路地裏の王

 

序、拡大

 

黙々淡々と作業をしている私の所に連絡が来る。隣の部屋では父が眠っているが。医師が来たときと。食事の時以外は。もう殆ど起きる事も無い。

連絡の内容を見て。

黙々と返信。

昔構築したコネは、今でも大事にしている。

今でもだ。

連絡の内容は、些細なトラブルだったが。

今でも実のところ、私は昔通り依頼を受ければ対応している。私自身が出ることは減っているが。

それでも、対応することに変わりは無い。

ただ、状況によっては。

訓練させた部下に行かせる。

それと、護衛も付けるようにしている。

私自身、既に身を守れるだけの実力は持っている。昔は体格差がある相手には勝てなかったが。

今はそれこそ二メートル超で格闘家、とでもいうような相手でなければ、身を守ることは難しくない。

軽く家政婦に声を掛け。

セキュリティルームをロックし。

外で待機している護衛を促すと。

依頼を受けた公園に出向く。

背は伸びたが。

変わらないことは変わらない。

黄色パーカーを着込み。

話を聞いて。

謎を解決し。

アフターケアまでしっかりやっていく。

妖怪黄色パーカーは、今でも健在なのだ。なお、部下に仕事をさせる場合も、黄色パーカーを着せるようにしている。

この黄色パーカーそのものが。

今では抑止力を持つようになっていた。

古い時代も、似たような事をする人間はいた。

赤備えと言えば日本における戦国最強の軍団として知られたし。

黒い軍団と言えば、中華を初統一し始皇帝を輩出した秦軍の異名だ。

他にも一目で分かる姿をすることで、相手に対する抑止効果や、威圧効果をもたらす衣服は、古くから使われてきたし。

今後も使われていくだろう。

実際問題、警官の制服も、ある意味ではそういう意図の元作られている。

さて、目的の公園に到着。

待っていたのは、知人の息子。

中学一年になったばかりである。

何故私の所に連絡が来たかというと。

姫島の子分経由である。

まあそれは良い。

SPを連れた妖怪黄色パーカーが本当に現れたのを見て、依頼人は度肝を抜かれたようだった。

本当だと思っていなかったのか。

背後で周囲を警戒しているSPはそのままに。

私はベンチに腰掛けると。

三十分もつ飴を咥える。

「酒井城だな」

「は、はい」

「詳しく依頼について聞こうか」

「分かりました……」

隣に座った酒井は。

気弱そうな子供だ。

背も低いし。

何よりも、雰囲気がとても弱々しい。

私がてこ入れを始めてから、この国は変わり始めた。まず支配下に置いた県から大なたをふるい。

一気に改革を進めていった。

蔓延っていた旧弊は一気に吹き払われ。

子供の出生率も増加。

経済的にも大きな効果が上がっている上。

犯罪発生率も下がっている。

同じモデルを他県にも輸出。

各地で大きな成果が上がっているが。

まだまだ私がこの国を支配するには至っていない。まだ道半ば、と言う所だろうか。

だからこそ、私はコネを構築する。あらゆる人脈を大事にし、それらを活用して行く。

恩は売る。

それと同時に、社会の問題も解決する。

実際にどんな問題が起きているのかも確認していく。

掌握したこの県でも。

まだまだ問題は起きる。

「実は、俺の学校で、まだエアコンが使えない状態で」

「はあ。 設置はさせたはずだが」

「そうなんですけれど、電気代がもったいないって、教師が勝手に使わないことを決めていて……」

親に聞いても、教師がやっていることだからそれでいいだろうの一点張り。

PTAも動く気配がないと言う。

嘆息する。

現在、日本の気温は上がる一方で、数十年で夏は平均気温にして十度以上暑くなっている。

こんな状態では、エアコンを使うのが基本であり。

使わないのは非人道的でさえある。

「分かった。 調査次第対応する」

「お願いします……」

「報酬については分かっているな」

「白い、ものですよね。 市販品で無くて、手作りした……」

頷くと。

私はSPを促して、家に戻る。さて、今回の件はそれほど難しくない。実態調査に数時間。

そして対応に更に数時間という所か。

未来のある子供に重要な恩を売り、コネを作る事には大きな意味がある。

また、逆の場合。

例えば、私の話を面白半分に聞いて。

舐めた依頼をして来た場合は。

その場合、徹底的に思い知らせる。

本来怪異というのはそういうもので。

基本的に祀れば福を為し。

侮れば祟りを為す。

私の場合は、現在に出現した肉を持つ怪異だ。そういう風に、周囲には認識させていく。実力がどれだけあろうと、人間よりも怪異と思わせる方が良い。多くの支配者が自分を神格化させたのは有名だが。

