支配者へ

 

序、開始

 

そろそろ良いだろう。

私は動き出す。

自由に動かせる資産は八億を超えた。無理をすれば十億程度なら動かす事も出来る。

人脈も十分確保。

そして、私は中学に入らず。

とっとと米国の大学を入試。

飛び級を重ねて大学院まで出て、博士号を取得すると。

四年で日本に戻ってきた。

日本の中学と高校をチンタラ受けている気がしなかったので、さっさと学問そのものを切り上げようと思ったのもある。

いずれにしても、まだ他が高校生をやっているのに。

私は米国の超一流大学の大学院まで出て。

戻ってきた。

その事実で充分だ。

米国にいる間も、父の面倒は家政婦に見させ。時々様子は確認していたが。父はもう正直な所、働かせる事が出来る状態には無い。

戻ってきた私を見て。

父は喜んだが。

悲しげに微笑むばかりだった。

「立派になったな」

「年齢的にはまだ他が高校生をやっているのと同じ。 成人とさえ認められないけれどもね」

「いや、随分と背も伸びた」

私も向こうで色々と努力して。

身長は160センチ代を確保した。

向こうではもっとずっと背が高い同級生がウヨウヨいたが。

意外に背が低い人間も多くて。

それで驚いた記憶がある。

身長の平均が、日本とあまり変わらないことは知っていたが。

やはりよいものを食べ放題な富裕層と。

貧困層では。

相当に背丈に違いが出る様子だ。

それに、人権先進国などと言うのが大嘘だというのもよく分かった。

私は問答無用の学力で周囲を黙らせたが。

悪名高いスクールカーストは厳然として存在し。

私に差別的な発言をする人間も珍しくなかった。

性癖にしても同じだ。

未成年の、それも米国人から見れば子供に見える相手を口説こうとする大人も普通に存在していた。

東洋人を猿としか考えていない人間もいたし。

反吐が出るような光景も何度も見た。

いずれにしても、私は故郷に帰ってきた。

向こうで増やした資産と。

向こうの大学院を十代半ばで突破したという実績。

更に博士号、というおまけ付きで、である。

家に戻ってきて最初にしたのは。

準備していた黄色パーカーを調整すること。

事前に通販で家に届けておいたのだが。

自分で袖を通した後。

動きやすいかを確認する。

向こうでも鍛錬は欠かさなかったが。

実際に使って見ると、不具合が出るかも知れない。それについては、どのような道具に関しても同じだ。

特注の黄色パーカーは。

目元も隠すことが出来るし。

動きも妨げないようにしたが。

少しまだ調整がいるか。

裁縫道具を出すと。

何カ所かを調整する。

そして、同時に。

渡米前にずっと親友だった、姫島、桐川、黒田に声を掛ける。

まあやりとりは普通にしていたし。

秘密基地も好きに使って良いとは言っていたのだが。

久々に顔を見たいと思ったのだ。

三人とも、裁縫が終わるくらいのタイミングで来た。

皆高校に上がったが。みんな同じ地元の高校である。

みんな背が伸びていたが。

特に姫島は、身長170センチに手が届いていて。すらっとした手足をもつ、女子だったらみんなうらやむような美貌の持ち主に成長を遂げていた。

多分モデル誌とかにも声を掛けられそうな美貌だが。

その反面性格はまったく変わっておらず。

周囲を完全に下僕扱いして、私とは別方向の人脈を作っている様子だ。

桐川は中肉中背の、兎に角目立たないルックスだが。これは恐らく、昔散々苦労したから、意図的にやっているのだろう。

私が米国に行っている間に。

色々なコンテストで賞を取ったらしいのだが。

その度に色々面倒が起きて。

私が遠隔で指示を出して、その度に対応をした。

結局の所、マスコミに持ち上げられることも無く。ジオラマの界隈では有名人にはなっているようだが。それだけ。

故に変な絡まれ方を学校でされる事も無く。

静かに暮らせているらしい。

黒田は。

今はぐるぐるの眼鏡を掛けて。

敢えてクラスの隅っこにいる。

小学時代は背が高い方だったのだが。

その後あまり背が伸びず。

今では平均より少し背が低い様子だ。

姫島と連携して、周囲とは距離を取っている様子で。

それもまあそうだろう。

今では一番熱心に秘密基地に出入りして。

自作のPCをいじくり倒しているらしい。

私がいない間に色々と準備を整えておいてくれたのは、主に黒田だ。勿論何の準備かなど、決まっている。

「良く集まってくれたな」

「久しぶりー」

「まあやりとりは頻繁にしてたし、久しぶりって感じはしないね」

姫島と桐川が口々に言う。

黒田は黙っていたが。

それは準備をしていたからだ。

持ち出してきたのは。

大型のPC。

最高性能をたたき出せるように作り出したサーバである。自作で作ったらしいが、最近のサーバの能力は昔のスパコンと呼ばれていたものに迫る。なお、資金については私が出した。

自作のPCは、昔と違って今では店売りと値段があまり変わらない。

これが。

この家の要。

私の城の、執務室代わりになる。

「はい、シロ。 これが例の奴」

「稼働は可能か」

「うん。 ただ事前に言ったとおり、かなり電力食うよ?」

「分かっている。 とっくに電力の増強工事は終わっている」

この家も。

内部の改装はしてある。

父の世話をするために使用人は雇ったが、それが入れないように何カ所かにセキュリティルームを増設。

いずれもアメリカにいる内に、業者に連絡して作らせた。

金としては合計で二千万ほど掛かったが。

それくらいは今の私にははした金だ。

即座にサーバを起動。

能力的には、データセンターに置いてあるものとまったく遜色がないどころか。黒田が現在考え得る最強のコスパで作った代物だ。実際にデータセンターに足を運ぶと分かるのだが、ああいう場所には化石のようなPCがまだまだ配置されている。近未来的な世界を想像すると肩すかしを食らうほどに、である。

まあどの企業も最新型のサーバに常時更新している訳では無いので。

古くから使い続けていると、サーバが化石化するケースも多い。

更に言うと、最近は普通のPCの能力も上がっているため。

わざわざサーバ用の高額PCではなく。

雑多なPCを使っているケースもある。

小型のサーバの中には、家庭用のPCと性能が大差ないような代物も珍しくないため。データセンターは、カオスの世界と化しているのが実情だ。

サーバのセットを終え。

周辺機器の稼働も済ませると。

私の城は、起動した。

以降は、この地区を統べる存在として。

私が此処から指揮を執る。

今此処にいる三人は。

全員私の親友兼腹心だ。

なお、私の帰還は既に周辺に伝わっている。

まだ老人達とのコネは維持しているし。

高校卒業の年齢に達したら、国家一種を取るつもりである。

これから数日。

これまで確保したコネを再確認するために。

有力者に顔を出して回る。

そしてコネの確認を終えたら。

今まで恩を売った奴にも連絡を取り。

最終的には、この街でのネットワークを再構築。

支配へと乗り出す。

どこまで支配を拡げられるかは、まだ今の時点では分からないが。出来ればこの国全てを支配したい。

いずれにしても、全ては支配する側に立ってから、である。

なお、国家一種だけではなく、司法試験もやっておくつもりだ。

潰しを効かせるためである。

とっくにどっちも突破出来るだけの実力は身につけている。現在六カ国語を使えるようになった私は。

「大人になったらただの人」ではなく。

IQをフル活用し。

以降は何もかもを打ち砕き。

支配下にねじ伏せていくつもりだ。

「さっそくだが、直接会ったところでそれぞれに話を聞かせてくれ。 姫島」

「うっす」

姫島が出してきたのは。

まずは飴の袋だ。

三十分もつ奴である。

これは助かる。

向こうではどうしてか手に入れづらく、色々と難儀した。更に言うと、これを咥えながら作業をすると、文句を言われたり、白い目で見られることが結構あった。時にはドラッグと勘違いされることさえあった。

