氷心の爆弾

 

序、試行錯誤の苦悩

 

ロロナは、ようやく試作品を完成させた。既に課題提出までの期限は、かなり迫っている。

クーデリアと連れだって、近くの森に出向く。近くの森と言っても、今後緑化予定の荒野が幾らかあって、そういう場所は魔術や戦闘技能の訓練用に開放されている。其処を戦士の人達に言って、借りたのだ。

作り上げた、大規模な爆弾。

今の時点では、求められている条件は、全てクリアしている。ただし、それはカタログスペックでの話。

地面に埋めて、すぐ側に岩を運ぶ。

点火は導火線で行う。木陰に隠れて、クーデリアが合図したのを確認してから、着火。導火線に付けた火は、順当に爆弾に向かっていった。

第一段階で、まずは外装をパージする。

この外装は、発破の安全性を高めるためのものだから、当然だ。これが残っていると、爆発の威力が、著しく減殺されてしまう。

第二段階で、パージの熱自体を利用して、成形してある火薬に着火。

その結果、発破は爆発する。

念のためにかけてある防爆用の術式は、一応三重。これなら、耐えきれるはずだけれども。

しかしだ。

爆発は、思ってもみないほど、ささやかだった。

爆発はした。

岩も砕けた。

だが、防爆用の術式まで、岩の破片が飛んでくるようなことさえもない。なんともささやかな破壊力だったのだ。

これでは、フラム一本分と、あまり代わらないかも知れない。

クーデリアが戻ってくる。

そして、何かを手渡してきた。外装、ゼッテルと樹氷石で作った、防爆剤だ。殆ど焦げてさえいない。

「火薬も、燃え残ってるわよ」

「ええっ!」

不意に、爆発が起きる。

燃え残りが炸裂したらしい。今更だ。

クーデリアは、嘆息した。

「これじゃあ失敗ね。 持ち運び時の安全性はクリアできたみたいだけれど、破壊力が小さすぎるじゃない。 それに起爆後の安全性は駄目なんじゃない?」

「うう……」

「ほら、泣かない。 てつだったげるから」

涙目になったロロナが、爆弾の残骸を拾い集める。

クーデリアも、文句を言いながら、手伝ってくれた。もっと派手に爆発するかと思って、備えていたのに。

どうして、駄目だったのだろう。

パージは上手く行った。それは、肉眼で確認したのだ。

でも、その後の着火が、上手く行っていない。

それに、火薬も、綺麗に発火していない。だから、こんな中途半端に爆発したという事だ。

クーデリアと一緒に、何がいけなかったのか、アトリエに戻りながら話す。クーデリアの武器はその優れた記憶力だ。彼女は爆発の過程と、その後について、状況を緻密に記憶していた。

「最初に、パージしていた外装が外れたのは、あたしも見たわ」

「うん、間違いないよ」

「でも、その後、どうも一部の火薬が、着火しなかったみたいだけれど」

「それが分からない」

単純に、火を付ければ全部爆発するというわけでもないのか。

まさかとは思うが。

いや、ゼッテルに触ってみたが、水がしみこんでいるようなことはない。つまり、火薬はしけってはいなかったのだ。

あまりモタモタしている時間はない。

アトリエに入ると、参考書を引っ張り出す。クーデリアにも見てもらう。何か、ヒントが見つかるかも知れない。

「ちょっと考えたんだけど」

「どうしたの、くーちゃん」

「大きなフラムって、どうやって作るの?」

「ええと、それはね」

参考書を調べて、問題の記述に行き着く。

これをみながら成形したのだから、問題は無い。その筈なのだ。

そもそも爆発に指向性を持たせることそのものは、成功している。岩は砕けた。爆破の威力が、あまりにもお粗末だっただけなのだ。

火薬が、何故一気に爆発しなかったのか。

「そもそもフラムは、どうして筒状にしている訳?」

「ええとね、それは……」

「人にものを教えるには、三倍は知っていないと駄目だって、あんた分かってる? 単純に、まだ理解が足りないんじゃないのかしら」

ずばりと核心を突かれたので、ロロナは返す言葉もなかった。

確かに、まだ発破の理解が足りていないのかも知れない。だが、ロロナは何というか、物事を理屈で説明するのが苦手なのだ。

フラムがどう爆発するかは、理解できている。

でもそれをクーデリアに言うと、怪訝な顔をされてしまう。

「まあ、あんたなりのやり方で理解すればいいんじゃないの。 何か案が出来たら教えてよ。 あたしはソファで休んでるから」

「うん……」

クーデリアは怠けているように見えるが、違う。

知っているのだ。家では、もの凄い訓練をいつもしている事を。まだそれでもエージェントの誰よりも弱いと言っているから、口惜しくてならないのだろう。徹底的に体をいじめ抜いているから、疲弊も酷いし、生傷も絶えない。

だから、少しは休ませてあげたい。

ロロナは幾つかの参考書を、徹底的に見ていく。

主に大型の爆弾について調べていくと、何となく、分かってきたことがある。

火薬は幸い、有り余っている。

幾らかを成形して、ゼッテルで縛る。そして、庭で着火してみた。何回かに分けて実験をして見て、分かってきたことが一つあった。

クーデリアを呼ぶ。

まず最初に見せたのは、わざと隙間だらけにした、荒い火薬だ。

着火すると、綺麗に消し飛んだ。

しかし、ぎゅっと押し固めた火薬を使って見ると。

破裂して、幾つかの塊になった。全てが爆発せず、或いは時間差で砕けた。

原因は、きっとこれだ。

「どういうことかしら」

「うーん、なんて言うんだろう。 スーハーして、どかんって感じ」

「相変わらず、わかりにくい説明ね」

「ごめんね、くーちゃん。 なんというか、そうとしか言えないんだ」

あきれ顔のクーデリアに返す。

側で見ていてくれたから、何となくだけれど。理解が近くなった気がする。安心できるというか、リラックスしたからと言うか。

今ので、ちょっと分かったかも知れない。

要するに、火薬も呼吸しないと、一気に爆発できないのだ。そうなると、詰め方の問題なのか、或いは。

大型の発破について、調べていく。

やはり大型の発破は、火薬をぎゅうぎゅうづめにしていない。何かしらの形で隙間を入れたりしている。

でも、その場合、爆発にどうやって指向性を持たせるのだろう。

大型の発破は、見てみると、兵器利用が殆どだ。

だいたいの場合は、モンスターを誘い込んで、爆破して倒すものが多い。中には魔術を込めて発破を自走させ、モンスターの側で爆発させるものや。大威力魔術のトリガーとして、爆薬を用いるものもある。

変わり種には、冷気で敵を凍結させる爆弾や。

或いは、稲妻をまき散らすものもあった。

それらについても、参考にならないか、調べて見る。

だが、ロロナが理解できそうな部分には、これといったヒントがない。頭を掻き回して、大きくため息。

きっかけは掴めたのに。

まだまだ、問題は山積みだ。

夕方になったので、食事を作る。クーデリアにも、食べていってもらう。

パイは作るのを禁止されてしまっているから、他の料理だ。サラダをベースに、近くのお肉屋さんで買ってきた兎の肉を焼く。兎と言っても、勿論隠語としてのそれではなく、草食獣のだ。兎のお肉は鳥のと似ていて、若干さっぱりしているのが特徴だ。

今日、近くの森に行ったのだから、そこで狼でも狩ってくれば良かったのだけれど。

先の精神状態では、とても思い当たらなかった。

ロロナの料理は、上手でも下手でもない。

炉を使ってお肉を焼いて、サラダを添えて。それだけの作業だけれど、焼き方や捌き方で、上手下手はどうしても出る。本当だったら、師匠が何もしないのだから、もっと上手になっている筈だろうに。未だに普通という所が、才能のなさを示しているだろう。

クーデリアは文句も言わず、黙々と食べてくれる。だが、美味しいと言ってくれたことは、今まで一度もなかった。

まあ、お金持ちの令嬢だし、当然か。

たとえ、親と上手く行っていなかったとしても、だ。

ロロナもクーデリアと並んで、焼いた兎を食べる。せめてパイが焼ければ、少しはましなのに。

パイはお店に出せる自信もあった。お肉を焼くのはへたでも、どういうわけかミートパイにすればそこそこ食べられるものが出来る。

それなのに。

少し、悔しいかも知れない。

夕食の後、クーデリアが引き上げる。

頬を叩くと、精神を集中。

残る時間は、もうそう多くはないのだ。

参考資料を絞って、見て行く。やがて、ロロナは、一つ役に立ちそうな情報を見つけた。これならば、或いは。

問題を、解決できるかも知れない。

 

1、仕掛け発破

 

ロロナはどうにかくみ上げることが出来た発破を見て、額の汗を拭った。

フラム三本分の火薬を用いた、大型の発破だ。

今回は戦闘用のものではない。岩盤を砕くためのものなので、戦闘で用いることは、最初から想定していない。

何度か調整した。

後は、性能実験をするだけだ。

いずれにしても、此処まででロロナが独自に考えた知識は一つも無い。いずれもが、先人の知恵を拝借して、組み合わせたものばかりだ。

荷車に積み込むと、近くの森に。

クーデリアは、既に城門で待ってくれていた。そしてもう一人。

ステルクである。

今回、完成品の実験をするので、見に来てもらったのだ。もしこれが成功したら、アトリエで量産するだけ。多分、一週間ほど、時間が余るだろう。もちろん、もし成功したら、だが。

ステルクに、ぺこりと一礼。

前回、廃坑道で巨大ドナーンと戦ってから、ステルクの事が前ほど怖くなくなってきた。勿論親しみが覚えると言うほどでは無いけれど。以前のように、顔を見るだけですくみ上がると言うことはなくなった。

「今日はお願いします」

「実験は上手く行きそうなのか」

「はい。 どうにかなると思います」

クーデリアが、本当でしょうねと、小さな声で呟く。

ロロナは苦笑いした。

実際、クーデリアは前回の失敗を見ているのだ。あれからしばらくは悪戦苦闘を続けた。何度かの実験にも立ち会ってもらった。

理論は出来たが、すぐに上手くは行かなかった。

何度かは当然失敗もした。

どうにか、必要量の火薬を爆発させることが出来るようになったあとも、苦労は連続した。

組み合わせてみると、上手く行かない。

順番を変えると、どうにもならない。

しかし、今は何とか、その全てがクリアできたはずだ。

本当にギリギリになってしまったけれど。これが駄目なら、もう万策は尽きているかも知れない。

荷車に乗せてあるのは、とにかく不格好な箱。

箱には導火線が接続され、きけんと下手な字で書いてある。加工したこともあってゼッテルがごわごわで、下手な字でしか書けなかったのだ。元々ロロナの字は非常に癖があるのだけれど。これはないように自分でも思う。ステルクはロロナの字を見て眉をひそめたが、クーデリアがフォローしてくれる。

「一応、あたしも立ち会ったけれど、大丈夫なはずよ」

「使い方についてのマニュアルは」

「そ、それは」

「あたしが書く」

クーデリアが言ってくれたので、良かったとため息。

実際、他の人に説明するのは、著しく苦手なのだ。導火線に火を付ければ爆発します、だけではマニュアルにはならないだろうし。

荷車を引いて、近くの森に向かう。

ステルクは、道すがら坑道の悪魔達について話してくれた。

「彼らは今の時点ではおとなしくしている。 このまま静かにしていてくれれば、苦労がなくて済む」

「別の場所へは、行かせてあげないんですか?」

「あの坑道以外でも悪魔の出現は確認されている。 これ以上生息地が広がってしまうと、面倒だ」

確かに、そうかも知れない。

大人の悪魔の戦闘力が分からないからロロナには何とも言えないけれど。労働者を襲って死なせたことは確かなのだ。

それに、おじいさんも言っていた。

悪魔の中には、日の中に出られる人間を、憎んでいる者も多いと。

それならば、管理できるだけ管理しなければ、危ないだろう。

近くの森に着く。

巡回の戦士達に挨拶しながら、空き地に向かう。昨日使った空き地は、魔術師が術の練習で占有していた。

見ると、何かを操作するような術を使っている。

後ろ姿しか見えなかったが、女の子のようだ。光の弾が二つ、ふわりゆらりと飛んでいた。

かなり高度な魔術とみた。

ロロナの母であるロアライナは、攻撃魔術の大家だ。とはいっても、ああいう操作系の魔術が出来ないわけではない。炎の弾を周囲に飛ばして、敵の奇襲に自動反撃するようにもしていた。