私の場合は。

恐怖によって作り上げられた邪神として認識させる。

そうすることによって。

厄払いの鬼神のように邪悪を払い。

そして私も。

世界を裏から効率よく支配するのだ。

戻る最中、何人かにメールを入れるが。

姫島からすぐに返事が来た。

「あー、あの学校ね」

「何か知っているのか」

「彼処、問題児の集まりなんだわ。 県内の底辺中学校。 それで教師もおかしいのが多くてねえ」

「ふむ……」

そうなると、だ。

イジメを行っているような奴に。例の妖怪を呼びだしてみろよとか、あの依頼人が言われているケースと。

本当に教師が頭がおかしくて。

エアコンを意地でも使おうとしないケースの。

2パターンが考えられるか。

今では、私が睨みを利かせた結果。

何処の学校でも、舐めた真似は出来ないようにはしているのだが。

それでも、バカはどこにでもいる。

勿論私は独裁国家の首相では無いから。

動画だのSNSだので、私を中傷する書き込みを見たくらいで、相手を消したりはしないけれど。

それでも、相応に怖い目には遭わせる。

まあどちらにしても。

仕置きが発生するのは、ほぼ間違いが無さそうだ。

「思ったよりも調査に時間が掛かりそうだな」

「そうだねえ。 アングラにどっぷりの奴や権力者ほどシロを怖がってるんだけれど、どうにも頭が緩い子はシロを馬鹿にしている傾向があるねえ」

「良くない傾向だ」

「モグラ叩きになるし、やり過ぎると歴史上の独裁者達と同じになるよ?」

「お前からそんな言葉が出るとは思わなかったよ」

苦笑。

姫島は勉強はそこそこだったのだが。

最近はなんと社会学者を目指して、勉学を始めている。

たまに私にアドバイスを求めてくるので。

それにはきちんと応じている。

元々頭が良い姫島だ。

それに、何というか。

人間の「して欲しい事」を感覚的に理解する、天性の勘のようなものを持っている。

日本で勘違いして使われている「コミュニケーション」という言葉だが。

姫島の場合。

その間違った意味で使われているコミュニケーションを、きちんと使いこなせているタイプである。

これは才能がものをいう分野で。

実際に意思疎通をするのとはまったく違う才能が求められる。

努力がどうこうという話では無いので。

まったく持って羨ましい事ではあるが。

まあ姫島は、その天からのギフトを私に指摘されて強みとして認識。

いっそ食い扶持にしようと。

勉強を始めた、というわけだ。

「此方でも調査するが、何か他に知っていたら教えてくれ」

「了解。 ちょっと私の方からも、手下達に情報提供の号令を掛けておくわ」

「よろしく」

メールを入れ終えると。

今度は自身で、学校の裏サイトを見に行く。

エアコンについての情報を見るが。

どうも妙だ。

クラスによって、エアコン快適とか書いている場合と。

そうでないケースが見受けられる。

三クラスほどしかない小さな中学校だ。

つまり担当教師によって。

エアコンを使ったり使わなかったりしている、という事か。

だが、今の時期。

エアコンを好みで使ったり使わなかったりと言うことは、それこそかなりの無謀である。それこそ本当に死者が出る。

熱中症は世間的な認識よりも遙かに危険な症状で。

場合によっては重篤な後遺症も出る。

黄色パーカーのまま、調査を進めるが。

また妙なことも分かってくる。

職員室の気温が、乱高下しているのだ。

これはひょっとして。

職員室でさえ、エアコンを使っている時間と、そうでない時間があるのか。

軽く調べて見る。

学校内でのデータを分析してみたが。

気温の上下が凄まじいという他ない。

炙り焼き同然に上がっているタイミングがあると思えば。

今度は下がりすぎたりしている。

その時間帯に、誰が授業をしているかを確認。

そして、ほどなく。

家に着くと同時に。

結論が出た。

なるほど、そういうことか。

自宅に戻り、父の様子を確認する。

問題なく眠っているが。

私が様子を見に来たことに気付いたのか、うっすら目を開けた。

「出かけていたのか」

「そうだよ」

「そうか。 あまり危ない事は、するなよ」

「分かっている」

すぐに父はまた眠ってしまう。

嘆息すると、自室へ。

そして、裏付けのデータを取ると。

その日はもう休み。

翌朝、問題の学校に連絡。

私からの連絡と言う事で。

校長が縮み上がったようで。すぐに電話に出た。

「な、なんでしょうか」

「おかしなエアコンの使い方をしているな。 具体的には、肥田という教務主任のいる時に、エアコンを消しているのでは無いのか」

「えっ!?」

「校長が現場を見に行っていないのか」

「すぐに確認します!」

平身低頭の相手に、やれやれと思ったが。

まあいい。

それはそれで、相手に話が通じた。

前はそうも行かず。

ネゴの時点で、色々と揉めることも多かったのだ。

それに比べれば。

今は私が直接連絡を入れるだけで、相手はジャンピング土下座をするも同然の勢いで対応してくる。

それだけで、どれだけ楽か。

学校が揉めている様子が、すぐに分かる。

今時スマホを持っていない生徒の方が珍しいので。

裏サイトはリアルタイムで更新されているものなのだ。

「一時限目から自習って、何かあったのか?」

「でもエアコン使えるから快適」

「確かにな」

「何か先公ども血相変えてたぜ。 顔色死人みたいだった」

どんどん書き込みが増えている。

自習の時間だから、誰も見ていないし。

今頃教室は動物園だろう。

だから私は中学なんか行かなかったのだが。

まあそれはいい。

連絡については、二時間以内に入れろ。

そう昨日、校長に連絡したときに、告げてある。

そろそろアクションがある筈だ。

そして、予想よりも少し早く。

アクションがあった。

連絡を入れてから一時間四十七分後。

校長が連絡を入れてきた。

多分緊急職員会議を開いていたのだろう。

「分かりました。 分かりました!」

「結果だけ聞かせて欲しい」

「仰せの通り、教務主任の肥田と、その息が掛かった派閥の教師が、エアコンの使用を「自主的に」止めていました。 教室だけでは無く、職員室でも、です」

「理由は」

今、熱中症がどれだけ危険かは。

私が直接各学校に教育し。

対応方法についてもレクチュアしている。

これはどういうことかというと。

ただでさえ少子化が進んで、大変な事になっているからである。

私が支配下に置いた地域では、経済活性とそれにともなう児童増加が見込まれているが。それもまだまだ限定的な効果であり。

本当に子供が増え始めるのは、まだまだ先だ。

つまり今は。

本当に子供を大事にしなければならないのだ。

最悪の意味での精神論である根性論。

そんなものによって生じた熱中症など、文字通り言語道断。

バカみたいな理由で子供を死なせるなど。

今の社会にとってどれだけの損失になるかなど、文字通り計り知れないとしか言いようが無い。

だから私は徹底して対策をさせたのだが。

それを意図的にやぶっている阿呆がいたか。

とにかく、その肥田とやらと、その手下達を、今日の授業後に私が指定した場所に来るよう指示させ。

今日は校長がそいつらを。

きちんとエアコンを使っているかを監視させる。

それで話を付けた。

さて、思ったよりも面倒そうだ。

というのも、調べて見ると。悪名高い教師の労働組合に揃いも揃って所属しているからである。

普段から部活を根性論で回しているような教師で。

私が部活の一定時間以上禁止、やぶった場合は厳罰、という制度を学校に導入するまでは、夜中まで部活の練習をさせ、休日も部活の練習をさせ、という。文字通りのブラック部活を積極的に回させていたような教師どもだ。

いずれにしても、首だな。

そうなると、代わりが必要だが。

まあこの辺りは、給金と労働条件で引っ張ってくれば良い。

いわゆるロストジェネレーションの世代の中で、仕事が無くて困っている人間は大勢いて。

それを再訓練して、それぞれの仕事に就けて回る事業も推進させている。

クズ教師の代わりくらいなら。

幾らでもいる。

もっとも、まともな労働条件と賃金を準備すれば、の話だが。

まあその辺りは自業自得だ。中学の方に工面させれば良い。

各所に連絡を入れると。

私はやれやれと、嘆息した。

まだ私は完璧では無い。今回も予想より自体が複雑で、思ったよりも解決に時間が掛かりそうだ。

だが、依頼達成率100%は今後も割り込ませるつもりは無い。

私を畏怖させるためにも。

それは必須のことなのだから。

 

1、夕闇の悪夢

 

頬杖をついて話を聞くが。

青ざめながらも、反抗的な目を最初は向けていたクソ教師どもは。あまり論理的では無い口調で。

反論を述べていた。

要するに、クーラーを使わないのは。

生徒を鍛えるためだというのである。

クーラーなんか使ってるから軟弱になって倒れる。

その証拠に、自分たちだってクーラーなんて使っていないし、それで倒れていないというのである。

もとより自分たちが子供の頃は、クーラーなんて使っていなかったとか言い出したので。

ストップと一言。

それだけで、黙らせる。

もう良い。

バカにこれ以上主張をさせる意味はない。

「まず第一に、私が配布した熱中症のガイドラインを読んでいないな貴様ら」

熱中症は根性論でどうにか出来る病気では無いし、軟弱だからなるものでもない。更に重篤な後遺症も起きる。

実際に熱中症で、完全に脳がやられて、以降ベットから離れられなくなった人間の動画も見せてやる。

てか、これは配布したはずなのだが。

話半分にしか見ていなかったのが丸わかりだ。

「第二に、今は昔に比べて明確に暑くなっている」

これも分かり易くグラフで見せてやる。

数十年間で、凄まじいほどに平均気温が上がっている。

原因は温室効果なのか太陽の活動が活発化しているからかそれともエルニーニョなのかは不明だ。これについては、学者の間でも諸説ある。

だが、いずれにしても。

対応の内容は決まっている。

水分を取る。

暑いところで無茶な運動をさせない。

休憩をさせる。

以上だ。

授業中にも水分補給を許し。

そもそもサウナ同然の状態にしない。

当たり前の事なのに。

此奴らは根性が足りないという理由で、子供に地獄を見せている。それも教師どもを見ていると、ヤクザみたいな服装の人間がちらほら見えた。

「第三に、そもそも今の時代は子供が極めて少なくなっている。 お前達のような人間が、未来の芽を摘んで良い時代では無い」

淡々と言う私だが。

ギャーギャー反論しようとしても、出来ないのだろう。

青ざめて、教師どもは正座していた。

そして、最後の理由。

私は、冷然と突きつけた。

「昔お前達が暑い教室で地獄を見ていた、何てのは理由にもならない。 昔がおかしかったのであって、教室にエアコンを導入している今の方が正しい。 苦労をすれば子供が強く育つというのはある意味正しいかも知れない。 だがお前達が強いているのは、苦労では無く苦行だ。 努力をしなければ子供が育たないのは事実だろう。 だが努力というのは、物事を達成するために行う事、をさしている。 それを効率よくやらせて、無駄な時間を作らないようにするのが教育のプロであるお前達の仕事だろう。 努力しなさいなどと言って、実際にはただ苦行だけさせるような輩に、教師を名乗る資格は無い」

一刀両断。

そして、教師どもの後ろには。

既に屈強なSP達が控えていた。

「連れていけ。 そいつらからは教職免許を剥奪。 更に全国ネットで悪行の数々を晒せ」

「分かりました」

「ひっ……!」

口をぱくぱくさせて抗議しようとする教師どもだが。

此奴らはもういらない。

まあホームレスにでもなって地獄を見るが良い。

私の知った事か。

SP達が、クズを引きずっていくのを見届けると。

校長に連絡を入れる。

「クズ教師どもは首にした。 代わりは手配する」

「わ、わかりました……」

「再発防止は徹底しろ。 もしも再発したら、貴様の首が飛ぶものと思え」

「……!」

声にならない悲鳴を上げる校長。

電話をわざとガチャンと音を立てて切ると。

私は嘆息し。

依頼人に連絡を入れた。

 

依頼人から受け取った、白いスコップ。園芸用のものだが、ペンキで塗装しているだけのものである。

時間がなくて、これくらいしか作れなかったという依頼人に。

少し強めに言っておく。

「今回はおおまけにまけたが、本来はお前達が解決すべき案件だ」

「え、でも……」

「PTAや親が駄目なら、市役所にでも何にでも連絡しろ。 今は私が風通しを良くして、クレームにも対応出来るように調整してある。 私は便利な道具では無い事を忘れるなよ」

