そのゴミを廃棄する時
序、フルスロットル
そろそろ今年も終わりだな。そう思って、私は外を見る。すっかり赤く染まった山々も、既に色あせて。
雪こそふらないものの。
既に冬の気配を色濃く感じさせる。
二学期も、後一月ちょっとで終了。
秘密基地に行く回数も、この時期になると減ってくるが。
反面、ヤマビルなどに対する警戒は若干減らしても大丈夫。
奴らは変温動物だ。
冬はどうしても活動が鈍る。
しかし、所詮は鈍るだけなので。
気を付けなければならないことに変わりは無いが。
「シーロー」
「何だ」
校内で気安く私に声を掛けてくる奴は、姫島だけである。桐川と黒田は、ある程度遠慮しているフリをしている。人目が無い時は話しかけてくるが。それも声を落として、である。私も此方からは出来るだけ人目が無い時に話すようにしている。
ただ、私と仲良くしているというだけで。
他からは、最大限の警戒をされているようだが。
姫島が例外なのだ。
私とも平然と接して。
下級生を子分にし。
周囲とも普通に接している。
これはあくまで例外的な事例である。単純に、生まれついてコミュニケーション能力。それも企業とかで言う相手に媚を売る力では無く、単純に意思疎通を行う力に長けている。そういう事なのだろう。
「仕事、頼みたいんだけど」
「……分かった。 で、そう愛想良く寄って来ると言うことは、余程ヤバイ仕事と見て良いのだな」
「その通りでねえ」
「その通りなのか」
既にげんなりである。
此奴はオツムの出来は相応。
逆に言うと。
此奴ですら、既にヤバイと感じているという事は。
相当に洒落になっていない状態だと見て良いだろう。
とりあえず、依頼主について聞く。
隣町の人間だが。
名前に聞き覚えがあった。
平泉奈賀音。
中学一年生である。
名前に聞き覚えがあるというのも。
典型的な没落地主だからだ。
こういう田舎でも。
没落する奴はどうしても出てくる。
平泉家はその見本で。
先代の当主が、よりにもよってバブル期にゴルフ場に投資し。案の定大失敗したことによって。
悲惨な借金を抱えることになった。
どうにか借金などは返す事が出来たが。
以降は財産もかなり失い。
たくさんもっていた山なども手放す事になり。
今では肩身が狭い思いをしながら、生活をしているという事である。
その平泉からの依頼だ。
ろくな仕事である筈が無い。
兎に角、会って話をする事にする。ちなみに本人に二度ほど遭った事があるが。どちらも法事で一礼しただけ。
向こうは此方のことなど覚えていないだろう。
この辺りは、腐っても没落しても名家という事。
一応、近隣の地主は顔を出すのだ。
逆に言うと。
平泉は没落前は、それこそゴルフ場に投資できるほどの土地と資産、更にはそれに相応しい権力をもっていた、という事を意味してもいるのだが。
とにかく、授業が終わった後。
指示された公園に出向く。
黄色パーカーに冷たい雨が降り注ぎ始めた。
いつもフードを被っているから気にしていないが。
帰ったら。替えの奴を出してこないといけないだろう。
今年に入ってから私は四センチ背が伸びた。来年はもっと伸びるだろう。それに伴って、パーカーはどんどん変えていかなければならない。
これはアイデンティティというよりも。
蜂などが見せている警戒色に近い。
その内、黒いポーチか何か付けてみようかなと思っているが。
まあそこまでやると、ベタベタだろう。
威圧は適度に。
やり過ぎると、会話が成立しなくなるケースもある。
さて、目的地に到着。
さび付いた看板が公園に掛かっていたが。×印が付けられている。
一時期は公園に子供が入るのを禁止、とかとんでもないことが書かれていたのだけれども。
今は流石にそれもなくなり。
看板も、撤去が面倒なのだろう。
×だけ書いて、放置されている。
かといって、公園に手入れされているかというとそうでもなく。
公園にある遊具はほとんど小さなものばかり。
ジャングルジムは既になく。
シーソーも朽ちかけていた。
事故防止のためとか言う題目で、殆どの遊具が使用禁止にされていく中。撤去されるか、使われなくなるか。
変な不文律も多い。
公園では砂場を使ってはいけないとか。
遊具に触るのは何年生から、とか。
そういった意味不明の不文律
幸い、少し前に私が解決した事件のおかげで、多少は緩和されたけれど。
まだまだ、公園は子供のものに戻ってはいない。
それは厳然たる事実だ。
ベンチに座っているのは。
何とも自信が無さそうな、ブレザーを着た女子生徒。
アレが今回の依頼人、平泉か。
背後から回ると。
ベンチの後ろから声を掛ける。
「あんたが依頼人か」
「ひいっ!」
女子でも、キャーとか可愛い悲鳴を上げる奴は殆どいない。
本気で悲鳴を上げると、大体ギャーになる。
普通は此奴のような感じになる。
「あっさり後ろをとられるようでは駄目だな。 誘拐されるかも知れないぞ」
「だ、誰……」
「自分で呼んでおいて誰とかはないだろう」
「まさか、貴方がシロ!?」
怯えきっている依頼人に、早くも私はげんなりし始めていたが。
とにかく隣に座ると、話を聞く。
平泉の家は没落しているのだ。
何が周囲で起きていてもおかしくないし。
それを大人が解決できなくても不思議では無い。
選挙は金だ。
権力も、である。
看板、鞄、地盤の三つがないと。
基本的にこの国では議員になれない。
私は地盤はもう作っているが。
まだ鞄と看板が無い。
看板についてはある意味ではあるか。
いずれにしても、金がないと始まらないのは事実で。
そして権力者が一度転落すると悲惨だ。
平泉の家は、元々金がある事を鼻に掛けて、横暴な振る舞いが目立っていたとも聞いている。
今、この依頼人は。
さぞや肩身が狭い思いをしていることだろう。
三十分もつ飴を咥える。
そして、本題に入った。
「依頼を聞かせて欲しい」
「それが、隣の山の持ち主で、お寺のお坊さんがいるんだけれど」
「ああ、聞いている。 噂の生臭坊主だな」
「生臭?」
生臭坊主というのは。
仏教における戒律を守らない腐れ坊主の事だ。
具体的には、異性を断ったりとか、肉を食べないとか、不要な蓄財をしないとか、酒を飲まないとか、殺生をしないとか、そういう事である。
西遊記の猪八戒は、本名を猪悟能というのだが。
この仏教における戒律八つを、仏教に帰依したその日に全てやぶったことから、猪八戒と呼ばれている。
実際問題、宗教家は儲かる。
日本でも坊主は、檀家と呼ばれる収入源を抱えており。
金にものをいわせて遊び暮らしたり。
それこそ、仏陀が見たら即座に破門するような行いをする輩も珍しくない。
この仏教関係の腐敗は古くからあり。
古い時代には遷都の理由にさえなった。
とはいっても。
これは古代エジプトの時代から続く、宗教関係者の専横という点では、何処の世界でも同じ。
宗教というものは。
権力以上に容易に腐る。
ましてや、天罰云々を口にする仏僧は、知っている筈だ。
自分たちに天罰なんかくだらない事を。
だから、やりたい放題にも歯止めが掛からなくなる。
古来から、この手の生臭坊主は民草を大仏の奴婢などと呼んでいた。奴婢とは奴隷の事であり。つまり民草を救う事など考えもしていなかったという良い証拠だ。
こういった腐った聖職者に怒りを覚えていた者は少なくない。
例えば織田信長だが。
仏教の破壊者のように知られている彼も。
実際には、大事な家臣のために高僧を呼んで墓を建てたり。
ブレインとして高僧を招き、意見を聞いたり、といった事をしている。
彼が嫌っていたのは、腐りきっていた生臭坊主どもで。
そいつらに対しては徹底的に容赦しなかった。
また、キリスト教びいきのように思われている信長だが。
それももう少し長生きしていたら。
評価は変わっていたかも知れない。
秀吉はある時期から、キリスト教弾圧の立場に移行したが。
多分信長も、その時期まで生きていたら、同じ事を始めたのでは無いか、と私は睨んでいる。
当時の宣教師達の悪行は、最近どんどん明らかになってきているが。
信長は頭脳明晰な人間だった。
腐れ坊主と同じ事をしている事に気付いたら。
容赦なく、同じ対応をしていただろう。
「で、その生臭腐れ坊主がどうした」
「今、うちの家が凄く立場が弱いことは知っているでしょう」
「ああ」
「それで、好き勝手していて。 私の家の山に、不法投棄をしているらしいの」
なるほど。
田舎の人間関係は陰湿だ。
都会のそれはそれで希薄だが。
田舎の奴は、独自ルールが蔓延していて。
正直住んでいる人間達にさえ訳が分からないケースも多い。
露骨な差別もある。
この間の依頼は、そういった田舎の迷妄で苦労する人を救助するものだったが。