ただし、相当に集中力がいる作業だとも言っていた。

邪魔をしてはいけない。そのまま、森の奥へ行く。

会話が後ろから聞こえたような気がするが。それはいい。独り言をいいながら、修行をする人もいる。

開いている空き地を見つける。

荷物を下ろした。丁度良い岩がないかと思ったのだけれど。ステルクが、すぐに見つけてきてくれた。

二抱えくらいある岩を、担いで持ってくる。

あれくらいなら、筋肉質のアーランド戦士なら誰でも運べるけれど。ステルクは長身だが、若干細身だ。

或いは、筋肉の使い方が、上手なのかも知れない。

「このくらいの岩で構わないかな」

「はい、充分です」

地面に半分埋めて、固定する。

その後は、作ってきた発破を、岩の側に。そして魔術で、岩に穴を開けた。

使い方は、他の発破と同じ。

岩盤の側に固定して、破壊力を最大限に伝える状態を作る。導火線を伸ばして、木陰に隠れる。そして、念のために、防爆用の術式を、何重かに展開した。

ステルクが周囲を見て廻り、誰かが入り込まないかを確認。

今の時点で、見習いの戦士や、邪魔になるような動物はいない。遠くで、ステルクが指を使って丸を作った。

「気をつけて。 何も問題は無いわね」

「うん、大丈夫!」

笑顔でクーデリアに応えるが、本当はちょっぴり自信は無い。

問題は順番に片付けていったとは思う。

だが、全てを連結させた今。それをクリアできているかは、よく分からない。文字通り、やってみるしかない。

導火線に着火。

心臓が跳ね上がるかと思った。それくらい、緊張したのだ。

呼吸を整えながら、木陰に隠れて、耳を塞ぐ。クーデリアは遮光グラスを掛けると、同じように耳を塞いだ。

今度の発破は、幾つかの工夫を凝らしている。

まず成形だが。

成形する際に、複数の草を差し込んで、穴が開くようにしている。これは、やはり火薬には、発火の際に空気が必要だと知ったからだ。

火薬を穴だらけにすることで、一気に爆発を進行させる。

実のところ、火薬と気化させたガスを合わせる方が威力は大きいようなのだけれど。今回は、岩盤を砕くための発破なので、それは必要ない。

続いて、パージだが。

導火線とパージは、別にした。以前はパージの火力で、火薬に着火していたのだが。それが間違いだと感じたからだ。

まず、導火線の火が、発破の本体に到達。

ばんと凄い音がして、ゼッテルの外装が吹っ飛ぶ。そして姿を見せるのは、むき出しになった火薬ではない。

フラムと同じように、爆発に指向性を持たせるために、ゼッテルで包んだ火薬だ。ただし、ぴったり包むのではなくて、わざと隙間を空けて包んである。隙間の間には、支えになる棒を入れている。

この火薬は、使う際の向きも重要なのだ。

さあ、上手く行くか。

見ていると、導火線の火が、順調に進んでいく。

上手く行って欲しい。耳を塞ぎながら、ロロナは冷や汗をだらだら流していた。そして、発破本体に届いた瞬間。

思わず、首をすくめていた。

耳を塞いでいても、鼓膜が粉砕されるかと思ったほどだ。

一瞬、意識が飛んだ。

何度か瞬きするが、目がちかちかしてよく見えない。轟音もとんでもなくて、音が良く聞こえなかった。

岩は、綺麗に消し飛んでいた。

そればかりか、地面に大きな穴が出来ている。指向性を持たせることは出来たらしく、岩のあった方に、大きな焼け焦げが出来ていた。

辺りの草が、ちりちりと燃えている。

準備してきた水を掛けて廻る。もっとも、乾燥期ではないから、野火になる畏れはないだろう。

ステルクが来る。

「うむ、破壊力は申し分ない」

何を言われたか分からなかったので、小首をかしげてしまった。クーデリアが、手を掴むと、掌に指で書いてくれる。

有り難うございます。

そう答えたのだが、自分の声も、聞こえなかった。

それで、やっと心臓が跳ね上がった。胸郭の中で、飛び回っている。ロロナは、どれだけの破壊力を自分が成し遂げたのか、ようやく悟っていた。

これは、危険だ。

流石にこれでは、かなり強いアーランド戦士でさえ、無事では済まないだろう。勿論、非常に用途が限られる兵器だけれども。敵を誘い込んで爆破するという戦術であれば、人間に対しても活用は可能だ。

怖い。

腰が抜けそうになっている事に、ロロナは気付く。この発破は、本当に悪用されずに、使われるのだろうか。

クーデリアが、手を握ってきた。

ロロナが震えているとき、こうしてくれると、少しは気分が和らぐ。深呼吸しなさい。そう言っているのが分かった。少しずつ、耳が聞こえてきたからだ。強烈な耳鳴りがして、まだ半分くらいしか聞き取れなかったけれど。

ロロナが真っ青になって震えている事に、ステルクは流石に不安に感じたらしい。

クーデリアとステルクが、何か会話している。

自分にかけられた言葉ではないからか、恐怖で意識が散漫になっているからか。殆ど、何も聞き取れなかった。

漏らしてしまうことだけはなかったけれど。

ロロナはこの日。自分が手に掛けたものが如何に恐ろしいのか、ようやく思い知ったのだった。

 

どうやってアトリエに戻ったのかも、よく分からない。

ロロナは気がつくと、ベッドに寝かされていた。隣の部屋から物音がする。クーデリアがいるのか。

頭ががんがん響いて、よく考えられない。

いつの間にかパジャマを着ていたけれど。いつ着替えたのか。それとも着替えさせられたのかも、分からなかった。

部屋に入ると、黙々とクーデリアがホットミルクを作っていた。

令嬢だけれど、クーデリアは料理が出来る。ただ、腕はあまり良くない。ホットミルクは美味しく作ってくれるけれど、それくらいだ。

「もう起きて大丈夫なの?」

「……」

クーデリアが手を止めて、此方の顔を覗き込んでくる。

ため息をつかれた。

「重症ね。 まだ寝ていなさい」

「くーちゃん……?」

「あれで完成なんでしょう? 今日は休んで、明日中に設計図通り完成させればいいでしょ。 ほら、ベッドに行った行った」

突っ立っているところを、ひょいと抱え上げられて、無理矢理ベッドに。

何をされているかも、よく分からなかった。

何となく分かるのは、発破を完成させたこと。それが、あまりにも予想外の、桁外れの破壊力だったこと。

それがあまりにも怖くて、魂が抜け掛けた事、くらいだろうか。

歴代の錬金術師達は、どう思って、あんな恐ろしいものを作ったのだろう。最初に火薬を作り上げた人は、どう感じたのだろう。

ロロナだって、大威力の術を使う。

この間は、それで数十年を経たドナーンの命を奪った。だがそれは、自分の手で何かを葬ることを、覚悟して末の行動だった。殺さなければ殺される状況だったのだし、相手とは互角の立場での勝負だった。

これは、下手をすれば。

子供が笑いながら、相手を殺戮する道具にもなり得るのではないのか。

いや、それは魔術も同じだ。

アーランド人は、幼い頃から死とその結果について、徹底的に教え込まれる。だからこそ、魔術も武術も、使う意味が出てくる。

思考がぐるぐると廻っていた。

寝室に来たクーデリアが、ホットミルクを勧めてくれる。蜂蜜入りの、とても甘い奴。ロロナが疲れているとき、いつも作ってくれるものだ。

「それ飲んで、落ち着きなさい」

「うん……」

クーデリアは、一人にしないで欲しいと言う意図を汲み取ってか、ベッドの隣に座った。この親友は、いつもロロナを大事にしてくれる。それが、嬉しい。

しばらく、無心にホットミルクを飲む。

おなかに温かいものが入ると、気分が少し落ち着いてきた。情けないことだけれど、こんな時は、親友に甘えるほかない。

「あんたのことだから、あの発破の危険性を怖がってるんでしょ」

「うん……」

「あいつに聞いたけれど、あの程度の威力の発破は、その内大陸中枢の大国家でも量産が始まるそうよ。 それに、歴代の錬金術師が開発した幾つかの大型爆弾は、あんな程度の破壊力じゃないそうだし、国庫にも納められているらしいわ」

彼奴というのは、師匠のことだろう。

言われていることは良く分かる。

「あんたが地獄の蓋を開いたわけじゃあないから、安心しなさい」

「何だか怖いね。 昔の人は、あんな恐ろしい兵器を、たくさん使っていたのかな」

「分からないけれど、その可能性は高そうね」

そう言われてしまうと、とても悲しい。

それに、火薬は世界中で研究されている。他の国に錬金術師がいるかどうかはロロナも知らないけれど。

おそらくいる筈だ。

彼ら彼女らも、こんな恐ろしいものを、作っているという訳なのだろうか。

魔術についても、日時研究が重ねられている。

いずれアーランド戦士でも、戦場では無敵ではいられなくなると、多くの者が断言している。

だが、何だろう。

ロロナは、其処にとても危ういものを感じてしまった。

「今、心配なのは、あんたの方よ。 続けられる?」

「うん。 だって、このままだと、師匠とよその国を回りながら、厄介事に首を突っ込み続ける事になるんだよ。 そんなの、嫌だよ」

「そう、ね」

クーデリアは、どうしてかほろ苦い表情をした。

こんな顔を、時々無二の親友はする。でも、その理由を、聞かせてはくれない。ロロナにとって、とても悲しい事だ。

なぜなら、

ロロナも、気付いているからだ。

クーデリアが、ロロナの知らない事を知っていると。

その事が原因で、ロロナを哀れんでいるのだと。

しばらく心を落ち着かせて、ベッドから出る。着替えて、アトリエに出ると、クーデリアはもう調合を準備してくれていた。

後は、作るだけだ。

材料は揃っている。

マニュアルについては、作業をしながら、口頭でクーデリアに説明する。何度か、擬音は止めなさいと怒られた。苦労しながら、具体的に何をすれば何が出来るかだけを抽出する。

そして、文面だけは、クーデリアに考えてもらった。

勿論マニュアルそのものは、ロロナが書くのだ。クーデリアに書いてもらっては、意味がない。

徹夜は、するまでもない。

加工したゼッテルは充分な量を準備していたし、火薬もしかり。樹氷石についても、問題は無い。

全部がとても不格好だけれど。

それでも、確実に、三つの要件を満たした発破が出来ていく。二つ目が仕上がったくらいに、聞いてみる。

「ステルクさんは、なんて言っていたの?」

「申し分ない威力だって、喜んでいたわよ」

「そう……」

あの人は、やはり戦闘の本職なのだ。それが自然な反応だろう。それで正しいことを、ロロナは理性では理解できていた。

 

