いつものリオネラの、臆病で、子供のような笑みとは、別だった。

話を、進めていく。

ひょっとすると、これは。

希望が見えてきたかも知れない。

能力を使えるかと聞くが、リオネラは頷いた。考えて見れば、今回の戦いで、荷車二台を守りきるほどに、自動防御は強力だった。それならば、攻撃に廻せば、どういうことになるか。

ステルクとクーデリアにも、話してみる。

ステルクは、敵を警戒したまま、言う。

「なるほど、確かに手としてはありだな。 君の作る道具についても、そろそろ信頼性という点で、充分なレベルに達していると、私は見ている。 それに、他に方法は無いとみて良いだろう」

「その子の言うとおり、能力が発動すれば行けるでしょうね。 貴方が持ち込んだその発破、性質を考えれば、確かにどうにかなりそうだわ」

「あら、信用してくれないの?」

くつくつと、リオネラが笑った。

その笑い方は、やはり邪悪だと感じてしまう。

ロロナは思うのだ。

このリオネラは、鬱屈した感情そのもの。多分リオネラが、周囲からどんな風に接されていたかの、鏡。

悲しいと思う。

きっと両親でさえ、リオネラを守ろうとはしなかったのだろう。

「それで、いつ決行する」

「すぐにでも。 行けますか」

「問題は、橋を渡っているときの迎撃と、恐らくは最後に控えているだろう大物の撃破だが。 より問題として大きいのは、前者だな」

上手く行けば。

後者は、そのまま無視することも出来る。

そして無視するのには、むしろこの闇は適している。

狙うのは、雲がお月様を隠したとき。

準備を、進めておく。

その間、ステルクとクーデリアには、わざと大声で話をしてもらった。これは、イグアノス達に、此方が慌てて揉めているように見せるためだ。

相手は、此処まで完璧な包囲を実行してきた。

それならば、油断も生じるはず。

思い通りに行っているように見せれば。更に、その油断を、加速させてやることだって可能だ。

「何よ、馬鹿じゃ無いの! そんな精神論で、どうあの物量を突破するっていうのよ!」

「何事も為せばなる。 為せねばならないのは当然だ」

「無理に決まっているでしょ! 此処は増援を待つべきよ!」

「増援など来るはずも無い」

迫真の大げんか。

元々クーデリアとステルクは、あまり仲が良くない。クーデリアは時々ステルクに戦い方を聞いているようだけれど。ロロナを虐げている側の人間だと言って、時々文句をぶつぶつ呟いている。

しかし、この息の合いっぷりは。

意外と二人とも、半ば本気で喧嘩をしているのかも知れない。

準備を整えていく。

今回持ち込んだ発破は、突破の際に全部使ってしまうけれど、それでいい。それと、切り札として持ってきた道具も、使ってしまうか。

準備が、出来た。

二人に手を振って、出来たと告げる。

リオネラも、動いてもらう。

まあ、リオネラは、保険だ。本当に出来るかどうかは分からないけれど。できれば、それでかなり有利になる、くらいにロロナは考えていた。

方角は、間違いない。

3、2、1。

0。

突破作戦、開始。

 

湖が、いきなり凍った。

荷車が通るのに、充分な路が出来る。同時に、突撃開始。凍った湖上の路を、全力で走り抜ける。

イグアノス達は、呆然として、対応できていない。

これぞ、今回持ち込んだ、氷結爆弾。レヘルンの力だ。

レヘルンは、樹氷石の中央部に増幅の魔術を込めたゼッテルを仕込み、火薬でそれを爆砕してばらまくというものだ。

これによって、広域を一気に凍らせることが出来る。

何度か実験はしたけれど、効果はこの通り。一個目のレヘルンで、一気に予定していた目的地点まで凍結させた。走りながら、二つ目を取り出して、着火。みためは雪だるまのように可愛らしいけれど。

これをもし生物相手に使ったら、一瞬で凍り漬けにできるだろう。

とても怖い武器だ。

そして今回は、包囲網を突破するのに用いる。路が無いのなら、湖上に作れば良い。それを素で実施したことになる。

イグアノス達は、流石にこんな隠し球がある事を、予想は出来ていなかっただろう。事実、彼らは驚いて、唖然としている。

だが、それでも。

彼らも木偶では無い。

イグアノス達が反応。

追撃をかけてこようと、さっきまでロロナ達がいた島になだれ込んでくる。

だが、その橋の前に。

巨大なアラーニャとホロホロが、立ちふさがる。

そのサイズは、ドラゴン並みだ。

リオネラが、荷車の上で座ったまま、くつくつと邪悪な笑みを浮かべている。目に浮かんでいるのは、嗜虐だ。

巨大なぬいぐるみ達が腕を振るう度に、イグアノスが吹っ飛ぶ。慌ててブレスを叩き込むイグアノス達だけれど。何しろサイズがサイズだ。簡単に倒せるような相手ではない。ふっとばされて湖に叩き込まれたイグアノスは、陸に上がる暇も無く、水面までせり上がってきた島魚の餌食になった。