田舎の人間関係は。
こういった場所でも牙を剥く。
スローライフなどと言うのは迷信だ。
実際に田舎にあるのは。
こういった薄暗いドブの底のような場所。
勿論違う田舎もあるだろうが。
少なくとも此処は違うのだ。
「彼処のお坊さん、お金も持っているし、何より県議も味方に付けているし。 訴えたりしたら、何をされるか」
「……」
ふむ、と考え込む。
ただ、他の奴の土地にゴミ捨てくらいなら、まだいい。
こちとら県議なんて怖くない。
コネを広範囲に構築しているし。
妖怪黄色パーカーと言えば。
実質この周辺を仕切っている老人達にも、最近は畏怖の対象になっている。
ゴミ捨てを止めさせるくらいなら簡単だろう。
問題は、恐らく。
それだけではない、ということだ。
この手の生臭坊主は。
本当に碌な事をしない。
知っているからだ。
天罰なんてくだらないという事を。
実際問題、戦国時代にも。
一向一揆を起こした後、圧政を敷いた領主代わりの坊主はたくさんいた。場所によっては、農民は領主に収める税の他に。第三勢力である一向宗や浄土宗の寺に税を納めなければならないケースさえあった。
その結果、一揆内一揆、等という代物が起きたケースさえある。
信長に焼き討ちされたことで知られる比叡山も。
実際は武装集団として周囲に対して好き勝手をしており。
遊女を引き込み。
毎晩宴会を行い。
堕落の限りを尽くしていたことが知られている。
そういうものだ。
「そのゴミ捨てを止めさせるとして。 それはいつくらいから始まっている」
「二年ほど前からなのだけれど、最近は凄い勢いで」
「ふむ……」
検索サービスを起動。
ちょっと周辺道路を見てみるが。
残念ながら、最新の情報は見当たらなかった。
これは現地に足を運ぶしかないだろう。
なお、平泉所有の山だが。
特に貴重な生物とかは存在していない。
少なくとも、確認はされていない。
そういう意味では。
動物的な資源を盾に。
ゴミの撤去をさせるのは、不可能だと判断して良いだろう。
いずれにしても、地元の自治体や警察は話にならないと判断して良いだろう。
此方の人脈を使っても同じ事。
人脈はあくまでコネを拡げるためのものであって。
流石に私でも。
県警のトップを動かす事は出来ない。
ただし、コネを使って。
他の県警に働きかけることは出来る。
実際問題、役に立たない警察として知られる神奈川県警や大阪府警に対しては。他の県警に連絡して、対応して貰う事が早い、という話もあるほどである。そうしないと埒があかないからだ。
「いずれにしても、今回は藪をつついてどんな大蛇が出てくるかわからん。 気を付けてくれるか」
「う、うん……」
煮え切らない奴だな。
そう思ったが。
それは黙っておく。
平泉の家は、バブルの時に没落してから、かなり抑圧されているはずで。それはこういう気弱な性格に育っても仕方が無いだろう。
私だって、気弱な奴は見ていてイライラするとか。
そういう人情のない言葉を口にするつもりはない。
私は自分をリアリストだと思っているし。
敵に対しては容赦しない。
だが見ていてむかつくというだけで、相手の人格を否定するようなカスと一緒になるつもりはない。
アドレスを交換すると。
すぐにその場を離れた。
そして傘を差すと、秘密基地に向かう。
ちょっとメンテナンスがいるかも知れないと思ったからだ。
トタンの秘密基地は、かなり造りがしっかりしてはいるのだけれど。それでも時々油断すると雨漏りしたりする。
虫が入ることは日常茶飯事だし。
時にはネズミとかが入り込んでいる事もある。
黒田の動かしているPCにとっては。
コードを囓るネズミは致命的だ。
メンテナンスを丁寧に行い。
発電機の状態も確認し終えたので。
中でぼんやりと横になりながら、メールを送る。
まずは、ゴミの不法投棄をしていると言うクソ坊主からだ。
この手のクソ坊主は信長じゃないが、徹底的に叩き潰してやるのが世のためでもあるだろう。
宗教家が腐敗したときに、何が起きるかは。
人類史を少しでも調べれば、すぐに分かる事だ。
まだ人類が宗教を卒業するのは、現実的な観点から見ても少し早い。
だが、それでも。
腐った宗教家は。
人類にとっての害悪以外の何者でも無い。
調べて見ると、案の場だ。
タチの悪い連中と連んでいるという噂がボロボロ出てくる。檀家でも評判は最悪。
なお、面白い話ではあるが。
仏僧がカルトにはまるケースもある。
具体的には、仏教系のカルトにはまるケースである。
それこそ本末転倒の気もするが。
実在するのだ。こういうケースが。
ともあれ、あらゆる悪い噂がある人物だと言う事は分かった。そして田舎の粘着質な人間関係では。
これらの噂は、逆に精度が高い。
幾つかのメールを送った後。
半身を起こして、六法全書を手に取る。
今年中に覚えてしまおう。
これについては、もう決めていた。
1、クソ坊主のねぐら
まずは現場視察である。
平泉と一緒に、山を歩く。
これは此処が平泉の私有地だから、である。
そして、山に入って見た途端。
とんでもない状態である事が、すぐに分かった。
積み重なっている大量のゴミ。
それも、粗大ゴミばかりである。
冷蔵庫。
テレビ。
PC。
野ざらしになってしまっているから、もうどれも使い物にならないだろう。中には、車の部品らしきものさえあった。
これはひどい。
思わず呟いていたほどである。
PCについては、ちょっと調べて見るが。
金になりそうな部品は全部取り外した上で捨てている。
実はPC等には、いわゆるレアメタルなどが使われているケースがあり。その中には、金なども含まれる。
要するに、部品によっては、電子機器としては使い物にならなくなっても、相応の値段がつくわけで。
それを理解している奴が。
金になる部分だけを取って。
後は捨てている、という事になる。
「監視カメラは」
「それは……」
「何をしている!」
いきなり鋭い声。
わめき声に近かった。
平泉が、ひっと小さな声を上げて、私の後ろに隠れる。おい年長者と言いたくなったが、何となく気持ちは分かる。
相手は紫色の悪趣味な法衣を着た坊主である。
頭は剃っているが。
目は欲望にぎらついていた。
既に写真などで調べてある。
此奴が噂のクソ坊主。名前は幸田行信という。
昔は坊主としての名前を持つことが多かったのだが。
最近は、本名で通す事が多い。
理由としては、単純に面倒であるから、だそうだ。
まあそれでも宗派によっては、仏名を付けるケースがあるそうだが。
「何をしているとは。 此処は平泉の私有地の筈ですが」
「喝!」
「平泉の私有地で貴方こそ何をしているか!」
いきなりの叫び声に。
私もまったく動ぜず応じる。
目を剥いたクソ坊主は。
明らかに狂信を目に宿していた。
いや、これは狂信とは少し違うか。
自分の感情をコントロール出来ない。
ケダモノの目だ。
「うぬっ! 貴様は聞いた事があるぞ! 近辺を騒がす妖怪であるな! 悪霊退散!」
「生憎私は人間だ。 それよりも、他人の私有地に勝手に上がり込んで、何をしているかと聞いている!」
レコーダーを見せる。
更に録画をしている事も。
私の事は此奴も知っているはずだ。
エンカウントしたのは初だが。
それでも、私が侮りがたい相手であること。
多くの犯罪者を既に葬り去っていること。
それらについては、既に知識にある筈。
ついでにいうと。
私はもう六法全書を八割方理解している。
暗記では無く、内容を把握している、と言う意味でだ。内容の暗記だけなら、全て済ませている。
法的な争いになったら。
私はアドバイスくらい難しくない。
「拙僧はそこの平泉の家に徳を授けている身である! 愚かにもその平泉の家は、バブルの時に多くの借金を背負い、周囲に多大なる迷惑を掛けた! それを救ってやったのが拙僧だ! 故に拙僧は、この平泉の許可など得ずとも、この敷地に入る権利がある!」
「ほう?」
「それに平泉の者どもに聞いてみるが良い! 拙僧が此処にいることを、誰もとがめはせぬだろう!」
胸を反らせ、勝ち誇るクソ坊主。
なるほど。
平泉の家の者達は、逆らえないようにしてあると。
その自信があるわけだ。
実際、今依頼人の様子を見る限り。
このガタイがいいというか、単純にだらしない体型をしているクソ坊主に対して、逆らう度胸があるとは思えない。
ただ、一つ嘘を既に見つけてある。
「借金を返すのに貴方が尽力したというのは嘘だな」
「何だと!」
「既に調べてあるが、平泉の借金返済に関しては、複数の貴方の檀家では無い家が援助をしている。 貴方は自分の財産を一円たりとも出していない」
「それは拙僧の威光によるもの!」
流石はクソ坊主。