夕方、五つ目の発破が完成した。

性能試験が成功するまでに、散々試行錯誤を繰り返したのだ。細部までチェックはしてあるし、必ず動く。

保存に関しても、マニュアルを整備してある。何より、国の保管庫は、アトリエのコンテナ以上に環境整備がしっかりしているという事だから、問題ないはずだ。

懸念事項があるとすれば、この仕掛け発破がとても不格好なことだが。

それについては、性能を見てもらう他ない。

「くーちゃん、ありがとう。 後は、わたしが持っていくよ」

「何か手伝うことはない?」

「ううん、大丈夫」

耳ももう問題なく聞こえるし、心も落ち着いた。

クーデリアが側にいてくれたおかげだ。

少しだけ時間も余ったし、余力を回復用の道具の研究に当てたい。それに、坑道で見たグラビ石を、回収しておきたかった。

あれは何かしらの道具類に応用できるはず。ただ、今は回収する手段がないから、実際には研究だけになる可能性も高そうだ。

参考書の理解も進めておきたい。

今までは、必要な箇所しか読んでいなかったのだ。他の場所も読んで、応用力を上げておかないと、対応できないことは山ほどある筈だ。

「じゃあ、あたしは帰るけど。 無理はしないのよ」

「うん、有り難う」

アトリエの前で、クーデリアと分かれる。

荷車を引こうとして、一瞬の躊躇。やはり、この発破のことを、ロロナは怖がっているのかも知れない。

何よりこれが、恐ろしい用途で使われるのではないかという懸念が、足を地面に縫い付けたのか。

だが、クーデリアが言ったように。これはロロナが開いた地獄の扉ではない。まだ駆け出しのロロナは、先人の通った路を、後から楽に進んでいるだけ。

思い上がりだ、そんなものは。

荷車を引いて、歩き出す。

王宮へ、黙々と進んだ。

受付で、要件を告げる。エスティさんは、いつも通りいて、笑顔で応対してくれる。ただ、荷車は入れるわけには行かない。ロロナが荷物を運び込むと、くすくすと笑った。

「随分と見栄えが悪い箱ね、それ」

「すみません、どうしても見栄えだけは改良できなくて。 性能の方は、どうにかなったんですけれど」

「実戦で試したの?」

「ステルクさんに立ち会ってもらいました」

そのステルクは、今日は不在だという。

忙しそうな人だし、不思議な事ではない。現役の騎士というと、彼方此方で仕事がたくさんあるはずだ。

王宮の倉庫に入る。

空気がとてもひんやりしていた。というよりも、寒すぎるくらいだ。彼方此方に、霜さえ降りている。

これはどうやっているのだろう。

見ると、何カ所かに、錬金術師が作ったらしい冷気を発する道具類がおいてある。壁にも床にも、強い魔力が籠もったゼッテルが張られていた。魔法陣は淡く光っていて、丁寧に整備されているのが分かった。

発破類と書かれた棚がずらりと並んでいる。

かなり広い倉庫だ。しかも、地下に三階建てくらいになっている。ロロナが案内されたのは、一番下の階。

壁も床も厳重に防爆が施されている。最悪の事態が起きたとき、被害を最小限にとどめるための工夫と言うことか。

何度か往復して、箱を全て棚に並べる。

最後に、エスティにマニュアルを渡した。エスティはマニュアルにざっと目を通したが、何も言わなかった。

「ちなみにこの発破、量産は可能?」

「はい。 大丈夫です」

「それは良かった。 場合によっては今後、量産を頼むかも知れないから。 今回だけしか作れなかった偶然の産物だと、此方も困ったのだけれど」

苦笑いするロロナに、エスティはウィンクした。

次に作る時は、もっとしっかりした見た目にしたいけれど。今回は正直、そこまで気が回らなかった。

結果については、明日知らせてくれるという事で、ロロナはアトリエに戻る。

空の荷車を引いて、引き上げていく途中。ようやく肩の荷が下りたというのに、やはり気は重かった。

本当にこれで良かったのだろうか。

良かったのだ。

言うまでも無いこと。

今でも、師匠と一緒にこの町を離れるのは、怖いと言う思いは強い。だが、そのために、多くの人を不幸にするのは、もっと嫌だ。

ロロナが作った発破程度で、世の中なんて変わらない。

それは分かっていても。悩みは、ぐるぐると頭の中を、堂々巡りした。

いつの間にか、アトリエに戻っていた。考え事をしながら歩くと、すぐに時間など過ぎてしまう。

荷車をしまうと、マニュアルを読んで、勉強する。

次の課題が来るまで、時間は少しだけある。クーデリアが怪我をしたとき、すぐに助けられるように。

いろいろな事が、錬金術で出来るように。

今は、勉強をしなければならなかった。

 

2、少しずつ伸びる芽

 

ステルクが立ち会いの元、鉱山で早速実験が行われた。

ロロナが納入した発破を、頑固で苦労していた岩盤に使用したのだ。工場で作った量産品では、何度やっても砕けなかった。

かといって、歴代の錬金術師がいざというときにと残した強力な爆弾を用いるのも、気が咎める話だった。

上級の魔術師による攻撃術や、騎士による技を叩き込んで破壊することも出来るが、その場合は生き埋めの危険が伴う。

だから、敢えてロロナの才覚を試す必要もあって、発破の納入などを要求したのである。そして、ステルクが見るところ、ロロナはその要求に、見事に応えた。

王も現場に来ている。

護衛の騎士達が見守る中、導火線に着火。

魔術師達が防爆の術式を展開している内側に引っ込む。無言で身を岩に隠すよう、皆にハンドサイン。出すまでも無く、皆従っているが。

あの時見た火力が再現できていれば、岩盤は木っ端みじんだ。

さて、どうなるか。

導火線を、火花が伝っていく。説明書通りに仕掛けた発破が、乾いた音と共に、外装をパージする。

次の瞬間。

坑道に、殺戮と破壊の炎が荒れ狂った。

強烈な地響きが来る。

防爆用の術式の内側でも、凄まじい閃光に、思わず顔を庇ったほどだ。王は平然としていて、流石としか言いようが無い。実際に、たとえ防爆用のシールドを突破されても、何でもないのだから当然だろう。

凄まじい衝撃波が坑道の内部を激しく痛めつけて。

閃光と熱が収まるのを確認してから、ステルクは調査のための人員を奥に入れた。岩盤は、見事に砕けているのが、此処からも分かった。

それだけではない。

岩盤は砕かれるどころか、大穴が開いていて、一部は溶岩化さえしていた。

凄まじい。

これが、本職の錬金術師が作る発破か。

咳払いした王が言う。

「ステルク、どう見る」

「要件を完全に満たしていると、判断します。 持ち運びは危険も少なく、必要に応じて着火でき、なおかつ威力はこの通り。 今回の課題は、突破というのが妥当でしょう」

「それはいい。 量産が可能か」

「現在の工場の能力では不可能でしょう。 ロロナに任せるのであれば、或いは相当数を生産するのも可能かと」

王が頷く。

そして、坑道を一緒に出た。

労働者達が、何事かと騒いでいる。耳ざといものは、新型の発破の実験が行われたらしいと、呟いていた。

ステルクは耳が良い。稲妻を操る能力を持って生まれてきたことと関係しているのかも知れない。

「すぐに作業に戻れ。 諸君らの労働が、この国の基幹になっていることを、私は誇りに感じているぞ」

王が労働者達に言うと、すぐに敬礼して皆仕事に戻った。

馬車に、王と一緒に乗り込む。周囲は騎士達が魔術師達と一緒に固めている。万が一にも、危険はない。

「ステルクよ、貴様はあのロロライナという娘をどう見る」

「アストリッドにも、同じ事を聞かれました。 同じように応えますが、構いませんか」

「うむ」

少し前に、アストリッドに応えたのと、同じ内容を王にも話す。

しばらく王は考えていたが。

だが、アストリッドとは反応が違った。

「恐らくは、その性質は後天的なものであろうな」

「例の事故の影響であろうと仰せでありますか」

「うむ。 クーデリアにはその影響が強く出ている。 ロロライナにも、同じ影響が出ないとは言い切れまい。 フリクセルの夫婦に聞いたのだが、幼い頃は、ロロライナとクーデリアは、性格が逆であったということでな」

それは初耳だ。

フリクセル夫妻とは、何度も戦場を供にしている。ロロナの自慢話をされた事は何度もあるのだが。

やはり、相当な機密と言うことなのだろう。

ステルクだって、あの日のことは覚えている。気丈なフリクセル夫妻が、あれほど取り乱している様子ははじめて見た。

それに対して、クーデリアの父であるフォイエルバッハ卿は、冷静極まりなかった。というよりも、娘が死のうとどうでも良かったのだろう。

あの時の事を考えると、確かに後天的に性格が変わったことは、大いにあり得る。

何しろ、あの時に。

二人は。

馬車が止まった。王が不愉快そうに鼻を鳴らす。何かしらの気配を感じ取ったのかも知れない。

少し遅れて、ステルクもそれを感じた。

馬車を出ると、騎士達がそれぞれの武具を抜いて、警戒態勢に入っていた。

「どうした、何があった」

「ヴァルチャーの大群です。 大物のモンスターが死んだらしく、それに集っているのでしょう」

道を変えますか。騎士が王に聞く。

王は面倒くさげに、好きなようにするようにと言った。別に蹴散らして通っても良いのだが、不測の事故は避けたいのだろう。

ヴァルチャーはアードラの上位種で、より強靱な肉体を持ち、簡単な風の術を使いこなす。

勿論此処にいる護衛の騎士達の敵ではないし、王なら一人で殲滅可能な相手だ。

だが、それでも此処で戦う意味はない。

馬車から見えた。

遠くで死んでいるのは、どうやらベヒモスの一種らしい。近くの村の人間にたたきのめされて、よってたかって追いかけ回され、瀕死になって逃げてきたところで、力尽きたのだろう。ベヒモスは牛が直立したような姿をした大型のモンスターだが、この辺りの民は、その戦闘力を上回る。それだけのことだ。

そして死んでしまえば、スカベンジャーであるヴァルチャーのただの餌。生前がどれだけ強力なモンスターであろうと、関係無い。

「少し数が多いな」

「もしも増えすぎるようなら駆除します」

「うむ……」

王が行くようにと指示。

程なく、馬車はアーランドに到着した。

アーランドの中では、線路が引かれ、蒸気を用いて動く列車が稼働している。主に工場間で荷物を運ぶために用いているのだが、パワーもスピードもなかなかのもので、いずれこれが交通の主要手段になるのではないかと、ステルクは予想していた。

次の課題が出るまで、少し時間がある。

王宮にまで到着すると、護衛の任務は終了だ。王の直衛は、いつも疲れる。気さくなのは有り難いのだが。王は気まぐれで、戦士としてもこの国最強。しかも肝心なときに怠け癖を発揮したりする。いざというとき、逃げるのを止めるのは一苦労なのだ。

少し休憩を取ってから、ロロナのアトリエを見に行く。

王の言葉が少し気になったが。

それ以上に、ロロナ自身の頑張りを、褒めてやりたかった。正式な通知はまだだが、合格は確定だ。

アトリエに出向く途中、良い匂いがした。

サンライズ食堂で、持ち帰る事が可能なパンを焼いていたのだ。羚羊の肉を挟んでいる、上品な味付けのパンだ。

少し買っていく。これくらいの差し入れは、しても良いだろう。

アトリエにつく。

ドアをノックすると、ロロナが出てきた。驚いたのは、その右手が、血まみれになっているからである。

「あ、ステルクさん」

「どうしたのだ、その手は。 何か失敗したのか」

「ええと、実験の途中です。 即効性の傷薬が出来たので、これから試してみようと思って」

見ると右腕の傷は、手首の辺りから肘の辺りまで及んでいる。

刃物を使って、一気に斬ったらしい。

この程度の傷でどうにかなるほどアーランド人は柔では無いとは言え、思い切ったことをするものだ。

取り出した軟膏状の傷薬を、塗り込みはじめるロロナ。

ステルクは少し驚いたとは言え、実戦を経た騎士だ。すぐに平静を取り戻し、土産を置いた。

ロロナは、全く、自分の状態を怖がってもいないし、不安にも思っていないようだ。

この娘は、ある一線を越えるまではむしろ臆病だと思っていたのだが。

「思い切ったことをしたな」

「いつもくーちゃんが、わたしのために大けがばかりしてますから。 それをどうにかしたいと思って。 これくらいの傷がすぐ治るようなじゃないと、傷薬も意味がないと思って、すぱってやっちゃいました」