これで確信できた。リオネラの能力の正体が。

だが、今はそれどころではない。

二つ目のレヘルンを投擲。

岸まで、もう少しの所まで、凍る。

時々ブレスの火球が飛んでくるが、全てクーデリアが走りながら迎撃し、叩き落とす。後ろの方で、爆発。

氷の橋が、砕けた。

だが、通り過ぎた場所だ。気になどしてはいられない。砕けた氷が、追ってくる。だが、走り抜けてしまえば。

何度も、荷車が跳ねる。

三つ目のレヘルンを取り出した。

すぐ後ろで、大きな爆発。岸から、強烈なブレスの火球が飛んできたのだ。恐らくは、ずっと伏せていた、あの巨大ドナーンだろう。

「あれは落とせないわ!」

「ステルクさん!」

「応っ!」

ステルクが足を止めて、剣に稲妻の力をため込む。

その間にロロナは、三つ目のレヘルンを投擲。ついに、岸まで氷の路が出来る。其処を、一気に走り抜ける。

イグアノスの群れが、させじと火球を乱射してくる。一部が回り込もうとしてくるけれど、ステルクの放つ稲妻が、片端から焼き尽くす。

至近に、着弾。

手に鋭い痛み。

声を殺して、歯を食いしばる。走る。

荷車が右に左に激しく揺れた。自動防御が無いから、火球を防ぎきれなくなっている。また着弾。着弾。着弾。

焼け焦げる臭い。

肉が焦がされている。傷が出来る。クーデリアは。まだ銃弾を乱射して、迎撃を続けてくれている。

努力を無駄にしないためにも。

ロロナは、ひたすらに走った。

荷車の車輪が、がたんと大きな音を立てる。

ついに、岸に上がったのだ。

イグアノスの包囲網を、完全に抜けた。

だが、湖から上がった瞬間、氷の路が粉々に吹っ飛ぶ。

巨大ドナーンのブレスだ。

だが、ステルクが途中で相殺してくれていた。水浸しになりながらも、ステルクが着地。もしもステルクが対処してくれなければ、粉々になっていただろう。

闇の中、無数の火球が、此方に飛んでくるのが分かる。

頭に来たらしいイグアノスが、追撃からの飽和攻撃を開始したのだ。今度は包囲戦から、追撃戦に変わったけれど。

さっきまでに比べれば、全然楽だ。

追いすがってくるイグアノスとは、まだだいぶ距離がある。

時々発破を投げて、距離が近い個体を爆砕しながら、走る。無数の火球も、慌てているからか、あまり追いついてこない。

既にリオネラには、アラーニャとホロホロの巨大化を解除してもらい、自動防御に戻してもらってある。

形勢は、完全に逆転した。

夜道を走る。

ブレスが飛んでこなくなったのは。イグアノス達が、縄張りを此方が出たと判断したからだろう。

既に街道。

これ以上追撃をすると、アーランド戦士達が近くの屯所から出張ってくる。そうなれば、面倒だと知っているのだ。

キャンプスペースに辿り着く。

見張りの戦士がいた。ぼろぼろになっているロロナ達を見て、驚いたようだった。流石に突破が上手く行ったとは言え、あれだけの戦いの後だ。ステルクと、荷車に乗っていたリオネラ以外は無事だけれど。ロロナとクーデリアは、手酷く火傷していた。ロロナに到っては、湖の上を走り抜けるとき、一度破片で指をざっくりやられた。左手の中指は、骨が見えるほど酷い傷が出来ている。

「何だあんた達。 まさか、こんな時間まで、ネーベル湖畔にいたのか」

「はい。 イグアノスの群れに包囲されてました」

「よく生き残ったなあ。 彼奴らここのところ知恵をどんどんつけててな。 よその国から来た密猟者どもがこの間も、まとめて十人くらい餌食になったんだよ。 まあ連中は自業自得だがな。 お前さん達は良かった良かった」

笑い話のように言われて、ロロナも流石に引きつった。

なるほど。

それで、人の肉の味を覚えたのか。

話によると、噂に聞いた屈強な密猟団は、少し前に主力が捕まり、残りは引き上げていったらしい。欲を張った一部が残っていたところを、モンスター達に一網打尽にされてしまったそうだ。

ステルクが、不機嫌そうな顔を、更に強ばらせる。

「近々討伐の必要があるな。 今日だけで七十ほど間引いたが、まだ足りん」

「何だか、悲しいですね」

自然のルールを知らない密猟者が無為なことをしたせいで、危うく大変なことになる所だった。

それにあれだけの数でも、本格的な討伐隊が出たらひとたまりも無い。

座り込むと、手当をはじめる。傷薬を塗って、耐久糧食を食べて。しばらく、横になる。横になると、興奮が収まってきたからか。体中の傷が痛んできた。リオネラは、いつの間にか、元に戻っていた。

