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終焉の火
序、終わる時
裁判が終わった。父から全ての結果を聞いた。
結局の所、精神病院の隔離病棟に一生放り込まれる事はほぼ確定していたが。それでも裁判はやらなければならない。
私は証人台に立つ権利が無い。
まだ子供であるからだ。
この間、小学五年生にようやくなったが。
それではまだ裁判で証言をする事は出来ないのだ。
父の会社は潰れて。
今は、父は元々の財産で半壊した精神を立て直すようにして、私と暮らしている。なお退職金は出なかったが、給料が出ただけマシと判断したのか。父はそれに関しては裁判は起こさず。
アレの裁判に出て。
其処ではっきり証言したようだった。
虐待があったと。
そして、自分はそれを止められなかったと。
弁護士から、散々なじられたそうだ。
父親として恥ずかしくないのか、とか。
傍聴席からも白い視線で見られたという。
だが、父が月間３５０時間に達する労働をしていたこと。私が虐待されている頃も、月間２２０時間を越える労働をしていた事を此方の弁護士が証拠として提出すると、流石にもう誰も文句は言えなくなったようだった。
アレは裁判に現れず。
結局、精神異常と言うことで。
無罪。
その代わり、精神病院の隔離病棟に一生放り込まれる事は正式に決まった。それだけは良かった。
アレが野放しにされていたら。
一体何が起きたのか。
私にも分からなかった。
父は裁判が終わった後。
家に帰ってきて。
そして私に、疲れ切った顔で言ったのだった。
「終わったよ」
「そう」
「結婚したときは、優しい所もあったんだがな」
「育児放棄する親なんて珍しくも無い」
動物でも育児放棄はするケースがある。
もっとも、育児放棄という点では。
父も同じだったかも知れないが。
いずれにしても、アレはもう娑婆に出てくることも無い。実際問題、法廷にでてくることも出来ないくらい状態が悪いことは、弁護側さえ認めていたのである。今でも拘束衣をつけられているそうだ。
非人道的ではあるが。
看護師が危ないのである。
見境無く襲いかかり、噛みつくそうで。
もう人間では無く、猛獣も同然だそうである。
人間は此処まで壊れるのかと、嘆いている父だが。私はそうだとは思わない。アレに関しては、ただ本性が露出しただけだろう。そして自己正当化が暴走した結果、凶獣になった。それだけだ。
離婚も無事に成立。
これに関しても相当苦労したらしいが。
いずれにしても、もう本人に判断能力は無い事もあり。
アレの親も同意した事もあって。
スムーズに成立したそうである。
父は体を完全に壊してしまっている。実は、行政指導が会社に入った後。会社の倒産の後処理を父がやる、という話があったのだ。
社長と取締役連中が、そういう話を決めようとしていたらしいのだけれど。
直後に父が倒れた。
病院で二週間入院し。
その時に医者に言われたという。
これ以上その会社で働くと死ぬぞ、と。
更に役所が届け出を出したことで。
会社は空中分解に近い形で崩壊。
社長を一とした経営陣は、今裁判所で色々な裁判を受けているそうである。父は関わるつもりはないらしいが。
「しばらくは休みなよ。 というか、もう仕事なんて行かなくてもいいんじゃないの？」
「そういってもな……」
「財産は充分にあるんだし、働かなくてもいいんだよ」
「……」
父は寂しそうにしている。
そして、めっきり老け込んだように見える。
まだ四十になったばかりなのに。
無理も無いか。
あんな労働に晒され続けたのだ。
体がおかしくなるのも、また当然と言えるだろう。
そしてこれは、父だけが味わっている悲劇では無い。今、ブラック企業に勤めている人間全員が。
味わっている悲劇なのだ。
夕食を作ってはあるが。
父はそれを食べる元気も無い様子なので。
仕方が無いので、私の分だけ食べて、残りは冷蔵庫に入れる。
最悪、畑があるので、それを耕して余生を過ごしても良い。
別にその作物を商業レートに載せなくても良い。
農家は農家で閉鎖的な世界で。
多くの脱サラを考えた元サラリーマン達を、失意に追いやってきた魔境だ。
そんなところにまた父が入り込んだら。
更に壊れてしまうかも知れない。
いずれにしても、中学以降は、私が色々な手段で稼ぐつもりなので。
別に父はもう無理をしなくても良いのだ。
父にはかゆを出す。
徹底的に痛めつけられた心身は。
ちょっとやそっとでは回復できない。
「すまない」
「いいんだよ」
結局の所。
まだ私は、手段も限られている子供に過ぎない。
もう少し年を重ねないと。
手札を増やすことも出来ない。
人間は子供の間は、どうしても無力なのだ。私も例外では無い。
それに、何よりだ。
母親があんなだった私に取っては、父もいなくなると、相応に悲しい。積極的に虐待に荷担したわけでもない父だし。
何より父は私をキモイと言ったことは一度もない。
私をキモイと言った奴を、今まで一度だって許したことは無いが。
父は違う。
だから、それで別に構わない。
キモイ奴は迫害しても良い。
周囲と違う奴には何をしても良い。
その理屈で私に虐待を加えていた母とは、その点では違う。
だから、それだけで。
私は別に構わなかった。
例え相手が無力でも。
メールのやりとりを終える。
姫島から、メールが入っていた。
単なる雑談かと思ったが。
仕事の依頼である。
五年になって早々これか。
頭を掻きながら、内容を確認すると。
これまた面倒な内容だった。
中学生から、である。
「最近中学生の間で、妙な店が流行っているらしくて。 友人の一人がそれに入れ込んでいて、取り返して欲しいとか」
「妙な店？」
「それが何だかよく分からないんだけれど、カルトらしくてね」
「……それは面倒だな」
宗教法人。
信仰の自由によって保護される集団。
故に、非常に危険な存在でもある。
地下鉄で大規模な毒ガステロを引き起こしたカルト集団も、きな臭い噂が山ほどついてまわっているが。
此奴らも未だに名前を変えながら健在だ。
宗教法人という名を盾に。
好き勝手出来る危険な集団であるケースが極めて多いのである。
また、何もご本尊を仏だの唯一神だのにしなくてもいい。
「ゲーム脳」だとか。
エセ科学でも、充分にカルトは成立する。
厄介なのは、地元の有力者がこのカルトに引きずり込まれるケースで。
其処から芋づるに、多くの人間がカルトに引っ張り込まれていく。
そして、政治家は。
このカルトを黙認するケースも珍しくない。
票田になるからだ。
実際問題、半ば堂々と政党と癒着しているカルト団体も存在していて。
最大規模のものは。
葬式があると、香典を根こそぎかっさらっていくという事で有名な、極めて邪悪な集団であり。
それでありながら、法の裁きを一切受けていない。
それだけ癒着が深く。
票田が大きく。
故に警察も動けない、という事だ。
政治と宗教は切り離して考えないと極めて危険な事態を引き起こす。歴史を逆行させたローマ帝国を例に出すまでも無い。
田舎の場合、閉鎖的な人間関係もあって。
下手をすると、村一つがカルトに乗っ取られるケースもある。
くだんの地下鉄で大規模テロを引き起こした集団も。
田舎の村を丸ごと乗っ取り。
其処を拠点にして、悪逆の限りを尽くしていた。
「警察は」
「表向きは普通のゲーセンらしいんだよねえ。 何より、中学生の間だけで拡がっている符丁みたいなのがあって、管理も中学生がやってるらしいとか」
「ふーん」
それは多分嘘だ。
この手の邪悪な組織は。
だいたいの場合、悪い子供では無く。
更に悪い大人によって運営されている。
子供には限界がある。
悪い子供は、所詮更に悪い大人のエジキだ。
余程頭が良ければ兎も角。
そんなカルトを巧妙に構築し。
好き勝手に出来る頭の持ち主は、そう多くない。
だいたいの場合、常習犯だろう。
警察は動いていると見て良いが。
しかし、決め手になるかどうか。
極めて危険な案件だと言う事は分かっているが。
だからこそ、仕事の依頼が私に来たのだろう。大人に相談してもどうにもならないし。そもそも警察だって、知っていてどうにも出来ていないのだろうから。
黒田に協力を仰ぐか。
そう考えながら、まずは依頼主に会うことにする。
相手は中学一年の保多尚子。
そいつは知っている。
去年まで六年で、同じ学校だったのだ。
どちらかというとかなり発育が早い方で、背は低いが、もう体にメリハリが出始めていた。
週刊誌とかが、最近の子供は小学校で初体験を済ませるとか、下劣な記事を大喜びで載せていたが。
そういう雑誌が写真に撮ってこういう子供が、とか言いそうな雰囲気を持っている。
まあ正直そういう例外もいるだろうが。
