その家に触れるな
序、非道の果て
その依頼人は、桐川から話を聞いて接触したのだけれど。遠くから見るだけで、少々異様だった。
あまりにも。
姿がみすぼらしいのだ。
私服を着ているのだが。いわゆるチェック柄のシャツとか、そういうものではない。単純に見ていてみすぼらしいのが分かるのである。
サイズもあっていない。
そして、孤独そうに。
地面を見つめていた。
なるほど。既に家庭環境に相当な問題があるようだ、という事は分かった。というか、これはいくら何でもちょっと異常だ。
少し前から、いわゆる貧困ビジネスが猛威を振るい。
本当に生活保護が必要な人間には金が行き渡らず。
犯罪組織と癒着していたり。
或いはデリケートな政治的主張を抱えている団体がこの闇に手を入れたりしていて。
生活保護が非常に大きな社会問題になっている。
実際高齢者が餓死するようなケースまで出てきている一方で。
生活保護を受けている人間がパチンコで遊び暮らしているような状態まで発生しており。
この国の貧困は。
一度大きくナタを入れるべき状態になっているとも言える。
だが、それにしてもだ。
母子家庭などの貧しい状況にしても。
中学二年生という非常に厄介な年頃の女子が。
あんな貧しい格好で、外に出てきているのは。
少しばかり問題があるように思える。
公園に入ると。
異臭がした。
これは育児放棄でもされているのか。
明らかに、依頼人の体臭である事は明らかだった。
歩み寄った。
顔を上げる依頼人は。
私同様。
世界そのものを恨んだ目をしていた。
「貴方がシロ……?」
「そうだ。 西野香奈子で間違いないか」
「ええ……」
「その格好はあまりにも貧しいな」
暗闇に立っていたら。
そのまま幽霊と間違われそうな風貌をした依頼人は。
疲れ切った笑みを浮かべた。
目の下には隈があり。
栄養も足りていないのが一目で分かった。
被虐待児童の特徴として、栄養が足りていないというケースがある。私の場合は、幸いあのカス以外は虐待に荷担しなかったので、栄養を取ることは出来たが。この人は、中二にしては背丈も低い。
平均的な背丈の私と、数センチしか変わらない様に思える。
もう六年になる私だが。
この年代の二年差はかなり大きい。
大丈夫だろうかと、不安になった。
「それで依頼についてだが、桐川からは直接聞けと言われている。 話して貰えないだろうか」
「……本当に、貴方が聞いて、解決してくれるなら」
「内容次第だ。 私はあくまで大人に相談できない子供の悩みを解決するようにしているからな。 もしも大人に相談して解決できる事なら、そうしろと言うだけだ」
実際問題。
今までも、そうやって依頼を断った事が何度かある。
とは言っても、最近は姫島にしても黒田にしても桐川にしても。私の所に依頼をもってくる前にその話をしているので。
そういう「事故」は減っているが。
それでも、これはちょっと尋常じゃ無い。もしも虐待を受けているとか、凄まじい虐めを受けているとかなら。
それは児相への相談案件だ。
児相は色々と事件を起こしたり、防げなかったりしているが。
適切に連絡をすれば、相応の対応はしてくれるし。
してくれなければ私の方からどうにかする。
それだけのコネは作っている。
まあ、いずれにしても。
全ては話を聞いてからだが。
「私の家の事、聞いた事はある?」
「いいや」
「そう。 それならば、西野ではなくて、虹野だったら?」
「……」
はっと思い当たる。
その名前、聞いた事がある。
私の街から少し離れているのだが、昔大きな事件が起きたことがある。津山事件ほどの悲惨な内容では無かったが。
シリアルキラーが実に七人を殺害したのだ。
殺人犯は当然死刑となったが。
問題はその後である。
当然のことながら、殺人犯を出した家は。
腫れ物になった。
津山事件の場合は、そもそも閉鎖的な村社会による陰湿極まりないリンチが、犯人の暴発を招いたという経緯がある。これに関しては複数の資料を読んだことがあるので、ほぼ確定であると断言できる。勿論犯人が一番悪いのだが、それを引き起こしたのは周囲の村人達だ。
実際津山事件の犯人は、自分にリンチを加えなかった村人には手出ししていない。
不平等なことに。
現在の法では、真犯人とも言えるこの犯罪者を暴発させた「自称常識人」を取り締まることが出来ない。
これはどの国でも同じ。
自称人権先進国の米国でさえ、だ。
さて、問題である。今回名前が出た虹野家だが。
これについては違う。
此方は単純なシリアルキラーで。
無差別殺人を繰り返し。
彼方此方を転々としながら押し込み強盗を繰り返し、しかも楽しみながら殺人を行った。合計七件。
更に此奴は、逃走資金を強盗でも賄っていた。
最終的に東北で捕まり、死刑になったのだが。これに関しては、完全に正しいと言える。
問題はその後である。
この辺りにいた犯人の実家の人間は、完全なアンタッチャブルとなった。
おかしな話だ。
犯人は元から精神鑑定により、真性のサイコパスとされていた。
勿論、家族は、おかしい事に気付いてはいたはずだ。
だがそれをいうならば。
周囲の村人達だってそうだっただろう。
リンチが始まった。
勿論これは、反撃が許されないリンチだった。
当然だろう。
相手は「大量殺人犯を出した家」で。
そして自分たちは「正義」なのだから。
あらゆる虐待が正当化された。
当然警察は。
それから犯人家族を守る事もしなかった。
形だけは巡回したが。
それも形だけだった。
人間という生物は、正義であると「自覚」した時に、最も残虐になる。
人間という生物は、抵抗できない弱者を痛めつけるときに、最も嬉しそうに笑う。恐らく性交などとは比較にもならない快感を得ている。
これについては。
私があのクズを間近で見て、実際に確認している。
類例も嫌と言うほどみて確認している。
つまり、平均的な人間という生物は、弱者をなぶり殺しにすることに最高の快楽を覚える欠陥品であり。
存在そのものがバグだ。
故に法が必要なのだが。
残念ながら。
どこの自称先進国だろうが。
どこの自称法治国家だろうが。
法などというものは機能していないのが現実だ。
そんなものが機能していたら。
人類の文明は、とっくに宇宙に進出を果たし。
今頃星の海で、更なる勢力の拡大を行っているだろう。
虹野の家については、私も聞いているが。
アンタッチャブル中のアンタッチャブルだ。
誰もが名前を出した瞬間に口をつぐむ。
そんな家である。
「名前を変えても、何ら変わる事は無いの。 親は県外まで出て日雇い労働。 弟は学校に行かせられない。 命の危険があるから」
「学校は」
その学校の名前を聞くと。
ああなるほどと納得。
裏サイトを見ているが。
県内の恥としか言いようが無い、底辺学校だ。
もっとも底辺学校だろうがなんだろうが。
人間のやる事なんて決まっているが。
良く清潔なイメージのある女子校なんかは、もっともおぞましい虐めと、村社会の最悪の部分を煮詰めたパンデモニウムそのものだし。
進学校だって。
「進学のストレスから」という理由で、虐めが正当化される。
要するに、人間は。
虐める「理由」を血なまこになって探している生物であって。
そういう意味では、よくある三流SF映画に出てくる、血に飢えたクリーチャーそのものである。
命の危険がある、というのも大げさではあるまい。
自衛能力がついてきている年齢の依頼人でさえこの有様だ。
家族によってこういう目にあっているとは思えない。
完全に感覚が麻痺してしまっているのだろうが。
それでも、弟だけは守らなくてはと言う意思が。
もはや摩耗しきった精神の奥から伝わってくる。
「むしろ両親は、底辺とはいっても県外ではたらいているし、何より日雇いだから、毎日酷い目にあっているわけじゃ無い……でも私と弟は、このままだと本当に殺されると思う」
「学校での虐めはそこまで苛烈か」
「教師含めて全員が敵」
「そうだろうな……」
何とかして欲しい。
お願いします。
頭を下げられる。
私は思わずパーカーを摘んで、視線を隠した。
これは難題なんて次元では無い。
何しろ、自治体単位で周囲を敵にしている上。
自治体の方は、ねじ曲がっているとはいえ、「攻撃しているのは犯罪者の家族」という免罪符を手にしているのだ。
実際問題として。
犯罪者の家族を虐げていいなどという明文法は無い。
あった時代も存在した。
いわゆる三族皆殺し、と言う奴である。
あれは三親等まで(他にもパターンはあるが)の人間を全て殺す、という刑罰で。
いずれにしても、政治犯などに適応される、最悪ランクの刑罰だった。
こんな野蛮な法がどうして許されていたのかと、不思議に思う人間は。
此処に実例がある。
人間が平均的に何を考えるかちょっとでも頭を絞ってみれば。
