粉飾悲惨
序、黒い世界
裏帳簿。
表向きの売り上げとは別に、会社が本当の売り上げをつけるものである。だいたいの場合は暗号化されている。
そして、そのようなものをつける理由は。
表沙汰に出来ない収入を得ている場合か。
或いは税金対策か。
そのどちらかになる。
私の所に来た依頼が。
まさかそれの解読になるとは。
思ってはいなかったが。
夕方。
公園で、その人は待っていた。
高校二年生の池上綾馬。
背が非常に高い男子高校生で。
周囲をしきりに警戒しているようだった。
もっとも、話を聞く限り。
問題になっているのは、現在進行形で行われている犯罪では無いようなのだが。
ただ、放置出来るものでもない。
私が姿を見せると。
黄色パーカーの妖怪を見て、その背が高い男子は。
ガタイの割りには小心な表情で。
私に明らかに一歩引いていた。
「君が、シロ……?」
「そうだ。 依頼を受けて来た」
「そ、そうか。 本当に黄色パーカーなんだね」
「そうだが何か?」
キャラ付けとしては。
この黄色パーカーは非常にわかりやすいので良い。
表情も隠せるし。
何より最近では、愛着も湧いている。
サイズも少しこの間大きくした。
同じデザインでも、体が大きくなるのに合わせて少しずつ変えていく必要があるので。今後、また新しいのを買うときには、大きいのを買おうとは思っているが。
さて。
私は頷くと。
さっそく本題に入る。
「実は、先日倒産した会社の帳簿を、父が家に持ち込んでいるのを見つけたんだ。 父は既に拘置場で、裁判を受けている最中。 で、帳簿も一旦警察が回収したんだけれど、戻ってきていて」
「ふうん、だけれど妙だと」
「うん」
裏帳簿は巧妙だ。
非常に精密な暗号が使われている事も多い。
歴史もかなり古く。
古くから、金という数字を扱う仕事である商人は。
税金を取り立てる役人と激しくやりあってきたが。
そういう意味でも、裏帳簿の歴史はかなり古いそうで。
かなり古いものも実際に見つかっているそうだ。
何故そんな証拠になるようなものを作るかというと、税金は取られたくないが、本当の所持金はしっかり把握しておきたいという心理がなせるものであって。
人間の浅ましさは。
古くからまったく変わっていない。
その良い証拠だろう。
「調べて欲しいんだ。 これが裏帳簿では無いのか」
「それは父親を裏切る事にならないのか」
「親父は一度しっかり罰を受けるべきだ」
鋭い言葉。
その声には。
強烈な嫌悪が籠もっていた。
「浮気し放題、会社ではブラック労働させ放題。 あいつのせいで、首をくくった社員までいる。 それを家で笑いながら愛人と話しているのを見たことがある。 母さんは浮気されているのに、何だか弱みを握られているらしくて、彼奴に逆らう事も出来なかったんだ」
「……」
「会社が潰れて、彼奴がやっと普通の人になった今がチャンスだ。 彼奴が一度、これを裏帳簿だって言っていたのを聞いた事がある。 絶対にこれが裏帳簿である事を解明して欲しい」
「分かった。 調べて見よう」
警察で分からなかった、というよりも。
警察の方では、恐らくは他の案件で起訴出来ると判断して、あまり細かくこだわらなかったのだろう。
それに裏帳簿の解析にはパワーもリソースもつぎ込む必要がある。
人員不足で知られる警察である。
他で起訴し立件できるのなら。
わざわざ裏帳簿まで洗いたくない、と考えたのかも知れない。
だが、この池上は違った。
父に対して、激しい憎悪を抱いている。
実際問題、私にも此奴の怒りは分かるのだ。
私の場合は、直接的な虐待だった。
殺される可能性も充分以上にあった。
だから復讐した。
此奴の場合は、恐らく、人間として許せないから、罪を暴き、罰を受けさせたいのだろう。
それに、私に取っても。
この件は他人事ではない。
会社が倒産しなければ。
私の父は、殺されていただろう。
今だって、かなり危ない状態なのだ。
このままでは、50までいきられないかも知れない。
そんな感触さえ覚えさせる。
「では、これがその帳簿だな」
「持ち出すのは結構冷や冷やした。 出来れば一週間以内に解析して欲しいんだけれども、できるだろうか」
「やってみる」
受け取ったのは、分厚い帳簿だ。
電子式の暗号を掛けられている可能性もあるが。
まあ其処までは考慮しなくても大丈夫だろう。
話を聞く限り、倒産した会社は古くさい体育会系のオツムの経営陣が牛耳る、見本のような駄目会社で。
池上の父もそうだったのだ。
帳簿は三ヶ月分だが。
それでも、これを解析できれば。
他の帳簿も芋づるで解析できるだろう。
そして、金の動きを暴くことが出来れば。
警察側でも、流石に動かざるを得ない。
それにしても、今時電子データ化していない帳簿というのも。
古典的というか何というか。
こんなものを使って。
体育会系思考で何でもかんでも動かそうとするから。
会社も潰れるのだろうに。
自分の悪事は全て正当化。
何もかも自分は正しい。
みんなやっていることだ。
そういう考えでいるから。
この国の経営層は、此処まで無能揃いになってしまったのではないのだろうか。まあ正直な所、今はどこの国も悲惨な様子だが。
家に到着。
さて、暗号解読か。
今まで受けた以来の中では、かなり珍しい部類に入るけれど。
それでもやったことはある。
であれば出来る。
まずは帳簿を確認。
読み方については、簿記のやりかたを知っているので、何とでもなる。この簿記が独特のやり方を使い、資格まで必要になる。公認会計士になると、更に厄介なのだが、まあその辺りは勉強すれば分かる。
ちなみに私は今の時点では簿記なら余裕で資格を取れる自信があるが。
会計士に関しては公認のはかなり難しいだろうと思っている。
そういうものだ。
まずは、ざっと帳簿を見ていくが。
ふむとうなる。
実のところ、公認会計士は非常に資格の難易度が高く、保有者を抱えている会社はあまり多く無い。
それくらい難しい資格である。
大手企業は流石に皆が抱えているが。
逆に言うと、大手企業で独占されている、ともいえる。
会計は本来それだけ厄介で。
逆に言うと、税の関係で、多くの人間が争ってきた分野なのだ。
そのために複雑怪奇になり果て。
数字だけでは無く、あまりにも覚える事が多すぎるのである。
ともかくだ。
見た感じでは、確かにこれが裏帳簿、と言われてもぴんと来ない。
私でも。
そう言っていたのを聞いた、という証言が無ければ。
ぱっと見では普通の帳簿にしか見えないだろう。
だが、どうにも臭う。
確かに妙な雰囲気がある。
何というか、後ろ暗い人間が関わっている場合特有の、嫌な感触、とでもいうべきなのだろうか。
そういった空気がこの帳簿からは感じ取れるのだ。
勿論私はエスパーでは無いし。
幽霊も見えない。
だから、勘は働くけれど。
それを絶対の判断基準にしない。
以前、見える人関連でもの凄く苦労した経験もある。
私はその時の反省で。
論理的に物事を進める事の重要性を思い知らされていた。
まず、データを取り寄せる。
既に倒産した会社だ。
色々と流出したデータはある。
大体の売り上げも発表されている。
これについては、株式会社なのだから当然である。株主総会で、色々と報告はしなければならないのだ。
それに照らし合わせてみるが。
表向きはぴたりと一致している。
そう、表向きは、だ。
腕組みして考える。
裏帳簿なんて付ける理由は何だ。
ひょっとして、計画倒産か。
世の中には、計画的に会社を倒産させることで、様々なメリットを得ようとする人間が実在する。
これを計画倒産といい。
発覚した場合は、当然れっきとした犯罪になるし。
社会的な信用も失う事になる。
そうなると、現時点での裁判を乗りきった後。
何かしらの隠し財産を使って。
新しく会社を立ち上げ。
好き勝手をする。
そういう計画なのかも知れない。
他に可能性は無いか。
或いは、単純な資産隠しかも知れない。
裁判に関しては、執行猶予が今回はつくかも知れないので。
それが出次第、隠しておいた資産を回収。
資産放棄して。
本来の資産をもって、海外に高飛び、というわけである。
日本円は世界最強の通貨とさえ言われていて、その安定性は世界的に類を見ない。あまりにも安定しすぎていて、あらゆる通貨危機を乗り切ってきたほどの圧倒的な経済的指標である。
