暗闇の穴

 

序、闇のその先

 

秘密基地に入ると。

珍しく先客がいた。

黙々とプラモを組んでいる桐川だ。家でやればいいのにと思ったが、何となく理由は分かった。

「ごめんねシロ。 ちょっと臭うけど許して」

「ああ、別に構わん」

一端秘密基地を出る。

どうやら塗料を使って仕上げをしているらしく。非常に強烈な臭いがしていた。まあこればかりは仕方が無い。

時々桐川は、本気でプラモを組むとき。

集中するためか、ここに来る。

基本は家でやるらしいのだけれど。

今回はジオラマにするらしく、かなり本格的だ。なお、飾る場所に関しては、普通にあるらしいので、別に大丈夫なのだろう。

親が理解があるかはまた別の問題だが。

秘密基地の壁に背中を預けて。

三十分もつ飴を咥える。

メールが入ったのは、その時だった。

ぱっと確認すると。

どうやら依頼らしい。

私に直接、だ。

「……厄介事になりそうだな」

ぼやく。

依頼主は高校生。

しかも隣町の高校二年生だ。

この年頃の人間が依頼をしてくる時は、大体かなり面倒くさい依頼になる。噂がそれだけ広がっているという事だし。何より私に取っては恩を売る事になるので、損はしないけれど。

だけれども、面倒と言えば面倒だ。

内容をざっと確認する。

相手は高校二年生、島崎油野(ゆの)。

変わった名前だが、まああり得ない名前では無いか。DQNネームだったら、もっと酷いのがいくらでもある。

依頼内容を確認するが。

何というか。

頭が痛くなった。

スマホを落としたらしいのだが。回収に行けない、というのである。

理由は簡単。

そこが、県内でも屈指の心霊スポットだからだ。

あるトンネルなのだが。

様々な噂が絶えず。

今でも、「県内最強の心霊スポット」だとか、色々な呼ばれ方をしている。マニアには垂涎の場所だ。

廃屋とかは、ホームレスが住み着いていたり。

或いは管理しているヤクザとかが見回っていたりするので、別の意味で危険なのだけれども。

こういう廃トンネルは。

別の意味で危険である。

まずは、相手を見極めるところから。

私を填めようとしているならシメる。

まだ塗料の臭いが強烈な秘密基地の中に呼びかける。

「仕事が入った。 ちょっと行ってくる」

「行ってらっしゃい」

「空気は入れ替えておいてくれ」

私はプラモは嫌いじゃない。

こういう作業が必要なのも分かっている。

桐川もその辺は理解しているので。

きちんと空気の入れ換えはしてくれる。

だが、所詮は小学生だ。

こうやって声かけをしておかないと、忘れてしまう事もある。だから、後でメールも入れておくつもりだ。

さて、山を下りる。

依頼にあった待ち合わせ地点まで黙々と歩きながら、パーカーを被り直す。ちょっと風が強いかも知れない。

顔を隠しているのも計算の内だ。

それに、完全によどんでいる目を、周囲に見せつけて回るのも好ましくない。

普段は人当たり良く接しなければならない場合もある。

色々面倒くさいが。

そういうものだ。

さて、公園に到着。

依頼主らしい影を発見。背後から近づき、周囲を確認。

伏せている奴はいない。

恨みを買うケースもあるのを、私も理解している。

だから、過剰なくらい慎重に動くのも必要だ。

まったく此方に気付いていない相手。

黒髪をとても長く伸ばしていて、腰近くまである。それでいながら、結構しまった体つきをしていて、背も高い。

何かスポーツをやっているのかも知れない。

だが、チキンなのはすぐに分かった。

おどおどと周囲を見回している。

視界の外から背後に回ると。

至近距離で咳払いした。

びくりとした相手が、恐怖の表情で振り返る。私は、出来るだけ相手に目を見せないようにして、問う。

「島崎油野だな」

「あ、あなたがシロ!?」

「そうだ」

「……」

青ざめている島崎に、顎をしゃくる。公園の端っこの方にあるベンチだ。並んで座ると、私は新しい飴を出した。

口に入れると。

話を聞く。

「心霊スポットにスマホを落としたって?」

「う、うん……」

「あんな僻地にどうして行った」

「それは……」

肝試しだ、という。

アホらしい。

自業自得では無いか。

そもそも心霊スポットは、物理的な意味でも危険だ。いわゆるDQNが、面白半分に度胸試しで出向いたり。

ホームレスが住処にしているケースがある。

生憎私は幽霊が見える人間では無いが、幽霊がいるかどうかについては分からない、としか言えない。

だから幽霊による害があるかは分からないが。

少なくとも物理的な、人間による害はある。

それは断言できる。

更に廃屋などの場合は、倒壊、崩落などの危険もあるし。

何よりも人間の脳は極めていい加減だ。

思い込み次第で何でも見えるし。

逆に目の前に危険があっても理解出来ない場合も多いのである。

それくらいのことは。

分別のついた高校生なら。

理解出来ていて当然だと思うのだが。

しかしながら、DQNで一番タチが悪いのが、中学生から高校生くらいで。ノリで何でもやらかす事を考えると。

島崎が特にバカというわけではないのだろうか。

だとすると。

やはり人間はカスなのだろう。

「詳しく経緯を聞かせてくれ」

「その、カラオケに何人かで行った時に、心霊スポットの話になって」

「バカどもを止めろよ」

「そういう空気じゃなかったし、その……」

困り果てた様子で島崎が言う。

そもそも、空気を読む、という行為が、非常に高レベルで要求されるのが女子のグループというものだ。

島崎が所属していたグループは男子も混ざっていて。

その中で、島崎は。

「見かけ」から、非常に頼りにされていたという。

それは更に高レベルで。

空気を読むことを要求される。

島崎自身はチキンで。

それを必死に学校では隠してきたのだが。

それでもやはり限界がある。

カラオケでは、当然酒も入っていたという。

未成年には酒を出さない、なんてお上品なお店では無い。

未成年に酒を出すカラオケ店なんてそれこそ幾らでも存在している。むしろ、年齢確認なんてするようになったのは最近の話だ。

ともあれ、酒の勢いで、幽霊を見に行こうという話になり。

酒が入ったまま、全員で心霊スポットとやらに行ったと言う。

「合計何人?」

「七人」

「そうか。 七人もバカが揃いも揃って危険な場所に足を運んだのか。 何があっても自業自得だな」

「ごめんなさい。 高校生の私が、小学生の貴方に、こんな正論を言われて、何も反論できない」

本当に申し訳なさそうな島崎だが。

本来こういうことを言うのは。

大人の役目である筈だ。

だが今は、学校教育が崩壊寸前。

人間のモラルも崩壊寸前。

そもそも正論を言う事自体が「鼻につく」とかいって嫌われる時代である。「正論しか言えない」とかいう嘲笑さえある。

正論というのは、正しいから正論なのであって。

それを聞けないと、組織は滅茶苦茶になっていく。

阿諛追従しか言えない空気を作って、イエスマンだけで周囲を固めることが普遍化すると。

人材もいなくなる。

つまりそういう状態になると、結果は揃いも揃ってバカだけになると言う事だ。

「で、その七人のアホどもで肝試しに向かって、何が起きた」

「友達の一人が、何か見えたって急に泣き出して。 その頃にはお酒も醒めていて。 私も何だか変な声が聞こえるような気がして。 みんなパニックになって」

「それですっころんで逃げたと」

「うん……」

なるほど。

これは親に相談どころでは無いはずだ。

一応スマホは既に止めて貰っているそうだが。

自業自得なんだし、自分で取りに行けばいいものを。

それも怖くて出来ないか。

まあいい。

仕事は仕事だ。

そして仕事をする目的は。

恩を売り。

コネを構築することになる。

どんな人間でも、コネを持っていると役に立つ。

実際問題、私がこの街で知名度を拡げ。

その結果、出来る事も増えてきた。

コネは力だ。

選挙で必要になるのは、手腕などでは無い。

看板、地盤、鞄と言われるように。

知名度、コネ、金だ。

その内知名度とコネは今現在構築中。金についても、いずれ当たりをつける。この三つを揃えて、最終的にはこの街を支配するつもりだが。

そのためには。

どんな細いものだろうが。どんな変わったものだろうが。

コネは必要になる。

此奴とのコネも。

いずれどのように役に立つか、分からないのだから。

「分かった。 出来るだけ早く回収に向かう」

「お願い」

「ちなみに、スマホを落としたのはいつだ」

「二日前……」

そうなると。

スマホを止めたとしても。

誰かしらに盗られてしまっている可能性もある。

いずれにしても、止めているのなら、最悪の被害は防ぐ事が出来るだろう。

腰を上げると。

私は言う。

「今後、例えつきあいでも、酒は止めることだな」

「分かっているよ。 本当に今回の件で懲りた」

鼻を鳴らす。

本当に分かっているのか。

さて。

明日中には勝負を付けてしまうとするか。

今から出向くと、夜中になってしまう。流石に夜中の心霊スポットは危険すぎる。幽霊云々の問題では無くて、DQNやホームレスと出くわす可能性が高い上に。場所自体の危険もあるからだ。