そんな法律が施行されるのも、当然だろうという結論が、即座に導き出されるだろう。残念ながら、人間の脳みそは石器時代からなんら進化していない。だから、明文法で禁止しようが、平然と愚行を犯すものなのである。
一旦依頼人と別れる。
そして私は天を仰いだ。
これは厳しい。
非常に厳しい。
自治体の有力者じゃ無い。
自治体の人間全員を敵に廻し。
なおかつねじ伏せなければならない。
そういう案件だ。
しかも自治体レベルで、自分たちは正義だと考えているような連中を、である。
魂無くしてヒーローならずとは良く言ったもので。
この手の正義という名前の棍棒だけもった連中は、それこそ地獄の悪魔でさえ一緒にしたら怒るレベルのクズである。
いっそ自治体を丸ごと焼いてしまいたい所だが。
そうも行くまい。
引っ越しを真剣に勧めたい所だが。
どうせ余計な事をして。
引っ越し先で、此奴らは大量殺人犯の家族ですとか、吹聴して回るのは疑いない所だろう。
何か理由があったら虐めても良い。
虐めは正当な行為だ。
そんな事を口にするのが「常識人」を自称する人間だという時点で。
人間などに良心とか性善説とか、法治主義とか、そういったものは期待するだけ時間の無駄である。
それならば現実的に動くしか無い。
なお、依頼人と話したときに軽く確認したが。
どうやら一度引っ越しはしたらしい。
賢明な判断だ。
その場に暮らしていても、生きていけなかっただろうから。
だが、金もなく。
良い場所に引っ越しも出来ず。
そして引っ越しをした次の日には。
既に周囲は全てが敵になっていた、という状況だったらしい。
そして今は。
新しく引っ越しをする金さえもなく。
生活保護も降りず。
文字通り爪の先に火を灯すような生活をしながら。
いつ周囲に殺されるか怯えながら。
両親が日雇いの仕事で稼いでくるはした金で。
細々生きている。
そんな有様らしかった。
さて、帰り道。
駅で調べて見る。
ふと、側に気配。
近づいてくる人間を確認。
距離を取るが。
相手もその分の距離を詰めてきた。
電車が来る。
電車に乗ると、別の車両に移動するが。
相手もついてきた。
だが、車両を移った時点で。
私は他の乗客を利用して相手の視界を一瞬切り。そして元の車両に戻った。そして、慌てて戻ってきた相手の前で、ブザーを見せる。
「小学生をストーカーか? 今すぐ素性を言え。 言わなければブザーを鳴らす」
「!」
「早くしろこのカスが!」
「ま、待ってくれ!」
相手が見せてきたのは名刺だ。
学校の教師らしい。
丁度最寄り駅だ。
そして、この学校。
依頼人の学校では無いか。
駅で降りると。
依頼人は、バツが悪そうに言う。
「虹野に接触しているという噂を聞いた」
「誰から」
「誰って、それは……」
「誰か言え! ブザー鳴らされたいか!」
周囲がぎょっとした様子で此方を見る。
こちとら散々修羅場をくぐってきているのだ。こんなただの教師くらいに、遅れなんぞ取らない。
少なくとも、精神的優位なんて渡すか。
「あ、アレは監視対象なんだ! シリアルキラーの姪なんだぞ!」
「バカか貴様」
「な……」
「シリアルキラーの姪という理由だけで、相手を犯罪者扱いして良いと思っているのか?」
私も今まで、クズを家族ごと葬るような事は何度もしてきたが。
今回の場合は、それとは違う。
シリアルキラー自身は既に死刑という形で適切に法の裁きを受けているし。
その家族へは明らかに不当な仕打ちが行われている。
というかこれと一緒にされたら。
流石に私だって頭に来る。
「兎に角よく分かった。 いずれにしても、妖怪黄色パーカーに喧嘩を売ったと判断して良いな」
「ひっ……!」
「これから調査して、内容次第では、学校ごと潰してやる。 場合によっては自治体ごと名前が出るだけで恥を掻くようにしてやるからな。 覚悟しろ」
悲鳴を上げながら、転がるように逃げていく教師。
おかしな話だ。
「正義の棍棒」を取りあげられた途端にこれである。
要するに、自分でも悪事を楽しんでいるのを分かっているのだ。
だが、その薄っぺらい正義を取りあげられた途端。
本性が露出した。
それだけのことである。
反吐が出るが。
人間という生物を嫌と言うほどみてきた私としては。
もう驚くことは無い。
ただ軽蔑するだけだ。
視線。
どうやら見られているらしい。
かなり距離を取っているが、相手は警察関係者か。多分カタギではないだろう。
舌打ちすると、家に帰ることにする。
さて、今回は恐らくだが。今までで最大の難題になるだろう。
気合いを入れて、望まなければならなかった。
1、石器時代から何も変わらず
勘違いしているバカが極めて多いのだが。
人間という生物は、強靱などでは無い。
良く漫画なんかで、トラとか象とかを素手で倒す人間が出てくるが、あれは漫画物理学が働いているから出来る事だ。もしくは、この世界とは別のルールが働いている世界なのだ。
現実の人間には絶対に出来ない事である。
そも四つ足の動物は、人間とは根本的に出力が違う。
有名な話で、凄腕の格闘家が、牛に正拳突きを叩き込んだ。それも眉間に、である。
だが牛は、それを攻撃とさえ認識せず。
草を食い続けていた。
つまりそういうことで。
人間なんて生物は、武器を持たなければ、生物界の底辺である。
実際問題その身体能力は、人間よりかなり小さいヒヒ程度のものしかなく。
同じ体重の四つ足動物が相手だったら、まず間違いなく勝てない。
そんなクソザコ生物がどうして自然界で好き勝手にし。
生態系から逸脱し。
地上最強の動物であるアフリカ象さえ蹂躙しているかというと。
単純に言うと、道具の存在があるからで。
そして更に言えば。
道具を産み出すほどに文明を発達させられたのは。
リソースの活用が出来たからだ。
弱肉強食などと言う言葉を安易に使うバカがいるが。
人間は、本来自然界であったら淘汰されてしまう弱小個体を保護することによって、より大きなリソースを取得。
それによって、文明を拡大し。
他の生物を圧倒するまでに至ったのである。
病院。
警察。
いずれも機能していれば。
本来死ぬ存在を保護し。
そしてリソースを確保するシステムだ。
これは法にも同じ事が言える。
つまり、法を悪用して、自分の好き勝手にする輩は。自分だけは得をするだろうが、社会全体には悪そのものであり。文字通りのガンである。切除しなければ、やがて社会そのものを好き勝手にし。
やがて死に至らしめるものなのだ。
逆に言うと。
「人間も動物だから」とかいう理由で「弱肉強食」の名の下に虐めを正当化したり、差別を正当化する輩も。
その同類と言える。
私は人類を。
少なくとも手の届く範囲は全て支配するつもりでいるが。
それは人間という生物が、こういう程度の存在だと言う事を、血統上の親であるあのカスを見て知っているからだ。
故に屈服させる。
或いは、手段を選ばずに行動している私も、社会のガンなのかも知れないが。
どちらにしても、制御不能という点では同一なのだろう。
それについて否定するつもりは無い。
ただし、無節操に人類社会を食い荒らし、エゴで破滅させる輩と私は違う。
それだけは確かだ。
今回の依頼は困難だが。
それでも、やる価値はあるだろう。
今後、人間を群れの単位で屈服させなければならない事例が出てくるのだ。
そうなってくると。
どうしても、このような作業は必要になってくる。
今、日本中で政治不信が吹き荒れているが。
あれは、日本の政治システムが、看板、鞄、地盤の三つが必要になるという代物になっているからで。
看板(知名度)、鞄(金)、地盤(有力者とのコネ)という、政治家の能力とは無縁なものが要求されるからである。
それらが必要なのは政治屋で。
実際にまつりごとを行うのには、いずれも不要な能力ばかり。
こんなシステムでは。
実際の実務家や。
政治の専門家を。
実地に立たせることなど出来ないだろう。
ちなみに、日本だけが駄目なのでは無い。
米国では、実際に政治を牛耳っているのは、強大な軍産複合体の支配者達、いわゆるパワーエリートであるし。
西洋でも財閥系の超リッチな人間が、実際には掌の上で国家を転がしているのが実情だ。
結論から言うと。
人間にはやはり法治主義も政治も早すぎるのである。
さて、色々と調べているが。
まず問題の地区。
依頼人一家が引っ越した前後で、即座に情報が拡散している。
閉鎖的な田舎である。
引っ越してくる人間の情報は、即座に割り出した、と見て良いだろう。こういった場所に、プライバシーなどと言うものは存在しない。概念からしてない。
私だって。
もしも他を圧倒するスペックがなかったら。
今頃あのカスに殺されていただろうし。
そうでなくても、学校で虐め殺されていただろう。
そして虐めに荷担した連中は、何一つ罪を負うことも無く。
