タブーの道

 

序、狭い道なのに

 

別にこれは田舎に限った話では無いのだが、何処にでもタブーというものは存在している。

SNS等でも、口に出してはいけないことなどがある。

あるSNSでは、句読点を使う事が禁止されているケースがあり。使った瞬間にわか呼ばわりされたり。

またあるSNSでは、書き込みをするまで半年は様子を見て、慣れなければならないとか言うルールが存在したりもする。

タブーというのは良く分からないもので。

別に実害が無ければ、変な風習があるなあ、くらいでいいのだけれども。

実害があるとなると。

対応が必要になってくる。

私は依頼人と一緒に、その道を見ていた。

小さな道だ。

私道でさえないのだが。

何故かバリケードが張られていて。

絶対通れないようになっている。

アスファルトはないが。

まあ田舎の道だから仕方が無い。

問題はこの道が。

どうしてか、地元ではタブーになっている、という事で。

非常に迷惑をしていると、依頼人に言われている事なのである。

腕組みして道を見ている私の隣にいるのが。

その依頼人。

高校二年生の菱田浩介。

身長180センチを超えていて。私より頭二つ大きい。

流石に此処まで身長差があると、私も肉弾戦でどうにか出来ない。相手が格闘技の素人だとしても、だ。

しかも此奴は一応スポーツをやっているので、反応速度も高い。

もし肉弾戦をやる事になったら、逃げるの一手だ。

それも、狭い場所などを使って、逃げ切ることを考えなければいけないだろう。

頭も坊主にしていて。

学ランを着ているこの男は。

どうして小学生に依頼なんてしなければならないんだと、顔に書きながらも。

妖怪黄色パーカーの噂は聞いているらしく。

黙って見ていた。

「分かった。 では、此方で調べて見る」

「なんというか、その。 わりーな」

「いや、これが仕事だ。 状況の進展があったらメールを入れる。 それまでに報酬は準備しておいてくれ」

「わかったよ」

手をヒラヒラ振ると。

菱田はその場を離れる。

というか、この道に近づくだけで。

親などが、説教するというのである。近場の住民は、この道、しかも公道を、完全にタブー視しているのだ。

ちなみにタブー視されているのは。

ある山を横切る、三百メートルほどの公道。

道そのものは危険でも無い。

崖を沿っているわけでもないし。

熊がでるわけでもない。

この山を通る公道は、使ってはいけないという地元民のタブーであり。入り口と出口が封鎖されている。

ちなみに道の入り口出口ともに、同じ市で。

自治体も同じである。

土地の持ち主が喧嘩しているようなこともない。

というかこの道が通っている山そのものが国有地であり。

そもそも土地を巡って争っている住民もいない。

それなのに、である。

だいたい成人した前後くらいからだろうか。

住民は、絶対この道を通らないようになる。

幽霊の噂でもあるのだろうかと調べて見たが。

いわゆる心霊スポットを調査したときに、此処が上がって来たことは無かった。前に調査した時よりも、遙かに前から此処はタブー扱いされているわけで。幽霊が出るとかなら、その時に検索に引っ掛かったはず。

この街は、私の住んでいる街の二つ隣。

人脈もそれほど広くないため。

調べるなら自力でやらなければならない。

厄介なのは。

依頼が来るくらい、この道を使えない事が不便なのに。

地元民が口をつぐんで。

この道のことを暗黙の了解で、封鎖していることだ。

出口も入り口もバリケードは厳重。

危ないようにも見えないし。

それほど起伏もない。

そもそも公道を封鎖するのは法的にもまずい筈なのだが。

警察も動いている気配がない。

何より、である。

この道、調べて見た所。

ざっと三十年は封鎖されている。それも、最低でも、だ。ざっと記録に残っているだけでも、それ。もっと古くから封鎖されている可能性が高い。

一応たまに国交省の人間が来るようなのだけれど、その時だけ「特別に」バリケードを解除して。

何も無かったように装っているらしい。

というのも、道の前後を調べながら、伝手にメールをして。

この道の話を聞いていたら。

そんな話が出てきたのだ。

アホらしいと思わず口にしかかったが。

しかしながら、実害が出ているのなら、対応しなければならない。

ましてや大人が皆口をつぐむ案件である。

何かあるとみるべきなのか。

それとも、誰も何も分からないのに、タブーになってしまっているのか。

見極めなければならないだろう。

一番面倒なのは。

もう誰もタブーになった理由が分からないケースで。

その場合は、解決のしようが無い。

タブーというのは厄介で。

理由がはっきりしているケースでさえ、色々と解決には手間暇を要するのである。人権が明確に侵害される場合には、それこそ警察の手を入れてでも、無理矢理にでも解決しなければならないが。