「そ、そうか」

なるほど、そう言うことか。

ロロナの事になると、クーデリアは相当に人が変わる。それは知っていたのだが。実は、クーデリアのことになると、ロロナも無茶を平気でするらしい。つまり、勇気を出す後押しに、クーデリアの存在がなった、ということか。

この二人は。過去に大きな事件があったとは言え。多分、人としては理想的な関係にあるのだろう。いや、むしろ少し過剰なほど、なのかも知れない。

クーデリアは、本気でロロナのためなら、命も惜しくないと思っているに違いない。この光景を見るまでは、そうは思ってはいなかったが。今後は、考えを改める必要がありそうだった。

血が止まる。

包帯を巻はじめるロロナ。案外手際が良くて、驚いた。不器用だと思っていたのだが、或いは回数を重ねているからか。

「痛みは殆どありません。 これ、とても良く出来ました」

「傷が残ると思わなかったのか?」

「へ? 多分大丈夫ですよ。 わたしだって、アーランド人ですから」

ロロナはへらへらと笑っている。少しは自分に対する警戒を解いてくれたのだと思うと嬉しいが。

しかし、この娘を知ると、危なっかしさを感じてしまうのはどうしてだろう。

とりあえず、今回の課題は合格でほぼ確定である事を伝えると、ロロナは喜んでくれたようだった。

用事は済んだので、アトリエを後にする。

ロロナはすぐに、包帯を巻いた手のまま、調合釜に向かっている。あの様子だと、効果ありとみて、薬の量産に掛かるのだろう。

錬金術師としての自覚は芽生えはじめていると見て良い。

最初はかなり後ろ向きな理由だったはずだが。

たった半年で、随分と変わる。若いというのは、良いことだ。もうあまり変わる事が出来なくなってきた事が自覚できるステルクは、羨望も感じる。

もう一度サンライズ食堂に出向くと、酒にすることとした。

今日の仕事はもう全て終了だ。

たまには酒を飲みたい。

近年は、一緒に酒を飲む同僚が、著しく減ってきたのが残念だが。

いずれ、課題を突破できたロロナやクーデリアと一緒に飲みたいものだ。

例え世界が如何に過酷でも。

あの子達なら、課題を突破できるのではないのか。そう、ステルクには、思えはじめていた。

食堂に入って、酒を注文して、一人手酌で飲み始めると。

不意に、そばで咳払い。

エスティだ。

満面の笑顔を浮かべていることから言って、仕事だろう。

しかも、ステルクが露骨に嫌がるような、である。

「お邪魔だったかしらー?」

「いえ、先輩。 何事ですか」

「浄化任務」

さっと顔色が変わることが分かった。

騎士としての、理想と現実。若い頃から、騎士とはこの国最大の戦力であり、仕事の中には汚れも含まれることも知っていたが。

その中でも、浄化任務と呼ばれるものは、最悪の範疇に入る。

「明日の早朝、北門に集合」

「分かりました」

エスティは、仕事に入ると、一切無駄口を叩かなくなる。彼女は本物の掃除屋であり、仕事で人を殺すことを厭わない。

特にアーランドに害を及ぼす相手であれば、なおさらだ。

噂であるが、ある大国の宮殿に夜中の内に忍び込み、王族を根こそぎ一夜で消してきた事もあるという。

ステルクも、エスティの仕事の全てを把握している訳では無いのだが。

しかし、この国最強のハイド能力と、暗殺に最も適しているその性質から考えて、あながち嘘でも無いだろう。

酒を手早く呷る。

物語の中の騎士達は幸せだ。

モンスターからか弱い臣民を守り、忠義を尽くしていればいい。

子供の頃は、純心にそんな物語を喜んでいた。お姫様をドラゴンから助けたり、悪党をやっつけて国を平和にしたり。

その一部は、騎士となった今、実施している。

だが。

首を振ると、迷いを追い払う。

ステルクは騎士だ。そしてその仕事は、確実にアーランドのためになっている。これは事実だ。

この国の権力階級は幸いなことに腐敗していない。

王の下で強力な態勢が敷かれていて、汚職も怠惰も入る余地がない。戦士としてのアーランド人のプライドは高く、それが汚辱に満ちた権力闘争を許さない、という側面もある。そう言う意味で、王は幸せであるのかも知れない。

早めに出された料理を平らげると、帰路につく。

明日は強行軍だ。

宿舎に戻ると、顔だけ洗って、さっさと寝た。

もしも、ロロナが実績を積んでいった場合。彼女の作る道具が、汚れ仕事に用いられるのだろうか。

考えたくない未来だった。

明るい未来を夢想したのに。それが一瞬で闇に叩き落とされたのを、ステルクは悟ったのだった。

 

3、影で蠢く世界

 

エスティ=エアハルトは、筋金入りのアーランド戦士である。そしてそれ以上に、王の命令を忠実に実行する最強の駒でもあった。

国家軍事力級と呼ばれる技量を持つ戦士である事と、影の働きをする間諜である事は、同居するのだ。

もっとも、エスティは器用な情報収集ではなくて、収集された情報を元に、ターゲットを消す事を得意としていたが。

つまりは、暗殺者である。

騎士として宮仕えを始めてから十二年になるが、最初の二年で適性を見いだされた後は、ずっと汚れ仕事を担当している。勿論それ以外の仕事もしているのだが、アーランドの近辺、特に辺境を狙う大国が増えつつある現状、エスティの仕事は忙しくなる一方だった。

不満そうなステルクと、何名かの騎士と一緒に、ある村を見下ろす。

アーランドではない別の国。

その一角だ。

この村では、いわゆる多幸効果と中毒性の強い薬物を、国の指示で生産している。勿論医療用としても用いる事が出来るものだが、此処で栽培しているものは、純粋に国の利益として作られている。

つまりは、違法薬物として、各地に裏のルートから売りさばかれているのだ。

しかも村の連中は、こっそり必要以上の量をつくって、自分たちでも闇商人に売っている。

その一部が、アーランドにまで入り込んできているのだ。

都度商人は消しているし、ルートを構築し使用している連中は殺したが。それが何度か続いた結果、ついに王による抹殺命令が出た。

護衛の兵士が、巡回している。

だが、何だあの腕前は。

暗殺では、派手な技など必要ない。

エスティが手を出す必要さえなかった。

闇の中を駆けた数名の戦士達が、無言で巡回の兵士達を屠っていく。まるで案山子を斬り倒すかのような容易さだ。兵舎の位置も、事前に調べがついている。

そっちはエスティが担当だ。

中に二十人ほどいるが。たったのそれだけ。

この国は、周辺国全てを敵に回して荒稼ぎしているという自覚があるのだろうか。王族に対するジェノサイド指令が出るのも、そう遠くはないかも知れない。どのみち、この国は長くないなと、エスティは思った。

無言のまま、エスティは兵舎に入り込むと。

すぐに仕事を済ませた。

返り血も浴びない。

声さえ、立てさせない。

戦場では、実力が全て。

殆どの兵士は、寝たまま、何が起きているかさえも理解できずに命を落とした。

剣を兵士達の寝具で拭って、血を落とす。

辺境で生きている人間と、この辺りにいる者達は、根本的に能力が違う。アーランド戦士は、中央にいる軟弱な連中の百倍は強いという噂があるが。それは、噂ではなくて、半ば事実だ。

友人でありライバルでもあるアストリッドの話によると、非常に激しい淘汰が行われた辺境に比べ、この辺りでは環境の激変も緩く、生き延びた人間もさほどの苦労はしていないのだという。

それならライフル程度を装備して油断するのもよく分かる。

辺境では、ライフルなんぞ役には立たない。

というよりも。それならばそれで、対応策はある。アーランド戦士が来ることを想定して、強力なモンスターを番犬代わりにしても良いし、別の辺境国から戦士を連れてきても良いだろう。

アーランドほどではないが、辺境国の戦士は強者揃い。

そういった連中が、監視に付いていれば、こうも易々と突破されることはなかっただろうに。

大国だから。

その庇護を受けている村だから。

油断は、そんな事から来ているのだとすれば、お笑いぐさだ。

既に村は包囲している。

このままジェノサイドしてしまっても良いのだが、村の者達には聞くことがある。全員を、すぐに捕らえさせる。

番犬が少し鳴いていたが、すぐに静かになった。

畑にある薬物の原料植物は、即座に焼き払わせる。家に押し入っては、寝入っていた村人共を、即座に捕らえていく。

荒事には慣れているのだろうけれども。悪いが、今回は相手が悪い。

炎を見て、軍が駆けつけてくるまで二刻と推察されている。

その前に聞き出さなければならないが。まあ、可能だろう。

村長をはじめ、全ての村人を捕縛。

昨日のうちに、村の偵察は済ませて、何処に誰が何人住んでいるかは把握済み。だからこそ、これだけスムーズに作業をこなせた。

縛り上げ、転がされた村人達は。青ざめた表情で、剣を振るってわざとらしく今更血を落としてみせるエスティを見上げていた。

村の中で、誰が顔役かも調べてある。

まず、一番顔役でも影響力がない男を、部下に引っ張り出させる。エスティは笑顔のまま、尋問に掛かる。

「まず、何処の誰に、どれだけの量を売っていたか、話してもらいましょうか」

「てめえ、何をしているか、分かってるんだろうな! 俺たちは南オトランド公……」

男がそれ以上言う事はなかった。

エスティが、首を刎ね飛ばしたからだ。

「はーい、余計な事を言うと、こうなりますよ。 私の質問にだけ答えるように」

次。

エスティが呼びかけると、震え上がった強面の男が前に出てきた。同じ質問をすると、最初は渋ったが。

エスティが剣を軽く動かして、男の前に見せる。

男の耳が、剣先にぶら下がっていた。

忘れていたかのように、男の右耳から、鮮血が噴き出した。

「はい、質問に答えなさい。 沈黙は死を呼びますよー」

数字を、カウントしていく。七秒目で、男は喋りはじめた。

だが、喋り終えたところで、エスティは首を刎ね飛ばす。これでも本職の間諜だ。相手が嘘をついているか、本当のことを言っているかくらいは、判断がつく。

次。

言うと、また顔役が引き出されてきた。

恐怖で顔がくしゃくしゃだ。エスティが質問をする前に、べらべらと取引先について喋りはじめた。

その中には、ここに来る前に処分した、薬物を取り扱っている行商の名もあった。これは、本当と判断して良いだろう。

部下にメモを取らせる。

「それで、この国そのものが命令して、薬物の栽培をしている事は間違いないと」

「そ、そうだ! 悪いのは国王だ! だからゆるし……」

首を刎ね飛ばす。

転がっていった首が、ぱくぱくと口を開閉していたが。それもやがて動かなくなった。くだらない口だ。

「貴方たちが、命令以上の薬物を作成して、売りさばいていたことは調べがついているのよー? 最後の質問。 村長」

「ひっ……!」

引っ張り出されたのは、でっぷり太った村長だ。

この国の村に限らないのだが。やはり過去に起きたらしいカタストロフの影響で、痩せた土地は多い。

各地にいる錬金術師をはじめとして、土地の回復を図っている者は少なくは無いのだが。それでも、まだまだ世界はやせ衰えている、というのが現状だ。

この村は、国から優先的に緑化政策を受け、そこそこに豊かな土地を得ている。

それなのに、作物を作らず、他国に害を為す薬物を作って換金するという行為に、エスティはどうしても理解が及ばなかった。今の時代、人間同士で足を引っ張り合っている場合ではない。

そもそも、エスティのような仕事をする人間は、いてはいけないのだ。

それが必要となるこの世界の現状。

やはり、人間はかっての世界でも、こうだったのだろうか。それならば、なすべくして一度壊滅したのかも知れない。

「どうして、命令以上の薬物を売りさばいていたのかしら? 今の時代、緑がどれだけ貴重かは理解しているわよねえ。 作物を育てるなり、森を増やして自然の回復を図るなり、するべき事はいくらでもあるでしょう?」