口だけは回る。
私はだが、その上までしっかり調べている。
「残念ながら貴方の威光などは関係無い。 なぜなら、金を貸したのは口添えがあったとはいえ銀行だからだ。 金の亡者たる銀行が、何故に金とは無縁たる仏僧の言う事を聞かねばならぬ。 それとも貴方は金の喜捨を銀行にさせ、それを盾に相手に恩を押しつけたとでもいうのか」
「ぬうっ! 口が減らぬ!」
「いずれにしても、平泉の私有地に、平泉の人間の許可を得て入っているのであれば私も同じだ。 貴方にどうこう言われる筋合いはない!」
喝。
さっきの此奴の一喝よりも。
重く、そして強烈なのを叩き込んでやる。
額に青筋を浮かべていたクソ坊主だが。
やがて旗色悪しとみたか。
そのまま無言で引き下がっていった。
だがあの様子では。
ただでは引き下がるまい。
その間に、此方は山の方を見ていく。
酷い有様だ。
全域に大量の塵が捨てられていて。
異臭も酷すぎる。
中には、得体が知れない家畜の死体さえあった。
こういうものは、特定の業者がきちんと段階を踏んで処理をしなければならないのだが。
案の定辺りは蠅やら何やら。
凄まじい有様である。
「ゴミの撤去だけで、これは千万単位で金が掛かるな……」
「そんなお金、ありません……」
「だろうな」
平泉の財布の事情については、私も知っているつもりだ。
それにしても、あんなタチの悪いクソ坊主にやりたい放題されているとは。これは極めて悪質だ。
写真で周囲を撮っていく。
まずは、現代的なやり方で対抗していくとしよう。
SNSに写真をアップ。
不法投棄の現場、ということで。
大手のSNSに、不法投棄の有様を全てアップした。
続けて、彼方此方に監視カメラを仕掛けておく。これについては、以前から使っているタイプの、赤外線を使った暗視カメラだ。
今はそれほど高くない値段で、小学生でも比較的容易に手に入れられる。
仕掛ける場所に関しては。工夫をきちんと凝らし。
簡単には発見できないようにした。
そして山道。
見ると、トラックの轍がある。
電話を一つ入れる。
しばしして来たのは。
知り合いの工事業者だ。
「工事料金はそっちでもって」
「え、どれくらい」
「二十万」
青ざめる平泉だが。
流石にそれくらいの金はあるはずだ。
元々、アスファルトで舗装されている程のしっかりした道路は無いが。轍を見る限り、かなり大きなトラックで塵を捨てに来ている。
それならば。
仕掛けるのは、車止めである。
それも、地面にしっかり食い込んで、ちょっとやそっとでは外せないタイプだ。そして、この車よけの周囲にも、監視カメラを仕掛ける。
バカが此奴に引っ掛かって事故でも起こしたら、流石に県警が出てくる。
そして、ゴミの不法投棄業者だという事が知れれば。
あのクソ坊主も困る事になるだろう。
一通りの準備を一日がかりで済ませる。
なお、業者は。
平泉の家を、良く想っていない様だった。
来たのは社長だが。
私に愚痴を言う。
「平泉のに、なんで協力しなければならんのだよ、シロちゃん」
「そういわないでくださいよ。 蠅一匹と、ドブネズミの群れ。 一緒に過ごすなら、まだ蠅の方が良いでしょう」
「それはそうだけれど」
依頼人に向けられる視線が冷たい。
この業者の社長は、私の知り合いの老人が会長なので。逆らえないのだが。私はそれを傘に着ず、今まで丁寧に応じているので。向こうとしても、私の依頼には逆らえない。
だが、この人も。
平泉については良い思いをしていない様子だ。
「具体的に何があったか、聞かせて貰えますか」
「バブルの前の平泉は、本当にどうしようもないクソどもでな。 俺の会社でも、散々値切られるは言いがかりを付けられるわで、本当に大変だったんだよ。 仕事が雑だから、ただにしろとか言ってきたこともありやがった。 挙げ句の果てに、逆らうなら仕事ができなくなるようにしてやる、とかな」
依頼人を前に、堂々という社長。
余程恨みがあるのだろう。
まあ、私も平泉の凶行の数々については聞いているので。
何も言わず、黙っている。
依頼人は、縮こまって。
泣きそうな顔をしていた。
やがて、しっかり車止めが完成。
料金については、平泉に請求するようにと言ってから。料金表も私自身が確認。適切な料金である事を確認した。
「誠実な仕事ですね。 数年後には、もっと会社が大きくなるように私が支援しますよ」
「ありがとうな、シロちゃん。 平泉のクソはどーでもいいが、あんたがそう言ってくれると心強いよ」
「……」
笑顔で握手をすると。
車止めを作り終えた業者は、さっさと引き揚げて行った。
さて、此処からだ。
青ざめている依頼人に。
これからやるべき事を、順番に話しておく。
「まずあのクソ坊主は、車止めの事を知ったら、家に乗り込んでくるはずだ。 その前に、私が助っ人を家に送り込んでおく」
「助っ人?」
「木下の当主」
「!」
当然知っているだろう。
近隣最大の権力者だ。
私が以前コネを作った中では、最大の力の持ち主である。県議にも顔が利く、というよりも。
県議程度では逆らえない。
既に事情は話してある。
クソ坊主の事については、既に木下老人も知っている様子で。
今回は、重い腰を上げるつもりになった様子だ。
なお。
ゴミの不法投棄については、既に証拠写真を大量にメールで送ってある。
返事は一言だけ。
許せん。
この人にしても、恐らく平泉には、いい印象がないだろう。
それだけ平泉は、バブルが来るまでは、周囲に対して圧政としかいいようがない対応をしていたのだ。
だが、このクソ坊主は。
文字通り、それ以下の存在だ。
そもそも、このゴミ捨ての意図が理解出来ない。
何を目論んでいる。
単にゴミ収集業者から、金を貰っているのか。
だがそれにしてはリスクが高すぎる。
周辺の住民から反感を買っている平泉家とは言え、やり過ぎれば最終的には違法業者もろともにお縄だ。
あの手のクズは。
計算だけは出来る。
まさか仏教問答に持ち込んでは来ないとは思うが。
まあその場合は。
私が正面から論破してやるだけだ。
さて、どう出る。
一旦依頼人を帰らせると。
私は黄色パーカーを着込んだまま。
大通りを堂々と通って。
駅を使って、一度帰宅した。
翌朝。
今日は学校も休みだ。
朝早めに起きだし。ストレッチをする。
父は寝込んでいて。
起きてこない。
朝ご飯は無理矢理食べて貰い。
そして昼は冷蔵庫に。
温めれば食べられる状態にした。
少し前に大きめの大学病院で見てもらったのだが。やはり心因性のものらしく、かなり全身が弱っているという。
栄養の点滴もして貰って。
食欲が出るようにと薬も。
更に、幾つかの薬を処方して貰ったが。
まだ目立って効果は出ていない。
悲しい話だが。
父については。五十を超えられないかも知れない。
ただ、父も私が既に六法全書を読みこなしていることや。自力で金を稼ぐ手段について調べていることは知っているらしく。
頼もしい、とは言ってくれた。
私としてはそれだけで充分。
アレからは、キモイを筆頭に否定的な言葉以外は掛けられたことがない。
だから自分でも分かるくらい性格がねじ曲がっているわけだが。
ともあれ、まだ父は失いたくない。
それが本音だ。
平泉の家に行く。
その途中。
監視カメラの方の分析を任せていた黒田から、メールがあった。
「昨晩、ゴミ捨ての業者が盛大にクラッシュしかけて、大慌てで逃げて行ってるね。 あの様子だと、トラックの傷とか、文句も言えないんじゃないの」
「前も見ないで運転しているのか、阿呆どもが」
「まあそうでしょ。 見た感じ、ナンバープレートも付け替えているかもしれないね、あれは」
ちなみにナンバープレートや車種はしっかり押さえているという。
ならば、それらの映像は、即時県警に回すべく手を打つ。
それも、この県の県警では無い。
隣の県警だ。
コネが絡んでいるから、この県警のキャリアが余計な横やりを入れる可能性が高い。それならば、隣の県に話を持ち込む。
この県の県警が、話にならない、という説明つきで、だ。
これが意外に効果がある。
キャリアはそれぞれが対立していて、殆どの場合権力争いをしている。
この国では、国家一種を受かったキャリアでないと、警部以上には出世出来ないという謎ルールが存在していて。
どれだけの実力のある警官でも、警察幹部にはなれない。
そして、このキャリアは。
捜査能力では世界的に高いレベルにある(一部県と府を除く)この国の警察の、足を引っ張るお荷物である。
何故かこの国では、明治くらいからエリートほど役に立たないという謎の風潮が存在していて。
前大戦でも、上層部の無能さは目を覆うばかりのものがあった。
ともかく、今回はこのキャリアの対立を利用して。