自慢しただろう。
虐めで人間を殺したと。
虐めに遭う弱い奴が悪いんだ、と。
私の時もそういう状況になりかねなかった。だから、依頼人の苦境はよく分かる。
ただ、冗談抜きに依頼人がシリアルキラーのケースもある。
あまりそういう話は聞かないが。
シリアルキラーが遺伝する可能性は、ゼロとは言い切れないだろう。
こういう場合のためにも。
常に客観性をもって。
全てを俯瞰して、情報を集めていかなければならないのだ。
様々なコネを使って。
情報を収集している最中。
桐川から連絡が来た。
「どうした」
「ええとね、シロには最初に伝えたかったんだ」
「?」
「コンクールで賞取った」
それはそれは。
今、ボイスチャットで話しているのだが。
良かった、と一言だけの称賛。
相手も有難う、といった。
プラモでジオラマを作る事を趣味にしている桐川は。その趣味のマニアックさから、変わった友人が多い。
黒田もそれは同じだが。
黒田がアンダーグラウンド系の友人が多いのに対し。
桐川ははぐれ者の友人が多い印象だ。
軽く話しながら、同時に情報収集を進める。
西野家、今では虹野家は。
どうやら、依頼人が言ったとおりの苦境に立たされている様子だ。
学校に行かない子供を待機児童と言うが。
確かに虹野弟は待機児童扱い。
そして依頼人が言っていた通り。
本当に死を覚悟しなければならないほどの過酷な虐めに遭っていたらしい。
裏サイトも見るが、反吐が出る。
此奴ら、虹野の弟を学校に引っ張り出したら、どうやって自殺に追い込んでやろうかと、嬉々として話あっていた。
とりあえず個人情報を割って、素性を確認。
その作業をマクロを使って進めながら、桐川と軽く話す。
「どんな賞を取ったんだ」
「山岳部での戦い、てコンクールでね。 媒体作品は問わないから、兎に角山岳部という状況を生かしての戦闘をジオラマ化するものだったんだ」
「ふむ、この辺りは山岳部が多い。 参考にしたのか」
「うん。 秘密基地の辺りとか」
そうかそうか。
創作では、自分の体験を生かすことが重要だと聞く。
それはジオラマなどでも同じなのだろう。
秘密基地のある辺りの山だったら。
それはリアリティのある造形が出来る事だろう。
後、ロボットの説明をされたが。
山を遮蔽物扱いして、相手をスナイプする瞬間を造形したらしく。
ロボットの迷彩や、完璧な姿勢などが、高く評価されたという。
それほどメジャーな賞ではないそうだが。
それでも金賞は初めてだそうで。
桐川は本当に喜んでいた。
おめでとうと言いながら。
私はブラインドタッチで、作業を進めていく。
続けて自治体の対応だ。
虹野一家が受けている自治体レベルでの虐待だが。これについては、恐らく自治体所属の人間の証言よりも、外部の人間の証言の方が良いだろうと思って、情報だけ集めてみたのだが。
これはかなりまずい。
というのも、である。
自治体だけでは無く。
その外の人間も。
明らかに虐待に荷担しているのである。
まあそうだろう。
このストレスフルな現在社会である。
誰もが他人を合法的に殴って悦に入ること出来る、「正義の棍棒」を探しているのである。
血に飢えているのだ。
虹野一家のようなタイプは。
それこそ格好のエジキである。
実際問題、虹野一家については、情報がほとんどまともに得られない。少なくとも、私のコネ内でも、虐待には賛同するケースが多く見られた。
大人がこれでは。
学校でも虐待が行われるのは当たり前か。
まあ人間とはそういう生物だ。
分かってはいたが、どうしようもない。
桐川が。
不意に話を振ってくる。
「で、今度の依頼、どう?」
「極めて難しいな」
「……やっぱり」
「虹野とは、依頼人とはどうやって知り合った」
桐川の話によると。
山を見に来ていて。
ぽつんと一人でいる虹野に気づき。
酷い格好をしていることに気付いて、何となく察したという。
当然の話だが。
どちらかと言えば、嗜好がかなり「平均からずれている」桐川も、あまり良い人生を送ってきていない。
何となく察したのだろう。
それで話をして。
そして連絡先を交換したそうだ。
虹野は言っていたらしい。
出来るだけ、素性を明かしたら駄目だよ。SNSで話そう、と。
桐川の事を気遣っていることを悟り。
桐川は溜息が零れたそうだ。
こんなボロボロになるまで痛めつけられているのに。
それでもまだ、相手を気遣う余力がある、のだから。
「それでも、ついに限界が来たんだろうね。 だからシロを紹介したんだよ」
「……そうか」
「やっぱり厳しいんだね」
「ああ」
今回のケース。
ヘタを打つと、今まで築いた人脈が全部パーになりかねない危険を秘めている。
醜悪な人間の本性と正面から向き合わなければならない仕事だ。
多分、正攻法では絶対に成功しないだろう。
さて、どうするか。
現時点で、虹野一家の虐めに荷担しているような連中を叩き潰す事は簡単だ。得に直接虐めをやっている連中なんか、それこそ秒で折り畳める。
小六になった今。
私の身体能力は、二年前とは比較にならないくらい上がっている。
高校生以上の、それも鍛えている男子が相手でも無い限り。
確実に勝てる。
コネを動員すれば。
自治体そのものを転覆させることも可能だろう。
問題はその後だ。
結局、虹野一家が「正義の棍棒」のターゲットである事は変わらないのである。
説得だの説教だので。
この棍棒を手放す奴はいない。
当たり前の話である。
相手を殴りたくて血に飢えている奴に。
会話なんて成立するはずがないのだから。
何度も思うが。
説教だの説得だので相手が変わってくれる二次元の世界は、どれだけの楽園なのだろうと。
私は思ってしまう。
「シロ、気を付けてね。 それと難しい依頼を持ち込んでごめん」
「いや、良い機会だ。 どうせ私はこれから、この街を。 そして手の届く範囲全てを支配するつもりだ。 こんな小さな地区くらい、支配できずにどうしろというのか」
「ふふ、魔王みたいだね」
「魔王で結構。 まあ今はまだ妖怪だがな」
ボイスチャットを切ると。
情報収集に注力。
まだ行動は起こさない。
今のうちに。
出来る事は、可能な限りやっておかなければならなかった。
学校に歩きながら、幾つかの案を練っていく。
まずは恐怖によって君臨し、支配することで、強引に虹野家に向けられている「正義の棍棒」を取りあげる方法。
これに関しては、私の威名を利用する事になるが。
威名が悪名に大きく変わるのが問題だ。
そう、「悪名」である。
今回依頼人とその一家を虐げている連中は、自分を正義と認識しているし。
問題なのは。
その周囲の人間殆ど全員。
というか、下手をすると人類全員が。
それを肯定しかねない、という事だ。
法治主義なんてのは幻想に過ぎない。
こういうときに。
人間の本性を、そのまま見る事が出来る。
シリアルキラーの叔父と関係無い、なんて事はどうでもいいのである。
人間は楽しくおかしく弱者を虐待できればそれだけで満足する生物なので。
「オモチャ」を取りあげられた子供と、同じ反応をするのはほぼ間違いないだろう。
結果として、畏怖が恨みに変わる。
そうなると、今後私がこの辺りを支配するときに。
色々と面倒な事になる。
もう少し力が備わっていれば。
もう私が介入した、というだけで。
全員が震えあがって、即座に黙る、くらいの状況が作り出せるのだけれど。
現在は残念ながら其処までの力は無い。
学校での虐めだけは解決できるかもしれないが。
それでは意味がないのだ。
この案は残念ながら駄目だな。
そう判断した私は。
次の案に移る。
次は援助を行って。
県外、別の土地へ一家を逃がす場合だ。
この場合、引っ越し業者などにも手を回して。
一晩の内に消えて貰う必要がある。
援助は金だけでは無く。
こういう業者の手配も必要になってくるだろう。
金に関しては、まあいい。
別にその程度の金なんか、出すのには困らないし。
将来の投資だと思えば、別に何でもない。
だが、これにも問題がある。
引っ越し業者にしても、遠くから呼ぶのは良いとして。
そんな事をすれば、確実に訳ありだと悟るからだ。
勿論夜逃げ専門の業者も存在しているらしいが。
当然料金は割高になる。
更に言えば。
裏社会に通じているのも確実で。
下手をすれば、其処から一生脅され続ける事になるだろう。
私の場合は脅しなんて考えたことを逆に一生後悔させてやるだけだが。
虹野一家の方はそうもいくまい。
私は対処できる。
だが、そうもいかない人間の方が多いのも事実なのだ。
更に、である。
七人殺し、他にも余罪多数のシリアルキラーの家族という事は、恐らくかなり広域で知られてしまっている。
流石にネットなどでは、目元を隠して写真を流している情報ブログなどが目立つのだけれども。
