黄昏の荒土

 

序、不毛

 

ステルクが睥睨した先は、不毛の大地。

文字通り草一本生えない、死の土地だ。

降水量が少ないわけではない。実際、近くには河も流れていて、緑化をしようとすれば出来る筈の場所なのだ。

だが、此処の土地は、一切の植物を拒否するかのように、乾ききっている。

そして土は。

長い間、無慈悲な乾燥と飢餓に晒されて。今ではすっかり、荒れ地となってしまっていた。

以前から緑化計画は推進されていたのだが。アーランドの西にあるこの土地が、未だに荒野のままであるのには、幾つかの理由がある。

一つは勿論、住み着いているモンスターだ。

アーランドの周辺の安全は確保されていると言っても、それはあくまで点と線の話。面で見れば、まだまだ人外の土地は多い。此処は新たに確保しようとしている点の一角。住み着いているモンスターは、かなり数が多い。

今回ステルクは、歴戦の使い手達三十名と供に此処を訪れたが。

ざっと見ただけで、モンスターの数は数百に達している。

不可思議な話ではあるのだが。

一部のモンスターは、どれだけ過酷な環境でも、平然と耐え抜く。草木が生えぬ世界とはいっても、モンスターだけは適応できるのだ。

理由は分からない。

オルトガラクセンの内部が、こういう荒野と同じ、過酷な世界だ。水もなければ、食糧もない。

それなのにモンスター達は、何かを守るかのように、生きている。

いずれにしても、此処のモンスターは、時々群れを成して街道を襲うこともある。残念ながら駆除しなければならない存在だ。

ステルクが剣を抜く。

此処にいるのは、いずれもアーランドを代表する強者ばかり。恐れる事は、何一つなかった。

「皆殺しにする必要はない。 追い払うだけで構わない。 総員、攻撃を開始せよ!」

喚声が上がる。

モンスター達も、鎌首をもたげて、此方を見た。

ステルクがまず先頭を切った。

剣の先に稲妻の力を充填すると、モンスターの群れの中に、連続して叩き込む。閃光が爆裂して、吹っ飛んだモンスターが、ばらばらに引きちぎられながら、細切れになって飛ぶ。

モンスターも、一斉に反撃を開始する。

赤黒いドナーンのような生物は、サラマンダーの変種だろうか。鎌首を並べると、大量の火球を撃ちはなってくる。

火力の密度は、かなり高い。

魔術師達が壁を作るが、見る間に負荷が上がっていく。

巨大な影が見える。

いずれもベヒモスだ。中には、街道での襲撃を何度も行い、賞金が掛かっている首も見受けられた。

恐怖の軍勢だが。彼らも今回で、この荒野を追われることになる。

魔術師が空から、炎の弾の雨を降らせる。メテオと呼ばれる、魔術の奥義。

荒野で凄まじい火花が連続して飛び散り、モンスターを薙ぎ払う。火力勝負は、此方が上だ。

だが、爆煙を突っ切って、モンスターが突っ込んでくる。敵も、必死なのだ。どうしてこの荒野に拘泥するかは分からないが。ただ、彼らにも故郷がある。此処がそうだ。だから、戦う事を、笑うことはしない。

全力で、受けて立つ。

人間を襲う相手である以上、容赦は出来ない。だが、戦う以上、立場は対等だ。

ステルクだけではない。

今此処にいる戦士は、皆そう考えている。そう信じたい。

前線が接触。

後は、原始的な肉弾戦だ。

ひたすらにステルクは、稲妻を纏った剣を振るって、敵を斬り倒した。周りの戦士達も、それぞれが己の得意とする武器を振り回し、敵を薙ぎ払う。容赦なく打ち砕き、斬り伏せ、焼き払う。

ベヒモスが、唸り声を上げながら、突進してきた。

だが、ステルクは既に、大上段に剣を構えている。

全力で振り下ろした剣が、ベヒモスを頭頂から股下まで、両断。更に一瞬で焼き尽くし、消し炭に変える。

小さなベヒモスだから、出来る事だ。

大物の中には、ドラゴンと渡り合うほどの個体もいる。そういった相手には、こんな簡単にはいかない。

かなり頭数を減らしながらも、モンスター達は闘志を捨てない。

それが挫けたのは。

ステルク達の王が。増援を引き連れて、戦場に到着したときだった。

「ふむ、楽しんでいるようだな」

王の声は低音だが。その重厚な響きの中に、明らかに戦いを楽しむ色が混じっている。

地面を蹴る王。

その姿が十にも二十にもぶれて見える。地面に接触するのは、ほんのひととき。その瞬間、モンスターが両断される。つまり、それだけの数が、見る間に屠られていく、という事を意味している。

幼子の姿をしたホムンクルス達が、戦場に到着。

彼女らは例外なく、自分の身の丈を超える武器を手にしていた。グレートソードだったりバトルハンマーだったり、さまざまだが。

共通しているのは、臆している者も。武器に振り回されている者も。ただの一人も、いないという事か。

敗走にモンスターの群れが移行するまで、ほんのわずかな時しか掛からなかった。それだけ、王と、連れてきた軍勢の実力は圧倒的、という事だ。

ホムンクルスの側で、メモを取っているアストリッド。モンスターの残党が襲いかかったが、五月蠅いといわんばかりに、片手ではねのける。

そうするだけで、巨体を誇る変種サラマンダーが、冗談のように上空に巻き上げられ、吹っ飛んだ。

地面に落ちたとき。サラマンダーの頸骨はぐしゃぐしゃに潰れ、原形をとどめてはいなかった。

王が剣を鞘に収める。

「まあまあであったな」

返り血など、全く浴びていない王。

ステルクでも、まだまだとうてい及ばない実力には、時々戦慄を隠せなくなる。

幼い頃から、戦士として最高の英才教育を受け続け。七歳で初陣。十五の頃には、既にこの国のトップクラスの実力となり。

即位したときには、問答無用の最強。

そして今まで、至高の座を一度も譲ったことがない。

それが、アーランドの現王だ。

不安要素があるとすれば、妻を未だにもっていないことだが。まだ若々しい王は、その気になればいつでも子を作る事が出来るだろう。かって愛した女性がいるという噂は聞いたことがあるが、真相はステルクも知らない。

もし本当だったとしても、ずっと昔の事だろう。

「損害を報告せよ」

「死者無し。 負傷二十四」

「ホムンクルスは」

彼女らは、既に戦闘を終えていた。

とりあえず、一人も欠けていない。側面攻撃から、崩れかけていた敵にとどめを刺した手腕は見事だった。

一人として、武器が血まみれになっていない者はいない。

いずれも重量武器を振り回し、一体以上の敵を葬った、という事だ。

けが人は、すぐに病院に搬送されていく。

此処は幸いにもアーランドからほど近い。回復の術が使える魔術師もいるし、アーランドに辿り着くまでに命を落とす者はいないだろう。

掃討戦を行うべく、王が連れてきた部隊を指揮下に入れる。無事だった戦士達と供に、荒野を捜索。

モンスターの巣は、どれももぬけの殻。

子供の類は見かけなかった。

骨が点々としている。周辺でさらわれた人間のものも、あるかも知れない。それは調査チームの仕事だ。

いずれにしても、此処に住み着いていたモンスター達には、決定的な打撃を与えた。危険性が高かったベヒモスは全て討ち取ったし、巣も全て焼き払った。人間に対して、交戦を挑もうとは、もうモンスター達も考えないだろう。

無力化するまで数を減らしたら、其処で追撃を止める。

モンスターを全滅させるような真似はしない。

人間にとって適切な脅威でいてもらうのだ。戦士達の訓練相手にも良いし、安全すぎる環境に慣れると、人は弱体化する。

夕刻近くまで残党狩りを行った後、調査チームが入る所までをステルクは見届けた。

近くにあるキャンプに移動すると、天幕に入って休む。

後から来たチームに、調査の護衛を頼んである。何かあったら、すぐ出る必要がある。だから、糧食を口に入れたらすぐに寝る。いつでも動けるようにするためだ。

しばらく寝込んでいると、外で気配。

すぐに剣を持って天幕を出ると、丁度若い戦士が来たところだった。

「ステルク殿!」

「如何したか」

「ベヒモスの巣らしき場所で、発見されたものがあります。 調査チームが、すぐにステルク殿を呼ぶようにと」

「うむ」

目は既に覚めている。

数名の戦士達と合流すると、カンテラを持って、調査チームの所へ。

驚いたのは、ホムンクルス達が、交代でまだ護衛任務に当たっていたことだ。アストリッドは側についていて、何も言わず子供達を働かせている。彼女らの戦闘力はステルクも見たが、あまり褒められる行動ではないように思える。

陽が落ちてから、随分経っている。

「何が見つかった」

「此方にございます」

戦士の一人が、カンテラをかざしている。

ステルクは側まで行って、それを見て。思わず呻いていた。

何故、このようなものが、此処にあるのか。

それは。ステルクも何度か見たもの。

オルトガラクセンの最深部にある、機械の一種だ。文明の産物。荒野の一角に、このようなものが埋まっていたとは。

アストリッドが、顎をしゃくる。

「既に機能停止している。 だが、此処にはおかない方が良いだろうな」

「オルトガラクセンに運び込むか」

「それが良いだろう」

オルトガラクセンには、どういう仕組みか。機械類を自動修復する機能があるようなのだ。

工場などで機械が駄目になった場合は、オルトガラクセンに戻して、しばらく放置する。そうすると、いつの間にか勝手に修復されているのである。

この機械が、どういったものかは分からないが。

しかし、いずれにしても、外に置いてはおけない。この近辺が荒野になった原因かも知れないからだ。

「すぐに牛を手配。 車にこの機械を乗せて、オルトガラクセンに輸送する」

「調査はしなくてもよろしいのですか」

「後で確認すれば良い」

オルトガラクセンの内、既に何層かは、完全に此方で把握できている。其処に置いて、様子を見れば良い。

危険な装置なのだったら、封印して外に出さないようにする。

もしも有用なものであれば。後で発掘して、工場にでも持ち込めば良い。いずれにしても、野ざらしにしておくことは、選択肢には含められない。

すぐに牛が来る。

運ぶ手配をさせながら、ステルクは調査チームに聞いた。

「他に機械類は」

「まだあるかも知れませんが、地面を掘り返してみないと、何とも」

「一週間作る。 徹底的に調べて、機械があったら報告せよ」

ロロナにこの荒れ地を緑化させる課題が、これから一週間後に始まるのだ。

それまでに、痕跡を全て消させなければならない。勿論この広い土地を全部緑に出来るわけがない。

ノウハウはあるから、それに沿ってある程度は行動させる。

後物を言うのは、ロロナが持ち込む植物用の栄養剤がどれだけの品質を秘めているか、だが。

彼女が、第四期の課題で納品した耐久糧食は、想像以上の質だった。誰もが、ロロナに期待しはじめている。

勿論、それを悟らせはしないが。

調査チームに後を任せると、ステルクはまたキャンプに戻った。

しばらくは、此処に常駐することになりそうだった。

 

1、荒れ地との対面

 

十日以上の余暇を、ロロナはしっかり使った。

休んだのは一日だけ。それ以降は、今までに試していなかった技法を使って錬金術をしたり。或いは、不足している素材を集めたりで、毎日とても忙しかった。

年末にはちょっとしたお祭りがあった。

キャベツを森に行って集めてくる、というものだ。

二人一緒で参加するのだがけれど。クーデリアは参加せず、結局ロロナはリオネラと組んで、森の中で手を泥だらけにしながら、走り回ることになった。

リオネラは怪訝そうにしていたが。

これは大事な、食費の節約だ。

冬とは言え、森の中は温かい。地方によっては、冬が極めて過酷な気候になるらしいのだけれど。アーランドはきっと、何かしらの理由で、冬が温暖なのだろう。冬はむしろ、若くて柔らかいキャベツがたくさん採れる時期なのである。