警察を動かす。
馬鹿正直にこの県の警察を頼らないのも、それが理由である。
この県警を仕切っているキャリアを引きずり下ろすチャンスをくれてやると言えば、飛びついてくる。
そういう連中なので。
そういう連中に相応しい使い方をするだけだ。
電車の中で、作業をちまちまとして。
現地到着。
久々に会う木下の老人がにらみつけているのは。
「檀家」の連中を引き連れて来たはいいものの。
木下の当主がいるのを見て、どうにも出来ずにわなわなと震えている、あのクソ坊主だった。
「どうした。 朝からそんなにどう見てもカタギとは思えぬ連中を引き連れて、大勢で何をしに来た」
「き、木下さんこそ、何を」
「どうもこの辺りでゴミの不法投棄をしているバカがいると聞いて、更に証拠写真も見たのでな。 平泉に話を聞きに来た。 ゴミの不法投棄など勝手にされては、困るのは周辺の街全てだからな」
「そ、それは平泉が勝手にやらせているに違いないです」
影から様子を見ているが。
あのクソ坊主。
権力者にはあんな態度なのか。
クソ笑える。
動画に撮っておく。
「その割りには、お前は勝手に平泉の山に入って、好き勝手をしているようだな。 平泉が断れないのを良いことに、人様の土地に勝手に入るのが仏僧のやる事なのか? お前達風に言えば、地獄に落ちる行為ではないのか」
「そ、それは」
「其処のチンピラどもを連れてとっとと失せろ! この金に目がくらんだ生臭坊主が!」
木下老人が一喝すると。
クソ坊主は、転がるようにして逃げていった。
動画は当然SNSで拡散である。
ああ、目元は隠さないと人権侵害(笑)だので面倒くさいので、その辺の加工はばっちりしておくが。
私が出て行くと。
木下老人は鼻を鳴らす。
「ずっと見ていたのだろう」
「私が姿を見せても、面倒な事になるだけですのでね」
「平泉の家は儂も気に入らんが、あのクソ坊主の話は前から聞いていた。 少しばかり仕置きが必要なようだな」
「気になるのが其処でしてね」
依頼人をはじめに。
平泉の人間達は、家の中で震えあがっている。
私が奥に声を掛ける。
「茶菓子くらい出して貰えますか? 土産はもってきたので」
「ひっ!」
震えあがっている平泉一家。
此奴らが昔。
この辺りを支配し。
悪逆の限りを尽くしていたのもまた事実だ。
だが、今行われている行為は。
その当時生きていなかった人間にまで迷惑を掛けている。
そして平泉家は。
没落し。
資産の殆どを失い。
周囲から監視されるという末路で、相応の罰も受けている。なお実際に犯罪を犯して逮捕されたものもいて。そいつは未だに牢の中だ。
平泉家について、どうこういうつもりはない。
ただし、あの坊主は。
平泉家とは関係無く。
悪逆の徒だ。
家に上がり込むと。
堂々とした態度で、木下老人は茶を飲む。
既にこの人。
私を大人と認めて。
きちんと話を振ってきている。
それだけ認めてくれている、ということで。それは単純に、私の能力を見て、の事だろう。
要するにこの人も。
なんだかんだで、リアリストなのだ。
一方で、当事者である筈の平泉の者達は、おそるおそる此方を見ているだけ。
つまり蚊帳の外である。
「それで、次はどう出ると見る」
「そも気になるのが、あのゴミ捨てですね。 あのクソ坊主も自分の土地は相応に持っていますし、不法投棄にしても自分の土地を使えば済む事です。 ところが双眼鏡や衛星写真で確認した所、自分の土地には不法投棄をしていません」
「ふむ、何か狙いがあると」
「恐らくは、ですが。 土地の所有権を主張するつもりでは無いかと」
ぴくりと。
木下老人が、眉を跳ね上げた。
私は実例を挙げる。
「他県の例ですが、ゴミを他人の土地に不法投棄したあげく、このゴミには魂が宿っているなどと称して、実質上他人の土地を占拠したケースがあります。 この時も、やっていたのは評判最悪の仏僧でした」
「なるほどな。 ゴミを私物と主張して、勝手に土地の所有権を主張か。 しかも宗教関連の話になってくると、途端にややこしくなると」
「そういうことです。 以前それをやった例では、田の畦などに塵を捨ててしかも地面に埋め、勝手に土地所有権を主張するという事をしていたそうですが」
あの寺については調べてある。
檀家は百人ほど。
ただし評判は最悪。
まともに葬式で経も上げないし。
様々な点で、碌な評判を聞かない。
酒を飲んで酔っ払っていたり。
愛人を抱えていたりと。
元々それなりにあった財産を、食い潰しながら生きているようだ。
どうしようもないクズだが。
それでも金持ちである、という事が此処では大きな意味を持っている。そしてゲス野郎は、金の臭いには敏感だ。
周辺で評判最悪の平泉家の土地を無理矢理に奪い取り。
そして何かしらの方法で金に換えて。
好き勝手に蹂躙する。
それらをやろうと考えているとすると。
無視出来ない案件だろう。
「平泉の過去の悪行は横に置き、今はこの街に巣くうドブネズミの排除が先かと」
「……そうだな」
「此方で、ゴミの不法投棄などの現場は押さえておきます。 相手の動きより先に、警察に働きかけをお願いします」
「任せよ」
木下の当主は、情けなく此方を見ている平泉の者達を一瞥だけすると。
茶菓子には手を出さず。
そのまま帰って行った。
程なく警察が来る。
この辺りを巡回する、という事だった。
警察の方でも、バブルの頃に平泉がどんな悪行をしていたかは良く知っているらしく、あまりいい顔はしていなかった。
さて、相手はどう出る。
私を街中で襲うなど論外。
ブザーを鳴らされて終わりだ。
かといって、私の家に直接乗り込んでくるほどの度胸も無いだろう。殺人や誘拐までやるような輩なら。
今までに、とっくに私の耳に入っている。
あのクソ坊主はただの小悪党。
檀家の中でも、クズを集めて手足にしていただけで。
実際にはヤクザとはほど遠い権力と暴力しか持ち合わせていまい。
ましてや木下を敵にする勇気は。
相手には無いはずだ。
それならば、相手が何を目論んでいるか。
しっかり見極めなければならない。
警察には、早速ゴミを不法投棄に来たトラックの画像を流しておく。これで、山に不法投棄されているゴミについては、クソ坊主の手下の業者が動きづらくなる筈だ。上手く行くと、そのまま摘発まで持って行けるかも知れない。
しかし、そこまで簡単にいくだろうか。
次の一手を相手が打つ前に。
先手を打ちたいところだった。
2、腐臭
授業が終わると。
依頼人からメールが来ていた。
内容を確認するが。
今の時点で、おかしな事は起きてはいないらしい。
まあ木下が介入したのだ。
それも近隣で絶大な権力を持つ木下の当主が出てきているのである。あのクソ坊主が、其処で大胆な手に打って出るとは思いがたい。
「山に捨てられているゴミをまとめてくれたか?」
「写真に撮っただけ、だけれど」
「すぐに指示した通りの警察に連絡してくれ」
「うん」
相手の声が上擦っているのが分かる。
怯えているのだ。
まあ無理も無い。
私の噂は聞いているだろうが。
まさか此処までのバケモノだとは思っていなかったのだろう。
それにしても、他人の土地に塵を捨て。
勝手に私物化するとは。
流石は生臭坊主。
信長が怒るのも無理は無い。
なお、信長がジェノサイド政策をとらざるを得なかったのは、相手がゲリラ戦を選んだからで。
比叡山を焼いたのも。
武装勢力として強力な実力を持ち。
なおかつ、信長の敵対勢力を庇って逃がした事が過去にあったから、である。
比叡山は信長が焼く前から腐敗が凄まじく。
高僧最澄が作り上げたこの山は。
当時は文字通りの伏魔殿と化していた。
信長が仏教徒をジェノサイドしようとしていた事実は無いのである。
結局の所、第六天魔王などと言われたのも。
武田信玄とのやりとりが現在に伝わっているからであり。
そもそも信長が。
第六天魔王と言う存在について、詳しく知っていたのかどうかは正直疑問も残る。
信長は興味がある事に関しては天才的な才覚を発揮したが。
それ以外に関しては非常におざなりで。
存在しない官職を名乗ったり。
京料理の味付けを理解していなかったり。
雑な部分も目立つ。
そういう人間的な要素を持つ信長も。
腐敗した仏僧達には腹を立て。
そして怒りを直接示した。
彼は文明の破壊者だったのでは無い。
今、私が対峙しているクソ坊主のような輩を憎んでいたのだ。
学校を出る。
平泉家に寄って、それから帰るつもりだったが。
途中でメールが来た。
警察が、平泉家の山に来たと言うのである。
そして不法投棄のゴミを。
自分たちで捨てたのでは無いかと、疑っているというのだ。
「はあ? 何だそれは」