それは早い話がバカかDQNなので。
私にとってはどうでも良い人種だ。
保多もあまりそういう連中とは関わりが無いタイプだったが。
何しろ見かけがアレなので。
周囲から、変な風に声を掛けられる事も多いのだろう。
まあ類例は幾つも見ているので。
その苦労については、分からないでもない。
会う時間については、翌日の夕方を指定。
そして、今日は。
早々に寝ることにした。
何だか、少し疲れが溜まる。
頭を使いすぎているのかも知れない。
仕事の度に、私に対する畏怖が溜まっていく。そして私はどんどん恐怖の対象で見られるようになっていく。
それでいながら、仕事を頼めば確実に解決してくれるという噂も流れる。
それでいい。
ぼんやりとしながら、天井を見つめる。
この街を支配するには。
まだ天井は。
少しばかり遠すぎる。
早く背を伸ばさなければならない。
体もしっかり作らなければならない。
コネも更に構築していかなければならない。
生き急いでいるのではない。
私は。
全てを手にしたいと思っているだけだ。
何も今までは、手に入れられなかったのだから。
私はエゴのバケモノなのだろうか。
だが、それでも構わない。
周囲が私をそうした。
何でもかんでも自己責任論に持っていこうとする現在。
周囲にこそ問題があるのでは無いかと。
私はこれからも主張していかなければならない。
だからこそ。私は。
今後力を得なければならない。
そうでなければ、私は。
アレによって滅茶苦茶にされたこの闇の中で。一生「自己責任論」によって振り回されなければならないし。
弱い方が悪いという理屈で。苦しめ続けられなければならないからだ。
こんな狂った理屈が蔓延る世界は。
私が変える。
変えなければならないのである。
いつの間にか、眠っていて。
起きだした時には。父はもう朝食を済ませて、外に出ていた。ぼんやりと、彼方此方を歩いて回るつもりらしい。
それでいいだろう。
リハビリには丁度良い。
私は自分の朝食を済ませると。
外で軽く体を動かす。
まだまだ身体能力が足りない。
漠然と体を作っているわけではない。
計画的に私は体を作っている。
不意打ちでは無く、真正面から敵性勢力を叩きつぶせるようにならなければまずい。今後は。もっとヤバイ仕事も受けなければならなくなってくるのだ。
勿論、本職も出てくるだろう。
そういうのを相手にするには。
いつまでも子供のままではいけないし。
奇襲では限界があるのだから。
一通り体を動かすと、家に戻る。
そしてメールを確認。
今日も、一日が始まる。五年になっても、悪い意味でも良い意味でも変わらぬ一日が。
１、闇の遊技場
久しぶりに見る保多は、また少し背が伸びているようだった。
此奴が六年の時に、番長ポジションだったクズをぶちのめしたこともあった。表向きには知られていないが。影では噂になっていた。てか、噂は私が意図的に広めていた。だから、私の事を知っているはずだ。
黄色パーカーの妖怪。
大人達は私をそう呼ぶようになっているし。
小学校では、恐怖の対象になっていた。
今では、もはや私に逆らおうという者はいない。
逆らえば殺される。
それが噂になっている。
実際問題、心身を破壊し尽くして、精神病院に叩き込んでやった奴もいるし。教師達でさえ、私を怖れ始めていた。
好成績を維持しているから文句は言えないようだが。
正直な話、中学だとまた少し入ってすぐには苦労があるだろう。
「久しぶり……だね」
「あまり個人的な接点は無かったと思うが。 詳しく内容を聞かせてくれ」
「うん……」
どちらかといえばハスキーな声だが。
それでいながらゆっくり喋る不思議な奴だ。
この「大人しそう」な要素は。
男子ウケする。
本人は恐らく意図してやっていないが。
此奴は数年後にはかなりもてるだろう。
まあ正直な話。
どうでも良いことだが。
もてたいと思う奴はいるだろう。私はそうではない。それだけである。
アレと父の事を考えると。
結婚にはマイナスイメージしか無いし。人間という生き物の恋愛感情というものにも、良い印象が無い。
要するに、もてようと思う事自体が、私には理解出来ないのだ。
「変なゲームセンターに、友達が入り浸って、お小遣いを根こそぎつぎ込んでいるみたいなの」
「それは聞いている。 何処の店だ」
「ええとね」
地図と写真を見せてくれる。
場所を確認。
初手としては、伝手を使って、この店について調べるつもりだ。オーナーや設立の経緯などを、である。それに隣町の、まだシャッター商店街になっていない地域にある店だ。それなりに繁盛はしている可能性もある。
繁盛している地域にあるからこそ。
厄介なものが蔓延っている。
そういう側面もあるのだろう。
「それで、どうしたい」
「友達を助けて」
「助けるとはどういう意味だ。 カルトか何かがその店で好き勝手をしているとして、プロでも救出には苦労する。 それを分かっていて言っているんだな」
「貴方しか頼れない。 あの子は、あの店に入り浸るようになってから、おかしくなっちゃったの。 親の財布にも手を出してるみたいなの」
それは、まずいな。
本当の意味で、かなり危険な集団とみて良いだろう。
ちょっとばかり本腰を入れる必要がある。
いずれにしても。
今回は、かなり危険な相手になる。
警察とも連携して動かないと危ない。
それも緊密に、だ。
しかしながら、警察も其処まで来ると、既に動いているはずで。何かしらの情報を掴んでいる可能性も高い。
「わかった。 何とかしてみる」
「お願い」
「報酬については、解決後に。 準備はしておいてくれ」
「うん……」
儚げに微笑むと。
保多は待ち合わせ場所の公園を去って行ったようだった。
さて、まずは情報収集だ。
秘密基地に行くと。
黒田がPCを弄っていた。
デスクトップのPCが増えている。
一台は構築完了。
もう一台。
もうちょっと小型の奴を、今熱心に組み立てている様子だ。
「PC増やしても良いけれど、電源確保できないよ」
「大丈夫。 これバッテリーを外から持ち込むタイプだから。 サブPCとしてしか使わないから」
「そうなのか」
「ほら、コンセントもつないでいないでしょ」
確かにそうだ。
熱心にキーボードを叩く黒田に。
ちょっと確認する。
「そういえば、裏サイトについては知っているか」
「知ってるよ」
「まあそうだろうな」
一時期社会問題になった裏サイト。
主にパスワードとIDが必要になる掲示板で。
学校の負の側面を凝縮したような代物だ。
虐めの相談や。
悪口大会。
それらが堂々と行われる、インターネットの布の側面の凝縮体のような存在。それが裏サイトである。
虐めでの自殺などがあった場合。
警察などが手を入れる事もあるが。
実際には殆ど摘発されることもなく。
闇そのものの温床になっている。
ちなみに私は、自分の所の小学校と。周辺にある七つほどの街の小学校の裏サイトはあらかた把握している。
私の事も噂になるようだが。
いずれもが恐怖に満ちた内容で。
絶対に彼奴には近寄るな。
殺される。
それだけしか書かれていない。
詳しく聞こうとする奴は、大概周囲から絶対に止めろと言われて。そしてその後、学校でも周囲から絶対に関わってはいけないと言われるようだった。
どうでもいい。
そんな状況でも。
依頼をしてくる。
それだけ依頼の敷居が上がっているわけで。
その依頼による貸しは大きい。
最も今回は。
相当に慎重に動かないと危ないだろうが。
「中学校の裏サイトに侵入は出来るか」
「出来るけれど、ちょっと時間掛かるよ」
「やってくれ」
多分、確度が高い情報は手に入らないだろうが。
頼んでおいても損は無い。
黒田はただし、家に帰ってからという。
これは恐らく、時間が掛かるというのは、調査だの何だのを、家にある本格的なPCでやらなければならないから、だろう。
いずれにしても、この秘密基地では趣味のマシンを好きに組んで良い。
そういう約束もあるので。
今は後回しだ。
黒田が作業をしている横で。
ネットで調べながら、メールを打っていく。
黒田は器用だなと、横目で見ながら。
自分もブラインドタッチで、高速作業をしていた。
さて、まずはコネを使っての情報調査だ。情報は、すぐに帰ってくる。まずは表向きのものからだ。
問題になっているゲーセンは、二十年以上前からあるもので。
昔は普通のゲーセン。
つまり、ヤンキーが入り浸り。
アーケードゲームが並ぶ。
そんな場所だった。
それも時代と共に移り変わり。
クレーンゲームだらけになっていき。
ヤンキーも少しずつ姿を消し。
徐々にゲーセンとしても、寂れていった。
少し調べて見るが。