「そ、それは」

「それはー?」

「ゆ、豊かな生活が、したいからだ! そうに決まってるだろう!」

燃えさかる村。

倉庫から、生成済みの薬物を、部下達が運び出してくる。

風上にいるから平気だが。

「人間としては、当然の欲求よね。 これだけ豊かな土地を錬金術師か学者が作り上げたか知らないけれど、それを使って豊かな生活をしたいと。 他の人間はどうなろうと、知ったことではないと。 はい、よくできました。 大変人間らしい考え方ですねー」

ぱちぱちと、手を叩いてみせる。

エスティは、笑顔を作っていたが。

この先、どうするかは。今の瞬間に決めた。

「押収した薬物を、この者達に強制投与しなさい。 致死量を超えないギリギリの量までね」

「はあ、よろしいのですか?」

「構わないわよー。 どうせあまりは焼き捨てるんだから」

南オトランドを敵に回すつもりか。

村長が喚くが。

部下達が手際よく、薬物を投与するためのポンプを取り出した。これを口に突っ込み、胃に無理矢理薬物を流し込むのである。

口を塞ぐ者もいるが、そう言う奴は鼻をつまんでやれば、すぐに口を開ける。

阿鼻叫喚の中、エスティは告げる。

「貴方たちが、自分のエゴで他人を薬物塗れにするのに、人間だからと言う理由でそれを正当化するのなら。 私達も、自分の身を守るために、諸悪の根源を除くだけの事。 まあ、貴方たちは自分の正義と一緒に心中しなさい。 それだけの量を投与された場合、確実に重度の中毒になる。 その後どうなるかは、貴方たちが一番よく分かっているでしょう」

村の全員に投与が終わると、余剰分を焼き捨てさせる。

そして、エスティは撤退を命じた。

軍が押し寄せてくる。すぐに消火活動をはじめるが、間に合うはずもない。安全な場所にまで避難した後、燃えさかる村を見下ろして、エスティは隣にいたステルクに聞く。

「何か意見があるのかしら、ステルク君」

「あるに決まっているでしょう。 確かに先輩の言葉は正論ですし、国としての禍を除く必要はありますが」

「村一つを潰す理由にはならないと?」

「彼らの行為は確かに悪です。 しかしこれはやり過ぎに思えます。 あの者達はもはや正気を取り戻すこともなければ、人間として生きることさえ出来ないでしょう」

昔から此奴はこうだ。

戦士として高潔すぎるのである。ただし、国に対して、真正面から反旗を翻すような真似もしない。

実力を兼ね備えた、子供。

それが、エスティの評価だ。

ステルクの実力を疑う者はどこにもいない。王でさえ、アーランドの柱石として認めているほどの使い手だ。

だが、この男は、この後も、ますます顔を険しくしていくのだろう。

ステルクは今回、守備兵を数名斬った。

初めての殺しではない。

確か戦士としての初陣では、傭兵として他国で働いたはずだ。その時に莫大な戦果を上げている。子供の時から、人を殺すことには慣れている。

それでいて、この思想を持てるのは。エスティとしては、驚異的だと感じる。

「とりあえず、代案は?」

「ありません」

「もしもこの国が同じ事を続けるようなら、次は王族を全部処分する」

ステルクは、何も言わなかった。

その後は、軍に補足されることもなく、さっさと撤退する。

勿論、痕跡などは残さなかった。

 

アーランドに帰還したのは、四日後。

流石に強行軍で、屈強な戦士達も疲れた様子だった。王宮で報告書を上げてから、解散とする。

戦士達も、めいめい散っていく。

今回作戦に参加したのは、いずれも歴戦の勇者達だ。こういった汚れ仕事に参加した経験も、いずれも持ち合わせている。

だから、ステルク以外は、不満を口にすることもなかった。

これがアーランドのため。

いや、今だ壊滅的な打撃から立ち直れていない人類全体のための、病巣の駆除だと、皆理解できている。

勿論、多くの人間を殺した事。何より、アーランド人として戦場の禁忌としている、民間人の殺戮を行った事は、誰もが良く想っていないだろう。

しかし、こういった処置を執らなければ、助けられない人間もいるのだ。

今回焼き払った薬物が、どれだけの国で、中毒者を産み出していたか。アーランドだけの話ではない。

他国の力を弱め、自分の力を強くする。そんな事のために、やって良い事ではない。王はそう判断したし、エスティもそれに賛同した。

エスティ自身は、近くにあるサンライズ食堂に出向くと、ビールを注文した。

ステルクはと言うと、帰り道ずっと無言だった。あの様子だと、家に戻ってさっさと寝るのだろう。

潤いのない生活だが、それはエスティも同じ事。

アーランド人の戦士は、腕が良いほど婚期が遅れる傾向にある。エスティはその典型例で、未だに浮いた話の一つも無い。

同僚達よりエスティはめざましい戦果を上げ続けた。

他の騎士達よりも明らかに、頭二つ秀でた活躍を続けてきた。

その結果、国家軍事力級という評価をもらうようにもなったし、先日のように、国の最暗部に関わる仕事も任されるようになった。

給金も相当にもらっている。並の騎士十人分には軽く匹敵する。辺境随一とは言え、この小さな国の騎士としては破格の待遇。評価に関しては、エスティは一切不満を持っていない。

だが、エスティの中には、不思議と婚姻に関する強い願望もある。

あれだけ闇に走り、血をまき散らして生きてきたのに。不思議な話である。

しばらく無心にビールを飲んでいると、隣にロロナが座ってきた。席が埋まっているので、相席だと言うことだ。

「すみません、隣、失礼します」

「んー」

「エスティさんを、外ではじめて見ました。 お仕事、終わったんですか?」

「そーよー」

ロロナはまだ酒を飲める年ではない。

アーランドでは、酒を飲んで良いのは一六からと決まっている。これは、戦士階級も、非戦士階級も、同じように一六なら大人として認められるからである。なおかつ、この年からは税にしても扱いにしても、手心は加えられない。

一方で、十六以下の人間は、戦士階級でも酒を勧めるのは御法度とされている。

何故かというと、成長に阻害が出る事が分かっているからだ。

これは最悪のタブーである。

修羅の国である頃から、アーランドでも、子供は宝とされていた。大きく成長して、将来を担うからだ。

成長の芽を潰すことは、どんな戦士でも許されない悪逆とされた。

幼いうちに嗜好品の類を覚えさせるのも、その一つ。

ロロナはベリーを加工したジュースと、野菜料理を食べ始める。手に包帯を巻いているのは、実験を失敗したからか。

「あれー? 課題は合格って聞いたけれど?」

「友達を助けたくて、実験していました。 傷薬なんですけど、自分の体で試すのが一番だって思って」

「思い切ったことするわねえ」

臆病な子だが、ある一線を越えると不意に大胆になる。

それは聞いていたのだが、実例を目にすると、少し驚かされる。

酒が入ってきているとは言え、周囲の警戒は怠っていない。ロロナは半分も年下だが、上手く育てばこの国の柱石となりうる存在だ。

今後のためにも、コネを作っておいて損は無い。

「何か、困ったことはない?」

「今のところは大丈夫です。 あ、護衛についてくれる人が、少し足りないかも。 くーちゃんと私だけだと、手が足りない事が多くって。 かといって、ステルクさんもイクセ君も、忙しい事が多いみたいだし。 あ、くーちゃんもイクセくんも、友達です」

「ふーん」

実のところ、エスティは知っている。

もうじきだが、追加の人員が来る。最初に一人、少し遅れてもう一人。

先に来る人員は、よそで確保した人間だ。保護が遅れていたら、恐らくは悲惨な死を迎えていただろう。

幸いなことに、ロロナとは年も近い。

交友関係が広いとは言え、親友と呼べる人間が少ないロロナにとっては、良い相手になるはずだ。

もう一人は、国の息が掛かった人間。

面白い事に、先の一人とは因縁も深い。こっちはエスティとどちらかと言えば近い存在である。

プロの裏家業の人間なのだ。

もっとも、まだ若いし、ロロナに対して無茶をするような事もないだろう。

実のところ、エスティも監視を兼ねてロロナの側につく事が今の時点で、案として浮上している。

ステルクは生真面目に報告してきているので、エスティは違う面からの観察をした方が良いかも知れなかった。

肉料理を注文する。

すぐに、狼肉を炒めたものが出てきた。

基本肉食の動物は肉に臭みがあるのだが、アーランドではその取り方に独特の工夫をしている。

腐敗寸前まで放置した後、あく抜きをするのだ。

もっとも、外ですぐに捌いて食べる場合は、熊でも狼でも、美味しく食べられるものなのだが。

「ロロナちゃんも食べる?」

「ちょっとだけ、いただきます」

「遠慮しないでいいのよー」

子供にたくさん食べさせることも、大人の義務として定着している。よその国では、特に辺境以外の国ではこれが無いと知ったときには、エスティも驚いた。

辺境以外でも、錬金術師はいる。

彼らが学者となって、必死に世界の再生をしていることも。錬金術というと爆発物の事がまず最初に思い浮かぶが。歴代の錬金術師達が、土地の緑化政策に地道に取り組んでくれたからこそ、アーランド周辺は豊かな緑が取り戻されているのだ。

大国でも、それは同じだが。

やはり、緑があれば、それだけ耕地にしてしまう国は珍しくない。土地自体が貧しくて、多くの人間が密集しているから、貧富の格差も大きい。それならば、決死の覚悟で辺境に来れば良いと想うのだが。貧富の格差はあっても、生活そのものは便利な事も多いので、中々決心は出来ないのだろう。此処まで来るための金も、確保できないのが実情だという話も聞いたことがある。更に、大陸中央部でぬくぬくとしていた人間達にとって、辺境はあまりにも過酷という事もあるだろう。モンスターを見たこと無く育つ者までいると聞いているから、無理もない。

いずれにしても、簡単に解決できる問題ではない。

そのためにも、ロロナには頑張ってもらわなければならない。大きな戦争は、できるだけ起こしてはならない。

人間同士で争っている場合ではないのだ。

もしももう一度致命的な破滅に陥った場合。人間が、立ち直れる可能性は極めて低いだろうと、試算も出ていた。

「此処の料理、少しずつ美味しくなってるわねー」

「はい。 イクセ君が、どんどん上手になってるので」

「ああ、あの子か」

コック見習いという名目であるが、事実上この店を切り盛りしている名物少年が、カウンターの向こうであくせくと働いている。

エスティは立派に働く人間は好きだ。

自分のようになって欲しくもないと思う。

料金を払うと、店を出る。ロロナとは、其処で分かれた。次の課題の通告まで、まだ少し時間がある。

アストリッドが言うには、次は少し課題の難度を落として、より実用的な作業をさせるという。

今回の発破の開発に関しても、ロロナは大きな実力を示した。

才覚があるのは、ほぼ確実と見て良いだろう。

酔い覚ましに、城壁の上に出た。

風が気持ちいい。

巡回の戦士に挨拶しながら、降るような星空の下を歩く。こんな所を恋人と一緒に歩けたら、良いだろうに。

だが、武勲を少しばかり稼ぎすぎた。

釣り合いの取れる男は、中々いない。ステルクは実のところ釣り合いが取れる相手ではあるのだが、あちらが昔アストリッドとエスティを巻き込んで色々こじれた事もあって、エスティの事を女とは認識していないらしい。