「とにかく来てくれない? 私にはもうどうしたらいいか……」
「分かった。 すぐに向かう」
舌打ちすると、通信を切る。
さて、面倒くさい事になってきた。
恐らく相手が何かしらの手を打ってきた、とみるべきなのだろうが。
何をした。
警察に、ある事無い事吹き込んだのか。
だが、ゴミ捨てをしていた業者が、あのクソ坊主と組んでいたことは明かで。暗視カメラにはしっかりナンバープレートや車種も映り込んでいた。
神奈川県警やら大阪府警やらならともかく。
これだけのデータがあるのに。
不法投棄業者を特定出来ない、という事はないだろう。
途中から行く先を変えて。
山に向かう。
確かにパトカーが数台来ている。
そして、私が姿を見せたときには。
不安そうにしている依頼主が。
こっちをみて、慌てて駆け寄ってきた。
「シロさん。 良かった!」
「何が起きている」
「ああ、危ないから下がって」
「危ない?」
警察はこれ以上何も言わない。
面倒だな。
私の事を知っているのだろうけれど。
何か余計な事が起きた、と判断するべきだろう。
木下の当主を呼んでも良いが。
流石に毎日暇なわけでもあるまい。
木下の当主が介入していると言う事を示すためだけに来て貰ったのであって。それ以降も頻繁に姿を見せさせるのは、少しばかり此方としても負担が大きい。
「此処は私有地。 しかもゴミを勝手に捨てられている。 それを撮影することが、何故止められる」
「いいから下がりなさい」
「理由を言って貰えますか。 ああ、この様子動画に収めていますので」
「……」
うんざりした様子で警官が此方を見たが。
私は一歩も引かない。
しばし沈黙の後。
警官は言う。
「盗品だって通報があったんだよ」
「盗品?」
「この山に、盗品が集められているって通報がね。 そこの平泉の人間が、彼方此方から盗んで此処に隠していると」
「それを真に受けたと?」
警官はしらけた目で返してくる。
平泉の評判を知らないわけもあるまい、と。
咳払い。
「既に此処にゴミの不法投棄がされているという通報があった筈です。 どうして其方を優先しないんですか?」
「其方も並行で調べている!」
「ほう。 つまりクソ坊主と結託しているキャリアか何かがいると」
「声が大きい」
警官はまだ若いが。
私に指摘されたことが、あまり好ましくない事だとは思ったのだろう。
少なくとも大声で指摘されると。
非常にまずいと。
あのクソ坊主、それなりにコネは持っているとは思っていたが。
県警のキャリアを即座に動かす事も出来たか。
県警のキャリアとコネがある事は知っていたが。此処まで動きが速いのは想定外だ。
だとすると非常に面倒だ。
いずれにしても、である。
不法投棄も同時に調べてはいるだろうが。
もしも盗品が出てくるとなると。
平泉が盗んだ、とあのクソ坊主が裁判に持ち込んできたりすると。
少々厄介かも知れない。
つまり、あのクソ坊主。
狙いはそれだったのか。
最初からこの山を勝手に私物化し、不法投棄をし。
そしてそれを指摘されたら。
平泉がやっていて。
しかも盗品隠しに使っていたと、警察を動かすと。
そうなると、何かしらのホンモノの盗品を隠している可能性も低くない。
悪知恵が働くな。
本当に仏道に帰依したものか。
文字通りこの辺りのやり口は。
外道そのものではないか。
依頼人の肘を小突く。
「一度戻るぞ」
「え、うん……」
「いずれにしても、この様子だと警察の方でも調査はせざるをえんのだろう」
そのまま山を下りる。
私は実のところ。
其処まで不安視はしていない。
あのクソ坊主が此処までの強硬手段に出てきた、という事は。
追い詰められていることを意味しているからだ。
もしも余裕なのだったら。
人脈を使ってこんな事をしていなくても。
平然としていれば良い。
此処まですると言うことは。
早い話、不法投棄の方で。
余程大きな爆弾を抱えている、と言うことでは無いのか。
平泉が警察に通報しても、まったく相手にされないだろうと判断して、悪行をしていたクソ坊主は。
妖怪黄色パーカーとして知られる私と。
それによりにもよって木下が介入してきたことで。
此方が思っている以上に慌てているのではあるまいか。
そうなってくると。
盗品云々は、事前に仕込んでいた可能性があっても。
恐らくは、其処まで用意周到に準備していたものではなく。
後から出てきたものに、難癖を付けようとしているだけの可能性もある。
まて。
あの山に入り込んで好き勝手していたのは。
何かしらの品を物色するためだったのではあるまいか。
そうなると、私が今想像していた事よりも。
事態は更に厄介な展開を迎える可能性も低くない。
ふむ、と腕組みして唸る。
平泉の家に上がると。
木下の当主にメール。
状況を知らせた後。
幾つかのメールを確認した。
いずれもクソ坊主の周囲に住んでいる人間達のメールである。
「あの寺、前から評判が悪いのが出入りしていたが、昨日は夜中まで何か話し合いをしていたようだよ。 ギャーギャー騒いで五月蠅いのなんの……」
「話し合いの内容は聞こえましたか」
「いや、流石に其処までは」
「ならば別に構いません」
騒いでいた。
その事実が分かれば良い。
檀家の中の鼻つまみ者や。
或いはチンピラそのものを金で囲い込んで。
次の手について考えているか。
或いは。
警察を入れたという事は。
逆転の一手について、何かもっていると考えるべきかも知れない。あまり好ましくない話ではあるが。
問題は盗品とやらが見つかったとして。
それが平泉がやったとか証明された場合。
かなりまずい事になる。
不法投棄をしていたことは流石に覆せないだろうが。
色々と面倒な事になるのは確実だろう。
幾つかのメールを、有力者に飛ばしておく。
木下が動いた、という事は既に周辺には情報として流れているはずだ。
それを補強しておく必要がある。
こういう場合の鉄則は。
相手を侮らず。
かといって怖れず、だ。
相手は犯罪組織と同じ。
だが犯罪組織というのは。
政府機能がまともに動いていない場合を除けば。
そう大した事はできない。
ましてやこの国では。
なおさらである。
幾つか、今のうちに。
何が起きたら、何をするべきか。全ての策を練っておく。腕組みして、思考回路をフル回転させている私に。
依頼人は不安そうな視線を向けるばかりだった。
無力。
あまりにも。
情けないが、此処で叱責しても仕方が無い。
自分の手に負えないから、私の所に話を持ち込んだのだ。
これ以上こじらせても仕方が無い。
むしろ平泉は、徹底的に無力と言う事が、私に取っては扱いやすいかも知れない。今までの依頼のように、家の中がこじれていたりと、面倒な事になっていると。むしろ色々やりづらかった。
しばしして、警察が来る。
私は居間で茶を飲みながら。
レコーダーをセットした。
「お話を伺いたいのですが」
「はい……」
警察の話に応じたのは。
依頼人の叔父である。
なお依頼人の父は、この家の当主では無い。
当主は檻の中。
そして、当主代行が、あの叔父だ。
「な、何かあったのでしょうか」
「盗難報告が出ているバイクが見つかりました。 それについて確認させていただきたく」
「バイク!?」
「署までご同行願います」
恐らくは、だが。
あのクソ坊主が先に仕込んでいたものだろう。
茶を啜りながら話を聞く。
「で、捨てられている塵に触ったことは?」
「邪魔だから、どうにかしようと、家族総出で何回か……」
「面倒だな」
そうなると当然指紋は残っている。
そして、問題なのは。
評判最悪の平泉の家、ということだ。
あのクソ坊主がコネを使って警察を動かしたのだろうが。
本当に盗品が出てきた。
どうせあのクソ坊主の自作自演だろう。
それについては見えている。
さて、問題は、此処からどう動くか、だ。
木下が介入している以上。
あのクソ坊主も、其処までの強硬手段はとれないはずだ。そうなると、今回の返し手は、何を狙っている。
それが大事なのだが。
大体見当はついていた。
恐らく狙いは捜査の攪乱である。
今は慢性的に警官不足で。
リソースが足りていない。
不法投棄の業者は既に特定出来ただろうか。
もし出来ていないのなら。
この盗難の疑惑について、より大きなリソースが回されるのでは無いのか。
そして平泉の過去の悪行を考えると。
此方に警察はかかり切りになり。
不法投棄の件は、有耶無耶になる可能性さえあるのではなかろうか。
私は冷静に。
警察にコネがある何人かとメールでやりとり。
話を聞く。
そして、その結果。
幾つか分かってきたことがあった。
「なるほどな……」
腰を上げる。
どうやら、この件。
私が知らない、クソ坊主の切り札がもう一枚あった様子だ。