事故が起きないように、森の中の狼や他のモンスターは、既に巡回の手によって保護地に追い込まれている。

祭に参加する人達は、かなりたくさん森の中に入り込んできていた。みんな森には親しんでいる。歩き方も、知っている。

ロロナの強みは、若い事くらいしかない。

幸い今回は、本職の戦士達が殆ど見当たらない。それだけが救いかも知れなかった。

「りおちゃん、こっちだよ!」

「ほら、急げ!」

「食費を浮かせるチャンスよ!」

「う、うん!」

ぬいぐるみ達に手を引かれるようにして、リオネラは必死についてくる。

森の中で、クーデリアを見かけた。彼女はロロナと目が合うと、さっさと行くように、視線で促してきた。

そういうことか。

きっと、労働者階級の気晴らし、或いはまだ一人前ではない戦士達や、魔術師達や市民が楽しめるようにと、戦士達が企画したことなのだろう。

クーデリアは、今回は護衛側、というわけだ。

森の中で、キャベツがたくさんある穴場もあるけれど。だいたい、そういう所は、黒山のように人が群がっていて、既に対処できない状態だった。

「まいったなあ。 もう駄目そうだよ」

「おーい、こっちだ!」

ホロホロが手を振っている。

リオネラと一緒に行くと、かなり大きめの群生地が。リオネラと一緒に、掘り返して籠に放り込む。

一位は採れそうにないけれど。

今回は、収穫したキャベツを持ち帰って良いというルールだ。これだけ立派なキャベツなら、何日分の食糧になるか分からない。さっそく帰ったら、パイにしてホムにも食べさせてあげたかった。

リオネラは足首が細くて、とても女の子らしい体つきをしているけれど。

籠を背負って立ち上がると、それなりにしっかり形になっている。ここしばらく、外を随分歩いたから、だろうか。

結局、森を知り尽くしているおじさまおばさま達が、優勝どころか上位を総なめしていったけれど。

悔しくはなかった。

これだけ、森で新鮮なキャベツを手に入れることが出来れば充分だ。

それに、こんなにキャベツが豊作だと、ある程度間引かないと来年に響いてしまうはず。森のためにもなる。

「アトリエに戻ったら、パイを作ろうね」

「お、キャベツもパイに出来るのか」

「リオネラ、良い機会よ。 教わっておきなさい」

「ロロナちゃん、いいの……?」

こわごわ聞いてくるリオネラだけれど。ロロナとしては、嫌がる理由がない。

リオネラとはもっと仲良くなっていきたい。それに、リオネラには、他の人達とも、仲良くして欲しいのだ。

アトリエに戻ると、使ってしまうキャベツ以外はコンテナに入れて、低温保存の状態にする。

キャベツを置いた隣には、ネクタルの原液。

ネクタルはまだかなり余っている。

数日前、王宮からステルクが来て、ネクタルの原液が欲しいと言ってきたので、渡した。それでも、まだまだ余っている。しかも、苗床を足したので、またしばらくすれば、つかえるようになるだろう。

このネクタルが、恐ろしい効果をもたらすかも知れない事については、今は考えないようにしている。

次の課題が発表されるまで、日も無いはず。

今更、余計な悩みを抱えている余裕は、ないのだ。

キャベツをふたたま抱えて、台所に。

まず真ん中から割って、その後芯を取る。芯は刻んだ後、庭に埋めておく。庭には雑草が生えているけれど、その内ちゃんと土を作って、野菜でも育てたい。そのためには、栄養があった方が良い。

柔らかい葉はきちんと洗っておく。

あおむしは収穫するときに捕ったけれど。あおむしが食べた葉は味が落ちる。一枚剥くと中には綺麗な葉がみっしり入っているので、それは問題なく食べられる。ただ、野外にあった植物なので、きちんと洗っておかないと。

ロロナは平気だけれど。

リオネラは、おなかにむしが沸くかも知れない。

アーランド人はその程度でどうにかなるほど柔ではないけれど。外から来ているリオネラの胃袋に、同じ能力を期待するのは酷だろう。

その後は、二人で葉をきざんだ。

まだ若い葉だから、甘い香りがする。

きざみ終えると同時に、パイの生地を出す。小麦粉とミルク、それに中和剤で混ぜ込んだものだ。これにキャベツの葉を加えて、隠し味に調味料を幾らか。レシピは数十回以上繰り返して、その度に調整してきた。

そして、今回も調整を入れている。

キャベツのパイを作るときは、その葉の甘みを生かすのがいい。

だから、生地の方には、ちょっとお塩を強めに入れているのだ。

この辺りの話をしていると、リオネラは熱心にメモを取ってくれる。二人で作ると、料理は楽しい。

中和剤を入れることによって、幾つかの作業を簡略化できる。

焼くこと自体も、時間を短縮できるのが嬉しい。

途中の作業は、幾つかホムにも手伝ってもらった。三人で作業をすると、何だかはかどる気もした。

釜に入れて、しばらくして。

良く焼けたホールパイを引っ張り出して、できあがりだ。

じゅうじゅうと生地が香ばしい音を立てる。包丁の刃をいれると、さっくりといい音を立てて、パイが切れた。

大きめのホールパイを作ったから、三人で食べると、少し余る。

ただ、リオネラは。一口食べると、びっくりしたように目を丸くしていた。

「おいしい……」

「ありがとう! パイって、美味しいよね」

「うん……」

本当に嬉しそうにうつむくので、ロロナも吊られて笑ってしまう。

しばらく二人で、今日のことを話す。そういえば、ぬいぐるみ達は、何も食べなくて良いのかと聞いてみる。

リオネラは、寂しそうに笑った。

「二人は、何も食べなくていいの」

何となく、その理由はロロナにも分かってはいるのだけれど。具体的に、形にはしたくなかった。

 

翌朝。

王宮に出向いたロロナは、非常に眠そうにしているステルクを見つけた。この人は何日か旅を一緒にした場合も、ほとんど徹夜同然にもかかわらずいつも平気な顔をしているので。こんな風に疲れ切っている様子なのは、はじめて見た。

「ステルクさん、おはようございます」

「おはよう。 キャベツ祭は楽しんだかな」

「はい! 何個も大きなキャベツが採れました!」

「それは良かった」

最初の頃は、ステルクの顔が怖くて仕方が無かったけれど。

会ってから一年も経過すると、顔自体は平気になってきた。ただ、時々、まだ怖いと思うことはある。

ステルクは気分を切り替えたからか、眠そうな雰囲気をすぐに消した。

ただ、やはりいつもに比べて、動作が鈍いような気がする。

「では、今回の課題だ」

「はい。 え……」

流石に、見て最初意味が理解できなかった。

緑化事業を成功させよ。

ただ、それしか書かれていなかったからだ。

ステルクは咳払いすると、説明してくれた。

「少し前から、アーランドの南西部にある荒れ地を、開拓する作業が開始されている」

南西というと、確かモンスターがかなり住み着いている危険な場所だ。

アーランドの南にはあまり大きな都市がなく、別の国との国境もない。海岸線が続いていて、その殆どが荒廃していて、緑化どころでは無い。点在する村は身を守るので精一杯であり、街道と村という点と線だけが、人の領土となっていると聞いている。

それ以外は、荒野ばかり。

たまにある森や草原は、モンスターが住み着いているため、危険で子供は踏み込むことも許されていない。

アーランド王都南の荒野は、そんな場所の一つだ。

「あの、モンスターは大丈夫、なんですか?」

「既に掃討作戦は完了している。 川から水を引いてきているが、ここからが重要だ」

「栄養剤……ですね」

「そうだ」

ロロナも知っている。

アーランドの歴代錬金術師は、王都周辺の緑化政策に進んで協力してきた。ロロナでさえ知っていると言っても良い。

文明をオルトガ遺跡から持ち帰った後、錬金術師達は代々、アーランドを豊かにする事業に貢献してきた。

それは工業よりも、むしろ土地の力を強める作業の方が、多かったかも知れない。

アーランドの東に広がる森は、その成果の一つだ。

それに、ロロナも参加する、という事か。

「水と安全については、此方で保証する。 君は栄養剤を大量に作成して、納品して欲しい」

これは、ひょっとして。

ロロナが、一人前と認められたから、こんな難しい課題が来た、という事なのだろうか。

もしそうなら。

クーデリアの立場を、少しは良く出来るかも知れない。

家の人達に、あんなに酷い事をされずに、済むかも知れないと思うと。ロロナは、やる気が燃え上がってくるのを感じた。

「分かりました! 頑張ります!」

「うむ。 期待しているぞ」

ステルクに言われて、ロロナは頷くと。すぐにアトリエに戻った。

緑化政策についての資料は、いくらでもある。

それだけではない。今まで、この日が来ることは、想定していたのだ。

豊かな土の作り方。

栄養剤の作り方。

土地の育て方。守り方。それぞれ、歴代の錬金術師達が、ノウハウを本にまとめて、残してくれている。

それらを、ロロナは踏襲していけば良い。

勿論、困難な作業の筈だ。

それでも、やる価値は、充分にあった。

まず一日がかりで、必要な材料をリストアップする。今回の課題を見ると、事業を軌道に乗せれば良い、とある。それならば、ある程度の土地の緑化に成功した時点で、後は王宮の魔術師や技術者に引き継ぐことが出来るだろう。

ロロナは、最初の一押しをすれば良い事になる。

それでも、樽にして十個や二十個分くらいの栄養剤は必要になるだろう。

リストアップを終えると、今度はクーデリアに声を掛けて、現地を見に行く。アーランドからそう離れてはいない場所とは言え、オルトガラクセンの更に南だ。往復すると、半日は飛んでしまう。

早足で行く。今回は、荷車がないから、多少は移動が早い。

クーデリアは歩きながら、愛用の銃を何度となく確認していた。

「あの辺りって、危険なモンスターがたくさんいるって聞いていたんだけれど、やっぱりアーランド戦士は強いね」

「少し強すぎるくらいよ」

クーデリアは、あまり嬉しそうでは無さそうだ。近隣から、モンスターの脅威が去ったというのに。

街道の左右の緑は、南へ行くほど薄くなっていく。

カタコンベから流れ出ているネクタルが、少なくなっているから、だろうか。パメラは今日出てくるときも、師匠と難しい話をしていた。彼女に聞いても、教えてはくれないだろう。

小川が見えてきた。

流石に、川の沿岸には、草原と森がある。

その森の中で、誰かが楽器を演奏しているのが分かった。遠目に見ると、切り株に腰掛けた、多分吟遊詩人だろう。

いろいろな街を回りながら、人々に演奏と歌を聴かせて、日銭を稼ぐ芸人の一種。ずっと昔は、物語を伝える役割も果たしていたと、ロロナは聞いている。

最近は、他の旅芸人と変わらない立場になっているというけれど。

ただ、少しあの場所は危ないかなと、ロロナは思った。しかしながら、見ているとかなり手慣れている。

ひょっとすると、アーランド人かも知れない。

遠目にはよく分からないけれど。おしゃれな格好をしていて、かっこいい帽子を被っていた。手にしている楽器は何だろう。ロロナはあまり詳しくないから、遠目では種類を判別できない。

吟遊詩人は仕事の関係で、美しく身繕いしていることが多いのだとか。

「ほっときなさい」

クーデリアに腕を引かれたので、そのまま行く。

何だか気になったのだけれど。まあ、今は現地調査が先だ。

街道を急ぐ。

朝一番にアトリエを出て。丁度気温が上がってきて、心地よくなった位の所で、現地に到着した。

激しい戦いの痕跡が、彼方此方に残っているけれど。

既に片付けは済んでいるようで、死体の類はない。もしも死体がある場合は、ヴァルチャーなどのスカベンジャーが姿を見せるし、何より臭いで分かる。

見事な荒野だ。

此処に、まず水を引くらしいという事は、渡された資料を見て知っている。

緑化する地域は、手始めに五百歩四方ほどだという。あまり広大ではないけれど、三ヶ月で緑化の目処を立てなければならないのだから、大変だ。更に上手く行ったら、栄養剤を定期的に納品して欲しいとも、課題には付け加えられていた。