今回の場合は、道を通れない、という不便を生じさせる程度の事で。

人権侵害でも。

人が死んでいるわけでもない。

この道を通れれば、山向こうに二十分は早く行けるため。

どうして利用しないのかは、確認できれば。

その利を説いて、タブーを解除できるかも知れないが。

ただ、道の入り口も出口も。

異常なまでに厳重なバリケードで守られている。

これは、よほど執念深く此処を通したくないのだろう。

本当にどうしてタブーが出来たのか。

念入りに調べる必要があるだろう。

しばらく周囲を調べていると。

声を掛けてくる老人がいる。

知らない老人だ。

今時子供に声を掛けてくるとは、珍しい事だ。

ちょっとでも余計な事をすると、今は即ブザー。そして警察に捕まることも珍しくはない。

挨拶をしただけで通報されるケースさえある。

それなのに。

いや、そういう事情が分からないほど、呆けてしまっているのか。

「何か」

「その、だな。 その道は、入ってはいかん」

「そういうタブーがある事は知っています。 理由については、何か聞いた事はありませんか?」

「理由……?」

小首をかしげている老人。

私が、どうしてタブーになっているのか、知っていますかと聞き直す。

耳が遠いようだし。

仕方が無い。

しばらくすると。

ようやく合点がいったようで。

老人は言う。

「ああ、そうだ。 どうして道に入ってはいけないか、か」

「はい」

「知らん」

「……いつ頃から、この道には入ってはいけない事になっていましたか」

確認すると。

老人は、また小首をかしげて、考え込む。

いい加減苛立って来たが。

我慢だ。

こういうのは、時間を掛けて、話を聞いていくしか無い。

田舎だろうが何だろうが。

老人は呆ける。

こればっかりは仕方が無い。

というか、人間はそもそも30前後くらいから急激に衰え始める。

勿論中には衰えない人間もいるが。

それは例外だ。

老人になると、色々な能力が、何かトラブルが起きたとき、対応出来ない所にまで低下する。

経験とのバランスもかねて。

40前後が人間のピークだろうか。

それを過ぎると、人間は後は衰えていく一方なのだ。

念頭にそう置いて。

じっくり話を聞いていくと。

少しずつ分かってきた。

まずこの老人が子供の頃には。

既にこの謎タブーは出来ていた。

そしてこの老人の年齢は。

現在81。

つまり80年は、タブーが存在しているという事になる。予想はしていたが、それを遙かに超えている。要するに戦前からこのタブーはあるのだ。

それは非常に厄介な話だ。

恐らくタブーが出来た理由については、郷土学者にでも確認しない限り分かる事は無いだろう。

そんな都合が良い研究をしている学者がそもそもいるかどうか。

後、地元の人間にコネをつなげて。

情報も確認してみるが。

それでも、まともな話が出てくるかどうか。

老人に頭を下げて、その場を後にする。

あれが呆けたフリをした演技である可能性もある。

要するに、よそ者をタブーに近づけないため、という訳である。

しかし、たかだが数百メートルの道ごときに。

地元の人間は何を必死になっている。

しかも公道である。

国交省の人間は、チェックするために訪れているのである。

その時に事故が起きたとか言う話は聞いていないし。

調べて見ても、それらしき事は起こっていない。

そもそも、この山周辺が事故と無縁で。

ざっと調べて見るが。

殺人事件さえ、ここ数十年発生していない。

土砂災害や遭難などもしかり。

海側に行くと色々と曰く付きの場所があるのだが。

山側に行くと。

ぴたりと何も無くなる。

勿論、心霊スポットになっているトンネルとかはあるにはあるが。

それはまた別の街。

この街は。

まったくそういう意味での観光資源さえない、ということである。

帰り道、調べて見るが。

この土地では、過去大きな戦が起きたこともなく。

戦略的価値も希薄で。

城も建っていなかった。

出城のようなものはあったようだが。

それはあくまで出城で。

敵の動向を見極めたら。

さっさと逃げ出すためのものであり。

そんなものを死守したりとか。奪い合ったりとか。そういう事さえ無かった様子である。

勿論犯罪は時々起きているようだが。

それについては、何処の町だって同じ事だ。

犯罪が起きない街なんて。

人間がいない街だけである。

駅に到着。

近場の大学を検索するが。

どうやら、そもそも郷土史を研究する、いわゆる民俗学をやっている大学はこの辺には無い様子だ。

著書についても調べて見る。

この辺りの民俗学について記している本や。

或いはレポートなど。

図書館にアクセスして調べて見るが。

かなり広範囲について調べている本はあるにはあるが、それ以上のものは見当たらない。一応図書館に行けば読むことは出来るが。

これは色々と難しそうだ。

まだ夜には時間があるので。

途中で図書館に寄っていく。

早速くだんの本を司書に出して貰って読んでみるが。

案の定外れだ。

例の道のことは。

一切触れられていなかった。

即座に本を返して帰宅。

父の様子を見るが。

更に死相が濃くなっているようだった。

「起きてる?」

「……」

「夕ご飯作るよ」

「……分かった」

起きだしてくる父。

最近はかゆしか作っていない。ヨーグルトなども一緒に食べて貰っているが。もう腹が硬いものを受け付けないようなのだ。

当然医者にも行っているが。

心因性のものなので。

どうにもならないとまで言われている。

時間を掛けて心の傷を治していくしかない、という。

様々な事件を快刀乱麻に解決してきた私だけれど。

こればっかりはどうにもならない。

説教や説得で改善出来るアニメの世界はどれだけ楽なのか。

本当に二次元に引っ越したいくらいである。

徹底的に搾取され。

破壊された心身は。

簡単には治らない。

気の持ちようだ等という無責任な自己責任論を口にする奴は。

片っ端から良く動く舌を引き抜いてやりたい気分である。

まあいい。

今年で小学生も終わり。

来年になったら、色々と出来る事も増えてくる。

資産を地道に増やしていって。

そして高校に入るまでには資産を倍に。

大学に入るまでには更に倍にしておきたい。

夕食を作り終えると。

父を呼ぶ。

のそりのそりとテーブルに着く父に。

食事を出す。

動きもかなり遅くなっているし。

目元にも、大きな隈ができていた。

私は私で。

自分用の食事をせっせと済ませる。

最終的に、身長は160センチ代後半まで伸ばしたいが。其処までいかなくても、160センチ代までは伸ばしたい。

そのために今から計画的に背を伸ばすためのメニューを口にしているのだが。

こればっかりは、色々と遺伝的なものもある。

どれだけメニューを考えて食べても。

背が伸びないときは伸びない。

だが、身を守るためにも。

背は出来るだけ延ばした方が良い。

ガタイが大きい方が。

物理的に様々な意味で有利なのだ。勿論太ってしまうとあれだから、きちんと考えてカロリーを取らないといけないが。

顔を青くしながらも。

きちんと食事を平らげる父。

これしか食べないのか。

嘆息する私だが。

父は申し訳なさそうにするばかりだった。

なお、不味いものを食べさせていないか不安になった事があり。何度か他の人に食べても貰っているのだが。

味については墨付きを貰っている。

要するに、父は精神的な問題もあって。

もう食事を味わえる状況では無い、という事だ。

「もう寝る……」

父が寝室に消える。

さて、ここからが本番か。

食洗機に食器をぶち込むと。

私は謎のタブーについて。

少しはヒントが無いか。

作業を始めた。

 

1、謎の小道は続く

 