つまり、相応の日本円を持ち出せば。
国によっては後は安楽に暮らす事が出来る。
ギャンブル同然の電子マネーや。
他の国の通貨とは、安定度が桁外れなのである。
この可能性も捨てがたい。
そうなってくると。
一体何がこの帳簿に隠されていて。
そして、洗い出すことによって。
何を発見できるのか。
それが重要になってくるところだ。
ざっと見てみるが。
今の時点では、不自然な点は無い。少なくとも、簿記としては非常に丁寧に作られていて。
教材に出来るほどだ。
警察が早々に返却したのも頷ける。
犯罪性が無い、と一見しただけでは思うだろう。
ならば、である。
色々と確認する。
此方でするべき事は、「犯罪性が無い事を証明する」事か、もしくは「裏帳簿を暴く」ことのどちらか。
「分からない」は許されない。
私はそもそも、依頼の完遂率100%という事を今までの売りにしているし。
今後もそれを下回らせるつもりはない。
まず古典的なあぶり出しなどの方法や。
透明インクなどの可能性を考慮して調査する。
こういったものは、本当に火で炙らなくても。
実際には様々な方法で確認が出来る。
紙にダメージを与えなくても、である。
しばらく調査を続けるが。
しかしながら、特殊なインクなどが使われている形跡は無い。
だが、それはあり得ない。
というのも、この帳簿は、きちんと本来の発表データにそうものになっているからで。小細工をするには、何かしら「追記できる」か「隠す」事が出来るデータが必要になってくるからだ。
それも不自然では無く、である。
故に一番簡単なのは、あぶり出しなどの、一見では確認できないデータによって、記入することだが。
今の時点では確認できない。
ざっと調べて見るが。
紙などにもおかしな所は無い。
ふと気付く。
裏帳簿の他に、何かしらの電子データでの帳簿が隠されている、という可能性は無いだろうか。
いや、あり得ないか。
サイバー犯罪にはあまり強くないことで知られる日本国の警察だが。
それでも今回、犯罪者として重役が根こそぎ逮捕されている会社のデータである。
一通り洗っているだろうし。
暗号化されているデータも、全て解析を済ませている筈だ。
其処に「本来の」帳簿と違うものが入り込んでいたら。
ほぼ確実に発覚する。
色々と問題も起こしている日本警察だが。
捜査能力には高いものがある。
まあ、有能で知られる日本警察にも、西の大阪、東の神奈川という二大恥さらしがいるが。
それでも、此処はそのどちらでもないし。
同じような醜態をさらすことも無いだろう。
そうなってくると。
やはり何かが隠されているか。
隠されていないのか。
はっきりさせなければならない。
私は一度下に降りると。
冷蔵庫からアイスを出して、無心に食べ始める。
ちょっと糖分の補給が必要だ。
そして糖分を補給した後は。
本格的に調査開始である。
1、暗闇の迷宮
あらゆる角度から、会社のデータを集める。個人的なコネも総動員して、である。そうすることにより。
やはり幹部連中が色々まずい商売に手を染めていたことが分かってきた。
警察に逮捕されるのも当然である。
違法の商売についてかなり手を染めており。
この間の密輸業者も。
此奴らが関与していたらしかった。
なお、此奴らに墨付きを渡していた関係で。
ある大学の教授が一人、捕まっている。
そのほかにも、いわゆるエセ科学関係でかなり稼いでいたようで。EM菌だの水素水だの、流行りのエセ科学グッズをかなり売っていたようだ。老人を中心にかなりの被害者を出していたようだが。
実際には、カモになっていたのは。
井戸端会議で、近所の奥さんの言う事しか信用しないタイプの主婦層だったとか。
まあこの手の連中は、実際問題エセ科学のエジキや、カルトの食い物にされやすい。一時期はもっともネズミ講のエサにされていたのもこの層だった。
おかしな話で。
妖怪というとリアリティを感じないのに。
幽霊というとリアリティを感じる。
オカルトというとリアリティを感じないのに。
スピリチュアルというとリアリティを感じる。
そんな変な感覚を持ち合わせているのに。
それが「常識的な人間」とされ。
それらの言う事を聞かないと、村八分にされる。
そんな生物が人間だ。
どこの国でも同じである。
実際、ネズミ講で経済が崩壊した国も実在している。
この国の問題だけではないのである。
で、調べていった結果。
かなり、色々な情報が出てきたが。
この様子だと、更に黒い話が出てきそうだなと、私は判断する。
ざっと調べただけでこれだ。
街の裏側について知っているような人間に話を聞けば。
更にヤバイ情報が出てくるのではあるまいか。
裏帳簿の話が真実味を得てきた。
私は最初、勘で裏帳簿を疑い。
それに論理を求めたが。
今は、これはあってもおかしくないと普通に考え始めている。
だが、論理で味付けしない限りは、それは結局エセ科学と同じだ。しっかり論理での補強をしなければならない。
さて、此処からだ。
少し考え込んでから。
私はざっと帳簿をデータ化してみる。
色々エクセルなどで弄ってはみたが。
それでもデータがおかしくなる様子は無い。
そもそも、帳簿は後付けで、色々と利便性がないと困るものなのだ。内容を差し替えるにしても、である。
裏帳簿にするなら。
多分デカイ穴がある筈なのである。
その穴がどうしても見つからない。
故に、色々と相手を多角的に調べているのだけれども。
どうしてもよく分からないのだ。
ごくごくまっとうな帳簿だからこそ。
此処に何か穴があってもおかしくはない。
それについては、私はまったく異論が無いし、探し出す事に躊躇もしない。しかし、本当にこの帳簿が裏帳簿なのか。
少し考え込んでいると。
姫島が絡んでくる。
「どしたの?」
「厄介な相手に遭遇してな」
「シロが厄介いうとは相当だねえ」
「全くだ」
私が苦戦した相手は。
いずれ劣らぬキワモノばかりだった。
今回もキワモノといえばキワモノ。いや、そうとも言い切れないか。
今回は正当派に手強い相手だ。
そも、本当にこれが裏帳簿なのかも分からない、と言う点では厳しすぎる。暗号でも適当に突っ込んでくれていれば、それで分かるというものを。
まあその場合は。警察の方で見つけていただろうが。
暗号なんてのはオモチャも同然。
ましてや、一企業が作ったような暗号なんて、別に漫画や小説に出てくる名探偵でなくても解読できる。
電子暗号を使った電子ファイルでも、キーさえ使えば一瞬で解読が出来る。
逆に言うと、キーを紛失してしまうと本人でも解読は出来なくなるし。第三者にあっさり中身を見られてしまう。
そういう意味では。暗号化というのは、あまり意味がない。
本人だけに分かる記号を利用するのが一番手っ取り早いのだが。
それも暗号解読表などを使っていると。
警察に見つけられれば一瞬で終わりだ。
ならば、情報を隠すしかないわけで。
どうやって隠しているかが肝になる。
「今回はどんな変人?」
「生憎人では無くて数字でな」
「へえ」
「厄介なことだ」
数字、か。
人類史上、もっとも大事なものの一つで。0の概念を発見したインドや南米の文明は、それだけ偉大だったとも言える。
だが、今回の相手は。
まて。
色々調べて見るが。
今回の相手について調べる限り、其処まで知的な相手か。
何か、根本的な所を、見落としているのではないだろうか。
顔を上げる。
そうか、ひょっとして。
私は何か。
とんでもない所で、見落としをしているのではないのだろうか。
一旦気付くと後は早かった。
裏帳簿だ、というのなら。
それこそ、パターンに気付けばバカでも書き換えが出来る。そういうものでなければならないのである。
実際問題今回の事件を起こした連中は。
詐欺をやっていても。
それはいずれも、巧妙とは言い難く。
他の人間が始めたことを、後追いでやっているような内容ばかり。
元々グレーゾーンの事業をしていたようだが。
それも怪しくなってきたため。
明らかに詐欺と分かるものに手を出していったというような。
いうならば、行き当たりばったりの経営をしていたわけで。
更に言うと、警察に尻尾を捕まれたという事は。
詐欺師としても三流だったという事を意味している。
実際問題、警察でも迂闊に手を出せないような詐欺師は。
カルトを立ち上げたり。
政治家にコネを作ったり。
そういったことを入念にし。