それも加工すれば。
すぐに顔なんて割れる。
引っ越しさせる、と言う方法については保留か。
訳ありの人間ばかりが行き着くような土地もある。しかしそういった場所に匿って貰う方法はリスクも大きい。
ただでさえ、姉弟は既に人生を無茶苦茶に破壊されているようなものなのだ。
これ以上ハイリスクな場所には放り込めないだろう。
次の案。
警察と役所に仕事をさせる。
今回のケースの場合、警察がやる気を出していない事が、自治体によるリンチをエスカレートさせる要因になっている。
はっきり言うが。
現状のまま事が推移すると。
虹野一家は一家心中に追い込まれるだろう。
その結果、周囲はやんややんやの喝采を上げる事は疑いなく。
「正義が勝った」と喜ぶ事だろう。
人間を殺した事なんて関係無い。
何しろ「正義」なのだから。しかも「楽しかった」のだから。
それで喜ぶのが平均的な人間だ。
逆に言えば、だ。
警察がきちんと巡回をし。
更に犯罪レベルでの自治体での扱いをしっかり是正させた場合。
警察への不信感が。
がつんと跳ね上がる事だろう。
ただでさえ、今は政治不信の時代だ。
ひょっとして、都議なども。
これらの状況を見たら。
むしろ状況を加速させて。
自分たちの支持率につなげようと考えるかも知れないし。
というかやっている可能性も高い。
民度が低い、等という言葉は滑稽だ。
恐らくどこの国でも。
虹野一家を守ろうと、積極的に動く警察だの政治家だのは存在しないだろう。
古い時代。
まだ任侠の心を残していたヤクザとかなら話は分かるが。
そんなもん、今の時代にいるわけがない。
現在のヤクザは犯罪組織以上でも以下でもない。
そういう連中だ。
ならば、やはり警察と役所をしっかり仕事させるのは難しいか。
難しい。
結論としてはそうなる。
だが、この場合。
法的に考えれば、警察と役所がきちんと動く事は当たり前で。そして、「家族からシリアルキラーを出した」という理由で虐待が行われている、それも自治体レベルでのリンチが行われているのを止めるのは。
国としての。
というか、公僕としての義務でさえあるだろう。
勿論、法なんて今の時代ロクに機能していない事くらいは分かっている。
警察も、「なんでこんな連中を」とかいう理屈で、まともに巡回もしていないのだ。
だが。
此処で、きちんと筋を通し。
言うことを聞かせれば。
どいつもこいつも、幼稚園児並みの理屈で、自分の娯楽を通そうとしているだけなのだと気付かせ。
そして法を「私の手」で厳格に運用させることが出来れば。
それは将来のためになる。
この辺りを支配するときに。
非常に有用になるだろう。
学校に到着。
黙々と授業の準備を始める。
さて、採用するならどれだ。
今の時点では、個人的には第三案を採用したい。というのも、他の二案では、根本的な解決にならないからだ。
今の時代、エリートもバカだが。
ぶっちゃけ末端の国民もどうってことはない。
どこの国もこれは同じで。
それならば、厳格に法を運用して。
しっかりルールを守らせる。
これが一番に思えてくる。
私が守るかどうかは別問題だ。
というのも、そもそも法なんて誰も守っていないのが実情で。それならば、法を守らせるために、誰かが手を汚さなければならないのである。
昔は、それが出来る政治家がいた。
今は政治家そのものがいない。
政治屋だけになってしまっている。
世界最大の米国でさえ、罰ゲームのような大統領選挙が実施される時代だ。
それを猛追している中華でさえ、実質上の独裁体制が敷かれ、欠陥だらけのシステムの中、暴走機関車のような有様で無茶苦茶な状況が続いている。
誰かがどうにかしなければならない。
どうにかするのテストケースとして。
今回の件は。
とても有用だ。私は、そう結論した。
さて、どう警察を動かすか。
やる気を出させなければならないのは事実だが。
そもそも、世論に訴える、というのが無意味な以上。SNS等を使って間接的に圧力を加えることが出来ない。
更に言えば。
マスコミなんぞ使い物にもならない。
あんなものは、もはや分不相応の力を手に入れたと錯覚している、愚かな犬だ。
キャンキャン五月蠅いだけで。
この世に存在する意味すらない。
埋めて肥料にでもするくらいしか活用方法は無いだろう。
政治家は。
此奴らは、基本的に利益でしか動かない。
信念のある政治家とか、今の時代にいるわけがない。
逆に言うと。
何かしらのエサを用意してやれば。
動くかも知れない。
ふむ。
エサと言っても、金はそこまでたくさん私も用意は出来ない。一番分かり易いエサだけれども。
ちなみに公職選挙法とか、政治家を縛るための法律は現在事実上機能していないので、それは度外視。
実際問題、他人を自殺にまで追い込んだ輩でさえ、堂々と政治家面をして逮捕もされずにのさばっている現実がある。
警察を独自に動かすにはどうか。
今回ばかりは、人脈を使うのも難しい。
というのも、コネをたどっているが、基本的に殆どの人間が、虹野家に対する迫害に対しては肯定派なのだ。
これは、人間という生き物が、抵抗できない弱者を痛めつける事に最高の快楽を見いだすからで。
どんなに立派そうなツラをした人間でも。
それは同じだ。
私はそんな連中と同じになるつもりは無いが。
少なくとも平均的で。
特に常識があると自称している連中は例外なくそうだ。
よって、警察を動かすにも。
今回は、コネを使うわけには行かない。
そうなってくると。
正式な手続きを踏んで。
ぐうの音も出ないほどに正しい法的手段を。
無理にでも執行させるしかない。
犯罪者の身内は犯罪者。
そんな法はこの国には無い。
ただし、不文律には存在しているが。
それは明文法に優先してはならない。
本来だったら、である。
だが、実際には、基本的に法など機能していないのだ。
さて、どうやって法を守らせる。
私は、思考を進める。
授業中も。
マルチタスクで、作業を進め続けていた。
2、快楽優先
良く見かけるようになったが。SNSでは炎上という事が起きる。
何かしらの失言をした人間に対して。
一斉に「正義の棍棒」を振りかざした人間が襲いかかることだ。
面白い話で。
SNSを使っているのは人間だ、と自覚できていない者は未だにかなり多く。
画面の向こうに別の人間がいると理解出来ていないケースが目立つ。
これはテレビ番組などで、堂々と「ネットを使っているバカ」等という言葉が出てくる事からも明らかだ。
今時ネットを利用していない人間などいないのに。
それが理解出来ていないのである。
これだけ見ても、人間は石器時代から脳みそがまるで進歩していない事がよくよく分かるが。
今回はそれを逆用する。
正しい法的執行を。
正しく人間が実施できないのなら。
逆方向からアプローチを掛ける。
それが私の結論だ。
少しばかり回りくどくなるが。
それが一番現実的だろう。
それにしても、しばらく思考を進めていたが。
人間という生物は何処まで愚かなのか。
嫌と言うほどみてきた筈だ。
今まで依頼を受けた人間と接触して。
それで人間の業そのものを、直接見てきた。
その筈だ。
それなのに。
今回の一件は、法治主義などと言う言葉が、如何に実体をもたないかを、良く私に知らしめていた。
そういえば、である。
私を虐待していたアレも。
結局の所、法では裁くことが出来ず。
精神病棟の隔離病棟に放り込むしか出来なかったか。
笑いがこみ上げてくる。
更に言えば。
殺人をおかしながら。
子供だからと言う理由で、あまりにも短すぎる刑期で刑務所を出てきたあげく。
殺人を周囲に自慢して回っている人間、等というものまで実在している。
法治主義などと言うものは。
かくも無意味だ。
法はそもそも不完全。
平等で公平な法などこの世に存在した試しが無い。
更に、法の施行も不完全。
裁判も法の執行もいい加減そのもの。
挙げ句の果てに。
そんな未成熟でいい加減な代物なのに。推定無罪の原理などと言う言葉を振りかざして、弱者を殴って悦に入る人間までいる始末だ。
六法全書は既に完全に暗記し。
把握している。
それによると、警察は本来、今回の依頼人のようなケースを守らなければならない。
そもそも、犯罪者の家族だからと言って、虐待を正当化する事が、あってはならないのである。
だが警察も。
自治体の人間も。
勿論政治家も。
私や桐川のような少数例外を除いて。
今回のケースは、知らないし、知っていても無視する。
だから、いい加減な法でも。
守らせなければならないという、面倒な事態が発生する。
法がきちんと動いていれば。
私の所に、そもそも依頼自体が来なかっただろうに。
色々と反吐が出るが。
とにかく、順番に手を打っていくことにする。
まず第一に。
SNSに流すのは、大量殺人事件について、である。