さっそく満面の笑みで三十分もつ飴を咥えた私に。

姫島が、近隣の学校の状況をまとめたデータを渡してくれた。

何という生徒が力を持っているか。

どういう横暴な教師がいるか。

どこでどのようなイジメが行われているか。

それらの詳細なデータである。

これは、人間関係が滅茶苦茶に広い姫島だから出来る事だ。とはいっても、姫島の場合はあくまで同年代だが。

私の場合は、年齢層問わずに広く人間関係を維持してきたが。

姫島の場合は、同年代から年下の間に、強力なコネを構築してきた。

そして姫島の子分になっている連中の中には。

結構アンダーグラウンド関係者もいる。

なお、近隣の都市にある学校の裏サイトは。

あらかた姫島がパスワードをもっており。

いつでも私に情報が筒抜けだ。

なお、妖怪黄色パーカーの話は、未だに残っており。

どこの学校でも。

その名前を出すと生徒も教師も震えあがる。

私の母校では。

あれは邪神か何かだったのだという都市伝説が出来ており。

私が精神病院送りにした生徒の実話が、拡大解釈されて伝えられているという。

それでいい。

続いて、桐川に頼む。

頷くと。

彼女は分厚い紙束を出してきた。

桐川はモデラーとして全国区レベルの実力者まで成長したが。その過程で、各地の大会に出場し、コネを作ってきた。

このコネのリストである。

モデラーの中でも若手の有望馬として有名になっている桐川は、かなり接触してくる人間が多く。

それらのリストを通じて。

私に話をさせて欲しいと言ってくる人間もいた。

それらのセットが、この紙束である。

ざっと目を通すが。

記憶にない名前は無い。

記憶力の強化も、この数年でじっくり鍛え上げた。人名の記憶については特に念入りに、である。

いずれにしても有用な資料だ。

他に、この資料にない話も軽く聞く。

今後、どんな人脈が必要になるか分からないし。

役立つかも知れない。

だから、どんな人脈でも。

確保しておくのは大事なのだ。

よし、次。

「ありがとう。 黒田、頼めるか」

「ボクの方では、それほど情報はないかなあ。 ああ、もうサーバ動かせるよ」

「ん。 例のハッカー集団はどうした?」

「一応やりとりはしてる」

ハッカーの世界的集団は有名なのが幾つかあるが。

黒田はそれらの幾つかと、情報交換をしている。

私の名前も出したことがあるそうだ。

現在の私のIQは197だが。

それを聞くと、大喜びして、是非話をしたい、という者もいたとか。私としても、接触を持っておくのは吝かでは無い。

細かい情報を聞くと。

ハッカーの集団と言っても、最近はクラッカー化する例が珍しくなく。

この辺りは、テロリストなどに利用されたり。

或いは国家の諜報組織に掌握されたり。

そういった理由から。

アングラ化したり、或いはレジスタンス的な行動をしたりと。

色々と難しいらしい。

サイバーテロに対して国家が無力だったのは昔の話だ。

流石に現在でも、化石のようなサーバーセキュリティを施している国家も存在しているが。

それはそれである。

どこの国でも、そうとは限らない。

なお、今いるこの国に関しては、ノーコメントとする。

実は関連企業での実態を、コネを使って聞いているのだが。それは此処では敢えて口にしない。

「使えそうか」

「難しいね。 ハッカーの世界って、ゲーマーの世界と同じで、もの凄く閉鎖的なんだよねえ。 ボクの事もあんまり良く想っていない奴が複数いて、嫌がらせのクラッキング受けたことあるし」

「それで?」

「勿論返り討ちにしたけど、逆恨みされたよ」

まあ、そうだろう。

そもそもハッキングというのが、アングラ中のアングラだ。

アングラネットというとロシアや中華が有名だが。

今ではロシアの方が、ネットが開かれているという点でより危険度が大きいとも言える。何しろ、学校でハッキングなどの違法行為を教えたりするケースがあるくらいなのである。倫理観が極限まで麻痺している状態なので。

何が起きてもおかしくない。

そんな状態だから、当然アングラ中のアングラであるハッカーも、色々とおかしくはなるだろう。

それはまあ、仕方が無いのかも知れない。

軽く情報交換を終えた後。

話を進める。

「これより、私はまずはこの街を支配する」

「お、やる気だね」

「そのために戻ってきたのだからな」

当たり前だ。

そして、徐々に支配地域を拡大していく。

最終的には。

出来れば世界の全てを掌握したいが。

流石に其処までは出来るかは分からない。

「アメリカの大学院で、シロより出来る奴いた?」

「いた。 基本的に世界の最前線に立っている奴は、才覚が常人離れしているのが大前提で、その上で努力をしている連中だ。 私が見てきたのはそういう連中で、私よりも優れている奴もいたな。 だが、正直な所、才覚という点では、あまり差は無いと感じた」

というか、だ。

そもそも人間の総合スペックというのは、あまり凡人と天才で変わりが無い。

天才は常識離れしているが。

その変わり凡人に比べて、彼方此方が著しく欠落している。

私の場合もそうだ。

とにかく異常にねじくれた性格もその一つだろう。

周囲に対する圧倒的な敵意や。

認めていない相手への悪意や攻撃性。

それらも欠点と見なして良い。

一方、才覚が平凡であっても。

長所がまったく存在しない人間なんてまず実在しない。これはあくまで客観的にその人間を見た場合、の話だが。

少なくとも、人間は自分が思っているほど、低スペックでは無い。

逆に考えているほど高スペックでもない。

そういうものだ。

つまり、そういう連中も、いずれ私が凌駕してやる。努力次第で凌駕できる所に、私はいるのだ。

さあ、始めるぞ。

立ち上がり、宣言する。

そして、この場にいる、原初にして最後まで同士である者達は。

皆頷いた。

 

1、古き箱の中

 