ゲーセンにヤンキーやらDQNやらが入り浸っていた時代は、かなり昔。ゲーセンそのものがイメージ払拭のために、女子なども遊びやすいクレーンゲームなどを導入し、ゲームも格ゲーシューティングの衰退から、置かれる筐体も変わっていった。
全国対戦が出来るゲームや。
音ゲーやリズムゲーの隆盛。
更にクイズゲームなど。
ヤンキーには敷居が高いゲームが増え。
更にゲーセン側の対応もあって、はぐれものの天国だったゲーセンは、徐々にそうではなくなっていったのである。
この辺りは、ゲーセンが。
悪の温床というイメージを払拭するために。
苦労を重ねたという事もあるのだろう。
いずれにしても、その苦労は報われたのだろうか。
それについては、分からない、としか言いようが無い。
いずれにしても、クレーンゲームなどの誰でも触れるゲームから。もはやマニア中のマニアしか触れなくなった格ゲー。様々なものが入り乱れる空間になったゲーセンではあるが。
そのようなカオスの歴史を。
問題になったゲーセンも、たどっていったようである。
ただ、このゲーセンでは。
問題が起きた。
オーナーが急死したのである。
一応事件性はなかったようだ。
これについては、複数の証言がある。元々相当な酒飲みのオーナーだったらしく、塩で焼酎を飲むような事をしていたらしいので。
周囲から心配されていて。
案の定、脳の血管を切って死んでしまったそうだ。
そして、まだ三十前の息子が。
店を継ぐことになった。
この息子が、何処で仕事をしても長続きしない男で。
様々な紆余曲折を経て、店を継いだものの。
経営が一気に悪化。
周囲が心配する中。
店は一気に寂れていったという。
そして、同時に。
悪い噂も、流れ始めたようだった。
この噂が流れ始めた時期を確認していく。複数人の証言によると、二年前から三年前ほど。
その頃から。
またゲーセンに、悪い連中が集まり始めるようになったという。
クレーンゲームは埃を被り。
昔は子供や女性もたまに訪れていた店内からは。
騒がしいとも賑やかともいえる音が消えた。
クレーンゲームは事実上動かなくなったのだ。
そのほかの、子供受けしそうなゲームも、である。
というか。
どの筐体も、殆ど動かなくなったという。
ゲーセンなのに、ゲームの音がしない。
周囲からは、そんな声が聞かれ始めた。
悪い噂も、どんどん広がっていったという。
なるほど。
そうなると、この時期に何かがあったというのは、想像に難くないだろう。
写真か何かは。
ちょっと調べて見るが。
丁度、ネットでその場の写真を見られるサービスがあるので、確認してみる。そうすると、映った。
なるほど、かなり寂れている。
ゲーセンではあると分かるのだが。
表に配置されているクレーンゲームは触っている形跡が無いし。
中に入っているのも、何だかよく分からないくすんだ色のオモチャだ。この手のクレーンゲームでは、レアなオモチャが入っているケースもあり。経営に力を入れているクレーンゲーム屋では、そういうのをリサーチして、商売に生かしたりもしているのだけれども。
この店では。
少なくとも、そういう事はしていない様子だ。
人はこのネット写真ではほぼ映っていない。
周辺地域も確認。
監視カメラを仕掛けるのに丁度良さそうな場所を調べる。
良い場所を見つけた。
知り合いの住んでいる店が、其処から少し離れた所にある。おあつらえ向きに、四階の空き部屋から、このゲーセンをそのまま望遠レンズで覗くことが出来る。監視カメラを仕掛ける事は難しくない。
なお、監視カメラは。
以前黒田に譲り受けた。
盗聴器などもそうだが。
今はそれなりの性能のものを、かなり安く手に入れられる。
昔この国はスパイ天国などと言われたらしいが。
そのスパイも吃驚だろう。
小学生が、彼らの時代では高級品だった代物を、簡単に手に入れられる時代が来てしまっているのだから。
早速仕掛けに行く。
電車代は大丈夫。父から預かっている小遣いで、充分に賄うことが出来る。電車に乗っている間に、隣町の知り合いに、これから店に行く事。四階をちょっと借りることをメールで入れる。
この知り合いは、以前大きな貸しを作った相手で。
喜んで引き受けてくれた。
駅に着く。
地元より、だいぶ繁盛しているが。
それでも、やはり所詮は田舎。
人間が多いと言っても、そこまで極端では無いし。
東京などのように、ネオンだらけ、繁華街だらけで。人間がゴミのようにいるわけでもない。
まっすぐ知り合いの店に行く。
其処は熱帯魚店で。
結構多くの、珍しい品種が売られていた。
なお雑居ビルだが。
今は一階しか店舗稼働しておらず。
二階から上は住居として貸し出している。
四階は買い手がついておらず。
開いている状態だ。
此処を定点監視所として使う。
とはいっても、カルトや、それに類する存在が好き勝手をしているとなると、あまりもたついてはいられない。
そういえば浮気調査をした時も。
こんな風な事をしたっけ。
ちょっとくすりとする。
四階の部屋の鍵を借りて、部屋に入る。
埃っぽくて、狭い部屋だ。
ただし確か家賃は二万。
この値段には理由がある。
事故物件なのだ。
八年前に、此処で首つりの事故があり。
それ以来幽霊が出るとか言う噂が出て。
誰も借り手がつかないそうである。
都会ならともかく、何しろ田舎だ。人の噂は非常に速く広がる。そして長く残り続ける。
八年前の自殺でも。
今でも、その点では代わりは無いし。
一階にいる知り合いによると。
時々ラップ音がしたり。
幽霊の目撃例があるそうだ。
ただ、私は部屋に入っても、何も見なかったし。首を吊っている幽霊がこっちを見ている何てことも無い。
ただ誰も住んでいない、小さな埃っぽい部屋だ。
流石に八年も経つと、生活の痕跡も消えている。此処で自死を選んだ人は。どんな風に苦しんだんだろう。
そう思うと少し虚しくもなった。
無責任な自己責任論が跋扈する現在だ。
自殺すると迷惑だからよそへ行け、等というような看板が、自殺の名所と呼ばれるような場所に立てられる時代である。
他人が死のうがどうでもいい。
それが平均的な人間の考えであり。
そんな人間の醜悪な嗜好に。
此処に住んでいた人も追い詰められ、苦しんでいたのだろうか。
今となっては分からない。
カメラを仕掛ける。
望遠レンズで調整。勿論向こうからは見えないように、埃まみれのカーテンを上手に使う。
覗いて確認。
このカメラは暗視機能もついているので、夜もよく見える。
むしろ情報からすると、夜からが本番だろう。
必須の機能だ。
データを取得すると、すぐにポータブルHDDに転送する機能をセット。
HDDは今はかなり安く買える。
秘密基地にあるPCにデータ転送するように設定を済ませると。
微調整をして。
部屋を出た。
なお、ラップ音は最後までしなかった。
一階の知り合いに挨拶して。
部屋の鍵を返しておく。
今度取りに来るのは一週間後だと告げて、色とりどりの熱帯魚が泳ぐ水槽を見て回った。
「どうだい、シロちゃん。 飼ってみる？」
「いいや、止めておくよ」
「でも、シロちゃんのお父さん、ちょっと体調が悪いんでしょ。 お魚でも飼うと、気晴らしになるかも知れないよ」
「……そうだね」
だが、今は止めておく。
そう言うと。
相手もこれ以上は無理強いしなかった。
さて、此処で一旦撤収だ。
今回は、相当に危険な相手の可能性が高い。
無茶はせず。
まずは外堀から、丁寧に埋めていく。
警察との連携も。
すぐに、それも自然な形で、取れるようにしておかなければならなかった。
翌日。
さっと監視カメラを確認する。しかしながら、思ったほど多くの人間は、夜のゲーセンに出入りしていない。
勝手口などを使っているのかと思ったが。
それもあり得ない。
というのも、この店。勝手口は、私の知り合いの家から丸見えになる位置にあるのだ。その知り合いが変な連中を見ていない。
つまり、変な連中は、勝手口を使っていない。
そう判断して良いだろう。
丸見えになる位置と言う事は、音も聞こえることで。
深夜などに頻繁に使っていれば、どうしても分かってしまう。
田舎の怖いところはこういう所で。
隠し事だと思っていても。
周囲はみんな知っている。
そんな事は、当たり前に起きているのだ。
情報収集を進める。
そうすると、やはりというかなんというか。
大物になると、あのゲーセンについては、良くない情報を掴んでいるケースがあった。
以前街一番の金持ちとコネを作ったが。
かの老人も。
知っている様子だった。
「何でも怪しげな連中が来て、好き勝手なことをしているらしいな。 誰かがこの街からヤクザを追い出してしまったから、その隙に入り込もうとしているのかもしれんぞ」
「まさか。 あんな小さな街、わざわざ入り込んでも旨みなんてありませんよ」
「ふん、そうだな」