これは依頼人の叔父である人間が、全国で押し込み強盗を働きながら、その過程で七人を殺して行った経緯を。
丁寧に分かり易くまとめたものだ。
これをやるために。
私はわざわざ以前ネット工作用に立ち上げて温めていたブログを投入した。
膨大な裁判資料に目を通し。
そしてそれらを引用しながら、バカでもというか猿でも分かるように説明を加えていった。
残虐な事件だが。
この程度のシリアルキラーは世界中どこにでもいる。
問題は、此奴の場合。
周囲がトリガーになった訳では無く。
快楽が殺人の動機になっている事で。
そういう意味では、思考回路そのものは平均的な人間そのものだ。
平均的な人間は認めないかも知れないが。
快楽で他人を死に追いやっても良い、と考えるのが普通の人間である。
単にやれないからやらないだけだ。
能力的に不足しているからそれを実施しないだけ。
このシリアルキラーは、能力が足りてしまっていた。
故に大量殺人に至った。
それだけである。
それを、順番に説明していく。
SNSにアップすると。
時々強烈なスクープを上げるアカウントと言う事で。
一気呵成に拡散が始まった。
同時に。
依頼人には告げてある。
「しばらく騒がしくなるから、外には出ないように。 適当な理由で、学校も休んで」
「分かったけれど、本当に上手く行くの……?」
「任せろ」
私も、依頼達成率100パーセントの自負がある。
だから、こうやって。
「平均的な」人間を扇動し。
それを利用する事には。
ある程度の自信がある。
さて、此処からだ。
ある程度炎上していくと。
まとめサイトなどが作られ始めた。
私が仕掛け人だと言う事はばれていない。
というのも、である。
ブログを作ってから。
複数のサブアカウントを使って、まず小規模な拡散から開始。
それから、スクーパーとして有名になっているアカウントを使って大規模炎上を起こすという。
三段構えの策を採っているからである。
なお、最初に小規模炎上を起こしたアカウントは既に削除済み。
つまり、足跡は追えないようにしている。
勿論勘が良い奴は誰かしらが意図的にこれをやった、と気付くかも知れないが。考えが甘い。
仮にそう考えたとしても。
捨てアカウントの上。
複数の串を利用し、更にロシアのサーバ経由でそのSNSにアクセス。作成したアカウントである。
警察でも追うことは不可能だ。
炎上がある程度進んだところを確認。
此処まで三日。
今の時代。炎上は瞬間爆発という勢いで拡がる。
芸能人などは、余計な発言をした事で、一瞬にして数十年の信頼を失うケースがあるが。正にそれである。
そしてこの炎上は制御不可能なのだが。
それを今回は逆利用する。
炎上芸人などと言うのがいるが。
あれは単なるアホだ。
名前は知られるかも知れないが。
同時に大量の敵も作る。
本人だけは知られるかも知れないが。
囲っているテレビ局や会社などにも、巨大な損害を実際には与える。
それらを理解していないから、炎上芸人などと言うプロデュースをするわけなのだが。まあそれはいい。
此処で、二の矢を放つ。
この二の矢は。
警察の対応のまずさについて、である。
この国の警察は、世界的に見て高い水準にあるが。
テロへの対応や。
規格外のシリアルキラーに対しては、どうしても対応が遅れる傾向がある。これは治安が良いから、というのもあるだろう。
今回の問題になっているシリアルキラーは、その辺りの警察の弱点を知り尽くしており。
なおかつ、無能で知られる神奈川県警と大阪府警のテリトリーで。
犯罪の殆どを行った。
ちなみに元々余罪がある男で。
軽犯罪に対して警察が強いのに対して。
こういった規格外の犯罪に対しては、対応が遅れることを。
恐らく素で知っていたのだろう。
犯罪の経緯について炎上させた後。
この警察の対応のまずさについても炎上させる。
これも、念入りに行った。
そもそもブログも。
実は一年ほど前から、ちまちまと時々ニュースなどを取りあげていた。
これもいざという時。
ネットでの工作用のため、アリバイを作るためにやっていたことだ。地道な作業だったが、こういうときに使用できる。
このため、ポッと出のアカウントに加えて。
前々から活用しているブログの組み合わせという。
それを両方とも同じ人間が使用しているとは考えにくいやり方で。
ネットを見ている普通の人間が。
私という個人が糸を引いているという事実を特定出来ないようにしている。
警察でも特定は無理だろう。
使用しているアカウントも。
ブログも。
全部まとめて、多数の串を使った上に。
海外のサーバを、違う経由で通って、作成しているものだ。
警察の醜態も案の定大炎上である。
そうすると、ブログにもコメントが殺到しだした。
ちなみにブログの紹介欄には。
大学教授と書いているが。
それを疑う者は誰もいなかった。
まさか中身が小学生だと。
誰が思うだろう。
まあいい。
人間なんぞこんなものだ。
ネットのバカとかいう言葉があるが。あれは根本的な意味で間違っている。
人間そのものが。
石器時代から進歩していないし。
揃ってバカなのである。
かの有名な科学者がこう言った。
知的生命体など存在しない。
宇宙にも存在しないだろう。
何しろ地球にも存在しないのだから、と。
まあそれも今の炎上ぶりを見ていると頷ける。
警察も、慌てて動き始めたようだが。
もう遅い。
マルチタスクで、普段使っている時間まで割いて、私が考えた策だ。
既に第三の矢は番えてある。
これで、状況は。
一気に動く。
少し寒いが。
今日は秘密基地のPCを用いる。
自宅のPCを使っても良いが。
今回の第三の矢は、発生源を特定させるわけにはいかなかったからである。黒田が組んだLinuxのPCを使う。
更に、である。
事前に、既にただ起動しているだけのサーバを特定。
国内でも大手では知られているが。
その低品質すぎる製品から、ある意味有名な会社の製品である。
これをゾンビ化して。
踏み台にし。
更に暗号化したデータを、別のゾンビ化しているPCで解読。
海外のサーバと串を経由して。
それで投稿するという複雑な処置を執った。
黒田に色々とアドバイスを受けながら、だが。
これだけやっても、黒田はまだ危険があるという。
「ボクが思うに、多分だけれど、シロ、もう警察に目をつけられてるよ」
「それは前から知ってる」
「うん。 今回の件も、ひょっとすると最初から警察が動いているかも知れない」
「それも分かっている」
だからこんな回りくどい手を使っているのだが。
黒田は言う。
「警察のサイバー課はあまり経験が無いけれど、それでも前にちょっと他じゃあ絶対できないような犯罪を摘発したことがあってね」
「聞かせてくれるか」
「うん。 実はある作家を中傷して、脅迫行為を繰り返していたバカがいたんだけれども、そいつのせいで複数のイベントが中止になるという事件があったんだよ」
「ふんふん」
続きを聞かせろと促すと。
黒田は頷く。
それによると、警察はなんと億に達するアクセス記録を解析。
そのイベント関連にアクセスしているアカウントを絞り込み。
その中から、犯人を特定。
逮捕に至ったという。
あまりにも馬鹿馬鹿しい程の作業を。
大まじめにこなし。
そして実際に達成して見せたのである。
「あの事件は、多くのボクみたいなアングラ系の人間には驚きだったよ。 無能で知られていると思っていたこの国のサイバー課が、あんな犯罪を摘発できるとは思っていなかったからね」
「つまり、警察も侮れないという事だな」
「うん。 シロに目をつけている場合、ひょっとすると既にアクセス経路をたどるのは無理だと判断して、シロの家とか、この秘密基地から飛んでるパケットを直接解読に掛かっているかも知れない」
「ふむ……」
可能性はある。
だからわざわざ、ゾンビ化したPCを使ったりしているのだが。
大本を押さえられると面倒だな。
「何か対策は?」
「データは逐一消してる?」
「それは勿論」
「そう。 そうなると暗号化の解読だけれど……」
基本的に電子暗号は、キーが無ければ解読できない。
一方キーがあれば一瞬で解読できてしまう。
以前、裏帳簿を解読する際にも、暗号解読については独学で調査したが。
実際に使って見ると。
電子キーは色々と面倒だ。
第三の矢を撃ち込んだ今。
恐らく警察は、もう動いている。
これは黒田の言う最悪の想定に沿って、動いていた方が良いかも知れない。
「黒田が警察にいたら、対応はどうする? 私が犯人だと当たりを付けていたとして」
「今回の件は炎上の摘発だから、逮捕は出来ないだろうけれど。 でも、シロの家からのパケットは押さえるかな。 リアルタイムで」
「そうなるとスマホからのメールもまずい?」