航空写真なども含めて、様々な調査を行い。

通ることがタブーになっている謎の道について、色々と調べていく。そして、その結論は。ますます分からない、である。

そもそも幽霊話があるわけでもなく。

何かしらの神が祟ったとか。

大きな災害が起きたとか。

そういう話もない。

対立している地主同士が、意地を張り合って道を封鎖しあったとか。道の入り口出口の自治体が対立しているような話もない。

というか、むしろ入り口出口を塞ぐことに関して。

自治体同士で、極めて連携して上手に事を運んでいる位である。

むしろ仲良しな程で。

陰湿な人間関係が蔓延る田舎としては、むしろ珍しいくらいに仲が良いと言える。そういう不可思議な場所なのだ。

更に調査を進めていく。

まずあの老人が言っていたように。

どうやら、最低でも80年以上前から、あの道を通ることがタブーになっているようだった。

というのも、同様の証言が複数出てきたのである。

確認できた最高齢では、93歳と言うものもあった。

勿論その頃から、道を調査するために役人は来ていた筈で。その度に、せっせとバリケードを動かしていたのだろう。

意味が分からない。

なんでそんな事をするのか。

不合理極まりない。

だが、タブーというのはそういうものだ。

そして実際問題、不便だという声が上がってきているのである。

勿論田舎では、こういったタブーは絶対。

異議は許されないし。

余計な事をすると目をつけられて。

文字通り村八分の憂き目に遭う。

だから誰も文句を言えないが。

内心では皆思っているはずだ。通れれば便利な道を、どうして塞いでいるのか、と。しかも私道ではなくて公道なのである。

私道だったら、まだ話は分かる。

だが、私道でさえも、無理矢理通行止めにして地元民を困らせるようなケースの場合、裁判沙汰になる場合がある。

実際ヤクザが土地を買収して道を私道化し。

通るのに料金を徴収していた、というケースが存在していて。

その場合はヤクザが敗訴している。

こればかりは当然だろう。

ましてや今回の場合は公道だ。

この封鎖には、ヤクザの類は関わっていないし。

本当に意味が分からないのである。

ちなみに、道に入ることそのものは可能である。

バリケードを迂回し。

山から、獣道を通っていけばいいのだ。

バリケードさえ触らなければ良いというわけで。

実はこの方法で、時間が無い場合は強行突破をしている学生もいるという。そしてその行為について、咎められることもないそうだ。

わからん。

思わず放り投げたくなる。

ちなみに、学生達からも情報を聞いたが。

タブーになっている理由については。

案の定怪文書の嵐である。

文字通り都市伝説化しており。

大量殺人事件があったとか。

車数十台がからむ大事故が起きて、大勢死んだとか。

空襲で人がたくさん死んだとか。

無責任な話が飛び交いまくっていた。

実際には、戦争の前からバリケードが置かれていたことが確認されており。この地方はそもそもの戦略的価値のなさから、空襲にさえあっていない。

勿論車が多数絡んだ多重事故など起きてもいない。

いずれもがただのデマ。

しかも、不思議な事に。

そういう都市伝説が横行しているにもかかわらず。

幽霊の類を見た人間はまったくいないという。

元々公道で。

しかも明るい。

夜道になっても、近くに民家が無いため、曇りでもない限り星明かりがまぶしいくらいなのである。

幽霊が出るにしても。

遠慮して、人間を通してしまうだろう。

それらについては。

実際に確認した。

足を運んで。

獣道から通り。

其処が暗い場所でもなければ。

周囲の見晴らしが悪い訳でも無い事も。

そして、道に入ること自体は。

咎められもしないことも。

全て自分の目で確認したのである。

実際、バリケードに目を光らせている連中も。私が獣道を通って件の道に入ったところを見ても何も言わず。

バリケードの向こうから声を掛けても、特に怒ることもなかった。

要するに、だ。

道に入ること自体は、誰も問題視していないのである。

ますます訳が分からないが。

多分頭がまともに働く限界である90前後の人間でさえ、どうしてこんな事をやっているかは、把握していなかったのだ。

最初に始めたのが何処の誰で。

どうしてこんな奇習が残っているのか。

突き止めるのは不可能ではあるまいかと思えてくる。

ともあれ、道そのものも調査。

たかが数百メートルの道で。

アスファルトさえ張られていないが、起伏も大した事は無い。周囲を確認するが、珍しい動植物もいない。

妖怪の類についても調べて見たが。

この近辺での妖怪伝説は、ありきたりなものばかりで。

特に怖れられているものは存在しない。

こういった場所では、タブーの原因に妖怪が現役で出てきたりもするのだが。その線も消えてしまう、というわけだ。

とりあえず、調査は難航。

三日目にして、ついに大学教授にアクセスをしてみた。

相手は、この辺りを広域で調べている大学教授。

とはいっても、国立でもない小さな大学の教授で。

専門も民俗学では無い。

社会文化学で。

しかも、あくまで地域単位の文化を広く浅く調べているので。

あまり期待は出来なかった。

メールでやりとりをして見るが。

相手も初めて聞いたと言い出す始末。

データを出して見せるが。

分からないと即答されてしまった。

これは駄目だ。

多分尋常な手段では、恐らく調べる事は無理だろう。

そもそも郷土の昔話が、極端に少ない土地なのだ。

普通に調べた所で。

まともな情報など出てくる筈も無い。

更に、である。

腰が抜けるような情報が入ってきた。

69歳の老人からの情報だが。

なんと、その老人の祖父も。

バリケードがあったことを証言していたという。

ぐーんとこれでバリケードが作られた時代が古くなった。本当だったら、だが。

最悪の場合。

あのバリケード。

江戸時代から存在していたのではあるまいか。

だとしたら、当時の藩は。

何処の大名か。

調べて見るが、この辺りはいわゆる親藩、要するに徳川由来の大名が回り持ちで統治していた。

近くにある大きな外様大名の監視が目的だった様子で。

それ故に、戦略的価値が無いこの土地を、敢えて代わる代わる治めていた様子である。

それもついでに調べて見るが。

謎バリケードについては、まったくという程情報が出てこない。

というか、藩が関わっていたとは思えない。

領内では別に交通が不便だったような話もないし。

何よりこの辺りは、一揆の類とも無縁だったのだ。

戦国時代も、比較的安定していて。

そもそも戦略的価値のなさがゆえに、何処の大名もあまり興味を持たず。土豪も近場の一番強い大名に、抵抗もせず従っていた有様。

これでは。

調べようがない。

正直頭を抱えてしまう。

此処まで何も分からない事件は。

依頼を受けて解決するようになってから。

初めてかも知れない。

 

気を取り直して。

現地に出向く。

バリケードは相変わらず。其処に当然あるかのように、ずっとそびえ立っていた。しかも、である。

車止めが付けられていて。

役人が来たら、すぐにどけられるようにもなっていた。

バリケードを見ていると。

自治体の人間が来る。

妖怪黄色パーカーの名前は聞いているらしく。

一瞬此方を見て怯んだが。

それでも、あまり好意的では無い声を掛けてきた。

「それにさわっちゃいかん」

「色々調べて見たんですよ」

「はあ」

「この道をどうして封鎖しているのか、誰も知らないんですよねえ」

露骨に困惑する自治体の中年男性。

見張りをしているらしいのだが。

普段は畑仕事でもしているのだろうか。

「道の入り口と出口で、自治体の仲が悪いわけでもない。 むしろ連携して封鎖している有様。 道を使う事を咎める事も無く、此処を通ることだけが悪いとされている。 実際獣道を使って、道に入ってみても、誰も咎めない」

「そ、それはそういうものだからだ!」

「この道が使えれば、向こう側に行く時間をぐっと短縮出来ますし、何よりとてもとても楽ですよ。 まあ舗装していないから、車を使うのはお勧めは出来ませんが。 それにこの車止め、邪魔ですね」

「知らん! 此処のルールだ!」

あっちにいけ。

そう言われるが。

私は相手をじっと見る。

露骨に怯む中年男性。

私のドブの底よりも濁りきった目は。それだけ人を怖れさせる。そして意識して使う事も、躊躇わない。

「納得のいく説明が聞きたいのですが。 何か知りませんか」

「……ずっと前から、そうだから」

「私の知る限り、どうやら江戸時代から此処は封鎖しているようですね。 しかも役人が来ると通している。 不可解だとは思いませんか」

「別に……」

これだから。

これだから、田舎では迷妄が蔓延する。

何かしらの理由があるならまだいい。

この先の道で遭難した人間が出たとか。

熊に襲われたとか。

狼に食われたとか。

そういう理由があって、封鎖しているならまだ話は分かる。

だが、多寡が数百メートルの道の前後だけ塞いで。

道に入ることそのものは何とも思わず。

ただ封鎖することだけを正義とし。

疑いさえしない。

文字通りの迷妄の産物だ。

私が権力者だったら、一も二もなくこんな腐れバリケードは破壊して、後腐れなく道を舗装。通れるようにするのだが。

「今、若い層は、此処を通れないことを不審に思っています。 何かしらの納得できる理由がない限り、やがて対立は深刻化しますよ」

「知るか!」

「警告はしました。 いずれにしても、何も知らず、ただ門番だけをしていても、何にもなりませんよ」

青ざめている門番に言い捨てると。

私はこの場を去る。

さて、どうするか。

ここから先が問題だ。

出口側のバリケードにも行ってみるが。

其方も同じ。

車止めで止めているが。

いつでもその気になれば動かせる。

国交省の役人は調査のためにすぐに入る事が出来るが。

それ以外の人間は、此処を通行できない。

どうしてこんな不便を残しておくのか。

理由がさっぱり分からない、と言うのが素直な所である。

埋蔵金とかがあるのだったら。

わざわざこんな隠し方はしないだろう。

そもそも公道なんか通さず。

何かしらの方法で、もっと巧妙に隠蔽するはずだ。或いは、選ばれた古老だけが真相を知っているとか。

もしくは、真相を知っている古老が、何かしらの理由で死んでしまい。

情報が伝えられないまま、現在になってしまったとか。

いずれもあり得るのが笑えない。

どちらにしても、此処は何とかして、このバリケードを撤去しなければならないだろう。

此方の自治体でも、見張りをしている人間に話を聞いてみるが。

やはりバリケードについては。

分からないそうだった。

バリケードを作ったのは。見張りをしている中年男性の父親らしいのだが。

それも、古くなったバリケードの代わりに作り直したらしく。

そう、わざわざ古くなったものを、無意味に作り直して新しくすると言う無駄に無駄を重ねる無意味な行動をしているのである。

頭を抱えたくなる。

何がしたいのか、本当に分からない。

「後生大事にこんなバリケードを守って、何の意味があるんですか」

「そうはいっても、昔から決まっている」

「何がです。 例えば、妖怪が出るとか、幽霊が出るとか、猛獣が出るとか、事故が起きるとか、そういう理由があるなら言ってください。 誰もそんな理由は口にしませんでしたよ」

「そんな事は知らない! 此処は誰も通してはいけないんだ!」

悲鳴混じりの声。

道は通っても良いのに。

このバリケードはどかせない。

頭が痛くなってくるが。

何か情報が引き出せるかも知れない。

丁寧に。

本当にブチ切れそうになるのを我慢しながら。

少しずつ話を聞いていく。

だが、結局は収穫無し。

結論としては。

このバリケードは、もはや誰が何のために造り。守ってきているのかさえ、誰も知らないという事だ。

そして壊しても新しく作られる。

国交省などが問題視しないのは。

住民が此処を調査させるし。

道そのものは誰もが使えるようにしているから、である。

かといって、実際には獣道を通ってわざわざ中の道に入り。更に別の獣道からでなければならないという訳が分からないルートを通らなければならないわけで。

今はまだ冬だから良いが。

夏になってくると、ヤマビルやヤブ蚊、アブなどに集られて、酷い目にあうだろう。

これぞ。

排除しなければならない迷妄だ。

しかし、排除するにしてもどうやって。

手がかりがそもそも存在しない。

若者達は都市伝説に振り回され。

老人達は誰も理由を知らない。

中年はみな思考停止状態。

文字通り糠に釘。

暖簾に腕押し。

手応えが無いにも程がありすぎる。

頭を抱えて、一度家に帰る。そして、その途中で、依頼人に経過メールを出しておいた。とにかく、此処まで手応えがない事件は初めてだ。誰一人として、あのバリケードを作って維持している理由を知らないし。