青ざめていた依頼人は。

その場で少しちびったようだったが。

それには気付かないフリをしてやる。

そのまま帰らせ。

私は秘密基地に。

更に拡大して、内部を高セキュリティ化した秘密基地だが。黒田が最近はほぼ常駐している以外は、昔と同じくつろげる空間だ。

外にはSP用の控え室も作ってある。

金庫を開けて今回の報酬を入れると。

セキュリティルームから黒田が出てきた。

「仕事終わり?」

「ああ。 思ったよりも面倒だったな」

「そっか」

「それよりも、私の指定する地区のPTAを潰せ。 役に立っていないことが分かったから、解散させろ」

OK、というと。

黒田は部屋に戻っていく。

PTAなんぞ、昔からあまり役に立っていなかったし。

私が大なたをふるってかなり潰したのだが。

未だにこういうのが残っていたのか。

すぐにPTAの人事を刷新。

老害化していた会長を更迭。

この辺りの作業は、黒田が淡々と。マニュアルに沿って行った。

強制収容所でも作ろうかなと最近は考え始めているのだが。

そこまでやるとちょっと問題だろう。

ただでさえ、私の支配地区以外では、私に対する恐怖の声が強くなっている。畏怖ではなく恐怖である。

恐怖だけでは駄目だ。

畏怖させなければ。

私は理不尽に刈り取るだけでは無く。

与えもする。

実際問題、私が刈ってきたのは。

クズと理不尽だけだ。

それをしっかり理解させないと。

私は独裁者と同じ認識をされるだろう。

バランスが非常に危うい中立っていることは、私だって分かっているし。私に逆恨みしている奴が。

そのバランスを崩そうと狙っていることも、しっかり理解している。

だから私は油断しない。

黒田がセキュリティルームから出てくる。

PTA会長がやっていた横領を発見。

摘発して、警察に逮捕させたという。

頷くと、流石だと黒田への信頼を更に強くした。

言わなくても此処までやってくれる黒田は、とても有り難い。もっとも、黒田にして見ても。

スポンサーとしてある意味最高の存在である私は。

とても有り難い存在だろうが。

なお、勝手に一人で出歩かないようには指示してある。

少し息苦しいが。

まだ私がこの国を完全掌握した訳では無い。

私に逆恨みしているアホがまだ一定数いる以上。面倒なトラブルに引っ掛かる可能性もあるのだから。

さて、次だ。

桐川からデータが送られてくる。

新しく私が支配に掛かっている県の、重要人物リストだ。

今、私が手元におき、動かせる金は150億ほどにまで増加させたが。

ざっと見る限り。

今の時点で、この重要人物リストの中には、それ以上の財力を持つ者は無い。

財力=力、というわけではないのだが。

実際には、金はあれば使い路が相応にある。

バカを動かすには金で充分なケースもあるし。

もっと貴重なものを守るための力として、金を使う事も出来る。

勿論金があっても出来ない事はいくらでもある。

私の家に寝ている父を、健常者に戻す事がその第一だ。

今はもう、どんな医者でも匙を投げている状態。

更に老け込んでいる父は。

もはや社会復帰も出来ないだろうし。

これ以上働けというのは酷に過ぎる。

金で出来ない事があるなんて百も承知。

だが、出来る事があるのなら。

やっていくのもまた、当たり前の話だ。

「ふむ、黒田、どう思う」

「ボクが思うに、此奴」

黒田が指さしたのは。

県知事だ。

非常に評判が悪い人物であり、県の財政を年々悪化させているにもかかわらず、どうしてか知事を続けている。

要するに、政治的な能力は一切ないくせに。

政治闘争だけは得意な、最も政治家としてトップにしてはいけないタイプだ。

「これ、首にするのが最初だね」

「当然だな。 問題は県議が相当に腐っている事だが……」

「全部一片に入れ替えると大変だからねえ」

「全くだ」

私も、出身県を掌握するとき、それで苦労した。

私が事実上全員を掌握していたのだが。

どいつもこいつも政治闘争と政治を間違えている奴ばかり。

実務能力のある県議を育てるのに、本当に苦労したのである。全部まとめて首にしたら、その苦労が何倍にもなる。

今では、県議の廻し方というマニュアルを作って、それにそって県の政を行うように指示はしているし。監視もしているが。

もし目を離したら。

すぐに不正行為に手を染めて、甘い汁を吸おうとする輩が出てくるだろう。

この国に政治家はいなくなった。

政治屋しかいない。

それを思い知らされたが。

かといって、政治家を育てるのは大変だ。

せめて徳川家康レベルの政治家が総理になったら、少しでもましになるだろうが。

残念ながら今の国会議員なんぞ、与党野党全員足しても徳川家康の足の小指の先程度の政治的能力しか持っていない。

掌握する県が増える度に。

バカを更迭して。

教育しなおさなければならないのは。

悩みの種となりつつあった。

政治家育成を図る学校のようなものもあるにはあるが。

特定思想に染まりすぎて、もはや何の役にも立っていないのが現実である。

そんな状況では。

私がやるしかない。

不意に、電話が鳴る。

うんざりしながら取ると。

どうやら、私が支配下に置いている県知事からだった。

「申し訳ありません。 相談をしたい事が」

「手短に」

「はい。 そ、その。 堤防の補修工事の件で……」

うんざりしながら、頭を掻く。

数年前から、異常気象が目立つようになった事。

更に何年か前の失策により、災害対策費が大幅に削られたこともあって。記録的な被害を出した川がその県にあるのだが。

県知事が調整しているにもかかわらず。

補修の費用が中々下りないのである。

それこそ、国が予算を出すべき事なのだが。

高学歴なのに何故かバカしかいない国会議員には、それも理解出来ないらしい。少なくとも、専門家が指摘する金額は未だに用意できないのが現実のようだ。

上手くすれば、雇用の発生にもつながるというのに。

ただ、この県知事の動きも気になる。

実のところ、必要金額くらいは私がぽんと出せるのだが。

まさかそれを狙っているのでは無いだろうか。

「その件については、指定のルートで議事録を提出しろ。 私の方で精査して、もしどうしようもないようなら国会議員に圧力を掛ける」

「お願いいたします」

「……急げ」

通話を切った後。

腕組み。

怪しい。

この県知事、どうにも臭う。他よりマシという理由で県知事にしてやったようなものなのだけれども。

それも最近、どうも何かそそのかされているようで。

非常に臭うのだ。

黒田はセキュリティルームでの作業に戻っているし、声を掛けるのも億劫だ。自分で考えるのが一番早い。

外に出ると。

すぐSPが出てきた。

「自宅に戻る」

「分かりました」

SP達は、海外で訓練を受けてきた精鋭で、自衛隊の第一空挺団にも負けないと豪語する精鋭だが。

実際にそこまでやれるかは正直分からない。

第一空挺団は精鋭揃いで、「一応実戦経験もある」此奴らが、何処まで戦えるかは何とも言えない。

いずれにしても、いないよりはマシだ。

自宅に戻ると、自室に籠もり。

そして、送られてきた議事録を確認。

監視カメラの画像と照らし合わせながら内容を精査。

この監視カメラは。

県知事に存在を教えていない。

「……」

どうも妙だ。

演技でもしているかのように、議論が進んでいる。何というか、全体的に不自然極まりないのである。

しばし考え込んだ後。

私は結論した。

これは、自作自演であると。

 