他に優秀な騎士もいるのだが。

いずれも、帯に短したすきに長し。

実のところ、縁談も何度か来た。しかし、どれも上手く行かなかった。恋人が出来た事もある。

誰とも、長続きしなかった。

いつのまにか、三十は目前。

エスティは城壁に腰掛けると、二度嘆息した。自分も年を取ったものだ。

酒が抜けてきた。

かといって、飲み直す気分ではない。

いずれ、自分のような仕事をしなければならない人間が、いなくなれば良いのだけれど。そう、エスティは思ったが。

きっと人間がいるかぎり、その願いは叶うことがないだろう。

ふと気付くと、後ろにアストリッドが立っていた。

流石だ。

「どうしたのー?」

「少しばかり、面白い情報を持ってきた」

「何、オルトガラクセンで、何か見つけた?」

「それもあるが、ひょっとすると、人間を自作できるようになるかも知れん」

けらけら笑おうとして、失敗。

此奴ならやりかねない。

歴代錬金術師の中でも、最大級の天才。この大陸でも、確実にトップを争うと言われているほどの女だ。

「今の時代、人間が足りないのが、最大の問題だが。 これを使えば、部分的に補うことが、出来る可能性がある」

「へえ、面白いじゃない」

「問題は試験運用が必要なことだが。 それは、ロロナにやらせるか」

「いいのー? それ、プロジェクトにないでしょ。 あの子にはこれから死ぬほど大きな負担かけるのに」

だからこそ、面白いとアストリッドは言い切る。

相変わらずだ。

天然のサディストなだけはある。ロロナが苦しんだり悩んだりしているのを見ると、本気で喜ぶのだ。

今回のプロジェクトでも、半ば確信犯的に弟子の足を引っ張っているのを見る限り。此奴は明らかに楽しんでいる。

正直良い趣味とは言えない。

「上手く行ったら、お前にも恋人を作ってやろうか? 戦闘力もお前と同程度で、頭も良い奴」

「それ良いわねえ。 勿論美形にしてよ−? で、優しくて紳士なの」

「不自然なくらい美形にしてやるさ」

からからと笑いながら、アストリッドは城壁からひょいと飛び降りた。

勿論死ぬつもりなどでは無い。飛び降りても屁でもないほどに、彼奴は実力があるのだ。ドラゴンと肉弾戦をするほどである。城壁から飛び降りたくらい、文字通り何でもない。同じようなことは、エスティにも出来る。

しばらく夜風に当たった後、自宅に戻る。

早速と言うべきか。

次の仕事の話が来ていた。

今度は暗殺の依頼である。比較的近くの国の将軍だ。

ため息をつくと、あくびをしながら、エスティはふらりと家を出た。城門を出ると、走りながら眠るのと、起きるのを繰り返す。今回は簡単な任務と言う事もあり、部下は使わない。

移動しながら寝るのは、この仕事をしながら覚えた技だ。

この仕事が終わったら、少しはゆっくりしよう。

ロロナの次の課題が始まるまでは、多少の余裕もある。

夜明けを迎える頃には、問題の国の境を超えていた。

後は、殺すだけだ。

 

4、錬金術に出来る事

 

クーデリアのために作った傷薬を持参して、ロロナは意気揚々と、無二の親友の家を訪れたのだが。

外出中と言われてしまった。

そうなると、恐らくは近くの森か何かで、修練を積んでいるのだろう。

少しがっかりしたが、クーデリアがロロナのために頑張ってくれていることは知っている。

それに、時々クーデリアは言うのだ。

こうやって腕を磨いておけば、いずれ自立も出来ると。

クーデリアは、親のことや、兄弟のことを殆ど話さない。

ロロナにも分かる。

クーデリアが、両親と上手く行っていないことくらい。何度か顔を合わせたクーデリアの兄弟も、例外なくロロナをゴミでも見るかのような目で見ていた。ロロナも、クーデリアのことは大好きだけれど。彼女の家族のことは、どうも好きにはなれそうにもなかった。

どうして、クーデリアの家族は。あんなに酷薄なのだろう。

背が低いから、だろうか。

クーデリアが自分の背丈を過剰に気にしていることは知っている。ロロナだって、かなり小柄な方だけれど。クーデリアは、発育が気の毒なくらいに悪い。あのまま大人になってしまったら、いつまでも子供と間違えられるのではないかと思ってしまう。

発育を促進するお薬を作れないかと、一度調べたことはあるのだけれど。

そんな便利なものは、なかなか見つからなかった。

それに、ロロナだって背が他より低いことには変わらないのである。どうにかできるのなら、何とかしたいという思いはある。

いや、背が低いから、ではないだろう。

クーデリアは戦士としての力量がまだまだだと自嘲している。それが原因なのかも知れない。

一緒に戦うと、いつも頼りになるクーデリアだけれど。前衛としての仕事は、完璧に果たしてくれるけれど。

それでも、彼女は自分の腕が稚拙で非力だと、思い込んでいる。

分からない。

どうしたら、クーデリアを助けられるのだろう。

自分をいつも助けてくれるクーデリアを、何とかロロナも、助けてあげたいのだけれど。方法がどうしても分からなくて、心を痛めるばかりだった。

アトリエに戻ると、お薬を量産する作業に戻る。

マニュアルを見る限り、もっと効果を上げることも出来るようなのだけれど。今の時点では、まず実用に耐えるお薬を、作っておく事そのものが重要だ。生傷が絶えないクーデリアのためになるはずだ。勿論、他の護衛を雇っているときには。彼らを助けるためにもなる。

ロロナ自身が実験で付けた傷は、三日で完治。

既に包帯はとってある。

傷口は、痕跡も残っていない。触っても痛みはないし、何処に傷があったかさえ分からないほどだ。

しばらく無心に傷薬を作っていると、訪問者があった。

クーデリアである。

どうやら、今帰ってきた所らしい。近くの森に出かけていたのかと思ったのだが、どうやら違う様子だ。

頬に傷が出来ている。それも、かなり大きな獣の爪が擦った跡だ。

「どうしたの、くーちゃん。 何と戦ったの?」

「ベヒモスよ。 幼獣だけど」

「へえー!」

「一人で倒したわけじゃないわよ」

クーデリアの話によると、近所の村の近くで、ベヒモスが住み着いた。退治のために、クーデリアの家にいるエージェントに声が掛かった。

クーデリアは手を出す暇も無かったという。

戦い慣れしている村の戦士達と、本職のエージェント数人が相手だったのだ。彼らの実力は圧倒的で、成獣のベヒモスは、殆ど一方的に嬲られて、這々の体で逃げていったという。既に死体も発見されているそうだ。

その戦いの最中。

クーデリアは村の経験が浅い戦士達と一緒に、他のモンスターの駆除を行った。狼や熊の類も、少し増えすぎていたので、駆除した。

その中に、ベヒモスの幼獣がいたという。

幼獣と言っても、普通のドナーンなどとは比較にならない体格だ。二本足で立ち上がった牛のような姿をしたベヒモスは、経験が浅い戦士達の中に踊り込むと、大暴れしたという。

クーデリアも何発かもらった。

この間、ロロナに見せてくれたスリープショットを叩き込んで、地面に押しつけて。其処を、戦士達がよってたかって切り刻んで、どうにか倒したという。

武勇譚と言うには、凄惨だ。

敵の動きを止めたのはクーデリアだが、あの技を発動するまでには、リミッターを二つ解除しなければならなかったはず。其処まで追い込まれたという事は。楽な戦いではなかっただろう。

戦利品もない。

フォイエルバッハ家が賃金として受け取ったという事だ。クーデリアは、愚にもつかない相手に苦戦しただけ、という評価しか得られなかったという。

酷い話だと、ロロナも思うけれど。

クーデリアの表情は沈痛で、余計な事を言う隙はなかった。

「くーちゃん、お薬作ったの。 傷、見せて」

「……」

クーデリアは上着を脱ぐと、座る。

見ると、打撲傷も多い。擦過傷も、彼方此方に見受けられた。

本当に激しい戦いだったのだと、一目で分かる。

傷薬を塗っていく。クーデリアは眉一つ動かさなかったけれど。きっと、痛かった筈だ。クーデリアの小さな可愛い手にも傷がついていたので、ロロナは心を痛めた。

「くーちゃん、もっと自分を大事にしようよ。 わたし、心配だよ」

「あたしのことなんかどうでもいいのよ。 どーせあんた以外、心配する人間だっていないんだから」

「そんな事言わないでよ」

「事実なんだから、しょうがないでしょ」

苛立ちが声に混ざったので、ロロナは首をすくめた。包帯を巻いてあげると、そそくさとクーデリアは服を着る。

鍛え方が違うから、包帯なんていらないとクーデリアはぶつぶつ言っていたのだけれど。

ロロナが茶を出した頃には、少しずつ機嫌も良くなってきていた。

やはりこの薬は効く。

マニュアルを熟読して理解したところによると、回復効果の増強を行う薬と、痛み止めが入っていて、なおかつ化膿も防ぐという。非常に強力な薬なのだけれど。アーランド人以外には効果が強すぎて、却って毒になるかも知れないので、気をつけるようにと注意書きがあった。

まだ、数日、次の課題が始まるまで、時間はある。

その間に、幾つかやれることはやっておきたい。

「ねえ、ロロナ」

「どうしたの?」

「もしも、よ。 この国を離れるとしたら、何処へ行きたい?」

「そうだねえ。 出来れば、この国は離れたくないかな」

短期間の旅行や赴任だったら別に良いのだけれど。

やっぱり、思うのだ。

ロロナはよそで生きていけるほど強くない。かといって、強くなりたいとは思う。だから、今必死に努力はしている。

クーデリアが、一瞬だけすごく悲しそうな顔をしたのをロロナは見たけれど。

気付かないふりをした。

彼女が何を悲しんでいるのか。苦しんでいるのか。まだ、ロロナには分からない。

瓶詰めしたお薬を渡しておく。

使い方については、傷口に塗るだけ。飲み薬ではないので、注意。あと、体が弱り切っているときには、使わない方が良いかもしれない。それだけ告げると、クーデリアは鼻を鳴らした。

「まあ、いらないけど。 あんたがくれるもんだし、もらっておくわ」

「うん、それでいいよ」

しばらくお菓子でも食べてゆっくりしたい所だけれど。

数日の無駄が、今後はどう響いてくるか、分からない。出来るだけマニュアルを整備しておいた方が良いだろう。

クーデリアが付箋を付けると良いかも知れないと言ってくれたので、その作業に入る。ゼッテルに色を付けて、折り曲げる。それをマニュアルに挟んでおくのだ。色によって、道具の特性を分ける。

爆弾なら赤。

回復なら青、という具合だ。

分別していくと、いわゆる魔術と混合したような道具類も目につく。こういったものも、いずれ作れるようにならなければ。

その後は、今後いくらでも必要になるだろう材料を補充するために、クーデリアと連れだって、近くの森に出向いた。勿論、じっくり休んだ後だ。怪我をしているクーデリアに無理もさせたくなかったので、敢えて近場を選んだ。

丁度、傷薬を量産したことで、マジックグラスも切れていた。他にも、マニュアルを見た限りでは、欲しい素材が幾らかあった。

近くの森の奥地までいかなければならないが、採集は可能。

ただ、師匠が言うように、品質が良い素材は、此処では手に入りそうにない。よそで見つけ出すしかないのだろうけれど。

キャンプスペースには、同年代の戦士達が屯していた。

クーデリアが挨拶されている。

或いは、修行の際に、共闘していたのかも知れない。

「姐さん、今日は友達と一緒ですか?」

「何だか細そうな子ッスね」

「あんた達には関係無いでしょ! いいから、修行に行ってきなさい」

「はーい。 今度も手伝ってくださいよ?」

クーデリアは馬鹿にして不快な奴らだと言っていたけれど、ロロナにはそうは見えなかった。

話によると、此処で修行していたとき、多数の狼を深追いして逆襲され、危地に陥っていたところを助けたのだという。

ロロナはそれを聞いて思ったのだが。

クーデリアは、囮になるという役割を今は自身に課しているけれど。それがなくなれば、むしろもっと力を増すのではないかと。

それならば、壁役として、別の戦士が入ってくれれば。

ステルクは忙しそうだし、適任はいるのだろうか。難しい所だ。いずれにしても、戦略を練り直せば、戦術の幅も広がるかも知れない。

お昼ご飯を出して、二人で食べる。

ノノと呼ばれる食べ物だ。簡単に説明すると、穀類を油で揚げて、固めたものである。肉から採れる油を使って工場で量産していて、安くて美味しいので、アーランド人の庶民の味方である。持ち運びにも便利で、傷みにくい。