今回問題になっているトンネルはかなり古いもので。

しかも確か立ち入り禁止にされているはず。

侵入するにも、しっかりと装備を調える必要がある。

公園を出ると。

必要な物資を頭の中でリストアップする。

家に着いた頃には。

作業は終わっていた。

物置に出向いて。

幾つかの物資を取り出す。

レンチを出して、リュックに入れたのは。

これの汎用性が非常に高いからだ。

武器にもなる。

此奴をスナップを利かせて急所にぶち込むと、大の大人でも悶絶する。相手の体格次第でも、充分に逃げる隙を作る事が出来る。

暗視スコープも欲しい所だけれど。

その辺りはどうにか工夫するしかない。

流石にあれは相当に値段が張るので。

今の私には手が届かない。

それと集音マイク。

スマホのカメラ機能やライト機能では限界がある。

中に誰かがいるかどうかを確認した上で。

潜入。

さっとスマホがあるかどうかを確認し。

無い場合は、諦めて貰う。

トンネルについても調べる。

心霊スポットとして紹介しているような記事には一切興味が無い。

興味があるのは。

具体的な構造だ。

家に入って、PCをつけ。

ネットを漁ってみると、情報が出てきた。

ふむ、と鼻を鳴らしたのは。

結構情報がはっきりしているからだ。

トンネルとしては、六十メートルほどの短いもので。既に閉鎖されている旧道に沿って作られている。

コンクリ製だが。

中を映した動画などを見ると。

かなり天井などが崩れていて。

危険性も高い。

落書きなどもされているが。

やはり「度胸試し」で、DQNが入り込んでいると見て良いだろう。

そうなると、さっさと探さないと危険だ。

私は舌打ちすると。

明日の早朝に出向くことに決めて。

準備を順番にしていく。

あらかた装備を調え終えた頃。

丁度父が帰ってきた。

無言のまま、ソファーでぐったりしている父を見ると。まあ仕事はろくでもない状態なのだと一目で分かる。

何も言わず、私は。

父に夕食を出し。

父は私が出した。

栄養を抑えたかゆを、黙々と食べ始めた。

ストレスが限界近いのか。

最近はこういうものばかりリクエストしてくる。胃がかなり弱ってきているのだ。ストレスは、胃を容赦なく痛めつける。

だから私も。

栄養を補助するために、かゆには卵や野菜を入れているし。

父もそれを喜んでいるようだった。

「歯を磨いて、さっさと眠って」

「……」

「私、明日は朝早くちょっと出かけて来るから、朝ご飯は食べて出てね。 冷蔵庫に入れておくから」

「分かった……」

父は、もう殆どゾンビのようだ。

このまま無茶を続けると。

命を縮めるな。

私は、そう嘆いていた。

 

1、幽鬼のトンネル

 

夜討ち朝駆けという言葉がある。

夜襲という戦法があるが。

あれは実際には夜に敵に襲いかかるのでは無く。

夜に移動して、早朝に敵を攻撃するのだ。

夜に攻撃をすると、同士討ちの可能性が非常に高くなるから、である。故に夜の内に移動して。

敵の疲労がピークになっている早朝を狙って、集中攻撃を仕掛ける。

それ故に夜討ち朝駆けである。

私も今回、それをやる。

今日は学校だが。

くだんのトンネルまでは、徒歩片道三十分。

調査の時間も考えても。

朝に往復してくるには充分だろう。

朝四時に起きるのはちょっと流石に面倒だったが。

それでも、この時間なら。

流石にDQNもホームレスも、夢の中にいるはずだ。いたとしたら、だが。

黙々と足を進めて。

早朝の街を歩く。

霧が少し出ていて。

雰囲気抜群だ。

そういえば、今日は雨がこれから降ると言っていたか。

黄色いパーカーを被って歩く私は。完全に仕事モードである。背負っているリュックには、様々な装備もぬかりなく入れているし。

足下もしっかり固めている。

最悪の場合は、警察を呼ぶために準備もしている。トンネル内で電波が届くかは分からないが。

少なくともブザーを鳴らせば、周囲には届くだろう。

その隙に逃げる。

それだけだ。

さて。

旧道に入る。

アスファルトがひび割れ。

草ボウボウになっていて。

とてもではないが、車で乗り入れることは出来ない。

それに彼方此方、非常に大きな亀裂が走っている。

草というものの生命力の凄まじさを実感させられると同時に。人間の文明が崩壊したら、あっという間にアスファルトによる舗装なんて、草によって破壊され尽くされるのでは無いかと想像してしまう。

何よりだ。

朝でよく見えているからいいものの。

こんな亀裂ばかりの場所。

危なくて夜歩くのは、文字通りの自殺行為だ。

「こんな所に夜に来るなんてバカか」

思わずぼやく。

一時期心霊番組とやらが流行って。

こういう名所でロケをすることが多かったそうだが。

多分車を乗り入れることだけでも一苦労。

実際にトラブルも多かったのではあるまいか。

ましてや廃屋などに入る場合。

家そのものが半壊しているケースも多いだろう。

そんなところに大人数で入れば。

事故が起きて当然だ。

幽霊がわざわざ出てきて、人間に害を為す前に。

勝手に人間が事故を起こして。

幽霊が呆然と見ている内に、救急車とかが来て、大騒ぎになって出るタイミングを見失う。

そんな状態になって、困り果てている幽霊の顔を想像してしまい。

ちょっと私はくすりとしてしまった。

まあもし私が幽霊だったら。

自爆する人間を見て、笑う前に遠い目で見てしまうだろう。

何やってるんだ此奴ら、と。

まあそれはそれ。

これはこれだ。

秘密基地に出向くため。

山歩きをしているから。

私も一応こういう場所は慣れているが。

場所によっては、ガードレールが壊れて。

崖に近い場所が崩落さえしている。

これでは立ち入り禁止も当然だろう。

アスファルトを割く草どころか。

アスファルトを砕いて、木になっているものさえある。

黙々と歩いているうちに。

件のトンネルが見えてきた。

くすんだアスファルトの。

雰囲気が凄いトンネルだ。

なるほど。

これは集団心理が働けば、それこそ何が見えても不思議では無いだろう。しかも様子を見る限り、中は真っ暗だ。

本当に真っ暗になると。

その凄まじい恐怖は筆舌に尽くしがたい。

洞窟などで、光が入っていない場所で懐中電灯を消してみればよく分かる。

自分が完全にどうにもならなくなった事を悟り。

パニックになる筈だ。

それほど闇というのは、人間をむしばむ。

酒の勢いでここに来て。

そして来た頃には酒が醒めて。

貧弱な灯りで周囲を探索して。

更に集団心理で、ありもしないものをみれば。

それはパニックにもなる。

幽霊もそうだが。

何が見えてもおかしくはないだろう。

ホームレスとかが住んでいたとして。

それがバケモノに見えても、不思議では無いかも知れない。

トンネルの中を確認。

しばし確認するが、中に何かいる気配はない。

風の音。

水滴の音はするが。

それだけだ。

ざっと確認し。

ライトで中を照らしてみるが。

人影らしきものはない。

立ち入り禁止の柵を越えて、さっと中に入る。

じめっとした空気と。

人間の立ち入りを拒むような闇が。

一気に周囲に拡がった。

これは、人が住む領域ではないな、と私は思ったが。それはあまり恐怖とは結びつかない。

というか。妙な話だが。

私はあまり恐怖という感情を覚えない。

というのも、である。

幼い頃から母に加えられた理不尽な仕打ちを考えると。

恐怖なんか抱くだけ無駄。

そうとしか思えないのだ。

ぶっちゃけ、抵抗できない相手から、一方的に加えられる暴力に勝る恐怖なんて、この世に存在しない。

母による暴力は。

理不尽そのもの。

親を嫌えない年代の子供が、親から受ける暴力は。

正に天災以外の何者でも無い。

それに晒されて育った私は。

今更何を怖いとも思わない。

私は自分が壊れていることを知っているが。

それはアレのせいだ。

今回のケースのような場合は、自己責任だろう。だが、私が受けたような。親が子供に加えた暴力は違う。そんなものは自己責任でどうにか出来る話では無い。そんな無責任な自己責任論を口にする奴がいたら。