歴代の錬金術師達も、こんな風に、国から緑化の依頼を出されていたのだろうか。

ざっとくだんの土地を見るが、緑化予定地の周囲には、柵が立てられていた。この内部を、緑化すると言うことだ。

柵の四隅には見張り台。

少し前まで、モンスターがいたのだし、当然だろう。巡回の戦士が、柵の辺りで話し込んでいるのが分かった。

はて。

何だか、子供のような姿がある。フォーマンセルの戦士達の中に、一人混じっているけれど。

クーデリアに、袖を引かれた。

「彼方此方注意が移り過ぎよ」

「ごめん、くーちゃん」

まず、腰をかがめて、土の質を見る。

触ってみると分かるけれど、完全に死んでしまった土だ。

こんな土では、雑草くらいしか生えないだろう。それも、干涸らびたやつだけ。文字通りの、不毛の大地。

だけれど、このくらいの不毛の土地は、当たり前のように存在している。

世界の殆どは荒野と砂漠なのだ。内陸はもっと酷いと、いつだか誰かに聞かされた事もある。

「ロロナ!」

クーデリアが呼んでいる。

小走りでそちらに行くと、大きな穴が開いていた。明らかに何かを掘り出した跡がある。

戦いの後、調査チームが入ったのは間違いない。何か埋まっていたのだろう。或いは、遺跡、いや機械の類かも知れない。

貴重な機械だったら、工場に運んで、そちらで活用する事になる。

昔の錬金術師だったら、或いは直せたのかも知れないけれど。ロロナでは、とても無理だ。残念だけれど。

「周りを見てきたけど、酷い状態だね……」

「モンスターがいないだけマシよ」

「モンスターは、どうしてこんな所に住むんだろう」

「さあ。 ただ、モンスターといえど、こんな所では食糧を得られないでしょうね」

だから、街道に出向いて、旅人を襲ったり。

或いは近くの森や草原で、狩りをするわけか。

モンスターの巣穴らしいものも所々にあるが、全て潰されてしまっている。端の方では、既に引水作業が始まっている様子だ。

近くの川から、水を引いてきて、まずため池を作る。

これは、下流の水量を調整するためだ。

話によると、水源となっている山々の緑化が進んでから、明らかに川の水量が増えているのだという。

とはいっても、まだまだ緑化されている山など、数えるほどしかない。

水も、貴重なのだ。

ため池から、どれだけの水を引けるか。測量して、調査して。

ロロナの作業は、その後。

実際に土を豊かにするため、植物用の栄養剤を作る。ただこの土の状態では、それも厳しいかも知れない。まず土そのものを豊かにする必要がありそうだ。

雨が降り出した。

小雨だけれど、状態を見るには良い。

案の定、土は殆ど水を保持できていない。

働いている、左腕だけの老人が、此方に気付いた。左腕だけで、大きな鍬を振るっていたのだけれど。

この様子だと、恐らくは戦傷で前線を離れた老戦士だろう。

筋肉質で、体格も優れている。ごま塩状の髭もあまり長くは伸ばしておらず、その代わり顔に刻まれた皺は、その難しい性格を示すように深かった。

上半身はむき出しにしているが。その体には、歴戦を示すように、無数の傷が残されている。

「お前さんが、新しい錬金術師か」

「はい、ロロナと言います」

「ふん。 二代続けて怠け者と無能だったからな。 今度は当たりだと良いんだが」

いきなり酷い事を言われた気がする。

だが、ロロナは、どうにか持ちこたえた。実際、アストリッドが、錬金術師として殆ど仕事をしていなかったのは、事実なのだ。ロロナも幼い頃から、師匠が殆ど仕事をしていないことは、嫌と言うほど見せつけられていた。

それに、師匠の先代は、あまり評判が良くなかったとも、街の噂で聞いたことがある。

歴代の錬金術師達は、アーランド王都の発展のために尽くしてきた、それこそ中核的な存在だった。

それなのに、アトリエを取りつぶす、などという話が出てくるほどなのである。

二人がどれだけアーランドへの功績を欠いていたかは。この人に言われるまでも無く、分かった。

「俺の名前はジェームズだ。 かれこれ五十年、緑化政策に携わっている」

「ご、五十年!」

「戦闘で利き腕をやられてな。 その当時の王に、この仕事をもらったのさ。 だからお前さんの六代前から、錬金術師とは関わっている。 ここしばらくは、ずっと既存緑地の管理ばかりが仕事だったがな」

それは、凄いベテランだ。

若々しいアーランド人でも、戦士としての絶頂期に腕を失ったとして、八十くらいだろうか。

小雨が止んできた。舌打ちするジェームズ。やはり、この人から見ても、この荒れ地は酷いのだろう。

「ジェームズさんは、まず此処をどうするべきだと思いますか?」

「まず地面を耕して、栄養を入れる。 その後は、成長が早い雑草を植えて、其処にミミズや小虫を入れて行く」

よどみなく、ジェームズは説明してくれた。いきなり酷い事を言われたけれど、この人はプロだ。何をするべきか、しっかり理解している。

それに、ロロナの知識とも、今の発言は合致している。錬金術師達の手記にも、そういったことが書かれていた。

いきなり木を植えても、緑化は出来ないのだという。まず地面を作って、草を生やして。草が元気よく生えてくると、自然に虫も集まってくるようになる。其処に、低木を植えていく。最初の雑草は刈って、地面に埋め、更に土地を豊かにする工夫をしていく。

最終的に、木を生やしていく。

そうすると、其処はしっかりした土に守られて、森になって行くのだ。

勿論、其処までするには、何十年も掛かる。

ロロナが今するべき事は、土地を耕して、地面に栄養を与えて。草をたくさん生やして、土地の基礎を作る事。

そのためには、栄養剤が必要だ。

「栄養剤が、いりますね。 わたし、作ってきます」

「ほう? やる気だな。 そうだな、まずは、水をあの辺りに引く」

ジェームズが指さしたのは、今作っているため池の周辺だ。其処から、格子状に水路を作っていくのだという。最終的に、川に合流するようにするそうだ。

土地は若干傾いているという事だが、坂になっているほどではない。

「はっきりいって、俺はお前には期待はしておらん。 アーランド東の森から、まず余った土を運んで、其処からはじめる予定だ。 だが、お前がもしも栄養剤をしっかり作り込んできたら、工期は大幅に短縮できる。 そうだな、俺が死ぬまでには、此処に森を作る事が出来るかも知れんな」

相変わらず、歯に衣着せぬ物言いだ。

だが、ロロナは頷く。

この人がプロで。近年の錬金術師が、街の信頼を失っていて。そして、ロロナが頑張れば、その信頼を取り戻せて。

そうなれば、側にいるクーデリアの立場だって良くなることが、分かっているからだ。

「分かりました。 まず第一陣は、どれくらいの量を、いつまでに運んでくれば良いですか?」

「質にもよるが、そうだな。 樽一杯は欲しい所だ。 あの辺りの工事が、一週間以内には終わる。 これからはしばらく雨も降るし、水量については問題ないだろう。 栄養剤を投入するのは、土地を耕してからだから、十日という所だな」

出来るかと聞かれたので、頷く。

そうかとだけ応えると、ジェームズ老人は、部下らしい若者達の所に歩いて行った。背中には凄い筋肉が盛り上がっていたし、農作業で鍛えることを怠っていないのだろう。

「プロだけど、不愉快な相手ね」

「でも、くーちゃん、突っかからなかったね」

「あんたと同じよ。 あの老人、言うだけのことはあるわ」

くすくすとロロナが笑うけれど。

あまり、クーデリアは嬉しそうでは無い。

とにかく、最初にやれば良い事は分かった。ホムの手もあるし、今なら栄養剤を大量に用意することも、難しくない。

問題は、品質を確保すること。

そのためには、アトリエに戻ってから、念入りに調査しなければならないだろう。

 

2、来る黒衣

 

エスティが城門で小さなあくびをした。今日来るはずの男が、なかなか現れないからだ。だが、それも終わる。

視線の先に。

黒衣に身を包んだ、吟遊詩人が見えてきたからだ。

いかにもな伊達男の風貌。

背負っているのは、キタラを改良したらしい、自作の楽器だろう。

「お久しぶりです、エスティ隊長」

「遅刻が続くようなら、減俸するわよ」

「いやだなあ、仕事はきっちりやりますって」

へらへらと笑うこの優男は、トリスタン。様々な偽名を使って、各地で活動する、アーランドの抱える間諜の一人だ。安直に、タントリスと名前を入れ替えて使う事が多い様子だ。

特にこの男は、非常に後ろ暗い仕事をしている事で、仲間内からも嫌われている。追い出し屋。それが、この男の二つ名だ

早速、メリオダス大臣の家に、二人で向かう。

この男の実家である。メリオダス大臣は、トリスタンの父なのだ。

とはいっても、大通りを堂々と歩くような真似はしない。気配を消して、裏通りを行くのだ。

「治安は安定しているようですね」

「富が行き渡って、アーランド戦士が目を光らせているからよ。 アーランド戦士に喧嘩を売ってまで、犯罪に手を染めることが、どれだけハイリスクかみな理解しているのもあるわね」

「僕が少し前までいた西フラウア共和国とは雲泥の差だ」

トリスタンが苦笑する。

辺境にはぎりぎり属さない国の一つ、西フラウア。

人口はアーランドの五倍ほどだが、大陸中央部の国家としては、さほど大きいものではない。大陸の中でも強国と言われるヘイシズ帝国の衛星国の一つに過ぎない。

ヘイシズは、アーランドの敵国の一つ。

表だっては対立していないが、いずれ辺境に手を伸ばそうとしている国であるから、警戒を外せない相手だ。実際、エスティも何度か要人暗殺をしたことがある。

トリスタンは、ヘイシズの走狗となる東西フラウアを中心に、最近は内偵を進めていたのである。

「報告書は見ていたけれど、酷い様子みたいね」

「農民は飢餓でがりがり、威張っているのは一部の貴族のみ。 土地は痩せていて、国は豊かにしようという努力もしない。 あれでは、いずれ何処かの大国に飲み込まれるのがオチでしょう」

「つけいる隙は?」

「貴族は内部で対立が激しく、王は無能。 宰相はヘイシズの案山子で、国を憂いている者達も、ただのテロリストです。 その上アーランドの事を武力だけの小国と侮っている節がありますし、味方を作るのは難しいでしょう。 何人かをリストアップしておきましたので……潰す際にはご参考に」

受け取った資料には、丁度こじれた人間関係の中間点となる人物が、何名か書かれていた。

まずまずの仕事だ。

メリオダスは、やり手の文官だが。子供達には、己と同じ仕事を強要しなかった。武人としても魔術師としても素養がなかったメリオダスと違って、子供達には才能があるかも知れない、と思ったからだろう。