更に腐敗した警察のキャリアとも密接な関係を構築したりもするため。
正直な所、此奴らにそんな高い知能がある訳が無いのだ。
少なくとも、私よりは馬鹿な筈である。
これは私が驕っているわけではなく。
単なる客観的事実である。
それをしっかり把握し直してしまうと。
恐らくは、もっと簡単に。
直接的に分かるやり方で。
なおかつ、何かしらの心理トラップが、裏帳簿と分からないように工夫をしている筈だと、私に判断をさせた。
まず、ざっとページをめくって見るが。
幾つかのページの。
四隅。
ほんのわずかだけ。
明らかにボールペンで色を付けている形跡がある。
場合によっては、ほんのちょっとだけちぎった痕もある様子だ。
これは恐らく手がかりと見て良いだろう。
見て分かる程度の汚れであり。
なおかつ、四隅に一見脈絡なくついている。
それも、よく見ると。
明らかに人為的に付けている。
汚れが小さいため。
作業時にちょっと紙を汚してしまったと、言い訳できる程度なのが味噌なのだろう。そして、一目で分かる。
分かり易いというのかなんというのか。
それら汚れがついているページと。
明らかにそうでは無いページが。
はっきりと違いすぎる。
さて、ここからが勝負だ。
バカが頭を捻って考えたやり口だ。
暗号なんて上等なものではないはず。
理由としては、暗号なんて考えつく頭が無いから、だろう。
簿記は恐らく他の奴にやらせて。
それでいながら、何かしらの方法で、不正に得た金額を、分かり易く表示しているに違いない。
この汚れがついているページを確認。
帳簿としては、収入のあった日をしっかりと記載するものだが。
例えば9月7日には。
一カ所だけ、右上に汚れがついているのにかかわらず。
9月9日には、三ページに渡って、右上、右下、左下と、それぞれ一カ所だけ汚れがついている。
そして全てのページを確認したが。
明らかにどのページも。
一カ所だけ汚れがついている。
そしてページの隅だけが破損しているページもあるが。
基本的に、そのどれもが。
他の一カ所に汚れがついているか。
それとも、汚れが無いか。
その二択だった。
つまりこの汚れは。
やはり裏帳簿と関係していると見て良いだろう。
なるほど、分かってきた。
続けて、バカでも分かる帳簿の細工についてだ。
詐欺をやっている連中の中には、高い知能を持つ輩もいる。そういう連中に限っていわゆるサイコパスである事が多い。
だがこの場合。
詐欺をやっている連中は、愛人の前で裏帳簿の話をするようなバカであり。
ただのクズだ。
人間のカス以外の何者でも無く。
知能だって、別に他の人間より高い訳でも無い。
それでも分かるような情報となると。
何かしらの。
一発で分かるルールがある、という事だ。
それも、法則さえ理解していれば。
一発でわかる程度の、である。
最初から難しく考えすぎていたのだ。
頭をくしくしっとやって、ちょっと気分転換する。
今、四隅の不自然な汚れについて気付いただけでも、かなり収穫があったと言える。そして、時間はまだまだある。
これならば。
今日中に、謎を解くことも不可能では無いかも知れない。
それも、恐らく。
気付いてしまえば、謎とさえ言えないような代物の筈だ。
ざっと数字を見ていくが。
ふと、気付いた。
収入の箇所に。
不自然な汚れを発見。
数字に重なるようにして。
上、下、右、左と。
ほんのわずかだけ。
後から書き加えている棒があるのだ。
なるほど。
理解出来た。
このご時世に。
なんで手書きの帳簿なんて付けているのか。
これも、くせ字でごまかせるから、だろう。
ようやく分かった。
こんな事だったのか。
はあと嘆息すると。
後は表計算ソフトを立ち上げる。
帳簿をめくりながら、日にち、行、数字、四隅。それぞれの異変について、記載をしていく。
私はブラインドタッチは別に得意でもないが。
この程度の帳簿。
一時間もあれば全てチェック可能である。
ただし、人間はどれだけやっても、絶対にケアレスミスをする。私もテストで常に100点を取れるわけでは無いが。
それはケアレスミスをするからだ。
今高校3年の勉強をやりつつ、ものによっては資格を意識した勉強にも手を染め。六法全書にも目を通している。小学校の勉強なんて、どの科目も完全理解しているが。
それでもケアレスミスはする。
かのアインシュタインでさえ、一時期ケアレスミスから相対論は間違っているのでは無いかと言う危惧を抱いていたそうだが。
人間とはそういうものだ。
表計算ソフトにまとめ終えてから。
チェックを開始。
二重チェックでミスを減らすことが出来る。
見落としについても、減らすことが出来る。
だが、0には出来ない。
黒田に連絡。
法則性を伝えて。
帳簿を見せる。
スキャナで取り込んで、電子データを送付して、チェックして貰うのだ。
黒田も早速作業に取りかかり。
その結果、三カ所でミスを無くした。
こういったチェックを、やり方によって二重チェックとかクロスチェックとかダブルチェックとか色々言うが。
この全てを試す。
もう一人くらいチェックに噛ませたい所だが。
それは流石に厳しい。
姫島はこの手の地道な作業には根本的に向いていないし。
桐川は電子系にそれほど強くない。
何より細かいチェックには、性格的にあまり向いていないところもある。プラモに関しては別だろうが。
人間、興味が無い分野に関しては。
誰だって雑になるものなのだ。
黒田が聞いてくる。
「で、何この数字の羅列」
「簿記をやれば分かるが、帳簿だ」
「ふうん。 でも、シロがボクに協力を依頼してくるって事は、何か裏があるんでしょ?」
「それについてはまだ秘密だ」
実際問題、99%クロだが。
まだ解析はしきれていない。
単に、汚れを私が見間違えている可能性もある。
或いは本当にくせ字なだけなのかも知れない。
まあ実際問題として。
まずそれはあり得ないが。
これだけ明確にチェックを入れているのだ。
その後、私は少し考え込んだ後。
上下左右に汚れが入っている数字の。
桁も合わせて、チェックしていった。
翌朝。
一旦作業を切り上げて、もう一度表をチェックする。
朝の一番での作業は。
とても頭がさえて。
非常にはかどる。
今回もそれは例外では無い。
頭脳活動をするには。
朝一番が最高の効率をたたき出すのは、私も既に経験則として知っていた。
さて、チェックする項目としては。
今までコネを使って集めたこの会社の情報である。
具体的には、この会社のやらかした詐欺に引っ掛かった人の情報を、照らし合わせてみるのだが。
どうやらそれで当たりらしい。
というのも。
詐欺に引っ掛かった人からの情報をチェックしてみると。
その詐欺に引っ掛かった日が。
ページの四隅に汚れがついている日と。
ぴったり一致するのである。
これはほぼ間違いないと見て良いだろう。
得たデータは18件ほどだが。
その全てで一致している。
本来統計を取るなら、もっとデータ数は欲しい所だが。
今回は母数のデータが少ない。
これに関しては、その少ない母数の中で、全てが一致している、という点が大きい。
出来れば警察のデータベースにでもアクセスしたい所だが。
それは流石にちょっとばかり危ない橋過ぎる。
それならば。
此処でデータを確認し。
しっかりとした裏付けを取りたいところだ。
再びコネにメールを廻し。
詐欺に遭った人から、具体的な金額について確認を取っていく。
そうすると、更に面白い事が分かってきた。
最低でも。
その金額以上の数字に。
上方向のチェックが入っているのだ。
桁数も記録していて正解だった。
そして下方向のチェックだが。
これについては、詐欺に引っ掛からなかった人が出ている日に、何回か確認が取れている。
特に、一度契約しかけて。
その後、家族が介入して、クーリングオフを発動した場合などは。
確実に数字に下方向のチェックが入れられていた。
なるほど。
そういう事か。
大体分かってきた。
此処までのデータを確認する限り。
この会社では。
帳簿に極めて雑な調整をすることで。
裏帳簿を作っていた、という事になる。
早い話がこうだ。
表向きには出来ない商売で収入が出来た日。
その取引件数に応じて、ページの四隅にぱっと見わからない程度にボールペンでチェックを入れる。
破いた場合は、それはミスをしたからだろう。