口を引き裂いてやる。

親に抵抗できない人間が、一方的な暴力を加えられ続けてこうなったのに。自己責任論なんて口にして、お前が悪いとか言い出す奴がいたら。

どのような手を使ってでも社会的に抹殺する。

それだけである。

トンネルは、朝日が差し込んでいるが。

それでも禍々しい。

壁はコケだらけ。

落書きがあるにはあるが。

それもコケや水滴でぐちゃぐちゃに蹂躙され。

彼方此方を百足やら蟻やらが這い回っていた。

足跡がある。

ごく最近のもの。

ほぼ間違いなく。

あの島崎と。

その仲間達のものと見て良いだろう。

ざっと周囲を探っていくが。

あった。

スマホだ。

聞いていたとおりの特徴である。

さっさと回収。

今回は楽な仕事だと思ったが。こういうのは、家に帰るまでがセットだ。それに、目的達成の直後が、何でもかんでも一番危ない時間帯である。

周囲は念入りに確認しているが。

もしも私に害意を持つ人間がいた場合。

この瞬間を狙って来るだろう。

飛び退くと、周囲を見回す。

気配を感じたのでは無い。

私を狙っていた奴がいて。

私がそれを察知できていない場合を想定して。

動いたのだ。

周囲に敵影無し。

確認を終えると、私はスマホをポッケに放り込み。

そして、トンネルを出た。

旧道を黙々と歩いて行くと。

視線を感じた。

振り返る。

トンネルの中では視線は感じなかったから。

その外から、ついてきているという事か。

気のせいという事も考えられるが。

一応念のためだ。

姿勢を低くすると。

クラウチングスタートの体勢を取り。

ダッシュ。

さっき此処まで歩いてきていて。

道の何処に亀裂があるとか、どうでこぼこになっているかとかは把握している。

わざとジグザグに全速力で走るが。

そうすると、どうやら杞憂では無かったらしいことが分かった。

明らかに走る音。

何かついてきている。

旧道を一気に駆け抜け、交番までダッシュ。

そのまま滑るようにして振り返りつつ。

きびすを返し、逃げようとしていた人影の写真を撮った。スマホで素早く撮影。禿頭の、かなり大柄な男だ。

間違いなく幽霊では無い。

何だ彼奴。

かなり目立つ容姿だったが。

ガタイは良いし、今時禿頭。

走り去って逃げようとするが、今度は此方が追う番だ。

深入りしない程度に走り。

先回り。

この辺りの地形は、徹底的に熟知している。

先回りして。

相手の前に出る。

そして、スマホのカメラで撮影。

相手は、かなり大柄な禿頭の男だった。恰幅も良い。年齢は四十代くらいだろう。目つきからして、カタギだとは思えなかった。

「んだゴラア! メスガキィ!」

「ブザー鳴らそうか? この朝に鳴らしたらどうなると思う?」

威嚇のわめき声。しかし私の冷静な対応に、明らかに怯む大男。

そのまま逃げようとするが。

さっき交番の前で、中にいる警官に助けてと口でジェスチャーをしていた。

警官がこっちに来るのが見える。

大男はあからさまに動揺し。

そして私はその様子を写真にしっかり撮った。

逃げようとする大男。

だが。

警官が退路を断つ。

その時には私は、既に充分な距離を取っていた。

私を捕まえて。

逃げようとでもしたのだろう。

振り返った大男は、私がとっくに近くの木の上に登って。其処から写真をしっかり撮っているのを見て、わめき声を上げ。

そして警官に取り押さえられた。

木から下りると。

写真を警官に見せる。

「朝散歩をしていたら、追いかけてきました。 証拠写真です」

「怖かっただろうに、大丈夫……」

言いかけて、警官は気付いたのだろう。

黄色いパーカー。

私の事は聞いているはずだ。

私は冷たい目で、暴る大男を見ている。

やがて、パトカーが来て。

大男を連れて行った。

警官は、話を少し聞かせて欲しいと言ったので、頷く。

そして、スマホから、データも引き渡した。

 

さっそく依頼主の島崎にメールを送る。

前のメールは、自宅のPCから送ってきていたらしい。学校帰りに公園で合流して引き渡す、という事で話はしたが。

さてはて。

どうにも気になる。

あの大男。

どうも最初から、私に気付いていて。

トンネルに入るのを知っていたのではあるまいか。

填められた可能性もあるが。

それにしてはおかしい。

もしそうだとしたら。トンネルに入った時点で仕掛けてきたりとか。

出てきた時点で囲もうとしたりとか。

そういった手を採ってくるはずだ。

実際問題、私も周囲を念入りに調べてからトンネルに入ったわけで。それもきちんと対策していた。

こういう仕事をしているし。

何より恨みを買うことも多い。

だから、徹底的に対策は欠かさないのだが。

どうもあの大男は妙だった。

突発的な変質者、というにしてはおかしかったし。

何より、どうもスジ者か、それに近い連中に思えたからだ。

昼休み中。

警察から連絡が来た。

例の追いかけてきた男、心当たりはないか、という話だった。

聴取に応じたとき。

ないと応えたのだが。

なんでまた聞いてくる。

そう聞き返すと。

警官は困ったのか。しばしして、また掛け直すと言ってきた。

姫島が聞いてくる。

「何、どうしたの?」

「朝変質者に追いかけられてな」

「へー。 命知らずな奴」

「まあそうだな」

警官に引き渡したのだ。実際問題、私を追いかけるのはあまりにもリスクが大きすぎたとも言える。

ましてや黄色いパーカー。

街の名士にも知られ始めている状況なのに。

それでも私を追おうとした。

それが何を意味しているか、分かっている筈なのに。

さて、どう見たものか。

授業が終わり。

放課後。

公園で待っている島崎の様子を確認。

嬉しそうにはしていない。

不安そうだ。

此奴、まさか。

何か裏があるのではあるまいな。

しばらく少し離れたビルの屋上から、双眼鏡で周囲を確認。伏せている奴はいない。少なくとも、私を警戒して、周囲に誰かが展開しているという事は無さそうだ。

また気配を消して。

島崎の後ろに回り込む。

そして声を掛けた。

そうすると、島崎は分かり易すぎるくらい、情けない悲鳴を上げた。

「ひいっ!」

跳び上がった島崎は、振り返ると、涙目になっていた。

何だ情けない。

ほらと、スマホを渡す。

しばらく確認していたが、ほっとした様子で頷く島崎。

「すごい。 あんな怖いところに、どうやって」

「時間帯が悪い。 それに、ああいう所は、幽霊よりも住み着いているホームレスや面白半分に来ているDQNが危ない。 確認したが、足下も非常に危険だった。 暗闇で歩いていて躓いたら、何か勘違いして、恐慌状態に陥ってもおかしくないだろうな」