久しぶりに訪れた秘密基地は。

完全にサイバー秘密基地と化していた。

内部は非常にハイテクの塊になり。

発電の動力も確保され。

無数の機械類が、グオングオンと音を立てている。

いずれも黒田が。

私の資金援助でパーツやらを買い集め。

改装したのである。

同時に、虫などが入り込むのを防ぐために機密処置を施し。入り口では、エアカーテンまで配備されている。

山の中に。

小さなデータセンターが出来たようなものだ。

なお、工事の業者には。山を傷つけないように、念入りに気を付けるように指示を出している。

妖怪黄色パーカーの名は当然轟いているので。

業者はびびりまくり。

私が今見ても、完璧な仕事をしていた。

中に入る。

数人が休憩するスペースと、サーバースペースが二部屋に別れていて。

私達が使っていた頃の面影は薄れているが。

それでも、半分の部屋には、面影が残っている。

金庫はまだきっちり存在していて。

私が依頼人達から受け取った報酬は、まだしっかりと入っていた。

その全てに思い出がある。

そして、コネクションを確立したトロフィーでもある。

だが、私は。大会などで付与されるトロフィーなどよりも遙かに価値がある存在だとこれらを考えていて。

使わないとしても。

今後も大事に扱うつもりだった。

此処にも、自宅にあるのと同等以上の性能を持つサーバが配置されていて、第二の拠点とも言える場所だが。

そもそも現時点では。

山の周囲にフェンスを張っており。

私と、姫島、桐川、黒田の合計四人しか入れないようにしている。

まあ此処はそもそも私の私有地だ。

本当は現時点では父の私有地なのだが。

現在殆ど廃人同様の父の私有地であると言う事は、私の私有地であると同じなので。その辺は考えなくて良い。

いずれにしても、父は廃人同然と言っても、判断力はあるし。

話をしたときにも、フェンスを張っても良いと言っていた。

これらは弁護士立ち会いの下でやっているので。

なんら問題ない。

もっとも、弁護士立ち会いと言っても、私はテレビ電話の向こうからではあったが。

さて、早速情報を整理。

部下を雇ってもいいのだが。

金は有限だ。

現在動かせる金は八億ほど。

これは当初の想定よりかなり増えているが、今後はもっと必要になってくる。出来ればこの十倍には増やしておきたい。

いずれにしても個人資産は。

あればあるほどいい。

勿論税金で取られるものもあるが。

それでも、もっておいた方が良いのは事実だ。

なお、銀行はこの個人資産を減らす方法として、無理矢理借金させ。それで稼いでいた。

現在もこの方式は続けられていて。

税金対策で、敢えて借金する人間も多い。

私はそういう事はしないが。

早速、秘密基地の方で作業をする。なお、今は一人。

他のメンバーは、みんな高校で授業中だ。

膨大なメールをアメリカでもやりとりしていたが。

今はパケット代を向こうより安く済ませることが出来るのが嬉しい。

「おお、日本に戻ってきたか」

「おかげさまで」

今やりとりしているのは、木下の当主だ。

色々と世話になった(活用させて貰ったという意味で)相手だが。この辺りで一番の金持ちである事には変わりなく。

それは、私が個人資産を八億まで増やした今でも変わりは無い。

まだまだこの程度では、小金持ち程度なのが事実だ。

西欧などでは、日本円にして兆単位での資産をもっている人間もいる。しかもこれらは公開している資産に限定した話だ。

実際には、その十倍、下手をすると数十倍の資産をもっているケースも珍しくないのである。

資産の不平等が叫ばれて等しいが。

これが現実だ。

軽く幾つか話をした後。

重要な話を持ち出す。

「以前話を出した土地、譲り受けたいと思っているのですが」

「ふむ。 二億は掛かるが良いのかね」

「即金で用意しますよ」

「……分かった、良いだろう」

そう。

木下家の所有するある山を、今譲り受ける話をしている。山と言っても連なっているもので。連峰というのが正しいかも知れない。

実はこの山。

これから開発の手が入る事がほぼ確定している。

正確には公道が入るのだ。

それも高速道路が。

事前に土地を押さえておくことで、国から膨大な金をふんだくることが出来る。一気に資産を倍以上にする事が出来るだろう。

更に言うと、木下家からも、相場よりもかなり高額で買い取るので。

この辺りはいわゆるwinwinの関係だ。

軽く話を終えた後。

これからどうするかを聞く。

「高校卒業の年齢に達したら、国家一種と司法試験を受けますよ」

「両方だと」

「ええ。 私には難しいものではありませんのでね」

「それはまた、大したものだ」

両方とも突破したら。

その後は国の出方を見るつもりだ。

日本としても。

米国の大学を飛び級ででている上に。

司法試験まで突破している人材を無碍には出来ない。

もし無碍にするようなら、別の国で仕事を探すだけ、という事は態度で示している。というかその気になればどこの国でも就職など容易だ。

人材を捨てたいのなら好きにすれば良い。

その場合に備えて、実は国際資格も幾つも取ってある。

その気になれば、CIAでもNASAでも、米国のトップエリートが入る場所にすぐにでも入れる。

それをちらつかせた上で。

この場所から、仕事ができる官職を向こうに用意させるつもりだ。

そう。

そろそろ勘違いしている相手に。

現実を突きつけなければならない。

人材なんて幾らでも代わりがいる、なんてのは妄想だ。

人材がいるのなら。

それこそ三顧の礼をしてでも、迎えに行かなければならない。そういう時代になっているのである。

これでも私は膨大な実績をこの年齢で上げている。

人材としては。

私以上の者は、今時点でこの国にはいない。

私を逃したら、よその国にそのまま行かれる。

その意味が分からないようならば。

意味を分からせる。

それだけだ。

ただ、今の時点から作業は進めておかなければならないだろう。

更に言えば、である。

身を守るための手段を、多めに用意しておかなければならない。

木下の当主としばらく話して。

この辺りの政治的状況を聞くが。

当然のように。

悲嘆が帰ってきた。

「県議はどいつもこいつもボンクラばかりでな。 政治なんぞまったく分かっていない阿呆だらけだ」

「でしょうね」

「いっそ県議になってくれんか」

「それは年齢制限から考えて、随分先になりますし。 何より私一人が県議なんぞになった所で、無能な県議を粛正できる訳でもありませんよ」

それもそうかと。

木下は少し寂しそうに言った。

なお、木下の魂胆は知れている。

今回の高速道路が通る土地を譲ったのも、である。

私に、代わりにこの辺りの土地に睨みを利かせ。

発展させて欲しい、というのだろう。

勿論そのつもりだ。

木下の当主は、金は持っていたし、この辺りに睨みを利かせることは出来ていた。だが、それ以上の事は出来なかった。

所詮は田舎の金持ち以上の存在では無かった。

自身でもそれを自覚していたから。

私という怪物に期待した。

私が妖怪呼ばわりされるほどの、危険な精神の持ち主である事は、木下の当主だって分かっている筈だ。

それでもなお、私に賭けた。

その理由は。

この土地が、このままでは愚かな老人達と。何も考えていない若者達の対立によって。最終的には限界集落になるのが確定しているからである。

それだけはさせてはならない。

郷土愛、などというものではないだろう。

単に、自分の生まれ育った場所が。

衰退し。

人さえ住まない場所へと変わっていくのを。

見過ごせない。

それだけのこと。

実際、その話をされたし。私もそれについては、嘘では無いと判断した。利害関係から鑑みても、私に嘘をつく理由がないからだ。

実際に、私がこの土地で、どれだけの迷妄を粉砕し。

邪悪で有害な人材を叩き潰し。

黄色パーカーの妖怪として睨みを利かせ。

この土地に吹き荒れていた弊風を追い払ってきたかは。

私に関わってきた全員が知っている。

特に社会的地位が高い人間は、良く知っている。木下の当主のような、である。だからこそ、賭けたいのだろう。

「儂からも頼む。 実は、ガンを宣告された。 余命は五年ないそうだ」

「……年齢からしても、仕方が無いことでしょうね」

「ああ。 儂の跡継ぎはボンクラだ。 財産整理は今のうちからしておく。 そのうち幾らかは、お前に譲渡する。 有効活用して、この土地を救ってくれ」

「分かっています」

ああ、勿論救うとも。

それについては約束する。

ただし、それは私にとっても必要だからで。

情とかが関係しているわけでは無い。

木下だって、この年まで修羅の人生を生きてきたのだ。

金を持つというのは、それだけ醜い人間関係の中で、揉まれていくと言う事を意味している訳で。

醜悪な人間の本性を見る事にもなる。

私の事を、聖人だとか、君主だとか、そんな風に木下は思っていないだろう。

だが、私がこの土地を支配すれば。

今よりも、遙かに状態はマシになる。

それを理解しているからこそ。

頼まれたのだ。

後は、二言三言、重要な話をして。

通話を切る。

続けて連絡を入れるのは。

何人かの県議だ。

今まで知り合いだったのが、県議に立候補したケースだったり。

あるいは、何らかの事件を経て、コネを構築した相手達。

いずれも、私を畏怖しているが。

それを確認しておく。

幾つか政治的な相談もされるので。

それも受け答えした。

色々とやっている内に。

午前中終了。

こちとら義務教育どころか、大学院までしっかり出ている身だ。

今更学校なんぞ行く理由もない。

メールが姫島から飛んでくる。

学校の方でも。

騒ぎになっているとか。

「ちょっとSNSで騒ぎになっているけれど、見た?」

「どのリストだ」

「うちの地区」

「ふむ」

確認する。

そうすると、どうやら。

妖怪黄色パーカーが帰ってきたと、騒ぎになっているのが確認できた。笑える話で、鍵アカウントにすればごまかせると思っているらしい。

甘い。

鍵アカウントにしたくらいで、情報の漏洩を避けられるものか。

元からフォローしていたアカウントはそのまま残るし。

更に、アカウントの中にスパイがいれば、全て情報はダダ漏れである。

多数の子分を抱えている姫島である。

この辺りの有名人の鍵アカウントは。

ほぼ全部、私に筒抜けなのだ。

「これは、蜂の巣をつついたような有様だな」

「完全にびびりまくってるねえ」

「放っておけ。 畏怖を煽っておけばそれでいい」

「りょーかい。 シロにして見れば、小物過ぎて相手にするのも面倒くさい?」

それもあるが。

いちいち相手にしているよりも。

まとめて処理をした方が良い。

私が依頼を受けなくなってから。

実のところ、私の代理で、姫島や桐川、黒田に動いて貰った。

何かあった場合、連絡を貰い。

私が遠隔で指示を出して。

解決をして貰っていたのだ。

だから、妖怪黄色パーカーは。

決してこの地を離れても。

影響力は失っていない。

まして帰ってきた今となれば。

必死に身を潜めていた連中にとってしてみれば。悪夢が直接戻ってきたのに等しいだろう。

軽く情報を整理した後。

家に戻る。

サーバの方での処理は続けさせる。

なお、土地転がしだの。

談合だので。

金を稼ぐつもりはない。

これから必要になってくるのは、1000億単位の金だ。一気に増やすには、相応の手段が必要になってくる。

父の面倒は家政婦にさせているが。

手を抜いていないかは細かくチェックしている。

食事についても、栄養価は充分。

父と同じものを私は口にして。

その上で、更に栄養を補強するための食事もしていた。

父はぼんやりとした様子で。

ベットから、私がしている作業を見つめている。

昔はあんな風にバリバリ働いていたなあ。

そう考えているのかも知れない。

しかし、非効率な作業だっただろう。

そう考えると、父をこう壊した会社の仕組みを。

そもそも変えなければならないことも事実だ。

「シロ」

「どうしたの? 何処か痛む?」

「……木下の爺さんと仲良くしているようだな。 向こうの息子と結婚でもするのか」

「まさか」

失笑。

あんな馬鹿息子。

死んでもごめんだ。

そもそも子供なんぞ産んでいる暇もないし、恋愛ごっこをしているのも以下同文。

そんな事をしている暇があったら。

私の目的のため。

つまり周囲を支配することに全力投球したい。

「一年以内には、この辺りで一番の金持ちになるよ。 今の医者も良くしてくれているけれど、もっと良い設備も用意してあげようか?」

「いや、いらない……このままでいい」

「そう。 でも、辛いのなら言ってね」

四年。

たったそれだけで。

父は完全に老人としか思えない姿になってしまった。

まだ五十になっていないのに。

六十過ぎと言われても、まったく違和感がないほどに老け込んでしまっている。

これも会社のせいだ。

ブラック労働で極限までこき使われて。

徹底的に心身を痛めつけられた結果、こうなってしまった。

それとアレのせいだ。

ヒステリックに自分の常識では測れない私を虐待し。

そして賛同しない父に怒鳴り散らした。

精神病院からの報告は受けているが。

もう隔離病棟から出られる見込みはないそうだ。

まあそうだろう。

適当なタイミングで狂死させてしまうつもりだが。

葬式になんぞ出てやるつもりはない。

無縁仏に葬ってそれで終わり。

後は、戸籍などからも存在の痕跡をいずれ消してやるつもりである。

つまり、存在そのものをこの世から抹消してやる。

いずれにしても、父を苦しめた存在は、いずれもが自業自得の末路を遂げている。遂げていない奴がいるなら、探して相応の報いを受けさせてやる。

タンと、大きな音を立てて、キーボードを叩く。

マクロを起動したのだ。

これによって、幾つかの資産運用を同時で行う。勿論全資産をマクロに任せるわけには行かない。

ちょっと増えれば御の字、くらいの。

安定性が高い資産運用に、ちょっとした金をつぎ込んでいるのだが。

それに対しての運用だ。

勿論銀行が提案してくる資産運用やら投資信託なんて目もくれない。

あんなものは、ほぼ赤字になるという、最低最悪のシステムだ。そんなもんに引っ掛かって巨額の負債を作るくらいなら、自分で運用する。

そもそも現在の世界経済のサーキットバーストの原因を作った銀行なんぞに。

金なんぞ任せるか。

「少し休憩する」

「シロ、無理はするなよ」

「大丈夫」

何か緊急事態があったときには、アラームが鳴るように、マクロにはセットしてある。

更に、自分で睡眠時間を現時点ではコントロールも出来る。

父に言われるまでも無い。

自室に行くと。

休憩に完璧な条件を整えて、横になる。

休憩時は何も考えない。

普段頭を酷使している分。

休憩するときだけは。

頭を一切使わないようにするのが、一番だとも思えていた。

 