知ろうとさえしないのである。

依頼人も、困り果てた様子で、返してきた。

「此方も何か手伝えるんだったらそうするんだが、無責任な噂話しか聞いたことが無い」

「念のため、全て聞かせてくれ」

「分かった」

そうして聞かされた話は。

端的に言うと。

全て時間の無駄だった。

全部聞いたことがあると言うと。

依頼人も、肩を落としたようだった。メールの向こうで、だが。

「だよなあ。 あんたの話は聞いてる。 これくらいは知ってるよなあ……」

「少しアプローチを変えてみる」

メールのやりとりを終える。

実際問題、これは何というか、本当の意味での妖怪のような案件だ。つまり実体が無く、触ることも出来ず、迷妄の中に存在し、それでいながら迷惑を掛ける。

対応するには。

物理的な対応を最終的にするとしても。

何か別の手段を講じなければならないだろう。

そもそも、固定観念として。

あのバリケードを維持しなければならない、というものが凝り固まってしまっているのが最大の問題だ。

あんなもんには何の価値も無い。

ただの壁だ。

しかも可動式の。

少し考えた後。

国交省に連絡を入れてみる。

そして、公道を塞いでいる件について問い合わせを入れてみるが。

反応は極めて冷淡だった。

「証拠写真などはありますか」

「メールで送付しましょう。 大量にありますよ」

「送られても困ります」

「はあ、ではどうしろと」

そのまま通話を切られる。

唖然としたが。

此処まで官公庁で対応が悪いのには初遭遇だ。

仕方が無い。

役所にコネがある人間を動かすか。

少し手間が掛かるが。

役所を通して、国交省に働きかけをしてもらい。

無駄な封鎖をしているあのバリケードの実体を調査。

撤去し。

更に再設置を防いで貰う。

そもそも公道を通れないというのはどういうことなのか。

国交省が仕事をしないのは、問題では無いのだろうか。

色々と問題が重なりすぎているが。

今回も、少しばかり。

手荒い方法をとらないと、解決には結びつきそうになかった。

 

2、透明な壁

 

やっと国交省の人間が来て、聴取を始めた。それも、極めて面倒くさそうな様子で、である。

そのタイミングに合わせて。

普段から、謎の封鎖に困っている高校生や中学生などの、地元の人間を集結させて、国交省の役人に訴えさせる。

勿論その際に。

動画もきっちり撮る事を忘れない。

私が動画を撮っている前で。

口論が起きていた。

「いつも塞いでいるじゃないか!」

「うるさい! これはそういうものなんだよ!」

「兎に角邪魔だからどけて! 何の役にも立ってないでしょこれ!」

「駄目だ! これは此処にあるもので、ずっと決まっているんだ!」

ぎゃあぎゃあとやりとりが続く中。

役人はうんざりした様子で、双方の言い分を確認。

そして、私が事前に印刷しておいた、バリケードで封鎖している様子の写真、数百枚を受け取ると。

本当にもう来たくないという顔で戻っていった。

いずれにしても、あの様子では、即時の対応は期待出来まい。

コネを総動員して。

圧力を掛ける。

県議にも圧力を掛けるし。

役所にも。

普通に正式なルートを通して駄目だったのだ。

それならば、力尽くで対応するだけ。

向こうに文句を言う資格は無い。

そもそも、不便で無意味な因習は歴史の闇に消え去るべき。明確な人権侵害を伴うような場合は勿論抹殺レベルで消し去るべきだが。こういう無意味な因習に関しても、残しておく意味はない。

さて一度バリケードを離れ。

情報を整理するか。

そう思った時。

ふと気付く。

バリケードを守っていた連中の中から数人。

此方を。つまり私を、じっとねめつけているのがいる。

嫌な予感がする。

ひょっとして、このバリケード。

何も意味がない無駄な因習に見せかけて。

何かとんでもないものでも、隠しているのではあるまいか。

それも、道とはまるで意味がないところで。

道には、何も無いことは確定だ。

だが、問題はそれ以外の場所。

何かしら目立つ問題点を最初から作っておくことで。

それに対して不満点を噴出させ。

不満分子をあぶり出す。

そして、実際にある何かもっと危険なものについては、隠され。或いは視線をそらされる事によって。

そもそも誰にも見つからない。

もしそうだとすると。

非常に厄介かも知れない。

いずれにしても、視線の主が、私がこの一連の騒動を起こしたことは、把握しているはずだ。

襲撃をしてくる可能性は。

ないとは言い切れまい。

すっとその場を離れると。

一旦距離を取る。

様子を見守っていると。

暴徒化した学生と、主に中年以降の大人達がもみ合って、バリケードをゆさゆさと揺らしあっていた。

実のところ、あれがあってもなくても、関係は無いのだろう。

実際問題、作り直したという話さえあるのだ。

重要なのは、彼処にバリケードがあると言う事で。

それは伝統と言うよりも。

悪しき因習である。

その因習を何かしらが守っているとしたら。

目的は何だ。

しばしして、バリケードの一部が破損する音がした。

だが、それは。

問題が解決することには。

一切つながらない。

「ふざけんな! 弁償しろガキ!」

「こんなゴミの塊をどう弁償するんだよ! 言ってみろ!」

「てめえ、いわせておけば!」

農作業で鍛えている拳が飛んだ。

同時に、乱闘が始まる。

流石に駆けつけていた警官が、止めに入るが。

既に何人かが血を流していた。

とりあえずは、これで良し。

国交省は実態把握。

そして血を見ることで。

警察もこの件を無視出来なくなった。

ぎゃあぎゃあ騒ぎながら連れて行かれるおっさん。大げさに泣いてみせる女子高生。実際には、痛くもかゆくもないだろうに。

救急車が来て。

けが人を運んでいく。

あくびをしながら、様子を見ていると。

やはり数人。

おかしな動きをしている奴がいる。

主に老人だが。

ひそひそと、話しあっていた。

距離も取っていて。

冷静に騒ぎを観察している様子である。

彼奴らは。

一応写真を撮っておく。

具体的に何処の誰かは、後で把握するとして。

問題はその後だ。

 

バリケード前での乱闘騒ぎは、地元のニュースにさえならなかった。けが人が出たのに、である。

マスコミは血に飢えているが。

その一方で。自分たちの購買層が、既に老人だけだと言う事を知っている。

このバリケードの件は。

老人達が守っている事をマスコミは察知。

だんまりを決め込んだのである。

一方、マスコミに対して。

此方は行動に出る。

乱闘についての動画と。

謎バリケードの写真。

これらをSNSにアップしたのである。

今の時代。マスコミなんか信用している人間は、余程の阿呆か老人層だけである。

すぐに情報は拡散された。

近場の人間は、こぞって情報拡散に参加していったようだった。

反響も概ね予想通りである。

「何この汚いバリケード。 なんでこんなもんで山道封鎖してるわけ?」

「道に入ること自体は何も咎められないって、何の意味があるんだ?」

「田舎のよく分からない風習だよな。 たまーに誰も説明できない、訳が分からない風習があるんだよ。 俺の田舎にもあったし」

「それで、どうして新聞は黙りなわけ? 数人負傷者が出てるだろ」

私も、複数のアカウントを使い。

黒田や姫島と協力して情報を拡散しているが。

こういったやり方には、老人層は対応出来ない。

私は若者も老人もどっちも利用する。

だから、私のアカウントは。

一見すると、年齢も性別も分からないようにしてある。

こういった情報を拡散することは。

身元が不明な方が。

やりやすいのである。

最終的にこの辺りの権力を掌握するには。

若年層から老人層から。

幅広い人間の心を支配しなければならない。

それを考えると。

特定層の人間を敵に回すような行為は。

避けておくのが無難なのである。

さて、同時に。

私は写真を撮っておいた連中の素性を洗う。

コネをたぐって調べて見るが。

やがて、色々と分かってきた。

地元自治会の偉いさんだ。

この手の田舎の自治会は、非常に大きな権力を持っているケースが多く。スローライフを夢見て田舎に戻ってきた人間が、地獄を見る要因の一つになっている。

老人が力を持っているのだから当たり前とも言えるが。偏屈老人が権力を持つと最悪で。更に此処に陰湿な田舎特有の閉鎖的村社会が関わってくると最凶である。

場合によっては、僻地に来てくれた医者を追い出したり。

都会から来てくれた有用な人材に嫌がらせをしたり。

田舎に来てくれなくても結構ですとかしたり顔で口にするのは。

大体この手の阿呆だ。

まあ、いずれにしても存在そのものが不要なので。権力を得たら処分してしまうつもりだけれども。

それはまだ先の話。

このバリケードは。

つまるところ、自治体の方で何かしらの理由があって維持していて。

それも恐らくは。

何かしらのもっとヤバイ代物から目を背けさせるために。

存在をアピールしている。

そう見て間違いないだろう。

だが、そのヤバイ代物の正体がよく分からない。

一体何を隠すために。

この自治体は、あんなバリケードを用意して、維持しているのか。

今回の乱闘騒ぎで、バリケードそのものに自治体があまり興味を持っていないことは良く分かった。

バリケードを壊しても。

また新しく造り。

ヘイトを集めるだけだろう。

問題は、そのヘイトによって。

何を隠しているかを探し出すのが、著しく困難だ、という事で。

こればっかりは、足で稼いでいくしか無いか。

面倒だが、一度依頼人にメールを送る。

最初の結論を口にすると。

依頼人は、困惑したようだった。

「あのバリケードはどうでも良くて、何か別のものから目を背けるためだけに存在している!?」

「今拡散されている動画見たか」

「あ、ああ」

「アレを見てどう思った。 騒いでいるのは血の気が多いのだけで、自治体を牛耳ってる連中は冷ややかに見ているだけだっただろう。 ようするに、バリケードそのものはどうでもいいんだよ」