いずれにしても、ぱっと見わからない程度の破損だ。
最悪の場合は、手書きなのである。
ページを後から書き直せばいい。
そして、表沙汰に出来ない収支に関しては。
適当な数字。
そう、収支関係無く、適当な数字に。
収入なら上。
収入し損ねたなら下。
据え置きなら右左。
そして、この据え置き。
恐らくだが、見込みがあるのなら右。
無いのなら左を。
数字に付け加えていた、と見て良いだろう。
解けてしまえばなんということも無い。
法則性さえ掴んでしまえば。
後はバカでも一目で分かる。
暗号などと言うのははばかられるほど。
簡単な内容だ。
後は裏付けと。
実際の隠し財産を見つける必要がある。
此奴らは、こんなものを残しているという事は。
裁判で執行猶予を貰って出てきたら。
その財産を使って、さっさと高飛びをして悠々自適に海外で暮らすとか。
また詐欺を始めるとか。
そういう事をやり始めることが、ほぼ100%確実だからだ。そして日本の現行法では、此奴らを止める事は出来ない。
特に高飛びをされた場合。
犯人の引き渡しは実際かなり厳しくなるだろう。
実際問題、複数件の殺人事件を起こしている犯人が、南米の国に逃げ。
所在も分かっているのに。
逮捕が出来ない。
そういう事例が発生している。
いつの時代にも、人間として見る必要がない相手は存在しているが。この手の輩は、人間を殺しても何とも思わず、法の穴をついて好き勝手するカスだ。駆除する以外に方法はない。
最悪な事に、この手の輩はいつの時代も存在する。
理由は簡単。
人間は、法の穴を突くときに。
頭を一番使うからだ。
要するにズルをして。
自分だけ得をしたいと考えるときにこそ。
人間は頭を最も働かせる。
どうしようもない生物なのである。
最初の大前提から。
だからこういう詐欺をする輩はいつの時代も絶えないし。
騙される方が悪いなんて言葉が出てくる。
そして、それに納得する輩が多いのも。
人間というのがどういう生物なのか、よく分かるだろう。
さて、カラクリは理解出来た。
しかしながら問題は、このまま警察に通報しても駄目、という事だ。隠し財産をどうやって保持しているかを確認し。
詐欺で蓄えた具体的な財産を発見し。
それを通報することで、依頼完了とするべきだろう。
いずれにしても、今回の件では。
ヤクザは絡んでいないことがほぼ確実。
それならば。
此方としても、それほど危険度を上げずに、対処をする事が出来る。
そしてこういう事件の場合。
隠し財産の在処は。
大体パターンが決まっているのだ。
2、探せ悪しき黄金
まずは依頼人に報告。
裏帳簿の仕組みを暴いた、というと。
依頼人は驚いていた。
「本当か!? 一週間どころか、数日しか経っていないよ!」
「まあざっとこんな所だ」
IQ170オーバーを舐めて貰っては困る。
そして、今回の場合。
単に相手がアホだっただけだ。
逆に言うと、詐欺師なんてアホでも出来るクズ商売ということで。
そんな輩は害虫同様に駆除する以外にない。
死刑が妥当だろう。
どうせ更正なんてするわけがないのだから。
私が権力を握り次第。
詐欺は全て死刑にしよう。
それがいい。
さて、それはそれだ。
一度依頼人への報告を終えると、次の段階の動きへと移行する。まず裏帳簿を全て回収して、残りの隠し財産がどれくらいか把握する必要がある。
問題はまだ幾つでもある。
最初の問題は。隠し財産が、何処にあるか、という事である。
大体の隠し財産の総額については、既に計算してある。これは詐欺で稼いだ、連中にとっての隠し球だ。
その結果。
隠し財産の総額は。
およそ15億円と言う事がわかった。
事業を新しく立ち上げたり。
海外に高飛びして其処で一生過ごすには。
充分すぎる金額である。
今回逮捕されている会社の重役どもは六人。依頼人の父親もその中に入っている。六人とその愛人や家族を連れて行くとしても。
充分な生活費用になるだろう。
裁判で、執行猶予が出たら終わりだ。
その前に、さっさと隠し財産について暴き出さなければならない。
多分だが。
銀行には無い。あるとしても、逮捕された連中の口座にはない。
というのも、警察の方でも、調べているはずで。
変な口座があれば、ほぼ確実に抑えているはずだ。
ましてや15億なんて金。
そう簡単に隠せる筈も無い。
そうなると、何処かしらの山林に捨てているケースだが。
これも昔流行り。
そしてそれが故に、危険度が高くなっている。
財布を拾って届け出てくる人間もいるにはいるが。
どんどん治安が悪化し。
人心が荒廃している現在。
そのまま盗んでいく人間もいるだろう。
何より発見者に、一割を払うというのが慣例になってしまっている状況を鑑みるに。
15億もの金を、そのまま投棄するのは。
リスクが大きすぎると言える。
ならばどうする。
警察によって、家宅捜索はされているはず。
会社のオフィス。
それぞれの家などは特にそうだ。
ならば。
それぞれの愛人宅などはどうだ。
マルサなどでは、愛人のことを特殊関係人と言うそうだが。
実際問題、脱税で特殊関係人の宅にハンコやら財産やらを隠すのは、定番となっているそうである。
今回、警察は裏帳簿にはあまり関心がなく。
詐欺だけで立件するつもりだ。
そして会社の連中は。
余裕を崩していない。
詐欺で立件されても。
隠しておいた金で。
執行猶予さえつけば。
逃げられると考えているからだろう。
更に言えば、である。
実刑判決が出ても、精々10年。もっと短いだろう。
罰金が出る可能性もあるが。
犯罪者がそんなもの払う訳も無い。
事実、罰金の類は、殆ど支払われることも無いそうである。
人間とはそういう生物なので。
モラルなんてものは期待する方が間違っているのだ。
コネを使って、この会社の逮捕された連中について調べたとき。
愛人と見なされているものについてはマークしている。
流石に忙しい現在。
十人も愛人を作っているケースは殆ど無いが。
流石にブラック企業で従業員をこき使っているような輩になると。
60過ぎてもバケモノじみた精力を発揮し。
複数の愛人を囲っているケースがある。
そういう情報は。
老人達のネットワークにはダダ漏れだ。
最年少はなんと十七歳から。
一番上は四十歳まで。
これら逮捕された六人は、合計九人の愛人を囲っている。
恐らくは、だが。
此奴らの家なり。
或いは床下なり。
もしくは此奴らの通帳なりに。
十五億は分散するなり、或いはもっとも信頼出来る一人の場所なりに。
隠されていると見て良い。
現金にするのはリスクが高すぎる。
或いは、だが。
愛人は、自分の通帳に金が隠されていることや。
通帳が自分の所にある事さえ、気付いていないかも知れない。
さて、問題は、だが。
この九人の所に金があるか。
ないか、である。
いずれにしても、裏帳簿はデータを分散して、ネットに上げてある。この時点で、何があっても既に隠し通すことは出来ない。
状況次第で、即座に警察にデータを転送するようにしてある。
もっとも、この詐欺会社が壊滅している今。
実働部隊など存在し得ず。
私に危害が及ぶ可能性はないが。
嗅ぎ廻っている、と判断されると。
何かしらの方法で指示が行き。
通帳などが隠される可能性もある。
可能な限り急いで対応をしなければならないし。
問題は誰の愛人の所に金を隠しているか、だが。
気になるのは。
あくまで取締役の一人であり。
トップではない、依頼人の父親の所に、何故裏帳簿が預けられていたか、である。
恐らくだが。
今回の裁判に掛けられている六人の内。
一人でも仮釈放されれば。
即座に金を回収するようにしているはず。
いや、まて。
何しろこういうクズの集まりだ。
他の連中が、裏切りを働く可能性もある。
ざっと裁判の内容を確認するが。
現時点では、やはり社長の裁判が一番長引きそうだ。
そうなってくると。
ほぼ間違いない。
社長の愛人二人のどちらか。
或いは両方に。
財産を隠している。
そう判断して良いだろう。
裏帳簿を一緒に預けなかった理由は。
多分リスク分散のためだ。
実際、帳簿は仕組みが分からなければ、裏帳簿とは判断できない内容になっていて。警察でも一度は返却しているのである。
此処からはスピード勝負になる。
実のところ。
私は依頼人についても疑っている。
勿論話は聞いてはいるが。