クーデリアが嘆息する。

「弾丸を殆ど使い切ったわ。 まだ探したり無いものがあるんでしょう?」

「うん。 でも、もうあまり長くは戦えそうに無いね」

「深入りはしないのであれば、私がどうにかする」

ステルクが、剣の状態を確認しながら、フォローはしてくれる。

実際、まだ一番大事な緑結晶が手に入っていない。これが無いと、湧水の杯を作る事が出来ないのだ。

一端引くべきか。

銃弾は、アーランドで無いと生産が難しい。と言うよりも、材料を中々入手できないらしい。

村などで買うと、相当に高くつくだろう。

その上、槍や剣と比べて実用性も低い銃なので、わざわざ扱っている可能性も高くは無い。

明日は、速攻で当たりを付けて、採取をしなければならない。

リオネラは、疲れ果てたらしく、もう眠っている。

ロロナも、もう眠りたいくらいだったけれど。最低限の打ち合わせは、しておいた方が良い。

そう思って、幾つかの確認を、済ませておいた。

横になると、ようやくリラックスできる。

明日もまた、あの恐怖の湖に戻らなければならないかと思うと、憂鬱だったけれど。しかし、湧水の杯が作れれば。渇き谷にいるお年寄り達の生活を、だいぶ向上させることが出来る。

苦労する、意味はある。

クーデリアが、横に腰を下ろす。

「指は大丈夫?」

「こんなの、へっちゃらだよ。 くーちゃんこそ、何カ所もブレスの直撃もらってたでしょ?」

「あたしは鍛えてるから平気よ。 それに、この程度の痛みは、慣れっこだわ」

傷も、痛みも。

お互い、すっかり慣れてしまった。

それに、この程度の痛みなど、何でも無い。良く思い出せないのだけれど。この比では無い怪我を、いつだかした気がするのだ。

ロロナもアーランド人だ。

こんな怪我なんか、唾でも付けておけばなおる。ましてやちゃんと手当てしたのだから、一月もすれば跡も残っていない。

とりあえず、クーデリアと並んで、眠ることにした。

星だけは。

相変わらず、降るように美しかった。

 

4、奇跡の杯

 

緑結晶は、意外なほど簡単に見つかった。

湖の中に、ぽこぽこと浮かんでいる。本当にこれで良かったのかと、目を疑ったほどだ。だが、何度確認しても、間違いない。

さっさと入手して、準備しておいた桶に。

その間ステルクは、稲妻の力を容赦なく展開して、遠巻きに此方を見ているイグアノスを駆除していた。

戦意の無い相手まで殺す必要は無いのではと思ったのだけれど。

しかし、昨日の様子を確認する限り、この湖に住むイグアノスは人間の肉の味を覚えてしまっている。

徹底的に一度駆除して、数を調整しなければならないだろう。

それに、人間に対する恐怖も、叩き込んでおかなければならない。そうしないと、この近くに住んでいる人達にも、迷惑が掛かる。そればかりか、最終的には、この湖の生態系自体に、良くない影響も与えるだろう。

「ステルクさん、そろそろ行きます」

「うむ」

ステルクが、剣を鞘に収める。

それにしても、容赦の無い殲滅ぶりだ。

帰り道にステルクに聞いたが、すぐに王宮に申請を出して、数十人の騎士と供に、討伐を行うという。

正直、イグアノスに同情してしまう。

「適正の数を大幅に逸脱しているからな。 百ほどを残して、残りは全て駆除する予定だ」

「容赦ありませんね」

「仕方が無い事だ」

確かにその通りだ。

数が増えすぎると、確か生存圧力というものが生じる。つまり、縄張りの拡大だ。そんな事になれば、ネーベル湖畔近くの村とイグアノスが全面戦闘になる。其処までの事になれば、アーランドも全滅させるまで駆除するだろう。