県知事を呼び出したのは。

近くの公民館だ。

専用車で来た県知事は。

いきなり私のSPに囲まれて、真っ青になった。威圧的な黒服にサングラスの屈強な男達だ。

それも外国人も含まれている。

それは怯えるだろう。

この県知事も、高学歴で知られる人間で。

相応に昔は鍛えていただろうが。

鍛えていたのレベルが違うのである。

「な、何でしょうか」

「こういう文書が出てきてな」

公民館のスペースで。

私がぽんと、印刷した書類を放ってやる。

私が頬杖をついている前で。

市長は慌てて書類をめくり。

そしてそのまま固まった。

国からの融資の申し入れである。

堤防の修繕費用を出すと、国が最初に言ってきていたのだ。

流石に無能揃いの国会議員どもも、今回の災害で流石に洒落にならないと判断していたらしい。

かなり早い段階で、この書類が来ていた。

にもかかわらず。

どうしてか此奴は握りつぶした。

おかしいと思ったのである。

官僚などのコネを伝って調べて見ると、どうもちぐはぐな反応が出てくる。証言も前後矛盾している。

そして予算関係にアクセスしてみたらビンゴだ。

予算を調整している段階で。

工事費を拒否する申請が、県知事から出ていた。

「で、これはどういうことだ」

「……」

「言えないのなら言ってやろうか。 もしも国からの補助を受けたら、支援を切るってスポンサーに言われたな?」

「……!」

顔を上げる県知事。

私のドブより濁った目。

地獄が宿る目を。

真正面から見てしまい、悲鳴を上げながら後ろにすっころびかけて、SPに両腕を捕まれた。

震えあがる県知事。

所属政党の関係で、今回国からの指示を受けるのを拒否する、等という愚行だけはしないと思っていたのだが。

まさかそんな初歩的な政治的闘争が原因で。

私を騙そうとしていたか。

私はゆらりと立ち上がる。

見える者には見えたかも知れない。

私の身から立ち上る、黒いオーラが。

勿論そんなものは幻だ。だが、人間を恐怖で威圧する術を、私は知り尽くしている。

「刑務所に直行するか、精神病院で一生を過ごすか、好きな方を選ばせてやる」

「ま、待ってください! わ、私は、その」

「県議なんか辞めてしまえばただの人だ。 どうせ県議時代に行った横領や談合を、党の上層部に掴まれていたんだろう?」

「……っ!」

全部お見通しだ。

実のところ、此奴を県知事にしてやったのも、他よりはマシだから、という理由に過ぎない。

いつでも潰せる材料は用意してあった。

そうでなければ。

私のようなことはやっていけないのだ。

「選べ。 選ばないなら魚の餌だ」

「びょ、病院……」

「じゃあ刑務所だな。 連れていけ」

もはや声にならない悲鳴を上げるヴァカを、SP達が引きずっていく。

そして私は、県警本部長に連絡。

県知事を逮捕できるだけの資料を、即座に開示した。

翌日には、県知事が辞任。

即時逮捕された。

そのタイミングで、護岸工事の予算が下りて、工事が再開される。恐らく、アホの所属していた党の人間は、地団駄を踏んでいるだろう。

恐らく私の資産を削るつもりだったのだろうから。

だが、実際には想定通りには行かず。

この有様である。

あいにくだが、私の裏を掻こうなど100年早い。

裏口入学で有名大学に入り、以降は政治闘争だけやって政治を一切顧みなかった連中など。

所詮私の相手では無いのだ。

私は常に最前線で問題解決をして来た。

だから人間がどれだけ醜悪で。

どれだけ良心を麻痺させることが出来て。

他人の苦痛を喜び。

他者を貶めて嗤う生物かを良く知っている。

だからこそ。

私は支配する。

大なたをふるう必要がある。

県知事を粛正した後、その配下も根こそぎに粛正。後任に座った男には、私が直接面接に行く。

言う事は、あまり多く無い。

前任者と同じ目にあいたくなかったら。

政治闘争では無く、政治をしろ。

それだけである。

軽く話を終えると。

真っ青になっている相手を放置して、早々に戻る。

私の時間は有限だ。

いくらでもあるわけでは無い。

限りある時間を有効活用して。

徹底的にまで。

支配の拡大を、目指していかなければならないのだから。

 

2、黒い輪

 

いつの間にか眠っていた。

少しずつだが。

私は体調を崩し始めているのを自覚していた。

脳細胞をフル活用しすぎたから、だろうか。

多くの部下を使って、補助はしているが。

それでもどうにもならないケースもある。

そういうときは、私がでなければならない。対応も、いい加減にはやれない。

親友達も頼りになる。

部下もきっちり教育してある。

だが、私にはどうしても及ばない。そればかりは、仕方が無い事だとも言えた。

桐川が来る。

高校を出てから。

桐川は、私が設立したダミー法人に入って貰った。

官僚として活躍する道も考えたのだが。

国家一種も司法試験も取得した後。

色々考えた後。

ダミー法人を設立し。

それで動いた方が動きやすいという事に気付いたのだ。

だが、それでもかなり仕事の負担は大きく。

結局、私は。

頑健だった体を。

少しずつ壊し始めているのを自覚していた。

いかん。

これでは父の二の舞になる。

そう分かっていても。

やはり独裁者に近い事をやっていれば。それは激務に近いものになる。当然と言えば当然だろう。

桐川は、机の上でもぞもぞと体を動かして、目を擦っている私を見て。

呆れたようだった。

なお、自宅である。

「シロ。 そのままでは死にますよ」

「分かっている。 ……もう少し休む。 任せられるか」

「ええ」

誓って言うが。

部下にブラック労働はさせていない。

福祉厚生は充実しているし。

教育もしっかりしている。

今の時代、人材がいないとか喚いているバカがいるが。

あれは違う。

野菜炒めのピーマンだのにんじんだのを分けて食べる幼児並みのメンタルで、経営者がアレが駄目コレが駄目と人材に難癖を付け。その結果、誰もいなくなったというのが実情である。

一時期はやったリストラにより、40代前後の人材が空白状態になっているのも大きい。

将来を見据えた経営どころか。

目先のエサに見境無く食いついた結果がこれだ。

将来の幹部候補になり得た人材を根こそぎ食い潰し。

若い人材の教育も行わず。

気がついたら、誰もいなくなっていて。

それで人材がいないだの。

人材の奪い合いだの。

馬鹿な寝言を堂々と口にしているのである。

呆れてへそで茶が沸く。

なお、私は中枢メンバーこそ最初引き抜いたが。

以降は新卒や中途を「人物重視」等では無くごく当たり前に最初は仕事ができないものとして雇い。

以降は適正に応じて振り分けている。

当たり前の話だ。

何でもかんでも出来る奴なんていないし。

逆に何一つ出来ない奴もまたいない。

というか、私が唯一勘に障るケースは、おべっかを使う事だ。

それをやってきた奴に関しては、いきなり首にしたりはしないが、相応の懲罰は与えている。給金は下げないが。

それが私のやり方。

今の時代のやり方とは違うが。

今の時代のやり方が間違っている。

ビジネス書とは名ばかりの、クズ本が出回っている今。

そんな役にも立たない本に適当に書き散らされたいい加減な「ビジネスコミュニケーション」なんぞには何の価値も無い。

それは私の持論だ。

部下は育てるもの。

そんな当たり前の事さえ忘れたから。

今この国は危機に瀕している。

それだけのことだ。

ましてや適正を見極め。

あった場所に配属するなんて、当たり前の事。

そんな事も出来ない人間が。

人事だの重職に就いているから。

どの会社も衰退する。

私はあくびをすると。

ベットに横になる。

そのままで、軽く桐川から報告を受ける。彼女は今、私の秘書として、がっつり働いてくれている。

更には、他の奴がいないとき限定ではあるが。

親友として、昔と同じに振る舞って貰っている。

かなりそれで気も楽になる。

「かゆにしますか」

「……そうだな。 そうしてくれ」

報告を聞き終えると。

私は頷く。

今の時点では問題ない。

体の回復も、一週間ほど気合いを入れて行えば問題ないだろう。現在、既にこの国の半分程まで勢力を拡大しているが。

まだ気を抜くわけには行かない。

天下統一目前で死んだ信長のような例もある。

勿論私は信長では無いし。

やり方を真似ようとも思わない。

出来の悪いカスビジネス書ではあるまいし。

「何かあったら起こしてくれ」

「……シロ、もう少し規則正しく生活しないと」

「分かっている」

例え耳障りでも。

諌言はしっかり受け止めなければならない。

私は畏怖される存在であろうとしているが。

諌言を聞き入れることはそれとは別だ。

例え耳に痛くとも。

自分の考えと違っても。

諌言をしっかり聞く事が出来ない奴は。

トップの器では無い。

それだけのことだ。

それが分かっていない人間だらけだから。

勢力の拡大は難しくない。

そして私は怖れられる。

その程度の事も分からない無能だらけだから。

しばし、休む。

茫洋としていると。自分が父のようになるのでは無いかと言う恐怖が、少しずつせり上がってくる。

父は。今日も眠っている。

時々起きだすが。

もう殆ど喋る事も出来ず。介護のためのヘルパーまで雇っている状態だ。まだ五十代なのに。

悪夢も見る。

どうしても解決できない依頼に直面。

妖怪黄色パーカーなんてたいしたことないな。

そう嘲弄される。

相手の首を怒りにまかせてへし折ってしまい。

それで全ての名声が泡と帰す。

そんな夢を見てしまった。

目が覚める。

夢だと分かっているのに。

凄い冷や汗を掻いているのを感じて、思わず頭を振るっていた。

天下統一後に。

駄目になった奴は多い。

漢の高祖劉邦は、天下統一後に猜疑心の塊となり。その結果、漢王朝の黎明期には功臣や名将が次々に死んで行くことになった。

言うまでも無い豊臣秀吉は。

それまで誰にも腰を低くして対応していたからか。

天下を取ってからは別人のように傲慢になり。

多くの失策を犯した。

自分を偉いと言って欲しかったのかも知れない。

川中島の戦場を視察した跡、武田信玄と上杉謙信を馬鹿にするような発言をしたと言う説もある。

それが不思議では無いほどに。

天下統一後の秀吉は変わってしまった。

気の緩み。

気を遣う事がなくなったことに対する開放感。

そういったもので。

名君は簡単に駄目になる。

英雄は簡単に暴君になる。

私は最初から闇宵の王として君臨しようとは思ってはいるが。このままでは、この国全土を支配したときに、気が緩んでしまうかも知れない。

電話が鳴る。

頭を振りながら、電話を取ると。

姫島からだった。

「やほー。 あれ。 シロ、調子悪い?」

「少しな」

「駄目だよ、気を付けないと。 大事な体なんだから」

「分かっている」

勿論姫島に当たり散らすようなバカはしない。

愚痴を聞かせることはあるが。

それも二人きりの時だけだ。

しかも、誰も聞いていない事がはっきりしているときくらいだ。

思えば、姫島が最初の友人だった。

桐川と黒田も後から加わったが。

最初から私を差別せず。

むしろ面白がって接近してきたのは姫島だけだったか。

「何か用事か」

「仕事」

「そうか。 内容は」

「どうもどうしようもない毒親がいるようでね。 そいつがまた、厄介なことに思想団体のボスをしているみたいで」

なるほど、それはちょっと他の手に余るかも知れない。

今の時代、思想団体は菜食主義にしろフェミニストにしろ、非常に面倒な存在になりつつある。

実のところ、昔からアンタッチャブルに近い立場を利用して、好き勝手をしてきた集団はいた。

環境テロリストと今は呼ばれるようになりつつある過激な動物愛護集団や。

善行の美名を隠れ蓑にして好き勝手の限りを尽くしている福祉団体などである。

それらの実態が明らかになるに連れて。

過激化した菜食主義者が自分の子供やペットに菜食主義を強要したり。

フェミニストが、単なる男性差別主義者に堕落したりと。

極めて愚かしい事例が、浮き彫りになりはじめていた。

黄色パーカーを着込む。

多少調子は悪いが。

まあ仕事を一つこなすくらいなら大丈夫だろう。

姫島が持ち込んでくると言う事は、部下には任せられないという判断からだ。今の彼奴は、日本中に根を張っている私の腹心。単純な保持情報量だけなら私より上かも知れない。私に彼奴は期待しているし。私も彼奴を信頼している。