此奴が裏切っている可能性もある。
だから、今の時点では。
この通帳が何処かに隠してあるだろう、という話はしていない。
愛人の居場所についても、調べはついている。
こういう田舎での。
老人のネットワークは。
それだけ恐ろしいものなのだ。
最初に出向いたのは、社長の愛人の一人、野中弘子。
二十七歳。
一人暮らし。
つまり本来なら、私が家に踏み込める理由が無い。
もう一人いる愛人では無く、なんで此奴を先にしたかというと。
理由はきちんとある。
社長が十二年間愛人にしている相手だから、である。
この女。
中学時代から、詐欺を平然とやっているような社長の愛人をしていたわけで。子供も四人ほど堕ろしているそうである。
反吐が出る話だが。
本人も金をくれる上に生活の世話をしてくれる社長の事は嫌いではないようで。
仲睦まじそうに外を歩いている姿を、良く目撃されていたそうだ。
なお、親子だと勘違いされていたそうだが。
実際には肉体関係があったわけである。
すこぶるどーでもいいが。
この野中が、郊外の別荘を与えられていること。
更に、愛人の社長一筋である事。
それらは調べがついている。
私の情報網は。
既にそれくらいは調べられるだけのものへと成長を遂げているのだ。
もう一人いるクソ社長の愛人は、この女より七歳年上だが。
此奴は何というか、体目当ての愛人らしく。
他にも男が複数いるらしい。
そういうこともあって。
多分大事な金を渡すわけにはいかないだろう。
金があるなら。
此奴の所だ。
私はそう判断していた。
ちなみに社長のクソ野郎は、未成年略取で逮捕はされていない。
此奴に最初に手を出したのは十五でも。
今は二十七だし。
十五の時に手を出したという証拠を割り出すのも、難しいだろう。
証言はあるが。
それだけなのだから。
いずれにしても、愛人宅へ行く。
私の家から駅で四つ離れている、小さな山の中腹である。
極静かな場所で。
此処が腐れ詐欺師の愛人宅で無ければ。
別荘として悪くなかっただろう。
胸くそが悪い方法で稼いだ金で建てられていなければ。
風光明媚な風景を楽しめただろう。
実際には、上品なその家を見た瞬間。
汚物で塗り固められているも同然だなと感じたが。
それはほぼ事実なので。
何とも思わない。
平均的な人間は、騙されている方が悪いと考えるようになって来ている今の時代。金持ちの愛人なんて、勝ち組と自称して、調子に乗っているだろう。
事実この野中もそうで。
出来れば全てを奪って。
地獄に叩き落としてやりたいところだ。
まあ、そもそも、中学時代からクソ詐欺師の愛人をしていたような女だ。
愛人の商売を知らないわけが無いので。
此奴もほぼ同罪である。
さて、と。
一緒に来たのは、この女の友人。
以前依頼を解決した相手の姉である。そのコネを使って、一緒についてきたのだ。
しかしながら、野中の友人は。
妖怪黄色パーカーの噂を既に知っており。
そして以前依頼をあっさり解決したことも知っている。
結果、私の事を怖れていて。
完全にびくついていた。
「ほ、本当に、何もしなくていいのね」
「構わない。 此方でデータは調べ上げる」
「分かったわ……」
青ざめている相手に、顎をしゃくる。
どんなクズでも。
学校ではグループに所属していないとやっていけない。
むしろ。クソゲスでも。
グループには上手く紛れ込んで。
上手にグループに溶け込めない奴を虐めに回る。
そういう所が、人間にはある。
まさに唾棄すべき点だが。
家の玄関を、元依頼人姉がノックする。
「弘子。 遊びに来たよ」
「今開ける」
ドアを開けて出てきたのは。
驚くほど退廃的な雰囲気の女だった。
多分愛人が来るとき以外は、だらけきっているのだろう。
上着はシャツだけ。ブラも付けているか怪しい。
髪もぼさぼさ。
下に至ってはジャージである。
目の下には、隈もできている有様だ。
まあ中学の頃から、盛大に人生を踏み外したのだ。
最終的にはこうなっていてもおかしくはないだろう。
親が泣いているかどうかなんてどうでもいい。
流石にこの年になるまで、クソ詐欺師の愛人を続けていたのだ。こればっかりは、自己責任である。
「あれ、その子は」
「妹の友達、よ」
「はじめまして」
にこりと笑みを浮かべるが。
ぞくりとしたのだろう。
野中は、明らかに一歩引いていた。
私が尋常な存在では無いと、悟ったのだろうが、既に遅い。入れた時点で、此奴の負けである。
さっと家の中を見回す。
金庫とかに隠すのは悪手だ。
こういうだらしない女の場合。
金庫を開ける方法を忘れる可能性がある。
かといって、床下なども可能性としては考えにくい。
部屋中に散乱している下着やらゴミやら。
外見と裏腹に。
家の中は凄まじい汚さである。
こういうタイプの人間はいる。
女子でも、部屋を汚部屋にしてしまうケースは珍しくない。
多分愛人が来るときだけ。
家を綺麗にして。
その時以外は、徹底的にだらしなくするタイプなのだろう。
実はこの性格についても。
既に把握済み。
そもそも今日来たのは。
掃除をするため、という名目だ。
手袋をして、掃除を開始する私を見て。野中は、すごく不安そうにしている。妖怪黄色パーカー。
聞いているからだろう。
「ものすごく手際いいね、あんた……」
「家事洗濯なんでもござれ、ですよ」
「あ、そう……」
「その子IQ170越えてるらしいわよ。 今、自習で高校の勉強どころか、大学受験の勉強までしてるらしいわ。 今は簿記の資格取る勉強してるって」
完全に青ざめる野中。
そわそわし始める。
此奴も此奴で、中学の頃には詐欺師の愛人に収まり。
後の人生は安泰だと高笑いしていた、ある意味のバケモノだ。
だが、世の中上には上がいる。
歓楽街には。
中学で水系の店一つを任され。
のし上がるようなバケモノじみた奴がいるらしい。
都会には、たまにそういうのが出るらしいが。
それでさえ、私に比べれば小物。
これは自慢ではなく。
単なる客観的な事実だ。
てきぱきと掃除をしながら確認していくが。
やはり、あるなと判断。
というのも、何カ所かに。
明らかに不可侵領域になっている場所があるのだ。
汚れている家なのに。
絶対に触っていない箇所がある。
あるタンスである。
顎をしゃくって。
連れてきた元依頼人姉に動いて貰う。
指示を出したら、注意をそらせ。
そう事前に指示を出してあるのだ。
腹芸くらい覚えて欲しいものだが。
連れてきた元依頼人姉は、それでも部屋から、女を連れ出した。
さっと確認。
中を見ると。
あった。
通帳がたくさん。
それも、複数の銀行に分散している。
さっとスマホで内訳を撮影。
そして確認した。
計算したところ。
合計金額は。
およそ15億だ。
間違いない。
これが裏帳簿によってかくされた埋蔵金。
多分だが。
クソ詐欺師の社長しか。
この場所は知らないのだろう。
そのまま戻す。
そして、私は。
元依頼人姉に、メールを送った。
「ミッションコンプリート。 時間稼ぎ終了でOK」
返事はなし。
すぐに戻ってきた二人。
部屋は、新品同様に綺麗に片付いていた。
「凄いね。 ハウスキーパーでさえここまで手際よくないよ」
「この子凄いよ。 私の妹の依頼、警察でも匙投げてたのに、三日で解決したんだから」
「へえ……」
「何か依頼があるなら聞きますよ」
すっと笑みを浮かべる。
黄色パーカーの下に浮かぶ笑みを見て。
野中は明らかに恐怖を覚えたらしい。
家の中にライオンがいるのと同じだ。
まあ、此奴もどちらかといえば、後ろ暗い世界で生きてきた人間である。危険には敏感なのだろう。
さて、データは揃った。
後は、依頼人を介さず。
警察にこのデータを「内部告発」する。
というのも、私は依頼人を完全には信用していない。
だから、依頼人にはダメージを与えず。
なおかつ、依頼人を介さない方法で問題を解決してから。
依頼人には報告する。
それで、もし依頼人が私を裏切っていて。
例えば、この裏帳簿の金を持ち逃げするつもりだったりしたとしても。更にその裏を掻く事が出来る。
野中の家を出ると。
元依頼人姉は。どっと汗を掻いていた。
「疲れたあ」
「ただの自堕落駄目女相手に何を疲れてるんだか」
「あの子、十三の頃には訳が分からない連中と連みはじめて、十五の頃にはタチが悪い会社の社長の愛人になっていたような子だよ。 私も同じグループにいたけれど、その頃から腫れ物で。 今回だって、冷や冷やしたんだから」