どちらのためにもならない。

それにしても、激しい戦いだった。

荷車も、酷く痛んでいる。これは長く世話になってきたけれど。アーランドに戻ったら、親父さんに見てもらう必要がある。場合によっては買い換えだろう。

幸い、資金にはだいぶ余裕が出てきている。

リオネラは、帰り道、ずっと無口だった。

戦いが、ショックだったから、ではないだろう。きっと、リオネラも、気付いている。ロロナが、リオネラの過去を、把握しはじめている事を。

それに、リオネラの秘密も。

アーランド王都に到着。

今回は、今までに無く酷い目にあったけれど。目的は全て達成できた。後は頑張って調合を行うだけだ。

ただ、問題なのは。

やっぱり、湧水の杯の仕組みが、良く分からないと言うこと。

仕組みは理解できたのだけれど。

本当にそれで動くのか、どうにも納得がいかないのだ。本当はポンプか何かで、地下水を吸い上げているのではあるまいか。

ぼんやり噴水を見ていると、いつの間にか、側にリオネラが立っていた。

「ロロナちゃん、あのね」

「りおちゃん、暗殺者だったんだね」

真っ青になったリオネラ。

やっぱり、図星だった。

幾つも、そうだと臭わせることはあった。彼女の生い立ち。どうやって食べていたのか。暗殺者の話は聞いたことがある。

たとえば、騎士などが片手間にやる本業暗殺者を除く場合。だいたいは、社会的に「いらない」とされる人間がする。

そして、リオネラの持つ特殊能力。

リオネラの場合、自動防御ばかりが際立っていたけれど。

ぬいぐるみ達の力を利用すれば。暗殺など、容易いはずだ。

一度気付いてしまえば、後は粗ばかりが見えた。リオネラは特殊能力だけで、仕事をしていた暗殺者だったのだろう。

だから本人の力は、どうということもなかった。

魔力は強かったけれど。戦い慣れしていないから。自分が矢面に立つような戦いでは、力を発揮しきれなかった。

一方で、橋の上で大暴れするアラーニャとホロホロの動きは、極めて的確だった。

遠隔操作が、通常戦闘とは比較にもならないほど手慣れていた良い証拠だ。

あらゆる状況証拠が。

リオネラが、遠隔操作で暗殺を行う能力者だと、告げていたのだ。

「どうして、分かったの?」

「そんなの……りおちゃんの事を見ていれば、分かるよ」

「……そう、なんだね」

アトリエに連れて行く。

リオネラについては、まだ聞きたいことがたくさんある。

たとえば、彼女のぬいぐるみ達。

ぬいぐるみ達が、見た目通りの存在では無い事くらい、もうロロナにも分かっている。ずっと黙りこくっていたぬいぐるみ達も、アトリエに入ると、しゃべり出した。ホムは作業に掛かりっきりだし、そもそも他人と殆どコミュニケーションを取らない。いないものとして、カウントしているのだろう。

「何時から分かってたんだよ」

「うんとね、最初にあった時から、何となく違和感があったけど。 確信したのは、最近かな。 でも、りおちゃんがずっと苦しい思いをしているのも知ってたから、言い出せなくて」

「お願い。 リオネラを嫌いにならないであげて」

アラーニャの言葉は切実だ。

そして、その言葉の意味の裏にあるものも、ロロナは何となく理解できていた。

リオネラはもう泣いていた。

温かいお茶を出す。

嫌いになんて、ならない。

なる理由が無い。

戦士がたくさんいるアーランドでは、汚れ仕事をしている人だって多い。ステルクだってモンスターをたくさん駆除している。ロロナの両親だって、そうだ。

少し前までは、戦いで傷ついた体をしている人や、見かけが怖い人が、とにかく怖くて仕方なかったけれど。

もうそれも、怖くなくなってきた。

色々勉強しているうちに、分かってきたことだって、多かった。

しばらく、リオネラが落ち着くまで待つ。

彼女から、話してくれるのを、待ちたかった。その日結局、リオネラは話してはくれなかったけれど。

いつかは話してくれる。

そうロロナは、信じた。

 

アトリエから出てきたリオネラに、声を掛ける。

クーデリアの声を受けて、びくりとリオネラは身を震わせた。

「まさか、ロロナが自分で気付くなんてね」

「私を、どうするつもり……?」

「どうもしないわよ。 あんたの正体なんて、周りのみんなが知ってるし。 何よりロロナ自身が受け入れてるんだから、問題なんて無いでしょ」

そもそもだ。

リオネラを今回のプロジェクトに加えたのは、職業暗殺者だったからだ。ただし、実際に連れてきてみると、あまりにも精神が脆くて、プロジェクトに若干の修正が必要になったと、クーデリアは聞いているが。

ただ、リオネラの正体に、ロロナが気付いていたのは意外だった。

このプロジェクトが始まる前は、文字通り花も恥じらう乙女だったのに。今では、加速度的にたくましくなっている。

最もそれは、クーデリアも同じか。

今では一人前の戦士として、充分に戦える実力もついた。ただしまだまだ理想点には全然足りないが。

サンライズ食堂で、一緒に昼食を採る。

リオネラは見かけ通りの小食で、どうやってあれだけの魔力をひねり出しているのか、クーデリアには気になって仕方が無い。

一方クーデリアは、戦闘後は必ず、間食をとるようにしている。

そうしないと、体が保たないのだ。

魔力だってそんなに強い方では無い。

大威力の術式を弾丸に乗せるには、さんざんなリスクも必要になる。しかも今回の追撃戦では、イグアノスのブレスを迎撃するために、五十を超える火焔弾を放った。前だったら、干涸らびていたところだ。