目が覚める。

軽く一時間ほど休憩した。

私の場合、頭の使い方が非常に激しいので、脳細胞への負担が大きい。故に糖分を取るのと。休憩を取るのを。かなりこまめに行っている。

このせいか、米国の大学や大学院では。

眠り姫、とか呼ばれていた。

もっとも、睡眠はコントロール出来るし。

何より現在、向こうではいわゆるプリンセスキャラは戦闘が出来て当たり前、という風潮があるため。

私が姫呼ばわりされていたというのは。

つまるところそういう事である。

向こうでも、私に対して直接害意をもっていた輩を、何回か徹底的にシメて。それで恐怖を叩き込んでやった。

何人かは大学や大学院から去って行った。

ブラッディマリーと呼ばれたこともあったが。

それは英国で、粛正を繰り返したことから恐怖された女王の事だ。

まあ私としては。

そう呼んで貰えるのはむしろ光栄だったが。

起きてからは、軽く顔を洗い。

作業に取りかかる。

ざっと状態を確認し。

何か大きな変化が起きていないかをチェック。

その後は。

アポを入れていた相手と、軽く話す。

今話しているのは、以前コネをもった警官の雪井だ。

厄介な未解決事件が無いか確認しているのだが。

今の時点では平和そのものだそうだ。

それはそうだろう。

この周辺の街は、犯罪組織もアンタッチャブル扱いしているのだ。

私が米国に行ってから、再侵入を目論んだ組織もいたようだが。

いずれも事前に私が仕込んでおいたトラップに掛かって、壊滅的な打撃を受けている。

結果として、この街の治安は著しく改善しているので。

それはそれで歓迎されてもいるようだった。

「そういえば、まだ警部補なんですか?」

「言ってくれますね……分かっているくせに」

「冗談ですよ」

この国では、警官は国家一種、つまりキャリアで無ければ警部補以上には出世出来ないという謎のルールがあり。

かといって、キャリアが有能かと言われればそれはノーだ。

故に末端の警官は優秀でも。

組織としてはカスという、どこかの国の二次大戦時の軍隊のような状況になっている。雪井は私から見ても、私に辿り着いたというだけでまあそこそこに能力がある警官なのだが。

それがずっと警部補止まりというのも、色々問題だろう。

「私に今後も協力するなら、数年以内に階級を上げてあげますよ。 県警部長の座もプレゼントしましょうか?」

「……」

「何か?」

「いいえ、それはまた屈辱的な話ですので」

鼻を鳴らす。

実際問題、なりふりなど構っていられないと思うのだが。

事実、現場でしっかり仕事をしている人間を出世させず。

キャリア組は醜態をさらしている現状。

雪井のような男を抜擢する勇気が必要なのではあるまいか。

また、高学歴資格持ちは無能とか言う謎の風潮もまずい。

真面目に仕事のために努力してきた人間の全てを否定するものであり。実際に身につけてきたスキルなどが全て否定される事にもなる。

エリートの無能さの理由は。

恐らく実務能力よりも、政争能力が重視されるから、だろう。

実際問題、どの歴史上の大国も。

実務能力よりも、政争能力が優先されるようになってくると、衰退するようになって行った。

この国もその点は変わっていない。

というか、どこの国もそれは同じか。

結局、歴史の何処を見ても。

衰退する国は、同じ運命をたどっていく。

だが、私が。

そうはさせない。

溜息を何度かついたあと。

雪井が言う。

「一つ、大きな問題が起きています」

「はい。 伺いましょうか」

「貴方の事を畏怖している勢力が、ヤクザと組み始めたようです。 鉄砲玉を飛ばしてくるかも知れませんから、気をつけてください」

「ほう……」

まあ前からヤクザには色々煮え湯を飲ませてきたのだ。

直接的な手に出てきてもおかしくないだろう。

勿論私では無くて、友人を狙ってくる可能性もある。

卑怯も何も無い。

連中はそういうやり方で生きている社会のダニだ。それならば、こちらも殺虫剤を使うだけである。

「具体的な人員は分かりますか?」

「いえ、そこまでは」

「何処の組かは?」

「それは……」

流石に外部に情報を漏らせないと判断したのか、雪井は口ごもる。だが、私には幾つか心当たりがあった。

何個目かの組を口にすると。

雪井は黙り込む。

どうやら正解らしい。

鼻を鳴らすと。

私は告げた。

「丁度良い。 結構アングラでやりたい放題をしている組ですし、潰してしまいましょうか」

「無茶は避けてくださいよ」

「何、帰還しての初仕事としては丁度良いでしょう」

通話を切る。

さて、帰国して最初の仕事としてはそれなりに大きい。

大人に相談できない子供の依頼を解決していた私だが。既にもはや大人の問題に介入できる力も得た。

それに、これくらいの相手を潰せなければ、今後やっていくことも出来ないだろう。

今後私は。

全てを支配するつもりなのだから。

 

2、蔓延る害虫

 

自分たちの住処だというのに。

害虫どもは、何が起きたのか、分からなかっただろう。

遠くから双眼鏡で確認している事務所は、大炎上を起こしていた。今、消防車が駆けつけている所である。

なお、組事務所の前では。

警官が血だらけの男を取り押さえていて。

中は地獄絵図。

炭のようになった人間が、運び出されているようだった。

何をしたかは簡単。

対立している組を煽っただけである。

方法としては、シノギの対立を利用した。

ヤクザが資金源にしているものをシノギというのだが。今回私に対して攻撃を目論んでいる組のシノギで対立している組を割り出し。

その組に、情報を送りつけてやったのである。

今後、シノギをどう奪おうとしているか。

更に、組幹部が今どういう人数で、何処にいるか。

この辺りは、私のコネを使えば。割り出すのは簡単。

とどめに。

シノギの奪い合いの際に、私に攻撃を加えようとしている組が。上部組織のもっと大きな広域暴力団に対して、シノギの一部を上納する事を確約した文書を見つけ。

元の電話番号を偽装した上でFAXしてやった。

広域暴力団が、ネットセキュリティを堅固にしているかというと。

それはノーだ。

ましてや此奴らは何かあっても警察に連絡する事も難しい。

それは海外の大手マフィアなどは、強力なハッカーを飼っていたりもするかも知れないが。

日本の零細ヤクザには、流石に荷が重すぎる。

早速私の自宅に構築したシステムがフル稼働して。

黒田と一緒に相手のセキュリティを貫通。

一番面白そうな文書を引っ張り出し。

送りつけてやったのである。

案の定、対立している組は激怒。

襲撃の条件が整っていることもあり、鉄砲玉を送り込んで、組を襲撃。更に、事前にその組事務所の地下下水道に、ちょっとした細工をしてやった。

結果大爆発。

まあただのメタンだが。

事務所の中に鉄砲玉が入って、拳銃をぶっ放した瞬間。

事務所ビルごとドカンである。

この事務所ビルには、ヤクザの関係者しか入っていなかったこと。そんな連中生きていても何ら意味もないこと。

更に此方で用意したメタンの発生源が。

そもそも死んだ豚(文字通りの意味。養豚場から引き取った)だという事もあり。

誰も不幸にならず。

単に社会のクズだけがこの世から消えるという、みんな幸せになる結果に終わった。生き残りも、もう病院と刑務所から出られないだろう。一応死なないように流れ込むメタンの量は調整したが、この計算が一番大変だった。