そう指摘されると。

依頼人は言葉に詰まったようだった。

見事にバリケードに自分もヘイトを集めていたことに、気付いてしまったのだろう。そのまま、無言の依頼人に。私は更に質問を投げかける。

「何か思い当たる事は無いか。 あの辺りに、妙な噂とか、変な噂とか。 バリケードと、あの道と。 全く関係なくても構わない。 むしろ関係無い方が、今は怪しいと睨むべきだろう」

「わからねー」

「だろうな」

「すまん。 そもそも、あのバリケードがヘイトを集めるためのフェイクだって事にさえ、気付けなかった」

その辺りをどうにかするのが。

そもそも私の仕事だ。

そう言い残すと、メールでのやりとりを切り上げる。

さて、あの辺りの風土史を洗い直すか。

一番危険なのは、現在進行形で犯罪が何か行われている事だが。

どうもその可能性は薄いと思う。

というのも、流石に何も無い場所だ。

もしも不自然に金を蓄えている人間がいたら。

絶対に噂が流れる。

老人達が必死に隠蔽したところで。

若者達は、絶対に騒ぐ。

それはそうだろう。

ただでさえ、今は社会の格差が大きくなっている。こういう場合は、田舎である事が、逆に不利に作用する。

噂が流れれば。

あのバリケードによるヘイトそらしだけでは、どうにも隠蔽は難しくなるだろう。

かといって、何もないと言うのも考えづらい。

だが、此処で問題なのは。

今、その問題がまだ現存しているか、どうかということだ。

もしも問題が現存していなかったら。

その場合には、非常に面倒な事になる。

何しろ実体が存在しないのである。

存在しない何かを隠すために、ヘイトを集めるものを作っているというのだから。それはもう、非常に厄介極まりない代物だろう。

探すにしても。

どうしたらいいのか。

ひょっとしたら、だが。

あの自治体のジジババどもでさえ。

あのバリケードさえ維持し。ヘイトをあっちにそらせという事だけ、先祖に言い含められている可能性さえある。

もしもそうだと。

ここから先は、相当に危険な賭をしないと、そもそも真相にたどり着けないし。

何よりもたどり着いたところで。

空箱があるだけかもしれない。

いずれにしてもちょっと厄介だ。

コネを動員して、おかしな動きが無いかどうかは調べて貰うが。

それと同時に。

私自身も動く必要があるだろう。

翌日も。

私はバリケードの様子を見に行く。

乱闘騒ぎがあって。

それが故か。

警官が数人来ていた。

私が見上げると。

困惑したように、警官の一人が、危ないから近づかないように、という。

実際バリケードの一部には。

血が飛び散っていた。

大した量では無いが。

乱闘騒ぎがあったのだ。

あの後も、無理矢理どけようとして、もみ合いになったのだとすれば。

それは血くらい飛ぶだろう。

「何があったんですか」

「白々しいよ、黄色パーカーの妖怪さん」

「!」

「我々も、君のことはもうマークしているんだ。 君をただの小学生だなんて思わないし、侮りもしないよ」

どうも警部補らしい警官が、そう言うと。

やはり此処には近づけさせないと、態度で示してくる。

まあそうだろう。

少しばかり、依頼の関係で暴れすぎたし。

警察も何度も何度も利用した。

それを考えれば。

警察の方でも、私をマークしているのが当然か。老人達の間でさえ、黄色パーカーの妖怪といえば、畏怖とともに語られているくらいなのである。

それは警察の方でも。

マークしているのはむしろ自然である。

向こうから、此方をマークしていると、口にしてきたのは初めてだが。

それは牽制のつもりもあるのだろう。

仕方が無い。

一度距離を取って様子を見る。

そして、周囲を観察。

やはり此方を見ている自治体の人間がいる。彼奴らのじっと湿った視線は。明かな敵意に満ちていた。

しばらく様子を観察した後。

またバリケードの所に行く。

警官がまたすぐ来た。

「通さないと言っているだろう」

「そのバリケード、明らかに公道を封鎖していますよね。 撤去しないんですか」

「自治体の方から、必要なものだって申請が来ているんだよ」

「公道を勝手に自治体が封鎖していいんですか?」

そんな法は無い。

道交法に基づいて、警察に許可を取らなければならない。

因習もなにもあったものではない。

もしもこれを守らなかったら。

当然裁かれることになる。

悪質ならば刑事罰になるだろう。

ましてや、此処は私道では無く公道である。

不法占拠は罪が重い。

例えば、特定のバックがいる政治集団とかなどになると、色々な理由から警察が手を出しづらくなる。

その類の事例か。

私がじっと見ていると。

警官は咳払いした。

「で、具体的にどういう理由で。 道交法の何処に、自治体が勝手に公道を私物化して良いと?」

「くどいよ……」

「応えてください」

「……」

流石に鬱陶しいと思ったのだろう。

警官が、もう黙り込んで。

これ以上は応えないという姿勢を取った。

私は肩をすくめると。

パーカーの中から、レコーダーと。

小型のカメラを取り出してみせる。

そして、相手が何か言う前に。

さっさとその場を離れた。

 

当然、警察の対応についてもネットに拡散する。

此処までやると、流石に情報が拡散されている事について、自治体の方でも気付く。更に、この謎の慣例に興味を持った人間が、興味本位でバリケードを見に訪れるようになりはじめた。

謎のバリケード。

そういう特集で、ブログ記事まで出始める。

実際の写真が、SNSだけではなく。結構読者がいるブログでまで拡散し始めたことで。

自治体の方が尻尾を出す。

少なくとも、慌てるはずだ。

公道を塞ぐ謎バリケードを、自治体が強固に維持しようとし。

警察さえそれを撤去しようとしない。

国交省はだんまり。

何かの係争地帯か。

そういう疑念も、当然のことながら生じてくる。そうなれば、流石に自治体も黙ってはいられなくなる。

当然だ。

連中の狙いは。

あくまでこのバリケードを維持することによって。

本当の隠したい何かを、隠蔽する事なのだから。

さて、自治体の方の動きについては。

メールでやりとりをしているコネで調べているが。

今の時点では静かだ。

だが、妙なことも多い。

どうやら、派手に藪をつついてみた結果。ようやく蛇が、顔を出し始めた、と言う所らしい。

まず警察側が。

とうとう連日の見物人にたまりかねてか。

バリケードを撤去する、と発表。

これに対して自治体は抗議したが。

道交法違反なのは明白であり。

そもそも公道を封鎖して良いはずがない。

それも祭だのの行事で封鎖しているわけでも無く。

国交省の役人が来た時だけ封鎖を解除している、という事が既にばれてしまっているのである。

これらは多数の証拠を揃えて。

私が警察に持ち込んだ故だ。

そして、バリケードの撤去が始まったが。

自治体は意外に冷静だ。

ほとぼりが冷めたら、また作り直せば良いと考えているのだろう。

実際問題、ネットの怖さを分かっていない人間は多い。

残念ながら今の時代。

ほとぼりが冷める、と言うことは無い。

ほとぼりが冷めたと思っても。

十年以上経ってから発掘されて、問題が再燃すること何て幾らでもある。今回も、その手を使おうかとも思っていたが。

それは最後の手だ。

今回は、バリケードが撤去されて。

ヘイトの向き先が無くなった瞬間。

自治体が動くところを狙う。

何回かバリケードの様子を見に行って。

監視カメラも、コネを作った人間の家に仕掛けておいて。

自治体の人間の動きを観察しているが。

連中はどうも交互にバリケードを見張りにはきているが。

それ以上の事はしない。

むしろ、気になった事がある。

連中がどうしても近づかない所が、一カ所あるのだ。

恐らくは。

これが正解だろう。

そう私は確信した。

ただし、一人で出向くのは危険すぎる。此処まで面倒な仕掛けを作って、目をそらす何てことをしている連中だ。

何をやらかすか分からない。

ヤクザの類は関与していないだろうが。

それでも、複数の大人に不意打ちを食らったら、私ではひとたまりもない。

まあ此処は。

依頼人を使うか。

地元の人間の方が、この場合は動かしやすいだろう。

メールを入れる。

「バリケードが壊され始めた」

「知ってる。 でもあんたの話だと、すぐに作り直されるんだろ」

「その通りだ。 だが、一つ気になる場所がある」

「気になる?」

氷室神社。

そう私が口にすると。

依頼人は黙り込んだ。

「ちょっとまて。 あんな所に行くのか」

「そうだ」

「彼処はヤバイって!」

「……」

どうやら当たりらしい。

迷妄の根元は、あんなバリケードや、謎の封鎖をされている公道なんかじゃあない。

その氷室神社とやらにありそうだった。

 