「多分もう一つの秘密にも、気付かれてるわよ」

「……」

リオネラの手が止まる。

また泣き出したので、正直気分が悪い。

此奴は、逆境で強くなるという事と、無縁だったのか。

リオネラがどんな境遇で育って来たかは、クーデリアも知っている。それ自体は悲惨な話だ。

クーデリアだって悲惨な生い立ちだけれど、それを自慢しても仕方が無い。すなおに気の毒だと思う。

ただし、強くなろうと、どうしてしないのか。

そこが分からない。

強くなれない奴もいるけれど。

リオネラは、そうだとは思えないのだ。

「どうでもいいけど、あのヘンタイ吟遊詩人が、今後は更にあんたにちょっかい掛けに来るわよ。 そんなんで大丈夫なの?」

恨めしそうにリオネラは、クーデリアを見た。

クーデリアを恨まれても困る。

嘆息すると、残りの飯を平らげて、クーデリアは食堂を出た。

その足で、アトリエに向かう。

今回ロロナは、理屈もロクに分からない道具の作成に挑戦している。クーデリアが補助しないと、多分完成させるのは無理だろう。

案の定。

アトリエに入ると、ロロナはてんやわんやしていた。

金型は、とっくの昔に作ってある。隣の武器屋の親父に頼んでおいたのだろう。問題は、その先だ。

杯は上部にある円盤と、下部の支えを、それぞれ外せるようになっている。

支えの中に、水を作り出す機構を造り。わき出た水が、円盤の杯に溜まる仕組みになっているのだけれど。

案の定、上手く行かないのだ。

そもそもあんなインチキ臭い道具が、どうして本当に水を出しているのか、何度考えても、クーデリアには理解できなかった。

水の存在する確率とは何だ。

本当にそんなものを操作できて、しかも水を出せるのか。

今まで見てきた錬金術の道具は、どれも納得できる理屈に満ちていたのだけれど。これは、違う。

しかし、実際に水は出ているのだ。

ロロナはどうすれば、水を出せるようになるのか。実験的に作ったものでは、確かに水は出ていたはずなのだが。

咳払いすると、ロロナが涙目で振り返る。

「くーちゃん!」

「実験の時は、上手く行っていたじゃない」

「それが、どうしても水量が増えないの! ちょっとずつしか、水が出なくて!」

見せてもらう。

実験の時に使ったコップでは、目に見えるほどの速度では無いが、確実に少しずつ水が溜まっていた。

だが、今度のは。

前の実験の時と、殆ど代わりが無い。

「これじゃあ、失敗だよ! 貴重な材料、幾つも使ってるのに!」

「落ち着きなさい。 資料は?」

「見たよ、全部! ちゃんと書かれたとおりにやってるのに! 書いてある通りの出力がないよぉ!」

頭にチョップを一つ。

それで落ち着いたので、もう一度資料を確認させる。

それにしても、リオネラの素性を見抜いたのと同一人物とは、本当に思えない。追い込まれないと、相変わらず力が出せない。

もう少し、作業に手慣れてくれれば、クーデリアも安心できるのだけれど。

「いつも通り、まずは最初から見直しよ。 何か抜けているか、或いは見落としがあるに決まってるんだから」

「返す言葉も無いです」

一緒に、資料を漁る。

なんだかんだ言って、これはとても楽しい瞬間の一つだ。文句を言いながらも、ロロナの力になれている事が実感できるから。

ただ、今回は、内心クーデリアも不安だ。

本当に、こんな道具で水を作り出せるのか。何度理屈を聞いても、納得できないからだ。

まず、実験からやり直す。

今回の骨子は、その場に水が存在する確率を上げる、というものだ。そのためには、水の上位存在が、水が其処にあるとされる場所を観察し、なおかつ存在すると錯覚しなければならないのだという。

その理屈は分かったけれど。

実際に水が湧くのを見ても、何度読んでも納得できない。ロロナが納得できないというのも、よく分かるのだ。

とにかく、資料に基づいて、作業をして行くしか無い。

ただし。

今回は、今までに無いほどに苦戦するだろうと、この時点でクーデリアは確信していた。ひょっとしたら、最後の日まで、しっかり掛かるかも知れない。

だがロロナなら出来る。

前回、クーデリアはロロナを信頼しきれなかった。だから今度は信じてみる。

良い資料が見つかったので、ロロナに見せる。

杯の完成は、まだまだ先だ。

 

5、動き出す闇

 

非常に不機嫌な王の元に、伝令が来る。

此処は、オルトガラクセン地下十六階。周囲にいるのは、アーランドを代表する精鋭ばかりだ。

アストリッドも今回は参戦している。ここのところ、オルトガラクセンから湧いてくるモンスターがあまりにも多いので、王が本腰を入れはじめたのだ。アストリッドかステルク、エスティの誰かが、必ず同行することで決まっているのだけれど。少々煩わしい。