クーデリアは庶民の食べ物だとかいいながら、これを食べているときはすごくよい笑顔をする。

その笑顔を見たくて、ノノを持ってきている事情もある。

「今後はどんな課題が出るのかなあ。 今回はすごく厳しかったし、同じくらい難しかったら、つらいなあ」

「同じ程度の課題だったら、次は問題なく行けるでしょ」

「そうかなあ。 ちょっと自信ないよ」

「あんたの実力、確実に上がってると思うわよ。 今後は完成品のあの不格好さをどうにかしていけば、もっと良くなるんじゃないかしら」

それを言われるとつらい。

確かに、見かけは子供の工作みたいなできばえだったのだ。字も下手だし、マニュアルを見たときのステルクの顔を忘れられない。ロロナの字が下手だというのも、理由の一つだろう。絵は得意なのに。

ゼッテルの素材を含めて、色々と集めていく。

今後のためにも、素材はいくらあっても足りない。コンテナにはどれだけ詰め込んでも平気だから、今は何も考えずに、素材を徹底的に集めておく。

狼を見かけたが、巡回中の戦士の人が口笛を吹いているのを聞いて、手を出さないようにする。

今、狼の数を調整中という合図だ。

これが出ているときは、狼を殺してしまうと罰金を払わなければならない。品種改良で増えやすいようにはなっているけれど。それでも、個体数が減りすぎると、回復させるのが、大変なのだ。

また、この口笛が吹かれているときは、専門の管理者が、狼を繁殖ゾーンに追い込んでいる。普通は狼と遭遇もしない。

それよりも、今日は入手しておきたいものがある。

「マンドラゴラが欲しいんだけれど、くーちゃん、手伝ってくれる?」

「なによそれ」

「毒性が強い植物なんだけど、人の姿をしているの」

毒性が強いという事は、薬にも転用可能ということだ。

実際、参考資料を見る限り、かなりマンドラゴラを使用するレシピは多い。使用次第では、かなり強い薬も作る事が出来る。

上位の錬金術になってくると、それこそ奇跡とでも言うべき道具を作り出す事が出来るけれど。

それらには、とても強い毒や酸、危険な物質が必要になるのだ。

マンドラゴラは、森の深部に生えている。

周辺には、年を経て地面の外に這いだし、動けるようになったマンドラゴラが徘徊しているが。それも排除しなければならないだろう。

あまりメジャーなモンスターではないので、クーデリアは多分、知らずに排除していた可能性も高そうだ。

生息地域については、事前に調べてある。

巡回の戦士達は忙しそうにしていたが、場所を告げると、入って良いと言われた。頷き合うと、一緒に出向く。

クーデリアは戦闘から戻ってきたばかりだから、無理はさせられない。ただ、傷の手当てはしてあるし、ロロナは気力充分。きっと大丈夫なはずだ。

森が深くなってくる。

奥の方に、川が流れていて、かなり水深がある。水の勢いも強い。水の奥底には、きらきらと何か輝いている。いずれ取りに行ければ良いのだけれど。この水流では、潜るのは危険すぎる。

大きな肉食の魚も泳いでいるので、素潜りは自殺行為だ。

川の沿岸では、かえるが鳴いている。

捕まえて、焼いて食べると、おやつに最適なのだけれど。今はそうしない。クーデリアに、書いてきた絵を見せる。頷くと、すぐにクーデリアは周囲を見回しはじめた。

マンドラゴラの重要な部分は根で、表に出ている箇所は、普通の草と殆ど見分けがつかない。

幸い、今は若いかぶを守るために徘徊している老マンドラゴラはいない様子だ。

戦闘も想定していたのだけれど。

急げば、戦闘を行わずに、切り上げられるかも知れない。

毒は使いようでは、非常に便利な効果を作り出せる。

クーデリアを見た。

ひょっとしたら、彼女の背を伸ばせるかも知れない。上手く行けば、人並みくらいにまでは。

そうなったら、クーデリアのコンプレックスは、一つなくすことが出来る。

草をかき分けて探していると、バッタが飛んでいった。きちきちと、小気味の良い音。羽を広げて飛んでいく様子を見ると、つい手を伸ばして捕まえそうになる。バッタもたくさん集めて焼いて食べると、美味しいのだ。もっと小さいときは、両親やアストリッドと一緒に外出したとき、お外で焼いて食べた。子供の栄養源としては、理想的なのだ。

注意を草の捜索に戻す。

クーデリアは草を探しながら、周囲を警戒してくれている。中々、マンドラゴラは見つからない。

場所を移す。

「生息に適していない場所を探していない?」

「うん、川から少し離れて見ようか」

「それがいいわね。 おっと」

ひょいと、噛みついてきた毒蛇を掴むクーデリア。そして放り捨てた。

食べても美味しい品種ではない。というよりも、今は捌いて食べている暇がないというのが事実だ。

少し、木の陰になっている暗い場所を見つけた。

クーデリアが頷く。

これに間違いない。密生しているけれど、どれも葉がしおれていて、元気がない。もってきた耳栓を、クーデリアにも渡す。

自衛能力として、マンドラゴラは音を操作する。

それが、徘徊している老個体を呼び寄せる可能性も小さくない。持ってきたスコップを使って、マンドラゴラを掘り返していく。

ある程度掘ったところで、急激に耳の奥にダメージが来た。

耳栓を入れているから分からないけれど。多分、マンドラゴラが、自衛の金切り声を上げたのだ。

クーデリアが、拳銃を取り出す。

どうやら、老個体が現れたらしい。

一気に一つ、根を掘り出す。掘り出してしまうと、根はもう金切り声を上げることもなかったようで、耳の奥にも何も響かない。

ハンドサインを、クーデリアが入れる。

どうやら、マンドラゴラの老個体が、戦闘態勢に入った様子だ。若いかぶを掘り返しているのだから、当然だろう。

確か、老個体も音を操って、敵を排除するはず。

耳栓は外せない。音を聞き取れないと、著しく感知できる攻撃が減る。ロロナは荷車に今掘り出した根を積み込むと、杖を掴んで、振り返る。

顔面に、蔓が飛んできたのは、その時だった。

杖で受け止める。かなり距離はある筈なのに、こんな所まで届くなんて、少し驚かされた。

マンドラゴラは、ロロナを狙っている。

改めて、その姿を見た。

大きさは人間の子供くらいだろうか。人間に近い形状をしている。茶色い体だが、頭に相当する部分がない。根のマンドラゴラにはあるのに。

動きは緩慢。

しかし、胴体部分の真ん中ほどには、微妙にずれた一対の目。そして、大きく開いた口。今もきっと、頭をおかしくするような音波を放ってきているはず。短時間で、決着を付けないと危ない。多くが集まってきたら、大変だ。

クーデリアが発砲。

十発以上の弾丸を、立て続けに叩き込む。触手がしなり、盾のように、網のように、ガード。だが、半分以上の弾丸が、触手を素通りして、その体に届く。

ぶつぶつと、老マンドラゴラの体に穴が開く。

だが、致命打には遠いようだ。触手がしなり、クーデリアを追う。バックステップで距離を取りながら、クーデリアはリボルバーを開け、弾丸を装填。跳躍中に、一連の作業を済ませてしまう。更に発砲しながら、左に走るクーデリア。触手がしなり、何度も地面を叩いた。

また、腕が上がってきている。

体術も銃の扱いも凄い。これで、半人前だというのだから、アーランド戦士の恐ろしさがよく分かる。

ロロナも、クーデリアが気を引いてくれているうちに、木陰に。

詠唱を進めるが、耳が聞こえにくいから、上手く行っているか分からない。マンドラゴラは弾丸を散々浴びているけれど、全く効いている様子が無い。

至近に迫ったクーデリアが蹴りを叩き込んだ。

だが、とんでもなく重いらしく。クーデリアの方が顔をしかめて、自身を捕らえようとした触手から、慌てて飛び逃げた。何度か鞭のようにしなる触手。更に、老マンドラゴラが、耳まで裂けた口を開く。

クーデリアが耳を押さえて、横転。

触手が、クーデリアの足を掴んだ。

敵の口の中に連射するクーデリアだけれど。じりじりと引っ張られていく。今のは、音に指向性を持たせて、耳栓を突破したのか。

もう少し。詠唱が完成するまで、まだ少し掛かる。

クーデリアは、相手の口の中に、更に弾丸を叩き込んでいく。

敵の攻撃が小威力だからか、リミッターを外せないらしい。上下に振り回され、地面に叩き付けられる。

クーデリアは、良く気を引いてくれている。

後は、ロロナがドジを踏まないようにするだけ。

周囲を見るが、新しい老マンドラゴラは現れない。あれだけやっつければ、終わりだ。

クーデリアは抵抗しているが、まだ敵の至近へと引きずられて行っている。体格は同じくらいなのに、老マンドラゴラ、相当なパワーだ。

詠唱が、完了する。

マンドラゴラは、口から何かとがったものを出している。あれで血を吸うのだろうか。確かに、植物がもりもり肉を食べるというのは、想像しづらい。血を吸う方が、まだあり得そうだ。

クーデリアが、とがったものを蹴り挙げるけれど、執拗に老マンドラゴラは、それで刺そうとしてくる。

更に、何度も振り回して、地面に叩き付ける。

くぐもった声を、クーデリアが上げているのが分かった。

前の戦いのダメージが、思った以上に深刻なのだろうか。それとも。

ロロナと、クーデリアの目が合う。

同時に、クーデリアが。足を掴んでいる触手に発砲。三発同時に同じ場所に当てて、一気に切断。

ロロナが、杖を向けて。

勢い余って、尻餅をついたような形になった老マンドラゴラに、光の槍を撃ち込む。

光の奔流が、辺りを包んだ。

爆発音は当然聞こえない。

しばしして、耳栓を外す。呼吸を整えるが、耳の奥がじんじんする。クーデリアが此方に歩いて来るが、何を言っているか、全く聞こえなかった。

ばらばらになった老マンドラゴラの触手が、まだ動いている。

クーデリアはリミッターがやっと外れたらしく、触手の付け根辺りを炎の弾丸で焼き払う。

それで、やっと老マンドラゴラは動かなくなった。

近くで見てみると、白っぽい体液が、かなり豊富に含まれているようだ。触ってみると、硬いと言うよりも、肉質がとても厚い。

まるで大木のような重みがある。

なるほど、クーデリアの蹴りが、はじき返されるわけだ。

二人がかりで、荷車に乗せる。老マンドラゴラも、かなり豊富な材料として活用できるだろう。

「くーちゃん、傷口に液が入らないように気をつけて。 猛毒だよ」

返事はない。

というよりも、クーデリアがぱくぱくしているのは分かるのだけれど、やはり言葉としては聞き取れなかった。

あの音は、やはり指向性が強い存在だったようで、森にいる他の動物たちは、別に逃げ出すことも、嫌がっている様子も無かった。

キャンプスペースまで到着して、一息。

老マンドラゴラの死体というべきか、動きが止まったかぶを確認してみる。あのとがった器官は、やはり吸血を目的としたものであったのだろう。いや、調べて見ると、どうも何かの毒液を注射するための管らしきものがある。

つまりこれは毒針、或いは麻酔針。管の先にある器官を調べて見るが、どうも麻酔のようだ。

マンドラゴラ自体は、血や体液を吸うのではなくて、単にクーデリアを無力化するために、攻撃していたのかも知れない。

少しずつ、音が聞こえるようになってきた。

キャンプスペースで、呆れたように戦士の人達が言う。毒性が強い上に、面倒なマンドラゴラに、どうして喧嘩を売ったのかと。

「というより、彼奴らはまず仕掛けてこないぞ。 なんで戦いになったんだ」

クーデリアと、顔を見合わせる。

なるほど、この森では、そもそも錬金術師以外、マンドラゴラを襲う外敵がいなかったのかも知れない。

クーデリアに傷を見せてもらったが、思ったほどではない。多少擦過傷があったけれど、打ち身にもなっていない。地面に叩き付けられたときにも、しっかり受け身をとっていたのだろう。