「……」

「二度と心霊スポットだとかにはいかない事だ」

報酬、と催促すると。

頷いた島崎は、渡してくる。

コレは面白い。

白いプラスチックを固めて、形にしたものだ。

よく分からないが、何だろう。

「これは?」

「シロって渾名だし、好きだと思って。 最近のアニメに出てくる、シロって渾名のキャラクターをプラで作って見たの」

「ふうん……なるほど」

ざっと確認するが。

良く出来ている。

此奴を一瞬疑った。実際今も疑いはまだ晴れていない。ただこれについては、貰っておくとしよう。

そうなると、問題は。

あのトンネルか。

さっさと問題も解決し。

依頼も終わり。

今回は後片付けも必要ない。

だが、ちょっと気になる。

島崎と別れた後。

コネがある高校生に連絡を入れた。

「久しぶりだ」

「うっ。 何の用……」

相手の声には露骨に怯えが混じっている。

情けないなあと私は思ったが。

そのまま続けた。

此奴は以前事件を解決した人間で。その時に、色々あって、私の事を心底怖れているようだ。

だから言う事は聞く。

それでいい。

私は愛されることなんか望んでいないし。

そんなものは知らない。

畏怖されることだけが私の望みだ。

「島崎油野という奴を知っているな」

「うん。 知っているよ」

「どんな奴だ」

「頼りがいのある委員長キャラかな。 それでもきっちりみんなにはあわせてくれるし、人気者だよ」

なるほどな。

どうやら本人の自己申告は嘘では無かったらしい。

人気が出る委員長というのは、真面目なだけではつとまらない。

いわゆる人望が必要になる。

私のようなコネ作りをしない場合。

その人望は、「空気を読む」事によって形成される。

そうなると、少なくとも。

表向きは、人格者で通っている、という事だ。

腕組み。

何だか妙だ。

あの私をつけてきた男。

トンネルに入った奴なら誰でも良かったのか。

それにしては、私が事前に確認したときには、人間の気配はなかった。勿論隠れられそうな所は、全て調べた。

恐らくあの禿頭の男。

私がトンネルが出てきてから、存在に気付いたはずだ。

実際気配も、トンネルから出てから察知した。

そうなると、ひょっとして。

私を狙っていたのか。と考えたのだが。

その場合、私があのトンネルに出向くことを知っている島崎が怪しいと疑っていた。

そして今も。

その疑いは晴れていない。

いずれにしても、警察はあの男の素性やら、なんで私を追い回したか、とかは。話してはくれないだろう。

裁判に出廷するにしても。

子供の証言なんかあてにならない。

物的証拠と。

警官が、子供を追いかけ回していることを目撃したことが、裁判では証言として採用される。

物的証拠としては、私が撮影した映像がある。

これについては警察に引き渡し済みだ。

あの男は捕まったし。

それで良いはずなのに。

どうにも気になる。

メールでのやりとりを終えると。

また警察から電話が来た。

「例の男なんだけれど、君に畑を荒らされた、と言っていてね」

「はあ?」

「何も覚えはないかい?」

「そも証拠は」

言葉を詰まらせる警官。

まさか、あんな腐れハゲの言う事を真に受けたのか。ちょっと真剣に頭に来る。

「そもそも畑なんか荒らす必要もないんですが。 何の畑ですか」

「それはいえない」

「そんな寝言を真に受けたんですか」

「確認しただけだよ」

警官も、此方が手強いと判断したのか。

通話を切る。

相手が子供だと思って舐めているのか。

ちょっとばかりこれは仕置きがいるかと思ったが。

その前にやる事がある。

島崎とあのトンネル。

少しばかり。

洗い直す必要がありそうだ。

 

2、心霊スポットの謎

 