だが、それが分かった以上。
もう後手には回らない。
好き勝手振り回してくれたが。
此処からは此方のターンだ。
とにかく酷い臭いが充満していた。
前から異臭はあったらしいが。
ここ数日から、急激に酷くなっているという。
情報網を舐めて貰っては困る。
そして、今。
双眼鏡で確認しているが。
どうやら間違いなさそうだ。
例の不法投棄トラック。
それらしきものが見える。
傷がついた前半部分は隠しているが。
ほぼ間違いないと見て良いだろう。
場所は、クソ坊主の寺から、少し離れた土地。かなり広い空き地だが。此処は元々平泉の土地で。
バブルの時の騒動で手放し。
その後二束三文で買いたたかれた土地である。
買った人間もその後手放し。
二三回権利が移動した後。
現在は、何をしているんだかよく分からない、三和商事という会社が押さえている。問題はこの会社、今時HPも公開しておらず。求人さえしていない。十中八九、ダミー会社と見て良いだろう。
田舎といっても、更に二束三文と言っても、この広さの土地である。
それなりの金は掛かっただろうに。
それでも手にしたという事は。
それだけの旨みがある、という事だ。
そして、異臭がしていたと言う事からも。
大体は見当がついていた。
私も闇雲に探していたわけでは無い。
無数の情報から、あのクソ坊主の目撃例を調査。
そして良く目撃される場所を重点的に洗い。
その中から、異臭騒ぎが起きている場所が無いか、調べたのである。
本当は警察の仕事だが。
警察が邪魔をされている以上。
今は私が動かなければならない。
ただし、内部に潜入すると、流石に不法侵入になる。しかも見張りはいるだろうし、ざっと見ただけで監視カメラもある。それにあのトラックは流石に動かさないだろう。トラック周辺は、厳重に固めているはずで。
流石に私も見つからずにトラックの前部分を確認する勇気は無い。
だから、近くに住んでいる知り合いの家を借り。
其処に監視カメラを仕掛ける。
恐らくは、予想が正しければ。
やっていることは、間違いなく一つだ。
監視カメラを仕掛け、翌日。
案の定。
分かり易すぎる映像が残っていた。
トラックが来て、明かな粗大ゴミを、巨大な穴に捨てている。そして、その後から、土で埋め直している。
明確な不法投棄である。
異臭がするのも当然だ。
今までは平泉の山に勝手に捨てていたものが。
そうできなくなった。
かといって、平泉以外の土地持ちは、大体誰も彼もが権力者だ。田舎では、権力者の実力は、想像以上に大きい。
この土地も、よく分からない企業、というか恐らくヤクザのフロント企業か何かだろうが。
その手に渡ってからは。
ゴミ捨て場として使われている、というわけだ。
どうしようもない話だが。
これが田舎の現実である。
いずれにしても、証拠は押さえた、
これで少しばかり捜査のリソースを、此方に使ってくれるはずだ。盗品のバイクとやらだが、どうせあのクソ坊主も、平泉との接点何て見つかるはずもないと分かっているだろう。
そして、時間稼ぎが失敗したら。
クズがやる事なんて決まっている。
警察に、何人かの手を経由して。
ゴミの不法投棄の映像。
更に、この間不法投棄に使っていたと思われるトラックの映像を送信させる。
私から直接やるのでは無い。
近所に住んでいる住民達の手で。
「行って貰う」のだ。
それによって、警察は動かざるを得なくなる。
何しろ、平泉とは関係していない第三者なのである。
その訴えとなれば。
平泉に恨みを抱いている連中が警察内部に何人もいるとしても。
いやでも。
動かざるを得ないのである。
そう。
平泉に恨みを抱いている地元の人間は多く。
既に管理職クラスになっている警官や。キャリア組の中にも存在する。
あのクソ坊主はそれを知っていて。
やりたい放題をしていた。
だが、それもここまで。
どうせ今までの人生でも。
好き勝手に、他人の人生をもてあそび。
ろくに意味も理解していない経を上げて。
金を檀家からむしりとっていたのだろう。
年貢の納め時。
いや、仏罰が降るときが来た、とでも言うべきか。
私は、警察にゴミの不法投棄の映像が廻るのとタイミングを同じくして、最後の一手を仕掛けることにする。
これで、あのクソ坊主は。
名実共に。
終わりだ。
3、堕落と腐敗の果てに
仏教系の学校というものは、実はそれなりの数が存在している。だからといって、入っている人間が全員仏教徒というわけでもないし。仏教について理解があるわけでもないのが事実だ。
実際問題。
仏教系の学校に行っていた人間が。
仏陀を知らないと言うケースを、私は実際に見たことがある。
仏陀を知らない仏教系学校の出身者が実在するのである。
恐らくは、だが。
ミッション系の学校も、同じだろう。
学校で習った事なんて、卒業と同時にぽんと抜ける。
そんなのは普通のことだ。
人間なんてその程度の生物。
むしろ学校で習ったことを、きちんと覚えている生徒の方が珍しいだろう。
学校の理念に仏教を取り入れたり。
それによる世を救うという思想を持たせようと頑張る努力は認めるが。
学校の教育理念など。
一体生徒にどれだけ伝わるのか。
甚だ疑問である。
そして実例として。
私の前に立ち、青ざめているクソ坊主も。
仏教系の学校の出身者である事は、よく分かった。
そして此奴が。
経は上げることは出来ても。
その意味などまったく理解しておらず。
ただ呪文としてだけ、垂れ流していたことも、今分かった。
全国中継で。
今問答の最中である。
禅問答では無い。
禅はあくまで仏教の宗派の一つ。
このクソ坊主は一向宗、つまり本願寺。それも本願寺の一派である荘本願寺に所属しているが。その思想について、問い詰めていくと。
あっという間にボロを出した。
なお、私は。
二日ほどで、本願寺の思想については理解した。
「へ、へりくつを!」
「へりくつでは無い! 本願寺の思想の根幹であろう! 何故にそのような事も理解していない! 仏僧の目的は、そもそも苦界にある人々を救う事にあるはずだが。 我欲に溺れ、邪悪に浸ってこの年まで過ごしたから、そもそも悟りに至ろうとさえ考えなくなったのだろうが!」
「し、しかし本願寺は、戦国時代」
「喝!」
見苦しい言い訳を予想できたので。
一喝。
ライブ中継されているこの問答は。
姫島が、そのまま映像を撮り。
大手の投稿サイトに流している。
かなりのコメントがついている様子だ。
あのガキ何者だ。
完全に論破してるぞ。気持ちいいほど分かり易い。
あっちのクソ坊主、見たことある。兎に角評判が悪くて、地元でもクソ坊主としか呼ばれていない奴だ。
本願寺に所属するものですが、同じ仏僧としてこの男は恥ずかしいですね。あのお嬢さんに完全に論破されているとおり、生臭坊主の見本のような輩です。
コメントの内容は。
面白そうなのを見繕って、近くに隠れている姫島が、レポートしてくれる。私は左耳に入れているイヤホンでそれを聴きながら、更に論破を続けていく。
「そも他人の敷地にゴミを勝手に捨てたあげく、その中に盗品を紛れ込ませ、それで警察の捜査を混乱させるとは何事か。 しかも貴様がつながっている三和商事は、ゴミの不法投棄をしているエセ企業だ! 見よ!」
証拠画像を出す。
寺から出てきて、いきなり私にエンカウントしたクソ坊主は。
間近に証拠画像。
不法投棄に。
その三和商事の重役との会合の様子。
酒を飲んで酔っ払い。
暴言を吐いている有様などを見せつけられ。
おのれとわめき散らした。
勿論その様子。
更に、ゴミの不法投棄の映像も。
全て動画にリアルタイムで流している。
ちなみにこの画像。
もう一人を経由して。
警察に直接流してもいる。
「観念しろ生臭坊主! 貴様が行く先は地獄しかない! 坊主でありながら悪逆を為したものが行く地獄は、もっとも罪深き者が落ちる地獄だと知れ!」
「お、おのれおのれおのれえっ!」
「それとも地獄など実在しないとでもいうつもりか? この腐れ坊主が! 地獄など存在しないから、何をしても良いとでも思っているというのなら、貴様は真の天魔外道だ!」
喚きながら、何か叫ぼうとするクソ坊主だが。
既に周囲の住民達が。
騒ぎを聞きつけて、出てきている。
私の立て板に水の論破で。
完全に発狂したクソ坊主は。
私に襲いかかるわけにも行かず。
完全に怯みきった。
その様子が動画にありありと映され。
失笑がコメント欄には満ちたようだった。
あの子、小学生だよな。どうみても四十超えてる坊主が、完全に仏教に関しても論破されて、あげくに犯罪を摘発されてるぞ。
クソ生臭坊主が。地獄に本当に落ちろよ。
信長さまー!此奴焼いてください!