これぞハッピーエンドである。

「おおー」

姫島が手をかざして、燃え上がる事務所ビルを見ている。

どうせ二階より上は誰も入っていない廃墟で、しかも違法建築である。

燃える燃える。

なお、本当は拳銃の弾を一発くらいうち込むくらいで済ませるつもりだったらしいヤクザも、完全に泡を食っている上。

流石に此処までの騒ぎになると、警察のマル暴も黙ってはいられなくなったのだろう。

双方の組に大規模な捜査の手が入り。

主要な幹部はその日のうちに全員が縄についたようである。

知らない。関与していない。

そう私が嵌めた組幹部は騒いでいるようだが。

残念ながら、そいつらも覚醒剤の密売、武器の密売などと、問答無用の黒い仕事をしている事が判明しており。

結局の所、鉄砲玉を送り込んで、組幹部を「痛い目に遭わせよう」としたのはれっきとした事実。

まあ鉄砲玉はそもそも全員消し飛んだわけだが。

ともあれ摘発で壊滅。

事務所が吹き飛んだ方に至っては。

幹部級はそもそも文字通り木っ端みじんか消し炭。

もはや、組織としては動きようがない。

そして、私が監視している、私を怖れている連中は。

皆震えあがっていた。

流石に此処までやるとは思っていなかったのだろう。

新聞も、此処までの事態になると。

一面でニュースを流していた。

「暴力団同士の抗争。 重体六名、重傷者二十八名。 例を見ない凶悪犯罪に、十五人が逮捕。 組事務所に捜査の手入る」

翌日。

何処の大手新聞もこれを扱ったが。

真相については、誰も触れない。

というよりも。

たどり着けなかったのだろう。

まあ当たり前の話ではある。

黒田が呼んでいるので。

前線基地にしているマンションの部屋に戻る。

面倒くさいので、桐川も来て貰っている。

まさかとは思うが。

反撃を受けたときの対応策だ。

「どんな感じ?」

「どのマスコミも真相に辿り着くどころか、どこから爆弾を調達したのかとか、メタンによる事故の原因はとか、そんな事ばっかり書いてるね。 組が二つ相打ちになって壊滅した事については、第三者の関与を疑ってもいないよ。 今ちょっと裏口から調べて見たけれど、内部での調査データも大差ないね。 マル暴にアクセスしている記者もいるけれど、このデータ量だと殆どまともな記事は書けそうにないね」

「まあそうだろうな」

三十分もつ飴を口に咥えると。

次の手に入る。

別に今回は、私の姿を前に出す必要はない。ただ、私に逆らった奴が、想像を絶する末路を遂げることだけを印象づければ良い。

支配は恐怖によって行う。

ただそれだけである。

早速というか。

数時間後。

疲弊しきった雪井が連絡を入れてきた。

「あなたは中東のテロリストですか」

「まさか。 仮に私だったとしても彼らほどはやりませんよ。 バックに大国がついているわけでもありませんしね」

「……」

「とりあえず犯罪組織が二つほど壊滅しましたね。 しかもそのほかの人間は誰も不幸になっていない。 喜ぶべき事ではありませんか?」

絶句している雪井に。

私が関与したことは敢えて直接口にせず。

そしてただ結果だけを告げる。

これでいい。

ただ、これ以上やるとなると、流石に護衛が必要になってくる。それはもう少し後になってからだ。

今は畏怖を更に拡大し。

逆らったら殺される、というイメージを。

更に強固にして行けば良いのである。

「お、絶縁宣言だした」

「!」

黒田の声に、画面を見る。

どうやら、今回「問題を起こした」ヤクザ達を、上位組織が破門したらしい。それはそうだろう。

今、暴対法は改善されていて。

末端の人間が犯罪を犯しても、組長を逮捕することが出来るようになっている。

今回ほどのスキャンダルだ。

見捨てるのも当然だろう。

もとより仁義なんてない世界だ。

これだけの事をした下っ端に。

助ける意味などないし。

放り捨てることに、何ら疑念さえ覚えまい。

いずれにしても、これで後は逆恨みによる反撃さえ塞げば此方のパーフェクト勝ちである。

勿論油断するつもりは無いが。

しばらく三人には、警察から護衛を出して貰う。

日本のヤクザは一部地域を除けばそれほど重武装では無いし、なにより警察とまともにやりあう勇気も実力もない。彼らに出来るのは、弱い者いじめである。弱い者いじめでメシを食っているのがヤクザだ。

そして、今回。

派手に発破を仕掛けたのには理由がある。

コネを伝い。

特に動揺している奴を洗い出すのだ。

「桐川、リストできた?」

「オッケ」

「よし」

桐川はとにかく手先が器用なので、こういった秘書的な作業が非常に上手い。プラモデル作りで鍛えた技能は、思わぬ所で生かされる。

今後、本気で秘書として雇おうと思っているほどだ。

色々なSNS。

更には私が掴んでいるコネクション。

それらの中から、今回の件で特に動揺している人間をリストアップ。

それらについては、調査を進めて。

今後、適切に対応する。

殺すまではやるかは微妙。

もっとも、私が直接手を下すつもりはないが。

 

血に飢えたマスコミとは良く言ったもので。

しばらく「血の抗争事件」を起こしたヤクザ二組を取材しているマスコミが目立ったが。

街が意外に落ち着いていることや。

警察の対応に殆ど不備が無かった事。

ヤクザの事務所への家宅捜索が瞬殺だったことなど。

警察にけちを付ける要素がない上。

民間人に被害が出なかったことも確認すると。

それこそ潮のように引いていった。

まったくもって、言葉通りである。

全ては金優先。

それがマスコミというものだ。

それを理解しているので、私は自宅から幾つかの監視カメラを通じて、彼らの行動を確認しつつ。

他に重要な仕事を進める。

今回の件は、あくまで火花を上げただけ。私が本格的に街の支配に乗り出すぞと言う号砲である。

故に、動きを見せるのは。

私に対して何か後ろめたいものを持つ者。

別にもつだけなら構わない。

不満を持つくらいは誰でも自由だ。

問題は、実際に私に危害を加えようとする者。

今回の件では、事実ヤクザを使って、私の排除を目論んでいた連中がいたわけで。それを先制攻撃で吹き飛ばしただけである。

誰がそれを考えたのか。具体的に割り出す必要がある。

既に二十人程まで絞り込んでいるが。

今回の件は。

結構根が深い。

というのも、以前の数回の事件で、私に関わるのはとてもリスクが高い、という事を。ヤクザ達も認識しているのである。

それを動かしたという事は。

私が米国の大学院をこの年で突破し、博士号まで取った上。

日本に戻ってきた。

それを警戒している、ということだ。

米国に学歴短縮のために行った、という話が拡がったときには、色々と噂も流れたのだが。

その殆どが、嘲笑だったと聞いている。

日本でハイランクの大学に行けばいいものを、とか。

学閥でやっていく自信が無いんだろ、とか。

それが、実際には。

私がやったのは、米国でのトップクラスの大学を飛び級で突破。

あげくに博士号まで取得しての帰還である。

国家一種どころの話では無い。

流石にキャリアだ学閥だのを鼻に掛けていた連中も。

こればかりはまずいと判断したのだろう。

学閥なんてものを吹き飛ばすだけの実績を上げて戻ってきたのである。しかも未成年で、だ。

今までは、コネを蜘蛛の糸のように張り巡らせているだけで。

いつでも潰せると認識している程度の相手だったのだろう。

それが数億の即座に動かせる金を持ち。

誰にでも一目で分かる実績を上げて戻ってくれば、それはパニックになるのも頷ける。或いは、もっと何年も戻ってくるまで時間が掛かると思っていたのかも知れない。残念でした、としか言えないが。