私が天下を取った後も。

この信頼を崩すべきでは無い。

当たり前の話である。

外に出て、SPの運転する車に乗りながら、黒田に指示。

該当の団体を調査し、データをぶっこ抜いておくように言うと。

黒田はそんな簡単な仕事で良いの、と聞いて来た。

黒田も優秀なハッカーであり。

今では多数の部下を抱えた強力な集団を指揮しているが。

だが、私が出る仕事の場合は。

黒田自身に動いて貰う。

これは、私が出ると言うことは。

本気の仕事だからだ。

それに、黒田が鈍るのも避けて欲しい。

そういう理由からである。

勿論私は、黒田に「ビジネスコミュニケーション能力」だとかいう無駄なものは一切要求していない。

黒田は得意分野を生かして動ければ良い。

それだけで。

私も、その環境を整える。

当たり前の事だ。

現地に到着。

病的にやせこけた子供がいた。

確か姫島に事前に聞いたデータだと、小学六年生だという話だが。小学四年生くらいにしか見えない。

痣も目立つ。

女の子なのに。

此処まで痩せていると、可哀想だ。

これから二次性徴を迎えるのに。

発育に甚大な悪影響を及ぼすだろう。

いつの間にか。

隣に私が並んでいるのに気付いた子供は。

ひっと小さな悲鳴を漏らした。

雨が降り始めている。

私は三十分もつ飴を咥えると。

顎をしゃくって、側の小さな遊具を指した。

半球型の、登ったり隠れたり出来る奴だ。

あれなら、雨を凌ぎながら、話をする事が出来る。

「私に頼みたい事があるそうだな」

「お肉が食べたい」

「……それだけか」

「うん」

詳しく順番に話を聞いていく。

まず、依頼人の名前は平田七々子。

親が典型的な菜食主義者で。

兎に角、絶対に肉を食事に出さないという。

それだけではない。

学校にも突撃してクレームを入れ。

給食には絶対に肉を出すなとまで指示。

何でも肉は「残虐な虐殺行為によって得られている邪悪なもの」という思考があるらしく。

更に言うと、「人間は野菜を食べるのが普通」という思想も併せ持っているようだ。

要するに超過激な動物愛護団体に所属し。

なおかつ超過激な菜食主義者という。

ある意味最悪の組み合わせだ。

自分でそれを守るのは別に良いだろう。

だが、それを自分の子供に押しつけるのはいただけない。

案の定、親に何を言っても聞き入れてくれないという。

「その痣は」

「あ、これは……ぶたれてはいないよ。 お母さんもお父さんも、鬼みたいな顔で怒るけれど、私を殴ったり蹴ったりはしないから……。 でも、その代わりに、私の本とかぬいぐるみとかを燃やしたりするけど」

「本当か」

「うん。 必要ないから、って」

なるほど、ミニマリストもこじらせているのか。

最近はやり出したこの思想は。

必要のないものを捨てる、という意味不明の代物で。

貧しい生活を肯定するようなものである。

色々な意味で勘違いしている思想だ。

例えば徳川家康は、あらゆるものを大事にし、消耗品まで長く使う極端な質素倹約の生活をしていることで知られたが。

必要なものに関しては周囲に常に取りそろえていた。

趣味に関しても豊富に持っており、鷹狩りを好んだことは知られているが、それ以外にも武術は刀や馬をはじめとして一通りたしなんで、免許皆伝まで持っていた。

また、無駄を省くことで巨大な蓄財にも成功しており。金持ちで知られるあの豊臣秀吉が、家康は自分より蓄えているかも知れないと語った説があるほどである。

事実、金を蓄えすぎて、城の屋根が抜けたことまであるし。

タンス貯金の類にも余念が無く。しかも、いつどれだけの金をタンスに貯金したかも、正確に把握していたという。

要するに家康の場合は、無駄な贅沢は控えていただけで。

必要なものに関しては金を惜しまなかったし。

金の使い方も知っていた。

それだけのことである。

ミニマリストというのは、それでさえなく。

個人の趣味や生活そのものを否定し、矮小化することによって。

個性までも否定するものだと、私は考えている。

いずれにしても、それも自分で実施するなら勝手だろうが。

子供に押しつけるなど言語道断だ。

「今の生活は苦しいか」

「うん。 何も友達と話が合わないの。 テレビも見せて貰えないし、ゲームもやったことがない。 他の子と運動をしようにも、いつも頭がふらふらして、まともに動けないから、邪魔になっちゃう」

「どれ、少し見せてみろ」

私が見本になって。

軽くダンスをしてみせる。

同じように動いて貰って。

身体能力を測定。

なるほど、同年代の人間に比べて、著しく劣っていると判断して間違いないだろう。これは、劣悪な環境で育てられていると断言しても良い状況だ。

「よし、分かった。 対応しよう」

「本当に……?」

「ああ。 助けてやる。 今のうちに、報酬は準備しておけ。 それは聞いているな」

「うん……」

頷く相手に。

視線の高さを合わせながら。

昔は、そんな事はしなくても大丈夫だったなと。

私は少しだけ、寂しさを覚えていた。

 

家に戻った頃には。

既に黒田が情報を集めていた。

さっと目を通す。

確かに問題のある家庭である。

親はそれなりに裕福で、しかも高学歴なのに。明らかに問題のある思想団体に、複数所属してしまっている。その上支部長だ。

軽く調べて見るが。

どうやら今回の依頼人だけではなく。

その弟と妹にも。

似たような「英才教育」を施しており。

学校側でも要注意のモンスタークレーマーとして認識しているようだった。

調査によると。

案の定、「農薬や化学肥料を一切使っていない」野菜やらを取り寄せ。「化学調味料を一切使わない」料理として、塩や砂糖の使用さえせず。

まったく味がしない料理を子供達に強要し。

結果がアレだ。

本人達がそれで体を壊して死ぬのは自由だろう。

自分の思想に殉じて死ぬのなら本望だろう。

だが、自分の家族をそれに巻き込むのは。

あってはならない事だと、どうして気付くことが出来ないのだろう。

所属している団体についてメスを入れると。

案の定、出てくる出てくる。

契約している農家は札付きで。

実際に調べて見ると、普通に農薬も化学肥料も使っている野菜を、「健康食品」として売り出しており。

その品質も劣悪。

実際に現地に赴いて写真を撮らせる。

これはドローンにより実施したが。

それだけで、明らかに普通にただの農業をしているのが丸わかりな程だった。

あまりにも酷すぎて、頭がくらくらしてくる。

また、動物愛護団体の方も。

バックにタチが悪いカルトがいる事が分かり。

資金源はなんと覚醒剤である。

それも国際的にかなり問題視されているカルトで。

国によっては武器を密売したり。

大麻を「安全」と称して売りさばいていたりで。

やりたい放題の集団であるらしい。

動物愛護団体は、単なる集金の手段として用いている様子で。

バカを騙して金を貢がせ。

カルトの幹部は連日酒池肉林の宴を繰り広げ、洗脳した女を周囲に侍らせて好きにしているようだった。

なるほど、これは放置してはおけない。

更に、ミニマリストだが。

これもろくでもない団体では無い事が分かった。

ミニマリストの生活を進めつつ。

「引き取った」不要品を、質屋などに大量売買して稼いでいることが判明。結託している質屋も悪徳業者で。

即座にネットオークションに「戦利品」を流し。

荒稼ぎしている集団と言う事がわかったのである。

まあ、手段さえ選ばなければ。

こういうことはすぐに分かる。

というかいずれも、既に警察がマークしている団体らしく。

後は、警察を蹴飛ばしてやれば。

勝手に芋づるだろう。

だが、その前に。

やる事がある。

依頼人に連絡。

「これから迎えに行く。 妹と弟を連れ出せるか」

「う、うん」

「よし。 では両親が家に帰る前に、二人を連れて昨日の公園に」

「うん……」

声には力がない。

小六の女子は、もう少し元気があるような気がしたが。それもやはり、環境次第と言う事だろう。

まあ元から大人しい子供もいるにはいるが。

今回の依頼人の場合は。

そもそも環境が劣悪すぎて、力が出ないケースである。

そのような状況の人間を、大人しいとは言わない。

そして私は、児相を動かす。

今回のケースについて、本人の状態を写真付きで送付。即座の保護が必要として、尻を蹴飛ばした。

公園にSPつきで出向く。

少し霧雨が降る中。

三人のやせこけた子供達は、身を寄せるようにして。この間話をした遊具の中で待っていた。

すぐに児相の人間も到着。

私が声を掛けたのだ。

血相を変えて飛んできた。

以前から、児相を利用する事は何度かあったが、その度に酷い状態の子供を保護しているので。

私が声を掛けたと言う時点で。

ただ事では無いと悟ったのだろう。

勿論、私が有力者だから、という事もあるだろうが。

幸いなことに。

不祥事が目立つ児相でも。

救っている子供はいるし。責任感のある職員もいる。そういう事だ。

子供達の状態を見ると、即座に児相の人間は保護が必要と判断。警察にも連絡して、動き始めていた。

知らない大人に怯えている子供達だが。

依頼人に、私が話す。

「これから味がついた食べ物をきちんと食べられるようにしてやる」

「……本当?」

「私は依頼を失敗したことがない」

「それは聞いてるよ。 凄い妖怪だって……」

児相の人間が血相を変えたが。

私はむしろ口の端をつり上げた。

「そうだ。 妖怪というのはな、ルールに沿って動く。 馬鹿にすれば祟りを為すし、祀れば有益な存在になる。 むしろ私を利用して、助かろうというくらいに考えろ。 そうすれば、いずれもっと楽な生活が出来る」