3、暗き闇の底

 

氷室神社。

今、バリケードが話題になっている地区にある、小さな神社である。

兎に角目立たない小さな神社で。

祀っているのは一応稲荷。

ウカノミタマである。

一応豊穣神とされている存在だが。

その存在には謎も多く。ウカノミタマと呼ばれるようになり、信仰を集めるようになって来たのはわりと最近である。

ともかくだ。

依頼人が完全に腰が引けているのは。

何となく、この目立たない神社の側に来てみて分かった。

雰囲気が異常なのだ。

氷室というのは元々天然洞窟などを利用して、氷などを保存していた場所のことを指しているが。

此処は何というか。

空気がひんやりしているのである。

心霊スポットとしてはまったく名が上がらないが。

地元民が近寄らないのも納得である。

単純に気味が悪いのだ。

「おい、帰ろうぜ!」

「……この神社、何か曰くでもあるのか」

「それは、ないけどよ」

「だったら何を怖れている」

口をつぐむ依頼人。

他にも数人、知り合いに声を掛けたのだが。

皆、異様な雰囲気に青ざめていて。

出来れば此処から一歩も進みたくないと、顔に書いていた。何というか、情けないというのか憶病というのか。

恐怖という感情は。

人間が生きて行くには必要なものだ。

勇敢というのは。

恐怖がないのではなく。

上手に恐怖とつきあっていけることを意味している。

実際問題、恐怖が存在しなければ、それは著しく寿命を縮めることになる。ここぞと言うときに恐怖としっかりつきあえるものが、勇敢だと言われるのが真実なのである。

ともあれ。

此処は雰囲気はあるが。

恐怖するに値しない。

私はそう判断した。

一歩を踏み込む。

此処からは、声を出すな。

事前にそう言ってある。

私が。

つまり最年少で、しかも小学生の私が前に出たのを見て。しぶしぶと連れてきた連中もついてくるが。

やがて、鳥居の影に私が隠れ。

他の皆も、それに倣う。

ジジババ達がいる。

何やら怪しげな祝詞を唱え。

そしてうねうねと動いているが。

はて。

聞き覚えがあるな。

ちょっとレコーダーを使って録音。

更に妙な動きについても、録画しておく。

此処は稲荷か。

いや、それにしては妙だ。

表向きは稲荷だが。

あんな祝詞、稲荷で上げているのを聞いた事がない。

しばし黙って見ていると。

やがて一番年老いた人間が。

ギャーッと凄まじい声を上げて、跳び上がった。

連れてきた連中は、みんな口を押さえ合っている。まあそうだろう。ただでさえ雰囲気がある場所だ。

あれは神がかりか。

古い時代。

いわゆるシャーマニズムで、巫女がトランス状態になる事をそう言った。

やがて平伏するジジババの前で。

トランス状態になったババアが。

何やら口にし始める。

「次の自治体の長は黒船弥太郎」

「ははーっ!」

ひれ伏している一人が、へりくだる。

なるほど。

そういうことだったのか。

「倉敷の家には気を付けろ。 スパイ行為をしている」

「気を付けまする!」

「バリケードについては、もはや不要。 警察にも目をつけられたし、これ以上維持するのは無意味だろう。 他の手で目をそらせ。 花火大会か何かでも適当にやるといいだろう。 自治体で金は出し合うように」

「分かりましてございまする!」

ばたりと。

トランスしていた老婆が倒れる。

私は、他を促すと。

その場を離れることにした。

 

近くの公園。

皆が青ざめている中。

私は、理解したことの真相を、順番に話していく。

ちなみに此処にいるのは。

みなバリケードに関係している若者達。

依頼人と。

それが声を掛けた。あのバリケードに迷惑している中学生高校生達である。つまり地元民だ。

「あれがバリケードが作られていた真相だ」

「どういうこと!?」

分からないと声を上げたのは、中学生の一人である。

私は咳払いして。

順番に話していく。

「あれはシャーマニズムと言ってな、もっとも原始的な形態の宗教の一つだ。 いわゆる巫女の役割の人間が、神を呼びだして、様々な事について聞く。 古い時代は、王がそのまま神の代理人だった文明も存在していた」

「巫女って、あの!?」

「今は記号化されて可愛いもの、みたいに思われているかも知れないが、実際は薬などを使って精神を高揚させ、あのようにして尋常ならぬ精神状態を作り出し、それによって神を呼んだと称して、政治に利用していた。 それがシャーマニズムというものだ。 人間によっては、薬を使わずともああいう状態、まあトランス状態というのだがな、それになれたようだが」

皆が黙り込む中。

私が順番に種明かしをしていく。

そもそも、あのバリケードは。

この辺りの自治体で行われている、古くから受け継がれてきた秘匿された儀式を隠蔽するための目くらましだった。

何しろ江戸時代から存在していたバリケードである。

敢えて不便にすることで。

周囲の人間の不満をそらす。

そして、目がよそに向いている間に。

秘匿されている儀式を行い。

そして重要な事を決める。

今の時代も、様々な不具合を隠すために、人間の目をよそに向けさせる、というのは常套手段だが。

昔からそれはあった、ということだ。

バリケードをやる前には。

別の方法で何かやっていたのだろう。

「じゃ、じゃああのバリケードは」

「自治体でやってる古くからのカビが生えた宗教を隠すためのものだ。 見たところ生け贄などを使っている様子も無いし、実害もない。 多分だが、やっている本人達でさえ、これが実際にはただの迷信で、トランス状態も薬か何かでやっている事を承知の上で、なのだろうな」

「そんな馬鹿馬鹿しい事につきあわされて、ずっと不便な思いをしていたのかよ!」

怒声を上げたのは、依頼人と同じ部活の高校生だが。

そいつもさっきの儀式の時は。

青ざめて、小便をちびりそうな顔をしていた。

まあ、こんなオカルトとも無縁。

怪奇現象の話もなく。

戦略的になんら価値さえ無く。

産業も何も無い土地だ。

だからこそ、いにしえの文化が残った。

それも、殆ど惰性に近い形で。

恐らくだが。

先も説明したとおり。あの儀式は、当人達も、ただの迷信だと分かった上でやっている可能性が極めて高い。その上で、皆が納得するために、事前に決めたとおりに全てやっているのだろう。

あのトランス状態。少し嘘っぽかった。

多分あのババア。

トランスは本当の意味ではしていなかったのではないだろうか。

事前に自治体の偉いさんで顔を合わせ。

そして決めておいた事を。

あの場で喋っただけ。

実際問題、神が降臨したのなら。

あんなしゃべり方をするとは思えない。

昔と今では、日本人の使っている言葉はかなり違っている。

しゃべり方にしてもそうだし。

単語のレベルからして違う。

日本語の発音などは、海外の人間が記録を残しているので、ある程度はわかっている部分もあるのだが。

それも平安時代とかになると。

今でも様々な学者が、諸説を唱えているのが現状だ。

トランス状態になって、古い時代の神を本当に呼びだしたのだったら。

あんな分かり易いしゃべり方をする筈も無いのだ。

「とにかくだ。 実害は無い」

「え?」

「自治体の方でも、自分たちでは制御不能だってようやく気付いたんだよ。 その証拠に、バリケードはやめて花火大会でも誘致しろって言ってただろ。 アレは最初からそう決めていたんだろう。 バリケードはその場においとくだけでいいからな。 だが、それだともう駄目だと、みんな分かったんだよ」