信長です。邪魔なのでどいて。そいつの首刎ねられない。
情けない。こんな基礎的な問答も出来ずに、よくもまあ住職を気取れたものだ。
此奴仏教系の学校を出てるらしいぜ。随分簡単に出られるんだな(笑)
コメントはヒートアップする一方。
そして、ついに。
警察が重い腰を上げた。
パトカーが来る。
そして、警官が、クソ坊主を囲む。
「幸田行信さんですね」
「な、なんだっ! 拙僧をどうするつもりだ!」
「貴方に、私有地へのゴミの不法投棄の嫌疑が掛かっています。 しかも、不法投棄を専門に行う業者に金を貰い、塵を捨てる場所を勝手に提供していた疑惑もね。 先ほど三和商事に捜査の手が入り、すでに証拠も押さえています。 貴方が頻繁に三和商事に出入りしていた証拠も挙がっています」
任意同行願います。
警官は優しくそう言ったが。
しかしながら、周囲は既に数名の警官で包囲されている。
そして、住民からヤジも飛び始めた。
「そのクソ坊主を早く連れて行ってよ!」
「知ってるんだから! ゴロツキを毎日連れ込んで、毎晩遅くまで酒盛りして! 子供に暴力を振るってるところも見た事があるよ!」
「訳の分からない新興宗教を勧められたこともある! 早く刑務所に連れて行ってくれ!」
「ふ、ふざけ、ふざけるなあああっ!」
喚くクソ坊主の手を、警官がとった。
そして、暴れるのを押さえて、パトカーに押し込む。
盗品のバイクはともかく。
これで、本丸は落としたことになる。
だが、問題はまだ解決していない。
この様子なら、クソ坊主は実刑判決だろう。何しろやらかした行為が悪質すぎる。詐欺罪が成立するはずだ。
本願寺の方も、此奴を除名するだろう。
先ほどライブ通信した動画での情けない問答。
更に犯罪者として逮捕されるという最大級の失態。
どちらも、もはや本願寺に在籍させるわけには行かないものだ。
この寺も、誰か別の坊主が来るのか、それとも取り壊されるのか。
まあ、流石にこれは私有地だろうし。
本願寺から除名されたら。
単に廃寺になるだけだろう。
私はそのまま帰ろうかと思ったが。
周囲の住民が、わっと声を上げる。
「よくやってくれた!」
「あのクソ坊主には、本当に迷惑していたんだ! 檀家とかいいながら、ただのチンピラを集めてやりたい放題しやがって! 金儲けしか考えていないし、経もいい加減! 早く出て行って欲しかったんだよ!」
「あんた妖怪黄色パーカーだろ! ありがとう、感謝する!」
無言。真顔のまま握手に応じる。
これでいい。
こういう風な歓待を受けるのは実は初めてだが。
それでも構わない。
人脈を作っておくのが大事なのだ。
そして、今後私がやることには。
人脈が必要不可欠なのだから。
クソ坊主が捕まって。
一段落はしたが。
本番はこれからだった。
業者を呼んで、クソ坊主が勝手に投棄させていたゴミを確認していったところ。盗品のバイクどころか、とんでもないものが山ほど出てきたのである。
その盗品バイクも。
そもそも、どっかのチンピラが盗んだものを。
いわゆる闇工場が引き取り。
部品だけ取って捨て。
そして、あの山に廃棄されたという事が分かってきたが。
それだけではない。
三和商事から、ぼろぼろととんでもないデータが出てきたのである。
中には、第三国から持ち込まれた、正体も分からない廃液さえも存在していた。流石に核廃棄物ではないと思われるが。
それでも、他のゴミに隠すようにして埋められていたドラム缶は。
超危険物として。
業者は手に負えないと判断。
なんと自衛隊が来て。
回収していった。
早速警察の方でも、クソ坊主を絞り上げているが。
幾つも証拠が出ているにもかかわらず、知らぬ存ぜぬの一点張り。あげく弁護士を呼べとか叫んでいる様子だが。
そもそもこのクソ坊主。
得た収入の大半を浪費していたらしく。
なんと近くのパチンコ屋や競馬場で姿が目撃されており。
碌な弁護士も呼べそうに無かった。
悪名高い国選弁護士くらいしかつかないだろう。
まあ自業自得である。
死ねば地獄行きは確定だろうこのクソ坊主だが。
このふてぶてしい様子からして。
仏教を一番信じていないのは。
ほぼ間違いなくこのクソ坊主だろう。
良くしたもので。
西洋でも、聖職者による性暴行事件などが多数報告されているが。
要するに、聖職者だからこそ。
神など存在せず。
地獄も天国も無く。
金が全て、等と考える。
矛盾も甚だしいが。
結局悪事を働いても神など何もしないことを肌で知っているからこそ、此奴らは立場を利用した常識外の悪事に走る。
当たり前の話であり。
このクソ坊主も。
歴史に残る数々の腐敗坊主どもと同じく。
最低最悪の悪行を為しても、何とも思っていなかったのだろう。
機会さえあれば。
人だって殺していただろう。
そういう男だった。
このクソ坊主は。
あげく、情報が漏れてきて私にも伝わったのだが。
どうやら愛人を複数抱えていたらしく。
それら派手な遊びのためにも金が必要で。
様々な悪行を更に加速させていたらしい。
まさに。
聖職者が聞いて呆れる、と言う奴である。
いずれにしても、不法投棄されたゴミの撤去作業に掛かる金は、全てクソ坊主に借金として支払って貰う事になるだろう。こんなものに税金を投入するわけにはいかないからである。
そして、ゴミを撤去しても。
山が元に戻るわけではない。
ゴミによって散々傷つけられた山は。
ゴミを撤去すればするほど。
その痛々しい姿を露わにしていくのだった。
クソ坊主が逮捕されてから、一ヶ月。
依頼人と一緒に、山の様子を見に行く。
なお、クソ坊主と連んでいたチンピラどもは、芋づるで逮捕されて、既に全員牢の中である。
いずれもどうしようもないクソカスどもで。
余罪もたっぷりあったようなので。
まあ当然だろう。
山は。痛々しく傷ついていた。
本当に不法投棄の業者は、山に敬意を払うどころか。捨てる場所さえあれば、何でも良いと言う風情で。粗大ゴミを捨てていったのが分かる。
彼方此方の木はなぎ倒され。
ゴミは彼方此方の地面に、得体が知れない染みを作っていた。
動物の姿もまばらだ。
それはそうだろう。
ざっと見て回っているが。
周囲は異臭が酷い。
思わず眉をひそめるほどで。目立つヤバイゴミを片付けて、一月した今でも、とてもではないが汚染は消え去っていないと言う事が、よく分かった。
雨は何回か降ったが。
その程度で汚染は消え去るはずもあるまい。
そして、である。
クソ坊主が牢獄行きほぼ確定ということで、周囲の住民は喜んだが。
かといって、平泉への風当たりが弱まった訳では無い。
当たり前の話だ。
バブル時までの悪行の数々は。
未だに平泉の名前で、周囲に知れ渡っている。
今でこそ木下が周辺で一番の金持ちであり、権力者だが。
その前は平泉が絶対権力者で。
そして最も愚かな権力の使い方をした。
その結果が今だ。
関係無い家族にまで。
災禍が及んでいる。
私は依頼人を連れて山を見て回りながら、特に酷い場所をチェック。
ゴミはなくなったが。
汚染の様子は酷すぎる。
これは回復まで、十年は掛かると見て良いだろう。
人間の悪意は。
こうも簡単に、自然を滅茶苦茶にするのである。
メモを一通り終えて、山を下りる。
なお、車止めは。
他の場所にも設置した。
この山は私有地ですと。
自腹を切って貰って、彼方此方にフェンスも設置した。
これで、後はたまにスズメバチとかの駆除業者を入れるだけで良いだろう。時間を掛けて、元に戻していくしかない。
少し離れて、写真を撮る。
そして、惨状に私も眉をひそめた。
「これは酷いな」
「……」
依頼人は黙りっぱなしである。
元々、粗大ゴミが見て取れるほど山は汚されていたが。
遠くから見てみると。
もはやそれどころではない。
彼方此方の木が禿げており。
剥き出しになった土は、いずれもおぞましい色に染まっている。
あの回収されたドラム缶の廃液だけではない。
ひょっとすると、汚染された何かの廃液を。
そのままぶちまけたケースもあるのかも知れない。
何にしても、これが元に戻るには。
本当に長い時間が必要だ。
クソ坊主の不祥事については。
私がSNSに流して、荘本願寺が謝罪文をHPに公開するまでになったが。
私はその後も、裁判の状況などもSNSに流しており。
更に今回。
この写真や。
ゴミを撤去する過程の写真も。
SNSにアップする予定だ。
しかも、ゴミの中には、何処かの国から持ち込まれた、得体が知れない廃液まであったという事も。
きちんと拡散している。
クソ坊主の家については、マスコミが勝手に取材した様子で、全国で場所が知られてしまい。
大勢押し寄せて、見物していったようだが。
この山についてもそれは同じ。
ただし私有地なので。
流石に警察が見張りにつき。