「よく分からないけれど、美味しいものが食べたい」

「……だそうだ。 この栄養状態だ。 すぐにまともなものを食べさせてやって欲しい」

「分かりました」

児相の人間が、三人を連れていく。

そして、同時に。

警察のキャリアから連絡が入った。

問題の団体に、強制調査を開始したという。

少し前に「動け」と指示したのだが。

流石に今までに相当な数のキャリアの首を飛ばしてやったからか、動きがスムーズでよろしい。

即座に対応を開始した警察は。

問題の団体に立ち入り調査を開始。

不意打ちと言う事もあって、どの団体も対応出来ず。

即座に様々な犯罪行為の証拠を押さえられて、そのまましょっ引かれ。

それに協力していた農家や犯罪集団も。

すぐに押さえられていった。

やはり政争にばかり注力しているキャリアは、根こそぎ切るのが正解だな。

警察の動きの早さを見ていて、私はそう思う。

実際、末端の警官の動きは良いのだ。

後は、警察側に資料を提出させ。

そして親に仕置きをするだけである。

SPを連れて。依頼人の家に向かう。

依頼人の家は、事前に調べてはあったのだが。

眉をひそめる有様だった。

豪邸と言って良いレベルの規模なのに。

おぞましいまでに生活感が無いのである。

誰から聞いたのか、血相を変えて戻ってきた依頼人の両親は。SPに即座に囲まれて、真っ青になった。

「な、何だあんた達は!」

「私を知らないとは素人か?」

「ひっ……!」

SP達の間から。

敢えて、ぬらりと姿を見せる私。

歩法を工夫して。

気配を直前まで消し。SP達の体を利用して身を隠しながら接近。至近距離にいきなり現れたように演出した。

それだけである。

だが、妖怪黄色パーカー。

それも雨に濡れているその姿は、威圧感抜群。

昔と違って上背も足りている。

ドブより濁り。

地獄を宿した目が。

愚かな両親を射貫く。

「児童虐待の件で色々と話したいことがある。 同行願おうか」

「……」

怯えきって、声も出ない二人を。

引きずるようにして、近くのカフェに。

なお、時々利用している店で。

カフェの店員は、私がSPを連れて入ってきたのをみると、一番奥の席を即座に用意してくれた。

青ざめている二人に。

二人がはまっている団体の真実を順番に提示していく。

まず菜食主義、自然派を主張する団体の実態。

今まで食べていた野菜が、実際には「農薬塗れ」の「化学肥料塗れ」である事実を知った二人は絶句していた。

「これが事実だ。 それも粗悪品ばかりをありがたがって、通常の何倍も金を掛けて食っていたんだよ、貴方たちは。 そればかりか、子供にまでそれを強要していた」

更にデータを見せる。

二人が出していた食事が、如何に栄養的に偏っているか。

塩分も糖分も、人体にとって非常に重要な栄養で。

それがないとどういう影響が出るか。

この手のものは口で説明しても無駄だ。

実際にデータを見せるのが一番である。

更に、だ。

二人の子供達が。

如何に発育が遅れているか。

そんなもの、栄養が足りていないからに決まっている。

これらのデータを提示した後。

更に追撃を仕掛ける。

動物愛護団体の正体。

資金源が覚醒剤と聞いて、二人はそんな筈は無いと喚いたが。

実際に証拠写真を見せてやる。

その団体の代表が、覚醒剤を取り扱っているヤクザと懇ろにしている写真。更に団体の関係者が。覚醒剤を仕入れている様子だ。

これらは警察が、監視カメラから割り出す前に。

黒田が引っ張り出してくれた。

「動物愛護のために人間を薬漬けにする。 これが動物に対する「愛情」の正体だ」

「……」

言葉も無い二人。

更にミニマリストの実態も告げる。

格安でネット通販されている家具などを見て。

二人は嘘だと喚いたが。

即座にその販売されている状態を見せてやる。

数クリックで到達できる。

二人は。

その場で血を吐きそうな顔をしていた。

「分かったか。 お前達は耳障りが良い言葉を鵜呑みにした結果、誰よりも大事な自分たちの子供を虐待していたんだよ」

「嘘だ……」

「おかしいと思えなかったんだろうな。 お前達のようなエリート校を抜けた人間ほど、自分に自信を持ちやすい。 詐欺師はそういった人間を最大のカモにしている」

事実。

この国で最悪のテロを起こした宗教団体も。

むしろエリートを取り込むことを得意としていた。

邪悪の権化であるカルトに、あっさり取り込まれていく高学歴のエリート達は。この夫婦と同じだ。

「此方の判断で、子供三人は虐待を受けていると判断。 児相に保護させた。 二人にはこれから更正プログラムを受けて貰う」

警官が来る。

私による仕置きは此処まで。

此処からは、児童虐待容疑に対する任意同行と、それに対する質疑の時間だ。

警官も厳しい顔をしていた。

真っ青な二人が連れて行かれるのを見送った後。

私は依頼人に連絡を入れる。

おいしいものを食べる事が出来たかと聞くと。

ハンバーグを食べる事が出来て、味もあったと大喜びしていた。

後は報酬を受け取るだけだが。

それはしばらくは、味のある食事を堪能してからでも良いだろう。

少し時間をおいて、また連絡をするとしよう。

勿論アフターケアもしっかりする。

このままだとまた虐待が再発する可能性もあるし、状況に応じて里親なども探しておく。それらをしっかりこなしてこその、妖怪黄色パーカーなのだから。

ふと、気付く。

また少し頭痛がした。

目を閉じて、頭を振るう。

私は少しばかり。

自分を酷使しすぎたのかも知れない。

 

3、夜闇

 

桐川が専属の医者を雇った。

まあそれも良いだろう。

父の面倒を見てもらうのと同時に、私も診察して貰う。そうしたら、働き過ぎだと断言した。

「貴方は脳を使いすぎている。 若い頃から相当な才覚に恵まれていたようだが、その結果フルスロットルで脳を動かしすぎたのだ。 成人した今となっては、その動かし方は危険すぎる」

「何か対策は」

「休憩を多く入れ、睡眠もしっかりとり、栄養を取ることが大事だ」

「分かった。 考慮する」

食事のメニューについては桐川に任せる。

父について聞くと。

医師は更に厳しい顔をした。

「恐らく後数年はもたない」

「癌などの重篤な病気はないと聞いているが」

「あれはもう、精神が死んでいる。 精神が死ぬと、体も生きようとする努力を放棄してしまう」

そういえば。

確か大人になりたがらなくなる人間が。成長が止まってしまうケースがあるというような話を聞いたことはある。

子供に戻りたいと思うあまり。

子供にはなれないが、大人にならない事なら出来ると体が判断し。

成長が止まってしまう、というものだ。

勿論よくあるケースでは無いだろうし。

眉に唾を付けて聞かなければならないが。

「何か対策は」

「過重労働と無茶な責任で精神を壊したというのなら、もはやどうにもならない。 最近は起きている時間の方が短いという話だ。 後はゆっくりと、静かに死ねるように祈るしかないだろう」