「あれはスペックにしてもそう高い方じゃ無い、ただのフェロモン女だ。 ノータリンだから、面倒な事件に巻き込まれもしている。 やってることが反社会的だからって、怖れすぎるから腫れ物になるんじゃないのかな」
私は既に口調を変えている。
相手が二十代だろうと関係無い。
いずれ支配下に置く相手だ。
力関係は分からせておいた方が良い。
「そういえば、依頼があったら聞くって本当?」
「いいや、嘘」
「えっ」
「私は、あくまで大人に相談できない子供の依頼を解決するのが仕事だから。 大人は法曹に相談するなり、警察に行くなりするといい。 まあ、もう少し身体能力が上がったら、そういうサービスを始めてもいいかなとは思ってるけれど」
完全に引いている元依頼人姉。
何だか情けない奴だ。
私はまだ小学生。
オツムは普通の人間より良く出来ているが。
逆に言うと、それ以外は年齢の上限値を超えていない。
駅で別れると。
私は帰路につく。
そして、スマホの写真を確認。データ取得位置も分かるようにきっちり撮影してある。こういった作業に関しては、ぐっと手早くなってきた。
そしてメールで連絡を入れるのは。
詐欺会社で使い潰された。
二十六歳の男性社員。
今では鬱病を発症し。
障害者手当を貰って。
社会復帰のために仕事をしている。
彼のような人間は珍しくない。
ブラック企業が大隆盛を極めている現在。
幾らでも、同類が生産されていくだろう。
自分の人生を台無しにした会社のことを徹底的に憎んでいる彼の事は。伝手を使って調べ上げた。
「内部告発の資料が揃った」
「本当か!?」
「そうだ。 これから所定の手順で、警察にデータを持ち込んで欲しい」
「分かった! これで、あの社長と、取締役達を叩きつぶせるんだな!」
嬉しそうなメール。
実際には興奮しすぎたのか。
メールには誤字が混ざっていたが。
それは優しく意訳してある。
「データの場所については、指定のURLを。 それでは警察へ出来るだけ急いで欲しい」
「分かった! よし、覚悟しろあのエセ体育会系! 絶対に、絶対に許さないからなあっ!」
凄まじい勢いで家を飛び出していくだろう事は、容易に想像がついた。
そして、此奴が上手くやれなかった場合に備えてもある。
第二第三の矢は、準備済み。
私は、権力の使い方を。
しっかり心得ているのだ。
ほどなく、警察が動くはず。
野中の家の近くに住んでいる人間にメールを送っておく。
動きがあり次第。
すぐに知らせて欲しい、と。
3、蟻の巣へ金属を流し込む
マルサ。
通称であるが。
ある映画でこの通称が知られるようになってから。色々な人間が、この部署を恐れるようになった。
対脱税のプロ。
大手企業でさえ、脱税をするのが今の時代である。
そういった連中に対して踏み込み。
警察以上の捜査力で。
脱税を摘発していく集団だ。
それが動いた。
警察に提出された裏帳簿。
一度、警察が普通の帳簿だと判断したそれに対して、告発が入り。
裏帳簿である事が発覚。
更にそれを裏付ける内部資料が出たことで。
警察も本気で腰を上げたのである。
そして同時にマルサも動いた。
野中の住んでいる別荘に、見た事も無い車がいっぱい来たと。監視を依頼している相手からのメール。
どうやら動いたらしいなと、私はほくそ笑む。
そして。
テレビでも流石にニュースになった。
少し前に詐欺罪で逮捕された、倒産した会社の社長と取締役達が、主に詐欺を使って稼いでいた十五億円ほどを「巧妙な」裏帳簿で隠し、更に愛人宅に分散した手帳に入金して隠していた、という内容は。
現在の知能犯罪を代表するような事件だとして。
連日ニュースになった。
即座に社長他取締役達は再逮捕。
彼らは一様に青ざめていた。
当然だろう。
切り札の金が全部抑えられたあげく。
罪が追加。
しかもこの金、詐欺で得たものである以上、ある程度の保証に使われる。使わずに手つかずで残されていたのだ。
全てが被害者に返金されるだろう。
つまり此奴らは。
完全に詰んだ。
そういう事だ。
まさにざまあみろだが。
ニュースでは、「内部告発」でこれらが発覚したことは触れない。
これについては、内部告発で無ければ、警察は動かないだろうと判断していた社長どもにとっては、大きなダメージになった筈だ。
此奴らは、社員を人間だと考えていない。
奴隷だとしか思っていない。
その奴隷に牙を剥かれ。
自分たちの貴重な財産を奪われたのである。
それはショックだろう。
人間だと考えていない相手に、まさか裏切られるなんて、想像もしていなかっただろうから。
詐欺師なんてこんなものだ。
なお、執行猶予はなし。
極めて悪質な詐欺の隠蔽が実際されていた事が追加されたことで、再逮捕と追加起訴もなされたようで。
恐らく合計で20年は刑務所から出られないだろう、ということだった。
それも、刑務所から出ても。
金は一円も残っていないのである。
そして、周囲は覚えている。
詐欺で散々騙してくれたことを。
此奴らにはもはや居場所など無い。
ブラック企業の経営層が、その行いに相応しい報いを受けるケースなど、現実には殆ど無いのだが。
今回は例外になった。
それにしても、本来因果応報というのは適切に働くべきだろうに。
こうやって私が動かないと、きちんと因果応報が働かないのは。
社会に欠陥があると言える。
やはりこの社会。
一度潰して。
再構築しなければならないだろう。
私はニュースを横目に。
依頼人にメールを入れる。
「ニュースを見ているか」
「あ、ああ。 僕の所にも、改めてあの帳簿を取りに、警察が来たよ。 警察の方でも落ち度に気付いて、慌てているみたいだね」
「あれは仕方が無いさ」
巧妙とは言い難いが。
言われないと気付かない。
そういう面倒くさい裏帳簿だったのだ。
それに、詐欺罪だけで立件可能と警察は判断して、満足もしていた。それを詐欺師どもに見透かされていた。
多分内部告発でようやく気付いたのだろう。
詐欺師どもは、警察に逮捕されることなど怖れていない。
この隠し財産を使って。
海外に最初から逃れるつもりだったのだと。
いずれにしても、そのもくろみは全て潰れた。
なお、依頼人は。
遠縁の人間に引き取られるそうだ。
「父親が逮捕されて、重罪人となった事に関しては、特に思うところはないのか」
「何も無いね。 あんな奴、島流しにでも打ち首獄門にでもなればいい」
「そうか」
その刑罰は現在存在していないが。
私もアレに。母親と称する生物に関してはそう考えているから。
依頼人のことは分からないでもない。
ただし、依頼人をまだ信用しきっていない。
というのも、今回の一件。
出来すぎているからだ。
私も疑い深くなってきているが。
それでも、どうも気になるのである。
確かに順序を追ってやっていけば、解決できる案件ではあった。
だがこの事件。
あまりにも、皆の利害が噛み合いすぎるのである。
警察としてはこれ以上手が入れられないところに、私が動く事で内部告発が可能となり。
マルサとしては警察が不甲斐なくて動けないところに、強制捜査が可能となり。
そして被害者達は。
財産を取り返せる。
裁判所としても。
クズを執行猶予つきなどというクソ生ぬるい刑罰では無くて。
社会的に再起不能に出来る。
ひょっとしてだが。
誰かが私を利用したのではあるまいか。
可能性は否定出来まい。
私も、老人達のネットワークを利用しているが。
向こうだって、黄色パーカーの妖怪の凄まじい実績については、既に把握しているのである。
街を支配している老人どもは、決して耄碌しているばかりではない。
今までの依頼人関係でも、何度も明晰な頭脳を維持している老人に遭遇している。
私はまだ経験が足りない。
私を利用して。
今回の事件を解決しようと考え。
糸を引いた。
そういう奴がいても、おかしくは無いのである。
ましてや、私の知り合いには、警察のキャリアにコネがある人間も複数いる。もしも、警察側から泣きつかれていたら。
考えすぎだと。
笑い飛ばすことは出来ないな。
そう思いながら。
メールでまた依頼主に連絡を入れる。
「報酬を貰おうか」
「分かった。 最初に依頼をした公園に行けば良い?」
「ああ、それでかまわん」
「すぐに行くよ」