どれもこれも無責任な情報だな。

そう調べながら、私は思っていた。

一体心霊スポットをどうしたいのか。

無責任かつ。

何の意味も無い情報が、飛び交いまくっているのだ。

例のトンネルについて調べて見たが。

詳しく書いているHPほど、怪文書の見本のような有様なのである。

都市伝説についてまとめている大手HPでさえそうだ。

兎に角論理のろの字もないのである。

幽霊がいるかどうかは分からない。

いても不思議では無いと私は思っているし。いたら見てみたいとも思っている。もしアレを発狂死させて、幽霊が出たら。

手を叩いて大笑いしてやるつもりだ。

ざまあみろと。

だから、幽霊がいるかいないかについてはどうでもいい。

だが、何処を見ても。

まともな情報が出てこないのである。

あるHPでは、其処に出る幽霊はおっさんだとある。

工事中に死んだ人間が、というのである。

しかし工事で人が死んだ記録は無い。

更に、目撃者の話によると。

髪を振り乱した女の幽霊だ、というのである。

余談だが。

島崎も、なんだかそんな風な声を聞いた、とか言っていた。

「幽霊が引き寄せられやすい場所」だとかいう説もある。

霊道だとか何だとか。

修験者が使っていたとか。

古戦場が近くにあるとか。

しかしながら、古戦場なんて別に日本中至る所にある。大阪城なんて、それこそ数万単位で死人が出ているし。

東京広島長崎を例に出すまでも無く、先の大戦に至っては、各主要都市で空襲により凄まじい死者が出た。

それを考えると。

どこで大量の幽霊が彷徨っていてもおかしくない。

根拠が無いのである。

専門家がいるのならともかく。

オカルトは結局言った者勝ちの世界。

幽霊の存在を否定はしないが。

もう少し、根拠というのを示してくれないだろうか。

それが素直な感想だ。

図書館にも足を運び。

トンネル周辺について徹底的に調べて見るが。

合戦や悲惨な話についての情報は、まともな書籍ではとうとう確認できなかった。

というか、そもそも戦略的な価値が無かったのだろう。

この近辺は兎も角。

あのトンネル付近で、会戦が行われた形跡は無い。

そうなると、修験者だが。

そういった霊的な修行場だとか。

墓とか。

そういうものも、存在していた形跡が無いのだ。

修験者の修行場は、幾つも有名なものがあるが。

この近辺に立ち寄っていた様子は無い。

そうなるとサンカの民か何かかと思ったが。

それについても、この辺りでは噂さえ無い様子だ。

後考えられるのはトンネル工事についてだが。

これについては、資料がばっちりあった。

トンネルが作られたのは100年ほど前。

その頃は、人道的な観点どころか、労働者の人権意識が今以上に薄く。非常に非人道的な労働が各地で行われ。

人柱という悪しき風習も残っていた様子だが。

問題になっているトンネルは、ごく普通に作られ。

そして問題も無く落成式が行われている。

労働もそれほど過酷では無かった様子で。

まあトンネルの規模から考えれば、当然とも言えるか。

そのまま調べて見る。

あの道が閉鎖された経緯だが。

近くに国道が出来。

其方の方が遙かに便利な上、利用する車も殆どおらず。

何よりあの道を使わなければ行けない場所が存在しない。

それが原因であったらしい。

国交省の資料を軽く見てみたが。

少なくともそれを見る限りは、そう書いてある。

勿論お国の事だ。

何かしら嘘をついていて。

戦略として何かあるのかも知れないが。

そんな事をしてまで隠すことが、あのトンネル如きにあるのだろうか。

残念な話だが。

私の周囲には、いわゆる「見える人」はいないし。

いたとしても、根拠にならない。

そもそも脳みそが極めていい加減な代物で。

心理状態次第では、ありもしないものが見える事は良く知られているし。

カメラに写り込んだ幽霊なども。

合成だったり、ただのそれっぽいものだったりするケースも珍しくはないのである。

というわけで。

トンネルについて触れている都市伝説系の大手HPに、調査資料をドカンと叩き付けておいた。参考書籍も含めて、である。

反発を受けるかと思ったが。

予想外に好評で。

これだけ丁寧にまとめて、情報を提供してくれたことに感謝しますと、HPの管理人は意外にも紳士的な対応をしてくれた。

勿論反発をする者もいるが。

いわゆる「見える人」が、自分には見えた、という事しか根拠を述べておらず。

その内容もまちまち。

どうして幽霊が集まるのかについても。

誰も彼もが支離滅裂な理論を述べるばかり。

これでは話にならないなと、私は呆れた。

ともかく、である。

心霊スポットについては、これはかなり嘘くさいし怪しいと、私は判断した。そうなると、誰かが。

彼処に近づけさせたくないという理由で。

噂を流したのでは無いのか。

英国には、子供を近づかせたくない場所に、怪談話を作るという風習が古くからある。

これによって創作された妖精はたくさんいる。

羽の生えた子供、みたいな妖精のイメージとは裏腹に。

残忍凶悪な妖精がたくさんいるのは。

この辺りが原因だ。

今回の件も。

ひょっとして、誰かが似たような理由で、フェイク情報を流したのではないのだろうか。

図書館を後にした後、少し考え込む。

メールをジジババに流すが。

それでも、トンネルについて、噂話が流れた時期は特定出来なかった。というのも、中には自分の祖父に話を聞いた、等という情報まで出てきたからである。

トンネルは100年前に作られたものだ。

つまり、現役で使われていた頃から、幽霊話が絶えなかった、という話になってしまう。それはそれでまたおかしな事だが。

いずれにしても、変な男につけられたあげく。

警察に目をつけられている今。

彼処に足を運ぶのはハイリスクだろう。

もう少し情報が欲しいと思って、色々調べていくが。

地元の人間でさえ、情報が錯綜しているのだ。

中にはあのトンネルで行方不明者が出た、等というものがあったが。

調べて見るが。

そんな事件は無い。

この付近で行方不明者は勿論出てはいるが。

少なくともあのトンネルに近寄った形跡は無いし。

事件性があるものでさえ。

そう多くは無かった。

つまりあのトンネル。

変な噂が流れて。

雰囲気が怖いから心霊スポットになった、というのが真相だろう。そう私は判断した。

そういった雰囲気の場所に幽霊が集まるといる習性とか法則とかがあるのなら、或いはまだ話も分かるのだが。

それだと何というか。

あまりにも都合が良すぎる。

幽霊は誘蛾灯に引き寄せられる虫か。

本当に元人間か。

あのトンネルでは、びびって怪我をした人間とかはいるかも知れないし。怖くて脳が幻覚を見た人間もいる。

しかしながら、幽霊があるいは本当にいるかも知れないにしても。

その幽霊がいつく理由が、「雰囲気が怖い」以外にはあり得ない。

霊道だの何だのは正直な話、あるならそれを証明してくれ、としか言えないし。たった100年前に出来たトンネルである。

霊道とやらがあるのなら。

元々地面の下だった場所に、そういうものが出来たのだろうか。

地面の下に出来る道というのはどういうものなのか。

幽霊と話が出来たら聞いてみたいし。

そもそももっと偉い人。あの世で偉い人というと何だか分からないが、とにかくあの世があるのなら、関係者に合理的な話を聞いてみたいものだ。

若い層のコネ持ちまで情報を拡げてみるが。

真新しい情報はない。

「だとすると、畑だとか、あの男の追跡は何だ」

腕組みして呟く。

秘密基地で横になって転がっていると。

不意にスマホが鳴った。

警察からだった。

「例の男、畑について確認したら、そもそもそんなものを持ってもいないし、管理もしていない事が分かってね」

「はあ」

「ごめんね。 迷惑を掛けたようで」

「……それって偽証罪ですよね?」

その通りだね、良く知っているねと、警官は言うが。

私は正直な話。

かなりかちんと来ていた。

「私に情報を聞いてくる前に、きちんと裏取りをしてください。 小学生だからって舐めていませんか?」

「ごめん、此方も手詰まりなんだ。 悪かったね」

「今後は気をつけてください」

通話を切る。

さて、けんもほろろに対応したが。

どうにも気になる。

何が畑なのか。

ひょっとして畑とか言うのは。

何か別の暗喩ではないのだろうか。

 

翌朝。

学校に出ると。

桐川が話しかけてきた。

姫島は子分を連れて、校庭でドッジボールをしている。あれ危なくて大嫌いな球技なのだが。

好きな奴は好きでしょうがない。

まあ、ボールを思い切りぶつけて遊べるからだろう。

ストレス発散の手段としては。

子供には、最適なのかも知れない。

「どうした?」

「シロ、最近あのトンネルについて調べているの?」

「そうだけど」

「止めた方が良いよ」

桐川が言うには。

良くない噂がたくさんあるという。

幽霊関連の話なら、散々調べた。

一つずつ聞いていくが。

どれもこれも、桐川は知っている様子だった。

ただ、私はその全てを順番に否定する。

「気になったから、図書館で全て調べてきた」

「そうなの?」

「ああ。 工事の際に人は死んでいない。 事故が起きて人が死んだ事実も、あのトンネルで行方不明者が出た事実もない。 近くに墓地は元々なかったし、合戦場になった歴史的事実もない。 修験者が出入りしていたという事実も存在しない」

「すごいね、其処まで調べたんだね」

少し儚げに桐川は微笑む。

まあそれはいいのだが。

気になることを桐川は言う。

「不良生徒があのトンネルに遊びに行く事が多いって知ってるよね」

「ああ、それはそうだろう。 あの手の場所はDQNホイホイだからな。 度胸試しとやらで、バカが寄りつくのは当然だろう」

「そこまできついこと言わなくてもいいと思うけれど。 私の知り合いのお姉ちゃんが、そういうのが出て、怖い目に会ったらしいよ。 何だか大きなおじさんにずっとトンネルを出てから追い回されたとか」

まて。

それはどういうことだ。

少し思い当たる節がある。

というか、まんまあのタコ坊主ではないのか。

「実はな。 少し前にあのトンネルがらみの依頼を受けて、現地に行った」

「そうなの!?」

「そうだ。 其処で少し調べてきたんだが、その後に妙な禿げたおっさんに追跡されて、警察を呼んで逮捕して貰った」

「そうだったんだ」

幽霊では無く。

生きた人間だ。

そういう事だ。

ちなみに、今の、タコ坊主に追い回された女子生徒の話だが。

本人に直接聞いた方が良いだろう。

具体的なアドレスを入手すると。

放課後に掛けて見る。

相手は不良生徒のようだが。

私の名前を聞くと、顔色を変えたようだった。電話の向こうだから、そういう雰囲気になった、としか言えないが。

「な、何だよ! 何もアタシしてないよ!」

「この間、近くのトンネルに肝試しに行っただろう」

「!」

「その時妙な大男に追い回されたそうだな」

電話の向こうで。

相手が完全にフリーズしているのが分かった。

メールで写真を送ると言って、一端通話を切る。

メールであのタコ坊主の写真を送ってから。

もう一度電話。

女子生徒は。

此奴で間違いないと言った。

「此奴だよ! トンネルを出た後、アタシが一人になってから、ずっとついてきて! 家の前まで来た! 本当に生きた心地がしなくて、怖くて……!」

「此奴は逮捕された。 つまり生きた人間だ」

「マジで!?」

「マジだ。 警察で今聴取をしているが、ちょっと分からない事が多くてな。 悪いが、警察で証言してくれるか」

しばし躊躇う女子生徒。

それはそうだろう。

不良グループとつるんでDQN行為を繰り返しているような奴だ。

それこそ叩けば埃がドバドバ出てくる筈だ。

「このままだと、あのタコ坊主は簡単に刑務所から出てくるぞ。 余罪がある事が分かれば、執行猶予はつきづらくなる。 また追い回されたいのか」

「わ、分かった! 分かったよ!」

「では、警察から連絡が其方に行く。 きちんと話を聞くようにしてくれ」

泣きそうになっている相手に。

だめ押しをした後。

以前話をした警官に連絡。

どうもあのハゲが話題になっているらしく。

実際に追いかけ回された人間が他にもいて。

証言したいと言っている事を告げ。

アドレスも教えた。

そうすると、警官は渋い顔を向こうでしたようだった。まあ見えないので、あくまで雰囲気だが。

「あまり危ない事に首を突っ込んだら駄目だよ」

「たまたま噂を聞いて、本人と話す機会があっただけですよ。 情報は少しでも欲しいでしょう?」

「分かっている。 連絡をしてみるよ」

さて、此処からだ。

警察も調べているようだが。

どうも何かきな臭い。

もう少し。

探査の方向性を、変えた方が良いかも知れない。

この件は、当初思っていたよりも。

遙かに闇が深い可能性が高そうだった。

 

3、洞窟の先

 