「それよりも、どこからその情報を」
教えられんと言われたが。
まあそれは良い。
どうせ警察だろう。
警察の方でも、調査はしている、という事だ。
そして私に教えたという事は。
私が無茶をしないと知っている、という事も意味している。
さて、調査を続ける。
カメラの映像を分析して。
夜の間にゲーセンを訪れた人数を確認したが。合計八人。思った以上に少ない。そのメンバーについて確認してみるが。
これといった大物はいない。
隣町とは言え、ある程度人脈はある。
大物になれば、全員を網羅しているが。
明らかに訪れているメンバーは、ただのバカやDQNばかりである。
こんな烏合の衆を集めたところで。
大きな事は出来ない。
或いは此奴ら。
ただの末端か。
情報を得るために、使い捨ての駒を用意するケースは珍しくも無いが。此奴らがそうだという可能性はある。
カルトの常習手段としては、洗脳があるが。
ちょっとこのDQN達についても、洗ってみる必要があるか。
洗脳が起きると。
言動に変化が訪れる。
黒田による学校の裏サイトの調査が待たれるところだが。それと並行で、まだ調べる事がある。
隣街の中学校にも。
私の知り合いはいる。
そいつらにメールを送ってみて、最近の状況を聞いてみるが。
特に変わった事はないと言う。
そうか。
そうなると、危ない。
本当の危険は。
姿を見せずに、忍び寄ってくるものなのだから。
一旦調査を停止。
嗅ぎ廻るのも面倒くさいし、一時クールダウンする。あのゲーセンに変なのが入り浸っているとして。
目的は何だ。
中学生や高校生から、なけなしの小遣いを巻き上げることだけが目的か。
それにしてはおかしい。
実際依頼主の友人は、親の財布にまで手を出し。
それで警察沙汰になっていない。
ということは。
余程デカイ闇があると言う事だ。
だが、そんなデカイ闇が。
こんな小さな街で。
何をしようとしている。
それが分からない。
実際問題、ヤクザが薬関係から撤退したのも、ハイリスク過ぎるからだ。以前私が関わった二件の事件で、ヤクザのドラッグ販売ルートは壊滅したが。それの再構築は大変だし、何より割に合わなすぎる。
カルトは実はドラッグと非常に親和性が高く。
洗脳にも使える。
実際問題、地下鉄でテロを起こしたカルト組織は。
近隣にある独裁国家と大きなつながりを持ち。
其処から格安で覚醒剤を密輸して、売りさばいて資金源にしていた。そういう過去の実例もある。
だが、今回は違うとみた。
だとすると、何に金を使っている。
考え込む。
まだ、情報が足りない。
２、心に入り込んでくるもの
知能を持つ生物は。
基本的に感情も持ち合わせている。
少なくとも、この地球では。
どんなに希薄でも。
どんなに狂っていても。
それに変わりは無い。
そういうものだ。
そもそも感情というものは、あると便利な故に産み出されたと言われている。
例えば恐怖などが良い例で。
強大な捕食者を前に何も恐怖を抱かずにいれば。
即座の死が待っている。
戦いの時に、怒りや喜びを感じなければ。
戦闘の時に思考を麻痺させることが出来ない。
麻痺させることが出来なければ。
相手を躊躇無く殺せない。
喜びを得る事によって。
上手く行ったことを、またやろうと思うようにもなる。
哀しみを得る事により。
失敗を繰り返さないように考えるようにもなる。
原始的だろうが。
複雑だろうが。
そういうものなのである。
勿論今のは簡略化した説明であり。
私自身も、例外があるとは考えているが。
それでも、感情は。
基本的に便利だから生じた、という考えについては。それが正しいのでは無いかと考えている。
逆に言うと。
思考を支配するカルトでは。
感情も制御しようとする。
良い例が、ポルポトによって支配されたカンボジアだ。
鬼畜と言って良い独裁者だったポルポトは。
国民を支配するために、一切の感情を奪った。
それは巨大なカルトそのものであり。
その結果、国民の四分の一が死ぬという悲惨極まりない結果を招いた。
カルトは、一部の人間の得にしかならない。
狂気を利用して支配するカルトは。
多くの存在にとっては。
害にしかならないのだ。
多かれ少なかれ、である。
そんな事を考えながら。
ぼんやりと授業を受け。
今日の授業終了。
そして秘密基地に足を運ぼうかと思ったが。雨がざあざあに降っている。雪では無いけれど、かなり冷たい雨だ。
流石にこんな日は、山道を行くのは避ける。
危険だからである。
遭難した場合、何が起きても不思議では無い。
姫島や桐川、黒田にも連絡を入れておく。
今日は秘密基地を利用しないように、と。
全員からOKと応えが帰ってくるのを確認すると、私は自宅にさっさと足を向けた。調べるのは、自宅からでも出来る。
視線は今の時点では感じないが。
油断はしていない。
ここしばらく、かなり危ない橋を渡り続けた私だ。
どんな恨みを買っているから知れたものではないし。
恨みを買うのはもう仕方も無い。
だから油断せず、黙々と歩く。
そして、自宅に入ってからも、油断はせず。
自室などに異常が無いかを確認してから。
PCを起動する。
そしてネットに接続して。情報収集。流石に授業中にスマホを操作するほど、私はお行儀が悪くは無い。
しばし黙々と情報収集をしていると。
黒田から連絡があった。
裏サイトへのアクセスに成功したという。
すぐにデータを寄越して貰う。
そして自分でも。
串を刺して、アクセスを開始。
内容を確認して。
下劣さに閉口した。
この手の裏サイトを見ると、子供が純粋などと言う妄言は、一瞬にして消し飛んでしまうものだが。
此処も例外では無い。
如何にして、誰を虐めるか。
教師がどういうことをしていたから。
気に入らないとか。はめて辞めさせてやろうとか。
クラスがかりで、社会的に気にくわない奴を抹殺しようとか。
そういう相談を、中学生が平気でやっている。
そして隠匿性が高いが故に。
こういう所では、思考が暴走するし。
何よりも危険な事に。
ネットと現実は地続きである。
良くネットは危険、等という言葉があるが、それは間違っている。
今の時代はネットをやっていない人間なんて存在しない。どんな人間でもネットにアクセスしている。
ネットでは言動が開放的になる。
それは当然で。匿名性があるから故、誰もがそうなるのだ。
その結果は言う間でも無い。
邪悪で残虐な策謀も。
陰険で陰湿な悪逆も。
好き勝手にまかり通る。
それらの結末は。
勿論現実にも影を落とす。
一通りログをぶっこ抜くと、解析を開始。解析が終わった後、これらのデータは全部大手の掲示板に晒してやるつもりだが。
それについては後で構わない。
まずやるべきは。
例のゲーセンに出入りしている連中について、確認することだ。
そうすると、暗号らしき妙なやりとりが飛び交っているのが見えた。
少し考え込んでから。
ログを解析する。
それによると。
どうも妙な話をしているのである。
例えば、数字とかを話あっているのなら。
それが上納金だとか。
売り上げだとか。
そういうものが、すぐに分かるのだが。
何だか違う。
「楽土」という言葉が、頻繁に出てくるのである。
言う間でも無くそれは天国の事だが。
腕組みして、少し考え込んでしまった。
カルトにはよくある、良いことをすれば天国に行ける、という思想。それによって民草を煽るものだが。
本来仏教においては。
天国さえも、目的地では無い。
悟りを開くことによって、いわゆる六道と呼ばれる「苦しみのある世界」から逃れる事が仏教の思想であり。その六道には天道、つまり天国も含まれる。天国でも、最後の瞬間には苦しみがある、というのがその理由だ。
要するに輪廻転生は超克するものであって。
転生というのは、修行が足りないから、出直してこいとまた苦界に叩き落とされることを意味する。
勿論宗教によって転生の意味はそれぞれに違うのだが。
少なくとも天国を臭わせる発言をしているという事は。
それも「楽土」なんて言葉を使っていると言うことは。
仏教に知識が無い人間か、もしくは分かっていて悪意を持って煽っている人間がカルトを運営しているか。
何かの暗喩か。
どちらかと見て良いだろう。
或いは、もっと別の思想かも知れない。
もう少し、調べて見る。
ログを確認すると。
楽土という言葉は裏サイト内で２０００回ほど出てきており。
用心深いことに、アカウントも捨て垢を使っているケースがかなり頻繁に見られた。
解析を二時間ほど進めた結果、分かってきたのは。
捨て垢を使っている人間は、１５人ほどに絞られ。
特に一人には、かなり特徴的な言動が見られる、という事だ。
此奴がかなり怪しい。
私はそう判断した。
この特徴的な言動とは。
楽土について説明をする、というもので。