「それは今の時点では大丈夫だと思う。 犯罪に使っている可能性がある場合には、携帯の会社に警察がパケットの提示を求めるだろうけど」
順番に幾つかの確認を済ませ。
最終的に結論。
現時点では問題は無いが。
この第三の矢が。
どれだけの効果を発揮するかで。
結果は決まるのでは無いのか。
警察は既に、相当に面子を潰されているはずだ。
私に直接この間はアクセスさえしてきた。
警察を利用している事を、向こうは既に気付いているし。
それを面白くも思っていない。
まだ警察を力でねじ伏せるには、私には社会的権力も年齢も足りない。此処からどうするかが考えどころだが。
少し考えたところで。
黒田がSNSを確認。
どうやら。
第三の矢は、燎原に火を熾し始めていた。
「なるほど、こういう手に出たんだ」
「そうだ。 第一の矢は、犯罪について経緯を紹介。 これについては、裁判などで提示されたデータをベースにしているから問題は無い。 単にマスコミが詳しい経緯をきっちり報道しなかっただけ。 第二の矢については、警察の対応が後手に回り、被害者を増やした経緯についての紹介。 此処で、警察がまずい対応をしたと言うことを印象づける」
実際には、此処まで凶悪なシリアルキラーを、特定し逮捕して。死刑台に放り込んでいるので、相応に優秀ではあるのだが。
何処の警察でも、どうしても犯罪に対しては後手に回らざるを得ない。
ましてやこのシリアルキラーの場合。
警察の不得手を把握していた。
そうなってくると。
非常に厄介なのも事実だ。
しかしながら。
その後の対応は。
人治主義の最悪の側面というか。
それに近いものだ。
私の告発ブログは。
その後の。
犯人では無く。
犯人とは関係無く暮らしていた、犯人の家族がどういう扱いを受けているか、というものである。
虐待行為については、データが大量に集まっている。
これのうち、出所が個人のものは避ける。
私がデータを出しているとばれる可能性があるからだ。
ゴミ捨てさえさせない周囲の自治体。
罵声。
郵便受けに詰め込まれている中傷文書。
これらについては、虹野家に撮影させた。
そして、周囲の住民により行われる白昼堂々の暴行。
これらについては、淡々と載せる。
肝は。
それらを見てみぬフリをしている、巡回の警官だ。
勿論建前上は犯罪者の家族に対しては、巡回をして守らなければならないのだが。実際はこの通り。
ましてや既にシリアルキラーの親は二人とも死んでおり(※事件性は無い)。
その弟一家が受けている仕打ちである。
これに対して。
ネットでは早速炎上が始まっていた。
ちなみに依頼人には。
しばらく家族ともどもSNSは見るな、と告げてある。
案の定SNSは。
醜い書き込みであふれかえった。
自業自得。
此奴らも散々悪い事をしているんだろう。
とっとと死ねよ。
そんな書き込みが溢れる中。
ぼそりと「誰か」が言う。
「警察仕事していないね。 形だけ巡回して、見て見ぬふりしてる」
その瞬間。
凍り付くその場。
ちなみに書き込んだのは桐川の別アカウントだ。
言ってはいけない事を、と誰もがその場で思ったのは間違いない。それで良いのである。此処で重要なのは。
クズどもの残虐行為でもなく。
無関係なのに血統だけで虐げられている家族の苦悩でもない。
なぜなら、どっちも「普通の人間」は何とも思わないからだ。感動ポルノなんて言葉があるように。人間は他人の幸福や努力による達成などに興味を覚えない。
他人の不幸は蜜の味なんて考えるのが。
「普通」だ。
私はそうは考えないが。
少なくとも人間の大多数はそうだ。
故に、此処では。
散々此奴らを煽った上で。
ぼそりと。
警察の不手際について指摘するのである。
結果。
炎上は、「思わぬ」方向に飛び火し始めた。
第二の矢が付けた、警察の不手際の方が、再炎上開始。
結果、周辺住民が。
掌を返し始めた。
悟ったのだろう。
自分たちが、正義に酔って、関係無い家族を虐げていたということに。
警察が仕事をしていない。
逆に言うと、それは。
警察がするべき事をしていない。
要するに、本来警察が仕事をしていたら。
今自分たちが酔っている正義の棍棒はへし折られる。
つまり、である。
自分たちがやっているのは正義でも何でもない。
ただ、相手を悪に設定して行っているリンチだと。
理解したのだ。
確かに警察が仕事していない。
この台詞を吐いたのは。
虹野一家が、ゴミ捨て場を利用するのを拒否した自治会の人間だ。
警察の巡回がいい加減だ。
この台詞を吐いたのは。
虹野家の郵便受けに、中傷の文書を突っ込んでいた家の者だ。
これらは私が。
全て把握している。
この辺りは、コネの作ったものだ。
なお、今回に関しては。
私は黄色パーカーの威圧的な姿を、一切現場に現していない。依頼人と会って以来は、メールでの会話しかしていない。
「警察、動いたよ」
黒田が言う。
黒田から郵送させた監視カメラに。
慌てた様子で、虹野家に赴く警官の姿が映っていた。警官達は、周囲の惨状を確認して、写真などを撮っている。
そして周囲で聴取を開始していた。
恐らくSNSの騒ぎについては。
周辺の住民も把握していたのだろう。
途端に掌を返し始める。
やったのは自分では無い。
どいつもこいつも。
それを最初に口にし始める。
そして何処の家の誰がやっていた。
そう、責任を他人になすりつけ始めた。
警察は、うんざりした様子で、それを聴取して、メモを取り始めるが。同時に、恐らく勘付いているはずだ。
この第三の矢まで。
私が放ち。
状況をコントロールした事を。
さて、どう出る。
私は、秘密基地に持ち込んだ飴の袋を開け。
三十分もつ飴を咥えながら。
次の警察の手を。
想定して、動き始めていた。
3、群衆
滑稽なSNSの有様は、私を失笑させるに充分だった。何度も言っているが、今時ネットをやっていない人間などいない。
バカなのはネットをやっている人間ではない。
人間そのものだ。
SNS同士でも民度が低いだの何だの互いを敵視しているが。
実際には複数のSNSを掛け持ちするのが当たり前。
更に言えば。
SNSが普及する前の、大型匿名掲示板の頃は。現在よりも更に民度が低いのが当たり前だった。
そういうものだ。
罵声が飛び交う中。
ようやく自分たちがやっていたことを悟った虹野家近隣住民は。ようやくやる気になった警察に対して。
密告合戦を繰り返し。
結局、逮捕者まで出始めた。
メールで様子が逐一伝わってくるのだが。
それがまた笑える。
大事な人脈なので、無碍にはしないけれど。
中には助けを求めるものもあった。
「私悪党を叩きのめしていただけなのに、どうしてこんな目に!」
私が失笑しそうになったメールの文面。
書いた奴は、虹野家の家の周囲に、犬の糞をぶちまけていた主婦だ。こういうことをする奴は、結構実在している。
庭に花火を投げ込んで。
小火を起こしかけた奴は。
私に助けを求めていた。
「たかが小火を起こしかけたくらいで、逮捕され掛かってる! 何とかして欲しい!」
そう言われても困る。
放火は重罪だと言う事を知らないのだろうか。
私は丁寧に対応する。
「私は大人に相談できない子供の悩みを解決するのが仕事だ。 それは大人に相談するべき案件だろう」
そう言いたいところだが。
実際には、話術を駆使して丁寧に断った。
なお、その後。
警察に逮捕されたようだった。
というのも、監視カメラに画像が残っていたからで。
放火の現行犯である。
どうしようもない。
相手が犯罪者なんだから、やってもいいだろ。
そう絶叫していたらしいが。
そもそも相手は犯罪者じゃない。
シリアルキラー相手に適切に刑罰が執行されていないのなら兎も角。
この件では、シリアルキラーはきっちり死刑になっている。
これ以上ない刑罰を受けているわけで。
関係無い家族への攻撃は問題だろう。
私は、表向きのアカウントではSNS上で沈黙を守っていたが。
面倒だと判断。
もう、ブログの更新も一旦停止し。
様子見。
しばらくは、これで警察が巡回を滅茶苦茶強化し。
少なくとも虐めどころでは無くなる。
なお、依頼人と連絡を取ったが。
学校では、虐めを受けることもなくなったらしい。
その代わり、周囲からは完全に無視されるようになったそうだが。
「すまんな。 改善はそのくらいしか出来ん」
「ううん、実際に暴力を振るわれても、誰も何も言わない状態だったしね。 もうあの状態が続いていたら、レイプされてもみんな笑って見てたと思う。 先生も含めてね。 それに比べたら、空気扱いなんて楽なものだよ」
「辛くなったらすぐにメールを入れてくれ。 対応を強化する」
「分かった。 ありがとう」
向こうは感謝しているが。
私としては複雑だ。
いずれにしても、「痛めつけて良い」相手だった人間が消えた。
その状態で、人間が何をするか。