警察からぴたりと連絡が来なくなった。

つまり、何か大きな情報を向こうで掴んだ、と見て良いだろう。それだけではない。幾つか、面白い情報が入ってきた。

例のトンネルだが。

パトカーが数台近くに停車し。

何かを調べていたという。

しかも、その後大型のパトカーも来て。

大量の何かを運び出していたそうである。

どういうことだ。

ちなみに目撃したのは、近くの山を所有している老人である。ゲートボール仲間なのだが。

山菜採りに行っているとき。

その光景を目にしたそうだ。

こういう具体的な情報を聞くと。

何かあったのだなと分かる。

更に、警察から連絡が来なくなった。

つまり、あのタコ坊主に関して。

予想以上に何かヤバイものが出てきた、と見て良いだろう。

とっさに思いつくのは大麻だが。

あれは最近は、屋内などでも栽培が簡単にできる技術が確立されている。わざわざあんな人が集まるトンネル近くで栽培する理由がない。

しかも管理をしている人間がいる様子も無く。

あのタコ坊主は間違いなく違うだろう。

メールを入れ直す。

「何を運び出していたか分かりますか?」

「流石に遠くてなあ。 ただたくさん運び出していたようだったよ。 土砂みたいなのとか」

「土砂……」

そんなもんを証拠品として引っ張り出すと言う事は。

まさか、死体埋め場にしていたのか。

過疎化の農村などの山は、暴力団にとっては絶好の死体埋め場である。邪魔な人間を消した場合。

見つからないようにするには。

ビニールシートに包んで。

最低でも二メートル以上は埋める。

基本的な知識で。

誰でも知っていることだ。

浅すぎると動物に掘り返されて、すぐにばれてしまうからである。

あのトンネルがある山は国有地の筈だが。

道も途切れていて、人が入り込むケースはあまりない。

本来なら、である。

だが、昔から暴力団とかヤクザとかが、始末した人間を埋めるために使っていたとしたら。

ううむ、しかしそれも妙だ。

だとすると、多分ニュースになる。

流石に多数の死体が埋まっていたとなると、警察としても殺人事件として公表の義務が出てくるためで。

それがない以上、恐らくは、だが。

埋まっていたのは死体では無い。

しかし何だ。

どうして土砂を証拠品として持ち出している。

他にも証言が出てきた。

警察のトラックが。複数台土砂を積んで、あの山から下りてきたのを、目撃している人間がいる。

何か新しい段階に捜査が入ったらしい。

それはすぐに分かったが。

私としてもすぐに首を突っ込むことはしない。

藪蛇になるし。

どうせ碌な情報は引き出せないからだ。

家のベットで横になっていると。

桐川からメールが来る。

「シロ、ちょっといい?」

「どうした」

「騒ぎになってるよ。 例のトンネルで、死体が見つかったって」

「それは嘘だな」

即時断定。

もしも死体が見つかったら、警察としても情報公開の義務が出てくる。如何にこの国の警察が、最近ポカをやらかすにしても、重大事件として情報を公開しなければならなくなるのだ。

ニュースには一切出ていないし。

警視庁のHPも確認したが。

それらしい情報は無い。

「例のトラックの件だろう。 私もそれは確認している」

「そっか。 シロはもう知っていたんだ」

「ああ。 此方としても納得がいかないからな。 色々と調べていた」

「何だかね、妙な話になっているらしくて。 あのシロに紹介したお姉さんが警察に行った後、街中の不良生徒が警察に呼ばれて、色々聞かれたらしいの。 それでトンネル関係の噂話が大爆発しているらしいの」

話によると。

トンネルから、十体以上の死体が見つかったとか。

幽霊が出て、警官がたくさん殺されたとか。

とんでもないものもあるようだ。

そんな事件になったら、大騒ぎどころではすまないだろう。

特に警官が幽霊に殺されでもしたら。

それこそ自衛隊がすっ飛んでくるのではあるまいか。そんな事件は鷹揚にして聞いた事がないが。

トンネルから死体が見つかる事件は実際に起きている。

北海道では、昔非常に過酷な労働が行われていて。いわゆるタコ部屋労働と言われていた。

これら労働では、労働者は今のブラック企業以上の悲惨な待遇で使い潰され。死んだ人間も、その場にテキトウに埋葬されたり。酷い場合には、トンネルに生きたまま人柱として埋められた。

その死体が実際に見つかっている。

これら非道の限りを尽くしたのが。

現在大企業を気取っている幾つかの会社だというのが救いようが無い。

だが、今回に関しては違うだろう。

「シロ、嫌な予感がするの。 気を付けてね」

「ああ、分かっている」

警察が大規模な動員を掛けたのは事実だ。

何かとんでも無い事が起きたのは、ほぼ間違いないと見て良いだろう。

少し心配になって、島崎に掛け直してみるが。

向こうも、周囲がざわついていて。

かなり怯えているようだった。

「一体何が起きているの?」

「それを調べている途中だ」

「怖いよ……」

「高校生が、小学生に泣き言を言うな」

呆れたので、そう返すと。

私は通話を切る。

少し苛ついているかも知れない。

秘密基地に出向くと。

しばし無言で飴を頬張る。

何かに襲撃を受けるにしても。

此処は私のホームグラウンドだ。相手が天狗でもない限り、逃げ切る自信はある。そういえば。前桐川が作業をしていたプラモの塗料。

既に臭いは。

完全に抜けていた。

まて。

身を起こす。

ひょっとして、だが。

あのトンネル。

あれだけの警官が入っていたという事は。ひょっとして、奥から何かとんでもないものでも見つかったのではあるまいか。今まで死体だの大麻だのと思っていたが、そういうのとは別次元のとんでも無いもの。

あのタコ坊主が、侵入した人間を追いかけ回す必要があったほどのものだ。

証言からして。

恐らくタコ坊主は、四六時中とは言わずとも。

相当な長時間、何かしらのシステムで監視をしていたことは間違いないだろう。自分でスターライトスコープか何か使っていたかも知れないが。

そうではない可能性もある。

つまり、警備会社か何かに依頼して。

暗視カメラか何かつけていたのではあるまいか。

夜間は暗視カメラで。

日中は自分で。

私を慌てて追いかけてきたのも。

丁度監視が外れるタイミングだったから、ではあるまいか。

桐川が紹介してくれた例の不良女子に連絡。

相手は前以上に怯えきっていた。

「ひっ……! な、何……」

「私だ。 警察で余程絞られたらしいな」

「し、知らない! アタシ何も知らない!」

「確認したいことがある。 前に肝試しに行った時間はいつ頃だ」

そうすると。

意外な答えが返ってきた。

「それが、カラオケでみんなで酒飲んで、それから出向いたから、実際には朝方くらいで……」

「!」

「な、なんだよ!」

「いや、分かった。 有難う」

つまり。

追跡されたのは、私と同じ時間だ。

島崎は追跡されなかった。

そればかりか、恐らくあのタコ坊主は監視していたにも関わらず。スマホを落としたことにさえ気付いていない。

多分、だが。

侵入者が何処まで入ったかしか、興味を持っていなかったのではあるまいか。

ちょっとこれは。

洒落にならない犯罪の臭いがする。

しばらくは距離を置くべきだ。

そう私は判断。

島崎の依頼は解決している。

それならば、後はあのタコ坊主が、報復に来る事を防ぐ。

それだけだ。

 

数日。

情報を集める。

警察のトラックについては、どうやら県警の方に向かったという情報が来ていた。つまり科捜研にでも土を運び込んだのだろう。

それについては別にどうでも良い。

いずれにしても、殺人事件などのニュースはなく。

警察にコネを持っているジジババからも、何だか警察が騒いでいる、という事以上の情報は入ってこなかった。

なお、私がわざわざ聞かなくても。

話し相手になっていると、向こうから勝手に教えてくれる。

それだけ人恋しいという事だ。

老人になると、特に家族には疎遠になるケースが多く。

陰湿な田舎街の人間関係だとその傾向も強い。

そして田舎街では。

老人が金と権力を強く握っている。

おかしな話で。

そういう所で、権力の齟齬が出来てしまっている。

これでは田舎がグダグダになるのも当然で。

誰かが権力を一本化しないといけないだろう。

それはともかく、だ。

ちょっと身を守る必要があると感じるし。

何よりそれには積極的に情報を集めておく必要がある。いきなり未知の相手に襲われるのだけは避けたい。

自分に有利な場所で。

敵を知った上で。

奇襲を受けなければ。

相手が大人でも。

対応は出来るものなのだ。

勿論相手がスナイパーライフルとかで狙撃してきたら、その場合は正直諦めるしかないけれど。

流石にこの街で、其処までやってくる相手はいないだろう。

まあいないと考えて良い。

いきなり相手に核ミサイルを撃ち込まれるのを警戒するのと同じで、いわゆる杞憂という奴だ。

秘密基地で、情報を集めていると。

ふと気になるものが入った。

ニュース第一報だ。

私の街で、何か警察がトンネルにて大規模調査、というものである。

大麻か何かの工場を見つけたのだろうかとか。

心霊スポットとして地元では有名なトンネルで、とか。

色々書いているが。

ざっと目を通したところ。

結局あのタコ坊主の話は出てこないし。

何よりも。

何が起きているのか、マスコミも把握していない。

まあそうだろう。

マスコミより遙かに情報を握っている私も。

というか警察に直接コネがある私の知り合いのジジババ達も。

何も知らないのだ。

ただ、これはフェイクニュースの可能性がある。

最近警察は、マスコミが足しか引っ張らないことを認識し始めていて。記者会見などでは、犯人が油断するようなフェイクニュースを流し、そして一瞬で勝負を決めるような技を見せる。