集団行動など、面倒なだけだ。

伝令が頭垂れる。

「またポータルを発見しました」

「封印はどうなっている」

「今、実施中です」

「この階層に来てから、一体幾つ目だ」

獅子が唸るように、王が不満の声を漏らす。側に控えているアストリッドは、小さくあくびした。

先ほど、彼方此方から集めて来た参考資料に目を通したのだが。

この地下十六層は、いわゆる邪神が管理しているこの遺跡の中でも、メインストリートに等しい場所のようだ。

広さにしても複雑さにしても、十五層とは段違い。

勿論、配置されているガーディアンも多い。

爆発音。

また、戦闘が始まったか。王は不機嫌なまま、残像を残して移動しはじめる。

この十六層はかなり広い。周囲は巨大な建物が林立していて、まるで巨大都市が地下に丸ごと埋まったかのようだ。

いや、多分違う。

本当に、埋まったのだろう。巨大都市が。

辺りにはまだ生きている明かりがつき、それは毒々しくさえある。

暴れているのは、ベヒモスだ。かなり巨大で、アストリッドが見たどの個体よりも筋骨隆々としている。

今、抑えに廻っているのは、パラケルススと、数体のホムンクルス達。

戦士達が加勢に加わろうとしたとき。

残像を残しながら、王が前線に躍り出た。

呆れるまでの跳躍力を発揮して、建物の壁をジグザグに蹴り、誰でも出来るかのようにベヒモスの頭上に。

上空からの、一刀両断。

冗談のようにベヒモスの巨大な角が斬り割られる。

王が着地。角が地面に突き刺さり、大量の血が噴き出した。

「王だ!」

喚声が上がる。

最強だからこそに王。アーランド戦士達にとっての、誇りとしての姿。

実に分かり易い。

だからこそ。アストリッドは。

あの男を、くびり殺してやりたいと、何度思った事か。

王は残像を残しながら、彼方此方を飛び交い、一刀ごとにベヒモスを切り裂いていく。鮮血をまき散らしながら、悲鳴を上げるベヒモスだが。逃げる事は、出来なかった。

退路に回り込んでいたパラケルススが、喉を跳び上がりざまに切り裂いていたからだ。

地響きと供に、倒れるベヒモス。

勝負にならないとはこのことだ。この王を倒すには、ロード級の悪魔数体を、同時にぶつけないと無理。

アストリッドでさえ、あらゆる錬金術の道具を駆使し、奇襲したとしても、勝てるとは思えない。

「流石にございます」

「うむ。 負傷者は」

「出ておりません。 探索を続行します」

「ポータルを見つけたら即座に知らせよ。 個別の判断で動くでは無いぞ」

敬礼した戦士達が、ホムンクルス達と連れだって、怪しい光が瞬く滅びた街に消える。一体ポータルは、此処だけで幾つあるのか。

測量によると、おそらく二十層まではあるオルトガラクセン。

ロロナを入れる頃までに、安全な通路を確保しておきたいが。はてさて。

王はパラケルススに、剣の使い方を教えている。

頷きながら、パラケルススは言われるままにしていた。王はあれで面倒見が良い。戦士達に人気があるのも、何でも気取らず教えるから、だろうか。

王は搾取することが仕事などと言う言葉もあるようだが。

少なくともこの国の王は、金銭などに興味を示せば軽蔑される。最強の戦士であることだけを、要求される。

この国の観念からすれば。

戦闘以外には興味が薄い王は、理想的な存在なのかも知れない。

「しかしアストリッドよ。 素晴らしい才能に調整したな」

「予定通りの出来です」

「目標地点は相当高かったはず。 しっかり仕上げたそなたは、やはり有能だな」

それは。

本当は、アストリッドの師匠がいなければ、完成しなかった。

王は気付いていないが、今の言葉。ドラゴンの逆鱗に触れるも同じ。他の人間だったら、次の瞬間にはミンチにしていた。

「失礼します。 85、91、93。 ついてこい」

「どうかしたか」

「少し、偵察を」

王の側から離れると、アストリッドは適当なモンスターに八つ当たりすることにした。彼奴には、まだ勝てない。

いずれ、必ずや殺してやりたいが。隙を見せない。

ふと、気付く。

これは、巨大な魔力が動き始めている。ただし、生物のものではないだろう。すぐに王の側にいる魔術師達も気付くはずだ。

舌打ち。八つ当たりは後だ。

「マスター、どうしましたか」

「何かが動き出した。 王の所に戻るぞ」

 

他の偵察部隊も、王の所に戻る。

今回は精鋭ばかり二十五名も動員して、ホムンクルスも二十名連れてくるほどの大規模な探索だ。

王を中心に、円陣を組む。

此処にいる誰もが、この強烈な魔力の波動を、感じ取っていた。

「あれだ!」

誰かが叫ぶ。

皆が分かっていたとおり、それは生き物では無かった。

この迷宮の壁や床。この階層に建ち並ぶ建物のように、ぴかぴかと輝く塔。それ自体が、魔力を放っているのだ。

魔力は何も、生物に宿るだけではない。

剣や鎧に纏わせることも出来る。人工物が魔力を得ても、何ら不思議な事は無い。

本能的に悟る。

これが、邪神だと。

邪神から、何か音が漏れはじめる。やがてそれは、唐突にアーランドの言葉へと変わった。

「ようこそ私の領域へ。 歓迎いたします」

「何だ貴様は」

「私はこの領域の管理を任された存在。 劣悪形質排除用人工知能、死者の王と申します」

死者の王、か。

なるほど、それで合点がいった。

今までに得た情報の数々。それにパメラから入手していた言葉。それで、全てがピースに填まる。

此処で何が起きたのかも。

これで、仮説では無くなった。

なるほど、そう言うことだったのか。やはりという感が強い。とりあえず、世界の人口が一万分の一になった事件については、これで全容が掴めた。世界中が汚染された理由と、その過程についても。

そして、アーランド戦士のような、生物としてあり得ないほど強い人類が登場した経緯についてもだ。

これは面白い。

だが、まだロロナには聞かせることが出来ない。

それにしても、あの美しい心を持った弟子がこの話を知ったとき。一体、どんな反応を見せるのだろう。

しばらく、生者と死者の王が話をする。

周囲の戦士達の殆どは内容を理解できていなかったが。違う者もいた。ロアライナ=フリクセル。ロロナの母だ。

「なん、ですって……!」

「しっ」

黙るように促す。

今、大事な話の最中だ。

「ふむ、ならば我々の存在を、そなたは最高傑作と評するのだな」

「はい。 素晴らしい完成度です。 我が主が貴方たちを見たら、きっと感動して、我らが滅びたことに悔いは無いと言うことでしょう」

「ほう……」

王がキレた。

ただし、邪神はそれに気付いていない。所詮は機械。人間の心の動きなど、理解は出来ないだろう。

「モンスター共を地上に送り込むのを止めよ」

「いえ、それは出来ません」

「何……?」

「あなた方は如何に強くなったとはいえ、人間という生物は、刺激が無ければ簡単に堕落します。 あなた方が強さを維持しているのは、強力なモンスターとの戦いで鍛え抜かれているからです」