入る事は許さず。
今では、時々変なのが来て。
フェンスに付けてある警備に引っ掛かり。
警備会社に連れて行かれる、くらいの状況らしかった。
平泉家に戻る。
依頼人が、お茶を出してきた。
明らかに私に対して怯えているのが分かる。
まさか、此処までの大事になるとは。
思ってもいなかったのだろう。
それに、だ。
このまま放置されていたら、あの山はクソ坊主に乗っ取られていた。もっと多くのゴミが、彼処に廃棄されていただろう。
それを考えると。
食い止めることが出来たのは、僥倖だったとも言える。
何よりだ。
あのクソ坊主は、もうこの街に居場所もない。
実刑判決はほぼ確定だし。
出てきた所で、荘本願寺にも見捨てられていて。
坊主としてやっていくことも出来まい。
更に借金もある。
寺は既に国によって競売に掛けられており。
他の僧が買ったらしい、という噂がある。
檀家の評判が良く、まっとうに稼いでいる坊主はいるにはいる。
そういう連中が移ってくれば。
多少はマシになるだろうか。
平泉の人間が揃ったので。
状況を一通り話す。
「これ以上、問題が拡大する事は無いでしょう。 ただしあの土地はしばらく汚染が酷いですから、入る事はお勧めできません。 管理をする業者にも、注意をしてから作業をして貰ってください」
「……」
「あの私有地に手を出していた腐れ坊主とその一味も、皆事実上牢の中です。 牢から出ても、この辺りには二度と近づけないでしょう。 ただ、しばらくはそれぞれ身を守るように、気をつけてください」
そもそもだ。
平泉が悪行を重ね。
そして没落しなければ。
こんな事にはならなかったのだ。
既に悪行を重ねた本人は実質上牢の中。
生きている間に出てこられるかも怪しい。
しかしながら、田舎特有の陰湿な人間関係が。あの手のクズの暗躍を可能にしてしまった。
今後も平泉は、厳しい局面が続くだろう。
財産の管理は厳重に。
何かあったら、即座に警察に連絡するように。
アドバイスを終えると。
依頼人が、明らかに青ざめながら言う。
「シロさん。 その……」
「何か」
「それで、報酬は、何をすれば」
「今更?」
呆れた声に。
その場の全員が縮み上がった。
此奴らは。
バブル前までは散々調子に乗って、当主の悪行に荷担し。周囲の人間を見下しまくっては、この世の春を謳歌していただろうに。
それなのに、没落した途端にこれだ。
正直情けなくなってくるが。
私は咳払い一つ。
「私に対しての報酬は決まっているでしょう。 もう準備もしているはずですが」
「……これで、よろしい、ですか」
「ふむ」
差し出されたのは。
どうやら、今では珍しくなった象牙細工。
とても小さなものだが。
古くに輸入された小さな象牙を削って作ったものらしい。
勿論現在は、象そのものが稀少な生物であり。
その取引は禁止されているが。
古くに輸入されたものだ。
今更どうこういう事も無いだろう。
ちなみに手で彫ったらしく。
それなりに暖かみのある造りだった。
ちなみにこれはなんだろう。
「こ、この間シロさんが、ピューマを発見するのに貢献した、ということだったから、ピューマを」
「分かった。 これでいい」
懐に象牙細工を入れる。
だが、まだ他の連中は。
青ざめていた。
「報酬は受け取りましたので、これで帰らせていただきます」
「ほ、本当にそれだけで?」
「……まさかとは思いますが、現金を要求しているとか思っていますか?」
必然的に。
声は低く沈み込んだ。
全員が青ざめて身を寄せる中。
私は。
流石に頭に来たが。
かろうじて怒りを抑え込む。
「私は最初に契約した。 白い市販品でないものを手作りするように、と。 それが報酬だと。 これでも私は仕事をして、依頼を達成し、その後始末まで終わらせている。 完璧な仕事をした筈だが。 それなのに、余計な報酬を追加するというのは、仕事に対するけちを付けるに等しいと思うのだが」
口調も荒々しくなる。
私としても、此奴らが没落したのは当然だなと思え始めていたが。
それでも、なお。
此処は言わなければならないだろう。
「そも今回、私はコネに声を掛ける分と電車代くらいしか金を使っていない。 更に言えば、私は生活に困るほど資産が少ないわけでもない。 勿論様々な事を調査するために時間は掛けたが、それはそれだ。 その結果、私は貴方達平泉家に大きな貸しとコネを作った。 私としてはそれで充分なわけで、これ以上金だの何だの余計なものは必要ない」
震えあがっている平泉一家を一瞥。
そして私は。
此奴らは、「使う」事はあっても。
信頼には値しないなと判断した。
「それでは失礼させて貰う」
反吐が出そうだ。
没落するべくして没落した者達は。
まだ、私の恐怖に。
震えあがっているようだった。
4、山が泣く
検索サービスの航空写真を見ていて。
この間仕事をした山が。
見事に荒れているのを確認。
溜息が出た。
それはそうだろう。
自分でも、歩いて確認したが。それはもう酷い有様だった。そして、廃村状態の村などでは。
こういう不法廃棄が、日常的に行われているとも聞いている。
結局の所、人間という生物は。
相手が反撃してこないとしるや。
どんな蛮行でも平然と行う。
人間がもっとも嬉しそうにするとき。
それは今も昔も。
抵抗できない弱者をいたぶるとき、なのである。
結局の所、石器時代から人間は進歩しておらず。
脳の中身はまったく変わっていない。
技術だけ奇形的に進歩し。そしてエゴで周囲を蹂躙し尽くす事を何よりの喜びとしている。
今回のケースは。
その見本だった。
平泉が叩かれていたのも。
他人を叩くための棍棒である「正義」が欲しい連中が。それを手にしたから、嬉々として行っていたわけで。
此奴らに関しても。
結局はあのクソ坊主と同じ類の連中だとも言える。
人間とは。
こうも腐った生物なのか。
分かりきっているが。
げんなりする。
早くもう少し年を取って。
権力を得。
そしてこの辺り一帯を支配したら。
大なたをふるって、何もかもを変えていかなければならないだろう。この手で全てを打ち砕いてやりたい所だ。
姫島が来る。
何か面白いものを見つけたらしい。
「シロー。 ちょっといい?」
「ん、どうした」
「これ見て」
動画だが。
どうやら、あのクソ坊主が、以前行っていた奇行が。偶然撮影され、そしてSNSで出回っているらしい。
あのクソ坊主は。
私が悪行を拡散したために、既にSNS等では有名人だ。
目元を隠してはいるが。
もはやこの国の何処にも居場所は無いだろう。
更に情報が出てきても、おかしくはない。
何しろ、「有名人」なのだから。
「それで、どんな内容だ」
「ほら、これ」
「……ほう」
競馬場で。
馬券売り場で、怒鳴り声を上げながら、受付に絡んでいる。
地方の競馬場に限らず。
競馬場では、頭がおかしいのが時々いると言うが。まあこればっかりは、人間が集まればどうしても出てくる。
電車だってそうだ。
電車を利用していると、どうしてもおかしな輩と遭遇するが。
これは誰でも経験するだろう。
駅などでも同じだ。
そして、最終的に。
あのクソ坊主。
警備に連れて行かれた。
連れて行かれる最中も、わめき散らしていて。こんな競馬場、潰してやるからなとか吠え猛っていた。
これが仏僧の行動か。
愚かしすぎる。
そもそも賭け事に金を使い。
そしてその結果にけちを付け。
恫喝する。
あの男には。そもそも仏僧と名乗る資格が最初から無かったのだろう。仏教系の学校を出ているらしいが。それだけ。
実際問題。
私がちょっと覚えてきただけなのに。
ろくに問答にも応えられなかった。
仏事にもまともにとりくまず。
あげくの悪行三昧。
仏僧という以前に。
人間という生物の、負の側面を凝縮したような男だった、と言うわけだ。
「また社会のダニを一匹潰したというわけだな」
「シロ、調子良いねえ」
「いや、今回は時間も掛かってしまったしな。 もう少し権力があれば、更に効率よくこの手の害虫を駆除できるのだが」
「駆除かー」
私の言葉に。
姫島はとにかく楽しそうだ。
実際問題、この手の輩は駆除しなければならないのである。
法によって適切に処置、ではなく。
駆除だ。
どちらにしても、私は間もなく六年生になるし。その内中学生になる。
今でも資産は充分だが。
そうなったら、資産を増やす方に打って出る。
最終的には、この街を支配するためには。
更に金とコネが必要だが。
金は使い路をきちんとわきまえなければ、途端に腐る。
散々見てきた無能達のニの轍は踏まない。
ましてや平泉のようにはならない。
さて、此処からだ。
私はこの地の支配者になる。
何処まで行けるかは。
今後次第だろう。
最低でも。
この街は、私が。
掌握する。
(続)
|