リストアップが終わる。

確実に関与している十名を絞り込んだ。

その中には、国家公務員、つまり官僚が七名。

地方の名家。

つまり地主であり、金持ちが三名混じっている。

此奴らについては。

潰す。

殺すかどうかは直接相手の動向を見て判断するが。

まあ場合によっては。

事務所ごと吹き飛ばしたあのクズどもと同じ目に遭わせるだけである。

まずは一人目。

県警の本部長だ。

連絡は簡単に取れる。

個人的なメールアドレスなどは押さえている。

雪井などの内通者がいるし。

それに、他にも有力者のコネがある。

これらをたどっていけば。

警察で事件の解決を度外視し。

昇進試験にうつつを抜かすばかりで。

現場で苦労している警察官の足を引っ張るばかりで、反感をかうだけのキャリアとのアクセスなど。

難しくも無い。

連絡を直接入れると。

現在県警部長をしている、山本警視は震えあがったようだった。

「はじめまして、でしたか。 山本警視」

「だ、だれだね君は!」

「知っているくせに」

くつくつ。

笑ってみせる。

なお、メールアドレスは当然非通知である。

だが、そもそもが、山本の使っているメールアドレスそのものが、特殊な処置をしないと、メールが届かない仕様になっている。

悪戯でメールが届く筈がないのだ。

「随分と舐めた真似をしてくれましたね。 此方では、貴方が関与していた証拠を掴んでいます」

「な、何の話だ」

「とっとと腹を割りなさい。 そうしないと、物理的に腹を割ることになりますよ」

「恐喝するつもりか」

残念だが、このメール。

発信ログは残らない。

向こうに届いているのは。

無数の串を通して飛んでいった結果のメールで。

しかも途中に複数のゾンビPCを挟んでいる。

此方を特定するのは不可能だ。

「これから、もしもまだ邪魔をするようならば、此方も相応の対応をします。 それは覚悟を決めておいてください」

「……」

「それでは」

「ま、待ってくれ!」

いきなり懇願か。

まあそれは良い。

呆れながらも、相手の言い分を聞く。

どうやら相手は。

やっぱり相手が私、妖怪黄色パーカーだと言う事は即座に分かっていたようだった。

「発案者は私じゃない! 警察内部では、君と協力体制に入るべきだという派閥と、そうでない派閥に別れていて、私は命令されて、その」

「ヤクザに襲撃しろと命じたと」

「め、命じたのは私じゃない! マル暴の……!」

簡単にゲロる。

マル暴の関係者は、文字通りトチ狂ってヤクザに傾倒してしまうようなケースがあるという事は知っている。

警察を辞めた後は。

内情を知り尽くしていることから、犯罪組織に重宝される事もあるそうだ。

この辺りは江戸時代の岡っ引きの逆パターンか。

あれは元々犯罪組織の人間だったものを、公権力が引き抜いたケースで。

その結果、犯罪者の手の内を知り尽くしているため、非常に重宝した、という話である。

今回の件でも。

そういうグレーゾーンに足を突っ込んでいる人間が。

実働部隊を担った、というわけか。

実働部隊に関しては、実のところ、既に推察が出来ている。

今回の件で、大慌てしているマル暴の関係者がいるのだ。

平井という警部で。

県警の課長に位置する。

良い噂をまったく聞かない人物であり。

私のネットワークで確認できるだけでも数回。

暴力団から接待を受けて、酔っ払って怒鳴り散らしている所が目撃された件が報告されていた。

「マル暴の?」

「……」

「知っている。 平井だろう」

「!」

明らかに相手が恐怖したのが分かった。

それで充分。

ただ、実働部隊というのは、要するに犯罪者が使うナイフのようなもので。しまってしまえばそれでおしまいである。

問題は、犯罪者の脳みその方。

発案者については、相応のけじめが必要になるだろう。

平井については、潰す方法を既に決めたので、それを実施する。何、それほど難しい話では無い。

次に、話を進める。

「それで、私に狂犬をけしかけるよう仕向けたのは?」

「そ、それだけは絶対に言えない!」

「消されるから?」

「……」

なるほど。

県警で部長をしている人間が、それだけ恐怖する相手となると。

大体予想は出来る。

より高位の官僚と言う事だ。

恐らくは、県の副知事。

その懐刀である。厚生労働省からの出向官僚。

水木永徳。

国家一種を突破して、現在はこの県での地盤を拡げながら、厚生労働省での地位拡大を狙っていると聞いている。

それには、私は邪魔。

そう判断したのだろう。

名前を直接出すと。

どうして其処まで分かるんだと。

完全に山本は恐怖した様子で。

それで充分。

ちなみに分かった理由は簡単。

消去法だ。

私に対して利害関係で、一番対立する相手を選んだ。

それだけだ。

もっとも、正直な所。

それで大当たりだったわけだが。

にしても、副知事の懐刀をしている男となると、潰すのは少々手間か。だが、この県はただでさえ田舎。

この手のカスは。

存在するだけで有害だ。

トンチキな誘致作業で多くの害を誘発したり。

政党と癒着してろくでもない政争にうつつを抜かしたり。

実際問題、この県での治世は。

お世辞にも優れているとは言えない。

此奴が政争にうつつを抜かしているからだ。

丁度良い。

がん細胞を切除するときが来た。

小学生の時はできなかった。

だが、私が今暇な内に。

全て片付けてしまうのが良いだろう。

いずれにしても、潰すべき敵の首魁はこれではっきりした。

どちらにしてもこの県は支配するつもりではいた。

それならば。

早い内に塵掃除をするのが正解。

それだけの話だ。

 

3、暗闇の道

 

私は薄暗い道を歩いていた。

夢なのだと分かるが。

その一方で、妙なリアリティがあった。

背丈は今のまま。

しかし、何処かで小学生時代の事も思い出す。

妖怪黄色パーカーと呼ばれて。

怖れられていたのは、あの頃からだったか。

私の性格はねじくれていた。

当たり前だが。

虐待の結果だ。

私は黙ってやられてばかりではいなかった。

徹底的に反撃して、相手を叩き潰した。だが、そうしなければ、生きていく事が出来なかっただろう。

人間は愚かな生物だ。

その頃には、既にそう悟っていた。

母性信仰などと言うのは、文字通り神話に過ぎない。

実際問題、子供を虐待する親に育てられた私は。そんなものは見た事がない。羨ましいとも思わない。

事実、子供を鬱陶しがっている親なんて、幾らでもいる。

或いは愛情を注いでいる親もいるかも知れない。

だがそれは。

あくまで私の知る範囲の外にいる。

自分に理解出来ないものは排除して良い。

それが人間の共通認識、つまり常識なのだと理解してからは。

人間を愚かだと思うだけでは無く。

軽蔑するようにもなった。

勿論例外はいる。

だがそれは所詮例外だ。

私に取っては。

知らない世界の存在に過ぎない。

そして愚かなのは。何も周囲の人間だけでは無い。

勿論私も。

その一人だ。

この星に知的生命体など存在しない。

それがある科学者の言葉だが。

私もそれには同意する。

というか、宇宙全体にも、存在しているかは非常に怪しい。生命は他の星にも存在しているだろうが。

それが知的かどうかは。

別の問題だ。

いつの間にか、袋小路に立っていた。

後ろからは、無数の黒い触手が這いずりながら迫っている。

それらをよく見ると。

いずれもが手だった。

私が叩き潰してきた相手の。

社会的に抹殺し。

刑務所に放り込み。

或いは精神病院の隔離病棟に放り込み。

そして社会から隔離していった者達。

だが、そいつらは。

基本的に全部自業自得。

社会が本来は裁かなければならなかったのに。

裁こうとしなかった者達だ。

私がやらなければならなかった。

だから私が裁いた。

それだけだ。

「逆恨みも……」

掴みかかってきた手を捻り上げると。

一息にへし折る。

悲鳴を上げながら、黒い手は引っ込む。だが、次から次へと黒い手は、襲いかかってくる。

それを片っ端から叩き潰しながら。

私は返り血らしき黒い液体を浴びた。

「大概にしろクズ共が!」

吠えると。

片っ端から潰して行く。

やがて、黒い手は全てがへし折れるか。

或いは蠢きながら、地面をひっかくだけになった。

黄色パーカーに掛かった黒い返り血らしき液体は。

私の黄色パーカーを。

警戒色に染め上げていた。

まるでこれではスズメバチだ。

それはそれで構わないか。スズメバチは自分が危険だと言う事を示すことで、天敵に対して警告している。

そしてスズメバチは。

昆虫の中では、最高位に食い込む戦闘力の持ち主。

勿論人間や熊にはかなわないが。

それでもスズメバチの戦闘力は。その群れを作る習性も相まって、昆虫の中ではトップクラスに食い込んでくる。

スズメバチか。

それもいい。

目が覚めると、私は額の汗を拭った。

今後も私は、ああやって降りかかる火の粉を払っていくことになるだろう。叩き潰していく事になるだろう。

それは修羅の人生だが。

殺されるよりはマシだ。

私はそもそも周囲と違う。

周囲と違う者は殺して良いと言う常識が蔓延しているこの世では。周囲と違う者が生き残るには。

周囲を殺し尽くすしかない。

対話など無意味だ。

今の今まで。

人類が、自分と違う存在に対して。

対話で解決など出来た試しがあったか。

戦争で殺し合い。

或いは奪い合い。

そうして焼き尽くしながら。

人間は自分と違う相手を処分してきた。

気持ちが悪いからという理由だけで大量虐殺を正当化さえする生物だ。

生き残るためには。

私を排除しようとする者を、殺し尽くす以外に路は無いのである。

軽くシャワーを浴びてから。

着替えをする。

さて、まずは副知事だが。

此奴から潰すか。

副知事本人には、私を害するつもりは無かったかも知れないが。

懐刀のやる事を止めず。

好き勝手にさせたのは事実だ。

ならば充分に粛正するに値する。

なお、マル暴の平井については。

消す方法は既に決めている。

この間、同士討ちでつぶし合ったヤクザ二組の生き残りがまだ少数潜伏しているのだが。

そいつらに流してやるのだ。

平井が、今回の抗争の原因だと。

もっともらしい証拠と。

何より、平井が今回の件で素早く対応して、出世がほぼ確実視されていることを教えてやる。

それで充分。

案の定。

あっさり動いた。

夕方には、事件発生。

県警本部から出てきた平井が。待ち伏せしていたアホに刺されたのである。

犯人はその場で逮捕されたが。

犯行に使われた刃物は刃渡り三十センチに達するサバイバルナイフであり。

傷は内臓まで届いていた。

平井は意識不明の重体。

まあ警察に復帰するのはもう不可能だろう。

そして警察幹部を刺したことで。

県警も更にヤクザの掃討作戦に力を入れる事になり。

私に構うどころではなくなった。

これでいい。

この隙に。本命の作戦を実施する。

水木の処理である。

 