その説明についても。
天国というような言葉を使わず。
何処何処にあって。
そして何をする、というようなものを。
意味不明な単語を組み合わせて語るというものだ。
そして不思議な事に。
子供が集まる掲示板の中でも。
これについては、完全にアンタッチャブルになっていて。
捨て垢で会話をしている連中以外。
誰も触っていない、という事だ。
黒田に連絡。
解析結果を話すと。
向こうも分かったことがある、と言ってきた。
「ボクの方でもログをぶっこ抜いて調べて見たんだけれど、どれもスマホから書き込みが行われているね」
「詳しく」
「それによると、書き込んでいる人間は恐らく１５人。 シロの推察と一致するし、間違いないと思う」
「フェイクの可能性は」
多分無いと、黒田は言う。
そんな事をやるには、手間暇が掛かりすぎるからだ。
そもそもスマホはそれ自体が高額な上。
月額の使用量も、中学生が好き勝手出来るものではない。
親にねだるにしても。
其処まで裕福な親は今の時代そうそういない。
それが現実なのである。
だから、余程裕福な人間がスマホを買い与えているとか。
或いは裕福な人間が混じっているとか。
そういうケース以外はあり得ない。
そして、くだんの中学を調べて見たが。
金遣いが荒い奴は、さほど見当たらない。
噂になっているほどの金持ちもいない。
勿論金持ちはいる。
何しろ田舎だ。
土地持ちは桁外れの金持ちになる。
だが、それでもだ。
あまりにも極端に金遣いが荒いと話題になるし。私の情報網に引っ掛かってくる。ジジババは、子供の出来が悪いと愚痴を言ってくることが多く。私の所には、そういう出来が悪い子供の情報が集まるモノなのだ。
だが、それが一切来ない。
他人の子供の出来についても、ジジババは熱心に情報交換をしていて。
うちの子がこうだったら良かった。
こうならなくて良かった。
そういう話をするものだが。
それでも来ない。
私は小首をかしげる。
「参ったな。 この暗号での会話、解析には手間暇が掛かるぞ」
「実際に情報をやりとりしている奴を特定してみようか」
「大丈夫か。 クラッキングになるぞ」
「大丈夫。 この程度だったら、プロバイダからログを抜き出すだけだし。 何よりプロバイダのファイヤウォールなんて、ボクの敵じゃ無いし」
少し考え込む。
リスクが高い。
だが、プロバイダへの侵入だったら。
今回の件と、直接結びつかないか。
「本当に大丈夫なんだな」
「というか、シロにはいうけれど、ボクもっと結構危ない場所にアクセスして、情報引っこ抜いたり前からやってるんだよ。 今回のケースの場合、もしもばれたらこの裏サイトのアクセス情報根こそぎぶちまけるわ」
「分かった。 ただし、念には念を入れて、危険は避けろよ。 無理だと判断したら即座に撤退してくれ」
「分かってるよ」
黒田と通信を切る。
さて、問題は此処からだ。
解析を進めていくが。
どうにも解せない。
簡単に天国と言っても。
それこそ個々人によって定義が異なってくるからだ。
例えば。ドラッグで思考停止して、何もかも忘れて酔いしれることも、天国と言えるだろうし。
自分の言う事を何でも聞いてくれる人間で周囲を固めて。
何もかも好き勝手に出来るようにする事だって、人によっては天国とも言えるかも知れない。
実際にはそれが砂上の楼閣だったり。
本当は周囲から好き勝手にされているだけだという「事実」何て、その場合はどうでもいい。
楽土というのは、あくまで主観によるケースが想定されるが。
その割りには、此処で使われている単語「楽土」は、意味不明すぎるのだ。
依頼主に中間報告。
電話を入れたのには理由がある。ともあれ、電話をして、録音をしながらスマホ越しに話を聞く。
現時点で調査をしているが。
まだ詳しくは分からない事を正直に説明。
そして追加で話を聞く。
学校で、妙な会話をしている連中を見た事がないかと。
意味不明な単語を使って。
意味不明な会話をしていないかと。
そうすると。
依頼主は文字通り黙り込んだ。
「……いる」
「詳しく」
「野球部とそのマネージャーを中心に、何だか誰も分からない単語を使って、時々会話してるって話題になってる」
「実際にそれを見たことは」
ある、と返答するが。
依頼主にもう少し一歩踏み込む。
「ひょっとしてそれは、実際に見たのでは無くて、裏サイトでみたのではないのか」
小さな悲鳴が、漏れた。
つまり、それが事実だと認めたという事だ。
なるほど。
アンタッチャブルと言う事だ。
ちなみに友人は野球部と直接は関係が無いそうだが。
その友人も含め。
数人が、野球部と「友人関係」などで接触を持っていて。
おかしな行動をしていると言う。
電話と並行でさっと調べて見るが。
依頼主の学校の野球部は。中学とは言え非常に弱小で、これといった選手もいない様子だ。
強豪校になると。
高校になると、甲子園を見据えて即座にスカウトされる、などというケースも見受けられるのだけれど。
この学校についてはそれはない。
野球部員の素行も悪く。
そう、元々素行が悪いことが有名だったらしい。
電話を切ると。
メールを確認。
なるほど。
どうやら、野球部関連の生徒の素行の悪さは、ジジババの間でも話題になっていた様子だ。
ただし、素行が悪い生徒が限られているため。
それについて絞りきれなかった。
私のミスだ。
いずれにしても、元をたどってみれば、一気に核心が近づいたと言える。
黒田にもう一度連絡しながら、自分でも野球部員に絞って調査を進める。
そして、夜九時半。
ほぼ確定的な情報を得た。
仕掛けてある監視カメラから。
監視対象に設定した野球部員らしき奴が、ゲーセンに入るのを見つけたのである。線と線が、これで結びついたと言える。
ふうと嘆息して、額を拭う。
ここからが本番だ。
体を鍛えている中学生となると。
ただの不良生徒とは訳が違うケースが多い。
それが武術で無くても同じ。
野球などは、プロになるような選手は幼い頃から鍛えているケースが多く、骨格からして違う場合が珍しくない。
これはサッカーにも共通して言えることだ。
天才天才と簡単に言うが。
かのイチローは幼少期から凄まじい努力を重ねていたことが知られているし。実際には、才覚以上に努力をしなければ、才覚は文字通り宝の持ち腐れになってしまうものなのである。
攻撃を受けた場合は。
かなり危険だと判断して良いだろう。
骨格からして違うと言う事は。
当然、身体能力も高いと見るべきだからである。
そして身体能力が違いすぎる場合。
多少のスキル差など問題にもならない。
くだんの野球部員は、矢口名代というが。
この矢口、粗暴な性格でも知られているらしく。
かなり悪い事をしていると、昔から噂になっていた様子だ。
それでいながら、最近は直接自分が手を下さないやり方も覚えている。非常にタチが悪い輩だと言うほか無い。
いずれにしても、情報は確実に集まってくる。
まず黒田が特定してくれたスマホについて、調べて見るが。
やはりどうやら件の野球部員が持っているもので間違いなさそうだ。
目撃例などが一致するのである。
矢口を中心とした不良野球生徒どもが。
何を目論んでいるのか。
これをしっかり見極めないで動くのは自殺行為。
正確には、矢口を裏で誰かが動かしているのだろうが。それが誰かなのかも、しっかり見極めていく必要がある。
ゲーセンの店長ではないだろう。
明らかにそれは操り人形だ。
というか、ここ数年顔さえ誰も見ていないらしい。
生きているかさえ怪しい。
店も誰かに乗っ取られているのではあるまいか。
監視カメラを確認するが。
確かに生活スペースに人気が無い。
下のゲームセンターだけに、出入りがある。
例え灯りを消していても。
誰かが生活していれば。その痕跡があるものなのだが。まったく痕跡がないと言う事は。ゲーセンの二階にある家屋スペースは、使われていない、という事で間違いが無さそうである。
何より、この凝った暗号。
幾ら悪知恵が働くと言っても。
たかが中学生に作れるものか。
私も小学生だが。
私の場合は特例。
ただ、私だって。
有名大の院卒レベルに勝てると思うほど頭が花畑では無い。
少なくとも、相当なレベルの知恵の持ち主が。
これらの悪事に荷担している事は間違いなさそうだ。
まったく尻尾が掴めない。
暗号についても、調べて見るが。
どうもぴんと来ないのである。
フェイクとして、ニセ情報をやりとりしている可能性も考慮したのだけれども。それにしては色々とおかしな点が多すぎる。
簡単に言うと。
労力が掛かりすぎているのだ。
学校側はこれを把握しているのかちょっと気になったが。
意外と簡単に割り出せた学校関係者、要するに教師のSNSを調べて見た所、どうもまったく感知していないらしい。