王は剣に手を掛けようとしたが。

アストリッドが止める。

このまま暴発させても面白そうなのだけれど。ロロナが巻き込まれる可能性が高いので、止めておいた方が良い。

「王、これは外圧について説明を」

「この忌々しい箱めを、斬ることは許さぬと?」

「此処に出てきたという事は、交渉が目的でしょう。 今はモンスターを収めさせることが、第一です」

心にも無い事を、出来るだけ取り繕った笑顔で言うと。王は納得したのか、咳払いした。此奴は、こういう所が不快だ。

歴代の王の中には、それこそ人間の形だけをした戦闘意欲の塊という連中も、少なくは無かった。

今の王は、不愉快なことに、計算が出来る。

そんなもの、出来るから。余計な被害も出る。たとえば、アストリッドの師のような。だが、今はぐっと飲み込み、こらえることにした。

「今、我が国は、外圧に苦しんでいてな。 大陸中央部にある国々が、激しい淘汰の末にまとまろうとしている。 モンスターもこの国々も、まとめて相手にする余力は無い」

「いいえ、あなた方はどちらも相手にするべきです。 私はあなた方を滅ぼすつもりで、圧力を加え続けました。 それなのに、あなた方はそれを物ともせず、ついには我々の時代の技術まで一部回復させ、ここにまで来た。 あなた方は、もはや私の繰り出す圧力だけでは物足りないほどに、進化した。 それならば、その外圧に加え、私の圧力も受け、更に進化をしてください」

「話にならぬな」

「ただ、そのような事情であるならば、しばらくは圧力を抑えましょう。 ただし、あなた方がポータルと呼ぶ転送装置を、これ以上封印しないことが条件です。 今まで封印した装置については、解放しなくても結構。 別に此方としては、なんら機能に支障がありません」

ぎりと、王が歯を鳴らした。

一応、これで交渉は成立する。王は抑えた。不愉快なことに。

此処で殺し合いにでもなれば、それはそれで面白かったのに。交渉は成立。これでしばらく、オルトガラクセンから、この忌々しい邪神が繰り出すモンスターは、現れる事が無いだろう。

最後に王が聞く。

「我が国の北部国境に、夜の領域と呼ばれる魔境が出現した。 あれはお前の仕業か、死者の王」

「いいえ、おそらくそれは、私と対立する愚かな存在。 己が劣った存在でありながら、何の意味があるのか生きることを選んだ者達の末裔でしょう」

「お前とは関係が無いのだな」

「邪魔なようなら滅ぼします」

手をひらひらと振ると、王は帰るぞと周囲に告げた。

一瞬で地上に送り届けられると言った死者の王に、王は不要と告げると、歩いて帰ることを選んだ。

 

地上に出ると、早速会議を行うこととなった。

まだ王は機嫌が悪い。

オルトガラクセンに潜んでいた物が、想像を超える下郎であった事を知ったからだろう。アストリッドに言わせれば、はっきりいって人間のおつむは、古代文明滅亡前と大して変わっていない。

いろいろな資料からも、人間が強くなったのは肉体だけだと言う事が、明らかになっている。

古代文明の人間は、今に比べてクズでもアホでも無い。

はっきりいって、どちらも大差ないレベルでゴミだと、アストリッドは考えていた。それが、実証されたのだから、喜ばしい限りだ。

「というわけで、オルトガラクセンからモンスターが現れる事は無くなるはずだ。 しばらくは監視が必要だが、状況が安定し次第、戦士達の振り分け直しを行う」

「にわかには信じられませんが……しかし王をはじめとする多くの方が見聞きしているのでは、信じるほかありませんな」

メリオダスが、眼鏡を直しながら言う。

洞窟の奥にいたのが、悪魔でもドラゴンでもなく。それよりも遙かにおぞましい存在であったのだと知って、慄然としているのだろう。

戦う力は無いメリオダスは、戦士に極端な異存をするこの国のあり方を好ましくは思っていないようだが。

しかし、今回の件ではっきりもした。

あの邪神がいる限り。

この国の戦士は、世界最強であり続けなければならない。

「ステルクよ。 プロジェクトMはどうなっている」

「はい。 採取作業の一端として、ネーベル湖畔に出向きました。 多数のイグアノスに襲撃を受けるという些事がありましたが、問題なく突破。 駆除作業についても、昨日のうちに終わらせました」