決まっている。
代替品を探す事だ。
裏サイトなどを確認するが。
さっそく始まっていた。
次に誰を虐めるかの相談である。
クズが。
反吐が出るが。
これが「平均的」で「常識のある」人間の実態だ。
さっそく、裏サイトのログを全部抜いて。
大手のSNSに全文を公開してやる。
勿論発言している人間の実名込みで、である。
今、丁度虹野家への問題行動が、SNSで大炎上している最高のタイミングでの出来事だ。
更に大炎上には。
ガソリンが放り込まれる事になった。
数日で。
数人が学校に来られなくなり。
そのまま転校した。
まあ社会のガンだ。
この世からそのまま消えてくれと言いたいところだが。実名まで公開されている状況では、いずれにしても何処か転校した先でも地獄を見るだけである。
ざまあみろ。
そうぼやくと、私は。
電話を取る。
そろそろ仕掛けてくるだろうと思ったが。
やはり仕掛けてきた。
「貴方が、シロさんですね」
「はあ、貴方は」
「県警の雪井警部補と申します」
「その声、聞き覚えがありますが。 バリケードの所で私と話した人ですか?」
分かりきった上で。
白々しいやりとりをする。
妖怪黄色パーカーの噂くらい。
警察も当然掴んでいるはず。
街の有力者などと接するときには、当然実名を使っているので。接触してくるのも当たり前だと言えた。
「以前は失礼な対応をしてしまったようで申し訳ありません」
「いえ。 それで何用ですか」
「……今回の一件、貴方の仕業ですか?」
「はあ」
完全にその気のない返事をする。
そもそも、今回の一件としか相手は言っていない。
虹野家関係の、自治体の醜悪な行動。
警察による不備。
更に正義の棍棒を振り回して悦に入る連中に冷や水をぶっかけて黙らせたこと。
これらに関して。
私はそもそも表に出て動いていない。
普段はコネを最大限活用する事で、事態の解決を図る私だけれども。
今回に限っては、ほぼコネは使っていない。
ただアジテートはしたが。
それはコネの活用には当たらないだろう。
「電話を切ってもよろしいですか?」
「……腹芸もいい加減にして貰えますか?」
「意味が分かりません。 不祥事が続いているからと言って、小学生に電話をして来て、何だかよく分からない事を言い出すとは正気ですか?」
塩対応をするが。
相手は食い下がる。
「まあ待ってください。 此方としては、良い関係を築きたいと思っています」
「……はあ」
「貴方が今までも、自治体などで大きな問題になっている事件や、実際の傷害事件や、薬物密売事件の背後で暗躍し、強引ながらも解決に導いてきたことは分かっています。 これでも仕事はしているんですよ」
「何を言っているのか良く分かりませんが」
相手はそのまま続ける。
此方としては。
話を聞いてやる。
どれくらい相手が此方を把握しているか。
そして何がしたいのか。
見極めたいからである。
とはいっても。
警察のキャリアにコネがある有力者と、複数のコネをもっている私としては。
とっくの昔に、警察が私に目をつけていることも知っている。
雪井という警部補が。
私に目をつけているらしいという事も。
つまりこれは。
最初から想定していた事態だ。
後は雪井とやらが。
どういう対策を採ろうとするか。
それに興味がある。
私を少年院やらに入れようと考えるのなら、その時は痛烈な反撃を入れてやるだけだが。今の時点で、まだ警察と直接事を構えようとは思っていない。構えようと向こうが思うなら対応はするが。
それだけだ。
「連携をしたいと考えています」
「……」
「貴方がアングラに強く、警察のサイバー課以上の動きをしている事や。 膨大なコネによるネットワークを構築していることは既に掴んでいます。 妖怪黄色パーカーと聞いて、反応しない有力者はいないほどです。 それならば無為に敵対するのでは無く、此方としても協力して、犯罪の未然防止に努めていきたい、と考えています」
「それは貴方の考えですか? それとも警察の総意ですか?」
少しだけ。
譲歩してやる。
だが相手は容易に尻尾を見せない。
まあこの辺りは。
人間を殺すことを何とも想っていないようなヤクザや、その類の連中とやりあってきたが故の余裕だろう。
世の中には。
他人を陥れることを何とも思わない輩が幾らでもいる。
それも自分が楽しむためだけに。
身を守るためでもない。
社会をよくするためでもない。
ただ、抵抗できない弱者を痛めつけて、悦に入りたい。
それだけの理由で、である。
それを良く理解しているから。
私は何も言わない。
「今の時点では私の意思ですが、県警本部の部長も既に貴方の事は知っています。 警察としても、業績を上げたいという点で、貴方とは利害が一致すると思いますが」
「利害、ねえ」
「今すぐの返事は必要ありません。 気が向いたら接触してきてください」
「はあ。 そうですか」
最後まで塩対応を続けるが。
正直鬱陶しかった。
通話を切る。
警察がアクセスしてくることは想定内だったが。
まさか共闘を持ちかけてくるとは思わなかった。
勿論ブラフの可能性も高い。
警察としても、状況をコントロール出来ないことに苛立ちを感じていることもあるだろうし。
何より今回は。
きちんと法が機能していない事を、告発されたに等しい。
それに反発するのは逆恨みだが。
人間は逆恨みする生物だ。
別に今更、その程度の事。
驚くにさえ値しない。
少し考えた後。
またSNSの状態を見る。
転校させられたクズどもの事が抑止剤になったらしく。
裏サイトは沈黙。
というか、裏サイトがごっそりまるごとログを抜かれたことで。
ようやく悟ったのだろう。
クズ共も、自分たちがまるごと全部見られている事くらいには。
なお、慌ててパスワードを変えたようだが。
そんなものは十五秒で解析した。
そもそも裏サイトとして、多数が利用する時点で。
どうしてもパスワードは共有する必要が生じてくる。
その時点で、絶対に私にはばれる。
その程度の代物なのだ。裏サイトのセキュリティなどというものは。
そしてクズが考える事など。
私から見れば、児戯に等しいのである。
それだけだ。
学校の様子を確認。
かなり冷え切っていると。同じ学校の人間がメールを寄越してきた。
「虐めを積極的にやっていた子達が、根こそぎ転校したし、何かとんでもない存在に目をつけられたんじゃ無いかって噂が流れてる。 妖怪だとか、恐ろしい神様だとかが、呪いを掛けたなんて言っている子もいるよ」
「ふうん。 それで、虐めは綺麗さっぱりなくなった?」
「それは、もう。 怖くて虐めなんて出来ないよ。 先生達も泡を食ってて、どのクラスもきちんと見張って、虐めが行われていないかしっかり確認してる。 先生達も相当怖がってるね」
「そうか」
ぶっちゃけ。
どうでもいい。
今まで放置していたくせに。
尻を叩かれた途端にこれだ。
この国の教育には抜本的な改革が必要だと前々から考えてはいたが。
実際そろそろ、手を入れるべき時だろう。
とはいっても、先進国などと言う単語が笑い話になっている現在。
他の国を真似しても。
良い結果が出るとはとても思えないが。
「それで、虐めが無くなった学校は過ごしやすいか?」
「それはもう。 ただ、女子のグループとかはみんな解散しちゃった」
「ほう」
「ああいうのって、悪口大会の温床でしょ? それが虐めに直結することくらいは誰もが分かってるからね。 今回、転校に追い込まれたのも、そういうグループで上位にいた子ばっかりだったし。 グループの中には、リーダー格がいなくなって、空中分解したのもあるみたいだね」
ざまあみろ、という言葉しか無いが。
ただ、話している相手は。
あまり嬉しそうでは無かった。
「シロちゃん。 貴方の仕業なの?」
「さあ。 ただ、この世から悪が排除されたのは良い事だな」
「……そう、だね」
「この世に生きる資格が無いクズはいる。 虐めを正当化し、スクールカーストの上位から下位を見下し、弱肉強食を正当化して人間の強みを踏みにじり、社会のシステムそのものを狂わせるような連中だ。 そんな奴らは、殺処分するのが好ましい。 殺処分されなかっただけでも、そいつらは感謝するべきなのではないのかな」
一刀両断だが。
相手は、それについて。
何も言わなかった。
畏怖していろ。
それでいい。
私は通話を切ると。
他の知り合いにも連絡して、様子を確認。
虹野家への虐めは。
ぴたりと止んだようだった。
ゴミ捨て場の使用を禁止していた自治体の長は、高齢を理由に引退。これは、自治体が全国的に悪い意味で有名になってしまったあげく、自宅にまで悪戯電話が殺到するようになったから、らしい。
しかも、キレて電話の一つに出たら。
凄まじい勢いで罵倒され。
その場で卒倒したそうだ。
今では病院行きになり。