今の学校関係者は、地獄のような労働に置かれている事で有名だが。
恐らく感知どころか。
その余裕さえないのだろう。
考え込んでいる私に。
黒田から連絡が来る。
プロバイダのログ解析が終わったという。
足を掴まれなかったか心配したが。
黒田は笑って言う。
「このボクがそんなへましないよ」
「そうか。 それで？」
「プロバイダのログを見る限り、一つだけおかしいのがある」
「？」
違う街から発信されている、というのである。
なるほど。
ぴんときた。
というか、そういう事か。
「その違う街とは」
「今情報を送るよ」
すぐに情報が来た。
かなり大きな街。
それも、発信元は、いつも一定している。
個室である。
それも、個人宅の。
此処を経由しての情報かも知れないと思ったが。
黒田は違うと言う。
「いわゆるゾンビ化したPCからの経由情報かとも思ったけれど、違うね。 ログを完全に解析した結果、このPCから恣意的に送られてると思うよ」
「……分かった。 後は此方で調べて見る」
「OK」
連絡を終えると。
即座にその家について調べる。
そして納得した。
そうか、そういう事だったのか。
３、黒い家の部屋
黄色パーカーを着て歩く。
その街でも。
既に妖怪黄色パーカーの噂はあるようで。
私を見て、畏怖の視線を見せる者もいた。
別にどうでも良い。
私としては、噂が順調に広がっていることが確認できて、それでむしろ喜ばしいくらいである。
目的地に到着。
知り合いの家だ。
前に依頼を解決した家、ではない。
ゲートボール仲間の老人が住んでいる家である。
事情を話して、遊びに上がる。
菓子折を持って家に入ると。
まず確認した。
あの家に住んでいるのは誰か、と。
これについては、事前に調べはついているが。
直接関係がある本人と話す方がいいと思ったからである。
しばらく真顔で無言になった老人だが。
彼は肩を落とすと。
言うのだった。
「馬鹿息子だよ」
「何か犯罪でもしたんですか」
「ああ」
昔から、悪さばかりしていたという。
逮捕歴も二回。
それも、詐欺ばかり。
捕まる度に被害者の家に出向いて。
頭を下げて回ったと、老人は嘆く。
禿げてしまった頭を、反省などするわけもない息子のために下げて回るのは、本当に屈辱だったと。
涙を拭いながら老人は言う。
私は。
切り込む。
「あの人、また何か悪さしてますよ」
「！」
「このゲーセン知ってます？」
見せると。
わなわなと震え始める老人。
知っているのだろう。
というか、私がこれを店に来たと言うことは、意味を理解している、という事だ。
「何が起きているか、知っているんですね」
「い、言えない」
「ならば代わりに言いましょうか。 児童売春の斡旋でしょう」
「！」
私の言葉に。
完全に絶句した老人は。
雷に打たれたようにその場で固まり。
そして、頭を下げて。涙を流し始めた。
分かり易すぎる。
思えば、分かり易いほどだ。楽土なんて言葉、何かしらの快楽に結びつくものだと明らかだった。
そしてあの暗号も。
よく考えてみれば、数字こそ使わなくても。
見れば色々な情報から。
持っている商品。
どう渡すか。
どう処理するか。
それを淡々と記しているだけのもので。
単語は都度切り替えている。
それだけだった。
分かってしまえば解析はそれほど難しくなかった。
私にでも、である。
後は現場さえ押さえればいい。
「前の詐欺も、似たようなものだったんでしょう」
「あの馬鹿、ヤクザの風俗店の、いわゆるデリバリーの仕事を、バイトで募集していてな」
「それで？」
「バイトに来た子の弱みを握って、無理矢理働かせていた。 中学生と遊べるとかで、人気だったらしい。 だけれども、ついに耐えられなくなった子が警察に届け出て。 そして全てが発覚したんだよ」
捕まっても。
息子はへらへらと笑っていたという。
そして言い放ったそうだ。
騙される方が悪い。
金目当てに、怪しいバイトを申し込んだ方が悪い。
世の中は弱肉強食だ、と。
そして刑務所から出てきても。
何ら恥じる事も無く。
同じような犯罪に手を染めた。
実は此処までは、私も知っていた。
問題は此処からだ。
「今回の件は、非常に巧妙化しています。 カルトじみた手法を使って「商品」を洗脳するだけではなく、商品を見定めるために同じ中学の生徒まで抱き込んでいます。 ブレインがいる筈です
「心当たりがある」
「誰ですか」
「カルト崩れの男で、この街に少し前から住み着いている。 筋金入りの鼻つまみもので、以前宗教法人を立ち上げ、それを隠れ蓑に麻薬の密売をしていたらしい。 宗教法人が潰され、逮捕されて。 釈放されてから、この街に逃れてきたそうだ」
なるほど、そうなるとマジモノの本職、というわけだ。
後は証拠を押さえるだけ。
私は、菓子を摘みながら。
嗚咽を押さえ込んでいる老人に、ゆっくりと言う。
「売春の現場については私が抑えます」
「そんな、無茶な……」
「心当たりがありますので」
そも、実際に実働部隊になっている矢口の行動パターンは既に解析を終えている。此奴が使っている場所についても分かる。
そして矢口は、恐らく洗脳を受けておらず。
売春によって得られる金の一部を受け取って、それで利益にしている筈だ。
野球部は、米国で言ういわゆる「ジョック」等と同じ、特権階級と自分を見なすケースが多い。米国におけるアメフト部や、チアリーダーと同じようなものだ。似たような特権階級意識を持つ部活には、一部の学校における吹奏楽部などが存在するが。
それら特権階級意識を持つ部活の人間や。
部活を指導している教師は。
特権階級意識から、悪い意味での貴族的な意識を持つことがあり。
どんな悪い事でも平気でするようになる。
度重なる飲酒を一とする不祥事がすっぱ抜かれるのもそれが故で。
そしてそれらの不祥事でも、反省どころか、「未来の人材の芽が潰れた」だとか、「若気の至りは許してやるべきだ」だとかの頓珍漢な反論が出てくるのも、それらが故なのである。
「私が現場を押さえたら、合図をしますので、警察にこの資料を渡すようにしてください」
「これは」
「あの家の部屋から送信されていた、暗号化された情報です。 同時にこの家にいる生徒が、主犯となって動いていたことが分かっていますので、それも通報してください」
「しかしどうやって」
言い訳については考えてある。
何しろ詐欺で二度も捕まっている息子だ。
監視をしていたら、偶然情報を得る事になった。
それだけで充分である。
勿論、犯罪を犯しても。更正して、きちんとやりなおせる奴はいるだろう。
だが、何処まで行ってもカス。
そういう奴は実在する。
今回は良い機会だ。
社会のガンを三匹。
この老人の息子とブレイン。そして矢口を。
社会から抹殺する。
今までは手ぬるすぎた。
今後の仕置きについてはプランがある。
現行法による刑罰があまりにも手ぬるすぎたから、二度も釈放し、また巧妙極まりない詐欺が行われ。多くの弱者が苦しむことになった。
止めるためには。
ガンを切除するしか無いのである。
本来は法と国の仕事だ。
だが仕事をしないというのなら。
此方でやるしか無い。
仕方が無い事である。
さて、動くか。
細心の注意を払い。
警察を動かす必要があるが。
それでも、念には念を入れ。
危険を排除しなければならない。
ゲーセンに矢口が入るのを確認。
同時に、女子生徒が一人、ふらふらと動き出した。夜の街で、落ち合ったのは、真面目そうな会社の重役。
路地裏でなにやら合い言葉をかわすと。
二人は歩き出す。
女子生徒は明らかに足下がおぼつかず。
重役らしき男は、平然としている。
慣れっこなのだろう。
そして、予想通りの廃ビルに。
二人が入っていった。
警察が突入したのは十分後。
現場を押さえ。
そして同時に、矢口のいるゲーセン。
犯人宅。
犯人のブレイン宅にも、警察が突入した。
三カ所同時の攻撃である。
流石に詐欺に慣れている犯人も、これには対応出来なかったらしく。その場で逮捕。更にブレインも逮捕された。
此方に都合が良いことに。
逮捕されたブレインは、どうやら洗脳された女子中学生とベットでよろしくやっている最中だったらしく。
商品にも手をつけていた様子で。
この辺り、性根が腐りきっている「宗教家もどき」のゲスさ加減が良く分かろうというものだった。
なお、腐れ宗教家特有の。
紫の服を愛用していたらしく。
それは話を後で聞かされて、苦笑するしか無かった。
すぐにそれらはニュースにもなったが。
「未成年保護の観点」により、矢口の名前は出なかった。
というか、出すわけには行かなかったのだろう。
しかしながらそうは問屋が卸さない。
此方で、大手掲示板に。
裏サイトでのやりとり。