なるほど、報酬も準備済みか。
さて、では私も。
色々と、仕上げと行くとしよう。
思い知らせなければならない。
私を利用する事など。
不可能だと。
公園で依頼主池上と待ち合わせる。
池上は若干卑屈な態度を取っていたが。妖怪黄色パーカーの威名に押されているわけではあるまい。
気付いたら。
いきなり全て解決していた。
それが原因だろう。
途中まで、私は逐次報告を入れていた。それがなく、急に突然ぽんと進展状況が飛んだ。それが慌てていた原因の筈だ。
私は、報酬を受け取る。
内容としては、白い珊瑚だ。
色抜きしているわけではなく。
単純にそういう土産らしい。
かなり古いもののようだが。
丁寧に埃は落としていた。多分条約で保護される前に、購入されたものだと見て良いだろう。
結構な貴重品だ。
ちなみに珊瑚は生物である。それも植物では無く動物である。
この場合、骨を美術品として飾るようなものだ。
「それにしても凄い手際だね……」
「何か隠していないか?」
「え……いや……」
「私にこの依頼をするように、誰かに言われていないか」
ひっと、小さな声を池上が漏らす。
この反応。
当たりだな。
私が一歩歩み寄る。
圧が強まるのを、池上も感じたのだろう。
一歩下がる。
震えているのが分かった。
私の目は。
じっと池上の目を見つめていた。
目はドブのように濁りきり。
目の奥には地獄がある。
その目を見て。恐怖しない同年代の人間などいない。
高校生でも。
人生経験が浅い奴なら。
一瞬で恐慌状態に陥れることが出来る。
私の目の中は文字通りの地獄。
これを見て。
まともでいられる奴は。
それこそ、私と同じレベルの地獄を見てきた奴くらいだろうから、である。
さて、全てを吐いて貰おうか。
とはいっても、此方もここに来る前に、色々と準備をしている。幾つかのコネから、面白い情報を得ている。
もっとも、その情報は。
副次的に手に入った情報だったが。
裏帳簿の会社はあまりにもずさんな経営をしていた一方。
幾つかのコネもあって。
警察も、大きなミスが立て続けに発生するまで踏み込めなかった。
そして、更に言えば。
今回の裏帳簿の事が発覚しなければ。
本当の意味で社会的に会社の幹部達を葬ることは不可能だった。
結局の所。
裏帳簿を発見できなければ。
奴らにとっては痛くもかゆくも無かったのだ。
執行猶予つきで出られれば勝ち確定。
隠しておいた資産を引きだして。
さっさと海外に逃亡。
それだけで全て終わりだったのだから。
社員達が死のうがどうしようがどうでもいい。
それが彼らの本音である。
というか、現在ブラック企業を中心に蔓延している、「常識ある社会人」の考え方である。
自分たちだけ稼げればいい。
社員は全員使い捨て。
スキルなど不要。
稼げるだけ稼いだら後は死ね。
給料など払えなくても良い。
それが彼らの本音だ。
今回、依頼主が私に告発を依頼したいという話を持ち込んできた。
だが、この不安定なご時世である。
依頼主が、如何に父親に反発していたとしても。
恐らくは、一緒に海外に高飛びし。
後は悠々自適の生活を送れただろう依頼主が。
どうして父親を裏切った。
何か決定的な切っ掛けがあったのではあるまいか。
それは、ずっと疑念としてついて回っていた。
そして、その決定的な根拠が。
ようやく情報を整理して、見つかったのである。
「M産業だな」
「!」
「分かっている。 M産業の檜山という男から、二億ほど貰ったんじゃあないのか」
完全にフリーズする池上。
当たりか。
M産業は、今回潰れた会社の対抗馬である。似たような業種に手を染め。そしてグレーゾーンすれすれの仕事をしているライバル企業で。
現時点では潰れていない。
此奴らにしてみれば。
ニッチを一気に独占する好機。
徹底的に相手の反撃の芽を潰しておく必要があったのだろう。
そのためには。
不満を抱えている相手幹部の子供を。
億単位で買収することくらい。
何でも無かった、というわけだ。
実際このまま執行猶予つきで奴らが外に出てきたら。
また資産を元に事業を再開され。
ニッチを食い荒らされる可能性もあったのだから。
此処までは分かっていた。
結果として、具体的に動いた男の名前まで出てきたのは。
池上の知り合いのメールからである。
評判が悪い会社の。
檜山という男が。
池上の家に出入りしている、と。
現在、二億という金は大金だ。
一生遊んで暮らせる。
子供を育てて大学に行かせるなら兎も角。
自分一人で悠々自適の人生を送るには、充分すぎるほどだと言っても良い。高校生である池上にとっても、美味しすぎる餌だ。
更に言えば、である。
もう一つ情報が入ってきている。
「二宮棗」
「!!」
「何処でその名前を、って顔だな。 愛人の調査の時にも出てこなかっただろうに、という顔をしているぞ」
「ど、どうして……!」
二宮棗。
池上の恋人だった女だ。
そして池上は。
この女を、父親に寝取られた。
息子の彼女を寝取るとか、流石は「常識のある勝ち組の社会人」であるが。問題は其処ではない。
この棗という女。
金に釣られて、池上を裏切ったのである。
実は、棗という女に会いに行った。
病院にいた。
薬物中毒である。
池上の父に、覚醒剤で遊ぶことを教えられ。
更に、中毒になるまで薬で遊んだ結果。
今は精神が完全に崩壊し。
病院で毎日、無言で外を見ているという。
金に釣られて男を変えたあげく。
「刺激的な遊び」に手を染めて。
その結末なのだから、自業自得だろうが。
池上にしてみれば、自分のプライドを全て踏みにじられたとも言える。
まあ現在の、「常識のある大人」なんてのはこんな連中だ。実際私の母親も、これとほぼ同類だった。
わなわなと震えている池上。
私は、更に追撃を仕掛ける。
「お前は何処かおかしいと最初から思っていて、監視を付けていた。 気がつかなかっただろう。 この近所にいる人間が、全員お前の動向を探っている事は」
「ぜ、全員……!?」
「そう、全員だ」
流石にこれは嘘だが。
実際に数人が監視に当たっていたのは本当だ。
どうも様子がおかしいと思った私は。
此奴を監視させることにした。
具体的な二億という値段についても。
この時判明した。
実際問題、M産業にして見れば。
たかが二億で面倒なライバルを再起不能に出来るのだ。
むしろ美味しい取引だっただろう。
更に言えば。
利害も一致していた。
そして逆に言えば。
M産業が嗅ぎつけるくらいだ。
池上親子の不仲は。
最初から、周知だったとも言える。
怪しいと判断して調べ始めて、そう時間を掛けずにその話は出てきたし。ちょっと色々な線を当たってみるだけで。二億というとんでもない大金が動いている事も分かってきた。更に言えば。
池上が、明らかにおかしい金の使い方をしていることも、である。
ついでにいえば。
池上が、父親の私物を、全部質屋に出したり、ゴミに出したりした事も証言が取れている。
もう父親はいらない。
遠縁の所に世話になるのも形だけ。
後は家で。
じっくり悠々自適に過ごすつもりだったのだろう。
「その二億円な、どこから出たと思う」
「し、知らない」
「なら教えてやる。 覚醒剤の取引だよ」
蒼白になる池上。
元々グレーな取引をしていた、池上の父親のいた会社。
そのライバル企業だ。
どんなことをやっていてもおかしくない。
私の住んでいる街からはヤクザは撤退しているし。
この近辺を抑えているヤクザは薬をシノギから外しているが。
そもそも、ヤクザだけが薬を扱っているわけでは無い。
妙に薬に詳しい小学生がたまにいるが。
つまりそういうことである。
グレーゾーンの商売をする人間は。
警察が手を出しづらい人間を商売に使う。
勿論それが真っ黒な取引でも同じ事だ。
子供は現在。
格好の運び人だ。
そして、檜山という男については。
既に逮捕されている。
元々怪しい動きをしていたのだが。
今回、警察が動いた結果、ついに捜査線上に浮上。
逮捕に至った、というわけだ。
なおM産業は、檜山を切り捨てた様子で。
使い捨てにされた檜山は、口封じされる寸前に、警察に駆け込んだという。
この警察内での証言が。
私のコネを通じて。
私に届いたのだ。
「二億円は届かない」
「うそ……だろ……」
「更に言うと、棗を薬漬けにしたのも、M産業経由でばらまかれていた覚醒剤だ。 お前の父親は、M産業ともつながっていたんだよ。 二代そろって騙されてもてあそばれた訳だな」