勿論マスコミには不快感を抱かせるだろうが。

連中はもとより足しか引っ張らない。

いても何ら役に立たないどころか。

興奮して凶器を振り回している犯人を素手で取り押さえろとか。

いつ人を殺してもおかしくない犯人を射殺したら殺人行為だとか。

無茶苦茶しか言わない。

警察の対応も当然と言えるだろう。

つまり、警察は。

核心まで迫っている可能性が高い。

あれだけのトラックで、証拠品らしきものを運び出しているのである。それを考えると、一概に笑えない。

「む」

思わず、ネットサーフィンの手が止まる。

サーフィンと言っても、今はサメだらけの海でやっているようなものだが。兎も角手が止まった。

思わず考え込む。

トンネルの辺りで土を運び出した後。

あの周辺で警察を目撃した人間がいない。

ただ、バリケードが作られて、しかも警報装置まで作られて入れないようにはなっているようだが。

それだけだ。

つまり、警察としては満足な成果を上げられたということか。

そうなると。

ひょっとして、何かしらの犯人がいるとして。

それの至近まで迫っている可能性がある。

ちょっとばかりまずい。

私は判断した。

もしも犯人があのタコ坊主のボスだとして。

何かしら、私かあの不良女子が持ち出したとでも考えるとしたら。

どちらかを狙うはず。

そして、狙うとしたら。

周囲に常に人間がいるあの不良女子(しかも高校生だから体格も良いし、抵抗される可能性が高い)ではなく。

普段から周囲に人間がいない私の可能性の方が高い。

しまったと呟く。

この辺り、まだ私は所詮子供か。

もっと頭をしっかり磨いていかないといけないなと反省。

だが、この秘密基地周辺は。

私の要塞も同じだ。

ちょっとやそっとで近づける場所では無い。

そうなると、狙って来るとすれば。恐らく山を出た辺りだと判断できる。

いずれにしても。

先手を打つことに越したことは無いだろう。

秘密基地を出ると、木を登る。

陽が落ち始めているが。

見えてくるものがある。

双眼鏡を使うと。

茂みに隠れている大柄な影、三つ。

どうやら当たりらしい。

警察に即時通報。

そして自分は。

普段とは違うルートで。

山を下りた。

さて、気持ち悪いので、少し調べておきたい。

畑とは結局なんだ。

私はどうして狙われた。

いずれにしても、山を下りたところを、大人三人に囲まれて不意を打たれたら流石にひとたまりもない。

気付いていなかったら。

かなり危なかっただろう。

警察が来る。

パトカーの威圧的なサイレンを聞いて。

双眼鏡の先の三人は、露骨に動揺して、逃げ出すのが見えた。見たところ、あのタコ坊主と同じ、スジ者だ。

それも使い捨ての、だろう。

あいにくだが、この山はうちの私有地。

勝手に入ることそのものが犯罪だ。

ばらばらと降りてくる警官達に行く手を遮られ。

逃げようとした犯罪者共が即座に取り押さえられる。

さて、これで良い。

そう大規模な実働部隊があるとは思えないし。

これで終わりの筈だ。

それに、あのタコ坊主が何か吐いた可能性が高い今。

更に三人が捕まれば。

警察は一気に捜査を進展させるだろう。

それにしても。

危なかった。

胸をなで下ろす。

一瞬早く気付いたから良かったけれど。

そうでなければ、彼奴らに捕縛されて。

文字通り何をされていたか分かったものではない。

私はアニメのヒーローじゃない。

縄を素手でちぎったり。

大人の男三人を、正面から叩き伏せるのは不可能だ。警察は、私有地に勝手に入った上、どうやら武器まで所持していたらしい三人を、容赦なく引っ張っていった。

警察のいる中に出ていく。

不審そうな顔をする警官に。

保険証を見せる。

「この土地の所有者の娘です。 不審人物がいたので通報しました」

「山の中で何をしていたんだ」

「山菜採りを」

そういって、山菜を見せるが。

良く気付いたねと返された。

ふんと、私は鼻を鳴らす。

馬鹿馬鹿しいやりとりだ。

警官だって、黄色パーカーの私の事は聞いているはずだ。

更に言えば、此処が私の縄張りである事も。更にうちの私有地である事も理解している筈。

私有地に武器を持って忍び込み。

営利誘拐を目的として隠れていたような連中を。

通報して何が悪い。

犯罪者共は、こっちを凄まじい目で見ていたが。

何も喚こうとはしなかった。

あのタコ坊主よりは訓練されているらしい。

どうでも良いことだが。

ただ、気になるので近づく。

奴らが、凄まじい憎悪を向ける中。

警官が二人を既にパトカーに押し込んでいた。

「畑って何のことだ、三下」

「三下だと、メスガキがぁ!」

「どうせあのトンネルを利用して、薬でも売ってたんだろ。 物理的な意味で畑があるわけもないからな。 心霊スポットとDQNが集まりやすいってのを利用して、バカ相手に商売していた。 違うか」

周囲が凍り付く。

凄んでいた三下も。

愕然として、此方を見ていた。

どうやら当たりか。

私も、可能性が高いものを口にしてみただけだったのだが。

まさかピンポイントで大当たりだとは思わなかった。

少し呆れたが。

この反応。

警察も、ヤクザどもも。

腹芸くらいは覚えた方が良いのではないのか。

「まあいい。 お前達がやっていたこと、ネットで流してやるよ。 市原組が、禁じ手の薬の売買を心霊スポットでやっていたってな」

「ま、待ちなさい!」

警官が慌てて声を掛けてくる。

犯罪者は蒼白。

面白い話だが。

広域指定暴力団は、昔は仁義から。

今は警察と折り合いをつけるため。

「禁じ手」というのを作っている。

組によって違うのだが。

薬の売買だったり。

内容は色々である。

此奴が広域指定暴力団山下組の三次組織、市原組の所属三下である事は、今の会話から自爆して暴露してくれた。

そして、あのトンネルで何をやっていたかも。

DQNが集まるわけである。

そして、畑とあのタコ坊主が言う訳だ。

警察が土砂をまとめて回収していったのは。

恐らく覚醒剤の現物を、回収するためだったのだろう。

あの場所をそのまま使って。

ドラッグパーティをやった連中がいたことは、想像に難くは無いのだから。

何しろ、普通の奴は怖がって近づいてこない場所なのである。

最適だ。

「危険だから止めなさい。 此奴らはどうせ組の顔を潰したし、もう娑婆には出られないし、何よりそれは犯罪になる」

「……ふん」

警官に諭されるが。

まあいい。

どうせいずればれることだ。

今、暴対法が整備されたことで。

末端の組員が逮捕されると。

組長も逮捕できるようになっている。

つまり此奴らは、ボスの顔を潰したも同じで。刑務所から出たら埋められるか沈められるか。

ましてや子供を襲撃しようとして失敗したのだ。

どれだけの恐ろしい目が待っているか。

思わずニヤニヤしてしまう。

まあどうでもいいか。

どうせ、近々市原組には捜査が入るだろう。山下組はほぼ間違いなく、禁じ手を使った此奴らを見捨てる。

それにしても。

覚醒剤の時に、懲りていなかったのか。

それだけ薬は金になる、ということで。

犯罪者は、他人がどうなろうと知った事では無い、という事も意味している。

まあ分かり易い。

そしてこの手のクズは。

普通の人間と、そう代わりもしないのだ。

警察が護衛につくという名目で、無理矢理家にまで来た。念のためにしばらくは周辺のパトロールをするという。

まあどうでもいい。

警察としても、此方が動く度に、破滅的に状況が推移することを、そろそろ黙っていられなくなったのだろう。

私という存在を。

マークし始めた、という事だ。

実際問題、犯罪者逮捕に、私という存在がかなり貢献し。

更に、様々な家庭が、その余波で崩壊したりしている。

警察もキャリアは兎も角、末端は無能じゃない。

私という妖怪が。

この街に住んでいる。

それくらいは、そろそろ把握していてもおかしくない所だった。

家に帰ってからも、警官に色々聞かれる。

山菜採りに出てから、どうしてアレに気付いたのか。

私は臆面もなく言い放つ。

「山の中なら、私の要塞と同じですから、何があっても対応出来ますけれどね。 山から出たタイミングが一番危ない。 ましてや今はとても物騒ですし、山を下りたタイミングで何かあるかも知れないから、木に登って双眼鏡で確認しているんですよ」

「本当に小学生か君は」

「小学生ですよ」

ただ、バケモノと言われたら、そうかも知れないなとも思うが。

警官はもう少し話を聞くと。

家を出ていった。

入れ替わりに父が戻ってくる。

そして、倒れるようにベットに。

そのまま眠り始めてしまった。

これは。そろそろ駄目かも知れないな。

金はある。

無理はしなくても、生きていく事は出来る。

だが父は。

会社に世話になっているという頓珍漢な理屈で、自縄自縛になってしまっている。会社なんか、労働の対価に金を受け取るだけの場所だ。なんで人生や、ましてや魂まで捧げなければならないのか。