「というより彼奴、露骨にパワー不足だったわ。 狼相手に自衛は出来るだろうけど、ドナーンが相手だったらまず無理よ」

そうか。それは、可哀想なことをしたのかも知れない。

元々、他の植物にしてもそうだ。

この森は、人間にとって一種の牧場。狼にしても、戦士の最初の訓練相手として、数を調整されている。

木々にしても、街のために生えている。

植物も、川の中の魚たちも。

人間に、生殺与奪を握られてしまっている。

話を聞く限り、老マンドラゴラはそんな状況で、若いかぶを守ろうとしたのだろう。相手を殺すつもりもなく、気絶させて追い払うつもりだったに違いない。

ロロナは、近頃の戦いで、完全に生死のやりとりの恐ろしさを学んでいた。だから、相手の見極めが、逆に出来なかった。

しかし、悔やんでいても仕方が無い。

奪ってしまった命は帰らないのだ。それに、植物も採取すれば死ぬ。荷車を見る。今日だけで、かなりの量のマジックグラスを摘んだ。これだって、植物にして見れば、体を引きちぎられたようなものだ。

この世界には、人間の手が及ばない地域がたくさんある。

そういった場所では、文字通り意味が分からないほど強力なモンスターが闊歩し、魔界とさえ言われている。

人間に近い知能を持った生物が、独自の文明を作っているという噂さえある。

勿論ロロナ自身が見たわけでは無いので、何とも言えないのだけれど。そういった場所なら、マンドラゴラは幸せにいられたのだろうか。

いや、その幸せという概念が、人間の押しつけかも知れない。ロロナには、まだ手が届かない問題だ。

クーデリアは、リボルバーを開いて、また弾丸を装填している。

さっきの戦いでも、二十から三十は消費したはずだ。工場で大量生産されているとは言え、毎回これだけ消費していれば、お金もかなり使っているだろう。

彼女はまだ戦闘態勢を崩していない。

キャンプスペースとは言っても、此処は街ではないのだ。

「くーちゃん、いつも本当にありがとう」

「どうしたのよ、急に」

「ううん、何でもない」

こんな事のために、命を張ってくれるクーデリアのためにも。

ロロナは、足踏みしている訳にはいかなかった。

 

アトリエに戻った後、採取してきた素材をコンテナに移す。その後、ロロナは頑張ってくれた親友のために、パイを出した。

昨日から研究を始めて、やっと作れるようになったのだ。作り方はそれほど難しくはないのだけれど、中々美味しくは出来ない。五回失敗して、ようやく多少はましになってきたから、クーデリアにも出す事にした。

クーデリアはフルーツを入れたパイが好きなようだけれど、今日は戦いの後だからミートパイにする。

森で帰り道に仕留めた雉の肉を贅沢に使って、美味しく仕上げた。

肉が美味しければ、そこそこに食べられる、はずだ。

二人で並んでミートパイを食べる。

少し口に入れて分かったけれど。やっぱり、料理して作ったパイには、まだ遠く及ばない。

「いつものあんたのに比べると、まだまだね」

「うん。 もっと美味しく作りたいね」

やっぱり、生地が駄目か。

小麦粉を中和剤と混ぜ合わせて、釜で煮込む。水分が飛んできたら釜から出して、調味料と混ぜ合わせて、練る。

その後、魔法陣に乗せて、生地をこなれさせる。

普通、パイを作る場合、これで一晩かかるのだけれど。中和剤を利用したパイ生地の熟成を、こうして短縮するのだ。

後は、釜で焼くのだけれど、ここからが更に難しくなる。

中和剤を霧状にして、釜の中に。

焼き上げる際の調整も、これで行う。釜に書いてある魔法陣を利用して、一気にパイを焼き上げるのだ。

これらの作業では、当然熟練がいる。

普通にパイを作るより、ずっと早く仕上げられるけれど。その代わり、料理をするの以上に、経験が必要になってくる。

更に、中和剤の素材も問題だ。

液状のものなら何でも中和剤に出来るのだけれど。ただの水を使うか、パイの味を上げるためにミルクでも用いるか、かなり悩む。ミルクは基本的に貴重品だし、工場で生産される分は配給制。

パイを作るために、しかも中和剤として使って。その上で失敗してしまったら、工場で働いている人達に申し訳ない。

まだまだミルクを使うのは早い。

だが、水で作った中和剤では、味が頭打ちなのも事実だった。

「随分面倒くさい事しているのね」

「それでも、これから来るだろう課題に比べたら、ぜんぜん簡単だよ。 これくらいは出来ないと」

「随分勉強家になったじゃない」

それは。

クーデリアがすごい努力をしているのを見て、無駄にしたくはないと思ったからだ。

これだけ努力して強くなってくれているのに。ロロナがそれに応えなかったら、あまりにも酷い気がする。

「くーちゃん、疲れてない? ソファとか、わたしのベットとか、使っても良いよ」

「あんたは?」

「わたしはこれから錬金術の勉強をしないと。 次の課題がどんな内容か分からないけれど、しっかり対策しておかないと、ね」

クーデリアは、きっと疲れていたのだろう。

ロロナが促すと、寝室に向かった。

少しでもこうして休んでくれると、嬉しい。

クーデリアはあんなに可愛いのに。どうして、家族は、彼女に冷たいのだろう。だからあんなに心が冷えてしまっている。まだロロナと同じく、十四なのに。戦士階級としては大人だけれど。それでも、まだまだ心の発達は中途の筈。それなのに、どうして親は、酷薄に接するのだろう。

ロロナの両親は優しい。

お父さんもお母さんも、ロロナのために、色々してくれる。アストリッドに預けているのも、「素晴らしい錬金術師」の弟子になる事が、将来につながると本気で思ってくれているからだ。少なくとも、ロロナはそうたびたび聞かされている。何か問題があったら、親身になって接してくれるだろう。そういう優しい二人なのだ。

クーデリアの両親が、もう少し優しかったら。

ロロナの前でしか笑顔を見せないクーデリアが、もっと優しい子になっていたのではないのか。

いつも傷だらけで、それでも誰にも助けを求めない、痛々しい有様にはならなかったのではあるまいか。

クーデリアはいつも強がっているように見えるけれど。ロロナを必死に守ってくれるけれど。

それはきっと、ロロナしか、クーデリアにはいないからだ。

ロロナにとってだって、クーデリアは無二の親友だ。だから、彼女が酷い事になってしまったら、悲しい。

どうにかしたい。

でも、どうすれば良いのか、分からなかった。

ふと、思い当たる。

錬金術師として大成して。この街で、誰にでも認められる人間になったら、あるいはどうだろう。

師匠もロロナを見て、奮起してくれるかも知れない。

クーデリアは、ロロナの親友と言うことで、少しは扱いがマシになるかも知れない。今のところ、クーデリアは両親に酷い仕打ちは受けていても、幼い頃のように、同年代の子供から虐められるような事にはなっていない。

ただし、イクセルのような例外を除くと、ほぼ彼女を無視するのが普通だ。

ただ、昨日のように、仕事を供にした一部は、きさくに話しかけたりはしているのだけが救いか。

クーデリアの周囲は、どちらにしても、あまり温かいとは言えない。

そんな孤独を、どうにかしたい。

ロロナが頑張るのは、自分の身を守るためだけにはならないかもしれない。

そう思うと、少しは体の奥底から力がわいてくるのを。ロロナは感じた。

もっと真面目に勉強して。

色々身につけて。

大事な人達を、守れるようになろう。

まだ、次の課題が発表されるまで、二日ほどある。この二日を、できるだけ無駄にはしたくない。

机に向かうと、ロロナは勉強に没頭しはじめた。

クーデリアはあんなに疲れていたのに、ロロナのために頑張ってくれたのだ。

それを無駄にしないためにも。

ロロナも、頑張らなければならなかった。

 

エスティが出向いたのは、国境近くの小さな村。

今日は暗殺や汚れ仕事ではない。いや、ある意味では汚れ仕事、とも言えるか。プロジェクトMの追加人員を迎えに来たのだ。

数人の戦士が、すでに待機していた。

エスティを見ると、敬礼してくる。

「状況は?」

「やはり我々を見ると、怖がって出てきません。 よほど過去に酷い目にあったのでしょう」

戦士達は、みなむさ苦しい男ばかりだ。

追加人員である彼女は、非常に臆病な性格だと聞いている。まあ、事情を聞く限り、無理もない話である。

ロロナの側で直衛をしているクーデリアは、世間から隔離された存在だとすれば。

彼女は、世間から否定され、排絶された存在だ。

小屋に入ると、膝を抱えて蹲っている姿が見えた。

ロロナやクーデリアと違って、発育の良い体。ある程度の年までは、ちゃんと食事を与えられていたのだと、一目で分かる。

エスティに気付くと、その女の子は、無言で顔を上げた。

最近まで、近くの森で魔術の性能実験をしていたのだ。何人かの魔術師が立ち会ったが、問題ない腕前だと太鼓判を押してくれている。もっとも、その全員が、コミュニケーションに大変苦労したとクレームを入れてきていたが。

ただ、有能な人材は灰汁が強いのが当たり前。それがエスティの持論だし、別に気にはならない。

「貴方がリオネラちゃんね?」

「んだよ、此奴はデリケートなんだ。 あんまり脅かさないでくれよ」

不意に別の声色が、場に割り込んでくる。

かなり大きな、猫の人形だ。それも二体。その内の一体が喋ったらしい。膝を抱えたままの女の子を守るようにして、人形はエスティに立ちはだかる。

「ホロホロ、きっと彼女が、迎えの人よ」

「わーってるよ。 でもなあ、もうちょっと配慮してくれねえか? 此奴、人と目を合わせることも出来ない位なんだ」

「ふうん、なるほどね……」

エスティには、だいたい仕組みが分かったが。

相手の事情に合わせている訳にもいかなかった。

「男の人達が怖いのなら、私がアーランドまで案内するわ。 報酬については支払われるから、心配しないでね」

「大丈夫、何だろうな」

「貴方の能力については把握しているわよ。 アーランドでは、能力があれば評価されるから」

無言で、猫たちが、リオネラを立たせる。

露出の多い服。顔立ちも整っていて、いわゆる体で商売をする人間にさえ見える。その割には、表情は非常に暗くて、目にも輝きが見えなかった。顔立ちは、相当整っているのに、である。立ち上がった後も、一言も喋ろうとしない。

エスティは先に外に出ると、護衛の男達にハイドシフトへの移行を指示。

戦士達は頷くと、気配を消して、それぞれ周囲に散った。

喋るのは苦手なようだから、ついてくるよう促して、そのまま無言で街道を行く。途中、大きなモンスターの声が何度かしたが、此方に仕掛けてくる気配はない。仕掛けてきたとしても、ハイドシフトに移行している戦士達が、視界に入る前に処理する。

モンスターについては、あまり怖れている様子も無い。

自衛能力に、自信があるのだろうか。

「もう少しよー。 疲れてはいない?」

「此奴はこれでも旅慣れてるから平気だぜ。 それにしても、噂通り、物騒なところだなー」

「辺境は初めてかしら?」

「何度か来たことがあるけれど、此処までモンスターがたくさんいるところは、はじめてだと思うわ」

雄猫の方がホロホロ、雌猫の方がアラーニャというらしい。

数刻も歩いていると、アーランドの城門が見えてきた。

入るように促す。

「まずは王宮で仕事の話。 その後は、早速仕事に入ってもらうわよ」

無言のまま頷くリオネラ。

何とも脆弱な心だけれど。

そのくらいが、ロロナには、丁度良いかも知れない。

朝日が見えてくる。

まだまだ、プロジェクトMは、始まったばかりだ。

 

(続)