ステルクの説明に、王は満足げに頷く。

実のところ、一時帰宅して知っている。ロロナは今回の件で、相当苦戦している。おそらく、今までの調合で一番手こずるのでは無いかとみていたが。

それは敢えて、此処では黙っていた。

「前回の課題についての分析は」

「進めております。 ヴァルチャーを駆除するのにロロナが用いた薬品の分析は進んでおり、近々解析が終わります。 実用化に移せば、弱めのモンスターを今までとは比較にならない効率で、駆除する事が可能です。 量産化まで、そう時間も掛からないでしょう」

「うむ……」

やっと王の機嫌が少し良くなった。

その後は、プロジェクトのスケジュールについての見直しが行われる。今回の課題は、既にかなり前倒ししているものだ。だが、今回の結果次第では、さらなる前倒しが計られる可能性も高い。

大陸中央部の列強は待ってはくれない。

今でも、激しい戦いが、繰り広げられ。領土の奪い合いが加速しているのだ。

プロジェクトの進捗が確認され、会議が終わる。

肩を揉みながら、会議場を出る。

クーデリアと一瞬だけ目があったが、すぐに相手がそらした。クーデリアはリオネラを追い詰めるようにと言われていて、それを実行しただけで。随分と精神に負担が掛かったのだろう。

アストリッドも、リオネラの事を、ロロナが自力で見抜くとは思ってはいなかったけれど。

今後は、ロロナの心に負担を掛ける存在として、リオネラは重要だ。

多少の逆境くらいはじき返せなくて、どうするというのか。

途中、エスティに酒を誘われたので、一緒にサンライズ食堂に。エスティは、出来の悪い妹をどうやって鍛えるかで、随分と苦慮しているようだ。戦士としては一応の実力があるようなのだけれど。人間恐怖症で、引きこもり気味という、非常に面倒な性格の持ち主なのである。

「ロロナちゃんは良いわよねえ。 可愛いし、誰にも好かれるし。 うちの妹と来たら、なんでああなんだろう。 まあ、私も周りには怖がられるけれど、誰にも愛されるロロナちゃんみたいな子が、妹に欲しかったなあ」

「ロロナは確かに誰にでも愛される。 私のような狂人にもだがな」

「自分で狂人とか言わない。 だいたいあんたの場合は、自主的にそうしているだけでしょうが」

くいっと、エスティが杯を呷る。

ティファナは一緒にいないので、酒を出しても問題ないだろう。アストリッドはと言うと、酒を飲んでも殆ど体質的に酔わない。

「ねえ、アストリッド。 貴方は、私の事を恨んでいないの?」

「お前についてはどうでも良い事だ。 恨むのは筋違いだ」

「……そう」

エスティは。

師の墓に、花をくれなかった。

当時一番大事な時期だったから、目をつけられるわけにはいかなかったのだ。

花をくれたステルクは、随分と目をつけられて。結果、出世も遅れた。まあ、それまでの出世が早すぎたくらいなので、帳尻はあったのだが。

ただ、それを恨んでいないと言えば、嘘になる。

ただし、エスティに関しては、それほど深くは恨んでいない。他の街の連中と同じくらい。

機会があればブッ殺してやりたい。程度の認識である。

食堂に入ってきたのは、タントリスだ。

此方の酒が入っていることは、気付いている様子である。向かいの席に腰掛けると、話し始める。

「リオネラちゃんは、ロロナちゃんへの依存を強めています。 恐らくは、逃亡することはもう無いでしょう」

「理想的だな」

実は少し前に、リオネラは逃亡を図った。

アストリッドが即座に捕縛し、表に出ない内にもみ消したのだが。それだけ、精神に強い負担が掛かっていた、という事である。

大いに結構。

ロロナの周囲には、今の時点で大人の対応を出来る者しかいない。ああいう重たい人間を周囲において、きちんと向き合えるようになれば。ロロナの成長は、更に加速される。

「もう少し痛めつけますか」

「いや、これ以上負荷を掛けると、手首を切るだろう。 止めておけ」

「分かりました。 僕も可愛い女の子が傷物になるのは見たくはありませんからね」

冗談めかして言いながら、タントリスは食事を注文。

不快そうに、イクセルが注文を取っていった。彼奴もこのプロジェクトには参加しているが。

ロロナが好きなようだから、多分今の立ち位置は気に入らないのだろう。

食事を終えると、二人と別れる。

自宅に戻ると。ロロナがまだ涙目で苦労しながら調合を続けていた。アドバイスは簡単だが。ロロナには今後、さらなる過酷な試練が待っている。此処で甘やかすわけにはいかなかった。

この恨みが詰まった世界で。

アストリッドは、生きている。

師匠の仇も討たず。自虐的に。

それに対して、ロロナはまぶしい。見ているだけで、心が洗われるようだ。

「師匠……?」

「何でも無い」

ロロナが気付いたので、寝ると言い残して、自室に籠もる。

ホムンクルスを生産する作業は、とっくに軌道に乗っている。更に今回、最大の懸念事項だったオルトガラクセンからのモンスター出現も片がついた。

後は、予定通りに。いや、予定より前倒しして、プロジェクトを進めていくだけ。

小さくあくびをすると、アストリッドは眠ることにする。

もはや、アストリッドに光は無い。

だが、アストリッドなりに、弟子には光を与えてやりたいと。ひねくれきった精神ではあるけれど。

考えてはいるのだった。

 

(続)