「……そうか」

父は社会に殺された。

それははっきりしている。

父もそれを理解している。

だから言った。

俺のような被害者を出さないように、と。

私はこの国で権力を拡大しながら、改革を進めている。ブラック企業は片っ端から経営陣を更迭しているし。

無茶な労働は害悪にしかならないという事を示し、影響下にある企業は全て労働状態を改善させてもいる。

サービス残業という言葉は死語にさせた。

今では違法残業という言葉にし。

行っているのを発見したら、会社の経営陣に直接ダメージが行くようにもしている。

本来は国の仕事だが。

国が大企業の言い分ばかり聞き。

まともに対応しないのだから仕方が無い。

此方で強権を振るって叩き潰すしかない。

そうやって恐怖政治を行うことで、ようやく自浄作用が働き始めた。ケツを叩いて、ようやくだ。

この国では昔からそうだ。

戦争をやっていた頃とまったく変わらない。

阿諛追従が上手な人間だけが出世して。

それがビジネスマナーなどと称される。

コミュニケーション能力などと称される。

スキルがあろうが、仕事を真面目にやろうが。

上司に媚を売るのが下手な人間は絶対に出世出来ないし。

体育会系が異常に有利。

大企業になると、学閥によるポストの独占が異常だ。

これらの問題は、この国だけの事では無いが。

この国で、私の目の届く範囲内では。

同じ事はもうさせない。

それでも、まだまだ。

多数の労働者が苦しんでいるのが実情だ。

そして改革を進めている私も。今、同じ状態に、自分を追い詰めつつあるのか。

過剰労働。

父の言葉による復讐心。

私の体がむしばまれているのだとすれば。

私は、このまま。

果ててしまうのだろうか。

天を仰ぐ。

「繰り返すが、休憩時間を増やすように。 このままだと、貴方は父親と同じ運命をたどることになる。 貴方はスペックが平均的な人間とは比べものにならないほど高いが、人間に出来る事など知れている。 漫画じゃあるまいし、素手でライオンを殴り殺したり、空を飛んでビルの屋上に立ったりするようなことは出来ない。 今貴方がやっている事は、それを無理矢理実行して、その結果寿命を縮めているようなものだ」

「厳しいな」

「事実だ。 私は医者として、人間が壊れるのを止めなければならない。 医者は警官と同じで、後手に回ってしまう仕事だ。 だが、今回は先手を取って病気を止められるのだから、そうする。 それだけだ」

頷くと。

医師を下がらせる。

しばらくぼんやりしながら、マクロを動かす。

桐川の作ったデータを見ながら、今後支配下に置く相手や。叩き潰す相手を調べていく。特に頭を使わなくてもこれくらいは出来る。

仕事も、可能な限り部下に割り振るが。

ただ、依頼だけは別だ。

これは私の根幹になっている。

失敗するわけには行かないし。

そういう意味では、簡単なものを除くと、部下にも任せられない。

適当な所で切り上げると。

ベットに横になる。

そして、気付く。

眠れない。

頭を振るう。

そういえば、少しずつ無茶をしていた。

不眠症に関しては、対策を色々していた。

有名なホットミルクやストレッチなどは全て試したし。

最近話題になっている腹式呼吸もやってみた。

前はその気になれば自由自在に眠れたのに。

いつの間にか、眠ろうとして、できなくなっていた。

愕然とする。

私はまだ成人したばかりだ。

不眠症が過重労働と強烈なストレスによって生じる事は分かっている。簡単に治るものでもない事も知っている。

事前に備えて、普段から寝る前には少し対策をしていたのだが。

ついにこの日が来てしまったか。

父の二の舞になる。

その言葉を聞いて。

愕然とする。

私は、このまま、体を壊すのか。

口を押さえて、黙り込む。

私は体が頑丈な方だが。

それが故に、一度ガタが来たら、多分それで終わりだろう。

頑丈なほど、壊れると脆い。

鉄骨が折れたら取り返しが利かないように。

私の体も、一度徹底的に壊れたら、修復はもう無理だろう。

起きだすと、軽く体を動かす。

ホットミルクもさっき飲んだが、追加で飲む。

しかし、効果はあまりない。

専属の医者に、明日相談しよう。

そう考えて。

無理矢理その日は、どうにか眠った。

 

この国のほぼ全土を実質支配下に置いた私は。総理大臣を呼びつける。半分を支配下に置いてから、半年と経過していない。一度圧倒的な勢力を作ってしまえば、後はトコロテン式に押し出せる。

そういうものだ。

ただその過程で、相当に大鉈は振るい。

この国の人事は大幅に変わった。

ブラック企業で好き放題に搾取をしていた連中や。

銀行と結託して経済を停滞させていた連中は官僚からしてほぼ粛正して、人員が根こそぎ変わっている。

そのほかにも、存在そのものが害悪である団体や。

もはや存在する意味がなくなったものは。

ほぼ撤去した。

総理大臣でさえ、今は私の家に訪れる。

腰を低くして、だ。

私のよどみきった目を見ると。

総理はしばし困惑してから、聞くのだった。

「今日は何用でしょうか」

「この人事を急いで欲しい」

「しかし、官僚の一部の抵抗が激しく」

「ならば私が黙らせる」

口をつぐんだ総理が。

書類を受け取ると、下がった。

頭を掻く。

独裁者そのものだな。

そう思ったが。

仕方が無い。

国が潰れるときは、大体こうだ。

基本的に国は上から駄目になる。腐敗が拡がり、やがて能力主義では無く阿諛追従する人間が出世するようになっていく。

そうなると、崩れるのはあっという間だ。

偉い人間がろくでもない事ばかりしている。

そう認識した民衆は。

偉い人間がそうなのに、どうして自分たちが行儀良くしていなければならないのか。

そう考えるようになる。

結果、モラルはあっという間に崩壊していくし。

企業単位でも、同じ事が起きていく。

その結果、国は潰れる。

昔から何度も起きて来たことだ。

そして今、連結した巨大経済圏と化している世界では。

世界単位で同じ事が起きても不思議ではなくなりつつある。

一時期は、国家というものが無くなるかも知れないなどという話さえあった。

EUなどの結成は、それを裏付けるかのようだった。

だが、結局の所国家というものは無くなる気配もなく。

更に言うならば、国家の悪い所が、その巨大経済圏にそのまま移りつつある。

あまり考えたくは無いが。

このままでは世界大戦に発展するかも知れない。

そして、古い時代から。

政治など基本は決まっている。

混乱期や改革の時は権力を集中。

平和なときは権力を分散。

これである。

民主主義なんて、古代ギリシャの時代から存在していた。

だが、結局の所、世界の歴史を主に動かしてきたのは専制主義で。

現在でも、民主主義とは名ばかりの、貴族合議制が世界を事実上動かしているのが実情だ。

近年は、極端な独裁制による主権国家が暴虐の限りをつくしはしたが。

結局の所、それに対抗するために。

「民主主義国家」がやったのは。

英国などで顕著だが。指導者に強力な権力を与える事だった。

改革には強権が必要だ。

だから私は今そうしている。

更に言えば。

独裁者は激務だという言葉を。

思い知らされてもいる。

一度不眠症を自覚してから。

状況は悪くなる一方だ。

医者に薬は処方させたが。

対処療法にしかならない。

一時期は、その気になれば四日くらい徹夜することも出来たのだが。そういったことをしていたから、一気に反動が来たのだろう。

壊れた世界を無理矢理治す。

邪神として君臨し。

畏怖によって統治する。

それが私の考えたことだが。

結果として。

その考えは、私の体もむしばんだ。

子供の頃から、目には闇が。

その奥には地獄が宿っていたが。

今では恐らく。

その炎が、内側から。

私の体を焼きつつあるのだろう。

気付く。

桐川が、見下ろしていた。

「どうした」

「リスト、まとめてきたよ」

「……有難う。 いつも助かっている」

「それでもきちんと内容は確認するんだね」

苦笑する桐川。

これは、何度も説明したが。

人間に完璧は無いからだ。

アインシュタインですら簡単な計算ミスでずっと悩んでいたくらいである。

どんな人間でも、誤字脱字はするし。

ケアレスミスは絶対に出る。

もしもミスが無かったら、むしろそれをおかしいと疑わなければならない。

チェックは出来るだけ念入りに行い。

徹底的に精査する。

それは、相手が桐川でも黒田でも同じだ。

ざっと確認し。

どうもおかしい箇所を何カ所か、自分で修正する。ふと気付くと、鏡を見せられていた。

目の下に隈ができている。

そうか。

休んではいるつもりだったが。

「医者に言われてるよ。 かなり酷いみたいだね。 一月くらい、何も考えずに過ごしてみる?」

「流石に無理だ」

何も考えずに一月も過ごしてみろ。

私が押さえ込んでいたクズ共が、あっという間に地面から湧き出してきて、また弱者に襲いかかる。

畏怖というものの賞味期限は短いし。

私が常に恐怖の対象として君臨していることを示し続けなければ。

クズは即座に調子に乗る。

事実、私に阿諛追従して、甘い汁を貪ろうと接近してきた連中は既に三桁を軽く超えている。

いずれも叩き潰して再起不能にしたが。

それでも、私が弱れば。

すぐにすり寄ってくる輩が現れるだろう。

嘆息した桐川は。

何度も含めるようにして言う。

「姫島さんや黒田さんは言わないから、私が言うけれど。 シロ、このままだと、お父さんと同じになるよ」

「そんな事は分かっている。 医師には言われているしな」

「?」

「どうした」

何でもないと一瞬だけ眉をひそめた桐川は言うが。

何だか不思議な間があった。

医師を手配したのはそもそも桐川だ。

その医師が来た。

桐川が医師を呼んで、別室に。何か話していたが、口論になっているようだ。流石に私も、其処まで干渉する気は無い。

作業を淡々と進め。

そして、やるべき事を済ませる。

謁見とか、情報の収集とか整理とかは、部下に任せてある。最終的には桐川の所へ行く。

また、重要な賓客との接待とかは姫島にやらせているし。

サイバー関連の事業は黒田に丸投げ。

いずれも、私が直接手を下さなくても大丈夫な状態にはなっている。その筈だ。だが、何だろう。

今の桐川の不思議な反応は。

頭痛がする。

戻ってきた桐川は。

あまり良い表情をしていなかった。

「シロ、ちょっといい」

「どうした」

「薬、ちゃんと飲んでる?」

「飲んでるが」

見せる。

飲んだ薬とそのデータについてだ。

ちなみに私も、きちんと薬については調べてから飲んでいる。立場が立場だから、毒を盛られる可能性も考慮しなければならないからである。

桐川はしばらく考え込んだ後。

やがて頷いた。

「分かった。 だったら仕方が無い。 言うしか無いか」

「何だ」

「多分だけれど、あと三年もたない」

「……!?」

ちょっとまて。

体の不調は感じていたが。

どういう意味だ。

「死ぬって意味じゃないよ。 このまま激務を続けると、シロの心身がもう回復不可能な所まで行くって事。 三年で寝たきりになるって訳じゃないだろうけれど、三年した頃にはもう今までのようには動けなくなるだろうね」