「……」

顔を見合わせる子供ら。

まあ私も子供だけど。

ともかく、この件はこれで終わりだ。

それにしても、民俗学者か何かが、しっかりこの辺りを調べていれば。こんな面倒な事にはならなかったかも知れないのに。

何というか。

有名どころばっかり調べていないで。

こういう所にこそ、秘匿されたものがあるかも知れないと思い、調べる学者はいないのだろうか。

嘆息すると。

一旦解散。

なお、念のために。

依頼人には駅にまで着いてきて貰う。

「一応、しばらくは警戒しろ。 事件は解決したとは思うが、自治体の気が変わる可能性もある。 またバリケードが作られるようなら知らせろ」

「分かった。 ……」

「なんだ、何かあるか」

「いや、助かった。 俺たちじゃ、バリケードを壊す事さえできなかったのに。 本当にすげえんだな、あんた」

そう言われても複雑だ。

私はたまたまスペックが高く生まれついたが。

そのおかげで親から虐待を受けて育った。

実の母親に、キモイと言われて、何もかも全否定されながら成長する苦しみが分かるか。私に責任があるのか。

ただ他とは違うだけで。

この国では差別が正当化される。いや、この国だけでは無い。実際に人権なんて概念、どこの国でも地域でもいい加減なものだ。

あのカスは、今でも自分が正しいと、精神病院の隔離病棟で喚き散らしていると聞いている。

相手がずれていたら。

虐めても良い。

虐待しても良い。

それがこの国の。いや人類の常識である以上。今後も私のような犠牲者は増え続けるだろう。

今は、自分の持って生まれたスペックを活用して、こうして周囲を利用できるようになっているが。

それにしても。私よりスペックが上の人間だって、世界にはいる。

駅で依頼人と別れると。

私はもう一度嘆息した。

スペックが高いというのは。誰もが思っているほど、良いことではないのだ。

スポイルされるケースも多いだろう。

最初からスペックが高すぎても。

それを使いこなせない奴だって大勢いるはずだ。

電車が来た。

後方を確認してから乗り込む。

警察にマークされている事からも、私はもう既に有名人だ。色々と恨みも買っている。色々と気を付けないと危ない事は。

私自身が、一番よく分かっていた。

 

家に着く。

真っ暗だ。

父は寝ているのかと思ったが、起きていた。ぼんやりとした様子でベットに転がって、スマホを弄っている。

何をしているのかと思ったら。

SNSを見ているらしかった。

「近くの街で、変な道路封鎖があって、警察沙汰になったらしいな」

「そう」

SNSは一瞬で世界中に情報が拡がる。

言語さえ把握していれば、あっという間に何が起きているのか、すぐに分かる。特に大手のSNSにはその傾向が強い。

デマも一瞬で拡散するし。

真実もしかり。

トンデモ情報も真相も。

一瞬にして世界を飛び回るのが、今という時代だ。

「近頃、こんな田舎の県が、SNSで脚光を浴びているらしい。 立て続けに面白い事件が起きるとかで」

「へえ」

「ニュースなんかでも時々取りあげられるそうだ。 誰か凄腕のスクーパーがいるんじゃないかってな」

それは私ですとは言えない。

そのまま、電気を付けて。

夕食を作る。

父は何も言わずにかゆを食べた。やはりかなり痩せてきている。良くない痩せ方だ。

実は少し前。

父は病院に、栄養剤を出された。

これを飲むようにと言われていて。

食後に処方している。

徹底的に栄養が足りていないらしい。

というよりも、ストレスで頭に負荷が掛かりすぎたのが原因で、色々と欲求がバグを起こしているらしく。

食欲は、その顕著な形らしい。

内臓も色々とおかしくなっているようで。

入院も勧められていた。

幸い、貯蓄はある。保険も利く。

それだけは救いだ。

うちはそれなりに資産はある。その気になれば、私の代までならそのまま寝て暮らすことも出来る。

「やっぱり具合は良くない?」

「自分でも分かるくらい良くないな」

「そう。 もう入院を勧められているけれど、どうする?」

「そうだな……これ以上お前にも迷惑は掛けられないな」

此方でも工夫はしているが。

しかしながら、病院で運動やカロリーをコントロールした方が、まだ良いかもしれない。

だがそうなると。

私は小学生でありながら、この家で一人暮らし、という事にもなる。

すこしばかりそれはまずかろう。

引っ越しをするにしても。

親戚はどいつもこいつもクズしかいないし。

財産を狙って来るのは目に見えている。

もう少しで良いから。

入院は控えて貰うしかない。

そうしないと。

血を見る事になる。

いずれにしても、難しい判断だ。

私が此処を一度放棄して、親戚の所に行くとしても。別に私は困りはしない。既に親戚の宛てはつけているし。

そいつらの弱みについても握っている。

血を見る事になるかも知れないが。

別にそんなものはどうでもいい。

既に親戚の側も、妖怪黄色パーカーの名は聞いているはずで。

その恐怖が噂では無く事実である事を。

ただ思い知らせるだけだ。

しかしながら、父はどうなる。

入院した後は、どうにもならないだろう。

いっそホームレスになるのもありか。

財産そのものはもっているホームレスも、いるにはいる。

実際問題、様々な事が煩わしくなり。

家を放棄して。

ホームレスとして生活するケースもあるらしい。

ただ、それは恵まれた人間の。

恵まれた道楽、とでもいうべきもので。

本当に追い詰められた人間は。

それどころではないだろう。

「しばらくは、家にいる……」

「そう。 じゃあ医者が巡回するように、手配するよ」

「……」

医者の巡回サービスはあるにはある。

ましてやうちは父子家庭だ。

父が家にいなければ。

私は単独でこの家に取り残されることになる。

せめて後三年ほど待てば。

それもありになるのかも知れないが。

今の時点では、法的な権利とかで色々とややこしくなる。しかしながら、そろそろ本格的に治療しないと、父はもう命が危ない。

やむを得ないか。

この辺りでもホームドクターと言われる医師の巡回サービスはある。

ただしかなり割高になる。

ただでさえ医者が足りない現状なのだ。

それを考えれば。

当然とも言えた。

金に関しては払う。

それに、資産はあるのだ。

だが、中学になった頃くらいからは、きちんと稼がないと危ないな。私は今更ながら、そう考え始めていた。

もう大人の世界の論理で生きている私だが。

いずれにしても、この世界に法はない。

人権だってない。

言葉の上では存在するが。

実際には存在などしていない。

だからこそ、私が支配者として君臨する。

暴君と罵られるかも知れないし。

後世では独裁者として恐怖されるかも知れない。

だが、そんな事は。

知った事か。

父を寝かせると。

私は構築したコネを確認。

スマホを操作してメールを打ちながら、SNSでも複数のアカウントを使い分けて、情報の収集と放流を行う。

今のうちから出来る事は全てやっておき。

そして父がいなくなったときに備え。

私は、あらゆる手を。

今のうちから、打っておくのだ。

 

4、支配者の手

 