結果、トリスタンをはじめとして、何名かの子供は、魔術師になったり戦士になったり、それぞれの道を歩んでいる。

トリスタンは裏道を進んでいるが。

どのみち、血塗られた手で生きる道を切り開いている以上、戦士達も同じ穴の狢だと言える。

メリオダスの家に着く。

トリスタンは殆ど帰宅していないと聞いている。大臣の家にしては質素な造りであり、庭もあまり広くはない。

内部には相応の調度品を揃えた賓客用の応接室があるが、それ以外は極めて質素。メリオダスは殆ど私財を蓄えていない。

これは、質実剛健を喜ぶアーランド戦士達の敵意を買わないための工夫だ。

ただでさえ、文官なのにアーランドの中枢にいる、ということを喜ばない人間は多いのだ。

そんな中、メリオダスは能力を示し、なおかつ敵意を買わないように工夫している。

実際にメリオダスを知る人間が、彼に敬意を払う所以である。

メリオダスは既に帰宅しており、居間で昼食にしていた。トリスタンの顔を見て、流石に驚いたようである。

「やあ親父殿。 お久しぶりです」

「エスティ殿、これは」

「近々来るのは分かっていたはずですよ。 せっかくですので、親子水入らずの機会をと思いまして」

そうは言ったが。

エスティの目から見ても、メリオダスが嬉しそうにしているようには見えなかった。或いはこの親子、何か関係がこじれているのかも知れない。

すぐに席を外したのは。面倒事を見聞きしたくなかったからだ。

王宮に向かって、そちらで事務作業をすることにした。既にステルクからレポートも提出されている。事務自体も、目を通すだけで済む。

荒野の開拓事業は、順調に進んでいる。元から住み着いていたモンスターも、適切な数になるまで削り取って、近くの保護区に追い込んだ。

働いている開拓班からも、作業は順調だと報告を受けている。開拓班の長は、気むずかしい事で知られる、この路五十年の大ベテラン。それが順調だと言っているのだから、今の時点で問題は無いだろう。

資料を整理していると、トリスタンが来る。

今日くらいはゆっくりしていたら良いのにと思ったのだが。あの様子では、相当に仲がこじれているのかも知れない。

「戻りました、隊長」

「まあ、事情は聞かないでおくわ。 それで貴方は、早速仕事に取りかかって欲しいのだけれど」

「僕を呼ぶと言うことは、余程に重要な案件なんですね。 来る途中に見かけましたが、あのロロナって子、ちょっと乳臭いですけれど、可愛いじゃないですか」

ちょっと、か。

エスティから見ても、ロロナは露骨に発育が悪い。既に十五になっている筈だが、何歳か幼く見える。あの年頃は、一歳の違いが随分大きいのだけれど。ロロナの発育は、とまってしまっているかのようだ。

ただ、ここのところ、急激に力を付けてきているし、このまま成長すればアーランド躍進の核ともなりうる。

だからこそ、トリスタンが必要なのだ。

「仕事は分かっていますが、あの子にはちょっと気の毒かも知れませんね。 あの様子じゃあ、男を知るどころか、恋愛にも免疫一つないでしょうに」

「くだらないこと言っていないで、さっさと仕事をしなさい。 するべき事は、既に資料にして手渡している筈よ」

「わざわざ国主導でそれをやるのだから、余程に有望な子なのでしょうけれど。 分かりました。 適当に、壊れない程度に、引っかき回しますよ」

ヒラヒラと手を振ると、トリスタンは王宮を出て行く。

ロロナには、強くなってもらわなければならない。だから、こういう毒も必要だ。プロジェクトには欠かせないのである。

まあ、もっとも実際は。

今説明したような単純な話ではない。此処で敢えてトリスタンを仕掛けることで、いろいろなもくろみが裏では動く。ハニートラップに対する免疫をロロナにつけさせることだけが、今回の目的ではない。

とはいっても。

分かっていても、罪悪感はある。エスティもアーランド人だ。子供の芽を摘むような事はしたくない。

このプロジェクトに関わった以上、仕方がない事ではある。この国のために、プロジェクトが重要である事も確かなのだが。

しかし、どうも気分が悪いのは、事実だった。

酒でも飲むか。

そう決めたエスティは、早めに仕事を切り上げる。今日は、とことんまで、飲み明かしたかった。

 

レシピを見ながら、土地を豊かにするための栄養剤を、調合していく。

今ロロナが作っているのは、液状のものだが。しかし粘性は強く、地面にしっかり親和する。

色々と調べて見るが、土作りは奥が深い。

たとえば、豊かな土壌の森では、自然に行われている事が。人工的に土作りをするとなると、手間が様々に掛かってくる。

土地に栄養を与えると言うことは、一筋縄ではいかないのだ。

たとえば、糞尿は土壌に栄養を与えるのだが。残念ながらそのまま埋めるだけでは毒になるという。

自然界では、蠅や糞転がしなどの生物が、糞をそれぞれに消費して、土に帰る頃には害を無くしているというのだ。

人間が肥料として糞尿を使う場合は、長い間寝かせておいて発酵させ、害をなくしていく必要がある。

これはあくまで一例である。他にも、栄養を土地に与える場合、いろいろな条件を、人間の手でクリアしなければならない。

調合自体は、さほど難しくはない。

ネクタルの調合に比べれば、雲泥の差だ。

ただ、使用する量が膨大だ。材料を取りに行く時間を考えると。更に言うと、土地にあった栄養剤を作り出す事を考えなければならない手間を思うと。あまり、もたついている時間はない。

釜に入れた液体が、泡立ちはじめる。

レシピを見る限り、これで完成だ。

今作ったのは、基本的な栄養だけを、地面に与える薬である。

これを、近くの森などから持ち込んだ腐葉土などと混ぜ、耕して空気を入れた荒れ地の土に入れる。

そして、成長が早い草などを植えて、様子を見るのだ。

雑草がしっかり根付くようなら、栄養剤としては問題が無い。

ただ、錬金術師達の緑化作業の手記を見ると、気になる記述が、幾つもある。

たとえば、いわゆる「旅の人」の直後。二代目錬金術師達数名が、残している手記。これをみると、彼らは随分と緑化作業に手間取っている。

地面に栄養を与えても、草が生えないと嘆いているのだ。

様々な文献通りに土を耕して、水を与えているのに。草がすぐに枯れてしまう。栄養剤も適切な量与えているのに。

彼らは数年間、諦めずにどんな荒れ地でも水さえあれば生えるような雑草を、耕して念入りに作った土に植え続けた。

そして、ようやく草が少しずつ生え始め。

彼らが引退する頃には、低木の森ができはじめたのだという。努力が実を結び、民の喝采を浴びたと、彼らは本当に嬉しそうに記していた。

ただし、生えていた木は、どれも元のものとは違っていたと、記述にある。いずれもが、異様なほど強靱だったとというのだ。

ネクタルのことを、思い出す。

そういえば、カタコンベ周辺の豊かな土壌は。どうもパメラの言葉を思い出す限り、ネクタルの影響を受けているとしか思えない。

異常に活きが良すぎる植物の様子も。

試してみるか。

幾つか作った栄養剤の桶のなかに、作り置きしてあるネクタルを、薄めて入れておく。そのまま入れると、あまり良い結果にならないような気がするからだ。

勿論、いきなり納品はしない。

これは実験用だ。

裏庭に、踏み固めてしまっている場所がある。其処を耕して、水を入れて。雑草を適当に生やした後、ネクタル入りの栄養剤を掛ける。

作業が一通り終わった所で。

ロロナはアトリエに戻り、栄養剤についての勉強を進めた。

酷い荒れ地を緑化した錬金術師達の苦労の記録は、そのまま手記に残っている。二代目以降も、錬金術師達は豊かなアーランドを作るために、その人生を捧げてきた。三代目、四代目も、近くの森を作り上げるために、何十年も費やしている。

遠征するように、遠くの土地を緑化しはじめたのは、その後からだ。

川の沿岸から緑化を進め、入植する。

アーランドの各地に点在している村は、こうして出来たものが多い。荒くればかり住んでいるのも、当然だろう。

緑化の過程で、モンスターとの戦闘は避けられなかったのだ。

新しい土地を守るだけで、多くの血が流れただろう。

高い戦闘能力を持つアーランド戦士でも、簡単にはできない。新しい土地に根付いた強者達の子孫が、彼方此方に点在している村の民なのだ。

栄養剤のレシピも、この辺りから多様化してくる。

たとえば、今ロロナが作った、川の側や、水が豊富にある地域の緑化作業の場合、単なる栄養剤で充分な場合が多い。

問題になるのはもっと過酷な条件をクリアしなければならない土地の、緑化作業を進める場合に用いる栄養剤だ。

たとえば、幾つかの山を緑化するために用いた栄養剤。

これらは、そもそも水を引きようがない土地で用いるものだから。様々な工夫が凝らされている。造り出すために、一生を費やしてしまった錬金術師もいるようだ。殆どが土に工夫をして造り出しているもので、液体ではない栄養剤が多かった。

一通り資料に目を通したところで、一旦休憩。

作り置きのパイを口にして、しばらく横になる。頭を使った後は、こうやって昼寝をすると、効果的に疲れが取れることが、最近分かってきた。

少しだけ休んでから、起き出す。

ホムが、頼んでおいた作業を終わらせてくれていた。

「マスター。 ホムは単純作業だけではなく、難しい調合もしてみたいです」

「ホムちゃんなら、そうだね。 出来そうだね。 でも、珍しいね、ホムちゃんから、そう言うことをいうの」

「グランドマスターに、そう言うようにと、指示されました」

「ああ、道理で……」

ロロナは苦笑いしてしまう。

ホムは賢いし手先も器用だけれど、基本的に言われなければ何もしない。以前クーデリアを怒らせた性格は、変わっていないと言うことだ。

栄養剤をいきなり作ってもらうのも、気が進まない。

しかし、ホムは賢いとは言え、いきなりやった事がないことをしろというのも、酷な話である。

ロロナは少し考えた末、栄養剤の前段階になる、幾つかの中間生成物を調合するように、ホムに頼む。

材料もある。

それに、今後栄養剤を量産していくと、いくらでも必要になってくるものだ。今のうちに作っておいて、損は無いだろう。

「分かりました。 すぐに作業に取りかかります」

「お願い。 わたしは、これからちょっと出かけて来るよ」

「どちらにですか?」

「大丈夫、すぐ側だから」

少し前から、また新しい出し物が、大広場で行われているらしいのだ。

どうも吟遊詩人が珍しい異国の歌を謳っているらしい。気分転換には、丁度良さそうである。

ひょっとすると、この間見かけた、きざっぽい人かも知れない。

あんまりきざっぽい人は苦手だけれど。珍しい歌には興味がある。

適当に身繕いすると、アトリエを出る。

大広場に出ると、案の定それなりの人が来ていた。どうやら弦楽器らしいものを奏でている、黒い服を着込んだ吟遊詩人の姿。

それなりに人だかりが出来ている。

相応に歌が上手い様子だ。というよりも声量が凄くて、此処まで届く。

ただ、歌っている言葉は、何か分からない。少なくとも、アーランドで標準的に使われている言葉ではない。

それがまたエキゾチックで、魅力的なのは確かだった。

しばらくすると、演目が終わる。

コインを皆が投げはじめたので、ロロナも手を叩いて、コインを投げた。リオネラはコインを受け取ると恥ずかしそうに逃げてしまうのだが、こっちの黒い服の人は、手慣れた様子である。

これで、小さなお猿でも飼っていたら、完璧かも知れない。

一瞬だけ、視線が合った。

やっぱりきざっぽい感じで、流し目を送ってきたので、うわっと思った。昔からロロナは、どうも同年代の男性には異性として意識された経験がない。子供として扱われる事も多くて、正直男の人は少し苦手だ。