老人ホームに入ることを検討しているらしい。
はっきり言って。
これも自業自得なので。
私としては、まあ当然だなとしか思わないが。
とりあえず、今回の依頼は達成で問題ないだろう。
最後に、虹野家に連絡を入れる。
依頼人に話を聞くと。
色々と分かった。
まず依頼人自身だが。
虐められることは一切なくなった。
完全に無視されているのは前と同じだが。
腫れ物扱いでも。
具体的に暴力を振るわれるよりも、遙かにマシだと依頼人は言い切った。まあそれもそうか。
世の中には孤独に耐えられない奴もいるが。
依頼人はそうではない。
むしろ、依頼人は周囲による虐めという、最悪の人間集団の負の側面を見てきているのである。
今更誰かとベタベタしようとは思わないだろう。
なお、依頼を受けたときには酷い格好をしていたが。
それは、買う服やものを片っ端から学校で破損させられていた(原因はいうまでもないが)事もあり。
今後はそれも無くなりそうだ、という事だった。
「弟は?」
「弟も同じ。 学校では完全に無視されているというか、怖がられているみたいだけれど、それで良いみたい。 前は殺されかねない勢いで暴力を振るわれていたから」
「その弟に虐めをしていた奴らは?」
「みんな転校したよ。 今では弟は疫病神って呼ばれてるみたい。 虐めの一環で無視されるんじゃ無くて、怖がられて近寄られないみたいで、弟もこの方が楽だって安心しているよ」
それは良かった。
万事解決である。
なお、虹野家の両親は。
現時点では、まだ他県に出向いて出稼ぎをしているらしい。
こればかりは、仕方が無いだろう。
流石に私も。
就職先を斡旋することまではお節介になる。
まあ、虹野姉弟が、今後はバイトとかをして、生活を支えていくのかも知れないが。其処までは私も干渉するつもりは無い。
報酬について話すと。
もう用意したという事だった。
頷くと、電話を切る。
さて、今回の件では。
人間をコントロールする方法を学んだ。
しかも、今までのような少数グループでは無い。
地区単位での人間を。
いや、それどころか。
もっと広域での人間を、想定通りにコントロール出来た。
いわゆる成功体験という奴は今までも積み重ねてきたが。
これはその中で、一番大きいかも知れない。
何、どうせ他人を痛めつける事と、自分より下の存在を探す事に命を賭けている人間のカスどもだ。どんな風にコントロールしようとこっちの勝手である。
ただ、警察が既に此方に目をつけている事に関しては少しばかり注意した方が良いだろう。
今までの依頼解決は。
証拠なんぞ残していないが。
文字通りどれも、手段を選んでいないからだ。
雪井というあの警部補も。
状況証拠を積み重ねて、私に到達してきたのだろうが。
それでも、私を逮捕したりする事は出来ないだろう。
いずれにしても。
私に取っては、今回は良い経験になった。
そろそろ私も小学校を卒業する。
中学になったら。
本格的に資金調達を開始する。
国内の大学なんぞ何処でも入れる。
入るなら米国の超一流大辺りか。
問題はその後で。
学閥が幅を利かせているこの国では、官僚は権力取得の手段としてはかなり厳しい。しかも腐敗した高級官僚は、家柄とかそういったものまで気にしている有様だ。昔は優秀だったかも知れないが。今はそれも昔日の栄光である。
ならば、やはり政治家か。
しかし、それも好ましいとは言えない。
結局政治家も今や政治屋。つまり実際に政にて世を治める人間では無く。権力の保持を最優先に考える人間が、やりたい放題しているのが実情だ。
そうなると。
やはり当初の予定通り。
資金を蓄え。
この国を裏から支配するのが一番良いだろう。
勿論国を丸ごと支配するのは出来るか分からないにしても。まずは手の届く範囲から支配を拡げていく。
恐怖によって人間の心を掌握し。
最終的には逆らえないようにして行く。
それが一番良いだろう。
その頃には、あのカスを。
ごく自然な形で。
精神病院内で、狂死させることも可能になる筈だ。
結構結構。
順調だ。
いずれにしても、私の道を阻む存在は。
着実に減りつつあると言えた。
4、紅蓮
依頼人が来た。
前よりかなり綺麗な格好になっている。見かけも、以前のように悲惨極まりないものではなく。
ある程度の身繕いもしているようだった。
それはすなわち。
それが出来るだけの余裕が出始めた、という事である。
着ている服も、前と違って。
多少は見られるものになっていた。
前はそれこそ。
ホームレスの一歩手前だったのである。
「この度は有難うございました」
ぺこりと一礼。
社会的に「虐待して良い」相手として認識されていて。
そして死んだところで、周囲は爆笑こそしても。その死を悼むことなど絶対にない。
そういう存在だった虹野家は。
今はきちんと法の保護を受けている。
勿論諸悪の根元だったシリアルキラーは既に死刑というまっとうな刑罰を受けているわけで。
虹野一家に対する対応は。
明らかに法治主義では無く。
人治主義によるものだ。
そして、実際問題、法などというものは。人間社会でしっかり機能した試しがない。
ならば。
機能させるべく、力を使うのが一番。
今回の事件で。
それを私は強く痛感した。
「報酬ですけれど、これでいいですか?」
「どれ」
受け取ったのは。
真っ白なミトン。
手作りの品か。
手に入れてみると、毛糸で作っているからか、サイズの調整も出来る。しばらくは使って行けそうだ。
「良い感じだ」
「良かった、喜んで貰えて」
「基本的に心がこもっているものなら大歓迎だ」
見た感じ、かなり丁寧に作っているし。
個人的には悪くない。
だが、むしろ。
相手は恐縮したようだった。
「その、私みたいな汚いのが作ったので、平気……?」
「何を言う。 本当に汚いのは、シリアルキラーとは関係無いお前達を迫害していたクズ共だ」
「……苛烈だね」
「ごく当たり前の事を言っているだけだが」
反吐が出る連中に。
相応の対応をした。
今回はただそれだけの事。
そして今後も。
同じ事をして行くだけだ。
さて。
腰を上げると。
桐川に連絡を入れる。
全て解決したことを告げると。桐川は喜んでいた。
「良かった。 これからもシロには頼らせて貰うよ」
「何、安い用だ」
「さっそくで悪いんだけれど、一つ良い?」
いきなりだな。
苦笑しながら話を聞くと。
どうやら、金賞を取ったジオラマだが。
目をつけられているらしいのである。
小学生のくせに生意気だ、ということで。
この界隈は非常に狭く。
テーマ性のあるジオラマなら評価はされるが。
その一方で非常な嫉妬も招く。
その結果。
何人かのモデラーが。
桐川の中傷を始めているらしい、というのである。
勿論早めに消火した方が良いだろうが。
桐川は、それで私に連絡を入れてきた、というわけだ。
「自力対処できるなら、そうしたいのだけれど。 何かアドバイスはある?」
「炎上を押さえ込むのは難しいからな。 中傷をしている人間に心当たりは?」
「ええとね……」
名前について確認。
勿論調査をしてから、だが。
場合によってはカウンターを入れなければならないだろう。
非常に面倒だが。
それでも、こういうのは対応を最初にやっておくのが大事だ。
すぐに秘密基地に移動。
調査を開始した。
早速調べて見ると。
相手は全国で活動しているモデラーだが、非常に評判が悪く、確かに何かしていてもおかしくない。
だが調べて見ると。
どうやら此奴らでは無さそうだ。
むしろ、此奴らの名を騙って。
此奴らを排除しようとしているのがいる。
少し黒田に協力して貰って、SNSの鍵アカウントなども調べて見ると。面白い事が分かってきた。
どうやら犯人は。
マスコミそのものだ。
桐川を悲劇のヒロインとしてスクープしようとし。
なおかつ評判が悪いモデラーを生け贄に炎上を発生させ。
一連の事件をニュースにしようというのである。
呆れた。
この間の事件では。本当に不当な扱いを受け、困っている人間をまったく無視していたのに。
血に飢えた人間が喜びそうな事件に関しては。
ありもしない事をでっち上げ。
金を稼ごうとしてくる。
死ね。
その言葉しか無い。
さっそく、マスコミの工作について暴いてやる。鍵アカウントのやりとりも、全部公開してやった。
即座に大炎上開始。
仕掛けようとしていた記者は慌ててアカウントに鍵を掛けたが。それでも炎上は収まらず。とうとうアカウントを削除する事になった。
いい気味だ。
これからも、こうやってどんどん人間を操作していこう。
やがて全てを支配するために。
私は、経験を積むことを厭わない。
何もかもを。
うちくだくために。
(続)
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