水木は一見するとハンサムな、いわゆるナイスミドルで。女性職員からの人気も高いという話である。

その一方で見境無く周囲に手を出すため、男性職員からは非常に評判が悪いという話も聞いている。

実際問題。

もてる基準は二つ。

ツラ(見栄え含む)と金。

それだけだ。

発展途上国に行けば行くほどこれは露骨になるが。

先進国でも充分に現役の価値観である。

ましてや、今は貧富の格差が拡大する一方の状況。貧しい人間が、金持ちの人間と結婚して、将来の安泰を買おうとしても、それを責める事は出来ないだろう。何しろ此処まで世界情勢が悪化しているのだから。

水木についてのデータは私が集めたが。

姫島が目を通すと。

わおと声を上げた。

「このおっさん、私の知り合いのパパだわ」

「ああ、そういうことね」

勿論此処で言うパパというのは。

実の父親などでは無い。

援助交際などで、肉体関係を持っている相手の事である。

しかも、呆れたことに。

話を聞くと中学生だとか。

警察にコネがあるどころか。

副県知事の懐刀である。

たかが中学生に手を出したくらいなら、警察はまともに捜査などしないだろう。普通だったら、である。

だが、今は時代が違う。

「証拠写真とかある?」

「流石にないよ。 だってその子にとっても、結構大事な客だしね」

「そいつのプロフィールか何かあるか」

「ちょっとまってね」

調べて見ると。

色々分かってきた。

水木と関係している女子中学生は、典型的な母子家庭で性格が歪んだタイプである。いわゆる出来婚が破綻して母子家庭になったタイプで、知識がないから生活保護も受けられず、母親に売春まがいの行為を強要されていたらしい。

なお、一時期モデルまがいの事もしていたそうで。そのラインからの客のようだ。

なるほど、大体予想通りのパターンか。

残念ながら、この姫島の知り合いの件をスキャンダルには出来そうに無いが。他に使えそうな情報が無いか探ってみる。

例えば性的な描写のあるアニメとかには、ヒステリックに反応するPTAや自称フェミニストだが。

一方で、ジュニアアイドルなどの、生きた人間の子供が水着などできわどいポーズを取らされているような写真集などには無反応である。

こういった写真集は、いわゆるアダルトコンテンツにさえ分類されておらず。

要するに、非常に邪悪な裏が見えてくる。

近年は、AV業界はメスが入り、比較的まともになりつつあるらしいが。

一方で芸能界は、ブラック化の歯止めが利かない状態で。

こういった児童売春まがいのシェアは。

むしろ芸能界に移動しつつある。

今ターゲットにしている水木だが。

私が調べている範囲でも、テレビ局関係者ともかなりコネがあると言う話は聞いているのだが。

その線で枕営業課なんかを提案され。

そのままズルズル、というケースが予想できる。

枕営業と言っても、本人が納得してやっている場合もあるが。

はてさて、今回のケースはどうか。

「黒田、経歴をちょっとテレビ局に侵入して洗ってくれるか」

「了解。 その後、事務所の方も探ってみるよ」

「よろしく。 さて、私の方は……」

桐川に頼んでリストを作ってもらいつつ、コネにメールを流して、情報を収集していく。そうすると、やはりかなり動揺しているらしく。

情報がボロボロ出てきた。

水木という男、国内の大手の大学を出て、相応にキャリアとしての実績を積み重ねてきているらしいのだが。

それでも、学閥の争いで結局地方に来たことで性格が歪んでいるらしく。

相当な性悪だという情報が、ボロボロ出てくる。

こっちが意図的に聞いているわけでは無い。

私がやりとりをしていた今までの膨大なデータから。

割り出している部分もある。

更に、水木とその周辺の側近達が混乱しているのだろう。

色々と、情報が勝手に流出しているようだった。

「おっと、これはこれは」

嫌なものを見てしまった。

どうやら水木が、ラブホテルにまだ高校生らしいアイドルを連れ込む姿である。ジュニアと言うには年齢的に無理があるから、多分状況的にロコドルだろう。

一時期地方出身のロコドル(ローカルアイドルの略)がプッシュされた時期があったが、あんなものはアングラアイドルと同じである。

テレビ局からして見れば、ちょっと稼げれば良い、くらいにしか考えていないし。

勿論人権など配慮している訳も無い。

テレビ局の偉い人やら。

或いはテレビ局に出資している人間やらが。

美味しそうと思えば。

事務所は当然、大喜びで差し出すだろう。

本人に拒否権なんて当然ない。

非常に悪質な契約をして、人権無視の労働をさせるのが芸能界だ。地方に行けば、更に酷くなるのは当たり前の話である。

この写真は、たまたま水木を嫌っている人間が撮ったものだが。

これは使える。

早速ラブホテルの利用情報と、カメラなどのデータにアクセス。複数方向から水木と連れ込まれている女子高生の情報をゲット。

調べた所、案の定売れないロコドルであり。

今も地方のイベントで、細々と声が掛かる程度の仕事しかなく。

SNSも調べて見たが。

一目で分かるくらい、精神を病んでいた。

本人にアクセスしたいが。

姫島が首を横に振る。

流石に、県内の同年代の人間全員と知人というわけではないのだ。そればっかりは、仕方が無い。

だが、黒田が事務所を複数調べ。

データを引っ張り出している内に。

情報が出てくる。

同時期に仕事をしている人間を桐川にリストアップさせるが。

その中の一人を。

姫島が知っているという。

なお、その人間は。

もう限界だったのか。

既にロコドルをやめていた。「卒業」という形だが。勿論そんな優しい言葉で済むような状態ではなかっただろう。

芸能プロデューサーというのは、現実にはアイドルでどれだけ「金を稼げるか」を考える仕事であって。

メンタルケアとかは、本人の人格の尊重とかは。

それこそ何それ美味しいの、という連中である。

アイドルアニメに出てくるような芸能プロデューサーは、現実のアイドルが見たらそれこそ是非此処で仕事をさせてくださいと土下座するレベルの聖人であり。

人間で如何にコンテンツとして稼ぎ、使えなくなったらどう廃棄するかを考えるのがこの手の人間だ。

挙げ句の果てに非人道的な仕事を強要しておきながら。

「芸能界でやっていく覚悟」とかでそれを正当化。思考を麻痺させ。

徹底的に食い潰してから、ポイ捨てする。

そういった行為を、何ら良心の痛み無く行えなければ。芸能プロデューサーなどつとまらないのである。

そういう状況を見てきて、耐えきれなくなったのだろう。まあまともな人間がやっていける状況では無い。

姫島が早速連絡を入れる。

私にメルアドを教えてくれたので。

会話をして見ると。

色々な事が分かってきた。

「ああ、水木先生」

「知ってるのか」

「知ってるもなにも、枕営業の常連だよ。 アイドル食いの水木って言ったら、うちらの間じゃ有名だったもの。 何だか知らないけれど、テレビ局の偉い人とぶっといコネがあるらしくて、どの事務所も気に入りそうなアイドルを差し出して、食いたい放題。 一番酷いのだと、小学生の子もエジキにされてたはずだよ」

「ふうん……」

なお、相手は私が妖怪黄色パーカーだと言う事は知っている。

だから口が滑らかなのだ。

そうでなければ、報復が怖くて、とてもこんな内情は口に出来なかった筈だ。

妖怪黄色パーカーの伝説は。

畏怖としてこの周辺に拡がっている。

多くの事件を解決し。

多数の人間を人間じゃあないものにし。

理不尽を力尽くで解決してきた、文字通り人ならざる妖怪。

それが多くの人々が認識する私だ。

私自身がどうだろうと関係無い。

私がそう意識して流した噂だ。

それにしても、相手の言葉から垣間見える病みっぷりはどうだ。少し話をずらして聞いてみたが。

やはり今精神病院に通っており。

治療に専念しているそうだ。

「芸名広畑蓉子は知っているか」

「知ってるよ。 ヨーコね。 真面目で良い子だったよ。 芸能界に入ってくる子って、大体親がクズか本人が病んでるかの二択なんだけど、あの子は真面目に夢を見て入ってきたみたいで、キラキラまぶしかったなあ。 ……あの子が現実を知るまでだけど」

「アクセスを取れるか」

「どうしたの、話したいの?」

状況を軽く話す。

勿論此奴が水木側のスパイだという可能性も考慮しなければならないから、ホイホイ動くわけにもいかないが。

それでも、相手が混乱しているのは事実だ。

CIAやら、ヤバイ海外の組織とやり合ってきたような連中なら兎も角。

今潰そうとしている水木は、妖怪黄色パーカーである私がいる内は手出しを避けていた程度の相手。

私がいなくなってから、やりたい放題を始め。

そして戻ってきてから、慌てて物理的な排除を目論んだようなカスだ。

相手を侮るのはあまり褒められた行為ではないのだけれど。

今回に関しては、特に気にする必要もなかろう。

話したいというと。

相手は、半笑いで言った。

「いいよ。 その代わり、仕事紹介してくれない?」

「仕事を干されでもしているのか」

「違うよ。 枕営業の時、ヤクザとかの主催する乱交パーティとかに出されてさ。 その時散々ヤバイ薬とか入れられたから、体おかしくなっててね。 短期間のバイトくらいしか、やれる仕事がないの」