プロバイダからぶっこ抜いた解析ログを載せる。
内部告発、という形である。
その結果、矢口は終わった。
この手の大手掲示板での情報は、一度拡散すると、国家が何をしようと消去されることは無い。
中学校の生徒を洗脳しての児童売春。
その中心にいたのは、野球部の暴君。
暴君は洗脳されず。
小遣い稼ぎ目的で、詐欺師に積極的に荷担。
良さそうな女子を見繕ったあげく。
積極的に売り飛ばしていた。
文字通りの人身売買である。
それらの事実が明らかになった状態では。
流石に警察も、操作のギアを一段階上げるしか無くなったのだろう。
矢口は中学三年生でありながら、特小に放り込まれる事がほぼ確定した。
勿論掲示板にデータを載せた人間についても捜査を開始したようだが、此方はロシアと中国の串を合計七つ経由してデータを飛ばしている。
そう簡単に特定なんてされない。
海外の串を通すと、捜査が途端に難しくなるのだ。
黒田は嬉々として今回の策に協力してくれた。
串を仮に突破したとしても。
既に使われていないＰＣをゾンビＰＣ化して（※勿論バルク品で即興で組み立てたものである。 要は黒田の私物）使用している上。
投稿が終わった時点でＨＤＤを物理的に破壊。
更に焼却処理したので。
証拠も出てこない。
警察の方も流石に此処までされると、もう手に負えないと判断したのだろう。
捜査はそう時間を掛けずに打ち切ったようだった。
その間に。
懇意にしているジジババから。
警察の内部情報が漏れてくる。
まず、判明した洗脳の手口だが。
そもそも矢口は、学校での権力を握っているのが野球部だと判断し。好き勝手をするために、野球部に入ったらしい。
暴力に長けていた矢口は、野球の実力はともかく。
すぐに周囲を暴力で従わせ。
或いは恐喝し。
或いは物理的に暴力を振るい。
暴君として君臨した。
そして、二年生の後半に、犯人と接触。
計画を練ったという。
矢口は大喜びで計画に飛びついたそうだ。
当然というか何というか。
この手の人間には良心なんて概念は存在しない。「弱肉強食は自然の摂理」だとか、「騙される方が悪い」だとかいう理屈を振りかざして、弱者を踏みにじる事を何とも思っていない連中である。
良心など一ミリも存在しないし。
存在していたらこういうことはしない。
金になりさえすれば人でも平気で殺す、という点では。
やり方は違っていても、リンチをむしろ積極的に楽しむ、「平均的な人間」と言うべきなのかも知れない。
だから唾棄すべき存在なのだが。
矢口は、学校でイケメンとして知られる男子を、脅したりなだめすかしたりしながら、野球部に無理矢理入れ。
それを目当てにしてくる女子を見繕って。
そして商品に仕立て上げていった。
洗脳の手段は極めて簡単。
仕事をしてくれれば。
イケメンの彼女にしてやる、と持ちかけ。
そして仕事の内容は簡単だと嘘をつき。
此処で元教祖の出番である。
洗脳は意外に簡単にできる。
手段は色々あるそうだが。
まあ、いわゆる催眠術なんてものは、掛かり方に個人差があるので、そう簡単にはいかない。
やはり一番確実なのは薬。
薬と言っても。
この時に使っていたのは、酒だそうだが。
酒は広義では麻薬に入る。
ジュースに酒を飲ませて判断力を低下させ。
朦朧とした意識に、すり込むのだ。
数回に分けて、情報を。
そして、徐々に強迫観念を植え付けていく。
上手く行けば、イケメンの彼女になれる。
逆に、仕事を上手くやれなければ、ふられる。
これだけで充分。
やがて、数人の女子が。
完全に児童売春のコマとなって、動くようになって行った。
一時期都会では援助交際というのが流行ったが、あれは色々な事もあって、今では下火になって来ている。
リスクが高すぎるのと同時に。
払う側も、金がなくなってきているのだ。
故に今回のケースでは。
いわゆる「勝ち組」と言われる金持ちをターゲットに。
言うことを聞く従順な商品を宛がうという「ビジネスモデル」が構築されたわけだ。
その上、コマとして使っていた女子生徒達からは、「ノルマ」として、凄まじい金額を要求、むしり取っていたらしい。完全に洗脳されている生徒達は判断も出来ず、親の財布から金を盗んだりしていたのは、これが原因だったそうだ。
この時点で、もう死刑にしても良い気がするが。
更に続きがある。
この洗脳が行われていたのがゲーセンなのだが。
このゲーセンの店長。
完全に洗脳され。
廃人同様の有様で、ゲーセンの二階から見つかっていた。
殺してしまうことも想定していたようなのだが。
現時点では、栄養の点滴をつけられて。
しかも汚物を垂れ流しの状態で、ベットに放置されているところを発見され、保護されたようだった。
どうやら犯罪に荷担するなら店を売らないという話になり。
口論の結果、犯人達三人はゲーセンの店長を拘束。
ベットに縛り付けた後。
強力な睡眠薬を盛り。
そして点滴をつけて、死なないようにだけして、後は放置した、というのが実情であるらしい。
薬が効かなくなってきたら、殺すつもりだった。
そう犯人はうそぶいたそうである。
そして、こうも言ったとか。
「こんなうまい話ある訳ないんだし、騙される方が悪いんだよ。 ガキどもだって、イケメンだか何だか知らないが、男目当てで寄ってきたんだ。 全部自業自得って奴で、俺たちはただ合法的に金を稼いでいただけだね。 と言うわけで釈放しろ。 無罪だって言ってんだろ！」
勿論そんな理屈は通じない。
前科がある事もふまえ。
三人とも執行猶予無しの懲役刑。
特に主犯には。
極めて悪質な詐欺かつ、殺人目的で人一人を監禁、拘束していたこともあり。
十五年以上が確定、という事だった。
いずれにしても、数日は。
私がばらまいたデータのこともあり。
しばらくはニュースやＳＮＳを騒がせたが。
そこら辺は兎に角飽きっぽい現在のＳＮＳである。
すぐに誰も元から知らなかったように。
皆忘れ。
過熱ぶりも、収まっていった。
現在とはそういうものだ。
私は、見る間に鎮火していくＳＮＳの様子を見て。
飽きっぽいものだなと。
呆れ果てるほか無かった。
なお、売春の「上客」の中には。
近場の企業の重役がぞろりと名を連ねており。
それらの中で、警察にコネが無い人間は。
根こそぎ未成年略取で逮捕された。
当然仕事も首。
結果として、最終的に。
逮捕者は二十五名を越えた。
一連の事件が終結するまで一週間ほど。
厄介な事件になるだろうとは思っていたが。私も、此処までの面倒な状態になるとは思っていなかった。
ただ、発火から警察の動きが速かったことから考えて。
恐らくは、警察も八割くらいまでは情報を掴んでいたのだろう。
ただ、決定打が無くて動けなかった。
内部告発という形で情報が手に入った事もある。
それで、犯人側が逃げ切る前に。
一気に抑えた、という事なのだろう。
勿論私の暗躍にも気付いていた可能性はある。
だが、私はそもそも今回、表だって動いていない。
後ろから状況を操作しただけで。
尻尾が掴めるようなことはしていない。
警察としても。
私の影がちらついている事には気付いていたとしても。どうにもできなかっただろう。
さて。
これでこの事件は一応の解決だ。
後は、友人がこの事件に巻き込まれた保多に会いに行き。
結末を確認。
ケアを済ませなければならない。
友人の洗脳を解くのは、下手をすると数年はかかるだろう。
カルトによって洗脳された人間を回復させるには。
プロでも相当に時間が掛かる。
それをまず理解して貰う所から始めなければならないのは。
正直難儀だった。
４、腐臭の学校
依頼を受けた公園で。
保多とまた会う。
焦燥しきった顔の保多。
それはそうだろう。
連日マスゴミが押し寄せて、生徒に無差別にマイクを向けて、一方的に話しかけまくり。「報道の自由」を盾に人権を侵害し続け。そして自分たちは特権階級だといわんばかりに、学校の敷地にも好き勝手に侵入して、盗撮の限りを尽くす。
そういう連中だと今は誰でも知っている。
だが、その牙が自分に向けられたとき。
平静ではいられないのも事実だろう。
「毎日が嵐みたい」
疲れ切った声の保多。
私は三十分もつ飴を咥えると。
しばらく話すに任せる。
「友達は帰ってきたけれど、警察に凄く怒られたらしいよ。 毎日ぼっとしてて、ふらふらしてて見ていられない。 まだ洗脳が抜けていないんだと思う。 いきなり泣き出すこともあって……」
つらそうだ。
目を何度も擦る保多。
私は、しばらく話させてから。
ずばりと核心に触れた。
「人間は誰でも欲を持っているものだ。 今回はそれに悪い大人がつけ込み、悪い子供も荷担した。 運が悪かったな」
「犬にでも噛まれたと思って諦めろとでもいうの？」