もう、言葉も無い様子の依頼人。
裏帳簿の謎さえ解ければ。
二億円貰える。
それで大変楽な人生を送る事が出来る。
それだけだったのに。
どうしてこうなった。
そう顔に書いてある。
顔面を蹴り潰してやろうかと思ったが。
私は依頼人の仕事はきっちり果たした。ただ、この依頼人は、色々な意味で私を利用しようとしていて。
それを許すわけにはいかなかった。
もっとも。
檜山が逮捕されて。
二億円が届かないという事実には。
私は関与していない。
ただ、私は警察の方に。
檜山が今回の裏帳簿に関わっていたことについては、既に内部リーク(既に確保した同じルートを使った。 池上が知らないうちに)してある。檜山も恐らくは自滅。M産業の方も、檜山の尻尾切りを上手くこなせず、両方とも自滅するだろう。
ざまあみろだ。
「仕事は終わりだ。 悠々自適に楽を出来なくて残念だな。 後は親戚の家で精々真面目に過ごすことだ」
「……」
私に怒り任せに襲いかかる勇気もなく。
泣きわめく気力も無いのだろう。
依頼人は、へたり込んだまま。
ただ呆然と、焦点の合わない目で、何処かを見つめ続けていた。
4、誰も幸せになれない
M産業が倒産した。
文字通りの芋づるである。
檜山という幹部が逮捕されたこと。
その檜山が口封じをかろうじて逃れ、警察に逃げ込んだこと。
そして、その檜山が関与していた犯罪に、内部リークが行われて。檜山がもはや何もできなくなったこと。
全ての情報が開示された結果。
M産業の幹部達は、複数の容疑で逮捕。
会社の株券は一夜で紙屑になり。
そして倒産した。
二つの企業が、短時間で潰れたことは。
この辺りの経済的パワーバランスに影響を与えるだろう。
ただし、此奴らは。
この辺りで積極的に詐欺を続け。
多くの人々を苦しめ続けた生粋のクズだ。
死ぬのはむしろ当然。
むしろさっさと滅べという言葉しか無い。
いずれにしても、社長を一とする取締役達は全員揃って牢獄行き確定。当然執行猶予もつかない。
池上の父親の会社を潰すために。
小細工をした事が徒となった。
私を都合良く使えると侮ったのだろう。
相手は幾ら出来るからといっても、多寡が子供だと。
甘かったな。
子供でも、オツムの方は詐欺なんかで稼いでいる腐った脳みそのカスどもよりはマシだ。
ニュースにはなったが。
一面を飾るわけでもなく。
地方紙の隅っこの方にちょっと掲載されただけ。
まあ人間は他人の不幸を喜ぶ生き物だ。
会社社長が捕まった、くらいでは駄目なのだろう。
それこそ一家惨殺とか。
大量殺人事件とか。
それくらいでないと喜ばない。
血に飢えたマスコミとは良く言ったもので。
本来だったら、立て続けに二つの会社が大規模不祥事で壊滅、倒産に追いやられたというのに。
ろくに捜査もせず。
そして、ニュースにもしない。
マスコミというかマスゴミだなと。
私は失笑するばかりだった。
いずれにしても、今回の件は。
私の名前が知れたことで。
私を利用しようとする奴が出てくる、という事実を裏付けた。
ただし、今回の強烈なカウンターで。
私を操るなんて事が不可能であり。
手を下手に出せば食い千切られることも、よく分かったことだろう。
恐れよ。
ただひたすらに恐れよ。
私が言うのは、それだけだ。
大人も子供も。
ひたすらに私を怖れ。
そして跪け。
それ以外に、あの手のクズに掛ける言葉などない。
なお、池上だが。
当然二億だかは受け取れず。
完全に壊れた彼女が戻ってくる事も無く。
遠縁に引き取られて終わりだという。
さて、後はどうなるのか。
犯罪者の息子という烙印はこの国では重い。
ましてや居候。
期待していた二億という金も、全て失い。
社会的信頼とかいう代物も失った。
まあ、今後はろくな人生にならないだろう。
半分は自業自得なので。
私は何も言わない。
それにしても、此処まで関係者全員の性根が腐り果てていて。何もかもが救われない事件というのも珍しい。
綺麗に解決したから良かったが。
そうでなければ、大規模な詐欺を続けるクソ企業が、まだしばらくはこの辺で猛威を振るっていたことになる。
それに、だ。
どうせまた、似たような企業が触手を伸ばしてくるのだろう。
人間の考える事なんて。
どうせ大して変わりはしないのだから。
教室で、ぼんやりしていると。
姫島が話しかけてくる。
面白そうな依頼が来た、というのである。
「この間まで面倒そうなのやってたでしょ。 気分転換にどう?」
「……どれ」
ざっと内容を見るが。
依頼人を見て、思わず口をつぐんでいた。
檜山菖蒲。
そう、あの逮捕された檜山の娘である。
分かり易すぎるほどのトラップだ。
もしそうではないとしても。
何かあると常時警戒して動かなければならないだろう。
頭が痛くなってきたが。
姫島はによによしていた。
「シロが最近潰した人と同じ名字だね」
「……それを何処で聞いた」
「新聞」
「……そうか」
此奴。
多分電子版だろうが、意外に新聞は読んでいるんだな。
そして、恐らく。
内部からのリークという点で、ぴんと来たのだろう。更に潰れたM産業は、この間まで私が裏帳簿を解析していた会社のライバル。
そうなってくると。
むしろ関係者とは言え。
気付かない方が鈍すぎる、と言う訳か。
仕事の内容を確認。
父のえん罪を晴らして欲しい、というものだ。
アホらしい。
えん罪も何も。
真っ黒だ。
依頼達成の暁には、1億払うという。
どうでもいい。
「その依頼断る」
「え? 一億だよ!?」
「一億っ!」
周囲が声を上げるが。
私は別に、その気になれば一億くらいの金なら作れる。裏山を売ってもいいし、畑を売ってもいい。
親子二人、静かに暮らしていくくらいの資産なら。
最初からもっているのだ。
そして、この辺りには。
それくらいの地主は複数いる。
私はその一人で。
しかもトップでさえない。
それだけだ。
「そもそもそいつの父親にとどめを刺したのは私だ。 そいつの父親は、覚醒剤を複数の街でばらまいて商売までしていた。 企業人としても、多くの人間をブラック労働で使い潰した。 事業内容としても、詐欺で多くの人から金を巻き上げた。 そんな奴をえん罪だなどといえる訳が無い」
「ふへー、凄い悪人だねえ」
「悪人というか、「平均的なビジネスマナーを身につけた社会人」だな。 どこのブラック企業の幹部も今は此奴の同類だ」
「わお」
姫島は楽しそうだが。
しかしながら。
メールを入れる。
すぐに間髪入れずに、電話が掛かってきた。
何か話していたが。
姫島は終始余裕を持って受け流している。
だが、流石に辟易したのか。
此方に振ってきた。
まあ、聞かなくても分かる。
檜山菖蒲からだろう。
電話に出ると。
向こうは必死の様子だった。
「依頼達成率100%なんでしょう!? 助けてよ!」
「いきなりなんだ」
「金だって、あるだけ払うって言ってるのよ!」
「そもそもお前の父親は完全な犯罪者だ。 えん罪などでは無い」
絶句する檜山菖蒲だが。
それでも、必死に食い下がってくる。
「一億五千万、いや二億出すわ! だからお願い!」
「そもそも私がやるのは、大人に解決できない子供の依頼を解決する事だ。 今回は私を利用しようとしたバカがいたからまとめて灸を据えただけでな。 それに、そもそも金なんて依頼の対価として要求していないんだよ」
「ふざけんな、このメスガキが!」
「そうか。 ではな。 二度と掛けてくるな」
通話を切る。
そして、スマホを操作して、自動で通話もメールもつながらないようにした。いわゆるアクセスブロックである。
姫島が、呆れている。
「どうして私のスマホの暗証番号知ってるのさ」
「そんなもの、見せつけて動かしていればすぐに分かる。 暗号を解除するときくらい、視線を遮るべきだ」
「そうかも知れないけどさ」
「とにかく、いい教訓だ。 それと檜山とはもう関わるな」
しつこいようなら、此方も対応のレベルを上げるだけだ。
一億だの二億だの言っていると言うことは。
娘も碌な事をしていない可能性が高い。
小さくあくびをすると。
私は、この世はやはり腐りきっているなと。
苦笑するばかりだった。
(続)
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