「何……」

「本当だよ。 医師はもうドクターストップを掛けたいみたい。 そもそも、億を超える人間を、シロ一人が管理するのが無理なんだよ。 シロがIQ200近い事は知ってるし、その業績も実績も見てきたけれど。 それでも今の社会は巨大化しすぎてる。 シロが古代の英雄達と並ぶくらいの傑物でも、それでも無理なんだよ」

思わず、青ざめる。

桐川は、私のためを思って言っている。

それも勝手な思い込みでは無く。

客観的な事実から、である。

私は、私が潰してきたクズ共と同じになる訳にはいかない。

特に、去年精神病院で狂死したアレと同じになる訳にだけは、絶対にいかないのだ。

「無理が一気に来たんだよ。 シロは子供の頃からあまりに大きな負担を自分に掛けていたし、体が固まってからは更にそれが顕著になった。 シロのおかげで一気に改革は進んだけれど、それでも限界がある。 もう、分かっているんじゃないの」

「……」

「少し休んで」

「……分かった」

やむを得ないか。

嘆息すると、私は。

休むための準備を始めた。

まだ、倒れるわけには行かない。

改革を急ぎすぎたというのもあるのだろう。無理をしないようにしていたつもりだったが。

そもそも平均的な人間とは、頭の回転速度からして違う。

同じように休んでいても、それでは体が保たなかった、ということだ。

ただでさえ、成人して少し程度で。

この国を事実上掌握し。

総理を呼びつけるまでになったのだ。

考えて見れば、無理に無理を重ねた結果がこれで。

姫島はああいう奴だ。

私が倒れても、それはそれでと楽しみ続けるだろう。

黒田はドライな奴だ。

私に感謝はしているが。

そもそも自分の能力に自信もあるし、スポンサーが新しくすぐに見つかるあてだってあるだろう。

桐川は。

唯一、私がいないとどうにもならない。

そういう事情があるとしても。

桐川の心配だけは事実だった。

しばし考えた後。

決める。

此処からは。自分での決定事項を減らしていくしかない。そうやって負担を減らさないと、冗談抜きであと3年しかもたなくなる。

私は何処かで、自分のスペックを過信していたのかも知れない。

それに。怒りにまかせて突き進んできたが。

体がついに追いつかなくなったのかもしれなかった。

準備はすぐには終わらない。

三ヶ月ほど掛けて、ゆっくり休める態勢を作っていくしかないだろう。勿論弱みにつけ込もうとする輩も出てくる筈だ。そういう連中に限って出世するのが、末期の社会だからである。

一段落して。

私は。父の様子を見に行った。

もう父は。

私に気付くことも無く。

目を覚ますことも無かった。

私は、掛ける言葉も持たず。其処に立ち尽くすしか無かった。

父は、こうなることを望まないだろう。

ならば、決まっている。

少し、ペースを落とすしかない。

だが私は闇宵の王になろうと考え続けてもいる。

それならば。

部屋を出る。

せめて、同じ犠牲者を出さないようにするために。

私には、するべき事が、幾つもあった。

最も重要な一つは、黄色パーカーの仕事を続けること。

畏怖を世界に撒くこと。

畏怖によって、世界をコントロールすることだ。

嘆息すると、部屋を出る。

私は結局、力を得てもこれか。ならば、魔王として、世界を闇からコントロールしようではないか。

それもまたいい。

焦ることは無い。

無理さえしなければ。

まだ時間はあるのだから。

たくさん。

そう、とてもたくさん。

 

エピローグ、ロードオブトワイライト

 

困り果てて公園のベンチに座っているその女子高校生は。

何かが横に現れたのに気づき。

顔を上げて。

思わず悲鳴を上げかけていた。

黄色パーカーの妖怪がいた。

いや、昔はそう呼ばれていたらしいが。

今では、黄色パーカーの祟り神と言われている。

いや、更に恐ろしい別名があった。

薄明の王。

つまり、魔王だ。

パーカーのフードに隠れて、顔は見えないが。少しだけ見えるだけでも分かる。雰囲気が、あまりにも異常だった。

「依頼の主はお前か」

「は、はい……」

声が上擦る。

女子高生は知っている。

ここ数年で、この国の環境が激変したことを。

国会で起きていたヤジ合戦が止まり、真面目に国会が運用されるようになり。与党も野党もきちんと仕事をするようになった。

ブラック企業は絶滅し。

公務員の汚職もなくなった。

テレビ局が幾つか潰れて。

新しく作り直された。

新聞社も、戦前からあったような老舗でさえ潰れ。

そして新しい新聞社が出来た。

いずれも、数年前からは信じられないほど客観的で正確な情報を流すようになり、マスコミの信頼度は急回復している。

それらを力尽くで達成したのが。

今のこの国を裏から支配しているこの魔王。

そして魔王は。

親にも相談できず、自分では解決できない問題を、解決してくれる。

対価と引き替えに。

その対価とは、白い市販品では無い何か。手作りであれば何でも良い。

ただし気を付けなければならない。

魔王を怒らせたら。

その時は、社会から抹殺されるどころか。

物理的に地獄に落とされる。

何人か、冗談で試した人間が。

恐怖で精神病院送りになった事を、その女子高生は知っていた。

「話は聞いているが、近くで良くない因習が残っているそうだな」

「はい。 因習というほどのものかは分からないのですが、その……近場の神社に、ある年になったら絶対に行かなければならないという風習があって、その」

「其処で性的な暴行を受ける」

「はい。 そういう噂です」

此処はド田舎だ。しかも離島。

訳が分からない風習が残っている。

奇祭の類なら良い。

だが、性的な強要が含まれるような祭は、排除されるべきだ。

この田舎では、誰もがそれの存在を秘匿していて。

なおかつ、強固に守ろうとしている。

「分かった。 対応しよう。 報酬は用意しておけ」

妖怪が消える。

ほっとした女子高生は、ふと気付いた。

これで、嫌な祭がなくなる。

今年は自分がエジキにされるかも知れない。

そう思うと、本当に憂鬱だったのだ。

自宅に戻る。

その途中も、怖くて仕方が無かった。

魔王に話したことを。

誰かが気付いたかも知れないからだ。

だが、それでも歩く。

伝手を使って。

魔王にどう連絡すれば良いか。ようやく調べ上げた。

調べるまでが本当に大変だった。

何でも魔王は、ここのところ連絡を取るのがとても難しくなっているらしい。この国を支配するのに疲れ果てたとか。実際には複数の人間が魔王と呼ばれていて、仲違いを始めたとか。色々な噂があった。

だが、はっきりしている事がある。

あの、側に突然現れた影は。

ホンモノだった。

人間だとは思えなかった。

いや、人間なのだろうが。

何かが決定的に違っていた。

家に戻る。

そうすると、祖父夫妻が真っ青になっていた。何かが起きたのは間違いない。

「これから寄り合いに行ってくる」

そう言い残すと。

大人達は、いそいそと何処かに消えていく。

ひょっとすると、もう終わったのだろうか。

ならば、報酬を用意しなければならないだろう。

思い出す。

魔王が要求する報酬は、忠誠の証。

それを差し出すことは。魔王に仕える事を意味すると。

また背筋が寒くなる。

ゲームの世界の事だろうと思っていた魔王。

だが、それが実在し。

今、自分が魂を売ろうとしている。

女子高生はそれの意味を悟り、また青ざめるが。頭を振る。

それでも、迷妄を打ち払ってくれる方がマシだ。

昔から、武神や軍神は恐ろしい姿をしている。

それは魔と戦うためだ。

つまり魔は恐ろしいものであり。

武神や軍神はそれに紙一重の存在なのである。

目を擦ると、編み物を始める。

心がこもっていないと、魔王は怒る。

そういう噂もある。

だから、必死に。

手を動かして。

自分のために動いている魔王のために。女子高生は、白いマフラーを編み始めた。

 

(路地裏ミステリ、ロードオブトワイライト、完)