起こすのはやめておいた方が良いだろう。

それに、こんな危険な状況になっていた事を話したら。

また心労の種を一つ増やすことになる。

自室に入る。

外で、覆面パトカーと警官が、見張りをしているのに気付く。念入りなことだなと呆れたが。

今頃市原組の事務所周辺も。

こんな様子だろう。

多分あの土を運び出した後に、覚醒剤の反応が出たのだ。

畑という言葉も、一種の隠語だったのだろう。

警察も無能では無い。

そして、私も。

なんだかんだで、結局可能性が高いものを選ぶ事で。

真相に辿り着く事が出来た。

心霊スポットなんてろくなもんじゃないな。

あらゆる意味で。

私は呆れる。

幽霊がいるとしても。

自分を利用したあげく。

更に醜悪なことをしている連中を見て、キレているのではあるまいか。

悪魔でさえ鼻をつまむ人間の所行だ。

幽霊如きが。

生きている人間の邪悪さに、及ぶはずもない。

ぼんやりする。

流石にちょっとばかりアクティブに動きすぎたか。

メールが入った。

幾つかの情報があったが。

その中の一つ。

老人仲間が、ついに突き止めていた。

「どうやらあのトンネルで、若いのを中心に薬を売っているという噂があってな。 シロちゃんは近づいてはいかんぞ」

「遅い……」

思わずぼやいてしまった。

もしも私が自力で結論に至らなかったら。

今頃私は誘拐されて。

殺されていたか。

若しくは口をきけないようにされたあげく。

東南アジアに売り飛ばされていたかも知れない。

いずれにしても、此方としてももう容赦はしない。

市原組は潰れる。

所詮三次組織。

蜥蜴の尻尾切りを、山下組は躊躇しないだろう。犯罪組織の口にする仁義なんて、しょせんそんなものだ。

奴らの残党も、警察がパトロールしている中、近づく勇気は無いだろう。

所詮はカスだ。

ただ、しばらくは。

少しばかり、大人しくしなければならないかも知れない。

はあともう一度嘆息。

しばらくは。窮屈になりそうだった。

 

4、顛末飛翔

 

壊滅した市原組の事はニュースになった。覚醒剤取締法違反で、末端の組員が数名逮捕され。更に組長を一とする幹部も、組織的に関わっていたとされて、全員が一気に縄についた。

他の組員も全員捕まり、事情聴取。

どうせ叩けば埃が出る連中だ。

文字通りの壊滅である。

都市伝説のサイトでは。

実は私が流す前に、既に情報が流れていた。

例の幽霊トンネルで。

違法薬物の売買が行われていたらしい、と。

畑か。

私はネットでその情報を見ながら、思わず呟いていた。

畑というのは顧客のこと。

私が荒らしたというのは。

以前、リクジョーとか言うチンピラを潰したときのこと。

それを未だに覚えていたのだろう。

貴重な稼ぎを潰されて。

しかもその時はかろうじて蜥蜴の尻尾切りには成功したものの、大きな損害を出してしまった。

恨んでいたのだ。

そして、今回。

また黄色パーカーの妖怪が現れた。

元々ヤクザなんてやってるようなのは、人間のクズのクズ、底辺の底辺だ。それこそ、感情の自制なんて利かないし。

文字通り、私を殺すつもりでついてきていたのだろう。

しかし、私に気付かれて。

全てが台無しになった。

畑を荒らされた、と言う言葉は。

怒りのあまり吐いてしまったのだろう。

だが、それが原因で。

組が崩壊することになった。

大戦犯であるあのタコ坊主は、恐らく刑務所を出ても長くは生きられないだろう。この街を急いで出ようとするだろうが。

海外に出られるかさえ怪しい。

何しろ、顔に泥を塗られたのは、この国でも最大規模、三万を越える麾下の人員を誇る山下組だ。

捕まって、埋められるか。

沈められるかがオチだ。

問題は、私までそれが飛び火しかねないか、だが。

今の時点では問題ないだろう。

というのも、市原組は壊滅。

この街から、ヤクザは消えた。

縄張りがなくなった街に、また人員を派遣してくるほど、山下組も人手が足りているわけではあるまい。

ましてやこんな小さな街。

リスクに対して、リターンが小さすぎるのだ。

ぼんやりとしていると。

メールが来る。

知り合いの老人からだが。

近くに住んでいたヤクザの一家が、揃って何処かに消えたそうである。

まあ稼ぎ頭が逮捕され。

残りは離散したのだろう。

ざまあみろ、である。

ヤクザを格好良く書くような創作は反吐が出るが。

現実はこんなものなので。

最近風の言い方をするならば。

文字通り草も生えない。

まあいずれにしても、黄色パーカーの怪人がこの街にはいる、という噂は更にこれからも大きくなるはずだ。

良い傾向である。

その一方で、買う恨みも加速度的に大きくなっていくだろう。

それには警戒をしなければならなかった。

またメール。

父からだ。

「今夜は早めに帰る。 夕飯を用意して欲しい」

「分かった。 あり合わせだけど、何か作っておくよ」

「すまないな。 小学生のお前に家事なんてさせて」

「良いって」

どうせ後数年もすれば。

自力で稼ぐ手段を手に入れる事も出来るようになる。

今は中学生くらいになれば。

相応に稼ぐ手段がある。

アングラに近いものもあるが。

勿論合法的なものもある。

父はもう少し頑張ってくれれば、それでいい。

親子で慎ましく暮らすくらいには。

財産は確保できるのだから。

さて、夕食にするか。

時々来る知り合いからのメールに目を通しながら、冷蔵庫を確認。テキトウにあり合わせで、二人分の夕食を作る。

此処で重要なのは。

父が本当に帰ることが出来るか、分からない、という事だ。

帰るつもりではあるのだろう。

だが、所詮はつもり。

今の父の会社の状況を考えると。

正直それどころではあるまい。

いつ予定が狂うかも分からない。

だから、伸びるうどんとかは厳禁。

冷めていても、温め直せるものを作る。

揚げ物が最適解だが。

しかし父の状態を考えると、少しばかりそれも難しい。油を工夫したとしても、どうしても体にはあまり良くないだろう。

少し考えた後。

サラダにすることにする。

それも、卵を多めに使ったポテトサラダで。ポテトだけだと栄養が偏るので、ブロッコリーやベーコン、レタスなんかも入れる。

しばしして、出来上がる。

父が帰ってくるとしたらそろそろだが。

まだ来ない。

チャイムが鳴る。

確認すると、警察だった。

巡回に来たと言う。

何も異変はないと言うと。

少し胡散臭そうに此方を見た後、失礼しましたと言って帰って行った。

黄色いパーカーを被る事によって。

私は人相を変える。

黄色いパーカーは視線をはじめ。

私の多くを覆い隠す。

何より色が目立つ。

いっそのこと、パーカーの一部を黒くして、警戒色にしようかとも思っているのだけれども。

それはもう少し後。

私は自分で確認しているが。

まだまだ身体能力が伸びている。

伸び盛りなのだから当然だ。

この様子だと、中学に上がった頃には。武術をやっている男子中学生、くらいが相手なら勝てるようになる。

そうなれば、出来る事も増える。

私は今から計画的に体を作っているが。

背を伸ばせば、更に強い相手ともやり合えるようになるだろう。

そうなれば。

色々と選択肢も増えていくのだ。

父はまだ帰ってこない。

結局帰ってきたのは10時前。

なんだかんだで残業があったという。

私が示すサラダを見ると。

死人同然の顔色で、黙々と食べ始める。

限界だな。

私はそれを悟るけれど。

父はそれが分かっていても。

どうにもならないだろう。

「味がしない……」

父が顔をくしゃくしゃにした。

味がついていることは、私は既に確認している。

父も悟ったのだろう。

もう致命的な状態にまで。

体が壊れていることを。

「休む?」

「……」

「このままだと倒れるよ」

「無理だ……」

父が言うには、まだ状況は落ち着かないそうだ。やはり倒れる者が出始めていて。その度に負担が増えているという。

それなら人員を増やせばいいものを。

社長を一とする経営層は無能にもほどがある。

「とにかく、食べたら歯を磨いてすぐに寝て」

「……」

もう力もなく歩いて行く父を見て。

私は嘆息する。

これはもう、駄目かも知れないな。

一人暮らしで生活する時が。

近づいているかも知れない。

 

(続)