吟遊詩人が広場を後にする。

良い気分転換になったので、ロロナも帰ろうと思ったが。帰る途中で、真正面から、またあの吟遊詩人に出会った。

近くで見ると、随分と整った顔立ちである。

さぞや女の人にもてるんだろうなあと思いながら、側を通り過ぎると。いきなり、声を掛けられる。

「やあ。 さっき、広場で僕を見てくれていた人だね」

「えっ!?」

思わず振り返ってしまう。

吟遊詩人だ。明らかに、此方を見ている。

あんなに距離があったのに。どうして、此方のことを認識できているのだろう。さらに驚くべき事を、吟遊詩人は言い出す。

「アーランドの外でも見かけたね。 君ともう一人、可愛い女の子と一緒に歩いていただろう?」

背筋にぞくぞくと来る。

何というか、こんな甘ったるい声を、男の人は出す事が出来たのか。気持ち悪いとは思わないけれど。

どう反応して良いか、分からなかった。

しかも、この甘い声、自分に向けられていると思うと。

「ど、どうして」

「君みたいな可愛い子、遠くから見ていてもすぐに分かるさ」

「か、かわいい!?」

「おや、自分が可愛い事に気付いていないのかな?」

思考停止。

何を言って良いのか、どう反応して良いのかも分からない。右往左往していたロロナは、謝ると逃げ出すのだった。

吟遊詩人は追ってこない。

心臓がばっくんばっくん言っていた。

アトリエの中で、へたり込む。

何だったのだろう、今のは。いわゆるナンパという奴なのか。それならば、どうしてよりにもよってロロナを。

ちんちくりんで、子供っぽいロロナは。自分でも、知っている。多分自分は、特殊な嗜好の相手にしか、好かれないという事を。今まで女扱いされた事なんて一度だってないし、多分これからも望み薄。

吟遊詩人は、女の人をたらしこんで、それで生活もするとか。

そうなると、ひょっとして。

女の人と遊びすぎて、普通の相手では満足できなくなっているのだろうか。あり得る話だ。

悶々としているロロナの顔を。

いつの間にか、パメラが満面の笑みで覗き込んでいた。

跳び上がりそうになる。

「ひいっ!? な、何ですか!」

「見ていて面白かったから、だまってようかなーとか思ったんだけど。 ちょっと、裏庭が、大変なことになってるわよぉ」

「ええっ!?」

「ネクタルを濃いめに栄養剤と混ぜたでしょ」

ずばり、パメラに指摘される。

そして彼女は、ネクタルを生産しているカタコンベにいた幽霊だ。笑い飛ばせる話では、ない。

慌てて飛び出して、裏庭に。

そしてロロナは、絶句していた。

雑草が、凄い勢いで伸びている。いや、流石に見えるほどの早さでは伸びていないけれど。

調査用に、ネクタル入りの栄養剤を入れておいた区画から、まるで芝生のように、まんべんなく緑の芽が出ているのだ。

園芸は素人のロロナだが、これがまずい事は分かる。いくら何でもこんな勢いで雑草が生えたら、その分栄養を早く食い尽くしてしまうと言う事だ。最初は雑草が元気よく出てくるかも知れないけれど。

その後、荒れ地に変わってしまうだろう。

慌てて、雑草を全部引き抜く。

そして土を耕し直して、樽に入れて。そして、コンテナの中に収め直した。これでも正直不安だ。

呼吸を整えるロロナを、パメラが楽しそうに見ている。

「何だか今日のロロナちゃん、いつもより更に楽しいわあ」

「い、今のは」

「分かってるんでしょう? ネクタルを入れすぎて、植物さんたちが、みんな元気になりすぎたの。 ちょっと配合した分量を間違えたわねえ」

けらけらとパメラは笑う。

ロロナの調合に失敗はつきものだ。特に今回は、自分で考えて、適当にネクタルの量を決めた。

だいぶ薄くしたはずだったのに。それでも、あれほどに激烈な効果が出るものなのか。

改めて、自分が劇薬を扱っている事を、ロロナは思い知らされる。

何も無いはずだったのに。

今日は、色々とありすぎて、どっと疲れた。まだお昼前なのに、ロロナはもう何もする気力も沸かなくなって、しばらくはソファでぐったりしていたのだった。

 

3、緑化開始

 

結局、何回か試してみた後、ネクタルを栄養剤に混ぜる実験は、いきなりは上手く行かないものだと、ロロナは判断した。

何しろ千倍程度に希釈しても、明らかに異常な速度で植物が育つのだ。成長促進は緑化では意味を持ってくるとは思うのだけれど。それでも、あまりにも早すぎると、やはり色々とおかしな結果を招きかねない。

歴代の錬金術師の中には、きっといたはずだ。

ネクタルの能力を知っていて、栄養剤に混ぜてみた人が。

案の定、調べて見ると、いた。

五代前の錬金術師が、手記をちょっとだけ残している。この人は、かなり広大な地域を緑化した人なのだけれど。ネクタルを最初、栄養剤に混ぜることを考えたのだ。しかし、実際に混ぜてみてから、植物の様子が露骨におかしくなることに気付いて、すぐに断念したようだ。

研究データを、控えておく。

ロロナとしては、すぐにはできないにしても、このデータを生かしたいからだ。

とにかく、最初に求められていた栄養剤は出来た。

素材をかなり使ってしまったけれど。第二弾は、まず第一弾の結果を見次第、だろう。栄養剤を詰め込んだ樽を、荷馬車に載せる。

作業は、クーデリアにも手伝ってもらった。

「酷い臭いがするわね」

「植物にとって美味しいものって、わたしたちにとってはそうとは限らないみたいなんだよね。 肥料の中には長く寝かせた海鳥さんの糞とかもあるんだって」

「ふうん……」

「後はどうにかして、ネクタルを活用したいなあ……」

樽を幾つか積み込み、それから荷車を引いてアトリエを出る。

今日は重い荷物を積んでいると言うこともあって、いつものゼッテルカバーは外している。

痛むのが目に見えているからだ。

荷車の改良は、結局着手できていない。車軸を変えたりするだけで、全然違うと思うのだけれど。

いずれにしても、もう少し先だ。今回の仕事は、結果を見ながらの断続的なものとなる。あれから二回、現地に足を運んで話を聞いたのだけれど。おそらく緑化は、六回か七回に分けて実施するのだとか。

いずれにしても、一発で片付く問題ではない。

じっくりと腰を据えてやっていかなければならないだろう。

「ホムちゃん、お留守番をよろしくね。 後、釜を洗っておいてね」

「かしこまりました」

ぺこりと、ホムが一礼。まあ、パメラもいるし、退屈することはないだろう。

作業としても、栄養剤の中間生成物の作成を指示してある。

しばらく栄養剤ばかり作っていたからか、少しアトリエの中が臭うのが難点だけれども。まあ、そんなのは、おいおい掃除でもしていけばいい。

南門から街を出ようとして、足が止まる。

いつもより、アーランド戦士の巡回が多いのに気付いたからだ。

門番の人に、案の定呼び止められる。

「おや、フリクセルの嬢ちゃんじゃないか」

「あ、お世話になっています」

知り合いの戦士だ。たしかお父さんのお友達、のはずである。

幼い頃、何度か両親と一緒に、お外にいった事がある。外で遊んでいる間、両親と談笑していたけれど。

あれはきっと、今になって思えば、モンスターの襲撃に対して、目を光らせてくれていたのだろう。

「何かあったんですか?」

「あったもなにも、オルトガ遺跡で大規模な戦闘がな。 死者は幸い出なかったが、左腕を食いちぎられた奴がいる。 何でも、かなりデカイモンスターが出やがったって事だ」

「ひええ……」

やはり、彼処はおっかないところだ。

話を聞くと、ベヒモス種のモンスターらしい。現れたうちの殆どは討伐できたという事なのだが、幼体がまだ一匹逃げているのだとか。

「保護区に追い込むか、ブッ殺すか。 いずれにしても、まずは捕捉しないと話にならんからな。 外に出るなら、誰かもう少し護衛を増やしてくれるか」

「わかりました!」

クーデリアも、険しい顔をしている。

アーランドの周辺は、厳しい環境にあるのだと、今更ながらに思い知らされる。

ベヒモスとはまだ戦ったことがない。話を聞く限り、逃げたのはそれほど大型ではないというけれど。

いずれにしても、クーデリアと二人だけで戦うのは、リスクが大きすぎる。

ふと歩いていると、クーデリアが足を止めたのが分かった。

「くーちゃん?」

「やあ、また会ったね。 可愛いレイディ」

「ひあっ!?」

いきなり甘い声を耳元でささやかれて、ロロナは飛び上がりかけた。

振り向くと、クーデリアとロロナの間に、黒衣の吟遊詩人が入り込んでいる。しかも、間近で見ると、かなり背が高い。ステルクほどではないけれど、平均の背丈よりも、だいぶ上に思えた。

しらけた目で此方を見ているクーデリア。

というか、こんな風に男の人に纏わり付かれたのは初めてなので、真っ赤になってしまう。

「ひょっとして、外に行こうとしていたのかな」

「は、はあ。 その、何でしょうか……」

「以前自己紹介しそびれたからね。 僕の名前はタントリス。 君は?」

「ええと、ロロナ、です」

可愛い名前だと言われて、困り果ててクーデリアを見た。今までそんな事は言われたことも無い。

そもそもロロナというのは、アーランドではどちらかというとスタンダードな名前だ。街にも、フリクセル家の自分以外に、数十人以上はいるはずだ。同年代にも一人いて、街の外れに住んでいる。会話したこともある。

クーデリアは退屈そうに、小さくあくびをしていた。自分であしらえというのだろうか。でも、ロロナは同年代の男の子の友達はいるし、年下の子達にも慕われる事はあるけれど。自分に対して、こういう接し方をしてくる男の人とは初めて会うので、どうしていいのかよく分からなかった。

「もし良かったら、僕が護衛を引き受けようか?」

「え……」

「良い話じゃない。 受ければ?」

「ええっ!?」

クーデリアが、意外な発言をする。

確かに、アーランド人の男性で、しかも外を回って歩いているとなると、それなりの戦闘力は有しているはずだ。

ロロナと、やっと一人前として認められたばかりのクーデリアだけで、どこにベヒモスがいるかも分からない街道を行くよりは、ずっと良い。いきなりステルクに頼みにいってもいるかは分からないし、リオネラは確か数日前から広場で熱心に興行しているはず。邪魔をしては悪いだろう。

それに、クーデリアが反対していないのである。

何だか少し怖いけれど。クーデリアが反対しないのであれば、ひょっとすると、悪い人では無いのかも知れない。

交友を広げることは、吝かではない。

ロロナは人を見た目で判断するのは嫌いだし、出来ればいろいろな人とお友達にもなりたかった。

多少苦手な雰囲気な人だからって、避けていては駄目だろうと、思い直したけれど。タントリスは、そう考えているうちに、すっとロロナの近くに入り込んできていた。触られはしていないけれど。やっぱり怖い。

「また重そうな荷車だね。 僕が代わりに引こう」

「えっと、重くないので、大丈夫……」

「そうかい?」

親切にしてくれているのだろうか。男の人に、女として扱われたことは殆ど無い。女の子として扱われる事が普通だ。だから、よく分からない。

一回くらい護衛を頼むのは、まあ問題も無いかもしれない。

それに、クーデリアもいる。あまり無茶なことにはならないだろう。

南門から、改めて出る。

フォーマンセルで、戦士達が周囲を巡回しているのが見えた。ロロナも、一度足を止めて、杖を手にする。状態は問題ない。荷台に戻すと、いつでも取り出せる位置に調整した。クーデリアは門を出た頃から、既に拳銃のリボルバーを開けて、弾丸の確認をしていた。まだ今は周囲に人がいるけれど。

此処から南下すると、街道には人がいない時間がどうしても生じる。

そうなれば。

しかも、以前黒ぷにに襲われた事が実際にある。この辺りでは、モンスターが出る事が、珍しくないのだ。

今だったら、黒ぷにはさほど苦労せずに下せる自信があるけれど。ベヒモスは、幼体であっても、黒ぷにとは格が違うモンスターである。ロロナだって知っているほどの要注意モンスターだ。

「タントリス、さんは。 彼方此方を旅しているんですか?」

「そうだよ。 吟遊詩人の気ままな旅ぐらしさ」

「あ、はい」

気ままな旅暮らしとやらが、ろくでもない事は、リオネラを見ていればよく分かる。彼女は定住したがっているのだと、ロロナは直接聞いてはいないけれど、何となく理解できている。