けらけら。

笑う相手だが。

私は笑わなかった。

相手が自嘲の末に。絶望して笑っているのを、即座に悟ったからである。

「良いだろう。 それほど他人と接することも必要ない仕事を用意する。 正社員待遇でな」

「え……」

「私が以前助けてやった会社の社長がいる。 事務員を探していたところだ。 訳ありでも、きちんと仕事さえすればかまわん。 別に難しい仕事では無い。 キーボード入力くらいは出来るだろう。 それだけやればかまわん」

「……」

絶句している相手に。

私は、もう一度言う。

「ただし、私を裏切ったらその時は許さん」

「ひ……」

「会社の方には私から連絡を入れておく。 どうせバイトと言っても水商売だろう。 今のうちに断りを入れておけ。 抜けにくいなら、私に言え。 圧力を掛けてやる」

「わ、分かったよ。 何だか噂以上に怖いね……」

相手の恐怖を感じるが。

それでいい。

ともあれ、水木と現在進行形でくっついている人間の情報はこれでゲットできた。

後は、其処から。

崩していけばいい。

 

勿論マスコミがまともな報道などするはずもない。

其処で、証拠写真を多数。

SNSに流した。

今までに何度か利用している、スクーパーとして着目されているアカウントである。

故に効果は絶大だった。

「厚生労働省の高級官僚、地方局のアイドルをつまみ食い! 枕営業を強要! 被害は十人以上か! そのほかにも多数、弱みを握った貧困層の人間に関係を強要! 余罪は数十件!」

動画付きである。

一応目元は隠しているが。

明らかに水木と分かるようにした上で。

複数のアイドルが、ラブホテルに連れ込まれる様子を拡散した。

そして、複数のサブアカウントを使い。

全力での拡散を開始。

当然のことだが。

今までスクーパーとして活用していたアカウントだ。

注目していたSNSユーザーも多く。

一気に炎上を通り越して大爆発を起こした。

こうなると、炎上は絶対に鎮火させられない。動画は凄まじい勢いで拡散し、海外のニュースで取りあげられるまでになった。

そういえば、前よりも更にえげつなく炎上を行えるようになったのだと。自宅の機械類を見て思う。

それはそうだ。

このスタッフにこの設備である。

案の定。

関係している地方局は黙りを決め込んだが。

ネットでは、大炎上が完全に止まらない状態になり。

厚生労働省の本庁には、抗議の電話が殺到。

収拾がつかない状態になった。

「此奴知ってるわ。 東大卒の水木って奴で、今地方に出向してるって話だ。 副県知事の懐刀って噂だが、此処までやりたい放題やってたんだな」

「性欲のバケモンだな」

「誰だよ枕営業は都市伝説なんて言ってた奴。 巫山戯やがって、頭かち割ってやろうか!」

「あーあー、この子清純派として知られてる地方アイドルだったのになあ。 テレビ局の側も、人間関係とかで断れないんだろうけれど、幻滅だわ」

地方局も、完全に問い合わせの電話でパンク寸前。

なんと、予定していた番組を全中止し。

ずっと音楽が流れているという、異常事態に陥った。

調べて見ると、スポンサーが揃って愛想を尽かしたらしい。予定番組が、全部未定という、前代未聞の事態に陥っていた。

まあそうだろう。

こんな局に出資しても。

マイナスイメージしか付かないのだから。

数日以内に。

地方局の幹部が、揃って謝罪会見。

更に関係していた事務所も、似たような事をしたが。

その程度で炎上が収まるはずもない。

県知事の所に。

暴徒化した数百人が、連日押しかけるに至っていた。

なお、此処までの暴徒化は滅多に怒らないが。今回は敢えて私が後ろから煽った結果、過激化している。

「水木とか言うクズを出せ!」

「何がキャリア官僚だ! 何が高学歴だ! ブッ殺してやる!」

「無能市長! テメーなんぞにもう票なんか入れないからな! クソみたいな奴に好きかってさせやがって! 死ね! 今死ね!」

「水木とか言う奴を出せ! 八つ裂きにしてやる!」

叫んでいるのは若者ばかりではない。

中年になって職を失った、いわゆるロストジェネレーションの人間も珍しくない。

このストレスフル時代である。

こんな状況になったら、流石に大人しいこの国の人間でも暴発する。

ましてやこんな醜聞中の醜聞。

許されるはずもない。

実際問題、真面目に働いた人間の税金で、公務員は働いているのである。このようなクズを養うのに税金が使われている事を知った場合。

税金を納めている人間は、怒る権利がある。

当たり前の話だ。

パニックになった県庁舎は。

とうとう、県知事が直接出て、謝罪するに至った。

いけしゃあしゃあと、自分たちは関係ない的なツラを作って、カメラの砲列を向けるマスコミども。完全に同類のくせに、面の皮の厚さだけは尊敬する。それ以外はあらゆる全てが軽蔑の対象だが。

県知事は。

真っ青になっている副県知事と。

表情が無く、あらゆる意味で死にかけている水木と一緒に。頭を下げた。

なお警察が来ている。

水木をこの場で逮捕するためだ。

「この度は、大変に皆様のお心を不安にさせ、申し訳ありませんでした! 副知事ともども、お詫びをさせていただきます! 副知事にアドバイスをしていた水木に関しては、暴露された事実は全て本当だったと確認を取れております! 大変に卑劣な犯罪であるがゆえ、申し開きの言葉もありません! 即座に責任を取らせます!」

県知事はそう言って。

深々頭を下げているが。

副県知事は言葉も無い様子で。何も言わなかった。いや、あの様子では、言葉さえ口に出来る状態ではなかったのだろう。

警察が、そのまま手帳を見せると。

水木を連れて行った。

流石にキャリアでも。

此処までの証拠が揃っている上に。

大炎上である。

政治家ならともかく。

所詮は官僚。

経済的地盤から見捨てられれば、哀れなものだ。

そして現在、政治家と呼べる人間がいなくなっている現状。

官僚がいなくなれば、政治なんてまともに出来ないのが事実。

副県知事は。

終わりだ。

虚しい会見のテレビ中継を切る。

これにて終了。

この県は、事実上。

私が掌握した。

 

4、薄闇の世界

 

水木を叩き潰してから一月ほど。

その残党をあらかた処理して。

ようやく周囲が落ち着いた。

いずれにしても、この県はもう事実上私のものだ。後はじっくり時間を掛けて、金を蓄え。

そして地盤として確保していけばいい。

何、時間はある。

私は、既に学歴に関しても、この国ではトップクラスの存在になったし。

着実に資産も増やしている。

なお、木下の当主が県知事に立候補してくれればかなり後がやりやすいのだが。本人は筋金入りの政治嫌いで、それは望めそうにない。何より時間がないのが厳しい。

まあ、仕方が無いか。

私は黙々と作業をする。

膨大なデータを整理し。

資産を増やし。

そして今後のために。

力を蓄える。

データセンター並みの機能を備えている自宅だが。

それでも、自宅である事に変わりは無い。

ベルが鳴る。

時間だ。

父の様子を見に行く。

家政婦が世話をしているし。忙しいときは食事もさせているが。それでも、定期的に顔を見せないと、父は心配する。

すっかり衰えている父だが。

何となく、悟ったらしい。

今ではもう、殆どテレビさえみないのだが。

「シロ、何か大きな事を……やったようだね」

「気にしないで休んで。 そうする権利があるんだから」

「……俺は、結局何もできなかった。 彼奴が狂っていくのを見て、本当はもっと強く止めるべきだったんだ。 それができなかった。 だから、お前は人食いトラになってしまった」

人食いトラか。

そんな可愛いものだったら。

どれだけ自分としても楽だっただろう。

父は。自責に苦しんでいる。

薬を飲ませると。

父は少し楽になったようだが。

しかし、目はずっと死んでいた。

「シロ、もしも大きな力を得るのなら……」

「何か願いがあるの?」

「俺のような人間を……出来るだけもう出さないように……してくれ」

「分かっているよ」

私が権力を握ったら。

後世にて、恐怖の象徴と言われる存在になろうと思っている。

恐怖によって戒めなければ。

人間は調子に乗るだけだ。

その結果が。

私が見てきた惨劇の数々。

そして、私はそれらを。

力によって制圧してきた。

今後もそのやり方を変えるつもりはない。

父は眠ったようなので、自室に戻る。

私は。

拳をキーボードをおいているデスクに叩き付けると。

大きな溜息を。

一つついていた。

 

(続)