ここのところ、警察の間では、妖怪黄色パーカーの話が噂になっていた。誰もが知っていると言っても良い。

大捕物があると。

大体そいつが周囲に姿を見せている。

今まで警察からも巧妙に姿を隠していた詐欺師や、犯罪者が。

そいつが近くに姿を見せると。

姿を容易く暴かれ。

あっという間に社会的信用も生命も全て奪い取られ。

そして何もかも尊厳を潰されたあげくに。

想定される限りもっとも重い罪を受けるようにされたあげく。

警察が確保することになる。

警察の中でも、暴力団対策課をマル暴というが。

この小さな県でも、一応マル暴は存在している。

だが、彼らは最近暇でしょうがないと口にしているほどだ。

何しろ、複数の街から、広域犯罪組織が撤退。

それも、撤退しているのは。

あの黄色パーカーの出現が確認されている場所ばかり。

あれとは関わるな。

それがヤクザにしても暴力団にしても。

不文律になっているらしく。

これ以上損害を増やさないためにも。

団員を近づけさせることさえしない。

そう決めているらしかった。

「いい気なもんだな。 そう思わんか」

県警の部長を務めている警視にそう言われて、ノンキャリアの警部補である雪井は恐縮するしかなかった。

少し前に。

公道にバリケードを勝手に作っている集落での問題が、綺麗に解決して。

その時に、黄色パーカーとやりとりをしたのだが。

見てしまったのだ。

ドブの底より濁った目を。

あれはヤバイ。

一瞬で理解させられた。

相手は小学生の筈なのに。

内心で気圧されてしまった。

良く「昔はワルだった」事を自慢しているバカ芸能人が、テレビで「武勇談」を自慢したりしているが。

あんなものは全て大嘘だ。

バカは所詮バカ。

芸能界は修羅の世界であり。

世界の裏側から資本が流れ込んでいる悪夢のパンデモニウムだが。

「昔はワルだった自慢」は、所詮作り話。

自分のキャラを売り込むための手段に過ぎない。

だが、歴史的には。

実在するのだ。

ホンモノのバケモノが。

歴史を学んだ事があるから知っている。

史上最大の国家の一つである唐を事実上作った李世民は、二十歳にもならないうちに父や兄たちを傀儡化し。事実上唐を牛耳っていた。

アレクサンドロス大王にしても。

あれだけの巨大帝国を作り上げ。

西洋と東洋を接続する大偉業を達成しておきながら。

死んだのは三十代前半で、しかも病死である。暗殺説もあるにはあるが、信憑性は低いとされているし。

何よりも、偉業の達成にまったく嘘は無い。

米国などでも、たまに十代で飛び級を重ねて大学院まで行くバケモノのような天才が話題になるが。

あれらよりも更に凄いのがこの手の連中である。

そして妖怪黄色パーカーは。

流石に歴史に名を残したバケモノ集団には及ばないにしても。

恐らく、米国に生まれていたら。

十代前半で大学院を突破するくらいのことはやっていたかも知れない。

この国には飛び級制度は存在せず。

よって力を発揮し切れていないとも言えるが。

それにしてもやりたい放題だ。

奴によって潰された犯罪者は、既に三十人を超えているとも言われているし。

精神病院の隔離病棟に放り込まれて、其処から出る事が出来そうにも無い人間も、二十人近いと言われている。

老人達に巨大なコネも構築し。

既にアンタッチャブルとして、黄色パーカーには関わらないようにと声を掛け合っている会社まで存在しているそうだ。

それを、警視は気にくわない。

典型的なキャリアであるこの警視は。

田舎のこの県に派遣されたことを苛ついているし。

更にどちらかと言えば犯罪発生件数が少ないこの県を、完全に牛耳ることが出来ていない事も。

腹立たしいと考えているようだった。

「どうせ誰かが裏にいて糸を引いているに決まっている。 あらゆる犯罪だってやりたい放題だろう。 そんな奴をのさばらせていて良いと思っているのか、お前は」

「いえ。 お考えが違うかと」

「何だと」

「あの妖怪……黄色パーカーですが。 私なりに調べて見ましたが、地道にコネを自分から構築して、それらを最大活用して権力を増やしているようです。 つまり自発的にやっていると判断してよろしいかと」

鼻を鳴らす警視。

バカにしきっている様子だ。

国家一種を突破したキャリア様である。

自分の知能には自信があるのだろう。

だが、所詮はキャリア。

この国の警察官僚の無能さ加減には定評があるが、此奴も例外では無い。実際この県での事件解決は、殆どみんな末端の警官の努力によるものだ。

「たかがガキに、そんな頭があるか!」

「此方を」

「なんだ……」

資料を出す。

しばし見ていた警視は。

絶句した。

その妖怪黄色パーカーの、学力試験の結果と。更にIQテストの結果である。

学力試験については。妖怪黄色パーカーが、独自に大学受験の問題を解いているのを教師が発見。

それをコピーして残していた。

なお、本人は了承したという。

つまり公認の資料なので、別にどうでもいい。

普通の大学ならいいだろう。

だが奴が解いたのは、この国で最高の学府の入学試験問題だ。それも法学科で、余裕で合格点をたたき出している。

更にIQテストに関しては。

小学3年の頃からのデータが残っているが。

最初に受けた時点でIQは170オーバー。

現在に至っては、IQ195に達しているようだった。

更にIQは伸びるのでは無いのか。

そう指摘すると。

流石に青ざめた警視は。

言葉を失っていた。

「こ、これは何かのトリック……」

「冷静に判断してください。 今までの黄色パーカーがらみの事件の鮮やかで手段を選ばない解決。 それにこのテストでたたき出されたステータス。 しかも、様々な目撃条件からも、身体能力もずば抜けていることが分かっています。 いずれもが、あの妖怪が、自分の手で全てをこなしていることを裏付けています」

「……」

「今の時点で、奴が何を目論んでいるのかは分かりませんが、少なくとも犯罪者を摘発し、抑止力になっているのは事実です。 実際問題、奴のいる周辺地区では、目立って犯罪が減っています。 今まで隠れて悪さをして来たような大物でさえ、活動を自粛している有様です」

それ以上、反論は出来なくなったらしく。

警視は黙り込んだ。

雪井は敬礼すると、自分のデスクに戻る。

今は、いい。

妖怪黄色パーカーは、今の時点では世界征服とか、そういう事を出来る状態にはない。問題は、数年後。

奴は恐らく、手足が伸びきる頃には。

常人が御せる相手ではなくなる。

二十歳過ぎればただの人、という言葉もある。

実際問題、子供の頃は天才天才ともてはやされても。

年を重ねると、ただの人間だった事が判明してしまうケースは枚挙に暇がない。それは事実だ。

しかしアレはどうか。

二十歳過ぎてただの人になってしまうケースの場合。

周囲の接し方がまずかったり。

或いは努力のやり方を結局学べなかったりして。

スポイルされてしまった結果が殆どだ。

だがあれは。

警視には提出はしなかったが。

実の母に苛烈な虐待を受け。

反撃して精神病院に放り込むという、凄まじい修羅の人生を幼い頃から送っている。

更に自主的に最高レベルの学問を切磋琢磨し。

将来を見据えたとしか思えないコネ作りをしている有様だ。

アレは妖怪と言うよりも。

バケモノの類。

寒気がした。

警視は気に入らない、くらいに考えていたようだが。

もし迂闊に手を出したら。

それこそ、肩くらいから食い千切られていてもおかしくない相手だ。

警告はした。

そして自分にも警告はしておく。

あいつには出来るだけ近寄るな。近寄るにしても、敵対はするな。

もしあいつに敵と見なされてしまったら。

その時は。

あまり、考えたくなかった。

 

東大の赤本を解いてしまった。退屈な問題だと感じた。実際問題、この程度の問題なら、今の私には難しくない。

海外の大学に行くか。

だが、海外の大学に行ったところで。

別に何ができるわけでもない。

最先端の学問をするか。

それとも、最高のコネ構築するか。

いずれにしても、金がいる。

そうなると、中学の頃から現時点での予定よりしっかり稼いでおくか。最低でも五億か六億くらい、動かせる金を作っておきたい。

しかしながら、それをするには。

父が健在である必要がある。

実際問題、私にも情はある。

父がいなくなったら。

それはそれで困るのだ。

色々な意味でもそうだが。

私を虐待したアレと違って。父は虐待には荷担しなかった。それだけで、私には充分なのである。

赤本にはもう用は無い。

ぽいとランドセルに放り込む。

後は古本屋にでも売り払ってしまえば良い。

内容については全て把握した。

あくびをしながら、机に突っ伏していると。

姫島が話しかけてくる。

また事件かと思って顔を上げると。

ちょっと違った。

「シロ、そういえばこの間の事件、何貰ったの?」

「これだ」

そういって見せたのは。

真っ白なブックカバーである。

革製品を手作り加工できるキットがあるらしく。

それを使って作ったらしい。

さっきの赤本は、これを使うまでも無いので使っていなかった。今度ドストエフスキーの本にでもかぶせようかと思っている。

「シログッズ、増えていくねえ」

「支配とコネの証だ」

「わお」

「いずれの由来もしっかり覚えている。 だからそれでいい」

この間はっきり分かったが。

既に警察は私に目をつけている。

実際問題、法スレスレの解決も今までかなりやってきているし。

正当防衛とは言え、相手をぶっ潰したことも何度かある。

もしも警察と対抗することになると。

色々厄介だ。

まだ、少し力が足りない。

もう少し力がついたら。

この県の警察を掌握するところから始めたい。

そうすれば、かなり動きやすくなる。

調べはついている。

この県の警察の重要人事は全て把握している。いずれもが、無能なキャリア様で。接点さえもてれば掌握するのは難しくない。

警察を押さえ込めば。

私は更にコネを構築しやすくなる。

県議も根こそぎ押さえてしまえば。

もうこの辺りは支配したも同然だ。

だが、まだ牙は研ぐべき時期。

私も爆弾を抱えている以上。

迂闊には動けない。

それに資産も足りない。

まだ、もう少し。

時間が必要なのだ。

「それで、秘密基地なんだけど」

「何か問題か」

「ちょっとがたついててね」

「分かった。 修理しておく」

私に取っても、彼処は重要な拠点だ。

がたついている箇所を聞いて、修理のプランを即座に構築。

帰りにはホームセンターに寄っていくことにする。

後数年。

この街は。

私によって支配されるのを。

ただ待つばかりである。

 

(続)