吟遊詩人と呼ばれる人達に聞いてみれば、多分殆どの人が、定住を実際には望んでいるのではあるまいか。

安定しない生活が、どれほど苦しいか。

勿論、好きで浮き草生活をしている人もいるだろうけれど。タントリスは身なりがこぎれいで、どうにもそうとは思えない。女の人に貢がせたのだろうか。だとしたら、怖い。

「ベヒモスと戦ったことは、ありますか?」

「アーランドを離れると、モンスターはぐっと少なくなるからね。 ただ、アーランド人というだけで、旅先ではモンスター退治に声が掛かることが少なくないよ」

それだけ、だろうか。

少し前に、ステルクに聞いたのだけれど。アーランド人として傭兵働きをすると、いろいろなところから戦力として期待されるという。

時には、犯罪組織の戦闘担当者として、声が掛かることまであるのだとか。

勿論、アーランド人として、信用を落とさないようなことはしてはならないと、不文律があるけれど。

この人が、そんなものを守っているようには、見えなかった。

「ベヒモスと戦ったことはあるの? 聞いているんだけれど」

「残念ながら」

見かねたクーデリアが助け船を出してくれて、ほっとした。

少し話してみて分かったけれど、タントリスはおそらく、アーランド人の中でも特に裏の街道を歩いてきた人なのだろう。

実際には吟遊詩人である事さえ怪しいのではないかと、思えてきた。

だけれど、アーランド人は修羅の先祖を持つ存在だ。傭兵働きをすれば、外で手を血に染めることになるし、恨みだって買う。

それに、そんな存在でも、仲良くはしていきたい。

ステルクだって顔は怖くて、最初は腰が抜けるほどだったけれど。今では、ある程度普通に接することが出来ている。

この人とも仲良く出来れば、少しは世界が広がるかも知れないではないか。

しばらく警戒したまま、歩く。

タントリスは色々話しかけてくるのではなくて、ロロナに話させるつもりのようだった。いわゆる聞き上手、という奴なのだろうか。

周囲を警戒してはいるし、足運びなどを見ても、相当な腕前のようだから、別にそれは構わない。

ロロナも、あまり楽しい事を話せないけれど。

向こうの空を、虹色の鳥が飛んでいる。青をベースにしているけれど、かなり大きい。アードラの上位種だろうけれど、種類が分からない。

「あれは原初の鳥だね」

「原初?」

「僕も詳しくはしらないけれど、この近くだとシュテル高地に多数生息しているはずだよ」

あのシュテル高地にいるとなると、相当な強力モンスターだろう。アードラの上位種としては、かなり高位に位置するに違いない。

どうしてそんなものが、この近くを飛んでいるのか。

街道を、急ぐ。

心なしか、危険な空気がある。

もう少しで、開拓地に着く。彼処まで行けば、見張りの櫓もあるし、常駐の戦士達もいる。

多少のモンスターに襲撃されても、問題なく撃退できるだろう。

クーデリアが、荷車を引いた。

ロロナも、即座に意味を理解して、杖を荷車から取る。クーデリアと互いに視界をカバーし合うようにして立った。気配はロロナには察知できなかったけれど、何かいるとみて良いだろう。

しかし、周囲は見晴らしがいい。

どこにいるのか。

「くーちゃん! 何か感じたの?」

「いるわ。 近くよ」

「タントリスさん、前衛としてガードをお願いします」

「了、解、と。 レディに傷は付けさせないよ」

タントリスが、楽器を荷車に押し込む。

武器は、出さない。徒手空拳で戦うタイプの戦士か。ロロナとしては、あまり見たことが無い。

アーランド人でも、武器を使って戦う方が強い。槍や剣、長柄を使う戦士が多いのは、単純に強いからだ。

勿論徒手空拳での戦闘術もある。

ただし、それはあくまで補助。武器がないときに襲われた場合や、相手の意表を突くときに用いるはずだが。

防御の術を展開しておく。気休めにすぎないけれど、一発くらいは耐え抜けるかもしれない。

いきなり、地面が盛り上がったのは、直後だった。

大量の土塊を吹き飛ばしながら、巨体が姿を見せる。

背筋が寒くなった。

それは確かに、直立した牛のような姿をしていた。全身が分厚い筋肉で盛り上がり、顔は牛と言うよりは蜥蜴に近く、骨のようなプロテクターがついている。尻尾も蜥蜴に似ている。

ベヒモスと呼ばれるモンスターに、間違いない。

元々ベヒモスというのは、古い時代の神話に出てくる、何でも食べてしまう恐ろしいモンスターだという。アーランド近辺にいる者は、その神話の強大な存在から、名前を取っている、別の種類だ。

この巨大なモンスターは、以前戦った大型ドナーンに勝るとも劣らない体格を持っている。その上、感じる威圧感は、段違いだ。

不意に姿を見せたベヒモスが、拳を振り下ろす。

タントリスが飛び出すと、その拳を受け止めて見せた。体をしならせて、いっきに押し返す。だが、ベヒモスは姿勢さえ崩さない。続けて、左の拳を振り下ろしに掛かって来た。

慌てて荷車を掴んで、走る。

ざっと旋回して、距離を取る。クーデリアは既に相手の左側に回り込みながら、銃弾を雨霰と浴びせかけている。

もう一撃の拳を、タントリスが飛び退いて避ける。

地面が吹っ飛ぶように、えぐれた。

クーデリアの射撃も、効いているようには見えない。あの巨体だ。無理もない話である。

これだけ大きな音がしていれば、増援が必ず来るはずだけれど。しかし、それまで荷車を守りきれる自信は無い。

戦って、撃退する以外に路は無かった。

ロロナは目を閉じると、詠唱開始。タントリスの実力は分からないけれど。今のクーデリアなら、確実に詠唱の時間くらいは稼いでくれるはずだ。

地面に、魔法陣を展開。

魔力で作った、光の線が、円を造り、魔術の文字を内部に書き込んでいく。

あれだけの巨体のモンスターだ。大威力の術式ではないと、沈めることは出来ないだろう。

魔法陣が出来たので、目を開ける。

クーデリアが跳躍し、ベヒモスの顔面に蹴りを叩き込んでいた。殆ど効いているようには見えないけれど。瞼の上に直撃したので、鬱陶しいと思ったのだろう。手を伸ばして、クーデリアをつかみに掛かるベヒモス。

だが、その膝の裏に、タントリスが蹴りを叩き込む。

体格差はそれこそ子猫と牛とでもいう所だが、流石にアーランド人戦士の一撃だ。膝を折り、わずかに姿勢を崩すベヒモス。

其処に、目を狙って、クーデリアが数発の弾丸を、立て続けに叩き込む。

五月蠅い。

そう言わんばかりに、尻尾を振るったベヒモスが、タントリスを吹き飛ばした。地面に叩き付けられて、数度バウンドするタントリス。

だが、すぐに立ち上がってみせる。

クーデリアはベヒモスの顔にしがみつくと、その手をかわして、跳躍。さっき撃ち込んだ目に、更に弾丸を叩き込む。激高する巨体。きちんと気を引いてくれている。以前よりも、ずっと鮮やかな手際だ。

詠唱を進める。

そろそろ、行けるか。

杖の先に、光が宿る。ロロナの魔力が充分以上に充填され、発射の瞬間を今か今かと待っているのだ。

殲滅の光を、撃ち込む準備は整った。

「くーちゃん!」

「っ! ロロナっ!」

それは、避けろという意味の叫び。

気付く。

後ろに。

いつの間にか、ロロナの背丈の六倍はありそうな、巨大なモンスターがいる。多分ワームと呼ばれる、肉食性のミミズだ。こういった荒野では、あまり姿は見せないと聞いているのだが。しかし、こんな大きな奴は見たことが無い。人を襲うようなワームなんて、存在していたのか。

飛び出したタントリスが、ロロナを丸呑みにしようと大口を開けて飛びついてきたワームの横っ腹に、蹴りを叩き込む。

わずかに、動きを止めるワーム。

その時には、振り返ったロロナが、全力で魔術を発動していた。

「エーテル、シュートッ!」

殲滅の槍が、光の奔流となって、ワームの頭に叩き込まれる。

光に飲まれたワームの頭が消し飛ぶ。凄まじい爆発。至近距離だから、ロロナだって無事ではすまない。

無様に吹っ飛ばされて、地面に叩き付けられて、転がった。

受け身は取ったけれど。酷く体が痛む。

どこか、骨が折れたかも知れない。

立ち上がろうとして、見た。

クーデリアが、被弾。ベヒモスが腕を振るって、クーデリアにわずかに擦った。それだけで、充分だった。

吹っ飛ばされたクーデリアが、近くの地面に叩き付けられて、数度バウンドして転がった。

すぐに立ち上がってみせるクーデリアだけれど。頭から血を流しているし、ダメージは明らかだ。

ロロナは立ち上がる。

そして、杖を、ベヒモスに向けた。もう一度、大威力の術式を。

だが、ベヒモスが、いきなり火球をはき出してくる。ロロナより大きいくらいの火球だ。ノーモーションからの一撃。狙いは、非情なまでに正確。避けることは、無理。硬直するロロナ。だが、クーデリアが飛び込んできて、以前見せてくれた、火球の弾丸を数発放つ。至近距離で、間に合う。爆発。

凄まじい熱と音に張り倒されて、ロロナは思わず呻いていた。

クーデリアが、背中を向けて、立っているのが見える。

吼え猛るベヒモス。まだ余裕がある様子のタントリスが肉弾戦を挑んでいるけれど、どうみても優勢とは言えない。

クーデリアが、冷静に弾丸を装填しながら、言う。

「まだ、動ける?」

「平気、だよ。 くーちゃんは?」

「これから、彼奴の脳天にぶち込んでやるわ」

以前見せてくれた、スリープショットという魔術の弾丸だろう。クーデリアの切り札で、小さな弾丸から起動するものとしては、常識外の大威力を誇る。

あれなら、敵の動きを止められる。だが、見たところ、クーデリアは今の火球による衝撃波も、もろに喰らっている。

ロロナは自力で必死に立ち上がると、杖を構える。

荷車は、無事。

まだやれる。

「最大威力の術を、準備するよ。 だから」

「任せなさい」

また、ベヒモスが、火球を吐こうとする。

だが、その瞬間、クーデリアが速射。顔面に直撃し、火の弾が炸裂した。火球もそれに吊られて誘爆。

ベヒモスが、顔を押さえて、絶叫する。

クーデリアが走る。

敵との間合いを詰める。敵の膝を蹴って、飛ぶ。顔を押さえながらも、ベヒモスは柔軟に体をしならせ、尻尾を振るう。タントリスが、ガードの上から吹っ飛ぶ。手をふるって、クーデリアを弾きに掛かる。

紙一重で避けたクーデリアが、ベヒモスの頭より高く跳び上がる。

そして、銃口を向けたが。

真横に、吹っ飛ばされた。

何が起きた。

見ると、ベヒモスの尻尾が、まるで蛇のようにしなやかに動いて、クーデリアを捕捉したのだ。信じられない柔軟性。それに、明らかに、最初より伸びている。つまり、特殊な力を駆使して、伸ばしたのか。

顔を押さえていたベヒモスが、此方を見る。

その口の中に、火球の光が宿る。

ロロナの術式は、まだ間に合わない。まずい。どうにもならない。

だが、その時だ。

ベヒモスが、横っ面を張り倒される。

よろめく巨体。

地面に叩き落とされたクーデリアが、荒く息をつきながら、それでもスリープショットを叩き込んだのだ。

更に、今まで姿を消していたタントリスが、直上から、ベヒモスの脳天に踵を叩き込む。

怒りの雄叫びを上げながら、腕を振り回す巨体が、此方に迫ってくるけれど。

今の一瞬が、勝負を分けた。

ロロナの足下には、既に複層に展開した魔法陣が。そして、杖の先には、光が宿っている。

それでも勝負を捨てないベヒモス。

タントリスを振り払うと、口を大きく開けて、全力での火球射出に入ってくる。

だが、ロロナは。もう、術式をくみ上げ終えていた。

ごめんね。

謝ると、ベヒモスの身を包むほどの巨大な光の槍を撃ち出す。

同時に、ベヒモスも火球を放つけれど。

それは、暴力的な光の束に、飲み込まれ消えた。

 