「そうはいっていない。 実際連中の悪事は、全て白日の下に晒された。 あの三人は、もう日光の下を歩けんよ。 特に主犯とそのブレインは、刑務所から出てもそう長くは生きられないだろうな」
当然の話だ。
連中が顧客にしていた相手は、大企業の重役ばかり。
警察にコネがあって逮捕を免れた奴の中には。
ヤクザにコネを持つ者もいる。
恥を掻かされたと考える連中が、何をするか。
明白である。
ひょっとすると、刑務所の中で「事故死」するかも知れないが。
そんなのは自業自得だ。
私の知った事では無い。
「……まさか、貴方が全部潰したの？」
「ノーコメント。 ただし、友人は戻した。 しかしながら、カルトからの洗脳解除は、プロの手でも数年はかかるケースがある。 しばらくは友人の側にいて支えてやるしか無い」
「学校はもう無茶苦茶。 野球部は解散、顧問の先生もいなくなっちゃった。 どうすればいいか、分からないよ」
「だからこそ、友人を支える者が必要なのでは無いのか」
保多はじっと下を見ていたが。
分かった、と応えた。
そして差し出してくる。
キーホルダーだった。
真っ白で。
手作りの。
結構良く出来ている品だ。
これだけのものなら、まず満足と言えるだろう。
「はい、これ報酬」
「受け取っておく」
「ねえ、シロちゃん。 貴方一体、何者で、何を何処まで出来るの？」
「残念ながら私は人間で、多少スペックが他より高いだけだ。 出来る事には限界だってあるし、毎回仕事では苦労しどうしだ。 基本的に危険を避けながら、綱渡りをして生きている」
無茶をせず。
基本的に出来る範囲で行動し。
そしてさっと仕事が終わり次第姿を消す。
それが私のやり方だ。
「妖怪って渾名で呼ばれてるの知ってる？ 大人でさえ、シロちゃんの名前を出すと、怯える人がいるんだよ。 どうしてそんな事になっているの」
「意図的にそうしているからだ」
「……」
黙り込む保多。
私は嘆息すると。
飴を口から出す。
そして、じっと。
ドブのように濁りきった目で、保多を見た。
「世の中の人間の大半は無力だ。 そして今の世の中では、法なんてものは何の役にもたたない。 良識を持てばバカと嘲笑われる。 ブラック企業が好き勝手し、弱者に合法的に死体蹴りが行われ、無責任な自己責任論が横行しているのがその証拠だ。 そんな中、生きて行くには、あらゆる手段を採るしか無い。 私の場合は、こういう方法を使う、それだけだ」
保多は明らかに怯えていた。
私が人間に見えていないのかも知れない。
ぺこりと一礼すると。
逃げるように公園を去って行く。
これでいい。
私に対する畏敬よりも。
私に対する畏怖の方が。
より操作しやすいからだ。
あれも、今回の件で恩を売った。いずれ何かしらの方法で利用させて貰う。大量に人脈を構築しておけば、色々なときに活用できる。
そして、人脈だけでは出来ない事も多い。
公園を出ると。
私は無言で秘密基地に向かう。
途中の経路は複雑で。
土地勘が無い人間には。
後を追うことは不可能だ。
勿論何カ所かにチェックポイントを設けていて。
追跡者がいないか、確認もしている。
追跡者がいたとしても。
此処を知り尽くしている私を捕まえるのは、至難の業だが。
秘密基地に入ると。
既に黒田が来ていた。珍しく姫島も一緒である。
この間の、ゾンビＰＣとして使ったＰＣを解体しながら、黒田が姫島にやり方を説明している。
姫島は要領が良いので。
キッティングはすぐに覚えたようで。
黒田も笑みを浮かべながら教えていた。
「なるほど、こうするのね」
「筐体のサイズ次第では入らないから、工夫がいるよ。 自作のノートは難易度が高いから上級者向けだね」
「いや、流石に、ね」
「まあ今はもう基本的に自作と店売りが値段でもスペックでも変わらないし、完全に趣味の世界だから、どう分解して組み立てれば良いのかを知っていればそれで大丈夫だよ」
身も蓋も無いことを言う黒田だが。
これくらいクレバーで無いと。
店売りと値段も性能も変わらないのに、トラブルは全部自分で解決しなければいけない自作ＰＣを趣味でやっていられないのかも知れない。
実際問題、店売りの品でもカスタマイズするのが基本になっているのが現在で。昔のような、酷い品質のメーカー品を買うユーザーも減りつつある。
そもそもＰＣそのものが、簡易持ち運び式ＰＣともいえるスマホに押されているご時世である。
黒田は風当たりが強い中。
好きを追求しているわけで。
それならば、クレバーになるのも当然なのかも知れない。
「シロ、ちょっといい？」
「どうした」
「このＰＣの使えない部分全て取り替えたから、姫島ちゃんにあげるけど、いい？」
「構わないぞ」
元々バルク品で、黒田が今回のために突貫工事で組み立てたものだ。
それもＭＡＣアドレスなどを特定出来る部品は撤去済み。
物理破壊して処理した後だ。
姫島はトリックスターだが。
利にならない事はしない。
別にあげても問題ないだろう。
元々姫島もＰＣが欲しいと言う事は言っていた。
黒田が作ったこれは、バルク品とは言えきっちり動く品で。なおＨＤＤについては、既にＯＳがインストールされている別のものを後付けで入れ直している。充分に一線級で使える品だ。
「じゃあ、手伝って」
「ああ、そういう事か」
三人でＰＣを抱えると。
山を下りる。
備品やコードはリュックに入れ。
そのまま足下に気を付けながら、山を下りていく。
途中何カ所か危ない場所があるので。
声を掛けながら移動。
獣道を抜ける際に。
何度か危険なシーンがあったが。
それも無事切り抜けた。
嘆息すると。
姫島の家まで、そのまま移動する。
ふと、視線を感じる。
まあＰＣを三人がかりで運んでいるのだ。見られても不思議では無いだろうが。どうも視線がしつこい。
顎でしゃくって、道を変える。
姫島も黒田も意思を察し。
敢えて遠回りで。なおかつ遮蔽物がない広い道に出た。
そうすると、流石に相手も困ったのか。
ついてこなくなったが。
「何だろ。 警察かな？」
「そうかもな」
今回の件。
警察も、これだけ迅速に解決し。なおかつ事件の全貌を明らかにする事が出来たのは、「内部告発」があったからだ。
そしてうすうす警察は。
黄色パーカーの妖怪。
つまり私の暗躍に気付いている。
勿論私が、基本的には表に出てこないことも承知しているだろうし。
犯罪に手を染めていないことも分かっている筈だ。
暴力沙汰は何回かあったが。
そのいずれもが正当防衛である。
警察としては、私を監視しても。
何もできない。
それは分かっているが。
つけられるのは面白くない。
或いはヤクザの可能性もあるが。
連中は、こんな旨みの無い街に、戻ってくるほど今余裕が無い。金がある時代なら、それこそ薬だ売春だで稼ぎ放題だっただろう。だが今の時代は、誰もが金に余裕がない時代で、緊縮が続いている。
ヤクザだって、金にならない場所に。
人員を派遣する余裕なんてないのだ。
更に道を変える。
地元民しか知らない道を、急いで移動。
そして姫島の家に到着。
ＰＣは落としたりぶつけたりはしなかった。
そのまま設置作業に移り。
起動。
姫島が、ゲームやろうと言ってきたので。
黒田と一緒に三人で遊ぶ。
またいつもの狩りゲーだが。
黒田はちょっとスキルが落ちるので、それほど難しくないミッションを回す。いきなりエンドコンテンツをやっても、嫌いになるだけだ。
特にこのゲームはその傾向が強い。
「あいた。 またくらっちゃった」
「避けるのが前提だからね」
「罠仕掛けて逃げ回るだけで大丈夫だよ。 後は距離とって閃光弾投げてくれる？」
「おけ」
いつもより会話が長いが。
これは黒田とは、それほど連携して遊んでいないからである。
分かるように話さなければならないし。
逆に言うとそれだけ出来る余裕がある。
しばらく遊んだ後。
ふと気付く。
さっきの追跡者、どうやら此処まで辿り着いたらしい。外にいる。気配で分かるのだ。まあ、だからなんだという事だが。
「よっしゃ、討伐完了」
「おつかれさん」
「装備つくる？」
「いや、いいよ」
黒田が切り上げる事を提案。
黒田も気付いていたのだろう。
外の気配に。
更に危ない場所に踏み込んでいる事にも。
私は腰を上げると。
堂々と姫島の家を出る。
監視者は、視線を向けられたことに気付いたか、身を潜めたが。私は鼻を鳴らすと、黒田を促して、帰路につく。黒田は家まで送っていくつもりだが。まあそれも本来はやらなくてもいいか。
いずれにしても、私の行く道は。
いばらの道。
この先には安寧などない。
いずれ、全てを掴むためにも。
手段など、選んではいられないのだ。
(続)
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