上半身が消し飛んだベヒモスの前で、ロロナはようやく一息をつく事が出来た。

クーデリアを助け起こす。骨は折れていないようだけれど、連戦は無理だろう。タントリスは。

見ると、埃を払って立ち上がっている。

ひょっとして、今の戦いで、あまりダメージを受けていなかったのか。

「タントリスさん、ひょっとして凄く強い?」

「君が大威力の切り札を持っている事は、すぐに分かったからね。 敵の攻撃をそらすことに、注力していただけだよ」

「悔しいけれど、まだあたしより全然上だわ」

疲弊しきったクーデリアが、悔しそうに言う。

やっと一人前になったとは言っても、まだまだ先は長い。この国でもトップクラスの戦士達の実力を思うと、とてもではないが、楽観は出来ない。

ようやく、開拓地から、人が来た。

戦っていた時間は、案外短かった、という事だろう。ベヒモスの死体を、戦士達が回収していく。ワームの死体は酷い状態で、ずたずたの肉片になっていた。ベヒモスの火球に巻き込まれたのだ。

医療の魔術が使える人がいて、回復をしてくれた。すぐに荷車から、回復の薬を出して、塗る。

「タントリスさん、向こうを向いていてもらえますか?」

「君がそう望むなら」

諸肌を脱いだクーデリアの体に、傷薬を塗る。背中はどうしても無理だから、ロロナが手伝うのだ。

包帯まで巻いて、回復促進の術を掛けて、終わり。

傷は、今までの戦いでみたものほど酷くはなかったけれど。でも、やっぱりクーデリアは、自分が傷つくことを厭わない。それがロロナには悲しかった。

ジェームズが来る。

運ばれていくベヒモスを睥睨している様子は、歴戦の猛者である貫禄に満ちていた。

「思ったよりやるな。 幼体とはいえ、ベヒモスをあれだけ破壊するとは」

「何とか勝てました。 ぼろぼろになっちゃいましたけど」

「何、ひよっこ二人と一人前一人で、ベヒモス幼体をバラせれば上出来だ。 後で解体したベヒモスの、角と牙はやる。 強い魔力が籠もってるから、錬金術の役に立つだろう」

ああ、やはりタントリスは、ロロナ達より格上の使い手なのか。クーデリアも既に一人前扱いされている筈だけれど、この人のような大ベテランから見れば、まだまだ駆け出しと言う事か。

魔力をねこそぎ使ってしまったけれど、少し休めば動ける。荷物に積んであった、耐久糧食。つまり圧縮パイのネクタル漬けを出すと、三人で食べる。タントリスは一口で、驚いたように顔を上げた。

「これが、耐久糧食? 驚いた。 こんなに美味しい奴ははじめて食べる」

「有り難うございます。 開発、大変でしたけど」

「……そうか」

ネクタルをおなかに入れると、力がわいてくる。

それは分かっていたけれど。こういう風に消耗しきったときは、その力が本当に強く実感できる。

「まだまだ市販のお菓子の方が美味しいわよ。 工夫はしてる?」

「うん。 ええとね、今度クリームを入れてみようと思ってるの。 ただ、クリームは圧縮すると、どうも構造が壊れちゃうみたいで、油っぽくて。 どうにか出来ないか、勉強中」

「頑張りなさいよ。 あんたは努力するだけ、結果を出せるんだから」

そういうクーデリアの顔は、ちょっと寂しそうだった。

それから三人で、開拓地まで行く。ジェームズはきちんと役目を果たしていた。予定通り、いやそれ以上の面積が、しっかり耕されている。それだけではなく、ため池も出来ていた。

見ると、牛や馬も働いている。

荒れ地の開拓には、家畜の活躍も重要だ。彼らの糞は一カ所にまとめられている。これからこなれさせて、長期的に肥料に用いるのだろう。

栄養剤を運び込む。

樽を開けると、ジェームズはしばらく手で掻き回したり、土に混ぜたりしていた。

「ど、どうですか」

「普通だ。 まあ、使えるだろう」

「何種類か用意してきました。 こっちは効果が強いので、こっちは」

「見れば分かる」

すげなく返される。まあ、相手は荒れ地開発のプロフェッショナルだ。ロロナ如きが口を出せる話でもないのだろうか。

だが、少し休むように言われて。

しばらくしてから、また呼ばれた。

「土の作り方の基礎を教えておいてやる。 次から、栄養剤の品質をもっと上げて欲しいからな」

「は、はい!」

どういう風の吹き回しかはわからない。

ただ、これは好機だ。

ロロナだって、どれだけ緑化政策が重要かは理解しているつもりだ。錬金術師として立身するのであれば、必須のスキルとなる。

単に効果が強い栄養剤を作ったって、いきなり荒れ地を森に出来るわけではない。

本職のアドバイスは、絶対に必要なのだ。

 

ロロナが熱心に土いじりを教えてもらっている側から離れると。クーデリアは、タントリスと名乗ったトリスタンが、早速魔術師の女の子を口説いているのに遭遇して呆れた。

此奴の素性は、とっくに知っている。というよりも、ミーティングで少し前に顔を合わせたのだ。

アーランドが抱える裏側の部隊の一人。

実力はクーデリアよりも数段上。ロロナの感情をかき乱して、人間関係という面から、その足を引っ張るのが目的だ。

以前リオネラとも関係があったらしく、真っ青になった彼女から思い切り引かれていた。おそらく仕事上で、利害があったのだろう。リオネラには気の毒なことだ。これから、怨敵と仕事をしなければならないのだから。

確かにロロナは、純粋な錬金術の才能という点では、図抜けている。クーデリアもアトリエで資料を見ているから分かるのだけれど、他の錬金術師が何年も掛けて辿り着くような結論に。参考資料を見ただけで、数ヶ月で到達しているのだ。

まさに天才。

錬金術の技量はまだまだだけれど、問題はその直感と、辿り着くまでの早さだ。このまま大人になれば、バケモノのような技量を持つ錬金術師に化けることは既に確実。現時点でも画期的な発破や、耐久糧食の生産に成功している。既に歴代の錬金術師達と、貢献という点ではそう劣ってはいない。才能面なら兎も角、アーランドへの貢献では、確実に師匠を超えるだろう。

だからこそに、脆い。

八年を掛けて用意されたのだから当然だとも言える。更にその天才を伸ばすのには、様々な障害が必須。

女の子にふられてしまったらしく、タントリスが肩をすくめて此方に来る。

「発情期の猫じゃあるまいし。 見境がないわね」

「そうかい? 僕から言わせれば、美しい女性を放っておく方が失礼に当たるのだけれども」

「じゃあエスティさんでも口説いてみれば?」

「いやいや、いやいやいや。 あ、あの方は流石に止めておくよ」

いきなり引くナンパ男だが、まあ当然か。アーランドの影を一括する、国家軍事力級の使い手だ。このナンパ男でも、流石に手に負える相手ではない。クーデリアが知る限り、もっとも恐ろしい女でもあるのだから当然か。

それよりも。ロロナも気付いているようだが、荒れ地の彼方此方で、実用化が開始されたホムンクルスが働いている方が気になる。あれを量産したアストリッドは、一体何を考えているのか。

ロロナが戻ってくる。

満面の笑みだ。

「すごく役に立つこと教えてもらっちゃった! すぐ戻って、試してみたいんだけど、いい!?」

「死にかけたばっかりなのに、元気ね」

「うん! あ、くーちゃん、大丈夫? 痛くない?」

「あんたの薬のおかげでね」

これは事実だ。

ロロナの薬は、どんどん性能が上がっている。少し前に聞いたのだが、ネクタルを混ぜるようになってから、効果が加速度的に上がっているのだとか。本当にあのネクタルというのは、何なのだろう。

今でも、歩くくらいなら問題は無い。

一つ気になるのは、あのワーム。見た事もないモンスターだった。それどころか、聞いたこともない。一瞬で倒してしまったから問題にならなかったけれど、地面の下にあんなのが潜んでいたなら、アーランドでも話題になりそうなのだけれど。

アーランドに戻りながら、クーデリアは思う。

何だか、嫌な予感がする。このプロジェクト、誰もが予想しない方向に、動き始めているのではないのだろうか。

もしそうならば。

糸を引いているのは、一体誰なのだろう。

プロジェクトの参加メンバーか。いや、考えにくい。確か参加メンバーは、それぞれが利害を調整されていて、反逆の気配があればすぐに王へ報告が行くはず。あの王を敵に回すことがどういう意味か、アーランド人なら嫌と言うほど分かっている。多分そこのナンパ男でさえ、だ。

アストリッドのことを一瞬思い浮かべたが、奴は複数の弱みを王に握られているし、最大限の警戒をされているはずだ。そうなると、何か別の要素があるのか。たとえば外部の組織。いや、考えにくい。

「くーちゃん、あのね……」

ロロナが話しかけてくる。

二人ともぼろぼろなのに。ロロナの笑顔は絶えることがない。この笑顔を守る事が、クーデリアの全て。

例え何が闇で蠢こうが。自分の命を捨てようが。

それに、変わりはない。

 

4、這い出る邪悪

 

アストリッドが出向く。緊急事態だから、当然だろう。

荒野で、戦闘が行われたという。ベヒモス一体が、ロロナと護衛を襲ったのだ。それ自体は別に構わない。護衛についていたクーデリアとトリスタンの戦闘力なら、どうにでもなるとアストリッドは知っていたからだ。

問題は、同時に現れたモンスターである。

数名の戦士とアストリッドが開発中の荒れ地に出向いた時には、死体の検分は終わっていた。

一応、死体そのものと、レポートを見せてもらう。

荒れ地に横たえられた死体は、どう見てもワームだ。ただし、あまりにも既存のものとは大きさが違いすぎる。

このサイズだと、人を襲うことも出来るだろう。

「幸い、動きはさほど早くは無い様子です。 パワーも一人前の戦士であれば、充分に対応できるでしょう」

「うむ……」

検分をした魔術師に、空返事。

少し前まで、アストリッドはオルトガラクセンの内部で、調査作業をしていたのだ。どうもそちらでも、おかしな事が多数起きているのである。

今まで目撃されなかったモンスターが、多数姿を見せているのだ。しかもいずれもが、高い戦闘能力を備えていた。

ジェームズが来た。此奴も、元は歴戦の勇士だった男だ。こんなワーム程度に遅れは取らないだろうけれど。やはり、懸念はしている様子だ。

「何だそいつは。 俺は長くアーランドにいるが、はじめて見るぞ」

「これから死体を持ち帰って、改めて調査する。 魔術師が念入りに調査して、他にもいるようなら全て駆除はするが。 油断はしないようにな」

「分かっているさ。 せっかく緑化が始まったんだ。 そんなカスモンスターに、引っかき回されてたまるかよ」

「頼むぞ」

アストリッドだって、緑化がどれだけ大事な作業かは分かっている。

この世界は、一度死んだ。理由については公表できないが、既にアストリッドの中では固まってもいる。

緑化は世界を再生させる重要な作業。

そしてアーランドでは、少なくとも年々確実に進行してもいる。このまま自然環境を再生させていけば、やがては辺境諸国にも技術力を伝播できる。そしてロロナには、それが出来るだけの才能が備えてある。

そう、備わっているでは無い。備えてあるのだ。

だからこそに、邪魔をする存在は許しがたい。もしも、ワームが何かしらの存在に寄って造り出されたとしたら。

考えられるものは。

ホムンクルス達を呼び集める。

結局、今作成中の完全体も含めて、男の子のホムンクルスは実用に移せなかった。いや、何名かはいるが、女の子型に比べると、どうしても体が弱いのだ。

「お前達、この荒れ地が開拓されるまで、命に掛けても守り抜け」

「分かりました、マスター」

「おい、そいつらは、あくまで一時的に此処を守っているんじゃないのか? こっちとしても、手練れが守りについてくれるのは嬉しいんだがな」

「増やすだけだ」

手間が増えるが、仕方が無い。ホムンクルスはどうせ増産するつもりだったのだ。王にアストリッドから申請して、此処に廻す分を作るだけ。その分ロロナで遊べなくなるが、仕方が無い。

はっきり言って、今のこの世界にとって、森は宝石などとは比べものにならないほどの価値がある。

アーランド近隣の森などはその典型。

保水も環境保全も、少し手を入れるだけでこなしてくれる、人類の宝だ。

勿論、森を作り上げる技術も同じ。

アストリッドだって、天才とは言え限界がある。体が幾つもある訳では無いのだ。

護衛の戦士達を見回すと、アストリッドは指示を出しておいた。

「私はこのベヒモスとワームを、一旦王立の研究施設に持ち込む。 追って指示を出すまで、この場所の護衛を頼むぞ」

「了解」

「アーランドのために!」

その場の全員で、アーランドのためにと敬礼をかわした。

正直アーランドの事は嫌いだが、事はそれ以上の問題だ。今は他の連中と、連携を強めていくしかない。

思わず腕組みをしてしまう。

ロロナには勿論教えるわけにはいかない問題だ。

クーデリアは違和感に気付いているようだが、あれはあれで、独自の考えで動いている。

今の時点で、プロジェクトが空中分解する畏れはないが。少しばかりこの問題は、大きくなる可能性が高い。

今のうちに、対策を練った方が良いだろう。

早めにアトリエに戻る。

ロロナは嬉しそうに、栄養剤の調合に励んでいた。そういえば、ジェームズが土作りについて、有用な知識を教えておいたとか言っていた。

良手だ。ロロナは才能はあるが、頭が致命的に悪い。そうやって思考をそらしておけば、すぐに他に考えが到らなくなる。

まずは、ホムンクルスの生産からだ。

予定を前倒しして、何体か納品しなければなるまい。しばらくは徹夜が続く。

ロロナで遊んでストレスを発散できるのは、だいぶ先になりそうだった。

 

オルトガ遺跡に出向いたステルクは、思わず呻いていた。

積み上げられている無数の死体。

アストリッドから報告があったとおり、どれもステルクが見たことが無いものばかりだ。オルトガラクセンに何度も潜ったステルクだが、それでも此処にあるモンスターの死体は、よく分からないものばかりである。

ベヒモスの死体もある。

ただ、検分してみると、妙なことに気付く。

どれもこれもが、既存のものよりだいぶ強いのだ。

「おでましですか?」

「ライアン殿」

皮肉混じりの声に振り返ると。ロロナの父であるライアンがいた。

まだ手に剣を持っている。つまり、警戒中という事だ。

ロロナの母であるロアナは、遺跡の入り口の方を警戒している様子だ。今の時点で、オルトガラクセンを調査中のメンバーは、全員引き上げさせている。

このモンスターは少しばかり異常だ。

危険を考慮して、一旦人員を引き上げるのはやむを得ない。また一から調査のし直しになるが、それも仕方が無い事だった。

「少し前から、オルトガラクセンには異常な力を持つモンスターが出没するようになったと聞いている。 それがついに表まで出てきたか」

「そのようで。 オルトガラクセンの解析が重要なのはわかりますがね。 私としては、一旦封鎖して、精鋭だけで時間を掛けて中を捜索するのを提案しますわ」

「……そう、だな」

王が何というかは分からない。

フリクセル夫妻の本音はこうだろう。プロジェクトを一旦凍結するべきだ。

しかし、そうはいかない。

「大陸中央部の強国が、いつまでも手をこまねいていてくれれば、このようなプロジェクトは進めなくても良いのだがな」

「今のままでは、いずれ力を更に増した列強によって、アーランドをはじめとする辺境諸国は蹂躙される、ですか?」

「その通りだ」

皮肉に、ライアンは口の端をつり上げた。

元々、修羅の国として存在したアーランドだ。今更、滅ぶのは仕方が無いとでもいうのだろうか。

だが、この国でも、生きている民は大勢いる。

そして、荒れ地を緑化し、死に果てた土地をよみがえらせてきたという意味で。アーランドが今、世界的に持っている意味は、大きい。

西にあるアールズなどは、最果ての国とさえ言われていて、更に此処より環境が過酷だと聞いているけれど。

それは、あくまでマンパワーの問題でもある。

「けが人の様子は」

「ありゃあ、戦線復帰は無理でしょうね。 ホムンクルスとやらが、前線に回ってくるのはいつですか?」

「まだ試運転中だ。 しばらくは、此処を死守して欲しい」

「まあ、我々下っ端は、命令に従うだけですがね。 ただ、あんなモンスターが大挙してまた出てきたら、いずれは抑えきれなくなりますよ、と」

頷くと、ステルクは一度現場を後にした。

すぐにプロジェクトの会議が招集されたので、それに参加する。王も、今回の事態に関しては、重要視しているようだった。

既に検分済みの死体のレポートが廻される。

ざっと目を通すが、既存のモンスターよりも、だいぶ戦闘力が高いとある。ベヒモスは特にそれが顕著だという。

「この戦闘力だと、オルトガラクセンの深部に住まうドラゴン族に匹敵するな」

「歴戦の使い手達でも、かなりの苦戦を強いられました。 しばらくは、オルトガラクセンに潜るのは止めた方が無難かと思われます」

ステルクが提案すると、王は渋い顔をする。

挙手したのはエスティだ。彼女から、説明をしてくれるというのだろう。

「大陸中央部の大国、スピア連邦で、重要な発表がありました」

スピアと言えば、アーランドの百倍に達する人口を誇る、大陸中央部の雄だ。軍事力も優れていて、錬金術師も数名抱えていると聞いている。

アーランドと直接国境を接してはいないが、前から警戒を強めている相手である。

「この度、スピアでは、複数の国家を連邦に編入することを宣言。 その名簿が、これです」

レポートが配られる。

思わず呻いたのは、その中には明らかにスピアと敵対している国が、複数あった事だ。つまり編入というのは、実力行使を意味している。

スピアは富国強兵で知られる大国だ。首都近辺を緑化する作業も進めているというが、それ以上に人類の国家を力でまとめる事に熱心でもある。確か数年前にも、幾つかの小国を蹂躙して、制圧しているはずだ。

勿論、アーランドでも迂闊に手を出せる相手ではない。

相当な使い手も複数いる。中には、アーランドを裏切って、逃げ込んだ者までいるという話だ。

「スピア連邦の軍事力から言って、この編入は速やかに行われるでしょう。 更に、この編入作業に反発した他の国々でも、今のスピアは実力で排除できる事かと思われます」

「つまり、プロジェクトは」

「更に進めるほかない、という事だ」

王は立ち上がると、咳払いした。

これから、プロジェクトの先頭に立つ、というのである。

「アーランドの宝は人材だ。 だから、無為に失うわけにはいかぬ。 これより危険度が高いオルトガラクセンの探索には、私が率先して当たる」

「陛下!」

「勿論、安全は期するつもりだ。 アストリッド、負担を掛けることになるが、ホムンクルスの量産を急げ。 私は最精鋭とともに、オルトガラクセンの調査と、モンスターの掃討を続行する。 作業は前倒しになってしまうが、すまぬな。 完成体の納品も、期日通りに頼むぞ」

「お言葉とあれば」

青い顔をしているクーデリアが、一瞬だけ視界に入った。

予想以上に状況がまずいことに気付いているのだろう。ロロナに対する負担も、今後は更に増すことが確実だ。

「今回の課題については、どうなっている」

「ジェームズの報告によると、品質は問題なし。 予定通りに進めることが可能だという事です」

「緑化だけは、急いでも結果を出すことが出来ぬからな……」

王が悔しげに嘆息する。

今回の緑化が上手く行ったら、更に何カ所かに着手。そうすることで、アーランドの南部の広大な荒野を、一気に緑化することが可能だ。

そうなれば、土地の保水力があがり、周辺に幾つかの村を増設することも出来る。そればかりか、森の周辺に田畑を作る事によって、更に食糧生産を引き上げる事も出来る。民の数も増やせるだろう。

今回、ロロナにさせている作業は、その第一歩。

今後も定期的に栄養剤を納品させて、緑化を加速させる狙いがある。今までどうしても着手できなかった地域の緑化は、それだけ大きな意味があるのだ。

幸い、近頃は雨が多い。

緑化は今の時点では順調だ。オルトガラクセンのモンスターが這い出して来るという突発的ハプニングと、確実に覇道を進める大陸中央部の列強の動きがなければ、もっと穏やかに話を進めることが出来たのだが。

しかし前者は兎も角、後者はわかりきっていた事だ。だからこそ、プロジェクトを九年がかりで行っているのである。

何もしなければ、蹂躙の劫火だけが、アーランドの未来にある。

「辺境各国の反応は」

「既に幾つかの国からは書状が来ています。 プロジェクトの進展について問うものもある様子です」

「近々、対応せねばなるまい。 メリオダス、頼むぞ」

「お任せを」

文官として、この国を守っている大臣は。一礼。

後は、計画の前倒しが出来ないか、見直しが必要になるだろう。

ロロナだけが、何も知らない。

世界の状況と、自分が置かれている立場を。ステルクはそれを哀れだと思うが。何もしてやれなかった。

会議が終了すると、めいめい会議室を出て行く。

真っ青なまま座っていたクーデリアを、父のフォイエルバッハ卿が一瞥。声も掛けずに、出て行った。

ステルクは部屋を出ると、王に追いつく。そのまま、一緒に歩きながら、話した。

「オルトガラクセンには、誰を伴う予定ですか」

「探索の経験が豊富なフリクセル夫妻に、アストリッド。 それに君とエスティかな」

「それは。 総力戦の態勢ですね」

「その通りだ。 私が本気である事が、分かったかな」

冗談めいて言う王だが、その目は笑っていない。

オルトガラクセンの最深部には、まだまだ未知の技術が眠っている。それらを持ち帰ることが、現在の急務。

そして出来れば、モンスターの異常発生の根源も、叩いておかなければならないだろう。

「一月以内に、モンスターの異常発生を解決する」

「しかし、ロロナの周辺環境が気になります。 調整を行ってきたとはいえ、あまりにも急激なハードルの嵩上げは、失敗につながるのでは」

「そのために急ぐのだ。 これ以上、負担を増やすわけにもいくまい」

地下から出て、地上に。

雨が降っていた。

荒野の方は大丈夫だろうか。ロロナは今頃嬉々として調合に励んでいるのだろうが。その周囲には、無限の闇が広がっている。

早速、出陣すると、王がふれを出した。

この様子だと、数日はオルトガラクセンから帰還できないだろう。アストリッドはホムンクルスに掛かりっきりだから、フリクセル夫妻とステルク、エスティだけで王の周囲を固めることになる。

今まで構造が完全に分かっているオルトガラクセンの地下は、七層。予想では、その倍以上、広がりがある。

アストリッドは十二層まで足を踏み入れたことがあるようだが、其処までの道のりは危険すぎて確保できていない。

文字通り、決死の探索となるだろう。

すぐに準備が整えられ、王と供にオルトガラクセンに向かう。

荷駄の人員も含めて、精鋭十名のみと言う編成だ。

一度だけ、ステルクはアーランドに振り返った。

もう、帰る事は出来ないかもしれない。

この国は、岐路に立たされている。そう、ステルクは思った。

 

(続)